銀狼 銀魂版 (支倉貢)
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キャラ紹介は取り敢えず最初に読んどけ

霧島(きりしま)志乃(しの)

 

 

 

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年齢:12歳

 

身長:143㎝

 

体重:38㎏

 

誕生日:8月2日

 

星座:しし座

 

容姿:銀髪のポニーテール、赤い目

 

備考

万事屋志乃ちゃんのオーナー。

好きな食べ物は団子それ以外望まない。嫌いなものはロリコンとゴリラで、ゴリラは動物園で見かける度に半殺しにするほど。リモコンを持てば1秒で負けるほどのゲーム音痴。特技は気配を消すこと。見かけによらず衆道好き。

坂田銀時の義妹で吉田松陽の実娘。攘夷戦争において最も恐れられた「獣衆」の棟梁"銀狼"一族の血を引く。金属バットや木刀など長い物を持てば向かう所敵なしの最強。しかし本人は「獣衆」、"銀狼"について何も知らない。

 

 

 

 

 

茂野(しげの)時雪(ときゆき)

 

 

 

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年齢:18歳

 

身長:168㎝

 

体重:55㎏

 

誕生日:6月13日

 

星座:ふたご座

 

容姿:青髪をうなじ付近で括る、水色の目

 

備考

万事屋志乃ちゃんの従業員。主に雑用と家事全般を担当。

ちゃんと見ないと一瞬女かと見間違うほど中性的な顔立ちで、本人はそれをめちゃくちゃ気にしている。しかし、安売りの情報を誰よりも先に手に入れているなど、行動は最早ベテラン主婦。

志乃のことを妹のように可愛がるが、戦いの面では志乃に劣るため、少し不甲斐なく感じている。志乃やその他のメンバーの過去をあまりよく知らない。

万事屋志乃ちゃんメンバーにおいてはツッコミ役。そのため同じくツッコミ役の新八と意気投合するが、新八がいる時はボケに回る。

母は将軍家縁者。父は元幕臣であり、「茂野一刀流」という私流を一代で作り上げた天才剣士で、彼はその一番弟子。実力はまあまあ。実戦用の道場剣術ではあるが、今まで一度も刀を持ったことがない。

 

 

 

 

 

矢継(やつぎ)小春(こはる)

 

 

 

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年齢:27歳

 

身長:172㎝

 

体重:58㎏

 

誕生日:2月25日

 

星座:うお座

 

容姿:長い金髪、紫色の目

 

備考

万事屋志乃ちゃんの従業員。普段は団子屋で働いている。元遊女で吉原ではその名を馳せた太夫であった。

攘夷戦争では、2丁拳銃で敵を撃ち殺しまくった「獣衆」の一員、"金獅子"と恐れられていた。拳銃の腕前は百発百中。外すことは無い。

志乃のことを愛している所謂レズ。どんな男も堕ちるほどの美人だが性格はかなり捻くれており、かなり残念な美女。志乃に危険を加えると判断した相手はとにかく撃ち殺す主義。そのため、志乃をめぐっては銀時とよく喧嘩している。仲が悪いのは昔かららしい。だが周囲からは仲が良く見えるらしく、「何故くっつかないのか」と言われると即刻銃をぶっ放す。

胸が大きい。とにかく大きい。メロン。

 

 

 

 

 

(たちばな)剛三(ごうぞう)

 

 

 

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年齢:29歳

 

身長:185㎝

 

体重:72㎏

 

誕生日:11月31日

 

星座:いて座

 

容姿:黒髪の天パ、茶色い目

 

備考

万事屋志乃ちゃんの従業員。普段は源外の下で働いている。

チーム一の怪力で、大きな岩なら普通に持てる。

強面だが、とても優しい性格で、小春と同じ団子屋で働く少女・鈴に片思いしている。しかし、恋愛に関しては純情を通り越してヘタレなため、一度も想いを伝えたことがない。

攘夷戦争では、薙刀で敵を叩き斬りまくった「獣衆」の一員、"黒虎"と恐れられていた。攘夷四天王の一人・坂本辰馬とは幼馴染であり腐れ縁の仲。本人は坂本を嫌っている。

基本クールで寡黙な性格のため、あまり話さない。しかし、志乃達には言わなくても彼の言いたいことがわかる(時雪は最近察し始めた)。たまに喋ると言われた本人の心を抉り返すような冷凍ビームを放つ。いわば毒舌。また、かなりお茶目な一面もある。

怒ると手がつけられないため、誰も怒った彼には逆らえない。

 

 

 

 

 

九条(くじょう)八雲(やくも)

 

 

 

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年齢:21歳

 

身長:157㎝

 

体重:48㎏

 

誕生日:1月7日

 

星座:やぎ座

 

容姿:白髪のショートヘアと顔の両側にお下げ、赤い目

 

備考

万事屋志乃ちゃんの従業員。普段は神主として神事を司っている。

誰に対しても物腰柔らかで、常に優しい微笑みを絶やさない。しかし本性はかなり腹黒く、己の思い通りにならなければ力で解決する唯我独尊野郎。沖田とよく気が合う。銀時曰く、彼の腹の内はのどぐろの喉くらい黒いらしい。

攘夷戦争では、敵を殴り殺しまくった「獣衆」の一員、"白狐"と恐れられていた。格闘技が得意で、ムカつく奴の顔面には笑顔で拳を入れる主義。細い手足のクセに打撃がやたら強い。

鬼道や陰陽道など様々な力に通じているため、予知やお告げを下しては金を巻き上げる日々を送っている。

 

 

 

 

 

三島(みしま)(たき)

 

 

 

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年齢:25歳

 

身長:165㎝

 

体重:52㎏

 

誕生日:5月9日

 

星座:おうし座

 

容姿:赤い髪を輪っかにして括る、黄色い目

 

備考

万事屋志乃ちゃんの従業員。普段はスナックお登勢で働いている。関西弁で話す。

雇い主のお登勢を心から尊敬しており、彼女によく付いて回る。そのため周囲からは従者かと噂されたことも。キャサリンとは馬が合わない。

攘夷戦争では、忍術で敵を錯乱させまくった「獣衆」の一員、"赤猫"と恐れられていた。代々続く忍者の一族の出で、気配を殺すのはお手の物。

小春に対して胸がほとんど無い。それがコンプレックスらしく、彼女に胸の話をした時点で言語道断。手裏剣やクナイが飛んでくる。

 

 

 

 

 

杉浦(すぎうら)大輔(だいすけ)

 

 

 

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年齢:25歳

 

身長:178㎝

 

体重:61㎏

 

誕生日:12月6日

 

星座:いて座

 

容姿:黒髪で左目を前髪で隠す、黒と赤のオッドアイ

 

備考

真選組隊員。どこの隊にも属しておらず、いわばリベロ隊員。

ベジタリアン。煙草よろしくレタスの葉を咥えている。肉は食わない主義。特技はピッキングで、どんな鍵も針金一本で開けてしまう。万事屋志乃ちゃんによく侵入し、見つかって志乃に殴られる。

剣の腕はそこそこ。喧嘩好きで土方に喧嘩を売っては近藤に止められている。

しかし、その正体は志乃を狙う高杉が最も信頼を置く部下。志乃の情報を得るため真選組に侵入し、彼女と接触を果たした。

 

 

 

 

霧島(きりしま)刹乃(せつの)

 

 

年齢:享年20歳

 

身長:178㎝

 

体重:61㎏

 

誕生日:8月19日

 

星座:しし座

 

容姿:銀髪のお下げ、赤い目

 

備考

志乃の叔父。故人。

攘夷戦争では、伝家の宝刀「鬼刃(キバ)」で敵を斬って斬りまくった「獣衆」の棟梁、"銀狼"と恐れられていた。

既に亡くなっているが、亡くなった瞬間の状況は今やあやふやとなっている。




挿絵として、キャラを描いてみました。イメージと違うとか言われても知らぬ。ただ今回の反省点を述べると、もっと影の付け方を勉強しような、ってことかな。


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万事屋志乃ちゃんは団子と衆道と金のために動く
銀髪に悪い奴はいない


ついに銀魂に手を出した私ですハイ、座右の銘です。
これまた長ったらしい題名ですみません。好きに省略して構いません。何で私の小説って長い名前のが多いんだろ……?


侍の国。彼らの国がそう呼ばれたのは、今は昔の話。

かつて侍たちが仰ぎ、夢を馳せた江戸の空には、今は異郷の船が飛び交う。

かつて侍たちが肩で風を切り歩いた街には、今は異人が踏ん反り返り歩く。

 

「ふぁ〜〜あ……眠い」

 

そんな街の中、ぐ〜っと伸びをした少女ーー霧島志乃は、欠伸を一つしながら歩く。彼女は銀髪をポニーテールにして、藤色の着流しを纏っていた。

 

志乃はふらりと立ち寄った飲食店で、一心不乱にパフェを食らう一人の男ーー坂田銀時を見かけた。

相変わらずの天然パーマに、暇だった彼女の口角が上がる。

志乃は銀時の前の席に座った。銀時も彼女の気配に気付き、パフェから顔を上げる。

 

「よォ銀」

 

「何だてめーか。パフェならやらねーぞ。俺ァなァ、今丁度週一の楽しみを堪能してんだ」

 

「要らないよパフェなんか。(あたし)が欲しいのは団子パフェだから」

 

「団子パフェだぁ?……なんか美味そーだな……」

 

「そんなことよりあんた団子屋にツケ払ったの?」

 

「ハハッ。何を言ってるんだろうねこの子は」

 

白々しく笑う銀時。目が明後日の方向に向いていた。

恐らく、というか確実に団子屋のツケを払ってないのだろう。バカか……志乃が呆れた次の瞬間、眼鏡の店員がこちらへ倒れ込んできた。

 

「ぶっ」

 

「あ」

 

ぶつかった拍子で志乃の体は押され、机が揺れた拍子でさらに銀時が食らっていたチョコレートパフェが全部溢れた。

そして、それが全て彼女の着流しにかかる。

 

「「…………」」

 

一度シンとした志乃と銀時は黙って立ち上がり、店員の元へ歩み寄った。

眼鏡の髪を掴み、謝らせようとするおっさんの前に立つ。

 

「「おい」」

 

「?がふっ!」

 

おっさんに、ダブルアッパーが炸裂する。

おっさんは豹頭の天人(あまんと)たちの机にぶっ飛ばされた。

突然の出来事に豹頭共が驚き慌てふためく中、事の発端達は冷静に、腰の木刀と金属バットを抜いた。

 

「何だ貴様ァ!!廃刀令の御時世に木刀と金属バットなんぞぶら下げおって!!」

 

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」

 

「ちゃんと飼い主に去勢してもらってますか、コノヤロー」

 

「見ろコレ……てめーらが騒ぐもんだから……俺のチョコレートパフェがお前コレ……丸々溢れちゃったじゃねーか!!」

 

週一の楽しみを潰された恨みに任せて、銀時は木刀を振り下ろした。

木刀は豹頭の脳天にクリーンヒットし、気絶させた。

彼の背後から、今度は志乃が躍り出るように豹頭にバットを向けた。

 

「……きっ……貴様ァ何をするかァァ!!我々を誰だと思って……」

 

「知るかァんなもん!!私ャなァ!!このお気に入りの着物をつい最近クリーニングに出して……返ってきたばっかだったんだよォォォォ!!」

 

お気に入りの服を汚された怒りに任せて、志乃は金属バットを振り回し、残りの豹頭共を一掃した。

豹頭共を片付けて満足した兄妹は、去り際に振り返る。

 

「店長に言っとけ。味は良かったぜ」

 

「私も伝言頼むわ。クリーニング代は慰謝料としてアンタらに請求するって」

 

店を出た二人は、銀時の原チャリに乗って、帰路を走る。

 

「てめーなんで俺の原チャリに乗ってんだよ」

 

「私の店よりアンタんとこの方が近いからね。洗濯機あるでしょ?借りるわ」

 

「使用料220円な」

 

「ジャンプと一緒にしてんじゃねーぞ」

 

生活がジリ貧の銀時は、事あるごとに彼女から金を巻き上げようとする。どっちが年上かわかりゃしない。

私こんな大人に絶対ならない。志乃は心の中で小さな誓いを立てた。

ムカついて、銀時の頭を殴る。

しかし、銀時はヘルメットを被っていたため、志乃の拳は若干腫れてしまった。

 

「チッ……こいつ……」

 

「あ〜やっぱダメだなオイ。糖分とらねーとなんかイライラす……」

 

「おいィィィィ!!」

 

後方からの叫び声に振り返ると、先程の眼鏡店員が木刀と金属バットを持って追いかけてきた。

原チャリに追いつくなんて、こいつなかなかやるな。志乃は感心していた。

 

「よくも身代わりにしてくれたなコノヤロー!!アンタらの所為でもう何もかもメチャクチャだァ!!」

 

必死に原チャリを追いかける眼鏡。

志乃と銀時は一生懸命な彼とは正反対な冷静な対応をする。

 

「わざわざ返しに来てくれたの?律儀な人だね」

 

「いいよあげちゃう。どうせ修学旅行で浮かれて買っちゃった奴だし」

 

「私もいらないわソレ。伝説と呼ばれるバット職人が作ったって店員に騙されて買った奴だし」

 

「違うわァァ!!役人からやっとこさ逃げてきたんだよ!!」

 

全速力で走り続けながらも、怒りをこちらにぶつけ続ける。はっきり言って迷惑だ。

 

「違うって言ってんのに侍の話なんて誰も聞きゃしないんだ!!終いにゃ店長まで僕が下手人だって」

 

「あーあ、切られたね。ザマァ」

 

「レジも打てねェ店員なんて炒飯作れねェ母ちゃんくらいいらねーもんな」

 

「アンタ母親を何だと思ってんだ!!」

 

「バイトクビになったくらいでガタガタうる……」

 

「今時侍雇ってくれる所なんてないんだぞ!!明日からどーやって生きてけばいーんだチクショー!!」

 

眼鏡は八つ当たりで木刀を振り被る。

銀時はふと急ブレーキをかけて後輪を上げ、眼鏡の急所に原チャリの後部をぶつけた。

眼鏡は急所を押さえ、痛みに悶える。

 

「ギャーギャーやかましいんだよ腐れメガネ!!自分だけが不幸と思ってんじゃねェ!!世の中にはなァ、ダンボールをマイホームと呼んで暮らしてる侍も居んだよ!!」

 

「アンタさ、そーゆーポジティブな生き方出来ないの?」

 

「アンタらポジティブの意味分かってんのか!?」

 

ギャーギャー喚き合う三人。

すると、その傍らに建っていた大江戸マートの自動ドアが開き、両手にスーパーのビニール袋を手に提げた1人の女が出てきた。

 

「あら?新ちゃん?こんな所で何をやっているの?お仕事は?」

 

「げっ!!姉上!!」

 

眼鏡の姉上は笑顔を浮かべているが、対する眼鏡は真っ青になった。

それに気付かず挨拶をしようとした瞬間、彼らは眼鏡が真っ青になった理由を知る。

 

「仕事もせんと何プラプラしとんじゃワレボケェェ!!」

 

「ぐふゥ!!」

 

「今月どれだけピンチか分かってんのかてめーはコラァ!!アンタのカスみたいな給料もウチには必要なんだよ!!」

 

姉上は眼鏡を蹴り飛ばし、マウントポジションで弟を殴りまくる。

あの優しげな笑顔から一転し過ぎだ。これは冗談抜きでヤバイ。

銀時と志乃は、さっさと逃げようと原チャリに乗った。理由はただ、巻き込まれたくないからである。

 

「まっ……待ってェ姉上!!こんな事になったのはアイツらの所為で……あ"ー!!待てオイ!!」

 

「急げ銀!あの眼鏡チクったぞ!」

 

何とか原チャリを発進させた銀時。もちろん、志乃はその後ろに乗っている。

よし、戦線離脱。

 

「ワリィ、俺夕方からドラマの再放送見たいか……ら」

 

逃げられる、そう思ったのも束の間だった。姉上が、二人を抱きかかえるように捕まえていた。

姉上はにこりと天使のような笑顔を浮かべていたが、彼らには悪魔による地獄への誘いにしか見えなかった。




志乃誕生のお話。オリジナルで考えていた「銀狼」主人公です。性格は大して変わってません。自由奔放で自分勝手、我が道を行くマイペース。どう生きたらこんな女が育つんでしょうね。
私のクセで、キャラクターの髪型をコロコロ変えちゃうんですね。彼女も元々長髪だったのが短髪になります。でもイイんですよ。カワイイんです。
何故12歳にしたかというと、物語の始まる歳が12だったからです。ちなみに「銀狼」では戦争で24歳で死にます。この小説では変わるかもですが。


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キノコは実は菌の仲間

その後、眼鏡ーー志村新八の姉上ーー志村妙に丁寧にお灸を据えられた志乃達は、彼らが営む恒道館道場で正座させられていた。

もちろん、お妙によって満身創痍、ボロボロである。

 

「いや、あのホント……スンマセンでした」

 

「私ら、その……初共演だったんで、はしゃいじゃったってゆーか……はい、調子乗りました」

 

「ゴメンですんだらこの世に切腹なんて存在しないわ。貴方たちのおかげでウチの道場は存続すら危ういのよ」

 

にこりと笑顔を浮かべているが、その表情のまま短刀を抜くのはどうかと思う。この人マジで怖い。志乃はこの時初めて女性の恐ろしさを知った。

 

まあちょうど良い機会なので、ここで少し舞台設定を振り返ろう。

鎖国が解禁されて20年。

宇宙から来た天人により、江戸は高度成長期を迎えていた。

しかし、技術の発展に伴い、古き良きものは廃れる一方。

この恒道館道場でも同じらしく、廃刀令により今は門下生など一人もいないらしい。

 

「それでも父の遺していったこの道場護ろうと、今まで2人で必死に頑張ってきたのに……お前らの所為で全部パーじゃボケェェ!!」

 

「落ち着けェェ姉上!!」

 

怒りに任せて私らに斬りかかろうとするお妙を、新八が必死に止める。彼の苦労が垣間見えた瞬間だった。

 

「新八君!!君のお姉さんゴリラにでも育てられたの!!」

 

「バカ言ってんじゃねェ!!オランウータンに決まってんだろ!!」

 

「んな事どーでもいーだろーが!!待て、待て待て!!切腹は出来ねーが俺だってケツくらいもつってホラ」

 

「じゃ、ついでに私も」

 

そう言って、銀時と志乃は同時に名刺を差し出す。

 

「……何コレ?万事(よろず)屋 坂田銀時?」

 

「こっちは……万事(よろず)屋 霧島志乃……」

 

「こんな時代だ。仕事なんて選んでる場合じゃねーだろ」

 

「頼まれれば何でもやる商売やってるんだ。こいつとは商売仲間」

 

志乃は銀時を指差してから、立ち上がった彼と同時に親指で自身を指し示して、キメ顔を作る。

 

「この俺、万事(よろず)屋銀さんが、なんか困った事あったら何でも解決してや……」

 

「だーからお前らに困らされてんだろーが!!」

 

「仕事紹介しろ仕事!!」

 

言い切る前に、二人は志村姉弟(きょうだい)から袋叩きにされる。

 

「え、ちょっ、私何も言ってな……痛い!?」

 

「落ち着けェェ!!仕事は紹介できねーが!!バイトの面接の時、緊張しないお呪いなら教えてや……」

 

「要らんわァァ!!」

 

「ギャァァァァ!!」

 

恒道館に、志乃の悲鳴が響き渡ったーー。

 

********

 

彼らをフルボッコにした後、新八はお妙を見やった。二人は一応生きている。のびてはいるが。

 

「姉上……やっぱり、この時代に剣術道場やってくのなんて、土台無理なんだよ。この先、剣が復興することなんてもう無いよ。こんな道場、必死に護ったところで僕ら何も……」

 

「損得なんて関係ないわよ。親が大事にしてたものを子供が護るのに、理由なんているの?」

 

「でも姉上!父上が僕らに何をしてくれたって……」

 

ドカァン!

 

大きな音と共に、道場の引き戸が蹴破られる。

そこから入ってきたのは、マッシュルームヘアの天人3人組だった。

 

「くらァァァァ今日という今日はキッチリ金返してもらうで〜!!ワシもう我慢でけへんもん!!イライラしてんねんもん!」

 

「え、何このマッシュルーム……あ、違う。キノコてめー関西弁使っときゃ怖くなるかとでも思ってんのか。いてまうぞゴラァ」

 

「オメーも使ってんじゃねーか」

 

入ってくるなり騒ぎ立てたキノコ。志乃は取り敢えず罵声を浴びせておいた。すかさず銀時のツッコミが入ったが。

 

「オーイ、借金か。オメーらガキのクセにデンジャラスな世渡りしてんな」

 

「若者は刺激を欲しがるからね。でも借金はやめた方がイイよ」

 

「僕らが作ったんじゃない……父上が」

 

「新ちゃん!!」

 

新八の言葉を、お妙が遮った。

そして、キノコがこちらに絡んでくる。

 

「何をゴチャゴチャ抜かしとんねん!!早よ金持って来んかいボケェェ!!早よう帰ってドラマの再放送見なアカンねんワシ」

 

「どいつもこいつもドラマの再放送ってうるさいな、ちょっとぐらい待ってやんなよ……」

 

「じゃかしーわ!!口挟むなガキ!!こっちはオトンの代からずっと待っとんねん!!もォーハゲるわ!!」

 

「勝手にハゲとけキノコ」

 

志乃は仲裁に入ろうとしたが、キノコに一蹴された。彼女の苛立ちメーターが上がる。

何コイツ。キノコのクセに。キノコの分際で!

 

「金払えへん時はこの道場売り飛ばすゆーて約束したよな!!あの約束守ってもらおか!!」

 

「ちょっと!!待ってください!!」

 

「なんや!!もうエエやろこんなボロ道場。借金だけ残して死に晒したバカ親父に義理なんて通さんでエエわ!!捨ててまえこんな道場……おぶっ!!」

 

キノコの言葉に腹を立てたお妙が、ついにキノコを殴った。

さらに殴ろうとするが、仲間のキノコに押さえられる。

 

「この(アマ)ッ!!何さらしとんじゃ!!」

 

「このォボケェ……女やと思って手ェ出さへんとでも、思っとんかァァ!!」

 

キノコがお妙に手をあげようとしたその瞬間、キノコは背筋に寒気が走った。

志乃はキノコの目の前に立ち、金属バットを目前に向ける。振り被った手首は背後にいる銀時に掴まれていた。

二人は、殺気ともとれないプレッシャーを放っていた。

 

「いーかげんにしな。何があっても女に手ェ出すなと母ちゃんに教わらなかったのか」

 

「そのへんにしとけ。ゴリラに育てられたとはいえ女だぞ」

 

キノコは彼らのプレッシャーに、思わず虚勢を張る。

 

「なっ……なんやワレェェ!!この道場にまだ門下生なんぞおったんかイ!!」

 

「いや、そーではないけど」

 

キノコの発言をバッサリ否定する志乃。

……何だろう。締まりが悪過ぎる。

誰だ。こんな空気にした奴は。……あ、キノコか。

 

「……ホンマにっどいつもこいつも、もうエエわ‼︎道場の件は……。せやけどなァ姉さんよォ。その分アンタに働いてもらうで」

 

そう言ったキノコは、胸の内ポケットから一枚チラシを取り出した。

 

「わしなァこないだから新しい商売始めてん。ノーパンしゃぶしゃぶ天国ゆーねん」

 

「ノッ……ノーパンしゃぶしゃぶだとォ!!」

 

「簡単にゆーたら空飛ぶ遊郭や。今の江戸じゃ遊郭なんぞ禁止されとるやろ。だが空の上なら役人の目は届かん。やりたい放題や。色んな星のべっぴんさん集めとったんやけど、アンタやったら大歓迎やで。まァ道場売るか体売るかゆー話や。どないする」

 

どうやらこれは、借金取りあるあるの一つ、「金返せなかったら体で稼いで払ってもらおーか」というシチュエーションらしい。

しかし、志乃には一つわからなかったことがあった。

なので、傍らに立つ銀時に尋ねてみる。

 

「ねー、銀。ノーパンしゃぶしゃぶって何?」

 

「は?あー……ほらアレだよ、男のロマンだ」

 

「都合よくロマンなんて言ってんじゃねーぞ腐れ天パ」

 

言葉を濁す銀時。

だが、確実に目がいつもの死んだ魚のような目ではなく、変態がキャッキャウフフな展開を妄想してニタニタするような目をしていた。

あまりよろしくない意味だということは、彼女には伝わった。

教えてくれてありがとう。志乃はそう言う代わりに、彼の脛を金属バットで殴る。

銀時は痛みに悶えていたが、もちろん知らんぷりだ。

で、話題の中心たちは、話を続ける。

 

「ふざけるな、そんなの行くわけ……」

 

「分かりました。行きましょう」

 

「え"え"え"え"え"!!」

 

あっさりと体を売ることを選んだお妙に、抗議するように新八が叫ぶ。

 

「ちょっ……姉上ェなんでそこまで……もういいじゃないか、ねェ!!姉上!!」

 

その呼びかけに、お妙は足を止めた。

そして、新八を振り返らず語り出す。

 

「新ちゃん、あなたの言う通りよ。こんな道場護ってたっていい事なんて何もない。苦しいだけ……。……でもねェ私……捨てるのも苦しいの。もう取り戻せないものというのは、持ってるのも捨てるのも苦しい。どうせどっちも苦しいなら、私はそれを護るために苦しみたいの」

 

お妙はそう言い切ると、キノコの車に乗せられ、道場から連れて行かれた。



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殴り込みは型さえ出来てればあとはどうにでもなる

お妙がキノコに連れていかれてから、新八は庭で八つ当たりのように木刀を振っていた。

 

「んだよチキショー!!バカ姉貴がよォォ!!父ちゃん父ちゃんってあのハゲが何してくれたってよ!たまにオセロやってくれたぐらいじゃねーか!!」

 

「父ちゃんハゲてたのか」

 

「銀、今時の若者はスキンヘッドって言うらしいよ」

 

「いや、精神的にハゲて……ってアンタらまだいたんですか!!てゆーかスキンヘッドとハゲは違うわ!!スキンヘッドは髪を剃るけど、ハゲは自然と髪が抜けるんだよ!!しかも人ん家で何本格的なクッキングに挑戦してんの!!」

 

新八のツッコミを完全に聞き流し、銀時はショートケーキワンホールを、志乃は広島風お好み焼きを一枚焼いていた。ちなみに志乃の着流しはいつの間にか洗濯して綺麗になっている。

 

「いや、定期的に甘いもの食わねーとダメなんだ俺」

 

「念のため言っとくけどアンタの分なんて焼いてないから」

 

「だったらもっとお手軽なもの作れや!!あと要らんわ!!」

 

ケーキとお好み焼きを作り終えた銀時と志乃は、新八と一緒に机を囲む。

ふと、銀が新八に尋ねた。

 

「……ねーちゃん追わなくていいのか」

 

「……知らないっスよ。自分で決めて行ったんだから」

 

「おやおや、冷たい奴だね〜」

 

「うるさいです。……姉上もやっぱ、父上の娘だな。そっくりだ。父上も義理だの人情だの、そんな事ばっか言ってるお人好しで、そこをつけこまれ、友人に借金しょいこまされてのたれ死んだ」

 

二人は新八の話を、もっちゃもっちゃと咀嚼しながら聞く。

 

「どうしてあんなにみんな不器用かな。僕は綺麗事並べてのたれ死ぬのは御免ですよ。今の時代、そんなの持ってたって邪魔なだけだ。僕はもっと器用に生き延びてやる」

 

「ふーん……あ、そ。でもさァ……私にはとても、アンタが器用だなんて思えないんだけどなァ」

 

新八は涙を堪えていたのだ。

志乃はそんな彼を見て、ニッと笑う。

 

「アンタもお姉さんも、似た者同士だねェ。私そーゆー人間、好きだよ」

 

お好み焼きとケーキを食べ終わった銀時と志乃は、立ち上がった。

 

「侍が動くのに理屈なんて要らないよ」

 

「そこに護りてェもんがあるなら、剣を抜きゃいい。……姉ちゃんは好きか?」

 

銀時の言葉に、新八は涙を流しながらも、確かに頷いた。

 

********

 

銀時、志乃、新八はノーパンしゃぶしゃぶ天国の船に向けて、原チャリを飛ばしていた。

銀時の後ろに新八が乗り、志乃は垂直離着陸機能を搭載したスクーターで並走していた。

ちなみに、第一便の出航時刻は目前に迫っている。

 

「ヤバイ!!もう船が出ます!!もっとスピード出ないんですか!!」

 

「いや、こないだスピード違反で罰金とられたばっかだから」

 

「んな事言ってる場合じゃないんですって!!姉上がノーパンの危機なんスよ!!」

 

「ノーパンぐらいでやかましーんだよ!!世の中にはなァ、新聞紙をパンツと呼んで暮らす侍もいんだよ」

 

「銀、それデジャヴ」

 

志乃が、薄っすらとしたツッコミを入れる。

彼らの上空に、ふとパトカーが飛んできた。

 

「そこのノーヘル、止まれコノヤロー。道路交通法違反だコノヤロー」

 

「大丈夫ですぅ。頭硬いから」

 

「そーゆー問題じゃねーんだよ!!規則だよ規則!!」

 

「うるせーな、(かて)ーって言ってんだろ」

 

銀時はパトカーに近付き、ヘッドバットを役人の鼻に向けてかます。役人は鼻血を出して悶えていた。うわ〜、痛そっ。

ふと三人が空を見てみると、ノーパ以下略の船が既に出航し、空に飛んでいた。

 

「ノーパンしゃぶしゃぶ天国……出発しちゃった!!どーすんだァ!!あんなに高く……あ"あ"あ"あ"!!姉上がノーパンにぃ」

 

「ったく、こーなったら……」

 

最悪の事態に錯乱しかける新八を横目に、志乃はスクーターの速度を少し下げ、パトカーと並んだ。

 

「ねー、おじさん。この車貸してくれない?」

 

「何言ってんだてめー!!これは役人の車だぞ、貸すわけねーだろ……っておいィィィィ!!何勝手に乗ってくれちゃってんだよ!!」

 

志乃は役人の言葉を全てシカトして、パトカーに乗り込む。

彼女を降ろそうとしてくる役人が、腕を掴む。しかし志乃はすぐさまバットで役人の顔面を殴りつけた。

そして、運転している役人にバットを突きつける。

 

「まあ、そーいうこった。貸せ」

 

志乃はあくまで、あくまで笑顔で懇願した。

脅迫だって?人聞きの悪い!!

役人を全員まとめて後部座席にブチ込み、晴れて運転席に座った志乃は、アクセルを踏んで銀時の原チャリに追いつかせる。

 

「銀!新八!殴り込み行くよ」

 

「おっ。気が利くねー」

 

「オイ!!何役人普通に脅してんだよ!!って、うわああああ!?」

 

助手席の窓からパトカー内に転がり込んだ銀時と新八が所定の位置に着くのを見て、アクセル全開でノーパンしゃぶしゃぶ天国に向かう。

ぎゅうぎゅう詰めになりながらも、新八はハンドルを握る志乃に尋ねる。

 

「ちょっ、ちょっと待って!!志乃ちゃん免許持ってるはずないよね!?何やってんの!!」

 

「……オラァてめーら!!突っ込むぞォォ!!捕まれェェェェェ!!」

 

「無視するなァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

新八の悲鳴を完璧に聞き流し、スピードを上げたパトカーは、ノーパンしゃぶしゃぶ天国に突っ込んだ。

 

ドッゴォ!

 

ちょうどそこにはお妙だけでなくあのキノコがいるらしく、声が聞こえた。

志乃は思わずガッツポーズをした。スゲェ!私天才じゃん!

 

「アカンで、コレパトカーやん!!役人が嗅ぎつけて来よったか!!」

 

「なワケないでしょ。ただのレンタカーだっつーの」

 

「どーも万事屋でーす」

 

「姉上ェ!!まだパンツは履いていますか!!」

 

ここで登場救世主。木刀と金属バットを肩に置き、戦闘モードで銀時と志乃、新八はキメた。

やはり殴り込みというのははカッコよくやればやるほど、それっぽく見えるものである。

 

「……新ちゃん!!」

 

「おのれら何さらしてくれとんじゃー!!」

 

「姉上返してもらいに来た」

 

「アホかァァ!!どいつもこいつももう遅いゆーのが分からんかァ!!新八お前こんな真似さらして道場タダですまんで!!」

 

「道場なんて知ったこっちゃないね。僕は姉上がいつも笑ってる道場が好きなんだ。姉上の泣き顔見るくらいなら、あんな道場いらない」

 

「新ちゃん……」

 

きっぱりと言い切った新八には、大切なものを護るという決意の光が宿っていた。

たった一日でここまで逞しくなったもんだ。志乃は、成長した彼を見て、フッと口元が綻んだ。

だが、状況がマズイことには変わりない。すぐさま四人の周りをキノコ軍団が彼らを囲む。

 

「ボケがァァ!!たった三人で何できるゆーねん!!いてもうたらァ!!」

 

「へー、何だか楽しくなってきたじゃん」

 

「オイ。俺らがひきつけといてやるから、てめーは脱出ポッドでも探して逃げろ」

 

「あんたらは!?」

 

「ゴタゴタ言うな。あんたは姉ちゃん護ることだけ考えときゃいーの」

 

「俺は俺の護りてェもん護る」

 

木刀に手をかけた銀時の隣に、志乃も金属バットを肩に置いて立つ。

 

「オイ志乃」

 

「ん?」

 

「分かってるだろーな。今回は俺の客だからな」

 

「ハイハイ、わかってますよ。ま、仕事仲間の(よしみ)って奴だ。こいつら倒すのに付き合ってやんよ」

 

「何をゴチャゴチャ抜かしとんじゃ!!死ねェェ!!」

 

キノコの合図と共に、銀時と志乃にキノコ軍団が襲いかかる。

しかし、銀時は木刀で、志乃は金属バットでキノコ共を一掃して、道を切り開いていった。

 

「はイイイイ次ィィィィ!!」

 

「返り討ちじゃァァ!!」

 

次々とキノコを打ち倒し、薙ぎ倒す。

一方でキノコ軍団とお妙と新八は、彼らの強さに驚いていた。

 

「新一ぃぃぃ!!行けェェェ!!」

 

「新八だボケェェ!!」

 

新八は名前を間違えて叫んだ銀にもツッコミを忘れず、お妙の手を引いて走り出した。

お妙は、他人である自分たちのためにあそこまで戦ってくれる彼らが気になってたようだが、弟に手を引かれ、とにかく逃げる他なかった。

 

「新ちゃん、いいのあの人たち……いくら何でも多すぎよ、敵が。何であそこまで私達のこと……」

 

「そんなの分かんないよ!!」

 

新八はお妙を振り返ることなく、答えた。

 

「でも、あいつらは戻ってくる!!だってあいつらの中にはある気がするんだ。父上が言ってた、あの……」

 

「あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

「逃げろォォォォッ!!」

 

同時に聞こえてきた声に、2人が振り返ると、銀時と志乃が敵との戦闘から必死になって逃げていた。

 

「ホントに戻ってきた!!」

 

「キツかったんだ!!思ったよりキツかったんだ!!」

 

「銀、老けたね」

 

「んだとォこのガキが!!年上に向かってなんて口聞いてんだ!!」

 

小さな口喧嘩を挟みつつ、新八達に追いつくスピードで走る。

 

「ちょっと!!頼みますよ!!たった数行しかもってないじゃないですか!!」

 

「バカヤロー!!文章を書くってことはなァ、作者にとってんまい棒100本食べるくらい大変なんだぞ」

 

「知るか!!いーからとっとと脱出ポッド探せこのノロマァ!!」

 

「何ちゃっかり楽してんだ!!降りろ!!」

 

走るのに疲れた志乃は、新八の肩に乗り、馬車馬のように彼を叩いて急がせる。

切羽詰まった彼らが逃げ込んだのは、船の動力室だった。

後ろにキノコたちが追いつく。キノコは、拳銃をこちらに向けていた。

 

「追いかけっこは終いやでェ。哀れやの〜昔は国を守護する剣だった侍が、今では娘っ子一人護ることもでけへん(なまくら)や。おたくらに護れるもんなんてもう何もないで。この国も……空もわしら天人のもんやさかい」

 

「国だ空だァ?くれてやるよんなもん。こちとら目の前のもん護るのに手一杯だ。それでさえ護り切れずによォ、今まで幾つ取り零してきたかしれねェ。俺にはもう何もねーがよォ、せめて目の前で落ちるものがあるなら、拾ってやりてェのさ」

 

「しみったれた武士道やの〜。もうお前はエエわ……()ねや」

 

キノコは今度こそ銀時を撃とうと銃を向ける。

しかし、それはキノコの部下により止められた。

 

「ちょっ、あきまへんて社長!!アレに弾当たったらどないするんですか。船もろともおっ死にますよ」

 

「ア……アカン。忘れとった」

 

キノコの話が本当だとするならば、動力源が壊れればこの船は止まるということだ。

そう判断した銀時と志乃は、キノコたちを無視して、動力源に登った。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

「よいしょって年取った人が使う言葉だよね」

 

「バカヤロー。それを言うならどっこいしょだ」

 

「どっちも同じでしょ」

 

「って……登っちゃってるよあいつら!!おいィィ!!ちょっ待ちィィ!!アカンでそれ!!この船の心臓……」

 

「ダメって言われたらやるのがセオリーでしょ?」

 

動力源に登りつめた銀時と志乃はその上に立ち、木刀と金属バットを振るった。

 

「客の大事なもんは、俺の大事なもんでもある」

 

「そいつを護るためなら、私らァ何でもやるよ!!」

 

ズゴン!!

 

力強く振るわれた木刀と金属バットは、動力源に強い刺激を与えた。

 

「きいやァァァァァホンマにやりよったァァ!!」

 

動力源はひび割れ、もはやそれとして機能せず、船は重力に従って落ち始めた。

 

「何この浮遊感気持ち悪っ!!」

 

「ぃえっふぅー!!ジェットコースターみたいだぅおうぇええええ!!」

 

「落ちてんのコレ!?落ちてんの!?ってかここで吐くのやめろォォォォ!!」

 

船内で悲鳴が鳴り響く中、船は江戸の海に落ちていった……。

 

********

 

「幸い海の上だったから良かったようなものの、街に落ちてたらどーなってたことやら。あんな無茶苦茶な侍見たことない」

 

「でも結局助けられちゃったわね」

 

 

「んだよォ!!江戸の風紀を乱す輩の逮捕に協力してやったんだぞ!!」

 

「パトカー拝借したのくらい水に流しなよネチネチうるさいなァ!!」

 

「拝借ってお前パトカーも俺もボロボロじゃねーか!!ただの強盗だボケ」

 

「元々ボロボロの顔じゃねーか!!かえって二枚目になったんじゃねーか」

 

「あ、これ私が吐いた奴処理よろしく」

 

「マジでか!!どのへん!?つーかいらんわ!!自分で処理しろ!!」

 

役人と2人のコントみたいな口論を遠くで見つめながら、新八は呟く。

 

「……姉上、僕……」

 

「行きなさい。あの人達の中に何か見つけたんでしょ。行って見つけてくるといいわ。貴方の剣を」

 

弟の言いたいことを察したお妙は、すぐに許可を出した。

 

「私は私のやり方で探すわ。大丈夫。もう無茶はしないから。私だって新ちゃんの泣き顔なんて見たくないからね」

 

「姉上……」

 

新八は父が亡くなる前に、自分たちに遺した最期の言葉を思い出していた。

 

ーー父上。彼らの魂、如何なるものか。酷く分かり辛いですが、それは鈍く……確かに光っているように思うのです。今しばらく傍らでその光……眺めてみようと思います。

 

新八はそう亡き父に語りかけながら、役人に抑えられている銀時と志乃の元に駆け寄ったのだったーー。




坂田銀時のモデルとなった坂田金時は、平安時代の武士・源頼光(よりみつ)の家臣です。頼光四天王の一人として、大江山の酒呑童子を倒した話で有名ですね。

しかし、この坂田金時は、実在した人物ではないと言われています。元々大江山の鬼退治自体、室町時代頃に作られた伝説であるため、恐らくその辺りで創作されたのではないか、と思われます。

ですが、坂田金時は「金太郎」として後世にも知られていたり、彼の息子である坂田金平はきんぴらごぼうの名の由来になったと言われているあたり、世間の人に親しまれてきたのではないかと思います。

次回、化け物ペット相手に暴れます。


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ペットは飼い方をきっちり学んで万全の準備をした上で飼いなさい

「知るかボケェェ!!金がねーなら腎臓なり何なり売って金作らんかいクソッたりゃー!!」

 

「家賃ごときでうるせーよクソババア!!こないだアレ……ビデオ直してやったろ!アレでチャラでいいだろが!!」

 

「いいわけねーだろ!五か月分の家賃だぞ!!大体あのビデオまた壊れて、『鬼平犯科帳』コンプリート失敗しちまったわい!!」

 

「バカヤロー諦めんな!きっとまた再放送するさ!!」

 

「んなこたァいいから家賃よこせっつーんだよこの天然パーマメント!!」

 

「んだコラァお前に天然パーマの苦しみが分かるか!!」

 

玄関先でギャーギャーうるさい銀時と大家のお登勢が組み合っている。それを下から眺めながら、志乃はアイスを頬張っていた。

 

「ぎゃああああ!!」

 

おそらく銀時はお登勢に投げ飛ばされたのだろう。

ガッシャァアンという大きな音と共に、新八の叫び声が町中に響く。

こいつら……いい近所迷惑だっつーの。

志乃は呆れて、いつも差し入れで持ってくるパンの耳を、贔屓にしているパン屋まで貰いに行った。

 

********

 

「しっかし大変だねェアンタも」

 

「ホントだよ。どーすんスか生活費まで引っぱがされて……今月の僕の給料ちゃんと出るんでしょーね。頼みますよ、僕ん家の家計だってキツいんだから」

 

新八に淹れてもらった茶を啜りながら志乃はソファに凭れる。

差し入れはさほど喜ばれなかったが、生活がジリ貧の彼らにとって、救いの手だったらしい。

ふと、銀時がボソッと呟いた。

 

「腎臓ってよォ二つもあんの何か邪魔じゃない?」

 

「売らんぞォォ!!何恐ろしー事考えてんだ!!」

 

「え、何?新八腎臓売るの?献身的だねェ。高値で買い取ってくれる所紹介してあげるけど」

 

「だから売らねーって言ってんだろ!!二人揃って何同じ事考えてんだよ!!」

 

「カリカリすんなや。金はなァ、がっつく奴の所には入ってこねーもんさ」

 

銀時は頬杖をつきながら、テレビの電源を入れる。

 

「ウチ姉上が今度はスナックで働き始めて、寝る間も惜しんで頑張ってるんスよ……」

 

「アリ?映りワリーな」

 

「新八〜アンテナになって屋根の上に立っといてくんない?金はやらねーけど」

 

「ちょっと!聞ーてんの?」

 

「オ……はいった」

 

銀時が、テレビが映らない時によくやるあるある行動・テレビを叩くことにより、なんとかテレビが映る。こういうあるある行動は意外と役に立つものである。

テレビでは丁度ニュース番組がやっていた。どうやら、宇宙生物(えいりあん)が街で暴れているらしく、街の映像では建物がひどく損壊していた。

 

「オイオイまたターミナルから宇宙生物(えいりあん)侵入か?最近多いねェ」

 

「ぶっそーな世の中だね、まったく」

 

宇宙生物(えいりあん)より今はどーやって生計たてるかの方が問題スよ」

 

新八が呆れたように言うと、玄関のインターホンが鳴った。

 

「え、まさかまたあのババア?」

 

「チッ、しつけーババアだなァ!!」

 

「待って銀、私も協力するよ。しつこいネチネチした女は嫌いだからね」

 

「よし、行くか」

 

「お前ら何のユニット組んでんだよ!!」

 

銀時と志乃が固い握手を交わす隣で、新八がツッコむ。今ここに、世界最弱の対お登勢コンビが形成された。

二人は同時に玄関へ勢いよく走り出した。

 

「金ならもうねーって言ってんだろーが腐れババア!!」

 

「人の話はちゃんと聞けェェ!!」

 

2人揃ってドアを蹴破り、その向こう側にいるはずのお登勢を蹴ったーーはずだった。

しかし、二人が蹴ったのはお登勢ではなく、グラサンに顎髭を生やしたおっさんだった。

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

「局長ォォ!!」

 

「貴様ァァ!!何をするかァァ!!」

 

どうやら彼らは普通の依頼者らしい。

ただ依頼に来ただけなのに、一体誰がこんな結末を予想できただろうか。いや、できない。

 

「スンマセン間違えました」

 

「出直してきまーす」

 

「待てェェェ!!」

 

明らかにやらかした二人は、そそくさと家に戻ろうとする。

しかし、後頭部に突きつけられた拳銃に、足を止めた。

 

「えー、何?私ら何もやらかしてないよ?うん」

 

「今のはカウントしてないのか。いや、そんなことはどうでもいい。貴様らが万事屋だな。我々と一緒に来てもらおう」

 

「……わりーな。知らねー人にはついていくなって母ちゃんに言われてんだ」

 

「グラサンにロクな奴はいないって教わってるの」

 

幕府(おかみ)の言う事には逆らうなとも教わらなかったか」

 

「オメーら幕府の……!?」

 

「入国管理局の者だ。アンタらに仕事の依頼に来たんだ。万事屋さんたち」

 

********

 

銀時、新八、志乃は、依頼者の入国管理局長、長谷川泰三の車に乗せられ、移動していた。

しかし、どこに行くかはまったく聞いていない。ましてや依頼内容も聞いていない。

こんな理不尽な依頼があるのだろうか。いや、実際に現実として起きているから仕方ない。それに、この依頼者は幕府の重鎮だと言う。

 

「そんな偉いさんが、万事屋なんかに何の用だよ……怪しーなー……」

 

「何の用ですかおじさん」

 

志乃は腑に落ちないらしく、溜息交じりに独りごちる。その隣に座る銀時は、余裕ぶっこいて鼻をほじっていた。

長谷川はこちらを振り返らず、煙草に火をつける。

 

「万事屋っつったっけ?金さえ積めば何でもやってくれる奴らがいるって聞いてさ。ちょっと仕事頼みたくてね」

 

「仕事ォ?」

 

幕府(てめーら)仕事なんてしてたのか。街見てみろ。天人共が好き勝手やってるぜ」

 

「アンタらが仕事してたなんて初耳ィ〜」

 

銀時と志乃の情け容赦ない言い分に、長谷川は苦笑いを浮かべる。

 

「こりゃ手厳しいね。俺たちもやれることはやってるんだがね。何せ江戸がこれだけ進歩したのも奴らのおかげだから。おまけに地球(ここ)をエラク気に入ってるようだし無下には扱えんだろ。既に幕府の中枢にも天人は根を張ってるしな。地球から奴らを追い出そうなんて夢はもう見んことだ。俺たちに出来ることは奴らとうまいこと共生していくことだけだよ」

 

「ふーん……共生、ねェ……」

 

「んで、俺らにどうしろっての」

 

「俺たちもあまり派手に動けん仕事でなァ。公にすると幕府の信用が落ちかねん。実はな、今幕府は外交上の問題で国を左右する程の危機を迎えてるんだ。央国星の皇子が今地球(ここ)に滞在してるんだが、その皇子がちょっと問題を抱えていてな……」

 

「はァ、問題。で、それは何なの?」

 

「それが……」

 

********

 

「余のペットがの〜居なくなってしまったのじゃ。探し出して捕らえてくれんかのォ」

 

チョウチンアンコウみたいな触角を頭上から生やし、まさにワガママ皇子のクセに超ブサイクを絵に描いたような皇子の登場と、国家を左右する程の危機の内容に、銀時と志乃と新八は一瞬で帰ろうと踵を返した。

 

「オイぃぃぃ!!ちょっと待てェェェ!!」

 

もちろん、長谷川に止められたが。

 

「君ら万事屋だろ?何でもやる万事屋だろ?いや、分かるよ!分かるけどやって!頼むからやって!」

 

「うるせーな。グラサン叩き割るぞうすらハゲ」

 

「顎髭むしり取るぞ」

 

「ああ、ハゲでいい!!むしり取っていいからやってくれ!!」

 

それに加えて、長谷川は銀時らが帰ろうとした理由も悟ったらしい。第一印象は誰が見てもやはり同じようなものなのだろうか。

長谷川は危機の理由も詳しく説明する。

 

「ヤバイんだよ。あそこの国からは色々金とかも借りてるから幕府(うち)

 

「知らねーよ。そっちの問題だろ」

 

「ペットぐらいで滅ぶ国なら滅んだ方がいいわ。つか滅べ」

 

この会話が聞かれていたらしく、皇子が横槍を入れてきた。

 

「ペットぐらいとは何じゃ。ペスは余の家族も同然ぞ」

 

「あのね、ペットはどう考えても家族には入らないから。だって法律で守られるのは動物愛護法だけだし」

 

「だったらテメーで探してくださいバカ皇子」

 

「オイぃぃ!!バカだけど皇子だから!!皇子なの!!」

 

「アンタ丸聞こえですよ」

 

自分のことを棚に上げて銀時と志乃の口を塞ぐ長谷川に、すかさず新八のツッコミが入る。

新八は何故万事屋の力を借りるのか、と疑問をぶつけた。

 

「大体そんな問題貴方達だけで解決出来るでしょ」

 

「いや、それがダメなんだ。だってペットっつっても……」

 

長谷川が言いかけた途端、背後にあるホテルが崩れ、地響きが鳴った。

それに歓喜の表情を浮かべる皇子。

 

「ペスじゃ!!ペスが余の元に帰って来てくれたぞよ!!誰か捕まえてたもれ!!」

 

ペスは、ペットと呼ぶにはかなりかけ離れた、可愛げどころか化け物感満載のタコだった。

ホテルを次々と粉々にし、こちらへ進撃してくる。

 

「ペスぅぅぅ!?ウソぉぉぉぉ!!」

 

「だから言ったじゃん!!だから言ったじゃん!!」

 

「あっ!!テレビで暴れてた謎の怪物ってコレ!?」

 

「あー、アレか……って、なんてことしてくれてんだバカ皇子!!こちとら迷惑どころの話じゃねーんだよ!!アレに怯えて今でも恐怖に支配される生活を送ってる人だってきっといるんだぞ!!」

 

「ちょ、志乃ちゃん落ち着いて!!」

 

今も避難生活を強いられている江戸市民たちの怒りを代弁した志乃は、皇子を殴ろうとする。

なんとか新八が羽交い締めで押さえながらも、ツッコミ要員は的確なツッコミを忘れない。

 

「てゆーかこんなんどーやって捕まえろってんスか!!そもそもどーやって飼ったわけ!?」

 

「ペスはの〜秘境の星で発見した未確認生物でな。余に懐いてしまった故船で牽引して連れ帰ったのじゃふァ!!」

 

バカ皇子はペスの触手に殴られ、遠く彼方に吹き飛ばされてしまった。

 

「全然懐いてないじゃないスか!!」

 

ペスは皇子をぶっ飛ばした後、街へ向かって歩いていく。

その前に立ちはだかるように、木刀と金属バットを構えた銀時と志乃が現れた。

 

「新八、醤油買ってこい。今日の晩ご飯はタコの刺身だ。いや、タコ焼きのが良いか」

 

「タコのマリネとカルパッチョもよろしく」

 

「「それじゃあ……いただきまーす!!」」

 

「させるかァァ!!」

 

ペスを食べる気満々だった2人は、獲物に向かって走り出す。

そのハンティングを、長谷川がスライディングで2人の足を引っ掛け、転ばせた。

銀時は脳天を地面に勢いよくぶつけ、志乃はごろりんと一回転した。

 

「いだだだだ!!何しやがんだ!!脳ミソ出てない?コレ」

 

「出るはずないじゃん、だってアンタの頭に脳ミソなんて入ってないし」

 

「手ェ出しちゃダメだ。無傷で捕まえろって皇子に言われてんだ!!」

 

「無傷?出来るかァそんなん!!」

 

「それを何とかしてもらおうとアンタら呼んだの!」

 

「無理な事は無理なんだよ!!諦めてハンティングさせろ!私の晩飯奪うつもりかコノヤロー!!」

 

「うわァァァァ!!」

 

長谷川と口論をしていた銀時と志乃が、新八の悲鳴に振り仰ぐ。

新八はペスの触手に捕まり、今まさに食されようとしていた。すぐに銀時が助けに行こうとするが、後頭部に銃が突きつけられる。

 

「勝手なマネするなって言ってるでしょ」

 

「てめェ……」

 

「無傷で捕獲なんざ不可能なのは百も承知だよ」

 

「はァ!?じゃあ何で私らにこんなこと……」

 

「多少の犠牲が出なきゃバカ皇子は分かんないんだって」

 

「!!てめー……だからって……処分許可を得るために新八をエサにするってかよ!!ふざけんなよ!」

 

志乃は思っている丈を、長谷川にぶつけた。

こんなことに意味がないのはわかっている。だが、国を護るために一人の人間の命を犠牲にすることが、何より許せなかった。

 

「どーやら幕府(てめーら)ホントに腐っちまってるみてーだな」

 

「言ったろ。俺たちは奴らと共生していくしかないんだってば。腐ってよーが俺は俺のやり方で国を護らしてもらう。それが俺なりの武士道だ」

 

「クク、そーかい。んじゃ、俺は俺の武士道でいかせてもらう‼︎」

 

銀時は長谷川の銃を持つ手を蹴り上げ、新八の救出に向かった。

志乃も金属バットを握り直し、駆け出す。

長谷川が一人の人間と一国、どちらが大切か考えろと叫ぶ。しかしそんな問い、彼らにとっては愚問だった。

ペスの触手をかわしながら、今にも噛み砕かれそうな新八に、銀時と志乃が叫ぶ。

 

「新八ィィィ!!気張れェェェ!!」

 

「どーしたァ!!男だったら根性見せんかい!!」

 

「気張れったって……どちくしょォォ!!」

 

渾身の力でペスの口を押し開き、そこへ二人が駆け出す。

 

「志乃ォ!!新八頼んだぞ!!」

 

「分かってらァ!!」

 

志乃はペスの上顎を金属バットで思いきり突く。

大きく開いた口に、銀時が飛び込んだ。

 

「幕府が滅ぼうが国が滅ぼうが、関係ないもんね!!俺は、自分(てめー)肉体(からだ)が滅ぶまで、背筋のばして生きてくだけよっ!!」

 

ペスの中に、銀時が入る。すると次の瞬間にペスは盛大に血を吐いた。

新八を触手から救出した志乃は、ペスの口付近にいたため、全身に血を浴びる。

 

「うわっ!もー、またクリーニング出さなきゃいけないじゃん」

 

「銀さん!!無事ですかァ!!」

 

口に向かって、新八が呼びかける。

口内から、同じく血塗れになった銀時が出てきた。

 

「お〜何とかな……」

 

「銀さん!!」

 

「ったく、手間取らせんなっつーの」

 

志乃と新八に手を引かれ、ペスの体内から銀時が帰還する。

志乃は溜息をつきながらも、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「いや……アレだよ。持つべきものは妹ってな」

 

「は?アンタを兄貴だと思ったことはねーよクソ天パ」

 

「んだとコラァァ!!てめー天然パーマバカにしてんだろコノヤロー!!見ろ!この鮮やかなパーマを!!これ地毛だぞ!どーだバカヤロー!!」

 

「何言ってんのお前」

 

志乃が冷静に銀時にツッコミを入れた瞬間、長谷川はあのバカ皇子にアッパーカットを喰らわせていた。

それをめざとく見つけて、銀時が笑う。その笑顔は嫌な奴の笑顔だった。

 

「あ〜〜あ!!いいのかな〜んな事して〜」

 

「知るかバカタレ。ここは侍の国だ。好き勝手させるかってんだ」

 

振り返った長谷川の表情も、どことなく晴れ晴れとしていた。

 

「でも、もう天人取り締まれなくなりますね。間違いなくリストラっスよ」

 

「え?」

 

「あー……仮にも皇子にアッパーカット炸裂させちゃったもんね〜」

 

「バカだな。一時のテンションに身を任せる奴は身を滅ぼすんだよ」




新八のモデルとなった永倉新八は、新撰組二番隊隊長として活躍していました。新撰組の阿部十郎によると、「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」と証言しており、実は剣術の腕においてはあの沖田総司より上だったとも言われています。意外とすごいな、新八!
また、巨大化した新撰組トップの土方や近藤の態度に腹を立て、上司の松平容保に訴えるほどの気概も持ち併せています。
……え?志村けんはどうかって?ンなもん私なんかが語れるわけないでしょう!

次回、神楽登場です。


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漫画雑誌って色んな漫画が一気に読めるから得した気分になるよね

銀時と新八は、スキヤキの材料を購入し原チャリで帰路を急いでいた。

その隣を、志乃が愛用のスクーターで並走する。だが、銀時がとてつもなく重要なことを思い出した。

 

「しまったァ。今日ジャンプの発売日じゃねーか」

 

「え?何?忘れてたの?私買ったよ?」

 

「今週は土曜日発売なの忘れてた……ってオイ!!買ってたの!?買ってたなら教えてくれよ!!」

 

「いや……ジャンプと糖分の事しか頭にないアンタなら覚えてるかと」

 

「くそ〜……引き返すか」

 

「もういいでしょ。スキヤキの材料は買ったんだから」

 

銀時の後ろに乗る新八が、彼を宥める。

 

「まァ、これもジャンプを卒業するいい機会かもしれねェ。いい歳こいてジャンプってお前……いや、でも男は死ぬまで少年だしな……」

 

「スンマセン、恥ずかしい葛藤は心の中でしてください」

 

心の葛藤を独り言のように口に出す銀時に、志乃と新八は呆れる。

そんな最中、突然一人の少女が道に飛び出してきた。

銀時が気付いてブレーキをかけるが、時既に遅し。少女と原チャリの激突事故が起こった。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!轢いちゃったよちょっとォォォ!!どーすんスかコレ!!アンタよそ見してるから!!」

 

「騒ぐんじゃねーよ。とりあえず落ち着いてタイムマシンを探せ」

 

「そうだよ。運命は変えられるとどこかの誰かが言ってた。だからとにかく落ち着こう」

 

「アンタらが落ち着けェェェ!!」

 

この出来事に銀時と志乃は激しく動揺し、銀時は自販機の取り出し口に頭を突っ込み、志乃は缶専用のゴミ箱に頭を入れようとしていた。

新八のおかげでなんとか落ち着いた2人は、轢かれた少女に近寄る。

 

「だ……大丈夫だよオメーよぉ。お目覚めテレビの星座占いじゃ、週末の俺の運勢は最高だった」

 

「そ、そっか……なら、奇跡が起こって無傷かもね……うん」

 

「なァ、オイ。お嬢……!!」

 

銀時が少女の体を起こしてみると、地面には血が流れていた。

 

「お目覚めテレビぃぃぃぃぃ!!てめっもう二度と見ねーからなチクショー!!いや、でもお天気お姉さん可愛んだよな」

 

またも恥ずかしい葛藤を口に出す銀時。

轢かれた少女を新八の体に縛り付け、病院に向かっていた。

少女はピクリとも動かず、意識を失っているようだった。

 

「こりゃマズイね。早いとこ医者に診てもらわないと……ん?」

 

銀時たちの後ろから、黒塗りの車が近付く。

車の助手席に座るパンチパーマのグラサン男は窓を開け、拳銃をこちらに向けていた。

そして、2発ほど発砲する。新八は痛みがくると思って目を瞑っていたが、それは来なかった。

目を開けてみると、新八に括り付けられた少女が傘をさして、銃弾をガードしていたのだ。

少女は今度は傘を閉じ、追ってくる車に向ける。

傘から発砲され、銃弾を受けた車は近くの木にぶつかってそれから動くことはなかった。

 

********

 

銀時たちは、またパンチパーマの仲間が襲ってくる可能性を考え、ひとまず路地裏に避難した。

 

「お前ら馬鹿デスか?私……スクーター撥ねられた位じゃ死なないヨ。コレ奴らに撃たれた傷アル。もう塞がったネ」

 

「何ソレ。アンタご飯にボンドでもかけて食べてんの?」

 

「まァいいや。大丈夫そうだから俺ら行くわ。お大事に〜」

 

ヤクザに追われるなど、この少女は何やら抱えているらしい。

面倒事はごめんと早々に退散しようとした銀時たちだったが、少女に原チャリとスクーターの後部を掴まれ、逃げることができなかった。

 

「ヤクザに追われてる少女見捨てる大人見たことないネ」

 

「ああ、俺心は少年だからさァ。それに、この国では原チャリとスクーター片手で止める奴を少女とは呼ばん。マウンテンゴリラと呼ぶ」

 

こんなことをしている内に、先程のパンチパーマ一味に見つかった。

 

「ちょっ何なの!?アイツら。ロリコンヤクザ?」

 

「何?ポリゴン?」

 

「ロリコンは死ね。そして二度と輪廻の輪に還るな」

 

それでも逃げながら、少女が追われている理由を聞いた。

 

話が長いので要約するとこうだ。

天人の彼女の家はビンボーで、三食ふりかけご飯の生活を送っていた。少女はそんな生活を変えるため、故郷の星から江戸へ出稼ぎに来ていた。

そんな時、パンチパーマのヤクザに三食鮭茶漬けが食べられると言われ、地球人より体が丈夫な彼女は、彼らの元で喧嘩の代行をすることとなる。

しかし、喧嘩するだけのはずが、どんどんとエスカレートしていき、人殺しまで命じられた。

彼女はそれが嫌で、ヤクザから逃げ出そうとしていたのだ。

 

そんな話をしている内に、なんとかヤクザをまいた。

 

「私もう嫌だヨ。江戸とても恐い所。故郷(くに)帰りたい」

 

少女がポツリと呟くと、バケツから出てきた銀時と志乃が言う。

 

「バカだなオメー。この国じゃよォ、パンチパーマの奴と赤い服を着た女の言うことは信じちゃダメよ」

 

「ま、アンタが自分で入った世界だ。他人の私らが何とか出来る立場じゃないし。アンタで落とし前つけるんだね」

 

「オイ、ちょっと」

 

新八の制止を無視して、銀時と志乃は去っていった。

 

********

 

銀時と志乃は、それぞれの愛車を立ち上がらせる。エンジンをかけた志乃は、ふと銀時を振り返った。

 

「アンタ、これからどーすんの?」

 

「バカ言ってんじゃねーよ。ジャンプ買いに行くに決まってんだろ」

 

「売ってるかね〜、今さら遅いと思うけど?」

 

「バカヤロー。行ってみなきゃ分かんねーだろ。江戸中の本屋行って探すわ」

 

ヘルメットを着用した銀時に、志乃は言い放つ。

 

「とか何とか言って、アイツらが心配なんじゃねーの?」

 

「はァ?どーだろーな」

 

銀時はそうしらばっくれると、原チャリを走らせた。

その後ろ姿を見送り、志乃もスクーターを上空に浮上させる。そして、走り去る銀時を見下ろした。

 

「……まったく。素直じゃないんだから」

 

志乃はフッと笑うと、駅の方向へ向かった。

 

********

 

志乃が駅に着くと、銀時が線路に原チャリで入っていくのを見た。

よく見ると、線路の上にバケツが落ちている。その中には新八と少女がいた。

 

「あっ!あのパンチパーマもいる」

 

志乃は駅の中にパンチパーマを見つけて、スクーターから飛び降りた。

新八たちは、銀時が絶対に助け出す。それをわかっていたからこその行動だった。

 

志乃は駅のホームに膝を折って着地した。

立ち上がり、金属バットを構える。

一方、線路の上では、銀時が危機一髪でバケツを木刀でぶん殴って弾き飛ばし、バケツは屋根を突き破って落下してきた。

そろそろだと、背後から不意打ちでパンチパーマの一人をバットで殴った。

 

「ぐはっ!?」

 

「?どうし……ブフォ!!」

 

「なにをすっ……るうう!!」

 

ほとんど一言も発させずに打ち倒していく志乃。

パンチパーマの親玉には、少女が近付いていた。

 

「私、戦うの好き。それ夜兎の本能……否定しないアル。でも私、これからはその夜兎の血と戦いたいネ。変わるため戦うアル」

 

傘を手にずんずん近付く少女に、親玉は後退りする。

 

「野郎ども、やっちまいな!!」

 

そう叫んで親玉が振り返るが、そこには打ちのめされたパンチパーマ集団と、血の付いたバットを肩に担ぐ志乃が立っていた。

 

「アレ!?」

 

「よォ。アンタの部下情けないね。一瞬で片付いちゃったよ」

 

「なっ……お前ら、それでもパンチ……パーマぁぁぁぁ!!」

 

志乃に気を取られていた親玉は、少女の一撃にあっさりと静められるのだった……。

 

********

 

一件を終えた銀時たちは、ホームの椅子に座り、少女は親玉のパンチパーマを剃っていた。

 

「助けにくるならハナから付いてくればいいのに」

 

「ワケの分からない奴ネ……シャイボーイか?」

 

「いや、ジャンプ買いに行くついでに気になったからよ。死ななくてよかったね〜」

 

「僕らの命は220円にも及ばないんですか」

 

「まあまあそう怒るなよ新八。ピンチの時に颯爽と現れる……それが主人公の掟だろ」

 

「だからって心臓に悪いんだよ!!要らんわそんな掟!!」

 

いつものような会話をしていると、電車がやってきた。

 

「あ、ホラ電車来たよ」

 

「早く行け。そして二度と戻ってくるな災厄娘」

 

「うん。そうしたいのはやまやまアルが、よくよく考えたら故郷に帰るためのお金持ってないネ。だからもう少し地球(ここ)に残って金貯めたいアル。ということでお前の所でバイトさせてくれアル」

 

少女の衝撃発言に、銀時は最新号のジャンプを破っていた。

買ったばかりなのに良かったのだろうか。

そして彼らの生活はジリ貧だというのに、ここで働いて大丈夫なのかお前は。

 

「じょっ……冗談じゃねーよ!!何でお前みたいなバイオレンスな小娘を……」

 

少女は銀時と新八の間に、拳を入れる。

壁にはヒビが入っていた。

 

「なんか言ったアルか?」

 

「「言ってません」」

 

「ははっ、楽しくなりそーだね」

 

「てめーコノヤロー!!他人事だと思いやがって!!よーし分かった。てめーんとこの店にエッチな手紙500通毎日送りつけてやる!!」

 

「嫌がらせが低俗ー」

 

「やめてください。パンの耳の支給が途絶えますよ」

 

こうして、夜兎族の少女ーー神楽が万事屋メンバーに加わった。




神楽のモデルとなったかぐや姫。彼女が登場するのは、今から1000年以上前に書かれた、日本で初めてと言われる物語。
「竹取物語」と呼ばれるそれは、誰もが知ってる話ですよね。誰が書いたかもいつ書かれたかもわかってない謎の多い物語ですが、大体10世紀頃には成立していたと言われています。
この話、ラストでかぐや姫が月に帰る前に、不死の薬を帝に手紙と共に渡すのですが、帝は大層悲しんで手紙を読むこともしませんでした。そして、この国で最も月に近い場所、つまり最も高い場所で、不死の薬を焼かせたのです。ここから、富士山(不死山)と呼ばれるようになったという逸話があります。

次回、泥棒猫&新キャラ登場です。


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人は打ち解けていくうちに本性をさらけ出すもの

スナックお登勢にて。

 

「おかわりヨロシ?」

 

神楽は、何杯目になるか分からない空の茶碗をお登勢に突き出した。

 

「てめっ何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつーの。ここは酒と健全なエロを嗜む店……親父の聖地スナックなんだよ!!そんなに飯食いてーならファミレス行ってお子様ランチでも頼みな!!」

 

「ちゃらついたオカズに興味ない。たくあんでヨロシ」

 

「食う割には嗜好が地味だな、オイ!!ちょっとォ!!銀時!!何だいこの娘!!もう5合も飯食べてるよ!!どこの娘だい!!」

 

お登勢が怒鳴りながら銀時と新八を見やる。二人は随分とげっそりとしていた。

 

「5合か……まだまだこれからですね」

 

「もうウチには砂糖と塩しかねーもんな」

 

「なんなんだいアイツら。あんなに憔悴しちまって……ん?」

 

お登勢は視線を銀時たちから神楽に向けると、神楽は炊飯器を掻き込みながら米を食らっていた。

 

「ってオイぃぃぃ!!まだ食うんかいィィ!!ちょっと誰か止めてェェ!!」

 

「バーさんうるさい。よォ銀」

 

お登勢の叫びを一蹴して、志乃が扉を開けてやってきた。その手には、パンの耳が大量に入った袋が握られている。

 

「大丈夫かアンタら……随分やつれてっぞ」

 

「うるせー……ギリギリ生きてるから無事だよ」

 

「志乃ちゃんの差し入れが仏様の餞別に思えてくるよ……」

 

「大げさだよ」

 

パンの耳を受け取った新八が、涙を拭う。志乃が彼らにならってソファに座ると、お登勢が隣に座った。

そこに、赤髪の従業員がお登勢に近寄ってきた。

 

「お登勢さ〜ん。表の掃除、終わりましたァ」

 

「ああ、ありがとね瀧」

 

瀧と呼ばれた女ーー三島瀧は、お登勢の隣に座る志乃を見ると、目を見開いた。

 

「あっ、志乃」

 

「おっ、お疲れタッキー」

 

「?タッキー、志乃ちゃんと知り合いアルか?」

 

神楽が尋ねると、お瀧の代わりに志乃が答えた。

 

「そうだよ。私の経営する万事屋の従業員さ」

 

「志乃ちゃんにも従業員がいるんだね」

 

「まあね」

 

志乃はそう言い切り、頬杖をつく。

神楽がお瀧にジュースを要求する横で、銀時はお登勢に神楽のことを説明した。

 

「へェ〜じゃあ、あの娘も出稼ぎで地球(ここ)に。金欠で故郷に帰れなくなったところをアンタが預かったわけ……バカだねぇ、アンタも。家賃もロクに払えない身分のクセに。あんな大食いどうすんだい?言っとくけど家賃はまけねぇよ」

 

「俺だって好きで置いてる訳じゃねぇよ、あんな胃袋拡張娘」

 

そう言った次の瞬間、銀時の頭にグラスがクリティカルヒットする。

投げたのはもちろん神楽だ。

 

「なんか言ったアルか?」

 

「「「「言ってません」」」」

 

十代で脅しなんてどこで覚えたのだろうか。親の顔が見てみたいものだ。

銀時がグラスをぶつけられた箇所を摩りながら顔を上げると、タオルが差し出された。

 

「アノ、大丈夫デスカ?コレデ頭冷ヤストイイデスヨ」

 

「あら?初めて見る顔だな。新入り?」

 

「ハイ。今週カラ働カセテイタダイテマス。キャサリン言イマス」

 

「キャサリンも出稼ぎで地球(ここ)に来たクチでねェ。実家に仕送りするため頑張ってんだ」

 

「へぇ〜エライねェ。どっかの誰かさんなんて自分の食欲満たすためだけに……」

 

今度は志乃が言い切る前に、グラスが頭にヒットした。投げたのは以下省略。

 

「なんか言ったアルか?」

 

「「「「言ってません」」」」

 

「ああー!志乃ー!」

 

デジャブな光景が広がる中、お瀧の声が店に響く。突然、店の扉が開いた。

 

「すんませーん。あの、こーゆもんなんだけど、ちょっと捜査に協力してもらえない?」

 

手帳を見せながら入ってきたのは役人だった。これは刑事ドラマでよくある、聞き込みシーンというところだろうか。

店に入り込んできた役人に、お瀧が尋ねる。

 

「なんかあったんですか?」

 

「うん、ちょっとね。この辺でさァ店の売り上げ持ち逃げされる事件が多発しててね。なんでも犯人は不法入国してきた天人らしいんだが。この辺はそーゆー労働者多いだろ。何か知らない?」

 

「知ってますよ。犯人はコイツです」

 

銀時がすかさず神楽を指差すが、神楽は真顔で向けられた銀時の人差し指を折った。

 

「おまっ……お前何さらしてくれとんじゃァァ!!」

 

「下らない冗談嫌いネ」

 

「てめェ故郷に帰りたいって言ってたろーが!!この際強制送還でもいいだろ!!」

 

「そんな不名誉な帰国御免こうむるネ。いざとなれば船にしがみついて帰る。こっち来る時も成功した。何とかなるネ」

 

「不名誉どころかお前ただの犯罪者じゃねーか!!」

 

「酸素もない状態でよく地球に来れたね」

 

志乃のポツリと呟いた言葉が死ぬほどどうでもいい。彼らがギャーギャー騒ぐのを見て、役人は呆れたように言う。

 

「……なんか大丈夫そーね」

 

「ああ、もう帰っとくれ。ウチはそんな悪い娘雇ってな……!?」

 

スナックお登勢の外で、エンジン音が聞こえる。

見ると、銀時の原チャリに何やらたくさんの荷物を乗せたキャサリンが、原チャリのエンジンをかけていた。

 

「アバヨ、腐レババア」

 

キャサリンはそう吐き捨てると、原チャリを発進させ逃げていった。

 

「まさかキャサリンが……」

 

「お登勢さん!!店の金レジごと無くなっとるで!!」

 

お登勢が店の扉ごしに去りゆくキャサリンを見る。お瀧がレジが無くなっていることをお登勢に知らせると、銀時、神楽、志乃もあることに気付く。

 

「あれ、俺の原チャリもねーじゃねーか」

 

「あ……そういえば私の傘も無いヨ」

 

「私のバットも……」

 

盗まれた、と悟った3人は、揃ってキャサリンの後ろ姿を見つめた。

そして次の瞬間、怒りを露わにして叫んだ。

 

「あんのブス女ァァァァァ!!」

 

「血祭りじゃァァァァ!!」

 

「ぶちのめしたらァァァァァ!!」

 

怒りに狂った三人は、新八と役人が止めるのも聞かずにパトカーに乗り込み、車を発進させた。それを、お登勢とお瀧が眺めていた。

 

「……どうしますん?お登勢さん」

 

お瀧の質問に、お登勢が答えることはなかった。

 

********

 

車に乗り、キャサリンを追う三人を、新八が宥めようとする。だが、三人はまったく聞く耳を持たない。

それでも、新八は説得しようとした。

 

「ねェ!とりあえず落ち着こうよ三人共。僕らの出る幕じゃないですってコレ。たかが原チャリや傘やバットでそんなにムキにならんでもいいでしょ」

 

「新八、俺ぁ原チャリなんてホントはどーでもいいんだ。そんなことよりなァ、シートに昨日借りたビデオ入れっぱなしなんだ。このままじゃ延滞料金がとんでもない事になるどうしよう」

 

「アンタの行く末がどうしようだよ!!」

 

「あのバットはねェ、伝説のバット職人が作ったと言われる最強のバットなんだよ。めちゃくちゃ高かったんだからな。それを誰かに盗られてたまるか」

 

「第一話でいらないって言ってたじゃねーか!!つーか結局金かい!!」

 

「延滞料金や高額バットなんて心配いらないネ。もうすぐレジの金が丸々手に入るんだから」

 

「お前はその綺麗な瞳のどこに汚い心隠してんだ!!」

 

下らない理由にここまでやるのか。猪突猛進に突き進む人とは真に恐ろしいものである。

そして、新八がここで重要な事を思い出す。

 

「そもそも神楽ちゃん免許もってんの!なんか普通に運転してるけど」

 

「人撥ねるのに免許なんて必要ないアル」

 

「オイぃぃぃ!!ぶつけるつもりかァァ!!」

 

「お前勘弁しろよ。ビデオ粉々になるだろーが」

 

「バット折れたらどーしてくれんのさ」

 

「オメーらはビデオとバットから頭離せ!!」

 

流石、ツッコミ要員は的確かつ迅速なツッコミを入れてくる。

そうこうしているうちに、キャサリンに追いついた。キャサリンは振り切ろうと、路地に入る。

 

「ほァちゃああああ!!」

 

アメリカ映画さながらのドライビングテクニックを見せる神楽。家の壁が壊れてもお構いなしに突き進む。

 

「オイオイオイオイ」

 

「何かもうキャサリンより悪い事してんじゃないの僕ら!!」

 

「死ねェェェアルキャサルィィィン!!」

 

猛スピードでキャサリンに突っ込もうとしたその瞬間、車は路地から出た。その先には川が流れていた。志乃達を乗せていたパトカーは、川に落ちてしまう。ちなみにキャサリンは傍に曲がっていて、無事である。

キャサリンは余裕の表情で、川に落ちたパトカーを見下ろしていた。

 

「そこまでだよキャサリン!!」

 

原チャリを動かそうとしたキャサリンを制止する声が聞こえた。

声の主をキャサリンが見ると、橋の上にお登勢が立っていた。

 

「残念だよ。あたしゃアンタのこと嫌いじゃなかったんだけどねェ。でもありゃあ、偽りの姿だったんだねェ。家族のために働いてるっていうアレ、アレもウソかい」

 

「……オ登勢サン……アナタ馬鹿ネ。世話好キ結構。デモ度ガ過ギル。私ノヨウナ奴ニツケコマレルネ」

 

「こいつは性分さね、もう直らんよ。でも、おかげで面白い連中とも会えたがねェ。ある男はこうさ。ありゃ雪の降った寒い日だったねェ」

 

********

 

ーーあたしゃ気まぐれに旦那の墓参りに出かけたんだ。

お供え物置いて立ち去ろうとしたら、墓石が口ききやがったんだ。

 

「オーイババー。それまんじゅうか?食べていい?腹減って死にそうなんだ」

 

「こりゃ私の旦那のもんだ。旦那に聞きな」

 

そう言ったら、間髪入れずそいつはまんじゅう食い始めた。

 

「なんつってた?私の旦那」

 

********

 

「そう聞いたらそいつ何て答えたと思う。死人が口きくかって。だから一方的に約束してきたって言うんだ」

 

お登勢の言葉も聞かず、キャサリンはお登勢に向かって原チャリを走らせる。

それでも、お登勢は動かなかった。代わりに、口を動かしていた。

 

「この恩は忘れねェ。アンタのバーさん……老い先短い命だろうが、この先はあんたの代わりに俺が護ってやるってさ」

 

銀時は川から飛び出し、キャサリンの背後から木刀を振り上げた。

 

********

 

銀時の活躍により、キャサリンは無事逮捕され、盗まれた物も帰ってきた。

現場には、店番を任されたはずのお瀧もやってきた。逮捕されたキャサリンを眺めながら、銀時は呟く。

 

「仕事くれてやった恩を仇で返すたァよ、仁義を解さない奴ってのは男も女も醜いねェババア」

 

「家賃を払わずに人ん家の二階に住みついてる奴は醜くないのかィ?」

 

「ババア、人間なんてみんな醜い生き物なのさ」

 

「何か崇高な目的を掲げても、力のある物に目が眩んじまうもんだよ」

 

「アンタら言うとることメチャクチャやで!」

 

銀時と志乃の発言に、お瀧がツッコミを入れる。お登勢は煙草を吹かしながら、溜息をついた。

 

「まァいいさ。今日は世話んなったからね。今月の家賃くらいはチャラにしてやるよ」

 

「マジでか?ありがとうババア。再来月は必ず払うから」

 

「なに、さりげなく来月スッ飛ばしてんだ!!」




タッキー誕生のお話。元よりオリジナルで考えていた「銀狼」のお話で、主人公の霧島志乃の仲間として生まれました。舞台は幕末〜明治あたりだったのですが、何故か初期設定では弓矢を扱ってました。忍者になったのはもうちょい後。髪型は全く変わってません。また、性格は今よりもっとヤンチャな感じで、志乃よりも年下でした。

次回、テロリストと警察の争闘に巻き込まれます。


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あだ名で呼び合うことは友達になるための第一歩

この日、志乃は銀時たちにパンの耳と農家の知り合いが作った売れ残りの米をおすそ分けするため、スクーターを走らせていた。

今日も志乃の店では各々が仕事に向かっており、志乃一人がヒマだった。

スナックお登勢に近付くと、何やら大きな音がした。

見てみると、飛脚が事故を起こしてスナックお登勢に突っ込んだらしい。

店の外では、お登勢とお瀧が飛脚の胸倉を掴んでいた。

 

「くらあああああ!!ワレェェェェェ!!人の店に何してくれとんじゃァァ!!」

 

「てめー、ここを何や思とんねん!!死ぬ覚悟できとるんやろーな、アアン!?」

 

「ス……スンマセン。昨日からあんまり寝てなかったもんで」

 

「よっしゃ!!今永遠に眠らしたらァァ!!」

 

「アンタが欲しかった睡眠やで、感謝しィや!!」

 

「ハイハイ、お登勢さんタッキー落ち着け!怪我人相手にさらなる怪我を増やしてやるな」

 

怒り狂うお登勢とお瀧を、志乃が止める。騒ぎに気付いた銀時達も降りてきて、飛脚の元に駆け寄った。

 

「……こりゃ酷いや。神楽ちゃん、救急車呼んで」

 

「救急車ャャァアア!!」

 

「誰がそんな原始的な呼び方しろっつったよ」

 

新八の要求に神楽が応えるが、当然だが空に向かって叫んだところで救急車はいつまで経ってもやって来やしない。手紙を拾う銀時に、飛脚が小包を差し出した。

 

「これを……俺の代わりに届けてください……お願い。なんか大事な届け物らしくて、届け損なったら俺……クビになっちゃうかも。お願いしまっ……」

 

それだけ言うと、飛脚は力尽きて倒れてしまった。

 

********

 

こうして、銀時達と志乃が、小包を飛脚の代わりに届けることとなった。

住所通りに歩くと、たどり着いた場所は戌威大使館だった。戌威族とは、地球に最初に来た天人だ。かつて、江戸城に大砲をブチ込み、この国を無理やり開国させた恐ろしい国である。

銀時達が大使館の周りをうろちょろしていると、戌威族の警備員に見つかった。

 

「こんな所で何やってんだてめーら。食われてーのか、ああ?」

 

「いや……僕ら届け物頼まれただけで」

 

「オラ、神楽早く渡……」

 

銀時が神楽を見やると、神楽はしゃがんでくいくいと手を差し出していた。

 

「チッチッチッおいでワンちゃん、酢昆布あげるヨ」

 

すかさず、銀時が神楽の頭をスパンと叩く。小包は、神楽の代わりに志乃が手渡そうとした。

 

「届け物がくるなんて話きいてねーな。最近はただでさえ爆弾テロ警戒して厳戒体制なんだ。帰れ」

 

「ドッグフードかもしれないよ。貰っときなよ」

 

「そんなもん食うか」

 

「え!?食べないの!?」

 

衝撃の事実に驚愕する志乃。小包は見事はね飛ばされ、大使館の塀の中、つまり敷地内に落ちた。

次の瞬間、小包が爆発して門を破壊した。爆風が巻き起こる中、彼らの危険信号が静かに作動する。

 

「……なんかよくわかんねーけど、するべきことはよく分かるよ」

 

「逃げろォォ!!」

 

「待てェェテロリストォォ!!」

 

逃げるが勝ち。しかし犬に捕まった新八は、逃げようとする銀時の手を掴み、銀時は志乃の手を掴み、志乃は神楽の手を掴んだ。電車のように仲良く連結しているが、会話はあまり仲が良さそうとは言えない。

 

「新八ィィィ!!てめっどーゆーつもりだ離しやがれっ」

 

「嫌だ!!一人で捕まるのは!!」

 

「寂しがるなよ!!俺の事は構わず行けとか……そんなカッコいい台詞も言えねーのか!!」

 

「私に構わず逝ってみんな」

 

「ふざけんなお前も道連れだ」

 

そんなことをしている間に、犬がさらに仲間を呼んでくる。最悪だ。取り敢えず最悪だ。この歳で手錠にお世話になるとか論外だ。

このままでは確実に全員捕まる。そう覚悟した次の瞬間、錫杖を手にし、笠をかぶった男が犬の頭の上を渡り歩いてきた。

新八の手を掴んだ犬も踏みつけ、着地した男は笠を脱いだ。

 

「逃げるぞ銀時、志乃」

 

「おまっ……ヅラ小太郎か!?」

 

「え!?ヅラ小五郎兄ィ!?」

 

「ヅラじゃない桂だァァ!!それと小五郎は元ネタの名前だァ!!」

 

見事二人揃って本名を呼ばれなかった男ーー桂小太郎は、アホ兄妹にアッパーカットを食らわせた。

 

「てっ……てめっ久しぶりに会ったのにアッパーカットはないんじゃないの!?」

 

「ちょっと!何かわいい妹分にアッパーカット食らわせてんの!!」

 

「そのニックネームで呼ぶのは止めろと何度も言ったはずだ!!それと志乃、貴様は相変わらず人の名前一つ、まともに覚えられないのか!?」

 

覚えられない、というかこの二人の場合は覚えるつもりがないのである。覚えるならもっと別のものを覚える。銀時は当たりやすいパチンコ台を、志乃は近日発売の注目衆道雑誌を。

 

「つーか、お前なんでこんな所に……」

 

「話は後だ、銀時。行くぞ!!」

 

旧友との懐かしい語らい(?)もそこそこに、追われる身である銀時たちは桂と共に逃げ出した。

志乃は逃げている最中誰かの視線を感じていたが、それが誰かという答えも出さずに、とにかく走る事に集中した。

 

********

 

志乃が感じていた視線。それは、真選組からの目だった。

逃げ惑う銀時たちを見ていた男は、後ろにいる山崎という男に、桂の拠点を調べに行かせた。

自分はというと、煙草を吹かしながら、桂の指名手配のチラシに目を落としていた。

 

「天人との戦で活躍したかつての英雄も、天人様様の今の世の中じゃただの反乱分子か。この御時世に天人追い払おうなんざ、大した夢想家だよ」

 

男はそう独りごちながらチラシを丸め、仕事中だというのにアイマスクをして眠りこけている男にチラシを投げ付けた。

 

「オイ。総悟起きろ」

 

チラシは総悟ーー沖田総悟の頭に当たり、それで目を覚ましたらしく、むくりと起き上がりアイマスクを外す。

 

「お前よくあの爆音の中寝てられるな」

 

「爆音って……またテロ防げなかったんですかィ?何やってんだィ土方さん真面目に働けよ」

 

「もう一回眠るかコラ」

 

先程まで仕事中に寝ていた奴が言う台詞だろうか。

土方さんと呼ばれた男ーー土方十四郎は相変わらずの沖田に呆れながらも、言葉を続けながら刀を抜いた。

 

「天人の館がいくらフッ飛ぼうが知ったこっちゃねェよ。連中泳がして雁首揃ったところをまとめて叩っ斬ってやる。真選組の晴れ舞台だぜ。楽しい喧嘩になりそうだ」

 

土方は刀に手を添え、ニヤリと笑った。

そんな彼の視界の傍らに、ふと黙々とレタスを食べる男が入った。

 

「てめーも仕事せずにレタスばっか食ってんじゃねーよ」

 

「むぐっ!!」

 

苛立った土方が、男の頭をぶん殴った。

男は喉にレタスを詰まらせてしまい、すぐに水で流し込んだ。

 

「何するんスか土方さん!!」

 

「うるせー、仕事サボってレタス貪ってた奴がごたごた言うな。オイ、行くぞ。桂が出たんだ」

 

「え?ああ……はいはい」

 

男はレタスの葉を一枚口に入れ、刀を持って立ち上がった。

彼の名は、杉浦大輔。

 

********

 

桂の手配でホテルに逃げ込んだ銀時たちは、部屋にいた。

テレビでは先程の爆破事件のニュースが報道されており、しかもバッチリ5人共監視カメラに映っていた。ニュースでは、監視カメラに映っていた銀時達を、テロリストと報じていた。

 

「バッチリ映っちゃってますよ。どーしよ、姉上に殺される」

 

「テレビ出演……実家に電話しなきゃ」

 

新八と神楽がテレビを見る横で、銀時は悠々と寝転び、志乃は呑気にせんべいをボリボリ頬張っていた。どんな時でもマイペースを貫く彼らには、危機感というものがないのだろうか。

新八はそんな二人を振り返る。

 

「何かの陰謀ですかね、こりゃ。何で僕らがこんな目に……唯一桂さんに会えたのが不幸中の幸いでしたよ、こんな状態の僕ら匿ってくれるなんて。銀さん志乃ちゃん、知り合いなんですよね?一体どーゆー人なんですか?」

 

「んーテロリスト」

 

「もしくは爆弾魔とも言う」

 

「はィ!?」

 

「そんな言い方は止せ」

 

桂の声と共に、障子が開く。

桂が数人の侍を引き連れて現れた。

 

「この国を汚す害虫"天人"を討ち払い、もう一度侍の国を立て直す。我々が行うは国を護るがための攘夷だ。卑劣なテロなどと一緒にするな」

 

「攘夷志士だって!?」

 

「なんじゃそらヨ」

 

神楽がせんべいをバリバリ食べながら興味なさそうに尋ねる。

 

画面の前の皆さんの中には知らない人もいると思うので説明しよう。

攘夷とは、二十年前の天人襲来の際に起きた、外来人を排そうとする思想である。

圧倒的な武力を背景に高圧的に開国を迫ってきた天人に、危機感を感じた侍たちは、彼らを江戸から追い払おうと一斉蜂起したのだ。

だが、国内政治の実権を握る幕府は天人の強大な力に弱腰になり、攘夷思想を持つ侍たちを無視して勝手に天人と不平等条約を締結してしまった。

さらに、幕府の中枢にまで入り込んだ天人たちによって、侍たちは刀を奪われ、無力化された。

その後、主に動いていた攘夷志士たちも、幕府によって大量粛清されたのだった。その中の生き残りが、桂なのだ。

 

さて、説明も終わったので本編に戻ろう。

新八の説明が終わった所で、銀時と志乃はある事に気付いた。

 

「……どうやら俺達ァ躍らされたらしいな」

 

「?」

 

新八がどういう事か、と視線で問う。

銀時と志乃は、同じ一点を見つめていた。

 

「なァオイ。飛脚の兄ちゃんよ」

 

銀時が呼ぶと、そこにはスナックお登勢に突っ込んできた飛脚の姿があった。

 

「あっ、ほんとネ!!あのゲジゲジ眉デジャヴ」

 

「ちょっ……どーゆー事っスかゲジゲジさん!!」

 

新八がゲジゲジを問いただすが、彼は新八たちから視線を逸らした。

その横で、志乃が桂を問いただしていた。

 

「なるほどね、全部アンタの仕業ってことか。最近ニュースでやってるテロも、今回の騒動も。全てアンタの手引き……桂兄ィ……一体アンタ何考えてんの?」

 

「たとえ汚い手を使おうとも手に入れたいものがあったのさ」

 

桂は二人の問いに答えながら、銀時に刀を差し出した。

 

「…………銀時。この腐った国を立て直すため、再び俺と共に剣をとらんか。白夜叉と恐れられたお前の力、再び貸してくれ」




桂小太郎。私はこの「銀魂」キャラの中で、彼は最も偉人の名前と間違えやすい人物だと思っています。

桂小太郎のモデルとなった桂小五郎は、長州出身であの吉田松陰の弟子。
医者の家に生まれましたが、武士の家に養子に出されてます。理由は身体が弱かったからと言われていますが、この人、悪戯で川を行き来する船をひっくり返したことがあるとか。
いやいや、悪戯ってレベルじゃねーよ、コレ。まぁ、悪戯好きな子供は頭の回転も速いもので、桂はとても頭のいい人だったそうです。

嘘だろ……?と思ったそこの貴方。私もそう思いました。あの桂が……?って。
ま、彼に関しては色々語ることも多そうなので、また別の機会に回したいと思います。
お付き合いありがとうございました。


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テロで悲しむ奴が大勢いるってことを忘れちゃァいけねェよ

目の前も背後も、天人ばかり。彼らが取り囲んでいたのは、傷だらけで体力も消耗した二人の侍だった。

 

「……これまでか。敵の手にかかるより、最後は武士らしく潔く腹を切ろう」

 

一人は、桂。絶体絶命の危機に、最期を悟った桂は、諦めかけていた。

しかし、背中合わせでしゃがむもう一人の男ーー銀時は、諦めていなかった。

 

「バカ言ってんじゃねーよ、立て」

 

銀時は桂を振り返らず、迫り来る天人を前に立ち上がる。

 

「美しく最後を飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか」

 

その言葉に、桂も立ち上がった。

 

「行くぜ、ヅラ」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

再び走り出した二人は、次から次へと眼前の敵を斬り伏せていく。

 

その強さ、猛々しさ。

この坂田銀時という男は……ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーまさしく、夜叉(おに)

 

********

 

「天人との戦において鬼神の如き働きをやってのけ、敵はおろか味方からも恐れられた武神……坂田銀時。我等と共に再び天人と戦おうではないか」

 

「…………銀さん。アンタ、攘夷戦争に参加してたんですか」

 

新八は、戸惑いの表情で銀時を見やる。銀時の代わりに答えたのは桂だった。

 

「戦が終わると共に姿を消したがな。お前の考える事は昔からよくわからん」

 

それまで黙っていた銀時が、やっと口を開いた。

 

「俺ァ派手な喧嘩は好きだが、テロだのなんだの陰気くせーのは嫌いなの。俺達の戦はもう終わったんだよ。それをいつまでもネチネチネチネチ京都の女かお前は!」

 

「バカか貴様は!京女だけでなく女子はみんなネチネチしている。そういう全てを含めて包みこむ度量がないから貴様はモテないんだ」

 

「バカヤロー。俺がもし天然パーマじゃなかったらモテモテだぞ多分」

 

「何でも天然パーマの所為にして自己を保っているのか。哀しい男だ」

 

「哀しくなんかないわ。人はコンプレックスをバネにしてより高みを……」

 

「アンタら何の話してんの!!」

 

完全に話が脱線した2人に、新八がツッコむ。路線に戻った桂が、さらに続けた。

 

「俺達の戦はまだ終わってなどいない。貴様等の中にとてまだ残っていよう、銀時……国を憂い共に戦った同志(なかま)達の命を奪っていった、幕府と天人に対する怨嗟の念が……」

 

銀時は黙って視線を逸らす。志乃は、そんな銀時を見やっていた。

 

「天人を掃討し、この腐った国を立て直す。我等生き残った者が死んでいった奴等にしてやれるのはそれぐらいだろう。……そうは思わないか、志乃」

 

「!」

 

突然話題の矛先が向かれた志乃は、目を見開く。桂はそんな彼女を見つめながら話した。

 

「お前の叔父上である刹乃殿も、先の戦で命を落としてしまった。この国を憂い、護ろうと戦った彼は、とても気高かった。その遺志を俺と共に継がないか、志乃」

 

「……私は…………………」

 

志乃は俯き、言い淀む。

志乃は幼い頃、攘夷戦争でたった一人の肉親ーー霧島刹乃(せつの)を失った。時が経つ程にその悲しみはだんだんと薄れていったが、それでも心の奥底には今でも残っている。そして、二度と忘れることはないだろう。それは志乃もわかっていた。

言い淀む彼女の答えを、桂はジッと見つめて待っていた。

それを、サッと庇う影があった。銀時だ。

 

「ヅラ、やめろ。てめェ、コイツにまで刀を持たせる気か。そんなこと、あいつ(・・・)が絶対許さねーよ。アイツが何よりも、志乃(コイツ)を大切にしてたのを忘れたのか」

 

「どけ、銀時。俺は志乃に聞いている。今は、少しでも多くの力が必要なのだ。我等の次なる攘夷の標的はターミナル。天人を召喚するあの忌まわしき塔を破壊し、奴等を江戸から殲滅する。だが、アレは世界の要……容易には落ちまい。お前達の力がいる、銀時。それに、志乃」

 

桂はさらに、トドメの言葉を放った。

 

「既に我等に加担したお前達に断る道はないぞ。テロリストとして処断されたくなくば俺と来い。迷う事はなかろう。元々お前達の居場所はここだったはずだ」

 

「銀さん、志乃ちゃん……」

 

新八と神楽は、銀時達を見つめる。

次の瞬間、突然障子が蹴破られた。そして、そこから黒い制服を着た男達が部屋に入ってきた。

 

「御用改めである!!神妙にしろテロリストども!!」

 

「しっ……真選組だァっ!!」

 

「イカン、逃げろォ!!」

 

「一人残らず討ちとれェェ!!」

 

一気に攻め込んできた真選組から逃げ出す桂一派と銀時達。逃げながら新八が尋ねた。

 

「なななな何なんですかあの人ら!?」

 

「武装警察『真選組』。反乱分子を即時処分する対テロ用特殊部隊だ。厄介なのに捕まったな。どうしますボス?」

 

「だーれがボスだ!!お前が一番厄介なんだよ!!」

 

「ヅラ、ボスなら私に任せるヨロシ。善行でも悪行でも、やるからには大将やるのが私のモットーよ」

 

「オメーは黙ってろ!!何その戦国大名みてーなモットー!!」

 

桂と神楽のボケに、銀時が珍しくツッコミ役にまわる。

 

「オイ」

 

呼び止められた銀時は、一瞬動きを止めるが、突きを繰り出してきた刀を間一髪かわした。

刀の持ち主は、土方だ。

 

「銀!」

 

志乃が加勢しようと金属バットを抜くと、ふと背後から殺気を感じた。

志乃はすかさず背中に金属バットを向ける。背後で金属がぶつかり合う音が響いた。

 

「っ……!?」

 

「小さいのになかなかやるな、お嬢さん。もう少し手合わせしたいが、生憎俺は立場上、アンタを捕まえなきゃならねー。おとなしくお縄についてもらおうか」

 

「私らは巻き込まれただけだっつの……!」

 

志乃は金属バットで刀を受け流し、横薙ぎに振り、刀とぶつける。志乃は、刀の持ち主を見上げた。この時、相手が初めて男ーー杉浦だと知った。

杉浦はニヤリと笑って、手錠を出してみせる。

 

「土方さん、杉浦。危ないですぜ」

 

第三者の声が乱入してきた瞬間、二人の元にバズーカがぶち込まれた。幸い、怪我人は出なかったが。

バズーカを撃った本人は、何事もないように歩み寄る。

 

「生きてやすか土方さん、杉浦」

 

「バカヤロー、おっ死ぬところだったぜ」

 

「な、何とか生きてますよ」

 

「チッ、しくじったか」

 

「しくじったかって何だ!!オイッ!こっち見ろオイッ!!」

 

「沖田さーん。狙うなら次からは土方さんだけを狙ってくださーい」

 

「オイ杉浦てめー!!どーいう意味だ!!」

 

どさくさに紛れて上司の命を狙うとは、なんという部下だろうか。

そして、自身の安全のために上司を売るとはどういう部下なのだろうか。真選組の先行きが危ぶまれる。

一方、銀時たちは何とか押入れに逃げ込み、隠れていた。だがそこも、すぐに真選組に囲まれてしまう。

桂は懐から球状の機械を取り出した。不審に思ったのか、銀時が尋ねる。

 

「?そりゃ何のマネだ」

 

「時限爆弾だ。ターミナル爆破のために用意していたんだが仕方あるまい。コイツを奴等におみまいする……そのスキに皆逃げろ」

 

不意に、銀時が桂の胸倉を掴む。

その拍子に、時限爆弾が床に落ちた。

 

「貴様ァ桂さんに何をするかァァ!!」

 

「うるさいよバカタレ」

 

騒ぐ志士に、志乃が金属バットで殴りつける。倒れた志士を横目に、志乃は銀時と桂を見た。

 

「…………桂ァ。もう終いにしよーや。てめーがどんだけ手ェ汚そうと、死んでいった仲間は喜ばねーし時代も変わらねェ。これ以上薄汚れんな」

 

「薄汚れたのは貴様だ銀時。時代が変わると共にふわふわと変節しおって。武士たるもの己の信じた一念を貫き通すものだ」

 

「お膳立てされた武士道貫いてどーするよ。そんなもんのためにまた大事な仲間失うつもりか。俺ァ、もうそんなの御免だ。どうせ命張るなら俺は俺の武士道を貫く。俺の美しいと思った生き方をし、俺の護りてェもん護る」

 

そう言い切った銀時の目には、確かな光が宿っていた。

 

「銀ちゃん」

 

突然声を発した神楽に、全員の視線が集中する。

 

「コレ……弄ってたら、スイッチ押しちゃったヨ」

 

********

 

一方、こちらは銀時たちのいる押入れを取り囲む真選組。

 

「土方さん、夕方のドラマの再放送始まっちゃいますぜ」

 

「やべェビデオ予約すんの忘れてた」

 

「またッスか土方さん。老けてきてますね、最近多いですよ」

 

「よし、まずてめーから始末してやろうか」

 

どいつもこいつもドラマの再放送を見たがりすぎである。そして、予約を忘れすぎだ。

早く帰りたい真選組は、バズーカの発射用意をした。次の瞬間、押入れの中にいた銀時達が障子を蹴破り現れる。突然の事に真選組は動揺した。

 

「なっ……何やってんだ止めろォォ!!」

 

「止めるならこの爆弾止めてくれェ!!爆弾処理班とかさ……何かいるだろオイ!!」

 

モジャモジャ頭がさらに爆発してる銀時は真選組に爆弾を差し出す。ちなみにタイムリミットは残り10秒。爆弾を一目見た真選組は、次々に逃げ出した。

 

「銀さん窓、窓!!」

 

「無理!!もう死ぬ!!」

 

「銀ちゃん、歯ァ食い縛るネ。ほあちゃアアアアア!!」

 

神楽が傘を野球のバットのように振り、銀時を打った。

窓に向かってフルスイングを受けた銀時は窓を割り、外に出される。

銀時は落ちながらも、渾身の力で爆弾を上空へ投げ上げた。爆弾は無事に何も巻き込むことなく爆発した。

 

「ぎっ……銀さーん!!」

 

「銀ちゃん、さよ〜なら〜!!」

 

新八は銀時を案じ、神楽は勝手に銀時を殺した。

一方桂は、爆弾騒動の間に屋上へ逃げ、デパートの垂れ幕に捕まった銀時を見下ろしていた。

 

「美しい生き方だと?アレのどこが美しいんだか。……だが、昔の友人が変わらずにいるというのも、悪くないものだな……」

 

桂がそう言い残し、予め用意していた飛行艇に乗ろうとするが、ある人物が呼び止める。

 

「ヅラ兄ィ!」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

桂が振り向くと、そこには志乃が立っていた。

どうやら、自分の後をつけていたらしい。志乃は真っ直ぐ、桂を見つめていた。

 

「桂兄ィ。私は……攘夷のために、剣はとらないよ」

 

「!」

 

「私はね、(兄貴)みたいな侍になりたいんだ。護りたいと思えるものを、どんなになっても必ず護り抜く。確かに幕府は嫌いだけど……私の大切な仲間や友達と笑い合える、そんな私の縄張り(日常)を護るために、私は戦うよ」

 

「…………志乃」

 

桂は攘夷戦争当時、まだまだ幼かった彼女の姿を思い出した。

志乃()を護るためなら、彼はどんな事だってした。他の仲間でさえ志乃に近づけないようにしたし、戦場に出ないように基地の中に閉じ込めることすら厭わなかった。

しかし、今になって……よく思うようになった。自分達のしてきたことは、本当にあの娘の幸せに繋がっていたのかと。寧ろ、彼女の自由を縛っているかのように思えた。

それでも。目の前に立つ大きくなった妹は、自分達の背中を見てこんなに立派に成長してくれた。保護者として、兄として、これほど嬉しい事はない。

 

桂は志乃の決意の表れた瞳を見つめ頷き、飛行艇に乗り込んだ。空を走っていく飛行艇を、その姿が見えなくなるまで見守っていた。




真選組のモデルとなった、新撰組。
この「選」と「撰」とどっちが正解なの!?と思われる方も多いと思いますが、ハッキリ言います。
両方正解です。だって、局長の近藤が両方書いたことあるんだもん!テキトーじゃねーかァァァ!!

次回、アイドル登場です。


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約束を守ることは自分に対する信頼に繋がる

あれから銀時達と志乃は、警察所で三日間に渡る取り調べを受けた。

やっと疑いが晴れた銀時達は、大江戸警察所の門前に出されていた。

腹いせに、銀時と神楽が器の小さいテロ、言い換えれば嫌がらせをしようとするが、新八に当然止められる。

もう何だか新八が保護者のように見えてきた。おかしいなぁ、新八は銀時よりも年下なのに。

すると、新八は母ちゃんのように煩く言い出した。

 

「アンタらに構ってたら何回捕まってもキリないよ。僕先に帰ります。ちゃんと真っ直ぐ家帰れよバカ共!!」

 

なんと、ここでまさかのツッコミ役が不在というギャグ小説にあってはならない暴挙。

しかし、新八はトストス歩いて行ってしまった。

 

「何やってんのあの眼鏡。ツッコミ不在じゃこの小説成立しないじゃん」

 

「……しゃーねぇな。今回は俺がツッコミでいくか」

 

「いや、無理だから」

 

その時、銀時の隣で神楽がゲロを吐く。

 

「ちょ、おまっ何やってんだよ!」

 

「くさっ!!」

 

神楽のゲロに銀時達が騒いでいたその時、警察所の塀の上からおっさんが飛び降りてきた。

おっさんは銀時達の近くに華麗に着地……するが、神楽のゲロに滑って後頭部を思い切りぶつけてしまった。

 

「いだだだだだだ!!それにくさっ!!」

 

すぐに、役人が笛を吹いて現れる。

 

「オイそいつ止めてくれ!!脱獄犯だくさっ!!」

 

「はィ?」

 

「へ?」

 

突然のことに、銀時と志乃は呆気にとられる。

脱獄犯のおっさんは、舌打ちしてから、近くに居た神楽を人質にとった。

 

「来るんじゃねェ!!このチャイナ娘がどーなってもいいのか」

 

「貴様!!」

 

「オイ、そこの白髪免許持ってるか?」

 

「普通免許は持ってっけど」

 

一応犯罪犯した身なのに、道路交通法は気にするのね。脱獄犯のおっさんに、銀時は淡々と答えた。

 

********

 

銀時は、後部座席に脱獄犯のおっさんと神楽を、助手席に志乃を乗せて、おっさんの言う通りにパトカーを走らせていた。

 

「……おじさーん。こんな事してホント逃げ切れると思ってんの」

 

「いいから右曲がれ」

 

「そうだよおっさん。脱獄完遂なんて、二次創作物のチートキャラを倒すことより難しいよ?」

 

「んなこたァ知るかよ。それに逃げ切るつもりなんてねェ……今日一日だ。今日一日自由になれればそれでいい。特別な日なんだ。今日は……」

 

そう言った脱獄犯のおっさんは、遠い目で窓の外を見た。

 

********

 

「皆さーん!今日はお通のライブに来てくれてありがとうきびウンコ!」

 

「「とうきびウンコォォォ!!」」

 

「今日はみんな浮世の事なんて忘れて楽しんでいってネクロマンサー!!」

 

「「ネクロマンサー!!」」

 

「じゃあ一曲目、『お前の母ちゃん何人?』!!」

 

着いたそこは、何やら熱気がすごい場所だった。

神楽はこの雰囲気に便乗しておっさんやむさ苦しいオタク達と共に拳を振り上げ、銀時と志乃は呆然とこの光景を見る。

 

「……何だよコレ」

 

「今人気沸騰中のアイドル寺門通ちゃんの初ライブだ」

 

「てめェェェ人生を何だと思ってんだ!!」

 

おっさんの脳天に、銀時の踵落としが炸裂する。

 

「アイドル如きのために脱獄だ?一時の享楽のために人生棒に振るつもりか。そんなんだから豚箱にぶち込まれるんだバカヤロー」

 

「一瞬で人生を棒に振った俺だからこそ、人生には見落としてならない大事な一瞬があることを知ってるのさ」

 

おっさんは頭を摩りながら起き上がると、掛け声を周りのオタク共と一緒にかけはじめた。

もちろん、銀時は呆れている。だが、志乃には彼がここまでするのには何か理由があるのではないかとしか思えなかった。

大きな理由は、人を突き動かす。たとえ、どんな状況であっても。自分を護るために命をかけることを厭わなかった兄を知っているからこそ、志乃にはそう思えてならなかった。

まあ、たとえおっさんがどんな理由を持っていても、彼女には一切関係のない事である。

 

「やってらんねェ。帰るぞ神楽」

 

「え〜もうちょっと見たいんきんたむし」

 

「影響されてんじゃねェェェ!!」

 

銀時はまたまた呆れて、周囲を見渡す。

お通のファンは、おっさんが多いらしく、しかも、熱気がすごい。

アニメグッズを多く売る人気店の雰囲気……と言えば分かるだろうか。

 

「……人ってさ、こういうものにも熱中するもんなんだね」

 

「殆ど宗教じみてやがるな。何か空気が暑くて臭い気がする」

 

「ああ……同感」

 

志乃は銀時の言葉に同意すると、ふと見覚えのある姿を見た。

そして、銀時の服の裾を引っ張り、彼を指差す。

そこには「寺門通親衛隊」と書かれた法被を着た新八が居た。

 

「もっと大きい声で!!オイそこ何ボケッとしてんだ、声張れェェ!!」

 

「すんません隊長ォォ!!」

 

「オイいつから隊長になったんだオメーは」

 

「俺は生まれた時からお通ちゃんの親衛隊長だァァ!!って……ギャアアアア銀さん!?志乃ちゃんも!!何でこんな所に!?」

 

「こっちが聞きたいわ」

 

「いやー……まさかアンタがこんなのに心奪われる奴だったとは。もっと誠実ないい奴だと思ってたのに……アイドルオタクだったなんて……お姉さんに申し訳ない」

 

「僕が何しようと勝手だろ!!ガキじゃねーんだよ!!」

 

「ちょっとそこの貴方達」

 

新八に絡んでいた2人を、眼鏡をかけた女性が注意した。

 

「ライブ中にフラフラ歩かないで下さい。他のお客様の御迷惑になります」

 

「スンマセンマネージャーさん。俺が締め出しとくんで」

 

「いつもに増して強気だね、新八」

 

「あぁ、親衛隊の方?お願いするわ。今日はあの娘の初ライブなんだから。必ず成功させなくては」

 

マネージャーは、先程の脱獄犯のおっさんを見ると、表情を強張らせた。

 

「…………!!アナタ……?」

 

********

 

銀時と志乃は、マネージャーと脱獄犯のおっさんの後をつけて、話を盗み聞きしていた。

脱獄犯のおっさんはなんとお通の父親で、かつて人を殺めてしまった。その所為で、マネージャーである母は一人でお通を支えてきたという。

マネージャーが去った後、銀時と志乃はすかさずおっさんの隣に座り、志乃はグミを差し出した。

 

「さっき買った。食べる?」

 

「んなガキみてーなもん食えるか」

 

「え?大人になると食えないもんが増えてくるの⁉︎そんなだったら私大人になりたくなーい」

 

志乃は足をバタバタさせて、グミを口に入れる。おっさんはそんな彼女を、小さい頃のお通と重ねながら見ていた。

 

「ねー、おっさん。娘の晴れ舞台を見たいから、脱獄してきたの?」

 

「…………そんなんじゃねェバカヤロー。昔約束しちまったんだよ」

 

「約束?」

 

おっさんの言葉に、志乃は首を傾げた。

 

********

 

未来の人気アイドル・お通は、昔から歌が上手かった訳ではない。彼女の音痴な歌を聴きながら、若かりし頃のおっさんは笑った。

 

「ワハハハハ!!やっぱりお前も俺の娘だな。音痴にも程があるぞ」

 

「フン、今に見てな。練習して上手くなって、いつか絶対歌手になってやる!」

 

「お前が歌手になれるならキリギリスでも歌手になれるわ」

 

「うるさいわボケ!なるっつったらなるって言ってんだろ」

 

「面白ぇじゃねーか。もしお前が歌手になれたらよォ、百万本のバラ持って俺がいの一番に見に行ってやるよ」

 

「絶対だな」

 

「あぁ、約束だ」

 

********

 

「それが、約束……」

 

「あぁ。覚えてる訳ねーよな。十三年も前の話だ。いや、覚えてても思い出したくねーわな。人を殺めちまったヤクザな親父のことなんかよォ。俺のおかげでアイツがどれだけ苦労したかしれねーんだから。顔も見たくねーはずだ」

 

「……ふーん」

 

「…………帰るわ。バラ買ってくんのも忘れちまったし……迷惑かけたな」

 

……迷惑かけたと思ってんなら、最後まで迷惑かけてよ。

志乃は頬杖をついて、立ち上がったおっさんを見た。

 

「でもさ、おっさん。そんなの本人に聞いてみなきゃ分からなくない?」

 

「?」

 

「だからァ、ホントにアンタの娘さんがアンタの事嫌ってたかどうかなんて、そんなの本人に聞いてみなくちゃ分からないって言ったの」

 

「……変な事言う嬢ちゃんだな。そんなの決まってるだろ」

 

「へえ、アンタは人の心が読めるの?そりゃーすごいもんだ。でも、そんなの出来る人間なんて、この世に居ない。だから、人間は相手の考えを模索すんだ。お通にとってアンタはかけがえのない父親だよ?アンタの他に、寺門通の親父なんざ務まらねーんだよ。たとえ口で嫌ってようと、本心では大好きなはずだよ」

 

おっさんを見つめる訳でもなく、独り言のように志乃は言った。

隣に座る銀時は、ガムをずっと噛んでいて何も言わなかったものの、志乃の言葉に表情を綻ばせていた。

 

「銀ちゃーん!!志乃ちゃーん!!」

 

2人めがけて、神楽が走ってきた。

 

「どーしたの?」

 

「会場が大変アル。お客さんの一人が暴れ出してポドン発射」

 

「普通に喋れ訳分かんねーよ!」

 

まあ、要約するとこうだ。ライブ会場に天人が居たらしいのだ。

居るくらいなら、別に問題はない。だが、そいつは厄介なことに、食恋族だった。

食恋族とは、興奮すると好きな相手を捕食するという変態天人で、その好きな相手とは、今まさにライブで歌っていたお通なのである。

ライブ会場では、多くの人が逃げ惑っていた。天人は腹に隠していた口を見せて、お通に迫る。

 

「お通ちゃ〜ん、僕と一つになろう。胃袋で」

 

肝心のお通は、衝撃の出来事に腰が抜けてしまい、立つことすらままならない。

お通が天人に手を伸ばした。もうダメだと誰もが思った次の瞬間。

お通を庇い、ビニール袋を被った男が、天人の腕を掴んだ。

 

「お通ぅぅぅ!!早く逃げろォォ!!」

 

男が叫ぶも、天人の平手打ちにより一掃されてしまう。男の勇姿に心打たれたお通親衛隊が、木刀を持って駆け出した。

 

「いけェェ!僕らもお通ちゃんを護れェ!!」

 

一方舞台では、お通が助けてくれたビニール袋の男に駆け寄り、体を揺さぶっていた。

 

「しっかり!しっかりして下さい!!」

 

お通の叫びが届いたように、男は目を開ける。

 

「あ……気が付いた」

 

「無茶するねェアンタ。こんなバカな真似して……何者だい?」

 

「……ただのファンさ。アンタの」

 

ビニール袋の男は、袋に手をやりながら起き上がる。

するとその時、大きな音がした。それにお通、マネージャー、ビニール袋の男が見ると、天人はお通親衛隊、駆け付けた銀時、神楽によって倒されていた。

 

「おっさん!」

 

志乃が呼びかけ、何かを投げる。

ビニール袋の男がキャッチしたのは、3輪のタンポポの花束だった。

 

「急いでたから、花屋さんには行けなかったし、数も少ないけど……ま、後は何とか誤魔化して」

 

志乃はそう言うと、サムズアップをして見せた。

おっさんは一度志乃を見てから、お通にタンポポの花束を渡した。昔の約束を果たすために。

お通はタンポポの花束をしばらく見つめていたが、おっさんはお通を振り返らず去ろうとした。

 

「あの」

 

おっさんを呼び止めたのは、他でもないお通だった。突然のことに、おっさんは驚いて足を止める。

 

「……今度はちゃんと、バラ持ってきてよね。私、それまで舞台(ここ)でずっと待ってるから。お父ちゃん!」

 

おっさんはお通の言葉を聞いてから、再び彼女を振り返らず会場を出て行った。そこには、銀時と志乃がいた。

 

「よォ。涙のお別れは済んだか?」

 

「バカヤロー、お別れなんかじゃねェ。また必ず会いに来るさ……今度は胸張ってな」

 

「そうしなよおっさん。あ、そうそう……何で私がタンポポを選んだか知りたい?」

 

涙を流して、被っていたビニール袋を握り締めていたおっさんは、志乃を振り返る。志乃の手には、タンポポが握られていた。

 

「タンポポの花言葉は、"真心の愛"。……アンタとお通に似合うって思ったからさ」

 

志乃はそう言うと、にこっと優しく微笑んだ。




お通ちゃんのモデルは二人いまして、一人は寺門静軒という幕末期の儒学者。もう一人は、鶴の恩返しの主人公のお通さん。
一応寺門静軒さんについても調べてみたのですが、少しアレなので鶴の恩返しの方で見てみたいと思います。

知らない人はいないと思いますが、鶴の恩返しは助けた鶴が超美女になってやってきて、自分の羽と糸でめちゃくちゃ綺麗な布を織り、それを覗いてしまって去ってしまう、というのが大まかなストーリーです。ざっくり過ぎるのは許してください。

このストーリー、似たような話が日本全国にあるらしく、鶴を助けたのはおじいさんじゃなくて若い男だったとか、その男と人間に化けた鶴が結婚したとか。浦島太郎のモデルとなった浦嶋子の話と似てますね。

また、この「見るなのタブー」をモチーフとしたお話は、もちろん世界各国にも存在します。
調べてく中で一番驚いたのが、ウルトラマンレオの第30話「怪獣の恩返し」のモデルとなったのが、この「鶴の恩返し」のお話だということ!…………オイ今冷めた目で見た奴誰だ。

次回、ストーカーが現れます。


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付き合いたいなら粘り強く「付き合って!」と言い続け「しつこい」と一蹴されてフられるくらいの勢いで行こう

その日、志乃は晩飯を買いに行った帰りだった。

いつものように垂直離着陸機能を搭載したスクーターで、風を切りながら走る。そして、自身の店の前にスクーターを止めると、鍵を取り出した。

ちなみに、志乃の万事屋メンバーは、基本的全員がなかなか揃わない。今日も、志乃一人でいたため、店には誰もいない。

 

ガチャ

 

「ただいま〜」

 

「おかえりなさい」

 

「…………………」

 

「ん?どうかした?」

 

そこには、さも当然のように応接間のソファに座って、ムシャムシャとレタスを貪る杉浦がいた。

思わぬ展開に、志乃は思わず両手に持ったビニール袋を落としてしまう。そんな彼女の動揺を無視して、杉浦はビニール袋の中を見た。

 

「おー、今日の晩飯は豚の生姜焼きか。あ、キャベツ増し増しでよろ……ぐぎゃああああああ!!」

 

哀れな事に、杉浦は混乱と衝撃でいっぱいになった志乃の一撃に沈んでいったーー。

 

********

 

「まったく、アンタどーいう教育受けてきたんだ?依頼人を金属バットで殴るなんて」

 

「白昼堂々と他人の店に侵入してきた犯罪者が言える台詞かよ!!今すぐ警察呼んでやる!!」

 

「俺がその警察だよ」

 

「世も末だね」

 

「ハハッ、違いないねェ」

 

志乃は呆れながら、杉浦の前のソファに座る。

 

「ねえ」

 

「何?」

 

「客に茶も出さないの?ったく、これだから今時の子供は……」

 

「出すわけねーだろ!!人の店に堂々と侵入した奴に出す茶なんてねーんだよ!!こちとらこれからの防犯対策に頭悩ませてんだよ!!」

 

「あっそ」

 

「ったく……んで、何?真選組の人が、何で万事屋(あたしら)に依頼を?」

 

これ以上話を拗らせたら面倒だ。志乃は、さっさと本題に入る。杉浦も、真面目な顔をした。

 

「ああ。実は、俺達の局長が居なくなっちまってな……探してこいって土方さんに言われたんだけど、探すの面倒くさいからアンタらに頼もうと思って」

 

「知るかバカタレ!!そんなん自分で探せっつーの!!」

 

「頼むよ。俺、このままじゃ土方さんに殺される」

 

「勝手に死んでろバーカ!!仕事しろ仕事!!」

 

「代金ははずむから」

 

「分かった、引き受ける」

 

あっ、こいつチョロい。杉浦は、差し出した金をナチュラルに奪って懐に仕舞う志乃を見て、そう思った。

 

********

 

志乃は、愛車に杉浦と一緒に乗り、スクーターを走らせていた。

 

「そもそもさァ、アンタらの局長ってあの瞳孔開いてたお兄さんじゃないの?」

 

「土方さんのこと?違う違う。あんなヘビースモーカー&マヨラーが局長だったら俺やってけない。すぐに辞めてるわ」

 

「あっそ……んで、その局長ってどんな顔?」

 

「えっと……ゴリラだな」

 

「……ガチで?」

 

「ガチで」

 

ぶっちゃけ言うと、志乃はゴリラが嫌いなのだ。特に他意はないが、よく分からないけど嫌いなものってみんなにもあるよね。そんな感じである。

 

「マジか〜私ゴリラだけは苦手なんだよね……昔、動物園に行ってゴリラを見る度にゴリラを半殺しにしてたくらい」

 

「え、大丈夫なのソレは」

 

「多分……見た目がゴリラでも一応人間……なんだよね?」

 

「まぁな」

 

「なら大丈夫だと思う……」

 

そんな会話をしながら、志乃達は橋の上までやってきた。よく見ると、そこには新八と神楽、お妙がいた。

 

「オーイ、新八ー!神楽ー!姐さーん!」

 

「あっ、志乃ちゃんアル!」

 

「どうしてこんな所に?何か始まるの?」

 

志乃はスクーターを止めて、降りる。それにならって、杉浦も降りた。

 

「姐御にしつこく付きまとうゴリラのストーカーと、銀ちゃんが決闘するアルよ」

 

「ゴリラのストーカー?え!?ゴリラって動物園に居るんじゃないの!?」

 

「多分、脱走してきたアル」

 

「神楽ちゃん、違うから」

 

新八のツッコミが入った所で、志乃と大輔は河原を見る。

そこには、真剣を持った男と、銀時が立っていた。男を見た杉浦が、声を上げる。

 

「あっ!アレだよ!あのゴリラが、俺の探していた局長だよ!」

 

「あの人アンタの上司だよね?アンタ尊敬してないの?つーか局長かゴリラかハッキリして。ゴリラだったら真っ先に私の金属バットが血塗れになるから」

 

「あ、うん……局長だよ、局長」

 

志乃のとんでもない殺気を目の当たりにした杉浦は、自身の言葉を撤回した。

そんな事をしている間にも、話は進む。

銀時は、お妙の代わりに自分の命を賭けると言い出したのだ。つまり、局長が勝ってもお妙は手に入らないが、邪魔者(銀時)は消えるため、障害は無くなるということだ。

銀時の意図を察したお妙が、橋から乗り出すように叫ぶ。

 

「ちょっ止めなさい!!銀さん!!」

 

「待って、姐さん」

 

そんなお妙を、志乃が制する。お妙は驚きながら志乃を見やるが、志乃は銀時から目を離さない。

 

「あいつなら大丈夫だよ。それに、男同士の決闘に、他人の口出しは無用って昔から決まってんのさ」

 

「志乃ちゃん……でも」

 

「まぁ、あいつを信じてやんなよ。万事屋銀さんはやる時はやる男だよ?」

 

そう言い切り、不敵に笑う志乃。

一方河原では、木刀同士の決闘が決まり、銀時は自分の木刀を局長に貸し出した。代わりに自分は新八の木刀を借り、お互い対峙した。

 

「勝っても負けてもお互い遺恨はなさそーだな」

 

「ああ。純粋に男として勝負しよう。いざ!!」

 

「尋常に」

 

「「勝負!!」」

 

2人が、一斉に駆け出す。

局長が木刀を振り上げるが、よく見てみると木刀の柄の付近から上がいつのまにか無くなっていた。

 

「あれ?あれェェェェェェ!?ちょっと待て、先っちょが……ねェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

局長の制止も混乱も全てを無視し、銀時は局長に強烈な一撃をおみまいした。外野陣は、銀時のあまりにも汚い勝ち方に呆然としていた。

 

「…………銀の奴、決闘前に自分の木刀に細工しやがったな」

 

「こんな決闘あるのかよ……」

 

「やる時はやる男だなんて言った自分が恥ずかしい……少しでもあいつの肩を持った自分がめちゃくちゃ恥ずかしい土に埋もれたい」

 

志乃が頭を抱えて、橋の手すりに突っ伏す。そんな中、銀時は仰向けに倒れた局長に歩み寄る。

 

「甘ェ……天津甘栗より甘ェ。敵から得物借りるなんざよォ〜。厠で削っといた。ブン回しただけで折れるぐらいにな」

 

「貴様ァ、そこまでやるか!」

 

「こんなことのために誰かが何かを失うのはバカげてるぜ。全て丸く収めるにゃコイツが一番だろ」

 

「コレ……丸いか?……」

 

局長はそれだけ言うと、気を失ってしまった。そして、今度は外野陣に向かって歩いてくる。

 

「よォ〜。どうだい、この鮮やかな手ぐ……ちゃぶァ!!」

 

しかし、言い切る前に新八と神楽が飛び降り、銀時を踏みつけた。

 

「あんなことまでして勝って嬉しいんですかこの卑怯者!!」

 

「見損なったヨ!!侍の風上にも置けないネ!!」

 

「お前、姉ちゃん護ってやったのにそりゃないんじゃないの!!」

 

2人に蹴られ締められた銀時は、うつ伏せになって倒れる。それを無視して、新八と神楽は去っていった。

 

「もう帰る。二度と私の前に現れないで」

 

「しばらく休暇もらいます」

 

志乃はスクーターを飛ばして、河原に降り立つ。一緒に乗っていた杉浦は、局長を背負って立った。

 

「ほら、近藤局長帰りますよ。みんな心配してるんだから。あ、ありがとう万事屋志乃ちゃん」

 

「またよろしくね〜」

 

志乃は依頼人を見送ってから、銀時を振り返る。銀時は何とか起き上がっていた。

 

「銀〜、大丈夫?結局アンタが一番泥かぶったね」

 

「痛てて……オイ志乃。ソレに乗せろ。俺立てねえんだ……ん?」

 

銀時は、志乃がスクーターをこちらに向けて、何やらエンジンを吹かしているのを見て真っ青になった。

 

「銀、そこ動かないでね……今から轢くから」

 

ニコッと笑った志乃は、フルスピードでスクーターを飛ばした。銀時は立てないと言ったクセに立ち上がり、全速力で逃げる。

 

「ギャァァァァァァ!!助けてェェェ殺されるぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「待ちやがれこの腐れ外道!!てめーなんか侍じゃねェ!!今すぐこのスクーターでアンタの腹突き破って切腹させてやる!!」

 

河原に、男の悲鳴と少女の怒号が、いつまでも響いていたーー。




新撰組を束ねた男、局長近藤勇。実は彼は、京の人々からそこまでいい目で見られてませんでした。

元々新撰組の厳しい掟やそれに背いた場合のペナルティ(切腹)が過激なモンで、京の治安を維持するっつーかそもそも組織の治安が悪いわけですから。何でも暴力で解決する田舎侍と疎まれていたそうです。
同門且つ二番隊隊長の永倉新八からも、「蛮骨をもって鳴らしただけ、おうおうにしてわがままの挙動」と言われる始末。まぁ彼は元より近藤と考えや意見が食い違っていたそうなので、こんなに辛辣な言葉になるのも納得がいきます。

近藤の生まれ故郷である多摩は幕府の直轄地で、将軍に仕える精神が染み付いていたのでしょう。近藤にとって武士とは徳川幕府と共にあるもの、という考えがあったそうです。
純粋な精神が逆に身を滅ぼしてしまうことがあるんですね……。

こちらもまだまだ語る要素が多いので、また次回。


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喧嘩もジャンケンも最初はグーでいきましょう

ここは真選組屯所。この時間は会議中のはずだが、副長の土方は、隊士らに迫られていた。

 

「副長ォォォォ!!局長が女にフラれたうえ、女を賭けた決闘で汚い手使われて負けたってホントかァァ!!」

 

「女にフラれるのはいつものことだが、喧嘩で負けたって信じられねーよ!!」

 

「銀髪の侍ってのは何者なんだよ!!」

 

土方は煙草を吹かして言った。

 

「会議中にやかましーんだよ。あの近藤さんが負けるわけねーだろが。誰だ、くだらねェ噂垂れ流してんのは」

 

「沖田隊長がスピーカーでふれ回ってたぜ!!」

 

「杉浦も見たって言ってた!!」

 

「俺は土方さんに聞きやした」

 

「俺も土方さんに探せって言われたから探しに行って、偶然見ただけだから」

 

事の発端達は、悪びれる様子もなく笑う。それに土方は頭を抱えた。

 

「総悟に喋ったのと杉浦に任せた俺がバカだった……」

 

「何だよ、結局アンタが火種じゃねェか!!」

 

「偉そうな顔してふざけんじゃないわよ!!」

 

「って事は何?マジなのあの噂!?」

 

「うるせェェェぁぁ!!」

 

詰め寄られた土方は、逆ギレして机を蹴っ飛ばした。

 

「会議中に私語した奴ァ切腹だ。俺が介錯してやる。山崎……お前からだ」

 

「え"え"え"!?俺……何も喋ってな……」

 

「喋ってんだろーが現在進行形で」

 

たったこれだけの事で人の人生を終わらせるとは、何て理不尽な上司だろうか。そしてその怒りを向けられた山崎が不憫でならない。

そこへ、近藤が入ってきた。

 

「ウィース。おお、いつになく白熱した会議だな。よ〜〜し、じゃあみんな、今日も元気に市中見廻りに行こうか」

 

近藤の右頬に、バッチリ殴られた痕が残っているのを見た隊士達が、近藤を見て固まる。

 

「ん?どーしたの?」

 

理由の根源は特に気が付いていないらしく、首を傾げる。土方が、心労を吐き出すように溜息をついた。

 

********

 

志乃は、暇潰しに町に散歩に出かけていた。散歩というものは良いもので、歩くことで健康にも繋がるし、何より新たな出会いがたくさんある。

 

「今日はどの道廻ろっかな……ん?」

 

歩いている途中、傍らに立っていた電柱に目を向ける。電柱にはチラシが貼ってあり、そこにはこう書かれていた。

 

『白髪の侍へ!!てめェコノヤローすぐに真選組屯所に出頭してこいコラ!一族根絶やしにすんぞ 真選組』

 

それはまさに、脅迫文。真選組といえば、この間遭遇したチンピラのような警察だ。今一度誰かに問いたい。この人ら本当に警察?

志乃がポカンとしてチラシを見ていると、頭上から手が伸びてきて、チラシを破った。手の主を振り仰ぐと、そこには土方とバケツを持った沖田がいた。

 

「ん?」

 

「あっ。こないだのチンピラ警察だ」

 

「誰がチンピラだコラァァァ!!」

 

「いだあっ!?」

 

志乃の発言に、土方は志乃の頭をぶん殴る。殴られた頭を摩りながら、土方に抗議した。

 

「何すんだよ!!警察のクセに一般市民に手ェ出すとか最低だな!アンタの部下もそうだけど、最近の警察は一体どーなってんの!?」

 

「出会い頭にチンピラ呼ばわりするとかてめーこそどんな教育受けてきたんだ!!よし、今すぐ屯所に来い。みっちり再教育してやる」

 

「土方さん、こんな子供を連れ込んで一体何するんですかィ。年端もいかねェガキを調教するたァ、それこそ真選組(うち)面子(メンツ)が立ちませんぜ」

 

「……そうなの?」

 

「てめーと一緒にすんじゃねーよサディスト!!そしててめーも引くな銀髪のガキ!!」

 

沖田のギリギリアウトな発言に、志乃は両手で体を隠すように交差させる。まあ、こんな茶番はどうでもよくて……志乃は土方に問う。

 

「アンタら何してんの?見廻りか何か?」

 

「まァそういうこった。ガキが首突っ込むんじゃねーよ」

 

「さっきのチラシ、何だったの?」

 

「だから、ガキが首を突っ込むな……」

 

「実は、うちの局長の近藤さんって人が、女を賭けた決闘で卑怯な手ェ使われて負けたらしいんでさァ。んで、その相手を探してんだ」

 

「へー」

 

「って、オイぃぃぃぃ!!何勝手に喋っちゃってくれてんだよォォォ!!」

 

土方の言葉を完全にシカトして、沖田が理由をベラベラと志乃に喋る。

近藤……どこかで聞いたことあるよーな、ないよーな……。頭を捻った志乃の脳裏に、ふと最近の出来事が思い出された。

 

「あ。私その人知ってる」

 

「ウソォォォ!?何で知ってんだよ!!」

 

「だって、アンタのとこの杉浦って部下がその局長って奴を私に探させたもん」

 

「杉浦のヤロー……堂々と仕事サボりやがって……!!」

 

「ついでに言うけどさ、あの人私の外出中に店の中に侵入してきたんだよね」

 

「杉浦ァァァァ!?」

 

「あのピッキング野郎のやりそうな事でさァ」

 

沖田が淡々と言う横で、土方が空に向かって叫ぶ。側から見たらただの危ない人だ。志乃は一歩下がった。

沖田はしばらく志乃を見ていたが、ある事を思いついた。

 

「そうだ。土方さん、このガキにその銀髪の侍になってもらって連れ帰りゃいいじゃないスか。ホラ、これ持ちな」

 

「え?木刀?」

 

「オイガキ、今すぐその木刀でそいつの頭かち割ってくれ」

 

「身代わりって事?ヤダ。言っとくけど、やったのは銀だよ。確か今日は仕事が入ったって言ってたから、今どこに居るのか分かんないけど」

 

「だから誰だよそれ」

 

「銀は銀だよ。これ以上言うとプライバシーの侵害になるから」

 

「おーい、兄ちゃん達危ないよ」

 

ふと上から降ってきた声に土方と志乃が上を向くと、木材をまとめたものが降ってきた。二人は間一髪でそれをかわす。

 

「うぉわァアアアァ!!」

 

「よっと」

 

「あっ……危ねーだろーがァァ!!」

 

「だから危ねーっつったろ」

 

「もっとテンション上げて言えや!分かるか!!」

 

「うるせーな。他人からテンションのダメ出しまでされる覚えはねーよ」

 

頭上からの声の主は、ハシゴから降りてきて、ヘルメットを外した。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"!!てめーは……池田屋の時の……」

 

「?」

 

「あっ、銀」

 

「ん?おお、よォ志乃」

 

土方と沖田を無視して、声の主ーー銀時は志乃を見下ろして片手をヒョイと挙げた。

 

「銀、何だかこの人達アンタの事探してたって」

 

「あ?そーなのか?……えーと、君誰?」

 

志乃の言葉に、銀時の注意がやっと土方に向けられるが、銀時は全く覚えていない様子。そして、何も考えてない目で土方を見つめながら、彼の肩に手を置いた。

 

「あ……もしかして多串君か?アララ、すっかり立派になっちゃって。何?まだあの金魚デカくなってんの?」

 

「オーーーイ!!銀さん早くこっち頼むって」

 

「はいよ。じゃ、多串君、志乃。俺仕事だから」

 

「うん、頑張ってね〜。また今度差し入れ持って遊びに行くわ」

 

「おう。差し入れはショートケーキでよろしく」

 

「ふざけんな高ェだろーが!」

 

ハシゴを登る銀時の後ろ姿に、志乃は空き缶を投げつけたくなった。

毎度毎度妹から金をせしめるとはどんな兄だ。ハシゴ壊してそっから落としてやろーか。そのまま地獄に堕としてやろーか。

 

「行っちゃいましたよ。どーしやす多串君」

 

「誰が多串君だ。あの野郎、わずか二、三話で人のこと忘れやがって。総悟、ちょっと刀貸せ」

 

「?」

 

「え……ちょっと!銀に何すんの!!」

 

志乃の声を無視し、土方は沖田から刀を借りるとハシゴを登っていった。

刀を二本持った。それが何を意味するか分かっていた志乃は、銀時を案じながらジッと屋根の上を見上げていた。

だが、上を向き続けて首が痛くなったため、すぐに帰った。

 

********

 

後日。あの後怪我を負ったという銀時を一応見舞いに、志乃は万事屋銀ちゃんを訪れていた。

 

「よォ銀」

 

「あだだ……何だよ、志乃か」

 

「何だよって何だ。こっちはわざわざアンタのために差し入れ持ってきてやってんのにさ」

 

「オイ……ショートケーキだろうなァ。それ以外だったら追い出すぞ」

 

「ホラ」

 

志乃は、手に持っていたビニール袋を机に置く。銀時がそれに手をかけ中身を見ると、そこにはいつも通りパンの耳が入っていた。

 

「アンタなんかに金かけて出すモンを出したくねーんだよ。それなら私が自分で食うね」

 

「………………」

 

期待を見事裏切られた銀時は、涙混じりに志乃を追い出した。有言実行とはまさにこのことだろう。

志乃は溜息を吐いて、自分の店に帰った。

敢えて言わなかったのは照れ隠しのつもりなのだろうか。志乃が渡したビニール袋の中には、パンの耳の下にちゃんとショートケーキが入っていた。




次回、デカい犬が現れます。


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疲れた時はホットミルクを飲んで早く寝なさい

この日、志乃は久しぶりに銀時の店へ遊びに行った。今回は余分に貰った米一俵を持って。

 

「よォ」

 

「あ、いらっしゃい志乃ちゃん」

 

「はい、これ。また貰ったからおすそ分け」

 

「いつもありがとう」

 

志乃から貰った米を受け取り、部屋に置く新八。銀時はソファに寝転んで、ジャンプを顔に置いて寝ている。あと一人の姿がどこにも見当たらない。

 

「あれ?そーいえば神楽は?」

 

「ああ、今買い物に行ってるよ」

 

「へぇ〜」

 

「ただいまヨ〜」

 

「あ、おかえり」

 

「よォ神楽。おじゃましてまーす」

 

話題の人物が帰ってきたところで、新八はおつかいを頼んだ物を貰おうとする。

 

「トイレットペーパー買ってきてくれた?」

 

「はいヨ」

 

だが、渡されたのはトイレットペーパー1個のみ。それも袋に六つほど入ったものではなく、トイレットペーパーロール単品である。こんな売られ方あまり見たことない……。

 

「……神楽ちゃんあのさァ……普通何ロールか入った奴買ってくるんじゃないの。これじゃあ誰かお腹壊したら対応しきれないよ」

 

「便所紙くらいでガタガタ煩いアル姑かお前!世の中には新聞紙をトイレットペーパーと呼んで暮らす貧しい侍だっているアル」

 

「あ、それ銀の受け売り?」

 

「そうアル」

 

「ダメだよ、あの人の言う事信じちゃ……ん?」

 

「?」

 

新八と志乃が、傍らに感じる気配に気付き、目を向ける。

そこには、大きな白い犬がいた。ビッグサイズ。何はともあれビッグサイズ。それを見るなり、二人は叫ぶ。

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

「え、何コレェェェェ!!」

 

「表に落ちてたアル。カワイイでしょ?」

 

「いや、確かにカワイイけどさ」

 

神楽が巨大犬の顎を撫でる。そこに銀時もやってきた。

 

「落ちてたじゃねーよ。お前拾ってくんならせめて名称の分かるもん拾ってこいや」

 

「定春」

 

「今付けたろ!明らかに今付けたろ!!」

 

「これ……首輪に挟まってたヨ」

 

神楽が差し出した手紙を、新八が受け取ってそれを読む。

 

「えーと……万事屋さんへ。申し訳ありませんが、ウチのペット貰って下さい」

 

「…………それだけか?」

 

「(笑)と書いてあります」

 

「笑えるかァァァァァァ!!(怒)」

 

「うわっ!!」

 

銀時の怒りの一撃は、手紙を破ってしまった。彼の怒りも尤もだ。(笑)って何だ、(笑)って。

 

「要するに捨ててっただけじゃねーか!!万事屋つったってなァ、ボランティアじゃねーんだよ!!捨ててこい!!」

 

「嫌アル!!こんな寒空の下放っぽいたら、死んでしまうヨ!!」

 

「大丈夫だよ、オメー。定春なら一人でもやっていけるさ」

 

「アンタ定春の何を知ってんの!?」

 

「銀、アンタこの子を飼いたくないだけでしょ。エサ代とかエサ代とかかかるから」

 

こんなサイズの犬ならば、きっと食べる量も半端ない。元々ドカ食いの食い扶持を抱える万事屋にとって、この犬の加入は家計を火の車どころか丸ごと燃やし尽くし、灰すら残さないだろう。

志乃が銀時の本音を代弁するが、銀時はそれを無視して定春に近付く。

 

「分かってくれるよな、定は……」

 

バグン

 

「あ」

 

次の瞬間銀時は、定春に頭を丸ごと齧られていた。

 

********

 

「定春ぅ〜!!こっち来るアルよ〜!!ウフフフフフ!!」

 

公園では、神楽と定春が仲良く追いかけっこをしていた。

いやはや、微笑ましい光景である。それを、ベンチに座った銀時と新八、志乃が見守っていた。ちなみに銀時と新八は、何故か満身創痍で手当てを施されていた。

 

「…………いや〜スッカリ懐いちゃって、微笑ましい限りだね、新八君」

 

「そーっスね。女の子にはやっぱり大きな犬が似合いますよ銀さん」

 

「僕らには何で懐かないんだろうか、新八君」

 

「何とか捨てようとしているのが野生の勘で分かるんですよ銀さん」

 

「何でアイツには懐くんだろう新八君」

 

「懐いてはいませんよ銀さん。襲われてるけど神楽ちゃんがものともしてないんですよ銀さん」

 

「なるほどそーなのか新八君」

 

志乃は知らなかったが、あれから二人は生きていくため、定春を捨てようとしていたらしい。返り討ちに遭った様子だが。

仲良く遊ぶ神楽と定春ーーだが、定春は今にでも神楽を食らおうと襲いかかっている。戯れているというレベルではない。誰だこんな乱暴な犬捨てた奴。元の飼い主のツラを拝みたいもんだ。

だが、夜兎族の神楽にとっては何ともないのだ。こんな凶暴なデカい犬と均衡を保てるのは他でもない彼女だけかもしれない。

神楽は休憩しに、銀時達が座るベンチに座った。

 

「フー」

 

「楽しそうだね、神楽」

 

「ウン。私動物好きネ。女の子はみんなカワイイもの好きヨ。そこに理由イラナイ」

 

「……アレカワイイか?」

 

定春が、こちらに向かって突進しようとしてくる。銀時と新八と志乃は、危険を察してベンチから離れた。

 

「カワイイヨ!こんなに動物に懐かれたの初めて」

 

「神楽ちゃんいいかげん気付いたら?」

 

神楽は定春に突進され、遠くへ吹っ飛ばされた。しかし、すぐに戻ってきて蹴りをおみまいする。

 

「私、昔ペット飼ってたことアル。定春一号。ごっさ可愛かった定春一号。私もごっさ可愛がったネ。定春一号外で飼ってたんだけど、ある日私どーしても一緒に寝たくて、親に内緒で抱いて眠ったネ。そしたら思いの外寝苦しくて、悪夢見たヨ。散々うなされて起きたら定春……カッチコッチになってたアル」

 

ぐすん……と涙ぐむ神楽。

一方銀時達は、泣くべきか笑うべきか迷っていた。

 

「あれから私、動物に触れるの自ら禁じたネ。力のコントロール下手な私じゃみんな不幸にしてしまう。でも、この定春なら私とでも釣り合いが取れるかもしれない……コレ、神様のプレゼントアル、きっと……」

 

神楽はそう言いながら、定春の頭を撫でた。

と、そこであることに気付く。

 

「あ、酢昆布きれてるの忘れてたネ。ちょっと買ってくるヨ。定春のことヨロシクアル」

 

「オイ、ちょっとまっ……」

 

銀時達の背中に冷や汗が、背後から定春の呼吸が聞こえてきた。

嫌な予感しかしない。銀時は志乃を振り返る。

 

「オイ志乃。こいつと遊べ」

 

「はァ!?嫌だ!!絶対嫌だ!!死ぬ!!私まだ死にたくない!!」

 

「お願いだよ志乃ちゃん!!僕らもう限界寸前なんだ」

 

「だからって私売る気か!!私の差し入れのおかげでアンタらの食費を浮かせてやってるっつーのに!!その恩を仇で返すってか!!」

 

銀時だけならまだしも、新八まで恩を仇で返す思考、略して恩仇思考に染まったか。あんな純朴な少年にまで手を出すとは……おのれクソ兄貴め……!!

なんて喧嘩をしている間に、定春はどんどん近付いてくる。それに合わせるように、志乃達はジリジリと下がった。

 

「ねー銀、こういう時どうすればいいか知ってる?」

 

「あ?」

 

志乃はその答えを言う前に、銀時と新八を置いて一目散に逃げ出した。

それを見た二人も少し遅れて逃げ出す。それを皮切りに、定春が追ってきた。

 

「あ"ーーー!!てっ、てんめっ何置いてきぼりにしてんだ!!」

 

「猛獣に出くわしたらねェ、逃げるが勝ちなんだよ!!」

 

「黙ってろクソガキがァ!!お前が猛獣対策の何について知ってるってんだ!!」

 

「「「ぎゃあああああ!!」」」

 

三人は定春から逃げようと道路に飛び出す。そこに、丁度来ていた車と接触事故を起こしてしまった。

轢かれた三人と定春は、気を失ってしまう。彼らを轢いたのは、第四話に出てきたハタ皇子とそのじいだった。

 

「じぃィィィィィィ!!何ということをォォォ!!」

 

「落ち着きなされ皇子!!取り敢えず私めがタイムマシンを探してくるので!!」

 

「じぃぃぃぃぃぃ!!お前が落ち着けェェ!!」

 

どこかで見たことがあるような、デジャヴな光景が広がる中、ハタ皇子は定春を見て驚いていた。

 

「こっ……これは、何ということだ」

 

「どうされた皇子、タイムマシンが見つかりましたか!!」

 

「ちげェェェクソジジィ!!これを見よ!!」

 

「これは……狛神(いぬがみ)!?何故このような珍種が……」

 

「じぃ、縄はあるか!?」

 

ハタ皇子はじいに命令して、気を失った定春を車の上に縛り付ける。

 

「こんなことして良いんですか皇子?私らただのチンピラですな」

 

「これは保護だ、こんな貴重な生物を野放しには出来ん!!」

 

皇子は断固保護だと言い切り、車を発進させた。

その車と、酢昆布を買ってきた神楽の横を通り過ぎる。神楽は、車の上に縛り付けられている定春を見つけた。

 

********

 

定春を誘拐したハタ皇子とじいは、車で帰路を急いでいた。

 

「すごいものを手に入れてしまった。前回来た時はひどい目に遭ったが、これでペスを失った傷も癒えるというもの。のう、じぃ」

 

「左様で……!!」

 

皇子の言葉に頷こうとしたじいは、車のフロントガラスに張り付いている銀時と志乃に悲鳴を上げた。

 

「ギャアアアアアアア!!ゾンビだァァァァ!!しかも2体ィィィ!!」

 

「オーイ、車止めろボケ」

 

「この子は勘弁してやってくんない?神楽が相当気に入ってるみたいだから」

 

「何を訳の分からんことを!どけェ!!前見えねーんだよチクショッ」

 

「うオオオオオオ!!」

 

じいが銀時達に抗議しようと窓から顔を出すと、後方からものすごいスピードで神楽が走ってきた。

 

「なっ……!!チャイナ娘がものスゴイスピードで……!!」

 

「定春返せェェェェェ!!」

 

「誰だ定春って!?」

 

「くっ……来るなァァ!!」

 

じいが、神楽に向かって拳銃を向ける。神楽は傘をバットのように持ち、車を薙ぎ倒した。

 

「ほァちゃアアアア!!あっ」

 

だが、ここで重要なことを思い出す。定春が車の上に縛り付けられたままだということを。

車は無情にも、そのまま池に落ちてしまい、沈んでいった。

神楽は涙を流し、膝をつく。

 

(私……また同じこと繰り返してしまったヨ)

 

「お嬢さん」

 

「!」

 

ふと、頭上から聞き慣れた声が降ってくる。見上げると、木の上には銀時と志乃、そして定春がいた。

 

「何がそんなに悲しいんだィ」

 

カッコいい台詞の後、銀時の手は定春に齧られていた。

 

「ぎぃやぁぁぁぁ!!」

 

「銀ー!!」

 

「銀ちゃん、志乃ちゃん、定春!!」

 

神楽は嬉しさのあまり、定春に抱きつく。その時、神楽の右腕が齧られた。

いつの間にか齧られることがステータスになっている。これはかなり異常な光景のような気がするが、ここにツッコミ要員はいなかった。

 

「定春ゥゥゥ!!よかった、ホントによかったヨ!!銀ちゃん、飼うの反対してたのに何で」

 

神楽はどうして定春を救ってくれたのか、と銀時に問う。

銀時はその場を去りながら理由を語った。

 

「俺ァ知らねーよ。面倒見んならてめーで見な。オメーの給料からそいつのエサ代キッチリ引いとくからな」

 

「あはは。素直じゃねーの」

 

不器用な銀時の後ろ姿を、志乃が笑う。神楽は彼の背に礼を言った。

 

「……アリガト銀ちゃん。給料なんて貰ったことないけど」




次回、あの人の過去がちょろっと明らかになります。


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団子といえばやっぱりみたらし団子だよね

「愛だァ?夢だァ?若い時分に必要なのはそんな甘っちょろいもんじゃねーよ。そう……カルシウムだ。カルシウムさえとっときゃ全てうまくいくんだよ。受験戦争、親との確執、気になるあの娘。取り敢えずカルシウムとっときゃ全てうまく……」

 

「いくわけねーだろ!!幾らカルシウムとってたってなァ、車に撥ねられりゃ骨も折れるわ!!」

 

銀時と神楽と志乃は、前回の交通事故で見事足を骨折した新八のおみまいに来ていた。

しかし怪我をしたと言っても、新八のツッコミのキレが下がる訳でもない。

 

「俺も撥ねられたけどピンピンしてんじゃねーか。毎日コイツ飲んでるおかげだよ」

 

「私も健康そのものだよ。毎日アンタらに付き合ってるおかげだね」

 

「いちご牛乳しか飲めないくせにエラそーなんだよ!それと僕らと居る事と健康は何の関係もねーわ!」

 

「んだコラァァコーヒー牛乳も飲めるぞ!!」

 

「健康は人生の中で一番大切な事なんだぞ!?健康ナメんな!!」

 

「やかましーわ!!」

 

病院の中で堂々と騒ぎまくる銀時達に、看護婦の一喝が飛ぶ。

 

「他の患者さんに迷惑なんだよ!!今まさにデッドオアアライブを彷徨う患者さんだって居んだよボケが!!」

 

「あ……スンマセン」

 

「エライのと相部屋だね、新八」

 

「うん、もう長くはないらしいよ。僕が来てからずっとあの調子なんだ」

 

「その割には家族来てないじゃん。え、何?見放されてるの?」

 

「いや、あの歳までずっと独り者だったらしいよ。相当な遊び人だったって噂」

 

「遊び人?って何?」

 

「あ、うん……志乃ちゃんはまだ知らなくていいんだよ」

 

「まっ人間死ぬ時ゃ独りさ。そろそろ行くわ。万事屋の仕事もあることだし」

 

「私も。留守番させてるしね〜」

 

銀時達は、そろそろ帰ろうと席を立った。

その瞬間、病院の老人が勢いよく起き上がった。

 

「万事屋ァァァァァ!!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

デッドオアアライブを彷徨っていた患者がいきなりアライブに飛び込んだので、医師は思わず悲鳴をあげる。

老人はヨロヨロと覚束ない足取りで、こちらに歩み寄ってきた。

 

「今……万事屋って……言ったな……それ何?何でも……して……くれんの?」

 

「いや……何でもって言っても、死者の蘇生は無理よ!!ちょっ……こっち来んな!!のわァァァ!!」

 

銀時は恐れのあまり、悲鳴をあげる。

だが、老人はかんざしを差し出した。

 

 

「コ……コレ、コイツの持ち主捜してくれんか?」

 

********

 

銀時は、かんざしの持ち主を捜すため、かつて彼女が働いていたという団子屋の事を聞こうと、贔屓してもらってる団子屋に向かった。

 

「団子屋『かんざし』?そんなもん知らねーな」

 

「昔この辺にあったって聞いたぜ」

 

「ダメだ俺ァ三日以上前のことは思い出せねェ。それよりよォ銀時、お前たまったツケ払ってけよ」

 

「その『かんざし』で奉公してた綾乃って娘を捜してんだ。娘っつっても五十年も前の話だから今はバーサンだろーけどな」

 

「ダメだ俺ァ四十以上の女には興味ねーから。それよりよォ銀時、お前たまったツケ払ってけよ」

 

団子屋の店主に同じことを2回も繰り返し言われた銀時だが、当然スルー。

そもそも彼はツケを払うつもりなどない。白々しさを通り越して最早別の領域に達しているようだ。

一方、同じく団子屋に訪れていた志乃は、別の店員を訪ねていた。

 

「よォハル」

 

「あら。志乃ちゃんじゃない。いらっしゃい」

 

店から出てきた金髪の女性は、志乃を見て柔和に微笑む。彼女を見た銀時も、挨拶を交わした。

 

「おっ。よー、小春。オメーこんなとこで何やってんだよ」

 

「チッ。何よアンタ銀時じゃないの。こっちの台詞だわ。何しに来てんのよクソが」

 

「相変わらずおっかねー女だな。志乃がオメーみてーな女に成長したらどーすんだよ」

 

銀時に対して笑顔で毒を吐きまくる女性ーー矢継小春は、微笑みを絶やさず銀時の頭をお盆で殴った。

 

「貴方こそ相変わらず志乃ちゃんに関わってるらしいじゃない。お願いだから、あの娘に悪影響を及ぼすような事だけは無いようにしてね」

 

「てめーが一番の悪影響だろーが」

 

「脳みそぶちまけるわよ」

 

「いいかげんにしろてめーら!!店先で物騒な会話してんじゃねーよ!!」

 

店主に怒られた小春は、銀時のこめかみに当てた拳銃を渋々しまった。

そして、銀時と話を続ける。

 

「で?アンタ何でここに来たのよ。どーいう風の吹き回し?」

 

「依頼があってな。このかんざしの持ち主を捜してくれって」

 

「はァ、かんざしねェ。それ、何て名前の人なの?」

 

「えーとなァ、綾乃ってんだ」

 

「ふーん……知らないわ」

 

「だったら最初から首突っ込むんじゃねーよ」

 

「ハイハイ。それじゃー、仕事頑張ってね」

 

小春はそれだけ言うと、とっとと店の中に入っていった。

 

「アイツ、ホントどんな人生送ってきたんだよ。ロクな人生送ってねーな」

 

「あはは……ん〜でも綾乃さんかァ……どっかで聞いたことあるよーな、無いよーな……」

 

志乃が銀時の隣に座り、うーんと顎に人差し指を当て考えるポーズをとる。

すると、彼女にいい考えが浮かんだ。

 

「そーだっ!捜し物なら定春に捜してもらえばいいじゃん!」

 

「は?」

 

「ほら、犬って鼻がきくでしょ?それと同じ要領で、定春にかんざしの匂いを嗅いでもらって、捜してもらえばいいんだよ!」

 

「いや……無理だろソレ」

 

「何言ってるアル!物は試しネ。定春〜!」

 

「オイオイ、大丈夫なのかよ……」

 

神楽と志乃が定春を呼ぶ横で、銀時は溜息をついた。

 

********

 

早速定春にかんざしの匂いを嗅がせて、匂いを辿ってもらう。リードは銀時が持っていた。

 

「オーイ、流石に無理だろコレ。五十年も経ってんだ。匂いなんか残ってるかよ」

 

「何言ってんの銀。そんなの分かんないよ」

 

「志乃ちゃんの言う通りネ。綾乃さんもしかして体臭キツかったかもしれないアル」

 

「バカ、別嬪さんってのは理屈抜きでいい匂いがするものなの。いや……でも別嬪さんのくせに体臭キツいってのも、完璧な女より逆に何かこう燃えるものが……」

 

「銀、何言ってんの?」

 

こんな会話をしながら、定春がたどり着いたのはスナックお登勢だった。

その店の扉を叩き、こちらを見る。

 

「オイ、まさか……」

 

********

 

「何だよ、家賃払いに来たのかイ。お前、こちとら夜の蝶だからよォ、昼間は活動停止してるっつったろ。来るなら夜来いボケ」

 

「何やアンタら何しに来たん?」

 

中から出てきたのは、お登勢と従業員のお瀧。

かんざしの持ち主の匂い、五十年前……。

まさかの回答が銀時達の頭の中で弾き出されそうなその瞬間、銀時達はそれを否定した。

 

「…………いやいや、これはないよな」

 

「ナイナイ」

 

「綾乃ってツラじゃねーもんな」

 

「何で私の本名知ってんだィ?」

 

はい、アウトー!!

この一言で、銀時達の予感は完璧に的中した。

だが、銀時は食い下がる。

 

「ウソつくんじゃねェェェババァ!!おめーが綾乃の訳ねーだろ!!百歩譲っても上に『宇宙戦艦』が付くよ!!」

 

「宇宙戦艦綾乃……めっちゃ笑える」

 

「オイぃぃぃ!!メカ扱いかァァァ!!そして志乃!!アンタ何想像して笑ってんだい!!」

 

戦艦にお登勢の顔が付けられた宇宙戦艦綾乃を想像して大爆笑した志乃に、お登勢の一喝が入る。

お登勢は煙草を吹かしながら溜息をついた。

 

「お登勢ってのは夜の名……いわば源氏名よ。私の本名は寺田綾乃っていうんだイ」

 

「前にアンタにも教えたやろ?志乃」

 

「あー!!だから聞いたことある名前だと思ったんだ」

 

やっとモヤモヤが解消された志乃は、掌に拳をポンと置く。

その傍らで、銀時と神楽は完全にやる気を無くしていた。

 

「何嫌そーな顔してんだコラァァァ!!」

 

突然、スナックお登勢の固定電話が鳴る。

お登勢は中に入って、受話器を取った。

 

「ハイ、スナックお登勢……何?いるよ銀時なら。新八から電話」

 

「何よ」

 

「何かジーさんがもうヤバイとか言ってるけど」

 

********

 

病院では、依頼主の患者がまさにデッドに直進していた。

今まさに、命が途絶えようとしたその時。

突然、銀時、神楽、お登勢を乗せた定春と、志乃、お瀧を乗せた垂直離着陸機能を搭載した志乃愛用のスクーターが、病室の窓をめちゃくちゃに壊した。

銀時達は、依頼を達成するため、かんざしの持ち主ーーお登勢を連れて来たのだ。

 

「おい、じーさん。連れて来てやったぞ」

 

「い"っ!?お登勢さん!?」

 

だが、患者はデッドに真っしぐら。意識は朦朧としていた。

意識を戻そうと、志乃が患者の頭を軽く叩く。

 

「ちょっと、起きてよジーさん」

 

「ちょっ、何やってんの君ィィィ!!」

 

意識を呼び覚まさせ、かんざしを挿したお登勢を見せる。

 

「かんざしはキッチリ返したからな……見えるかジーさん?」

 

患者の目には、あの頃の彼女が映っていた。

 

「……綾乃さん。アンタやっぱ……かんざしよく似合うなァ……」

 

「…………ありがとう」

 

こうして、患者は息を引き取った。

 

********

 

帰り道。銀時と志乃は、お登勢と並びながら歩いていた。神楽とお瀧は、一緒に定春に乗っている。

ふと、銀時がお登勢に尋ねた。

 

「……バーさんよォ。アンタひょっとして、覚えてたってことはねーよな?」

 

「フン。さあね。さてと……団子でも食べに行くとするかイ」

 

「ん……ああ」

 

かんざしを揺らして歩く彼女の姿が、この時銀時の目には、お登勢ではなく、一瞬娘時代の綾乃に見えていたーー。




次回、何やら怪しい組織に遭遇します。


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ガキなら一度は中二病を拗らせろ
コギャルにもいい奴はたくさんいる


この日、志乃は従業員の茂野時雪と共に、久々に入った万事屋としての仕事の依頼主を訪れていた。

相手は幕府の由緒正しき役人である。志乃と時雪は、客間に通されていた。

役人が話をするが、志乃は話を流すように聞き、出されたせんべいを貪り食っている。

時雪はそれを止めようとするが、志乃は聞く耳を持たない。

 

「今までも二日三日家を空けることはあったんだがね、流石に一週間ともなると……連絡は一切ないし、友達に聞いても誰も何も知らんときた。親の私が言うのもなんだがキレイな娘だから、何か良からぬことに巻き込まれているのではないかと……」

 

役人はそう言って、写真を志乃に差し出す。

キレイと言われた娘は、デブのギャルだった。

 

「……ああ、なるほど。何かその……むぐむぐ、巨大なハムを作る機械とかに巻き込まれていバリバリ、る可能性がありますね……」

 

「いや、そーゆんじゃなくて何か事件に巻き込まれてんじゃないかと……」

 

「事件?ハムがソーセージと不倫したとか」

 

「いいかげんにしろよ。久々に来た仕事パーにするつもりか」

 

時雪にツッコミを受ける志乃は、仕事のしなさ過ぎで少しボケていた。

いや、ボケているで済まされるのだろうか。

 

「でも、それなら俺達よりも警察とかに相談した方が……」

 

「そんな大事には出来ん。我が家は幕府開府以来徳川家に仕えてきた由緒正しき家柄。娘が夜な夜な遊び歩いているなどと知れたら一族の恥だ。他の万事屋にも頼んでいる、何とか内密の内に連れ帰ってほしい」

 

********

 

志乃と時雪は、娘ーーハム子(名前も知らないのでこの名称でいく)がよく来ていたというクラブにやってきた。

そこで銀時達と合流し、共に事件解決にあたる。

神楽が、早速鳥頭の店員に話を聞く。

 

「あー?知らねーよこんな女」

 

「この店によく遊びに来てたゆーてたヨ」

 

「んなこと言われてもよォ嬢ちゃん。地球人の顔なんて見分けつかねーんだよ……名前とかは?」

 

「えーと、ハ……ハム子……」

 

「ウソつくんじゃねェ明らかに今付けたろ!!そんな投げやりな名前付ける親がいるか!!」

 

「忘れたけどなんかそんなん」

 

「オイぃぃぃ!!ホントに捜す気あんのかァ!?」

 

 

「銀さん……神楽ちゃんに任せてたら永遠に仕事終わりませんよ」

 

「あー、もういいんだよ」

 

「そーそー、どーせどっかの男の家にでも転がり込んでんだよ。私あんな女に絶対ならない」

 

「そんなテキトーな見解でいいの?」

 

「アホらしくてやってられるかよ。ハム買って帰りゃあのオッサンも誤魔化せるだろ」

 

「よし、依頼達成」

 

「誤魔化せる訳ねーだろ!アンタらどれだけハムで引っ張るつもりだ!!」

 

「ちょっと待てェ!!本当に買いに行こうとするなァァ!!」

 

ハムを買いに行こうとする志乃を、時雪が止める。

志乃らのパーティーの中で、ツッコミ役は彼のようだ。これは重要事項なのでよく覚えておこう。

時雪は、トイレに行こうと席を立った。

 

「志乃ごめん、トイレ!」

 

「おー、分かった」

 

志乃が軽く返し、キャンディを頬張る。

と、ここでハム子を捜していた神楽が、デブ男を連れて帰ってきた。

 

「新八〜!もうめんどくさいからこれで誤魔化すことにしたヨ」

 

「どいつもこいつも仕事を何だと思ってんだチクショー!大体これで誤魔化せる訳ないだろ。ハム子じゃなくてハム男じゃねーか!」

 

「ハムなんかどれ食ったって同じじゃねーかクソが」

 

「そういうこった。ごたごた言ってんじゃねーよ」

 

「何?反抗期!?」

 

可愛い顔して普通に毒を吐く神楽と志乃。これを反抗期と言わずして何と言おう。

そんな会話をしていると、ハム男が突然倒れた。

 

「ハム男ォォォォ!!」

 

「オイぃぃ駄キャラが無駄にシーン使うんじゃねーよ!!」

 

「ハム男、あんなに飲むからヨ」

 

「……!?待って、神楽!」

 

ハム男に近付こうとした神楽を、志乃が制する。

志乃には、ハム男が酒に酔っているようには見えなかった。

鼻水と涎を垂らして、口元には泡が出ている。

酒に酔っただけで、こんな状況に陥るのは絶対にありえない。

すると、先程の鳥頭の天人店員がやってきた。

 

「あー、もういいからいいから。後俺がやるからお客さんはあっち行ってて。……ったくしょーがねーな、どいつもこいつもシャブシャブシャブシャブ」

 

「シャブ?」

 

シャブというのは、言わずもがな麻薬の事である。

麻薬は一度使用すると快楽を得られるが、それからずっと麻薬に依存し、体がボロボロになってしまう恐ろしいものである。

よいこのみんなは、麻薬に手を染めることのないよう、気を付けよう!

あ、話が逸れた。戻ろう。

ハム男を抱えた店員が、志乃の疑問に説明をしてくれた。

 

「この辺でなァ最近新種の麻薬(クスリ)が出回ってんの。何か相当ヤバイ奴らしーからお客さん達も気を付けなよ!」

 

「ふーん……ありがとうね、鳥」

 

志乃は店員に一応礼をしてから、考え込むようにソファに座った。

それにならい、新八と神楽も座る。

 

「どうしたの、志乃ちゃん?」

 

「嫌な予感がする」

 

「嫌な予感?」

 

「それどーいう意味ヨ」

 

「私の推測の話なんだけど、もしかしたらハム子が、麻薬(クスリ)に手を染めてるかもしれない」

 

「ええ!?」

 

驚いた新八が、思わず立ち上がる。

志乃は新八を落ち着かせてから、続けた。

 

「さっき見たあのハム男……彼も、見た感じ若かった。私が聞いた話なんだけど、今若者の間で密かに宇宙から来た麻薬が出回ってるらしいんだ。あのハム子もあんなナリだけどまだガキだろう。もしかしたらあいつも、もしかしたらハム男みたいになってるかもしれない……」

 

「そんな……」

 

「あー、くっそ……イヤな予感しかしない」

 

自分の憶測をぶつけた志乃は、ガシガシと頭を掻き毟り、ゆっくりと店内を見渡す。

ピリッと殺気立った空気が、辺りを支配していた。

 

「遅いな、銀さん」

 

そう呟いたのは、隣に座る新八だった。

 

「どうも嫌な感じがするんだ、この店……早く出た方がいいよ」

 

「そうだね……」

 

「私捜してくるヨ」

 

神楽が席を立とうとしたその時、彼女の頬に銃が当てがわれた。

 

「てめーらか。コソコソ嗅ぎ回ってる奴らってのは」

 

銃を向けてきたのは、何やら恐ろしい雰囲気を醸し出す天人達だった。

 

「なっ……何だアンタら」

 

「とぼけんじゃねーよ。最近ずーっと俺達のこと嗅ぎ回ってたじゃねーか、ん?そんなに知りたきゃ教えてやるよ。宇宙海賊"春雨"の恐ろしさをな!」

 

********

 

一方、トイレに入っていた時雪は、隣でブツブツ言ってる銀時の独り言を聞いていた。

正直言って、聞いてるこっちが恥ずかしい。

時雪はトイレに入ってから何度目かの溜息を吐いた。

すると、銀時の入ってるトイレのドアを、何者かが叩いた。

 

「ハイ、入ってますけ……」

 

「いつものちょうだい」

 

「はァ?」

 

声からして、相手は女だった。

何故女が男子トイレに入っているのだろうか。いつものとは何だろうか。頭の中で、疑問が尽きない。

声の主は、緊迫したような勢いで銀時に詰め寄る。

 

「早く……いつものちょうだいって言ってんじゃん!!アレがないと私もうダメなの!!」

 

「い……いつものって言われても、いつものより水っぽいんですけど」

 

「何しらばっくれてんのよ、金のない私はもうお払い箱って訳‼︎いいわよアンタらのこと警察にタレ込んでやるから」

 

「ちょっと待てお前。え?警察に言う?別にいいけどお前……何が?って言われるよ」

 

あまり聞きたくない話を嫌でも聞いてしまった時雪は、今日何度目かの溜息をつく。

その時、男子トイレ内で銃声が響いた。

それに続けて、男の声が聞こえる。

 

「誰に話しかけてんだボケが……もうてめーに用はねーよブタ女!」

 

まさか。イヤな予感がした時雪は、常備している木刀を手にトイレを出る。

そこには、先程の声の主であろう女が血を流して倒れていた。

そして、それを引き摺る天人が。

隣のトイレに居た銀時も、同じく出てきていた。

 

「ぎ……銀時さん……これって……」

 

自然と、時雪の声が震える。

銀時も、かなりヤバい状況である事を察していた。

 

「ハム子ォ、悪かったなァオイ。男は男でもお前、エライのに引っかかったみてーだな」

 

「ハム子さん……!!」

 

「オイ、時雪。てめーはハム子連れて下がってろ」

 

銀時は時雪を見ずに、目の前に立つ天人ーー陀絡と対峙する。

時雪は銀時の雰囲気を感じ、すぐにハム子を連れて銀時の後ろに下がった。



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水洗トイレの歴史は約二千年前に遡る

「俺は元来そんなに人嫌いの激しいタチじゃねェ。だが、これだけは許せんというのが三つあってな。一つ目は、仕事の邪魔をする奴。二つ目は、便所に入っても手を洗わん奴。三つ目は、汚らしい天然パーマの奴だ」

 

陀絡の嫌いなもの三つ。

それを聞いた銀時はニタリと笑った。

 

「全部該当してんじゃねェかァァァァ!!」

 

 

陀絡の苛立ち混じりの突きを、銀時がジャンプしてかわす。

時雪も、ハム子を護りながら避けた。

銀時は壁を蹴り、陀絡の頭も踏む。

 

「そいつァ光栄だ。ついでに俺の嫌いな奴三つも教えてやろーか?ひとーつ、学園祭準備にはしゃぐ女子!ふたーつ、それに便乗して無理にテンション上げる愚の骨頂男子!みーっつ、それら全てを包容し優しく微笑む教師」

 

銀時は嫌いなものを発表しながら、陀絡の周りにいた天人達を全員片付けてしまった。

 

「てめェ要するに学園祭が嫌いなだけじゃねーか。よほど暗い青春送ったな……」

 

「てめーほどじゃねェよ。いい歳こいて便所でスーパッパか?もっともてめーらが好いてるのは、シャレにならねェハッパみてーだがなァ。天人が来てから世の中アブねーもんも増えたからよォ、困るぜ。若者をたぶらかしてもらっちゃ」

 

銀時はそう言いながら、時雪と共にハム子を抱えた。

 

「たぶらかす?勝手に飛び付いてきたのはその豚だぞ。望む通りのモン用意してやったのにギャーギャー騒がれてこっちも迷惑してんだ」

 

「そーかい。バカ娘が迷惑かけて悪かったな。連れ帰って説教すらァ」

 

時雪が、木刀を持った手で、トイレのドアを開ける。

するとそこには、奴等の仲間らしき天人達がたくさんトイレを囲んでいた。

 

「オイオイみんなで仲良く連れションですか……便器足んねーよ……」

 

「銀時さん……コレ、どうするんですか……?」

 

時雪が尋ねた瞬間、天人達の後ろで声が聞こえた。

 

「オラッちゃっちゃと歩かんかイ!!」

 

「こいつフラフラじゃねーか、情けねェ!!」

 

そこには、天人達に連行される新八と神楽、気を失って一人の天人に担がれている志乃が居た。

 

「新八!!神楽!!志乃!!」

 

「オイ、三人共!!オイッ!!」

 

「てめーらァァ!!何しやがった!!」

 

「志乃達に何するつもりだ!!」

 

銀時と時雪は、押さえつけてくる天人達を振り払い、彼らを助けようと暴れる。

 

「お前、目障りだよ……」

 

「「!!」」

 

陀絡の声に、2人が振り返る。

その瞬間に、陀絡は銀時の左肩に一撃を食らわせた。

銀時達はそのまま窓に押し込まれ、窓を割って外に出され、三人諸共落とされてしまった。

 

********

 

銀時は目を覚まし、上半身を起こしていた。

そこに、桂とお瀧、小春、橘剛三、九条八雲が入ってくる。

ちなみにお瀧、小春、橘、八雲は獣衆の一員である。

 

「ガラにもなくうなされていたようだな……昔の夢でも見たか?」

 

「ヅラ?何でてめーが……」

 

ここに、と言おうとしたその時、銀時の脳裏に連れ去られた新八、神楽、志乃が浮かび上がった。

 

「そうだ!!」

 

こうしちゃいられない、と立ち上がろうとしたが、痛みに負け布団に突っ伏してしまう。

 

「バカね。アンタは左腕と肋骨何本か持ってかれてるのよ」

 

「時雪が庇ってくれたおかげだな。だが、時雪はお前たちを庇って意識すら危うい状態だ。あの娘も外傷はないが、体は麻薬にやられている。死ぬまで廃人だろう」

 

「クソガキめ、やっぱやってやがったか」

 

「というか、貴様は何であんな所に居たんだ?」

 

「というか何でお前等に助けられてんだ?俺は。というか、この前の事謝れコノヤロー!」

 

というか、の流れに乗って、テロ事件の謝罪を桂に求める銀時。

だが、それを無視して、桂はある粉が入った袋を差し出した。

 

「というか、お前はコレを知っているか?最近、巷で出回っている"転生郷"と呼ばれる麻薬だ。辺境の星にだけ咲くと言われる特殊な植物から作られ、嗅ぐだけで強い快楽を得られるが、依存性の強さも他の比ではない。流行に敏感な若者達の間で出回っていたが、皆例外なく悲惨な末路を辿っている……。天人がもたらしたこの悪魔を根絶やしにすべく、我々攘夷党も情報を集めていたんだ……そこに、お前達が降ってきたらしい。俺の仲間が見つけなかったら、どうなっていたことか…………というか、お前は何であんな所に居たんだ?」

 

「というか、アイツらは一体何なんだ?」

 

銀時の問いに答えたのは、八雲だった。

 

「宇宙海賊"春雨"。銀河系で最大の規模を誇る犯罪シンジケートです。奴等の主な収入源は、非合法薬物の売買による利益。その魔手が、末端とは言え地球にも及んでいるという訳です」

 

「天人に(おか)された幕府の警察機構などアテに出来ん。我等の手でどうにかしようと思っていたのだが、貴様がそれほど追い詰められる位だ……よほど強敵らしい。時期尚早かもしれんな」

 

桂の言葉も聞かず、銀時は立ち上がって上着を手に取る。

 

「オイ、聞いているのか?」

 

「仲間が拉致られた。志乃もだ。放っとく訳にはいかねェ」

 

「その身体で勝てる相手と?」

 

「"人の一生は重き荷を負うて遠き道を往くが如し"。昔なァ、徳川田信秀というオッさんが言った言葉でな……」

 

「誰だそのミックス大名!家康公だ家康公!」

 

桂にツッコまれながらも、銀時はこちらを振り向かず続ける。

 

「最初に聞いた時は何を辛気くせーことをなんて思ったが、なかなかどーして年寄りの言うこたァバカに出来ねーな……。荷物ってんじゃねーが、誰でも両手に大事に何か抱えてるもんだ。だが、担いでる時にゃ気付きゃしねー。その重さに気付くのは全部手元から滑り落ちた時だ。もうこんなもん持たねェと何度思ったかもしれねェ。なのに……またいつの間にか背負いこんでんだ。いっそ捨てちまえば楽になれるんだろうが、どーにもそーゆ気になれねー。荷物(あいつら)が居ねーと、歩いててもあんま面白くなくなっちまったからよォ」

 

銀時の言葉を最後まで聞いた桂と獣衆は、一息ついて肩を落とす。

桂が、銀時と並んだ。

 

「片腕では荷物など持てまいよ。今から俺がお前の左腕だ」

 

桂と銀時を挟むように、獣衆の四人も並ぶ。

小春は拳銃を両手に持ちながら、ぶっきらぼうに言う。

 

「志乃ちゃんを助けるためよ。今回だけだからね」

 

八雲は、手に手鋼をはめながら、笑顔で言った。

 

「久々にやりましょう、お二方」

 

お瀧も、懐に手裏剣やクナイを忍び込ませる。

 

「楽しそうな戦闘にウチらが行かん訳にはいかへんやろ」

 

橘は、槍を肩にかけて並んだ。

 

「行くぞ。仲間を取り戻しに」



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コスプレは心の奥底からしなさい

「……ん」

 

目を覚ました志乃は、まだ少し霞がかかった頭を何とか動かそうとした。

しかし、ぼんやりした頭ではまともに状況を判断することも出来ない。

おまけに手には頑丈な枷がはめられ、ビクともしない。完全に捕まったらしい。

何とか状況判断が出来るほどにはなった頭だけを頼りに、志乃はゆっくりと体を起こした。

 

「っつぅ……どこここ……」

 

「目覚めたか、銀狼」

 

「!!」

 

何者かの気配を感じた志乃は、咄嗟にバックステップでその気配との距離をとった。

そこには、マントを羽織り、眼鏡をかけた天人がいた。陀絡だ。

 

「……誰アンタ。ロリコン?」

 

「流石、かつて攘夷戦争でその名を馳せた銀狼だ。危険察知能力は優れているようだな。戦が終わっても、その血は本能のままだな」

 

「誰だっつってんの。話聞けボケナス」

 

志乃は陀絡を罵倒しながら、枷をはめられた手を前に出し、腰に提げているはずの金属バットに手を伸ばす。

しかし、そこには何もなかった。

 

「あり?」

 

「バカだな。相手が最恐と謳われた人斬りだってのに手を打たねェ奴がどこに居るんだ」

 

「さっきから何言ってんのおっさん。銀狼とか最恐とか何とか。中二病ですか?いい歳して中二病ですか?うわ、痛い!」

 

ゲラゲラ笑う志乃の腹に、陀絡はイラついて蹴りを入れた。

痛みに耐えかねた志乃は咳き込み、蹲る。

 

「とぼけるなよ銀狼。俺達は前々からてめーの辺りをずっと探ってたんだ。この星最恐の戦闘集団『獣衆』。その棟梁を務める一族。銀髪を振り乱し、爛々と輝く赤い目は血の色のみを映すという。それが、"銀狼"……てめーのことだろ」

 

「はァ……?知らないよそんなの。私は銀狼なんて名前じゃない。私の名前は霧島志乃。かぶき町で万事屋やってるただの一般人だよ」

 

立ち上がった志乃は、陀絡と堂々と睨み合う。

それは少女ながら、その背後には猛獣が潜んでいた。

気を抜けば、すぐにそれは牙を剥く。

故に、陀絡は気を張り詰めていた。

そんな時、陀絡の背後から手下の天人が現れる。

 

「陀絡さんちょっと。表に妙な奴等が来てまして」

 

「妙な奴等?適当に処理しとけ。俺ァ今忙しいんだ。銀狼。いい機会だ。てめーに俺達が何か教えてやるよ」

 

陀絡は黙って自分を見上げる志乃に、ニヤリと笑った。

 

********

 

一方、船の前。

船に連れ去られた新八、神楽、志乃を救うべく、銀時、桂、小春、橘が現れた。

……海賊のコスプレをして。

 

「だァーから、ウチはそーゆの要らねーんだって!!」

 

「つれねーな。俺達も海賊になりてーんだよ〜連れてってくれよ〜。な?ヅラ」

 

「ヅラじゃない。キャプテンカツーラだ」

 

「そうそう。私達幼い頃から海賊になるのを夢見てきたわんぱく小僧でねェ。失われた秘宝"ワンパーク"というのを探してんのよ!ね?ヅラ」

 

「ヅラじゃない。キャプテンカツーラだ」

 

「知らねーよ。勝手に探せ」

 

「んなこと言うなよ〜。俺手がフックなんだよ。もう海賊かハンガーになるしかねーんだよ〜」

 

「知らねーよ何にでもなれるさお前なら」

 

何度も突き返しているというのにこのザマだ。

一人はずっとキャプテンカツーラだと名乗っているし、一人は一言も喋らないし何より目付きが怖い。

天人は呆れて、去ろうとした。

 

「とにかく帰れ。ウチはそんなに甘い所じゃな……」

 

カチャ、という金属音がした。

天人が振り返ろうとするが、その前に銀時と桂が左右から剣を天人の首に当て、いつの間にか前方に立っていた小春は天人の額に拳銃を突き付け、橘は天人の笠の下から槍の穂先を忍ばせていた。

 

「とことん冷たい奴等だな、お前等」

 

「面接ぐらい受けさせてくれよォ」

 

「ホラ、履歴書もあるぞ」

 

「しかも、ちゃ〜んと4枚ね」

 

********

 

一方その頃。

甲板上では、志乃は天人達に押さえられ、同じく捕まっていた新八と神楽をただ見ているしかなかった。

水をぶっかけられ、目が覚めた新八はふと上を見る。

そこには、陀絡によって、気を失っている神楽が海の上に吊り下げられている様だった。

 

「神楽ちゃん!!」

 

「オジさんはねェ不潔な奴と仕事の邪魔する奴が大嫌いなんだ。もうここらで邪魔な鼠を一掃したい。お前らの巣を教えろ。意地張るってんならコイツ死ぬぞ」

 

「何の話だよ!!」

 

「とぼけんな。てめーが攘夷志士だってのは分かってる」

 

「はっ!?」

 

「違う!!コイツらは攘夷志士なんかじゃない!!」

 

「てめーらのアジト教えろって言ってんだよ!!桂の野郎はどこに居んだ!!」

 

「新八!!」

 

志乃は新八と神楽を助けようと必死に抵抗するが、大勢で押さえ付けている天人達はビクともしない。

 

「何言ってんだよお前ら!!僕らは攘夷志士なんかじゃないし、桂さんの居場所なんて知らない!!神楽ちゃんを離せ!!ここは侍の国だぞ!!お前らなんて出てけ!!」

 

「侍だァ?そんなもんもうこの国にゃいねっ……」

 

陀絡と神楽の視線が交差する。

神楽は自由な両足で、陀絡の顔を蹴っ飛ばした。

 

「ほァちゃアアア!!」

 

神楽は自由になったものの、その反動で海に落ちていく。

 

「神楽ちゃ……」

 

「神楽!!」

 

「足手まといなるの御免ヨ。バイバイ」

 

あわや、神楽が海に落ちて行こうとしたその時。

 

「待てェェェ!!待て待て待て待て待て待て待てェェェ!!」

 

待てとたくさん叫びながら船の脇を駆け抜けていく男が居た。

男は落ちていく神楽を抱え、甲板に躍り出る。

その男は、誰もが待ち望んだ我らがヒーロー・銀時だった。

 

「こんにちは坂田銀時です。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取、特技は目ェ開けたまま寝れることです」

 

「銀さん!!」

 

「銀!!」

 

「てめェ生きてやがったのか。フン、だが……あの青髪のひ弱なガキは死んだみたいだな」

 

「死んでないわよ、アホ」

 

甲板に現れた2つの影に、天人達は構える。

そこには、金髪を靡かせた小春と、黒髪の橘が立っていた。

 

「ハル!!たっちー!!」

 

「志乃ちゃん!!怪我してない!?大丈夫?」

 

「何とかねー!」

 

「無事で良かった」

 

「おやおや。獣衆の一族がぞろぞろと」

 

次の瞬間、爆発音が鳴り響く。

すぐに、手下が陀絡に報告に来た。

 

「陀絡さん、倉庫で爆発が!!転生郷が!!」

 

「俺の用は終わったぞ。後はお前達の出番だ。銀時、小春、剛三。好きに暴れるがいい。邪魔する奴は俺が除こう」

 

「てめェは……桂!!」

 

「違〜〜う!!キャプテンカツーラだァァァ!!」

 

桂が船の上から、爆弾を両手に現れた。

そして、天人の手下達に爆弾を次々と投げつける。

志乃の腕を掴む天人達に、小春が二丁の拳銃を、橘が槍を手に走り出す。

 

「その汚ねェ手を志乃ちゃんから離しなさいクソ共がァァァ!!」

 

鬼の形相で、天人達の脳を次々と撃ち抜く小春。

傍らでは、橘が槍を振り回し、敵を斬りつけたり突き飛ばしたりして突破口を開いていった。

危機感をもった天人は、左右から志乃のこめかみに銃を当てる。

 

「く、来るなァァ!!金獅子!!来たらこの小娘をころ……」

 

最後まで言い切る前に、小春の2つの銃弾が天人の心臓を射抜く。

天人は2人同時に倒れ、志乃は自由となった。

 

********

 

「ハル!!たっちー!!うわぁぁぁん!!」

 

「志乃ちゃーーーん!!」

 

小春の抱きつきが、志乃のダメージを受けた腹にジャストミート。痛いことこの上ない。

志乃は痛みを呑み込みながらも、助けてくれた2人に感謝を述べた。

 

「あー、一時はどうなることかと思った」

 

「こっちの台詞よ!!というか何で私を連れてってくれなかったの!?そしたら、時雪くんよりは役に立ったのに!!」

 

「いや、だってハルは仕事に行ってたじゃん」

 

「サボるのは良くない」

 

2人の釘を刺された小春は、項垂れた。

 

「ねー、たっちー。おんぶ」

 

「……」

 

小春を他所に、志乃は橘におんぶを要求した。

橘は黙って屈む。

橘の背に乗った志乃は、小春を呼んで帰路に着いた。

 

「……ねぇ、ハル。たっちー。一つ聞きたいんだけど」

 

「何?志乃ちゃん」

 

「『獣衆』って、何?」

 

志乃の質問に、ピクッと反応する小春と橘。

小春はそれを隠すように笑顔を浮かべて言った。

 

「さぁ?誰に言われたのソレ」

 

「うんとねー、天人。眼鏡かけためちゃくちゃとっつきにくそうな奴」

 

「そいつ中二病だったんじゃない?」

 

「あ、やっぱりそうだったんだ!」

 

志乃は、「やっぱアイツ中二病だったんだ〜」と一人納得していたが、小春と橘は険しい表情で帰路についていた。

 

『獣衆』とは。

"銀狼"とは何か。

それは、また次の機会にてーー。



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カエルはキャラ化するとめちゃくちゃカワイイが実物はそうでもない

真選組屯所。

この日も、会議が行われていた。

 

「えー、みんなもう知ってると思うが、先日宇宙海賊"春雨"の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと、奴らを壊滅させたのはたった4人の侍らしい………………驚くどころか誰も聞いてねーな」

 

会議中だというのに、誰一人近藤の話を聞かず、ぺちゃくちゃと喋っている。

 

「トシ」

 

近藤に指示された土方は、黙って隊士達にバズーカをぶっ放した。

 

********

 

「えー、みんなもう知ってると思うが、先日宇宙海賊"春雨"の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと、奴らを壊滅させたのは、たった4人の侍らしい…………」

 

「「え"え"え"え"え"!!マジすか!?」」

 

「白々しい。もっとナチュラルに出来ねーのか」

 

「トシ、もういい。話が進まん」

 

バズーカを撃たれたため、ボロボロになった隊士達がまったく同じ内容を聞いて驚く。

土方はイラついてまたバズーカを撃ち込もうとしたが、近藤に止められた。

そして、近藤が話を続ける。

 

「この4人の内一人は、攘夷党の桂、そしてその他2名は『獣衆』の"金獅子"と"黒虎"だという情報が入っている。まァ、こんな芸当が出来るのは奴らぐらいしかいまい。春雨の連中は大量の麻薬を江戸に持ち込み、売りさばいていた。攘夷党じゃなくても連中を許せんのは分かる。だが、問題はここからだ。その麻薬の密売に、幕府の官僚が一枚かんでいたとの噂がある。麻薬の売買を円滑に行えるよう協力する代わりに、利益の一部を海賊から受けとっていたというものだ。真偽のほどは定かじゃないが、江戸に散らばる攘夷派浪士は噂を聞きつけ、『奸賊討つべし』と暗殺を画策している。真選組(オレたち)の出番だ!!」

 

********

 

真選組は、その狙われている幕府の官僚を守るため、家に張り込んでいた。

しかし、沖田は眠りこけ、杉浦はレタスを貪っている。

 

「こんの野郎は……寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって。オイ起きろコラ。警備中に惰眠を貪るたァどーゆー了見だ」

 

「何だよ母ちゃん。今日は日曜だぜィ」

 

「違うッスよ、沖田さん。今日は土曜日ですよ。ったく、おっちょこちょいなんですから〜」

 

「今日は火曜だ!!てめーらこうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどーすんだ?仕事なめんなよコラ」

 

「俺がいつ仕事なめたってんです?」

 

「俺らがなめてんのは土方さんだけッスよ!」

 

「そういうことでさァ!」

 

「よーし!!勝負だ剣を抜けェェェェ!!」

 

杉浦と沖田にキレた土方は叫ぶが、3人の脳天に拳が打ち据えられた。

 

「仕事中に何遊んでんだァァァ!!お前らは何か!?修学旅行気分か!?枕投げかコノヤロー!!」

 

3人に怒る近藤の脳天にも、拳が打ち据えられる。

 

「お前が一番うるさいわァァァ!!ただでさえ気が立っているというのに」

 

「あ、スンマセン」

 

「まったく、役立たずの猿めが!」

 

「うるせーよ、クソガマ」

 

去りゆく官僚の背中に毒を吐く杉浦。沖田も、彼に続く。

 

「なんだィありゃ。こっちは命がけで身辺警護してやってるってのに」

 

「お前は寝てただろ」

 

「幕府の高官だか何だか知りやせんが、何であんなガマ護らにゃイカンのですか?」

 

文句を言う沖田に、近藤が諭すように口を開いた。

 

「総悟、俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府が無ければ今の俺達は無い。恩に報い、忠義を尽くすは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護るためにある」

 

「でも、海賊とつるんでたかもしれない奴ッスよ」

 

「どうものれねーや。ねェ土方さん?」

 

「俺はいつもノリノリだよ」

 

「いや……アンタがノリノリでも、他の奴らが……」

 

杉浦がそう言いながらチラリと見ると、真選組隊士達は和みムード全開。テロリストの襲撃などあるはずがないというようだ。

山崎に至ってはミントンをしている。見つかって土方に追われたが。

 

「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ。目の前で命狙われてる奴が居たら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ」

 

「近藤さん……」

 

杉浦がポツリと言った瞬間、近藤は官僚が出歩いているのを見て、彼を止めに行った。

 

「命狙われてんですよ、分かってんですか?」

 

「貴様らのような猿に護ってもらっても何も変わらんわ!!」

 

「猿は猿でも俺達ゃ武士道っつー鋼の魂もった猿だ!!なめてもらっちゃ困る!!」

 

「なにを!!成り上がりの芋侍の分際で!!おのれ陀絡、奴さえしくじらなければこんな事には……」

 

「あ?ラクダ?」

 

官僚がブツブツ言うのを聞きながら、近藤は遠くからの気配に気付く。

少し遠くにある建物に、銃を持った男が、こちらに銃を向けているのが見えた。

そして、銃声が響く。

近藤は咄嗟に、官僚を庇い、左肩を撃ち抜かれた。

 

「「「局長ォォォ!!」」」

 

真選組隊士達は一斉に倒れた近藤の元へ集まり、彼を案じる。

倒れる近藤を見下ろして、官僚が冷たく言い放った。

 

「フン。猿でも盾代わりにはなったようだな」

 

それを聞いた沖田が、怒りのあまり、抜刀しようとする。それを、杉浦が制した。

 

「ストップ、沖田さん。瞳孔開いてますよ」

 

********

 

その夜、一室に集まった真選組は、山崎からの報告を聞いていた。

 

「ホシは廻天党と呼ばれる攘夷派浪士集団。桂達とは別の組織ですが、負けず劣らず過激な連中です」

 

「そーか」

 

報告を受けた土方は一息つき、煙草を吸う。

 

「今回のことは俺の責任だ。指揮系統から配置まで全ての面で甘かった。もっかい仕切り直しだ」

 

「副長、あのガマが言ったこと聞いたかよ!あんな事言われてまだ奴を護るってのか!?野郎は人間(オレたち)のことをゴミみてーにしか思っちゃいねー。自分を庇った近藤さんにも何も感じちゃいねーんだ」

 

「副長、勝手ですがこの屋敷色々調べてみました。倉庫からどっさり麻薬(こいつ)が……もう間違いなく奴ァクロです。こんな奴を護れなんざ、俺達の居る幕府ってのは一体どうなって……」

 

口々に文句を言う真選組隊士達に、土方は背を向けながら言った。

 

「フン、何を今さら。今の幕府は人間(オレたち)のためになんて機能してねェ。んなこたァとっくに分かってたことじゃねーか。てめーらの剣は何のためにある?幕府を護るためか?将軍護るためか?俺は違う。覚えてるか。あの頃、学もねェ居場所もねェ、剣しか能のないゴロツキの俺達を、きったねー芋道場に迎え入れてくれたのは誰か。廃刀令で剣を失い道場さえも失いながら、それでも俺達を見捨てなかったのは誰か。失くした剣をもう一度取り戻してくれたのは、誰か。……幕府でも将軍でもねェ。俺の大将は、あの頃から近藤(こいつ)だけだよ」

 

「……ははっ、そうですね」

 

土方に同調して、杉浦も立ち上がる。

 

「まっ、大将が護るっつーならそれにどこまでもついていくのが筋ってもんだろ。嫌なら帰ればいいさ」

 

土方と杉浦は、そのまま外に出た。

ふと、土方は志乃から聞いていたことを思い出す。

 

「そういやァオメー、あの銀髪のガキの店に出入りしてるらしーな」

 

「え?」

 

「え?じゃねーよ!!とぼけんなよ!!今月であいつから5回位ウチに苦情が来てんだよ!!」

 

「5回?なら少ない方ッスよ。カワイイ女の子が居たらすぐに会いたくなっちまうもんでしょ。ね!」

 

「だからってピッキングしてまで侵入してんじゃねーよ!!てめー警察の自覚あんのか!?」

 

訳のわからない会話をしている2人の目に、前方に沖田があのカエルを張り付けにしてその下で焚き火をしている光景が飛び込んできた。

 

「何してんのォォォォォ!!お前!!」

 

「大丈夫大丈夫、死んでませんぜ。要は護ればいいんでしょ?これで敵おびき出してパパッと一掃。攻めの護りでさァ」

 

「貴様ァこんなことしてタダで済むと……もぺ!!」

 

喚くカエルの口に、沖田は躊躇なく薪を突っ込む。

それを涼しい顔でさらりとやってのけてしまうのだから、こいつは恐ろしい。

そしてそのまま、話を続ける。

 

「土方さん。俺もアンタと同じでさァ。早い話、真選組(ここ)にいるのは、近藤さんが好きだからでしてねぇ。でも何分あの人ァ、人が良すぎらァ。他人のイイところ見つけるのは得意だが、悪いところを見ようとしねェ。俺や土方さんや杉浦みてーな性悪が居て、それで丁度いいんですよ真選組は」

 

「……そっすね」

 

沖田の言葉に、杉浦は再び同調する。

すると、突然土方が口を開いた。

 

「あー、何だか今夜は冷え込むな……」

 

「お天気お姉さんの話によりゃ、今夜は10℃って言ってましたよ土方さん」

 

「よし、薪をもっと焚け総悟」

 

「はいよっ!!」

 

土方の命令を受けた沖田は、どんどん薪を焼べる。カエルが叫んでもお構いなしだ。

……やっぱこいつら警察じゃねェ。

すると突然、銃弾がカエルを掠った。

 

「天誅ぅぅぅ!!奸賊めェェ!!成敗に参った!!」

 

やってきたのは、待ちに待ったテロリストだった。

 

「どけェ幕府の犬共。貴様らが如きにわか侍が真の侍に勝てると思うてか」

 

「おいでなすった」

 

「派手にいくとしよーや」

 

「上等ッス」

 

同じく抜刀した沖田と土方が、杉浦と並ぶ。

その背中を押すように、彼らの背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「まったく喧嘩っ早い奴等よ。トシと総悟と大輔に遅れをとるな!!バカガエルを護れェェェェ!!」

 

そこには、刀を手にした真選組隊士達と、近藤が居た。

 

********

 

翌日。大江戸新聞には、真選組の活躍が載っていた。

新聞を読んでいた志乃が、ポツリと呟く。

 

「へー、あいつも頑張ってんだね」

 

「へへっ、そうだろ」

 

背後から聞こえてきた声に、志乃は金属バットを手にして、力任せに振り切った。

しかし、その一閃は背後に居た杉浦に避けられてしまった。

 

「またてめーかァァ!!いーかげんにしろよ!!てめー毎回毎回私の背後とってんじゃねーよ変態!!」

 

「あはは。あ、レタス要る?」

 

「要らんわァァァ!!」

 

今日も平和なかぶき町に、バキッという音が大きく響き渡ったーー。




次回、みんなでお花見します。


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無礼講と言われても本当に無礼な行為を上司にしてはいけません

この日志乃は、銀時や神楽、志村姉弟と共にお花見に来ていた。

お妙がお弁当を持ってきたらしく、座敷の中央に置く。

 

「ハーイ、お弁当ですよー」

 

「ワリーな、姉弟水入らずのとこ邪魔しちまって」

 

「いいのよ〜2人で花見なんてしても寂しいもの。ねェ新ちゃん?お父上が健在の頃はよく3人桜の下でハジけたものだわ〜。さっ、お食べになって!」

 

「じゃ、遠慮なく……」

 

銀時が弁当箱の蓋を開けるが、そこには何やら黒い物体が置いてあった。

銀時、神楽、志乃は思わぬ光景に愕然とする。

 

「何ですかコレは?アート?」

 

「私、卵焼きしか作れないの〜」

 

「"卵焼き"じゃねーだろコレは。"焼けた卵"だよ」

 

「いや、卵かどうかも怪しいじゃん」

 

「卵が焼けていればそれがどんな状態だろーと卵焼きよ」

 

「違うよ。コレは卵焼きじゃなくてかわいそうな卵だよ」

 

「いいから男は黙って食えや!!」

 

キレたお妙が、銀時の口に卵焼き?を無理やり突っ込む。

神楽は「これを食べないと死ぬ」と暗示をかけて食べていた。

一方、志乃は真顔でもぐもぐと卵焼き?を食べていた。

 

「え!?ちょ、何で志乃ちゃん食べれるの!?」

 

「これを食べるには、無心になることだよ。それこそ仏への道」

 

「一体どこ目指してんだよ!?お坊さんか!?」

 

「ガハハハ!嬢ちゃん以外、全くしょーがない奴等だな。どれ、俺が食べてやるから。このタッパーに入れておきなさい」

 

突然どこからともなく現れた近藤に、一同は固まる。

そして、すぐにお妙の張り手が炸裂していた。

 

「何レギュラーみたいな顔して座ってんだゴリラァァ!!どっからわいて出た!!」

 

「たぱァ!!」

 

その後、お妙はマウントポジションで近藤を殴りまくる。

その光景を、銀時達は少し離れて見ていた。

 

「オイオイ、まだストーカー被害に遭ってたのか。町奉行に相談した方がいいって」

 

「いや、あの人が警察らしーんスよ」

 

「世も末だね」

 

「悪かったな」

 

志乃の言葉に、いつの間にやら現れた土方が答える。

彼の後ろには、真選組隊士達が居た。

 

「オウオウ、ムサい連中がぞろぞろと。何の用ですか?キノコ狩りですか?」

 

「そこを退け。そこは毎年真選組が花見をする際に使う特別席だ」

 

「はァ?何ソレめちゃくちゃな言いがかりだね。そんなん桜さえ見られればどこでもいいでしょ。チンピラ警察24時かテメーら!」

 

「同じじゃねぇ。そこから見える桜は格別なんだよ。なァみんな?」

 

土方が、真選組隊士達に問う。

しかし、杉浦と沖田は首を横に振る。

 

「いや、別に俺達ゃ酒さえ飲めればどこでもいいッスよ」

 

「アスファルトの上だろーとどこだろーと構いませんぜ。酒のためならアスファルトに咲く花のよーになれますぜ!」

 

「うるせェェ!!ホントは俺もどーでもいーんだが、コイツのために場所変更しなきゃならねーのが気に食わねー!!」

 

理由が心の底からしょーもねー!!

志乃はそう心の中でツッコんでから、あんな大人にはなるまいと小さな誓いを立てた。

 

「まァとにかくそーゆうことなんだ。こちらも毎年恒例の行事なんでおいそれと変更出来ん。お妙さんだけ残して去ってもらおーか」

 

「いや、お妙さんごと去ってもらおーか」

 

「いや、お妙さんはダメだってば」

 

「お妙さんはいいから志乃ちゃんだけ残して去ってもらおーか」

 

場所をよこせと言わんばかりの圧力に、銀時達は負けることはもちろん無かった。

 

「何勝手ぬかしてんだ。幕臣だか何だか知らねーがなァ、俺達を退かしてーならブルドーザーでも持ってこいよ」

 

「バーゲンダッシュ1ダース持ってこいよ」

 

「フライドチキンの皮持ってこいよ」

 

「三色団子5本持ってこいよ」

 

「案外お前ら簡単に動くな」

 

「何言ってんの新八?貰っても動くわけないじゃん。動かせる奴はとことん動かして、それこそ馬車馬のように働かせないと。馬鹿なの?」

 

「怖っ!!可愛い顔して考えてること怖っ!天使の皮被った悪魔だよ!!」

 

志乃のパシリ持論に、新八がツッコミを入れる。

心外だ、と志乃は頬を可愛らしく膨らませた。

一方、真選組サイドも志乃達の一歩も引かない態度に、さらに喧嘩腰になる。

 

「面白ェ、幕府に逆らうか?今年は桜じゃなく血の舞う花見になりそーだな……。てめーとは毎回こうなる運命のよーだ。こないだの借りは返させてもらうぜ!」

 

「待ちなせェ!!」

 

万事屋メンバーと真選組の一触即発の状況を遮ったのは、沖田だった。

 

「堅気の皆さんがまったりこいてる場でチャンバラたァいただけねーや。ここはひとつ花見らしく決着つけましょーや。第一回陣地争奪……叩いて被ってジャンケンポン大会ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「「花見関係ねーじゃん!!」」

 

********

 

ということで、本当に叩いて被ってジャンケンポンで決めることとなった。

ちなみに、叩いて被ってジャンケンポンとは……。

 

用意するもの:ヘルメット、ピコピコハンマー

 

ルール:ジャンケンポンをして、勝った方がピコピコハンマーで殴りかかる。

その間にヘルメットで防げばセーフ、当たれば勝ち。

 

という、至極簡単なゲームである。

花見の座席の周りを、真選組隊士らが囲む。

志乃は座敷に座りながら、背後にいる杉浦にバットを押し当てて離していた。

 

「いけェェ局長ォ!!」

 

「死ねェ副長!!」

 

「誰だ今死ねっつったの!!切腹だコラァ!!」

 

万事屋陣代表お妙、銀時、神楽と真選組代表近藤、土方、沖田が向かい合って並ぶ。

完全万事屋アウェーの中、山崎が説明を始めた。

 

「えー、勝敗は両陣営代表三人による勝負で決まります。審判も公平を期して、両陣営から新八君と俺、山崎が務めさせてもらいます。勝った方はここで花見をする権利+お妙さんと志乃ちゃんを得るわけです」

 

「ちょっと!何で私が頭数に入れられてんの!?」

 

いつの間にか自身が勝負に賭けられていた志乃は、山崎に抗議する。

新八も何の利益もない勝負に思わずツッコんだ。

 

「何その勝手なルール!!あんたら山賊!?それじゃ僕ら勝ってもプラマイゼロでしょーが!!」

 

「じゃ、君らは+真選組ソーセージだ!屯所の冷蔵庫に入ってた」

 

「要するにただのソーセージじゃねーか!!いるかァァァ!!」

 

「ソーセージだってよ。気張ってこーぜ」

 

「オウ」

 

「頼んだぞ〜!」

 

「バカかー!!お前らバカかー!!」

 

貰える対価が少なすぎる。

それは彼らにとってこの勝負がどれだけ価値のないものになるかを意味していた。

これだけは言わせてほしい。

ソーセージってなんだ。ソーセージと花見出来る権利ってなんだ!誰得なんだ!!

 

「それでは一戦目、近藤局長VSお妙さん」

 

「姉上、無理しないでください。僕代わりますよ」

 

「いえ、私がいかないと意味がないの……。あの人どんなに潰しても立ち上がってくるの。もう私も疲れちゃった。全て終わらせてくるわ」

 

そう言って笑ったお妙の目は、明らかに人を殺る目だった。

それを見た志乃は、嫌な予感しかしなかった。

近藤は、お妙が好き過ぎてストーカー化している。つい先程もストーカーとして登場したばかりだ。

対するお妙は怒らせるとめちゃくちゃ怖い。

それを身を以て知っていた志乃は、頬に冷や汗が伝った。

勝負の行方を志乃の背後越しに見守っていた杉浦が呟く。

 

「初っ端から面白ェ組み合わせだな。いくら好きな人でも、手加減しないと思うぜ?近藤さん」

 

「いや、私は近藤さんの身が心配……」

 

「え?それってどーいうこと?」

 

新八と山崎が見守る中、ついに叩いて被ってジャンケンポンが始まった。

お妙はパー、近藤はグー。

近藤は勝敗を見た途端、すぐにヘルメットを被った。

 

「おーーっと!セーフゥ!!」

 

「いや、セーフじゃない!!」

 

「逃げろ近藤さん!!」

 

「え?」

 

志乃と新八の叫びに、近藤はふとお妙を見る。

お妙はピコピコハンマーやヘルメットを置いた台の上に足をかけ、禍々しい雰囲気でピコピコハンマーを振り上げ何やら呪文らしきものを唱えていた。

 

「天魔外道皆仏性四魔三障成道来魔界仏界同如理一相平等……」

 

「ちょっ……お妙さん?コレ……もうヘルメット被ってるから……ちょっと?」

 

近藤の制止にも耳を傾けず、お妙さんは力任せにピコピコハンマーを振り下ろした。

ピコピコハンマーはあのピコッという可愛らしい音一つ立てず、近藤の被ったヘルメットにヒビを入れさせた。

その衝撃でピコピコハンマーは折れる。近藤は倒れた。

その場にいる誰もが思いもよらない展開に愕然とした。

そして、全員がこう思った。

ーー…………ルール、関係ねーじゃん、と。

辺りがシーンとなったが、すぐに隊士らが近藤に駆け寄る。

 

「局長ォォォォォォォ」

 

「てめェ何しやがんだクソ(アマ)ァァ!!」

 

「あ"〜〜〜〜。やんのかコラ」

 

「「「「すんませんでした」」」」

 

お妙の威圧に、真選組全員と何故か銀時、神楽までもが土下座する。

その流れに便乗して、志乃と杉浦も土下座した。

 

「何あの人。めちゃくちゃ怖ェじゃん……!」

 

「私も第二話で姐さんにお灸据えられたの思い出したわ……」

 

「新八君、君も大変だね……」

 

「もう慣れましたよ」

 

新八の眼鏡の奥が死んでいる。彼の苦労が目に見えた瞬間だった。

隊士らが、動かなくなった近藤を引き摺る。

 

「えーと、局長が戦闘不能になったので、一戦目は無効試合とさせていただきます」

 

これにより、試合は振り出しに戻った。

まあ、当然と言えば当然だろう。

山崎が注意を喚起する。

 

「二戦目の人は、最低限のルールは守ってください……」

 

そう言ったが、二戦目の神楽VS沖田の試合が既に始まっていた。

しかも勝負のスピードが速い。速すぎる。

あまりの速さに、二人ともヘルメットとピコピコハンマーを持ったままのように見えた。

 

「ホゥ、総悟と互角にやり合うたァ何者だあの娘?奴ァ頭は空だが、真選組でも最強を謳われる男だぜ……」

 

「互角だァ?ウチの神楽にヒトが勝てると思ってんの?奴はなァ絶滅寸前の戦闘種族"夜兎"なんだぜ、スゴイんだぜ〜」

 

「なんだと、ウチの総悟なんかなァ……」

 

「ダサいから止めてください二人とも。大人気(おとなげ)ない」

 

「俺の父ちゃんパイロットって言ってる子供並みにダサいよ」

 

志乃と杉浦は冷たい目で、ダサい言い合いを続ける銀時と土方にツッコむ。

そこに、新八も加わった。

 

「っていうかアンタら何!?飲んでんの!?」

 

「あん?勝負はもう始まってんだよ。よし、次はテキーラだ!!」

 

「上等だ!!」

 

「勝手に飲み比べ対決始めちゃってるよ……」

 

銀時と土方が飲み比べ対決をしている間、神楽VS沖田はさらに苛烈な試合になっていた。

それに目を移した志乃と杉浦が、異変に気付く。

 

「ん?」

 

「あれ?二人ともメットつけたまんまじゃん。ハンマー持ってないし。ていうかジャンケンもしてないね」

 

「ただの殴り合いじゃんか」

 

「だからルール守れって言ってんだろーがァァ!!」

 

二人は縺れ込むように座敷の外に出て、殴り合いを始めていた。

新八が怒り混じりにツッコむと、呆れて銀時たちを振り返った。

 

「しょーがない、最後の対決で決めるしかない。銀さっ……」

 

「「オ"エ"エ"」」

 

このバカ二人は見事揃って吐いていた。

その光景に、思わず新八はテンプレのようにズッコケる。

杉浦は当然かと言うように頷き、志乃は呆れ果てた冷たい視線を送っていた。

 

「オイぃぃぃ!!何やってんだ!このままじゃ勝負つかねーよ」

 

「心配すんじゃねーよ。俺ァまだまだやれる。シロクロはっきりつけよーじゃねーか。このまま普通にやってもつまらねー。ここはどーだ。真剣で"斬ってかわしてジャンケンポン"にしねーか!?」

 

「上等だコラ」

 

「お前さっきから『上等だ』しか言ってねーぞ。俺が言うのもなんだけど大丈夫か!?」

 

「上等だコラ」

 

既に酒に酔ってフラフラな二人は、真剣を手に覚束ない足取りで立ち上がる。

 

「いくぜ!」

 

「「斬ってかわして」」

 

「ジャンケン!」

 

「「ポン!!」」

 

銀時がチョキ、土方がパーを出した。

 

「とったァァァァ!!」

 

銀時が、剣の一閃を浴びせる。

斬られたそれは、大きな音を立てて倒れた。

しかし、銀時が斬ったのは大きな桜の木である。

 

「心配するな、峰打ちだ。まァこれに懲りたら、もう俺に絡むのは止めるこったな」

 

斬られた桜の木に向かって、何やらカッコよさげな台詞を言う銀時。

一方、土方はグーを突き出している定春に向かって怒っていた。

 

「てめェさっきからグーしか出してねーじゃねーか!ナメてんのか!!」

 

杉浦は大人の恥ずかしいパターンに呆れる。

盛大な溜息を吐いた志乃は、金属バットを肩に担いで銀時たちに歩み寄った。

 

「ま、色々言いたいことはあるけど、一言でまとめて言うね」

 

志乃はグッとバットを握り締め、力一杯振り回す。

 

「帰れ、バカ共がァァァァァァァァ!!」

 

志乃の怒りの一撃は、二人を同時に捉え、遠く弾き飛ばした。

打たれた二人はウルト◯マンエースの最終回よろしく、キラーンと空に輝いて見えなくなっていった。

それを確認した志乃が、再びバットを肩に担いで持ってきたジュース瓶を手にした。

 

「場所なんぞでガタガタうるせー奴らだな。花見は大勢でやるもんだろーがよ。みんなで賑やかにやっときゃ、自然と何でも楽しくなるモンだよ」

 

そして志乃は、一升瓶の酒よろしく、ジュースをグイッと呷った。

 

ーーお、男らしい……!!

 

酔っ払った大人二人をかっ飛ばした志乃に、全員が同じ感想を抱いた。

 

「きゃー!志乃ちゃんカッコいい!好きー!」

 

「アンタにもたくさん言いたいことあるけど一言でまとめて言うわ。死ねェェェェ!!」

 

両手を広げて飛び付こうとした杉浦を、志乃はバットで叩き落とした。

 

********

 

その頃。

 

「志乃、花見楽しんでるかなー」

 

晩ご飯の買い物から帰ってきた時雪は、目の前に置いてある自動販売機を見て立ち止まった。

 

「アレ?ここどこ?」

 

「……何やってんですか二人ともォォォォ!?」

 

自動販売機の上に倒れ込む土方、自動販売機の取り出し口に頭を突っ込んでいる銀時。

奇妙すぎる光景に、時雪は思わず叫んだーー。




作り直しました。花見回面白くて好きです。

次回、奴にもついにペットを飼います。


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飼い主とペットの関係って親と子供の関係に似てると思うんだよね

ある日、志乃が日課である散歩をしていた時。

小春の団子屋で一服しようとスキップしていると、足がもつれてベタッと転んだ。

 

「わぷっ!」

 

この年で転ぶなんて恥ずかしい……。

そう思いながらも体を起こそうと手をつくと、スッと目の前に手が差し出された。

 

「あ、ありがとう」

 

差し出した手の主に礼を言うと……手の主は、ぱっちりおめめのペンギンみたいなわけのわからない確実に人間ではない生物だった。

それを見た瞬間、志乃はすごい勢いで後退る。

 

「ギャーーーー!!な、何コレ気持ち悪いぃぃぃぃ!!」

 

「気持ち悪くない、エリザベスだァァァ!!」

 

「あだっ!?」

 

すかさず入った桂の拳に、志乃は頭を抑える。

 

「エ、エリザベス……?何ソレ」

 

「坂本のバカがこの間俺の所に来て勝手に置いていったんだ。大方どこぞの星で拾ってきたんだろう。相変わらず宇宙航海などにうつつを抜かしているらしいからな」

 

「へぇ〜辰兄ィが?でもさ、ヅラ兄ィ地球外生物は嫌いじゃなかった?」

 

「こんな思想もない者をどう嫌いになれというんだ。それに……結構カワイイだろう?」

 

桂はそう言ってエリザベスを連れてさっさと行ってしまった。

その間、志乃の思考が停止していたことは言うまでもない。

 

********

 

昼。この日は全員で集まって食事をしようと約束していたため、全員が万事屋に戻った。

志乃はさっさと机に向かい、テレビをつける。

元々志乃は、料理ができない。そういう人は、無駄に台所に立つよりさっさと退散した方がいい。

テレビでは、宇宙で一匹変てこペットグランプリを開催しており、志乃は他のメンバーが料理している間見ることにした。

 

「……え?」

 

志乃は、見覚えのある顔の登場に、思わず固まった。

 

「ちょっと!みんな来て!!」

 

「何?どうかしたの志乃」

 

「テレビ!テレビ見てよ!!」

 

時雪たちが、一斉にテレビに視線を送る。

そこには、定春を連れた銀時と新八と神楽が、坂田さんファミリーとして登場していた。

 

「坂田さんファミリぃぃぃぃ!?」

 

「な、何しとんねんあいつら!?」

 

「そういえば、このグランプリで優勝したペットには豪華賞品が貰えるそうですよ」

 

「それで参加したのか……」

 

「欲に目が眩んだのね。ご愁傷様」

 

時雪たちが口々に言う。言いたい放題だ。

定春は銀時に噛み付き離れない。銀時の頭からは血が出ていた。

志乃にとってはもはや見慣れた光景なのだが、時雪たちは皆真っ青になっていた。

定春を叱ろうとした神楽は、間違えてADに注意する。緊張でどうやらおかしくなってしまったらしい。

ここで、CMになった。

 

「……ねえ、銀時のところにあんなデカい犬いたかしら?」

 

「定春ってんだよ。気を付けな。あいつ凶暴だから」

 

「うん……だろうね」

 

時雪の目が完全に死んでいる。

CM後、対戦相手が出てきた。

そこには、桂がキャプテン・カツーラに変装して、エリザベスと共に登場している姿があった。

 

「……何やってんのあいつ?」

 

「あれ?桂さんて指名手配されてるんじゃなかったっけ?」

 

「あの衣装絶対気に入ってますよね」

 

「あのペンギンオバケ何よ。キモい」

 

「エリザベス?だったっけ。なんか、辰兄ィが連れてきたんだって。やっぱヅラ兄ィと並んでるとキモさが倍増するね」

 

「……志乃、言い過ぎはいけない」

 

ボソッと橘が志乃にツッコミを入れた。

そんなこんなで、番組は進んでいく。

フライドチキンの骨を取ってきた方が勝ちという、ごく簡単なルールにより、グランプリが決定されるらしい。

銀時と桂は男らしく殴り合いをしようとしていたが、当然司会者に止められた。

そしていよいよ、競技に移った。

 

「それじゃあいきますよォオ。位置についてェェよ〜〜い、ど〜〜ん‼︎」

 

司会者の合図と共に、エリザベスと定春が走り出した。

しかし、定春は銀時に襲いかかる。

 

「え、ちょ……銀時さん!?」

 

「あーあ……うん、ザマァ」

 

テレビを見ながら時雪は銀時を案じ、小春は銀時を貶した。

一方、エリザベスはものスゴイスピードで走っていく。

だが、エリザベスの足が一瞬オッさんのように見えた。

それを解説する司会者に、桂が詰め寄る。

 

「言いがかりは止めろ。エリザベスはこの日のために特訓を重ねたんだ。オッさんとかそんなこと言うな!」

 

「あ……スンマセン」

 

 

「……え、マジ?私あの時オッさんに手を差し伸べられたの!?ウソヤダ怖い!!」

 

「わかったわ、志乃ちゃん。今度ヅラに会ったらあいつのペットを撃ち抜いてくるわ」

 

「いややめてくださいよ!?」

 

小春の殺気を、時雪がツッコミを入れて止める。

一方、テレビでは神楽が銀時を傘で持ち上げ、ぶん投げた。銀時をエサにして、定春を追いかけさせる作戦らしい。

投げられた銀時はエリザベスの背中に命中し、それを定春が追いかけてくる。

しかしその中でも、エリザベスは骨を掴もうと手を伸ばした。

それを、銀時が木刀をエリザベスの首元にまわし、阻止する。

 

「豪華賞品は渡さん」

 

銀時を、桂が首を絞めて止めようとする。

 

「エリザベスを離せェェ!!豪華賞品は俺とエリザベスのも……」

 

言い終わる前に、桂の頭から血が滴る。

定春が、桂の頭に噛みついていた。

 

「…………フン。なんだかんだ言っても、御主人様が好きか?だが、それ以上噛みつこうものなら君の御主人の首を折るぞ!!さあどーする?」

 

「どーするじゃねーよ!!通じるわきゃねーだろ!!」

 

「てめーらよォ!!競技変わってんじゃねーか!!頼むから普通にやってくれェ!!放送出来ねーよコレ」

 

「放送など知ったことか!!」

 

最早何の競技かわからなくなってきたが、これはあくまでペットの番組である。

それを、志乃たちはお互いに確認し合った。

だが。

 

「あーもういいっスわ〜。なんかだるい」

 

突然、今まで一言も喋らなかったエリザベスが声を発した。

銀時、桂、観客、そしてテレビを見ている志乃たちも驚いた。

そんな中、エリザベスの口の中から、人間の手が出てくる。

 

「もう帰るんで、ちょっと上どけてもらえますぅ?」

 

「あ"あ"あ"あ"あ"コレは……」

 

「……ウソだろ。エリザベ……」

 

プチン

 

ここでテレビが消え、その後しばらくお待ちくださいという文字が出てきた。

 

「「「「「「……………………」」」」」」

 

「……んだよそりゃねーだろォォォォ!!エリザベスに何があったのさァァァ!!オイッ!!エリザベスぅぅぅ!!」

 

昼下がりの万事屋に、志乃の轟が響いた。




次回、お姫様が登場します。


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子供は知らない人ともすぐに友達になれる

「ん〜何がいいかな〜」

 

駄菓子屋の前で、志乃は腕組みをしながらお菓子を眺めていた。

駄菓子というものはとてもお手頃な価格の上、美味しいものが多い。志乃が団子の次に駄菓子が好きな理由である。

 

「あ、志乃ちゃん」

 

「おっ?よォ神楽。何?また酢昆布?」

 

店の前で、酢昆布を買って出てきた神楽とそれに付き添う定春とばったり出会った。

 

「志乃ちゃんも食べるアルか?」

 

「そうだね〜、おばちゃん!私も酢昆布頂戴」

 

神楽に便乗して、志乃も酢昆布を購入した。

そして、酢昆布をしゃぶりながら肩を並べて歩く。

 

「ん、なかなか美味いじゃん酢昆布」

 

「何言ってるアル。酢昆布はこの世で一番美味い食べ物ネ」

 

「……もっと他にもある気がするけど」

 

他愛ない会話をしながら、2人揃ってかぶき町内の公園に訪れる。

そこには、ブランコに乗った少女とそれに詰め寄る憎たらしい顔のガキンチョ2人がいた。

 

「てめー見ねェ顔だな。どこのモンだ?この辺の公園はなァかぶき町の帝王よっちゃんの縄張りなんだよ!ここで遊びたきゃ、ドッキリマンのシール3枚上納しろ小娘!!」

 

「何ですか?バックリマン?そんなものが城下では流行っているんですか」

 

「バックリじゃねーよドッキリだよ!いや、ゲッソリだったよーな気もするな」

 

「違うよよっちゃん、バツアンドテリーだ」

 

「いやいや違うヨ。ザックリマンの間違いアル」

 

「いや、ボッタクリマンだよ」

 

神楽と志乃がガキンチョの会話に入っていくと、定春がよっちゃんの頭にザックリ食らいついた。

 

「ギャアアアアアア!!ザックリやられた」

 

「てっ……てめーは」

 

「ここいらのブランコは、かぶき町の姉妹女王神楽と志乃のものアル」

 

「遊びたければ、酢昆布一年分と団子500種類上納しなガキども」

 

神楽と志乃の登場に、ガキンチョたちは吠えながら逃げ出した。

その時、ブランコに乗っていた少女が2人に声をかけた。

 

「助かりました。かぶき町の女王さん方。ありがとうございます」

 

「いいってことヨ。それより、ここにはもう近付かない方がいいネ」

 

「そうだよ。江戸で最も危険な街だからねここは」

 

「待ってください」

 

背を向けてカッコよく去ろうとする神楽と志乃に、少女が呼びかける。

少女は、神楽と志乃が咥えている酢昆布を指差していた。

 

「それ……何を食べていらっしゃるんですか?」

 

********

 

神楽と志乃と少女は、公園のベンチに座って、酢昆布を食べていた。

 

「ガペペ。何ですかコレ酸っぱい!じいやの脇より酸っぱい!」

 

「いや、比べるもん間違ってない?何、じいやの脇より酸っぱいって⁉︎」

 

「その酸っぱさがクセになるネ。きっとじいやの脇もそのうちクセになるネ」

 

「なりませんってか嫌です。城下の人はこんなものを食べているんですね。フフ、初めて見るものばかり」

 

珍しそうに酢昆布を眺める少女に、志乃が問うた。

 

「お嬢さんアンタ他所者?どこから来たの?」

 

「私、あそこから来たんです」

 

少女が指差した先には、大きな城があった。

 

「城?」

 

「へェーでっかい家アルな〜。銀ちゃん前に言ってたヨ。あそこ昔はこの国で一番偉い侍がいたって。でも天人が来てからただのお飾りになっちゃって、今では一番かわいそうな侍になっちゃったって」

 

「そうですね。もうこの国の人は誰もあの城を崇めたりしないもの。見栄えだけのハリボテの城なんて、いっそ壊れてしまえばいい。そうすれば、私も自由になれるのに……」

 

悲しげな表情の少女は、そのまま城を眺める。

彼女の横顔を見ながら、志乃は少女の正体を計りかねていた。

おそらく、相当な身分の人間だろうということはわかる。

酢昆布を知らないのだ。きっと、この国のもっと偉い人……。

しかし、困っている人を見かけたら声をかけずにはいられない。

志乃は酢昆布を齧って、微笑んだ。

 

「……お嬢さん、何かお困りごと?私らで良かったら何でも相談に乗るよ。万事屋小町って私らのことだから。ね!神楽」

 

「そうヨ。万事屋神楽とは私のことネ」

 

「フフ、随分たくさん名前があるんですね。うーん……困りごと……そうですね、じゃあ……今日一日、お友達になってくれますか?」

 

********

 

その頃。真選組副長・土方は自販機の前でしゃがんでいた。

 

「あー、暑い。何で真選組(オレたち)の制服ってこんなカッチリしてんだ?世の中の連中はどんどん薄着になってきてるってのに。おまけにこのクソ暑いのに人捜したァよ、もうどーにでもしてくれって」

 

「そんなに暑いなら夏服作ってあげますよ土方さん……」

 

背後から聞こえた杉浦の声に嫌な予感を覚えた土方は、次の瞬間飛んできた沖田と杉浦の一閃をかわした。

 

「うおおおおおお!!」

 

「危ねーな、動かないでくだせェ。ケガしやすぜ」

 

「危ねーのはテメーらそのものだろーが!何しやがんだテメーら!!」

 

「なんですかィ。制服ノースリーブにしてやろーと思ったのに……」

 

「ウソつけェェ!!明らかに腕ごともってく気だったじゃねーか!!」

 

「そんなことしませんよ〜、あはははは」

 

「オイッ!!目が笑ってねーぞ!見え見えのウソついてんじゃねーよ!!」

 

暑くなっても、真選組は相も変わらず平和ではないらしい。

江戸の平和は彼らによって本当に保たれるのだろうか。

どうやら沖田が真選組の隊服の袖を切り落とした夏服を売り込んでいるらしい。

悪ふざけが生み出した産物だと土方が言い切るが、そこへ近藤がやってきた。

 

「おーう。どーだ調査の方は?」

 

「……………………」

 

土方が黙ったのには理由がある。

沖田が提案した夏服を着ていたからだ。

誰も着ないと思っていたのに……。

 

「潜伏したテロリスト捜すならお手のモンだが、捜し人がアレじゃあ勝手がわからん。お姫さんが何を思って家出なんざしたんだか……人間、立場が変われば悩みも変わるってもんだ。俺にゃ姫さんの悩みなんて想像もつかんよ」

そう言いながら、土方は捜しているそよ姫の写真を見る。

そよ姫とは、神楽と志乃が出会ったあの少女だった。

 

「立場が変わったって、年頃の娘に変わりはない。最近お父さんの視線がいやらしいとかお父さんが臭いとか色々あるのさ」

 

「お父さんばっかじゃねーか」

 

「江戸の街全てを正攻法で捜すっちゃ、無理がある話ッスよ。ここは一つ、パーティでもパーッと開いて姫様をおびき出しましょう!」

 

「そんな日本昔話みてーな罠にひっかかるのはお前だけだ」

 

「大丈夫ッスよ土方さん。パーティはパーティでもバーベキューパーティですから」

 

「何が大丈夫なんだ?お前が大丈夫か?」

 

「局長ォォ!!」

 

杉浦と土方が訳のわからない会話をしていると、近藤を呼びながら山崎が駆け寄ってきた。

沖田の提案した夏服を着て。

 

「!!どーした山崎!?」

 

「目撃情報が。どうやら姫様はかぶき町に向かったようです」

 

「かぶき町!?よりによってタチの悪い……」

 

********

 

それから、友達になった神楽と志乃とそよは、色々な場所に遊びに行った。

駄菓子屋に行ったり、パチンコ屋に行ったり、池でカッパを釣ったり、プリクラを撮ったり。

たくさん遊んだ後、3人は団子屋で一服していた。

 

「スゴイですね〜。女王サン方は私よりも若いのに色んなこと知ってるんですね」

 

「まーね」

 

「あとは一杯ひっかけて『らぶほてる』に雪崩れ込むのが今時の『やんぐ』ヨ。まァ全部銀ちゃんに聞いた話だけど」

 

「2人はいいですね。自由で。私、城からほとんど出たことがないから。友達もいないし、外のことも何にもわからない。私に出来ることは、遠くの街を眺めて思いを馳せることだけ……あの街角の娘のように自由に跳ね回りたい。自由に遊びたい。自由に生きたい。そんなこと思ってたら、いつの間にか城から逃げ出していました」

 

「…………そよ」

 

「でも、最初から一日だけって決めていた。私がいなくなったら色んな人に迷惑がかかるもの……」

 

そよが話している途中に、こちらへ歩み寄ってくる足音が聞こえる。

志乃がふと気配に顔を上げると、そこには土方がいた。

 

「その通りですよ。さァ帰りましょう」

 

「………………」

 

どうやら、そよを連れ戻しに来たらしい。

そよが黙って立ち上がる。

それを、志乃と神楽がそよの手を掴んで引き止めた。

 

「何してんだテメーら」

 

神楽と志乃は土方の問いに答えず、ニタリと笑ってアイコンタクトを取る。

次の瞬間、神楽が咥えていた団子の串を吹き付けた。

土方がそれを払った隙に、神楽と志乃はそよの手を引いて逃げ出した。

 

「オイッ待てっ!!」

 

「待てと言われて待つバカがどこにいんだよ‼︎神楽、私が先導する!そよをよろしく!」

 

「わかったアル!」

 

「確保!!」

 

土方の指令が飛ぶと、彼女らの前にパトカーと真選組が現れる。

志乃は金属バットを抜きながら、神楽とそよを守るように立ちはだかった。

 

「邪魔だよっどけどけェェ!!」

 

真選組隊士らを一蹴して、障害を取り除く。

その隙に神楽はパトカーに飛び乗り、それを台にしてそよを抱えて屋根の上に飛び上がった。

志乃は神楽たちが逃げたのを見届けて、真選組隊士らと対峙する。

 

「私の友達に手ェ出すってんなら、容赦しねぇよ」

 

金属バットを振るい、次々と真選組を襲う志乃。

彼女の前に、杉浦が躍り出た。

金属バットと刀がぶつかり、金属音が響く。

 

「やぁ。またやりあえるなんて、やっぱ俺たち運命なんじゃない!?」

 

「生憎、てめーとの運命なんざ興味ねーんだ……よっ!」

 

志乃は杉浦の刀を受け流し、腹に向けて振り抜く。

それは刀によって受け止められてしまったが、杉浦は今まで受けたことのない強烈な一撃に吹き飛んだ。

 

「うわっ!?」

 

「杉浦!?」

 

志乃は真選組を睨みながら、金属バットを持ち直す。土方がそんな彼女の前に立った。

 

「どけ、ガキ。てめーらがどーやってそよ様と知り合ったのかは知らねーが、あのお方はこの国の大切な人だ。これ以上俺たちの邪魔するならてめーもしょっぴくぞ」

 

「…………うっさい」

 

「あ?」

 

静かに、だが確実に。

土方に対して、敵意を向ける。

バットを肩に置いて、大勢を前に堂々と立ってみせた。

 

「そよはな、私らの大切な友達なんだ。約束したんだ。今日一日……私らと友達になるって。それに、まだまだ一日は終わってない…………だから私は、そよを……友達を護る。友達を助けるのに、理由なんざいらねーかんな」

 

退く気配を見せない志乃に、土方はついに刀に手をかけようとした。

それを見て取った志乃も、負けじと金属バットを握りしめる。

その時。

 

「もうやめてください、女王サン」

 

「!?」

 

後ろから聞こえてきた声に、志乃は驚いて振り返った。

そこには、神楽と一緒に逃げたはずのそよが。

 

「そよ……?」

 

「女王サン。ホントにありがとうございました。たった半日だったけれど……とても楽しかった」

 

「そよ……帰っちゃうの?」

 

「はい。これ以上、女王サンや皇帝サンに迷惑をかけられません」

 

「迷惑なんかじゃない!!友達を助けるのに理由なんかいらない!!それに……そよ言ってたじゃん!!自由になりたいって!私、まだそよの願い事叶えてあげられてない。万事屋は何でもやる仕事だよ!?私らなら出来る!!」

 

「女王サン」

 

そよの声が、志乃を押さえつける。

志乃はそよの気持ちを察して、拳を握った。

せっかく出来た、新しい友達。

それがすぐにお別れなんて、嫌だった。

でも。でも。

 

「……わかった」

 

「ありがとうございます、女王サン」

 

俯いて唇を噛む志乃に、そよは別れを告げようとした。

 

「女王サン。最後に、私と約束してくれませんか?」

 

「約束……?」

 

「お姉サンにも言いましたけど……一日なんて言ったけど、ずっと友達でいてね」

 

「!」

 

それから、そよは真選組に連れ添われ、城へ戻っていった。

 

********

 

それから数日後。

志乃が昼寝をしている間に、万事屋のポストに新聞が投函されていた。

その一面には、酢昆布を咥えるそよの姿があった。




次回、帰ってきた泥棒猫とお瀧の話です。


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昔の武勇伝は三割増で話すとめちゃくちゃ盛り上がる

お瀧はこの日、休暇中に雇い主のお登勢に呼ばれ、店に赴いた。

 

「ちわーっす。お登勢さん」

 

「ああ、瀧かい。悪いねェ。せっかくの休みに呼び出しちまって」

 

「いいえ、お登勢さんの頼みは断れまへんから」

 

お瀧は、申し訳なさそうに言うお登勢に微笑む。

お瀧は早速着替えに行こうと、店の奥に向かった。

ガラッと躊躇なく扉を開けると。

 

「ん?」

 

「ア」

 

そこで、なんとキャサリンが着替えようと服を脱いでいた光景に出くわした。

お瀧は衝撃でしばし沈黙する。

その状況を、キャサリンの怒号が裂いた。

 

「何シトルンジャコノ変態ガァァァ!!」

 

「ぅるせェェェェ!!こっちかてテメーの貧相な体なんざ拝みたくもねーわ!くっそ、最悪や!今日は人生最悪の日や!!」

 

「ンダトォォォォコノ胸ナシ!!ソノ丸イ髪チギッテコノ上ナク地味ニシテヤローカ!?」

 

「やるってか?このウチとやるってか泥棒猫!ええで、その耳切り取ってただの団地妻にしてやろーか!?」

 

「アンタら喧嘩してるヒマがあんなら、とっとと準備しな!!」

 

「「ハーイ」」

 

お登勢の一喝が響いたところで、お瀧とキャサリンは互いを睨みつけながら準備を再開した。

 

********

 

キャサリンが、お登勢の代わりに万事屋の家賃滞納の請求をしに行った。

その間、お瀧はお登勢に問う。

 

「なァ、お登勢さん。何であんな泥棒猫また雇ったん?まさか更生でもさせるん?」

 

「フン、そんなんじゃないよ。人手が足りなかっただけさーね……」

 

「盗み癖は加齢臭並みに取り難いっちゅー話やで。ボーッとしてたらあいつまたやらかしますよ」

 

「………………大丈夫さ。あの娘はもうやらないよ。約束したからね」

 

「約束なんて、破ろう思えば簡単に破ってまいますよ。……ウチかて昔、簡単に破りましたから」

 

お瀧は頬杖をついて、溜息を吐く。

かつて、破った約束。それは、亡き友との約束だった。

彼女がまだくノ一として裏社会で働き出した頃。お瀧には、親友とも呼べる間柄の一人の少女がいた。

彼女は体が弱く、外に出歩くことすらままならないほどだった。

そんな彼女に、お瀧は「いつか一人前の忍者になって、一緒に飛び回ろう」と約束を交わしたのだ。

しかし、そう約束した翌日、少女は息を引き取ってしまった。

お瀧はこの時武者修行の旅に出ていて、彼女の死を知ったのはその五年後だった。

彼女の過去を知ってか知らずか、お登勢はお瀧を諭した。

 

「……瀧。アンタがあの娘を嫌うのもわかるさ。でもねェ、アンタもこの店で働くからにはあの娘と同僚さ。信じてあげられないで仕事なんて出来ないよ」

 

お瀧はお登勢を振り向き、黙って聞いていた。

お瀧が何か言おうと口を開いた瞬間、銀時達を連れてキャサリンが帰ってきた。

 

********

 

その後、新八、神楽、キャサリン、お瀧が瓶を出しに行っていた。

銀時はというと、隙を見て逃げてしまったのだ。

 

「ズルイヨ銀ちゃん。一人だけ逃げるなんて……おかげで私たち仕事量倍ネ」

 

「もう部屋は貸さないってお登勢サン怒り狂ってたよ。僕らどーなるんだろ?」

 

「簡単や。ホームレスになればええねん」

 

「コノダンボール、アゲマショーカ?」

 

「住めってか!ソレに住めってか!」

 

「ふざけるなヨ!こんなものに住めるわけない!Lサイズにしてヨ!」

 

「アレいいのかコレ⁉︎間違ってねーかコレ!?」

 

神楽はみかんのダンボールに体を入れて、見事貫通させる。確かにこんなものに住めるわけない。

お瀧もフォローの限界だった。

今まで家賃を全く払ってこなかった銀時達。

志乃やお瀧がフォローして何とか丸く収まったことも幾度となくあったが、流石に今回はもう無理だろうと思っていた。

溜息を吐いて3人を見やると、何故か3人は殴り合いの喧嘩に。

アホらし。お瀧は呆れてさっさと帰っていった。

 

********

 

しかし、お瀧は帰る前に少し寄り道をした。

そこは、ある古ぼけた寺だ。人はいない。

ただ、男と女がいるだけだった。

女の方はキャサリン。男の方は、クリカンと言った。

 

「しばらく合わねェー内に変わったなお前?」

 

「……野暮ネ。変ワッタナンテ言葉ハ若イ女シカ喜バナイ。大人ノ女ニハ『昔と変わらないね』ッテ言ウモノヨ」

 

「ハン、そーゆーところは相変わらずだ……。だが、俺達とつるんでた頃のお前はもっとパンチきいてたぜ。銀河中のお宝を荒らしまくり、どんな厳重な金庫も容易にこじ開ける"鍵っ娘キャサリン"といえば知らねー奴はいなかった」

 

「止メテヨ。私ハモウ泥棒カラハ足洗ッタノ」

 

「そうだな、そう言ってお前は俺達から去っていった」

 

どうやら、2人は知り合いらしい。

2人の会話を盗み聞きしていたお瀧は建物の木材に足をかけ、蝙蝠(コウモリ)のように逆さまになって様子を伺っていた。

 

「だが風の噂で聞いたが、お前……地球(こっち)でブタ箱ブチ込まれてたらしいじゃないの?盗み癖ってのはカレーうどんの汁より取り難い。洗っても洗っても落ちやしないぜ。今更無理して堅気になったところでどうなるってんだ?それよりどうだ……また俺達キャッツパンチに入らないか?」

 

お瀧はそれを聞いた途端、眉をひそめた。

 

「実は俺達、江戸で一山狙っててな。ここは天人と金が銀河中から集まってきてる……働き甲斐があるぜ。そこでお前の力が借りたいのさ、キャサリン」

 

「止メテヨ!今ノ女将サンニハ、世話ニナッテルノ……モウ裏切ルコトナンテ出来ナイ」

 

「わかってるさそんなこと。だからこそこれ以上迷惑かけたくないだろ。最近ここらは火事が多いらしいじゃないの?お前んトコも気をつけないとな。わかるだろ?キャッツパンチは金のためなら何でもやるぜ」

 

それを聞いたキャサリンは、クリカンを睨みつけた。

 

「クリカンテメェェェ!!」

 

「オイオイ、そんな顔すんなよ。お前にとってもいい話だろ。故郷の家族にゃまだ仕送りしてんだろ?そんな場末のスナックじゃ稼ぎもしれたもんだろーに。それにお前にゃ堅気になるのは無理だ。その証拠に、今のお前はとても苦しそーに見える……。そんな堅気にこだわらなくてもさァ、自分の特技を生かして生きればいいじゃない?丑の刻、三丁目の工場裏で待ってるぜェ……」

 

そう言い残し、クリカンはキャサリンを置いて去っていった。

お瀧は音を立てずに着地し、キャサリンの背中を見ていた。

 

********

 

お瀧がスナックお登勢に戻ると、同じく寺に来ていた新八と神楽が先程のことをお登勢に報告していた。

しかし。

 

「へェー、そうなんだ」

 

「『そうなんだ』ってお登勢さん!このままじゃキャサリンまた泥棒になっちゃいますよ」

 

お登勢の反応は、とてもあっさりしていた。

新八がなんとか説得を試みるが、お登勢の気持ちは変わらないらしい。

そこに神楽が口を挟んだ。

 

「ほっときゃいいんじゃね。いつかやると思ったヨ、俺ァ」

 

「銀さんだ。ちっちゃい銀さんだ」

 

「そうそう、ほっとけほっとけ」

 

店の扉を開けて、仕事をサボっていた銀時が帰ってくる。

何やら袋を抱えていた。

 

「芯のない奴ァほっといても折れていく。芯のある奴ァほっといても真っ直ぐ歩くもんさ」

 

そう言いながら銀時が袋から出したのは、女性のフィギュアだった。

 

「なんだイ、コレ」

 

「お天気お姉さん結野アナのフィギュアだ。俺の宝物よ。これで何とか手を打ってくれ」

 

もちろん、それで手を打ってくれるワケもなく、銀時達は今度こそ本当に追い出された。

お瀧はお登勢に吹っ飛ばされた銀時の胸倉を掴み、立たせる。

そして、無表情のまま彼に凄んだ。

 

「銀時ィ。キャサリンに手ェ出すなよ」

 

「あ?何のことだよ」

 

「ハッ、よぉそんな顔で(とぼ)けれるなァ。隠してもウチにはお見通しやで」

 

溜息を吐いたお瀧は、銀時の胸倉から手を離す。

 

「ええか、キャサリンとアンタの店のことはウチが何とかしたる。アンタらは手ェ出すな」

 

お瀧は肩越しに銀時を振り返り、念を押して懐から手裏剣を出した。

去り行く彼女の後ろ姿を見てボリボリと頭を掻く銀時に、新八が尋ねる。

 

「銀さん……お瀧さんに任せて大丈夫なんですか?」

 

「あー?大丈夫だろ。アイツはなァ、受けた依頼は全て完遂する忍者だぜ。アイツがやるっつーなら、信じて任せるのも道ってモンだろ」

 

銀時はお瀧の背中を見送り、フッと笑った。

 

********

 

丑の刻、三丁目の工場裏。

キャサリンはクリカンの言う通り、そこへ赴いた。

そこにはクリカンの他に、仲間の服部と柏谷がいた。

キャサリンは決意を固めたような表情で、彼らに歩み寄る。

 

「来たか、キャサリン。そーだよ、その目が見たかった。キャッツパンチここに再結成だ」

 

しかし、キャサリンは彼らの前で土下座をした。

 

「何のマネだ」

 

「悪イケド、モウ盗ミハ出来ナイ。勘弁シテクダサイ」

 

「あ"あ"?何言ってんだ。てめェババアがどーなってもいい……」

 

クリカンが言い切る前に、キャサリンはクリカンを鋭く睨み据える。

それに、クリカンは押し黙ってしまった。

 

「アノ人ニダケハ、手ヲ出サナイデクダサイ。ソノ代ワリ私ヲ煮ナリ焼クナリ、好キニシテイイ」

 

土下座を続けるキャサリンに苛立ったクリカンは、彼女を蹴り上げた。

 

「上等だ、このクソアマァ!!いつまでもいいコぶりやがって!!てめーも俺らと同じ穴のムジナだろーがよ!今更堅気になんて戻れるかァ!!ケチなコソ泥が夢見てんじゃねーよ!!」

 

クリカンはキャサリンをめちゃくちゃに蹴りまくる。

そして、彼女の髪を掴みボロボロの顔を上げさせた。

 

「一度泥につかった奴はなァ、一生泥の道歩いていくしかねーのよ。オイ服部、刀貸せェ!!この(あま)耳切り取ってただの団地妻にしてやらァ!!」

 

「させっかよアホ」

 

女の声が聞こえてきたと思った次の瞬間、クリカンの目の前を刃が通り過ぎる。

クリカンは思わずキャサリンから手を離して、尻餅をついた。

 

「うぉぉぉぉぉ!?」

 

「オイオイ、こんな夜中に婦女暴行かイ?なんか楽しそーやなァ」

 

再び女の声が聞こえる。

そして、クリカンの胸倉が急に誰かに掴まれた。

手の主は布で顔を隠していて、誰かはわからない。

しかし、その奥で確かにニヤリと笑った。

 

「ウチも混ぜろや」

 

「なっ……何だてめー」

 

「何だはこっちの台詞や。アンタらこそこんな夜中に何してはるん?」

 

クリカンは胸倉を掴まれながらも、彼女に言葉を返す。

女は口角を上げたまま、手を握り締めた。

その手には、メリケンサックがはめられている。

 

「アンタら知っとぉ?女に暴力振るう男はなァ、女に殺られんねん……でッ!!」

 

ボグシャとかなり痛々しい音が、夜のかぶき町に響き渡る。

クリカンはそのまま吹っ飛ばされ、倒れた。

女はパンパンと手を払い、顔に巻いた布を取りながら気絶したクリカンに言い捨てた。

 

「今度、ウチの同僚に手ェ出したらただじゃおかん。まして店やお登勢さんに手ェ出したら殺す」

 

「!!瀧サン……」

 

キャサリンの危機を救ったのは、お瀧だった。

彼女はかつて攘夷戦争で暴れ回った忍者の服を身に纏っていた。

クリカンを睨むその目は、まさしく最恐の忍者、"赤猫"だった。

お瀧は同じくぶん殴って倒した服部と柏谷を見やる。

 

「類は友を呼ぶっちゅーが、まさかこんな友やなんてなァ。アンタ、ホンマロクな人生送ってへんやろ。まー、ウチかて同じか」

 

お瀧はキャサリンを振り返りもせず、溜息を吐く。

 

「生きるっちゅーのはホンマムズイなァ。真っ直ぐ走っとる思たら、実は曲がりくねっとったり泥塗れになっとったり。せやけど、それでも前のめりに突っ走っときゃ、泥なんてすぐ乾いて落ちるやろ」

 

「…………瀧サン、貴女ソンナコト言イニ来タンデスカ?」

 

「アホ吐かせ。アンタにちょっと頼みがあったんや」

 

お瀧は肩を竦め、少し照れ臭そうに口を開いた。

 

「あのさァ……ウチの友達が家追い出されて困っとるねん。それで、ちょっとお登勢さんにお願いしに行こ思とるんやけど……アンタからも()ーてくれへん?」

 

お瀧の話を聞いたキャサリンは、敢えて銀時の名前を出さなかった彼女の心を汲み、答えた。

 

「……仕方アリマセンネ。同僚ノ(よしみ)デス。一緒ニ頼ンデアゲマス」

 

「ん……おおきに」

 

肩を並べたキャサリンに、お瀧は嬉しそうに微笑んだ。

 

********

 

それから2人は、お登勢に懇願して、見事銀時たちを、店の二階に連れ戻すことに成功したのだった。




皆さん気付きました?

今回、志乃ちゃんが名前だけしか出てきてません。
たまにはこんな話もいいな〜と思って書きました。

次回、またまた白い粉と関わっちゃいます。


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足太い人が短いスカート穿いてると思うところが色々ある

この日、志乃は久々に入った万事屋としての依頼を受け、八雲、橘と共に依頼人が待つレストランに来ていた。

目の前には、コギャルの豚が座っていた。

 

「私的にはァ〜何も覚えてないんだけどォ、前になんかシャブやってた時ィ、アンタらに助けてもらったみたいなことをパパから聞いて〜」

 

「シャブ?何ソレ知らないけど。あ、もしかしてアレ?しゃぶしゃぶの肉にされそーになったとこを助けたとかそんなん?」

 

「ちょっとォ、マジムカつくんだけど〜。ありえないじゃんそんなん」

 

「え〜?豚しゃぶ美味しいのに?何?豚しゃぶじゃ不満?だったらトンテキでどーだよコノヤロー」

 

「何の話をしてるんですか」

 

全く噛み合わない会話をする志乃に、八雲がツッコんだ。

そして、志乃に耳打ちする。

 

「ホラ、アレですよ。春雨とやり合った時のシャブ中娘」

 

「あー、ハイハイ!ハムか!」

 

「豚からハムに変わっただけじゃねーかよ!!」

 

相変わらず食べ物扱いを受ける依頼人・ハム子は怒り心頭。まあ、当然か。

 

「もうマジありえないんだけど!頼りになるって聞いたから仕事持ってきたのに、ただのムカつく奴じゃん!」

 

「お前もな」

 

「何をををを!」

 

ボソッと言った橘に突っかかるハム子を、八雲が宥めた。

 

「すみませんね。して、ハム子さんの方はその後どうなんですか?」

 

「アンタもフォローにまわってるみたいだけどハム子じゃないから公子(きみこ)だから!」

 

「ハム子には変わりないね、文字的に」

 

「間違えて書きそうだな」

 

志乃と橘はハム子に聞こえるか聞こえないかギリギリの声で話す。なかなかタチの悪い奴らだ。

幸い公子には聞こえていなかったらしく、話を続けた。

 

「麻薬ならもうスッカリやめたわよ。立ち直るのマジ大変でさァ、未だに通院してんの……もうガリガリ」

 

「何がガリガリ?心がだよね?」

 

「痛い目見たしもう懲りたの。でも今度はカレシの方がヤバイ事になってて〜」

 

「え、彼氏?ハム子さん貴女まだ幻覚見えてんじゃないですか!!」

 

「オメーら人を傷つけてそんなに楽しいか!!」

 

八雲の失礼極まりない発言に、公子がキレる。

それから仕切り直して、公子が彼氏から送られたメールを見せた。

 

太助より

件名 マジヤバイ

 

マジヤバイんだけどコレ

マジヤバイよ

どれぐらいヤバイかっていうとマジヤバイ

 

メールを見た志乃は、ヤバイを連呼しまくる彼氏の精神自体がヤバイと察した。

 

「あー、こりゃホントヤバイね。で、私らへの依頼って良い病院の紹介?」

 

「頭じゃねーよ!!」

 

まあ、もちろんそんなはずもなく。

状況を、公子が説明した。

 

「実は私のカレシ、ヤクの売人やってたんだけど〜。私がクスリから足洗ったのを機に、一緒に全うに生きようってことになったの〜。けど〜、深いところまで関わり過ぎてたらしくて〜。辞めさせてもらうどころか〜、なんかァ組織の連中に狙われ出して〜。とにかく超ヤバイの〜。それでアンタたちに力が借りたくて〜」

 

「ふーん。了解」

 

志乃はそう短く切ると、手を挙げた。

 

「スイマセーン。フルーツパフェくださーい」

 

「じゃ、私はナポリタン」

 

「……オムライス」

 

志乃に、八雲と橘が便乗して注文した。

 

********

 

とある埠頭のコンテナの上を跳んで移動して、志乃達は公子の彼氏を探した。

ふと、八雲が天人達に囲まれている何やらヤバイ状況のモジャモジャ男を見た。

 

「あの、もしかして彼ですか?」

 

八雲が指差して問うと、公子が頷く。

彼らは作戦通り、志乃の腰を縄で括って、太助を助けるために下へ降りた。

 

「そぉぉぅいやぁぁぁぁ!!」

 

太助に今まさに刃が襲いかかろうとした瞬間、飛び降りてきた志乃の金属バットが天人の頭を打ち据えた。

仲間の天人達が、突如現れた志乃に目を向ける。

 

「なっ……何だテメー!?」

 

「何だチミはってか?そーです私が……」

 

しかし言い切る前に、上から何かがのしかかってくる。

志乃はそれに耐え切れず、倒れてしまった。

のしかかったのは、飛び降りてきた公子だった。

 

「太助ェェ!!」

 

「公子ォォ!!」

 

「もう大丈夫よ、万事屋連れてきたから。アイツら金払えば何でもやってくれんの!」

 

「何でもっつーかもう何にもやれそーにねーぞ、大丈夫なのか?」

 

「う、うぐっ……あんのクソハムが、邪魔しやがって……」

 

撃沈した志乃はうつ伏せのまま上体を少し起こし、上で縄を掴んでいる八雲と橘に言った。

 

「オーイ、作戦変更!引き上げるよ!」

 

「ラジャー」

 

「……」

 

八雲は返事をして、橘は無言で頷き、志乃を引き上げる。公子と太助が、逃げていく志乃に気付いて見上げた。

 

「!!あっ!!てめェ何一人で逃げてんの!?」

 

「フン、豚二匹背負って逃げる作戦なんか用意してねーんだよ!ハム子、アンタが余計なことすっからだよ!!」

 

「ふざけんな!!パフェ何杯食わせてやったと思ってんだよ!!キッチリ働けや!!」

 

ハム子と太助が、ジャンプして志乃の両足にしがみつく。

太った二人の体重が、一気に志乃の体を括る縄にかかり、彼女の腹を締め付ける。

 

「ふぐっ……ちょ、やべ……うぐぇっ!!マジやばいってコレは!流石にやばいって!なんか口から内臓的なものが出そう!!」

 

「内臓的なもの?嫌ですよ志乃!年頃の女の子が四六時中そんなのを出しっ放しでは気を使います!!関係がギクシャクして戻らなくなってしまいますよ!」

 

「そんなの出るわけないから」

 

八雲が志乃を心配して叫ぶが、橘がボソッとそれを否定する。

しかし八雲は聞く耳を持たず、橘に縄を持たせ自分は降りて志乃に掴まり、公子と太助を引き剥がそうと公子を蹴っていた。

 

「ハム子!!志乃を離しなさい!このままでは彼女がァァ!!」

 

「ちょっ……マジムカつくんだけど!何なのアンタ!!」

 

「ぉえっ、アンタも降り……げほっ!!」

 

「……………………」

 

一方、上に取り残された橘はどうするべきかと悩んでいた。

このままでは志乃の体が締め付けられ過ぎて、ぷっつり切れてしまうかもしれないと思った。

悩みに悩んだ結果、彼はある最良の答えに辿り着く。

あ、そっか。落としちゃえばいいんだ。下には敵の天人がたくさんいるけど、まあいっか。

橘はそう結論付けて、パッと縄から手を放した。

当然志乃達は、そのまま地面に落とされた。

橘が、落ちた志乃達に声をかける。

 

「すまん、手が滑った。逃げてくれ」

 

「ウソ吐けェェ‼︎!!てめっ今わざと手ェ放しただろ、絶対!!」

 

志乃が安全地帯に一人居座る橘に叫ぶ。

その瞬間、天人達が武器を手に駆け寄ってきた。

志乃は金属バットを構え、天人の一人の腹を突く。

一人倒した志乃は、次々と天人らを薙ぎ払っていった。

 

「あーもう、どけよお前らァァ!!」

 

志乃をサポートするような形で、八雲も突きに蹴りにを繰り返して敵を倒していく。

その暴れっぷりに、公子は感嘆の声を上げた。

 

「アンタやれば出来るじゃん!!」

 

「とーぜんっ!!私は根っからのYDK(やればできるこ)なんだからね!」

 

志乃はニッと笑ってバットを振るう。

次から次へと現れてくる天人達を打ち倒していくが、キリがない。

不審に思った八雲が、天人の一人の首を折りながら公子に尋ねた。

 

「それよりどういうことなんですかこれはー?たかがチンピラ一人の送別会にしては豪勢過ぎません?どうにも怪しいですねー、そこの陰毛頭」

 

「なに?太助が良からぬことでもやってるって言うワケ?」

 

「ふざけんな!俺は公子と全うに生きていくと決めたんだ!もうあんな白い粉とは一切関わらねェ!!それから俺は陰毛頭じゃねェ!コレはオシャレカツラだ!なめんなよ!」

 

そう叫んで、太助はカツラを取る。

するとそこには、テープで白い粉が入った袋が貼り付けられていた。

志乃は呆れながらツッコむ。

 

「………………オーイ。モノ隠したのどこかくらい自分で覚えておこーよ」

 

「あっ!!あの白い粉は転生郷!!」

 

「野郎、あんなところに隠してやがったのか!取り戻せェェ!!」

 

どうやら、太助は天人達から麻薬を盗み、持ち出したらしい。

志乃と八雲が暴れる中、公子は太助に詰め寄る。

 

「……太助。アンタ……組織から麻薬(クスリ)持ち逃げしてきたんだね。どーして。もう麻薬(クスリ)と関わるのは止めようって言ったじゃん!一緒に全うに生きようって言ったじゃん!」

 

叫ぶ公子の目の前に、刃が向けられる。

公子の背後に、鎌を持った天人が立っていた。

 

「太助……取り引きといこうか?コイツとオメーの盗んだブツ交換だ……。今渡せばお前も許してやるよ……」

 

「言うこと聞いちゃダメ、殺されるわよ!私なんて構わずに早く逃げて……」

 

公子はそう言うが、当の太助を見ると、彼は一目散にトンズラしていた。

 

「って即決かいィィィ!!逃げ足速っ!!」

 

「その女なら好きなよーにしてくれていーぜ!あばよ公子!お前とはお別れだ!!金持ってるみてーだから付き合ってやってたけど、そうじゃなけりゃお前みたいなブタ女ゴメンだよ!世の中結局金なんだよ……全うに貧乏くさく生きるなんてバカげてるぜ!」

 

逃げながら叫ぶ太助をチラリと見た志乃は、グッと足に力を入れた。

そして、一瞬で逃げる太助の前に回り込む。

太助は、目の前に突然少女が現れ、思わず慄いた。

 

「オイ、待てよブタ」

 

いつもより何倍も低い声で、志乃は太助に凄む。

志乃は金属バットを太助の脂肪だらけの鳩尾に押し込んだ。

走っていた太助のスピードと相まって、深く深く腹に突き刺さり、太助を唾を吐いてから気を失った。

 

「フン……人間を食い物にする天人……それに甘んじて尻尾振り、奴らの残飯にがっつく人間共……。ブタはお前らの方じゃねーか。そんなん守るなんて私ゃゴメンだね」

 

志乃は倒れた太助を冷たい目で見下ろし、頭に付いている転生郷を剥がし取った。

若干イラついている彼女に、八雲がボソッと言う。

 

「なーるほど。銀時さんの生き様をバカにされて怒ってるんですね?」

 

「……うるさい」

 

八雲に見抜かれてそっぽを向いた志乃の背中に、公子を盾にとった天人が叫ぶ。

 

「てめー、敵なのか味方なのかどっちだ!?」

 

「第三者だよ〜。それより、ハイ。コレあげるから。こいつとそのハム、交換しようよ」

 

志乃は転生郷を差し出してみせる。

しかし、警戒した天人は受け取りには来なかった。

 

「……………………お前から渡せ」

 

「ふーん、何びびってんのさ」

 

志乃は、転生郷を放り投げた。

天人達が転生郷を見上げると、そこには薙刀を構えた橘がコンテナの上に立っていた。

橘は無表情で、転生郷を叩っ斬った。

転生郷が余程大事らしい天人達が大騒ぎする隙を見て、志乃達は公子を奪還し、太助も連れて逃げた。

 

********

 

埠頭から遠く離れた橋の上。

そこには、志乃達と太助を背負った公子が向かい合っていた。

 

「マジありえないんですけど。太助助けてくれって言ったのに、何でこんなことになるわけ〜?」

 

「ありえないのは貴女ですよ。どうするんですかソレ。共食いでもするつもりですか?」

 

「言っとくがそれは焼いても食えんぞ」

 

「お前ら最後までそれか」

 

最初から最後まで豚扱いする八雲と橘に、公子がツッコむ。

今度は志乃が、わかった!とばかりにポンと手を叩いて言った。

 

「そっか、ソレ逃すと彼氏なんて一生出来なさそうだからでしょ!大丈夫だよ、世の中には奇跡ってのがあるんだから。ね!」

 

「そんな哀れみに満ちた奇跡はいらねー」

 

公子はそう言い、背を向けて歩き出した。

 

「こんな奴に付き合えるの私くらいしかいないでしょ……」

 

去り行く公子と太助を見ながら、志乃は言った。

 

「またよろしくね〜」

 

八雲も、肩を竦めながら橘に話しかける。

 

「何なんでしょうね、アレは」

 

「あれじゃ恋人じゃなくて親子だな」

 

「あーゆー母親、私は好きだな」

 

「私ならグレますね」

 

そんな会話をした三人は、公子を見送ってから今日の晩ご飯の買い出しに向かったーー。




次回、アホの旧友と再会します。


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旅する時には忘れ物に注意

その日、志乃はいつものように差し入れのパンの耳と共に銀時たちの元へ遊びに来ていた。

 

「あれ?そーいや神楽は?」

 

「お使いに行ってるよ」

 

「へー。トイレットペーパー?」

 

「えっ……何でわかるの志乃ちゃん」

 

「安売り今日までだから大量に買っとくってトッキーが言ってた」

 

「時雪さん男だろ!?ベテランの主婦か!!」

 

新八とくだらない話をしながら時間を潰していると、神楽が帰ってきた。

 

「あっ、おかえり神楽ちゃん」

 

神楽は荷物を持って帰ってきたが、何やらニヤニヤして仁王立ちをしていた。

 

「………………?」

 

「何やってんだオメー」

 

「ムフフ。跪くアル愚民達よ」

 

「「あ?」」

 

「は?」

 

「頭が高いって言ってんだヨこの貧乏侍どもが‼︎工場長とお呼び!」

 

「女王様の方がいいんじゃねーのか工場長?」

 

「女王様なんかより工場長の方が生産的だから偉いアル!痩せこけた工場長とお呼び!」

 

「痩せこけたって貧乏臭滲み出まくりだよね」

 

目的の全く見えないいつも通りの会話を繰り広げた後、新八が本題を切り出す。

 

「工場長トイレットペーパー買ってきてくれた?」

 

「トイレットペーパーは忘れたアルけど」

 

「オイ勘弁しろよ!安売り今日までなんだぞ工場長!」

 

「それは忘れたけど、もっと素敵な紙は手に入れたヨ」

 

「は?」

 

キョトンとする3人に、神楽は一枚のチケットを見せた。

それを、3人が食い入るように見る。

 

「宇宙への旅4名様!?」

 

「「こっ……工場長ォォ!!」」

 

銀時と志乃は、神楽を崇めるように叫んだ。

 

********

 

数日後。

江戸にあるターミナルから船に乗り込んだ四人は、宇宙への旅を楽しんでいた。……多分。

しかし船に乗り込む前に神楽が定春を連れて行こうとしたのだが、同じくターミナルに居た客の頭に定春が噛み付いてしまい、客は定春に噛み付かれたまま去っていってしまったのだ。

 

「え?定春が攫われた?」

 

「そうアル。私もう旅行なんて楽しめそーにないヨ」

 

「だーからババアに預けとけって言ったんだよ。もう台無しじゃねーか旅行が……」

 

「台無しなのはお前らの人間性だよ」

 

機内食をガツガツ食べまくる銀時と神楽と志乃に、新八がツッコむ。定春が心配ではないのだろうか。

それを気にせず、ボケ連中はさらに続ける。

 

「だって定春だけ残していくのかわいそーネ!銀ちゃんと志乃ちゃんは定春かわいくないアルか!!」

 

「んー、その気持ちはわかるけど……」

 

「旅先でギャーギャー喚くんじゃねーよ。あーあ、興冷めだ。もう帰るか」

 

その時、船内にアナウンスが流れた。

 

『皆様、よろしければ左側の窓をご覧になってください。あれが太陽系で最も美しい星とされる、我らが母なる星、地球です』

 

窓の外には、暗闇に青く輝く美しい地球が浮かんでいた。

その瞬間、銀時と神楽と志乃が一斉に窓に貼りつく。

 

「わー、キレイだ〜」

 

「わーじゃねーよキッチリエンジョイしてんじゃねーか!なんだオメーら!」

 

「小さな悩みなんてどーでもよくなってくるな〜」

 

「ホントだよね。心洗われるわ〜」

 

「洗っちゃいけないよ!心に遺しておかなきゃいけない汚れもあるよ!」

 

新八は完全にエンジョイしている3人を放って、定春を探すべく席を立とうとした。

だが、その瞬間新八に銃が突きつけられる。

銃を突きつけたのは、顔を隠した攘夷志士だった。

リーダーらしき男が叫ぶ。

 

「これよりこの船は我々革命組織『萌える闘魂』が乗っ取った!貴様らの行く先は楽しい観光地から地獄に変わったんだ!宇宙旅行などという堕落した遊興にうつつを抜かしおって。我らの星が天人が来訪してより腐り始めたのを忘れたかァ!!この船はこのまま地球へと進路を戻し、我が星を腐敗させた元凶たるターミナルに突っ込む!我らの地肉は燃え尽きるが憎き天人に大打撃を加えることが出来よう。その礎となれることを誇りとし死んで行け!」

 

「ヤ……ヤバイよ。銀さん、志乃ちゃん」

 

新八が事態を察して2人を呼ぶが、2人は神楽と共に相変わらず窓から地球を眺めている。

 

「私死んだら絶対宇宙葬にしてもらおっと」

 

「俺もそーしよっかな。星になれる気がするわ」

 

「ああ、なれるともさ」

 

「うぉーーい!ホントに星になっちまうぞ」

 

そこに、攘夷志士が銃を向けてやってくる。

 

「オイ貴様ら何をやっている?我らの話聞いてい……」

 

「ほァたァァァ!」

 

「ぐあ!!」

 

しかし、彼は神楽の背面蹴りによって沈められてしまう。

救援に駆け付けたもう一人を銀時と志乃が蹴っ飛ばし、リーダーの男は新八が下から顎を狙って叩き伏せられた。

思わぬヒーローの登場に乗客たちは安心して、彼らに拍手を送る。

しかし、彼らの背後にもう一人別の仲間が居た。

 

「「「「あれ?」」」」

 

「ふざけやがって!死ねェェ!!」

 

しかし、銃を撃つ前に、後ろから開けられたドアにぶつかって倒れてしまった。

そこには、ターミナルで定春に噛み付かれたままの男が立っていた。

 

「あ〜気持ち悪いの〜。酔い止めば飲んでくるの忘れたきー。アッハッハッハッ。あり?何?何ぞあったがかー?」

 

「定春ぅ!!このヤロー定春ば帰すぜよォォ!!」

 

「あふァ!!」

 

「定春!」

 

こうして神楽によって定春誘拐事件?は無事解決した。

銀時と志乃は神楽に蹴っ飛ばされた誘拐犯?を見る。

そして、見覚えのある顔に驚いた。

 

「あ……この人」

 

「こっ……こいつァ」

 

「銀さん志乃ちゃん知り合い?」

 

新八が尋ねた瞬間、操舵室で爆発が起きた。

最初から攘夷志士たちはこれが狙いだったらしい。

おそらくこのままでは、放っておいても船は墜落するだろう。

船は揺れて、中の状態は非常に危険だった。

 

「銀!そいつを早く操舵室に!」

 

志乃の言葉を聞いた銀時は誘拐犯?の前髪を引っ張って、共に操舵室に向かう。

その前を、志乃が走った。

 

「イタタタタタタ!!何じゃー!!誰じゃー!!ワシをどこに連れていくがか?」

 

「テメー確か船大好きだったよな?」

 

「だったら操縦くらい出来るでしょ⁉︎」

 

「なんじゃ?おんしゃら何でそげなこと知っちょうか?あり?どっかで見た……」

 

男の目には、走る銀時と志乃の横顔が、共に戦っていた当時の姿と重なった。

とはいえ、銀時は鎧をつけた姿、志乃は幼い少女の姿だが。

 

「おおおお!!金時と吉乃じゃなかか!!おんしゃら何故こんな所におるかァ!?久しぶりじゃのー金時、吉乃!珍しいとこで会うたもんじゃ!こりゃめでたい!酒じゃー!酒を用意せい!」

 

数年ぶりの再会を喜ぶ男の頭を、銀時と志乃は思い切り壁に叩きつけた。

 

「銀時だろーがよォ銀時!」

 

「アンタホント人の名前ロクに覚えないよね。そーいうとこ相変わらず」

 

2人は呆れて、気絶した男をズルズル引っ張っていった。

 

********

 

操舵室では、パイロットたちが逃げ惑っていた。

船長は爆発に巻き込まれたらしく、ボロボロになって倒れている。

 

「フフ、これまでか。私も船長だ。船諸共死のう!ああ……母なる星地球よ……もう少しでお前の懐にい"い"い"い"い"!!」

 

それを、男が踏んだ。

 

「あれ?何か踏んだがか?」

 

「ちょっと早くしてよ!!」

 

志乃も船長を踏んだことを気にせず、彼を急がせる。

男は操縦の機械を見ながら言った。

 

「あちこちで誘爆が起きちゅー。船に爆弾仕掛けるなんぞどーかしとーど」

 

「ねぇ、何とかならない?」

 

「ま、取り敢えずテキトーに弄ってみよーかの」

 

「いやマジで頼むよ辰兄ィ!?今頼れる人アンタしか居ないんだからね!!」

 

志乃の懇願を受けた男ーー坂本辰馬は、機械を早速弄り始めた。

そこに、新八と神楽と定春がやってくる。

 

「銀さん!ヤバイですよ。みんな念仏唱え出してます」

 

「心配いらねーよ。あいつに任しときゃ……」

 

銀時はそう言って、坂本の背中を見る。

 

「昔の馴染みでな。頭はカラだが無類の船好き。銀河股にかけて飛び回ってる奴だ……。坂本辰馬にとっちゃ船動かすなんざ自分の手足動かすようなモンよ」

 

「……よーし、準備万端じゃ」

 

坂本はそう呟くと、気絶したパイロットの一人を機械の上に乗せて、両足を掴んで操縦桿のように持っていた。

 

「行くぜよ!」

 

「ホントだ。頭カラだ……」

 

思わず新八がボソッと言う。

志乃は坂本の髪を掴んで顔面を思い切り殴った。

 

「酔い醒めにもう一発いく?」

 

「アッハッハッハッ!こんなデカイ船動かすん初めてじゃき勝手がわからんち。舵はどこにあるぜよ?」

 

「これじゃねーことだけは確かだよ!」

 

「銀ちゃん、コレは?」

 

「パイロットから頭離せェェ!!スイマセンパイロットさん」

 

「急げよバカ共!この船なんかどっかの星に落ちかけてるからね現在!」

 

パイロットを舵だと思い込むボケ連中に志乃の檄が飛ぶと、上から新八の声が聞こえてきた。

 

「銀さんコレッスよコレ!ふんぐぐぐ!アレ!?ビクともしない!!」

 

新八が渾身の力で舵を動かそうとしても、操舵室の様々な場所が壊れているせいか、まったく動かない。

そこに坂本がやってきた。

 

「ボク、でかした。あとはワシに任せ……うェぶ!」

 

突然、坂本が吐きそうな声を出して口元を抑える。

どうやら船酔いらしい。

 

「ギャー!!こっち来んな!アンタ船好きじゃなかったの!?思いっきり船酔いしてんじゃないスか!!」

 

「イヤ、船は好きじゃけれども船に弱くての〜……うぷっ」

 

「何その複雑な愛憎模様!?」

 

ツッコミ要員は命の危機に晒されても、的確なツッコミを入れてくる。

舵を動かそうと、神楽や銀時、さらには先程失敗した新八も入って舵を取り合う。志乃はこの間ずっと念仏を唱えていた。

なんとか復活した坂本が、銀時たちを止めに入る。

 

「オウオウ!素人がそんなモン触っちゃいかんぜよ。このパターンは3人でいがみ合ううちに舵がポッキリっちゅ〜パターンじゃ。それだけは阻止せねばならん!」

 

坂本が足を動かしたその先には、瓦礫が。

それにつまづいた坂本は勢いよく転びかけ、舵を掴んだ。

すると、舵は坂本の体重を支え切れずにポッキリ折れてしまった。

 

「アッハッハッハッそーゆーパターンできたか!どうしようハッハッハッ!!」

 

「アッハッハッハッじゃねーよ!あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

こうして操縦の術を失った船は、多くの乗客を乗せたままどこかの星に墜落していくのであったーー。



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笑っとけば大抵のことは何とかなる

ーー今から十数年前。

2人の男と1人の幼い少女が、屋根の上で星空を見上げていた。

 

「決めた。わしゃ宙にいくぜよ。このまま地べた這いずり回って、天人と戦ったところで先は見えちょる。わしらがこうしちょる間にも、天人はじゃんじゃん地球に来ちょるきに。押し寄せる時代の波には逆らえんぜよ。こんな戦は、いたずらに仲間死ににいかせるだけじゃ。わしゃもう仲間が死ぬとこは見たくない。これからはもっと高い視点をもって生きねばダメじゃ。そう、地球人も天人も、いや星さえも見渡せる高い視点がのー。だからわしゃ宙にいく。宇宙にデカい船浮かべて、星ごと掬い上げる漁をするんじゃ」

 

男ーー坂本は、星空から傍らにいるもう一人の男ーー銀時と、少女ーー志乃に視線を移す。

 

「どうじゃ銀時、志乃?おんしゃこの狭か星に閉じ込めておくには勿体無いデカか男じゃき。それに、志乃もまだまだ小さか。今からでも勉強すれば、わしの目指しちょる高い視点身につくかもしれん。わしと一緒に……」

 

「ぐーぐー」

 

「スピスピ」

 

しかし、当の本人らは眠っていた。

そして、坂本は空に叫んだ。

 

「アッハッハッハッハッハッー、天よォ!!コイツらに隕石ば叩き落としてくださーいアッハッハッハッ」

 

********

 

「はっ!!ハハ、危ない危ない。あまりにも暑いもんじゃけー、昔のことが走馬灯のように駆け巡りかけたぜよ。何とか助かったってのに危なか〜」

 

「助かっただァ?コレのどこが助かったってんだよ……」

 

あの後、銀時たちを乗せた船は、一面砂漠の星に不時着した。

乗客は全員無事だったものの、あまりの暑さにみんなだんだん頭がやられていった。

神楽も銀時も坂本までも三途の川が見えてしまう始末だ。

もうおしまいだと誰もが思った瞬間、空から大きな船が飛んできた。

 

「……え?何アレ。あ、そっか。ついに天からのお迎えが……」

 

「ギャーーーー!!志乃ちゃんそっちに行っちゃダメーーー!!」

 

暑さで完全に頭がやられた志乃を、新八が必死に引き止めていた。

乗客らは飛んできた船を見て、歓喜の笑顔を浮かべた。

 

「船だァァ!!救援だァァ!!」

 

「俺達助かったんだァ!!」

 

着陸した船に乗客らが次々と乗り込む中、坂本は船から現れた女ーー陸奥と話していた。

 

「アッハッハッハッ、すまんの〜陸奥!こんな所まで迎えに来てもらって」

 

「こんなこたァ今回限りにしてもらおう。わしらの船は救援隊じゃない、商いするためのもんじゃきー。頭のあんたがこんなこっちゃ困るぜよ。それから、わしらに黙ってフラフラするのも今回限りじゃ」

 

「アッハッハッ。すまんの〜やっぱり女は地球の女しか受け付けんき」

 

「女遊びも程々にせんと、また病気うつされるろー」

 

「アッハッハッ。ぶっとばすぞクソ(アマ)

 

会話の内容を聞く限りあまり平和的ではないが、新八と志乃が船を見上げて坂本に尋ねる。

 

「ねぇ辰兄ィ、何コレ」

 

「ああ、『快援隊』ちゅーてな。わしの私設艦隊みたいなもんじゃ。ちゅーても戦するための艦隊じゃのーて、この艦隊そのものが会社(カンパニー)なんじゃ」

 

会社(カンパニー)?」

 

「そうじゃ。わしらこの船使って、デカい商いやっちょる。色んな星々回って、品物ば売り買いしちょる……まァ貿易じゃ。じゃが近頃宇宙は物騒じゃきに、自衛の手段としてこーして武装もしちょるわけぜよ」

 

「へェー、スゴイや!坂本さん、アンタただのバカじゃなかったんですね」

 

「アッハッハッ、泣いていい?」

 

褒めているのか貶しているのか微妙なところを新八は突いてくる。

坂本は空を見上げて続けた。

 

「わしも昔は、銀時やヅラ達と天人相手に暴れ回っちょったが、どーもわしゃ戦ちゅーのが好かん。人を動かすのは武力でも思想でものーて、利益じゃ。商売を通じて天人地球人双方に利潤をもたらし、関係の調和ばはかる。わしゃわしのやり方で国を護ろうと思ってのー。ヅラはヅラで社会制度変えよーと気張ちょるよーだし、高杉の奴は幕府倒すため色々画策しちょると聞ーとる。みんなそれぞれのやり方でやればいいんじゃ!」

 

「へェー、みんなスゴイんですね。ウチの大将は何考えてんだかプラプラしてますけどね」

 

「アッハッハッハッ!わし以上に掴みどころのない男じゃきにの〜」

 

神楽に樽一つ分の水を飲ませている銀時を見ながら、坂本は大笑いする。

志乃も彼を見ながら、フッと笑った。

 

「でもさ新八。自然と人が集まってくる奴ってのは、何か持ってるもんだよ。あんたも神楽も、銀の何かに惹かれて慕ってんじゃないの?」

 

「……んー、何だかよくわかんないけど……でも」

 

ふと、船の下から悲鳴が轟く。

見てみると、触手に捕まった人が何人かいた。

突然のことに、新八は混乱する。

 

「あれ?何?ウソ?何?あれ?」

 

「アッハッハッ、いよいよ暑さにやられたか。何か妙なものが見えるろー。ほっとけほっとけ、幻覚じゃ。アッハッハッ」

 

そう言って船の中に向かおうとする坂本の腕に、触手が巻き付く。

 

「え、いや、待って辰兄ィ。何かさっきの触手が巻き付いてるから!」

 

「ほっとけほっとけ、幻覚じゃ。アッハッハッハッハッー」

 

「うわァァァ!!坂本さァァァん!!」

 

「何でそこまでポジティブシンキングなんだよ!?あんた今身の危険が迫ってんだぞ!!」

 

新八と志乃のツッコミを受けながら、坂本は触手に捕まり、引き摺り込まれようとしていた。

触手を見た乗客らが、騒ぎ出す。

志乃は隣にやってきた陸奥に尋ねた。

 

「ねェ、ちょっと何なのアレ⁉︎」

 

「あれは砂蟲。この星の生態系で頂点に立つ生物。普段は静かだが、砂漠でガチャガチャ騒いじょったきに目を覚ましたか……」

 

「ちょっとアンタ、自分の上司がエライことなってんのに何でそんなに落ち着いてんの!?」

 

「勝手な事ばかりしちょるからこんな事になるんじゃ。砂蟲よォォ、そのモジャモジャやっちゃって〜!特に股間を重点的に」

 

「お姉さん辰兄ィに恨みでもあんの?」

 

「志乃ちゃんも知り合いが襲われてんのに何でそんなに冷静なの!?」

 

坂本が砂蟲に捕まっても助けようとする素振りを見せない2人に、新八のツッコミが炸裂する。

一方当の坂本は自由な右手で銃を持ち、砂蟲の触手に捕まった乗客らを救出する。

乗客らを逃がした瞬間、砂漠の中から砂蟲の本体が現れた。

砂蟲は触手で船を絡め取り、船ごと地中に引き摺り込もうとする。

その時、未だ捕まっている坂本が叫んだ。

 

「大砲じゃあああ!!わしば構わんで大砲ばお見舞いしてやれェェェ!!」

 

「でも坂本さん!!」

 

「大砲うてェェェ!!」

 

陸奥の指令で、大砲が砂蟲に向けられる。

新八は一人坂本を案じ、陸奥に詰め寄った。

 

「ちょっ……あんた坂本さん殺すつもりですか!?」

 

「奴一人のために乗客全てを危険にさらせん。今やるべきことは乗客の命救うことじゃ。大義を失うなとは奴の口癖……撃てェェェ!!」

陸奥の号令と共に、大砲が砂蟲に撃ち込まれた。

 

「奴は攘夷戦争の時、地上で戦う仲間ほっぽいて宇宙へ向かった男じゃ。何でそんなことが出来たかわかるか?大義のためよ。目先の争いよりももっとずっと先を見据えて、将来国のために出来ることを考えて苦渋の決断ばしたんじゃ。そんな奴に惹かれて、わしら集まったんじゃ。だから、奴の生き方に反するようなマネわしらには出来ん。それに、奴はこんなとこで死ぬ男ではないきに」

 

「いやいやいや!死んじゃうってアレ!どう考えても死ぬよアレ!地中に引き摺り込まれてる!!」

 

砂蟲が砂の下に潜っていく。

それと同時に、坂本も砂に埋もれていった。

快援隊のメンバーらが坂本を救おうと大砲を再び砂蟲に向けるが、何者かが大砲の筒に穴を開けた。

 

「こんなモンぶち込むからビビって潜っちまったんだろーが。やっこさんが寝てたのを起こしたのは俺達だぜ。大義を通す前に、マナーを通せマナーを」

 

「銀さん!」

 

大砲に穴を開けたのは、その上にしゃがんだ銀時だった。

ヒーローがカッコよく登場して、危機を救って丸く収まる……のがヒーローものの掟だが、そんなものこの小説では通用しない。

立ち上がった銀時の背後にもう一人影が現れる。

 

「マナーを通せ……だァ?テメーに言われたくねーよ、この天然パーマニートォォォ!!」

 

「どぉお!?」

 

木刀を抜き取った瞬間に、志乃が背後から銀時を蹴っ飛ばして砂漠に突き落とす。

そして、2人諸共砂蟲が潜り込んだ砂漠に落ちていった。

 

「辰兄ィ、アンタ星掬い上げる漁するとかほざいてたクセに、こんなとこで終わんのか!?んなわけねーだろ?私は、あんたがそれを実現させたとこを見たいんだから!」

 

「志乃ちゃーん!?めちゃくちゃカッコいいこと言ってた俺突き落とすってどーいうことだ!!てかここ俺の見せ場ァァァ!!」

 

「うるせー腐れニート!!黙って辰兄ィ助けんかい!!」

 

「てめー、後で覚えとけよ!!」

 

落ちながら喧嘩する2人は、砂漠の中に潜っていった。

 

********

 

ーー数年前。

志乃は、これから宙へと旅立とうとする坂本を見送っていた。

 

「そーか。お前も地球(ここ)に残るがか」

 

「うん。辰馬お兄ちゃんと一緒に行くのも楽しそーだけど、銀兄ちゃんがダメだって」

 

「アッハッハッ!相変わらず愛されとるのう」

 

「私だってもう4歳だよ?一人でも大丈夫だもん」

 

ぷくっと不満げに頬を膨らませる志乃に、坂本は微笑んだ。

ポンポンと頭を軽く叩き、彼女に問う。

 

「それで、おんしゃこれからどーするがか?」

 

「?そんなの決まってるじゃん。辰馬お兄ちゃんのこと、地球(ここ)でずっと見てるよ。お兄ちゃんが活躍してるの聞いて、また会えるの待ってる。また地球に戻ってきたら、おだんご一緒に食べようね!」

 

志乃は坂本を見上げて、にっこりと笑った。

 

********

 

砂の中で、銀時と志乃は沈みゆく坂本に手を伸ばす。

坂本が2人の手を掴むと、2人は砂の中から一斉に坂本を引き抜いた。

 

「ふ〜っ。大丈夫?辰兄ィ!」

 

「アッハッハッハッハッ。見事生きとった!こりゃー儲けもんじゃ」

 

「生きとった!じゃねーよモジャモジャ!ったく、手間かけさせやがって」

 

「辰兄ィ、助けてやったんだから私と銀に団子奢ってよね」

 

楽しそうに?談笑する3人を、甲板から見ていた陸奥は安堵するように言う。

 

「……無茶なことを。自分も飲まれかねんところじゃったぞ。何を考えとるんじゃあの2人……」

 

それを受けて、新八も嘆息するように言った。

 

「……ホントッスね。何考えてんでしょあの人達。なんか、あの人らしか見えないもんがあるのかな……」




次回、夏祭りでもう一人のテロリストと遭遇します。


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イヤホンで音楽を聴くときは音漏れに注意しろ

ここは、江戸にあるとある橋の上。

その手すりの前で、桂は僧の格好をして物乞いとして座り込んでいた。

そんな彼の隣に、ふと何者かの気配が現れる。

 

「誰だ?」

 

「……ククク、ヅラぁ。相変わらず幕吏から逃げまわってるよーだな」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

お決まりの切り返しを挟みつつ、お互い笠に隠れたその顔を見ずに、会話を続ける。

 

「何で貴様がここにいる?幕府の追跡を逃れて、京に身を潜めていると聞いたが」

 

「祭りがあるって聞いてよォ。いてもたってもいられなくなって、来ちまったよ」

 

蝶柄の着物を着たその男は、キセルを吹かしながら妖しく嗤う。

相変わらずな男の様子に、呆れたように桂が言った。

 

「祭り好きも大概にするがいい。貴様は俺以上に幕府から嫌われているんだ。死ぬぞ」

 

「よもや、天下の将軍様が参られる祭りに参加しないわけにはいくまい」

 

「!……お前、何故それを?まさか……」

 

「クク、てめーの考えているようなだいそれたことをするつもりはねーよ。だがしかし、面白ェだろーな。祭りの最中、将軍の首が飛ぶようなことがあったら、幕府も世の中もひっくり返るぜ……」

 

「あっ、ヅラ兄ィー!」

 

男と桂が話している最中に、橋の向こうから明るい声が聞こえてくる。

志乃が、小さな袋を持ってやってきたのだ。

 

「ヅラじゃない桂だ。何をしに来た」

 

「ハイ、これあげる」

 

ジャラッ

 

そう言って、志乃は桂の前に置いてある缶に、袋ごと小銭を入れた。

 

「それじゃ、私用事あるから。物乞い頑張って!」

 

志乃は笑顔で桂に手を振り、男の前をすれ違った。

男が、去り行く志乃を見つめる。

彼女はこの時その視線には気が付かず、そのまま橋を渡って行った。

 

「ほう……随分大きくなったじゃねーか。あんなに小さかった志乃が…………」

 

意味深に、男は口角を上げる。

人混みを駆け抜ける志乃の背中を、男はジッと見つめていた。

 

「貴様、まだ志乃を諦めていなかったのか。あいつは今、幸せに生きているんだ。いい加減放っておいてやれ」

 

「安心しろよ。お前が考えてるよーなこたァしねェ。……クククク、ハハハハハッ」

 

志乃を見つめ、狂ったように嗤う男の視線は、狂気を感じさせた。

しかし、当の本人はそれに一切気付かず、間近に迫った祭りに心を舞い上がらせていた。

 

********

 

その日、幕府の警察長官から依頼を受けていた志乃は、愛車に跨ってある場所に向かっていた。

その時、耳を(つんざ)くような騒音が聞こえてきた。

 

「⁉︎なっ、何コレうるさっ!」

 

志乃は思わず耳を塞ぎ、騒音の元が何かを探りに近付いていく。

すると、そこにはガシャコンガシャコンうるさい建物の前で、新八がお通の曲を気持ち良さそうに歌っている姿が見えた。

そこには銀時と神楽、さらにはお登勢の姿も見える。

 

「うぐっ!うるせークセに音痴かよ……最悪だな」

 

志乃は耳を塞ぎながら、騒音を奏でている新八の頭を蹴り飛ばした。

 

「うぇぶっ!?し、志乃ちゃん!?」

 

「るせーんだよこの音痴メガネ!!近所迷惑じゃボケェェェ!!」

 

「おー、志乃か。何やってんの?」

 

「こっちの台詞だわ!アンタらこそ何やってんだよ!」

 

いつものノリで声をかけてきた銀時に、志乃は怒りを新八から銀時に向ける。

しかし、銀時は志乃をスルーすると、マイクを取り合う新八と神楽の間に入っていった。

 

「待てコラ!アンタらのわけわかんねー歌聞いて耳痛くなるくらいなら私が歌う!貸せ!」

 

「あぁん!?割り込みかテメー!!順番は守りやがれ!」

 

「んだとォ!?だったらデュエットでどうだコノヤロォォォォ!!」

 

4人でマイクを取り合っていると、不意に建物のシャッターが開く。

するとそこには、大きなカラクリが立っていた。

 

「……え?何コレ」

 

「え?……これが平賀サン?」

 

突如現れたカラクリは銀時の頭を掴み、持ち上げた。

 

「いだだだだだ頭取れる!頭取れるって平賀サン!」

 

「おおー、いいぞ平賀サン!そのままそいつの頭もいじゃって〜」

 

「いや流石にそれはシャレにならないから!!何、志乃ちゃん銀さんに個人的な恨みでもあんの!?」

 

ツッコミを入れる新八を振り返り、志乃はキョトンとする。

 

「いや、特にないけどさ。バイオレンスによって生まれるハイテンションギャグ……これこそがこの小説の真髄だと思ってさ」

 

「さらっとメタ発言するなァァァ!!主人公が死んだらダメだろオイ!」

 

「何言ってんの、この小説の主人公は私だよ」

 

「いやあのね志乃ちゃん。二次創作とは原作という土台があって初めて成立するものであってね……」

 

「テメーもメタ発言してんじゃねェェェ!!つーか早く助けろ!!あああ!止めろォォォ平賀サン!!」

 

騒ぎ立てる4人の前に、一人の老人が現れた。

 

「たわけ、平賀は俺だ。人ん家の前でギャーギャー騒ぎやがってクソガキ共。少しは近所の迷惑も考えんかァァァァァ!!」

 

「そりゃテメーだクソジジイ!!てめーの奏でる騒音のおかげで近所の奴はみんなガシャコンノイローゼなんだよ!!」

 

「ガシャコンなんて騒音奏でた覚えはねェ!『ガシャッウィーンガッシャン』だ!!」

 

「いや、どっちも大して変わらないじゃん」

 

志乃が平賀の言い分に思わずツッコむ。

お登勢は呆れたように平賀に言った。

 

「源外、アンタもいい年してんだから、いい加減静かに生きなさいよ。あんなワケのわからんもんばっか作って、『カラクリ』に老後の面倒でも見てもらうつもりかイ」

 

「若い頃奥さんゲット出来なかったからってそれは……」

 

「うっせーよババア!クソガキ!何度来よーが俺ァ工場はたたまねェ!!つーか俺にも伴侶くらい居たわ!!帰れ!」

 

平賀はお登勢と志乃にそう吠えると、カラクリを振り仰いだ。

 

「オイ三郎!!構うこたァねェ、力ずくで追い出せ!」

 

「御意」

 

三郎はそう答えると、銀時の頭を持ったまま平賀にそれを投げつけた。

平賀の顎に銀時の頭がクリーンヒットし、2人仲良く倒れていった。

……立派なポンコツじゃねェか、あのロボット。

 

「……あ、私依頼受けて仕事行く途中だった。じゃあね」

 

銀時と散々絡んできた経験上、彼らに関わるとロクなことがない。

志乃はこれ以上面倒事はごめんと、スクーターに乗って去っていった。

 

********

 

「……ん、ここか」

 

志乃が再びスクーターを降りたのは、真選組の屯所の前だった。

志乃は依頼の手紙を開くと、さっさと中へ入っていく。

 

「ったく。せっかくの祭りなのに、何でとっつぁんから依頼が来んのさ……」

 

志乃は、祭りが大好きな少女だった。

道に並ぶ色とりどりの屋台から、空腹を誘ういい匂いが漂ってくる。

射的やヨーヨー釣りなど子供心をくすぐる遊びもあるし、何より夜空を飾る美しい花火が大好きだった。

それが祭りを見に来る将軍の護衛のためになくなるなど、彼女にとって残念なことはなかった。

 

「チッ……あのクソジジイのアホ、バカ、ボケナス……」

 

志乃は依頼主を罵りながら、真選組の連中がどこにいるのか探した。

人が大勢集まっている気配を察知し、そこに気配を殺して忍び込む。

ちょうど部屋では、真選組が会議をしていた。

隊士たちを前にして、土方が言う。

 

「いいか。祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる。将軍に擦り傷一つでもつこうものなら俺達全員の首が飛ぶぜ!そのへん心してかかれ。間違いなく攘夷派の浪士共も動く。とにかくキナくせー野郎を見つけたら迷わずブった斬れ。俺が責任をとる」

 

「マジですかイ土方さん……俺ァどーにも鼻が利かねーんで、侍見つけたら片っ端から叩き斬りますァ。頼みますぜ」

 

「オーイみんな、さっき言ったことはナシの方向で」

 

「じゃあ、早速……」

 

「いやだからナシの方向でっつってんだろ!話聞け!」

 

刀をスラリと抜いた沖田が、土方と距離を詰める。

沖田は土方に向かって刀を横に薙いだ。

しかし刀の一閃は土方には当たらず、代わりに彼の隣に気配を消して座っていた志乃のバットにぶつかった。

感心しながら、志乃は沖田の刀をいなす。

 

「おお〜、流石だね。結構上手いこと気配消してたと思ってたんだけど」

 

「テメー、いつから居たんでさァ」

 

「えっとね〜……『いいか。祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる』から」

 

「一番最初じゃねーか!!つーか何さりげなく会議に入ってきてんだよ!アレか?ピッキングか!?杉浦とやってること一緒じゃねーか!!」

 

「あんなピッキング野郎と一緒にしないで。……ん?あれ?あいつは?」

 

志乃はバットを仕舞って、キョロキョロと辺りを見渡す。

軽くストーカーになっている杉浦が、全く見当たらないのだ。

その答えを、山崎が言う。

 

「杉浦くんなら、今有給休暇を取ってるよ」

 

「ふーん……」

 

「ふーんじゃねーよ。何でテメーが屯所(ここ)に居るんだ」

 

今度は土方が、志乃に強い姿勢で問いかける。

志乃は自分の口で答えず、手紙を差し出した。

土方はそれを奪い取るように受け取り、手紙を開いて目を通した。

 

「……ハッ。俺達もなめられたもんだぜ。まさか上が万事屋に依頼するなんてよ」

 

「ホント、わけわかんないよね。アンタら強いから警備は何も困らないはずなのにさ。せっかくたくさん屋台まわって楽しもうと思ってたのに……何かの陰謀だよ絶対。ま、どーでもいいけど」

 

むくれて座る志乃に、土方は手紙を突き返した。

それを志乃が受け取ると、土方は隊士らに言い渡した。

 

「いーかテメーら。今回の祭りには、俺達とこの万事屋が警備に当たることになった。こいつが戦力になるかどうかは別だが、とにかくそういうことだ。わかったな」

 

「何かその紹介ムカつく。戦いの腕を買われてるから役人から依頼が来たんでしょーが」

 

土方は志乃の文句を無視し、「さっさと挨拶しろ」と視線を送る。

それを察した志乃は、溜息を吐いてから口を開いた。

 

「どーも、今回依頼を受けて共に警備に当たることになりました万事屋でーす。年は12歳で、趣味は衆道本を読み漁ること。好きな食べ物は団子でみたらし団子推し。あ、でも三色団子も美味しいよね。もし私に団子奢ってくれたら依頼料半額にしま〜す。てことでヨロシク☆」

 

12歳の女の子の趣味が衆道ってどーいうことだよ!

みたらし団子推しっつってんのに三色団子に浮気してんじゃねーか!

つーか最後に確実に依頼者が損する宣伝してんじゃねーよ!

やたらツッコミ所の多い挨拶を、隊士らは取り敢えず心の中で入れるにとどまった。

土方は頭を抱えて嘆息すると、煙草を吸って言った。

 

「ま、つーことだ。それからコイツはまだ未確認の情報なんだが、江戸にとんでもねェ野郎が来てるって情報があんだ」

 

「とんでもねー奴?一体誰でェ」

 

「攘夷浪士……だよね?あっ、桂小太郎?でも最近大人しいじゃん」

 

志乃の言葉に、土方は首を縦に振る。

 

「ああ。だが以前、料亭で会談をしていた幕吏十数人が皆殺しにされた事件があったろう。あらぁ奴の仕業よ。攘夷浪士の中でも最も過激で最も危険な男……高杉晋助のな」

 

「……!」

 

志乃はその名を聞いた瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 

「マジかぁ……こりゃあ、今年は最悪の祭りになりそうだね……」

 

志乃は苦しげな声は、誰の耳にも入らなかった。



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はしゃぐ時は周りの人へ配慮しながらはしゃぎましょう

祭り当日。

楽しそうに屋台を練り歩く客の姿を見て、志乃の心も浮足立っていた。

この祭りの雰囲気がまた、テンションを無理にでも上げさせる。

 

「はあああ……綿菓子……!リンゴ飴……!クレープゥゥゥ!!イヤッホォォォイ!!」

 

「待てクソガキコラァ!!」

 

我慢出来ず屋台へ走り出した志乃の首根っこを、土方が掴んで制止する。

志乃の体はそのまま宙に浮き、悪戯をして怒られている猫のようになっていた。

 

「わーっ!放せこのチンピラ!」

 

「誰がチンピラだァァ!!いい加減にしねェと叩っ斬るぞてめー!!」

 

「痛いっ!?」

 

志乃の失言に怒り、土方は志乃を地面に叩き落とす。

尻餅をついた志乃を放って、土方は将軍がいる櫓へと向かっていた。

 

「ったく、だからガキのお守りは嫌いなんだ。たかが祭りでガチャガチャ騒ぎやがる……」

 

「はァ!?私はそんなガキじゃねーっつーの!てかお兄さん、アンタが全然わかってないよ!祭りで心踊らない奴がいるか?否!祭りははしゃいだもん勝ちなんだよ!!ってことだから今日の仕事はサボる!」

 

志乃は土方を指差して抗議すると、振り返った土方を無視して屋台へと走り去った。

 

「なっ!?オイ待てガキ!!」

 

「警備はあんたらが居るから問題ないでしょ?じゃ、私は祭りを楽しんでくるー!」

 

土方が咎めるのも聞かず、人混みの中に吸い込まれていく。

そんな彼女を見た一人の男が、志乃の後を追うように同じく人混みの中に入っていった。

 

********

 

「いや〜、やっぱ祭りはサイコーだなァ!」

 

志乃は頭に狐のお面、右手には綿菓子と水風船、左手にはチョコバナナとリンゴ飴を持ち、祭りを満喫していた。

次はどのお店に行こうか。

甘味ばかり食べたから、今度は焼きそばやたこ焼きにしようか。

金魚すくいも良いし、射的も外せない。

どれもこれも楽しいイベントばかりだ。

 

「そーいや、ステージの方は何やってんだろ」

 

志乃は祭りのチラシを開いて、ステージ発表者の一覧を見る。

踊りや演劇など、どれも楽しそうだ。

 

「よし、ステージ行ってみるか」

 

志乃はチラシを折りたたみ、はむっとリンゴ飴を口に含みながらステージへと向かった。

 

********

 

持っていた食べ物を食べ、綿菓子片手にちょうどステージに辿り着いた頃には、花火が打ち上げられていた。

 

「わぁ……!」

 

ステージに立つ演者には目もくれず、志乃は花火を見上げた。

夜空に咲く美しい花々は、見ている者を楽しませる。

花が開いた後に聞こえる腹の底に響く重低音が、より一層心を(たか)ぶらせる。

可憐に咲く花を、志乃はうっとりと眺めていた。

 

「綺麗だなぁ……」

 

「ああ、とても綺麗だな」

 

「!!」

 

背後から突如聞こえてきた声に、先程まで昂ぶっていた心は一気に静まった。

声だけでわかる。

背後に、志乃が一番会いたくない男が立っていることが。

 

「やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな。お前もそう思うだろ?志乃」

 

「…………あんたは……」

 

「どうした?まさか俺のことを忘れたわけじゃないだろう」

 

「ああ。あんたのことだけは、忘れたくても忘れられないね……高杉晋助」

 

志乃は後ろを振り返らず、背後に立つ男の名を呼んだ。




……あれ?

今回は短い……。


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お前ら恋に恋する自分に酔ってんだろ

恐らく彼女を見下ろして笑っているだろう高杉に、志乃は小さく舌打ちした。

 

「何だ、昔のように『お兄ちゃん』と呼んでくれないのか?」

 

「誰が呼ぶか。てか何であんたがこんなとこに居るの?」

 

志乃は憎まれ口を叩きながらも、決して後ろを振り返らぬよう努めていた。

対面すれば、奴の手に乗せられたも同然。

それだけは避けねばならないと、懸命に前を見つめ続けた。

不意に、志乃の頭に高杉の手が置かれ、優しく髪を撫でられる。

それに思わず、ゾッとした。

 

「まあ見てろよ志乃。今から(すこぶ)る面白い見せ物が始まるぜ……。息子を幕府に殺された親父が、カラクリと一緒に敵討ちだ」

 

「え……?…………!!」

 

志乃は高杉の言葉を反芻していたが、ステージに立つ平賀を見て、ハッとした。

平賀が隣に立ついつぞやのカラクリーー確か名を三郎と言ったかーーに命じ、花火を打っていた大砲をこちらに向ける。

その後ろには確か、将軍の櫓がーー。

 

ーーまさか、将ちゃんを狙って……!?

 

「オイオイマジかよッ……!!」

 

今すぐ櫓に向かおうとした志乃は、バッと後ろを振り返る。

しかしそこにはもちろん、高杉が立っていた。

すぐに、高杉と目が合ってしまう。

 

ーーしまった……!

 

高杉はくつくつと笑って、志乃を見下ろしていた。

 

「よお。やっとちゃんと顔を合わせられたな……」

 

2人の視線が交わされた瞬間、櫓付近で大きな爆発音が鳴り響いた。

早く行かなくては。

焦る気持ちが、志乃を突き動かした。

 

「ッッ……!」

 

「おっと」

 

傍を通り過ぎて逃げようとした志乃だが、彼女の長いポニーテールを高杉が掴み、引っ張られる。

 

「くっ……!!放せ、このッ!!」

 

「せっかくの再会なのに逃げてんじゃねェよ。それとも、こうしてほしかったのか?」

 

「ハッ、バッカじゃないの?」

 

何とか言葉を返せている志乃だが、どうにか脱出する方法を探していた。

このままでは、将軍の首が危ない。

何とかして高杉から逃れ、将軍を護らねば。

意識を目の前の男から逸らしていると、不意に高杉がこんなことを言ってきた。

 

「志乃。俺と共に来てくれるか?」

 

「は?」

 

意図の見えない提案に、志乃は顔をしかめる。

高杉は彼女を見ながら続けた。

 

「なぁに、心配はいらねェよ。お前の力を買ってのことだ。お前は兄と似て、剣術に優れている。それに、お前も兄を殺したこの国が憎いだろ?俺の妻になって、一緒にこの腐った国を叩き潰してやろうぜ?」

 

「は?」

 

志乃は思いっきり眉をひそめた。

わけがわからない。

再会した頭にさらりとした流れでプロポーズ。

志乃の脳は完全に現実逃避を行っていた。

今日どれだけお金使ったっけとか、生活費に支障があったら全員から怒られるなとか、そんな事をツラツラと考えていた。

高杉は掴んだままの志乃の髪を引っ張り、顔を寄せる。

 

「いっつ……」

 

「ククッ、その顔も可愛いな……」

 

「ぐっ!」

 

引っ張る力を強くする高杉。

痛みに顔を歪める志乃を見て、愛おしそうに笑う。

……何とか、高杉の手を振り払わねば。

このままでは、Yes or Noを答える前に、連れ去られる可能性だってある。

考えを巡らす志乃の視界に、高杉が抜刀する光景が広がる。

一瞬、志乃の思考が停止した。

 

ーーザシュッ!!

 

目の前に、赤が飛び散る。

しかし、彼女が斬られたのではない。

思わぬ光景に、高杉は眼を見張る。

 

「!」

 

「なっ……!!あ……」

 

志乃は思わず、言葉を失ってしまう。

高杉の刀を、第三者の手が止めていたのだ。

その手の持ち主は、志乃と同じ銀髪を自由にはねさせ、高杉を鋭く見据えている。

 

「オイオイ変態さんよォ。こいつ俺の妹でさ、手ェ出さないでもらいたいんだが」

 

「あ……ぎ……、

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー銀ッッ!!」

 

「志乃よォ。おめーストーカーだったりロリコンヤンデレだったり……ホント男運ねぇな」

 

「うる、さいっ……」

 

高杉の刀を受け止めながら笑う銀時に、志乃はホッとして思わず涙を流した。

怖かった。

本当に不安で不安で仕方なくて、去勢を張り続けていた。

銀時が来てくれただけで、こんなにもホッとできるなんて。

邪魔された高杉は、銀時を睨み据える。

 

「銀時ィ……てめェどーいうつもりだ」

 

「てめーこそどういうつもりだ。志乃を放せ」

 

「志乃は元々俺達のものだったろ。それがテメェから俺の元に来るだけの話だ」

 

「悪ィが、てめーみてーな打算丸出しの野郎に大切な妹を渡せるか。どうせ部屋に連れ込んで◯◯◯(ピー)でもするつもりなんだろ」

 

「???」

 

銀時の発言に志乃は一人首を傾げていた。

更に強く引き抜こうとする高杉は、刀に力を込める。

それを咎める銀時も、更に強い力で刀を握り締めた。

銀時の手から、血が止めどなく溢れ出る。

このまま銀時に迷惑ばかりかけるわけにはいかない。

志乃は右手の中指にはめていた水風船の紐を外した。

 

「高杉!私からのプレゼントだ……よッ!!」

 

ぶんっと勢いよく、水風船を高杉に投げつける。

高杉が水風船に気を取られている隙に、銀時は高杉から志乃を引き剥がした。

 

「っ、志乃!!」

 

「待てよ、高杉。昔馴染の再会だ。ゆっくり話そうぜ」

 

志乃を追いかける高杉を遮り、銀時が立つ。

志乃は銀時の背中を見つめながらも、やっと高杉から逃げ出して櫓に向かった。

高杉は苦々しく志乃を見つめながら、彼女が投げつけた水風船を拾い、中指にはめる。

 

「……まあいい。志乃からのプレゼントを貰えたからな」

 

「だからオメー、そーいうとこが嫌われんだよ。キモいぞ」

 

恍惚とした表情で水風船を眺める高杉に、銀時がボソッと言った。

 

********

 

櫓では、真選組と平賀のカラクリ兵団が戦闘を繰り広げていた。

志乃もその中に飛び込み、金属バットでカラクリらを薙ぎ払っていく。

ふと前を見てみると、将軍がいる櫓に向かって、三郎が大砲を向けているのが見えた。

 

「んにゃろ、させるかっ……」

 

バットを構えて走り出した志乃のポニーテールを、後ろからぐいっと掴まれる。

振り返ると、カラクリが髪を引っ張って志乃を持ち上げていた。

 

「あだだだだ!!痛えっつの!!何コレデジャヴ!?放しやがれこのっ……がはっ!?」

 

足が宙に浮き、無防備な志乃の腹に、カラクリの金属で出来た拳が打ち据えられた。

思わず唾を吐いた志乃の視界が、痛みでボヤける。

役に立たない視界が、カラクリがもう一度腕を振りかぶるのを捉えた。

 

ーーやばっ、これ……。私、死ぬ……?

 

死を覚悟した志乃が、ギュッと目を瞑る。

次の瞬間、

 

ズバッ!

 

何かが斬られた音と共に、頭が軽くなる。

それを感じた瞬間、体がクンと引っ張られ、カラクリと引き離された。

 

「ったく、手間がかかるぜ」

 

「チ、チンピラお兄さん……!?」

 

「いい加減チンピラ言うな。何度言えばわかる。俺は土方十四郎だ」

 

土方は捕まっていた志乃の髪を切り、志乃を抱えてカラクリと距離を取っていたのだ。

カラクリの手から、切られた銀髪がハラハラと零れ落ちる。

土方は志乃を降ろすと、カラクリと対峙した。

 

「ガキ、てめーも早く逃げろ」

 

「やだ」

 

「あぁ?」

 

志乃はバットを両手で構えて、土方と肩を並べる。

痛みを訴える腹を無視して、スゥッと一度、深呼吸をした。

 

「これ以上、誰かに護られてばっかはゴメンだね」

 

カラクリが志乃に向かって、腕を振るう。

それと同時に、志乃は走り出し、まるで刀で斬るようにバットを振るった。

バットはカラクリの首を捉え、胴から離す。

冷たい目で倒れたカラクリを見下ろすと、志乃はそれを次の標的(カラクリ)に向けた。

そして、土方に目もくれず話す。

 

「土方ってったね。アンタこそガキ呼ばわりはやめてよ。私はガキなんて名前じゃない。私の名前はーー」

 

ジャンプしながら、志乃はバットを振りかぶり、カラクリを叩く。

カラクリの脳天はひしゃげ、真っ二つに割れていった。

 

「霧島志乃だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少女、銀髪を靡かせ戦場を駆け巡り、血の色に染まるその目は敵の死に顔のみを映す。

 

その姿、まさしく狼。

 

彼女の名は、霧島志乃。

 

 

殺すことだけを生き甲斐とする最恐先頭集団・獣衆の棟梁"銀狼"の末裔であるーー。



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髪は女の命だと言うがショートヘアの女はどうなんだ

今回はオリジナル回です。夏祭り編の後日談だと思ってください。


「……ん」

 

志乃の意識が覚醒したのは、翌日の昼だった。

目の前に、見慣れない天井が広がる。

志乃はゆっくり体を起こし、うなじに手をやる。

そこで、昨日まであった長い髪が無くなっていたのに気がついた。

 

「……あ、そっか」

 

昨夜のことを思い出した志乃は、溜息を吐いて布団から出た。

ふと、襖の向こうから気配がする。

襖が開くと、そこには山崎が立っていた。

 

「…………」

 

「あ、おはよう志乃ちゃん。気分はどう?」

 

「………………」

 

「あの……志乃ちゃん?」

 

山崎がどうしたのかと志乃に近寄る。

しかし彼女は、この状況を整理するのに必死だった。

 

(ちょっと待て、誰だこいつは?真選組の隊服着てるけど私こんな奴知らないぞ。ハッ!!まさかロリコンか?コスプレした新手のロリコンか?この後手錠とかで色々なプレイをするタイプの奴か!?ギャーーーーキモい!!衆道本で読むだけなら萌える展開なのに、何で私がリアルでやられなきゃいけないんだよ!!ふざけんな!男とやってろ!)

 

「ねぇ、志乃ちゃん聞いてる?」

 

「死ねェェェェこの変態がァァァ!!」

 

「ギャーーーー!?」

 

平和な昼下がり。

真選組屯所に、山崎の悲鳴が響き渡ったーー。

 

********

 

「いやだって聞いてよ。目が覚めてすぐに男が入ってくんだよ?そりゃ危機感っつーかヤバイとか思うでしょ、ね!」

 

「だからっていきなりバットで殴らないでよ……」

 

「だから、その件については悪かったって思ってるってば。えーと、山崎……だったっけ?ホントにゴメンね、ザキ兄ィ」

 

「いいよ。俺も突然出てきたから、びっくりさせちゃったよね」

 

志乃は両手を合わせて、頭を下げる。

山崎は人当たりがいい男なのか、あっさり彼女を許してくれた。

志乃は銀髪をわしゃわしゃ掻いて、山崎に問うた。

 

「ねぇ、何で私はこんな所にいるの?あの後どうなったの?」

 

山崎は志乃の問い通りに答えた。

あの後、カラクリをたった一人で一掃した志乃は、カラクリの動きが止まっても破壊活動を止めなかった。

全てを破壊した後、意識を無くし倒れたという。

 

「それで、志乃ちゃんの自宅がわからなかったから、取り敢えず俺達の屯所で介抱するってことになったわけ」

 

「なるほどね……ありがと、ザキ兄ィ」

 

志乃は山崎から貰った茶を飲み、礼を言う。

そこに、襖は開けて近藤と土方と沖田が入ってきた。

 

「よく眠れたか?お嬢ちゃん」

 

「おかげさまでね。ありがとう」

 

「そーか、良かった。しかし驚いたぞ?カラクリ相手に女の子が、金属バット一本で立ち向かってたなんてな!」

 

「あっそ。それはよかったね……」

 

甲斐甲斐しく話しかけてくる近藤に、志乃は素っ気なく対応しながらも茶を飲む。

一方土方は、鋭い視線を志乃に送っていた。

目の前にいる、年端のいかない少女。

こうして見ると一般人と変わらぬようだが、あの時の殺気は一体何だったのか。

カラクリと対峙した時に見せた、敵を殺すことだけを生き甲斐にしているような、恐ろしいあの目は?

当の本人は土方と目が合うが、彼の心中を知らずかキョトンとした表情で見つめる。

土方のただならぬ雰囲気を察した近藤が、話題を変えた。

 

「そうだお嬢ちゃん。髪は大丈夫か?」

 

「え?髪?」

 

「戦いの途中で敵に切られたのか?」

 

「なんでも土方さんがこのガキの髪を引っ張って、嫌がるのを無視して無理やり切ったらしいですぜィ。流石土方さん。こんなガキ相手でも容赦なしでさァ」

 

「トシィィィ!?何てことをォォォォ!!髪は女の命なんだぞォォォ!!って母ちゃんが言ってた」

 

「総悟テメー!捻じ曲がりまくった事実を言うんじゃねー!」

 

「待て待ておっさん!違うってば!私このチンピラに助けられたの!」

 

「だったら恩人にチンピラ言うなこのクソガキ!!」

 

志乃の脳天に土方の拳が打ち据えられる。

それを見た近藤は、目を見張った。

 

「トシ!!女の子に暴力なんてふるっちゃいけません!!」

 

「へェ、土方さんは娘を痛めつける趣味があったんですかィ。それは初めて知りやしたぜ」

 

「ただガキを叱っただけだろーが!!変な想像してんじゃねーよ!!」

 

「志乃ちゃん大丈夫だよ。もし何かあったら俺が護るから!」

 

「は?」

 

「山崎ィィィィ!!」

 

「ギャアアアアア!!」

 

志乃に明らかな悪影響を植え付けようとする山崎(彼だけではないが)に、土方が制裁を下す。

コントのような茶番を聞き流していた志乃だが、不意に金属バットを片手に立ち上がった。

 

「じゃあ私帰るわ。長居も出来ないし、依頼料を受け取りに行かないと」

 

「あ、そのことなんだけど……」

 

 

「しぃぃぃぃぃのぉぉぉぉぉちゅわぁぁぁぁぁんんんんんん!!」

 

山崎の台詞に割って入って、襖が蹴破られる。

襖を蹴った人物は、そのまま山崎も蹴り飛ばし、志乃の姿を捉えると一直線に志乃に抱きついた。

 

「うぐえっ!ハ、ハル!」

 

「志乃ちゃん!もう立って大丈夫なの!?怪我は?どこか痛くない!?」

 

「えっと……ハルに追突された腹が痛いです……古傷が……」

 

「ってあ"あ"あ"あ"!!志乃ちゃんの髪がァァァ!!誰!!誰にやられたの!?」

 

「……スルーかーい」

 

志乃に抱きついたのは、小春だった。

カラクリに殴られた腹部を摩り、小春を離す。

小春が志乃の髪を見て殺気立つ中、沖田はさらっと隣に座る土方を指差した。

 

「はーい、この人でーす」

 

「総悟テメェェェェ!!」

 

部下があっさりと上司を犯人に仕立て上げる光景が、そこにはあった。

小春が、土方を視界に捉える。

 

「……ほ〜ォ。そっか、アンタが……。よーし、そこを動くな。風穴ぶち抜いてやらァァァ!!」

 

「いい加減にせんかどアホォォォォ!!」

 

拳銃を構えた小春の後頭部に、お瀧の飛び蹴りが炸裂する。

小春はそのまま吹っ飛び、前のめりに倒れた。

そこに追い打ちをかけるように、お瀧は小春を踏み付ける。

 

「アンタええ加減にせんとマジでぶっ潰すで!志乃助けて保護してもらった恩人によォ風穴開けれるなァ!?」

 

「うぐっ!ちょ、瀧待って……痛いっ!?」

 

「まだ殺気収まらへんか?何ならアンタの体をぶち抜いたるで!!」

 

「あぁん!?やってみろクソ猫ォォ!!」

 

「はーい、仲良くしましょうね〜」

 

お互い喧嘩腰になる小春とお瀧に、八雲が笑顔でダブルラリアットを食らわせ2人まとめて叩き伏せる。

バイオレンスな茶番を繰り広げる中、橘が一人正座して近藤たちに向き直った。

 

「うちのバカ共がお騒がせして、大変申し訳ありませんでした」

 

「あ、いえ……?」

 

「放っといて大丈夫なんですかイ、アレ」

 

「大丈夫です。いつものことなので」

 

「なかなかバイオレンスな空間で育ってるんだね、志乃ちゃん……」

 

「まぁね。乱闘が起きない方が不思議だよ」

 

志乃は溜息を吐いて頭を掻く。

橘が八雲の一撃で沈められた2人を抱え、志乃は八雲と橘に付き添われて屯所を後にした。

5人仲良く帰っているその背中を見送りながら、土方は志乃ただ一人を見つめていた。

土方は、あの祭りの時に見た猛々しい彼女が忘れられない。

まるで返り血を浴びるようにカラクリの破片を浴びながら、それを物ともせずにカラクリを潰していく。

その目は、明らかに瞳孔が開いていた。人を斬る目だったのを覚えている。

 

(一体何者なんだ、あの娘……。ただの娘じゃねーのはわかっていたが……)

 

「おい、どうしたんだ?トシ」

 

「いや……何でもねェよ」

 

近藤の問いを短く答える。

 

(今は……保留にしておこう)

 

土方は頭の中でそう結論付けて、屯所の門を潜っていった。

 

********

 

家に着くと、一人留守番をしていた時雪が勢いよく扉を開けた。

 

「志乃っ!!」

 

「わ、……っ」

 

志乃を見つけた途端、抱きつく時雪。

 

「よがった……心配、したんだからね……!」

 

グスッと鼻水混じりで話す時雪を見て、胸の奥が熱くなる。

嬉しいという感情だとわかるのに、時間はかからなかった。

しかし、人間というものはこういう時に、なかなか素直になれないものである。

 

「……フン。私はこんなとこで死なねーっつーの。心配しすぎ。さ、今日の晩ご飯何〜?私手巻き寿司食べたい!」

 

「……うん、わかったよ!」

 

志乃は精一杯照れを隠し、時雪を奥に引っ張る。

涙を拭い、時雪は心から微笑んだ。

 

********

 

一方その頃。

水風船を弄びながら、街を歩く男がいた。

ゴムの反動で戻ってくる風船は水を含んでたらふく太り、手とぶつかるとパンッという音がする。

男はレストランに入ると、レタスだらけのサラダを食らっている男の席の向かいに座った。

レタスを貪る手を止め、男は彼の姿を見てニヤリと笑う。

 

「平賀の奴、祭りで失敗したらしいですね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー高杉さん」

 

水風船をはねさせながら、男ーー高杉はくつくつと愉快そうに嗤う。

 

「思わぬ邪魔が入ってな」

 

「万事屋の旦那ッスか」

 

「まぁな。牙なんぞとうに失くしたと思っていたが……とんだ誤算だったぜ」

 

高杉は一度、水風船を(てのひら)で弾ませる。

男はレタスを一枚口に含み、楽しそうな彼を眺めた。

 

「人は何かを護るためなら牙を剥きますよ。どんな奴にも牙はある。それを隠しているかどうかの問題でしょ。……ま、剥き出したままのアンタはただの獣ですがね、高杉さん」

 

「獣で結構。……だがお前、桂みてェなこと言いやがるな」

 

「そーですか、そんなのどーでもいいっしょ。そ・れ・よ・り……」

 

男は机に乗り出して、ニヤニヤしながら高杉を見つめた。

 

「随分と大事にされてますね、その水風船」

 

「…………」

 

「将来のお嫁さんからのプレゼントですか?」

 

高杉は水風船を手中に収めると、口角を上げてみせる。

 

「何故、そう思う?」

 

「アンタが水風船(そんなもの)を大事そうに持ってるからですよ。んで、どうだったんですか?彼女は」

 

「お前の報告通りだったよ。幼い頃の可愛さはそのままに、あれから格段に美しくなってやがる。……俺以外の男に襲われねェか心配だぜ」

 

霧島志乃(ぎんろう)に恋する奴なんて、アンタくらいしか居ないでしょうね。しっかし、アンタもモノ好きだなァ」

 

男はさも可笑しそうに笑いながら、レタスに手を伸ばす。しかし、そこにはもうレタスは無かった。

 

「ありゃ。無くなっちゃった。おーいお姉さん!レタスサラダ追加してー」

 

ウエイトレスに声をかけた男は、皿を下げたのを見てグラスの水を(あお)った。

グラスを置いてから、高杉が問いかける。

 

「お前、これからどうすんだ?」

 

「真選組を辞めますよ。志乃ちゃんと接触出来た時点で、俺の役目は終わってるでしょ。それに……」

 

運ばれてきたレタスを一枚手に取り、笑顔で食い千切る。

 

「これ以上真選組に居たら、獣衆の連中に目ェつけられちゃいますから☆」

 

「まァ、そうだろうな。志乃を手に入れるのに一番邪魔なのが獣衆だ。奴らと敵対すると面倒だからな」

 

高杉も出された水を飲み、目の前の男に笑いかけた。

 

「だが、よく志乃の居場所を見つけてくれたな……。流石だぜ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー杉浦」

 

「…………貴方のお役に立てて嬉しい限りですよ、高杉さんーー」

 

杉浦大輔は口内のレタスを咀嚼してから飲み干すと、人の良さそうな笑顔を高杉に向ける。

 

その笑顔は、狂気に染まっていた。




次回、真選組で幽霊騒動です。


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怪談を盛り上げるにはまず雰囲気から作り上げろ

夜中。志乃は、かぶき町を一人徘徊していた。

本来ならば、子供である志乃が出歩いていい時間帯ではないのだが。

 

「はぁ……面倒なことしちゃったよまったく……」

 

実を言うと数時間前、志乃は橘の特製ケーキ(と言っても黒焦げたわけのわからないもの)を勝手に食べてしまったのだ。

普段穏やかな橘だが、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。志乃は見事橘の怒りを買ってしまい、家を追い出されたのだ。

ちなみにこんなこともしょっちゅうあるので志乃は慣れっこなのだが、肝心の泊まる場所がない。

志乃は今、それを探していた。

しばらくすると、真選組屯所の前に着いた。

この時間帯は皆寝ているのだろう。

 

「こっそり部屋借りよ……ふあああ……」

 

志乃は一度欠伸してから、目を擦って屯所の門を潜った。

 

********

 

侵入にあっさり成功した志乃は、目についた部屋の襖をこっそり開ける。

すると、そこは真っ暗で何も見えなかった。

 

「……ま、当たり前か。こんな時間だもんね」

 

志乃はとにかく寝ようと"背もたれ"に体を預ける。

その"背もたれ"が何故か生温かい。

しかも動いたが、志乃は気にせず眠り始めた。

しかし。

 

「……ギャアアアアアアアアアアア!!」

 

この悲鳴により、志乃は無理やり叩き起こされたのであったーー。

 

********

 

「何やってんの!!こんなとこで何やってんの志乃ちゃん!!」

 

「…………くかー……」

 

「寝ないで!?色々聞きたいから寝ないで!?」

 

近藤、山崎をはじめとした真選組隊士らが志乃を起こそうとする。

寝ぼけ眼を擦った志乃は、仕方なく起きてやった。

 

「も〜、なんだよ……こっちは眠いんだから……」

 

「いや、何で志乃ちゃんがここに……」

 

「追い出された。一日泊めて」

 

「何でそんなことなったの!?志乃ちゃん一体何やらかしたの!?」

 

「話すと長くなるから言いたくない。まあでも悪かったね、近藤さん。いきなり寄りかかっちゃって」

 

「あ、ああ。気にしなくても大丈夫だぞ志乃ちゃん!」

 

どうやら、先程凭れかかっていた背もたれは、近藤だったらしい。

志乃は欠伸をしながら、横になろうとした。

 

「あ!待ってくれ、志乃ちゃん!!」

 

と、そこで近藤が止めてくる。

 

「何」

 

「せっかくだから、志乃ちゃんも一緒に怪談聞かないか?」

 

「かいだん……?上り下りによる体脂肪燃焼率は……」

 

「いやそっちの階段じゃなくて怪談!!怖い話の方!!」

 

寝ぼけて意味のわからないボケをかます志乃に、近藤のツッコミが入る。

しかし、こんな夜更けだ。

子供は既に寝る時間で、夜更かしは成長にも良くない。

山崎が、近藤に言う。

 

「局長、志乃ちゃんはまだ子供ですよ。こんな夜遅くまで起きてちゃダメですから……」

 

「何言ってるんだ。子供にも夜更かしはたまには必要なんだよ。ねー、志乃ちゃん」

 

「そういうこと。とっとと話せよ怪談。面白くなかったらぶっ飛ばす」

 

「夜更かしと殴る気満々!?」

 

ダメだよ志乃ちゃん!!と叫ぶ山崎を無視して、志乃は話す番である隊士の袖をくいくいと引っ張った。

軽く脅された彼は若干震えていた。

山崎も最終的には諦め、怪談は再開された。

 

「あれは、今日みたいに蚊がたくさん飛んでる暑い夜だったねェ……。俺、友達と一緒に花火やってるうちにいつの間にか辺りは真っ暗になっちゃって。いけね、母ちゃんにブッ飛ばされるってんで帰ることになったわけ。それでね、散らかった花火片付けてふっと寺小屋の方見たの。そしたらさァもう真夜中だよ。そんな時間にさァ寺小屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの」

 

意外と本格的な話に、近藤たちはドキドキし始める。

一方志乃は真顔で聞き入るように話を聞いていた。

 

「俺、もうギョッとしちゃって、でも気になったんで恐る恐る聞いてみたの。何やってんのこんな時間にって。そしたらその女ニヤリと笑ってさ」

 

「マヨネーズが足りないんだけどォォ!」

 

「「ぎゃふァァァァァァ!!」」

 

悲鳴が上がった……ということは、これがオチなのだろう。

声が話していた隊士とは違うような気がするが、とにかくそう判断した志乃は感想を述べた。

 

「オチは『マヨネーズが足りないんだけど』?何ソレふざけてんの?面白くねーな……ていうか、大体怪談ってのは作り話が一番盛り上がるんだよ。実話だと、妙に自分霊感持ってますアピールしてるようなもんだからね」

 

「いや違うよ!!そんなオチなわけねーだろ!さっきのは副長だよ副長!!」

 

振り返ってみると、そこにはマヨネーズが大量にかかった焼きそばを持った土方が立っていた。

土方は志乃に気付いていないのか、隊士らと話を続ける。

 

「副長ォォォォォ!!なんてことするんですかっ!大切なオチをォォ!!」

 

「知るかァマヨネーズが切れたんだよ!買っとけって言っただろ!焼きそば台無しだろーがァ!!」

 

「もう充分かかってるから大丈夫。つーか何それ。最早焼きそばじゃねーよ、黄色いヤツだよ」

 

冷静なツッコミをした志乃を、土方が見る。

この時、土方は初めて志乃を認識した。

 

「何でテメーがここに居やがるこのクソガキ」

 

「うるせえクソガキ言うな。ぶっ飛ばすぞチンピラマヨラー」

 

「待て待て待て!!何で!?何でアンタら毎回そんな喧嘩腰なんだよ!!仲悪いの!?」

 

さらっとした流れで始まった険悪オーラに、山崎が必死で志乃を宥める。

志乃は山崎の説得に仕方なく金属バットを収めた。

傍らで近藤がビビりすぎて気絶していたが、眠気が戻ってきた志乃はうとうとし始めた。

 

「ったく……オイガキ、来い」

 

「……ん」

 

土方は目を擦る志乃の手を引き、隣の部屋へ連れてきた。

 

「ホラ。ここならうるさい連中もいねェから、寝れるだろ」

 

「ん……おやすみ……」

 

志乃は睡魔に勝てず、土方の隣に座ったまま彼に寄りかかって寝てしまった。

土方は溜息を吐き、眠った志乃を起こさないように抱き上げた。

首の後ろに手をまわすと、そこには相変わらず髪先しかない。

あの時、カラクリに捕まった志乃を救うため、仕方なく自分が切り落とした。

まだ残っていた長い横髪も、後ろ髪と一緒に綺麗に切り揃えられていた。

あれから女の髪を切ったで隊士らからあーだこーだとうるさく言われたが、本人はどうなのだろうか。気にしていないのか。

 

「……まあ、考えたところで無駄か」

 

そう片付けると、土方は志乃をゆっくりと畳の上に横たえさせた。

 

「にしてもあいつら……いい歳こいて怪談なんぞにハマりやがって。幽霊なんぞいてたまるかってんだよ」

 

煙草に火をつけた土方に、蚊が近寄る。

それを認めもせずに、土方は蚊を叩いた。

と、ここで何やら声が聞こえてきた。

 

「死ねェ〜死ねよ〜土方〜お前頼むから死んでくれよぉ〜」

 

自分に対する死ねコールだった。

幽霊だの怪談だのどうこうの話を聞いた土方は、まさかと思い勢いよく襖を開けた。

そこには、白い着物を着た沖田が、頭に3本蝋燭を立てていた。

彼は自身の背後に何か隠し持っていたが。

 

「……何してんだてめ〜。こんな時間に?」

 

「ジョ……ジョギング」

 

「ウソ吐くんじゃねェそんな格好で走ったら頭火達磨になるわ!!儀式だろ?俺を抹殺する儀式を開いていただろう!!」

 

「自意識過剰な人だ。そんなんじゃノイローゼになりますぜ」

 

「何を……」

 

返そうとした土方だが、ふと気配を感じ、右側にある屋根の上を見た。

そこに、女が居たのだ。

 

「どうしたんだィ土方さん?」

 

「総悟、今あそこに何か見えなかったか……」

 

「いいえ、何にも……」

 

一体どういうことだろうか。

しかし、土方は確かに屋根の上に女を見たのだ。

顔こそ見えなかったが、誰か確実に居た。

 

「ぎゃああああ!!」

 

その時、怪談をしていた近藤たちが居た部屋から、悲鳴が聞こえてきた。

 

********

 

「ん〜〜……」

 

まだ眠い志乃は、畳の上で寝返りをうつ。

薄っすらと開いた視界に、光が差し込んできた。

まだ重たい体を起こし、起き上がる。

のそのそと歩いて日の光を浴びに縁側に向かうと、そこには木に逆さまで吊るされた銀時、新八、神楽がいた。

 

「えええええええ!?何やってんのアンタらァァァァァァ!!」

 

「助けてェェ!!志乃ちゃん助けてェェェェ!!」

 

志乃の姿を見た銀時が、涙ながらに叫ぶ。

一方志乃は、目覚め一発に見た景色に驚く他なかった。

 

「ちょっと待って何やってんのアンタら!マジでどういう経緯があったらそうなるの!?」

 

「話すと長ェんだよ!取り敢えず助けろ!!団子奢ってやるから」

 

「いつも奢られてる奴に言われたかねーんだよ!!」

 

この状況で日常的な言い合いをするとは、志乃もどうやら普通の思考回路を持っていないらしい。

しかし、友人がこんな状態になっているのは見過ごせない。

志乃は仕方なく沖田に駆け寄った。

 

「ねぇねぇ。何があったか知らないけど、もう許してやんなよ」

 

「俺もそうしてーんだが、土方さんがどーも許してくれねェんだィ。言っとくが俺ァ悪くねェ。俺は土方さんの命令で仕方なくやってんだぜィ。土方さんの命令で、仕方なく!」

 

「なるほど。なら、悪いのはあのチンピラか」

 

「そうだぜィ。だから、殺るならあの男にしてくれィ」

 

「ちょっと待てコラァァ!!あからさまに俺を悪役に仕立ててんじゃねーよ!!しかも何で俺の命令で仕方なくって2回も言った!アレか?大事なことだから二度言うアレか!?」

 

金属バットに手をかける志乃と、それを後押しする沖田。

関係の無い一般人を利用して上司を潰そうという作戦らしい。とんでもない部下だ。

とにかく志乃の説得で銀時らはなんとか無事下ろされ、ぐったりと倒れていた。頭に血が上ってかなりヤバかったらしい。

彼らに土方が言う。

 

「本来ならてめーらみんな叩き斬ってやるとこだが、生憎てめーらみてーのに関わってる程今ァ俺達も暇じゃねーんだ。消えろや」

 

「あー、幽霊恐くてもう何も手につかねーってか」

 

「かわいそーアルな、トイレ一緒についてってあげようか?」

 

「武士を愚弄するかァァ!!トイレの前までお願いしますチャイナさん」

 

「お願いすんのかいィィ!!」

 

大の大人が子供に付き添われてトイレに行く光景に、土方がツッコむ。

しかし、昨夜ぐっすり寝ていて状況を全く理解していない志乃が、土方に尋ねた。

 

「ねぇ、昨日何かあったの?」

 

「あ?あー……テメーは何も知らずにぐーすか寝てたもんな。知らなくて当然か……ったく、呑気なモンだぜ」

 

「何だろ、軽くバカにされた気分」

 

いつまで経っても彼女を小馬鹿にする土方に、志乃はこめかみをピクリと動かせた。

 

「ま、簡単に言えばここで幽霊が出たって騒いでんだよ」

 

「幽霊?」

 

「ああ。お前も他言しねーでくれ。頭下げっから」

 

「は?やめてよ。アンタが頭下げるなんてらしくないし、そんなアンタ見たくない」

 

志乃はわしゃわしゃと頭を掻き、土方を見上げる。

そして、フッと微笑んだ。

 

「言われなくてもわかってるよ。そんなの外に知れたらヤダもんね。誰だって秘密にしておきたいことがあるもんさ」

 

「…………まあ、そーいうこった」

 

恐らく、彼女なりの気遣いだろう。

そう判断した土方は、溜息を吐いた。

 

「しかし、情けねーよ。まさか幽霊騒ぎごときで隊がここまで乱れちまうたァ。相手に実体があるなら刀で何とでもするが、無しときちゃあこっちもどう出ればいいのか皆目見当もつかねェ」

 

「え?何?おたく幽霊なんて信じてるの。痛い痛い痛い痛い痛いよ〜。お母さ〜ん!ここに頭怪我した人がいるよ〜!」

 

「お前いつか殺してやるからな」

 

左腕を押さえて明らかに人をバカにした目を向ける銀時に、土方は軽く殺意が湧いた。

そこで沖田が、土方に問う。

 

「まさか土方さんも見たんですかィ?赤い着物の女」

 

「わからねェ……だが、妙なモンの気配は感じた。ありゃ多分人間じゃねェ」

 

「痛い痛い痛い痛い痛いよ〜!お父さーん!」

 

絆創膏(ばんそうこう)持ってきてェェ!!出来るだけ大きな人一人包み込めるくらいの!」

 

「おめーら打ち合わせでもしたのか!!」

 

今度は銀時に混じって、沖田も一緒に左腕を押さえる。

まるで予め練習していたかのような息ぴったりなウザさだ。

コントかよ。志乃は心の中でツッコんだ。

しかし、何か引っかかる。

赤い着物の女。本当に彼女が幽霊なのか?

幽霊だとしても、自分は今まで一度も幽霊を見たことがない。

本当にいるというのなら、人生に一度は見ても別にバチは当たらないはずだ。

だが、その赤い着物の女を直接見たワケでもないし、今の状況では何分証拠が少なすぎて確かめる手立てもない。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 

溜息を吐いたその瞬間、近藤の悲鳴が屯所内に轟いた。

その場にいる全員が、トイレへ向かう。

志乃も彼らと共にトイレに入ろうとしたが、新八に羽交い締めにされて止められた。

 

「ちょっ、何すんだよ新八!!」

 

「志乃ちゃんここ男子トイレ!!女の子は入っちゃダメ!!」

 

「何でよ!!神楽は入ってんじゃん!ズルい!差別?」

 

「いやだから良いってもんじゃないの!!とにかくダメだから!」

 

新八とやいのやいのと言い争っている間に、近藤は無事救出された。

しかし、志乃は少しはだけた近藤の服の下に、何やら赤いものを見る。

 

「!」

 

何だろうかと気になったが、一行が別室へ移動するのについていく内に、その疑問を忘れてしまった。



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人と関われば必ず迷惑がついてくる

ついに近藤まで(くだん)の幽霊にやられたらしく、先程から譫言を呟いている。

一方志乃は畳の上で寝る準備をしていた。

 

「オイちょっと待て。テメー、何一人で勝手に寝ようとしてんだ」

 

「眠いから。それ以外に理由なんている?」

 

「知るか!ここは宿屋じゃねーんだよ!!とっとと帰れガキ!」

 

「多分帰ってもまた追い出されるから、今日も泊めさせて」

 

若干うとうとしていた志乃は、ついに眠くなり体を横たえた。

眠りにつこうとする志乃に、新八が問う。

 

「志乃ちゃん大丈夫なの?ここ幽霊出るかもしれないんだよ?」

 

「昨日も泊まったけど幽霊に襲われなかったから大丈夫」

 

「何言ってんだお前ら。幽霊なんているわけねーだろ」

 

志乃と新八の会話に、銀時が鼻をほじりながら入ってくる。

その手で、神楽の頭を撫でた。うわ、汚っ。

 

「俺ァなァ、幽霊なんて非科学的なものは断固信じねェ。ムー大陸はあると信じてるがな。アホらしくて付き合いきれねーや。オイてめーら、帰るぞ」

 

「銀さん……何ですかコレ?」

 

銀時は、両手で新八と神楽の手をしっかり握っていた。

 

「何だコラ。てめーらが恐いだろーと思って気ィ使ってやってんだろーが」

 

「銀ちゃん、手ェ汗ばんでて気持ち悪いアル」

 

この銀時の謎の行動に、もしかしてと思った志乃は、試しに叫んでみた。

 

「あっ!赤い着物の女!!」

 

すると、銀時は襖を壊して一目散に押し入れの中に隠れていった。

それを、新八と神楽が冷たく見下ろす。

 

「……何やってんスか銀さん?」

 

「いやあの、ムー大陸の入口が……」

 

苦しい言い訳をする銀時に沖田がトドメの一言を刺そうとする。

 

「旦那、アンタもしかして幽霊が……」

 

「なんだよ」

 

ここまでくると、もう結論が出てしまう。

銀時は幽霊が恐いのだと。

沖田は、土方を振り返った。

 

「土方さん、コイツは……アレ?」

 

沖田が振り返ると、土方は壺の中に隠れようとしていた。

しかし、頭だけしか隠れていない。頭隠して尻隠さずとはまさにこのことだろう。

 

「土方さん、何をやってるんですかィ」

 

「いやあの、マヨネーズ王国の入口が……」

 

あ、この人も同じだ。

そう察した新八、神楽、沖田、志乃達10代メンバーは、呆れた顔をして踵を返した。

 

「待て待て待て!違う!コイツはそうかもしれんが俺は違うぞ」

 

「びびってんのはオメーだろ!俺はお前、ただ胎内回帰願望があるだけだ!!」

 

言い訳をする2人に、志乃が冷たい視線を向ける。

 

「ハイハイわかったよ。ムー大陸でもマヨネーズ王国でもどこへでも行けばいーだろクソ共が」

 

「「なんだその蔑んだ目はァァ!!」」

 

「ん?」

 

ふと志乃が銀時と土方の後ろに気配を感じた。

そして、思わず目を見開く。神楽、新八、沖田も同じだった。

 

「?なんだよオイ」

 

「驚かそうたってムダだぜ。同じ手は食うかよ」

 

しかし、四人の表情は変わらない。

そして次の瞬間、四人は叫んで逃げ出した。

 

「「「「ぎゃあああああ!!」」」」

 

「オッ……オイ!!」

 

しかし、彼らの嫌がらせだと思い込んでいる銀時と土方は逃げなかった。

 

「ったく、手の込んだ嫌がらせを」

 

「これだからガキは……」

 

「「引っかかるかってんだよ」」

 

2人同時に振り向いた瞬間、そこには逆さまになった例の赤い着物の女がいた。

 

「「こっ……こんばんは〜」」

 

********

 

遠くで、銀時と土方の悲鳴が聞こえてきた。

志乃たちと同じく先程の女を見たのだろう。

逃げながら、新八が振り返る。

 

「みっみっみっ見ちゃった!ホントにいた!ホントにいた!」

 

「銀ちゃああん!!」

 

「奴らのことは忘れろィ、もうダメだ」

 

すると、先程の部屋から大きな音がして、そこから怒号を上げ、2人がこちらへ走ってきた。

 

「きっ……切り抜けてきた」

 

「いや、違う!よく見ろ新八!」

 

志乃の声に新八が2人をもう一度よく見てみると、背中に女がいた。

 

「背負ってる!?女背負ってるよオイ!!」

 

「わあああああ!!こっち来るなァァァ!!」

 

志乃が思わず叫ぶと、四人はさらにスピードを上げ、一目散に逃げ出す。

一方、銀時と土方は、逃げる四人を追いかけていた。

 

「オイぃぃぃ!何で逃げんだお前らァァ!!」

 

「アレ?ちょっと待てオイ、なんか後ろ重くねーか?オイぃ、コレ絶対なんか背中乗ってるってオイ!ちょっと見てくれオイ、なんか乗ってるだろ!」

 

「知らん!俺は知らん!」

 

「いや、乗ってるって!だって重いんだもんコレ」

 

「うるせーな、自分で確認すればいいだろーが!」

 

「お前ちょっとくらい見てくれてもいいんじゃねーの⁉︎ちょっと待て、こうしよう。せーので2人同時に振り向く」

 

「お前絶対見ろよ!裏切るなよ!絶対見ろよ」

 

「「ハイ、せーの……」」

 

2人同時に振り向くと、そこにはあの女がニヤリと笑っていた。

 

「「……こ、こんばんは〜」」

 

********

 

デジャヴな悲鳴が聞こえたその時、四人は倉庫の中に隠れていた。

 

「あーあ、あいつらついにやられたかぁ……ザマァ」

 

「しめたぜ。これで副長の座は俺のもんだィ」

 

「言ってる場合か!」

 

志乃と沖田の全く2人を心配しない発言に、新八はこのヤバい状況下でもツッコむ。

 

「オイ、誰か明かり持ってねーかィ?あっ!蚊取り線香あった」

 

「何だよアレ〜。何であんなんいんだよ〜」

 

「新八、銀ちゃん死んじゃったアルか?ねェ死んじゃったアルか」

 

「実は前に、土方さんを亡き者にするため外法で妖魔を呼び出そうとしたことがあったんでィ。ありゃあもしかしたらそん時の……」

 

「えー、そんなん出来るの!?外法って意外とイケるんだね。ねぇ、今度やり方教えてよ!」

 

「アンタどれだけ腹の中真っ黒なんですか!?志乃ちゃんもそんなのに乗らないでよ!!」

 

「元凶はお前アルか!おのれ、銀ちゃんの(かたき)!!」

 

「あーもう!狭いんだから暴れんなっつーの!」

 

神楽が沖田に飛びかかり、そのまま殴り合いや引っ張り合いの喧嘩に発展する。

志乃は2人をなんとか宥めようとするが、一向に止まる気配はない。

新八がふと倉庫の扉を見ると、隙間からあの赤い着物の女が覗いていた。

 

「ぎゃああああああああああ!!でっ……でっでで出すぺらァどォォォ!スンマッセン!取り敢えずスンマッセン!マジスンマッセン!」

 

新八が恐怖のあまり何度も土下座して謝る。

地面に頭を強く打ち付ける音がした。

さらに、新八は神楽と沖田の頭を掴んで、地面に叩きつける。

 

「てめーらも謝れバカヤロー!人間心から頭下げればどんな奴にも心通じんだよバカヤロー!!」

 

叩きつけられた衝撃で、あの最強ドSコンビが気絶している。

コイツ最強か。志乃は幽霊よりも新八の方が恐ろしく感じた。

新八は大声でずっと謝り続けるが、相変わらずシーンとしている。

ていうか、気配が感じられなくなった。

それを察した志乃は、新八の頭をベシッと軽く叩いた。

 

「あでっ」

 

「いつまでやってんの。あいつもう居ないよ」

 

「え……?アレ?ホントだ……いない。な……何で」

 

「………………ふーん、なるほどね」

 

幽霊に襲われた近藤についていたあの赤い痕。

それを思い出した志乃は、沖田の手から落ちた蚊取り線香を拾い上げた。

今、彼女の中で全てが繋がった。

 

「新八、幽霊退治に行くよ」

 

「え、ちょ、志乃ちゃん?」

 

「ようやくわかったよ。アレは幽霊なんかじゃない。そうとわかれば、もう怖くないもんね」

 

新八を振り返った志乃は、ニヤッと口角を上げた。

 

********

 

一方その頃。銀時たちはというと。

 

「「うるせーって言ってんだよプンプンよォォ!!」」

 

蚊の飛ぶ音に、2人揃って一喝する。

銀時は茂みの中に、土方は池の中に隠れていた。

同時に出てきた2人は、視線を交わす。

 

「…………てめェ生きてやがったのか」

 

「お前こそ悪運の強い野郎だ」

 

「……ア……アレはどこいった?」

 

「知らん。他の連中の方に向かったんだろ」

 

「逃げやがったか。実はよォ、さっき追いかけられてる時、俺ずーっとアイツにメンチきってたんだ。アレ効いたな〜」

 

「ほざけよテメー。俺なんて追いかけられてる時、ずーっと奴を抓ってた」

 

「ちっせーんだよ、俺なんてお前……」

 

お互い強がりを言い合っていたその時、ガサッと木々が揺れる音がした。

その瞬間、2人は同時に池に入る。

音の正体はカエルだった。

 

「さ〜て、水も浴びてスッキリしたし。そろそろ反撃といくかな」

 

「無理すんなよ、声が震えてるぜ。奴は俺が仕留める。ヘタレは家で屁たれてろ!」

 

再び言い争いをする2人の耳に、蚊の羽音が聞こえてくる。

 

「「なんだうるせーな!!」」

 

2人同時に叫んで音のする方向を見ると、例の赤い着物の女が飛んでいた。

そして、2人に襲いかかる。

銀時と土方はそれを姿勢を低くしてかわしたとカッコよく言ってみるが、実際はビビって腰を抜かしただけである。

 

「オオオオオイ、あんなんありか!ととと飛んでんじゃねーか!」

 

「ななな何おおおお前ひょっとしてびびってんの?」

 

「バババ馬鹿言うなおおお俺を誰だと思ってんだテメェ」

 

女は空中で旋回して、再び銀時たちに向かって飛んでくる。

しかし、その間2人は未だ言い争いをしていた。

 

「ったく、ギャーギャーギャーギャーやかましいよ。カラスですかコノヤロー」

 

トンッと地面を軽く蹴る音と共に、呆れた声が降ってくる。

聞き覚えのある声に、銀時と土方が振り仰いだ瞬間、声の主は2人の顔を足蹴にした。

 

「「だぱァ!!」」

 

声の主は男2人を倒したことすら気に留めず、赤い着物の女に向けて金属バットを構える。

首に狙いを定め、横に薙いだ。

 

「せいやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

女はそのまま地面に叩きつけられ、声の主はその隣に着地し、女が気絶したのを見た。

体を起こした銀時が、声の主を睨む。

 

「て、てんめっ…………何しやがんだ志乃」

 

「アンタらが情けないから助けてやったんでしょーが。ありがとうと言ってもらいたいね」

 

金属バットを肩に置いて、志乃は顔を押さえる情けない男たちに呆れて溜息を吐いた。

 

********

 

結局、今回の騒動を起こした女は蚊のような天人で、子供を産むためのエネルギーを集めようと、この真選組屯所を襲ったということが発覚した。

事件の翌朝。再び真選組屯所で寝泊まりした志乃は、襖の開いた部屋でぐーすか寝ていた。

部屋の前の縁側では、銀時が横になり、土方が座っていた。

 

「……んん〜〜…………ふぁあ」

 

欠伸をしながら志乃が起き上がる。

目を擦った志乃は、銀時と土方の気配を感じた。

 

「おはよ……」

 

「あ?やっと起きたか志乃」

 

「遅ーぞクソガキ。今何時だと思ってやがる」

 

「えーと……6時くらい……」

 

「12時だよ!!もう昼だぞ昼!!」

 

土方は未だ寝ぼける志乃の頭をベシッと叩く。

その勢いで膝をついた志乃は、そのまま座った。

 

「そーなの?そーいや腹減ったわ……。ねー、なんかご飯ないの?」

 

「マヨネーズ食うか?」

 

「誰が食うかボケ」

 

若干寝ぼけながらしっかりと毒を吐いた志乃。

通常運転になったらしく、一度ぐーっと伸びをした。

 

「じゃあさ、団子奢ってよ2人共」

 

「「は?」」

 

「え?何でダメなの?アンタらがびびってたおかげで、私が最終的にアイツぶっ飛ばすハメになったんだから。当然の権利だよね?ていうか報酬貰うって言わないあたり、ありがたく思ってよね」

 

「ざけんなよガキ。俺はアレだろ……ここで泊まらせてやっただろーが。それでチャラだ」

 

「俺もアレよ……お前の保護者やってやってるじゃねーか。それでチャラだ」

 

そんなんでチャラになるわけねーだろ。

そう言いかけた次の瞬間、後ろの襖が開いた。

 

「銀ちゃん、そろそろ帰……何やってるアルか二人共」

 

「「いや、コンタクト落としちゃって」」

 

神楽がしゃがみ込んで敷居の下に隠れる2人を見る。

その隣で、志乃は大人の男2人の情けない姿に、必死に爆笑を堪えていた。




次回、オカマ登場です。


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オカマにだって色々あるんだよ

この日も志乃は、平和なかぶき町をのんびり散歩していた。

ここかぶき町は、浄も不浄も混ざり合ったとてもメチャクチャな町だ。

こんな所は、この国の中でかぶき町を除いて他にないだろう。

それでも志乃は、ここが好きだった。

自分の良き理解者がいるし、良き友がいるし、何より大好きな兄貴分がいる。こんなに幸せなことはない。

今日も志乃は、その友の一人に会いに行った。

 

********

 

「よーっす。遊びに来たよ〜」

 

「あら〜、志乃ちゃん!いらっしゃ〜い!!」

 

志乃は『かまっ娘倶楽部』と書かれた看板を掲げた扉を開け、いつものように軽く挨拶をした。

入店した志乃をすぐに迎え入れたのは、ゴツい顎が特徴的なオカマーーアゴ美……いや違う、アゴ代だった。

 

「って、違ーよ!!両方違ーよ!!あずみだわボケェェェ!!」

 

あっ、スンマセン!

ついうっかり間違えました。スンマセン!

 

「しっかりしてよ駄作者。原作を忠実に再現することくらいしかアンタには能がないんだから」

 

いや、そこまで言わなくてもいいでしょ志乃さん!

泣きます!泣きますよ私!!

 

「勝手に泣いとけ駄作者」

 

あぅ……ひ、酷い……。

 

「いーからとっとと話を続けな」

 

はい。大変申し訳ありませんでした。

志乃はあずみの案内で店内に入り、通された座敷に座る。

しばらくして、この店のママのこれまたゴツいオカマーーマドマーゼル西郷がやってくる。

 

「あら、また来たの志乃ちゃん。いらっしゃい」

 

「どーもお姉さん。ご無沙汰してます」

 

「もー、お姉さんだなんて照れちゃうわ〜!」

 

バシッと強く背中を叩かれ、体勢を崩す志乃。

照れられてもキモいだけだわ化け物。

志乃は心の中で毒を吐いた。ただし、決して口には出さなかった。

出されたサービスの団子をもくもくと食べながら、志乃はふと溜息を吐く。

それを見た西郷は、志乃の顔を覗き込んだ。

 

「あら、どーしたの志乃ちゃん」

 

「いや……悩み事。ねェ、聞いてくれる?」

 

「もちろんよォ!志乃ちゃんにはよくしてもらってるもの。いっぱいサービスするわよ♡」

 

うふん♡とウインクする西郷に、志乃は若干吐き気を覚えた。

だからやめてよ!!キモいんだってば!!

そう言いかけるのを何とか呑み込み、志乃は西郷に相談した。

相談したのは、最近姿を全く見なくなった杉浦のことだ。

前から怪しい男だとは思っていた。

しっかり鍵をかけた店の扉をあっさり開けるし、気配を消してよく自分の背後をとる。

これでも志乃は一応、侍の血を引いていると自覚していた。

金属バットは自分が物心つく前から持っていたし、誰に稽古をつけられたわけでもないのに、剣の腕はやたら強いと自分でも思う。

最初は、本当にただのストーカーだと思っていた。

しかし彼は、そんな彼女の反応を愉しんでいるかのようだった。

出会った最初から、剣を交えた最後まで。

それが気味悪くて仕方なかった。

 

「……どう思う?」

 

一連を話した志乃は、西郷に問うてみる。

 

「確かに、不思議な子ね〜。志乃ちゃんのことをずっと好きだったとも言い難いし……何か目的があったのかしらね?」

 

「目的……か……」

 

「あら。何か心当たりでも?」

 

「……いや、ないね。なさすぎて怖いくらい」

 

志乃は取り敢えず、西郷に嘘を吐いておいた。

目的。西郷の言葉通り何か目的があったとすれば、彼は一体何のために自分に近付いたのか。

 

一応、自分が狙われる心当たりはあった。

宇宙海賊"春雨"か、高杉晋助か。

"春雨"は以前誘拐・捕縛されて以来、今のところ接点はほとんどない。

彼らは何故か自分の力を欲しがっていたが、一介の少女をそこまで欲しがる理由がわからない。

そういえば奴らが、「獣衆」だのそこの棟梁だの"銀狼"だの言ってたのは覚えているが、本人には全く身に覚えがない。

高杉の方も同じだ。久々に会えたと思えば、彼は以前とすっかり変わってしまっていた。

あんなたくさん厨二発言はしなかったし、雰囲気も……。

あれでも、昔は本当にいい兄だったのだ。

何をするにも隣にくっついては心配してくれて、志乃をめぐっては銀時と二人、喧嘩したものだ。それを止めるのが他ならぬ桂や坂本の役目だったのだが。

とにかく、彼がどちらかについていたにしても、今となってはそんなこともわからない。

無理もない。その本人がいなくなったのだから。

 

「…………まぁいいや。お姉さん、ありがとう。ちょっと気が楽になったよ」

 

「そう?志乃ちゃんの役に立てて嬉しいわ♡」

 

「ハハハ……」

 

んふ♡と迫ってくるゴツい顔に、志乃はもう乾いた笑い声しか出ない。

志乃の目は確実に明後日の方向を向いていた。

その時、舞台の方で何やらもめている声が聞こえた。

それに気付いた西郷がすぐに立ち上がって舞台に向かうのを見て、志乃も彼……いや、彼女?の後を追った。

 

********

 

舞台では、踊りを見ていた客が酒に酔って喚いていた。

 

「オイオイ何やってんだよ!グダグダじゃねーかよ!こっちはオメーてめーらみてーなゲテモノわざわざ笑いに来てやってんだからよォ、もっとバカなことやってみろよ化け物共よォ!!」

 

「何だとこのすだれジジイ。てめェ、その残り少ねェ希望を全て引き抜いてやろーか!?」

 

「止せ、パー子」

 

踊り子の一人が怒り手を上げようとするが、その前に西郷がすだれジジイの頭をガッと掴んでいた。

 

「お客様。舞台上の踊り子に触れたり汚いヤジを飛ばすのは禁止と言いましたよね?オカマなめんじゃねェェェ!!」

 

西郷はそのまま客を別の座敷にぶん投げた。

誰か他の客が被害を被っていたような気がするが、この際どーでもいいことにする。

志乃は巻き込まれた客に手を合わせた。

 

「志乃?」

 

聞き慣れた声に、思わず振り返る。

そこには、踊り子の銀髪の女と黒髪の女がいた。

いや、ちょっと待て。志乃は一度思い直す。

おかしい。こんなところに美女がいるのはおかしい。

だってここはかまっ娘倶楽部。

従業員はオカマしかいないはずじゃん。

そう思って、志乃はもう一度2人を見た。

 

「……もしかして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀と、ヅラ兄ィ?」

 

「銀じゃねーよパー子だ」

 

「ヅラじゃないヅラ子だ」

 

あまりの衝撃に、志乃は2人を指差しながら固まってしまった。

 

********

 

銀時と桂からそれぞれ事情を聞いた後、志乃は気まぐれで店の手伝いをすることになった。

志乃はたまに、「気まぐれだ」と言って友人の仕事を手伝うことがある。好意でやってるため、金はもちろん受け取らない。

それが彼女が多くの友人から慕われる理由となっているわけだが。

銀時、桂、あずみと並んで買い物袋を下げ、志乃はあずみの話を聞いていた。

 

「女より気高く男より逞しく。それがママの口癖。私達みたいな中途半端な存在は、それぐらいの気位がないと世の中渡っていけない。オカマは誰よりも何よりも強くなきゃいけないの」

 

「それじゃあアゴ美も強いの?アゴ美の顎は何でも砕けるの?」

 

「何で顎の強さ限定?」

 

銀時の顎をいじった発言に、志乃がツッコむ。

志乃はむしゃむしゃとみたらし団子を食べながら、ふと呟く。

 

「それにしても、西郷お姉さんって強いよね〜。ヅラ兄ィぶっ飛ばしたり客ぶん投げたり」

 

「ヅラじゃない桂だ。……確かに、西郷殿の強さは常軌を逸しているな。アレはただ者ではあるまい」

 

「ええ、昔はスゴかったらしいわよ。なんだっけな、えーと。白フンの西郷だとか呼ばれてて、なんかよくわかんないけど、白い(ふんどし)一丁で暴れまわった豪傑らしいわ」

 

「いや、それだけの情報じゃただの変態じゃねーか」

 

「でもそこらのなよっとした男よりかは、そーいう力強い男の方が私好みだな〜」

 

「やめとけ志乃。天国で父ちゃんが泣くぜ」

 

銀時に冷たく好みに口出しされた志乃は、ムカついて銀時に殴りかかる。

あずみはそれを何とか止めようとするが、2人の喧嘩に巻き込まれてしまった。

一人被害を受けていなかった桂は、西郷の名をどこかで聞いたことがあると、ずっと考え込んでいた。

ふと、下から声が聞こえてきた。

どうやらガキが、イジメをしているらしい。

志乃はそれを認めると、バッと飛び降り、襟足の長い子供にドロップキックを食らわせた。

 

「ギャアアアアア!!」

 

「て、てめーは確かドッキリマンの時の!」

 

「あ、お久〜。誰だか知らんが」

 

志乃はそう言いながら、金属バットを抜いた。

 

「くだらねーマネしやがってクソガキ共。てめーら全員成敗してやるよォォ!!」

 

「うわああああ!!逃げろォォォォ!!」

 

「待てコラァ!!」

 

クソガキ共は志乃が追いかけようとすると、一目散に逃げていった。

それを見届けてから、いじめられていた子供を振り返る。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……ありがとう」

 

「ボク、大丈夫?」

 

こちらへ降りてきたあずみが、少年の元へ近寄る。

あずみは少年の顔を見ると、驚愕の表情を浮かべた。

 

「てっ……てる君!!」

 

********

 

「てる彦ォォ!!何があったの〜、こんな大怪我して!病院よ!早く病院に行かなきゃ。赤ひげよ!赤ひげを呼んでェェ!!」

 

「青ひげなら一杯いますけどね」

 

「てめーらなんてお呼びじゃねーんだよ!消えろ!」

 

「大丈夫だよ父ちゃん。擦り傷……ぐほっ」

 

「父ちゃんじゃねェ母ちゃんと呼べェェ!!」

 

先程助けた少年・てる彦はなんと、西郷の息子だった。

父ちゃん呼ばわりするてる彦の胸倉を掴み、西郷が怒る。

志乃はオカマが子持ちだったことにめちゃくちゃ驚いていた。

えっ、この場合どっちなんだ?あの人が産んだのか?それとも奥さんが産んだのか?

志乃の混乱はさておき、話は続く。

 

「てる彦、アンタ最近いつも怪我して帰ってくるじゃない。一体塾で何やってるの?何か隠してるだろ」

 

「しっ、心配しないでよ母ちゃん。帰りに友達とチャンバラごっこしてるだけだから。じゃ、僕遊びに行ってくる」

 

「ちょっ、待ちなさい!てる彦ォォ!」

 

「てる君!!」

 

オカマたちがてる彦の背中を見送る中、桂と志乃はふと落ちている紙を見つけた。

志乃がそれを拾ってみると、そこには「授業参観のお知らせ」と書いてあった。

志乃と桂はお互いを見ると、てる彦の後を追った。

 

********

 

店の屋上で、てる彦は黄昏ていた。

 

「おーい、てる〜。忘れもんだよ」

 

彼の後ろから声をかけた志乃は、先程の手紙をてる彦に渡す。

 

「大丈夫、西郷さんには見せてないから。見せた方が良かった?」

 

「……いや……ありがとう」

 

てる彦を挟むように、桂と志乃も彼の隣に立つ。

桂が、てる彦を見つめず尋ねた。

 

「いいのか?親父殿に来てもらわなくて」

 

「…………来てほしいけど……」

 

「またバカにされるのが嫌か?」

 

「僕は別にいいよ。もう慣れっこだから。でも、父ちゃんが笑われて傷付くところは見たくないんだ。僕、父ちゃんが好きだよ。面白くて優しくて、時々ちょっと恐いけど。でもたまに、父ちゃんが普通の人だったらって思うこともある」

 

「……てる」

 

志乃はてる彦の父を憂う横顔を見つめながら、少し羨ましく感じた。

父と母は、自分が物心つく前に死んだ。

父は処刑され、母は自分を産んですぐ亡くなった。

兄が逮捕されて手放されてからは、とある警察組織に身柄を預かられ、その後は主に小春たちが彼女の世話を焼いていた。

彼女は、本当の家族の温もりを知らない。それ故、道行く親子にも嫉妬したことがある。

一度でいい。一度でいいから、本当の家族の温かさを味わってみたかった。

志乃はその思いを噛み締めながら、下へ降りた。

 

********

 

その後、志乃は銀時に頼まれて、店からの脱出ルートを案内していた。

しかし。

 

「銀時、志乃。やはり俺は戻る」

 

「え?」

 

「何寝ぼけたこと言ってんだオメー」

 

路地裏で突如、桂が店に戻ると言い出したのだ。

どうやら、西郷親子が気になるらしい。

 

「……どうにもあの親子の事が気になってな」

 

「お前これ以上オカマシンクロ率が上昇したら本物になっちまうぞ」

 

「銀もいっそのこと戻ったら?似合うよ〜、女装!」

 

「テメーそれ褒めてんのか?だとしたらぶっ飛ばすぞ」

 

志乃が転職を勧めるも、銀時に一蹴される。

志乃がむくれていると、銀時は塀を登り始めた。

 

「化け物は酔っ払って寝てるし、今しかチャンスはねーんだって」

 

「逃げるならいつでも出来る。だが、今しかやれんこともある」

 

「頑張ってヅラ子。私陰から応援してるわ」

 

「待てパー子」

 

塀の上に跨った銀時の足を、桂が掴む。

銀時は痛がっていたが、お構いなしだ。

 

「んだよ、テメーは一人で好きにやりゃいいだろーが!!」

 

「何言ってんのよパー子。私達二人ツートップで今まで頑張ってきたじゃない」

 

「だってさ」

 

「知るかァァ!!」

 

桂は銀時の後を追い、塀によじ登ってそこから飛び降り着地する。

志乃と銀時も後に続いた。

 

「不味い飯ではあるが、西郷殿にはしばらく食わせてもらった身だろ。恩を返すのは武士として当然の道ではないか」

 

「武士がガキの喧嘩に首突っ込むってのか?」

 

銀時が着地した瞬間、向かいの壁から子供二人が走るのを見た。

彼らは、てる彦をいじめていたクソガキ共だった。

 

********

 

「んだよ、放せよォ!オカマがうつるだろ!キショいんだよてめーら!」

 

ガキ共を捕まえ、事情を聞くと共に道案内をさせていた銀時たちは、めちゃくちゃに罵倒されていた。

 

「ヅラ子、キショいって!」

 

「何言ってんだ。貴様のことだぞパー子」

 

「アンタら二人のことだよオカマ共」

 

「んだとォォ!てめーオカマ馬鹿にしてんだろ!」

 

「アンタもバカにしてただろーがァ!!」

 

仲間割れをする銀時と志乃。

ガキ共が、ちらりとこちらを見ながら言い訳をする。

 

「言っとくけど俺達悪くねーからな」

 

「俺達は止めたのにアイツ勝手に……」

 

「言い訳は聞いてない。要領を得ないからハッキリ言って。何?スポーツ刈りか角刈りかもしくは両方にしてほしい?」

 

志乃のわけのわからない脅しに若干引きながらも、ガキはようやく口を割った。

なんでも、彼らの間で流行っている度胸試しがあるらしく、てる彦がそれをしに行ったらしい。

ガキ共が案内したのは、ある塀の前だった。銀時が思わず呟く。

 

「……空き家?」

 

「空き家なんかじゃねーよ。ここにはいるんだ。こないだも得体の知れねー獣みたいな鳴き声聞いたし、なんか絶対いんだって」

 

「ふーん、化け物屋敷っつーわけね」

 

桂と志乃が塀の下の方にある小さな穴を潜って、中に入る。

中には森が広がっており、まるでジャングルだった。

銀時も彼らに続き、中に入ろうとする。

 

「オイヅラ、おめースゲーな。よくこんな狭いトコ……」

 

しかし、体が大きいせいで穴に嵌って動けなくなってしまう。

 

「アレ?ウソアレ?マジでか?マジでか?」

 

「何やってんの銀……」

 

「いや、前にも後ろにも動かなくなっちゃった」

 

「え?何?嵌ったの?」

 

「……パー子、だからお前はパー子なんだ」

 

「なんだコノヤロー、パー子のパーは頭パーのパーじゃねーからな!」

 

「頭がパーだからそんな歪んだ毛が生えてくるんだ。ホラ、力を抜け」

 

「いででででで!ダメだ!もうほっといてくれ!俺もうここで暮らすわ!」

 

「バカ言わないでよ。ほーら……」

 

銀時を引き抜こうと桂と志乃が、彼の手を引っ張ると、ふと森の奥から足音が聞こえてきた。



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可愛いからって野生動物に無闇に餌を与えるな

森の奥から、何かがやってくる音がする。

ここは、化け物が住んでいると噂されている屋敷だ。

一気に緊張感が高まる。

不意に、桂と志乃は逃げようとするが、銀時が逃げる桂の足を掴み、桂は志乃の腕を掴んだ。

 

「てめェら、普通この状態の俺置いてくか?」

 

「貴様ここに住むと言っていたではないか」

 

「心配しなくても大丈夫だよ。スグ戻ってくるって。カステラ買ってくるだけだから」

 

「カステラなんか何に使うつもりだよ!ヅラ子ォォ私達ツートップで今まで頑張ってきたじゃない!」

 

「だってさ」

 

「知るか」

 

「わかった!あのアレだ!昔お前らが欲しがってた背中に『侍』って書いてある革ジャンやるから!」

 

「誰が着るかァァ!そんなセンスの悪い革ジャン!!」

 

「貰ったとしても要らねーわ!!一日で捨てるわ!!」

 

「…………何をやっとるんだ。お主達」

 

モメる三人に割って入って森の奥からやってきたのは、あの動物好きなハタ皇子とそのじいだった。

 

********

 

銀時救出に手を貸してくれた皇子に志乃は、事情を全て説明した。

 

「ほうほう。では、その子供がここに入ったきり戻ってこんと。お主らはそれを捜しに来たわけじゃな」

 

「そーいうこと」

 

「最近、何やら子供達がこの庭に入ってイタズラしておったからの〜。あそこの離れにある木が見えるじゃろう、その木の実を持ち帰れば立派な侍の証とか……まァ、子供らしいといえば子供らしいが」

 

その話を聞いた途端、志乃は思わずそっぽを向いた。

それと似たよーなことを昔やったことがあるよーな、ないよーな……。

居た堪れなくなり、志乃は話題を変えた。

 

「それで、この庭はアンタのもんなの?ちっちゃいオッさん」

 

「誰に向かって口きいとんじゃワレェ!このちっちゃいオッさんがどなたと心得るワレェェ!!」

 

「よさんか、じい。星は違えど美人は手厚く遇せと父上が仰っていたのを忘れたか?」

 

「皇子、騙されてはなりませんぞ。なんやかんやでお父上は結局ブサイクと結婚しておられるではありませんか」

 

「オイ!それ母上のことか?母上のことかァァ!!」

 

さらりと自分が仕える皇子の母親をディスるじい。こいつら仲悪いな。

ハタ皇子が、銀時と志乃を見て、眉をひそめる。

 

「ん?アレ、お主ら。……お主らどこぞで会ったかの?」

 

「え〜?やだキモーい。旧石器時代のナンパ〜?」

 

「そんなんじゃ江戸っ娘は引っかからないぞハゲ。死ねば?」

 

「そうか……どこぞで会った気がするのじゃが」

 

あっぶねェェェェ……!!

銀時と志乃は皇子がじいを向いたのをいいことに、サッと後ろを向いて深い溜息を吐いた。

それに気付かず、ハタ皇子はじいに言う。

 

「美人が困っておるのに放っておくわけにもいくまい。この方らの人捜し、手伝ってしんぜよう。のう、じい?」

 

「あ、俺パス。4時からゲートボール大会あるから」

 

「クソジジー、地獄のゲートを潜らせてやろーか」

 

「皇子殿、ちょっと伺いたいことが。子供達の間でここに化け物が棲みついているとの噂があるのだが、何か心当たりは……」

 

桂がそう尋ねた次の瞬間、森の奥から猛獣のような鳴き声が聞こえてくる。

重ねてこちらに来る足音や、木々がガサガサ揺れる音も聞こえた。

茂みや森を掻き分けて現れたのは、大きな可愛らしい顔の犬だった。

ハタ皇子は、犬の顎を優しく撫でる。

 

「オ〜ウ、ポチラブミー。化け物とはコレのことか?ポチは化け物なんかじゃないぞよ。ここは余のペット、ポチのために用意した庭でな。空き家だった武家屋敷を購入して、ポチの遊び場にしておる。心配せずとも、ポチは子供に危害など加えたりせんわ。ね〜、ポチ」

 

志乃はポカンとしてポチを見ていたが、ふと隣に立つ桂を見上げる。

桂はポチを触りたくてウズウズしているようだった。

 

「……スイマセン、僕もちょっと触らせてもらってもいいですか?」

 

「オイ!止めとけ」

 

銀時が制止するも、桂はポチの鼻を撫でる。

 

「何を怯えている?確かに図体はデカいが。よ〜しよ〜し。こんなに愛らしい動物が人に危害を加えるわけなかろう。天使だ天使」

 

「……ねえ、みんな。アレ……」

 

志乃が恐る恐るポチに指を指した先には、角を額に一本、顔の横にそれぞれ一本ずつ生やしている化け物がいた。

しかも、ポチの顔はその化け物の顔の下についている。

見間違いじゃない。志乃は思わず叫んだ。

 

「ギャーーーー!!天使とヤクザが同棲してるぅぅぅ!!天使とヤクザがチークダンス踊ってるよオイ!!」

 

「ポチは辺境の星で発見した珍種での〜。下は擬態で、コレに寄せ付けられたエサを上の本体が食らうという、大変良く出来た生物なのじゃ」

 

「まさに今の私らじゃねーか!!何でそれ早く言ってくれなかったんだよ!!」

 

「大丈夫だって。サラミしか食べないもんな、ポチは」

 

ハタ皇子がそう言った瞬間、ポチはガブッとハタ皇子のチョウチンアンコウみたいなツノをむしゃむしゃと食べていた。

衝撃的な光景を見てしまった銀時たちは、思わず一歩下がる。

そんな彼らに、ハタ皇子は必死で弁明した。

 

「いや、コレはアレだよ。(じゃ)れてるだけだから。いやマジで」

 

「んなわけあるかァァ!!人体の一部が欠損してんじゃねーか!アンタ何、コイツに何かしたわけ!?」

 

「大丈夫だって。コレまた生えるから」

 

「ちょ、マジヤバいって!シャレになんねーよ!ああああああ」

 

古い武家屋敷の中で、彼らの悲鳴が響き渡ったーー。

 

********

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。あ……っぶねぇ……。た、助かった……」

 

何とか木の上に隠れて難を逃れた志乃は、枝に座って一息を吐いた。

まだどこかにポチがいるかもしれないので、迂闊に降りれなかった。

木の下を見てみるが、銀時たちが見当たらない。

まさか……志乃の脳裏を、嫌な想像が(よぎ)る。

志乃はすぐに木の上を転々と移動して、銀時たちを捜した。

 

「お願い……食べないでよ、ポチ……もし食べてたら、アンタのはらわた掻っ裂いて内臓抉り返してやるからな……!!」

 

物騒なことを口にしながら、枝から枝へとジャンプする。

森の中を進むと、森が開けている場所があった。

そこに、銀時と桂が埋められた状態で、襲いかかろうと迫り来るポチを手で押さえ込んでいるのが見えた。

彼らの間には、てる彦もいた。

 

「やっと、見つけた……!!」

 

志乃はトントンと軽く木々の上を飛び、ポチの真正面にある木を思い切り蹴って、ポチに向かった。

金属バットを抜き、振り被る。

 

「おりゃあああああ!!」

 

渾身の力で振り抜いたバットは、ポチの顔面を強く打ち据えた。

鈍い音と手応えが、志乃のバットを握る手に響く。

ポチは志乃の一撃を食らって、向かいの木まで吹っ飛んだ。

 

「志乃!!」

 

「志乃ちゃん!!」

 

「お前、見ねーと思ったら……無事だったのか」

 

「まーね。アンタらはヤバそうだけど」

 

着地した志乃は、安堵した表情の銀時らを見て笑う。

しかし、その余裕は次の瞬間、崩れ去った。

 

「んなっ!!」

 

ポチが猛スピードで、志乃に突進してきたのだ。

それを視界に捉えた志乃は、咄嗟に金属バットで押さえるが、あまりの強さに膝を突きそうになる。

しかし、負けるわけにはいかなかった。

背後には、埋められた銀時と桂、そしててる彦がいる。

彼らを護るためにも、ここで引くわけにはいかなかった。

 

「ふんぐぐぐぐぐ……!!」

 

「志乃!!」

 

「踏ん張れー!!志乃!」

 

「くくっ……ぐ、う……っ」

 

銀時と桂の声が、耳に届く。

しかし、ジリジリと押されている。

このままじゃガチでマズい。

あと少しで、志乃の力が限界に達しようとしたその時。

 

ーーゴッ!!

 

鈍い音と共に、ポチは吹っ飛ばされ、力を込めていた金属バットも軽くなる。

志乃の体はフラつき、今度こそガクッと膝を突いた。

荒い呼吸を繰り返しながら、ポチが飛んで行った反対方向を向くと、そこには白フン一丁で西郷が立っていた。

 

「さ……西郷さん……」

 

「かっ……母ちゃん!!」

 

志乃の元に駆け寄ったてる彦も、西郷を見て驚く。

仁王立ちで鋭くポチを睨み据え対峙する姿は、かつての姿を呼び起こした。

桂が西郷を見つめながら言う。

 

「…………思い出したぞ。白フンの西郷……。天人襲来の折、白フン一丁で敵の戦艦に乗り込み、白い褌が敵の血で真っ赤に染まるまで暴れ回った伝説の男。鬼神、西郷特盛!俺達の大先輩にあたる人だ……」

 

西郷は拳の一撃をポチに叩き込み、あっさり鎮めてしまった。

 

「す、すげぇ……」

 

志乃はその強さに驚き、思わず呟く。

てる彦は、西郷に謝ろうと駆け寄った。

 

「か……か……か、母ちゃん……ご……ごめん。僕……」

 

しかし、てる彦の頭にも西郷の鉄槌が下され、てる彦は気を失ってしまった。

 

「バカヤロー。父ちゃんと呼べェ」

 

気絶したてる彦を肩に担ぎながら、西郷は背後にいる銀時と桂に言った。

 

「オイ。テメーらはクビだ。いつまで経っても踊りは覚えねーしロクに役に立たねェ。今度私らを化け物なんて言ったら承知しねーからな。それから……なんかあったらいつでも店に遊びに来な。たっぷりサービスするわよ♡」

 

西郷は三人を振り向いてウインクをし、去っていった。

志乃は西郷の後ろ姿に、思わず苦笑してしまう。

 

「…………恐いよ〜」

 

「どうやらいらぬ世話をしたらしいな。奴らも侍と変わらんな。立派な求道者だよ」

 

「……だね」

 

背後で話す銀時と桂の会話を聞いた志乃は、フッと笑って同調した。

 

********

 

数日後。志乃はてる彦に会いに西郷の店を訪れていた。

 

「そっか。授業参観、来てもらったんだ」

 

「うん。あんなでも、僕の父ちゃんだから」

 

煎餅を摘みながら、てる彦は志乃に微笑む。

それを受けて、志乃の表情も綻んだ。

 

「……いいお父さんだね」

 

「うん。僕の大好きな、自慢の父ちゃんだよ」

 

志乃とてる彦は、今日も楽しげにオカマたちと笑い合う西郷を見て、パクリと煎餅を口にしたーー。




次回、煉獄関篇です。


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自分のことって意外と知らなかったりする
夢と親友は拳で掴み取れ


この日、志乃はソファの上でゴロゴロしていた。

今日は暇だ。とにかく暇だ。かと言って、どこかへ遊びに行く(つて)があるわけでもない。銀時達も今日は店にもいないというのだから、暇なことこの上ない。他のメンバーもそれぞれの仕事が入っているため、今日も志乃だけが暇だった。

 

「あ〜〜、暇だァ〜〜〜〜」

 

今日何回目になるかわからない溜息を吐いた時、玄関のチャイムが鳴った。

依頼人!?志乃は跳ね起き、勢いよく扉を開けた。

 

「ハイ、万事屋で……って、ん?」

 

「よォ嬢ちゃん。久しぶりでィ」

 

「総兄ィ!?」

 

店を訪ねてきたのは、沖田だった。志乃は沖田を見上げながら、驚く。というのも、今日の彼はいつもの真選組の隊服ではなく、私服らしき着物を着ていたからだ。

 

余談だが、真選組では近藤と土方を除く全員が、志乃のことを「嬢ちゃん」と呼ぶようになった。

理由はとても単純で、同じく万事屋を営む銀時を「旦那」と呼ぶので、ならば志乃は「嬢ちゃん」と呼ぼう、ということである。

ちなみに近藤と山崎は「志乃ちゃん」、土方は一貫して「クソガキ」である。

 

「何?どうしたの総兄ィ」

 

「いや、今日はオフでさァ。やることもねーからちょいと遊びに行こうかと。嬢ちゃん今暇?俺と一緒に行かねーかィ」

 

「行く!!」

 

即答した志乃は、すぐに立てかけてあった金属バットを腰に下げ、沖田と共に店を出た。

やっと暇じゃなくなる。志乃はそれだけでも嬉しかった。

 

しかし、志乃はまだ知らなかった。何故沖田が、彼女(・・)を誘ったのかをーー。

 

********

 

沖田に連れられ、やってきたのはとある神社だった。鳥居に、「大江戸女傑選手権大会」と書かれた布が掲げられている。

志乃は、沖田の袖をくいくいと引っ張り尋ねる。

 

「ねぇここ何?何があるの?」

 

「まー、簡単に言えば女子格闘技ってヤツでさァ。コレが面白いのなんのって」

 

「へー」

 

楽しげな沖田と共に客席に向かうと、会場は物凄い熱気に包まれていた。

真ん中のリングを囲むように観客席が置かれ、どこからでも試合が見られるようになっている。リングの真ん中に立つ司会者が、叫んだ。

 

「赤コーナー!主婦業に嫌気がさし〜、結婚生活を捨て戦場に居場所を見つけた女〜、鬼子母神春菜ァァ!!青コーナー!人気アイドルからスキャンダルを経て、殴り屋に転身!『でも私!歌うことは止めません!!』闘う歌姫!ダイナマイトお通ぅぅぅ!!」

 

お通の姿を見た瞬間、志乃はアレ?と思った。目を擦ってもう一度見直すと、やはりお通がギターを持って立っていた。そのギターで春菜をぶん殴ったり、色々している。

お通がいる、ということは……志乃はチラッと見てみると、やはり新八率いる寺門通親衛隊が応援に来ていた。なるほど、だから銀時達は店にいなかったのか……。志乃は納得した。

そして再びリングを見てみると、今度はリング上に見覚えのある顔が乱入していた。

 

「えー、夢とはいかなるものか。持っていても辛いし無くても悲しい。しかし、そんな茨の道さえ己の拳で切り開こうとするお前の姿……感動したぞォォ!!」

 

「おおーっと、リング上に乱入者が!何者だァァ!?このチャイナ娘どこの団体だァァ!?」

 

「えー、私の名はアントニオ神楽……故あってお通の助太刀をするアル。かかって来いコノヤロー!ダーッ!」

 

まさかの神楽がリングに上がり、お通の助太刀宣言。何してんのあいつ。志乃は呆れる他なかった。

その隣に立つ沖田が、神楽にヤジを飛ばす。

 

「何やってんだァァ!引っ込めェェチャイナ娘ェ!目ェ潰せ目ェ潰せ!春菜ァァ!何やってんだァ、何のために主婦やめたんだ!刺激が欲しかったんじゃないの!?」

 

「ダメだよ、相手が神楽じゃ返り討ちに遭っちゃう」

 

志乃が冷静に沖田にツッコむと、ふと視界の端に見覚えのある銀髪が見えた。沖田と共に振り返ると、そこには銀時と新八がこちらを見て立っていた。

 

********

 

万事屋銀ちゃんメンバーと見事ばったり出会った志乃と沖田は、先程の鳥居付近で話していた。

 

「いやー、奇遇ですねィ。今日はオフでやることもねーし、大好きな格闘技を見に来たんでさァ」

 

「じゃーオメー、何で志乃と一緒に居んだよ。ガキにゃ刺激が強過ぎるだろーが」

 

「俺が誘ったんですぜィ。なぁに、ガキにもちょいとぐらい刺激が必要でさァ。しかし、旦那方も格闘技がお好きだったとは……俺ァ特に女子格闘技が好きでしてねィ。女共が醜い表情で掴み合ってるトコなんて、爆笑もんでさァ」

 

「なんちゅーサディスティクな楽しみ方してんの!?」

 

どんな時でもやはり、新八のツッコミのキレは下がらない。このクオリティを維持するため、彼は並ならぬ修行を積んできたのだろう。志乃は勝手に新八の修行姿を妄想していた。

沖田と仲の悪い神楽が、彼に言う。

 

「一生懸命やってる人を笑うなんて最低アル。勝負の邪魔するよーな奴は格闘技を見る資格ないネ」

 

「明らかに試合の邪魔してた奴が言うんじゃねーよ」

 

試合に乱入した自分を棚に上げる神楽に、銀時が頭を叩きながらツッコミを入れる。

一方沖田は、連れてきた志乃と話していた。

 

「どーだい嬢ちゃん。面白かったろィ」

 

「んー、まあね」

 

志乃は肩を竦めて短く答える。

中途半端に伸びた髪を風に靡かせながら、志乃はガシガシと頭を掻いた。

 

「ねー、これからどーするの?まだ行くとこある?」

 

「ああ、あるぜィ。そーだ、旦那方も暇ならちょいと付き合いませんか?もっと面白ェ見せ物が見れるトコがあるんですがねィ」

 

「面白い見せ物?」

 

「まァ、ついてくらァわかりまさァ」

 

沖田は、銀時達を振り返って言った。

 

********

 

沖田についていくと、路地裏からだんだんと地下へ降りていく。何やら怪しい雰囲気が漂う所へやってきた。

銀時が沖田に尋ねる。

 

「オイオイ、どこだよココ?悪の組織のアジトじゃねェのか?」

 

「アジトじゃねェよ、旦那。裏世界の住人達の社交場でさァ。ここでは表の連中は決して目にすることが出来ねェ、面白ェ見せ物が行われてんでさァ」

 

沖田の後をついていく志乃も、このピリピリした感覚に不快感を露わにしていた。何だか、嫌な予感がする。そんな気がした。

 

それを振り切り、沖田についていく。すると、ある空間にやってきた。

そこに入ってみると、興奮した観客の歓声が辺りを支配した。真ん中にある広いスペースを囲むように観客席が設けられ、そこには二人の男が立っていた。

どうやら、ここは地下にある闘技場らしい。

 

「何してんだろ、アレ……」

 

志乃が呟くと、その問いに答えるように沖田が口を開いた。

 

「煉獄関……ここで行われているのは」

 

闘技場の真ん中に立つ二人の男が対峙する。一人は、鬼の仮面を被って金棒を持っていた。もう一人は浪人らしく、刀を持っている。

二人は同時に駆け出し、すれ違いざまに斬り合った。

 

「正真正銘の、殺し合いでさァ」

 

しかし、浪人は血を流して倒れた。

 

「勝者、鬼道丸!!」

 

「こんな事が……」

 

「賭け試合か……」

 

ナレーションが会場内に響くと、歓声はさらに大きくなる。その中で、新八と銀時が呟いた。それを受け、沖田が続ける。

 

「こんな時代だ、侍は稼ぎ口を探すのも容易じゃねェ。命知らずの浪人共が、金欲しさに斬り合いを演じるわけでさァ。真剣での斬り合いなんざ、そう拝めるもんじゃねェ。そこに賭けまで絡むときちゃあ、そりゃみんな飛びつきますぜ」

 

「趣味のいい見せ物だな、オイ」

 

「フン、同感だよ」

 

志乃は頬杖をついて、会場を睨み据えながら銀時に同調する。神楽は、怒り心頭で沖田の胸倉を掴んでいた。

 

「胸クソ悪いモン見せやがって、寝れなくなったらどーするつもりだコノヤロー!」

 

「明らかに違法じゃないですか。沖田さん、アンタそれでも役人ですか?」

 

「役人だからこそ手が出せねェ。ここで動く金は莫大だ。残念ながら、人間の欲ってのは権力の大きさに比例するもんでさァ」

 

幕府(おかみ)も絡んでるっていうのかよ」

 

「ヘタに動けば、真選組(ウチ)も潰されかねないんでね。これだから組織ってのは面倒でいけねェ。自由なアンタらが羨ましーや」

 

これは、沖田からの依頼なのだろう。そう察した銀時と志乃は、断ろうとする。

 

「……………………言っとくがな、俺ァてめーらのために働くなんざ御免だぜ」

 

「私もパス。妙なとこで顔見知り作りたくない」

 

「おかしーな、アンタらは俺と同種だと思ってやしたぜ。こういうモンは、虫唾が走る程嫌いなタチだと……。アレを見て下せェ。煉獄関最強の闘士、鬼道丸……今まで何人もの挑戦者を、あの金棒で潰してきた無敵の帝王でさァ。まずは奴を探りァ、何か出てくるかもしれませんぜ」

 

「オイ」

 

断っているのに、押し付ける形で依頼する沖田。

 

「心配いりませんよ。こいつァ俺の個人的な頼みで、真選組は関わっちゃいねー。ここの所在は俺しか知らねーんでさァ。だからどーかこのことは、近藤さんや土方さんには内密に……」

 

沖田は口元に人差し指を当て、ニヤリと笑う。

志乃はそんな彼を憎々しげに見ながら問うた。

 

「もしかしてこのために私を誘ったの?ったく。万事屋の依頼だったら、こんなまどろっこしいやり方しなくても直接頼みに来ればよかったのに。私は大歓迎だよ?トッキーは家族の用事で数日間いないし、他の連中もみんなここしばらく帰ってこないって言われたから」

 

「え?じゃあ今志乃ちゃん一人なの?」

 

「そーだよ。だからしばらくは、依頼が入らない限り暇を持て余しまくってんの」

 

志乃が新八の問いに、ぐーっと伸びをして答える。沖田はやはりそうかと言うような表情で彼女を見下ろしていたが、伸びで上に挙げた志乃の手を不意に掴んだ。

突然のことに、志乃は何かと沖田を見上げる。沖田はそんな彼女に見向きもせず、強く引っ張って歩き始めた。

 

「いっ!?ちょっ!」

 

「大歓迎か、そーかそーか。なら、尚更やってもらわねェと困りまさァ」

 

「放せよ!大体関係ねーじゃん私らは!!」

 

沖田は闘技場に比較的近い所まで志乃を連れて行くと、ひょいと彼女の首根っこを掴んで持ち上げた。

 

「アレ見ても、アンタは関係ねェと言い張れんのかィ?」

 

「はあ?それどーいうこ…………」

 

志乃が闘技場を見てみると、そこには2丁拳銃を構えた女が、大勢の浪人達を次々と撃ち殺していった。

その女は金髪を靡かせ、冷酷な紫色の目で血を流し倒れる浪人達を見下ろす。最後の一人を撃ったところで、ナレーションが響き渡った。

 

「勝者、金獅子!!」

 

「うおおお!!いいぞ金獅子ィ!!」

 

「流石、地球最恐と呼ばれる『獣衆』の一員だァァ!!」

 

長い金髪を煩わしそうに掻き上げた女に、志乃は釘付けになった。彼女にトドメを刺すように、沖田が言う。

 

「見た事あるだろィ?あいつァ、アンタのとこの姉ちゃんだ」

 

「ハル……なんで……」

 

志乃の声が、震える。

2丁拳銃をしまったその女は、志乃の仕事仲間で家族同然の女ーー矢継小春だった。

 

「残念だが、アイツだけじゃねェ。アンタの他の兄ちゃん姉ちゃんも、ここで大勢の浪人を殺してんだィ。アンタにゃツライかもしれねェが、コレが現実でさァ。どうだィ?これ見ても、アンタは関係ねェと言い切れるのかィ」

 

「……………………」

 

志乃は絶句して、何も言えなかった。

ただ、目の前で殺人ショーを繰り広げた小春を信じられない様子で見下ろしていた。

 

********

 

それから志乃は、銀時達と共に鬼道丸を追っていた。

 

志乃は駕籠の中で、ずっと小春のことを考えていた。沖田の話によれば、小春の他にも彼女の仕事仲間があの煉獄関で戦っているらしいが、今それ以上を考えると自分がどうにかなりそうだった。その気持ちを鎮めるためにも、志乃は銀時達についていった。

 

ふと、新八が口を開く。

 

「あの人も意外に真面目なトコあるんスね、不正が許せないなんて。ああ見えて直参ですから、報酬も期待出来るかも……」

 

「報酬の半分は私にも頂戴よ。あ、でもアンタら人数多いから……仕方ない、6:4くらいにしといてやるよ」

 

「何言ってるネ志乃ちゃん。アイツから慰謝料も含めて、多めに請求するヨロシ。私アイツ嫌いヨ。志乃ちゃんに対する依頼だって、あんなの脅しとあまり変わらないアル。しかも、殺し屋絡みの仕事なんてあまりのらないアル」

 

「のらねーならこの仕事おりた方が身のためだぜ。そーゆー中途半端な心構えだと思わぬケガすんだよ。それに、狭いから……」

 

銀時達は、一人乗りの駕籠に四人乗って、鬼道丸を尾行しているのだ。狭いことこの上ない。

しかし、三人は降りるつもりはなかった。

 

「私は煉獄関(あそこ)にケリつけなきゃならないから、やるっきゃないもん」

 

「銀さんが行くなら僕達も行きますよ」

 

「私達三人で一人ヨ。銀ちゃん左手、新八左足、私白血球ネ」

 

「全然完成してねーじゃん。何だよ白血球って。一生身体揃わねーよ」

 

神楽の発言にツッコミを入れてから、銀時は駕籠の運び人にいちゃもんをつける。

 

「オイ!何ちんたら走ってんだ、標的見失ったらどーすんだ!!」

 

「うるせーな、一人用の駕籠に四人も乗せて速く走れるか!!」

 

「あん?俺たちはな、三人で一人なんだよ。俺が体で神楽が白血球、新八は眼鏡」

 

「眼鏡って何だよ!ってゆーか眼鏡かけてんの?どーゆう人なの」

 

「基本的には銀サンだ。お前らは吸収される形になる」

 

「嫌アル、左半身は神楽にしてヨ!」

 

「ハイハイうるさい。ってゆーか止まったよ」

 

呆れながら三人を宥めると、志乃は鬼道丸を乗せた駕籠が止まったのを見た。鬼道丸が、駕籠から降りる。それを見た四人は一斉に駕籠から降りた。しかし、銀時を踏場にする。

と、ここで運び人が去り行こうとする銀時達に代金を請求した。

 

「オイちょっと待て、代金!!」

 

「つけとけ!」

 

「つけるってどこに!?」

 

「お前の思い出に!」

 

テキトーなことを言いながら、銀時達は鬼道丸を追いかける。

鬼道丸を追いかけて辿り着いた先は、廃寺だった。その中から、悲鳴らしき叫び声が聞こえてくる。

 

「何なんだろ」

 

「……お前らはここで待ってろ」

 

「銀さん!!」

 

「銀!」

 

銀時は新八らを置いて、単身廃寺に駆け寄った。ボロボロで穴だらけの障子をゆっくりと開けると、中ではたくさんの子供達が遊んでいた。

思わぬ光景に、銀時は驚く。

 

「こいつァどーゆうことだ?」

 

前屈みになって中を覗く銀時の背後に、別の気配が近寄った。

 

「どろぼォォォ!!」

 

気配の主はそう叫び、銀時の尻にカンチョーをお見舞いした。

 

********

 

「申し訳ない。これはすまぬことを致した。あまりにも怪しげなケツだったので、ついグッサリと……」

 

「バカヤロー、人間にある穴は全て急所……アレッ?」

 

「うるさいから黙ってて」

 

この先銀時が言うことを察した志乃は、話が変な方向に行っては困るとばかりに、銀時の頭を蹴りつけた。

銀時にカンチョーを浴びせた和尚らしき男は、銀時を案じた。

 

「大丈夫なのか、彼は……」

 

「気にしないで。話続けて」

 

「あ、ああ……」

 

蹴った本人は何食わぬ顔で、和尚に続きを求めた。

 

「だが、そちらにも落ち度があろう。あんな所で人の家を覗き込んでいては……」

 

「まあ、それは私らも悪かったよ」

 

「スイマセン、ちょっと探し人が……」

 

「探し人?」

 

「ええ。和尚さん、この辺りで恐ろしい鬼の面を被った男を見ませんでしたか?」

 

「鬼?これはまた面妖な。では、貴方方はさしずめ鬼を退治しに来た桃太郎というわけですかな」

 

「ハン。三下の鬼なんて興味ないね、狙うは大将首さ。ま、その鬼が立派な宝持ってんなら別の話だけど」

 

「宝ですか……。強いて言うならあの子達でしょうか」

 

志乃が鼻で笑って答えた瞬間、目の前に鬼道丸が現れ、彼女に返してきた。

それに思わず、銀時、新八、志乃は驚く。

 

「うぉわァァァァァァ!!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

「てっ……ててててめー、どーゆうつもりだ?」

 

「貴方方こそどーゆーつもりですか?闘技場から私をつけてきたでしょう」

 

「え!?ウソ!じゃ、ホントに和尚さんが!?」

 

「私が煉獄関の闘士、鬼道丸こと……道信と申します」

 

なんと鬼道丸の正体は、廃寺で子供達を育てている和尚だった。

その事実に、志乃はあんぐりと口を開けたまま道信を見つめた。

 

********

 

子供達が外で遊ぶのを眺めながら、銀時と道信は話していた。一方志乃は、子供達と遊んでいた。

 

「待てェェェ!ガキ共ォォォ!!」

 

「うわーっ!逃げろォォ!」

 

鬼ごっこで鬼役をしている志乃は、叫びながら子供達を追いかける。追いかけながらも、志乃は笑顔だった。

志乃はふと立ち止まり、銀時と話している道信を見やる。

 

彼らを養うために、道信はあんな危険を冒してまで戦ったのだろうか。いつ命を失ってもおかしくない、あんな狂った闘技場で。

そんな人殺しが、こんなにたくさんの子供達に慕われているなんて誰も思いもよらないだろう。

 

「……良い人だね、あの人」

 

「何言ってんのお姉ちゃん?先生は良い人に決まってんじゃん!」

 

志乃の独り言を聞いた子供達が、鬼ごっこをやめて彼女に近寄ってきた。

 

「先生はね、僕達を拾って育ててくれたんだよ!」

 

「泣き虫だけど、とても優しいいい先生なんだ!」

 

「……そっか。素敵な人なんだね」

 

「うん!僕達にとっては、大好きな父ちゃんなんだ!!」

 

それを聞いた志乃は、目を見開いて子供達を見た。

急に黙った志乃に、子供達がどうしたのかと覗き込む。

 

「お姉ちゃん?」

 

「………………ハイ、タッチ。あんた鬼ね」

 

「えっ?あああ!!ズルいよお姉ちゃん!!」

 

「あはは!悔しいなら捕まえてみな!!」

 

ーーいいな。父ちゃんがいて。

 

志乃の本音は、喉まで出かかった。しかしそれを呑み込み、志乃は再び子供達と鬼ごっこを再開した。

ふと、銀時が志乃を呼び止める。

 

「オイ志乃、帰るぞ」

 

「ん?はいよ〜」

 

「えー!!もう行っちゃうの?」

 

「もっと遊ぼうよ、お姉ちゃん!」

 

「悪いね、私も帰らなきゃ。あ、そーだ」

 

裾や着物を引っ張る子供達を宥めると、志乃は懐から一人の子供に名刺を差し出した。そして、彼に微笑む。

 

「私の名前は霧島志乃。頼まれたら何でもやる万事屋やってんだ。何か困ったことがあれば、いつでもおいで。サービスするよ」

 

志乃はそう言って子供達の頭を撫でていくと、銀時達の背中を追い、駆け出した。



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ロマンを追い求めたい気持ちは男も女も変わりない

翌日。志乃と銀時は、突如依頼人の沖田にレストランへ呼び出された。

しかし、そこには何故か土方も座っており、二人は顔を見合わせて取り敢えず向かいの席に座る。目の前の机には、マヨネーズがどっさり乗った(どんぶり)が置かれていた。

それを、席に着いた二人に土方が勧める。

 

「まぁまぁ、遠慮せずに食べなさいよ」

 

「……何コレ?」

 

「旦那、嬢ちゃん、すまねェ。全部バレちゃいやした」

 

「あーあ、総兄ィやらかしたの?何やってんのもー……」

 

「イヤイヤ、そうじゃなくて」

 

銀時は三人の会話を切り、マヨネーズ丼を持って見せた。

 

「何コレ?マヨネーズに恨みでもあんの?」

 

「カツ丼土方スペシャルだ」

 

「こんなスペシャル誰も必要としてねーんだよ。オイ姉ちゃん、チョコレートパフェ一つ!」

 

「お前は一生糖分摂ってろ。どうだクソガキ、総悟。ウメーだろ?」

 

「総兄ィ、何コレ猫のエサ?」

 

「違ーんだな、嬢ちゃん。こいつァ犬のエサだぜィ」

 

「えー、スゴイじゃんチンピラ!まさかカツ丼を犬のエサに昇華出来る奴がいるとは……」

 

「……何だコレ?奢ってやったのにこの敗北感……」

 

「アンタにゃ敗北がお似合いだよチンピラ」

 

「テメー、絶対俺のことなめてんだよな?そうだよな?だからそんな態度しかとらねーんだろクソガキ」

 

相変わらず仲の良い土方と志乃。土方は煙草を吸うと、話を始めた。

 

「まぁいい、本筋の話をしよう。……テメーら総悟に色々吹き込まれたそうだが、アレ全部忘れてくれ」

 

「んだオイ、都合のいい話だな。その感じじゃテメーもあそこで何が行われてるのか知ってんじゃねーの?」

 

「ケッ!大層な役人さんだねェ。目の前で犯罪が起きてるのに知らんぷりときた」

 

「いずれ真選組(ウチ)が潰すさ。だがまだ早ェ。腐った実は時が経てば自ら地に落ちるもんだ」

 

志乃はマヨネーズのあのドロっとしたねっとり感と格闘しながら、カツ丼土方スペシャルをもぐもぐと食べる。

土方も、カツ丼に手をつけた。

 

「大体、テメーら小物が数人刃向かったところでどうこうなる連中じゃねェ。下手すりゃウチも潰されかねねーんだよ」

 

「土方さん、アンタひょっとして全部掴んで……」

 

「……近藤さんには言うなよ。あの人に知れたら、なりふり構わず無茶しかねねェ。天導衆って奴ら知ってるか?将軍を傀儡にし、この国をテメー勝手に作り変えてる。この国の実権を事実上握ってる連中だ……」

 

「何でそんなこと私らに話すの?つーか話していいわけ?」

 

「本来なら一般市民に話すことじゃねーんだがな、仕方ねーだろ。あの趣味の悪い闘技場は、その天導衆の遊び場なんだからよ」

 

「!!」

 

志乃は、思わず目を見開く。

 

ーーそんな勝手な奴らのために、私の家族が殺しをさせられているのか。

 

突如、胸の奥に激しい怒りと憎しみが湧き上がってきた。

それを抑え込むように、志乃はカツ丼土方スペシャルにがっつく。

見事平らげた志乃は、丼を机に置いた。

 

「……ごちそうさま」

 

「?オイ、どこ行くんだ志乃」

 

志乃は立てかけていた金属バットを腰に差し、立ち上がって店の出口に向かおうとする。

銀時が咎めると、沖田と土方が座る隣で、志乃は立ち止まった。

 

「要件はアレだけなんだろ?わかったよ、全て忘れたさ」

 

「……嬢ちゃん」

 

「んじゃ、バイバイ」

 

何か言いたげな沖田を無視して、志乃は微笑を浮かべて店を出て行った。

沖田は彼女の背中を見届けた後、銀時を振り返った。

 

「……いいんですかィ、ほっといて」

 

「仕方ねーだろ。思春期のガキにゃ色々あるもんさ」

 

銀時も立ち上がり、志乃と同じように沖田らの隣まで歩いて、立ち止まる。

 

「オメーもオメーだ。あいつに変なもん見せやがって。女の子ってはめちゃくちゃナイーヴなんだよ。あーあ、ったくめんどくせーことしてくれたな。ありゃズタボロだぜ、確実にグレるな」

 

銀時はわしゃわしゃと煩わしそうに髪を掻き、レストランを出て行った。

 

********

 

夕方。コンビニ弁当を買って帰ってきた志乃は、鍵を開けて家に入ろうとした。しかし。

 

ガチャ

 

「ん?」

 

おかしい。鍵を開けたはずなのに、鍵が閉まっている。

時雪が帰ってきた?いや、それはない。彼はまだ数日実家に帰っているはずだ。

 

ーーまさか、誰か忍び込んだのか……!?

 

嫌な予感がした志乃は、すぐにまた鍵を開けて勢いよく扉を開けた。

 

「あ、おかえりなさい。志乃ちゃん」

 

居間のソファに、一人の男が腰かけていた。男は前髪で左目を隠し、レタスをむしゃむしゃと食らっていた。

懐かしい顔の出現に、志乃は驚いて彼を見た。

 

「アンタ…………」

 

「あれ?『ストーカーァァ!!』って殴ってこないの?うーん。嬉しいよーな、寂しいよーな……」

 

「なんで……アンタがここに居んだよ」

 

志乃は男ーー杉浦大輔を、呆然として見つめる。

対する杉浦は優しげな笑みを浮かべて、向かいのソファを指差して言った。

 

「まぁ、座りなよ」

 

「……いや、ここ私の家なんだけど?」

 

********

 

志乃は仕方なく杉浦にお茶を淹れ、彼に差し出す。

志乃はコンビニ弁当を、杉浦はレタスを食べながら話が始まった。

 

「俺さ、真選組やめたんだ」

 

「そーなの?」

 

「うん。俺元々あそこに長居するつもりはなかったし、そもそもあの人らに対して情もなかったからね」

 

杉浦はレタスを飲み込むと、志乃が淹れてくれたお茶を啜った。

 

「ん、美味しいよ」

 

「ありがと」

 

湯呑みを置いてから、杉浦は続ける。

 

「今、別のとこで元気にしてるよ」

 

「ふーん、どこ?」

 

「…………聞きたい?」

 

「じゃあ聞かない」

 

「そうだね、志乃ちゃんにはそっちの方がいいかも。流石"銀狼"の末裔だけはあるね。危険察知能力が高い」

 

銀狼。その名を聞いた瞬間、志乃の手はピクリと反応した。

チラリと杉浦を見る。杉浦は彼女の視線に気付き、ニコリと笑っていた。

こいつ……春雨の手の者か?志乃は慎重に、それを探りに出た。

 

「……何ソレ?聞いたことないね」

 

「あ、そう?じゃあ、志乃ちゃんはまだ知らないんだね?本当の自分のことを」

 

「本当の自分?少なくとも、私は自分のことは全部知ってるつもりだけど」

 

「そっか。なら、有名なのはお兄さんの方なのかな?」

 

志乃は思わず、バッと顔を上げてしまった。何故。何故こいつが、自分に兄がいたことを知っている?

 

「……アンタまさか…………」

 

「何だい?」

 

「…………鬼兵隊の奴か?」

 

敢えて高杉とは言わず、彼の組織していた鬼兵隊の名を使う。今はないらしいが、あながち間違ってはないだろう。

杉浦はポカンとしていたが、すぐに笑みを浮かべ、両手を軽く挙げた。

 

「流石志乃ちゃん。アタリだよ」

 

「!!」

 

「でも安心して。今回高杉さんは関わってないから。俺が個人的に、君に会いにきただけだよ」

 

「…………本当に?」

 

「本当だよ。だから、そんな警戒しないでよ。……志乃ちゃんは余程、高杉さんが嫌いらしいね」

 

「そこまででもない」

 

「そっか。それ聞いたら、高杉さんきっと喜ぶよ」

 

志乃は不服そうに、コンビニ弁当のマヨネーズが乗った唐揚げを口にする。マヨネーズの量は天と地の差程違うが、昼に食べた土方スペシャルを思い出した。

タルタルソースにしといてよ。志乃は心の中で不満を漏らした。

 

「……で、私に何の用があって来たの?」

 

「ああ、君の仲間が煉獄関で戦わされてるって聞いてね。心配して見に来たんだよ」

 

「!!」

 

こいつ、そんなことまで知ってるのか。

志乃は驚いたが、なるべく平静を装い、白飯の真ん中に置かれたカリカリ梅を口にする。口の中に酸っぱい味が広がった。

 

「その様子じゃ、君はもう知ってたみたいだね」

 

「フン、白々しい。どーせアンタも全部知ってたんでしょ」

 

「まあね」

 

悪びれもなく、杉浦は笑う。彼の態度に若干イラつきながら、志乃は本題に切り込んだ。

 

「んで?だから何?心配しなくても私は大丈夫だから。とっとと帰って」

 

「ねぇ志乃ちゃん。『獣衆』って連中知ってる?」

 

その言葉に、志乃は再び固まる。訝しげな彼女の目を見て、杉浦は続けた。

 

「徳川幕府開府以前に発足した傭兵集団でね。戦争での策略や謀略、戦闘員まで何でもこなす、戦闘のエキスパート。特に戦いっぷりが壮絶らしくってね。敵を殺すというよりかは獲物を狩るような荒々しさから、『獣衆』と呼ばれるようになったんだ」

 

「…………」

 

志乃は話を聞きながら、黙ってお茶を飲んだ。

 

「『獣衆』は、結成当初からたった五人しかいなかった。それだけの人数で、千騎百隊と同等の力を持っていたというんだから、怖いよね〜。人々は五人それぞれに、髪の色と動物の名前をくっつけた呼び名を作ったんだ。"銀狼"、"金獅子"、"黒虎"、"赤猫"、"白狐"。その呼び名は、以来一族当主の証として、今も受け継がれているって話だよ」

 

「…………」

 

「銀狼は、『獣衆』の棟梁を務める一族。剣を得物とし、敵陣に真っ先に斬り込み、狩っていった……。確か、今の当主の名前は……

 

 

 

 

 

 

ーー霧島刹乃って言うんだっけ」

 

「!?」

 

兄の名前が出たことに、志乃は思わず立ち上がった。

杉浦は驚愕の表情を浮かべる彼女に微笑を向けながら、続ける。

 

「攘夷戦争でその名を馳せた、地球最恐の剣士。その実力は、あの白夜叉にも勝ったっていうよ。俺は戦争には参加してなかったけど、一度彼に会ったことがある。ま、そう言ってもすれ違った程度なんだけどね。強くて気高くて、何より儚くて……君にとてもそっくりだった。だから、もしかしたら君が銀狼の妹なんじゃないか……って思ってた」

 

杉浦は、淡々と続ける。

 

「で、高杉さんに聞いたらどうだ。ビンゴだったよ。君は、『獣衆』最恐の剣士・銀狼の末裔なんだ。君がいくら否定しても、君にもその血が流れている。剣士としての血が、戦いを求める血がね」

 

志乃は身体中から力が抜け、ぺたりとソファに座り込んだ。

衝撃だった。

 

私は、銀狼。地球(このほし)最恐の、剣士。

信じられない。いや、信じたくないというのが正しいだろう。

 

私は、普通の侍の子供じゃなかった。私があんなに強いのも、全て銀狼の血筋だったからなのか。

色んな思いがぐるぐる巡るが、志乃は胸元の服を握り締め、気持ちを落ち着かせた。

 

私には四人の仲間がいる。同じ戦いを好む血を持つ仲間が。その仲間ーー小春たちが今、その実力を買われて殺し合いを演じられている。

それなのに……棟梁の自分が、仲間を傷付けられて、黙っていられるはずがない!

 

志乃の心を、燃え滾る炎のような怒りが支配しようとしていた。

杉浦はお茶を飲み干すと、腰を上げて店を出て行った。

 

「それじゃあ、またね」

 

********

 

杉浦との邂逅から、翌日。この日は雨だった。

万事屋銀ちゃんに遊びに来た志乃は、昨晩のことを新八と神楽から聞いた。

 

道信が、煉獄関の連中に殺されたというのだ。志乃は驚いたが、嘆息してソファに座った。

あんな危ない連中とつるんでいたのだ。逃げたところで、殺されるのは目に見えている。

当然だろうと思ったが、子供達と平和に暮らしたかった彼に想いを馳せ、嘆息する他なかった。

 

しばらくすると、そこに沖田もやってきて、道信が死んだことを報告しに来た。銀時は窓の外を眺めながら、溜息を吐く。

 

「何もこんな日にそんな湿っぽい話持ち込んでこなくてもいいじゃねーか……」

 

「そいつァすまねェ。一応知らせとかねーとと思いましてね」

 

「ゴメン銀ちゃん、志乃ちゃん」

 

「僕らが最後まで見届けていれば……」

 

「別にアンタらのせいじゃないでしょ。あんな危ない連中と関わってた時点で、ロクな死に方出来ないことくらい、あの人もわかってたって」

 

ソファに凭れかかり、天井を仰ぐ。

彼女の悔しげな目を見ながら、沖田も口を開いた。

 

「ガキ共はウチらの手で引き取り先探しまさァ。情けねェ話ですが、俺達にはそれぐらいしか出来ねーんでね。旦那、嬢ちゃん、妙なモンに巻き込んじまってすいませんでした。この話はこれっきりにしやしょーや。これ以上関わってもロクなことなさそーですし」

 

沖田が立ち上がり、去ろうとしたその時、万事屋の扉を誰かが開けた。

その音の方向に志乃が目を向けると、そこには道信が育てていた子供達がいた。

 

「……に、兄ちゃん、お姉ちゃん。兄ちゃん達に頼めば何でもしてくれるんだよね。何でもしてくれる万事屋なんだよね?お願い!先生の敵討ってよォ!」

 

一人の子供が銀時にドッキリマンシールを差し出すのを皮切りに、子供達は袋に詰め込んだたくさんのおもちゃを机の上に置いた。

 

「お金はないけど……みんなの宝物あげるから。だからお願い」

 

「僕、知ってるよ。先生……僕達の知らないところで悪いことやってたんだろ?だから死んじゃったんだよね。でもね、僕達にとっては大好きな父ちゃん……立派な父ちゃんだったんだよ……」

 

子供達の嗚咽が、室内に響く。

志乃は彼らを見つめていたが、ふと口角を上げ、銀時の机の上にあるドッキリマンシールを手に取った。

 

「わぁっ!ねぇ、コレってドッキリマンシールだよね」

 

「そーだよ、レアモノだよ。何でお姉ちゃん知ってるの?」

 

「だってさ……私も集めてるもん、ドッキリマンシール。コレくれるんなら私何だってやれちゃう。ついでにサービスもたくさんしちゃおっかな?」

 

「お姉ちゃん!」

 

「ホントに?ホントにやってくれるの⁉︎」

 

ドッキリマンシールに軽くキスをして、ウインクしてみせる。子供達に、希望の光が差し込んだ。

志乃は駆け寄ってくる子供達と視線を合わせ、しゃがみ込んだ。

 

「もちろん、何でもやってやるよ。頼み事は何?」

 

「お姉ちゃんお願い!父ちゃんの敵を討って!!」

 

「了解。任せてよ」

 

志乃はニカっと子供達に笑いかけ、彼らの頭を撫でた。

それから立ち上がった志乃の背中に、銀時は声をかける。

 

「オーイ志乃。それは俺のだぞ」

 

「何言ってんの?依頼は私が先にもらったんだから。今回は私の仕事。首突っ込まないで」

 

「……ったく、しゃーねーな」

 

ドッキリマンシールを渡すつもりはないと、志乃がそっぽを向く。

銀時は肩を竦めて、子供達のおもちゃの中からけん玉を手に取り、志乃と並んだ。

 

「仕事仲間の(よしみ)ってヤツだ。付き合ってやるよ」

 

「銀……ありがと」

 

お互いを横目に笑いかけながら、二人は部屋を出て行こうとした。

 

「ちょっ……旦那、嬢ちゃん」

 

「銀ちゃん志乃ちゃん、本気アルか」

 

沖田と神楽が咎めるが、それでも彼らの気持ちは変わらない。

 

「酔狂な奴らだとは思っていたが、ここまでくるとバカだな」

 

腕組みをして、土方が部屋の前に立っていた。二人を見ずに、続ける。

 

「小物が一人二人刃向かったところで潰せる連中じゃねーと言ったはずだ……死ぬぜ」

 

「オイオイ何だ。どいつもこいつも人ん家にズカズカ入りやがって」

 

「家賃も払えないクセにどの口が言ってんだか」

 

「ハッハッハッ、一体何を言ってるんだろうねこの娘は」

 

「いでででで!!てめっ、わざとやってるだろ!!絶対わかってやってるわ!!」

 

銀時が自分を小馬鹿にした志乃の頬を、強く引っ張る。志乃が何やら叫んでも、銀時はお構いなしに抓った。

それから手を離し、土方に言う。

 

「安心しろ。テメーらにゃ迷惑かけねーよ。どけ」

 

「別にテメーらが死のうが構わんが、ただ解せねー。わざわざ死にに行くってのか?」

 

「死にに行かなくても俺達ァ死ぬんだよ」

 

銀時の言葉を受けて、志乃もフッと笑った。

 

「私らにはね、心臓なんかよりも大事な器官が存在してんの。目には見えないけど、そいつは確かに私らの中にはあってさ。それがあるから、真っ直ぐ立っていられる。フラフラしてても、真っ直ぐ歩いて行けるんだ。こんなとこで立ち止まったら……魂が、折れちゃうんだよ」

 

「心臓が止まるなんてことよりそっちの方が一大事でね。こいつァ老いぼれて腰が曲がっても真っ直ぐじゃなきゃいけねー」

 

銀時と志乃はそう言って、店から出て行った。

そんな二人に、土方は呆れる。

 

「……己の美学のために死ぬってか?……とんだロマンティズムだな」

 

「なーに言ってんスか?男はみんなロマンティストでしょ」

 

「いやいや女だってそーヨ、新八」

 

「それじゃバランス悪過ぎるでしょ?男も女もバカになったらどーなるんだよ」

 

「それを今から確かめに行くアルヨ」

 

新八と神楽もそれぞれおもちゃを貰い、木刀と傘を持って銀時と志乃の後を追う。

 

「………………どいつもこいつも……何だってんだ?」

 

「全く、バカな連中ですね。こんな物のために命かけるなんて、バカそのものだ……」

 

「全くだ、俺には理解出来ねェ。ん?」

 

沖田も子供達のおもちゃを貰い、彼らについて行こうとしていた。それに、土方が気付く。

 

「……って、何してんだァ!?どこ行くつもりだァァ!!」

 

「すまねェ……土方さん。俺もまたバカなもんでさァ」

 

沖田は土方を振り返って笑うと、店の扉を閉めて出て行った。

残された土方は一人、頭を抱えるのだった。



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刀は何でも斬れるわけじゃない

「チッ、この化け物が!!」

 

小春は両手に得物の2丁拳銃を持って舌打ちをする。

今日も彼ら「獣衆」は、ここ煉獄関で狂ったショーを演じていた。

 

しかし、今回の相手はいつもと違った。

目の前に立つ鬼のような顔をした天人ーー「荼吉尼(だきに)」の鬼獅子。「荼吉尼」は、「夜兎」「辰羅」に並ぶ武を誇る傭兵部族。力も並みでないし、戦い方も残忍だ。

 

小春は、チラリと他の仲間を見やる。皆自分と同じように鬼獅子に挑み倒され、ボロボロだった。

鬼獅子が一点に集中しないよう、バラバラに分かれて彼を囲む。こちとら地球最恐と呼ばれた戦闘集団だが、今まで戦ってきたどんな相手よりも強い。

 

しかし、生きて帰らねば。自分達には、護るべき存在がいるのだ。

 

それを確認し合った四人は、アイコンタクトを送る。

まず最初に、お瀧が手裏剣を鬼獅子に投げつけた。鬼獅子がそれを金棒で打ち落とすと、小春が彼の金棒を握る右手を狙い、引き金を引いた。発砲の音が会場内に響くと、右手自体には当たらなかったものの、金棒を手から離すことに成功した。

小春が拳銃を向けたのと同時に走り出していた橘が、長刀を振り下ろす。

 

「おおおおおおおお!!」

 

しかし。

 

ーーバシィッ!

 

鬼獅子は迫り来る長刀の柄を握り締め、簡単に折ってしまう。

橘がそれに目を見開いた瞬間、彼の腹に拳が打ち込まれた。強い一撃を受けた橘は血を吐き、振り抜かれた拳に押され、壁に激突した。

 

「貴様ァ!!」

 

小太刀を両手に構え、お瀧が姿勢を低くして走り出す。鬼獅子は落とした金棒を手に取り、お瀧に振り下ろした。

お瀧は跳躍してそれをかわし、小太刀を突きつけた。鬼獅子は小太刀を左腕につけた防具であっさり防いだ。

 

「軽いわァァァ!!」

 

「うぐぁっ!!」

 

下から打ち上げられたお瀧は、顎を強打し、宙へ吹っ飛ばされる。鬼獅子がドサリとお瀧が落ちた音を背中で聞いた瞬間、今度はメリケンサックをはめた八雲が躍り出た。

八雲を潰そうと金棒を振り上げ、下ろす。

八雲は両腕を十字にして防いだが、衝撃が強過ぎたらしい。骨が折れる音が彼の耳に入ってきた。

 

見かねた小春も駆け込んできて、鬼獅子の右目に向けて銃弾を撃ち込む。鬼獅子は金棒で顔を防ぎながら、前に立つ八雲の体を蹴り飛ばした。

小春の銃弾をかわしつつ、鬼獅子は彼女を殺そうと金棒を振り回す。それをジャンプで避け、心臓を撃った瞬間、小春の体が宙に浮いた。

頭を、鬼獅子にがっちり掴まれている。このまま握り潰すつもりか。そう思うだけで、ゾッとした。鬼獅子はニヤリと笑い、小春の頭を握る手に力を込めた。

 

「ひっ……!!ぎゃあああっ!!」

 

「がはははははは!!あの伝説の『獣衆』がまさかこの程度とは。つまらんな!!」

 

小春は、死を覚悟した。その時、彼女の脳裏に一人の少女の笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

「この程度だァ?『獣衆(あたしら)』バカにすんなよ」

 

 

 

どこかから聞こえてきた、余裕そうな声。

それと同時に、小春を掴んでいる鬼獅子の腕に、刀が刺さっていた。

 

「!!」

 

「!?何……?」

 

鬼獅子はすぐに、腕に刺さった刀を抜く。

闘技場の入り口に、何者かが立っていた。その人物は鬼の面を被って顔を隠し、こちらへ歩いてきた。

 

「きっ……鬼道丸!?バ……バカな、奴は確かに……。誰だ!?どっから忍び込んで……」

 

「……貴様、何故ここにいる?貴様は確かにわしが殺したはず……」

 

そう。鬼の面は鬼道丸ではあるが、その下の体は細かった。藤色の浴衣を纏い、金属バットを携えていた。

女だ。鬼獅子はそう思った。

 

小春を手から離し、鬼道丸に向き直る。小春はドサッと倒れ込み、突如現れた少女に目を見張っていた。

会場内が騒然とする中、鬼道丸(仮)が鬼獅子に向かって喧嘩腰に高い声で言う。

 

「よォ!アンタか?私を殺したのは。イライラして未練タラタラで成仏出来なかったじゃねーか。どーしてくれんだよコノヤロー」

 

「ここはもう貴様の居場所じゃない。わしの舞台じゃ。消え去れ」

 

仮面の下で、フッと笑う声が聞こえた。

 

「消えねーよ。真っ直ぐに生きたバカの魂は、自分(てめー)の体が滅ぼうが消えやしねー」

 

「ほう。ならば、その魂……今ここで掻き消してくれる!!」

 

鬼獅子と鬼道丸(仮)が、同時にそれぞれの得物を構えて、斬り合う。鬼道丸(仮)の右の角が壊れ、鬼獅子の額が切れた。

お互い背中合わせとなり、鬼獅子は左手で腰に差してある短刀を抜いて、振り向きざまに鬼道丸の仮面に突き刺した。

しかし、中まで突き刺した手応えが無い。中身の人間がいなかった。鬼獅子はキョロキョロと辺りを見回すが、気配を感じない。

 

不意に、強烈な殺気を背後から感じた。

 

少女は銀髪を靡かせ、金棒を持つ鬼獅子の右腕を狙い、金属バットを振るった。

打ち据えられる前に、鬼獅子は金棒で金属バットを迎え撃つ。金属同士が強くぶつかり合う音がした。

しかし鬼獅子は、あまりに強く重い少女の一撃に、体がよろめいた。それと同時に、動揺していた。

 

何故、こんな細い腕から、あそこまでの威力を乗せられるのか。

 

少女は距離を詰めようと鬼獅子に駆け出す。

鬼獅子は、少女が自分の攻撃圏内に入った所を狙って、横薙ぎに殴った。

 

「がはっ……!!」

 

横腹に見事炸裂した一撃に、少女は血を吐く。鬼獅子は彼女を壁に叩きつけようと、一気に振り抜こうとした。

しかし。

 

「!!」

 

「ククッ……」

 

少女はがっちりと鬼獅子の金棒を脇で挟むように捕まえていた。いくら彼が動かそうとしても、動かない。

この少女の尋常じゃない力は、まさかーー。

 

「オイデカブツコラァ。この程度じゃあ、私の魂は折れねーぞ?」

 

少女は焦る鬼獅子に、ニヤリと笑ってみせる。

上唇を舐め、獲物を狩ろうとするその目は。

 

銀狼(あたし)を殺したければ、妖術でも習って出直してくるんだね」

 

少女は金棒を引っ張ってこちらに引き寄せ、耳元でそう言う。

それが聞こえた時にはもう、彼女の金属バットは鬼獅子の腹回りを守る防具を貫通していた。ミシミシと痛々しい音を立てながら彼の鳩尾にこれでもかというほどめり込んでいた。

 

「ま……まさ、か……貴様……は………………ぎ、ぎん…………ろ」

 

そこまで言うと、鬼獅子は気を失い、腹の底に響く重低音と共に倒れた。

この一部始終を見ていた小春は、驚きを隠せず、呆然と立ち上がっていた。

 

「何で…………何で貴女が……ここに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

志乃ちゃん……!!」

 

鬼道丸の仮面を拾った志乃は、口元に流れる血を拭い、小春を振り返った。

 

「大丈夫?助けに来たよ」

 

「何でこんな所に……!来ちゃダメよ!!」

 

「オイ」

 

志乃に駆け寄る小春。彼女らの元に、煉獄関を仕切る連中が現れた。

そのリーダー格の男が、志乃に詰め寄る。

 

「てめー、なんてことしてくれやがる。俺達のショウを台無しにしやがって。ここがどこだかわかってるのか?」

 

「わかってるよ。ここが政府の関わってる面倒な違法賭博場ってことくらいは」

 

「だったら何だ。ガキが来る所じゃねーんだよ。一体どーいうつもりだ。てめーは何者だ?」

 

警戒しながら志乃に問う男。志乃は笑みを浮かべたまま、金属バットを肩に担いだ。

咎めようとする小春を下がらせ、志乃は数歩前に出た。そして、名刺を差し出す。

 

「私は万事屋志乃ちゃんオーナー、霧島志乃でーす。今回の依頼により、ここをぶっ潰しに来ましたー」

 

「なっ……!?ふざけんな、このクソガキが……!!」

 

志乃に襲いかかろうと走り出した瞬間、彼らの足元に銃弾の雨が降り注ぐ。煉獄関の連中は、銃弾の元を振り返った。

そこには、鬼のお面を被った三人組が立っていた。彼らは観客席から、こちらへ降り立つ。

 

「なっ、何者だアイツら!!」

 

まず一人が、お面を脱ぐ。新八だ。

 

「ひとーつ!人の世の生き血を啜り」

 

続いてもう一人が、お面を脱いだ。神楽だ。

 

「ふたーつ!!不埒な悪行三昧」

 

最後に真ん中に立った一人が、やる気なさそうにお面を脱ぐ。銀時だ。

 

「えー、みーっつ……み……みみ、魅惑的な人妻を……」

 

「違うわァァァァ!!」

 

何やらアヤシイ発言をしようとした銀時の顔に、新八のハイキックが炸裂する。

その隣で、神楽と志乃が、間違いを訂正した。

 

「銀ちゃん、みーっつミルキーはパパの味アルヨ」

 

「違うよ神楽。そもそもアレは"み"から始まらないよ。切る身はパパの味だから」

 

「ママの味だァァ!!あと、切る身の方は都市伝説じゃねーか!!違う違う!!みーっつ醜い浮世の鬼を!!」

 

敵からツッコミを受け、締まりが悪くなった。志乃は、リーダー格の男に頼む。

 

「仕方ない、やり直そう。スンマセーン、『なっ、何者だアイツら!!』からお願いしまーす。じゃ、行きますよ〜。Take(テイク)2(ツー)!!よ〜〜い……アクション!!」

 

「なっ、何者……ってオイぃぃぃ!!何もう一回やらせてんだよ!!結構恥ずかしいじゃねーか!!」

 

現場監督風に仕切る志乃。彼女の隣で、小春が何故かカチンコを持っていた。

再びツッコミを入れられた後、何とか仕切り直して、銀時達は決めポーズに移った。

 

「「「退治てくれよう!万事屋銀ちゃん見参!!」」」

 

「………………ふ、ふざけやがってェ!!やっちまえェ!!」

 

ようやく襲いかかってきた敵の一人に向けて、銀時は蹴りをお見舞いする。

 

「死んでも知らねーぜ!こんな所までついてきやがって」

「僕らよりも年下の女の子が一人で行ったら、僕らも行くしかないじゃないですか!っていうかまだ今月の給料も貰ってないのに死なせませんよ‼︎」

 

「今月だけじゃないネ、先月もアル」

 

「先月はお前仕事無かっただろーが!」

 

「じゃあ今回は貰えるネ」

 

「あはは!諦めて給料払ってやんな、銀!」

 

志乃も金属バットを振るい、敵をなぎ倒していく。

 

「なっ……何なんだ、こいつら」

 

四人の圧倒的な強さに、リーダー格の男は後退りした。

しかし、何故だ。何故彼らは、鬼道丸という人殺しのために、ここまで戦うのか。彼にはわからなかった。

その背中に、刀が突きつけられる。刀の持ち主は、沖田だ。

 

「理解出来ねーか?今時弔い合戦なんざ、しかも人斬りのためにだぜィ?得るもんなんざ何もねェ。わかってんだ、わかってんだよんなこたァ。だけど、ここで動かねーと、自分が自分じゃなくなるんでィ」

 

「てっ……てめェらこんなマネしてタダで済むと思ってるのか?」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

不意に入ってきた声に、リーダー格の男は、バッと顔を上げる。そこには、金属バットをこちらに向け、自分に飛びかかってきた志乃がいた。

思わぬ光景に、男は思わず腰が抜けてしまう。

志乃は彼の体を足で跨ぎ、逃げられないように顔の横に金属バットを突き立てた。仰向けに倒れた男の上に馬乗りになった志乃は、殺気を孕んだ赤い目で彼を見下ろす。

 

「てめェこそ、私ら(・・)にこんなマネして、タダで済むと思ってんのか?よくも、私の大切な家族をここで戦わせてくれたね」

 

「は……はぁ?」

 

「とぼけんな。『獣衆』の奴らのことだよ」

 

志乃は金属バットでさらに強く地面を突く。

まるで刀を突き刺しているかのような威力と言い知れぬ恐怖に、男はガタガタ震えた。

 

「今度私の仲間に……家族に手ェ出したらこれじゃ済まねー。次は、アンタの顔を跡形もなくぐちゃぐちゃにしてやる。肝に命じとけ」

 

「なっ……てめーこそ何なんだ。何故あんな人殺ししか出来ない連中に肩入れする?てめーは一体、何者だ!!」

 

震える声で、志乃に叫ぶ。志乃は、相変わらず冷たい視線を向けて返した。

 

「言わなかったか?私は万事屋志乃ちゃんオーナー、霧島志乃だ。そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この国最恐の人斬りであり、現『獣衆』棟梁・銀狼だよ」

 

志乃がそう名乗った瞬間、カチャリと彼女の首元に刀が差し出される。

振り返らなくても、志乃には誰かがわかった。土方だ。

 

「そこまでにしてもらおーか、銀狼。後は俺達、真選組の仕事だ」

 

真選組。その名を聞いた客や関係者は、一目散に逃げていった。悲鳴と叫び声が入り混じる会場の全てを無視して、志乃は静かに男から降りた。

真選組に取り押さえられる中、煉獄関を仕切っていた男は、志乃に吠えるように叫ぶ。

 

「なるほど、てめーが銀狼か。何故生きてるのかは知らんが……この世に、てめーの居場所はねェぜ」

 

その言葉を聞いた志乃は、肩越しに男を見る。男は勝ち誇ったように笑いながら続けた。

 

「てめーらは所詮人殺しの集まりだ!!血を見ないと生きられない、戦いの中でしか生きられない連中なんだよ!!それが平和になって、居場所がなくなったお前らを、俺達は拾ってやったんだぜ!?覚えとけ銀狼ォォ!!てめーがいくら自分(てめー)で否定しても、その血の運命からは逃れられない。人殺しとしての本能には、抗えないんだよォ!!」

 

嘲笑うように言った男は、真選組に連れられ、外に出て行った。

志乃はその姿を横目で見送ってから、小春を振り返る。

 

「ハル、大丈夫?ケガは……」

 

ーーパァンッ!!

 

乾いた音が、数人しかいなくなった闘技場に響く。その音が、やけに大きく聞こえた。

志乃は叩かれた左頬に手を添えた。ヒリヒリとした痛みが頬に走る。

 

「貴女は本当に、なんてことを……自分がしたことがわかってるの!?貴女はこれで完全に、天導衆に目をつけられたのよ!!しかも、あんな堂々と名乗って……殺されるわよ!?」

 

「ハル……私は……」

 

「今まで、どれだけ犠牲を払って私達が貴女を護り続けたか!何で……何で貴女は……」

 

小春は涙をボロボロと零し、膝をついて志乃に縋った。

 

「とても強くて、優しくて、気高くて…………ホントに、どうして刹乃みたいになっちゃったのよ……………………」

 

涙をゴシゴシと拭う彼女に、志乃までも泣きそうだった。

 

小春達は、「獣衆」の中で最高の力を誇る"銀狼"の血を引く志乃が、戦いの道具になることをずっと恐れていた。

 

銀狼の力を欲する者は多い。他のメンバーの実力もさることながら、銀狼は艦隊の一つや二つをあっさり殲滅させてしまう程の力を秘めているのだ。それはもう、軍隊相手でもくだらない。

敵にまわせば大いなる脅威、味方につけば最強の切り札となる。

 

故に、誰もが銀狼の力を欲しがった。

 

宇宙海賊春雨、高杉、幕府、そして新たに天導衆。

 

しかし、現棟梁の志乃は、まだ10代の子供。比較的平和な世の中になったというのに、戦いしか生きる道を選べない。そんな哀しい生き方を彼女にしてほしくなかった。

だから、小春、橘、八雲、お瀧は、彼女自身の正体を隠し続けた。

 

自分が、人斬り一族の末裔であること。

 

兄・刹乃が"銀狼"として覚醒し、その力を天人達に見せつけたこと。

 

故に、誰もが"銀狼"の力を欲しがること。

 

それら全てを隠した。志乃を護るために。

 

その気持ちを全て察した志乃は、小春を抱き締めた。

 

「ハル、たっちー、ジョウ、タッキー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで私を護ってくれて、本当にありがとう」

 

********

 

その後、小春達を病院に送り、志乃は銀時達や土方と沖田と共に、橋の上に出ていた。

 

「結局、一番デカい魚は逃がしちまったよーで。悪い奴程よく眠るとはよく言ったもんで」

 

「憎まれっ子世に(はばか)るってよく言うもんね」

 

「ついでにテメェも眠ってくれや、永遠に。人のこと散々利用してくれやがってよ」

 

志乃が沖田の言葉に乗せる形で言うと銀時は頭を掻いて溜息を吐いた。

 

「だから助けに来てあげたじゃないですか。ねェ?土方さん」

 

「知らん。てめーらなんざ助けに来た覚えはねェ。だが、もし今回の件で真選組に火の粉が降りかかったらてめェらのせいだ。全員切腹だから」

 

「「「「え?」」」」

 

切腹、の言葉に一同が固まる。

 

「何言ってんの!!私は身内を助けた善良な一般市民だぞ!?それを切腹ってチンピラにも程があるぞ!」

 

「ムリムリ!!あんなもん相当ノリノリじゃないと無理だから!」

 

「心配いりやせんぜ。俺が介錯してやりまさァ。チャイナ、てめーの時は手元が狂うかもしれねーが」

 

「コイツ絶対私のこと好きアルヨ、ウゼー」

 

「総悟、言っとくけどてめーもだぞ」

 

「マジでか」

 

去り行く土方と沖田の背中を眺めていた志乃は、ふと大切なことを思い出し、二人に叫んだ。

 

「待って!!大切なこと言い忘れてた!」

 

土方と沖田が、何だと振り返る。若干面倒くさそうな顔に、志乃は微笑んで言った。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

「………………フン」

 

土方はそう軽くあしらうと、再び背を向けて歩き出した。沖田はニヤニヤしながら、彼の後をついていった。

志乃は満足そうに空を見上げ、それから鬼道丸の仮面を見下ろした。

 

「なんだ、まだ持ってたのか?」

 

「うん」

 

背中越しに覗き込んできた銀時に、短く答える。

不意に、銀時は志乃の手から仮面を奪い取った。何をするのか、と志乃は彼を振り仰ぐ。

 

「こいつァもう必要ねーだろ」

 

銀時はそう言って、仮面を放り投げてから、木刀で叩き割った。

パカンという乾いた音が、耳に届く。

 

「……そーだね。あんたにはもう似合わないよ。天国で、せいぜい笑って暮らしな」

 

志乃も嘆息して、茜空を見上げた。




一度間違って消してしまい、作り直しました。
消しちゃった時、ちょっとだけ心が折れかけましたが、執念で何とかここまでやりました。

お前らァ!頑張った私に拍手を送りやがれェェェ!

シーーーーーン

いや、無視かよォォォォ⁉︎

次回、志乃がアルバイトを始めます。

P. S. 題名変えました。どーだ‼︎読みやすくなったろ‼︎


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バイトの面接は取り敢えず嘘だけ吐いとけば6割くらいの確率で受かる

今回オリジナル回です。キャー怖い。
シリアス6割くらいの確率でお送りまします。


煉獄関の一件から二日後。志乃は、土方に呼び出された。

あれから小春達は全員全治二ヶ月の怪我を負い、しばらくは病院生活を送ることになった。時雪は事情を聞き、明日帰ってくる予定だ。

 

つまり、今日も一日暇なのだ。その暇が潰せると思い、志乃は真選組屯所に赴いた。

 

********

 

客間に通されると、そこには近藤と土方と沖田が座っていた。

 

「で、何?万事屋の依頼……ってワケでもなさそうだけど」

 

「呼び出された理由はてめェが一番わかってるだろ?」

 

腕を組んで煙草を吹かす土方に、志乃は首を傾げる。

強い口調で話す土方を、近藤が宥めようとした。

 

「トシ、何もそんな強く問い詰めなくても……」

 

「え?私何もしてないけど?強いて言うならアンタんとこの冷蔵庫からマヨネーズパクったくらいかな」

 

「そーいうことじゃね……ってオイ!!パクった?パクっただと!?今マヨネーズパクったっつったよな、オイ!!」

 

さらりと聞き流しそうだった重要ワードの数々に何とか反応し、土方は志乃の着物の襟を掴んだ。

近藤は慌てて二人の間に割って入ろうとする。沖田はどうでもよさそうに欠伸(あくび)をした。

 

「どうりで最近マヨネーズのストックが少ないと思ったら!!てめーのせいだったんだな!?」

 

「たくさんあったんだからちょっとくらいいいじゃん!!その日トッキーが、ウチで鶏肉と野菜のソテーをマヨネーズで作るって言ったんだけど、ウチに無くてさ。ちょうどいいやと思って……」

 

「てめェ、話の前に窃盗罪と侵入罪でしょっぴくぞ!?」

 

「あんなにマヨネーズ無駄遣いするくらいなら効率的に使った方が何倍も良いって!マヨネーズだって、この不景気で高くなってんだから!」

 

「お、落ち着け二人共!!」

 

「嬢ちゃん、土方さん危ないですぜ」

 

沖田が突然会話に入ってきた、と思った次の瞬間、爆撃がこちらへ襲来した。

二人が咄嗟にかわすと、一撃は屯所の庭に飛び、爆発した。その方向を振り返ると、沖田が涼しい顔でバズーカを構えていた。

 

「チッ、しくじったか(大丈夫ですかィ、二人共)」

 

「いや逆ゥゥゥゥ!!総兄ィ、本音と建前逆ゥゥゥ!!」

 

「総悟てめェ!!今俺達まとめてぶっ飛ばすつもりだったろ!!」

 

「え?そうですが何か?」

 

「何かじゃねーよ!!ぶっ飛ばすどころじゃ済まねーぞ!!屯所ごと破壊されるわ!!つーか簡単に肯定すんな!」

 

「もー!危ないじゃん総兄ィ」

 

「おう、悪かったなァ嬢ちゃん。今度からは二人で土方さん狙おうぜィ」

 

「これ以上コイツに変な事吹き込むなァァァ!!狙わせるのか!?俺を狙わせるんだよな、そうだよな!!」

 

「あーハイハイ。もう茶番はいいから。んで、何のために私呼んだの?」

 

マヨネーズだったりバズーカだったりで本来の目的を忘れかけたが、志乃はようやく本題に切り込んだ。

土方も一連の流れに疲れたのか、溜息を吐いて、煙草を吸ってから話し始めた。

 

「ああ、それなんだがな……お前、"銀狼"だったんだな」

 

「?アンタらは銀狼を知ってるの?」

 

志乃の問いかけに、土方は一息吐いてから話す。

 

「知ってるも何も、有名な人斬りじゃねェか。攘夷戦争でその荒々しい戦い方から、敵からも味方からも畏れられた最恐の人斬り。表向きじゃ霧島刹乃が最後の"銀狼"だと言われていたが、実はそいつに妹がいるとよく噂されていたんだ。まさかてめーだったとはな……」

 

「私もつい最近聞いたんだ。自分が"銀狼"だって」

 

「聞いた?誰にだよ」

 

「んー、内緒」

 

志乃はそう言って、唇に人差し指を当てた。

 

別に杉浦を庇ったわけではないが、その話をすると高杉のことまで話さなくてはならないため、敢えて言わなかった。

自分にとっても、テロリストと接点があるとバレれば何かと面倒な事に巻き込まれるだろうと思った。

 

土方は頭をガシガシ掻きながら、座り直した。志乃も、出された茶を飲んで一息吐く。

 

「まァ、そこんとこは今日は置いといてやる。問題はこっからだ。てめーが"銀狼"だと天導衆に大っぴらにバレちまったからには、上もてめーを放ってはおかねェだろう。監視の対象になるはずだ。最悪の場合、殺されるかもしれねー。そこでだ。てめェの身柄は、真選組預かりとすることになった」

 

「は?いや、そこでだ。じゃないから。何ソレどーいうつもり?」

 

今度は志乃が思いっきり顔をしかめた。

 

「監視も含めて、てめーの命も護ってやる。そう言ってんだよ」

 

「やだ」

 

土方の提案を、志乃はバッサリ斬った。胡座をかいて座り直した志乃に、近藤が詰め寄る。

 

「何言ってるんだ志乃ちゃん!本当に殺されるかもしれないんだぞ!?」

 

「私は簡単に死なないから平気」

 

「なっ……」

 

「私が死ぬと決めているのは、仲間を護って死ぬ時だ。それ以外で死ぬつもりなんかないし、死ねない。私は、"銀狼"だ」

 

何を言っても、彼女の心は変わらないらしい。そう察した土方は、一枚の紙を差し出した。

志乃がその紙を覗き込む。どうやら、幕府からの書状らしい。内容は詳しくわからなかったものの、志乃はそう察した。

 

「昨日、近藤さんが上に頼んできたんだ。てめーの処遇をどうするかってのはこっちに権限があるんだよ。大人しく従ってもらうぜ、クソガキ」

 

「フン、私に権力どうこうが通じると思う?」

 

「いーや、思わねーよ」

 

カチャリ、と刀の柄が音を立てる。志乃も、隣に置く金属バットを握った。

一触即発なムードに、近藤が耐え切れずバン!!と畳を叩いた。その音に志乃が近藤を振り返った。

 

「志乃ちゃん、頼む!!ここに身を置いてくれ!!食べる物も着る物も何一つ不自由にさせない!!頼んでくれれば、俺達で何でもしてやれる!!だから、ここに身を置いてくれ!!」

 

そう叫んで、近藤は志乃に頭を下げた。志乃は驚いて彼の旋毛(つむじ)を見ていた。

 

そんなに、私に死なれたら困るのか。いや、きっとそうではない。

おそらく彼は自分よりも年下の、しかも女が、銀狼の一族として生まれてしまったために命を落とすのが辛いのだろう。

 

では、私と関わったことで少なくとも情が生まれたのか。おそらくこれも違うだろう。

彼は元から、情に厚い男なのだ。だからこそ多くの隊士らを従え、真選組という荒くれ者ばかりの組織を束ねられる。彼だから出来たことだろう。

 

ーーこんな奴の情に負けるなんて、私も私だね。

 

志乃は嘆息し、立ち上がった。

 

「顔上げて、近藤さん」

 

彼女の声に、近藤が振り仰ぐ。彼の目を真っ直ぐ見つめて、志乃は微笑みかけて訊いた。

 

「何か紙、持ってない?」

 

********

 

近藤から紙と筆を渡された志乃は、サラサラと紙に何かを書き付ける。筆を置いた志乃は、それを近藤達に見せた。

 

『真選組バイト願 霧島志乃』

 

それを見た三人は、思わずポカンとする。

 

「……何でィコレ?」

 

ようやく絞り出した沖田の声に、志乃はニッと笑った。

 

「私をバイトとして真選組で雇って。監視なんてそれで十分でしょ」

 

「バイト?……って、どういう事なんだ志乃ちゃん」

 

近藤が志乃の意図を図りかね、彼女に問いかけた。

 

「そのまんまの意味だよ。私も一応、万事屋として既に働いてるワケだからね。店の方もぞんざいに出来ないの。だから、私がバイトとしてここで働く。そしたらその間アンタらは私を監視すればいい。それで何の問題もないでしょ?」

 

「いや……えっ?」

 

「えっ?じゃない。私はアンタらにまで迷惑かけたくないの。でも、私のせいで真選組(アンタら)が悪い方に向けられるのは困るんだ。これでも、私なりに譲歩したんだからね?」

 

志乃はその紙を近藤に差し出して、畳の上に手をついた。

 

「改めまして、真選組バイト希望の霧島志乃です。趣味は衆道本採集、特技は何でも食べれることです」

 

志乃は深く頭を下げてから、ニコリと笑った。

 

********

 

結局志乃は、表向きは真選組にバイトとして雇われる形となった。

屯所で軟禁されることはなくなったが、平日は朝から夕方まで真選組の下で働き、休日は自宅である万事屋の店舗に戻り、万事屋の仕事をするという二足の草鞋(わらじ)を履くことになった。

病院で小春達にその報告をした志乃は、しばらく店を時雪に預け、平日は彼をオーナー代理として仕事をするように示唆した。

 

こうして志乃は、真選組の監視下に置かれることとなったのだった。



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警察のコスプレはパーティ会場だけにしろ

またまたオリジナル回。バイト初日と思ってください。


翌日。真選組の監視対象兼バイトとなった志乃は、寝ぼけ眼を擦ってのろのろと屯所にやってきた。

 

「……はざま〜す」

 

「おはよう、志乃ちゃん」

 

「やっと来たかクソガキ」

 

通された部屋には、近藤と土方が座っていた。その前に向かい合って、志乃も座る。

それを確認した近藤は、志乃に話しかけた。

 

「じゃあ早速なんだが、志乃ちゃんに渡すものがあるんだ」

 

「渡すもの?」

 

志乃がキョトンとして首を傾げると、近藤は綺麗に折り畳まれた隊服を渡した。

 

「バイトの時間は、一応真選組の隊士ってことになってるからね。これに着替えてほしいんだ。まあ簡単に言えば、メイド喫茶で従業員さんがメイド服着るようなもんだよ」

 

「その例えは何?私にメイド服着ろってか?これも隊服っぽい見た目だが実はメイド服ってか?」

 

「いや、着てくれるんならそれはそれで……」

 

「満更でもねー顔すんなァァ!!」

 

鼻の下を伸ばす近藤に、イラついた志乃がシャウトする。

ブツブツ言いながらも、服を広げてみた。

 

上は近藤や土方らが着ているようなシャツとベストと上着で、下は白いヒラヒラしたミニスカートになっていた。さらにベルトがついており、ここに刀などを差し込める輪っかもついていた。そして、靴下は黒のニーハイである。

 

志乃はその内のスカートを持って、近藤達に見せた。

 

「……スカート短すぎない?私は電波人間かコノヤロー」

 

「カワイイ女の子にはそれぐらいがちょうどいいって!」

 

「お前やっぱふざけてんな?せめてホットパンツにして。それがダメなら下に見えても大丈夫なヤツ履かせて」

 

「誰もテメーみてェなガキの下着なんざ興味ねーよ」

 

「悪かったな、色気もクソもないガキで」

 

土方はそう吐き捨て、煙草を吹かす。

それにイラついた志乃から羞恥心は消え去り、もういいとばかりに別室へ着替えに行った。

近藤は出て行った志乃を見送ると、土方を見た。

 

「トシ、何もそんなキツく言わなくても……」

 

「アンタが甘やかし過ぎるんだ。ガキはガキでも、あいつは"銀狼"だ。いつ俺達に牙を剥くかもしれねーんだぜ」

 

「しかし……俺には、志乃ちゃんがそんな凶暴な子には見えんぞ。あんなに若いのに、かぶき町中に友人がいるらしいじゃないか。そんなにたくさんの友達が出来る良い子が、人殺しなもんか。一族はそうなのかもしれんが、人を殺すような素振りも見せてない。今は見守ってやろうじゃないか」

 

なっ?と笑う近藤に、土方は嘆息して答えた。

土方は、彼女の内に秘める血の存在が、正直恐ろしかった。

 

そよ姫の時や、祭りの時や、最近は煉獄関の時。

 

戦いにおける戦闘能力と危険察知能力はさることながら、何より恐ろしいのは彼女の殺気だった。

普通の町娘があんな殺気を放てるわけがない。だから、他の娘とは違うと思っていた。

 

その勘は、当たっていた。

彼女は普通の娘ではなく、"銀狼"の一族の娘だった。

 

"銀狼"は、人斬りを生き甲斐とする一族。殺しに殺しを重ねて、屍の上でしか立てないと言われる程だった。

攘夷戦争の時の彼らの凄惨さも耳にしたことがある。

 

瞳孔は常に開き、天人を見つけたら一瞬で距離を詰め、斬る。銃弾もバズーカの弾も光線すらも、斬り伏せられる。もしくは、撃とうとする前に斬られる。

故に、彼らは最恐だった。

 

その一族の、末裔の女。

 

のんびり散歩をしたり、道行く人に笑いかけたり、幸せそうに団子を食べる年相応のあどけない姿を見ても、自分のどこかで"銀狼"の影が過ってしまうのだ。

良くないことだとは思っているものの、ふとそう感じてしまう。

 

どうしたらいいのかと頭を抱えていると、着替えてきた志乃が襖を開ける音がした。

 

「おっ!カワイイぞ、志乃ちゃん」

 

「ん……あっそ」

 

近藤にぐりぐりと頭を撫でられ、志乃は若干嫌そうだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

********

 

昼。集まった隊士らの前で、土方はこうなった経緯諸々を含めて、志乃を紹介した。

 

「ーーってことで、こいつは今日から監視対象兼バイトになった。おい、挨拶しろ」

 

「霧島志乃です。ヘンな目で見た奴はソッコーでぶちのめすからそこんとこよろしく〜」

 

笑顔で脅迫の言葉を述べた志乃に、隊士らは震え上がった。

しかし、男所帯の真選組に女の子が来たとあって、隊士らは大いに喜んだ。

 

その後の昼食でも、隊士らは志乃に甲斐甲斐しく話しかけ、志乃の緊張を解そうとしていた。

最初の方は志乃も若干鬱陶しそうに軽く返していただけだったが、親切に接してくれる隊士らに徐々に心を開いていった。

また、前々から面識のあった近藤や山崎や沖田とも仲良くなり、憎まれ口を叩ける程になった。

しかしただ一人、土方との溝はあまり埋まらなかった。

 

********

 

「オイガキ、今日はてめェの仕事教えてやる。来い」

 

志乃は土方に連れられ、パトカーに乗って江戸の町を見廻りに向かった。

パトカーの運転席には沖田が乗り込み、志乃は必然的に後ろに一人座ることになった。

助手席で煙草を燻りながら、彼女を見ずに土方は説明する。

 

「基本的には、俺と市中見廻りだ」

 

「ええ〜?チンピラと?」

 

「悪かったな」

 

あからさまに嫌がる志乃の顔がバックミラーに映り、土方のこめかみにピキッと青筋が浮かぶ。

ハンドルを握る沖田はちらりとこちらを見て、怪しげに笑った。

 

「安心しな嬢ちゃん。俺と一緒の時は首輪か手錠付けてやるぜィ。ありがたく思いやがれ」

 

「ありがたく思う節がねーよ。安心もしないね」

 

一体何なんだこいつは。あ、サディスティク星からやってきたドS王子か。

志乃はじゃあ仕方ないと肩を竦め、溜息を吐いた。

さらに、土方が釘を打つ。

 

「あと、他の連中との行動はダメだからな。俺か総悟、最悪の場合は近藤さんか山崎だ」

 

「何で?」

 

「お前が相手だと、甘やかして仕事ほっぽりだすのがオチだ」

 

「私のせいにしないでよ。そもそも私を監視に置くなら仕方なかったんでしょ?」

 

「別にテメーが悪いとは言ってねーよ。ったく、あいつらもあいつらだ。女が入ったってだけで色めき立ちやがって……」

 

土方は呆れて、溜息を吐いた。

この人も苦労してるな。志乃はこの日初めて、土方に同情した。

志乃は頬杖をついて流れる外の景色を眺めていた。すると、ふとある光景を目にした。

 

「ねぇ、止まって」

 

志乃が身を乗り出して窓の外を眺める姿に、不審に思った沖田は車を止める。

 

「どうしたんでィ?嬢ちゃん」

 

「あいつら……」

 

志乃が窓から凝視しているのは、二人組の男だ。

彼らは辺りを警戒するように、何かを両手に持って路地裏に入っていく。

志乃はすぐにパトカーから降りて、彼らの後を追った。

土方と沖田は、突如動き出した彼女を追って、車から降りた。

 

********

 

路地裏は一種の道みたいに入り組んでいて、すぐに見失いそうになる。

それでも志乃は彼らを見逃すまいと、足を止めることはなかった。

 

「くっそ……あいつら、どこ行った……?」

 

十字路で、ふと足を止める。キョロキョロと辺りを見回しても、人影を感じない。

しかし、確かに誰かいた。二人もいた。何かを運んでいた。

一体何を……?

考え込む志乃の背後に、男の気配がした。

志乃がそれに気付いて振り向く前に、男は後ろから彼女の口を布で押さえた。

 

「!?んんっ!」

 

もがく志乃は、咄嗟に腰に差してある金属バットに手をかけようとする。しかし、背後をとる男に右手を捻り上げられてしまった。

振り払おうと暴れる志乃の意識が、次第にぼんやりしてくる。

 

ーー何だコレ。まさか、薬……?

 

志乃は唇を噛み切って意識を取り戻そうとしたが、体から力が抜けていく方が早かった。

男は気絶した彼女を肩に担ぎ上げ、連れ去った。

誘拐現場には、彼女の金属バットだけが残されていた。

 

********

 

「チッ、あのクソガキどこ行きやがった……?」

 

「こっちも見当たりませんぜ」

 

土方と沖田は、志乃が入り込んだ路地裏を駆け抜けていた。

彼女を追って入ってから、かれこれ数十分が経過していた。いくら探しても、志乃が見つからない。

一旦、十字路で足を止める。カツンと土方の足に、何かがぶつかった。見下ろしてみると、それは金属バットだった。

土方がそれを拾い上げると、沖田もそれを見た。

 

「……コレ、確か嬢ちゃんのですぜ」

 

「まさかアイツ……」

 

土方は金属バットが指していた先に向かって走り出す。

路地裏に一人で入り込んだ志乃の姿は見つからず、代わりに金属バットだけが見つかった。

最悪の場合を想定した土方と沖田の足は、自然と速まった。

 

「クク……よく無事にここまで運び込めたな」

 

自分達とは別の男の声が、ふと彼らの耳に入る。

二人は足を止めて、息を殺しながら建物の影に隠れて様子を伺った。

声は、路地裏に裏口を持つ建物の中から聞こえてきた。ここは確か、監察の山崎が潜入している所だ。

二人はゆっくりと裏口に近付き、耳をそばだてた。

 

「これだけの爆薬と武器があれば、すぐにターミナルをぶっ壊せる。俺達の攘夷は必ずや多くの人の心を動かすだろう」

 

「でも、そんな簡単にいきますかね?警察……特に真選組の奴らが嗅ぎつけたら、たまったもんじゃないですぜ」

 

「だからこいつを攫ったんだろーが」

 

「くっそ、放せっ!!このっ!!」

 

男達の声の中に、聞き慣れた高い声が混じる。志乃だ。

 

「てめーら、私をどーするつもりだ!!」

 

「なーに、心配いらねェよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんはねェ、おじさん達のために人質になってもらうんだ」

 

「人質?何ソレふざけてんの?私なんか人質の価値ないよ。諦めて別の奴使いな」

 

「そうはいかねェよ。お嬢ちゃん、おじさん達をつけてきたんだろ?それに、その格好……真選組のものじゃねーか」

 

「違うよ。コレはアレだよ、ホラ……コスプレだよ」

 

「紛らわしーんだよ!!警察のコスプレはパーティー会場だけにしろ!!」

 

「……まあ、お嬢ちゃんが真選組かどうかなんて、どーでもいいんだよ。とにかく、おじさん達の計画を知られちゃったんだ……生かしておくわけねーだろ」

 

「…………」

 

「お嬢ちゃんは人質としてたっぷり使ってやるよ。ターミナルを破壊した後は……お嬢ちゃんも、天人共と一緒に死んでもらおうか。天人に侵されたかわいそうな女の子の末路という見せしめでね……」

 

このままでは、ターミナルと志乃が危ない。土方と沖田はすぐに屯所に連絡をした。

声だけを聞いたため、実際何人敵がいるかわからない。いくら真選組の副長と一番隊隊長とはいえ、全てを相手には出来ないだろう。

二人は一旦路地から出て、店の前で隊士らの応援を待った。

 

********

 

その後、屯所に戻っていた山崎が現場に到着し、中でのことを報告していた。

 

「彼らは、政府関係機関から武器や火薬などを盗んでいた『三須怒(みすど)』の連中です。前々から幕府転覆を狙っていたと言われていましたが……実際は、攘夷としてターミナル爆破を狙っていました」

 

「そーか」

 

「それと、志乃ちゃんなんですが……彼らの一派が、爆薬を運んでいるのをちょうど目撃したらしく、捕らえられてしまったみたいです……」

 

山崎からの報告を受けた土方は、煙草を吹かして、テロリストの潜伏している建物を見上げた。

隊士らは、真選組紅一点の志乃が誘拐されたことに殺気立ち、今にでも突入したい気持ちを抑えていた。

 

「いいか、すぐに建物を囲むな。奴らに気付かれる。あれだけ多くの爆弾やら武器やらを全部運び込むには、入り口から出すしかねーはずだ。そこを叩く」

 

土方が隊士らに命令するが、ふと沖田が肩にバズーカを担ぎ、建物の3階辺りめがけて突然ぶっ放した。

 

ドォォン!!

 

突然の出来事に、その場の誰もが思わず絶句した。

 

「オイぃぃぃ!!何してんのお前!!」

 

「いや、まどろっこしーんで取り敢えずぶっ壊しちゃおうかと思いまして」

 

「ぶっ壊しちゃおうで済むかァァ!!多分死んだぞアイツ!!」

 

「死んでねーわゴルァァァァァ!!」

 

バズーカの一撃を受けた建物の瓦礫の上に、ボロボロの志乃が現れた。

両手を後ろ手に縛られていていながらも、元気そうに沖田に怒鳴りつける。

 

「てんめっ、何しやがんだ!!死ぬかと思ったわ!今までの記憶が走馬灯のように駆け巡りかけちゃったじゃねーかァァァ!!」

 

「おー、生きてたか嬢ちゃん。死んだと思ったぜ」

 

「ああ、ついさっき私もそう思ったよ!!アンタのおかげでね!!」

 

沖田と志乃が高低差をはさんで口論をしていると、志乃の首元に刀が回り込む。

彼女の縛られた手を掴んで引き寄せ、「三須怒」のリーダーが勝ち誇ったように笑う。

 

「ククク、手を出すなよ幕府の犬共。少しでも怪しいマネしやがったら、この娘を殺すぞ」

 

「今すぐそいつを放してもらおーか。てめェらは既に包囲されてんだ。諦めろ」

 

「諦める?この手に上等な人質がいるじゃねーか。諦めるかよ」

 

「三須怒」のリーダーは、志乃の手を掴んだまま引っ張り、立ち上がらせた。

志乃は肩越しにリーダーを睨み、嘆息する。

 

「ね〜、アンタも見たでしょ?私がいたのにも関わらず、バズーカぶっ放したじゃんアイツら。私を人質に使おうったって無駄だよ。諦めて私解放しろやコノヤロー」

 

「だーかーら、諦めねェっつってんだろ小娘。俺は諦めない!!ネバーギブアップ!!」

 

「うるせーな、元テニス選手の熱い男かアンタは。それとも少年漫画の主人公気取りか?」

 

志乃は首元に当てがわれた刀に冷たい視線を投げながら、口を寄せる。

 

「諦めないだけで世の中渡っていけるかよ。確かに、諦めないことは重要かもしれねーがな……」

 

下から見守る真選組の面々は、口を開く彼女に何をする気かとハラハラしていた。

 

「敵わねー敵に背ェ向けるくらいの柔軟性も持てや」

 

ーーバキィィンッ!!

 

そう言った瞬間、刀が真ん中でポッキリと折れる。「三須怒」のリーダーも、真選組も、何が起こったかわからなかった。

志乃の牙が、刀を噛み切ったのだ。

ようやくそう判断した「三須怒」のリーダーは、情けない悲鳴を上げてへたり込んだ。

 

「ひっ……ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「今だ!かかれェェェェ!!」

 

土方は彼女の行動に恐れを抱きつつも、隊士らに命令する。

当の本人は、口に入った破片を唾と共に吐き出し、縄を解こうともぞもぞと手を懸命に動かしていた。

 

「……えーと、ここはこうなってるから、こうして……ん?アリ?何かごちゃごちゃしてきた。あれ?マジか。え、ウソ。え!?」

 

解くどころか縄がこんがらがり、さらにわやくちゃになってしまった。

それでも何とか解こうと頑張る。

 

「成せば成る。成さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の、成さぬなりけり……どこの人の言葉だっけ?」

 

ブツブツと独り言を続ける彼女の背後には、今だへたり込んでいる「三須怒」のリーダーがいた。彼の足元に、志乃が噛み砕いた刀の先が落ちている。

男はそれを拾い、ゆっくりと縄に悪戦苦闘する志乃の背後に近寄った。

 

「だー!!もうマジで縄嫌いだわ。ちょっとー、誰か切っ……」

 

自分の背中に何かが刺さる感覚を、脳が拾った。見下ろすと、胸まで貫通している。

突然のことに、頭が真っ白になりかける。それを奮い起こして、彼女は背後を振り返った。

「三須怒」のリーダーが、自分を刺したのだ。

それがわかった瞬間、志乃の体がぐらついた。

 

********

 

一方下で成り行きを見守っていた土方は、沖田によって破壊された3階の瓦礫のギリギリに立つ志乃が、背後の男に刺されたのを見た。

刃を体に埋め込まれたまま、志乃の体が前のめりに倒れていく。

 

「志乃!!」

 

土方が叫んだのと同時に、志乃は倒れ込むように落下した。すぐにその下に駆け込み、何とか彼女を受け止める。

隊士らが次々と突入していくのを横目に、土方は手を縛る縄を切り、彼女の容態を見た。

背中から胸を突かれ、貫かれている。本人の意識もぼんやりしているらしく、うっすら瞼は開いているものの、目の焦点が合っていなかった。

すると、プルプルと震える志乃の手が、背にまわった。

折れた刀を抜こうとしているらしい。

察した土方は、志乃の手を掴んだ。

 

「バカかテメーは!!死にてェのか!!」

 

「っるせぇ……私、は……こんな、とこ、で……。死なねーっつってん、だろ……ぐっ!」

 

土方が咎めるのも聞かず、膝立ちになってゆっくりと体から刀を抜いていく志乃。

その度に、血が止めどなく溢れ、新品の隊服を濡らしていく。

最後まで抜ききった志乃は、吐血しながら気を失うように倒れ込んだ。それを、土方が抱きとめる。

 

「チッ、このバカが!!オイ志乃!!起きろ!オイ!!」

 

「志乃ちゃん!!」

 

志乃を仰向けにして、肩を揺さぶる。志乃は死んだようにぐったりとしたまま、目を閉じていた。

山崎は真っ青になって、志乃の元へ駆け寄る。沖田は平然とバズーカをもう一発3階辺りにぶっ放した。

志乃が一瞬眉を寄せる。それを見た山崎は彼女を呼んだ。

 

「志乃ちゃん!!しっかり!」

 

「志乃ッ!!」

 

土方が彼女の名を叫ぶ。

それが届いたのか、志乃はゆっくり目を開け、口角を上げた。

 

「やっ、と……名前で……呼んだ、な……」

 

「喋んじゃねェ!!死ぬぞ!!」

 

「死なねェ……っつってんだろーが……」

 

志乃は震える手で土方の服を掴み、立ち上がろうと体重をかける。

足で地面を蹴り付け、自らの体重を支え始めた。

 

「志乃ちゃん!血が……!」

 

止めようとする山崎の刀を掴み、志乃は何とか立ち上がる。目線を上げ、山崎を見上げた。

 

「ザキ、兄ィ……刀貸して」

 

「何言ってんの!急いで病院に……!」

 

彼の態度に苛立った志乃は黙って腰元の刀を抜き、手にしっかり握り締めて走り出した。

彼女を案ずる声を背中で聞きながら、パトカーのボンネットに飛び乗り天井を蹴り付けて跳躍した。

 

「正義の味方、警察少女志乃ちゃんの初舞台なんだ。邪魔すんじゃねーよ」

 

志乃は楽しげにニッと笑うと、先程いた3階に着地し、建物の中へ入っていく。

中では真選組隊士らと「三須怒」の連中がドンパチをしていたが、彼女の目的はただ一つ。そんな彼らを横目に、志乃は目標ーーリーダーを見つけ出した。

リーダーは志乃が折った刀とは別のものを使い、隊士らと斬り合っていた。

 

「待てよ、オッさん」

 

志乃はそんな彼を呼び止め、リーダーの顔に突きを繰り出す。

リーダーは突然のことに驚きながらも、見事な反射神経でかわした。刀は壁に突き刺さった。

 

「なっ……き、貴様は」

 

「今日は私のデビュー戦なんだ。せっかくだから大物捕まえたいんだァ。大人しくお縄につけや」

 

「貴様は、俺に刺されたはずでは……!?」

 

「刺された程度で死ぬかよ。これでも、戦争好きな一族の端くれでね。傷には強いんだ」

 

志乃は笑顔を浮かべながら、両手を広げた。

 

「でも安心して。私も不死身じゃない。もう一撃食らえば確実に死ぬ。オッさん、一つ私とゲームをしないか?私が先に10本取るか、アンタが先に1本取るか」

 

刀を抜いてから、チャキ、と音を立てて持ち上げる。

刃を相手に向けながら、志乃はルール説明をした。

 

「ルールは簡単さ。アンタが私から1本取れば、アンタの勝ち。アンタが1本取る前に私が10本取れば、私の勝ち」

 

「小娘、貴様は自分の力を過信し過ぎだ。若者特有の思考で中二病と言うらしいが……いい機会だ、俺が世間の厳しさをみっちり教えてやろう!!」

 

リーダーは刀を構えて、全く戦闘態勢を取らない志乃に向かって駆け出す。

それを見てとった志乃も一歩踏み込んだ。

 

ガキィン!!

 

二人が交差し、斬り合い、通り過ぎた。

 

「世間の厳しさ?」

 

志乃がニヤリと笑うと、リーダーは脇腹や額、二の腕など計10か所からブシュッと血を流し、倒れた。

 

「そんなもん12年も生きてたら、何となくわかってくるよ」

 

志乃は振り向いて、倒れたリーダーを見下ろした。

 

「あと私は中二病じゃねーよ。私は、銀狼だ」

 

しかし突如ズキッと強い痛みが走り、思わず胸を押さえる。

 

「……アリ?……あはは。やばっ……」

 

志乃は薄笑いをしながら、ぐらりと倒れる。

次の瞬間、視界が真っ暗になった。

 

********

 

「ん〜…………む?」

 

志乃が目を覚ますと、まず最初に視界いっぱいに白い天井が広がっていた。頭を右左と動かして見てみると、どうやら病院であることがわかった。

体を起こすと、胸辺りが少し痛む。

あ、そっか。私貫かれたんだっけ。

胸元に手を当てると、包帯が巻いてあり、手当てされた状態であったことがわかった。

 

「!」

 

志乃は自分以外の気配に気付き、それを感じた方向を見やる。

そこには、時雪が志乃が横たわっていたベッドに突っ伏して眠っていた。

 

「……見舞い?」

 

首を傾げた瞬間、コンコンと扉を叩く音がする。すると次には、扉が開いていた。

 

「あっ、志乃ちゃん!起きたんだね!」

 

「志乃ちゃん!!ケガは大丈夫か!?」

 

「おー、生きてたかィ。流石でィ」

 

「ザキ兄ィ?近藤さんも総兄ィも?……?」

 

わらわらと雪崩れ込むように入ってくる真選組隊士らの中に、志乃は土方の姿を探したが、見つからなかった。

隊士らは志乃に殺到し、抱き締めたり頭をめちゃくちゃに撫でたりととにかくベタベタと触った。

それほど、皆に心配をかけたのだろう。志乃は苦笑しながら、隊士らを受け入れていた。

 

「あーもう!!ちょっとやめてよ……」

 

「ん……?」

 

騒ぎに気が付いた時雪が、ゆっくり目を開ける。目を擦って、体を起こした。

 

「志乃……?良かった、やっと起き……」

 

時雪は、見知らぬ年上の男達に志乃が抱き締められたり頭を撫でられたりしている光景に、思わず固まった。

 

「……貴方達、誰ですか。何をやってるんですか?」

 

「あ、どうも初めまして。俺は真選組局長の近藤勲と申し……」

 

「志乃から離れろロリコン共ォォォ!!」

 

「あぱァ!!」

 

近藤がにこやかに手を差し伸べるが、怒りに狂った時雪によって、木刀でぶん殴られていた。

 

********

 

その後、我を取り戻した時雪は、近藤に土下座していた。

 

「本当に、申し訳ありませんでしたァァ!!」

 

「いや、そんな謝らなくても……」

 

「志乃がお世話になっている真選組の局長殿に、勘違いとはいえ俺は何てことを!申し訳ありません!!この茂野時雪、切腹してお詫びを!!」

 

「オウ、なかなか良い心がけじゃねェかィ。いいぜェ、俺が介錯してやりまさァ」

 

「やめろォ!!てめっ、もしトッキーが死んだらアンタ殺してやっからな!!」

 

「やめてェェェ!!その負のスパイラル今ここで止めてェェェ!!」

 

時雪は、真選組を志乃に絡むロリコンと勘違いしたらしい。

切腹をと言う時雪に沖田が刀を抜いたが、志乃が突っかかり、それを山崎が最終的に治めるという形になった。

何とか落着した後に、今度は近藤が頭を下げる。

 

「謝るのはむしろこちらの方だ。志乃ちゃんを危険な目に遭わせ、挙げ句の果てにはケガまで……」

 

「いいよ別に。気にしてないから」

 

志乃は大丈夫だと言う代わりに、肩をぐるぐると回して見せた。

 

「それに、あのテロリスト共捕まったんでしょ?」

 

「あ、ああ……」

 

「なら余計いいじゃん。私のおかげだね」

 

志乃は近藤にウインクして、笑いかける。

近藤らも、それを見て安心したように微笑んだ。

 

********

 

それから志乃はすぐに退院し、時雪と共に帰路を歩いていた。

 

「志乃、晩ご飯何がいい?」

 

「んーとね、ハンバーグ!」

 

「わかった。じゃ、後で一緒に買い物に行こっか。あ、でも病み上がりだから……ごめん、家で待ってて」

 

「結局待つんかーい。……ま、いいけど」

 

時雪は志乃を家まで送ると、踵を返してスーパーへ向かった。

志乃が扉の前に立ち、鍵を開けようとすると、背後に気配を感じた。

 

「!」

 

「…………」

 

振り返ると、そこには私服姿の土方が立っていた。

 

「どーしたの?今日はオフ?」

 

「……お前、今暇か?」

 

志乃の問いはスルーされたが、仕方なく頷いて答えてやる。すると、土方は突然背を向けて歩き出した。

何だと志乃が首を傾げると、土方は溜息を吐いて肩越しに志乃を振り返った。

 

「来い」

 

********

 

志乃が連れてこられたのは、ある定食屋だった。

土方がカウンター席に座るのを見て、志乃も流れで彼の隣に座る。

 

「いつもの二つ」

 

メニューに目もくれず、煙草を吹かして言った。

しばらくすると、志乃の目の前に丼が置かれた。

 

「へい、土方スペシャルお待ち!」

 

志乃は思わず目を疑った。

何で?何で定食屋のメニューに土方スペシャルがあるんだ?

しかもどーして私はまたこれを食べさせられてんだ?

 

頭の中を疑問が埋め尽くすが、チラリとこちらに送られた土方の食えと言わんばかりの視線に、志乃は肩を落として割り箸を取った。

……目は口ほどに物を言うって、このことかコノヤロー。

 

「いただきます」

 

両手を合わせた後、土方スペシャルを一口食べる。

 

マヨネーズと白飯の混沌としたハーモニーに、志乃は顔をしかめた。

 

「……相変わらずすごい味」

 

「何言ってんだ、コレが絶品なんだろーが」

 

「おかしーな、何で私こんな味覚破壊丼食べれんだろ。……あ、耐性がついてんのか」

 

志乃の脳裏に、お妙のダークマターが浮かび上がった。あの砂みたいな卵焼きで舌が慣れているらしい。果たしてコレは喜ぶべきなのだろうか。

土方はガツガツとそれを食べながら、彼女に毒を吐く。

 

「相変わらず口の減らねーガキだ」

 

「相変わらずガキに無理難題を押し付けるチンピラだ」

 

「オイ。それって土方スペシャルを食わせることを指すのか?謝れコノヤロー」

 

「それ以外何を指すってのさ。大体私に何の用?私この後家で、ハンバーグ食べるんだけど」

 

「成長期のガキなら、これくらい食えるだろ」

 

口の中を、酸味のあるねっとり感が支配する。志乃はそれを水で飲み込んだ。

土方スペシャルを食べ切った二人は、一息吐いた。その息は、お互い正反対の意味を持っていたが。

志乃がグラスを手に取った時、土方が口を開いた。

 

「悪かったな」

 

「え?」

 

その意味を図りかねた志乃は、キョトンとして土方を見上げる。

土方は彼女をチラリと見ると、「あー、くそ……」と頭を掻き、一度言い淀んだ。

 

「とにかく……悪かったな。夏祭りの時も、今回も……今までも」

 

「は?何でアンタが謝んの」

 

頬杖をつき、顔をしかめる。土方は一度舌打ちしてから、答えた。

 

「思い返せば、お前に散々嫌な事してきただろ、俺は。夏祭りの時は、お前の髪を無理やり切ったし……お前のことを"銀狼"だと警戒し過ぎたり……今回も、警察の仕事とはいえ、ガキのお前を危険に晒した。……悪かったな」

 

「別に?あんなの嫌な事の内に入らないよ」

 

バッサリ切った志乃は、席を立ち、土方の袖をぐいぐい引っ張った。

 

「オイ、お前……」

 

「ほーら、次の店行くよ。土方スペシャルはアンタが奢ってよね。次は私が奢る番。ついてきて」

 

********

 

志乃が連れてきたのは、団子屋だった。

 

「おじさーん、団子二つちょーだい」

 

席に座るや否や、店主に注文する。

志乃が連れてきた席は、向かい合わせの二人用の席になっていて、土方を座らせてから、志乃は向かいの椅子に座った。

しばらくして、店主が団子を二皿運んできた。志乃は団子が刺さった串を一本手に取り、ぱくりと口に運ぶ。

一方土方は、団子を凝視していた。

 

「食べなよ。ここの団子絶品なんだよ?」

 

「オイ、マヨネーズはねェのか」

 

「あるわけねーだろ。自分でかけて食いな」

 

志乃はそう言って、もう一つ団子を口に含む。みたらしの少ししょっぱさが残る甘いタレに舌鼓を打った。

土方は店主を呼びつけて店の冷蔵庫からマヨネーズを貰い、それを団子にこれでもかとかけまくる。

店主はそれを見て発狂していたが、それを志乃が宥めた。

 

「ん、やっぱこうじゃねーとな」

 

「……アンタさ、絶対その趣向で女に逃げられるクチだろ」

 

「ほっとけクソガキ!!」

 

志乃に一喝した土方は、マヨネーズたっぷりの団子を食べ始めた。

自分のポリシーをどこまでも貫く土方に、思わず苦笑してしまう。

志乃は団子を皿に置いてから、土方を見やった。

 

「私の方こそ、悪かったね」

 

「あ?」

 

「アンタに、変な心配ばかりかけさせて」

 

嘆息してから、茶を飲む。

 

「私さ、ガキの頃から人と少し距離を置かれてたんだ。それこそ昔は何もわかんなかったけど、今ならわかる」

 

志乃は一息吐いて、自分の掌を見た。

 

「……怖いよね、近くに人斬りがいたら」

 

口まで運ぼうとして、土方の手がピタッと一瞬止まった。まるで、自分の心中を見透かされているような感覚だった。

しかし志乃はそれに気付いていないのか、さらに続ける。

 

「私は人を殺したことはないけど、顔を見たこともない父親も祖父も、その先祖も……私の兄貴だって、そうだった。たくさんたくさん、人を斬ってきた。別に家族が悪いとは思わないけど、少し哀しかった」

 

志乃は今度こそ土方を見て、自嘲気味に微笑んだ。

 

「だから、アンタが警戒すんのは当たり前。何もおかしくないよ?……今回は完全に隙を見せた私のミス。夏祭りの時は……むしろ感謝してる。アンタは私を助けてくれた、恩人だからね」

 

志乃は頬杖をついて、ニカッと笑いかける。そして、続けた。

 

「それにあれ以来さ、今までは髪伸ばしてたんだけど、やっぱ短い方が楽だな〜って気付いたわけ。だからこれからは短く切ろうかなって」

 

「……そうか」

 

「そう。だから、アンタが気にすることじゃないよ」

 

最後の一口を食べ終わった二人は、店を出る。

帰路につこうとしたところで、土方が彼女を呼び止めた。

 

「送ってやる。帰るぞ」

 

「え?いや、一人で帰れるし……ったく、もう」

 

志乃の言葉も聞かずつかつかと先を歩く土方。

その背中を追って、志乃も彼と肩を並べて歩いた。

 

「そーだ。私一つだけ、アンタに直してほしいことがあるんだ」

 

「あ?何だよ」

 

「私のことをクソガキ呼ばわりしないで」

 

志乃はビシッと土方に指を指しながら言った。

 

「アンタが呼び方を変えてくれるってんなら、私もチンピラ呼ばわりをやめたげる」

 

「……チッ。だからお前はクソガキなんだ」

 

「その呼び方やめろっつったろ。話聞けチンピラ」

 

不満げに口を尖らす。

土方は髪をガシガシ掻いて、志乃に問うた。

 

「なら、何て呼べばいい」

 

「クソガキ以外なら何でも。志乃とか、志乃ちゃんとか。あ、他の真選組の人らみたいに、嬢ちゃんって呼んでもいいよ」

 

「そーかよ。……なら、志乃」

 

「なぁに?トシ兄ィ」

 

初めての呼ばれ方に、若干戸惑う素振りを見せる土方。それに思わず、吹き出してしまった。

志乃の態度が気に食わなかったのか、こめかみをピクピクと動かしながらこちらを見下ろす。

 

「……何だ、トシ兄ィってのは」

 

「近藤さん、アンタのことトシって呼ぶでしょ?それを借りたんだ」

 

楽しげに微笑む志乃。

だがここでふと、彼女はとても重要なことを思い出す。

 

「あ、ごめん。道逆だわ」

 

「……………………」

 

********

 

「だから、悪かったってば。喋んの楽しくて、つい……」

 

ごめんね、と両手を合わせて許しを請うてくる志乃を無視して、土方は前を歩く。

しばらくすると、「万事屋志乃ちゃん」の看板を掲げた家が見えてきた。

 

「あ、ここまででいいから。ありがとね、トシ兄ィ」

 

志乃は土方の前に回り込み、礼を言う。

志乃の家を通り過ぎて、屯所に戻ろうとした彼の背中めがけて、何かが飛んできた。

それを気配だけで認めた土方は、片手でそれを受け止める。飛んできたそれは、彼の掌に収まる程小さかった。

手を開いて見てみると、マヨネーズの容器を(かたど)ったライターだった。

そして、背後から声が聞こえた。

 

「最近見つけたんだ。私は必要ないから、アンタにあげる」

 

「フン」

 

彼女を肩越しに振り返り、土方は煙草を一本取り出した。

貰ったライターで火をつけ、フゥっと煙を吹かす。

 

「仕方ねェな、使ってやるよ。ありがたく思え、クソガキ」

 

「大切に使いなよ、チンピラ」

 

最後にそう言葉を交わしてから、志乃は扉を開けて家の中に入っていった。




「三須怒」は某ドーナツ店から取りました。

志乃ちゃんは、元から土方のことは好きでした。銀さんに似てるので。
でも、出会い方が出会い方なんでツンデレが出ちゃってたみたいです。

土方のフェミニズムどこ行ったんだろ。あ、志乃ちゃんを女の子としてあまりちゃんと見てないのか。

次回、銀さんの記憶が無くなります。


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どーでもいいことは何でもかんでもすぐに忘れてしまう

ある日、志乃の元に一本の連絡が入った。

 

銀時が、交通事故に遭い、病院に搬送されたという。

 

志乃は真選組のバイトも早引きし、愛車のスクーターに乗ってすぐさま彼が搬送された病院へ向かった。とにかく、一分一秒でも早く彼に会いたかった。

 

********

 

病院に着くや否や、志乃は銀時が運ばれたという部屋の前まで全速力で走った。

前方のベンチに、お登勢、神楽、キャサリン、新八の姿が見える。

 

「みんな!!銀は!?銀は無事なの!?銀、死んでないよね?死んでないよね!?」

 

目が少し潤んでいる。声も若干震えていた。

連絡を貰った瞬間から、志乃は一気に怖くなった。

 

銀時が、いなくなりそうで。

それがとても怖かった。

 

志乃は新八に縋りながら銀時の無事を尋ねるが、生憎新八にもそれはまだわからない。それでもとにかく、志乃を落ち着かせようとつとめて優しく声をかけた。

 

「志乃ちゃん落ち着いて!!きっと大丈夫だよ、銀さんなら!」

 

「ホントに?ホントに大丈夫?」

 

「そんな心配いらんよ。車に撥ねられたくらいで死ぬタマかい」

 

新八に重ねて、お登勢も志乃を宥める。志乃の目には、涙が光っていた。彼女が涙を拭うのを見て、神楽は無事だったジャンプを見せながら言う。

 

「ジャンプ買いに行った時に撥ねられたらしいネ。いい年こいてこんなん読んでるからこんな目に遭うアル」

 

「コレヲ機会ニ少シハ大人ニナッテホシイモノデスネ」

 

「まったくだ」

 

お登勢とキャサリンが笑い合うのを見て、志乃は少しホッとした。

するとそこに、一人のチャラそうな男が入ってくる。

 

「いやー、そう言ってもらえると撥ねたこっちとしても気が楽ッス。マジスンマセンでした。携帯で喋ってたら確認遅れちゃって」

 

どうやら、銀時を撥ねたのはこの男らしい。彼はすぐさま、神楽とお登勢と志乃に袋叩きにされていた。

 

「てめーかァァコノヤロォォ!!銀ちゃん死んだらてめェ、絞首刑にして携帯ストラップにしてやっからなァァァ!!」

 

「オルァァァ!!飛べコルァァ飛んでみろ!出せるだけ出さんかい!!」

 

「許さねー!!てめっ、絶対許さねーぞォ!!たとえ太陽が西から昇ってきてもてめェを許さねェェェ!!」

 

病院だというのに騒ぎ立てる三人に、看護婦が扉を開けて注意した。

 

「うっせェェェェ!!ここどこだと思ってんだバカ共がァァ!!」

 

「いや、君もうるさい」

 

医者にもツッコまれていたが、新八達は一気に病室に雪崩れ込んだ。

部屋の中に、銀時が頭に包帯を巻いて、上半身を起こしてベッドの上にいた。深い外傷は無いらしい姿に、お登勢は一息吐いて煙草に火をつけた。

 

「なんだィ、全然元気そうじゃないかィ」

 

「心配かけて!もうジャンプなんて買わせないからね!」

 

神楽がまるで母親のように叱った後、志乃は安心したのか、涙を溜めて銀時に抱きついた。

 

「ぐすっ、死んでなくて良かった……ホントに良かった……ぅぅっ」

 

「心配しましたよ銀さん……えらい目に遭いましたね」

 

新八も、安心したように微笑んだ。

そんな中、銀時は嗚咽を飲み込んで泣く志乃の肩を掴んで、ゆっくりと引き離す。どうしたのかと志乃が鼻を啜って見つめると、彼の目がいつもと少し違うことに気付いた。

 

「……誰?」

 

「え?」

 

「一体誰だい君達は?僕の知り合いなのかい?それと、君は僕の妹なのかい?」

 

銀時の口から出たその問いに、一同は固まった。

 

********

 

「い"い"い"い"い"い"い"い"!!記憶喪失!?」

 

「ケガはどーってことないんだがね、頭を強く打ったらしくて。その拍子に記憶もポローンって落としてきちゃったみたいだねェ」

 

「落としたって……そんな自転車の鍵みたいな言い方やめてください」

 

我らがツッコミ要員新八は、医者にまでツッコミを入れる。

医者の話によれば、事故前後の記憶が無くなることは多いのだが、銀時の場合は自分のことも全て忘れてしまったのだという。

しかし、お登勢は信じなかった。

 

「てめェ嘘吐いてんじゃねェぞ。記憶喪失のフリして家賃誤魔化すつもりだろ」

 

「先生、さっきから病室に老婆の妖怪が見えるんですが、これも頭を打った影響なんですか?」

 

「坂田さん、心配いらないよ。それは妖怪じゃない。ここは病院だぞ?幽霊くらい出る」

 

「先生、違います」

 

記憶喪失でも、銀時らしさというのは全て失われているわけではないようだ。ホッとしたような、それでもまだ心配な志乃は、医者に問い詰める。

 

「ねぇ、先生!記憶を元に戻すにはどうすればいいの⁉︎もう一度同じ衝撃与えれば治る?」

 

「やめなさい、余計思い出せなくなる可能性もあるから。人間の記憶は木の枝のように複雑に絡み合って出来ている。その枝の一本でもざわめかせれば、他の枝も徐々に動き始めていきますよ。まァ、焦らず気長に見ていきましょう」

 

それはつまり、思い出せるかどうかは銀時自身次第だということだ。

志乃は、何も力になれない自分が悔しくて、涙が出そうになった。

 

********

 

取り敢えず退院した銀時を、まずは家に連れ帰った。その前で、銀時のことを色々話していた。

 

「万事屋銀ちゃん。ここが僕の住まいなんですか?」

 

「そーです。銀さんはここで何でも屋を営んでいたんですよ」

 

「何でも屋……ダメだ、何も思い出せない」

 

「まぁ、何でも屋っつーかほとんど何もやってないや。プー太郎だったアル」

 

「プぅぅぅ!?この年でプぅぅぅ!?」

 

「おまけに年中死んだ魚のよーな目ェして、私の差し入れで暮らしてたよ。生きる屍みたいなぐーたら男だったよ」

 

「家賃も払わないしね」

 

「アトオ登勢サンノオ金強奪トカシテマシタヨネ」

 

「それはアンタだろーが!!」

 

自分の罪を銀時に擦りつけたキャサリンに、志乃が殴りかかる。右ストレートは見事キャサリンの頬を捉えていた。

新八が粗方銀時のことを話して(かなりディスってたが)、彼に問いかける。

 

「どーです?何か思い出しました?」

 

「思い出せないっつーか、思い出したくないんですけど……」

 

「しっかりしろォォ!!もっとダメになれ!!良心なんか捨てちまえ!それが銀時だ!!」

 

なんか、無茶苦茶な励まし方だなぁ。志乃は神楽を見て、思わず苦笑した。

 

「大丈夫?銀」

 

「ああ……すまない、妹。君のことすら、何も思い出せなくて……」

 

しかし、銀時は何も思い出せないらしい。今だに妹呼ばわりする銀時に、志乃は訂正しようか迷ったが、妹分なので大して変わらないか、と一人で納得した。

新八はお登勢を振り返る。

 

「お登勢さん、どうしよう?」

 

「……江戸の街ぶらりと回ってきな。こいつァ江戸中に枝張ってる男だ。記憶を呼び覚ますきっかけなんて、そこら中転がってるだろ」

 

********

 

ということで、かつての盟友であった桂に会いに来た。

しかし、桂はペットのエリザベスと共に、何やらアハンな店の前で客引きをしていた。

 

「なに?記憶喪失?それは本当か?何があったか詳しく教えろ銀時」

 

「だから、そうするにも記憶が無いんだっつーの。ってかヅラ兄ィこんな所で何やってんの」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

志乃の質問にテンプレ通りの切り返しを挟んだ後、それに答えた。

 

「国を救うにも何をするにも、まず金がいるということさ。そこのお兄さーん!ちょっと寄ってって。カワイイ娘いっぱいいるよー!そうだ銀時、お前も寄ってけ。キレイなネーちゃん一杯だぞ。嫌なことなんか忘れられるぞ。何なら志乃もここで働くか?」

 

「これ以上何を忘れさせるつもりですかァ!!てか志乃ちゃんまだ未成年ですよ!?アンタらホントに友達!?」

 

銀時を客として、志乃を新しい従業員として店に入れようとする桂に、新八のツッコミが炸裂する。

志乃は地獄に堕ちろとばかりに首を切っていたが、一方の銀時はその甘い誘惑に乗っていた。

 

「何か思い出せそうな気がする……行ってみよう」

 

「ウソ吐けェェ!!」

 

銀時の後頭部を、志乃の飛び蹴りが捉える。だがここで、銀時が頭を抱えて叫んだ。

 

「あっ、今ので何かきそう!何かここまできてる!」

 

「本当か!思い出せ銀時!お前は俺の舎弟として日々こきつかわれていたんだ!」

 

「オイぃぃぃ!!記憶を勝手に改竄(かいざん)するなァ!!」

 

「どの辺アルか?どの辺叩かれたら記憶が刺激された?ここアルか?ここか?」

 

「いや、この辺だろ。アレ?この辺か?」

 

銀時は叩けば治るという、いつの間にか壊れかけのテレビのような扱いになっていた。

神楽と桂とエリザベスに殴られ蹴られ叩かれる銀時。最早集団リンチだ。そんな光景が街中で繰り広げられているのだ。通行人が足を止めないワケがない。

新八と志乃はこの状況がどうするべきかと頭を悩ませていたが、ふと視界の端に大きな影が入ってきた。

 

「か〜〜〜つらァァァァ!!」

 

パトカーが、土方の声と共にこちらへ爆走してくる。一瞬で危険を察知した志乃は、銀時を両手で抱え上げ、跳躍した。

次の瞬間、そこにパトカーがぶち込まれた。着地して銀時を下ろしてから、突っ込んできた土方と沖田に怒鳴る。

 

「あっぶねぇな!!ケガしたらどーしてくれんだよこのチンピラ警察!!」

 

「あん?何だ、そこにいんのはクソガキか。てめー、早引きした分の給料はちゃんとカットすっからなコノヤロー」

 

時給カットを言い渡した土方は、パトカーを運転する沖田に問いかける。

 

「殺ったか?」

 

「アリ?土方さん。こんな荷物ありましたっけ?」

 

沖田は、レバーの元に置いてある丸い物を持って、土方に問いかける。それは、桂の爆弾であった。

そこまで彼らにはわからなかったが、とにかく嫌な予感がした土方は、沖田に言った。

 

「……総悟逃げるぞ」

 

「え?」

 

次の瞬間、爆弾がパトカーを巻き込んで爆発した。しかし、土方らはなんとか無事だったらしく、逃げる桂とエリザベスを追いかけていった。

志乃は彼らを見送ってから、銀時に駆け寄った。新八と神楽も、彼の元へ歩み寄る。

 

「銀!大丈夫?」

 

「銀さん!!」

 

「銀ちゃん!」

 

「しっかりしてよ銀さん!」

 

「君達は……誰だ?」

 

銀時が自身を案じて駆け寄った彼らに発した言葉は、全てが振り出しに戻ったことを意味した。

 

********

 

一行は今度は、志村宅にお邪魔した。こたつに入り、事情を全てお妙にも説明する。

 

「まァそォ。それは大変だったわね。じゃあ、私のことも忘れてしまったのかしら?」

 

「スミマセン」

 

「……私のことは覚えてるわよね?」

 

「いや、スミマセンって言ったじゃないですか」

 

「いや、覚えてるわよ。ふざけんじゃないわよ」

 

お妙は微笑んだまま、金槌を取り出した。

 

「私は覚えているのに一方的に忘れられるなんて胸クソが悪いわ。何様?新ちゃん、これで私を殴って銀サンの記憶だけ取り除いてちょうだい」

 

「姉上、僕エスパー?」

 

記憶とは、そんな中途半端に切り取って消せるものなのだろうか。

志乃が首を傾げていると、お妙は銀時の胸倉を掴んでいた。なにやら不穏な空気が流れ、神楽と共にお妙を止めようとする。

 

「じゃあ仕方ないわ。是が非でも思い出してもらうわよ。同じショックを与えれば、きっと蘇るわ」

 

「姐御、勘弁してくだせェ。またフリダシに戻っちゃうヨ!」

 

「姐さん、落ち着いて!」

 

不意に、銀時の手が自身を殴ろうとするお妙の手を掴む。

 

「すみません。今はまだ思い出せませんが、必ず貴女のことも思い出しますので、それまでしばしご辛抱を」

 

真っ直ぐなキリッとした目で、お妙を見つめる。

こんなの銀じゃなァァァい!!志乃は頭を抱えて、思わず発狂しそうだった。

一方お妙は、何やら銀時にドギマギしていた。そして、落ち着いて座り直す。

 

「……もう過去のことはいいじゃない。後ろを振り返るより前を見て生きていきましょう」

 

「なにィィィ急に変わったよ!何があったんですか!?」

 

「昔の銀サンは永劫に封印して、これからはニュー銀サンとして生きていきなさい」

 

「姉上ェェ!それじゃ臭い物に蓋の原理です!」

 

「新八、今銀のこと臭い物呼ばわりしたよね……」

 

「あっ」

 

志乃は、ジト目でジーッと新八を見つめる。新八はたじろいで彼女の視線から目を逸らした。

お妙は何故か頬を染めて、照れている様子だった。

 

「あんな目と眉の離れた男のどこがいいのよ。あんなチャランポランな銀サンより、今の銀サンの方が真面目そうだし……す……素敵じゃない」

 

「何頬染めてんですかァ!!まさか惚れたんかァ!?認めん!俺は認めんぞ!!」

 

「アンタは親父かよ新八」

 

「あんな男の義弟(おとうと)になるなんて俺は絶対に嫌です!!」

 

「話を飛躍させるんじゃありません」

 

「そーですよ!今は目と眉が近付いてますが記憶が戻ればまた離れますよ!!また締まりのない顔になりますよ!!」

 

突如増えた声に、一同は固まる。新八の隣のこたつの中から、近藤が現れたのだ。

これがリアルのストーカーか。実際に見て落ち着いて考えてみるとキモいな。志乃は思わず引いた。

お妙は笑顔を浮かべながら、近藤の横顔の上に乗る。

 

「何をしてんだ、てめーは……」

 

「いや、あったかそうなんでつい寝ちゃって……あの、コレお土産にハーゲン◯ッツ買ってきたんで。みんなで食べてください」

 

「溶けてドロドロじゃないスか!アンタ一体何時間こたつの中にいたの!?」

 

溶けたハ◯ゲンダッツを差し出すものの、こんな状態では食べると言うよりかは飲むと言った方が正しいだろう。

新八の隣に座った近藤に、志乃は溜息を吐いて忠告する。

 

「こたつの中に潜り込んでると脱水症状になっちゃうよ、近藤さん」

 

「そうか、確かにそうだな……。これからは気をつけるよ、志乃ちゃん」

 

「ストーカーも止めてやりなよ。姐さんがカワイソウだよ、近藤さん」

 

「いくら止めても無駄だ。愛を求める男は止められないんだよ、志乃ちゃん」

 

ストーカーし続けてるだけのクセに何言ってんだか。こんな人が、泣く子も黙る真選組局長だなんて、認めたくないな。志乃は呆れて嘆息した。

近藤は、銀時に絡み始める。

 

「よォ、久しぶりだな。しばらく会わん内に随分イメージが変わったじゃないか。記憶喪失を利用してイメチェンを図り、お妙さんを口説こうって魂胆か。だがそうはいかんぞ。お前なんかより俺の方が目と眉が近いもんねェェェ!ブワハハハハ!!見てくださいお妙サンコレ、江戸中探してもこんな目と眉が近い奴はいないよ!!」

 

ガキか。アホらしい。お前一体いくつだ。

志乃は盛大な溜息を漏らした。そして、こんな大人にはなるまいと心の中で誓った。

銀時は、溶けたハーゲンダッ◯を不思議そうに見つめていた。

 

「こ……これは。何だろう、不思議だ……身体が勝手に引き寄せられる」

 

「!!あっ!!甘い物」

 

「そうだ!甘い物食べさせたら、銀の記憶が蘇るかも!」

 

「うらァァァァ食えコノヤロー!!」

 

「ぐぼェ」

 

神楽がハーゲ◯ダッツを銀時の口に無理やり押し込むと、新八はお妙を振り返って叫んだ。

 

「姉上ェェェ!甘い物です!とにかく、家中の甘い物を掻き集めてきてください!」

 

「え?何?」

 

「いいから、甘い物!」

 

「そんなこと言われたって……」

 

お妙がバタバタと廊下を走っていく。

 

「銀ちゃん!戻ってきてヨ、銀ちゃん!」

 

「う、う……ぼ……僕は……僕は…………俺は」

 

一人称が、僕から俺に戻る。一縷の光が差し込んだ。新八と神楽と志乃の表情に、笑顔が浮かぶ。

 

「銀!」

 

「銀ちゃん!」

 

「銀さっ……」

 

しかし次の瞬間、記憶が戻りかけた銀時の口に、お妙が何かを突っ込んだ。その勢いの強さに、銀時は倒れ込む。

 

「…………姉上。何ですか?それ」

 

「卵焼きよ。今日は甘めに作ってみたから」

 

あ。コレはマズイ。志乃は一瞬で青ざめた。

傍らで、近藤が溢れた卵焼きを「個性的な味」と評してもっさもっさと食べていたが、突然倒れる。

 

「「君達は……誰だ?」」

 

銀時の記憶喪失がリセットされ、近藤まで記憶を失う始末。最悪の事態に、新八と神楽は絶句し、志乃は思わず頭を抱えた。

……姐さん最恐かよ。

 

********

 

時刻はもう、夕暮れ時。

結局何一つ思い出せず、銀時は新八、神楽、志乃と共に家に帰っていた。

 

「……すみません。色々手を尽くしてくれたのに。結局僕は何にも……妹にまで、迷惑をかけてしまいました……」

 

「やめてくださいよ〜。銀さんらしくない。銀さんは90%自分が悪くても、残りの10%に全身全霊をかけて謝らない人ですよ」

 

「気にしないでよ、私ら家族みたいなもんなんだから。ね?神楽」

 

「そうネ。ゆっくり思い出せばいいネ。私達待ってるアルから」

 

「今日は家に帰って、ゆっくり休みましょ」

 

「そーネ、外よりウチの方が一杯思い出アルネ。何か思い出すかも……」

 

銀時を励ましながら歩いていると、家の前に何やら人だかりが出来ている。

人々の視線の先を見てみると、家に車が突っ込んでいた。

 

「飲酒運転だとよ」

 

「ありゃもう建て直さないとダメじゃないの?気の毒にね〜」

 

新八、神楽、志乃は絶句する。何故こうも悪い事ばかりが連続して起こるのだろうか。今日は厄日か?それとも自然の摂理か?

人だかりの中で、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。振り返ると、そこには坂本が笑っていた。

……元凶はお前か!!

 

「アッハッハッハッハッ、すみまっせ〜ん。友達の家ば行こーとしちょったら手元狂ってしもーたきに。アッハッハッハッー。この辺に、万事屋金ちゃんって店はありませんかの〜」

 

「……アンタ何やってんの」

 

志乃は豪快に笑う坂本の元に、ツカツカと歩み寄った。

 

「おお!その声は吉乃か!久しぶりじゃの〜」

 

「吉乃じゃねェ志乃だァァァァ!!ついでに言うと金ちゃんじゃねェ、銀ちゃんだァ!!」

 

「あふァ!!」

 

相変わらずな能天気ぶりに志乃は苛立ち、桂の受け売りを使って坂本の顔を蹴っ飛ばした。

倒れた彼の上に乗り、マウントポジションで殴りつける。

 

「お前、ホント何なの!?手元狂って人の家破壊しといて笑い飛ばすし、毎回人の名前間違えるしさァ!てめェモジャモジャ頭のせいで脳味噌まで悪くなってんじゃねーか!?」

 

「おおう。な、なかなか豪勢な歓迎じゃの〜、アッハッハッ……ぶへらっ!?」

 

「うっせーよ、黙ってろ!誰もてめーみてーな災厄野郎歓迎してねーんだよ!!厄年か!?年中無休で厄年かコノヤロー!!」

 

「ちょっとちょっと!何してんの君ィィィ!!」

 

奉行に止められ、志乃はあまり怒りの収まらない状態で、坂本から引き離された。坂本はボロボロのまま署まで連行された。

銀時達は連行される坂本を見送ったが、ふと新八が独りごちる。

 

「……どうしましょ。家まで無くなっちゃった」

 

「…………もういいですよ。僕のことはほっておいて」

 

銀時は、隣で自分を見上げる二人を見ずに、言い放った。

 

「みんな、帰る所があるんでしょう?僕のことは気にせずに、どうぞもう自由になってください」

 

「銀さん?」

 

「聞けば、君達は給料もロクに貰わずに働かされていたんでしょう。こんなことになった今、ここに残る理由もないでしょうに」

 

銀時は話しながら、数歩前に出る。

 

「記憶も住まいも失って、僕がこの世に生きてきた証は、妹以外無くなってしまった。でも、これもいい機会かもしれない。みんなの話じゃ僕もムチャクチャな男だったらしいし。妹には迷惑かけるかもしれないけど、生まれ変わったつもりで生き直してみようかなって」

 

「ちょっ……ぎ、銀」

 

そう言って、銀時は新八と神楽を振り返った。

 

「だから、万事屋はここで解散しましょう」

 

銀時の言葉に驚いて、立ち尽くす二人。

志乃は呆然として彼の背中を見ていたが、銀時はそんな二人を置いて歩き出した。

 

「ウ……ウソでしょ、銀さん」

 

「やーヨ!私給料なんていらない!酢昆布で我慢するから!ねェ銀ちゃん!」

 

銀時は引き止めようとする三人を、もう一度振り返った。

 

「すまない。君達の知っている銀さんは、もう僕の中にはいないよ」

 

「銀さん、ちょっと待って!」

 

「無理ヨ!オメー社会適応力ゼロだから!バカだから!銀ちゃん!」

 

「銀さァァァん!」

 

歩き去る彼の背中に叫ぶ、新八と神楽。

しかし、再び銀時が足を止めることは無かった。



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時が流れるのは早過ぎて目に見えない

記憶喪失事件から数日後。志乃は銀時の妹として、ある工場で住み込みで働いていた。

 

本来万事屋と真選組のバイトと色々忙しいはずの彼女だが、記憶を無くし、本当に妹だと思って頼ってくる銀時を、記憶が戻るまで護り支えようと思ったのだ。

ちなみに時雪にはこのことは話したが、真選組には何も連絡を入れてない。

 

そして今朝、仕事をしていると工場長が新入りを連れてやってきた。

志乃も銀時に抱き上げられて見てみると、そこには山崎がいた。山崎もこちらを見て、驚き思わず叫ぶ。

 

「い"い"い"い"い"い"い"!!万事屋の旦那と志乃ちゃん!?アンタら何でこんな所に!?」

 

「?」

 

志乃を下ろし、首を傾げる銀時に自分に気付いていないのかと思った山崎は、ごにょごにょと小さな声で素性をあっさり明かす。

 

「俺ですよ俺。真選組の山崎です。実は訳あって、潜入調査でここに潜り込んできたんですがね……」

 

「ザキ兄ィ、今銀は記憶喪失でね。昔のこと全部忘れちゃってんだ」

 

「記憶喪失!?ホントなの志乃ちゃん」

 

「そういうことなんでスイマセン。旧知のようですが僕は覚えてないんで。えーと、真選組の何?真ちゃんとか呼べばいいかな」

 

あっさりと真選組の名からあだ名をつけた銀時に、山崎は頭をパァンと叩く。

 

「ちょっとォォ!!潜入調査って言ってるでしょ……」

 

「ザキ兄ィ、潜入調査って言っちゃってる」

 

「あ"っ!!」

 

志乃の指摘に、山崎はバッと口を押さえた。

 

「何ですか貴方。人の頭パンパンパンパン。タンバリン奏者気取りですか。じゃあ潜入調査の潜ちゃんとかどうですか」

 

「嫌がらせ?山崎って言ってるでしょ」

 

「いや、覚えてないんでタンバラーで」

 

「覚えてないっつーか覚える気ねーじゃねーか!」

 

「無駄だタンバラー、もう諦めろ」

 

「何志乃ちゃんまで便乗してるの!!」

 

ザキ兄ィから一気にランクダウンした山崎。彼が志乃になめられてるのが目に見えた瞬間だった。

 

「そーいや、いつもとキャラが違う。目も死んでないし。え?でも万事屋は?他の連中はどうしたんですか」

 

「万事屋は……」

 

「銀」

 

言いかけた銀時の言葉を、志乃が遮った。

 

「後は私が説明するから。ほら、早く仕事戻りな。工場長ー!こいつ私に任せてくださーい、知り合いなんで」

 

志乃は手を挙げ、工場長に向かって叫ぶ。工場長は二つ返事で志乃に山崎を任せた。

 

********

 

志乃は工場での仕事を教えながら、山崎にこれまでの経緯を全て話した。

 

「え"っ、解散!?」

 

山崎が驚いて、志乃に詰め寄る。

 

「そ、それってホントなの志乃ちゃん……」

 

志乃は答えず、こくりと頷いた。

 

「銀は今、生まれ変わったつもりで生き直している。記憶が無くなる以前の自分の話を聞く度に、嫌になってたんだろうね……自分のことが。家族を助けられないで、何が妹だよ……バカみたい」

 

「志乃ちゃん……」

 

自嘲気味に笑った志乃は、手を動かして製品を作る。一つ作ったそれを手に取り、見つめながら口を開いた。

 

「私さ、ずっと誰かに護られ続けてたんだ。銀や、獣衆のみんなや、真選組に。おかしいよね。私、強いはずなのに。力を持ってるはずなのに、何で大切な人一人、護り切れないんだろう」

 

じわりと溢れてきた涙を拭って、続ける。

 

「銀が戻るためには、銀自身が頑張らなきゃいけない。何も出来ないのがすっごく悔しくてさ……。でも私、それでも銀の側にいてやろうと思って。銀の隣にいて、今度は私が銀を助けようって思ったんだ」

 

山崎は、涙混じりに話す志乃の横顔を見る。いつも明るい笑顔が、今日は少し曇っているように見えた。

 

「早く戻ってこないかな、銀」

 

「……そうだね」

 

山崎は彼女の想いを噛み締め、こくりと頷いた。

 

********

 

志乃から仕事を教わった山崎も、ラインに入って作業を開始する。しかし、上手く出来ずに工場長に怒られてしまう。

 

「オイぃぃぃ!テメっ、何やってんだァ!?こういう流れ作業は、一人がミスったらラインが全部止まっちまうんだよ!」

 

「ス……スイマセン」

 

「スイマセンじゃねーよテメーよォ、何度も同じこと言わせやがって。坂田の妹に習わなかったのか?簡単だろーがこんなモンよォォ、コレをここに乗せ、コイツを立てればいいだけだろーがァ!!」

 

この工場では、人形のような何かを作っている。

円柱に半球を乗せて棒に手を差す。半球に描かれた顔は死んだ魚のような目をしていた。

コレが何なのか、山崎が尋ねた。

 

「……っていうかコレ、何作ってんですか。この工場何を生産してるんですか?」

 

「アレだよお前、ジャスタウェイに決まってんだろーが!」

 

「だからジャスタウェイって何だって訊いてんだろーがァ!」

 

「ジャスタウェイはジャスタウェイ以外の何物でもない。それ以上でもそれ以下でもない!」

 

「ただのガラクタじゃないかァ!!労働意欲が失せるんだよ!なんかコレ見てると」

 

「てめーらは無心に、ただひたすら手ェ動かしてればいいんだよ。見ろォ坂田を!!」

 

工場長の言葉に銀時を見てみると、銀時は目にも留まらぬ速さで、ジャスタウェイをどんどん生産していた。

 

「流石坂田サンだ。ものスゴイ勢いでジャスタウェイが量産されてゆく!」

 

「次期工場長は奴しかいねーな。みんなも負けないように頑張れ!」

 

「そんなんで工場長決まるの!?おしまいだ!ここおしまいだよ!!」

 

銀時に感心する面々に、山崎はツッコミを入れていた。

志乃はそんな光景には目もくれず、先程工場長が放った言葉に引っかかりを感じていた。

まるで働いている自分達を、機械のように言う工場長。……あの男、絶対何か隠してる。まあ、今の状況じゃ、わからないか。

志乃が嘆息した瞬間、工場内に昼休みを告げる鐘が鳴った。

 

********

 

志乃は銀時、山崎と共に昼ご飯を食べていた。山崎は誰かとの通話を切り、こちらを向く。

 

「旦那ァ、志乃ちゃん。俺もうココ引き上げます。局長がなんか行方不明になってるらしくて」

 

「ジミー、アレくらいでへこたれるのかよ。誰だって最初は上手くいかない。人間何でも慣れさ」

 

「そうだよジミー、頑張って」

 

「ジミーって誰!?それはもしかして地味から来てるのか!?それから俺は密偵で来てるだけだから!!」

 

呼び名がいつのまにか決まっていたらしい。ジミーこと山崎は、銀時と志乃に忠告する。

 

「旦那も志乃ちゃんも、早いとこ引き払った方がいいですよ。ここの工場長、何かと黒い噂の絶えない野郎でね」

 

「!……やっぱり?」

 

「志乃ちゃん気付いてたの?」

 

「薄々ね……。で、噂って?」

 

志乃が問うと、山崎は詳しく説明した。

 

「巷じゃ職にあぶれた浪人を雇ってくれる人情派で通ってるらしいが、その実は攘夷浪士を囲い、幕府を転覆せんと企てる過激テロリストと噂されてるんです。他にも、この工場で裏じゃ攘夷浪士の武器を製造してるとか。近く、大量殺戮兵器を用いて大きなテロを起こそうとしているとか、ロクな噂がない」

 

「そうだったんだ……知らなかった」

 

「まァ、結果こんなモンしか出てきませんでしたが。火のない所に煙は立たないというし……」

 

工場長の疑惑を述べる山崎に、銀時が立ち上がって工場長を庇った。

 

「おやっさんがエロリストだと!言いがかりは止めろ」

 

「テロリストね」

 

「おやっさんはな、僕らを拾ってくれた恩人だぞ。なぁ志乃」

 

「う……うん……」

 

銀時の勢いに押され、志乃は頷いた。

 

「それに、僕は以前の堕落した自分は受け入れられない。妹のためにも、生き直そうと心に決めたんだ」

 

「…………」

 

山崎の視界に、ふと俯く志乃が映る。

戻ってきてほしい志乃と、生まれ変わりたい銀時。自分のことを思ってくれる銀時の気持ちは嬉しいものの、複雑だった。

 

工場の中から、銀時と志乃を呼ぶ声がした。二人の気持ちに首を突っ込むのは野暮と、山崎は去ろうとした。

しかし、中から現れた見覚えのある顔に、思わず固まる。

 

「坂田さん、ちょっと僕のジャスタウェイ見てくれませんか?どうですかコレ」

 

「そうだね。もうちょっとここ気持ち上の方がいいかな、ゴリさん」

 

ゴリさんと呼ばれたのは、真選組局長近藤勲本人だった。

 

「お前何してんのォォォォ!!」

 

行方不明と騒がれていた本人の登場に、山崎は近藤の左頬に怒りを込めた右ストレートをかました。その後すぐに、真選組に近藤発見の連絡を入れる。

銀時と志乃は、ダメージを受けた近藤を抱える。

 

「ゴリさァァん!!ゴリさん、しっかりしろ!ジミー、何て真似するんだ!」

 

「ザキ兄ィヤバいって!この人銀と同じように記憶を失っていて、頭はデリケートに扱ってやらないとスグ飛んじゃうんだよ!初期のファミコン並みなんだよ!」

 

志乃から聞いた衝撃の事実に、山崎は思わず手にしていた携帯を握り締めて折ってしまった。

 

「記憶喪失ぅ!?マジですか局長ォ!!アンタバカのくせに何ややこしい症状に見舞われてんのォォ!!バカのくせに!!」

 

「言い過ぎだぞジミー、バカはバカなりにバカな悩み抱えてんだ!!」

 

「うるせーよもうダリーよ!めんどくせーよ!おめーら」

 

「ザキ兄ィ、落ち着いて」

 

ツッコミ疲れ始めた山崎の肩に、志乃がポンと手を置く。

志乃は疲れた山崎の代わりに、近藤を説得しようとした。

 

「ほら近藤さん、帰ろう?」

 

「やめろぅ!!僕は江戸一番のジャスタウェイ職人になるって決めたんだ!何でもいいから一番になるっておやっさんと約束したんだ!!」

 

「だったら安心しな。アンタはもう既に世界一のバカになってるよ。さ、早く。こんなもん捨てて」

 

「あっ!」

 

志乃がジャスタウェイを抱える近藤の腕から一つそれを奪い、ポイと投げ捨てた瞬間。

 

ドゴォォォン!!

 

ジャスタウェイが、爆発した。それから、どんどんジャスタウェイの誘爆が始まった。

 

********

 

銀時、志乃、近藤、山崎は爆発から命からがら逃げ出し、悲鳴を上げながら走り続けていた。

まさかジャスタウェイが爆弾だと知らなかった四人は、とにかく必死で逃げる。

 

「ウソォォォォ!?ジャスタウェイがァァ!!」

 

「そんなァァ、僕ら爆弾を作らされてたってのか!?」

 

山崎と近藤が衝撃の事実に驚きながら逃げる。銀時は、未だ信じられない様子でいた。

 

「なんてこった、まさかホントにおやっさんが。確かに、幕府のせいでリストラされたとかあいつら皆殺しにしてやるとかいつもグチってたけど……まさかおやっさんが……」

 

「まさかじゃねーよ!!超一級の食材が揃ってるじゃないスかァァ!!豪華ディナーが出来上がるよ」

 

「悪いのはジャスタウェイではない。悪いのはおやっさんであってジャスタウェイに罪はない」

 

「局長ォォォォォ、まだ持ってたんスか!早く捨ててェェ!!」

 

「アハハ……これで、江戸の町が火の海に……全部私のせいだ!アハハッアハハハハハハッ!!」

 

「志乃ちゃァァァん!大丈夫だからとにかく落ち着いてェェェ!!」

 

錯乱した志乃の首根っこを銀時が引っ張り、屋根の上へと先導する。

 

「志乃、こっちだ!」

 

山崎が振り返ると、工場長が刀を持ってこちらへ迫ってきた。

やはり、工場長がテロリストだったらしい。

四人はおやっさんとはやり合えないと、建物の屋上に逃げ込もうとする。工場長が刀を振り上げてきた。パイプを伝って登っていた山崎が危ない。そう判断した志乃が動く前に、銀時がドラム缶を工場長へ投げ捨てた。

 

「ぐがぱァァ」

 

ドラム缶と共に落とされた工場長に、近藤がジャスタウェイを投げ捨てる。ジャスタウェイは爆発し、煙が立ち込めた。

志乃に引き上げられた山崎は、あっさり人一人を殺した二人に詰め寄る。

 

「おいィィィィィ!やり合えないんじゃなかったのかァァ!?おもっクソ殺っちゃったじゃないか!」

 

「そんな事言ったかゴリさん」

 

「ダメだ、思い出せない。記憶喪失だから」

 

「便利な記憶喪失だな、オイ!!」

 

山崎が二人にツッコむと、背後から誰かがこちらへ来る気配を察した。志乃は気配の近くにいた山崎を突き飛ばし、彼を背に庇うように前に出る。

煙の中から、刃が煌めいた。志乃はそれをかわし、金属バットに手をかけそれを振り抜いた。ギリギリと、鍔迫り合いを繰り広げる。

 

「なるほど、まさかテメェらがスパイだったとはな」

 

「おやっさん!」

 

銀時が、工場長を呼ぶ。志乃は工場長から目を離さず、叫んだ。

 

「早く逃げろ!!」

 

「バカ言うな!妹を置いて逃げられる兄がいるか!」

 

「くそっ」

 

工場長の刀を押し出し、払って突き離してから銀時達と共に逃げようとする。

しかし、その前に彼女の首に、刀が当てがわれた。

 

「志乃!!」

 

「チッ……だから逃げろっつったのに!!」

 

「ククク、動くんじゃねーぞ。残念だったな。こう見えてもかつては同心として悪党を追い回し、マムシの蛮蔵と呼ばれてたのさ。しつこさには定評があってね」

 

志乃は三人の男達に向かって、叫ぶ。

 

「バカ!私なんか構わず急いで逃げろ!!」

 

「やめてくれ、おやっさん!!人質なら俺がなる!だから、その子を解放してくれ!!」

 

「銀!!」

 

頭を下げて懇願する銀時に、志乃が苛立って怒鳴る。

こんな時、いつもの銀なら。そう思ってしまう自分がいた。

 

「無駄だ。てめーらが幕府の犬だとわかった以上、てめーら全員逃がさねェよ。てめーらのおかげで俺が長年かけて練ってきた計画も水の泡だ。もう少しで幕府(やつら)に目にもの見せることが出来たのに。だがこうなったら、もう後へは退けねェ。準備万端とは言えねーが、やってやるぜ。腐った世の中ひっくり返してやらァ」

 

三人は志乃を人質にとられ、捕らわれることとなった。



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公園は子供達の夢の広場

『◯月△日

 

今日、生まれて初めて親父に殴られた。

 

重い拳だった。それは己の背中一つで、俺達家族や様々な重責を背負って生きてきた男の拳だった。

自分の拳がひどく小さく見えた。仕事をやめ、二年と三か月ゲーム機のコントローラーしか握ってこなかった負け犬の拳だ。

 

「別になァ、上手に生きなくたっていいんだよ。恥をかこうが泥に塗れよーがいいじゃねーか。最高の酒の肴だバカヤロー」

 

そう吐き捨てて仕事に出かけた親父の背中は、いつもより大きく見えた。

 

今からでも俺は親父のようになれるだろうか……。初めて親父に興味を持った。二年ぶりに外に出た、自然と親父を追う俺の足。

 

マムシの蛮蔵、それが親父のもう一つの名前。悪党共を震え上がらせる同心マムシ……彼の顔が見たかった。働くということがどういうことなのか、彼を通して知ろうと思った。

 

 

 

 

 

ーーーーマムシは、ワンカップ片手に一日中公園で項垂れていた……。

 

マムシは一か月前にリストラ』

 

「い"や"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

「ああっ!!ちょっ、何破ってんの!まだ全部読み終わってないのに!!」

 

工場長は泣きながら、息子の日記を破った。せっかく彼の背後から読んでいた志乃は、工場長に文句をつける。いいのか。息子の日記帳を勝手に持ってきた挙句破っていいのか。

志乃は、そんなことを疑問に思いながら、捨てられた日記帳を見る。表紙には、『太助日記帳』と書かれていた。……あれ?この名前どっかで見たことあるよーな……あれ?

 

工場長は、外で包囲する真選組に喚き散らす。

 

「お前らにわかるかァァ!!マムシの気持ちがァァ!息子の日記にこんな事書かれた、かわいそうなマムシの気持ちがァァ!!もう少しだ!!あとちょっとで息子も更生出来たのにリストラはねーだろ!おかげでお前、息子は引きこもりからやーさんに転職だよ!北極から南極だよお前」

 

「最高の酒の肴じゃねーか」

 

「飲み込めるかァァ!!デカ過ぎて胃がもたれるわァ!!」

 

土方の彼から借りた言葉に、工場長がツッコむ。何かよくわからんが、とにかくこの人にも事情があったのだろう。志乃は上辺だけ同情した。彼の気持ちはあまりわからなかったが。

工場長は砲台に足をかけて、涙ながらに続けた。

 

「こちとら三十年も幕府(おかみ)のために滅私奉公してきたってのに、幕府も家族もあっさり俺をポイ捨てだぜェ!!間違ってる!こんな世の中間違ってる!だから俺が変える!!十年かけて作り上げたこの『蝮Z』で、腐ったこの国をブッ壊して革命起こしてやるのよ!」

 

「腐った国だろうが、そこに暮らしてる連中がいるのを忘れてもらっちゃ困る。革命なら国に起こす前に、まず自分に起こしたらどうだ?その方が安上がりだぜ」

 

「うるせェェ!!てめーに俺の気持ちがわかってたまるかァァ!!」

 

どうやら、衝突は避けられないらしい。そう判断した土方は、大砲(おおづつ)を用意させた。しかし、その砲口が、彼の頭に向けられた。

……やっぱ私信じない。あいつらによって江戸の平和が保たれてるなんて、絶対に信じない!

 

真選組の面々は、「蝮Z」の前の看板に縛り付けられた近藤、銀時、山崎の姿を見つけた。

ちなみに志乃はというと、保険として工場長の手元に置かれている。他の男が取り押さえ、金属バットを奪われてしまった。

 

「クク、こいつらがてめーらの仲間だってことはわかってる。俺達を止めたくば撃つがいい。こいつらも木っ端微塵だがな。クックックッ」

 

工場長が、勝ち誇った笑みを浮かべる。次の瞬間、沖田が何の躊躇もなく大砲を撃ち込んだ。

自分の所の局長と仲間がいるにも関わらず、あまりにもナチュラルな砲撃だった。

 

「総悟ォォォォォ!!」

 

「昔近藤さんがねェ、もし俺が敵に捕まる事があったら迷わず俺を撃てって。言ってたような言わなかったような」

 

「そんなアバウトな理由で撃ったんかィ!!」

 

志乃は、涼しい顔で仲間をあっさり撃った光景に、絶句していた。

今日帰ったら辞表出そう。こんなデッドオアアライブが横行する組織、辞めてやる!そう決意した。

仲間のために危うく命を落としかけた山崎が叫ぶ。

 

「撃ったァァァァァ!撃ちやがったよアイツらァァ!」

 

「何ですかァァあの人達!!ホントに貴方達の仲間なんですかァ!?」

 

「仲間じゃねーよあんなん!局長、俺もう辞めますから真選組なんて……アレ?局長は?」

 

山崎と銀時は無事だったものの、近藤の姿が見当たらない。

近藤は、屋根の破片に服が引っかかってぶら下がっていた。頭には木片が突き刺さっていたが。

 

「オウ、ここだ。みんなケガは無いか?大丈夫か?」

 

「局長ォォォォォ!アンタが大丈夫ですかァァ!?」

 

「まるで長い夢でも見ていたようだ」

 

「局長、まさか記憶が……ていうか頭……」

 

「ああ、まるで心の霧が晴れたような清々しい気分だよ。山崎、色々迷惑かけたみたいだな」

 

「いえ……ていうか局長……頭……」

 

近藤は先程の砲撃によって、記憶まで戻ったらしい。

山崎はずっと頭のことを言っていたが、もうどうでもいいやと諦めた。

爆破の衝撃で体を縛っていた縄も解け、自由になった近藤が逃げようとする。

 

「兎にも角にも、今は逃げるのが先決だ。行くぞ」

 

「局長、待ってください!まだ旦那と志乃ちゃんが!」

 

「いい。志乃だけでも助けて行ってくれジミー、ゴリさん。早くしないと連中が来るぞ」

 

自分を顧みず、他人の心配をする銀時。近藤はそんな彼を見下ろして舌打ちを一つ立ててから、彼が縛り付けられている看板を掴み、引っ張った。

 

「クソったれ!!普段のお前なら放っておくところだが、坂田サンに罪はない!記憶が戻ったら何か奢れよテメー」

 

「ゴリさん」

 

「あっ!何やってんだテメブフォ!!」

 

人質が逃げようとしていたのが一味に見つかり、近藤はさらに力を入れる。

しかし、様子を見ていた男は近くにいた志乃の旋風脚で沈められた。

 

「行くよ、近藤さん!!」

 

「オウ!」

 

「どおりゃあ!!」

 

「ふんごぉぉぉぉ!!」

 

志乃が銀時が縛り付けられている看板を渾身の力で蹴り飛ばし、近藤は彼女の蹴りで弱くなったところを引っ張り引き剥がした。三人は落下したものの、志乃は他の男達に押さえられ、逃げることはままならなかった。

それを見た土方が、発射命令を下す。工場に大砲が撃ち込まれ、追い詰められかけた工場長は、「蝮Z」の発射を促した。

「蝮Z」は超高出力の光線で、その手が逃げる銀時達にも襲いかかってきた。近藤は逃げられないと察し、せめて山崎と銀時だけでもと、彼らに体当たりした。

 

「局長ォォ!!」

 

山崎の悲鳴と共に、辺りを光が支配した。

 

********

 

光と煙が収まると、光線が走った後の地面は抉れ、何もかも跡形もなく吹き飛ばしていた。

真選組は物陰に隠れて何とか全員無事だったものの、山崎を庇った近藤は気を失い、彼の傍らで山崎が彼を呼ぶ。

その威力に、銀時はうつ伏せになりながら思わず息を飲んだ。

工場長は、勝ち誇ったように笑う。

 

「フハハハ!見たか、『蝮Z』の威力を!これがあれば、江戸なんぞあっという間に焦土と化す。止められるものなら止めてみろォォ!時代に迎合したお前ら軟弱な侍に止められるものならよォ!さァ来いよ!早くしないと次撃っちまうよ!みんなの江戸が焼け野原だ!フハハハハ、どうした?体が強張って動くことも出来ねーか。情けねェ……」

 

高らかに笑う工場長。

ふと、銀時の前に二人の影が立ちはだかった。

 

「どうぞ、撃ちたきゃ撃ってください」

 

「江戸が焼けようが煮られようが知ったこっちゃないネ」

 

「でも、この人だけは撃っちゃ困りますよ」

 

そこには、傘をさす神楽と、木刀を持った新八がいた。

突然子供が現れたことに工場長は驚いた。

 

「なっ……何だてめーらァァ!?ここはガキの来る所じゃねェ、帰れェ!灰にされてーのかァ!!」

 

「な……何で。何で、こんな所に……僕のことはもういいって……もう好きに生きていこうって言ったじゃないか。何でこんな所まで」

 

新八と神楽は黙って、何故と問うてくる銀時の頭を蹴り付けた。

 

「オメーに言われなくてもなァ、こちとらとっくに好きに生きてんだヨ」

 

「好きでここに来てんだよ」

 

 

「「好きでアンタと一緒にいんだよ」」

 

 

銀時は、思わず目を見開いて前に立つ二人を見る。

何故だ。記憶を失う前の自分は、ちゃらんぽらんな人間だと言われていながら、何故こんなに自分のために、ここまで誰かが集まってきてくれるのか。

新八と神楽を挟むように、真選組も前に出た。

 

「ガキはすっこんでな、死にてーのか」

 

「あんだと、てめーもガキだろ」

 

「何なんスか一体」

 

「不本意だが仕事の都合上、一般市民は護らなきゃいかんのでね。そういうことだ。撃ちたきゃ俺達撃て」

 

「そうだ撃ってみろコラァ」

 

「このリストラ侍が!」

 

「ハゲ!リストラハゲ!」

 

小学生みたいな挑発に見事乗っかった工場長は、砲口を新八と神楽、真選組に向けた。

 

「俺がいつハゲたァァァ!!上等だァ、江戸を消す前にてめーらから消してやるよ!」

 

「私達消す前に、お前消してやるネ!」

 

新八、神楽、真選組が一斉に駆け出す。

その背後から、新八に声がかけられた。

 

「新八、木刀持ってきたろうな?」

 

「え、あ……ハイ……。!!」

 

その声の主は、新八から木刀を袋ごとふんだくると、さらに速度を上げて走る。

その銀髪の侍は、袋から木刀を取り出した。

 

「工場長。すんませーん、今日で仕事辞めさせてもらいまーす」

 

「ぎっ……」

 

「銀さん!!」

 

「銀…………」

 

銀時の復活に、上から走ってくる彼を見下ろす志乃の目から、一粒の雫が零れた。

 

「ワリーが俺ァやっぱり、自由(こいつ)の方が向いてるらしい」

 

銀時は屋根を蹴り付け、跳躍する。

工場長は空中に舞う銀時めがけて「蝮Z」を撃とうとした。

 

「死ねェェェェ坂田ァァァ!!」

 

「お世話になりました」

 

ニタリと笑みを浮かべた銀時は、木刀を砲口にブッ刺す。すると砲台にピキピキと亀裂が入り、エネルギーを巻き込んで爆発した。

爆風で、フワッと志乃の体が宙に浮く。空中で伸ばした手を、同じく手を伸ばした銀時が掴んだ。鼓膜が破れそうな程大きな爆発音と共に、銀時と志乃は落ちていった。

 

「わああっ!!」

 

「よっと」

 

志乃の体を引き寄せ、横に抱きかかえる。銀時は彼女を抱えながら、スタッと地面に降り立った。

志乃がゆっくり目を開くと、目の前に死んだ魚のような目をした銀時が、こちらを見下ろしていた。

 

「ケガねーか」

 

「う……うん」

 

「そーか」

 

銀時は志乃を降ろすと、さっさと歩いていく。その後ろをついていった。

そして、新八と神楽の間を通り過ぎた時。

 

()ーるぞ」

 

志乃は新八と神楽とそれぞれ視線を交換して、彼を追って走り出した。

 

「……よかった」

 

志乃はボソッと呟いて、一人涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに銀時は、志乃を救出した際サラッと彼女をお姫様抱っこしていた。

この事実は、後に彼女の黒歴史となるのであったーー。




黒歴史っつーか、志乃ちゃんは普通の女の子が憧れるようなこと(素敵な男性と結婚したいとかキスしたいとかそんなん)に対する耐性が一切無いので、そーゆうものは自然と黒歴史に入っちゃうみたいです。

……この娘ちゃんと恋人とか出来るんだろうか。

次回、幾松登場です。


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メイド服ってのは着るのになかなか勇気がいる

この日オフだった志乃は、久々に友人である幾松という女性が店主をつとめるラーメン屋、北斗心軒にスクーターで向かっていた。途中、差し掛かった橋でロン毛のペンギンオバケを見かけたが、スルーする。

店の傍にスクーターを止めると、志乃は扉を開けた。

 

「こんにちは〜」

 

「いらっしゃい……アラ、志乃ちゃん」

 

「久しぶり、幾姉ェ!ラーメンちょうだ……」

 

最後まで言い切る前で、思わず固まった。

幾松の立つ前にあるカウンター席に、見覚えのあるロン毛男が座ってラーメンを食べていた。

 

「……ヅラ兄ィ?」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

その男は、見紛うことなき志乃の昔馴染みでありテロリスト、桂小太郎だった。

 

「何よ?志乃ちゃんアンタ、この怪しい男と知り合いなわけ?」

 

「うん。知り合いっちゃ知り合い」

 

あっさりと認めた志乃に、幾松は溜息を吐いて志乃をこちらへ呼ぶ。

 

「……アンタの交友関係が広いのは前々から知ってたけど、相手選んだ方がいいわよ。アイツ何なの?」

 

「昔馴染みなんだ。私がずっとちっちゃい頃から世話になってる。怪しいかもしれないけど、いい人だよ」

 

「志乃ちゃんの?……なら、まぁ……」

 

幾松はジロジロと桂を訝しむ視線を送っている。志乃は幾松にラーメンを注文し、桂の隣に座った。

 

「ヅラ兄ィ、アンタここで何してんの……」

 

「わけあって、彼女に命を助けられてな」

 

「あっそ……」

 

桂の立場上、おそらく真選組にでも襲われたのだろう。短い会話で全てを察した志乃は肩を落とした。

志乃にラーメンを出してから、幾松は桂を問い詰める。

 

「それにしても、アンタあんな所で何してたわけ?」

 

「ん?アレだ。道を間違えてな」

 

「へェ〜。道間違えて屋根の上歩いてたんだ。天国にでも行くつもりだったのかィ?」

 

「違う違う、そーゆうんじゃなく……人の道的なものを」

 

「お前やっぱ下着泥棒だろう!!」

 

下着泥棒の発言に、志乃は思わずラーメンを吹き出しそうになった。

 

「下着泥棒!?ア、アンタそんなことしたの!?」

 

「するわけがないだろう!志乃、貴様は俺を疑っているのか!?」

 

「だ、だよね……びっくりした……」

 

ホッとして、志乃は胸を撫で下ろす。桂はラーメンの器を持ったまま、窓の外をコソコソと見た。

 

「人には言いたくない事が一つや二つあるものだ。だが、これだけは言っておく。俺は絶対怪しい者じゃない」

 

「鏡見てみ。怪しい長髪が映ってるから」

 

「違う、コレはアレだぞ貴様。天気見てんだぞ、マジだから」

 

窓の外には、真選組が屯していた。桂は様子を伺いながら、ラーメンを啜る。

 

「チッ、酷い天気だ。幾松殿、すまぬがもうしばし雨宿りさせてもらえぬだろうか?」

 

「雨?そんなもの降ってたかィ?」

 

「…………正直に言おう。実は、俺は全国のラーメン屋を修業して回るラーメン求道者でな。君の技に惚れた。ぜひ勉強させてほしい」

 

「さっきそば好きって言ってなかったっけ」

 

「ラーメンもそばも似たようなものだ。なんか長いじゃん」

 

「お前にラーメンを語る資格はねェ!!」

 

めちゃくちゃな嘘だなぁ。志乃は苦笑しながら、スープを飲んだ。

まあ確かに、外に自分を探している真選組がいたのだ。指名手配されている桂にとっては、マズイ状況であることに変わりはない。

ラーメンを食べ終えた志乃は、丼を幾松に返した。するとその時、北斗心軒の扉が開いた。

 

「い〜くまっちゃん。げ〜んき?」

 

そう言いながら扉を開ける見た目からしてワルそうな男が、三人入ってきた。また来たか、と幾松は溜息を吐く。

 

「なんだよ、つれねーな。かわいい弟が遊びに来てやったんだぜ」

 

「ハン、弟だ?冗談よしてくれ。大吾が死んで、アンタと私はもう何の繋がりもありゃしないよ」

 

「つれねーこと言うなよ。一人残された兄嫁を心配して、こうしてちょくちょく見に来てやってるってのによォ。ここは元々兄貴の店だぜ。奴が死んで俺がこの店貰うはずだったところを、お前がどーしてもっていうから譲ってやったんだ。ちょっとくらい分け前貰ってもバチは当たらんだろ」

 

「また金かイ?もういい加減に……」

 

どうやら、彼は幾松の元義弟らしい。事情をなんとなく察した志乃は、カウンター席に座る義弟達を睨んでいた。

と、その時。

 

「いらっしゃいまっせー。メニューの方はお決まりですか?」

 

「ちょっとヅラ兄ィ勝手に何やってんの!ってかその格好何料理屋⁉︎」

 

桂が義弟達の後ろに立ち、何やらウェイターっぽい格好をして注文を訊いていた。

志乃は思わずツッコミを入れながら、桂に駆け寄る。

 

「志乃、貴様の分もあるぞ。着るか?」

 

「誰が着るかァァ!ってか何でメイド服なんだよ!?もっと着るか!!」

 

真顔でメイド服を差し出す桂。志乃は断固拒否していたが。

義弟達は、桂を見て驚く。今まで、この店には従業員がいなかったからだ。

 

「オイオイ、いつからバイトなんて雇ったんだ?」

 

「バイトじゃない桂だ。メニューの方は?じゃっ三人共チャーハンで?」

 

「いや、チャーハンなんて一言も言ってないから」

 

何故かチャーハンを推してくる桂に、仲間の一人はシッシッと手を振る。

 

「別に俺達ゃ、メシ食いに来たわけじゃねーんだよ。去ね去ね」

 

「では、当店お勧めのコースはいかがでしょうBコース?」

 

「アンタこの店の何を知ってんだよ……」

 

「ああもう、Bコースでもオフコースでもいいから少し黙ってくれ。俺は幾松と大事な話があんの」

 

「じゃっ幾松殿ォ、チャーハン三つお願いしまーす」

 

「結局チャーハンかいィィィ!!」

 

桂の注文を受け、幾松は仕方なくチャーハンを作った。何か桂に考えがあるのだろうか。志乃はそう感じ、事を見守ることにした。

運ばれてきたチャーハンに、桂が説明を添える。

 

「チャーハンは前菜です。Bコースは、他にメインディシュとデザートがあります」

 

「聞いたことねーよ、こんな充実した前菜!」

 

「うるせーな、ほっとけよ。それより幾松、早く金よこせ。困ってんだよ」

 

義弟は桂を無視し、幾松に絡んだ。幾松は義弟達に見向きもせず断った。

 

「…………金はこないだ渡したので最後だって言ったろ。それに私聞いたんだから。アンタら攘夷だなんだと嘯いて、明里屋の金蔵襲撃したらしいじゃないか」

 

「国を救うという大事の前では、強盗なんざ小事よ。俺達攘夷志士には金が必要なんだよ!」

 

そう言った彼に、幾松は強烈なビンタをお見舞いした。義弟はそのまま、椅子から落ちる。

 

「何が攘夷志士だァ!?金が欲しいだけのゴロツキがカッコつけてんじゃないよ!!外で屯してる真選組も、アンタらなんか相手にもしないだろーよ小物が!!だから嫌いなんだよ、あんたらみたいな連中!あんたらみたいのがいなければ大吾も……」

 

「幾姉ェ……」

 

涙を浮かべながら怒る幾松。

幾松の夫は、攘夷志士のテロに巻き込まれて既に亡くなっているのだ。それを彼女から聞いていた志乃は、心配して幾松を見つめる。

殴られた義弟は、激昂して彼女に突っかかる。

 

「んだァァこのアマッ!」

 

「メインディシュお持ちしました」

 

「うるせーんだよ、あっち行っ……って、またチャーハンんんん⁉︎メインディシュもチャーハン!?」

 

桂が、メインディシュと称してチャーハンを持って現れたのだ。

 

「エビチャーハンです。デザートの方は冷えたボソボソのチャーハンになっております」

 

「チャーハン三昧じゃねーか!!何ィ!?そのチャーハンへのあくなき執念は!?どこから湧いてくるの!?」

 

義弟がツッコんだ瞬間、突如激しい腹痛が彼とその仲間を襲った。

おそらく桂が、チャーハンに下剤の類いを入れていたのだろう。志乃はザマーミロと笑っていた。

義弟達は痛みに悶えながら、去っていった。

 

********

 

その後、志乃は幾松の店の手伝いをすることになった。真選組から隠れる桂が心配だったのもあるが、幾松のことも心配だったからだ。

志乃は桂から貰ったメイド服に着替え、店の掃除をしたり、ラーメンを運んだりした。

始めは気乗りしなかったメイド服だが、着てみると意外と動きやすく、動く度にひらひら舞うスカートが可愛かった。

 

「……よし、こんなもんでいいかな」

 

店の裏口を掃除していた志乃は、集めたゴミを袋に詰め、口をギュッと結んだ。

箒を持って店の前を掃除しようと向かうと、人の気配を察知した。

ふと、声が聞こえる。幾松の義弟の声だ。

 

「オイ、急げ!誰かに見られたらマズイぞ」

 

見られたらマズイ?エロ本でも買ってるのか?志乃の悪戯心がそわそわする。

ゆっくりと路地裏を歩き、そっと見てみると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 

「!?」

 

なんと、彼らが幾松を押さえつけ彼女を縛り上げていたのだ。口に布を巻き付け声を出せぬようにし、駕籠に入れ込む。

義弟はもう一人の仲間と共に、駕籠を持ってこちらへ歩いてきた。

見つかる、と思った志乃は、再び路地裏に入り込む。義弟達は志乃には気付かず、そのままさっさと歩き去ってしまった。

路地裏から出た志乃は、彼らの背中を見る。

 

幾松が、誘拐された。志乃の額に、ツウと汗が流れる。

志乃は反射的に彼らを追うが、彼らとかなり距離が離れてしまい、しかも人混みに紛れて見失ってしまった。

 

「くっそ、アイツら……!!」

 

志乃はバッと踵を返し、店に戻った。店の前に出ていた桂に向かって走る。

 

「桂兄ィー!!」

 

「志乃?」

 

桂は、駆け込んできた志乃を抱きとめた。

肩で息をする志乃の背中を摩って、落ち着かせる。

 

「どうしたんだ?」

 

「幾姉ェが!」

 

「?」

 

桂は必死な彼女の様子を見て事態を少し察したらしく、少し眉を寄せた。

 

「幾松殿の姿が見当たらないのか」

 

「幾姉ェが、前に来てたあのチャラ男達に連れて行かれちゃったんだ!!体縛られて……」

 

「なんだと?」

 

桂は志乃の肩を掴み、ジッと覗き込む。

 

「志乃、どこに行ったかわかるか?」

 

「行き先はわからない。でも、方向だけなら……」

 

「そうか、行くぞ」

 

「え?」

 

志乃がどういうことかと尋ねようとしたが、桂は幾松が使っている出前用のバイクに跨った。そして、志乃を振り返る。

 

「奴らを追う。案内しろ、志乃」

 

********

 

志乃は義弟達が消えた先を指さして、バイクを運転する桂を案内した。

バイクは一人乗りだったため、志乃は荷物台に腰掛けている。

ようやく義弟達を見つけると、そこには真選組もいた。

マズい。このままでは、桂が捕まってしまう。しかし桂は、そのままバイクのアクセルをかけた。

 

「ちょっ桂兄ィ、真選組いるよ!?何やって……」

 

「今はそんなことどうでもいいだろう」

 

「っ…………あー、もう!!しょうがないな!」

 

今の彼には、何を言っても無駄らしい。志乃は諦めて、頭をガシガシと掻いた。

仕方ない。こーなったら、どこまでもこの男についていってやろう。志乃は覚悟を決めた。

駕籠を持ってトンズラする義弟達を追えと指令した沖田の横を、バイクで通り過ぎた。

 

「桂ァァァァァ!?嬢ちゃァァん!?何でェェ!?」

 

隊士が驚いて叫んだ横で、沖田はバズーカを構えた。

バイクで義弟達を追う桂と志乃に容赦なく、バズーカの雨が降り注ぐ。その中を疾走していく桂は、志乃を振り返らずに言った。

 

「志乃、お客様にデザートをご用意しろ」

 

「ラジャー!」

 

明るく返事をした志乃は、どこからともなく冷えたボソボソのチャーハンを取り出した。

桂に手渡してから、荷物台から彼の前に回り込んで、ハンドルを握る。

駕籠を置いて逃げ出す義弟達に向かって、さらにアクセルをかけた。

 

「お客様〜。デザートの方、お持ちしましたァァ!!」

 

義弟達の間を通り抜けざまに、顔にチャーハンをぶっかける。

桂はバイクから飛び降り、志乃は車体を斜めにしてブレーキをかけた。

 

「二つだけ言っておく。一つ、二度と攘夷志士を語らぬこと。二つ、二度と北斗心軒の暖簾(のれん)をくぐらぬこと。この禁、犯した時はこの桂小太郎が、必ず天誅を下す」

 

バイクを止めた志乃はスタンドを立て、駕籠の元に駆け寄る。中には、縛られた幾松がいた。

 

「幾姉ェ!!大丈夫?」

 

「大丈夫よ。心配かけたね、志乃ちゃん」

 

「あれ?ヅラ兄ィは?」

 

「あの人なら行ったよ」

 

「……そっか」

 

どうやら桂は無事逃げられたらしい。ホッとした志乃は、幾松を縛る縄を解いた。

 

「志乃ちゃんも、助けてくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「お礼と言っちゃなんだけど、ラーメン一杯あげるよ。チャーハンもつけたげる」

 

「ホント!?やったァ、ありがとう幾姉ェ!」

 

嬉しくて、ぎゅーっと幾松に抱きつく。幾松も微笑みながら、よしよしと彼女の頭を撫でた。

 

********

 

後日。志乃は、真選組のバイトで屯所に足を運んだ。

制服に着替えて部屋に向かうと、何やらいつもより騒がしい。事件でもあったのだろうか。

 

「はざま〜す。どーしたの?」

 

「!!」

 

志乃の顔を見た途端、山崎がささっと何かを背中に隠す。

山崎の周りには隊士らが集まって何か山崎の手を覗いていたように見えた。

それを不審に思った志乃は、山崎を問い詰めた。

 

「ねー、今何見てたの?エロ本?」

 

「えっ……あ、いや、その……」

 

「何?やましいものじゃなければ見せてよ」

 

「あっ!」

 

パッと山崎の手から、それを奪い取る。

見てみると、写真だった。写真の中には、メイド服を着た自分が、颯爽とバイクに跨っていた。

彼女の背後にいる山崎を含めた真選組隊士らは、冷や汗をかき、音を立てないようにそろ〜っと部屋を出て行こうとする。

そこに、志乃が声をかけた。

 

「ねェ、ザキ兄ィ。これ、誰に貰ったの?」

 

「え……えーと、その……お、沖田隊長に……」

 

「おー、来てたのかィ嬢ちゃん」

 

襖を開けて、沖田がニヤニヤしながらこちらへやってくる。沖田は飄々とした態度で、志乃の肩に手をまわした。

 

「いや〜、まさかあんな所であんな格好した嬢ちゃんと出会えるとはなァ。結構可愛いじゃねーかィ。ん?コスプレ趣味かィ?」

 

「違う。友達の仕事手伝ってただけ」

 

「じゃ、何で桂と一緒にいたんでィ?」

 

沖田は少し声を低くして、耳元で尋ねた。

志乃は彼の圧力に臆することなく、視線を沖田に向け、嘆息してから答えた。

 

「私の兄貴、攘夷戦争で戦ってたの知ってるでしょ?その時に知り合ったの。それ以来あまり連絡取ってなかったけど……ていうか、あの人桂だったの?知らなかったよ」

 

「ほーう?あくまで知らねェと言うんだな?」

 

「だから、ホントに知らなかったの。悪い?」

 

冷たい目で、沖田を見つめる。

肩にまわされた腕を退かして、彼を振り返らずピラピラと写真をはためかせながら言った。

 

「そもそも私は、攫われた友達を助けただけ。それ以外何もしてない」

 

写真を両手で持ち、ビリビリと破り捨てる。

沖田はジッと彼女の背中を見つめていたが、肩を竦めて背を向けた。そして、部屋の隅に座り込み、アイマスクをかけた。

 

「そーかィ。疑って悪かったなァ、嬢ちゃん」

 

沖田は一言詫びると、眠り始めた。

志乃は肩越しに彼を見てから部屋を出ようとしたが。

 

「あ、そうだ嬢ちゃん」

 

沖田が跳ね起き、一枚のディスクを志乃に見せた。そして、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。

 

「悪ィが、いくら写真破っても無駄だぜィ。ここにデータが入ってるから、いくらでも焼き増し出来るんでさァ」

 

「んなっ……!!」

 

衝撃の事実に、志乃は思わずバッと振り返った。

迂闊だった。あの性悪男なら、写真の焼き増しくらいやりかねなかった!

 

志乃はすぐに、ディスクを奪おうと沖田に襲いかかる。しかし、ひょいと彼にかわされてしまう。

 

「お前っ、それよこせ!!」

 

「無防備な嬢ちゃんが悪いんでさァ。そんなんじゃ、ストーカーに狙われるぜィ」

 

「堂々と盗撮してた奴が言うんじゃねーよ!!てめっ、バズーカで体ごと吹き飛ばしてやろーか!?」

 

「面白ェ。やってみろィ」

 

「ちょっ、沖田隊長も志乃ちゃんも落ち着い……ぎゃあああああああ!!」

 

ーーその後、志乃と沖田はディスクをめぐって大乱闘を繰り広げる。ディスクは志乃の手によって見事破壊されたものの、屯所の一部が損壊する事態となった。

志乃と沖田は互いに責任をなすりつけ合い、結果二人まとめて給料がカットされたのだった。




次回、星海坊主篇です。頑張るぞォ!!


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星海坊主篇 親父なら娘に一度は「お父さんと結婚したい!」と言われたいもの
何故炭酸飲料は多くの人の心を掴むのか


今回から星海坊主編スタートです。
では、景気付けに気合い入れますっ!
長編がなんぼのもんじゃあああああああい!!


今日も志乃は、バイトで真選組の仕事を手伝っていた。しかし。

 

「ねぇ、何ココ?」

 

市中見廻りと称して志乃が連れて行かれた場所は、映画館だった。

志乃は思わず、付き添いで共に来ていた土方にもう一度尋ねていた。

 

「ねぇ、私バイトで来てんだけど?何で映画館?」

 

「近藤さんにお前をここに連れてけって言われてな」

 

「近藤さんが?何で?」

 

「お前、バイト初日の大怪我まだ治ってねーんだろ。近藤さんなりの詫びの印だろーよ」

 

「へぇ〜」

 

志乃は土方の答えを聞きながら、映画館へ視線を移す。

今、映画館では話題作「えいりあんVSやくざ」がやっていた。

 

「あっ!コレ、ずっと観たいと思ってた映画なんだ!早く行こうよ!!」

 

 

まあ、近藤の好意を蔑ろにする理由もないか。

そう思って、志乃は土方と彼と共に来ていた原田右之助の手をぐいぐいと引いて、映画館に入っていった。

 

********

 

映画を楽しんだ志乃達は、パンフレットやらグッズやらを買ってパトカーに乗った。

その時、屯所からの無線が入る。

話をうっすら聞くと、星海(うみ)坊主という通り名を持つ有名なえいりあんばすたーが、屯所にやってきたという。

 

「なに……星海坊主が?なんだって、そんな大物がグスッ」

 

「ううっ……」

 

「アレ?志乃ちゃん、トシ、何かあったのか?」

 

「なんでもありませんよ局長」

 

映画の感動が余韻を引く中、三人は今だ涙を流している。

この状況を知らない近藤は、土方らにそちらの状況を告げる。

 

「江戸に第一級危険生物が入り込んだとのことだ。寄生型えいりあん、放っておけば大変なことになるぞ」

 

「えいりあん?」

 

その言葉を聞いた途端、原田は急にアクセルをかけてパトカーを発進させた。

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃあああ!!」

 

「ここは侍の国だぞォォ!!」

 

「アニキの敵じゃああああああ!!」

 

「オイトシ、志乃ちゃん、どうした?何かあったのか」

 

映画の内容を軽く引っさげて、前の席に座る男二人組は叫ぶ。志乃もそれに便乗して叫んだ。

泣いていたと思ったら突然叫び出した三人に、近藤がどうしたのかと問いかける。話すと長くなるし何より面倒なので、取り敢えず志乃が状況を訊いた。

 

「それで?えいりあんってどんな奴なの」

 

「あ、ああ。とにかく今から言うことをよく聞いてくれ。寄生型えいりあんは、人間から犬猫何にでも寄生する。知能は低いが、食料調達のために何でも狩る危険な奴だ!」

 

「ほうほう。なかなかヤバい奴じゃん」

 

「寄生された者を判別するには、顔を見るのが早い。パンダを探せ!」

 

「パンダぁ?」

 

志乃は思わず、顔をしかめた。その後に、近藤の説明が付け加えられる。

 

「寄生された者の目の周囲には、クマのような黒い痣が出る。いいかみんな、パンダを探すんだ。被害が出る前に何としても食い止めるんだ」

 

「了解」

 

「パンダだ。パンダダじゃないぞ、パンダだ。いや、今のはそーいう『だ』じゃなくて」

 

「もうわかったよ!うるさいな!」

 

知るか!何だパンダダって!

志乃は苛立ち任せに無線をプチッと切った。

原田が一度パトカーを止め、土方と共に降り出す。それを見た志乃も降りようとしたが、土方は彼女に釘を打った。

 

「ダメだ。てめーはここで待ってろ」

 

「えっ!?何で?」

 

「近藤さんから、無茶をさせるなと言われててな。てめーは動いたら何でも無茶しやがる。大人しく待ってろ」

 

「ちょっ……」

 

志乃が呼び止める前に、パタンとドアが閉まった。そして、そこに鍵をかけられる。

ケッ、準備のいいことで。志乃は舌打ちした。

どかっとでかい態度で座席に座り直すと、再び無線が入った。近藤からだ。

 

「はーい、志乃です」

 

「ああ。聞いてくれ、志乃ちゃん。先程総悟から連絡が入ってな。大江戸信用金庫に立てこもっている銀行強盗に、えいりあんが寄生しているらしい。すぐに向かってくれ!」

 

「ラジャー」

 

無線を切った志乃は、窓の外を見て、土方と原田の姿を探した。しかし、どこまで行ったのかわからない。

仕方なく、志乃は彼らの帰りを待つことにした。

 

「まだかな〜……」

 

靴を脱ぎ、座席の上で膝を抱えてぽふっと頭を乗せてみる。

彼女の脳裏に、ふと昔の情景が浮かんできた。

 

********

 

見渡す限り、死体、死体、死体。その中を、一人の青年がこちらへ歩いてきた。

青年は自分と同じ銀髪を括り、風に靡かせている。太刀を持ち、血塗れになった羽織を着て、笑顔を向けていた。

 

それを見つけた幼い頃の自分は、ぱあっと明るい笑顔を浮かべ、彼に駆け寄る。彼は自分と視線を合わせるようにしゃがみ、ぎゅっと自分を抱き締めてくれる。

 

「お兄ちゃん!」

 

笑顔でそう呼ぶと、決まって彼は哀しそうに笑っていた。

 

どうして?どうしてお兄ちゃんはいつもそんなにかなしそうなの?

そう尋ねたくても、自分はあまりにも幼過ぎて。

 

その疑問を、何度も胸の奥に隠した。それを繰り返していたら、いつの間にか兄は死んでしまった。

兄の遺体は、帰ってこなかった。遺されたのは、彼が使っていた太刀のみ。

悲しくて悲しくて、空に叫ぶように哭いた。弔いの気持ちとか、そんなものは全く無く。ただ、自分の気持ちに正直に哭いた。

 

そこで、いつものように記憶のページが破れていた。

 

********

 

「ーーい、オイクソガキ!!起きろ!」

 

「あだっ!?」

 

ベシッと、土方に頭を叩かれる。痛むそこを摩りながら、志乃は前の席に座る彼らを見た。

どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。

 

「おかえり」

 

「ああ」

 

「あっ、そうだ。近藤さんから連絡入ったよ。大江戸信用金庫に大至急向かってくれって」

 

「そーか。コレ」

 

「ん?」

 

土方がヒョイと渡してきたのは、メロンソーダが入った冷たいペットボトルだった。

 

「やる。留守番ご苦労だったな」

 

「ん。ありがと」

 

志乃はニコッと笑って、メロンソーダを一口飲んだ。

シュワシュワと音を立てて、冷たい炭酸が口の中で踊る。

それを堪能してから、ビシッと前を指さした。

 

「行くぞォ!えいりあんがなんぼのもんじゃーい!!」

 

「「えいりあんがなんぼのもんじゃああああ!!」」

 

再び心のアクセルがかかった二人。パトカーを爆走させながら、現場へ向かった。



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子供にはせめて純粋でいてもらいたい

現場へ急行したパトカーが何か人っぽいものを撥ねた。それに構わず、志乃、土方、原田の三人はパトカーのドアを開ける。

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃーい!」

 

「なんぼのもんじゃーい!」

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃああい!!」

 

「いや、えいりあんじゃねーからコレ!!」

 

いきなり人を撥ねた警察に、同じ警察がツッコむ。志乃が撥ねたものを見てみると、何やらえいりあんぽい着ぐるみを着た近藤だった。

何故そんな格好を?と疑問を持ったが、銀行の中からこちらへ何かが来る気配を感じる。志乃は金属バットに手をかけ、前に躍り出た。

しかし、山崎に肩を掴まれて止められる。

 

「ダメだよ志乃ちゃん!君はまだケガ治ってないんだから、下がってて!」

 

「ちょっ、放してよ!ジミーのくせに生意気だ!」

 

「やめて志乃ちゃん!!せめてザキ兄ィって呼んで!!」

 

悲しむ山崎の手をなんとか振り払った志乃の前にある自動ドアが開く。

そこには、バーコード頭の眼鏡をかけたオッさんがいた。しかも何故か、神楽の腕を掴んでいる。

 

「いいから来いってんだよ。アレだ、マロンパフェ食わしてやっから。なっ?」

 

「ちょ、離してヨ。離れて歩いてヨ」

 

「何だ、お父さんと歩くのが恥ずかしいのか!?どこだ!!どの辺が恥ずかしい?具体的に言え、お父さん直すから!」

 

「もう取り返しのつかないところだヨ」

 

「神楽ちゃん、人間には取り返しのつかない事なんてないぞ!どんな過ちも必ず償える!」

 

「無理だヨ〜。一度死んだ毛根は帰ってこないヨ〜」

 

「…………何やってんの、神楽」

 

志乃は呆然として、ズルズルお父さんに引っ張られる神楽に声をかける。

彼女に気付いた神楽が、志乃を振り返った。

 

「あっ、志乃ちゃん!こんなムサい連中と何やってるネ」

 

「いや、こっちの台詞だから。え、誰?あの人誰?」

 

「話すと長くなるから、取り敢えず来てほしいネ」

 

「はい?」

 

YesかNoか答える間も与えず、神楽は志乃の手首を掴む。そして、芋づる式にズルズルと引っ張られた。

 

「いや、ちょ、神楽。私まだバイト中なんだけど……ってあだだだだだだだだ!!わかった!行く!行くから握り締めないで……骨っ!骨折れる!!」

 

言い訳すら聞いてもらえず、志乃はそのまま神楽に連行された。

 

********

 

デパートのレストランに連れて行かれた志乃は、新八、銀時と並んで、神楽とお父さんと向かい合って座っていた。

 

「星海坊主ぅぅ!?星海坊主って……あの……えっ!?神楽ちゃんのお父さんが!?」

 

新八は神楽のお父さん=星海坊主だと聞いて、驚く。しかし、銀時と志乃はそれを知らなかった。

 

「星海坊主?何それ?妖怪?坊主じゃねーぞ。うすらってるぞ頭」

 

「まだギリギリ大丈夫だよ。坊主じゃないから」

 

「オイ、うすらってるって何だ。人の頭をさすらってるみたいな言い方するな。ってかその励ましやめろ」

 

失礼な発言に、星海坊主がツッコむ。新八は、銀時と志乃に彼のことを説明した。

 

「星海坊主といえば、銀河に名を轟かす最強のえいりあんばすたーっスよ。化け物を狩るため銀河中を駆け巡るさすらいの掃除屋」

 

「へー、神楽のお父さんってスゴイ人なんだね」

 

「あー、ハイハイ聞いたことあるわ。うすらいの掃除屋」

 

「オイ、うすらいの掃除屋って何だ。ただのダメなオっさんじゃねーか」

 

銀時の失言に苛立った星海坊主は、立ち上がって手をバキバキと鳴らす。

 

「カチンときた。お父さんカチンときたよ。ガチンとやっちゃっていい?」

 

「落ち着くネ、ウスラー」

 

「ウスラーって……アレ?でもハスラーみたいでカッコいいかも」

 

それでいいのか、お父さん。

志乃はツッコみたかったが、話が逸れそうなのでそれを呑み込んだ。

そして、神楽が銀時達を紹介する。

 

「ウスラー、紹介するネ。こっちのダメな眼鏡が新八アル」

 

「ダメって何?」

 

「こっちのダメなモジャモジャが銀ちゃんアル」

 

「だからダメって何?」

 

「こっちの女の子が私の友達志乃ちゃんアル」

 

「「オイッ何でコイツだけマトモな紹介なんだよ!?」」

 

「それほどアンタらがなめられてるってことでしょ」

 

ダメ呼ばわりされた男二人が、唯一ダメと言われなかった少女に(たしな)められた。

 

「私が地球(こっち)で面倒見てやってる連中ネ。挨拶するヨロシ」

 

しかし、星海坊主は睨んだまま眼鏡を押し上げるだけだった。

 

「フン。なんか良からぬことでも考えてたんじゃねーの。夜兎の力を悪用しようって輩が巷にゃ溢れてるからな」

 

「なんだァ?悪用ってどういうことだコラ。てめーの頭で大根でも摩り下ろすことを指すのか?」

 

何やら喧嘩腰になる星海坊主と銀時。席を立ち、睨み合う。

 

「大体、長い間娘ほったらかしてた親父がとやかく言えた義理かよ」

 

「なんだァ、こちとら必死に捜し回ってたっつーんだよ。ちょっと目ェ離したら消えてたんだよ。難しーんだよ、この年頃の娘は。ガラス細工のように繊細なんだよ」

 

「何言ってやがんだ。ガラス細工のような危なげな頭しやがって」

 

最後が悪口になった銀時の胸倉を星海坊主が掴み、ガタガタと揺らす。

 

「てめェェ、今の内だけだぞ強気でいられるのは!!三十過ぎたら急に来るんだよ!!いつの間にか毛根の女神が実家に帰ってたんだよ!」

 

「あーそうですか。だったら毛根の女神の実家までストーキングすりゃよかったのに」

 

「わかるかァァ!!いつの間にかいなくなってたんだよ!行方も知らせず夜逃げしたんだよ!」

 

「あっそ。そりゃ残念だ」

 

志乃のアドバイスも一蹴し、喚き散らす星海坊主。志乃は肩を竦め、少し(ぬる)くなったメロンソーダを呷った。

 

「とにかく、てめーのような奴にウチの娘は任せてられねェ。神楽ちゃんは俺が連れて帰るからな!!」

 

「なーーに勝手に決めてんだァァ!!」

 

「ぐはっ!!」

 

星海坊主の後頭部に向けて、神楽が蹴りをお見舞いする。星海坊主に胸倉を掴まれていた銀時も吹っ飛ばされ、隣のテーブルにぶつかった。

いきなり娘に蹴飛ばされ、星海坊主は彼女に向き直る。

 

「神楽ちゃん何すんの!!ドメスティックバイオレンス!?」

 

「今まで家庭ほったらかして好き勝手やってたパピーに、今更干渉されたくないネ。パピーも勝手、私も勝手。私勝手に地球来た。帰るのも勝手にするネ」

 

星海坊主は立ち上がって、眼鏡の位置を直しながら言う。

 

「神楽ちゃん、家族ってのは鳥の巣のようなもんだ。鳥はいつまでも飛び続けられるわけじゃねェ。帰る巣が無くなれば、いずれ地に落っちまうもんさ」

 

「パピーは渡り鳥。巣なんて必要ないアル。私もそう、巣なんて止まり木があれば充分ネ」

 

「それじゃ、何でこの止まり木にこだわる?ここでしか得られねーモンでもあるってのか」

 

「またあそこに帰ったところで何が得られるネ。私は好きな木に止まって好きに飛ぶネ」

 

「…………ガキが、ナマ言ってんじゃねーぞ」

 

「ハゲが、いつまでもガキだと思ってんじゃないネ」

 

二人の間に、何やら不穏な空気が流れ始める。何だか嫌な予感がした三人は、彼らを止めようと声をかけかけた。

しかし、その前に二人は得物の傘を持って、窓を破って飛び降りた。

 

「ちょっ、神楽……」

 

志乃が彼女を追って、飛び降りようとしたその時。

 

ブーッブーッブーッ

 

「ん?」

 

彼女の腰にかけている携帯のバイブが鳴った。それを開き、誰からの通話か見ずに耳に当てる。

 

「ハイ、もしもし。志乃ちゃんです」

 

「てめェ今どこにいるクソガキ!!仕事ほっぽり出して急にどっか行きやがって!早く戻ってこい!!」

 

電話から聞こえてきた声は、土方だった。怒涛の勢いで耳に入ってきた声は用件だけを言うと切れ、通話終了の音だけが響いた。

あ、忘れてた。今バイト中じゃん。

志乃はガシガシと頭を掻いて、銀時を振り返った。

 

「じゃ、私これからバイトだから」

 

「えっ……ちょ、志乃ちゃん!神楽ちゃんは……」

 

新八が彼女を引き止めるが、志乃は立ち止まって肩越しに新八を見て言った。

 

「親子のいざこざに部外者(あたしら)が、そんな簡単に首突っ込んでいいモンじゃないと思うから。事が終わったら教えて」

 

志乃はレストランを出て、大江戸信用金庫に戻るべくデパートを出て走り出した。

背後から聞こえる爆音やら何やらを、聞こえないフリをして。



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人の思いってのは大体交差してピッタリ合わない

翌日。バイトを無断で休み、志乃は道中で出会った新八と共に万事屋に向かった。

しかし、そこには銀時だけで神楽の姿は無かった。

 

「ねぇ、銀。神楽は?」

 

「あ?アイツなら解雇したけど」

 

「そっか〜……って、え"え"!?」

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?解雇ォ!?」

 

さらっと告げられた事実に、新八と志乃は驚いて銀時に詰め寄る。しかし銀時はどこ吹く風で、爪を切っていた。

 

「うるっせーな、デケー声出すんじゃねーよ。あ〜あ。深爪しちゃったよ。てめーらどーしてくれんだ」

 

「どーしたもこーしたもねーっつーの、このタコ!!」

 

「神楽ちゃん解雇したっていうんですか!!えっ!?じゃあ神楽ちゃんお父さんと一緒に帰っちゃったの!?」

 

「知らねーよ。帰ったんじゃね?もう一日経ってるし。良かったろォ、金貯めて実家に帰るとか言ってたのに手間が省けたんだから」

 

「そんな……」

 

「それにお前なァ、ガキとはいえ女の子が野郎の家に上がり込んでるっていうのはイカンよやっぱり。銀サンだったから無事だったものの、最近はロリコンとか流行ってんだからよ〜。俺が親父だったら殺しに行くね、その男を。鼻の穴に指をかけて背負い投げす……」

 

うんうんと頷く銀時の鼻の穴に、新八の指がぶっ刺されそのまま背負い投げされた。

突然椅子から投げ出された銀時は、鼻を押さえて痛みに悶える。

 

「いだだだだだだ!!取れた!!コレ絶対鼻取れた!何しやがんだァ!!」

 

「見損ないましたよ銀サン!アンタ神楽ちゃんの気持ちとか考えたことあんのかよ!」

 

倒した銀時を見下ろして、新八は怒る。そこから、二人の口論が始まった。

 

「あん!?家出娘を親の元に返して何がワリーんだよ!」

 

「お前は……ホントッバカな!ダメだわお前はホントッダメだ!」

 

「コラ、ダメガネてめっ眼鏡割ってただのダメにしてやろーか!?」

 

「アンタなんにもわかってないよ!!神楽ちゃんがどれだけ万事屋(ここ)を大事に思っていたか!神楽ちゃんがどれだけアンタを……」

 

新八の目に、ジワリと涙が滲む。それを堪えて、新八は背を向けた。

 

「もういい。銀サンがそういうつもりなら、僕も辞めさせてもらいます。仲間だと思ってたのは、僕らだけだったみたいですね」

 

「ちょっ、新八……」

 

志乃が咎めるのも聞き止めず、新八が店の戸を開ける。彼の背を見ずに、銀時も言った。

 

「辞めたきゃ辞めな。てめーも神楽も、こっちから頼んで来てもらった覚えはねェよ」

 

新八は何も言わず、戸を閉めて出て行ってしまった。

志乃は新八の背中を見送ってから、彼を見やった。

銀時は腰を摩りながら、鼻に突っ込んだティッシュを取り出す。

 

「……ったく、何だってんだどいつもこいつも。なァ志乃?」

 

「……………………」

 

銀時は視線をこちらへ投げるが、志乃は黙って並べられた机とソファを見るだけだった。

 

「んだよ、お前もアイツの味方か?」

 

「……違うよ。ただ……少し、寂しくなったなァって思ってさ」

 

ソファの上にふと、楽しげに笑い合う銀時、新八、神楽の三人が浮かぶ。

しかし、それももう見れなくなるのかもしれない。志乃はソファに座って、凭れかかった。

彼女を見ていた銀時は、ふと別の気配を感じる。振り向くと、襖の隙間から定春がこちらを覗いていた。

 

「………………何だ。文句あるのかコラ。エサ抜くぞ、あん?」

 

定春はくんくんと床の匂いを嗅いでいた。

神楽を捜しているのだろう。なんだかんだ言って、定春は神楽にとても懐いていた。

 

「出て行きたきゃお前も出てっていいんだぞ。大好きな神楽ちゃんも、もういないんだからよ」

 

定春は、今度は銀時の服に鼻を近付けた。

 

「んだよ、そんな所にいねーよ」

 

定春は銀時の服の中から、一通の手紙を取り出し、口に咥えた。

手紙を見た志乃は、定春に近付く。

 

「それ……?」

 

「……………………めざとい野郎だな。アイツの匂いがすんのか」

 

「え?それって、神楽のなの?」

 

志乃の問いに答えず、銀時はしゃがんで定春の口から手紙を取った。

 

「…………これで良かったんだよな。俺も親子ってのがどーいうもんなのかなんてよくわからねーが。…………これで良かったのさ」

 

新八と銀時が喧嘩した時。志乃は、何も言わなかった。何も言えなかった。

二人の神楽を思う気持ちは、一緒だったから。銀時の気持ちも新八の気持ちも、ずっと第三者として見てきた志乃には、痛い程伝わっていた。

……それなのに何でこうも違えるかねェ、人の気持ちってのは。

志乃は嘆息して、万事屋を出て行った。

 

********

 

「え?あのチャイナ娘、帰っちゃったの?」

 

志乃は時雪と共に、相変わらず入院生活を送っている小春、橘、お瀧、八雲の見舞いに行った。

志乃から事情を聴いた五人は、少し残念そうな顔をした。

その中で、時雪が口を開く。

 

「でも……仕方ないのかな。やっぱり、家族と一緒にいた方がいいのかも……」

 

「さァね、どうかしら。そもそもこの中で、家族との思い出がある奴なんてほとんどいないもの。あの娘の気持ちなんて、わからないわ」

 

「それに、親子の問題でしょう。部外者の私達が、簡単に首を突っ込んでいい問題でもないでしょうに」

 

小春と八雲が、他人事のようにあっさり言い切る。お瀧と橘も、彼らに乗せる形で言った。

 

「せやなァ。ま、帰るんなら帰るでちと静かになってまうな。お登勢さんもうるさいなんて言いながら、いつも嬉しそーやったし」

 

「別れなんて、生きてる内にたくさん経験するものだ。別に俺達がどうこう出来る立場でもない。あの娘が帰るなら見送ってやるのが筋ってものじゃないのか?」

 

「……そうかもしれませんけど……」

 

時雪は、チラリと志乃を見た。志乃は膝を抱えて、頭をその上に乗せている。彼女の気持ちを察して、彼らは何も言えなかった。

 

神楽は、志乃にとって初めて出来た、年の近い友達だった。かぶき町中に友達やら知り合いはたくさんいるものの、皆年の離れた者ばかり。

志乃は同じように思いっきり遊べる友達が、ずっと欲しかった。

 

そう思っていた矢先、出会ったのが神楽だった。

始めは彼女の奇天烈かつ超破壊的な行動に少々戸惑ったものの、万事屋繋がりで顔を合わせることが多くなったからか、いつの間にか打ち解けていた。

共にかぶき町を練り歩いて遊びに行ったり、一緒に悪い事を企んだり。とにかく、楽しかった。

 

「……神楽」

 

グスッと、志乃は鼻を啜る。時雪は彼女を心配そうに見つめた。

その時、付けっ放しだったテレビが、突然ニュースに変わった。テレビの中で、ナレーターが緊迫した様子で矢継ぎ早に状況を報道する。

 

「緊急速報です!!たった今入った情報によりますと、ターミナルの七番(ゲート)の船にえいりあんが取り付き事故を起こした模様!」

 

 

「あら、なかなか派手にやってるわねェ」

 

小春がターミナルの惨状を見て、ボソッと呟く。

それを受けた八雲は、手にせんべいを取って志乃に向かって言った。

 

「そういえば志乃、貴女のバイト先で何やらそーいう事件抱えてませんでしたか?」

 

「え?あ……うん。なんでも、江戸に寄生型えいりあんが入ってきたって……」

 

答えながらテレビに目を向けた志乃は、流されている映像に驚いた。

ターミナルの壁から船の先端が露出し、そこに人影が映る。ズームすると、そこには傘を持ってえいりあんと戦う少女ーー神楽が映っていた。

 

「神楽!!」

 

志乃は椅子から勢いよく立ち上がり、金属バットを手にして病室から出ようとする。

 

「ちょっ、待って志乃!!」

 

時雪は彼女の腕を掴んで、羽交い締めにし引き止める。

 

「まさか、あそこに行くつもりじゃ……!!」

 

「行くよ!行くに決まってる!」

 

「ダメだ、行かないで!!死んじゃうよ!!」

 

「いやだ!!私は行く!!」

 

時雪を振り払おうと暴れる志乃。

テレビ越しにだが、友達が戦っている。それを黙って見守るなど、彼女には出来なかった。

 

「待ちなさい、志乃」

 

八雲が、声だけで彼女の動きを止める。志乃がこちらを振り返ったのを見て、話し始めた。

 

「志乃。彼女を救いに行くのですね?」

 

「ああ」

 

「貴女は死ぬかもしれませんよ?」

 

「ああ」

 

「……それでも、貴女は行くのですね?」

 

「ああ」

 

八雲の問いに、志乃は三回共同じ答えを出した。

八雲は小春、橘、お瀧と視線を交換し合い、頷いた。

 

「貴女の気持ちはわかりました。しかし、今のままでは貴女を行かせることは出来ません」

 

「!?何で!」

 

「あまりにも無謀です。志乃、よく考えなさい。相手は巨大なえいりあんですよ?金属バット一本で立ち向かえるような敵ではありません」

 

「っ……でも!!」

 

「志乃、アンタの気持ちはウチらにもよォわかる。せやから、落ち着いて聞きィ」

 

焦る彼女を諭すように、お瀧も割って入ってきた。

 

「ええか。アンタは"銀狼"や。銀狼は剣を得物とする一族やから、金属バットだけでも充分かもしれへん。せやけどなァ、今回の相手はマジモンの化け物や。正直、ウチらもあんな化け物相手に戦ったことあらへん。アンタがアイツに勝てる保証もあらへんねん」

 

「…………」

 

「せやから、志乃。アンタは自分の"本当の得物"を持ちィ」

 

「え?」

 

志乃がどういうことかと視線で尋ねると、橘が何やら奥からゴソゴソと取り出した。

橘が手に取ったのは、袋に入った刀だった。袋の口を開き、刀を取り出す。

 

「これは……刀?」

 

「違うよ、志乃」

 

刀を眺めていた彼女に並んで、時雪もそれを見る。

 

「確かに刀は刀だ。でもこれは、太刀だ」

 

「太刀?」

 

「まだ戦で馬に乗っていた時代、馬上から騎兵や歩兵を斬るのに使っていた刀だよ」

 

志乃が橘から太刀を受け取ると、自然と彼女の手に馴染んだ。

まるで何十年も前から、自分が生まれる前からずっと、出会えるとわかっていたかのような。運命のような感覚だった。

太刀に目を落とす志乃に、橘が言う。

 

「そいつの名は『鬼刃(キバ)』。お前の一族に代々伝わる、伝家の宝刀だ。お前の兄も、この太刀を携え天人らと戦った」

 

「兄ィも……!?」

 

驚いてバッと顔を上げる志乃に、橘は頷いて答える。志乃は再び太刀に目を落とし、グッと強く握り締めた。

 

「私達も後から必ず行くわ、志乃ちゃん」

 

小春が、拳銃を手にして不敵に笑ってみせる。しかし、時雪は彼女を止めようとした。

 

「何言ってるんですか、怪我が……!」

 

「フン。もうこんなの、ほとんど治ってるわよ。私達は元々怪我に強い体だから、そんな心配しないでちょうだい」

 

橘も、お瀧も、八雲も頷いた。

志乃は彼らを見つめ、決意を固めた表情で太刀を金属バットと共に帯に挿した。

 

「行ってくる」

 

志乃はバン!と強く扉を開けると、廊下を走り去っていった。

 

********

 

志乃は、スクーターでターミナルへ疾走する。逃げ惑う人々とは反対方向へ向かっているため、彼らを轢かぬようスクーターを空中へ飛ばして空を走っていた。

 

滑空する志乃は、いつもの藤色の浴衣ではなく、真選組の隊服を着ていた。一般市民は廃刀令により刀を持てないため、バイトの身ではあるが一応隊士であることを利用しようとしたのだ。

まあ、真選組が後でとやかく言ってきても、志乃にはそのほとんどを無視出来る自信があった。

 

ターミナルへの一本道を走っていると、定春に乗った銀時の姿を見た。

 

「銀ーー!!」

 

「?おっ、志乃」

 

志乃はスクーターを乗り捨て、定春の背中に着地した。そして、銀時の後ろに座る。

 

「どーした?今日はバイトか?」

 

「そーだね、仕事だよ仕事。アンタは?神楽を助けに来たんでしょ」

 

「…………違ーよ。そんなんじゃねーよ」

 

「ハイハイ、そーですか」

 

相変わらず素直じゃないなァ。志乃は思わず、表情が綻んだ。銀時は彼女が刀を持っていることに気付き、前を向きながら問う。

 

「お前、いーのか?(ソレ)持って」

 

「何で?別に持ったっていーじゃん。今は役人なんだから」

 

「バカ、そーいうことじゃねーよ。お前……兄貴が悲しむぞ」

 

「あっそ。勝手に悲しんどきゃいいじゃん」

 

志乃は、昔から獣衆の面々に言われてきたことを思い出した。

刹乃は、志乃に刀を持つことを望んでいないと。それもわかっていた。でも。

 

「兄貴が敷いたレールを走るつもりはないよ。私は私の道を行く」

 

志乃は、大切なものを護るためだけに刀を取りたかった。

たとえ先祖や兄が人斬りと言われようと、興味はなかった。

先祖は先祖。兄は兄。自分は自分。血など、体の内側に通っているだけで自分の信念とは何の関係もない。

 

「私は、自分の護りたいと思うもののためだけに剣を取る。ただそれだけだよ」

 

「……そーかい。なら、一丁行きますか」

 

「おうよっ!」

 

銀時と志乃は視線を交わしてニヤリと笑い、前を見た。定春は人混みを掻き分け、真選組を飛び越える。

 

「旦那ァ!?嬢ちゃん!」

 

「お前ら、何……!?」

 

驚き声を上げる真選組を無視して、着地した定春。

彼の上に乗っていた銀時と志乃に、テレビカメラが向けられた。

 

「あ。これカメラ?これカメラ?」

 

「だね。何してんのこんな所で」

 

「えーと、映画えいりあんVSやくざ絶賛上映中。見に来てネ」

 

「感動間違いなしだよ!」

 

指を指してさらっと映画の告知をした銀時と志乃は、定春を走らせてえいりあんに向かっていった。



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干からびたミミズを街中で見るとちょっとビビる

襲い来るえいりあんに向かって、全速力で走る定春。彼らの背中に、沖田と近藤の声が飛ぶ。

 

「旦那ァァ!!嬢ちゃん!!」

 

「アイツら、死ぬつもりか!?」

 

銀時は木刀を、志乃は金属バットを手にした。

 

「定春。散歩の時間だ」

 

「今日はどこで(じゃ)れても走っても突っ込んでも構わないからね。目一杯暴れな」

 

「いくぜェェェ!!」

 

「おう!!」

 

気合いの雄叫びを上げた銀時と、それに答えた志乃。

しかし。

 

バグン

 

「「あり?」」

 

二人は定春ごと、えいりあんに食べられてしまった。そして、そのまま丸呑みにされた。

愕然とした真選組は、思わず固まる。

 

「え"え"え"え"え"え"!!」

 

「呑み込まれたァァ!!散々カッコつけて呑まれちゃったよオイぃぃ!何しに来たんだァァ!?」

 

こんな状況下でも思わずツッコミを入れた真選組に、えいりあんが襲いかかる。

一人の隊士が呑まれそうになったその時、えいりあんにバズーカが撃ち込まれた。

 

「あら残念。外しちゃったわ」

 

突如、上空から降ってきた声。

真選組隊士らが振り返った瞬間、彼らの前にスタッと軽い音を立てて、一人の女が着地した。

女は金髪を靡かせ、肩にバズーカを担いでいた。

 

「ごきげんよう、真選組の皆さん。万事屋志乃ちゃん従業員兼『獣衆』金獅子、矢継小春推参」

 

小春は足元を短く切った薄桃色の着物に白い羽織を着て、2丁拳銃をそれぞれ右と左の太ももにつけたホルスターに差し込んでいた。髪は動きやすいように、ポニーテールにしている。

小春は真選組を振り返って、ぺこりと頭を下げる。

 

「いつもウチの志乃ちゃんがお世話になっています。で」

 

小春は真選組の面々と向かい合いながら、背後に迫ったえいりあんにバズーカをぶっ放した。

 

「志乃ちゃんを変な目で見てないわよね?もし見てたらえいりあんの前に貴方達を殺すわよ?」

 

それを優しげな笑顔を浮かべたまま言うのだ。

この何よりも恐ろしい脅迫に、隊士らはブンブンと首を横に振った。

 

「あらそう……残念」

 

何が?何が残念なの?俺達を殺せなかったから残念なの?

そこまで口に上らせる勇気もなく、隊士らは押し黙った。

 

「相変わらず喧嘩っ早いですね、小春は」

 

「ま、ウチらの中でも一番の喧嘩好きやったからなァ」

 

「アイツの場合、相手を必ず殺していただろう。どこが喧嘩だ」

 

「あら、何か文句でもあるかしら?」

 

小春と並んで、八雲、お瀧、橘が立つ。

小春は彼らを横目で見てから、襲い来るえいりあんを鼻で笑い、バズーカを向けて引き金を引いた。

 

「しょーがないじゃない。獣衆(ウチ)の大将は他の誰よりも喧嘩っ早いんだから。私達がついていってあげなくて、誰がついていくというの?」

 

バズーカはえいりあんに命中し、爆発する。

お瀧も肩を竦めて、腰の小太刀を抜いた。

 

「せやな。ウチらはここで、江戸護るために戦うとしましょーや」

 

「護る戦いですか。私達殺人鬼などに出来ますかね?」

 

八雲は手に手鋼をはめて、手に馴染ませるように握ったり開いたりを繰り返す。

橘が、こちらへ伸ばされたえいりあんの触手を薙刀で斬り落とした。

 

「大将が変わろうとしているんだ。俺達も変わらないでどうする」

 

淡々と言いながらも、普段ほとんど表情の変わらない彼の口元は、弧を描いていた。

それを受けて、小春、八雲、お瀧もニッと笑う。

 

「そうね。それじゃあ……えいりあん討伐!!いくわよォォォォ!!」

 

「ぶっ殺したらァァ!!」

 

「地獄へ案内して差し上げましょう!!」

 

小春のバズーカを皮切りに、三人はえいりあんに挑んでいった。

 

********

 

一方船上では、ハタ皇子とじいを護るために戦った神楽が、えいりあんに捕まってしまった。出血も酷く、彼女の意識は既に朦朧としていた。

あわや神楽が、えいりあんに食されようとしたその時。

 

「神楽ァァァァ!!」

 

志乃の叫び声と共に、えいりあんの口が内側から破壊される。中から、銀時と志乃、定春が飛び出してきた。

 

「神楽ァァァァァ!!」

 

銀時が叫び、彼女に手を伸ばす。

 

「ぎっ……ぎんちゃ……」

 

神楽も力無く手を伸ばすが、手はあと一歩のところで届かず、定春と共に落ちていった。

銀時と志乃は定春の背を蹴って跳び、えいりあんにしがみつく。

 

「こんのミミズ野郎ォォォォ!!神楽を返せェ!!」

 

志乃はえいりあんの触手をスイスイとよじ登り、神楽の元に辿り着こうとする。

しかし、えいりあんがあまりにも大き過ぎて、なかなか距離が縮まらなかった。

 

「だァァこのクソッ!!」

 

下の方から、銀時と左腕が無い星海坊主が志乃を追って登ってくる。

 

「志乃てめっ、なかなか登るの速えな。ジャングルジムで鍛えたかコノヤロー」

 

「残念、私の場合は登り棒だよ」

 

「待ってお嬢ちゃん!オジさん達のペースに合わせて!疲れてんの!年なの!!でも神楽ちゃんのために頑張ってんの!!」

 

「お前は早く帰れって!!病院行ってその左腕にマイナスドライバーでもつけてこい!」

 

「誰がつけるかァァァ!お前、マイナスなんてあんまり使わねーじゃねーか!どっちかっていうとプラスがいい!大体腕の一本や二本で病院なんざ!元々義手なんだよ俺の左腕は!」

 

「ついでに頭も作ってもらえ、すだれジジイ!」

 

「てめーら疲れてねーじゃねーか!元気爆発じゃねーかバカヤロー!」

 

えいりあんによじ登りながら激しい口論を繰り広げる二十代と四十代の男に、十代の少女がツッコんだ。

そんな彼らに当然、えいりあんは牙を剥いてくる。

四方八方から、えいりあんが彼らを食おうと襲いかかってきたのだ。

 

「「「うおわァァァァァ!!」」」

 

三人は同時に悲鳴を上げると、傘と木刀と金属バットを持って、えいりあんを次々と雄叫びと共に薙ぎ払っていった。

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃあああああい!!」

 

志乃は金属バットを振りかぶり、えいりあんに強く叩きつけた。



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娘と親父の絆は実は深い

銀時と志乃、星海坊主は鬼神の如く暴れ回り、えいりあんの体を掻っ裂き次々と倒していった。

粗方えいりあんは片付き、三人は息を弾ませ、背中合わせで立っていた。

 

「ねェ、なんか今頃来たよ。遅ーっつのバカ共が」

 

こちらへ飛んでくる幕府の軍艦を見上げ、志乃は笑う。

彼女の言葉を受けて、星海坊主も辺りを見回しながら言った。

 

「もうほとんどカタついたじゃねーのか。……にしてもてめーら、地球人にしちゃあやるな」

 

「てめーに言われても嬉しくねーよ、化け物め。片腕でよくここまで暴れられたもんだぜ」

 

「よく言うよ、銀。アンタも片腕のくせにさ」

 

志乃は銀時の血塗れになった左腕を見て、肩を竦める。

しかし志乃も右足をえいりあんに噛まれ、赤黒い血がどくどくと流れ続けていた。

彼らを見て、星海坊主は逃げるように諭す。

 

「悪いこたァ言わねー。帰れ。死ぬぞ」

 

「帰りてーけど、どっから帰りゃいいんだ?非常口も見当たらねーよ」

 

「あー、もうこりゃ残るっきゃないね〜。残念残念」

 

えいりあんによって侵食された船は、形は残してはいるものの内部は既にボロボロだった。

志乃は金属バットを甲板に立て、少し体重をそこへ預けた。

星海坊主は背を向けたまま、銀時に問いかける。

 

「……てめーのハラが読めねー。神楽を突き放しておきながら、何でここにいる?何でここまでやる?」

 

「俺が訊きてーくらいだよ。何でこんな所に来ちまったかな、俺ァ」

 

「お前……」

 

「安心しなァ。あんなうるせーガキ連れ戻そうなんてハラはねー。勿論、死ぬつもりもねェ…………だが、あいつを死なせるつもりもねーよ」

 

「私もさ、お父さん」

 

志乃はもう一度自分の足で立ち、星海坊主を振り返った。

 

「言ったろ?私はあいつの友達だ。友達を助けるのに理由なんて要らないんだよ。それが江戸っ子の心意気ってヤツさ。……手紙書きたいから、また後で住所教えてよね」

 

星海坊主は彼らを肩越しに見て、ニヤリと楽しげに笑った。

 

「クク。……面白ェ。面白ェよお前ら。神楽が気に入るのもわかった気がする。だが腕一本で何が出来るよ?」

 

「アンタも一本だろ」

 

「何言ってんの?」

 

背中合わせのままの彼らに、えいりあんが鎌首をもたげる。

 

「全部合わせたら、四本さ」

 

三人は一斉に踏み込み、えいりあんを斬った。

 

「胸クソワリーが、神楽助けるまでは協力してやるよ!」

 

「ありがたく思いな、お父さん!!」

 

「そーかイ。そいつァ、ありがとよォ!!」

 

星海坊主が跳躍し、えいりあんを撃った。

すると船の底が抜け、中から大きな玉が現れた。

志乃は思わず目を見開き、星海坊主に訊いた。

 

「ねェ、何アレ?」

 

「核だ。寄生型えいりあんの中枢……こんなデケーのは初めて見るが、ターミナルのエネルギーを過度に吸収して肥大化し、船底を破っちまったようだ」

 

「じゃ、アレを潰せばこいつらを……」

 

止められる、と言いかけた志乃と、銀時と星海坊主の目に、見覚えのある少女がえいりあんに取り込まれている光景が入ってきた。

 

「かっ……神楽ァァァァァァァ!!」

 

三人はすぐさま核に飛び降り、着地する。しかし、銀時だけは滑って転んでいた。その間に、神楽は核に呑み込まれてしまった。

神楽が取り込まれた場所に、三人が駆け寄る。志乃は膝をつき、核の中にいる彼女の名を呼ぶ。

 

「神楽!!神楽!!」

 

「オイ、呑まれちまったぜ!どういうこった!?」

 

「……ヤ……ヤバイ」

 

星海坊主も志乃の隣で、絶望するように膝をついた。

 

「野郎ォ……神楽を取り込みやがった。このままじゃ、こいつを仕留めることは出来ねー。こいつを殺れば、神楽も死ぬ」

 

「!!」

 

嫌だ。神楽が死ぬなんて絶対に嫌だ。でも、どうやったら神楽を救える……!?

考え込む志乃の耳に、別の声が入ってきた。それは、軍艦から発せられていた。

 

「えっ、えー。ターミナル周辺にとどまっている民間人に告ぐ!ただちにターミナルから離れなさい!今からえいりあんに一斉放射をしかける。ただちにターミナルから離れなさい」

 

その声と共に、軍艦の砲口がこちらへ向けられた。大人しくなっていたえいりあんも再び活動を始める。

 

「あー、もう……!」

 

どいつもこいつも……!

志乃は苛立ち、ぐしゃりと髪を握り締める。

ふと、傍らの星海坊主が立ち上がった。

 

「行け。もうじきここは火の海だ。てめーらを巻き込むわけにはいかねェ」

 

「なっ……」

 

「てめー、まさか一人で……」

 

「……つくづく情けねー男だよ、俺は。最強だなんだと言われたところでよォ、なーんにも護れやしねー。家族一つ……娘一人護れやしねーんだなァ。俺って奴ァよォ」

 

星海坊主は傘を手に、艦隊と対峙した。

 

「………………これも逃げ続けてきた代償か。すまねェ神楽……せめて最期はお前と一緒に死なせてくれ」

 

彼の背中を見ていた二人は、お互いをチラリと見てフッと嘆息した。

 

「ったく、これだから世の父親ってのは娘に煙たがられるんだよ。護ろうと思うあまり、娘を信じてないんだ。ねっ、銀」

 

「ああ、そーさな。お父さんよォ。アンタ自分(てめー)のガキ一人信じることが出来ねーのかィ。神楽(あいつ)がこんなモンで死ぬタマだと思ってんのかィ」

 

星海坊主はこちらを振り返り、銀時と目が合った。銀時は木刀を手にしていた。

 

「五分だ。五分だけ時間を稼いでくれ。俺を信じろとは言わねェ。だが、神楽(あいつ)のことは信じてやってくれよ」

 

銀時は木刀を核に突き刺した。

えいりあんの触手は自分に害をなす銀時を覆い、そのまま彼を呑み込んだ。

 

「!!なっ……」

 

驚く星海坊主を尻目に、志乃は痛む足を引きずって、金属バットを支えに立ち上がった。

 

「さァ〜てと。五分か……説得出来ますかね」

 

血が付着した口を手の甲で拭い、腰のベルトについている拡声器を手に取る。

生まれたての子鹿のようにガクガクと震える右足を引きずって立つ志乃の背に、星海坊主が咎めた。

 

「オイ、何を……!?」

 

「時間稼ぎさ。あいつら相手に五分も説得出来るか不安だがね。私、気が短いからさァ」

 

ニッと笑った次の瞬間、彼女の背後で大きなものが落ちてくる音がした。

 

「よォ、やっと来たか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新八、定春」

 

志乃が振り返ると、新八と定春が、ハタ皇子とじいを連れて立っていた。

志乃はハタ皇子の首根っこを掴んで前に立たせ、拡声器のスイッチをオンにして、腹の底から叫んだ。

 

「オイコラてめーらァァこのオッサンが目に入らねーかァ!!今大砲ブチ込めばこの央国星皇子が爆死しちまうぞォォ!!もれなく国際問題っつー素敵なオマケがついてくるぞォォォ!!いいか、たった五分だ!五分でいいから待てっつってんだよ!!お高めのカップ麺作って待っとけやボケェェェ!さもなくばぶっ飛ばすぞコルァ!!」

 

要件を告げた志乃は、拡声器のスイッチを消して下に下ろす。数回咳払いをしてから、一息吐いた。

ハタ皇子が、志乃を振り返って訊く。

 

「撃たないよね?コレ撃たないよね?大丈夫だよね」

 

「けほっ……多分ね」

 

喉を押さえ、艦隊を見つめる。

すると、一隻の軍艦の砲口に、何やらエネルギーっぽいものが集中していた。

 

「……アレ?」

 

「なんか……撃とうとしてない?」

 

「ウソ……ウソだろオイ。皇子だよ。仮にも皇子だよ」

 

志乃達の額に、冷や汗が流れる。

新八が逃げよう、と言おうとしたその時。

 

「それ私の酢昆布ネェェェ!!」

 

核を突き破って、神楽が銀時と共に飛び出してきた。



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娘に彼氏が出来て泣くのは親父

「うがァァァァ!!」

 

「神楽ァァ!!」

 

「神楽!」

 

えいりあんの核を突き破って、銀時と共に神楽が飛び出す。銀時は鼻で笑いながら、木刀を握った。

 

「ったく、食い意地が張ったガキだよ。親の顔が見てみてーな、オイ」

 

「…………俺も見てみてーよ。お前のような無茶苦茶な男の親の顔を」

 

「さーて、そろそろ終いにしましょーか」

 

三人は並んで互いを見てニヤリと笑い、一斉に跳んだ。

 

「いくぜェェェェ!!志乃!お父さん!」

 

「おうよっ!!」

 

「誰がお父さんだァァァァ!!」

 

三人の渾身の一撃を食らった核はその力に耐え切れず、その影響でえいりあんの動きも鈍くなった。

下で戦っていた小春達も、それに気付いた。

 

「アイツら……やってくれたのね」

 

一方えいりあんの核の上で、志乃は軍艦にいる松平片栗虎に電話をかけた。

 

「もしもしとっつぁん!?志乃だけど」

 

「あん?あー、なんだてめーか。オジさんは今忙しいんだよ。依頼ならまた今度すっから。じゃーな」

 

「待て待て待て待て!!頼むからアレ止めて!!私アンタのせいで命を落としそうなの!!」

 

「あ?てめーそこにいんのか?早く逃げろ。じゃーな」

 

「だから、じゃーなじゃねーっつーの!!頼むから止めてよ!つーか私アンタに五分待てっつったよね?何で撃った!?」

 

「いや、五時から娘の誕生パーチーがあるから」

 

志乃は思わず、固まってしまった。声が聞こえなくなったので、松平は電話を切ろうとした。

 

「もういいか?じゃ、早く逃げろよー」

 

「……ふざけんなよこのクソジジイ!!」

 

電話越しに、志乃は思いっきり叫ぶ。志乃の苛立ちは、既に頂点に達していた。

 

「てめっ娘の誕生パーチーごときで人の命消す奴があるかァァァ!!」

 

「ごときとは何だ。俺の大事な娘の生誕祭だぞ。これを祝わないなど父親失格だ」

 

「アンタは既に人間失格だよ!!それで命の危険にさらされる私らの身にもなってみろや!!あといい年こいたオッサンがパーチー言うなキモいから!!てめっ、今度会ったら絶対に殺してやっからなァァ!!」

 

怒りに任せてシャウトした後、志乃は八つ当たりでグシャリと携帯を握り潰してしまう。

それでも彼女の苛立ちは収まらず、イライラだけが心の中で燻り、煮え滾る。

その時、意識の定まっていない神楽が、星海坊主の髪の毛を酢昆布と間違えて、引き抜いてしまった。

 

「ぎゃああああああ何すんのォォォォ!!お父さんの大事な昆布がァァ!!」

 

父親が絶叫する隣でもっさもっさと髪の毛を食べる神楽を、銀時が止めようとする。

 

「おいィィ何食ってんだ!出せェェハゲるぞ!そんなもん食ったらハゲるぞ!」

 

「ハゲるかァ!お前ホント後で殺すからな!」

 

しかし、志乃はそんな光景に目もくれなかった。ただ、自分の中で狂いそうな獣を抑えつけるのに必死だった。

ふと、視界が真っ白になる。

志乃は抜刀し、その光に向けて「鬼刃」を力任せに振り下ろした。

 

********

 

ドォォン!!

 

大きな爆発音と共に、風が吹き荒れる。松ちゃん砲により、えいりあんは始末された。そこで戦っていた、銀時達諸共。

ターミナル前で奮戦していた真選組、「獣衆」、そして駆けつけた時雪が、信じられない気持ちでターミナルを見上げた。

 

「なっ……なんてこった。まさか……あの連中が」

 

「…………志乃」

 

震える声で呟いた時雪は、膝から崩れ落ちる。

信じたくなかった。たった今目の前で、志乃が死んだなんて。

 

「志乃…………志乃おおおおおおおおお!!」

 

涙を流し、ターミナルに吠える。

その時、真選組のパトカーに通信が入った。

 

「射撃地点から、微弱な生体反応が!」

 

「えっ!?」

 

誰もがその報告に驚き、再びターミナルに視線を移す。

煙が舞うえいりあんの核。

その上に、銀髪を風に靡かせた一人の少女が立っていた。

少女は太刀を両手で刃先を下に向けて持ち、片膝をついていた。

遠目から少女を認めた時雪は、歓喜のあまり立ち上がる。

 

「志乃だ……志乃だっ!!」

 

「オイオイ、冗談だろ……?」

 

時雪と同様志乃の姿を認めた近藤だが、若干声が上ずっていた。

 

「まさか、あの砲撃を……刀で斬ったってのか……!?」

 

志乃が立つ両側の核の表面は、志乃を中心にして扇状に焼け(ただ)れていた。

志乃の後ろに固まるように集まっていた銀時達も、もちろん無事だった。

 

「お……おい、志乃……?」

 

銀時が恐る恐る声をかけてみた次の瞬間、志乃の体は吊っていた糸が切れたように倒れ込んだ。

前のめりに倒れた志乃は、そのまま下へ落ちそうになる。

 

「志乃ちゃん!」

 

新八が叫んで彼女に手を伸ばしたその時。

 

ーーヒョイッ

 

「ったく。若いのに無茶するぜ、お嬢ちゃん……」

 

倒れかけた志乃の首根っこを傘で釣り上げ、星海坊主は笑った。

 

********

 

志乃が目を覚ましたのは、救護班の簡易テントの中だった。ベッドに横たわっていた体は鉛のように重く、上体すらまともに起こせなかった。

 

「気がついたかい、お嬢ちゃん」

 

聞き覚えのある声に目を向けると、星海坊主がベッドの横の椅子に座っていた。

 

「……アンタ、何でここに?」

 

「少し、お嬢ちゃんと話がしたくてな」

 

「フーン。失礼かもしれないけど、私今体を起こせなくてね。この状態で話してもらってもいいかな」

 

「ああ、構わねーが……」

 

星海坊主の了承を得たところで、彼は宙を見る志乃に問いかけた。

 

「てめーまさか……あの"銀狼"か?」

 

「そうだよ」

 

あっさりと答える志乃。その目は、相変わらず天井に向けられていた。

 

「私は『獣衆』現棟梁、銀狼こと霧島志乃さ。最近になって私自身も知ったんでね。残念ながら、アンタが恐れる程の力は持ってないよ」

 

「安心しろ、お嬢ちゃん。俺は強い奴がいたら、誰彼構わず戦い挑むよーな無謀なこたァしねェ」

 

「そーかい。寝首かかれるかとヒヤヒヤしたが、その心配も必要なさそーだな」

 

「だがお嬢ちゃん。てめーは自分の中に流れる血の恐ろしさってのをわかってるのか?」

 

その問いに、志乃は一瞬眉を寄せた。

 

「俺達みてーな、戦うことしか出来ねー奴らはみんなそうだ。代々流れるその血の本能には抗えねェ。それは自分にとって最強の武器にもなるが、最悪のトラウマにもなる。俺もお嬢ちゃんも一緒さ」

 

星海坊主はそう言いながら、自身の無くなった左腕を見せた。

 

「こいつァ自分(てめー)のガキにやられたのさ」

 

「!」

 

「神楽じゃねーぞ。上にもう一人いてな。こいつがとんでもねェ性悪でよう。いや……性悪というか夜兎の血を忠実に受け継いだというか。闘争本能の塊のようなガキでな。遥か昔、夜兎族には『親殺し』というとんでもねー風習があったのさ。親を越えてなんぼという野蛮な慣わしが。いつの間にか消えた古の慣わしを、野郎はこのご時世に実践しようとしやがったのさ。天下の星海坊主の首を、()ろうとしやがった」

 

志乃は語る星海坊主に目を向けず、耳だけをずっと彼に向けていた。

 

「その時になァ俺も気付いちまったのさ。俺の首を狙うガキを前にして、止めるではなく本気で息子を殺そうとしている俺の中の血によォ。神楽が止めなければ、確実に殺してた。あん時の俺を見る奴らの怯えた眼は、今でも忘れられねー」

 

「……アンタも苦労したんだね。だからアンタは、家に寄り付かなくなったと。また同じように、家族を壊したくなかったから」

 

「まァ、そんな感じだよ」

 

志乃はようやく視線を星海坊主に向けた。

 

「家族想いなんだね」

 

「……果たしてそうかねェ。娘と死にかけた母ちゃんを残して、逃げ回ってたくせに」

 

「充分だと思うよ。普段は嫌でも、なんだかんだ言って一緒にいると幸せになれる。そーいうモンじゃないの?家族なんて」

 

志乃は一度嘆息してから、神楽のことを訊いた。

 

「神楽は?……連れて帰るの?」

 

「いいや。アイツが地球(ここ)に残りたいというなら、それを信じてやろうと思ってな」

 

「そっか」

 

志乃は上体をゆっくり起こし、なんとか座る形をとった。

 

「……お嬢ちゃん。アンタもその血の末裔なら、気をつけた方がいい。お前の中に流れる血は、いつしかお前の大切な何かを傷付けるかもしれねー。今の内に制御出来るよう鍛えとけ。お嬢ちゃんはまだ若いんだから」

 

「忠告感謝するよ、お父さん」

 

星海坊主は椅子から立ち上がり、傘を持ってテントから出た。

その背中を見送った志乃は、自分も部屋から出ようとベッドから降りる。と、その時。

 

「志乃ッ!」

 

テントの入り口から、時雪が必死の形相でこちらへ駆け寄ってきた。

足がもつれてコケかけたところを、抱きとめてやる。

 

「どーしたのトッキー。私まだ病み上がりなんだけどー?」

 

「もうっ!!あんな危ない事二度としないで!!こっちがどれだけ心配したか!!」

 

「あー、ハイハイわかりましたよ」

 

時雪は志乃の背中に手をまわし、ぎゅうっと胸に顔を押し付けてくる。

グスッと鼻を啜る音が聞こえた。

 

「ホントに……ホントに、心配したんだからね……」

 

痛いくらいの力で抱き締められる。

この腕の中には、何度捕まっても温かいと感じる。ホッとする自分がいる。この温もりを、他の誰かに奪われたくないと思う。

 

ずっと。

この手で、彼を護りたい。

 

志乃は彼の背に手を伸ばしかけたが、ふと脳裏に砲撃を斬った時の自分が蘇った。

そして、思い出す。

 

自分が、一体誰か。

 

志乃は宙に上げていた手を、時雪の肩に起き、彼を離した。

 

「トッキー、心配かけてごめんね」

 

「うんっ……いいよ」

 

「……帰ろっか」

 

志乃は時雪の手を掴み、引っ張る。

いつか自分のこの手が、時雪を傷付けてしまうかもしれない。

でも。それでも、今だけは。

 

 

 

 

 

「こうして手を繋いでも、いいよね……?」

 

 

 

彼女の問いに、答える者はいなかった。

風に掻き消され、誰の耳にも入らなかったからである。

 

 

 

 

 

ー星海坊主篇 完ー

 




突然松平のとっつぁんが出てきましたが、志乃ちゃんにやたらと政府絡みの面倒事を依頼してくる厄介なオッさんです。
主に将軍の護衛とかそんなんですが、たまに娘の件でも依頼してきます。志乃ちゃんが一刀両断して断りますが。
そのため、将軍とも仲良しです。遠慮なく将ちゃん呼びます。

ちなみに、夏祭りの時に依頼したのもとっつぁんです。
志乃ちゃんはとっつぁんの依頼は大体上辺だけやっといて、後はサボりに全力を注ぎます。
でも依頼だけは必ず達成するので、志乃ちゃんにとってはめちゃくちゃいい金ヅルになってるみたいです。

次回、銀さんに隠し子が……?


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天狗の鼻は折られる
第一印象が礼儀正しい奴ほど裏の顔は怖い


朝。志乃は、いつものように銀時の家へ遊びに行った。

しかし、声が一階のスナックお登勢の方で聞こえてきたので、階段を降りて扉を開けようとした。

その時。

 

ドカッ!

 

「どわぁあああああああ!?」

 

突如扉を蹴破って、銀時が逃げるように走っていった。

志乃は思わず尻餅をついたが、すぐに立ち上がって呆然として銀時が逃げた方向を見る。

 

「え、何?マジで何なの?アレ?今日ジャンプの発売日か?違うよな……」

 

「あ、志乃ちゃん」

 

何故銀時があんなに急いで走っていったのか理由を模索していると、店の中から出てきた新八が、彼女に気付いた。彼の後ろには、神楽、お登勢、キャサリンの姿もある。

 

「あ、おはよう新八」

 

「おはよう。で、何で志乃ちゃんがそんな所に……」

 

「今日アンタらのとこに遊びに来たんだけど。ねぇ、どーしたの?銀は」

 

「志乃ちゃん、よく聞くアル。銀ちゃんに隠し子がいたアルネ!」

 

「隠し子?」

 

興奮気味に神楽が志乃の肩に手を置いて言うが、志乃は首を傾げるだけだった。

 

「隠し子……って何?」

 

「……………………えっ?」

 

間を置いて、新八がどういうことか二文字で尋ねる。

 

「だから、隠し子って何?って」

 

「え"え"え"え"え"え"え"え"!!志乃ちゃん隠し子の意味知らないの!?」

 

「えと……うん」

 

「ちょっと待って!それじゃあ、どうやって子供が出来るかも?」

 

「え?だって子供は夫婦の愛の結晶だって言うじゃん。だから、夫婦の愛の力をお腹に注いで初めて出来るんじゃないの?」

 

「何ィィィこのロマンティックな発想!?眩しいよ!僕らの心が汚れ過ぎて眩しいよこの子!!」

 

「ねぇ神楽、こいつ何言ってんの?」

 

「ほっとくネ志乃ちゃん。志乃ちゃんは、こんなダメガネみたいになっちゃいけないアルヨ」

 

まあ、志乃が隠し子を知らないことは置いといて。

新八が、朝からの経緯を説明した。

 

「なるほど。店の前に赤ん坊がねェ……。で、銀は親を探しに行ったわけ?」

 

「んー、僕らも厳密にはそこまでわからないけど、多分そんな感じかな」

 

志乃への説明が終わり、彼女も理解したところで、ふと彼らに声をかける者がいた。

 

「あのう……すいません、ちょっとお伺いしたい事があるんですが」

 

そう言って現れたのは、何やら低い腰の纏う雰囲気が金持ち感満載のおじいさんだった。

何者か図れなかった志乃は、金属バットに意識を集中させながら、彼に話しかける。

 

「私らに何かご用でしょうか?ご老人」

 

「すいません、実は人探しをしておりまして。この娘をご存じありませんか?」

 

おじいさんはそう言って、志乃に一枚の写真を渡した。彼女が写真を見るのと同時に、後ろにいた新八達も背中から覗き込む。

写真に写っているのは、とても綺麗な女性だった。

しかし、志乃に見覚えはなく、後ろにいるお登勢に尋ねてみる。

 

「ねェ、ババア。知らない?」

 

「そうだねェ」

 

お登勢は志乃から写真を受け取りジッと見てみた。しかし、心当たりは無かった。

 

「悪いけど知らないねェ。こんな娘、見たこともない」

 

「そーですか。あっ、申し訳ありません。いきなり名乗りもせず不躾に」

 

おじいさんは一礼してから、自己紹介をした。

 

「あの、申し遅れました。私、橋田賀兵衛と申しまして。このかぶき町で店を開かせてもらってます。ご存知ですか?」

 

「え"!!あの大財閥の!?」

 

「何それ?」

 

「後ろ後ろ!見えるでしょ、あのデカイ建物!」

 

志乃が新八の言葉に振り返ると、確かにそこには新八の言った通り、デカイ建物があった。

なるほど、リッチであることに間違いはなかったか。

志乃は自分の勘を素直に褒め、話題の方に戻る。

 

「かぶき町のことなら何にでも精通しているというお登勢殿にお聞きすれば、何かわかるかもしれないと思いお伺いさせてもらったんですが」

 

「悪いね、力になれなくて。で?一体何があったんだィ?」

 

お登勢が事情を尋ねると、賀兵衛は押し黙った。

何かを隠している。その態度を見て、志乃はそう思った。

 

「………………実は……先日、私のたった一人の大切な孫が……あの……突然……いなくなってしまいまして」

 

「!(かどわ)かし?」

 

「……断定出来ませんが、まだ歩くのも覚束ない子ゆえ、恐らく……それで、心当たりを当たってみたところ、その娘が……」

 

「こんな綺麗な人が……」

 

新八は写真を見て、信じられない様子で呟く。

志乃は、賀兵衛の方が怪しいとずっと思っていた。そこで、一歩踏み込んでみる。

 

「おじいさん、奉行所には相談したの?」

 

「それが、何分込み入った事情がございまして。あまり公には……」

 

「出来ないってこと?それはしたくないの間違いじゃない?」

 

志乃の鋭い指摘に、賀兵衛は一瞬固くなった。彼の周囲を固めるお付きのような男達が、敵意を自分に向けたことを察した。

ビンゴだ。志乃は心の中で、ニヤリと笑った。

だが、これ以上踏み込めば何やらヤバイ気がした。

この賀兵衛という男、ただの商人ではない。そんな気がした。

そこで、今度は浅く探ってみる。

 

「まぁでも、事情が事情だし……公がどうこうって言ってる場合じゃないでしょ?」

 

「……ええ、そうなんですが……なんとも」

 

やはり、公にはしたくない理由があるらしい。

賀兵衛は今度は、お登勢達の方に言った。

 

「あの、皆さん。どうか……この娘を見かけたら、連絡だけでもいいのでご協力願います。あの、孫の写真の方も……」

 

そう言って孫の写真を手渡した瞬間。

 

「すいませーん。いないんですかァ」

 

一人の女性が、店の奥を覗き込んで声をかけていた。どうやら、店員を探しているらしい。

お登勢はすぐに、彼女に声をかける。

 

「おーい、こっちだよ。何か用かィ?」

 

声を耳にした女性が、こちらを振り返る。

その女性は、賀兵衛が探しているという写真の女性そっくりだった。



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なんだかんだ家政婦は何でも見てる

女性は賀兵衛を見て慌てて逃げようとしたが、すぐに賀兵衛のお付きの男二人に取り押さえられてしまう。

 

「やめてェェ!!離してェ!!」

 

「この性悪女が!とうとう見つけたぞ!!勘七郎をどこへやった、言え!」

 

突如、攻撃的な口調に変わった賀兵衛。女性は黙って視線を逸らした。その時、賀兵衛が女性の頬を叩く。

 

「この女!!立場を(わきま)えんか!」

 

「オイオイちょっとちょっと」

 

それを見かねたお登勢が、賀兵衛を咎める。

 

「やり過ぎじゃないかイ?そんなんじゃ喋れるもんも喋れなくなるよ」

 

「すいません、つい興奮してしまって。ですが、ここからは家族の問題ゆえ、私達で解決します。お騒がせして申し訳ございませんでした」

 

賀兵衛はお付きと女性を連れて、車で走り去っていく。

志乃はその車を睨むように見据えていたが、その時写真を持っていた神楽とキャサリンが叫んだ。

 

「あ"ーー!!」

 

「チョットチョットコレ!」

 

「なんだイ?」

 

「ババアこれ、あのジジィが捜してるって言ってた孫の写真……これって」

 

写真の中には、天然パーマで死んだ魚のような目をした赤ん坊がいた。本当に銀時そっくりだ。

 

「……………………ねェ、ヤバイんじゃないんスかコレ?銀さんヤバイんじゃないんスかコレ?変なコトに巻き込まれてんじゃないんスかコレ?」

 

「…………かくなる上は」

 

志乃は店の前に止めたスクーターのエンジンをかけ始めた。

 

「ちょ、志乃ちゃん!?どこ行くの!?」

 

「決まってんでしょ。あのジジィを調べに行くの。直接敵地に乗り込んでね」

 

新八を振り返り、さらに続ける。

 

「私の勘が合ってれば、あのジジィ怪しすぎんだよ。孫捜すってのに女に暴力振るったり、挙げ句の果てには連れ去ったり……ただの孫想いのおじいちゃんじゃないんだって。絶対何か裏がある。だから、アイツの橋田屋に乗り込んで直接調べに行く。あの女の人にも、直接話を聞く」

 

「だからってそんな……」

 

「行ってきな、志乃」

 

新八が志乃を止めようとするが、お登勢は彼女に行くように言う。

 

「でもお登勢さん!」

 

「あんなん見せられて、首突っ込むなってのがそもそもおかしいんだィ。志乃、アンタが気になる気持ちもわかる。なら、調べたいだけ調べればいいさ。だが気をつけるんだよ」

 

「わかってるよ、ババア」

 

志乃がスクーターを上昇させ、発進する。彼女を見送りながらお登勢は新八と神楽にも言った。

 

「アンタらも行ってくれるかィ。あのバカ一人じゃ、何かやらかしそうで心配だからね」

 

「お登勢さん……」

 

新八と神楽はお互いを見て、頷いた。

 

「志乃ちゃん〜!待つネ〜!」

 

「僕らも乗せてって〜!!」

 

********

 

志乃達は使用人&家政婦に変装して、無事橋田屋に侵入出来た。

 

「……まさかヅラ兄ィから貰ったコスプレ衣装が、こんなところで役立つとは……」

 

四十一話で桂から貰ったメイド服に身を包み、モップを手にした志乃は思わず頭を抱えた。これを着ているところを運悪く沖田に盗撮されたのも、記憶に新しい。

 

「え、志乃ちゃんソレ桂さんから貰ったの?あの人志乃ちゃんに何させようとしてんの!?」

 

「知らん。思い返せば私がガキンチョの頃から、アイツは私に何かとコスプレをさせたがってたな……」

 

「ヅラにそんな趣味があったなんて知らなかったネ。変態アルか?」

 

「知らないよ。つーか知りたくもない。ま、おかげで今回は大助かりだけど」

 

嘆息した志乃が、新八と神楽と共に、賀兵衛に連れ去られた女性を捜して廊下を歩く。すると目の前に、見覚えのあるマダオーー長谷川がいた。神楽はすぐに彼の背後につき、ナレーションぽいものを流し始めた。

長谷川がこちらに気付いて振り向き、驚く。

 

「!!……って何してんだてめーらァァァ!!オイ!何でこんな所にいるんだ⁉︎何やってんだてめーら!?」

 

「家政婦アルネ」

 

「長谷川さんこそ何でこんな所にいるんですか?」

 

「どーせマダオのことだからまた転職だろ」

 

「またって何だよ!つーか何でてめーがマダオなんて知ってんだ!!」

 

「神楽から聞いた」

 

志乃は長谷川の問いを短く答えて、彼の胸倉を掴む。

 

「ちょうどよかった。私ら今、潜入調査してんの。案内しな」

 

ガンつけるように睨み上げられ、長谷川は震え上がった。

そして、情けなく思う。自分の娘でもおかしくない年頃の女の子に、恐喝されるなど。

 

********

 

長谷川から女性が連れ込まれた場所を恫喝して聞き出した三人は、長谷川に事情を説明しながらその場所へ向かっていた。

 

「オイオイ孫って何!?まさか橋田屋の旦那の孫、勘七郎君のこと!?それが万事屋の前に捨てられてて銀さんがどっか連れてっちゃったって!?」

 

「そーいうこと。詳しくは私もよく知らん」

 

「志乃ちゃん、説明したの僕だから」

 

「オイオイヤベーよ。橋田屋の旦那、浪人を使って血眼になって探してるって話だぞ。殺られちまうよ!あのオッサンただの商人じゃねーんだって!なんか黒い噂の絶えねー危ねーオッサンなんだって!しかもそれを調べるってバカか!帰ろう!オジさんと一緒に帰ろう!酢昆布買ってあげるから!」

 

長谷川は賀兵衛の恐ろしい話を並べて志乃達を止めようとするが、もちろんその程度で彼らが足を止めるはずがなかった。

 

「そんな話聞いたら余計に帰れないですよ」

 

「やっぱり私の思った通りだ。何か裏があるね、コレは」

 

「その通りネ!酢昆布くらいで釣られる尻軽女と思ったかコノヤロー!何個だ!?一体何個で釣るつもりだった?まさか四個じゃないだろうな!四個もくれるんじゃないだろうな!」

 

「神楽、バッチリ釣られてるよソレ」

 

志乃が溜息を吐いてツッコむ。

ようやく、女性が連れ込まれた部屋の前に辿り着いた。扉の格子越しに中を覗いてみると、そこには女性が柱に縛り付けられ、水をぶっかけられていた。

 

「オラ、さっさと吐け!」

 

「勘七郎様はどこだ!?吐けば楽になるぞ!ああ〜ん!?」

 

しかし、女性は全く口を割らない。賀兵衛は彼女を見て、蔑むように言う。

 

「相も変わらず強情な女よ。勘太郎も酔狂な男だったが、こんな薄汚れた卑しい女のどこに惚れたのやら。皆目見当つかんわ」

 

賀兵衛は女性の顎を掴み、柱に押し付ける。

 

「ええ?人の息子を誑かし死なせた上、あまつさえその子を攫うとは。この性悪女が」

 

「勘七郎を攫ったのは貴方達の方でしょう。あの子は私の子です。誰にも渡さない」

 

女性は負けずに、賀兵衛を睨む。

しかし、賀兵衛は彼女を嘲り、蔑んだ目を向けた。

 

「よくもまァいけいけしゃあしゃあと。お前のような女から、橋田家の者が生まれただけでも恥ずべきことだというのに。勘七郎に母親は要らん。いや、橋田家にお前のような薄汚れた女は要らんのだよ。あの子は私が、橋田家の跡取りとして立派に育てる。その方が、あの子にとっても幸せなことだろう。お前のような貧しい女が、一人で子を育て、幸せにすることが出来ると思っているのか?」

 

 

「チッ」

 

志乃は格子からその光景を眺めて、舌打ちをした。これだから男は嫌いなのだ。女に産んでもらった分際で、やたらと偉ぶりやがる。女を無能扱いする。隣の立つ新八も、長谷川を振り返った。

 

「………………長谷川さん。これって……」

 

「オイ。そこで何をしている?」

 

「使用人か?」

 

四人の後ろから、浪人達がぞろぞろとやってきたのだ。しかも皆、刀を持っている。長谷川はマズイと懸命に弁明しようとした。

 

「あっ……アレでございます。こ……この者達三人、新入りでございまして……あの、ビルを案内していたところでして」

 

「そーでごぜーます、御主人様」

 

「いや、御主人様じゃないから」

 

「は?何かこんな風に言われると嬉しいんだろ?男共はよォ」

 

「ダメだよ!志乃ちゃんそんな事言ったらダメ!!」

 

「それじゃあ、私達は失礼しま……」

 

「待ちな」

 

そろ〜っと逃げようとする長谷川を、別の声が呼び止めた。その時、志乃の背筋に寒気が走った。

長谷川を呼び止めた声の男は、目を閉じグラサンをかけ、くんくんと鼻で匂いを嗅いでいた。

 

「くさいねェ。ねずみくさいウソつきスパイの匂いだね」

 

こいつ……只者じゃない。こちらへ歩み寄ってくるグラサン男に、志乃は手にしていたモップを握りしめた。その時、男の眉がピクリと動く。

 

「ん?それだけじゃない……あの人と同じ、隠し切れない獣の匂い……まるで狼みたいな匂いがするねェ」

 

「……?」

 

志乃は彼の言動に疑問を感じながらも、意識を目の前の男に向ける。

 

「今日は色んな匂いと出会える日だね。でもそろそろ鉄くさい血の匂いが嗅ぎたくなってきたところさね。()り合ってくれるかィ。この人斬り似蔵と」

 

似蔵はそう言って、刀を抜いた。



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物を投げる時は下に人がいないか確認を

「ヤバイ……ヤバイよ、志乃ちゃん」

 

新八が抜刀してゆっくりと迫ってくる似蔵に、後退りしながら彼女を見る。

志乃はモップの柄を両手に持って、似蔵に向けた。

 

「やァ、オジさん。狼とは私のことで合ってるかな?」

 

「娘?……だが、匂いは同じだ。まさか狼がお嬢ちゃんだとはねェ。驚きだよ」

 

「狼じゃないよ、私はメイド侍さ。にしてもアンタ、目が……」

 

見えないのか、そう言おうとしたその時、似蔵が一気に間合いを詰めてきた。

志乃は驚きつつも、反射的に白刃をモップで受け止める。

 

「ほう、なかなかやるじゃないか。メイド侍ちゃん」

 

「随分と余裕だねェ?喋ってっと、舌噛むよ!」

 

ギギギ、と鍔迫り合いを繰り広げる中、志乃は刀を受け流して彼の背後に回り込み、モップを振るう。似蔵もすぐに体勢を立て直し、突きを繰り出した。

何故だ?コイツは目が見えないはずなのに、何故私の動きがわかる?志乃は目の前で刃を交える男を見て、不思議で仕方なかった。

モップと刀をお互い滑らし合い、バックステップから一人浪人を蹴って、新八達の元へ戻る。

 

「志乃ちゃん!」

 

新八が彼女の名を呼んだのを皮切りに、志乃は板張りの床を蹴り、似蔵に挑む。しかし、似蔵は刀を鞘に収めた。

 

「!?」

 

まさか。志乃は警戒しつつも、似蔵との距離を一気に数十センチ程まで詰める。

その時、銀色の刃が煌めいた。

 

「!!」

 

「志乃ちゃん!!」

 

やっぱり、居合い斬りか……!腹めがけて抜かれた刀を見て、志乃は間髪入れずに、腹と刀の間にモップを差し込む。

 

「……!!」

 

「やるねェ、俺の居合いを受け止めるとは……メイド侍ちゃんが初めてだよッ!!」

 

凄まじい勢いで抜かれた刀に押され、志乃は後ろにいる新八達を巻き込んで扉を破壊した。

 

「ぐっ!!」

 

「「「うわあああ!!」」」

 

中にいた賀兵衛も騒動に気付き、振り返る。

 

「………………何事だ?」

 

「こいつはお楽しみ中すいませんね。ちょいと怪しいネズミを見つけたもんで」

 

賀兵衛は似蔵を見た後、新八達を見下ろした。

 

「そなた達は、お登勢殿の所にいた……。おやおや。こんな所までついてくるなんて、お節介な人達だ。私事ゆえ、これ以上はお手伝い要らぬと申したはずですが?」

 

「心配いりませんよ。僕らも私事で来てるもんで。それにしても、孫想いのおじいちゃんにしちゃあやり過ぎじゃないですか?賀兵衛さん」

 

「貴方方もただのお節介にしてはやり過ぎですよ。世の中には知らぬ方がいい事もある」

 

「ケッ!大人の事情ってヤツですか。あーあ、これだから大人は嫌いなんだ」

 

志乃はモップをついて立ち上がる。その時、彼らの周囲を浪人達が囲った。

新八がチラリと神楽を見て、合図する。

 

「御主人様〜。コーヒーの方、砂糖とミルクどちらでお召し上がりやがりますか?やっぱコーヒーは、砂糖でごぜーますよな!!」

 

神楽は手に持っていたシュガースティックを床に投げつけた。するとシュガースティックは爆発し、煙幕を生み出した。新八はその隙に縛られていた女性を解放し、志乃は格子を破壊して、そこから五人諸共逃げ出した。

しかし次の瞬間、壊した格子が壁ごと斬られて倒れる。そこには、似蔵がしゃがんでいた。おかげで見事見つかった五人は、急いで屋根を駆け上った。その後ろを、浪人達が追いかけてくる。

 

「ギャアアアア!!」

 

「もうダメだ!もうダメだ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

「ゼーヒュー、肺が!!肺が痛い!張り裂けそうだ!!俺は決めた!今日で煙草とお前らとの付き合いを止める!!」

 

「あれ!?神楽ちゃんは!?神楽ちゃんがいない!!」

 

「新八、上上」

 

志乃が指さした先を見ると、神楽は屋根の上についていたタンクみたいなものを無理やり引き千切っていた。

 

「ぬごををを!!」

 

「ウソ?ちょっと待って」

 

「待ってェェェ!!」

 

「まだ僕らいるから!!まだ僕ら……」

 

「うおらァァァァ!!」

 

「ぎゃあああ!!」

 

長谷川と新八の制止を聞き止めず、神楽は思いきり下にいる浪人達にタンクをぶん投げた。

迫り来るタンクに、浪人達は逃げ出す。その中で、似蔵だけが逃げなかった。あわや似蔵にタンクがぶつかると誰もが思った瞬間。

 

ゴパッ

 

タンクは、似蔵によって一瞬で斬られていた。

 

「なっ……!!」

 

「んなバカな!化け物かアイツ!?」

 

「まともにやり合って勝てる相手じゃない!ここは逃げましょう!」

 

「よし!!」

 

「アンタらは最初から逃げてただろーが」

 

逃げ出す新八と長谷川に、志乃がツッコミを入れる。

志乃も彼らと共に逃げようとしたが、下から迫ってきた殺気に、すぐさまモップを突き出した。

 

「逃げるなよメイド侍ちゃん。せっかく会えたんだ。俺ももっと楽しみたくてねェ。もう少し俺と闘り合ってくれるかィ」

 

「お断りだよ。私は常に仕事に追われる、多忙なメイド侍だからね」

 

志乃はモップで似蔵を押しやり、後ろに跳躍して屋根を駆け下りる。そこを、新八と長谷川は転び落ちていた。

浪人達が屋根の頂上に到着して下を見下ろすが、志乃達の姿は見当たらず、別の場所を捜しに行った。志乃と女性と神楽は屋根にぶら下がり、新八と長谷川は下にあった屋根に顔面ダイブしていた。

浪人達の気配が遠のいたのを察し、屋根に着地する。ようやく落ち着いた五人は、ホッとした。女性が、助けに来た四人(そのうち一人はとばっちり)に話しかける。

 

「あの……貴方達、一体誰なんですか?何で私のこと……」

 

「貴女ですよね?僕らのウチの前に赤ん坊を置いていったのって」

 

「え?じゃあ貴方達……」

 

「安心してください、赤ん坊はちゃんと僕らが保護してるんで」

 

それを聞いた女性は、新八の肩を掴んだ。

 

「本当ですか!勘七郎は!勘七郎は無事なんですね!?」

 

「わわ、ちょっと‼︎」

 

赤ん坊の事を必死になって問い詰める姿に、新八は嘆息した。

 

「………………やっぱり、貴女があの子の母親なんですか。何があったか教えてくれますか?それくらい、聞く権利ありますよね?僕らにも」

 

********

 

橋田屋のビルの中を移動しながら、志乃達は勘七郎の母親ーーお房から事情を聞いた。

 

橋田賀兵衛の一人息子で、病弱な勘太郎の世話役として橋田屋に奉公していた彼女は、次第に彼に惹かれ、ある日彼と共に家を抜け出した。家を抜けてからは共に暮らし、貧しい生活ながら幸せな時間を過ごしていた。

 

しかし、勘太郎の病状が悪化し、勘太郎は賀兵衛に連れ戻される。その頃、彼女のお腹には勘太郎の子供がいた。お房はその後勘太郎に会うことを許されず、彼はそのまま亡くなり、程なくして勘七郎が生まれた。

 

すると、賀兵衛は実質孫にあたる勘七郎を橋田屋の跡取りにしようと、彼女から息子を奪おうとしてきたのだ。彼女は必死に息子を護ろうとしたが、追手の手が厳しく、親子二人捕まるならばと万事屋の前に赤ん坊を置いていったのである。

 

「……貴方達にはすまないことをしたと思っています。私の勝手な都合でこんなことに巻き込んでしまって」

 

「別に構わねーよ。それにしても、アンタ苦労したんだね。しっかし、あのジジイは紛れもない下衆らしいな」

 

志乃が伸びをして歩いていると、その前に大勢の浪人を引き連れた賀兵衛が現れた。

 

「下衆はそこの女だ。私の息子を殺したのは紛れもなくその女。その女さえいなければ、私の橋田屋は安泰だった。次の代にこの橋田屋を引き継ぎ、そうして私の生涯の仕事は完遂するはずだったんだ。それをそこの貧しく卑しい女に台無しにされたんだよ、私は」

 

ラスボス感満載で、志乃達の前に立ちはだかる賀兵衛。志乃も前に歩み寄り、モップを構えた。

 

「私がこれまで、どんな思いをしてこの橋田屋を護ってきたかわかるか?泥水を啜り汚いことに手を染め、良心さえ捨ててこの店を護ってきた、この私の気持ちがわかるか?」

 

「勘太郎様は貴方のそういうところを嫌っていました。何故そんなにこの店に執着するのですか?お金ですか?権力ですか?」

 

お房が問いかけたその時、両側の逃げ道を塞がれた。

 

「女子供にはわかるまい。男はその生涯をかけて一つの芸術品を作る。成す仕事が芸術品の男もいよう。我が子が芸術品の男もいよう。人によってそれは千差万別。私にとってそれは橋田屋なのだよ。芸術品を美しく仕上げるためなら、私はいくらでも汚れる」

 

賀兵衛の指示で、浪人達が一斉に迫り来る。志乃は構えをとって、一歩下がった右足に力を込めた。

すると次の瞬間、後ろにあったエレベーターのドアが開く。その中から、知っている気配を感じた。それを認めながら志乃はモップを握り締め、一気に振り抜いた。

風圧と威力で、浪人達を一掃する。浪人達は吹っ飛び、床に倒された。

その時、エレベーターから降りてきた男が彼女の背に声をかけた。

 

「オイオイ、俺のカッコいい登場シーンに何してくれてんだよ」

 

「遅いのが悪いんだよ、バーカ」

 

志乃はモップを肩に担いで、男を振り返った。男は何故か手にりんごを持って、それを齧っていた。

 

「これで面会してくれるよな?アッポォ」

 

「ナポォ」

 

いつの間にか勘七郎とすっかり仲良くなった銀時が、木刀を持って立っていた。



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喧嘩する程仲が良いという言葉はほとんどの場合に当てはまらない

突如現れた銀時に、賀兵衛は叫ぶ。

 

「何だ貴様、何者だ!?」

 

「あー?何だツミはってか?そーです、私が……子守り狼です」

 

「オイ。勝手に狼取るな。狼は私だよ」

 

「んだよお前、最近俺のカッコいいシーンばっか奪いやがって……言っとくけどなァこの小説の主人公は俺だぞ」

 

「いや私だから」

 

「俺だ」

 

「いや、私だ」

 

「俺!!」

 

「私!!」

 

「アンタら何の話してんの!!」

 

このタイミングで主人公の座を奪い合う二人に、新八のツッコミが入る。銀時はようやく辺りを見回した。

 

「なんだかめんどくせー事になってるみてーだな、オイ。こいつァどーいうこった新八ィ?三十字以内で簡潔に述べろ」

 

「無理です。銀さんこそどうしてここに?三十字以内で簡潔に述べて下さい」

 

「無理だ」

 

「オメー、バカかァァ!!わざわざ敵陣に赤ん坊連れてくる奴がいるかァァ!!」

 

「なんだテメー、人がせっかく来てやったのに……ってゆーか何でこんな所にいんだ?三十字以内で簡潔に述べろ」

 

「うるせェェ!!」

 

長谷川はシャウトしながらも、状況を述べた。

 

「あのジジイはなァその子狙ってるんだよ!!自分の息子が孕ませたこの娘を足蹴にしておきながら!!テメーの一人息子が死んだ途端手の平返して、そのガキを奪って無理やり跡取りにしようとしてんだよ!!」

 

長谷川から状況を聞いた銀時は、賀兵衛と対峙する。

 

「……オイオイ。せっかくガキ返しに足運んだってのに、無駄足だったみてーだな」

 

「無駄足ではない。それは私の孫だ。橋田屋の大事な跡取りだ。こちらへ渡しなさい」

 

「俺としてはオメーから解放されるならジジイだろーが母ちゃんだろーがどっちでもいいが。オイ、オメーはどうなんだ?」

 

「なふっ」

 

「おう、そーかィそーかィ」

 

銀時は背中に背負った勘七郎と短い会話をしてから、勘七郎をお房へと投げ渡す。

 

「ワリーなじーさん。ジジイの汚ー乳吸うくらいなら、母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がマシだとよ」

 

「銀、取り敢えずドーン!!」

 

「どぉぉ!?」

 

志乃はいやらしい発言をした銀時の後頭部を、モップの先で殴りつけた。

銀時は殴られた箇所を摩り、志乃を振り返る。

 

「てめっ……何すんだこのクソガキ!!」

 

「うるせーバカ天パ!!お前もうちょっといい感じにカッコつけられねーのか!?」

 

「ああん!?大体てめーはよォ、最近俺のカッコいいシーンばっか盗んでんじゃねーか!俺に憧れてんのか?だから髪の色も同じなんだろ」

 

「んなわけあるかァァ!!誰がテメーみてーなダメ男に憧れんだよ!少なくともお前に憧れる奴なんかほとんどいねーだろーよ!!」

 

「ほとんどって何だ!それって少なからずいるってことか?いるってことを認めてんだろ!」

 

「多分な!私だって認めたかねーがな!」

 

銀時と志乃が敵地であるのに関わらず口論を繰り広げていると、ふと道を塞いでいたシャッターが斬られた。

その音を聞いて、賀兵衛が笑う。

 

「逃げ切れると思っているのか?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ。盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人……その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」

 

似蔵はシャッターを跨いでこちらへ歩み寄る。

 

「やァ。またきっと会えると思っていたよ」

 

「てめェ……あん時の。目が見えなかったのか?」

 

「今度は両手が空いているようだねェ。嬉しいねェ、これで心置きなく殺り合えるというもんだよ」

 

「銀……コイツに会ってたの?」

 

「まァな」

 

志乃が隣に立つ銀時を見上げると、賀兵衛が似蔵に命令する。

 

「似蔵ォ!!勘七郎の所在さえわかればこっちのもんだ!全員叩き斬ってしまえ!!」

 

「銀、気をつけろ。コイツの居合い斬り、速いぞ。間合いに入るな……」

 

志乃が忠告した瞬間、似蔵が銀時とすれ違い、刀を鞘に収める。その時、銀時の肩から血が出てきた。

 

「むぐっ!!」

 

「銀!!」

 

「銀さん!!」

 

その時、お房が抱いていた勘七郎がいないことに気付く。

似蔵は銀時とすれ違った瞬間に、勘七郎さえも奪っていったのだ。

 

「勘七郎!!」

 

「ククク、流石似蔵。恐るべき速技……あとはゆっくりと高みの見物でもさせてもらうかな」

 

「悪いねェ、旦那」

 

似蔵の額から、血が流れる。先程のすれ違いで、似蔵もダメージを負っていたのだ。

 

「俺もあの男相手じゃ、そんなに余裕がないみてェだ……悪いがさっさとガキ連れて逃げてくれるかね」

 

勘七郎を抱いて逃げる賀兵衛を追って、志乃は走り出した。

 

「待って志乃ちゃん!銀さんが!!」

 

「新八、神楽……もういいから、オメーらはガキ追いな」

 

「でも!!」

 

「いいから行けっつーの。いででで。後で、必ず行くからよ」

 

銀時の言葉を信じ、新八達も志乃を追って賀兵衛を追いかけた。

 

「本当に大丈夫かな、銀さん……」

 

「大丈夫だよ、銀なら。あんな奴簡単に倒せる。つーか、さっきのでほとんど勝負ついたもんだったからね」

 

「え?」

 

新八は走りながら、どういうことかと志乃に尋ねた。

 

「さっきので、銀はアイツの刀を折ってる」

 

「えっ!?」

 

「アイツの抜刀術を上回る速さで、刀をへし折ったのさ。だからもう、あの野郎には敗北しか待ってねーよ」

 

志乃はフッと笑って、足を速めた。

 

********

 

ビルの屋上、いや屋根の上まで追い詰められた賀兵衛は、歩み寄ってくるお房に向かって吠えていた。

 

「くっ……来るな!!勘七郎は私の孫だ!この橋田屋も私のものだ!誰にも渡さん!誰にも渡さんぞ!」

 

「橋田屋なんて好きにして下さい。でも、その子は私の子です」

 

「クソ、忌々しい女め。私から息子を奪い、あまつさえ勘七郎も橋田屋までも奪う気か」

 

「子供を抱きながらそんな事を言うのはやめて下さい」

 

「バカな。こんな赤ん坊に何がわかる?」

 

「覚えているんですよ。どんな乳飲み子でも。特に優しく抱かれている時の記憶は……勘太郎様がよく仰っていました。そこには花がたくさん供えてある祭壇があって、綺麗な女の人の写真があって……」

 

『…………大丈夫さ。お前がいなくともやっていけるさ、私達は。飯も私が作るし、オシメも……まァ、勝手はわからんが、何とか取り替える。だから、安心して逝くといい。勘太郎と橋田屋は、私が護るよ』

 

「…………それで貴方はこんな事をやってるんですか。こんな事をして、勘太郎様や奥様が喜ぶとでも?」

 

賀兵衛は目を逸らし、押し黙る。それから、口を開いた。

 

「…………勘太郎は生まれた時から病弱だった。長生きしても人の三分の一がいいところだと医者に言われてな。だがそれを聞いて妻は、人の三分の一しか生きられないなら、人の三倍笑って生きていけるようにしてあげればいいと……蝉のように短くても、腹一杯鳴いて生きていけばいいと……そんな事を言っていた。だが、私は妻ほど利口じゃなくてな。医者を腐る程雇って、まるで檻にでも入れるかのように息子を育てた。……どんな形でもいい。生きていてほしかった。勘太郎にも妻にも……」

 

賀兵衛はそう言うと、屋根に腰を下ろした。

 

「……結局みんな無くしてしまったがね。私は結局、約束を一つも……」

 

そんな彼の頬に、勘七郎がそっと手を触れた。それを見て、お房もしゃがむ。

 

「全部無くしてなんかないじゃないですか。勘七郎は私の子供です。でも紛れもなく……貴方の孫でもあるんですよ。だから、今度ウチに来る時は、橋田屋の主人としてではなく、ただの孫想いのおじいちゃんとして来て下さいね。茶菓子くらい出しますから」

 

賀兵衛は蹲り、嗚咽を堪えて泣き出した。銀時達はそれを、タンクの上に乗って眺めていた。

志乃は銀時を見上げず、彼を呼ぶ。

 

「……ねェ、銀」

 

「あ?」

 

「母ちゃんって……とてもすごいね」

 

「ああ……そうだな」

 

「私もいつか、なれるかな。あんな強い女の人に……」

「……さーな」

 

志乃の横顔は、笑顔だった。

 

********

 

それからお房と勘七郎と別れた志乃は、一人家に帰っていた。既に外は暗くなり、空には月が昇っている。

志乃は家の前にスクーターを止め、扉を開けた。

 

「ただいま〜」

 

「あ、おかえり志乃」

 

志乃を笑顔で迎えた時雪は、机の上に鯖の味噌煮を乗せていた。他にも白ご飯やほうれん草の胡麻和え、味噌汁が置いてある。

 

「ちょうど晩ご飯、準備してたところなんだ」

 

「そっか。じゃ、ナイスタイミングだね」

 

志乃もすぐに食卓に座り、時雪と向かい合わせでご飯を食べる。

 

「「いただきます」」

 

手を合わせてから、志乃と時雪は箸を手に取った。鯖の味噌煮を解しながら、時雪が小春達の現状を報告する。

 

「矢継さん達、ケガはもうほとんど治ったって。早ければ明日には退院出来るって言ってたよ」

 

「ホント!?良かった……」

 

ホッとする志乃を見て、時雪も笑みをこぼす。それから、鯖を口に含んだ。

志乃は、ふと時雪を見つめる。

もし自分が将来、誰かと結婚するなら。どんな人を好きになるのだろう。時雪は、どんな人と結婚するのだろう。もし、時雪に嫁が出来たら……。

 

「……?」

 

そんなことを考えると、胸の奥がモヤモヤした。この気持ちは、一体……?もどかしくて、むず痒くて、胸がきゅっと苦しくなるような……。

志乃は思わず、胸に手を当てた。

 

「志乃?どうかしたの?」

 

彼女の様子に気付いた時雪が、首を傾げて彼女を見つめる。志乃もハッとして、首を振った。

 

「ううん、何でもない」




次回、カブト狩りじゃあああああああ!!


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カブト虫を追いかけるのが少年少女の青春

「おーっす」

 

この日、バイトだった志乃は、朝から真選組の屯所に顔を出していた。朝早くから仕事ということで全く乗り気でない志乃は、欠伸をしながら部屋の扉を開けた。

そこでは近藤達が朝食を食べていた。

 

「あ、おはよう志乃ちゃん」

 

「はざま〜す」

 

「なんだ、てめーも早起き出来るんだな」

 

「うるさい。アンタも朝っぱらからよくそんなにたくさんマヨネーズをかけて食べられるね」

 

志乃は朝からマヨネーズ丼を食らう土方に、嫌味を言う。

ゴシゴシと目を擦って眠気を覚まそうと頑張るものの、不意にフラッとして頭を柱にぶつけてしまった。それを見た隊士らの一部は萌えを感じた。

痛みでスッキリした志乃はペタリと畳の上に座った。

 

「ねェ、今日の仕事は?」

 

「今日も警邏が基本だな。その後は……」

 

「おーう、お前ら」

 

そう言いかけた土方の言葉を遮って、襖が蹴破られる。あまりにもナチュラルな一連の流れに、志乃は呆然としてしまった。

……ん?アレ?今何が起こった?

 

「とっつァん!?」

 

「げっ」

 

近藤が驚いて襖を蹴破った男ーー松平片栗虎を見て驚く。土方は嫌な予感しかしなかった。

志乃が彼に気付いて、ヒョイと手を軽く挙げた。

 

「よォ、何しに来やがった厄病神」

 

「あん?オウ、なんだ志乃か。あー、そーいやオメー、ここでバイトしてたんだっけな?」

 

「そーだよ。そして死ね」

 

「って、待てェェェェい!!」

 

出会い頭に金属バットを手に取って襲いかかろうとする志乃を、土方が羽交い締めにして止めた。

 

「何してんのォォォォお前ェェェ!!」

 

「私は忘れてねーぞクソジジイ。アンタ私がえいりあんと戦った時、私ら諸共消そうとしただろーが。ふざけてんの?ねェお前ふざけてんの?それで謝罪も慰謝料も無しか。だったらアンタの命で償ってもらおーか」

 

「やめろォォ!!それ一応幕府の重役だぞ!!」

 

何とか志乃を宥めることに成功した真選組は、朝からの騒動に一息吐く。

 

「とっつァん、もうちょっと待ってくれ。今ご飯食べ終わるから」

 

「おーう、3秒以内に準備しろォ。でねーと頭ブチ抜く」

 

そう言った松平は、近藤のこめかみに拳銃を当てた。

 

「ハイ、1……」

 

「2と3はァァァ!!」

 

ドォン!!

 

1だけを数えて発砲した松平に、近藤はツッコミを入れながら銃弾をギリギリでかわす。

 

「知らねーなそんな数字。男はなァ、1だけ覚えとけば生きていけるんだよ」

 

「さっき自分で3秒って言ったじゃねーか!!いくら警察のトップだって、やっていいことと悪いことがあるぞ!!」

 

「ったく、情けねェ奴らだな。オイ志乃、茶を持ってこい。3秒以内に持ってこねーとてめェの頭もブチ抜くぞ」

 

「待てェェェ!!志乃ちゃんはやめろォォ!!」

 

松平は畳の上に座り込む志乃の銀髪に、拳銃を当てがう。

近藤達が止めようとするが、松平は全く聞く耳を持たなかった。

 

「ハイ、1……」

 

ザウッ!!

 

しかし、松平が引き金を引く前に、志乃の太刀が銃口を斬っていた。

カラン、とそれが落ちた音を聞きながら、志乃は太刀を鞘に収め立ち上がる。

 

「わかった。茶だろ。五分くらい待て。持ってきてやるから」

 

煩わしそうに髪をガシガシ掻いて部屋を出る志乃の背中を見送った真選組は、彼女が見えなくなったと同時にようやく何が起こったのか理解し始めた。

 

「い、今……志乃ちゃん斬った?斬ったよね?」

 

「斬りましたね」

 

「斬ったな」

 

「間違いなく斬りましたぜ」

 

近藤が震える声で問いかけると、山崎、土方、沖田が同意した。

そして、あの破壊神松平片栗虎を上回った少女に、若干の恐怖を感じたのだった。

 

********

 

会議室に全員が移り、志乃が松平に茶を出したところで、松平は真選組に言い渡した。

 

「カブト狩りだ」

 

「「「「は?」」」」

 

突然警察のトップが現れて、言い渡した指令に全員がポカンとする。

 

「実は、将軍のペットのカブト虫が逃げたらしいんだ。だからオメーら、それを探してこい」

 

「だからってカブト虫ごときで警察を動かしてんじゃねーよ!!警察なめてんのか!!」

 

「うわーい、職権乱用ー」

 

土方のツッコミが入った後、志乃はダイナミック過ぎる権力の乱用に、思わず拍手を送った。

しかし、ここでふと志乃が疑問を口にする。

 

「でも意外だな〜。確かに世間がカブト虫ブームとはいえ、何で将軍がカブト虫をペットにしてんの?セレブならセレブらしくペルシャ猫でも抱いとけや」

 

「オメーがあのカブト虫を送ったんだろーが」

 

松平の言葉に、真選組全員が志乃を見つめる。

 

「初めて出来た友達からの初めてのプレゼントだって、将軍はあのカブト虫をやたら可愛がっててな。だから今回いなくなって、毎日泣いてんだよ。せっかく貰ったプレゼントを失くしたとあっては、友に面目も立たないってな」

 

「相変わらずいい人だね〜、将ちゃんは」

 

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!」

 

動揺する近藤達を無視して話を続ける松平と志乃を、思わず土方が止めた。

そして、志乃の服の襟を掴んで、問いただす。

 

「どーいう意味だ!!お前が将軍に送ったプレゼント!?友達!?」

 

「いや、そのまんまの意味だよ。それ以上の意味はないし、それ以下の意味もない」

 

「お前の交友関係ホントにどーなってんだよ!!桂やとっつァんやそよ姫や将軍!!幅広いな、オイ!!」

 

「まァとにかくだ」

 

松平は煙草に火をつけて、言い渡した。

 

「森に行って、カブト狩りをしてこい」

 

********

 

「カブト狩りじゃあああああああ!!」

 

志乃は麦わら帽子に虫捕り網、虫カゴを肩から提げて、カブト狩りの格好をしていた。

気合い十分で虫捕り網を掲げる志乃の背で、山崎が近藤に報告する。

 

「将軍のペット瑠璃丸は、陽の下で見れば黄金色に輝く、生きた宝石のような出で立ちをしているそうです。パッと見は普通のカブト虫そのもので、見分けがつかないそうですが……」

 

「そうか」

 

「……あの、局長」

 

山崎の報告を聞いていた近藤だが、山崎は少し言いづらそうに尋ねた。

 

「何故、褌一丁なんですか?」

 

「決まってるだろう。ハニー大作戦だ」

 

「いや、意味がわかりませんよ」

 

ドヤ顔で言い切った近藤だが、山崎に一蹴される。

そもそも、森の中で褌一丁でいる方が危ないというものだ。森の中には、危険な生物がたくさんいる。その時、服は自分の身を守る素晴らしい道具になるのだ。

山崎は頭のネジが緩みまくっている上司に呆れて、隊内でも比較的マシな土方を見やった。

 

「副長、ちょっと……ん?」

 

しかし、山崎は今度は土方を見て固まる。土方は、バケツに大量にマヨネーズを入れ、ハケでそれを木に塗りたくっていた。

 

「……何やってんですか、副長」

 

「決まってるだろ。マヨネーズで奴らを(おび)き寄せるんだよ」

 

「そんなもので誘き寄せられるの副長だけですよ」

 

ボソッと呟いた山崎だったが、運悪く土方に聞き止められ、理不尽な制裁を受けることになった。

一方志乃は、木に登って幹に古いストッキングを括り付け、中にバナナを入れていた。それを見つけた山崎が、下から彼女を呼ぶ。

 

「志乃ちゃーん!何やってるの?」

 

「んー?」

 

山崎の存在に気付いた志乃は、木の枝から飛び降り、山崎の隣に着地する。

 

「ちょっとトラップを作っててね。昔カブト狩りに出かけた時、こーゆーのを作って、カブト虫をたくさん誘き寄せたのを思い出したんだ」

 

「へェー。やっぱカブト狩りは子供の頃にするもんだよね。剣しかやってこなかった俺達には難しいかも」

 

「大丈夫だよ。ブームとはいえ、カブト虫くらいまだいるって。捕れたら捕れたで面白いよ」

 

志乃は両手を腰に当て、トラップを仕掛けた木を見上げる。それから山崎を振り返った。

 

「そういえば、近藤さん達は?」

 

「ぅえっ!?あー……えーと、その……」

 

山崎は迷った。あの褌一丁のオッさんを、少女と対面させるのはいかがなものかと。それでもし彼女がトラウマを負えば、紛れもなく自分のせいになる。

しどろもどろになる山崎を見て、志乃の頭の中をハテナマークが埋め尽くした。

 

「ザキ兄ィ、どーしたの?」

 

「…………」

 

「オイ、聞いてんのかジミー」

 

「やめて!!その呼び方もうやめて!!」

 

志乃にジミー呼ばわりされるのを気にしている山崎が、頭を抱えてしゃがみ込む。余程のダメージだったらしい。

志乃は撃沈した山崎を放って、近藤らを探しに歩き出した。

 

********

 

森の中を歩いていると、銀時、新八、神楽がデカいカブト虫をリンチしている光景が目に入った。

 

「お前、こんな所で何やってるアルかァァ!!」

 

「見たらわかるだろィ」

 

「わかんねーよ。お前がバカということ以外わかんねーよ」

 

突然、カブト虫が喋った。志乃は驚いてその場に駆け寄るが、見てみると三人が蹴っていたのはカブト虫ではなく、カブト虫の着ぐるみを着た沖田だった。

 

「何やってんの、総兄ィ」

 

「お、嬢ちゃん。悪ィが起こしてくれ。一人じゃ起き上がれないんでさァ」

 

志乃は仕方なく彼の手を引っ張って起こさせた。

 

「フー。全く、仲間のフリして奴らに接触する作戦が台無しだ」

 

「オイ、何の騒ぎだ?」

 

森の奥から、土方の声が聞こえる。振り返ると、真選組の面々が現れた。

志乃はその中の近藤を見て、固まる。何やら甘い匂いがすると思ったら、近藤が褌一丁で全身ハチミツ塗れになっていたのだ。

 

「あっ、お前ら!!こんな所で何やってんだ!?」

 

「何やってんだって……全身ハチミツ塗れの人に言う資格があると思ってんですか?」

 

「これは職務質問だ。ちゃんと答えなさい」

 

「職務ってお前、どんな職務に就いてたらハチミツ塗れになるんですか。ていうかお前、志乃の雇い主ならコイツに悪影響与えるようなマネすんのはやめろ。てめーのせいで志乃が今晩ハチミツ塗れのゴリラに襲われる夢見たらどーしてくれるんだ」

 

志乃の保護者(実際はそうでもないが)の銀時が、全身ハチミツ塗れの危ない男に注意する。

近藤がチラリと志乃を見てみると、志乃はバッと目を逸らし、極力見ないようにしていた。それに若干近藤が傷付いていたのは、語るまでもない事である。

銀時と神楽が真選組と張り合う中、新八は志乃に問いかける。

 

「志乃ちゃん達こそ、ここで何してるの?」

 

「カブト狩りだよ」

 

「カブト狩りぃ!?」

 

まさか江戸を護る警察が森でカブト虫捕りをしているなど思いもよらなかった新八は、思いっきり顔をしかめた。

銀時も、彼らに詰め寄る。

 

「オイオイ、市民の税金搾り取っておいてバカンスですかお前ら。馬鹿んですか!?」

 

「こいつは立派な仕事だ。とにかく邪魔だからこの森から出て行け」

 

そんな中、神楽はビシッと沖田に指を指した。

 

「ふざけるな!私だって幻の大カブトを捕りにここまで来たネ!定春28号の仇を討つためにな!!」

 

「何言ってやがんでェ。お前のフンコロガシはアレ、相撲見て興奮したお前が勝手に握り潰しただけだろーが」

 

「誰が興奮させたか考えてみろ!誰が一番悪いか考えてみろ!!」

 

「お前だろ」

 

定春28号の件は、最早自業自得としか言えなかった。

志乃は友達の不幸とはいえ、今回ばかりは沖田の味方をした。

 

「総悟、お前また無茶なカブト狩りをしたらしいな。よせと言ったはずだ」

 

「マヨネーズでカブト虫捕ろうとするのは無茶じゃないんですか?」

 

「トシ、お前まだマヨネーズで捕ろうとしてたのか。無理だと言っただろう。ハニー大作戦でいこう」

 

「いや、マヨネーズ決死行でいこう」

 

「いや、なりきりウォーズエピソードIIIでいきましょーや」

 

「いや、傷だらけのハニー湯煙殺人事件でいこう」

 

近藤、土方、沖田の三人はそれぞれの作戦を上手くいくとでも思っているのか、全く譲らない。

そんなんでカブト虫が捕れたら奇跡だわ。志乃はカブト狩りに知識がほぼ皆無の男達に、呆れる他なかった。

カブト狩り経験もないとは、彼らは一体どんな子供時代を送ったのだろうか。

その時、隊士が双眼鏡で見ながら、近藤に報告をする。

 

「カブト虫です!前方真っ直ぐの木に、カブト虫が……」

 

「「「「カブト狩りじゃああ!!」」」」

 

カブト虫発見と聞いた銀時と神楽、真選組が一斉に走り出す。

 

「待てコラァァ!ここのカブト虫には手を出すなァ!!帰れっつってんだろーが!!」

 

「ふざけんな!独り占めしようたってそうはいかねーぞ。カブト虫はみんなのものだ!いや!俺のものだ!」

 

その中で、神楽が土方を足蹴にして跳躍する。

 

「カブト狩りじゃあああ!!」

 

しかし、沖田が彼女の足首を掴み、地面に叩きつけた。

 

「カーブト割りじゃああ!!」

 

「カブト蹴りじゃあ!!」

 

そこに銀時が飛び込んできて、沖田を木に蹴り付けた。

この間に近藤が木に登り、下から見上げる銀時にドヤ顔をかます。

 

「ワッハッハッハッ!カーブト……」

 

しかし。彼は今全身ハチミツ塗れのため、どこかしこもヌルヌルだ。手が滑り、頭から地面に落ちてしまった。

 

「割れたァァァ!!」

 

「カーブト……」

 

「言わせるか!カーブト……」

 

「俺がカーブト……」

 

最早カブトが何なのか認識が段々薄れてきた。銀時と土方は先にカブト○○と言おうとして、お互い邪魔し合う。

その下で、神楽と沖田が並んだ。

 

「「カーブートー」」

 

「……オイ、ちょっと待て」

 

「俺達味方だろ、俺達……」

 

「「折りじゃァァァァ!!」」

 

上に銀時と土方がいるのにも関わらず、神楽を足を、沖田は刀を入れる。

おかげで木は倒れ、カブト虫は飛んで行ってしまった。そのカブト虫が、志乃の頭に止まる。

志乃はカブト虫一匹でこのザマに、呆れて溜息を吐いた。

 

「……ゴメンよ、カブト虫。騒がしくって。お前だって自由に生きたいよね」

 

志乃は頭に止まったカブト虫を手に取り、彼らから少し離れた木の幹に帰した。

 

「じゃあな。精々人生を謳歌しな」

 

志乃はカブト虫に手を振ってから、未だ騒ぎの収まらない連中を宥めるべく、足早に戻っていった。



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虫だって懸命に生きてんだよ

昨日夕方頃に一度帰宅した志乃は、翌朝再び森の中に入っていった。そして、昨日仕掛けたトラップを見上げる。

 

「おっ、カブト虫」

 

志乃は木に登り、バナナに吸い付くカブト虫をそっと手で捕まえ、虫カゴに入れた。羽の光沢が美しく、艶もある綺麗なカブト虫だ。

志乃はカブト虫を真選組の面々に見せようと、彼らの元に駆け寄る。

 

「おはよ〜。…………」

 

しかし、志乃は彼らを見て絶句した。昨日と比べて、ハチミツ塗れの男の人数が増えている。

この組織、マジでヤバい。今日限りで辞めさせてもらえないだろうか。

志乃は彼らから全力で目を逸らしながら、辞表を書くべきか本気で検討した。

その中の近藤が、志乃に気付いて声をかけてくる。

 

「おっ!おはよう志乃ちゃん!」

 

「…………」

 

志乃は苦笑いで会釈をしてから、スススス……と逃げるように山崎の元へ歩いていった。

どうやら彼女の中で、近藤=危ない人という方程式が出来上がりつつあるらしい。近藤はショックを隠し切れず、ガクッと膝をついた。

 

「ザキ兄ィ、コレ見てよ。カブト虫捕まえたよ」

 

「どれどれ?おっ!コレは綺麗なカブト虫だね。昨日の仕掛けで?」

 

「うん。本当は夜中が一番良かったんだけどね。光とか当てたら、カブト虫以外にももっとたくさん虫が集まるから」

 

「へぇ〜、すごいね」

 

現在真選組内で、志乃が一番懐いてるのは山崎である。それが鮮明にわかった瞬間だった。

 

「でも、まだ瑠璃丸は見つかってないんだね」

 

「そーだね〜。家出した奴なんかほっといて、新たな恋に向かって走ればいいと思うけど」

 

「いや、ソレ根本的な解決になってないから」

 

山崎からツッコミを受けた志乃は、伸びをして上着を脱ぐ。とにかく、暑いったらありゃしない。ついでに胸元のボタンも開けて、少し緩めた。

隣で何やら山崎が顔を赤らめて慌てていたが、無視した。

それから、単独で瑠璃丸を探しに出た。

 

********

 

結果から言うと、今回の瑠璃丸捜索は失敗に終わった。

 

瑠璃丸は見つかったものの、神楽が沖田とのカブト相撲に連れていってしまい、沖田も沖田で、超巨大カブト虫で瑠璃丸を迎え撃った。

カブト相撲自体は銀時のおかげで阻止されたが、その時に銀時が瑠璃丸を踏み潰してしまったのだ。

 

「……本当にやらかしちゃったね」

 

新八から事情を聴いた志乃は、ある程度予測していた結果に溜息を吐いた。

そして、隊士に頼んで紙と筆を貰い、将軍に手紙を(したた)めた。

 

********

 

その後近藤と土方についていって警察庁に赴いた志乃。しかし何故か近藤はハチミツ塗れのまま、兜を頭に被っていた。

通された長官室で、松平が偉そうに座っていた。実際偉いのだが。

 

「よォ、今回はご苦労だったな。わざわざカブト虫ごときのために色々迷惑かけちまってよう。で、見つかったのか?トシ」

 

「…………ああ、見つかるには見つかったんだが。あの…………突然変異」

 

「腹切れ」

 

やはり近藤で誤魔化そうとしたのか。

即刻切腹を命じられた二人の前に立ち、志乃は虫カゴを松平の机の上に置いた。

 

「とっつァん。コレ、将ちゃんに渡してくれない?今回のお詫び」

 

「あん?」

 

松平は虫カゴを手に取ると、中身を確認する。中には、普通のカブト虫と手紙が入っていた。

 

「見たところ、危険物は入ってねーな」

 

「んなもん入れるわけねーだろ」

 

「しゃーねェ、渡しといてやるよ」

 

「ん、ありがと。じゃあこれで、真選組の皆さんの切腹はナシでよろしく」

 

「てめーのコレでどちらに転ぶかわからねーがな。……まァ、何とかしてやるよ」

 

志乃は松平に微笑みかけ、長官室を出て行った。

 

********

 

『拝啓 将ちゃんへ

 

元気にやってますか?私は元気です。

 

今回、瑠璃丸を返せなくてごめんなさい。代わりと言ってはなんですが、私が捕まえたカブト虫をプレゼントします。

 

でも将ちゃん、これだけは覚えておいてください。

カブト虫だって、ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きています。生きている限り、みんな自由を求めます。瑠璃丸もきっと、自由を求めて逃げちゃったんじゃないかと思います。

 

だから、瑠璃丸を責めないでください。そして、これからも元気でお仕事頑張ってください。天国へ昇っていった瑠璃丸も、将ちゃんを見守っています。私も応援してます。

 

また将ちゃんと会える日を楽しみにしています。その時はそよと三人で、カブト虫を捕りに行きましょうね。

 

敬具 霧島志乃より』




次回、紅桜篇!!うぉわぁぁぁぁ!!


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紅桜篇 愛情と自分勝手は紙一重
他人の部屋に入る前にはノックを


今回から紅桜篇です。なんか色々ヤバそうな気もしますが……頑張っていきたいと思います。
え?何が色々ヤバいって?……勘だよ!!なんとなくだよ!!
よっしゃ長編!!かかってこいやオラ。


この日も志乃はパンの耳を持って、銀時の家に遊びに行った。今日は時雪と一緒に、スクーターで道路の上を飛んでいた。

川の隣を走っていると、何やら人集りが出来ていた。川辺に死体が落ちており、それを奉行所の役人が見ていた。

 

「何やってんだろ、アレ」

 

その光景を見ていた志乃が、ボソッと呟く。彼女の呟きを受けて、時雪も川辺を見た。

 

「また死体が上がったのか……これで何人目だ?」

 

「え?どういうこと?」

 

志乃はちらりと横目で時雪を見ると、時雪は一度頷いてから彼女の問いに答えた。

 

「最近、巷で辻斬りが横行してるんだって。なんでも、狙われているのは浪人ばかりって話だけど……」

 

「へェ〜。物騒な世の中だね、まったく……ん?」

 

志乃は下を一瞥した瞬間、笠を被った見覚えのあるペンギンオバケを見た。

高度を下げ、そのペンギンオバケに近付く。

 

「おーい、エリ〜」

 

並走すると、エリザベスはこちらを見た。

 

「よォ。珍しいね、エリーが一人なんて。ヅラ兄ィは?今日は一緒じゃないの?」

 

いつも一緒にいるはずの桂のことを訊くと、エリザベスは足を止めた。それに応じて、志乃もスクーターを着地させる。

ぱっちり開いたエリザベスの目から、ポロッと涙が零れた。

 

「エリー!?」

 

「ど、どうしたのエリザベス。まさか、桂さんに何か……?」

 

エリザベスは涙を拭うと、プラカードを掲げた。

 

『万事屋銀ちゃんはどこにある?』

 

「銀の店?これから私ら行くけど……」

 

『一緒に連れてって』

 

志乃は後ろに座る時雪とお互い視線を交換してから、エリザベスに頷いた。エリザベスは時雪の後ろに無理やり乗り、彼らと共に銀時の元へ向かった。

 

********

 

「おーっす。邪魔するよ」

 

特にノックもせずガラガラと扉を開けて中に入った志乃に、銀時が椅子を回して彼女を見る。

 

「なんだぁ?てめー、部屋に入る前にはノックを忘れるなとあれほど口酸っぱく言っただろーが」

 

「初めて聞いたわ。それよりほら、お客さん」

 

志乃が少し体を右に出すと、彼女の後ろからエリザベスがジッと銀時を見つめた。

部屋の中に入ったエリザベスは、ソファに座る。そんな彼に警戒しながら、銀時は向かいのソファに座り、その隣に神楽、志乃が座った。

 

「お茶です」

 

お茶を出した新八は、すぐに銀時達の座るソファの後ろに立った。

 

「あの……今日は何の用で?」

 

恐る恐る新八が尋ねるも、エリザベスは無表情のまま。

銀時達は思わず、目の前に相手がいるにも関わらず、コソコソと話し始める。

 

「……何なんだよ、何しに来たんだよこの人。志乃、何か知らねーか?」

 

「私らも詳しくは聞いてない。依頼はアンタ達で訊いて」

 

「オイオイマジで何なんだよ、恐ーよ。黙ったままなんだけど。怒ってんの?何か怒ってんの?何か俺悪いことしましたか?」

 

「怒ってんですかアレ。笑ってんじゃないですか?」

 

「笑ってたら笑ってたで恐いよ。何で人ん()来て黙ってほくそ笑んでんだよ。何か企んでること山の如しじゃねーか」

 

「新八、お前のお茶が気に食わなかったネ。お客様はお茶派ではなくコーヒー派だったアル」

 

「新八ィ、お茶汲みならそれくらい見極められるよーになれ。そして世界一のお茶汲みを目指せ」

 

「んなもんパッと見でわかるわけないだろ!!ってか何だよ世界一のお茶汲みって!?どこ目指してんだよ!」

 

「俺すぐピンときたぞ。見てみろ。お客様口がコーヒー豆みたいだろーが。観察力が足りねーんだお前は」

 

「銀時さん、悪口入ってません?」

 

新八はコーヒーを持ってきて、エリザベスに差し出した。

しかし、エリザベスは無言を貫く。

 

「オイなんだよォ!!全然変わんねーじゃねーか!」

 

銀時がコーヒーだと言い出した神楽の頭をバシッと叩く。

 

「銀さんだってコーヒー豆とか言ってたでしょーが!!」

 

「言ってません〜。どら焼き横からの図と言ったんです〜」

 

「うわァ、大人が責任逃れだ〜」

 

「うるさい取り敢えず黙れ志乃」

 

「痛い痛い痛い!!」

 

志乃にはアイアンクローを決める銀時。

いい大人が子供二人に手を上げた。この場にもし星海坊主や小春がいたら、銀時はすぐさま抹殺されていただろう。

時雪が遠い目でそんなことを考えていると、店の電話が鳴った。

 

「あ、ハイハイ万事屋ですけど」

 

銀時が電話を取ったのを見て、神楽は新八を見やる。

 

「新八、こうなったら最後の手段ネ。アレ出そう」

 

「え?いや、でもアレ銀さんのだし、怒られるよ」

 

「いいんだヨ。アイツもそろそろ乳離れしなきゃいけないんだから。奴には親がいない、私達が立派な大人に育てなきゃいけないネ」

 

「アレ?銀時さん今いくつ?」

 

三人がボソボソと会話をしていると、受話器を置いた銀時が部屋を出ようとした。

 

「おーう、俺ちょっくら出るわ。オイ志乃、行くぞ」

 

「え?私も?」

 

突然呼ばれた志乃は、せんべいを食べていた手を止め、立ち上がる。

 

「あっ、ちょっとどこ行くんですか!?」

 

「仕事〜。お客さんの相手は頼んだぞ」

 

「ウソ吐けェェェ!!自分だけ逃げるつもりだろ!!」

 

新八が部屋を出て行く銀時とそれに付き添う志乃の背中に叫ぶも、彼らはこちらを振り返ることなく扉を閉めた。

子供だけを残して逃げていった大人を見た三人は、ああはなるまいとお互いを見やる。そして、最終手段を出した。

 

「いちご牛乳でございます」

 

いちご牛乳を見つめたエリザベスは、ポロリと涙を流した。

 

「泣いた!やったァァ!スゴイよ新八くん!!」

 

「グッジョブアル新八、よくやったネ!!」

 

「……アレ?やったのかコレ」

 

傍らでハイタッチする時雪と神楽を見ながら、新八は一人首を傾げた。

 

********

 

一方銀時と志乃は、依頼主の家に訪れていた。家の屋根には刀鍛冶と書かれた看板が立てかけられ、彼らの仕事が一目見てわかった。

ちょうど依頼主は刀を打っているらしく、工房から大きな音が聞こえてくる。耳を塞ぎながらその入り口に立って、銀時は声をかけた。

 

「あの〜すいませ〜ん。万事屋ですけどォ」

 

しかし、工房の中で鉄を打っている男女は、彼らに全く気付かない。銀時はもう一度声を張り上げた。

 

「すいませーん、万事屋ですけどォ!!」

 

「あーーー!!あんだってェ!?」

 

「万事屋ですけどォ!!お電話頂いて参りましたァ!」

 

やっと聞こえた、と思ったが。

 

「新聞なら要らねーって言ってんだろーが!!」

 

聞こえてるようで聞こえてなかった。

流石にイラついた銀時が、大声で彼らを罵倒する。

 

「バーカバーカ!!どーせ聞こえねーだろ」

 

その瞬間、銀時に金槌が飛んできて彼の顎に直撃した。

志乃は倒れる銀時を見下ろしながら、金槌を手に取って言った。

 

「すいませーん、お電話頂いて参りましたァ万事屋でーす」

 

********

 

銀時と志乃は部屋の奥に通され、ようやく話を聞ける形になった。彼らの前に、依頼主の男女が並んで座る。

男が声を張り上げて、先程の件を謝罪してきた。

 

「いや、大変すまぬことをした!!こちらも汗だくで仕事をしているゆえ、手が滑ってしまった。申し訳ない!!」

 

「いえいえ」

 

銀時はそう答えた後、志乃にボソッと耳打ちする。

 

「絶対ェ聞こえてたよコイツら」

 

「だよね」

 

志乃がこくりと頷いて答えた。

 

「申し遅れた。私達は兄妹で刀鍛冶を営んでおります!私は兄の鉄矢!!そしてこっちは……」

 

鉄矢が大声で自己紹介をしたのに対し、妹は黙って視線を逸らした。

 

「オイ、挨拶くらいせぬか鉄子!名乗らねば坂田さんと霧島さん、お前を何と呼んでいいかわからぬだろう鉄子!!」

 

「お兄さん、もう言っちゃってるから。デカイ声で言っちゃってるから」

 

「すいません坂田さん霧島さん!!コイツ、シャイなあんちきしょうなもんで!」

 

「それにしても、廃刀令のご時世に刀鍛冶とは、色々大変そうですね」

 

「でね!!今回貴殿らに頼みたい仕事というのは……」

 

「オイ無視かオイ。聞こえてなかったのかな……」

 

「銀、私この人に話しかけるだけ無駄だと思ってきた」

 

銀時の言葉に一切耳を傾けない鉄矢に、志乃は諦めてポンと銀時の肩に手を置いた。

 

「実は先代……つまり私の父が作り上げた傑作『紅桜』が何者かに盗まれましてな!!」

 

「ほう!『紅桜』とは一体何ですか?」

 

「これを貴殿に探し出してきてもらいたい!!」

 

「アレェェ!?まだ聞こえてないの!?」

 

「無理だって銀」

 

またもや銀時の問いを無視して、鉄矢は続けた。

 

「紅桜は、江戸一番の刀匠と謳われた親父の仁鉄が打った刀の中でも、最高傑作といわれる業物でね。その鋭き刃は岩をも斬り裂き、月明かりに照らすと淡い紅色を帯びるその刀身は、夜桜の如く妖しく美しい。まさに二つとない名刀!!」

 

「そうですか!スゴイっすね!で、犯人に心当たりはないんですか!?」

 

「しかし、紅桜は決して人が触れていい代物ではない!!」

 

「お兄さん!?人の話を聞こう!!どこ見てる?俺のこと見てる!?」

 

「銀、だから無駄だってば」

 

志乃の目は、最早明日の方向に向いていた。

 

「何故なら、紅桜を打った父が一か月後にポックリと死んだのを皮切りに、それ以降も紅桜に関わる人間は必ず凶事に見舞われた!!あれは……あれは人の魂を吸う妖刀なんだ!!」

 

妖刀。そう聞いた志乃は、チラリと銀時の腰にある木刀を見た。

そういえば銀時のこの木刀も、妖刀だと言っていた。まぁ、彼のものは紛い物だが。

ちなみに自分の一族に代々伝わってきた太刀は、妖刀ではない。確かに他の刀と比べると少し特殊だが、それを除けば普通の刀だ。

なんてことを考えていると、紅桜の話を聞いた銀時は、鉄矢に負けぬよう叫ぶ。

 

「オイオイちょっと勘弁して下さいよ!じゃあ俺らにも何か不吉なことが起こるかもしれないじゃないですか!!」

 

「坂田さん霧島さん、紅桜が災いを呼び起こす前に何卒よろしくお願いします!!」

 

「聞けやァァァ!!コイツホントッ会ってから一回も俺の話聞いてねーよ!!」

 

相変わらず人の話を聞かず、頭を下げる鉄矢。苛立ちが募った銀時は、思わず叫ぶ。

その時、ふと鉄矢の隣に座っていた鉄子がボソッと言った。

 

「……兄者と話す時は、もっと耳元に寄って腹から声出さんと……」

 

「えっ、そうなの。じゃっ……」

 

妹からアドバイスを貰った銀時は、早速鉄矢の隣にしゃがんで叫んだ。

 

「お兄さァァァァァァん!!あの…………」

 

「うるさーい!!」

 

しかし鉄矢は、銀時にかなり強いビンタを浴びせた。

めんどくせー!!マジで何なのコイツ!?心の底からめんどくせー!!

志乃は言いたかったこと全てを心の中で叫ぶにとどまった。ただ単にめんどくさかっただけである。

 

********

 

その頃、新八、神楽、時雪はエリザベスに連れられ、橋の上にやってきた。

そしてそこで、エリザベスは血染めの桂の所持品を見せる。

 

「ここ数日、桂さんの姿を見てないなんて。どうしてもっと早く言わなかったんだエリザベス」

 

エリザベスは俯いて、プラカードを掲げた。

 

『最近巷で、辻斬りが横行している。もしかしたら……』

 

「……エリザベス、君が一番わかってるだろ。桂さんはその辺の辻斬りなんかに負ける人じゃない」

 

「でもこれを見る限り、何かあったことは明白」

 

「そうだね。早く見つけ出さないと、大変なことになるかもしれない」

 

桂の所持品を見つめて言った神楽と時雪の言葉に、エリザベスは一層弱気になってしまう。

 

『もう手遅れかも……』

 

「エリザベス……」

 

時雪が何か励ましの言葉をかけようとしたその時。

 

「バカヤロォォ!!」

 

『ぐはっ!!』

 

突然新八がエリザベスを殴り飛ばした。そして倒れたエリザベスの胸倉を掴んで、熱く語る。

 

「お前が信じないで、誰が桂さんを信じるんだ!!お前が前に悪徳奉行に捕まった時はなァ、桂さんはどんなになっても諦めなかったぞ!!今お前に出来ることは何だ!?桂さんのために出来ることは何だァ、言ってみろ!言えェェ!!」

 

しかしその時、エリザベスがボソッと口を開く。

 

「ってーな、放せよ。ミンチにすんぞ」

 

「……………………すいまっせ〜ん」

 

一気に冷えた空気。

何とかしなくては、本当に新八がミンチにされる。そう思った時雪は、彼らの間に割って入った。

 

「ここは二手に分かれよう。俺と神楽ちゃんは、定春と一緒に桂さんの行方を。新八くんはエリザベスと一緒に辻斬りの方を調べてくれ」

 

時雪は神楽と定春を促し、新八を残して橋から離れていった。

 

********

 

紅桜捜索を頼まれた銀時と志乃は、あちこちの質屋に行って探してみたが、全く見つからなかった。

駄菓子屋の前のベンチで一休みしながら、志乃はぐーっと伸びをする。

 

「見つからないねぇ、妖刀」

 

「だな〜。どこもかしこも見当たらねェ。ったく、最近の品揃えはどーなってんだよ。時代はなァ、既に通販で妖刀買えるようになるまで進んでんだぞ」

 

「銀のヤツは紛い物じゃん」

 

「紛い物でも本人が名刀と思ってりゃ名刀なんだよ」

 

二人は駄菓子屋で買ったラムネの瓶を開けて、ぐいっと呷る。

一息吐いた志乃はふと、時雪から聞いた話を思い出した。

 

「そういえばさ、最近ここらで辻斬りが流行ってんだってね。なんか、遠目でその辻斬りを見た奴がいたらしいんだけど。そいつが持ってる刀、刀というより生き物みたいだったって話だよ」

 

「へェ〜」

 

一気にラムネを飲み干した銀時が、興味なさそうにベンチに凭れる。

 

「もしかしたら……それじゃない?妖刀って」

 

「どーだろーな……ま、でも調べてみる価値はありそうだな」

 

銀時はベンチから立ち上がって、ボリボリと頭を掻く。

彼の背中を追って、志乃も立ち上がり走り出した。

 

********

 

それから二人は、辻斬りがよく出没するという、橋の前の路地裏に置いてある、ゴミバケツに身を隠した。長いな、コレ。

 

「オイ志乃、お前何でこんな狭い所に無理やり入ろうとするんだ」

 

「そこまで狭くないって。大丈夫大丈夫」

 

「どこがだよ!!お前は大丈夫かもしれねーがなァ、こっちは窮屈で仕方ねーんだよ!!」

 

そう。二人は一つのゴミバケツの中に入っているのだ。

銀時がゴミバケツの底に胡座をかいて座り、その上に志乃が座っている状態だ。しかもかなり狭いため、距離がもう近いことこの上ない。相手の顔が文字通り、目と鼻の先だ。

 

「アンタ、これを機とばかりに触ってきたら訴えるから」

 

「触らねーよ。妹の体触って喜ぶ兄とかどんなシスコンだ。安心しろ、お兄ちゃんにそんな趣味はないから」

 

「誰がお兄ちゃんだ。爛れた恋愛しかしたことなさそーなクセに」

 

「んだとォォォォ!?てめェ、俺の何を知ってんだよ!!」

 

「ただの予想だっつーの。妹にそんな想像されたくなければ、日頃の行いを一つでも良くするんだね」

 

志乃は少し体を伸ばして、ゴミバケツの蓋から外を覗く。銀時が痛がっていたが、お構いなしだ。

辺りはすっかり暗くなってしまい、人の気配はほとんど伺えない。

強いて言うなら、自分達がギュウギュウに詰め込まれているゴミバケツの後ろに、新八とエリザベスがいることくらいだろうか。

 

キョロキョロと辺りを見回していると、ふと別の気配を察した。志乃はすぐさまゴミバケツの中に隠れて、外の声に耳をそばだてる。

 

「オイ。何やってんだ貴様らこんな所で?怪しい奴らめ」

 

「なんだァ〜奉行所の人か。ビックリさせないでくださいよ」

 

新八がホッとして、溜息を吐く。

 

「ビックリしたじゃないよ。何やってんだって聞いてんの。お前らわかってんの?最近ここらにはなァ……」

 

ふと、奉行所の役人の声が途切れる。次の瞬間、ドチャッと倒れる音が聞こえた。

そしてその後、別の声が聞こえてくる。

 

「辻斬りが出るから危ないよ」

 

 

「志乃!」

 

「わかってるよ!!」

 

新八の悲鳴を聞き止めた銀時は、まだ比較的動ける志乃に出るように促す。

志乃はゴミバケツの蓋を金属バットで押し上げてから、辻斬りの持っている刀を横薙ぎに弾き飛ばす。刀は辻斬りの背後の地面に突き刺さった。

 

「オイオイ、妖刀を捜してこんな所まで来てみりゃ」

 

「どっかで見たことあるツラじゃん」

 

「銀さん!!志乃ちゃん!!」

 

ゴミバケツから出てきた二人を見て、新八が叫んだ。目の前の辻斬りの男は、被っていた笠を脱ぐ。

 

「ホントだ。どこかで嗅いだ匂いだね」

 

その男は銀時の隠し子騒動の際、二人とやり合った人斬り似蔵こと、岡田似蔵だった。



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一難去ってまた一難

思いがけない再会に、志乃は岡田の顔を見て、汗を滲ませながらニヤリと笑う。

 

「なるほど、最近巷を騒がせている辻斬りはアンタの仕業だったのか」

 

「銀さん、志乃ちゃんも……何でここに!?」

 

新八がホッと目の前に立つ銀時と志乃に尋ねる。銀時が、彼を振り返らずに答えた。

 

「目的は違えど、アイツに用があるのは一緒らしいよ新八君」

 

「嬉しいねェ。わざわざ俺に会いに来てくれたってわけだ」

 

岡田は薄笑いを浮かべながら、志乃に弾かれた刀の元へ歩み寄った。

 

「コイツは災いを呼ぶ妖刀と聞いていたがね。どうやら強者を引き寄せるらしい。桂にアンタ、そしてお嬢ちゃん。こうも会いたい奴に合わせてくれるとは、俺にとっては吉兆を呼ぶ刀かもしれん」

 

「!アンタ……桂兄ィに何かしたの?」

 

志乃は眉間に皺を寄せて、岡田に詰め寄る。

しかし、岡田は彼女のプレッシャーが寧ろ心地良いのか、飄々とした態度を続ける。

 

「おやおや、おたくらの知り合いだったかい。それはすまん事をした。俺もおニューの刀を手に入れてはしゃいでたものでね、ついつい斬っちまった」

 

「!?斬った……?」

 

聞き捨てならない言葉を聞いた。目の前に立つ男が、桂を斬ったと言うのだ。

志乃は思わず一歩手前に出るが、それを銀時が手を彼女の前に出して制した。

 

「ヅラがてめーみてーなただの人殺しに負けるわけねーだろ」

 

「怒るなよ。悪かったと言っている。あ……そうだ」

 

岡田は思い出したように、懐に手を入れる。そして、長い黒髪を差し出して見せた。

 

「ホラ。せめて奴の形見だけでも返すよ」

 

それを見た志乃、新八、エリザベスは愕然とする。

まさか。まさか、本当に桂が。こいつが、桂を殺したのか……?目の前でせせら笑っている、この男が?

憎い。悲しい。辛い。苦しい。許せない。色んな感情がグルグル渦巻き、志乃の金属バットを握る手がブルブルと震える。

 

「記念に毟り取ってきたんだが、アンタらが持ってた方が奴も喜ぶだろう。しかし、桂ってのは本当に男かィ?この滑らかな髪……まるで女のような……」

 

志乃が怒りのあまり飛び出す前に、銀時が彼女を突き飛ばして飛び出した。

 

「志乃ちゃん!」

 

何の前触れもなく突き飛ばされた志乃は、流されるままに後ろへ倒れ込んでしまう。それを、新八が抱きとめた。

一方志乃を突き飛ばした銀時は、岡田と剣を交え、ギリギリと鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

「何度も同じこと言わせんじゃねーよ。ヅラはてめーみてーなザコにやられるような奴じゃねーんだよ」

 

声音だけでわかった。銀時は怒っている。憤っている。志乃よりもずっと。

しかし対する岡田の態度は変わらない。あの白夜叉として恐れられた銀時の一撃を受け止めながらも、悠々と笑みを浮かべていた。

 

「クク……確かに、俺ならば敵うまいよ。奴を斬ったのは俺じゃない。俺はちょいと身体を貸しただけでね。なァ……『紅桜』よ」

 

話している最中から、岡田の剣を握る右手から、コードのようなものが肌を突き破ってどんどん現れる。

思わぬ光景に、剣を合わせる銀時も、後ろで見守る志乃達も目を見張った。

 

********

 

その頃。桂の行方を捜していた神楽と時雪は、匂いを辿る定春についていって、港まで来ていた。

 

「神楽ちゃん、もう真っ暗だよ。帰らないと銀時さん達が心配するよ」

 

「なワケないアル」

 

「えっ!?」

 

銀時さんんんんん!?貴方神楽ちゃんが心配じゃないんですかァァ!?

時雪は心の中で銀時に尋ねるが、もちろん彼の心の中に銀時がいるわけがないので、彼の叫びは誰にも届かなかった。

話題を変えよう。時雪は、桂の事を出した。

 

「大丈夫かな、桂さん。無事だといいけど……」

 

「ヅラならきっと大丈夫アル。アイツがちょっとやそっとで死ぬ訳ないアル」

 

「……そうだね」

 

伸びをしながら欠伸をする神楽を見て、時雪も頬が綻ぶ。

神楽の言う通りだ。桂は強い。今でこそテロリストやら何やらで真選組に追われているものの、その追跡全てをかわし続けているのだ。運も味方につけている彼なら、きっと大丈夫だろう。

時雪も神楽と同様、そう信じることにした。

ふと、伸びをしていた神楽が、時雪を見上げた。

 

「そういえば志乃ちゃん、よくトッキーのこと私に話すネ。志乃ちゃん、トッキーのこと好きアルか?」

 

「えっ!?」

 

突然のことに、時雪は耳まで真っ赤になる。

 

「さ……さあ?ど、どうかな……」

 

「ガチガチになったアル。トッキー、ロボットにでもなったアルか?」

 

挙動不審になる時雪に、神楽は思わずニヤニヤしながら意地悪い質問をした。

 

「じゃあトッキーは、志乃ちゃん好きアルか?」

 

時雪は今度こそ顔全てが真っ赤になって、ボシュゥと煙が上がりヘナヘナと地面に座り込んだ。

 

「……マジでか」

 

「……………………」

 

時雪は情けなく、頷く他なかった。

 

時雪は、志乃のことが好きだった。雇い主として、異性として。

腕っぷしは自分の方が劣るものの、そんなことを気にせず自分と肩を並べて歩いてくれる。そんな彼女がいつも向けてくれる、あの無邪気な笑顔が好きだった。

 

真っ赤な顔を手で隠す時雪を眺めながら、神楽はニヤニヤする。その時、定春がおすわりして止まった。

 

「定春?」

 

定春が止まったのに気付いた二人は、彼の元に歩み寄る。

 

「定春、ここからヅラの匂いするアルか」

 

「ワン」

 

定春が止まった目前には、大きな船が止まっていた。

 

「なんだろ、あの船?」

 

神楽が疑問を口にした瞬間、二人は気配を感じてサッと樽の後ろに隠れた。

気配の正体は、三人の浪人だった。

 

「どうだ?見つかったか?」

 

「ダメだ。こりゃまた例の病気が出たな、岡田さん……どこぞの浪人にやられてから、しばらく大人しかったってのに」

 

「やっぱアブネーよあの人。こないだもあの桂を斬ったとか触れ回ってたが、あの人ならやりかねんよ」

 

「どーすんだお前ら。ちゃんと見張っとかねーから。アレの存在が明るみに出たら……」

 

神楽達に気付かず去っていった浪人達の背中を見送り、何とか難を乗り越えた。

 

「聞いた?神楽ちゃん。アイツらさっき、桂さんの名前を……」

 

「斬ったとか言ってたネ。ヅラ死んじゃったアルか?」

 

「わからない。でも、きっと大丈夫だよ桂さんなら」

 

桂が斬られたと聞いて、不安になったのだろう。少し涙ぐむ神楽の頭を一撫でした時雪は、チラリと再びあの大きな船を見た。

 

「あそこに行けば、もしかしたら何かわかるかもしれない。でも、絶対に敵地だ。どうすれば……って、神楽ちゃん?」

 

時雪が神楽を振り返ると、彼女は紙に何やら線を描きつけていた。どうやら、地図らしい。

 

「定春、お前はコレを銀ちゃん達の所へ届けるアル。可愛いメス犬がいても寄り道しちゃダメだヨ」

 

「神楽ちゃん……まさか」

 

神楽は定春に地図を託し、彼を帰らせた。そして、傍らに置いた傘を手に取る。

 

「トッキー、行ってくるアル」

 

「神楽ちゃん……でも、あそこは」

 

「ヅラがいるか、私確かめに行くアル。危ないから、トッキーも早く帰るヨロシ」

 

「何言ってるんだ神楽ちゃん」

 

時雪も腰にさした木刀を抜き取り、彼女の隣に並ぶ。

 

「俺も行くよ。女の子一人を危険な場所に行かせられない」

 

「お前こそ何言ってるネ。トッキーに何かあったら、私志乃ちゃんに顔向け出来ないアル」

 

時雪は心配そうに自分を見つめてくる神楽に、フッと笑いかける。

 

「大丈夫だよ。これでも俺も、新八くんと同じように剣術だけはずっとやってきた。神楽ちゃんには劣るかもしれないけど、それなりに戦える。それに、俺だって神楽ちゃんの身に何かあれば、それこそ志乃に顔向け出来ないからね」

 

神楽は驚いたように目を見開いて時雪を見上げたが、すぐにニッと笑った。

 

「よし、行くか」

 

「了解!」

 

時雪と神楽は、並走して船に向かう。それを、屋根の上から何者かが見ていた。

 

********

 

耳を劈くような大きな爆音と共に、橋の真ん中に大きな穴が開く。そこから、銀時が川に落とされた。

自分で開けた穴から、岡田は銀時を見下ろす。

 

「おかしいね、オイ。アンタもっと強くなかったかい?」

 

「…………おかしいね、オイ。アンタそれ、ホントに刀ですか?」

 

岡田の右手は紅桜と完全に繋がり、纏っているコードが生き物のように脈打っていた。

志乃は紅桜を凝視して、譫言のように呟く。目の前で起こっていることが信じられなかった。

 

「オイオイ冗談だろ……?刀というより生き物みたいだって聞いたけど……生き物なもんか。ありゃ、化ケ物じゃんかよ……!!」

 

岡田は川に落とされた銀時に向かって飛び降り、刀を突き刺した。しかし、手応えは全くない。

その時、岡田の背後にまわっていた銀時が木刀を横薙ぎに振るった。岡田はそれを紅桜で受け止めるが、銀時は岡田の膝裏を蹴って、転ばせる。

倒れた岡田の上に乗り、紅桜と一体化した右手を足で押さえつけた。

 

「喧嘩は剣だけでやるもんじゃねーんだよ」

 

銀時が木刀を振り上げたその時、急に木刀が動かなくなった。視線だけそこに投げてみると、紅桜からコードが伸びて、木刀を引っ張っていた。

銀時が動けない隙に、岡田は膝で銀時を蹴り上げる。

 

「喧嘩じゃない。殺し合いだろうよ」

 

体勢を立て直そうとした銀時に、強烈な一撃を浴びせる。

銀時は何とか木刀で受け止めたものの、木っ端微塵に砕かれてしまった。

人間離れした力に吹っ飛ばされ、橋脚に叩きつけられる。

 

「銀ッッ!!」

 

「銀さんんんん!!」

 

志乃と新八の悲鳴が飛ぶ。

片膝をついて立ち上がろうとした銀時だが、次の瞬間、彼の胸を横に一直線に裂いて、血が吹き出た。かなりの出血量で、しかもとめどなく流れてくる。

 

「オイオイ。これヤベ……」

 

ーードッ!!

 

道路から成り行きを見守っていた志乃と新八は、思わず目を見開いた。

岡田が一瞬で間を詰め、銀時の脇腹を突いたのだ。駆け寄ろうとする新八を、エリザベスが羽交い締めにして抑える。

 

銀時が吐血した瞬間、不意に岡田の前に銀の一閃が煌めく。そしてそれは岡田の懐に入り込み、胸を突いてきた。

まるで貫かれるかのような一撃に、岡田は堪らず吹っ飛ぶ。銀時は血を流しながら、橋脚に凭れるようにズルズルと崩れ落ちた。

 

「銀!!しっかりしてよ!銀!!」

 

「バカ、ヤロー……来るな……志乃…………」

 

銀時から岡田を引き離した志乃は、すぐに倒れた銀時に駆け寄る。いつも勝気な強い光を灯す赤い目は、弱々しく涙に濡れていた。

 

銀時の肩を掴んだ瞬間、背後からの殺気を感じる。

振り向きざまに、志乃は金属バットを突き出した。紅桜と金属バットがぶつかり合い、ギリギリと火花を散らす。

志乃はこれ以上銀時に近寄らせないために、グッと一歩前に進み出た。そのまま岡田を押しやろうとするも、全く動かない。

 

「アンタマジでおかしいね。どっからそんな馬鹿力が出るってんだよ……!」

 

「それはお互い様じゃないかい?お嬢ちゃん。以前やり合った時のお嬢ちゃんも、一撃一撃がすごく重かったのを覚えているよ」

 

「あっそう。だったら、もう一回力比べしてみる!?」

 

志乃は金属バットを刀の刃ではなく平地に移動させる。このまま力を入れては、こちらの得物が斬れてしまいそうだった。

平地を押して岡田を突き飛ばし、さらに間合いを詰める。

岡田が紅桜を突き出してきたのを見た志乃は、瞬時に金属バットを左手に持ち替え受け流した。

そのまま距離を縮め、右の拳を岡田の腹に叩き込もうとしたその時ーー。

 

ガシッ

 

「女の子があまり乱暴なマネをしちゃいけないよ、お嬢ちゃん」

 

「なっ……!?」

 

突然、右手首にギュルギュルと何かが巻き付いてくる。

何だと確認する間も与えず、右手を無理やり捻り上げた。

 

「くっ……ぐうっ!!」

 

「志乃ちゃん!」

 

グッと歯を食い縛る。このままではいけない。そう判断した志乃は、金属バットを握り直し、振り上げた。

しかし、金属バットに例のコードが巻き付き、阻止される。志乃はそのままコードを引き千切ろうと、力任せに振り抜こうとしたが、右腕が捻られたままギリギリとキツく締め付けられた。

 

「あっ……がああっ!!」

 

「おやおや、どうしたのかな?さっきまでの威勢はどうしたんだィ」

 

今度こそ痛みに耐えかねた志乃は、金属バットを落としてしまった。岡田は彼女の苦しむ声を聞いて、愉しそうに笑う。

コードは左手にも巻き付き、そのまま彼女を縛り上げていく。

 

「ぅぐっ、くっ……ぁ、くぅっ」

 

コードは志乃の腕だけでなく、胸や腰、足にまで絡みついてくる。このまま絞め殺されるのでは、と思った。

岡田が志乃ごと紅桜を持ち上げ、ずっと地面についていた彼女の足が、ふと宙に浮き上がった。

 

「こ、の……ッ」

 

「おや、まだ抵抗する気力があるとは。子供は活きがいいね。だが……お嬢ちゃんはおてんばが過ぎるねェ」

 

岡田はギッと鋭く睨んでくる志乃を見上げ、ニヤリと笑った。

そして次の瞬間、岡田は腕を振るい、志乃を投げ飛ばす。

志乃は夜空を舞い、岡田は彼女の落下地点に紅桜を掲げた。

それを見ていた新八が、目を見開く。

 

「やめろォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 

ーードブッ

 

 

 

 

鈍い音と共に、細い少女の体から血が溢れる。

月明かりに反射する銀髪が、彼女と共に重力に従った瞬間、彼女は既に意識を失くしていた。

 

「志乃ちゃァァァァァァァん!!」

 

新八の悲鳴が響き渡る中、血を被った岡田は紅桜を下ろし、川に落とされた志乃を見下ろす。

志乃の体は浅い川の底に沈み、とめどなく溢れる血が川を汚していった。

岡田は志乃の元にしゃがみ、彼女の銀髪を掴んで切り落とした。

 

「後悔しているか?以前俺とやり合った時、何故殺しておかなかったと。俺を殺しておけば、桂もアンタも、そして霧島志乃(・・・・)もこんな目には遭わなかった。全てアンタの甘さが招いた結果だ。白夜叉」

 

岡田は既に倒れている銀時に目もくれず、志乃の銀髪を月光に照らす。

 

「あの人もさぞやがっかりしているだろうよ。かつて共に戦った盟友達が、揃いも揃ってこのザマだ。その上、護るべき存在の霧島志乃さえ護れないとあっては……。アンタ達のような弱い侍のために、この国は腐敗した。アンタではなく俺があの人の隣にいれば、この国はこんな有様にはならなかった。士道だ節義だくだらんものは侍には必要ない。侍に必要なのは剣のみさね。剣の折れたアンタ達はもう侍じゃないよ。惰弱な侍はこの国から消えるがい……」

 

岡田がふと、異変に気付く。

自由なはずの右手が、動かない。紅桜が動かない。

その時、銀時の声が聞こえた。

 

「剣が折れたって?剣ならまだあるぜ。とっておきのがもう一本」

 

銀時は脇と腹で紅桜を挟んで捕まえており、岡田が抜こうと力を入れても全く動かなかった。

その時、上から叫びながら何かが飛び降りてくる気配がした。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

絶叫と共に、新八が刀を持って落ちてきた。刀を振り、紅桜を持っていた岡田の右腕を叩き斬る。

 

「アララ。腕が取れちまったよ。酷いことするね、僕」

 

「それ以上来てみろォォ!!次は左手を貰う!!」

 

新八と岡田が対峙したその時、橋の上から声が聞こえてきた。

 

「オイ!そこ、何をやっている!!」

 

あまりの騒ぎに、奉行所の役人が駆け付けたらしい。提灯の明かりがいくつか現れた。

 

「チッ、うるさいのが来ちまった」

 

岡田は舌打ちしてから、志乃の銀髪を懐に入れ、紅桜を拾い上げる。

 

「勝負はお預けだな。まァ、また機会があったらやり合おうや」

 

岡田は銀時達を残して、逃げ去った。

役人が彼を追うのを見た新八は、すぐに銀時に駆け寄る。

 

「銀サン!しっかりしてください、銀サン!!」

 

「ヘッ……へへ。新八……おめーは、やれば出来る子だと思ってたよ……」

 

銀時は脂汗を滲ませながら、ゆっくりと目を閉じ意識を手放した。

 

********

 

一方その頃。桂の行方を追っていた神楽と時雪は、ある船の中に潜入していた。船に忍び込んだ二人は、船頭に立つ派手な着物を着た男を見つけた。

この船は思っていたよりも大きく、内部など彼らは何一つ知らない。誰か船員の一人に案内役を務めさせようとした。

距離を縮めてから、神楽が傘の銃口を男に突きつけた。

 

「オイ。お前、この船の船員アルか?ちょいと中案内してもらおーか。頭ブチ抜かれたくなかったらな」

 

しかし、男は振り向かずにキセルを吹かす。

 

「オイ聞いてんのか」

 

神楽が再び尋ねると、男はこちらを見た。その時、二人は本能的に危機を察した。



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満月の夜には何かが起こる

満月を見上げながら、キセルを吸う男は独りごちる。

 

「今日はまた随分とデケー月が出てるな。かぐや姫でも降りてきそうな夜だと思ったが、とんだじゃじゃ馬姫が二人も降りてきたもんだ。……まァ、アイツもかぐや姫なんてもので収まるような女じゃねーか」

 

女と間違われた時雪は訂正しようとしたが、目の前で悠々と立つ男から感じるオーラに、口を噤んでしまう。

この男、何かが違う。そう感じた。神楽も神楽で、ヤバイと感じていた。

 

その時、二人の足元に銃弾が飛んできた。二人は反射的にそれをかわし、その時に別方向へ逃げてしまった。

銃弾は神楽と時雪両方に降り注ぎ、それをかわしていく。ふと神楽の方に、銃弾の正体である人物が降ってきた。

 

「!!」

 

時雪が助けようと神楽を振り返るが、神楽とその人物はお互い銃口を突きつけている。

自分達を襲っていた犯人は、なんと女だった。

 

「貴様ァァ!何者だァァァ!?晋助様を襲撃するとは、絶対許さないっス!銃を下ろせ!この来島また子の早撃ちに勝てると思ってんスかァ!?」

 

「また子、股見えてるヨ。シミツキパンツが丸見えネ」

 

「甘いな、注意を逸らすつもりか!そんなん絶対ないもん、毎日取り替えてるもん!!」

 

「いやいや付いてるよ。きったねーな。また子の股はシミだらけ〜」

 

「貴様ァァ!!これ以上晋助様の前で侮辱することは許さないっス!」

 

正直時雪は耳を塞ぎたい気分で一杯だった。女の子同士がなんて話をしているのだろう。そりゃ男の身からしたら、あまり聞きたくない。

時雪は神楽とまた子の元に駆け寄り、油断したまた子の隙をついて、彼女を突き飛ばした。

 

「うがっ!!」

 

「ごめんね、女の子に手を上げたくないんだけど」

 

その間に神楽は立ち上がり、時雪と共に逃げ出す。

背中でまた子の声が聞こえたと思ったら、今度は二人に向けてライトが浴びせられる。見上げると、船の上の屋根に一人の男が立っていた。

 

「皆さん、殺してはいけませんよ。女子供を殺めたとあっては、侍の名が廃ります。生かして捕らえるのですよ」

 

「先輩ィィ!!ロリコンも大概にするっス!ここまで侵入されておきながら何を生温いことを!」

 

「ロリコンじゃない、フェミニストです。敵といえども女性には優しく接するのがフェミ道というもの」

 

一斉に襲いかかる浪人達を、二人は薙ぎ払っていく。特に時雪は散々女扱いされて苛立っていた。

 

「くそッ!!どいつもこいつも見た目だけで判断しやがって!!」

 

「トッキー、キャラ変わってるネ」

 

神楽に指摘されてもお構いなしに、木刀を駆使して暴れまわる。神楽が、きっとここにいるであろう桂を呼ぶ。

 

「ヅラぁぁぁ!!どこアルかァァ!?ここにいるんでしょォォォ!!いたら返事をするアル!!」

 

一人を傘で殴り飛ばした神楽は、時雪にまた子の銃口が向けられているのに気付いた。

 

「トッキー!!」

 

神楽はすぐさま、時雪に体当たりする。

時雪が倒れたのと同時に、神楽の左肩を銃弾が貫いた。そして追い討ちとばかりに、左足まで貫かれる。

 

「神楽ちゃん!!」

 

倒れ込んだ神楽に駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 

「もう……トッキーはやっぱり手がかかるアル」

 

「今だァァァ!押さえつけろ!!」

 

浪人の一人が迫り来るのを見て、時雪は木刀で彼の顎を突き飛ばした。そして神楽を横に抱き上げ、船内に逃げ込んだ。

 

「トッキー……」

 

「神楽ちゃんごめん、傘借りるね」

 

時雪は神楽の手から傘を奪い取ると、追ってくる浪人達に向けて銃弾を発射した。

なんとか振り切った二人は、船内の奥に向かおうとする。その時、彼らはあるものを見た。

 

「なっ……」

 

「何だ、ココ」

 

二人が衝撃に目を見開いているその背後で、また子が神楽を抱きかかえている時雪の後頭部に拳銃を突きつけた。

 

「そいつを見ちゃあ、もう生かして帰せないな」

 

そして、静かになった船内に銃声が響き渡った。

 

********

 

気がつくと、目の前が真っ暗になっていた。

体が重い。まだもう少し寝ていたい。

しかし、体が勝手に瞼を開けた。

 

「………………」

 

「あっ!!志乃ちゃん起きた!?大丈夫!?俺のことわかる!?」

 

立て続けに大声で話しかけてくる、地味な雰囲気を纏った男が、涙目で覗き込んでくる。

視界が薄っすらとして、志乃にはよく見えない。しかし、聴覚を頼りに彼の名を呼んだ。

 

「ザキ、兄ィ……?」

 

「よかった!全然動かないから、このまま死んじゃうんじゃないかと思って……」

 

涙を拭って、山崎が笑顔を見せる。

志乃は彼に手を伸ばそうとしたが、ズキッと体に鈍い痛みが走った。

 

「いっ……!!」

 

「動いちゃダメだよ、志乃ちゃん体を貫かれてたんだ。待ってて、今水とか持ってくるから。局長達も呼んでくるよ」

 

「待っ、て……ザキ兄ィ……」

 

掠れた声で呼び止めても、それは彼の耳には届かない。痛みを堪えながらなんとか手を伸ばしたが、掴むのは宙だけだった。

脳が急速に覚醒していくと共に、昨日のことを思い出す。

 

そうだ。私は、岡田にやられたんだ。

銀を助けようとして飛び込んで、結果返り討ちにあってしまったんだ。その後、紅桜で私を串刺しにして、そのまま意識を失って……。

 

伸ばした手をそのまま貫いた腹の上に置くと、やはりそこには布団しかなかった。震える手で布団を退かして、無理やり体を起こす。

あの一撃で血塗れになった服が着替えさせられ、いつもの藤色の浴衣から白い着物になっていた。

 

「……まるで死装束だね」

 

汚れ一つない真っ白な着物に触れ、嘆息する。それから、髪を掻いた。いつもより短い気がする。髪が肩辺りでざんばらに切られていた。

しかしまぁ、いつか坂本が言っていたように、生きていたから儲けもんだろう。

 

でも、誰がここまで運んできてくれたのか。

銀時は大怪我を負っていたから不可能。岡田は論外だから……新八か、と志乃は一人で納得する。

 

その時、襖が勢いよく開いた。

そこには、近藤と山崎、土方もいた。

 

「志乃ちゃん!!」

 

「志乃ちゃん、寝てなきゃダメだよ!傷が深いんだから!」

 

「別にこの程度……どうってことない」

 

上体を起こした彼女を見て、慌てる山崎。

近藤らはすぐに志乃が横になっていた布団の隣に正座した。

 

「何があったんだ?」

 

そう切り出したのは、土方だ。訝しげな視線が、彼女を捉える。

 

「昨日、あの野郎のとこの眼鏡が、瀕死のお前を背負ってやってきたんだ。夜中にだぜ?色々訊こうと思ったんだが、そいつお前を預けるとさっさと行っちまってな」

 

「昨日の夜……」

 

どうやら、そこまで日は経ってないらしい。その事実に、志乃はホッとした。

 

今すぐにでも岡田に報復しに行きたいところだが、今は情報が少ないし、何より得物がない。金属バットはあの川に落としたままだろう。後で取りに行かねば。

しかし、もし事が刻一刻を争う事態なら、金属バットがどうこう言ってられない。「鬼刃」を使うか……。

 

「オイ聞いてんのか」

 

「ぁ……うん」

 

あれこれ頭の中で考え過ぎて、まだ脳が呆けていると思ったのだろう。

志乃は適当に相槌をうって、昨日のことを簡略化して話した。

 

「……じゃあ昨日の夜、コロッケパンを買いに行った帰りに辻斬りの人斬り似蔵にバッタリ会っちゃって、殺されかけた……ってこと?」

 

「まァ、そんなとこ」

 

かなり簡略化したが、これはこれでいいと思った。我ながら上手い具合に嘘を吐けたものだ。

 

しかし、これは一時のものになるだろう。

何せ、ここには少し心は開いたものの、ずっと警戒してくる鬼の副長がいるのだ。

真選組の頭脳と謳われる彼なら、これくらいの嘘は、バレるのが時間の問題だ。きっと今も、ほとんど信じてないに違いない。

 

しかし、こんな所でのんびりしているワケにはいかない。今優先すべきは、あの岡田のことだ。

あいつをぶっ飛ばさない限り、気が収まらない。

 

「……意外だな」

 

「え?」

 

土方がライターで煙草に火をつける。

いつか志乃が渡した、あのマヨネーズの容器を象ったライターだ。

 

「まさか"銀狼"ともあろうお前が、辻斬り相手にこのザマとは」

 

「……返す言葉もないね」

 

煙を吐いた土方に、志乃は肩を竦める。そして、宙を見上げた。

 

「……私、兄貴達からずっと、剣を持つなって言われてきたんだ。あいつらがそれを望んだから。あいつら極度のシスコンでさ。私に戦争の終わった平和な世界で生きてほしいって、剣を取った。戦場に征って、最終的には帰ってこなかった奴もいたけどね」

 

志乃は視線は近藤らに向け、ニコリと作り笑いを浮かべる。

 

「それから私は、剣の代わりに金属バットを持った。特にという理由はないけど、護身用にって。自分で言うのもなんだけど、私それでも強かったから、今まで一度も稽古とかちゃんとしたことなかったんだ。でも、それじゃダメなんだって……今更思い知らされたよ。情けない」

 

志乃は溜息を吐いてから、真剣な目で近藤らを真っ直ぐ見つめた。

 

「人斬り似蔵の事を聞きたい。お願い、話せるだけ全部話して」

 

********

 

それから、志乃はたくさんの事を聞いた。

その話の中で一番驚いたのは、岡田があの高杉と繋がっているということだ。

 

山崎の話によれば、高杉は岡田の他にも強力な部下を抱えて、鬼兵隊を復活させたという。しかも、高杉は秘密裏に兵器を開発し、それを使って幕府転覆を狙っているとか。

しかし、残念ながら真選組は、高杉一派の潜伏先の情報を掴めていないとか。

 

志乃は思わず頭を抱えそうになった。

本当に高杉(あいつ)は、ロクなことを考えない。しかも岡田とやり合い、髪まで奪われたとなれば、流石の高杉も自分に気付くだろう。

岡田は、高杉が欲している存在が志乃だと知らなかったのだろう。だから、殺そうとしたのか。まぁ、岡田の真意がどうでも、志乃にとってはどうでもいい話である。

ぶっちゃけ、慰謝料含めて高杉を訴えられないだろうか。

 

ーーいや、そんな冗談じみた話、あいつに通用するわけないか……。

 

志乃は溜息すら飲み込み、ガシガシと少し軽くなった頭を掻いた。

 

「あーあ、辻斬り狂犬の飼い主はテロリストでした……って、そんな嫌なオチがあってたまるかよ」

 

「だが仕方ねー。それが事実だ」

 

「まさか志乃ちゃん、敵地に単身飛び込むなんてことは……」

 

近藤がハラハラしているような目で、志乃の顔を覗き込む。大怪我を負った彼女が、また無茶するのを恐れているのだろう。

志乃は肩を竦め、枕元に置いてあった血に濡れた浴衣を持って立ち上がる。

 

「大丈夫。そんなバカみたいなマネしないから。看病してくれてありがと。大人しく帰るわ」

 

「志乃ちゃんダメだって!!まだ傷が治ってないんだから」

 

「そうだぞ志乃ちゃん。無茶は禁物だ。わざわざ家に帰らなくても、ここに泊まってけば……」

 

「もう全然痛くない。私の一族は怪我の治りが早いの。そーいう体なの。アンタら人間と一緒にしないで。私は、化け物(ぎんろう)なんだから」

 

志乃は狼狽える山崎や近藤を無視して、襖を開ける。

外では、雨が降っていた。



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雨に濡れて帰るのもまた一興

「あー、雨降ってんのか」

 

志乃は、どんよりした曇り空からさんさんと降ってくる雨粒を眺める。

雨粒は少し細かく、それなりに降っていた。大降りとも言えないが、小降りとも言えない。微妙な雨だ。

志乃は縁側から草履を履き、傘もささずに外に出た。

 

「待って志乃ちゃん、傘をーー」

 

「要らないよ。ありがとザキ兄ィ」

 

志乃は声をかける山崎を振り返ることなく、屯所を出て行った。

 

********

 

その頃、鬼兵隊の船内。「紅桜」の工場の中を、二人の男が歩いていた。

一人は、高杉晋助。もう一人は、杉浦大輔。

彼らは筒状のカプセルの中にまるで展示されているように並ぶ兵器を前にして、薄笑いを浮かべていた。

 

「にしてもスゴイっすね〜。この『紅桜』とかいう、化ケ物みたいな兵器は。あー、怖い怖い」

 

杉浦が間の抜けた声で、両手を後頭部にまわして独りごちる。

それを聞いた高杉も、口角を上げた。

 

「ああ、そうだな。クク……一体誰が、こんな恐ろしい刀を作ったんだか。なァ……

 

 

 

 

 

 

……村田」

 

高杉が彼らの背後に歩み寄ってきた男に呼びかける。男は笠を脱いで、顔を現した。

その男は、銀時と志乃に依頼をした張本人ーー村田鉄矢だった。

杉浦も腕組みする鉄矢を一瞥して、カプセルに入れられた数々の「紅桜」を見やる。

 

「しっかし、酔狂な話っすね〜。大砲ぶっ放してドンパチ繰り広げる時代にこんな(へいき)を作り上げるとは」

 

「そいつで幕府を転覆するなどと大法螺吹く貴殿らも充分酔狂と思うがな‼︎」

 

「なーに言ってるんですか。法螺を実現してみせる法螺吹きが英傑と呼ばれるもんでしょ。大体貴方は、出来ない法螺は吹かないじゃないですか……ねェ?」

 

杉浦は楽しげに笑って、高杉を振り返った。

 

「しかし、流石は稀代の刀工、村田仁鉄が一人息子……まさかこんな代物を作り出しちまうたァ。鳶が鷹を生むとは聞いた事があるが、鷹が龍を生んだか。侍も剣もまだまだ滅んじゃいねーってことを見せてやろうじゃねーか」

 

「貴殿らが何を企み何を成そうとしているかなど興味はない!刀匠はただ斬れる刀を作るのみ!私に言える事はただ一つ、この紅桜(けん)に斬れぬものはない!!」

 

鉄矢は一度瞼を伏せてから開き、カプセルに触れた。

 

********

 

それから高杉と別れた杉浦は、ある部屋の入り口を潜った。

そして、壁に両腕を拘束されている少年に声をかける。

 

「やぁ。気分はどうだい?女顔くん」

 

「誰が女顔だァァ!!……って、アンタ!」

 

女顔と揶揄されて激怒した少年ーー茂野時雪は、杉浦の顔を見た途端、目を見開いた。

杉浦はニコニコと笑顔を見せながら、ヒョイと軽く手を挙げた。

 

「覚えててくれたのかい?嬉しいなァ」

 

「そりゃあ、志乃にあれほどくっついてりゃ嫌でも覚えますよ。ていうか貴方、何でここに……まさか……」

 

「そ。そのまさか。俺は元々、テロリストの仲間だったんだ。残念だけどね。あはは」

 

しかし、時雪は笑う彼を睨むように見つめるだけだ。

杉浦は笑みを浮かべたまま、時雪と視線を合わせる。

 

「君に頼みがあるんだ」

 

「……?」

 

「志乃ちゃ……いや、志乃にこれ以上近寄らないでくれ」

 

どういうことだ、と口で言う代わりに、目で訴える。杉浦は肩を竦めて答えた。

 

「君は知らないみたいだけど、彼女は銀狼の一族の娘だ。そして、あの人(・・・)の娘だ。普通の人間より強いのは目に見えてる。そして、普通の人間より血に飢えてるんだ」

 

「……志乃はそんな残忍な娘じゃない」

 

「そうかい?確かに平和になっちまったせいで、志乃の戦いの感覚は極限まで鈍ってるみたいだけど……まァ、あいつが化け物だなんて、すぐにわかるさ」

 

杉浦は時雪の胸倉を掴み、引き寄せた。

 

「だから、もうこれ以上志乃に関わらないでくれ。志乃は俺達が引き取る。保護者も後見人も、何なら婚約者だっている。だから、諦めてこのまま帰ってくれ。俺が逃がしてやるから。さぁ……」

 

「嫌です」

 

時雪の返答に、杉浦のこめかみがピクリと上がる。

それに気付かず、時雪は一気にまくし立てた。

 

「杉浦さん。俺は貴方に何を言われようと、俺は俺の信念を曲げることは出来ません。そもそも、他人である貴方に決められる筋合いがない」

 

「……」

 

「それに、志乃はテロが大嫌いだと言っていました。ましてやテロリストなんかに、志乃がついていくとは到底思えません」

 

「…………」

 

「それと……志乃は、俺が貰います」

 

「………………何だと?」

 

明らかに、杉浦の声のトーンが下がった。

飄々とした態度から、いきなり威圧的な雰囲気を醸し出した彼に、時雪は負けじと唇を真一文字に結ぶ。

 

「……貰う?それは一体どういう意味だ?まさか……」

 

「そのまさかです。志乃は、俺が嫁に貰います」

 

キッパリと、そう言い切った時雪の青い瞳には、決意の光が宿っていた。

杉浦は目を伏せ俯く。しばらく黙っていたが、ふと肩を震わせて笑い始めた。

 

「……クククッ。お前が……お前ごときが……フフッ、ハハハハハハハ!!」

 

「ッ、何がおかし……がはっ!?」

 

突然、杉浦が時雪の首を片手で締め付け、壁に押し付けた。

腕を拘束され抵抗出来ない状態で、それでも時雪は必死に足掻く。

 

「がっ……か、は……っ」

 

「ふざけてるのかい?女顔くん。お前ごときが、志乃を幸せに出来ると?笑わせるにも程がある!!お前は俺達(・・)人斬りの血を甘く見過ぎている!!お前はまだ覚醒もしていない志乃を見ていただけだから、そんな甘っちょろい事が言えるんだろーが……あいつは、歴代最高の人斬りになる。そうなれる素質がある。何せ、あの人達の一人娘なんだから!あいつが人斬りになるのは、生まれる前からの運命(さだめ)だったんだ!!」

 

「……っぁ、く……ハァッ!!げほっ、ごほごほっ……」

 

ようやく杉浦の手から解放された時雪は、咳き込みながら呼吸をした。

杉浦は興奮しているのか、手がブルブル震えている。

 

「まぁ、長々と君に関係ない事まで喋っちまったが……とにかく、志乃はこちら側の人間なんだ。君達とは住む世界が違うんだよ。だから、あの娘の事は諦めろ」

 

杉浦はそれだけ言い捨てると、咳き込む時雪に背を向けて部屋を出て行った。

その外で、高杉が壁に寄りかかっていた。

 

「!」

 

「随分と荒ぶってたな。お前にしては珍しい」

 

「あら〜。もしかして全部外に聞こえちゃってました?や〜だ〜」

 

いつものようにふざけた笑みを浮かべる彼に、煙を吐いた高杉が釘をさすように言う。

 

「だが、程々にしろよ?もし奴に勘付かれたら、志乃の精神がそれこそ崩壊するぜ。……まァ、狂った志乃も見てみたい気もするがな。一体どんな可愛い顔するのか……」

 

「大丈夫ですよ、バレませんって。だって俺、あれからめちゃくちゃ変わったじゃないですか。見た目も性格も」

 

「根本的な所は変わってないがな。敢えてどことは言わねーが」

 

「ククッ。違いないっすね」

 

杉浦は怪しく笑ってから、高杉と同じように壁に凭れかかった。

 

「そーいや、聞いてたんですよね?高杉さん。なら、あいつが言ってた事も聞きました?」

 

「ああ。志乃を嫁にするとか何とか」

 

「ふざけた話ですよねー。ま、そんなことさせませんけど」

 

「俺も奴みてーな脆弱な男に、志乃を渡すつもりはねェよ」

 

高杉は鼻で笑って、杉浦の横顔を見た。

 

「だが、殺すに値しねー。そーだろ?杉浦」

 

「はい。あの野郎は志乃と深く繋がってるんです。あいつを利用すれば志乃をおびき出せる可能性だってあるし、場合によっちゃ人質としても使える。こんないい手駒は無いっすよ、高杉さん……」

 

杉浦も高杉を見つめ、人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 

********

 

その頃。屯所を出た志乃は、どこかへ疾走する新八を見かけて後をつけていた。

新八は何故か港まで来て、しかも辺りの様子を伺うように慎重に進む。

志乃は彼の背後にコソッと回り込み、耳元で囁いた。

 

「何してるの、新八」

 

「……うわあんむぐっ!!」

 

予想通り悲鳴を上げようとした新八の口を手で塞ぐ。

 

「バカ。連中にバレるよ」

 

「!?」

 

新八がこちらを認めたのを見て、そっと手を離した。

 

「し、志乃ちゃん……だ、大丈夫なの?怪我は……」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「ていうか何その白い着物。幽霊?アレ?志乃ちゃん足ある?」

 

「あるわボケ。で、何してるの?こんな所で」

 

新八と同様に身を隠すようにしゃがみ込み、彼に尋ねる。

 

「実は……昨日から、神楽ちゃんと時雪さんが帰ってこなくて……今朝、定春だけが帰ってきて、こんな紙切れを……」

 

新八は志乃に、雨に濡れて少し滲んだ紙を見せた。

 

「なるほど、二人はあの船の中か」

 

「……多分ね。オマケにあの船、鬼兵隊っていう……テロリストグループの船らしいんだ」

 

「っ……あーあ、マジで厄介な事になっちまって」

 

状況を大方把握した志乃は、壁からチラリと顔を出して、港に留まる船を見やった。

しかし、船の周りには見張りの浪人がたくさんいた。

 

「一筋縄では忍び込めないらしいね」

 

「ていうか志乃ちゃん、バットは?」

 

「失くした」

 

「ウソでしょ!?ちょっ、大丈夫なの!?」

 

「平気。だと思う」

 

「そんな、どうしよ……ん!?」

 

「?」

 

浪人達の中に、ペンギンみたいな顔をした和装ロン毛が混じっていた。

 

ーー何か変なのいるぅぅ!!

 

二人は叫びたかったが、お互いの口を塞ぎ、それを阻止する。

志乃はペンギンに声をかけようか迷ったが、そのぱっちりおめめのペンギンーーエリザベスはもちろん目立ち、すぐに浪人に絡まれた。

 

「オイ何だ貴様、怪しい奴め」

 

「こんな怪しい奴は生まれて初めて見るぞ」

 

「怪しいを絵に描いたような奴だ」

 

何故?何故ロン毛なんだあいつは。あ、桂を意識したのか?

色々ツッコみたかったが、とにかくそれを呑み込んだ。志乃は駆け寄ろうか迷う。

エリザベスは、浪人達にプラカードを見せた。

 

『すいません、道をお伺いしたいんですが』

 

「あ?」

 

『地獄の入口までのな!!』

 

次の瞬間、エリザベスの口からバズーカの銃口が出てきて、船を撃った。

突然のことに腰を抜かしながらも、浪人は敵襲に叫ぶ。

 

「何してんだてめェェェェ!!」

 

「曲者ォォ!!曲者だァァ!!」

 

エリザベスが自ら、標的になってしまった。彼に加勢しようかと二人が立ち上がったその時。

エリザベスが腰にさした刀を抜いて、新八に投げ渡した。そして、プラカードを掲げる。

 

『早く行け』

 

「エ……エリザベス先輩ィィィ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

志乃は自分を犠牲にしようとするエリザベスに漢気を覚え、新八は涙を流して船に向かって走り出した。



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戦いの挨拶は不意打ちから

見事船内に潜入出来た志乃と新八は、攘夷志士達の目を盗んで甲板に出ることが出来た。

船頭を見てみると、そこには磔にされた神楽がいた。

 

「神楽ちゃ……」

 

「新八、待て。あいつらが神楽から離れないと、すぐ囲まれちまう……」

 

志乃がそう言った次の瞬間、爆音が船上に響いた。

物陰に隠れて様子を伺うと、どうやら別の攘夷グループが、この船を襲っているらしい。

爆撃を受けてボロボロになったまた子が、同じくボロボロになった武市に詰め寄る。

 

「武市先輩ィィィィ話が違うじゃないっスかァァ!!」

 

「予想が外れましたね。まァ砲弾も外れたからヨシとしましょう」

 

「外れてるのはアンタの頭のネジっスよォォ!!」

 

「ブハハハハ、バッカじゃねーの!!私あんな連中と何にも関係ないもんネ!!勘違いしてやんの〜!ププッ恥ずかしい」

 

「何浮かれてんの!?お前が一番危機的状況なんだよ!」

 

どうやら神楽を攘夷志士と勘違いした連中は、人質として彼女を使った。だがもちろん神楽は攘夷志士ではないため、砲弾は躊躇なく船に撃ち込まれたーーということらしい。

再び撃ち込まれた砲弾を前に、また子達は神楽を置いて逃げ出す。

志乃は傍らに落ちていた鉄パイプを手にして、新八と共に駆け出した。

 

「もう今しかない!!行くぞ新八!」

 

「わかった!!」

 

志乃は一気に加速し、神楽の前に躍り出る。そして、鉄パイプで砲弾の向かう先を少しずらした。

その隙に、新八が磔の台ごと神楽を救出した。

次の瞬間、爆発が起こる。爆風が収まった時、神楽は目を開いた。

 

「ったく、やっぱ鉄パイプじゃ上手くかち上げられなかったか」

 

「お待たせ、神楽ちゃん」

 

「しっ……志乃ちゃん!!新八ィィ!!」

 

神楽が安堵の表情で彼らの名を呼んだ瞬間、船が動き出した。船はどんどん速度を上げていき、空へ飛ぼうとしていた。

その時、重力の作用で船の後方へ転がりそうになる。

新八は神楽を抱え、志乃は彼の前で飛んでくる木片やらゴミやらを叩き落として、先導しながら走った。

 

「んごををををををを!!」

 

「何者っスかァ!!オイぃぃ答えるっス!!」

 

後ろでまた子が叫ぶが、それを無視してとにかく走る。

だんだん飛んでくる物も多くなり、先程砲弾を殴って折れ曲がった鉄パイプで対応するには難しくなってきた。

 

「あ、コレやべェ」

 

「ダメッもう落ちる!神楽ちゃん助けに来といてなんだけど助けてェェェェェェ!!」

 

「そりゃねーぜぱっつァん」

 

「呑気でいいな、てめーはよう!!」

 

「新八、私こんな所までヅラ捜しに来たけど、やっぱり見つからなかったネ。ヅラは……どうなったアルか?銀ちゃんは……何で銀ちゃんいないの」

 

「……………………」

 

「……ねぇ、神楽。トッキーは?」

 

「志乃ちゃん、ごめんヨ。トッキー私と一緒に捕まっちゃって、別々にされたアル。どこにいるかわからないネ……」

 

「そっか……」

 

その時、再び砲撃が襲いかかる。

その衝撃で吹き飛ばされ、新八は神楽を落としてしまった。

 

「神楽ちゃ……」

 

「くそっ!!」

 

志乃は一足飛びで落ちかけた神楽の手を掴み、後から追いかけた新八は志乃の腕を掴んだ。

砲撃で壊された甲板のギリギリで神楽の手を掴んだため、志乃と新八も一歩間違えば三人諸共滑り落ちるという危険な状況に陥っていた。

そうはさせまいと二人は歯を食い縛って耐えていたものの、ふと体が滑る。

ヤバイ。そう思った瞬間、二人の首根っこを誰かが掴んだ。

二人はそのまま甲板に引き摺られ、神楽も無事救出した。振り返ると、そこにはエリザベスが立っていた。

 

「エリザベス!!こんな所まで来てくれたんだね!!」

 

『色々用があってな』

 

「ア、アンタ何でこんな所に……」

 

志乃が問いかけようとしたその時、視界がエリザベスの背後に、見覚えのある男の姿を捉えた。

男は志乃と目が合うと怪しく笑い、刹那、エリザベスの首をはねた。

 

「なっ…………」

 

「よォ。俺に会いにこんな所まで来てくれたのか?志乃」

 

「高杉……!!」

 

志乃は相変わらず薄笑いを浮かべる高杉を睨みつけ、思わずギリッと奥歯を噛み締めた。

エリザベスを呼ぶ新八の声が、背中から聞こえてくる。

 

「オイオイ、いつの間に仮装パーティ会場になったんだここは。ガキが来ていい所じゃねーよ」

 

「くっ……」

 

志乃は一歩後退りした。

マズイ。想定はしていたものの、まさかこんなに早く高杉と対面するとは思ってもみなかった。

生憎今の自分には、剣のように長いものがない。折れ曲がった鉄パイプは、先程捨ててしまった。

徒手空拳で戦っても、逆に捕まる可能性もあった。何せ彼は、自分を求めているのだから。

どうするべきか悩んでいたその時。

 

「ガキじゃない」

 

聞き覚えのある声に、志乃はバッと首を飛ばされたエリザベスを見た。

次の瞬間、エリザベスの中から黒髪の男が出てきて、高杉を斬る。志乃は呆然と、彼を見上げていた。

 

「桂だ」



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陽はまた昇るから安心して眠っとけ

「桂……兄ィ……!!」

 

「無事か、志乃」

 

エリザベスの中から躍り出て、高杉を斬った男ーー桂は、刀を持っていない方の手で、志乃の銀髪を優しく撫でた。

 

「む。また髪が短くなっていないか?」

 

「それを言うならヅラ兄ィも……何?失恋でもしたの?」

 

「黙れイメチェンだ」

 

「……ははっ。そっか……」

 

相変わらずな桂に、ホッとしたのか涙が零れた。

 

「心配かけさせやがって……バカヤロー……!」

 

死んだと聞いてから、ずっと信じたくなかった。あの桂小太郎が死ぬなんて、信じられなかった。

ボロボロと流れる志乃の涙を、指でそっと拭う。

 

「泣くな。後で団子を奢ってやる」

 

「約束だからね。絶対、忘れんなよ……」

 

「ああ。約束だ」

 

砲撃で吹っ飛ばされていたまた子と武市が、倒れた高杉に駆け寄る。

また子は高杉を介抱するも、対して武市は桂よりも志乃を見ていた。

 

「おお。そのサラサラした美しい銀髪、筋肉がつきながらももっちりとした白い肌、同じ年頃の娘と比べても成長した体……」

 

「武市先輩ィィ!!この状況で何やってるっスかァァ!!」

 

「オイコルァ!!何人の体ジロジロ見てんだァ、あぁん!?ぶっ飛ばすぞロリコン!!」

 

「ロリコンじゃありませんフェミニストです!」

 

「知るか変態ィィィ!!」

 

変態(武市)相手に一気に勝気になった志乃。

どうやら彼女には、嫌いなタイプの中でも得意なタイプとそうでないタイプがいるらしい。境界線はよくわからないが。

また子は関わるだけ無駄だと判断し、高杉を抱き起こす。

 

「晋助様‼︎しっかり!晋助様ァァ!!晋助様ァ!!」

 

「……ほう。これは意外な人とお会いする。こんな所で死者と対面出来るとは……」

 

「この世に未練があったものでな。黄泉帰ってきたのさ。かつての仲間に斬られたとあっては、死んでも死に切れぬというもの。なァ高杉、お前もそうだろう」

 

また子に支えられ上体を起こした高杉は、刀を甲板に突き刺して立ち上がる。

 

「仲間ねェ。まだそう思ってくれていたとは。ありがた迷惑な話だ」

 

ふと、高杉の派手な着物の下から、一冊の本が見えた。

どうやらそれのおかげで、桂に斬られた傷はさほど深くはなかったらしい。

本を見た桂も、懐から同じものを出した。

 

「まだそんなものを持っていたか。お互いバカらしい」

 

「クク、お前もそいつのおかげで紅桜から護られたてわけかい。思い出は大切にするもんだねェ」

 

「いや、貴様の無能な部下のおかげさ。よほど興奮していたらしい。ロクに確認もせずに髪だけ刈り取って去っていったわ。たいした人斬りだ」

 

「逃げ回るだけじゃなく死んだフリまで上手くなったらしい。で?わざわざ復讐に来たわけかィ。奴を差し向けたのは俺だと?」

 

「アレが貴様の差し金だろうが奴の独断だろうが関係ない。だがお前のやろうとしている事、黙って見過ごすワケにもいくまい」

 

その時、紅桜の工場で大きな爆発が起こった。

 

「貴様の野望、悪いが海に消えてもらおう」

 

秘密裏に製造していた兵器が全ておじゃんとなり、鬼兵隊の怒りの矛先は桂一人に向けられた。

桂は拘束具を斬って神楽を解放し、刀を鬼兵隊に向ける。

 

「江戸の夜明けをこの眼で見るまでは、死ぬ訳にはいかん。貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて。朝日を見ずして眠るがいい」

 

しかしカッコよく言い切った桂の腰を、神楽が掴んでいた。そして、そのまま桂にバックドロップを決める。

 

「眠んのはてめェだァァ!!」

 

「ふごを!!」

 

まさかの仲間割れに、鬼兵隊の志士達は思わず後退る。

 

「てめ〜、人に散々心配かけといて、エリザベスの中に入ってただァ〜?ふざけんのも大概にしろォォ!!」

 

今度は新八が、磔の台を引き摺って、それで桂を殴り飛ばした。

志乃はふと思い出す。あ、こいつら怒らせたら怖い人達だった。

ここはもう彼らに任せて自分は時雪を捜しに行こう。そう判断した志乃は、スススッと彼らから離れていった。

その瞬間、二人は言い訳をしていた桂の足を掴んで、そのまま振り回していた。ある意味、一種の武器だ。

 

「……ヅラ兄ィ、ドンマイ。こいつら怒らせたアンタが悪い」

 

志乃はその場をそそくさと離れ、中に入れそうな入口を捜すことにした。

しかし、右も左もわからない状態では、中に入っても道に迷ってしまうだろう。何より今の自分には、武器がない。

どうするか迷っていたその時、船がぶつかってきて、大きく揺れた。

 

「うわあああ!?」

 

突然のことに、志乃は両足で踏ん張ることも出来ずに体が前のめりに吹き飛ばされる。

甲板に叩きつけられる、とギュッと目を瞑ったその時。

 

ガシッ

 

ふと何者かに抱きとめられた。不可抗力のため、そのまま胸にダイブしてしまう。

胸板が固い。男だ。

首の後ろに手をまわされ、志乃は顔を上げた。

 

「……え?」

 

「俺を追って飛び込んで来てくれるたァ、なかなか可愛いことをしてくれるな。志乃」

 

頭上から降り注ぐ声に、思わず体が強張った。

志乃にとって、一番怖い男の声。

彼は驚いている志乃を見下ろして、愛おしそうに笑っていた。

志乃は反射的に彼を突き飛ばし、バックステップで距離を取る。

 

「た……高杉……!!」

 

「どうした?何故俺から逃げる」

 

志乃はゆっくり歩み寄ってくる高杉に対し、拳を軽く握り、戦う構えをとった。高杉はそんな彼女を見下すように嗤うだけだ。

相変わらずの上から目線の態度に、志乃は舌打ちする。

 

「今日はいつもの藤色の浴衣じゃないのか。白……花嫁衣装か?俺と結婚でもしてくれる気になったか」

 

「バカ言わないで。これは死装束だよ」

 

「死装束?その姿のまま殺して、永久保存してほしいのか?」

 

「……精神科行け。マジメに」

 

志乃は、話の通じないこの男を避けるには、やはり戦って道を切り開くしかないと思った。

高杉に意識を集中させながら、チラリと足元を見る。そこに、刀が落ちていた。

 

ーーラッキー!!

 

志乃はニヤニヤしそうな口元をなんとか抑え、足で刀を蹴り上げた。

そのまま高杉と距離を詰め、右手で刀をキャッチする。

そのまま、一閃を叩き込もうとしたが、もちろん彼もそう簡単にやられてくれるはずもなく。刀がギリギリと金属音を鳴らすだけとなった。

 

「相変わらずおてんばだな、お前は」

 

「今更?そんなのとっくの昔に知ってるでしょ、アンタは‼︎」

 

刀を構え直して、袈裟がけに振るう。高杉がそれをかわしたのを見た志乃は、そのまま刀で反対から先程と同じ軌跡を描いた。

刀を振り抜いた瞬間、高杉の白刃が煌めくのが見えた。志乃は手首を固定したまま刀を下ろし、襲い来る刃を防ぐ。

 

その時、突如腹がズキリと痛んだ。それに思わず、顔をしかめてしまう。

しかし、目の前には高杉がいる。察されたら面倒と、志乃は背面跳びを見せて高杉から離れた。

 

「くっ……」

 

意思に関わらず、自然と手が腹に伸びそうになる。

それを堪えて、刀を握り直した志乃は、再び高杉に挑んでいった。

 

志乃は刀を後方に構え、そこから突きを繰り出す。

しかし、高杉は充分に彼女を引きつけた上で、スッと横に避けた。そして、志乃の背中を刀の柄で殴りつけた。

 

「っ!?」

 

まるで打ち落とされたように、志乃は甲板に膝をついた。

ヤバイ。敵に背を向けたのが悪かったか……?

すぐに振り返って対峙しようとした彼女の首元を、高杉は手の側でビシッと叩いた。

志乃はそのままグラリと倒れ込む。それを、腕を差し出して受け止めた。

 

「やはり、力は()にはまだ遠く及ばないか。だが……これぐらいが、お前にはちょうどいいかもな」

 

高杉は気を失った志乃の横顔を眺め、それから彼女を肩に担いで船内に入っていった。



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恋する瞬間は誰にも決められない

ドォォン!!

 

「うわっ!!」

 

工場の爆発は次々と誘爆を生み、今まさに時雪にも襲いかかろうとしていた。

見張りの浪士によれば、何でも外では桂一派と交戦しているらしい。

そのため彼もすぐに出払い、部屋には時雪がたった一人取り残されている状態だった。

しかし、両腕を壁に拘束され、逃げることが出来ない。頭上から耳を焼くような爆音が聞こえてくるのに、逃げたくても逃げられない。

 

「くそッ……」

 

時雪は拘束具を外そうと、両手に力を入れる。暴れてみても、相手は鉄。人間の力では到底敵わない。

しかし、そんなことを言ってられない。とにかく、何としてでも生き延びねばならないのだ。

生きて帰って、また志乃に会わなければ。想いを伝えなければ。

 

「ぐっ……おおおおおおおっ!!」

 

腹の底から張り上げた怒号と共に、一歩前に進み出て腕を引っ張る。

ミシミシと音を立てて、壁がゆっくりと剥がれていく。

時雪は壁を蹴り、膝のバネを使って壁ごと引き剥がした。

 

「わっ!」

 

勢いあまって顔面からダイブする。

爆発にやられた壁が脆くなっていたのが、幸いだった。

なんとか部屋から逃げ出した時雪は、落ちていた刀を拾い、拘束具を斬る。

 

「志乃ォォォォ!!どこだァァ!?志乃ォォ!!」

 

ここに、志乃が来ている。

そんな予感がした時雪は、刀を携え少し暗い廊下を走り出した。

 

********

 

その頃。志乃は、高杉の腕の中で眠っていた。舷縁に腰かけ、傍らに彼女を座らせ、ざんばらに切られた銀髪を愛おしげに撫でる。

屋根の上を見上げると、銀時と岡田が戦っていた。

そこに、自分を追ってきた桂がやってくる。それを気配だけで認め、彼を見ずに促した。

 

「ヅラ、あれ見ろ。銀時が来てる。紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。クク、相変わらずバカだな。生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ」

 

桂も、それを横目でその戦いを見る。

 

「……最早人間の動きではないな。紅桜の伝達指令についていけず、身体が悲鳴を上げている。あの男、死ぬぞ……」

 

岡田の右手は紅桜の侵食により復活はしているものの、身体は既に限界寸前になるほどボロボロだった。

 

「貴様は知っていたはずだ。紅桜を使えば、どのような事になるか。仲間だろう。何とも思わんのか」

 

問われた高杉は、眠る志乃の頬に手を添えて言う。

 

「ありゃアイツが自ら望んでやったことだ。あれで死んだとしても本望だろう」

 

「本望だと?」

 

桂は眉を寄せて、舷縁から降りた高杉を見つめた。

 

「その通りですよ」

 

桂の背後から、別の声が響く。

バッと振り返ると、そこには入口に壁に凭れて腕組みをする杉浦がいた。

気配に全く気付けなかった桂は、少し後退りする。

 

「貴様は……真選組にいたはずでは……?」

 

「やめましたよ。俺は元々高杉さんの部下です。志乃ちゃんを探し出して監察するためだけに、真選組(あそこ)にいただけですから」

 

高杉は彼らに背を向けたまま抜刀し、刀を掲げた。

 

「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は……何だろな。まァなんにせよ、一つの目的のために存在するモノは、強くしなやかで美しいんだそうだ。(こいつ)のように」

 

刀を戻し、甲板に下ろした志乃を一瞥してから、高杉は空を見つめる。

 

「クク、単純な連中だろ。だが、嫌いじゃねーよ。俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねェ。畦道(あぜみち)に仲間が転がろうが誰が転がろうがかまやしねェ」

 

 

 

「あっそーかよ」

 

棘を含んだ女の声が、その場にいる全員の耳に入る。

声の聞こえた方に一斉に注目すると、舷縁に手をかけて、立ち上がる志乃がいた。

 

「起きたか、志乃」

 

「よく言うぜ。一体誰のせいで眠らされたんだか」

 

一つ舌打ちを立て、高杉を睨み据える。

 

「私の仲間を返せ」

 

「仲間?」

 

「チャイナ娘と一緒にいた、青い髪の女みたいな顔した奴だよ。私はそいつを助けに来た。どこにいる」

 

志乃は今にでも震えそうな足を強く踏ん張って、高杉に言い放った。

そんな彼女の心中を知ってか、高杉は目の前の少女を笑う。

 

「あの男か?さァな。俺は知らねーよ」

 

「あっそう。なら、探しにいく」

 

踵を返して船内に向かおうとした。

しかし高杉に手を掴まれ、引き戻される。

 

「行かせねェよ」

 

「……っ、放して!」

 

「放しもしねーよ。お前は俺のものだ、志乃」

 

成り行きを見ていた桂が、志乃を助けようと前に出ようとしたが、彼の背後に立っていた杉浦がカチャリと刀を彼に向けた。

 

「大人しくしててください桂さん。男女の恋に首突っ込むなんざ、野暮ですよ」

 

「貴様……!!」

 

ギリッと歯軋りをして、桂は杉浦を振り返った。

その時。

 

 

 

 

「その娘を…………放せ!!」

 

船内から、青い影が躍り出てきた。

陽の光を照り返し、銀色の刃が高杉に向かって走り込んで来る。

高杉はそれを視界に捉えると、掴んだ志乃の手を引き寄せた。

志乃が抵抗も出来ずに高杉の腕の中に閉じ込められると、刃は舷縁に突き刺さった。

 

「こんな所まで来て何の用だ?小僧」

 

青い影の正体は、少年だった。

澄んだ青い髪を一つに括り、それが彼の動きと共に激しく揺れる。

少年は急いで突き刺さった刀を抜くと、両手で構え高杉に向けた。

志乃は高杉の体を押しやりながら、視線を少年へ投げる。

その顔を見て、驚愕した。

 

「ぁ…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ーートッキー!!」

 

志乃は思わず振り返ろうとしたが、それを高杉の腕が許さなかった。グッと強く抱き締められ、引き剥がせない。

時雪は彼の纏う狂人のような雰囲気に、気圧されかかっていた。

しかし、愛する少女が他の男の腕の中にいるのは許せなかった。

 

「その娘を放せ!嫌がってるじゃないか!!」

 

「嫌がってる?志乃がか?」

 

「そうだ!!」

 

確かに志乃は彼の胸を押し、離そうとしている。

しかし抱き締めている当の本人はどこ吹く風だ。

 

「小僧、お前は志乃の何だ?」

 

「?」

 

「志乃は俺の妻だ。お前が簡単に触れていい存在じゃねェんだよ。それとも、お前は人妻趣味だったか?」

 

「なっ!!」

 

「っ!?」

 

時雪は耳を疑った。

今、この男は何と言った?志乃の夫?

愕然として見つめてくる彼に、志乃は叫んだ。

 

「違う!!高杉!私はアンタの妻になった覚えはない!!ていうかトッキー、私まだ12歳だよ!?結婚なんて出来ないからね!?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「知ってるさ、志乃。これは婚約だ。お前が16になったら、すぐに結婚しよう」

 

一気に戦意喪失した時雪。

頬に手を添え、顔を近付けてくる高杉。

それを見守る桂と杉浦。

 

ーーあーもう、どいつもこいつも!!

 

苛立った志乃は、高杉を渾身の力で突き飛ばした。

 

「誰がアンタなんかと結婚するか!!大体ねェ、私には今…………

 

 

 

 

好きな人がいるの!!」

 

 

「……はァ?」

 

「えっ?」

 

「む?」

 

「はい?」

 

その時、この場にいる男全員が固まった。

今彼女は何と言った?好きな人がいる?

頭の中で整理し終わった時雪と桂が、大声を出した。

 

「ええええええええ!?」

 

「それは本当なのか!?誰だ!どこの馬の骨だ!!お父さんは結婚など許さんぞ!!」

 

「ヅラ兄ィうるさいから黙ってて!」

 

志乃が桂に一喝すると、背後から鋭い殺気が襲いかかってきた。

志乃は瞬時に時雪から刀を奪い取り、振り向きざまに刀を振るう。それに二刀が受け止められた。

 

「どーしたァ嫉妬か?高杉。……つか、何でアンタも斬りかかってくるわけ?」

 

志乃は高杉と杉浦、二人の斬撃を刀一本で防ぎながら、余裕の笑みを浮かべる。刀と刀が擦れ合い、金属音が鳴り響く。

高杉は普段の様子から一転し、憎々しげに彼女を睨みつける。

 

「志乃ォ……てめェ、この俺を差し置いてどういうつもりだ……!?」

 

「まさか浮気とか思ってんじゃないでしょーね?私は元から独り身だっつーの。別に何もおかしくないでしょーが」

 

志乃は刀を滑らして体を回転させ、その勢いを利用して二人をまとめて斬りつけた。それを杉浦が受ける。

しかし、下から払うように振るわれた志乃の一撃は、上から押さえつけるように受け止めた杉浦の刀をいとも容易く折ってしまった。

 

「なっ!?」

 

「何でアンタまでが怒るのか知らないけど……」

 

刀を上段で構えた志乃は、そのまま両手に持って、真っ直ぐ振り下ろした。

 

「人の色恋にケチつけんな野暮男!!」

 

刃は杉浦に迫る目前に峰に変えられ、杉浦の右肩を強打した。

その衝撃で杉浦は肩を脱臼し、杉浦は刀を落とし、痛みのあまり片膝をつき、肩を押さえた。

 

「ぐぅうッ……!!」

 

「悪いね、アンタにゃそこまで恨みはないけど」

 

志乃は杉浦を見下ろしてから、高杉に刀を向ける。

 

「高杉。アンタが本当に私を妻にしたいなら、ちゃんと私にプロポーズしなさい。何でアンタが私を妻に迎えたいのか忘れちゃったから、もう一度しっかり告白して。話はそれからだよ」

 

志乃は時雪の手を引いて、桂の横を通り過ぎる。その時、彼に釘を打っておいた。

 

「ヅラ兄ィ、団子忘れないでよ」

 

「ああ。わかっている」

 

志乃と桂は、お互い小さく笑いかける。志乃は時雪と共に、船内に駆け込んで行った。



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力不足とは裏を返せばまだまだ強くなれる証拠

船内に入ると、辺りは土煙で前すら見えなかった。

志乃と時雪は一度立ち止まり、あまりの煙に思わず腕で顔を隠す。

 

「何だコレ……何があったんだ?」

 

「……トッキー、刀借りるよ」

 

「えっ……あっ、志乃!!」

 

志乃は刀を手にしたまま、土煙の中に飛び込んでいく。

時雪が止めようと手を伸ばしたが、それは何も掴むことなく下ろされた。

 

煙を掻き分けて前に進むと、目の前に紅桜に侵食され、最早化け物と化した岡田がいた。

彼の腕は紅桜のコードのようになり、それで銀時を捕まえている。銀時は気を失っているのか、体を預けたままだった。

そんな彼を救おうと、鉄子、神楽、新八が岡田に果敢に挑んでいた。

 

「みんな!!」

 

「志乃ちゃん!」

 

志乃も刀を抜き放ち、暴走する岡田の胸を袈裟懸けに斬る。

岡田がこちらに意識を向け、紅桜を振るうと、それをかわして彼の左側にまわり、銀時を縛るコードを切り落とした。

 

「よしっ、これで……」

 

「「「うわああああ!!」」」

 

その時岡田が暴れ、三人を吹き飛ばす。その拍子に、龍がとぐろを巻いたような鍔を持った刀も振り落ちた。

志乃は飛ばされた鉄子を抱きとめ、床に降ろす。鉄子は驚いたように、彼女を見上げる。

 

「何でアンタがここに……?」

 

「こっちの台詞。ま、理由は別に訊かないけど」

 

志乃はすぐに岡田と対峙し、振り下ろしてきた紅桜を刀で受け止めた。

 

「ぐうっ!!」

 

初めてやり合った時よりも、格段にパワーが違う。桁違いだ。

しかし、負けるわけにはいかなかった。

 

「こんの……ヤロォォォォォォ!!」

 

怒号と共に紅桜を押し退け、そのままフラつきながら彼の懐に潜り込んだ。そして、刃をその体に突き立てようとする。

 

ーードスッ!!

 

「う、う……うぐおああああああああ!!」

 

岡田の腹に深く突き刺し、手が紅く染まる。

それを気にせず、志乃は刀を引き抜いた。岡田はそのまま、仰向けに倒れ込んだ。

正直言って、刀を誰かに突き刺すのは初めてだった。人の肉体を貫いたあの感覚を気持ち悪いと感じながらも、心のどこかで快感を覚えていた。

 

ーーこれも私が、人斬りの血を引いているって証かねェ……。

 

刀を握る手が、少し震える。

それを堪えながら、志乃は岡田に目を向けた。

 

「……やった、か…………?」

 

しかし。

 

ーードッ!!

 

「なっ!?」

 

大量のコードが、志乃めがけて襲いかかってくる。

驚きに目を見開いた瞬間、彼女の体はコードに絡め取られて、持ち上げられていた。

 

「がっ……ぐ、ぅ……ぅあぁっ!!」

 

首にコードが巻き付き、ギリギリと体を締め付ける。

比較的動かせる両手は、首に巻かれたコードを掴んだ。

 

「ぁ、く……ぅ……」

 

「あっ……兄者ァァァ!!」

 

鉄子の悲鳴が耳に刺さる。視線だけ背後に向けると、鉄矢が血を流して倒れていた。

その時、志乃は思い出した。

 

そうだ、私の後ろには、鉄子姉さんがいた。私が襲われたのはつまり、鉄子姉さんが襲われたのも同然。

鉄矢兄さん……姉さんを庇って……。

 

「ゔっ、がぁっ……はっ……」

 

もうそろそろ、本当に呼吸が出来なくなってきた。酸素が足りず、頭がクラクラしてくる。

岡田が、鉄矢を抱いて泣く鉄子に、刀を振り上げた。

鉄子を護らねば。薄れゆく意識の中で志乃が鉄子に手を伸ばしたその時。

 

ドゥッ!!

 

落ちた刀を拾って、銀時が岡田の目のすぐ下を斬りつけた。

血が吹き出る中、少し緩まった拘束に、銀時はコードを引き千切って志乃を引っ張り出した。

前のめりに倒れた銀時は、刀を床に刺して立ち上がる。既に息は上がっていた。彼を案じて、新八と神楽が駆け寄った。

解放された志乃も、喉を押さえて咳き込んだ。

 

「げほげほっ、ごほっ……」

 

「志乃!!」

 

煙の中に突入してきた時雪が、彼女の元に駆け寄って、その小さな背を摩る。

 

「けほっ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「志乃、大丈夫?」

 

「う、うん……」

 

こちらを見て笑いかける志乃に、時雪もホッとしたように表情が綻んだ。

鉄子は、自分を護って倒れた兄を抱え、叫ぶ。

 

「兄者ッ!!兄者しっかり!」

 

鉄子の叫びが届いたのか、鉄矢は咳き込んだ。

 

「兄者!」

 

「クク、そういうことか。剣以外の余計なものは捨ててきたつもりだった。人としてよりも刀工として剣を作ることだけに生きるつもりだった。だが、最後の最後で、お前だけは…………捨てられなんだか。こんな生半可な覚悟で、究極の剣など打てるわけもなかった……」

 

「余計なモンなんかじゃねーよ」

 

兄妹の前で、銀時がヨロヨロと立ち上がった。

 

「余計なモンなんてあるかよ。全てを捧げて剣を作るためだけに生きる?それが職人だァ?大層なこと抜かしてんじゃないよ。ただ面倒くせーだけじゃねーかてめーは。色んなモン背負って頭抱えて生きる度胸もねー奴が、職人だなんだカッコつけんじゃねェ」

 

銀時は迫り来る岡田に、鉄子の打った刀を向けた。

 

「見とけ。てめーの言う余計なモンがどれだけの力を持ってるかを。てめーの妹が魂込めて打ち込んだ(コイツ)の斬れ味、しかとその目ん玉に焼き付けな」

 

岡田が銀時に襲いかかってくる。

鉄子も、鉄矢も、新八も、神楽も、志乃も、時雪も。誰もが、目を見張った。

 

紅桜と鉄子の打った刀が、ぶつかり合う。

鉄子の打った刀は折れ、床に突き刺さる。

紅桜は次々にひび割れ、最終的には砕け散った。

 

それすなわち、銀時が岡田に勝ったのだ。

 

「やった……銀時さんが、やった……!」

 

「ククッ。やるね、銀。流石だよ……」

 

時雪が満面の笑みを浮かべる隣で、志乃は少し悔しげに笑った。

そして、痛感する。私もまだまだ未熟過ぎる。もっともっと、強くならなきゃ。

時雪に支えられて立った志乃の後ろで、か細い声で鉄矢が言った。

 

「護るための……剣か……。お前……らしいな、鉄子。…………どうやら私は……まだ打ち方が……足りなかった……らしい。鉄子、いい鍛冶屋に……な…………」

 

そう言って、鉄矢は事切れた。鉄子はボロボロと涙を流して、彼の上に突っ伏す。

 

「…………聞こえないよ…………兄者。いつもみたいに……大きな声で言ってくれないと……聞こえないよ」

 

嗚咽を呑み込んで泣く彼女を見下ろして、時雪は静かに涙し、志乃は黙って兄妹を見つめた。



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やっぱり何事も準備って大事よ

紅桜との戦いでボロボロになった銀時を支え、外に出ようとしていたその頃。

志乃は遠くから、何かが飛んでくる音が聞こえた。

その音に、バッと顔を上げる。

 

「どうしたの?志乃」

 

彼女の異変に気付いて、時雪が鉄子と共に銀時に肩を貸しながら、彼女を見やる。

 

「…………いや、なんでもない……」

 

志乃の勘が、「早く逃げろ」と告げていた。

 

********

 

一方その頃。桂は、高杉の背中に語りかけていた。

 

「高杉。俺はお前が嫌いだ。昔も今もな。だが、仲間だと思っている。昔も今もだ。いつから違った。俺達の道は」

 

高杉は鼻で笑い、懐からあの本を取り出す。

本は先程斬られているが、既にボロボロで古いものであることが伺われた。

 

「何を言ってやがる。確かに俺達は始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から、俺達は同じ場所を見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手。てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。俺は、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺の見ているモンは、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺はーー」

 

高杉は一度本に目を落としてから、それをしまった。

 

「ヅラぁ、俺はな。てめーらが国のためだァ仲間のためだァ剣を取った時も、そんなもんどうでもよかったのさ。考えてもみろ、その握った剣。コイツの使い方を教えてくれたのは誰だ?俺達に武士の道、生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ?俺達に生きる世界を教えてくれたのは、紛れもねェ。松陽先生だ」

 

高杉は空を仰ぎ、海風を受けた。

 

「なのにこの世界は、俺達からあの人を奪った。たった一人、志乃(むすめ)を残して」

 

彼の後ろに立つ桂は、黙って聞いていた。

 

「だったら俺達は、この世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪って、アイツを遺したこの世界をブッ潰すしかあるめーよ。なァ、ヅラ。お前はこの世界で何を思って生きる?俺達や志乃から先生を奪ったこの世界を、どうして享受し、のうのうと生きていける?俺は、そいつが腹立たしくてならねェ」

 

桂は高杉の想いを汲んで、目を伏せる。

 

「高杉……俺とて何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったか知れぬ。だがアイツが……それに耐えているのに、銀時(やつ)が……一番この世界を憎んでいるはずの銀時(やつ)が耐えているのに、俺達に何が出来る。志乃も……記憶を失くしているとはいえ、今のアイツはとても幸せそうだ。俺にはもうこの国は壊せん。壊すには……江戸(ここ)には、大事なものが出来過ぎた」

 

江戸で出会った新八や神楽、エリザベス、西郷、幾松、時雪のことを思い出しながら、桂は目を開いた。

 

「今のお前は、抜いた刃を収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に食わぬなら壊せばいい。だが、江戸(ここ)に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ。他に方法があるはずだ。犠牲を出さずとも、志乃を殺戮兵器にせずとも、この国を変える方法が。松陽先生もきっとそれを望ん……」

 

その瞬間、桂の頭上から、別の声が降ってきた。

 

「キヒヒ、桂だァ。ホントに桂だァ〜」

 

「引っ込んでろ。アレは俺の獲物だ」

 

「天人!?」

 

屋根の上に、孫悟空風の天人と猪八戒風の天人がしゃがみ込んで桂を見下ろしていた。何故、と振り仰ぐ。

高杉が舷縁に凭れかかり、動揺する桂を見やった。

 

「ヅラ、杉浦から聞いたぜ。お前さん、以前銀時と『獣衆』と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか。俺ァねェ、連中と手を組んで後ろ盾を得られねーか苦心してたんだが。おかげで上手く事が運びそうだ。お前達の首を手土産にな」

 

天人らが降り立ち、桂に詰め寄ってくる。

 

「高杉ィィ!!」

 

桂の声を聞きながら、高杉はいつもの薄笑いを浮かべた。

 

「言ったはずだ。俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」

 

********

 

船上は、鬼兵隊と春雨連合軍、桂一派の戦いとなっていた。

船内から出てきた銀時一行は、新八と神楽と志乃が先導し、銀時を狙う天人達を次々と薙ぎ払っていく。

 

「おーーう邪魔だ邪魔だァァ!!」

 

「万事屋銀ちゃんがお通りでェェェェ!!」

 

志乃は天人達の中に単身入り込み、そこで一掃する。

 

「見つけたァ!!銀狼だ!!」

 

天人の一人が歓喜の声を上げて志乃に襲いかかる。

志乃は刀を無情にも心臓に突き立て、体を貫かせた。

 

「っ……やっぱ私、この感じ嫌いだわ」

 

ボソッと呟き、刀を突き刺したまま絶命した天人を蹴り飛ばす。

刀から手を離したその時、反対側から天人らの魔手から逃れてきた桂が現れた。

 

「どけ。俺は今、虫の居所が悪いんだ」

 

「ヅラ兄ィ!」

 

銀時一行と桂一派は、揃って背中合わせになる。

銀時は桂を見て、笑みをこぼした。

 

「……よォ、ヅラ。どーしたその頭。失恋でもしたか?」

 

「黙れイメチェンだ。貴様こそどうしたそのナリは。爆撃でもされたか?」

 

「黙っとけやイメチェンだ」

 

「どんなイメチェンだよ」

 

銀時はボロボロになったのをイメチェンだと言ったが、そこに志乃のツッコミが入った。

志乃は刀の代わりに鉄パイプを手に、正眼の構えを取る。

桂一派の一人が、桂に指示を扇ぐ。

 

「桂さん!ご指示を!!」

 

「退くぞ」

 

「えっ!!」

 

「紅桜は殲滅した。もうこの船に用はない。後ろに船が来ている。急げ」

 

「させるかァァ!!全員残らず狩りとれ!!」

 

逃がすまいと集ってくる天人達を、銀時、桂が斬り、志乃が殴り飛ばした。

 

「退路は俺達が守る」

 

「行け」

 

「しかし……!」

 

「銀さん!!」

 

「でも、志乃!!」

 

その時、エリザベスが新八と神楽を小脇に担ぎ、桂一派も逃げ出した。

しかし、時雪は足を動かさない。

 

「行けって言ってんだろ。何で行かない」

 

「嫌だ!!もう志乃を残して逃げるなんて嫌だ!!」

 

「バカ言え!殺されるぞ!!」

 

「大好きなお前を護って死ねるなら、本望だ!!」

 

「!?何、言って……」

 

志乃は思わず頬を赤らめ、涙を流して訴える時雪を振り返りそうになる。

しかし、敵は目前まで迫っていた。

 

「あー、もうわかった!!後で話したいことがある!!絶対生きて!!だから……」

 

「俺も!お前に言いたいことがある!!絶対生きろ!!だから……」

 

「「死んだら承知しないからな!!」」

 

お互いに背を向けて、志乃は天人の一人の脳天をカチ割り、時雪は船に向かって逃げ出した。

それを皮切りに、銀時、桂、志乃と春雨、鬼兵隊の戦いが始まった。

 

数など関係なく、怒涛の勢いで天人達を倒していく三人。甲板は血に染まり始めていた。

志乃も時折飛んでくる返り血に白い着物を染めながら、天人を殴り、突き、蹴り。数も体格差も厭わず斬り捨てるように倒していった。

天人や鬼兵隊を斬りながら、桂が叫んだ。

 

「銀時ィ!!」

 

「あ?」

 

「世の事というのはなかなか思い通りにはいかぬものだな!国どころか、友一人変えることもままならんわ!」

 

「ヅラぁ、お前に友達なんていたのか⁉︎」

 

「それ勘違いだよ絶対!!その人に謝りな失礼だから!」

 

「斬り殺されたいのか貴様らは!!」

 

銀時も桂も、口元に笑みを浮かべていた。それを見て、自然と志乃の口元も綻ぶ。

自分を取り囲んできた天人を錐揉み状に回転しながら打ち倒した志乃は、バックステップで下がる。

 

「銀時ィィ!!」

 

「あ"あ"あ"!?」

 

その時、銀時と桂と、背中合わせになった。

 

「お前は、変わってくれるなよ。お前を斬るのは骨がいりそうだ。まっぴら御免こうむる」

 

「ヅラ、お前が変わった時は、俺が真っ先に叩き斬ってやらァ」

 

二人は刀を春雨の船の上にいる高杉に向けた。

 

「高杉ィィィ!!そーいうことだ!」

 

「俺達ゃ次会った時は、仲間もクソも関係ねェ!全力で……てめーをぶった斬る!!」

 

それを背中で聞きながら、志乃はグッと唇を噛んだ。

かつて仲間だった三人が。共に戦い、戦場を駆け抜けた三人が。袂を分かった瞬間だった。

それから二人は突然、反対方向に走り出した。

 

「えっ?」

 

考え事をしていた志乃はハッとして、二人の背中を見る。そして、高杉を振り返った。

彼と、視線が交差する。

身勝手にも、昔のままでいてほしいと願っていた彼女の姿は、彼の目にはどのように映っていただろうか。

 

「精々、街でバッタリ会わねーよう気をつけるこった!」

 

「うわっ!?」

 

突如首根っこを銀時と桂に掴まれ、引っ張られる。

そのまま飛び降りる最中、志乃は高杉を見つめて叫んだ。

 

 

 

 

「晋兄ィ!!」

 

 

伸ばした手は、もちろん届かない。

かといって、抗うつもりもない。

 

ただ、悲しかった。

 

幼い頃、優しくしてくれた彼らが、大好きだったみんなが、こうして別れてしまうなんて。

 

背中に手をまわされ、急に桂に抱き締められる。

上着を脱いだ桂は、背中に背負っていたパラシュートを開いた。銀時は彼の足に抱きつき、志乃も桂の首の後ろに手をまわした。

彼らを撃ち落とさんと放たれる砲撃の嵐の中、脱出する。

 

「用意周到なこって。ルパンかお前は」

 

「ルパンじゃないヅラだ。あっ、間違った桂だ。伊達に今まで真選組の追跡をかわしてきたわけではない」

 

志乃は桂の首元に顔を埋め、グスッと鼻を啜る。真っ白な着物が、所々紅く染まっていた。

桂は志乃の頭を優しく撫でてから、懐から本を取り出した。

 

「しかしまさか奴も、コイツをまだ持っていたとはな……」

 

志乃は桂の持つ本を不思議そうに見る。

赤い目に涙が溜まっていて、ルビーように美しく光っていた。

 

「……始まりはみんな同じだった。なのに、随分と遠くへ離れてしまったものだな」

 

桂と志乃は、空に浮かぶ二隻の船を見上げた。

 

「銀時……お前も覚えているか、コイツを」

 

「ああ。ラーメン零して捨てた」

 

空には、青と白のコントラストがどこまでも広がっていた。

 

 

 

 

 

 

ー紅桜篇 完ー

 




ハイ終わりました、紅桜篇。

色々志乃ちゃんの秘密も明らかになってきた回じゃないかな、と思います。まだまだ謎の多い杉浦の正体も、これから徐々に明らかにしていきたいです。

次の長編は何になりますかね。柳生篇かな?その時もよろしくお願いします。

次回、紅桜篇アフターです。
オリジナルと原作とが入り混じった、二次創作小説の真髄が今ここに現……アレ?


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ツンデレのデレの時に勝る可愛さはない

ここは、とある定食屋。そこで、白飯を乗せた丼にマヨネーズ一本分を丸々かけている男がいた。

男ーー土方は、先の鬼兵隊と桂一派の衝突の報告を、山崎から受けていた。

 

「ほォ。桂と高杉がねェ」

 

「過激派だった桂の野郎も今ではすっかり穏健派になり変わり、とかく暴走しがちな攘夷浪士達を抑えるブレーキ役となっていると聞きます。バリバリの武闘派である高杉一派とぶつかり合うのは目に見えていました。両陣営とも被害は甚大な模様で、死者行方不明者五十数名。あの人斬り似蔵も行方不明とか……これで奴らもしばらく動けないでしょう」

 

「しかし解せねェ。岡田、河上ら猛者を擁する高杉に比べ、桂はロクな手駒を持っていなかったはず。一体どうやって高杉達と互角に張り合ったってんだ?」

 

「それなんですがね、気になる情報が。桂側に妙な連中が助っ人についていたらしくて。そいつが……妙なガキを二人連れたバカ強い白髪頭の侍と、白い服を着た銀髪の少女らしいんです」

 

土方は報告を聞きながら、箸を割った。

 

「……副長、こいつぁもしかして」

 

「…………野郎と志乃か。確かあいつらは以前、池田屋の一件の時も桂と関わってる風だったが、うまい事逃げられたんだったな。志乃の奴は、桂とは昔馴染みだとかと言ってたらしいな。洗うか」

 

土方は内側の胸ポケットから、煙草とライターを取り出した。それに火をつけ、煙を吐く。

 

「元々胡散くせェ奴らだ。探れば何か出てくる奴らだってのは、お前も前からわかってただろ。派手な動きもせなんだから捨て置いたが……潮時かもな」

 

「これでもし、旦那と志乃ちゃんが攘夷活動に関わっていた場合は」

 

「んなもん決まってるだろ。穏健派だろーが過激派だろーが俺達の敵には違いねェ。斬れ」

 

********

 

「…………トッキー」

 

「ダメ」

 

「……まだ何も言ってない」

 

志乃は布団の上で寝転びながら時雪を呼ぶが、何か言う前に時雪が一刀両断した。

不満げに頬を膨らませる志乃に、時雪は卵粥を持ってきた。

 

「新八くんから聞いたんだから。志乃、紅桜で串刺しにされたんだってね?そんな体でよく俺を助けに来ようとしたね?」

 

「そりゃ、助けに行くでしょ。っていうかホントは、あの岡田の野郎に報復しに行きたかっただけだけど」

 

口を尖らせてふて寝する志乃を宥めて、時雪は卵粥をスプーンで一口掬う。

起き上がった志乃は、時雪から器を奪い取った。

 

「わっ、志乃!」

 

「自分で食べれる」

 

「そう?」

 

「食べれる!!」

 

スプーンも奪い取って、志乃は貰った卵粥をばくばく食べ始めた。

予想通りの薄味に、志乃はべーっと舌を出す。

 

「トッキー、私そこまでの病人じゃないんだけど。怪我人だから」

 

「なら、普通にご飯は食べれる?」

 

「食べれるから。あのさ、トッキー……」

 

「だから、ダメだってば」

 

「何で言う前にダメって言うの!?」

 

「どーせ出かけたいとかそんなでしょ?」

 

「ぅぐっ……」

 

見事本心を見抜かれた志乃は、グッと押し黙る。

確かに、家よりも外で遊ぶのが好きな志乃にとって、一日中家にいるのはツライだろう。

時雪は溜息を吐いてから、懐から一通の手紙を差し出した。

志乃はそれを受け取り、開いた。

 

「桂さんから。明日会いたいって。デートのお誘い?」

 

「やめてよ。あんなバカとデートとかツラすぎる」

 

空になった器を貰って、時雪は立ち上がった。

 

「そういえばさ、志乃」

 

「何?」

 

「志乃さ………………好きな人、いるって言ってたよね……」

 

鬼兵隊の船の上。高杉を前に堂々と言い放った彼女を思い出す。

志乃の好きな人とは、一体どんな男なのだろうか。知りたい気もするし、知りたくない気もする。

志乃は「あー……」と呟いてから、ガシガシと頭を掻く。

 

「言ったよ。それが?」

 

「好きな人って……誰?」

 

「…………それ、言わなきゃダメ?」

 

「イヤじゃなければ……聞きたい」

 

背中を向けて、会話する時雪。

志乃はゴロンと布団に横になって、頬杖をついた。

 

「……………………明日」

 

「え?」

 

「明日、ヅラ兄ィに会いに行ってくる」

 

「……うん」

 

はぐらかされた。

時雪はそう思いながら、志乃の部屋を出て行った。

 

********

 

翌日。

橋の上で待ち合わせをしていた桂は、目当ての少女が現れたのを見て、橋の手すりに寄りかかっていた体を起こす。

もちろん真選組に見つからないために、笠を被り錫杖を持ち、修行僧の格好をしていた。

 

「来たか、志乃」

 

「よォ、ヅラ兄ィ」

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

テンプレ通りのやりとりを挟んでから、桂は容態を訊く。

 

「体はどうだ?随分と酷かったらしいな」

 

「大丈夫だよ。まだ傷は完全に塞がってないけど」

 

「そうか。それにしても、辻斬りに体を貫かれるとは、普通女子(おなご)にあってはならない事態だぞ」

 

「うるさい!」

 

あまり女の子っぽくないことくらい、わかってますぅ。

志乃は不満げに口を尖らせると、桂は微笑みながら彼女の頭を撫でた。

志乃も桂も、岡田に髪を切られ、短くなっている。

 

「ヅラ兄ィ、髪伸ばすの?」

 

「そうだな、そのつもりだ。お前は?」

 

「そーだね、私も伸ばそうかな」

 

二人は笑い合うと、早速目的地に向かうため歩き出した。

 

そんな彼らを、遠くで見ている影があった。

彼の名は山崎退。真選組監察だ。

彼は副長である土方の命を受けて、攘夷志士の疑いがある志乃のことを監視していた。

家から出てきたと思えば、桂に会う。もしかして、本当に攘夷志士なのだろうか。

橋の影に隠れて姿勢を低くする山崎の背後に、一人の少年が立った。

 

「何してるんですか?」

 

「!?」

 

バッと振り返ると、そこには双眼鏡を手にした時雪が立っていた。

 

「えっと……君は確か……」

 

「あ、いきなり不躾にすみません。茂野時雪といいます。志乃の経営する万事屋で働く者でして」

 

「ああ、君が……こちらこそどうも、山崎です」

 

ぺこりと会釈をし合う二人。

時雪は山崎に、何をしているのか尋ねた。

 

「何をしているんですか?こんな所で」

 

「ぇっ!あ、えーと……さっき桂がいたから、後をつけようと……」

 

「良かった、志乃を疑ってるんじゃないんですね」

 

志乃の名前を出されて、山崎の心臓が跳ね上がる。

コイツ、エスパーか⁉︎

しかし、時雪は山崎の動揺など知らずに続ける。

 

「志乃、気にしてました。あの一件で、また疑われるんじゃないかって。銀狼だってわかってから、真選組の人から疎遠にされちゃって、気まずいってずっと言ってましたから」

 

「……そうなんだ」

 

にこ、と優しい笑みを浮かべて志乃を心配する彼を見て、山崎はやはり志乃は攘夷志士ではないと思った。

彼女にはこんなにも、自分のことを思ってくれる人がいるのだ。そんな人達を悲しませるような、酷い子じゃない。

山崎はふと仕事を思い出し、その場から離れようとした。

 

「じゃあ、俺は仕事があるのでこれで」

 

「あ、待ってください!俺もご一緒させてもらってもいいですか?」

 

「はい?」

 

突然の提案に、山崎はポカンとした。時雪は理由を説明する。

 

「実は、志乃が桂さんとデートに行ってて……」

 

「デ、デートォォ!?」

 

山崎の頭が、一気に混乱する。

デート!?あの攘夷志士の中でも指折りで数えられる程のテロリストと、志乃がデート!?

時雪は大声で叫んだ山崎の口を押さえ、シーっと人差し指を立ててみせる。

 

「まだ定かじゃないんですけどね。でも、絶対デートだと思うんです。志乃も桂さんに懐いてるし、桂さんもよく志乃の頭を撫でたりするので。これは男の勘ですが……」

 

「それを確かめに行きたいと?」

 

「それもあるんですが……その……知りたくて」

 

頬を赤らめながら俯く時雪。

おや?これはまさか?山崎は首を傾げて問う。

 

「何を?」

 

「あの……し、志乃が……好きな人がいるって言ってたんです。それが誰なのか……もしかして、桂さんじゃないかって。そう思うと、何か嫌で……」

 

山崎の勘は当たった。

 

「なるほど、時雪くんは志乃ちゃんのことが好きなんだね?」

 

「んなっ!!」

 

図星を指され、時雪はガバッと顔を上げる。

山崎はニヤニヤしながら、耳まで真っ赤になる時雪を見た。

 

「…………ぃ、言わないで、くださいね……?」

 

「もちろんだよ、時雪くん。一緒に二人の関係を調べに行こうか」

 

今回、面白くなりそうだ。

山崎は目の前の純粋な少年を前に、ほくそ笑んだ。

 

********

 

桂と志乃は、行きつけの団子屋で一服していた。

二人仲良く団子を食べる姿に時雪は嫉妬し、それを眺めて山崎はニヤニヤしていた。

変装した山崎と時雪は近くの席に座り、二人の会話を盗み聞きした。

 

「そうか、それは災難だったな」

 

「ホントだよまったく。おかげであの後、ヅラ兄ィと関係があるのかとか色々訊かれてさァ……おまけにあのメイド姿まで盗撮されたんだから」

 

どうやら、幾松の時の話をしているらしい。志乃のメイド姿は、山崎も見覚えがあり、記憶に新しかった。

溜息を吐いて茶を飲む志乃に、桂は微笑む。

 

「しかし、アレを着てちゃきちゃき働くお前は可愛かったぞ?」

 

「……そう?ありがと」

 

「ああ。今度は何がいい?ナースにチャイナドレスにサンタコス。なんならウェディングドレスにするか?」

 

「調子に乗るな!!私はコスプレ人形じゃねェっつーの、アホが!!」

 

「アホじゃない桂だ。ふむ……ウェディングドレスは嫌か。白無垢派か?」

 

「話聞けやァァァ!!どっちかっていうとウェディングドレスのがいいけど!!」

 

 

「ウェディングドレス……まさか志乃、桂さんと結婚するのか?……うああ、嫌だァァ!!」

 

「落ち着いて時雪くん!!大丈夫だから!あくまでコスプレの話だから!」

 

錯乱しかける時雪の肩を掴んで、山崎は彼を宥める。

わざわざ会って何でコスプレの話をしているんだ?コスプレ趣味なのか?

山崎は色々ツッコミを入れたかったが、溜息でそれを外に出す。

桂は膨れっ面をしてみせる志乃を可愛く思いながら、団子を口に含んだ。

 

「ほへへ、ははひはひほほほははんは?」

 

「は?何だって?」

 

ごくんと団子を飲み込んでから、桂は言い直した。

 

「それで、話したい事とは何だ?」

 

「ああ。あのね、私好きな人いるって言ったじゃん。その人のこと」

 

「お父さんは許さんぞ志乃。お前はまだ幼い。恋人など作る時期じゃない」

 

「私そこまでガキじゃねーよ。つーか誰がお父さんだって、ん?」

 

志乃は黒い笑顔を浮かべながら、桂の胸倉を掴む。

めちゃくちゃ怒ってることを察した桂は、とにかく彼女を落ち着かせようとした。

 

「志乃、手を放せ。女の子がそんなことをするもんじゃないぞ?これじゃ、相手の男に逃げられるかもしれんな」

 

「ゔっ……」

 

志乃はびくりと肩を揺らして押し黙った後、ゆっくりと手を放した。

むくれる志乃の頭をよしよしと撫でる。

 

「お前の好きな人は、どんな男なんだ?」

 

「えっとね、その人私の店の従業員なんだけどね」

 

「オフィスラブか?大人になってからしろ、志乃」

 

「違うそんなんじゃない‼︎相手も未成年だし……」

 

「未成年……そうか、お前の好きな男とは……」

 

「わわっ、バカ!!」

 

桂が彼の名前を言おうとした瞬間、志乃はバッと桂の口を塞ぐ。

 

「い、言わないでよっ」

 

頬を赤らめ、震える声で桂に注意する志乃。

もう充分可愛いと思うが。桂はそんなことを思いながらも、思わず吹き出してしまった。

 

「はははっ!」

 

「もうっ!!笑わないでよ!おじちゃーん、団子追加!代金はヅラ兄ィ持ちね」

 

「すまん、志乃。お前が可愛くてな。やはり妹とは良いものだな」

 

「これ以上揶揄ったら団子もう一皿追加するけど?」

 

運ばれてきたみたらし団子を一つ口にして、志乃はジトーッと桂を見つめた。

 

「お前は素のままでも充分可愛いぞ?そんなに固くならなくても大丈夫だとは思うがな」

 

「そ、そう……?」

 

「そうだ。そのままアタックしてみろ。もしフられたならば俺に言え。俺がその男を爆殺しに行く」

 

「やめろヅラ兄ィ!!アンタただでさえテロリストで追われてんだよ!?これ以上罪を重ねんな!!」

 

ベシッと笠を被ったままの頭を叩き、最後の一個を食べる。

 

「ありがとヅラ兄ィ。なんか元気出てきた。私、告白してみるよ」

 

「そうか。頑張れよ」

 

席を立った二人はそこで別れ、志乃は去りゆく桂に手を振って見送った。

一方、成り行きを見守っていた山崎と時雪は、物陰に隠れてボソボソと話し合う。

 

「ちょっとちょっと時雪くん」

 

「そんな……志乃が、この後男に告白するなんて……。結局桂さんじゃなかったみたいだし……一体誰なんだ?」

 

「いやいや、時雪くん落ち着いて。話聞いてた?二人の話聞いてた?」

 

「聞いてましたよ。だからこんなに落ち込んでるんでしょ」

 

「だから時雪くん。志乃ちゃんさっき相手がどんな男か言ってたよね?志乃ちゃんの店の従業員で、未成年って」

 

「え?」

 

時雪は顔を上げて、山崎を振り返る。

 

「志乃ちゃんが好きな人は、志乃ちゃんの店の従業員で未成年なんだって言ってたよね。時雪くん、心当たりは?」

 

「えっと……万事屋で未成年なのは、志乃と俺だけです……け、ど………………」

 

整理し終わった時雪は、自分で言っていて恥ずかしくなった。

未成年の従業員。それは、紛れもなく自分ではないか。

つまりはーー。

 

「っ、うあああああああああ!!」

 

あくまで小声で叫び、時雪は頭を抱えてコンクリートの地面にガンガン頭を叩きつけた。

いきなりの狂行に、山崎は志乃にバレるのではないかと慌てる。

 

「ちょっ、時雪くん落ち着いて!!そんな所で暴れたら志乃ちゃんにーー」

 

「アンタらこんな所で何してんの」

 

背後からかけられた声に、山崎はピタッと止まり、ゆっくりと志乃を振り仰ぐ。

そこには、呆れた顔で彼らを見下ろす志乃が立っていた。

 

「わああああ志乃ちゃん!!いつの間に⁉︎」

 

「いつの間にっつーかさっきからいたよ。何?つけてきたわけ?」

 

「えっ!!いや、その……えーと……」

 

しどろもどろになる山崎。彼の様子を見て察した志乃は、溜息を吐いた。

 

「つけてきたんだね……。じゃあ、さっきの話全部聞いてた?」

 

こくりと頷いたのを見て、志乃は頭を抱え、先程よりも盛大な溜息を吐く。

 

「そう……最悪だなァ……。まさか、伝えようとした相手が既に聞いてたなんてさ……」

 

時雪はびくりと肩を揺らして、ゆっくりと志乃を見上げた。

額は地面に打ち付けて赤くなっているものの、頬はそれに負けないくらい赤かった。

志乃も照れ隠しに、わしゃわしゃと髪を掻く。

 

「聞いてたでしょ、トッキー……いいや、時雪。私は、アンタのことが好きです。正直言ってアンタの気持ちは知らないけど、私はアンタが大好き。それは譲らないから」

 

志乃は真っ直ぐ時雪を見下ろして、震える喉を抑えて言葉を紡いだ。胸の鼓動が、うるさい。

志乃は時雪の横をすり抜けて、帰ろうと足は早めた。

その時。

 

「待って」

 

ガシッ

 

通り過ぎようとする志乃の手を、しゃがんだままの時雪が掴んだ。

志乃は驚いて、時雪を振り返る。立ち上がった時雪は、りんごみたいな顔で志乃を見つめた。

 

「何で……俺の答え聞かないの?」

 

「答、え……?」

 

「俺はねーー

 

 

 

 

 

 

 

 

志乃のことが大好きだよ」

 

「!?」

 

志乃が大きく目を見開く。

彼女からふと目を逸らし、時雪は後頭部に手をやった。

 

「ホントは、もっと早く言いたかったんだけどね。情けないな……女の子に告白させちゃうなんて」

 

「ト、トッキー……」

 

耳まで真っ赤になった志乃は、ずっと堪えていた涙が、堰を切ったように溢れた。

 

「し、志乃!?」

 

それを見た時雪は焦り、すぐにハンカチを彼女に差し出す。

 

「だ、大丈夫?どうしたの?」

 

「ご、ごめっ……嬉、しくて……」

 

ゴシゴシと目を擦った志乃は、不意に時雪に抱きついた。

時雪は突然のことに石のように固まるが、震える手を彼女の首の後ろにまわし、抱き締めた。

 

一部始終を見ていた山崎は、二人の邪魔をしてはいけないと思い、そのままそそくさと去っていった。

しかし、空気にされたことを悲しんで、一人涙を呑んでいた。

 

********

 

その後、山崎は簡潔に報告書にまとめあげ、土方に提出した。

報告書には、こう書かれていた。

 

『報告書 志乃ちゃんは攘夷活動とかしてないと思います。

それは、男の子が友達が多くて幅広いだけだと言っていたからです。

志乃ちゃんはあの男の子を護りたかったんだろうなと僕は思いました。 山崎退』

 

「作文んん!?」

 

報告書を読んだ土方はそうツッコみながら、机に報告書を叩きつけるのだったーー。




次回、イメージアップです。


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友達は広く深く
嫌なことは引き摺らないスタンスで


『お手柄!?真選組またやった!!店舗半壊!これで23件目』

 

今朝の大江戸新聞の記事に書かれた見出しを見て、志乃は嘆息した。写真には、バズーカを担いで真顔でピースする沖田と壊れた喫茶店が写っていた。

 

「またやらかしたんだ、あの人……」

 

「流石、チンピラ警察と呼ばれるだけあるわね」

 

志乃の背中越しに新聞を読んだ時雪と小春は、思わず苦笑する。

昨日退院した彼らは、それぞれの職場へと急いで準備をしていた。

八雲は仕事着に着替えながら、思い出したように志乃を振り返った。

 

「そうだ、最近真選組の管轄下で連続婦女誘拐事件が起こってるそうですよ。志乃、貴女もいくら危ない目に遭ったからって誘拐犯を殺してはいけませんよ」

 

「オイコラ。アンタ私を何だと思ってんだ」

 

八雲の失礼な発言にこめかみをピクリと動かした志乃も、新聞を畳んでバイトのため真選組屯所へ向かった。

 

********

 

この日の仕事は、年始め特別警戒デーということで、真選組総出でパレードをし、市民に犯罪防止を呼びかけるというものだった。

志乃は選挙カーの下に立ち、その上で注意喚起する近藤の声を聞いていた。何だか少し脱線しているような気もするが、面倒なのでスルーする。

 

「いいですかァ!!浮かれちゃうこんな時期こそ、戸締まり用心テロ用心!!ハイ!!」

 

最後に近藤が民衆にマイクを向ける。しかし、数人が小さい声でボソボソと言うだけだった。

流石、市民からの人気が低い。志乃は肩を震わせ、俯いて必死に笑いを堪えていた。

その時、車の上から別の声が聞こえてきた。

 

「あれれ〜、みんな元気がないぞォ。ホラ、もっと大きな声で。浮かれちゃうこんな時期こそ、戸締まり用心火の用じん臓売らんかィクソッタっりゃああ!!」

 

「「「じん臓売らんかィクソッたりゃああ!!」」」

 

突如大きな反応が返ってきて、ボーッとしていた志乃は思わず肩を揺らして驚く。

車の上を振り仰ぐと、そこには「一日局長 寺門通」と書かれたたすきを肩にかけたお通が立っていた。

 

「えっ……お通?何でアイドルの寺門通がこんな所に?何やってんの……?」

 

「聞いてなかったのかィ嬢ちゃん。今日はイメージアップの日だぜィ」

 

「イメージアップ?」

 

選挙カーからお通の曲が流れる中、志乃はわけがわからず首を傾げるのだった。

 

********

 

その後、真選組隊士らは家康像の前に集合した。

彼らの前には、近藤と真選組の制服を着たお通が並ぶ。

 

「いいかァァー!今回の特別警戒の目的は、正月で弛みきった江戸市民にテロの警戒を呼びかけると共に、諸君も知っての通り、最近急落してきた我等真選組の信用を回復することにある!!こうしてアイドルの寺門通ちゃんに一日局長をやってもらうことになったのも、ひとえにイメージアップのためだ!いいかァお前らくれぐれも今日は暴れるなよ!そしてお通ちゃん……いや、局長を敬い、人心を捉える術を習え!」

 

「ほーい」

 

志乃が間の抜けた返事をして右手を挙げると、隊士らが一斉に色紙を持ってお通に殺到した。

 

「ひゃっほォォォ本物のお通ちゃんだァァ!!」

 

「サイン!サインくれェェ!」

 

「バカヤロォォォォ!!」

 

しかし、近藤の鉄拳が唸る。

流石は真選組局長。しっかりしてるなァ。志乃は腕組みして感心した。

 

「これから浮かれんなと市民に言う時に、てめーらが浮かれてどーすんだ。あくまで江戸を護ることを忘れるな。すいません局長。私の教育が行き届かないばかりに……みんな浮かれてしまって」

 

「いえ」

 

しかし、近藤の制服の背中に、大きくお通のサインが書かれていた。

それを見た隊士らに、一斉に袋叩きにされる近藤。

 

「てめーもサイン貰ってんじゃねーか!!どーすんだその制服!!」

 

「一生背負っていくさ!この命続く限り!」

 

 

「いや〜、すっかり士気が上がっちまって」

 

「士気が上がってんじゃねーよ。舞い上がってんだよ」

 

土方が呆れた隣で、志乃がお通にスケジュール表を手渡す。

 

「お通、これ今日のスケジュールだって」

 

「あ、ありがとう志乃ちゃん。それにしても驚いたよ〜。まさか志乃ちゃんが真選組でバイトしてるなんて」

 

「まあね。色々あって」

 

スケジュール表を受け取って再開を喜ぶお通。志乃は肩を竦めてウインクして見せた。

バイトで働くことになった理由を話すには、銀狼の云々まで話さなくてはならなくなるため、全て端折った。

 

「ま、そんな固くならなくていいってさ」

 

「……あのね、志乃ちゃん。私、やるからには半端な仕事は嫌なの。どんな仕事でも全力で取り組めって父ちゃんに言われてるんだ」

 

「へー、あの父ちゃんにねェ」

 

志乃は第九話で出会ったお通の父親を思い出して、フッと微笑む。

 

「たとえ一日でも局長の務めを立派に果たそうと思って、真選組イメージ改善のために何が出来るか、色々考えてきたんだ」

 

「そうなの?お通偉いね〜感心するよ」

 

しかし、志乃の隣に立っていた土方がお通を咎めた。

 

「いや、いいって。アンタはいるだけでいいから」

 

「まぁまぁいいじゃん。お通ああ見えて結構真面目だし。大丈夫だと思うけど」

 

志乃が土方を宥めるように言うと、お通は未だ近藤を袋叩きにしている隊士らに言い放った。

 

「ちょっと貴方達いい加減にしてよ!そんな喧嘩ばかりしてるから貴方達は評判が悪いの!何でも暴力で解決するなんてサイテーだよ!もう今日は暴力禁止!その腰の刀も外して!!」

 

「おおっ、早速だね」

 

「オイオイ小娘がすっかり親玉気取りか?そいつらはそんじょそこらの奴に指揮れる連中じゃねーんだよ。それに武器無しで取り締まりなんて出来るわけねーだろ。刀は武士の魂……」

 

しかし、近藤を含めた隊士らは喧嘩をやめ、一斉に刀を捨てた。腰に手を当てて立つお通に敬礼する。

 

「「「すいませんでした局長ォォ!!」」」

 

「転職でもするか」

 

「トシぃぃ!!総悟ぉぉ!!志乃ちゃんんん!!何をやってんだァ!お前達も早く武装解除せんか!」

 

「近藤さん、アンタは頭をもう少し武装する必要がある」

 

「金属バットは武器に入りますかー?」

 

志乃が手を挙げて質問するが、もちろん金属バットも人を殴るには充分な武器になるため、却下された。志乃は渋々腰にさした金属バットを外した。

今回は、真選組のイメージアップを図るためにお通を呼んだため、その責任を果たすべくお通は様々な案を提案した。

 

「まず、貴方達につきまとう物騒なイメージを取り払わなきゃ。そのためにはまず規則から改善していくのがいいと思うの」

 

「規則?そんなのあったの?こんな無法地帯みたいな組織に!?」

 

「あるわ!!そこまで信じられねーのか!?オイッ何だその目はァァ!!」

 

志乃の「信じられない!!」とでも言うような目に、土方は鉄拳制裁を彼女に下した。

 

真選組には局中法度という規則が存在し、それらの一つを変えようと言うのだ。

お通が提案したのは、『語尾に何かカワイイ言葉を付ける(お通語)こと これを犯した者 切腹』というものだった。要するに、お通語を話さなければ切腹というなかなか危ない規則に変わった。

 

さらにお通が親しみやすさのあるマスコットキャラクターを作ってきたという。

しかしそのマスコットキャラというのは、矢が突き刺さった少女の死体を背中に乗せたケンタウロスだった。

その名も、誠ちゃん。

それが現れた瞬間、土方は真っ先にツッコミを入れた。

 

「全然カワイクねーし!コレ真選組と何の繋がりがあんだよ!!何で死体背負ってんだ!?どっちだ!?どっちが誠ちゃんだ!?」

 

「馬の方だようかん」

 

「こんな哀しげな眼をしたマスコット見たことねーよ!カワイイどころかお前っ……うっすら悲劇性が見え隠れしてるじゃねーか!」

 

「なかなかマッチしたマスコットだと思うけどな。屍を越えて生きていくカンジが。それが侍の運命ってモンだろ」

 

「オメーに侍を語られても納得しねーんだよ!!」

 

志乃は誠ちゃんが真選組のマスコットにとても相応しいと言うが、土方に本日二度目の制裁を受けるのだったーー。

 

********

 

それから真選組はお通を筆頭に、町内パレードをしていた。志乃もそれに参加し、歩いていく。

パレードというかただの集団ウォーキングじゃないか?と思ったが、敢えて言わなかった。

 

彼女の前を歩く近藤とお通は何やらとても楽しげに話している。その若干イチャイチャともとれないような雰囲気に、志乃の後ろを歩く土方と沖田はイライラしていた。

と、ここで近藤の腕を誠ちゃんが掴む。

 

「てめェェェェェェェェェェェ!!何お通ちゃんといちゃついてんだァ!!」

 

「ぎゃあああああ!!まこっちゃんがァァァァ!まこっちゃんの中にもう一人のまこっちゃんがァァ!!」

 

「アレ?さっきまでの上半身は」

 

沖田の指摘通り、誠ちゃんの上半身だけがいなくなり、下半身というか馬の部分だけが残っていた。

上半身は、馬を残して居酒屋に一人入っていた。

 

「あ〜、やっちゃったよ〜。やっちゃったなーオイ……やっちゃったよ〜。完全に猪かと思ったものな〜やっちゃったな〜」

 

「旦那、何があったか知らねーがやっちゃったもんは仕方ねーよ。飲んで忘れちまいな」

 

「俺もさァ反射的に矢を射ってしまったものな〜〜。やっちゃったな〜オイ」

 

「やっちゃったじゃねェェェェ!!」

 

酒を飲む誠ちゃんの脳天に、土方の踵落としが炸裂した。

 

「お前何してんのォ!?マスコットだろ。何でマスコットがこんな所で飲んだくれてんだよ」

 

「やっちゃったな〜。まさかあんな森の中で人間が出てくるとは思わないものな〜」

 

「オイぃぃぃ!!なんか恐ろしげな事件の全貌が露わに……」

 

「誠ちゃん!こっち、早く早く」

 

お通が手招きして誠ちゃんを呼び寄せる。

そこには寺子屋の集団下校の一行がやってきていた。

 

「チャンスだよ!子供は純粋だからイメージを植え付けやすい!しかも親の耳に伝わればあっという間に評判が上がる!子供といえばカワイイもの……誠ちゃんの出番よ!!」

 

「待てェェェ!!お前そいつがどれだけ重たい過去を背負っているのかわかってるのかァァァ!!」

 

土方の制止を聞き止めず、下半身へと疾走する誠ちゃん。

しかし誠ちゃんは逆向きに下半身とドッキングしてしまい、カワイイどころか化け物と化してしまった。

何も見えないまま歩き出し、その時に死体が落ちてしまった。死体は暴走する誠ちゃんを追いかけて走り、飛び込む。

その光景を見た子供達に怯えられてしまった。

 

死体が飛び込んだ勢いでバラバラになってしまった誠ちゃんだったが、実はマスコットの正体は銀時、新八、神楽であることが真選組にバレてしまい、彼らは一斉に袋叩きに遭ったのだったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その裏ではとんでもない事件が起きていた。

何者かに口を押さえられ、路地裏に連れ込まれるお通と志乃。

これが今日、大きな波乱を巻き起こす予兆となった。



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ガキは何かと強がりたがる

その頃。銀時らは揃って、公務執行妨害の罪で逮捕されていた。

手にかけられた手錠を見て、銀時らは近藤と土方に抗議する。

 

「そりゃーないんじゃないの!?公務執行妨害って俺達が何したってよ?」

 

「うるせェェェ!!パレードの邪魔しただろーが!!」

 

「聞けって。だからそれはさ、お通ちゃんに頼まれて」

 

「私達が自ら進んでお前らの手伝いなんかするわけないアル」

 

「手伝いってお前、あんなモン邪魔以外の何モンでもねーよ!」

 

「今度一日局長やる事になったから協力してほしいってお通ちゃん個人に雇われたんです!」

 

「いい娘だよありゃ。たった一日のために自腹で俺達雇ったんだから」

 

「その気持ちをお前らは踏み躙ったアル!」

 

「お前らが踏み躙ったの!!」

 

結局いくら話しても信じてもらえるはずもなく、お通に会わせてほしいと懇願するが、その姿が見当たらない。さらに、志乃もいなくなっていたことに気がついた。

山崎からの連絡を切った土方を見ながら、沖田は最近連発している婦女誘拐事件を思い出しながら言った。

 

「案外お通ちゃんと嬢ちゃんも、目離した隙に攫われちまったんじゃないですかィ?不思議とあの事件、真選組の管轄でばかり起きやがるんでさァ」

 

「冗談じゃねーよ。俺達の目の前でんな事が起きたら今度こそ真選組はおしまいだ。ま、志乃と一緒なら大丈夫だろ。アイツなら誘拐犯の一人や二人、余裕で潰せるからな」

 

「副長ォォいました!あそこ!!」

 

一人の隊士が指さしたのは、街中のビルにつけられている大きな画面だった。そこに、槍を向けられ縛られたお通が映っていた。

お通を人質にとる僧兵のような格好をした男がテレビの中で叫ぶ。

 

「諸君は本当に真選組が江戸の平和を護るに足る存在だと思うか!?否!!奴らは脆弱でただ税金を無駄に消費する怠け者である!その証拠に我等は奴等の前から容易く一日局長と隊士の一人を拉致することに成功した!ここに居並ぶ少女達、そしてこの寺門通が奴等の無能ぶりを示す何よりの証拠である!真選組はカスである!そしてこれを従える幕府もカスだ!この世界は腐り切っている!!それを我等で変えようではないか!」

 

********

 

現場に到着した真選組の車に、マスコミ陣が殺到する。

その中出てきた誠ちゃんが報道陣の取材に応じたが、根も葉もない話を並べ、最終的に土方に蹴っ飛ばされた。しかしその光景を見てチンピラと評されてしまう。

現れた真選組を見下ろして、お通が叫んだ。

 

「みんなァ!!」

 

「クク、来たか真選組!解散の手続きは済ませてきたんだろうな」

 

「え?何て言ったの今。すいまっせーん!もっかい大きい声でお願いします!」

 

「みんなァ!!」

 

「クク、来たか真選組!解散の手続きは……って二回も言わせるな!なんか恥ずかしーだろが!!」

 

距離と高度があって聞こえづらいため、交渉は筆記でのやり取りとなった。

テロリストの要求は仲間の釈放で、それが通らない場合人質の命はないと書いた。真選組は出来るだけ時間を稼ごうと、釈放には時間がかかると記した。

相手のフリップを双眼鏡で見ながら沖田はそれを読み上げる。

 

「『証拠が欲しい。お前達が我等の忠実な犬になったという証拠が。三回回ってワンと言え』と書いてありますぜ」

 

「あの野郎共ォ」

 

「(土方限定)と書いています」

 

「ウソ吐けェェ!!お前明らかに今付け足したろ!!」

 

沖田の襟を掴む土方だが、近藤と誠ちゃんに宥められた。

 

「しょうがねーよトシ。お通ちゃんのためだ」

 

「ウン、しょうがねーよトシ」

 

「オメーにトシとか言われたくねーんだけど!!」

 

しかし、下手に刺激すればテロリストが人質を殺す可能性もある。

土方は屈辱に濡れながらもターンして、それを実行した。しかもちょっとカッコつけようとしたのが余計恥ずかしいと、マスコミ陣に笑われ本人も恥ずかしさに俯いていた。

 

「土方さん、間違えました。『腹が減ったからカレーを用意しろ』の間違いでした」

 

「どんな間違いだァァァァ!!まるまる違う文章じゃねーかァァ!!」

 

確信犯のせいで大勢の前で恥をかいた土方は、沖田を追い回す。それをバックに、近藤が辛口か甘口か尋ねていた。

隊士らがカレー作りをする間、テロリストは今度はロボットダンスをやれと要求してくる。

 

「クソが、調子に乗りやがって。ロボットダンスをやれだァ。(沖田限定)だ」

 

「マジですかィ仕方ねェ」

 

双眼鏡でフリップを読んだ土方は、仕返しとばかりに付け足した。

 

「ロケットパーンチ!!」

 

「ぶふォ!!」

 

不意打ちで沖田からパンチを食らった土方は、そのまま尻餅をつく。

 

「ダンスって言ってんだろーが!それ必殺技じゃねーか!」

 

「ロケットパンチから入るダンスなんでさァ」

 

「なんかうめーし何コイツ!?弱点ナシか!」

 

沖田がやたら上手いロボットダンスを披露したところで、今度はものまねをやれと命令してきた。

それを自ら買って出た土方は先程の沖田のロケットパンチをマネするが、かわされて逆に腹に手をまわされ、そのままエビのマネと称してバックドロップを受けた。

 

「……オイお前さ……マジでちょっと頼むから一発だけ殴らせてくんない?痛くしないから頼むから」

 

「いやでィ」

 

「ふざけろクソガキ!」

 

ついに堪忍袋の尾が切れた土方は、沖田に向かって蹴りかかり、そのまま喧嘩に発展してしまった。マスコミにまで見る影なしと評された真選組。

近藤はついに誠ちゃんと一緒にカレーを食べて現実逃避していた。

 

「まこっちゃん、もう帰っていいよ。あとは俺達でなんとかするから」

 

「そうもいかねー。イメージマスコットだから。俺はお前らの。お通ちゃんには前払いで金貰ってるからきっちりやらねーと」

 

「イメージマスコットって何?俺らってそーいうイメージなの?」

 

「こーいうカンジだろ」

 

「どーいうカンジだ」

 

「バカで物騒で江戸の平和を護るカンジ」

 

「バカなカンジしか出てないんだけど」

 

誠ちゃんは自分のイメージを一蹴されたが、隊士に命令してカレーを用意させる。カレーを乗せたおぼんを両手に持ち、どこかへ向かい始めた。

 

「オイ、どこに行くまこっちゃん」

 

「言ったろ。まこっちゃんはお前らのイメージマスコットだ。バカで物騒で江戸の平和を護る」

 

誠ちゃんは近藤を振り返らず、カレーを持って去っていった。

 

********

 

一方その頃。塔の上では、体を縛られ転がされていた志乃が目を覚ました。

薬がまわっているのか、頭が少しクラクラする。

頬に当たる木材の感触を感じながら、志乃は目を閉じて気を張り詰めた。その時。

 

ドッ

 

「かふ……っ」

 

「ようやく目覚めたか、お嬢ちゃん」

 

志乃が起きたのに気がついたテロリストに、腹に蹴りを入れられる。そして彼女の銀髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。

 

「ちょうどいい、お嬢ちゃんは真選組の隊士だな?今から下に行ってお前の局長を斬ってこい」

 

「!!なんだとッ……!?」

 

「やめて、志乃ちゃんにそんなことさせないで!」

 

お通が懇願するが、テロリストは彼女の頭を掴んで手すりに押し付ける。

 

「やめろ!!うぐぁっ!」

 

頭を踏まれ、床に顔を押し付けられる。

志乃は視線をテロリストに投げ、鋭く睨み据えた。その殺気ともとれるそれを受け、テロリストは思わずゾッとした。

 

「……お通に手を出すな」

 

「ああ、もちろんだ」

 

テロリストは頷いてから仲間に視線をやり、志乃の縄を解かせてから彼女の体を持ち上げた。

 

「お前が局長を斬ればなっ!!」

 

「!!」

 

ポイッと塔の外に投げ出された志乃は、自分に叫ぶお通がどんどん遠ざかっていくのを見た。

そして、体が重力に従って落ちていく。

ギャラリーの悲鳴も聞こえたが、志乃は体を反転させ、スタッと小さな音を立てて難なく着地した。

 

「志乃!?」

 

「嬢ちゃん、やっぱり奴等に……」

 

行方知れずだった志乃と再会し、彼女に駆け寄ろうとした土方と沖田だったが、志乃の傍らに槍が一本降って突き刺さった。

志乃は俯いて、肩を震わせる。志乃が落ちてきたのを見ていた近藤も駆けつけた。

 

「志乃ちゃん……」

 

「…………近藤さん」

 

志乃は近藤から目を逸らし続け、震える手で槍を抜き取り、穂先を近藤に向ける。そして、

 

「……ごめんなさい」

 

涙声で、ポツリと謝った。

 

「近藤さんを斬れって。やらなきゃ、お通が……」

 

「志乃ちゃん」

 

名を呼ばれた志乃は、ゆっくりと顔を上げる。大きな赤い目からボロボロと涙を零し、弱々しく近藤を見つめていた。

近藤はバサッと上着を脱ぎ捨てた。

 

「来い」

 

「近藤、さん……?何、やって……」

 

驚いた志乃が、一歩後退る。

近藤は上から見下ろすお通に向かって叫んだ。

 

「お通ちゃん!すまなんだ!!色々手伝ってもらってなんだが、結局俺達はこーいう連中です!(もが)いてみたがなんにも変われなんだ!相も変わらずバカで粗野で嫌われ者のムサイ連中です!どうやらコイツは一朝一夕でとれるムサさではないらしい!だがね、お通ちゃんの言う通り踠いて、自分達を見つめ直して気付いたこともある!俺達はどんだけ人に嫌われようが、どんだけ人に笑われようがかまやしない!ただ、護るべきものも護れん不甲斐ない男にだけは、絶対になりたくないんだとね!」

 

近藤は槍を持つ志乃を見つめ、両手を広げる。

 

「さァ来い、志乃ちゃん!たとえ俺の屍を越えても、護らなきゃならねーモンがあるはずだ!さあかかって来やがれ!!」

 

「…………」

 

志乃は近藤を黙って見つめていたが、ふと俯き、肩を震わせた。

 

「……………………クッ……ククククッ」

 

「志乃ちゃん?」

 

「プッ……クククッ、アハハハハハハッ!!」

 

「えっ!?ちょ、志乃ちゃん……?」

 

突然空を仰いで高笑いを始めた志乃に、近藤は困惑し彼女の様子を伺う。

志乃は腹を抱えて、必死に笑いを堪えようとしていた。

 

「ひひひっ……お、お腹痛っ……」

 

「志乃ちゃん……?」

 

「近藤さん。私やっぱアンタのこと好きだよ」

 

笑い過ぎで目に溜まった涙を拭い、先程の泣き顔とは打って変わった笑顔を見せた。

 

「アンタやっぱ男の中の男だよ。最高だ。真選組のみんなが、アンタのことを慕うのも、納得がいくよ。だから……」

 

志乃は槍をくるりと回転させ、刃をこちらに向けた。

そして、それを躊躇なく自分の腹に突き立てた。

 

「なっ!?」

 

「嬢ちゃん!?」

 

「志乃!!」

 

「志乃ちゃァァァァん!!」

 

「なっ……あの女ッ!!」

 

突然の出来事に、真選組の面々は動揺し、テロリストは怒りのあまり、お通に槍を向けて叫んだ。

 

「貴様ァァ命令を忘れたかァァァァ!!何をしている!?」

 

「何って……腹刺しただけだけど」

 

槍を引き抜き、血が止めどなく溢れる中、志乃はケロッとした表情でテロリストを見上げた。

 

「近藤さん言ってたろ。私も同じさ。護るべきものも護れないんじゃあ、私らが変わろうとしてる意味がない。だから」

 

志乃は槍を両手に構え、穂先をテロリスト達に向けた。

 

「私は、大切なものを護り抜くために戦う」

 

「ふざけやがって、このガキが!!」

 

テロリストが人質にお通を使おうとしたが、そこにいたはずのお通がいない。

見てみると、お通を抱えて女装した山崎が塔の上から飛び降りていた。

さらに振り返ってみると、攫っていた娘達もいつの間にか消えていた。

 

「な、何ィ!?」

 

「あいつら、どこ行っ……」

 

「人質ならさっき銀達が逃がしたよ」

 

志乃が槍を携え、地面を蹴り、塔まで跳躍する。

塔の中に単身乗り込んだ志乃はニヤリと笑った。

 

「それじゃ、掃討作戦開始しま〜すき焼き」

 

「小娘がァ調子に乗るなァァァ!!死ねェェェ!!」

 

「それはこっちのセリフだるまさんが転んだァァァ!!」

 

槍を振り上げ襲いかかってくるテロリスト達。志乃は一人一人を突き飛ばしながら倒していった。

負傷しているはずの志乃の圧倒的な力に為す術なく、程なくしてテロリスト達はあっさりと彼女に逮捕されるのであったーー。

 

********

 

手錠をかけたテロリストを引き連れながら、志乃は下りてきた。

 

「ただいま〜。全員逮捕したよ〜」

 

志乃はへらっと笑っていたものの、真選組は心配するような目を彼女に向けていた。

しかし、志乃はどうしたのかとキョトンとしてみせる。

 

「どーしたの?そんな顔して」

 

「……志乃ちゃん…………」

 

近藤が一歩志乃に歩み寄った次の瞬間、志乃の脳天に拳が入った。

 

「あだっ!?」

 

ゴン、と低い音がする。頭を摩りながら顔を上げてみると、誠ちゃんが前を歩いていた。

 

「バカヤロー。二度とあんなマネすんな」

 

背中越しに頭を摩る志乃に向ける視線は、とても鋭かった。誠ちゃん、いや銀時は怒っていた。

それを視線だけで察した志乃は、黙って銀時の背中を見つめていた。

 

「……ごめんなさい」

 

ぺこりと頭を下げた。

 

「まったく、本当に貴女はロクなことをしない」

 

不意に聞こえてきた第三者の声と同時に、ガシッと下げた頭を掴まれる。そしてそのまま勢いよく地面に叩きつけられた。

 

「がふっ」

 

「志乃ちゃんんんんん!!」

 

「何やってんですかアンタァァァァ!!志乃ちゃんは怪我してるんですよ!?」

 

山崎が志乃を地面に押し付ける白髪で陰陽師の格好をしている男に詰め寄るが、涼しい顔でにこりと笑う。

 

「ガタガタうるさいですね、黙りなさいハエ共が」

 

「何ィィィこの人ォォ!?初対面の人に向かってハエ呼ばわりしたよ!」

 

「何ですか、初対面の人に対してツッコミを浴びせるとは。まったく、最近の警察は一体どうなっているんですか」

 

「出会い頭に虫呼ばわりした奴に言われたくねーよ!黒い!黒いよこの人!!髪とか肌白いくせに腹黒いよ!!」

 

山崎と男がやいのやいのと言い合っていると、倒れていた志乃が地面に手をつき、立ち上がっていた。

 

「何やってんのジョウ」

 

「えっ、志乃ちゃんの知り合いなの?」

 

「知り合いも何も、アンタら一回会ったじゃん。『獣衆』"白狐"こと九条八雲だよ」

 

「えええええ!?」

 

驚く山崎を無視して、八雲は志乃のこめかみをアイアンクローでギリギリと痛めつけながら、ニコニコと笑う。

 

「私、ここで働いてるんですよ。しかし、なんなんですかあのザマは。我らが棟梁たる貴女が、あの程度とは情けない。罰として今夜は私が特訓の相手をして差し上げますよ」

 

「わかった、わかったから止めろ!痛えんだよ!」

 

八雲のアイアンクローから解放された志乃は、ふと腹に痛みを感じた。しかしそこに手を置くこともなく、疲れが出てふと欠伸をした。

その時、不意に首根っこが掴まれ、足が宙に浮く。

 

「む?」

 

「帰るぞ、クソガキ」

 

「ほーい」

 

悪戯をして怒られた猫のように土方に持ち上げられた志乃は、間の抜けた返事をした。彼らはそのままパトカーに乗り、屯所へ戻っていった。

 

********

 

車に揺られて窓の外を眺めていると、ふと土方が尋ねてきた。

 

「何故自分の腹を刺した」

 

「ん?」

 

窓から視線を隣に座る土方に向けるが、彼はこちらと目を合わせようとしない。立ち昇る紫煙を見ながら、前を向いて座席に深く座った。

 

「別に、奴らの注意をこちらに向けたかっただけだよ。銀達の気配を感じたから、彼らに矛先が向けられないようにしたかっただけ。それ以上何もない」

 

志乃は土方が意識をこちらに向けたことを察し、溜息を吐いた。

 

「……アンタも怒ってんの?」

 

「怒っちゃいねェ。テメェの勝手な無茶だ。自業自得だろ。だがな」

 

ゴッ

 

「いたっ」

 

脳天に拳が叩きつけられ、思わず頭を押さえる。

 

「何でもかんでも自分(てめー)だけで背負(しょ)い込むな。ガキのくせに一丁前な面しやがって……だからてめーはクソガキなんだ」

 

「………………」

 

「とにかく一人で抱え込むんじゃねー。お前の周りにゃ、たくさんの仲間がいんだろ。ガキならちょっとはそいつらに頼るぐらいの可愛げを持ちやがれ」

 

いつものぶっきらぼうな口調で、フウッと煙を吐く。それでも伝わってきた土方の思いが嬉しくて、志乃は黙って頷いた。

 

背凭れに体を預けると、今日一日の疲れがドッと押し寄せてきた。それと同時に瞼が重くなり、ゆっくりと目を閉じた。そして、ポスッと軽い音を立てて、眠った志乃は土方に凭れた。

それをバックミラーで見て運転していた沖田が、ニヤリと口角を上げる。

 

「オゥオゥ、随分と可愛い寝顔でさァ。土方さん羨ましーや。もしかして土方さん、もう嬢ちゃんと出来……」

 

「出来てるわけねーだろ!殺すぞ!」

 

「まさか土方さんがこんな女の子に手ェ出すロリコンだったとは……」

 

「だーからしてねェっつってんだろ!!殺すぞ!」

 

志乃が寝ているというのに、大声で叫ぶ土方。助手席に座る近藤も、楽しそうに土方に言った。

 

「ハハハ、最初は喧嘩ばっかだったのに、随分トシに懐いたもんだなァ志乃ちゃんも。トシ、志乃ちゃんを横にしてやってくれないか?」

 

「は?何でだよ」

 

「今日一日で疲れが大分溜まってたみたいだし……座ったままじゃ、体がキツイだろう?志乃ちゃんまだ小さいから、車体の広さを考えるとちょうどトシの……」

 

「膝貸せってか!!コイツに膝貸せってか!!」

 

近藤の言いたい事を察した土方は再びシャウトする。そして、自身の肩に凭れてスヤスヤ寝息を立てる志乃を見下ろした。

 

「膝枕ってヤツですかィ。こいつァ面白そーだ。土方さん、早くして下せェ。写真撮って拡散するんで」

 

「てめーの死に顔撮ってからしてやるよ」

 

「まぁまぁ、ほら早く!屯所までまだ少しかかるぞ!」

 

沖田と近藤に急かされ、土方は盛大な溜息を吐いた。

 

「屯所に着いたら叩き起こすからな」

 

取り敢えず沖田は後でぶっ飛ばすと決め、志乃の頭を自らの太ももの上に置き、そのまま足を座席に乗せた。

助手席から微笑ましく見てくる近藤と、運転席でクククと肩を震わせ笑う沖田をひたすらに無視する。

そんなことも知らず、志乃は気持ち良さそうに眠っていた。

 

 

 

 

 

 

「ん…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーお兄、ちゃん……」

 

ポツリと、寝言を言う。彼女の閉じられた目から、涙が一筋零れていった。




次回、田舎から母ちゃんがやってきます。


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母ちゃんのふてぶてしさは侮れない

この日、オフだった志乃は仕事も無いので銀時の家に向かっていた。

その道中で通勤中の新八と出会い、一緒に行くことになった。

スクーターをスナックお登勢の前に止め、玄関へ足を運ぶ。

客間の扉を開けると、中からいい匂いがした。

 

「よォ」

 

「おはようございます。アレ?いい匂い」

 

「アラおはよう」

 

突如聞こえてきた第三者の声に、新八が驚いて声の主を見下ろす。志乃も彼に続いて見ると、定春にエサを与えている眼鏡のオバちゃんがいた。ソファに座る二人に向かって、オバちゃんは茶碗を手に取る。

 

「ご飯は?中盛り?大盛り?」

 

「いや、僕らもう食べてきたんで」

 

「何言ってんのアンタそんな眼鏡かけてェ!しっかり食べないから目ェ悪くなるんだよ!」

 

「いや、眼鏡関係ないでしょ」

 

「口答えすんじゃないの!アンタはもうホント、人の揚げ足ばっかりとってェェェ!!」

 

新八のツッコミすらも一蹴して、オバちゃんは新八と志乃の前におかずを並べて茶碗を置く。

 

「残さず食べるんだよ。ちょっとゴミ捨ててくるから」

 

オバちゃんが出て行って静かになった部屋に、咀嚼の音が響く。そんな中で、新八が口を開いた。

 

「銀さん」

 

「あ」

 

「誰ですか、アレ」

 

「アレだろ。母ちゃんだろ」

 

「え?銀さんの?」

 

「いやいや、俺家族いねーから。オメーのだろ。スイマセンねなんか」

 

「言っとくけど僕も母さんは物心つく前に死にました。神楽ちゃんでしょ?」

 

「私のマミーもっと別嬪アル。それに今は星になったヨ」

 

「じゃあ志乃ちゃんの?」

 

「コイツの母ちゃん、村でも有名な美人だったぞ。怒らせたら閻魔より怖いって言われてたけどな」

 

「マジかよどんな母親だよ。鬼か?私は鬼の子ってか?」

 

朝食を食べながら謎の母ちゃんについて話し合うが、その時扉が開いて母ちゃんが戻ってきた。

 

「もの食べながら喋るんじゃないの!」

 

「あ、スンマセン」

 

「ちゃんと噛むんだよ!二十回噛んでから呑み込みな!」

 

そして再び部屋を出て行った後、銀時達は母ちゃんの言う通り、二十回しっかり噛むのだった。

 

********

 

「母ちゃんだよ。八郎の母ちゃん」

 

朝食を食べ終わり、着替えた銀時らはやっと母ちゃんと話せる姿勢が出来た。何故か家のご飯を食べている母ちゃんは、どうやら依頼人らしい。

なんでも、五年前江戸に上京してから音信不通の息子・八郎を探して、かぶき町にやってきたという。写真を受け取った銀時は、報酬の話をした。

 

「仕事なら引き受けますけどね、おばちゃんお金とか持ってんの?」

 

尋ねられた母ちゃんは、風呂敷からゴトゴトとたくさんのカボチャを机の上に並べた。

 

「コレ、八郎に食べさしてあげようと思ったんだけどね。……仕方ないね」

 

「オイオイおばちゃんおばちゃん。誠意って何かね?」

 

確かに、カボチャじゃ話にならない。あくまで金を貰わなければ仕事にならないのだ。

母ちゃんは今度は、布団の上に転がる。

 

「……なるほど、そーいうことですか。つくづく腐ってるね、メガロポリス江戸。……わかったよ、好きにすればいい。ただ一つだけ言っておく。アンタに真実の愛なんて掴めやしない!」

 

「深読みしてんじゃねェェェ!!気持ちワリーんだよクソババア!!金だ金!!」

 

「ねェ銀。何であの人、他人の家の布団で寝転がってるワケ?」

 

「聞いちゃダメだよ志乃ちゃん。君はまだ純粋でいて」

 

「は?」

 

肩に手を置いて銀時から離す新八。志乃はキョトンとしたまま、首を傾げるのだった。

 

********

 

それから彼らはそれぞれ分かれて、八郎の情報を集めていた。志乃もありとあらゆる情報屋を訪ねたが、ヒットは何一つない。

何も得られないまま、取り敢えず闇医者の店の前で銀時らと合流した。

 

「こっちはダメでした」

 

「私もダメネ。オバちゃんの匂いが染み付きすぎて、定春鼻おかしくなってしまったアル」

 

「私もダメだったわ。銀はどう?何かわかった?」

 

そう尋ねて、銀時を見上げる。彼も腕組みして首を振った。

 

「いや、俺もあちこち情報屋当たってもアタリがねーんで視点変えてみた。どーやら孝行者の息子は親から貰ったツラ二、三度変えてるな」

 

「整形ですか!?何でそんな」

 

「しかもここだけじゃなくあちこちで顔弄り回してるようだ。もう写真(コイツ)はアテにならねェ」

 

「顔コロコロ変えるなんてまるで犯罪者アルナ〜」

 

新八は安売り商品を手に取って見ている母ちゃんを見やった。

 

「……銀さん、この件はあんまり深く突っ込まない方がいいかもしれませんね。これ以上何か知っても……八郎さんもなんか嫌がりそうだし。お母さんも知らない方がいいかも……」

 

「そいつァ俺達が決めるこっちゃねェ。兎にも角にもまず孝行息子見つけてからの話だ」

 

「でも写真はもう使えないし……どうやって?」

 

「整形っつったって骨格まではなかなか変わんねーだろ。整形美人なんてみんな似たツラしてるじゃねーか」

 

そう言いながら、銀時は八郎の写真に油性ペンで落書きを始める。さらに神楽がそれに付け足し、最終的にはデカいアフロに鼻髭の変人が完成した。

新八が絶対にいないと否定していたその矢先、彼らの傍らを一人の男が通り過ぎた。

 

その男は、めちゃくちゃ大きなアフロに、眉が繋がり、鼻髭の濃い面だった。男はアフロの中から携帯を取り出し、耳に当てる。

まさか本当に落書き写真そっくりな男がいるとは思わなかった銀時らは驚く。

 

「マッ……マジでかァァ!?いっ、いたぞオイぃぃ!!」

 

「マジだ!あの人だ!もう間違いないよ!」

 

「どどど、どーすればいいの!何をすればいいの僕達!?」

 

「落ち着け!取り敢えずババア呼んでこい!!」

 

新八が母ちゃんを呼ぼうと振り向くと、母ちゃんはガングロギャルと間近で睨み合っていた。

 

「ギャルとメンチ切り合ってるアル」

 

「バババぁぁぁ!!」

 

「あーもう!何やってんの!」

 

志乃がすぐに母ちゃんの元に駆け寄ると、それを追って銀時も走り出した。

 

「アレは俺らがなんとかすっから、お前ら八郎を追え!」

 

「「うす!!」」

 

志乃に追いついた銀時は、二人揃ってこの上ない程平静を装って、救急車を呼んでいる母ちゃんに歩み寄った。

 

「何してんの母ちゃん。ホラ早くこっち」

 

「ワリーな、田舎者だから許してやってくれ」

 

「ちょっダメよ銀さん、志乃ちゃん!あの娘達の顔見て!アレ父ちゃんが死んだ時と同じ顔色よ!」

 

「ああ、アレはね、土の精なんだよ。ここら辺コンクリートで埋められたから、故郷の土に還りたいのに還れないんだよ。かわいそうな妖精さんなんだよ」

 

「それどーいう意味だコルァ!!」

 

「そーいう意味だよ。忙しいからとっとと土に還りなさいもぐら共」

 

志乃の遠回しな死ね発言に、ギャル数人は声を荒げる。そこに、別の声が入ってきた。

 

「ちょっとちょっと何ィ何ィ?お咲ちゃんモメ事〜イェ〜」

 

「勘吉さん!」

 

二人の男が、こちらへやってくる。

その内の一人、勘吉と呼ばれた男は、ズボンをズルズル引き摺ってやってきた。いわゆる腰パンというものだ。

勘吉はギャルの二人の肩に手をまわし、こちらに絡んでくる。

 

「どこの山奥から来たのか知らないけどさ、あんま俺の街で調子こいてっと殺すよマジで」

 

しかし、母ちゃんは勘吉を見て志乃にコソコソと話していた。

 

「アレあの人、足短い」

 

「ファッションだコラァァァァ!!」

 

しかも、運悪く?勘吉に聞こえていた。銀時は面倒事はこれ以上ゴメンと、そそくさと退散しようとする。

 

「すいません。田舎者なんで勘弁してください。ちょっ、忙しいんで俺達はこれで」

 

「母ちゃんいい加減にしなよ。アレはね、今江戸で流行の足の短さを誤魔化すファッションでね……」

 

「オメーが一番失礼なんだよ!!」

 

コソコソと話す志乃の声が聞こえていたらしい。キレた勘吉と連れの男が、こちらへ飛びかかってきた。

 

「コルァァ待てや!!マジなめてっと、ババアだろーとメスガキだろーと容赦しねーっ……」

 

志乃は母ちゃんを守ろうと庇うが、その前に銀時が二人のズボンを引っ張り上げる。

 

「オイ。忙しいっつったの聞こえなかったか坊主共。なァオイ。足袋でも袴でもルーズにキメんのは結構ですけどね、ババアや女の子に手ェあげるたァどういう了見だィお兄ちゃん達」

 

そしてそのまま男達の体ごと、ズボンを引き持ち上げた。

 

「足袋はルーズでもさァ、人の道理はキッチリしやがれェェ!!」

 

「「ぎゃあああ!!」」

 

コンクリートの地面に頭を叩きつけられた男達は、その一撃で伸びかけていた。それに構わず、銀時はズボンを引っ張り上げる。

 

「オラァァァズボンを上げろォォ!ボケがァァァ!」

 

「足袋を上げろォォ!」

 

「そんなんで足が細く見えるかボケェェェ!!」

 

絡んできた勘吉らを、倍にして絡み返した銀時と母ちゃんと志乃。そこに、鶴の一声がかかった。

 

「その辺にしておきたまえよ!勘吉、こんな所で何をやっているんだ君は」

 

「狂死郎さん!!」

 

志乃がそれに振り返ると、容姿端麗な男と八郎が立っていた。八郎はズンズンとこちらへ歩み寄ってくると、不意に勘吉を蹴り飛ばした。

 

「このボケがぁぁぁぁ!!下っ端とはいえウチの店に勤めてるモンが、狂死郎さんの顔に泥を塗るようなマネしやがってェ!!」

 

え?何?どーいうこと?

頭の中で疑問が尽きない銀時は、ポカンとして八郎が勘吉を蹴りつけるのを見ていた。

そんな彼に、志乃はポソッと耳打ちする。

 

「あの男……本城狂死郎だよ。かぶき町No. 1ホストの」

 

「知ってんのか?」

 

「そんな話を小耳に挟んだことがあってね。実際に顔見たのは初めてだけど……」

 

腕組みをしながら成り行きを見守っていた志乃は、再び狂死郎と八郎に目を向ける。

 

アレ……?ホストって何だっけ?

えーと、選ばれたイケメンのみがなれ……ん?ホスト?……アレ?ホスト?これ……ホスト?ホスト⁉︎

母ちゃん(コレ)の、息子(アレ)が……。

 

「「ホストぉぉぉ!?」」

 

突如、銀時と志乃が同時に狂死郎と八郎を指さして叫ぶ。どうやら、ずっと同じことを考えていたらしい。

呆然としてから、新八と神楽を見る。二人は黙って、コクコクと頷いていた。

銀時達に気付いた八郎が、話しかけてくる。

 

「ウチのモンが迷惑かけて大変申し訳ない。お怪我はありませんか?」

 

「ああ、平気だよこんなモン」

 

「是非お詫びがしたいので、ウチの店へ来てくださいませんか?俺達の城、高天原(たかまがはら)へ」



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柿ピーって柿が入ってないのに何で柿って付くんだ?

かぶき町一番街。ここにある店は、大抵居酒屋だったりスナックだったりカラオケだったりする。

かぶき町は、夜の街だ。先述した通り、昼はそこまででないにしろ、夜になると賑わいを見せる店が多い。特に夜の闇を照らすネオンが美しく、かぶき町全体を見下ろせる高台に登ると、夜空に煌めく星のような景色が見えるのだ。

 

しかし、ここはいわゆる大人の世界。まだ未成年である志乃は、夜には出歩くことを許されなかった。

 

それが今日、お詫びと称して人生初のホストクラブに招待されてしまったのだ。

ソファに座る彼女の隣を、イケメンの男が挟んでいる。世の女性が夢見る両手に花状態だが、志乃はぎこちない様子で水を飲んだ。

 

「お嬢さん、何になさいますか?」

 

「えっ!?あ……えと、じゃあ……フルーツの盛り合わせを」

 

突然声をかけられ、思わず声が裏返る。それほど、志乃は緊張していた。

 

落ち着かない。ひたすら落ち着かない。

幼少期はそれこそ男所帯で育ってきたものの、どちらかといえば彼らは兄のような存在ばかりだった。

それが突然女として扱われ、そうする男が近くにいる。それが何より耐えられなかった。

 

しかし、自分はあくまで招待を受けて来ているのだ。狂死郎や八郎の気持ちを蔑ろに出来ない。

 

運ばれてきたフルーツを食べようとフォークを持つが、その手に隣に座る男の手が重ねられる。それに思わず、びくりと竦んだ。

 

「あ、あの……?」

 

「フォークをお貸しください。俺達が……」

 

「いっ、いやっ!いい!いいから!結構です!」

 

「そんな遠慮なさらず」

 

「あっ……」

 

男は志乃の手からフォークを取り、イチゴを刺して志乃の口元に運ぶ。

 

「どうぞ」

 

「っ!!」

 

これはいわゆる、「あーん」というやつだ。

しかし志乃の脳裏には、あの日の嫌な記憶が蘇ってきた。

 

********

 

それは、いつかのカブト狩りの時。バーベキューを焼いていた真選組と、帰りが遅くなったので別れようとしたその時。

ちょんちょんと肩を(つつ)かれ、振り返った瞬間、口にバーベキューを突っ込まれた。

 

「んぐぅ!?」

 

「おー。なかなかいい食いっぷりじゃねーかィ、嬢ちゃん」

 

視線を少し上にやると、生粋のドS・沖田がニタニタと愉しげに笑っていた。

 

ーーやっぱテメェかコノヤロぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

キッと睨みつけて叫ぼうとするが、口に突っ込まれたバーベキューが邪魔して、上手く喋れない。

 

「んぅ、んふぅっ」

 

「ホラホラどーした?食わねーのかィ」

 

バーベキューをぐりぐりと押し込まれ、息が出来ず苦しくて涙を溜める彼女を見下ろして、沖田はさらに口角を上げた。

 

「クク、可愛い顔でさァ。そそられるぜィ」

 

「ん……ん、く……ぅぅ……っ」

 

 

「何してんだてめーらァァァ!!」

 

土方の怒号と共に、ズバッとバーベキューが串ごと斬られる。押さえつけてくる力が無くなり、蹲ってすぐに咳き込んだ。

 

「かはっ……げほげほっ!ごほっ……」

 

苦しげに咳をする彼女の背を納刀した土方が摩る。それを見て、沖田は口を尖らせていた。

 

「何すんですかィ土方さん。せっかくいいとこだったのに……」

 

「いいとこもクソもあるかボケェ!ガキに何してんだテメェは!」

 

「何って、ただの予行演習でさァ。将来、突然バーベキューを口に突っ込まれた時、どう対処するかの練習ですよ」

 

「練習ってお前、いつそんなシチュエーションが舞い降りてくんだよ!!自分が楽しみたかっただけじゃねーか!」

 

「そうは言ってますが、見なせェ他の奴らを。みんな一様に興奮してますぜ。嬢ちゃんの苦しむ顔見て、ボーッと突っ立って興奮してますぜ」

 

「オイ今興奮してた奴出てこい!切腹だコラァ!!」

 

沖田の言う通り、真選組の面々は一部を除いて興奮していた。

普段はとても凛々しい志乃だが、苛められたり追い詰められたりすると、恥じらったり震えたりと一気に女の子らしくなる。

 

しかし、もちろん年端のいかないこの少女にそんな自覚はない。そのため、彼女には変な虫が寄ってきやすいのだ。

ゆえに、周囲はそのような下心満載の男を避けさせてきた。普段はそれが銀時もしくは新八の役だが、真選組では土方の役になるらしい。

 

しかし、やられるだけなのが、彼女ではない。

ようやく落ち着いた志乃は、金属バットを抜いて沖田に殴りかかった。

 

「お前ェェ何すんだコラァァァァ!!」

 

「おっと」

 

沖田はひょいと志乃の怒りの一撃をかわすと、それは沖田の背後にあった大木に当てられた。バットが一気に幹にめり込み、ミシミシと繊維が潰されていく。そして、最終的にその一撃は、木を真っ二つに折ってしまった。

倒れた木は、何故か近藤の脳天に吸い込まれるように落ちていった。

とんだとばっちりを受けた近藤を無視して、志乃は金属バットを振るい、沖田を追いかけ回し始めたーー。

 

********

 

「あの野郎ォォォォ、今度会ったら絶対ェぶっ飛ばしてやらァァァ!!」

 

一人回想シーンに浸っていた志乃が、金属バットを抜いてソファの上に立ち、天井に叫ぶ。それに驚いたホストが、彼女を宥めようとした。

 

「お、お嬢さん!?」

 

「ちょ、落ち着いてくださ……」

 

しかしその時。

 

ガシャァァァ!

 

遠くで、何かが割れるような音がする。

それに反応して振り返った瞬間、突如店に来ていた客が皆騒いで逃げていった。

 

「な、何だ!?」

 

「まさかまたアイツじゃ……」

 

「アイツ?」

 

汗を滲ませたホストが呟いた言葉に、反応する。

アイツって誰だ?単純な疑問が、志乃の頭の中に浮かぶ。

渦中の人物らを見に行こうと、制止するホストらをかわして近付いていった。

 

少し遠めから見てみると、ソファにでかい態度で座った男と狂死郎が睨み合うように対峙していた。その机の上で、八郎がヤクザのような男に取り押さえられている。

座っている男には、見覚えがあった。

その男も、こちらに気付いた。

 

「?オイ、そこの嬢ちゃん」

 

「!」

 

話題が自分から背後に立つ少女に移ったことで、狂死郎は驚いて志乃を振り返った。

 

「何や、どっかで見た顔や思たら……お前、万事屋の嬢ちゃんやないか」

 

「……へー、何でアンタがそんなこと知ってるわけ?プライバシーの侵害で訴えるよ?溝鼠(どぶねずみ)組の黒駒の勝男さん」

 

興味無さそうに見やる勝男と、冷たい視線を向ける志乃。

 

「こんな所で会うたァ奇遇だね」

 

「せやな。ま、今日はオジキの勧誘ちゃうから、安心しィや」

 

「あっそ。じゃあ別件?大変だねアンタも」

 

志乃は腕組みをして、同情する。

彼女の背後に立つ狂死郎らは、何が何だかわからなかった。だが少なくとも、彼らの間に関係があるのは察せた。

その時。

 

「ちょっとォォォォ!!何やってんのォォ!!」

 

突然耳に入ってきた絶叫に、志乃は思わず目を見開いた。八郎を取り押さえた机の前に、母ちゃんが立っていたのだ。

 

「なっ……ちょ、母ちゃん……」

 

「血だらけじゃないのちょっとォォォ!どうしたのコレェェ!!」

 

「何や?このオバはん」

 

「ちょっとォォォ!コレっ……あのっ……ちょっとォォォ!!」

 

「何回言うねん」

 

「確かに柿ピーはお酒と合うけれどもォォ!食べ過ぎちゃダメって……」

 

「ピーナッツの食い過ぎでこない血ィ出るワケないやろ!!」

 

「柿とピーナッツは6:4の割合でイケと言ったじゃないのォォ!!」

 

「母ちゃん、ワケわかんないから。もう下がって面倒だから」

 

志乃が呆れて母ちゃんの肩に手を置くが、彼らに勝男が立ち上がって詰め寄る。

 

「オイ、オバはんええ加減にしいや。どっからわいて出たんか知らんけど、ワシら遊びに来たんちゃうねん。ナメとったらアカンど……」

 

何やら不穏な雰囲気に、サッと母ちゃんの前に出るが、勝男は自慢の七三ヘアーに手を添えて叫んだ。

 

「柿とピーナッツの割合は7:3に決まっとるやろーがァァ!!世の中の事は全てコレ7:3でピッチリ上手く分けられるよーなっとんじゃ!!7:3が宇宙万物根元の黄金比じゃボケコラカスぅ!!」

 

「7:3って、それ柿ピーじゃなくて柿の種食いたいだけじゃろーが!!テメーは一生猿カニ合戦読んでろボケコラクズぅ!!」

 

「アホか!!この比率が柿とピーナッツ双方を引き立たせる黄金比なんじゃボケコラブスゥ!!」

 

「テメーはその黄金比という言葉に酔ってるだけで考える事を放棄し、ただ明日を死んだように生きていけボケコラナスぅ!!」

 

「あのさ、私を挟んで口喧嘩はやめてくんない?唾飛んでんだけど」

 

志乃はジトッとした目で勝男と母ちゃんを順番に見て言う。

 

確かに、志乃は母ちゃんを守ろうと勝男との間に入ったが、当の母ちゃんは、ヤクザ相手に柿ピーの割合というなんともくだらない話題で議論を展開している。

もうこいつ最強か。母ちゃんは最強か。なんだか、体がグッと疲れてきたような気がした。

 

ヒートアップしていたのか、勝男も彼女に気がつかなかったらしい。

 

「ん?ああ、すまんのォ嬢ちゃん」

 

「討論ならこっちでやって」

 

そう言って、先程まで勝男が座っていた席を指さした。

 

「上等やオバはん、今夜は朝まで柿ピー生討論や」

 

「白黒ハッキリつけようじゃないのさ」

 

「アンタ何しに来たんだよ」

 

どうしてこうなった?志乃は思わず心の中でツッコミを入れた。

ソファに座った勝男は、机を蹴り飛ばす。

 

「酒持ってこんかい!!なんやこの店、ホストクラブのくせに接客もようせんのか?」

 

ホスト達が慄いて、情けない声を上げる。その時、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

 

「今宵はホストクラブ高天原へようこそいらっしゃいました。当クラブトップ3ホストの一人、シンです」

 

「ギンです、ジャストドゥーイット」

 

「グラだぜフゥー」

 

ーー何やってんの。

 

喉まで出かかった言葉をなんとか呑み込み、ホストに扮した銀時達を見る。

 

「度胸あるやないか、こっち来い。ホンマはキレーなネェちゃんはべらしたいトコやけどな」

 

一度切ってから、勝男は思い出したように志乃に視線を移す。

 

「せや、お前もこっち来い嬢ちゃん。嬢ちゃんもなかなかキレーやさかいのォ」

 

「褒め言葉?私で我慢してやるってか?」

 

若干イラついた志乃だったが、腹いせにどかっとデカい態度で座ってやる。

一方、向かいに座る母ちゃんも銀時らに気付いていたが、すぐさま神楽にボディーブローを入れられた。

 

「アレ?お客さん。アララ〜もう潰れちゃったぜフゥー」

 

「いや、オバはんまだ飲んでへんで」

 

「勝男のおっちゃん、細かい事ァ気にしちゃあ負けだぜ」

 

勝男のツッコミを一蹴する。銀時は、母ちゃんを新八に預けた。

 

「オイ、シン。ババ……お客さんをあちらに寝かせてジャストドゥーイット」

 

「オッケェイ、我が命にかえても」

 

「何や、ウザイんやけど」

 

「だから言ってるだろ。気にしちゃあ負けだぜ」

 

再び志乃に一蹴された勝男だったが、話を元に戻そうと狂死郎を見る。

 

「まァ、エエわ。狂死郎はん、話を元に戻……」

 

「何飲みますか?」

 

「焼酎水割り、7:3で。話を元に戻……」

 

「焼酎3ですか?水3ですか?」

 

「焼酎や。話を元に戻……」

 

「焼酎3ですか?」

 

「せやから焼酎3やて!話を元に戻……」

 

「焼酎さん何飲みますか?」

 

「焼酎さんちゃうわァァ!!いや、焼酎3やけれども!この『3』は『さん』やのーてスリーや!焼酎スリー水セブン、オッケー?」

 

「オッケェー、我が命にかえても」

 

「流行んねーからそれ!さっきから何か押してるけども!イラッとくるからそれ!!」

 

長ったらしくて無駄なやり取りに疲れ、シャウトする。

 

ーーま、銀に口喧嘩売ったところで、大抵の人の負けは確定だからね。口じゃなくても強いけど。

 

勝男の隣に座る志乃は、銀時を見つめてフッと笑った。

ようやく少し落ち着いたところで、話を元に戻す。

 

「狂死郎はん、もう面倒やからぶっちゃけて話さしてもらうけどな。オタクのツレ、ケガさしとーないんやったらワシらの要求呑めっちゅー話や。悪い話やないやろ、簡単や。いつものように、甘いトークで女共誑かして、金落とさせたらエエねん。クスリ買わせてな。それでワシらこの店の用心棒代わりしたるし、儲けもキッチリ7:3で分けたろーゆーてんねん。もうこないな事も無くなるし万々歳やないの」

 

勝男は隣に座る神楽に、煙草の火をつけさせようとする。神楽は何故か、両手に火打ち石を持っていた。カンカンと甲高い音が鳴る中、話は続く。

 

「前にも言ったはずです。僕らは貴方達のような人達の力を借りるつもりはない。僕らは自分達の力だけでこの街で生きてきた。これからも変わるつもりはない」

 

煙草の前で打ち鳴らされていた火打ち石が、勝男の顔に当たる。

 

「ほぅ。ほなツレがどーなっても……いっ!ちょっともう痛い!痛いしうるさい!何で火打ち石?さっきからガツンガツン当たっとんねん」

 

頬を押さえながら、勝男は神楽にライターを差し出した。

 

「ライター無いんか。ほなコレ使って」

 

「いや、いいですプレゼントとか……重たい。なんか付き合ってみたいな」

 

「お前にあげたんちゃうちゅーねん!ソレ使って火ィつけて言うてんの!!」

 

「マジか!まさか身近にそーいうのがあったとは……」

 

「そーいうのって何や!お前何想像しとんねん!」

 

男が男にプレゼントを贈る。衆道好きの彼女にとっては、何よりも堪らないものであった。涎を垂らして想像する志乃に、勝男の一喝が入った。

神楽はライターを火打ち石で挟んで、粉々に壊してしまう。

 

「火打ち石とコラボレーションすな!!お前何さらしてくれとんねん。高かったんやでコレ」

 

「一丁前に高いモン持ってっからそーなるんだよ。私を見てみろ、質素だぞ。質素が過ぎて最早素朴だぞコノヤロー」

 

「金属バット高かった言うとったやんけ。どこが質素で素朴やねん」

 

その時、ヤクザに取り押さえられている八郎が叫んだ。

 

「狂死郎さん!!オラに構うことはない!こんな奴らの言いなりになるな!!泥水啜って顔まで変えて、それでもオラ達自分達の足で歩いていこうって、この街で生きていこうって決めたじゃないか!!」

 

志乃が八郎を見上げたその瞬間、彼女の隣に座っていた勝男が八郎のアフロを掴んで床に投げ飛ばした。

 

「ええ度胸やないかァ。ほなこの街で生きてくゆーのがどんだけ恐いか教えたるで」

 

勝男は八郎の右手を足で踏み付け、抜刀する。

 

「エンコヅメゆーの知っとるか?ワシらヤクザはケジメつける時、指落とすんや。とりわけ溝鼠組(ウチら)の掟は厳しいで〜。指全部や」

 

「やめろっ!!」

 

止めようとした狂死郎をヤクザが押さえる中、勝男は刀を振り上げた。

 

「今更遅いで。お前らとワシらじゃ覚悟がちゃうちゅーこと、思い知れやァァ!!」

 

刀が、八郎の手に振り下ろされたその時。

 

ーーバキィィン!

 

刀身が折れ、刃先と柄とがそれぞれクルクルと飛んでいく。

 

「アンタさ、切腹って知ってる?私ら侍はケジメつける時、腹切んだよ」

 

勝男の眼下には、金属バットを振った後の志乃が立っていた。

彼女がこちらを見て、不敵に笑う。その赤い目は、何よりも鋭かった。

 

「なかなか痛いからやりたかねーんだがな」

 

「……お前、ホンマ誰やねん」

 

「なァに、しがないただの万事屋だよ。アンタらよりもっと重たい覚悟持って生きてる、ね」

 

ニタリとほくそ笑んだ志乃に、ヤクザ達が大勢襲いかかってくる。志乃は大声で、奥の方に注文した。

 

「お兄さん、ドンペリ三本よろしくゥ!」

 

「オッケェイ、我が命にかえても!」

 

銀時がサムズアップをしたのと同時に、叫んだ。

 

「ドンペルィィィニョ三本入りまぁーす!!」

 

「はーい!」

 

奥から新八が、ドンペリ三本を回転させながら投げる。銀時はその内の二本を手にし、ヤクザ二人に叩きつけた。

そして最後の一本を手にし、勝男に振り下ろそうとしたが、銀時の目前に、串が向けられた。

 

「そううまくはいかんで、世の中」

 

その時、勝男の懐から携帯のメールの着信音が鳴った。なんと、勝男の愛犬メルちゃんが無事出産したらしい。

それを聞いた瞬間、勝男は一目散に引き上げていった。

 

ーーお前仕事よりも愛犬か。

 

呆れて、溜息を吐く。しかし、兎にも角にも騒動は一時収まった。それに、一同がホッとした。

ボロボロになりながらも立ち上がった八郎が、礼を言う。

 

「あ……ありがとうございました。皆さん助かりましたァ」

 

「ったく、手間かけさせてくれるね」

 

「ま、母ちゃん目の前で息子死なせるワケにはいかねーからな」

 

「母ちゃん?」

 

八郎が、キョトンとした様子で銀時を見つめた。

 

「とぼけんじゃねーよ。どうして隠してたか知らねーがもういいだろ。名乗り出てやれやあのババアによー」

 

「いや、何を言っているのかよく……」

 

「いい加減にして下さい。お母さんがどれだけ貴方を心配したと思ってんですか」

 

「え?……いや、でもオラの母さんもう死んでるし」

 

「は?」

 

今度は志乃がキョトンとした様子で、顔を顰めた。

 

「死んでるって何?アンタの中では死んだってコト?」

 

「死にました、一年前に。ちなみにオラ息子じゃなくて、こう見えても元娘です。オナベですから、オラ。八郎は源氏名、本名は花子です」

 

え?じゃあこの人は探してた人とは別人?じゃあ私らのあの苦労は何だったワケ?

衝撃の事実に言葉を失った銀時と新八、志乃の背後から、神楽が駆け寄ってきた。

 

「おばちゃんが…………どこ探してもいないアル‼︎ひょっとして、連中に攫われてしまったのかも……!」

 

「!!母ちゃんが!!」

 

「えっ?」

 

志乃の視線が向けられた先には、かぶき町No. 1ホスト、本城狂死郎がいた。

つまり、依頼主の母ちゃんが探していた息子とは、狂死郎のことだったのだ。



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甘えも時には必要

それから高天原の従業員全員で、母ちゃんを探し始めた。志乃は店を飛び出ていった狂死郎を追いかけ、その都度銀時に連絡を入れていた。

しかし、突如狂死郎の足が早まる。電話を耳から離してから、彼の様子が変わった。何か、焦っているような。

 

「狂死郎さん……?」

 

志乃は一定の距離を保ちながら、銀時に連絡をした。

 

「もしもし、銀?」

 

「どーした?動いたか?」

 

「うん、街の外れの工事現場に向かってる。大分焦ってるみたいだから、きっと母ちゃんも関わってると思う」

 

「わーった、すぐ行く。早とちりして勝手なマネすんなよ」

 

「了ー解」

 

銀時との短いやり取りを切り、志乃は狂死郎を追うべく走り出した。

 

********

 

狂死郎を追った志乃が辿り着いたのは、予想通り街外れの工事現場。おそらく、ここに勝男から呼び出され、母ちゃんを人質に取引を持ちかけられているのだろう。

お瀧直伝の術で気配を消し、物陰からこっそりと様子を伺う。

 

話を盗み聞きしたところ、やはり勝男は母ちゃんを人質にとり、先程のクスリ密売のことを持ちかけていた。

いやはや、自分の勘の良さにはホント拍手しか出来ない。

 

狂死郎は手にしていたアタッシュケースを開いて、小判やら札束を勝男に見せた。

 

「私の私財です。店を大きくするために使ってしまって、あまり残ってはいませんが」

 

「なんやァァァ!!まだもがく言うんかいな!!わしらそんなはした金欲しいんやないでェ!!お前の店でクスリ捌け言うとんねん!もっとデカイ金動かしたいんじゃ!!」

 

「私はホストという仕事に誇りを持っています。だから貴方達の要求は呑めないし、母に名乗り出るつもりもない。ホストは女性を喜ばせるのが仕事です。だから、この世で最も大切な女性を悲しませるようなマネは、私は絶対にしない」

 

どうやら、全財産を渡すからクスリ密売の件も断らせてくれと言ったところか。

うん、流石かぶき町No. 1ホスト。大したモンだ。

勝男もそれを承諾し、その金で組長を説得出来るかもしれないという。これで、交換条件は整った。

狂死郎がアタッシュケースを勝男へ投げ渡した。勝男が受け取ろうとした……邪魔するなら、今だ。

 

「せぇりゃあああああ!!」

 

一気に駆け出した志乃は、金属バットを抜いて横薙ぎに振るった。

バカン!という音と共に資材の上に弾き飛ばされたアタッシュケースを横目に、勝男達のいる上階に着地した。

 

「こんな奴らにやる金なんかねーよ。大事に取っときな。ソイツで母ちゃんに美味いメシの一つでも食わせてやれ」

 

「お前!!」

 

志乃の姿を見て殺気立つヤクザを蹴り飛ばし、勝男がこちらへ歩み寄ってきた。

 

「これまた妙なトコで会うたな、嬢ちゃん。大したモンや。ここまで一人で後つけてきたんか」

 

「ビンゴ。ま、こんなこったろーとは思ってたがな」

 

「相変わらず侮れん嬢ちゃんやな。そないやからオジキに目ェつけられんねんで。お人好しも大概にせんと」

 

「別にこいつ助けに来たワケじゃねーよ。あのままだったら胸糞悪かっただけ。それに」

 

ボリボリと頭を掻いた次の瞬間、無数の鉄骨がクレーンにひとまとめに吊り下げられ、振り子の法則で壁を突き破った。

 

「私、一人じゃないしね」

 

ニッと笑った志乃は、建物を縦横無尽に壊しまくる鉄骨から逃れるヤクザを蹴る。そして、金属バットで逃げ惑うヤクザを次々と殴り飛ばしていった。

 

「オラァ逃げんなァァァ!!それでもヤクザかボケェェ!!」

 

「なんちゅー無茶しよる嬢ちゃんや。どっちがヤクザかわからんで……」

 

母ちゃんを人質に使おうとした勝男だったが、鉄骨の束に括り付けられた神楽が、母ちゃんを掻っ攫う。

 

「このオバはんは貰ったぜフゥ〜!」

 

それを見た勝男は逃がすまいと母ちゃんの足にしがみついた。

 

「このォ、ボケコラカス。なめとったらあかんどォ。お登勢ババアの回し者やなんや知らんが、この街でわしら溝鼠組に逆ろうと生きていける思うとんのかボケコラカス」

 

鉄骨が振り子のように、再び同じ軌跡を描く。そこに、銀時が待ち構えるように木刀を持って立っていた。

 

「溝鼠だか二十日鼠だか知らねーけどな、溝ん中でも必死に泥掻き分けて生きてる鼠を、邪魔すんじゃねェェ!!」

 

銀時の一撃が、勝男の腹に打ち込まれる。勝男は下の床に吹っ飛ばされ、少々床を抉らせた。そこに、子分達が集まり、怒りの矛先を銀時に向ける。

しかし、それを制する手があった。勝男だ。

 

「ほっときほっとき。これでこの件から手ェ引いてもオジキに言い訳立つわ」

 

「あにっ……」

 

「溝鼠にも溝鼠のルールがあるゆーこっちゃ。わしは借りた恩は必ず返す。7借りたら3や。ついでにやられた借りもな。3借りたら7や。覚えとき、兄ちゃん」

 

踵を返した勝男を追って、ヤクザ達が退散していく。

それを見送り、銀時は同じく勝男の背中を見る志乃の隣に立った。そして、ずっと気になっていたことを訊く。

 

「お前……アイツらとなんかあったのか?」

 

「別に。特にはないよ」

 

「嘘吐け。普通ヤクザが、何の関係もねェガキ追い回すかよ。お前絶対何かやらかしただろ。いいからホラ、とっととお兄ちゃんに吐け。な?」

 

煩わしそうにガシガシと髪を掻く。

つまり、何かヤクザに狙われる理由があるのなら、護ってやるということなのだろう。

相変わらず遠回しな優しさを嬉しく思い、ここは仕方なく白状した。

 

「んー、やらかしたっつーか何つーか……向こうが私に一目惚れしたってヤツかな?」

 

「オイオイ、今時のヤクザはロリコンですか?んなわけねーだろ、それで騙されるかコラ。お兄ちゃん騙そうったって千年早ェ」

 

「妹に頼られるなんて五千年早いよ、兄貴」

 

「オイコラ、このクソガキ。てめっお兄ちゃんを何だと思ってんだ!」

 

怒る銀時をケタケタと笑う志乃。

銀時に吐いた嘘。それは彼女が銀時を護るために吐いたものだった。

 

********

 

志乃が溝鼠組と関わったのは、今から約一年前。

事の発端は、時雪がまだフリーターとして働いていた職場でのトラブルである。

 

なんでも難癖をつけた客が、商品を無料で売れと言ってきた。そのトラブルを引き起こした相手が、溝鼠組なのだ。

彼らは時雪の家で営んでいる道場に殴り込み、器物損壊や彼の妹達にまで手を出そうとした。

それにキレた時雪が、ついに末端であるがヤクザを殴り飛ばしてしまったのである。

この事に腹を立てたヤクザは時雪の女のような容姿に目をつけ、男娼にさせようとしたのだ。

 

その時、ちょうど別件の仕事で時雪の家の近くに来ていた志乃が見かね、ヤクザ達を一掃した。

彼女に助けられた時雪は流れで彼女の店で働くことになり、これが結果的に時雪と志乃の出会いとなったのである。

 

しかし、この件で彼女に恨みを持ったヤクザ達が、彼女を強襲することも多かった。幾度となく襲われても、もちろんその全てを返り討ちにしてしまう。

この強き少女の話は、若頭の勝男だけでなく、組長ーー泥水(どろみず)次郎長(じろちょう)の耳にも入ってしまった。

 

それ以来、次郎長は彼女を溝鼠組に引き入れようと様々な手を使って迫ってきた。

しかし志乃が了承するはずもなく、その誘いの手を(ことごと)くかわしている。

この関係が今の今までズルズルと引き摺り、長引いているのだ。

 

「しつこい男は嫌いなんだけどね」

 

志乃がボソッと独りごちると、帰路を歩く銀時が「あ?」と反応した。

 

もし。もしも、次郎長から本気で狙われたら。

隣を歩く死んだ魚のような目をした兄貴分は、助けてくれるのだろうか。

 

「ねェ銀。何で私の周りの男はみんな、しつこい野郎ばっかなんだろ?」

 

「知らねーよ」

 

「もう、冷たいなァ」

 

そう言って、銀時の腕に手をまわして、くっついてみる。

銀時は「離れろよ」と視線だけで言ってくるが、そんなものは知らない。すると諦めたらしく、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 

彼らの周りで揶揄うように笑う新八と神楽。煩わしそうに肘で押しやる銀時を見上げて、志乃は頼りになる兄の腕をぎゅっと抱きしめた。




次回、柳生篇。気合い入れて頑張ります。


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柳生篇 エゴの先にあるのはやっぱりエゴ
めでたい事があったら取り敢えず赤飯


今回から柳生篇開始です。
よっしゃ柳生篇、出てこいやァ‼︎(違う)


「お疲れさんっしたー」

 

今日も志乃は真選組のバイトのため、屯所に来ていた。

いつもの藤色の浴衣に着替え、帰ろうと襖を開けると、そこには私服に着替えた真選組隊士らがいた。

 

「アレ?どうしたの?」

 

「今からお妙さんの店に行くんだ」

 

「は?姐さんの?」

 

山崎から返ってきた意外な答えに、志乃は思いっきり顔を顰めた。

 

驚くのも無理はない。お妙の働く店は、仕事に疲れた親父達の聖地・キャバクラである。

局長である近藤がお妙に惚れてからそこに通いつめていることは知っていたが、何故真選組総出でキャバクラに行くのか。

 

「何で警察の人が揃いも揃ってキャバクラに行くの?」

 

「いや、実はね……」

 

訝しげな彼女の視線に苦笑を浮かべながら、山崎は経緯を説明し始めた。

 

********

 

話を要約するとこうだ。

 

実は近藤に、縁談が来ているというのだ。なんでも幕府から来た見合い話なのだが、相手は猩猩星の第三王女バブルス。つまりは天人なのである。

しかもその姿が……。

 

「ゴォォォォォォリラァァァァァァァァァァ‼︎」

 

「ぶがふっ⁉︎」

 

見合い写真を見せられた志乃は、突如狂乱して見合い写真ごと山崎をぶっ飛ばしてしまった。山崎はそのまま襖やら近くにいた隊士らを巻き込んで、ドンガラガッシャーンと大きな音を立てて吹き飛ぶ。

我に返った志乃が、青ざめながら山崎を救出した。

 

「ご、ごめんザキ兄ィ!大丈夫?」

 

「いてて……な、なんとか」

 

優しい山崎で良かった。これがもし土方や沖田だったら、もう恐ろしい。

土方なら拳骨一発で済むが、沖田の場合は手錠と首輪をはめられ、その後はとんでもない辱めを受けていただろう。

志乃はそのことに安堵しながら、山崎に再度頭を下げる。

 

「本当にごめんなさい。私、昔からゴリラ苦手で……」

 

「そうだったの?」

 

「昔のトラウマでね。写真でもやっぱ怖いんだ」

 

「何?何がどうなったらゴリラがトラウマになるの?」

 

「思い出したくないから話したくない」

 

しかし、周囲からゴリラゴリラと呼ばれる近藤は大丈夫ということから、少なからず志乃からは人間扱いされているようだ。

 

まぁとにかく、真選組の面々は今から、近藤とゴリラの結婚を阻止すべくお妙の働く店に向かうらしい。

上手くいかないと思うが。志乃は欠伸を一つしてから、スクーターに跨った。

 

********

 

翌日。志乃は銀時らと共に、高級料亭の屋根の雨漏り修理をしていた。

 

志乃は一応万事屋という仕事柄、大方の事は出来るのだが、料理だけは出来ない。

ちゃんと教われば作れるのだろうが、教わって覚えるのは正直癪なのだ。それはつまり、自分が出来ないことを認めてしまう。

それが嫌だった志乃は、なんでも独学で勉強した。

 

瓦の下の屋根の木に釘を当てつけ、金槌で叩きながら、新八と銀時の会話を聞いていた。

 

「あー?姉貴が朝帰り?」

 

「そーなんです。朝帰りっていうか仕事柄いつも朝帰りなんですけどォ。今日はいつもよりさらに遅く帰ってきて、僕と目も合わせずに着替えてまたすぐ出てきました」

 

「新八、そういう時はなァ黙って赤飯炊いてやれ」

 

「やめてくんない‼︎姉上は結婚するまでそーいうのはナイです‼︎しばき回しますよ‼︎」

 

「将来結婚すると決めた相手ならわかんねーだろ。しばき回しますよ」

 

「そんなもんいねーもん‼︎認めねーもん僕!」

 

「シスコンも大概にしな新八。アンタと姉上は、法律上結婚出来ないんだよ」

 

志乃もその話に便乗して、会話に乗る。銀時がさらに続けた。

 

「姉上もようやくお前という重い鎖を引き千切って、甘美な大人の世界に羽ばたこうとしてんだよ。そういう時、弟はもう黙って赤飯製造マシーンになるしかねーだろ。泣きながら赤飯製造マシーンだよお前」

 

「銀ちゃん!私も大人になれば赤飯食べれるアルか⁉︎」

 

「お前は泣きながら豆パンでも食ってろクソガキ」

 

神楽を一蹴した銀時は、昼食の豆パンを配り始めた。ちなみにこの豆パンは、志乃の知り合いのパン屋が売れない豆パンを横流ししてきたものである。

 

銀時から豆パンを受け取り、もさもさと食べる。美味しいのになァ、豆パン。

しかし、鼻水を啜る神楽によれば、三日間三食豆パンなのだという。そりゃ嫌になるわな。

 

新八は涙目になりながら、相手は誰だとブツブツ言いながら豆パンを食べていた。

 

「まさか……近藤さん⁉︎まさかあのゴリラと⁉︎」

 

「ゴォォリラァァァァァァァ‼︎」

 

「ぐえぶっ‼︎」

 

ゴリラの言葉に反応した志乃が、思いっきり新八を殴り飛ばした。

 

「新八、志乃の前であまりゴリラって言うなよ。こいつガキの頃、動物園のゴリラの檻に落ちて襲われて以来、ゴリラ恐怖症になっちまったんだからな」

 

「そーいうデリケートな事は先に言って下さいよ!」

 

平和な昼下がり、新八のツッコミが空に響き渡ったーー。



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事前の情報収集は何より大事

屋根の雨漏り修理が終わり、志乃は新八と共に依頼主から報酬を貰っていた。少し分厚い封筒に、彼らの心も踊る。

 

「おおっ、結構貰ったね〜」

 

「姉上にハーゲ◯ダッツでも買って帰ろっかな」

 

「私も団子買って帰ろーっと」

 

二人肩を並べて廊下を歩いていると、障子の奥から聞き慣れた声と、ガタガタという物音が聞こえてきた。

ふとそちらに目をやると、障子が開いている。そこには、お妙と白い服を着たポニーテールの眼帯少年がキスをしている光景が広がっていた。

 

それを目にした二人は、思わず固まった。彼らにお妙と少年が気付き、こちらに視線を投げる。

シンとした静かな部屋に、ししおどしが石を叩く音が響いた。

 

「し……新ちゃん、志乃ちゃん。ち、違うの‼︎新ちゃん、これは……」

 

お妙が必死に弁明しようとするが、次の瞬間、新八は机を吹き飛ばす勢いで少年の服を掴んで詰め寄った。

 

「何やっちゃってんのォォォォ‼︎お前らァァァァ‼︎貴様ァァァァ‼︎嫁入り前の姉上に何してんだァァァァ‼︎」

 

「新ちゃん!」

 

しかし、少年は冷静に新八を見つめる。

 

「新八君か。相も変わらず姉離れが出来ていないらしい」

 

すると、少年は新八の足を払い、そのまま投げ飛ばした。

 

「いい加減君も、強くなったらどうだ」

 

「新八⁉︎」

 

「新ちゃん!」

 

お妙が倒れた新八に駆け寄ると、少年は彼を見下ろして言う。

 

「別れの時だ。君がそんな事では、妙ちゃんも心配で家も出られんだろう」

 

「‼︎アンタ……‼︎九兵衛さん……柳生九兵衛さんか」

 

この少年ーー柳生九兵衛は、新八らの知り合いらしい。しかも彼は、何やらお妙を連れて行こうとしている。

いくら勘の働く志乃でも、これ以上は何もわからなかった。

 

「いきなり現れて何言ってんだ‼︎家を出るって一体どういう……」

 

「そういう意味さ。君は知らんのかもしれんが、僕と妙ちゃんは幼い頃、夫婦になる誓いを共に立てた。許嫁(いいなずけ)だ。今日をもって、彼女には柳生家に来てもらう」

 

「はァ⁉︎何言ってんだ!幼い頃誓ったって、そんな子供の約束……ねェ⁉︎姉上」

 

新八がお妙を見やるが、彼女は俯いたまま、沈黙を貫いていた。

 

「姉上!何で何も言わないんですか⁉︎」

 

「…………新ちゃん。ごめんなさい、私……」

 

ポツリと謝罪の言葉を呟いたお妙は、立ち上がって九兵衛の元へ歩み寄る。

 

「姐さん、ちょっと」

 

今まで成り行きを見守っていた志乃が、遂にお妙に手を伸ばす。

その時、障子を突き破って銀時と神楽、そして何故か近藤が部屋の中へ転がり込んできた。

何やらもめている様子だったが、すぐにこちらに気付き、お妙を見上げる。

 

「アレ⁉︎お妙さん!」

 

「アレ、何コレなんかマズイトコ入ってきた?」

 

「アネゴ‼︎こんな所で何やってるアルか⁉︎」

 

彼らを見たお妙は、悲しげな目を向けていたが、その目には涙が溜まっていた。

 

「……みんな、さようなら」

 

背を向けたお妙に銀時が手を伸ばすが、部屋の天井を破壊しながら何かが入ってきた。

何だろう?とそれを振り返る志乃。そこには着物を着た、まごう事なきゴリラがこちらへ進撃していた。

 

「ぎゃああああああああ‼︎ゴリラァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」

 

小鳥達が呑気にチュンチュンと(さえず)る中、志乃の悲鳴と何かを叩き潰すような音が、空に飛んでいった。

 

********

 

あれから数日。志乃はソファに寝転がり、雨が降りしきる窓の外を眺めながら、溜息を吐いた。

あの時見た、お妙の涙が忘れられない。結婚とは本来、お互いが共に幸せになれるものではないのだろうか?それなのに、何故お妙は泣いていたのか。

 

「志乃」

 

向かい合わせのソファに、お瀧が座る。待ってましたとばかりに、志乃はガバッと跳ね起きた。

 

「何かわかった?柳生家のこと」

 

「わかったも何も、あんな有名なトコ潜入するまでもあらへんやろ」

 

あれから帰宅した志乃は、すぐにお瀧に柳生家のことを調べさせた。

普段はスナックで働くキャバ嬢である前に、最恐の忍であるお瀧は、もちろん諜報活動も得意としている。

その力を使い、柳生家のことについて調べてもらったのだ。

 

簡単だった、と溜息を吐くお瀧は、柳生家について語り始めた。

 

「柳生家っちゅーのはな、かつては将軍家の剣術指南役を仰せつかっとった名家や。天人が来てから剣術は廃れる一方やゆーのに、その華麗な技学ぶため、未だに門叩く(モン)も多いとか」

 

「へー、すごいトコなんだね」

 

「せや。ま、簡単に言うたらセレブっちゅーヤツやな。んで、これの次期当主が、柳生九兵衛や」

 

そう言いながら、お瀧は九兵衛の写真を机に置いた。

それを覗き込み、間違いなく先日出会った少年だと確認する。

お瀧はさらに続けた。

 

「この九兵衛っちゅーガキはなんや神速の剣の使い手やいうて、柳生家創始以来の天才とか呼ばれとるらしいで。……せやけど信じられへんわァ。あのモンスター女が、次期柳生家当主と幼馴染で許嫁とはなァ……」

 

欠伸をして、ソファに凭れかかるお瀧。

 

お妙は確か、剣術道場の娘。その娘が柳生家の次期当主に嫁ぐとなれば、玉の輿だろう。

でも、それなのに何故彼女は涙を流し、さよならを告げたのだろうか。

 

天井を見上げた志乃は、フウッと大きな溜息を吐いて、立ち上がった。玄関で草履を履き、金属バットを腰に挿す。

 

「どこ行くの?外雨だよ?」

 

「ちょっと散歩。雨の日の散歩ってのも、なかなかオツなもんだよ」

 

時雪にそう言ってニッと笑うと、扉を開け笠を被り、外へ出た。

 

********

 

「あっ。銀、神楽」

 

「あっ。志乃ちゃんアル」

 

柳生家の階段の前、志乃は銀時と神楽の姿を見つけた。

その反対側を見やると、何故か土方と沖田が歩いてくる。

 

「……みんな揃って何やってんの」

 

「新八が昨日から来てなくて、様子見に来たアル」

 

「俺は柳生に借りがあるからな。それを返しに来ただけだ」

 

「ふーん」

 

興味無さげに肩を竦めた志乃は、階段を上っていった。それに続き、銀時達も上がってくる。

 

「オイてめっ、俺達は話したっつーのにお前は話さねーってかよ。オイコラ、お前何しに来た」

 

「天下の柳生流」

 

ポツリと呟き、銀時を振り返って口角を上げてみせる。

 

「ソイツがどんなもんか、腕試しに来た」

 

「はァ?」

 

「オイオイ、俺達は遊びで来てんじゃねーんだぞ。邪魔するならとっとと帰れクソガキ」

 

「安心しな。邪魔なんざしねーよ」

 

階段を上りきると、閉ざされているはずの門が解放されていた。その中から、怒号やら何やらが飛び交う。何やら騒ぎが起こっているようだった。

そこでは、新八と近藤が、大勢相手に戦っていた。

その内の見知らぬ一人を、銀時と志乃が同時に吹っ飛ばした。

 

「わりーな、二人じゃねェ」

 

「新八、今日から私らも門下だよ。何つったっけ、天然パーマ流だった?」

 

「銀さん‼︎神楽ちゃん‼︎志乃ちゃん‼︎」

 

「お前ら‼︎」

 

どうしてこんな所に、と語らう間も無く、柳生家の門下達が一斉に襲いかかってきた。



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昨日の敵が今日の友になる確率は低い

銀時、新八、神楽、志乃、近藤、土方、沖田。

たった七人で、数倍以上の相手をバッタバッタとなぎ倒していく。

 

志乃も金属バットを振り回し、次々に敵を打ち倒す。

時に突き飛ばし、蹴り飛ばし。数人まとめて叩き伏せる。

 

志乃の剣技は完全な我流であるため、型どころか構えの姿勢すら存在しない。

戦いに生きる銀狼の剣技は、相手を"倒す"ではなく"殺す"ためのもの。

情け容赦なく敵の急所をつき、首を撥ね脳天から叩き斬り、血を得たいがために剣を振るい続ける。

 

志乃のそれは覚醒した銀狼ほどではないにしろ、それでも銀狼の剣技とほぼ同じものであった。

そして、本人は全くそれに気付かぬまま、容赦なく金属バットで敵を倒していく。

 

「てめーらみたいな三下なんざ興味ねーんだよ。大将出せやァァ‼︎」

 

「ひっ……退けェェ!東城さんを、東城さんを呼んでこい!」

 

「逃げんなァ!」

 

逃げ惑う柳生の門下らを追いかけようとするが、銀時にぐいっと首根っこを掴まれ、引き止められる。

 

「ハイハイそこまで。ちょっと落ち着け。地獄の鬼かオメーは」

 

「誰が鬼だ!せめて狼と呼べ!」

 

「んなモンどーでもいいだろーが‼︎」

 

鬼と呼ばれるのは志乃のプライドが許さないらしい。抗議したが、銀時に一蹴された。

背後で真選組メンバーがあーだこーだと言い合う中、志乃は新八の背中を見やった。

 

「僕ねェ……もうシスコンと呼ばれてもいいです。僕は姉上が大好きですよ。離れるのはイヤだ。出来る事ならずっと一緒にいたいです。でもねェ……姉上が心底惚れて連れてきた(ひと)なら、たとえそれが万年金欠の胡散臭い男でも、ゴリラのストーカーでも、マヨラーでも、ドSでも、マダオでも痔でも。姉上が幸せになれるなら、誰だって構やしないんです。もう送り出す覚悟は出来てるんだ。泣きながら赤飯炊く覚悟はもう出来てるんだ。……僕は仕方ないでしょ、泣いても……そりゃ泣きますよ。でも」

 

雨が降る中、新八はボロボロと涙を流していた。

 

「泣いてる姉上を見送るなんてマネは、まっぴら御免こうむります。僕は姉上にはいつも笑っていてほしいんです。それが姉弟(きょうだい)でしょ」

 

俯く新八の隣を、通り過ぎる影が三つある。銀時と志乃、神楽だ。

 

「銀ちゃん、志乃ちゃん。アネゴがホントにあのチビ助に惚れてたらどうなるネ。私達、完全に悪役アル」

 

「悪役にゃ慣れてるでしょ。誰かの邪魔して、しっちゃかめっちゃかに掻き回すのもね」

 

「新八、覚えとけよ。俺達ゃ正義の味方でもてめーのネーちゃんの味方でもねェよ。てめーの味方だ」

 

三人は、肩を並べて奥へと進んでいく。金属バットを腰に挿して、志乃は大股で歩いていった。

 

********

 

しかし、乗り込んだのはいいものの、彼らはこの柳生家のめちゃくちゃ広い敷地のことを何一つ知らない。

どこに行けばお妙を見つけ出せるのかも、九兵衛と会えるのかもわからない。

なので、銀時達は直進した先にある建物に向かった。

 

扉を、一番槍として神楽が開ける。次の瞬間、生卵を乗せたご飯が神楽に降っかかった。

 

その有様を見て、相変わらずのポーカーフェイスで沖田が言う。

 

「オイチャイナ、股から卵垂れてるぜィ。排卵日か?」

 

不意に神楽が沖田の顔を掴み、思いっきり投げ飛ばす。

それを見て、土方は「今のは総悟が悪い」と納得するように言っていた。

 

「ねェ銀、排卵日って何?」

 

「テメーは保健の勉強をしろバカ」

 

くいくいと袖を引っ張って尋ねる志乃を見向きもせず、一蹴した。

 

後頭部を摩って起き上がった沖田に、刀が三本向けられる。

中には食事をしていた四人の男がいて、そのリーダーらしき長髪の男が、前に進み出た。

 

「いやァよく来てくれましたね、道場破りさん。天下の柳生流にたった七人で乗り込んでくるとは……いやはや、大した度胸」

 

その男が、口角を上げる。

 

「しかし、快進撃もここまで。我等柳生家の守護を司る」

 

北大路(きたおおじ)(いつき)

 

南戸(みなみと)(すい)

 

西野(にしの)(つかむ)

 

東城(とうじょう)(あゆむ)。柳生四天王と対峙したからには、ここから生きて出られると思いますな」

 

どうやら、ご丁寧に一人一人挨拶をしてくれたらしい。それほどの余裕があるということかそれとも。

志乃は腕組みをして、東城を睨んだ。

 

「てめーらみてーな格下にゃ興味ねーよ。いーからとっとと大将出せやコノヤロー」

 

しかし柳生四天王が一人、南戸が沖田の首に剣を当てがいつつ、鼻で笑う。

 

「アンタらのようなザコ、若に会わせられるわけねーだろ。俺達が剣を合わせるまでもねェ。オラッ得物捨てな」

 

得物を捨てろと指示された銀時達は、腰に挿した木刀やら剣やら金属バットやら手にしていた傘やらを、柳生四天王と沖田に投げつける。

床に突き刺さったそれらを柳生四天王と沖田は間一髪かわし、怪我人は出なかった。

 

「ちょっ、何してんの⁉︎」

 

「捨てろって言うから」

 

「どんな捨て方⁉︎人質が見えねーのか!」

 

「残念ながら、そいつに人質の価値はねェ」

 

「殺せヨ〜殺せヨ〜」

 

「てめーら後で覚えてろィ」

 

神楽がゲスな笑顔を沖田に向ける中、北大路が剣の柄に手をかける。その時、障子が開いた。

 

「それは僕の妻の親族だ。手荒なマネはよせ」

 

「若‼︎」

 

九兵衛がこちらへ歩み寄り、新八と対峙する。

 

「まァゾロゾロと。新八君、君の姉への執着がここまで強いとは思わなかった」

 

「今日は弟としてではない。恒道館の主として来た。志村妙は、当道場の大切な門弟である。これを貰いたいのであれば、主である僕に話を通すのが筋」

 

「話?何の話だ」

 

キッパリと言い切った新八に対し、とぼけるように言う九兵衛。

それに、近藤、沖田、土方、神楽が続く。

 

「同じく剣を学び生きる身ならわかるだろう。侍は口で語るより剣で語るが早い」

 

「剣に生き剣に死ぬのが侍ってもんでさァ」

 

「ならば、女も剣で奪ってけよ」

 

「私達と勝負しろコノヤロー‼︎」

 

ニヤリと笑みを浮かべた九兵衛は、嘲笑うように言った。

 

「勝負?クク……我が柳生流と君達のオンボロ道場で、勝負になると思っているのか?」

 

「それがなるんですよ〜、セレブ共」

 

九兵衛に負けじと、銀時と志乃も嫌な奴の笑顔を見せる。

 

「僕ら恒道館メンバーは実はとっても仲が悪くて、プライベートとか一切付き合いなくて、お互いのこと全然知らなくてっていうか知りたくもねーし、死ねばいいと思ってるんですけどもね〜。お互い強いってことだけは、知ってるんですぅ〜」

 

柳生家対バラバラメンバー。

一人の女をかけた戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。



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皿が割れたら破片の処理に気をつけよう

外の雨はすっかり止み、敷地内のある庭で柳生一門と恒道館メンバーが対峙していた。

 

試合のルールはこうだ。

勝負は七対七のサバイバル戦。得物は木刀を使う。

柳生屋敷の敷地内であれば、どこに行っても構わず、その中で戦いを行う。

皿を各々自分の体のどこかに付け、それを割られた者は試合から抜ける。それぞれのグループの中で大将を一人決め、それが討ち取られたら負け、最後に大将が残っているグループが勝ちというものだ。

 

それ以外に、特にルールはない。

つまり複数で一人を囲んでも、逃げ回っても構わない。まるで喧嘩だ。

 

しかしこれは、柳生流に伝わる合戦演習だという。合戦の状況を模して戦うとは、柳生流はただの道場剣法ではないらしい。

 

ふと、志乃が気付いたことを口にする。

 

「ちょっと待って。アンタらさっき七対七っつったけど、あと二人いないじゃん」

 

「その心配は要らん。ここにいないだけで、人数はちゃんと足りている。ちなみに僕とこの柳生四天王、僕のパパ上は大将ではない。我等の大将は既にこの屋敷のどこかにいる。我々を相手にせず、そいつを探して倒せば勝てるぞ」

 

「ふーん、ハンデか何かのつもり?なめられたモンだねェ」

 

志乃の目の色が変わる。まるで獲物を狙うかのような、鋭い視線だ。

パン、と拳を掌に叩きつけ、挑発的に笑ってみせた。

 

「上等だコノヤロー。てめーらのそのスカした鼻、へし折ってやる」

 

しかし柳生一門の連中は彼女の挑発を間に受けず、去っていった。その背中に、舌打ちをする。

なめられるのは一番嫌いだ。拳を打ち付けた掌を握り、バキボキと指を鳴らす。完全に殺気立っていた。

 

「野郎ォォ……ツラ潰すだけじゃあ足りねーなァ。あいつら全員に複雑骨折負わせてやんよ……」

 

「志乃ちゃん落ち着いて!嫌な予感しかしないから落ち着いて!地獄絵図見そうな気がするから落ち着いて!」

 

新八のツッコミにより宥められた志乃は、仕方なく溜息を吐いて苛立ちを体の外に吐き出す。

近藤もイラついていたのは同じらしく、新八の皿を腰辺りに取り付けていた。

 

「もうムカつくからさァ、こっちも大将ムキ出していこうぜ!丸出しでいこうぜ、いつやられてもOKみたいなカンジで‼︎」

 

「OKじゃないっスよ‼︎一発KOですそんなトコ!ってか僕が大将⁉︎」

 

不服を述べる新八に、土方が諭すように言う。

 

「あたりめーだろ。不本意だが俺達ゃ一応、恒道館の門弟ってことになってんだ」

 

「んな事言ったって、もっと強い人が大将の方が……」

 

「何言ってんの新八。アンタ、姉ちゃん助けたくてここに来たんだろーが。自分から喧嘩売っといて、引くのはナシだぜ。自分(てめー)の護りてーもんくらい、自分(てめー)で体張って護りやがれ」

 

「志乃ちゃん……」

 

腕組みして叱咤する志乃の言葉を、噛み締める。その間に志乃は、皿を新八の心臓辺りに取り付けた。

 

「だからさァ、もうやられたら終わりってことでよくね?皿割られたら同時に死ぬってことでよくね?ホラ、決死の覚悟っつーか何つーか……」

 

「よくねーよ‼︎そんな覚悟いるかァァァ‼︎」

 

志乃の提案をシャウトで叩き落とした新八。その肩に近藤が手を置いた。

 

「心配要らんぞ、新八君は俺が命を張って護る!色々話したい事あるしな、ウチに住むか俺がそっちに住むか……」

 

「すいません、誰か他の人にしてください!」

 

本気でイヤそうだ。志乃は心の中でドンマイ、と呟き合掌した。

沖田が、話題を皿の位置に移す。

 

「んな事より、皆さんどこに皿付けるんでェ?嬢ちゃんの言う通り、これで結構生死が分かれるぜィ。土方さんは負けるつもり一切ないんで、眼球に付けるらしいでさァ」

 

「オイ、眼球抉り出されてーのかてめーは?」

 

ナチュラルに右目に皿を付けられた土方。それに呆れ、銀時が溜息を吐く。

 

「グダグダ考えても割れる時は割れるんだよ。適当に貼っとけ適当に。よし、俺はココにしよう」

 

そう言って銀時の皿は、空いていた土方の左目に付けられた。

 

「だから何で俺だァァァ‼︎てめーの皿だろーがァァ‼︎」

 

「片眼だけだと向こうの九兵衛君とキャラがカブるだろーがァ!」

 

「そーだよ、そんな事もわかんねーのか⁉︎いや、お前ならわかるだろ!空気を読めェェ‼︎」

 

「読んでみろ土方‼︎お前なら読めるはずだ土方‼︎」

 

「黙っとけやドSトリオ!」

 

銀時に便乗して、志乃と沖田も土方をいじりまくる。

これも、数々の激戦を切り抜けてきた我らが成せる業……いや、違うか。

 

しかし、志乃も皿をどこに付けるか悩んでいた。

胸に付けるのは谷間が出来て不安定だし、腰に付けるのは屈んだ時に割れそうだし……。

うーむと腕組みしていた時、神楽が声を上げた。

 

「私スゴイ事考えたアル!足の裏、コレ歩いてたら見えなくね?スゴクネ?コレ。これなら絶対気付かれないアル!」

 

キャッホオオオオと興奮する神楽だったが、足を下ろした瞬間、皿を割ってしまった。

 

「痛っ〜。何か踏んだアル。切れたアル、足」

 

「誤魔化してんじゃねェェ‼︎お前何してんだァ‼︎勝負始まる前に皿粉砕って‼︎」

 

銀時にツッコミとビンタを食らっていた。しかし、予想外の事態に全員が焦る。

 

「どうすんだコレ⁉︎どうなるんだコレ‼︎」

 

「まだ勝負始まってないから取り替えてもいいんじゃないすか?」

 

「柳生の人に言って皿貰おう。まだ時間あるし。行こ、神楽」

 

「オイ待て」

 

皿を貰いに行こうとした志乃を、土方が咎める。

 

「敵の作戦がわからねー以上、単独行動は危険だ。近藤さんと志乃は大将の守備、こっち四人は二人づつ二手に分かれて別ルートで敵の大将を狙うぞ」

 

「じゃあ、私と銀ちゃんで決まりアルナ。汚職警官とタッグなんてご免こうむるネ。私と銀ちゃんさえいれば地球は回るネ」

 

「てめーらと組むつもりなんざサラサラねェよ。丁度ツラ見んのは嫌になってたトコだ。こっから別行動だ。行くぜ総悟」

 

土方が沖田を促すが、ついてくるどころか影も来ない。

 

「トシ兄ィ、あのドSコンビ勝手に行っちゃってるけど」

 

志乃は、自由気ままにあっちこっちに行く銀時と沖田を指さした。

 

********

 

皿を貰いに行った土方と神楽の背中を見送ってからしばらくすると、開戦の狼煙が立ち昇った。それを見た志乃は焦る。

 

「あ、やべ。ちょっと待って。まだ皿付けてない」

 

「まだ付ける場所に悩んでたの⁉︎」

 

「いや、バレにくい箇所ってどこかな〜って……ま、いいや。面倒だから背中に付けよっと」

 

「オイぃぃ!そこはマズイだろ‼︎背中に不意打ち食らったら一発でアウトだよ!」

 

新八のツッコミも何もかも無視して、皿を背中に取り付ける。ぎゅっと腹の前で布の紐を結び、気合い十分だ。

 

「大丈夫だって。やられる前にやれって言うだろ」

 

木刀を腰に挿し、トントンとその場で軽く跳躍してから、志乃は土方らが向かった方向へ歩き出した。

 

「あっ!ちょ、志乃ちゃんどこ行くの⁉︎」

 

「なんかあっちで乱闘の予感。楽しそうだから見に行ってくる。後で合流しようぜ」

 

新八が止めるのも聞かず、志乃は楽しげな戦場(あそびば)に向かう。

その笑顔は、あどけなさを感じながらも狂気を垣間見せた。

 

********

 

「おお〜、初っ端から派手にやってんなァオイ」

 

障子は粉砕され、所々に何故か岩の破片が転がっている。よく見ると廊下や障子があった所までボロボロだ。

ここはまさしく戦場。戦闘一族の彼女の血が騒ぐ。

 

ふと、屋敷に上がって逃げる神楽と沖田、それを追い障子をぶっ壊す西野が見えた。

神楽は右腕を押さえ、沖田は右足を引き摺っている。二人共、それが使えぬようだ。

 

「マズイな……助太刀した方がいいかな?いや……」

 

助けに行くべきかと悩んだ志乃だが、背後に立ち上がった気配を感じ、その必要はないかと割り切った。

 

「私もマズイみたいだしねェ、助けられねーや」

 

「よくわかってるじゃねーか、お嬢ちゃん」

 

振り返ると、頭から血を流した南戸がいた。

 

「何?アンタ開戦早々ケガとか。雑兵か何か?」

 

「雑兵?言ってくれるねェ、お嬢ちゃん。カワイイ顔してなかなか毒舌だな。そーいう女も好きだぜ」

 

「黙れキモいわ。男性器みてーなツラしやがって」

 

「何でお前がそれ知ってんだァァァ‼︎」

 

「ごちゃごちゃうるさい」

 

自分よりずっと年下の、しかも少女にまで顔を揶揄された南戸。さらにその上、彼女に一蹴された。

 

「で?アンタが私の相手してくれんの?」

 

「ま、出会ったからにはそーいうことになるな。しかし、俺の相手がこんなカワイイお嬢ちゃんとは」

 

「…………なめてんの?」

 

「オイオイ、そんな怒るなよ。大丈夫、ちゃんと手加減はしてや……」

 

ーードカァッ!

 

南戸が言い終わる前に、志乃が一足飛びで跳んで、距離を詰める。木刀を握り締め、力強く南戸を吹き飛ばした。

ドサッと地面に倒れた南戸を見下ろし、歩み寄ってくる。

 

「うるせえっつってんのが聞こえなかったのか。ツラツラ御託並べてるヒマあんなら、その手加減とやらで銀狼(あたし)を倒してみせろよ。狩るぞ」

 

木刀を肩に置き、冷たい視線で見下す。

地面に手をつき起き上がった南戸は、木刀を持ち直して立ち上がった。

 

「いっつぅ……やるじゃねーか、お嬢ちゃん」

 

「いちいち喋んな、ウゼェんだよ」

 

志乃は一歩踏み込み、再び南戸との距離を縮める。

突きを繰り出した木刀は南戸のそれに受け止められ、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。

木刀をいなした志乃は、右足を上げて南戸の腹に打ち込んだ。

呻き声を上げて後退した南戸の隙を逃さず、志乃は下方から木刀を振り上げた。

 

「うるァァァァァァァ‼︎」

 

気合いの怒号と共に、南戸をカチ上げる。見事顎にクリーンヒットした。

しかし、南戸を気絶させても勝ちではない。皿を割らなければ。

 

宙に打ち上げられた南戸が、地面に叩きつけられる。しっかりと受け身をとったらしく、頭は強打しなかった。

しかし、志乃は違和感を感じた。

彼は頭を守るというよりかは、首の後ろを守ろうとしているように見えたのだ。

 

もしかして。

志乃は木刀を左手に持ち、居合い斬りの構えをとる。

頭を押さえて再び体を起こした南戸の首の後ろに狙いを定め、一気に加速した。

 

ヒュンッ

 

風を切る音が、二人の耳に入ってくる。

南戸は視線だけを、背後に立つ志乃に向ける。

 

「……オイ。何やってんだお嬢ちゃん?まさか、今ので俺を倒したつもりか?残念だが、お嬢ちゃんの一撃はどこにも当たってねェ」

 

志乃は南戸の声を無視して、木刀を腰に挿した。

彼女を振り返った南戸は、その小さな背中に皿が付いているのを見る。

 

「そこにあったか」

 

ペロリと舌舐めずりをした南戸は、木刀を振るい、志乃に襲いかかった。

しかし。

 

パカン

 

やけに乾いた音が、響く。

割れたのは、志乃の皿でなく、首の後ろに隠していた南戸の皿だった。

うなじにあった感覚が無くなり、南戸は呆然と目の前に立つ少女の背を見つめた。

 

「まさか……あの一瞬で⁉︎」

 

南戸を振り返り、ニィッと口角を上げてみせる。

 

「悪いね、私はこれでも最恐と畏れられた一族の末裔でね。剣と喧嘩じゃ、誰にも負けねーよ」

 

驚きを隠せない南戸を通り過ぎて、志乃は神楽と沖田の助太刀をすべく、屋敷の中に入っていった。



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好き嫌いはなるべく少なく

屋敷の奥に進むと、新八と近藤の背中が見えた。

さらにその前の襖に凭れかかるように、沖田と西野が倒れている。二人は気を失っているようだった。

近藤が沖田を抱き起こし、必死に呼びかけても、何の反応も示さない。

 

「………………許せねェ。絶対許せねェェェェ‼︎ここまでやる必要あんのかよォ‼︎皿割ったら終わりじゃねーのかよ!奴ら……人を痛ぶんのを楽しんでるとしか思えねェ!」

 

怒りのあまり、近藤が叫ぶ。

志乃もつい先程、南戸を倒してきたが、アレはどちらかといえば彼が弱過ぎただけだった。真選組の中でも最強と謳われる沖田が、こうもやられるとは思いもよらなかった。

 

ふと、志乃の爪先にコツンと何かが当たる。そこには、携帯が落ちていた。

それを拾い上げ、何か証拠が無いかと写真を見てみる。彼女の様子に気付いた新八も、志乃の背中越しに画面を見つめた。

 

北大路、西野、南戸が写った写真の次。血を流して倒れる西野と沖田を足蹴に、神楽が勝ち誇った笑みを浮かべていた。

新八と志乃は思わず絶句した。彼らの後ろで、近藤が未だに怒りを煮え立たせていた。

 

「チクショオオ一体誰なんだ、こんな酷い真似した奴はァァ‼︎」

 

新八は不意に志乃の手から携帯を奪い取ると、それをめちゃくちゃに踏んで粉砕した。

 

「総悟ォ、お前の仇は絶対俺がとってやる!なっ、新八君!志乃ちゃん!」

 

「チキショーー‼︎沖田さんやったの誰だコルァァァ‼︎皆目見当つかねーよ‼︎見つけたらマジブッ殺してやんよ‼︎」

 

「…………」

 

とても言えなかった。よもや沖田をやった犯人が、万事屋の看板娘だなんて。

志乃は頭を抱えて、必死に先程の写真を忘れようとした。

 

新八が叫んだ勢いで次々と奥の襖を近藤と共に開けていく。

ついに反対側の庭に繋がる部屋へ辿り着くと、そこでは土方と北大路が、何故か食事をしていた。

 

「あ、スイマセンお食事中」

 

「間違えました」

 

新八と近藤が襖を閉めようとするのを止め、志乃が力一杯襖を解放した。

 

「違ーだろ‼︎何やってんだてめーらァァァ‼︎」

 

敵と食事をする二人に、思いっきりツッコむ。

北大路はそんな彼女に見向きもせず言った。

 

「腹が減っては戦も出来ぬ。どうだ?貴様らも」

 

「丁重にお断りするよ」

 

「敵の作った料理なんて食えるかァ‼︎つーかお前さっきも何か食ってなかった⁉︎」

 

「土方さんアンタ何のんびりくつろいでんですか⁉︎三人でそいつやっちゃいましょうよ‼︎」

 

「オイてめーら、余計な手ェ出すなよ。コイツは俺のチャーハンだ」

 

「チャーハンかいィィ‼︎」

 

ツッコミ疲れた。

嘆息した志乃は呆れながら、目の前のまったりとした食事風景を見る。北大路にいたっては土方にケチャップを取ってもらっていた。緊張感などありゃしない。

北大路が、口を開く。

 

「凡人にはわかるまいよ。既に勝負は始まっているということに」

 

「勝負だァ?これのどこが勝負だよ。大食い勝負か?」

 

「武士とは飯の食べ方一つ、箸の持ち方一つでも自分の流儀でいくものだ。日常の行動、所作、全てが己を律する厳しい鎖。日常全てが己の精神を鍛える修行だ。そうして武士の強靭な鉄の魂は培われる。土方十四郎よ、貴様にはあるか?己を縛る鎖というものが」

 

北大路はケチャップのキャップを開け、容器から搾り出すようにケチャップをオムライスにかけていく。

その量といったら凄まじい。最早オムライスよりもケチャップを食べているようなものだ。

そしてそれを、何の躊躇もなく食べ始める。

 

「一つ言っておこう。俺は周囲からは生粋のケチャラーと思われているが、実はトマトの類が大の苦手。見るだけで吐き気がする。これが俺の鎖……嫌いなものを過度に食することにより折れない強靭な精神を作り上げる。今では苦手だったトマトも大好きになり、トマトにケチャップをかけて食すほど」

 

「それもう修行になってねーよ‼︎ただの不摂生じゃねーか‼︎」

 

なんだそのバカげた修行!ただケチャップ食いてェだけじゃねーかァァ‼︎てめーはケチャップ一本丸呑みしてろバーカ!

思うところは多かったが、上げるとキリがないので心の内に留めておく。

 

しかし、ここまで見せられたら、負けず嫌いのあの男が黙っているはずがない。チラリと土方に視線をやると、彼もチャーハンにマヨネーズを搾り出すようにかけていた。

その量といったら凄まじい。最早チャーハンよりもマヨネーズを食べているようなものだ。

そしてそれを、何の躊躇もなく食べ始める。

 

「ちなみに一つ言っておこう。俺は周囲から生粋のマヨラーと思われているが、実はマヨの類が大嫌いで、あの赤いキャップを見るだけで吐き気がする」

 

「ウソ吐くんじゃねェェ‼︎てめーバカか?バカだろ⁉︎バカだよ‼︎」

 

何なんだコイツら!何でこんなくだらねーことで張り合ってんだ⁉︎お互い不摂生だよバカヤロー!

またしても思うところが多かったが、上げるとキリがないので、心の内に留めておく。

 

食事を終えた北大路は、手を合わせた。

 

「……フン、伊達に『鬼の副長』と呼ばれているわけではないという事か。……なかなかに面白い食事だった」

 

「煙草吸いてェな。灰皿あるか」

 

土方が尋ねた瞬間、二人は一斉に机に踏み込み、木刀を交える。その衝撃で、机が大破してしまった。

 

「煙草の前にごちそうさまはどうした」

 

「クソまずい飯ごちそーさんでした」

 

北大路が机の上から皿を取り、土方に投げつける。咄嗟にそれを受け取った隙をつき、さらに突きを繰り出した。

土方はそれを足の裏で受け止め、障子ごと吹っ飛ばされるが、見事着地した。

北大路は感嘆するように、彼の体さばきを見ていた。

 

「ほう、想像以上の反応だ。並外れた身体能力、反射神経。数多の死線を潜り抜け、培った勘と度胸。実戦剣術とはよく言ったもの。並大抵の剣客では及ぶまい。だが、そんな戦い方が通じるのは三流まで。達人同士の勝負においては通用せん」

 

「てめーが達人だって?虫も殺した事がねェようなツラしやがって、ボンボンが」

 

「殺し合いだけが剣術ではないぞ。かかってこい」

 

「ぬかしやがれ‼︎」

 

駆け出した土方が、大きく木刀を振るう。それを跳躍してかわした北大路は、空中で土方の背後をとった。

 

「貴様の手は読めているぞ。敢えて大技で隙を作り敵を誘い、打ち込んできたところを、その持ち前の勘で捉えて捌く」

 

「てめーの動きも読めてんだよ‼︎」

 

空中で振り被る北大路に向けて、木刀を振り回した。しかし、そこに彼は居らず、空振りに終わる。

 

「勘が良すぎるんだよ貴様は」

 

先程立っていた地点にいつの間にか戻っていた北大路の一撃が、土方を襲う。土方は咄嗟に体を捻り、大きな皿への直撃を防いだ。

 

「トシ兄ィ‼︎」

 

土方を案じて、志乃は縁側に駆け寄る。彼女の隣に立ち、同じく二人の戦いを見守っていた近藤が呟いた。

 

「まずい。あの男、トシの癖をあの短時間で見抜いた」

 

「癖?」

 

聞き止めた志乃が、どういうことかと問いかける。

 

「俺達真選組の得意とする真剣での立ち合いにおいて、相手の一太刀を受けることは即ち死を表す。たとえ命を拾っても、深手を負えばそれは死に直結する」

 

ゆえに、彼らに絶対的に求められるのは危機察知能力だと言う。

研ぎ澄まされた直感力で相手の気配を察知し、敵の攻めを制す。昔から最前線で戦ってきた土方は、誰よりもその能力に長ける。

 

だが、北大路の得意とする道場剣術は、敵を斬るよりも敵の意表を突き、一本取る術に長けるもの。

彼の前では土方の尋常ならざる勘の良さは仇になる。しかも、土方の的はとても大きい。いつもより過敏に反応せざるを得ないのだ。

北大路はそれを利用し、攻防自在に転じ、それに反応した土方の隙を突いている。

 

「攻めると見せて引き、引いたと見せて攻める。無数の擬餌を、無意識で反応してしまうギリギリのレベルで繰り出してくる」

 

近藤の言う通り、その弱点を見事突かれ、土方は防戦一方だった。擬餌に何度も反応してしまい、苦戦を強いられている。

ついに土方は北大路の突きに吹き飛ばされ、橋の上から池に落とされてしまった。

 

「トシ兄ィィィ‼︎」

 

木刀を抜き、加勢しようとした志乃を、近藤が引き止める。

 

「近藤さん⁉︎」

 

「志乃ちゃん、すまん。だが、ここは耐えてくれ。トシならきっと大丈夫だ」

 

「…………っ」

 

肩越しに見上げた近藤の横顔も、土方を案じていた。それにそれ以上何も言えず、ぐっと歯痒い気持ちを抑えつける。

しかし、そこまで長く我慢出来るほど、彼女は大人ではなかった。

 

「トシ兄ィッ‼︎」

 

「‼︎志乃ちゃん⁉︎」

 

近藤の腕の下をくぐり、庭へ下りる。橋の上に立つ北大路は、そんな彼女を見下ろした。

 

「次の相手は貴様か。無謀な事を考える娘だ。あの男の末路を見ていなかったのか?」

 

「無謀かどうかは私が決める。でも……アンタは一つ間違ってる」

 

ビッと北大路に木刀を向けて、キッパリと言い切る。

 

「アンタの相手は、私じゃない」

 

「……何だと?」

 

ピクッと北大路が顔をしかめたその時。

橋を突き破って、土方が池の中から躍り出た。木刀の一閃は北大路の上着を掠め、土方は再び彼と対峙した。

 

「まだやるのか」

 

「たりめーだ。てめーの相手はあのガキじゃねェ。俺だ」

 

そう言って、土方は不敵に笑い、煙草を咥える。

 

「腕一本捥げようが、足一本取られようが、首繋がってる限り戦わなきゃならねーのが真剣勝負ってもんだ」

 

北大路は嘆息して、呆れたように言う。

 

「これだから、野蛮な芋流派は嫌にな……」

 

「そーいや、灰皿借りたぜ。煙草吸わねーと調子出ねーんだ」

 

ピッと、皿を見せる土方。北大路が思わず目を見張り、自身の胸に付けていたはずの皿を見下ろした。

しかし、そこに皿はなかった。

 

ーーまさか。俺の……皿?

 

「貴様ァァあの時‼︎返っ……」

 

土方に駆け寄ったその時、布の紐に付けた皿が、上着からぶら下がる。

土方が見せた皿は、戦いの最初に北大路が投げつけた皿だったのだ。

 

「擬餌だか何だか知らねーが、騙くらかし合いなら負けねーよ」

 

焦った北大路の隙を突いて背後にまわった土方は、北大路をぶん殴り、橋の手すりごと破壊して池に落とし返した。

感嘆の声を上げ、志乃はパチパチと乾いた拍手を土方に送った。そんな彼女に、ジロリと鋭い視線を投げかける。

 

「邪魔すんなっつったろ、クソガキ」

 

「ハイハイ、無謀な事をしようとした志乃ちゃんが悪うございました〜」

 

肩を竦めて悪戯に笑う彼女に、土方は舌打ちをするだけだった。




この話を書いた日の昼食が、ちょうどチャーハンでした。
もちろん、マヨネーズは…………










かけませんでした。

変な冒険はしない主義なもんで。


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努力した先には勝利が待っている

池の水に、ぷかぷかと眼鏡が浮き上がる。それに続いて、北大路が現れた。

 

「喧嘩だ実戦だ。そんな事を声高に叫び、道場稽古を軽んずる貴様のような輩を、俺は今までたくさん見た。試合では負けたが我が流派は実戦向きだ、真剣勝負なら我が流派は負けません。全てただの言い訳だ」

 

皿を上着の上に取り付け、眼鏡を拾い上げる。

 

「そんな戯言は聞き飽きた。そんな戯言は稽古もロクにせん根性なしの言い草。どれだけ才能があろうとどれだけ実戦を踏もうと、努力した者には勝てん。俺はそう思っている。古い考え方だと言う輩もいるがな」

 

眼鏡を外した北大路の目は、3を逆転させたデフォルメになっていた。

 

「いや、デフォルメ古っ」

 

思わず、志乃はツッコんだ。すかさず北大路が口を挟む。

 

「今俺の眼を見て古いと言ったな、お前が一番古い」

 

「いや、アンタのが古いって」

 

この会話に、さらに土方が入ってくる。

 

「オイどーいう事だその眼は?何でケツがついてんだ?」

 

「オメーは古い以前にバカだよ!」

 

志乃が土方にもツッコミを入れる間、北大路は眼鏡をかけた。

 

「貴様らが喧嘩だ実戦だと闇雲に剣を振り回す間、俺達は必死に稽古を積み努力をしてきたんだ。貴様は俺に勝てん」

 

「いやいや、口喧嘩はなかなかに達者じゃねーか。今度はこっちでやろうぜ」

 

「たわけが、思い知るがいい‼︎」

 

同時に跳躍した二人の剣が、重なる。池の中で対峙した北大路は、擬餌として木刀を横薙ぎに振るった。

 

しかし、剣が当たる前に土方が肩ごと彼の木刀を池に叩き落とした。

擬餌にいちいち食らいついては勝てないと判断した土方は、一気に猛攻をかける。

 

「なるほど、攻撃は最大の防御ってヤツか」

 

土方優勢に転じると、ホッとしたように口元が綻ぶ。

しかし、土方の攻撃は全て北大路に読まれて受け止められてしまい、なかなか一太刀を浴びせられない。水中で足を払い、隙を作り出しても、それすら防がれてしまう。

 

北大路は稽古で多くの型を身につけるだけでなく、その対応策も身につけていた。そのため、いくら土方が攻撃をしかけても、その全てを受けることが出来るのだ。

そこから次第に北大路の反撃が始まり、それと比例するように土方が劣勢になっていく。

 

「これが貴様と俺の差。才能に溺れ、努力を怠ったが貴様の敗因。これがお前が、道場剣術と揶揄した者の力よ‼︎」

 

「トシ兄ィ!」

 

北大路の一撃が、土方の右頬を捉えた。戦いを見守っていた新八も、汗を滲ませる。

 

「ヤバイ‼︎あの人ホントにとんでもなく強い……近藤さん、助けに入りましょう‼︎」

 

新八も志乃と同じように加勢しようとするが、近藤に止められる。

 

「スマン、手は出さんでやってくれ。お妙さんの身がかかっている戦いで言えた義理じゃないが、アレは人一倍負けず嫌いだ。手ェなんか出したら殺される」

 

「負けず嫌いって、このままじゃ負けますよ!」

 

「大丈夫だって。ね?近藤さん」

 

そう言って近藤を見上げ、ウインクしてみせると、近藤は微笑を浮かべて頷いた。

 

一番近くで見守る志乃も、この戦いに手を出そうとは思わなかった。

もちろん、手を出したところで土方の怒りを買うだけだというのもあったが、一番の理由は彼を信じていたからだ。

 

志乃は今まで一度も彼と剣を交えたことはないが、少なくとも彼の強さは認めていた。

彼は、自分には無いものを持っている男だった。もちろん、自分は彼と同じものも持っていた。

 

同じものは、天賦の剣の才能。

違うものは、努力である。

 

銀狼は、戦いの中で生きる一族。

常に生きるか死ぬかの世界の中で、生きるためには必然的に強くなければならなかった。

ゆえに、銀狼は艦隊にも匹敵する力が必要だったのだ。

 

しかし、それは昔の話。

比較的平和になったこの世界では、そんな力は不要。

 

銀狼がその強さを手に入れるには、血の覚醒が必要だった。

それは、いつ起こるかわからない。戦いの中で、偶発的に。

初代銀狼は常に覚醒状態だったというが、戦いどころか戦争すら経験したことのない末裔(しの)は、血の力を今まで知らずに生きてきた。

 

銀狼の覚醒は基本、自らに宿る戦いの血を意識したその瞬間に訪れるという。

既に志乃は、あの煉獄関の時に銀狼の血を意識したため、それ以降の彼女の戦い方は、以前よりも銀狼のそれにさらに近くなっていた。

しかも、そのことに彼女自身、気が付けないまま。

 

才能だけで戦ってきた彼女にとって、この戦いは彼の努力の力を必然的に見せつけるものとなった。

そして、今更ながら、努力の大切さを痛感する。

 

ついに、土方と北大路の戦いに、決着がつこうとしていた。

土方は池の中に木刀を隠し、振り抜いていく。その一撃は迎え撃とうとした北大路の木刀と皿を粉砕し、吹っ飛ばした。

 

「土方さんんん‼︎」

 

新八が土方に駆け寄り、近藤も彼の背についていく。

ボロボロの土方が煙草に火をつけるのを眺めながら、志乃は木刀を腰に挿した。

 

「努力……か」

 

嘆息するように、呟く。

それから志乃は、心の中である決意(・・・・)を固めた。



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やられたらやり返せ

「そうか、総悟がやられたか。クク……いい気味だ」

 

そう言って咥えた煙草ーー否、おもちゃ花火に火をつける土方。先程の戦いでダメージを負い、頭から血をダラダラ流していた。

気付いていないのか、新八がツッコミを入れる。

 

「土方さん……それ煙草じゃないです。どっから拾ってきたんですか?」

 

「ダメだ。出血が酷くてロクに物事を判断出来ないらしい」

 

志乃が新八の肩に手を置いて、ふるふると「手遅れだ」とでも言うように首を横に振った。

 

現在、志乃達は厠の茂みに隠れていた。近藤は厠に行き、戦えるのは志乃のみ。

しかし、三下の北大路でさえ土方にあれほどの苦戦を強いたのだ。上の九兵衛やその大将を相手取るとなると、先が思いやられる。

さらにこの広い屋敷内では連絡の手段もなく、銀時や神楽がどうなっているのか全くわからない状況だ。こちらが優勢なのか劣勢なのかも判断がつかない。

 

その時、茂みの向こうから気配を感じた。

しかも、二人。九兵衛と東城だ。志乃は気配だけで、それを察した。

未だ花火を咥える土方も気配に気付いたらしく、茂みの中から様子を伺っていた。

彼らは、こちらへ真っ直ぐ向かってくる。

 

「どういうこった?何で俺達の居場所が……」

 

「オメーがその口に咥えてるものを見ろ!」

 

新八の指摘通り、茂みの中でバチバチと火花が飛んでいれば、いやでも目立つ。

今の状況では確実に負ける。そう判断した土方は、二人を促して逃げようとした。新八は厠の扉を叩き、近藤を呼ぶ。

 

「近藤さん何やってんスか⁉︎早く‼︎出てきて下さい、逃げますよ!」

 

しかし、全く返事がない。

 

「アレ?先に逃げちゃったかな」

 

「新八、行くよ!」

 

土方が先行し、それについていく形で志乃と新八もその場から脱した。

 

しかし、この時彼らは知らなかった。

近藤だけでなく銀時までもが、極限のピンチに見舞われていたことをーー。

 

********

 

森の中に逃げ込み、ひたすら走る。それに並走するように、九兵衛が追いかけてくる。

 

「何なのアイツ!やたら足早ェじゃん!」

 

「こいつァ逃げ切れるもんじゃねーな」

 

ボソッと呟いた土方は、ブレーキをかけ立ち止まる。

 

「行け」

 

「土方さん!」

 

「お前っ……」

 

それに気付いた新八と志乃も、立ち止まって土方の背中を見た。土方は血を拭い、呼吸を整える。

 

「心配すんな、テメーのためじゃねーよ。言ったろ、俺ァ喧嘩しに来ただけだ。オメーがやられたら、この喧嘩負けなんだよ」

 

新八を振り返らず、土方は続ける。

 

「…………姉貴に会え。たとえこの勝負に勝とうが、てめーの姉貴の気持ちが動かねーようなら、連れ戻すことなんざ出来やしねーよ」

 

「オイ待てコラ」

 

ガッと土方の肩を、志乃が強く掴む。

 

「手負いの野郎に任せられっか。私がやる、お前は下がれ」

 

「うるせえクソガキ。邪魔すんな」

 

「なっ……」

 

志乃の手を払い、土方は懐から煙草を取り出した。

 

「志乃、お前はアイツを護れ。もうお前しかいねーんだ。頼んだぞ」

 

「……………………チッ」

 

これだから男ってのは。

呆れた志乃は、舌打ちをした。

 

「……わーったよ。テメー、終わったら団子一皿奢れよ」

 

勝てなくても、足止めくらいなら出来る。その覚悟の上だろう。

志乃はビシッと土方の背中に指をさして、新八を促す。新八もマヨネーズを奢ると約束して、駆け去っていった。

苛立ちが抑えきれないのか、志乃はもう一つ舌打ちをする。

 

「あー、マジムカつく。これだから男ってのは嫌いなんだ。特にやたら負けず嫌いな野郎は」

 

「志乃ちゃん……」

 

「…………とにかく、姐さん迎えに行くよ。こっち」

 

「え?ちょ、ちょっと待って!志乃ちゃん姉上の居場所知ってるの⁉︎」

 

突っ走る志乃に並んで、新八が尋ねる。駆ける足を止めずに、志乃は首を横に振った。

 

「んーん、知らない」

 

「はァ⁉︎」

 

「こんなもんは勘でなんとかなるんだよ!ってことでこっちだー!」

 

「待てェェェ‼︎勘でなんとかなるかァァ‼︎こっちは柳生屋敷(ここ)のこと何にも知らないんだぞ⁉︎」

 

一旦止まって考えよう!と提案する新八だが、志乃は聞く耳持たず、さらにスピードを上げた新八を肩に担いだ。

あまりにもナチュラルな一連の動作に、新八は目を丸くする。

 

「え?」

 

「任せな。私の勘は当たるんだ。それこそビリー・ザ・キッドの早撃ち並みに当たるんだぜ」

 

「随分妙な喩えだな!意味わかんねーよ!」

 

新八のツッコミも全て聞き流し、志乃は再びスピードを上げた。



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裏を返せば真実が見えてくる

「おー、見ろよ新八」

 

新八を担いで廊下を疾走する志乃が、お妙の名を叫んで急ブレーキをかける小さいおっさんを指さす。

 

「ホラな、私の勘が当たったろ?」

 

「……志乃ちゃん、僕はもう何も言わないよ」

 

勘をバカにされたからか、いつもより得意げに鼻を鳴らす。そして、新八の腰を掴み、持ち上げた。

 

「え?ちょっと待って志乃ちゃん……え?」

 

「そぉおいやっさァァァァァァァ‼︎」

 

「ギャアアアア‼︎」

 

困惑する新八を無視して、彼を小さいおっさんめがけて思いっきり投げつける。新八は投げ飛ばされながらも、「天よォォ我に力をををを‼︎」と叫び、体を捻って小さいおっさんに飛び蹴りを食らわせた。

 

輿矩(こしのり)様ァ‼︎」

 

小さいおっさんーー輿矩を案じて女中達が集まる。逃げていたお妙の手を引き、新八もその場から脱した。それを見届けてから、志乃はゆっくりと輿矩に歩み寄った。

 

「あー、ごめんごめん。姐さんが困ってるみたいだったから、つい」

 

「つい、で人を投げる人がいますかァァ‼︎」

 

「何者ですか貴女⁉︎」

 

「ほら、邪魔だからどっか行って。私はそこの輿矩とか言う小さいおっさんに用があんの」

 

群がる女中達をシッシッと手で追いやりながら、立ち上がった輿矩と対峙した。

 

「どーもこんにちは。アンタがここの当主?」

 

「ではお前が、騒ぎを起こしている道場破りとやらか」

 

輿矩は額に皿を取り付け、改めて名乗る。

 

「いかにも、私が柳生家当主、柳生輿矩だ」

 

「私は霧島志乃」

 

そして、同時に木刀を構える。次の瞬間、鍔迫り合いとなった。

 

「貴様の狙いは読めているぞ、柳生家の看板だろう?」

 

「柳生の看板なんざ興味ねーな。私はねェ、柳生流(アンタら)と手合わせしたくて来たんだ!」

 

互いに剣を押し合う中、先手を打ったのは志乃だった。

一歩前に踏み込み、体を回転させて後頭部に向けて木刀を振るう。輿矩が咄嗟に屈んだことで木刀は空振りに終わったが、すぐに反対の足で輿矩の腹に膝を入れる。

 

「ぐふっ!」

 

苦しげな輿矩の声と共に、木刀が風を切る音がする。体勢が崩れたところで木刀を突き出し、皿を狙った。

しかし、それを輿矩の木刀に受け止められ、志乃は一度後ろに跳び、下がった。

再び睨み合う形となり、輿矩が感嘆するように言う。

 

「なるほど、単純な剣術と体術の組み合わせか。なかなかのものだな」

 

「ありがと。でも、アンタは大したことなさそうだね。それでも天下の柳生流?」

 

ニヤリと笑った彼女の挑発に、輿矩はこちらへ駆け寄ってくる。

対する志乃は一歩下がって水平に木刀を構え、左手を切っ先に添える。そして、足のバネを利用し、一足飛びに輿矩に挑んでいった。

 

「おらああああああああ‼︎」

 

木刀を振りかぶってから、薙ぎ払う。輿矩のそれとぶつかり合い、鈍い手応えを感じた。

こちらが全力で木刀を振っている以上、自然とその手応えは重く、手が痺れてくる。しかし、そんなことも言ってられない。

幾度も斬撃を叩き合わせ、志乃は輿矩に問う。

 

「大体よォお父さん、アンタはこの結婚に賛成してたのか?女同士の結婚によォ」

 

「!貴様、九兵衛が女だと……気付いていたのか」

 

「んなもん、一目見たらすぐわかったよ」

 

バシッと木刀を払いのけ、一度互いに距離を置く。

木刀を下ろし、志乃は嘆息した。

 

「変な話だぜ。一体何がどう転がったら、こんな事になるんだか」

 

「……アレがあんな風に育ってしまったのは、全て私達のせいなんだ」

 

そう言って、輿矩は語り始めた。

 

柳生家の当主は代々男が継ぐようになっている。しかし、輿矩の妻は九兵衛を産んですぐに亡くなってしまった。

一族の間で新たに妻をもうけよなどという話もあったが、そんなことをすれば、亡き妻の忘れ形見である九兵衛の立場と居場所を失くしてしまう。

そこで輿矩と彼の父、敏木斎(びんぼくさい)は九兵衛を守るため、彼女を女ではなく、男として育てた。九兵衛が柳生家に根を張り生きていくには、それしか道はない。そうする事が、九兵衛にとっての幸せだと思っていた。

もちろん、本当に男にしようとは思っていない。ただ、女である九兵衛に柳生家を継がせるためには、名実共に本当の強さが必要だった。

 

そんなある日、九兵衛は友であるお妙と新八が借金取りに攫われそうになった際、彼女らを護るために戦い、左目を失ってしまう。

九兵衛が左目と引き換えに自分達を護ってくれたことに負い目を感じたお妙は、「九兵衛の左目になる」と約束したのだ。

 

「……………………」

 

九兵衛の過去を、志乃は黙って聞いていた。一言も発することなく、何の反応を示すことなく、ジッと輿矩を見つめていた。

そして、フゥと溜息を吐き、呟いた。

 

「くだらねェ。んなモン、ただのエゴだろーが」

 

その時、ヒュンッと風が吹き、怒った輿矩が動く。完全に無防備だった志乃は咄嗟に木刀を振り上げ、突き出してきた木刀を受け止めた。

そこから、斬撃の嵐が彼女を襲う。

速く、正確な太刀筋。志乃の不恰好で野生的なそれとは、全くの正反対だった。

 

「チッ‼︎」

 

大きく剣を振り回し、相手の隙を狙う。しかし、木刀を跳んでかわした輿矩は、志乃の後頭部を足蹴にして、彼女の背後にまわった。その背中に、白い皿を見つける。

志乃は体勢を崩し、瞬時に振り返ることは不可能に近かった。輿矩は、勝利を確信した。

皿めがけて、木刀を突き出したその時。

 

ーーガッシィィ‼︎

 

輿矩の突き出した木刀が、動かない。背中にまわした彼女の木刀に阻まれていた。

輿矩は目を見開き、志乃の木刀を見据えていた。

何故だ。木刀を力一杯振り回して、さらにその頭を蹴飛ばして、体勢の立て直しは不可能だったというのに。何故あの一瞬で、彼女は自分の一撃を受け止められたのか。

志乃は肩越しに驚愕の色を浮かべる輿矩の顔を見て、不敵に笑う。そして上体を前に倒して、踵で輿矩の木刀を蹴り上げた。

 

「!しまった‼︎」

 

「油断は禁物だぜ、当主さん」

 

クルクルと回転しながら、宙を舞う。

木刀に注意を引かれた輿矩の懐に入り、志乃は渾身の力で木刀を振り抜いた。

 

「せいやァァァァァァァ‼︎」

 

バリィィンッ‼︎

 

輿矩の額に付けた皿が、音を立てて粉砕される。あまりにも重い一撃に輿矩はそのまま吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

壁に体を預ける彼を見下ろしてから、志乃は背を向け歩き始める。

 

「アンタの娘さんがどんな辛い人生歩んでようが、どんだけ苦労してようが、こっちは全く興味無いし知ったこっちゃねーんだよ。

でもね、これだけはわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー惚れた相手を泣かすような奴ァ、男でも女でも最低だよボケ」

 

そう吐き捨て、志乃は新八を追うべく足を速めた。



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足りないパーツは己の力で埋めろ

庭が見える部屋に入った志乃は、そこで戦いを見守るお妙の背中を見た。

 

「姐さん‼︎」

 

「‼︎志乃ちゃん……」

 

背後から呼びかけられたお妙は、驚いて彼女を振り返る。志乃はお妙に近寄り、彼女の隣に立った。

庭では、塀の上で眼鏡をかけていない新八と銀時が背中合わせになり、九兵衛と敏木斎がそれを挟んでいた。

そこに、別の部屋から、多くの門下を引き連れて輿矩が現れる。

 

「貴様らァァァ‼︎バカ騒ぎを止めろォ‼︎これ以上柳生家の看板に泥を塗ることは許さん‼︎ひっ捕えろォォ‼︎」

 

輿矩の指令と共に、一斉に銀時と新八に駆け寄る門下達。それを、次々に打ち倒していく男が一人。近藤だ。

 

「邪魔をすんじゃねェェェ‼︎男と男……いや、男と女……いや、侍の決闘を邪魔することはこの悟罹羅(ごりら)勲が許さん‼︎」

 

さらに、二人。土方に肩車されながら、沖田が門下を薙ぎ払っていく。

 

「旦那ァ!片足じゃもって五分でさァ、早いとこ片付けてくだせェ‼︎」

 

「何で乗ってんだテメーは‼︎」

 

そしてさらに、神楽。

 

「ふァちょォォ‼︎」

 

倒立したまま体を回転させ、次々と門下達を蹴散らす。

 

「アネゴォォ‼︎男共が頼りないから私達が来たアルヨォ‼︎」

 

それをずっと見ていたお妙は、目に涙を溜めていた。それをチラリと見て、視線を戦場と化した庭に向ける。

 

「みんな、姐さんのために戦ってるんだよ。あなたが泣いたら、同じように泣く。あなたが笑ったら、同じように笑う。それが、友達ってモンじゃないかな」

 

志乃は木刀を引き抜き、縁側からトンと降り立つ。

 

「あなたがどうしたいかは、あなた自身が決めればいい。でも、苦しんでまで、押し殺してまで、自分の気持ちに嘘は吐かないで。精一杯悩んで選んだ道でも、それが間違ってると思ったら、私らが止めるよ。何度だって、どこへだって、あなたを助けに行くよ」

 

わあっと一斉に襲いかかってくる門下達を見据え、一人一人を殴っていく。木刀を振る手を止めず、お妙を振り返らずに言った。

 

「私の剣は、そのためにある」

 

志乃は地面を踏みしめ一気に加速し、門下を次々と斬るように倒していった。

 

彼らの輪の外で、銀時が敏木斎と、新八が九兵衛と剣を交えていた。しかし、新八との実力差がありすぎて、あっさり九兵衛に弾かれてしまう。

九兵衛と敏木斎が、背中合わせになった銀時と新八の周りを囲むように走り始めた。

そこから、凄まじい連撃を叩き込まれる。あまりの速さに、新八は目を瞑ってしまった。

背後の銀時が、彼を叱咤する。

 

「新八ィ、目ェ開けろ!びびってんじゃねェ‼︎見えるもんも見えなくなるぜ‼︎最後まで目ェひんむいて戦え‼︎」

 

なんとか目を開こうとする新八だが、不意に木刀が弾き飛ばされてしまった。

それを拾おうと動いた隙を狙って、九兵衛と敏木斎が彼の前に躍り出る。そこを、銀時が前に出て、身を挺して新八を護った。

得物を失くした新八を背で庇いながら、銀時は二人の斬撃を捌いていく。しかし、柳生家の中でも強いと謳われる二人に、完全に押されていた。

銀時に護られる彼を見て、九兵衛はほくそ笑む。

 

「お笑いじゃないか、新八君。姉上を取り返そうと、仲間を引き連れ乗り込んできた君が、一番の足手まといとは。君はなんとなくわかっていたんじゃないのか。どんな無茶をしようが、結局最後は誰かが助けに来てくれることを。誰かが何とかしてくれる、そう思っていたからこそ、勝ち目のない僕に戦いを挑みに来たんじゃないのか。君は昔からそうだった。誰かの陰に隠れ誰かに護られ、君を護る者の気持ちなど知りもしない。その哀しみも背負うものも見ようとせず、ただ縋るだけ。妙ちゃんの顔に何故あんな偽物の笑顔が貼りついてしまったか、君にわかるか。それは新八君、君が弱かったからだ」

 

攻撃の手が緩められることはなく、九兵衛はさらに続ける。

 

「君に妙ちゃんの哀しみ、苦しみを受け止める強さが無かったから。彼女は自分の弱さを隠そうと、あんな仮面をつけてしまったんだ。僕が妙ちゃんの隣にいれば、こんな事にはならなかった。僕は妙ちゃんの本当の笑顔を取り戻す。君に妙ちゃんは護れない。護る資格もない」

 

九兵衛は強く地面を踏みしめ、跳躍した。

 

「彼女を護れるのは、僕だけだァァァァ‼︎」

 

二人の強烈な一撃を一身に受け、ついに銀時は膝をついてしまう。覚束ない足で何とか立ち上がり、顔を滴る血を拭う。

 

「知ったよーな口をきくんじゃねーよ。テメーに新八(コイツ)の何がわかるってんだ。テメーがコイツを語るな。テメーなんぞに新八(コイツ)を語ってもらいたかねーんだよ」

 

彼の声音には、確かに怒りの感情が伺えた。

その時、敏木斎が木刀を振りかぶって銀時に襲いかかる。新八は反射的に動き、銀時を押し退けて敏木斎の一閃を顔で食らった。

新八はそのまま障子ごと吹っ飛ばされ、彼を案じて銀時が駆け寄る。そこに、敏木斎が立ちはだかった。

彼の背後では、九兵衛が倒れた新八に歩み寄っていた。

 

「行っても無駄ぞい。大将撃沈。これで終わりじゃ」

 

「バカ言ってんじゃねーよ。………………じーさんよ、アンタの孫は護りてー護りてー自分の主張ばかりで、テメーが色んな誰かに護られて生きてることすら気付いちゃいねェよ。そんな奴にゃ、誰一人護ることなんて出来やしねーさ」

 

銀時と対峙する敏木斎は、ふと彼が木刀を持っていないことに気付く。

それを尋ねた瞬間、倒れていた新八がカッと目を見開き、銀時から貰った木刀で九兵衛を吹っ飛ばした。

新八は今まで失くしていた眼鏡をようやく見つけ、くいっと押し上げる。

 

そして、ついに全ての決着がつこうとしていた。



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世界は愛とエゴと誰かを想う気持ちで回っている

九兵衛が倒れた隙をついて、一気にカタをつけようとした新八は、すぐに駆け寄り木刀を突き出した。それに応じ、九兵衛も木刀を突き出す。

 

木刀の切っ先が合わさった瞬間、九兵衛は新八の木刀を握る手を蹴り上げ、トドメを刺そうとする。

しかし、転がった木刀を銀時が投げ、今度は逆に木刀を手放してしまった。新八が九兵衛の皿を狙い木刀を振るうが、敏木斎が投げた木刀に阻まれる。

宙を舞った二本の木刀に、四人が跳躍して手を伸ばした。

 

その結果、得物は手にしたのは銀時と九兵衛。

銀時は敏木斎を、九兵衛は新八を狙う。

どちらの大将を斬るが早いか。

 

しかし、九兵衛の木刀は銀時の皿めがけて突き出された。大将を狙い、隙が生まれたそこをついたのだ。

だがそれをも銀時は読み、体を反転させ木刀の柄で、九兵衛の皿を割った。そしてその際、木刀を奪い取る。

 

それを新八に投げたその時、銀時の首を背後から敏木斎が締め上げた。

そのまま落下し、灯篭に打ち付けて銀時の皿を粉砕する。灯篭は二人の男がぶつかった衝撃で、折れてしまった。

 

着地を決めようとした敏木斎。しかしその瞬間、灯篭の穴から気配を感じた。

そこから、新八が木刀を水平に構え、敏木斎を見据える。気合いの怒号と共に、新八が渾身の一撃を繰り出した。

 

新八の突きは敏木斎の皿を割り、吹き飛ばす。

敏木斎が倒れた音と共に、辺りがシンと静まり返った。

 

「……ゴメン。負けちった」

 

敏木斎の呟きを聞いた近藤と神楽、志乃は一斉に新八に駆け寄る。

 

「いよっしゃァァァァ‼︎私らの勝ちだァァァ‼︎」

 

「新八ぃぃぃぃぃ‼︎あんま調子乗んじゃねーぞコルァ‼︎ほとんど銀ちゃんのおかげだろーが!」

 

「流石我が義弟(おとうと)‼︎真選組を任せられるのは君だけだ!」

 

神楽に蹴られ、近藤に真選組を託され。志乃も、表情が綻んでいた。

 

「やるじゃねーか、お前」

 

スッと、拳を差し出す。それに新八も拳を合わせた。

そして、一度目を伏せてから新八に言う。

 

「なァ、新八。アンタにお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「私に、剣の稽古をつけてくれないか?」

 

突然の頼みに、新八は驚いて目を見開く。彼を囲む近藤と神楽も、驚いていた。

その願いをしてきたのは、紛れもなく目の前に立つ銀髪の少女だ。

彼女は剣で戦えば最強とされる、銀狼である。にも関わらず、何故町道場の門下に入りたいと志願してきたのか。

それを訊こうとする前に、志乃が口を開いた。

 

「私さ、昔からちゃんと剣を教わったことがなくて。まァ剣っつっても、構え方とかそういう基本的なことだけど……それをもっとしっかり身につけたら、もっと強くなれるんじゃないかって思って。だから、新八に剣の稽古をつけてほしいんだ。……ダメかな?」

 

そう言って、首を傾げて見上げてくる。

 

「いや、そんなことはないけど……」

 

「けど?」

 

「志乃ちゃん、僕なんかより全然強いじゃないか。何も僕の所で学ばなくても、もっと強い所の方が……」

 

「新八」

 

彼女は彼の名を呼んで、その言葉を遮った。

 

「私は、アンタに教わりたいんだ。友として信頼の置ける、アンタにね。なに、私を強くしてくれってワケじゃないよ。剣術の基本、その全てを徹底的に私に叩き込んでほしい。それだけだよ」

 

志乃は微笑を浮かべ、「お願いします」と新八に頭を下げる。

どうやら、何を言っても彼女の気持ちは変わらないらしい。新八は「仕方ない」と肩を竦めた。

 

「わかったよ、志乃ちゃん。でも、やるからにはビシバシ鍛えるからね!覚悟してよ」

 

「はいっ!師匠!」

 

「ぅえっ⁉︎し、師匠⁉︎」

 

師匠と呼ばれ、狼狽える新八をキョトンとして志乃が見上げる。

 

「これから教わる人を、師匠って呼ぶのは当たり前でしょ?あ、先生の方が良かった?」

 

「えっ、あ、いや……今までそんな風に呼ばれたことないから、戸惑っちゃって……」

 

普段貶されるタイプだからか、敬いの意を込めた師匠の呼び名に、思わず照れる。そこに、神楽が釘を打った。

 

「新八ぃ、お前何志乃ちゃんとイチャついてるネ。お前が女の子とイチャイチャするなんて百年早いアル。顔を泥で洗って出直してこいヨ」

 

「それ結局汚いじゃねーか!何で僕にはそんな辛辣なの⁉︎」

 

「お前みたいなイヤラシイ男に志乃ちゃんは渡さないアル!どうせ修行にかこつけて、志乃ちゃんに何かするつもりネ。志乃ちゃんの貞操は私が護るアル!」

 

新八に飛びかかり、そこから喧嘩に発展する二人。と言っても、神楽が一方的に殴りかかっているだけだが。

それを眺めて、志乃は近藤と笑い合いつつ、彼らの喧嘩を止めるのだった。

 

********

 

それから数日後の夜。

万事屋志乃ちゃんの店のインターホンを、誰かが押した。

 

「はい、どちら様でしょう?」

 

時雪が扉を開けると、そこにはキャバ嬢の仕事着を纏ったお妙と、包帯を顔に巻いている土方がいた。

 

「あの、何か?」

 

「夜にごめんなさい。志乃ちゃんはいますか?」

 

「志乃ですか?」

 

時雪に呼ばれた志乃は、欠伸を噛み殺しながら寝巻きに着替えようとしたところだった。

寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りながら、玄関へ向かう。

 

「何?どうしたの姐さん」

 

「お願い、ちょっと一緒に来てもらえるかしら?」

 

志乃がワケがわからず首を傾げる前で、お妙はいつもの優しい微笑みを見せた。

 

********

 

お妙に連れられたそこは、何かの会場だった。受付を無視し、そのまま会場へ向かうお妙の背中に、黙ってついていく。

何故お妙が薙刀を持っているのか甚だ疑問だったが、追及しないことにした。

会場の扉を開け放ち、薙刀を遠くへ投げ飛ばす。薙刀は近藤の上着ごと壁に突き刺さった。

 

ん?近藤?嫌な予感が、志乃の中で駆け巡る。

忘れていた。今日は、近藤の結婚式だった。

もちろん志乃も誘われていたのだが、近藤の結婚相手はまごう事なきゴリラであるため、式の参加を断ったのだ。

 

ーーまさか、姐さんが私を連れてきた理由って……。

 

回れ右して、志乃はそろーっと立ち去る。首根っこを、お妙に掴まれた。

 

「アラ、どうしたの志乃ちゃん」

 

「すいません、お腹痛いんで帰らせてください」

 

「トイレならさっき済ませたでしょ?」

 

お妙の笑顔が怖い。次の瞬間、ぐいっと引っ張られ、お妙の前に出される。そこには、興奮したゴリラ達がこちらへ向かっていた。

それを見た志乃は、サッと血の気が引いた。

 

「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

金属バットを抜き、襲い来るゴリラを叩きのめしていく。

お妙は、ゴリラ達を一掃するために、ゴリラが苦手で見るたびに半殺しにしてしまう彼女を連れてきたのだ。

そして彼女の思惑通り、志乃は我を忘れて辺り構わず暴れ回る。

その隙にバブルス王女を蹴っ飛ばし、無事近藤を救出したお妙は、新八や神楽と共に逃げ始めた。

逃げながらも、その表情は綻び、心から楽しげな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、体格差のあるゴリラ相手に臆することなく挑んだ(違う)志乃の暴れっぷりは、目撃していた真選組内部でまさしく八面六臂であったとまことしやかに囁かれた。

 

しかし、その後数日間、志乃のゴリラ恐怖症は余計に悪化し、しばらくは床に伏せていたというーー。

 

 

 

 

 

 

 

ー柳生篇 完ー

 




ハイ、完結致しました。柳生篇です。いや〜、疲れた。
実はこの柳生篇執筆中に、漫画をたくさん買ってしまい、現在財布が一足先に冬を迎えてしまいました。寒い。寒いです。南極くらい寒いです。この上なく寒いです。

実は今回、またメモが消えてしまい、書き直しました。アレはマジで辛い。
終わった、やった!よし次……ってなった達成感が一気に崩れるんですよ。あの絶望ったらない。

次回、キャバクラです。


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恋愛って一体何だろう
普段着飾らない人がオシャレするとめちゃくちゃ可愛くなってすごく驚く


ピンポーン

 

万事屋志乃ちゃんの店内に、無機質な音が響く。中であやとりをしていた志乃は、紐を机の上に置いて扉を開けた。

 

「こんにちは」

 

「あれ?九さん、それに東城さんも」

 

扉の前に立っていたのは、九兵衛と東城だった。九兵衛は片手に紙袋を提げている。

志乃は取り敢えず彼らを中に入れ、客間に通し、茶を持ってくる。

 

「久しぶりだな、志乃ちゃん」

 

「うん、久しぶりだね」

 

あの後志乃は度々柳生家に訪れ、稽古に飛び入り参加したり、試合をしたりした。特に九兵衛とはあれから仲良くなり、「九さん」とあだ名で呼ぶほどの仲になった。

今ではたまに、お妙と三人で遊びに行くこともある。

茶を飲んで、志乃は九兵衛に尋ねた。

 

「で、どうしたの?」

 

「ああ。志乃ちゃんが万事屋を営んでいると聞いていたから、依頼をしてみようかと思ってな」

 

「依頼?」

 

「妙ちゃんの店まで案内してくれないか?」

 

依頼、と言われ構えていた志乃だが、その内容はただの道案内だった。思わず、ポカンとしてしまう。

 

「…………」

 

「無理か?」

 

「いや、無理じゃないけどさ……」

 

「報酬の方なら心配いらんぞ。先払いか?」

 

「いや、あのさ、別にたったそれだけで報酬なんて……」

 

彼女の言葉に耳を傾けず、ドンと一万円の札束を机に置く九兵衛。

ただの道案内でこんなに金くれるってどんだけ気前いいんだ。流石セレブ。

しかし、道案内だけで金を取るわけにはいかない。志乃は苦笑を浮かべつつ、金を返した。

 

「こんなにいいよ、九さん。たかが道案内で」

 

「しかし、何でもやるのが君の仕事なのだろう?なら、それに見合った報酬を出すのは当たり前だ」

 

受け取れ、と札束を手で示す九兵衛。しかし、頑固さなら志乃も負けない自信があった。

 

「九さん、私の店ではね、初依頼のお客さんは依頼料が無料になってるの。だから、いいよ」

 

ニコッと笑顔を浮かべて、札束を返す。もちろん、言っていることは嘘だ。しかし、ただの道案内で、友達からこんな大金は頂けなかった。

九兵衛はなかなか食い下がらなかったものの、最終的には折れ、今回は無報酬の仕事となった。

 

「それじゃ、早速行こうか」

 

********

 

スナックすまいる前。店のドアを開けて、中に入る。

 

「すいませーん」

 

志乃が店の中に呼びかけながら席の並ぶ場所へ向かうと、そこには何故かお妙と店長の他に銀時、新八、神楽がいた。

彼らの姿を認めて志乃は足を止めるが、何も知らない九兵衛と東城は彼女の元まで歩いてくる。

 

「あの、妙ちゃんはおられるか?差し入れを……」

 

「九ちゃん!志乃ちゃんも」

 

こちらに気付いたお妙達がソファから立ち上がり、駆け寄ってくる。

 

「何?何かお取り込み中だった?っていうか何でアンタらがいるの?」

 

志乃が銀時に尋ねるも、突如彼は志乃の肩をガシッと掴み、顔を近づけた。そして、いつもの死んだ魚のような目で見つめてくる。

 

「……急に何」

 

「志乃。お前に頼みがある」

 

「やだ」

 

「………………」

 

まだ内容も言っていないのに、あっさり拒絶された。その隣で、お妙が九兵衛の手を引いて、控え室に向かっていた。

 

********

 

控え室に連行された九兵衛は、理由が何か全くわからないまま、着替えさせられた。九兵衛は膝上10㎝以上の可愛らしい着物に身を包み、ポニーテールにしている髪を一度下ろし、ツインテールにした。

普段の姿から一転したあまりの美少女っぷりに、お妙と店長は、思わず歓声を上げる。

 

「九ちゃんカワイイ‼︎」

 

「いいよコレ、スゴイいいよこの娘‼︎」

 

しかし、その後ろで東城が彼らに突っかかる。それを銀時と新八、志乃が押さえていた。

 

「貴様らァァァァ!若に何をしているかァァ‼︎」

 

「待て、落ち着け東城さん」

 

「ちょっと色々ワケがあって、あの……」

 

「ちょっとだけだから力貸してください!すいまっせんホントすいまっせん!」

 

「ふざけるなァ‼︎貴様らも知っているだろう‼︎若は……若は……ゴスロリの方が似合うぞ‼︎」

 

その瞬間、東城の顎に九兵衛のキックが炸裂する。

血を吐いて倒れた彼を見下ろしてから、新八を振り返った。

 

「ねェ、どういうこと?何がどうなってんの?」

 

「実は、その……」

 

九兵衛とお妙が何やら話している隣で、新八から事情を聞いた。

なんでも、今日この店に松平の知り合いであり、幕府の重鎮が来るという。しかし店では夏風邪が蔓延してしまい、キャバ嬢はお妙のみ。そこで急遽、メンバーを集うことになったのだ。

なるほど、と頷いてから、志乃は鏡の前に座って化粧をする神楽を見る。

 

「さっき銀さん、志乃ちゃんにも手伝ってくれって言いたかったんだよ」

 

「ふーん。やだ」

 

「結局答え同じかい!何で⁉︎」

 

「だって私、可愛くないし」

 

肩を竦めてあっさり言い放った言葉に乗せて、続ける。

 

「私オシャレも何も出来ないし、着飾ってもそんな可愛くならないよ。銀、悪いけど他あたって。ギャルソンくらいならするから」

 

銀時を振り返って改めて断ろうとしたが、そこに銀時の姿がないのに気づく。

 

「アレ?銀?」

 

キョロキョロと辺りを見回して探すと、銀時が襖に突き刺さっていた。

 

「……何してんの、新しい遊び?」

 

「こんなくだらねー遊び、中二でも思いつかねーよ」

 

どうやら抜けられないらしく、仕方なく引っ張って抜け出すのを手伝ってやる。銀時を救出したところで、改めて断る。

 

「銀、私キャバ嬢はやらないから。それ以外の手伝いなら……」

 

「やってくれるか、志乃。それでこそ侍だ」

 

「やらねーっつってんだろ!人の話聞けや!」

 

「よし、向こうで何かしらテキトーに着替えてこい。時間もあまりねェからな」

 

肩を押して別室に押し込もうとする銀時に抵抗するものの、志乃の意見は全く取り入れられなかった。

どうやら銀時は、先程頼む前から拒否されたことを根に持っているらしい。しかし、この程度で負けないのが志乃である。

 

「だーから、私なんかがオシャレしても可愛くないからいいって言ってんの!」

 

「大丈夫だって。どっかの誰かが言ってたぞ、カワイイは作れるって」

 

「知るかァァ‼︎とにかく、やらないったらやらないかんな!」

 

銀時の腕を振りほどき、彼と向き合う。

 

「大体、仮にも妹にキャバ嬢なんてやらせたがる兄がどこの世界にいるってんだよ‼︎」

 

「何言ってんだ志乃、これは仕事だ。仕事に疲れた男を癒す、立派な仕事なんだぞ」

 

「うるせーよ!仕事って言えば何でも通ると思うなよバーカ!」

 

「バカって言った方がバカだ」

 

「んじゃてめーもバカじゃねーか‼︎」

 

口論に疲れ、嘆息した志乃は頭を抱えて店長に尋ねる。

 

「とにかく、他にカワイイ人探せばいいでしょ。ねェ、あと何人位必要なの?」

 

「最低でもあと四人は欲しいね」

 

「私入れたらあと三人アルナ」

 

チラリと見てみると、お妙、九兵衛、そして何故か裸にタオルを巻いてマットを小脇に抱えた東城が並んで立っていた。目を合わせかけた瞬間、銀時が志乃の目を塞ぎ、話を続けた。

 

「あと四人か、ダリーな」

 

「オイ、あと三人だって」

 

「誰かいないの?もう顔だけ可愛きゃいいから」

 

「オイ聞けヨ、泣くぞ」

 

神楽は完全に無視されていた。やってらんないと拗ねた彼女を無視し続け、話を進める。

 

「一人はもう話つけてあるからなんとかなるとして」

 

「ああ、もう呼んでるの?流石万事屋」

 

しかし、その一人とはキャサリンだった。キャサリンも一応キャバ嬢なのだが、何故か東城と同じ格好になる。

 

「あと三人ね」

 

そう言って、木刀を抜き、振り向きもせず天井に向けて投げる。それが突き刺さり、天井から忍者の女ーー猿飛あやめが落ちてきた。

 

「え、誰」

 

彼女の頭に突き刺さった木刀を銀時が抜く。

 

「オイ立てコラ、ストーカー。今日からお前もキャバ嬢だ」

 

「ええええええ⁉︎銀、ストーカー被害に遭ってたの⁉︎」

 

驚愕の事実に、真っ青になった志乃が銀時とあやめを交互に見る。

思えば、あやめは原作ではずっと前から登場しているのに、志乃とは初共演だった。

 

「散々長いこと放置プレイして久しぶりに会えたと思ったら、キャバ嬢になれ⁉︎そんな…………そんなのって……………………」

 

俯くあやめがなんだかかわいそうに見えて、一声かけようかと思った志乃だが、次の瞬間あやめは意気揚々と立ち上がった。

 

「興奮するじゃないのォォォ‼︎どれだけ私のツボを心得ているのよォ‼︎」

 

そして一瞬で着替えていた。何故だか黒革の女王様スタイルで。

あ、この人Mなんだ。出会って数秒で、志乃は彼女のことがわかった気がした。

 

「銀、アンタこの人のこと苛めた?絶対そうだよね、絶対そうだもん」

 

「知らねーよ。なんやかんやでストーカーになってんだよ」

 

「なんやかんやでストーカーが生まれるか‼︎」

 

志乃は銀時を背で庇うように前に出て、あやめを指さした。

 

「やい、お前!私の兄貴に手ェ出したらぶっ飛ばすからな‼︎」

 

「あら、貴女妹さん?銀さんには妹さんがいたのね。もしかして嫉妬かしら?私に銀さんを奪られるから?」

 

志乃とあやめの視線が、バチバチと火花を散らす。

 

「残念ね、貴女は法律上銀さんとは決して結婚出来ないのよ。大丈夫、銀さんは私が幸せにしてあげるわ」

 

「うるせえよ、このストーカーが。別に私はこんな奴と結婚なんかしたいとは思ってねーし。でも、アンタが銀の奥さんとか絶対認めないから。絶対許さないから。アンタなんかに、兄貴は渡さない‼︎」

 

「やってみなさいよ。ブラコンは度が過ぎると愛想尽かされるのがオチよ」

 

「オイてめーら、今そんなのいいから。後にしろ後に」

 

睨み合う二人は銀時に宥められ、一時休戦する。しかし、必ず後で決着をつけると心に決めていた。

 

「よし、これで七人揃ったな」

 

「え?でもあと二人足りませんよ」

 

「決まってんだろ。オイ、着替えてこい」

 

ーーやっぱ私にやらせる気かコノヤロォォォ‼︎

 

ギリッと鋭く睨みつけるが、銀時はこちらと目を合わせようともせず、ずっと拗ねたままの神楽に視線を向けていた。

店長が、縋るようにこちらを見てくる。そのサングラスの奥の切なげな視線で見つめられたら、志乃は断り切れなかった。

 

「っ……だー、もう‼︎わかったよ!やればいいんでしょ、やれば‼︎」

 

「よし、それでこそ我が妹だ」

 

「うっせー黙れ‼︎殺すぞ‼︎」

 

特に理由はないが、とにかく目の前の兄貴分に腹が立つ。グッとサムズアップをしてみせる銀時の親指をへし折ってやろうかと本気で検討した。

その時、入り口にいたウエイターが叫ぶ。

 

「店長ォ‼︎お客様来ました!」

 

「え⁉︎もう?」

 

「急げ志乃!」

 

「わかってるよ‼︎」

 

銀時に急かされた志乃は、急いで控え室を漁る。何か着れるものはないか。

衣装棚を探っていると、赤いワンピースが出てきた。完全に肩を露出しているもので、肩紐などもない。胸元には、可愛らしいバラのコサージュがついていた。

これを着てもおかしくはないだろうか。不安を感じるが、今はそんなことをいちいち気にしている暇はない。かなり切羽詰まっているのだ。

 

帯を解き、浴衣と足袋を脱ぐ。胸に巻いているサラシを外して、ワンピースを頭から被った。着てみると、意外と体にフィットして、スカートの裾も丁度いい長さだった。

さて、服はこれでいいものの、化粧の一つはした方がいいのだろうか。しかし、志乃は今まで一度も化粧をしたことがない。一体どうすればいいか。

鏡とにらめっこをして、考え込む。

 

「……そうだ」

 

髪に少しウェーブをかけ、頭にリボンをつける。化粧は見様見真似で、薄いナチュラルメイクにした。淡い赤の口紅を塗り、鏡を見てみる。

鏡の中の自分は、普段とは180度違っていた。自分で言うのもなんだが、少しは夜の蝶としてマシにはなったのではないか。

 

「……しのごの考えるのはやめだ。よっしゃ、いくぞ!」

 

グッと拳を握って気合いを入れ、志乃は控え室から飛び出した。



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友に身分は関係ない

控え室を出て入り口へ客を迎えに行こうとすると、店内に松平とその後ろに、何故か真選組の面々がついてきていた。

もう一度言おう。松平の後ろに、何故か真選組の面々がついてきていた。

 

「何してんの、アンタら」

 

思わず呟く。それが彼らの耳に入ったらしく、こちらに気づく。そして、顔を真っ赤にした近藤が指さしてきた。

 

「えっ?志乃ちゃん⁉︎何でこんな所に……ってかその格好……」

 

「色々あってね」

 

理由を話すと店に関わるため、説明を割愛する。

志乃は、何故か裸にタオル一枚の女装銀時&新八を横目に、真選組に近付いた。

 

「それより、何でアンタらがこんな所に……」

 

ムニュッ

 

いるの?と聞こうとしたその時。胸に違和感を感じた。

思わず、体が強張る。志乃だけでなく、辺りがシンとした。

自分の体を見下ろしてみると、胸に手が置かれていた。胸をがっしり掴んでいる、その手の主を見ると。

 

「なんだ志乃、オメー結構胸あるじゃねェか。アレか?着痩せか?」

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、松平がさらに強く揉んできた。

 

「……死ね」

 

次の瞬間、松平の顔面に志乃の拳が叩き込まれる。志乃の渾身の右ストレートは松平のグラサンにヒビを入れ、そのままドアまで吹っ飛ばした。

この一連の流れに銀時達、真選組は唖然としていたものの、今のは完全に松平が悪かったと片付けた。

ぶん殴っても怒りが収まらないのか、志乃の拳はブルブルと震える。

 

「ねェ、もう一発殴っていいよね?ねっ?」

 

「落ち着いて志乃ちゃん!お客様だから!これ以上はマズイって!」

 

「そうだぜィ、とにかく落ち着け嬢ちゃん」

 

もみっ

 

「は?」

 

先程と、全く同じ感触。背後で羽交い締めにして引き止めていた沖田の両手が、志乃の胸に置かれていた。そしてそのまま、掴み始める。

 

「え……?いや、ちょ、えっ?」

 

「おー、とっつぁんの言った通り、意外とデケェなァ。アレかィ、普段はサラシでも巻いてんのか?」

 

慣れない志乃は完全に追い詰められ、口に手をやる。その仕草が、図らずも沖田のサド心に火をつけてしまう結果となった。

さらに強く揉まれ、思わず体が硬直する。その時、

 

「どさくさに紛れてどこ触ってんだテメーはァァァ‼︎」

 

土方の踵落としが、沖田の脳天に炸裂した。沖田の手が緩まり、その隙に逃げ出す。

頭を摩りながら、沖田は土方を振り返った。

 

「何するんですかィ土方さん。せっかくいいところだったのに……」

 

「いいところじゃねーよ‼︎テメーよくそんなナチュラルに触れるな⁉︎」

 

「そりゃ嬢ちゃんが隙を見せたからですよ。嬢ちゃんは油断したところでさらに追い立てられた時が一番カワイイんでさァ」

 

「だからってガキに手ェ出すんじゃねーよ!てめェ痴漢でしょっぴくぞ‼︎」

 

「へいへい」と悪気もなく軽く返事をする沖田。土方は嘆息し、ワンピースを整える志乃に声をかける。

 

「大丈夫か」

 

「うん……ありがと、トシ兄ィ」

 

「別にてめーのためじゃねェよ。ったく総悟の奴、今日は遊びに来たんじゃねーっつーのに……」

 

「え?客ってアンタらじゃないの?」

 

ポカンとする志乃に背を向け、土方達は店を出ていこうと踵を返す。頭から血を流した松平が、それを引き止めようとした。

 

「オイなんだよ、遠慮すんなって。お前らも飲んでけ」

 

「いや、そーもいかねェ」

 

出て行く真選組とは対照的に、中へ進んでくるちょんまげ頭が目についた。豪華な着物にキリッとしながらも気品溢れる顔立ち。見覚えのある顔だった。そして、それを忘れる志乃ではなかった。

志乃は思わず、彼の名を呼んでいた。

 

「将ちゃんんんんん⁉︎」

 

「あら、志乃ちゃん知り合いなの?」

 

お妙が口に手を添え、尋ねる。

将ちゃんーー徳川茂茂(しげしげ)も、志乃と目を合わせ、驚く。しかしその次には、再会を喜ぶ笑顔に変わっていた。

 

「志乃ちゃん⁉︎何故こんな所に」

 

「いや、こっちの台詞だって!何で将ちゃんがキャバクラに来るワケ⁉︎」

 

茂茂はぎゅっと志乃の手を握り、嬉しさのあまりブンブンと振った。キリッとした顔が一気に柔らかくなり、ふにゃっと笑いかける。

それにつられて、志乃の表情も綻んでいた。

 

「ま、なんでもいいや。じゃ、こちらへどうぞ」

 

スッと手を差し出し、茂茂をエスコートする。志乃が女の子らしくないと言われる所以が、ハッキリわかった瞬間だった。しかし、当の本人はそれに気付かず、茂茂の手を引いて席に案内した。

茂茂を挟むようにお妙と志乃が座る。酒を酌しながら、お妙はにこやかに話しかけた。

 

「カワイイあだ名ですわ、将ちゃんて。でも本名の方も教えて下さいな。私知りたいわ」

 

「征夷大将軍徳川茂茂。将軍だから、将ちゃんでいい」

 

「ヤダ〜もう、ご冗談がお上手な方ですね。お仕事は何をなさっているんですか?」

 

「だから、征夷大将軍だ」

 

「もォ〜てんどんですか。ホント面白いお方ですね」

 

ホホホ、と笑うお妙を遠目から見ていた銀時と新八が、完全に固まっていた。彼が本物の将軍であると知る者は、この中で志乃と松平だけだろう。勘のいい(っていうか他のメンバーが気付いてないだけ)銀時と新八も、察していたようだ。

それに構わず、志乃は茂茂に小鉢を勧める。

 

「食べる?」

 

「ああ、ありがとう」

 

小鉢を受け取った茂茂の横顔を見ながら、志乃はずっと気になっていたことを茂茂に訊いてみた。

 

「ねェ将ちゃん。変じゃないかな?私」

 

「?」

 

どういうことか、と茂茂は視線だけで返してくる。ぽりぽりと人差し指で頬を掻いてから、付け足した。

 

「あの……今日の格好」

 

「格好?ああ、今日は一段と綺麗だと思うが」

 

「っえ⁉︎」

 

突然友とはいえ男に綺麗と言われて、思わず照れてしまい、カァァと耳まで真っ赤になる。

茂茂も茂茂で、思ったことをそのまま口にしただけであったため、彼女の反応に慌てて弁明した。

 

「へ、あ、いや、別に深い意味は無くてだな。志乃ちゃんはいつもはカワイイのだが、今日は大人びていて綺麗だと……それに……」

 

「わかった!わかったからこれ以上言うな、恥ずかしい……」

 

ストレートにガンガン褒められ、耐えられなくなった志乃は両手で顔を覆った。俯いた彼女を見て、茂茂はバツが悪そうにうなじに手をやる。

 

「すまない。なんだか、悪い事をしたな。そんなつもりはなかったのだが」

 

「いや、将ちゃんは何も悪くないから……大丈夫」

 

志乃は頬の熱をとろうと、ぐいっとグラスの水を呷る。喉に流れてくる冷たい感覚が、気持ちよかった。

それからしばらく酒を飲んだりしながら談笑し、志乃も少し落ち着いてきた。松平が、ふと切り出す。

 

「酔いも回ってきたし、じゃそろそろ、将軍様ゲームぅぅはっじめるよ〜‼︎」

 

ドンドンパフパフ

 

即興で用意した楽器で、効果音を演出。我ながらなかなかいい感じに出来た。

ちなみに、将軍様ゲームとは。

 

用意するもの:男と女、わりばし

「将軍」と書いたくじをわりばしで作る。

 

ルール:くじをみんなで引き、将軍様を引き当てた人は将軍になり、様々ないやらしい命令(拒否不可)を下すことが出来る。

 

まぁ要約すれば、ただの王様ゲームである。

 

ーー将軍様既にいるんだけど。王様ゲームにしなくていいのか?

 

疑問に感じたが、面倒なので考えるのをやめることにする。

 

進行役の松平がくじを引くよう促すと、お妙、神楽、九兵衛、あやめが一斉にくじに飛びつき、将軍様のくじを巡って大乱闘を始めた。客を楽しませるどころか、最早戦争状態である。しかも飛びついた時に吹っ飛ばした松平や、破壊した机すら気に留めていない。

何こいつらマジ怖い。志乃には流石に、この乱戦の中に飛び込もうとは思わなかった。しかし、少なくともこの「戦い」に、彼女の血が騒ぎかけたことをここに記しておく。

 

新八がバラバラになったくじを持って、茂茂に将軍様を引かせようとするが、その前にあの四人が一斉に引く。あまりにも速くて、目で追いかけられなかった。

 

ーーアレ、これゲームだよね?何でゲームごときでこんな大乱闘が起こるわけ?

 

甚だ疑問であったが、その答えを追求しようとすると朝になりそうなので、志乃は何も考えず余ったくじを茂茂と引くことになった。

志乃が引いた番号は、1だ。残念、将軍様じゃない。

 

「あー、私将軍だわ」

 

その声を振り返ると、銀時が将軍様のくじを手にしていた。そして、命令を下す。

 

「えーとじゃあ、4番引いた人下着姿になってもらえますぅ」

 

初っ端から何つー命令だ。志乃は自分のくじ運に救われ、ホッと溜息を吐いた。

しかし彼女の隣で、何やらゴソゴソとする人が。茂茂が、ブリーフ一丁になっていた。

乾いた目で悟る。

 

ーー将ちゃん、4番だったのね……。

 

まさか友の下着姿、しかもブリーフ姿をこの目で見る時が来ようとは。運がいいのか悪いのかわからなくなってきた。

 

銀時と新八がコソコソと作戦会議を開く隣で、二回戦が開始される。

今度はお妙が将軍になった。今回、志乃は5番だ。

 

「んーと、どうしよっかな。じゃあ私はァ、3番の人がこの場で一番寒そうな人に服を貸してあげる」

 

それすなわち。茂茂に服を着させよう作戦だ。

お妙の作戦を察したはいいものの、3番は一体誰なのだろうか。

首を傾げていると、また隣で何やらゴソゴソとする人がいた。志乃は思わず頭を抱えた。

 

ーーああ、将ちゃんまたなのね……。

 

ということで、見事3番を引いた茂茂が、あやめにブリーフを貸すことになった。

隣に、素っ裸の男が座っている。友達とはいえ、めちゃくちゃ居づらかった。志乃は極力目を逸らし、見ないようにしていた(ていうか見たくなかった)。

そして、銀時と新八が再び作戦会議を開く。

 

「パチ恵、もう着物云々は諦めよう。見た通り失うもんはもう何もねェ。これ以下はねーんだ。あとは上がっていくだけだ」

 

「ちょっ、これ臭いから脱いでいいかしら」

 

「下あったよ‼︎」

 

「ちょっとォォォ‼︎涙目になってきてますよ将軍‼︎」

 

「泣いてるよね!泣いてるんだよねアレ!」

 

最早ただのイジメっぽくなってきているが、志乃はそんなことどうでもよかった。

とにかく席から立ちたかった。そのまま帰りたかった。そしてこの日のかわいそうな友の姿を、今すぐにでも忘れたかった。

そんなこんなで、三回戦が開始される。将軍を引いたのはあやめ。志乃は2番だった。

 

「ついに私の時代が来たわ。私の願いは一つ。銀さんと……」

 

「番号で言えボケェェ‼︎」

 

何やらアヤシイ命令を下そうとしたあやめの脳天に、お妙が踵落としを浴びせる。仕切り直して、あやめが命令した。

 

「5番の人は、トランクスを買ってきなさい」

 

あやめの意図を察した銀時達だったが、肝心の5番は誰か。もうここまで来たらフラグになるだろう。

席を立ったのは、やっぱり茂茂だった。

鮮やかすぎるフラグ回収。しかし彼は、天下の征夷大将軍。素っ裸で街に出て、トランクスなんか買いに行けば……必ずヤバい事になることは火を見るより明らかだった。

銀時達はすぐさま外に出た茂茂を追いかける。

 

「将ちゃん何気に足速っ」

 

「ヤベェ‼︎エライ事になってきた!」

 

その時真選組の傍を通り過ぎたため、もちろん彼らにも見つかってしまった。

 

「貴様らァァ上様に何をしたァ‼︎総員に告ぐ‼︎上様を追えェェェ‼︎」

 

真選組が戦車で追いかけてくる中、茂茂を筆頭に奇妙な軍隊が完成した。側から見ればただの危険人物のパレードだ。

走り続けながら、神楽が将軍にくじを引くよう促す。茂茂がその中の一本を引くと、そのくじには将軍と書いてあった。

 

「将軍様、我等になんなりとご命令を」

 

実は、神楽の持ってきたくじは全て当たりくじであったのだ。並走する神楽を横目に、命令を下す。

 

「ではすまぬが、一人、余の代わりにトランクスを買ってきてくれぬか?それ以外は、アレを止めてくれ」

 

「仰せのままに‼︎」

 

急ブレーキをかけて逆走してきた神楽、志乃、銀時、新八、お妙、あやめが、真選組に襲いかかる。

 

「将軍様のご命令により、今からアンタらをここで食い止めまーす‼︎」

 

「はァ⁉︎それってどういうこ……」

 

「食らえコラァァ‼︎」

 

志乃が戦車の上に立つ近藤を蹴っ飛ばしたのを始め、夜のかぶき町に何かが壊れる音と悲鳴が響き渡った。

 

********

 

一方、茂茂と共に大江戸マートに向かった九兵衛は、茂茂の代わりにトランクスを買ってきた。堀の前のベンチに座る茂茂の背中に声をかける。

 

「……上様。お下着の方、お持ちしました。…………あの、色々……失礼な事……」

 

「いいんだ。楽しかったよ」

 

茂茂はそう微笑んで、九兵衛から下着を受け取ろうと手を差し伸べる。

 

「また片栗虎に連れてきてもらうぞ。その時は、また余と遊……」

 

しかし次の瞬間、ふと九兵衛の手と茂茂の手が触れる。

そして反射的に、茂茂は九兵衛によって堀に投げ飛ばされてしまうのであったーー。




次回、沖田の姉登場です。


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弟を持つお姉ちゃんは苦労人

バイトで朝から屯所を訪れていた志乃は、何やら騒がしい雰囲気に首を傾げた。

耳に入ってくるのは、近藤が美人と何やら楽しげに話しているとかどうとか。

お妙という女がいながらなんて男だーーと思わなかったことはないが、とにかく土方に言われたままに、沖田を起こしに行った。

 

********

 

障子を開けると、部屋の真ん中に布団を敷いて、愛用のアイマスクをつけて眠っている沖田がいた。

こっちは朝早くから、寝ぼけ眼擦ってわざわざ屯所に来てやったっつーのに。自分より少し年上のこの男は、ぐーすか寝ていた。いや、寝ていなかった。何かをブツブツ言っている。

羊でも数えてるのか?と、しゃがんで近付いて耳をそばだてたところ、「うぅ〜」と唸るだけだ。

 

「オイ、総悟は起きたか?」

 

「あ、ゴメン。今から」

 

部屋に入ってきた土方を振り返る。その時、再び沖田が何かを数え始めた。

 

「土方の死体が4016体。土方のバカの死体が4017体。土方のあんちきしょーの死体が4018体」

 

こいつ、なんてもん数えて寝ようとしてんだ。どんだけトシ兄ィを殺したいんだよ。つーかめちゃくちゃ数えてんじゃん。

色々ツッコみたかったが、取り敢えず全てを呑み込んで土方から下がる。彼は抜刀してそれを振り上げていた。

 

「土方のクソったれの……」

 

「羊を数えろォォォォォォォ‼︎」

 

「あれ?」

 

土方の怒り混じりのツッコミで目を覚ました沖田が、体を少し起こす。

 

「もう朝か……全然眠れなかったチキショー」

 

「眠れるわけねーだろ!んなグロテスクなモン数えて‼︎」

 

「すいやせん、わざわざ起こしに来てくれたんですかィ4019号」

 

「誰が4019号だ‼︎」

 

のそりと布団の上に座った沖田は、アイマスクを外す。その下の目にはくまが出来ていた。

 

「さっさとツラ洗って着替えろ。客だ。オイ志乃、行くぞ」

 

「ほーい」

 

納刀した土方と共に、志乃は未だぼんやりする沖田の部屋から出ていこうとした。だがしかし。

 

むにゅっ

 

「えっ……」

 

ついこの間経験した、懐かしい感触。でも、とても好ましく思えない感触。視線を下にズラすと、上着の上から胸を掴まれていた。握力が強くて、少し痛い。

 

「ぇ……あ……」

 

「ん……ちと硬ェなァ。でもこないだは結構あったし……やっぱサラシか」

 

「そ……そ、にィ……」

 

カァァ、と頬が熱くなる。恥ずかしさで潤んだ目を沖田に向けると、眠そうだった目がギラギラし出した。

 

ーーちょ、これマズいんじゃ……⁉︎

 

サッ、と血の気が引いた瞬間、さらに強く揉まれた。

 

「ひっ⁉︎」

 

思わず、上ずった声が出てしまう。絶体絶命の危機に、刹那、志乃の中で何かがブチ切れた。

 

「何さらしとんじゃクソガキがァァァァ‼︎」

 

朝の屯所に、ドガッシャァンと大きな物音が響いた。

 

********

 

沖田に制裁を加え終わった志乃は、隊士らがこぞって覗き見をしている部屋の前へ向かった。そして彼らに混じって、襖の隙間から覗き見る。

近藤と対面して、一人の女性が座っていた。色素の薄い短めの髪。優雅で儚げな雰囲気を纏うこの女性は、とても綺麗な人という印象を受けた。

背後から一緒に覗く山崎に尋ねる。

 

「ねぇ、あの人誰?」

 

「あの人はね、沖田さんの姉上様のミツバ殿だよ」

 

「お姉さん?」

 

もう一度、その女性ーーミツバを見てみる。なるほど、確かに髪の色とか、沖田にそっくりだ。

感嘆する志乃の背で、原田と山崎が話す。

 

「しかし、似ても似つかねェ。あんなお淑やかで物静かな人が、沖田隊長の……」

 

「だからよく言うだろ。兄弟のどっちかがちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりした子になるんだよ。バランスが取れるようになってんの世の中」

 

刹那、そのさらに後ろから気配を感じる。それに志乃が気付いた次の瞬間、バズーカが撃ち込まれた。

志乃は咄嗟にそれをかわし、他の逃げ遅れた隊士達はそのままバズーカの餌食となった。

 

「まァ、相変わらず賑やかですね」

 

「おーう総悟、やっと来たか」

 

「すいません、コイツ片付けたら行きやすんで」

 

襖ごと隊士達を吹っ飛ばした沖田は、山崎を捕まえて刀を向ける。それを、ミツバが窘めた。

 

「そーちゃん、ダメよ。お友達に乱暴しちゃ」

 

沖田がミツバに視線を向ける。

いや、そんな言い方しても総兄ィ聞かないって。

志乃が山崎を助けるべく出ていこうとしたその時。

 

「ごめんなさいおねーちゃん‼︎」

 

沖田が、ミツバに土下座していた。

志乃は目を疑った。あの沖田が、姉に土下座した。しかもものすごい勢いで。先程の爆撃で煤だらけになった畳の上にも関わらず。

近藤はそれを見て、豪快に笑う。

 

「ワハハハハハ!相変わらずミツバ殿には頭が上がらんようだな、総悟」

 

「お久しぶりでござんす、姉上。遠路遥々、江戸までご足労ご苦労様でした」

 

志乃は同じく驚きを隠せない山崎と共に、大人しくミツバに頭を撫でられている沖田を見やった。

ありえない。普段の沖田なら、絶対にありえない光景が、そこには広がっていた。

これは夢か。ぎゅーっと頬を抓ってみても、やはり痛い。どうやら、夢ではないらしい。

 

「……誰?」

 

「まァまァ、姉弟水入らず、邪魔立ては野暮だぜ。総悟、お前今日は休んでいいぞ。せっかく来たんだ。ミツバ殿に江戸の街でも案内してやれ」

 

「ありがとうございます‼︎ささっ……姉上‼︎」

 

ハキハキと近藤に頭を下げてから、ミツバの手を引く沖田。その表情は、心から嬉しそうだった。

沖田姉弟が部屋から出ていくのを見送り、志乃は近藤を振り返る。

 

「何アレ?」

 

「アイツはなァ幼い頃に両親を亡くして、それからずっとあのミツバ殿が親代わりだったんだ。アイツにとってはお袋みてーなもんなんだよ」

 

「へぇ……」

 

母親。思い返せば、母の事はもうほとんど覚えていない。

自分がこの世に存在しているのだから、必ず両親がいることはわかっているが、それでもその顔を思い出せないのだ。無意識の記憶の奥底にあるのか、あるいはその記憶を消してしまったか。

どちらとも言えない、でも確実に覚えていない、両親のこと。

 

「……いいな」

 

「ん?何か言ったか志乃ちゃん」

 

「んーん、何でもない」

 

近藤を見上げて、志乃は無邪気に笑いかけた。

 

********

 

それから志乃は、山崎と原田についていって、沖田姉弟を見に行った。

レストランで向かい合わせに座り、楽しげに話している。人によっては、美男美女のカップルと思われても不思議ではない。

それを向かいのテーブルからこっそり覗いていた。

 

「そーですか、姉上もついに結婚……。じゃあ今回は、嫁入り先に挨拶も兼ねて?」

 

「ええ。しばらく江戸に逗留するからいつでも会えるわよ」

 

「本当ですか。嬉しいっス‼︎」

 

「フフ、私も嬉しい」

 

「じゃあ、嫁入りして江戸に住めば、これからいつでも会えるんですね」

 

「そうよ」

 

「僕……嬉しいっス」

 

「フフ、私もよ」

 

変貌っぷりが半端じゃない。まるで虎から兎にでも変わったようだ。

 

ーーこんなの総兄ィじゃなァァァァァァァい‼︎

 

山崎は双眼鏡で二人の様子を見、志乃と原田は笑いを必死に堪えていた。

 

「ねぇ、聞いた?今聞いた?聞いたよね?」

 

「聞いた聞いた!僕だってよォォォォ‼︎プククッ!」

 

「ちょ、二人とも静かに!聞こえちゃうよ」

 

小声でヒソヒソ話す向かいで、沖田は姉を心配する。

 

「でも僕心配です。江戸の空気は武州の空気と違って汚いですから、お身体に障るんじゃ。見てくださいあの排気ガス」

 

沖田が立ち上がって、窓の外を指さす。

そこにミツバの意識が向いた瞬間、沖田は志乃達に向かって突如バズーカをぶっ放してきた。

 

ーーえ?

 

スッと咄嗟にしゃがんで、それを避けた志乃。しかし、逃げ遅れた原田と山崎はそれをモロに食らってしまった。周囲を巻き込み煙が漂う。

 

「まァ……何かしら。臭い」

 

「酷い空気でしょ。姉上の肺に障らなければいいんですが」

 

ーーいや、てめーのせいだろーが‼︎この汚ェ空気はよォォ‼︎

 

彼の襟を掴んで、そう突き詰めてやりたかった。

しかし、このミツバという女性、何やら病を抱えているらしい。肺に障るとは、おそらく気管支辺りに関わる何かだろう。

それから会話の内容は、沖田の普段の生活に移っていく。

 

「ちゃんと3食ごはん食べてる?」

 

「食べてます」

 

「忙しくても、睡眠ちゃんととってるの?」

 

「とってます。羊を数える暇もないですよ」

 

ーーいや、アンタが数えてたのは上司の死体でしょーが。しかも今日は寝不足っぽかったし。

 

「皆さんとは仲良くやっているの?苛められたりしてない?」

 

「うーん、たまに嫌な奴もいるけど……僕挫けませんよ」

 

ーー逆に苛めてる側だろ、お前は。

 

様々なツッコミが、彼女の中で溢れてくる。それほど自分のツッコミスキルが上がったのか。果たしてこれは喜ぶべきか否か。

 

「じゃあお友達は?」

 

「……………………」

 

「貴方昔から年上ばかりに囲まれて、友達らしい友達もいないじゃない。悩みの出来る親友はいるの?」

 

そう問われて、沖田は黙り込む。そういえば、沖田に友達がいるなど聞いたことがない。

 

「……いますよ、親友。しかも二人も。今から呼びましょうか?」

 

そう言って、沖田が携帯を開いて電話をかける。それから何やら話した後、再び電話をかけた。

その時、胸ポケットに入れた携帯のバイブが鳴る。着信を見てみると、沖田からだった。

 

ーーん?これは何かのドッキリか?

 

取り敢えず、耳を当ててみる。

 

「はい、志乃ちゃんです」

 

「嬢ちゃん、今すぐこっち来い。来てるからわかるだろィ」

 

それだけ言うと、沖田は通話を切った。

 

「……え、今のもしかして沖田隊長から?」

 

「うん。今すぐこっち来いってさ」

 

ーーアイツ横暴だ。横暴の化身だ。

 

志乃はちらりとこちらを見てくる沖田に苛立ち、殴ってやろうかと思ったが、その拳を嘆息して抑える。ここは少し大人になって、沖田に協力してやろうと思ったのだ。

 

そしてさりげなく、を極限まで装って、沖田姉弟の座る席へ近づいた。

ミツバと目が合う。ミツバは志乃の真選組の隊服を見るや否や、まァと口に手をやった。

 

「あら、真選組に女の子なんていたの?」

 

「つい最近バイトとして働き始めたんです。ほら嬢ちゃん、こっちだ」

 

志乃が答える代わりに説明した沖田は、手招きして席に促す。言われるがままに席につくと、沖田が耳打ちしてきた。

 

「嬢ちゃん、姉上は肺を患っているんでさァ。あんま心配かけさせたくねェから、ちゃんと友達演じてくれ」

 

「ハイハイ。団子後で奢ってね。慰謝料と貸しで足しといたげるから」

 

「チッ」

 

ミツバには聞こえないように舌打ちする沖田。こっちには丸聞こえなんだが。

 

ーーお姉さーん。おたくの弟くん、めちゃくちゃガラ悪いですよ〜。

 

嘆息してから、志乃は改めて目の前に座るミツバと向き合った。

 

「大親友の霧島志乃ちゃんです。真選組のバイトで最近入ってきて、公私共に仲良くしてもらってます」

 

「初めまして、お姉さん。霧島志乃です」

 

「まァ、ご丁寧にどうも。沖田ミツバです。いつも弟がお世話になってます」

 

志乃が頭を下げると、ミツバも会釈をする。

 

「良かったわ。そーちゃん、昔から年上ばかりに囲まれて育ったから……同年代のお友達が出来てて。志乃ちゃん、今おいくつ?」

 

「12ですけど……」

 

「まァ!」

 

ミツバは驚いて、口元に手を当てた。

 

「それじゃあ、そーちゃんより年下なのね。とてもしっかりしてるわァ」

 

「ありがとうございます」

 

しっかりしてると言われたのは、ぶっちゃけ初めてだ。少し照れ臭くて、志乃はうなじに手をやり、苦笑した。

この目の前で楽しげに微笑むミツバという女性は、本当に綺麗だ。一目見た時は少し遠かったが、改めて近くで見ると、その慎ましやかな美しさがよくわかる。仕草も女性らしくて、男勝りな自分とは正反対で、少し羨ましかった。

しかし、何だか顔色が悪そうに見えた。それも、ミツバが病を患っているからなのだろう。

 

「志乃ちゃん」

 

「えっ⁉︎は、はいっ」

 

突如ミツバに呼ばれ、完全に油断していた志乃はビクッと肩を揺らした。

 

「あら、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのだけれど」

 

「ぁ、いえ……大丈夫です。ちょっと、ボーッとしちゃって。あの、何ですか?」

 

心配そうに覗き込むミツバに手をひらひらさせ、大丈夫だと応えた。

 

「貴女のこと、志乃ちゃんと呼ばせてもらってもいいかしら?昔から、周りにあまり女の子がいなかったものだから、嬉しくってさっきはつい……」

 

「構いませんよ。あ、じゃあ私も貴女のこと、ミツ姉ェって呼んでもいいですか?」

 

「ええ、もちろんよ。ふふ、なんだか姉妹みたいね」

 

弾んだ笑い声を上げて、ミツバは心底嬉しそうに微笑んだ。それにつられて、志乃も笑みをこぼす。年の離れた優しい姉と話しているような感覚だった。

ふと、隣で少し不満げな気配を感じる。一瞥してみると、沖田がふてくされていた。

お?これは嫉妬か?ニヤニヤほくそ笑む中、入り口からやる気が全く無さそうに歩いてきた男が視界に入ってきた。

 

「銀⁉︎」

 

「お?何でお前も居んの?」

 

思わず立ち上がった志乃に気付いて、銀時もこちらへ歩いてくる。そこから沖田にアレヨアレヨの流れで座らされた。

 

「大親友の坂田銀時く……」

 

「何でだよ」

 

銀時はおもむろに、沖田の顔を机に打ち付けさせる。銀時と沖田の真ん中に座った志乃は、サッと姿勢を低くして彼の邪魔をしないようにした。

 

「オイ、いつから俺達友達になった?」

 

「旦那、友達って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなく、いつの間にかなってるもんでさァ」

 

「そしていつの間にか去っていくのも友達だ」

 

「あ、てめっズルいぞ!」

 

さらりと帰ろうとした銀時を追いかけて志乃もこのままドロンしたかったが、沖田に刀を向けられ逃げられなかった。

殴りたかった。無性に殴りたくなった。目の前で私を引き止めるこの男と、私を置いて逃げていくあの男を殴り飛ばしたかった。

しかし、沖田がすかさず注文したチョコレートパフェにつられて、彼も戻ってきた。

 

「友達っていうか、俺としては弟みたいな?まァそういうカンジかな。なァ総一郎君」

 

「総悟です」

 

「もうこちらとしても、兄妹共々仲良くさせてもらってるカンジかな。ねっ、総司君」

 

「総悟です」

 

兄妹揃って本名を呼ばれなかった沖田だが、めげずに訂正を入れる。

沖田が銀時に耳打ちする間で、志乃はとんでもない光景を目にする。ミツバがチョコレートパフェに、タバスコを丸々一本かけていたのだ。

 

「ミツ姉ェ?え、ちょっと何やってんの?」

 

「お姉さんんんん‼︎それタバスコォォォ‼︎」

 

気付いた銀時も一緒にツッコむが、ミツバはさも当たり前のようにタバスコをかけていた。

 

「そーちゃんがお世話になったお礼に、私が特別美味しい食べ方をお二人にお教えしようと思って。辛いものはお好きですか?」

 

「いや、辛いも何も……本来辛いものじゃないからね、コレ」

 

その時、ミツバがケホケホと咳き込む。

 

「やっぱり……ケホッ、嫌いなんですね。そーちゃんの友達なのに」

 

「好きですよね旦那、嬢ちゃん」

 

沖田が二人まとめて、首に刀をあてがう。銀時は乾いた笑い声で話を合わせていたが、志乃はタバスコの大量にかかったパフェを一つ貰い、悠々と口に運び始めた。

 

「ん、なかなか刺激的」

 

「食ったァァ⁉︎食ったのか?お前どんな味覚してんだよ⁉︎」

 

「白飯に小豆かけて食うような奴に言われたくない」

 

「あら、志乃ちゃんも辛いものが好きなの?やっぱり美味しいわよね、食が進むわよね」

 

うふふ、と上品に笑うミツバと、よしよしと頷く沖田。

 

ーー何なんだこいつら、新手の脅迫か?姉弟で結託して私らを貶めようって魂胆か?フハハハハハハハ!残念だったな、この程度では仏の舌を持つ私は倒せんぞ‼︎……何やってんだ私、恥ずかしい。

 

何故か勝ち誇っていた自分がとても小さく思えて、辛いパフェにがっつく。

しかし、銀時は諦めなかった。なんとしても、この激辛パフェをかわそうと試みた。

 

「でも、パフェ食べたからちょっとお腹一杯になっちゃったかなんて」

 

その時、ミツバの咳がさらに酷くなる。沖田も志乃も、銀時を見やった。

 

「旦那ァァァァ‼︎」

 

「銀、男を見せろ‼︎」

 

「みっ……水を用意しろォォォ‼︎」

 

しかしついに、ミツバが口から赤い液体を吹いて、ソファに横たわってしまった。

 

「姉上ェェェェェェェ‼︎」

 

「ミツ姉ェェェ‼︎」

 

これは流石にマズイ。銀時は意を決し、激辛パフェを飲み込んだ。もちろんタバスコ一本を丸々かけたものなので、その辛さは尋常でない。口から火を吹いていた。

その隣で、沖田がミツバを抱き起こした。

 

「姉上!姉上!しっかりしてくだせェ‼︎」

 

「あ、大丈夫。さっき食べたタバスコ吹いちゃっただけ」

 

ーーじゃあ銀の頑張りは何だったんだ……‼︎

 

志乃は机を破壊しつつズッコケた兄を不憫に思いながら、呆れてソファに深く座り直した。

 

********

 

それから、志乃達は様々な場所に行って江戸の街を楽しんだ。その夜、彼らはミツバを嫁ぎ先の家の前まで送った。

 

「今日は楽しかったです。そーちゃん、色々ありがとう。また近い内に会いましょう」

 

「今日くらいウチの屯所に泊まればいいのに」

 

「ごめんなさい、色々向こうの家でやらなければならない事があって。坂田さんも志乃ちゃんも、今日は色々付き合ってくれてありがとうございました」

 

「あー、気にすんな」

 

「また会おうね、ミツ姉ェ」

 

志乃が笑顔を見せて手を振ると、ミツバもそれに応えて軽く手を振る。沖田が去ろうとした背中に、ふとミツバは呼びかけた。

 

「……あの…………あの人は」

 

それを訊いた途端、沖田の表情が一気に険しくなった。

 

「野郎とは会わねーぜ。今朝方もなんにも言わず、仕事に出ていきやがった。薄情な野郎でィ」

 

沖田は背を向けて、さっさと帰ってしまう。その背中に、ミツバは嘆息した。

 

「オイオイ、勝手に巻き込んどいて勝手に帰っちまいやがった」

 

「アンタよりかはマシだと思うけど?」

 

「え、何?それってどーいう意味だオイ」

 

軽くディスられた銀時が志乃に突っかかる。そこから軽い殴り合いの喧嘩に発展していたが、ミツバが声をかけてきた。

 

「ごめんなさい、わがままな子で。私のせいなんです。幼くして両親を亡くしたあの子に寂しい思いをさせまいと、甘やかして育てたから……身勝手で頑固で負けず嫌いで。そんなんだから、昔から一人ぼっち……友達なんて一人もいなかったんです。近藤さんに出会わなかったら、今頃どうなっていたか。今でもまだちょっと恐いんです。あの子ちゃんとしてるのかって。ホントは……貴方達も友達なんかじゃないんでしょ。無理矢理付き合わされて、こんな事……」

 

どうやら、ミツバは全て知っていたらしい。志乃達が、ホントの友達でないことを。

彼女に想いを馳せた志乃の傍らに立つ銀時が、わしゃわしゃと頭を掻く。

 

「アイツがちゃんとしてるのかって?してるわけないでしょ、んなもん。仕事サボるわSに目覚めるわ不祥事起こすわSに目覚めるわ。ロクなモンじゃねーよ、あのクソガキ。一体どういう教育したんですか。友達くらい選ばなきゃいけねーよ。俺みたいなのと付き合ってたらロクな事にならねーぜおたくの子。なァ志乃」

 

「そーだねェ、銀みたいなのと付き合ってたらロクな大人にならないね。あ。でも逆に、銀なら反面教師になるんじゃない?」

 

「志乃ちゃーん?ソレ貶してるよね?確実にお兄ちゃんのこと貶してるよね、オイ‼︎」

 

再び喧嘩を始めた二人を見つめ、ミツバはクスクスと笑った。

 

「……………………おかしな人。でも、どうりであの子が懐くはずだわ。なんとなくあの人に似てるもの」

 

「あの人?」

 

「オイ」

 

志乃が銀時の拳を受け止めたまま首を傾げると、パトカーがやってきていた。ヘッドライトの光が、三人を照らし出す。

 

「てめーら、そこで何やってる?」

 

パトカーのドアを開けて、二人の男がこちらへ歩いてくる。

 

「この屋敷の……」

 

「あ、トシ兄ィ」

 

ライトに照らされて、その姿がようやく確認出来た。志乃は彼に気付いて指をさしたが、土方の視線はミツバに向けられていた。

 

「と……十四郎さ……」

 

驚愕で、ミツバの声が震える。その時、ミツバは激しく咳き込み、倒れ込んでしまった。しかし、地面に膝をつく前に、志乃が腕を差し出して抱きとめる。

 

「ミツ姉ェ‼︎しっかりして!」

 

呼びかけるも、喘息が酷くてまともに応えられそうにない。志乃はすぐにミツバを抱きかかえ、家の門を蹴破った。

 

「お前らボサッとしてねーで運ぶの手伝え‼︎」

 

振り返った志乃は、呆然と立つ男三人に、叱責を飛ばすのだった。



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大切なものは何が何でも護りたい

倒れたミツバを家へ運び、しばらくするとようやく落ち着いたらしく、呼吸も穏やかになっていた。ミツバの病状はあまり良くないらしく、だんだん悪化しているという。

客間に案内され、山崎は襖の隙間越しにミツバを覗き見る。

 

「それより旦那、アンタ何でミツバさんと?」

 

「………………成り行き」

 

バリバリとせんべいを食べていた銀時も、山崎に質問を返す。

 

「そーゆうお前はどうしてアフロ?」

 

「成り行きです」

 

「どんな成り行き?」

 

どうやらレストランで沖田に食らったバズーカの爆撃が、未だ彼に爪痕を残しているようである。それにしても見事なアフロだ、と志乃は感嘆した。

志乃も銀時の隣に座り、彼と同様せんべいを食べ始める。そして、縁側で煙草を吸う土方の背中を見やった。

 

「……そちらさんは、成り行きってカンジじゃなさそーだな。ツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどの事あったんじゃねーのおたくら?」

 

「てめーにゃ関係ねェ」

 

せんべいの素朴な醤油味が、優しく感じられる。

こちらを振り返ることなく、素っ気なく返した土方だったが、銀時と山崎はクククと笑いを堪える。

 

「すいませーん、男と女の関係に他人が首突っ込むなんざ野暮ですた〜」

 

「ダメですよ旦那〜。ああ見えて副長純情(ウブ)なんだから〜」

 

「ねェ銀、男と女の関係ってどーいうこと?それって恋び……」

 

ズバリ言いそうになったその時、土方が抜刀しこちらに斬りかかってきた。それを山崎が咎める。

 

「関係ねーっつってんだろーがァァ‼︎大体何でてめェらここにいるんだ‼︎」

 

「副長落ち着いてェ!隣に病人がいるんですよ‼︎」

 

「うるせェェ!大体おめーは何でアフロなんだよ‼︎」

 

どうやらかなりご立腹だったらしい。銀時は鼻をほじりながらムカつく笑顔を浮かべていた。

んー、あんなに否定するってことは、恋人じゃないのか……。じゃあ一体どういう関係なんだろう……?

土方が未だギャーギャー騒ぐ中、襖が開いた。中から、角刈りの男が正座し頭を下げていた。

 

「皆さん、何のお構いもなく申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んで下さったようで、お礼申し上げます。私、貿易業を営んでおります。『転海屋』蔵場当馬と申します」

 

山崎が土方に何やらヒソヒソと耳打ちする間にも、話は続いていく。

 

「身体に障るゆえあまりあちこち出歩くなと申していたのですが……今回はウチのミツバがご迷惑おかけしました」

 

顔を上げた蔵場は、真選組の制服を着た土方達を見る。

 

「もしかして皆さん、その制服は……真選組の方ですか。ならば、ミツバの弟さんのご友人……」

 

「友達なんかじゃねーですよ」

 

そう言って、沖田が部屋に入ってきた。沖田は蔵場も銀時も山崎も志乃も無視して、土方と睨み合う。

 

「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ。どのツラさげて姉上に会いに来れたんでィ」

 

いつものポーカーフェイスを浮かべていたが、明らかに不穏な雰囲気を醸し出していた。

確かに普段から、沖田は土方とあまり馬が合わないような感じだったが、その空気がいつもよりもピリピリしている。

ゆえに銀時と志乃は黙ってそれを見ていたが、山崎は空気が読めなかった。

 

「違うんです!沖田さん。俺達はここに……ぶっ‼︎」

 

しかしそれも、土方の蹴りで沈められる。

 

「邪魔したな」

 

ポツリと一言詫びてから、山崎の襟をズルズル引き摺って退室した。

 

「……さーてと、私らも帰ろっか。あんまり長居出来ないしね」

 

「え?帰るの?」

 

「たりめーだろ!人様の家に上がり込んどいてこれ以上迷惑かけちゃダメ!アンタそれでも私より年上か⁉︎」

 

ちぇー、と口を尖らせ、銀時も立ち上がる。まったく、どっちが大人かわかりゃしない。

呆れた志乃は溜息を吐いてから、蔵場を振り返った。

 

「それじゃあ、私らはこれで」

 

「帰られてしまうのですか?夜も遅いですし、なんならここに泊まっても……」

 

「いえ、そんなにお世話になるわけにはいきませんよ。ここからそんなに遠くありませんし……兄もいますから、ご心配なく」

 

ニコ、と微笑んで断っておく。蔵場もそこまでしつこく言わなかったため、志乃は銀時を連れて家の門の外へ出、帰路を急いだ。

 

********

 

翌日。今日はバイトも万事屋もオフである志乃は、ミツバのお見舞いに向かった。あの後病院に入院したと聞いて、お土産に激辛せんべいを買いに行こうとした。

店の前でふと足を止めると、見覚えのある原チャリとビニール袋を提げた男が。

 

「銀?」

 

「お、志乃」

 

志乃が呼んだことで彼も気付き、ひょいと軽く手を挙げる。

 

「それ何?」

 

「激辛せんべい」

 

淡々と答えた銀時が、ヘルメットを被って原チャリに跨る。その後ろに急いで乗った。

 

「ミツ姉ェの?」

 

「依頼受けてな。しっかし大したモンだぜ。身体悪いっつーのにこんなん食えるとは」

 

「ミツ姉ェ辛党なんでしょ。仕方ないよ」

 

ビニール袋を受け取り、原チャリを発進させた彼の背中にぎゅっと抱きつく。ポスッと顔を埋めると、大好きな匂いがした。

 

「オイコラ、何セクハラしてんだよ。訴えるぞ」

 

「ありがたく思いなよ。あと数年もしたらまったく抱きつかなくなって、絶対に寂しがるから」

 

「知るか。人肌が恋しいと思ったことはねーよ。オラ離れろ」

 

「カワイイ妹を振り落とすつもり?兄として最低」

 

「てんめー、都合のいい時ばっか兄貴言いやがって。誰に育てられた?」

 

「アンタだよ」

 

こんな軽口の叩き合いでも、愛おしく思える。嬉しくって、志乃はさらに銀時を抱きしめる力を強くした。

銀時は「暑い」とうざったがっていたが、結局折れてそのまま放置した。

 

********

 

ミツバの病室へ向かい、ヒョコッと顔を二人同時に出す。ミツバはさも面白そうに笑った。

 

「スゴイ、ホントに依頼すれば何でもやってくれるのね」

 

「万事屋だからな。オラ、食いすぎんなよ。痔に障るぞ」

 

「貴方、私が痔で昏倒したと思ってるんですか」

 

「銀、女の人に対してそれは失礼」

 

銀時はビニール袋をベッドの上に置くと、その中からバナナを取り出し、それを剥く。志乃もビニール袋の中からキャラメルの箱を開けた。

 

「オイ、おめーもどうだ?バナナとかもあるぞ」

 

「キャラメルもあるよ、食べる?」

 

その時、ミツバのベッドの下からソーセージを持った手が現れた。

 

「いえ、結構です。隠密活動の時は常にソーセージを携帯しているので」

 

「………………アレ、山崎さん?何でこんな所に」

 

「しまったァァァァァァ‼︎」

 

ーーバカなの?

 

銀時やミツバと共にベッドの下の山崎(忍者スタイル)を覗き込み、志乃は呆れた。

これじゃ、潜入してもすぐ敵に見つかっておじゃんだ。しかも、昨日に引き続き見事なアフロである。まだ治っていないらしい。

銀時が山崎を連れて退出するのを見送り、志乃は椅子に座りキャラメルを口に入れた。

 

「何だったのかしら?」

 

「さあ?そーだ。ミツ姉ェ、具合はどう?」

 

「ええ、今は大丈夫。でも、しばらくは様子を見た方がいいって」

 

「そっか、良かった」

 

志乃が微笑んで返すが、ミツバの表情が翳る。

 

「ミツ姉ェ……?」

 

「……あっ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって」

 

ミツバは志乃の視線に気付くと、ハッとしてすぐに笑顔を取り繕った。

 

ーー何だろう?ミツ姉ェ、様子が変……?

 

「……どうしたの?」

 

ふと、口が言葉を紡ぐ。ミツバは心配する志乃を見てから、一度目を伏せた。

 

「私…………お医者様に言われたの。あまり……長くないって」

 

「えっ……」

 

衝撃の事実に、思わず耳を疑った。

もうすぐ、ミツバが死ぬ。呆然とする彼女に、ミツバは申し訳なさそうに笑顔を見せた。

 

「ごめんなさい、不謹慎よね。こんな話して……」

 

「……………………ううん……」

 

それしか、答えることが出来なかった。

人はいつか死ぬ。誰かが死ぬのに、ここまで哀しい気持ちになるのは、初めてだった。

たった一日とちょっとで、ミツバがこんなに大切な存在になるなんて、思いもよらなかった。

 

「ねェ志乃ちゃん」

 

「ぅえっ⁉︎は、はいっ!」

 

突然呼ばれ、ビクッと体を揺らす。ミツバはクスクスといつもの優しい笑い顔を浮かべていた。

 

「ふふっ、カワイイ子」

 

「ミ、ミツ姉ェ……」

 

「私ね、嬉しかったのよ」

 

嬉しかった。そう言って、語り始める。

 

「武州……私達の故郷ね。そーちゃん達がまだ江戸に行く前から、私の周りにはあまり女の子がいなくてね。江戸(こっち)に来て、貴女に出会えて。本当の妹が出来たみたいで、とても嬉しかったの」

 

「…………一緒だね」

 

「まァ、志乃ちゃんも?」

 

ミツバが小さく首を傾げる。それに頷いてから、話し始めた。

 

「私も、ガキの頃から周りは兄貴分ばっかでさ。お姉さんっていうか……そーいうカンジの人がいなくて。だから、ミツ姉ェと一緒だよ。私もすっごく嬉しかった。会えて良かった!」

 

言葉にすると、だんだん胸が温かくなって。ようやく、ニカッと歯を見せて笑えた。

 

「フフ。おんなじね、私達」

 

「うん。おんなじだね、私ら」

 

たとえ、これが刹那的な会話だとしても。志乃はきっと、彼女を忘れない。彼女と過ごした、まるで本当の姉が出来たような、あの感覚を。

笑い合っていると、ミツバが言った。

 

「ねェ志乃ちゃん。志乃ちゃんも万事屋なのよね?銀さんと同じで」

 

「うん」

 

「それで、真選組でバイトしてるのよね?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「じゃあ、私から頼まれてくれるかしら?」

 

ミツバからの依頼に、もちろん志乃はそれを引き受ける。承諾の意思表示をすると、ミツバに問うた。

 

「もちろんいいよ。で、依頼って?」

 

「あの人を……十四郎さんを、護ってほしいの」

 

ミツバが口にした名は、弟の沖田ではなく、近藤でもなく、土方だった。ミツバはさらに続ける。

 

「私はこんな身体だし……あの人、昔からああなのよ。誰かを護るためなら、自分の事を顧みないの。……貴女のお兄さんそっくりでしょう?でも、それがとても心配で……きっと今もそうだと思うから。だから、私の代わりに、あの人のことを護ってほしいの」

 

「………………」

 

ーーいやあ、ホント私の勘って当たるなァ……。

 

自分の勘の良さを素直に褒めつつ、志乃はフゥッと一息吐く。

ミツバは、土方のことがずっと好きだったのだ。そしておそらく、土方も。でも、あの男がいつ死ぬかもわからない身で、彼女を受け入れるわけがない。土方はミツバの幸せを願って、彼女を突き離したのだ。

不器用な男だ。志乃はそう思った。しかし、その心の底には、確かな優しさがある。ひどくわかりづらいが、確かに芯の通った優しさが。

不器用である以上に、優しいのだ。土方十四郎という男は。

 

「わかった。引き受けるよ」

 

「ありがとう」

 

「んじゃ、依頼料はコレで」

 

立ち上がった志乃は、激辛せんべいを懐に入れて、立てかけていた金属バットを帯に挿した。

 

「志乃ちゃん?」

 

「早速行ってくるよ。また明日。銀には先に帰ったって言っといて」

 

「……ええ、わかったわ」

 

志乃は最後にチラリとミツバを振り返ると、微笑む彼女を一瞥し病室を出ていった。



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お姫様抱っこは男女が逆転するからこそ面白い

茜と紫の美しいグラデーションが、空を染める。その中で、志乃は店に帰っていた。

ガラッと戸を開け、草履を脱ぐ。

 

「ただいま」

 

「ん、おかえり志乃」

 

テレビを眺めていたお瀧が、首だけを回して志乃を見る。お瀧に向かい合ってソファに座り、テレビに視線を戻した彼女を見つめる。

 

「んで、何か出た?蔵場は」

 

「まーな。しっかしアンタの勘怖いわァ。何でもかんでも当たるもんやけ、調べ甲斐があらへんわ」

 

溜息を吐いて、お瀧は懐から写真をいくつか出して、机の上に広げる。その内の一枚を手に取ると、お瀧は報告を始めた。

 

「あの男の店……転海屋言うたけなァ?ま、簡単に言うたら、攘夷浪士を相手にボロ儲けしとる闇商人や。奴は密輸で仕入れた大量の武器を、高値で浪士共に売り捌いとんねん」

 

「ふーん、やっぱそうだったか」

 

蔵場が攘夷浪士と話をしている写真を見て、嘆息する。

蔵場はミツバの結婚相手。つまり、真選組の縁者の夫が、真選組の敵であるというのだ。

 

「じゃあ、あの野郎がミツ姉ェに近付いたのは……」

 

「それも聞いたで。真選組は既に抱き込んでるから、取り引きは何の問題もあらへんと」

 

「…………」

 

蔵場がミツバと結婚したのは、真選組の後ろ盾を得るため。確かにそうすれば、少なくとも彼女の弟であり、真選組内でも高い地位を持つ沖田は握れるだろう。

そのために、あの男はミツバを利用しようとしたのだ。

お瀧は地図を広げ、ある埠頭を指さす。

 

「次の取り引き場所はここや。ここで、今晩行われる。おそらく潰すんなら今日やろな」

 

「…………ありがと、タッキー」

 

ポツリと呟いて、志乃は立ち上がり、再び玄関へ向かう。

 

「行くんか?」

 

草履を履く彼女の背に、お瀧が尋ねた。お瀧を振り返らず、志乃は口を開く。

 

「行くよ。依頼受けたからね」

 

「依頼?」

 

「野郎護ってくれって。私も、アイツに言いたいことたくさんあるしね。護るついでにちょっくら殴ってくる」

 

「護るんか殴るんかどっちかにしーや」

 

肩を竦め、呆れた声が返ってくる。それを聞きながら、扉を開けて外に出た。空は既に闇に包まれ、星々が煌めいていた。

 

「……よし、行くか」

 

それを仰いでから、志乃はスクーターのエンジンをかけ、飛び出した。

 

********

 

地図を頼りに、スクーターを飛ばす。上空から望む夜景は美しかったが、今はそんなことを言ってられない。

ふと、何かが焼けるような匂いが飛んできた。

 

「……戦場の匂い」

 

鼻を掠めた煙たい匂いに止まり、その下を見下ろす。コンテナの並ぶ埠頭で、一人の男が攘夷浪士相手に暴れまわっていた。刀を振り、次から次へと敵を斬っていく。見慣れた黒い制服に、志乃は舌打ちした。

やはり。戦っているのは土方だ。高度を下げて、ゆっくりと敵に気付かれないように下りていく。

 

「あんのバカ……この大勢相手に、一人で闘ろうなんて」

 

志乃がボソッと呟いたその時、土方の右足をライフルの弾丸が貫く。倒れ込んだ土方に、攘夷浪士達が一斉に斬りかかった。

 

「トシ兄ィ!」

 

志乃はスクーターから飛び降り、スタッと小さく音を立てて、土方の隣に着地する。

彼らが志乃に気付いた瞬間、志乃は金属バットを振るい、囲んできた攘夷浪士達を一掃した。

 

「てめェ……!」

 

「何者だ‼︎ここはガキの来る所じゃねーぞ!」

 

土方が目を見開き、彼女を見上げる。攘夷浪士の一人が志乃に向かって吠えたが、彼女は黙って袖の中から、桂愛用のんまい棒を取り出した。

 

「ガキじゃねェ」

 

空いた左手でそれを持ち、んまい棒の袋を歯で噛み切る。そこから口に咥えて、んまい棒を出した。

 

「万事屋だコノヤロー‼︎」

 

勢いよくそれを地面に叩きつけると、ボフッと一気に煙が辺り一帯に充満する。

志乃は煙に紛れて、土方を連れて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫様抱っこで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイぃぃぃ‼︎待てコラァァ何してんだテメェは‼︎下ろせ‼︎」

 

「うっさい黙れ。怪我してるクセに喚くんじゃねーよ。あと暴れんな」

 

「クソガキぃぃぃぃぃ‼︎てめっ、絶対ェ後で殺してやっからなァァァ‼︎」

 

子供に、しかも女にお姫様抱っこされたのが、余程恥ずかしいらしい。

叫び散らす土方を無視して、志乃はコンテナの陰に隠れた。そこで土方を降ろし、怪我の具合を診る。

 

「足見せろオイ」

 

「どーってことねーよ、この程度」

 

「ざけんな。見せろっつってんだよ、聞こえねーのか」

 

コンテナに寄りかかり、立ち上がる土方の胸倉を掴んで、こちらに引き寄せる。ギロリと見下ろしてくる土方の視線に負けず劣らずの鋭い視線を向けた。

土方の荒い呼吸と、(さざなみ)の音が耳に入る。しばらく睨み合っていた両者だが、不意に志乃が彼の頬に平手打ちを浴びせた。あくまで、軽く。打たれた頬に手を添えるわけでもなく、土方は志乃を睨んだ。

 

「……痛ェな」

 

「殴ったんだから当たり前だ」

 

志乃は両手で土方の制服を掴み、ぐいっと引き寄せ、顔を近付ける。

 

「ムカつくんだよてめーはよォ。アンタ、前に私に何つった?何でもかんでも一人で背負い込むなって。仲間がいるんだから、それを頼れって言ったろ。なのにてめーが一番頼ってねーじゃねーか‼︎人のこと言えねェクセに、エラそーに説教たれてんじゃねーぞ‼︎」

 

「……うるせェ、放せ。とっとと帰れ。邪魔だ」

 

「黙れ。てめーの考えは読めてんぞ。敵と真選組の縁者が通じていると隊内に知られりゃ、総兄ィの立場が無くなるってことだろ」

 

「!」

 

手を離した志乃は、数歩歩いて金属バットを握りしめる。

 

「てめーのハラは読めるんだよ。私には、アンタそっくりな兄貴分がいるからな」

 

「チッ」

 

舌打ちした土方は、煙草を吐き捨て、ぐりぐりとそれを踏みつける。そして、コンテナに腕をついて歩き始めた。

 

「アンタこそ帰りな。足怪我してる奴が戦場にいたって、殺されるだけだ」

 

「うるせェ、てめーこそ帰れ。ガキの来る所じゃねーよ、ここは」

 

「私だってこんなとこ来たかねーよ。仕方ねーだろ、依頼受けてんだから」

 

「依頼?」

 

土方が問いかけたその時、大勢の攘夷浪士達が彼らの前を囲む。コンテナの上からも、背後からも。完全に囲まれた。

土方は足を引きずって、その中心に立つ。コンテナの上から、蔵場がこちらを見下ろしていた。

 

「残念です。ミツバも悲しむでしょう、古い友人を亡くす事になるとは。貴方達とは仲良くやっていきたかったのですよ。あの真選組の後ろ盾を得られれば、自由に商いが出来るというもの。そのために縁者に近付き、縁談まで設けたというのに。まさかあのような病持ちとは。姉を握れば総悟君は御し易しと踏んでおりましたが、医者の話ではもう長くないとのこと。非常に残念な話だ」

 

「残念だァ?よく言うぜ商人さんよォ。ハナから真選組抱き込むために、ミツ姉ェを利用したクセに」

 

土方に並んで前に進み出た志乃が、蔵場を睨み上げる。その視線には、確かな怒りが込もっていた。

 

「愛していましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし……道具としてですが。あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです、感謝してほしい位ですよ」

 

それはつまり、ミツバに対して何の感情も持っていなかったということ。あくまで、道具として。その程度の感情しか傾けていないということ。

ぐっと、金属バットを握る手に力が込もる。見下ろしてくるこの男が、憎くて仕方ない。

 

「テメェ……‼︎」

 

怒りに任せて一歩出た志乃の肩が、ガッと掴まれる。振り返ると、紫煙を燻らせた土方が、彼女を押し退けて進み出た。

 

「外道とは言わねェよ。俺も、似たようなもんだ。……ひでー事腐る程やってきた。挙句、死にかけてる時にその旦那叩き斬ろうってんだ。ひでー話だ」

 

「同じ穴のムジナという奴ですかな。鬼の副長とはよくいったものです。貴方とは気が合いそうだ」

 

「…………そんな大層なもんじゃねーよ。俺ァただ……惚れた女にゃ、幸せになってほしいだけだ」

 

刀を構えた土方の背中を、志乃は黙って見ていた。見るしか出来なかった。

 

「こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが……どっかで普通の野郎と所帯持って、普通にガキ産んで、普通に生きてってほしいだけだ。ただ、そんだけだ」

 

「なるほど。やはりお侍様の考えることは、私達下郎には図りかねますな」

 

ガチャッ

 

無機質な音と共に、バズーカが土方に向けられる。蔵場の怒号が響いた瞬間、遠くから別のバズーカが攘夷浪士達に撃ち込まれた。

 

「来た!」

 

山崎から事情を聞いた真選組が、ようやく加勢に来て、攘夷浪士達と斬り合いを始める。

その時、コンテナの上から、土方に銃弾の雨が降ってきた。なんとか逃げる土方の先に、ドラム缶が置いてある。

それを目にした瞬間、志乃の背筋を悪寒が駆け抜けた。

 

ダメだ。死なせてはいけない。目の前の男を、死なせてはいけない。

だって、ミツバと約束したのだ。彼を護ると。

 

そう思うが早いか、志乃の体は動いていた。

土方を追いかける銃弾の一つが、ドラム缶に当たる。刹那、志乃はドラム缶と土方の間に入って、彼に突進する勢いで抱きついた。

 

ドォォォン‼︎

 

爆風に煽られ、吹っ飛ばされる。焼けるような熱さを感じつつ、そのまま土方を押し倒し庇った。

爆破されたドラム缶の破片が無数に飛んできて、志乃の腕を、頬を、足を切る。

ドサッと倒れ込んだ頃には爆風は収まり、煙が漂っていた。

 

「志乃‼︎」

 

まともに爆発を受けた志乃は、押し倒した土方の上から転がり落ち、ぐったりと倒れていた。土方はすぐさま起き上がり、志乃の肩を掴んで揺らす。

 

「オイ、しっかりしろ!起きろ‼︎」

 

破片が切った皮膚から、血が流れ出ている。着物の裾も少し焦げていた。

目を閉じ、死んだように眠る彼女を見て、土方はさらに強く揺さぶった。

 

「志乃ッ‼︎」

 

ピクッとこめかみが動き、顔を顰める。反応を示した志乃は、その次にはぽっかりと目を開けていた。そして、視線を土方へ投げる。

 

「うるさい。耳痛いんだけど」

 

「‼︎」

 

「あっち」

 

血がどくどくと流れる腕を上げて、指をさす。その先には、車に乗り込もうとした蔵場がいた。

 

「私は大丈夫だ。急げ」

 

蔵場を逃がすな、と目で強く訴える。土方は蔵場を見てから、再び志乃に視線を落とし、刀を持って車へ走り出した。

土方を見送ってから、ゆっくりと体を起こす。

 

「さーて、やられたらやり返さねーとな」

 

転がっていた金属バットを拾い、コンテナの上へと跳躍する。コンテナを走り抜けながら、その上に立っている攘夷浪士達に向かって駆け寄った。

彼女の襲来に気付いた浪士が、ライフルを向ける。それに臆することなく、志乃は姿勢を低くして加速した。

引き金を引く前に、浪士の顎をぶん殴る。コンテナから浪士を落とした志乃はライフルを奪って、コンテナに乗る他の浪士達を撃っていった。

 

一人、また一人と正確にライフルかバズーカを撃つ。大方片付いたところで、志乃はライフルを肩に担ぎ、コンテナから飛び降りて、スタッと着地した。

 

「志乃ちゃん!何でこんな所に?」

 

未だ攘夷浪士達と戦闘中の近藤が、ライフルで敵を薙ぎ倒す志乃に尋ねる。袈裟懸けに斬りかかってきた刀を受け止め、押しやり、逆にこちらが斬る。

 

「依頼受けてね。トシ兄ィ護ってくれって」

 

「トシを?」

 

「それだから、わざわざオフの日に働いてやった次第さ。バイト代出るよねコレ」

 

近藤と背中合わせになり、ライフルを捨て金属バットに持ち替え、敵の中に単身飛び込む。

殴り、蹴り、砕き、折り、叩き。次から次へと攘夷浪士達を倒していく。

その時、遠くで爆発音が聞こえてきた。車の向かった先からだ。

その音に振り返ると、車が真っ二つに斬られていた。そこには土方の他にも、沖田と銀時がいた。

 

「総兄ィ……」

 

志乃は金属バットを下ろして、呆然と彼らを見ていた。

 

********

 

その後、病院に戻った真選組と銀時と志乃。しかしミツバは既に、臨終の間際だった。

彼女の側には沖田がつき、志乃は屋上のタンクに寄りかかり、銀時と共に座り込んでいた。タンクの向こう側では、手当てを受けた土方が激辛せんべいを食べてながら街を見下ろしている。

 

「辛ェ。辛ェよ。チキショー、辛すぎて涙出てきやがった」

 

涙を拭う音が、静かな夜の空に聞こえてくる。志乃は瞬く星を見上げたまま、懐から激辛せんべいを取り出し、袋を開けて口に運んだ。

 

「辛ェな」

 

「辛いね」

 

ボソッと銀時が呟けば、それに志乃が応える。俯いた志乃の目には、涙が光っていた。




次回、真選組動乱篇です。


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真選組動乱篇 絆は形となって現れない
本当に大切なものはたとえ友達でも壊される可能性があるから誰かに触らせるな


申し訳ありません、芙蓉篇飛ばします。予め考えていたのですが、あまり志乃ちゃんが出てこないので。

ということで、真選組動乱篇です。ミツバの話に引き続き真選組ネタですが、気合い入れて頑張りたいと思います。


この日も、志乃は真選組のバイトで屯所を訪れていた。

最近志乃は仕事の際、「鬼刃」を持ち歩いている。もちろんバイトの時だけだが、帯刀が許可されている数少ない機会であるし、何より相手が攘夷志士なので、対等に渡り合うためにも腰に挿していた。

 

今日は、いつもより騒がしい。何があったのだろうと奥の庭に向かうと、近藤がポッキリ折られた刀を手に沖田に詰め寄っていた。

 

「何してんの」

 

「あ、嬢ちゃん」

 

「志乃ちゃァァァん‼︎聞いてよ!総悟が俺の虎鉄に嫉妬して、刀をポッキリ折っちゃってさァ‼︎」

 

涙混じりに肩に手を置いて、同情を求めてくる。ボロボロ泣いて鼻水まで垂らす始末だ。

そんなに大事な刀なら沖田に触らせるな。奴を誰だと思ってる。ドS帝王だぞ。

志乃は自分より一回り以上年下の少女に泣きつく近藤を見て、呆れる他なかった。

 

「知らねーよ。そっちの管理能力の甘さが招いた事態でしょ。そんなに大事なモンなら、安易に他人に触らせるな。それが一番だ」

 

「うう……虎鉄ぅ……そして志乃ちゃんが冷たいぃぃ……」

 

「男がその程度で泣くなァァァ!てめェそれでも侍かコノヤロー!」

 

大体男に泣きつかれてもこちらが困るだけなのだ。小さい子供ならまだしも、相手は三十路近い男だ。余計めんどくさい。

近藤を押しやる志乃の腰元を見て、隊士がそれを指さす。

 

「そういえば嬢ちゃんって、バイトの時はいつも刀を持ってるよね。買ったの?」

 

「違うよ。コイツは私の一族に代々伝わる刀さ」

 

「スゲー、流石銀狼‼︎専用の刀があるなんて!」

 

「ちょっと!ちょっとだけ素振りさせて!」

 

もう一人の隊士が、両手を合わせて志乃に請う。志乃はベルトのリングを外して、「鬼刃」を差し出した。

 

「いいよ」

 

「やった!ありがとう!」

 

「鬼刃」が、隊士の手に渡ったーー次の瞬間。

 

ズシッ

 

「ふんぐっ⁉︎」

 

思いがけない重さに、隊士は両足をグッと踏ん張る。歯を食い縛っていないと、すぐにでも地面に落としそうだった。

しかし握力の限界が来て、「鬼刃」を地面に落としてしまった。その時、「鬼刃」が若干、地面にめり込む。

皆信じられないような目で刀を見つめた。

 

「……えっ?」

 

「ウソ……えっ?」

 

刀を持てなかった隊士に、志乃が怪訝な視線を向ける。

 

「え、何で?持てなかったの?」

 

「いや、だって……重すぎ」

 

「重い?ハハハ、何を言ってるんだ。鍛え方が足りないんじゃないか?」

 

志乃は銀狼といえど、女の子だ。筋肉もそこまでついているわけではないし、どちらかといえば女の子らしく脂肪がついている。そんな少女が、大人の男が持てない程の重い物を振り回せるわけがない。

近藤は笑い飛ばして、「鬼刃」を拾おうと手をかけた。

 

「まったく、最近の奴らは力が足りないぞ。女の子は力強い男に惚れるもんだ。俺を見てみろ、こんなもの軽く……アレ?」

 

グッと持ち上げようとしても、全く動かない。両手でしっかり持ってみても、切っ先が上がらない。

 

「ふんぐぐぐぐぐ……‼︎」

 

「ダメです近藤さん。全く持ち上がってませんぜ」

 

ついに近藤も「鬼刃」を持ち上げられず、手を離して地面に落とした。

 

「あーあ、近藤さんまで何やってんの?まったく、近頃の男共は。揃いも揃って情けない」

 

嘆息した志乃が、刀の柄を握る。

そして、ヒョイと軽く持ち上がった。

 

「えええええ‼︎」

 

近藤、隊士二人、山崎が呆然として、悠々と刀をしまう彼女を見つめる。沖田だけは一人、ポーカーフェイスを貫いていた。

 

「ちょっ……ウソォォォォ‼︎何で志乃ちゃんあんな重いの持てるわけ⁉︎」

 

「『鬼刃』は普通の人間には重すぎて扱えないってたっちーが言ってた」

 

「ウソでしょ⁉︎嬢ちゃんってムキムキなの⁉︎」

 

「んなわけあるか。てめー脳天から股まで一刀両断してやろーか」

 

隊士の余計な一言にカチンときた志乃は、刀を抜いて斬りかかろうとする。

その場にいた近藤や山崎らによりそれは防がれたものの、その後しばらくは、志乃怪力説が真選組内で密かに広まっていたというーー。

 

********

 

その晩。本来ならば志乃はバイトを終えて帰っているはずの時間帯なのだが、何故か未だに真選組屯所にいた。

 

なんでも、今日はかねてより外回りで出ていっていた隊士が、屯所に帰ってくるという。しかも、新人ながら隊内でもかなりの地位に立つ人物らしいのだ。

彼が外回りに行った後から真選組に入った(正確には入ってないby志乃)ため、志乃はその存在を今まで知らなかった。その紹介も兼ねて、今日は夜までの出勤となった。

 

とはいえ、働くというよりかは宴会に参加するという感じだ。

全員が席についたところで、近藤が御猪口を掲げる。

 

「伊東鴨太郎君の帰陣を祝して、かんぱーい‼︎」

 

「「カンパーイ!」」

 

近藤の乾杯の音頭を受け、皆が同じく御猪口を掲げる。志乃は未成年であるため、酒ではなくオレンジジュースが入ったコップを持っていた。

ちなみに隣に座る沖田も未成年だが、何故か酒を飲んでいた。オイいいのか。コイツはいいのか近藤さん。

果汁よりも砂糖の味が強いオレンジジュースを、ぐいっと飲む。そして、近藤に酒を注いでもらっている眼鏡をかけたインテリ系の男を見やった。

彼が、今回武器を仕入れ帰ってきた伊東なのだろうと推測する。

 

「いや〜伊東先生……今回は本当に御苦労でした。しかしあれだけの武器……よくもあの幕府のケチ共が財布の紐を解いてくれましたな〜」

 

「近藤さん、ケチとは別の見方をすれば利に聡いという事だ。ならば、僕らへの出資によって生まれる幕府の利を説いてやればいいだけの事。尤も近藤さんの言う通り、地上で這い蹲って生きる我々の苦しみなど意にも介さぬ頑冥な連中だ。日々強大化していく攘夷志士の脅威をわかりやすく説明するのも、一苦労だったがね」

 

「アハッ、アハハハハ!違いない!違いないよ!ガンメイだよね〜アイツらホント、ガンメイ〜」

 

話を無理に合わせようとする近藤に、沖田の疑問の声が飛ぶ。

 

「近藤さん、頑冥って何ですか」

 

「うるさいよお前は!子供は黙ってなさい」

 

あ、やっぱ頑冥の意味知らないんだ。

ちなみに頑冥とは、考え方に柔軟性がなく、物事の道理がわからないことを指す。まぁ簡単に言えば、頭が固いということだ。

 

頑冥も知らない大人に呆れて、志乃は早速料理を食べ始めた。普段食卓に並ばない豪華な料理だ。こんなものを食べられる機会など、滅多にない。

伊東が何やら言っている傍らで、我関せずとばかりにもぐもぐと料理を食べていると、ふと隊士らの会話が聞こえてきた。

 

「また始まったよ。伊東さんのご高説が。酒入ると毎回やってるよあの人。局長もノリノリだし」

 

「すっかりやられちまってるよ。『先生』なんて呼んでんだぜ。ウチ入って一年余りの新参者を。向こうも向こうで局長と対等に接してやがる。『参謀』なんて新しいポスト貰って調子乗ってんじゃねーの」

 

参謀。その言葉を聞いて、志乃の手がピクリと止まった。

参謀?真選組の頭脳は土方ではなかったのか?

 

以前聞いた話によれば、真選組はそのほとんどが実際に武士の家の出ではないらしい。中にはあまりちゃんとした教養を受けていない者もいる程だ。

なるほど、真選組は確かにテロなど大きな事件を取り扱うため、敵と戦うことが多い。しかし、彼らも一応幕府の役職の一つとして組み込まれている。

戦いにおいての作戦面は強くても、政治のしがらみやら面倒な手続きやら、その点に強い者がいないのだろう。だから、近藤も伊東を重宝するのか。

 

一人納得した志乃は、オレンジジュースを口に含んだ。

 

「志乃ちゃーん、こっちだ」

 

近藤に呼び出され、席を立って彼の隣に正座する。自然と、伊東と向き合う形となった。

伊東が不思議そうに、彼女を見つめる。

 

「近藤さん、いつの間に真選組に女の子が?」

 

「つい最近入ってきた子でね。志乃ちゃん、この人が伊東先生だ」

 

「どうも初めまして、お嬢さん。伊東鴨太郎です」

 

にこやかに微笑み、伊東は頭を垂れた。志乃もそれに応じ、ぺこりと会釈する。

 

「霧島志乃です。近藤さんからお話は伺っていました」

 

「志乃ちゃん、だね。これからよろしく」

 

スッと、手が差し伸べられ、握手を求められる。志乃もそれを見てこちらも手を出したーーその時。

 

ゾッ‼︎

 

「ーーッ⁉︎」

 

突如、寒気が襲いかかる。

思わず、差し出した手を止めてしまった。

 

「?どうしたんだ志乃ちゃん」

 

「…………いや、何でもない」

 

近藤に尋ねられ、とにかく伊東と握手を交わした。

先程の寒気は何だったのか。その疑問だけが、志乃の頭の中に渦巻いていた。

 

********

 

「波乱ですね」

 

「波乱?」

 

家に帰った志乃は、その後すぐに八雲に相談した。

鬼道に通ずる八雲は予言が得意であるため、彼に伊東と握手する際に感じた寒気の正体を聞いていた。

その寒気は、波乱を予言している。そう八雲は言ったのだ。

 

「近い内に、真選組全てを巻き込んだ波乱が起こるでしょう。しかも、この波乱はかなり大規模になる」

 

「…………引き金は伊東?」

 

「さぁ?今の所そこまではわかりません。ですが、貴女がそこまでハッキリと寒気を感じたというのなら……おそらくそうなのでしょうね」

 

八雲は占いに使った色とりどりの石を拾い、袋にしまう。

ソファに座る志乃を横目に、口を開いた。

 

「好都合なのでは?真選組がいなくなれば、貴女を監視する目が無くなるではありませんか。そもそも貴女は、奴らにあくまで敵と見なされているのでしょう?特に、あの土方十四郎とかいう男に」

 

「そうだけど……」

 

「私は素晴らしい未来だと思いますがね」

 

立ち上がった八雲は、石をタンスにしまうと、未だ俯いている志乃に言った。

 

「……あまり気にしないでください。これはあくまで占いですから」

 

「よくいうよ。ジョウの占いはほぼ百発百中のクセに」

 

「確かに、今まで外れたことはほぼありませんがね。まァ本当にその時が訪れたら、貴女は貴女の信念に従って動くべきです。真選組を放っておくも良し、助けてやるも良し。貴女のやりたいようになさい。私は止めませんから」

 

八雲は志乃を振り返ることなく、自室に戻っていった。

一人リビング兼客間に残った志乃は、ソファに体を預け、目を閉じた。

 

波乱。八雲はそう言ったが、この時の志乃はそこまで大きくなるとは思っていなかった。

 

これは波乱ではない。動乱だ。

 

後の彼女は、そう語ることになるーー。



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ルールは破ってナンボ

翌日。最近庭にやってくる三毛の小猫と戯れていた志乃の耳にとんでもない話が入ってきた。

 

あの土方が、浪士達に囲まれて、土下座して助けてくれと泣きついたという。

 

もちろん、志乃は信じなかった。あの土方が、敵に対して命乞いなどするはずがないと。そんなことをするくらいなら、逆に浪士数人を叩き斬るのが彼だ。

しかし、それは見事に瓦解することとなった。

 

********

 

土方と見廻りに市中へ出ていた志乃は、彼と肩を並べて歩いていた。

街の中に攘夷浪士がいるかもしれない、と隣の土方が目を光らせて歩いていたのだが、ふとその土方が他方へ足を向ける。

 

「トシ兄ィ?そっちのルートは……」

 

普段の土方ならば、決まった道や場所をその通り歩いているのだが、今日は何やら違った。

別の方向に、しかも真っ直ぐに歩いていく。志乃が呼び止めても、足を止めない。

彼が足を踏み入れた先はーーアニメグッズ専門店だった。

 

「は?」

 

脳内をクエスチョンマークが埋め尽くし、ポカンとしてギャラリーを眺める土方の背中を見る。しかもギャラリーを見るだけでなく、店の中に入っていった。

 

「は?え、ちょっ……」

 

本来なら、見廻り中に店に立ち寄ることは許されていないはずだ。志乃も過去に団子屋に入ろうとして、土方に拳骨を食らって止められたことがある。

その土方が、あっさりと店の中に消えていった。

 

それから彼を待つこと数十分。ようやく、店の中から土方が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

両手に紙袋を、合わせて5個ほど持って。

 

「………………」

 

「…………………………」

 

志乃は呆然として、何も言えなかった。

これは夢か。ぎゅーっと頬を抓ってみると、痛みを感じる。どうやら夢ではないらしい。

そのままお互い無言を貫きながら、二人は屯所へ帰っていった。

 

********

 

またある時。拷問部屋の近くを歩いていると、数人の隊士らが部屋から出ていき、扉を閉めたのを見た。

そういえば、土方は拷問のプロだと聞いたことがある。どんなプロだよ、と思ったが、なんでもかなり(むご)いらしいのだ。

子供の怖いもの見たさとはまさにこのことで、志乃はこっそりと拷問部屋に近付き、扉をゆっくりと開けた。

 

「ちょっとォォォ⁉︎何やってんの嬢ちゃんんんんん‼︎」

 

「わっ」

 

しかし、そこを隊士らに見られ、すぐさま手で目隠しをされる。

 

「ちょっと何すんだよ!離せ!」

 

「ダメだ!嬢ちゃんは見ちゃダメだ!刺激が強すぎる!」

 

「見ちゃダメって言われたら見るのがお約束だろーが!」

 

隊士らを振り切り、扉を勢いよく開ける。そこでは、土方と浪士が布団を並べて、二人揃って横になっていた。

 

「何、好きな人とかいるの?」

 

「いや……別に……いないけど」

 

「なんだよ〜、俺も言ったんだからお前も言えよな〜。ズリー、ズリーよ!ハメたな!ハメたろ!お前も吐けよ〜‼︎」

 

「わかった!わかったって、吐くよ‼︎」

 

ーーそんなものを吐かせてどーする‼︎

 

志乃は呆れて、ゆっくりと扉を閉めた。

 

********

 

太陽が温かく輝く、昼下がり。

 

「にゃーにゃー。最近のトシ兄ィはどうしちゃったんだにゃー」

 

「みぃ?」

 

縁側で寝転がり、頬杖をついて小猫に尋ねてみる。しかし、もちろん猫にそんなことがわかるはずもなく、小猫は後ろ足で器用に頭を掻くだけだった。

ゴロンと仰向けになると、小猫がこちらへやってきて、ペロペロと鼻を舐めてくる。

 

「こら、くすぐったいって」

 

止めるよう言っても、小猫は構わず舐め回してくる。志乃は諦めて、されるがままになった。

天井を眺めながら、手首に巻いた赤い紐を解き、太陽に翳す。

まだ髪が長かった頃、ポニーテールに括っていた髪紐。あれからずっと、志乃はそれを手首に巻いていた。

 

気付いた時には、既にそれがあった。物心つく前から、自分を見守ってくれている。銀時からは、お守りだと教わった。

それからずっと、肌身離さず身につけているお守り。

 

「…………」

 

ぼんやりとそれを見ていた志乃はふと起き上がり、鏡を取り出す。それに続いて、小猫がすかさず志乃の膝に乗った。

鏡に映る自分を見ながら、髪紐を首の後ろにやり、頭の上で括ろうとするが。

 

するり

 

「あれェ?」

 

紐がスルリと抜けてしまって、上手く結べない。もう一度、と紐を頭の上にやるが、再びすり抜けた。

 

「むー……」

 

幾度となく挑戦しても、髪質のせいか否か、紐がずり落ちてしまう。腕が疲れて、志乃は嘆息しながら仰向けに倒れた。

 

「ダメだー……出来ない」

 

「何が出来ないんだい?」

 

「!」

 

部屋に入ってきた気配に気付いて、ガバッと勢いよく起き上がる。この気配は。

 

「鴨兄ィ……」

 

「こんにちは、志乃ちゃん」

 

にこり、と優しい微笑みを浮かべた伊東は、志乃の隣に腰掛けた。いつもの制服ではなく、私服に身を包む彼を見て、なんだか新鮮な気持ちになった。

猫達に餌をやると、そこに数匹の猫が群がってくる。志乃の膝の上に座っていた小猫も、餌の元に向かう。

 

「何かしていたのか?志乃ちゃん」

 

「ん?あー……いや、実はさ。これ頭に巻こうとしてたんだけど、上手くいかなくて」

 

志乃が赤い髪紐を差し出すと、伊東が不思議そうな眼差しでそれを見つめた。

 

「それは?」

 

「私のお守り」

 

「お守り……」

 

「昔は髪が長かったからさ。コイツで結んでたんだよ」

 

志乃はぐーっと両手を挙げて伸びをする。もちろん欠伸付きだ。

その時、ふと伊東が手を差し出した。

 

「貸してくれ。僕がやってあげよう」

 

志乃は若干驚いたものの、伊東に紐を手渡す。それを受け取り、伊東は志乃の髪に紐を通した。

 

「ちょっと失礼」

 

一言詫びてから、志乃の首の後ろに手をまわした。紐をくぐらせ、再び頭の上に持っていく。

紐を少し引っ張り、右側で蝶々結びにした。

 

「ハイ、出来たよ」

 

それまでちゃんと大人しくしていた志乃は、鏡を手にしてそれを覗き込む。

細長い紐は右側に蝶々結びで飾られ、カチューシャのようになっていた。銀髪に赤い紐が映えて、とても可愛く見える。

嬉しくて、じわじわと胸の奥が温かくなり、頬が熱くなる。

 

「カワイイっ!」

 

「喜んでもらえてよかった」

 

「すごいすごい!ありがとう鴨兄ィ‼︎」

 

「っ⁉︎」

 

満面の笑みを浮かべて、志乃は嬉しさのあまり伊東に抱きついた。不意に彼女の両腕に捕まった伊東は、咄嗟に彼女の肩を掴んで、引き剥がす。

初めてだった。誰かに抱きしめられるなど。

 

「……鴨兄ィ?」

 

どうしたのかと視線を向けてくる志乃に気付き、ハッとする。

 

「……ダメだよ志乃ちゃん。女の子が、軽々しく男に抱きついちゃ」

 

なんとか平静を装って、笑顔を取り繕う。志乃も悪いことをしたと感じ、「ごめんなさい」と謝った。

動揺しなかったわけではない。確実に彼の心は乱されていた。突然の少女の抱擁によって。

 

「みぃ」

 

志乃の足を登って、ちょこんと小猫が縁側でおすわりをする。

 

「見て見てコレ!カワイイでしょにゃー」

 

語尾がおかしいような気もするが。

そんなツッコミを心の中で入れながら、伊東は寝転ぶ彼女を見やる。志乃は、伊東に結んでもらった紐を嬉しそうに指さし、小猫相手に自慢していた。

やはり、ただの子供か。一息吐いた伊東は、本題を話し始めた。

 

「そういえば志乃ちゃん。明日みんなで武州に行くんだが、知らないか?」

 

「武州に?」

 

頬杖をついたまま、伊東を見上げる。

 

「武州って確か、近藤さん達の故郷だよね。何で?帰省?」

 

「いや、本来の目的は真選組の隊士募集なんだがね。遠征というよりかはちょっとした旅行みたいなものなんだ」

 

「へー、楽しそうだね!」

 

床に手をついて上体を起こし、足を前に出して座る。すかさず膝に乗った小猫を撫でつつ、志乃は青空を見上げた。

 

「いいな、帰る所があって」

 

「志乃ちゃんは江戸生まれじゃないのか?」

 

「うん。ま、つっても故郷のことなんて何も覚えてないけどね。ガキの頃に出て行っちゃったから」

 

切なげに青空を眺める志乃の横顔に、伊東が提案する。

 

「僕達と一緒に行くかい?遠征に」

 

「え?」

 

志乃の大きな赤眼が見開かれ、伊東に向けられる。志乃はジッと彼を見つめた。

彼女の脳裏に、八雲の占いが過る。

近い内に、真選組内で引き起こされる波乱。それが何を意味するのか、まだ彼女にはわからない。しかし、おそらくそれは確実に起こる。

 

ーーもしかして、これが波乱の正体……?

 

では、この遠征に参加しないのが正解か。それとも、参加するのが正解か。

前者は自分への被害は無くなるが、真選組に対する被害は免れない。それ自体に波乱が起きるのだから、当たり前だが。

では、後者はどうか。参加して、動き方によっては真選組を護ることが出来るかもしれない。

ならば。志乃の考えが固まるのは、早かった。

 

「じゃあ……」

 

「おーい嬢ちゃん」

 

志乃が口を開いた瞬間、第三者の声が入ってくる。

沖田が部屋の壁に凭れて、こちらを見ていた。気配を消していたらしく、流石の志乃でも気付けなかった。

 

「総兄ィ……?」

 

「嬢ちゃん、明日から休みだぜィ。俺達が帰ってくるまで、ここに来んな」

 

「は?」

 

沖田は懐からピラッと一枚紙を取り出し、こちらへ歩み寄ってきた志乃に突きつける。

紙を見てみると、『霧島志乃 休暇命令』と書かれてあった。

 

「え、何コレ」

 

「近藤さんが渡してくれって。最近嬢ちゃん働きすぎだし、やっぱガキにゃ働くより遊ぶ時間のが大切でさァ。だから、俺らが帰ってくるまで屯所に立ち入り禁止な」

 

「いや、あの……意味わかんないんだけど」

 

「ま、そーいうことだ。ってことで明日から来なくていいぜィ。遠征にも来んなよ」

 

「ちょっと⁉︎総兄ィ!」

 

沖田はくるりと踵を返すと、イヤホンをつけて去っていく。その背中を見つめて、志乃は立ち尽くした。



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オタクは同類と認めた瞬間に心を開く

翌日。実質真選組から追い出された志乃は、暇だったので久々に銀時の家に転がり込んだ。昨日伊東に結ってもらった紐は、自分では結べないため、そのままになっている。

 

「おーっす、お久」

 

「志乃ちゃァァん‼︎」

 

「ぐふっ⁉︎」

 

ガラッと扉を開けた瞬間、神楽が弾丸のごとく飛び込んで抱きついてくる。鳩尾にジャストミート。両足の筋肉を総動員して、なんとか踏みとどまる。

 

「ひ、久しぶり、神楽……」

 

「久しぶりネ!最近私の出番無かったから、本当に久しぶりヨ」

 

「何気にメタ発言だよね、うん」

 

神楽からなんとか逃れ、ソファに座り、ボーッとテレビを眺める銀時を見る。

 

「やっほ。ほら、今日は米持ってってやったよ」

 

「おー、そこ置いといてくれ」

 

こちらに見向きもせず、鼻をほじりながら答える。相変わらずの彼に、志乃は肩を竦めた。

米の入った袋を部屋の隅に置いてから、ソファに座る。しかし、ここでふともう一人いないことに気付いた。

 

「アレ?師匠は?」

 

そう。いつも部屋に入ると手土産を受け取ってくれる新八がいない。いないどころか気配もない。

銀時を振り返ると、黙ってテレビを指さした。すかさず新聞のテレビ欄に目を通すと、この時間は「オタクサミット 朝まで生討論」がやっていた。

 

『大体ね、オタクって一口で全て一緒にするのはおかしい‼︎僕等はアイドルっていう一応現実にいる存在を応援しているけれど、意味がわからないのがアニメとかゲーム、二次元の女の子に恋している人達ですよね。結局二次元の女の子に恋焦がれてても成就しないでしょ、時間の無駄でしょ』

 

「……何やってんのアイツ」

 

「奇遇だな、俺もそれ思った」

 

ポツリと志乃が呟いたのを受けて、銀時も同意する。テレビの中では、あの親衛隊隊長・新八がいた。

うわァ……スゴイよコイツ。なんかスゴイ境地に辿り着いちゃってるよ。日本全国に愛という名の恥を晒しちゃってるよ。

生温かい目で新八を見ていると、画面がグラサンをかけた肩出し革ジャンの男に切り替わった。

 

『あっ、ちょっと異議があるんだけどもいいかな?あのォ〜、つまり53番は三次元オタクは僕等二次元オタクより現実を見てるって言いたいんだろうけども。じゃあ訊きたいんだけども、君はアイドルを応援していれば、いつか結婚出来るとでも思っているのかな』

 

『‼︎……それは』

 

言い淀んだ新八に、肩出し革ジャン男・トッシーが一気に畳み掛ける。

 

『出来ないよね?つまり君ら三次元オタクと二次元オタクは叶わない恋をしているってことにおいてさァ、同じ穴のムジナであって』

 

『いやいや、それは違うじゃん!いやそれは違うよ!確かにぶっちゃけアイドルと結婚なんて無理だよ。でも100%じゃないじゃん。君らは100%無理だけど』

 

『いや、ないよね確実に』

 

新八とトッシーが討論が繰り広げていたが、最終的には二次元派と三次元派の間で会場全てを巻き込んだ乱闘に発展してしまった。

何やってんだよ。呆れた志乃は伸びをした。しかし。

 

「……ん?」

 

トッシーのグラサンが外れる。その素顔を凝視していると、銀時も違和感に気付いた。

 

「アレ?コイツ……どっかで見た顔だな……」

 

「…………ああああああ‼︎」

 

記憶を辿っていた志乃が、突如大声を出して画面を指さす。

 

「んだよ、うるせーな。どうした?」

 

「ア、アレ……トシ兄ィだ!トシ兄ィだよ‼︎」

 

「え?…………あああああ⁉︎……何やってんだアイツ?」

 

志乃のおかげで疑問が解消されたものの、次の瞬間には冷めて呆れる銀時であったーー。

 

********

 

その後、新八が何故かトッシー改め土方を引き連れて帰ってきた。志乃は銀時達の後ろに立ち、一緒に会話を聞いていた。

新八が、目の前に座る土方に頭を下げる。

 

「…………あのォ、すいませんでした。まさかあんな所に貴方がいると思わなかったもんで……」

 

「いや……いいんだよ。この限定モノのフィギュア『トモエ5000』が無事だっただけでも良しとするさ」

 

「…………ああ、ありがとうございます」

 

「……ねェ、アンタ本当にトシ兄ィだよね?土方十四郎だよね?」

 

今でも信じられない志乃は、訝しげな視線で土方に問う。明らかに疑い、警戒していた。

土方は警察手帳を見せる。

 

「何を言ってるんだよ〜霧島氏」

 

「霧島氏⁉︎」

 

「この通り、正真正銘土方十四郎でござる」

 

「ござる⁉︎」

 

喋り方もノリも、全くの別人のようだ。

おそらく土方本人であることには違いないだろうが、ものすごい変貌ぶりである。

まるで虎から兎に変わったようだ。たった一日会わなかっただけで、こんなにも人は変わるものなのか。

志乃が唖然とする中、新八が真選組のことを尋ねた。

 

「あの……土方さん」

 

「何だい志村氏」

 

「あの……仕事はどうしたんですか。昼間からこんな所プラついて」

 

「仕事?ああ、真選組なら、クビになったでござる」

 

「「え"え"え"え"え"⁉︎」」

 

新八と志乃が、驚きのあまり身を乗り出す。

 

「真選組を⁉︎真選組辞めたの⁉︎なななな、何でェ⁉︎」

 

「んー、まァつまらない人間関係とか嫌になっちゃってね〜。危険な仕事だし。大体僕に向いてなかったんだよね〜。元々第一志望アニメ声優だったしね〜」

 

「そうなの⁉︎そうだったの⁉︎」

 

「まァ今は働かないで生きていける手段を探してるってカンジかな〜。働いたら負けだと思ってる」

 

「ニートだ‼︎ニートの考え方だよオイ!銀と同じ考え方だ!」

 

「誰がニートだ‼︎一緒にすんじゃねーよ‼︎」

 

志乃の失言に憤慨した銀時が、彼女の首に腕をまわして締め上げる。苦しくてバタバタと暴れる志乃を無視して、話は続けられる。

その間必死に抜け出そうとジタバタしていたが、なかなか解けない。

こうなったら最後の手段。志乃は口を開けて、思いっきり銀時の腕に噛み付いた。

 

「っでェェェェ‼︎」

 

「ぶはぁっ!はー、はーっ」

 

不意打ちで食らった噛み付きに耐えかねた銀時が、悲鳴を上げる。

その隙になんとか逃れ、志乃は呼吸を整えていた。

 

「てんめェェェ何しやがんだクソガキぃぃぃぃぃ‼︎」

 

「うるせー‼︎妹絞め殺そうとする兄貴がいるかバカヤロー‼︎」

 

「喧嘩しないでください二人共!行きますよ」

 

兄妹喧嘩を始めようとしていた銀時と志乃を、新八が咎めた。

行くってどこに?先程から自身の生存のために暴れていた志乃は、全く話が読めなかった。

 

********

 

やってきたのは、刀鍛冶の看板が目印の、鉄子の店。早速土方の刀を、鉄子がじっと見つめる。

 

「この表と裏揃った刃紋。間違いない、村麻紗(むらましゃ)だ」

 

「あれ?トシ兄ィの刀ってこんなだったっけ?」

 

鉄子の隣で、志乃も刀を眺めた。刃紋の形も違うし、いつも所々にあった傷がないし、鍔のデザインも違う。

そういえば真選組でも、新しい刀を買ったと話していたが……。

考えるのを一度片隅に置いて、鉄子に尋ねる。

 

「ねぇ、村麻紗って何?」

 

「室町時代の刀匠、千子村麻紗によって打たれた名刀だ。その斬れ味もさることながら、人の魂を食らう妖刀としても知られている」

 

「妖刀?」

 

志乃が再び村麻紗に目を移した瞬間、土方がグイッと鉄子に顔を近付けた。

 

「妖刀?ホントに妖刀でござるか‼︎中から美女が出てきたりするでござるか‼︎」

 

「そんなわけあるかァァァ‼︎」

 

すかさず、志乃が土方の顔面を蹴りつける。銀時に袋叩きにされるのを遠目に見ながら、鉄子を振り返った。

 

「妖刀って……どんな妖刀だっていうの」

 

「………………」

 

押し黙る鉄子。志乃は一気に不安になった。

まさか、土方が妖刀の呪いで死んでしまうのでは……。

鉄子が、口を開く。

 

「母親に村麻紗で斬られた、引きこもりの息子の怨念が宿っているらしい」

 

「……は?」

 

「つーかどんな妖刀ォォォォ⁉︎」

 

志乃は思わず耳を疑った。もちろん新八はツッコんだ。

動揺は皆同じらしく、一様にポカンとしていた。

 

「伝説では、普段は不登校でアニメばっか見てるくせに、修学旅行だけ行きたいと言い出したらしい。流石に母親もキレて……その時使われたのが村麻紗なんだ」

 

「どんだけ具体的な伝説⁉︎最近だよねそれ!ニュースでやってそうだよね、それ!」

 

「村麻紗を一度腰に帯びた者は引きこもりの息子の怨念に取り憑かれ、アニメ及び二次元メディアに対する興味が増幅され、それと反比例し働く意欲、戦う意志は薄弱になっていく。即ち、ヘタレたオタクになる」

 

そういえばこの間の見廻りで、土方は仕事中にも関わらず、アニメグッズショップに赴き買い物までしていた事を思い出した。さらにその以前には、様々な不可解な行動も多かったと聞く。

もし、もし本当に土方の刀が妖刀だとしたら。

 

「最早、その男の本来の魂は、残っていないかもしれない。妖刀に食い尽くされ、既に別人となっていても、何らおかしくない。もう本来のそいつは、戻ってくることはないかもしれない」

 

「……………………そんな…………」

 

土方が消える。身体は残っても、彼の魂が。まるで、頭を硬いもので殴られたような感覚に陥った。

ショック、という言葉が一番当てはまるだろう。しかも自分で思っているよりもそれは大きかったらしく、志乃はそのまま何も言葉に出来なかった。

その時、煙臭い匂いが鼻を掠める。まさか。勢いよく振り返ると、土方が煙草を持っていた。それに気付いた銀時達も、土方を見る。

 

「お前……ひょっとして………………」

 

「……トシ兄ィ」

 

「やれやれ。最後の一本吸いに来たら、目の前にいるのが……よりによっててめーらたァ。俺もヤキが回ったもんだ。まァいい……コイツで……最後だ……ワラだろうが何だろうが縋ってやらァ……」

 

「トシ兄ィ!」

 

村麻紗に侵食されるギリギリのところで抵抗しているらしい。不敵に笑ってみせているものの、その顔には汗が滲んでいた。

 

「いいかァ、時間がねェ。一度しか言わねェ……てめーらに……最初で最後の頼みがある」

 

そうして、土方は志乃達に向かって、頭を下げた。

 

「頼……む。真選組を……俺の……俺達の真選組を、護って……く……れ……」

 

そこには、プライドも何もなく。

ただ一人の男の、大切なもののために縋る姿が、そこにあった。

 

波乱。

八雲の占いは、やはり当たった。



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嫌な予感ほど当たりやすい

鉄子の店を出た銀時達は、帰路を歩いていた。志乃も彼らについていきながらも、ずっと下を見て歩いていた。

 

真選組内の異変。伊東が確かに怪しいような気もしていた。

伊東はかねてから土方の悪評を流していたし、彼に与している隊士も少なくない。

そうでなくても、彼は局長である近藤から「先生」と呼ばれていた。

隊内のトップである近藤が伊東を立てれば立てるほど、他の隊士もそれに追従せざるを得なくなる。それは自然と、伊東の地位を高めていることに繋がった。

そんな隊内でも発言力の強い彼が、様子のおかしい土方に対して罰を言い渡したら。通る可能性も否定出来ない。

 

では何故、土方を廃したのだろうか。彼らの不仲は隊内でも噂されるほどで有名なのだが、蹴落とすだけではいけないのだろうか。

副長である土方を、真選組内から廃する理由は……。

 

「……まさか」

 

最悪の結論に、思わず足を止める。

 

ーー伊東は、真選組を乗っ取ろうと……?

 

「わぶっ」

 

「!」

 

突然立ち止まった志乃にぶつかり、後ろを歩いていた土方は尻餅をついてしまう。

我に返った志乃は、すぐに土方に手を差し伸べた。

 

「ご、ごめんトシ兄ィ」

 

「大丈夫でござるよ、霧島氏」

 

そうだった。目の前のこの男は、もう自分の知っている男じゃない。

志乃に引っ張られ立ち上がった土方は、「あ、そうだ」と思い出したように志乃の肩を掴んだ。

 

「霧島氏、頼みがあるでござる。実は今日、レアモノの限定美少女フィギュアの販売会なんだけど、一人一個までしか売ってくれないんだ」

 

「?」

 

「しかし拙者としては保存用と観賞用、そして実用用に3個揃えておきたいところでね。そこで霧島氏……」

 

バキィッ

 

志乃の怒りのハイキックが、土方の顔面を捉える。それを皮切りに、銀時達も袋叩きに参加した。

 

「てめーは少しは恥や外聞を覚えろォォォ‼︎」

 

「実用って何に使うつもりだァ‼︎」

 

「心配してんのがアホらしくなってくんだろーが‼︎」

 

「返せ‼︎私らの心の平穏を返せバカヤロー‼︎」

 

何だか自分がバカらしくなってきた。その怒りを込めて、とにかく土方を踏み付けまくった。

するとその時、側にパトカーが止まる。中から隊士らが、何やら慌てた様子で降りてきた。

 

「大変なんです副長ォ‼︎スグに……スグに隊に戻ってください!」

 

「何かあったの?」

 

「山崎さんが……山崎さんが‼︎」

 

「……ザキ兄ィがどうしたの?」

 

山崎の名を出され、志乃は思わず一歩前に出た。

 

「何者かに……殺害されました!」

 

「‼︎」

 

「どういうことだ、それ‼︎」

 

声を荒げ、隊士らを問い詰める。彼女のプレッシャーに圧されつつも、隊士らは説明した。

 

「屯所の外れで血塗れで倒れている所を発見されたんですが、もうその時には……下手人はまだ見つかっておりません!」

 

「チッ、波乱ってこーいうことかよ……!」

 

隊士の一人が、土方の腕を掴んで引っ張る。パトカーに乗せようとしていた。

 

「とにかく!一度屯所に戻ってきてください」

 

「え……でも拙者クビになった身だし」

 

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ‼︎」

 

「さっ、早く」

 

ーーゾッ‼︎

 

一瞬で、志乃の背筋を悪寒が駆け上がる。

この感じ、波乱を予感した時と同じ……!

そう思うが早いか、志乃は一歩踏み込んだ。

 

「副長も、山崎の所へ」

 

隊士らが抜刀した次の瞬間、銀時が土方の首根っこを掴み、新八と神楽と共にその場から脱し、路地に逃げ込んだ。

志乃は追いかけようとする隊士の足を引っ掛けて転ばせ、彼らを食い止める。

 

「オイオイ、味方同士で殺し合いか?そんなん局中法度で許されてたっけねェ」

 

相手は四人。もちろんこの程度、志乃にとっては楽勝だった。しかし、手は抜かない。

どんな相手でも、常に真剣に向き合って戦え。最近、師匠の新八から教わった言葉だ。

相棒の金属バットを抜いて、隊士らと対峙する。

 

「アイツ殺したきゃ、私を殺してからにしな。ここは通さねーよ」

 

「悪いが嬢ちゃんは、我々と共に来てもらう」

 

「へぇー、何で?私はアンタらの敵だよ?」

 

「たかが女一人だ‼︎かかれェェェ‼︎」

 

気合いの怒号と共に、一斉に斬りかかってくる。金属バットを構えた志乃の後ろから、こちらへ猛スピードでやってくる気配を感じた。

刹那、志乃は上空へ跳躍する。空振りに終わった隊士らが志乃を見上げた瞬間、止めておいた車が彼らに突進してきた。

路地からボロボロになったパトカーが、鮮やかなドリフトを見せる。その上に、志乃は着地を決めた。

 

「志乃ちゃん、こっち!」

 

後部座席から顔を出した新八が、天井にいる志乃に手を差し出す。彼の手を掴んで、そのまま後部座席に転がるように乗り込んだ。

 

「ありがと、師匠」

 

「ぇっ⁉︎あ、いや……どうも」

 

師匠と呼ばれるのに未だ慣れていない新八は、呼んだだけでいちいち照れる。もちろん今回も照れていた。

 

「ニヤニヤすんな、気持ちワリーんだヨ」

 

「してねーよ!照れてはいるけど百歩譲ってニヤニヤはしてねーよ!」

 

してたよ、思いっきり。横槍を入れたかったが、取り敢えず我慢する。

運転する銀時が、おもむろにマイクを手に取った。

 

「あーあー、こちら三番隊こちら三番隊。応答願いますどーぞ」

 

『土方は見つかったか?』

 

「見つかりましたが、超カワイクて強い味方がついていまして、敵いませんでした。どーぞアル」

 

『アル?』

 

銀時からマイクを奪った神楽が答えたが、語尾のせいで怪しまれてしまう。

銀時が神楽の頭を叩く横で、さらに志乃がマイクを奪い取った。

 

「すいません、マイクの調子がちょいとおかしいみたいです」

 

『まぁいい。どんな手段を使ってでも殺せ。近藤を消したとしても、土方がいたのでは意味がない。近藤暗殺を前に、不安要素は全て除く。近藤土方、両者が消えれば、真選組は残らず全て、伊東派に恭順するはず』

 

占いは当たっていた。やはり。

しかも、どうやらかなり物騒な波乱だ。

自分の勘の良さと、八雲の占いの的中率の高さに、思わず苦笑する。

 

伊東派(われら)以外の隊士に気付かれるなよ。あくまで攘夷浪士の犯行に見せかけるのだ。この段階で伊東さんの計画が露見すれば、真選組が真っ二つに割れる』

 

「了解。で、近藤の方はどうなんですか?」

 

『近藤の方は半ば成功したようなものだ。伊東さんの仕込んだ通り、隊士募集の遠征につき、既に列車の中。付き従う隊士は、全て伊東派(われわれ)の仲間。奴はたった一人だ。近藤の地獄行きは決まった』

 

そういえば昨日、伊東からその話を持ちかけられた。

遠征に志乃を参加させ、近藤諸共殺すつもりだったのだろうか。それとも、自分を彼の手中に収めるため?

 

ーーまさか総兄ィ、これを予測して……?

 

沖田は志乃を護るために、真選組から距離を置かせたのか。

 

土方の方は真選組から追放することが目的ではなく、おそらく最初から消すつもりだったのだろう。局中法度を犯した彼への罰として。

しかし、真選組結成当時からの仲間である近藤らが、それを許すはずがない。だから、謹慎処分となった。

 

真選組を我が物にしようとする伊東が、象徴でもある二人を消すのは納得がいく。

しかし、何故伊東が志乃までもを巻き込もうとしたのか。先程の隊士らとの戦闘でも、彼らは「我々と共に来てもらう」と言っていた。それの指す意味は?

その疑問に答えるように、スピーカーから声が聞こえてくる。

 

『それからあともう一人、あの娘を捕らえろ』

 

「娘?」

 

『忘れたのか?あの霧島志乃とかいう娘だ。真選組で監視目的の下、バイトとして来ている銀髪の娘だ。多少手荒なマネでも構わん。奴は"銀狼"で、少々怪我を負ってもすぐに治癒するというからな。奴ら(・・)との協力条件は、その娘の身柄引き渡しだ。なんとしてでも捕まえろ』

 

「了解」

 

短く答えた志乃は、マイクを元の位置に戻し、通信を切る。何故志乃の名前が出たのかわからなかった新八が、彼女を見る。

 

「……志乃ちゃん?え、何どういうこと?」

 

「いやー、マズイね。非常にマズイよ」

 

「マズイどころじゃねーだろ。激マズだろ」

 

「ハハッ、違いねー」

 

運転しながらバックミラー越しに志乃を一瞥する銀時に、乾いた笑い声でなんとか誤魔化そうとする。

何故伊東から狙われるのか。ようやくわかった。

 

「マズイな。伊東()の野郎、おそらく鬼兵隊と組んでやがる」

 

「おそらくじゃねーだろ。ほぼ100%組んでるだろ」

 

「ハハッ、そーですね」

 

「えっ、何でそんなことがわかるんですか?」

 

未だ話の見えない新八が、どういうことかと尋ねる。

 

「何で鬼兵隊と組んでるなんて、そんなことまで?」

 

「勘だ。……と言いてェところだが、そーじゃねーんだ。私を条件に出してる時点で、もうほぼ決まりなんだよ。必ず高杉(やろう)が関わってる」

 

「それってもしかして、紅桜の時の……高杉さん?志乃ちゃんあの人とどういう関係なの?」

 

「どういうっつっても、ただの昔馴染みの兄貴分だよ」

 

「それがいつの間にか、コイツの婚約者ぶってんだよ」

 

「ええっ⁉︎」

 

志乃が頭を抱える前で、銀時が答える。神楽が面白そうに志乃を振り返った。

 

「それってアレアルか?昔フった男が未だに迫ってくる、昼ドラあるあるアルか?」

 

「いや、私昼ドラ見ないから。あるあるって言われてもよくわかんないテヘペロ」

 

「今そこどーでもいいだろ‼︎あとこの状況でテヘペロなんてよく出来たな⁉︎」

 

テキトーに流そうとしただけなのに、こうもズバッとツッコまれてはもう答えるしかない。せっかくテヘペロまでしたのに。

肩を竦めてから、話し始めた。

 

「フったっつーか何つーか……そもそも、ああなったのいつからだっけ?まぁいいや。とにかく嫌だっつってんのに、人の話これっぽっちも聞かねェ野郎だよ。何で私の周りにゃ人の話聞かねー奴ばっかなんだ……」

 

「それは志乃ちゃんも人の話を聞かないからだよ」

 

「あー、そっか」

 

納得してから、新八の脛を軽く蹴る。こういうのは、人に言われると余計に腹が立つというものだ。新八が痛みに悶えても、無視を決め込んだ。

新八の隣で目を背け、ガタガタ震えている男の姿を認める。土方だ。

 

「オイてめー」

 

「僕は知らない僕は知らない」

 

「いつまで他人ぶってやがる。てめーの真選組(モン)だろーが。逃げてんじゃねーよ!」

 

「ヒィッ‼︎」

 

胸倉を掴めば、情けない悲鳴を上げる始末だ。本当に村麻紗に魂を食われてしまったらしい。

今までずっと黙っていた銀時が、ふと口を開いた。

 

「神楽、無線を全車両から本部まで繋げろ」

 

「あいあいさ」

 

返事をした神楽は、ズゴッと手を機械に入れる。

え、今の壊してないのか?大丈夫なのか?

若干不安になったものの、何とか無事繋がったらしく、銀時がマイクを持った。

 

「あ〜あ、もしも〜し。聞こえますか〜。こちら税金泥棒。伊東派だかマヨネーズ派だか知らねーが、全ての税金泥棒共に告ぐ。今すぐ今の持ち場を離れ、近藤の乗った列車を追え。もたもたしてたらてめーらの大将首取られちゃうよ〜。こいつは命令だ。背いた奴には士道不覚悟で切腹してもらいまーす」

 

『イタズラかァ⁉︎てめェ誰だ‼︎』

 

「てめっ、誰に口きいてんだ。誰だと?真選組副長、土方十四郎だコノヤロー‼︎」

 

ガシャンと乱暴にマイクを投げつけ、元に戻す。

 

「腑抜けたツラは見飽きたぜ。ちょうどいい、真選組が消えるならてめーも一緒に消えればいい。墓場までは送ってやらァ」

 

「冗談じゃない、僕は行かな……」

 

銀時が土方の襟を掴み、引き寄せる。慌てて助手席に乗っていた神楽がハンドルを持ち、運転席に座った。

 

「てめーに言ってねーんだよ。オイ聞いてるかコラ、あん?勝手にケツまくって人様に厄介事押し付けてんじゃねーぞコラ。てめーが人にもの頼むタマか。てめーが真選組他人に押し付けてくたばるタマか」

 

さらに強く襟を握りしめ、銀時は叫ぶ。

 

「くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ‼︎それが土方十四郎(てめー)だろーが‼︎」

 

「…………………………ってーな」

 

ボソッと、小さな声で呟く。土方が銀時の手首を掴んでいた。

 

「痛ェって、言ってんだろーがァァァ‼︎」

 

次の瞬間には、土方は銀時の頭を掴んでスピーカーにめちゃくちゃに押し込んでいた。おかげでスピーカーは大破、煙まで出ている。

その時、志乃の懐に入れた携帯が、ブルブル震える。それを取り出してみると、原田から着信が来ていた。

 

「はいもしもし、志乃ちゃんです」

 

『嬢ちゃん!今どこにいる⁉︎無事か?』

 

「平気平気。今ね、トシ兄ィと一緒にいるよ。さっきの連絡聞いたでしょ?急いで追え。波乱だ。真選組のな」

 

『波乱……?』

 

「……いや、波乱どころじゃねェ。動乱だよ」

 

言い直した志乃は、矢継ぎ早に指令を出す。

 

「とにかく、さっきのは本当だ。伊東が近藤及び、土方両名の暗殺を計画。おそらく列車の方でも、危機的な状況にあることは間違いないだろう。向こうについている隊士は皆伊東(ヤツ)の仲間だ。このままじゃ近藤さんが危ない。急げ‼︎」

 

『わかった!』

 

ーー上等だ。この私に喧嘩売ったらどーなるか、思い知らせてやるよ高杉……‼︎

 

志乃は通話を切り、今度はメール画面を開いた。



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制服ってのはカッチリ着るからカッコイイ

パトカーの中にあった制服に着替え、列車を追いかける。

パトカーの中には他にもマシンガンやバズーカなどの武器も入っていて、突入には申し分なかった。

志乃もいつもの制服に着替え、ばっちり戦闘モードである。

 

前を走る車にバズーカを一発、ぶち込む。

 

「御用改めであるぅぅぅ‼︎」

 

「てめーらァァァ神妙にお縄につきやがれ‼︎」

 

新八がハンドルを握り、銀時と神楽、志乃が応戦する。その上には、土方が乗っていた。

しかし土方の顔面が木の枝にぶつかり、転がり落ちそうになる。

 

「いってェェェェェ‼︎いってェェェェ‼︎」

 

「てんめェェェェ!少しの間くれェカッコつけてらんねーのか‼︎」

 

志乃の檄が飛ぶも、土方はパトカーに必死にへばりついていた。

 

「仲間の士気を高めるためには、副長健在の姿を見せねーとダメだっつったろ‼︎」

 

「無理‼︎僕には無理だよっ‼︎怖い‼︎」

 

「ふざけんなァ‼︎人を殴る時だけ復活してスグ元に戻りやがってェェ‼︎」

 

さらにそこに銀時まで加わり、二人揃って土方を殴りつける。

志乃は銀時からバズーカを借り、並走する車に撃ち込んだ。

 

「オラオラどけェェ‼︎副長のお通りだァァァ‼︎」

 

まさに戦場に降臨した破壊神のごとく、次から次へとバズーカを撃っていく。一発一発確実に、砲撃していった。

もちろん敵も、やられっぱなしでは終わらない。こちらめがけて、爆発の嵐を生み出した。

 

「あぶねっ」

 

志乃はすぐさまパトカーの中に隠れ、様子を伺う。

敵の車は、皆一様に離れた車両を追っている。あの車両はおそらく、敵から近藤を逃がすためのものだろう。

 

「……だそうだ、土方氏。あとは自分でなんとかしろ」

 

銀時がパトカーのドアを開け、土方を突き飛ばす。

突然外に投げ出された土方は、ドアにしがみついて引き摺られる形でついてきた。

 

「ちょっと待ってよォォォォ坂田氏ィィィ‼︎こんな所に拙者一人を置いていくつもりかァァァ‼︎」

 

「大丈夫だ、お前はやれば出来る」

 

「坂田氏ィィィィ‼︎」

 

必死にドアに掴まっている土方の背中を、銀時が蹴りつけて落とそうとする。

その時、ようやく真選組のパトカーが銀時達に追いついた。原田の乗ったパトカーが、銀時達のと並走する。

 

「遅ェぞてめーら‼︎どこほっつき歩いてやがったァァ‼︎」

 

「すいませんでした嬢ちゃァァァん‼︎」

 

「オメーはどこのヤクザだよ」

 

追いつくなり怒声を飛ばす志乃に、銀時のツッコミが入る。頭を下げた原田が、引き摺られている土方を見つけた。

 

「副長ォォォォ‼︎副長だァァァァ‼︎副長が無事だったぞ‼︎」

 

「無事じゃねーだろコレどー見ても‼︎」

 

「無事じゃなくしたのはどこのどいつだよ」

 

今度は志乃が、銀時にツッコミを入れた。その傍らで銀時がギャラを請求するも、原田は完全にシカトする。

 

「副長、敵は俺達が相手します!副長はその隙に局長を救い出してください!」

 

「オイぃぃぃ待てェェェェ‼︎てめーらの副長おかしな事になってんだよ‼︎オイ聞けェェハゲェェェ‼︎」

 

「チッ、ギャラは後でたんまり請求すっか。あと残業代もな」

 

銀時の絶叫を無視し、志乃は近藤の乗っている列車にバズーカを向ける。そして、一発ぶち込んだ。

新八がハンドルを切って、線路に入る。

 

「近藤さん無事ですかァ‼︎」

 

「ダメネ、いないアル。ゴリラの死体が一体転がってるだけネ」

 

「いぃぃいぃいやぁあぁああぁあ‼︎ゴリラァ⁉︎」

 

ゴリラ、と聞いた志乃が真っ青になりながら、再びバズーカの引き金に指をかける。刹那、銀時の木刀が彼女の手からバズーカを弾き飛ばしたため、爆発は起きなかった。

電車の中で爆風に巻き込まれ、倒れていた近藤が起き上がり、銀時達に抗議する。

 

「何すんだァァァァ‼︎てめーらァァァァァ‼︎」

 

「あっ、いた。無事かオイ、なんかお前暗殺されそうになってるらしいな、一丁前に」

 

「今されそうになったよ、たった今‼︎」

 

「もう心配ないよ。私らが助けに来たから」

 

「ホントに大丈夫⁉︎信じていいのかコレ‼︎」

 

バズーカをぶっ放した張本人が、サムズアップしてキメ顔をする。そんな少女に大丈夫だと言われても、近藤は信じられなかった。

 

「お前らまさか、トシをここまで……ありえなくね⁉︎志乃ちゃんはともかく、お前らが俺達の肩を……」

 

「遺言でな、コイツの」

 

「遺言⁉︎」

 

「そうだよ、コイツ妖刀に魂食われちゃったんだ!最近トシ兄ィ様子がおかしかったろ。ソレ全部妖怪の……じゃない、妖刀の仕業なんだよ!」

 

「妖刀だと⁉︎そんな……」

 

愕然とする近藤。しかし志乃の言う通り、ここ最近の彼の様子や不可解な行動を思い出した。

 

ーーアレが妖刀のせいだとするならば……。

 

「そ……そんな状態で……トシがお前らに何を頼んだんだ」

 

「真選組護ってくれってよ」

 

答えた銀時が、肩を竦めて続ける。

 

「面倒だからてめーでやれって、ここまで連れてきた次第さ。俺達の仕事はここまでだ。ギャラはてめーに振り込んでもらうぜ」

 

「……………………振り込むさ、俺の貯金全部」

 

「?」

 

「だが万事屋……俺もお前達に依頼がある。これも遺言だと思ってくれていい。トシ連れてこのまま逃げてくれ。こんな事になったのは俺の責任だ。戦いを拒む今のトシを巻き込みたくねェ」

 

近藤は、後部座席に座る土方を見つめる。その声音からも、表情からも彼が自責の念に駆られていることは、はっきりとわかった。

 

彼は以前から、伊東に注意しろと土方に言われていた。しかしそれを拒み、挙句には失態を犯した土方を、伊東の言うがままに処断した。

土方が、妖刀に蝕まれているとは知らずに。

そんな身体で必死に真選組を護ろうとしていたことも、そのためにプライドを捨てて、銀時達に真選組を託したことも知らずに。

 

「すまなかったァ、トシィ。すまなかったァ、みんな……。俺ァ……俺ァ……大馬鹿野郎だ。全車両に告げてくれ。今すぐ戦線を離脱しろと。近藤勲は戦死した。これ以上仲間同士で殺り合うのはたくさんだ」

 

「近藤さん、それは違う!」

 

凛、と。爆発音が飛び交う戦場の中、真っ直ぐしゃんと立つ高めの声が響いた。

パトカーの中から、その強く赤い輝きが、近藤を捉える。

 

「確かにそれで、仲間の命は助けられるかもしれない。でも、その心は決して助からない!アイツらは、アンタを護るために戦ってるんだ。アンタを護るためだけにここまで駆けつけて、戦ってるんだよ」

 

「……志乃ちゃん」

 

その時、後部座席からマイクが取る手が伸びてきた。

 

「あーあー、ヤマトの諸君。我等が局長、近藤勲は無事救出した。勝機は我等の手にあり。局長の顔に泥を塗り、受けた恩を仇で返す不逞の輩。敢えて言おう、カスであると!今こそ奴らを、月に代わってお仕置きするのだ」

 

『オイ誰だ?気の抜けた演説してる奴は』

 

「誰だと?真選組副長、土方十四郎ナリ‼︎」

 

ガシャンと乱暴にマイクを戻し、土方は列車の近藤を見つめた。

 

「近藤氏、僕らは君に命を預ける。その代わりに、君に課せられた義務がある。それは死なねー事だ。何が何でも生き残る。どんなに恥辱に塗れようが、目の前でどれだけ隊士が死んでいこうが、君は生きにゃならねェ。君がいる限り、真選組は終わらないからだ。僕達はアンタに惚れて、真選組に入ったからだ。バカのくせに難しい事考えてんじゃねーよ。てめーはてめーらしく生きてりゃいいんだ」

 

隣で、カチッとライターの音が聞こえる。その次には、煙が出ていた。

 

「俺達は、何者からもそいつを護るだけだ。近藤さん、あんたは真選組の魂だ。俺達はそれを護る剣なんだよ」

 

「……!」

 

やはりこの男は。この程度で終わる男ではなかった。

笑顔を浮かべた志乃だが、ふと後ろから聞こえてくるエンジン音に、すぐに険しい表情に変わった。

バックドアガラスから覗くと、バイクに乗って追いかけてくる二人の男が。一人は伊東、もう一人の名前は知らないが、どこかで見た顔だった。

 

「一度折れた(きみ)に、何が護れるというのだ。土方君、君とはどうあっても決着をつけねばならぬらしい」

 

「剣ならここにあるぜ。よく斬れる奴がよォ」

 

土方は村麻紗を手に取り、抜こうとする。しかし、呪いのせいか全く抜けない。

 

「何モタクサしてやがる。さっさと抜きやがれ」

 

「黙りやがれ。俺はやる、俺は抜く、為せば成る。燃えろォォ俺のコス……イカンイカンイカンイカン!」

 

歯を食い縛って刀相手に悪戦苦闘するが、呪いの影響が少なからず出ていた。

土方は突如ガラスを割り、そこからトランクの上に立つ。

 

「万事屋ァァァァァァァ‼︎」

 

「何だ?」

 

「聞こえたぜェェ、てめーの腐れ説教ォォォ‼︎偉そうにベラベラ喋りやがってェェ‼︎てめーに一言言っておく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとよォォォォォ‼︎」

 

彼の絶叫の感謝を背中で聞き、銀時はありえないとばかりに返した。

 

「オイオイ、また妖刀に呑まれちまったらしい。トッシーか、トッシーなのか」

 

「俺は、真選組副長、土方十四郎だァァァァァ‼︎」

 

妖刀・村麻紗の白刃が、日差しを照り返した。



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線路に悪戯しちゃいけません

鞘から村麻紗の刀身が抜かれ、その姿が露わになる。それは即ち、土方が妖刀の呪いをねじ伏せたことを意味した。

銀時も口元に笑みを浮かべ、近藤を見る。

 

「ワリーなゴリラ、そういうこった。残念ながら、てめーの依頼は受けられねェ。なんぼ金積まれてもな。土方(あっち)が先客だ」

 

近藤は一つ、溜息を吐いた。

 

「万事屋、仕事はここまでじゃなかったのか」

 

「なァに、延滞料金はしっかり頂くぜ」

 

銀時がボンネットに片足を乗せ、近藤の手を引き寄せる。

ずっと後方から走ってきたバイクがパトカーを追い越し、土方と伊東が刃を交えた。

土方の斬撃は伊東の肩を斬ったものの、こちらはパトカーの車輪が一つ取られていた。見事バランスを崩したパトカーは、コントロールを失い後方の車両にぶつかりかける。

咄嗟に土方が扉に足を、トランクに手をついて、衝突を防いだ。

 

「何してんだァァァァ‼︎早くなんとかしやがれェェ‼︎」

 

しかもこのタイミングで、敵の車がやってくる。土方は今、全く身動きの取れない無防備な状態だ。

神楽が助太刀に入る。何故か彼の腹の上に乗って。

 

「トッシー、後は私に任せるネ。何も心配いらないネ」

 

「おかしいィィィ‼︎何かおかしィィ‼︎」

 

神楽に向かって、浪士が斬りかかる。しかしその瞬間、扉が片方吹っ飛ばされ、車と浪士を巻き込んで転がっていった。

 

「近藤さん、さっさとこっちへ移ってくだせェ。ちぃと働き過ぎちまった。残業代出ますよね、コレ」

 

「総悟‼︎」

 

車両の中は、沖田が粛清した隊士達があちらこちらに転がり、血が所々に飛び散っていた。沖田自身も頭から血が流れ、腕を怪我している。

 

「俺が、是が非でも勘定方にかけ合ってやる」

 

「そいつぁいいや。ついでに伊東(やつ)の始末も頼みまさァ。俺ァちょいと疲れちまったもんで。土方さん、少しでも遅れをとったら俺がアンタを殺しますぜ。今度弱み見せたらァ、次こそ副長の座ァ俺が頂きますよ」

 

何やらカッコイイ雰囲気を醸し出しているが、彼はその土方の上に乗ってそのセリフを言っていた。

今でも落ちるか否かのヤバい状況なのに、追い打ちをかけるように近藤までもが土方の腹の上に乗る。

 

「つーかてめーら何で当たり前のように人を橋のように扱ってんだ⁉︎」

 

「待ってくれ、トシを置いて俺だけ逃げろというのか‼︎」

 

「そこで揉めんなァァ‼︎」

 

「あーもう、いいから!さっさと行けって……」

 

ーーゾクッ‼︎

 

「えっ」

 

こちらを狙って迫り来る気配。志乃が振り向いた次の瞬間、目の前にバイクの前輪があった。

 

「⁉︎」

 

驚きつつ、咄嗟に左手に持っていた金属バットで防ごうとする。

しかし、パトカーに乗り上げてきたバイクの前輪はそれを弾き、志乃の体ごとパトカーから跳ね飛ばされてしまった。

 

「くっ‼︎」

 

「志乃ッ‼︎」

 

宙を舞った志乃を追って、銀時もパトカーから転がり落ちる。

バイクに吹き飛ばされた志乃は、ゴロゴロと転がり、砂塵が舞い上がる中倒れていた。バイクに乗った男は、一直線に志乃めがけて刀を振る。

 

「……何、」

 

砂埃の中から、鋭い紅い視線が、男を射抜く。

 

「すんだコラァァァァァァァ‼︎」

 

怒号と共に強く振り抜かれた金属バットが、ゴバッと煙ごとバイクを豪快に掻っ裂き、大破させる。

男はバイクの爆発の餌食になる前にそれから飛び降り、着地した。

頭から流れた血を裾で拭い、男と対峙する。男は真顔のまま、声音だけ楽しそうだった。

 

「面白い。なかなか面白い変奏曲を奏でるな、おぬし。軽快なポップスかと思えば、突如気品のある凛とした曲に変化する……喩えるなら今は、竜笛の独奏(ソロ)でござる」

 

ようやく男の顔をちゃんと見た志乃は、もちろん彼の言葉など無視していた。

間違いなく見た顔だ。どこで……。

凝視していると、ふと紅桜事件を思い出した。

 

「お前、確か高杉のとこにいた……誰だっけ?ってか、人と話す時はヘッドホンを取りなさい。どーいう教育受けてんだてめっ。ったくチャラチャラしやがって、近頃の若者はよォ。オイ聞いてんのかバーカ!バーカバーカ」

 

何故か話がめちゃくちゃ逸れている。これは志乃が、銀時の影響を深く受けていることを鮮明に意味していた。

 

「拙者は河上万斉と申す者。して、霧島志乃……やはり真選組にいたでござるかバカ」

 

「んだよ、聞こえてんじゃねーかよバカ」

 

チッ、と舌打ちを立ててから、志乃は目の前の男を見る。

 

伊東(あのおとこ)高杉(アンタら)の息のかかった奴みてーだな。目的は何だ?真選組の実権握らせて幕府の間者にするつもりか?」

 

「背信行為を平然とやってのける者を仲間にするほど、拙者達は寛容にござらん。また、信義に背く者の下に人は集まらぬ事も拙者達は知っている」

 

「……?…………まさか‼︎」

 

嫌な予感がして、バッと振り返る。その瞬間、列車が向かった先で爆発が起こった。

 

「みんなっ……!」



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破壊にしか表現出来ない美しさもある

「……‼︎」

 

背後から、抜き身の気配を感じる。反射的に金属バットを背中にまわし、刀を受け止めた。

志乃は刀を弾いてから、万斉と鍔迫り合いに持ち込む。

 

「晋助は伊東を看破していたでござる。自尊心だけ人一倍強い、己の器も知らぬ自己顕示欲の塊。それを刺激し、利用するのは容易なことでござる。思惑通り、真選組同士争い、戦力を削ってくれたわ」

 

万斉が語りながらも徐々に力を加え、志乃を押し込もうと仕掛ける。

しかし銀狼の尋常ならざるパワーを有する志乃が、それに負けるはずもなく、膠着状態が続いた。

 

「なるほどな……ハナから真選組潰すつもりだったか。だがよォ、お兄さん」

 

志乃が強く、一歩踏み込み、顔を近付ける。

 

「……それだけが、目的じゃねェだろう?」

 

「!」

 

バッキィィン‼︎

 

万斉の刃を流し、金属バットを振り回す。かわした万斉はバックステップで一旦距離を置き、志乃と対峙した。

 

「……なるほど、晋助から聞いていた通り、一筋縄ではいかぬ女子(おなご)でござるな」

 

「フン。私の勘はよく当たるもんでね」

 

「千里眼でござるか?それはなかなか面白い」

 

「さぁ、どうだかね!」

 

ニヤリと笑った志乃は、懐から「んまい棒」を取り出した。袋を破き、地面に叩きつける。

奴と戦っている暇はない。とにかく、爆破された列車に乗っていた新八と神楽、近藤や土方、沖田を救わねば。

煙幕を巻いて逃げ出したその時。

 

「ーーっ‼︎」

 

ガクッと、体が引き止められ動かない。右手に、目に見えないほど細い糸が絡まっていた。

 

「逃がしはせぬぞ」

 

「くっ‼︎」

 

糸は、万斉の三味線から伸びていた。いや、これは糸ではなく弦だ。

いくら引っ張っても切れない。それどころか肌に食い込み、痛みを伴う。

 

「おぬしは晋助の花嫁、あまり傷付けたくないでござる。大人しくしてもらおう」

 

「誰が、あんな奴の花嫁になんざっ……あっ!」

 

突然足にも絡まり、自由を失った志乃は倒れてしまう。そのまま、万斉が近付いてくる。

どうする。どうする。頭の中で自問自答が駆け巡る。その時、自分と同じ銀色が飛び込んできた。

 

「‼︎」

 

ザンッ!

 

何も斬れるはずのない木刀が、志乃を縛っていた弦を切る。

上体を起こした志乃は、黒い制服を纏った大きな背中を見上げた。

 

「あ……

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー銀ッ‼︎」

 

「志乃、アイツらのとこに行け‼︎」

 

志乃を肩越しに一瞥し、銀時が叫ぶ。襲いかかってきた万斉の刀を受け止めつつ、再び檄を飛ばした。

 

「コイツは俺が相手する‼︎急げ‼︎」

 

「っ……わかった‼︎」

 

金属バットを拾い上げ、背を向けて立ち上がり、走り出す。

ふと目の前の空に、キラキラした糸のようなものが光って見えた。

 

ーーコイツは、さっきの弦‼︎

 

志乃はグッと前屈みになり、クラウチングスタートの姿勢になる。地面を強く蹴りつけ、爆発的な加速で弦をかわした。

こんな所で捕まるわけにはいかないのだ。早く、みんなを助けなければ。志乃はそれだけを考えていた。

その時、上空に気配を感じる。また弦かと思ったが、おかしい。バラバラと大きな音がする。

振り仰いでみると、すぐ上空をヘリコプターが飛んでいた。

 

「ええええええ‼︎」

 

ーーちょ、ウソでしょ?普通そこまでやるかァァァ⁉︎

 

驚きのあまり、思わず志乃は口でも心でも叫ぶ。しかもヘリコプターから、マシンガンがこちらへ向けられていた。

 

「え……ちょっと待て。マジかよ、え?撃つの?え、ウソ、撃つの?」

 

ダダダダダダッ‼︎

 

「ぎゃああああああああ‼︎」

 

嫌な予感が的中し、銃弾の雨が降ってきた。走る足を止めず、とにかく逃げまくる。

 

ーーあんの野郎ォォォ‼︎今度会ったら絶対ェぶっ飛ばしてやらァァ‼︎

 

高杉への報復を心に誓い、必死に走った。脇目も振らず、一心不乱に。

しかしマシンガンの嵐に巻き込まれては、無事ではいられない。頬や腕に銃弾が掠め、血が流れてくる。それでも足の回転は止めない。

しかし。

 

ーーブシュッ!

 

「がっ‼︎」

 

右足のふくらはぎを、3発の銃弾が貫く。志乃は思わず倒れ、どくどく血の流れる右足を押さえた。

 

「がっ……ぐ、ぅ……っ‼︎」

 

痛い。歯を食い縛り、額に脂汗が滲む。

しかし、もちろん敵は待ってくれない。金属バットを握りしめ、カッと目を見開く。

 

「何、しやがる」

 

ドクンッと心臓が跳ね上がるような、殺気を孕んだ目。

その瞬間、ヘリコプターの羽がへし折られ、バランスを失い、森へ落ちていった。

なんとか敵を倒した志乃は、肩で息をしつつ、立ち上がる。

 

「うぐっ……‼︎」

 

疼くような鋭い痛みが、右足を襲う。強く歯を噛み締め、それに耐えながら列車の中に入っていった。

 

********

 

車両にはもちろん、近藤らを討とうと浪士達が先頭車両へ向けて走っていく。その背中を追い、志乃も奥へ向かった。

時々自分に気付いた浪士を打ち倒しつつ、先を急ぐ。

 

「どけェェェ‼︎」

 

金属バットを振るい、叩き潰し。時には殴り蹴り。荒い呼吸ながらも、その剛力は全く衰えを見せない。

浪士二人が背中合わせになり、志乃と先頭車両から進んできた土方とに挟まれる。二人が同時に血を吹くと、ようやく対面した。

 

「トシ兄ィ、みんな!」

 

「志乃‼︎」

 

「よかった、無事……」

 

無事か、と尋ねようとしたその時、志乃の目に一人の男の姿が飛び込んできた。

その男とは、伊東だ。しかし眼鏡がなく、左腕もない。

 

「……アンタ」

 

「大丈夫だ、それより……」

 

伊東が微笑を浮かべて答える。そして、少し俯きがちに呟いた。

 

「すまない、志乃ちゃん。鬼兵隊と手を結ぶために……君を売ってしまって……」

 

「バカ言え。アンタは最初から高杉に利用されてただけだ、だから何も……」

 

「悪くない、と?」

 

突如割って入ってきた第三者の声。

志乃の背後から聞こえてきたその正体は、志乃との距離を縮め、刀を振る。志乃が振り返ってそれを受け止めると、男はすぐに後方に下がった。

 

「とんだお人好しだ。人斬りにそんな情は要らないよ、志乃」

 

「お前は……」

 

「杉浦⁉︎」

 

着流しを緩く着こなし、扉に寄りかかってこちらを見る男ーー杉浦は、人の良さそうな笑顔を向ける。

近藤は驚いていたものの、それ以外の者は警戒していた。

 

「お久しぶりです。近藤さん、土方さん、沖田さん」

 

「杉浦、お前……何でこんな所に……」

 

「たまたま通りかかって……なんて、信じてくれるわけねーか」

 

アッハッハッハッ、と笑う杉浦。

彼の鼻先に、志乃が金属バットを向けた。

 

「たりめーだろ。だったらくだらねーウソ吐くんじゃねェ。何しに来た?」

 

「何しにって、もうほぼわかってるでしょ?他の誰よりも勘のいい君なら」

 

「茶化すな。ウゼェんだよ」

 

飄々とした態度に苛立ち、舌打ちを立てる。

薄々状況を掴み始めた近藤が、土方に耳打ちした。

 

「トシ、まさか杉浦の奴……」

 

「そのまさかだ。コイツは、攘夷志士だ」

 

「攘夷志士だって?とんでもない!」

 

土方の言葉を聞きつけた杉浦は、大仰な仕草で両手を広げた。

 

「俺は、あんな攘夷志士(バカども)みてーな崇高な考え持ってませんよ。俺は俺の好きにやるんです」

 

「……アンタ、高杉の部下じゃなかったのか?」

 

「んー……確かに今は、高杉さんとこにお世話になってるけど……」

 

顎に人差し指を当て、考えるポーズを取る。それから、ビシッと志乃を指さした。

 

「俺はね、君の不幸が見たいんだ」

 

「?」

 

「それ、どういう意味ネ!」

 

神楽が一歩前に出て、杉浦に問い詰める。しかし、杉浦の態度は変わらない。寧ろ楽しそうだった。

 

「志乃。君は"銀狼"だ。その誇りと意志は誰にも壊せず、屈せず、強く気高く、美しい……。だから俺は、君の壊れる姿を見てみたい。君を壊してみたい。君が不幸のどん底に突き落とされる時の、惨めな顔を……俺は見てみたいのさ」

 

「……悪趣味な野郎だな」

 

「自覚済みですよ、土方さん。だって……壊してみたいじゃないですか。あの霧島志乃が、敵に縋りつき、助けを求め、泣き叫ぶ……」

 

感情が高ぶるままに、杉浦は志乃を舐め回すような視線で見つめ、ペロリと舌舐めずりした。

 

「最高に興奮するじゃないですか」

 

ボッ‼︎

 

刹那、杉浦を一撃が襲う。杉浦は刀で受け止めようとするも、不意打ちで打ち込まれた半端でない力に押され、車両の壁にめり込んだ。

彼をぶっ飛ばしたのは、神楽でも土方でもない。

 

「気色ワリィんだよクソヤロー。そんなに壊したきゃ、自分(テメー)を壊しとけ」

 

「そ……総兄ィ……」

 

沖田が壁に凭れかかる杉浦を冷たく見下ろし、吐き捨てる。志乃の前に出て、杉浦に斬りかかったのは沖田だった。

その時、遠くからバラバラと聴き覚えのある音が聞こえる。

志乃が割れた窓ガラスから外を覗くと、ヘリコプターに乗っている浪士が、マシンガンをこちらに向けていた。

 

「伏せろォォ‼︎」

 

「チッ!」

 

銃弾くらいなら、銀狼の力で打ち返せる。志乃は彼らの前に躍り出て、金属バットを握りしめた。

しかしその時。

不意に、誰かに突き飛ばされ、背中から倒れる。さらに背後から腕を引かれ、視界一杯に黒が広がった。

床に倒され、その上から土方が庇ってくる。

 

ダダダダダッ‼︎

 

「っ‼︎」

 

「わああっ‼︎」

 

ぎゅっと土方の服にしがみつくと、後頭部に手をまわされ、覆い隠すように抱きしめられる。銃弾が降り注ぐ中、志乃はずっと目を瞑っていた。

 

しばらくして、銃声が収まった。ゆっくりと目を開け、土方の腕の中から外を伺う。

近藤や土方、新八が伏せている前。一人の男が、腕を広げて立っていた。

広げてと言っても、片腕は既に無くて。

その背中を認めた時、志乃の目が大きく見開かれた。

 

「なっ…………」

 

「先生ェェェェェェ‼︎」

 

伊東が血を吹き、膝から崩れ落ちる。

 

「伊とっ……伊東ォォォォォ‼︎」

 

「鴨兄ィィィ‼︎」

 

倒れかけた伊東の体を、土方の下から抜け出した志乃が抱きとめる。そして、座席の下に寄りかからせ座らせた。

 

「しっかり‼︎しっかりしてッ‼︎」

 

「志乃‼︎」

 

土方の声にハッと顔を上げると、浪士が再びマシンガンを構えて、こちらに向けてくる。

あわや銃弾の雨が再び彼らを襲おうとしたその時。

ヘリコプターめがけて、影が飛んできた。

 

「うおらァァァァァァァァ‼︎」

 

気合いの怒号と共に、銀時の木刀がヘリコプターのフロントガラスごと万斉を穿った。



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ヘッドホンは常日頃つけちゃダメ

「銀‼︎」

 

志乃は足を引き摺りながら、座席と座席の間から窓に向かい、破片に構わず縁に手をかける。

万斉が反撃に、銀時の肩を突き刺した。

 

「んがァァァァ‼︎」

 

「銀兄ィッ‼︎」

 

志乃の悲鳴が、空に響く。互いに一歩も譲らず、得物を体に押し込んでいく。

しかし、刀である万斉の方が勝った。万斉の刃が銀時の肩を貫き、斬り裂く。銀時はそのまま線路の上に落ちていった。

 

鎮魂歌(レクイエム)をくれてやるでござる」

 

万斉がトドメを刺そうと、フロントに足をかける。今度こそ身を乗り出して、志乃は涙混じりに叫んだ。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃァァァァァァん‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

ーービンッ

 

ピンと張られた弦の音が、微かに耳に入る。気付いた時には既に遅く、万斉の体はヘリコプターと一緒に、弦で括り付けられていた。そして、その弦が伸びる先には。

 

「オイ……兄ちゃん。ヘッドホンを取れコノヤロー」

 

銀時の木刀に弦が巻き付いていた。

銀時は弦でヘリコプターを引っ張り、振り落とそうとする。

万斉の命令でマシンガンが撃ち込まれる中、銀時は木刀を引っ張っていた。

 

「耳の穴かっぽじってよぉく聞け。俺ァ安い国なんぞのために戦った事は一度たりともねェ。国が滅ぼうが侍が滅ぼうが、どうでもいいんだよ俺ァ昔っから」

 

次第に銀時の力が勝り、ヘリコプターがズルズルと引っ張られる。

 

「今も昔も、俺の護るモンは何一つ、変わっちゃいねェェ‼︎」

 

怒号を上げ、ついに木刀が振り下ろされる。

引っ張られたヘリコプターも墜落し、爆発を巻き起こした。

 

「銀……‼︎」

 

志乃がホッと肩を落とした時、下から声が聞こえてくる。掠れた力無い声が。

 

「何をしている。ボヤボヤするな、副長。指揮を……」

 

その声に振り返り、志乃は伊東の前に回り込んだ。

近藤、土方、沖田の三人が車両から出ていったのを見届け、残った新八、神楽と共に伊東を見下ろす。

 

「何で……あんな事を……。裏切りなんてした貴方が何で、僕らを庇ったりなんかしたんですか」

 

「………………君達は……真選組ではないな。だが、真選組(かれら)と言葉で言いがたい(いと)で繋がっているようだ。友情とも違う、敵とも違う」

 

「ただの腐れ縁です」

 

「……フッ……そんな形の(いと)もあるのだな……知らなかった。いや、知ろうとしなかっただけか……」

 

人と繋がりたいと願いながら、彼は自ら人との(いと)を断ち切ってきた。

拒絶されたくない。傷付きたくない。

たった小さなその思いを、自尊心を守るために、彼は本心を見失ってしまった。

真選組というようやく見つけた(いと)でさえ、また自ら断ち切ってしまうことになってしまったのだ。

 

「何故……何故いつだって、気付いた時には遅いんだ。何故、共に戦いたいのにーー立ち上がれない。何故、剣を握りたいのに、腕がない。何故、ようやく気付いたのに……僕は、死んでいく」

 

「やめろ」

 

不意に風に乗った、凛とした声。その声は、いつもより弱々しく震えていた。

伊東が顔を上げると、涙を流し、ぐちゃぐちゃになった顔の志乃がしゃがんでいた。

 

「志乃、ちゃん……」

 

「うるせえ黙れ。死ぬなんて絶対に言うな。アンタが死んだら……誰が私のこの紐、結んでくれんだよ‼︎」

 

ガッと、伊東の服の襟を掴む。志乃は鼻水を啜ってからまくし立てた。

 

「あれから何回かやってみたけどよォ、やっぱ上手く出来ねーんだよ!私アンタみたいに器用じゃないから、どーしても上手く出来なくてさァ!だから、アンタにいてもらわなきゃ困るんだよ‼︎あ、あと他にも困る事あるぞ!アンタがやってた猫の餌だ‼︎アンタが死んだら猫だって困るじゃねーか!だから、……だか、ら………………」

 

止めどなく涙が溢れ、ついに志乃は伊東の胸に顔を埋めた。

 

「死ぬなんて、言うんじゃねーよ……悲しく、なるだろーが。バカヤロー…………」

 

「……志乃ちゃん…………」

 

伊東は震える右手をゆっくり上げ、彼女の小さな頭に置く。

 

「志乃ちゃん……真選組隊士であり、万事屋でもある君に……頼みたい事が、二つある……」

 

「え……?」

 

ゆっくりと志乃が顔を上げる。

涙に濡れた紅い目を、伊東は真っ直ぐ見つめた。

 

「一つは……これからも、真選組を……よろしく頼むよ。そして……もう、一つは……最後に、僕を……」

 

ザッ

 

新八と神楽の背後から、原田がこちらへ歩み寄ってくる。それに気付いて、伊東の口が止まった。

 

「そいつを、こちらに渡してもらえるか」

 

「…………お願いです。この人はもう…………」

 

「万事屋……今回はお前らには世話になった。だが、その頼みだけは聞けない。伊東(そいつ)のために何人が犠牲になったと思っている。裏切り者は俺達で処分しなきゃならねェ」

 

「助けてもらったんです。それにこの人……」

 

振り返った新八の肩を掴む手があった。近藤だ。

近藤は新八を咎め、隊士に伊東を連れていくよう命じる。彼の前にしゃがんでいた志乃も伊東を守ろうと間に入ったが、他の隊士に押さえられ止められてしまう。

 

「待っ……待って、放して‼︎」

 

連れられる伊東の背中に手を伸ばすが、届かない。

 

「待って‼︎まだ……まだあと一つ、聞いてない‼︎」

 

「嬢ちゃん!」

 

隊士の腕をすり抜け、穴だらけの座席を蹴り、伊東達の前に回り込む。着地した際に右足に力を入れると、痛みが走った。

それを堪えつつ、志乃は伊東の襟を再び掴んだ。

 

「あと、あと一つは何⁉︎言って、早く‼︎必ず果たすから‼︎」

 

「嬢ちゃん……」

 

必死に引き止めようと志乃は叫ぶ。伊東は彼女を見下ろしていたが、自分を運ぶ隊士らを一瞥し、「少し時間をくれ」と頼む。

ガクガクと震える足で立つと、やはり倒れかける。志乃はすぐさま、伊東を抱きとめた。

 

「鴨兄ィ、しっかりし……」

 

言い終わる前に、伊東が片腕を彼女の背にまわし、志乃を抱いた。

 

「鴨、兄ィ……?」

 

「もう一つは……これだ」

 

「えっ?」

 

「抱きしめてくれないか……あの時、みたいに……」

 

掠れた声で、志乃の耳元で呟く。その声は小さく、最早囁きだった。

 

「あの時は……誰かに抱きしめられるのが……初めてで……。少し、驚いてしまったんだ。でも……今度は、大丈夫だから……。最後に……最期に、もう一度……僕を、抱きしめてくれないか……?」

 

志乃は驚いて伊東を見ていたが、ゆっくり頷き、彼の背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。

やはり、彼女の腕の中はとても温かい。子供体温なのだろう。優しい温もりに包まれ、伊東は目を閉じその温度を感じていた。

 

「……嬢ちゃん、そろそろ」

 

後ろで待っていた隊士が、声をかける。頷いてから、志乃は伊東の体を離した。

 

「すまない……志乃ちゃん。隊士とはいえ……子供の君に、重いものを背負わせてしまって……」

 

「重い?この程度、重くもなんともないよ。だから大丈夫」

 

ぐいっと上着で涙を拭い、優しく微笑んだ。

 

「鴨兄ィ、みんなを……私を護ってくれて、ありがとう。……大好きだよ」

 

「……どういたしまして…………」

 

乾いた声で答えた伊東も笑う。再び隊士らに支えられ車両を出ていく。その背中を、志乃は黙って見つめていた。

彼女の頬を、紅い雫が伝った。



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何事もノリとタイミングとその場の勢いで突っ切れ

あの後、伊東は決闘という形で土方に斬られ、死んだ。真選組の仲間として死んだ彼は、どんな想いで倒れていったのだろう。

志乃は、その現場から一人離れ、爆破された車両に凭れて座り込んでいた。左足を立たせ、腕を乗せて宙を眺める。まだ、血なまぐさい臭いが辺りに広がっていた。

 

彼女が凭れる車両の上に、誰かが腰を下ろしている気配を感じた。

 

「ねぇ志乃ちゃん。何故人はあのように生き急ぐのかな?黙っていたって、所詮人はいつか死ぬってのに」

 

「さァな。知らねーよ。生き急ぐってんなら、私やアンタも変わらないだろーに。なァ杉浦よォ」

 

「ククッ、違いねェな」

 

ドカッと大仰に、杉浦は屋根の上に寝転んだ。満天の青を、雲が流れ行く。

 

「あーあ、今すぐ雷雨にならねーかな。こんな晴々とした天気は嫌いだ」

 

「そーかィ?私は結構好きだよ。綺麗じゃねーか」

 

「綺麗なものを壊してこそ、そこに真の美が生まれるんだよ。わかってないなァみんな」

 

溜息を吐いた杉浦は、そのまま線路へと飛び降りる。

傍らに座る志乃を見下ろしてから、背を向けた。

 

「……私を連れてかねーのか。高杉にどやされっぞ」

 

「そんなことしないよ、あの人は。俺の目的は君を攫うことじゃなくて、君を壊すことなんだから」

 

銀時に振り落とされたヘリコプターの元で足を止め、倒れている万斉に肩を貸す。

 

「そのために、俺とあの人は手を組んでいるだけだ。君が高杉さんの花嫁になろうが興味ないよ」

 

「………………杉浦。てめェは一体、何者だ?」

 

睨み据える志乃の瞳が、鋭く光る。

それを心地よく感じて、杉浦は肩越しに志乃を振り返った。

 

「……ただの愉快犯さ」

 

にこ、と優しげな笑みを見せて、杉浦は砂煙の中に消えていった。

彼を見失ってから、ふと別の男が近付く。

 

「こんな所にいたのか」

 

チラリと土方を見上げてから、目を逸らした。彼も自分と同じように血を流し、または浴びていた。

 

「帰るぞ」

 

「…………ん」

 

車両に寄りかかりながら立ち上がり、それを支えに歩き出す。

マシンガンを撃ち込まれた右足は、未だ深い傷痕を残し、両足で立つことすらままならなかった。

 

「オイ、お前……」

 

「うるさい。帰るんだろ。早く行くぞ」

 

手を貸そうとした土方を振り切り、彼の顔も見ずに歩き続ける。その時、不意に志乃の体が宙に浮いた。

 

「えっ……」

 

足が宙ぶらりんになり、目線が高くなる。横になったような体勢のまま、景色が動いた。視線を上に投げてみると、土方の横顔が見える。

 

「……はァァァ⁉︎」

 

見えた光景を組み立てて、ようやくわかった。

今、自分はお姫様抱っこをされている。しかも土方に。

それに気付き、恥ずかしくてカァーッと頬が熱くなる。

 

「てっ……ててて、てんめっ何しやがんだ‼︎降ろせ‼︎」

 

「暴れるなオイ。怪我人だろーが」

 

確かに土方の言い分も尤もだ。両足で立てない少女に手を貸すのは納得がいく。

しかし志乃は、お姫様抱っこをされることに納得がいかなかった。

 

「知るかそんなん‼︎とにかく降ろせ‼︎」

 

「うるせー。こないだ同じ事言って聞く耳持たなかったのはどこのどいつだ」

 

「なっ……‼︎」

 

「それに前にも言ったろ。ガキなら甘えるくらいの可愛げ持てってな」

 

「……っ」

 

矢継ぎ早に言われ、志乃はぐぅ……と唸る。とにかく目の前の横暴男に反論したかった。

 

「だったら……別に、こんなんじゃなくていいだろ。普通におぶってくれりゃそれで……」

 

「いーや、それじゃこないだの恨みは晴らせねェからな」

 

「恨み?恨みって何だコラァ‼︎私がアンタ助けてやったろ⁉︎せめて恩って言えやボケ‼︎」

 

やっぱ蔵場の時の、根に持ってんじゃねーか‼︎

ギッと志乃が土方を睨んだ瞬間、ふと自分の体を支えていた手がなくなった。

 

「へっ?わ、わわっ!」

 

慌てて、土方の首に手をまわし、抱きつく。

落ちると目を瞑ったその時には、再び土方の手が彼女を支えていた。

 

「は?」

 

「ホラ、俺がしっかり持ってねーと危ねーだろ。大人しくしとけ」

 

いつものような、ぶっきらぼうな声。しかし、その雰囲気は明らかに楽しそうだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ーーこ・の・野・郎・ォォォ‼︎

 

完全に弄ばれた志乃は、ブルブルと怒りに震える拳を握りしめる。殴りたい衝動に駆られていた。

しかし、落とされては危ないので、仕方なくここは自分が大人になって譲ってやることにした。

 

「んだよ。てめーも大人しく出来るじゃねーか」

 

「うるせェ。歩かなくていいから楽なんだよ」

 

拗ねるようにボソッと呟き、志乃は赤い顔を隠すようにそっぽを向いた。

 

********

 

陽がすっかり落ち、月が輝く夜。川を流れるある屋形船から、三味線の音色が聞こえてくる。

窓の縁に座って、一人の男が三味線を掻き鳴らしていた。

 

「そうかい。伊東は死に、真選組が生き残ったか。存外、まだまだ幕府も丈夫じゃねーか」

 

中の明かりに照らし出された男ーー高杉が、ゆっくり目の前に座り三味線を弾く、もう一人の男を見やった。

 

「いや、伊東が脆かったのか。それとも。万斉、お前が弱かったのか」

 

万斉は三味線を弾く(ばち)の手を止める。

 

「元々今回の仕事は、真選組の目を幕府中央から引き離すのが目的。『春雨』が無事密航し、中央との密約が成ったとなれば戦闘の必要も無し。牽制の意は果たしたでござる」

 

「俺ァ真選組を潰すつもりでいけと言ったはずだ。それに志乃はどうした。中央に行くはずだった杉浦まで使って、何故連れ戻せなかった」

 

高杉の目が、鋭く万斉を見据える。彼のプレッシャーを感じながら、万斉は腰を上げた。

 

「何事にも重要なのは、ノリとタイミングでござる。これを欠けば何事もうまくいかぬ。ノれぬとあれば、即座に引くが拙者のやり方。霧島志乃に関しても同様でござる」

 

部屋を出ようと踵を返す万斉の背に、高杉が尋ねる。

 

「万斉。俺の歌にはノれねーか」

 

「…………白夜叉が、俺の護るものは、今も昔も何一つ変わらん……と。晋助……何かわかるか」

 

「………………」

 

「最後まで聞きたくなってしまったでござるよ。奴らの歌に聞き惚れた、拙者の負けでござる」

 

静かな夜に、パタンと戸を閉める音が響く。

再び高杉が三味線を鳴らし始めた中、先程からずっと壁に凭れて寝ていた男が、目を開けた。彼を振り向かず、高杉が口を開く。

 

「狸寝入りか。にしては随分荒いな、杉浦」

 

杉浦はいつもの笑顔を浮かべず、面白くなさそうにガシガシと頭を掻き毟った。

 

「ムカつくんですよ。霧島志乃が」

 

嘆息して答えた杉浦は、懐から一通の手紙を取り出し、畳に投げ捨てた。手紙は畳の上を滑り、高杉の傍らで止まる。

 

「あの女、貴方に手紙(こんなもの)を書いてましたよ。なめられた気分ですよ。いつ俺の懐に入れたってんだ」

 

「アイツはあれでも銀狼だからな。血の覚醒すらねじ伏せてしまう……あの人(・・・)そっくりだ」

 

「その(ひと)の話は止めてください。余計に腹が立ちます」

 

溜息を吐いた杉浦は、灯が吊るされた天井を見上げる。手紙を拾った高杉は、それを開き読み始めた。

 

「……クク。わざわざ俺に手紙書くたァ、可愛い奴だ」

 

「ラブレターっすか?いいですね〜羨ましいですよ〜」

 

ハッハッハッ!と空に笑ってから、杉浦は立ち上がり、窓から夜空を見上げた。

月に手を伸ばし、それを握りしめるように拳を作った。

 

「俺は霧島志乃を壊しますよ。それまでは、貴方と協力する……わかってますよね?」

 

「好きにしろ」

 

「……じゃ、そーさせてもらいまーす」

 

ニッとイタズラな笑みを浮かべ、高杉を振り返った。

 

破壊にこそ、真の美しさがある。

月夜に凛として咲く一輪の月下美人よりも、群れて赤く照らされる彼岸花の方が美しい。

笑顔よりも、絶望の表情の方が趣を感じる。

そう考える彼は、常に前を向き気高く生きる霧島志乃よりも、何かに魅せられたように人を斬り、狂ったように笑う銀狼を欲した。

 

「いつか、必ず……」

 

月を見上げ、笑う杉浦。彼の目は、狂気を宿していた。

 

********

 

温かい日差しが差し込む、昼下がりの縁側。障子の縁に寄りかかって、志乃は今日も膝に乗ってきた三毛の小猫を撫でていた。

怪我をした足は、あの後すぐに治り、もうほぼ完治している。しかし一応念のためと、ニーハイの下には包帯が巻かれている。

 

伊東が死んでからというものの、この小猫以外はここに来なくなった。餌をくれる人がいなくなったのが、猫にもわかるのだろうか。なんて事を考えながら、ぼんやりと庭を眺める。

 

今日は屯所で、松平が飼っていた犬と山崎の葬式が挙げられていた。志乃も参加しろと言われたが、断った。

自分の目は、赤い。葬式に赤は不謹慎だから、そういうものを身につけてはいけないと、昔教わった。

志乃は葬式に参加したことがない。初めての葬式で、赤を持つ自分はどうすればいいのかわからず、取り敢えず今日の葬式は不参加にしたのだ。

 

こんな温かいのんびりした日は、眠くなる。ゆっくりと目を閉じ、すぐに寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ志乃、起きろ」

 

「……んむ?」

 

肩を揺さぶられ、まだ重い目を擦って起きる。膝に乗った小猫も目を覚ましたらしく、彼女の太ももに足をついていた。

 

「……トシ兄ィ…………⁉︎」

 

ようやく開いた視界に、見慣れた黒い隊服を着た土方が、縁側に座り煙草を吸っていた。

 

「何で……謹慎処分、自分から願い出たって……」

 

「ほらよ」

 

ポン、と畳に風呂敷に包まれた箱が置かれる。志乃はそれをジッと見つめてから、包みを開けてみた。

中の箱を開けると、三色団子が箱一杯に並んでいた。志乃は思わず、感嘆の声を上げる。

 

「うわぁぁぁぁ……‼︎」

 

「言っとくがてめェのためじゃねーぞ。コイツぁ俺の団子だ。ここで一人で食うのもなんだから、てめーにも分けてやるよ」

 

「ホントっ⁉︎ありがとうトシ兄ィ‼︎」

 

「どぉっ⁉︎」

 

嬉しさのあまり、志乃は土方に飛びつく。かなりの勢いで抱きついてきた志乃を受け止め切れず、そのまま二人諸共倒れ込んだ。

 

「てめっクソガキ!離しやがれ!」

 

「トシ兄ィありがとう!大好き!」

 

「なっ……‼︎」

 

「あ〜、照れてる!照れてるよね!」

 

「う、うるせー‼︎てめーが抱きついて暑いからだ!」

 

引き剥がそうとする土方を無視して、ぎゅううと腕の力を強くする志乃。その時、ふと思い出したように志乃は立ち上がった。

 

「あ、そうだ。私もトッシーに渡すものがあったんだ」

 

「オイ何だそのあだ名は」

 

土方を無視して、志乃が部屋の片隅に置いてあったビニール袋を差し出す。

 

「何だコレ」

 

「いいから開けて。トッシー喜ぶから」

 

「だから何だっつってんだろそのあだ名」

 

土方が渋々袋を開けると、中から箱に入ったフィギュアが出てきた。

 

「……あああああ‼︎」

 

突如人格がトッシーに入れ替わり、興奮のままに志乃の肩を掴んで揺さぶる。

 

「霧島氏ィィィ‼︎コレ、コレ昨日販売してた限定美少女フィギュアぁぁぁぁ‼︎しかもちゃんと三つ‼︎何で霧島氏がコレを持ってるでござるか⁉︎」

 

「昨日、私の店に電話してね。他の従業員に頼んどいた。ハイ、コレ請求書」

 

「ありがとうでござるゥゥゥゥ‼︎」

 

「うわっ⁉︎」

 

すごい勢いで、トッシーがゆさゆさと志乃の体を前後に揺らす。

バランスを崩した志乃はふとトッシーの服を掴むが、そのまま二人諸共畳の上にドサッと倒れ込んでしまった。

手をついて起き上がると、その下に志乃が仰向けに倒れている。

 

「痛た……」

 

「チッ、あの野郎……オイ、大丈夫……」

 

「オーイ志乃ちゃん、トシ。終わったか?」

 

近藤が部屋を覗くと、ちょうどそこには、土方が志乃を押し倒したかのような状況が広がっていた。

 

「…………」

 

「………………」

 

「?」

 

その衝撃的な光景を見て、思わず近藤と土方は固まる。志乃はキョトンとして二人の顔をキョロキョロと見ていた。

さらに悪い事に、そこに松平、沖田や山崎をはじめとする真選組隊士らが集まってくる。彼らもその光景を見て、呆然とした。

しばらく沈黙がその場を支配する中、志乃がふと口を開く。

 

「どうしたのみんな?」

 

「どうしたもこうしたもあるかァァ‼︎何やってんだ二人して‼︎」

 

状況を読み取れない志乃の問いに、みんなが揃いに揃って土方に詰め寄る。

 

「嬢ちゃんに何て事してるんですかっ副長ォォ‼︎」

 

「いくら女に縁がないからって子供に手を出すなんて‼︎」

 

「信じられません‼︎最低ですね!」

 

「そこまで飢えてるなんて思いませんでしたよ‼︎これ以上嬢ちゃんを汚さないでください‼︎」

 

「待ててめーら‼︎違う!これは不可抗力で……」

 

反論した土方に、沖田が火に油を注ぐように言う。

 

「いやー、まさか本当にやるとは思いませんでした。やっぱ嬢ちゃんは土方さんの趣味に合ってたんですねィ。確かに前から嬢ちゃんに手錠かけたり、首輪つけたりしてやしたもんね。いや〜それにしても、こんなに手が早いとは思いませんでしたぜ。流石土方さん」

 

「それはテメェがやってたんだろーがァァ‼︎」

 

「トシぃぃぃぃ‼︎志乃ちゃんに何てことをををを‼︎」

 

「だから違ェっつってんだろ‼︎誰がこんな生意気なクソガキに手ェ出すか‼︎」

 

「誰がクソガキじゃボケェェェェ‼︎」

 

久々のクソガキ発言に憤慨した志乃が土方に飛びかかり、蹴りをお見舞いする。それを皮切りに、狭い部屋で大乱闘が開始された。

 

何も知らない小猫は呑気に、「みゃあ」と鳴いていたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういえばザキ兄ィ生きてたの?」

 

「今更⁉︎気付くの遅っっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー真選組動乱篇 完ー




ハイ、終わりました。疲れた〜。
一気に書き終えましたよ。シナリオっつーかどんな感じにするかは粗方決まってたんで。
こんなに頑張ったの久々な気がする。テストに向けて勉強頑張ります。

次回からは過去にやり損ねた話を振り返ったり、新登場のオリキャラを交えたオリジナル回を書いていきたいと思います。

これからもよろしくお願いします!


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迷走するのもたまには悪くない
散歩をすると普段見えない街の姿が見えてくる


新キャラ登場です。




ここは、かぶき町のとある団子屋。

そこに笠を被った二人の男が、背中合わせで座っていた。

 

一人は茶色い髪を頭の上で一つに括っている。

彼の名は、風魔ミサト。

元お庭番衆の忍である彼は、幕府によるリストラを受けてからはフリーの忍者をやっていた。

金さえ積めば、人殺しでも人攫いでも、どんな汚い手段を使ってでも依頼を完遂する。

 

彼は、その背中合わせに座る男に依頼内容を尋ねた。

 

「用は」

 

「アンタが凄腕の忍かィ。ちょいと頼みがある」

 

「用は」

 

「オイオイ、そう急くなよ。そんな危険な事じゃない。女を攫ってほしいんだ」

 

男はミサトを振り返らず、一枚の写真をミサトに差し出した。

そこには、真選組の黒い制服に身を包んだ、志乃が写っていた。

 

「そいつの名は霧島志乃。このかぶき町で、万事屋という何でも屋を営んでる娘だ。しかもこの娘、なんでもあの"銀狼"の末裔らしい」

 

「‼︎」

 

ミサトは動揺を表には出さず、写真を見つめる。

写真の中にいるのは、活発そうな娘だった。

なるほど、銀狼の特徴である、銀髪に赤い目という条件をクリアしている。

しかし、こんなどこにでもいそうな娘が、本当に銀狼なのだろうか?

 

「……そんな女を攫って、何をするつもりだ」

 

「そりゃもちろん、売るに決まってるさ。あの銀狼の血筋だとわかれば、良い値が付く。それに何より、女のガキだ。攫うのにこれ以上楽な条件はないだろ?」

 

依頼人の男はすくっと立ち、ミサトの隣を通り過ぎていった。

 

「金は後払いで頼むぜ。ガキの身柄貰ってから必ず渡すからよ」

 

「……………………了解」

 

ミサトは懐に写真をしまうと、彼も立ち上がり去っていった。

その後ろで、呑気な声が上がる。

 

「こんにちは〜!」

 

「あら、いらっしゃい志乃ちゃん」

 

「オバちゃん、団子ちょーだい」

 

しの……志乃⁉︎

ターゲットが突如背後に現れ、完全に動揺したミサトは思わず振り返る。

そこには、写真の通り、銀髪を揺らして座る志乃がいた。しかし、写真のように制服ではなく、私服の藤色の浴衣を纏っていた。

しばらくして、店のオバちゃんが団子を持ってくる。

皿を受け取った志乃は代金を手渡し、「いただきます」と両手を合わせてから食べ始めた。

 

「〜♪」

 

ミサトは電柱の影に隠れて、幸せそうに団子を食べる志乃を見ていた。

可愛い。こうして見ると、やはりただの娘だ。とても彼女が銀狼だとは思えない。

 

ーーあの娘、もっと調べる必要があるな。

 

団子を食べる志乃を眺めながら、ミサトは踵を返した。

 

********

 

それから一週間、ミサトは志乃の身の回りを徹底的に調べ上げた。

その結果、彼女を誘拐するのはなかなか難しいということがわかった。

 

志乃は銀時らをはじめ、かぶき町中に多くの知り合いや友達がいる。しかも彼女の交友関係はそれだけに留まらず、攘夷志士や幕府関係者、ヤクザまでとかなり広範囲なのだ。

そんな多くの人に認識されている少女が、不意に何も告げずいなくなったら。皆がすぐに彼女を探し出し、誘拐しても連れ戻されるのに時間はさほどかからないだろう。

 

腕がなる。そう言えばいい言い方に聞こえるかもしれない。

しかし、自分のしていることは間違いなく仕事だ。

彼女の知り合いの目をかいくぐり、依頼を達成せねば自分の生活が危ない。

 

ミサトは軽いジャブとして、今日霧島志乃に接触を試みることにした。

 

********

 

志乃は今、銀時と一緒に散歩していた。

何故、あの銀時を連れ出せたのか。それはもちろん、

 

「パフェ奢ってやるから散歩についてきて!」

 

この一言で見事つったのである。

カツオならぬ銀時の一本釣りだ。この男は甘いものさえ並べればあっさり食いつくので、安いことこの上ない。

しかし、難点もある。

 

「オイ、いつになったらパフェに辿り着くんだ。つーかお前アレ、さっきもレストラン通りすぎたぞ。ちゃんと連れてく気ィあんのか?」

 

「うるさいなァ、散歩だっつったろ‼︎真っ先に目的地行ってどーする!楽しくねーだろが‼︎」

 

「そこら辺プラプラしたって楽しくねーだろが。オラ、ちゃっちゃと行こうぜ」

 

「や〜だ!」

 

銀時の目的はあくまでパフェだけであり、散歩ではない。つまり、散歩をしている志乃とは目的が違う。当然志乃がいくら駄々をこねても、聞く耳を持たなかった。

それでもなんとか別ルートを通っていこうと、銀時の袖を引っ張る。

 

「ねぇ銀!あっちにね、カワイイ雑貨屋さんがあるんだよ。一緒に行こうよ」

 

「知らねーよそんなん。お前が一人で勝手に行け。お兄ちゃんは帰る」

 

「あっ‼︎ちょっと‼︎」

 

とうとう銀時は、踵を返して帰ってしまった。志乃が引き止めるのも聞かず、さっさと歩いていってしまう。

 

「…………銀のバカ」

 

ブスッと頬を膨らませ、遠くなった銀時の背中を見つめる。

ホント、面白くない男だ。せっかく奢ってやるとまで言って誘ったのに、勝手に帰ってしまうとは。

でも、それも銀時か、と割り切ってしまう自分にも苛立った。

 

「いいもん。今日も一人で散歩するもん」

 

イライラを抑えるため、わざと大股で歩く。その時、彼女に近付いてくる一人の男がいた。

 

「すみません、駅までの道を教えて頂きたいのですが」

 

「えっ?」

 

振り返ると、笠を被った男が現れた。笠の下から茶色い髪が見え隠れしている。歳は銀時と同じくらいか、もしくはそれより少し下か。

志乃は、駅への方向を指さした。

 

「駅なら、ここから真っ直ぐ歩いて角を右に曲がればすぐですよ」

 

「角?あの曲がり角のことですか?」

 

「そーそー」

 

「ありがとうございました」

 

男は一礼すると、そそくさと志乃が指さした方向へ向かう。

それをしばし見送ってから、志乃は目当ての団子屋へ向かった。

 

「…………」

 

男は曲がり角を左に曲がると、藤色の背中を振り返った。

 

ーーあの程度ならば、余裕だな。

 

笠を脱いだミサトは、一人ほくそ笑んだ。

 

********

 

翌朝。バイトのため真選組屯所に向かっていた志乃は、スクーターを運転しながら大きな欠伸をした。

志乃は基本、早寝遅起きを心がけているため、バイトの日など朝早く(といっても8時や9時)に起きるのが苦痛で仕方ないのだ。

 

「ぁー、ぅー……眠……」

 

くあと口を開けて欠伸をすると、涙が滲んでくる。

ゴシゴシと目を擦ってから、青に変わった信号を一瞥し、アクセルをかけた。

 

「あーあ、何でこんな朝早くに起きて仕事に行かにゃならんのだ?私ゃまだ12だぞ。12歳なめんなよコラ」

 

愚痴をこぼしながら、風を切って走る。今度は十字路で右に曲がった。

 

「あいつら死んでくんねーかな。頼むから死んでくんねーかな。ものすごい苦しい死に方してほしい」

 

とんでもなく物騒な事をグチグチ言いながら、それでもスクーターを走らせていた。

するとその時。

 

ーーバシュン

 

「うわっ⁉︎」

 

突如スクーターの車輪がパンクし、志乃はすぐさまブレーキをかけた。降りてタイヤを見てみると、少し小さい穴が見受けられた。

何か尖ったものでも踏ん付けたのか。しかし、考える間もなく志乃は再びスクーターに跨る。

ボタンを押して車輪をしまうと、フワッと宙に浮かせた。ブースターを使用し、一気に加速する。

 

「あーあ、車輪マジでどうしよ……」

 

志乃の文句が再開された。

 

一方、志乃が止まった道の真ん中。

茶髪を揺らした一人の男が、しゃがんでマキビシを手に取った。

 

「……ダメか」

 

本来ならば、スクーターが使えなくなった彼女の隙をついて、攫おうかと考えていたが。

どうやら読みが甘かったらしい。まさか彼女のスクーターが、空中浮遊が可能なタイプだとは思ってもみなかった。

 

ーーだが、面白い相手だ。

 

作戦第一は失敗。次に動くのは、夜中だ。

 

********

 

真夜中。もちろん、志乃は自分の部屋で眠っていた。布団を被り、スヤスヤと寝息を立てている。

その天井。隙間からぱかっと開け、中に降り立つ人物がいる。ミサトだ。

ミサトは仕事服である忍装束を身に纏い、志乃の家に侵入していた。

足音を立てずに彼女に近付き、眠っていることを確認する。無防備に寝顔を晒し、気持ち良さそうに目を閉じていた。

 

ーー…………カワイイ。

 

パッと浮かんだ呑気な感想に、ミサトはブルブルと頭を振って忘れようとした。

モタモタしている暇はない。早く彼女を連れていかねば。

そっと、志乃に手を伸ばす。その瞬間。

 

ヒュンッ

 

風を切る音が耳に入り、ミサトは咄嗟に志乃の隣から跳躍して離れた。彼がいた場所には、木刀が刺さっていた。

 

ーー何者だ?俺以外にも、刺客が……?

 

「よォ、兄ちゃん。こんな時間にウチの妹に何か用か?」

 

「‼︎」

 

人の気配に振り返ると、一昨日志乃と一緒に歩いていた男ーー銀時が立っていた。

 

「ワリーが万事屋は年中無休じゃねーんだ。依頼なら明日にしてもらいてーんだが。……それともアレか?お前、最近コイツの周りコソコソと嗅ぎ回ってた奴だろ」

 

「………………‼︎」

 

ミサトは驚愕の表情を浮かべ、銀時を睨み据える。

何故、この男は自分に気付けたのか。忍者の気配を察知することは、とても難しいのに。

しかし今は、そんなことはどうでもいい。とにかく、この娘を攫わなければ。

ミサトは眠る志乃の腕を掴み、引っ張る。しかしその時、その腕がぽろっと外れた。

 

「⁉︎」

 

何だコレは⁉︎ミサトは咄嗟に腕を投げ捨てた。

まさかと思い、布団をバッと捲り上げる。敷き布団の上には、頭と腕、足しかなかった。

 

ーーじゃあコレは……!

 

「こんばんはお兄さん。私に何か用?」

 

ミサトの背後から、高い声が耳に入ってくる。振り向く間もなく、ミサトは後頭部に強い打撃を受け、壁に強く打ち付けられた。彼はそのまま、意識を手放した。

振り抜いた金属バットを肩に担ぎ、志乃はミサトを見下ろした。

 

「ねぇ銀、ホントにこの人が私をつけてた人なの?」

 

「一昨日の昼もいたろ。しかもお前に道訊いてたし」

 

「えっ!あの人⁉︎」

 

「何で自分のことになるとこーも鈍感かねェ、お前は……」

 

盛大な溜息を吐いて、銀時は呆れる。ボリボリと頭を掻く彼に、志乃は頬を膨らませた。

 

「何?バカにしてるの?」

 

「ああ、してる」

 

「そこはしてないって言ってよ‼︎」

 

「で、コイツどーすんだ?」

 

真夜中だというのにギャーギャー喚く志乃を無視して、気を失ったミサトを顎で示す。

 

「警察に突き出すか」

 

「何でよ?そこまでする必要ないじゃん」

 

志乃は金属バットを腰に挿すとミサトを人形を寝かせていた布団に横にさせる。

 

「コイツの処理は私がするよ。銀、ありがとね」

 

「そーかい。オイ志乃、もう一枚布団敷いてくれ。もう今日泊まるわ」

 

「布団は自分で敷いてよね」

 

くああと欠伸を一つする銀時。

だらしなくて頼れる兄に、志乃はクスリと微笑を送った。

 

********

 

ぼんやりする視界に、光が差し込んでくる。覚醒したミサトの脳が、体に「動け」と命令した。

ガバッと勢いよく起き上がると、それと同時に部屋の障子が開いた。

 

「‼︎」

 

「あ、おはようございます」

 

そこに立っていたのは、袴を履いた女だった。空のように澄んだ髪を括り、深海を思わせる優しげな眼差し。

上体を起こしたミサトに、女はにこりと微笑みかける。

 

「気分はいかがですか?」

 

「…………」

 

「志乃がご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありませんでした」

 

「え?」

 

キョトンとするしかないミサトに、女ーー実際は女ではないーー時雪は、お盆を差し出す。白飯に焼き魚、白菜の浅漬けに味噌汁。

ミサトは戸惑いながらも、一応会釈をした。

 

「あの……一体、昨日何が……」

 

「お、起きたか?」

 

「‼︎」

 

「あ、志乃」

 

突如入ってきた第三者の声に、ミサトは一気に緊張した。つけていたから、何度も彼女の話し声を聞いた。

ターゲットーー霧島志乃が、腕組みして部屋の扉に寄りかかっている。

時雪は彼女の姿を認めると、体を志乃に向けた。

 

「おはよ、トッキー。そいつ、私が相手するから。今日家族と出かけるんでしょ?休んでいいよ」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。よろしくね」

 

時雪は彼女の好意に甘え、ミサトを志乃に託して部屋を出ていく。

それを見送ってから、振り向きもせずに志乃は彼に問うた。

 

「ーーんで?私に何か用だったの?」

 

「…………っ」

 

「安心しなよ。別に警察に届けようなんて思ってないから」

 

しかし、ミサトの警戒は解かれない。

志乃は彼を一瞥して溜息を吐き、どかっと座り込んだ。

 

「私は、ただ知りたいだけなの。何でアンタが私をつけるのか。それ訊いたら、後はどーでもいい。こっから逃げようが何しようが、構やしないよ。だからさっさと教えて」

 

「…………」

 

教えて、と頼まれても、教えられるわけがない。ミサトは俯き、志乃の鋭い視線から目を逸らし続ける。

志乃は一度嘆息してから、お盆をスッと指で押し出した。

 

「食べな」

 

「?」

 

「勘違いすんなよ。別にアンタのためじゃない。トッキーのご飯のためだから。このまま置いてたらトッキーがせっかく作ってくれたご飯が冷めちゃうだろ。いーからとっとと食え。大丈夫、毒も何も入ってないから」

 

優しい声音ながら、完全なツンデレ炸裂。しかもちゃんと毒とかそういう事まで付け加えて言っている。おそらく、今の所自分は敵ではないとアピールしたいのだろう。

ミサトは彼女の好意に甘え、味噌汁を口に運んだ。

温かい味に、心がホッとする。

もう一口、と茶碗を口に寄せたその時、じーっと凝視するような視線を感じた。

志乃のルビーのような双眸が、味噌汁に向けられている。彼女のお腹から、ぐうと微笑ましい音が鳴った。

 

「あ」

 

腹の虫が鳴ったのに気付き、志乃は恥ずかしさを隠してそっぽを向く。

 

「……腹が減ってるのか」

 

「昨日アンタを殴った事トッキーに言ったら、めちゃくちゃ怒られた。いくら泥棒かも知れない相手でも、背後からいきなりぶん殴るのは危ないって。それで朝ご飯抜きにされた……」

 

はぁぁ……と悲しげに頭を垂れると、再び藤色の中から虫が空腹を訴える。

ミサトは志乃に、手にしていた味噌汁の茶碗を差し出した。

 

「飲め」

 

「……いいの?」

 

チラリと上げた顔は、まるで一縷の希望が差し込んだかのような表情を浮かべていた。

ミサトが頷く。すると志乃は、パアッと弾けんばかりの笑顔を浮かべた。

 

「ありがとうっ!」

 

ミサトから茶碗を受け取り、ズズッと啜る。体から力が抜けていくように、志乃は肩を落とした。

敵であることを忘れ、ミサトはコロコロ表情の変わる志乃を見ているだけで楽しかった。

自分を睨みつける顔から、今のような笑顔まで。ふとした拍子に一瞬で変化する彼女の顔が面白かった。

志乃がミサトの視線に気付き、目を合わせる。彼の顔を見て、また志乃も嬉しかった。

 

「よかった」

 

「え?」

 

「お兄さん、やっと笑ってくれた」

 

優しげに目を細め、ミサトを見つめる。

 

「ずっと険しい顔してたから、少し怖かったんだ。でも、お兄さん笑ってた方がいいよ。こんな綺麗な顔してるもん。見てるだけで、私も嬉しい」

 

敵であることを忘れて、志乃はニコッと彼に笑いかけた。

 

やはり、人は誰しも楽しげに笑う顔が一番似合う。

それは自分の友であっても然り、また敵であってもそうだと志乃は思っている。

 

そんな彼女の信条など、ミサトは知る由もない。

しかし、彼の中で確実に何かが弾けた。

溢れてくるのは、太陽のような暖かさと炎のような情熱。

後者が何なのかこの時の彼にはわからなかったが、それでも目の前の少女を攫う気など、今の彼には無かった。

 

ミサトは立ち上がり、志乃を見下ろす。

 

「世話になった。残りは君に譲ろう」

 

「え?あ、ちょっと待って、お兄さん!」

 

踵を返したミサトの背を追い、志乃も立ち上がった。

 

「待って!お兄さんの目的、まだ聞いてない……」

 

「聞く必要もない。君にとってとても悪い話だ。だが安心しろ。もう君にその魔の手は降りかからない」

 

「え……?」

 

「では、さらば」

 

「あ……!」

 

窓からトンと飛び降りたミサトを追って、志乃も窓の外に身を乗り出す。

下を見てもミサトの影はどこにもなく、人が歩き交っているのが見えるだけだった。

 

「…………お兄さん」

 

たった一人、部屋に残された志乃の髪を、風が靡かせる。

陽の光を反射し輝く銀髪を、ミサトもまた見上げていた。

 

「また会おう。霧島志乃」

 

自分を探す彼女を見上げ、ミサトはいつもの着物に着替え笠を被り、大通りを歩いていったーー。

 

********

 

後日。いつもならば、真選組のめちゃくちゃな逮捕劇やら、芸能ニュースやらが大々的に報道される大江戸新聞の一面を、人身売買グループ全員逮捕の文字が飾った。

記事によると、真選組が駆けつけたその時には、既にグループ全員が縛られた状態で見つかったという。しかし、彼らを倒したのは誰かわかっていないらしい。

 

「へぇ〜、珍しい事件もあるもんだね。仲間割れでもしたのかな?」

 

大江戸新聞を読んでいた志乃は、ソファにぐでーっと凭れかかり、新聞を床に落とした。

その記事の写真の隅には、チラリとミサトの影が写っていた。




風魔ミサトの名前は、戦国時代の北条氏の忍者・風魔小太郎をモデルにしています。


風魔(ふうま)ミサト



【挿絵表示】



年齢:20歳


身長:175㎝


体重:63㎏


誕生日:9月28日


星座:てんびん座


容姿:茶髪のポニーテール、黄色の目


備考

元お庭番衆の忍。現在は全蔵と同じでフリーの忍者をやっている。お庭番衆の中で最も若手であるが、その実力は組織内でも上層の位置にある。
表情があまり変わらない所謂ポーカーフェイスで顔立ちも整ってはいるが、一旦好きな人ができると相手に尽くしすぎるタイプであるため、女性陣からの評判は散々。現在その愛の矛先は志乃に向けられていて、猛烈なアピールをするも悉く失敗に終わる。
実は忍の一族ではなく伊賀出身でもない。実家はとある暗殺組織により既に断絶され、命からがら逃げのびた場所で全蔵に拾われ忍者となる。これにより全蔵は家族同然の存在だが、かなりぞんざいに扱っている。

次回、全蔵とようやく会います。


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策は幾重にも弄しておけ

全蔵と絡ませておきたかったがだけの理由で書きました。



志乃は冬空の下、ジャンプ合併号を求めてコンビニに向かっていた。

寒い中出かけるのは本当に嫌いだ。志乃はマフラーにポスッと顔を埋めて、スクーターを走らせた。

 

「あ〜〜〜……クッソ寒……」

 

ようやく目的のコンビニに辿り着き、スクーターを店の前に停める。

鼻にまで巻いたマフラーを首元にずらして、足早に本棚に向かった。

ジャンプ合併号が、あと一冊だけ残っていた。

何店かハシゴして、やっと見つけたのだ。嬉しくて、パアッと表情が明るくなる。

手を伸ばしたその時、隣からも手が伸びてきた。

 

「「ん」」

 

チラリと横目で隣を見上げると、前髪で目を隠した男が立っていた。

その男とも目が合うと、露骨に反応した。

男ーー服部全蔵は、隣に立つ銀髪の少女を見下ろしていた。

彼の脳裏に、あの銀髪の天然パーマが浮かぶ。キョトンとした顔でこちらを見つめる少女は、あの男に似ていた。

 

「お兄さん、ジャンプ合併号?」

 

「ジャンプ合併号。え?ジャンプ合併号?」

 

全蔵の問いに、志乃はこくりと頷く。そして、目の前のジャンプ合併号に目を落とした。

 

「どうしよ。一冊しかないね」

 

んー、と顎に手をやる志乃。しばらくジャンプ合併号を見つめ、やがてうーんと腕組みを始めた。

かれこれもう十軒近くのスーパーやコンビニ、書店を回ったが、どこも売り切れて買えなかったのだ。

しかし、全蔵もそれは同じらしい。このような状況でも銀時ならばジャンプを手に入れようとするが、志乃は全く違った。

 

「お兄さんどうぞ。私また別の所回ってみるよ」

 

「へ?いや、あの……」

 

明らかに年下の少女にジャンプ合併号を譲られて、全蔵は戸惑った。

マズイ。このままでは、子供に少年誌を譲られた情けない大人というレッテルが貼られてしまう。

全蔵はすぐさまマフラーを口元まで上げた志乃の背中に声をかけた。

 

「ちょっ、ちょっと待てちょっと待て‼︎」

 

「何?お兄さんジャンプ買うんでしょ?私はまた別の所で探すから。最悪明日買ってもいいし。どうぞ」

 

「いや、俺が別の所行って買う‼︎だからお嬢ちゃんが買いな」

 

「いや、いいって言ってるじゃないですか。私は兄貴みたいな大人げない大人になりたくないんで。それじゃ」

 

「だからちょっと待てって‼︎」

 

今度は前に回り込まれ、通路を塞がれる。流石に志乃もイラっときた。

 

「何なんですかアンタ。人がいいって言ってるでしょーが。その親切受け取らねェたァどーいう了見?」

 

「いやだから、子供がそんな気を使わなくていいってんだよ。今回は俺が譲るから。次は多分ないから」

 

「次なかったら今回なくてもいいでしょ。ジャンプ合併号譲り合戦開始する?みっともなくて笑えるよ」

 

「言っとくけどそれお嬢ちゃんも同じだからね?結局は俺もお嬢ちゃんも恥かくだけだからね?」

 

「嫌でしょ?ならアンタが買いな。私行くから」

 

ーー言いくるめられてるゥゥゥゥ‼︎

 

マズイ。これは今までにない程マズイ。

あの天然パーマより大人ってどういうことだ?そして以前は争奪戦だったのに今回は譲り合いって何だこの因縁は?

つーか俺はこいつら兄妹とジャンプ奪い合ったり譲り合ったりする運命なのか?

 

全蔵の頭の中で疑問が次から次へと浮かび上がり、ぐるぐると駆け巡る。

しかし、とにかくこの少女にジャンプ合併号を渡さなければ、自分がこれから先後ろ指を指されることは間違いない。全蔵は諦めなかった。

 

「まァとにかくお嬢ちゃん、ジャンプ合併号を買いなさい。ね?」

 

「は?」

 

こうなったら実力行使だ。

全蔵は志乃の肩を押して、本棚に連れ戻す。

 

「…………ホントにいいの?」

 

「ああ、いいんだ。俺は他の店回るよ」

 

志乃が振り返るのも気に留めず、足早にコンビニから立ち去る。外の寒い外気に肌が触れた時、全蔵は大きな溜息を吐いた。

最悪だ。やっとジャンプ合併号を見つけたと思ったのに、少女が現れて渡さざるを得ない状況になってしまった。

 

「……しゃーねェ。他の店行くか…………」

 

「やっぱお兄さん買いたかったの?」

 

「うをおっ⁉︎」

 

背後から声をかけられて、思わず飛び上がる。志乃はマフラーに口まで顔を埋めて、全蔵を見上げる。

マズイ。先程の独り言をバッチリ聞かれていたらしい。

 

「ぁ、いや、その……」

 

戸惑う全蔵の横を通り過ぎて、店の前に停めたスクーターの鍵を開ける。エンジンを吹かすと、志乃は怪訝そうに眉を寄せた。

スクーターから降り、車輪の辺りにしゃがみ込む。

 

「オイどーした?」

 

「ん……なんかエンジンの調子が悪いみたい。あーあ、どうしよ」

 

志乃はうーむと考え込んでから、パッと立ち上がり、全蔵に駆け寄った。

そして、手に提げていたビニール袋を差し出す。

 

「これ、向こうまで持ってってくれない?」

 

そう言って、煙の立ち上る工場を指さす。

 

「あそこにスクーター見てくれる人がいるからさ、その人呼んできてくれない?この袋の中にそのお礼入ってるから」

 

「ああ、構わねーが……」

 

「ありがとう!」

 

寒さで少し赤い頬。そんな顔でニッコリ無邪気に笑われたら、もう何も言えない。

全蔵は肩を竦め、軽い足取りで工場へ向かった。

 

********

 

しかし。

 

「……何だよ、コレ」

 

工場の中には、誰もいなかった。ドラム缶や木材が無造作に置かれているだけだ。人の気配などありゃしない。

一体どういうことだ。問いただそうとコンビニ前まで急いで戻り、彼女を探した。

しかし。

 

「……アレ?」

 

志乃の姿は、どこにも見当たらなかった。調子が悪いと言っていたスクーターごと。

彼女の荷物を預かったままだ。困り果て、溜息を吐く。

ビニール袋の中をこっそり覗くと、先程買ったジャンプ合併号がレシートと共に入っていた。

レシートの裏に、黒い線が描いてあるのを見つける。全蔵は興味本位でレシートを手に取った。

それには、こう書かれていた。

 

『ジャンプ譲ってくれてありがとう。これはお礼です』

 

爪で擦った跡が残っている。どうやら彼女は最初から、自分にジャンプ合併号を渡すつもりだったらしい。

 

「……こりゃ一本取られたな」

 

レシートを読み、後頭部に手をやる。志乃に一杯食わされた。どうやら自分の負けらしい。

彼女の好意に感謝しつつ、帰ろう……と一歩踏み出したその時。

 

「オイ」

 

誰かに呼び止められる。声に振り返ってみると、黒い髪に目付きの悪いチンピラみたいな男が立っていた。

 

「ちょっと屯所まで来てもらおーか。聞きてェ事があってな」

 

男の制服を見る限り、どうやら真選組らしい。

しかし何故、真選組に声をかけられたのか。全蔵には心当たりがなかった。

その時。

 

「嬢ちゃん、ホントにコイツで合ってんだな?」

 

「うん、アイツだよ!私にいきなり触ってきて、ジャンプ奪ったの!」

 

全蔵は目を疑った。怒った表情でこちらを睨んでくる少女は、先程スクーターごと消えたはずの志乃だった。

もう一人いたポーカーフェイスの隊士が確認するのに答えている。

動揺したまま、チンピラ男に肩を掴まれる。

 

「てめーにゃ痴漢と窃盗の容疑がかかってんだ。神妙にしてもらおう」

 

「えっ?いや、あの……コレ」

 

「返してよ!私のジャンプ!」

 

全蔵の手からジャンプ合併号が入ったビニール袋をふんだくると、志乃はそれを大事そうに抱きしめた。

 

「ったく、いい歳こいてジャンプなんて読んで恥ずかしくないの?しかも子供からジャンプ奪うなんて最低」

 

「は⁉︎何言ってんだお前、だってお前がアレ……」

 

「言い分は屯所で聞く。オラ、とっとと乗れ」

 

「じゃあな嬢ちゃん。気ィつけて帰れよ」

 

「うん。お仕事頑張って〜」

 

志乃はポーカーフェイスの隊士に手を振ると、帰路につくのかスクーターに跨る。

そして、否応無しにパトカーに詰め込まれた全蔵を振り返りーー

 

 

 

 

 

 

ニタリ、と。歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

それを見た全蔵は全てを察した。

嵌められた。あの小娘に。

 

彼女は元から、ジャンプを渡すつもりなどなかった。

しかし、争奪戦になるのは極めて面倒。そこで志乃は、一度男にジャンプを譲ることにしたのだ。

こうすれば普通の大人は、子供に気を使われることに引け目を感じ、ジャンプを譲ってくる。

案の定、彼はそれに見事嵌った。しかし、ただ嵌めるだけでは面白くない。

ならば、譲り合いに持ち込み、そこで一度彼にジャンプを渡そうと思った。

一度彼にジャンプを渡し、気分良く帰ろうとしたところで、警察に窃盗として突き出す。

いわばこれは、「地上に上げといて地獄に落とそう大作戦ジャンプver.」だ。

 

彼女の思惑をようやく察した全蔵は、悔しさと憎しみにギリ、と歯軋りする。

 

あの女、やはりあの天然パーマの妹だった。

いや寧ろ、兄より凶悪な敵かもしれない……。

 

こうして見事全蔵からジャンプ合併号を護り切った志乃は、悠々と帰宅したーー。




次回、缶蹴りです。


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缶蹴りとは戦場の縮図でもある

「志乃ちゃんみーっけ!」

 

ドラム缶の影に隠れていた志乃は、その声にハッとする。そしてすぐさまドラム缶を飛び越えて小さなアルミ缶に向かって猛進した。

やられる前に、何としてもやらなければ。

 

「缶踏んー……」

 

「ぅおらァァァァ‼︎」

 

「だぱん‼︎」

 

缶を今まさに蹴ろうとした鬼ごと、蹴っ飛ばす。鬼はゴロゴロと地面を転がり倒れた。

よっしゃ!私の勝ち!

一人ガッツポーズをする志乃など目もくれず、鼻血を出して悶える鬼のよっちゃんに他の子供達が駆け寄る。

 

「よっちゃーん‼︎」

 

「しっかりしろォォよっちゃん‼︎」

 

「てめっこの(アマ)ァ‼︎缶から1メートル付近に入ったらもう蹴るのナシって言ったべやァ‼︎」

 

「あん?缶蹴りにんなルールあるかよ」

 

「もうヤダァ〜コイツ手加減ってもん知らねーんだもん‼︎」

 

戦いにおいて手加減とは負けと同義。師匠である新八から教わったことを完全に間に受けている志乃に、手加減など無理な話だった。

 

「缶蹴りごときでムキになりやがって、バーカ‼︎」

 

「お前なんかもう遊んでやんねーからな、バーカバーカ‼︎」

 

怒りのままに、子供達が帰っていった。背中を見送りつつ、志乃は腕組みをして独りごちる。

 

「……フン、何言ってんだか。遊びはムキになってやるから面白いんだろ」

 

「ムッフッフッフッ。よう言った、その通りじゃ」

 

突如背後から聞こえてきた、老人の声。志乃は声の元を振り返った。杖をついた眼鏡の老人が、木材の上に腰掛けていたのだ。

 

「ムキになればこそ、人は力量以上の力を出せる。何でも必死にやれば、つまらぬ事も面白き事となろうて。世の事これ全て遊びと同じよ。嬢ちゃん。どうじゃ、俺と缶蹴りやってみんか?」

 

老人と目が合った志乃は、プイとそっぽを向く。

 

「知らないおっさんと遊ぶなって言われてるの」

 

「知らないジジイならエエじゃろ?」

 

「ダメだよ。男はみんな獣だよ」

 

「若いのにガードが固いのう。ならば保護者同伴ならどうじゃ?」

 

「あん?ガキ扱いしてんじゃねーぞクソジジイ」

 

舌打ちを一つ立てて、ドスのきいた声で老人に迫る。

その時、遠くから時雪の声が聞こえてきた。

 

「志乃ー」

 

呼びかけた時雪が、こちらへ近付いてくる。彼の後ろには小春達も来ていた。

志乃の後ろに立つ老人を見て、小春が志乃に状況を訊く。

 

「……誰よあの人」

 

「あのジジイがね、缶蹴りやろうって」

 

「缶蹴り?」

 

八雲が思いっきり顔を顰めて、老人を見やる。

 

「みんなでやろうよ」

 

「何言ってるのよ貴女は。知らないおっさんと遊ぶなと耳にタコが出来る程言ったでしょう。貴女攫われたいの?」

 

「おっさんじゃない、ジジイじゃぞ。エエじゃろ?」

 

「お黙り、男はみんな獣よ」

 

「やめろ、小春」

 

橘は喧嘩腰になる小春を宥め、志乃の首根っこを引く。

 

「今日は久々にみんなで焼き肉食べに行くんだ。ホラ行くぞ」

 

「おーい、俺が鬼やってやるからやろーぜ。缶蹴ってくれよ缶!」

 

しかし、老人は諦めない。何が何でも缶蹴りに引き込もうとしてくる。それに、八雲がキレた。

 

「しつこいですねクソジジイ」

 

「オイ八雲!ほっときィ!」

 

「そんなに蹴ってほしいなら蹴ってやりますよ‼︎」

 

全力で足を振り抜き、缶を蹴っ飛ばす。体術を得意とする白狐の蹴りは凄まじく、缶は建物のさらに奥まで飛んでいってしまった。

 

「アレ20秒以内に拾ってきなさい。そしたら遊んでやってもいいですよ」

 

ニタリとこの世の邪悪の権化のような微笑を浮かべ、八雲は老人を見下ろす。

その八雲を、時雪と志乃が一斉に非難した。

 

「八雲さん!ご老人相手にそれはひどいですよ!」

 

「てめー、年寄りいじめてんじゃねーぞ!」

 

「黙りなさい。私はとっとと焼き肉を食べに行きたいんですよ」

 

周りの声など気に留めず、八雲が先頭に立って歩く。

その時、ガッと何かを蹴りつける音がした。

 

「よし、拾ってきたぜー‼︎缶蹴り開始ィィ‼︎」

 

「……ウソやろ?」

 

お瀧は呆然と老人を見つめた。

八雲が蹴った缶は、かなり遠くへ飛ばされてしまい、こんな短い時間に取りに行くのは不可能だったはず。こんな芸当、忍者でもなければ出来ない。

しかし、老人が缶を持ってきたので、兎にも角にも缶蹴りをすることになってしまった。

 

********

 

参加するのは、志乃、時雪、八雲。お瀧、小春、橘は木材に座って観戦である。

鬼を買って出た老人は、楽しげにぴょんぴょんその場で跳ねていた。

 

「ムッフッフッフッ、堪らんぞこの緊張感。まるでガキの頃に戻ったようじゃ。準備は出来たかーい、よい子のみんな‼︎じじい!いっきまーす‼︎」

 

志乃達は、ドラム缶に隠れて建物の隙間から様子を伺っていた。

 

「どこへですか?あの世ですか。……まったく、何故見ず知らずのジジイに付き合わなくてはならないんですか」

 

確かに八雲達からしてみれば、焼き肉食べに来たのに缶蹴りに付き合うなど腑に落ちないだろう。

時雪も、八雲と同じ気持ちだった。

 

「俺もうお腹ぺこぺこなんで、おじいさんには悪いけどさっさと捕まって切り上げません?」

 

「ふざけるなァァァ‼︎何の努力もせずに自ら負けを選ぶとは貴様それでも軍人か‼︎貴様のような奴を総じて負け犬と言うんだ‼︎」

 

「いや、俺軍人じゃないし」

 

「軍曹‼︎この負け犬を軍法会議に!」

 

志乃が時雪のツッコミをスルーして八雲を振り向くと、パンと頭を叩かれた。

 

「でかい声で鳴くんじゃありません、チワワ。何であれやるからには負けるつもりなどありません」

 

「負けて食うより勝って食う焼き肉の方が何倍も美味いであります、軍曹」

 

「その通りですチワワ一等兵」

 

いや、たかが缶蹴りですよ。

時雪は心の中でツッコみ、二人を見た。老人は三人を見つけようと、キョロキョロ辺りを見回している。

 

「所詮缶蹴りなど子供の遊びです。鬼に見つかる前に、缶を倒せば勝ち……ならば、鬼に見つからずに缶を倒す方法を考えればよいのです」

 

八雲と志乃は、石を拾って投げる構えをとった。

 

「ということで、発射用意」

 

「あいあいさー」

 

「それは缶蹴りと言うんですか軍曹ォォ‼︎」

 

もちろんコレには時雪のツッコミが入った。

そりゃそうだ。どこの世界に石を投げて缶を倒す缶蹴りがある。

 

「何を仰います、純然たる缶蹴りですよ。思い出してごらんなさい。風で缶が飛ばされて、せっかく捕まえた人質がパーになって泣いてる鬼がいたでしょう。アレがアリならこれも……」

 

「ナシに決まってんだろ!自然現象でもなんでもねーだろ!」

 

「貴様は甘いんだよォ!いいか、缶蹴りとはなァ、いかに憎たらしく缶を倒し鬼をいじめ泣かせるか、そーいう悪魔の遊びでもあるんだよ‼︎鬼になったらもう終わりなんだよ!何回も何回も缶倒されて、みんなが隠れるまで100数えるフリして何度泣いたことかッ‼︎」

 

あ、コレ実体験か。

力説する志乃に、時雪は同情の目を向けた。

 

「そんな苦くも甘酸っぱい遊び……」

 

「それが缶蹴りじゃァァァ‼︎」

 

八雲と志乃が、同時に缶めがけて石を投げつける。

しかし、石は缶ではなく老人の顔に当たり、老人は鼻血を出して倒れた。

 

「おいィィィ‼︎何やってんだお前らァァ‼︎」

 

「チワワぁぁ‼︎誰がジジイに当てろと言いましたかァァァ‼︎」

 

「お言葉ですが軍曹!アレは軍曹の投げた石であります‼︎軍法会議モノですよコレは!」

 

「フツーに裁判沙汰だよ人殺しがァ‼︎」

 

ギャーギャーと三人が喚き合っている間に、老人がムクリと起き上がる。

志乃はドラム缶を土台に拳銃を取り出した。

 

「チッ!くたばれェェジジイがァァ‼︎」

 

「だからそれ缶蹴りじゃねーって‼︎てゆーか何で志乃が拳銃(ソレ)持ってんの‼︎」

 

「ハルから借りた」

 

「なに物騒なモン借りてんだテメーは‼︎」

 

銃弾の雨が、老人と缶を襲う。老人は跳躍し、杖で缶に降りかかる全ての銃弾を防いだ。

 

「みーつけた‼︎そこじゃァァァ‼︎」

 

老人が、志乃達の隠れるドラム缶を狙って何かを投げつける。ドラム缶へ真っ直ぐ飛んできたのはクナイだった。

クナイはドラム缶を突き破り、志乃達を襲う。三人は咄嗟に伏せて、ドラム缶から離れた。

 

「ちょっ……何なのあのジジイ⁉︎缶蹴りでクナイなんて投げつけるバカがいるってわけ⁉︎」

 

「鬼に石投げた奴が言うな‼︎」

 

「まったくです。缶蹴りとは己の体一つで鬼に立ち向かい、缶を倒すものでしょうが」

 

「アンタも人のこと言えませんからね!」

 

逃げながらも律儀にツッコミを入れる時雪は、二人と別れてとにかく逃げた。狭い路地を抜けてひたすら走ると、上から視線を感じた。

 

「お嬢ちゃんみーっけ‼︎」

 

「誰がお嬢ちゃんだァァ‼︎てめっこのクソジジイ、その中途半端に残った髪引き千切ってやろうかァァァ‼︎」

 

時雪が老人に向かって吠えた瞬間、ドラム缶の蓋を開けて、中から八雲が現れた。

 

「フハハハ‼︎缶蹴りで一人の獲物を深追いするなど愚の骨頂‼︎缶がガラ空きですよ‼︎もらっ……」

 

ドラム缶の縁に足をかけたものの、八雲の体重を支えきれずドラム缶を傾き、建物の壁に顔面をぶつけ擦ってしまった。

 

「ぎぃやあああああああああ‼︎」

 

「ギャハハハハ!バーカ、白髪もみーっけ‼︎」

 

老人が倒れたドラム缶の上を跳んで、缶まで走り去る。八雲は痛む顔に手をやりながらも、時雪にアイコンタクトを送った。

時雪は走りながら跳躍し、倒れたドラム缶を蹴っ飛ばす。ドラム缶の中で一緒に転がりながら、八雲は缶を踏もうとする老人を追った。

 

「待てェェェェ‼︎」

 

しかし、ドラム缶の軌道は惜しくも老人には届かず、彼の傍らを虚しくゴロゴロ転がっていくだけとなった。

 

「ああああぁぁぁ……」

 

声がだんだんと小さくなる。憐れみを込めた視線を送り、老人は缶を踏んだ。

 

********

 

残るは、志乃ただ一人。壁の隙間から覗いた銀髪を見つけて、老人は杖を向けた。

 

「志乃ちゃんみーっけ」

 

鬼に見つかれば、やるべきことはただ一つ。缶を蹴るだけ。

志乃は全速力でダッシュし、それに追随するか並ぶかの速度で老人も走り出した。

まさにデッドヒート。その先に、獲物を見つけた。

 

「「うおおおおおおおお‼︎」」

 

缶を踏むか。缶を蹴るか。

二人の足が同時に出された。そしてーー。

 

 

 

カンッ

 

 

 

アルミ缶の乾いた音が、空き地に響く。凹んだ缶は、青空を舞っていた。




書き終わった感想。
何が書きたかったんだろ、私……。

次回、たまさんとようやく絡みます。


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働き過ぎには要注意

たまとの初交流。芙蓉篇を飛ばしたので、絡ませることが出来て後のことも安心しました。


「おーい」

 

この日も、志乃は朝から銀時の家に遊びに行った。

居間の扉を開けると、いつも通り掲げてある「糖分」の文字。その前にあるソファで、銀時がぐーすか寝ていた。

 

「銀?」

 

ソファの背凭れからひょこっと銀時を覗き見る。テーブルの上に置かれている瓶やら缶を見る限り、昨日も飲んでいたのだろう。

涎を垂らして眠るだらしない彼を見て、志乃は肩を竦めた。

 

「ったく、布団も被らないで」

 

銀時を起こさないようにタオルケットをそっと被せる。

このまま起きるまで待ってやるか。志乃は反対側のソファの背凭れに座った。

その時、玄関のインターホンが鳴る。直後に機械的な声が聞こえてきた。

 

「おはようございます。銀時様、家賃の回収に参りました」

 

またコイツは家賃払ってないのか。バーさんの堪忍袋の緒が切れるぞ。

志乃は呆れて、呑気に眠りこける銀時を見やった。

しかし、聞いたことない声だ。それが再び聞こえる。

 

「今から私が歌を歌い終わる前に出てこなければ、実力行使に移らせて頂きます。幸せなら手を叩こう」

 

ああ、あの可愛らしい童謡ね。

仕方なく銀時を起こそうとした次の瞬間、大きな爆発と共に扉が吹っ飛ばされた。

爆風が凄まじく、座っていたソファまで浮かび、志乃は頭から床へ落ちてしまった。

 

「幸せなら手を……」

 

「待て待て待て待てちょっと待てェェェェェェ‼︎」

 

煙の中から、緑色の髪の美人が歩いてくる。手にしているモップからは、銃口が見えた。

 

ーー何かスゴく恐ろしい人が来たァ‼︎

 

突如家を爆破した女性を見ながら、志乃は内心ワクワクしていた。

 

********

 

「ねぇ、あの人誰?」

 

開口一番、志乃はお登勢に問いかけた。

銀時から回収した家の修理費と三か月分の家賃を袖にしまい、志乃を見る。

 

「なんだい、アンタまだ会ってなかったのかィ?」

 

「うん」

 

「珍しいねェ。アンタいつも銀時と一緒だから、てっきり知ってるかと」

 

お登勢は彼女を手招きして呼び寄せ、志乃に紹介した。

 

「この娘は銀時の妹だよ。志乃っていうんだ。挨拶しな」

 

「初めまして志乃様。私は機械(からくり)家政婦、たまです」

 

「私は霧島志乃。よろしくね、たまさん」

 

ぺこりと頭を下げたたまは、再び志乃に会釈してテーブルの掃除を始める。志乃はお瀧から出されたジュースを飲みながらたまを見ていた。

 

「機械家政婦って、確か一斉処分されたんじゃなかったっけ?」

 

「どっからかルートは知らんが、銀時が拾ってきてん」

 

「へー」

 

キャサリンがたまに煙草の火を要求したところ、炎が煙草の先でなく顔面を襲った。そのおかげでキャサリンの髪はアフロになる。それを見てお瀧は大爆笑していた。

彼女らを見つめて、お登勢が煙草の煙を吐いた。

 

「ただねェ、よく働いてくれるのは嬉しいんだけどさァ。あの娘ときたら、人のために働くばかりで全く自分を顧みないだろ」

 

「機械だからね」

 

「いやわかってんだけどさァ、見てたらかわいそうになっちゃって、辛いとかホントは思ってんじゃないかって」

 

「機械だからね」

 

「関係ないさ。機械でも泥棒猫でも忍者でも。あたしゃ娘だと思ってるからね。……楽しく暮らしていってほしいもんだよ」

 

「いや、機械だからね」

 

銀時と共に後ろを振り返って、たまを見る。

機械だからか、たまは相変わらず無表情だった。

 

********

 

銀時の家から帰ろうと、志乃は家の階段を下りていた。

ふと、階段に誰かが座ってるのが見えた。たまだ。

 

「何してんのたまさん?」

 

「お登勢様にたまには息抜きしろと三日程お休みを頂いたのですが、機械家政婦は人のために働くのが役目。志乃様、休むとは一体何をすればよろしいんでしょうか。私はお登勢様に捨てられたのでしょうか」

 

機械であるたまは、休みの過ごし方がわからないようだ。

無表情ながら膝を抱えて座るその姿は、少し寂しそうに見えた。

 

「バーさんはアンタにハメ外して自分の時間過ごしてほしいんだって。ま、機械にゃ酷な話かもだけど」

 

「ハメを外すとは何をすればよろしいんですか」

 

「……ま、とにかく休めってことだよ」

 

「休むとは何をすればよろしいのですか」

 

これでは本末転倒だ。

志乃はスクーターのエンジンをかけて跨り、シートに座る。

 

「したいことがないなら探しに行く?」

 

「探す?」

 

顔を上げてこちらを見たたまに、志乃はニッと笑ってみせた。

 

「ホラ、乗りなよ」

 

********

 

志乃がたまを連れてきたのは、江戸の中でも有数の大通り。駅前で、毎日多くの人で賑わう商店街である。

 

「たまさん、バーさんから貰った給料使ってる?今日はパーッと使って欲しいもんでも買いなよ」

 

「欲しいもん?」

 

「そーだよ。ホラ、たとえばこーいう着物とか」

 

志乃が指さしたのは、梅の花があしらわれた綺麗な着物。

毎日同じ服ではつまらないだろうと、毎日同じ種類の浴衣を着回している自分を棚に上げる。

 

「ねっ、どうたまさん……アレ?」

 

振り返るが、隣を歩いていたはずのたまが見当たらない。

人混みの中から、金具店の前でしゃがんでいる彼女を見つけた。

 

「どーしたのたまさん?なんか欲しいもんでも見つかっ……」

 

たまがジーッと見つめている箱の中には、大量のネジが入っていた。しかもどれも全部同じ型の。

 

ーーえ、欲しいものって……。

 

呆然とする志乃の視線に気付いたたまは、何故か弁明しようとしていた。

 

「いえっ……あの、いいんです。別に欲しいとかそういうんじゃなくて。私お金忘れちゃいましたし」

 

「あ、そう。じゃあ行こう」

 

志乃がそう促すと、ますますたまはネジをジッと見つめた。涎まで垂らす始末だ。

なんなんだ、欲しいのか欲しくないのかハッキリしてほしい。

 

「どれ‼︎どのネジが欲しいの‼︎もーわかったから‼︎買ってあげるから‼︎っていうか何でネジ⁉︎」

 

「ああ、こっちの型も捨てがたい……。どちらが似合いますか?」

 

「どっちも同じじゃねーか‼︎」

 

全く同じ形のネジで悩むたまにツッコんだ。そこに、金具店の店長がやってくる。

 

「お嬢さん、ひょっとして友情の証ネジをお探しですか」

 

「友情の証ネジって何だよ‼︎聞いたことねーよ語呂ワリーな!」

 

何で休みの日にこんなツッコミで疲れなきゃならないんだ。どちらかといえば自分はボケ役なのに。

志乃は溜息を吐いた。

 

********

 

それから志乃は、たまと共に色んな場所へ遊びに行った。先程連れていった居酒屋で、たまはオイルの飲み過ぎのため路上で吐く。

その背中をさすっていると、ようやく落ち着いたらしくたまがこちらを見上げた。

 

「申し訳ございません、ハメを外そうと頑張ったんですが。志乃様、私はハメを外せていたでしょうか?」

 

「頑張って外すもんじゃないから」

 

「しかし私は機械ですから、皆さんの役に立たねば存在する意味がないのです。お登勢様と志乃様がせっかく私のために骨を折ってくれたというのに、期待に応えなければ」

 

「いや……あのさ……」

 

喋れる機械とはここまで頑ななのか。確かに以前密かなブームになっていた「機械家政婦悦子ちゃん」も、人の役に立つという一心の元働いたと聞く。

たまも同種だからか。それともこれは、彼女の本心か。

 

「たまさん、家電製品なら頑張ってもらわなきゃ困る……でもね。ただそこにあるだけで、そこで笑ってるだけでも、充分事足りるものだってあるんだよ」

 

きっとたまは、そういう存在なのだ。お登勢や、拾ってきたという銀時にとって。

まぁ、機械の彼女にはわからないかもしれない。何しろコレは完全な感情論だ。人の感情は複雑で変わりやすく、奥底まで覗けない。機械の彼女に理解させるのは、なかなか難しい。

 

「無理やり付き合わせて悪かったね、たまさん。……帰ろっか」

 

手を差し伸べて促すも、たまは動かない。

 

「たまさん?」

 

たまはジッとある方向を見つめていた。そこにあるのは、モグラ叩きのゲーム機体。壊れてしまい、モグラが出てこなくなったという。

 

「……………………かわいそうに。まだ人の役に立ちたかったんでしょうね」

 

「たまさん、帰るよ!」

 

「お先にお帰りください」

 

再度促しても、手を引いてもたまは動かない。

何度説得しても無駄だと判断した志乃は、「早く帰りなよ」と一言残し、去っていった。

 

********

 

翌日。

銀時の家に遊びに来ていた志乃は、神楽とオセロ対決をしていた。負けたら酢昆布5箱を買うという条件付だ。もちろん試合は白熱していた。

その時、扉を蹴破ってお登勢が現れた。

 

「志乃ォォォ‼︎たまが……たまが昨日から帰らないんだけど、あんた何か知らないかい⁉︎」

 

お登勢の話によると、あれからたまが帰ってきていないという。

志乃は二階から飛び降りてスクーターに乗り、飛ばした。そして、昨日別れた辺りでスクーターを止める。そこにはたくさんの子供達が集まっていた。

 

「?」

 

子供達の後ろから覗き込むと、真ん中に大きなダンボール箱があった。上面には所々穴が開いており、そこからたまが顔を出す。

ピコピコハンマーで子供がたまの頭を叩くと、歓声と笑い声に包まれる。その中で、たまも幸せそうに笑っていた。

志乃は驚いてそれを見ていたが、子供達の楽しそうな笑い声に、フッと頬が緩んだ。

 

「機械でもあんな顔出来るんだ。……余計なお節介しちゃったかな。たまさんはああして笑顔に囲まれてる時が、一番みたい」

 

楽しげなたまの邪魔をしてはいけないと、スクーターのエンジンをかける。

 

「志乃様」

 

その背中に、たまが声をかけた。

 

「また休みを頂いた時は、ご一緒にハメ外させてくださいね」

 

「うん」

 

短く答えた志乃は、軽く手を挙げてエンジンを吹かした。走り去っていく志乃を、たまはその姿が見えなくなるまで見つめていた。

 

********

 

夜。スナックお登勢が、一番繁盛する時間。

 

「オイ!生一つ」

 

「はいよ、今持ってくから」

 

客の注文を受けて、お登勢は棚からビール瓶を取ろうと後ろを振り返る。そこには、ビール瓶を手にしたたまが立っていた。

 

「……あんた。何やってんの、今日は店出なくていいって言ったのに」

 

「いいんです」

 

「オイ生‼︎」

 

「ハイ、今お持ちします」

 

「あっちょっと」

 

お盆にビール瓶とコップを乗せ、せかせかと席に急ぐ。カウンターの奥で頬杖をつき、お瀧はたまの背中を眺めた。

 

「相変わらず働き者ですねェ」

 

「………………しょうがない娘だね」

 

お登勢も笑顔を見せつつ、煙を吐く。歩く度に揺れる彼女の後ろ髪には、ネジの簪がさしてあった。




次回、橘が極道とやり合います。


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親と子供の仲違いは結構長引く

この日、万事屋の依頼を受けた小春、時雪、橘はリッチな車で依頼主の家の前に向かった。

家の中はまだ見えないが、立派な門が立っている。それを見た時雪達のやる気のボルテージは上がりに上がりまくる。

将軍の護衛は志乃が務めるのだが、それ以外にこんな豪華な家に住む人から依頼を受けることは、基本的になかった。

 

「幕府の高官か何かですかね?」

 

「私達も有名になったものね」

 

「……」

 

何も知らない三人の前で、重い門が開けられる。その中には、メンチを切るガラの悪い怖い男達が整列していた。

 

「「ぎゃああああ‼︎」」

 

門の閉まった庭の中で、時雪と小春が叫び、橘は相変わらず黙ったままなのだったーー。

 

********

 

客間に通された三人だが、男達のメンチの視線は変わらない。三人を囲み、睨みつけてくる。

 

「た……橘さん……身体中に穴が開きそうです」

 

「メンチというレベルじゃないな、奴等目からビームを出そうとしている」

 

出迎えでいきなりこんな待遇を受けるなど、彼らはきっとロクな連中じゃない。そしておそらく、自分達はそのロクでもない仕事をやらされる。

 

「いいか、おそらくこれから俺達は真っ白い粉を運べとかそーいうことを言われるかもしれんが、きっとそれは塩だ。黙って大人しくそれを運ぼう」

 

「ええ、そうね」

 

「やめてください、そんな早々と諦めないでください」

 

男達の視線に体を貫かれそうになっていると、ようやく依頼主が現れた。しかしその人の目も怖い。老人なのに。

 

「よぉく来てくれた。わしが依頼者の魔死呂威(ましろい)組組長、魔死呂威下愚蔵(かぐぞう)じゃ」

 

「終わったわね」

 

小春の一言に、時雪は目の前が真っ暗になるような心地だった。真っ白ではなく。

下愚蔵は、神妙な面持ちで口を開く。

 

「今回あんたらを呼んだのは他でもない……。……ほれ、あそこに倉が見えるじゃろ。実はあそこに、まっしろ……」

 

ヤバイ、ついに来た。

時雪も橘や小春同様、諦めかけていた。これから自分達は確実に、薬物の運び人をやらされると。

しかし次の瞬間、下愚蔵が号泣しながら叫んだ。

 

「魔死呂威組の跡取……わしの一人息子、魔死呂威鬱蔵が引きこもって出てこんのじゃーい‼︎」

 

「「「………………は?」」」

 

完全に構えていた三人は、一気に肩の力が抜けていくのを感じた。

 

********

 

下愚蔵の話によると、鬱蔵が倉に引きこもったのは五年前。ヤクザになることを嫌い、カタギとして呉服問屋に奉公に出ていたというのだが、突然奉公先から逃げ帰ってきて倉に日用品を運び込み、以来五年間、一歩も倉から出てこないというのだ。

 

「既に中で死んでるんじゃないのか」

 

「橘さん!やめて!」

 

「いや、この五年会ったことも話したこともないが、食事や欲しいものを書いた紙キレが毎日扉の隙間から出てくる」

 

噂をすれば影をさすとはまさにこのことで、すぐに扉の隙間から紙が出てきた。そこに書いてあるものを、すぐに部下に買いに行かせる。こんな極道があるだろうか。

ヤクザの息子が引きこもり。そんなことが外に知れれば、メンツが命のヤクザはやっていけない。それを気にして、下愚蔵は鬱蔵と正面から向き合わなかった。

 

「鬱蔵をここまで追い込んだのはわしの責任だ。…………息子の人生を取り戻すためならば、わしは何だってやるつもりでいる。だが情けない話だが、何をやっていいのかわからんのだ。……人の親とはこんな時、何をやればいいのだ」

 

「そこで黙って見ていればいい」

 

下愚蔵の前に立った橘は、倉を見つめる。

 

「その気持ちがあれば充分だ。あとは俺達に任せろ。ヤクザにデリケートな仕事は向かんだろう」

 

「……あんたら」

 

「要は、息子を倉から引きずり出せばいい。なら簡単だ」

 

橘は小春にアイコンタクトを送る。

受け取った小春は、太ももに隠してあるホルスターから拳銃を両手に取り、倉に撃ち込んだ。

 

「出てきなさい‼︎ニートは社会的に抹殺されるのみよ‼︎とっとと働きなさいバカ息子ォォ‼︎」

 

「それヤクザでも出来るだろーがァァァァ‼︎デリケートの意味知ってる⁉︎」

 

ものすごい乱雑で物騒なやり方に、下愚蔵は銃を橘に向ける。そしてさらには部下達が三人を囲んだ。

武器を向けられ、時雪は半泣きだった。その時、再び扉の隙間から紙キレが出てくる。

それには、「さようなら」と明らかに血で書いたような文字があった。

 

「これダイイングメッセージじゃろーがァァァ‼︎」

 

「何さらしてけつかんねん‼︎このボケがァァ‼︎どう落とし前つけるつもりじゃ‼︎」

 

再び刀やら銃やらが三人を囲む。その真ん中で、三人は手を挙げた。

 

「オイ、その辺にしとけ」

 

ヤクザ達に、別の声が呼びかける。それに全員の視線が向いた。

 

「こりゃ血じゃないわい。トマトジュースじゃの。若はちゃんと野菜もとっとるらしいわ。わしゃ安心した」

 

「兄貴ィ‼︎」

 

誰だ?と橘、小春、時雪は小首を傾げる。左の額から頬にかけて傷のある男が、縁側から腰を上げて下愚蔵に歩み寄ってきた。

 

「あの、あの方は……?」

 

「ウチの若頭、中村京次郎じゃ。鬱蔵がまだ外にいる頃、兄のように慕っていた奴よ。鬱蔵のことは、このわしより詳しい」

 

時雪が下愚蔵に尋ねた後に、京次郎が口を開く。

 

「おじき、いい大人が揃いも揃って子供にからかわれてりゃ世話ないのう」

 

「……わしは……息子と正面から向き合うと決めた」

 

「………………もう遅いさ。鬱蔵のことは放っておいた方がいい。……時が来れば、自分から出てくるじゃろう。これ以上鬱蔵を傷つけるな。アンタがアイツに何をしたか、忘れたとは言わせんけんの」

 

「……………………」

 

橘達は何があったかは理解出来なかったが、深く突っ込むこともしなかった。

下愚蔵が京次郎の言葉に反論出来ずにいると、ふと咳き込み始めた。口からは、血が流れている。どうやら下愚蔵の体は、既に死期を迎えていたらしい。

京次郎をはじめ部下のヤクザ達が下愚蔵に駆け寄る。そのまま下愚蔵は、病院に搬送された。

 

********

 

すっかり日も落ち、月が輝く夜。小春と時雪は、病院でヤクザ達と共に下愚蔵を看取っていた。

しかし、橘だけは倉の前から動かなかった。背後に京次郎の気配を察し、ボソッと呟く。

 

「……ひどい奴だ。父親が倒れたというのに、ビクともせん」

 

「………………依頼者が倒れたんじゃ、こんな所におっても無駄じゃろう」

 

「顔が見たいだけだ。父親の死に際にも動かない頑固息子の顔を」

 

「……………………気ィついとったんかい」

 

倉の前に座り込む橘に、京次郎は御猪口を差し出した。しかし橘は差し出された御猪口を一瞥するだけだ。

 

「……………………それだけの事したんじゃ。おじきは」

 

「それ、息子のじゃないのか」

 

「ええんじゃ。酒の味は働いとるもんにしかわからんけーのう」

 

酌された橘も、京次郎に酌し返す。そして、酒をくいっと呷った。

 

鬱蔵は、昔から気が弱くて優しくて、極道の世界を嫌っていた。父である下愚蔵の反対を押し切ってまで、カタギで生きる道を選んだ。

しかし、それも長くは続かなかった。下愚蔵が跡取の彼を連れ戻そうと、奉公先にまで顔を出して店に数々の嫌がらせを仕込んだのだ。そして身内ということもバレ、あっという間にクビ。鬱蔵は倉に引きこもってしまったという。

五年間もほったらかしていたのに今慌てて外に出そうとしているのも、死ぬ前に鬱蔵に跡を継がせようという魂胆なのだ。

 

橘は京次郎から事情を聴いていたが、ふと空になった御猪口を地面に置いた。

 

「……事情はよくわからんが、親が子に会いたいというのに理由が必要なのか。親子が会う理由など、顔が見たい、それだけで充分だろう」

 

膝に手をついて立ち上がり、倉に歩み寄った。

 

「心の殻を被っていようがいまいが、力ずくでも連れて行かせてもらおう。出てこい。死にかけた父親の顔一発殴りに行くぞ」

 

その時、倉の扉の鍵が開く。

倉の中はかなり広くて、ゴミやこたつ、布団の上でテレビを見ている影があった。その影が、こちらを振り向く。

 

「あらァ、交代の時間?ちょっと早くない?」

 

「⁉︎」

 

普段仮面のように変わらない橘の表情に、驚愕の色が出る。

倉の中にいたのは、女だったのだ。

 

「鬱蔵は……」

 

「いねーよ」

 

その時、橘は背後に殺気を感じた。

 

「そんな奴とっくに、この世にはいねェ」



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知りすぎるとヤバイ事もある

カチャ、と刀を抜く音が微かに耳に入る。橘は右手を握りしめ、背後に立つ京次郎の刀を握る手に拳を打ち据えた。

振り返り、京次郎を蹴り飛ばす。その時に発砲され、弾は橘の左肩を貫通した。

 

「……どういうことだ、コレは」

 

「だから言うたじゃろ。今更バカ息子引きずり出そうちゅーても遅いて。どいつもこいつもめでたい奴等じゃ。五年も姿も見ず声も聞かんで、どうして生きてると?」

 

撃たれた左肩を庇いつつ、橘はゆっくりと京次郎と距離をとる。

 

「おじきが悪いんじゃ。せっかく若がカタギになって邪魔者がいなくなったと思っとったら、わざわざ連れ帰ってきよって。あの人におられるとわしは一生出る幕がないんじゃ。仕方がないんで一生殻から出てこられんようにさせてもらったわ。どんなに呼びかけようと叫ぼうと、もう若が外に出てくることはない。なんせ殻の中は骨しかないからのう。この先もずっと、若は殻の中じゃ。おじきが死んでも、ずっと。おじきには気の毒じゃが、愛しい息子とはあの世で会ってもらうことになるのう」

 

橘の眉が、眉間に寄せられる。

その雰囲気は、明らかに怒りが混じっていた。

 

「……鬱蔵を殺したのはお前か」

 

「わしは昔若の世話役をやっとった、引きこもった後もわしにだけは会ってくれてのう。細工をするなんざお手の物よ、騒ぎになっては面倒じゃけんのう。組長が死んでも倉から出てこんバカ息子。代わりに組を指揮るモンが必要じゃろ。そうじゃ、頼りにならん跡取なんぞじゃない。腕も頭もキレる、本物の極道がのう」

 

京次郎の後ろには、彼の仲間がぞろぞろと集まってくる。

橘は怒りの込もった視線を京次郎に向けつつ、懐から折りたたまれた棒を取り出した。それを組み立てると、普段彼が使っている槍と同じ長さの棒になる。

 

「お前は極道などではない。ただの外道だ」

 

棒を構え、京次郎達と対峙する。

しかしその時、視界がぐにゃりと歪んだ。足取りが覚束なくなり、フラリとよろめいてしまう。

どうやら、先程飲んだ酒に毒が盛られていたらしい。

嵌められたと感じたのと同時に、情けなく思う。

自分は「獣衆」の"黒虎"。毒なら、匂いでわかったはずなのに。

 

しかし敵も待ってくれるはずもなく、大勢で襲いかかってくる。痛む肩を無視して、橘は大きく棒を振るった。

塀を乗り越え、とにかく屋敷から逃げる。毒に侵された体に鞭を打ち、走り続けた。

 

橋の上で、前方も後方も囲まれてしまう。フラフラな足取りで敵を薙ぎ倒していくが、背後からバッサリと斬られた。すぐに斬ったヤクザに棒を叩きつけ、打ち倒す。

傷をものともせず戦っていた橘の腹を、鉛が貫通した。

チラリと銃を構えた京次郎を見て、倒れていく。橘はそのまま、橋から川へ落ちていった。

 

ちょうどその頃。何も知らない下愚蔵は、息を引き取った。

 

********

 

それから数日後。魔死呂威組新組長の襲名披露が行われた。大広間には、大勢の人が集まり、横一列に並んでいる。それは全て、京次郎の襲名を祝うものだった。

大きな盃の前で、京次郎は頭を下げる。

 

「畏まらずに飲め。酒の味は働いている奴にしかわからんらしいぞ」

 

聞き覚えのある声に、京次郎は思わず頭を上げる。

目の前には変わらず、同じく正装した男が座っているだけだ。しかし、その顔に生気はない。

 

「まぁ尤も、お前のはたらいているのは悪事だけだろうが」

 

それに引き続き、並んで座っていた男達が次々と倒れる。声の主は京次郎の目の前の男を踏んで、盃をひっくり返した。

 

「久しいな」

 

男の後頭部を踏みつけて、橘が御猪口を片手に京次郎を見下ろしていた。



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借りたものは必ず返すべし

100話だァ‼︎うへェあっはー‼︎


「てっ……てめェは……‼︎」

 

京次郎の声が、驚きに震える。

目の前に立つ男は、確かにあの時始末したはずなのに。肩と腹を撃たれ、背中を斬られていたのに。それが今は無傷で、自分の目の前にいる。

 

「水くさいな。こんな豪華な宴があるなら俺も誘ってくれてもいいだろう」

 

橘は肩に提げていた棒を手に取り、一瞬で京次郎を吹っ飛ばした。

 

「この間の借り、きっちり返させてもらうぞ」

 

襖を壊し、仰向けに畳の上に倒れる。額から血を流し、京次郎は上体を起こした。

 

「ククク……ワシも長いことこの世界で豪傑共を見てきたが、鉛玉ブチ込まれて叩き斬られて帰ってきた奴を見るのは初めてじゃ。お前が極道でなくてよかったわ」

 

「…………」

 

「派手にやってくれたのう。ありゃウチと同盟を組んどる組織の幹部共じゃ。お前……もう生きてシャバには帰れんぞ」

 

「……………………」

 

「……オジキか?たった一度会った極道者のために、組織とやり合おうってのか」

 

「ヤクザだろうがカタギだろうが関係ない。俺やお前みたいな無法者は、自分の仁義を見失えば終わりだろう」

 

京次郎に何と言われようと、彼は自分の意志を貫き通しに来ただけだ。その意志がすげ変わることはない。

京次郎が床の間に置いてある刀を手に取った。

 

「お前の言う通りよ。腐っても極道。仁義を欠いたとあっちゃあこの世界では生きていけんわ」

 

京次郎の刀が、障子を斬る。外には、京次郎を狙う魔死呂威組の組員達が集まっていた。

 

「ワシの所業は組の内外に伝わっとる。組織はハナからワシに組なんぞ任せる気はない。ワシの(たま)が狙いだったのよ」

 

この襲名披露も、全てただの建前。京次郎は、それも察していたのか。

京次郎が、刀を橘の足元に投げ捨てる。

 

「斬れ」

 

そう言って、京次郎は開け放たれた障子の真ん中にどかっと座り込んだ。

 

「どてっ腹に穴開けた貸しじゃ。お前にワシの(たま)やるわ。あんな連中に殺られるより、お前のような男に(たま)()られる方が、あの世で自慢出来そうじゃけーの」

 

「………………お前……わかっててここに来たんだろう。お前、死にに来たんだろう」

 

橘の考えは、京次郎の心を見透かしていた。

京次郎は全て呑み込んで立ち上がり、刀を手に組員達の前に出る。その瞬間、一斉に京次郎に斬りかかってきた。

黙って殺られるはずもなく、京次郎は組員達と大立ち回りを繰り広げる。それでも大勢の刀に押され、傷が増えていった。

背後から、刀が振り下ろされる。

その時。

 

黒髪を靡かせ、組員を吹っ飛ばす。

圧倒的な力をもってして、飛び込んできた橘は組員達を突き飛ばしていった。

 

「なっ……何を……⁉︎何をしとるんじゃ……お前‼︎」

 

このまま死ぬと思っていた。思わぬ乱入者に、京次郎は目を見開いて着流しの背中を見る。

 

「撃たれた借りならばもう返した。あとは俺の仁義を通すだけだ。……約束したからな。バカ息子を必ず連れていくと」

 

長い棒を振り回し、相手を突き、薙ぎ払う。バッタバッタと敵を倒していく橘に、京次郎が叫んだ。

 

「お前っ‼︎わかっとるのか‼︎ワシゃお前の(たま)()ろうとした男じゃぞ‼︎」

 

戦う内に、二人は背中合わせになる。そのまま、橘は答えた。

 

「あの程度で俺は死なん。お前の大根芝居に付き合ってやっただけだ」

 

「‼︎」

 

「俺を殺してでも隠し通し、自分で泥を被ってでも庇い通す。その上そのまま死んで全て墓場まで持っていく算段か。カッコばかりつけおって‼︎ホンマに親父じゃ思とんなら、ホンマにあの人のこと思とんなら、生きてダサい花ば一つでも持って墓参りにでも行っちゃれ‼︎」

 

普段物静かな橘が、土佐弁で叫ぶ。それは長年共にいる獣衆の仲間にでさえ、見せたことのない姿であった。

京次郎の手を引き、組員達を払っていく。

 

「これ以上あの人の息子は死なせん‼︎引きずってでも必ず墓の前連れてっちゃる‼︎邪魔じゃ、どけェェェ‼︎」

 

走り出した彼らの背中に、一発の銃声が鳴り響いた。京次郎の後に、血の雫がポタポタと落ちる。

 

「京次郎‼︎」

 

体を撃ち抜かれ、吐血する京次郎は、痛みに耐えかね膝をついた。それに合わせて、橘もしゃがむ。

 

「しっかりするぜよ‼︎クソッ、待っとれ‼︎すぐ医者に……」

 

「放っとけ。どうも……当たりどころが悪かったらしい」

 

「何を言うがか‼︎おんしゃ極道じゃろう、腹に穴開いたくらいで弱気になるな‼︎」

 

橘は京次郎の腕を肩にまわし、彼を支えて墓まで歩き出す。掠れた声で、京次郎が言った。

 

「これで……これで……良かったんじゃ。ワシゃ……オジキに会わせる顔なんぞない。ワシは……オジキの大切なものを護れんかった。罰だと思うとる。世話になっておきながらワシゃ……何一つあの人の役に立てなんだ。ワシは役立たずの番犬じゃ。所詮野良犬は野良犬じゃ」

 

雨が降り出した中、濡れながら傘もささずに歩く二人。橘は京次郎の言葉を黙って聞いていた。

 

「ワシが死んだら、路地裏に捨て置いてくれ。野良犬には野良犬らしい死に方ちゅーもんがある」

 

「野良犬なんかじゃなか」

 

肩を貸す橘は、京次郎を見ることなく続けた。雨に濡れた髪が、はねた黒髪を落ち着かせていた。

 

「世界中の奴がお前を蔑もうと、わしだけは知っちょる。おんしが護ったもんを。おんしが汚名を着てまで、最後まで護り通したもんを。おんしは野良犬なんかじゃなか。気高い狛犬ぜよ」

 

ポツリ、ポツリと雨が降る。それでも彼らの行く道の後には、血の足跡が続いていた。

父親の墓の前。墓石に体を預け、京次郎は穏やかな笑顔で眠っていた。




お瀧を中心に書いた話があったので、今回はほとんど出番のない橘でやってみました。
書き直した点もありますけど、橘は坂本と友達です。忘れてましたごめんなさい。
獣衆全制覇、いつかしたいです。

次回、吉原炎上篇。ヘタ踏まねーか心配だ……。


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吉原炎上篇 光は誰にでも等しく降り注ぐ
財布の管理はしっかりと


ハイ来ました吉原炎上篇‼︎
挨拶は手短に早速行きますよ!



この日、志乃はリベンジとして銀時を散歩に誘った。もちろん、パフェを奢るという餌付で。

しかし。

 

「オイ志乃、今日こそはパフェ奢ってくれんだよな?そうだよな?」

 

「うるさいなァいちいち確認しないでよ!」

 

甘党かつダメ男の兄は、五分に一度のペースで何度も同じ事を尋ね、念を押してくる。前回連れていった際、一度もレストランに立ち寄らなかったことを未だ根に持っているのだ。

それにしても、12歳の女の子にパフェを強請る20代の男。側から見て、こんなに情けない光景はない。

歩いていた銀時に、ドンと少年がぶつかった。

 

「おっとごめんよ」

 

少年は右手を軽く挙げて謝り、そのまま通り過ぎた。

路地裏に隠れた彼を見送ってから、志乃は銀時と視線を交換した。

 

「やったか」

 

「当然」

 

志乃はニヤリとほくそ笑んで、巾着袋を見せた。少し揺らすと、ジャラジャラと音がする。相当金が入っているらしい。

少年が入っていった路地の前で、志乃はわざとらしく大声で中に入っている金を数え始めた。

 

「えーと?ひーふーみーよー。おおったくさん入ってんじゃん」

 

「パフェ食ってパチンコでも行くか」

 

「いえぁっさー!」

 

「それっ俺の金っ……あっ……」

 

テンションが上がって、拳を上げる。

路地裏から出て二人を追いかけた少年に、志乃はそのまま振り上げた拳を少年の脳天に打ち据えた。

 

「コソ泥がァァァ!」

 

ドゴッ

 

「ぎぃやあああ‼︎」

 

********

 

スリから見事財布を奪い返した銀時と志乃は、少年にパフェを奢らせていた。

 

「相手が悪かったな。俺から財布スろうなんざ百年早ェ。ツメが甘ェんだよ」

 

「盗みってのはね、相手の懐に手ェ忍ばせる度に、知らず知らずてめーの懐からも大事なもんが零れ落ちてるもんなんだよ」

 

目の前で悠々とパフェを貪る二人を恨めしげに見つめつつ、少年は許しを請うてくる。

 

「もっ……もういいだろ、パフェ奢ったんだから。みっ、見逃してくれよう‼︎」

 

「さーてな……頼み事するなら筋を通さにゃ筋を」

 

「え?」

 

「とぼけないで。財布に入ってた金返しな」

 

志乃はパフェをもくもく食べながら右手を差し出し、ちょーだいとポーズをとる。

そのニタニタした笑顔がムカつき、少年は反論した。

 

「金って……アンタらの財布ハナから空っぽだったろ‼︎」

 

「しらばっくれてんじゃねーぞ小僧。7、8万入ってたはずだ。家賃払うつもりだったんだから」

 

「私の財布も10万近く入ってたよ。さァ返しな」

 

「アンタら子供にパフェ奢らせた上たかるつもりかよ、どーいう大人だ‼︎」

 

志乃は少年の反論の一切を無視して、彼の首根っこを掴み銀時と共にレストランを出ようとした。もちろん、警察に突き出すためである。

 

「アンタ自分(てめー)子供(ガキ)って知ってるんじゃん。ならアンタはもう立派な大人だよ」

 

「その通りだ。大人はちゃんと罰を受けて責任とらんと」

 

「待ってェェェェェ‼︎待ってアニキ、アネゴ‼︎お願い」

 

「誰がアニキとアネゴだ。俺達ゃてめーみてーな小汚い弟持った覚えはねーよ」

 

「待ってくださいィィ‼︎オイラ……どうしても金が入り用なんス‼︎」

 

「知らねーよ。さっ警察に出頭しましょーね」

 

「すみませんでしたァァァ‼︎お願いします許してくださいィィ‼︎」

 

多くの客で賑わうレストランに、少年の叫び声が響いた。

 

********

 

それから、銀時と志乃は少年に連れられ、地下に行っていた。そこにいたのは。

 

「旦那、旦那」

 

「ウチで楽しんでかない〜?」

 

化粧やら着物やらで、綺麗に着飾った女達。彼女らが、銀時と少年に集っていた。

銀時が抱きついてくる彼女らを振り払おうとしつつ、歩く。

 

「ハイハイ後で行くから後で‼︎」

 

「どうせ来るなら今でもいいでしょ」

 

「放せ、俺ァ積極的な女嫌いなんだよ」

 

一方、志乃は信じられなかった。あの銀時に、こんな大勢の綺麗な女性が集るなんて。

 

「銀、おめでとう。モテ期だね」

 

「んなわけあるかァァ!オイ志乃、助けろ!」

 

銀時は我関せず状態で拍手を送った志乃に、助けを求める。もちろん彼女はめんどくさがったが、困っている兄のため仕方なく助けてやった。

疲れて肩で息をする銀時に目を向けつつ、少年に尋ねる。

 

「ねぇ、何なのここ」

 

「地下遊郭、吉原桃源郷。中央暗部の触手に支えられ、幕府に黙殺される超法規的空間。常夜の街」

 

「……?」

 

少年に説明されても、志乃はいまいちピンとこなかった。それでもここが、あの煉獄関と同じく、闇の場所なのだということは理解した。

それでもわからないことは、兄に訊くのが手っ取り早い。

 

「ねぇ銀、ゆーかくって何?」

 

「よし、お前は帰れ。今すぐにだ」

 

説明するのが面倒な銀時は、彼女を帰るよう促す。その態度が気に食わなかった志乃は、意地でもついていってやることにした。

銀時がチラリと見上げた建物から、一人女の影が見えた。彼に倣って見上げてみると、確かにそこにはとても綺麗な女が街を見下ろしていた。

志乃が彼女を見上げるのを見て、少年が言う。

 

日輪(ひのわ)太夫。この街一番の花魁だ。気に食わなきゃどんだけ金積まれようが、殿様だろうが相手にしねェ。高嶺の花だよ」

 

「綺麗な人だね……」

 

「あの女はもうオイラが先にツバつけてんだ」

 

「?」

 

話が全く見えない。普通ツバをつけられたらもうおしまいだと思うが。志乃の思考回路は残念ながら、正常に機能していなかった。

少年は持っていた金を男に手渡していた。

 

「オイ、何だそりゃ」

 

「決まってんだろ、ここは遊郭だ。女買うんだよ」

 

「は?」

 

「日輪太夫買うために、オイラは金が必要なんだよ」

 

……え?どういうこと?何?ゆーかくってそんなところなの?つーか女買うってどゆこと?え?え?え?

 

志乃の思考回路はわやくちゃになり、既にショートして煙が上がっていた。

 

********

 

これ以上吉原桃源郷(ここ)にいるのは志乃の教育上よろしくないと判断し、銀時は少年と彼女を連れてスナックお登勢に帰ってきた。

事情を説明すると、お登勢とキャサリンはゲラゲラ笑った。

 

「ダーッハッハッハッ‼︎こんなちんちくりんが色街一番の花魁おとすって⁉︎」

 

「ガキガ発情シテンジャナイヨ‼︎ウチニ帰ッテ母チャンノミルクデモ飲ンデナ‼︎」

 

「笑い事じゃありまへんで。つか、んな事許される思とるんかお前」

 

未だに笑うお登勢とキャサリンを、お瀧が呆れて窘める。

カウンター席では志乃が、「いろまちって何?おいらんって何?はつじょーって何?」と袖を引き、銀時を質問攻めにする。

対する銀時は頭を抱えていた。

色事に関する知識が皆無である志乃にとって、新たな知識を求めたいと思うのは自然なことだとは思う。しかし、流石の銀時でも答えにくかった。

これで志乃が余計なことを覚えてしまえば、桂や小春から袋叩きに遭うのが目に見えている。現にお瀧も、志乃をやんわりと窘めていた。

 

「志乃。そーいうことはな、大人になってからにしィ」

 

「大人になったらわかる?」

 

「せやな、あとは保健の教科書買おか」

 

「うん!」

 

志乃の性教育は後回しにするとして、とにかく少年の事情を聞いた。

 

少年ーー晴太は、子供の頃親に捨てられた孤児(みなしご)であった。

物心ついた時には、彼を拾ってくれた老人が彼を育てていた。その老人も三年前に亡くなり、その際、老人にこう言われたという。

 

『恥じるな晴太。お前は捨てられたんじゃない、救われたんだ。お前の親は、闇の中からお前を救ってくれたんだ。誇りに思え、お前の母は今も、常夜の闇の中一人日輪(にちりん)の如く、燦然と輝いておるわ』

 

晴太の母とは、先程銀時と志乃が見た、日輪かもしれないというのだ。

つまり、晴太は母に会うために、彼女を買おうとしていたのだ。

 

事情を聞いたお登勢が溜息を吐く。

 

「本末転倒だよ。母親に会うためにそんなマネして。母ちゃん喜ぶと思うかい。働いてきな、ここで」

 

顔を上げた晴太に、お登勢はフッと笑いかけた。

 

「花魁買えるだけの金なんて出しゃしないがね、少しは足しになるだろうさ。だからスリなんて、もう二度とすんじゃないよ」

 

晴太は目に涙を溜め、勢いよくお登勢に頭を下げた。

 

「ありがとうございます‼︎」

 

「よかったね、晴太」

 

志乃が晴太の肩に軽く手を置くと、晴太は涙を袖で拭い、満面の笑みで頷いた。

 

********

 

あれからしばらく経った。志乃は鉄の空を見上げながら、団子を食べていた。

 

晴太はその後、スナックお登勢で働き始めた。週一のペースで貯まった金を吉原に持っていく日課に変わりはないものの、それでも普通の子供らしくなってきた。

志乃も晴太を気にかけ、スナックお登勢に顔を出すようになった。

志乃からすれば、まだ8歳の晴太はまさに弟のような存在。周りを年上ばかりに囲まれて過ごした志乃にとって、こんなに嬉しいことはなかった。

頻繁に会いに行くため、たまに真選組のバイトすらほっぽり出し、後で土方に殴られるということも多々あった。

 

しかし晴太に会うのは、ほぼ口実のようなものだった。実際は、お瀧に会いに行っていたのだ。

 

お瀧が動く時。それは、棟梁の命令で敵の懐に忍び込み、情報を盗み出す時。また、人を探す時。

 

今回のお瀧の目的は、後者だった。

 

探していたのは、「獣衆」において代々"銀狼"の右腕を務めてきた一族、"金獅子"。その末裔、矢継小春。

 

小春がいなくなったのは、一週間程前だった。奉公先の団子屋から一本の連絡があったのがきっかけだった。

 

小春が、何者かに連れ去られた。

 

バイト中だった志乃は、その連絡が入るなりすぐに小春の奉公先へ向かった。しかし着いた時には既に、小春はいなかった。

店主や友人である鈴から事情を聞いて情報を集めたが、小春の誘拐犯の尻尾は、未だ掴めない。

そのまま、一週間が経過していた。「獣衆」総出で探しているものの、音沙汰すらない。時雪とその弟妹達も協力しているものの、全く手がかりは得られなかった。

 

そんな中、晴太と出会った。その時、志乃は一つの確信を得た。

 

小春が、もしかしたらこの吉原桃源郷にいるかもしれない。

 

そもそも小春は、元遊女であった。彼女の母・矢継春香は吉原でも有名な花魁で、その美しさに男達は魂を奪われ死んでいくとまで称された程だったという。そんな彼女が産んだ子こそ、小春なのだ。

もちろんそれは上にバレてしまい、春香と小春は狙われてしまう。春香は次代の金獅子を死なせまいと吉原を抜け出し、素性を隠して小春を育てた。

しかしついに春香は追っ手に殺され、遺された小春はその容姿を買われ、そのまま吉原に連れ戻された。それから小春は禿として、遊女として生きることになったのだ。

 

攘夷戦争を機に小春は吉原を逃げ出し、それ以来吉原とは縁を切ったように見えたが。

 

「……まさか」

 

小春を誘拐したのは、吉原に関係する者か。そんなはずはーーと切り捨てようとした考えを、寸前で止める。

過去の経験からして、自分の勘は恐ろしい程当たる。以前真選組と鬼兵隊の戦いの時も、そしておそらく今回も。

その勘を頼りに、志乃はいつも動いてきた。

 

「よし、行くか」

 

立ち上がった志乃は、少し動きにくい着物を整え、カラコロと下駄の音を立てて歩き出す。

彼女は今まさに、花魁の格好をしていた。



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嫌な事はやけにタイミングよく起こるもの

ないと思った。あるはずがないと思った。

吉原に潜り込むために、あまり目立たない格好をしなくては、とは思っていた。しかし、それに適当なものがあるはずがないと思っていた。

そんな時、彼女の元に一本の電話が入った。

 

『もしもし、志乃か?俺だ、桂だ。今ちょうど新しいコスプレ衣装をゲッツしてな。お前に贈ろうと』

 

ここで電話を切った。そして、頭を抱えた。またやりやがったぞコイツは、と。

新しいコスプレ衣装を手に入れたら、すぐに連絡して贈ってくるのやめてほしい。つーか何だゲッツって‼︎気持ちワリーんだよ‼︎

苛立ちだけが残り、志乃は机に両拳を叩きつけた。

 

********

 

そんな経緯で贈られてきたのが、この花魁衣装である。

ホント、毎回何故こんなナイスタイミングでコスプレ衣装が贈られてくるのか。しかもサイズぴったりだし。

あの父親気取りのウザったい長髪の兄は、何かセンサーでも持っているのだろうか。

それはそれでなかなか気持ち悪かったので、想像するのをやめた。

 

兎にも角にも、取り敢えず吉原に潜入出来た。これで堂々と、吉原の街を闊歩出来るというものだ。

街を歩いていると、見慣れた顔を三人見つけた。

 

「神楽?晴太も」

 

「志乃ちゃん!」

 

「姉ちゃん⁉︎」

 

「ちょっと⁉︎何で僕だけ呼ばれなかったの⁉︎」

 

「あれ、いたの」

 

「最初からいたよ‼︎師匠を忘れるなんてどーいうことだ‼︎」

 

ギャーギャー喚く新八を無視して、神楽や晴太に向き直る。

 

「何でこんな所に?」

 

「姉ちゃんこそ……何でここに」

 

「人を探しにね」

 

肩を竦めて答えた瞬間、屋根の上から殺気を感じた。

志乃は咄嗟に晴太を脇に抱え、神楽の手を引き、新八に体当たりした。

 

「だばっ‼︎」

 

顔面から地面にダイブした情けない師匠を、見て見ぬ振りをしておく。

先程志乃達がいた場所に、大量のクナイが突き刺さる。屋根の上を見上げると、キセルを持った女がこちらを見下ろしていた。

脇に抱えた晴太を見ると、ガクガクと震えていた。

 

「あれは……あの……傷は」

 

「誰アルか?」

 

「吉原と吉原の掟を犯す者を処断する自警団『百華』。その百華を率いる吉原最強の番人。死神太夫と恐れられる……」

 

屋根の上に立つ女がさらに増え、飛び降りてくる。キセルを咥えた女が、両手にクナイを構えた。

 

月詠(つくよ)でありんす。以後よしなに‼︎」

 

名乗った瞬間、再びクナイの雨が志乃達を襲った。

神楽の傘に隠れて難を逃れると、すぐさま反撃に神楽が銃を撃った。

 

「早く晴太を連れて逃げろ‼︎」

 

新八と晴太の背中を押して、志乃も神楽と共に応戦する。月詠の素早い攻撃に押され始めた神楽が、月詠を通してしまった。

 

「新ぱ……」

 

「行かせるか‼︎」

 

月詠に反応した志乃が、月詠の前に立ちはだかる。懐に隠していた小春の拳銃を両手に持ち、月詠に向かって撃ち始めた。

小春が行方不明になって以来、志乃はお守りのように小春の拳銃を持ち歩いていた。もし彼女が窮地に陥っていた時に、真っ先に得物を届けるためでもあった。

時折銃口を狙って放たれるクナイを銃身で打ち落としつつ、連発する。

しかし。

 

カチッ

 

「‼︎弾切れ……」

 

ゴォッ‼︎

 

「‼︎」

 

弾切れを勝機と捉えた月詠が、小太刀を振り下ろす。

志乃はそれに気付き、咄嗟に銃身で小太刀を防ぎ、打撃戦に持ち込んだ。

 

「甘い」

 

「‼︎」

 

しかし、バシッと拳銃を弾き飛ばされてしまい、無防備な状態でクナイを投げ込まれた。

それを真剣白刃取りの応用で受け止めたものの、再び月詠の突破を許してしまった。

 

「わっちの狙いは、ぬしじゃあああ‼︎」

 

新八が晴太の盾になろうと、晴太を抱きしめて護ろうとした。クナイの雨が二人に降り注いだーー刹那。

銀色がクナイの前に立ちはだかり、クナイを全て弾き、打ち落とした。しかもそれを、木刀で。

 

「よォ……待たせちまったな」

 

仲間の窮地を救い、登場した銀時。しかし彼の額には、クナイが一本見事にブッ刺さっていた。

カッコつけて登場したというのに、これはなかなか恥ずかしい。言いにくそうに、しかし新八はその事実を伝えた。

 

「…………あ……あの…………すいません、銀さん。……あの、さ……刺さってます」

 

銀時はすかさずクナイを抜き、背に隠す。

あくまで、自分は無傷だと証明したいらしい。

 

「え?何が?」

 

「いや……今完全に刺さってましたよね、それ。……大丈夫ですか」

 

「え?何言ってんの?刺さってねーよ何も。ホラ」

 

「いやあの、血だらけだし無理しないで下さい。大丈夫ですかホント」

 

「だから刺さってないって言ってんじゃん。これはアレだよ、ちょっと掠って血出たみたいな。断じて刺さってないからね」

 

「いやっでも」

 

「刺さってねーって言ってんだろーがァァ‼︎そんなにお前は俺を刺したいか‼︎あーわかった‼︎じゃあ刺さったことにしてやるよ、刺さってないけどねホントは」

 

「いや完全に刺さってましたよね」

 

「いい加減にしろよお前ェェ‼︎刺さってないって刺さった本人が言ってんだから、刺さってねーことでいいだろーが‼︎」

 

「今認めましたよね」

 

バカかコイツは。

志乃は呆れた視線を銀時に投げていた。

 

「わっちの攻撃を全て打ち落とすとは。何者じゃ、ぬし」

 

気ィ使ってくれてる‼︎全部打ち落としたことにしてくれてる‼︎ってか敵に気ィ使わせるってどんだけ情けねーんだよ‼︎

月詠の心遣いに感謝しながらも、気を使われた銀時にさらに呆れていた。

その状態で、ようやく話が進む。

 

「攻撃?そいつぁ悪かった。俺ァクナイがのんびり散歩してんのかと思ったよ。どうだい、こんな物騒なモンより俺ともっとイイもん刺し……」

 

右の頬を左手で掻こうとした銀時。しかしその左手の甲にはクナイがブッ刺さっていた。

しかもそれを、完全にみんなに見られた。

 

「ヤベーよ腕にも刺さってた。見られた!今の完全に見られた!」

 

「アンタ結局全然打ち落とせてねーじゃん‼︎あちこち刺されまくってんじゃん」

 

余談だが、背を向けて打ち合わせをする銀時の尻にもクナイが刺さっていた。兄の威厳のため、それを黙殺することにしておく。最早威厳もクソもないが。

打ち合わせにより、今度は晴太を庇ったことにすると方向性が決まった。

 

「身を挺して子供を庇うとは大した奴。ぬし何者じゃ」

 

聞いてくれた計画聞いててくれた‼︎スンマセン月詠さん、ウチのダメ兄貴なんかに気ィ使ってもらって‼︎

志乃は今すぐにでも月詠に土下座したい気分だった。

 

一方銀時は身を挺して晴太を庇った、という設定に(のっと)り、盾になるのが精一杯だとほざいている。

すぐに彼の元へ駆けつけてめちゃくちゃに蹴りつけたい気分だったが、なんとかそれを堪えた。

銀時が、晴太を振り返る。しかし、晴太の頭にはクナイが見事にブッ刺さっていた。



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晴太の頭に、クナイが突き刺さっている。その光景を見た銀時達は、固まった。

神楽と志乃も、すぐに晴太に駆け寄って容態を見る。

 

「刺さってますよォ、完全に‼︎」

 

「颯爽と助けに来て結局刺さってんじゃねーかァァ‼︎何しに来たんだてめーは‼︎」

 

新八と志乃が一斉に銀時を責め立てる。

で、彼がどうしたかというと、怒りの形相で百華を睨みつけていた。

 

「てめーらァァァァ‼︎死ぬ覚悟は出来てんだろーな‼︎」

 

「誤魔化したァ‼︎怒って結局全部他人のせいにしたァ‼︎」

 

再び臨戦モードに現場が入りかけたその時、百華の一人が、手を挙げた。

 

「あの、スイマセン。私、見ちゃったんですけど。さっき……あの人が助けに入った時、弾いたクナイの一本が、刺さってました」

 

彼女の証言を皮切りに、他の百華の女達も次々にその瞬間を見たと言う。

で、彼がどうしたかというと、汗塗れの怒りの形相で百華を睨みつけていた。

 

「てめーらァァァ‼︎死ぬ覚悟は出来てんだろーなァァ‼︎」

 

「無かった事にしてるよ‼︎前の出来事丸々無かった事にして再編集しようとしてる‼︎」

 

「てめーが犯人なのはもう目に見えてんだよこのクソ兄貴‼︎オイ手ェ出せ‼︎現行犯逮捕じゃボケェェ‼︎」

 

完全に自分が悪い事をしたのに、銀時はどこまでも他人のせいに仕立て上げようとする。警察に突き出してやろうかと志乃は本気で検討した。

 

「ぬしもわっちのクナイの餌食となるがいい。わっちが殺したあの(わっぱ)のように、今スグ連れていってやろう」

 

「お姉さん、もういいよ。こんなダメな奴に気ィ使うことないよ」

 

この人めちゃくちゃいい人だ。またも気を使ってくれた月詠に涙しながら、志乃は彼女の優しさを断った。

しかし、月詠は引き下がらない。

 

「気など使っておらん。わっちがクナイを投げねばこうはならなかった。過程はどうあれ原因を作ったのはわっちじゃ。わっちが殺した」

 

「いや、違うから。コイツだから。殺したのコイツだから。お姉さんは何も悪くないから」

 

「何このやりとり⁉︎てか何で志乃ちゃんがフォローにまわってんの⁉︎」

 

晴太を殺ったのがどちらか、で揉める銀時と月詠。

しかしその最中、銀時の額にクナイが突き刺さった。

 

「……え?」

 

突然倒れた銀時に意識を奪われていた新八、神楽、志乃の胸を、クナイが穿つ。そして銀時同様倒れた。

月詠は部下を振り返り、言う。

 

「奴等はわっちが始末しんした。そう鳳仙様に伝えなんし。後始末はわっちがしておく」

 

部下達が去っていったのを見てから、月詠は仰向けに倒れる銀時に歩み寄った。

彼の額に刺さったクナイを引き抜く。

 

「起きなんし。さっさとせんと今度は本物のクナイを叩き込むぞ」

 

その声を合図に、五人は一斉に体を起こした。

 

「……あり?生きてる」

 

志乃は自分の胸に刺さったクナイを抜き、その刃先を見た。

クナイの先には吸盤がついていて、確かに側から見れば、刺さったように見えるだろう。

とにかく、月詠のおかげで銀時達は命拾いした。

 

********

 

月詠に連れられ、銀時達は大きなパイプの上を歩いていた。その穴の蓋を開けて、月詠はそこから逃げるよう促す。

しかし、晴太は逃げるつもりはなかった。母に、日輪に会うために、自分はここに来たのだから。

だがそれも、月詠がはねつける。

 

「わっちにぬしらを逃がせと頼んだのは誰でもない、その日輪じゃ」

 

なんでも、月詠は晴太と銀時達を殺せと命じられたという。それを彼女に命じたのは、吉原の楼主、鳳仙。

鳳仙は日輪と晴太が会うのを恐れているというのだ。

 

「何で⁉︎子供とマミーが会うのを邪魔立てされる義理はないネ‼︎」

 

「日輪が吉原(ここ)から逃げるかもしれんからじゃ。八年前、赤子のぬしを連れて逃げた時のように」

 

そもそも吉原は、二十年前の攘夷戦争により、一度地上から姿を消した。

だが、その利に目をつけた天人達が売淫御法度の時勢に幕府に取り入り、地中深くに復活させたのがこの吉原桃源郷だという。

 

中央暗部が関わっているため、幕府も黙殺する超法規的空間であるここは、公に出来ない秘事を語る場として利用されることも多い。花魁ともなれば、国を左右しかねない情報の一つや二つを知り得る。

 

そのため、ここに売られてきた遊女達は、一度入れば二度と太陽を拝むことは出来ない。

売り飛ばされてきた女達は商品として扱われ、地下に繋がれ使い物にならなくなるまで酷使される。

価値がなくなれば野垂れ死にさせられ、逃げ出そうとすれば始末される。

 

ここが常夜の街と呼ばれる所以は、決して色里を指してのことではないーー。

 

しかし、そんな絶望の中、たった一人違う女がいた。それが日輪だ。

どんな境遇にあろうと強く気高く生きる彼女の姿は他の女達を勇気付け、常夜の街を照らす太陽となった。

 

「わっちが己が顔を傷付け女を捨てたのは、遊女になるのが嫌だったわけでも百華として吉原を護るためでもない。日輪を護るためじゃ」

 

晴太は、そんな吉原で生まれた子供。日輪が、命を賭して護ろうとした存在。

吉原で子を産めば、母子共々殺される。それでも晴太はこの世に生を受けた。吉原から逃げ出せば、地の果てまで追い詰められ、必ず殺される。それでも晴太は、地上に連れ出された。

日輪は当然鳳仙に見つかり、吉原に連れ戻された。晴太を護るために、自分をまたあの監獄に縛り付けて。

 

「わっちはぬしを死なせるわけにはいかぬ。帰れ……ぬしが死ねば、日輪の今までの辛苦が水泡に帰す」

 

月詠が再び帰るよう促した。

その時、志乃は背後から殺気を感じた。今まで感じたことのない程、鋭く獲物を狙うような殺気。

志乃が振り返ったのを見て、銀時も同じ方向を見やった。



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選択肢は己の力で切り開け

傘をさした男が、こちらへ歩み寄ってきた。

ここは地下空間、陽の光など入ってこないのに。

 

「まさか……アイツ」

 

「夜兎⁉︎」

 

白い肌に、番傘。確かに、夜兎の特徴と一致している。

男はこちらへゆっくり歩み寄りながら、距離を詰めていった。

 

「ガキをよこせ。そのガキを、こちらによこせ」

 

何やらヤバい雰囲気。月詠は小太刀を構え、志乃は一歩下がり、晴太を背で覆い隠すように庇った。

同じ夜兎である神楽が、銀時に耳打ちする。

 

「ぎ……銀ちゃん、ヤバイアル。アイツ……とびきりヤバイ匂いがするアル。血の匂い……幾多の戦場を生き抜き、染み込んできた血の匂い。本物の、夜兎の匂い」

 

刹那、男は晴太めがけて一気に加速した。月詠がクナイを投げて応戦すると、男は傘でクナイを防ぐ。

傘で視界が遮られた一瞬を狙って、月詠は男の頭上を跳び、逆さまの状態で首にクナイを投げた。

しかし、男はクナイを歯で噛んで受け止め、月詠の顔を掴んでパイプに押し付けた。

 

「月詠さんんん‼︎」

 

「早く‼︎今のうちに逃げろ‼︎」

 

月詠が叫ぶも、パイプの中から銃弾が飛び出してきた。

それは新八と神楽を襲い、晴太にまで迫ってきた。

 

「晴太‼︎」

 

志乃が晴太を抱きしめ、銀時が銃弾の前に出ると、パイプを突き破って傘が現れた!

それは銀時の腹に深く突き、吹っ飛ばす。

 

「銀‼︎」

 

パイプを突き破って、さらにもう一人髭面の男が出てくる。銀時達は二人の夜兎に囲まれた。

銀時を突き飛ばした髭面が、志乃と晴太にズンズンと迫ってくる。志乃は震える晴太をぎゅっと強く抱きしめた。

 

「大丈夫、私がいるから」

 

「ね……姉ちゃん……」

 

腕の中で、晴太は負けじと髭面を睨みつけた。

志乃は髪を留めていた簪や櫛を抜いて、髭面に次々と投げつける。傘でそれら全てを防いだ髭面は、一気に志乃との距離を詰め、彼女の首に手をかけた。

 

「‼︎がはっ……!」

 

「姉ちゃんッ‼︎」

 

首を掴まれ、そのまま締め上げられる。志乃の体は持ち上げられ、足が宙に浮いていた。

 

「あが……はっ……」

 

「志乃ちゃんんんん‼︎」

 

見かねた神楽が、志乃を助けようと傘を手に髭面に駆け寄る。

その背後に、飛びかかってくる影を察した。

 

「邪魔だ、どいてくれよ」

 

聞き覚えのある声に、神楽はゆっくり振り向く。

 

「言ったはずだ。弱い奴に、用はないって」

 

三人目の夜兎。顔に包帯を巻いた青年が、傘を振りかぶっていた。その顔を見た神楽は、驚愕の表情を浮かべる。

そして次の瞬間には、傘の一撃が神楽に叩き込まれ、パイプごと破壊した。

 

「か……かぐっ……ら……‼︎」

 

首を絞められていた志乃の体を、髭面は落ちていくパイプに投げ捨てる。パイプに乗っていた銀時達も、共に落ちていき、残ったのは晴太だけだった。

ようやく解放された志乃は、咳き込みながらパイプを蹴る。

 

「待てェェェェェェェェェェェ‼︎」

 

破壊されたパイプを駆け上がり、叫ぶ晴太の元へ向かう。

帯に挿していた金属バットを抜いた。

 

「何しやがる、てめーらァァァァ‼︎」

 

「‼︎」

 

跳び上がった志乃に、髭面が傘の銃口を向ける。

とめどなく撃たれた銃弾を全て弾き、驚愕に染まった髭面の顔に下駄のまま蹴りを浴びせてやった。

 

「さっきのお返しだ、バカヤロー」

 

「姉ちゃん‼︎」

 

味方が飛んで来て、晴太の顔も綻ぶ。志乃は晴太に微笑を浮かべて見せてから、キッと夜兎達を睨んだ。

最初に現れた男が、志乃に歩み寄る。

 

「あの中を脱するたァ、なかなか骨が太いな。何者だ?嬢ちゃん」

 

「その子を返せ」

 

志乃は後ろ髪を纏めていた簪を引き抜き、左手に金属バットを、右手に簪を持つ。男が間合いを詰めたのと同時に、志乃も駆け出した。

傘とバットで打ち合い、接戦を繰り広げる。相手は流石夜兎あってか、今までと比べ物にならない程打撃が強かった。

しかし、これくらいなければ面白くない。初めての強敵に、志乃の心は少なからず高ぶっていた。

 

「ぅおらァァァァ‼︎」

 

志乃が大きく立ち回り、それをかわした男が宙を舞う。その瞬間、志乃は男の目めがけて簪を投げた。

男が簪を手で受け止める。視線を簪から志乃に戻した瞬間、腹を思い切り突かれた。

注意を逸らした一瞬で、目の前の女はこんな強い一撃を放った。男は驚愕と痛みに目を見開き、唾を吐いた。

しかし、これでは終わらなかった。

 

「おおおおおお‼︎」

 

志乃のバットが、男の脳天を狙って上段から振り下ろされる。それを、志乃が蹴り飛ばした髭面の傘が防いだ。

一つ舌打ちを立てると、志乃はバックステップで後退する。そこに髭面の銃弾が撃ち込まれたが、再び志乃はその全てを叩き伏せた。

男と志乃が睨み合い、対峙していたその時、横槍が入ってきた。

 

「待ってよ」

 

包帯頭が、男の前に立って志乃と向き合った。

 

「地球人なのにスゴイね、君。夜兎(オレたち)とここまで渡り合えるなんて」

 

「私を他の連中と一緒にするな。こちとら地球最恐と呼ばれた一族でね」

 

金属バットを構えると、包帯頭も傘を構えた。

弓が弾けるように加速し、得物を交える。ギギ、と鍔迫り合いに持ち込むが、包帯頭は右の拳を志乃に向けた。

それを認めた志乃は、咄嗟に左手で受け止める。さらに足を出してきて、それも足で受け止めた。

片足で踏ん張っていると、ふと志乃の方が押し負け、仰向けに倒された。

 

「くっ‼︎」

 

「ご苦労さん」

 

ニコ、と笑んだ包帯頭が志乃の体を足で挟み、拳を振るう。刹那、志乃は足を上げ包帯頭の腹に埋め込んだ。包帯頭は咄嗟に身を引いたのか、手応えは浅い。

跳び上がって起きた志乃は包帯頭と距離を縮め、彼が体勢を整える前に金属バットで包帯頭の顎を突き飛ばし、薙ぎ払った。

 

「団長ォ‼︎」

 

髭面の叫びと共に、包帯頭は沈む。一方男は冷静に志乃を見つめていた。

 

「……なるほどな。納得がいくぜ。お前、あの"銀狼"か」

 

志乃は、それに答えない。ただ黙って、男達を睨んでいた。

 

「その銀髪、鋭い紅い眼光。そして、夜兎(オレたち)と渡り合える程の剛力。アンタか、元老(うえ)が散々欲しがってるっていう女は」

 

自分を欲しがってる。それに当てはまる天人の連中といえば。

 

ーー宇宙海賊春雨か。

 

まさか、こんな所で出会うとは思ってもみなかった。しかし何故、春雨が晴太を狙うのか?

疑問が浮かび上がったが、とにかく晴太を取り戻すのが先だと判断した。

 

「……その子を返せ」

 

「オイオイ、そんな怒るなよ。にしても大したモンだな。あの団長を地に伏せさせるなんてよ」

 

飄々と彼女を褒める男は、志乃に対して人差し指を立てて見せた。

 

「取り引きといかねーか?」

 

「取り引き?」

 

「ああ。別に俺達ゃ、このガキを傷物にしようたァ考えてねェ。ただ別の駆け引きで必要な道具なんだ」

 

男は志乃を見て、フッと笑ってみせる。

 

「嬢ちゃん、アンタ次第だ。アンタがこれ以上俺達の邪魔するってんなら、このガキの命はない。逆は……言わなくてもわかるよな?なぁに、簡単な選択だ。どちらを選ぶ?」

 

選択肢を出されても、志乃は鋭い視線を男から外さない。

その姿勢を保ちつつ、志乃は考えを巡らせていた。

 

鳳仙に狙われている晴太をわざわざ攫うということは、日輪に対する人質か何かだろうか?今の所晴太を餌に引っかかるものと言えば、日輪くらいしか思いつかない。

なら、大人しく引き下がる?いや、それは出来ない。彼らが敵なのか味方なのかハッキリしない今、そんな相手に晴太を渡せない。

しかし、晴太は今敵の手の中。ヘタに動けば、殺される可能性だってある。

どうすれば……?

 

「そんなにその子供が心配なら、君もついて来ればいい」

 

「‼︎」

 

突如提案してきた、第三者の声。

顔を上げると、元気そうに歩く包帯頭がいた。

 

「それなら、君はこの子を護ることが出来る。ね?君にとってもそっちの方がいいでしょ?」

 

「……………………」

 

「団長、それは……」

 

「それに」

 

後ろで引き止めようとする髭面の言葉を遮って、彼は続けた。

 

「俺、君のこと気に入ったしね」

 

包帯の下で笑顔を浮かべて、志乃に近付く。

 

「噂は聞いてたよ。この星最恐の一族、"銀狼"。ずっと君と戦ってみたかったんだ。女でこれほど強いんだから、男はもっと強いんだろうね」

 

「あいにくだけど」

 

志乃も彼に負けじと、ニヤリと笑ってみせる。

 

「銀狼の一族は、今は私しかいないんだ。それ以外はみんな先の戦争で死んじまってね。それと残念ながら、銀狼は先祖代々女の方が強いんだ。つまりアンタは当たりくじを引いたのさ。おめでとう」

 

皮肉っぽく、拍手を送ってやる。

 

先祖代々女の方が強い。これは本当だ。

銀狼の一族の祖は、女だと言われている。初代棟梁、霧島(なつめ)も女だ。

女の血に銀狼の本能が色濃く流れているため、銀狼の女の子供は、たとえ男が普通の人間でも銀狼の血を引くことが多い。志乃も銀狼の女から生まれた娘なのだ。

 

包帯頭は目を見開いて彼女を見つめていたが、すぐにまた笑顔を向けた。

 

「そうだったんだ。面白いね。君を殺すのは難しそうだ」

 

「…………」

 

「そんな顔しないでよ。俺は女を殺すのは趣味じゃないんだ。女は強い子を産むかもしれないだろ。君の子供にはとても期待出来そうだ。さ、一緒に行こう」

 

包帯頭が志乃の横を通り過ぎると、それに男と髭面がついていく。

残された晴太は、志乃に抱きついた。

 

「姉ちゃん‼︎」

 

「晴太……」

 

志乃は晴太の頭を優しく撫で、涙に濡れた彼の顔を見る。

 

「ケガはない?」

 

「うん……姉ちゃんは?」

 

「私は平気」

 

「姉ちゃん……逃げよう。アイツら、ヤバイ奴らなんだろ。逃げよう!」

 

志乃の袖を引いて、晴太が正反対の方向に逃げようとする。

しかし、志乃は動かなかった。晴太を見ず、夜兎達の背中を見つめる。

 

「晴太……ここは大人しく従おう」

 

「⁉︎何で……」

 

「逃げたら間違いなく殺されるよ。私もアンタも」

 

険しい横顔を見上げ、晴太は志乃の視線を追った。晴太の裾を握る手が、震える。

志乃は晴太の手をぎゅっと握りしめた。

 

「大丈夫。私らが大人しく奴らについていけば、命までは奪わない」

 

「そ、そんなの信用出来るのかよ!」

 

「出来ない。でも……従わなければ、確実に死ぬ。アンタはまだ死ねないだろ?」

 

志乃は晴太を見下ろして、微笑んだ。

 

「大丈夫。私がいる限り、奴らに妙なマネは絶対にさせない。アンタは私が護る」

 

晴太が頷いたのを見て、二人は前を向き、夜兎達の背中を追って歩き出した。



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喧嘩は先に手を出した方が負け

志乃と晴太が連れていかれたのは、街の中で一番大きな建物。ここに、夜王鳳仙がいる。

男ーー阿伏兎(あぶと)の話によれば、鳳仙はかつて夜兎の王と呼ばれた男だという。

そんな男に、春雨が会いに来た。一体何のために?

 

客間に通された志乃は、阿伏兎にここに残るよう言われた。

 

「そもそもアンタはガキの付き添いだ。付き添いがわざわざ交渉の席に座られちゃ困るんでね」

 

「交渉?」

 

志乃が首を傾げて、阿伏兎に問う。しかし、敵である彼女に教えるつもりは、彼にはさらさらなかった。

そこに、包帯頭ーー今は包帯を巻いていないーーが、にこにこしながら志乃の背後からひょこっと顔を出した。

 

「ここから出ちゃダメだからね。もし逃げたら、この子供を殺しちゃうよ」

 

「………………わかった」

 

「いい子だね」

 

志乃は、よしよしと頭を撫でてくる目の前の青年をずっと見つめていた。

似ている。神楽に。もしかして彼が、以前星海坊主が話していた息子なのだろうか。それが、今は春雨に入っている。

髭面の男、云業が晴太を縛り上げ、三人が部屋を出て行く。

一人残された志乃は、畳の上に座った。

櫛や簪を挿していた髪は、先の戦いで全てなくなり、下ろしている。髪はいつの間にか、背中の肩甲骨に届くまで伸びていた。

 

「……これなら括れるかな」

 

懐にしまった髪紐のお守りを取り出し、口に咥え持って髪を高めの位置で纏める。それから、紐で縛った。

 

「よし」

 

ポニーテールの完成に、志乃は少し嬉しかった。

やはり、戦う時にはこの髪が少し邪魔になる。短い時はさほど気にしていなかったが、ここまで長くなると流石に振り乱れて邪魔だった。

昔はここまででないにしろ、ポニーテールで括っていた。それがまた出来て、嬉しかった。

壁に凭れかかって、天井を仰ぎ見る。

 

「暇だな」

 

ボソリと呟いてみても、もちろん何も起こらない。

今頃、小春はどこで何をしているのだろうか。彼女を思い出し、志乃は拳を握りしめた。

 

「……必ず助ける」

 

決意を再び固め、志乃はゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。

 

********

 

一方その頃。小春は、綺麗な着物に身を包み、男に酒を酌していた。

髪を上げ簪で纏め、長さの足りない髪が一束、うなじに溢れている。

 

小春が酌していた相手は、あの夜王鳳仙だった。鳳仙は御猪口に酒が注がれたのを見て、彼女を下がらせる。

そして、正面に座る青年を見た。

 

「これはこれは、珍しいご客人で。春雨が第七師団団長、神威(かむい)殿」

 

春雨。その名を聞いて、小春は思わず反応してしまった。

春雨は以前、志乃を攫おうとした敵。あの一件以来、小春自身は春雨とやり合うことはなかったものの、高杉と桂が袂を分かった時には、志乃と時雪がその戦闘に巻き込まれたと聞いた。

 

「春雨の雷槍と恐れられる最強の部隊、第七師団。若くしてその長にまで登りつめた貴殿が、こんな下賤な所に何の用ですかな」

 

鳳仙が尋ねると、神威はケラケラ笑う。

 

「人が悪いですよ、旦那。第七師団作ったのは旦那でしょ。めんどくさい事全部俺に押し付けて、自分だけこんな所で悠々自適に隠居生活なんてズルイですよ」

 

小春は心を押し隠し、座敷で笑顔を取り繕う。

まさか、自分を連れ戻した鳳仙が春雨の元幹部だったなんて。

しかし、神威の話によれば、鳳仙は既に春雨を抜けているようだ。ならば、春雨がここに来た理由は……?

小春は彼らの話を聞きつつ、様子を伺った。

 

「人は老いれば身も(こころ)も渇く。その身を潤すは酒。魂を潤すは、女よ。フッ、若いぬしにはわからぬか」

 

「いえ、わかりますよ」

 

「ほう、しばらく会わぬうちに飯以外の味も覚えたか。ククッ。酒か?女か?吉原きっての上玉を用意してやる。言え」

 

「じゃあ……日輪をお願いします」

 

爽やかな笑顔で口にしたのは、日輪の名。

小春は、鳳仙の空気が変わったのを感じ取った。

 

ーーあの子……何を考えているの?日輪を出すなんて、鳳仙の怒りを買うのは目に見えているのに……。

 

神威の腹の内を読めぬまま、小春はジッと彼を見つめた。ポーカーフェイスと対峙しているように、笑顔の裏さえ読めない。

手土産と称された少年を見ても、鳳仙の険しい表情は変わらない。

 

「嫌ですか、日輪を誰かに汚されるのは。嫌ですか、この子に日輪を奪われるのは。嫌ですか、日輪と離れるのは」

 

日輪をしきりに出してくる神威を見て、小春は確信した。

 

ーー間違いない。この男、明らかに鳳仙を煽っている!

 

鳳仙を見やると、彼は黙って俯いていた。やがて、低い声で言う。

 

「少し黙るがいい。神……」

 

「年はとりたくないもんですね。あの夜王鳳仙ともあろうものが、全てを力で思うがままにしてきた男が、たった一人の女すらどうにもならない。女は地獄、男は天国の吉原?いや違う。吉原(ここ)は旦那……貴方が貴方のために創った、桃源郷(てんごく)

 

「神威、黙れと言っている」

 

鳳仙が言うのも聞き止めず、神威は彼の前に立った。

 

「誰にも相手にされない哀れなおじいさんが、カワイイ人形達を自分の元に繋ぎ止めておくための牢獄」

 

「聞こえぬのか、神威」

 

神威が徳利を手に取り、鳳仙に酒を酌す。とても嫌な予感がした。

 

「酒に酔う男は絵にもなりますが、女に酔う男は見れたもんじゃないですな。エロジジイ」

 

刹那、小春は懐に隠した拳銃を両手に持ち、駆け出した。

鳳仙が、扇子で神威を殴ろうとしているのが見える。さらには神威も、鳳仙のすぐ後ろにいた遊女の服を掴んでいた。

神威はあの遊女を、身代わりにするつもりだ。

そう判断した小春は、銃身で鳳仙の扇子を受け止め、神威の眉間にもう一丁を突きつけた。

 

「‼︎」

 

「!」

 

「そこまでです」

 

鳳仙と神威が目を見開き、間に割って入った小春を見る。

鳳仙の扇子を受け止めた拳銃は、ミシミシと音を立て、今にでも破壊されそうだった。

 

「鳳仙様。かような男の言葉など、お気になさらず。それと貴方。その子から手を離しなさい」

 

小春の仲裁によって、鳳仙は扇子を下ろし、神威も遊女から手を離した。

 

「小春。銃を下ろすなよ」

 

「はい」

 

鳳仙は小春に命じると立ち上がり、箱膳を蹴り飛ばす。

 

「貴様ら、わしを査定に来たのだろう。元老(うえ)の差し金か。今まで散々利を貪りながら、巨大な力を持つ吉原に恐れを抱き始めたかジジイ共」

 

鳳仙は着物の上を脱ぎ、阿伏兎と対峙する。

 

「吉原に巣食う、この夜王が邪魔だと。ぬしらに、この夜王鳳仙を倒せると」

 

鳳仙のプレッシャーを感じながら、阿伏兎は彼を落ち着かせようとしていた。

その成り行きを見守りつつ、小春は拳銃を神威の眉間に当てていた。

 

「ねぇお姉さん」

 

小春が振り向くと、神威はにこっと笑いかける。

 

「お姉さんもしかして、"金獅子"?」

 

「…………貴方の上司から聞いたの?」

 

「話はね。でもがっかりだなァ」

 

「何……っ⁉︎」

 

神威は笑顔を浮かべながら、ミシミシと拳銃を握り潰していた。小春の表情は驚愕に染まり、神威から目を逸らせなかった。

次の瞬間、小春の腹に躊躇なく神威の拳が入った。

 

「弱すぎる。これじゃあ、銀狼と天地の差だよ」

 

「がふっ……‼︎」

 

小春の体は屏風を破砕し、壁に強く打ち付けられた。薄れゆく意識の中、小春は神威を睨みつける。

 

ーー何故……お前が、志乃ちゃん(ぎんろう)の実力を知っている……⁉︎

 

しかしそれを問う前に、小春は気を失った。

 

********

 

その時。客間で一人、膝を抱えて眠っていた志乃が目を覚ました。

呼ばれた気がした。誰かに。

 

「ハル……?」

 

鉛色の空を見上げた瞬間、外から大きな爆発音が響いた。



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戦いは常にデッドオアアライブの精神で

「な、何っ……⁉︎」

 

襖を開けて縁側に出てみると、屋根の上で二人の男が戦っていた。

一人は鳳仙、もう一人は神威。遠目から彼らを見た志乃は、呆然とその戦いを見ていた。

 

「何やってんの、アイツ……?」

 

止めに入った云業も、神威に蹴落とされ、屋根に体を埋められてしまう。

 

「引っ込んでてよ。今楽しいところなんだ。邪魔すると、殺しちゃうぞ」

 

「団長ォォ‼︎」

 

これは交渉ではなかったのか。成り行きを見守っていた志乃は、小首を傾げる。

それがどう転がれば、あんな惨事になるのか。しかも戦ってる本人が楽しそうだし。

その間にも戦いはさらに激しさを増し、埃が舞ってよく見えなくなった。目を凝らしてみても、煙しか見えない。

 

「……もっと近くで見れないかな」

 

ここまで激しい戦いを見ては、戦闘一族の血が騒ぐ。かなり高揚していた志乃は、部屋を飛び出し戦場へ走り出した。

 

********

 

ようやく辿り着いた部屋は、既にボロボロだった。部屋の隅には遊女達が集まり、誰かを揺さぶっている。その縁側の外の屋根の上で、神威達は戦っていた。

それを一瞥しつつ、志乃は遊女達の元へ駆け寄る。

 

「ねぇ、お姉さん達!一体これは……ケガは?」

 

「あ、貴女は……?」

 

突如現れた、遊女の格好をした銀髪の少女。警戒した遊女達が身を下げると、彼女らが囲っていた人物が見えた。

志乃はその人物を見て、言葉を失った。

遊女が、気を失って倒れていた。

金髪を簪で纏め上げ、普段見慣れた町娘のような格好よりも、色気のあるその女。

 

「ハ…………ハル……」

 

驚愕のあまり、声が震える。

目を閉じたままの小春が死んでいるように見えて、志乃は一気に怖くなった。

 

「ハル‼︎しっかりして、ハル!ハルッ‼︎」

 

肩を掴んで揺さぶっても、小春は何の反応も示さない。

それが一層、志乃の不安を煽った。

 

「やだ、お願い!目を覚まして‼︎」

 

「………………ん…………」

 

「ハル‼︎」

 

ぽっかり目を開けた小春は、焦点を志乃に合わせる。ぼんやり彼女を見ていたが、やがてその紫の目に生気が宿り始めた。

 

「志乃、ちゃん……?志乃ちゃん⁉︎」

 

「ハル‼︎よかった……」

 

「志乃ちゃん貴女、何でこんな所に……」

 

痛みの残る体を起こそうとしたその時。

 

ドウッ‼︎

 

鈍い音が、縁側の外から聞こえてきた。志乃は反射的に、襖の外を見る。

鳳仙と神威の間に、阿伏兎と云業が傘を開いて割って入っていた。

阿伏兎の傘から、左腕が屋根の上に落ちる。

 

「そこまでだ。二人とも落ち着いてもらおう」

 

阿伏兎が背後に立つ云業を振り返ると、彼の背中に掌が見えた。それが抜けると、云業は音を立てて倒れる。

そこには神威が笑顔で手についた血を舐めていた。

 

「…………腕一本と一人であんたらの喧嘩止められれば上出来だ。コイツの命に免じて、どうか鳳仙の旦那、団長の不始末許してくれ」

 

志乃は呆然と、その様を見ていた。夜兎同士の喧嘩を止めるだけで、ここまでの犠牲を払わねばならないとは。

衝撃に打ち震えていた志乃の袖を、誰かが引く。

 

「志乃ちゃん」

 

「ハル……」

 

小春が、眉をつり上げて志乃を見下ろしていた。そして、彼女の頬に平手打ちを浴びせる。

打たれた左頬が、ヒリヒリする。それに手をやり、志乃は小春を見上げた。

 

「何すんの」

 

「……何故貴女がこんな所にいるの」

 

小春の震えた声が、志乃の耳に入る。

怒っているのか。煉獄関から、小春達を解放した時みたいに。

 

「ハルが、ここにいるかもしれないと思って。ビンゴだね。やっぱりここにいたんだ」

 

「…………帰ってちょうだい。ここは貴女が来ちゃいけない所よ」

 

「帰るのはハルの方だよ。団子屋のおっちゃんから聞いたんだから。ハルがいきなり攫われたって。それでみんな、必死になって探したんだよ」

 

俯く小春を見上げ、志乃は続ける。

 

「私もタッキーもたっちーもジョウも、トッキーやその家族も、鈴さんもおっちゃんも。みんなで探してたんだよ、アンタを。やっと見つけた。……帰ろう?みんな待ってるよ」

 

「っ………………」

 

小春はぎゅっと目を瞑り、唇を噛んだ。見つめてくる志乃から、目を逸らす。

 

「ダメよ……」

 

「何で?」

 

「私は……遊女だから」

 

「そんなの昔の話でしょ?何で今になってそんな……」

 

 

「昔の話?それは違うぞ小娘」

 

バッと振り返ったそこには、鳳仙が立っていた。志乃は小春を庇うように立ち、鳳仙を睨み据える。

彼女の鋭い視線にも臆さず、鳳仙はニヤリと笑っていた。

 

「小春は遊女だ。今も昔も、そしてこれからもな」

 

「アンタが、ハルを攫ったのか……」

 

「攫った?逃亡者を連れ戻しただけの話だ。その女はかつて、『獣衆』の仲間と共に戦おうと、ここから逃げ出した。それを連れ戻しただけだ」

 

「違う」

 

凛とした、しかし確かに怒りの込もった声が、部屋に響く。

 

「ハルは変わったんだ。確かに、アンタの牢獄から必死に逃げ出したのは事実だろう。でも、それから先はハルが自分の人生を賭して、戦うことを決めたんだ。それをお前に邪魔される筋合いはない。それに、」

 

一歩前に進み出て、志乃は鳳仙を真っ直ぐ見つめた。

 

「ハルは『獣衆』の一員だ。仲間を連れ出そうってんなら、棟梁の私に話通すのが筋ってもんじゃねーか?」

 

「棟梁?ぬしがか?」

 

「そうだ」

 

さらに一歩進み、腰に挿した金属バットを握る。それを引き抜こうとしたその時。

 

ーーダァン‼︎

 

体を、何かが貫いた感覚がした。

それを感じた次には、肩から血が吹き出る。

 

「っ⁉︎ぐあぁっ……‼︎」

 

体がよろめくのを足を踏ん張って堪え、血が流れる肩を押さえながら振り向いた。

銃口から、煙が上がっていた。それを持つ手の主を見やると、志乃は目を見開いた。

 

「ハ……、ハル……」

 

ダァンダァン‼︎

 

名前を呼んだ瞬間、二発の銃弾が再び志乃を襲った。

腕を、足を撃ち抜かれ、痛みに顔を顰める。志乃は思わず、片膝をついてしまった。

小春は拳銃を、志乃のこめかみに当てた。

 

「よいのか、小春。ぬしの知り合いではないのか?」

 

「構いませんわ、鳳仙様」

 

鳳仙の問いに即答した小春は、志乃を見下ろして笑顔を向けた。

そして、トドメの言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって私、こんな小汚い娘など、知りませんもの」

 

 

 

 

 

 

鳳仙は志乃の銀髪を見下ろし、小春を見やる。

鳳仙からはちょうど、俯いている志乃の顔は見えなかった。

 

「……そうか」

 

「ええ。さ、鳳仙様。あちらで飲み直しましょ」

 

小春は鳳仙の腕に抱きつき、肩に寄り添う。顔を上げた志乃は、部屋を去っていく小春の背中を見た。

何か言おうと、手を伸ばす。しかし、何も言えなかった。

 

「ハル…………」

 

ただ、名前を呼ぶことしか出来なかった。



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手に噛み付くのは飼い犬 首に噛み付くのは吸血鬼

あの後、呆然と座り込んでいた志乃を阿伏兎が引き摺り、部屋に連れ戻した。

畳に投げ出されても、志乃はずっと俯いたままだ。

 

「オイどーした嬢ちゃん。痛ェのか」

 

阿伏兎がしゃがんで志乃を覗き込んでも、彼女は何も反応を見せない。

しかし突如、志乃は自分の頬をパチンと叩き、ブルブルと首を横に振った。

 

「よし、落ち込みタイム終わりっ‼︎さてと、まずは手当てしなきゃね」

 

あまりの変わり身の早さに、阿伏兎はポカンと志乃を見上げる他ない。

志乃は部屋の障子を開け、ゴソゴソと何やら探してから、お目当ての物を見つけて手に取った。

 

「救急箱?」

 

「ホラ、腕出しな」

 

救急箱を手に阿伏兎を座らせると、志乃もその隣に座った。

 

「診てやる」

 

********

 

部屋の外が、何やら騒がしくなる。百華が、廊下を駆け回っていた。

 

「そっちは子供の方に回れ‼︎私達は侵入者の方に当たる‼︎」

 

志乃は阿伏兎の無くなった腕に包帯を巻きながら、それを聞いていた。

先程の騒ぎの中、晴太があの場から隙を見て逃げ出したのだ。志乃が来た頃には既にいなかったが、鳳仙はあの後百華を使ってまで晴太を消そうとしているらしい。

包帯を巻き終わり、端を留めた。

 

「ハイ、出来た。素人手当てだから、後でちゃんとした所で診てもらってね」

 

「おー、ありがとな嬢ちゃん」

 

救急箱に道具をしまいながら、志乃は阿伏兎を見やった。

 

「しかし大変だねェ、アンタも。団長さん止めるだけで、片腕と一人失わなきゃならねーとは」

 

「ああ、わかる?そーなんだよ、俺苦労してんだよ」

 

「え〜、まだ怒ってんの?過ぎた事は忘れないと長生き出来ないよ」

 

「いや死んじゃったからね、一人」

 

部下を殺したというのに、当の本人はこの軽さ。

志乃は阿伏兎と共に溜息を漏らした。そして、彼が相当な苦労人だと知る。

 

「商売なんざ興味もねーくせに、珍しくついてくるなんて言うからおかしいと思ったんだ。アンタ最初から鳳仙とやり合うつもりだったな」

 

「へへ、バレた?」

 

「バレたじゃねーよ、すっとこどっこい。おかげで取り引きも何もメチャクチャだ。駆け引きの道具も、騒ぎの最中に逃げちまう始末」

 

「あー、あの子供のことか。スッカリ忘れてた。大したもんじゃないか、あの中を逃げ出すなんて。将来(さき)が楽しみだね」

 

「感心してる場合か」

 

呑気な団長にツッコミを返す部下。

上がダメだと下が恐ろしく成長するとは、まさにこのことかと納得した。

しかし、彼の場合は呑気という言葉では片付けられないらしい。

 

「駆け引きなんか必要ないよ。吉原が欲しいなら鳳仙の旦那を殺して、ココを春雨のモノにしてしまえばいいんだ」

 

「アホか。あの化け物ジジイにそう簡単に勝てるか。止めなきゃヤバかったぜ。大体、俺達のせいで春雨と夜王で戦争(ドンパチ)始めることになれば、元老(うえ)にやられるのは俺達だぜ」

 

「その時は……元老(うえ)も俺が皆殺しにするよ」

 

話を聞きつつも、志乃は救急箱を整理する手を止めなかった。

吉原という一つの場所を巡り、争う。なかなか物騒な話だ。そして、それ以上に興奮する話だ。

阿伏兎は呆れながら、神威に問う。

 

「で、その後貴方様は海賊王にでもなられるんですか」

 

「それもいいかもね。上に行けばそれだけ強い奴にも出会える」

 

「ハイハイ、志の高い立派な団長をもって、部下(わたくし)共は幸せですよコンチキショー」

 

ああ……やっぱり苦労してる。上着を着た阿伏兎の背中に、志乃は苦笑を送った。

部屋を出ていく阿伏兎を、神威が呼び止めた。

 

「どこ行くんだよ阿伏兎。もう帰ろうよ。つまんないよ、もうこんなトコ」

 

「帰れ帰れ。怖いジーさんに殺される前にな。このまま鳳仙に貸し作ったまんま帰れねェよ。我々下々の者は、団長様の尻拭い……いや、海賊王への道を切り拓きにでも行くとしまさァ」

 

阿伏兎を見送った志乃は、救急箱の蓋を閉じ、障子の中に戻す。

その後ろで、神威は畳の上をゴロゴロと転がっていた。

 

「あ〜あ、暇だな〜」

 

しかしそれを無視して、志乃は今度は自分のケガを見た。

腕や足は撃ち抜かれたはずだが、血は流れていない。塞がるには早すぎる。

 

「あ〜〜あ、暇だな〜」

 

肩に手をやると、赤い液体が付いていた。

触ってみるが、あの血のヌルッとした感覚はない。血というよりかは、水に近い感じだった。匂うと、血の臭いがする。

 

ーーもしかして、ハルは私を撃ったフリをして……?

 

「あ〜〜〜あ、暇だな〜〜」

 

「うるせェェェェ‼︎」

 

前に回り込んで、三回も同じことを言った神威にシャウトする。

 

「しつけーんだよ、何なんだよお前は‼︎」

 

「あ、やっと気がついた」

 

「無視してたのに気付けよてめーは‼︎」

 

他人のペースに振り回されるのは気に食わない。しかしこれ以上無視しても、神威はさらにしつこくなるだけだ。

そう判断した志乃は、溜息を吐いてジロリと神威を見た。

 

「何?」

 

「やっと二人きりになれたね」

 

「はァ?」

 

ポカンとして神威を見るも、神威はにこにこしたままだ。

それが逆に怪しくて、志乃はササッと後ずさった。

 

「何で逃げるの?別に何もしないよ」

 

「そんなの信じられるか‼︎」

 

志乃が一刀両断すると、「えー」と残念そうに声を上げる。

神威が、ずいっと志乃に顔を近付けた。

 

「そういえば、ケガは大丈夫?銀狼ちゃん」

 

「銀狼ちゃんじゃねーよ、私の名前は霧島志乃だ」

 

赤い水塗れになっている志乃の手を掴み、指についた水をジッと見つめてくる。

 

「?……血の匂い」

 

「え?」

 

ボソッと呟いた神威の言葉に反応した次の瞬間、水がついた指をパクリと咥えられ、吸われた。

 

「ひゃっ……!」

 

「ん……やっぱり血じゃない。なるほどね、血の匂いに敏感な夜兎(オレたち)へのカムフラージュか」

 

「待てコラァ‼︎てめっいきなり何してんだよボケナス‼︎」

 

顔を真っ赤にして、志乃は拳を振り上げ神威にボディブローを叩き込んだ。

しかし手応えは一切なく、拳は空を切るだけとなった。

気配に振り返ると、神威は志乃の背後に立っていた。

 

「そんな怒らないでよ。ちょっと試してみただけじゃないか」

 

「ふざけんな‼︎そんな気持ち悪いお試しがあるか‼︎」

 

「『ひゃっ』だって。志乃ちゃん案外カワイイ声出すんだね」

 

「〜〜〜〜っ‼︎てんめェェェェ‼︎そこになおれ!叩き潰してやる‼︎」

 

ついに怒りと恥ずかしさがピークに達し、志乃は金属バットを手にした。

神威の脳天から一閃すると、神威はバク転でそれをかわし、壁を蹴って志乃に飛んでくる。突き出した拳をバットでいなし、志乃はそのまま振りかぶった。

 

「ずぇえりゃああああああああ‼︎」

 

下から神威の顎を狙って、金属バットが振り抜かれる。

しかし、顎に届く前に神威の両手によって止められてしまった。

 

「流石は銀狼。すごい力だね」

 

「……アンタ、何のつもりなの?」

 

金属バットを下ろし、神威と対峙する。

志乃は訝しむ視線を、爽やかな微笑を浮かべる神威に当てた。

 

「何故私をここまで囲む?晴太がいなくなって、私とアンタらが一緒にいる理由は無くなった。私はさっさとここからお暇したい。やることが山ほどあるんでね。なのに何故、私をここまで囲む」

 

神威はにこにこと笑顔を浮かべたまま、答えた。

 

「俺、言ったでしょ?君が気に入ったって」

 

「気に入られても困る。だからってここに留めさせられるのも尚更だ」

 

「俺は今まで、女に興味が無かったんだ。女は所詮、男には敵わないからね。女は強い子を産むかもしれない、その程度だったんだ。でも、君は違う。女の身でありながら、夜兎(オレたち)三人とやり合い、対等に渡り合った。そんな女を見るのは初めてでね。余計君の子供に期待が持てたんだ。でも、思ったんだ……」

 

志乃は雰囲気の変わった神威に怯え、一歩下がった。

 

「もし、銀狼の血と……夜兎の血が混ざった子供が生まれたら……………………その子は一体、どれだけ強くなるんだろうって」

 

「……⁉︎」

 

「だから、俺は君が気に入ったんだ。戦えるだけでなく、強い子を産める……こんな一石二鳥な女はいないってね」

 

刹那、神威が加速し、志乃との距離を詰める。

神威の手は志乃の首を掴んだ。一瞬の出来事に抵抗する間も無く、畳に押し付けられその上に神威が馬乗りになった。

 

「っ‼︎がはっ……!」

 

「だからさ、志乃ちゃん。夜兎の子供を産んでよ。相手は誰がいい?出来れば強い奴の子供の方がいいなぁ」

 

「ぁぐっ……か、ふっ……」

 

志乃の首をギリギリと締め付けながら、神威は指を折って数えた。

 

「んー、阿伏兎は子供に興味は無さそうだし……鳳仙の旦那?うーん、あとは……」

 

「はっ……は、な……せっ……‼︎」

 

涙で霞みかける視界で神威を捉え、志乃は神威の腹を金属バットで殴り飛ばした。

後方に吹っ飛んだ神威は、着地して咳き込む志乃を見下ろしていた。

 

「旦那が嫌なら、俺の親父はどう?」

 

「……断る」

 

肩で息をし、呼吸を整えた志乃は、不敵に笑ってみせた。

 

「私のセーフティラインは18歳までだ。それ以上はアウトだよ」

 

「…………そっか」

 

目を閉じた神威に背を向け、部屋を出ようと歩き出した。

晴太を護らねば。約束したのだ。必ず護ると。

晴太のためにも、はぐれてしまった銀時達のためにも、志乃は彼の元へ走らねばならなかった。

その時、背後から殺気を感じた。

 

「なら、俺はセーフだね」

 

背筋に、寒気が走る。

振り返ろうとした瞬間、肩に手が置かれ、鋭い痛みが首元を駆け抜けた。

 

「がっ……⁉︎」

 

ブシュッと、血が流れる。

痛みに顔を顰めたものの、目を開けて自身の首元を見た。

 

「てめェ……‼︎」

 

「セーフティラインがあるんならしょうがない。志乃ちゃん、俺の子を産んでよ」

 

牙を突き立てて、神威は笑う。その笑顔を、志乃は憎々しげに見た。

 

「首に噛み付くって……吸血鬼かお前は」

 

「俺は血は吸えないよ」

 

牙により出来た傷から、赤黒い血が流れてくる。

肩から零れ落ちる雫を、掬い上げるように舌が這った。

 

「な、っ……⁉︎や、やめ……ぁ、ぅっ」

 

カァッと頬に熱が集中し、耳まで真っ赤になる。背筋からゾクゾクと不思議な感覚が這い上がり、肩を震わせた。

 

「んっ、ん……こ、のっ‼︎」

 

志乃は咄嗟に抵抗しようと、左肘を神威の鳩尾に打ち付けた。

神威の拘束が緩んだ隙に、志乃は体を反転させ、彼の腹に掌を当てがった。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっ‼︎」

 

気合いの怒号と共に、腰を落として掌に力を込める。爆発的な威力をもって、神威は壁まで突き飛ばされ、その壁をも破壊した。

志乃は発勁の真似事でなんとか難を乗り切り、廊下を飛び出して脱兎の如く走り去っていった。

首にある咬み傷を、無視して。



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怖いお兄さんにはついてっちゃダメ

晴太を探して、志乃は廊下を走り回っていた。百華に見つかる前に、何としてでも見つけなければならなかった。

 

「待てェェ‼︎」

 

女の声が、廊下に響く。

間違いない。あの声の先に、晴太がいる。

そう確信した志乃は、一気に加速した。

 

「晴太ァァァ‼︎」

 

一方、志乃の声を聞き止めた晴太も、百華から逃げ惑いながら叫んだ。

 

「姉ちゃんんんん‼︎」

 

「晴太っ‼︎」

 

声の発信元を耳で割り出し、そこへ急ぐ。

この辺りかとブレーキをかけて止まると、前方から全速力で駆け寄ってくる晴太と、彼を追う百華達がいた。しかも三人ほどを連れて。

 

「姉ちゃん‼︎」

 

「晴太、こっち!」

 

志乃に手を引かれ、速度を上げるように晴太は足を動かす。

やがて志乃は晴太を小脇に抱え、走り始めた。

 

「くそっ!」

 

「ヤバイよ姉ちゃん、追いつかれちまう‼︎」

 

百華の手が、志乃の着物に伸びる。指先が届くか届かないかの距離だった。

志乃は慣れない遊女の着物を着ているせいか、走る度にはためく裾が邪魔で、動き辛かった。

おまけに、厚底の下駄を履いていたからまだ裾は地面に付かなかったものの、履いていない今はそれを引き摺っている。百華に踏み付けられ、足を止められる可能性だってあった。

志乃は絢爛豪華な上の着物を帯を解いて脱ぎ捨て、百華に投げつける。小袖を帯で纏めるという普段着に近い格好になり、体が軽くなった。

しかし。

 

ーーチッ

 

「‼︎」

 

上着をかいくぐってきた百華の指先が、志乃の着物を掠めた。

マズイ。もうダメかと思われたその時。

 

「こんな所で何をしてるの」

 

追いかけていた百華達が、体から血を吹き出して倒れる。志乃は晴太を下ろし、背後を振り返らないようにしていた。

声だけでわかった。今一番会いたくない人物が、背後に立っていることに。

 

「ひょっとして、日輪(おかあさん)でも捜してるのかい」

 

晴太がガクガクと震え、ぎゅっと志乃の胸にしがみつく。

護らねばならない存在。それを再確認した志乃は、生唾を飲み込んで背後を振り返った。

 

「あ、ここにいたんだ」

 

「神威……‼︎」

 

「よかった。いきなりどっか行っちゃうから、心配したんだよ?」

 

血塗れの手を気にも留めず、ケラケラ笑う神威。彼の足元に倒れた百華が、彼により殺されたことを意味していた。

 

ーーお前がいきなり噛み付いた挙句、ガキ産めとか言うからだろーが‼︎

 

抗議したい気持ちを抑えて、志乃は晴太を背に庇った。

 

「そんなに会いたいなら会わせてあげよっか?」

 

「えっ?」

 

「俺についておいでよ。会わせてあげるよ、日輪(おかあさん)に」

 

晴太が呆然と、神威を見上げる。背を向けて歩き出す彼に尋ねた。

 

「お……おちょくってんのかよ。ア……アンタ……オイラ達の味方じゃない。鳳仙の味方でもない。一体……何なんだ」

 

「あいにく吉原にも仕事(ビジネス)にも興味は無いんだ」

 

そこに、前も後ろも、百華達が取り囲む。

そして、一気に駆け出してきた。

 

「会いたくなった。あの夜王鳳仙を、腑抜けになるまでたらしこんだ女に」

 

志乃が晴太を抱き寄せると、彼女の腹にも腕が入ってきた。それを認めた瞬間、フッと体が宙に浮く。

そして、床の一点を刺すクナイや刀や槍が目に入った。

 

「会いたくなった。吉原中の女達から、太陽と呼ばれ縋られる女に」

 

こちらを見上げてくる百華達の顔が、渡り歩くように次から次へと血で染められていく。

再び体が地面についた時には、既に取り囲んできた百華達は皆死んでいた。

腹にまわされた腕が離れ、ようやく解放される。

百華達を殺した張本人は、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

「……さあ、会いに行こうか。吉原で最も美しく、強い女に」

 

********

 

怒号が聞こえてきたと思えば、次にはパタリと止んでいく。蔓延る血の匂いに、頭がクラクラしてきた。

それでも、その殺人の舞は終わらない。減るどころか寧ろどんどん増えていく。渡り廊下から落ちていく死体もたくさん見えた。

 

いくら戦場でしか生きられないと謳われた一族の末裔とはいえ、志乃は血の匂いしかしない戦場に身を投じた経験が少ない。しかも、目の前で起こっている殺しを見ることもほとんど無かった。

なんとか体を支えていた足はついに限界を迎え、膝から崩れ落ちた。

 

「姉ちゃん!」

 

泣きそうな目で、駆け寄ってくる晴太。志乃は荒い呼吸を整えようと、肩を上下させた。

 

「大丈夫……ちょっと、気分が悪くなっただけ……」

 

汗塗れの顔で笑ってみせても、晴太の顔色は晴れない。

へたり込んだ彼女に気付いた神威が、足を止めて志乃の元へ歩み寄った。

 

「アリ?大丈夫?気分悪い?」

 

「…………誰かさんのおかげでね」

 

「そうなの?一体誰だろうね」

 

「お前だよこのすっとこどっこい!」

 

気分の悪い中、苛立ちまで加わる。

晴太は志乃の背中に隠れながらも、勇気を奮い立たせて叫んだ。

 

「お前、そんなに人を殺して何が楽しいんだ‼︎何でそんなヘラヘラ人を殺せんだよ!」

 

「ひどいなァ。せっかくここまで連れてきてあげたのに」

 

「頼んだ覚えはねぇやい‼︎」

 

青ざめた顔で見上げる志乃にも、声を張り上げる晴太にも、神威は笑顔を向けた。

 

笑顔(コイツ)が俺の殺しの作法だ。どんな人生であれ、最後は笑顔で送って健やかに死なせてやらないとね。逆に言えば俺が笑いかけた時は、殺意があるととってもいい」

 

晴太がサッと志乃の背中に隠れると、神威がケタケタ笑った。

 

「冗談だよ、俺は子供は殺さない主義なんだ。この先強くなるかもしれないだろう」

 

死体を跨ぎ、神威は先へ進む。

志乃は震える足を奮い立たせ、柱に寄りかかりながら立ち上がった。

 

「おいでよ。君も笑うといい。お母さんに会うのにそんなシケた顔してちゃいけないよ」

 

廊下をずっと渡り、進んできた最奥地。その部屋の中に、日輪は閉じ込められていた。扉には鍵がかけられ、中からは決して開けられない。

 

八年前、赤ん坊の晴太を逃がそうと吉原から脱出し鳳仙に捕まった時から、日輪は晴太の自由と引き換えに自由を奪われた。

鳳仙は彼女を客寄せに使う以外はここに閉じ込め、客もとらせず一切の自由を認めなかった。

この吉原で、腐って死んでいく事を日輪自身が選んだのだ。晴太を護るために。

 

「それでも君はここに来た。日輪が君を護るために長年耐えてきた辛苦も覚悟も無駄にして、危険を冒してまで。それでも、日輪(かのじょ)に会いに来た。君にも君の覚悟というものがあるんだろう。ここから先は君の仕事だよ」

 

扉の前に立った晴太は、チラリと志乃を振り返った。

明らかに顔色の悪い彼女は、ガンガン響く頭を抑えつけて、壁を支えに立っている。それでも、その赤い眼は、光を失っていなかった。

晴太の目を、真っ直ぐに見つめ返す。晴太は覚悟を決めて頷き、鍵のかかった扉に手を伸ばした。

 

「帰りな。ここにアンタの求めるものなんてありゃしないよ。帰りな」

 

突き放すような声が、部屋の中から聞こえてくる。晴太は留め具を外して、重い扉を叩いた。

 

「開けてくれよ‼︎オイラだよわかってんだろ、アンタの息子の晴太だよ‼︎」

 

「私に息子なんていやしないよ。あんたみたいな汚いガキ知りゃしない」

 

「何で汚いガキって知ってるんだよ。見てたんだろ、オイラがいっつも下からアンタを見てた時。アンタも……オイラのこと見てたんだろ。何度叫んでも答えてくれなかったけど、ホントはオイラを巻き込むまいと、必死に声が出そうになるのを我慢してたんだろ‼︎」

 

扉の奥の日輪は黙り込む。晴太も俯いた。

人は不幸になると、他人のせいにする。誰のせいでこんな目に、と。

晴太もそうだった。彼を拾ってくれた老人と生活していた時も、その老人が死んで一人ぼっちになった時も、全てそれを母親のせいにしていた。

 

「オイラ……何にもわかっちゃいなかった。母ちゃんが、ずっとオイラのこと護っててくれたなんて」

 

扉に手を突き、零れそうな涙を堪える。晴太の小さな背中に、志乃は心の中でエールを送った。

晴太、頑張れ。

 

「今度は、オイラの番だ」

 

晴太は扉を開けようと、体当たりを試みた。何度も何度も、この部屋の中にいる母を救うために。

 

「今度はオイラが、母ちゃんを吉原(ココ)から救い出す‼︎今度は、オイラが母ちゃんを護る‼︎もう二度と、こんな所に絶対に置いてったりしない。今度こそ一緒に吉原(ここ)から出るんだ‼︎母子(おやこ)で一緒に地上(うえ)に行くんだ‼︎だから母ちゃん……ここを開けてくれ‼︎」

 

体を打ち付けて、中にいる日輪に呼びかける。それでも彼女は、晴太を拒絶した。

 

「やめとくれ‼︎」

 

「……かっ、母ちゃん」

 

「アンタの母ちゃんなんて……ここにはいない。そう言ってるだろ……」

 

「そんな事はあるまい」

 

背後から聞こえてきた、低い声。それと共に、二人分の足音が近付いた。

 

「そんなに会いたくば、会わせてやろう。このわしが」

 

「ほっ……鳳仙‼︎」

 

「あちゃー、見つかっちゃった」

 

志乃は、現れた鳳仙よりその後ろに立つ遊女に目が行った。

 

「‼︎ハル……」

 

「………………」

 

小春は志乃の姿を認めると、すぐに目を逸らす。彼女を一瞥してから、鳳仙は懐から何かを晴太に投げ捨てた。

 

「連れていくなら連れていけ。童、それがお前の母親だ」

 

床に落とされたのは、切られた髪。晴太は目を見開いてそれを見下ろした。

そして、鳳仙が真実を突きつける。

 

「お前の母親は日輪ではない。とうの昔に死んでこの世におらんわ」

 

八年前、吉原で一人の遊女が子を孕んだ。だが、吉原で子を孕めばその子ごと始末されてしまう。

そこで、一部の遊女達が彼女を匿い、密かに子供を取り上げた。それが晴太なのだ。

つまり、日輪は晴太の母ではない。

 

「母に憧れながら、しかし母になることも叶わない。母親ごっこに興ずるただの哀れな遊女だ」

 

「……どうして」

 

部屋の中から、か細い震えた声が聞こえた。

 

「どうしてこんな所に来ちまったんだィ。何で……こんな所に……。ほっときゃよかったんだ、私のことなんて。私達の分まで地上(うえ)で元気でいてくれりゃそれでよかったんだ。アンタが命張って護る程のモンじゃないんだよ、私ゃ」

 

「お前の母親など、この世のどこにもおらんわ。わかったらその形見だけ持って消えろ。それとも冥土で母親に会いたいというのなら別の話だが」

 

「黙れよ」

 

壁についていた手を離し、両足を強く踏ん張って体を支える。鳳仙の視線が、晴太から神威の隣に立つ少女に移された。

ポニーテールにした銀髪が、足を前に出していく度に左右に揺れる。鳳仙の前に立ちはだかり、赤く強い光を放つ眼を向けた。

 

「お前なんかが、晴太(コイツ)の母親を決めるな。テメーなんぞに決める権利はない」

 

金属バットの柄を握り、帯から抜く。そして、鳳仙と小春に凛として言い放った。

 

「たとえ血が繋がってなくても、赤の他人でも。過ごしてきた時間が……絆が、何よりの証になる‼︎」

 

晴太は、志乃の背中を見つめていた。その背中が、彼に問いかけていた。

 

ーー晴太。お前の母親は誰だ?

 

至極単純な問い。その答えは、すぐに出た。

さっきから何度も何度も呼んだ。母ちゃん、母ちゃんと。血の繋がっていない、あの人を。

晴太はグッと拳を作り、再び扉に体当たりを挑んだ。

 

「母親ならいる、ここに。オイラの母ちゃんならいる、ここに。常夜の闇からオイラを地上に産み落としてくれた‼︎命を張ってオイラを産んでくれた‼︎血なんか繋がってなくても関係ない‼︎オイラの母ちゃんは日輪だァァ‼︎」

 

志乃は肩越しに、扉に体を打ち付ける晴太を見た。

それでいい。一度目を伏せ、キッと鳳仙を睨み金属バットを構える。

 

母子(おやこ)の感動の再会なんだ。邪魔すんな」

 

「どけ、小娘。さもなくば貴様もあの童と共に……」

 

鳳仙が言い切る前に、彼の背後から木刀が飛んできた。

鳳仙と志乃が体を逸らしてそれを避けると、木刀は扉に突き刺さり、破壊していった。



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夜は必ず明ける

重い扉を破壊した木刀の柄には、洞爺湖、と書かれてあった。

見覚えのある木刀に、晴太は目を見開く。

 

「こ……こいつは」

 

「オイオイ聞いてねーぜ」

 

乱入してきた、気怠げな声。百華達の死体を越えて、一人の男が奥から現れた。

 

「吉原一の女がいるっていうから来てみりゃよォ、どうやら子持ち(コブつき)だったらしい」

 

木製の扉にヒビが入り、固く閉ざされていた戸がゆっくり開く。

 

(そいつ)が、何よりの証拠だ」

 

涙に濡れた目で、日輪は振り返り、晴太を見た。

 

「店長、新しい娘頼まァ。どぎついSMプレイに耐えられる奴をよ」

 

「………………貴様、誰だ」

 

鳳仙、小春、神威、志乃、晴太が、一斉に同じ方向を見る。木刀を投げ、扉を破壊した張本人。

 

「なァに、ただの女好きの遊び人よ」

 

「……銀!」

 

「ぎっ……銀さァァァん‼︎」

 

志乃の表情がパアッと明るくなり、ホッとしたのか、晴太の目にも涙が光っていた。

銀時は二人の姿を見ると、シッシッと手を振った。

 

「…………何してんだアホんだら。俺はいいからさっさと行け」

 

しかし、晴太は日輪を横目で見て、急に不安になる。今まで顔を見たことはあっても、こんなに近くで会うのは初めてだ。

 

「行っても……いいの?血も繋がってないのに……オイラみたいな汚いガキが、あんな綺麗な人……母ちゃんって……呼んでいいの?」

 

「今更何言ってんのアンタ」

 

腕を組んで、志乃は晴太を見下ろしフッと笑う。

 

「たくさん呼んでやりなよ。何度も何度も、聞き飽きるくらい。腹の底から、母ちゃんって」

 

トンと志乃に背中を押され、暗い部屋に足を踏み入れる。

晴太は震える声で、必死に言葉を紡いだ。

 

「か……母ちゃ……」

 

「…………いいのかい。血も繋がってないのに、こんな……薄汚れた女を母ちゃんなんて呼んでも……」

 

ーーたくさん呼んでやりなよ。

 

「……母ちゃ……ん」

 

「…………いいのかい。今まで……アンタに何にもしてやれなかった私を……母ちゃんなんて呼んでも」

 

ーー何度も何度も、聞き飽きるくらい。

 

「…………母ちゃん‼︎」

 

「いいのかい。私なんかが、アンタの母ちゃんになっても……」

 

ーー腹の底から、母ちゃんって。

 

頭の中でリピートされた、志乃の言葉。

晴太は溢れる涙と共に、日輪の元へ駆け出した。

 

「母ちゃんんんんんん‼︎」

 

「晴太ァァァァァァァ‼︎」

 

「母ちゃんんんんん‼︎」

 

八年越しの、母子(おやこ)の再会。それを見て嬉しくもあり、少し哀しくもあった。

母親。自分の母親の顔は覚えてはいないが、もし生きていたら。こんな風に、優しく抱きしめてくれるのだろうか。

 

「……よかったね、晴太」

 

羨望を抱きつつ、志乃は抱き合う母子を見守っていた。

一方銀時は、鳳仙の隣に立つ小春に気付いた。

 

「……お前、何でこんな所に」

 

「………………」

 

銀時に問われても、小春は背を向けて黙ったままだ。

彼女の件は後回しにすると決め、自分は鳳仙と対峙する。

 

「……そうか。貴様が童の雇った浪人。わしの吉原(まち)を好き勝手やってくれたのはぬしか」

 

「好き勝手?冗談よせよ。俺ァ女の一人も買っちゃいねーよ」

 

「そうか、ならばこれから酒宴を用意してやる。血の宴をな」

 

相手は夜兎の頂点に立ったとされる夜王鳳仙だ。まともに戦ったところで、負けるのは目に見ている。

抜刀する銀時を見て、志乃は今すぐにでも二人の間に割って入りたい気持ちを抑えていた。心のどこかで、きっと銀時なら……鳳仙を倒せると信じていた。

 

「鎖を断ち切りにきたか。この夜王の鎖から日輪を、小春を……吉原の女達を解き放とうというのか」

 

「そんな大層なモンじゃねェ。俺ァただ旨い酒が飲みてーだけだ。天下の花魁様に、ご立派な笑顔つきで酌してもらいたくてなァ」

 

ただ二人を見つめる他ない志乃の隣を、神威が通り過ぎる。神威は鳳仙の肩にポンと手を置いていた。

 

「こりゃあ面白い。たかだか酒一杯のために夜王に喧嘩を売るとは。地球にもなかなか面白い奴がいるんだね。ねェ鳳仙の旦那」

 

次の瞬間、鳳仙が手刀で傍らにあった柱を破壊していた。銀時と志乃は爆風に顔を顰めて、咄嗟に腕を盾にする。

柱が倒れると、ケラケラ笑い声が聞こえてきた。

 

「お〜コワッ。そんなに怒らないでくださいよ。心配しなくてももう邪魔はしませんよ」

 

神威は鳳仙の一撃を食らう前の一瞬で、傘を咥えた兎の銅像の背に、足を組んで座っていた。

 

「神威。貴様、何が目的だ。わしの命を獲ろうとした次は、童を手助けし日輪の元まで手引き。そうしてまでわしの邪魔をしたいのか……それとも、母を求める童の姿を見て、遠き日でも思い出したか」

 

「…………何を世迷い言を。夜王を腑抜けにした女。一体どれほどの女かと思えば、ボロ雑巾に縋るただの惨めな女とは。吉原の太陽が聞いて呆れる。違うんだよ。俺の求めている強さは、こんなしみったれたものじゃない」

 

「妹だろうが親父だろうが構わずブッ殺す、そういう奴かい」

 

銀時が銅像に座る神威を見下ろした。志乃も彼を見て、銀時に乗せる形で口を開く。

 

「皮肉なモンだね。血が繋がっていても妹を殺そうとする兄貴もいれば、血は繋がってなくても母子(おやこ)より強い絆で繋がってる連中もいる……どっちが本物の家族かなんて知らないけどね」

 

「………………」

 

神威は何も答えず、笑顔を志乃に向ける。

その時、鳳仙が上着を脱ぎ、渡り廊下から跳躍して兎の頭に着地した。

 

「その絆とやらの強さ、見せてもらおうではないか」

 

銀時は志乃と小春の前を通り過ぎ、扉に刺さったままの木刀の元まで歩いていく。

 

「貴様が、わしの鎖から日輪を解き放てるか。わしが、奴等の絆を断ち切れるか」

 

銀時と鳳仙、お互いが得物に手をかけ、それを引き抜く。銀時は木刀を、鳳仙は兎の口を砕いて咥えていた傘を引っ張り出した。

鳳仙の持つ傘は、身の丈に合わない程大きいものだ。それを肩に担ぎ、視線を銀時に向ける。

 

「地球人風情に、この夜王の鎖、断ち切れるか」

 

「エロジジイの先走り汁の糸で出来たような鎖なんざ、一太刀でシメーだ」

 

銀時が、木刀と真剣を構える。志乃も腰に挿した金属バットを抜こうと柄に手をかけた。

しかし。

 

「来るな」

 

突き放すような声で、銀時がそれを制する。志乃を振り返ることなく、もう一度言い放った。

 

「手ェ出すな」

 

「銀……」

 

不安げな彼女の視線を背中で受けつつ、それでも来るなと背中で訴える。

いくら攘夷戦争で白夜叉と恐れられた銀時とはいえ、今回の相手は夜王鳳仙だ。夜兎族最強とも言われた男。銀時を信じてはいるものの、不安は尽きなかった。

 

彼女の心など知らず、銀時は今まさに、鳳仙と打ち合おうとしていた。



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両足踏ん張って立って生きていく

「銀っ‼︎」

 

「銀さんんんん‼︎」

 

志乃と部屋から出てきた晴太が銀時を呼ぶ。志乃は廊下の手すりから身を乗り出した。

 

銀時の木刀が振り下ろされる。鳳仙がそれを左手でやすやすと受け止めたのを見て、今度は刀を繰り出した。

しかし、その前に鳳仙が銀時の顎を蹴り上げる。さらに傘を振り上げ、志乃と小春が立っている渡り廊下ごと銀時を潰しにかかった。

 

「うわ、っ……」

 

「志乃ちゃん‼︎」

 

足場が崩され、志乃の体がよろめく。小春は咄嗟に志乃を抱き寄せ、日輪のいる部屋の前まで連れ出した。

鳳仙の一閃は渡り廊下を真っ二つに割り、破片が下へ落ちていた。

 

「銀‼︎」

 

小春の腕から抜け、壊れた渡り廊下のギリギリに立って叫ぶ。埃が収まってくると、志乃は傘の先に目を凝らして注目した。

銀時は二刀で鳳仙の一撃を受け止めていたのだ。しかし、その剣がブルブル震えているのが見えた。

もし今、銀時が一瞬でも力を抜いたらーー確実に潰される。

高みの見物をしていた神威が、銀時に拍手を送った。

 

「スゴイスゴイ。あの夜王相手に10秒もつなんて。コイツは面白くなってきた。頑張ってよお兄さん、俺応援したくなってきちゃった」

 

「なめんじゃねェクソガキ、10秒どころか天寿を全うしてやるよ。孫に囲まれて穏やかに死んでやるよコノヤロー」

 

「貴様の天寿などとうに尽きておるわ。この吉原に、この夜王にたてついた時からな」

 

鳳仙が傘を下ろす手にさらに力を込める。破片だらけの床すら押し潰さん勢いだ。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」

 

腹の底から叫び、足元にあった木片を踏み付ける。鳳仙が壊した柱を軸にシーソーのように上がり、鳳仙に迫った。

鳳仙が木片を手刀で防いだ隙に、銀時は傘を跳ね上げ木刀を振るう。傘を床に突き刺し、それを支えに跳躍した鳳仙は銀時の顔を蹴り付けようとした。

銀時は背面跳びでその場を離れ、鳳仙と距離をとる。着地したその瞬間に鳳仙の傘が襲いかかり、銀時はそれをかわす一方となった。

もう一度あの一撃を食らえば、今度こそ体がもたない。

 

鳳仙が、傘を再び床に突き刺した。銀時はそれをかわすと、ふと鳳仙が傘を支えに跳び上がっているのを見た。

蹴りがくる、と察した銀時はすぐさま木刀を出し、鳳仙の蹴りを防いだ。後方に跳躍し、蹴りの衝撃を和らげる。その時に木刀も刀も落としてしまい、ついに銀時は壁に体を叩きつけられた。

そしてそこに鳳仙の手が伸び、銀時の顔を掴んで壁に強く押し付ける。

 

「銀‼︎」

 

「銀さん‼︎」

 

手すりに手をかけ、今にでも飛び出そうとする気持ちを抑え込む。痛みに声を上げる兄を黙って見てられなかった。しかし、銀時の言葉が彼女を制する。

来るな、と。手ェ出すな、と。

こういう時、いつも逆らえる兄の言葉に逆らえない。

その間にも、鳳仙は銀時の頭を握り潰さんと力をかける。

 

「所詮、我等天人から国さえ護れなかった貴様ら侍に、我が鎖、断ち切ることなど出来るはずもなかったのだ」

 

「あがァァァ‼︎」

 

「やめろォ‼︎」

 

ついに抑えきれなくなって、志乃は手すりを乗り越えようとした。

しかし、彼女の首根っこを引っ張って止める手があった。

 

「やめなさい」

 

「ハル……ッ⁉︎」

 

志乃は小春を振り返り、辛そうな表情を浮かべる彼女を見つめる。

 

「無駄よ。あの男に……鳳仙に、敵うはずがないわ。戦ったところで死ぬだけよ」

 

「…………」

 

「……アイツもバカね。何でこんなこと…………っ……」

 

「ハル…………」

 

手を離し、小春は膝から崩れ落ちる。紫色の目から、ポロポロと涙を零していた。

志乃は黙って小春を見下ろしていた。ぎゅっと着物を握りしめ、小春の元へツカツカと歩み寄る。

小春が顔を上げると、その綺麗な顔に志乃は思いっきり手を振り上げーー。

 

 

 

パァンッ‼︎

 

 

 

大きな音が、楼閣に木霊する。小春の白い頬に、赤い痕が出来ていた。

ヒリヒリするそこに手をやり、志乃を見上げる。

 

「……志乃ちゃん?」

 

「戦ったところで死ぬだけだと?」

 

いつもよりワントーン下がった声。小春は驚いて、志乃を見つめた。

 

「そんなの関係ねェだろ、獣衆(あたしら)にゃ」

 

「志乃……ちゃん……」

 

「上等だ。どんな強ェ敵が相手だろーが、私らは負けねェ。そうだったろ?昔も、今も」

 

涙で化粧が落ちたぐしゃぐしゃの顔に、ニッと笑ってみせる。その時、何かが肉を突き刺す音が聞こえてきた。

それに気付いて志乃と小春は、下を見る。鳳仙の右目にキセルが刺さっていた。

 

「負けてなんかいねェよ、侍達(オレたちゃ)。今も戦ってるよ、俺ァ」

 

「きっ……貴様ァァァ‼︎」

 

動揺した隙をついて、鳳仙を蹴っ飛ばす。銀時はズルズルと壁に凭れて座り込んだ。

小春も、驚きに目を見開いていた。あんな状況で、鳳仙に反撃に出るなんて。

 

「ハル」

 

志乃が、銀時を見つめたまま小春に言った。

 

「ハルは昔、銀と一緒に戦ったんでしょ?なら知ってるよね、坂田銀時の強さを。私は見たことないから何とも言えないけど、でもなんとなくわかるよ。私の兄貴は強いって」

 

「…………」

 

「白夜叉の噂を聞いてるからじゃない。信じてるんだ、兄貴(アイツ)の強さを。だから私は、アイツみたいになりたいって思った。どんな強ェ敵だろーが何だろーが、護り抜くために戦う。大切なものを……仲間を、家族を」

 

顔を上げて、志乃は小春を見つめた。

 

「今までずっと、護られてきた。だから今度は、私の番だ」

 

「志乃ちゃん……」

 

小春の目に、再び涙が滲む。

その時、ドゴォッと大きな破壊音が響いた。

すぐに二人は、お互いから銀時の方へ振り向く。銀時の白い着流しが、血で染められていた。

 

「ぎっ…………‼︎」

 

衝撃のあまり、小春が目を見開く。志乃の赤い瞳も、揺れていた。

 

「おっ……お……お兄ちゃァァァァァァァァん‼︎」



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キレた女は何より怖い

「あ……ぁ……」

 

衝撃と悲しみと憎しみと怒りで、志乃の心は掻き乱される。

何があったのか。それはあまりにも一瞬すぎて、あっさりしていて、心が追いつかなかった。

 

「志乃ちゃん‼︎しっかりして‼︎」

 

「あ……ああ、あああ……」

 

マズイ。心が不安定な状態で受けた絶望は、彼女の精神すら破壊しかねない。もしかしたらそれが、銀狼への覚醒の引き金になってしまうかもしれなかった。

小春は志乃を落ち着かせようと、彼女の肩を掴み、こちらへ向けた。

 

「志乃ちゃんしっかりしなさい‼︎落ち着いて‼︎」

 

「あ……お、お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 

「大丈夫、銀時ならきっと無事よ。あんな丈夫な男だもの。きっと……」

 

「ぁ……はぁ、はぁ……」

 

ようやく落ち着きを取り戻した志乃は、ドクドクと早く打ち鳴らされる鼓動を抑えようと、胸に手を置いた。

 

その頃、晴太は日輪の足を見ていた。彼女は足の筋を切られ、立つことすら出来ない体にされてしまったのだ。それは全て、日輪を鳳仙に縛り付けるため。

自分は逃げられない。そう悟っていた日輪は、晴太に逃げるよう言った。

女としても母親としても生きられなかった吉原の遊女達の、たった一人の息子。彼さえ生きていてくれればどんなことだって耐えられるーー。

 

「クックックッ。八年前と同じだな。希望を託し、童を地上に逃がす女。まったく同じだよ。一つ違うのは、今回童は逃げられぬという所だけだ。母親ごっこはもうおしまいだ、日輪。薄汚れた遊女が母になどなれるわけもない。お前は母親になどなれない。それを証明してやる。その童を殺してな」

 

鳳仙が傘を手に取る。神威は日輪に執着する彼に呆れたように言った。

 

「八年前から何も進歩してないようだ。遊女を傷モノにし、商品(モノ)としての価値を奪ってもなお側に置いておくとは。旦那、どうやらアンタにとって日輪(あのおんな)商品(どうぐ)としてではなく一人の女として必要なものらしいな」

 

「クックックッ。必要なモノ?何をぬかすかと思えば。寧ろその逆だ」

 

彼は、その絶対的な力で何もかもを手に入れてきた。だが、そんな夜王と呼ばれる男でさえも、手に入れられない存在がある。

それが、太陽だ。鳳仙は、どんな苦しい状況にあっても決して光を失わない、気高い日輪を太陽と重ねたのだ。

太陽を手に入れる。地に引き摺り下ろす。

それは死をもってしてではない。日輪の気高き魂を引き摺り下ろし、彼の前に彼女を屈伏させる。

それ以外に、彼の魂の渇きを癒やす手はない。

 

「日輪。お前の全てを壊し、お前の全てをわしが手に入れてやるわ。我が下に沈むがいい!お前はわしのものだ!」

 

刹那、彼の上から飛びかかってくる影があった。純白の小袖を纏い、銀髪を靡かせて金属バットを振り被る。

少女がそれを渾身の力で振り下ろした。左手で受け止めた鳳仙だが、思いがけない力に目を見開く。

その瞬間、少女の蹴りが鳳仙の頬に入った。金属バットが手から離れ、その勢いのまま背中を床に打ち付ける。

少女は腕のバネで起き上がり、着地した。

 

「貴様は……あの時の娘か」

 

見覚えのある銀髪と赤い目。神威とやり合った後に小春を連れ戻そうと現れた少女だった。

 

「どうやらあの男の妹らしいな。安心しろ、わしがすぐに後を追わせてやる」

 

「……フン、あんな奴知らねーよ」

 

鼻で笑って、鳳仙を見据える。ポニーテールを揺らした少女は、金属バットを肩に置いた。

 

「獣衆"金獅子"矢継小春。返してもらおーか、人攫いめ」

 

「人攫い?あの女はわしのものだ。攫った覚えなどないわ」

 

「いーや、立派な人攫いだよ。金獅子は獣衆(ウチ)の右腕的存在でね。何も伝えず連れてくたァ完璧な人攫いじゃねーか。言ったはずだ。連れてくなら、棟梁の私に話通すのが筋ってもんだって」

 

獣衆。その棟梁。銀髪赤眼。まさか……。

鳳仙は、目の前の少女を見つめた。

 

「まさか、貴様は……」

 

「そのまさかだよ。私は獣衆棟梁、"銀狼"ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー霧島志乃だ、コノヤロー‼︎」

 

瓦礫だらけの床を蹴り、鳳仙に挑む。志乃の金属バットをかわし、逆に傘で薙ぎ払う。

傘が迫った瞬間、志乃は傘をバットで受け止め、両足を強く踏ん張る。ミシッと右足が、床にめり込んだ。

 

「無駄だよ」

 

ニタリと鳳仙に笑ってみせ、傘を押しやった。

まさか自分の力に打ち勝てる地球人がいるはずもないと思っていた彼の目は、驚愕に揺れていた。

 

「うぉらァァァァァァ‼︎」

 

流れるように鳳仙の懐に入り込み、膝を折ったバネを利用して鳳仙の鳩尾にバットを押し込んだ。

渾身の力で突き飛ばしたはずの鳳仙は、なんと踏みとどまって彼女の金属バットを掴んでいた。

 

「小娘がッ……調子に乗るなァァ‼︎」

 

「‼︎」

 

金属バットを押し返され、体勢が崩れる。ハッと前を見ると、傘の先が目前に迫っていた。

志乃は無理やり体を捻ってそれをかわすが、とてつもない勢いで突き出された傘の風圧に吹き飛ばされ、体が宙を舞った。

 

「くっ、……‼︎」

 

宙を舞いながら、鳳仙を見る。しかしその時、志乃の腹に鳳仙の容赦ない蹴りが入った。

力を受けた志乃の体はその方向へ吹っ飛び、壁に強く背中を打ち付ける。胃液が逆流し身体中に痛みが走る。さしもの志乃も立ち上がれなかった。

 

「フン、所詮は女か。これが男ならば、兄のようにもう少しもっただろうがな」

 

「ッ……けほっ……ア……イツと……一緒に、すんじゃねーよ……。銀狼はなァ……女の、方が……強ェんだ……!」

 

ブルブルと震える体を叱咤して、起き上がろうと必死に手をつき体を支える。

体はボロボロでも、睨みつけるその目だけは死んでいなかった。

 

「てめーさっきから聞いてりゃ、ゴチャゴチャわけわかんねー事ぬかしやがって……テメー結局、日輪さんのこと好きなだけじゃねーか。それが屈伏させるだの、全てを壊して全てを手に入れるだの……それがアンタの愛情表現ってヤツかい」

 

両足を奮い立たせ立ち上がった志乃は、鳳仙に堂々と言い放った。

 

「気色ワリーことぬかしてんじゃねーぞ、エロジジイ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、随分な言われようね」

 

 

 

 

 

クスッと笑う声がした次の瞬間、銃弾とクナイの嵐が鳳仙に襲いかかる。鳳仙は傘を支えにし、跳び上がってそれらを避けた。

 

「エロジジイですって。よくわかってるじゃない、志乃ちゃん」

 

志乃よりずっと大人びた、色気を含む声。

カチャカチャ、と拳銃をクルクル回す音と共に、再び声が降りかかった。

 

「ここまできたらもう引き下がれないわね。ねェ月詠?」

 

「ぬしは楽しそうじゃな、小春」

 

渡り廊下の上から鳳仙を囲む、百華達。それを率いてやってきたのは、月詠だった。

 

「きっ……貴様ら、何のマネだ。謀反……このわしに、この夜王に謀反を起こそうというのか」

 

「わっちらは知らぬ。悪い客にひっかかっただけじゃ。吉原に太陽を打ち上げてやるなどという大ボラを寝物語で聞かされた。この者共も皆、その男に騙されたクチでのう」

 

「あら、そんなホラ吹きがいたの?一体誰かしら」

 

「ホラ、あそこでのびている奴じゃ」

 

小春が尋ねると、月詠は未だ壁に押し込められたままの銀時を顎で示した。

 

「まったく、信じてみればこのザマ。笑わせるではないか。偉そうな事を言って何じゃ、この体たらくは。太陽などどこに上がっている」

 

「あらあら、男のホラは信用しちゃダメよ月詠。あの男に期待しても無駄よ」

 

「フン、この大ボラ吹きめが‼︎」

 

月詠が銀時にクナイを投げつける。

煙を割いて真っ直ぐ飛来したクナイを、銀時の指が挟んで受け止めた。

 

「……ホラなんざ、吹いちゃいねェよ。太陽なら、上がってるじゃねーか。そこかしこにたっくさん」



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花は散り際まで美しい

ヨロヨロと、覚束ない足取りで体を起こし、立ち上がる。体が揺れる度に、血がポタポタと零れた。

床に突き刺さっていた刀を抜き取り、不敵に笑う。

 

「眩しくて眠れねェや」

 

「銀……‼︎」

 

「銀さァァァァん‼︎」

 

鈍い痛みを引きずる志乃も、日輪を背負う晴太も、彼の名を呼んだ。銀時が立ち上がったのを見て、小春、月詠、百華達が次々と下へ降りてくる。

小春は腹を押さえる志乃の元へ駆け寄り、彼女の隣に立った。その両手には、拳銃が握られている。

 

「志乃ちゃん。……いいえ、我が棟梁。まだ、戦えますか」

 

こちらを見下ろすこともなく。鳳仙を見据えたまま尋ねた。

志乃は彼女の横顔を一瞥し、ゴキゴキと首を鳴らして金属バットを肩に置く。

 

「誰にものを言ってんだテメーは。戦えるに決まってんだろ。私を誰だと思ってる?」

 

「……さようですか。では、ここらで一花咲かせましょう」

 

「ああ、血の花をな」

 

志乃の、小春の目の色が変わる。

獲物を狩る、獣の目。志乃は銀狼の覚醒がまだであるためそれ程ではないが、小春は違った。

ペロリと舌舐めずりをし、狂いながらも気高さを兼ね備えるその姿は、まさしく獅子。

彼女こそ獣衆"金獅子"、矢継小春!

 

「……気に食わぬ。その眼を……やめぬかァァァァ‼︎」

 

「いけェェェ晴太ァァ‼︎」

 

銀時が、月詠が、志乃が、小春が、百華達が、一斉に鳳仙に飛びかかる。

鳳仙は月詠の小太刀を左手で、銀時の刀を傘で受け止める。さらに迫り来る百華達に、月詠を投げ飛ばした。

銀時は傘を流し、刀の柄で鳳仙の顎を殴る。しかし逆に鳳仙に刀を折られ、蹴飛ばされた。

立て続けに志乃が金属バットを携え、鳳仙の傘を上から押さえつける。

 

「放せ‼︎」

 

鳳仙が志乃を振りほどこうと暴れるうちに、百華達はクナイを、小春は拳銃で鳳仙を撃つ。

刹那、鳳仙は傘を開いた。そのまま志乃を押し出し、さらにそれでクナイと銃弾を受け止める。煙を割いて現れた傘に、志乃と百華達は吹き飛ばされた。

それでも、何度も立ち上がり鳳仙に挑む。たとえ何度も鳳仙に薙ぎ払われても、痛みを押し殺し、血を拭い、立ち上がる。

 

「いらぬ。この常夜に、このわしに……太陽などいらぬわ‼︎貴様らがごときか細き火など、わしが残らず掻き消してくれる!その忌まわしき魂と身体、引き裂いてな‼︎」

 

鳳仙が月詠に傘を振り上げる。その腕に、クナイが突き刺さった。

 

「へー、私クナイ投げの才能あるんじゃない?」

 

呑気な声と共に、煙から志乃が落ちていた刀を両手に現れる。

 

「きっさまァァァァ‼︎」

 

鳳仙が叫び、傘を志乃に突き出す。傘とのすれ違いざまに、志乃は刀を一本、ダーツのように鳳仙に投げた。

刀は鳳仙の左肩に突き刺さる。それも厭わず、鳳仙は傘を振り上げた。

凄まじいその一撃をかわす。その度に破壊された木片やたまに鳳仙の傘が頬やこめかみを掠め、さらにはお守りの髪紐さえ切ってしまった。

猛然と振り回される傘の軌道を読み、かわし距離を縮めていく。

 

「おおおおおっ‼︎」

 

ついに生まれた隙を見て、突きを繰り出す。

しかし、それを鳳仙が手刀で木っ端微塵にしてしまった。

 

「フン、終わり……」

 

勝利を確信した鳳仙。しかし次の瞬間、それを脆くも崩れていく。

後ろにあった彼女の右手に、金属バットが握られていた。

それを投げて渡した、小春が叫ぶ。

 

「いけェェェェェェェェェ‼︎」

 

「でぇりゃあああああああああああっ‼︎」

 

志乃は渾身の力で、鳳仙を殴り飛ばした。



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魂は永遠に燃え尽きない

反撃する隙を与えず、次から次へと連続攻撃をしかける。

また隙を見せたら、負ける。何としてもここで倒さなくては。

 

「うおおおおおおおおっ‼︎」

 

鳳仙の腹に金属バットを突き刺し、壁まで追いやる。壁を破壊せんとする勢いで、鳳仙を突っ込ませた。

やった。そう思った次の瞬間。

 

「‼︎」

 

鳳仙の手が金属バットを握りしめ、動かない。

マズイ。本能的にそう察した。

 

「貴様ァァァァァァ‼︎」

 

「っ‼︎」

 

鳳仙の手が、志乃に襲いかかる。しかし彼女に届く前に、彼の手を銃弾が貫いた。

さらに大量の刃物の気配を察した志乃は、サッと横に逃げる。

そしてその大量の刃物ーークナイが鳳仙に投げ込まれた。

 

「射てェェェェェ‼︎」

 

月詠の指令と共に、百華達が有りっ丈のクナイを投げ込む。小春も拳銃の弾を次々入れ換え、銃弾の雨を鳳仙に降らせた。

ハァハァ、と荒い呼吸を繰り返す。

 

「……やった」

 

「ついに……やった」

 

「鳳仙を、あの夜王をついに倒したァ‼︎」

 

「自由だ‼︎これで吉原は……私達は……自由だ‼︎」

 

百華達が、歓喜に沸く。しかし銀時は、煙の中から睨み据える鳳仙の目を見た。

 

「まだだァァァ‼︎」

 

煙を割いて、クナイが飛んでくる。それに気付けなかった志乃は不意に飛来した刃物に即座に反応出来なかった。

刺さる。覚悟した志乃を、突き飛ばす者があった。

簪でちゃんと纏めた金髪が、戦いでボロボロになっている。女の体にクナイが突き刺さった。

 

「ハッ…………ハルッッ‼︎」

 

膝をついた彼女に駆け寄る。綺麗な着物から、血が滲み出ていた。

小春は震える手でクナイを抜き、床に投げ捨てる。泣きそうな顔で見上げてくる志乃に、フッと不敵に笑いかけた。

 

「ご心配なく、棟梁……私達はこの程度、何ともないではありませんか」

 

「でも……でもっ!」

 

「私達部下は、棟梁を護るのが仕事ですわ」

 

小春は拳銃を、立ち上がった鳳仙に向ける。しかしそれを止める手があった。

 

「待て」

 

「⁉︎」

 

小春の前に立ち、木刀を手に銀時が立ちはだかる。しかし、その体は既にボロボロだ。

 

「もういい。もう……俺だけで充分だ」

 

「な……貴方」

 

「銀‼︎」

 

「武士道とやらか、殊勝なことだな。己一人の命を捧げて女達の免罪を乞おうというのか。無駄だ、貴様が終われば次は女達だ‼︎」

 

「消させやしねーさ、もう誰も」

 

お互いフラフラの状態で、対峙する。その中で、銀時は不敵に笑った。

 

「お前にゃ、俺の火は消せねェよ」

 

ふと地ならしのような音が響き、銀時の背から光が差し込んでくる。

この暖かい光は、まさしく太陽の(ひかり)だ。

 

「これはっ……この陽は……‼︎」

 

「お前なんぞに、俺達の火は消せやしねェ」



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ファーストキスは甘酸っぱい初恋の味とか言うがそんなわけあるかァァ‼︎

吉原のパイプに包まれた閉ざされた天井が地響きのような揺れをもって開いていく。パイプを引き千切り、差し込んできたのはーー暖かな(ひかり)

 

その根源は、太陽。

 

太陽の光を浴びた鳳仙の肌がピキピキとひび割れ、干からびていく。

太陽を背に、銀時は鳳仙に向かって駆け出していく。そして、鳳仙の眉間を木刀で突いた。

障子を破壊して外に出た鳳仙を、太陽の光が出迎える。

遠く高くで輝く太陽に、鳳仙は手を伸ばした。

 

「我が天敵よ。久しぶりに会っても何も変わらぬな。はるか高みからこの夜王を見下ろしおって、まったくなんと忌々しい。だが、なんと美しい姿よ」

 

陽の光に晒された屋根の上、仰向けに倒れる鳳仙は、だんだん干からびていく。

神威は傘をさして、鳳仙を見下ろした。

 

「人とは哀れなものだね。己にないもの程欲しくなる。届かぬものに程、手を伸ばす。夜王にないもの、それは(ひかり)。旦那、貴方は太陽のせいで渇いていたんじゃない。貴方は、太陽がないことに渇いていたんだ」

 

太陽を誰よりも疎み憎みながらも、本当は誰よりも羨み焦がれていた。

だから、その(ひかり)を奪った。女達を常夜の街へ引き摺り込んだ。しかしそれでもなお消えない(ひかり)を持つ日輪を、憎み愛した。

彼はただ、わからなかったのだ。今まで彼は、戦うことしか知らなかった。全ての感情を、戦うことでしか表せられなかった。

本当に欲しいものを前にしても、それを抱きしめることは出来ない。爪を突き立てることしか出来ない。

本当は、愛していた。なのに、そんな単純な気持ちでさえ、真っ直ぐに伝えられない。

 

鳳仙の体が、ひび割れていく。

今まさに閉じようとした鳳仙の目が、再び開いた。

 

「……ひ、日輪」

 

「やっと、見せてあげられた。ずっと、見せてあげたかった。この空を、貴方に。言ったでしょ、きっとお日様と仲直りをさせてあげるって」

 

日輪は、ちゃんとわかっていた。

本当は、鳳仙が誰よりも太陽を愛していたことを。その姿に焦がれていたことを。ただ日向で、陽の光を浴びたかっただけなのだということを。

 

「ただ……それだけなのに。なのに……こんなバカげた街まで作って。みんなを敵に回して」

 

日輪の涙が、ポツリと鳳仙の顔に落ちる。

 

「バカな人。本当に……バカな(ひと)

 

日輪と陽の光に看取られ、鳳仙は目を閉じた。

シンとした空間に、乾いた拍手の音が響く。

 

「よっ、お見事。実に鮮やかなお手前っ。……とは言いがたいナリだが、いやはや恐れ入ったよ。小さき火は集いに集って、ついぞ夜王の鎖を焼き切り吉原を照らす太陽にまでなったか。まさか本当にあの夜王を倒しちゃうなんて。遠くまで来た甲斐があったな、久しぶりに面白いものを見せてもらったよ」

 

考えを読み取れない笑顔で、神威は続けた。

 

「だけどこんな事したって、吉原は何も変わらないと思うよ。吉原(ここ)に降りかかる闇は夜王だけじゃない。俺達春雨に幕府中央暗部、闇は限りなく濃い。また第二第三の夜王がスグに生まれることだろう。その闇を全て払えるとでも思っているのかい?本当にこの吉原を変えられると思っているのかい?」

 

「変わるさ。人が変わりゃ街も変わる」

 

銀時の言葉に賛同するように、百華達の目にも光が宿る。

そうだ。こんな大きな困難を乗り越えたんだ。これから先何があっても、吉原の人達は強く生きていくことだろう。

 

「こいつらの(ひかり)は、もう消えねーよ」

 

「……フフ、そうかい大した自信だね。じゃあ早速、この第二の夜王と、開戦といこ……」

 

銀時に戦いをけしかけようとした神威の足元に、弾丸が撃ち込まれる。

 

「神威ィィィィィィィ‼︎お前の相手は、私アルぅぅ‼︎」

 

それを跳躍してかわすと、建物の障子を突き破って神楽が現れた。

 

「その捻じ曲がった根性、私が叩き直して」

 

「ダメだって神楽ちゃん、その身体じゃムリ‼︎」

 

新八に羽交い締めされながらも尚神威に噛み付かんとばかりに暴れる。元気な妹を見て、神威は意外そうに言った。

 

「こいつは驚いた、まだ生きてたんだ。少しは丈夫になったらしいね。出来の悪い妹だけど、よろしく頼むよ。せいぜい強くしてやってよ。あと君ももっと修行しておいてよね」

 

「オイッお前!」

 

背を向けて屋根を降りていく神威の背に、銀時が呼びかける。神威は微笑を浮かべたまま振り返った。

 

「好物のオカズはとっておいて最後に食べるタイプなんだ。つまり気に入ったんだよ、君が。ちゃんとケガ治しておいてね。まァ色々あると思うけど、死んじゃダメだよ。俺に、殺されるまで」

 

「死なせねーよ」

 

突如目の前に立った自分と同じ銀髪が、そよ風に揺れる。小さいその背中に、銀時は目を見張った。

 

「私の兄貴は、絶対死なせない」

 

肩甲骨まで伸びた髪を揺らし、志乃は神威を指さした。

 

「てめーにも殺させねェ‼︎いーか覚えとけ神威‼︎てめーが銀を殺す前に、私がてめーをぶっ飛ばしてやる‼︎」

 

神威は驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

「そっか……。それじゃあ、」

 

ズボンのポケットをゴソゴソ探り、神威は何かを掴んだ。その拳を志乃の前に差し出して、掌を見せる。

彼の手の中には、真っ二つに切れた赤い紐があった。

 

「あっ、それ私の……!」

 

「あそこに落ちてたよ。やっぱりコレ、君のだよね?」

 

「返せっ‼︎」

 

「志乃!」

 

紐に気をとられて、志乃はそれを取り返そうと神威に駆け寄る。

銀時が止めようと手を伸ばした時には、既に志乃は神威の前に立っていた。

 

「手、出して」

 

神威に促されるまま、手を差し出す。その手に、片割れの紐を落とした。

てっきり両方返してもらえると思っていた志乃は、思わずポカンとして神威を見る。

 

「は……?」

 

「片方は俺にちょうだい。いいでしょ?」

 

「ふざけんな!それは私がガキの頃からのお守りだ、返……」

 

突然、ぐいっと手を引かれた。出し抜けな出来事に、志乃の体がよろめく。

 

「えっ?」

 

目の前に、神威の顔が映る。

神威はうなじに手をまわし、さらに志乃を引き寄せ顔を近付けた。

 

何が起こったかわからなかった。

たった数秒、唇が食まれていただけ。人の体温と他人の匂いがした。

キョトンとする彼女に、神威は微笑む。

 

「俺、言ったよね?君が気に入ったって。アレ、本気だから。君は俺のものだよ、誰にも渡さない」

 

うなじにまわしていた手を滑らせ、自身が噛み付いた首元をなぞる。くすぐったくて、ピクリと肩を揺らした。

 

「それと、君に俺の子を産んでもらうってのも」

 

「な、……」

 

「また迎えに行くよ。それまで他の男とか、作っちゃダメだからね」

 

神威は志乃の髪紐をポケットにしまい、そのままトンと屋根から軽く飛び降りた。

 

「じゃあね、志乃」

 

その姿が、見えなくなる。神楽が叫んでいるのを背中で聞きつつ、志乃はゆっくりと自分の肩に手を置いた。

この傷は、おそらく自分を縛り付けるためのもの。いわばマーキングだ。自分の獲物を、他の誰かに奪らせないための。

 

「野郎ォ……上等だ。てめーの鎖で縛れるもんなら縛ってみやがれ」

 

鎖なんて甘っちょろいものじゃあ、狼は縛れない。私は自由奔放に生きる銀狼だ。

掌には、赤い紐の片割れが残されている。自分が昔からずっと一緒にいる、家族ともとれる存在。自分をずっと見守ってくれた、大切なお守り。

必ず取り返す。誓いを立てた志乃は、青空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、志乃と神威のやりとりを見ていた銀時達は、ずっと呆然としていた。小春に至っては、わなわなと怒りに震えている。

銀時自体はそこまで思ってはいなかったものの、目の前でほぼ初対面の男に妹の唇が奪われたことに、少なからず衝撃は受けていた。



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純情カップルは見てるだけでもどかしい

オリジナル回です。


吉原の事件から、数日が経過した。

あの後、鳳仙の死は神威によるものということになり、その手柄で神威は吉原の支配を任された。だが神威は吉原に何一つ手をつけず、そのまま放置しているという。

 

「ダメだ」

 

「何でよ」

 

志乃の家の客間。ソファに座った銀時が、キッパリと彼女に言い切った。

 

「何でダメなの?もうケガ治ってるし、ね?吉原に行かせ……」

 

「ダメだ」

 

「だから何で‼︎」

 

吉原に行きたい。こう言い出した瞬間、銀時からこの返事を何度も突き出される。

しかもこれが銀時だけでなく、新八や小春、お瀧、さらにはそれに便乗している神楽にまで止められる始末。もう嫌になっていた。

 

「何で吉原に行かせてくれないの⁉︎」

 

「ダメだ、お前にはまだ早い」

 

「神楽は行ってるじゃん!何で私はダメなの⁉︎」

 

「神楽はお前より年上だからだ」

 

あの事件以降、銀時は志乃をなるべく吉原に連れていこうとしなかった。

以前の色街から歓楽街のラインに浮上した吉原だが、やはり色街の名残も残っている。もちろんそこにはオトナの何やらもあるわけで、それを純粋な妹に見せることなど出来なかった。

晴太の働いている店でさえいかがわしいのだ。恋愛もまだまだスタートラインから一歩も進めていない志乃に、それを直接見せるのは難儀だった。

 

「大体お前な……ケガよりも重要なことあんだろ」

 

「え?あ、お守りのこと?大丈夫だよ、アイツぶっ飛ばして取り戻すから」

 

「いや、近いけどよ。まァ……アレだよ。されただろ、神威(アイツ)に」

 

「何を?」

 

小首を傾げる志乃に、銀時は頭を抱えた。

やはり彼女は、神威にキスされたことがわかっていない。そもそもちゃんとキスと言って通じるのか。銀時は一気に不安になった。

恐る恐る、志乃に尋ねてみる。

 

「なァ志乃……お前さ、キスってわかるか?」

 

「きす?あぁ、魚のこと?」

 

サラッと返した答えに、銀時は机にダイブするようにズッコケる。

やっぱりわかってなかったか……。

案の定の答えに安心しつつも、いかに志乃の教育が徹底されていないか目の当たりになった。

あの後、怒り狂った小春を抑えるのに本当に大変だった。最終的に気絶させることで難を逃れたが、当の本人はキスすら理解していなかった。

このままでは、将来彼氏が出来た時苦労す……いや待てよ。銀時は思い直す。そして、部屋の奥で皿洗いをしている時雪を見た。

いるじゃん、彼氏が。

銀時は志乃の隣に座り、彼女の肩に手をまわした。

 

「いいか志乃。キスってのはな、唇と唇が重なり合うのを言うんだ。好きな男女同士でやるのが普通なのよ」

 

「へぇー」

 

「お前確かあそこの野郎と付き合ってんだよな?」

 

「うん」

 

「ならそいつとしちまえよ、キス」

 

「…………………………えええええええええええええええ⁉︎」

 

昼下がりの万事屋に、志乃の叫び声が響いた。

 

********

 

ーーしちまえよ、キス。

 

「だああああああああああ‼︎」

 

昨日の銀時の言葉が、頭から離れない。無理やり忘れようと、志乃は柱にガンガン頭をぶつけていた。

ダメだ、どうやっても忘れられない。

思い返せば、時雪に告白してから、一度も恋人らしいことをしたことがない。かと言って、何をすればいいのかもわからなかった。

それがいきなり、キスだなんて……。

 

「オイ志乃、さっきからガンガンうるせーぞ」

 

部屋を覗きに来た土方が、柱に頭をぶつけていた志乃に声をかける。

いつもなら憎まれ口の一つでも返ってくるのだが。

 

「ぅ、うん……ごめん……」

 

しおらしい声で、ボソリと謝るだけだった。

明らかに様子がおかしい。熱でも出たのだろうか、心なしか顔が赤かった。

 

「どーした?熱でも出たか」

 

「大丈夫……平気」

 

そう答えて笑ってみせるものの、本心は恥ずかしさと罪悪感があった。

時雪のことは好きだ。高杉や神威にいくら迫られても、その気持ちは違うことはありえない。

しかし自分は、好きでもない男と、本来好きな相手同士がするはずのキスをしてしまった。しかも、初めての。

それを時雪に知られたらーーその先を考えるだけで、怖くなる。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

盛大な溜息を吐いて、志乃は膝を抱えた。

 

********

 

ちょうどお昼時が過ぎた辺り。時雪は、真選組屯所に呼び出されていた。

 

「え?志乃の様子がおかしい?」

 

「ああ。いつもなら憎まれ口の一つや二つ俺にぶつけてくるんだが、今日はどうしたのか全くねェ。おまけに何度も壁や柱に頭打ち付けてるし、警邏の時もボーッとしてるし……」

 

「そうなんですか……」

 

「他の隊士も気にかけてるんだが、それじゃアイツらの仕事に身が入らねー」

 

ぐしっと煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。それから土方は、時雪を見た。

 

「お前アイツの彼氏なんだろ。何か知らねーか?」

 

「えっ……あ……」

 

カァァ、と時雪の頬が赤くなる。

純情乙女か。土方は心の中でツッコんだ。

 

「い……一応、俺は志乃の彼氏ってことになってますけど……でも俺、志乃と付き合ってから恋人らしいことなんて一つもしたことないんです……」

 

「そんなのこれからやってきゃいーだろが」

 

「多分……志乃も俺と同じ気持ちだと思うんです」

 

「は?」

 

いきなり志乃の話に切り替わり、土方は眉をひそめた。

 

「昨日、銀時さんと志乃が話しているのを聞いたんです。志乃、ああ見えてかなり純粋ですから、キスも知らなかったみたいで……」

 

「マジか」

 

「ハイ。昨日銀時さんに、キスが何たるかを教わっていました」

 

「何教えてんのアイツ‼︎兄貴が妹に教えることじゃねーだろーが‼︎」

 

やはり彼女の教育には、銀時が深く関わっているらしい。それを改めて実感した土方だった。

 

「それで、志乃は悩んでるんですよ。そのキスを、実践するかどうか」

 

「オメーら純情すぎだろ‼︎今時いねーよこんな甘酸っぱいカップル‼︎」

 

土方のツッコミにも納得である。

それはもう、ちょっと手が触れ合っただけでお互いに照れるようなものだ。互いに純情で、キスどころか手を繋ぐのもままならない。

こんなカップルが存在するのか。いや、目の前に存在している。

 

「まァ、すぐ元に戻ると思うので。気長に待ってあげてください」

 

********

 

すぐに戻る。その言葉を信じた自分がバカだったのか。

 

結論から言うと、志乃は全く戻らなかった。

常にボーッとしてはハッと立ち止まり、頬を赤らめる。その後にきまって、壁や柱、外では電柱に頭をガンガンぶつける。これを一日中繰り返す。

流石に隊士全員から心配された。しかし、こんな事を他人に話して良いものかと悩み、志乃は誰にもそれを打ち明けなかった。

 

「………………」

 

縁側で膝を抱えて、庭を眺める。ボーッとしてるだけで、あの時のことが鮮明に思い出されてしまう。

 

神威に奪われた、初めてのキス。自分でもわからないまま、それはあっさりと奪われた。

でもそれは温かくて、ふわっとした優しいもので。唇に手をやれば、すぐにでもあの感覚が思い出せる。

 

時雪に嫌われたらどうしよう。

他の男とキスしたなんて聞けば、きっと時雪は怒るに違いない。最悪はーー考えるだけでも、嫌だった。

不安で不安で仕方なくて、ギュッと上着の袖を握りしめる。立てた膝に、ポスッと頭を乗せた。

 

「みぃ」

 

いつもやってくる小猫が、縁側に上がって志乃の周りを歩く。

膝を抱えた志乃の傍らに座り、足に頬ずりをした。

 

「……また来たの?」

 

「みゃぁ」

 

顔を少し上げて小猫を見下ろす。小猫は嬉しそうに答えて、志乃の足に甘えた。

健気なその姿に、フッと溜息を漏らす。

 

「お前は呑気だね」

 

「みぃ〜」

 

膝を伸ばして座り直すと、すぐに乗ってくる。その膝の上で丸くなり、気持ちよさそうに居眠りを始めた。

小猫の頭を優しく撫でて、呟く。

 

「羨ましいよ、お前が」

 

「誰が?」

 

「うわぁっ⁉︎」

 

すっかり猫に気をとられて、背後の気配に気付けなかった。

バッと振り向くと、時雪がクスクスと口に手をやって笑っていた。

 

「ト、トッキー…」

 

「ごめんごめん、脅かすつもりはなかったんだけど」

 

縁側に座り、志乃と共に庭を眺める。時雪は、目を合わせようとしない志乃の横顔を見つめた。

 

「真選組の皆さん、心配されてたよ。最近志乃の様子がおかしいって」

 

「別に……いつも通りだよ」

 

「そう?ならどうしてそんな悲しそうな顔してるの?」

 

時雪に指摘され、思わず顔を上げて彼を見てしまう。目が合えば深海のような澄んだ瞳で見つめられ、もう逸らせない。

 

「……隠さなくてもいいよ。全部聞いてるから、銀時さんに」

 

「え……⁉︎」

 

「その…………キス、したって話……」

 

志乃は気が遠くなりそうだった。まさかこんなに早く、時雪にあの事が知られていたなんて。

時雪が、眉を寄せて悲しげな顔をしている。それを見て、一気に怖くなった。

 

「ぁ…………ご、ごめんなさっ……」

 

震える声で、必死に言葉を紡ぐ。怖くて怖くて泣きそうだ。でも嫌だった。時雪に嫌われるのは。

顔も直接見れない。俯いた時に、ポロリと涙が一粒零れた。

 

「志乃」

 

優しい声音で、彼女の名前を呼ぶ。ビクッと肩を震わせた志乃が、恐る恐る顔を上げた。弱々しい志乃に、時雪は優しく微笑みかけた。

 

「泣かないで、俺はそれだけでお前を嫌ったりしないよ」

 

「ぇ……?ほ、本当に……?」

 

ガッと時雪の着物の袖を縋るように掴む。

 

「本当に?本当に私のこと嫌いにならないでくれる?」

 

何度も何度も、同じ事を聞いてくる。不安で仕方がないのだろう。

 

「お願い……嫌わないで……」

 

ギュッと袖を握りしめ、涙を溜めた目で時雪を見上げる。まるで捨てられた子犬のようだ。

本人が不安でたまらない時に不謹慎かもしれないが、なかなか胸にグッとくるものがある。これを素直に表現するならば、カワイイ、だろう。

時雪は志乃の銀髪を優しく撫でた。

 

「大丈夫。俺はいつまでも、お前のことを嫌わないよ」

 

「それって……結婚してずっと一緒にいてくれるってこと?」

 

「………………あ」

 

いつの間にか自分は爆弾発言をしていたらしい。

それを志乃の一言で射抜かれ、一気に恥ずかしくなった。

 

「ぁ、えっと……も、もちろんそれもいいなぁって思って……べ、別にそんなやましい気持ちじゃないから!ホントだからね志乃!」

 

真っ赤になって必死に弁明する時雪に、志乃は思わず吹き出してしまった。そして、目の前の彼を愛おしく感じる。

 

「ねぇ、トッキー……ううん、時雪」

 

「へっ⁉︎」

 

「……する?キス」

 

ずいっと時雪に迫り、上目遣いで見上げてみる。時雪はりんごみたいになり、あうあうと慌てふためいていた。

半分冗談、半分本気。先程の発言の真意だ。

もちろん、愛する男としてみたいという気持ちはある。しかし、お互いに純情すぎる自分達に、しかも自分より純情な時雪にそれは無理だろうと思っていた。

案の定、時雪は照れて何も言えない。男からしてほしい、というのは女心から来るのだろうか。

 

「フフッ、冗だ……」

 

笑って誤魔化そうとしたその時、手を掴まれた。そのまま体ごと押され、障子の縁に追い込められる。

パッと顔を上げた瞬間に、口が塞がれた。

 

「……‼︎」

 

ふわ、と軽く触れるだけのもの。触れるか触れないかの微かな感覚に、志乃はもうどうにでもなりそうだった。

そして、心の奥が温かくなる。幸せだ。

ふと、時雪が離れる。もっとそれを感じたくて、志乃は時雪の首に手をまわした。

 

「!志乃……んっ」

 

「んんっ……トッキー、もっと……」

 

見上げてくる目が、熱っぽい。普段子供っぽいからか、余計に色っぽく見えた。

抱きつく勢いで、そのままむにゅっと唇を押し当ててやる。今度は先程よりも、もっとちゃんと唇同士が触れ合えた。

 

「トッキー」

 

ぎゅうう、と抱きつき、慈しむように時雪の名を呼ぶ。

 

「私、幸せ……」

 

「……俺、も」

 

満面の笑顔でそう言われたら、もう何も言えない。こみ上げる気持ちを呑み込み、時雪も彼女の頭に顔を埋めて、ボソリと返した。

こんなにも、互いを愛おしく思える。それだけで彼らは幸せだった。

 

そして、願う。

こうして手を繋げるこの日々が、いつまでも続きますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、彼らがキスした場所は真選組の屯所内であるため、多くの隊士らがその光景を隠れて見ていた。

紅一点である志乃の少し色っぽい姿に、隊士らは嫉妬を覚えつつまた興奮した。

 

もちろんこの後、彼らは志乃に見つかり、一人一人に強烈なプロレス技をかけられて撃沈した。

 

それからしばらく、隊士らは志乃のご機嫌取りに全てを費やしたというーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー吉原炎上篇 完ー

 




ハイ終わりました吉原炎上篇!
疲れたー、取り敢えず寝たい。

なんか最後ちゃんとほのぼの&純情書けたか不安ですが。カワイイ二人を書けて私は満足です。もう後は知らん。

今のところこの後予定している長編は、まずトッシー篇と地雷亜篇、かぶき町四天王篇ですね。陰陽師篇はまだ悩んでます。

もちろん原作の話もオリジナルも交えて書いていきます。

次回は万事屋三人視点から見た志乃を紹介します。

さ、もう時間も遅いし寝よっと。(書き上げたのが夜中)


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マイペースでこれからも生きていく
【幕間】万事屋の想うところ


俺があいつと出会って、もう何年経ったか。あいつと初めて出会ったのは、12年前。あいつがこの世に生を受けたその時からだ。

 

「ぎ〜んっ」

 

呑気な声と共に、背中にぐっと重みが加わる。振り向かなくてもわかった。

何も言わない俺の視界に、銀色が現れる。俺の胸辺りまで伸びた身長で、そいつは俺を見上げてきた。

歯を見せて、ニカッと笑う。快活な笑顔は、やはり似てない。

 

誰に似てないって?そりゃあこいつの両親にだ。

 

俺を拾ったあいつと、俺を息子みたいに扱い構ってきたあの女との娘。元気に育ってくれたのは嬉しいが、最近はどうもおてんばが過ぎる。

周りはこいつを狼だと恐れるし、自分でもそう宣ってはいるが、俺はそうは思えない。

こいつは狼じゃない。キャンキャン鳴く子犬がいいところだ。そう、自分で決めつけている。

 

「銀?」

 

ずっと黙っていたのが心配だったのか、眉が下がっていた。続いて、「大丈夫?」と問いかけてくる。

不安を宿す目が、元気のない主人を心配する健気な飼い犬のようだった。思わず、フッと口元が緩んでしまう。

 

「そんなツラすんな」

 

覗き込んでくる赤い瞳を、頭をぐしゃぐしゃにすることで無理やり下げさせる。「ん……」と頷いて、嬉しそうに目を細めた。やっぱり子犬だ。

 

いつまでも子犬のままでいてほしい。いつかあの女が言った母としての言葉だ。

そんなの無理に決まってんだろ。俺は返した。こいつだって、いつかは大人になって男も出来る。そしてくたばっていくんだって。

そしたら、そいつは笑った。

 

『そうよ、わかってるわ。でも、わたしはこれからもずっと子犬でいてほしいと願ってる。鞘から剣を抜いてほしくない……そう願ってる。そんなことがあれば、この娘は子犬から狼になってしまうわ……』

 

布団の中、呑気にスヤスヤ寝息を立てている娘の髪を撫でる。

 

『不安なの。この娘が……いつかわたしの血のせいで、戦いの道を歩ませられることになったら。この娘には、普通に穏やかに生きていってほしいのに……。身勝手かしらね?こんなお願い事するの』

 

諦めたように、そいつは笑った。

俺は何も返せなかった。「そんなことない」と咄嗟に答えても、それを上回る正論と拒絶が返ってくるに違いない。そういう人だった。こいつの母親は。

当の娘は、母が生きている間、剣を抜くことはなかった。その代わり、両親が死んだ時、記憶を削除した。都合のいい部分だけ繋ぎ合わせ、新たな記憶を作って。

 

「銀!ターミナル近くのデパートにね、新しいお店が出来たんだよ!そこのパフェ、絶品なんだって!一緒に行こうよ」

 

親のことも自分のことも何もかも忘れて、今日も霧島志乃は俺の手を引く。まだ小さい体をフルに使って、俺の隣で一緒に歩こうとする。

パフェを出せば、俺が食いつくと思っているのだろう。わかりやすいエサに、苦笑を洩らす。

ねぇねぇと甘える可愛い妹()の誘いを受け、「仕方ねーな」と返してやる。そうすると、まるで一縷の光が差し込んだかのような眩しい笑顔に変わった。

……やっぱり。

 

「似てねーな」

 

「え?誰に?銀?」

 

ポソッと呟いた言葉に鋭く反応した志乃が、小首を傾げる。

俺に似てない、か。そりゃそうだろう。何せ遺伝子が全く違うのだから。

 

思い返せば、あの女はよく俺にこいつの世話を押し付けた。「お兄ちゃんでしょ?」と軽いプレッシャーをかけながら。

俺があいつに拾われた時には、既にあいつと結婚していた。事実婚らしいが。

でもそれを知らなかったケツの青いガキの俺は、思いっきり甘やかしてくれるあの女が好きだった。

ぶっちゃけヅラも高杉の野郎も、そいつに惚れていた。ヅラの人妻好きの原点を振り返ってみると、ここに辿り着くみたいだし、高杉が娘をあいつと重ねるのも無理はなかった。

だって、それほど似てるのだ。あの母娘(おやこ)は。

 

「いや……似てるかもしれねー」

 

「え?アンタと?やめてよ、アンタみたいなダメ男と似てるとか嫌なんだけど」

 

「やっぱ似てねェ」

 

「どっちなんだよ」

 

似てるのはあくまで容姿だけだ。性格は正反対。

お淑やかな母とおてんばな娘。やはり育った環境が違うからなのか、それともちゃんとした教育を受けていないからなのか。育ちの悪さが、振る舞いや言動にまではっきりわかる形で現れる。

 

「さっきから何言ってんの?つーか誰に似てるって?」

 

手を腰に当てて、ぐいっと顔を近付けて覗き込んでくる。

やっぱりーー。

 

「似てねェな」

 

「誰に?」

 

「お前の母ちゃん」

 

「?」

 

いまいちピンとこないらしく、小首を傾げる。

知らなくていい。思い出さなくてもいい。お前が幸せなら、それでいい。

なんて大層な台詞は言えないけど。

 

「パフェ」

 

「え?」

 

「お前の奢りな」

 

「また⁉︎いい加減自分で払ってよダメニート‼︎」

 

「誰がニートだ。働いてるだろ、ちゃんと」

 

「働いて稼いだ金をパチンコに費やす奴を、世間ではダメって言うんだよ」

 

「てめこらっ、お兄ちゃんになんて口きくんだ」

 

ごつん、と脳天を拳でつついてやると、「痛っ」と返ってくる。頭を摩るのを横目に通り過ぎると、トコトコとついてきて腕に抱きついた。

これでいい。ただ、呑気にへらっと笑っていてくれれば、それでいい。

たとえいつか、その小さな牙が俺の喉元に噛み付こうとしても。

 

「しょうがないなァ、私が奢ってやるよ」

 

「サンキュ」

 

大人ぶったように見えても、まだまだ子供で。

不器用に見せても、痛い程ストレートに伝わってくる。

ああ、やっぱり。

 

「似てねーな」

 

呟いた言葉は、今度は志乃の耳には入らなかった。

 

********

 

「剣の筋がブレてる‼︎素振り50回追加ッ‼︎」

 

「はいっ‼︎」

 

汗を散らしながら返事をして、震える手で竹刀を握り直す。疲れて疲れて仕方ないみたいだけど、鍛えてほしいと言われたからにはビシバシいくのが当たり前だ。

もうそろそろお昼時。志乃ちゃんの素振りが終わってから、昼ごはんを作ってあげよう。

 

 

 

「あ〜〜、疲れたァ!」

 

ゴロンと行儀悪く畳の上に寝転がり、ぐでーっと天井を仰ぐ。畳に綺麗な銀髪が張り付いていた。

渡したタオルを首にかけて、汗を拭う志乃ちゃんを横目に、机の上に冷たいお茶を置いた。

 

「あっ!ありがとう師匠!」

 

さっきまで動けなさそうだったのに、勢いよくガバッと起き上がる。どこにそんな元気が残っていたのやら。

出した湯呑みを取ってぐいっと呷ると、はぁ〜っと息を吐いた。冷たくて気持ち良さそうだ。

 

志乃ちゃんはどうして、僕に剣を教えてほしいなんて言ったんだろう。志乃ちゃんの周りには、剣の道に生きる僕よりも強い人達がたくさんいる。

真選組の人達もそうだし、九兵衛さんも、なんなら志乃ちゃんの彼氏の時雪さんだって、剣術道場の当主だ。寧ろそっちの方が良かったんじゃないのか……と思う。

 

「ねぇ志乃ちゃん」

 

「何?」

 

「何で志乃ちゃんは、僕に剣を教えてほしいって思ったの?」

 

「アレ?前言ったでしょ?」

 

「そうだけど……でも、志乃ちゃんなら剣術を教わりたいって言ったら、引き手数多でしょ。時雪さんだってそうだし……何でかな、って」

 

志乃ちゃんはキョトンとした顔で僕を見つめていた。何でそんなこと訊くの?と目で尋ねるようで。でもすぐに、ニカッと快活な笑顔に変わった。

コロコロと変わる屈託のない表情も、彼女が多くの人に好かれる理由なのだろう。

 

「それ、トッキーにも言われたよ。何で新八君のところで教わってるの?って。嫉妬されちゃった」

 

それ、大丈夫なのか。心の中で、ツッコミを入れる。

 

「単純に言えば、私は好きな相手に強くなるための努力を見られるのは嫌なんだ。つーか彼氏に教わるってのも、なかなか癪だからね」

 

つまり気に食わない、と。

単純であっさりしている答えに、「何それ」と苦笑した。

 

変な子だ。霧島志乃という女の子は。

僕や神楽ちゃん、他の人達には意地を張るのに、兄貴分の銀さんにはめちゃくちゃに甘える。それほど銀さんのことが好きなのだろう。

幼い頃から兄妹のように育ってきたという二人は、結構気が合うし、いつも一緒だ。

でもどちらかといえば、志乃ちゃんの方が年上に思えてしまうこともある。それは銀さんがダメダメってことにもなるんだけど。

銀さんと志乃ちゃんはお互いに、僕と神楽ちゃんの知らない側面をたくさん知っている。それが羨ましいと感じたことさえあった。

 

でも、志乃ちゃんは銀さんの話す限り、かなり寂しい思いをして育ってきた子だと僕は思う。

だって、兄が戦争に行くのだ。自分は帰ってくると信じて、兄達を待つだけ。とても不安だったに違いない。

今はもうそんなことはないけど、僕らはたま〜に命に関わる危険な仕事をしたりする。そんな時の志乃ちゃんは、本当に心配そうだ。

 

だから、僕は強くなりたい。銀さんを護れるほど……とはいかないかもしれないけど、せめて志乃ちゃんが涙を流さないように強くなりたい。

だって志乃ちゃんには、いつだって呑気に笑っててほしいから。あの笑顔を浮かべてほしいから。

 

「師匠〜、腹減った……」

 

「あ、ごめんね。今から作るよ」

 

ぐうう、と志乃ちゃんの腹の虫が、空腹を訴える。やばっ、考えすぎて昼時だってことすっかり忘れてた。

急いで席を立って、台所に向かおうとすると……。

 

「ハイ、お昼持ってきたわよ〜」

 

にこやかな笑顔と共に、姉上が襖を開けて入ってくる。手に持っている皿の上には、無残な形をした暗黒物質(ダークマター)が転がっていた。

笑顔が引きつる。志乃ちゃんを振り返ってみると、僕と同じような顔をしていた。

 

「あら、どうしたの二人共?」

 

マズイ。血の気が引いていくのを感じた。そんな僕らなど介さず、姉上は志乃ちゃんの前にコトリと皿を置く。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「え……と。い、いただきまーす……」

 

こうなっては、もう逃げられない。姉上の笑顔の圧力に屈し、志乃ちゃんは両手を合わせて、皿の上の黒焦げた何かを一口で食べきった。

「ぅぐぇっ」と何か吐きそうな声が聞こえてきたけど、取り敢えず無視して台所へ向かう。

ごめん志乃ちゃん。君の犠牲は忘れないよ。

心の中で謝って、僕はコップを手に取ったーー。

 

********

 

円、円、二つの円。これを器用に跳んでいく、女の子。跳ぶ度に、光を反射する銀髪が揺れた。

 

「けーんけーんぱっ、と」

 

最後に両足を二つの円の中に入れると、得意げに笑って振り返る。

 

「神楽もおいでよー」

 

「何言ってるネ、これくらい朝飯前ネ」

 

志乃ちゃんに続いて、傘を握りしめてから、「けーんけーんぱっ」と呟きつつ跳ぶ。

最近はあの黒くてムサイ連中のせいで、私と志乃ちゃんの時間が邪魔されてる。ホント、女の子にあんな危険な仕事させるなんて、バカなのもいいとこネ。

最後の円も跳び越え、志乃ちゃんとハイタッチ。それから、定春ともハイタッチ。やっぱり志乃ちゃんも、遊んでる時が一番楽しそうネ。

 

「神楽ー、駄菓子屋さん行こっ。私ラムネ飲みたくなっちゃった」

 

「私も酢昆布摂りたくなってきたネ。定春も行くアルヨ!」

 

「わんっ」

 

志乃ちゃんと手を繋いで、定春がついてくる。ちらっと隣を見ると、志乃ちゃんの横顔。

 

思い出すのは、吉原で会った神威のこと。あのバカは志乃ちゃんに自分の子供産ませるとか言って、挙句にキスまでした。

もちろん志乃ちゃんが、アイツを受け入れるわけないと信じてる。だって志乃ちゃんには、トッキーっていう未来の旦那様がいるネ。しかもこないだキスもしたって言ってたから、きっと大丈夫アル。

 

「神楽?」

 

じーっと見つめすぎたせいか、志乃ちゃんが小首を傾げて覗き込んできた。

 

「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

「ついてるアル。ほっぺに汚れがついてるアル」

 

「えっ⁉︎」

 

軽い冗談を返すと、慌てた様子で志乃ちゃんはほっぺを袖でゴシゴシ擦った。それが面白くて、くくくっと笑いが堪えられない。

 

「嘘アル」

 

「えっ?なんだ、よかった……」

 

怒る素振りも見せず、本当にホッとしたような顔。やっぱり、志乃ちゃんはとても優しい子アル。だから私、この子のこと大好きネ。

 

志乃ちゃんは、私が地球に来て初めて出来た友達。年も近くて、とても活発で、たくさん一緒に遊んだネ。

これからもずっと、一緒に遊びたい。だから、志乃ちゃんは誰にも奪わせない。もちろん、神威にも。私が絶対に護るヨ。

 

「あっ、神楽!駄菓子屋見えてきたよ〜」

 

「キャッホオオオオ‼︎」

 

「いぇあああああ‼︎」

 

でも今は難しい事とやかく考えず、取り敢えず酢昆布一緒に貪るアル!




次回、忍者対決。ミサトが久々の登場です。


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ヤンデレってある意味無敵

この日オフだった志乃は、久々に家でダラダラしていた。

時雪が洗濯物を取り込んでいるのを横目に、ソファの上でゴロゴロしていたその時。

 

ピンポーン

 

「ん?」

 

玄関のインターホンが鳴った。

客かと志乃は起き上がり、小走りで玄関に向かう。

 

「はーい」

 

「すみませ〜ん。桂ですけど……」

 

戸を開けようとした手が、ピタッと止まる。そしてすぐさま踵を返した。

 

「おい、志乃?いるんだろう。開けろ」

 

ドンドン、と桂が戸を叩く。その扉を背にして、志乃はひたすら耳を塞いでいた。

聞くな。聞こえないフリをしろ。こいつと今関わるとめちゃくちゃ厄介だ。しかも絶対何かしら面倒事を持って来ている!

 

ガラガラ

 

「はい、万事屋で……あ、桂さん」

 

「ノオオオオオオオオオオオオオ‼︎」

 

何も知らない時雪が、戸をあっさり開ける。

志乃は頭を抱えて膝から崩れ落ち、絶望の雄叫びを上げていた。

 

********

 

説明もそこそこに、桂は志乃を連れてある屋敷の堀の外側までやってきた。松の木に登り、二人揃って双眼鏡で中の様子を伺う。

ここは奉行所で、罪人達を閉じ込める檻がたくさんある。その一つの中に、何故かエリザベスが入っていた。

 

「……エリー?」

 

「俺が迂闊だった。エリザベスは常に俺の側にいた。役人に目をつけられてもおかしくなかったのだ。しばらく見かけないと思っていたら、あのザマさ。近頃の攘夷浪士に対する幕府の姿勢は、相当に厳しいものがある。このままでは確実にエリザベスの首は飛ぶ」

 

要するに、エリザベス救出に力を貸してほしいと依頼をしてきたのだ。

エリザベスを救うには、幕府の役人が大勢いる奉行所に忍び込まなくてはならない。バイトとはいえ真選組に身を置く志乃にとって、かなり厄介な依頼だった。

 

「というわけだ。お父さんのために力を貸してくれるな?」

 

「誰がお父さんだって?髪剃るよ」

 

志乃は桂に見向きもせず、撥ね付ける。

 

「私が真選組でバイトしてるの、知ってるよね?ちょっと考えたらわかるでしょ、私にも立場ってのがあるの。だからパス。帰る」

 

ぴょん、と軽く松の木から飛び降りて、着地する。

その背を桂が木の上から引き止めた。

 

「待たれーい!あの奉行所に巣食うは遠山珍太郎なる極悪奉行!私欲で動き、金さえ積まれれば、事件の一つや二つ揉み消す。弱きを挫き、強きに媚びへつらう奸物。そんな輩、放っておくことがお前に出来るか?志……」

 

桂がそこにいるはずの志乃を振り返った時には、誰もいなかった。

寂しげな風が、桂の髪を靡かせていった。

 

********

 

結局折れて依頼を引き受けることになった志乃は、桂と時雪、橘と共に「カフェ 忍」と書いてある看板の下をくぐった。

ここに来たのは、ある人物に会うためである。

 

「なに?奉行所に忍び込むでござる?」

 

茶髪を一つにまとめて忍者のコスプレをしている、正真正銘の忍者ーー風魔ミサトに。

ウエイターとして仕事中の彼に、志乃は御構い無しに話しかける。

 

「いや、あのね。この人が行くって言ってきかねーんだよ。アンタ忍者でしょ?そーいうの得意でしょ?頼むわ」

 

「頼むって何をでござるか」

 

「だから、この人を忍者にしてやって」

 

「忍者なめてるでござるか?」

 

「取り敢えず語尾にござるって付けとけばいいみたいだよ、ヅラ兄ィ」

 

「ヅラじゃない桂でござる」

 

そりゃあそうだ。突然押しかけた初対面の男を忍者にしろ、とめちゃくちゃな事を言われた。そんな簡単に忍者になどなれるはずもないのに。

 

「ならばどうか一緒に来てもらえぬだろうか?ミサト殿。仲間がこのままでは処刑されてしまうんだ」

 

桂が頭を下げるも、ミサトは首を横に振った。

 

「………………悪いが、俺は昔将軍にお仕えしていた身だ。幕府(おかみ)相手にヘタなマネは出来ない」

 

「そこをなんとかお願いっ!」

 

「よし、引き受けた」

 

「何で志乃はOKなんだよ‼︎」

 

志乃が両手を合わせて懇願すると、ミサトは快諾。

鮮やかすぎる変わり身の速さに、時雪はツッコんだ。

 

「俺の志乃がこんな可愛く頼んでるんだ。断るわけにはいかない」

 

「俺のっていつ志乃がアンタのものになったんだよ‼︎言っときますけど志乃は俺の彼女ですからね‼︎」

 

「トッキー……嬉しいけど大声で言わないで……」

 

「あっ」

 

興奮で時雪は忘れていた。ここが、公共の場であることを。

隣に座る志乃を見ると、頬を赤らめて俯いていた。そしてさらに、両側から時雪に殺気が当てられる。

ヤンデレとシスコン怖い。時雪は涙目だった。

そんな中、橘は呑気に茶を啜っていた。

 

********

 

その後、人のいない神社に向かい、志乃達は早速衣装に着替えた。

四人が並んだのを見て、ミサトが腕を組む。

 

「では、今から忍の極意を即席でお前達に叩き込んでやる。忍とは誰にも知られず仕事を成し、仕事を終えた痕跡すら残さぬ完全なる影。ゆえに、目立つことは命取りと思え」

 

「いや、それはわかりますけどね……」

 

時雪は、自分の着ている淡い藍色の忍装束を引っ張って示した。

 

「コレのどこが隠密なんだよ‼︎カラフルすぎだろ!スーパー戦隊か⁉︎」

 

時雪のツッコミ通り、志乃達はカラフルな忍装束を纏っていた。

志乃は桜色、橘は緑色、桂は黄色。しかも、志乃のだけは丈の短いスカートのような忍装束になっていた。

 

「でも可愛いからいいだろう?」

 

「いや、確かに可愛いですけど……」

 

「トッキー……恥ずかしいから言わないで」

 

「あっ」

 

時雪が振り返ると、志乃は手で顔を覆って俯いていた。そして再び、時雪に二つの殺気が向けられる。

デジャヴだ。橘は心の中で呟いた。

桂が、ふと不満を口にする。

 

「おい、どうでもいいが何故俺がイエローなんだ。リーダーといえば赤だろう。赤がいいです」

 

「うるせえそもそもスーパー戦隊のメジャーカラーが揃ってねーんだよ。カレーでも持っとけヅラ」

 

「ヅラじゃないヅラ兄ィだ……ってちょっと待てェェェ‼︎」

 

お決まりの切り返しだけだと思ったが、突如桂が叫んだ。

 

「志乃‼︎貴様兄に対してなんて口をきくんだ‼︎お父さんはそんな娘に育てた覚えはないぞ‼︎」

 

「まぁ、アンタが兄貴分ってことと育てられたことは百歩譲って認めよう。だがお父さんと呼ぶ筋合いはねェ‼︎」

 

日頃のストレスも相まって、志乃のシャウトが閑静な神社に響く。

娘にコスプレ衣装を押し付けるとかどんな兄貴か父親だ。もしそうなら御免被る。即座に家出する。

さらに噛み付きそうな志乃を時雪と橘が止めていると。

 

ドォン‼︎

 

劈くような大きな音に、思わず固まる。

ゆっくりと音の方向を向くと、神社の本堂がミサトの鉄拳によって破壊されていた。

そのミサトが、何やらブツブツ呟いている。

 

「あいつら……志乃と楽しげに喋って……ふざけてるのか?志乃は俺のものなのに。可愛い志乃は俺のものなのに。ああもう何であんなに可愛いんだろう。あんなに可愛い子が街中歩いてたらもうパニックじゃないか混乱じゃないか。……待てよ?志乃は普通に生活してるし、お兄さんもいるし、真選組でバイトしてる……それって穢れた男共に志乃が毎日晒されてるということだよな?ふざけるなよそれじゃあ志乃が危ないじゃないか。いつ穢れた男共に志乃が襲われるかわかったもんじゃない。やはり縛って俺の元に永遠に監禁しておくしか手はないのか……」

 

(((何かよくわからないけど取り敢えず怖ェェェェ‼︎)))

 

(……ヤンデレ、恐るべし)

 

闇のオーラを醸し出すミサトから、志乃達は一歩下がった。

そして、肝に命じておく。ヤンデレを怒らせたら殺される、と。

 

********

 

そして、夜。

今宵は満月。月明かりに照らされるカラフルな五人の忍者達が、奉行所の屋根の上に立っていた。

 

「そんじゃあ、張り切って行きますかぁ」

 

相棒の金属バットを肩に提げると、真ん中に立った志乃は腕を組んだ。

 

「忍者戦隊ゴニンジャー、参る」



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月夜といっても新月の日は月夜って言うのか?

今宵は満月。闇夜に佇む月の姿は、やはりいつ見ても美しい。

そんな中、奉行所の役人達は夜の警備にあたっていた。

 

「こんばんは、おじさん達」

 

聞き慣れぬ少女の声に、役人二人はバッと振り返る。

その瞬間、彼らを銀色の影が通り過ぎた。

 

「月が、綺麗ですね」

 

声も出せぬまま倒れた役人に、ニコリと微笑みかける。倒れた音を聞きとめた別の役人が、少女に駆け寄ってきた。

 

「何者だ、貴様!曲者か‼︎」

 

「こんばんは。ニンジャーチェリー、ただいま見参」

 

「であえ、であえェェェ‼︎曲者だァァ‼︎」

 

決めポーズをして名乗った少女を曲者と判断し、役人が声を張り上げて他の仲間達に敵襲を告げる。

その時、手にしていた提灯を手裏剣が突き破る。

 

「何っ⁉︎」

 

「男が女子に手をあげるか。貴様らそれでも侍か?」

 

「俺の志乃に手を出そうなど、貴様ら覚悟は出来ているな?」

 

加勢に来た役人達諸共、二人の忍者が怒涛の勢いで薙ぎ払っていく。

 

「ニンジャーパープル」

 

「ニンジャーイエロー」

 

「「ただいま見参‼︎」」

 

ビシッとここぞとばかりにカッコつけるミサトと桂。たった数時間でよくここまで仲良くなったものだ。もう後ろで爆発が起きていても、おかしくなかった。

しかし志乃は、その二人を完全に無視する。

 

「もう俺達の出番無さそうですね?」

 

「いや、そうでもないぞ」

 

少し遠くから成り行きを見ていた時雪が呟くと、橘が視線で彼を促す。さらなる加勢がこちらへ迫っていた。

橘が棒を、時雪が木刀を構える。

 

「ニンジャーブルー、参る!」

 

「……ニンジャーグリーン」

 

駆け寄ってくる役人達を打ち倒し、数人まとめて叩き伏せる。たった五人で数十人いる役人達を撃破していった。

乱闘の最中、志乃は見覚えある白いペンギンオバケを目撃した。

 

「ヅラ兄ィ、アレ‼︎」

 

桂を呼びつけ、指をさす。

縄でぐるぐる巻きにされたエリザベスが、どこかへ連れ出されていた。

 

「エリザベス‼︎」

 

「待て」

 

急く桂の肩を、橘が掴む。

 

「離せ剛三‼︎このままではエリザベスが‼︎」

 

「アホか。奴ら撒くのが先だ」

 

「ミサトさん、お願い!」

 

「任せろ、志乃」

 

ミサトは懐から玉を取り出し、マッチで火をつける。

 

「あっ!煙玉」

 

「なるほど、それで敵の目を眩ませようってことだね!」

 

ミサトは志乃と時雪の感嘆の声を聞きつつ、玉を地面に投げつけようと振りかぶった。

と、ここで重要なことを思い出す。

 

「あ。コレ、爆弾だった」

 

志乃達の思考が、一瞬停止する。

しかし、ミサトは勢いに任せて、今まさに爆弾を地面に叩きつけようとしていた。

爆弾が、あと数ミリで地面に着地しようとしたその時。

 

「でぇりゃああああ‼︎」

 

カッキィィン!

 

間一髪、志乃がバットで爆弾をかっ飛ばした。

意外と丈夫に作られていた爆弾は、そのまま役人達の元に飛ぶ。着地した瞬間、爆発した。

 

「ぎゃあああああああ‼︎」

 

役人達に手を合わせつつ、志乃は額の汗を拭う。

 

「た、助かった……」

 

「流石志乃。あんな一瞬でかっ飛ばしちゃうなんて」

 

「誰のせいでこんな危ない橋渡らされたと思ってんだ‼︎」

 

元凶原因が感嘆するも、それを叩き落とす。ホント、誰のせいでこんな苦労したのか。

一発殴ってやりたかったが、桂が一人先を急いだので、彼を追って志乃達も屋敷の奥へ向かった。

 

********

 

「ここか?」

 

「はい、確かここに入っていったはずです」

 

あの騒動の中、一人冷静にエリザベスの行く先を見ていた時雪が、桂の問いに頷く。

しかし妙だった。人の気配が全くしないし、追手が来ない。

時雪が不安そうに呟く。

 

「もしかして、罠かも……」

 

「その可能性は高いな」

 

「何言ってんのアンタら。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょ」

 

「案ずることはない。俺達を誰だと思っている。貴様らとはくぐってきた修羅場の数が違うんだ。くだらぬ罠になど嵌るものか」

 

何故か自信たっぷりに言う志乃と桂が、先導して前に進む。

後ろから時雪とミサトと橘が仕方なくついていくと、三人が屋敷の中に入った瞬間、扉に鉄格子がかけられた。

 

「ちょっとォォォォ‼︎おもっくそ罠じゃねーか!閉じ込められちゃったよ⁉︎」

 

「バーカ違うよ。オートロックなんだよアンタ知らないの?」

 

「何度も言わせるな。俺達がそんなバカな策に嵌るわけがない」

 

決して罠だと認めない二人が、先に進む。

壁に掛けてあった掛け軸が突如巻き上がり、そこから画面が現れる。そして、遠山が映った。

 

『ガハハハ、よく来てくれたな桂と愉快な仲間達!我がからくり屋敷へ!エリザベス君を追ってわざわざここまでご苦労だったな。だが残念ながら、君達は私のワ……』

 

ガシャン

 

画面に、志乃の蹴りと桂の拳が同時に入る。画面は見事粉々に割れてしまった。

時雪が二人に尋ねる。

 

「ねぇ、あの人今明らかにワナだって言おうとしてたよね?」

 

「違う。『君達は私のワイフをどう思いますか』と言おうとしたんだよ」

 

「英語の教科書⁉︎」

 

その時、反対側の壁からまたしても掛け軸が巻き上がり、画面が出る。

 

『人の話は最後まで聞けェェ‼︎普通あそこで壊すかァ⁉︎取り敢えず話全部聞いてから壊すんじゃねーの⁉︎こっちはなァ、このために原稿用紙4枚分の……』

 

ガシャン

 

またしても画面に志乃の蹴りと桂の拳が同時に入る。そして今度は二人で画面を殴りつけた。

そんな二人を、時雪とミサトが見つめる。

 

「これ是が非でも認めないつもりだよ」

 

「負けず嫌いだな。だがそんな志乃も可愛い」

 

しかし、とにかくこれが罠であることが確かになった。慎重に先を進むべきとミサトが促そうとしたが、橘が奥の扉をあっさりと開けてしまった。

扉の奥から、縄で吊るされた丸太が迫ってくる。時雪と橘が咄嗟に避け、丸太は志乃と桂に襲いかかった。

二人は丸太を一瞥すると、金属バットと刀を抜き、丸太にぶつける。丸太はミシミシと音を立ててヒビ割れ、粉砕された。

 

「志乃……これしきのものは断じて罠とは言わんな」

 

「当然でしょ、私らは罠にかかるほどアホじゃないよ。これはアレだよ……」

 

「「いたずらだァァ‼︎」」

 

猪突猛進する二人に、次から次へとトラップが襲いかかる。鉄球に矢に爆発。それらをくぐり抜けていく。

 

「大人は子供の遊びに付き合ってやる義務がある、なァ志乃!」

 

「おおよ!ワザとだから!コレワザと引っかかってやってるだけだからな!」

 

「その通りだ!頭を使って考えたいたずらが成功することによって、味をしめた子供達は頭を使うことが好きになる!結果発想力及び応用力に長けた子供が出来上がるわけだ、なァ志乃!」

 

「そうさ!そうして子供は成長していくわけだ!立派な大人になるわけだ!」

 

飛んできた手裏剣、矢を弾き飛ばし、全てのトラップをかわした二人。それを見ていた時雪、ミサト、橘が思わず拍手を送った。

その時、余裕の二人の頭上にあった天井が、突如落ちてきた。押し潰されかけたところをなんとか踏ん張り、受け止める。

 

「「いだだだだだ‼︎」」

 

「まったく……」

 

「可愛いいたずらだぜ」

 

「………………ホント、可愛い人達ですね」

 

「ああ」

 

最後までいたずらと信じて疑わないーーというか、罠だと認めないーー二人を、三人は呆れて見ていた。

 

********

 

なんとか全ての罠をくぐり抜けて、志乃達は広い部屋に到着した。その真ん中にある大きな柱に、エリザベスが縛り付けられていた。

 

「エリザベス‼︎無事だったか⁉︎」

 

愛するペットの姿を見た桂が、エリザベスに駆け寄る。

しかし、志乃はエリザベスの中から放たれている殺気を感じた。

 

「ヅラ兄ィ、そいつに近付くな!」

 

志乃の警告を聞き留めた桂が、足を止める。次の瞬間、エリザベスの体から布を突き破って無数のクナイが飛来してきた!

志乃は時雪を庇って押し倒し、橘とミサトも伏せる。桂もなんとかかわし、無事だった。

 

「エ……エリザベス……」

 

「……クク、残念だったな」

 

穴だらけになったエリザベスから、声がした。

エリザベスを脱ぎ捨て、両目を髪で隠した一人の男が現れた。

 

「エリザベスちゃんはここにはいないよ」

 

「なっ!」

 

「誰アイツ?」

 

突如現れた男は、ミサトを見て笑みを浮かべる。

 

「…………クク。久しぶりだな、風魔ミサト」

 

「お前……全蔵か」

 

「ミサトさん、知ってるんですか?」

 

時雪の問いに、ミサトは頷いてから答える。

 

「元お庭番衆、服部全蔵。お庭番衆の中でも最も恐れられた随一の忍術使いだ」

 

「今はフリーでここの旦那に雇われててね。悪いが元同僚とはいえそっちにつくなら容赦はしねェ。ゴニンジャーだか何だか知らねーが、にわか忍者じゃ本物の忍者には勝てねーよ。いや、たとえ侍でもな」

 

志乃達を囲むように、さらに四人の忍者が現れる。全蔵以外は皆全身を布で覆っていた。

 

「俺達が、最強の五忍だ」



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人の名前も顔も忘れる人は周りに興味がない

「韋駄天の剛‼︎」

 

「毘沙門天の修輪‼︎」

 

「弁財天、薫よん」

 

「広目天、松尾‼︎」

 

「摩利支天、服部全蔵」

 

「「「「「五人合わせて、フリーター戦隊シノビ5(ファイブ)‼︎」」」」」

 

五人が決めポーズをした瞬間、バックに爆発が起こる。

なかなか派手だが意外とそうでもない演出だ。戦隊ヒーローあるある演出を見事再現したシノビ5に、志乃達ゴニンジャーは真顔を向けた。

その時、頭上から声が降りかかってくる。

 

「ワーッハッハッハッ!カーツラァァ‼︎いやゴニンジャーよ、年貢の納め時だな!」

 

志乃達が見上げると、上から遠山が勝ち誇ったように見下ろしていた。

その後ろには、縛られたエリザベスもいる。

 

「シノビ5はいずれもお庭番を務めていた猛者達ばかり!貴様らがひっくり返っても勝てる相手ではない!可愛いエリザベスちゃんの前で朽ち果てるがいい」

 

「エリザベスぅ‼︎」

 

その時床から鉄格子がせり上がって、志乃と時雪、桂とミサトと橘に分散されてしまった。

 

「志乃‼︎」

 

「ヅラ兄ィ、たっちー、ミサトさん‼︎」

 

「俺の心配は無いんですか⁉︎」

 

時雪がミサトにツッコミを入れると、志乃に全蔵が歩み寄る。

 

「てめーの相手は俺だ。クソガキぃぃぃ‼︎」

 

志乃は冷静に金属バットを抜き、斬りかかってきた全蔵の刀を受け止める。

鍔迫り合いの中、全蔵は志乃を押し出そうと力を込めた。

 

「まさかこんな所で会えるとはなァ。てめーのおかげで俺ァなァ、ジャンプ買う度にてめーが来ねェか怖くてビクビクして、買うまでになかなか踏ん切りがつかなくなっちまったんだよォ」

 

「は?待ちなって。…………えーと、ジャンプ……あっ!アレだ!ジャンプ借りパクした金沢君?悪かったってアレはホラ、あの後母ちゃんが倒れてジャンプ読みたいっつって……」

 

「服部って言ってんだろーが‼︎つーかわかりやすい嘘吐いてんじゃねーよ‼︎お前何⁉︎まさか俺のこと忘れたのかァ‼︎」

 

「悪いね、女と男の顔覚えんのは得意じゃねーんだ」

 

「それ全世界の人間じゃねーか‼︎いやっ待て!だったら俺も覚えてねェ!お前なんか知らねェ‼︎」

 

「じゃあ闘り合う理由もないでしょ」

 

「うるせェェ!覚えてねーけどなんか腹立つんだよォ‼︎」

 

全蔵の怒りの一閃が志乃を襲う。

志乃はトンと軽く床を蹴り、跳躍して全蔵の頭を踏み台にした。そのままさらに弾みをつけて、時雪の元へ跳ぶ。

 

「えっ?志乃?」

 

「ボーッとすんな‼︎」

 

時雪がキョトンとした瞬間、彼の足元に一輪のバラの花が飛んできた。

刹那、時雪は志乃に抱えられ、次々と飛んでくるバラから逃れる。

 

「なっ⁉︎」

 

「危ねっ」

 

時雪を抱えたまま空中で一回転し、着地する。その時、天井の梁から薫が降りてきた。

 

「アラなかなかやるじゃない、お嬢さん……」

 

「アンタさァ、人にモノ投げる時は相手に配慮して投げろって先生に教わらなかった?」

 

「お荷物抱えたままじゃ忍者に勝てないとも教わらなかったのん?」

 

時雪を下ろした志乃は、金属バットを構えて全蔵と薫と対峙する。

一方、桂達も剛達と対峙していた。剛が鉄格子越しに、時雪を庇いながら立つ志乃を鼻で笑う。

 

「愚かな娘だ。あの全蔵相手に、荷物を抱えて勝てるはずもない」

 

「私のデーターでは、勝率99.8%と出ました。あの娘が間違いなく叩きのめされます」

 

「ほう」

 

松尾が眼鏡を指で押し上げて言うと、橘が棒を手にする。

 

「なめられたものだな、俺達も」

 

「殺気立つな、剛三。貴様の悪い癖だ」

 

一歩進み出た橘の肩に、桂の手が置かれる。桂もまた抜刀していた。

 

「しかし、俺の娘をバカにしたからには、少々痛い目に遭ってもらわねばならんな」

 

「志乃はお前らなんぞに殺させない。殺すのは俺の元から離れるその時だ」

 

「おいテメーら聞こえてっぞ。たっちーはまだ良しとしよう。だが娘呼ばわりと殺す宣言は許さねー‼︎」

 

鉄格子越しに三人に叫ぶ志乃は、回し蹴りで跳んできた全蔵を蹴り飛ばし、薫のバラをバットで叩き落す。

剛は余裕の表情で、印を結んだ。

 

「フフフ、我が忍術の前に散るがいい‼︎」

 

「散れ」

 

ズバッ

 

「のぉぉぉぉ⁉︎」

 

忍法の名前を叫ぶ前に、桂が剛に斬りかかる。剛は体を反らして咄嗟にかわし、切っ先は剛の服を掠っただけだった。

 

「貴様ァァ何をする‼︎今技の名前を叫ぼうとしただろーがァ‼︎何故斬りかかった‼︎」

 

「何故?愚問だな、ヒーローが技名を叫ぶのをただ待っている怪人がどこにいる」

 

「スーパー戦隊か仮面ライダーを見ろォォォォ‼︎怪人みんな待ってるから‼︎ヒーローに倒されるの律儀に待ってるから‼︎」

 

「さらばだ」

 

剛のツッコミすら聞き留めず、さらに桂が跳び蹴りを食らわせた。

床に倒れた剛の前に、修輪が立つ。

 

「おのれ、よくも剛を‼︎ならば俺の番だ!忍法怒品愚(ドーピング)‼︎」

 

闘気を高めた修輪の前には、橘が棒を携えて眼前に現れた。右手に棒を持ち、左手をその先に添える。

 

「お前の番はもう終わりだ」

 

橘がボソッと呟いた瞬間、修輪の腹に棒が突き刺さった。修輪はそのまま壁に突き飛ばされ、後頭部を強打して気絶した。

倒した修輪を見下ろし悠々と棒を肩に担ぐ橘を見て、松尾は後退りした。

 

「まずい、私のデーターによるとこのままでは地の文挟んだ次のセリフで倒される確率が99.8……」

 

「残念、お前が倒されるのはここだ」

 

松尾の脳天に、ミサトの踵落としが炸裂する。

これでシノビ5の三人をノックアウトした。半数以上がやられ、遠山が流石に焦る。

 

「おっ……おいィィィ‼︎何やってんだてめーらァァ‼︎服部どーいうことだ、最強の五人じゃなかったのか⁉︎」

 

そう訊いて全蔵を振り返るが。

 

「ちげーよ、ペガサス流星斬はここから始まってだな」

 

「何言ってんだ。アレはペガサス座の軌跡を描いてんだよ。アンタのそれメチャクチャだから」

 

志乃と二人揃って、ペガサス流星斬のポーズについて議論を展開していた。

 

「服部ィィィ!てめっ何やってんだァァ‼︎中学生の休み時間かァァ‼︎」

 

「お奉行、昔ジャンプでやってた聖侍聖矢の技!アレこうですよね?」

 

「お奉行‼︎ガツンと言ってやって!バカだよコイツ、バカだよ!」

 

「二人共バカだろーが‼︎ちなみにあの技はこうだ!アニメ全部録画してた!」

 

敵同士でなんともアホな話題で討論を繰り広げる二人にツッコミを入れつつ、遠山はちゃんとポーズも説明した。

呆れた遠山が、今度は薫と時雪を見やる。

 

「最近ねェ、昔付き合ってた彼氏にヨリ戻そうって迫られてて……」

 

「未練がましい男もいるもんですね。そんな奴、ガツンと言って思いっきりフっちゃえばいいんですよ」

 

「てめーらは何ありがちな恋愛相談してんだァァ‼︎」

 

溜息を吐く薫の肩に時雪が手を起き、アドバイスをしていた。敵同士でプライベートな会話をする二人に、またしても遠山のツッコミが入った。

敵を一掃した桂、ミサト、橘が鉄格子に手をかけてブーイングする。

 

「志乃、いつまでやっているんだ。さっさと片付けろ」

 

「……眠い」

 

「志乃、早く決着をつけてくれ。そしてこの後一緒にホテルに行こう」

 

「アンタ志乃に何つー誘いしてんですかァ‼︎行っちゃダメだからね、絶対に行っちゃダメだからね志乃‼︎」

 

ミサトの誘いを、時雪がシャウトで叩き落す。さらに志乃にも忠告するが、志乃は振り返ることなく、溜息を吐いて金属バットを肩に置いた。

 

「さーて、外野もうるさくなってきたし。ケリつけますかァ」

 

「そうだな」

 

対峙した志乃は金属バットを、全蔵はクナイを構える。

 

「アンタとはヤケに話が合うね。もっと違う出会い方したかったよ、お兄さん」

 

「いやだから、前に違う会い方してるって言ってんだろーが‼︎」

 

突如、全蔵が床の爆発と共に姿を消した。志乃は眉をひそめたが、足元から殺気を感じた。

殺気の正体を認める前に、反発的に志乃は跳躍して前転する。それとほぼ同時に、床下からクナイが飛んできたのだ。

 

「チッ、こざかしいマネしやがって……」

 

舌打ちを立てた志乃の鼻を、甘い匂いが掠める。それを嗅いだ時、身体中を痺れが駆け巡った。まるで呪われたように、身体が動かなくなったのだ。

薫の高笑いが、動けない志乃の耳に入る。

 

「ホーホホホ、私のバラの香りはどう?忍法『呪縛旋花』!私の毒バラの香りを嗅いだ者は身動き一つとれなくなるわよん!さァ今よん全蔵!トドメをさしなさい!」

 

どうやら身体が動かないのは、薫の忍法にかかったせいらしい。毒バラの香りが身体中に蔓延し、さしもの銀狼も身動きがとれなかった。

今の状態で、全蔵が襲いかかってきたら……間違いなく、お陀仏だ。

 

ーーくそッ、どうすりゃいいんだよ……!

 

自問自答を繰り返しても、答えは出ない。心臓の音がやけに大きく聞こえた。

 

時雪はこの状況を見て、何とか志乃を救えないかと考えていた。

志乃は今、毒バラの匂いにより身体の自由を奪われている。

匂いというものは意外と単純で、どんなにいい匂いを嗅いでもその次に異臭を嗅げば、すぐに脳はそれに順応する。ならば、毒バラよりも匂いのキツいものを嗅がせればいいのだ。

しかし、匂いのキツいものなど、そんな簡単にあるわけがない。何か、何かないか。

ゴソゴソと服を探っていると、懐からタッパーが現れた。その中にはーー。

 

「そうだっ!志乃‼︎」

 

時雪はタッパーを抱えて、志乃に駆け寄る。しかしその時、時雪の鼻にも毒バラの匂いがやってくる。とにかく、志乃を助けなければ。

時雪がタッパーを開けると、中からとても酸っぱい匂いがした。

 

「なっ、なにィ⁉︎」

 

「まさかアレは………………‼︎」

 

「そう!茂野家特製、梅干しだァァァ‼︎」

 

時雪がタッパーごと梅干しを志乃に投げつけたその時、彼女の背後から全蔵が床を破壊して躍り出る。

 

「死ねェェェ!クソガキ‼︎」

 

全蔵は動けない志乃に向かって、クナイを振るう。しかし、クナイを突き出した瞬間、シソが顔にべったりと付いた笑顔が現れた。

動けないはずの志乃が、こちらを見てニヤリと笑っている。

それを彼が認めた瞬間、志乃は振り返って金属バットを全蔵の尻めがけて突き出した。

 

「死ぬのは……てめーだァァァァ‼︎」

 

金属バットは見事全蔵の尻に直撃し、そのまま吹っ飛ばす。全蔵はあまりの痛みに耐えかね、床に転がって悶えていた。彼に薫が駆け寄る。

 

「全蔵!全蔵ォォ‼︎ひどいじゃない!全蔵はね、痔を患っているのよォ!」

 

「知るか」

 

振り返って怒りの声を上げる薫の顔面を、志乃が踏みつける。

遠山は最強の五忍を倒した五人に恐れおののいていた。

 

「バ……バカな。シノビ5が……そんなバカな……」

 

「じゃァあとは、あいつ倒せば大団円だな。たっちー」

 

「任せろ」

 

時雪に貰った手拭いで顔を拭く志乃が、橘を呼びつける。

それだけで彼女の意を察した橘は、出口までに至る鉄格子の一部分を引き抜き、遠山に投げつけた。

 

「ぎゃあああああ‼︎」

 

「そこで眠れ。そして自らの誤ちを悔いることだ」

 

「わー、たっちーかっくいー」

 

棒読みで賞賛の拍手を送り、ひしゃげた鉄格子を乗り越えて桂達と合流する。

と、ここで重要な事を思い出した。

 

「……あれ?エリザベスって確か……お奉行と一緒にいましたよね……?」

 

その場にいた全員が、固まる。そして、ゆっくりと上を見上げた。

そこには、鉄格子により突き刺されたエリザベスの姿が。絶望のあまり、桂が頭を抱えて絶叫する。

 

「エッ……エリザベスぅぅ‼︎なんてこったァァ‼︎エリザベスがァァァ‼︎ひどい!ひどいぞォォォ‼︎そんな……アレだ……ひどいぞォォ‼︎」

 

「…………ん?」

 

しかし、志乃はエリザベスのおかしな点に気がついた。

 

「ねぇヅラ兄ィ、アレおかしくない?中からアレ……綿みたいなのが」

 

「あっホントだ。血とか全然出てませんよ」

 

「あり?」

 

錯乱しかけていた桂が、一瞬にして落ち着く。そこに、第三者の声が入ってきた。

 

「だから言っただろう。ここにはエリザベスちゃんはいねーって」

 

声の主を振り返ると、全蔵が尻を押さえて体を起こしていた。

 

「最初からエリザベスちゃんなんていねーんだよ。まだわかんないの?あのオッさんはなァ、桂、お前の首をとるためにわざわざあんな人形作ってお前を誘き出したんだよ。お前ら騙されてたんだよ。ププッ」

 

ーーってことは、私ら今まで何でこんな苦労してまでやってきたんだ?その意味は?

 

志乃達の怒りの矛先は、自然と桂一人に向けられる。

 

「ヅラ兄ィヅラ兄ィ。どーいうこと?」

 

「…………そういえば、前日に蕎麦のお揚げ取り合って喧嘩したの忘れてた」

 

プチン

 

桂の一言により、全員の堪忍袋の緒が切れた。

 

「お前それただ喧嘩して出てっただけじゃねーか‼︎」

 

「ふざけんじゃねェェェ今までの苦労を返せェェェェ‼︎」

 

こうして桂は見事袋叩きに遭い、しかもそのまま放置された。

この後、エリザベスとは無事再会。事なきことを得たものの、しばらくは志乃により一層冷たい対応を受けることとなるのだった。

 

ちなみに、実家からの贈り物であった梅干しを、仕方のないこととはいえあろうことか彼女に投げつけてしまった時雪は、弟妹達にこき使われる日々が一ヶ月近く続いたというーー。




次回、新八が文通します。


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文字でしか伝えられない気持ちもある

この日、志乃はまたまた暇だったので、銀時の元に遊びに行った。すると何故かすぐに新八の家に向かうこととなった。

机の上に置いてある饅頭を頬張り、中に入っているこしあんに舌鼓を打つ。

 

「あん?新八の様子がおかしい?」

 

銀時が問いかけると、お妙は一度頷いてから続けた。

 

「そうなんです。最近はウチに帰ってきても、スグに部屋に篭ってしまってロクに話もしないし。それに朝方まで寝ないで、部屋で何かシコシコやっているようなんです」

 

「シコシコ?」

 

志乃が復唱すると、すかさず銀時が志乃の頭をパンと叩いた。しかし話の途中なので、抗議の声を上げることもなく、頭をさすりながらジロリと銀時を睨む。

 

「そうなの。部屋の前に丸めた紙みたいな物が散乱していて……一体何をしているのかしら」

 

「部屋に乗り込んで直接訊けばいいじゃん」

 

一番安易で単純な解決策を志乃が打ち出すと、またもや銀時がパンと頭を叩いた。

 

「何すんだよ!」

 

「お前は取り敢えず黙ってろ」

 

「はァ?」

 

わけがわからず、志乃は首を傾げる。銀時だけでなく、お妙にも窘められた。

 

「志乃ちゃんは大人の男の人とずっと一緒だったからわからないかもしれないけど、新ちゃんみたいな思春期の男の子には色々あるのよ」

 

「そうなの?」

 

「そういうものなのよ。とにかく難しい年頃だから、こういう事は男の銀さんに訊いた方がいいかと思って。ちょっと様子を見てきてもらえます?」

 

「ほっとけよ。男はな、年頃になると家族とか鬱陶しくなる時期があんだよ。そうやって自立していくの」

 

「グダグダ言わないの。ほら、行くよ」

 

志乃は立ち上がって、銀時の着物を引っ張って立たせようとする。

まだまだ未熟ながらも、新八は志乃にとって尊敬する師匠だ。師匠が困っているのに黙っているわけにはいかなかった。

しかし、銀時はテコでも動かない。志乃はブスッと頬を膨らませ、着物から手を離した。

 

「しゃーない。私、様子見に行ってくるわ」

 

背を向けて部屋を出ようとしたその時、志乃の隣を猛然と銀時が駆け抜け、新八の部屋に向かっていた。

 

「…………どんだけ私に行かせたくないんだよ」

 

廊下を走る銀時の背中が小さくなっていくのを見つめながら、志乃はボソッと呟いた。

 

********

 

銀時よりずっと遅れて、ようやく新八の部屋の前にやってきた。途中何だか怪しい格好をした女性らとすれ違ったが、取り敢えず無視を決め込む。

そして、堂々と部屋の襖を開けた。

 

「よーっす、師匠〜」

 

「うわっ⁉︎し、志乃ちゃん……」

 

「そんな驚かないでよ。傷つくわ〜……」

 

部屋に一歩踏み込むと、そこにはたくさんのお通グッズが並べられていた。襖にも壁にも貼られている。流石オタクだ。

部屋の奥にある机の前に、新八は座っていた。さらにその前には、銀時が寝転んで写真を見ている。

銀時の背後にまわって肩越しに、志乃も写真を覗き込んだ。写真には、とても可愛いツインテールの女の子が写っていた。

 

「誰コレ?」

 

「知らね。新八の文通相手だとよ」

 

「文通?」

 

銀時の言葉を受けて、志乃は机に向かう新八を振り返る。

 

「じゃ、師匠は夜な夜な手紙を書いてたの?」

 

「んだよ、青くせーことやってんなァ」

 

人の家で平気でゴロゴロするだらしない兄が、妹の言葉に乗せる形で言う。

新八が二人に注意を頼んだ。

 

「姉上には言わないでくださいよ。女の子と文通なんて知ったら色々とアレなんで」

 

「アレなんでって何だよ。何かやらしい事でも考えてんのか」

 

「うわー、師匠キモい」

 

「かっ……考えてねーよ‼︎そっそーいう風に思われるのが嫌なんだよ」

 

今間があったぞ。間が。それはつまり少なからず下心はあるということか。

訝しげな志乃の視線に、新八は咳払いをした。

 

「僕はただ、純粋な気持ちで彼女と交流したいだけです。だって、あの広大な海を漂って僕に届いた手紙ですよ。何かの縁があるんですよ。でも姉上が知ったら、ふしだらだとか怒られるに決まってますもん」

 

「んなことねーよ。意外とそういうのは理解あるんじゃねーの、お前の姉ちゃん」

 

「姉弟なら信じてやんなよ。大丈夫、姐さんは何があっても姐さんだよ」

 

「いや、ないから」

 

新八が銀時と志乃の発言をバッサリと切り捨てる。その時、スーと襖が開いた。

 

「新ちゃん」

 

「!姉上⁉︎」

 

「お茶とお菓子持ってきたから、よかったら食べて」

 

お妙が新八を気遣って、茶と菓子を持ってきたのだ。

しかし、部屋に差し出されたお盆の上に乗っていたのは、何故か穴の開いたこんにゃくとローション。大切な事なので要点をおさらいしよう。茶と菓子と称して、お妙が穴の開いたこんにゃくとローションを持ってきたのだ。

そして、目も合わせずに襖に手を置く。

 

「……新ちゃん。新ちゃんはどんなになっても……私の……弟だから」

 

その言葉を最後に、パタンと襖を閉じた。

 

「ホラな、わかってくれてるだろ」

 

「どんな理解のされ方してんだァァァ‼︎」

 

他人事のように言う銀時に、新八のシャウトが炸裂する。

流石は我らがツッコミ隊長。文通ほったらかしでツッコミを入れる。

 

「アンタ人の姉ちゃんに何話したんだァァ‼︎何でお茶としてローション出てくんだよ、何でこんにゃくに穴開いてんだよ!完全に勘違いしてるよ、一回も目ェ合わせてくれなかったよ‼︎どーしてくれんだァこれから超気まずいだろーがァ‼︎」

 

「まァまァ落ち着きなよ師匠。ローションがアリなら文通もアリでしょ。やったね、お悩み解決」

 

「全然良くねーんだよ‼︎文通バレた方がはるかにマシだったわ‼︎つーか何ナチュラルにこんにゃく食ってんの‼︎」

 

他人事のようにもちゃもちゃとこんにゃくを食べる志乃にも、師匠からツッコミが入った。うーん、手厳しい。

志乃はこんにゃくの最後のひとかけらをパクリと口に含み、味気ないそれを咀嚼した。

 

「んで?どんな文章書いてんの?」

 

新八の肩越しに紙を奪い取り、それを眺めてみた。

『はじめまして』から始まりやたら長い自己紹介へと続いていく。パッと一目見た志乃は、それを指で弾いて返し、一刀両断した。

 

「何これ。長いし普通だし面白くない」

 

「べ……別にいいでしょ、奇をてらったって仕方ないでしょ手紙で」

 

「奇をてらわないでどーすんのさ。相手は手紙を海に流してランダムで文通相手探すよーな奇のてらい方してんだよ?」

 

銀時も、志乃の背中越しに手紙を眺め、ウンウンと頷く。

 

「そうだぜぱっつぁん。そもそも奇抜なことが好きな奴ってのはな、飽き性が多いんだ。おそらく三行以上の文章は読まねーよ」

 

二人の助言を聞いて、新八は納得して手紙に目を落とした。

 

「……確かに、僕の手紙は長い上に要点がよくわからないですね」

 

「向こうの情報がロクにない以上、こっちの事をわかってもらうしかないだろ。自己紹介なら三行で収まる」

 

「あと写真もいるよね。向こうに合わせてこっちも写真送らなきゃ」

 

「そうか、そういやそうだ。でも自己紹介なんてたったの三行で出来ますか?」

 

「出来るだろ。とにかくシンプルにわかりやすくしねーとよ。こんなんどうだ?」

 

そう言って銀時が提案したのは。

 

 

志村新八|眼鏡買い替えました

 

 

そして志村新八の上に、眼鏡の写真を置く。

もちろんすかさず新八のツッコミが飛んだ。

 

「何の単行本だァァァァ‼︎コレ単行本の表紙の裏のアレだろコレ、よく見たことあるわ!何で著者近影眼鏡しかねーんだよ!」

 

「著者は姿見せると作品の人気が下がる場合があるから」

 

「失礼なこと言うんじゃねーよ!」

 

眼鏡の著者近影に文句をつけてから、今度は文章にもツッコミを入れる。

 

「つーか文章三行どころか一行しかないでしょーが!写真も文章も眼鏡にしかふれてねーよ」

 

「色々書こうと思ったんだけどな、眼鏡しかなかったんだよ凹凸(おうとつ)が」

 

「ホラ、師匠って平面に眼鏡だけ転がったような人間じゃん。他に凸凹(でこぼこ)ないじゃん。出来るだけ引き伸ばしたけどこれが限界。これ以上はムリ」

 

「どんだけつまんねー人間だよ‼︎ていうか志乃ちゃん僕のことそんな風に思ってたの⁉︎」

 

弟子に散々バカにされて、新八のツッコミに若干怒りが混じる。当の本人は、テヘペロとばかりにウインクして舌をチラリと出し、コツンと頭に拳をやった。

銀時が、新八を窘めるように言う。

 

「いやでも、これ位の方が想像の余地があって深いカンジなんだよ。オシャレなカンジに」

 

「どこが⁉︎眼鏡買った報告しかしてねーよ。つーか買ってないからね、眼鏡なんて」

 

「わかった、じゃあこうしよう。著者近影と名前はそのままにして」

 

 

めがねを

買い替え

たんだなあ

ぱちを

 

 

「深みが一気に増しただろう、三行になったし」

 

「みつを風になっただけだろーが‼︎1ミリたりとも深さ増してねーよ!眼鏡買っただけだからね、つーか何度も言うけど買ってないからね眼鏡」

 

「話を面白くするためにはちょっとした脚色も必要なんだよ」

 

「全く面白くなってないから‼︎もっと鮮やかな色塗ってよ‼︎」

 

チッ、注文の多い奴だ。志乃はボリボリと頭を掻いて、溜息を吐いた。

 

「しゃーねェ。コレなんてどーよ」

 

 

たくさんのメガネを送って頂き

ありがとうございました

Sと一緒にかけます〈新八〉

 

 

そしてこの前に、またまた眼鏡の著者近影を入れる。

 

「ジャンプの目次になってんだろーが‼︎何でバレンタインみたくなってんだよ‼︎何でたくさんのメガネが送られてきてんだよ‼︎S(スタッフ)って誰だァ‼︎」

 

S(スタッフ)じゃない、S(しんぱち)だよ」

 

「結局新八しか眼鏡かけてねーだろうが!何にも状況打破出来てねーよ」

 

新八は二人の案をバッサリ切り、ツッコミはさらに続く。

 

「つーか完全に主旨ズレてるでしょ、こんなもん送ったら、あの娘から手紙じゃなくてメガネ受け取ったみたいになってるでしょコレ。一旦原点に立ち帰りましょ‼︎振り出しからやり直しましょ‼︎」

 

原点に立ち帰る。それを聞いた志乃は、ピコンとあるヒントが浮かんだ。

 

「そーだよ‼︎原点だよ師匠。アンタの言う通り、最初に戻って考えればいいんだよ」

 

「え?」

 

「思い出してみなよ師匠。アンタ、この手紙の一体どこに魅かれたわけ?」

 

キョトンとする新八に、志乃はくつくつと笑いながら写真を手に取った。

 

「奇抜な手紙の送り方でも、簡潔な文章でもねェ。写真(コレ)だろ」

 

「うっ‼︎」

 

写真に写る、別嬪さん。それと志乃の核心を突く言葉に新八は言い淀んだが、反論を試みる。

 

「ちっ、違うよ!僕はそんな人を見た目で判断……」

 

「じゃあ聞くけど、アンタもしこの娘がブサイクだったら文通しようと思った?」

 

「………………」

 

今度こそ新八は何も言えなかった。志乃は口角を上げ、一気にたたみかける。

 

「そうさ、つまりいくら頭悩ませて名文送ろーが何しよーが、結局最後にモノを言うのは…………写真(みため)なんだよ‼︎」

 

「うぐっ……否定出来ない」

 

写真を突きつける志乃は、何故か勝ち誇った表情を浮かべる。

さながら犯人を解き明かした名探偵のようだが、そこでカッコつけても何も解決してねーぞ。と、銀時は心の中でツッコむ。

 

しかし、見た目がモノを言うならば新八に勝ち目はないだろう。

何故なら彼は、地味、冴えない、眼鏡という黄金の三原則を兼ね備えている男だ。何に対しての三原則かは置いておくとして、とにかく別嬪さんに相手されるかどうかと考えると、間違いなくされない。

銀時はおもむろに、机の上に置いてあったカメラを手にした。

 

「新八、眼鏡を取れ」

 

「‼︎ムッ……ムダですよ、眼鏡なんか取ったって僕なんか」

 

「新八、健全な魂ってのはなァ、表にも現れるもんだ。安心しろ。お前はいい(もん)持ってる」

 

「銀さん…………。やります、僕やってみます!」

 

銀時の励ましで前を向いた新八は、眼鏡を外し髪を整え、一昔前のアイドルのような格好になった。

 

「どうですか‼︎こういうカンジで」

 

しかし、庭に出た二人は、桜の木の下で眼鏡の写真をひたすらに撮る。

 

「銀、もうちょい左」

 

「ハイ笑ってー、新八君」

 

「僕を撮れよォォォォ‼︎新八君こっちィィィ‼︎」

 

銀時の背中から眼鏡を覗いて指示を出す志乃を、蹴っ飛ばした。志乃はそのまま前のめりに倒れ、ドミノ倒しのように銀時諸共倒れ込む。

 

「何すんのさ!私らは何も間違ったことしてないよ⁉︎」

 

「そうだ、新八の成分の95%は眼鏡だ。どっちかっつーともうこっちが新八だろ」

 

「5%しか僕の居場所ねーのかよ‼︎」

 

「何言ってんの、残りは3%が水分で2%がゴミだよ」

 

「ゴミの中に入ってんの⁉︎もしかして2%しかないの⁉︎つーかコレさっきと寸分違わねーだろうが‼︎違う意味で振り出しに戻ってるだろ‼︎」

 

最早人間扱いされていなかった新八。つまり普段の彼は、人間をかけた眼鏡だったのだろう。

それでもめげずにツッコミを入れる新八だが、もちろん二人には認識されない。

 

「あっコレなかなか良いんじゃない、銀」

 

「おおっ、確かにこの桜の木にかかってる一枚は良いな。サマになってる」

 

「新八にかけろォォォ‼︎」

 

新八のツッコミすらスルーするスキルをフルに発揮し、二人はさらにいい写真を目指してシャッターを切り続ける。

 

「だがイマイチ決定打に欠けるな」

 

「あたりめーだろ、本体ねーんだよ!」

 

「もっといいモチーフないかな?」

 

首を捻りつつ、アレコレに眼鏡をかけて試してみる。そしてついに、理想的なモチーフが現れた。

 

「よし、これだ」

 

「何でィこれ?つーか嬢ちゃん、近藤さん来てねーかィ?」

 

「おー、いいよカッコいい。あ、近藤さんは知らない」

 

沖田の質問やら疑問を取り敢えずかわし、銀時はシャッターを切る。もちろん、沖田には眼鏡をかけてもらった。

 

「全くの別人だろーが‼︎」

 

「かなりカッコよく撮れたな、新八」

 

「新八じゃねーよそれ、何?死んでいい?」

 

「まぁまぁ師匠。嫌な事は飲んで忘れちゃいなよ」

 

「忘れられるかこんなの‼︎ていうか志乃ちゃんのせいでもあるんだからね⁉︎僕がこんな惨めな気持ちになったの!」

 

志乃はしゃがみ込んだ新八に合わせて、屈んで背中をポンポン叩き、慰める。それが逆効果だったらしく、新八はさらにいじけてしまうのであった。



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文字では伝えられない気持ちがある

それからしばらく。文通相手の女の子から、返信が来た。

文通相手の女の子はうららというらしく、さらに手紙では新八のことをもっと知りたいと書かれてあった。縁側に寝転ぶ銀時と共に手紙を読んだ志乃は、拍手を送る。

 

「おー、やったじゃん師匠」

 

「もうメロメロじゃね?どうするよオイ、教えちゃう?あんな事やこんな事まで教えちゃう?」

 

「あんな事やこんな事って何?」

 

「あー、いちいち気にすんな。お前は黙ってろ」

 

志乃の質問を銀時が一蹴する。その後ろで、新八は手紙に同封した写真に目を落とした。

 

「……いや……銀さん……コレ、彼女が知りたがってるのって……僕じゃなくて、沖田さんじゃね?」

 

そう。あの後結局、眼鏡は新八の元に戻ったものの、肝心の写真は何故か沖田が新八を斬っているようなシーンを写したものになった。

新八はさらに銀時に問い詰める。

 

「コレが僕志村新八ですってこの写真渡されたら、誰が見ても僕じゃなくて沖田さんを新八と思わね?」

 

「大丈夫だよ、ちゃんと写ってるじゃん新八も。いい顔してるよ」

 

「写ってるって身体半分以上フレームアウトしてるだろうが‼︎ただの斬られ役Bだろーが‼︎」

 

「細かいことグチャグチャ言うなよ男のクセに。二枚目に勘違いされるならそれに越したことはないじゃん」

 

「そーそー、俺達一つも嘘は言ってないからね。ちゃんと新八も写ってるからね。それを向こうさんが勝手に勘違いしたとしても、それはもうこちらは知らないって話だから」

 

「こんなもん誰が見たって勘違いするわ!」

 

「まーまー、そんな怒らないでよ師匠。兎にも角にも返信してもらうっていう第一関門はクリアし……」

 

「甘いな」

 

志乃の言葉を遮る声があった。志乃は思わず立ち上がり、銀時も体を起こす。

軒下から、ヌッと近藤が出てきた。

 

「第一関門?そんなものはまだまだ先、お前達はまだ門の前にすら立てちゃいない」

 

「門から入ってくることも出来ない奴に言われる筋合いねーよ」

 

「ぐぼォ!」

 

縁側から飛び降りた志乃が、近藤の顔面に着地する。志乃の体重と着地の衝撃が相成って、近藤は地面にめり込んだ。

 

「アンタほんと何やってんのさ。ストーカーもここまでくると気持ち悪いよ」

 

「…………ん?」

 

志乃に何か返そうと彼女を見上げた近藤だが、ふと視界にチラリと白い何かが入る。

 

状況を整理しよう。

志乃はいつもの、藤色の着流しを着ている。志乃は動きやすいように普段から服をルーズに着るのだが、その状態で近藤の顔面に立っている。

つまり近藤の視界は志乃の服の中にフレームインしてしまっているのだ。それ即ち。

 

「あ」

 

「?………………ぁ……っ」

 

ようやく志乃も状況を理解し、恥ずかしさに頬を染める。次の瞬間。

 

「てめェェェェェェェ‼︎何ウチの妹にセクハラしてくれてんだァァァァ‼︎」

 

「アンタ姉上だけじゃなくウチの門下生にまで何してんだァァァ‼︎」

 

純粋無垢な妹分兼弟子を汚され、怒り狂った銀時と新八が、二人がかりで近藤をめちゃくちゃに蹴りつける。

ちなみに志乃は銀時に回収され、縁側に戻されてその光景を見ていた。

 

「ぐふっ、ちょ、待てっ!これは誤か……」

 

「うるせーよ‼︎現場はもう抑えてんだよ、現行犯なんだよ‼︎」

 

「てめーコイツの純情勝手に奪ってんじゃねーよ!オイ志乃、今日限りで真選組を辞めろ‼︎俺が許可する」

 

「ぁ、えと……あ、私大丈夫だから……」

 

未だに怒りが収まらない二人をなんとか宥め、ボコボコにされた近藤を回収する。その際志乃はもちろん、着流しの中を見られないように注意した。

 

「近藤さん、いつから軒下(そこ)にいたわけ?ていうか状況知ってんの?」

 

「もちろんだ。ここ数日の経緯(いきさつ)はおおよそ把握している。恋の相談なら、この恋愛のエキスパート近藤に任せろ」

 

「恋愛じゃなくて失恋のエキスパートでしょ。もう諦めなよ。やるだけムダだよ」

 

自信満々に親指で自身を指す近藤に、志乃は嘆息を交えたツッコミを返す。

一応言っておくが、この二人はつい先程まで、加害者と被害者の関係だった。彼らのやりとりを見て、銀時と新八はひそひそと話す。

 

「何であんな事あったのにさらりと会話が続いてんだよ。まさか志乃ちゃん気にしてないの?ウソでしょ、だとしたらどんだけ懐深いの」

 

「いや、あいつの場合は忘れてるだけだ。昔から切り替えの早い奴だったからな」

 

「それっていいことなんですか?いや、確かにさっきのは近藤さんも悪かったと思いますけど、志乃ちゃんも無防備でしたよね」

 

「ま、昔っからコイツの周りにゃ年上の男しかいなかったからなァ。余計な事覚えねーように、そーいうことにはデリケートだったよ、俺達も」

 

ボソボソ話している内容は全て、耳のいい志乃にはちゃんと聞こえていた。若干言いたいこともあったが、全てを呑み込んでここは自分が大人になってやる。

そして話を続ける。

 

「近藤さん文通やったことあるの?」

 

「ああ、もちろんだ。手紙がくる度にドキドキしてな。何度振込に行ったかわからんよ」

 

「文通じゃねーよそれ‼︎架空請求‼︎」

 

「架空じゃない‼︎確かに俺の胸に残っている」

 

「利用したのかよアダルトサイト」

 

やはり近藤も、まともな恋愛をしたことがないらしい。

以前聞いた沖田の話によれば、近藤はギャルゲーの中ならモテモテだという。三次元に活かせられないのはルックスが一番の理由だろうなぁ。志乃はしみじみとそれを実感した。

銀時と並んで、新八に耳打ちする近藤を眺めた。

 

「新八君、あんな爛れた恋愛しかしたことがなさそうな男に、文通などというプラトニックな恋愛がわかるワケがない。ここは未来の兄たる俺に任せなさい」

 

それにはもちろん黙っているはずもなく、すかさず銀時が絡んだ。

 

「なんだテメーコラ、金の発生する擬似恋愛しかしたことなさそうな奴に言われたくねーんだよ。邪魔すんじゃねーコラ、いいトコなんだよ」

 

「じゃあ聞きますがね、君ここからどーするつもり?相手は新八君に興味を持ち始めた。しかし一体何を語る⁉︎」

 

 

僕は江戸で、万事屋のバイトとして働いてます。万年金欠で、趣味はアイドルの追っかけです。

 

 

「こんなんでモテるかァァァ‼︎なんだよ万事屋って胡散臭っ‼︎なんだよアイドル追っかけって気持ち悪っ‼︎」

 

「モテねーお前に言われたくねーんだよ!万事屋なめんなよ」

 

「そうだよ、アイドル追っかけで何が悪いんだ!嫌がる女性を追いかけるストーカーよりマシだ‼︎」

 

たたみかけるように言われて、銀時と新八はもちろん反論した。

しかしそれも、近藤の珍しい正論で叩き落とされる。

 

「じゃあ君ら聞くけど現在モテてますか⁉︎」

 

「「………………」」

 

「モテてねーだろ!そうさ、基本お前らの生活を正面から書けば、女性の食いつきがいいわけがあるまい‼︎」

 

まぁ確かにそれも納得のいく話である。先程のどストレートな文章では、誰もがいい印象を持たないだろう。相手はこちらの事を何一つ知らない。

しかし。

 

「でも嘘吐けっていうの?私ら色々小細工は使ってるけど、嘘だけは使ってないよ?」

 

「そんな士道に背くこと出来るか。ただ文章というのは、言い方を変えるだけでだいぶ印象が変わると言ってるんだ」

 

「言い方を変える?」

 

キョトンとした志乃に、近藤は先程の文章を使って例を挙げた。

 

 

僕は銀さんという侍の下で侍道を学ぶべく、日夜修行に励んでいます。

趣味は音楽鑑賞。こればっかりには財布の紐も緩みます。おかげで万年金欠です。

 

 

「「おお‼︎」」

 

「さっきと書いてる事は同じなのに、印象が全く違う」

 

180度変わった印象に、新八と志乃は感嘆の声を上げる。そして近藤の文章はこれでは終わらなかった。

 

 

僕の夢は、実家の剣術道場を再興させることです。姉も僕の夢を支えようと、一緒に頑張ってくれています。

姉は本当によくできた女性で綺麗だし、気も回るし、僕も結婚するなら姉のような奥さんが欲しいと常々思っています。

最近はその美しさもさらに磨きがかかり、弟の目から見ても眩しささえ感じます。その美しさは喩えるなら一輪の花。触れれば散ってしまいそうな儚さを持っていながら、その花は決して折れない凛とした強さも内包しているのです。

さらに驚嘆すべくはそんな美しさを持ち合わせながら、彼女はそれに傲ることなく、その魂すらも清く美しく暁光のごとく光り輝いていることにあります。これは奇跡でしょうか。いや、奇跡ではない。何故なら奇跡とは彼女の存在そのものであり、今我々が目にしているのは奇跡が起こしたプチ奇跡に過ぎないからです。

さらに驚くことに姉は……

 

 

「長い」

 

「ぐえっ!」

 

お妙の紹介から完全に路線がおかしくなった。これ以上放ったらかしても、近藤のお妙への気持ち悪いほどの想いが延々に続くだけと判断し、取り敢えず彼の背を蹴っ飛ばす。蹴りたい背中とはこういうことか。

膝をついた近藤を見下ろし、呆れながら志乃は言い放った。

 

「よくもこんな文章を書き起こしてくれたね。読者も大変だったと思うよ。飽きて途中から絶対飛ばしてるよ。ブルーライトとにらめっこして目ェ疲れてるよ読者も。ていうかコレ完全にアンタの視点だろーが。何のための手紙だよオイ、目的見失うな」

 

「そうだな……仕方ない、涙を呑んで一行にまとめよう」

 

 

ムラムラします。

 

 

「どんな弟だァァァ‼︎」

 

今度は志乃でなく新八のツッコミが入る。

 

「だからコレ完全にお前の気持ちだろーが‼︎あんだけ長いこと御託並べて結局ムラムラしてるだけかいアンタ‼︎」

 

「言わないでね、お姉さんに」

 

「言えるかァァ‼︎」

 

やっぱりロクな事を考えてはいなかった。頭を抱えた志乃の横で、銀時は彼らの会話に割って入る。

 

「もうよ、姉ちゃんのことはこの際省こうぜ。姉貴なんていても女からすれば何のメリットもねーよ。なァ志乃?」

 

「うん。ま、最終的に小姑になるわけだもんね」

 

「マズいキーワードは全部取ろう。都合のいい所だけ書いときゃいいんだよ」

 

 

僕は銀さんという侍の下で、日夜ムラムラしています。

 

 

「ムラムラを取れェェェ‼︎一番マズいキーワードが丸々残ってるんだよ!日夜ムラムラって何だよ‼︎年中ムラムラしてるみたいでしょーが‼︎」

 

「週休二日制でムラムラしています」

 

「休みはとらんでいいからムラムラを取れェェェェ‼︎」

 

やっぱりダメだった。ていうかコイツらさっきからムラムラしか言ってないぞ。一体普段からどんだけムラムラしてんだ、気持ち悪い。

色々この男達にツッコみたかったが、師匠のツッコミが炸裂したので、弟子として引き下がっておく。ツッコミに関しては、この師匠には一生勝てないだろう。勝たなくてもいいが。

 

********

 

そして後日、手紙が届いた。

 

 

新八さんにもお姉さんがいるんですね。私にも姉が一人います。

でも、新八さんのお姉さんとは違って、とても弱い姉です。幼い頃から身体が弱かったこともあって、家に籠りがちでいつも一人。

すっかり引っ込み思案になってしまって、身体が治った今も、人と上手く接することが出来ません。まともに話せるのは妹の私と執事の狭州父蔵(せばすちゃんぞう)くらい。

たまに外に出たと思えば、海ばかり眺めて遠い世界に想いを馳せています。自分の殻を破ることも出来ないのに。

こんな姉をどう思いますか?

 

 

手紙を前にして、銀時、志乃、新八、近藤は揃って渋い表情をする。

 

「……お……思ったよりガップリ姉の話題に食いついてきたぞ」

 

「全然……自分のこと書いてないんですけど」

 

「だから言ったんだよ。姉ちゃんの話題は省けってよォ」

 

「手紙でわざわざ互いの姉ちゃんの話に花咲かせてどーすんのさ。話題変えよ、スグに切り替えよ」

 

「しかし無下にも出来んぞ。相手は彼女の肉親、優しくフォローを入れてからさりげに話題を移さんと」

 

「かーっ、レベル高いねェ」

 

四人がどうしようかと机に向かって頭を悩ませていると、窓の外から流れてきた煙草の匂いが鼻をついた。

 

「あっ、やっぱココにいやがった」

 

「!」

 

窓から土方が、近藤を見つけて部屋を覗いてきた。

 

「近藤さん、いい加減にしてくれよ。仕事放ったらかしてプラプラプラプラしやがって。隊士達にフォロー入れる俺の身にもなってくれ」

 

「おっ‼︎丁度いい所に来た‼︎フォローの男、土方十四郎‼︎」

 

「?」

 

近藤が嬉々とした表情をするが、状況を全く呑み込めない土方はキョトンとする。

 

「上にも下にも問題児を抱え、フォロー三昧の日々!トシにかかればまずフォロー出来ないものはない‼︎」

 

「そのフォロー三昧の日々を送っている一因は、紛れもなく近藤さんにもあるよね」

 

力説する近藤に、志乃はボソッとツッコミを入れた。フォローの男っつったって、要するにただの苦労人じゃねーか。

未だ状況を理解出来ない土方は、目の前にいる志乃に尋ねた。

 

「オイ、何の話だよ」

 

「まぁまぁ、とにかく上がりなよ。そこじゃちょっと話しづらい」

 

志乃は窓の縁に手をかけ、土方の肩を掴む。土方が「?」と彼女を見上げる中それを気に留めず、すかさず脇の下に手を入れ、そのまま持ち上げた。

 

「よっこいせー‼︎」

 

「うおわあああああ⁉︎」

 

持ち上げられた挙句、部屋に投げ転がされた。土方はゴロゴロと畳に投げ飛ばされ、頭に手をやった。

律儀に靴をちゃんと脱いでから、志乃に掴みかかる。

 

「クソガキてめー……今日という今日はいくら俺でも許さねェぞ?」

 

「ぁ、いやその……こ、今回はごめん。私が悪かった。まさかあそこまで投げれるなんて思わなくてさ、うん……ハイ、ごめんなさい」

 

普段からなめくさって、沖田と共に問題を引き起こしている志乃だったが、どうやらかなり彼にストレスを与えていたらしい。疲れ切った形相に何故だか申し訳なくなり、今日ばかりは反省した。

彼を宥めつつ、近藤が手紙を差し出す。

 

「まぁまぁ、コレを読んでみろ十四フォローくん」

 

「十四フォローって何だよ、十四郎だ!無理があるだろ」

 

近藤の横で、新八も頭を下げる。

 

「お願いします、フォロ方さん」

 

「統一しろよ‼︎何もかかってねーよ‼︎」

 

ツッコミを返しつつも、土方は手紙を受け取り、目を通す。しばらくしてから、新八に話しかけた。

 

「オイメガネ、お前こんな女のどこがいいんだ。コイツぁどう見てもB型の女だぞ」

 

「B型?」

 

「B型の女は自分勝手でまず人の話を聞かねェ。自分の話だけまくし立てるように喋り、それで会話が成立してると思うタチの女だ。この手合は下手にフォローに回ると延々と一人で喋り続けるぞ。かといって、強引にこっちの話を振ってもまず聞かねェ。相当に上手くやる必要がある」

 

「何その見解。何なの?アンタB型の女に恨みでもあるワケ?」

 

「ねーよ‼︎」

 

「トシ、アレまだ引きずってんのか」

 

「いい加減なことを言うな‼︎」

 

手紙を読んだだけで、相手の血液型まで予想してしまうとはなかなかに恐ろしい。しかし志乃の予想は外れ、土方に一蹴されてしまった。

 

「いや、でもモテる男はやっぱ言う事違うわ、頼りになりますB方(ビジかた)さん」

 

「イチイチ呼び方変えんじゃねェ‼︎」

 

「A型は今日は何をやっても空回り。めげずに頑張れ」

 

「O型は急な雨に見舞われるかも。外出の際は傘を忘れずに」

 

「ただの占いだろーが‼︎何でO型の上にだけ雨が降るんだよ」

 

……アレ?これはフォローと言うのか?ツッコミの間違いじゃないのか?

ボーッとこの光景を眺めている間に、志乃はフォローとは如何にを云々と考えていた。

まぁ今の話には全く関係ないので、後に回しておくことにする。

 

「ま、要するに絶妙なさじ加減のフォローと、相手が気づかないくらいの自然な話題替えが必要ってことか。うーん、なかなか難しいな……」

 

「ガキのお前にゃまだ無理だろ。俺に任せな」

 

ポンポンと頭を軽く叩いて、まずは銀時が文章を考えてみる。

 

 

お姉さんのことを思うと、とても心が痛みます。

でも、うららさんのお姉さんを思う気持ちはきっと伝わっていますよ。いつかきっと、心を開いてくれると思います。

…………開くといえば、うららさんはいつになったら股を開いてくれるんでしょうか。

 

 

「不自然すぎるだろーが‼︎」

 

新八は叫んだその後に、ハッと思い出す。今この場には、こんな下賤な話を聞かせてはいけない相手がいることを。

パッとその人物、即ち志乃を振り返ると、彼女の耳を間一髪土方が塞いでいた。

心配事が減ってホッとした新八は、銀時を振り返ってツッコミを続ける。

 

「志乃ちゃんの前でなんつー話題に切り替えようとしてんだお前は!原始人でももっとマシな口説き方するわ‼︎」

 

「恋をする時、人は皆原始に帰るのさ」

 

「お前だけ帰れ、二度と戻ってくるな!」

 

「全く話にならんな。フォローが足らん。ペラペラじゃねーか。お前は真剣にお姉さんのことを考えていない」

 

と言う近藤が挑戦。

 

 

お姉さんを思うと、ムラムラします。

 

 

「見境なしかい!」

 

新八はツッコんでから、バッと志乃を振り返る。もちろん今回も土方がフォローして耳を塞いでいた。

志乃は何が何だかわからず、首を傾げるだけだ。

 

「フォローどころかお姉さんのことしか考えてねーじゃねーか‼︎アメーバでももっとマシな思考してるぞ‼︎」

 

「恋をする時、人は皆ネバネバさ」

 

「お前の頭ん中がネバネバだろ!」

 

師匠のツッコミから察するに、二人共ダメだったのだろう。まぁ、この二人にまともなフォローが出来ると期待していなかった。

そして最後の砦、土方にまわってくる。

 

「土方さん」

 

「……仕方ねェ」

 

 

お姉さんのこと、色々と新八なさってるようですが、僕はその必要はないと思います。僕はお姉さんに対し、同情の気持ちも励ましの言葉も何も持てません。

だって友達ならいるでしょ。僕が。

 

 

それから筆のスピードを速め、次から次へと書いていく。

 

 

僕がお姉さんの友達になります。

自分の殻が破れないというのなら、僕が外から殻を破りに行きます。

 

 

突き放すと見せかけてからの、超ド級ストレートのフォローが入る。さらにフォローからさりげなく会う約束を取り繕った。

 

 

会わせてください、お姉さんに。あっ……ごめんなさい、突然こんな事書いて……。

綺麗事ばっかり並べて……本当は僕、そんな大層な人間じゃないんです。だって僕……本当は……ただ……ただ、君に……会いたいだけだから。

 

 

「フォローしたァァ‼︎最後うららさんもフォローしたァァ‼︎」

 

ぐあっと怒涛の勢いで書き上げた文章は、文句なしの百点満点。コイツスゲェ。何者だ。

しかし土方は、修正液を含ませた筆で最後の文を消す。

 

「最後じゃねェ。コイツを消しておしまいだ」

 

「消したァァァ⁉︎『君に会いたいだけだから』を消した‼︎何故⁉︎」

 

新八が叫んだその後ろで、近藤と銀時がハッと土方の真意に気づく。

 

「ま……まさか。『君に会いたいだけだから』は、新八君のような純情(ウブ)な少年は照れて書けない一文……」

 

「‼︎……じゃあ、書いた後やっぱり照れて消したことを演出するために……⁉︎」

 

志乃は思わずヘタリと座り込み、感嘆の声を上げた。

 

「し、師匠にまでフォローを……。完璧……完璧だ……‼︎これが、フォロ方十四フォロー‼︎」

 

もうコイツ最強だ。フォローの腕で右に出る者はいないだろう。果たしてコレは本当にすごいことなのか否か……。

土方は書き上げた手紙を封筒に入れ、新八に渡す。

 

「至急送れ」

 

「ハイ‼︎ありがとうございます」

 

新八は一礼してから手紙を受け取り、急いで部屋から出て行った。彼の背中を見送ってから、銀時を見上げる。

 

「うまくいくといいね」

 

「……そーだな」

 

志乃に軽く返事を返し、近藤と土方にボソリと言う。

 

「オイ、おめーら。礼は……言わねーぞ」

 

「わかってるさ。男なら誰しも一度は通る道だろ?」

 

ワハハハハ、と近藤の豪快な笑い声が部屋に響く。しかし、煙草を吸おうとした土方が、ある事を思い出した。

 

「あ。……やべ。近藤さんが書いた文、消すの忘れてた」

 

その一言で、一気に部屋の中が静寂に包まれた。

 

********

 

それからまたまた数日後。

 

「銀さんんん‼︎ちょっとォォォこの手紙見てくださいよ‼︎」

 

ドタバタと、新八が廊下を走ってくる。

手紙とは、先述したあのフォロー炸裂の手紙の返信だ。しかし近藤の書いた文を消すことを忘れていたため、銀時達は最悪を覚悟していた。

銀時と近藤が、耳を塞ぐ。

 

「ヤベッ……俺知らない俺知らない」

 

「俺も知らん、トシだよなトシが悪いんだよな」

 

「元はといえば近藤さんが悪いんだろ!俺も知らねーよ」

 

いい大人三人が、揃いも揃って責任逃れだ。志乃は呆れた。呆れる他なかった。

しかし、新八の声は何故だか弾んでいる。

 

「やりました‼︎ついにやりました‼︎うららちゃん僕と会いたいって‼︎」

 

「…………えっ?」



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文通やインターネットを介しての知人に初めて会うと相手のイメージが必ず崩れる

手紙には、こう書いてあった。

 

 

姉のこと、まるで自分の兄弟のように心配してくれて嬉しかったです。

私も是非新八さんと姉を会わせたいです。

私も一緒に江戸に行くので、是非会いましょう。

 

 

銀時の背中越しに手紙を読んだ志乃は、喜んでいる新八を振り返る。

 

「師匠……おめでとうっ‼︎」

 

「ありがとう志乃ちゃん!」

 

二人でハイタッチしてから、ぐっと拳を握ってさらに続ける。

 

「でもまだまだだよ師匠!会って戦ってうららさんのハートを射抜かなきゃ、この勝負負けるぜ!」

 

「え、いや……何その戦争みたいな論理」

 

「恋は戦争だって昔銀が言ってた。それと、人は皆愛を追い求める狩人(ハンター)だってこないだ近藤さんも言ってた」

 

「あ……そ、そう……」

 

サムズアップして熱く語る志乃に、新八は苦笑を返すしか出来なかった。

しかし次の瞬間、近藤が何を思い早まったのか、ビリビリと手紙を破く。

 

「ギャアアアアア!近藤さん何するんですかァ」

 

「いけませんよォ‼︎16歳でムラムラなんていけません‼︎認めません‼︎兄として‼︎」

 

「いや兄じゃねーし‼︎大体アンタが一番ムラムラしてるでしょうが」

 

「20歳越えてからです、ムラムラは20歳越えてから」

 

「いやアンタ20歳前からムラムラしてただろ」

 

「認めませんん‼︎」

 

「ごちゃごちゃうるさい」

 

志乃が近藤の後頭部を蹴り飛ばして、庭に突き落とす。(ひが)みか。大人げない。

その隣で、銀時は懐からうららに宛てた手紙に同封した、あの写真を取り出した。

 

「どーすんだ、コレ」

 

「お前のせいだろ。責任とってお前がなんとかしろ」

 

今度は銀時も蹴り飛ばし、庭に叩き落とす。

しかしその背中を見つめながら、新八は「いや、志乃ちゃんも便乗してたよね?同罪だよね?」という視線を送っていた。

 

********

 

そしてまた数日後。デート当日。

待ち合わせ場所として定番の家康公の銅像の前で、沖田が写真に写っていたうららと合流した。その様子を銀時、志乃、新八が植え込みに隠れて見守る。

この状況に、新八が疑問を提示した。

 

「………………いや……なんで……?なんで僕の代わりに沖田さんがデート行ってんですかァァ‼︎」

 

「まーまーまーまー、落ち着きなよ師匠。総兄ィならうまくやってくれるって」

 

植え込みで叫ぶ新八を、志乃が宥めようと肩を叩く。しかし、その作戦はうまくいかなかった。

 

「うまくやらんでいいわ!なんでようやくデートまでこぎつけたのに、他人に一番おいしい所持ってかれにゃならんのですかァァ‼︎」

 

「他人じゃねェ、新八君だ。向こうにとっちゃ沖田(やつ)が文通相手の新八君ってことになってんだよ、忘れたか」

 

「アンタがややこしい写真送るからでしょーが‼︎」

 

「でも向こうの食いつきが良かったのもこの写真のおかげでしょ?」

 

「ゔっ‼︎」

 

志乃の正論に、押し黙る他ない。しかし、このままではうららは真実に気がつかないだろう。

実は今回沖田に頼んで、ある作戦を立てたのだ。彼に協力して悪役を演じてもらい、そこで新八を登場させる。

 

詳しい流れを説明するとこうだ。まず、沖田と新八は因縁のライバルと設定する。

ある日新八がカワイイ娘と文通を始めたことを知り、これを沖田が横取りしようと画策。新八の一通目の手紙を揉み潰し、自分の写真を送りつけた。

その後二人の仲が深まった頃合いを見て会う約束を交わし、その純潔を狙う。しかーし!そこに現れるのが新八なのだ!

と、いうのが一連のシナリオである。

 

しかし、新八は不安だった。

 

「ベタじゃないですか。大丈夫なんですか」

 

『事実は小説よりもベタなりでさァ』

 

「沖田さん?」

 

銀時の手にするトランシーバーから、沖田の声が聞こえてくる。沖田の耳に入れているインカムを通じて、連絡が取り合えるようだ。

 

『まァそん位の方がわかりやすくていいでしょ。難しいのは覚えるのタリーんで』

 

「いいんですか沖田さん、こんな事してもらって」

 

『旦那にゃ借りも色々あるんでね。それに嬢ちゃんにも約束(・・)取り付けてもらいやしたし。そういや、最近近藤さんの提言で局中法度に新しいのが加わりまして。第四十六条 万事屋憎むべし。しかし新八君にだけは優しくすべし。逆らえば切腹でさァ』

 

「キモチ悪い‼︎本格的に兄の座狙い出したよ」

 

身震いする新八に、志乃はドンマイという視線を送った。

ちなみにこの新しく加わった第四十六条、志乃は遵守するつもりはない。万事屋は彼女にとって、同職であり家族のような存在。特にオーナーの銀時は兄貴分であるため、いくら近藤の提言とはいえ賛成はしなかった。

自分はどこでだって、自分のルールで生きている。誰にもそれを邪魔させるつもりはないし、否定もさせない。

と、ここで沖田の通信が入った。

 

『ああ、そういやちぃと気になることが……どうも奴さん、姉貴と一緒に江戸に出てきたらしいんですが、その姉貴が迷子になったとかで気が気じゃないんでさァ。どうしやす、これじゃあ口説くどころじゃないですぜ』

 

「姉ちゃん?そんなもんいねー方が口説きやすいだろ。好機(チャンス)だ。警察に連絡したとか適当なこと言ってデートを続行しろ」

 

『旦那、俺警察なんですが』

 

「女のおとし時は不安な時と酔っ払った時と卒業式だって相場が決まってんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。なっ新八」

 

銀時が新八に同意を求めたその時。背後から声が聞こえた。

 

「あ……あの、すいません。し……新八って。い……今、新八って言いました?」

 

********

 

所変わって大通りの路地裏。そこで新八は、背後から話しかけてきたうららの姉に土下座していた。

 

「すいまっせーんんん‼︎お姉さまァァァァ‼︎」

 

「え……じ……じゃあ、貴方が……わた……妹と文通してた、志村新八さん」

 

驚く姉に、新八は正直に全てを洗いざらい話し、謝った。

 

「悪気はなかったんです、騙す気もなかったんです!いやらしい事とかそんなん一切考えてませんでした‼︎ただァ眩しくてェ、貴女の妹さんがあまりにも煌めいててェヤケドしそうでェ、こんな娘と文通出来たらいいなって必死で……考えてたら写真とか色々やっちゃってェ。最低ですよね‼︎僕最低ですよね‼︎ごめんなさい‼︎もう二度と妹さんには近づきません」

 

怒涛の勢いで謝った新八。姉は謝罪を黙って聞いていたが、ふと口を開く。

 

「…………わ……私も、わかります……その気持ち」

 

「お……お姉さん?」

 

「最低なのは……私……なんです。謝らなきゃいけないのは……私なんです。私のせいでみんな……みんな」

 

若干俯いて自分が悪いと言い出す姉。場の重い空気を察し、銀時と志乃が入ってくる。

 

「まままま、よくわかんないけどそんな深刻にならないでよ、二人共。まだ間違いは何も起きてないんでしょ?私はよく知らないけどさ」

 

「アンタらが陣頭指揮執ってたでしょ!」

 

「まァコイツはなんか嘘吐いたりとかしてたみたいだけど、ガキが二人でシコシコ文通してただけでしょ?」

 

「アンタらでしょ、あの写真送ったのアンタらでしょ‼︎」

 

正論をズバズバ言う新八の太ももを、余計なことを言うなとばかりに志乃が軽く蹴る。それに便乗する形で、銀時も言う。

 

「うるさいんだよお前は‼︎黙ってろ卑怯者。弟分が悩んでたらそりゃアドバイスの一つや二つするだろ、兄貴分として大人として」

 

「暇だっただけでしょ」

 

それでもめげない新八は、さらに銀時の図星を突く。コイツやるな。

しかしもちろん銀時は謝るそぶりも見せず、姉に同意を求めた。

 

「ねェお姉さん、お姉さんもわかるでしょ。今日は妹さんが心配でついてきたんですよね。引きこもりがちだったのに妹を心配して殻を破って来たんだよ。いい話じゃねーか、なぁ新八君」

 

「そ……そんなんじゃないんです。私……そんな大層な人間じゃないんです。私……私……」

 

「いやいやいやいや、もうそれいいから‼︎やめてお姉さん‼︎なんかスッゴイ悪いことした気分になるから!お願いだからやめてそれ‼︎」

 

ウジウジ自己嫌悪モードに入っていく姉を、なんとか宥めようと奮闘する。姉は俯きがちだった頭を、思い切ったように下げた。

 

「て……手伝わせてください」

 

「…………え?何を」

 

「う……うららちゃんを、口説くのを」

 

ボソリと言った姉の言葉に、三人は思わず呆然とした。

 

「え"え"え"え"え"え"え"⁉︎」

 

「いやいやいやいや何言ってんですかァァ‼︎いや、おかしいでしょ‼︎僕うららちゃんを騙してたんですよ?しかもいかがわしい作戦立てて、手篭めにしようとしてたんですよ⁉︎」

 

「い……いや、だから。うららちゃんを芝居とはいえそういう目に遭わすのは嫌だから、私を使ってくださいと言ってるんです。例えば私が悪人に攫われて、それをうららちゃんの目の前で助けるとか」

 

「いいね〜それ」

 

「いやよくねーだろ‼︎」

 

姉の提案に、銀時が乗る。すぐに新八がバッサリ切ったが、志乃は姉の意見に賛成だった。

 

「いや、いいよそれ。向こうはお姉ちゃん迷子になったと思ってるから。実は悪漢に攫われてたとか、自然な流れでイケるよ」

 

「そうじゃなくて倫理的な問題で!まだ罪を重ねるつもりですか‼︎」

 

「問題ないでしょ、お姉さんがいいって言ってんだから。師匠もちょっとはお姉さんの想いも汲み取ってあげてよ。妹が楽しそうに文通する姿見て、思うところあったんでしょ」

 

「………………」

 

少し後ろめたそうに顔を背ける姉を見ずに、銀時は沖田に連絡を入れた。

 

「オイ沖田くん、作戦変更」

 

『は?』

 

「うららちゃんには何もするな。俺が人攫い役になってうららちゃんの前で姉ちゃんを攫うから、お前はそれを止めようと俺にかかってきてあっさりやられろ。俺がうららちゃんも攫おうとした絶体絶命の時に、新八が現れて俺を倒す。『キャー素敵』となるわけだ。いいか、要するにお前は普通にデートしてればいいわけだ。何もしてねーだろうな、うららちゃんに」

 

『大丈夫でさァ。元々俺が事起こす前にそちらさんが駆けつける作戦だったでしょ』

 

「そういやそうだな」

 

『紳士的にエスコート中です。ようやく慣れてきてくれたみてーで』

 

もうそろそろ、沖田とうららが現れる頃だ。志乃は路地裏からひょこっと顔を出して、沖田達を見つけた。しかし、衝撃の光景を目にすることになる。

 

「おう、モタモタしねーで歩けい」

 

沖田はうららに首輪をつけて、犬か何かのように鎖を引っ張っていたのだ。

 

ーーいや、どんなエスコートだよ⁉︎

 

志乃は思わず愕然としたが、パッと路地裏に戻り、銀時を促す。銀時も志乃同様の反応をして、それを見た。

 

「ねぇアレエスコートっていうの?違うよねェ、絶対違うよね⁉︎」

 

「違うに決まってんだろ‼︎ありゃエスコートじゃねェ、ドSコートだろ‼︎」

 

予想外の出来事に二人が騒ぐ中、沖田はうららに普通に話しかけている。

 

「この辺に美味い飯屋があってな、行くかィ?」

 

「何で普通に喋ってんの⁉︎何で恥ずかしくないの⁉︎」

 

路地裏から隠れて様子を見守る二人に新八と姉も気づき、その光景を目撃してしまう。

沖田が連れていった飯屋は、簡単に言うと野良猫の餌場だった。

 

「まいったな、満席だ。あっ一席空いてるか。うららちゃん食べてきなよ。俺のことは構わないでいいからさ」

 

「何コレ何ファースト⁉︎レディーファーストじゃないよね、絶対違うよね‼︎」

 

うららに餌を食べさせている間、沖田は餌場の前にある階段に座る。そこで隣に座っていた老人と談笑していた。しかも話題の内容は沖田のホクロが増えたとか、老人の香水が変わったとかどうでもいい話。

妹の見るに耐えない有様に、姉は涙を溜める。

 

「ひ……ひどい。う……………………うららちゃんが、うららちゃんが……………………………………」

 

「銀さん、コレは下手に芝居うつより沖田さんをぶっ潰して、うららちゃんを救い出すべきです!」

 

「新八ィ早まるな!」

 

うららにひどい仕打ちをする沖田に、怒りを露わにした新八は、うららに駆け寄っていく。銀時が止めても御構い無しに、走っていった。

 

「うららちゃーん‼︎」

 

名を呼ばれたうららが、振り返る。しかし新八を一目見ると、突如飛び上がって顎を蹴り飛ばした。沖田が、着地したうららの顎をよくやったとばかりに撫でる。

 

「これはっ、完全に調教されている‼︎完全に服従してるよ‼︎」

 

「ってかお前、あの短時間でうららさんに何したんだァァ‼︎」

 

これでは、うららを振り向かせる云々以前の話だ。志乃は銀時と姉を振り返って、アイコンタクトで意思疎通を図る。

作戦通り、姉が攫われる芝居をするのだ。

 

「た……助けてェェうららちゃ〜ん!」

 

「フハハハハハ!なかなかにイイ生娘ではないか、これは高く売れそうだ‼︎」

 

ピクッとうららがこちらに気づき、一瞥する。上々の反応だ。志乃はガッツポーズをした。

 

「よっしゃ見た‼︎こっち見たよ‼︎やっぱ実の姉の危機は放っておけな……」

 

しかし、すぐに沖田の方を向いてしまう。

 

「ホクロホクロ」

 

「またホクロかいィィ‼︎お前らどんだけホクロ気になってんだよ‼︎」

 

まさか実の姉の危機が沖田のホクロに負けるとは思ってもみなかった。ガクリと膝をつき、地面を叩く。

作戦も何もかもがめちゃくちゃになってしまい、銀時は沖田に詰め寄った。

 

「お前何してくれてんだァァ‼︎惚れさせる云々以前に人格変わっちまってるだろーが‼︎」

 

「すいやせん、思った以上に覚醒しちまったようで。まァ俺が惚れろと言えば誰にでも惚れますよ」

 

「そんな偽りの愛はいらねェェ‼︎」

 

うららを眺めていると、志乃はバイトの時のことを思い出す。

今まであまり語られなかったものの、沖田はたまに、彼女に首輪を付けようとしてくる。普段から何かと理由をつけて首輪を嵌めようとしてくるのだが、時に暴力で訴えてそれらをかわし続けてきた。

しかし彼もなかなかしつこく、最近は昼食中や警邏中、昼寝中にも襲いかかってくるようになったのだ。

だから、うららの変貌を見て恐怖する。一歩間違えれば、自分もあんな末路を辿るかもしれない、と。

 

頭を抱えて、今は考えないようにしようと努めていたその時、姉が急に「ごめんなさい」と謝って、駆け出してしまった。

新八には走る彼女が、涙を散らしているように見えた。そしてすぐにそれを追いかける。

 

「オイ新八ィ‼︎」

 

銀時が止めるのも聞かず、二人の背中が小さくなっていく。志乃は銀時を振り返った。

 

「銀、追うよ」

 

「ああ」

 

彼が頷いたのを見て、走り出す。理由はない。とにかく追わねば、と感じた。

そして同時に、姉が何か隠していると思う。姉の行動が、何が何だかまるでわからない。

 

ーークッソ、一体何がどうなってやがんだ……。

 

しかし、今は考えるより追う方が先だ。志乃は新八の背中を見失わないように、走るスピードを速めた。

 

********

 

時が過ぎ、夜。近藤と土方は、パトカーで夜間警邏をしていた。助手席に座る近藤が、思い出したように言う。

 

「そういや今日って新八君が例の文通の娘と会う日じゃないか」

 

「知らねーよ、覚えてねーよそんなこと」

 

「うまくいってるといいな。一回女が出来るとお妙さんのことにも寛容になる気がする」

 

「総悟の姿が見当たらねェ。こりゃ失敗したと見たな」

 

ハンドルを握る土方の目の前に、十字路が現れる。その脇の道から、突如女が飛び出してきた。



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会ってもあまりわからないことがある

ハンドルを切って急ブレーキをかける。間一髪飛び出してきた女を轢かずに済んだ土方は、窓を開けて女に注意した。

 

「あ……危ねーだろ、どこ見て歩いてんだ‼︎」

 

「すっすいません‼︎」

 

謝った女は足を止めず、そのまま走り去っていく。近藤と土方はパトカーから降り、彼女を見た。

 

「………………」

 

「なんだあの女。何か追われてるようだったが」

 

近藤が呟いた瞬間、足音が二人に迫る。ふと、上空に気配を感じた二人は月を仰いだ。そこには月をバックに、すごい形相の少女が飛び上がっていた。

 

「おわアアアアア‼︎」

 

思わぬ光景に、二人は悲鳴を上げる。少女はパトカーのフロントガラスを蹴破り、運転席に座った。車を奪われ、近藤は刀に手をかける。

 

「なっ何者だァァァ‼︎攘夷派の回し者かァ‼︎」

 

「車確保しました、御主人様」

 

少女が顔を出して、御主人様を呼ぶ。少女の首には首輪が付いていて、鎖で繋がっていた。それは沖田の手に巻きついていて、その後ろに銀時と志乃が続く。

 

「よーし、よくやった。ささっ旦那、嬢ちゃん、早く乗ってくだせェ」

 

「なかなか使えるじゃねーかアレ」

 

「なっ……何してんだおめーらァァ‼︎」

 

困惑する二人を無視して、鎖を握る沖田が助手席へ、銀時と志乃が後部座席へ乗る。

 

「あっ、お疲れ様っス」

 

「あ、お疲れ様でーす。じゃねーよ‼︎」

 

沖田が近藤に挨拶すると、近藤はちゃんと返しつつノリツッコミをした。銀時が運転席に座るうららに指示を飛ばした。

 

「よし、発進だ。姉ちゃん追え」

 

「勘違いしないで。私がお仕えしているのは御主人様だけ」

 

「近藤さん、トシ兄ィ、車借りるよ」

 

「何勝手なことしてんだァ‼︎開けろオイ‼︎」

 

突然、パトカーが急発進する。近藤と土方はパトカーに掴まりながら、一緒に走ってなんとか追いつこうとしがみつく。

 

「危っ……ちょっ……とっ、止めてェェェ‼︎危ないからちょ、止めてマジ」

 

近藤は必死にパトカーの窓の縁にしがみついて、車を走らせる少女に懇願する。しかしそのツインテールの少女を、どこかで見た覚えがあった。

 

「アレ?君……新八君と文通してた写真の娘‼︎なんでこんな所に⁉︎新八君とデートしてたんじゃ……」

 

「ちょっと勝手が違ってきたみてーで」

 

「事情話すから」

 

志乃が後ろのドアの窓を開け、中から近藤の腕をガッチリ掴み、引き込む。反対側でパトカーにしがみついている土方も、同様に救出した。

後部座席に男三人が座ると、どうしても場所が無くなってしまう。志乃は中腰で立っていたが、銀時が彼女の手を引き膝の上に乗せることで、事は解決した。

ハンドルを握りしめ、うららが真実を語り出す。

 

「………………ごめんなさい。新八さんと文通してたのは、私じゃないんです。本当は……お姉ちゃんなんです」

 

「えっ⁉︎」

 

近藤が、驚き目を見開く。

 

「お姉さんが、新八君の本当の文通相手だって⁉︎」

 

銀時がさらに事の経緯を説明する。

 

「ああ。お姉さんがうららちゃんとうまくいくよう俺達に手を貸してくれたのも、おそらく写真見てすっかりうららちゃんに惚れてた新八見て居た堪れなくなったからなんだろ。だが色々沖田(じゃま)が入ってな」

 

「沖田と書いて邪魔と読むのはやめてくだせぃ」

 

「うまくいかなくて自分を責めてどっか行っちまった。騙してたのはお互い様だってのに」

 

運転するうららは、再び語り出した。

 

「お姉ちゃん……あの引っ込み思案のお姉ちゃんが、手紙を見て新八さんに会いたいって言ったの……。きっとお姉ちゃん、新八さんのこと……。………………辛かったんだと思う。そんな新八(ひと)の恋の手助けをするなんて。それでも……自分のせいだって耐えて、でも何の役にも立てなくて。……自分で自分が許せなくなっちゃったんじゃないかな」

 

そう話すうららの言葉を聞いて、あの時逃げ出した彼女の背中を思い出す。なるほど、あの時の行動はそういう意味か。

近藤が、新八の行方を尋ねた。

 

「新八君は?」

 

「何も知らねーよ。知らねーまんま姉ちゃん追いかけて行っちまった」

 

「目当ての女放ったらかしにしてか」

 

銀時が嘆息してから、背凭れに体を預ける。

 

「理屈で動く奴じゃねェ。目の前で泣いてる女がいたら、惚れた女ほっといて涙拭きにいく奴だ。そういう奴だ。道理でモテねーハズだよ」

 

確かに、と頷いてから、志乃は頬を緩ませた。

誰かに対して常に真っ直ぐである新八。誰かのために一生懸命になれる新八。だから志乃は、彼を師匠として尊敬している。彼の下で、剣を教わりたくなった。

隣に座る土方が、呆れた様子で煙草を吸った。

 

「だったら今頃メガネがその女見つけてる頃だろ。いい加減車を返せ、公務執行妨害で逮捕するぞ。ガキの惚れた腫れたに付き合ってる暇はねーんだこっちは」

 

「暇でしょ、沖田(アイツ)思いっきり仕事サボってたよ」

 

沖田(コイツ)はいてもいなくても同じなんだ」

 

「そんな、お姉ちゃん江戸なんて初めてだから、変な所に行って事件に巻き込まれでもしたら」

 

うららが不安げな声を上げる。しかし土方はそれを一蹴した。

 

「知らん。事件なら起きてから言え。俺達ゃくだらねー仕事こなす万事屋じゃねーんだ」

 

「土方さん、それなら心配いらねーや」

 

車の前に人だかりが出来ていた。その先はビルがあるのだが、皆ビルの上を見上げて騒いでいる。車内から目を凝らして見上げてみると、ビルの屋上から下を覗いて立っている女が一人。うららの姉だった。

その彼女がビルの屋上に立っている。これ即ち。

 

「事件、起きました」

 

********

 

ビルの屋上へ走り、ようやく到着する。うららが姉の背中に叫んだ。

 

「お姉ちゃん‼︎何やってんのよ⁉︎バカなことはやめて‼︎」

 

「…………うららちゃん。見て、あのたくさんの人を。あれだけ引っ込み思案だった私が……あれだけ人の前に立つのが苦手だった私が、こんなにたくさんの人の前に立てるようになったよ」

 

皮肉なものね、と姉は自嘲する。結局、自分が可愛いだけだった。他人からどう思われるのか知るのが怖くて、逃げて自分の殻に閉じ籠っていた。自分は色んな人に支えられているのに。自分のことしか考えていなかった。

 

「新八さんのこともそう。うららちゃんの写真を送ったのは、自分が否定されるのが怖かったから。新八さんは正体を明かしてくれたのに私は……嫌われるのが嫌で……必死に隠して。そのくせに……新八さんが私を見てくれないのが寂しくて、うららちゃんに取られるのが嫌で……。私……汚い。こんなに……汚い自分……もう嫌……」

 

「お姉ちゃんちょっと待って、私の話を聞いて!」

 

「いいの。私のことはもう放っておいて」

 

うららが必死に説得を試みようとしても、心を閉ざしてしまった姉は聞き入れない。

その後ろで土方が姉妹に聞こえないように呟いた。

 

「ホラ見ろ、B型の女は話聞かねーって言ったろ。俺の言う通りだろ」

 

「私はA型です」

 

「…………ヤベ、聞こえてた」

 

聞こえていたとわかってから、ボリュームを気にすることなく話し始める。

 

「A型って土方さんと同じじゃないですか。道理で最悪のはずだ」

 

「一緒にすんじゃねーよあんなのと‼︎血液型なんぞで人を判断すんな‼︎」

 

「オイお前らァァ‼︎刺さってっから!全部お姉さんに刺さってっから‼︎」

 

志乃がグサグサ姉に刺さるA型の傷を見て、口論になりかけた沖田と土方を止める。姉はさらに一歩踏み出して、ビルギリギリの所に立った。

 

「死にます」

 

「待て待て待て待て待て待て」

 

これで今にでも飛び降りられたらまずい。銀時も説得にまわる。

 

「え……A型なのかアンタ。A型はアレ、いいトコたくさんあるぞ。なァ?」

 

そう言って、土方を振り返る。

 

「俺に振んじゃねーよ。わかんねーよ、ロクに喋ったことねーんだから」

 

「オメーA型なんだろーが、適当に自分のいいトコ言えや!」

 

「お前、俺が言ったら自画自賛してるみてーでなんか変なカンジになるだろーが!お前が言えや」

 

「なんで俺がありもしねェお前のイイ所発掘しなきゃならねーんだ‼︎恥知らずが‼︎A型は恥知らずなのか‼︎」

 

「そうでさァ、A型は恥知らずなんだから汚くてもやってけるでしょう。だから死ぬな〜」

 

「説得になってねーんだよ‼︎お前ら助けるつもりあんのか⁉︎」

 

説得してるのかしてないのかわからない状況に、志乃が怒り混じりに叫んだ。さらにヅカヅカA型の悪口を言われて、姉はまたジリッと前に出る。

 

「死にます」

 

「待て待て待て待て待て待て」

 

流石に本当にまずいと感じたのか、必死に銀時が再び説得する。

 

「あのアレ、A型はアレ、前髪がAを逆さまみたいになってるよね」

 

「完全に俺限定だろーが!つーかそれいいトコ⁉︎」

 

「広がらないパサつかないよね」

 

「シャンプーのCM⁉︎」

 

ダメだ。こんなバカな奴らをアテにした自分がバカだった。志乃は銀時を諦めて、近藤を振り返る。

 

「近藤さん何やってんの‼︎アンタも説得に参加……」

 

しかし近藤は、何故かしゃがんで涙を堪えていた。

 

「……何で泣いてんの」

 

「いや泣いてないよ志乃ちゃん」

 

「いや泣いてるでしょ」

 

「泣いてないって言ってるでしょ。いいから、俺のことはいいから」

 

いじけて心を開こうとしてくれない。先程までの状況を振り返って、泣かせるようなマネをしていたのはA型非難だけだ。と、いうことは。

 

「アレ?え?アンタもひょっとしてAが……」

 

A型、と言う前に、ついに姉が飛び降りた。

 

「死にます」

 

「なんでだよォォォ⁉︎」

 

「今何も悪い事言ってないよね、明らかに俺と同じだとわかって飛んだよね」

 

「言ってる場合じゃねっ……‼︎」

 

銀時が飛び降りた姉を助けようと駆け出す。しかしその傍らで、自分よりも速く動く小さな影があった。

バッと飛び降り、いつの間にか手にしていた刀の鞘を払う。銀時にそれを投げつけてから、重力に従って落下した。

 

「志乃ォォ‼︎」

 

銀時の叫びが遠くなっていく。ビルの壁を駆け下り、落ちていく姉に手を伸ばした。

 

「おおおおおおおお‼︎」

 

全速力で駆け抜け、ようやく姉に追いつく。志乃は姉の背中に手をまわして抱き寄せ、刀をビルの壁に思いっきり突き刺した。

 

「んぐ……っ!」

 

ガクン、と急に刀に体が引っ張られる。それでも落ちないように、しっかりと刀を握りしめた。姉も同様に、抱きしめる。

屋上から、銀時の声が落ちてくる。

 

「志乃ォォォ‼︎無事かァァ!」

 

「平気ー、大丈夫ー‼︎」

 

「そこで待ってろ‼︎すぐそっち行くからな」

 

銀時の必死そうな顔に吹き出しつつ、笑顔で彼を見送る。腕の中の姉が、志乃に懇願した。

 

「……放して」

 

「嫌だね。絶対放さねー」

 

「貴女が放さないなら私が放す」

 

「へー、どうやって?」

 

確かに今の状態では、姉が彼女を放すなんて出来ない。彼女は志乃に片腕で抱きしめられていて、支えられているのだ。

志乃は刀を握る手に力を込めながら、フッと笑った。

 

「ま、どーせ師匠に助けてもらおうってことだろうけど」

 

「‼︎」

 

「うららさんの目の前でビルから飛び降りようとするところに師匠が来て、うららさんにいいトコ見せるってことでしょ。残念だけど、師匠にこんなアクロバティックなマネは無理だよ」

 

志乃はビルの窓の前に足をかけつつ、優しい声音で彼女に問うた。

 

「…………何でここまでやったの?」

 

「………………す……すいません。飛び降りるつもりはなかったんです。……つい入り込んで勢いづいてしまって。素敵な……手紙だったから。新八さんの……皆さんの手紙。皆さんで書かれていたんですよね」

 

「…………なんでわかったの?」

 

「わかるんです。私、ずっと一人で文字にばかり触れてきたから。不器用で大雑把、でも表情豊かで不思議な温もりがあって。新八さんのために、皆さんで頭を悩ませて書いているのが伝わってくるようで。あれは私宛てじゃない、皆さんから新八さんに宛てた手紙だったんですね」

 

志乃は話を黙って聞きながら、姉を窓の前に立たせて、自分もそこに足を下ろした。刀を回収し、落とさないように彼女の手を引く。

 

「私の手紙は、いつも自分に宛てた手紙でした。誰か助けてって、私に手を差し伸べてくれって。手紙の相手なんて見てなかった。私は自分しか見てなかったんです。自分に宛てた手紙が返ってくるわけもなかった」

 

「……………………」

 

「不思議ですね。人は自分のために筆をとっても、臆病で小さくまとまったつまらない文が出来てしまうけれど、誰かのためなら、いくらでも強く自由な素敵な文が書けるんです。自分じゃなく誰かのためになら、いくらでも強くなれるんです。新八さんと皆さんを見て、そう思いました」

 

姉は志乃を見つめて、フッと微笑んだ。その表情に、少し諦めの色を浮かべて。

 

「だから、そんな大切な事に気づかせてくれた新八さんに……私も何かしてあげたいと。差出人は不明でいいんです。私ってわからなくてもうららちゃんのままでも。それでも、新八さん宛てに手紙を書きたかった。でも……届かなかったみたいですね……私の手紙」

 

志乃は何も言うことなく、ふいっと姉から向かいのビルの視線を投げた。姉がその視線を追う。向かいのビルの屋上に、同じく人が立っていた。

 

「新八さん」

 

姉が新八の姿を見て、目を見開く。新八は手にしていたスケッチブックを高く掲げた。

 

 

名前を教えてください。

僕も今度はちゃんと君宛てに手紙送りたいから。

 

 

「……新八さ……気づいて……」

 

「届いてたよ。アンタの手紙……ちゃんと」

 

姉が目いっぱいに涙を溜める。志乃は窓ガラスを割って姉を抱えて中に侵入した。涙を流す彼女に、スケッチブックとペンを渡す。

 

「返事……返してやってよ」

 

姉はコクリと頷き、スケッチブックを開いてペンを走らせた。そしてそれを新八と同じく掲げる。

 

 

きららです。

 

 

新八もニコッと笑って返事をした。

 

 

ようやくちゃんと文通出来たね、きららさん。

 

 

程なくして二人は駆けつけた銀時と真選組に保護されることになった。うららもきららと無事再会したが、志乃は刀だけを持って落ちたという、あまりにも無謀で浅はかな行動をしでかしたため、銀時、近藤、土方に叱られた。

ちなみに刀はビルに向かう際、下で野次馬を抑えていた山崎からパチったもので、もちろん後で山崎にも注意を受ける羽目となった。

 

********

 

「あの…………」

 

全員からお叱りを食らった後、帰路につこうとしたその時、きららが志乃を引き止めた。彼女が振り返ったのを見て、バッと頭を下げる。

 

「助けていただき、本当にありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました、志乃さん!」

 

きららの隣に立っていたうららも、こうべを垂れる。一方志乃は戸惑っていた。自分は何も、礼を言われるようなことはしていない、と。

そんな彼女の背中を、銀時が軽くポンと叩く。

 

「礼はちゃんと受け取っとけ。な?」

 

わしゃわしゃと撫でてくる銀時の腕を払うと、姉妹に向き直った。

 

「どういたしまして」

 

にこりと優しく微笑む。それから会釈して今度こそ帰ろうとしたその時。

 

「あっ、あのっ!」

 

再びきららに引き止められ、またまた志乃は足を止めた。今度は何だ。若干鬱陶しく思うのを呑み込み、振り返る。

きららは、何故か頬を染めていた。

 

「あ、あの……志乃さん」

 

「はい?」

 

「わ、私……………………あの、その……」

 

俯いて、か細い声でブツブツと言い出す。志乃は「?」と小首を傾げていた。ついに意を決して、きららがバッと顔を上げた。

 

 

 

「私っ、貴女のことが好きですっ!わ、私と、私とお付き合いしてくださいっ‼︎」

 

 

「…………はい?」

 

「お願いします!」と勢いよく頭を下げたきららに、困惑した志乃は彼女を見つめる他なかった。

 

「いや、あの……え?」

 

「お姉ちゃんズルイ!志乃さん私も志乃さんのことが好きです、付き合ってください!」

 

「「「「「えええええええ⁉︎」」」」」

 

志乃も、銀時も、新八も、近藤も、土方も、一斉に叫んだ。沖田だけは、相変わらずのポーカーフェイスを貫く。

とんでもない爆弾が二発も投下された。志乃の混乱はピークに達し、叫びながらも理由を尋ねる。

 

「待って!ちょっと待って!何がどう転んだらそうなるわけ⁉︎なんで私に惚れる方向に行くわけ⁉︎」

 

「その……志乃さんが助けてくれたあの時……すごく強い力で抱きしめてくれて……それで」

 

「私は、お姉ちゃんのために誰よりも早く飛び降りて。刀だけで立ち向かう、向こう見ずな行動に惹かれて……それで」

 

「それでじゃねーよ‼︎待て待て冷静になろう‼︎私女だよ⁉︎口悪いし確かによく男っぽいって言われるけど女だよ⁉︎わかってる?二人共正気⁉︎」

 

ずいっと迫ってくる美人姉妹に、志乃はタジタジである。なんとか説得を試みようとするも、二人の気持ちは変わらない。

 

「わかってます。女の子同士なんて、普通じゃないことも」

 

「でも私達は貴女に惚れちゃったんです!お願いします、付き合ってください‼︎」

 

何も反論出来ない。完全に追い詰められた志乃は、銀時達をチラリと見た。そして口パクで、助けを求める。

 

『頼む!助けて』

 

『いや、無理』

 

「てめェェ‼︎」

 

即答で無理と返された志乃は、銀時の顔面に拳骨を食らわせる。不意打ちで殴られた銀時は、尻餅をついてから立ち上がった。

 

「て……てんめっ、お兄ちゃんに向かってグーはねーだろグーは‼︎」

 

「アンタこの状況見てた⁉︎私が頼んだの聞いてた⁉︎妹見捨てたクセにお兄ちゃんとか宣ってんじゃねーよ、バカなの⁉︎」

 

「あぁん?別に何も困ったことなんて起きてねーだろ。俺ァ女同士の恋愛とか知らねーから。何もアドバイス出来ないから。ていうかそーいうのお前の方が詳しいんじゃねェの?」

 

「私が好きなのは男同士の方だ‼︎言っとくけど私の恋愛対象はちゃんと男だし、彼氏もいるからね!女顔だけど!」

 

「なら尚更テメーでなんとかしろや‼︎」

 

「それが出来ないから助けてって言ったんだろ⁉︎」

 

ギャーギャーと口喧嘩をしばらくした後、殴り合いの喧嘩に発展していく。一応土方が助け舟を出す。

 

「……オイ、本当にいいのかあのガキで」

 

「もちろんよ、ねっお姉ちゃん」

 

「大人相手に堂々と言いたいことをズバッと言えるなんて……男らしいです!」

 

あ、コレはもうダメだ。土方は目を輝かせる姉妹が見つめている少女に、ドンマイと手を合わせた。

 

ちなみに志乃と銀時が喧嘩している後ろで、惚れた女の子を女の子にとられるというありえない経験をした新八が、シクシクと泣いていた。その肩に、近藤が優しく手を置いて涙ながらに慰めていたのは、また別の話である。




次回、オリジナルです。
志乃が沖田に取り付けた『約束』を果たします。さて、志乃はサディステック帝王相手に無事帰還出来るかな⁉︎


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デート前日は眠れない

前回言った通り、オリジナルです。


翌日。

 

「嬢ちゃん」

 

真選組屯所。朝からバイトで来て早々、沖田がニヤケ顔で迎えてくれた。ありがたくもなんともない。

沖田がニヤける理由は、志乃にもわかっていた。

 

「約束、ちゃーんと果たしてもらうぜィ」

 

ーーあんな約束しなけりゃよかった。

 

志乃は溜息を吐いて、いつもより何倍も楽しそうに歪んだ笑みを浮かべる沖田を見上げた。

 

********

 

それは、きららとうららが江戸に来る一日前に遡る。

 

「嫌でィ」

 

「頼むよ!お願いだから悪役引き受けて!」

 

志乃の精一杯の頼みを、沖田は一蹴した。忘れている人もいるかもしれないが、沖田はこの次の日、新八のデートのために悪役を引き受けることになる。その依頼を志乃がしている、という時間軸なのである。

志乃は両手を合わせて、沖田を見上げる。

 

「お願い総兄ィ、力を貸して!」

 

ジッと見上げてくる視線を、沖田は気持ちよく見下ろしていた。身長差のため、志乃はどう頑張っても沖田を見上げるしか出来ない。

つまりどうしても上目遣いになり、さらには涙目もプラスされて、縋るような切ない視線が出来上がっていた。

沖田がくつくつと笑うのを見て、志乃の眉がつり上がる。

 

「何笑ってんだよ‼︎こっちは真剣に頼み事してんのに‼︎」

 

「いやァ、やっぱ嬢ちゃんを見下ろすのは愉快でさァ。たまにこんな縋るみてーな可愛い顔しやがる」

 

「うるっさい‼︎」

 

クイ、と顎を持ち上げられたが、すぐにバシッと手を叩き落とす。

こんなことをしている場合ではない。沖田に頼んでなんとしてでも悪役を引き受けてもらわねば。こうなったら最後の手段。志乃は声を張り上げた。

 

「引き受けてくれたら、一日だけ何でも総兄ィの言うこと聞いてあげるよ‼︎」

 

「⁉︎」

 

沖田の目が、大きく開かれる。よし、かかったか?

すると突然志乃の肩を掴んで、沖田が顔を近づけてくる。

 

「何でもか?」

 

「え?」

 

「本当に何でも(・・・)言うことを聞くんだな?」

 

「う、うん。一日だけね」

 

沖田の勢いに押されつつも、コクリと頷く。志乃の返事を見ると、沖田は彼女から離れて、ガシガシと頭を掻く。

 

「何でもって……お前……」

 

「え?」

 

「……いや、何でもねェ」

 

「?」

 

沖田はハァと溜息を吐いてから、志乃に向け直った。

 

「……わかった」

 

「ホント⁉︎ありがとう総兄ィ!」

 

パァァ、と志乃の笑顔が眩しくなる。ガッツポーズをする志乃の肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

「終わったら、本当に何でも言うことを聞けよ?嬢ちゃん……」

 

ニヤリと怪しく笑って、足取り軽く去っていく沖田。舞い上がっていた心が、急に冷や水をかけられたみたいに落ち着いてしまった。

 

ーー私、もしかして地雷踏んだ?

 

もしかしなくても、紛れもなく地雷を踏んだ。志乃はしでかした事の大きさに、愕然として沖田の背中を見ていた。

 

********

 

「さーて、何してもらおーか。ククッ」

 

部屋に連れ込まれ、志乃はその真ん中で正座していた。どうしよう、逃げようかな。めちゃくちゃ逃げたい気分なんだけど。

目の前でニタニタと楽しそうに見下ろしてくる沖田と目を合わせられない。このドS帝王の言うことは全てが恐ろしい気がしてならない。帰りたい、真面目に帰りたい。

 

「じゃあまずは……」

 

カチッ

 

「へ?」

 

小さい音と共に、首が窮屈になる。首から鎖が伸び、その先は沖田が握っていた。

アレ?これってまさか……。悟った志乃は、それを外そうと暴れ出した。

 

「ギャーーーー‼︎何すんだお前ェェェ‼︎」

 

「オラ、騒ぐんじゃねーよ。大人しくしろィ」

 

「ふざけんなっ私はお前のペットになんか絶対ならねーかんな‼︎オイ首輪(これ)外せ‼︎」

 

彼女の首に付けられていたのは、首輪。しかも鎖を取り外し出来るタイプ。

沖田は鎖を引っ張り、顔を近づけさせる。

 

「今日一日はコレを付けてもらうぜィ。約束したもんな、ん?」

 

「うぐっ……‼︎」

 

約束、の単語をチラつかせ、沖田はくつくつと笑う。彼はもちろん、悔しさに歪んだ志乃の顔を見つめていた。

殴りたい、この笑顔。志乃は無性に目の前の男を殴り飛ばしたい気分になった。

ギッと反抗の意を視線に込めて送ってみると、沖田はさらに口角を上げた。

 

「ククッ……たまんねェなァ、その顔……」

 

忘れていた。この男が何だったか。今の彼に抵抗する姿を見せても、従順に従う姿を見せても、このサディステック野郎には興奮の材料に他ならない。

しかし、今回は自分の不用心が悪い。このサド相手に「何でもする」と言っておいて、ただで済むはずがないのだ。だが、新八のデート大作戦を成功させるためには沖田の協力が必要不可欠だし、それを引き込むために必死だった。

ハァ、と溜息を吐いて俯くと、グイッと顎を掴まれて引き寄せられた。

 

「オイてめー、御主人様が目の前にいるってのに無視たァいい度胸じゃねーか」

 

「私はアンタのペットじゃな……わあっ⁉︎」

 

無理に鎖を引っ張られ、立ち上がらせられる。転びかけたのを踏みとどまって、体勢を整えた。その瞬間、沖田に鎖を引かれる。

 

「オラ、行くぞ」

 

「どこ行くの?」

 

「んなもん決まってんだろィ」

 

引き寄せられ、顔がぐっと近くなる。沖田は三本指を立てた。

 

「男、女、外出」

 

それ即ち。

 

「デートに決まってらァ」

 

「…………え?」

 

ポカンとする志乃を無視して、沖田は歩き出した。

 

「さっ行くぜィ」

 

「ちょ、ちょっと待って‼︎」

 

鎖を握りしめて、沖田を引き止める。不服そうな彼に抗議した。

 

「デ、デートってなんで⁉︎今から?このまま⁉︎」

 

「たりめーだろィ。それ以外何がいるってんだ」

 

「そーいう意味じゃなくて!ヤダよ‼︎せめて首輪(これ)外して‼︎」

 

「はぁ?てめーに拒否権があると思ってんのか」

 

「うっ……と、とにかくコレ外して‼︎じゃないと行かないからな‼︎」

 

「何も恥ずかしがることねーだろ?街行く人を見てみろィ、首輪付けて歩いてる奴もいるぜ」

 

「それはペットだろ⁉︎私人間!アイム ア ヒューマン‼︎っていうか首輪付けてる奴と歩くってお前、ただの散歩だろーが‼︎デートじゃねーよ‼︎」

 

渾身の言い訳とツッコミを交えて、沖田に抗議する。うーっと唸って威嚇すると、沖田は盛大な溜息を吐いた。

溜息吐きてーのはこっちだよ‼︎と叫びたくなるのを呑み込んだ。

 

「わーったよ。嬢ちゃんと俺の初デートだからな」

 

「いいか、今日限りだぞ。てめーとのデートなんざ二度と御免だ」

 

「へいへい、ったくうるせぇガキだ」

 

「お前もガキだろーが‼︎なんで私が我儘言ったみたいな編集してんだァァ‼︎」

 

ギャーギャー喚く志乃の頭にチョップをしてから、首輪を外してやる。チッ、せっかくのチャンスだったのに、と沖田は心の中で毒づいた。

その後ろで、ようやく自由になった志乃が、ぐーっと伸びをしていた。

 

********

 

さて、始まった沖田とのデート。せっかくのデートなのにお互い制服では風情がないということで、二人は私服に着替えて屯所から出て行った。ちなみに志乃はちゃんと有休を取ったが、沖田は当然サボりである。

早速二人が向かった先は。

 

「服屋?」

 

ショーウィンドウに並ぶオシャレな着物が眩しく見える。それが立ち並ぶ店内に、手を引かれて入店した。

客の姿にいち早く反応した店員が、こちらに寄ってきた。

 

「いらっしゃいませ〜!」

 

沖田は志乃に指さし、なかなかテンションの高い店員に言う。

 

「コイツに合うやつ、適当に見繕ってくれィ。全身コーデで頼む」

 

「畏まりました!では、こちらへどうぞ〜」

 

「へ?いや、あの……」

 

店員に肩を掴まれ、奥の方へ押されるようにして連れていかれる。店員はハンガーラックにかけてある着物をいくつか手に取り、志乃に見せる。

 

「お客様は普段、どのような服を着ていますか?」

 

「普段?同じ着物を着回してるよ。それ以上に無いしね」

 

「では、その藤色の着流しのみですか?」

 

「そうだね。あまりオシャレとか興味ないし。それに、新しいやつ買っても置き場所がないから」

 

そう。志乃がいつも藤色の着流しを着ているのは、これが理由なのだ。志乃は銀時と同じように同じ着物を四着、着回している。それ以外の服といえば、桂からたまに贈られてくるコスプレ衣装がある。それがクローゼットを圧迫しているため、新しい着物を買おうにも買えないのだ。

店員はうーむと悩んでから、彼女に薄桃色の着物を差し出した。足元はミニスカートのように短くなっており、動きやすそうだった。さらに、白いニーハイと草履を合わせる。帯は淡い紫色だ。

店員は早速志乃を試着室に入れた。部屋に取り残された志乃は、怒涛の勢いで渡された着物を見下ろす。

 

「……これに着替えればいいのかな」

 

志乃は取り敢えず帯を解いて服を脱ぎ、着替えてみた。試着室のカーテンを開けると、外には店員と沖田がいた。

 

「あれ?総に……」

 

「領収書頼む。真選組の土方宛てでィ」

 

沖田は志乃の姿を見ることなく、さっさと会計を済ませてしまう。自分でなく上司の金をあっさりと使った沖田は、志乃の着ていた藤色の着流しを袋に入れ、店を出て行った。

 

「ちょっと待ってよ、総兄ィ!」

 

足速に大通りを歩いていく沖田の背中を追い、小走りで駆け寄る。不意に沖田が立ち止まり、振り返って追いついた志乃の頭を軽くベシッと叩いた。

 

「ったー!何すんだよ!」

 

「その総兄ィって呼び方やめろ。デートで兄ちゃんって呼ぶ奴見たことあんのかィ?」

 

「……いや、ないけど」

 

「今日一日その呼び方は禁止でィ。また総兄ィなんて呼んだら首輪付けてやらァ」

 

「き……肝に命じます……!」

 

必死にコクコク頷いた彼女が面白くて、思わず笑いを堪える。「オイ何が可笑しいんだ」とでも言いたげな睨む視線に沖田はさらに笑いが込み上げた。

 

「なんだよお前‼︎何がそんなに可笑しいんだよ!」

 

「ククク……いや、何でもねェや。さ、行くか嬢ちゃん」

 

スッと沖田が手を差し伸べる。

 

「この俺様が特別にエスコートしてやらァ。ありがたさに泣いてひれ伏しやがれ」

 

「ハイハイ、ありがたき幸せ」

 

志乃は恭しく頭を下げてから、沖田の掌に自分の手を置いた。

 

********

 

それから二人は江戸の街を散策した。簪屋を覗いたり、昼飯でもんじゃ取り合い合戦を繰り広げたり、公園を散歩したり。あの沖田のことだから、身の危険を感じるイベントが起きるかもしれない、と身構えていた志乃は、呆気にとられていた。

そして日が傾く夕暮れ時、二人は大通りを歩いていた。何故か、手を繋いで。

チラリと沖田を見上げてみる。横顔だけでもわかる、綺麗に整った顔立ち。黙っていればただのイケメンなんだけどなぁ。なのに色々と残念だ。

当然そんなイケメンが歩いていれば、自然と目立つ。ヒソヒソと娘達が話す声が耳に入った。

 

「ねぇ、あの人カッコよくない?」

 

「ホントだ!イケメン〜!」

 

「え、でもあの女の子誰よ」

 

ーーあれ?何で私の話になる?

 

「もしかして彼女?」

 

「え〜⁉︎彼女持ちだったの?残念」

 

ーーいや違うからね、彼女じゃないからね‼︎っていうか残念って何!アンタら総兄ィ狙ってたの⁉︎やめとけ‼︎こいつS(サド)だから!

 

「オーイ、嬢ちゃん」

 

「ぅえぁっ⁉︎」

 

周りで話す声にツッコミやら注意やらを心の中で叫んでいた時、いきなり沖田に呼ばれ、声が裏返る。

 

「な、な、何⁉︎」

 

「最近ここらで新しい団子屋が出来てなァ、そこのがめちゃくちゃ美味ェって評判なんでさァ。行くかィ?」

 

「えっ、ホント⁉︎行くっ!絶対行くっ‼︎」

 

団子、という単語を聞いて、志乃が期待に目を輝かせる。彼女を見てククと笑いながら、沖田は手を引いて足を動かした。隣を歩く志乃の横顔は、とても嬉しそうな笑顔だ。相変わらずチョロいなァ。沖田はほくそ笑んだ。

大通りから脇の道を抜けて、さらに進んでいく。この辺りは人気が少なくなっていた。流石に少し不安になって、沖田に尋ねる。

 

「総に……じゃなくて、総悟」

 

「何でィ嬢ちゃん」

 

「あの……本当にここら辺にあるの?」

 

「ああ、ここ真っ直ぐ行ったらすぐだ」

 

「いや、でも……私、こないだここら辺散歩で通ったけど……あまりお店とかなかったし、団子屋もなかったよ?」

 

ピタリ、と沖田が足を止める。それに倣って志乃も足を止め、沖田を見上げた。

 

「…………総悟?」

 

「……やっぱバレちまったか。流石だなァ嬢ちゃん」

 

「え……?」

 

何だろうか。嫌な予感がする。一歩沖田から後退った瞬間、一気に壁に追い込められた。

 

「わっ……」

 

一瞬の内に背中に壁が当たり、両手首を頭の上でまとめて押さえつけられる。顎を掴まれ、視線を合わせられた。

 

「総、悟……?」

 

不安で、声が震える。彼の双眸が、獲物を捕らえたかの如く赤みを帯びていた。ゆっくりと顔を近づけ、耳元に囁きを落とす。

 

「志乃………………」

 

「へっ……⁉︎」

 

突然名前で呼ばれて、ドキッと心臓が跳ね上がる。耳に吹きかけられる吐息がくすぐったくて、思わず身じろぎした。

そして、顔がぐっと近くなる。これってもしかして……!マズイと察した志乃は手を振りほどこうと暴れるが、ガッチリ押さえつけられていて全く動けない。

その間にも、沖田はどんどん顔を近づけてくる。

 

「ちょ、ちょっと待っ……やめっ……」

 

重なるまで、あと数㎝。志乃はぎゅっと目を閉じた。しかしその時。

 

「失礼。真選組一番隊隊長、沖田総悟殿とお見受けする」

 

あと1㎜かそれくらいの距離で、沖田が止まった。声を耳にして志乃も目を開けてみると、沖田の背後に数人の攘夷志士がいた。皆沖田に向けて、殺気を放っている。その中の一人が、抜刀した。

 

「侍でありながら、天人を迎合し甘い汁を啜る売国奴が‼︎我ら攘夷志士がここに天誅を下さん‼︎」

 

「……………………」

 

沖田は黙っていたものの、全く彼らを振り返ろうとしない。ゆっくり志乃から手を放しても、黙ったままだった。

一斉に攘夷志士達が、刀を手に駆け寄る。このままでは沖田が危ない。

 

「総兄ィッ……‼︎」

 

志乃が沖田を守ろうと前に出ようとしたその時。

 

ズバァッ‼︎

 

斬撃と共に、体から血が噴き出る。志乃は目を見開いて、刀を抜いた沖田の背中を見つめていた。彼は怒っている。憤っている。凄まじいまでの怒りを抱えている。

 

「オイてめーら……死ぬ覚悟出来てんだろーなァ……」

 

ゆらり、と恐ろしい雰囲気に呑まれつつ、志士達が立ち向かっていく。しかし彼らも次から次へと斬られ、倒れていった。

 

「せっかくいいトコだったのに……」

 

最後の一人を狂気の目で見据えた沖田は、剣を振り上げた。

 

「邪魔してんじゃねェよ」

 

ズバッと肩から腹にかけて一刀両断する。敵全員を返り討ちにした沖田は、刀についた血を払ってから鞘に納めた。

 

「総に……」

 

「チッ、興が冷めちまった。嬢ちゃん、帰るぜィ」

 

カチッ

 

「は?」

 

聞き覚えのある、施錠音。繋がれた鎖を沖田が引くと、首から引っ張られるように体も動いた。

 

「ぎゃあああああ何してんだお前はァァ‼︎」

 

「嬢ちゃんさっき『総兄ィ』って呼んだだろーが。俺の言ったこと忘れたか?ん?」

 

「あっ……」

 

ハッと口に手を当て、青ざめる。夕焼け空に、絶望する志乃の悲鳴が響くのであったーー。




次回、トッシー篇行きます‼︎


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トッシー篇 命短し燃えよ男達
男が揃えばどんな場所でも戦場になる


さぁきましたトッシー篇!
気合い入れていくぞォォ‼︎



この日、志乃は大江戸ドーム内にいた。観客達の熱狂する声が、ドームに反射し響き渡る。その中の一番の特等席で、志乃は腰を下ろして舞台中央を見つめていた。

 

「今日はみんな、私のコンサートに来てくれて本当にありがとうきびウンコォォ‼︎」

 

ステージの真ん中で、いくつものライトを浴びる少女は、江戸一番のアイドル寺門通。周りで拳を振り上げている彼らは、皆お通のファンなのである。

 

「しっかし、よくここまで上り詰めたモンだ」

 

志乃はフッと笑って、大歓声を浴びるお通を見た。そしていつかの、彼女の初ライブを思い出す。

ついに最後の一曲が終わり、会場のライトが落ちていった。志乃はぞろぞろと大江戸ドームを出ていく列から外れ、関係者以外立入禁止と書かれた扉を開ける。中にいたスタッフが彼女の姿を一目見ると、会釈した。

 

実は志乃は、あれからお通と友達になり、お互い公私共に仲良くしている親友とも呼べる存在となっていた。というのも、以前トップアイドルになったお通を護衛する依頼を受けたことがきっかけで、さらに彼女を見事暴漢から守り切ったこともあって、お通からの信頼はファンと同等かそれ以上になった。

お通は彼女にライブのチケットを送ったり、新発売CDをプレゼントしており、志乃もそれを快く受け取っている。そして今回足を運んだのも、お通から特等席のチケットを貰ったためである。

 

「霧島さん、こちらです」

 

スタッフの案内で、お通の控え室に向かう。彼女の手には、袋が提げられていた。二回ノックしてから、扉を開ける。

 

「こんにちは、お通」

 

「志乃ちゃん!」

 

お通は志乃の姿を見るなり駆け寄り、ガバッと抱きついた。彼女を受け止めつつ、袋を手渡す。

 

「お疲れ様。とっても良かったよ。コレ、差し入れ」

 

「ホント⁉︎ありがとう!」

 

ライブ後で疲れているだろうと、志乃は彼女を座らせる。お通が袋の中身を取り出すと、中には三色団子が入っていた。

お通は早速蓋を開け、志乃と共に団子を食し始めた。

 

「お通本当によく頑張ったね。江戸のトップアイドルまでになっちゃうなんてさ」

 

「応援してくれるファンのみんなのおかげだよ。もちろん、志乃ちゃんもね」

 

「私は何もしてねーよ。せいぜい護衛(ボディーガード)とかそんなんじゃん」

 

「も〜、志乃ちゃんったらまたァ」

 

談笑しつつ、菓子をつまむ少女達。非常に微笑ましい光景である。

 

「…………はぁ……」

 

しかし団子を口に運ぼうとした手を止め、お通が小さく溜息を吐いた。

 

「お通?どうかしたの?」

 

「実はね、最近ファンのみんなが私の公式(オフィシャル)ファンクラブの座をかけて喧嘩が絶えないって聞いて……」

 

公式(オフィシャル)ファンクラブ?それって寺門通親衛隊じゃなかったんだ。てっきりそうかと」

 

団子を食みながら、志乃はお通の横顔を眺める。その表情は、少し悩んでいるように見えた。

最後の一つを飲み込んでから、お通を見つめた。

 

「じゃあこの際作っちゃえばいいじゃん」

 

「えっ⁉︎」

 

お通が驚いたように目を見開き、こちらを見てくる。それに構わず続けた。

 

公式(オフィシャル)ファンクラブ。それさえあればその暴動とやらも無くなるんでしょ?なら、それさえ作っちゃえば大団円じゃん」

 

「でも……そんなのなんだか、ファンのみんなに階級つけるみたいで……」

 

「お通」

 

俯く彼女の肩に手を置いて、立ち上がっる。そして、ニッと笑ってみせた。

 

公式(オフィシャル)だろーが非公式(アンオフィシャル)だろーが、アンタに対する想いは変わらないだろ。もしそれでお通のこと嫌いになんなら、その程度の連中だったってことさ。でも、そんな奴ばかりじゃないだろ?大丈夫、奴らならきっとどんなことがあっても、お通のこと愛してるよ」

 

それから志乃は、背を向けた。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「えっ⁉︎もう帰っちゃうの?」

 

「悪いね、今日はちょっと野暮用があって」

 

控え室を出ていく彼女の背中に、お通が声をかける。

 

「今度の休みの日、一緒に遊びに行こうね!」

 

志乃は何も言い返さなかったが、軽く手を挙げて応えた。それだけでもお通には彼女の答えがわかって、笑顔で彼女を見送った。

 

********

 

大江戸ドームの外。そこには今日のライブを観に来ていた大勢のファン達がまだいた。その中に、法被とハチマキ姿の男が四人。一人は見覚えあるメガネ兼師匠だ。

しかし、何やら不穏な雰囲気。

 

「おーい、師匠〜」

 

「あれっ⁉︎志乃ちゃん‼︎何でここに⁉︎」

 

「お通からライブチケット貰ってね。観に来た」

 

志乃はピラッとライブチケットを見せる。それを懐にしまってから、少し落ち着いた様子の新八に歩み寄った。

 

「んで、どーしたの?なんか怒ってたみたいなんだけど」

 

「そうなんだよ‼︎実は隊員達が僕に何の断りもなく辞めたんだ‼︎今から奴らの家に乗り込んで隊規復唱しながら腕立て伏せを……」

 

「落ち着け新ちゃん‼︎」

 

志乃の問いにより怒りが再爆発した新八を、リーゼントに出っ歯の少年ーー確か名前をタカチンと言ったかーーが必死に引き止める。

 

「違うんだ新ちゃん‼︎アイツら別にお通ちゃんのファンを辞めたワケじゃないんだよ‼︎」

 

「じゃあどうしてここに来てないんだ‼︎一体何があったっていうんだ‼︎」

 

「それはっ……」

 

弁明しようとするタカチンが、口を噤む。その時、彼らの前に大勢の集団が現れた。皆一様にハチマキを巻き、素肌に袖の無いGジャン、ズボン、手にはグローブと異様な格好をしている。

 

「その辺にしといてあげなよ、志村氏。言えるワケがないじゃないか。みんなが出ていったのはお通ちゃんのせいじゃない。志村氏、君のやり方が気に食わないからだなんて……」

 

「なっ……何だお前ら、気持ちワルッ‼︎」

 

すまないが師匠、師匠も似たようなモンだよ。志乃は心の中で呟いた。

しかし彼らのこの格好、どこかで見たことがあった。しかも彼らの中には、親衛隊を脱退したメンバーもいるという。

 

「何してやがんだ、何だそのカッコ⁉︎てめーら恥ずかしくねーのか‼︎」

 

「恥ずかしいのは君達の方さ。硬派なアイドル親衛隊など、太古の昔に滅んだ前時代の遺物」

 

人集りの真ん中から、一人の男がやってくる。その姿を見て、志乃と新八は目を見開いた。

 

「君達のやり方はもう古いんだよ。そんなやり方ではもう誰もついていかない。寺門通親衛隊はもう滅んだんだ。これからはそう、この僕……僕が率いる『新しいオタクの波(ニューウェーブ)』、『通選組』の時代なのだよ。プススススッ」

 

「おっ……お前は……トッ……トッシーぃぃぃ⁉︎」

 

ーーなんか前より格段にパワーアップしてやがるぅぅぅ⁉︎何か得体の知れない気持ち悪い軍団作ってやがるぅぅぅぅ‼︎

 

志乃は久々に見たトッシーを見て、愕然としていた。そして、心の中で盛大に叫んでいた。それを決して口には出さずに。

 

********

 

時は寺門通ファンクラブ戦国時代。スキャンダルを乗り越え成長し、ついにトップアイドルの座へと君臨した寺門通。

 

彼女の元には今や無数のファンクラブが群雄割拠し、日々熾烈な覇権争いを繰り広げていた。「公式(オフィシャル)ファンクラブ」という玉璽を賜らんと天下を目指し、戦い散っていく英傑(おとこ)達。

 

死屍累々転がるそんな戦場にあって、長きに渡り戦を勝ち抜く最強の英傑(おとこ)達がいた。

 

寺門通親衛隊。猛将志村新八率いる最強のオタク達である。

 

路上ライブをしていた頃から寺門通を支えてきた老舗中の老舗。親衛隊隊規という九十九か条にも及ぶ鉄の掟で縛られた彼らは恐るべき士気の高さを誇り、戦では負け知らず。パフォーマンスのクオリティ、テンション、ウザさ、女っ気のなさ、どれをとっても他を圧倒していた。

 

その歴史の深さからも公式(オフィシャル)に最も近い存在とされ、数多の勢力から攻められ続けてきたが、猛将志村に鍛えられた精強な兵は崩し難く、かかっていく者は彼らの前に死屍を重ねるのみだった。

 

「形勢変えがたし」。次々に武器を捨て、敗走していく兵の中……その男は、戦場に現れた。

 

智将、土方十四郎(トッシー)

 

戦場に流星のごとく現れた彼は、敗走する兵を巧みにまとめ上げ、「通選組」なる組織を結成。反発し、戦うことしかしてこなかった他の者とは違い、彼は戦うことをしなかった。

 

オタクの心を巧みに掴み誘惑し、他勢力を次々に取り込み、瞬く間に最大勢力を築き上げる。アニメ、漫画、ゲーム、二次元メディアから三次元にまで足を伸ばしてきた彼が作ろうとする通選組は、お通だけにとらわれるのではない、あらゆるメディアに()ずる()ばれたオタク達の()織。総合メディアサークルとも呼べる代物であった。

 

彼の軟弱ともとれるやり方は、お通しか追いかけてこなかった硬派な昔気質のオタク達に、新鮮な息吹を吹き込む。大きく世界を広げてくオタク道、彼がカリスマオタクとして崇められるのにそう時間はかからなかった。

 

そしてそんな彼に最も魅了されたのは、鉄の掟で欲望を抑圧され続けてきた寺門通親衛隊であったのは言うまでもない。

 

かつて彼らを震え上がらせた猛将志村の声も、もう彼らの耳には届かない。天下統一を前に、寺門通親衛隊墜つ。

 

かくして長きに渡った戦乱の時代は、戦場に突如現れた新星によって幕を

 

「閉じたのであった」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

新八、アイドルオタク卒業!

でも……これで良かったよね。

 

次回、銀さんがストパーになります。

 

 

 

「何勝手に終わらせてんだァァァ‼︎終わってねェェェェ小説も親衛隊もまだ終わってねェェ‼︎」

 

長々とナレーションをしていた銀時の頭を、新八が殴りつける。ちなみに今は所変わって万事屋にいる。

 

「何がこれで良かったよねだよ‼︎いいわけねーだろ‼︎次回も全く関係ねェ話しようとしてんじゃねーか……コレただのお前の願望じゃねーか!何作者に書かせてんだよ‼︎」

 

「え?いやもういいだろ、これで終わりで。ナレーションでかなり盛り上げてやったし」

 

「終わるワケねーだろまだ半分チョイしかいってねーんだよ、こんな最悪な状態で終わるに終われるか」

 

いつものように全くやる気のない銀時。志乃も興味無さそうに、神楽の隣で酢昆布を貪っていた。

 

「もういいよー、どうせこの後お前のどうでもいい愚痴が延々と続くんだろう。めんどくせーよ聞きたくねーよ。終わってくれよ頼むから」

 

「アイドルとかそんなんどうでもイイアル。勝手にやれヨ。くだらねーんだよ糸クズ共」

 

「そうそう、どーせこの後どうなるかフラグは立ってるわけだから。そのフラグ回収したところで今時の読者は面白みも何も感じないよ。もうちょっと型破りな事しなきゃ。だから師匠の愚痴はパス。なんなら帰ってもいいよ?」

 

三人にそれぞれ散々言われて、新八の目にはうっすら涙が光っていた。

 

「そんな言い方しなくてもいいだろォォ‼︎涙出てくるわ‼︎アンタらだって知ってるでしょ、今まで僕がどれだけ精力的に親衛隊の活動に取り組んできたか!僕がどれだけお通ちゃんを大好きか‼︎その親衛隊が今破滅の危機に瀕しているんですよ!今までずーっとお通ちゃんを応援し支えてきたのに、誰よりも前から。その辺からパッと出た奴に隊員も地位も奪われ、お通ちゃんの公式(オフィシャル)ファンクラブになるという夢も奪われようとしているんですよ‼︎」

 

辺りに喚き散らしてから、新八は溜息と共にソファに座る。もちろんこの間三人は全く聞く耳を持たなかった。

 

「なんてこった……まさかまだあの男が生きていたなんて。もうとっくに消滅しているものと思っていたのに。未だ妖刀の呪いは解けず、土方さんの中であの男も生き続けていたとは……。しかも以前より数段オタクとしてパワーアップして……!僕らのような中途半端なアイドルオタクが、あんなカリスマオタクに対抗出来るのか。僕らに……勝ち目はあるのか」

 

「新ちゃん‼︎」

 

ネガティブになる新八を励まそうと、タカチンが立ち上がり、声をかける。

 

「諦めちゃダメだ‼︎まだ勝負はついちゃいねェ‼︎寺門通親衛隊はまだ終わったワケじゃねェ‼︎隊員ならまだいるじゃねーか、この俺が‼︎それにまだ、奴らに取り込まれてねェファンクラブも残っているはず、そいつらと手ェ組んで奴らに対抗しよう‼︎あの野郎と俺達を裏切った連中に目にものを見せてやるんだ‼︎俺達の戦いはこれからだァ‼︎」

 

悪ある限り、彼らの戦いは続く。永遠に……ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ートッシー篇 完ー

 

 

 

 

「長篇終わらせんなァァ‼︎」

 

再び新八が、ツッコミと共に銀時の頭をぶん殴る。デジャヴだ。志乃はビスケットを食んだ。

 

「何未完で終わった漫画風にしてんだァ‼︎確かにあるけども‼︎こういう終わり方あるけども‼︎どこまで僕らの話聞きたくないんですか‼︎長篇終わらせてまで聞きたくないんですか‼︎」

 

「仕方ないよ。前に真選組動乱篇でトッシー出てきたから、これは成仏もさせなきゃダメだよねって事でやってるから。ただのやっつけ仕事みたいなモンだから」

 

「作者ァァ‼︎てめっどこまでめんどくさがりなんだァァァ‼︎」

 

新八が天井に向かって作者に対するツッコミをしたところで、銀時が呆れたように言う。その目は、いつもより死んでいた。

 

公式(オフィシャル)ファンクラブとかさァ、よくわかんねーよ。てめーらが何したいのか。何?公式(オフィシャル)って?勢力争いして公式(オフィシャル)になって、その先に何が待ってるの君達に。お通ちゃんと付き合えるんですか、お通ちゃんとチュー出来るんですか」

 

「出来るワケないでしょ。せいぜいビスケット二、三枚貰ってハイおしまいだよ、公式(オフィシャル)なんてさ。だったら私がビスケットやるから。もうそれでいいでしょ?」

 

「いいワケねーだろ何でビスケット⁉︎」

 

銀時に便乗して、志乃までもが死んだ目をし始めた。新八が全く話を理解しようとしない二人に説明する。

 

「銀さん志乃ちゃん、公式(オフィシャル)ファンクラブとして認められるってことはね、とっても名誉なんです。今までは僕らが勝手に一方的にお通ちゃん応援してきたけど、公式(オフィシャル)になるって事はね、お通ちゃん側から応援してねって、頼りにしてるわって、そういうカンジになるワケです」

 

「……たいして変わんねーだろ」

 

「変わるんです‼︎俄然こっちのモチベーションが変わってくるんです‼︎」

 

熱弁する新八は、さらに続ける。

 

「要するに公式(オフィシャル)になるってことは、将軍を介した官軍になれるようなもんなんです。逆に言えば、選ばれなかった者達はただの賊軍になってしまう。これ程不名誉な事がありますか‼︎今までずっと応援してきたのにそんな腹立たしい事がありますか」

 

すると、ずっと聞き流していた神楽が新八に提案した。

 

「じゃあお前達もあっちに入ればいいじゃん。そしたらみんな公式(オフィシャル)ファンクラブの会員になれるアル」

 

「は……入れるワケねーだろ‼︎あんな連中のいる所に‼︎俺達裏切った連中や、裏切りを喚起させた汚ねェ連中の吹き溜まりだぜ‼︎」

 

「そうだよ、そもそもアイツらお通ちゃん以外にも色んなアイドルの追っかけもしてんだよ‼︎僕らの方が絶対お通ちゃん愛してる。僕らの方が絶対公式(オフィシャル)に相応しい‼︎あんな連中より下の会員番号なんて僕はいりません‼︎」

 

提案をバッサリ切った新八とタカチンだったが、このやる気のない兄妹にさらにめちゃくちゃに言われる。

 

「細かいことグダグダうるせーな、所詮同じ穴のムジナだろお前ら。仲良くしたらいーじゃん」

 

「そーそー、会員番号一番も百番も変わんねーよ。所詮アイドルにとっちゃファンクラブ会員なんて全員チンカスみてーなもんなんだから。AもZも変わんねーだろ、だって同じチンカスなんだから」

 

「わかったらさっさと仲直りしに行ってみんなで一緒に醤油を1ℓ飲みな。そして仲良くくたばれバーカ」

 

もぐもぐ、とビスケットを咀嚼していると、どうしても水分が欲しくなる。志乃は冷蔵庫から銀時のいちご牛乳を勝手にパチってストローを刺した。目の前に座る兄の「あっオイそれ俺の‼︎」なんて声は聞こえない。

その時、プスプスと妙な笑い声が聞こえてくる。

 

「僕の軍門に自ら降るのかい。プッススス〜、僕は一向に構わないけど」

 

リビングの入り口の縁に、トッシーがいたのだ。勝者の余裕を纏い、笑みを浮かべる。

 

「だがそう慌てずに状況をよく見ることをお勧めするよ。確かに勢力争いでは僕が勝ったが。『公式(オフィシャル)』は数が多ければ手に入れられる、そんな単純なものではないらしいよ」

 

「てってめェェェェ‼︎よくのこのこここに現れたな‼︎」

 

「あの……勝手に人んち入んないでくんない」

 

「坂田氏、テレビをつけることをお勧めするよ」

 

「なんなんだよコイツ、人んち勝手に入ってきてお勧めしまくってんだけど」

 

人んちに勝手に入るなという銀時の注意も一蹴される。だったら鍵くらいかけろや。志乃はいちご牛乳をストローで吸いつつ、テレビをつけた。

テレビにはちょうどいいタイミングで、お通が映っている。

 

『ーーそうですね、私は私の歌を聴いてくれる人達みんな大好きだし、みんなかけがえのない大切な人達だと思ってるから。その……あの、そういう大切なファンのみんなに階級をつけるみたいで、なんか……嫌だったんです、スゴクそういうのが。だからその、今までこちら側からそういうのをとり決めるのは避けてきたんですけど。そのせいでファンの方達が喧嘩とかいっぱいしてるって聞いて……どうしていいかわかんなくなっちゃって。そんな時にこちらの番組さんからお話頂いて。思いきって……決めちゃおっかなって』

 

お通は一息吐いてから、高らかに宣言した。

 

『寺門通、公式(オフィシャル)ファンクラブ作っちゃいまーすトロング金剛‼︎』



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人には乗り越えるべき壁がある

『次回放送テレビちゃんぽん、寺門通公式(オフィシャル)ファンクラブ決定戦場のピアニスト‼︎ご期待ください‼︎』

 

テレビの特番により、お通の公式(オフィシャル)ファンクラブが決定される。しかも、優勝者には賞金が出るというのだ。

新八とトッシーが睨み合う。トッシーの余裕は変わらず、クスリと笑った。

 

「プッススス、地獄に仏とはまさにこの事。お通ちゃんのおかげで命拾いしたじゃないか、寺門通親衛隊諸君。まぁ余命が少々延びただけの話に他ならないけど。何で勝負したところで結果は変わらない。結局君達は僕に勝つことなんて出来やしないんだよ。ーー会場で会おう。その無様にぶら下がった首、刎ね飛ばして引導を渡してあげる。プッススススス」

 

そう言って、トッシーが踵を返す。その背を、新八が呼び止めた。

 

「待ってください。トッシーいや、土方さん。貴方トッシーなんかじゃない。土方さんですよね」

 

「えっ?」

 

なんと、新八は彼がトッシーではなく土方だと言うのだ。志乃は呆然として、新八とトッシーを交互に見てから、銀時と神楽と目を合わせる。二人も気づいていなかったらしいが、興味は全く無さそうだった。

新八がさらに続ける。

 

「トッシーは臆病なオタクです。わざわざ敵地に挑発に来るなんて行為、するワケがない。そんなわざとらしいオタク笑いもしていた覚えはありません。そして何より……煙草なんて吸うワケがない」

 

確かにトッシーの上着の胸ポケットに、煙草の箱が入っている。彼はおもむろにそれを一本取り出し、火を点けた。その行為が、彼が正真正銘土方だと結論付ける。

煙を吐いた土方の背に、新八が尋ねた。

 

「土方さん、貴方一体何を企んでるんですか。トッシーに扮してまでオタク達と接触し、あんなにたくさんのオタク達をまとめ上げ、大勢力を作り上げ、さらにはお通ちゃんの公式(オフィシャル)ファンクラブの座まで……。貴方の目的は何なんですか。貴方は一体何をしようとしてるんですか」

 

少し黙ってから、土方は語り出した。長いので、ここで要約を入れる。

 

真選組動乱篇でもあった通り、トッシーは土方が妖刀「村麻紗」を手にした事で生まれた。しかしそれは土方に巣食った別人格などではなく、ヘタれたオタク的部分が増長した土方十四郎そのものだったのだ。

これを良しとしなかった彼は、トッシーを別人格として引き剥がし、意識の奥底に封じ込めた。だがいつになってもトッシーが消えることはなかった。彼は隙あらば身体を乗っ取ろうと意識の奥底で今も目を光らせているのだ。

 

そういえば、と志乃も思い出す。以前カラーボックスを買ったと聞いた時も、ある時カラーボックスいっぱいに美少女モノアニメのDVDが詰まっていた。また今から敵地に乗り込もうという時も、知らないオタクにアニメの話を小一時間されていた。

それの積み重ねで疲れていたのだろう、文字通り心身共に。志乃は憐れみの目を向けた。

 

そして土方は、トッシーも自分の人格の一部であると認め、正面から向き合い話し合った。トッシーは、「何も為さぬまま消えゆくのは嫌だ、この世に自分の生きた証が欲しい」と言った。

 

「……コイツは……トッシー(やつ)の夢なんだよ。トッシー(やつ)を生み出した俺が、最後に奴に送ってやらなきゃならねェ手向けの花なんだ。俺は……オタク道を極める。全てのオタク達を統べ、その頂点に君臨し、オタクの覇王になる。そしてトッシー(やつ)の生きた証をこの世に……人々の心に刻み込んでやる。俺は止まらんぞ。奴を成仏させこの身体を完全に取り戻すため……俺はこの覇道を突き進む」

 

「……土方さん」

 

新八の後ろで、志乃はずっと呆れていた。そして、土方に色んな意味で同情する。

つーかオタクの覇王って何だ。お前は何をどうすればオタクの覇王なんてどうでもいいものになれるんだ。そんなもの終わりのない旅に出るようなもんだ。

 

「トップアイドル寺門通。あれを手にすれば、いよいよオタクの頂点にも手が届く。俺の長かった戦いもついに終わる」

 

「手にするってただファンクラブになれるだけだろ。つーかそれでオタクの頂点になれるとか怖いわ」

 

冷たい視線を送りつつ、ツッコミを入れる。しかしそれはスルーされた。

 

「それでもお前は俺を止めるか。この俺の存在を確立するためのこの戦いを。それを知ってなお、邪魔するかお前は」

 

「……悪いけど、お通ちゃんを愛してもいない人に渡すワケにはいきません」

 

「何言ってんの?渡すってったってハナからお前のもんじゃねーだろーよ。え?何この雰囲気。何でただのファンクラブ争いなのにこんなバトルもんっぽい空気が流れるの?」

 

志乃のツッコミも虚しく、二人の耳には届かない。ま、どうでもいいや。パックの中に入っていたいちご牛乳を飲み干し、ゴミ箱に投げ入れた。

 

********

 

そして迎えた当日。志乃はお通の親友兼ボディーガードとして会場の舞台にお通と共に上がっていた。会場の熱気は最高潮。むさ苦しさに、思わず吐きそうになる。

この日のために、五千人ものファンが会場に集まったというのだから、まったくオタクというものは末恐ろしい。

今大会は四人一組1250チームの中からたった1チームだけが公式(オフィシャル)ファンクラブに選ばれる。わかる通り、とんでもなく狭き門なのだ。

司会がオタク達を煽る。

 

「お前らお通ちゃんの公式(オフィシャル)ファンクラブになりたいかー」

 

「「「「「おおおお‼︎」」」」」

 

公式(オフィシャル)ファンクラブになるためならどんな困難でも乗り越えられるかっ⁉︎」

 

「「「「「おおおお‼︎」」」」」

 

「お通ちゃんのためならたとえ火の中水の中、どこにでも行くかァ⁉︎」

 

「「「「「おおおお‼︎」」」」」

 

「お通ちゃんのウ◯コなら食べられるかァァ⁉︎」

 

「「「おおおお‼︎」」」

 

突如マイクを奪い取り、生放送で極めて危険な発言をしたグループが舞台の上に立っていた。寺門通親衛隊の衣装に身を包んだ銀時、新八、神楽、タカチンだ。

志乃は取り敢えず、銀時の頭を跳び蹴りで蹴っ飛ばしておいた。不意打ちを食らって倒れた銀時の胸倉を掴んで、立たせる。

 

「お前ら何やってんだ‼︎今生放送だぞわかってんのか⁉︎」

 

「当たり前だ。コレは愛を確かめる大会なんだろ。つーかオメーこそ何やってんだよ」

 

「お通の頼みで来たの!っていうか愛を確かめるためってそのために全員に何させるつもりだァ‼︎」

 

「今から決勝戦を始めるんだよ。全員にお通ちゃんのウ◯コを配る。これをいち早く食したチームが……」

 

呆れを通り越した志乃の拳が、銀時の脳天に打ち据えられる。かなり本気で殴ったためか、銀時の体は舞台を破壊してかなり深く埋められた。

 

「お前取り敢えず黙ってろや。これ生放送だぞ?アイドルに何させてんだテメーは。つーかてめーらが好き勝手やるせいで作者は眠れぬ夜を過ごしてんだよ。汚ェ話書いたら何言われるかわかんないって日々怯えてんだよバカヤロー」

 

「何それ俺のせい?作者だっていつかはこんな日が来るってことくらいわかってただろ。眠れぬ夜も朝になっちまえばもうどーだっていいんだよ。喉元を過ぎれば熱さも吐き気も忘れんだよ。大丈夫だ。恐れという壁を壊すことで、人は日々成長していくんだ」

 

「アンタら何の話してんの‼︎」

 

作者の心情を若干吐露しつつ、言い争いを繰り広げる二人に新八のツッコミが入る。寺門通親衛隊でもそのツッコミは健在らしい。

しかし外野が銀時を粛清する程度で収まるはずがなかった。

 

「お通ちゃんを愚弄するのもいい加減にしろよ‼︎」

 

「お通ちゃんはウ◯コもオナラもしねェ‼︎消えろォクズ共‼︎」

 

しかしその程度の罵倒、志乃は物ともせずに言い返す。

 

「あん?消えんのはテメーらの方だよガキ共。人を好きになるって事はね、相手の汚い所も全部ひっくるめて好きになるって事なんだよ。汚い所から目ェ背けてる時点であんたらは問題外、即刻この場から立ち去りな。そして衆道(新たな世界)へフライアウェイ」

 

「お前もその趣味大概にしとけ」

 

いつの間にか穴から脱出した銀時が、オタク達を衆道の道へ連れ込もうとする志乃の頭をパンと叩く。頭を摩りながら、反論した。

 

「なんだよ、別に新たな扉開いたところで奴らにゃ何のメリットもねーんだ。私がオカズにしてるのはイケメンもしくは細マッチョだけ。キモオタなんて望んでないしつーか見苦しい」

 

「やめて志乃ちゃん、オタクの心はもうズタズタだよ‼︎ていうかこれ以上ボケを重ねるな‼︎いくら僕だってなァ、ツッコミが追いつかないんだよ!」

 

「大丈夫、師匠は寺門通親衛隊の法被着てる時はスタミナが倍増されるから」

 

「装備でパワーアップなんかしねェよ‼︎ロールプレイングゲームか⁉︎」

 

志乃が口にした寺門通親衛隊の言葉に、オタク達が過敏に反応する。

 

「寺門通親衛隊⁉︎」

 

「奴らがあの最強の……バカな、親衛隊は新興勢力によってとっくに壊滅させられたって聞いてたぞ‼︎」

 

「まさか奴らがまだ生きていたなんて‼︎」

 

「冗談じゃないぞ、拙者奴らがいないならもしや勝ち残れるかもと参ったのに‼︎」

 

寺門通親衛隊の名を聞いただけでオタク達が慌て、さらには逃げていく始末。おー、師匠って意外と有名なんだな、と改めて実感した。

寺門通親衛隊の登場を皮切りに、ギブアップするチームが続出。出場チームの一割を敗走させた。その後四人は志乃によってまとめて舞台から降ろされ、ようやく大会が始まろうとしていた。

 

「申し訳ありません、だいぶチームも減ってしまいましたが構わず進行しようと思います。ここで脱落するような人はまず予選は生き残れませんから。いいですか皆さん、予選の内容を説明しますからよく聞いてください。ここにいる約1000チームの中から予選をくぐり抜け、本戦に出場出来るのは、たったの4チームだけです‼︎」

 

早速会場が驚きとどよめきに包まれる。まぁ確かに1000から4はいきなり絞りすぎな気もするが。

 

「予選で見させてもらうのは体力‼︎これからお通ちゃんとご友人はヘリで大江戸テレビに移動します。この河川敷からあそこまでおよそ10㎞のコース、これを皆さんには走って来てもらいます‼︎」

 

ゴールした上位四人の所属するチームが、本戦へと生き残る。四人のうち一人がビリでも一人が上位四人内にランクインすれば、予選は通過。しかしチームの内一人でも棄権者、ギブアップする者が出れば失格。

志乃もお通と共にヘリコプターに搭乗する前に、寺門通親衛隊の元に足を向けた。

 

「銀がわざわざ参加するなんて、大方賞金目当てってとこ?」

 

「ま、そんなカンジだ。賞金は俺のものだ、誰にも渡さん」

 

「頑張ってね。私応援するから。あ、賞金出たら団子奢ってね?」

 

「ワリィな、賞金の使い道はもう決まってんだ」

 

どーせパチンコにでも消えるんだろう。相変わらずのダメっぷりに、志乃は嘆息する他なかった。お通に呼ばれたため、心の中で小さくエールを送っといてやる。

ヘリコプターにお通と共に乗り込み、身を乗り出したお通が下でスタンバイするオタク達に声をかける。

 

「みんな〜〜、早く来てね〜私待ってるからー。それじゃ〜準備はいい?位置について〜よ〜い、どん松五郎‼︎」

 

お通のかけ声で、オタク達が汗を散らしながら駆け出した。うーわ、キモっ。志乃は心の中で素直な感想を述べつつ、下を見下ろしているお通を見た。しかしその時、取っ手を掴んでいたお通の手が滑る。

 

「きゃっ……⁉︎」

 

「危ねっ」

 

バランスを崩したお通の手を引き、抱きしめる。ヘリコプターのドアを閉めさせてから、お通を席に座らせた。未だ固まっているお通に、優しく声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

「う……う、うん。助けて、くれて……ありがと……」

 

「別にいいよ。お通が無事なら、それで」

 

少し顔が赤い彼女の隣に志乃も座る。ヘリコプターに乗っている間、普段ならたくさんお喋りやら何やらをするところ、今回は何一つ喋らなかった。チラリと彼女を見てみると、頬を赤らめて俯いている。志乃はわけがわからず、首を傾げた。



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外国人宇宙人と言うが私達も外国人宇宙人

それから諸々をすっ飛ばして、ゴール前。そもそもお通と共にゴール前まで向かっていた志乃にとって、このマラソン対決は正直どうでもよかった。

しばらく待っていると、先頭を走る一人の姿が目に入る。

 

「来ましたァ‼︎寺門通公式(オフィシャル)ファンクラブ決定戦予選一位は、チーム通選組トッシー氏ぃぃ‼︎」

 

一位でゴールしたのは、トッシーこと土方。土方は寺門通親衛隊以外の他チーム全てと手を組み、足止めをさせるという戦略で、見事一位を獲得したのだ。

一服する土方に歩み寄り、志乃は彼に話しかけた。

 

「おめでと、トシに……じゃない、トッシー。いやはや、なかなかの手腕だねェ。流石鬼の副ちょ……」

 

言い終わる前に頬ごとがっちり掴まれ、口を押さえられる。そして彼女に顔を近づけた。

 

「お前な……隠すのか隠さねーのかどっちかにしろ。っていうか隠す気ねーだろお前‼︎」

 

「あ、いや、その……ごめん、つい」

 

「はぁ……気をつけろ」

 

一つ溜息を吐いて、志乃の頭をわしゃわしゃと撫でる。それから踵を返しそうとした彼の腕を掴み、ボソッと呟いた。

 

「……ま、全てアンタの手駒なんだろうけど」

 

「⁉︎」

 

そう。彼女の言う通り、この大会において寺門通親衛隊以外の全てのチームは、トッシーの手駒なのだ。しかもその事実を、誰も知らない。つまり、彼女は最初から見透かしていたのだ。それはいつもの勘によるものか、そうでないか。どちらにせよ彼女がその真実に気づいていることには変わりない。

 

「……てめー、いつからそれを」

 

「ずっと前から、とでも言っておこうか?大丈夫だよ。誰にも言わないから」

 

その時、レポーターが情報が入ったと叫ぶ。なんと、多くのチームがゴールに辿り着く前に次々と棄権しているというのだ。次々にコース上で異変が起き、足止めを食らっているとのことだ。9㎞以降のコースを走るのは、たった1チーム。その姿が、見えてきた。あの見慣れた法被はーー。

 

「寺門通親衛隊の……」

 

「誰だァァァァァァ!!!」

 

ゴールテープを切ったのは、ものすごくゴツい外国人。筋肉もヒゲも立派で、グラサンをかけていた。こんな奴チームにいただろうか。いや、いなかった。しかしその後ろに銀時がいる。

 

「よっしゃー、本戦勝ち残りイエ〜」

 

「ちょっと待てェェェェェ‼︎」

 

勝利を喜びハイタッチする二人に、土方が横槍を入れる。そりゃそうだ。だって鮮やかすぎる替え玉なのだから。

 

「誰だそれェェェ‼︎どっから連れてきたんだ‼︎なんで知らねー奴がゴールテープ切ってんだ‼︎こんな奴てめーらのチームにいなかっただろーが‼︎」

 

「ああ、いいから。もうそういうのはいいから。そういうリアクションは前回充分見たから」

 

「銀、前回もクソもお前らが頑張って走ってた話、あの作者(バカ)が全部すっ飛ばしてんだよ。あ、詳しくは原作かアニメをチェック」

 

「どーでもいいんだよんなこたァ‼︎替え玉仕込んどいてどんだけ太々(ふてぶて)しい態度とってんだ‼︎」

 

「替え玉?オイ証拠もねーのに妙な言いがかりはよせ」

 

「証拠って丸々コイツが証拠だろーが現行犯逮捕だろーが‼︎」

 

「土方くん、マラソンってのは人生と同じなんだよ。艱難(かんなん)辛苦を乗り越えてな、ゴールテープを切る時にゃすっかり成長してまるで別人のように……」

 

「別人だろーが‼︎まごうことなき別人だろーが‼︎」

 

銀時はこの外国人を、タカチンだと言い張っているようだ。色々無理がある気がするが。土方が抗議したくなる気持ちもわかる。だって別人だもん。爽快すぎる替え玉だもん。

しかし銀時は折れない。

 

「わからない奴だな……あっ、ちょうどいい所にご到着だ。ホラ見てみろお前らのチームメイトの姿を。山崎くんも成長してすっかり変わって」

 

「ザキ兄ィィィィィィ⁉︎」

 

「髪型変わってんじゃねーかァァァァァ‼︎なんでマラソンで髪型が変わるんだよ‼︎なんでマラソンで髪型が成長するんだよ‼︎成長っていうかどう見ても劣化してるし‼︎」

 

山崎の髪が剃り落とされ、モヒカンになってしまっている。志乃と土方は愕然として叫んでいた。だってあのジミーが。地味が取り柄の山崎が。めちゃくちゃ派手になっているのだ。その山崎本人も、涙を流して膝をついている。

 

「うう……こんな派手な頭でこれからどうやって監察の仕事続けていけばいいんだ」

 

「‼︎山崎お前、まさかコイツらに……」

 

「スイマセン……ヘマやらかしちまいました。でも土方さん、ここは流してください。ここは奴らを見逃してやってください。俺達……もっとヤバイ不正(こと)、奴らに握られてます」

 

群集から少し離れた所で、車が止まる。どうやらタクシーのようだ。その中から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「あっここでいいです。大丈夫大丈夫、バレやしやせんよ。あっ領収書もお願いします。土方十四郎で」

 

タクシーから降りてきたのは、通選組の格好をした沖田。土方は思わず咥えていた煙草を落とした。その後ろから、銀時がわざとらしく言う。

 

「アレ〜?どっかで見た事あるなアイツ。アレって……」

 

言葉を紡ごうとした銀時の口を土方が押さえた。

 

「そっ……そういやいたような気がする‼︎よっ……よく考えたらいたわ、お前らのチームに外国人一人‼︎あ……あの名前なんだっけ」

 

「タカティン」

 

「そォォタカティン‼︎いたわタカティン‼︎妙な言いがかりつけて悪かったな‼︎山崎もすっかり立派になっちゃって〜‼︎よしそうと決まったら早く本戦いこう‼︎あまり余所見をせず本戦いこう‼︎」

 

マラソンでタクシーを使うなど、暴挙にも程がある。替え玉も反則だが、同罪にあたるものだ。もうこれ誰かに言ってしまおうか。言いたい。めちゃくちゃ言いたい。

その時、ゴールの前に今度はパトカーが止まった。

 

「大丈夫?アレだったら中まで案内するけど」

 

「大丈夫です」

 

「じゃあ気をつけてね。もう迷子になるんじゃないよ」

 

パトカーが走り去ると、近藤と神楽(おバカたち)が少し気まずそうに立っていた。そういえば、近藤と神楽は先頭を突っ走っていたのだが、ヒートアップしすぎてもはやオーバーヒート、つまりコースを外れてどこかへ行ってしまっていたのだ。詳しくは原作かアニメを見てね!

さて、これはもう隠しようがない。予選から波乱を巻き起こすこの大会。一体どうなることやら……。

 

********

 

予選マラソン対決で、怪我人、脱落者、棄権者が相次ぎ、最終的にゴールまで辿り着いたのは寺門通親衛隊と通選組のたった二チーム。

 

「しかも迷子のところを警察に保護されてパトカーでゴールという微妙な判定の選手も出ているんですが……」

 

「どこが微妙アルか‼︎ルール説明の時にお前一言でも車に乗ったらダメって言ったアルか」

 

すかさず神楽が司会者に反論する。彼女の言い分もあ……るわけがない。常識的に考えてマラソンでパトカーに保護されるなどありえない。神楽の反論はもはや言いがかりの部類に片足を突っ込んでいる。

 

「いや確かに言わなかったけど、言わなくても普通あのわかるじゃないですか」

 

「わかるワケねーだろ‼︎俺達がどれだけバカかわかってんのか‼︎あんまナメてんじゃねーぞ‼︎」

 

「そうアル、バカにするのもいい加減にしろよ‼︎」

 

元がバカだから、いちいちルールどうこうがわからなくなるらしい。しかしバカすぎるのも問題だ。かたや万事屋の看板娘、かたや真選組の局長。この国の未来が危ぶまれる。

司会者はお通に判定を求める。

 

「お通ちゃんどうなんでしょう、マラソン勝負で車を使うっていうのは。これはどう考えても……」

 

「これは私への愛を見せてくれる大会なんですよね。マラソン勝負で車を使ってまで私に会いに来てくれるなんて……愛以外の何物でもないと私は思います」

 

会場に、えええええ⁉︎というオタク達の落胆混じりの叫び声がこだまする。

 

「オイマジかよォォ‼︎何だったんだ今までの俺達の努力はァァ‼︎」

 

「最初から言えよォォォどうしてくれんだァ」

 

次々と文句の嵐が巻き起こる。志乃は司会者からマイクを強奪して、喚くオタク達に言い放った。

 

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんですよ。カラスですかァ、コノヤロー」

 

うざったい様子で顔をしかめて、オタク達を睨むように見据える。志乃は一度溜息を吐いてから続ける。

 

「うだうだ男が文句タレてんじゃねーよ。可愛い女の子にゃちょっとしたワガママが付き物なんだよ。それをてめーらはうるさく文句並べやがって。そういう全てを包み込む度量がねーからてめーらはモテねーんだよ」

 

頭を掻きつつ、さらに述べる。オタク達が彼女の物言いに弱冠頭にきているのは知っていたが、この際どうでもいい。

 

「男なら女の子の可愛いワガママの一つや二つ、笑って聞いてやれや。それもまた愛ってモンだろ」

 

マイクを司会者に投げつけ、言いたい事を言い切った志乃はスッキリしていた。

司会者が仕切り直し、大会を進める。

 

「寺門通親衛隊、通選組この2チームにお通ちゃんの公式(オフィシャル)ファンクラブの座をかけて戦ってもらいます‼︎これから行われる三本勝負にて、より多くの勝利を収めたチームに『公式(オフィシャル)』の座は与えられます。予選にて示してもらったのは体力、続いて試させてもらうのは知力です‼︎」

 

今度の対決は、仕掛け付きの滑り台の上で行われる。お通に関するクイズに正解すると、相手チームの滑り台の傾斜がキツくなり、最終的に相手チームのメンバー全員を下のプールに落とせば勝ち。なお、クイズを間違えるとペナルティとして自分の滑り台が上がるため、クイズに答えるのは慎重にいかなくてはならない。

全員がスタンバイしたところで、司会者がクイズ対決開始の合図を送る。しかしその時、新八が滑り台から落ちてしまったのだ。

 

「新八ィィィ何やってんだ‼︎」

 

「これは親衛隊、のっけから貴重な戦力を失ってしまった。一体どうしたんでしょうか、手でも滑らせてしまったんでしょうか。志村氏無念の表情です‼︎」

 

「ツッコめェェェェェェェェ‼︎」

 

突如、司会者の背後から新八が現れ、司会者の脳天に踵落としを浴びせる。司会者は台に顔がめり込んでいた。汗だくで荒い呼吸ながらも、新八はツッコんだ。

 

「何滞りなく話進んでんの⁉︎何勝手に本戦始めてんの‼︎」

 

「アラ、ここにも志村氏が」

 

「アラじゃねーだろ‼︎今ようやくマラソン終えて到着したとこなんだよ!仲間にエサにされて必死にここまで辿り着いたんだよ‼︎」

 

「アレ?まだ着いてなかったんだ、師匠」

 

「気づかなかったアル」

 

「全く何の支障もなく話進んでたもんな」

 

「……え……何。ちょっと……マジで誰も僕がいない事に気づいてなかったの。……ちょっと、やめてくれませんかその真顔。全員八つ裂きにしますよ」

 

弟子や仲間だけでなく、敵にまで認識されていなかった新八。影の薄さにおいて彼の右に出る者はいないだろう。

でも、後から来た新八はどうなるのだろうか。彼の処遇を、司会者が判断する。

 

「まァとにかく、ここまで遅れたペナルティで貴方はこのクイズ勝負に失格ということで」

 

「ちょっと待ってくださいよ、チームメンバーが上位に入れば他はいくら遅れてもいいって言ったのアンタらでしょ‼︎」

 

「新八、心配するな。お前がいなくてもこんな奴らにゃ俺達ゃ負けねーよ」

 

「それ新八じゃねーって言ってんだろ、新八の眼鏡ですらねーし‼︎」

 

銀時が滑り台の上から新八(誰のものでもないただの眼鏡)に声をかける。水にふよふよ浮く眼鏡に居場所を取られる師匠が滑稽で、志乃はクククと笑いを堪えていた。新八から恨めしそうな視線が送られるも、お構いなしだ。

仕切り直されて、クイズの第1問が出題される。

 

「お通ちゃんが4歳の時見た最も愛する映画といえば?」

 

「うわっ超簡単だよ!コレ教えちゃダメなんですか、チームのみんなに伝えちゃダメなんですか」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

志乃が新八を一蹴したその時、通選組チームの土方がボタンを押す。

 

「ローマの災日」

 

流石、と言ったところか。正解だ。土方は体を取り戻すと決めてから、様々なメディアについて勉強していた。志乃もそれを手伝って、アニメやアイドルについての資料やらグッズやらを集めたりした。

しかし、ピンポンピンポンという明るい音でなく、ブブーという不正解のブザー音が流れる。

 

「惜しかったですね。正解は、『ローマの災日ッパリハイスクールロックンロール』です」

 

「残念!土方氏、うっかり語尾にお通語をつけるのを忘れてしまいました」

 

「ちょっと待て、うっかりってそんなルール聞いてね……」

 

「それでは土方氏、ペナルティで一段階滑り台が上がります」

 

土方の抗議の声も何もかもを無視して、滑り台が上がる。台はいきなり90度近くまで上がり、土方はそのままプールに落ちてしまった。

 

「ああーっと土方氏、早速脱落してしまいました‼︎」

 

「あ……あの、スイマセン。一段階ってあんなに上がるんですか。ほとんど90度になってたけど……」

 

「滑り台の角度の匙加減は、お通の持ってるリモコンで決まるからね。お通の気持ち次第で角度は変わるよ。ここじゃお通がルールだから」

 

「どんだけアバウトなんだよ。俺そんなに悪い事した⁉︎お通語使わなかったのがそんなに気に食わなかった⁉︎」

 

なんと開始早々、両チームのキャプテンが脱落するという波乱の展開に。さて、これからどうなることやら。土方を救出してから、第2問に移る。

 

「お通ちゃんが……」

 

ピンポン

 

なんと、問題文を全て読み上げる前に早押し。先程の文で問題の全てを理解したというのか。そんな芸当が出来るメンバーは、両陣営にいないはずなのに。

ボタンを押したのは……。

 

「親衛隊、タカティン氏」

 

ーーえええええええ⁉︎何でアンタが押してんの⁉︎

 

志乃は唖然として、くちゃくちゃとガムを噛んでいるタカティンを凝視する。

いやだってそんな、あいつただの替え玉だよ?銀がどこぞで拾ってきたただの替え玉だよ?そんなお通にめちゃくちゃ詳しい人とかじゃなさそうだし、そもそも外国人だし!

 

「オゥ……チョットマテクダサーイ」

 

日本語もカタコトじゃねーか!絶対無理だってコレは!

志乃が心の中でハラハラしつつツッコミを入れていると、ついにタカティンが答えを言った。

 

「スイマセン。トイレ行ッテキテイイデスカど松は冥土の旅の一里塚」

 

途中から超流暢な日本語に変わったァァ‼︎しかも日本人でもなかなか知らない諺が出てきたよ⁉︎っていうかお前ただトイレ行きたいだけじゃねーか‼︎とっとと落ちてトイレにでも冥土にでもどこへでも行きやがれェェ‼︎

 

余談だが、「門松は冥土の旅の一里塚」とは、一休の狂歌「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」による諺である。

門松を立てるということは、新しい年が始まる、つまり年を重ねたことを意味する。ゆえに、門松は死に近づく印であるということなのだ。みんな!勉強になったかな?

 

志乃の胸中でツッコミが炸裂したところで、果たして正解なのか否か。そもそも問題文すらまともに聞かされていないので、そんなこともわからない。

その時、ピンポンピンポンと音がした。

 

「正解ィィィ‼︎問題は『お通ちゃんが初ライブの時、緊張のあまり最初に客席に言った言葉は何?』答えは、『トイレに行っていいですか?』。タカティン氏、問題も聞かずに見事正解ィィィ‼︎」

 

当たった。志乃は愕然としてタカティンを見つめた。なんか……とんでもない替え玉が現れた気がする。

親衛隊が正解したということは、通選組の滑り台が一段階上がる。しかし、お通は何故か近藤の滑り台だけ他の二人より高く上げた。

 

「………………あのォ…………お通ちゃん?……なんか気のせいか、俺だけ角度がキツい気がするんだけど…………え?コレって……どういう事なのかな」

 

「それでは3問目いきます」

 

「アレ無視?無視なの?」

 

ピンポン

 

近藤の滑り台の角度は完全に無視して、問題が進められる。またもタカティンが、早押しでボタンを押した。今度は全く問題を聞かないという荒技を披露している。

 

「スイマセン、パンツ取リ替エテキテイイデスカトちゃんぺ」

 

お前さてはそのボタンクイズの回答権が得られるものだとわかってねーな⁉︎っていうかもうやっちまってるじゃねーか!頼むからとどめさしてやってくれよもう!早く落としてトイレに行かせてやって‼︎

 

「正解ィィィィ‼︎」

 

司会者が高らかに叫ぶ。

マジでかァァァァ!志乃は文字通り開いた口が塞がらない。

 

「問題はお通ちゃんがハナクソをほじってるのを友人に見つかった時、何と言って誤魔化したか。正解は『カトちゃんぺ』です」

 

答えはお通語(そっち)だったようだ。そういえばそんなこともあったな、と志乃も振り返る。

それにしても、人気アイドルのクイズなのに全くもってそれらしい問題が出ない。っていうかタカティンの引き起こす偶然がすごすぎる。ただ、彼の願望は他にあるのだが、それが何故か正解へと繋がっている。

そして、通選組の滑り台が、また一段階上がる。しかしまたもや近藤の滑り台だけが150度くらいにまで上がっていた。逆さまになりつつも滑り台にしがみつき、お通に尋ねる。

 

「………………あの……お通ちゃん。…………あの、ひょっとして、俺のこと……嫌い?」

 

お通が笑顔で滑り台のスイッチを押すと、不意に寺門通親衛隊の滑り台が一気に引き上がる。そして三人揃ってプールに落ちてしまった。

 

「正解ィィィィィ‼︎答えは『生理的に受け付けない‼︎』。通選組、敗北寸前のところで大逆転んんん‼︎三本勝負一本目クイズ勝負は、通選組の勝利ィィィ‼︎」

 

近藤がお通に嫌われていることを言い当て、通選組は見事逆転勝利を収めた。

しかしつくづく彼は女性に嫌われる男だ。以前真選組の面々とは、お通が一日局長をしたため面識があるはずなのだが。その時はすごく楽しそうに話していたが。

どうしてそんなに嫌われるんだろう。志乃は疑問を心の内に秘めつつ、勝利を引き寄せた近藤に拍手を送った。



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何回見てもラピュタは感動する

最初に言います。やたらとジブリのネタが出てきます。隠すつもりも一切ありません。


近藤が見事クイズ勝負で勝利を収め、現在通選組がリード。さて、本戦三本勝負二本目は、魅力対決。

 

ルールはこうだ。両チームそれぞれ順番にお通を口説き、見事彼女を口説き落としラブホに連れ込んだチームの勝ち。

ただしもちろんこれらは全て仮想(バーチャル)の話。お通がグッとくるシチュエーション、セリフ、演出を全て自分達で考えて設定し、その仮想空間の中でお通を口説く。要するに、芝居勝負だ。

配役は一人が口説き役、二人はそれをアシストする脇役、最後の一人は全体の流れを運ぶナレーション役。これらや最低限の流れを決める打ち合わせの時間を、両チームに3分与える。

ちなみに先攻は通選組、後攻は親衛隊。公平を期して、3分以降は打ち合わせを認めない。

 

ルール説明を終えたところで、早速打ち合わせの3分が開始される。通選組チームは早速配役決めを始めた。

 

「オ……オイ、どうするトシ。取り敢えず口説き役はお前で決定だな」

 

「ちょっと待てなんで……」

 

「真選組一のモテ男、女の気持ちにはお前が一番通じているだろ」

 

「オイ勘弁してくれ。こんな大勢の前で女口説くなんて恥ずかしいマネ、適当に山崎あたりに」

 

「こんな頭でどうやって女口説くっていうんですか。そもそも俺達副長のために来たんですよ、そこは自分でやってもらわないと」

 

山崎の意見も尤もである。確かにモヒカンであるとはいえ山崎は山崎だ。頭と本人のギャップがひどすぎて、おそらく女を口説くのには向かないだろう。

土方の意見を総員で無視して、さらに配役決めはトントン拍子で進んでいく。

 

「俺ァ恥かくのは嫌なんで、裏方で適当にナレーションやらせてもらいまさァ」

 

「オイちょっと待て何勝手に……」

 

「俺が適当に振るんで、みんなそれに合わせてやってください」

 

「「オッケー」」

 

「ちょっと待てなんでお前が勝手に……‼︎」

 

ここまでスルーされているとなんだか不憫に思えてきた。ドンマイと思うと同時に、ザマァと心の内で嘲笑う。

そうこうしている間に時間切れ。早速舞台が始まった。沖田のナレーションで、バーチャル空間が展開される。

 

『ここは夜景の美しい高級ホテルの最上階のバー。金持ち達が女を囲い、賑やかに酒を食らう中、今宵も男は一人、苦い顔で酒を舐める』

 

舞台設定は、どうやらバーのようだ。確かに出会いの場として、バーはなかなかいい場所である。沖田のナレーションはさらに続く。

 

『金曜の夜、その席は男の特等席。いつも決まって一人でフラリと現れ、店が閉まるまでただ黙ってその席で酒を傾けていた。その前の金曜日もその前の金曜日も、さらにその前の金曜日もその前の金曜日も』

 

やたらとナレーションが長い。つーか金曜日しか来てない。取り敢えず毎週金曜日に来ているということか。

 

『しかし、その前の金曜日だけは違った。ラピュタが金曜ロードショーでやっていたからだ』

 

何故今そこでラピュタ?関係なくね?志乃は首を傾げた。

 

『ハードディスクに予約してバーに向かったのだが、既にハードディスクの容量がいっぱいになっていた事を思い出し、帰って編集していたら誤ってまだ見ていないターミネーター3を消してしまい、そうこうしている内にラピュタが始ま……』

 

いやいいから、そんなどうでもいい情報。つーかその話どんだけ引っ張るの。

 

『男はラピュタがテレビ放映される時、まるで夏休み前のようにテンションが上がった』

 

だからラピュタはもういいって言ってんだろーがァァ‼︎

 

『もう何度も見ているのに、きまってエンディングでラピュタが天空に去っていく時は切なくなった。前の放映の時もその前の放映の時も、さらにその前の放映の時も』

 

どこ掘り下げてんだよ、いらねーっつってんだろんな情報‼︎話進まねーよ!

 

『そもそも男がその高く聳えるホテルのバーに足繁く通うのも、「ここからならもしやラピュタが見えるかもしれない」という淡い期待を抱いてのことであった。しかし、今宵もラピュタは見えない……男の顔は苦くなるばかりであった』

 

そんなくだらねー理由でバーに来てんの⁉︎見えるわきゃねーだろあらァ架空の話だ‼︎何この苦すぎるキャラ設定⁉︎つーかキャラの掘り下げなんかいらねーだろ!

 

志乃の心の中のツッコミが止まらない。おそらく席で煙草を咥えている土方も同じ気持ちであろうが、志乃はその苛立ちを隠す彼に、再びドンマイという視線を送った。

土方に、脇役の近藤が話しかける。

 

「お客さん、今日も一人ですか。まったく、こんな色男を放っておくなんて。世の女性達は何をやっているんだか。フフッ」

 

『彼はラピュタが唯一心を許す人物・マスター。どんな者にも分け隔てなく気さくに接する、陽気な人物だ』

 

土方のあだ名が、いつの間にやらラピュタになってる。

近藤はシェイカーをシャカシャカ振り続けていると、さらにマスターのキャラ設定がナレーションで流れる。

 

『しかし、彼が本当はマスターではなくマスターというあだ名のただのバイトという事はあまり知られていない』

 

だーから必要か?その情報本当に必要か⁉︎この話に一切関係ねーだろ‼︎

 

『ちなみに彼の好きなジブリ映画は「トトロ」。ロリコンではないが、サツキ派かメイ派かどちらかといえばサツキ派であった。ただしお母さんが退院出来ないことを知り、不安になり気丈なサツキが初めて泣くシーンを見て、泣き顔がリアルすぎて軽く引いた事はあまり知られていない』

 

いい加減にしろよ、なんでいちいちジブリ映画でキャラ掘り下げねーといけないんだよ‼︎どーでもいいんだよそんな事‼︎っていうか何度も同じこと言わせんな!いらねーっつってんだろんな情報ォォォ‼︎

 

ここまでツッコんでいるとこっちが疲れてくる。全くもって話が進まない。まだマスターしか出てきてねーじゃねーか。お通全然出てきてねーじゃん。

土方も彼らに任せていては話が進まないと判断したのか、動き始める。

 

「マスター、一人で飲む酒もちょっと飽きてきたところだ。誰かいい女でもいたら紹介してくれよ」

 

「お戯れを。そんなものがいれば私がとっくに頂いていますよ」

 

「おっと、こいつは失礼。マスターも俺と同じか。ハァ〜、俺達の前にも空からカワイイ女の子でも落ちてきてくれないものかね」

 

なんとも上手く誘導したものだ。志乃は感嘆した。ここまで話を振れば、お通が出てこざるを得ない。流石はフォローの男、フォロ方十四フォロー。

土方から少し離れたカウンター席から、クスクスと笑い声が聞こえる。

 

「可笑しな人……貴方はジブリファン?空から落ちてくる女の子ってラピュタのシータ?それとも魔女宅のキキ?それとも」

 

来た!期待を込めてその声の主に視線を向けると。

 

「落ちぶれた娼婦、この私のことかしら」

 

ーーザキ兄ィ(おまえ)かいィィィィィィ‼︎

 

志乃は思わず愕然とした。文字通り、開いた口が塞がらない。

何でこのタイミングでアンタが出てくんだよ、ここはもうお通登場でいいだろ‼︎っていうか何このモヒカンの存在感キモチ悪っ‼︎

山崎が土方の隣に座ると、店の奥からようやくお通が現れた。

 

「お待たせ〜。ゴメンね、仕事で遅れちゃって」

 

「あっ、こっちこっち」

 

山崎はどうやら、お通の友人というポジションらしい。それを演じることで土方とお通の仲介役になり、スムーズに口説けるよう補助する作戦なのか。

お通が座る。しかしお通は山崎の隣の席に座り、山崎は土方とお通に挟まれた状態となった。

 

何でお前が間に座ってんだ‼︎脇役のお前が口説き役のベストポジション確保してどーすんだよ‼︎おかげでトシ兄ィめちゃくちゃ話しづらそうなんだけど!

 

「今ちょうどこの人と、ジブリヒロインの中で誰が一番イイ女かって話で盛り上がってたんだけどォ、お通は誰が一番好き?」

 

いや全く盛り上がってなかったよ⁉︎せいぜいキャラ掘り下げでジブリが出てた程度だよ⁉︎

山崎がお通に問うと、相変わらずシェイカーを振る近藤が口を挟む。

 

「私は断然サツキですね。妹の面倒をよく見るところとかお妙さんとカブッてるし、絶対イイお母さんになりますよ」

 

お前に訊いてねェっつーの‼︎素に戻ってんじゃねーよ、つーかサツキを好きな理由ってそれかァ‼︎深い理由があるんじゃねーのかよ‼︎

 

『俺はどれもピンとこないけど強いて言うならキキですかね。ああいうプライドの高いタイプの方がかえって調教しやすいんですよ。自尊心を一度へし折ってやれば中身は普通の奴より脆いんです。ガードしてる奴ほど堕ちるトコまで堕ちます』

 

なんで総兄ィ(ナレーション)が普通に会話に参加してんだァァ‼︎スッキリか‼︎何とんでもねー事語ってんだジブリを汚すんじゃねーよ‼︎

さらに山崎が意見を述べる。

 

「確かにサツキはイイお母さんになりそうだけど、女としてはどうかしら。ちょっとオシャレに無頓着すぎよね。ああいう素材が元からいいタイプは綺麗になる努力を忘れがちなのよ。もしくはオシャレに目覚めても元がいいからいじりようがなくて、別のベクトルに走っていきすぎパターンに陥りがちなの」

 

モヒカンが言える事じゃねーよ。お前らアニメ映画でどんだけ深いトコまで見てんだ‼︎気持ち悪いんだよ‼︎

 

「私から言わせるとメイちゃんの方が同窓会で再会したら化けるタイプね。お姉ちゃんのコンプレックスもあるし、努力して後から伸びてくるタイプよ」

 

「いやでも、伸びるって言っても限界があるからね。あの娘完全にお父さん似だから。完成形はアレだから。お姉ちゃん越えられないでしょ」

 

『いやでも、小さい頃からカワイイ娘はもう完成してるから崩れていくだけだけど、ブサイクは完成に近づくにしたがって良くなっていくパターンもありますよ』

 

山崎の意見にさらに近藤が、沖田が乗せていく。

どんだけこんなくだらねー話題で盛り上がってんだ!屯所で話せェェェ‼︎これお通を口説かなきゃダメなんだよ⁉︎そのお通すら置いてきぼりじゃん!サポートどころの話じゃないよ‼︎

 

しかし、完全に置いてきぼりになっているお通と土方の間に、奇妙な連帯感が生まれていた。盛り上がる三人から疎外されている状況の中で、同じく孤独な相手に心を開いているようだ。

これを、「上京したての田舎者男女二人が、合コンのテンションについていけずにいつの間にか意気投合して互いを意識し合うの法則」と呼ぶ(いや呼ばねーよ‼︎なんかアニメの題名の『〜の巻』みたいになってるだろーが‼︎)。

 

まさかこの三人は、このシチュエーションを作るために、ジブリの話題で盛り上がっていたというのか。なんというチームプレイ!志乃は驚嘆の色を隠せなかった。

二人はヒートアップする近藤と山崎を置いて、ゴールであるホテルに向かった。

 

それと同時に、司会者が終了を告げる。

 

「なんとロマンチックな言葉もプレゼントも使わずにあっさりとお通ちゃんをオトしてしまったァァ‼︎巧妙に心理を突いた作戦、チームプレイの成せる業です。これは見事としか言いようがありません。お通ちゃんどうですか、今の気持ちは」

 

司会者がお通にマイクを向けるが、彼女は両手で顔を隠し、弱冠俯いている。

 

「ごめんなさい、なんか流れでいつの間にかついていっちゃってて……」

 

「へェー流れでああいうトコ行っちゃうんだ君は〜この尻軽女が〜……ぶがふっ⁉︎」

 

司会者が失礼極まりない発言をした瞬間、志乃は彼の顔面にソバットを繰り出した。セットまで蹴っ飛ばしたのを見て、足をゆっくり下ろす。そして笑顔で伸びかけた司会者を見下ろした。

 

「おめェは黙ってろ」

 

「うわァァァん志乃ちゃんんんん‼︎」

 

お通が涙まじりに志乃に駆け寄り、抱きつく。志乃はお通を抱きとめつつ、よしよしと頭を撫でた。

しかしお通に失言をしたとして制裁を下したものの、司会者をぶっ飛ばしてしまった。司会者が復活するまで待つのは面倒と判断した志乃は、マイクを手に取り大会を進行する。

 

「えー、後攻の寺門通親衛隊、俄然やりづらくなってきましたねー。お通をオトせなければその時点で、通選組の優勝が決定。たとえオトせたとしても、勝敗は判定に委ねられる事になります。さて、一体どうなるのでしょうか」

 

マイクを下ろし、寺門通親衛隊を見やる。先程の作戦会議では、タカティンの通訳に時間を費やしてしまい、ロクに打ち合わせも出来ていなかった。

銀時達を見ていた時、お通が今度は志乃の手を握ってきた。

 

「志乃ちゃん……あの、さっきはありがと」

 

「別にいいよ。私はただファンのみんなの期待に応えただけだから」

 

「……うん。でも、あの……私のためでも……あるんだよね?」

 

「そりゃもちろんそうさ」

 

「!」

 

お通はパッと志乃から目を背け、手を離す。握られていた感覚がなくなり、お通を見てみると、何故か彼女は両手を頬に当てていた。その頬が、心なしか赤い。

 

「お通大丈夫?顔赤いよ?」

 

「へっ⁉︎あ、だ、大丈夫っ!あっじゃあ私、行ってくるね‼︎」

 

突然話しかけたからか、お通は挙動不審になって両手をヒラヒラさせる。そのまま再び舞台へ逃げるように去っていった。残された志乃はわけがわからず、首を傾げるだけだ。

寺門通親衛隊の面々がセッティングしたところで、志乃は再びマイクを上げる。

 

「それでは後攻、寺門通親衛隊による愛の劇場、はじまりはじまり」

 

バーチャルが展開され、ナレーション役を買って出た銀時の声で話が始まる。

 

『むかーしむかし、はるかむかし。まだこの世に神や(あやかし)が存在していた頃。神と妖怪の戦によって大地は荒れ果て、人間達は地下に潜り、怯え暮らす暗黒の時代があった』

 

「アレ?ちょ……銀さん?」

 

話が始まって間もなく、早速新八のツッコミが入る。しかし銀時は構わず続ける。

 

『だがしかし、荒ぶる神と禍々しき妖が蔓延る枯れ果てた無人の大地を、ひたすら西に向かって突き進む一団の影が一つ』

 

「……あの、コレ……何ですか。銀さんわかってますよね、女の子を口説くロマンティックなシチュエーションですよ?」

 

ロマンティックの欠片もない、どちらかといえばよくある冒険譚みたいな舞台設定だ。確かにこういう話にはロマンもつきものだが、ちょっとロマンの意味合いが違ってくる。

 

『人類の希望を一身に背負った彼等が目指す先は、遠い遠い西の果て。辿り着けば、どんな願いも叶うという。その神の国の名は……』

 

ガンダーラ・ブホテル

第一泊 西へ……

 

なんか新連載始まったァァァァ‼︎

 

『この物語は、地上に平和を取り戻すため、神の国ガンダーラ・ブホテルを目指した僧、通海とその仲間の波乱に満ちた旅路の物語である』

 

なんだこの微妙な誤魔化し方は‼︎完全に騙そうとしてるよね、絶対そうだよね‼︎何コレなんで西遊記風になってるワケ⁉︎

 

志乃は思わず頭を抱えた。そして思い返す。あれ?コレって一体何の勝負だったっけ?えーと、確か魅力対決とかそーいうヤツだったと思うけどな……って全く関係ねーじゃねーか‼︎

 

まぁもちろんそんな罠にお通が簡単に引っかかるわけもなく、お通は帰ろうとする。ナレーションの銀時がなんとか引き止めようとするが、ラブホ前で女の子に食い下がる哀れな男のようになっていた。当然、お通はそれを断り続ける。

すると、突然ナレーションの銀時が怒った。

 

『わかったわかった、そんなに言うならもういいわ。こっちだって世界救いたいだけなのに、そんな言い方されたら気分悪いわ』

 

「アンタナレーションで普通に喋りすぎですよ‼︎」

 

『もういい‼︎好きにしたらいい‼︎そんな我儘言う娘だとは思わなかったわ』

 

「謝った方がいいヨお師匠。ナレーさん怒ったら怖いヨ」

 

「ナレーさんって何だよお父さんみたいに言うな!」

 

「謝リナ、私モ一緒ニ謝ッテアゲルカラナレーサンニ謝リナ」

 

「なんでお前はお母さん的な立ち位置なんだよ!」

 

『もういいほっとけお前ら。ヨシ、じゃあ日も沈みかけてきたことだし、俺達は今日はあのガンダーラ・ブホテル吉祥寺店にでも泊まるか』

 

「支店あんの⁉︎つーかここ吉祥寺なの⁉︎」

 

新八のツッコミの嵐が収まらない。

見てるだけでなんか面白い。テレビ見てるよりずっと面白いよ師匠。あ、ごめん嘘。

 

流れでお通以外のメンバーはホテルに泊まることになったが、お通は頑なに野宿すると言い切った。

 

『好きにしろ。妖怪に食われても知らねーからな。行くぞおめーら』

 

そう言って、ナレーさんは歩き出した。

 

「何で歩いてんだァァァ‼︎アイツが妖怪だろ‼︎」

 

ナレーさんが堂々と歩き出した背中に、新八がツッコミを入れる。もうナレーションまでキャラに入っちゃってるけど?これって一体どういうことなの。

 

その後も世界を救うための旅は続いたが、お通は相変わらずガンダーラ・ブホテル支店に泊まることはなかった。野宿にもいつの間にか慣れ、運がいいのか彼女は寝込みを妖怪に襲われることはなかった。ただ、いつも朝起きると彼女の周りに、奇妙な妖怪の足跡が砂の上に刻まれていた。お通は不思議と、この足跡を怖いとは思わなかった。

 

それよりも、ホテルから聞こえてくるみんなの楽しそうな声が羨ましかった。

どうしてそんなに楽しそうにしているの。どうして誰も呼びに来てくれないの。

自分から行かないと言っておきながら、お通はそんな勝手な事を考え、意地になって野宿を続けた。

 

ある夜、何かの気配を感じて目を覚ますと、お通の周りを妖怪が取り囲んでいた。しかし、その妖怪とは仲間である新八、神楽、タカティンだった。彼らはお通を護っていたのだ。

そこに、ナレーさんが現れる。

 

『ほっとけって言ってるのに聞きゃしねーんだ。まったくバカな連中だろう。…………なァ、お前さんはこんな事をする連中がいやらしい事をすると思うか。お前さんの寝顔を護ろうとする者が、どうしてお前さんの寝顔を汚せるというんだ。それでもまだそう思ってるなら、構わず野宿を続けるがいい。おかげで俺もホテルを一人で広々と使えていい気分だしな』

 

そう言って、ナレーさんは背を向ける。そのお尻の部分には、砂がついていた。

 

そして翌日から、お通も一緒にホテルに泊まり、砂漠には楽しげな笑い声が響き渡っていたというーー。

 

と、同時に親衛隊の劇が終了した。志乃が気絶した司会者の代わりに相変わらずマイクを持ち続け、感想を述べる。

 

「何だろう、心温まるドラマを見た気分」

 

「いやちょっと待って、途中明らかにお通ちゃん視点になってたよね?」

 

近藤の意見を聞こえないフリをしてかわす。そして、お通に判定を求めた。

 

「お通、通選組と親衛隊、勝者はどっち?」

 

「世界構成が大変しっかりしていた…………寺門通親衛隊です!」

 

お通の言葉を受けた志乃が、高らかに叫ぶ。

 

「ということで、寺門通親衛隊の勝利ィィィ‼︎優勝の行方は、三本目の最終対決によって決まりまーす!」

 

まるで漫画の審査みたいな批評だったが、もうここまで来たら皆さんおわかりだろう。

気にしたらダメだ。



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愛は無償で与えられ貰えるもの

「さて、寺門通公式(オフィシャル)ファンクラブ決定戦、本戦三本勝負。いよいよ最後の対決となりました」

 

お通に対する失礼な発言をしたことにより、司会者が志乃によって気絶させられた。それがまだ復活しないので、このまま志乃が勝手に司会を務める。

 

「ま、煽るのも面倒だし。さっ両チームの代表者、リングに上がってください」

 

志乃は左手で、会場の真ん中に設置されたリングを示す。寺門通親衛隊からは新八が、通選組からは土方が代表としてリングに上がり、両手にボクシングのグローブをはめた。そのグローブは特別で、左の方にカードデッキをセットする機械がついている。

 

「えー、三本目の最終対決で試されるのは、コレクション力でーす」

 

「……え?ボクシングじゃないの?」

 

「そんなわけないでしょ師匠。バカなの?」

 

「リングとグローブ出されたら誰だってボクシングを連想するわ‼︎ていうか何でそこまで言われなきゃいけないの⁉︎」

 

弟子にバカ呼ばわりされ、新八のツッコミが炸裂する。

ちなみに言っておくが、志乃は剣術の師範としての新八は尊敬しているものの、親衛隊隊長としての新八は全く尊敬していない。これが今の新八を全く敬わない理由である。

新八のツッコミを無視して、志乃は続ける。

 

「愛するお通のグッズなら、何でも取り揃えてるはずだよね?ま、メジャーな所攻めても面白くないから、マイナーなグッズを集めてるかが、今回試される所。で、扱うのはコレ」

 

志乃が取り出したのは、「お通チップス」と書かれたポテチの袋。この「お通チップス」とは、売れ行きが微妙な、ていうか全く売れていないポテチなのだ。

その裏に付いているビニールを剥がし、内封されていた1枚のカードを掲げた。

 

「このお通チップスについているオマケカード。コレを使って、カードバトルをしてもらいまーす」

 

「カ……カードバトルだって⁉︎」

 

新八が驚いて、オマケカードを掲げた志乃を見やる。

 

「ルールを説明するよ。様々なお通の姿が接写されたカードには、それぞれAP(アタックポイント)(攻撃力)DP(ディフェンスポイント)(防御力)というものが設けられてまーす」

 

「何でアイドルのカードに攻撃力と防御力があるワケ⁉︎」

 

「これを、両者の足元に設置してある立体舞台(ライブステージ)にセットし、立体化させたお通を戦わせるってわけ」

 

「だから何で戦わせるんだよ!しかも何でお通ちゃん同士⁉︎」

 

「両者に与えられたLP(ライフポイント)は2000P(ポイント)。毎ターンごとに互いにカードを出し、そのバトルに応じてLP(ライフポイント)が削られていくよ。先に0になった方が負けだから気をつけてねー」

 

一通りルールを説明したところで、「あっ」と思い出したように付け加える。

 

「そうそう、言い忘れてたけど、こちらからカードの支給はないからね。ファンならこんなマニアックなカードも所有して当たり前のはずだし。現在所有しているカードが、そのままこの勝負の手札になりまーす」

 

新八の頬に汗が伝った。

新八は、このカードの存在すら知らなかった。ていうか知ってても買わなかった。ちなみに相手の土方はというと、しっかりお通チップス第三シリーズまでコンプリートしている。これでは、勝ち目が見えたも同然だった。

土方がカードをグローブにセットし、手札を5枚引く。新八が一向に動かないのを知りつつも、志乃は試合開始を告げた。

 

「それでは、決闘(デュエル)開始‼︎」

 

「銀さんんん‼︎売店へ‼︎お通チップスを‼︎今スグ大量に買ってきてください‼︎」

 

試合開始早々、新八はリング外にいる銀時にお通チップスを買ってくるように頼む。その間、土方は早速カードを出した。何やら白熱しそうな展開に、実況する志乃のテンションも少しばかり上がる。

 

「まずは通選組トッシー氏が仕掛けた‼︎カードは、『開幕5分前の憂鬱(センチメンタル)』‼︎」

 

 

『開幕5分前の憂鬱(センチメンタル)

解説:ライブ開始直前の楽屋のお通。緊張感からかなりピリピリしている。スキあらば八つ当たりをしてくる(特に木村に)。

AP(アタックポイント):460

DP(ディフェンスポイント):3

 

 

「どんなカードだァァァ‼︎アイドルの嫌なトコ赤裸々に書きすぎだろ‼︎つーか木村って誰?」

 

しかし、ツッコミを入れられたのも束の間。立体化したお通が現れ、新八にギターを振り回す。しかしその立体化したお通は、かなりブサイクになっていた。

 

「師匠ォォ危なァァァい‼︎」

 

「何で立体映像が生身の人間に直接攻撃してきてんだァァ‼︎つーかこれ誰だァァ‼︎再現率低すぎだろ‼︎全くの別人じゃねーか‼︎」

 

我らがツッコミ隊長新八は、こんな危ない時でもツッコミを忘れない。流石私の師匠!と志乃は心の中で感激していた。

と、そこへお通チップスを大量に買ってきた銀時が戻ってくる。

 

「新八ィ‼︎」

 

「銀さん‼︎間に合った‼︎」

 

銀時からお通チップスが投げ渡され、新八はすぐさまカードの袋を破る。ポテチの方は外野の銀時と神楽に返された。

 

「カードを選別してる暇はない、これでいけェェェェ‼︎」

 

叫びながら、新八がカードをセットする。

 

「このカードは…………KIM(キム)‼︎ベースのKIM(キム)さんだ!」

 

「いや誰ェェェェェ⁉︎」

 

カードも見ずに出したからか、新八の驚きはデカいようである。

現れたのは、お通ではなくひょろっとした男。向かって顔の左側にあるホクロが特徴的だった。

 

 

『ベースのKIM(キム)

解説:お通を支える裏方バンドOH!TWOのメンバーの一人。ベース担当。たまにカスタネットも兼ねる。たまに顔のホクロが取れかけている事があるが、理由を聞いても頑として語らない謎の多い男。(本名はKIM(キム)ではなく木村忠太郎)

このカードはAP(アタックポイント)DP(ディフェンスポイント)を持たない補助カード。その場にあるお通カード全てをイラつかせ、AP(アタックポイント)を倍にする効果を持つ。

 

 

カードの効果により、結果的に相手のお通カードの攻撃力を上げることとなった。新八のLP(ライフポイント)が、半分近く削られてしまう。

しかも、この『ベースのKIM(キム)』は5ターンの間、効果が持続するのだ。次のターンも倍化したAP(アタックポイント)で攻撃されれば、新八に勝ち目はない。

次は土方のターン。土方は追い討ちをかけるように、補助カードを使った。

 

「ああーっと、あのカードは…………『あの日』だァァァ‼︎」

 

 

『あの日』

解説:あの日。全ての女性カードをイラつかせ、AP(アタックポイント)を3倍にする。ただし次ターン、カードが出せない。

 

 

「あの日ってどの日だァァァ‼︎これホントにアイドルのカードゲームか⁉︎」

 

新八のツッコミに、志乃も同調した。コレが全く売れない理由がわかる、と。

 

土方の出したお通カードのAP(アタックポイント)は、2倍、さらに3倍がかけ合わさって、数値が2760にまで跳ね上がっていた。この攻撃を真面に受ければ、新八のLP(ライフポイント)は一発で0だ。

焦った新八は、急いで新しいカードを取り出す。しかし出るのはどれも『ベースのKIM(キム)』だけ。彼の引き運の悪さがありありとわかった。

 

「………………銀さん、コレホントお通チップスなんですか。木村チップスの間違いなんじゃないですか」

 

「新八ィ手札は5枚までだ!最後の1枚にかけろ」

 

「師匠、お通カードを引き当てるんだ‼︎」

 

絶体絶命の新八に、志乃も声をかける。お通カードを引き当てられれば、今出ている補助カードの効果を受け、土方のお通カードに対抗できるかもしれない。

新八が最後の1枚を開ける。その瞬間、土方のお通カードがギターを振り下ろした。強烈な一撃に、リングが煙に包まれる。

 

「師匠‼︎」

 

まずい。AP(アタックポイント)2760の攻撃を真面に食らってしまった。土方も、勝利を確信する。

その時、お通のギターがゆっくりと押し返された。

 

「バ……バカな…………。何故お前が……そこにいる⁉︎」

 

「な、なんと補助カード『ベースのKIM(キム)』が師匠の身代わりに‼︎補助カードがバトルに参加するなど……しかもAP(アタックポイント)2760の攻撃を耐え凌ぐなんて……一体どういうことだァ⁉︎」

 

KIM(キム)のホクロから、ポタポタと血が流れる。そして、リングにポトリとホクロが落ちた。

 

 

『別離』

解説:『ベースのKIM(キム)』にのみ使用できる補助カード。お通の攻撃をホクロを犠牲にすることで、一度だけ無効化できる。

 

 

なんと、先程引き当てたカードで、新八は見事危機を回避したのだ。土方は『あの日』を使用したため、効果により次のターンはカードが出せない。この機に一気に畳みかけるしかない。

再び袋を開け、カードをセットする。

 

「おおっ、これは……KIYOSHI(キヨシ)‼︎ドラムのKIYOSHI(キヨシ)さんだァァァァ‼︎」

 

「またどーでもよさそうなの出てきたァ‼︎」

 

現れたのは、グラサンに鼻下の髭が特徴的な男。

 

 

『ドラムのKIYOSHI(キヨシ)

解説:お通を支える裏方バンドOH!TWOのメンバーの一人。ドラム担当。たまにタンバリンも兼任。

ベースのKIM(キム)とは親友だったが、先日ピザを1枚多く食べたことから喧嘩になり、未だ話しかけるきっかけを探している。

ピザカードがあればKIM(キム)と仲直りし、セッションができる。もしくは現金カードがあれば、前よりも仲良くなれる。

 

 

うわぁ……なんかまたものすごいカードが出てきたな……。

ベースのKIM(キム)の隣に並ぶが、もう気まずいことこの上ない。せっかくのチャンスだったのに、全く活かすことができなかった。

再び土方が、補助カードを出す。今度は太ったオネェっぽいスタイリストが現れた。

 

 

『スタイリストMIYABI(ミヤビ)

解説:態度の悪いスタイリスト。楽屋のものを勝手に食べたり持って帰ったりが日常茶飯事。お通の大敵。

お通楽屋カードのみに作用、AP(アタックポイント)DP(ディフェンスポイント)共に+1000。

 

 

『あの日』の効果は切れたが、AP(アタックポイント)がまたまた高い数値を示す。新八は再び袋を破ると、『謎追求カード』と書かれたカードが出てきた。

 

 

『謎追求カード』

解説:隠された事実を一つ暴き、パラメーターに変化を起こす。

 

 

「謎追求カード⁉︎くそっ、最後の最後まで微妙なカードが……‼︎」

 

「万策尽きたな。死ねェェ‼︎」

 

「くそっ、こうなりゃ神頼みだ‼︎」

 

一か八か、新八が『謎追求カード』をセットした。

 

 

隠された真実をお教えしましょう。貴方達のピザを摘み食いしたのは、このデブです。

 

 

そのデブというのが、あのスタイリストMIYABI(ミヤビ)だった。その事実に、一同がシンとなる。

KIM(キム)KIYOSHI(キヨシ)はお互いを一瞥してから、ベースとスティックを構えた。

 

 

仲直りセッション開始。

 

 

『仲直りセッション』

解説:世界平和の願いが込められた演奏。こちらから攻撃はできないが、攻撃をしかけられた場合、AP(アタックポイント)を倍加し、その攻撃を跳ね返すことができる。

 

 

「こ……これは」

 

「なっ」

 

これにより、土方の攻撃が倍になって跳ね返された。



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せめて派手に沈んでいけ

一気に形成逆転。土方のLP(ライフポイント)がどんどん減っていく。

このままでは負ける。そう確信した時、土方の脳内に、もう一つの声が聞こえてきた。

 

ーーもういい。もういいよ、十四郎。ここからは僕にやらせてくれ。最後くらい……僕にやらせてくれ。

 

「お……お前は……」

 

次の瞬間、土方が山札からカードを引き、勢いよくセットした。

すると、新八から跳ね返された攻撃が、土方の元で増幅していった。とどまることを知らず、光はどんどん大きくなり、ついにリングを包んだ。

 

「い……今のは、『(ディゾン)』カード⁉︎」

 

 

(ディゾン)

解説:ライブの最中に突然のできちゃった婚宣言。観客・敵・味方・カード全てを無へと引きずり込む最凶最悪のカード。

 

 

土方が出したカードの効果により、新八だけでなく土方のLP(ライフポイント)が0になってしまった。

まさかこんな大会でここまで熱くなれるとは思わなかった。

 

「何つー壮絶な戦いだよ、たかが公式(オフィシャル)ファンクラブ決定戦だぜ?……いや、それを獲得するために参加してるんだろうが……。……どうする?お通」

 

チラ、とお通を横目で見ると、彼女もどうすればいいかわからないような顔をしていた。その時、リングから声が聞こえてきた。

 

「判定など……必要ない。まだ、勝負はついてないんだから」

 

「師匠⁉︎トシ兄ィ‼︎」

 

リングに倒れ伏していた新八と土方が、ボロボロになりながらも立ち上がった。上着を脱ぎ捨て、二人同時に一歩踏み出す。そして、勝負は完全なボクシング対決に発展した。

両者殴り、殴られを繰り返し、それでも二人は戦うことをやめない。見ていられなくなったお通が、マイクを握りしめて叫んだ。

 

「やめて‼︎お願い、もうやめて‼︎これ以上やったら危険だよ‼︎公式(オフィシャル)ファンクラブの座なんかのためになんでここまでやらなきゃいけないの‼︎もういいよ‼︎私両チームを公式(オフィシャル)ファンクラブにするから、だからもうやめて」

 

お通がリングで拳を交える二人に訴えかけるが、一向に中止される気配はない。お通は今度は隣に立つ志乃に頼んだ。

 

「お願い志乃ちゃん、二人を止めて‼︎このままじゃ、二人共死んじゃうよ」

 

「…………無駄だ」

 

「え……?」

 

志乃はお通の懇願を、リングを見つめたまま拒絶する。

 

「もう無駄だよ。奴等は誰にも止められない。奴等はもう、公式(オフィシャル)ファンクラブなんぞのために戦ってねェよ」

 

新八のボディブローがヒットすると、土方が新八の左頬を殴りつける。お互い息の荒い中、それでも両足を踏ん張って立っていた。

 

「不思議だ。こんなに苦しいのに、こんなに痛いのに、今初めて、生きている気がするでござる」

 

「土方さん……いや……トッシー」

 

「……フッ、気づいていたでござるか新八氏」

 

「土方さんのパンチを真面に受けていたら、僕はもうここには立っていません」

 

呼吸を整えつつ、新八は土方改めトッシーに尋ねた。

 

「何故ですか。土方さんに任せていれば、労せず勝利できたのに。何故……今になって」

 

「それは君も同じだろう、新八氏。お通ちゃんの声を聞きながら、何故君はまだその拳を降ろさない。何故、まだ戦う」

 

己の生きた証。トッシーはそれを土方と共に探し求め、オタク道を極め続けてきた。しかし、その本心に、彼はようやく気づき始めたのだ。

オタクの覇王の座なんて、どうでもいい。ただ、仲間と共に一つの事に何もかも忘れ、熱中したかった。ただ、好敵手(ライバル)と共に思う存分、全力を尽くして戦いたかった。

証なんて必要ない。作る必要もない。ただ一瞬一瞬を燃え盛るように全力で生きる。そうして生きてきた道、地面に焼きついた焦げ跡こそが、自分達の生きた証なのだと。

 

両者のパンチが同時に顔面に入り、再びリングに倒れる。二人共ボロボロで、荒い息だけが会場に響く。

 

「……トッシー…………」

 

志乃はボソッと彼の名前を呟いていた。そして、彼と過ごした短くも楽しい日々を思い出す。

一緒に限定販売のフィギュアを手に入れようと行列に並んだり、彼に頼まれてコスプレをしたり、ライブに行ったり。好きなことをしている彼は本当に楽しそうで、キラキラ輝いて見えた。そんな姿を見るのが楽しくて、嬉しくて。いつの間にか、志乃にとって一人の友となっていた。

 

そんな彼を成仏させるために、自分ができることは何か。

最後まで彼らの戦いを見届け、応援することだ。

 

「しっかりしろォォォォォォ‼︎立てェェお前らァ‼︎まだ終わってねーぞ‼︎」

 

マイクを握り、声の限り二人に叫ぶ。仰向けに倒れていたトッシーがピクリと反応を示し、転がってうつ伏せになってリングに両手をついた。彼を奮い立たせるように、近藤もトッシーにエールを送る。

 

「立てェェェェェェ‼︎立つんだトッシー‼︎勝敗なんざ関係ねェ、最後の最後まで立って戦え‼︎燃えて燃え尽きるまで戦って、その生き様俺達の目に焼きつけてみろ‼︎立てェェェェトッシー‼︎」

 

向かい側で勝負を見守っていた銀時と神楽も、新八に叫んだ。

 

「立てェェェェぱっつぁんんん‼︎」

 

「何が燃え盛るようアルか、ボヤ騒ぎで終わらせるつもりアルかこの屁タレ野郎ォォ‼︎」

 

「死体が生焼けじゃ野郎も成仏できねーぜ!立てェェぱっつぁん‼︎何もかもキレイさっぱり焼き尽くして野郎をあの世に送ってやれェェ‼︎」

 

「そうだァァァ立てェェェ‼︎」

 

「負けるなァァ二人共ォォ頑張れェェ‼︎」

 

二人の熱い闘志を目の当たりにした観客達も、頑張れコールを送る。それは会場全体に響き渡り、二人を応援していた。

震える手足を叱咤し、よろけながらも立ち上がる。それだけで、会場は歓声に包まれた。

 

ーー…………新八氏。最後の最後に、君のような好敵手(ライバル)に会えて良かった。

ありがとう、新八氏。ありがとう、みんな……。

ありがとう。……十四郎。

 

********

 

今日の天気は快晴。気持ちのいいそよ風に髪を靡かせながら、志乃は小さな花束を持って、真選組屯所の庭を歩いていた。

一つの大きな石に、写真と線香と花が置かれている。その写真の中には、トッシーが写っていた。その写真の前に、カードが立てかけられている。

 

「ん?」

 

屈んで目を凝らしてみると、カードには「寺門通公式ファンクラブ会員証 No.0000001 トッシー」と書かれていた。

 

「……ふはっ」

 

志乃はそれを見た瞬間、吹き出してしまった。

 

「何がそんなに可笑しいんだ?」

 

「わっ」

 

突如背後から声をかけられ、びっくりする。振り返ると、そこには煙草を咥えた土方が立っていた。

土方は志乃が手にしていた花束を一瞥する。

 

「……アイツにか」

 

「うん。約束してるしね」

 

「約束?」

 

「花を持って毎日会いに行くよって」

 

志乃はニコリと微笑んでから、墓の前に跪き、花束を添える。そして、手を合わせた。

挨拶が終わってから、会員証のことを尋ねる。

 

「これ、どうしたの?」

 

「お前の師匠が置いてったんだよ。ったくあの野郎、カッコつけやがって」

 

「そっか」

 

再び視線を会員証の中のトッシーに移し、彼に語りかけた。

 

「永久欠番ってヤツか。よかったね、トッシー」

 

「……………………」

 

土方は彼女の背中を黙って見つめていたが、ふと思い出したようにポケットを探った。ポケットから一通の封筒を取り出し、しゃがんだままの志乃に差し出す。

 

「オラ」

 

「?」

 

「こないだ部屋を掃除してたら、見つかった。お前に宛てたモンだ」

 

「私に……?」

 

土方から手紙を受け取り、封を開けて中身を取り出してみる。中には一枚の手紙と写真があった。

 

 

『志乃氏へ 僕が生まれてから短い間だったけれど、いつも僕に付き合ってくれてありがとう。

 

今思うと、僕は君のことを散々に振り回していたと思う。ある時は一緒にイベントやライブに行ったり、またある時は無茶を頼んでコスプレをしてくれたり。

それでも君は嫌な顔一つせず、寧ろ笑って僕のたくさんの我儘に付き合ってくれた。とても、嬉しかった。

 

僕はもうすぐ、消えてなくなるだろう。だけど、どうか君だけは、僕のことを忘れないでほしい。もちろん僕も、君のことを死んでも忘れない。これは僕達の約束だ。

 

志乃氏、今まで本当にありがとう。もしも生まれ変われるならば、その時はまた一緒にコミケに行こう。 トッシー』

 

 

手紙を読み終えた志乃は、またしても吹き出した。

 

「一緒にコミケに行こうって……どんな誘い文句だよ。ははは、おかしっ……」

 

笑いながら、思わず零れてしまった涙を拭う。その様子を眺めていた土方は、フゥッと煙を吐いた。そして、彼女に背を向けて歩き出す。

 

「……今から、親衛隊の隊員達を戻しに行く」

 

頭をボリボリと掻いてから、志乃を振り返った。

 

「……………………一緒に行くか?」

 

「‼︎……うんっ!」

 

元気よく返事をし、土方の背中を追いかける。制服の裏ポケットにしまった手紙の裏には、まだ続きがあった。

 

 

『P.S.僕の宝物を一緒に入れておきます。無くさないでね』

 

 

写真の中には、「美少女侍 トモエ5000」のコスプレをした志乃が、トッシーと共に笑顔で決めポーズをとっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ートッシー篇 完ー

 




……よ、ようやく終わった…………。まさかトッシー篇にここまで苦しめられるとは思ってなかった。久々に長篇やったからかな?

あ、あとあけましておめでとうございます(遅い)。ロクに挨拶してなかったもんで。

ま、とにかくトッシー篇終了です。次回はどこかで書こうと思ってたけど書けなかった(今まで書き忘れてた)、ハードボイルド同心の話です。

おっしゃあまた気合い入れていくぞ‼︎

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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連続で行ってもいいけど少し筆休め
酔っ払いと妹


衝動的に書きたくなった。後悔はしていない。


夜の賑わいを見せる、かぶき町。色とりどりのネオンで彩られ、昼の姿とはまた違う雰囲気を醸し出している。そんな街に住む少女ーー霧島志乃は、未成年お断りの店が建ち並ぶ通りを歩いていた。

志乃は、自身の師匠である新八の姉・お妙から連絡を受けていた。引き取ってほしいものがあるとしか聞いていないのだが、何だろうか。……まあ、お妙が連絡してくるだけでも、志乃にはその回収物が何かわかっていた。

 

「こんばんは〜」

 

「あら、志乃ちゃん来てくれたのね」

 

お妙が働くスナックすまいるに入ると、当の本人が微笑みながら迎えてくれた。彼女の足元にはのびた男が倒れている。この清潔感のなさそうな男こそ、お妙のストーカーにして、江戸の治安を守る武装警察真選組の局長・近藤勲。志乃にとってはバイト先のいわば雇い主だ。そんな仮にも警察のトップであるこの男が、ストーカーという犯罪を犯しているのだ。この国の未来が危ぶまれる。

そして今回もいつものように、ストーカーをしていたところを見つかって、お妙にボコボコにされたのか。ご愁傷様、と志乃は心の中で呟いておく。

 

「なんかもう、色々……お疲れ様です」

 

「ごめんなさいね、志乃ちゃん。こんなこと頼んじゃって」

 

「いいよ別に。屯所に届ければいいんだよね?」

 

「ええ、お願いできる?」

 

「ラジャー」

 

ビシッとおどけて敬礼して見せると、お妙は笑って「今度一緒にバーゲンダッシュでも食べましょう」と言った。それを快く受けてから、気絶している近藤を背負い、店を出る。

真選組の屯所まではかなりかかるが、それも仕方ない。腹を括って、歩くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

しばらく歩いていると、近藤が目を覚ましたらしく、顔を上げた。そして、今の状況を把握した瞬間、夜中だというのに叫んだ。

 

「おわァァァァ⁉︎な、な、何やってんだ志乃ちゃん‼︎」

 

「近藤さんうるさい。……起きた?」

 

ジタバタ暴れる近藤を降ろしてから、振り返る。混乱する近藤に、何故おぶっていたか、経緯を説明した。

 

「つまり、お妙さんに頼まれて俺を屯所まで……?」

 

「ま、そんなトコ」

 

「お妙さん……なんだかんだ言って、俺のことを気にかけてくれたんですね……!」

 

「違うと思う」

 

感激して涙を流す近藤だったが、おそらくお妙は店の邪魔になると考えただけだろう。相変わらず幸せな思考に、志乃は呆れる他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復活した近藤と別れを告げ、自分も帰ろうとかぶき町を歩いていたその時、目の前に見覚えある銀髪男が、うんうん唸りながら倒れていた。銀髪のうねるような天然パーマ、いつも同じ波模様の着流しにジャージ。ダメ男を絵に描いたようなこの男が、志乃の義理の兄・坂田銀時なのである。

志乃はゆっくり彼に近づき、しゃがんでちょんちょんと人差し指で触ってみる。すると、「んん〜」と反応を示した。深い溜息を吐く。

 

「何やってんの、銀」

 

「ゔー……あ……志乃ォォ……」

 

こちらを見つめた銀時の頬は赤く、死んだ魚のような目はいつもよりもうろんとしていた。これは、相当飲んだらしい。だらしない彼の腕を掴み、背負う。

 

「帰るよ」

 

「志乃〜……次はあそこの店行こうぜ……」

 

「何に誘ってんだお前は。未成年飲酒禁止で逮捕するよ」

 

「カタイこと言うなよ〜……飲もうぜ〜」

 

「川に投げ捨てるぞクソ兄貴」

 

一度銀時を背負い直すと、体を揺らしたためか、銀時の顔色が悪くなる。

 

「うぷっ、やべぇ吐きそっ……」

 

「ちょ、それだけはマジ勘弁して‼︎頼むよ⁉︎堪えてね!」

 

「いでで……でけー声で喋んなァ……頭ガンガンする」

 

そういえば、酒を飲みすぎると頭が痛くなるとか、聞いたことがある。それはいつも、銀時が二日酔いでくたばりかけているのを見ているからだが。

しかし、揺すると吐くなら、背負い直すことができない。面倒なものを拾っちまったもんだ。志乃は溜息を吐いた。

 

「……じゃあ、しっかり私に掴まっててよ」

 

「おう……」

 

返事をした銀時の逞しい腕が、志乃の首にまわる。顎を志乃の肩に乗せて、銀時は眠り始めた。時折耳にかかる寝息がくすぐったいが、そんなことも言ってられない。必死に堪えて、万事屋銀ちゃんまで歩く。

 

「うう〜〜……志乃ォ…………」

 

むにゃむにゃ、と眠る銀時がうわ言のように呟いた。背中に密着している胸板が、少し暑く感じた。すると、再び銀時の寝言が街に響く。

 

「志乃ォォ〜!結婚なんかするなぁぁ……お兄ちゃんは認めませんよ!お前が嫁入りなんて許さんからなぁ〜…………」

 

「はいはい、わかったよ」

 

何の夢を見てるんだか。志乃は呆れ果てた。しかし、寝言はまだ続く。

 

「ん……行くなよ、志乃…………。行くなら、俺の嫁、に……。ずっと、お兄ちゃんと、一緒だからな……」

 

「っ…………」

 

流石に恥ずかしくなった。志乃は頬を赤らめ、俯く。

 

お前大声で何妹と結婚宣言しちゃってんの、バカなの?どんだけシスコンだよやめてよ気持ち悪い。本当に川に投げ捨ててやろうか変態。

 

心の中で悪態と悪口を並べながらも、本心では少し嬉しかった。

いつも太々しくて、テキトーでだらしないクソ兄貴が、酔っ払ってあんなことを口走るなんて。

 

「…………バーカ。私だって、アンタのこと好きなんだからね」

 

そっぽを向いて、照れ隠しに少し揺らしてやる。吐き気を催した銀時は苦しそうだったが、「吐いたらすぐにでもアンタのとこ出ていってやるからね」と脅迫し、必死に喉元まで来ているそれを飲み込ませた。

 

シスコンと思われようが。ブラコンと言われようが。互いが互いを大切に思い合っている、そんな二人の関係は、何があろうと決して崩れることはない。

 

そんな似ても似つかぬ、でもどこか似ている兄妹は、夜のネオンの街に消えていくのだったーー。




すみません、次回はちゃんとハードボイルド同心です。


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男はハードボイルドの精神で

前回言っていた通り、小銭形のアニキの話です。
いやね、志乃ちゃんと会わせてないと、さっちゃんの時みたいな感じになるじゃないですか。それがめんどくさかったんでメチャクチャな形ですが書こうと思いました。


この日、志乃は店に来ていた客から依頼を受けていた。

 

「客引き?」

 

「そーなんですよ。実は今日、従業員が風邪でたくさん休んじゃってね。バイトとして一日だけ客引きをお願いしたいんですけど」

 

「……まぁ、構わないけど」

 

今日の依頼は、客引きの手伝い。

志乃の営む万事屋では、店のアルバイトとしての手伝いの他にも、浮気調査、その揉み消しなど探偵のような仕事もこなしている。

今回も例によって、仕事の入らない銀時に回そうと思ったが、今日は朝から別の仕事が入っていると聞いたのを思い出した。

 

「で、おたくの店って確か……」

 

志乃が先程貰った名刺に目を落とすと、「イメクラ化け狐 店長」と書いてあった。

 

「……何するお店なの?結局」

 

「あれ?お嬢さんかぶき町に住んでるのに知らないの?えーとつまりはねェ……」

 

店長が仕事内容を説明しようとした次の瞬間。

 

ーーダァン‼︎

 

ソファに座っている店長の顔のすぐ横の背もたれに、包丁が刺さった。

 

「ぎゃあああああああ‼︎なっ、なななっ……何してんだァァお前ェェェ‼︎」

 

「あっすみません。料理してたらつい手元が狂いました」

 

台所から笑顔で現れたのは、我らがオカン・時雪。しかし目が笑っていない。

その笑顔のまま、ゆらりと店長に歩み寄ってくる。おどろおどろしいオーラを醸し出していた時雪に、志乃は何も言わず煎餅を食べ、現実逃避をした。めんどくさかったのである。

 

「申し訳ありませんが、ウチの社長に変な事教えないでください。今日は俺ですから命はありましたけど、俺以外の4人の前で、今度こそその話をしたら……わかってますよね?」

 

「ひ……ひぃぃっ‼︎」

 

「おーいトッキー。その辺にしときな。久々に来た仕事パーにするつもり?」

 

いつになく殺気立つ時雪を宥め、引き下がらせる。

 

「すいませんね、突然。ま、仕事はちゃんとしますんで安心してください」

 

「え……えと、その…………」

 

店長は、もうこの店で仕事を頼むのはやめようかと思っていた。そりゃそうだ。仕事内容を教えようとした瞬間、殺されかけたのだ。ここは悪魔の巣窟に違いない、と。

しかし、再び時雪と目が合ってしまう。時雪は視線で店長を脅した。

 

ーーここまで来ておいて依頼を取り下げるなんて……そんな事しませんよね?

 

「…………お、お願いします……」

 

「え?あの、ちょっと。何で泣いてんの……?」

 

店長は恐怖に泣きながら、俯いた。志乃の後ろに立つ時雪は、満足そうに頷いていた。

 

********

 

そして、夜中。志乃は小春と八雲を連れて、依頼主の店に向かった。相変わらず店の仕事内容は全くわからないが、取り敢えず支給された狐の着ぐるみに手を通す。

 

「志乃、私仕事嫌なんですけど。帰っていいですか?」

 

「ダメ。たっちーは源外のじーちゃんの元で忙しいみたいだし、タッキーもバーさんとこで働いてるから」

 

「時雪くんは?」

 

「アイツ連れてくと店長が怯えるからダメ」

 

「あら、時雪ちゃんもついに恫喝を覚えたのね?偉いわ」

 

「褒めるトコ違う」

 

最後に狐の被り物をスッポリ被る。そして、プラカードを持って店の外へ繰り出した。

 

「うー、重い〜。それに暑い」

 

「攘夷戦争の頃着てた鎧よりかはマシですね」

 

「さてと、誰がいいかしら?」

 

「ちょっと待って〜!」

 

着ぐるみを物ともせず、夜の街を闊歩する二人を追いかける。ようやく追いつくと、志乃は黒い羽織を着たグラサンヒゲ男を見かけた。男は酒に酔っているのか、足元が覚束ない。

 

「ねぇねぇ、あの人にしない?」

 

「あら、良いじゃない」

 

「ちょうど誘いやすそうなカモですね」

 

志乃が指さした男を見た二人も、彼女に賛同する。それから三人の行動は早かった。素早く、男の背後に立つ。

 

「大丈夫ですか?貴方」

 

「だいぶ酔ってるみたいだけど……」

 

「吐いた方がいいよ、おじさん」

 

「どうです?ウチの店でちょっと休んでいかれたら」

 

「可愛い娘いっぱいいるよー」

 

男がこちらを振り返る。見た目はすごくちゃんとした人みたいだ。チョイ悪風の雰囲気が醸し出されるが、それもまたハードボイルドなカンジで悪くない。右手を見ると、十手が握られていた。

男は葉巻を咥えて、立ち上がる。

 

ーー……何で私の周りには喫煙者が多いんだろう…………。

 

「ネズミならぬ狐が、ようやく尻尾を見せたか」

 

「?」

 

「神妙にお縄につけい、キツネめが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんていうプレイとかしたいんですけどいけますかね?」

 

「ああ。同心プレイ、岡っ引きプレイもありますよ」

 

「マジっすか。基本僕Mなんで結構キツめにやってほしいんですけど」

 

八雲が行く気満々の男の肩に手をまわして、店へ誘導する。何はともあれ、客引き成功だ。志乃は八雲と小春に視線を送り、小さくサムズアップをして見せた。

 

********

 

その後、そのハードボイルドっぽい男に志乃達は警察署に連行された。中に入って他の同心に事情徴収をされるかと思っていたが、ハードボイルドっぽい男は早速上司に蹴飛ばされていた。

 

「何やり遂げた顔してんだァァ‼︎仕事中イメクラ行ってただけだろーがァァてめーは‼︎」

 

どうやらこのグラサン男は仕事中だったらしく、しかも小銭形平次という同心らしい。

仕事中にも関わらず誘ってしまった志乃は少し罪悪感を感じたが、それにまんまと乗ってノリノリで店に向かった小銭形の方が悪いか、と思い直し、罪悪感はすぐに消えて無くなった。

 

「挙句酔っ払ってあんなもん連れてくる始末‼︎狐面って言ったんだよ俺ァ、なんで着ぐるみ⁉︎どうしてお前はいつもいつも……」

 

はぁ、と溜息を吐く上司。見ているこっちが哀れに思えてくる。もちろん上司が、だが。

 

「前から思っていたがな………………お前は顔と仕事の能力のバランスがおかしい‼︎その顔はなァどう考えても仕事できる奴の顔だろう!なのにどうして全然ダメなの、どーしてバカなの!なんで無駄にハードボイルド⁉︎」

 

『他人から見れば無駄に見えるこだわり……しかし、そこに男の全てがある』

 

「うるせーんだよ!存在そのものが無駄な奴が言うな!オイ葉巻やめろそれ!なんで上司から説教されてんのに葉巻吹かしてんだよ!ブッ飛ばすぞ‼︎」

 

ーーあのモノローグっぽい喋り方もウゼェな……。

 

志乃は上司のイライラを汲み取って、哀れみの目で怒られている小銭形を見下ろした。

 

それからの話は大体聞き流していたが、小銭形は狐と呼ばれる盗賊を捕まえようとしていたらしい。その狐が盗んだ店の丁稚や店主に至るまで一人残らず皆殺しにされたというのだ。

小銭形は十年以上狐を捕まえようと追いかけていたのだが、一度も捕まえられないまま。彼が狐を捕まえていたら、死ぬ者もいなかった。

 

「てめーは立派な罪人だ。無能というのも罪目に加えたいもんだね」

 

上司は呆れて、奥に入っていく。志乃達は、残された小銭形の背中を見つめていた。

 

********

 

結果、小銭形は自宅謹慎の身となった。志乃達はそのまま彼についていき、彼の行きつけのバー……ではなく屋台に向かった。

 

「自宅謹慎……なんかごめんね、おじさん。私がアンタ誘えばいいなんて思っちゃったせいで、こんな事になっちゃって。……ま、でもアンタも私ら犯人と勘違いしたんだからおあいこだよね」

 

『落ち込みはしない……。いつものことだ。人生は様々なことが起こる。いい事があろうと悪い事があろうと、そいつを肴にカミュを傾ける……………………俺の一日に変わりはない』

 

「もういい、ウザいです」

 

小銭形の隣に座っていた八雲が、モノローグの文章を括弧(『』)ごと掴んで、小銭形の頭に突き刺した。小銭形の頭からは、血が吹き出た。

 

「ギャアアアア‼︎」

 

小説の世界を破壊するような荒事をあっさりこなした八雲に、小銭形が突っかかる。

 

「ちょっ……何をするんだ貴様ァァァ‼︎俺のハードボイルドをを‼︎」

 

「もういいです。しつこいハードボイルド」

 

「しつこいハードボイルドって!仕方ないだろハードボイルドなんだから‼︎っていうか何この攻撃の仕方⁉︎わかりづらすぎるだろ‼︎」

 

「うるさいですね。そんなもの読者の想像力やイマジネーションが補ってくれますよ。それ以前に誰もこんなバカげた小説読んでませんから問題ありません」

 

人の頭をとんでもないやり方で攻撃しといて、八雲は悠々と御猪口を傾ける。小春も八雲に重ねて言った。

 

「そんなねェ、ハードボイルドで頭いっぱいで仕事も手につかないならねェ、ハードボイルドなんてやめちゃいなさい‼︎このバカチンが‼︎」

 

「お母さん?」

 

「その方が貴方にとってもハードボイルドにとっても幸せよ!」

 

「んんんん‼︎できるもん‼︎ハードボイルドも仕事もっ……俺っ両立するもん‼︎」

 

「最早ハードボイルドも仕事も両立できてねーよ。テストの点数低くて親に部活やめさせられそうになる子供か」

 

小春には八雲が、小銭形には志乃がツッコミを入れる。すると今度は、屋台の親父が口を挟んだ。

 

「旦那、その辺にしとかなきゃまた奥さんにどやされますぜ」

 

『家庭に仕事のグチは持ち込まない、それが男の作法だ』

 

「またやってるわよ」

 

『妻の前ではいつも身ギレイでいる、それが夫婦円満のコツ。だから今日も俺はこうしてカミュで身を清めるのだ』

 

「コイツ、カミュって言いたいだけですよ。カミュって言えばハードボイルドになると思ってますよ」

 

小春も八雲も、だんだんこのハードボイルドがめんどくさくなってきた。親父が、屋台の中からキセルと煙草を取り出してくる。

 

「たまには女房にグチ零して話聞いて花持たしてやんのも夫婦円満のコツですよ。どーせまた狐に逃げられたんでしょ」

 

「フン」

 

小銭形が小さく笑って、葉巻を取り出す。

 

『まったく、このマスターには敵わない。何でも俺の事はお見通し。思えば十年来の付き合いかミュ』

 

「カミュって言った‼︎無理矢理ハードボイルドにしたぞ!」

 

『もう本当の親父のようなものだな。向こうもおそらくそう思っているだろう』

 

「思ってねーよ」

 

『くたばれジジィカミュ』

 

「最早ハードボイルドでもなんでもないよコイツ」

 

隣でツッコんでいた志乃も疲れ果て、親父に出された牛すじを食べた。美味い。

味の染みた牛すじを堪能しつつ、志乃は気になっていたことを尋ねた。

 

「あのさ、おじさんが追ってるその"狐"って一体何なの?」

 

「あり?嬢ちゃん知らねェのかい?」

 

キセルから煙が立ち上る。志乃は牛すじを噛み締めながら、コクリと頷いた。

 

「まァ、嬢ちゃん見た所まだ子供だし、知らなくて当然かもしれねェが……」

 

フゥッと煙を吐いてから、親父は説明を始めた。

 

「嬢ちゃん聞いたことあるかィ?神出鬼没の伝説の盗賊、狐火の長五郎。人を殺さず、女を犯さず、貧しき者から盗まず、悪党から金を巻き上げ、貧しき民にばらまく義賊なんてもてはやされた時代もあったんだがねェ。今や殺し押し込み、何でもやる凶賊に成り果てちまった。まァ、元々盗人なんてやって、ロクな奴じゃなかったんでしょうが」

 

「……………………」

 

「…………奴は違う」

 

志乃が黙って話を聞いていると、突如小銭形が呟いた。それに、八雲と小春は小銭形を見つめ、志乃は相変わらず牛すじを頬張りながら横目で一瞥する。

 

『思わずそう口走った自分に、内心驚きを隠せなかった』

 

「嘘吐け、冷静じゃねーか」

 

『盗人、それも十年追いかけ続けた敵の肩を持つとはカミュ』

 

「うっざい‼︎それやめろうっざい‼︎」

 

いつもツッコむ時、師匠はこんな気持ちなのだろうか。志乃は毎回迷惑をかけている師匠に想いを馳せる。そして、小銭形が珍しく普通に喋り出した。

 

「あれは……俺の知ってる狐じゃない。てめーのルールも持ち合わせてない野郎は、悪事だろうが善事だろうが、何やったってダメなのさ。悪人か善人か知らんが、少なくとも俺の知ってる狐は自分の流儀は持ち合わせていた。盗み入った屋敷に、食いかけのお揚げと書き置き必ず残していくような、泥棒のくせに茶目っ気があって、どこか粋な奴だった。そんな奴が殺しなんぞ………………」

 

「アニキぃぃぃ‼︎」

 

こちらへ一直線に駆けてくる少女が、紙を一枚手にして小銭形を呼んだ。

 

「ハジ!どうした」

 

「大変なんです‼︎見てくだせェこいつを!」

 

ハジと呼ばれた少女は、小銭形に持っていた紙を手渡した。

紙には、「次の標的は大江戸美術館の金の油揚げ像 止められるものなら止めてみろ幕府」と書かれていた。手紙の最後には、狐の面の絵が。

 

「こいつは……犯行予告状⁉︎」

 

「今晩、狐が盗み入った屋敷に……完全にナメられてやす。こんなもんバラまかれて取り逃がした日にゃあちきら……」

 

「おのれェェェェ!ハードボイルドな真似をををを‼︎」

 

怒りに叫んだ小銭形は、犯行予告状を破り、ハジと共にどこかへ向かおうとしていた。屋台で牛すじを噛み締めながら、小銭形を呼び止める。

 

「待ちなよ。謹慎破ってまで、わざわざ敵の汚名晴らそうってのかい」

 

小銭形は振り返ることなく、十手を握りしめて答えた。

 

「そんなんじゃない。ただ……俺にも俺の流儀があるだけだ。腐った卵は俺の十手でぶっ潰す‼︎それが俺のハードボイル道だ‼︎」

 

「旦那、勘定まだです」

 

「あ、すんません」

 

ちょうどカッコつけてるタイミングで屋台の親父に呼び止められ、小銭形は代金を支払う。しかも何故か全部小銭で払っていた。

 

「もう戻ってこねーかもしれねーんで、今までのツケの分も」

 

「親父が一番ハードボイルドですよ、渇いてますよ‼︎」

 

笑顔でツケを要求する親父。その笑顔はカラッカラに渇いていた。

 

「うん。ほいじゃあ、コイツはこのまま銀髪の嬢ちゃんへ」

 

親父はお代の小銭を、志乃の目の前に置く。

 

「?何これ、親父」

 

「嬢ちゃん、さっき何でもやる万事屋だとおっしゃってやしたね。さっきも言った通り、わしも十年もの間そこの旦那にグチ聞かされててねェ。やれ狐だ狸だって。もうウンザリでねェ、聞きたかねーんですよ。さっさとケリつけてもらいたくてねェ。どうぞ、小銭形の旦那をよろしくお願いしまさァ」

 

そう言って、親父は志乃に頭を下げた。そのハードボイルドっぷりに、志乃と八雲は驚愕する。

 

「もうやってらんねーよ!マスターが一番ハードボイルドじゃん!」

 

「マスターじゃねェ、親父です嬢ちゃん」

 

「ハードボイルドぉぉ‼︎やっぱ親父ハードボイルド‼︎」

 

「今のハードボイルドですか⁉︎てか、ハードボイルド言いすぎてゲシュタルト崩壊引き起こし始めましたよ!」

 

というわけで、志乃達は親父の依頼を受け、小銭形に協力することとなった。

 

********

 

深夜、大江戸美術館前。そこには、町奉行の役人達が、大勢で警備を固めていた。志乃、八雲、キャッツアイのコスプレをした小春、ハジが近くの茂みに隠れて、その様子を見ている。

 

「スゴイ警備の数ですね……」

 

「そりゃそーですよ。町奉行の威信がかかってやすからね」

 

「ここに忍び入って、奴らより先に狐捕まえるのか。まるで私らが泥棒だね」

 

「心配いりやせんよ、あちきが手引きをするんで。あちきら目明かしってのは、その多くが軽い罪を犯した者で構成されてんです。泥棒捕まえるには泥棒ってヤツです。かくいうあちきも昔は……だから、こういうの得意なんです」

 

「心配直撃なんだけど‼︎だれかこの娘連れてってェェ‼︎」

 

「オイ、大きな声を出すな。警備に気づかれたらどうするんだ」

 

ハジにツッコミを入れた志乃の後ろから、小銭形が注意する。しかし、小銭形は何故かバイクに乗っていた。

 

「てめーがどうするんだァァァ!お前こんな時ぐらいハードボイルド脱ぎ捨てて来い‼︎バカなのか?お前はバカなのか?」

 

しかも小銭形が乗ってきたバイクは、エンジン音がすごい奴。志乃は小銭形の頭を叩いた。

 

「バカヤロー、このバイクは落ちてたんだよ。ハードボイルドな奴の前にはバイクが落ちてるもんなんだ。『あぶない刑事』でもタカがよく落ちてるバイク乗って敵追跡してたろ。まァあいつも結構ハードボイルドだからなァ」

 

「アンタはマジで危ないから!『マジであぶないからどいてェ!みんな寄らないでェ刑事』だから‼︎」

 

「わかったよ。降りりゃいいんだろ降りりゃ」

 

「オイぃぃぃ‼︎もうツッコむのもめんどくせーよ‼︎」

 

仕方なさそうにバイクを降りた小銭形。しかし、何故かバスローブを着ていた。

志乃がツッコミを入れている間、バイクに興味を示した小春がそれに跨る。

 

「オメーはどんだけハードボイルドで武装してんだよ!何でバスローブ着てんだコラァ‼︎お前それはもう一仕事終えた後のハードボイルドだろーが!」

 

「タカが……仕事場行く時もバスローブって言ってたから」

 

「お前何やかんやでちょっとタカに憧れてんじゃねーか!オイいいから取り敢えずそれ脱げ」

 

「えっ脱ぐの?」

 

「いいから脱げっつってんだよ。腹立つんだよなんかそれ見てたら。全身タイツに着替えろコラ」

 

「いやタイツは勘弁してください。キャッツアイじゃないですか」

 

「いーんだよ。スペースコブラも着てただろーが。ハードボイルドだろーが。ハル、もう一着それ貸して……」

 

志乃が小春を振り返った瞬間、彼女を乗せたバイクが茂みを貫いて急発進する。小春はそのまま単身、警備員の中を切り込んでいく。

 

「よし。陽動作戦成功」

 

「嘘吐け‼︎」

 

美術館を破壊して突き進む小春を遠目に見ていた志乃が呟くが、すかさず八雲がそれを叩き落とす。

ともかく見張りの意識が小春に集中している内に、志乃達は裏口から見事侵入を果たしたのだった。



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子供にとって親はかけがえのないもの

美術館内にいた役人達も、慌ただしくなる。志乃達は時に展示物の影に隠れながら、狐の狙うお宝を目指していた。

 

「本格的に動き出したようですね」

 

「オイオイ、こんな騒ぎじゃあ狐も尻尾巻いて逃げんじゃねーの?」

 

志乃の言葉に、ハジが異論を唱えた。

 

「そいつは無いと思うでやんす。わざわざ犯行予告を送り付けてくる位だ。これ位の警備態勢、狐も予想してるはずでやんす」

 

『奴は必ず来る。男とは常に危険に身を置かねば生きられない血に飢えた獣なのだ』

 

「オイ、何やってんだお前!何で悠々とワイン飲んでんだ腹立つな‼︎」

 

志乃達が身を潜めているというのに、小銭形だけはワイン片手に窓の外を眺めていた。

 

『先刻から震えが止まらない。どうやら俺の中の野獣も居ても立っても居られず、暴れ出したようだぼろ"ろ"ろ"ろ"』

 

「完全にビビってんじゃねーか。吐く程ガチガチになってんぞ」

 

カタカタ震えていた小銭形は我慢できなくなったように、窓を開けて外に吐く。志乃は呆れて溜息を吐いた。

 

「バカだろお前。いい加減ワイン飲むのやめろや。もうお前がハードボイルドじゃないことみんな知ってるから」

 

「ワインじゃないカミュだぼろ"ろ"ろ"」

 

「カミュでもワインでもいいから酒で緊張を紛らわしてんじゃねーよ」

 

その時、志乃と八雲がこちらに近づいて来る気配に気づく。

 

「……誰か来る」

 

「おいマズイぞ、バレたら一巻の終わりだぞ!」

 

志乃はすぐに小銭形とハジに役人らしき気配が近づいていることを伝え、美術品の展示に紛れようとした。

すぐ近くに置いてあった甲冑を着た瞬間、役人がハジに気づく。

 

「なんだ……ハジか」

 

「こ……こちら異常ナシでありやす‼︎」

 

「今誰かいなかったか?」

 

「いえ、あちきだけでやんす」

 

「というかハジお前、今日警備から外されてなかったか?」

 

「いえ、狐が来ると聞いて居ても立っても居られず」

 

敬礼して答えるハジ。役人達の足が、志乃達扮する甲冑に向かう。

 

「あっ!そっちは調べやしたよ」

 

役人達の視線が、一斉に二人に向く。二人は必死に俯いて、ひたすらに息を潜めてこの場をやり過ごそうとした。

役人達が、彼らの前から去っていく。

 

ーーたっ……助かっ……。

 

助かった、と思ったのも束の間。役人達が集まった先には、家康像の背後をとった小銭形が、銃を後頭部に向けていた。

瞬間、志乃と八雲の顔が真っ青になる。

 

「……オイ、こんな像あったか?」

 

「コレ家康像じゃ……」

 

「ピンポンパンポン♪こちらの像は、家康公鷹狩りの折、一瞬の隙を突き背後をとった暗殺者のハードボイル像です(小銭形裏声)」

 

「「あるかァァァ‼︎んな像ォォォ‼︎」」

 

志乃と八雲が、同時に家康像に飛び蹴りを食らわせる。家康像の後ろにいた小銭形は、足から壊された家康像ごと床に叩きつけられた。

 

「小銭形ァァァ‼︎貴様ァァ!謹慎中にこんな所で何をやっているかァァ‼︎」

 

完全に見つかってしまった。

志乃と八雲は着ていた甲冑を剥ぎ取り、役人達に投げつけながら逃げる。小銭形はハードボイルドに葉巻を取り出した。

 

「チッ、こうなっちまったら是が非でも狐捕まえて名誉挽回せんと確実にクビだな。フン、望むところさ。よし、一旦BARに引き返して態勢を立て直すぞ」

 

「全然望んでねーだろーが!逃げ腰だろ!大体何だよ一旦BARって‼︎BARなんて一回も行ってねーよ!アレしみったれた屋台だろーが‼︎」

 

「あれがBARだ。オシャレなBARは緊張して入れない」

 

「お前ホント、ハードボイルドの欠片もねーな‼︎」

 

志乃が走りながら逃げようとする小銭形にシャウトする。

その時、ハジが転んでしまった。

 

「ハジぃ!」

 

「アニキぃぃぃ‼︎」

 

「ハジぃ‼︎」

 

役人がハジに追いつく。次の瞬間、志乃達が走っていた廊下の窓ガラスが割れた。

そこから、狐面を被った忍装束の男がハジと役人達の間に割って入る。

 

「きっ……狐⁉︎」

 

「出たァァァ‼︎狐が出たァァ!ひっ捕らえ……」

 

役人達が突如現れた狐に臨戦態勢をとろうとしたが、狐は一瞬のうちに役人達の間を駆け抜け、倒していった。

振り返った狐が、手で「来い」と挑発する。それに見事乗っかった志乃と八雲が走り出した。

 

「野郎ォ‼︎ナメやがって‼︎」

 

志乃達の背中を追い、小銭形とハジも駆け出す。

 

「アニキ……狐の奴、今の……まさかあちきを助けて……」

 

『フン……まさか……だが、あの狐からはどこか懐かしい風が匂った。その後俺達は狐を追ったが結局捕まえることは叶わず、一旦BARに戻り、態勢を立て直すことにした』

 

「何勝手に話進めてんだテメーは!どんだけBARに行きてーんだよ!いちいちBAR挟まねーと次の行動ができねーのか‼︎早く野郎追うぞ!」

 

『BARもしくはビリヤードなどを嗜みながら態勢を立て直すことにした』

 

「ビリヤードもダメです!行きますよバカ‼︎」

 

志乃と八雲はひたすら逃げたがる小銭形を無理矢理引きずり、逃げ回る狐を追いかけた。

 

********

 

トントン、と軽く階段を飛び降り、追いかける志乃達を挑発する。狐がピンピンしているのに対し、志乃達は息を荒げていた。

 

「待でェェェェェェ‼︎」

 

「あんの狐……完全に私達をおちょくってますよ。ムカつきますすぐ捕まえて捻り殺してやります」

 

「獣衆」銀狼、白狐をしても、狐に追いつけない。八雲はバカにされて、完全にイラついていた。

Sは自分がおちょくられると、すぐにカッとなってしまうのである。

 

「くっそあの野郎ォォ……ってアレ⁉︎何か、前に進まないんだけど⁉︎」

 

『自分では前に進んでいるつもりでも、後ろに下がっていたりする。結局人生なんて、死ぬ時になってたった一歩でも前進していたらそれでいいのかも』

 

「うるせェェ‼︎疲れてる時にそれやられると異常に腹立つな‼︎死ねよお前‼︎」

 

「落ち着きなさい志乃、無駄な体力を使うんじゃありません!……にしてもコレ、確かに進まなすぎで…………ってコレ!床が後ろに流れてますよォォォ‼︎」

 

志乃が小銭形にキレているのを宥めた八雲が叫ぶ。

志乃達はいつの間にか美術館の盗難防止トラップの一つ、流れる床に引っかかってしまったみたいだ。

 

「ふざっけんなよ!今までの私の労力返しやがれコノヤロー‼︎」

 

志乃はトラップに八つ当たりをする。

次の瞬間、志乃達の後ろに壁が現れた。しかもこの壁、至る所に棘が付いている。

 

「ちょっと前!速く走りなさい‼︎壁が迫ってきてます‼︎このままじゃ串刺しにィィィ‼︎」

 

「無茶言うなやァァ‼︎もう足がガックガクなんだよ!生まれたてのバンビなんだよ!」

 

後方を走る八雲が、先頭を走る志乃に叫ぶ。今までの疲れが溜まって、一番前を走り続ける志乃は、疲労と苛立ち混じりに返した。

志乃の目の前を駆ける狐も同じように流れる床を走っていたが、壁をトントンと蹴って、難なく前に進んでいた。

 

「志乃!アレです!バンビのように跳ねて‼︎」

 

「こんのォォォォォ、やってやらァァァ‼︎天よォォ我に力ををを‼︎」

 

気合いの怒号と共に、志乃は跳躍する。

壁を蹴って、反対側の壁に……とその時、壁を蹴った足があまりの強さにめり込んでしまい、志乃はそのまま失速した。そして、後方から走ってきていた小銭形や八雲に衝突する。

 

「何してんですかァァ‼︎貴女"銀狼"ならこれくらいできて当然でしょうが‼︎」

 

「うるせー!白狐(おまえ)と一緒にすん……いだだだだだ‼︎股裂ける‼︎股裂ける‼︎」

 

志乃と八雲が口喧嘩をしていると、さらにトラップである鉄球が転がってきた。この状況で、鉄球に足を掬われたら……間違いなく、後ろの棘の壁に串刺しにされる。

その時、小銭形が紐を付けた小銭を天井照明に投げつける。

 

「銭投げェ‼︎」

 

紐は天井照明に見事巻きつき、小銭形はそれにぶら下がった。

 

「みんなァ!俺に掴まるんだ!」

 

「小銭形さん、貴方やればできるじゃ……」

 

八雲が遠慮なく小銭形の足を掴んだ瞬間、紐が絡まり、小銭形の首に巻きついてしまった。おかげで彼は、完全なる首吊り状態に。

 

「うげェ」

 

「掴まれるかァァ‼︎」

 

そうこうしている間に、鉄球はどんどん迫ってくる。

志乃達はジャンプでそれを何とかかわしていった。

 

「もう無理‼︎限界です‼︎」

 

「アニキも限界でやんす‼︎」

 

「知らねーよお前んとこのバカ大将は!ヤバイって!次あの鉄球がまた来たら、今度こそ避けられない‼︎」

 

志乃達の前から、また何かが流れてくる。鉄球かと警戒したが、やってきたのは布団の上で眠る老婆だった。

 

「ラッキぃぃぃババアだ‼︎これなら楽勝でやんす」

 

「何でババアなんですか‼︎何のためですか誰が流してんですかァァ‼︎」

 

先程の鉄球とは違い、グレードダウンした仕掛け。それを簡単にかわして、流れてゆく老婆を見やる。

 

「でも助かったでやんす」

 

「一体どこのババアなんでしょうか…………」

 

後ろを振り返った八雲は絶句した。老婆が流れ着く先は、あの棘だらけの壁だったからだ。

それを見た志乃、八雲、ハジの考えは瞬時に一致した。

 

「チクショォォォォォ‼︎なんで見知らぬ流れ者のババアを担がなきゃいけねーんだ⁉︎」

 

このままでは老婆が串刺しになって死ぬ、と判断した三人は、布団ごと老婆が持ち上げて走った。この間、吊られた小銭形は放置である。

 

「ふざけんじゃねーよ!もうこっちも限界なんだよ‼︎もう次ババア来ても絶対無視な!もう知らねー!ババアオーバーだかんね‼︎」

 

志乃が後ろで支える二人に声をかけると、前方からまた何かが流れてくる。今度は普通に流れる床に座った老人だった。

 

「ちょっと!今度はジジイが来ましたよ‼︎どーなってんですかァァ‼︎誰です⁉︎誰のジジイなんです⁉︎」

 

「ジョウ、無視だ‼︎見るんじゃねェ‼︎これ以上荷物抱えるわけにはいかねーんだよ!」

 

このまま行けば、老人は串刺しにされる。しかし既に老婆を担ぎ上げている三人に、さらに彼を助けることは不可能だった。

三人の横を通り過ぎたその時、老人が呟く。

 

「バーさんさようなら、愛してるよ」

 

「ジジイぃぃぃぃ‼︎さよならなんてさせねーぞォ‼︎」

 

「隣です‼︎ババアなら隣にいますよ‼︎隣でもう一度さっきの言葉言ってあげて‼︎」

 

老人の愛の呟きで、否応にも彼を担がなくてはならなくなった三人。この間、吊られた小銭形は放置である。

 

「オイ一体何なんだよコレェ⁉︎なんの嫌がらせだ⁉︎もうちょっとした大家族だぞ!誰だァこれ流してる奴‼︎年寄りは大事にしやがれボケがァァ‼︎」

 

志乃が走りながら吠えると、さらにまた誰かが流れてきた。今度は、中年期間近の男。

 

「あっ!また誰か来たでやんす‼︎」

 

「オイお前息子だろ!ダメだろちゃんと親父達見てなきゃ!」

 

「志乃貴女よくわかりましたね!」

 

「目尻のあたりがそっくりだろお父さんと‼︎」

 

「父さん母さん、遺産の話なんだがね。全部私が貰い受けることになったよ。まァ、アイツらもごちゃごちゃ言ってたがねェ」

 

「遺産の話してますよ‼︎ご両親がこんな状態なのに!」

 

「コイツは串刺しでいいね。てめーが遺産生みだぜバカヤロー」

 

例によって三人の横を通り過ぎていく息子。志乃達は最低な彼を助けることもしなかった。

その時、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。志乃が見やると、前から赤ん坊が流れてきていた。それも、目尻に見覚えのある。

 

「三世代目尻がそっくりだろーがァァァ‼︎生きろォォォ‼︎どんな悪人でもなァ、子供にゃ親が必要なんだよ‼︎」

 

結局、孫共々助けたくなかった息子も救出することに。この間、吊られた小銭形は放置である。

しかし、今までずっと走ってきた三人に、体力の限界が近づいてきていた。

 

「志乃、もうヤバイですよ‼︎無理!」

 

「バカヤロー!私らの肩にゃ家族の命がかかってんだぞ‼︎」

 

「無理‼︎もう無理ですから!死ぬ!」

 

無情にも、後ろの壁が迫ってくる。

もう少しで棘が突き刺さりそうになったその時、美術館内をバイクで疾走していた小春が壁を反対側から破壊し、志乃達はなんとか無事だった。

 

********

 

美術館奥にある、金の油揚げ像。その前に、狐が立っていた。

 

「古くから狐は田の神、稲生の神の使いとして崇められてきました。お稲荷さんという奴ですな。狐の好物を金で作っちまうなんざ、江戸での人気っぷりもわかるというもんでしょう。しかし一方で神様なんぞと呼ばれていながら、その一方で人を化かす妖怪(ばけもん)なんて呼ばれてるのが、狐の面白いところでやんす。九尾狐に玉藻前、妲己に褒姒と恐ろしいのが揃っていましょう。神様か妖怪(ばけもん)か。はてさてあっしはどちらでございやしょう」

 

狐が、こちらを振り返る。一つしかない入り口には小銭形とハジ、志乃、八雲、小春が立っていて、出口を塞いでいた。

 

「ほざけ下郎め。てめーは神でも妖怪(ばけもん)でもねェ。ただの小汚ェ盗人だ。十年に渡る因縁、ここで決着をつけてやる」



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ハードボイルドは折れない魂を持っている

「狐よ。年貢の納め時だ。神妙にお縄を頂戴しろ」

 

「小銭形の旦那。その台詞、十年で聞き飽きやしたよ」

 

狐は溜息を吐くように肩を竦め、腕を組んで小銭形を見下ろした。

 

「アンタもしつこいお人だ。何度撒いてもまた前に現れ、何度潰しても這い上がってくる。もういい加減諦めなさったらどうでございやしょう」

 

「そいつがハードボイルドって奴さ。『固ゆで卵』は簡単には潰れない。それに俺は盗人って奴が嫌いでね。俺はガキの頃、盗人共に家族を皆殺しにされてる。お前と同じ急ぎ働きの凶賊だよ、狐」

 

志乃は黙って、葉巻を咥えた小銭形を一瞥した。

 

「そんな連中が許せなくて、こんな仕事に就いた。……そんな時に、妙な盗人に会った。弱き者から金品をせしめる悪党だけを狙い、血も流さず盗んだ金も決して私利私欲には使わない、キレイさっぱり還元しちまう。法からはみ出そうとも決して自分の流儀は犯さない、義賊・狐火の長五郎」

 

小銭形は昔を思い出しながら、狐に数歩歩み寄る。

 

「………………狐。なんで堕ちた?あのお前が、なんでこんな……」

 

「そこまでにしときなせェ、旦那。同心が泥棒に滅多なこと言うもんじゃねーよ。それに……堕ちたとは盗人に言うこっちゃねェ。あっしら盗人は、ハナから堕ちた薄汚ェ連中でございましょう」

 

「狐……お前……」

 

「その通り」

 

突如聞こえてきた、第三者の声。志乃達が振り返ると、見覚えのある狐の面と忍装束。

 

「所詮義賊などともてはやされたところで、奪う盗む、卑しき所業を行う事に変わりはなし」

 

「殺さず犯さず貧しき者から盗まず?どれほど取り繕ったところで、盗人は盗人」

 

入り口から、ぞろぞろと同じ格好をした連中が現れた。

 

「なっ……」

 

「コイツは……狐が、8匹⁉︎」

 

「いえ……アレも含めると9……一体どういうことですか……?」

 

志乃と八雲が、8匹の狐と階段上に立つ長五郎とを見る。

狐の中の一人が、長五郎を見上げて言う。

 

「やはり貴様の仕業か、長五郎。出した覚えもない犯行予告状、必ずや我等への誘いの文と受け取った」

 

「いやいや、こちとらもうお勤めからは手ェ引いて、しっとり隠居生活楽しんでたってーのに。最近覚えのねェ罪科が次々と増えていくもんでね、おちおち寝てもいられねーってんで起きてきちまったい」

 

話を聞いていた志乃は、ハッとして8匹の狐を見つめた。

 

「まさかお前ら……狐の名を騙る偽物か?」

 

「残念ながら偽物にはあらず。我等全て『狐』の名と技を継ぎし者、盗賊団『九尾』」

 

「『九尾』……⁉︎」

 

狐達がそう名乗った瞬間、小春は目を見開いた。

 

「知ってるの?ハル!」

 

志乃が彼女を見上げて尋ねると、小春はコクリと頷く。

 

「瀧から聞いたことがあるわ……。盗賊団『九尾』……古くは戦国時代より、敵国へ間者として送られた、乱波透波の流れを組む偸盗術のプロ集団よ」

 

「"赤猫(アレ)"や忍と同じ源泉ですか。これはタチが悪い。腕は最強、オツムは最悪の泥棒ってわけですね」

 

小春の言葉に、八雲も乗せる形で呟く。敵が小太刀を抜いたのを認めた志乃、小春、八雲は、臨戦体勢に入りつつあった。

 

「長五郎、旧き同胞よ。ようやく会えたな」

 

「京より姿を消して三十年……まさかお前が義賊などと呼ばれるようになっていようとは」

 

「子供一人殺すこともできず、逃げ出した憶病者が偉くなったものだな」

 

「江戸で築いたその虚栄を崩してやれば、スグに出てくると踏んでおったわ。三十年前の裏切り、きっちり落とし前つけてもらおう」

 

「裏切り?知らんねェ。裏切るもクソも、元々お前達を仲間などと思ったことは一度もない」

 

「ほざけ下郎がァァァ‼︎」

 

長五郎の一言を皮切りに、狐達が一斉に襲いかかる。志乃も金属バットに手をかけたその時、長五郎が金の油揚げ像を押し込んだ。

 

「旦那方ァ‼︎早く階段へ‼︎」

 

壁から突如、煙らしきものが流れ込んでくる。それを認めた瞬間、煙を伝って部屋全体に炎が巻き上がった!

階段へ避難していた志乃達はなんとか無事だったが、狐達は炎に巻き込まれてしまった。

 

「なっ、何だよコレ!」

 

「金の油揚げ像を護る機械(からくり)でさァ‼︎皆さん早くこっちに!早くしねーと次の機械(からくり)が‼︎」

 

長五郎が叫んだものの、時既にお寿司。あっ間違った、遅し。驚いている間に、階段が坂になった。

さらに今度は壁から油が吹き出てきて、志乃達にかかる。その上油を伝って火の手がすぐそこまで迫ってきた。

 

「何なのよココぉぉ‼︎たかが盗難防止のために殺人現場作り上げるつもり⁉︎」

 

「こんな油塗れで落ちたら一瞬で火だるまですよ!」

 

「うわちゃちゃちゃ!熱いッ‼︎熱いっていうかもう痛い‼︎」

 

絶叫しながら走っていると、炎の中から4つ飛び出してきた。狐達の生き残りだ。そのうち二人が、小春と八雲の後ろに降り立つ。

 

「ハル!ジョウ!手加減すんなよ‼︎」

 

「「了か……うぎゃ‼︎」」

 

小春が拳銃を、八雲が拳を握ったところで、二人は油で滑って顔面からすっ転ぶ。その隙に、狐二匹は彼らを通り過ぎた。

 

「何してんのォォアンタらァァァ‼︎」

 

二人を振り返る志乃にも、二刃が迫る。その時、小春と八雲が志乃の両足首を掴み、引っ張った。

 

「ぐぎゃっ!」

 

狐二匹が小太刀を振り抜いた瞬間、引っ張られた志乃は坂に顔面ダイブする。おかげで刃は狐達の互いの体を斬り裂いた。

 

「やった!二人とったわ!」

 

「狙い通りですよ」

 

「ブワッハハハハ、完璧だな完ぺ……って、うぉぉぉい!今度は向こうに二人行ったぞ!」

 

残り二匹の狐が、ハジに迫る。志乃は両手を広げて、逃げるハジに叫んだ。

 

「もういい、体当たりだ‼︎体当たりしろ‼︎大丈夫!下で受け止めてやっから!」

 

「ええ⁉︎」

 

「できるだけ敵巻き込んで飛び降りてこい!」

 

「ホントでやんすね‼︎絶対!絶対受け止めてくださいよ‼︎」

 

「大丈夫だからァァ‼︎早くしろォ!」

 

「よーし‼︎じゃ、いくでやんす!はァァァァァァァ‼︎」

 

意を決して飛び降りてハジ。しかし、狐には一擦りもせず、志乃にそのままアタックした。

 

「なんでだよォォ‼︎」

 

顎をぶん殴られた志乃は白目をむいて倒れ、ハジ諸共落ちそうになる。一番前を走る小銭形が仲間のピンチを悟るが、敵が近くまで迫っていた。

 

「ええい!迷うか、仲間が優先だ!銭な……」

 

男らしく仲間を助けようと、先程も披露した銭投げをしようとした。だが、突如飛び降りて行き着く先は八雲。

 

「なんでだよォォ‼︎なんであそこで仲間に体当たり⁉︎どんな選択肢ですか!」

 

「いや……怖かったから」

 

「逃げてきたんかいィィ‼︎」

 

倒れた挙句ズルズル滑るこの状況では、立ち上がれない。なんとか坂の縁に掴まって落ちるのを防ぐ。しかし、すぐそこには敵が。

その時、ふと敵の狐の体が宙を舞った。八雲が振り返ると、階段上に固定した紐に掴まった長五郎が。

 

「早く掴まりなせェ」

 

「はい!」

 

八雲はすぐ後ろにいた小春の手を引き、長五郎に手を伸ばす。しかし、彼の背後にいたもう一匹が、長五郎を突き刺した。

 

「狐ェェェェ‼︎」

 

「まさかもう一匹潜んでいたというのですか……⁉︎」

 

グラリと倒れた長五郎は、そのまま炎に落ちそうになる。紐を握っていたため落下は免れたが、危険な状態にあった。

 

「『九尾』が九人で編成された盗賊団であることを忘れたか?お前が抜けた穴を埋めていないとでも。悪いがはるか前より後ろで隙を伺わせてもらったぞ。こうしてお前の背中に刃を突き立てる日を、あれからずっと思っていた。今でもこの目に焼き付いているぞ。押し入った屋敷の子供と千両箱を抱え、我々のいる屋敷に火を放ち、一人逃げるお前の背中」

 

それを聞いた時、小銭形の記憶がフラッシュバックした。

 

********

 

屋敷から遠く離れた橋の上。自分を抱えて逃げてきた男は、自分に千両箱を渡してこう言った。

 

『いいか、この千両箱を死んでも離すなよ。こいつがあれば、親戚だろうが他人だろうがお前を悪いようにする奴はいねーはずだ。だが金はあまり一気にはたくなよ。チビリチビリ小銭で渡していけ』

 

男は自分の頭を撫でて、去っていった。その背中を、別れ際に言ったあの言葉を、自分は一生忘れない。

 

『いいな、負けるんじゃねーぞ。男は強く、はーどぼいるどに生きろ』

 

********

 

「おおおおお‼︎」

 

小銭形が気合いの怒号と共に、小銭を投げる。紐が狐の腕に巻きつき、宙に引っ張られた。

 

「なっ!」

 

驚く狐の眼下には、金属バットが。

 

「せいぜい、美味い油揚げになりな」

 

左足で踏み込み、バットをフルスイングする。バットは見事狐面を捉え、かっ飛ばされた狐は炎の中に消えていった。

敵を全て倒した小銭形は、長五郎の救出にあたっていた。紐を手繰り寄せ、長五郎を引き上げる。

 

「……………………す……すまねーです、旦那。今まで……黙ってて……」

 

「……………………人が悪いじゃねーか……。命の恩人を今まで散々追い回してたのか」

 

「へッ……旦那の追跡なんざ、痛くも痒くもねーや……。アンタは詰めが甘すぎらァ。敵に毎日愚痴こぼすなんざ、同心失格じゃないですかィ」

 

「……フフ。そうか……どうりで捕まらねーはずだ」

 

狐火の長五郎。それは、小銭形の命の恩人であり、彼の行きつけの屋台の親父だった。彼はずっと、小銭形を見守っていたのだ。

 

「旦那……アンタ結局最後まであっしを捕まえられなかったですねィ。あっしの完全勝利だ」

 

「いや、俺の勝ちだ。生きて連れて帰る。牢屋に入る前に、カミュに一杯付き合ってもらうがな」

 

長五郎は、フッと笑った。

 

「カミュじゃねェ。焼酎だ」

 

刹那、長五郎を釣り上げていた紐が、プツリと切れた。

 

********

 

あの後、炎の跡から狐の遺体は一体も見つからなかった。狐が生きているのか死んでいるのか、それを知る術は今はない。

志乃はある人物を探して、夜のかぶき町を徘徊していた。こんな時間だと同心に補導されそうな気もするが、見つかるかどうかのハラハラドキドキが、子供心には堪らない。

歩いていると、おでんと書かれた暖簾がかかった屋台があった。

 

「こんな所に屋台なんてあったっけ……あっ」

 

暖簾の影に、見覚えのある白い着流しを見つける。その隣には、黒い羽織が見えた。用があるのは、白い着流しの方だ。

暖簾を潜り、早速白い着流しの正体を叩く。

 

「オイコラ、こんなとこで何してんだクソ兄貴」

 

「あでっ」

 

叩かれた頭を摩って、弱冠酔っている銀時が志乃を見上げる。

 

「んだよ……志乃か」

 

「んだよじゃねーよ。お前が酔い潰れたら、誰が背負って帰ると思ってんだ」

 

「親父ー!焼酎一杯」

 

「聞けよ‼︎」

 

溜息を吐いて、志乃は黒い羽織の隣に回って座る。こうなれば、銀時が酔い潰れるまで待ってやろう。

 

「ん?」

 

「あっ、旦那?」

 

黒い羽織と、志乃の視線が交差する。黒い羽織の正体は、ついこの間出会った小銭形だった。

 

「久しぶり〜」

 

「あん?お前ら知り合いなのか?」

 

「まあね」

 

相変わらず焼酎片手にカッコつける小銭形に、志乃は思わず吹き出した。元気そうで何よりだ。

ふと、屋台の親父が、志乃に牛すじを差し出す。

 

「ホイよ、嬢ちゃんはコレでいいかィ?」

 

「わあっ、ありがとう!」

 

志乃は笑顔で皿を受け取る。その時、初めて親父の顔を見た。志乃の表情が、親父を見つめたまま固まる。

 

「……ああああああああっ‼︎」

 

満月の夜に、志乃の叫び声が響いたーー。




次回、たまクエ篇いきます。あっはっは。
迷〜走は続く〜よ〜、ど〜こま〜で〜も〜♪


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たまクエ篇 やっぱりいくつになってもゲームは楽しい
ポリゴンっていうと今時の若者はポケモンをイメージする


はい、来ました!たまクエ篇!

あんまりゲームの知識がない私ですが、頑張りたいと思います。


この日、朝からスナックお登勢に遊びに来ていた志乃は、カウンターでお登勢からジュースを貰っていた。隣に座る銀時が、朝っぱらからあずきをご飯いっぱいにぶっかけている。そのさらに向こうには、新八と神楽が座っていた。

お登勢は、今朝起きた出来事を銀時と志乃に話していた。

 

「あ?たまの様子がおかしい?」

 

「うーん、私の見間違いかもしれないけどさ、顔がなんか一瞬変な風に見えて」

 

「顔が一瞬変?四六時中変なアンタよりマシだろ」

 

「そーだね。四六時中セミの抜け殻みたいな締まりのない顔で、朝っぱらからあずき丼なんてバカげたもん食ってる銀よりマシだよ」

 

志乃はストローでジュースを飲みながら、あずき丼を掻き込む銀時に毒を吐く。

 

「一昔前の格闘ゲームみたいなアレ、何ていうんだっけ」

 

「ポリゴン?」

 

「そうそう、ポリゴンみたいなカクカクした顔になっててさァ、あの娘きっと働きすぎて疲れてんのよ。アンタらちょっと故障してないか見てやってくんないかい」

 

「その前にアンタの頭が故障してないか医者に診てもらった方がいいだろ」

 

「そうだね、じゃあ銀、これから精神科行こっか」

 

「何で俺だァァ‼︎しかも精神科かよ!一人で勝手に行けクソガキ‼︎」

 

ポン、と慰めるように志乃が銀時の肩に手を置く。哀れみを向けられた銀時は唾を飛ばしながらツッコみ、志乃の手を振り払った。

 

「大体どんな壊れ方したら機械(からくり)がポリゴンになんだよ。なんで機械(からくり)が疲れるんだよ」

 

「あたしゃホントに見たんだよ。最近あの娘働きすぎだしさ、心配なんだよ」

 

「目の錯覚だよ。んなアホな話があるワケねーだろ。疲れてんのはアンタの方だ」

 

ガララ、と店の扉が開く。それと同時に、たまがおつかいから帰ってきた。

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりたまさん、おつかいご苦労さ……」

 

「あっ ぎんときさま しのさま おはようございます」

 

志乃は思わず固まった。ポリゴンみたいだと言われてどんなものかと少しワクワクしながら待っていたのだが、帰ってきたたまはポリゴンではなく完全なるドット絵になっていた。

 

「ポリゴンどころかドット絵まで退化してますけどォォ‼︎」

 

『たまはおつかいをおえた けいけんち230をかくとく 300Gをうしなった』

 

「フキダシまでファミコン並みのスペックに落ちてるよ」

 

「ヅラ兄ィが見たら喜びそう。ファミコンは本当にあったんだ!って」

 

「それラピュタの名ゼリフ‼︎こんなくだらない所で使うなァ‼︎」

 

朝からたまのとんでもない異変と志乃の他人事のようなボケに、新八のツッコミが冴え渡る。うん、今日も上々のツッコミだ。

たまがテクテクと歩いて店内に入ってくる。

 

「おとせさま おまたせしました すーぱーがばーげんで こんでいたもので」

 

「しかも前後左右どこに移動してもカニ歩きの初代ドラクエ仕様ですよ‼︎気持ちワリーよ、ラダトームの城の哀しげな曲流れてきそうだよ‼︎」

 

「ハイ おとせさま たのまれていたしなです」

 

『たまはやくそうをてわたした へんじがない ただのしかばねのようだ』

 

「誰が屍だァァ‼︎つーか誰も薬草なんて頼んでねーっつーの‼︎」

 

ドット絵のワカメみたいな薬草を手渡され、屍扱いされたお登勢。あまりの変貌ぶりに、ついにお登勢は突っ伏しておいおいと泣き始めた。

 

「たまさんんんん‼︎何でこんな事にィィ‼︎一体何があったっていうんですかァ‼︎」

 

「ああ、ごめんよたま‼︎私が無理にお前を働かせ続けたばかりに故障しちまったんだね‼︎」

 

志乃は落ち着かせようと泣くお登勢の背中を摩る。神楽も銀時に言った。

 

「銀ちゃん直してあげなヨ!こんなカクカクじゃ危ないネ、刺さるアル。お子様の安全面を考慮しても、丸みを帯びたフォームに直した方がいいアル」

 

銀時は黙ってはいたが、やる気がないのがありありとわかった。

 

「別にいいんじゃね。このままでも前と大して変わらねーだろ」

 

「変わるだろォォ‼︎見てくださいよ、黙っててもその場で足踏みしちゃうんですよ‼︎右足と左足交互に振り下ろす2パターンしか絵柄無いんですよ!」

 

「大丈夫だよ、ローラ姫助けた後は姫を抱きかかえるパターンの絵も加わるから」

 

「ローラ姫なんてこの世界に存在しねーよ!」

 

「見た目はともかく元々これ位使えない奴だったろ、別にいいじゃんこのままで。そもそもお前ら若い世代は、やれCGだやれ3Dモデリングだのに慣れすぎなんだよ。ドット絵位がちょうどいいんだよ」

 

「何の話してんの」

 

話が逸れている銀時に志乃が呆れてツッコむが、構わず続ける。

 

「俺達の時代なんかな、単純な線だけで描かれたダンジョンをそれでもワクワクしながら探索してたもんだ。美麗なCGこそねーが、だからこそ、そこに無限の想像の余地があった」

 

「いやだから何の話してんだっつってんの」

 

「それを最近の奴はダラダラ長ったらしいCGムービー垂れ流しにしやがって。俺達は映画が見たいのか?……違うだろ。ゲームがやりたいんだろがァ!」

 

「知るか。どっからゲームの話にすり替わってんだ」

 

過去のゲームの素晴らしさについて熱く語られても、時代の波には抗えない。

 

志乃はそもそもゲームをしない子供だ。幼い頃からゲームをしている友人は数人いたし、銀時達がゲームをしているのを見ていたことはあったため知識はあるが、実際にやってみると一つわかったことがあった。

志乃は、極度のゲーム音痴だったのだ。RPGもパズルゲームもアクションゲームも一切できない。どれだけ簡単なゲームでも、リモコンを握って僅か1秒で負けてしまうほどのゲーム音痴であった。

以来、志乃はゲームを一切やらず、ひたすら体を使って外で遊び回る元気な子供に育った。それはそれでいい気もするが。

 

ともかく、銀時は未だ過去のゲームの良さを語る。

 

「いいかァ、ゲームはやらされるもんじゃねェ。やる(・・)もんなんだ‼︎CGもムービーもいらねェ‼︎そんなもんに踊らされてっからてめーら想像力が貧困なんだよ。グラフィックはドット‼︎イベントは文字(テキスト)のみで進行‼︎それで充分なんだ‼︎」

 

「もーいいよ黙ってろ。ウィザードリィ世代は村正求めて迷宮奥地を彷徨ってろや」

 

志乃は呆れて立ち上がり、たまの隣をうろちょろした。どこからどう見ても、見事なドット絵だ。

 

「師匠、神楽。あんなバカほっとこう。どーせ直す自信ないんだよ」

 

「そうだね。もう銀さんに頼るのはやめようか」

 

「情けないアル。DVDの配線できない男ぐらい情けないアル」

 

「………………」

 

志乃達に散々に言われた銀時に、たまは薬草を手渡した。

 

「何気ィ使ってんだァ‼︎俺にそれで何の傷を癒せというんだ‼︎」

 

「心の傷じゃね?」

 

「うるせー、てめェあとで覚えとけよ」

 

バカにされたままでは、黙ってられない。銀時は立ち上がった。

 

「オイあんまウィザードリィ世代なめてんじゃねーぞ。直そうと思えばな、こんなもん一瞬で直せんだよ。わかった、お前らがそこまで言うならわかった。俺が直してやるよ」

 

「ホントアルか」

 

「見とけよポリゴン世代。ウィザードリィ世代の力を見せつけてやるよ」

 

すると、突然画面が切り替わる。真っ黒な空間に白い線が入り、奥行きを表しているだけの世界が広がった。画面下には、パーティーメンバー全員(銀時達)の名前とヒットポイントが書かれてある。

 

『くらくしめったへや ゆかにころがるさかびんから かつてここがさかばだったことがそうぞうできた』

 

『ふと へやちゅうおうにめをやると さかびんにまじってひとが……いや こわれたからくりにんぎょうがよこたわっている たすけおこしてしゅうりしますか?』

 

『はい/いいえ』

 

『からくりにんぎょうのしゅうりに せいこうした』

 

「何にも直ってねーだろうがァァ‼︎」

 

全て文字(テキスト)のみで話を進めた銀時に、新八のツッコミと跳び蹴りが入る。そこからさらに口喧嘩に発展した。

まぁこうなるだろうとある程度予測していた志乃は、懐から携帯を取り出してある人物に電話をかけた。

 

「もしもしたっちー?ちょっと、源外のおっちゃんに代わってほしいんだけどーー」

 

********

 

所変わって、源外のからくり堂。銀時達は、そこへドット化したたまを連れてきた。

 

「うーん、こりゃ風邪だな」

 

たまの症状を、源外は風邪と断定した。予想外の答えに、新八が尋ねる。

 

「風邪⁉︎機械(からくり)が風邪ひくってどういうことですか⁉︎」

 

「正確に言えば電脳ウィルスに感染しとる」

 

「電脳ウィルス?」

 

今度は志乃が、源外に問う。

 

「電脳空間を彷徨うデータやプログラムを破壊する不正プログラムよ。大方事務仕事をこなすため、ネットに回路を繋げた際に侵入され感染したんだろう」

 

「じゃあ、その電脳ウィルスのせいでたまさんはプログラムを破壊され、こうして不調を起こしていると?」

 

「じーさん、たま直るヨネ?元に戻るヨネ?」

 

神楽の質問に、源外は腕を組んで難しい顔をした。

 

「……うーん、普通のウィルスなら市販のウィルスバスターで駆除できるが、コイツについてるのはちと厄介な奴でな……」

 

源外の話によると、たまを侵している電脳ウィルスは、"獏"だという。

獏はプログラムに取り憑き、それを喰らうように増殖・肥大化する最新型のウィルス。宿主である機械(からくり)システムの情報を取り込み、自身のプログラムをも書き換えていく。より効率的に増殖できるように、より駆除されないように自身を強化・成長していく。

寄生したばかりの獏ならばまだ対抗策もあるが、長く取り憑き、成長した獏を駆除するのは難しい。

さらに、寄生したシステムが高度であればあるほど、獏はその能力を高める。元々超高度な機械(からくり)であったたまに侵入した時点で相当育ったものだったのだろうが、さらにそこに長く潜伏していた。

今の獏は、誰の手にも追えない、最強最悪のウィルスになっているという。

 

志乃は不安を隠せず、震える声で源外に尋ねた。

 

「源外のおっちゃんでも……もうどうにもならないの?」

 

「……バカ言っちゃいけねェ。俺ァ江戸一番の機械(からくり)技師だぞ。やれねェ事はねェ……。だが、なにせ最新型のウィルスワクチン作るにも時間がかかる。仕事終えた頃にゃ、たまの中身は奴に喰らい尽くされた空っぽの抜け殻。魂の抜けた、ただの人形になっちまうだろうよ」

 

たまが消える。そのショックが、志乃を襲った。

そんな彼女を見やりつつ、源外が再び口を開く。

 

「だが……まだ一つだけ、たまを助ける方法がある」

 

「「「「‼︎」」」」

 

たまを救える方法。それを聞いた途端、反射的に志乃が叫んだ。

 

「その方法って何⁉︎言って、おっちゃん!」

 

「危険な賭けになるぞ……たまにとっても、てめーらにとっても」

 

「…………構わねェ。早く言え」

 

銀時も、源外に方法を言うよう催促する。

源外はゴーグルの奥から、真剣な眼差しで二人の兄妹を見た。

 

「その言葉、たまのために命をかけてもいいととっていいんだな」

 

「…………好きに解釈しやがれ。いいから早く言えってん……」

 

ふと、背後に気配を感じる。銀時と志乃が振り返ると、巨大な槌を両手で振り上げる橘が。

この超常現象的かつ殺人的な展開に、二人はついていけない。

 

「……え、何コレ」

 

「何やってんのお前……ねェ何やって」

 

銀時が言い終わる前に、橘は無言で大槌を力いっぱい振り下ろした。銀時と志乃めがけて下ろされた大槌は床を破壊し、破片と共に大量の赤い飛沫も飛び散る。

衝撃の出来事に新八と神楽は固まっていたが、次には新八はへたり込んでいた。

 

「ぎっ………………ぎぃやぁぁぁぁぁ‼︎」

 

「銀ちゃんんんんん‼︎志乃ちゃんんんんん‼︎」

 

「なっなななな何やってんですかァァァァ橘さんんんんん‼︎こっ……これっ……これ命かけるっていうか……コレもう銀さん志乃ちゃんコレ……コレェェェェ‼︎」

 

取り乱す新八と神楽を無視して、橘は黙って大槌を肩に担ぐ。大槌が打ち据えられた跡には、砂埃が巻き上がっていた。

その中心に、小さな影を見つける。新八と神楽は屈んで顔を近づけ、それが何なのかジッと見つめた。

跡の中心に、超小型化した銀時と志乃が、頭にたんこぶを作って倒れていた。

 

「………………」

 

「え?……何コレ。……誰コレ。ヤダコレ」

 

嫌な予感が迫ってくるのを感じた二人。

彼らを絶望の淵に立たせるように、橘が再び大槌を構えた。

 

「コイツは打出の大槌Z503型。打ち付けた対象物に超電磁波を送り、何やかんやで細胞を縮小し、対象物を小さくする源外さん作超科学兵器」

 

「……え。ウソですよね、違いますよね橘さん。まさかソレ僕らにも……」

 

「歯ァ食い縛れ二人共」

 

「やっ、やめろォォォォ!これ以上罪を重ねるなァァァ‼︎そんな事をして何になるというんだよ‼︎一体何のためにこんなっ」

 

橘が大槌を手に新八と神楽に迫る中、源外は口角を上げた。

 

「…………決まってんだろ。ウィルスを駆逐するんだよ。ウィルスワクチンでもウィルスバスターでもねェ、てめーら一寸法師が。幸運を祈る」

 

源外のからくり堂に、大きな音と悲鳴が響き渡った。

 

********

 

鉄のパイプの空の下、銀時達はオイルの川を下っていた。一寸法師よろしくお椀に乗り、箸で漕いで。

 

「志乃ちゃん、そろそろ交代してくんない?」

 

「何言ってんの、さっき代わったばっかでしょ」

 

「何言ってんのはてめーだ志乃。若いうちの苦労はブックオフで買ってでもしろっていうだろ。中古でもいいんだよ」

 

「ハア、オイルって漕ぐの異様に疲れるアル」

 

たまの口の中に入れられて、オイルを漕ぐことどれ程経ったか。残念ながら、今の彼らにはわからない。

 

「今どの辺アルか」

 

「口から入ったから、多分胃の辺りじゃない?」

 

「つーか機械(からくり)に胃なんてあんの?」

 

「知らないです」

 

「そもそもさ、俺達一体どこに向かってんの……」

 

「知らないです」

 

「知らねーじゃねーだろ‼︎」

 

イライラが溜まっていた銀時は、ついに新八に八つ当たりを始めた。

ああ、うるさくなる。志乃は溜息を吐いて突っ伏す。

 

「どーすんだオイ、イキナリウィルス倒せとか一寸法師にされて機械(からくり)の口に放り込まれてよォ、俺達ウィルスの倒し方もウィルスがどこにいるのかもなーんにも知らねーんだぜ」

 

「僕に当たらないでください。全部源外さんのせいです」

 

新八が責任を全て源外になすりつける。

その間にも、源外から手渡された爪楊枝に銀時は当たる。

 

「こんな爪楊枝一本で何ができんだよ、こんなもん歯に挟まったイカさえ取れやしね……あっ、取れた‼︎意外に使えた、ありがとうジーさん‼︎なんて言うかボケェェ‼︎クソジジイ‼︎死ねっ‼︎イカを喉に詰まらせて死ねっ‼︎イキナリドラえもんみたいな道具出して人を地獄に叩き落としやがってよォ、ここから出たら絶対今度アイツの中に入って爪楊枝素振りしながら尿道から出てきてやるよ‼︎」

 

「ハイハイわかったから。あんたが不安なのは充分わかったから」

 

「愚痴はそこまでにしましょ、たまさん救うにはこれしか方法ないんですから。どっちみちやるしかないんですよ」

 

「そうネ、虎穴に入らずんば虎子を得ずアル」

 

子供が三人がかりで大人を宥める。オイルの川の先に、ようやく陸が見えてきた。

 

「ここってどの辺だろ」

 

「口から入って胃を通ってきたから、小腸の入り口の辺りじゃない?」

 

「つーか機械(からくり)に小腸なんてあんの?」

 

「知らないです」

 

兎にも角にも、陸を見つけた四人は、そこへ上陸する。陸のすぐそこにはトンネルがあった。しかし、現在地も何もわからない状態で動くのはあまりにも危険だった。

 

「んー、どっかに人いないかな……?」

 

「バカ、こんな所に人なんているわけ……」

 

チャプ、と水音が聞こえる。

四人がその先を見ると、全身白タイツの人間が、尻に矢が刺さったまま倒れていた。

 

「いたァァァァァァァァ‼︎人いたァァァァァァ‼︎なんでェェェェェ⁉︎なんでたまさんの体内に人がいるんだよ‼︎つーかなんで全身タイツ履いてんだよ‼︎」

 

「おおっ、これこそまさに地獄に仏。よし、あの人に色々聞いてみよう」

 

「ちょっと待って志乃ちゃん!危ないよ!」

 

志乃は新八の忠告も無視して、白タイツの横にしゃがみ込む。

 

「すみません、ちょっとお伺いしたい事がありまして。あの……こちらにお住まいの方ですか?私ら初めてここに来たんですけど、勝手がわからなくて」

 

しかし、白タイツは一切反応を見せない。志乃は思い切って、ゆさゆさと体を揺すってみる。

 

「あの、すいませーん。……ケツに矢刺さってますけど、大丈夫ですか」

 

「ああ、旅の人よ」

 

「ぬをっ⁉︎」

 

突然、ぐるりと首をまわして白タイツは志乃を見上げた。志乃は思わず、ビクリと慄く。

 

「今際の際に再び人に会えるとは、運がいい」

 

「今際の際ってケツに矢刺さってるだけですけど」

 

「どうか死にゆく私の最期の頼み、聞いてもらいたい」

 

「ねェ聞いてる?ケツに矢刺さってるだけだってば」

 

「我が王に言伝を頼みたいのだ」

 

志乃の言葉に一切耳を貸さない白タイツ。対する志乃は弱冠イラついてきた。

それでも構わず、白タイツは語り続ける。

 

「残念ながらウィルス軍を前に我等白血球軍は壊滅。じきこの世界は奴等『獏』の手に落ちるでしょう。願わくば王だけでもここからお逃げいただきたい。そして……古くから伝わる伝説の異界の戦士、一寸法師をお探しください……と」

 

そう言い残して、白タイツはガクリと倒れた。




志乃に新たな属性が追加されました。

『ゲーム音痴』


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人の身体は神秘の世界

「ようこそ白血球国へ。ここから北に進むと白血球城、東に行くとビフィズス菌村、南に行くと大腸菌の町があるぞ。だが、西の毛細血管の洞窟には近づくな。ウィルスの巣窟だ。お前達のレベルではあっという間に全滅だぞ」

 

「白血球国」と書かれた看板が掲げられたその下にやってきた銀時達。門番をしている白タイツが町の概要を説明してくれた。

商店街のように伸びる街並み。その一番奥に、確かに白血球城が見えた。そして、その町を歩くのはどこを見ても全身白タイツ。ツッコミ担当新八が、ついに黙っていられなくなった。

 

「何コレェェェェェェ⁉︎何でたまさんの中に全身タイツの人間がウロウロしてんですかァァ⁉︎何でたまさんの中に全身タイツの国があるんですかァァ⁉︎なんで武器屋があるの‼︎なんで宿屋があるの‼︎なんでRPG風なの⁉︎」

 

「んだよ、たま(せかい)の危機だっつーのに随分のんびりしてやがるな。こいつらこれからクエストにでも行くのか?」

 

志乃も警戒心MAXで、辺りを見渡す。どこもかしこも白タイツだらけ。なんだこの変態集団は。

 

「ご安心ください。彼等は私の手の者です。案内します。私についてきてもらえますか」

 

「えっ……たまさん⁉︎」

 

突如、声が聞こえたと思ったら、そこにはドット絵のたまが歩いてきていた。喋り方は、あのオールひらがなから戻っている。新八も驚きのまま叫ぶ。

 

「何ィィィィ⁉︎たまさんの中にたまさんまで出てきたよ‼︎」

 

「遅れて申し訳ありません。まだ無傷のシステム領域から即席で分身(コピー)を作ってきました。私も皆さんのサポートに回ります」

 

「サポートって、大丈夫なんですかたまさんの身体の方は」

 

「問題ありません。私のために皆さんが戦ってくれている時におめおめ寝てはいられませんので」

 

歩き出したたまに続いて、志乃がついていく。後に続いて、銀時達も歩き出した。町を進みながら、たまが説明する。

 

「まだ生き残ってるシステムも、これより全て皆さんのサポートに回ります」

 

「まさか、この変態共が?」

 

「そうです。彼等は私の身体に元々備わっていたセキュリティ。対ウィルスプログラム"白血球"です」

 

「セキュリティ⁉︎この全身タイツが⁉︎」

 

志乃はたまの説明を聞きながら、信じられないような表情で白タイツを見た。体内の平和を守ってくれている勇者だというのに、もっといい服装は無かったのだろうか。

 

「彼等は私の体内に侵入したウィルスを駆除するのが役目。こうして私の体内に巣を作り、私を護ってくれているのです」

 

「……護ってくれてるって、ホントにこれ護ってるんですか。ドラクエごっこやってる風にしか見えないんですけど」

 

「同感」

 

新八の疑問に、志乃も乗る。たまが二人に言った。

 

「問題ありません。彼等のプログラムは皆さんがこの世界を救いに来た勇者であると認識するよう書き換えておきました。皆惜しみなくウィルス退治を手伝ってくれるはずです。まずは白血球王に会い、協力を頼みましょう。彼の協力なしでは獏を倒すことは不可能です」

 

よくよく考えてみると、白血球国に来る前、倒れた白タイツ改め白血球に言伝を頼まれていた。それを伝えるためにも、四人はたまの案内で白血球城へ向かった。

 

********

 

王の間に通された四人は、白血球王に謁見していた。玉座に座る白血球王は、国王の特徴である、髭にメタボ体型という条件を満たしていた。

代表して新八が、王に言伝を伝える。

 

「おお、なんということか。我が白血球軍がウィルス軍に敗北したと申すか」

 

「はい、傷ついた兵士の最期の伝言です。できればウィルスの魔の手がこの国に迫る前に、王様も逃げてほしいと」

 

「おお、この国のために戦い傷ついた白血球達を残し、何故そのようなことができようか」

 

さっきから「おお、おお」ってうるせーなこのジジイ。感嘆使いすぎなんだよ、言葉が妙に古いから中二病感MAXだよコノヤロー。

志乃は初対面の王様に対して、堂々と心の中で毒を吐く。そんな彼女の心境などもちろん知らず、白血球王は続けた。

 

「旅の人よ、この国には古くからこんな言い伝えがあるのだ。この地に大いなる災い降りかかりし時、異界より爪楊枝を携えし勇者が現れこの地を救わん。もしやと思うがそなた達は……いや、何も言うまい。滅亡を待つだけの国がために共に戦おうなどと誰が言えようか」

 

「言えようかってもうとっくに口にしてるアル。あのオッさんタイツから何から何まで白々しいネ」

 

「オイまどろっこしーんだよスペ○マジジイ」

 

「前置きはいいからさっさと敗残兵全部よこしな。あと宝物庫の宝も全て軍資金として献上しろ」

 

「勇者どころかまるで盗賊なんですけどこの人達」

 

王を前に堂々と不信感と強奪意欲を見せつける神楽、銀時、志乃。

しかし、白血球王にはその気持ちは伝わらない。

 

「なんと、共に戦ってくれると申すか。やはり我が目に狂いはなかった。そなた達こそ伝説の勇者一寸法師」

 

「うざいんだけどお前。何がやはりだよ、ハナからわかってたろ。うさんくせーんだよ変態」

 

「志乃ちゃん言い過ぎ」

 

「しかし、我が国は戦で疲弊し、軍を貸す余裕はない」

 

「そこの衛兵二人とお前がいるだろが。来い、馬車馬のようにこき使ってやる」

 

「ちょっとやめてください銀さん」

 

「せめてもの旅の助けに、わが白血球国最強の兵士を一人だけ供に授けよう」

 

「え?ホントですか‼︎」

 

なんと、ここで白血球王がサービス。そして、その最強の兵士と呼ばれる二人が現れた。

 

「白血球の双竜(ダブルドラゴン)と恐れられる二強。戦士ボルテガ、武闘家デスピガロ。どちらでも好きな方を連れていくがよい」

 

しかし、現れたのはよぼよぼの老婆とぷるぷる震えてる子犬だった。新八が盛大なツッコミを入れる。

 

「どっちもいらないんですけどォォ‼︎オイぃぃぃぃぃぃ‼︎コレのどこが双竜なんだよ‼︎どこが最強なんだよ‼︎なんでボルテガの後ろで王子らしき人物が泣いてんだよ。お前コレ完全に王子が拾ってきた犬捨てようとしてんだろが‼︎」

 

「ボルテガは嫌か。じゃあお母さっ……デスピガロの方を連れていくがいい」

 

「お母さん⁉︎今お母さんって言いかけたよ‼︎デスピガロをお母さんって言ったよ‼︎」

 

「オイとんでもねーよこのオッさん、お母さんの面倒見るの嫌で勇者パーティーに身売りしようとしやがったよ」

 

「最低‼︎お前母親を何だと思ってんだ‼︎」

 

「とんでもない奴ネ!ウィルスよりタチが悪いアル。まずコイツから駆除した方がイイネ」

 

「待って待って待って‼︎違う違う‼︎そーいうんじゃない‼︎全然誤解‼︎全く誤解‼︎」

 

銀時、志乃、神楽がかの邪智暴虐な白血球王に詰め寄る。白血球王は必死に弁明しようとした。

 

「いやマジ勘弁してくださいよ〜旦那。たまに学校の先生とか『お母さん』って間違って呼んじゃう時あるっしょ?アレっス‼︎いやマジで」

 

「何コイツ、もう王様じゃねーよその辺のチンピラだよ」

 

「確かに最近嫁とお母さんの世話のことで喧嘩しましたよ、確かに最近たけしが汚ェ雑種犬拾ってきて喧嘩しましたよ。でもそれとこれとは全然違う……」

 

「違わねーだろ思いっきりリンクしてるだろーが‼︎お前コレ完全に厄介払いしようとしてんだろが‼︎」

 

志乃が最低な王様の胸倉を掴み、ゆさゆさ揺らす。それでもなお、王様は説明をした。

 

「いやいや違うんです。この二人ね、今でこそこんな姿になっていますが、実はウィルスに呪いをかけられてこんな姿に変えられてしまったんですよ。真実を写し出すという『パーの鏡』さえ探し出せば、元の姿に戻って即戦力になります。即使えます。是非お試しアレ」

 

「なにがパーの鏡だ。パーなのはお前だろ」

 

しかし、銀時に一蹴される。

 

「いやマジっスて。ああ、パーの鏡さえあればな〜、見せてあげられるのにな〜」

 

「ありますよ。パーの鏡ならここに」

 

今まで黙っていたたまの手に、いつの間にかパーの鏡があった。

たまは早速パーの鏡を使い、真実を写し出す。鏡から光が放たれると、王様に変化が起こった。

 

「こっ……これはっ……」

 

「おっ……王様が、王様がァァァァ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乳輪……超デケー」

 

「どーでもいい‼︎死ぬ程‼︎」

 

パーの鏡で照らされたのは、王様のどうでもいい真実だった。銀時は手早くすぐ近くにいた志乃の目を、神楽は志乃の耳を塞ぐ。

 

「ねー銀、何がわかったの?全然見えないし聞こえないんだけど」

 

「あー、お前は見なくていいんだ。何も見なくていいんだ」

 

「駄目ネ、これ以上聞いたら志乃ちゃんが汚れるネ」

 

他人のこんな姿を見せるのは、志乃の教育上よろしくないと判断した銀時達の行動だった。

すると、白血球王の乳輪がどんどん大きくなり、タイツの色を黒く塗り潰していった。王冠の文字も、白から獏に変わる。

もう大丈夫だろうと判断した銀時と神楽は、志乃を解放した。

 

「……ククク、なかなかやるではないか。まさか……この獏の擬態を見破るとはな、ガハハハハ!」

 

ようやく解放された志乃がいの一番に見た光景が、獏との初コンタクト。志乃は先程の光景と解放された後のそれと比べて、思わずツッコんだ。

 

「全身タイツに変わりねーのかよ‼︎白から黒に着替えただけじゃね⁉︎ちょっと待てよ、まさかこれが獏⁉︎ただの全身タイツ履いたオッさんじゃねーか‼︎」

 

「んな事言ってる場合じゃないよ‼︎白血球国の王が既にウィルスにやられているという事はつまり……」

 

新八の声を聞いた志乃は、ハッと衛兵達を見る。彼らも白から黒へとタイツが変色していた。

 

「ククク、その通り。助けを求めこの国に足を運んだようだが一足遅かったな」

 

さらに、王宮のバルコニーからも黒タイツがよじ登ってきて、銀時達に迫る。武器を携えた獏の集団に、志乃達は完全に囲まれてしまった。

 

「チッ!」

 

「ちょっと、どうすれば……」

 

「爪楊枝を‼︎皆さん、爪楊枝を使ってください‼︎」

 

背中合わせで固まった四人に、たまが叫んだ。すると、腰に挿していた爪楊枝が伸び、柄が現れる。

 

「その爪楊枝は、源外様が誂えた特別製。情報を食らう獏の特性を利用し、逆に獏に大量の情報を高速で送り込むのです。それも、食中毒を引き起こすような腐った情報(たべもの)を」

 

「は⁉︎そんなモン食わせて何になるってんの⁉︎」

 

頭の回転が遅い志乃は、あまりよく理解できなかった。しかし、敵がすぐそこまで迫っている。

こうなったらもうどうにでもなれ!

志乃は爪楊枝を抜き、周囲を囲んできた獏達を前に、居合い斬りのように構える。

 

「毒を食らい、引きつけを起こした胃袋にさらに直接毒を注ぎ続ければ、彼等の胃袋は情報を消化する前に…………」

 

ギリギリまで引きつけて、一気に薙ぎ払う。情報を流し込まれた獏は、一瞬のうちに膨らみーー

 

破裂(パンク)します」

 

要するに、これなら獏を狩れる。

確信した志乃は、グッと膝を曲げて、獏の大群に単身突っ込んだ。次から次へと、敵を薙ぎ払っていく。

 

「バカ、一人であんまり突っ走るな‼︎」

 

「ダメだ志乃ちゃん、敵が多すぎる‼︎ここは一旦退こう!」

 

「早く!こっちアル!」

 

銀時達が、敵に突っ込んだ志乃を呼ぶ。それを聞きとめ、獏の一人に爪楊枝を突き刺し、破裂させた。最後に一度爪楊枝を大きく振り回し、その場を離れようと銀時達の元へ走る。

しかし。

 

「逃がすかァ‼︎」

 

「‼︎」

 

倒れていた獏に、足首を掴まれた。その上、上空から王が飛び降りてきて、志乃の上にダイブする。

 

「がっ‼︎」

 

「志乃ッ‼︎」

 

メタボ体型の王に細い体の少女が太刀打ちできるはずもなく、志乃の体は床に強く押し付けられた。圧迫感で、息が苦しい。

 

「ぐ……く、ぅ……」

 

志乃は爪楊枝を逆手に持ち替えて、王に突き刺そうとする。しかし、王に手を踏みつけられる。

 

「ぅがっ‼︎」

 

「志乃ちゃん‼︎」

 

「フハハハハ‼︎愚かな小娘よ。死ねェェェェ‼︎」

 

王が部下から槍を手に取って、志乃の首に向けて突こうとした。その瞬間。

 

 

ガブッ‼︎

 

 

「‼︎」

 

「ぇ⁉︎」

 

ボルテガが、王の首に噛み付いたのだ。

 

「貴様は、何を‼︎」

 

王がボルテガに注意を引きつけられているうちに、志乃は反撃に出た。

ボルテガと同じく志乃も王のふくらはぎにガブリと噛み付いた。さらに王の足にしがみつき、身動きを取れなくする。

その時、眩しい光が王とボルテガに向けて放たれた。たまの持つ、パーの鏡だ。

 

「パーの鏡よ、真実を照らし出せ。我を護りし比類なき勇者に再び剣を」

 

王がパーの鏡の眩しさに、目を伏せる。志乃は王の腹に一撃をお見舞いし、渾身の力で王を殴り飛ばした。その際、ボルテガは王から離れた。

しかし、パーの鏡の効果で、真実が現れる。犬であるボルテガが、人の形に変わっていったのだ。

ようやく王から逃げ出した志乃も、驚きを隠せない。

 

「何、あれ……人……?」

 

「人ではありません」

 

たまの声が聞こえた瞬間、光の衝撃波が辺り一面に襲いかかった。それは、ボルテガから放たれたものだった。すぐ近くにいた志乃は爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた。

衝撃波と共に、獏達が次々と消滅していく。目もあまり開けられない状態で、それだけが見えた。

と、次には体がガシッと固定される。薄っすらと見える視界の中で、映ったのは白だった。

 

爆発が収まり、砂埃が舞う。銀時は爆発の中心にいた志乃を案じ、駆け出した。

 

「志乃‼︎志乃ォォ‼︎」

 

「待ってください銀さん!この状況じゃ、何も……」

 

「放せお前らっ‼︎」

 

「落ち着くアル‼︎志乃ちゃん強いネ、きっと大丈夫アル」

 

志乃を探そうとする銀時を、新八と神楽が抱きついて止める。

爆発によって破壊された床の中心に、人影が現れた。たまがその人影から目を離さず、口を開く。

 

「あれこそが、数多のウィルスを討ち滅ぼし、私の体内の平和を護り続けてきた、最強のセキュリティプログラム」

 

砂埃が風に流され、その姿を現す。

真っ白な勇者服に身を纏った白髪天然パーマの男が、両腕に気を失った志乃を抱きかかえていた。

 

「正真正銘本物の、白血球王です」

 

その顔に、銀時、新八、神楽は驚き固まった。

 

「……ん」

 

その時、意識を取り戻した志乃が、ゆっくりと瞼を開ける。ぼんやりした視界に、見覚えのある横顔が映った。

 

「…………銀……?」

 

視界がクリアになると、志乃は目を見開いた。彼女に気づいた白血球王が、呆れながらも優しい目で志乃を見る。

 

「気がついたか。まったく、あんな多勢に一人で勝てると?無茶をする」

 

志乃は驚く他なかった。

見覚えのある顔なのだ。自分の大好きな兄の顔なのだ。

それが、勇者コスプレをして、挙句には自分をお姫様抱っこしてーー。

 

「…………ぎぃゃああああああああああああ‼︎」

 

自分の置かれている状況にようやく気づいた志乃は、恥ずかしさに叫んだ。

 

********

 

王宮から逃げ出した銀時達は、白血球王と共に街に隠れた。どうやら白血球王は、この時のためにたまによって姿を犬に変えられていたらしいのだ。

追っ手が走っていくのを確認した白血球王が、たまを振り返る。

 

「たま様、いずれここも気づかれましょう。スグに移動しましょう」

 

「ちょっと待てオイ」

 

志乃が、白血球王のマントを小さく掴み、引っ張る。

 

「何だ?」

 

「何だじゃねーよ‼︎お前いつまで私に地を踏ませないつもりだァ‼︎」

 

そう。志乃は未だに、白血球王にお姫様抱っこされたままなのだ。

恥ずかしさがピークに達しているのに関わらず、追い打ちのようにそれが延々と続いている。しかも白血球王は容姿が銀時と瓜二つであるため、銀時にされているようで余計恥ずかしかった。志乃はもう耳まで真っ赤だ。

しかし、当の白血球王はどこ吹く風である。

 

「俺はもうしばらくこのままがいい。不思議だな、貴様とは初めて会ったのに、何故か長年付き添ってくれた可愛い妹のように感じる」

 

「そりゃそーだろうな、だってアンタそっくりだもん‼︎私の兄貴とそっくりだもん‼︎だから余計嫌なんだよ‼︎察せバカ‼︎」

 

「オイ志乃ちゃん何?それって俺のこと嫌ってことかー?」

 

銀時が志乃の発言に突っかかるが、志乃は一切銀時に目をやらず、ジタバタと白血球王の腕の中で暴れる。

 

「わかったから、とにかく下ろしてよ!」

 

「そう怒るな。可愛い」

 

「うっせーバカ‼︎死ね‼︎」

 

暴言を浴びながらも、白血球王は渋々志乃を下ろした。ようやく解放された志乃は、右手で顔を覆って、盛大な溜息を吐いた。

その時、突如白血球王が銀時の頭を掴み、民家らしき建物の壁に押し付ける。壁にはヒビが入っていた。

 

「さっきから何なんだ貴様は。雑菌だらけの顔をたま様と妹に近づけるな、殺菌されたいのか」

 

「オイ誰がテメーの妹だって?お前から殺菌してやろうか、あん?」

 

「やめて志乃ちゃん」

 

妹発言にイラついた志乃が、爪楊枝に手をかける。そこを、新八に止められていた。

 

「いや、ゴメーン。スッゴイいい男がいるな〜と思って見惚れちゃって〜。っなワケねーだろォォォ!俺ァモシャスかけられた覚えはねーぞォォォ‼︎」

 

今度は銀時が、白血球王の頭を掴んで壁に押し付ける。ヒビ割れは先程よりひどくなった。

 

「人様の顔ブラ下げて恥ずかしいコスプレしやがってよ、ロト気どりか⁉︎あんコラ。世の中にはな、IIIがドラクエ最高傑作なんていう声も多いが俺ァそんなもん認めねェ‼︎なんでターバン巻いてこなかった‼︎なんでビアンカ連れて来なかった‼︎つってもビアンカは俺の嫁だけどね!絶対お前なんかに嫁にやらないけどね‼︎ザマーミロ‼︎」

 

「何に怒ってんだよお前は」

 

呆れたように、ツッコミを入れる。新八と神楽も、白血球王の容姿に未だ戸惑いを覚えていた。志乃がたまに問う。

 

「たまさん、何なのアレ。なんでアイツ、銀と同じ顔を……」

 

「……私の中にあるシステムは全て、私の記憶回路、思考パターン、あらゆるデータの影響を受けます。あの姿は、私のイメージが反映された結果だと思われます」

 

「つまり?」

 

「あらゆるウィルスと戦うセキュリティプログラム白血球は、何より強い存在でなくてはなりません。アレが、私の導き出した答えなのでしょう。最強の二人が揃いました。もう恐れるものはありません」

 

「……えー、何?要するに、私は銀より劣ってるってこと?」

 

「ちょっと待って、何でそんな答えに行き着くの」

 

先程の話によれば、たまの中で一番強い存在といえば銀時である、ということになる。別にたまが誰かの印象を何と思おうと志乃には関係ないが、何故だか敗北感が否めなかった。

 

「…………なんか負けた気がする」

 

「志乃ちゃん何と戦ってたわけ?銀さんと戦ってたの?」

 

「いや、戦ってないけどなんかあんなバカに負けたと思うとムカつく」

 

「オイ志乃、お前最近俺への当たり強くね?何?反抗期?」

 

志乃からの扱いが雑になってきていることに、銀時は弱冠涙ぐんだのは、別の話。



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パーティーに勇者は二人もいらない

たまのメインシステムに辿り着いた銀時達は、それより少し遠くの崖からメインシステムの城を見ていた。

あの城は既に獏に侵食され、そこには獏達を生み出し続ける獏大魔王が君臨しているという。それを倒せば、たまの体内に平和が訪れるのだ。

問題がシンプルになって嬉しい限りだが、敵の本拠地であるがゆえ、獏大魔王の生み出した最新型のウィルスがうようよいる。

 

「以前のように容易くは倒せません、作戦を練っていかねば……」

 

「オイオイ勘弁してくれよ」

 

たまが作戦を立てようと提案するが、それをバッサリ切るめんどくさがりが我らがパーティーにはいた。銀時である。

 

「ここまで来てまどろっこしーんだよ。最新型っつったって、どうせたま(コイツ)のドラクエ脳を食って進化したドラクエごっこしかできねェバカどもだろ。コイツと同じで」

 

さらりと白血球王をバカにした銀時は、さっさと崖の上を歩いて敵地に進む。

 

「作戦なんていらねーよ、こんな奴等相手に。ガンガンいこうぜ」

 

「待てい‼︎」

 

「ゔっ‼︎」

 

しかし、白血球王に顎を殴られ止められる。

 

「魔王の根城を前に『ガンガンいこうぜ』など愚策中の愚策中‼︎」

 

白血球王は銀時を殴った手を、ハンカチで丁寧に拭いていた。どうやら完全に雑菌扱いらしい。

 

「貴様のような奴が率いるパーティーが、魔王に辿り着く前にMPを使い切り、魔王に何もできずに長ったらしい復活の呪文をメモるハメになるんだ。貴様の指示で動いていたらパーティーは全滅だ。たま様を救う勇者はこの俺、遊び人はルイーダの酒場で飲んだくれているがいい」

 

「誰が遊び人だコラ‼︎確かに俺は遊び人かもしれない、だが俺とビアンカの息子は天空の勇者になるからね⁉︎ただの遊び人じゃないからね‼︎天空の遊び人だからね‼︎」

 

「要するにそれただの遊び人だろ」

 

「魔王に辿り着くまでは無駄な戦闘は避け、体力を温存した方がいい。回復も薬草でなんとかしのごう。作戦は『じゅもんつかうな』で」

 

「いや、ハナから僕ら呪文なんて使えないんですけど」

 

志乃が銀時に、新八が白血球王にツッコミを送る。銀時はさらに白血球王に突っかかった。

 

「そんな消極的な策で魔王に勝てるワケねーだろ、バカかオメーは。オメーみてーなケチなパーティーが薬草持ちすぎで宝箱もロクに開けれず、魔王に辿り着く前にMP満タンのまま全滅すんだよ。だからここは『クリフト以外ガンガンいこうぜ』でいこう」

 

「聞いた事ねーけどそんな作戦‼︎クリフトって誰よ‼︎」

 

「クリフトはほっとくと魔王にまでザラキかける新八的ポジションだ。黙ってた方がイイ」

 

「役立たずって言ってんのそれ‼︎」

 

「クリフトも使いこなせないとは笑止、やはり貴様にパーティーを率いる資格はない‼︎」

 

「黙っとけよ、てめーもクリフトとブライとトルネコと一緒に馬車で暮らしてーのか?ベストメンバーの陰口だけが生き甲斐の暗い生活を送りてーのか⁉︎」

 

またもや口喧嘩に発展した二人。新八と神楽と志乃は、遠目から呆れる。

 

「また始まっちゃったよ。ダメだあの二人」

 

「志乃ちゃん、なんとかしてヨ」

 

「え、私?」

 

神楽に突然助けを求められ、志乃は自分を指さした。

 

「あのシスコンコンビ黙らせれるのは妹の志乃ちゃんだけアル、お願いネ」

 

「いや、銀は確かに兄貴だけど白血球王(あいつ)は違うからね?」

 

一応訂正を入れた志乃は、めんどくさがりつつも、二人の仲裁に入る。

 

「ハイハイ喧嘩はもうやめな。鬱陶しいから」

 

「志乃‼︎お前はお兄ちゃんの味方だよな、やっぱり作戦は『ガンガンいこうぜ』だよな!」

 

「何を言う‼︎我が妹よ、あんな雑菌男の言う事など聞く必要もない。やはり『いのちをだいじに』でいくべきだ‼︎奴の作戦はパーティーを破滅に導くだけだ!」

 

「あー、ハイハイわかったから」

 

ずいっと迫ってくる二人を押し戻して、取り敢えず二人を宥めようとする。

 

「じゃあ、二人の折衷案でいこう。『クリフト以外いのちをだいじに』で」

 

「クリフト死ねってか‼︎それ僕に言ってんの⁉︎そんなに僕は役に立たない⁉︎」

 

この二人を静めるには、矛先をお互いではなく他人に向けることが重要だ。ということで、今回新八に犠牲になってもらった。ごめんね師匠。

銀時と白血球王も、これには納得してくれた。

 

「仕方ねーな。じゃあそれでいこう。『クリフトにガンガンいこうぜ』で」

 

「なんでクリフトにガンガンいくんだよ‼︎最早クリフトに攻撃してんでしょーが‼︎」

 

「仕方あるまい。『クリフトつかうな』で手を打とう」

 

「オメーも結局クリフト邪魔なんかい‼︎」

 

この二人に任せていたらダメだと判断したらしい。神楽が一人、崖から飛び降りた。

 

「バカ勇者どもに任せてたら埒があかないアル。私が奴等を引きつけるネ、その間にお前達は城に向かうアル」

 

「えっ?」

 

志乃が振り返った時には、神楽はもう獏達から逃げていた。

 

「神楽ァァァァ‼︎」

 

「あの娘が一番の勇者だよ‼︎メチャメチャ男前なんですけど‼︎どっかの誰かさん達より全然カッコいいんですけど‼︎」

 

囮役を買って出た神楽のおかげで、崖下の警備が甘くなる。その隙を見た銀時が、真っ先に飛び降りた。

 

「待てェいい‼︎」

 

次の瞬間、白血球王が降りてきて、銀時の頭を踏みつけ着地する。

 

「先陣は勇者の指定席‼︎たま様を救う勇者はこの俺だァァ‼︎」

 

今度は銀時が駆け出した白血球王の足首を掴んで、引っ張り倒させる。

 

「何しやがんだこのコスプレ勇者がァ‼︎てめーみてーなイカレポンチに率いられてたらパーティーは全滅だ、この俺が……」

 

その隙に銀時が走り出したが、またしても白血球王が今度はスライディングをしかけ、銀時を転ばせる。そしてお互い掴み合って、ゴロゴロと転げ回った。

 

「遊び人はアッサラームでぱふぱふに勤しんでろと言ってるんだ、このパーティーのリーダーはこの俺だ‼︎」

 

「ふざけんな、ロトの勇者は引っ込んでろ!これからは天空の勇者の時代なんだよ‼︎」

 

「ちょっとォォォ何やってんですかァ二人ともォォ‼︎んな事やってる場合ですかァ‼︎」

 

ギャーギャーと喧嘩し合う二人。敵地だというのにこの緊張感のなさは一体何なのか。

 

「なんだよあの二人、全く同じ顔してるのに全く合わないよ‼︎たまさん、ホントに白血球王(あのひと)銀さんがモデルなんですか⁉︎相性最悪ですよ、最強のコンビどころか最悪のコンビですよ‼︎あの人ら‼︎」

 

「ケーキとラーメンが美味しいからといって、二つを合わせてケーキラーメンを作ってもかえってお互いの味を殺し合い、大変不味い料理が出来上がってしまう。私は大変な計算ミスをしてしまったのかもしれません」

 

「何その頭悪い計算⁉︎アンタそんな浅はかな計算で二人を会わせたんですかァ⁉︎」

 

そんなことをしているうちに、どんどん敵が攻め込んでくる。それにも構わず、白血球王と銀時は喧嘩を続けていた。

 

「おのれはァァァァ雑菌だらけの手で俺に気安く…触るなァァァァァァ!」

 

その時、ついに白血球王が剣に手をかけて、光属性の必殺技を放った。なんで属性がついてるって?知らないです。

周りにいた獏もまとめて消し去った大技を銀時はまともに浴びたが、なんとか立ち上がる。

 

「ククク、その程度か勇者様の実力は。こんなモンじゃカンダタはおろかスライムにも勝てやしねぇ。今度は、俺の番だ。食らいやがれェェェェ!」

 

仕返しに、銀時が闇属性の必殺技を放った。なんで属性がついてるって?知らないです。

これまた周りの獏を消滅させる大技だったが、白血球王はなんとか無事であった。

 

「フッ、貴様こそこの程度か。こんなモノじゃスライムはおろか朝お母さんが起こしに来たら既にただの屍だ」

 

さらに二人の喧嘩は発展し、お互いに必殺技を出し合う。攻撃はどれも周りの獏達を巻き込んだ大規模なものだが、言わずもがなその被害は志乃達にも降りかかる。

 

「ギイャアアアアア⁉︎」

 

「何やってんだァァあいつらァァもうメチャクチャだァ‼︎」

 

「いえ、見てください。二人の喧嘩に巻き込まれ、ウィルス軍が次々に消滅していきます。やはり私の計算は間違っていませんでした。あの二人こそ最強の……」

 

たまが勝利を確信した次の瞬間、銀時と白血球王の攻撃が混ざり合った。そして眩しい光を放ち、超爆発を引き起こした。

 

********

 

一部瓦礫の山と化した魔王の城に入り、最深部の魔王目指して歩く。

 

「なーにが最強の二人だよ。明らかにこいつら……まぜるな危険じゃねーか」

 

志乃は呆れて、後ろに続く銀時と白血球王を振り返る。二人は既にボロボロで、自身の得物を杖代わりにして辛うじて歩いていた。

志乃の言葉に上乗せする形で、神楽も言う。

 

「会わせたのが間違いだったアル。ドッペルゲンガーは出会ったら死ぬって言うアルからな。このままじゃ私達も道連れネ」

 

「しかし、おかげでウィルス軍に多大なダメージを与え、城内に侵入することもできました。ほぼ私の計算通りです」

 

「嘘吐けェ‼︎魔王を前にHPMP1桁みたいなモンですよ、画面真っ赤ですよどーすんですかコレ‼︎」

 

呑気に進むたまに、新八がツッコミを入れる。白血球王も口を開いた。

 

「心配するな。最近の魔王(ラスボス)はな、決戦を前に、『全力で来るがいい……ジワジワと嬲り殺してくれる』などと言い、HPMPを全回復してくれる者も多い。そこに賭けよう」

 

「何で勇者がラスボスに依存してんだコラァ‼︎」

 

ようやく普通に歩き出した白血球王に、志乃は背中を叩いて叫んだ。新八も銀時と白血球王を窘める。

 

「言っとくけどこれはゲームじゃないんですよ。セーブデータも復活の呪文もないんです。死んだら一巻の終わりなんです。頼むからもう喧嘩しないでくださいよ、仲間同士で命削り合ってる場合じゃないんですから」

 

「フン、そんなに命が惜しいか。ならばさっさと帰れ。最初から言ってるはずだ。俺一人で充分だと」

 

相変わらず一人でやろうとする白血球王。その態度に苛立ち、志乃は彼を咎めようとした。しかし、彼女より先に神楽が出る。

 

「お前、なんでそんなにツンケンツンケンするアルか。銀ちゃんとお前……いや私達は、分身みたいなモノアル。見た目だけじゃない、たまを内側と外側で護ってきた同じ仲間ネ。なのになんで協力しようとしないアルか、たまが壊れてもいいアルか」

 

それでも白血球王は神楽達の思いを突っぱねた。

 

「だから帰れと言っているんだ。確かに貴様らはたま様を救うために体内(ここ)にやってきた、確かにたま様を大切に思っているのだろう。だがそんな貴様らだからこそ……機械(からくり)のためにそこまでできる貴様らだからこそ、他にもあるはずだ。護るものが、外にももっとたくさんあるはずだ」

 

白血球王は語りながら一人先に進み、曲がり角の先に宝箱を見つけた。

 

「俺は違う。俺はたま様と妹を護るためだけに創られた。俺の生きる目的はたま様と妹を護ることだけだ。たま様と妹以外どうなろうと知ったことじゃない」

 

「オイ待て何で私が入るんだよ。オイ聞いてんのかオイ」

 

「たま様と妹以外のものに何も興味はありはしな……」

 

見つけた宝箱に手を出すと、宝箱に目と口が現れ、白血球王の腕にガブリと噛みついた。

 

「ぐあ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

「たま様と妹以外に興味あったァァァァ‼︎」

 

「何欲出して安いブービートラップに引っかかってるアルかァ‼︎」

 

見ての通り、白血球王は見事ブービートラップに騙された。おかげで元々少なかったHPが、さらに削られる。血が吹き出るそれでも白血球王は見栄を張った。

 

「わ……わかっただろう。たま様と妹を護るのは俺一人で充分なんだ」

 

「全然充分じゃないんですけど、頼りなくて仕方ないんですけど‼︎」

 

「貴様らとは覚悟も潜ってきた修羅場の数も違うんだ」

 

「そりゃ修羅場だらけだよね、こんな安い罠に引っかかってたら命いくつあっても足りないよね」

 

「わかったらさっさと帰れェェェ‼︎」

 

「いや、じゃ放してください!思いっきり人の事掴んでるんですけど」

 

(コレ)をなんとかしたらさっさと帰れェェ邪魔者共が!たま様と妹を護る勇者は俺だけで充分だァァァ‼︎」

 

「だから何で私が追加されてんだよ‼︎ムカつくんだけど!」

 

志乃は弱冠、というかかなり苛立ちを覚えた。ツカツカと白血球王のすぐ後ろまで歩いて、後頭部を容赦なく蹴っ飛ばす。

 

「いつ私があんたの妹になった!」

 

「何を言っている!俺の妹は世界で貴様ただ一人だ!」

 

「余計イラつく‼︎会ってさほど経ってねーだろーが‼︎腹立つんだよ!」

 

もう一発白血球王の頭を蹴りつけ、満足した志乃はそのまま背を向けた。しかし、白血球王が助けを求め、ジーッと見つめてくる。

……銀からでさえ、そんな目で見つめられたことなんかないのに。ズルイなァ、私の新しい兄貴は。

ハァと溜息を吐いて、志乃は仕方なく振り返った。

 

「師匠、神楽、もうそいつ助けなくていいよ。私がやる」

 

「えっ?」

 

「志乃ちゃん平気アルか」

 

心配する新八と神楽を下がらせ、ブービートラップを睨みつける。そして、ブービートラップの頭を拳で殴りつけた。

ここで、解説しよう。白血球王の手は今、ブービートラップに噛まれている。上顎とも繋がっている頭を叩くとはこれ即ち。

 

「ぎぃやあああああああ‼︎」

 

噛まれている白血球王にも、多大なダメージがいくということである。

白血球王の悲鳴を聞こえないフリで乗り切り、志乃の拳骨で気絶したブービートラップの口を手で引っ張り、大きく開けさせた。

 

「ハイ、これでいいでしょ?」

 

「い、妹よ……せめてもっと優しく奴を倒してほしかったぞ……」

 

「手っ取り早い方法はコレでしょ。せっかく妹が助けてやったんだから、文句言わないで」

 

腕を押さえている白血球王に背を向け、さっさと魔王の元へ急ごうと歩き出す。彼女の小さな背中を、白血球王は優しげな目で見つめていた。

 

********

 

ついに、最深部。所謂王の間とも呼ばれそうな場所に辿り着いた。銀時、志乃、白血球王の三人が、それぞれ必殺技を放ち、ウィルス軍団を全滅させる。中にいた魔王の側近らしきウィルスが、驚いていた。

 

「なっ、なァァァァァァァァにィィィ‼︎ゆけって……そーいう意味じゃないよォォォ‼︎そっちの逝けじゃないよォォォォォ‼︎オイィ戻ってこいお前らァァァァ‼︎」

 

絶叫する側近に、爪楊枝を突き出した志乃が声をかけた。

 

「よォ魔王さん。一度聞いてみたかったんだけどさァ、魔王ってレベル99の勇者が攻め込んできた時、どういう気分なの?」

 

彼女の後に続いて、銀時と白血球王もやってくる。

 

「ケツまくって逃げてェ気分なのか、それとも地道に自分もレベル上げようとか思うのか」

 

「だったら西の毛細血管洞窟がオススメだ。はぐれメタルウィルスが出やすいぞ。まァレベルなどいくら上げてもムダだがな」

 

そして三人揃って、ビシッと得物を魔王に向けた。

 

「なんせ俺達99×3……レベル297の勇者だから」

 

「俺は100だけどね」

 

「俺も実は101だけど」

 

「いや俺ホントは103だけど」

 

「オメーら黙ってろ。私が最強の200だ」



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導かれし勇者達よ

何故かラスボス戦で巻き上がる砂埃。それが、獏大魔王を隠していた。ようやくそれが収まってくると、玉座らしきたまのシステムに鎮座する獏大魔王は、仮面をつけていた。

 

「断言しよう。ぬしに我を倒すことはできない。倒すことはおろか、傷つけることも叶わぬ。今までずっと体内(せかい)を護り戦い続けてきたぬしだからこそ、誰よりもこのたま(せかい)を愛しているぬしだからこそ、我には勝てぬ」

 

そう言い切り、獏大魔王は仮面を脱ぐ。その下の顔に、全員驚いた。

 

「あ……あれは」

 

「バ……バカな、あれは、たま様ァァァァァァァ‼︎」

 

そう。仮面の下の素顔は、たまそのものの顔だったのだ。動揺した新八が叫ぶ。

 

「なっ……な、なんでェェェェェ‼︎どうしてたまさんがこんな所にィィ‼︎どうしてたまさんが魔王にィィ⁉︎」

 

「きっ……貴様、たま様に姿を変え俺の動揺を誘うつもりか。そんな安い手に俺がかかるかァァ‼︎」

 

白血球王は剣を手に、たまの顔をした獏大魔王に駆け寄る。しかし、彼の体に異変が起こった。

獏大魔王を斬ろうとすると、体が突如動かなくなったのだ。そして、獏大魔王に近づけない。志乃も何故、と不審に思ったが、ハッと思い返す。

獏大魔王は、たまの体内のシステムを掌握したと言っていた。最早この身体は獏大魔王のもの。つまり、たまの体内の平和を護る白血球王は、獏大魔王(たま)を攻撃できるはずがないのだ。

それならば。志乃は余裕綽々で何か話している獏大魔王を全て無視して、歩き出した。

 

「ぬしらにたまが殺せるか。ククク……アハハハハハハハハ」

 

「ほわたァァァァァ‼︎」

 

「とー‼︎」

 

獏大魔王が高らかに笑った瞬間、銀時と志乃の同時に放たれた跳び蹴りが、獏大魔王に炸裂した。白血球王、神楽、新八は、人の話を一切聞かないアホ兄妹の突然の行動に唖然とする他ない。

二人は続けて、ゲシゲシと獏大魔王を蹴りつける。

 

「いだだだだ、ちょっ待ってちょっ待って、タンマタンマ‼︎……え?ちょっ待っ……ちょ待って。え……聞いてた?ぬしら、我の話聞いてた?」

 

「え?世界の半分をくれてやろうとかそういう奴?どうせはい/いいえどっち答えても戦闘だろ。いいよもうそーいうの、めんどくさいから」

 

「どこの竜王の話⁉︎コイツ全く人の話聞いてないよ‼︎」

 

「私はちゃんと聞いたから。白血球王(やろう)が攻撃できないんなら私が代わりにやってやろうって思って」

 

「いや、確かに聞いてたけどその後‼︎その後も重要だったんだぞ‼︎一体なんなんだこの兄妹は⁉︎」

 

体内(せかい)を救いに来たはずの勇者が、ラスボスの魔王にツッコミを入れられている。これは一体どういうことだろうか。

しかも銀時はさらにぶつぶつ言い出した。

 

「魔王の話は総じて長すぎるんだ。大体俺は流し読みすることにしてる……」

 

「何をしてるんだァァァ貴様ァァァァァ‼︎」

 

跳び蹴りで飛んできた影が一人。白血球王だ。

白血球王の蹴りは銀時の後頭部にクリーンヒットし、結果的に獏大魔王にも頭突きとして攻撃できた。さらに彼の頭を掴んで、獏大魔王にぶつける。

 

「獏大魔王を傷つけることはたま様を傷つけることと同じなんだぞォ‼︎もっと慎重に動かんかァ‼︎」

 

「いやお前も間接的に攻撃してるからな⁉︎魔王ボロボロじゃねーか‼︎」

 

止めに来たはずの白血球王が、何故か銀時を武器にして攻撃を加えていた。それに志乃のツッコミが入るが、二人の喧嘩は止まらない。

 

「何しやがんだこのヤロー邪魔すんじゃねー‼︎引っ込んでろ‼︎」

 

「引っ込むのは貴様だァ‼︎」

 

「ちょっ、こんな所で喧嘩すんなって……わあっ‼︎」

 

玉座の縁という極端に狭い場所で喧嘩をする二人。志乃が止めようとしたが、ふとバランスを崩して仰向けに倒れていってしまった。

 

「妹‼︎」

 

「オイ待てっ‼︎」

 

白血球王が叫んで飛び降りる。落下していた志乃は空中で体勢を立て直そうとしたが、その瞬間に白血球王に腕を掴まれた。

 

「は?」

 

……いやいやいやいや‼︎私このままでも大丈夫だよ⁉︎何してくれてんのこのバカ‼︎

抗議しようとしたが、その前に白血球王に抱き寄せられる。白血球王は、そのまま自身の背を床に向けた。

 

「なっ⁉︎ちょ……」

 

彼は、自分の体を志乃のクッションにしようとしているのだ。

白血球王の意図がわかった志乃は、彼の腕から抜け出そうとする。しかし、ガッチリとホールドされて、逃げようにも逃げられなかった。

 

「は、放……!」

 

そしてついに、二人諸共床に叩きつけられた。

 

「うぐっ‼︎」

 

「わ、ぁ……っ、白血球王‼︎」

 

自分の下敷きになってまで庇った彼の名を叫ぶ。手をついて起き上がろうとしたが、ぎゅうう、と抱きしめられた。

 

「⁉︎」

 

「怪我はないようだな。無事で良かった……」

 

「な……」

 

嬉しそうに微笑む白血球王に、志乃は押し黙る。

思えば、彼が笑顔を向けるのはいつも志乃の前だった。何故か志乃にもわからなかったけど、目の前で笑む彼に、これ以上何も言えなかった。

白血球王は志乃を立たせてから、自身も立ち上がる。と、次の瞬間。

 

「人の妹と何いちゃついてんだァァァこのコスプレ野郎が‼︎」

 

白血球王に、銀時の飛び降り蹴りが炸裂した。

そのまま二人は、お互いの首元を掴んでゴロゴロと転げ回る。何これデジャヴ?

 

「てめェェ!妹妹とごちゃごちゃ言いやがって、結局てめーがアイツのこと好きなだけじゃねェか‼︎触んなァァコイツに触んなァァァ‼︎」

 

「妹を愛するのは兄として当たり前の行為だろうが‼︎貴様こそ雑菌塗れの汚い手で我が妹に触るなァァァ‼︎」

 

「アンタら魔王を前に何してんですか‼︎いい加減にしろよシスコン共、志乃ちゃん困ってるでしょうが!」

 

二人の喧嘩を、志乃は冷めた目で見ていた。

正直言おう。ウゼェ。てめーらが喧嘩してたってもう疲れるだけだわ。めんどくさいわ帰りたいわ。

志乃は二人を放って、獏大魔王に向き直った。

 

「もう面倒だから進めていいよ」

 

「誰のせいで進めにくくなったと思っておる‼︎なんて薄情な奴だ、それでも貴様ら勇者か⁉︎」

 

「魔王に言われたくないんですけど!」

 

蹴られ殴られた獏大魔王は、鼻血を押さえながら志乃にツッコむが、さらにその上に新八もツッコミを入れる。まさにツッコミのドミノ倒しだ。

獏大魔王は、さらに銀時達の動揺を誘おうと、両腕で一度顔を隠した。

 

「貴様らが薄情なのはわかった。だが、これを見ても同じようにいくかな。白血球王、ぬしは父親の顔を覚えているか」

 

「‼︎」

 

「そう、ぬしの父、先王フォルテガは我等との戦いの最中、肛門に落下し命を落としたのであったな」

 

何でそこでそんな話になる?ていうか何その死に方カッコ悪い。

志乃は驚く白血球王を尻目に、そんな感想を抱いていた。

 

「だがもし……フォルテガが生きていたらどうする」

 

「⁉︎」

 

「我に食われ、未だ我の中でのたうち、苦しみ生きさらばえていたとしたらどうする」

 

獏大魔王が、その顔を露わにしていく。

どうやら感じたことは同じらしく、志乃は銀時、新八、神楽と共に駆け出した。

 

「まさか……!まさか貴様!」

 

「フフ、そうそのまさかだ。久し……振りだな、我が息……」

 

ドゴッ

 

刹那、銀時、志乃、新八、神楽の4人が、フォルテガになった獏大魔王に跳び蹴りを放つ。そして、4人で獏大魔王を散々に蹴りつけた。白血球王が、リンチされている父親を案じて叫ぶ。

 

「父上ェェェェェェ‼︎いやちょっ……待てェェェェ‼︎早すぎるだろォォ貴様ら‼︎父上まだちゃんと顔見せてないよ‼︎喋りかけだったよ‼︎しかも何で今度は全員参加⁉︎」

 

「イキナリパッと出て父親設定とか出てきても、全く感情移入できないアル」

 

「たまさんより全然やりやすいんで、今のうちにやっつけておこうと思いまして」

 

「人の父親との悲劇の対面を何だと思ってるんだ貴様ら‼︎」

 

「フン、今時父親が実はラスボスでした〜とか古ィんだよ。設定練り直して出直してこいバカヤロー」

 

志乃が腹いせに、もう一発蹴りつける。すると、4人と獏大魔王と先程の蹴りの重みで、玉座が大破し、志乃達は獏大魔王諸共落下した。銀時達はそのまま床に転げ落ちたが、志乃だけは白血球王が再びお姫様抱っこで助けたため、無傷である。

獏大魔王が両手と膝をついて立ち上がろうとするが、尻尾のように垂れるコンセントを見て驚く。

 

「しまった‼︎コンセントが抜けてシステムの接続が遮断されてしまった」

 

「コンセント⁉︎何?そんなテキトーなモンでシステム支配してたのアンタら⁉︎」

 

「しめた、たま様のシステムと分離した今なら、たま様を無傷のまま獏大魔王を倒せるはず」

 

白血球王の言葉に、銀時達も爪楊枝を携え獏大魔王に駆け寄る。

 

「チャンスは今しかない‼︎ゆくぞォォォ‼︎」

 

「なめるな小童共!はァァァァァァァ‼︎」

 

しかし、獏大魔王はカッと目を見開き、衝撃波を放った。それに煽られ、志乃達は壁まで吹き飛ばされてしまう。強く壁に叩きつけられた痛みを堪えて、何とか立ち上がろうとする。

獏大魔王の姿も、全身黒タイツに黒翼を広げた、真の姿へと変貌した。

 

「高度な機械(からくり)技術を喰らい尽くし、超進化を遂げた我を、電気屋で安売りしていそうな貴様ら安いセキュリティに倒せると思うてか。既に我はウィルスなどというくだらぬ存在ではない。人智を越えた存在……そう、神……。貴様ら人間など遠く及ばない。神とも呼べる完璧な存在になりつつあるのだ」

 

両足で踏ん張り、立ち上がった志乃は狂気の笑みを浮かべる獏大魔王を鼻で笑った。

 

「ハン、てめーが神だって?カビの間違いじゃねーの?アンタはこんな所より、腐ったパンの上でイースト菌と手を取り合ってダンスしてんのがお似合いだよバイキンマン」

 

同じく立ち上がった銀時達も、爪楊枝を構えて獏大魔王を睨み据える。

 

「そこはてめーの居場所じゃねェ」

 

「たまさんから出ていけ」

 

「私達の友達をこれ以上汚すのは許さないネ」

 

「コイツが最後の大掃除だ‼︎いくぜテメーら」

 

「「「おおおおお‼︎」」」

 

銀時の声に応えて、志乃、新八、神楽も怒号を上げて突っ込む。

しかし、神楽だけがものすごくゆっくりだった。

 

「アレェ?なんだか思うように進まないアル。アレェ?アレェ?」

 

おかしいな、と思った三人が振り返ると、神楽は全身がドット化していた。

 

「きゃーぐらちゅわはーん⁉︎」

 

「ななななななんでェェェェェ‼︎なんで神楽ちゃんがドット絵にィィィ⁉︎」

 

まさにびっくり仰天。志乃は恐る恐る神楽の体をぺちぺちと触った。

 

「ちょっ……何これマジでどうなってんの……ま、まさか神楽までウィルスに⁉︎ウソでしょ⁉︎生身の人間がコンピュータウィルスに感染するなんてっ……‼︎」

 

「ククッ、言っただろう。既に我はコンピュータウィルスなどというくだらぬ存在ではないと」

 

志乃達が混乱していると、獏大魔王の波動が、三人を襲う。波動は銀時と志乃、新八の間を通り過ぎて、壁を破壊した。

 

「うわァァァァ!」

 

「新八ィィ‼︎」

 

直撃こそしなかったものの、爆風に巻き込まれ、新八は倒れてしまう。その際、眼鏡が落ちてしまった。

 

「だっ、大丈夫⁉︎師匠‼︎」

 

「うっ……なんとか」

 

立ち上がった新八は、自分の体の異変に気づく。足がドット絵になり、とても短くなっていた。

 

「あ……ああ……あ、足短かっ‼︎」

 

「フ〜、どうやら大事ねーようだな」

 

「よかった、師匠……」

 

「違うだろォォォォ‼︎本体こっちィィィ‼︎」

 

銀時達が案じたのは、新八ではなく新八(眼鏡)だった。確かにこちらなら大事ないが。

 

「足がァァ‼︎コレェェ‼︎なんでよりによってこんな中途半端にィィィ‼︎こんなんだったら全身やられた方がまだ良かった‼︎」

 

「……え?何か変わったか志乃」

 

「え?……元々そんなカンジじゃなかったっけガンタンク」

 

「誰がガンタンクだ‼︎」

 

眼鏡が本体と見られている以上、彼らの目には新八が無事ということになっているらしい。しかし、新八にもドット化の魔の手が忍び寄る。

 

「‼︎なんだコレッ‼︎……徐々にドットが侵食してくる‼︎身体がどんどん重くなってきてます、銀さん‼︎」

 

「ぎ……銀ちゃん。身体が……石のよ……うに……動かな……」

 

「オイ神楽しっかりしろ‼︎」

 

既にドット化してしまった神楽も、身体に異変が起こり始めていた。だんだんと体が動かなくなっていったのだ。

 

「助……け……て、ぎ……ちゃ」

 

「神楽‼︎」

 

「うわわわ銀さん何とかしてください!」

 

「新タンク!」

 

「新タンクって誰よ‼︎」

 

混乱が落ち着かぬまま、二人は背後から気配を感じる。獏大魔王が二人に波動を放ったのだ。銀時よりも先にそれに気づいた志乃は、バッと振り返り、爪楊枝を構える。

それを上段で振りかぶって、力強く振り下ろした。

 

ゴバッ‼︎

 

斬撃の勢いに、波動が二又に別れる。その真ん中にいた二人は、志乃が光線を斬ったことにより、何とか無事だった。

 

「銀、大丈夫⁉︎」

 

「あ、ああ……お前も無事か?」

 

「うん!」

 

松っちゃん砲を斬って以来、久々にやったけど意外とイケるな。

志乃は爪楊枝を掲げて見る。しかし、爪楊枝の先がドット化していっていた。

 

「げっ⁉︎」

 

慌ててそれから手を放すと、カランと床に爪楊枝が落ちる。掌を見てみると、ドット化はそこまで進んでいなかったらしく、無事だった。

ホッとしたのも束の間、再び獏大魔王の攻撃が襲いかかってくる。白血球王は志乃の手を引き、王の間から脱出した。彼らを追って、銀時も続く。獏大魔王が三人を飛んで追ってきた。

 

「ど、どーなってんのアレ!」

 

「どうやら奴は急激な進化の過程で機械(オレたち)だけじゃない、生身の人間にまで影響を与えるウィルスを制御する能力を得たようだ」

 

「冗談だろ。風呂入らなすぎてチ○コにカビ生えた編集者は聞いたことあるが、コンピュータウィルスにやられた奴なんて聞いた事ねーぜ」

 

廊下を駆け抜ける中で、ふと銀時はハッとして立ち止まる。そして何やらゴソゴソし出して、しばらく黙った。

 

「………………」

 

「?」

 

志乃はキョトンとして首を傾げる。銀時にどうしたのかと尋ねようとしたが、白血球王に目を塞がれた。

 

「……どうやら貴様も時間がないようだな。いずれドット化は全身に回るぞ」

 

「??」

 

「なんでだァァァァァァァ‼︎なんでいっつも俺ココばっか集中放火⁉︎最近全然使ってねーからかァァァ‼︎拗ねてんのかァァ‼︎拗ねたいのはこっちだバッキャロー‼︎」

 

「???」

 

銀時の絶叫の意味は何一つわからなかったが、取り敢えず彼にもドット化の魔の手が迫っていることだけは判明した。どうやらこういう流れのおかげで空気を読むスキルが上がってきたようだ。

 

「妹よ、あんな汚れた男からは離れろ。こっちだ」

 

「!」

 

白血球王に柱の影に押し込まれ、彼と共に身を隠す。反対側の柱にも銀時が隠れた。

 

「治んのかコレェェ‼︎俺のチッ……新八と神楽は元に戻るんだろーな⁉︎」

 

「????」

 

「あまり見るな。汚れるぞ」

 

「わっ」

 

ぎゅううと強く抱き寄せられ、白血球王の胸に押しつけられる。

白血球王は志乃の頭を撫でてから彼女を放し、立ち上がった。

 

「貴様らはそこを動くな。あとは俺が何とかする。……貴様も貴様の仲間も」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ‼︎」

 

「動くなと言っているんだ」

 

一人獏大魔王に立ち向かおうとする彼の背中に、志乃が叫んだ。しかし、白血球王はそれを強くはねつける。振り返らず、白血球王は続けた。

 

「貴様らがいなくなったら、一体これから誰がたま様を護る。貴様らがいなくなったら、一体たま様がどれだけ悲しむと思う。俺はたま様を護るためだけに創られた。護るものなど妹の他に何もない。所詮貴様の代用品に過ぎない。たま様のために死ぬのは、俺だけで充分だ」

 

「…………白血球王……」

 

志乃も立ち上がって柱の影から彼の背中を見ていた。

銀時はその場に座ったまま、口を開く。

 

「同じ事言われたよ。たまにもよォ。自分のことはいい、てめェを護ってやってくれってよォ。こっからてめェを解放して逃がしてやってくれって」

 

白血球王が、銀時を背中越しに見る。

 

「だから俺は言ってやったんだ。てめェがもし俺のよくできたコピーなら、そんな事望んじゃいねーだろうって。てめェの護るモンほっぽいて逃げ出すようなマネは、死んでも望まねぇってよ」

 

「…………」

 

「どうやら俺の買い被りだったようだな。大事なモン人に押しつけて早々とリタイアか」

 

銀時と白血球王。同じ顔の二人は、顔を合わせることなく言葉を交わす。

 

「俺は貴様のコピーだ。たとえ死しても、お前が生きていればまたいくらでも複製される」

 

「俺ァてめーのような出来の悪いコピー持った覚えはねェよ。てめーじゃ俺の代わりは務まらねェ。俺もてめーの代わりを務めるなんざ、まっぴら御免被るぜ。誰も代わりなんざ務まりゃしねーんだよ。お前の代わりなんざ、世界のどこにもいやしねーんだよ」

 

銀時が語るのを聞きながら、志乃はフッと微笑んだ。確かに、あんなにたまと志乃の事を思える男は、この世界のどこを探しても見つからないだろう。

銀時はさらに続ける。

 

「俺から生まれようがツラが同じだろうが関係ねェ。体内(ここ)でずっとたまを想い続けてきたのは俺じゃなくてお前だろーが。たまにとっちゃお前はコピーでも代用品でもねェ。ずっと自分を支えてくれた、交換なんてきかねェ大事な仲間の一人なんだ」

 

立ち上がった銀時は、爪楊枝を携え、白血球王の隣に歩み寄った。

 

「てめーがたまをホントに大事に思ってんなら、てめーが志乃(いもうと)をホントに大切に思ってんなら、くたばるなんて二度と言うんじゃねェ。てめーを代用品なんて二度と言うんじゃねェ。喧嘩ももうやめだ。生き残って仲良く一杯やろうや、兄弟」

 

「………………」

 

白血球王は隣に立った銀時を見つめ、フゥッと溜息を吐いた。

 

「腐った汁など汚らわしくて飲む気もせん。六甲のおいしい水なら付き合おう、兄弟」

 

戦う二人の男の背中を見て、志乃は昔を思い出す。

自分を置いて、戦場へ征った五人の男達を、志乃は知っている。

そして、これからもずっと忘れない。その五人の中で、たった一人の男が二度と帰らなかったことを。

 

肩越しに、二人が後ろに立つ志乃を振り返る。

 

「「お前は逃げろ」」

 

「…………やだね」

 

「「は?」」

 

同時に、しかも同じ事を言う二人。つい、プッと吹き出してしまった。

 

「私はここにいる。ここにいて、バカ兄貴達を応援するよ」

 

ーーもう、子供じゃないんだから。

 

笑ってみせると、「好きにしろ」とでも言うように、二人は獏大魔王を前に得物を構えた。



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伝説になれ

獏大魔王が、両手に巨大なエネルギーを集める。二人の背中から、志乃はギッと獏大魔王を睨みつけた。

 

「これで全てが終わる。全ては(われら)に染まる。白は消え去り、全ては黒く塗り潰されるのだ」

 

「塗り潰されるのはテメーだよバイキンマン」

 

「これが最後だ、獏。白と黒、どちらが生き残るか」

 

「シロクロはっきりつけようじゃねーか」

 

「ほざけ虫けら共‼︎ドットの海へと還るがいいィ‼︎」

 

ついに、超巨大波動が放たれる。

今までにない威力を前に、銀時と白血球王は剣と爪楊枝を合わせて、お互いの必殺技を混ぜ合わせた。

 

「「いけェェェェェェ‼︎」」

 

白と黒の光が、ぶつかり合う。銀時と白血球王の渾身の一撃は、獏大魔王の波動を止めた。

小競り合いが続く中、獏大魔王がさらに力を込める。次第に押され始め、銀時達にもドット化の魔の手が押し寄せてきた。

 

「ぐっ……こいつぁ長くもたねーぜ」

 

「このままでは……二人仲良くお陀仏だ」

 

「銀‼︎白血球王‼︎」

 

志乃が、二人の名を呼ぶ。志乃の体もドット化が進んでいたが、それでも志乃はその場所を動かなかった。

信じていた。二人なら、必ずやってくれると。

すると白血球王が、銀時に自分が獏大魔王を抑えている間に倒せと促してきた。

 

「今なら奴は無防備だ。(やつ)を倒すのは、今をおいて他にはない」

 

「……二人がかりでやっとのもんをどうしててめー一人で押さえられるってんだ、バカヤロー‼︎」

 

「策はある。それにこの足では俺はもう動けん。(やつ)の元まで行けるのはもう貴様だけだ」

 

「………………」

 

「早くしろ、貴様がまだ動けるうちに」

 

銀時は力を抜かずに、白血球王を見つめた。

 

「………………てめェ、約束は……忘れちゃいめーなァ」

 

「……案ずるな、あんな者に遅れはとらんさ。俺を誰だと思っている。坂田銀時、貴様から生まれた男だぞ」

 

白血球王はフッと笑い、拳を差し出す。銀時は一度目を伏せてからその拳に自身のそれをコツンと叩き合わせ、獏大魔王の元へ駆け出した。

 

「白血球王ォォォ‼︎」

 

強烈な波動に、白血球王は押される。剣にはヒビが入り、ついに粉々になってしまった。

 

「白血球王‼︎」

 

志乃が彼の名を叫ぶ。白血球王は両手で波動を押さえ、背後の志乃を護ろうとした。

 

「ぐっ……ぐ、う……‼︎」

 

「っ…………」

 

懸命に波動に立ち向かう彼の背中に、志乃は一度スゥッと息を吸った。

 

 

 

 

 

 

「頑張れ‼︎お兄ちゃん‼︎」

 

 

 

 

 

その声は、ハッキリと白血球王の耳に届いた。白血球王は口角を上げ、腹の底から怒号を発した。

 

「おおおおおおおおおお‼︎」

 

途端、白血球王の体が白い光に包まれる。それは、獏大魔王の波動を押し返していった。

 

「バッ……バカな‼︎奴の力が急激に‼︎一体どこにこんな力が残って……」

 

「力ならば残っているさ。この俺の、生命(いのち)そのものが」

 

「まっ……まさか貴様!生命エネルギーを全て放出して……バカなっ、そんな事をすれば貴様はっ……貴様はァァァ!」

 

「お兄ちゃんっ‼︎」

 

白血球王の体がドット化し、そこからだんだんと消えていく。志乃は涙混じりに叫んだ。

白い光が城を突き抜け、獏大魔王が外に押し出される。

 

「貴様等ウィルス如きに、この白血球王が…………この……」

 

吹き飛ばされた獏大魔王を追って、爪楊枝を携えた白髪の男が獏大魔王の上に躍り出た。

 

「坂田銀時が、負けるかァァァ‼︎」

 

銀時の渾身の一撃が、獏大魔王に炸裂する。爪楊枝が放った波動は城を破壊し、獏大魔王を消し飛ばした。

 

凄まじい爆風に、思わず腕で顔を隠す。

ようやくそれが収まると、志乃の目の前に手足がドット化している白血球王が倒れていた。

 

「お兄ちゃん‼︎」

 

銀時が獏大魔王を倒したおかげで、志乃の体のドット化は消えている。

志乃は白血球王を抱き起こし、頭を自身の太ももに乗せた。

 

「しっかり、しっかりして!」

 

「…………ぅ、………………志乃……」

 

体を揺さぶると、白血球王はぽっかり目を開ける。視線がすぐにこちらに向き、彼はフッと笑んだ。思えば、初めて名前を呼ばれた気がする。志乃は目を見開いた。

そこに、獏大魔王を倒した銀時が歩いてくる。その後ろには、新八と神楽も来ていた。銀時に、白血球王が話しかける。

 

「……悪いな、約束を守れなくて。いい加減なのはデフォルトなんだ。貴様譲りでな」

 

「…………どうやらそうらしいな。俺もたまとの約束破っちまった」

 

白血球王は志乃の膝を枕に、目を閉じる。

 

「…………至極遺憾だ。こんなポンコツになってしまうとは。貴様らが来るまでは、俺は実に優秀なセキュリティだった。まさに姫を護る勇者、たま様を護るためなら喜んで命も投げうった。それが……まさか、姫様どころか、くだらん仲間(パーティー)のために、命を捨てることになるとはな。以前は死ぬことなど何とも思わなかったが、今は……もう少し……生きたい。もう少し……たま様と貴様らと、冒険するのも悪くなかったように思える」

 

「…………白血球王さん」

 

「死しても代わりなどいくらでもいる代用品の俺が、こんな事を……。貴様らのせいで……どうやら俺は完全にどこか壊れてしまったらしい」

 

きゅ、と白血球王の右手が、温もりに包まれる。目を開けると、涙を滲ませた志乃が、睨むように白血球王を見下ろしていた。

 

「バカ言ってんじゃねーよ……。アンタは壊れてなんかない。代用品なんかじゃない。アンタは……大した野郎だよ。護るべきものをちゃんと護り通したんだよ。たまだけじゃない……私達の命まで。だから、ダチのために死ぬなよ。ダチのために……私達のために生きてよ、お兄ちゃん…………」

 

ポタリ、ポタリ。涙が一粒一粒と落ちていく。握りしめてくる手に、力が込もった。

 

「貴様らがいれば、たま様は大丈夫だ。それに俺はもう……」

 

「銀時様、志乃様、皆さん。白血球王を最後まで護ってくださって、ありがとうございました」

 

突如聞こえてきたのは、なんとたまの声。志乃達は顔を上げて、キョロキョロとたまを探す。

 

「これはたまさん⁉︎たまさんの声だ‼︎」

 

「たまアル、無事治ったアルか⁉︎どこネ、どこにいるネ!」

 

「ここです。ここです、ここ」

 

声が聞こえた方を振り返ると、壊れた柱の上に、超ミニサイズのドット絵たまがいた。発見した神楽が、たまに顔を寄せる。

 

「たっ……たま様」

 

「何やってるアルかたま‼︎なんでこんなちっちゃく⁉︎」

 

「システムがまだ完全に復旧していないのですが、ドット絵ならコピーがとれたので飛んできたんです」

 

たまは今度は、白血球王の方を向いた。

 

「白血球王、今まで長い間私を護ってきてくれてありがとう。今度は……私が貴方を助ける番です。今度は私が白血球王の体内に入り、修理を行います。白血球王、私は貴方を決して死なせはしません」

 

「た……たま様」

 

「だったら私達も行くアル。モシャス銀ちゃんに借りがあるネ」

 

「いや、でも僕らどうやって体内に入るの⁉︎この身体の大きさじゃ入れな……」

 

新八が「入れない」と言い終わる前に、新八が大槌で潰される。見覚えのある光景に、神楽は冷や汗をかいた。

 

「そう言うと思ってな、俺も打出の大槌Z持ってきてやったぞい。さっ、小さくなりたい奴はそこに直れ。片っ端からぶん殴ってやるから」

 

たまの体内にまで入ってやってきた源外が、あの悪魔の道具を振り上げる。神楽は悲鳴を上げて逃げ回った。

その光景を見て、志乃はクスクスと小さく笑う。銀時も横倒しになった柱に座り込んだ。

 

「もうてめーの命はてめーの好き勝手できる所にありゃしねーんだよ。お前はもう、たまを護るだけの存在なんかじゃない。お前が護った分だけ、お前を護ってくれる存在がいるのさ。………………わらわら、まるで白血球みてーだろ」

 

志乃の膝の上で、白血球王は逃げ惑う神楽達とそれを追いかける源外を眺め、頬を緩めた。

 

「つくづく厄介な男の分身(コピー)に生まれたものだ」

 

「?」

 

「こんな時になっても、感謝の言葉も……涙も……ロクに出てきやしない。…………どうするんだ。お前ならこんな時」

 

 

 

 

「笑うのさ」

 

********

 

遥か遠くからこちらに迫ってくる、未知の新型ウィルス。それが、大軍となってたまの体内に侵入してきた。

それを退治するのが……他ならぬ、白血球の務め。獏による侵略の傷跡がまだ残るこの日、白血球王は仲間の白血球達を率い、戦っていた。

 

斬っても斬っても、終わりの見えない戦い。彼の背後に、敵が三人飛びかかってきた。

 

「白血球王‼︎」

 

兵士の声に、ハッと振り返る。そこに、白いタンクトップにホットパンツを合わせた、ラフな格好の少女が躍り出た。

少女は腰に挿した刀を抜き、襲いかかってきた三人を斬り捨てる。着地した少女に、白血球王は戦闘中にも関わらず笑みを浮かべた。

彼女もそんな彼を見上げて、呆れたように笑う。

 

「まったく、これだからお兄ちゃんは。私がいないとダメなんだから」

 

「フッ……ああ、そうだな。我が妹よ」

 

立ち上がり、妹と呼ばれた少女は白血球王と背中合わせになる。

その少女は、志乃と瓜二つの顔立ちだった。

 

「ゆくぞ‼︎」

 

「うん‼︎」

 

短い会話を済ませて、白血球の兄妹はウィルスに立ち向かっていったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーたまクエスト篇 完ー

 




はい、終了ですたまクエ篇!あー疲れたァ!

えーと、わかりづらかった方のために説明しますが、最後に出てきた志乃似の少女、彼女は志乃のコピーです。白血球王が志乃に本当の妹のような感覚を抱いたことから、たまのセキュリティが白血球王に本当の妹を創り出したワケです。

いやぁ、これの執筆中に色々ありましたよ。コラボのお話を頂いたり調子に乗ってまた漫画買っちゃったりまたまた絵を描いたり……。

さて、お次は二話オリジナルを書いてから、いよいよ地雷亜篇行きます!


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ネタは温めておくべき
ドSとドMが必ずしも相性が良いとは限らない


えーと、元ネタの話は原作にあるんですが、それをこっちで色々解釈してほぼオリジナルになりましたのでオリジナル回とさせて頂きます。

暴力描写がありますので、苦手な方はブラウザバックしてください。


この日、志乃は松平に呼ばれて警視庁に向かっていた。久々の真選組の制服に袖を通し、愛車のスクーターで江戸の街を走り抜ける。

 

ここ最近、志乃はバイトを悉くサボっていた。詳しくは今までの話の流れを見て頂ければわかる通り、単に真選組と絡むことがなかったからである。

おかげでこっぴどく土方に叱られ、ここ一週間は屯所で寝泊まりするハメになった。

 

で、今回松平から連絡が入り、ある囚人を真選組まで輸送してほしいとのことだった。すれ違いで警視庁からの輸送車が通りかかったのだが、アホな彼女は無視して警視庁までスクーターを走らせた。

 

********

 

「どーも、久しぶり」

 

「よォ、元気そーだな志乃」

 

通された長官室で、相変わらず偉そうに座る松平に軽く手を挙げる。いや、実際偉いのだが。志乃は挨拶もそこそこに、本題に入った。

 

「で?その囚人とやらはどこにいるの」

 

「もう奉行所で車を手配してある。オメーにゃ真選組に連れていく道中、奴が余計な動きをしねェか見張ってもらいてーんだ」

 

「何?たったそれだけ?」

 

「あぁ。ま、その囚人が危険な野郎なんだがな……」

 

そう言って、松平は煙草の煙を吐く。危険な野郎、ねェ……。志乃は髪をガシガシと掻く。

 

思えば髪紐が無くなって以来、一切結んでいなかった。銀髪は背中辺りまで伸び、靡くとうざったい。

おもむろにポケットに手を突っ込むと、何かが入っていた。取り出すと、紅色の玉飾りのついたシンプルな簪が。

これは、沖田とデートに連れ出された際に買ってもらったものだ。着物と共にしまったかと思っていたが、まさかこんな所にあったとは。

 

志乃は早速、髪を纏め上げる。その間に、松平が囚人の説明をした。

 

「囚人番号3ー二〇三四、田中古兵衛。幕府の役人三十五人を殺害した凶悪殺人鬼で、人斬り古兵衛と呼ばれる過激攘夷派暁党の幹部だ」

 

「あー、ハイハイ。なんか聞いたことあるわ。人斬りコピペ」

 

「あん?何て?」

 

志乃がテキトーに返したが、横文字に弱いジジイは聞き取れなかったらしい。もう一度言い直すのも面倒なので、続きを促した。

 

「んで、さっきも言ったと思うが……そいつが妙な野郎でな。捕縛したはいいんだが、一切の尋問拷問に動じねェどころか、楽しそうに笑ってやがるんだ」

 

「へぇー」

 

髪を一度捻って、簪を挿す。いい感じにできたのではないか。志乃は少し良い気分だった。

 

「で、その古兵衛とやらを真選組に連れてけばいいんだね?」

 

「あァ、そういうこった。じゃ、頼むぜ」

 

松平がヒラヒラと手を振る。志乃は肩を竦めて、長官室を出て行った。

 

********

 

所変わって、輸送車の中。志乃は、古兵衛と向かい合わせで座っていた。

この中には、二人以外誰もいない。奉行所を出る前に、刑務官に頼んで輸送には運転手以外の同行をやめてもらったのだ。

一応古兵衛は拘束服を着ているため、動けるはずがないのだが、もしもの時のために、志乃が周囲を気にせず一人で暴れられるようにしたかった。刑務官には心配されたが、なんとか説得し、帰ってもらった。

 

揺れる車内で、志乃は溜息を吐く。今日も、朝からの出勤だった。

ていうか、一週間だけ屯所で寝泊まりしているといっても、起きる時間は決まってるし、起こす役は土方だからうるさいし、見廻りには必ず誰かがついているし。一人の時間といえば、寝る時かお風呂かトイレのどれかしかない。ストレスでハゲそうだった。

ようやく訪れた、一人の時間。それを堪能すべく、志乃は早速長椅子に横になった。ブーツは邪魔くさいので、脱ぎ捨てる。横になってすぐに、志乃の意識は微睡む。欲望の赴くまま、目を閉じた。

向かいでは古兵衛がさっきからずっと見つめているが、気にしない。そのままスヤスヤと寝始めた。

 

********

 

対する古兵衛は、動揺していた。真選組に連れ出されたが、彼らの目的は自分に仲間の情報を吐かせることだとわかっていた。

しかし、その監視としてやってきたのは、刑務官ではなく少女たった一人。しかも、殺人鬼である自分の目の前で堂々と居眠りを始めたのだ。

様子を伺うようにジッと見つめるも、少女の意識は既に夢の中、微動だにしない。あまりの能天気さに、思わず拍子抜けしてしまった。

溜息を吐いて、座り直したその時。

 

ゴッ

 

鈍い痛みが、全身を駆け抜けた。これまで受けた拷問の中でも、比べ物にならないくらいの強い痛み。あまりにも一瞬すぎて、脳が追いつかない。体が、ドサッと倒れ込んだ。

 

「何、悠々とアンタが溜息吐いちゃってんの?」

 

首を回すと、座ってこちらを見下ろしている少女。すぐさま、蹴りが顔に入った。

 

「溜息吐きてーのはこっちだっつーの。こちとら一週間に亘る軟禁生活がようやく終わるんだぜ?その最後の仕事がコレかァ……めんどくさい。今すぐにでも帰りたい」

 

ぐりぐり、ぐりぐりと。古兵衛の顔を床に押し付ける。

ここで思い返してみよう。志乃は先程まで昼寝していたため、ブーツを脱いでいる。つまり、ニーハイを履いたまま彼を踏んでいるのだ。

まだ幼さの残る少女が、一回り二回りも年上の古兵衛の顔を踏んでいる。あまりにも理不尽な理由で彼女は怒っているが、彼の中で形容し難い想いが湧き上がってきた。

足を離した志乃は立ち上がって、倒れた古兵衛を見下ろす。

 

「ねぇ、もう面倒だから吐いちゃってよ。私はアンタが何を隠してるか知らないけど、話せば楽になるって」

 

うつ伏せの状態で視線だけを少女に向ける。その際チラリと水色のパンツが見えてしまったが、少女は一切気づいていない。それどころか、少女はしゃがみ込んで、「ねーぇ」と古兵衛の体を揺すってきた。体勢は所謂、ヤンキー座り。古兵衛の視線は釘付けだ。

 

「話聞いてる?おっさん。ねぇって……ん?」

 

少女が黙った古兵衛に疑問を抱き、彼の視線の先を辿る。ようやく悟った少女は、立ち上がり、足を振り上げた。

 

ドゴッ!

 

内臓まで突き刺さるような、強烈な痛み。脳に駆け抜ける信号は、痛みと共に快感を届けた。少女は足にさらに力を入れ、低い声で古兵衛に言う。

 

「フーン……あんた、何?最低な殺人鬼で囚人の分際で……私のパンツ見たの?見たんでしょ?見ただろ」

 

ぐりっと踵で強く押してから、足が離れる。古兵衛はその感覚に名残惜しさを覚えた。

 

「……?何そのツラ。アンタもしかして、私に踏まれて喜んでるの?」

 

「⁉︎」

 

古兵衛は、少女の言葉に驚愕する。今までこれ以上の拷問を受けたことはあったが、こんなにも気持ちいいものではなかった。相手が少女だからか。古兵衛の中で、自問自答が繰り返される。

少女はそんな自分を見下ろして、引いていた。

 

「うっわー……。どんな拷問受けても笑ってるって聞いてたけど……こんなうっとりした顔するなんて聞いてないんだけど?ちょっと、お前こっち見んなキモいから」

 

少女はササっと後退して、古兵衛と距離をとった。しかしそれでも、少女の蔑むような視線に、古兵衛は体が蕩けそうだった。

自然と、口が動く。

 

「……もっと」

 

「?」

 

「もっと、もっと蹴って踏んでくださいィィィ‼︎」

 

「えっ、ちょ……ぎゃあああああああああ⁉︎」

 

********

 

真選組屯所、取調室。本来そこに連れて来られるはずだった田中古兵衛が、ようやく屯所に到着したという。

先刻、田中古兵衛と称されて、名前の似ている田中加兵衛という善良な一般市民をズタズタにしてしまった土方達。脱力感がまだ否めないまま、ようやく本物の田中古兵衛がやってくると聞いて、気を引き締め直した。しかし、その時。

 

ドタドタ

 

「?」

 

突如、忙しなく聞こえてくる足音に、土方だけでなく、近藤、沖田、山崎も振り返る。

部屋の中に入ってきたのは、肩で息をする志乃。

 

「志乃ちゃん?あれ?確か志乃ちゃんって、とっつァんに呼ばれて奉行所にいる田中古兵衛を連れてくるよう言われたんじゃ……」

 

「はーっ、はーっ……み、みん、な……」

 

「だ、大丈夫志乃ちゃん⁉︎」

 

汗だくで走ってきた志乃を案じて、近藤と山崎が彼女に駆け寄る。背中を摩ってもらっていたが、背後から迫る殺気に、志乃は背筋を凍らせた。バッと部屋の入り口から逃げ出し、山崎の背中に隠れる。

 

「ど、どうしたの⁉︎」

 

「た、助けてっ……」

 

いつになく弱々しい声。縋るように、志乃は山崎の服にしがみついた。

すると、入り口の奥から、いも虫のように床を這ってくる男が一人。男は、拘束服を身に纏っていた。

ニィィと薄気味悪い笑みを浮かべて、にじにじとこちらへ迫ってくる。土方がチラリと志乃を一瞥すると、今まで見たことないほど怯えていた。

 

「オイ、何なんだアイツは」

 

「もしかして、奴が本物の田中古兵衛なんですかねェ?」

 

沖田が自分の予想をぶつける。土方は確認のために志乃に聞こうとしたが、恐怖に染まった目は目の前のいも虫男にしか映していない。

 

「ぁ……あ、ぁ…………や、やだっ、いやぁぁぁ‼︎」

 

「志乃ちゃん⁉︎」

 

いも虫男との距離が近くなり、志乃は悲鳴を上げて山崎から離れた。真っ二つに割られた机に足を引っ掛け、顔面から床にダイブする。その時に、沖田がすかさず携帯を取り出して志乃の転けた様子をカメラに収めていた。

いつもならそれに気づいて沖田に突っかかるが、今の彼女にそんな余裕はない。志乃の怯える様子を見て、土方はあのいも虫男と何かがあったのだと推測した。

いも虫男が近藤と山崎の横を通り過ぎ、さらに志乃に近づいていく。志乃もそれと共に後退し、ついに背中が壁に当たってしまった。ボソボソと小さな声で、いも虫男が志乃に言う。

 

「お願い……お願いします……」

 

「ぃ……いや、来ないでっ……!」

 

「お願いします……もう一度……」

 

「やだ、来るなっ、来るなァァァ‼︎」

 

恐怖に泣き叫んだ志乃が、ついに金属バットに手をかける。そしてそれを振り下ろし、いも虫男の頭を、床にめり込むほど強く殴りつけた。

いも虫男が床に顔を埋めている隙に、志乃はいも虫男の上を踏んで逃げ出す。一番近くにいた沖田に抱きつき、彼の背に隠れた。

 

「……オイ志乃、お前何があったんだ?」

 

「土方さん流石でさァ。恐怖に怯え慄くか弱い女の子にトラウマを掘り返させるつもりですか。外道ですねィ」

 

「うるせー!だったら誰かこの状況を説明しろ‼︎いきなり出てきて二人で何昼ドラみてーなの繰り広げてんだ‼︎一体何を見せられてんだ俺達は‼︎」

 

沖田は土方に罪を着せ、プルプル震える志乃の頭を撫で、彼女を落ち着かせようとした。余談だが、沖田は自分が彼女のために買った簪を志乃がつけているのを見て、少し嬉しかった。

しかし土方の言う通り、彼らは困惑していた。いきなり志乃が現れたと思えば、田中古兵衛と思われる男に怯えている。男も男で、何やら彼女に懇願していた。一体、何があったのか。その時、

 

「あのォ、すいません」

 

部屋に、さらにもう一人男が入ってくる。彼は、輸送車の運転手だ。

 

「運転してる途中に聞こえてきたんですけど……どうもあの殺人鬼、イラついた嬢ちゃんに蹴られたり踏まれたりしてたみたいなんです。そしたら、古兵衛が何やら新しい扉開いたみたいで……」

 

「つまり、奴は嬢ちゃんに調教されちまった、と」

 

「した覚えはねェよ‼︎」

 

沖田が話をまとめると、それに志乃が突っかかる。しかしまだ怖いのか、ぎゅっと沖田に抱きついたままだ。

 

「まァ、元々拷問受けても笑ってられるドMですからねェ。何がどう作用したのかはわかりやせんが、嬢ちゃんがどストレートだったんじゃありませんか?」

 

沖田がそう推測したその時、床にめり込んでいたいも虫男、いや古兵衛が、顔を上げる。

 

「お願いします、志乃様……もっと踏んで蹴って罵ってくださいィィ……‼︎」

 

「ひっ!」

 

恍惚とした表情に、志乃は身震いする。土方はこのままでは志乃の心が壊れかねないと判断した。

 

「志乃、お前はさっさとここを出ろ。あとは俺達がやる。オイ山崎、志乃を頼むぞ」

 

「は、はいっ!」

 

沖田から志乃を託された山崎は、未だ震える彼女の肩を押して、部屋を出た。

 

********

 

その後、古兵衛から暁党の情報をなんとか吐かせ、土方達は暁党のアジトに乗り込み壊滅させた。

その時は志乃もトラウマを引きずりながらなんとか戦っていたが、暁党には古兵衛と同じく拷問の訓練を受けている浪士がおり、彼らが彼女のトラウマを定着させるのにさほど時間はかからなかった。

戦闘はトラウマを掘り返され発狂した志乃により総員壊滅となったが、志乃はしばらくドMの恐怖に怯える日々が続いたというーー。




えーとですね。まだまだ無垢な志乃が、ドSでありながらドMが嫌いになるところを描きたかったんです。ちょっとかわいそうな気もしますがね。
あぁ、これでさっちゃんと絡ませたらどんな恐ろしいことになるか……(遠い目)。

次回、ついに橘の恋愛回です。


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片想いは伝えた瞬間に終わる

ずーっと触れてこなかった鈴ちゃんと橘の話です。何気に鈴ちゃん初登場。


この日、志乃は小春の働く団子屋でご馳走してもらっていた。みたらし団子をパクリと口にして、ちゃきちゃきと働く小春を眺める。

かつては花魁としてその名を馳せた彼女も、こうして見れば美人な町娘に見える。尤も、この職場を見つけられたのは、隣にいる女性のおかげだが。

 

薄桃色の髪を束ね、花のような可憐な笑顔を浮かべる彼女は、鈴という。この店の店主の娘で、幼い頃から手伝いをしてきた奉公娘だと聞いた。店主もそんな娘を可愛がり、二人はかぶき町でも有名な仲良し親娘なのである。

まだ攘夷浪士として放浪していた頃、素性も何も知れない小春を、鈴が匿ったことにより彼女らは知り合った。その後小春は一度獣衆の面々と再会し、志乃を養うために、鈴の紹介でここで働き出したのだ。

 

「よォ志乃ちゃん」

 

「こんにちは、おっちゃん」

 

志乃が来ていると聞いた店主が、にこやかに彼女の隣に座る。店主は手にもう一皿団子を持ってきた。

 

「いつも来てくれてありがとなァ。これ、おっちゃんからのおまけだよ」

 

「わぁっ!いいの⁉︎ありがとう!」

 

無邪気に笑って、志乃は店主から団子を頂く。三度の飯より団子を愛している彼女にとって、ご褒美以外の何物でもなかった。

もぐもぐと幸せそうに団子を食べる彼女に、店主が口を開く。

 

「なァ志乃ちゃん。万事屋であるアンタに、ちと頼みがあるんだが……」

 

「ん?なぁに?」

 

「鈴の、お見合い相手を探してくれんか?」

 

「…………は?」

 

突然の依頼に、志乃はポカンとする。

事情を聞くとこうだ。仕事一徹である鈴は、恋愛も何もすっぽかして父のために働き続けてきた。しかし、彼女も妙齢の女性。適齢期もそろそろ終わりにさしかかっているのだ。店主は自分のことを顧みない娘に、恋をして結婚してほしいと願っているのである。

 

「で、お見合い相手を探してほしい、と……」

 

「あぁ、志乃ちゃん顔広いだろ?万事屋の旦那にもお願いしようと思ったんだが……悪い男を呼ばれても困るからな。ってことで、色々鋭い志乃ちゃんにお願いしたいのさ」

 

「いいけど……でもちょっと待って」

 

お見合い相手、とはつまり、結婚を前提としたお付き合いをする相手ということである。志乃はよくよく落ち着いて、自分の周囲にいる男性を思い出した。

 

銀時…ストーカーがついてるし、鈴みたいな孝行娘は奴には勿体無い

 

新八…まだ未成年だし眼鏡だから無理

 

桂…指名手配だから論外

 

土方…確かにお似合いだろうけどマヨラーでドン引きされること間違いなし

 

沖田…ドSだから鈴が危険

 

山崎…地味だしヘタレだから多分無理

 

狂死郎…ホストだしいい人だけど多分向こうから断られる

 

勝男…ヤクザだから論外

 

東城…変態だから論外

 

「……ダメだ‼︎私の周りロクな野郎がいねェ‼︎」

 

「ウソォ⁉︎」

 

志乃が頭を抱えて叫ぶと、店主も絶望の声を上げる。

志乃は深呼吸して、もう一度思い直す。他に……他に男はいないか。ん?待てよ。ウチは?

 

時雪…自分の彼氏だからいくら鈴でも渡さない

 

八雲…沖田と同じ

 

橘…

 

あっ‼︎そうだ!橘なら特に問題がない‼︎

志乃は思わずガッツポーズをした。

 

「おっちゃん!いたよ、いい人!一人!」

 

「えっ、ホントか⁉︎」

 

「うん‼︎多分すぐにでもお見合いできると思うけど、する?」

 

「あぁ、是非頼むよ‼︎」

 

トントン拍子で話が進み、店主と志乃は固い握手を交わす。ここに、橘と鈴のお見合いが決まった。

二人はお互いに相手の名前を出さずに、お見合いに行かせることを決め、それぞれ説得することにした。

 

********

 

「断る」

 

「えっ」

 

夕飯を食べている時。橘は味噌汁を飲んで、お見合い話を断った。志乃がキョトンとしていると、橘は今度は肉じゃがに箸を伸ばす。

 

「えっ、ちょ、何て?」

 

「断ると言ったんだ。俺はお見合いなんかしない」

 

「ええええ⁉︎」

 

志乃は勢いよく立ち上がった。時雪に、「食事中に大声上げない」と叱られたが。

 

「そんな、向こうにも話つけちゃってるんだよ!お願い!」

 

「だったら八雲を連れてけ。俺は行かん」

 

「無理。こんな野郎のお嫁さんとかかわいそうなだけだから」

 

「全身の骨を折り畳んでやりましょうか、志乃?」

 

八雲が爽やかな黒笑いを浮かべる。志乃は全力で八雲から視線を逸らした。話の成り行きを見守っていた時雪が、口を挟む。

 

「ねぇ志乃、そもそもお見合い相手は誰なの?」

 

「ぅえっ⁉︎え、えーと……」

 

「もしかして、どこかの危険人物?」

 

「そんなわけあるか!たっちーの見合い相手に私がそんな悪女を選ぶと思う⁉︎」

 

時雪の問いに、志乃がキレ気味に答える。

 

「たっちーだけじゃない……私は、みんなに幸せになってほしいから。私を護ってくれた分、今度は私がみんなを護りたいの」

 

「………………」

 

橘は咀嚼していたじゃがいもを呑みほすと、湯呑みを手に取った。

志乃の気持ちは、正直嬉しかった。しかし、自分には想い(びと)がいる。彼女に一度も想いを伝えたことはないが、それでも会ったこともない相手とお見合いするなど論外だった。

 

「あのね、相手の名前は言えないんだけど……かぶき町に住んでる人だから、きっとたっちーも会ったことある人だよ」

 

お願い、と志乃が真っ直ぐ見つめてくる。橘はついに根負けして、お見合いを承諾した。

 

********

 

「嫌です」

 

「えっ」

 

一方その頃、団子屋の母屋。鈴が、店主から持ちかけられたお見合い話を断っていた。

 

「私今、結婚とかあまりそういうの考えてないんです。なので、ごめんなさい」

 

「いや、でも……志乃ちゃんにも頼んじゃったしなァ……」

 

「志乃ちゃんが?」

 

突如、父が常連の名を口にし、鈴は驚いた。

 

ーー志乃ちゃん、もしかして……父上に頼まれて?

 

父は予てから、「お前、いい人はいないのか?」とよく尋ねてきていた。前々から結婚を勧めていたのは知っていたが、まさか客にまでそんな話をするとは。鈴は呆れていた。

父に言っていないだけで、自分には好きな人がいるのに。恋なんて初めてで、どうすればいいのか鈴はわからなかった。そんな相手を差し置いて、お見合いなんて……。

 

「まぁ、会うだけ会ってみなさい。志乃ちゃんが紹介してくれる人だ。きっといい人だよ」

 

「…………わかりました」

 

しかし、せっかく客が御膳立てしてくれた見合い話を断る術はなく。鈴は、俯いて湯呑みを口につけた。

 

********

 

翌日、団子屋。

 

「……えっ?」

 

店主はキョトンとして、志乃を見下ろす。

 

「あの……志乃ちゃん」

 

「何?」

 

「あのさ……普通お見合いって言ったらさ、料亭とか行かない?なんで団子屋(ウチ)?」

 

そう。実はこの団子屋が、お見合い会場なのだ。店主は志乃と共に母屋の倉庫に隠れて、椅子に座っている鈴を見る。志乃が彼女から目を逸らさず答えた。

 

「変に高いとことか行ってもお互い緊張するでしょ。気の置けない場所の方がいいと思って」

 

「あ、そう……」

 

「あっ、来た」

 

向こうから歩いてくる橘に、志乃達は身を潜める。橘は鈴を見下ろすと、目を見開いた。彼に気づいた鈴も、一礼する。

 

「こんにちは、橘さん」

 

「……こんにちは」

 

橘も会釈を返してから、キョロキョロと辺りを見渡し、ぎこちなさそうに座る。二人が同じ椅子に座ったが、その距離は離れている。

 

「だ、大丈夫かな、志乃ちゃん……」

 

「さぁね、あとは二人が気づいてくれたらいいけど……なに、作戦はいくらでも用意してあるから」

 

不安げに見つめる店主に、志乃は不敵に笑って返した。

しかし、二人はそのまま約5分を共に過ごした。お互い会話を交わすこともなく、ずっと座ったまま。お互いがお見合い相手だと知らないから、当然なのだが。

 

「ちょ、志乃ちゃん二人共座って何も話してないよ⁉︎大丈夫なのコレ⁉︎」

 

「慌てるなおっちゃん!そんな時はぁ〜」

 

志乃がゴソゴソと懐に手を入れる。今の彼女はまさに某青ダヌキのようだった。

 

「たったらたったったーん!吹き矢〜(ダミ声)」

 

「って待てェェェェい‼︎」

 

懐から取り出したのは、一見可愛らしいが立派な武器。しかし、店主は真っ青になって志乃を止めた。

 

「何懐から可愛いカンジで武器取り出してんだよ‼︎大体なんでそんな危ないもん持ってんだ‼︎」

 

「真選組の倉庫からパクったんだよ。でも私は悪くない。こんなガキに入り込む隙を与えた奴らの警備体制が甘すぎるんだよ。だから私は悪くない」

 

「うるせェェ‼︎てめーは球磨川君か‼︎」

 

ギャーギャーうるさい店主を無視して、鈴に向けて吹き矢を向ける。口をつけ、息を吹き込んだ。

 

ヒュッ!

 

勢いよく吹き飛ばされた吹き矢が、真っ直ぐ鈴に飛んでいく。獣衆の一員・黒虎である橘は当然それに気づき、鈴を助けようと彼女に手を伸ばした。

しかし。

 

「あ、10円落ちてる」

 

「「「⁉︎」」」

 

鈴がさっと身を屈め、吹き矢の軌道から避けた。橘は差し出した手を咄嗟に引っ込め、吹き矢はそのまま飛び続ける。そして運悪く、ちょうどそこを通り過ぎたパトカーの窓を割った。

 

「うおおおおおお⁉︎」

 

しかもさらに運の悪いことに、パトカーに乗っていたのは土方。志乃は思わず頭を抱え、ダラダラと冷や汗をかいた。

ヤバい。今見つかったら確実に怒られる。殺される‼︎

 

「おっちゃん、腹を切ろう」

 

「いや、志乃ちゃんの自業自得だよね?」

 

「いいや!私に二人をくっつけろと命令したのはアンタだ!」

 

「だからって誰がそんな危ないもん持ち出してこいっつった‼︎ここはかぶき町の善良な一般市民の営む団子屋だぞ!」

 

倉庫でギャーギャーと喧嘩を始める志乃と店主。橘はその声を聞きとめ、小さく溜息を吐いた。鈴だけは、何があったのかわからず、目の前に止まるパトカーに首を傾げる。

 

「誰だ!吹き矢なんて危ないもん使った奴は‼︎」

 

「ホントに誰なんでしょうね。惜しかったなァ、あともう少し遅かったら土方は地獄行きだったのによ」

 

「あんだとコラァ‼︎」

 

目の前で、土方と沖田が恒例の喧嘩を繰り広げる。あっちの倉庫でも喧嘩、目の前でも喧嘩。面倒極まりない。

 

「…………」

 

「ふふっ」

 

「!」

 

隣に座る鈴が、くすくす笑う。

 

「面白いですね、橘さん」

 

「……はい」

 

彼女の可憐な笑顔に、橘もつられて笑う。橘はふと、気になっていたことを尋ねた。

 

「あの……鈴さんは、どうしてここに……?あ……ご自宅でしたね。当たり前か……」

 

「え?あ、いえ。実は今日、父に勧められてお見合いを……」

 

「え?」

 

「それで、待ち合わせ場所がここなんです」

 

「そうなんですか。……奇遇ですね、実は俺もここでお見合い相手と待ち合わせして……」

 

自分で言いながら、橘はハッとする。鈴も、驚いたように橘を見ていた。

お互い、お見合い相手を待っている。しかも、同じ場所で。まさか……二人は自然と見つめ合っていた。

喧嘩をしていた志乃と店主は、二人の変化に気づき、倉庫の中からその様子を伺った。

 

「…………あの」

 

「はい……?」

 

橘が、鈴に問うた。

 

「もしかして、お見合い相手が誰だか聞かされていませんか?」

 

「はい。あ、あの、橘さんも、昨日お見合いの話を急にされませんでしたか⁉︎」

 

「はい……志乃から」

 

「わ、私は、父から……」

 

鈴の言葉で、橘は今までの疑問全てがストンと落ちたようだった。フゥと溜息を吐き、立ち上がる。鈴も、彼に続いて腰を上げた。

ツカツカ歩いて、倉庫の前で立ち止まる。橘は容赦なく、その扉を開けた。

 

パン!

 

「うわっ!」

 

「あ……」

 

「父上?志乃ちゃんも!」

 

倉庫の中に隠れていた志乃と店主が、見つかったと言いたげに汗を垂らす。橘はまたまた嘆息した。

 

「……なるほど、今回のお見合い話を決めたのは、貴方達だったか」

 

「あ、あはは〜……」

 

「志乃、お前は今夜の修行を倍にしてやる」

 

「うげっ⁉︎」

 

橘の宣告に、志乃は愕然とした。

橘との修行という名の手合わせは、本当に恐ろしい。志乃はいつも獣衆の面々と修行をしているのだが、橘が相手の時は本当に嫌なのだ。

何しろ黒虎の一族は、獣衆の中で最高の剛力の持ち主。その力は、たとえ銀狼たる志乃でさえ敵わない。橘は根が真面目だからか、修行の際にも手を抜いてくれない。油断したらぶっ飛ばされ、病院送りにされたこともある。

志乃はガクリと膝をついてわかりやすい絶望オーラを放っていたが、橘は気にせず店主を見やる。

 

「す、すまねぇな……橘の旦那。俺ァどうしても鈴に早く結婚して幸せになってほしくてな……。昔から俺を支えてくれた自慢の娘よ、しかし俺のせいで遊びも恋も満足にできず……ダメな親父だよ、俺ァ」

 

「父上……」

 

「……おやっさん」

 

俯いた店主に、橘はしゃがんで肩に手を置く。そして、彼を真っ直ぐ見つめた。

 

「心配しないでください。俺が、必ず、幸せにします」

 

「旦那……」

 

「…………ぇ?」

 

「…………っ」

 

幸せにします。その言葉の意味を察した鈴は、頬を赤らめて橘を見た。橘も、顔を真っ赤にして、背ける。

復活した志乃は、二人の様子に「お?お?お?」とニヤニヤしていたが、橘の鉄拳により撃沈された。

一息吐いて、橘は立ち上がった。そして、鈴を見下ろす。

 

「…………あ、あの。鈴、さん」

 

「は、い……」

 

「お……俺、と…………俺と……ーーーー」

 

「〜〜っ‼︎」

 

付き合ってください。

 

鈴はずっと憧れていた男に告白されて、嬉しさでどうにかなりそうだった。とても嬉しかった。普段仮面を被ったように表情をほとんど変えない彼が、自分に告白するために、ここまで顔を赤らめてくれるなんて。

鈴は、ジッとこちらを見てくる橘に、満面の笑みで承諾した。

 

 

「やーっとくっついたわね、あの二人」

 

店の奥、厨房から見ていた小春が、呆れたように言った。

正直、小春は二人が両想いであることを知っていた。しかし、仕事に熱心な鈴は恋心に気づくのがやたらと遅く、橘に至っては普段の寡黙と内属性のヘタレが相まって、全く会話などできなかったのだ。

 

鈴の親友である彼女は、「橘さんを見てると、なんだか胸が苦しくなるの……」というなんとも可愛い相談に、頭を痛めたのを覚えている。これが恋を知らずに生きてきた結果か、と呆れたが、遊女である自分も同じようなものか……と納得し、鈴の相談に乗った。

彼らの恋心を知っていた小春にとって、今回ほどいい話はなかった。志乃がハプニング用にと持ってきた吹き矢にはヒヤヒヤしたが、いい方向に転んだようである。……え?土方が不憫?そんなの知らないわよ。

 

「オイ金獅子」

 

店の奥にいた小春に、土方が絡む。志乃の言葉を借りると、まさにチンピラだ。

 

「……今回は獣衆(ウチ)の棟梁が迷惑かけたわね。あとで私からも厳しく言っておくわ」

 

「…………あぁ。すまねぇな」

 

「気をつけた方がいいわよ。あの娘、ほっといたら貴方達の武器庫に侵入して盗んじゃうと思うから」

 

「あんのクソガキ……」

 

ギリ、と土方の奥歯が軋む。小春は呆れて、肩を竦めた。

 

ーーごめんなさい、志乃ちゃん。今回ばかりは流石の私もフォローし切れないわ……。

 

そしてもちろん、起き上がった志乃が土方にどやされるのは言うまでもない話。




一話でくっつくってどういうことなの。

次回、地雷亜篇!いきまーす!


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地雷亜篇 師弟の絆は断ちがたしもの
夜の蜘蛛は縁起が悪いっていうけど蜘蛛見ただけでもかなり気分が悪い


地雷亜篇来ました。やっと。
出てきますからね〜、松陽のことがチラッと。
それと、獣衆にも変化が訪れます!


草木も眠る深い夜。この日、小春はかつての故郷に帰っていた。

彼女の故郷、吉原桃源郷は鳳仙の後任となった神威が実権を握ってからは、一切の野放し状態。おかげでそこに住む人々の自治により成り立っているのが現状だが、実際はそこまで良いものではなかった。

 

そんな夜の街を、小春は自分の部屋の窓から見下ろしていた。小春が住む部屋は、吉原に数ある楼閣の最上階。かつて日輪と共に名を馳せた遊女であったからか、それとも獣衆の一人だからか。吉原での彼女の地位は高かった。

空を見上げると、綺麗な月が浮かんでいる。小春は、凛として佇む月に、二人の女を思い浮かべた。

 

一人は、吉原の自警団・百華の頭である月詠。もう一人は、自身の棟梁であり、仕えるべき幼き主君……霧島志乃。

月詠は名前にもあるように、吉原の平和を人知れず護る、まさしく月のような女だ。

対して志乃は、月というよりかは太陽が似合う明るい少女。なのに、小春は月を見ると必ずその横顔が思い浮かぶのだ。

 

小春は小さく溜息を吐き、机の引き出しを開ける。昔自分が遊女だった頃の、髪飾りや装飾品が転がっていた。机の上に煙草盆が置いてあり、そこに母が愛用していたキセルが置かれている。小春は懐かしく感じ、それを手に取った。

キセルに煙草を入れ、火をつける。フゥッと紫煙をくゆらせると、もう一度月を見上げた。

 

********

 

翌朝。小春は久々に、日輪の経営する茶屋に足を運んだ。仕事服である花魁の衣装に身を包み、煙草の煙をくゆらせながら歩く。

店の前で、日輪と晴太が待っていた。

 

「あっ、小春姉!久しぶり!」

 

「来てくれたのかい、小春。わざわざありがとうね」

 

二人は小春の姿を見て、甲斐甲斐しく声をかける。小春もフッと頬を緩ませ、日輪の隣に座った。ふと、小春はもう一人いないことに気づく。

 

「日輪、月詠は?」

 

「まだ寝てるよ。最近忙しいみたいでね」

 

「……やっぱりね」

 

小春は日輪の言葉を受けて、納得したように言った。

 

最近吉原の治安は、悪化の一途を辿っている。鳳仙がいなくなってから、確かに吉原は自由になった。しかし、今まで鳳仙の力を恐れて吉原に近づいてこなかった者達が、吉原に集まりつつあるのだ。

攘夷志士による蛮行、強盗、押し込み、麻薬売買……起こる事件はキリがない。おかげで、百華も首が回らなくなっている。

 

未だ現役遊女として時々吉原に帰る小春も、その話は以前より聞いていた。自分も百華の一員になって、取り締まりを手伝おうと思ったが、月詠に断られているのだ。

相変わらず責任感の強い女だ。小春は煙と共に溜息を吐いた。

 

すると、茶屋に向かって歩いてくる三人の姿が目に入ってきた。志乃の兄貴分である銀時が経営する、万事屋の三人だ。小春は銀時を見た途端、眉をひそめた。

 

「あれ?小春さん?」

 

「志乃ちゃんのところにいる姉ちゃんアルか」

 

「んだよ、お前こんなとこで何してんだ?ていうか何その化粧。めっちゃケバ……」

 

パァン!

 

銀時の失言にキレた小春が、彼の足元に銃を発砲する。

もちろん威嚇射撃だ。当てるつもりはない。当てたら志乃に嫌われるからだ。

小春の元に、新八と神楽が歩み寄る。銀時も続こうとしたが、またまた発砲されたためそれ以上近づけなかった。

 

「小春さん、まだ花魁やってたんですか?」

 

「団子屋の看板娘に万事屋に花魁アルか。人間は三足の草鞋なんか履けないアル」

 

「まぁね。これが私の仕事だったから」

 

「なんだよ、仕事っつったってお前こんなんただのビッ……」

 

パァンパァン!

 

「うおおおおお‼︎」

 

小春は銀時を見ずに、的確に彼を狙って引き金を引く。銀時は絶叫しながらなんとかかわした。

 

「何しやがんだァこの尻軽女ァァ‼︎」

 

「うるさいわねこの天パ」

 

「あぁん⁉︎テメー天パバカにしやがったな?今この瞬間から、世界中の天パを敵に回したぞ‼︎」

 

「天パが束になってかかってきたって何も怖くないわ。所詮貴方達は弱いんだから。それとも、私が今すぐ貴方の白い頭を真っ赤に染めてあげましょうか?」

 

「ちょっと、やめてくださいよ二人共」

 

二人の喧嘩に、新八が割って入る。その時、茶屋の前に一人の少女が現れた。

 

「日輪さーん、団子ちょーだい」

 

「ハイハイ」

 

ふと現れた第三者に、銀時、新八、小春は固まる。神楽はどうでも良さそうに鼻をほじっていた。

少女は晴太から団子を受け取ると、近くにある椅子に座って食べ始める。

 

「ん、やっぱ美味いな〜」

 

「……何やってるの志乃ちゃんんんんんんん⁉︎」

 

新八の絶叫が、辺りに響き渡る。

そう、この少女とは何を隠そう、霧島志乃である。

吉原炎上篇のラスト回でわかる通り、志乃は全員から吉原行きを拒否されていた。理由はまだ子供の志乃には早いものがたくさんあるからだが、そんな彼女が、堂々と吉原にいる。ということで、銀時達は一時パニックに陥った。

 

「オイぃぃぃぃ‼︎何でお前がこんな所にいるんだァ‼︎帰れ‼︎あるべき所へ帰れ‼︎」

 

「そうよ!貴女がこんな所に来ちゃいけないのよ⁉︎ていうか日輪も晴太くんも何普通に受け入れてんのよ‼︎」

 

「日輪さーん、団子おかわりちょーだーい」

 

「「話聞けェェェ‼︎」」

 

銀時と小春の平手打ちが、同時に志乃の頭に炸裂する。普段仲の悪い二人だが、志乃が関係すると、シスコンと過保護を爆発させて息ピッタリな攻撃を繰り出すのだ。

 

「いったい‼︎何すんの二人共‼︎ていうか何でいるの⁉︎」

 

「こっちのセリフだバカヤロー!」

 

「何でここに来たのよ、志乃ちゃん!」

 

「何でも何も、依頼受けたからだよ」

 

「依頼?」

 

志乃は頭を摩って、小春の問いに答える。その答えを、新八が復唱した。そこに、ようやく月詠が現れる。

 

「よぉ、久しぶりじゃな」

 

「……なんだ、相変わらず変わり映えのしねぇ殺風景な奴だな」

 

「相変わらず変わり映えのしない焼け野原みたいな奴じゃな」

 

「オイどーいう意味だソレ。まさか俺の頭のこと言ってんじゃねーだろーな」

 

「当たり前でしょ」

 

志乃が冷たくあしらうと、銀時が突っかかってきた。

 

「お前もちょっとはフォローしろや‼︎何なんだよ今日はみんな寄ってたかって俺のこといじめやがってよォ!かわいそう‼︎俺かわいそう!」

 

「俺かわいそうアピールって寒いよね」

 

「志乃ォォォ⁉︎」

 

いつになく、志乃の銀時への扱いが雑だ。いつもはシベリアくらいなのだが、今日は南極大陸並みの冷たさである。

久々に銀時や志乃達に会えて、晴太のテンションも上がる。

 

「じゃあ、みんな揃ったところで楽しく……」

 

「ちょっと悪いけど晴太、席を外してもらえないか」

 

「い"い"い"い"い"⁉︎」

 

しかし、母に席を外してくれと頼まれた。晴太はわかりやすくがっかりする。

 

「ちょっと待って、オイラまだまともに喋ってないよ?姉ちゃんに団子運んだだけだよ?コレで退場⁉︎」

 

「元気な姿見せれただけでも良かったアル」

 

「そんなァ〜」

 

「まぁまぁ。またあとで遊ぼう、晴太」

 

苦笑いを浮かべつつ晴太を慰める志乃。銀時は溜息を吐いた。

 

「オイオイ勘弁してくれよ。俺今日は完全にオフモードで来てるんだけど」

 

「お願い、吉原の救世主様」

 

日輪は、両手を合わせて銀時と志乃に懇願した。

 

********

 

先述したように、吉原では治安の乱れが問題となっている。たくさんの事件が起こる中、特に問題視されているのは、魔薬売買。身も心も擦り切れた遊女達が、一時の快楽を求めて非合法薬物に手を出す。吉原は今や、魔薬中毒患者が街を徘徊している深刻な状況に陥っていたのだ。

そして、この吉原の魔薬の取引の一切を執り仕切っているのが、吉原の上客と言われている羽柴藤之介という男。しかし、彼はいくつもの名前、いくつもの肩書きを持っており、月詠達が掴んだ情報も、全てあてにならないのだという。

 

「そんな野郎、どうやって捕まえればいいの?」

 

志乃は銀時についていって、地上で月詠と共にその男を探していた。銀時も志乃の言葉に乗る。

 

「そーそー、吉原の救世主ってもな、こっちは騙し騙しなんだよ。知ってんだろお前も。悪徳商法だよほとんど俺は」

 

「それでも地上(こっち)の世情に通じているぬしらの力がいるんじゃ。心配いらん、掴むものは掴んでおる」

 

「何を?」

 

「蜘蛛を見た。奴を張っている折、しかとこの目で見た。あの男の首に、蜘蛛の入墨があるのを」

 

「…………」

 

「蜘蛛か……」

 

蜘蛛の入墨、と聞いて、銀時と志乃には心当たりがあった。二人は互いを見て、頷き確認し合う。

 

「…………自信はねーが、仕方ねぇ。引っかかってみるか、蜘蛛の巣に。……志乃。奴らの居場所、わかるか」

 

「うん」

 

志乃はこくんと頷いてから、月詠の前を小走りで抜かした。

 

「案内するよ。私についてきて、二人共」

 

********

 

志乃が二人を連れてきたのは、古ぼけた廃寺の御堂。その扉を小さく開いて、中を覗くと、蜘蛛の入墨を入れた男達が、酒を呷りながら博打を楽しんでいた。それを眺めながら、志乃が彼らを説明した。

 

「紅蜘蛛党、ここが奴らの縄張りの博徒の集まりだよ。ただサイコロ転がしてるだけならまだカワイイもんだけど……攘夷と称して押し込み・恐喝・殺人、何でもやる盗賊みてーな連中さ」

 

「まぁ吉原の巨悪にしちゃちょっと役不足の感もあるが、何か繋がりがあるかもしれねぇ」

 

志乃は真選組でバイトをする傍ら、攘夷とは名ばかりの連中を洗いざらい調べ、逮捕していた。桂のように志のある者は放っているが、紅蜘蛛党のような連中は見るだけでも壊滅させたくなるほど大嫌いだった。紅蜘蛛党も例に漏れず彼女の知るところとなり、近々大量検挙しようとしていたのだが、好都合だ。

ところが、銀時に月詠共々帰るよう促される。

 

「お前らは帰れ。女連れじゃここは目立つ。それに、女は足の多い生き物は嫌いだろ」

 

「たわけが、百華の頭がこんな所で帰れるか。それに、女などとうに捨てたと言っている」

 

「そういう奴に限って、満員電車でちょっと肘オッパイに当たっただけで訴えるとか言い出すんだよ、帰れバカ」

 

「だったら触ってみるがいい。わっちは平気じゃ」

 

「あ?」

 

二人は仲が悪いのだろうか。志乃は銀時と月詠を交互に見て、首を傾げた。

 

「わっちもナメられたままじゃ収まりがつかん、触れ」

 

「触るワケねーだろ。余計なトラブルごめんなんだよこっちは」

 

「ぬしとTo LOVEるになどなりはせん、たわけ。さっさと触れ」

 

「いい加減にしなさいよ、女の子がそういう事言うもんじゃありません。そういうものは大事な時にためにとっておきなさい」

 

何言ってんだコイツ?志乃は眉をひそめた瞬間、左手に何かが這い上がってくるのを感じた。思わずゾッとして、左手を見る。小さな蜘蛛が、手に乗っていた。

 

「ぎゃああああああ‼︎蜘蛛ォォォォォ‼︎」

 

「どおっ⁉︎」

 

発狂した志乃が銀時にぶつかり、不可抗力を受けた彼もバランスを崩した。そして、銀時の顔がちょうど月詠の胸に挟まる。

銀時は最悪の事態に、真っ青になる。志乃も真っ青になって、蜘蛛を飛ばそうと腕をブンブン強く振りまくった。

 

「………………あれ………………これは」

 

「何さらしとんじゃァァァァ‼︎」

 

次の瞬間、真っ赤になった月詠が銀時にジャーマンスープレックスを決めた。その時ちょうど、志乃の手から蜘蛛がいなくなる。

 

「お前……言ってる事とやってる事違くね?」

 

「黙りんす、ぬしに言われたくない」

 

「銀、最低だね」

 

「うるせーよ元はといえばお前が!」

 

「あのォ」

 

銀時と志乃の口喧嘩が始まろうとした時、第三者の声が割って入る。

 

「おたくら、誰⁉︎」

 

どうやら先程のジャーマンスープレックスで御堂の扉を破壊し、紅蜘蛛党の連中にバレてしまったらしい。三人は、固まる他なかった。

 

********

 

紅蜘蛛党に囲まれる中、真ん中に三人は座っていた。頭らしき大男が、尋問する。

 

「てめーらどこの組のモンだ。人の賭場覗いて何やってた、正直に言え」

 

「ぱふぱふやってました」

 

「んな奴いるかァァもっとマシな嘘を吐けェェ‼︎」

 

バカげた回答に大男がキレる。志乃は銀時の着流しを引いて「ぱふぱふって何?」と問うていたが、「お前は取り敢えず黙ってろ」と一蹴された。

一つ舌打ちを立て、志乃は足を崩して胡座をかく。ここは黙って、銀時が事を上手く運んでくれるのを期待することにした。

 

「いやホントにやってたんです。やってたっていうかやらされてたっていうか」

 

「妙な言い方はやめろ」

 

「とにかくぱふぱふやってただけで怪しい者ではないっス」

 

「やってたらやってたでそんな怪しい奴見た事ないわ」

 

「あのォ……実は俺達、この紅蜘蛛党に入りたくてやってきたチンピラでして」

 

おっ、早速やってくれたな。志乃は口角を上げた。隣に座る月詠は驚いていたようだが、「話合わせて」と小さく彼女に言う。

 

「何ィ?チンピラ。ほぅ、いい度胸じゃねーか兄ちゃん。女子供連れでこの紅蜘蛛党党首雲海様に挨拶か」

 

「いやいやいやいやそんな失礼な事しませんって。勘弁してくださいよウンコデカイ様」

 

「誰がウンコデカイ様だよ。最近便秘気味だバカヤロー」

 

知りたくもない事情を知ってしまった。志乃は心の中で頭を抱えた。

 

「俺達チンピラの夫婦なんです。こいつは俺の妹で、夫婦と妹揃って紅蜘蛛党入るくらい気合入ってんスよ。なっ、チンピラだもんな俺達。子供の襟足メッチャ伸ばしてるもんな。スカジャンとか無理矢理着せてるもんな」

 

志乃は月詠の袖を小さく引き、「話合わせて!」と視線を送る。

 

「そ……そうじゃな、私がレディースの頭で銀時が西校の番で一匹狼の寂しそうな背中に惹かれて17でデキ婚。胎教で湘南乃風聞かせて双子生まれて、大亜(だいあ)武路軀(ぶろっく)も今じゃ襟足が腰まで伸びたな」

 

「大亜武路軀って子供にどんだけ気合い入れた名前つけてんだ」

 

「頭ァ間違いありやせん、コイツら生粋のチンピラですぜ」

 

流石吉原一空気の読める女!嘘なのにここまで他人を騙せるなんて!志乃は小さくガッツポーズをした。

 

「仲間に入れてやってもいいんじゃないですか?こんなイイ女が二人も来てくれるなら大歓迎だ。一人は多少傷モノみてーだが、ゲハハハ!」

 

「オイオイ人妻と子供だぜ」

 

「そこがいいんだよ、他人のモン奪って犯る時が一番興奮すんだヨ‼︎」

 

「バカ言え、何も知らねー発達途中の子供を犯るからイイんだろ⁉︎」

 

「さっさと旦那殺って俺達も一人ずつぱふぱふしてもらおうや」

 

男達の欲の視線に、志乃は思わず身震いした。敵の殺気を前にしても、ここまで怖いと感じることはないのに。

刹那、隣から刃物の気を感じて、サッと猫のように身を丸める。建物の壁一面に、クナイが突き刺さった。投げたのは月詠だ。

 

「あまりナメた口をきくなよ。わっちがその気になればこの場にいる全員、一瞬で串刺しにできるぞ。もしもわっちや義妹(いもうと)に手を出せば、タダじゃ済まないと思え。それに忠告しておく。ウチの旦那はわっちの100倍強いぞ」

 

「旦那串刺しになってるけど」

 

クナイを全方位に投げたということは、彼女の隣にいる銀時と志乃も射程範囲内に入っているということだ。それを察した志乃は体を丸めて難を逃れたが、銀時は遅かったようである。

 

「急に投げるから……一言言ってよ」

 

「…………すまん」

 

「ゲハハハハ。旦那はともかく女の方は役に立ちそうだな。用心棒は何人いても足りねえんだ。せいぜい働いてくれ」

 

こうして、銀時達はなんとか紅蜘蛛党に潜入することができた。

 

********

 

夜。目的地に向かうトラックの荷台の中で、月詠は銀時に小声で話しかけた。

 

「銀時……。もし……もしもだ。この紅蜘蛛党があの件と全く関係なかったら……わっちらはどうなるんじゃ」

 

「まァ、アレだろうな。普通に犯罪の片棒を担いで、…………棒を担いだまま終わりだな」

 

「終わりじゃないだろう、別のモノが終わるだろう」

 

「え?じゃあどうする、棒高跳びでもする?ハワイあたりに」

 

「オイ殺されたいのかぬしは。大体この車どこに向かってるんじゃ」

 

「大丈夫だよ、麻薬倉庫か何かでしょ。その辺で繋がり出てくんじゃないの?」

 

志乃は隣に座る男に尋ねた。

 

「ねぇおじさん、この車どこに向かって走ってるの?」

 

「かまぼこ工場」

 

情報を手に入れた志乃は、早速小声で二人に報告した。

 

「やった、かまぼこ工場だって!」

 

「やったじゃないだろ何をしに来てるんだ貴様は‼︎つーかコイツらかまぼこ工場に何しに行くつもりじゃ」

 

「アレだろ、かまぼこから作る新種の麻薬なんじゃね」

 

銀時が不安を募らせる月詠を宥める。班のリーダーらしき男が立ち上がって言い渡した。

 

「じゃあ現地に着く前に作戦を確認する!取り敢えず持てるだけかまぼこ持って超逃げて」

 

「どんな作戦だ‼︎普通にかまぼこ盗みに来てるだけだぞコイツら‼︎」

 

超単純な作戦に月詠が思わずツッコミを入れた。ここは一応敵地なのだが。その時、トラックの荷台の扉が開く。

 

「ハイ着きました、じゃあかまぼこ班はここで降りてください。麻薬班はこのまま倉庫に向かうんで引き続き乗っててください」

 

「麻薬班とかまぼこ班⁉︎なんでよりによってそんなチョイスで分かれてるんだ」

 

「オイ降りろ、お前らはかまぼこ班だ。持てるだけかまぼこ持って超逃げて」

 

いつの間にやら銀時と志乃と月詠もかまぼこ班に分けられていたらしい。しかし、自分達はあくまで麻薬売買の調査のために来たのだ。月詠は指示を出してきた浪士に頼む。

 

「スイマセン、かまぼこ苦手なんで麻薬班にしてください。あのピンクのトコ見るだけで吐きそうになるんで」

 

「あー、そうなんだ。じゃあお前の分は笹かまぼことかにしとくわ」

 

「銀、私チーかまがいい!」

 

「何で貴様らもかまぼこに行くんじゃあああ!」

 

意気揚々とかまぼこ班に向かおうとするバカ兄妹を引き止め、なんとかトラックの中に残ることに成功する。

トラックを降りていったかまぼこ班が何故か完全武装集団なのにかわって麻薬班がひょろひょろのおっさんただ一人なのに不安を覚えつつ、トラックは走り出した。



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蜘蛛の糸に引っかかると何か嫌

やってきたそこは、コンテナの立ち並ぶ埠頭だった。そこでは蜘蛛の入れ墨を入れた浪士達が、次々と麻薬を運んでいく。その数は数えきれないほど多かった。

三人はコンテナの影に隠れて、様子を伺いながらヒソヒソと話す。

 

「どうやらあちこちから盗賊団やら攘夷浪士やらが集まってるみたいだな。俺達の就職先は、ここじゃ末端中の末端の下請け会社に過ぎなかったらしいぜ」

 

「たりめーだろ。かまぼこ強盗なんぞにうつつを抜かす輩が何に使えるってのさ」

 

「だが、どうにか糸は掴んだようじゃな。大蜘蛛の巣に繋がる、たった一本の糸が」

 

月詠は懐から単眼鏡を取り出して、攘夷浪士に指示を出している男を見る。空はすっかり暮れて真っ暗だったが、志乃も月明かりを頼りに目を凝らした。

男の背中を見た瞬間、志乃は彼から発せられる雰囲気に、眉をひそめた。隣に立つ浪士とは全く違う雰囲気。それはまるで、殺気ともとれるような鋭いものだった。

男がゆっくりとこちらを振り返る。その時、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

「ツッキー‼︎」

 

「⁉︎」

 

月詠に突進するよう抱きついて、突き飛ばす。刹那、こちらへ飛来してくる殺気を咄嗟に右手で受け止めた。

 

ドスッ!

 

「ぐっ⁉︎」

 

「志乃‼︎」

 

「勘付かれた、逃げろ‼︎」

 

突如飛んできたのは、クナイだった。志乃の手に深々と突き刺さったそれをすぐに抜き捨て、銀時に叫んで反対の手で月詠の手を引いて走り出す。

 

「オイオイウソだろ⁉︎この人だかりの中、しかもあんなとこから」

 

「とにかく逃げるよ‼︎急いで!」

 

コンテナの間を通り抜けると、少し広い場所へ出る。先程の騒ぎに気づいた攘夷浪士達が、三人に襲いかかってきた。志乃も金属バットを左手に持ち直し、敵を薙ぎ倒していく。

 

「くそっ、埒が開かないよコレ‼︎」

 

「チッ、だから蜘蛛は嫌いなんだよ」

 

「銀時、志乃、わっちが時間を稼ぐ‼︎その間にぬしらは吉原に戻って日輪と百華にこの報せを‼︎」

 

圧倒的な力で敵を倒していく三人は、一度背中合わせになる。

 

「冗談よせよ、こんなムセー野郎だらけの所に女一人置いて逃げられるか。そいつぁ俺の役目だ」

 

「この件にぬしらを巻き込んだのはわっちじゃ。わっちも必ず後から行く」

 

「ワリーな、別れ際に女が吐く戯言は真に受けねェ事にしてるんだ」

 

「わっちを女扱いするのはやめろ、そんなものはこの傷と共に捨てたと何度も言っている」

 

「ケッ、ぱふぱふくらいでギャーギャー喚いてた奴が抜かしやがるじゃねーか」

 

背中合わせになってもどちらが残るかで言い合う二人。まったく、仲が良いんだか悪いんだか……志乃は二人の会話に割って入った。

 

「じゃあ私が残るから二人は早く吉原に……」

 

「「お前はダメだ(ぬしはいかん)‼︎」」

 

「何でそこだけ揃うの⁉︎」

 

当然といえば当然の結果なのだが、志乃は理不尽だ!と怒る。基本自分で先に動く月詠と妹離れできない過保護な銀時が、彼女を一人残すはずがなかった。

しかし月詠は何やら複雑な表情だった。

 

「………………お願いだから……行ってくれ。お前とは対等な立場でいたいんじゃ。お前といると……決心が鈍る。…………これ以上、わっちの心を掻き乱すな」

 

次の瞬間、刀を振り上げた浪士が月詠に襲いかかる。月詠の反応が遅れたのを見た銀時は、咄嗟に浪士の顔を木刀で殴り飛ばす。

 

「よそ見してんじゃねェェェ‼︎」

 

何かの気配が、銀時の背後に現れた。背中合わせになっている、志乃でも月詠でもない誰か。

 

「よそ見は、お前さんの方さ」

 

金属音。クナイの音だと察した瞬間、彼の身体中に痛みが走る。クナイが両腕と左肩、右足に刺さったのが見えた。

 

「銀ッッ‼︎」

 

「おのれはァァ‼︎」

 

膝をつくと、すぐに志乃が駆け寄ってくる。月詠がクナイを投げて応戦しようとしたがーー、

 

「お前は、黙ってろ」

 

月詠も肩や腕、足にクナイを投げ込まれ、血を流す。

 

「ぐっ」

 

「月詠‼︎」

 

「ツッキー‼︎」

 

蹲った月詠はクナイを引き抜き、捨てる。彼女の元に、二人を傷つけた張本人の男が歩み寄った。

 

「…………必ず来ると思っていたぞ、月詠」

 

「…………‼︎」

 

「美しくなったな、見違えるほどに。だが……その魂は、醜くなった。無残なほどに」

 

「きっ……貴様……一体……誰じゃ」

 

志乃は痛みに顔を歪めながら、男を睨む。

その口ぶりから、男は月詠を知っているようだった。しかし、月詠は彼のことを知らないらしい。新手のストーカーか?と一瞬疑問が過ったが、彼の手が目の前に伸びてきたのを見ると、それが吹き飛んだ。

一瞬のうちに首が圧迫され、絞め付けられる。強い力で体が持ち上がり、コンテナに押し付けられた。

 

「ぐほっ……」

 

「志乃ォォォ‼︎」

 

背中をぶつけたコンテナが、破壊されている。メキメキと骨まで折られそうな握力に、息ができない。

 

「ぁ……かっ、は……」

 

「随分とか細い……こんな弱い手で俺の月を欠けさせたのか」

 

「ぁ、く……」

 

男の手首を掴んで引き剥がそうとしても、体に力が入らない。涙で歪む視界に、月の光を反射したクナイとその後ろに白を見た。

 

ドッ‼︎

 

男の脇腹に、木刀の一太刀が入る。首を絞められていた力が一瞬緩み、その隙に目一杯に足を伸ばして蹴り飛ばす。ドサっと倒れ込んだ前にすぐに波模様の着流しが見えて、志乃はホッとした。

 

「ゲホゴホッ‼︎ケホッ……」

 

咳き込んだ瞬間、蹴飛ばされた男がクナイを投げる。倒れた志乃の前に立った銀時はクナイを打ち落とし、男と斬り合った。銀時は頬に切り傷が、男は額にヒビが入った。

 

「……なるほど。その手負いでその身のこなし……流石は鳳仙を倒しただけはあるな」

 

「てめーは一体何者だァァ‼︎」

 

銀時が木刀を横に振るうと、男は跳躍してかわし、月詠の前に降り立った。

 

「背中を預けられる存在……護るだけではない護ってくれる存在を初めて得て、捨てたはずの女が己は内に蘇ったか。それとも、惚れたか。あの男に」

 

ようやく息が整い、フラつく足で立ち上がり金属バットを拾う。絞められた首はまだ痛みを残していた。

男は語りながら、月詠を見る。

 

「月詠。言ったはずだ。女も捨てることができん奴に、何も護ることはできないと」

 

それまで訝しむようだった月詠の目が、大きく見開かれる。男はヒビの入った額の皮膚をビリビリと破っていく。銀時も衝撃的な光景に、男から目が離せなかった。

 

「己かわゆさに己を護る者が、どうして何かを護ることができる。私を滅し初めて公に奉ずることができる。公とは何か。幕府でも将軍でも主君でもない。己が信じ、護るべきものだ」

 

ビリビリ、ビリビリ。破られた破片が、コンクリートの地面に落ちていく。男は、月詠の元に歩み寄った。

 

「太陽のように人の上に輝けなくとも、人知れず地を照らす(おまえ)の美しさを俺だけは知っている。俺だけは見ていてやる。俺だけは……お前を護ってやる。そう……俺は護りにきたのさ。かつての美しい(おまえ)を」

 

男の顔の右半分の皮膚が、破れ落ちる。肉が露わになったその顔を見て、月詠は震える声を絞り出した。

 

「し…………師匠⁉︎」



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美しくても醜くても女は女

「し……師匠」

 

「…………⁉︎」

 

喉を押さえて立ち上がった志乃は、驚愕の色を写した目で男と月詠を見る。

 

ーーあの男は、ツッキーの師匠だったのか。にしても何だあの顔は。一体、どうなってやがる……?

 

次々と湧き上がる疑問に対する答えは出ない。

 

「……師匠……何故ぬしが…………生きている。何故ぬしが、こんなマネをしている⁉︎」

 

普段冷静な月詠の声が震える。吉原に襲いかかる巨悪の正体が、かつての師だったのだ。その衝撃は、銀時や自分よりも大きいだろう。しかし、男の態度は変わらない。

 

「知れたこと。お前に会うためさ、月詠」

 

「会うためだァ?」

 

第三者の声に、男が振り返る。赤い目を鋭く光らせた志乃がそこにいた。

 

「だったらこんなまどろっこしいマネしねーで、直接会いに行きゃあいいだろーが。お前はツッキーの師匠なんだからよォ、会いに行ったところで誰にも拒絶されねーだろ……」

 

ドブッ

 

突如、左肩と腹に激痛が走る。男にクナイを投げつけられたと悟るのは、早かった。

 

「志乃‼︎」

 

銀時が志乃を案じて駆け寄る。刺さったクナイを引き抜くと、血が吹き出て虚脱感に襲われた。体がガクッと崩れ、それを銀時が支えた。

銀時に睨まれた男は、口角を上げたまま月詠を振り返る。

 

そしてーー彼は月詠を作品と称した。月詠は、彼が心血を注いで作り出した一個の芸術品だと。

 

「死を装い吉原から消えた後も、ずっと見ていた、月詠(おまえ)だけを。頼るものを失くし一人で必死に吉原を護るお前の姿、本当に美しかった。まるであの月のように。私を滅し公に奉じる時人は、肉体も善も悪も超越し、その美しい魂だけを浮かび上がらせる」

 

彼女という作品は、彼なしでは完成しなかった。しかし、師が存在しても完成しなかった。

心に依り所を持つ者が、己を捨てられるわけもない。頼る者のない孤独に耐え得る強き心を持ってこそ、初めて己を捨てられる。

 

「お前はあの時、俺という存在を失うことで、一度完成したんだ。そう、それで終わりになるはずだった。お前さん達が現れるまではな」

 

男はチラリと銀時と志乃を一瞥してから、月詠に歩み寄り、彼女の首に手をかけ持ち上げた。

 

「まさかかような者達に心を許し、あろうことか共に鳳仙まで倒してしまうとは。月詠、お前は何もわかっていない。お前に必要なのは、依るべき所、頼るべき者などではない。孤独と、その剣を向けるべき敵だ」

 

銀時が木刀で男に斬りかかるが、男は銀時を振り返らずにクナイでそれを受け止めた。

 

「見ていろ月詠。今お前の目の前でお前を護る者達は消える。そして夜王に代わるお前の新たな敵がここに生まれるんだ。この地雷亜がな」

 

「銀時ィィィィ!逃げろォォォ!」

 

月詠が叫んだ瞬間、地雷亜の背中から、無数とも言える数のクナイが飛び出した!

四方八方に飛び出したそれは敵味方に関係なく降り注ぐ。志乃も痛む左肩を無理矢理動かし、金属バットで襲いくるクナイを弾いていった。

 

「‼︎」

 

「フフッ、逃げられはしないぞ。既にお前さん達は、俺の巣の中だ」

 

上空に気配を察知して、夜空を見上げる。宙に、地雷亜が浮いていた。

 

「なっ……⁉︎」

 

驚くのも束の間、クナイが飛んでくる。

跳躍してそれをかわすと、背後に殺気を感じた。それと同時に、背中にクナイが突き刺さる。

 

「ぅがっ!ぐっ……」

 

よろけたところに、クナイが今度は太ももに刺さった。

絶え間ない攻撃と宙を舞う地雷亜のスピードに、ついていけない。目で追うのがやっとだ。

 

「軌道が、読めねェ!」

 

離れて戦う銀時も、地雷亜の動きに翻弄されている。銀時でも勝てない相手に、自分が勝てるのか。

何か打開策はないのか……!空を見上げた志乃は、月明かりに照らされて光るものを見た。それは空中を走り、その先にはクナイが繋がっている。

 

ーーまさか野郎、この糸を伝って……⁉︎

 

先程の大量のクナイは、地雷亜がこの場を自由自在に飛ぶための糸を張り巡らせるためだったのか。

 

「志乃、こっちだ‼︎」

 

銀時も同じことを考えていたらしく、先行して走る。クナイの刺さっていない場所なら、糸もないはずだ。クナイはコンテナに刺さっているから、その先の海のすぐそばなら、何もない。そこへと走る。

しかし。

 

「蜘蛛の巣というものはな、かかったと気づいた時にはもう何もかも遅いのさ」

 

銀時の横を、地雷亜が通り過ぎる。その次には、銀時が血を吹き出して倒れ、海に落ちようとしていた。

月詠の悲鳴が上がる。

 

「銀時ィィィィ‼︎」

 

「仕上げだ。お前の死をもって、月は……満ちる。あの世で眺めるがいい。俺の美しい月を」

 

地雷亜が、銀時にとどめをさそうとクナイを振り上げる。その時。

 

「てめェェェェェェ‼︎」

 

怒号と共に、強烈な殺気が飛んできた。

月をバックに跳び上がる、銀髪の少女。彼女が赤い目に怒りを宿らせ、金属バットを振りかざしていた。

刹那、志乃は渾身の力で金属バットを振り下ろした。コンクリートの地面は壊れ、破片が飛び散る。しかし、潰したと思った奴の姿がない。

 

「騒ぐな、小娘」

 

声が、背後から聞こえる。振り返った瞬間、全身を鋭い痛みが襲った。

腕、肩、手足、腹、胸に至るまで、クナイが突き刺さる。よろめきながらも踏ん張った彼女に、地雷亜は腰に挿した小太刀に手をかけた。

 

ブシャアアアアッ!

 

「すぐに、兄の元へ逝かせてやる」

 

首の根元から、大量の血飛沫が夜空に舞う。今度こそ志乃の意識は薄らぎ、背中から海に落ちた。

 

********

 

「ーーちゃん!しっかりして、志乃ちゃん‼︎」

 

視界に映ったのは、今にも泣き出しそうな小春の顔。体が重く、鉛のようだった。

 

「志乃ちゃん!よかった、気がついたのね‼︎もう三日三晩も眠りっぱなしだったのよ……?」

 

「……ハル……ここは」

 

「吉原の私の家よ」

 

「吉原……?」

 

体を起こすと、鈍い痛みが全身を襲う。それに耐えて、なんとか布団の上に座れた。そしてすぐに、気を失う前のことを思い出す。

 

「そうだ……私、海に落ちたんだ……銀は?銀はどうなったの?」

 

「銀時なら、さっき目が覚めたって日輪から連絡が入ったわ」

 

「……そっか、よかった……」

 

心配事が一つ減って、ホッとする。しかし、まだそれは尽きない。

あの後月詠がどうなったのかもわからない。あの地雷亜という男に攫われたのか、それを知る手立てもない。

というか、そもそも何故自分は助かったんだ?

 

「ねぇハル、なんで私助かったの?」

 

「それは……」

 

********

 

吉原の一角にある、ブスッ娘クラブという看板が掲げられた店。その名の通り、ブス専門のキャバクラである。志乃は包帯だらけの体を引きずって、そこにやってきた。

その店の前で、兄の姿を見つける。

 

「あっ銀」

 

「志乃……お前も無事だったか」

 

「無事、ってほどじゃないけどね。まぁ、生きてるよ」

 

肩を竦めて答えると、「小春に訊いたのか」と問われ、頷いた。

そう。二人は、この店に来ているという男に用があって来たのだ。彼は海に落ちた銀時と志乃を助け、ここまで連れてきたという。

店に入ると、「いらっしゃいませ〜」とブスのキャバ嬢が出迎える。それを押しのけて店の奥に進むと、探していた男が一人のキャバ嬢の顎を掴んで上向かせていた。

 

「俺はね、整ったビルより崩れかかった廃墟や得体の知れない洞窟に美を感じるんだ」

 

「え」

 

「おたくスンゴイ廃墟じゃん、人っ子一人いないじゃん。どうしたのコレ巨神兵でも攻めてきたの。何この二つの洞窟何でこんな上向いてんの。差していい?電子レンジのコンセント差してチンしてもいい?」

 

「キモい」

 

意味不明な言葉でキャバ嬢を口説いているその男を、銀時と志乃が蹴っ飛ばす。テーブルやらその上に乗っていた酒やら諸共吹っ飛ばされて、壁にヒビまで入っていたが、気にしない。

志乃は両手を腰に当てて、男を見下ろした。

 

「何今の口説き文句。一切キュンとこなかった。大体御託を並べる暇があったら、」

 

グイ

 

「えっ」

 

先程男に口説かれていたブスの腕を掴み、引っ張る。彼女の頬に、志乃は軽く唇で触れた。

 

「好きならまどろっこしい事なんかしねーで、キスすりゃいいだけの話じゃねーか」

 

「「「キャァアアアアアア‼︎」」」

 

相変わらずのイケメンっぷりに、ブス達も黄色い歓声を上げて騒ぎ出す。そして、我先にと次々に志乃に抱きついた。

一方蹴られた男ーー服部全蔵は、頭を摩って起き上がった。

 

「てめェらァァァ‼︎命の恩人に何しやがんだ‼︎海からテメーら拾ってここまで引きずってくんのどれだけ大変だったと思ってんだァ⁉︎」

 

「何が命の恩人だテメーコノヤロー。人が死にかけてる時に高みの見物キメこんでた奴に言われたくねーんだよ」

 

「何で俺がお前らのピンチに助けに入る理由がある。それに俺ァ別嬪の女にゃ興味ねーんだ」

 

「オイそれって私が別嬪じゃねーってかコラ、あん⁉︎」

 

全蔵の言葉にキレた志乃が、彼の胸倉を掴んで前後に揺さぶる。彼女の口ぶりに、銀時はキョトンとしていた。

 

「何、お前コイツのこと知ってんの?」

 

「あァ、前に会ってね。えーと、名前は……あ、木嶋くんだっけ」

 

「服部って言ってんだろーがァァ‼︎お前いつになったら俺の名前覚えんだ、いい加減にしろよクソガキ‼︎」

 

相変わらず人の名前一つ覚えられない志乃に、今度は全蔵がキレた。当然である。

銀時が本題を切り出した。

 

「てめー、あんな所で何してやがった。月詠は?あの後どうなった」

 

「ちょいと野暮用でね。別嬪さんの方は連れていかれちまったぜ」

 

「どこに行った」

 

「さあな、別嬪には興味ねーって言ったんだ」

 

「だーから私に喧嘩売ってんだろ、え?よしぶっ飛ばす。表出ろコラ」

 

どうやら彼は、自分達を助けただけらしい。銀時は舌打ちを一つ立てて、背を向けた。

 

「オイどこに行く。言っておくがテメーじゃ地雷亜(ヤロー)には勝てねーぞ。そんな身体じゃなくてもな」

 

「……別嬪にゃ興味ねーが、ブサイクとオッさんには興味津々らしいな」

 

「全兄ィ、奴のこと知ってるの?」

 

「ぜっ、全兄ィ?」

 

「全蔵だから全兄ィ。で、知ってるの?」

 

志乃に急かされ、全蔵は語り出した。

 

「………………蜘蛛手の地雷亜。俺の一世代上だが、お庭番最強と謳われた親父に匹敵する力を持っていたと言われている。だがそんな腕を持ちながら、奴はお庭番を追放された。そのあまりに危険な性質ゆえに。悪いこたァ言わねェ。あの女は諦めろ。地雷亜(やつ)の巣にかかっちゃ、もう救えやしねーよ」



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火遊びは危険だからしちゃダメ

蜘蛛手の地雷亜。

変幻自在の糸を操り、どんな場所でもまるで自分の巣のように縦横無尽に闊歩し蹂躙する。偸盗術、暗殺術をもって彼の右に出る者はなかったという忍者。

 

「だが、奴の真に恐るべき所はそんな所じゃねェ。その、忠誠心さ」

 

「忠誠心?」

 

水を飲みながら、志乃が尋ねる。全蔵は酒をコップに注ぎ、彼女を見ずに答えた。

 

「忍ってのはな、てめーら侍と違って主君への忠誠心なんぞ持ち合わせちゃいねェんだ。信じるのは鍛え上げた己の技のみ、その技を買ってくれるのであれば誰の下であろうとつく。いわば技を売る職人みてーなもんだ。俺達お庭番にしても根っこはそうさ。将軍直属の隠密などと大層な看板を掲げちゃいるが、早い話、一番高く俺達の技を買ってくれたのが将軍だっただけという話さね」

 

しかし、地雷亜は違った。病的なまでに将軍に固執し、そのためだけに働いた。

彼が仕えたのは今の将軍ではなく先代の将軍ではあったが、将軍のためとあらばどんな汚い仕事でもどんな危険な仕事でも、その身を捨てるように働いた。さらに隠密活動のために、自分の顔まで焼き潰し……正体を自在に変えるために、自分という存在までも捨てたのだ。

 

「滅私奉公……」

 

「そう……聞こえはいい言葉だが、一つの事しか見ねェ奴ってのは、気づかぬうちに闇に足を取られていることがあんのさ」

 

「うげ……何つー奴だよ」

 

水で喉を潤しながら、思わず引く。元々人殺しを生き甲斐とし、尽くすことを知らない獣衆の出身である彼女には、その忠誠心が全く理解できなかった。

 

20年前の天人襲来。国交とは名ばかりの天人の強硬姿勢に、幕府は簡単に折れた。

しかし、技巧派集団であるお庭番衆はそうはいかなかった。戦いを主張とする主戦派と、将軍の意に沿おうとする穏健派に分かれて派閥争いが起こった。

当然、戦々恐々の将軍にとって、主戦派は邪魔な存在になる。そこで、非情な下知が下された。主戦派は一族郎党に及ぶまで根絶やしにされたのだ。

手を下したのはもちろん、地雷亜。仲間を殺すなどという汚れ仕事ができるのも、武闘派の連中相手にそんな事ができるのも、彼以外にいない。

 

そして地雷亜は将軍に召された時、なんと彼を殺そうとしたのだ。彼にとって、将軍はただの獲物。それに餌を与えて肥え太らせ、最終的に食すためのものだった。

しかし、それは全蔵の父が将軍の影武者になったことで、将軍暗殺はなんとか免れた。地雷亜はお庭番衆に囲まれ瀕死の重傷を負いながらも奮闘し、逃げのびた。その時全蔵の父は忍者の命である足を負傷してしまい、隠居して後進の指導に回ったのだ。

 

地雷亜(やつ)は俺達お庭番が討ち損じ、世に放っちまった化け物だ」

 

その責を負う義務が、後輩の自分にもあると、捜していたのだという。

地雷亜の忠誠心とは、獲物に対する忠誠心。そしてその歪んだ忠誠心は今、弟子の月詠に向かっている。

 

「奴は己の獲物……己の作品を完成させるためなら、何の犠牲も厭わない。獲物の周りにあるもの全て餌にされるだろう。そうして手塩にかけて作り上げた作品を自ら壊した時、奴は至上の喜びを得るのさ。ウカウカしてたらてめーらも餌にされちまうぜ。今度は知らねーから」

 

「…………」

 

俯いた銀時を見つめていると、外から悲鳴が上がった。何事かと外に出てみると、焦げ臭い匂いが立ち込める。

火の手があちこちから上がっていたのだ。空を見上げると、炎が空中に張られた糸を走り、次から次へと建物に火をつけていった。

 

地雷亜(やろう)の仕業か」

 

「……ワリー。わざわざ助けて連れてきてやったココも、蜘蛛の巣の中だったようだな」

 

「………………願ったり叶ったりだよ。蜘蛛の巣にかかっちまった獲物が、生き残る唯一の術を教えてやろうか。蜘蛛を食い殺すんだよ」

 

「……銀」

 

「銀さん、志乃ちゃんんん‼︎」

 

三人の元に、新八、神楽、晴太が駆け寄ってくる。

晴太は両手に銀時の着物とブーツ、木刀、そして志乃の金属バットを持ってきていた。

 

「これは、一体何が起きてるんですか⁉︎」

 

「ツッキーを攫った連中と関係アルアルかー⁉︎」

 

「銀さん、火は百華のみんなが消し止めるって!その怪我じゃ心配だから、早く逃げてくれって母ちゃんが‼︎」

 

「ありがとよ」

 

銀時は晴太の髪をくしゃりと撫でると、着流しを肩にかけ、ブーツを履いた。志乃も晴太から金属バットを受け取り、肩に担ぐ。

 

「師匠、神楽、火の方は頼むよ」

 

「いいか……一人たりとも死なせんじゃねェ。ヤバくなったら街なんぞほっぽり捨ててみんなで逃げろ!」

 

背中を向けて歩き出す二人に、神楽が叫んだ。

 

「な……何言ってるアルか、銀ちゃん、志乃ちゃん?そんな身体でどこ行くアルか‼︎一番ヤバいのは銀ちゃん達……」

 

紡ごうとした言葉が、不意に途切れてしまう。

銀時の木刀を握る手が、震えていた。ギュッと力を込めて、強く握りしめているようだった。

 

「…………銀……ちゃん?」

 

それを見てしまったら、もう何も言えない。銀時は怒っている。それを察してしまったから。

志乃は振り返って、新八達に笑ってみせた。

 

「ちょっくら、変態ぶちのめしてくる。大丈夫、銀は私が何があっても護るよ」

 

「志乃ちゃん……!」

 

ウィンクしてから、先を歩く銀時に並んだ。お互いを見ず、言葉だけを交わす。

 

「私にも野郎一発殴らせろ。そしたら、もう手ェ出さねーから」

 

「……好きにしろ」

 

銀時から許可を得た志乃は、金属バットを帯に挿した。

 

銀時は、自分に生きる道を示してくれた、とある偉大な師匠を知っている。

 

「………………気に入らねェ」

 

何度挑んでも太刀打ちできなかった、とても強い師匠を。

 

「全くもって、気に入らねェ」

 

それでも優しく笑って、側にいてくれた師匠を。

 

地雷亜(ヤロー)だけは、死んでも師匠なんぞと名乗らせねェ」

 

愛する娘を残して、無念にも逝ってしまった師匠を。



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師弟は共に強くなる道を歩むもの

「これは……」

 

小春は騒ぎを聞きつけて外に出ていた。火が糸を伝って建物から建物へと飛び、街を燃やしていく。

志乃に全蔵のことを話してから、嫌な予感しかしなかった。話を聞いている時の彼女の顔は……今まで見たことない、冷たい表情だった。

一体何があったのか。月詠は無事なのか。不安と疑問が尽きない中、この火事。

 

「志乃ちゃん……お願い、どうか無事でいて……」

 

懐から愛用している拳銃を二丁取り出し、建物を繋ぐ炎の糸を撃っていく。この糸を断ち切れば、少しは被害は少なくなるはずだ。

小春は長い着物を翻して、建物の屋上へと飛び乗った。

 

********

 

その下では、日輪が百華と遊女達に指示を出していた。

 

「一班は消火作業に、二班は逃げ遅れた者の救助に、三班は家を打ち壊して火が広がるのを防ぐんだ‼︎いいかい、百華だけじゃ頭数が足りない‼︎遊女(アンタたち)も自分のできる限りの事をやるんだ‼︎私達の吉原(まち)は、私達が護るんだよ‼︎」

 

百華と遊女達が、一斉にそれぞれの方向に走り出す。日輪の隣に残った百華の一人が、彼女に月詠の行方を問うた。

 

「……戻ってくる、きっと。だから、護り通そう。あの娘の帰ってくる場所を。あの娘の居場所を……」

 

日輪に促され、彼女も持ち場へと駆けていく。その背中を見届けていたその時、日輪の周りを蜘蛛の入墨を入れた男達が囲んだ。

彼らは全て、地雷亜の手駒であり、日輪を始末するよう命令されたのだ。日輪は車椅子に乗っているため、すぐには動けない。

男達が日輪に駆け寄ったその時。

 

ドドドドドドド‼︎

 

日輪の周囲を、大量のクナイが囲んだ。足元に突き刺さったそれに、男達は恐れ慄く。

すると、上空から声が降ってきた。

 

「あっスイマセーン。クナイ落としちゃった。俺ァ何も知りませんよ。何にも見てません。ずっとジャンプ読んでたから。決して加勢に入ったワケじゃありませんよ」

 

屋根の上でジャンプ片手にカッコよく登場した全蔵。全蔵はスタッと小さな音を立てて、日輪の元に着地した。

 

「……だが俺の技を買ってくれるってんなら、話は別だ。日輪さんとやら、俺の腕、いくらで買う?」

 

ポケットに手を入れた全蔵が、背後にいる日輪に問うた。

日輪はフッと笑い、懐からカードを取り出してみせた。カードには、ブスッ娘クラブVIP券と書かれてある。

 

「吉原で女を買うどころか自分を売り込もうなんて、いい度胸じゃないのさ」

 

「ヘッ。女は醜女に限ると思っていたが……存外別嬪も悪かねーな」

 

背中越しに彼女を見た全蔵は、屋根の上にいる新八と神楽に声をかけた。

 

「構うこたァねェ、てめーらは仕事続けな。VIP券貰ったところで全部灰になっちゃあ何も意味がねェ」

 

「無茶です、数が多すぎます!」

 

「あらそう?」

 

上空から聞こえてきた、艶やかな声。それと同時に、銃声が鳴り響き、弾丸が敵を襲った。

 

「ぐぁあっ‼︎」

 

「な、何だぁ⁉︎」

 

トン、屋根から飛び降りてきた一人の花魁。キセルから紫煙をくゆらせ、金髪を花の髪飾りでまとめた彼女の両手には、花魁姿には似合わない拳銃が握られていた。

 

「こんにちは旦那サマ。金獅子太夫、矢継小春と申します。どうぞよろしく」

 

「んだよてめーは……遊女が俺の邪魔しに来たのか?」

 

「あら、ごめんあそばせ。そんなつもりはなかったけれど」

 

グチグチ文句たれる全蔵に、小春は上品にクスクス笑って、拳銃を敵に向けた。

 

金獅子(わたし)故郷(ナワバリ)で、こんなマネされちゃあ……それなりのお礼をしなきゃと思ったのよ。貴方達全員…………」

 

 

 

 

 

パァン‼︎

 

 

 

 

 

 

「死ぬ覚悟はできてるんでしょうね?」

 

眉間をブチ抜かれた男が、仰向けに倒れる。煙を吐いた銃口の奥に、紫色の目がギラついた。彼女の豹変ぶりを見て、全蔵は「やっぱ女は醜女だな……」と思い直した。

 

「大丈夫、貴方の背後を狙って一発……なーんてマネはしないわよ」

 

「へいへい……そうだといいがな」

 

ニヤリと笑みを浮かべてから、小春は拳銃を、全蔵はクナイを構えた。

 

「金獅子、矢継小春」

 

「摩利支天、服部全蔵」

 

「「いざ参らん‼︎」」

 

二人は眼前の敵に向かい、それぞれの方向に走り出した。

 

********

 

吉原の一番大きな楼閣。そこはかつて、夜王鳳仙が鎮座していた場所。

今は誰もいないその場所に、月詠は捕らえられていた。蜘蛛の巣に張り付けにされ、吉原が燃えていく様をただただ見せつけられていた。

吉原全体を見下ろしている地雷亜が、手すりにつけた糸に触れる。そこから火を伸ばしていたが、ついにその全ての糸が切られた。

 

「イキのいい小虫はいい餌にもなろうと思ったが、少々度が過ぎたか……」

 

「地雷亜、頼む……もう……やめてくれ」

 

消え入りそうな苦しげな声で、月詠は懇願した。

 

「もうこんな事は……やめてくれ。わっちが……わっちが悪かった。わっちは、吉原(ここ)を離れる……」

 

地雷亜がゆっくりと、月詠を振り返った。

 

「もう……誰も頼る事などしない。もう誰とも関わる事などしない。……一人で生きていく。お前の言う通りに生きていく……。それでもわっちが気に食わぬなら、わっちを殺せばいい。だから……もうやめてくれ。奴等を……わっちの……わっちの大切な仲間を……これ以上傷つけないでくれ」

 

月詠に歩み寄り、彼女の目の前で足を止めた地雷亜は、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

「…………仲間のために、私を滅する」

 

しかし次の瞬間、地雷亜は月詠の首を掴み、絞め上げた。

 

「ちーがうぅぅぅ‼︎」

 

「がっ……!」

 

「俺がお前に求めているのはそんなものではないィィ‼︎」

 

叫びながら、地雷亜は彼女の頭を掴み、顔をめちゃくちゃに殴りつけた。

 

「何故わからんん‼︎こんな犠牲を払っているのに‼︎こんなにも俺が尽くしているのに‼︎何故お前はそんなにも脆弱な(こころ)を持ち続けている、何故お前は俺の強さに近づいてこない‼︎何故お前は、俺になれない」

 

散々に殴ってから、地雷亜は月詠の顎を持ち上げた。彼女の美しい顔が、痣や血だらけになってしまい、痛々しかった。

 

「月詠。俺が何故、お前を今まで手塩にかけて育ててきたかわかるか。お前を、この手で殺すためだ」

 

彼の忠誠心は、獲物に対するもの。巣にかかった獲物に忠誠を誓い、その身を捧げ、獲物が最も美しく肥え太ったその時に食す。己がその作品に心血を注いでいるほど、作品が美しいほど、それを破壊した時の虚しさと快感が膨れ上がる。いわば、積み木崩しのようなものだ。

彼はその快感を味わうために、今まであらゆる獲物に仕え、食らってきた。欲求は一度満たされると、さらにもっと、もっとと求めていく。それはとどまる事を知らず、獲物を変える毎にその思いはより強くなっていった。

 

「わかるか月詠。行き着く所まで行き着いた俺の答えがお前だ。俺は、俺をころしたいんだ。考えただけでもゾクゾクするだろう。自らの手で己を殺す。これほど殺し甲斐のある者があるか、これほどの喪失感があるか」

 

そのために、地雷亜は自分となり得る存在を自分で作り上げた。何者にも頼らず孤高に立つ、強き魂と強き肉体を持つ修羅。それが月詠になるはずだった。

 

「…………だが、とんだ思い違いだったらしい。まさかここまで腐り果てるとは。こんな事なら、あの時以前の美しいお前のままで殺しておけばよかった。出来損ないが。仲間の死でもまだ足りぬと見える。どうしたら俺のようになれる。どうしたら俺のように強くなれる」

 

地雷亜はクナイを取り出し、彼女の傷の走る頬の突き立てた。

 

「そうだ。皮を剥ごう。傷などでは甘っちょろい。俺と同じように自分の存在さえ消えてしまうほどの姿になれば、もう誰もお前の存在に気づかない。仲間も誰もお前と気づかない。俺と同じ、天地に一人。きっと俺のように強くなれる。きっと俺と同じように…………」

 

地雷亜の手が、血で汚れる。血飛沫が、月詠の顔にも飛び散った。月詠はいつまで経っても覚悟していた痛みが来ないことに、閉じていた目を開いた。

地雷亜のクナイを握っていた手に、木刀が突き刺さっていた。木刀は、月詠が張り付けにされている蜘蛛の巣の奥から伸びている。

 

「……な」

 

「…………オイ」

 

背後から、低い声が聞こえてくる。確かな怒りを持ったその声に、月詠はどこか安心を覚えた。

 

「…………その手で、触んじゃねぇ。その薄汚ェ手で、その女に触んじゃねェ」

 

「お……お前は……⁉︎」

 

「……ぎ、ぎんと……」

 

「わかったら今すぐその手ェ離しなァ」

 

今度は、別の声が聞こえてきた。今度は高い、少女の声。蜘蛛の巣の奥の暗がりで、金属バットが煌めいた。

 

「離せっつってんだろド変態ィィィイイイイ‼︎」

 

蜘蛛の巣を掻っ裂き、金属バットの重い一撃が、地雷亜を吹き飛ばした。



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普段ちゃらんぽらんな奴ほど怒ると怖い

金属バットを振り抜いた志乃が、腕を下ろしてバットを肩に置く。天井まで殴り飛ばされ、床に落ちた地雷亜を冷たい目で見下ろしていた。

 

「あー、スッキリした」

 

「……し……志乃……」

 

彼女の名を呼んだ月詠。彼女を縛り付けていた蜘蛛の巣を銀時が払い、倒れた彼女を抱きとめた。

 

「…………ぬしら……何故、こんな所に…………来た。そんな身体で…………逃げろと……言ったのに……バカ者共め。どうして………………なんで……」

 

銀時は月詠を横に抱き上げ、彼女を地雷亜から離れた部屋の隅に下ろした。

 

「…………死にゃあしねェよ、俺ァ。死にゃあしねェよ……誰も。もうこの吉原(まち)で誰も死なせねェ。俺達ゃな、お前を孤独(ひとり)にはしねェよ」

 

志乃は銀時が月詠を安全な場所に置くまで、ぶっ飛ばした地雷亜の様子を伺っていた。舞い上がった埃の奥で、地雷亜が起き上がるのを感じ、金属バットを構える。

 

「……ククク、よもやあれほどの手傷を受けていながら生きていようとはな。俺が張った糸を辿り、(ココ)を嗅ぎつけたか。奇特な事だ、蜘蛛の糸を極楽を目指して登るどころか、地獄を目指して這い上がって来るとは……お前さん達のバカさ加減には釈迦も閻魔も呆れようて」

 

「チッ、しぶとい野郎だ。銀狼(あたし)の一撃モロに受けて、ほぼ無傷かよ……」

 

まぁ、それでくたばるなら、あの時とっくに仕留めていたか……。

溜息を吐いた志乃の肩に手を置いた銀時が、それを押して志乃を退がらせた。

 

「志乃、月詠を頼むぞ」

 

「あぁ」

 

「……待て、銀時‼︎」

 

地雷亜に挑もうとする銀時の背を、月詠が呼び止める。

志乃は月詠の隣にしゃがみ込み、懐から綺麗な手拭いとガーゼや湿布、包帯を取り出した。彼女の顔についた血を丁寧に手拭いで拭き取り、彼女を真っ直ぐ見つめた。

 

「ツッキー、もう一人で抱え込むのはやめてよ」

 

「…………」

 

「一人じゃ立ち向かえないことがあるなら、泣いて助けを乞えばいいんだよ。縋ったっていいんだよ。泣きたい時に泣く、笑いたい時に笑う。……それでいいんだよ」

 

血を拭う手を止めず、志乃は語り続ける。

 

「あんたが泣いてる時は、私らがそれ以上に泣き喚くよ。あんたが笑ってる時は、私らがそれ以上にデカイ声で笑うよ。……そんな仲間が、あんたにはいるじゃないか。肩を貸して荷を背負って、隣で一緒にいてくれる仲間がいるじゃないか。それ以上何がいるってのさ」

 

優しい声音で、月詠に語りかける志乃は、まるで母親のようだった。手当てをしながら、月詠に微笑みかける。

 

自分(てめー)を捨てて潔く奇麗に死んでいくなんてことよりも、小汚くても自分(てめー)らしく生きていく事の方が、よっぽど上等だよ」

 

「志乃…………」

 

しかし志乃の言葉も、地雷亜は吐き捨てるように嘲笑う。

 

「お前達が……荷を負うと?月詠の荷をお前達が共に担うと。クク……わからんのか。月詠にとっての荷はお前達以外の何者でもない。お前達がいなければ、月詠はこんなに苦しむことはなかった。お前達がいなければ、月詠はこんなに醜くなる事はなかった」

 

不意に地雷亜が、床を強く蹴りつけ跳躍する。いつぞやのように、クナイを大量に辺りに撒き散らした。

 

「全ては、貴様等が消えれば済む事だァァ‼︎」

 

クナイが床に突き刺さる。自分の巣を作った地雷亜は、着物を脱ぎ捨て、戦闘服に着替えた。

 

「月詠、腹が空いただろう。今、特上の餌を用意してやる。月を追い迷い込んだ、この哀れな虫ケラ共をな」

 

「ケッ!どこまでもとことん気色悪ィな、変態」

 

あの時と同じように、宙に張り巡らせた糸の上に乗った地雷亜。彼を見上げて、志乃は毒を吐いた。

月詠は未だ銀時を案じていたが、彼の雰囲気に思わず口を噤む。

 

「てめェがどこで誰を裏切ろうがかまやしねェ。将軍だろうがどこぞの主君だろうが、どうぞ好きにやりゃいい。だが一度師と名乗っておきながら、てめェ……弟子裏切ったな。ガキん頃からてめーを信じてた…………ずっとてめェ追いかけてた月詠(コイツ)を……てめェ……喰いモンにしたな。そんなもん、師とは呼ばねェ。そんなもん、師弟とは呼ばねェ。……………………消えろ。月詠(コイツ)の前から、さっさと消えろってんだ腐れ外道」

 

銀時がここまで怒りを露わにするのを、正直志乃は初めて見た。

幼い頃から銀時達に育てられた彼女にとって、彼は兄妹どころか親も同然。

しかし、志乃は彼の過去を何一つ知らないし、彼が今までどんな風に生きていたかなんて、全く知らなかった。

かつて銀時にも、師がいたのだ。彼が死体から物を剥ぎ取って生きていた時、その生き方を変えてくれた深い恩のある師が。

 

地雷亜は、銀時の目を見ていた。未だかつてかかった事のない、得体の知れないもの。あの眼は、獲物の目でも餌の目でもないーー大蜘蛛の目。

 

「…………地雷亜。巣にかかったのはてめーの方だ。俺の巣……土足で踏み荒らしたからには、生きて出られると思うな。薄汚ェ体液ぶち撒いてくたばりやがれ」

 

「フッ、喰い合いか。面白い、どちらが巣の主かその身をもって知るがいい‼︎」

 

糸を伝って、変幻自在に地雷亜が動き回る。

やはり、糸の張り巡らされたこの場では地雷亜が上か。見守る志乃がそう思ったその時、突如銀時が外に向かって走り出した。

 

「糸のない外に逃げるつもりか‼︎甘いわ、いかなる場所とてたちどころに巣に変わる‼︎どこに行こうと無駄だ‼︎」

 

地雷亜が糸を跳び回って、銀時を追いかける。銀時はそのまま外に出ると思いきや、出口のすぐ近くでブレーキをかけた。

 

「甘ェのはテメーだ」

 

地雷亜が得物の届く範囲まで近づいた瞬間、銀時が木刀で地雷亜を叩き落とした。

 

ーーそうか!銀の奴、不規則な地雷亜の攻撃の軌道を絞るため、狭い出口へ誘導を……。

 

確かに最初に戦った時、空を飛び回る地雷亜の攻撃が読めずに苦戦したことを思い出す。

やった、と志乃がガッツポーズをしたのも束の間、埃からクナイが飛んできた。

銀時がそれを掌で受け止め、クナイが彼の手を貫通する。それに続いて、地雷亜もクナイを両手に襲いかかってくる。

突き出されたクナイを掠め、糸を地雷亜の腕に絡ませた。それは銀時の腕とこんがらがり、急いで引き下がろうとしても、銀時がついてくる。

 

「つ〜かまえた」

 

お互いの手が糸に絡まったまま、銀時は地雷亜の腹を木刀で突いた。

 

「さァ晩餐会の時間だ。たらふく食わせてもらうぜ」



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誰しも荷を背負って生きている

見渡す限り、死体、死体、死体。

そんなものが一面転がる場所など、戦場しかない。死んだ後、葬られずに残った死体には、死肉をついばみに鴉達が空を飛ぶ。

 

そのうち一つの死体に座り込み、おにぎりを食らう一人の子供がいた。白髪の天然パーマ、大きな赤い目をした彼は、身の丈に合わない刀を肩に置いていた。

そんな彼の小さな頭に、ポン、と優しく手を置く人物がいた。

 

「屍を食らう鬼が出ると聞いて来てみれば………………君がそう?また随分と、可愛い鬼がいたものですね」

 

子供はその人物を見上げた。背丈が自分より遥かに大きい、大人の男。細い手に色素の薄い長い髪は、女のようにも見えた。

男は自分を見下ろして、優しく微笑む。

 

(みお)が知ったら騒ぐでしょうね。彼女、子供好きですから」

 

「連れて来なくて正解でした」と笑う彼の手を払いのけ、子供はいつものように刀を抜いた。

普通の大人ならこれを見た瞬間、すぐに恐れ慄き、逃げ出そうとする。子供はそれを斬り、荷を剥ぎ取るのだ。

しかし、目の前の男は全く動じない。

 

(それ)も、屍から剥ぎ取ったんですか。童一人で屍の身ぐるみを剥ぎ、そうして自分の身を護ってきたんですか。大したもんじゃないですか。だけど、」

 

今まで見てきた大人は、皆自分を気味悪がっていた。なのに、この男は全く違う。

 

「そんな剣もういりませんよ。他人(ひと)に怯え、自分を護るためだけに振るう剣なんて、もう捨てちゃいなさい」

 

男が剣の柄に手をかける。それを見た子供は身構えたが、男は剣を鞘ごと抜き、ヒョイと投げつけてきた。それを受け取ると、男は背を向けて去っていく。

 

「くれてあげますよ、私の剣。(そいつ)の本当の使い方を知りたきゃついてくるといい。これからは、(そいつ)を振るいなさい」

 

子供の視線が、男の背中に向けられる。不思議な大人だった。あんな大人は初めてだった。

 

「敵を斬るためではない。弱き己を斬るために。己を護るのではない。己の、魂を護るために」

 

去っていく男の背中を、子供の小さな足が、自然と追いかけていた。

 

********

 

怒号を上げて、銀時の猛攻が地雷亜を襲う。血を吹いて吹っ飛ばされても、クナイの糸が自由を奪い、さらに滅多打ちにされる。息もつかせぬ攻撃の嵐に、地雷亜はダウン寸前だった。

銀時が地雷亜の左足を殴りつける。地雷亜がよろめいた瞬間、クナイが自身の右足にも突き刺さった。そして、両者の得物同士が激しくぶつかり合う。地雷亜の腕には木刀の一撃が叩き込まれ、銀時の腕にはクナイが刺さった。

緊迫する攻防に、月詠と志乃は戦いを見守る他なかった。

 

「銀時ィ‼︎」

 

「銀‼︎」

 

カラカラ、と木刀が床に落ちる。荒い呼吸が静かな空間に響く中、地雷亜が信じられないように呟いた。

 

「何故だ……何故、お前が俺と拮抗する力を。一人では荷も負えぬ脆弱な存在が……。己を捨てることもできん連中に……己の居場所欲しさに仲間も斬れん連中に……何故……」

 

彼にとって、銀時の強さは信じられないものだった。

自分は、全てを捨てて戦ってきたのに。自分の存在も、居場所も、仲間も全て。獲物のために、月詠のために。

 

「なのに何故、何故なんだ」

 

「まだわかんねーのかよ」

 

地雷亜の疑問に答えたのは、黙って戦いを見守ってきた志乃だった。

 

「アンタが捨ててきたもんの中には、大切な荷も混ざってたんだよ。仲間を捨てた?違う。仲間を失うのが怖かっただけだろ。一人で戦ってきた?違う。最初から一人であれば、孤独になる苦しみもねーからだろ。己を捨てた?違う。お前は背負う苦しみからも背負われる苦しみからも逃げた、ただの臆病者だよ。荷を全て捨てて一人で生きる道を選んどいて、結局それにも耐え切れず……弟子をも自分(てめー)と同じ道に引きずり込もうとする自分勝手な屁タレ野郎だよ」

 

志乃の言葉に、地雷亜は目を見開いた。今までの自分を全て否定されたような……そんな感覚に陥っていた。

彼女の言葉に続いて、銀時も口を開いた。

 

月詠(コイツ)はもう、てめーなんかよりよっぽど強ェよ。臆病者の相手は臆病者で充分だ。てめーの相手は、この俺で、充分だ」

 

「吐かせェェェ‼︎貴様に何がわかるぅぅぅ‼︎」

 

「てめーに、師匠の名を語る資格はねェ。てめーに……荷ごと弟子背負う、背中があるかァァァァァ‼︎」

 

ゴッ‼︎

 

銀時と地雷亜が、互いに額をぶつけ合う。壮絶な頭突き対決を制したのは……銀時だった。グラリと地雷亜が、床に崩れ落ちる。銀時はそれを認めてから、クナイの糸を解いた。

ようやくついた決着に、志乃も安堵の嘆息を洩らす。緊張感がとけ、ホッとしたのも束の間だった。

背を向けた銀時に、倒れたはずの地雷亜が立ち上がり、クナイを向けていたのだ。先程の頭突きで額は割れ、血が流れている。

 

「地雷亜、やめろっ‼︎」

 

肩で息を続ける地雷亜に、銀時は振り返らずに諭した。

 

「…………もうやめとけ。………………てめーの巣には、何もいやしねェよ。獲物も……餌も……虫ケラ一匹。そこにいんのは最初からたった一匹の蜘蛛だけだ。遥か地上の月の光を仰ぎ見て、空に向かって糸を吐き続ける、哀れな蜘蛛(てめー)だけだ」

 

「……………………フッ。…………何を世迷い言を。そんな事は、とうの昔に知ってるさ」

 

最早地雷亜は虫の息。それでもクナイを向けようとする彼に、月詠が叫んだ。

 

「やめろォォォ‼︎地雷亜ァァァ‼︎」

 

ドウッ‼︎

 

肉を刺すように音と共に、血が床に滴り落ちる。次の瞬間、地雷亜のうなじから大量の血が噴き出た。ゆらりと倒れたその後ろには、月詠の姿が。

 

「…………いい……それで…………それでいい…………」

 

掠れた声で、地雷亜が言った。



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恩返しはいつの間にかしてるもの

地雷亜の首の後ろには、蜘蛛の入墨が入っている。その蜘蛛の腹にクナイが突き刺さり、さながら蜘蛛の腹から血が流れているようにも見えた。

 

「蜘蛛が、血に消えゆくか。存外、期待していたほどの感慨はないな。己を、殺すなどという事は」

 

ーー俺は、俺を殺したいんだ。

 

地雷亜の言っていた事を思い出し、月詠は目を見開く。その時、外から一つの気配が現れた。

 

「地雷亜。お前の最後の獲物は、お前自身だったってワケかい」

 

「全兄ィ!」

 

いつの間にか、外には月が昇っていた。月光に照らされた全蔵を見て、志乃が「どうしてここに」と問うような視線を向ける。しかしその疑問はすぐに消え去り、先程の全蔵の言葉の意味を探った。

 

「……どういうこと?」

 

地雷亜(おまえ)の狙いは、手塩にかけて鍛え上げた己の弟子(ぶんしん)を殺すことなんかじゃねェ。最愛の弟子……己自身に、殺される事だったんだろ」

 

月詠の瞳が揺れる。呼吸が浅い地雷亜が、顔だけを全蔵に向けた。

 

「……か……頭の息子……か。一度会うたな。親父殿と仲間の仇……再びとりに来たか。残念だったな。一足……遅かったわ」

 

「………………仇なんざ……とうの昔にとる気は失せたぜ。地に落ち踠く蜘蛛なんざ、潰す気にもなりゃしねェよ段蔵」

 

「…………フッ、全て調査済みというワケか」

 

全蔵は地雷亜を見つめたまま、彼の真相を語り始めた。

 

蜘蛛手の地雷亜。本名、鳶田段蔵。

伊賀の郷士の元に生まれ、幼少の頃より忍術を修め、その才能は神童と呼ばれるほどのものだった。

伊賀では郷士達が年中覇権争いを繰り広げている場所。鳶田家はそんな伊賀でも有数の大家。その上、嫡男が頗る腕が立つとなれば、彼等も黙ってはいない。

幾度に亘る小競り合いの末、業を煮やした郷士達は結託し、鳶田家を急襲した。生き残ったのは段蔵と、年端のいかない妹だけ。

段蔵は一族郎党を皆殺しにされていながら、その類稀なる忍術の腕より、生き恥を晒させられることになる。妹を人質にとられ、憎むべき仇に忠誠を誓わされることになったのだ。

 

それから彼は滅私奉公の文字通り、己を捨てて仇のために働いた。いや、捨てるしかなかったのだ。一族を根絶やしにされた仇に仕えるという、憎しみ哀しみ、恥辱の念から逃れるために。己という存在を忘れきり、ただ目の前の任務を機械的に遂行していくしかなかった。彼はそんな自分に陶酔することで、苦しみからも逃れようとした。

だが……そんな兄の姿を見ていられなくなったのだろう。彼の妹は段蔵を自由にするため、崖から飛び降り自ら命を絶った。

どれだけ獲物を食らっても、どれだけ自分を痛めつけても、自責の念も憎悪の念も消えない。妹を護れなかった。その痛みはいつまでも彼を苦しめた。

 

「そうして足掻き続け、お前が辿り着いたのがここ。お前は最も自分が忌むべき方法で、お前自身を殺そうとした。己が手塩にかけて育てた最愛の弟子を敵として、その手にかかって死ぬ。それが妹を護れなかったお前が自身に課した罪。お前はずっと、自分に罰を与え続けていただなんだろう」

 

「…………お前……」

 

まさか、彼にそんな過去があったなんて。志乃は未だ血を流す地雷亜を見下ろした。

 

「……………………違うな。ただ……怖かっただけさ……。お前さんの言う通り……俺はまた失うのが怖くて…………荷を負うことをやめたただの臆病者。ゆえに、惹かれたんだ」

 

ーーわっちは、吉原を、日輪を護りたいんじゃ。

 

「小さき背中で……荷を一身に背負おうとする、その童に。ゆえに、己の全てを伝授しようとしたんだ。傷つけたくなかった……俺のように」

 

失う苦しみを味わうくらいなら、最初から何も背負わなければいい。居場所も仲間もいらない。己を捨て、護ることだけ考えればいいと。

だが、そんな地雷亜の思いとは裏腹に、月詠の周りにはいつの間にか仲間が、居場所ができていた。彼女は、背負う苦しみからも背負われる苦しみからも逃げない強さを持っていた。

月詠が、自分の元から遠く離れていくようで怖くて。その手を引き戻そうと、自分と同じ目に遭わせていた。

 

「俺は……結局お前も、妹も……何も護ってなどいなかった。俺が護っていたのは……自分だけだ。そんな自分に……愛想が尽きた。ただ…………それだけの事さ」

 

語り続ける地雷亜の呼吸が、またさらに浅くなる。

 

「生きるとはままならぬ……ものだな。もう何も……背負うまいと思ったのに、いつの間にかまた荷を背負いこんでいる。もう誰にも背負わせまいと思ったのに…………いつの間にかまた何かを背負わせている。月詠、つまらぬものを背負わせたな。……………………すまなかっ……た」

 

それまでぎゅっと口を噤んでいた月詠が、一歩進み出る。倒れた地雷亜の腕を引き、肩に背負った。

師匠を支えて、月詠は歩き出す。

 

「……………………‼︎」

 

「…………もっと、早くに話をしてほしかった。わっちにも、遠慮なくその荷分けてほしかった。そうしたらきっと……また違った答えが出せたはず……。…………弟子を荷ごと背負うのが師匠の役目なら、弟子の役目は何じゃ。師を背負えるまでに、大きくなることじゃ。軽い……軽いのう。……師匠…………ぬしはこんなにも軽かったんじゃな」

 

吉原全体が見下ろせる、楼閣。その空には、今宵も月が昇っていた。

 

「見えるか、師匠」

 

月明かりに、月詠の美しい横顔が照らされる。地雷亜の目にはその姿が、かつて自分の隣で笑っていた妹に見えた。

 

「ああ、見え……る。今まで……見たことがないほどの……綺麗な、月だ」

 

師を支えて、共に月を見上げる二人。その師弟の背中を、銀時と志乃、全蔵が眺めていた。

いつか、自分もあんな大きくなれるだろうか。今は隣にいる兄や仲間達に頼ってばかりで、何も返せてないけれど……いつか、きっと銀時達をも背負えるまでに、強く大きくなりたい。そう思った。

全蔵がふと、呟く。

 

「…………大した弟子だな。師匠を背負えるまで大きくなるのが弟子の務めか……。俺ァ親父(ヤロー)にゃ背負われてばかりで…………そんなマネ、ついぞしてやれなんだ」

 

「………………俺もだ」

 

********

 

「志乃ちゃん!」

 

「……ハル」

 

吉原を包んでいた火がようやく全て消し止められた頃、志乃は小春と再会した。小春の煌びやかな衣装も、煤や埃だらけ。所々、返り血も見受けられた。

 

「月詠は?」

 

「怪我してたけど……大丈夫。銀が助けたよ」

 

「そう……ならよかったわ」

 

胸を撫で下ろした小春に、志乃は月を見つめながら尋ねた。

 

「ねェ、ハル」

 

「?」

 

「私……何か変じゃないかな?」

 

「え?」

 

変。そう訊かれて、小春は改めて志乃を見た。

いつもの藤色の着流しに、背中まで伸びた銀髪。夜風に靡いて、月光を反射した。

 

「いえ……特に何もないわよ……?」

 

「そっか。ならいいや。おかしな事訊いてゴメンね、ハル」

 

「ええ……」

 

ニコ、と笑った志乃は、髪を揺らして背を向けて歩き出す。その背中を眺めていた小春は、月明かりと相まってとても幻想的に思えた。

そういえばいつか、月を見て何を連想するか、と考えたことがあった。その時彼女が思い浮かべたのは、月詠と志乃。どうして、月というよりも太陽のようなあの娘が思い浮かぶのだろう?小春はずっと疑問に思っていた。

 

「…………まさか……⁉︎」

 

嫌な予感が、彼女の脳裏を過る。去っていく志乃の背中に、思わず手を伸ばした。

しかし。

 

ーーゾッ‼︎

 

「ッ‼︎」

 

背筋を襲った悪寒に、伸ばした手を下ろす。アレは何の恐怖だったのか。何に対する怯えだったのか。

少なくとも小春は、その悪寒はまるで、凶暴な肉食獣が牙を剥いて襲いかかってくるような……言うなれば、そんな感覚だった。

まさか……まさか……。

 

「志乃ちゃん…………っ」

 

ようやく消えたと思った、全ての不安。ずっと心の奥底にしまい込んでいた心配が、再び目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月。その下に立ち、仰ぎ見る彼女は、赤い目に静かなる狂気を宿していた。

誰にも、彼女の狂気に気づくことはできない。誰にも彼女の本心を探ることはできない。その赤い目は、何を映しているのだろうか。

 

喩えるならそう、決意。

 

自分の全てを受け止め、受け入れ、前に進む覚悟。

 

自分の全て。それは失くした過去のことでも、家族のことでもない。彼女はそこまでまだ知らない。

 

だから、彼女が受け入れる自分の全てとは……"銀狼"の血。

 

 

ドクン、と彼女の赤い瞳の奥が、黒くなる。

 

小春が月を見て彼女を連想するようになったのは、小春の勘が鋭いことを指していた。

 

今の彼女はまさに、月を見上げて遠吠えをする、狼。

 

 

そうして覚醒の時は、一歩一歩近づいていくーー。

 

********

 

傷が完全に癒えてきた数日後。

 

「ダメだ」

 

「………………」

 

いつものように、こっそりと吉原へ忍び込もうとしたその矢先。

目の前に現れて腕組みして見下ろしてくるのは、銀時、新八、神楽。志乃は渋い表情で三人を見上げていた。

 

「何で」

 

「ダメだ」

 

「それはもうわかったから!理由訊いてんだよ!」

 

何度通ろうとしても、ダメの一点張り。志乃はもう疲れていた。

 

「わかってんのか志乃?あそこにはお前にゃまだ早いお店がたくさんあるんだ。だからダメだ」

 

「そうネ、志乃ちゃんはまだまだピュアな女の子アル。そんな子には刺激が強すぎるアル」

 

「ってことだから志乃ちゃん、さぁ団子食べに行こうね」

 

「ぅぐっ……そ、その手には乗らねーよ‼︎」

 

背中を押して三人揃って押し出され、志乃の怒りはピークに達していた。ちなみに新八が団子の単語をチラつかせた時、思わず流されかけた。

 

「ふざけんなよ何なのみんなして‼︎ただ単に友達に会いに行くだけじゃねーか‼︎」

 

「お前は昔から女にはモテてたからな。あちらさん達に気に入られてパックリ食われたらたまったもんじゃねェんだ」

 

「だから何の話⁉︎」

 

「とにかく!志乃ちゃんは帰るネ!」

 

「やーだっ‼︎」

 

ギャーギャーと喚き合うこと数分。志乃が駄々を捏ねに捏ねまくって、ようやく銀時達が折れた。ただし、「吉原に行く時には必ず銀時と行く」ことを条件とされた。

 

********

 

訪れたのは日輪が経営する、茶屋ひのや。

 

「日輪さーん‼︎晴太ー‼︎」

 

「姉ちゃん!来てくれたんだね!」

 

久々の再会を果たし、志乃と晴太は強く抱き合う。店には小春も来ていて、壁に寄りかかってキセルを吹かしていた。

あれから、小春は吉原の復興に力を尽くし、家に帰ってこなかった。作業が難航しているのだと思って志乃も何も連絡を入れなかったが、こうして会うのは久々だった。

晴太と一度離れて、小春に向き直る。

 

「久しぶり、ハル」

 

「…………」

 

話しかけても、小春は黙って煙草を吸うだけだ。その目は何か考え込んでいるようで、感情を読み取れない。ふと、小春のキセルを持つ手が下ろされた。

 

「志乃ちゃん。……いいえ、我が棟梁よ」

 

背中を壁から離し、名を呼んでから言い直す。志乃を真っ直ぐ見下ろしてから、膝をついて胸の前で指を絡めた。

 

「謹んで申し上げます。この度金獅子・矢継小春、吉原の新たな楼主となるべく、万事屋を辞職したく願います」

 

「!」

 

「‼︎」

 

「えっ⁉︎」

 

志乃だけでなく、銀時達も驚く。新八が一歩前に出て尋ねた。

 

「どういう意味ですか、矢継さん⁉︎」

 

「棟梁……ご存じの通り、吉原は我が故郷にございます。私はかつて吉原を抜けた身でありながら、ここの者達はこんな私を温かく迎えてくださった……。私は、彼女達に恩返しがしとうございます。そのため、獣衆及び金獅子の名を使い、吉原に巣食う犯罪者共を私の名で抑えたいのです。どうか、お許しを」

 

小春が深く、志乃に頭を下げる。志乃はしばらく彼女の旋毛を見下ろして黙っていたが、フッと頬を綻ばせた。

 

「構わん。我ら獣衆の名をこの街で存分に轟かせ、犯罪者共を抑えよ」

 

「はッ‼︎」

 

小春は顔を上げて志乃の微笑を見てから、再び深くお辞儀をした。志乃は一度頷いて、続ける。

 

「他の者と奉公先には私が言っておく。だからお前はそのまま吉原に残れ。よいな」

 

「仰せのままに、我が棟梁よ」

 

「ごめんなさいね、志乃ちゃん」

 

日輪が、団子を一皿志乃に差し出す。それを受け取った志乃はすぐにいつものあどけない笑顔に変わり、もぐもぐと団子を食べ始めた。

 

「本当は志乃ちゃんに早めに相談するべきだと思ったんだけど……小春がやると言ってきかないもんだから」

 

「なっ……日輪!」

 

珍しく頬を赤らめた小春に、日輪がクスクスと笑う。志乃も今まで見たことのない表情の彼女に言った。

 

「へー、ハルも随分強情になったんだね」

 

「っ……も、もう……」

 

「強情も何もこいつ昔っから目ェ合ったら絡んでくる面倒なチンピラみてーな……」

 

パァンパァン!

 

「どおおおおお⁉︎」

 

銀時が口を挟むと、即座に小春の銃弾が飛ぶ。間一髪避けた銀時に、小春は舌打ちした。

 

「チッ、残念」

 

「残念ってどーいう意味だコラ!オイこっち見ろ‼︎」

 

「きゃー助けてー、銀時に襲われるー」

 

「うるせー黙れ‼︎誰がてめェみてーなビッチに興奮するかよ‼︎なぁ一発殴っていい?やっちゃっていい?ねぇ」

 

「一発やる?やっぱり貴方私のカラダを狙って……」

 

「うぜえ‼︎こいつ心の底からうぜえ‼︎」

 

小春に小馬鹿にされ続けている銀時が、怒りに拳を震わせる。新八と神楽は志乃の耳を塞ぎながら、軽蔑の目で銀時を見つめた。

 

「銀さん、志乃ちゃんのいる前でそんな会話に発展するのはちょっと……」

 

「マジキモいアル。しばらく私に話しかけないで」

 

「オイお前ら何でそんなに冷たいの⁉︎今日に限って誰も銀さんの味方はいないの⁉︎」

 

「銀、ドンマイ」

 

「お前もかよォォォ‼︎もう嫌だ悲しいわ俺‼︎なぁ志乃お前ならわかってくれるよなぁ、な⁉︎」

 

「ちょ、放してよ銀。絡みがウザい」

 

「志乃ォォォォォォォォ⁉︎」

 

復旧続く吉原の空に、銀時の哀れな絶叫が響く。

晴れた空に昇る太陽。志乃はそれに負けないくらい眩しい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー地雷亜篇 完ー

 




ハイ終わりました地雷亜篇。……え?銀時が不憫?わかってますよそんなこと。

あの……ツッキーの酒グセのとこはすいません、力尽きました。もう無理走れない。肩と背中と首が痛い。何これスマホの辛さの三重奏?いらないいらない。

えー、今回やたらと謎を含んだものになったと思います。

松陽が口にしていた澪という女、そして銀狼の覚醒。
これらの正体も後々明らかになりますので、どうぞお楽しみに。

ちゃんとこの先上手く書けるかなぁ……。常にダダ滑り状態のこの小説だから、ちょっとやそっと滑った程度じゃへこたれませんけど。

次回は歯医者の話ですかね。そのあとは六角事件やって、ホウイチ篇と陰陽師篇を簡略化して、クリスマスと年賀状とバレンタインと季節関係なしにやってから、かぶき町四天王篇かな。うわぁ死ぬ!

ま、とにかく頑張っていきます!これからもどうぞよろしくお願いします。


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やっぱり日常が一番だわ
医者の付き添いはお母さんの仕事


チクタクチクタク。時計の針が進む音が、部屋に響く。志乃は椅子に座り、愛読書の男色モノ雑誌を読んでいた。その隣には、銀時が手を組んで膝の上に起き、カタカタと震えている。その顔には汗が滲んでいた。

次の瞬間、銀時はガクッと椅子から崩れ落ち、四つん這いになって絶望の叫びを上げた。

 

「殺せよォォォォ‼︎殺るならさっさと殺りやがれェェ‼︎俺を弄んでそんなに楽しいかてめーらァァァ‼︎頼むよォォォォ‼︎こうしてただ黙って忍び寄る死を待つのは……辛すぎるんだよ。……気がおかしくなりそうなんだよ。なァお願いだァァァァ早くっ……早く俺を殺してくれェェェ‼︎」

 

溜息を吐いて、紙面上の手を繋ぐ男達から銀時の尻に目を向ける。

 

「銀、病院では静かに。他の患者さんに迷惑」

 

「………………すいません」

 

ここは、南無歯科医院。外観はボロっちいが、すぐに治ると評判の病院。何故二人がここにいるかというと。

 

「あ"〜……もう嫌だ……この待ち時間」

 

「待ち時間じゃなくて歯医者が、でしょ」

 

そう。実は銀時が、虫歯になってしまったのだ。

志乃は歯医者の付き添い。立場が完全に逆だと思ったそこの貴方、大正解。

ちなみにこのようなケース、初めてではない。今まで何度か銀時の歯医者に付き添いで行き、彼の扱いも全て心得てしまったのである。

正直言って暇だ。ものすごく暇である。今すぐ銀時の家にお邪魔して定春に抱きつきたい。モフモフしたい。

 

チラリと銀時を見ると、汗ダラダラで超帰りたいという顔をしていた。治療怖いから帰りたい、でも歯は痛い。そんなことをおそらくずーっと考えているのだろう。

こういう時の銀時は感情が顔に出やすいので、見ていてめちゃくちゃ面白い。志乃は込み上げてくる笑いを堪えていた。

 

不意に銀時が「もうやめェェ‼︎」とでも言うように立ち上がる。考えたところで怖くなるだけだと判断したのだろう、雑誌が置いてある棚に向かった。

愛読書であるジャンプを探すが、あるのはマガジンだけ。それを手に取ると、もう一人の手が同じくマガジンを手にしていた。

 

「あっ、トシ兄ィ」

 

煙草を咥えた土方の頬が、銀時と同じく腫れている。あ、この人も治療か。

 

「ヤニでも取りに来たのか、ニコ中」

 

「ツラ見りゃわかんだろ。昔詰めた銀歯の奥が知らねーうちに腐ってたんだよ。まったく、銀のつく奴にロクなモンはねェ」

 

「……放せよ。先取ったの俺だろ」

 

「いや同時だ。そもそもテメージャンプ派だろ。ココはマガジン派の俺に譲れ」

 

「たまには敵状を観察することも大切なんだよ。創刊50周年だか何だか知らねーけど、サンデーと組んで何悪巧みしてんだよ。小賢しいんだよてめーら」

 

「何?妬いてんの?仲間に入りたいの?パーティーに入れなかったのが悔しいの?」

 

「全然?勝手にやれば?ジャンプ(オレたち)は一人の方が全然気楽だし、つるむのとか嫌いだし、眼中にねーしお前らなんて」

 

「眼中にねーのはこっちなんだよ。嫌われてんのわかんないのお前ら。ハジかれてんのわかんないの」

 

ハァ……またか。志乃は場所など関係なく口喧嘩を始めた二人に呆れて溜息を吐いた。受付の看護師が困ったようにしているのを見て、「私がなんとかします」とサインを送る。

その間にも、喧嘩はヒートアップしていく。

 

「何?人気者気どり?言っとくけど、サンデー友達のふりしてるだけだよ。こないだ学校一緒に帰ってる時、メッチャお前らの悪口言ってたから」

 

「サンデーがそんな事するワケねーだろ。いい加減なこと言ってんじゃねーよ」

 

「じゃあチャンピオンにも訊いてみろよ。アイツも聞いてたから」

 

「うるせーよ、てめーにサンデーの何がわかんだよ‼︎」

 

「仮初めの仲良しごっこやってればいいじゃん‼︎ホントは全然仲良くないくせに‼︎みんな知ってるよ‼︎ガンガンもエースも知ってるよ‼︎」

 

「うるさいのはてめーらだよ」

 

ついに志乃が、銀時と土方の腹を拳を入れる。突然のことに防御も心構えも何一つ準備できなかった二人は、マガジンを離して腹を抱えて痛みに悶えていた。

志乃は看護師を振り返り、頭を下げる。

 

「どーもすいません、ウチのバカ共が」

 

「いえ……」

 

それから銀時と土方の首根っこを掴んで引きずり、先程座っていた椅子まで連れてきた。

 

********

 

結局それぞれ別の雑誌を読みながら、間に志乃を挟んで座る。二人の横顔を一瞥するからに……いい歳こいて歯医者が苦手なんて知られたくない、かと察する。こういう時、自分の察知能力の高さに惚れ惚れする。

土方がそわそわと足を組み替えているのを見て、銀時が口を開いた。

 

「……オイ。ちょっとさっきからいい加減にしてくんない。そわそわそわそわ何回脚組み替えてんだよ。なんかこっちも落ち着かねーだろうよオイ」

 

「……座りが悪いんだよ椅子が。お前こそ何だよさっきから貧乏ゆすりハンパねェんだけど。やめてくんない、貧乏が感染る」

 

「てめーのそわそわにイラついてんだろうが。目障りなんだよバカヤロー」

 

「もういい加減にしてよ……うるさいんだけどアンタら」

 

ハァァ……と深い溜息を吐いて、膝に突っ伏す。帰りたい。今すぐ帰って小猫と戯れまくりたい。

しかし、一度口をきくとこの二人は延々と喧嘩し続ける。その間に挟まれるとはなかなか辛いものがあった。

 

「アレ?ひょっとしてアレかな。ビビってらっしゃるんですか、鬼の副長ともあろうお方が」

 

「え?何が?意味がわかんない。何にビビるの、歯医者で何か怖い事ってあったっけ」

 

「いや別に何もないけど」

 

「怖い事があると思ってるからそういう発想になるんだろ。ビビってんのお前じゃねーの」

 

「んなわけないじゃん。ホラよく言うじゃん、ドリルの音が怖いだなんだのと。俺は全くわからねーけど」

 

「俺も全くわからねーな。むしろ毎週ドリル突っ込んでほしいくらいだし。定期的に歯石とか取りに行きたいくらいだから」

 

「あれお前やってないの。俺なんかはもう三日にいっぺんドリってもらってるけどね。口の中気持ち悪くてしゃーないよねドリらないと」

 

「あーそうなんだ。俺は自宅にマイドリルあるから通う必要はないんだよね、ドリラーだからさ俺」

 

「なんだよお前もドリラーだったのか、奇遇だな。今度アレだったら一緒にドリルコンテストでも出てみねェ」

 

「ああそうだな、休日が合えばな。まァ空けるようにしとくよ」

 

バカだこいつら。意味わかんない。何この張り合い。

目の前の抱きしめ合う男達に目を向けつつ、志乃は笑いを堪えていた。

 

「アレ……仲の悪い二人がこんな所で何やってんだ」

 

「あっ、マダオ」

 

「嬢ちゃんんんんん⁉︎」

 

ギリギリ見えるか見えないかの際どいシーンから目を外して長谷川の名前を呼ぶ。しかし彼女が呼んだのは蔑称だが。

 

「ごめんね長谷川さん。長谷川さんも歯医者に?」

 

「あー、まァ治療にな。小便したくてちょっと抜けてきたトコなんだけどよ。いやー、まいったわ。ここの治療、超痛ェぞ」

 

長谷川が頬を押さえて言うと、銀時と土方の顔が青ざめる。それを無視して、会話を続けた。

 

「そうなんだー、大変だね」

 

「俺何か月もダラダラ歯医者通うの嫌だからさァ、ここなら一回の治療で済むって聞いて来たんだけど。いや〜、治療は痛いのなんのって。俺何回声上げそうになったかわからねーよ」

 

「長谷川さーん、まだですか」

 

「あっスイマセン、今行きます。んじゃ行くわ。おめーらも覚悟固めといた方がいいぜ」

 

看護師に呼ばれた長谷川が、奥に入っていく。隣に座る銀時と土方の不安は募るばかりだが、付き添いである彼女は一切関係ない。

最近流行りの掛け合わせのページを開こうとすると、奥から苦しげな長谷川の悲鳴が聞こえてきた。ガリガリと削る音、バキゴキと何かが暴れるような音まで聞こえてくる。尋常じゃないほど苦しみを訴える絶叫に、志乃は思わず雑誌から視線を上げた。

ちょっと待って……どんな治療してんの?

 

以下、音声と志乃の心の声と共にお楽しみください。

 

ピー

 

「先生、長谷川さんの脈が」

 

えっ、ちょっと待って歯医者で脈なんて止まるの?

 

「中山さん、心臓マッサージして。アレだったら電気ショック与えて……ああそうそんな感じ」

 

ドォンドォン

 

電気ショック⁉︎マジでか歯医者に何でそんなもんあるんだよ⁉︎

 

「先生、脈は戻りましたけど衝撃でアレが取れました」

 

アレ⁉︎アレって何、何が取れたの⁉︎一体長谷川さんの身に何が起こったの‼︎

 

「ああ中山さん大丈夫、もうそれ使わないからポン酢につけて。ああそうそんなカンジ」

 

ポン酢につける⁉︎ちょっと待って何してんの、何でいきなり調味料が出てきてんの‼︎

 

「先生コレはどちらかというとゴマだれの方が合いますね」

 

今度はゴマだれ⁉︎何、しゃぶしゃぶでもやってんの⁉︎長谷川さんの体の一部でしゃぶしゃぶ決め込んでんのお前ら⁉︎

 

「よし……と。じゃあコレで大体終わりかな」

 

何がコレで終わりかなだよ、何サラッと終わらせようとしてんだァァ‼︎こっちはとんでもない状況耳にしちゃってんだよ、このまま終わるに終われねーよ!ポン酢でしめられねーよ‼︎

 

「どうですか長谷川さん」

 

「いやウソみたいに痛みが取れましたね」

 

いや痛みが取れましたっつーか人体の一部も取れたそうだよ!ポン酢でいかれたらしいよ長谷川さん‼︎

 

「痛かったでしょ、ごめんなさいね〜。でもこれで以前のように何でも食べられますから」

 

「いや〜〜ありがとうございました先生」

 

「あのー、朝晩だけじゃなく食後は必ず歯磨きするように心がけてくださいね。コレ痛み止めと特別にウチで作った歯ブラシつけときますから」

 

「あっスイマセン、気遣ってもらって」

 

「じゃあお大事に〜〜。歯を大切にね〜」

 

「ありがとうございました」

 

散々ツッコミを入れていた志乃だったが、奥からチラリと長谷川の姿が見えてくる。

戻ってきた長谷川は、特に変わった様子もないように見えた……が。

 

「いや〜〜、スッカリ治ったぜ。メチャクチャ痛かったけど、なかなかいい歯医者だったよ。ホラ、親切に歯ブラシまでつけてくれたし」

 

ーーつけとくって、右手(そこ)にィィィィィィィ⁉︎

 

志乃は思わず、雑誌を落としてしまった。長谷川の右手から肘にかけて、歯ブラシになっている。歯は治ってもそれ以上に大事なものが無くなっていた。等価交換どころの騒ぎではない。立派な人体改造だ。

 

「ハイーじゃあお大事にね〜」

 

続いて治療室から現れたのは、近藤。

 

「おっ、トシに志乃ちゃんじゃねーか。なんだ、お前達も治療に来てたのか」

 

「近藤さっ……」

 

「いやーーなかなかいい歯医者だった。スッカリ治っちまったよ。おまけに特別に電動歯ブラシまでつけてくれてな。いや〜〜、これでこれからは手を使わなくても歯が磨けるよ」

 

ーーえ?もしかして近藤さんのおでこについてんの……アレ、長谷川さんの手?

 

またも恐ろしい人体改造に、志乃は恐怖を覚えた。次々現れる光景が突飛すぎて、ツッコミが追いつかない。

つーかさっきからお大事にじゃねーよヤブ医者が‼︎オメーらが患者を大事にしろォ‼︎

 

銀時の付き添いで今までやってきた歯医者の中で、ダントツでヤバい。ここマジでヤバい。もうここ歯医者じゃねーよ、ただのショッカー基地だよ。

それにも関わらず、銀時と土方は椅子に座り続ける。お互い意地張って動けないのだろうが、そんなの志乃にとってはどうでもよかった。ていうか、このままいたら私諸共改造される……⁉︎

イヤだ超帰りたい‼︎今すぐ帰ってジョウからパクった塩まんじゅう食べたい‼︎

 

「じゃあ次の患者さん入ってきてください。二人ずつ」

 

看護師に呼ばれて、二人が立ち上がった。銀時と土方が、それぞれ見栄を張る。

 

「さァて、今回のドリルはどこまで俺の中に抉り込んでこれるか。俺の魂にまで届くかな」

 

「人は何故穴を掘り進むのか。そこにドリルがあるからさ」

 

バカだ。こいつらバカだ。志乃は互いに意地を張って治療室に向かう二人を見送ってから、雑誌を小脇に抱えて立ち上がった。

 

「帰ろっと」




志乃の読んでた男色モノ雑誌、過激なものは一切入っていません。志乃に悪影響を与えないため、購入時に大人のチェックが入るからです。


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小ネタは軽く笑えるくらいがちょうどいい

小ネタ6連発。ポッと思いついた話なのでストーリー性はほぼ皆無です。


☆勘違いは早めに解消させておけ☆

 

万事屋銀ちゃん。時雪は志乃が遊びに来ていないかとそこに足を運んだが、いたのはオーナーである銀時のみ。他愛ない会話をして帰ろうとしたその時、銀時に呼び止められた。

 

「おいトッキー」

 

「何でいきなりトッキー呼ばわり?」

 

思わず足を止めて、ツッコむ。銀時はソファから腰を上げて、時雪に詰め寄った。

 

「お前、志乃と一つ屋根の下をいいことにあんな事やこんな事なんてしてねーだろーな」

 

「してませんよ。ていうかできませんって」

 

突然切り出されたのは、志乃の事だった。時雪は志乃と付き合ってはいるものの、寝ている部屋は当然違うし、デートなんて一回もしたことがない。誘えない自分が悪いと思っているのだが、恥ずかしくてなかなか話ができないのだ。

しかし銀時の疑惑の目が時雪を捉え、彼の肩を掴んで揺さぶる。

 

「本当だろうな?志乃はまだ12歳なんだぞ、お前わかってんだろーな?」

 

「ちょ、揺らさないでくださ……わあっ⁉︎」

 

ドサッ

 

思わずバランスを崩した時雪が、テーブルに背中を打ち付ける。それにつられて銀時も前のめりに倒れ込んでしまった。

 

ガラッ

 

そのタイミングで、扉が開く。そこに、運悪く志乃が立っていた。

何が運悪くって、ちょうど志乃が見たのは、まさに銀時が時雪を机の上に押し倒しているかのような光景なのだ。

 

「…………えっ」

 

ポカンとした志乃が、押し黙る。銀時と時雪は冷や汗が止まらない。

 

「……………………」

 

「いやっ志乃、これはそのっ、事故……」

 

時雪が必死に弁明しようとするが、志乃の目が嬉々として煌めき、涎を垂らす。お忘れかもしれないが、志乃は衆道好きである。

 

「……これは何?まさかのご褒美⁉︎ありがとうございます‼︎」

 

「違ェェェェェェ‼︎お前コレいいの⁉︎お前の彼氏奪られてるよいいの⁉︎つーか何がご褒美だ、コレほとんど罰ゲームだろーがァァァ‼︎」

 

昼下がりの万事屋に、銀時のツッコミが響き渡った。

 

 

 

☆何事もほどほどにすべし☆

 

時雪が桂に呼ばれてやってきたのは、コスプレした志乃のポスターやフィギュア、ストラップが飾ってある部屋だった。背筋に寒気を感じながら、時雪は桂に尋ねる。

 

「……あの、桂さん。何なんですかこの志乃のグッズ。めっちゃクオリティ高いんですけど」

 

「俺の可愛い妹の可愛いポスターやフィギュアだ。ちなみに全て地下都市アキバNEO製だ」

 

「気持ち悪っ‼︎ていうかなんで志乃のコスプレ⁉︎」

 

「フハハハハ、幼少期より溜め込んでいた写真を使ったのだ!すごいだろう……ぐぎゃっ⁉︎」

 

高笑いをして自慢した桂の腹に、弾丸のように志乃が飛んできて、蹴りを放った。そこからさらに銀時と二人がかりで、めちゃくちゃに蹴りつける。

 

ドガッバキッガッメキッゴッ

 

「何してんだてめーは‼︎気持ち悪いんだよ変態‼︎」

 

「速やかに死ね」

 

「自業自得ですよ桂さん」

 

リンチされている桂に、そりゃそうだよなぁ、と時雪は冷めた視線を送った。

 

 

 

☆夢は現実と程遠い☆

 

ジャラッ

 

鎖同士が擦れ合う金属音。それは銀髪の少女の首輪に繋がり、その先は黒い制服を着た童顔の少年が握っていた。鎖を引くと、少女が首から引っ張られるが、少女は恍惚とした表情を浮かべている。

少女の名前は霧島志乃、少年の名前は沖田総悟。

 

「んっ……総悟様ぁ……」

 

彼女のほんのり赤い頬に手を添えて、顎を上向かせる。素直に甘えてくるようになるまで、苦労して調教した甲斐があった。

沖田はショートケーキの乗った皿を志乃の前に出した。

 

「オラ、ご褒美のケーキだ。ちゃんと食えィ」

 

「ハイ……」

 

畳の上に置かれたケーキに顔を近づけ、苺を咥える。口の周りにクリームがつくのを気に留めず、まるで餌を食べる猫のように完食した。

 

「ごちそうさま……美味しかったです、総悟様」

 

「ククッ……オイオイ、口にクリームがついてるぜィ?」

 

「あっ……」

 

沖田に指摘され、志乃の眉が下がる。そして、物欲しげな表情で彼を見上げた。

 

「ほーら、何をしてほしいのかちゃんと口で言えィ」

 

「総悟様っ……お願いします、舐めてください……あ、私の口を……」

 

真っ赤になりながら、縋るようにぎゅっと沖田の上着を掴む。可愛くおねだりしてきた彼女の頭を優しく撫でた。

 

「ククッ……仕方ねェなァ」

 

志乃の唇に口を寄せクリームを舐め上げると、ピクリと肩が上がった。

 

「んんっ……」

 

「何逃げてんでィ。おねだりしたのはどっちだィ?」

 

「あっ……ごめんなさい……」

 

小さな声で謝る彼女の顎をこしょばせて、首輪の鎖を引っ張り顔を近づけた。

 

「まぁいい。この後激しくしてやらァ。せいぜい、可愛い声でナけよ……?」

 

「っ……は、はいっ……!」

 

 

 

 

 

「オイ起きろクソサド野郎」

 

苛立ち混じりの声と共に、体が蹴られる。アイマスクで視界は塞がれたままだが、声からして志乃だとわかった。

 

「……?」

 

「てめーいつまで寝てんだ?あんコラ。私だって眠いのにわざわざ起きてやってんだよ。ナメんなよ」

 

どうやら彼女は、眠っていた自分を起こしに来たらしい。とてもいい夢を見ていたのに、邪魔されて腹が立つ。

 

「……今すぐ猫耳メイドになって『おはようございますにゃあご主人様♡』って言ったら起きる」

 

「誰がするか今すぐぶちのめされてーのか、あぁん⁉︎」

 

いつも通りからかってみたら、さらに強く蹴られた。沖田は仕方なく体を起こしてアイマスクを外して志乃を見上げる。

鋭いツリ目に、勝気な輝きを宿す赤い目。夢の中で見たあの縋るような潤んだ目とはかけ離れている。

 

(チッ、夢か……いつか絶対ェ正夢にしてやらァ)

 

 

 

☆ウェデイングドレスは人生に一回で充分☆

 

「トッキー!」

 

元気な明るい声で、志乃が時雪を呼ぶ。ほつれた糸を直していた時雪の元に、志乃がタキシードとドレスを持ってやってきた。

 

「ヅラ兄ィがコスプレ贈ってきたんだよ!しかもウェデイングドレス!」

 

意気揚々と、志乃が純白のドレスを見せる。また桂の趣味か。時雪は苦笑を浮かべた。

 

「懲りないね、桂さん……ていうか何でそんなにテンション高いの?」

 

「何でって、トッキーの分もあるからだよ!さっ、早く着替えて!」

 

「えええええ⁉︎」

 

どうやら今回は自分も巻き添えにされたらしい。時雪は笑顔でタキシードを差し出してくる彼女に何も言えず、それを受け取った。

 

〜着替え完了〜

 

「えへへ……未来の旦那様と揃えるなんて、ヅラ兄ィも粋な事するじゃん」

 

「み、未来の旦那様って……」

 

くるりとターンして、嬉しそうに笑う志乃。未来の旦那と呼ばれて、時雪は頬を赤らめた。あんまり乗り気でない彼を、志乃が見上げてくる。

 

「え?結婚しないの?」

 

「ゔっ……そ、そういう話はまだ早いっていうか……」

 

「そうか、俺はいつでも隣は志乃のために空けてあるぞ。さぁ志乃、こっちに……ぐふっ‼︎」

 

どこからともなく現れたタキシード姿の桂に、志乃はブーケを強く投げつけた。

 

「ハイ、ブーケトス。おめでとう、次の幸せはアンタに訪れるよ」

 

「志乃、既に不幸が襲いかかってる」

 

 

 

☆金は天下の回り物☆

 

「神威、阿伏兎さん!地球にようこそー!」

 

おーい、と両手を振って、傘をさして歩いてくる神威と阿伏兎を迎える。地球に来ていると連絡を受けた志乃は、せっかくだから江戸を案内しようと彼らを誘ったのだ。

神威は彼女に駆け寄ると、手を握る。

 

「久しぶり志乃、ついでに一緒に春雨に……」

 

「私の行きつけの団子屋さんに案内するね!私の奢りだよ!」

 

その手を振り払い、「こっちだよー」と二人を手招きした。無視された神威の笑顔が黒くなる。

 

「ねぇ聞いてる?」

 

「ダメだ、完全にシャットアウトしてるぜ」

 

〜団子屋〜

 

「んー、いつ来ても地球のゴハンは美味しいね」

 

バクバクバクバクと、神威が団子を両手に食べまくる。机には既に大量の皿が重ねられていた。

相変わらず落ち着きのない早食いに、志乃は呆れる。

 

「……お前さ、もうちょっと落ち着いて食べれないの?何?夜兎の人達ってみんなこうなの?」

 

「団長が特殊なだけだ。気にすんな」

 

確かに神威が団子をガツガツ食べているのに対し、阿伏兎はそこまでがっついていなかった。皿の数が少ないと言えば嘘になるが。

 

「あーもう、食べカス口についてるよ。ほら、取ってやるからジッとして」

 

神威の口元につきっぱなしの食べカスを見かね、志乃は懐からハンカチを取り出し口元に持っていく。その光景を見た阿伏兎がニヤニヤして茶化すように言った。

 

「おー、なんか夫婦みてーだな」

 

その一言を聞いた志乃は、パンとハンカチを机に叩きつけた。

 

「自分で拭け‼︎」

 

「余計な事言わないでよ阿伏兎。あともうちょっとだったのに……」

 

むすっと頬を膨らませ、神威は再び団子に口をつけた。

 

〜会計中〜

 

「嬢ちゃん、ごちそーさん」

 

「……待って、話し合おう」

 

「は?」

 

さっさと店から出ようとした阿伏兎のマントを掴む。伝票に書かれたとんでもない金額に、志乃の胃がキリキリと痛んでいた。

 

「いや待って頼むよ。こんな金額聞いてないってちょっと」

 

「嬢ちゃんの奢りって話だったろ。俺ァ知らねーよ」

 

「いやいや確かにそう言ったけどさ。ていうかアンタら12歳の女の子にこんな大金出させて恥ずかしくないの?」

 

「いや、俺ら海賊なんで」

 

こんな時に海賊になるな。逃げる汚い大人に、志乃はまだ食い下がる。

 

「せめて割り勘で頼むよ。大体アンタんとこのバカ団長のせいでこんな……」

 

そう言って神威を振り返ると、何故か椅子に座って団子を食べていた。

 

「ん、美味しい」

 

「何でまだ食ってんだテメェはァァァァァァ‼︎」

 

 

 

☆末恐ろしき女子☆

 

「んっ!クレープ美味しいー!」

 

「そうね、美味しいわね」

 

「二人に喜んでもらえて何よりだ」

 

江戸の街。その大通りを、志乃はお妙、九兵衛と共に歩いていた。九兵衛に奢ってもらったクレープを食べ歩いていると、ふと何かに気がついた。

 

「あーむっ。んぐんぐ……むっ」

 

「?どうかしたの志乃ちゃん」

 

「そこの電柱の影に隠れてるおめーら、そんなとこに隠れてないでこっち来たらいいじゃん」

 

志乃は5mほど離れた電柱に、近藤と東城が隠れているのを、気配だけで察した。

察知能力の高い志乃は、半径10m以内なら気配だけで誰かがわかるのだ。末恐ろしい子供である。

 

「えっ⁉︎バレた⁉︎」

 

「何をしているのですか貴方のせいですよ‼︎」

 

「死ねェェェェェェゴリラァァァァ‼︎」

 

「いい加減にしろ東城ォォォォォ‼︎」

 

二人は当然、半殺しに遭いました。

 

 

☆終わり☆

 




あー、楽しかった。

次回、六角事件篇です。


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ペットの名前は呼びやすいのが一番いい

「獣衆」が一人・赤猫こと三島瀧。彼女は、久々の休暇に家でのんびりしていた。

スナックお登勢で働く彼女は、夜勤が基本。しかし今日は、雇い主のお登勢から久々に丸一日休みをもらったのだ。ちなみに志乃は真選組のバイト、時雪は実家に帰っている。他の面々も仕事場へ行き、今日は珍しくお瀧だけが暇だった。

小太刀の手入れをしていた時、玄関のインターホンが鳴る。お瀧は小太刀を素早くしまってから、扉を開けた。

 

「はい、どちら様で……」

 

「どーも」

 

扉を開けるなりペコリと軽く会釈したのは、真選組一番隊隊長・沖田総悟。意外な人物に、お瀧は目を丸くして彼を見上げた。隊服を着ている限り、非番ではなさそうだが……サボりだろうか?

 

「……何かご用で?」

 

「まぁまぁ立ち話もなんですし、座って話しやしょう」

 

「それ普通家主が言う言葉やで」

 

「お邪魔しやーす」と玄関に入り込む沖田に、お瀧はボソッとツッコミを入れた。客間に案内し、お茶を出す。

 

「そんで、何のご依頼で?」

 

「ちょいと、(あね)さんに調べてほしいことがありましてね。姐さん、六角事件ってご存知ですかィ?」

 

「六角事件?」

 

一瞬キョトンとしたお瀧だが、すぐに記憶を手繰り、脳内の引き出しの中を探り出す。

 

「……あぁ、あれかいな。確か、二年前に旅籠六角屋で起こった真選組と過激攘夷派『創界党』の争闘事件やろ」

 

「流石は姐さん。ご存知でしたか。んで、お願いしたいことが……」

 

沖田は一拍置いてから、依頼内容を話し始めた。

 

「創界党のこと、調べてほしいんです」

 

「!………………」

 

「お願いできやすか?」

 

「できるも何も……依頼受け取ったら潜入でもハッキングでも何でもやるのが忍者(ウチ)や。やったろう……と言いたいとこやけど」

 

お瀧はお茶を一口含んでから、沖田を見つめた。

 

「……そないな事調べて、何するっちゅうねん?大体、アンタこの六角事件の当事者やろ。何で今になってその名前が出てくんねん」

 

「…………」

 

ふと、沖田が黙って脇差を取り出し、お瀧に投げつけた。

 

「刺されやした。親父の仇だって、六角屋の娘に」

 

「六角屋の娘⁉︎…………あぁ、せやったな。六角屋の主人、乱戦の最中凶刃に倒れたらしいなァ。その娘に?」

 

「ええ。そう遺族にも伝えたはずなんですが……どーにもおかしいんでさァ。あの小娘、どこで俺を仇と知ったんだか。六角事件(あのヤマ)を利用し娘を焚き付け、俺を殺ろうとした奴が……黙らせなきゃならねェ連中がまだいるはずなんでさァ」

 

沖田の話を聞きながら、お瀧は脇差を抜いた。手入れもよく行き届いている、使い古されたいい刀。確かに一介の町人の娘が、廃刀令の御時世にこんないい刀を持っている方がおかしいというものだ。

 

「……アンタに一つ、ええ情報を教えたるわ」

 

「!」

 

「前に聞いたことがある。最近創界党を名乗る組織が、この辺に出没しとると」

 

「⁉︎」

 

沖田のポーカーフェイスが崩れる。お瀧は脇差を納刀してから、沖田に投げ返した。

 

「まぁ、ウチもどこまで調べられるかわからへんが……またわかったら連絡するわ」

 

「お願いしやす。あ。あと、この件は前回(・・)と同じく、嬢ちゃんには内密に」

 

「了解。……でも、」

 

ソファから腰を上げた沖田の背後にまわり、ボソッと耳打ちした。

 

「ええんか?志乃にええ格好見せれるチャンスやで?」

 

「…………何の話ですかィ?」

 

「隠しとってもバレバレやで。アンタ志乃のこと好きやろ」

 

「は?何で俺があんな女好きにならにゃならねーんですかィ。言っときますけど、俺ァあんなチビで生意気で喧嘩っ早くてガサツでバカでアホで鈍感で反抗的でこれっぽっちも可愛くねークソガキなんか、全く興味ありやせんから」

 

早口で真っ向から否定してくる沖田に、お瀧はニヤニヤを隠せない。沖田は彼女を振り返らずピシャリと扉を閉めて出て行ったが、その頬は少し赤かったのを、お瀧は見逃さなかった。

一人になった家で、お瀧は溜息を吐く。

 

ーーしゃーない。今回は素直になれへん少年のために、一肌脱いだろか。

 

お瀧は手入れの途中だった小太刀を取り出し、帯に挿した。

 

********

 

「みぃ!みぃ〜」

 

「ハイハイわかったから。よしよし」

 

屯所の縁側に腰掛ける志乃の手の中には、あれ以来すっかり志乃に懐いた小猫。元は野良で真選組に出入りしていたのだが、いつの間にやら志乃のペットのようになっていた。普段は野良のように辺りをほっつき歩いて、飯時になれば志乃の万事屋へ立ち寄る。この時に必ず、志乃にだけ甘えてくるのだ。

そして現在も、小猫は志乃に会いに、この真選組屯所まで足を運んだ。

 

「……そういや、お前に名前をつけてなかったね」

 

「みゃあ」

 

ふと思い出し、両手で小猫を抱え上げる。志乃は小猫を抱きしめて、屯所の中を駆け回った。土方の部屋を通り過ぎようとしたところ、何やら二人分の話し声が聞こえてくる。声だけで判断するに、山崎と土方だ。

 

「どうやら沖田隊長……命狙われてるようなんです。六角事件を覚えていますか」

 

「あの事件(ヤマ)はとっくに解決しただろう」

 

「ええ、でも沖田隊長がこの資料を調べていました。何か繋がりがあるようで。元々あの事件、生存者はあの二人だけ。報告にも不審な点が多かったんです。あの二人、何か隠しているのかもしれません」

 

「………………六角事件か」

 

「ほうほう、何やら危ない匂いがしますね」

 

「うおわああああああ⁉︎」

 

「ぎゃああああああ‼︎し、志乃ちゃん⁉︎」

 

志乃が土方の背後から呟くと、土方と山崎が悲鳴を上げた。にししし、と笑う彼女の腕の中で、小猫が前足を志乃の顎に伸ばしていた。そんな彼女に、土方の怒りの声が飛ぶ。

 

「何つー登場の仕方してんだてめーは‼︎背後霊か‼︎」

 

「あれ?怖かった?もしかして今の怖かった?」

 

「バッ、バカ言ってんじゃねーよ。あんなもん怖いわけねーだろ。俺を誰だと思ってんだ」

 

強がって、煙草に火をつける土方。志乃はニヤニヤしながら畳の上に座り、両手に持っていた小猫を放した。小猫が興味津々に、土方の膝を前足でちょんちょんと触る。土方はチラリと小猫を一瞥してから、煙を吐いた。

 

「そいつ……まだ来てたのか」

 

「うん、なんか懐いちゃったみたいでさ。トシ兄ィ、名前つけてよ」

 

「知るか。お前の猫ならお前がつけろ」

 

「私のネーミングセンスは壊滅的だから無理。あ、じゃあザキ兄ィお願い」

 

「ええ⁉︎」

 

山崎はいきなり話題の矛先を向けられ、戸惑う。志乃は小猫の前足を合わせて、「お願い!」と頭を下げた。

山崎は、何故か照れながら「うーん」と唸る。しばらく考え込んだ後、ふと閃いたように目を見開いた。

 

「『トト』でどうかな?」

 

「なんか面白くない。却下」

 

「ちょっとォォォォ⁉︎」

 

他人に考えさせておいて、面白くないという至極気まぐれな意見で却下された。その一蹴ぶりに、山崎は涙目になって志乃の肩を掴んで揺さぶる。しかし志乃のは兄譲りの死んだ魚のような、何も考えてない目をして山崎を見つめた。

 

「何でよ‼︎せっかく俺が一生懸命考えたのに‼︎」

 

「私的になんか合わない。だから却下」

 

「じゃあ最初から志乃ちゃんが考えてよ‼︎何、俺に対する嫌がらせ⁉︎」

 

山崎がいつになくやさぐれている。流石に冷たくしすぎたか?と一瞬反省したが、「まぁいっか」とすぐにその反省をやめる。あまりにも自由奔放すぎる彼女に、見ていた土方も山崎に同情した。

 

「志乃、今のはお前が悪い。山崎がせっかく考えてくれたんだ。なのにあれはないだろう……」

 

「そうかな?ねぇ、お前はトトがいい?」

 

猫を抱えて尋ねると、小猫は志乃を見つめて「みゃあ」と泣き、甘えてきた。ということはつまり、

 

「それでいいってさ」

 

「『それでいい』って何?それじゃなくても別にいいってこと?」

 

「山崎、もうやめろ」

 

一度荒れるとしばらく収まらないらしい。今度山崎の好きなあんぱんを買ってやろうと決めた。

小猫改めトトは、一度下ろされると志乃の膝に乗り、彼女の肩に乗った。

 

「……で、さっきから何の話してたの?六角事件……とか言ってたよね」

 

「そっか、志乃ちゃん二年前はいなかったもんね」

 

「ま……簡単に言やァ真選組と過激攘夷派組織『創界党』との争闘事件だよ」

 

「へぇ……。でも、何で二年前の事件が今になって掘り返されたの?」

 

志乃が素朴な疑問を打ち出すと、「さァな」と土方が肩を竦める。腕を組んで考え込むと、志乃の携帯に電話がかかってきた。ポケットから取り出して画面を見ると、「タッキー」と書かれている。

 

「ハイもしもし」

 

『志乃、悪いけど今日は帰らへん。仕事が入ってもーてな』

 

「え?うん、わかった……」

 

『時雪にも連絡よろしくなァ。あ、そうそう……』

 

一度間を空けてから、お瀧の楽しげな声が聞こえてきた。

 

『総悟くんから目ェ離したらあかんで?』

 

「は?」

 

言葉の意味を図りかね、キョトンとした隙に、通話が切れる。命を狙われているらしい沖田から目を離すな?一体どういうことなのか……。

首を傾げたまま耳を離すと、トトが「みゃあ」と前足で志乃の頬を触り、甘えてきた。



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考えるよりまず行動してみろ

沖田から目を離すな。お瀧の言葉の意図を未だ図りかね、志乃は六角事件の資料に目を通していた。

確かに報告書にも不審な点が多い。巧妙に誤魔化されているようだが、勘のいい志乃は誤魔化せない。

しかし、こんな時に限ってお瀧は忍者の仕事でいない。赤猫の力を借りるなんて、よっぽどの依頼なのだろうか。それとも、はたまたそこまででもないものか。

恐らく後者は可能性としてはなかった。お瀧は仕事中、携帯の電源をオフにしている。それは危険な場所に潜入していることを指し、彼女が何をしているのか一発でわかるためだ。

そして今、お瀧の携帯に何度連絡しようとしても、繋がらない。電源が切れているのだとわかるのは案外早かった。

 

「どーするかなぁ……」

 

「みぃ?」

 

資料を閉じ、元の場所に戻す。資料室を出てから、志乃はある人物に電話をかけた。

 

********

 

その日の夕方。バイト終わりの志乃は、スクーターに跨って帰ろうとしていた。着流しの中にはトトもいて、一緒に家に帰るのだ。その時、屯所の中から私服姿の土方が呼び止める。

 

「志乃、総悟知らねーか?」

 

「え?今日は一度も見てないけど」

 

「そうか。何度連絡しても繋がらねーんだが……」

 

「……………………」

 

不審に思って、自分も沖田の携帯に電話してみる。数度コール音が鳴っても、繋がらなかった。

携帯から耳を離して、目を落とす。お瀧の不在、沖田の失踪。何か繋がりがあると志乃の勘が叫んでいた。

 

「嫌な予感がする」

 

「?」

 

「私、探してみるよ。それにちょっと調べたいこともあるし」

 

「そうか……」

 

何か言いたげな土方を振り返って、志乃はニッと笑いかけた。

 

「一緒に行く?」

 

********

 

「ーーってこと」

 

「何が『ってこと』?」

 

待ち合わせ場所のレストランで、目の前に座る男に志乃が一連の流れを説明する。茶髪の男は不機嫌そうに志乃の隣に座る土方を睨みつけた。

 

「何なんだこの男は。志乃の彼氏か?」

 

「私が彼氏と認めた男は世界でトッキーだけだ。他は知らん」

 

「じゃあ婚約者?」

 

「私が人生で惚れた男は過去に二人だけだ。他は知らん」

 

「お前ら何の話してんだ。さっさと本題に入れバカども」

 

土方のツッコミが入り、話は一旦中断される。男は腕組みを解いて、懐から一枚の写真を志乃に手渡した。志乃がそれを受け取ろうとすると、ガシッと掴んでくる。

 

「志乃、俺は依頼料なんていらない。この後俺と一緒にホテルに行ってくれればそれでいい」

 

「ガキを何に誘ってんだてめーは‼︎オイ志乃、こいつホントにお前の知り合いなんだよな⁉︎さっきから黙って聞いてりゃただのロリコンじゃねーか‼︎」

 

「金は払うから帰れ」

 

志乃が一刀両断して、どこからともなくクナイを男に投げつけた。

実を言うと最近志乃は、忍者であるお瀧の進言により、体中に暗器を仕込むようになった。いつ何時変な輩に襲われても問題ないように、クナイや手裏剣、メリケンサックにスタンガンまで常備している。

クナイは見事男の額に命中し、血を流して机に倒れ込んだ。

 

「……大丈夫なのかコレ」

 

「大丈夫大丈夫、あの人あぁ見えて元お庭番衆だから」

 

倒れた男ーー風魔ミサトに見向きもせず、志乃は写真を見つめる。そこにはオカマが写っていた。

 

「そいつは創界党首魁天堂紅達が弟、天堂蒼達。兄の方は六角事件で命を落としたが、弟の方はあの中で生き残っていたらしい。そいつが近頃創界党を復活させたという噂は耳にしたぞ」

 

「へぇ〜、弟がオカマってものすごい家族だね。私なら真っ先に殲滅するわ」

 

「お前鬼か」

 

「鬼じゃない狼だよ」

 

「知るかそんなモン‼︎」

 

ツッコミを受けながらも志乃は注文したアイスメロンソーダを飲み、写真を机の上に置いた。そして、続きをミサトに要求する。

 

「んで?そいつが何か動き出したワケか」

 

「……恐らく、な。狙いは何だか知らんが、六角事件をタネに何かしでかそうとしているらしい。内容は知らんがな」

 

「!」

 

土方と志乃が、互いを一瞥する。間違いない。この創界党の動向に、沖田は巻き込まれたのだ。

いや、巻き込まれたというべきではないか。恐らく連中の目的は、創界党を壊滅させた沖田並びに真選組への復讐。そのためにまず沖田を襲ったのか。

しかし、沖田は真選組最強と呼び声高い男。そんな彼が、簡単に捕まるわけがない。となると、六角事件の関係者か何かを人質にでもとられたかーー。

志乃は自分の頭の中で可能性を展開し、切り捨てて真実を見出そうとしていた。しかし。

 

「っ〜〜〜〜……だーーーーっ‼︎くっそォォォォォォ‼︎何かわかりそうでわからないこの微妙な感じが腹立つ‼︎」

 

考えれば考えるほど泥沼にはまっていきそうだ。志乃はガシガシと髪を掻きむしって叫んだ。深い溜息と共に机に突っ伏し、脱力する彼女を横目に、今度は土方が尋ねる。

 

「とにかく、総悟が何を隠してるかは後でみっちり訊くとして……オイ風魔、創界党の居場所を教えろ」

 

「は?黙ってろ俺が話しているのは志乃だけだ。どこぞの馬の骨とも知れん奴が気安く俺に話しかけるな」

 

「こんの野郎ッ……‼︎」

 

ピキッと青筋を立てて、咥えていた煙草を噛み締める。怒りの矛先を向けられているにも関わらず、ミサトは嘲笑を浮かべた。

突然志乃が顔を上げ、残っていたメロンソーダを飲み干して立ち上がる。懐から財布を取り出し、三万円を机に置いた。

 

「ありがとミサトさん。依頼料だ。今ちと持ち合わせがなくてね、コレでお願いしたい。行こう、トシ兄ィ」

 

「オイ志乃……?」

 

「早く」

 

こちらを振り返ることもせず、ツカツカと歩き去っていく志乃。曲がり角を曲がった時にチラリと見えたその横顔は、凛としていた。煙草を灰皿に押し付け、火を消す。彼女を追って、土方も席を立った。

 

********

 

店の外に出た二人は、スクーターを走らせていた。空はすっかり暮れて、星が瞬いていた。

先程から、志乃はずっと黙ったままだ。何かを考えているようにも、前をジッと見つめているだけにも見える。運転している彼女に掴まって、後部座席に乗っていた土方が、その空気に耐え切れず話しかけた。

 

「……志乃」

 

「何?」

 

「何かわかったのか」

 

信号が赤に変わる。スクーターを止めた志乃は、前を向いたまま答えた。

 

「どーにも、嫌な予感がしてね」

 

「嫌な予感?」

 

「トシ兄ィ、一度近藤さん達に連絡して。そーだな……パトカーは使わねー方がいいな。全員私服で、廃ビルに向かえって」

 

淡々と言い出す志乃に、土方は珍しく困惑した。まるで、これから先何が起こるか見透かしているようだ。しかし、それもすぐに落ち着く。志乃の勘が当たっているかどうかなんて、確認する手立てもない。でも沖田が失踪したのは事実だし、今のところ頼れるのは目の前の少女しかいなかった。

 

「……わかった。お前の勘を信じる」

 

「ありがとう」

 

この先にある廃ビルに、きっと沖田がいる。そしてーーお瀧も。青に変わった信号を一瞥し、志乃はアクセル全開で走り出した。



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野生の勘は侮れない

土方が屯所に連絡を入れたことにより、近藤が隊士達を引き連れ、指定場所の廃ビルにやってきた。

目的地の廃ビルまではかなり距離があるが、敵に気づかれないように、と土方が提案したのである。敵に気づかれずかつ、志乃の警戒網の範囲内に敵を入れておく。そうすれば、こちらは向こうで何かが動いても、対処できるということだ。

 

「しかし、こんな遠くから敵の動きがわかるのか?」

 

近藤が遠くを眺めながら、疑問を呟く。一点を見つめたままの志乃が、それに答えた。

 

「平気だよ、私の警戒網は最大で500m圏内。気配を感じるだけならいいけど、何者かを判別するには10m圏内に入らないと無理なんだ」

 

「何それ、そこらのレーダーよりも性能良くない⁉︎スゴイな銀狼‼︎」

 

「‼︎……誰か来る」

 

近藤のツッコミを流すと、志乃の警戒網がとある三人を捉えた。しかし、感じたことのある気配に、志乃はすぐに警戒を解く。

一方真選組は志乃の一言に敏感に反応し、戦闘態勢をとっていた。

 

「大丈夫だよみんな。敵じゃない」

 

「えっ?」

 

その場にいる志乃以外の全員が、キョトンとして彼女を見つめる。その時、彼女が察していた気配の正体が三人現れた。

 

「あれ?志乃ちゃん?」

 

「何でお前ここにいんの?」

 

「みっ、皆さん⁉︎」

 

「万事屋⁉︎と……神山‼︎」

 

月明かりに照らされて見えたのは、銀時と新八、そして真選組一番隊隊士、神山だった。神山は沖田と同じく六角事件の生き残りで、やはり六角事件が絡んでいたという志乃の勘を確実にする充分な証拠人物となった。

 

「なるほどね。やっぱり創界党(やつら)、六角事件に関わった全員殺すつもりか」

 

「えっ⁉︎どうして嬢ちゃんがそこまで‼︎」

 

「私の勘ナメんなよ。私の勘は結野アナの天気予報と同じくらい当たるんだから。銀、冷蔵庫にプリンあるだろ。よこせ」

 

「怖っ‼︎何それもう千里眼じゃん‼︎志乃ちゃんに隠し事できないじゃん‼︎」

 

「あるのかよプリン」

 

万事屋の冷蔵庫事情まで勘で当てる彼女に、新八は戦慄する。千里眼と称されて、志乃は少し嬉しかった。

得意げになる彼女に、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、銀時が呟く。

 

「千里眼なワケねーだろ。バイト先の素直になれないお年頃男子の気持ちに全く気づけねーくせに」

 

「え?何か言った?」

 

「んにゃ何にも」

 

どうやら聞こえてなかったらしい。果たしてこれでよかったのか否か。銀時は溜息を吐いた。

その時、何かに反応したように志乃が顔を上げる。そして、反射的に走り出した。

 

「オイ待てっ!」

 

「嬢ちゃん‼︎」

 

呼び止める真選組を無視し、廃ビルの瓦礫を軽々跳び越えて、奥へ進む。

 

ついに動いた。一か所に集まる殺気を感じ取り、足を速める。時々瓦礫の影に身を隠して、敵に用心しながら進んだ。

警戒網10m圏内に突入する。ようやくここで、志乃は殺気の正体がわかった。

 

「総兄ィ……‼︎」

 

創界党の残党相手に、沖田がたった一人で戦っている。次々敵を斬り、時に斬られる。敵はまだまだ大勢いて、いくら沖田でも捌き切れないほどだ。

瓦礫一つ越えた先に、奮闘する沖田がいる。助太刀しなくては……はやる気持ちのままに、金属バットに手をかけた。その時。

 

グイッ

 

「‼︎」

 

「バカ、一人で突っ込むな‼︎」

 

首根っこを銀時に掴まれ、引き戻される。振り返ると自分を追って全員が集まっていた。

今自分達がいる場所は、創界党の背後だ。ここで奇襲を仕掛ければ一気にたたむこともできようが、その前に沖田がやられてしまうかもしれない。

どうすればいい……?

 

「志乃」

 

銀時の声に、ハッと我に帰る。銀時は志乃の背後にしゃがんだまま、指をさした。

その先には、創界党の攘夷浪士一人がいたが、彼はどうしたことか全く動かない。まるで、沖田と戦いたくないようだ。

 

「……まさか」

 

志乃は袖からクナイを取り出し、その人物に向けて投げつける。男は連中から少し離れて佇んでいるため、ここから狙い撃ちしても仲間は気づかなかった。

男はこちらを見向きもせずに、クナイを指で挟んで止める。それから志乃と視線を交換すると、彼は目を見開いた。

 

「銀さん、あの人……志乃ちゃんのクナイを止めるなんて、ただ者じゃないですよ。何者なんですか」

 

「アレか?アイツは瀧だよ」

 

「……………………

 

 

 

 

 

 

 

…………えっ?」

 

しばらくの沈黙の後、ようやく新八が声を絞り出す。

 

「瀧って……えっ?もしかして、お登勢さんとこで働いてるお瀧さん……?」

 

「正解」

 

「えええんぐうっ」

 

「師匠静かに‼︎バレる‼︎」

 

驚きのあまり、叫ぼうとした新八の口を、志乃が咄嗟に塞ぐ。

男改め変装したお瀧は、創界党の連中からさらにもう少し離れ、クナイを全員の背中に投げ込んだ。

 

ドスドスドスドスッ

 

「よし、今だ!」

 

クナイが命中したのを確認して、志乃が飛び出す。一番近くにいた浪士の首を絞め上げ、音もなく気絶させた。

続く銀時達も、創界党のリーダーであるオカマ(蒼達)にバレないように、こっそり敵をたたんでいく。敵に一人立ち向かっていた沖田がこちらに気づき、戦闘態勢を解いた。

蒼達がここぞとばかりに、後ろにいるはずの仲間達に指令を出す。

 

「ついに諦めたようね、今よチャンスだわ‼︎総員斬りかかりなさい‼︎」

 

シーン

 

アレ?と思った蒼達が振り返る。そこには、見覚えのない仲間達、つまり銀時達が立っていた。

 

「スイマセン、メンドくさいから嫌です」

 

「隊長ォォォ無事ですかァ‼︎」

 

「誰?」

 

思わぬ光景に、呆然とする蒼達。その時、傍らに立っていた仲間がまた倒れた。それを踏みつけて、青筋を立てた土方と、腕を組んだ近藤が現れる。

 

「次はどいつに斬りかかればいいんだ。局中法度に違反したあそこのバカか」

 

「始末書じゃ済まねーぞ、総悟」

 

「しっ……真選組‼︎何でこんな所に‼︎」

 

まさかの登場に、蒼達の顔は青ざめる。そして、最後に一人残っていた新参者に怒鳴りつけた。

 

「何をしてるの‼︎早くコイツらを排除……」

 

「何や、アンタまだウチを味方思てくれはるんですか。申し訳あらへんけど……」

 

新参者ーーお瀧は、ビリビリと変装用の薄い袋を破り、本当の顔を明らかにした。

 

「ウチもこっち側なんですけど」

 

「ワリーなオカマ。もう全員排除しちゃったよ〜」

 

お瀧の隣に立った志乃が、ヒラヒラと手を振って笑う。蒼達はついに逃げ出した。

 

「ひっ、ひィィ‼︎なんでっ‼︎なんでこんな事に‼︎」

 

「ホント、なんでこんな事になっちまったんだ」

 

しかし、蒼達の逃げた先には当然のごとく沖田がいる。

 

「チクッたの誰だァァァァァ‼︎」

 

あぁ、かわいそうに。悲壮な彼の絶叫を聞いた志乃は、そっと手を合わせた。

そして、その笑顔のまま、そろ〜っと逃げようとするお瀧の肩を掴む。

 

「どこ行くのタッキー?」

 

「いや〜……ちょっとトイレ」

 

「あっはっはっ、そんな嘘が通じると思う?」

 

志乃はあくまで笑顔だ。その裏に、「何でここにいるんだ」とか「何しに来てたんだ」とか色々含めていることを除けば、ただの笑顔なのだ。

しかし、その圧迫にお瀧は何も言えなかった。

 

「……思いません」

 

「だよね?じゃあ正座」

 

終わった。お瀧は気が遠くなる心地で志乃を見下ろした。

 

********

 

「ーーなるほどね」

 

お瀧から全てを洗いざらい聞いた志乃は、腕組みをしたまま沖田を見やった。

 

「その依頼ってのが、総兄ィからだったなんて」

 

沖田は怪我を負っていたため一応手当てを受けているが、土方の憤怒の表情を見る限り、死と等価の苦しみが彼を待ち受けていることだろう。

 

「ホンマすまんな、志乃。実を言うと今回コレが初めてやないんや。ホラ、前に真選組と鬼兵隊がドンパチやらかした事あったやろ?あん時、伊東の事調べてくれ言うて、総悟くんがウチに依頼してな。ほいで、志乃が狙われとるのわかったから、休暇っちゅー形で志乃を屯所に寄せ付けんように……」

 

「姐さんんんんんんんん⁉︎」

 

ドドドドドド‼︎と沖田が突進してきて、お瀧の胸倉を掴み上げる。いつになく必死そうな彼に、お瀧は笑いを堪えた。

 

「そいつは内密にって話じゃなかったんですかィ?ええ?」

 

「いやー、ウチら基本的に棟梁に隠し事は禁止やねん。もうええやろ、そろそろ面と向かってカッコつけや総悟くん」

 

「わかりやした。あーもうわかりやした。だからもう黙ってくだせェ。それ以上喋るんならその首刎ねますぜ」

 

「ちょっと待って何?何の話してんの?」

 

混乱する志乃をよそに、話を進める。お瀧はニヤニヤしながら真っ赤になる沖田を眺めていた。ていうか、沖田が照れるなんて珍しかった。

しかし、何故彼はお瀧に依頼してまで、志乃に降りかかる魔の手を払おうとしたのか。

 

「総兄ィ……もしかして……」

 

「っ‼︎」

 

「わかった‼︎私に手柄取られたくねーからだろ‼︎」

 

「…………は?」

 

シン、と辺りが静まり返る。沖田は眉をひそめ、お瀧や銀時、土方は必死に笑いを堪え、近藤と新八はドンマイという目で沖田を見つめる。それに構わず、志乃は続けた。

 

「私が多少狙われたところで捕まるほど弱いと思ってんのか?そーなんだろ!だから私を遠征に参加させず、手柄を全部てめーのモンにするつもりだったんだろ⁉︎今回だってそうだ‼︎全部自分で背負い込んで、誰にも言わないで勝手に行きやがって!てめーにばっかいいカッコはさせねーぞコノヤロー‼︎」

 

「………………」

 

「……?」

 

この瞬間、全員が同じことを思った。バカだこの娘、と。恐らくこの中で一番ショックを受けているであろう沖田が、流石に不憫に感じてきた。そこに入ってきたのが、フォローの男土方である。

 

「ま、まぁ……とにかく無事で良かったじゃねーか。なぁ志乃?」

 

「そうだね。総兄ィが一人で戦ってるの見てたけど……」

 

おっ、「カッコいい」とくるか⁉︎全員の期待の視線が志乃に集中する。

 

「今すぐ助けなきゃって思った」

 

……あぁ、前途多難だ。その場にいる誰もが、ガクッと肩を落とした。



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【幕間】憧れは実現させるためにある

志乃「…………」

 

時雪「どうしたの、志乃?」

 

志乃「ああ、ちょっと作者の部屋から原作の漫画勝手にパチってきたんだけどさ……」

 

時雪「開始数文字で何やってんの……」

 

志乃「なんかさ、原作では人気投票篇ってあったらしいんだよね」

 

時雪「あぁ……たまにやってるよね。連載何周年かを記念して、漫画内のキャラクターの人気投票」

 

志乃「……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私らも人気投票やりたい」

 

時雪「…………えっ?」

 

志乃「だから!私らも人気投票やりたいって言ってんの!」

 

時雪「……ええええええええええええ⁉︎」

 

********

 

志乃「っつーことで、第一回チキチキ『銀狼 銀魂版』キャラクター人気投票ォォ〜!」

 

ドンドンパフパフ

 

時雪「ち、ちょっと待ってちょっと待って‼︎」

 

志乃「何、トッキー」

 

時雪「何、じゃない‼︎え、本当にやるの?この作品大して読者の皆さんとの交流もないのに⁉︎」

 

志乃「画面の向こう側の皆さんはシャイなだけだよ。大丈夫、ウチのバカ作者もおんなじさ」

 

時雪「どこが大丈夫⁉︎俺が心配してるのは、人気投票なんかやって、本当に票が集まるの?ってことだよ‼︎」

 

志乃「少なければ少ない中で精一杯やってくよ。ウチの作者は身の程知らずのバカだから」

 

時雪「全くもって大丈夫じゃねーだろーが‼︎精一杯っつったって一票もなければ話にならねーんだよ‼︎」

 

志乃「そこは作者が架空票で何とかする」

 

時雪「できるかァァァ‼︎結局作者の妄想じゃねェかァァァァ‼︎」

 

八雲「しかし、私達に対する反応もごく僅かですが読者からご意見頂いていますよ」

 

時雪「えっ⁉︎そうなんですか!」

 

八雲「ええ。中でも最近多いのは、坂田と小春をくっつけてほしいとかそういうご意見ですね」

 

小春「はァ⁉︎最悪」

 

八雲「ですが、二人ともとても仲が良いではありませんか。顔を合わせれば即喧嘩なんて、それこそ喧嘩するほど仲が良いというやつで……」

 

パァン!

 

八雲「おっと」

 

小春「次言ったら眉間ブチ抜くわよ」

 

八雲「おお怖い。流石アバズレは格が違いますね」

 

小春「何ですって⁉︎」

 

橘「おい、落ち着け」

 

瀧「しっかし、唐突やなァ。何でいきなりそないな話になったん?」

 

志乃「人気投票篇見て、何かやりたくなった」

 

瀧「キャラクターの人気どころかこの小説の人気も中途半端やのに、よォやろう思たな」

 

志乃「」

 

時雪「ま、面白そうだなっていう気持ちもわからなくはないけどね。今手元に第一回の人気投票結果があるんだけど……わぁ、流石銀時さん。1位だ。やっぱ主人公は違うね」

 

八雲「主人公が1位……なんてのは妥当ですね。ですが、たまに主人公以外のキャラが1位をとる可能性だってありますよ。例えば球磨川くんとか」

 

志乃「そのネタはもういいから」

 

時雪「銀時さんに続く2位は沖田くん、3位は土方さんか……」

 

志乃「うわ、奴らそんなに人気なのかよムカつくわー。あいつらなんてな、ただのニコチンマヨラーとサドだぞ。奴らの化学変化はそれはもう恐ろしいんだぞ。こないだあいつらと昼飯食べてたら、トシ兄ィの犬のエサスペシャルに総兄ィがタバスコ仕込んでてね。それはもう大惨事だったんだから」

 

時雪「……沖田くんならやりそうだね」

 

志乃「で、4位が……げっ‼︎高杉⁉︎」

 

小春「アンチヒーローのポジションだからね。まぁなかなか高い順位じゃないの。背は低いクセに」

 

志乃「アレ?そうだっけ?」

 

時雪「そうだよ。高杉さん、俺と2㎝くらいしか身長変わらないよ」

 

志乃「マジでか‼︎」

 

橘「……5位は、山崎さんか」

 

志乃「ウソでしょジミーのクセに5位とかスゲーなオイ」

 

時雪「志乃、そんなこと言っちゃいけないよ。山崎さん32歳なんだから」

 

志乃「ウソぉ⁉︎え、そうだったの⁉︎年上なのにあんなにトシ兄ィに滅多打ちにされてんの⁉︎」

 

時雪「それ以上はやめたげて!」

 

********

 

志乃「まぁこんな感じなワケですよ人気投票って。ねぇ、やりたくない?」

 

瀧「やりたいやりたくない以前に票が集まらへんて、こんなもん」

 

志乃「話が結局振り出しに戻ってるけど」

 

八雲「仕方ありませんよ、元々自己満足で始めたんですから。人気も小説も中途半端、やる事なす事中途半端じゃ世の中渡っていけませんよ」

 

時雪「厳しいですね」

 

小春「そもそも、まだキャラは増える予定なんでしょう?」

 

志乃「そうなの⁉︎そうだったの⁉︎」

 

小春「ええ、時雪くんの兄弟もまだ出てないものね。えーと、何人だったかしら?」

 

時雪「俺も入れて8人です」

 

志乃「多っ‼︎」

 

時雪「志乃知ってるでしょ」

 

瀧「それに、バラガキ篇に登場予定の見廻組オリジナルキャラもおるな。それとあと銀狼が2名」

 

志乃「そんなにいるんだ」

 

橘「銀狼がもう二人増えるのか。修羅場にならんといいが」

 

小春「まったくだわ」

 

志乃「二人とも、それどういう意味?」

 

八雲「まぁとにかく、人気投票なんてやってられないってことですよ。まだまだこれから忙しくなるというのに、呑気にこんなことしてられません」

 

志乃「そんな〜……」

 

時雪「…………じゃ、じゃあ、こんなのはどうかな?」

 

五人「?」

 

時雪「取り敢えず、50人を目処にして、実際に人気投票をやってみるってのは」

 

志乃「ぅえっ⁉︎マ、マジで⁉︎」

 

八雲「作者を崖から突き落とすんですか。面白そうですね」

 

時雪「八雲さん、それが目的じゃありませんから……。あ、あのですね、これでごちゃごちゃ言ってもまとまりませんし、なら思い切ってやってみた方がいいんじゃないかって……」

 

志乃「よっしゃやろう‼︎今すぐやろう‼︎」

 

ミサト「まぁ志乃が1位だろうけどな」

 

志乃「どっから湧いて出た変態ィィィィ‼︎」

 

ミサト「ぐぼェっ」

 

杉浦「俺も参加できるんだよね?いや〜楽しみだなぁ」

 

時雪「杉浦さんは志乃にストーキング紛いのことしたのと、志乃を壊すとか言ってる時点で確実にミサトさんと同じで変態枠ですよね」

 

杉浦「あれっ?時雪くんがものすごい辛辣だぞ?」

 

瀧「……まぁ、そんなことは置いといて、こんなもん作ってみたで」

 

********

 

1.霧島志乃

 

2.茂野時雪

 

3.矢継小春

 

4.橘剛三

 

5.九条八雲

 

6.三島瀧

 

7.霧島刹乃

 

8.杉浦大輔

 

9.風魔ミサト

 

10.鈴

 

11.団子屋の店主(鈴の父)

 

12.澪

 

13.茂野8人兄弟

 

14.見廻組キャラ

 

15.銀狼(まだ出てないキャラ)

 

********

 

志乃「意外と多いね」

 

八雲「登場回数に関係なく出してるんですね。ていうか名前しか出てきてない人もいますね、12番の澪さんとか」

 

小春「地雷亜篇の銀時の回想だったかしら?てことはその人、銀時や志乃ちゃんの過去に関係する人なのね?」

 

時雪「小春さん、それ以上はネタバレです」

 

杉浦「名前すら出てない人もいるね〜」

 

志乃「お前まだいたのかよ」

 

杉浦「いいじゃん。だってここ、楽屋だし」

 

時雪「楽屋⁉︎ここ楽屋だったんですか⁉︎」

 

そういう設定にしてください。

 

志乃「いきなり作者(ゴキブリ)まで出てきた!」

 

ちょっと待てや。今作者と書いて何と読みやがった‼︎

 

銀時「よォ、邪魔するぜ〜」

 

志乃「うおわっ⁉︎原作のメインキャラ達まで出てきたよ⁉︎」

 

神楽「あれ?志乃ちゃん達何やってたアルか?」

 

志乃「実はかくかくしかじか」

 

新八「いや、それじゃ伝わらないから……」

 

神楽「志乃ちゃん達も人気投票やってたアルか!」

 

銀時「へぇー、ご苦労なこって」

 

新八「あれ⁉︎何で僕だけ通じてないの⁉︎」

 

志乃「なんか銀余裕だね。その顔腹立つしばき回すよ」

 

銀時「そりゃ俺が1位に決まってるからだろーが。しばき回すぞ」

 

志乃「だーからその余裕が腹立つっつってんだよ‼︎確かに原作じゃ1位かもしれねーがなァ、二次創作(こっち)はあくまで私がメインなんだよ!ナメんなよコラ」

 

時雪「ちょっとやめてくださいよ二人とも」

 

銀時「そうか、そこまで言うならわかった。オイ作者、俺達原作キャラもその人気投票に参加させろ」

 

はい⁉︎

 

銀時「原作と二次創作の格の違いってものを思い知らせてやるよ」

 

志乃「んだと、望むところだクソ兄貴‼︎」

 

新八「いやいきなり乱入しといて何言ってんですか銀さん!志乃ちゃんも挑発に乗っちゃってるし」

 

時雪「いや、そもそもコレ、実際に50も票集まるかどうかもわかりませんよ……?」

 

神楽「よっしゃー!今度こそ私が1位を銀ちゃんから奪い取ってやるネ!ヒロインの座は誰にも譲らないアル‼︎」

 

時雪「……あぁもう、どうにでもなれ……」

 

********

 

1.霧島志乃

 

2.茂野時雪

 

3.矢継小春

 

4.橘剛三

 

5.九条八雲

 

6.三島瀧

 

7.霧島刹乃

 

8.杉浦大輔

 

9.風魔ミサト

 

10.鈴

 

11.団子屋の店主(鈴の父)

 

12.澪

 

13.茂野8人兄弟

 

14.見廻組キャラ

 

15.銀狼(まだ出てないキャラ)

 

16.トト(小猫)

 

17.坂田銀時

 

18.志村新八

 

19.神楽

 

20.その他原作キャラ

 

********

 

志乃「コレが最終的な番号の割り振りだよ。この中で好きなキャラクターの番号と名前を書いて、感想・メッセージなどで送ってね。ちなみに、20番のその他原作キャラに入れる時は、名前も一緒に書いてね!ってことで、第一回チキチキ『銀狼 銀魂版』キャラクター人気投票、みんなよろしくね〜!」




50票頂いた後には、このアンケートを元にオリジナル人気投票篇を書きたいと思っております。皆さんどうぞ、お付き合いください。


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超常現象はふとした途端に訪れる

窓から差す光に、志乃は目を覚ます。

ゴシゴシと目を擦ろうと手を挙げるとその手が毛むくじゃらになっていた。

 

ーー…………は?

 

寝ぼけていた視界が一気にクリアになった。

目の前には猫の手。部屋に置いてある大きな鏡を見ると、そこにあるのはいつもの少女の姿ではなく、白い毛の可愛らしい子猫。

 

ーーええええええええええええっ⁉︎

 

ま、ま、まままま待て待て待て待て。

志乃は狼狽を何とか抑えようと、深呼吸する。一旦落ち着いて鏡を見てみても、映るのは先程と同じ子猫の姿。

 

ーーうおあああああああああああ‼︎

 

再び混乱に陥り、布団の中をジタバタジタバタ。畳には自分のパジャマが散乱していて、それに構わずのたうちまわる。突然のことに、思考が追いついてこない。

 

ーーちょっと待って、コレもしかして私戻ったら裸⁉︎ウソ、嘘でしょ⁉︎ていうか私戻れるの⁉︎何これ一体どうすればいいの⁉︎

 

トントン

 

部屋の襖が、外から軽く叩かれる。続いて、時雪の声が聞こえてきた。

 

「志乃、朝だよ。早くしないとバイト遅れちゃうよ」

 

一気に脳が落ち着き、代わりにどんどん冷や汗が出てくる。どうしよう。これバレたらどうなるの⁉︎

 

「志乃?」

 

返事を返さなかったのが不審に思われ、チラ、と小さく襖が開く。

もしタイミング悪く着替えたりしていたら申し訳ない……という時雪なりの配慮だろう。嬉しいと言えば嬉しいが、私の裸に興味0かと思うと、何だか複雑な気持ちになる。

お前それでも私の惚れた男か。まぁ、そんな優しいところも好きなのだが、と惚気全開。

 

しかし、志乃の姿が見えないと判断するや否や、すぐに襖を開けた。

 

「志乃?どこ?……え?」

 

キョロキョロと部屋を見回してから、足元に近寄る猫に目がいった。

 

「ニャー!ニャー、ニャー!(トッキー!私だ、私だよ!)」

 

「猫……?どうしてこんな所に……」

 

時雪は不思議そうに腰を屈めて、猫を持ち上げる。猫は前足をジタバタさせて、何か必死そうに鳴いた。

 

「ニャー!ニャーニャー‼︎ニャアーオー‼︎(私だって!霧島志乃だってば‼︎気づいてよー‼︎)」

 

「す、すごいよく鳴く猫だなぁ……」

 

ーーダメだ、喋ろうとしても鳴き声にしかならない!

 

どれだけ叫んで訴えても、時雪には届かない。それもそうだ。自分は猫で、喋れるわけがないのだから。

 

とにかく、どうにかせねばならない。何とかして、人間に戻る方法を探さねばならないのだ。

しかし、今の自分は喋れないし、相談するにしてもそれをできる相手もいない。あ、定春って猫の言葉通じるかな?

 

兎にも角にも、突然自分の元に舞い降りてきた、ありがたくも何ともない超常現象。

取り敢えず志乃は時雪の手の中を抜け出し、窓から飛び降りて、一抹の期待を込めて定春のいる義兄の家へと向かった。

 

********

 

猫の足で歩くとかなり遠かった、銀時の家。その一階にあるスナックお登勢がいつもより大きく見えて、志乃は大きな溜息を吐いた。

階段を一段一段しっかり上り、扉の前に座り込んだ。

 

ーーハァ、これで何とかなればいいけど……。

 

カリカリと前足で軽く扉を引っ掻く。跡なんて残ったら銀時にあとで怒られるかなぁ……と考えながら、懸命に前足を動かした。

 

「……ダメだ。開かない」

 

何度引っ掻いても、誰か気づく気配は感じられない。そもそも、家の中は空っぽのようだ。

今日に限って仕事が入るとは……なんというバッドタイミング。溜息を吐いて、ぺたんとへたり込んだ。

 

気晴らしに屋根の上によじ登り、空を見上げる。いつにも増して、空が遠く感じた。自分が猫になってしまったからだろう。

 

「……これからどうしよう」

 

気持ちの良い日光が当たり、眠くなる。猫はお昼寝が好きとはよく言ったものだ。このまま眠れば、とても気持ち良くなるのに。

でも、どうせ寝るなら自分の布団か屯所の縁側がいい。……あれ?後者は猫もやること?私猫だったの?

 

ぐでーっと屋根の上で寝転がっていると、ズルズルと体が下に落ちていくような感覚がした。

 

ーーって、感覚がじゃなくてガチで落ちてるぅぅぅぅ‼︎ぎゃあああああああああ‼︎

 

屋根から看板、一階の屋根、看板へと体を打ち付け、最後にズベシャッと地面にダイブする。

ああ……最悪だ。恥ずかしい。

痛む体を起こし、プルプルと顔を振って土を飛ばした。

 

ガラッ

 

「一体何だぃ?何か落ちてきて……」

 

スナックお登勢の扉が開き、中からお登勢が現れる。

先程落下した時に屋根に体を強打したせいで、店内にも響いたのだろう。キョロキョロと辺りを見渡してから、お登勢はこちらへ視線を落とした。

 

「……?アンタ……見ない顔だね。新しく来た野良猫かい?」

 

「ニャア(いや、私だよ)」

 

「おや、随分と綺麗な猫じゃないかい。もしかして飼い主の元から逃げ出してきたのかい?アンタもバカだねぇ」

 

お登勢がしゃがみ込んで、志乃の体を持ち上げる。両腕に抱きかかえてから、お登勢は店の中に入っていった。

中では朝からたまとキャサリンが掃除している。お登勢が中に戻ったのを見て、彼女らも近寄った。

 

「お登勢様、それは……小猫ですか?」

 

「さっきの物音の正体はコイツみたいでねぇ。あんまり綺麗なモンだから、きっと誰かのペットだと思うんだけど……」

 

「ナンカ随分ト太々シイ顔シテマスネ。猫ノクセニ可愛ゲアリマセン」

 

『んだとゴラァ‼︎』

 

バリィ‼︎

 

「ギャァァァァ‼︎」

 

キャサリンの余計な一言にキレて、彼女の頬を思いっきり引っ掻く。まだ怒りが収まらない志乃は、お登勢の腕から抜け出して、キャサリンに飛びついた。

 

『こんのクソアマぁぁ‼︎黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって‼︎ぶちのめすぞ表出ろコラ‼︎』

 

「痛イ痛イ‼︎何ジャァヤルノカコノニャン公‼︎」

 

「キャサリン、アンタが可愛くないなんて言うから怒っちまったじゃないのさ。この猫……メスだね。女は可愛くないなんて言われりゃ怒るもんさ。猫も人間もおんなじさね」

 

「ほら、おいで」とお登勢の促しに応じた志乃は、キャサリンを睨みながらお登勢の腕に帰る。腕の中で丸くなった彼女を、お登勢は優しく撫でてくれた。

 

このままお登勢の猫になるのも悪くないかも。あ、もう猫いるじゃん。赤猫(タッキー)が。

なんてどうでもいいことをぼんやり考えていると、営業中ではないのに、扉が開いた。

 

「ババアー、昼飯くれ」

 

入ってきたのは、だらしないオーラを常に全開にしている銀時。そして、従業員である新八と神楽、ペットの定春だ。

 

『銀……!それに師匠と神楽と定春も……って、来たァァァァ‼︎』

 

ようやく会いたい人物(?)に会えた。その喜びで、志乃は叫ぶ。

しかし、周囲の人間には全く伝わらない。

 

「猫!銀ちゃん、猫がいるネ!」

 

真っ先に目を輝かせて飛び込んできたのは、神楽。興味津々、という目で顔を近づけられ、思わず後ずさりしてしまう。神楽はお登勢の腕から志乃を持ち上げ、抱っこした。

 

「うわー、フワフワで可愛いアルヨ〜。銀ちゃん飼って!この子飼ってヨ!」

 

「何言ってんだ。ウチは既に大食らいを二匹も飼ってんだよ。俺に首くくらせるつもりか」

 

「元々餌代なんてバカにならなかったアルヨ。猫の一匹や二匹増えたところで変わらないアル」

 

『ちょ、神楽放して‼︎死ぬ‼︎潰れる‼︎』

 

志乃の体は、夜兎族の神楽の腕力によって潰されそうになっていた。

普段の姿ならばそこまででもないのだが、いかんせんこの猫の体は弱すぎる。ジタバタ暴れても、全くものともしない。ヤダ夜兎怖い。

その時、神楽に近づいた定春が、志乃の首根っこを甘噛みで持ち上げた。

 

「わんっ」

 

「ホラ、定春もこれ以上ウチにペットはいらないって言ってるぜ。お前に浮気されて嫉妬して、今まさに猫を噛み砕こうとしてるぜ」

 

『え"っ⁉︎ちょ、嘘、ええっ⁉︎』

 

銀時の言葉に、志乃は真っ青になる。このままじゃ定春に殺される……?それじゃあもう二度と人間に戻れなくなるじゃねーか‼︎

銀時は定春の言葉を代弁したように思えるが、彼にはもちろん動物と話せるという力があるわけではないので、定春が本当に噛み砕こうとしているかどうかもわからない。

ジタバタと足をバタつかせていると、定春はゆっくりと床に下ろしてくれた。

 

『え……』

 

『気をつけなお嬢さん。嫌ならちゃんと言わねーと潰されちまうぜ』

 

『あ……ありがとう定春』

 

定春が意外と硬派だった。その事実にショックを受けつつも、礼を言った。目の前の定春が、顔を近づけくんくんと鼻をひくつかせる。

 

『お前……どこかで嗅いだ匂いだな』

 

『定春、私だよ!霧島志乃!朝起きたらいきなり猫になってたのー‼︎』

 

『何⁉︎志乃か⁉︎』

 

『そう!あー良かった‼︎ようやく話の通じる人に会えた……』

 

ひし、と定春に抱きつく。ようやく理解者に会えて、心底ホッとしていた。

 

「見て銀ちゃん、定春と抱き合ってるネ。やっぱりウチに住みたいって言ってるヨ」

 

「オイいい加減にしろよ。飼わねーっつってんだろ」

 

ええ〜、と残念がる神楽の声を耳が拾うが、今の彼女にとってはどうでもいい。銀時が、米の乗った丼にあんこを大量にかけているくらいどうでもいい。

 

『ねぇ定春、元に戻る方法知らない?』

 

『……すまねぇ。俺もそんな超常現象、聞いたことがないからわからねぇ』

 

『やっぱそうか……』

 

深い溜息と共に、床にうつ伏せになる。このまま戻らなかったらどうしよう。さっきからずっと同じ不安が、頭の中をぐるぐる回る。なんか涙出てきた。

その時、コンコンと店の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「すみません、銀時さんいますか?」

 

「?アンタ確か……志乃の彼氏だったっけ?」

 

「あ……えと、はい……」

 

弱冠照れながら、あははと苦笑するのは、時雪だ。彼の後ろには、何故か八雲もいる。

 

「時雪さんに八雲さん?どうしたんですかお二人とも」

 

「あの、すみません銀時さん。白い猫がここに来ませんでしたか?」

 

「白い猫?もしかしてアレのことか?」

 

銀時が椅子ごと回転して、定春の隣で突っ伏す子猫を箸で指す。「行儀悪いですよ」と時雪に小言を言われたが、銀時は我関せずで小豆丼を食らう。

時雪は涙目になっている子猫を見て、慌てて八雲の肩を掴んだ。

 

「あっ!あの子です八雲さん‼︎あの子に早くそれを‼︎」

 

「はいはい、わかりましたから、指図しないでください。ウザいです」

 

八雲は袖の中から小さな小瓶を取り出し、子猫に近づいた。

 

「時雪くん、持ってください」

 

「え?」

 

「私、動物嫌いなんです。さぁ早く」

 

「は、はい……」

 

八雲に促されるままに子猫を抱える。八雲は子猫の口を無理矢理こじ開け、小瓶の中の液体を飲ませた。

 

「むがー‼︎むー‼︎」

 

「チッ、抵抗しますか。時雪くんちゃんと押さえて」

 

「痛っ!ちょ、痛いっ!」

 

必死に抵抗して暴れる子猫を、ぎゅっと抱きしめる。

ようやく全て飲み干させると、子猫は時雪の腕を飛び出し、八雲の顔面にドロップキックを食らわせた。

 

「バカ‼︎今飛び出したら……」

 

「にゃ?」

 

ピタ、と子猫が足を止めた瞬間ーー突如、子猫の体が発光し始めた。

一連の流れを見ていた銀時達も、まさかの展開に驚きを隠せない。

 

「うおっ⁉︎ちょ、何してんだ八雲‼︎いつの間にマッドサイエンティストになったんだお前‼︎」

 

「マッドサイエンティストになった覚えは一度もありませんよ。いい加減にしないと次は貴方達で実験をしますよ」

 

「だからそれがマッドサイエンティストだっつってんだろ‼︎」

 

「さっきからうるせーんだよアンタら‼︎ちょっとカッコいい感じでカタカナ語使いたいだけじゃないですか‼︎」

 

銀時と八雲の会話に、新八がツッコミを入れながら乱入する。その間にも光は強さを増し、銀時達は目を背けた。

 

ポン!

 

ポン菓子でも作ったのか、と思うほど軽快な音と共に、煙幕が出る。スナックお登勢は真っ昼間から大惨事だ。

 

「げほっ!ちょ、何なんですかコレ!」

 

「お登勢さん換気を!小さい窓でお願いします‼︎」

 

煙を吸わないよう、時雪はハンカチを取り出して鼻と口に当てる。銀時はもちろんハンカチを持ち歩いていないため、手でその代わりをした。

 

「バカヤロー、そんなんで充分な換気ができるわけねーだろ‼︎俺が扉開けるから……」

 

「ぎ、銀時さん‼︎そっち行っちゃダメです‼︎」

 

「は?」

 

時雪に止められ、銀時は足を止める。

しかしその時、足に何かが引っかかって前のめりに倒れてしまった。

 

「うぉわっ⁉︎」

 

咄嗟に目を閉じる。ドサ、と倒れ込むが、いつまで経っても痛みは来ない。

何かが下敷きになって、床と直接ぶつかるのは免れたらしい。ただ、その下敷きがめちゃくちゃ柔らかい。

 

「痛つ……一体何なんだよオイ……ん?」

 

手をついて起き上がろうとしたか、何かをふにゅっと掴んだ。途端に、ビクリと下敷きが揺れる。

 

「っひゃ⁉︎」

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく閉じていた目を開けると、銀髪を床に流した志乃が、銀時の下敷きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一糸まとわぬ、裸姿で。

 

「っ、きゃあああああああああああ‼︎」

 

茹で蛸かってくらい真っ赤になった志乃の強烈な右ストレートで、銀時は一発ノックアウトした。

 

********

 

「アンタねぇ、いくら兄妹みたいに育ったからって、世の中にゃやっていいことと悪いことがあんだよ‼︎ったく、こんなだから私は心配だったんだィ‼︎いつかアンタらが越えちゃいけない一線ってものを越えるんじゃないかってね‼︎」

 

「マァ、イツカヤルトハ思ッテマシタヨ」

 

「銀ちゃんサイテーアル!志乃ちゃんがかわいそうネ!」

 

「志乃様から深いショックを計測しました。大丈夫ですか志乃様」

 

「ぅう……ぐすっ」

 

店の床の上で、正座する銀時。その体は全身ボロボロである。その70%は、目の前で仁王立ちしているお登勢にやられたものだが。

被害者志乃は、お登勢から小さい古着の着物を借り、神楽とたまに慰められている。ちなみに何故か八雲と時雪、新八も正座させられていた。

 

「銀時、アンタは妹に嫌われてもおかしくないことしたんだよ。もしかしたら関係の修復が不可能になるかもしれないくらい、ね」

 

「……いや、その……アレはホントもう、事故っていうか……つーか、志乃に変な薬飲ませた八雲(コイツ)が悪いだろ」

 

「アレは私が特別に調合した猫になる薬なんですよ。超貴重なソレを、志乃は栄養ドリンクと間違えて飲みやがったんです。だから私は悪くありません。大体それに気づけなかった時雪くんの方が悪いです」

 

「八雲さんがそんなもの作ってたなんて知るわけないでしょ!そもそもウチは互いのプライベートにはあまり干渉しないようにって決めてるじゃないですか!それなら新八くんが一番悪いです!」

 

「オイぃぃぃぃ‼︎何僕に罪なすりつけてんですかァ⁉︎僕が一番関係ないでしょ!」

 

「ガタガタ言い訳すんじゃないよ‼︎うら若き乙女の裸見た時点でお前ら全員同罪さね‼︎」

 

「「「「はい」」」」

 

互いに責任を押し付け合う四人に、お登勢の一喝が入る。彼女の剣幕に負けた男達は、お登勢の約二時間に亘る説教を受けた。

 

兎にも角にも、志乃の身に起きた超常現象は、これにて幕を引いたのであった。



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クリスマスはいくつになってもテンションが上がる

ごめんなさい、陰陽師篇断念しました。
無理。意味わかんない話になりました。大変申し訳ありません。

ってことでクリスマスです。季節?知るかァそんなもん!


かぶき町。普段ここは夜になるとネオンが輝き、美しい姿を見せるのだが、この日に限っては何故かやけに賑やかだ。しかも昼から。

行き交う人々は皆男女カップルで、何やら楽しげに笑って歩いている。志乃はその幸せそうな雰囲気が疑問に思えて仕方なかった。

その時、ふと誰かとぶつかってしまう。

 

「あっ、ごめんなさ…………げっ」

 

「ん?おお、志乃‼︎」

 

謝ろうと顔を上げた瞬間、志乃は顔をしかめる。顔を上げたそこには、年中無休でウザい兄貴分の一人、桂とその相棒エリザベスが。

 

「すいません失礼しました」

 

「ちょっと待て、どこへ行く」

 

「用事思い出したんで帰ります」

 

『逃がさんぞ』

 

帰らせてくれよ……え?こっちはずっとスタンバッてました?知るか‼︎

心の中で、悲壮な叫びを上げた志乃。後ろにはエリザベス、前には桂が立ちはだかる。本気で警察に通報してやろうかと思った。

チラリと桂を見てみると、何だかとても嬉しそうだし、エリザベスは相変わらずまん丸お目目でこちらを見つめてくる。嫌な予感と脱力が相まって、志乃は深い溜息を吐いた。

 

「……何。二秒だけ相手してやるから早く用事済ませて」

 

「いや、二秒って少」

 

「ハイ二秒以上経った。じゃあね」

 

「ちょっと待ってェェェェェェ‼︎」

 

さっさと帰ろうとする志乃の肩を掴んで、桂とエリザベスは彼女を引き止めようとする。しかし銀狼である彼女にこの程度の制止は効果がない。二人をズルズル引きずってでも、歩みを止めない。

 

「待て、待つんだ志乃!少しはお父さんの話を聞いてはくれないか⁉︎」

 

「誰がお父さんだって?いい加減にしろよ、私はてめーらみてーのに関わってるほど暇じゃねーんだよ。そもそもお前なんかの話、誰が聞いて喜ぶってんだ。どーせ新しいコスプレ衣装ゲットしたとかそんなんだろ」

 

「なっ⁉︎何故わかったんだ⁉︎」

 

「結局合ってんのかよ‼︎今の超テキトーだったんだけど‼︎」

 

志乃の勘がいいとかそういう問題ではないらしい。桂の行動パターンが単純すぎて、志乃には一発でわかってしまうのだ。

今日何度目かの溜息を吐くと、桂は志乃の腕を掴んだ。

 

「フッフッフッ。そういうことなら話は早い。志乃、早速俺についてこい!」

 

「ついてこいっつーかコレ攫ってるだけだろうが‼︎ふざけんな放せ‼︎誰かァ‼︎誰か助けぬぉうっ⁉︎」

 

外に向かって叫ぶが、志乃の小さな体は宙に浮く。エリザベスに担がれているとわかったのは、早かった。

最悪だ。今日は人生最悪の日だ。志乃の悲鳴が、空に上がった。

 

********

 

桂の隠れ家に連れ込まれた志乃は、彼に紅白のモコモコした衣装を着せられていた。

所謂、サンタコスである。ちなみに肩や腕は完全に露出しているタイプのもの。

 

「志乃ォォ‼︎可愛いぞォォォ‼︎」

 

「……何なの、コレ」

 

「よくぞ聞いてくれたな……あ、ちょっと待て。今写真を撮る」

 

「知るかァァァ‼︎」

 

志乃は丈の短いスカートにも関わらず、桂の腹にローリングソバットを繰り出した。ヒールの高いブーツで蹴ったため、かなり痛いだろう。そんな足で、さらに桂を蹴りつける。

周りの桂の仲間達に咎められてもお構いなしだ。

 

「ふざけんなよクソ兄貴‼︎こちとら毎回毎回意味わかんねーコスプレに付き合わされて散々なんだよ!私をいくつのガキだと思ってんだ!12歳だぞ‼︎漫画のタイトルにだってなれるんだぞ‼︎もう思春期なんだよ‼︎昔と一緒にすんじゃねーよ‼︎」

 

「ぐふっ……そ、そう照れるな志乃……」

 

「照れてない。嫌なの。そんなのもわかんねーなら崖から太平洋に落っこちて死んでこい。もしくは日本海かオホーツク海でも可だぞ」

 

「あっ、今の蔑むみたいな感じの視線がいいな。将来はドS女王様か……いや、でもあんまりそんな汚れた世界は……」

 

「聞いてる?ねぇ聞いてる?あ、聞いてない?そーかそーか。私が介錯してやるからそこに直れや」

 

志乃の苛立ちとストレスはピークに達し、爆発寸前だった。笑顔でパチった刀を手にしているし、何より目が怖い。

というか、サンタコスに日本刀。これほど相性の悪い組み合わせはない。

しかし、次の瞬間、桂の一言によって志乃の怒りはさっぱり消える。

 

「これを時雪が見たら、可愛いと喜んでくれるだろうな」

 

「えっ⁉︎」

 

刀を落とし、目を見開いた志乃は、頬を少し赤らめていた。もじもじと指先で裾を弄り、そわそわし始める。先程殺気を放っていたとは思えない豹変っぷりだ。

 

「……よ、喜んで……くれるかな……」

 

「あぁ。きっと喜んでくれるぞ」

 

「ほ、本当⁉︎」

 

ほんのりと頬を染め、まだ見ぬ期待に胸を高鳴らせる。長年育ててきた(というか実際銀時の方が世話歴は長い)妹に心から惚れた男ができたことは嬉しかったが、まだ幼い彼女が巣立っていくようで寂しさも残る。

 

「志乃……」

 

「何?」

 

「結婚式には必ず呼んでくれよ」

 

「気が早い。私まだ12だっつってんだろ」

 

目頭を押さえて涙を堪えるバカ兄貴にツッコミを入れた瞬間、障子がパン!と勢いよく開かれる。

 

「かーつらァァァァ‼︎」

 

バズーカ片手に現れたのは、沖田と彼の部隊。しかし、彼らは志乃の姿を見るなり固まった。

 

「……えっ?何やってんの嬢ちゃん。何その格好」

 

ヅラ兄ィ(こいつ)に無理矢理着せられた」

 

「フッフッフッ、どうだ真選組‼︎我が妹の可愛さを前に何もできんだろう‼︎」

 

「お前ちょっと黙ってろ」

 

「いだだだだだだ⁉︎」

 

何でてめーが得意げなんだ!というツッコミを含めて、桂に関節技をかける志乃。沖田が手錠を取り出すのを横目に、桂を逃がすまいとさらに力を込める。

しかし。

 

コロッ

 

畳の上に転がる機械的な球体に、志乃はハッと固まった。

 

脳内駆け巡るのは、危険信号。

志乃は咄嗟に桂から手を離し、サッカーボールのごとく、球体を蹴っ飛ばした。球体は窓を割って宙を舞い、爆発した。

 

やはりあれは、いつぞやの時限爆弾だった。

あれとの関わりは本当にロクなことを呼び込まない。あの兄には災厄の怨霊でも取り憑いているのだろうか。いや、もう既にバカの怨霊が憑いてるからムダか……。

 

兎にも角にも志乃の活躍で、爆発は防がれた。

しかし、桂とエリザベス、その仲間達が皆揃って姿を消している。残ったのは、志乃と真選組一番隊のみとなってしまった。

形容しがたい、しかし嫌な部類に入るオーラを醸し出した沖田が、黙って手錠を志乃の両手首にかけた。

 

********

 

「土方さん、聖なる夜に子供の家に不法侵入する不届き者を逮捕してきやした」

 

「要するにサボってただけだろ‼︎てめーら揃って何してんだ‼︎」

 

クリスマスイブだというのに相も変わらずむさ苦しい野郎共の巣窟、所謂真選組屯所に連行された志乃。

沖田は不法侵入者を逮捕したと報告したが、彼が追っていたのはあくまでも桂である。職務を全うしない部下と、サンタコスをして何故か沖田に手錠をかけられている志乃に土方は怒鳴った。

 

「いや、不当逮捕なんだって。いやマジで。私の仕事は子供達にプレゼントを配ることであって……」

 

「お前はいつからサンタになったんだ!」

 

「サンタなんてホントは実在しないんだよトシ兄ィ。だってさ、私サンタなんて一度も来たことないんだもん」

 

志乃が記憶している限り、このクリスマスにサンタがプレゼントをくれたなんて思い出はない。

 

そもそも志乃は幼少期、当時攘夷戦争に参加していた銀時達に連れられ、戦場で暮らしていた。と言っても常に拠点に置かれ、実際に戦場で戦ったわけではない。

しかし、今思えば普通の幼少期を過ごしていた、とは言いがたかった。

 

手錠の鍵をピッキングで開けた志乃は、さっさと屯所から去ろうとする。

今日は早く帰らねば。早く帰って、時雪にこの格好を見てもらいたかった。

そして願わくば、「可愛い」と言ってほしい。知り合いの大人に言われるのと、惚れた男に言われるのとでは、嬉しさが違う。

 

「そいじゃまあ、そういうことで」

 

「おい待てどこに行きやがる。てめェも始末書な」

 

「私今日非番だもん」

 

「桂を逃がしたなら関係ねぇよ」

 

「あ、大丈夫。今からでも電話すればこっち来ると思うけど」

 

「お前らの関係一体どうなってんだよ!」

 

土方にツッコミを入れられても、志乃は意に介さない。そんなことは些末な事に過ぎないのだ。何しろ早く、時雪の元へ行かなくてはならないのだから。

志乃は足取り軽く、屯所を出て行った。

 

********

 

しかし、サンタコスで街を歩く少女の姿は、いやでも目立った。これが見ず知らずの少女ならば生温かい目で見られていただろうが、志乃の場合はかぶき町のほとんどの住人が彼女を知っているため、特に大問題にはならなかった。

 

「あっ志乃ちゃん!」

 

「ん?あ、鈴姉ェ」

 

ルンルン気分で歩く彼女に声をかけたのは、団子屋の娘で橘の彼女である鈴だった。

 

「やっほ、久しぶり。最近どう?たっちーとは」

 

「え、えへへ……実は今日、クリスマスデートしないか、って」

 

「マジでか!」

 

いつの間にやら、デートまで進んでいる。やっぱ相思相愛カップルは違うな。

……あれ?自分達はデートなんてしたっけ?

ふと、志乃は思い返してしまった。

ブツブツと独り言を呟く中、鈴が彼女の格好に話題を向ける。

 

「そういえば志乃ちゃん、その格好どうしたの?」

 

「あ、これ?知り合いに貰ったんだ。今日はクリスマスだから、って……」

 

「へぇ、素敵ね」

 

「そう?」

 

ふふ、と上品に笑う鈴。やっぱこういう人だから、橘は彼女に惚れたのだなぁ、としみじみ思う。

……ならば、自分は?時雪は、自分のどこに惚れて付き合ってくれたのだろう。

こんな暗い考えをしてしまうのは、寒い季節だからと信じたい。

 

「志乃」

 

「あ、たっちー」

 

「橘さん!」

 

鈴は橘の姿を見るなり、彼の元へ駆け寄る。それから二人仲睦まじく、手を繋いで大通りの方へ歩いていった。

 

「……………………」

 

その姿が見えなくなるまで見送り、それから志乃は自宅へと帰っていった。

 

********

 

「ただいま」

 

ガラ、と扉を開けて、玄関で靴を脱ぐ。家の中は暖房をつけているため、とても温かかった。奥のキッチンからいい匂いがして、思わず腹の虫が鳴いた。

 

「ただいま〜……」

 

「あ、おかえり志乃……って、どうしたのその格好」

 

やはり台所に立っていた時雪が、志乃に気づいて振り返る。そのサンタコスを見るなり、目を丸くした。

 

「ヅラ兄ィから貰った」

 

「……ああ、なるほど」

 

桂が志乃にコスプレ衣装を贈ったり直接着せたりするのは日常茶飯事なので、時雪も彼女の一言で全て察した。

しかし、志乃はぷくっと頬を膨らませる。

 

「もう、何か言うことないの?」

 

「え?」

 

「……ほら」

 

「いや……え?」

 

志乃の頬は、さらに膨らむばかり。不機嫌オーラは増し、ついにそっぽを向いて部屋に向かっていった。

 

「もういい!知らない!」

 

「へっ⁉︎ちょ、志乃⁉︎」

 

「トッキーのバーカ!」

 

ドスドスと足音を立てて部屋へ歩いていく志乃を、時雪は呆然と見ることしかできなかった。

 

********

 

自室にて。志乃は布団の上で枕に顔を埋めてゴロゴロしていた。

せっかく着てみたサンタコスなのに。時雪に「可愛い」と言ってほしかっただけなのに。時雪は可愛いどころか何も言ってくれなかった。

それが不満だったとはいえ、時雪にかなり冷たい態度をとってしまった。嫌われたらどうしよう。そればかり考えて、志乃は布団の上で転がっていた。

 

コンコン

 

襖が叩かれて、小さく開く。隙間から、時雪が覗いていた。

 

「志乃」

 

視線を感じても、顔は絶対に上げない。変なところで意地を張ってしまって、よくないとは思いつつも素直になれなかった。

 

「…………」

 

時雪が襖を開けて、部屋に入ってくる。見なくても気配でわかる。こんな女の子、やっぱり嫌か。マイナス思考は止まらず、溜息を吐いた。

その時。

 

ピトッ

 

「ぅひゃうっ⁉︎」

 

冷たい感触が、うなじに当たる。思わずビクリと体が震えた。

すぐに起き上がって振り返ると、時雪はクスクスと笑っていた。その手には、小さな氷のうが。

 

「な……何してんの?」

 

「いや、ちょっとイタズラしようと思って」

 

「だからってこの季節で氷のうなんて使う⁉︎ヒドいよ!」

 

「ごめんごめん」

 

何なのだ本当に。うう、と唸っていると。

 

「志乃がとても可愛いからつい」

 

「っ⁉︎」

 

一瞬。その一言で、時雪は志乃の心を撃ち抜いた。

不意打ちだ。彼女にとってあまりにも酷な一撃だ。時雪はその笑顔と「可愛い」の一言で、志乃を一発で仕留めたのだ。

志乃は一気にりんごのように赤くなり、時雪に抱きついた。

 

「わっ」

 

「トッキー大好き‼︎もう結婚して‼︎」

 

「はい⁉︎」

 

唐突なプロポーズに、時雪まで頬を染める。そんな彼に、志乃もとどめの一撃を放った。

 

「トッキー、今日はクリスマスなんだよね?クリスマスプレゼントは私だよ!」

 

「はっ⁉︎ちょ、ちょっと⁉︎」

 

「……嫌?」

 

「い…………嫌じゃ、ない……けど」

 

「もう大好き‼︎結婚してっ‼︎」

 

「まさかのプロポーズ第二弾⁉︎」

 

勢いよく抱きついて、時雪の唇に自身のものを重ねる。

外には、雪が降り積もっていた。




次回、みんなから年賀状が届きます。


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年賀状は手書きでいくべし

季節なんて関係ねぇよ、そんなスタンスでいきます。


「新年、あけましておめでとうございます!今年もよろしく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……じゃ、ねェェェェェェ‼︎」

 

ニコニコ笑顔から一転、ダン!と強くテーブルを叩きつける。その時に、高く積まれた年賀状が崩れ落ちた。

 

「ああっ!ちょっと志乃、何してんの!」

 

「うるせーよ!何でこのタイミングで年賀状ネタ⁉︎もう季節は春なんだよ!寒さがまだ続くけどもう桜も蕾が膨らんできてるんだよ‼︎」

 

「志乃、それは今触れちゃ一番いけないところだから‼︎」

 

時雪からツッコミを受けても、志乃は喚き続ける。

 

「大体この世界はサザエさん方式で年が明けねえんだよ‼︎何があけましておめでとうだよ何も明けちゃいねえよ‼︎それなのに何こんなにたくさん年賀状送ってきてんの⁉︎てめーらのせいでどんだけの木が切られてると思ってんだ、森林伐採に協力しやがってナメてんじゃねーぞコノヤロー‼︎」

 

「うるさいです」

 

志乃の脳天に、八雲が笑顔で拳を落とす。頭を押さえて痛がっていたが、気にも留めない。

時雪は崩壊した年賀状をまとめて、テーブルの上に並べる。コタツに志乃と時雪、八雲、お瀧、橘がぞくぞく入ってきた。

 

「へえ、色んなとこから年賀状来とんなァ」

 

「ダメだ、書いても書いても終わりが見えない。私死にそう」

 

「大丈夫ですよ、人はぶっ続けで文字書いた程度では死にません」

 

「これ見ろ。小春や鈴、時雪の実家からも来ているぞ」

 

「あ、ホントですね!」

 

和気藹々とした雰囲気の中、時雪が一枚の年賀状に気づく。

 

「あれ?これ、快援隊から来てますよ」

 

「えっ?辰兄ィが?」

 

「……」

 

橘が無言で、露骨に嫌な表情を浮かべる。

実は橘は坂本とは腐れ縁とも言えるほど長い付き合いなのだが、坂本のバカ行動に毎回巻き込まれてうんざりしているのだ。なので、橘は坂本のことが心底嫌いである。

その内容を見てみると。

 

 

『今年幕末150年ですね 坂本辰馬』

 

 

「知るかァァァァ‼︎」

 

志乃が一蹴して、橘がビリビリと年賀状を破りまくる。

ものすごく細かく千切っているところを見るあたり、坂本に対してかなりのストレスが溜まっているのだろう。橘の闇が見え隠れする中、志乃はシャウトを続ける。

 

「どんだけ歴史に便乗する気満々なんだよ!お前のモデルがしたことなんざ、最新の研究ではほとんど他の誰かのおかげみたいなもんだろーが‼︎船中八策だって後に作られたフィクションらしいぜ‼︎ていうかこっちで出番ねえからって何年賀状で目立とうとしてんだ‼︎てめーは今季のアニメで充分出てんだろーがァァ‼︎」

 

未だ興奮冷めやらぬ志乃の荒れっぷりに、時雪は苦笑する。溜息を吐いて、志乃は頬杖をついて座り直した。

 

「ハァ……これでも辰兄ィ、私の初恋の人なんだけどな……」

 

「え"え"っ⁉︎そうだったの⁉︎」

 

衝撃の事実に、今度は時雪が立ち上がった。しかし志乃は時雪を見向きもせずに、ずっと頭を抱えていた。

パラパラと年賀状を眺めていた八雲の目が大きく開かれる。

 

「志乃、鬼兵隊からも来てますよ」

 

「はぁ⁉︎高杉が⁉︎ウソでしょあいつが年賀状なんて」

 

「いやでも、ショッカーだって仮面ライダーに年賀状送ったからあながち考えられないこともないですよ」

 

「しかもその年賀状、基地の住所書いてあったらしいな」

 

まさかの鬼兵隊からの年賀状に、全員が息を飲んだ。

 

「でも何で高杉さんが万事屋(ウチ)の住所知ってるの?」

 

「あ、確か私前に高杉(あいつ)に手紙送ったんだよね。そん時に名刺入れてた」

 

「それが原因じゃん‼︎ていうか何高杉さん相手に宣伝してんの⁉︎」

 

「まぁ今はそんなんええやんか。問題は内容やろ」

 

志乃と時雪を宥めて、全員で年賀状に目を落とす。

 

「で、脅迫状か何かですかね?」

 

「果たし状やないか?」

 

「志乃へのラブレターかもしれん」

 

「やめて気持ち悪い」

 

ブルッと身震いする志乃を放って、ようやく文面を見た。

 

 

『おもしろき こともなく世を おもしろく 来島また子 武市変平太 河上万斉』

 

 

「『すみなすものは 心なりけり』……じゃ、ねーよッッ‼︎」

 

志乃はビターン!と畳に年賀状を叩きつけた。これぞノリツッコミである。

 

「また歴史の便乗かい‼︎何なの⁉︎何でわざわざ年賀状でてめーらの大将のモデルの辞世の句⁉︎意味わかんねーよ!あいつ死ぬのか⁉︎死ぬのか⁉︎アニメであいつ生きてんだろーが‼︎バリバリ元気だろーが‼︎」

 

「うわぁ、すっごいイライラしてますね」

 

喚き散らす志乃に、八雲は他人事のように笑う。

 

「あたりめーだろ誰得なんだよこの便乗。確かに今年で幕末150年だけどさ、そんなのほとんどの人知らねーだろ」

 

「仕方ないよ。この小説の作者、自他共に認める大の歴史好きだからね」

 

作者の趣味事情を交えた愚痴を零す二人に、お瀧は苦笑した。

 

「はは……ん、おい、真選組からも来とるで」

 

「どーせまた歴史便乗だろ」

 

 

『あけましておめでとうございます 今年もよろしく! 真選組一同』

 

 

「ちょい待ちやコラァァァァ‼︎」

 

「何こいつら何の変哲もない普通の文章送ってきてんですか⁉︎ここは歴史ネタでボケるところでしょうが‼︎」

 

「空気読めバカヤロー‼︎よし、あいつら全員叩き潰してくる‼︎」

 

「いや落ち着けお前らァ‼︎これが年賀状の本来あるべき姿なんだよ‼︎何もおかしくねーよおかしいのお前らの頭だから!」

 

真選組の至極まともな文面にお瀧と八雲と志乃は揃って年賀状を踏みつける。時雪のツッコミも聞き止めない。橘に至っては黙々と年賀状を書いていた。

この中で一番普通なのは橘だけである。

 

「いやちょっと待ってください橘さん、何めんどくさいからって返事全部『死ね』にしてんですか‼︎怖いんですけど‼︎坂本さんから年賀状来たの、そんなに嫌でしたか‼︎」

 

「『死ね』はストレートすぎるか。じゃあ、『速やかに土に還れ』で」

 

「結局死ねって言ってるじゃないですか‼︎」

 

残念ながら、橘も普通ではなかった。

時雪が溜息を吐いて、みんなを宥める。

 

「もういい加減にしてくださいよ。年賀状っていうのはね、新年の幕開けを祝うと共に、昨年の感謝と今年の挨拶全てを兼ねた、とても大切な日本の伝統文化なんですよ。最近はやれSNSだのメールだので年賀状を書かない人も増えてますけど、やっぱりこういう礼儀はきちんとした方がいいんですってば」

 

「知りませんよ。毎年そんなもんしなくちゃいけないような、薄っぺらい人間関係を持った覚えはありません」

 

時雪がとうとうと説明しても、八雲に一蹴されて撃沈する。

このおふざけばかりの小説でようやくまともな事を言えたと思ったのに……。時雪の心は暗くなるばかりだった。

それでも来た分はきちんと書いて、返すのが礼儀である。仕方なく、志乃達は一枚一枚見ていった。

 

ここからしばらく、誰かと文面と、それに対するツッコミが続きます。

 

「あ、銀時さんから来てる」

 

「え?」

 

 

『次回のバレンタイン、チョコください 坂田銀時』

 

 

「何勝手に次回予告してんだァァァァ‼︎まだ終わらねーよ今回は続くよコノヤロー‼︎」

 

「最近オリジナルばかりで銀時さん達出てないから不満溜まってるんじゃないかな」

 

「だからってこんなくだらない年賀状送りつけてんじゃねーよ‼︎ふざけんなよお前なんかにチョコなんて高いもん渡すわけねーだろ‼︎てめーは一生泥団子でも食っとけクソ兄貴‼︎」

 

「兄貴といえば、桂からも来てるぞ」

 

「は?」

 

 

『この間はサンタコスありがとう 今度は体操服(ブルマ)を着てください 桂小太郎』

 

 

「野郎ォォ殺されてェのか‼︎」

 

「あかんコイツ末期やで。いや、ちゃうわ。末期通り越して手遅れや。延命するより速やかに死んだ方が身のためやな」

 

「無駄ですよ。こいつのモデルは名前を変えて明治まで生き延びてるじゃないですか。諦めましょう」

 

「嫌だね、私は諦めねーよ。絶対に奴の暗殺に成功してみせる」

 

「やめてよもう…………あれ?ミサトさんとさっちゃんさんからも」

 

 

『この度、霧島志乃と結婚しました 幸せいっぱいです 霧島ミサト』

 

 

『結婚おめでとう 末長くお幸せにね お兄さんは私は面倒を見るわ 坂田あやめ』

 

 

「どいつもこいつもそんなに殺されてーか‼︎ふざけんな誰がてめェなんぞと結婚するか‼︎誰がてめェなんぞに兄貴をやるか‼︎つーかこいつら何で苗字変わってんだよ何で婿養子と嫁になってんだ‼︎もうこいつらまとめて地獄に送った方が早い‼︎それがみんなのためになる!」

 

「ちょっ、志乃落ち着いて‼︎そんなことしても誰も喜ばないよ‼︎橘さんも何とか言ってください‼︎」

 

「志乃、ついでに坂本も殺してくれ」

 

「しまった振る相手間違った‼︎今日の橘さんは超ブラックだった‼︎」

 

そんなこんなで送られてきた年賀状にツッコミを入れつつ、返事を書いていく。

山がだんだん移動してきて、ようやく全ての年賀状の返事を書き終えた。

 

「っはァァ〜〜〜‼︎終わったァ〜〜〜〜‼︎」

 

「しっかし、結構な量やったな」

 

「もうしばらく紙と筆ペンは見たくありません」

 

「坂本のバカヅラも一生見たくない。頼むから死んでくれ」

 

「橘さん今日それしか言ってませんよ」

 

全員でテーブルに突っ伏す「獣衆」の面々を見つめ、時雪は一人書き終えた年賀状を郵便に出そうと立ち上がった。

その時。

 

ピンポーン

 

「「「「「?」」」」」

 

インターホンが鳴る。

時雪が玄関に出ると、立っていたのは郵便局の職員だった。

 

「こんにちは、年賀状でーす」

 

「…………イヤァァァァアアアアアアアア‼︎」




なかなかオチが決まらなかった、そんなお話です。

次回、ついにバレンタインです。


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バレンタインは男女共に盛り上がる

バレンタインなのに何故かホワイトデーネタも被せてる私のバカ。


バレンタイン。その一週間前、志乃はある人物の家に赴いていた。

 

「今日の稽古はここまで」

 

「ありがとうございました!」

 

そう、師匠こと志村新八の家である。

いつものように剣の稽古をつけてもらった志乃は、道場の掃除をささっと終える。そして、新八の前に直立した。

 

「あ……あの、師匠」

 

「ん?」

 

突然改まった弟子を見下ろして、新八は首を傾げる。

少し俯きがちな顔は少し赤くなり、指先は胴着の袴をいじいじしていた。

こういう時は大抵、少し恥ずかしいけど言いたいことがあるというサインだ。曲がりなりにも弟子として接してきた新八には、それが察せた。

 

「どうしたの?志乃ちゃん」

 

「ぁ……あの……その……お、お願いがあるんですけど……」

 

「稽古終わったんだから、敬語なんていいよ」

 

志乃の緊張を解かせようと、優しい声音で言う。

ついに志乃は意を決したように目を瞑って、口を開いた。

 

「お願いしますっ!私に料理を教えてください!」

 

「……えっ?」

 

********

 

事情を聞くと、もうすぐバレンタインだから、時雪に手作りチョコを贈りたいとのこと。

それまでは時雪が毎年勝手に作ってプレゼントしてくれたのだが、今年は今までと違う。バレンタインは女から好きな男にチョコを渡すものだと知っていた志乃は、今年は時雪にチョコを渡したいと思ったのだ。

しかし、自分は料理ができないし、したことがない。

 

「それで、教えてほしいと……」

 

新八が話をまとめると、志乃はうんうんと頷く。

なるほど、なんだかんだいって志乃ちゃんも女の子なんだなぁ、と感じた。

チョコを貰える時雪に嫉妬していないといえば嘘になる。だが、ここは師匠として弟子の初恋を全力で応援してやるのが筋ではないか。

 

「わかった。僕でよければ、教えてあげるよ」

 

「ほ、本当⁉︎ありがとう師匠‼︎」

 

緊張していた表情から一転、花のような笑顔を浮かべる。

新八は早速志乃の料理センスを見ようと、台所へ向かった。

 

********

 

「わぁぁぁぁ‼︎志乃ちゃん危ない‼︎」

 

「へ?」

 

新八の絶叫が、台所に響き渡る。

キョトンとした志乃はダン!という大きい音と共に、板チョコを切った。包丁のすぐ横には、彼女の白い指が。

どうやら指は切れていないらしい。ホッとしたのも束の間、すぐに指導に入る。

 

「包丁使う時左手は猫の手にするって言ったでしょ⁉︎」

 

「ん?あ、そうだった」

 

「もう、気をつけてよ……どんだけヒヤヒヤしたか。志乃ちゃんも刃物持ってるなら、もうちょっと緊張感持って」

 

「いや、こんなの刀に比べたらそこまで長くねーし大丈夫かなって」

 

「刀と一緒にするなァァ‼︎いや、確かに志乃ちゃんにとっては慣れ親しんでるだろうけど‼︎それとこれとは別だから‼︎わかった⁉︎」

 

「はーい」と呑気に返事をする弟子に、新八は脱力する。

確かに志乃は包丁よりも刀と接する機会が多いため、危機感がそこまで持てないのだろう。彼女の包丁の扱いは、見ていて危なっかしいの一言に尽きた。

 

ぶっちゃけると、志乃の料理センスは案外悪くはなかった。少なくとも普段から料理をしていれば、それなりに美味しいものが作れるくらいには。

姉のようでなくてよかった、と心からホッとしていると、「師匠ー」と呼ばれた。

 

「これどうすればいいの?」

 

「ああ、えっとね。次はーー」

 

********

 

「でっ…………できたァァァァ‼︎」

 

今度は嬉しそうな声が上がる。

今回作ったチョコは、市販の板チョコを溶かして固めただけの簡単なものなのだが、料理なんて一切やらない志乃にとっては偉業を成し遂げたくらいに感じられた。

 

「うん、よくできてるじゃないか。じゃ、これをラッピングして完成だね」

 

「本当にありがとう師匠‼︎あ、お礼に一個食べていいよ!」

 

「えっ、本当⁉︎ありがとう志乃ちゃん‼︎」

 

思わぬところで、チョコを貰えた新八は心から喜んだ。

何せ彼はバレンタインでチョコを貰ったことがない。姉のお妙から義理チョコを貰ってはいるが、何せ彼女は何を作っても全てダークマター一色に染まるので、こんなまともなチョコを食べるのは久々な気がする。

 

「ふふっ、トッキー喜ぶかなぁ」

 

「きっと喜んでくれるよ。好きな女の子が自分のために作ってくれたんだもん」

 

「そうかな、そうかなぁ?うふふっ!」

 

期待に胸を膨らませるその姿は、まさしく恋する乙女。

そんな彼女を見て新八が少し複雑な気持ちになったのは、また別の話。

 

********

 

そして迎えた、バレンタイン当日。真選組のバイト中にも関わらず、志乃はルンルン気分だった。

しかし、とある通報により、その気持ちは一瞬で冷めることとなる。

 

「ーーはぁ?バレンタインのチョコが次々盗まれたァ?」

 

顔をしかめる志乃に、「ああ」と短く答えた土方はさらに説明を続けた。

 

「近頃、バレンタインに向けて女共が買ったり作ったりしたチョコが盗まれる事件が多発してな。犯人は怪盗『リア充爆発しろ』とかいうふざけた名前の奴らしいが、被害の数は相当なのが現実だ」

 

「へぇ〜」

 

「ついでに言うとお前の師匠んとこにも出たらしくてな。今から近藤さん回収ついでに事情聴取に行くぞ」

 

「了解」

 

おどけて敬礼ポーズをとってから、志乃は土方と共に車に乗り込み、志村宅へ向かった。

 

********

 

「よーっす師匠、姐さん……」

 

「あら志乃ちゃん、いらっしゃい」

 

部屋に通すなり、にこやかな笑顔で出迎えてくれたお妙。しかし、縁側には気絶して白目を剥いた近藤が倒れていた。

それを気にせず、お妙に事情を聞く。

 

「ねぇ、こないだここに今話題の怪盗が現れたって本当?」

 

「ええ、でも私はまだチョコを買ってなかったから大丈夫だったんだけど……」

 

お妙は申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「……ごめんなさい、志乃ちゃんの初めての手作りチョコ……奪われてしまったわ」

 

「……え」

 

お妙が告げた衝撃の事実に、志乃は呆然とする。

志乃は作ったチョコを、志村宅の冷蔵庫に入れて冷やしてもらっていた。自宅には時雪がいるし、彼もバレンタインでチョコを作るため、バレないようにしたかったのだ。

 

それが、盗まれた。

一時放心状態だった志乃だが、ふつふつと煮え滾る怒りに脳が支配される。

 

「………………」

 

「志乃ちゃん⁉︎」

 

しばらく黙っていた志乃だが、不意に踵を返す。どうしたのかとお妙は驚いて彼女の名を呼んだ。

お妙を振り返らず、志乃は答える。

 

「野郎、ぶっ潰してくる」

 

「えっ?」

 

「この"銀狼(あたし)"のチョコを奪おうなんざ、いい度胸じゃねェか。面白え……上等だ。死んだ方がマシだって思えるくれェ、こてんぱんにしてやるよ……」

 

「ちょっと待てお前、やる気満々なのはいいが殺すなよ⁉︎絶対に殺すなよわかってんのか⁉︎」

 

土方が釘を打つが、今の彼女には届かず、目にも留まらぬスピードで志村宅を出て怪盗『リア充爆発しろ』を探す。

土方は明日の朝刊に血塗れの彼女が一面記事に掲載されないよう、祈る他なかった。

 

********

 

一方、志乃の自宅。そのキッチンでは、時雪がボウルで生地をかき混ぜていた。

志乃が帰ってくるまで、まだたっぷり時間はある。その間にバレンタインチョコを作ってしまおうと考えたのだ。

生地をコップに流し込んで、オーブンに入れて焼き上げる。頃合いになってオーブンから取り出したら、あとは熱を冷ますだけだ。

 

窓の外から、ジッと彼を見つめる一人の男がいた。彼こそが、巷を騒がす怪盗『リア充爆発しろ』なのだ。

彼が見ているのは、今まさに彼氏のためにチョコを作り終えた彼女の光景。実際彼女と思われるその人物はれっきとした男なのだが、このタイミングでは触れないことにする。

もし今、彼女の目の前でチョコを奪い貪ってやったら……どんな絶望の表情を見せるだろう。

これが自分を散々迫害してきたリア充共への天罰だと、彼は信じて疑わなかった。

 

彼女の作ったチョコカップケーキを奪おうとしたその時。

 

「オイ」

 

不意に背後から声をかけられ、首根っこを乱暴に掴まれる。それから引っ張られて、地面に強く倒された。

 

「な、何だ‼︎」

 

顔を上げると、そこには少女が立っていた。

背中辺りまである銀髪を簪でまとめる彼女の表情は、太陽を背にしているせいであまりよく見えない。

ただし、彼女の纏っている真選組の服装と肩に担いでいる金属バットを見て、嫌な予感しかしなくなった。

 

「よくも私のチョコを盗んでくれたな、コノヤロー……」

 

低く、怒気を孕んだ声。

急いで逃げようとしたが、服の裾をクナイで縫い止められ、動けない。少女はコツコツとブーツの音を立てて、迫ってきた。

 

「全世界の女を代表して、私が鉄槌を下してやるよ。女の恨み……しかと、思い知りな」

 

昼下がりのかぶき町に、男の悲鳴とボグシャという何かが潰れた音が響き渡る。

時雪はそんなことすら気づかず、カップケーキが早く冷めないか待ち遠しかった。

 

********

 

「ただいま……」

 

深い溜息と共に、志乃は帰宅した。

制裁を下したのはよかったものの、結局肝心のチョコは既に食べられていた。おかげで犯人は志乃の怒りの腹パンを食らう羽目になったのだが、そんなの志乃の知ったことじゃない。

奥から足音と共に、時雪が迎えてくれた。

 

「おかえり、志乃」

 

「……ただいま」

 

背中に何かを隠すように持っている。きっと、チョコだろう。せっかく目の前の彼のために作ったのに、それを渡せない現実に溜息を吐く。

何か彼に渡せるものはないかーー考えた矢先、志乃はあることを思い出した。

そんな彼女の胸の内など知らぬ時雪は、手作りチョコカップケーキを手渡す。

 

「ハイこれ、バレンタインのチョコ」

 

「!うわぁ……」

 

チョコの甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。こんな手の込んだものを作れるなんて、やはり時雪はすごい。

 

「ありがとう、トッキー。あの…………私からも……」

 

「えっ?」

 

「チョコじゃないんだけどね、あげる」

 

そう言って、志乃はポケットに手を突っ込み、時雪に渡した。

掌に握っていたそれはーー袋に包まれたイチゴ味のキャンディ。

 

「その……本当は、チョコ作ってたんだけど……巷を騒がせてたあの怪盗に盗られちゃって」

 

「ごめんなさい」と俯く志乃。

時雪は掌の乗ったキャンディと志乃を見ていたが、ふと微笑んで、キャンディの袋を開ける。

 

「……トッキー?」

 

「これ、本当に俺にくれるんだよね?」

 

「?う、うん……」

 

「すっごく嬉しい。ありがとう、志乃」

 

キャンディを口の中に放り込んでから、突如抱きついてくる。志乃は真っ赤になって、テンパった。

 

「ト、トトト、トッキー⁉︎」

 

いきなりどうしたのだ。彼は確か、飴すごい好きとかそんなんじゃないはずなのに。

驚いて見上げてくる志乃に、時雪はいたずらっぽく笑いかける。

 

「志乃はさ、バレンタインのお返しがあるって知ってるよね?」

 

「え?うん、ホワイトデーでしょ?バレンタインの一ヶ月後に、チョコをくれた相手にお返しに、マシュマロとかクッキーとかいうお菓子を渡すんだよね」

 

「そう。でも、そのホワイトデーのお返しに意味があるのって知ってた?」

 

「へ?」

 

ホワイトデーのお返しに意味?

キョトンとする志乃に、時雪は続ける。

 

「マシュマロは、"貴女が嫌い"。クッキーは、"貴女は友達"……っていう風にね」

 

「へぇ〜、そうなんだ。でも、何でそれをいきなり?」

 

そう。最も疑問を感じる点はそこだ。

まだバレンタインなのに、何故いきなりホワイトデーの話をするのか。

 

「だって、これホワイトデーのお返しでしょ?」

 

「えっ⁉︎」

 

口の中のキャンディを指さして、時雪は笑う。

 

「えっと……その」

 

「それなら嬉しいなぁ、って思っただけ」

 

「ど、どういうこと?」

 

時雪は志乃を抱きしめたまま、耳元に口を寄せる。

そして、小さな声で囁いた。

 

「キャンディはね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー"私も貴女が好きです"って意味なんだよ」

 

「…………」

 

一瞬、ポカンとする。

しかし、一拍置いて、

 

「〜〜〜〜っ⁉︎」

 

ボフッ!と耳まで一気に赤くなって、「ぇ、あ、……ぅぅ」と挙動不審になる。

恥ずかしくなって、顔を見ようとしてくる時雪の胸に飛び込んだ。

 

「ね、どうなの?」

 

「…………うるさい」

 

彼女に真相を尋ねようとすると、さらに顔を胸に埋めてくる。普段ドSとされる志乃のこんな姿を見られるのも、彼氏の特権だと思う。

ふふっと楽しげに笑う時雪を、志乃は弱冠潤んだ目で睨んできた。

 

「ごめんごめん」

 

「ったく……」

 

まだ赤みの残る頬。まだ照れているのだと思うと、この上なく胸が高鳴った。

志乃はそっぽを向いて、時雪から貰ったチョコカップケーキに口をつけた。

 

「!美味しい‼︎」

 

「そう?よかった」

 

さっきまでの恥ずかしさはどこへやら。カップケーキに夢中な志乃に、時雪はまた微笑を送る。こんなに愛おしい彼女は、この世界で霧島志乃だけだ。

時雪が志乃の頭を撫でる。カップケーキの食べカスを口に残した志乃が、それに気づいて幸せそうな笑顔を浮かべたーー。




次回、かぶき町四天王篇、参る‼︎


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かぶき町四天王篇 この町をなめるなよ
無法の町に集うのは無法者


ハイハイどうもどうも、かぶき町四天王篇です!ついにここまで来たか〜、早いな〜。
気合い入れていきます!


何、かぶき町最強の男は誰だって?

 

お前さんお上りさんかい。たまにいるんだ、この街で一旗揚げようとやってくる命知らずのチンピラが。

 

俺も若ェ頃はお前さんのように目ェギラつかせてたモンだが、この街は格が違う。

江戸中からゴロツキ、凄腕、侠客、落ち武者が集まってくるならず者の梁山泊だ。伝説的なアウトローがウジャウジャひしめいている。命がいくつあってもてっぺんなんざ見えやしねーよ。

悪いこたァ言わねェ、コイツを一杯飲んだら田舎に帰んな。

 

何?土産話にそのてっぺんの話聞かせろ?お前さんも好きだねェ。

 

まず別格の怪物共が四人。鬼神マドマーゼル西郷、大侠客の泥水次郎長、孔雀姫華陀、女帝お登勢。

かぶき町四天王と恐れられるこの四人によって、今のかぶき町は治められている。四つの勢力が互いに睨み合い、微妙な均衡状態を保っているんだ。

 

……何?権力云々じゃなく腕っ節?喧嘩最強は誰かって?

 

生意気にいずれもオメーじゃ足元にも及ばねェ猛者ばかりよ。

特に西郷と次郎長は攘夷戦争の折、天人相手に大暴れした豪傑。まあ今じゃ年くって表立って暴れる事はねーみたいだが。

 

現役ってなると泥水の所の若頭、黒駒勝男かね。キレたら何するかわからねェかぶき町の暴君、今最もかぶき町で恐れられている男よ。

見た目はアレだが、西郷んトコにも元攘夷浪士の猛者達がウジャウジャいやがる。華陀の所は噂じゃ洒落にならねェ組織と繋がってるらしい。

 

長年続いた均衡も、そんな連中の細かいいざこざで崩れかけてきている。今この街は例年にないほど緊張状態にあるんだ。

化け物共の争いに巻き込まれる前にさっさと家路につくのが利口さ。

 

……何?お登勢の勢力?

 

あっこはただの飲み屋だ。勢力なんてありゃしねーよ。

なのに何故四大勢力に入ってるかって?

 

確かにお登勢は兵隊なんざ一人も抱えちゃいねェ。勢力争いなんざ意にも介さねェただの人情家のババアさ。

だが一度あのババアのシマで勝手なマネをしようもんなら、黙っちゃいねェ奴がたった一匹いるのさ。三大勢力とたった一匹で渡り歩いてきたとんでもねえ化け物……

 

真っ白な頭をした、夜叉(おに)が。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーああ、話は変わるが、この街にはさっき話した四大勢力と渡り合えるとんでもねえ化け物がもう一人いる。

 

そいつはなんでも、この街で万事屋っつー小さな店を構えてる。見た目は普通の娘だが、バカにならねェ血筋を引いてんのさ。

 

攘夷戦争の際、姉弟揃って大暴れしたとんでもねェ化け物一家の末裔……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"銀狼"の娘が。

 

********

 

この日、お瀧は朝からお登勢の店で掃除をしていた。

外の掃除をしていると、出勤してきた新八の悲鳴が轟く。朝からはた迷惑な奴だと、あくびを嚙み殺しながらも箒を動かす手を止めない。まだ朝晩は冷え込むこの時期、お瀧も上着を羽織っていた。

 

それからしばらくして、いつものように銀時達が降りてくる。普段のメンバーに加えて見覚えのない顔が一人いた。オレンジ色の髪をした、可憐な娘だ。

事情を聞いたところ、突然銀時の舎弟にしてほしいと頼んできたらしい。彼女は今朝出勤してきた新八をかちこみとして斬りかかり、一度事態を沈静化させて今に至るという。

 

「誰だい、この娘?」

 

お登勢が尋ねると、娘は掌を上に向けて、所謂お控えなすってのポーズをとる。

 

「この度万事屋一家末弟に加わりました、椿平子(ちんぴらこ)ですぅ。お登勢の大親分も何卒よろしくお願い申し上げますぅ。ごめんなさい、アニキの第一の舎弟(こぶん)とも知らずに失礼なマネを〜。今責任とって(エンコ)つめますからね〜。小指でいいですかァ〜。ウフフ〜」

 

「オイ。何をしてんだテメーは」

 

刀を手に指を斬ろうとする彼女の括った前髪を、銀時が掴み持ち上げて振り回す。平子は捥げると叫んでいた。

 

「俺ァ極道者じゃねーし舎弟なんていねーしとるつもりもねーし用心棒なんて頼んだ覚えはねーし、さっさと帰れっつったしィィ‼︎このドチンピラ子がァ‼︎」

 

「え〜、そんなの勿体無いですよー。わしとアニキならきっと暗黒街のボスになれますよォ。一緒に暗黒面に堕ちましょうぜアニキ〜」

 

「俺がいつダースベイダーになりたいっつったよ!」

 

「お願いします、わしはもう行く所がないんですぅ〜」

 

「……一体何なんやこの娘」

 

とんでもないチンピラ娘の登場に、お瀧は驚きを隠せない。

ただ一つ思えるのは、この娘に銀時が何もしていないことだ。ほとんど面識のない娘に手を出したとあらば、志乃との縁を即行で切らせるつもりだった。

ふと、隣に立っていたお登勢が口を開く。

 

「……アンタ、極道モンかい」

 

「え?」

 

「聞いたことがある。次郎長んトコと商売で色々とモメてた植木蜂一家。抗争となるや女だてらに一騎当千の働きを見せるとんでもない暴れん坊がいたって。その名を、人斬りピラコ」

 

「はァァァァ⁉︎人斬りィィィ〜⁉︎このもっさりしたのが⁉︎」

 

「こんなもっさりっ娘が極道の鉄砲玉⁉︎」

 

銀時と新八が思わず叫ぶ。お瀧も目の前の可憐な娘が人斬りだなんて信じられなかった。平子はモジモジしながら、頬を染める。

 

「そんな大層なものじゃないんですぅ〜。わしはお花を飾りつけるのが得意で〜、オジキが喜んでくれるからいつも飾っていただけで〜。知ってますかァ、悪い人ほど綺麗なお花を咲かせるんですよ〜。斬り刻めば斬り刻むほど、真っ赤な綺麗なお花を……」

 

ガチでヤバい娘が現れた。お瀧は顔を青ざめさせる。

さらに事情を聞くと、彼女のいた植木蜂一家は、次郎長一家の騙し討ちに遭い、今はもうお花畑しかないのだという。

 

「私……オジキに小さい頃に拾われて……ずっと言う通りに生きてきたから、何にもなくなって何をしていいかわからなくなっちゃって。……でも私にできることはお花を飾ることだけだから〜、だからココに来たんですぅ。次郎長のいるこの街に……お花を飾るために。かぶき町を、真っ赤なお花畑にするために」

 

先程からの話を聞く限り、お花畑とは血の海を指すのだろう。それはつまり、かぶき町を血祭りにあげる……と、いうことになる。

銀時達もその顔は血の気が失せていた。

 

この娘が、かぶき町全てを巻き込んだ大戦争を本当に引き起こすなんて、この時の彼らは知る由もないーー。

 

********

 

一方その頃。志乃はかぶき町を呑気に散歩していた。

 

今日の服装は、いつもの藤色の着流しではない。

黒のジャージに袖に桜模様の白い着流し、ホットパンツにブーツ。腰のベルトには金属バット、手にはグローブ。髪は下ろしている。そう、今の彼女は喩えるなら、『銀時コスプレver.』なのだ。

ちなみにこれは例のごとく桂が贈ってきたコスプレである。最初は少し抵抗があったものの、着てみると案外動きやすく、すぐに気に入った。

 

団子の串を咥えてプラプラさせながら、体を伸ばして、空を仰ぐ。

今日もいつも通りのんびりと時間が流れていくのだろう。ポカポカ陽気に浸っていると、何やら気配と視線を感じた。

 

「……?」

 

ここ最近、歩いていると何者かの視線を感じる。気配から割り出すに、人間ではない何かなのだ。それを不気味に思う反面、腕の立つ者なのではという期待に胸が踊る。

まぁ、どんな相手だとしても、こてんぱんに叩きのめせばいいだけの話である。

 

歩いていた先に、見覚えのある姿を見かける。乾物屋で、神楽がもう一人の娘・平子と何やら楽しげにショッピングをしていた。その近くには、銀時と新八もいる。

 

「あれ?みんな」

 

「あっ、志乃ちゃん」

 

「……何その格好。俺のコスプレ?何?またヅラから貰ったの?」

 

「うん。今回の長篇はこの衣装でいくことになったから」

 

「何で今回のはそこまで気に入ってるの⁉︎志乃ちゃんってやっぱブラコンだよね‼︎」

 

「お前に言われたかないわシスコン」

 

ごちゃごちゃと会話している最中、平子が志乃に気づく。

 

「あれ?アニキぃ、もしかして妹さんですか〜?」

 

「誰?」

 

「初めましてアネゴ〜。この度万事屋一家末弟に加わりました、椿平子ですぅ」

 

「いや、アネゴじゃないし。ピラ姉ェの方が年上でしょ」

 

平子にツッコミを入れつつ、志乃は銀時に事情を尋ねた。

 

「何なのあの人?」

 

「あ……えっと、アレはな、その……」

 

「……何、なんかやましい事でもあるわけ?」

 

「いや、そういうんじゃなくてな……ってオイ!何だその目は!ホントに何にもねェって!」

 

ジトーッと銀時を凝視する志乃。女性関係にだらしない男ではないとは信じていたのだが、あそこまでぼやかされると不信感が募る。妹としても複雑な気持ちだった。

銀時が疑惑を晴らそうと必死に弁明していたその時、平子と通行人がぶつかった。

 

「あっゴメンなさ……」

 

「うっぎゃひゃぁああ‼︎」

 

ぶつかった相手のハゲ男は派手に悲鳴を上げて転び、右腕を押さえて悶える。すぐさま舎弟らしき男が駆け寄った。

 

「アニキぃぃぃぃぃ‼︎どうしたんですか」

 

「折れたァァァ‼︎今ぶつかられたショックで完全に折れたァァァ‼︎」

 

「コルァ〜‼︎ネーちゃんどう落とし前つけてくれるつもりだァ‼︎」

 

まさかのモノホン登場に、銀時と新八は青ざめる。冷や汗が止まらない。せっかく平子を女の子らしくさせようと今まで頑張ってきたのに、あんなモノホンの刺激を受けたらまた極道の血が目覚めると危惧していた。

しかも彼ら、もしかしたら次郎長一家の者かもしれなかった。平子は次郎長一家を血祭りに上げようと考えていると推測されるため、ここで衝突すれば戦争は免れない。

 

「ちょっとおじさん達」

 

しかし、そこで平子の前に現れたのは志乃だった。

 

「何してんだァお前ェェェェ‼︎」

 

「うっさい黙ってて!」

 

完全に出る幕を無くした銀時が叫ぶ。志乃は彼に一喝してから、平子を庇い二人の前に立つ。

 

「私さっきからずっと見てたんだけどさ、アレ明らかにワザとだよね?だって大の大人がか弱い女の子とちょっとぶつかっただけで骨折れるとか、どんだけ虚弱体質?」

 

「はァァ⁉︎んだとコラァこのクソガキ‼︎」

 

「とにかく、アンタあれワザとでしょ?この人は何も悪くない。落とし前つけんのはあんたらの方じゃないの?」

 

「テメェっ……ナメてんじゃねーぞ‼︎」

 

ズバズバと物怖じせずに言い切る志乃の胸倉を、ハゲ男が右手で掴み上げる。志乃はニタリと笑った。

 

「あっれれ〜?こっちの腕は骨折してるんじゃなかったっけな〜?」

 

「ギッ……‼︎」

 

「ア……アニキ!そのへんに!」

 

舎弟の男がハゲ男に、ヒソヒソと耳打ちした。

 

「マズイです、この銀髪娘は確かオジキが目ェつけてるって」

 

「‼︎な……何⁉︎」

 

ハゲ男は一度志乃を見てから、パッと手を放した。

 

「なるほど……じゃあこのガキが例の……勝男のアニキと何度もやり合ったっちゅー奴か。確かに大した根性持っとる娘だな」

 

「……やっぱテメーら次郎長一家の」

 

「ア……アニキ、そろそろ行きましょう。あの娘、自分の縄張り(シマ)に手ェ出されたら、全員生きて帰さないって噂なんですよ」

 

お前ら私を一体何だと思ってんだ……。

流石にそこまでしねーよ、と心の中で独りごちる。

しかし、ハゲ男は平子の手を掴んで無理矢理連れ去ろうとしていた。

 

「っオイ待て‼︎さっきのはてめーらの言いがかりだって……‼︎」

 

「ハァ?んなもん知るかよ。嫌な気分にされたんだ。たっぷり落とし前つけてもらわんと割に合わねーってんだ」

 

「てめっ……放せよ‼︎」

 

「アネゴ‼︎」

 

志乃は男の手から平子を引き剥がし、背に庇う。ハゲ男がついに拳を振るってきた。

そっちがその気なら上等だ。志乃もそれを迎え撃とうと拳を握るが、目の前に白が立ちはだかった。

 

「銀⁉︎」

 

「アニキ〜!」

 

突如銀時が割って入ってきて、ハゲ男の手首を掴んだ。ものすごい力で握りしめられ、男は汗がダラダラと出てきた。

銀時はニタリと笑みを浮かべて、思いっきりハゲ男をぶん殴った。

 

あ。

 

やっちまった。



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コンクリは固まるとシャレにならない

周囲に悲鳴が飛び交う中、志乃はポカンとして銀時を見上げていた。隣に立つ新八は、絶望の表情を浮かべている。

 

「な……な……何をしとんのじゃおのれはァァァァァァァ‼︎極道娘の暴走止めようとしてたのになんでアンタが先に暴走してるワケ⁉︎」

 

「い……いや、流石にね、妹が殴られそうになってるのに見過ごすのは兄としてどうかと思ってね」

 

「ちょっと‼︎私のせい⁉︎」

 

助けてもらったはずなのに、何故か罪をなすりつけられる。こんな最低な大人にはならないと、志乃は固く誓った。

 

「流石はアニキ〜舎弟(こぶん)のピンチを捨て置けないなんて〜惚れ直しました〜。これで、是が非でも次郎長と大喧嘩するしかなくなりましたね〜。わしと一緒に次郎長に真っ赤な花を飾って、日本一の大親分になりましょうや〜」

 

今度は平子が、ニタリと笑う。銀時はブルブル震えて、平子の括った髪を掴んで振り回した。

 

「てめーはァァァァァァァァ俺ハメやがったなァァ‼︎復讐劇に俺を加担させるため、芝居うってわざとピンチに陥りやがったなァァァ‼︎冗談じゃねーぞ、誰が次郎長なんかと喧嘩するか誰が大親分になるかァァ!誰が……」

 

「てめーらこんなマネしてタダで済むと思うなよ、戦争だァ‼︎」

 

「戦争なんざするかァァァァァ‼︎」

 

銀時がもう一人残っていた舎弟の男を蹴っ飛ばす。今この瞬間、戦争の火蓋は切って落とされた。

銀時は錯乱状態に陥り、店のレジを開ける。

 

「騒ぐんじゃねェよ落ち着け。取り敢えず落ち着いてドラいモンを探せ」

 

「アンタが落ち着けェェェ‼︎」

 

「大丈夫だ。要はここで争った形跡を抹消し、次郎長の耳に届かぬようにすればいいんだ」

 

「じゃあバラして海にでも捨てる?」

 

「やめろォォ‼︎この小説をR18指定にするつもりかァァァ‼︎」

 

笑顔で物騒な提案をする志乃に、新八のツッコミが炸裂する。そして、神楽がダミ声でポリバケツを携えて現れた。

 

「大丈夫だよ〜銀太くん〜。それならコレ……(ダミ声)」

 

タリララッタラ〜

 

「生コンクリートォ(ダミ声)」

 

「何をしようとしてんだァァァ‼︎」

 

神楽が持ってきたポリバケツには、生コンクリートがたっぷり入っていた。

 

「うるさいジャイ安之助とスネ大蛇丸をこれに入れ海に沈めれば、半永久的に黙らせることが可能なんだ。これでしずか御前は君のものさ(ダミ声)」

 

「んなワケねーだろしずか御前もドン引きだわ‼︎」

 

「流石ドラいモン。できればでき杉蔵も入れたいからもう一つ用意してよ」

 

「オイぃぃぃぃ何マジで入れてんだァ‼︎ちょっとォォォどんどんマズイ事になってるから‼︎本物の極道になってるから‼︎」

 

ダメだ、みんな頭がおかしくなっている。

志乃はこちらに近寄る気配を感知し、サッとビルの影に一人身を隠す。気配の主は、犬を散歩させていた。

 

「オヤジ〜〜いつものドッグフード頼むわ…………ん?なんやごっつい事になっとるやんけ。何かあっ……」

 

現れたのは、黒駒勝男。彼がちらりと見た先には、生コンクリートに気絶した舎弟を埋めている光景。誰がどう見ても、この世の終わりと思える光景だった。

志乃は他人のフリをして、その場から逃げ去った。

 

********

 

かぶき町町内会会議場は、古い寺で行われている。そこには四大勢力の中の三つ、お登勢、西郷、華陀が向かい合って座っていた。

 

「……なんだってんだい、こんな所呼び出して。ゴミの分別なら破った覚えはないよ」

 

「破ってるじゃないの、なんで私達美女二人に腐臭漂うゴミババアが混ざってるワケ。空気読みなさいよ、アンタが呼び出されたのは焼却炉よ」

 

「お前に言われたくないんだよ、分別不可能な工場廃棄物が」

 

開口一番、憎まれ口を叩き合うお登勢と西郷。華陀もその様子を見て、口を開く。

 

「フッ……相変わらずそうで何よりじゃ。忙しい所呼び出してすまんのう。だがちと待て。役者が一人足らぬ」

 

そう。寺には、四つの座布団が敷かれている。その内一つだけ、空席なのだ。お登勢もそれを一瞥する。

 

「……次郎長かい。ムダだよ、ここ二、三年公の場に姿見せたことないんだから」

 

「……そうか。どうせなら四天王全員で話がしたかったんじゃが。まァ事が事じゃ。奴がおらぬ方が話がしやすいかもしれぬ。そち達に集まってもらったのは他でもない。かぶき町の現状を話し合うためじゃ」

 

そう切り出して、華陀は話し始めた。

 

「今この街が例年にないほど緊張状態であることはそち達も存じていよう。いつの間にやらできた我等四勢力。くだらぬ争いを続け、今やその溝はかぶき町を瓦解せんまでに大きくなってしまった。このまま捨て置けば間違いなく戦争が起こる。そのようなくだらん事態はここにいる誰もが望んでいないであろう」

 

「よく言うわね。一番派手にやってたのは華陀、アンタと次郎長のトコじゃないのよ」

 

西郷の言う通り、華陀がカジノを建てる以前、かぶき町の賭場の一切は次郎長一家が取り仕切っていた。しかし華陀が現れ、カジノを建て大儲けしだし、次郎長一家とは随分モメていたという。

 

「それはそちも同じじゃろう、西郷。噂に聞いておるぞ。そちが攘夷浪士、落ち武者共を囲い、次郎長一家に拮抗しうる勢力を築きつつあると」

 

「はぁ⁉︎」

 

「妙な格好をしているとはいえ、いずれも屈強な力を持った兵隊。次郎長一家の支配をはねのけ、今や独立した自治権を持った、オカマ帝国を築きつつあると」

 

「何勝手なこと言ってんのよ‼︎私は行き場を失った連中に居場所を提供してやっただけで……」

 

「だが次郎長一家の再三にわたるみかじめ要求をはねのけ、何度も連中とモメているのは事実であろう」

 

華陀の詮索に西郷は反論するが、次郎長一家とモメていたという話を持ち出され、何も言えなくなってしまう。華陀は、今度はお登勢に矛先を向けた。

 

「そしてお登勢」

 

「あたしゃそんなくだらない争いに興味はないし、参加した覚えもないよ」

 

「興味はなくても、そちは昔からのこの街の顔役。住民達と密接に繋がり、色々と相談に乗り、世話を焼いていると聞く。そのための駒が、万事屋なる怪しげな者達。相手が次郎長一家であろうとそこが誰のシマであろうとお構いなし。好き放題暴れ回っているらしいではないか」

 

「知らなかったよ、あたしにそんな便利な手駒がいたなんて。ついでにこの街が誰それのシマだなんだと勝手に区分けされてることもね。この街は誰のもんでもありゃしない、何しようと勝手だろ。あたしもアイツもこの街で筋通して勝手に生きてる。ただそれだけさね」

 

「……そちは相変わらずシンプルでわかりやすいのう。だが、それでは気に食わぬ者もおる。そもそも我等はいつぞやから四天王などと呼ばれ、互いに牽制し合う仲になっておったか。始まりは一体何であったか」

 

かつて、ならず者の街を牛耳る一人の王がいた。

しかし、時が移る中で街には新しき三つの勢力が台頭し始め、さらに今"もう一つの無視できない勢力"が現れた。

王はこれが気に食わず、街を我が物にせんと争いが起こる。やがて争いの中で三つの勢力も疑心暗鬼となり、互いを敵と認識し、争いは街全てを包む。

その隙に、新たに現れた"あの勢力"が、街を乗っ取らんとその牙を向けたらーー街は、"その勢力"に奪われる。

 

「…………要はそういうことではないか?我等は敵対する必要などない……我等の敵は……次郎長と『獣衆』……そしてその棟梁、"銀狼"ではないか」

 

華陀がそう言い切ると、お登勢と西郷の表情が固まった。

『獣衆』とその棟梁、銀狼。つまり華陀は、志乃達を敵とみなしているのだ。

西郷はすぐに声を上げた。

 

「な……何言ってんの⁉︎次郎長はともかく、どうして志乃ちゃん達まで!」

 

「そち達は奴等がどれだけ恐ろしい者共か知らぬのか?『獣衆』といえば、そちや次郎長も参加した攘夷戦争でその名を馳せた最恐の戦闘集団。特にその棟梁……銀狼は、トップクラスの実力を誇るという。確かに一見無害そうに見えるが、混乱に乗じていつ我等にその牙を向けるか知れたことではない」

 

「あの娘達はそんなことしないわよ!大体、アンタが恐れてる"銀狼"だって、まだ12歳の子供なのよ⁉︎」

 

「だが調べたところ、あの娘、どうやら一族の中で最も厄介な女の娘らしいではないか」

 

厄介な女。華陀がその名を告げようとしたその時、別の気配が現れる。

寺の障子にいつの間にか一人の男が寄りかかっていた。

 

「……なるほど。三人仲良く手を組んで、邪魔者共を消そうってかい」

 

三人が、声の方に振り向く。男は彼らの元へと足を向けた。

 

「待たせてすまねェな。邪魔者の登場だ」

 

「じ……次郎長」

 

男ーー次郎長は、残っていた空席の座布団に胡座をかいて座り込む。

 

「構わねーよ。気にしねーで話を続けな。三人組んでオイラと『獣衆』の小娘を消すってところまでだったか」

 

「……そのような事は一言も申しておらん。これ以上のくだらぬ争いは御免じゃが、止めようにも止まらぬ暴れん坊が一人おると申したのじゃ」

 

華陀がそう言うと、次郎長はニヤリと笑って顎に手をやる。

 

「オイラなら迷わず()るね。世の中には死ななきゃ治らねェバカってモンがいるのさ。間違っても話し合いの場なんて設けちゃいけねェ。見な、てめーらの雁首、揃ってオイラの得物の射程範囲に入ってるぜ」

 

次の瞬間、背後から次郎長の首に短刀があてがわれる。短刀の持ち主は、華陀の率いる兵隊の一人だった。

 

「孔雀姫のペットか」

 

「退け、ただの戯言じゃ」

 

華陀が孔雀の羽の扇子で指示を出すと、兵は大人しく退いた。

 

「いやいや、お前さんの判断は正しい。オイラの殺気に反応するたァなかなか躾が行き届いてるじゃねーか。だが悪いがオイラァ年くってからこっち、小便も殺気もキレが悪くなっちまってな。もうとっくに得物は納めたのにボタボタ後から零れ落っちまって、今じゃ四六時中ダダ漏れよう。年はとりたくねーもんだ。たとえば今……」

 

ボトッ、と。次郎長の背後に立っていた兵の手が、剣と共に床に落ちた。

 

「本気でお前さんを殺りにいったのも、気づかなかっただろ?」

 

抜き身も見せず、次郎長は一瞬で兵の手を斬り落としたのだ。それを皮切りに、華陀の軍勢が障子を壊して現れる。

 

「やめろと言っているのが聞こえぬかァァ‼︎」

 

刹那、左右から次郎長一家とオカマ軍団が現れ、それぞれの主を護らんとぶつかり合う。

しかし、本格的に戦争が始まろうとした瞬間、御堂に鎮座していた仏像が飛んできた。仏像を投げたのは西郷だった。

仏像は次郎長の座っていた場所に落ちる。仏像の落下地点にいた次郎長はのしかかってきたそれを、あっさりと斬ってしまう。

一方、手勢を一人も持たないお登勢は、一人争いの中から逃げ出していた。溜息と共に、煙を吐く。

 

「……やれやれ。こんな化け物達を一体どうやって止めるっていうんだい。いい策があるなら、ぜひお聞かせ願いたいもんだよ」

 

この騒動を前に、華陀が提案する。

 

「見た通りじゃ。力はより大きな力を以って封ずるしかあるまい。我が案はこうじゃ。これより四天王配下四つの勢力に属する者は、かぶき町での一切の私闘を禁ずる。これに反した勢力は、残る三つの勢力の力を以ってして、一兵卒に至るまで叩き潰す」

 

つまり、互いが互いを抑え合い、これ以上争いが起こるのを止めるという法案だ。

 

「……ククク。そいつは結局、てめーら三人が組むことと変わりねーじゃねえか。徒党を組めば、この次郎長の(タマ)がとれるとでも思っているのか」

 

「勘違いをするな。これは争いを産むための法ではない。争いを産まぬための法」

 

「全ての勢力の抑止力となる法ってかい。喧嘩一つできないなんてつまらん街になっちまうね」

 

「戦争を回避するにはそれしかないというのなら、仕方ないわね」

 

「クク、正気かてめーら。上等じゃねーか。我慢比べってワケかい……」

 

腰を上げた次郎長は、御堂を出て縁側を降りる。

 

「せいぜいオイラより先にボロが出ねェように気をつけるこったな」



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黒幕は動き出す

かぶき町町内会会場所から、次郎長を筆頭に一家がぞろぞろと出てくる。先を歩く次郎長に、ヤクザ達は次々と言った。

 

「オジキ、ホントにあんな話に乗るつもりで?」

 

「四天王勢力のうち、騒ぎを起こした勢力は残る三勢力が手を組んで潰すなんざ」

 

「奴等手ェ組んで邪魔なわしら潰す気なのは明白です。戦争止めるためなんざただの口実でっせ」

 

不安を募らせる舎弟達。次郎長は振り返らずに口を開く。

 

「手間が省けてよかったじゃねーか。ここいらでかぶき町の王は誰かハッキリさせんのも悪かねェ」

 

「ほでも、そないな事になったらお登勢と事を構えることになっ」

 

突如、次郎長が喋っていた舎弟の両頬を片手で掴み、黙らせる。

 

「……近頃物忘れがヒドくてな。お登勢って……誰だっけ」

 

乱暴に舎弟を突き飛ばし、再び歩き出す。背後での注意やら何やらを、聞く気にもならない。

 

「今は女狐よりよっぽど面倒な子狸がいるだろう。勝男まるめて何やら勝手やってるらしいじゃねーか。余計なマネしねーようにそっちの方に気を配っとけ」

 

背後の舎弟達にそう告げて、次郎長は溜息を洩らすように呟いた。

 

「……ったく、何しに来やがったんだあのガキゃ」

 

「へぇ。やっぱあのお姉さん、アンタらと関係があったんだ」

 

街灯はない。ビルの電気と星が夜空に光る中、確かにいた何者かが呟いた。

次郎長が、歩を止める。その時ちょうど雲に隠れた月が現れ、一人の少女を照らし出した。

桜柄の着流しを片側だけ羽織り、その下はジャージにブーツという一風変わった出で立ち。銀髪を夜風に靡かせ、赤い目は次郎長を見つめていた。

 

「こんばんは、次郎長の旦那」

 

次郎長の口元が、弧を描く。ヤクザ達も彼女の姿を見て、狼狽え出した。

 

「なっ……ぎ、銀狼⁉︎」

 

「バカなっ何故こんな所に……‼︎」

 

「あれ?私ってそんなに知られてるんだ?」

 

キョトンとした表情で、少女ーー霧島志乃は、首を傾げる。次郎長は数歩彼女に歩み寄り、その前に立った。

 

「こんな時間に何してやがる。ついに溝鼠組(ウチ)の傘下に入る気になったか?」

 

「まさか。今日は違う。次郎長の旦那、アンタと二人きりで話がしたくて来たのさ」

 

ハハ、と笑う志乃は、感情の込もってない冷たい視線を、次郎長の背後にいるヤクザ達に向ける。

 

「だから、てめーらは邪魔だ。とっとと消えろ」

 

「なっ……このガキ、オジキに何さらすつもりじゃ‼︎」

 

ヤクザの一人が、短刀を抜いて構える。そのまま彼女に向かって走ろうとしたその時。

 

「退け」

 

次郎長の鶴の一声で、ヤクザは足を止めた。

 

「しっ、しかし、オジキ!」

 

「退けっつってんのが聞こえねーのか。死ぬぞ」

 

ワントーン下がった声。ヤクザは渋々短刀を仕舞い、次郎長は舎弟達を全員先に帰らせた。

ビルの谷の抜けた風が、二人の着物や髪をそよがせる。次郎長は真っ直ぐ見つめてくる少女に、ある面影を重ねていた。

 

かつて、攘夷戦争に参加していた頃。次郎長は、一人の美しい女と出会った。

女はその身に鎧も何も着けず、ただ一振りの刀だけを手に戦場を渡り歩いていた。

そこには敵も味方もいない。ただ眼前のモノを斬り伏せ、その血を浴びていく。

まるで戦いというエサを求めて旅をする渡り鳥のように。だがその目は、誰よりも深い哀しみの色を帯びていた。

 

目の前にいる少女は、その女とよく似ていた。

美しい銀髪に鋭い赤い目、整った顔立ち。どこか別の面影を残してはいるが、次郎長は一つの推測を立て、思わず含み笑いをした。

 

「お前さん……霧島天乃(・・・・)の娘か」

 

「…………?」

 

次郎長の言葉に、眉を寄せる。しかしそれは長続きしなかった。

 

「……悪いけど、私は親の顔をこれっぽっちも覚えちゃいねーんだ」

 

「…………そうか」

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいだろう。私は、アンタに頼みがあって来たのさ」

 

話題を変えた志乃は、腰に挿した短刀をコンクリートの地面に落とす。カラン、と乾いた音が響いた。

 

「この刀……見覚えないか」

 

次郎長は、刀を見下ろす。

柄の先に、紐の飾りがついている。これは、華陀の連れていた部下が持っていた刀と同型だった。

 

「…………」

 

「知っているなら、教えてほしい。最近、その刀を持った連中にうろちょろされて迷惑してんだ。とっ捕まえて拷問しても何も口を割らねえもんだから、アンタなら何か知ってるかとふんで来た次第さ」

 

「……………………」

 

「……黙ってても無駄だぜ。知ってんだろ」

 

まるで、心の奥底まで全て見透かされているようだ。その赤い目は、まさに千里眼か何か。

 

「……ああ。知ってるぜ。そいつァ華陀んとこの部下(ペット)のもんだ」

 

「…………やっぱり、か」

 

どうやら彼女はそれすらも勘付いていたらしい。末恐ろしい娘だ。

 

「何手先まで見ている」

 

チェスを話題にしているように、次郎長は尋ねた。志乃は一度目を見開いてから、長い睫毛を伏せた。

 

「さぁな。だが私は、目の前の自分のなすべきことしか見えてねーよ」

 

「なすべきこと?」

 

「依頼さ」

 

フッと笑みを浮かべる。次郎長は今度こそ彼女の腹の内が読めなくなった。

 

「私はかぶき町(このまち)の支配権どうこうに一切興味はない。ついでに言うと戦争が起きようがアンタの娘が何しでかそうが、私はどうだっていいんだ。所詮私は流れ者だからね。……でも今回は、今回だけは、あんたの企みに協力してやっていいんだぜ。次郎長の旦那」

 

「企み?んなもん考えたことは一度もねェよ。…………と言いてえところだが、どうせ全部わかってんだろ」

 

「察しがいいね。流石は旦那」

 

「茶化したって何も出ねーぞ。……さっさと言いやがれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー女狐の首が欲しいってよ」

 

ようやくわかった。彼女の狙いは、最初から華陀であると。

志乃の言った「依頼」の意味は図りかねたが、彼女の欲するものだけでもわかり、次郎長はニヤリと笑った。

 

銀狼は、そもそも多くを語らない。先見の明がある上に謀略、策略に関してあまりにも聡明ゆえ、何かいちいち言わなくても、仲間同士ならば会話が成立してしまうのだ。

これも戦場で敵に隙を見せないための銀狼の進化とも言える面だが、この通り接してみるととても面倒なのである。

 

しかし、志乃は首を横に振った。

 

「いや、何も首とかそんなおっかないものいらないから。身柄だけでいいから。それだけでいいから。だからそんな早まらなくていいから」

 

余裕そうな表情から一転、青ざめて両手を前に出して拒否する彼女に、笑いが込み上げてくる。

 

「いいからいいからうるせーな。とにかく、俺と組むんだ。それ相応の対価は払ってくれるんだろーな?」

 

「そーだな……ま、アンタの傘下に入る以外なら何でも」

 

「いいだろう。契約成立だ、嬢ちゃん」

 

待ってました、とばかりに志乃の口角が上がる。

夜の街、星空の下でしたたかな笑みを浮かべていたのは、少女と老人だけだった。

 

********

 

翌日。深い眠りから、朝日と共に志乃は目覚めた。

少しゴロゴロしてから上体を起こし、くあっと大きく口を開けてあくびを一つ。のそのそと布団から抜け出し、目を擦った。

 

昨日と同じジャージに着流しを纏い、懐やポケットにあらゆる暗器を仕込む。腰に金属バットを挿して、階段を降りて一階のリビングに向かった。

 

「おはよ〜」

 

「「おはよー、お姉ちゃん‼︎」」

 

「ぬぐぁうっ⁉︎」

 

突然二つの可愛い返事と同時に、鈍い痛みが襲ってきた。

弾丸のように飛び込んできた彼らを受け止めきれず、志乃は尻もちをついて倒れる。

 

「イタタ……」

 

「時雪くーん、お姉ちゃん起きたー!」

 

「起きたー!」

 

志乃に飛び込んだ二人の少年少女は、瓜二つの容姿をしていた。

それは二卵性の双子ではまず珍しい。そんな彼らはニコニコしながら志乃の両腕を引っ張って、彼女をリビングへ案内する。

 

「ちょっと時貞、小雪」

 

「「なぁに?お姉ちゃん」」

 

呼びかけると、息ぴったりな動きで振り返る。彼らは名前で察せる通り、時雪の弟妹である。ちなみに時貞は四男、小雪は次女。

いつも元気で活発な彼ら双子は、常に同じ遊びをしている。剣の実力も拮抗していて、兄妹であると同時にライバルでもあるのだ。

 

その時、奥から眼鏡をかけた少年が現れる。

決して新八ではない。彼はどちらかといえばボケ属性だ。

 

「こら、時貞!小雪!お姉ちゃんが困ってるだろ。すいません志乃さん。久々に志乃さんに会えて嬉しかったみたいで……」

 

「いや、別にいいよ。私も会えて嬉しいし。久しぶりだね、時継さん」

 

ぺこり、と私を下げたのは、これまた時雪の弟である三男・時継。

温和な性格の彼はこの双子とは正反対で、茂野家きっての秀才。知識欲が強く勉強はとても得意だが、剣の腕はそこそこなのだ。ちなみに時継は志乃よりも年上である。

 

時継について、小さな女の子が志乃の太ももに抱きつく。

 

「お姉ちゃんっ」

 

「よっ。久しぶりだな紗雪」

 

大きな目を志乃に向ける彼女は、三女の紗雪。

可愛いものが大好きととても女の子らしい女の子。ちょっぴり泣き虫なところもあるが、剣の腕は確かな娘だ。

 

ここまで時雪の兄弟が揃っていると、大方予想もできる。志乃は四人に連れられてリビングに入る。

 

「あっ、おはよう志乃」

 

「おはようございます志乃ちゃん」

 

「チーッス姐御。お久しぶりッス」

 

「……………………」

 

「トッキー……深雪さん、時政、時晴……」

 

上から順番に、志乃は名前を呼んだ。

 

最初はお馴染み、トッキーこと時雪。

志乃の営む万事屋と家庭の一切の家事をこなす、茂野家長男。志乃の彼氏で茂野一刀流皆伝の師範代である。

 

次に、長女で時雪の妹・深雪。

兄である時雪のいない間、実家を切り盛りする姉。普段は優しい笑顔をたたえているものの、一度スイッチが入るとなかなか手のつけられない暴れん坊に豹変する。

 

続いて次男・時政。

彼を一言で表すと、チャラ男。整った顔立ちを武器にナンパを繰り返す生粋のチャラ男だが、剣に関しては兄に勝るとも劣らない実力者。

 

最後は五男・時晴。

常に無口でボーッとしており、何を考えているかよくわからない子供。その目は半開きで無気力感が漂っている。

 

想像通りの茂野一家勢揃いに、志乃は乾いた笑い声しか上げられない。

 

「どーしたのみんな揃って……いきなりウチに遊びに来て」

 

「あはは、実は実家でちょっと大事件が起こって。危ないからこっちに逃げてきたんだ」

 

「大事件って何よ」

 

「ゴキブリが出たんだ」

 

「よし、帰れ」

 

「「「「「「「「ええええええええ⁉︎」」」」」」」」

 

スパッと茂野家の大事件を斬った志乃は、時雪諸共外へ追い出そうとした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ志乃‼︎頼むよ、うちの妹達が夜も眠れなくて困ってるんだ‼︎」

 

「うるせえ、そんなに嫌なら今すぐゴキブリホイホイ買ってこい‼︎」

 

「志乃さんご存じないのですか、ゴキブリは人が寝ている間に口の中に入り、体の中で卵を産むことだってあるんですよ‼︎」

 

「知るかっつってんの‼︎つーかやめてよここでそんなこと言うの‼︎」

 

「別にいいじゃねぇッスか、姐御!他の人達しばらく帰らねえって言ってたし!お瀧さんも帰ってねーし!」

 

「あいつらァァァァ‼︎面倒だからって私に全部託して逃げやがったな‼︎」

 

時政の言う通り、橘はしばらく鈴の家に泊まることになっており、八雲は結野衆に遊びに行っている。お瀧は昨晩から帰ってきてないという。

 

昨晩、と聞いたところで、ふと思い出す。そういえば、銀時はどうなったのだろう。

志乃は一度溜息を吐いてから、さっさと椅子に座って朝食を掻き込んだ。

 

「志乃?」

 

「トッキー、銀がどうなったか何か聞いてない?」

 

「……………………」

 

「?」

 

銀時の話題を上げると、時雪は押し黙った。

一体どうしたのだろうか。少なくとも兄に嫉妬するような男ではないと思っていたのだが。

 

「……何かあったの?」

 

「…………今朝、近所の人から聞いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時さんが……溝鼠組の若頭を殺したって」

 

「……⁉︎」

 

思わず、言葉を失う。衝撃で、志乃は固まってしまった。

しかし、すぐに冷静な思考を取り戻す。

 

ーー……ピラ姉ェの仕業か。

 

あの時、銀時は平子の策略に巻き込まれていた。だから彼女の仕業だとわかるのは案外早くて、衝撃も炭酸の泡のように抜けていく。

 

昨晩話した次郎長の口ぶりでは、彼自身が戦争を起こそうなんて思っているようには見えなかった。

おそらく町内会会議所でのことも、あの女狐を躍らせるための演技。

戦争を起こしたがっている人物は本当は別にいて、おそらく平子はその人物に利用されているーー。

 

「…………」

 

「お姉ちゃん……大丈夫?」

 

今にも零れそうな涙を溜めて、紗雪が見上げてくる。彼女の小さな頭に手を乗せて、優しく往復させた。

 

「大丈夫だよ」

 

心配してくれてありがとう、と付け加えると、紗雪はぎゅっと抱きついてくる。

 

ーー何も起こらなければいいんだけど。

 

そう願った時に限って、何かが起こるものなのだ。




茂野一家 超簡易プロフィール

長男:時雪 18歳
長女:深雪 16歳
次男:時政 15歳
三男:時継 13歳
四男:時貞 10歳
次女:小雪 10歳
三女:紗雪 7歳
五男:時晴 5歳


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老人と若者は持ちつ持たれつ

四天王の一人・お登勢が、次郎長にやられた。

その噂を聞きつけた志乃は、すぐにスクーターに飛び乗って、かぶき町にある病院に向かった。

 

あの時、何も起こらなければいいなんて思ってしまったから。そんな考えがグルグル頭の中でループして、まともな思考が維持できない。

それでも、志乃はフルスロットルでスクーターを飛ばした。

 

********

 

病院に到着するなり、受付を済ませずに集中治療室へ足を速める。廊下にあるベンチに座る新八と神楽の姿が見えてきた。

 

「師匠、神楽!」

 

「!志乃ちゃん‼︎」

 

志乃を見るなり、新八が立ち上がる。荒い呼吸を整えつつ、汗を拭った。

 

「バ……バーさんは……大丈夫、なの……⁉︎」

 

新八は黙って、チラリと視線を投げる。集中治療室の前の窓に、キャサリンとたま、お瀧の背中が見えた。

ゆっくりと、彼女らの元歩み寄る。集中治療室の中では、慌ただしく医師達が動き回っていて、その真ん中のベッドにはお登勢が横たわっていた。

 

「…………‼︎」

 

息が止まったかのような感覚に襲われた。いつも笑っていた彼女のこんな姿を見るのは初めてで、一気に怖くなった。

隣に立っていたお瀧が、膝から崩れ落ちる。ぎゅっと強く拳を握りしめ、啜り泣く声が静かな病院に響いた。

 

死んだように眠るお登勢から、目が離せない。

いつかこんな日が来るとは思っていた。でも、それはあまりにも唐突すぎて、言葉も出ない。志乃は愕然として、お登勢を見つめていた。

 

********

 

ーー自然と思い出されるのは、お登勢に初めて出会った時のこと。

 

「この度、かぶき町にやってまいりました。霧島志乃といいます」

 

開店前のスナックで、志乃はこうべを垂れる。目の前に座るババアはジッとこちらを見つめて返した。

 

「そうかい。……こんな歳でかぶき町(ここ)にやってくるなんて、相当苦労してきたんだね」

 

「え……」

 

「何でわかるのかって?わかるさ。アンタのその渇き切った目ェ見てたら、なんだかそう思えてきてねェ」

 

「…………」

 

志乃はかぶき町に来る前、今まで自分の保護者であり庇護者でもあった銀時と別れた。それから一度役人に捕まったものの、何とか逃げ出して「獣衆」と共にかぶき町に根を下ろしたのである。

 

渇いた目。そんなに乾燥していたか、と見当違いに受け取り、志乃はゴシゴシと目を擦る。

お登勢は紫煙を燻らせて志乃の頭を撫でた。

 

「ここに住んでるガキなんて、どいつもこいつもすれてやがるからね。アンタはどうだか知らないが……まァ、困ったことがあればあたしに相談しな」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「そんな畏まらなくてもいいんだよ。アンタはまだ子供なんだから。背伸びなんて必要ないよ」

 

「…………?はい……あ、じゃなくて……うん」

 

コクリと頷くと、お登勢も満足そうに微笑む。

思えば、お登勢はこの時から彼女の心を理解していたのかもしれない。兄と別れ、捕まり、誰も信じられなくなった悲しみと苦しみを。

だがこの時の彼女は、自分を偽り続けたせいで自分の心にさえ気づかず、ただ流されて頷いていた。

 

********

 

それから二日後。

お登勢の意識はこの間、ずっと眠り続けていた。その間も志乃は張り付くように病院に居座り続け、お登勢の回復を待ち望んでいた。

隣には新八と神楽が座り、それぞれぼんやり宙を見つめている。たまはからくりであるため休息は必要ないが、お瀧とキャサリンのやつれようは見ていられなかった。

 

皆、お登勢が心配で眠れないのだ。寝て起きた時、既にお登勢が息を引き取ってしまっていたら。そんな最悪の状況ばかり考えてしまって、体は疲れているのに休む間もない。

志乃は一度立ち上がって、ベンチに腰掛ける新八と神楽を見下ろした。

 

「……一旦帰ろう、二人共。……バーさんならきっと大丈夫だよ。それに……みんなまで倒れたら……バーさんきっと悲しむよ」

 

「帰る家なんてもうありゃしないよ」

 

「!」

 

「アンタ達の居場所はもう、かぶき町(ここ)にはない」

 

花束を手にした西郷が、見舞いに来ていた。西郷は志乃に花束を投げ渡し、お登勢を見やる。

 

「バカな奴だよ。あれほど逃げろって言ったのに……」

 

「……⁉︎」

 

「あの時の電話……もしかして……」

 

新八も立ち上がり、西郷を見上げる。

志乃には当時の彼らの状況は何一つ知らないが、西郷がお登勢を護ろうとしたことは察した。

 

「すまなかったなんて言うつもりはないよ。私ゃ……何もできなかった。それにこれからも……何もするつもりはない。アンタらに言わなきゃいけない事がある。明後日、アンタらの店は私達四天王勢力によって打ち壊される。明後日だ。それまでに荷物まとめてこの街から出ていきな」

 

突如言い渡された通告に、その場にいる誰もが驚愕した。

 

「な……なんでそんな事っ……‼︎」

 

「聞こえなかったかい。もうこの街にアンタらの居場所はないって。街中がアンタ達の敵なんだよ。かぶき町(まち)そのものがアンタ達の敵なんだ」

 

「ガキでも人質にとられたか」

 

西郷は手当てが終わった銀時の方に向き直った。

 

「お登勢一人で済む話だったんだが。連中、どうやら私を試すつもりらしい……それともボロが出るのを待っているのか。…………断るつもりはないよ。私にも……私の護らなきゃいけないモンがあるんでね」

 

「西郷さん……」

 

「パー子。コイツらの事、頼めるかい」

 

「…………心配いらねェ。もう店はたたむつもりだ。あとは、好きにやってくれ」

 

「ぎっ……⁉︎」

 

志乃は思わず、言葉を失った。

視界が真っ白になりかける。彼女の意識を覚まさせたのは、銀時の襟を掴んだキャサリンだった。

 

「テンメェェェ‼︎」

 

「キャサリンさん!」

 

「オ登勢サンニコンナマネサレテソノ上店マデ潰サレテ尻尾マイテ逃ゲルツモリカァァ‼︎」

 

キャサリンは銀時を廊下の壁に強く押し付ける。志乃はキャサリンを止めようとしたが、その剣幕に何も言えず立ち尽くす。

 

「………………戦えってのか。冗談よせよ、次郎長一人でもこのザマだってのに。その上もう一人化物相手どって何ができるってんだ」

 

「オ……オ前ガソンナタマカヨォォ!見損ナッタヨ‼︎コンナフニャチン野郎トハ思ワナカッタ、アホノ坂田‼︎出テクナラテメーダケ出テイキナ‼︎私ハ……私ハァァァ‼︎」

 

「やめえ、キャサリン‼︎」

 

志乃の代わりに、キャサリンの絶叫に負けないくらいの大声で彼女の言葉を遮ったお瀧。お瀧も強く拳を握りしめて、肩を震わせて悔しさを滲ませていた。

 

わかっていた。何故お登勢が、たった一人で次郎長の元へ行ったか。銀時やキャサリン、ここにいる全員を護るためだ。

そんなこと、みんなわかっていた。でも、その結果はここにいる全員を苦しめるだけだった。

 

銀時もそれを知っていて、突き放すように言う。

それでも死にたいなら、勝手に残って死ねと。どうせ万事屋もお登勢のスナックもたたむのだから、自分達は赤の他人だと。

 

項垂れるキャサリンの手をほどき、銀時は背を向けて歩き出す。

 

「待ってヨ銀ちゃん‼︎」

 

「銀さん‼︎」

 

「…………すまねーな」

 

一言詫びて、

 

「……俺ァもう、何も……護れる気が…………しねェ」

 

ポツリと呟いて、銀時は歩き去った。

銀時は、お登勢が次郎長に斬られた後、怒りのままに彼と一戦したという。しかし結局敗北し、「お登勢を護る」という彼女の死んだ夫との約束は果たせなかった。

誰もが彼を案じてその背中を見送る中、たった一人、志乃だけは違った。

 

「……………………」

 

銀時は何か、隠していると。そう思えてならなかった。

 

********

 

新八、神楽、キャサリン、たま、お瀧が一旦帰った病院。お登勢は何とか命の危機を脱したものの、現在も眠り続けている。彼女の横たわるベッドの隣では、銀時が椅子に座っていた。

志乃はずっと、病室の外の壁に寄りかかっている。部屋の中に入らなくても、気配だけで全てわかってしまった。

時間の経過と共に、溜息の数だけが増えていく。幾度嘆息したかなど忘れた頃、こちらに歩み寄ってくる気配を感じた。

 

「流石のお前さんも、四天王には敵わんか」

 

「…………てめェは」

 

その気配の正体は、勝男。勝男は病室の入り口の縁に背中を預け、銀時を見下ろしていた。

 

「ごっついやろ、ウチのオジキ。まさかホンマにお登勢手にかけるとはのう。ワシの命を助けりゃ事態を沈静化できる思うたか知らんが、残念じゃったのう。もう何もかも遅い。戦争はもう止まらへんで」

 

「え?銀こんな奴助けたの?」

 

「別に助けたわけじゃねーよ」

 

大笑いする勝男を見向きもせず、志乃と銀時は言葉を交わす。一方的に切り捨てた銀時は、勝男の腹の傷を指で掴み、抉った。

 

「ぬごォォォォォ!」

 

「うわ、痛そ」

 

血を流して悶絶する勝男に、志乃は他人事のように呟いた。いや、他人事なのだが。

 

「勘違いすんなよオイ。俺ァてめーを助けたワケじゃねェぞ。腹割って話がしたくてな、色々と。もう少し割るか」

 

「銀、そのまんまそいつの腹真っ二つに裂いちゃえ」

 

「だったらてめーでやれクソガキ」

 

「いだだだだなんじゃァァァ‼︎何が聞きたいんじゃ‼︎」

 

「次郎長がババア殺るとは思わなかったってどーいう事だ。一体ババアと次郎長の間に何があった」

 

「話さなかったら全身の穴に団子詰めるよ」

 

痛みで脅す銀時(あに)と、言葉で脅す志乃(いもうと)。何この兄妹怖い。勝男は青ざめながらそう思った。しかしこのままでは自分の体が危ない。

 

「お前ら知らんのか。お登勢とオジキはガキん頃からの馴染み、幼馴染いうやっちゃ。昔、酔っ払った勢いで一度だけ、オジキが昔話してくれた事があっての」

 

子供の頃からヤンチャばかりしていた次郎長を、悪さする度に怒鳴り散らしていたのがお登勢だったらしい。

極道の世界に足を入れた暴れん坊の彼を周りは見放していく中、お登勢だけは次郎長が曲がらないように、隣で彼を叱咤し続けたという。

 

その甲斐あってか、次郎長は侠客でありながら街の顔役になるほどの人気者になった。(おとこ)の中の侠・次郎長はお登勢の助けにより生まれたと言っても過言ではない。

当時の次郎長は喧嘩をすれば敵無し。しかし、そんな無敵の次郎長が、人生でたった一度だけ敗北をきっした男がいた。

 

彼の名は寺田辰五郎。かぶき町のもう一人の顔役で岡っ引。そして、お登勢の旦那である。

 

彼は喧嘩が強く一本筋の通った男で、大層な人気者だったそうだ。

岡っ引と侠客、立場の違いから一度は大喧嘩したが、街を護らんとする志は同じ。二人が親友になるのは、そう時間はかからなかった。

 

ただ一つ不幸だったのが、二人の惚れたお登勢(おんな)が、同じだったということ。

 

次郎長は、彼女の幸せを願って手を引いた。侠客をやっている自分では、お登勢を幸せにできないと。大切な幼馴染を、親友に託した。

 

だが、辰五郎はお登勢を幸せにすることができず、彼女を一人残して死んでしまった。

それも攘夷戦争の最中、次郎長を弾丸から庇って。

 

戦争から帰還した次郎長の元には、残していった女と女の産んだ娘が待っていた。

しかし、その頃から次郎長は新規事業に躍起になり出し、娘など目もくれず、商売のためなら手段も選ばず汚いマネも平気でするようになった。

 

「言っとった…………。『俺にはもう、父親にも侠にもなる資格はねぇ』ってな。誰のために何のために修羅となり果ててまでこの街に立つんか。全部捨ててまでオジキをこの街に縛るんは何か。ババアまでやってもうた今、わしもようわからんようなってもうた」

 

平子は、この街から次郎長を解放しようとしている。父親を自分の元へ取り戻そうとしている。

勝男も、それに乗った。もう一度、侠の中の侠・次郎長に会うために。

 

「わしゃ極道じゃ。わし拾ってくれたオジキのためなら、その娘んためなら、喜んで腹に穴でも何でも開けたる。それが仁義ゆうもん思うとる。…………だが……ホンマにこれで、合っていたんかのう……。わしゃこれでホンマにあの親子に仁義通した胸張って言えるんかのう。あの親子……これで、ホンマに幸せになれるんか」

 

「どうやってもなれないよ」

 

着流しの中に腕を入れ、勝男に背を向けて病室から出る。

 

「「俺/私達が潰すからな」」

 

勝男は二人の行動を見透かして、ニヤリと笑う。

 

「…………やっぱりガキ共に芝居うっとったな。無茶やで。たった二人で四天王相手取るつもりか」

 

「もう約束破るワケにはいかねーんだよ。アイツらまで死なせたら俺ァ、バーさんにも旦那にも顔向けできねェ」

 

「ってことだからダサがりジョー、バーさんのことは頼んだ」

 

「なんでお前がそれ知っとんのじゃァァ‼︎」

 

「その髪型見たら十中八九ほとんどの人はダサがりジョーって呼ぶよ。私は一般論に従ったまでだ」

 

「それはお前らアホ兄妹だけや!一般常識と一緒にすんな!」

 

銀時だけでなく志乃にまでダサがりジョーと呼ばれ、勝男は怒りに拳を震わせる。その時、掠れた声が病室から聞こえてきた。

 

「ついでにバーさんの死に際を最後まで見届けてやるもんじゃないのかい。銀時、志乃……アンタらの死に際なんて……あたしゃ見たかないよ」

 

ベッドの上から、お登勢が二人の背中を見やる。二人は、病室の外からお登勢を振り返り、小さく笑ってみせた。

 

「バーさん、溜まった家賃は必ず返す」

 

「もし足りなかったらその分は私が出す」

 

「「だから……待ってろ」」



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人は誰しも独りではない

その日の夜。志乃は辰五郎の眠る墓に足を運んでいた。墓の前にはまだお登勢の血痕が付着しており、それを見ないふりして墓を見上げる。

志乃はしゃがんで手にしていた仏花を添えて、手を合わせた。

 

********

 

かぶき町に来てしばらく経った頃。

志乃はお登勢に店に呼ばれ、その道を歩いていた。話によれば、会わせたい奴がいる、とのことだが……名前までは詳しく教えてくれなかった。

ようやく店の前に辿り着き、扉を開ける。

 

「ああ、来たんだね」

 

「こんにちは。あの、何……か……」

 

お登勢の前にあるカウンター席に、一人の男が座っていた。その姿を見た志乃は、息が止まったかのような感覚に襲われる。

男も志乃に気づいてこちらを一瞥すると、その表情を固まらせた。

 

「ぎ…………」

 

男は目を見開いたまま立ち上がり、よろよろと志乃に歩み寄る。

 

「し……志乃……」

 

目の前に、兄がいた。

物心つく前からずっと一緒にいて、いつも護ってくれて、寂しい時には優しく抱きしめてくれた兄が。

 

性格の悪さがそのまま反映されているような捻くれた天然パーマ。そのくせ真っ直ぐ見つめてくる目は、衝撃と動揺のあまり揺れている。

志乃の頬を、一筋の涙が流れた。それがきっかけとなり、堰を切ったようにボロボロ溢れ出てくる。

 

「銀…………ぉにい、ちゃん……。お兄ちゃんっ‼︎」

 

「志乃っ‼︎」

 

どちらからともなく駆け寄り、強く抱き合う。

志乃は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔を、銀時の胸に押し付けた。銀時も泣きじゃくる彼女を抱きしめ、その銀髪を何度もくしゃっと撫ぜる。

 

「よかった……!もう、二度と会えないと思ってた……っ」

 

「……ごめんな、志乃……あの時、お前を置いてって……本当に……」

 

「行かないで……もうどこにも行かないで、お兄ちゃん……」

 

「……ああ、わかってる。もうどこにも行かねェよ。ずっと一緒にいるからな……」

 

再会を喜び合う兄妹を、お登勢はやれやれと言うように肩を竦めて見ていた。

 

彼女は、銀時と志乃が兄妹であることを薄々察していた。容姿の特徴もそうだが、何より彼女が確信を持っていたのは、その性格だ。

 

確かにどちらかといえば、志乃の方が幾分か銀時よりかはしっかりしているかもしれない。

しかし何か大切なものを失い、それでも再び何かを抱えようとのたうちまわっている姿は、とてもよく似ていた。

 

生き別れの兄妹がいると二人からそれぞれ聞いていたお登勢は、その相手をすぐに察し、二人を会わせた。それは銀時のためでもあるし、志乃のためでもある。

妹が見つかれば銀時も少しはまともになるかと、兄が見つかれば志乃も少しは子供らしくなるかとふんだのだ。

 

案の定、志乃は今まで見たことがないくらい顔をぐちゃぐちゃにして、銀時に縋って泣き続けている。普段の志乃ならば、涙を見せまいと自分の心を押し隠し、必死に一人堪えるだろう。

 

我慢をせずに、遠慮なく甘えられる存在。

それが、彼女にとって最も必要なものだった。

 

「ありがとうおばあちゃん……本当に、ありがとうっ……!」

 

ボロボロ大粒の涙を流しながら、志乃は目一杯の笑顔をお登勢に向けた。

 

********

 

翌日。志乃は銀時と共に、お登勢の家で仏壇に手を合わせていた。

仏壇の前にはまんじゅうが供えてあり、その隣には辰五郎の形見である刀と十手が置かれている。

ずっと隣で手を合わせている彼女に、銀時は呟いた。

 

「……何でお前がこんな所にいる」

 

「ダメ?」

 

「ダメだ。……これァ俺の問題だ。関係のないお前を巻き込むわけにはいかねェんだよ」

 

「関係なくなんかないよ。私はアンタの妹だ。アンタの行く道についていく。それに……」

 

手を下ろした志乃は、視線を仏壇から銀時に向ける。

 

「約束したもんね。もう私を置いて行かないって」

 

「……………………」

 

銀時は小さく溜息を吐いて、ボリボリと頭を掻いた。

 

「ったく、妙な妹持っちまったもんだぜ」

 

「心配しないで。私はもう子供じゃないよ。自分(てめー)の身くらい、ちゃんと守れるから」

 

立ち上がった銀時は、辰五郎の形見である十手を手に取る。志乃は仏壇の花を手入れしながら、口を開いた。

 

「……だから、もう一人で抱え込むのはやめて。アンタは独りじゃないんだよ。ね?新八、神楽」

 

銀時がピクリと反応する。彼らの背後には、確かに新八と神楽が立っていた。

二人を振り返って、志乃も腰を上げた。

 

「昔っからそうだよね、銀時(あんた)は。何でもかんでも一人で勝手に背負い込んで、勝手にどこかへ行っちゃって………………でもね、そんなので助けられたって、私は何も嬉しくなかった」

 

彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

戦争が終わり、幕府に追われながらあちこちを放浪する日々。時には何も食べられない日もあったが、志乃は銀時がいるだけでよかった。

 

しかし、それは突如崩れることとなる。

ある日、銀時が幕府に捕まってしまったのだ。銀時は志乃だけでも逃がそうと、彼女を置いてたった一人で行ってしまった。

 

目を覚ました時には、もう銀時はどこにもいなかった。その代わり、やってきたのは役人達。

怖くて怖くて、志乃は自分自身を護るためにその心を閉ざし、彼の帰りを待ち続けた。

 

辛かった。役人達は日々銀時の死を示唆するような事ばかりを言うし、志乃を監禁して逃げられないように拘束した。

それらはまだ幼い彼女にとって、多大なストレスとなった。

 

神楽も銀時のジャージの襟を掴んで、涙ながらに叫ぶ。

 

「志乃ちゃんの言う通りネ……。バーさんがいなくなったら助かったって、何にも嬉しくないアル。銀ちゃんがいなくなったら、生きてたって何にも楽しくなんかないアル‼︎」

 

シンと静まり返る部屋。沈黙を破ったのは、銀時だった。

 

「楽しくなんか……なくたっていいだろ。それでも俺ァ、てめーらに生きててほしいんだよ」

 

志乃、神楽、新八が目を見開く。

衝撃だった。あの坂田銀時が、こんなことを口走るなんて。

 

「もうごめんなんだよ。あんな思いすんのは。もう誰一人、死なせたくねーんだよ」

 

刹那、志乃の心の中を、炎のような怒りが支配した。

何だ、その言い草は。それはまるで、私達を信じていないようなーー。

しかし次の瞬間。

 

ドカァァ!

 

新八が、渾身の一撃で銀時を殴り飛ばした。襖を吹っ飛ばし、お登勢のドレッサーを破壊する。

志乃は驚いて、新八を見やった。新八は銀時を見下ろして、一気にまくし立てる。

 

「アンタ、それでも坂田銀時かよ。何度大切なものを取り零そうと、何度護るものを失おうと、もう二度と何かを背負い込むことから逃げない‼︎そう旦那さんに誓ったんじゃないのかよ‼︎一旦護ると決めたものは絶対護り通す、それが坂田銀時じゃないのかよ‼︎ちょっとくらいお登勢さんが危ない目に遭ったくらいでなんだってんだよ‼︎お登勢さんはあれくらいじゃ死なない‼︎僕らは死なない‼︎アンタは死なない‼︎何故ならアンタが僕達を護ってくれるから‼︎何故なら僕らが絶対アンタを護るからだ‼︎」

 

新八は志乃の言いたかった全てを、代弁してくれた。

 

そうだ。銀時は一人なんかじゃない。

今の彼にいるのは、妹である私だけではない。新八や神楽、そしてーー。

 

「銀時様……私達はまだ何も失っていません。だから……その(こころ)まで失くしてしまわないでください」

 

「キャサリンさん……たまさん」

 

たまが膝をつき、殴られた銀時の口元に垂れる血を拭う。

 

「銀時様、貴方はこれまで私達を何度も護ってくれました。どんな窮地からもどんな困難からも。私達は、貴方を信じています」

 

「ダカラ今度ハ私達ヲ信ジナサイヨ」

 

新八、神楽、キャサリン、たま。

四人の顔を一人一人一瞥してから、志乃は銀時を見つめた。

 

「一緒に護ろう。バーさんの……私達の居場所を。私達を引き合わせてくれた……この街を」

 

「……………………」

 

それまで黙っていた銀時が、立ち上がる。そして、もう一度仏壇の前に座った。

彼らの前には、六つのまんじゅうが。

 

「……ワリーな、旦那。アンタのために買ってきたんだが。また一個も残りそうにねーや。その代わり、もう一度約束するよ」

 

新八、たま、キャサリン、神楽、志乃が、皿の上に乗ったまんじゅうを次々に取り、口に入れた。

 

「アンタの大切なモンは、俺達が必ず護る」

 

最後に残った一つを、銀時が持った。

 

「ありがとうよ、旦那。こんなくそったれ共と会わせてくれて」

 

そして、銀時もぱくっとまんじゅうを食べた。

 

********

 

翌日。ついに、お登勢の店が潰される日がやってきた。

平子は溝鼠組の面々を連れて、西郷は自身の店の店員を率いて。彼らは誰もいないお登勢の店の前を取り囲んだ。

平子が、全員を見渡して拳を挙げる。

 

「それじゃあ一丁始めましょうか‼︎お登勢の手向けにも派手にやっちゃってください、皆さ〜ん‼︎」

 

「ちょっと待ってください、お嬢‼︎」

 

「?」

 

ここで、ヤクザの一人がおかしな点に気づく。誰もいないはずの店に、暖簾が上がっているのだ。

 

用心しながら、店の扉を開ける。

カウンター席に、銀髪の男が一人座っていた。その前には銀髪の少女がいちごオレのパックを傾け、小さなお猪口に酌している。

 

「てっ……てめェはっ……⁉︎」

 

「あ、お客さん?ごめんねー、出直してもらえる?今日は貸し切りなんだ」

 

「そーいうこった。ワリーな、一人で飲みてェ気分なんだ。誰にも邪魔されたくねーんだよ」

 

「何を……!」

 

「そっから」

 

足を踏み入れようとしたヤクザ達を、声だけで制止する。

 

「一歩たりとも、入るんじゃねェ」

 

「何ぬかしてんだァァ‼︎もうここはてめーらの居場所じゃねーんだよ‼︎」

 

ヤクザ達が武器である斧や金槌を振り上げた瞬間、ヤクザ達は店から追い出された。

しかしそれはかなり荒々しく、吹っ飛ばされたという表現が正しいだろう。店から、さらに二人が歩いて出てくる。

 

「聞こえなかった?」

 

男はいちごオレを飲み干してから、十手を構える。少女も太刀を肩に置き、舌を出してヤクザ達を挑発した。

 

「その抜きたてのごぼうみてーな薄汚ェ豚足で、一歩たりともこの店に入るんじゃねェっつってんの」

 

「パ……パー子、志乃ちゃん。アンタら……何で」

 

「……ウフ。やっぱり来ると思ってましたよアニキ、アネゴ」

 

驚愕を顔に浮かべる西郷と、不敵な笑みを見せる平子。大軍勢を前にしても、二人は臆することなく堂々と立っていた。

 

「おっ……おどれはァァァァ‼︎」

 

「かぶき町中敵にまわして、まだわしらに刃向かういうんかい‼︎」

 

銀時と志乃は、その言葉を鼻で笑ってあしらった。

 

「……かぶき町中?笑わせんな。俺にとっちゃ、てめーらかぶき町の一部でも何でもねェ。ただの道に転がる犬のクソと変わんねーんだよ。俺にとってかぶき町に必要なもんは、何一つ欠けちゃいねェよ」

 

向かい屋根の上、左、右。五人で、次郎長一家と西郷オカマ軍団を囲む。

そこに現れたのは、それぞれ得物を携えた新八、たま、神楽。

 

「僕らのかぶき町の全ては」

 

「ぜーんぶ」

 

「ここにあるアル」

 

志乃はニタリと笑って、太刀を構えた。

 

「潰せるもんなら潰してみなァ。何人たりとも……私達の街には入らせねーよ」

 

ついに、かぶき町大戦争の火蓋が、切って落とされようとしていた。




……え?タッキーがいない?

大丈夫です!出てきますよ、あとで!


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絆の強さは侮れない

「潰せるもんなら潰してみなァ。何人たりとも……私達の街には入らせねーよ」

 

太刀を肩に、次郎長一家と西郷オカマ軍団を堂々と挑発する志乃。大軍の中に一人、アゴ美が苦しそうに声を上げた。

 

「パー子ォォ‼︎志乃ちゃんんん‼︎アンタら何やってんのよ‼︎こんなっ……たった四人で四天王と……街中と戦おうっていうの⁉︎もうこの街に貴方達の味方は一人もいないのよ‼︎もうこの街に貴方達の居場所はないのよ‼︎こんな事してももう何も変わらない、お願いもうやめて‼︎……私達はアンタらとは戦いたくな……」

 

その時、スッと西郷がアゴ美を制する。西郷は小さく微笑んでいた。

 

「……何だろうね。妙な気分だよ。知己とやり合うなんぞ……最低な気分に違いないんだ。……だけど、パー子。アンタのツラ見た時……何だか安心したよ。…………可笑しな話だろ。そうよね。ここで来なきゃ、万事屋(あんたら)じゃないわよね」

 

「何呑気な事……!」

 

「アゴ美、事ここに及んで言葉は無粋さね」

 

「そうですよう。もう何を言ってもムダ。アニキにはアニキの、アネゴにはアネゴの、西郷さんには西郷さんの譲れない大切なものがあるってことです」

 

歩を進めた平子は、ニッコリと笑った。

 

「そうでしょう西郷さん、アニキ、アネゴ」

 

「………………」

 

「フッ……アンタがそれを言うかい。他人(ひと)様から大切なもん奪ったアンタが」

 

「……やっぱりてるを人質にとったのは、アンタだったのか」

 

志乃の勘に間違いはなかった。西郷は息子であるてる彦を人質にとられ、次郎長一家の言うことを聞く他なかったのである。

 

「今更謝るつもりも言い訳するつもりもありません。私も、大切なもののためにここに来たんですから」

 

シャン、と金属音を鳴らして、平子も腰に挿した刀を抜いた。

 

「他人の大切なものを奪ってでも壊してでも、私はあの人を……取り戻します」

 

彼女に並んで、西郷も前に出る。

 

「フン。アンタも哀れな奴だね、次郎長の娘よ」

 

西郷は着物に手をかけ、一気に脱ぐ。バサッと水玉模様の着物が宙を舞い、そこにはオカマバーの店主ではなく、白フン一丁の戦士としての彼が立っていた。

 

「侍の一刀は、一千の言葉にも勝る。武士(もののふ)共よ、全ては血風の中で語り合おうぞ」

 

臨戦態勢に入った志乃達も、それぞれの得物を構える。

 

「我等お登勢一家、仁義通させてもらいやす」

 

「いくぜェェェェェてめーらァァァ‼︎」

 

怒号と共に、銀時と志乃は一斉に飛び出した。

 

ドドォッ‼︎

 

次々と次郎長一家とオカマ軍団を薙ぎ倒し、まるで嵐のように敵陣を駆け抜けていく。その様、まさに一騎当千。

志乃は「鬼刃」を使っているとはいえ、敵を全て峰打ちで倒していった。しかし峰打ちといっても、「鬼刃」の重量と彼女の馬鹿力により、倒された方は無事ではなかったが。

 

背後に現れた気配を志乃は勘だけで捉え、「鬼刃」を地面に突き刺し、それに体重を預けて顎を蹴り上げる。回転した勢いで、前にいたオカマにも踵落としを決めた。そのまま「鬼刃」を抜き、さらに三人を峰打ちで仕留める。

 

不意に、左手首に鎖が巻きつく。鎖の先は、ヤクザが握っていた。それを引っ張り、バランスを崩すのが狙いだったのだろう。しかし、そんなもの銀狼たる彼女には通用しない。

志乃は鎖を左手で掴んで、ぐんと勢いよく引っ張った。

 

「うおらァァァァァァァ‼︎」

 

「ぎゃあああああああああ‼︎」

 

ブンブンブンブン振り回し、周囲にいた敵もぶっ飛ばしていく。さらに志乃は鎖を引き、ヤクザを地面に叩きつけた。

 

「ぶわははははは!てめーらごときが銀狼(あたし)に勝とうなんざ、五百年早いわァ‼︎」

 

めちゃくちゃ相手を蔑んだような嘲笑を浮かべ、敵を煽っていく。怒りでまともに考えられなくなった相手を次々にあしらい、倒していった。

 

五人は一度背中合わせになり、敵軍と対峙する。その時、上空から何かが降ってくる気配を感じた。

そこには、大きなハンマーを振り下ろした西郷が。

 

ドゴォォッ‼︎

 

西郷の一撃は地面を破壊するほどの力を発揮した。銀時達はなんとかそれをかわしたものの、一人いないことに気づく。

ハッと銀時が顔を上げた先には。

 

「へぇ〜。流石は白フンの西郷。人間離れした腕力だねェ」

 

地面を破壊したのは、西郷の一撃ではない。それを刀一振りで受け止めた志乃を介してのものだった。巨大なクレーターができても、それを気にせず志乃は西郷のハンマーに押し負けることなく立っていた。

西郷も彼女を見て、不敵に笑う。

 

「アンタも人間離れした腕力だね。流石は霧島天乃(ぎんろう)の娘だ」

 

その時、西郷と力比べをしていた志乃に、白銀が迫る。志乃がそれに気づいた瞬間、刀を携えた平子が粉塵の中から現れた。

 

「!」

 

しかし、その刀は銀時の持つ十手に阻まれ、志乃を斬ることはできなかった。

 

「残念でしたねアニキ〜。雑魚相手に時間を稼いでいるようでしたが、お待ちの泥棒猫さんは帰ってきませんよう。あのドラ猫じゃ、西郷さんの息子は盗めない」

 

「‼︎」

 

西郷が動揺した隙を狙って、志乃はハンマーを受け流す。それとほぼ同時に、平子の刀と銀時の十手も一度離れた。

 

「既にこの街は末端の組織に至るまで私達の手中。見張りを切り抜けててる彦くんのいる華陀の所まで行くのは至難の業。それにもし辿り着いたとしても、そこには華陀の勢力と親父がいます。万に一つも生きて帰ることは不可能ですよ〜」

 

「ア……アンタら。そ……そんなマネ……」

 

「…………」

 

「だから西郷さんと戦うのを避けようとしてもムダです。モタモタしてたらホラぁ」

 

パチパチという音が、志乃達の耳に入る。ふと振り仰ぐと、万事屋の屋根が燃えていた。

 

「なっ‼︎」

 

「万事屋に火が‼︎」

 

「大変アル、早く消さないと」

 

「いいんですかー、ただでさえ少ない戦力火消しに割いて」

 

「チィッ……‼︎」

 

あの放火は、平子の指示らしい。志乃は舌打ちして、ギッと鋭く平子を睨みつけた。

銀時も口角を上げながらも、その目は笑っていない。

 

「てめェ……モッサリしてるくせにエグいことやってくれるねェ。前よりてめーのこと好きになりそうだぜ。ただしその首と身体が離れて大人しくなってくれんならな」

 

「私は前からアニキのこと大好きですよう。ただし親父の傘下に入ってくれるなら〜。いっそのこと私の所に婿入りしますかァ。この街で生きていくにはもうそれしかありませんよう」

 

「はァ⁉︎」

 

平子の婿入り発言に、大きく反応を示したのは、もちろん志乃だった。彼女の赤い目が、怒りに染まる。

 

「ふざけんな、てめーみてーなモッサリ女に誰が婿にやるかァ‼︎」

 

「え〜。でもアネゴぉ、もう貴女達の味方なんてどこにもいませんよう。もうアネゴ達は孤立無援の一人ぼっちなんですから」

 

「お嬢ォォ‼︎」

 

ヤクザに促され、平子は再び万事屋の屋根を見やる。勢いを増して燃えていた火が、不思議と消し止められていた。

 

「‼︎あれは」

 

「水⁉︎火が……」

 

「孤立無援の一人ぼっち?」

 

屋根の上に、気配を感じる。炎の消えたそこに、ホースを肩に担いだ火消し衣装を着た女性が立っていた。

 

「そんな事ないさ。少なくともここに一人、繋がってるつもりの奴が一人いるぜ。なっ銀さん」

 

「お前は……火消しの……辰巳!」

 

「辰巳姐ェ⁉︎」

 

そこに立っていたのは、火消しのめ組の辰巳。その姿を見て銀時は驚くが、その隣で志乃も彼女を呼んだ。

 

「えっ、あれっ、何でお前が知ってんの?」

 

「知ってるも何も、私の友達だよ。ねっ辰巳姐ェ」

 

「ん?ああ、そうだよ」

 

「うそん‼︎」

 

まさかの繋がりに、銀時は今更ながら驚愕する。妹の人脈が広すぎて笑えなかった。

ヤクザは辰巳に矛先を向け、斧や金槌を投げつける。しかし、それは別方向から飛んできた槌に阻まれ、斧の刃が欠けた。槌を拾ったのは、またまた女性。

 

「弱い鉄だな。そんな得物じゃ、この人達は傷一つつけられやしないよ。私が打ち直してやろうか」

 

「てっ……鉄子ォォ‼︎」

 

現れたのは、刀鍛冶の鉄子。銀時や志乃達とは紅桜篇で出会い、それから今でも交流の続く仲だ。

ヤクザ達は、今度は鉄子に襲いかかる。彼らの目を、小銭が塞いだ。

 

「なんじゃこりゃああ!」

 

「銭⁉︎」

 

「オイオイ、レディにそう大勢で迫っちゃ嫌われるぜ」

 

『そうー男ならハードボイルドにサシでキメなカミュ』

 

「小銭形の旦那‼︎ハジ姉ェ‼︎」

 

小銭を弾いてハードボイルドにキメたのは、小銭形。相変わらずウザいモノローグ調は健在だった。

ヤクザ達はぞくぞくと現れる銀時達に味方する連中に、驚きを隠せない。

 

「なんなんだ‼︎次から次へと」

 

「てめーら一体何しに……‼︎」

 

さらには地響きと共に、カラクリの軍団が現れる。

 

「なァに、一杯ひっかけに来ただけよ」

 

「源外様‼︎」

 

「その通りだ。その店潰されちゃ困るぜ」

 

鋼鉄のカラクリの中に、一人だけダンボールセイントが存在。それは、ダンボール武装した長谷川だった。

 

「タダ酒飲めなくなる」

 

「………………ツケですよ」

 

「なんで俺だけそんなカンジ⁉︎」

 

ツッコミポジションである新八に、冷めた視線を向けられた長谷川。決してかわいそうとは誰も思わなかった。

今度は、青とした少年少女八人がこちらへ歩いてくる。

 

「ホントずるいよね、志乃も銀時さんも皆さんも。俺に何も話さないで行っちゃうなんて」

 

「トッ……トッキー⁉︎」

 

「もしかして、アレがトッキーの兄妹達アルか⁉︎」

 

志乃と神楽が驚いて、時雪と彼の弟妹達を見る。時雪は不敵に微笑んで志乃達に言った。

 

「俺だって、万事屋の端くれなんだよ?この街のために戦う覚悟くらいあるさ」

 

そしてさらに、ホストの軍団がやってくる。

 

「万事屋さん、貴方方は一人なんかじゃありませんよ。今までこの街を生き、築いてきた絆がある。かぶき町から私がいなくなったら女性達が泣くでしょう。でも貴方達がいなくなったら私が泣きます。フッ……ホストをここまで誑し込むなんて、罪な方達ですね」

 

「狂死郎さん‼︎」

 

かぶき町No. 1ホスト・本城狂死郎が、自身の経営する高天原のホスト達を引き連れて現れた。

それだけではない。ホストとくれば、キャバ嬢も登場する。

 

「貴方達だけに荷は負わせないわよ。かぶき町の命運を一身に背負おうなんて水臭いじゃない。この街は誰のものでもない、私達……キャバ嬢のものでしょ」

 

バキボキと指を鳴らして、お妙は完全に戦闘体勢。銀時達には正直、この中でお妙が一番怖く思えた。

 

「次郎長一家でもオカマ一家でもまとめてかかってきなさいよ。かぶき町の本当の怖さ……教えてア・ゲ・ル♡」

 

かぶき町全ての軍勢が、銀時達の助太刀として現れた。戦いは、これより新たな局面を見せる。




ごめんなさい……トッキーここで入れたかったのに入れ忘れてました……。ということで付け加えました。本当に申し訳ありません‼︎

2017/05/06 修正


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鉄の結束を有するこの街

銀時達の助太刀に集まった、辰巳、鉄子、小銭形、ハジ、茂野兄妹、狂死郎、お妙達。その面々を見て、次郎長一家やオカマ軍団だけでなく、銀時や志乃達も驚いていた。

 

「これ以上ここには手出しさせねェ。そいつら、俺達の大切なものを一緒に護ってくれた連中だ」

 

「真のハードボイル道を解する、江戸屈指のハードボイルドな連中だ……カミュ」

 

「恩なんか返せるとは思ってない。ただあんた達が教えてくれた事、忘れるワケにはいかない」

 

「見ていてください、私達は今度こそ自分の手で大切なものを護り通してみせます。私達のかぶき町(まち)を……私達の大切な友人……万事屋さん達を」

 

「俺達はこの薄汚れた街で、笑って一緒に生きてきた」

 

「だったら、この街歯ァ食い縛って護るのも一緒だ」

 

「かぶき町を敵に回したのは、貴方達の方よ。この街は、私達の街です」

 

武装した時雪やお妙達援軍の数は、次郎長一家とオカマ軍団の頭数を覆した。

しかし、彼らをナメきっている次郎長一家は、手始めにお妙達キャバ嬢に襲いかかった。

 

「キャバ嬢ごときが筋モンナメてんじゃねえぞ‼︎」

 

「いてもうたらァァ‼︎」

 

だが次の瞬間。

 

ドウッ!

 

お妙の振り回した薙刀が、ヤクザ達を一掃した。

 

「誰がただのキャバ嬢ですって。ひれ伏しなさい、私が……かぶき町の女王よ」

 

「なんだァァァァこのキャバ嬢ォォォォ‼︎バカ強ェェェェ‼︎」

 

まるで魔王のように、ヤクザ達を吹き飛ばしていく。流石はアネゴ……と志乃は苦笑した。

その向こうでは源外が火器を、辰巳が水をぶっ放す。もうめちゃくちゃのやりたい放題だ。

 

「ザコは俺達に任せろォォォ!銀さん志乃ちゃん、てめーらはさっさと落とし前つけに行ってきな‼︎」

 

「長谷川さん、ザコはあんただよ」

 

カッコよくキメている台詞だが、その現状を見てみると集団リンチに遭っている長谷川。志乃の冷たい視線が彼に刺さる中、時雪達茂野一家も戦っていた。

 

「ガキだからって、ナメるなよー!」

 

「ナメるなよー!」

 

時貞と小雪が、一番槍として前に出る。彼ら双子に続いて、深雪と時政、時晴が竹刀を手に駆け出した。

 

「時継、紗雪を頼んだぞ」

 

「はい、兄上」

 

「お兄様!」

 

時継に指示を出し、時雪も走り出す。

 

「ガキ共がァァ‼︎ナメてんじゃねーぞォォォ‼︎」

 

「悪いですけど」

 

斧を振り上げたヤクザの前には、まだ5歳の時晴。斧が地面に叩きつけられると、時晴は跳躍してヤクザの顔面を蹴り飛ばした。

 

「そっくりそのままお返ししますよ」

 

時雪が得意の突きでオカマやヤクザ達を倒しながら、続ける。

 

茂野家(ウチ)は3歳になる頃から剣を学び始めるんです。子供だからってナメてかかると、痛い目見ますよ」

 

平子や西郷も、鋼鉄のカラクリ兵団を次々と倒していく。一度背中合わせになってから、戦況を見た。

 

「フン……コイツが人の大切なモン奪ってきたアンタと、護ってきたコイツらとの差って奴なのかね」

 

西郷がボソリと呟く。平子の表情から、笑顔が消えていた。彼らの前に、志乃と銀時が立つ。

 

「戦の引き際くらい心得てるでしょ、西郷さん。退きな。この戦、私達の……バーさんの勝ちだ」

 

「もう勝ったつもりになってるんですかァ。私と西郷さんがいればこんな連中、ものの数ではないですよう。オヤジの元には、行かせませんよ」

 

「負けだっつってんだろ」

 

銀時と志乃、二人の背中を追い越していく少年少女がいる。新八と神楽だ。

 

「てめーら、こいつら怒らせたからな」

 

新八は銀時から刀を受け取り、神楽は傘を捨てて構えた。

 

「「手ェ出すなよ天パ」」

 

この二人が、なんと西郷と平子の相手をするというのだ。誰がどう見ても、圧倒的な強さを誇る平子と西郷に、勝てるはずがない。

しかし、銀時と志乃は二人の背中を黙って見ていた。

 

「パー子、見損なったよ。女子供無駄死にさせるつもりかい」

 

「見損なえよ。そいつらに見損なわれるよりはマシだ」

 

「ウフフ、貴方達のような子供が出る幕じゃないのがわからないんですか。西郷さんと戦うのも迷っていたような甘ちゃんに何ができるっていうんです」

 

「ドタマ取られなきゃわからないなら、もぎとってやるアル」

 

「ピラ子さん。確かに僕ら、何も知らず貴女を抱き込んで利用されてしまうような甘ちゃんですよ」

 

刀を袴の帯に挿した新八は、鞘から剣を抜いていく。

 

「裏切られようが騙されようが、大概のことは二、三日経ったらヘラヘラ忘れてやりますよ。女の子に騙されるのは慣れてますから。でもね…………たとえどんな理由があろうと、僕らの……かぶき町のお登勢(ふくろ)さんを傷つけたことだけは…………許さない。貴女だけは、許さない」

 

刀を構えて、新八は平子を睨み据えた。その目を見て、平子も不敵な笑みを浮かべる。

 

「万事屋ナメんなヨ。もう誰も傷つかせない。もうお前らの好きにはさせない。私達は一人じゃないネ……。万事屋が四人揃ったからには、ここから先何一つたりとも奪えると思うな。万事(よろず)を護り続けてきた万事屋(わたしたち)の力、見せてやるヨ」

 

二人の目に、強い光が宿る。彼らの気迫を目の当たりにした西郷と平子は、まず新八と神楽に標的を定めた。

 

「真っ赤な花、どこに咲かせてほしいですか。頭かな〜それとも胸かな〜。それとも」

 

まさに、一瞬。平子は刀を構えていた新八を目にも留まらぬスピードで斬り飛ばし、新八の体は宙に浮く。西郷も渾身の力でハンマーを神楽に振り下ろした。

 

「アニキ達の、(こころ)かな?」

 

しかし、それを目の当たりにしても、銀時と志乃の表情は一切変わらない。

その時平子の背後に、折れた剣の切っ先が地面に突き刺さった。さらには西郷のハンマーにも、ヒビが入る。

 

「咲かねーよそんなもん」

 

宙に舞った新八が、ハンマーを拳で受け止めた神楽が、怒号を上げる。

 

「侍に、花なんざ似合わねェ」

 

新八は体を捻って剣を振り回し、平子に強く叩きつける。神楽は西郷の巨大なハンマーをブチ抜いて、そのまま彼の顎に強烈なアッパーをかました。

その強烈な威力に二人は吹っ飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。

 

「花はやっぱり、女の子に一番似合いますよ」

 

「オカマもな」

 

砂塵が収まり、志乃達は倒れた二人を見下ろす。そのうち平子が、震える手で体を起き上がらせようとしていた。

 

「ア……アレェ〜〜。お……おかしいなァ。な……なんで私が……なんで……なんで……こんな……こんな奴等に」

 

平子は頭から出血していて、地面に血溜まりができていた。這い蹲りながら、四人に手を伸ばす。

 

「い……行かせな……い。親父の所には……絶対……私が……私が親父を……」

 

しかし平子はそこで力尽き、地面に突っ伏した。それを眺めていると、今度はまた視線の下から声が聞こえてくる。

 

「峰打ちかい。やっぱり甘ちゃんじゃないかい」

 

「……西郷さん」

 

仰向けに倒れていた西郷は、そのまま続ける。

 

「あー、顎打って頭がクラクラするよ。こりゃしばらく立ち上がれそうにないね。三、四十分は動けないよ。参ったわね〜、これじゃアンタ達止められそうにないよ」

 

「……ったく、あんたも充分甘ちゃんじゃないか」

 

志乃達を見逃そうとする彼ーーいや、彼女か?ーーの意図をあっさりと察し、志乃はやれやれと肩を竦める。

銀時も嘆息して口を開いた。

 

「いいか、コイツは俺の独り言だ。……適当に聞き流せ。ガキは必ず俺達が何とかする。安心して狸寝入りでもオカマ寝入りでもキメてろ」

 

「………………じゃあコイツも私の独り言だ。死ぬんじゃないよ」

 

西郷の独り言を背中で聞きとめた四人は、次郎長と華陀の元へ向かうべく、かぶき町を護るべく、走り出した。

 

いよいよ、最後の決戦が始まろうとしていた。



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女の裏の顔はめちゃくちゃ怖い

かぶき町一番街。普段は多くの人で賑わうこの通りが、今は人っ子一人いない。そんな閑静な街を、次郎長は華陀の城から見下ろしていた。

 

「随分と殺風景な街になっちまったな。人がいねーと存外、この街もしおらしいツラしてやがらァ」

 

「そちの娘が働きやすいようにな。歓楽街が子供の遊び場に早変わりじゃ」

 

次郎長の背後に立つのは、華陀。彼女の言葉を、次郎長は鼻で笑う。

 

「子供の遊び場ねェ。女狐の狩り場の間違いじゃねーか」

 

「……………………わしを見張りに来たか、次郎長よ」

 

「人聞きの悪いこと言いやがる。この次郎長がそんなケチなマネするために、相撲中継ほっぽいてわざわざこんな所に来るかい」

 

紫煙を燻らせる次郎長を、華陀の冷たい視線が射抜く。それを感じながら、次郎長も不敵な笑みを浮かべた。

 

「とりに来たのさ。狐の首を」

 

********

 

一方その頃、次郎長一家&オカマ一家vs.かぶき町連合軍。

オカマ軍団がホストの狂死郎に大量に迫っている中で、西郷がその一人のアゴ美を蹴り上げる。今やその兵のほとんどをやられた西郷は、撤退の必要があると判断したのだ。

 

「もう勝負はついた。私らの負けだよ」

 

「西郷さん……」

 

「ついてませんよ」

 

西郷の言葉を否定する者が、一人。平子である。

 

「だってまだ、親父は天下を取ってないもの……」

 

平子は頭から出血し、傷ついた体を何とか起こして立っていた。その体で戦えるわけがない。西郷が諭すように言う。

 

「本当に親父に天下を取らせたいなら、これ以上いたずらに兵を削るなって言ってんのよ」

 

「こんな役立たず達……もういらないですよう。西郷さんだって……裏切りたいなら裏切ればいい。私は……一人になったって、親父の味方です〜」

 

たとえみんなが、どんなに親父を悪く言っても。たとえ親父の目に、私なんか映ってなくとも。

 

「……約……束……したもの。必ず…………帰ってくるって、約束したもの」

 

震える手で刀を取り、よろめきながらも前進する彼女に、時雪達も何もできなかった。ただ、その背中を哀れに思うことしかできなかった。

そんな彼女の前に、新たな気配が現れる。全身黒い布で覆われた、天人の兵団。

明らかにこちら側にとって危険な匂いを感じ、時政は訝しげに黒い兵団を睨んだ。

 

「何だあれは?」

 

「‼︎華陀の援軍!」

 

ヤクザがそう言うのを聞いて、時雪は目を見開く。

ついに来た。右手に握った竹刀が、少し震える。

 

「ここはお願い……。私は親父の元に」

 

平子が黒い兵団に後のことを任せ、華陀の城へ向かおうとする。

しかし兵団の真ん中を通り過ぎようとした瞬間、両脇にいた兵二人が、小太刀を振り上げた。

 

「「「「‼︎」」」」

 

「お……お嬢オオォォォォ‼︎」

 

ドドッ‼︎

 

閑静な街に響くのは、男達の悲鳴と肉を突き刺すような音。ポタポタと、地面に血の雫が滴り落ちた。

平子がゆっくりと、目を開ける。

 

「どうやら……私らまとめて……あの女狐にハメられたようだね」

 

「なっ……‼︎」

 

「ママああああ〜!!!」

 

平子と兵の間に割って入った西郷が、腕や肩で、彼女を襲う刃を受け止めていた。

西郷はその兵を殴り飛ばしたものの、深々と突き刺され、出血がひどい。

 

「西郷さんっ‼︎」

 

「兄上、あれを!」

 

時継が、時雪に背後を促す。さらに気配は増えて、なんと周囲を完全に、華陀の軍隊に囲まれてしまった。

 

********

 

平子(ガキ)を起爆剤とし、この街に戦争を起こす。そして四天王勢力互いを消耗させ、弱り切ったところをまとめて潰し、この街を独占する。まァ雑だが、筋書きは大方こんな所だろう」

 

「フン、伊達に長年わしと抗争を繰り広げてはいないということか」

 

全ての黒幕、それは志乃の睨んだ通り、華陀であった。

次郎長は志乃よりも先にそれを見抜いていたが、娘の平子が華陀に利用されているのを知りながら、それを泳がせていたのだ。

 

「だが今頃わしを斬りに来た所で遅い。哀れな猿共は既に一人残らず潰されてよう。次郎長、貴様の娘もな」

 

「俺がてめーの策を看破しながら、何の策も講じていねーとでも」

 

「講じていまい」

 

次郎長は、平子にも華陀にも悟られぬよう、自身も踊る芝居をしていた。華陀が協定の元、平子に兵を貸すことがあれば、手薄になった城で華陀の首をとる算段だったのだ。しかし、それすらも華陀は見抜いており、不敵な笑みを崩さない。

 

「わしが兵を動かした時には遅かった。虚をついたはいいが、貴様は自身の勢力を、娘をエサにしたのだ」

 

「奴等が大人しくエサになるタマとは思えねェがね。何せ長年俺とやり合ってきた連中だ。おかげでこうして、美女(べっぴん)と二人っきりでランデブーできてるワケだしな」

 

「次郎長、わしも貴様と長年やり合ってきた者であることを忘れたか。ランデブーは断るが、パーティの用意ならできている」

 

華陀の周りを、彼女の大勢の兵が固める。エルフのように尖った耳が特徴的な彼らを見て、次郎長の表情が一気に険しくなる。

 

「…………辰羅か。夜兎、荼吉尼に並ぶ傭兵部族をここまで揃えるたァ、テメーやっぱりただの博打好きの姉ちゃんじゃねーな」

 

「……次郎長、長きに亘った貴様とわしの戦いもこれで終わりじゃ。この街はもうわしのもの……いや、宇宙海賊『春雨』第四師団団長・華陀のものと言った方がいいのかえ」

 

「……ついに尻尾を出しやがったな、化け狐」

 

自身の正体と本性をようやく明かした華陀に、次郎長はニヤリと笑みを送った。

 

「世迷言を……とうの昔に気づいておろう。貴様さえいなければこんな街、吉原の鳳仙と同じく容易く手に入れられたであろうに。地べたを這いずる猿風情が、随分と邪魔立てしてくれたな」

 

華陀は、見抜いていた。次郎長が何故外道に身をやつしてまで、この街に深い根を張ろうとしていたか。

それは天人から、かぶき町を護るためだった。

今や江戸の街の半数以上が、天人によって差配を握られている現状。

次郎長は勢力を拡大しそれを示威することで、内外からの天人による干渉を跳ね除けてきたのだ。

 

彼は攘夷戦争に参加し、学んだことが二つある。一つは、今のままではこの国は、天人に食い尽くされること。二つは自分自身があまりにも無力だということだ。

 

そんな最中、次郎長は戦場で一人の女と再会した。

女は、以前見かけた様子と全く違っていた。

戦場を渡り歩き、それがどんな戦であろうと介入し、しっちゃかめっちゃかに掻き回して去る。その圧倒的な強さと無慈悲さから、いつしか彼女は"渡り鬼"という二つ名で通るようになった。

そんな彼女が、全く違う雰囲気を纏って、再び次郎長の前に現れた。

何かあったのかと尋ねると、女は小さく笑った。

 

ーーもうわたしは今まで通り、戦わない。護りてーもんができちまったからね。

 

そう言って踵を返した彼女の腰には、太刀ではなく木刀がぶら下がっていた。

 

「護りてーもんがあるなら、てめーが変わるしかあるめーよ」

 

渡り鬼は、護りたいものを護るために、剣を捨てた。

ならば、彼は。

 

「俺ァてめーらに勝つために、人間やめたのさ」

 

人から道を外れた何か。それはまさしく、戦場で敵味方問わず命を刈り取った、あの"渡り鬼"のように。

 

「華陀よ。この街を吉原の二の舞にさせてやるワケにはいかねェ。他の街は知らねーが、ここを容易く獲れると思うなよ」

 

「ククク……頼みの四天王は死に絶え、貴様のみ。一体何ができると?」

 

「華陀……てめー一体今まで、この街で何を見てきやがった。かぶき町を、なめるなよ」

 

その時。

 

ドカァッ!

 

ある四人が一斉に襖を蹴破り、華陀とその軍勢、次郎長のいる広間へと躍り出た。

 

「なっ、何じゃ貴様らは‼︎」

 

一人は番傘を手にした中華服の少女。一人は眼鏡をかけた地味な少年。一人は白い天然パーマの、十手を肩に置いた男。

そして最後の一人は、銀髪の少女。隣に立つ男と似た格好をして、身の丈に合わない太刀を担いだ。

 

「よっ、次郎長の旦那」

 

「待たせたな、ガングロジジイ」

 

渡り鬼(ぎんろう)の娘が、白夜叉(おに)夜叉(おに)()と共に現れた。



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しぶとく図太く強かにしなやかに生きていく僕ら

実写銀魂、観に行きました。めちゃくちゃ面白かったです。パロディネタもその他諸々も含めて最高でした。
一番驚いたのが、銀さんのあの格好で袖から腕を抜くと、綺麗に袖が落ちてこないということ。器用なのか。器用な銀さんだからできたのかアレは。


辰羅の軍勢と華陀が志乃達を振り返る中、次郎長だけは真っ直ぐ銀時と志乃を見つめた。

 

「待ってたぜ、白髪兄妹」

 

「借り、返しに来た。……って言いてェ所だが、どうやらモタモタしているうちに勝手が変わっちまったようだな」

 

「察しがいいじゃねーか。まァ、嬢ちゃんにとっちゃ想定内だろーが」

 

「えっ、いや、流石にコレは予想外だったよ。思ってたより敵の人数少ない」

 

突然の乱入者に驚く華陀達をよそに、銀時、志乃、次郎長はいたって普通に会話をしていた。

 

********

 

一方その頃、時雪達は華陀の送り込んできた辰羅の軍勢に囲まれていた。

利用されていたと気づくのはあまりにも遅く、先程平子を庇った西郷も、かなりの深手を負わされていた。

互いに潰し合いをしていたため、誰も彼も皆疲弊している。それで天人相手にもうひと暴れをするなんて、よほどのバカでないとできない。

もうダメだと誰もが思う中、時雪と彼の兄弟達は彼ら(・・)を待っていた。

しかし聞こえてきたのは、期待していたものとは別の声。

 

「やれやれ、ガラにもなく情けない声上げちゃってまァ。アンタらそれでもかぶき町の一員かい」

 

「そ……その声は、まさか……まさか‼︎」

 

声の主は、お登勢と銀時の店の向かいの屋根の上に立っていた。紅が塗られた唇から、フッと紫煙を吹かす。

 

「しぶとく図太く強かにしなやかに。それが、私達ってモンじゃないのかい」

 

その人物をようやく見上げた時雪も、彼女の姿を見て表情が綻んだ。

 

「お登勢さん‼︎」

 

********

 

「新八、神楽」

 

銀時が、自身の後ろに立つ二人に言う。

 

「西郷の息子のことは頼んだ。今頃奴等もヤベーことになってるだろ。……時間がねェ」

 

「銀ちゃん……」

 

心配そうに見上げてくる神楽の頭に、軽く手を置く。太刀を肩に担いだ志乃も、ニッと笑った。

 

「てめーら信じて頼んでんだ。だったらてめーらも俺を信じろ」

 

「大丈夫、銀は何があっても死なせないよ。私が必ず護る」

 

「…………銀さん、志乃ちゃん。かぶき町で、また会いましょう」

 

新八と神楽は二人に背を向け、再び来た道を戻って走り出す。その背中を見送ってから、志乃は銀時の隣に立った。

しかし、不利な状況は変わらない。

相手は宇宙に名高い傭兵部族「辰羅」。少数ならまだしも、数がそこそこ多い。それにたった三人で挑もうというのだ。

 

「おぬしら、何をしに来たか知らんが女子供だけはこの修羅場から逃がしてやったつもりか。ムダじゃ、かぶき町に残る四天王勢力は鼠一匹たりとも逃さぬぞ。もちろん貴様も、次郎長も、"銀狼"も」

 

「そんなんじゃねーよ。相手がてめーらじゃ加減もできそうにねーんでな」

 

「オイてめェ私を女子供に含まなかったよな?よし決めた。ちょっと手加減してやろーかと思ってたけど決めたわ。お前ら全員皆殺しだ」

 

口元に笑みを浮かべながら、志乃は太刀を肩に担ぐ。抜刀した銀時も、彼女の言葉にのった。

 

「あーなるほどな。確かにこいつら全員皆殺しにすりゃ、早ェ話だな」

 

「でしょ?ねっ、でしょ?私ってば天才」

 

「……ククク」

 

得意げに言う志乃の耳に、別の男の笑い声が入ってくる。

 

「天下の次郎長と春雨相手に大見得切ってくれるじゃねーか、嬢ちゃん」

 

「でもゴチャゴチャ考えるよりかはマシでしょ?次郎長の旦那」

 

「あァ、わかりやすくていい」

 

次郎長はキセルの煙草を捨てると、それを懐に仕舞った。

 

「のったぜ嬢ちゃん。俺も皆殺しだ」

 

「お互い孤立無援。自分(てめー)以外の動く奴ァ根こそぎ叩き斬ればいいワケだ」

 

「最後に一人、ここに立ってた奴が勝ちってな。実にシンプルで(オイラ)好みだよ」

 

「どうでもいいけど私は巻き込まないでよ。アンタらバカ共の喧嘩なんざ、知ったこっちゃねーってんだ」

 

「お前さんも似たようなモンだろう」

 

広間に、三人の笑い声が響く。

この圧倒的不利な状況がわからないのか。華陀はゲラゲラ笑う銀時、志乃、次郎長に叫ぶ。

 

「……な、何が…………可笑しい。何を笑っているのじゃ‼︎貴様ら己の置かれた状況をわかっているのか!貴様らもこの街ももうおしまい……」

 

ドォッ‼︎

 

刹那、三人が一斉に動いた。不意打ち、と呼ぶにはあまりにも強力すぎる。辰羅はロクに抵抗する間も無く、三人に次々と吹っ飛ばされていた。

 

「クソジジイぃぃぃぃぃぃ‼︎」

 

「小僧ォォォォォォォォ‼︎」

 

銀時と次郎長が絶叫する中、二人がすれ違う。そのままお互いの背後の敵を斬り飛ばした。

志乃も銀時や次郎長と背中合わせになり、太刀に付着した血を払う。

 

「「俺が殺るまで死ぬんじゃねーぞ」」

 

まったく、このバカ共の殺し合いに巻き込まれなければいいが。

志乃は嘆息して、真っ直ぐに自分の標的ーー華陀を見据えた。

 

********

 

「お……お登勢ぇぇぇ‼︎」

 

「何故てめーがァァ‼︎何故屋根の上にィィ‼︎」

 

「お登勢……さま」

 

「お登勢さん……」

 

敵も味方も、突如現れたお登勢を驚愕の表情で見上げる。お登勢は呆れたようにフッと笑う。

 

「ったく、しょうがない奴等だよ。こんなボロ店ほっときゃいいのに。こんなに派手にやらかしちまって、ホントにありがたいバカ共だよ。つまらん喧嘩はこれでお開きにしようじゃないか。みんなウチの店においで。次郎長一家もオカマ一家もまとめて面倒みるよ、仲直りの宴会だ」

 

「は……はぁ⁉︎」

 

「ピラ子、アンタもだよ。アンタは色々やってくれたからね。タコ踊りの一発や二発やってもらうだけじゃ済まないよ」

 

「おっ……登勢」

 

この場を仕切るようにお登勢はパンパンと手を叩く。彼女の様子に苛立った源外が叫んだ。

 

「ババアぁぁぁ!何呑気なこと言ってんだ‼︎状況が見えねェのか、んな事言ってる場合じゃねーんだよ‼︎」

 

「用があんならさっさと済ましな。ホラいつまで寝てんだいアンタら。さっさとおし。こんなバーさんが重傷の身体引きずって来てんのに、立てねェとは言わさないよ。こんなバーさんが生き返ってきたのに、もう諦めたとは言わさないよ。つまらん喧嘩はおしまい。こっからが江戸の華……本物の喧嘩って奴じゃないかい」

 

自分達の街を護れるのは、自分達しかいない。そうしてかぶき町の住民達は、この街を護ってきた。

やり方は違っても向いている方向はバラバラでも、みんなの気持ちは同じなのだ。みんな、かぶき町が好きなだけなのだ。

彼女の言葉を聞いた時雪は、バッと地上に立つ全員を振り返る。

 

「皆さん、聞いてください!まだ希望は残ってます!志乃が残してくれた、最後の希望が……‼︎」

 

しかしその時、辰羅二人が動いた。手始めに、屋根の上に立つお登勢を狙ったのだ。

 

「‼︎お登勢さっ……」

 

時雪が振り仰いだ瞬間、お登勢に迫った辰羅の額に、クナイが撃ち込まれる。

お登勢の背後から現れた赤い影は、両手に持った小太刀を辰羅の喉に突き刺し、そのまま地面へと叩きつけた。

 

「言うたやろ。お登勢さんに手ェ出したら殺すて」

 

小太刀を引き抜いたその人物は、赤い髪を揺らして立ち上がった。忍者にしては目立つ忍装束。だが隠密をほとんど捨てた彼女にとって、それは些末な事に過ぎない。

彼女の姿を見たヤクザ達が騒ぐ。

 

「おっ……お前は……"赤猫"⁉︎」

 

「バカな‼︎この混乱に乗じて『獣衆』まで動き……」

 

ドスッ

 

最後まで言い切る前に、"赤猫"ーーお瀧のクナイがヤクザ達の顔のすぐ横を通って、壁に突き刺さる。

 

「アンタらいつまで人を誤解したら気ィ済むんや。この街を大切に思とる棟梁が、そないな事するわけないやろ」

 

辰羅達の敵意が、今度はお瀧一人に向けられる。クナイと小太刀を構えたまま、お瀧は襲い来る辰羅を倒していく。

 

「ウチかてな、この街には恩義を抱いとるんや。この街は、はみ出しモンのウチらを受け入れてくれた。人殺しのバケモンやなく、人間として受け入れてくれた……。せやからウチはこの命賭してでも、この街を護る!」

 

一人二人と、敵の首を正確に狙って斬りつけていく。

その時、彼女の背後に三人が回り込んできた。

 

「お瀧さん‼︎」

 

たまが彼女を案じて叫んだ次の瞬間。

 

ーーズドォ‼︎

 

ーーズバッ‼︎

 

ーードキュン‼︎

 

一人は背中から手で体を貫通され。

一人は薙刀で体を斬りつけられ。

一人は銃弾で心臓を撃ち抜かれた。

お瀧は背後を見ることなく、溜息を吐く。

 

「何ですか助けてやったのにその態度は。泣いて伏して喜びなさいニャン公が」

 

「八雲、苛立ちならば敵に向けろ。今はアホな喧嘩をしている場合じゃないんだ」

 

「そうそう、こいつら全員メチャクチャにしちゃっていいんでしょ?なら、私達の得意分野だわ」

 

カツカツと歩いてくる三人。その姿を見た全員が、驚愕を顔に浮かべる。

 

「なっ……"白狐"⁉︎"黒虎"に"金獅子"……『獣衆』全員だとォ⁉︎」

 

「まさかアレ、全部志乃ちゃんが……?」

 

辰巳が時雪に問う。時雪は彼女を見て頷き、再び『獣衆』に視線を投げた。

 

「はい。志乃は恐らく、最初から華陀の裏切りを予測していました。華陀の背後に何がついているかも……。だから、宇宙三大傭兵部族『辰羅』に対抗できる勢力を温存していたんです。自分は華陀を狙うために」

 

「でも、何でそんなことを……」

 

重ねて尋ねるお妙に、時雪は眉を顰めながら首を振った。

 

「……わかりません。何で志乃が、華陀の本性に気づいていたのか。志乃は一人、何か目的を成し遂げようとしているみたいなんです。それが何かはわかりませんが……」

 

「目的……?」

 

こちらを覗き込んでくる視線に、思わず俯いてしまう。

何故あいつはいつもいつも、俺に何の相談もしないで行ってしまうのだろう。自分一人で全てを抱え込んで、自分一人で解決しようとしてしまうのだろう。

そんなにも、俺は頼りないか。そう考えると、時雪は悔しくて悔しくて堪らなかった。

 

「だったら、帰ってきたらあの志乃(バカ)に一発ぶち込んでやったらいい」

 

「……橘さん?」

 

「拳でも何でもいい。アイツが二度と自分一人で抱え込まんようにしてやればいい。何だったら叱ってやれ。そうでもせんと、あのバカは止まらん」

 

薙刀を肩にかけた橘は、嘆息して時雪を見下ろす。曲がりなりにも志乃を育ててきた彼も、彼女のその性格を持て余していたのだ。

時雪が答える前に、再び辰羅との戦闘に入る橘。

しかし時雪の背後から、辰羅の刃が襲いかかった。




お気に入り100件突破しました!ありがとうございます!

こんなほぼ息抜きみたいなくっだらねー小説がここまで来れたのも、皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!


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しかと思い知れ

「時雪くんッ⁉︎」

 

「兄上ェェ‼︎」

 

「お兄様ァ‼︎」

 

自分を案じる声が、耳に入る。振り返ると、眼前に見える刃が、世界が、スローモーションのように動いて見えた。

あぁ、俺は死ぬのか。

額に痛みを感じたその時。

 

「何しとるんじゃ小僧ォォォ‼︎」

 

怒号と共に、目前に迫っていた辰羅が吹っ飛ばされる。一気に力が抜けて、時雪は地面にへたり込んだ。

時雪を助けた人物は、彼を見下ろして怒鳴り散らす。

 

「アホか!お前死ぬとこやったぞ!まだあの小娘に一発ぶちかますまで、死なれへんやろがい‼︎」

 

「か……勝男さん……」

 

呆然として、時雪は勝男を見上げる。

 

「な……何で、俺を……」

 

勝男はこちらを見つめる時雪から目を逸らし、自慢の七三ヘアーに手を添えた。

 

「お前何を勘違いしとるんか知らんが……わしゃあのふざけた小娘ぶちのめしたいだけや。あのクソガキ、オジキと繋がり持って、この騒動黙って見とったらしいからのう」

 

「………………えっ?」

 

「お前の言うとった事は要するにそういう事やろ。あの女はな、わしらだけやなくお前も利用したんじゃ」

 

「…………」

 

時雪は黙り込み、俯く。それを戦意喪失と見なした勝男は溜息を吐いて彼に背を向けた。

しかし。

 

「あ、の、お、ん、な……‼︎」

 

地響きでも起こったのか、と思うほどの威圧感満載の低い声。振り返ると、そこには鬼の形相で立ち上がった時雪がいた。

その様子を見た弟妹達は、長兄からゆっくりと離れる。

 

「やべぇ……姐御生きて帰れねェんじゃねーの、アレ」

 

「お兄様は怒ると閻魔大王より怖いんだから……」

 

「いや、姉上もあんまり変わりませんよ」

 

ボソボソと喋る弟妹達の声も、怒り心頭の時雪の耳には入らない。

 

「いつもいつも一人で何でも抱え込んで……挙句には俺を利用した?ふざけるなよ‼︎あの女、帰ってきたらぶっ飛ばしてやる‼︎」

 

時雪は竹刀を強く握りしめ、辰羅達を睨み据える。そのとんでもない殺気に圧された辰羅が、先手を取ろうと時雪に襲いかかった。

 

「俺の目的のために、お前らは邪魔なんだよ……」

 

味方でも恐れ慄くような、低く冷たい声。カッと開いた青い目は瞳孔が開ききっており、辰羅の腹めがけて鋭く竹刀を打ち付けた。

気絶した辰羅を払って、さらに駆け出す。

 

「邪魔だ、どけェェェェェェ‼︎」

 

「ちょっ、兄貴落ち着けェェ‼︎そんなに暴れちゃ、ヒロイン系男子の兄貴のイメージがァァ‼︎」

 

「待たんかコラァ‼︎お前ここわしの見せ場ァ‼︎」

 

「私の見せ場ァ‼︎」

 

「うるせェ知るかァァァァァ‼︎」

 

時政の制止も勝男と西郷の文句も耳には届かず、先陣を切って走り出す時雪。

かぶき町の人々はこれにより、時雪は怒らせると怖いということを悟った。

その勇ましい様を見て、お登勢は頼もしそうに笑う。

 

「何やってんだいアンタら‼︎連中にしかと思い知らせてやんな‼︎コイツが……かぶき町だってなァァァァァァァ‼︎」

 

お登勢の怒号と共に、辰羅vsかぶき町連合軍の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

********

 

一方その頃、華陀の城。真っさらな畳に血飛沫が飛ぶ中、銀時と次郎長、そして志乃は敵を次々と斬っていった。

四方を囲む辰羅達は、彼女が目の前の一人を斬った途端、一斉に襲いかかる。

志乃は気配だけでそれを感じ取り、ターンしながら右、背後、左の順に敵の腹をかっ裂いた。

さぁ次に行こうーーそう意識を遠くに向けた瞬間、右足に鋭い痛みが走る。

 

「んっ」

 

ちらりとそこに視線を向けると、腹を斬り裂いて倒したはずの辰羅が、志乃の右足に刀を突き刺していた。

剣を突き立てられたというのに脳は非常に冷静で、即座に辰羅の額を太刀で貫く。

そこに、さらに飛びかかってくる影を察知した。

志乃は咄嗟に先程絶命させた辰羅の遺体を持ち上げ、襲いくる敵に投げつける。

それから突き刺さったままの刀を抜き、それを右側に迫っていた辰羅の心臓めがけて飛ばした。もちろん、視線は向けないままで。

 

ーーガキィン‼︎

 

「しつこいなァもう」

 

再び背後から、刃が迫る。

それを認めもせずに太刀で受け止めた瞬間、さらに目の前に刀を振り下ろす辰羅が見えた。

殺られる前に、先に志乃の蹴りが的確に辰羅を突き飛ばす。太刀を滑らせて背後を振り返り、肩から袈裟がけに斬った。

しかし。

 

「……!」

 

辰羅の瞳孔の開いた目が、志乃を捉える。死んでもおかしくない状態の辰羅が志乃の太刀を抱きしめるように止めていた。

それを悟った瞬間、背中をバッサリ斬られてしまった。

 

「ぐっ……‼︎」

 

やられた、と感じた瞬間、すぐに太刀を抜き取って背後の辰羅に突き刺す。そしてそこから体を斬り裂いた。

ほぼ一撃で辰羅達を仕留める三人に、華陀の頬を汗が伝う。

 

「とっ……止めよォォォ‼︎春雨が名にかけて、こ奴等の息の根止めよォォ‼︎」

 

華陀の元まで、あと数人。

両手で数えるほどしかいない手勢に、志乃は気を引き締め直し、柄を握る。

斬って、斬られ、また斬って。大勢の敵を既に斬り殺した後の体でやり合うには、些か辛いものがある。

だが、そんなことを言ってられない。こちらが斬らなければ、斬られるのみなのだから。

しかし、ついに体が限界を迎えた。出血と疲労が相まって、三人は敵を斬ってそのまま揃って畳の上に倒れ込む。

 

「これで最後じゃぁぁ‼︎とどめを刺せェェェ‼︎」

 

本能が叫ぶ。このままだとお前は殺される、早く立て、と。

そうは言っても体は限界だ。喉の奥から何かがせり上がってきて、吐き出す。ぼんやりした視界に赤だけが広がった。

体が叫ぶ。うるせぇ、わかってる、と。一喝しても、本能はずっと騒ぎ立てる。

生物として生まれたからには、必ず死に対して一定の恐怖は持っている。それは銀狼も同じだ。

死にたくない。まだ、死ねない。やらねばならないことが、決着をつけねばならないことがあるのだ。

その強い信念だけが、今の彼女を動かしていた。

 

 

 

 

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」」」

 

 

 

 

 

最後の力を振り絞り、両の足を踏ん張って立ち上がる。

顔を上げたすぐそこにいた辰羅を、渾身の力で斬り飛ばした。

 

「…………や、やりおった。た……たった…………たった三人で、わ……わしの精鋭部隊を…………‼︎」

 

華陀の震えた声と、煩わしい呼吸音が耳に入る。口元を滴る血を拭って、志乃は不敵な笑みを浮かべた。




どうでもいいけど、最近、誕生日が来るのが早いなぁと感じるようになりました。年ですかね。


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しばらくは帰らない

信じられない、とでも言うような華陀の目。明らかにこちらへ歩み寄ってくる志乃達への恐怖を表していた。

志乃の耳に、大勢の足音が聞こえてくる。音がだんだん大きくなっているため、こちらへ向かってくるのがわかった。

華陀の目に入ってきたのは、かぶき町連合軍。その先頭に立つのは……たまとお瀧に支えられたお登勢だった。

そこに、華陀の部下が報告にやってくる。

 

「華陀様、市中に配した兵が各地で住民どもの抵抗に遭っております。兵のほとんどが『獣衆』によって潰され、ここにもじき四天王の率いる勢力が……」

 

その報告を最後まで、華陀が聞くことはなかった。孔雀の羽を模した扇から刃を出し、傍らに立つ部下を斬る。

 

「争いの絶えることのなかった無法者どもが。窮地を前に、一つになったと……。……ククク、ハハハハハハハ!」

 

空に、彼女の笑い声が響く。それに舌打ちをしつつ、睨むように華陀を見つめた。

荒くなっていた呼吸が、少し大人しくなる。後ろにいる男二人は、未だに虫の息だが。

 

「よもやこの汚れた街が、かような勇ましき顔も持ち併せていようとは……まことに奥深き街よ……かぶき町」

 

ベキベキ、と木材が握り潰されているような音がする。こちらを振り返った華陀は、普段のすました笑顔とは全く違う、憤怒の表情を浮かべていた。

 

「………………お……覚えておれ次郎長。次にわしが訪れし時は、阿鼻叫喚の地獄が如き街の顔を見ることになろう。この借り、必ずや春雨が返す」

 

そう捨て台詞を残して、華陀が去っていく。

一度呼吸を整えてから、一歩前に踏み出す。背後にいる銀時と次郎長も志乃の後を追おうとしたが、互いの足に引っかかり、二人仲良く畳の上に倒れ込んだ。

 

「っ……あんたら……大丈夫か……?」

 

「人の……心配、してる……場合か……」

 

「早く追え、嬢ちゃん……目当ての獲物だぞ」

 

倒れた二人を振り返ると、微かな声で志乃の背中を押す。もう放っておいたら先に揃ってくたばりそうだと思ったが、溜息を吐いて、再び前を向いた。

 

「言われなくてもやってやらァ」

 

太刀を杖代わりに、負傷した足を引きずって歩き出す。屍となった敵を跨いでから、志乃はふと口を開いた。

 

「銀、一ついいかな」

 

「……あ?」

 

「悪ィ。しばらくは帰らない。そう、アイツ(・・・)に伝えて」

 

体を起こそうとする銀時を横目で見て、微笑む。

 

ーー黙っててごめんね、みんな。

 

心の中でポツリと呟いて、志乃は華陀を追うべく両足で歩き出した。

 

********

 

「ッ……ハァッ、ハァッ!」

 

華陀の城の、最深部。脱出用に準備していた船を目指して、華陀は走っていた。残った仲間は全て斬られ、今や彼女一人。生き延びるべく、華陀は必死に足を動かしていた。

止まるな、止まるな。止まってはいけない。止まったら、あの女がーー‼︎

 

「ーー待て……」

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

「待てって……」

 

掠れた声と共に、気配が迫ってくる。

もう少しで、目的の船に辿り着く。あと三歩、というところで。

 

ーーガッ‼︎

 

「ぅあっ!」

 

後頭部に強い衝撃を食らい、華陀の意識が遠のく。彼女を襲撃した人物は、額から滴る血を拭い、振り払った。

 

「待て、っつってんのに……」

 

はぁ、と溜息を吐いた少女ーー霧島志乃は、自らの足元に崩れ落ちた華陀を見下ろす。

 

「殺すつもりはないって言いたかったんだけどなァ……ま、いっか」

 

すぐに思考を切り替え、懐に手を入れる。中から携帯を取り出して電話のアドレス帳を開き、最近登録したばかりのある番号に電話をかけた。

 

「……もしもし?」

 

『ハイもしも……ゴホン!何でござるか』

 

「ねぇ何でさっき一瞬咳払いした?何のノリでいこうとしてた?ねぇ」

 

『ぬしが気にする必要はないでござる。して、何の用件でござるか』

 

今一瞬だけだけど、なんか明らかに違うノリでいこうとしてたよね。なんかちょっと商業者っぽいノリだったよね。

追求してやりたかったが、もう面倒なのでさっさと用事を済ませる。

 

「華陀を捕まえた」

 

『!……やっとでござるか』

 

「時間がかかって悪かったね。あんたの大将、しびれ切らしてない?」

 

『いや……ぬしの好きなようにしろと言ったのは、他でもない晋助(・・)でござる。おそらく、いくら時間がかかっても待つつもりだったのだろう』

 

「へーえ。いい男」

 

『嫁に来る気になったでござるか?』

 

「バカじゃないの?」

 

嘲笑いながら吐き捨てると、電話の向こうの相手もフッと笑った。

わかってるなら、最初から聞くな。そう言いたくなるのを、口を噤んで堪える。

 

「で?どーすればいい?こいつ」

 

『三日後、そちらへ遣いをよこす。その時にぬしへの報酬を払うでござる』

 

「……わかった。それじゃあ、あの埠頭で待ち合わせね」

 

『わかった』と短く答えると、通話が切れる。携帯を耳から離し、溜息を吐いてから空を仰いだ。いつの間にか陽は暮れていて、青と赤のグラデーションが満天を塗り潰していた。

ゆっくりと、携帯を下ろす。

その画面には、「万斉さん」と表示されていた。

 

********

 

ーー時は遡り、騒動の起こる十日前。

ある日、志乃の元に一通の手紙が届いた。差出人は封筒には書かれていなかったが、手紙の一番最後に、差出人であろう名前が入っていた。

その名を見た瞬間、志乃は手紙に目を通す。

 

『二日後、江戸外れの屋形船で待っている』

 

こんな手紙をわざわざよこすとは、何か自分に用事があるのか。この淡々とした一文からは、それ以上何も読み取れなかった。

 

しかし、志乃はこの誘いに乗る。約束通りこの二日後、江戸の街はずれの河川に停泊する屋形船に向かったのだ。

中に通されると、そこには箱膳が二つ、向かい合うように並べられている。その志乃の目の前に、煙管を吹かした隻眼の男が座っていた。

 

「よォ」

 

男は志乃の姿を認めて、口角を上げる。銀時といいこの男といい、どうしてこうも笑うのが下手なのか。一言で言うなら悪人ヅラの笑顔、というやつである。

志乃は溜息を吐いて、予め用意されていたもう一つの箱膳の前に腰を下ろした。

 

「……どーも、こんばんは」

 

「なんだ、愛想ねェなァ」

 

「どうでもいいでしょ。珍しくアンタが誘うもんだから仕方なく来てやったってのに、早速文句?帰るよ?」

 

「そう急くな。今日はお前に話があって呼んだんだ」

 

「あっそ」と呟いた志乃は、座布団の上に胡座をかく。その時、船と陸を繋ぎ止めていた縄が解かれ、船は川を下っていった。

いつ何があってもいいように、事前準備はして来ていた。懐や裾にはクナイを隠してあるし、帯には愛用の金属バット、そして特殊警棒も忍ばせている。

それほど警戒しないと、こうして会いに行くなどできない。特にこの男ーー高杉晋助には。

 

志乃の並ならぬ気配を感じ取ったのか、高杉はくつくつと笑って、煙管の煙草を捨てた。

 

「安心しな。この通り俺は武器を何一つ持ち込んじゃいねェ。お前が予想してる事態は決して起きねーよ。それとも何だ?期待してたのか?」

 

「んなわけねーだろ。バカじゃねーのお前」

 

呆れて、湯呑みを持って鼻に近づける。アルコールやら薬独特の刺激的な匂いはしないから、問題ないとは思うが……警戒を解かずに、志乃は高杉を睨んだ。

 

「……ただの茶だ。そこまで信用ないか?」

 

「無いね。あるはずがない」

 

相変わらずの毒舌に、高杉は溜息を吐く。昔はあんなに可愛げがあったのに、一体誰に育てられたのか。

 

こんな捻くれた性格に育ったのは、紛れもなく環境のせいだろう。志乃は一度、人間不信に陥ったことがある。自分以外の誰も信じられなくなって、誰も自分の心に触れられないようにしていた。

ゆえに敵の心の奥底を読み取る洞察力が養われ、自分の身を護れる強さまで手に入れた。戦いに明け暮れる"銀狼"の娘としてではなく、普通の娘として育ってほしいと願っていた父の思いなど知らず。

 

「……で?私に何の用?」

 

本題を聞き出そうと、高杉を見やる。彼は徳利を傾けながら、口を開いた。

 

「…………お前、万事屋とか言ってたな。金さえ払えば何でもやるっていう」

 

「そーだよ。それが?」

 

「お前に頼みがあるのさ。……まぁ、依頼と言った方が早ェか」

 

高杉が持ち出してきたのは、なんと依頼。まさかあの高杉がそんなことをするはずが……動揺した志乃だったがそれを呑み込み、続きを促す。

 

「内容は?それによっちゃ斬る」

 

「相変わらず物騒だな。……ま、少なくともお前が思ってるような内容じゃねーよ」

 

ーー逃げ出した女狐を捕まえてきてもらいてェんだ。




ここら辺からオリジナルルートを突っ走ります。「もうついてけねーよ!作者意味わかんねーよ!」という方はもし質問などあれば作者へGOGO。ネタバレを含みながら話します。


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銀狼

高杉が続けて放った言葉に、志乃は顔をしかめた。女狐とは一体、誰のことを指しているのか。女狐、と呼ぶからには女なのだろうが。

 

「……誰の話?」

 

「知らねェか」

 

御猪口に注いだ酒を呷り、高杉はさらに続けた。

 

「その女はかつて、春雨第四師団団長だった。だが組織内の派閥争いに負け、金を持ち逃げした。……そいつが地球に潜伏しているという情報を手にしたわけさ」

 

「地球ってったって、この国に本当にいるの?まさか海渡って外にいるとか言われたら私依頼受けないよ」

 

「この国にいるからお前に頼んだんだろ。しかも噂によれば、その女、江戸にいるという話だ」

 

「!」

 

箱膳に並ぶ料理に箸をつけながら、話を聞いていた志乃は目を見開いた。

 

「その情報は、どれくらい確か?」

 

「九割九分だ」

 

「ほぼ確実ってことか。……まぁ、それくらいなら。でも引き受けるからには、それ相応の対価は払ってもらうよ」

 

「もちろんだ。ーー決まりだな」

 

したたかな笑みを浮かべる高杉を、同じくニタリと笑って返した。

 

********

 

志乃が約束通り、華陀を拘束してから三日後。予め指定してきた埠頭に華陀を引きずって、志乃は鬼兵隊の面々を待ち構えていた。

太陽が傾く、夕暮れ時。こちらへ近づく気配を感じて、志乃は刀に意識を向けた。

 

「よぉ、待ってたぜ」

 

眼前に現れたのは、遣いとしてやってきた鬼兵隊。それを率いるように中心に立っていたのは、武市とまた子だった。

 

「随分と遅かったっスね。そんなに手こずる相手だったんスか?」

 

「手こずるどころの話じゃねーよ。アンタんとこの大将から言われた女の正体は誰なのかあれこれ調べたら、まさかかぶき町四天王だったなんて。ならず者の街・かぶき町で、ある日突然四天王の一角を潰してみろ。今度は私が危なくなるじゃねーか」

 

「ただでさえ新勢力だ何だって目ェつけられてんのに」と、溜息を吐いて志乃はぼやく。

こちらがちょこちょこ華陀のことを突けば、それに反応した向こう側がいつこちらにいつ牙を剥くかもわからない。

志乃はそんなギリギリの綱渡りをさせられていたのだ。褒め称えられてもいいくらいである。

 

「とにかく、ホラよ。約束の女だ」

 

「ご苦労様でした、霧島さん。して、こちらは……報酬です」

 

武市の後ろからやってきた浪士が、志乃にアタッシュケースを持って近寄る。それを、志乃が手をかざして止めた。

 

「あー、いいよいいよ金なんか。私はもっと別のモンが欲しい」

 

「別のもの?何言ってるっスか!せっかくこっちがわざわざ金を用意したってのに!」

 

「うるせぇやい。アンタらさ、確か春雨と密約交わしてんだったよね?なら、話は早い。私を春雨の母艦かそれみたいな場所に連れてって」

 

「はぁ⁉︎」

 

突然の頼みに、また子は驚いて声を上げた。武市も眉をひそめ(とは言ってもポーカーフェイスのままだが)、彼女の心の内を探った。しかし、いくら策謀家と呼ばれる彼でも、銀狼(かのじょ)の意図は読み切れない。

 

「……一体何のためにそんなことを?貴女はわかっているのですか?春雨は貴女にとって敵です。そして当然、我々もそうなのでしょう。それなのに何故、わざわざ敵地に赴くようなことを?」

 

「じゃあ、あんた達が私の知りたいことを全て教えてくれる?」

 

「知りたいこと……?」

 

また子が復唱するように尋ねると、志乃がこくりと頷く。

 

「杉浦大輔について、その全てを私に教えろ」

 

「は?杉浦?何であんな奴のことを知りたがるっスか」

 

「そんなのどーだっていいだろ。金の代わりに情報を交換しようってんだ。悪くねェ話だとは思うが?」

 

「……目的が読めませんね」

 

相変わらず考えを読み取らせない虚ろな目に、志乃が映る。

 

「何故貴女は今更になって彼のことを調べたがるのです?確かに彼は我々と同じくシリアスキャラで、この小説では滅多に姿を見せない男。初期の頃は貴女に張り付いていたそうですが、真選組を抜けてからはとんと姿も見せず。最後に登場した回といえば、真選組動乱篇のしかも途中からではありませんか」

 

「いや私は武市(おまえ)をシリアスキャラだと思ったことは一度もねーよ。場違いなボケキャラくらいにしか思ったことねーよ」

 

ハァと深い溜息を吐いて、腕を組んだ志乃は続ける。

 

「大体さァ、お前実写映画じゃアレただの佐藤◯朗じゃねーか。監督も役よりありのままの彼を尊重したそうじゃねーか。お前なんてな、佐藤◯朗にポジション丸まま持ってかれたようなモンだよ。同じ鬼兵隊でも、堂◯剛の高杉とか菜々◯の来島とかはまあまあ定評があるってのに、お前ただの佐藤◯朗じゃん。役者のまんまじゃん。もう武市変平太じゃないじゃん、佐藤◯朗じゃん」

 

「いやお前もなかなか場違いなボケかましてるっスからね⁉︎ていうか何でここで実写映画の話⁉︎二人揃って何シリアスシーンぶち壊してるんスかァァ‼︎」

 

まぁ、志乃の実写映画評価は置いといて。コホンと一度咳払いをした志乃は、話を元に戻した。

 

「とにかく私は、杉浦(あのおとこ)の正体を掴みたいだけ。それ以外に何もない。あんたらが私の宇宙へ行って帰るための足になって。依頼料はそれでよろしく。私だって苦労してこの女捕まえたんだよ。それくらいなら、この仕事と充分釣り合うさ」

 

「だからってそんな勝手な話、晋助様が許すはずが……‼︎」

 

「いーや、許すね。アイツは昔から妹には弱かった男だ。私の言うことなら何でも聞いてくれたからね。それに……」

 

不敵な笑みを刻んで、志乃は挑発的な視線を二人に向けた。口元は歪んだ弧を描き、性格の悪さを表している。

 

「アイツにとって、これはチャンスのはずだ。何せ思いを寄せる女が、無防備にも男の船に単身乗り込むってんだ。狙うどころか手篭めにする機会はいくらでもある。なんなら拘束して一生船から出してやらねェなんてこともできるんだ。こんな滅多にないチャンス、あの高杉が逃すはずがねェと思うがね?」

 

「なっ……!」

 

「……なるほど。どうやら年相応でないのは、身体だけでなく心もそうだったようですね」

 

納得するように頷く武市だが、志乃の目がすぐに敵を見る色に変化する。

 

「何コイツ急に気持ち悪くなったんだけど。ロリコンが突然発症し出してんだけど」

 

「ロリコンではありません、フェミニストです」

 

「身体を比べただけでもうロリコン確定だろ。何?殺していい?」

 

「落ち着いてください。私はそんなことを言おうとしたのではありません。貴女は狡い(ひと)だと言おうとしたのです」

 

西日はいつの間にか、水平線の向こうへと姿を消してしまっている。空には星が瞬き始めていた。

 

「我々どころか晋助殿の気持ちをも利用し、己の目的を達しようとするとは……魔性の女とはまさに貴女のこと。これでは晋助殿は、女に弄ばれる哀れな男のようですな」

 

「私みてーな性悪女に引っかかった時点で、あの男の運は尽きていたのさ。それに、私をこんな最低最悪性悪ドS女に育てたのは誰だと思う?あの、ドS兄貴と性悪兄貴だよ」

 

肩を竦めて、志乃は空を仰いだ。

星を見上げるだけで思い出す。

銀時と高杉が、志乃を巡ってはよく喧嘩をしていた姿を。元々ウマの合わない二人だったが、お互い似た者同士で戦ではあの二人が組めば最強だったという。

二人から、志乃は性格の悪さと狡猾さを学んだ。

しかし逆に言えば、二人さえいなければ、志乃は純粋な少女に育っていたということになる。

 

「……仕方ありませんね。わかりました」

 

しばらくの沈黙の後、それを破ったのは、武市の了承だった。

 

「武市先輩!ホントにいいんですか、あんな信用ならないガキ……」

 

「彼女の真意がどうであれ、言うことは確かに正しいです。敵地にそう安安と己の身を晒すなど、よほどの馬鹿でなければできないでしょう」

 

「誰がバカだ。バカなのはてめーらの頭の中だろバーカ」

 

兎にも角にも、こうして話はまとまったのだった。

 

********

 

出発直前、深夜。

次郎長は病院のベッドの上で、窓の外を一人眺めていた。その時、不意に窓越しに銀髪が垂れ下がって、次郎長の目の前に現れる。

 

「やっほ、次郎長の旦那」

 

コウモリのように逆さまになって病室を覗き込んできたのは、志乃だった。手をヒラヒラと振って、「ここ開けて」とジェスチャーで伝える。

上着を羽織った次郎長が窓を開けると、体を回転させて小さな音を立てて、窓の下枠に着地した。

 

「随分と足場の悪い環境が好きらしいな、嬢ちゃんは。争いの収まった街にゃ、もう用無しか」

 

「…………私が街を離れるなんて、いつ言ったの?」

 

「言ったじゃねーか。『しばらく帰らねェ』ってよ。あらァ、そういう意味じゃねーのか」

 

「違うよ。ちょっと出張に行ってくるから、しばらく帰らないってだけだ。ていうか、そんなことを話したくてわざわざここに足を運んだんじゃないんだよ。礼を言いに来たんだよ、アンタに」

 

月の光が部屋に差し込み二人を照らす。逆光になっているせいで、志乃の表情はあまり読み取れない。

 

「ありがとね、旦那。アンタが私を匿ってくれたおかげで、私は華陀を捕まえられた」

 

「そーかい。結局俺ァ嬢ちゃんに利用されたとばかり思っていたがな。いや……嬢ちゃんは、あの女狐を捕まえるために、この街の全員を利用しやがったんだろう。どっちが女狐かわかんねーな、こりゃ」

 

「利用?何の話かな。私はこの街全てを利用できるほど器用じゃないよ。あの銀時(バカ)の妹だもん」

 

「どうだか。はじめからあの女の本性に気づき、向こう方に悟られんように化けの皮を剥いでいたクセにな。バカならここまで上手いこと惚れた男まで使って、事態を収集させられるか」

 

「んも〜、みんな私を買い被りすぎだよ」

 

ケラケラと笑う志乃は、下枠に腰を下ろした。

実際、志乃が今回の件でしでかした事態は大きい。高杉の依頼のために次郎長と銀時、かぶき町全てを華陀失脚のために利用し、最終的にかぶき町四天王の一角を沈めてしまった。

戦争は平子が仕組んだものとはいえ、志乃はそれすらも見透かして、戦争自体を利用したのだ。実に末恐ろしい女である。

次郎長はフッと溜息を吐く。

 

「……全く、"銀狼"と関わるとロクな事がありゃしねェな」

 

「アンタさ、私以外の銀狼に会ったことあるの?」

 

「知らねーのか、お前さんの母親のことだろう」

 

「いや……私、両親の顔を覚えてなくて……物心ついた頃には、もう銀達が一緒にいたから……」

 

「そうか。そりゃどうりで知らねーわけだ」

 

少し哀しげな表情を見せる志乃が、次郎長の目にはあの時見た女と重なった。

月光に照らされる中、女の赤い目は憂いと悲哀を帯びていた。敵を斬り味方を斬り、"渡り鬼"と呼ばれた孤独な女は一体何を考えていたのか。

 

「……まぁ、知ってて損はないだろう。お前さんの母親のことだ。俺の知ってる限りだが、教えてやる」

 

志乃の目が、ゆっくりと次郎長に向けられた。それを感じながら、次郎長は口を開く。

 

「そいつの名前は、霧島天乃(アマノ)。お前さんと同じ銀髪に赤い目、藤色の着流しに派手な柄の上着を纏い、一振りの太刀を提げて戦場を渡り歩いていた。そこで敵味方問わずありとあらゆるものを斬り、双方より"渡り鬼"と称された女だ」

 

「……"鬼"……か」

 

「俺も戦場で一目見たことが……俺にゃアレが鬼だとは思えなかったね。鬼というよりかは人間だったよ。あんな物憂げな目をする鬼がいるか」

 

「…………」

 

「……俺がお前さんを天乃の娘だと思ったのは、目が似ているからだ。苛烈なやり口を平気でしてのけるクセに、そんな哀しい目をしている。……鬼なのか人なのかわかりゃしねェな、お前さん達は」

 

黙って話を聞いていた志乃は、ふと口角を上げ、腰を上げて窓の外側を向いて空を仰いだ。

 

「旦那、アンタの読みは外れてるよ。私も天乃って女も、鬼なんてものじゃない。ましてや人でもない。ただの"銀狼"さ」

 

次郎長を振り返って一度微笑みかける。月光に照らされた彼女は実に儚く、美しかった。

 

「そうだ。娘の私から一つ、アドバイスしてやるよ。親父なら娘を護ってあげなよ。父親ってさ、娘からしたら、最大の庇護者であり最高の男なんだから」

 

「…………お前…………」

 

「じゃあね、旦那」

 

前を向いた志乃は、そのまま窓枠から飛び降りる。次郎長が後を追って窓から下を覗き込むが、目立つはずの志乃の姿は、闇に紛れて見えなくなっていた。

 

********

 

江戸外れにある、埠頭。コンテナの囲うそこを、志乃は一人歩いていた。

ヒュウ、と風が吹く。それに色がついたように、煙が宙を舞っていた。

 

「女がこんな時間に一人でほっつき歩いてんじゃねェよ。攫われてェのか?」

 

雲から月が顔を出すと、志乃の前に一人の男を照らし出す。煙管を手にした隻眼の男は、彼女の姿を認めるとニヤリと笑った。

 

「……私をそこらの女と一緒にしないでくれる?私を攫おうってんなら、軍隊一個あっても足りないよ」

 

「ククッ……確かに。銀狼(おまえ)を攫おうなんざ、気が狂ってるとしか思えねェ」

 

「あんたみたいなバカくらいしか考えないだろうね、高杉」

 

紫色の派手な柄の着流しを着こなす高杉は、呆れ顔の志乃を見て妖艶に微笑む。それから背を向け、一歩踏み出し始めた。

 

「ついてこい。お前の行きたい所、どこへだって連れて行ってやらァ」

 

立ち止まったまま、遠ざかっていく背中を眺める。一つ息を吐いて、志乃も足を動かした。

 

ーーごめんね銀、トッキー。もうしばらくは帰れないや。

 

心の中で詫びてから、志乃は高杉の船に乗り込んでいったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーかぶき町四天王篇 完ー

 




ハイ、終わりましたかぶき町四天王篇。

こんなダークネスな雰囲気で終わった長篇初めてかもしれない。つーか長篇なんて大抵スッキリした終わり方してないよね、まとめきれてないよね、俺。あー、チックショー‼︎(コ◯メ太夫風)

まぁ今回はすっごいメチャクチャな部分もありましたが、志乃の恐ろしい一面を見せられたのではと思います。

恐ろしいといえば今回、トッキーが一番怖かったかもしれない。もうお妙さんレベルで怖いかもしれない。
何なの。ヒロイン系男子はヒロインらしく大人しくしててよ。


さて、志乃が執着し出した杉浦ですが、理由をここでちょっと説明を付け足しておきたいと思います。

まず真選組動乱篇のラストで、志乃は杉浦の狙いが自分で、いつか確実に自分を狙いつつ、その周囲諸共潰しにやってくるだろうとふんでいました。
志乃は仲間を護るため、誰も巻き込ませないため、一人で杉浦と決着をつけると決心。それから杉浦の正体を探ろうと色々と攘夷志士から情報を集めますが……そもそも杉浦のことすら知らない者が多く、鬼兵隊と繋がりのある組織にかけあってみても、結局何も掴めず……。
そこで志乃は今回、宇宙全ての情報を司っているであろう春雨の情報網を頼ることにした、ということです。

わかりにくかったですよね、すみません。


ということで次回、春雨の母艦に乗り込みます。


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いよいよオリジナル長篇いくぞ!の前に必要なので頑張ります
悪党と正義の味方は紙一重


「……はーっ…………」

 

「志乃、こっちだ」

 

高杉に報酬として連れてもらった、春雨の拠点母船。

はっきり言おう。デカい。

志乃はその大きさに圧倒されながらも、流石は宇宙最大の犯罪シンジゲートだなぁ……と感心し、敵地にいることを忘れていた。

 

高杉が先に歩くのに、ついていく。

彼の背中は昔と変わらず大きかった。それだけなら、同じなのに。

……一体何が、彼を変えてしまったのか。どうしても、志乃にはそれがわからなかった。

 

苦労して捕まえた華陀を春雨に引き渡し、提督の元に案内される。

すれ違う天人達が自分の姿を見て何やらざわついたり驚いたりしていた。

まぁ当然といえば当然の反応だ。

何せ、銀狼は元老が最も注目する存在。その末裔である志乃の名が、春雨全体に伝わっていてもおかしくない。

しかし、特に気にする素振りも見せずに進む。

 

自分には、やらなくてはならないことがある。たとえ一人でも、カタをつけなければならない男がいる。

彼のことを調べるために、志乃は高杉の依頼を受け、春雨の母船まで連れてきてもらったのだ。

 

ーー絶対にお前の尻尾を掴んでやらァ、杉浦よォ。

 

志乃は決意を新たに、足を早めた。

 

********

 

部屋には、長いテーブルに志乃と提督が向かい合わせで座っていた。高杉は部屋の外で待っている。

 

「これはこれは、遠路遥々よく来てくれた。ワシが春雨十二師団を率いる阿呆提督だ」

 

「は?アホ?」

 

「誰がアホだ小娘がァ‼︎」

 

「あっすいまっせん聞き間違えました、すいまっせん!」

 

怒り狂う阿呆提督に平謝りをして、志乃は彼を改めて見つめた。

一言で片付けると、ただのブタ。腹の脂肪が多く、拳での貫通は難しそうだと何とも危ない推測を立てていた。

阿呆提督は必死に謝る志乃を見て、これ以上怒れず、溜息を吐く。

 

「まぁよい。今回だけは見逃してやる」

 

「本当にすみません、阿呆提督。あ、改めましてどうも、霧島志乃です」

 

にこ、と薄っぺらい笑顔を顔に貼り付ける。いわば営業スマイルというやつだ。

交渉の場で笑顔を向けられれば人は敵意を向けにくいと聞いたが、さて今回の相手はデブでも立派な海賊だ。一筋縄でいくかどうか。

 

「実は今回、私の私情でこちらの資料室もしくはコンピュータを貸していただきたく、参上しました」

 

「何が目的だ?」

 

「ええ、私は今、とある男との戦いを控えております。私は基本戦いを好まないのですが、その相手の正体が一切わからない状態なのです。素性の知れない相手を殴るなんて私にはできませんし、何よりなかなか証拠を掴ませない奴でしてね、とても困っていたんです。なので、宇宙最大の犯罪シンジゲートであるこちらの資料室かコンピュータならば、彼の正体を掴めるかも、と踏んで来ました」

 

「ほう?」

 

「ご安心を。私はここにいる間、貴方方へ危害を加えないと約束します。目的さえ果たして無事地球へ帰れるなら、私はそれでいいのです。もちろん貴方方にも、私には一切手を出さないと約束していただけるのなら、の話ですが」

 

阿呆提督は、にこりと微笑む志乃の話を黙って聞いていた。

目の前にいるのは、銀狼。元老院だけでなく、春雨と密約を結んだ天導衆も欲しがる最恐の女。

そんな女が、敵地であるこの春雨にやってきて、しかもここにいる間は一切攻撃しないと言うのだ。

だが、それについて出された条件が面倒だ。

私は暴れない。その代わり、お前達も私に手を出すな。そう言っている。

そもそも彼女は、高杉の客としてここに来た。

つまり高杉さえいなくなれば、彼女は地球へ戻る足を無くし、この母艦に閉じ込めることができる。

頭の中でそう計算した阿呆提督は、ニヤリと笑った。

 

「よかろう。そちの希望と条件、両方呑んでやる」

 

「ホントですか?ありがとうございます!」

 

にこっと先程よりも子供らしい笑顔に変わった志乃。

いくら銀狼と恐れられても、所詮ただの子供。阿呆提督の笑みはさらに深くなるばかりだった。

 

********

 

部屋を出ると、柱に寄りかかってキセルを吹かしていた高杉が目に入った。

派手な紫色の着物を着崩している姿は、どこにいても目立つ。そんな事を考えつつ、志乃は彼の元に駆け寄った。

 

「高杉!」

 

「終わったか」

 

「うん、貸してもらえることになったよ。連れてきてくれてありがとね」

 

高杉は志乃を見るなりキセルに入れた煙草を捨て、懐にしまう。彼女が自分の目の前で立ち止まり、見上げて感謝の言葉を述べると微笑んで返した。

その笑みはいつもの薄笑いではなく、昔のような優しい眼差し。

こんなに愛おしい存在は、宇宙中のどこを探しても目の前の少女しかいない。

 

「さてと、早速資料室に行きたいんだけど……どうしよ。そこら辺の人に聞けばわかるかな」

 

「案内してやる。こっちだ」

 

「あ、待って!」

 

先に歩き出すと、小走りで志乃が隣までやってくる。

まだ小さい足が忙しなくパタパタと動き、高杉についていこうと歩みを止めない。

廊下をしばらく歩いていると、広い場所へ出てきた。四方向に入り口があり、そこからまた色んな部屋へ行けるのだろう。

高杉が真っ直ぐ進むのを見て、志乃もついていった。

その時、誰かとすれ違う。すると隣を歩く高杉が、ふと足を止めた。

 

「?」

 

それに倣って、志乃も歩みを止める。

キョトンとして高杉を見上げたが、彼は肩越しに背後を振り返っていた。

 

「高杉……?」

 

名前を呼んでみても、視線を背後の人物に向けてこちらを見ることはない。

誰を見ているのだろうか。疑問が湧き上がって、志乃も彼に倣って振り返る。

刹那、感じたことのある視線が自分に集中したのに気がついた。

あれは確か、吉原で感じたものと同じ。獲物を狙う獣のような、鋭い視線。

ようやくそれを認めると、志乃は大きな目を見開いた。

 

「か……かむ、」

 

言い終わる前に、体を温もりが包み込む。黒いチャイナ服とサーモンピンクの三つ編みが視界に入った。

 

「久しぶり、志乃。……ずっと、会いたかったよ」

 

「か、神威……」

 

そうだ。今の今まで忘れていた。

ここは、春雨の本部。ならば、春雨第七師団の団長を務める神威がいても、何らおかしくなかった。

志乃は抱きしめてくる神威を押し飛ばそうとしたが、その分腕の力を強くされた。

その時、ジッとこちらを見つめてくる視線に、ハッとした。

傍らから見下ろしてくる、冷たい視線。高杉だ。

 

ーーちょ、これってマズいんじゃ……⁉︎

 

一瞬で自分の危機を察した志乃は、神威の腕の中から逃れようと暴れる。

 

「放せ。私にゃアンタと再会を喜んでるような時間はないの」

 

「何でこんな所にいるの?迎えに行くから待っててって言ったのに」

 

「お前に迎えを頼んだ覚えはねェ、さっさと放せバカ」

 

「ヤダよ」

 

「ふざけろすっとこどっこい‼︎」

 

罵倒を交えて神威を引き離そうとするも、流石は夜兎と言ったところか、ビクともしない。

正当防衛として殴ってもいいんじゃないかと思ったが、先程阿呆提督に「お互い手を出さない」と約束してしまったため、どうしようもない。

志乃は後ろでやれやれと肩を竦めている阿伏兎に叫んだ。

 

「ちょっと阿伏兎さん、何他人事みたいな顔してんの!アンタんとこのバカ団長なんとかしてよ!」

 

「あー、ハイハイ。団長、アンタ提督に呼ばれてるだろ。早く行くぞ」

 

「えー?そんなの別によくない?」

 

「いいわけあるか!さっさと行くぞ!」

 

駄々をこねていた神威だったが、阿伏兎が首根っこを掴んで引き剥がしたおかげで、ようやく志乃は解放された。

ゼーゼーと肩で息をする志乃の手を、ずっと黙っていた高杉が掴む。

 

「行くぞ」

 

「へ?わ、ちょっと!」

 

有無を言わせず引っ張られ、つんのめりながらも志乃は歩き出した。

阿伏兎に引きずられている神威は、去っていく二人の背中を見つめ、ボソッと呟く。

 

「…………俺が迎えに行くまで、他の男作っちゃダメって言ったのになぁ」

 

「アレ、嬢ちゃんの男だったのか?嬢ちゃんもあんな可愛いツラして、随分とおっかねェ男選ぶもんだな」

 

神威の呟きを聞き留めた阿伏兎が、独白のように言う。

二人は知らない。何故彼が、志乃に執着するかを。

そして、志乃も知らない。彼が自分に執着する理由を。

 

********

 

高杉に引っ張られて到着した資料室。想像していたよりも大きく、志乃はまたまた呆然としてしまった。

 

「資料はこの奥にもあります。パソコンも完備しておりますので、どうぞご自由にお使いください」

 

「ありがとう、おじさん達」

 

部屋を一通り案内してくれた天人に、礼を言う。

彼がそそくさと退散すると、高杉が彼女を見下ろして言った。

 

「用事が済んだら帰ってこい。すぐに船で送ってやる」

 

「うん、わかった」

 

頷いて答えた彼女の頬に、高杉が手を添える。

突然のことに志乃はビクリと肩を揺らして、高杉を見上げる。

 

「お前……あの男と知り合いか?」

 

「え?う、うん。前に一度会って……」

 

ずいっと顔を近づけると、怯えたように眉を下げた。

 

「以前、この俺を差し置いて好きな野郎がいると言っていたな。奴のことか?」

 

「違う!あいつは何でもない!」

 

「そうかい」

 

即答した志乃に、高杉はさらに顔を寄せ、コツンと額を突き合わせた。

 

「なら、いい。お前の恋人とやらは地球にいるんだろうが……ここにいる間は俺に従え。わかってるよなァ、志乃?お前は俺がいねェと、ここから逃げることすら叶わねえ」

 

「…………」

 

「……奴とは関わるな」

 

そう言い残し、志乃から離れ、背を向けた。

志乃は黙って彼の背中を見ていたが、ふと溜息を吐き、髪を搔き上げる。

 

「向こうからまとわりつかれた場合はどうすりゃいいんですかね、お兄さん」

 

そう尋ねた時既に、高杉は資料室を後にしていた。

相変わらずだ、と志乃は思った。

一度別れて以来、変わってしまったと思っていたが、根本的な部分は昔の彼と変わっていないように思えた。(あたし)のことを想い、護ってくれたあの頃の彼と。

 

「さてと、始めますか」

 

扉から背を向けて、ぐーっと伸びをする。

パソコンを立ち上げてから、簪を取り出し、髪をまとめた。

 

********

 

「…………ぅう……」

 

数時間後。志乃は、机の上に突っ伏していた。

ありとあらゆる情報を引っ掻き集めてみたものの、これといった情報は一切無かった。

なかなか尻尾を掴ませない男、と言えば聞こえはいいだろうが、今の志乃の機嫌は最悪だ。

 

「くっそォ……野郎、見つけたら絶対ェぶちのめす」

 

溜息を吐いて、ガシガシと頭を掻いた。このままだと確実にストレスでハゲそうだ。

というか、元々情報収集なんてガラじゃなかったのだ。いつもならお瀧に任せるところだが、今回は自分で何とかしたかった。

 

一族の問題は、一族で何とかしなくてはならない。

 

再び嘆息して、椅子に凭れかかる。

宙を仰ぎ見ていると、チラリと見覚えのあるサーモンピンクが目に入った。

 

「志乃っ」

 

「どわあ⁉︎」

 

視界いっぱいに、神威の笑顔。

驚いた志乃は、体を急いで起こしてしまった。

すると、

 

ゴチン!

 

「いってェェェ‼︎」

 

「痛っ」

 

志乃がちょうど起き上がったため、額同士が勢いよくぶつかり合った。

夜兎の神威の頭は意外と固く、当たり負けした志乃は額を押さえて塞ぎ込んだ。

 

「ったぁ〜……」

 

「大丈夫?志乃」

 

「うっせぇ!誰のせいだと思ってんだ、このすっとこどっこい!」

 

神威が志乃の顔を覗き込む。その笑顔にイラついた志乃は涙目でキッと睨みつけるが、もちろん彼はそれに動じない。

神威はスッと彼女の座っていた机の上に、カフェオレを置いた。

 

「はい、コレ」

 

「!」

 

「なんか作業してたんでしょ?お疲れ様。ちょっとくらい休憩入れないと、体が保たないよ」

 

「…………」

 

志乃はキョトンとしてカフェオレと神威の顔を交互に見る。

神威にしては気がきくと思ったが、こんな奴が常識なんて持ち合わせているはずがない。罠じゃないかと不安になった。

神威は隣の椅子を引いて、背凭れの方を向いて座った。

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない。ありがと」

 

……まあ、せっかく持ってきてくれたのに、その好意を無下にする理由もないか。

視線で促され、志乃はようやくカフェオレに手をつけた。一杯呷り、こくりと飲み干す。

 

「志乃、ちょっと疲れたんじゃない?散歩も兼ねて、デートしない?」

 

「確かにまぁ疲れたけど、デートはしないよ」

 

「えー?」

 

「えーじゃない。大体私は客として春雨に来てんだぞ。ナンパ目的なら消えろ。もしくはブラックホールに飲み込まれろバーカ」

 

プイとそっぽを向くと、神威は志乃の両頬を挟んで、こちらを向けさせた。

 

「志乃さ、」

 

「?」

 

「タカスギシンスケと知り合いなの?」

 

志乃は大きく目を見開いて、こくりと頷いた。

 

「あいつ何?彼氏?」

 

「何であんな奴と付き合わなきゃならねーんだよ。こっちから願い下げだバカヤロー」

 

「違うの?」

 

「当たり前でしょ。大体あいつ、私の兄貴分だよ?」

 

溜息を吐いて、神威の手を掴んで離す。

 

「……アンタ、高杉(あいつ)と同じこと言うんだね」

 

「?」

 

「何でもない」

 

神威から視線を逸らして、もう一口カフェオレを飲む。

フゥと息を吐いた瞬間、ふと、視界が歪んだ気がした。

零してはいけないと、カップを机に置く。頭がボーッとして、思わず神威に倒れかかった。

 

「大丈夫?」

 

「ぅ……頭、が……くらくらする……」

 

「そう?じゃあ……ゆっくりおやすみ」

 

耳元に落とされた囁きを最後に、志乃は重たくなる瞼を閉じた。

 

********

 

神威は動かなくなった彼女を抱きしめ、顔を寄せる。

ブルーライトに照らされた美しい銀髪、きめ細かな白い肌。目を閉じたせいで切れ長の赤い目は見れないが、それだけでも充分だった。

そして、以前吉原で出会った時とは違う着物を纏っている。藤色の着流しは彼女の肌の白さや銀髪と映えていて、とても似合っていた。

催眠薬でぐっすり眠る志乃に、顔を近づける。顎を持ち上げ、その小さな唇を塞いだ。

 

「ん……」

 

「……っはぁ…………」

 

何故ここまで彼女に執着するのか。自分でもわからなかった。

今まで何度も獲物に執着したことはあったが、この少女は吉原で幾度か拳を交えた銀狼だ。

もちろん、獲物として殺す対象でもあるが、志乃に対するこの感情は少し違うように感じられた。

 

何というか、どこにも行ってほしくない、と言うか。

彼女に「自分の子供を産んでもらう」と一方的に約束を取り付けたのは、ある意味他の男に渡したくないから、とも言える。

それは最早、一種の束縛だ。誰にも触れてほしくない。誰にも汚されたくないーー。

 

神威は体を預けた志乃を椅子に戻し、座らせる。ふと、髪をまとめていた簪に目がいった。

自分が髪紐を奪ってから、手に入れたのだろう。男がプレゼントしたならば、今すぐにでもこれを壊してその男を消したくなった。

 

その時、部屋の扉が開く。

そこから誰かが入ってくるのが、足音でわかった。

 

「そこで何をしてやがる」

 

振り向かなくてもわかる、怒気を孕んだ声。その怒りは、はっきりと自分に向けられていた。

 

「別に何もしてないよ?強いて言うなら眠り姫の護衛でもしてた、かな?」

 

肩越しに振り返ると、高杉が睨むように見つめていた。肌にピリピリと感じる殺気に思わず頬が緩み、笑みがこぼれる。

 

「やっぱりね。霧島志乃をダシに使えば、きっと現れると思ってたよ」

 

「…………」

 

「おかげで、こっちから探す手間が省けたや」

 

志乃を起こさないように、立ち上がる。そして、いつもの笑顔で軽く手を挙げた。

 

「やぁ……また会ったね」

 

対する高杉は、神威を睨みつけるばかり。そんな今にも一触即発な空気の中、催眠薬を飲まされた志乃はぐっすり眠っていた。

 

「単刀直入で悪いんだけど、どのタイミングで言ってもきっと驚くから言うよ。死んでもらうよ」

 

「………………別に驚きゃしねーよ……最初に会った時からツラにそう書いてあったぜ」

 

「流石に察しがいいや。実は以前侍って奴をこの目にしてから、こうしてやり合いたくてウズウズしてたんだ。何でだろう、微かだけどあんたからはあの侍と同じ匂いがしたのさ」

 

あの侍。神威は知らないのか名前こそ出さなかったが、高杉には誰かすぐにわかった。

戦争が終わったあの時、自分にも桂にも何も言わずに、黙って志乃を連れ去ったあの男のことだと。

白髪の天然パーマを靡かせた後ろ姿が思い浮かび、思わず口角が上がる。

 

「奇遇だな。俺もその白髪のバカ侍を殺したくてウズウズしてんだ」

 

「………………察しがいいというより超能力でも使えるみたいだね。その左目に秘密でもあるのかな」

 

「フン」

 

その時、三人を中心に取り囲む気配がした。

 

「神威‼︎」

 

神威の後ろに、狼頭の春雨第八師団団長、勾狼が部下を引き連れて現れた。神威、高杉、志乃を取り囲む彼らも、勾狼の部下らしい。

 

「邪魔はするなと言ったはずだよね」

 

「………………邪魔なんざしねーよ」

 

勾狼がニヤリと笑った次の瞬間、背中に貫かれるような痛みが走る。背中を肩越しに見やると、矢が四本、突き刺さっていた。

 

「あり?」

 

「神威……俺達が殺りにきたのは、てめーだ」

 

ガチャ、という音と共に、再び矢が放たれる。矢には何やら毒が塗り込められているらしく、さしもの神威も膝をついてしまった。

勾狼の影から、さらに現れたのは、阿呆提督。

 

「今までよく働いてくれた、神威。だがな、貴様等夜兎の血は危険すぎる。組織において貴様等の存在は軋轢しか生まん。斬れすぎる刃は嫌われるのだ、神威よ」

 

「こいつあ参ったね。アホ提督に一本とられるたァ」

 

ふらつく足を叱咤して立ち上がろうとした先には、刀に手をかけた高杉が立ちはだかる。

 

銀時(バカ)はてめーの代わりに俺が殺っといてやらァ。もちろん志乃(コイツ)も俺がちゃんと貰ってやるよ。だから、安心して死んでいきな」

 

何とか顔を上げた神威の視線の先に、椅子に座って眠る志乃があった。



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呪いの博打

「ねぇ、待ってよ」

 

満天の星の下、震える足で追いかける。

 

「待って、待って」

 

何度呼んでも、その人は足を止めてくれない。泣き叫んでも、ずっと歩き去ってしまう。

まだ幼すぎた自分は、あの人を引き止める手段を何一つ知らなくて。

 

「待って、行かないで、ーーーー」

 

********

 

「っっ‼︎」

 

ハッと意識が一気に覚醒し、勢いよく起き上がる。しかし、いきなり動いたせいか、頭がくらりとした。

倒れかけた上半身を、支える手が背中にまわる。

 

「目が覚めたか」

 

「……高杉?何で……ここは……?」

 

「客室だ」

 

視界に入ってきたのは、相変わらず癪に触る高杉の顔と見慣れない天井。ふらつく体を何とか起こし、彼を見やると眠る前のことを思い出した。

 

「私……資料室にいて……その後、神威が来て私にカフェオレ飲ませて……あ」

 

眠る前の出来事を口にして思い出すと、ようやく騙されて催眠薬を飲まされたことを自覚した。

それと同時に、神威に対する怒りがふつふつと煮え滾ってくる。

 

ーーあ、の、や、ろ、ォォォォ‼︎

 

「クッソ‼︎あのすっとこどっこいめ、今度会ったら絶対ぶちのめしてやる‼︎」

 

バン‼︎と怒り任せに布団を叩くが、布団の下にあるのは自分の膝であるため、そのまま拳が膝に入った。自分で自分の首を絞めるような行為に、バカだなぁと呆れてしまう。

志乃が上半身を起こしているベッドに腰かけた高杉が、煙と共にフッと息を吐いた。

 

「今度会ったら、ねェ……。もしかしたらもう二度と会えないかもしれねえぜ?」

 

「えっ?」

 

もう二度と会えないかもしれない?

思わず言葉を失う。志乃は絶望とショックが入り混じったような表情で、高杉を見つめた。

 

「どういう、こと……?」

 

「あの男、どうやらアホ提督によほど嫌われていたらしくてなァ。そいつを片付けるために協力したまでだ」

 

「⁉︎じゃあ、アイツはもう……」

 

「言ったろ、二度と会えないかもしれない(・・・・・・)ってな。アイツはまだ死んじゃいねェよ」

 

まだ死んでない。それだけでも、志乃はホッとした。

と、同時に思い直す。どうして、彼が死んでないとわかっただけでホッとしているんだ?

神威とは出会ってそこまで経っていないはずなのだが、そんなにも自分の中で大切な人になっていたのだろうか。

いや……この感情はむしろ……。

 

考え込んでいると、ふと顎を持ち上げられ、その目を高杉が覗き込んできた。

 

「志乃……俺の言った事、早速忘れやがったな」

 

「え?……あっ」

 

一瞬首を傾げそうになったが、すぐに思い出した。神威とは関わるな、と資料室に着いてすぐに言われていた。

冷や汗が頬を伝い、真っ直ぐ見つめてくる右目を直視できない。

後ずさった彼女を見逃さず、高杉はすぐさま志乃をベッドに突き飛ばした。

倒れた志乃の上に覆い被さり、顔を近づける。

 

「悪い子だなァ志乃は……」

 

「いやっ……」

 

焦ったような怯えたような志乃の表情が、なんとも愉快。

高杉は歪んだ笑みを刻んで、志乃のうなじに手を添えた。

 

「んんっ!ふ、……!」

 

ベッドに押し倒されてもなお退がろうとする志乃を押さえ込み、唇を塞ぐ。逃げられないように深く、強く。

 

「ぅんっ……ふ、くっ……んんっ⁉︎」

 

乱暴に口の中に舌が捻じ込まれ、思わず閉じていた両目を開けた。

唇が触れ合い、口の中が舌で蹂躙される。初めての感覚に襲われ、ぞくぞくと背筋を寒気が這い上がった。

 

「ぁん、ぅうっ……ゃ、んんっ……」

 

「ん……む」

 

上顎を舐め上げられ、ビクッと体が震える。両手首を掴まれ、ベッドに押し付けられた。

怖くてぎゅっと目を瞑り、必死に振り払おうと足をジタバタさせた。

 

「んぁ……も、や……」

 

最後にちゅっと彼女の小さな舌を吸い、口を離す。

右目に映ったのは、頬を赤らめて潤んだ半開きの目でこちらを見つめてくる志乃の姿だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「息が荒いな……初めてだったか?」

 

「っ‼︎」

 

目を見開き、次にはキッと睨みつける。白い肌が耳まで真っ赤になっていた。

くつくつと込み上げる笑いを堪え、綺麗な銀髪にキスを落としてベッドから腰を上げた。

 

「野郎は牢屋にいる。会いに行きたきゃ行け。俺ァ止めねーよ」

 

扉を開け、部屋を後にする。

彼の耳に最後に聞こえたのは、「最っ低‼︎」という可愛らしい罵倒だった。

 

********

 

簪で髪を纏め、牢屋の並ぶ中を歩く。チラリと中を一瞥しながら足を速め、神威を探した。

突き当たりの檻には、自分が捕まえた華陀が蹲っていた。茶碗の中にボルトとナットを転がし、ブツブツと譫言を繰り返している。

 

「フフフ……ちょうかはんか……ちょうか、はんかァ……」

 

「…………」

 

「やめといた方がいいよ」

 

黙って華陀を見下ろしていた瞬間、割って入ってきた声。

そちらに視線を送ると、手足に枷を嵌められた神威がいた。

動けないのかその場に座り込み、志乃を見上げている。半裸には包帯が巻かれていた。

 

「そいつは呪いの博打だ。負けた奴は必ず不幸になるのさ。俺も負けたんだから間違いない」

 

「……くだらねー。どうせ負けると決まってる博打なんて、ただの八百長じゃねーか」

 

再び溜息を吐いて、神威のいる檻に足を向けた。

 

「お礼参りに来たんだけど……そのザマじゃあ思う存分にできないね」

 

「そう?今の俺は拘束されて動けない。俺を殺すのに、これほどの好条件はないと思うけど」

 

「誰がお前の命なんざ欲しがるかよ。大体お礼参りっつったって、別にあんたの命まで奪ろうたァ思ってないから安心しな」

 

「公開処刑されるよりかは、志乃の手にかかって殺される方がまだマシかなぁ」

 

ケラケラ笑う神威。

人生のタイムリミットがあるという状況にも関わらず、ここまで呑気でいられるとは。志乃は呆れて、思わず笑みをこぼした。

 

「こんな時でも笑えるんだね」

 

「志乃だって同じでしょ?」

 

「あんたと一緒にすんな戦闘バカ」

 

「同じだよ。夜兎(オレ)銀狼(おまえ)は血に飢えた同族(けもの)だ」

 

同族(けもの)ねェ……」

 

神威の言葉を反芻した志乃は、彼から目を逸らし、宙を仰いだ。

なるほど、神威の言うことは案外的を射ているかもしれない。

自分は脈々と続く戦闘一族の末裔だ。

戦いを楽しいと思ったことはあるし、全てを破壊したくなる衝動に駆られる時だってある。

そういう面でいうと、神威の言うことはあながち間違ってない。

 

腐っても、銀狼。その血の自覚が、自分を深いワインレッドの闇に陥れた。

あの感覚はいくら掻き消そうとしても消えない。扉をほんの少し開いた一瞬で、心の奥底に根を張った。

闇の中に身を任せると、身体中を駆け抜けたのは恐怖ではなく快感。人を斬る度に、壊す度に、刹那の快感が駆け巡る。

 

それが、今の世界に生きる自分を苦しめた。

私は一体何をやっているんだ。どうして壊すことが楽しいと、殺すことが嬉しいと感じてしまうのだ。

こんな自分、もう嫌だ。今すぐ消えて無くなりたい。何度もそう願った。

だけど。

 

「……確かにそうかもしれないね。私は所詮獣だ。頭では色々考えても、結局は何かを壊すことにこの上ない悦を感じる。隠し通そうとしたところで無駄かもね」

 

「………………」

 

「でも、そんな自分も悪くない。全てを引っくるめて、自分なんだ……だろ?神威」

 

フッと自嘲の笑みを見せると、神威は笑顔を消して志乃を見つめ返していた。

 

ーーそうだ。私は、逃げちゃいけない。

 

覚悟を改めて決め直した志乃は、しゃがんで檻の中に手を伸ばした。

神威の手を掴み、もう片方の手で懐から赤い紐を取り出した。

吉原での戦いで、真っ二つに切られた古ぼけた髪紐。彼女のお守りだったもの。

志乃は髪紐を神威の右手に巻きつけ、キュッと硬く結んだ。

 

「私のお守り、お前にやるよ。強力な呪いがかかってるから、そう簡単に切れやしねー。もしあんたに未来があるのなら、また会おうぜ」

 

「…………志乃」

 

今まで黙っていた神威が口を開き、志乃の手を引く。鉄格子に額をぶつけるほどお互いに顔を近づけた。

 

「さっきはああ言ったけど、俺は志乃のこと、そこまでだと思ってないよ」

 

「は?」

 

「もっと高尚なものってことさ。志乃は、確かに獣の血が通っている。でも、それを活かしながら、さらに君を高尚なものに叩き上げたんだ」

 

「…………」

 

「まぁ要するに、泣かないでってこと」

 

「‼︎」

 

ニコ、と笑った神威は、一度強く手を握ってから離した。

志乃は心を見透かされたように驚いて彼を見つめていたが、フッと微笑み立ち上がり、その場を後にした。

 

彼女の温もりを確かめるように、右手に結ばれた紐を眺める。所々綻びている古い紐を、彼女はどんな思いで使っていたのだろうか。

それを知る術はないけれど、黙って宙を仰いだ彼女の哀しげな表情は、きっとそれを物語っていた。

 

「バイバイ、志乃」

 

********

 

三日後。久々に入った資料室には、眠る前の状態がそのまま残っていた。

一つ無いものといえば、神威に飲まされた催眠薬入りのカフェオレだけ。あの後回収されたのだろう。

椅子を引いて、パソコンを立ち上げる。その時、ふと画面の端に見覚えのないアイコンがあった。

 

「?何これ。No.54?何の?」

 

意味不明な題名に興味を抱き、クリックする。ファイルは案外あっさり開き、その中にはある報告書が残っていた。

PDFファイルになっているそれをクリックすると……。

 

「‼︎なっ……」

 

報告書、という文字のすぐ下にある、二枚の写真。そこには、杉浦と銀髪の男が並んでいた。

写真の下には説明付が加わっていて、杉浦の写真には杉浦大輔、と書かれている。

肝心の銀髪の男の名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……霧島……刹、乃…………⁉︎」

 

あまりの衝撃に、驚きを隠せない。

報告書を下へとスクロールして、内容を読んだ。

 

「……今回の実験は……『検体同士の脳の交換』⁉︎」

 

バカな……‼︎

志乃は頭が痛くなった。

開国の影響で医療や科学が爆発的に進み、この国は発展していたことは知っていた。しかし、まさかその裏で、攘夷志士を使った人体実験が行われていたとは。

そんなこと……許されることじゃない。心の中で怒りが哮り狂い、強く拳を握りしめる。

実験の手順は飛ばして、結果を見た。

 

結果は……半分成功、半分失敗。

 

杉浦大輔に霧島刹乃の脳を移植することは成功したものの、残りの方は失敗した、と淡々と書かれていた。

これにより、杉浦大輔は死亡。霧島刹乃は、杉浦大輔という別の人間の体で生きる他なく、銀狼の力は永久的に失われたと言っても過言ではない。

 

「……じゃあ……」

 

志乃は震える声で、呟いた。

 

「杉浦は……私の兄ィってこと……?」

 

尋ねても、答えられる相手はいない。

しかし、目の前にある報告書が、志乃に真実を突きつけていた。

彼女が出会った杉浦大輔は、霧島刹乃(あに)の人格を保管している箱。

 

こんなことが……志乃は衝撃の事実に絶句する他なかった。

 

********

 

しばらく頭を冷やしてから、パソコンの履歴を消去して電源を落とす。

衝撃が完全に抜け切ったわけではない。けど、少し落ち着いた。

まさか、兄が杉浦の体で生きていたとは。

ずっと死んでいたとばかり思っていたからーー。

 

「……生きてて良かった……」

 

ポツリと呟いて、椅子から立ち上がる。

扉を開けた瞬間、

 

ジャカジャカジャカッ

 

眼前に、無数の銃が向けられた。

 

「えーと……」

 

その数おそらく数十丁。突然のことに、志乃は思わずキョトンとした。

 

「何これ?」

 

「死にたくなきゃ大人しくしなァ銀狼」

 

「おお、そうか」

 

人質か何かにでもするつもりなのか。

天人達に囲まれ、取り敢えず両手を挙げて無抵抗を示す。

さて、ここからどう動こうか。

資料室は廊下の突き当たりにある部屋であるため、道は一本しかない。この道を真っ直ぐ進んで突破すれば、何かわかるだろうか。

なんて考えていると、カチャリと後頭部に拳銃が突きつけられた。

 

「わかってんだろうな?お前はこの船で一切の抵抗を禁じられている。少しでも俺達に妙なマネすれば、お前の命が危ないぜ」

 

「…………」

 

「オイ聞いてんのか⁉︎」

 

もちろん、聞く気などない。

志乃は腰に挿した金属バットに意識を向けながら、ぐっと右足に力を込めて、軽く膝を曲げた。

なるべく自然に、さりげなく。一度深呼吸をして、前を向く。

 

ドッ‼︎

 

そして一気に、加速した。

驚愕に固まる天人達を薙ぎ払い、走っていく。

 

「な、何だァァァ⁉︎この女‼︎」

 

「自分の立場ってのがわかってんのか⁉︎」

 

「何してやがる、早く取り押さえろ‼︎」

 

ガシッと腕を掴まれる。しかしその程度で止まる銀狼ではない。

腕や肩、足、首、腹に次々と腕がまわされ、複数人がかりで取り押さえられる。

志乃は手始めに右足で手を踏みつけ、次に振り上げて背後にいた天人を蹴り飛ばす。左足でもまず同様に掴んでいた手を踏んでから、傍らにいる天人を蹴った。

そして、少し動かしやすくなった左手で天人の胸倉を掴み、前方に投げ飛ばす。最後に右手で天人の腰のベルトを持ち上げ、志乃の腰に抱きつくように掴まっていた天人も左手でぶん投げた。

ようやく自由になった志乃は金属バットを抜き、再び走り出す。

跳躍して、顔面を蹴りつけ、踏み、数人まとめて殴り飛ばす。

その強さ、まさに……獣。

 

「何してる、相手は女のガキ一人だぞ⁉︎さっさと……ぶがっ⁉︎」

 

「ダメだ、止められねえ‼︎」

 

敵を薙ぎ倒し、竜巻のように走り去った先には、大きな部屋が見えた。扉が隔壁に閉ざされて、行き止まりになっているらしい。

志乃は拳を握りしめ、眼前にいた天人ごと壁を殴りつけた。

 

「らァァッ‼︎」

 

コースクリューブローで、隔壁をぶっ飛ばす。おかげで隔壁はひしゃげ、諸共殴られた天人はボロボロになっていた。

 

「あー……ごめん、流石にやりすぎたわ。ま、アンタらも私をいきなり襲ってきたんだし、おあいこだよね」

 

倒れた天人に一言詫びを入れてから、瓦礫を越えて歩き出す。

部屋の中にツカツカと足を踏み入れると、そこは集会所か何かのようだった。真ん中には高杉と神威が背中合わせで立っていて、それを取り囲む天人達は二人に無数の銃を向けていた。

数分前の自分と同じ状況に、思わずキョトンとする。

 

「なーにしてんの、二人とも」

 

「志乃こそ何やってんの?」

 

素っ頓狂な声が返ってくる。神威が目を丸くしてこちらを見下ろしていた。

それを見て、志乃はフッと笑みをこぼす。

 

「よぉ。生き残ったみてーだな、神威」

 

「まぁね。志乃のお守りのおかげで助かったよ」

 

ニコッと笑って、神威が右手首に巻かれた彼女の髪紐を見せる。それを見た志乃も、小さく息を吐いた。

 

「ぎ、銀狼ォォォ‼︎」

 

今度は、高い場所から見下ろしてくる阿呆提督の声。その表情は驚愕と怒りに震えていた。

 

「貴様ァ、ワシとの約束を忘れたのか‼︎ここにいる間は一切暴れんと誓ったではないか‼︎」

 

「それはこっちのセリフ。あんたこそ私との約束忘れたの?」

 

向けられる銃など、意にも介さない。

意識を周囲に向けつつ、目だけは鋭く阿呆提督を睨みつけた。

 

「確かに私は、ここでは一切暴れないと約束した。でもその約束が果たされるのは、あんた達が私に手を出さなければ、の話だ。アンタの部下が早まったんかどうか知らないけど、私は一度、お前らから銃を向けられている。しかも今もな。ここまで言えば、もうわかるだろ?」

 

金属バットを阿呆提督に向けてニヤリと笑ってみせた。

 

「先に約束を破ったのはお前らだ。だから、私も容赦しねェ。てめーら全員、ぶっ飛ばす」

 

「おのれェェこのガキが‼︎殺れェェェェ‼︎」

 

阿呆提督の怒りの絶叫と共に、敵が一気に駆け寄ってくる。その瞬間、壁が二ヶ所爆発した。

そこから続々と入ってくるのは、また子や万斉、武市ーー鬼兵隊だ。

 

「晋助様ァァァ‼︎攘夷浪士はやっぱこうっスよね‼︎また子は一生ついていきます」

 

「正気ですか、晋助殿も皆さんも。春雨相手にこの手勢で勝ち目があると⁉︎そんな事より今できる事は、大江戸青少年健全……」

 

「フン。正気など保っていては、世界を相手に喧嘩など売れんでござる」

 

「その通り……さっ!」

 

万斉が敵を次々と斬り伏せる横で、志乃も敵を薙ぎ倒していく。

志乃はたった一人の男をめがけて走っていた。その男も、志乃の姿を認めて、口角を上げる。

 

「神威ィィィイイイイイイイイイ!!!」

 

志乃と神威の二人が、一気に加速して近づき合う。同時に拳を振り上げ、ぶつかり合った。

 

ガッシィィッ!

 

ミシミシ、と小さな音が二人の拳の間に響く。お互い力は全く緩めない。それでも、二人は不敵な笑みを浮かべていた。

先に動いたのは神威だった。力を抜いて志乃の体勢を崩し、彼女の腕を掴む。そのまま振り回して、投げ飛ばした。

周りに立っていた敵をも巻き込んで、志乃は床に叩きつけられる。すぐに志乃が起き上がった瞬間、神威の手が彼女の顔を掴み、床にめり込むほど押し付けた。

 

「ぐっ……!」

 

馬乗りしてきた神威の拳が振り上げられる。それを左手で受け止め、右手で顔を掴む神威の手首を握りしめる。渾身の力でそれを押しのけ、上体を起こし頭突きをした。

志乃はすぐさま神威の頬に拳を入れ、殴り飛ばした。神威も志乃同様敵を巻き込んで吹っ飛ばされ、すぐに体を起こす。志乃はやり返しとばかりに一瞬で近寄り、顔面を蹴りつけた。

しかしまた神威も志乃の足首を掴み、持ち上げて投げる。志乃は空中で体勢を整え、着地。

 

「ふふっ……」

 

「クククッ……あははははっ!」

 

戦っているのに、二人は笑った。彼らには、楽しい以外の感情はなかった。

全力を出し合って、本気で戦い合える。そんな相手は、今まで一人もいなかった。

 

「はははっ!楽しいなぁ、神威!」

 

「そうだね。俺と全力でやり合っても大丈夫な奴なんて……お前くらいだよっ!」

 

再び、志乃と神威が走り出す。

また二人がぶつかり合うかと思われたが、今度はすれ違いーーお互いの背後にいる敵にその拳を叩きつけた。

 

「でも……邪魔な奴らがいるね」

 

「ああ。よし、まずはあいつらからだな」

 

背中合わせになって、志乃は金属バットを抜く。神威も腰を落として、構えをとった。

二人同時に駆け出し、眼前の敵を殴り飛ばした。

 

「おのれ猿共が‼︎何をしている‼︎潰せェェェ‼︎」

 

阿呆提督が叫んだ瞬間、またまた爆発が起こる。今度は、黒い中華服の集団が入ってきた。

 

「……なんだい。心配して必死こいて船手漕ぎで来てみれば、いつも以上にピンピンしてるじゃねーか。すっとこどっこい」

 

「第七師団‼︎バッバカな‼︎奴等何故生きて……‼︎」

 

阿呆提督の混乱をよそに、乱戦は続いていく。彼の配下の兵は次々に寝返られ、形勢が覆されつつあった。

立ちはだかる敵を吹き飛ばし、殴りつける。志乃はまさしく獅子奮迅の暴れっぷりを、春雨に見せつけた。

相手は、まだ幼さの残る少女。

小柄で軽く、簡単に捻り殺せそうなほどか細い少女なのに。

そんな小娘一人に、春雨の軍隊一個弱の人数が潰されていく。

 

春雨は彼女を甘く見すぎていた。最初、ここに来た彼女はただの子供のように見えた。

ゆえに誰もがこう思った。「銀狼など、本当は大したことのないただの小娘」だと。

しかし、そんな事は一切なかった。目の前で暴れ回る少女は、誰にも止められない。

この一件は、春雨に改めて銀狼の恐ろしさを思い知らせた。

 

最後の一人を絞め上げて、気絶させる。

倒れた敵を見下ろして、志乃はパンパンと埃を払った。

 

「あー、疲れた」

 

「うわー、流石銀狼。倒した敵の数がえげつないっス」

 

「ま、アンタとは格が違うってことだよ猪ババア」

 

「誰が猪ババアっスかァァァ‼︎ホント何なんスかこのガキ‼︎自分の立場わかってんの⁉︎」

 

絡んできたまた子に、50くらい倍返しする。「やられたら倍にしてやり返す」が彼女のモットーだ。

ギャーギャー騒いで掴み合っていると、高杉がすぐ隣を通り過ぎる。

 

「約束通り送ってやらァ。早く来い」

 

こちらを見向きもせず、歩き去っていく高杉。志乃はすぐに取っ組み合いをやめ、彼を追いかけた。

彼らの背中を、残ったメンバーが見送る。

 

「……なるほど。あれほど晋助殿を嫌ってはいても、心の底ではまだ慕っているということですか」

 

「ツンデレ、というものでござるか。……微笑ましいな」

 

武市の言葉を受けて、万斉も呟く。

いくら銀狼と恐れられていても、所詮はただの子供。

最強でありながら未熟。そのアンバランスが、霧島志乃らしさなのだと感じた。

 

「……子守唄(ララバイ)

 

「え?何か言いましたか万斉先輩」

 

「いや……何でもないでござる」

 

幼い子供を寝つかせるための歌。

そんな優しい歌が、高杉から聞こえてきた。

 

********

 

高杉に送られ地球に到着した志乃は、船のタラップを降りようとしていた。

ここは江戸の普段誰も来ない埠頭。こんな場所を知っているなんて、流石はテロリスト、と思う。

 

「世話になったね。ありがとう、高杉」

 

「……フン。敵に礼を言うたァ、相変わらず甘ェ女だな」

 

「それで結構。でも、今度会う時は容赦しないから」

 

口元に笑みを残しつつタラップを降りると、背後から何かが飛んでくる気配が迫ってきた。

咄嗟にそれをかわすと、それは綺麗な着地を決める。傘をさしたままよくそこまで暴れられるもんだ。志乃は嘆息した。

 

「何、神威」

 

「もう行っちゃうの?」

 

「あぁ。心配かけちまうしな」

 

「じゃあな」と去ろうとしたその時、手を掴まれる。右手首に何かを巻かれた感覚がして、思わず振り返った。

神威が志乃の右手首に巻いていたのは、もう片方の赤い紐。自分が巻いたあの時のように、きゅっと固く結んだ。

 

「これ、志乃にあげるよ。強力な呪いがかけられてるから、そう簡単に切れやしないよ。もしまた会えたら……今度こそ、逃がさないから」

 

ジッと自分を覗き込んでくる、綺麗な青い瞳。志乃の赤い目とは対照的だった。

志乃はしばらく神威を見つめ返していたが、ふと「そっか」と呟いた。

 

「?」

 

キョトン、とした彼の顔を見つめながら、ようやく自分の本心に気がつく。

私はこいつが好きなんだ。

好きと言っても、時雪のような恋愛的な意味でもなく、ましてや銀時のような思慕的な意味でもない。

言うなれば、好敵手。互いに拮抗する実力で、対等に渡り合える。神威はそんな相手なのだと。

 

「上等だよ、神威。アンタが私を捕まえるってんなら、私だって負けねえ。誰よりも先にアンタをぶっ飛ばす。そしたら私の勝ちだ」

 

「なら、俺が志乃を捕まえれば俺の勝ちだ。その時は、俺の子を産んでもらうから」

 

「やれるもんならやってみろよ。少なくとも私はお前のこと嫌いじゃねーぞ。…………好敵手(ライバル)として、な」

 

不敵に笑って、神威の手を振りほどく。

 

二人の間で交わされた、決闘の約束。

 

果たして勝つのは夜兎(ウサギ)銀狼(オオカミ)か。

 

それはまだ、誰にもわからないーー。




さぁ次回オリジナル長篇です!
その名も、「銀狼篇」‼︎


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銀狼篇 覚醒って中二感増す言葉だよね
いいことがあった先には悪いことがある


どうも、座右の銘です。
さて今回からオリジナル長篇、銀狼篇です。前回、杉浦が刹乃だとわかりましたが。ようやく……ようやく、銀狼一族の因縁が明らかになります!

ここ結構重要!テストに出るよ!(出ねーよ!)


「なぁ、お前ら知ってるか?」

 

ここは攘夷浪士達が集まり、様々な情報を交換し合う、溜まり場。

そこでは最近の幕府の動向だったり、真選組の対策だったり、近日公開の話題作についてありとあらゆる情報が行き来する場所だ。

派閥も何も関係ない。幕府を倒さんとする志を共にする同士達の会なのだから。

そんな場所の真ん中で、一人の男が大きな声を上げた。

黒い髪に前髪で左目を隠したその男は、自身に注目が集まっているのを感じて、くつくつと笑う。

 

「幕府よりも将軍よりも厄介な敵が、攘夷志士(オレたち)にはいることを……」

 

「幕府よりも将軍よりも厄介な敵?」「一体どういうことだ?」男の発言に、誰もが疑問を感じずにはいられない。

それでも男は、その態度を崩さず続けた。

 

「攘夷戦争に参加した者もそうでない者も……ご存じの人は多いのではないか?攘夷志士も天人も幕府軍も関係ない……かつて攘夷戦争で、敵味方問わず殺しに殺した、あの女を」

 

あの女。

その言葉だけで何者かが察せるのは、西郷や次郎長など、攘夷戦争初期に参加した者だけだ。

 

彼女は、敵味方から恐れられていた。

戦場において、彼女にとって敵だの味方だのという区別はない。

ただ、そこにいるから斬る。それくらい簡単な問題で片付けてしまうのだ。

そんな恐ろしい女を、彼らは決して忘れない。

否、忘れられないのだ。"銀狼"の恐怖を。

 

「その女の名前は、霧島志乃(・・・・)。誰もが一度は耳にしたことがある、銀狼の女だ。その女が今、江戸のかぶき町って街で、万事屋とかいう怪しげな店を営んでるって話だ」

 

その話を聞いた途端、数人の攘夷浪士の目が光った。

それはかなりの大人数で、男はニタリと歪んだ笑みを浮かべる。

 

「……どう思う?俺は許せないと思う。かつて自分が斬った者達のことを、その遺族や仲間達のことを全て忘れ、呑気に笑って生きているあの女が忌々しい‼︎今まで何度殺したいと願ったか‼︎……だから俺はここに提案する。ここにいる皆で、銀狼を殺そうではないか。あの女も銀狼とて、所詮はただの娘一人。志乃(アレ)さえ消えれば、銀狼は世界から消えるッ‼︎」

 

「「「「「おおっ‼︎」」」」」

 

賛同した攘夷浪士達の目が、嬉々として輝く。しかし、その目はどこか普通ではなかった。

当然だ。男が語っている最中に、彼らを自分の下僕にする(まじな)いをかけたのだから。

 

「ではこれより、俺達は銀狼を敵とする同士として、ここにあの女の首を掲げることを誓う‼︎銀狼を……霧島志乃をブチ殺せ‼︎」

 

「「「「「おおおおおおおお‼︎」」」」」

 

夜の空に、野太い叫び声が上がった。

 

********

 

朝。志乃は寝ぼけ眼を擦って、真選組屯所の門をくぐった。

 

「おはよ〜ございます……ふぁあ」

 

欠伸をして、ガシガシと頭を掻く。ノロノロと会議室の障子を開けると、まだ誰も集まっていなかった。

時計を確認すると、会議開始時間まであと30分もあった。

今頃みんな、食堂で朝食を食べたり何なりしているだろう。それまで寝るか……と座って膝を抱えた瞬間、ガラッと障子が開いた。

 

「……志乃か。早ェな」

 

「ん……おはよう、トシ兄ィ」

 

資料らしき紙を小脇に抱えて、土方が部屋に入ってくる。

ドサッと腰を下ろすと、愛用のマヨネーズ型ライターで煙草に火をつけた。

 

「それ、まだ使ってくれてたんだね」

 

「あ?……まぁな」

 

「へへっ、嬉しい」

 

「……そうか」

 

志乃の初バイトの時、彼にあげたそのライター。

今でも使ってくれていたことに志乃は喜び、頬を染めて少し照れくさいような笑顔を見せた。

 

しばらくすると、隊士達がぞろぞろと会議室に入ってくる。

彼らは志乃の姿を見て「おはよう!」と気さくに声をかけ、彼女も挨拶を返した。その姿は、監視される側とする側とは思えないほどだ。

最後に局長である近藤が入ってきて、土方の隣に座る。志乃はいつものように、部屋の隅っこで正座していた。

最近の攘夷浪士の動向だとか、株の値動きだとか、様々な話をした。

 

「それと、最近辻斬りがまた増えている。下手人は複数いるらしいが、見つけたら速やかに逮捕するように。以上で会議を終了するが……志乃ちゃん、少し前に出てきてほしい」

 

「えっ?」

 

突然呼ばれた志乃は、驚いて目を見開く。そしてその次には、冷や汗が出てきた。

 

「ち、ちょっと待って近藤さん……あ、私何かやらかした?もしかしてついに、幕府から私の斬首の言い渡しでも来た⁉︎」

 

「いや、そんな大げさな事じゃないから落ち着いて」

 

「大体幕府がお前を殺したりなんざするかよ。お前は将軍様の友人なんだから、万が一そんな事があっても、将軍様が許さねーだろうよ」

 

「まぁとにかく、こっちに来てくれ」と近藤が手招きする。

志乃は警戒したまま、立ち上がって隊士達の間を通って、近藤の目の前に正座した。

 

「志乃ちゃん、実は君に渡したいものがあるんだ」

 

「え?」

 

そう言って近藤が差し出したのは、小さな袋。

それを受け取り、中を探ると紐が出てきた。紅色で、少し長めのそれに、志乃は思わずキョトンとする。

 

「志乃ちゃん、今まで真選組でよく働いてくれた。それは、俺達からのプレゼントだよ」

 

「え…………」

 

「ほら、志乃ちゃん前にあの髪紐が無くなって困ってただろ?総悟から貰った簪でまとめてた時もあったけど……やっぱり志乃ちゃんには、(それ)が似合うと思ってな。トシや総悟、みんなで選んだんだぞ」

 

みんなが、私のために?

そう思うと、じわじわと胸の奥が温かくなる。目頭がグッと熱くなった。

志乃は嬉しさのあまり、近藤に抱きついた。

 

「近藤さん、ありがとう‼︎」

 

「ハハ、そうか。よかったよかった」

 

ぎゅうう、と抱きしめてくる志乃の頭を優しく撫でる。志乃は近藤の胸に顔を押し付けてから、隊士達を振り返った。

 

「みんなもありがとう‼︎大好き‼︎」

 

「俺達も大好きだよ嬢ちゃん‼︎」

 

「さぁ、今度は俺達の胸にも飛び込んでおいで‼︎」

 

「オメーらはいいからさっさと仕事に行け‼︎」

 

隊士達は両手を広げて志乃を待ち構えたが、鬼の副長の一喝に負けて、トボトボと去っていく。近藤は「志乃ちゃんはたくさんの人に愛されてるな!」と豪快に笑った。

部屋に残っていた沖田が、彼女の背後にしゃがみ込む。

 

「貸せ。俺が髪まとめてやらァ」

 

「いいの?じゃあ、お言葉に甘えて」

 

志乃から髪紐を受け取り、口に咥えてから長い髪をまとめ上げる。

陽の光を反射する銀髪は、指の間からも零れ落ちそうで、とても綺麗な髪質だった。

少し悪戯してやろう、と沖田はグイッと強く髪を引っ張った。

 

「いだだだだ‼︎」

 

「あ、すまねェ嬢ちゃん。つい」

 

「ついって何だコラ‼︎お前絶対ワザとだろ、オイ‼︎」

 

「いいから前を向きなせェ」

 

「ったく……」

 

怒りを鎮めて、前を向く。

今度はちゃんと後頭部の上でまとめて、紐で縛った。最後に蝶々結びをして、完成である。

 

「ホラ、できたぜィ」

 

「ありがとう、総兄ィ」

 

沖田を振り返って、にこりと笑い、礼を言う。

その笑顔に不覚にも心臓が高鳴り、ムカついた沖田は彼女の頬を両手で引っ張った。

 

「いひゃいいひゃいいひゃい‼︎」

 

「畳にでこ擦り付けて『本当にありがとうございましたご主人様』。ハイ復唱」

 

「だりぇがしゅるか‼︎」

 

「テメーもさっさと仕事に行きやがれ」

 

チッ、と舌打ちを一つ立ててから、沖田が手を離して立ち上がる。

彼が部屋から出たのを見て、志乃と土方も立ち上がった。

 

「志乃、今日は俺と見廻りだ。いいな」

 

「はーい」

 

そう告げた土方が障子を開けたその時、目の前にバズーカを構えた沖田が。

 

「グッバイ土方さん」

 

ドカァアン‼︎

 

「総悟ォォォォォォォォ‼︎」

 

朝から、バズーカの音と男の絶叫が屯所に響き渡る。今日も真選組は平和だ。

 

********

 

見廻り。普段志乃は見廻りの際、土方がついているのだが、今日は何故か別の隊士と一緒に歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は数時間前に遡る。

土方が志乃と共に見廻りに行こうと彼女を呼ぼうとしたその時、隊士達が土方を呼び止めたのだ。

 

「お願いします副長‼︎嬢ちゃんと一緒に見廻りに行かせてください!」

 

頭を下げて頼まれても、土方は顔をしかめるだけだ。

いつも志乃が勤務時間内で外に行く時は、必ず土方がついていた。何故かというと、彼女の監視のためである。

 

そもそも志乃は、監視目的で真選組預かりになるはずだった。だが彼女がそれを拒否し、その折衷案として真選組でのバイトが決まったのだ。

ゆえに、彼女の単独行動は許されない。その見張り役を、土方が買って出たという話なのだ。

 

「ダメだ。お前らじゃアイツ甘やかすだけだろ」

 

「副長!そこを何とか!」

 

「わかってんのか?アイツは俺達の監視対象なんだ。いつ銀狼の力で暴れられちゃ困るんだよ」

 

「まだ言ってるんですか‼︎そんなこと言ってるの、もう副長だけっスよ⁉︎嬢ちゃんが悪い娘じゃないってことくらい、副長だってわかってるはずじゃないですか‼︎」

 

「っ…………」

 

隊士の怒声に、土方は思わず押し黙った。

わかっている。彼女がただの子供だということを。

しかし、だからと言って幕府から命じられた監視を、名目上怠ることはできない。

 

霧島志乃は、ただでさえ厄介な連中から狙われる娘なのだ。

目を離した隙に攫われ、最悪の場合殺されるかもしれない。たった12歳の娘が背負うには、重すぎる重圧だ。

しかも彼女は誰かを護っても、自分を傷つけることすら厭わないバカな子供。

だから、必ず隣にいて、無茶をしないか見守ってやらなければならない。

いつの間にか自分の手からするりと離れないように、しっかりと手を繋いでやらなければならない。

それが、彼女を護ることに繋がるのだから。

 

煙草を手に取り紫煙を吐いて、それが空に消えていく。それを見届けてから、土方は口を開いた。

 

「…………わかった。ただし、絶対にアイツを見ておけ。目ェ離した隙にどっか消えちまえば、そん時は切腹だからな」

 

「‼︎はいっ!」

 

隊士は笑顔を浮かべて、勢いよく頭を下げる。

廊下を歩いていた志乃を見つけるや否や、彼女の元へバッと走り、

 

「嬢ちゃん!今日は俺と見廻りだよ!」

 

「えっ⁉︎トシ兄ィが許すなんて、明日は槍でも降るの⁉︎」

 

なんていう失礼な会話は聞こえないフリをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という経緯で、志乃は隊士と共に見廻りに出ていた。

人通りが多く、迷子にならないように志乃は隊士の袖をちょこんと摘んで歩く。隊士は萌え死に寸前だった。

その時、笠を被った男とふとすれ違う。それだけならば、ただの通行人であったのに。

 

ヒュンッ

 

刹那、男は抜刀し、志乃の首を狙って振り抜いたのだ。

 

「じょ……‼︎」

 

ガシッ‼︎

 

「オニーサン、これは一体何のマネ?」

 

白刃が彼女の赤い血を浴びようとした瞬間、刀を志乃が右手で掴んだ。

 

「なっ⁉︎」

 

「嬢ちゃん‼︎」

 

男が刀を動かそうとするが、強い力で押さえつけられて全く動けない。

逃げようとする男に、志乃はグンと刀ごと男を引っ張って、顎を蹴り上げた。

 

「オラァ‼︎」

 

「ぐほっ‼︎」

 

一撃で男を沈めた志乃は、刀から手を離す。掌は刀を握ったせいで血塗れだった。

 

「嬢ちゃん‼︎大丈夫⁉︎」

 

「平気。あ、手錠手錠……」

 

「嬢ちゃんはパトカー呼んで‼︎俺がやっとくから」

 

「ほーい」

 

突然の通り魔事件が一瞬のうちに解決し、隊士は焦りながらも手錠を取り出す。

志乃が携帯を取り出して開いたところ、ズキッと鈍い痛みが右手に走った。

 

「いっつ……あー、くそッ」

 

「大丈夫?」

 

「うん、まぁ……」

 

おかしい。この程度の痛みなど、どうってことないはずなのに。

何とか痛みを堪え、土方に連絡を入れる。詳細を端折ってパトカーを要請し、通話を切った。

その時、再び右手にズキンと痛みが走る。痛いのは、先程刀を握った掌だ。

 

「ぐっ……‼︎」

 

「嬢ちゃん‼︎」

 

手が痺れ、痙攣を起こす。グラリと視界が霞み、ついに膝をついて倒れた。

焦った隊士が犯人そっちのけで志乃に駆け寄り、抱き起こす。

 

「大丈夫か⁉︎しっかり!」

 

「はぁ、はぁ……ぐ、う……」

 

顔が青ざめ、血の気が引いていく。

肩で呼吸する志乃に、隊士はパニックに陥った。

 

「じ……嬢ちゃんしっかりしろ、なぁ、嘘だろ?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

苦しそうに息をしながら、懐に左手を入れ、クナイを取り出す。

それを投げると、この隙に逃げようとしていた犯人の足に突き刺さった。

 

「ぐぁあっ‼︎」

 

「逃が、すか……っ、あんたも……今すべき事を……げほっ、見失うな……‼︎」

 

「じ、嬢ちゃん‼︎」

 

「ゲホゲホッ、ゴホッ‼︎」

 

咳き込んだ志乃は、手を口にやる。喉の奥から血の味がして、込み上げてくるそれを地面に吐いた。

ビチャビチャ、と地面に血が水たまりを作る。歪んだ視界に最後に見えたのは、到着したパトカーだった。



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病院で走っちゃいけません

今日も仕事のない銀時は、家でジャンプを読みながらぐーたらしていた。新八は家の掃除洗濯、神楽は銀時同様ゴロゴロしている。

その時、玄関のインターホンが鳴った。

 

「新八、出てこい」

 

「ハイハイわかりましたよ」

 

あっさりと新八をパシる銀時。いつものことなのだが、やはり溜息も吐きたくなる。

よほど急いでいるのか、もう一度インターホンが鳴った。

 

「はーい、今行きます!」

 

小走りで廊下を進み、扉を開ける。

そこには、肩で息をした時雪がいた。

 

「時雪さん?」

 

「新八くんっ‼︎銀時さんいないかい?大変なんだ、志乃がっ……‼︎」

 

「志乃ちゃん?志乃ちゃんがどうかしたんですか?」

 

時雪のただならぬ表情に、新八も事の大きさを察する。新八は「とにかく上がってください」と彼を落ち着かせようと中に入れた。

時雪も一旦心を落ち着け、客間兼リビングに向かう。銀時はジャンプから目をこちらへと向けていた。

 

「時雪さん、志乃ちゃんに何かあったんですか?」

 

「さっき、真選組から連絡が入ったんです……志乃が辻斬りに襲われたって」

 

「えっ⁉︎」

 

「志乃ちゃんが⁉︎」

 

時雪の口から告げられた言葉に、新八と神楽が思わず身を乗り出す。

銀時は声こそ上げなかったものの、眉を寄せて訝しげな表情で時雪を見た。

 

「たったそれだけで何で連絡が入るんだよ。アイツ銀狼だぞ?ヘタしたらそこら辺の浪士より強いんだぞ?」

 

「そうなんですけど……話によると、襲われて退治したそうなんですが」

 

「そら見ろ」と言うように、銀時が頬杖をつく。

再びジャンプに目を落とそうとした瞬間、時雪の口からとんでもない発言が飛び出る。

 

「その直後に急に体が痙攣して、血を吐いたって……」

 

「‼︎」

 

今度こそ、銀時は目を見開いた。

すぐに彼の体は動いていて、時雪の両肩を乱暴に掴む。

 

「志乃は今どこだ‼︎」

 

「び、病院です!大江戸病院……」

 

「銀ちゃん‼︎」

 

時雪から志乃の居場所を聞き出すと、すぐに彼を放して走り出す。神楽が呼び止めるのも届かず、走って家を出て行った。

残された三人は、呆然として銀時を見送っていた。その中で我に返った新八が、声を上げる。

 

「とにかく、僕達も行こう‼︎」

 

「わかったネ!定春!行くアルヨ!」

 

「わんっ‼︎」

 

時雪を引っ張って、新八達も外に出る。定員ギリギリで定春の背中に乗り、銀時を追いかけて走り出した。

 

********

 

大江戸病院に到着した銀時は、受付で志乃の居場所を聞き出してから、廊下を走り回った。ここが病院だというのに、御構い無し。

銀時が向かったのは、集中治療室だ。窓の前に見覚えのある黒い背中が見えて、カッと血が上った。

 

「テメェッ‼︎」

 

ガッと土方の胸倉を乱暴に掴み上げ、引っ張る。銀時はギリッと奥歯を噛み締めて、土方を睨みつける。震える声で、尋ねた。

 

「アイツに何があった。何で、こんなことに……」

 

「……隊士の話によりゃ、辻斬りに襲われたところを返り討ちにした瞬間、いきなり苦しみ出したらしい。辻斬りを倒した時、敵の剣を素手で受け止めたってとこからすると……おそらくその剣に毒か何か仕込んでいたんだろう」

 

「っ……‼︎」

 

銀時は土方の胸倉から手を放し、窓の向こうで眠っている志乃を見やる。

呼吸器をつけられ、死んだように目を閉じている彼女を見て、拳を強く握りしめた。

 

「……誰がやった」

 

「犯人はすぐに俺達が捕まえた。今取り調べをしているが、口を閉ざしたままらしい。ま、一連の流れを全て隊士が目撃してる時点で、そいつの牢屋行きは確実だがな」

 

「そいつはどこにいる」

 

「言うわけねーだろ。そんな殺気を隠しもしねェ奴に」

 

土方は銀時のただならぬオーラに、少し恐れを抱いていた。

いつもはちゃらんぽらんで志乃さえも持て余している銀時だが、その実力は本物だ。その怒りをもって犯人の元へ行けば、確実に殺してしまいそうだった。

その時、か細い声が窓の中から聞こえてきた。

 

「ぎ……ん……」

 

「‼︎」

 

「志乃ッ‼︎」

 

途切れ途切れに、銀時の名前を呼んだ志乃。

薄らぼんやりした視界で、窓に張り付いてこちらを見つめる銀時と土方の姿を見た。

 

ーー二人ともひどい顔。

 

そんなに心配してくれたのか。そう思うと、嬉しい反面胸が苦しくなる。

声にはならなかったが、志乃は二人に微笑んで見せた。それに銀時は心なしか笑顔を返し、土方も口元に小さく笑みをこぼしていた。

 

********

 

志乃が目を覚ましたと聞いて、近藤と沖田、後からやってきた新八、神楽、時雪は医者に呼ばれ、彼女の容体を聞いていた。志乃はなんとか命の危機を脱し、現在は一般の病棟に移り、体を休めている。

 

「検査をしたところ、掌の切り傷から毒が侵入しているのがわかりました。おそらくこれは、攘夷戦争時代に開発された毒薬・『黒曜石』によるものですね」

 

「黒曜石?」

 

新八が復唱すると、医者は頷く。

 

「『黒曜石』は一度体内に入ると、その肌を黒く染めていき、体の中を侵食していきます。黒くなった箇所はまるで石のように動かなくなり、最終的には全身が固まり死亡……その死に様がまるで黒曜石で作られた人形のようであることから、そう呼ばれています。あまりにも危険なため、薬は攘夷戦争終結後、資料も全て破棄され、現在は誰も作ることはできないとされていたのですが……」

 

「……噂にゃ聞いたことはありやしたが……まさかまだ残っていたとはねィ」

 

沖田がボソリと呟く。

かつて攘夷戦争に参加していた銀時も、噂で聞いた程度だった。

そもそもその『黒曜石』は実在すら怪しかった伝説の毒薬だ。それがまさかこんな形で、しかも志乃が侵されるとは……。

神楽が不安を隠せない眼で、医者に問う。

 

「ねぇ、志乃ちゃん死なないヨネ?どうやったら志乃ちゃん助かるアルか?」

 

「『黒曜石』の毒は、『白夜』という解毒剤ですぐに抜けます。ですが、『白夜』の調合は難しく、完成品が現在複数個残っている状態です。タイムリミットは、24時間。その間に解毒剤を彼女に服用させなくては……正直に申しますと、彼女の命は助かりません」

 

「そんな……‼︎」

 

「その『白夜』ってのはどこにあるんだ?」

 

時雪が絶望に打ち震える隣で、すかさず銀時が尋ねる。

要はその『白夜』があれば万事解決するのだ。それさえあれば彼女は救われて、またいつも通りの日常に帰れる。

医者は答えようと口を開いたが、次の瞬間、ふと彼の目からハイライトが消えた。その変化に、銀時や真選組メンバーが鋭く反応する。

 

「オイ、どうした?」

 

近藤が一応警戒しながら、それ以降押し黙ってしまった医者の肩に手を伸ばす。

すると、医者は突如口角を上げた。

くつくつと怪しげな笑みを刻み、銀時達を見る。

 

「どこにもありませんよ……あったとしても、あんたらにそんな簡単に渡せません。何せ、"俺"が苦労して手に入れた代物なんですから」

 

「なっ……⁉︎」

 

「どういう意味ネ‼︎」

 

声を荒げて、神楽が医者の白衣の襟に掴みかかる。

しかし医者はそんな彼女の反応も愉快そうに笑って見つめるだけだ。

 

「あら、怒ってるんですか?一つ言わせてもらいますけど、君達がすべきことは俺に突っかかることじゃない。早く『白夜』を見つけて霧島志乃を助けることでしょう?今やるべきことを見誤っては、大切なものを失いますよ」

 

「お前ッ……‼︎」

 

「待って神楽ちゃん‼︎」

 

殴ろうと神楽が拳を振り上げた瞬間、制止したのは時雪だった。

神楽の手を放し、医者をキッと睨みつける。

 

「貴方、先程まで俺達と話していたお医者さんじゃありません。そうですよね?」

 

「……………………」

 

「えっ?」

 

「本当アルか、トッキー?」

 

背後で新八と神楽が彼に問うと、時雪はこちらを振り返らずに頷いた。

 

「うん。さっきと全然別人なんだ。前に八雲さんが見せてくれたことがあるんだけど……もしかして、他の誰かが憑依してるのかもしれない」

 

「ひ、憑依⁉︎そんなことできるんですか八雲さん!どっちかっていうとそっちに驚きなんですけど!」

 

医者は時雪の言葉に黙っていたが、不意に爽やかに微笑み、彼に拍手を送った。

 

「いやはや、流石は茂野時雪くん!まさかものの数分で俺が憑依したと見破るとは!銀狼の彼氏であることはあるね」

 

「その態度……見覚えがあります。貴方もしかして……」

 

「ピンポーン、大ー正ー解‼︎お見事〜!」

 

ここにいる全員から敵意を向けられているにも関わらず、飄々とした態度を取り続ける彼は、仰々しく腕を振り、挨拶をした。

 

「お久しぶりです皆さん。忘れてしまった読者の皆さんのために、改めて自己紹介しますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー俺の名前は杉浦大輔。好きなものはレタスです。どーぞよろしくお願いしまーっす♪」



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暗号は解読するのが難しいからこそ暗号

にこ、と笑んだ医者ーーいや、医者に憑依した杉浦が、ヒラヒラと手を振る。

次の瞬間、怒りの形相で沖田が抜刀していた。

 

「総悟‼︎」

 

近藤の声も聞き止めず、殺気剥き出しで医者に飛びかかろうとしたその時。

 

「いいんですか〜?」

 

クスクスと楽しげに笑いながら、杉浦が言う。

 

「今の俺は、この医者の体を借りている。もし俺を斬っちゃったら、お医者さんが死んじゃいますね☆あはっ」

 

「っっ……てめェッ……‼︎」

 

「そんな怒らないでくださいよォ〜」

 

あっはっはっはっはっ、と殺気に満ちた空間に、杉浦の呑気な笑い声が響く。それを恨めしそうに聞きながら、沖田は刀を納めた。

 

「さて、現在病院にいる霧島志乃ちゃんですけど……何やらヤバイ状況みたいですね〜」

 

「すっとぼけやがって。どうせテメーが仕掛けたことだろ」

 

「あはっ、バレちゃいました?ま、正解なんですけどね。さっすが土方さん!」

 

チッ、と舌打ちを返され、杉浦は再び話し始める。

 

「そうですよ。今回も辻斬りの件も、全て俺が仕組みました。理由ですか?そんなの簡単ですよ。前に言ったでしょ?俺は、霧島志乃を壊すって。その時が今なんですよ」

 

「いまいち要領を得ねェな。もっとわかりやすく説明しろ」

 

「はーい」

 

能天気な返事に、土方は再び舌打ちする。コホンと一つ咳払いをしてから、杉浦は語り出した。

 

「皆さん気づいてないんですか?最近あの娘がおかしいことに。あの娘の目が、虚ろになる瞬間があることに。それこそ、俺がずっと待っていた瞬間なんですよ。霧島志乃は、銀狼に目覚め始めている」

 

杉浦は部屋にあるベッドに腰かけて、続けた。

 

「今までだって貴方達は、その片鱗を見てきたはずだ。エネルギー砲をぶった斬ったり、ヘリコプターだって一刀両断。こんなの、人間ができる技じゃないんです。これらを見て、俺はピンときましたね……霧島志乃は、近い内に覚醒すると」

 

「…………」

 

「銀狼に覚醒したら……志乃は一体、どうなるんですか」

 

時雪が震える声で尋ね、それに杉浦が答えた。

 

「全てを殺すまで、止まらない。視界に映るもの、無機物から生命に至るまで、何もかもを壊すまで、銀狼は永遠に戦い続ける」

 

「‼︎」

 

「もし今、志乃が銀狼に目覚めたら……ふふっ。まぁまずは江戸の街が廃墟になりますかね。かぶき町も城も、ターミナルもぜーんぶぶっ壊して、人も街も跡形も残らないくらいに」

 

「そんなこと、志乃ちゃんがするはずないアル‼︎志乃ちゃんは、自分の暮らすこの世界が大好きだって言ってたネ」

 

杉浦の言葉に反論したのは、志乃の親友である神楽だった。志乃が自分の血の力を恐れていたのは、同じ境遇にある彼女が何より知っていた。

しかし、杉浦はどこ吹く風だ。

 

「おやおや?随分と銀狼の血を甘く見ているらしいね、夜兎のお嬢さん。でも君だって同じだろう?口ではいくら綺麗事を並べても、結局自分の本能にはあっさりと負けてしまう。所詮獣はその程度だってことだよ」

 

「ッ……‼︎」

 

神楽が悔しさにギリ、と歯を噛みしめる。自分は吉原で阿伏兎と戦った時、自分の血の力に負けてしまった。

図星を突かれ、何も言い返せないでいると、口を挟んできたのは銀時だった。

 

「……さっきからゴチャゴチャうるせーな、てめーは。どうにも妙だったんだよなァ。何でお前はそこまで銀狼を知ってるんだ?銀狼の血筋なんて、この世にゃもう志乃(あいつ)しかいねェだろうが。なのに気持ち悪ィくらい詳しすぎるんだよ。熱烈なファンか?」

 

「こんな血塗られた一族にファンなんかいるはずないじゃないですか」

 

「そうでもねーさ。志乃を見てみろ。幕府だけじゃねェ、鬼兵隊や春雨、さらには中央暗部に至るまで大人気だ。ま、中には振り向いてくれなきゃ殺すなんていう、とんでもねぇメンヘラファンもいるがな」

 

「だから、俺をそんなアホ共と一緒にしないでくださいって言ってるでしょ。話聞いてます?」

 

「ワリーな」

 

杉浦の表情から、笑みが消える。

代わりに銀時が口角を上げて、木刀を向けた。

 

「俺ァ男の長話にゃ興味ねーんだ。早いとこお前の居場所を吐いてくれるとありがてェ。嫌だってんなら、その体ごとめちゃくちゃにしてやるけどな」

 

「…………チッ」

 

憎々しげに舌打ちをした杉浦は、一息吐いて銀時を睨みつける。彼は、自分自身を探られることを最も嫌う。

 

「……仕方ありませんね。俺もそう簡単に霧島志乃に死なれちゃ困るんですよ。あの女には、俺の元へ来て大立ち回りを演じてもらわなきゃならねーんでね」

 

「その代役は俺が務めてやるよ。それで充分だろ?」

 

「いいえ、全く物足りません。何てったって、化け物同士の戦いなんですから」

 

杉浦に、いつもの笑みが帰ってくる。

 

「ま、いいでしょう。『白夜』は今、俺の手元にある。この紙に書いてある場所で待ってる、と志乃に伝えてください」

 

杉浦がパチンと指を鳴らすと、銀時の掌に一枚の紙切れが落ちてくる。その紙には、こう書いてあった。

 

『16 ー 32 21 41 17 6 8 25 15 3 10 22 12 25 824 62 46』

 

「……?何だコレ」

 

「勘の鋭い志乃なら、すぐにわかると思いますがね。では、ごきげんよう」

 

にこ、と最後にもう一度微笑んでから、杉浦の気配が消え、医者の意識が戻ってきた。

 

「……あ、あれ?皆さん、私は一体何を……」

 

キョロキョロと辺りを見渡す医者を無視して、銀時達は互いに顔を見合わせ、謎の数列に目を落とした。




暗号もし解読できた方がいらっしゃれば、是非教えてください。
正解発表は、作中でします。


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親にとって子供はいつまで経っても子供

吉原。その全てを見下ろせる楼閣に、銀時、新八、神楽はやってきた。理由は、目の前の金髪の女に会うためだ。

 

「獣衆」金獅子・矢継小春。吉原の楼主として君臨している彼女の元に赴いたのは、先程の暗号を解読してもらうためだった。

代々銀狼の右腕として棟梁を支え続けてきた彼女ならば、とふんでのことだった。

早速銀時が、小春に数字の並ぶ紙を手渡す。それをしばらく眺め続けていたが、溜息と共に紫煙を吐き出した。

 

「………………」

 

「何か、わかりましたか?」

 

「わかりましたも何も……貴方達、唐突すぎるのよ。一体何があって、焦ってわざわざ私の元に来たわけ?」

 

「説明してる暇も惜しいんだよ。いーからさっさと解読しろビッチ」

 

「何ですって?」

 

ギロ、と小春が殺気を孕んだ目を銀時に向ける。しかも彼女は既に拳銃を持って銀時の額に当てがっていた。

 

「ま、待ってください小春さん!」

 

「お願いアル、志乃ちゃんが死んじゃうかもしれないネ!」

 

「⁉︎」

 

神楽の言葉に、小春が目を見開く。それに続いて、新八が今までの経緯を順を追って話した。

 

「なるほどね……攘夷戦争時代の化学兵器が、まだ残っていたなんてね……」

 

煙管を咥え、頬杖をつく。

紫煙をくゆらせ、眉をひそめた小春は一度目を伏せた。

 

「それで、杉浦さんがこの場所にいると……」

 

「…………」

 

改めて、数字の羅列に目を落とす。

 

『16 ー 32 21 41 17 6 8 25 15 3 10 22 12 25 824 62 46』

 

杉浦によれば、この暗号は銀狼なら一発でわかるということらしいが……生憎自分は銀狼ではないため、解読に時間がかかりそうだ。

小春は紙を机に置いて、携帯を取り出して、写真を撮った。

 

「取り敢えず、獣衆の全員に送ってみるわ。私も色々試してみるけど……」

 

「オイ、志乃だけには送るなよ」

 

「は?」

 

小春の手を掴み、銀時は携帯を取り上げて志乃以外の全員に写真とメールを送った。しかし、その写真は志乃の寝顔フォルダから取り出して送っていた。

 

「待たんかいィィィ‼︎」

 

パァン!

 

小春がツッコミと共に、発砲する。それを銀時が間一髪でかわした。

 

「何しやがるこのクソアマぁぁ‼︎」

 

「あんたこそ何してくれてんのよ‼︎私の秘蔵フォルダに手を出さないでちょうだい‼︎あれ撮り貯めるのにどれだけ苦労したと思ってんのよ!」

 

小春は拳銃を銀時に向けたまま、力説した。

 

「それはそれは大変だったのよ……志乃ちゃんは貴方に連れられて戦場にいたから、他人の気配にとっても敏感でね。気配を悟られぬよう、それこそ陰湿なゴリラストーカーのごとく……」

 

「お前もなかなか悪質なストーカーだろーが‼︎何拳握りしめて苦労語っちゃってんの⁉︎やってること最低だかんな‼︎」

 

普段ボケ担当の銀時にまでツッコませるとは。恐るべし。

しかし何とかそれを宥めて、ちゃんと暗号の写真を送った。

 

「僕達も頑張って解読してみます」

 

「……わかったわ」

 

銀時達が、小春の部屋から出ていく。

その背中を見届けてから、小春は携帯のメール送信ボタンを押した。

 

宛先はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー霧島志乃。

 

********

 

その頃、病院。病室で大人しく横になっていた志乃は、ぼんやりと窓の外の空を眺めていた。

右手の感覚は、もうほとんどない。『黒曜石』が完全に右手を侵し、使い物にならなくなっていた。

真っ黒になった彼女の右手に、ベッドの傍らに座る時雪が手を添える。

それを目視しないと、触れられたという感覚さえ、今の彼女にはわからない。

 

悔しかった。

志乃と恋仲になってからというものの、自分は彼女に護られてばかり。自分が護ったことなど、一度もなかった。

いや、それ以前に、初めて出会った時から、自分は彼女に護られていた。

親のいない中、自分が家族を護らねばと、妹達の代わりにその身を溝鼠組に捧げようとした。しかし、その時彗星のごとく現れたのが、霧島志乃だった。

彼女は瞬く間に彼らを倒して、自分を助けてくれた。以来、彼女にこの借りを返そうと彼女の経営する万事屋に転がり込んだが、結局何も成し得ないままだった。

このままでは、自分のいる意味すらわからなくなってくる。

何のために、自分は霧島志乃のそばにいるのか。

 

「……………………」

 

胸が苦しくなって、涙が零れる。

その時、志乃の携帯が鳴った。

 

「!」

 

時雪は目を見開いた。着信に気づいた志乃が、体を起こそうとしていたからだ。時雪は咄嗟に、彼女の肩を掴む。

 

「ダメだよ‼︎安静にしてなきゃ!」

 

「ヘーキだって、これくらい。体起こすだけだよ?トッキーったら、心配しすぎ」

 

あはは、と笑う志乃に、何も返せなかった。

 

ーーどうして。どうして君は笑ってられるの?

 

志乃は左手で携帯を開き、メールの内容を確認する。

プライバシーを尊重して、時雪は画面を覗かなかった。

 

「……誰からだった?」

 

「…………んにゃ、広告メールだったよ。今注目の衆道本ランキングだって。どうしよう、1位のやつ買おっかな」

 

あと18時間の命だというのに、どうしてこうもヘラヘラ笑ってられるのか。何でそんなにいつも通り、呑気でいられるのか。

周りのみんなが、こんなに心配しているのに。暗号の解読に、尽力しているという時に。

何で。

 

「……んで……」

 

「ん?」

 

「何で……志乃は……そんなに笑えるんだよ」

 

確かな怒りを持って、時雪が呟く。膝に乗っていた拳が、彼の袴を握りしめてシワを作っていた。

志乃が視線を携帯の画面から時雪に向けた途端、涙を散らして叫んだ。

 

「志乃、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ⁉︎なのに何でそんなヘラヘラ笑ってられるんだよ⁉︎こっちはものすごく心配してるのに‼︎どうしてそんな風に呑気でいられるんだよ‼︎ふざけるなよ‼︎」

 

「…………」

 

初めてかもしれない。時雪が、こんなに怒った姿を見たのは。

志乃は少し驚いたような表情だったが、すぐにスッと目を細める。

 

「怖いよ」

 

「…………ぇ?」

 

ポツリと紡がれた言葉に、時雪は涙を流したまま聞き返した。

 

「怖いよ」

 

「志乃……」

 

「今だって、不安で不安で仕方ない。さっきみたく笑ってないと、泣き出しちまうくらい。……ごめんね、トッキー。私、弱いからさ。こうでもしないと、怖くて震えが止まんないんだ」

 

フッと笑ってみせる志乃。携帯を握るその手が、微かに震えていた。

武者震いなんてものじゃない。単純に怖がっているのだと、時雪はすぐにわかった。

 

「……俺の方こそ……ひどい事言ってごめん……」

 

「いいよ。気にしないで、トッキー」

 

いつものように優しく笑いかけた志乃は、ベッドに左手をついて降りた。

 

「……えっ⁉︎」

 

突然のことに、時雪は驚きを隠せない。

志乃の右手は、完全に死んでいるのに。もう解毒剤を飲まなければ動けないのに。

 

「ち……ちょっと待ってよ‼︎」

 

金属バットを持って、普通に部屋を出て行こうとする志乃を引き止める。こんな時に外出なんて、何を考えているんだ。

 

「そんな体でどこ行くんだよ⁉︎病院で安静に……っ⁉︎」

 

言いかけた瞬間、時雪は言葉を失った。

ミシミシと、鳩尾に深い一撃が入る。かはっと唾を吐いて、時雪の意識は遠のいた。

崩れる彼の体を、志乃の右腕が支える。手は使えなくても腕はまだ機能していた。というか、右手を拳にしているおかげで、まだ殴るという使い道は残されている。

その拳で時雪を気絶させた志乃は、眠った彼をベッドに乗せた。

少し、というかかなり、手荒なマネをしてしまったことを、反省する。

志乃は時雪の唇にキスを落とし、踵を返して病室を出て行った。

 

********

 

志乃が向かった先は、自宅。

その自分の部屋の押入れに、大切なものをしまっていた。袋から取り出したのは……銀狼の伝家の宝刀・「鬼刃」。

それを帯に挿して、志乃は再び家から出た。その時、扉のすぐ隣に誰かがいた。

 

「病人が暇だからって外ほっつき歩いてんじゃねェよ」

 

家に寄りかかって、紫煙を立ちのぼらせていたのは土方だ。

空を眺め決してこちらを見ることもなく、しかし意識はこちらに向けている。

 

「…………」

 

志乃は土方を横目で流して、彼を無視して歩き去ろうとした。しかし、

 

ガシッ

 

肩を掴まれ、引き止められる。

 

「どこ行くつもりだ」

 

「放して」

 

振り返らずに、志乃は言い放った。冷たく、突き離すように。

しかし、そんなことで彼が手を放すつもりはないとわかっていた。

 

「一般市民が何堂々と廃刀令破ってんだ」

 

「一応警察で働いてるから問題ナシ」

 

「ただのバイトだろーが」

 

「シフト入ってる時は刀持ってるよなら、入ってなくても同じでしょ。アンタらだって休日に刀ぶら下げてんじゃん」

 

志乃は言い返す。

土方は正々堂々と話し合おうとしない彼女に、苛立ちを隠せない。

まただ。このガキは、こうして話を逸らして、俺から逃げようとしている。

わかっているのに、そのペースにまんまと乗せられていることが余計に腹が立つ。

 

「……よこせ。んな物騒なモン持ってどこ行くつもりだ」

 

「残念だけど普通の人間じゃ『鬼刃』は持てないよ。アンタだっていくら鬼呼ばわりされても、所詮人間じゃん」

 

「なら、今すぐ捨てろ」

 

銀狼(ウチ)の家宝をそう簡単に捨てられるワケないでしょ」

 

あくまで、志乃は振り返るつもりはなかった。

振り返ったら、あいつの顔を見たら、きっと決心が揺らいでしまう。そんな中途半端な覚悟を持ったつもりはないけれど。

わかってる。何故背後にいる彼が、ここに来たか。

……私が一人で行くのを止めるためだ。

まぁ、常識的に考えればそうだろう。どこの世界に、毒を盛られた人間を自由に歩かせる奴がいる。

でも、今回ばかりは、それはありがた迷惑だった。

行かなくてはならない。杉浦大輔(あのおとこ)と、決着をつけるためにも。

 

「聞いてんのか志乃。いいからとっとと病院に戻……‼︎」

 

土方の言葉が止まる。体が宙を舞っていた。

土方は咄嗟に体を捻り、着地する。

何があったのか、一瞬わからなかった。

振り返ると、藤色の小さな背中が遠く見えた。

彼女は、一瞬のうちに土方の体を投げ飛ばしたのだ。そう察した土方は、立ち上がり、抜刀する。

 

「待てっ、"銀狼"‼︎」

 

その背中に叫んでから、刀を携えて走り出した。

こうなったら、力ずくでも刺し間違えてでも止めてみせる。土方は覚悟を決めた。だから、"志乃"ではなく"銀狼"と呼んだ。

志乃は迫る土方を振り返ることなく、歩みを止めない。

 

「待てって……言ってんだろーがァァァ‼︎」

 

土方は、ついに刀を振り上げた。

しかし。

 

「ーーっっ‼︎」

 

ビタ、と、肩に下ろそうとした刀を寸での所で止めてしまう。

頭の中では、斬ってでも止めねばならないと理解していた。

なのに、体が動かない。

惑っている。本当に、彼女を斬るのは正しいことなのか。

目の前にいる彼女を、止めなければならないのに。なのに、彼女の決意がその小さな背中からひしひしと伝わってきて、圧倒されてしまう。

チッと、舌打ちした。

 

「……やめときな。生半可な覚悟で、刀なんて振るうもんじゃないよ」

 

「…………てめェ……何するつもりだ」

 

「野郎の目を、覚まさせに行く」

 

キッパリと、志乃は言い切った。

杉浦(やつ)を殺すではなく、目を覚まさせる、と。

首だけを回して、志乃は土方を見上げた。

 

「大丈夫。私は、必ず帰ってくる」

 

懐から、志乃は髪紐を取り出す。

真選組から貰った、あの髪紐を。

それを口に咥えてから、髪をまとめ、結い上げた。

 

髪紐(コレ)に誓うよ。約束だ」

 

にこり、と微笑んで、志乃は前を向いた。



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決闘は一対一で

江戸の中心には、文明の発達が目に見えてわかる巨大なターミナルがある。

その周辺には多くの天人や地球人が行き交っているだけでなく、その人々が利用する施設が数多く存在した。

もちろん中にはもうほとんど使用されない場所も残っている。

その内最も広い面積を誇る場所ーーターミナル付近にある西倉庫824番。

かつて天人が来たばかりの頃は、貿易した物品などを置いていたが、なにぶん建物の骨組みが古いため、すぐに使われなくなった。

 

夕日が射し込む倉庫の中で、無造作に置かれた材木や瓦礫の上に、刀を抱いて寝転ぶ一人の男。彼はずっと、ある少女を待ち続けていた。

そんな彼に、近づく気配が一つ。男は体を起こして、それを見た。

流れるような美しい銀髪を紅色の紐で括り、鋭く光る赤い目はまるで血のついたナイフのよう。人形のように整った顔立ちはまだ幼さを残している。

お気に入りの藤色の着流しを纏い、古ぼけた赤い紐が結ばれた小さな右手は、黒く染まっていた。

その少女を見て、男は口角を上げる。真っ直ぐ見つめてくるその視線が、顔立ちが、彼にとって何よりも大切だった(ひと)に似ていた。

 

「来たか、霧島志乃」

 

「遅れて悪かったね、杉浦大輔」

 

少女ーー志乃は男ーー杉浦を見上げて、さらに視線を鋭く尖らせた。殺気を放つ彼女を宥めるように、杉浦は笑う。

 

「そんな顔すんなよ。確かに、お前にしたことは悪かったと思ってる。慰謝料はちゃんと払うから、な?」

 

「んなもんいらねーよ」

 

「あれ?そうなの?でも……その右腕じゃあ、もう使い物にならないんじゃない?」

 

杉浦が、志乃の黒く固まった右腕を指さす。彼女の右腕は既に肘まで黒く染まっており、漆黒の輝きを放っていた。その様はまさに、黒曜石。それを見た杉浦の笑みは、さらに深くなる。

 

「使い物にならねーかどうかはやってみなきゃわかんねーよ。確かにもう右手は開けねーが、てめぇをぶん殴るくれェはできらァ」

 

「おお怖い怖い。あ……そうそう志乃ちゃん。よくあの暗号が解けたね。すごいや」

 

「ケッ!どうせ毛ほども思ってねーだろ、んな事」

 

「あははは、よくご存じで」

 

杉浦が銀時達に渡した暗号。志乃はそれを小春からリークしてもらい、それを読んだのだ。

志乃は「鬼刃」をビシッと杉浦に突きつけた。

 

「あんな子供騙しで私が騙せると思うなよ……刹乃‼︎」

 

「!……へぇ」

 

杉浦はまさか彼女の口から、自分の本名が出るとは予想外だった。しかし、それも一興。すぐに余裕のある笑顔に戻る。

 

「なんだ、知ってたんだ。俺の正体。おっかしいなァ、幕府中央暗部にまで俺の存在は隠されていたはずなのに。……ああ、なるほど」

 

志乃の強い視線を受けて、杉浦は全てを理解した。

 

「高杉に春雨の母艦にでも連れてってもらったのかな?ったく、君も随分無茶するようになって」

 

「………………………」

 

「……まぁ、銀狼(おれたち)にくだらない言葉なんて要らないよね」

 

杉浦は瓦礫からトンと飛び降り、刀の柄に手を当てがった。志乃も杉浦が抜刀したのを見て、「鬼刃」を構える。

 

「じゃあ、やろうか」

 

ザッ

 

静かな倉庫内に、砂利を踏みしめる二人の足音だけが響く。

そして次の瞬間、弾けた弓のように、同時に動き出した。

 

********

 

その頃。志乃が抜け出した病室では、新八と神楽がベッドに倒れていた時雪を起こしていた。

 

「トッキー!しっかりするネ!」

 

「起きてください時雪さん!時雪さん!」

 

新八と神楽は、眠っているように気絶する時雪を揺さぶる。その時、彼はぽっかりと目を開けた。

 

「時雪さん!」

 

「トッキー!」

 

「ん……ここは…………アレ?志乃……」

 

ボソボソと呟き、気を失うまでのことを思い出す。そうだ、志乃が突然病室を出て行ってーー‼︎

時雪は勢いよく上体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す。どこにも、愛しい彼女の姿は見当たらない。

 

「志乃は⁉︎一体どこに⁉︎」

 

「落ち着いてください!僕達がここに来た時にはもう……」

 

「きっと志乃ちゃん、一人で行っちゃったネ。何でッ……‼︎」

 

焦りの色を見せる神楽。一人病室を出ようとする彼女の肩を掴んだのは、時雪だった。

 

「トッキー……?」

 

「……わかったよ、俺。志乃の居場所」

 

「えっ⁉︎」

 

「どういうことですか、時雪さん?」

 

新八が尋ねるのも無視して、杉浦の残したメモを片手に、病室に置いて合ったメモ帳を開く。そこに文字を書いていった。

新八と神楽が、時雪の背後からメモを覗き込む。五十音表に、1から順番に番号をうっていった。

 

「……⁉︎もしかしてコレって!」

 

その様を眺めていた新八も、ひらめく。神楽だけは首を傾げていて、どういうことかとメモとにらめっこをしていた。

ようやく全部書き上げた時雪が、メモを二枚並べて見せる。

あの暗号は、意味のない数字の羅列と思われるが、一度紙に現代ひらがなを全て書き起こし、番号をつければ簡単にわかるのである。

 

「この暗号は、"ゐ"や"ゑ"を除く全てのひらがなに順番に番号をつけて解読するんだ。例えば"あ"なら1、"か"なら6っていう風に。で、この数字の文章に当てはめたら……」

 

「えーと、824番目の文字はないからそのままにして……ってことは……」

 

16 ー 32 21 41 17 6 8 25 15 3 10 22 12 25 824 62 46

 

た ー み な る ち か く の そ う こ に し の 824 ば ん

 

「答えは『ターミナル近くの倉庫 西の824番』アルか!」

 

ようやく神楽もわかったらしく、時雪を見上げる。頷いたのを見て、新八は正解を書いたメモを手にした。

 

「すぐに銀さんに知らせましょう!」

 

「俺も真選組の人達に連絡をつける!急ごう!」

 

それぞれ分かれて銀時達に知らせようと、三人は病室を飛び出した。

 

********

 

ーーギィンッ‼︎

 

白刃同士がぶつかり合い、耳障りな金属音を倉庫に響かせる。先に仕掛けたのは杉浦だった。

しなやかな受け流しを駆使し、志乃の首を狙う。志乃は迫る刀に一瞥を投げ、体を反らして躱すとすぐに体勢を立て直し連撃を繰り出す。志乃の太刀が杉浦の頬を掠め、さらに彼女の尋常でない威力の突きに吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ!」

 

さらにダメ押しをしてくる志乃から離れ、柄を握り直す。

こうなることは予めわかっていた。今の刹乃(おれ)は、銀狼(しの)には敵わないと。

 

そもそも、銀狼が細身に関わらず何故バカげた破壊力を併せ持っているのか。それは彼らの精神と肉体の一致にあった。

心と体が一つになることで、彼らは人間よりも遥かに強いとされてきたが、実際は違う。脳から発される命令をより素早く確実に伝達することで可能となる、あの鋭敏さ。それを実現できるのは、銀狼の脳と身体のみ。

そのうち(ひとつ)しか持たない杉浦(せつの)が、脳と身体(ふたつ)を持ち合わせる志乃に勝てるはずがないのだ。無理に身体に命令を与えれば、杉浦(にんげん)の身体は一瞬で悲鳴を上げてしまう。

 

そんな事を考える暇もなく、すぐに志乃が追撃してくる。

突き出された太刀をいなし、体を反転させ蹴りを放つ。脇腹に見事ヒットしたのを見た杉浦は、刀を振り上げた。

 

「!」

 

下ろした刀は、志乃の柔肌を切り裂くはずだった。だが、肉を断つ手応えが全くない。

杉浦はすぐにバッと振り返ると、刀を逆手に持って背後から迫る斬撃を受け止めた。

しかし。

 

バキィンッ‼︎

 

「ーーッ!」

 

銀色に輝く刀身が、粉々に粉砕される。なんて柔な……いや、相手の力が強すぎるのか。舌打ちした杉浦は、バックステップで志乃から離れる。

 

「どうした?まさかこんなことまでしといて、私にあっさり殺られるてめーじゃあるまい」

 

「……お褒めの言葉、どうも」

 

冗談の一切通じない、本気モードの志乃。ピンと張り詰めた神経は、まるで弓の弦の如し。杉浦は口角を上げつつも、内心どうすべきかと相手の様子を伺っていた。

 

ーーもう、この手しかねェか……。

 

杉浦は折れた刀の柄を咥えて、両手で印を結んだ。

何か仕掛けてくる、と本能的に察した志乃は、足元に魔法陣のようなものが輝いて出現した。

志乃がマズイと察した時には既に遅く、黒く染まった手に激痛が走った。

 

「ぅあっ……があああああッッ‼︎」

 

まるで体の内側が焼き切れるような、そんな痛み。思わず志乃は悲鳴を上げ、その場に膝をついた。

痛みは引かない。ずっと同じほどの衝撃を志乃に与え続け、彼女を苦しんでいた。おまけに、じわじわと石化が進んでいる。そんなことも気づけないほど、志乃は悶え苦しんだ。

 

「ハハッ……流石の霧島志乃も、呪術には敵わねえらしいな」

 

「ぁ、あ……ぐ、がぁ……!」

 

ニタリと怪しげな笑みを刻んで、杉浦は刀身の折れた刀を振り上げる。

マズい。マズい。逃げろ。逃げろ!脳が必死に志乃に警告するが、痛みに支配された体は全く動けない。

刀が空を切る音が聞こえた瞬間、志乃は仰向けに寝転がり、渾身の力で杉浦の腹を蹴っ飛ばした。

 

「がはっ……!」

 

「らぁぁっ‼︎」

 

雄叫びを上げながら立ち上がり、追加で石化した右拳を顎に叩きつける。しかしその拳に杉浦の折れた剣が突き刺さった。

 

「⁉︎」

 

ブシュッ、と鮮血が宙に舞い、床に赤の斑点を生み出す。

 

「いくら石化してるっつっても、テメェの肉体はそのままなんだよ」

 

「チッ……」

 

固まった拳から、止めどなく血を流している。それを眺めていた志乃は、太刀を握りしめて杉浦に向けた。

 

「なるほど。銀狼の私にゃ力で押し勝てないと悟ったか。懸命な判断だ」

 

「懸命?どの口が俺のことを上から目線で言ってんだ。その懸命な判断で、命落としかけてたってのによ」

 

「ふん。まぁでも力で私に勝てないから、呪術を学んだんだろう?」

 

「学んだ?違うね、元から使えたんだ。この身体がな」

 

「……?」

 

志乃は一瞬眉をひそめたが、すぐに杉浦の言葉を理解し、納得する。

 

「そうか……そうだったな。あんたは脳は霧島刹乃でも、身体は杉浦大輔。その身体が呪術者か何かの類いを生業とする奴だった……ってところか」

 

「ご名答。流石は志乃」

 

「アホか。こんな問題、猿でもわかる。バカにすんのも大概にしろよ………………刹乃ォォォォ‼︎」

 

再び二人は同時に駆け出す。

杉浦には、向かってくる少女の姿が、かつて愛した女と重なって見えた。




ということで、答えは『ターミナル近くの倉庫 西の824番』でした。


解読方法がよくわからなかったという方に、今一度説明します。

実はこれ、ひらがな(や行はや・ゆ・よ、わ行はわ・をのみ。濁音等も含む)全てに、一から番号をふっていく。これだけでもう解読できたようなもんなんです。これを、問題の数字に当てはめて読むと、答えの文章が出てくると思います。


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過去ばかり振り返りすぎてもダメ

一方その頃。銀時は杉浦の正体の手がかりを求め、桂を訪れていた。

 

「銀時!久しぶりじゃないか!最近まためっきり出番がなかったから、こうしてずっとスタンバッて……」

 

「知るかンなモン。ヅラ、杉浦大輔とかいう野郎の情報を全て吐け」

 

久々の出演に歓喜する桂を足蹴に、銀時は用件を伝えた。

曲がりなりにも桂とは付き合いの長い銀時は、彼の扱いも心得ている。

こういう時は相手にせず、こちらの用件さえ済ませてしまえばいい。それが終わればひたすら放置だ。そうしなければ、彼の面倒なノリに延々と付き合わされる。

 

「ヅラじゃない桂だ!しかし待て、今何と言った?杉浦大輔?」

 

「あぁ。そいつが志乃に毒を盛りやがった。だから俺が殺しに行く」

 

「ちょ、ちょっと待て銀時!志乃が巻き込まれたのか⁉︎そうなのか⁉︎」

 

「だからそうだっつってんだよ。いーからさっさと情報よこせ。じゃねーと肩慣らしにお前フルボッコにすんぞ」

 

「フルボッコじゃない桂だ」

 

事態を察し始めた桂も、腕を組んでようやく話を進めようとする。

 

「しかし、相手は杉浦だ。並大抵のことで勝てるかどうか……」

 

「どーいうことだよ。アイツ剣もまともに扱えねーじゃねーか」

 

「確かに杉浦の剣術は最低だ。だが奴はかつて攘夷戦争において、敵を錯乱させる呪術を駆使し、天人共を一掃してしまったという天才呪術師だ」

 

呪術師、と聞いて銀時はどこか納得したような感覚を覚えた。杉浦は銀時達の目の前で医者の体を遠隔操作で乗っ取ってみせた。そんな芸当ができるなんて普通の人間ではないと思っていたが、呪術師となれば話がつく。

それに、この小説では一切触れていないが、銀時は陰陽師達と闘り合った経験もある。陰陽師と呪術師など似たようなものだ、八雲がいい例ーーそう思うことにした。

 

「さらに奴は最近、巷に溢れる浪士達を操り、何か良からぬことを企んでいるらしい。それが幕府に対するクーデターかどうか、わからないが」

 

「……野郎の狙いは何だ」

 

「知らん。だが一つだけ言える。あの男は、俺達志乃の兄を敵にまわした。もしあの男の狙いが志乃たった一人だというのならば、杉浦は己にとって、最悪の道を選んだということだ」

 

それもそうだな、と桂の言葉に納得する。かつて攘夷戦争で名を馳せた銀時達に喧嘩を売るなど、アホとしか言いようがない。もし杉浦が名のある剣士ならばまだしも、並より少し上程度なら銀時は負ける気がしなかった。

しかも、杉浦は銀時にとって大切なものーー志乃を傷つけた。何よりも大切な妹に手を出された兄の気持ちは、もちろんだが穏やかではない。早々に殺してやりたいと思っている。

 

「銀さァァん‼︎」

 

遠くから、新八と神楽がこちらへ駆け寄ってきた。切らした息を整えつつ、必死に銀時に訴える。

 

「志乃ちゃんが病院を抜け出して、一人杉浦さんの元へ!」

 

「暗号もアイツの居場所もわかったアル!早く行かないと志乃ちゃんが‼︎」

 

「何⁉︎志乃がか⁉︎」

 

桂が反応したより早く、銀時が動き出す。

 

「行くアルヨ、銀ちゃん‼︎」

 

「こっちです!」

 

先導する二人に並んで、銀時も回転する足を早めた。

 

ーー志乃……!

 

********

 

ガキィン‼︎

 

二つの刀がぶつかり合い、一方は弾かれてしまう。太刀を横に振り切ろうとする前に、杉浦は指を鳴らし、再び床に仕掛けた呪術を発動した。

 

「うくっ‼︎」

 

苦しげな呻き声を上げた志乃だが、すぐに持ち堪えて杉浦に斬りかかる。

先程より、呪術の威力が弱くなった?……いや、違う。

 

「チッ!この力にもう慣れたってのかよ……!どんだけ順応性の高い奴なんだ!」

 

「ハハッ!二度も同じ手がきくかよ、バーカ‼︎私は、霧島天乃(ぎんろう)の娘だ!」

 

確実に仕留めようと襲いかかってくる太刀筋を、杉浦は全神経を集中させて躱していく。呼吸する暇や、瞬き一つもできない、容赦ない連撃。刹那、ピッ、と志乃の太刀が頬の皮を薄く切った。

 

あぁ、本当によく似ている。俺の惚れた、あの(ひと)に。

その真っ直ぐに見つめてくる目も、でたらめで無作法で、気まぐれな太刀筋も。それはコイツが、実の娘だからか。

でも、認めたくはない。母親のことを何も知らないクセに。顔も見たことがないクセに。母の命と引き換えに生まれたクセに。

この娘が、霧島天乃(ぎんろう)の娘だと名乗るのが、ひどく気に入らない。

 

「黙れ……」

 

「……何だと?」

 

「黙れっつってんだ‼︎」

 

不意に、杉浦が掌を志乃の顔面にかざす。どこからか力が起こったのかわからぬまま、次の瞬間、志乃の体は後方に吹っ飛ばされていた。

ドサッと床に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる体。痛みに顔を歪めつつ、体を起こそうと肘をつくと、腹を思いっきり踏まれた。

 

「あがっ……!」

 

「お前が……母親の名を……いや、姉上の名を口にするな。俺の愛しい姉上……霧島天乃の名を……‼︎」

 

「っ、あ!くっぅ……」

 

ぼやけた視界で捉えた杉浦の目は、深い憎悪の炎を燃やしていた。その元凶である志乃を、逃がすまいとさらに強く踏みつける。

右手を覆っていた毒は既に肩まで侵食し、全く動かなくなっている。

 

「あぁあ……っ……、何故……だ……っ」

 

「……?」

 

「何故、お前……は……その姿に、なってまで……銀狼の体を、失ってまで……私に、こだ、わる……っ」

 

苦しげな声で尋ねる志乃に、杉浦は嘲笑を浮かべて見下ろす。

 

「何故、だと……?そんなの決まってる。お前が……俺の姉上を奪ったあの男と、似ているからだ」

 

********

 

ーー杉浦……いや、刹乃が生まれ物心ついた頃。刹乃は、"銀狼"の息子として様々なことを学んだ。

 

謀略の編み出し方、剣術、人の心の壊し方……人斬り一族の血を引く者として、刹乃は幼いながら、最恐の人殺しになるための教育を受けた。

刹乃にとって、それは普通だった。

"銀狼"の一族は一妻多夫制で、代々女が強い家系。その中で刹乃は男として、女達を護るための道具として育てられた。

当時、母は既に隠居し、現在はその長女が形式上当主となっていた。

しかし、その当主という女が、これまた不思議な女だった。

 

ある日、刹乃が自室で本を読んでいると。

 

「よっ。相変わらず本ばっか読んでるな、刹乃は」

 

ポス、と軽く頭を叩かれ、振り仰ぐ。自分と同じ銀髪に赤い目。

特徴を挙げるとすれば、無地の藤色の着流しの上に、派手な桜柄の上着を纏っている点だろうか。

しかし、下の着流しは袖が無いだけでなく、裾は膝上。そこから覗く手足はスラリとしており、女の魅力に溢れている。

 

この女こそ、当時の"銀狼"当主であり、刹乃の姉・霧島天乃。彼女は歴代の当主の中でもひときわ変わり者だった。

冷酷無比である銀狼の直系の生まれながら、ひたすら身内や他人に甘い。

さらに当主でありながら病弱で、一族の誰もが彼女に良い印象を持たず、当主に相応しくないと言われる始末。しかしそのくせ、剣術だけは一族の誰よりも強かった。

刹乃はそんな姉が苦手で、いつも距離を置いていた。

 

「……お久しぶりです、殿」

 

「なんだよ、堅っ苦しいなァ〜。姉ちゃんと呼べと何度も言ったはずだ!」

 

「当主であらせられる貴女様にそのような口のきき方をしては、私が殺されます故」

 

「そうか。誰だお前を殺そうとした奴。名を言え。即刻叩きのめしてやる」

 

「大御所様が嘆いておられましたよ。『アレのブラコンシスコンには困ったものだ』と。我々の一族に、家族の情など不要。我々は、人を殺していればそれで良い。そうですよね?殿」

 

感情のない目で天乃を見上げれば、彼女から言葉ではなくチョップが返ってきた。

 

「……⁉︎」

 

「バカ。いいか刹乃。そんな哀しい事、二度と姉ちゃんの前で言うな。姉が弟妹達を労って何が悪い?わたしは何も悪いことなどしていない」

 

「ですが、銀狼一族の掟によれば……!」

 

「まだそんなもん読んでたのか。こんなん、わたし達には必要ねーんだよ!」

 

「あっ!」

 

声を荒げた天乃は、刹乃から強引に本を奪い取り、腰の太刀で斬り捨てた。

紙はハラハラと宙を舞い、庭の地面に落ちていく。

 

「何てことをするんですか‼︎」

 

「まったく……どうやら改革はこれっぽっちも浸透してないようだな」

 

怒りの表情で自分を睨みつける弟と視線を合わせ、天乃は彼の頭を優しく撫でた。

 

「いいか、刹乃。わたし達は今まで人を斬ることばかり考えていた。争いの絶えない世界なら、もしかしたらそれでもよかったのかもしれない。でも、今の時代は平和だ。そんな時代に、わたし達は何を糧に生きていけばいいのだろう?」

 

「……え?」

 

刹乃は生まれて初めて、自分の生きる意味について問われた。

自分達はただ、人を斬っていればそれでいいと思っていたから。そう教えられていたから。

天乃は哀しげに目を伏せ、弟の頬に手を添える。

 

「今までみたいに、人を殺し続ける?何の罪もない人々を傷つける?そんなことをしたら、この世界では悪となり、わたし達ははみ出し者として世界から嫌われてしまう……。わたしは、そんなのは嫌だ。せっかくこの世に生まれてきたんだ。ただ人を殺すだけの人生なんて、つまらないしひどく哀しい。この業を、末代まで続けたくない。きっと、もっと、わたし達は幸せになれるはずなんだ。だから……」

 

ずいっと顔を近づけ、刹乃の瞳一杯に、天乃の勝気な笑顔が映る。

 

「わたしは、お前達が幸せになれる生き方を示してみせる。みんなと手を取り合って、生きていく……そんな世界を、わたしが作るんだ!」

 

「‼︎」

 

ニッと無邪気な子供のように笑んだ天乃は、腰を上げて庭を眺めた。

 

「そのために、まずこの掟からぶっ壊そうと思う」

 

「⁉︎そ、そんなことをしては……‼︎」

 

「あぁ、全員から反発を食らうだろうな。現に、一族の中でもわたしを排して妹を担ごうとする動きもある」

 

「……わかってて、泳がせているのですか?」

 

「いや、それがそいつらの生きる糧だと、生きる意味だと言うのなら、わたしは止めない。きっとわたしも何か間違っていて、そいつらも何か間違っているんだ。何かを新しく創造するなら、それがいい。白でも黒でもない、灰色ぐらいがちょうどいいんだ。きっと」

 

刹乃は呆然として、年の離れた姉を見上げた。

すごい人だ。この人は常に未来を考えて、俺達の幸せのためを思ってくれている……。

眩しい。眩しいよ、姉上。でも……どうか、俺を連れてってほしい。姉上の見ている世界を、俺にも見せてほしい……!

 

「…………姉上」

 

「?」

 

「私……も……姉上の夢、応援します。姉上のお力になれるかはわかりませんが……でも…………」

 

「刹乃っ!」

 

俯きがちにぽしょぽしょと呟いていた刹乃の体は、不意に持ち上がった。

突然のことに刹乃は驚いたが、そんな間も無く天乃の両腕と胸に閉じ込められる。

 

「ありがとな、刹乃!流石わたしの末弟だ!」

 

「あ、あああ姉上⁉︎ちょ、放し……」

 

「ふふふっ!もう逃がさないぞ刹乃!お前は今日からわたしのものだ!」

 

「ええっ⁉︎」

 

めちゃくちゃな発言に困り果てる弟を放って、姉はにししと悪戯が成功した子供のような笑顔。

こうして彼は、霧島天乃という女に嵌っていった。

 

********

 

初めて聞いた、母の話。

志乃は戦闘中で、自分が不利な状況下にあるのも忘れて、ただ杉浦ーー刹乃の話に聞き入っていた。

 

「……それから数年後、"あの男"は突如俺の前に現れた……」

 

絞り出すような声で、杉浦は続けた。

 

********

 

天乃の改革はもちろん上手くいかず、居場所を失くした天乃はよく家を空けるようになった。久々に帰ってきたかと思えば、すぐに出て行ってしまう。

「自分もついて行きたい」と何度も天乃に頼んだが、彼女はそれを拒否し、次第に刹乃の居場所もなくなっていた。

 

そんなある日。

いつもと同じような夜のはずが、一生忘れられない夜になった。

彼の身に何が起こったのか。

 

端的に言うと、一族郎党皆殺し。

あの強かった父が、誰にも負けなかった母が、何度挑んでも勝てなかった姉兄達が、次々と死んでいく。

何もできない彼の目の前で、理不尽とも言える殺戮は行われた。

こんな時に限って、天乃はいない。どこにもいない。助けを求めたくても、手は届かない。

 

「これで最後か」

 

男達の格好は、皆一様だったのを覚えている。それが異様と言えばそうなるが、命の危機に瀕している彼にとっては、そんなことは些細な事に過ぎなかった。

振り上げられた刃が、炎の光に当たってオレンジ色に煌めく。

 

嫌だ。

 

嫌だ。

 

怖い。

 

怖い。

 

助けて。

 

助けて。

 

助けて。

 

「姉上ェェェェェェェェェェェェェェ‼︎」

 

涙混じりの絶叫が空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刹乃ォォォォォォォォォォォ‼︎」

 

耳を劈くような叫び声で、名が呼ばれる。

刹那、刹乃に刃を向けていた男は大量の血を吹き出して倒れた。

揺らめく炎の中、いつもの綺麗な顔を乱して、弟を心配そうに見つめる姉が立っていた。

 

「姉上ェ‼︎」

 

「刹乃っ!無事か、よかった……!」

 

安堵したように刹乃を抱きしめた天乃は、すぐに周りを見渡す。

辺り一帯は全て炎に包まれ、逃げ場など見当たらない。

風に吹かれて宙を舞う塵に顔をしかめながらも、天乃は刹乃を抱く手を緩めなかった。

 

「……遅くなってすまない。他のみんなはもう手遅れか……。もっとわたしが、早くここに来ていれば……いや、わたしがこの村を離れなければ……!」

 

「……姉上…………?」

 

普段の彼女が絶対に見せない、険しい表情。

天乃は刹乃の肩に手を置き、視線を合わせた。

 

「刹乃、よく聞け。敵の狙いはわたしだ。わたしが奴らの注意を引きつける。だからお前は地下通路を通って逃げろ!」

 

「⁉︎嫌です!姉上と離れるなんてもう嫌だ‼︎」

 

「駄々捏ねんな‼︎いいから早く行け‼︎」

 

「いやだァァ‼︎」

 

感情のままに叫んでしまったのが、いけなかった。

炎に紛れて隠れていた二人は見つかり、あっさりと囲まれてしまう。

天乃は太刀を振るい、敵を次々と打ち倒していく。

 

「刹乃‼︎早くこっちに……」

 

弟の手を引き逃げようと背を向けた瞬間、天乃は背後からのとてつもない殺気に振り返ることができなかった。

咄嗟に、刹乃を押し飛ばす。次には、足に痛みが走った。

 

「ぐっ!」

 

「姉上‼︎」

 

足に針を撃ち込まれ、自由が効かなくなる。天乃は倒れ込みつつも刹乃を背に庇い、彼を護ろうとした。

じりじり、と男達が天乃と距離を詰めていく。

同じ格好をした男達の中から一人、頭らしき男が現れた。

笠と烏の面との間から、冷たい視線が天乃を射抜く。

彼の狙いは、はじめから天乃たった一人だった。

なのに何故、一族抹殺を実行したのか。

それは、彼女に深い絶望を与え、「"銀狼"としての彼女」を殺すためである。

 

「……何で……。どうしてお前が、こんなマネを……」

 

荒い呼吸を繰り返す天乃が、リーダー格の男に尋ねる。その声は、掠れていた。

 

「天乃…………私は貴女に出会うずっと前から、貴女のことが好きでした。貴女を手に入れたくて、私はありとあらゆる手段で貴女を殺そうとした……。でも、貴女を殺すことはできなかった」

 

ゆっくり近づいてくる男から後ずさりをして離れる。天乃は恐怖に震える刹乃を押しやり、早く逃げろと促した。

男の語り口は止まらない。

 

「貴女はとても強いお人だ。幾度となく壊しても、その目は、その心は決して屈することはなく、美しい。まさに、気高い狼。ですが……………………だからこそ、潰し甲斐がある」

 

「‼︎」

 

天乃が目を見開いた瞬間、左肩を貫かれる感覚が走った。天乃はすぐに左手で、肩を貫通する刀を握りしめ、太刀で男の脇腹を突く。

しかし切っ先が男の服を切る前に、上体が押し倒され、強く踏みつけられる。

 

「くっ……‼︎」

 

「姉上ッ‼︎」

 

「来るな、刹乃‼︎早く行けェェ‼︎」

 

逃げようとした足を止めた刹乃だったが、男の仲間に囲まれてしまう。天乃は怯えてへたり込んだ弟を救うべく、男に叫んだ。

 

「やめろ‼︎あの子だけには手を出すな‼︎」

 

「…………ほう。まさか銀狼である貴女が、弟のために命乞いをするとは。珍しいものを見せていただきましたが、それはそれ、これはこれ。……あの弟を殺せば、ようやく銀狼としての天乃(あなた)は死ぬ」

 

「‼︎やめろ‼︎頼む、やめてくれ‼︎わたしならどうなっても構わない‼︎だから頼む、あの子だけは、あの子だけは傷つけないでくれっ‼︎」

 

初めて聞いた、姉の絶叫。刹乃は怖くて、ただ耳を塞ぎたかった。

姉の前に立つ男は、腰の短刀を抜いて、彼女の首に当てがう。

 

「……それが貴女の願いですか」

 

「……………………」

 

「それさえ叶えば、貴女はどうなってもいいと?」

 

「ああ、もちろんだ。約束する」

 

「………………その童を解放しなさい」

 

男の命令で、刹乃を囲んでいた影が遠のく。

立ち上がった刹乃は天乃に駆け寄ろうとしたが、彼女の目に制された。早く逃げろと、目で訴えかけてきたのだ。

刹乃は涙を滲ませながらも、震える足を叩いて走り出した。

 

その後、姉がどうなったかは、知る由もない。

 

********

 

「……それから俺は、銀狼として生きていた。姉上を救うために。あの時俺を庇って行方知れずになった、姉上を取り戻すために。俺は攘夷戦争に参加し、己の力を磨きつつ、名を上げていった。そうすれば、姉上を狙った連中が何なのかわかる。姉上を終わらせようとしたあの男の正体が掴めるはずだと」

 

「……………………」

 

杉浦は、足蹴にしている姉の娘に視線を移す。

 

「そこで俺は銀時達と出会い、必然的にお前とも出会った。初めてお前を見た時は驚いたよ……姉上に瓜二つだった。あの時失った姉上が、生まれ変わって俺の元へ帰ってきたとばかり思っていた……」

 

西日はさらに傾き、明かりのない倉庫はさらに暗くなる。それでも、二人の目には互いの顔が見えていた。

 

「……………………だが…………霧島刹乃の身体を奪われ、成長していったお前を見た時…………俺は愕然としたよ。お前は姉上に似るどころか、段々あの男に似てきやがった……。俺から全てを奪った、あの男に……!」

 

「⁉︎ぅ、ぐっ……!」

 

乗せられた足に体重をかけられ、志乃は苦しげに目を瞑る。

左手で杉浦の足首を掴むも、毒の侵食がそろそろ右半身を覆い尽くし、身動きが取れない。

そんな彼女を愉悦の表情で眺めながら、杉浦は懐から新たな短刀を取り出し、鞘を払う。

 

「心配するな。お前の父親も母親も既にこの世にいない……俺が復讐したいのはお前だけだ。そのためなら、お前を覚醒させて、お前の周りにいる連中全員を殺させることも厭わなかった。だが……おかげでその手間が省けそうだ。バイバイ、志乃」

 

短刀を両手で構えた杉浦が、志乃の喉元めがけて振り下ろす。

しかし、杉浦の目に映ったのはーー。

 

「…………ッ⁉︎」

 

どこか物憂げな色をした目で笑いかける、姉だった。



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喧嘩はいつの間にか終わってる

ーー姉、上……⁉︎

 

思わず、振り下ろす手を止めてしまう。

切っ先は志乃の喉とあと数㎜の距離だ。

もう少しで、憎い敵に似た小娘を殺せるのに。なのに、殺そうと思うと、彼女の顔が姉に似て見えて仕方ない。

フラフラと杉浦は後退して、床にへたり込む。

いくら憎んだことか。霧島志乃を壊して、殺してやろうと何度も思ったのに。

なのに何で、こんなにも、震える。

 

「……杉浦。いや……刹乃」

 

上体を何とか起こした志乃の真っ直ぐな視線が、杉浦の揺れた瞳を捉える。

 

「私はな……両親の顔なんか知らないし、両親がどんな奴らだったかなんて知らない。だからって、その二人のためだけに、私の人生狂わされたら、たまったもんじゃねーんだよ。他の誰にも、私の生き方は邪魔させねェ。……杉浦、あんたが何故私を恨むのか、よーくわかった。だがな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ふざけんのも大概にしやがれ、コノヤロー‼︎」

 

「……はい?」

 

突然ビシッと指を指され、杉浦は思わずポカンとする。

座り込んだ状態のまま、志乃は喚き散らすように続けた。

 

「大体なァ、似てるとか似てないとか置いといて、私は霧島志乃本人だ!それ以上でもそれ以下でもないんだよ!それに、両親のツラ真面に見たこともねー娘にいちいち親のこと重ねられてたまるか‼︎アホかお前!つーか母親の昔話は銀に聞け!私が知るか‼︎」

 

「…………えーと、何この状況?俺怒られてる?どうなってる?コレ」

 

「とにかくなァ、私の言いたい事はつまり、過去ばっか振り返ってたって何も始まりゃしねーんだってことだ‼︎そりゃ一回くらい立ち止まって後ろ見んのも悪かねェ。だがな、そこにずーっといてもいいって問題じゃねーんだよ‼︎後ろ見た次は前向きやがれ‼︎居心地いいからって逃げてんじゃねーぞクソヤロー‼︎」

 

ポカンとした杉浦はギャーギャー叫ぶ志乃を見つめる他ない。

彼女は既に右半身に毒が蔓延して動けない状態。杉浦が殺そうと思えばいつでも殺せる立場にある。

なのに何だ、このガキは。計算高いのかただのアホなのかよくわからなくなってきた。

しかし、何か怒られているのはわかる。

要するに、既にこの世にいない姉に捉われるより、姉を奪った男に囚われるより、先に進めということだろう。

項垂れて、溜息を吐く。

 

「……ったく……意味わかんねーよ……お前」

 

「お前よりかは幾分マシだバカヤロー」

 

「なんか取り敢えずムカつくわお前」

 

腰を上げて立ち上がり、服についた砂を払う。

地面に転がっていた「鬼刃」を拾い、切っ先を志乃の首に向けた。

 

「いいか。俺はその気になればいつだってお前を殺せるんだ。わかったらさっさとその口を閉じろ、志乃」

 

「その気になればいつだって殺せる?よく言うよ。さっきその殺せるチャンスを自ら逃したのは誰だったっけ?」

 

「……………………っ!」

 

「はっは〜ん。今図星突かれたろ。なぁ、そうなんだろ」

 

「チッ……オイ黙らねぇと殺すぞ‼︎」

 

「ハイハイそんな激情しないの〜」

 

ムカつく。本当にこいつムカつく。マジで殺してやろうか。

イライラが募るが、華奢な首元に向けられた切っ先は震えるだけで、役に立たない。

わかっている。わかっているけれど、図星を指した程度で勝気になっている、目の前の憎たらしい女を殺したくて仕方がない。

 

ーーこんのクソアマ……‼︎

 

ケラケラ笑っていた志乃の表情が、不意に固まる。どこか青ざめていて、危険を察知しているようだった。

ようやく黙りやがったか……。

溜息を吐いてダラリと腕から力を抜くと、背中から全体にかけて、鋭い痛みが突き刺さった。

 

********

 

杉浦の体が、音を立てて崩れる。男にしてはなかなか細い腹を、銀色に輝く刃が貫いている。

驚きの声を上げる間も無く、志乃は杉浦の背後に立っていた見たこともない男達を見据えた。杉浦を消そうとしたのはあいつらだと、やけに冷静な思考はそう判断する。

 

「…………てめぇら……」

 

「よォ、助けに来てやったぜ〜?ーー"銀狼"」

 

へらっと笑ったその男は、背後に幾数人もの仲間を従えて、二人の元に歩み寄ってくる。

対する志乃の赤い双眸は、真っ直ぐ男達を見つめていた。微かに怒りを孕んで、ブレることなく真っ直ぐに。

感情が読み取れるからか、男達の余裕は変わらない。

 

「……てめーらに助けを頼んだ覚えは一度もねぇ。わかったらさっさと去れ」

 

「毒に侵された身でよくそんな強がりが言えるもんだな。流石だな」

 

男達の笑い声が、閑散とした倉庫に響く。志乃は口を噤んだまま、なんとか動く左手をついて立ち上がろうとした。しかし、毒の蝕む右半身のせいで、上手く動けない。

男達の様子を見る限り、狙いは杉浦ただ一人のようだ。つまり、自分はまだ安全圏にいるということ。志乃はなるべく相手を刺激しないように、問いかける。

 

「……お前達、一体何が目的だ。何故杉浦を殺した」

 

「目的?そんなの決まってる。そこにのびてる男はな、俺達を操ってたんだ。わけのわからない呪いをかけて、俺達を意のままになァ‼︎」

 

「…………まさかお前ら、杉浦の呪術に……」

 

杉浦に関しての情報を集めていた際、噂は薄っすらとだが聞いていた。彼が多くの攘夷浪士を操って、軍団を作り上げているということを。

もし彼がいつの間にかは知らないがこの呪術を解いていたとすれば……。

 

「なるほどな。さしずめテメーらは呪いが解けて何もかもに気がついて、杉浦(コイツ)をぶっ殺しに来たってか……」

 

「ご名答。なぁ銀狼の嬢ちゃん。お前さんもこの男に騙されたクチだろ?俺達と一緒にコイツぶっ殺そうぜ〜‼︎」

 

ギャハハハハハハハ‼︎と下卑た笑い声が志乃の耳に否が応でも入ってくる。連中のことは知らないが、どうにもこいつらは気に入らない。

志乃は左手を懐に入れると、クナイを手に取ってそれを男達の足元に投げつけた。それも一本ではなく、四本。思わぬ攻撃に、男達は志乃に吠える。

 

「なっ……何しやがる小娘ェェ‼︎」

 

「テメェあいつに襲われてたんじゃなかったのかァァ⁉︎」

 

慌てふためく男達の様子が面白い。志乃は静かに口角を上げて、喚く連中を鼻で笑った。

 

「誰がこんなもやし野郎に襲われるって?私がそんな弱っちい奴だとでも?おめーらナメんのも大概にしろよ。私は地球最恐の"銀狼"だぞ。お前らが何かなんて知ったこっちゃねェが、杉浦大輔(コイツ)を殺すのは私だ。銀狼(あたし)の獲物に手ェ出してんじゃねーぞ……!」

 

ビシビシと、体が毒に侵されていくのがわかる。座ってるだけなのに息が荒いままで、視界も段々ボヤけている。空元気を見せつけてみたが、どうやら立ち上がって戦うのは無理らしい。

どうすれば。どうすれば杉浦を助けられる?どうすれば、私はこの場を切り抜けられる?

頭を回転させようとすればするほど、思考があやふやになってまともに考えられない。

最早これまでか、とらしくない事を考えたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その女に手ェ出してんじゃねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「‼︎」」」」

 

志乃も、男達も、目を見張った。

目の前に、杉浦大輔が立っていた。

 

いつも前髪で隠れて見えない右目を、赤く染めて。



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過ちは悔やむのではなく受け入れるもの

「な……⁉︎」

 

「何だ貴様、その目はァァァァ⁉︎」

 

驚きのあまり、志乃も男達も上ずった声しか上がらない。目の前の光景が、ひたすら信じられなかった。

まさか、あの杉浦が、刀で体を貫かれてもなお、立ち上がるなんて。

杉浦自身はただの人間だ。しかも、かなり弱い方の。

なのに何故か、腹から血を流し、貫通した刀を抜け取って立っている。

 

「杉浦……お前……」

 

「……よぉ。よく言ってくれたもんだな。お前が、刹乃(オレ)を殺すなんざ」

 

「ハッ……ぬかしやがる。そのザマじゃあ、アンタの命が尽きる方が早いんじゃねーの?」

 

「ああ……。確かに、さっきの俺はお前にゃ全く敵わなかった。だが、今の俺は違うぜ」

 

「アレ?なんか中二病に目覚め始めた?高杉の中二病が伝染(うつ)った?」

 

「中二病は伝染病じゃねーよ」

 

少しカッコつけたように刀を構える杉浦の背中に、志乃が冷めた視線を向ける。

しかし、敵さん達はもちろん甘やかしてくれるはずがないわけで。

 

「杉浦ァァァァ‼︎テメェ何故生きてやがるゥゥゥ‼︎」

 

「うるせーな。傷に響くから黙ってろ」

 

「おのれ、ならばもう一度殺してやる‼︎死ねェェェェ‼︎」

 

「杉浦っ‼︎」

 

刀を抜いて、男達がこちらへ駆け寄ってくる。杉浦を護ろうと懐に手を伸ばした瞬間ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーードォウッ‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

風音と、人が斬られた音が重なる。

返り血を浴びながら、杉浦が突進してくる男達を斬り飛ばしていた。

 

「えっ……?」

 

「なっ、何だとォォ⁉︎」

 

「んだよ、そんなに俺が強いのがおかしいか?」

 

杉浦の周りに倒れる、死体の山。志乃でさえ、この数を捌けるかどうか。

しかし、何故いきなりこんなに強くなったのか。チートコマンドを使った?スーパースターを取った?んなわけあるかいゲームじゃないんだから。

 

「お、おいお前……その赤い目……まさか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……メ◯クシ団の一員か?」

 

「違ェェェェよ‼︎」

 

まさかこんな所で会えるとは、とちょっぴり感動に浸っていると、杉浦がツッコミと共に首元に何かを投げつけてきた。

それは頸動脈に確かに突き刺さり、志乃はそのまま仰向けに倒れた。

 

「……えっ?あれっ?」

 

ぐったりとダウンした志乃は、大の字に寝転びながら、ピクリともしない。

あれっ?もしかしてコレ……ガチで殺しちゃった?

静寂が辺りを支配する中、杉浦は男達を振り返った。

 

「さぁ、かかってきやがれ!」

 

「じゃねェェェェェェェェ‼︎ちょっと待てェェお前あのガキほっとくつもりかァ‼︎」

 

自身の大失態(犯罪)見て見ぬ振り(スルー)して戦闘態勢(シリアスモード)に入ろうとする杉浦に、志乃と彼を除く全員からツッコミが入った。

 

「何だてめーら。何しに来たのかはもうわかったからいちいち言わねーが、志乃(コイツ)はどーなろうがどうでもよかったんだろ。まぁ、俺がそんなことさせねーけどな」

 

杉浦の前髪の奥に隠れる右目が、赤く輝く。

 

「……アイツは、こんな俺を励ましてくれたんだ。俺の私怨も全部受け止めて、俺を殺すと言った。それに、俺の尊い姉上の血を引く銀狼(一人娘)なんだ。だから、アイツは……………………霧島志乃は、絶対に死なせねえ。俺を殺すまではな」

 

その赤い目から、血がゆっくりと涙のように流れてくる。それでも杉浦は、勝気な笑顔を浮かべたまま。浪士達を真っ直ぐ見つめた。

 

「だから、志乃。あと……は…………頼ん、だ……ぜ……………………」

 

声が掠れ、ついに杉浦にも限界が訪れる。膝から崩れ落ちた杉浦は、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。任されたぜ」

 

不意に体が固定される。腰にまわされた左手が、とても温かく感じた。

 

「…………刹乃」

 

「……………………志乃……!」

 

両足をしっかり地面につけて立つ志乃は、肩で息をする杉浦を抱えていた。力の入らない杉浦の腕を右手(・・)で引っ張り、自身の肩にまわす。首に刺さるそれを見て、杉浦もフッと笑った。

 

「……どうやら、ようやく『白夜』が効いたらしいな」

 

「やっぱお前が持ってたのかよ。ま、おかげで助かったけどな」

 

志乃の首元には、小さい注射器の針が仕込まれたものが刺さっていた。それを抜き取り、床に投げ捨てる。

解毒剤「白夜」は即効性らしく、固まっていた志乃の右半身はすぐに元に戻った。「鬼刃」を拾い上げ、杉浦を引き寄せて臨戦態勢に入る。

 

「行くぜ。お前ら全員、ただで帰れると思うなよ」

 

「さて、霧島志乃(人斬り)の誕生日会の始まりか。恐ろしいな」

 

「バカ、殺すたァ一言も言ってねーだろ。ただぶん殴るだけさ。全員、な」

 

笑顔を崩さない二人に、浪士達は一斉に斬りかかってきた。二人、といっても、実際に動けるのは志乃だけ。志乃は先程復活したとはいえ、杉浦との決闘で体に傷が残っている。

しかし、そんなことは些末な事に過ぎない。何故ならば。

 

「ナメてんじゃねーぞ、テメーら……私は、"銀狼"だァァァアアアアアアアアア‼︎」

 

********

 

時間少し遡り、銀時達は時雪と真選組と合流して、暗号に書かれていた場所に向かっていた。外はもう暗く、古びた倉庫群には光もない。

急げ。早くしないと、志乃が……!

焦る気持ちを抑えつつ、必死に走る。彼女を失いたくない一心で、銀時は前だけを見続けた。

志乃が生まれた時から、銀時はずっと一緒にいた。志乃が初めて寝返りをうった日、志乃が初めて立った日、志乃が初めて喋った日……全部全部覚えている。彼にとって志乃は、妹というより娘のような存在だった。

 

「銀さん、アレ‼︎見えましたよ824番‼︎」

 

後ろを走る新八が、息を切らしながら指をさす。824番と貼り付けられた看板が目に入った。

よく見ると、目的の倉庫の大きな扉は開いている。

そこから仄かに、血の匂いがした。

まさか。

 

「志乃ッ‼︎」

 

「志乃ぉ‼︎」

 

叫んだ銀時が、涙を散らした時雪が、さらに加速して倉庫に向かう。

ようやく入り口に近づけたというその時。

 

 

 

 

 

開放された扉から、三人ほど男が吹っ飛ばされて、銀時達の前に倒れ込んだ。

 

「なっ……⁉︎」

 

「何なんですか、いきなり!」

 

「ぅ、うぅ……」

 

呻き声を上げる男達は、よく見ると皆一様に殴られた痣が見受けられた。沖田がその内一人の傍にしゃがんで、顔を覗き込む。

 

「土方さん、コイツぁ最近巷で悪名高い密林党の連中ですぜ」

 

「密林党ってーと……確か、攘夷志士と宣い、様々な犯罪に手をつけてるっていう例の……」

 

沖田の出した密林党の名前に近藤が反応し、沖田と共に男の顔を見る。

しかし銀時と新八、神楽、時雪は、そんなのお構いなしに倉庫の中に足を踏み入れようとした。

 

「オイ志乃ッ……」

 

「ん"ぅ‼︎」

 

「えっ?」

 

暗く何も見えない闇の中から、何かを蹴るような音と声が聞こえてくる。どうしたのかと目を凝らした瞬間、銀時はこちらへ飛んできた背中に巻き込まれて後方へ転がった。

 

「銀さん⁉︎」

 

新八と神楽がすぐに倒れた銀時の元へ駆け寄り、土方は倉庫の扉付近にあった、倉庫全体の電灯をつける。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「よ……やく……片、付い……た……な……」

 

「志乃‼︎杉浦……‼︎」

 

息も絶え絶えの呼吸を繰り返しながら、互いを支えて立つ志乃と杉浦が、血塗れになってそこに立っていた。

頭だけでなく胸や肩、手足から血が流れ、立っているのもやっとの状態。咳き込んだ口からは、ドロドロと血を吐き出している。

痛々しいとは、まさにこの事。土方や銀時達が駆け寄る前に、二人は崩れ落ちるように床に伏した。

 

「志乃‼︎しっかりしろ、オイ‼︎」

「志乃ちゃん‼︎」

 

真っ先に駆けつけた銀時が、志乃を抱き上げる。普段はパッチリ開いている赤い目は閉じていて、まるで死んでいるようだった。

嫌だ。そんな、まさか。コイツが死ぬなんて。嫌だ。頼む。まだ死なないでくれ。だって、お前は。お前はーー!

 

「……んな泣きそうなツラすんなよ。銀時」

 

掠れた声が、背後から聞こえてくる。それに振り返ると、仰向けになった杉浦がいた。

 

「大丈夫だ……そいつは死なねえよ。そいつは……俺の姉上の……霧島天乃の……いや……霧島澪の血を、引いてるんだからな」

 

「⁉︎」

 

新八や神楽、時雪達には、銀時が目を見開いて驚いたかわからなかった。しかし、杉浦は今回の騒動を引き起こし、志乃を殺そうとした敵。その喉に、沖田が剣を向ける。

 

「やっと見つけたぜ。これで心置きなく、てめェを殺せるってモンだ。杉浦」

 

「……………………」

 

杉浦は何も言う事なく、黙って沖田を見つめる。そのまま首を掻っ斬ろうとしたその時。

 

「待てよ、沖田くん」

 

彼を止めたのは、他でもない銀時だった。志乃を抱えたまま、首だけを向けて杉浦を見やる。

 

「……何でてめーが、志乃(コイツ)の母親を知っている。姉上って……」

 

「…………覚えてねェかい。ま、身体取り替えられたら、誰だってそーなるか」

 

フッと溜息を吐いて、杉浦は再び口を開いた。

 

「俺は、先代"銀狼"霧島刹乃。……久しぶりだな、銀時」

 

「⁉︎刹乃だと……⁉︎お前、何言って……刹乃は攘夷戦争で……」

 

「死んだ、だろ?残念、俺は殺されたんじゃなくて捕まったんだ。天人共にな。そこで俺は脳と身体を交換させられ、この姿になっちまったってワケさ」

 

「なっ……ウソでしょ?そんな事が可能だって言うんですか⁉︎」

 

「天人の技術を以ってすれば、可能らしい。現に俺がそうなっちまってるんだ。認めるしかあるめェ」

 

乾いた笑い声を上げる杉浦を、銀時達は信じられないような目で見つめた。

杉浦が、既にこの世にいないはずの銀狼一族の末裔。それも、志乃の親戚だというのだ。銀時は刹乃のことを知っていたとはいえ、他の面々は驚きを隠せなかった。

彼らの動揺を全て無視し、杉浦は頭を横にして、志乃を見る。

 

「……なぁ、起きてんだろ?志乃」

 

「……………………チッ、やっぱバレてたか」

 

「志乃‼︎」

 

開いている左目だけを志乃に向け、彼女に呼びかける。狸寝入りがバレていたらしい。眉を寄せて杉浦を睨むように見ると、不意に重い体が温もりに包まれる。

視界に映るのは、白い着流しといつの間にか真っ暗になった空。そして、フワフワした天然パーマだ。

 

「…………銀……」

 

「よかった……本当に、よかった……」

 

ぎゅうっ、と銀時がさらに抱きしめてくる。耳元で小さく、鼻を啜る音が聞こえた。

レアだ。銀時が泣くなんて、この上なくレアだ。どうしよう。写真に収めてやりたい。こんな時でも銀時の気持ちを全く意に介さない志乃は、やはり自分勝手である。

 

「放して。……苦しいんだけど」

 

「うるせぇテメーは黙ってろ」

 

「横暴!私は大丈夫だから、さっさと杉浦に手当てしてやって!」

 

志乃の意見を無視する銀時も、やはり自分勝手だ。さらに強く抱きしめてくる銀時を押しやりながら、傍観している土方に、杉浦の応急処置を求める。

 

「あんな野郎に手当てなんかしてやる義理はねェだろ。こんな騒動起こしといてお咎めなしってワケにゃいかねぇ。それに、色々聞きてーこともあるしな」

 

「そうだぜ嬢ちゃん。後は俺達が全部やっとくからよ。逮捕から事情聴取、もちろん介錯まで全部やっといてやらァ。だから安心して入院してきな」

 

「何でそーなる!アイツは私の獲物だ!手ェ出したらてめーらからしばくぞ‼︎」

 

「何言ってんの志乃ちゃん‼︎」

 

「そうアル!志乃ちゃんはあの野郎のせいで殺されかけてるアルヨ!あとは全部アイツらに任せればいいネ!」

 

沖田に続いて、新八と神楽も杉浦を敵として見ている。

無理もないか、と杉浦は嘆息した。彼らからすれば、自分は志乃を殺そうとした敵。志乃本人があくまで俺を止めるために戦っていたとはいえ、他の連中はそうはいかないだろう。

それでも、あの姉上によく似た娘は、傷ついているにもかかわらず、声を張り上げる。

 

「だーから、コイツのケジメも後始末も全部私が引き受ける!だから……だから、頼む……」

 

今頃痛みが舞い戻ってきたのか、銀時の腕の中で顔をしかめる。それに誰よりも彼女に甘く過保護な銀時(あに)が、素早く反応する。

 

「志乃‼︎大丈夫か、しっかりしろ‼︎」

 

「……っ………………お願い…………杉浦(そいつ)を…………ようやく見つけた……私の、家族を…………殺さ、ないで…………」

 

「志乃……ッ」

 

時雪も志乃に近寄って、彼女の小さな手を握る。もうこれ以上、彼女に傷ついてほしくなかった。

いつも志乃はそうだった。自分が傷つくことを厭わず、真っ先に先陣を切って戦う。周りがいくら心配してもお構いなしだ。

震える手で時雪の手を握り返した志乃が、必死に彼に訴えてきた。

 

「お願い……アイツを、殺さないで…………アイツは……私、が…………」

 

薄っすらと開いていた目が、今度こそ閉じる。そこで、志乃の意識は微睡みの中に沈んでいった。



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いつかお前を手にかけるその時まで

真っ暗な世界に、光が差し込んでくる。志乃はゆっくりと目を開けると、傍らに時雪が座っているのと、見慣れた屯所の天井が見えた。

眠って起きたらいつの間にか運ばれてるってよくあるパターンだけど、時雪も一緒なのは初めてだ。

時雪はうとうとしながら、自分の寝ている布団の隣に正座している。きっと寝ないで看病してくれたのだろう。嬉しさと愛おしさが込み上げてきて、このままキスしようかと体を起こした。

すると、時雪の体がかくんと傾き、それに伴ってハッと目を覚ます。

 

「あっ……志乃……」

 

「おはよ、トッキー。早速だがキスさせてくれ」

 

「はい⁉︎」

 

志乃の元気な様子を見た時雪は、次に投げつけられた爆弾発言に、頬どころか耳まで赤くする。

さらにグッと顔を近づけてくる志乃に、後退りした。逃がさないように時雪の膝の上に乗り、そのまま畳に押し倒す。

 

「ねーえ、いいでしょ?」

 

「や……し、志乃……ダ、ダメだって」

 

「言っとくけどトッキーに拒否権ないから。頑張った私にご褒美、ちょーだい?」

 

「ぇ……あ、ぅ……っ」

 

恥ずかしがって顔を逸らす仕草でさえ、愛おしく感じる。こうして自分の腕の中に可愛い彼氏を閉じ込めて見下ろすのも、なかなかくるものがある。畳についた手を前に置き、肘までつけるとさらに距離が近づいた。

 

「し、志乃……」

 

「ふふっ、かーわいっ……」

 

「っ‼︎」

 

ペロリと上唇を舐める仕草が、婀娜(あだ)っぽい。普段幼い雰囲気を纏う彼女が、一気に妖艶になった気がした。

思わず固まると、チャンスとばかりに志乃が顔を近づける。そしてさらに距離が縮まって……ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーードゴォン‼︎

 

「ぬぉああああああああ⁉︎」

 

「ぎゃあああああ‼︎」

 

ラブラブムード漂う空間に、突如バズーカ砲が撃ち込まれた。爆風に巻き込まれ、志乃は柱に後頭部をぶつける。時雪はごろりんと一回転して伏した。

 

「いつまで寝てんだ嬢ちゃん。そろそろお目覚めの時間だぜ」

 

襖を開けてやってきたのは、バズーカを肩に担いだ沖田。

ワザとだ。アイツ今絶対にワザとやった。

相変わらずのポーカーフェイスに苛立ちながら、頭を摩って起き上がる。

 

「…………お前マジで死ね」

 

ギロッと沖田を睨んでも、「ザマァ」と言わんばかりのムカつく笑顔を浮かべる。誰か刀を持ってこい、と叫びたくなった。

それを何とか呑み込み、畳の上に座り直す。

 

「……んで?何の用…………」

 

そう言いかけたが、ふと志乃の脳裏に、意識を手放す前の記憶が蘇ってきた。すぐに立ち上がり、沖田の胸倉を掴む。

 

「杉浦は⁉︎アイツはどうなった⁉︎」

 

「…………霧島刹乃(・・・・)なら、お前が眠ってる間にコレでさァ」

 

トン、と沖田が自分の首を軽く叩く。頭の中が、真っ白になった。沖田の胸倉を掴む手に力が入り、ブルブルと震える。

 

「………………んで…………」

 

グッと歯を食い縛って、耐えようとした。

過ぎた事は、どうしようもできない。ここでいくら喚いたって、何も変わらない。

わかっている。だから、何も言わないように口を閉じようとした。

………………………でも。

 

「何で…………何で、アイツを殺した‼︎何でだよ‼︎なぁ‼︎何で……なん、で……‼︎」

 

こうなってほしくなかったから、あの時必死に頼んだのに。アイツを殺さないでって。なのに、何で。

強く握りしめていた隊服からスルリと手を離し、膝をついて畳に座り込む。頬に、涙が一筋流れていた。

 

まただ。また、大切な人を護りきれなかった。

私は、何も変わってない。10年前から、何にも。

悔しさが込み上げてきて、何もできない自分に心底腹が立つ。もういっそのこと、消え去りたいと思った。

 

悲しみに沈む志乃と、それを見下ろす沖田との間で、時雪は視線を行き来させる。志乃は一つ誤解していた。それを敢えて言い出さなかったのは、沖田の性格によるものだろう。本当、人が悪い男だ。

時雪の懇願するような視線を受けた沖田は、嘆息してから志乃の腕を掴み、引き上げた。

 

「来なせェ。こっちは目ェ覚めるまで待ってやったんだ。……野郎の最期くらい、見届けてやれ」

 

「………………………………」

 

俯いたまま、頷くこともしない志乃。沖田に引きずられるように立ち上がり、腕を引かれるがままにある部屋へ移動した。

そこは、いつもみんなで集まる会議室。沖田が障子を開けると、中で座っていた真選組隊士達が一斉にこちらを振り返る。

 

「嬢ちゃん‼︎」

 

「よかった、ようやく目が覚めたんだね!」

 

「大丈夫か?体は……」

 

甲斐甲斐しく声をかけてくる隊士達に、耳も傾けない。黙って立ち尽くしていると。

 

 

 

「んだよ。せっかくみんながお前を心配して声かけてんのに、返事もなしたァ……相変わらず可愛げねー奴だな、志乃ちゃんは」

 

ククッと喉を鳴らしながら楽しげに笑う声を聞いて、志乃は目を見開いた。

顔を上げると、そこにはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー右目を覆うように隠していた前髪を切り揃え、真選組の隊服を着た杉浦が、頬杖をついてこちらを見上げていたのだ。

 

「…………杉、浦……」

 

あの時血を流していた赤い目は、今はハイライトのない虚ろになっている。左目は相変わらず黒く、オッドアイになっていた。

杉浦は呆然とこちらを見つめる志乃に、フッと笑みをこぼした。

 

「どーした?」

 

「何で……生きて……?」

 

「……銀時のおかげでな。霧島刹乃を殺す代わりに、杉浦大輔は生かしてくれって。……まぁ、要するに今の俺は、霧島刹乃の記憶を持ち合わせた杉浦大輔。特例の時以外に"銀狼"の力を使うことは禁止されたけどな」

 

杉浦はトントン、と自分の赤い目元を指で示す。志乃は一目散に杉浦の元へ駆けて行って、彼の隣に膝をつき、さらに両手をついた。

 

「じゃあ……これからも、一緒にいられるってこと?」

 

「ああ。いつかお前を手にかけるその時までは、な」

 

頭に手を置く杉浦は、みるみるうち笑顔になっていく志乃を微笑んで見下ろす。潤んだ目から雫を落として、志乃は勢いよく杉浦に抱きついた。

 

「オイオイいいのか?この至近距離じゃ、お前を簡単に殺せるぜ?」

 

「あはは。心配しなくても大丈夫」

 

志乃は右手を自らの胸の前に持っていくと、杉浦のナイフを忍ばせていた手を掴んで体ごと反転し、杉浦をうつ伏せにさせてから彼の背中に乗って、掴んだ手を捻り上げた。

 

「いででででで‼︎放せ‼︎」

 

銀狼(あたし)を殺そうなんざ100年早え。細胞レベルから生まれ直してこい」

 

「んだとこのクソガキッ……ってぇ‼︎悪かった‼︎俺が悪かったから手ェ放せェェ‼︎」

 

暴言には暴力で対処。やられたらやり返すがモットーの志乃らしい仕返しであった。

コノヤロー、と掴みかかってくる杉浦に対し、今度は関節技をかける。やっていることは二の次として、志乃も止めようとする時雪も、幸せそうな笑顔を浮かべていたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも続く、闇の空間。そこで、老人達が何やら話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「刹乃め……我らから逃げ出しおったな」

 

「しかもよりによって、銀狼の元へ逃げ込むとは……これでは、奴を利用して銀狼の末裔を配下に置く計画が無駄になってしまった」

 

「元よりそのつもりだったのだろう。だからまずあやつは、知己である高杉の元へ行った。それからあの娘(・・・)を欲する奴に協力する形で、同時に接触を果たした、と……」

 

「当然、娘への恨みはあっただろうが……我らの手中から逃れるために、茂茂の犬まで抱き込んで、ここまでのことをしでかしたのか」

 

「まさかこれも全て、あの娘を護るため……?あの娘を殺すことで、銀狼を我々に奪わせまいとしたのか?」

 

「バカな‼︎そこまで考えて……⁉︎…………おのれ、やはり侮りがたいな、銀狼は……」

 

「我ら天導衆が、この星を手に入れるためには、あの娘の血筋は必ず障害となるはずだ。いっそのこと、殺してしまうのも悪くはない手だと思うが……?」

 

「いやしかし、そんなことをすれば、()が黙っていないだろう……」

 

「…………次の手をうつか。銀狼を我らのモノにする、手を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇は銀狼を、霧島志乃を覆い尽くさんとばかりに、密かに迫っていく。

 

 

銀狼をめぐる戦いは、まだ始まったばかりーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー銀狼篇 完ー

 




はい。オリジナル長篇「銀狼篇」、これにて終了です。

キツい。超キツい。えーと……コレ書き始めたのいつだっけ?
確か、もう地雷亜篇からちょこちょこ書き始めたから……あ、もう長いね。怖いよボク。自分で言ってて意味わかんなくなってきた。

まあ、今回の展開は前々から仕込んではいたんです。杉浦のこと掘り下げつつ回収しなきゃな……みたいな。
バッドエンドはあまり好きじゃないので、やっぱ彼にもハッピーになってほしかったですね。勝手な願望だけれど。

でも今だから言いますけど、杉浦はこの小説を書く中でポッと生まれたキャラなんです。志乃達みたいな感じじゃなくて、元は存在してなかったんですよ。
ただ、真選組初登場の時に、真選組視点の人が一人いればいいな、って浅はかな考えで作りました。
そしたらいつの間にか高杉のとこに行っちゃってて。さらにはその正体は刹乃でした〜なんてとんでもねえ結果になりました。

ま、それはそれでいいかな、って私は思いますがね。人好き好きなオチになりましたが、これから志乃、時雪、杉浦の三人で頑張っていきます。
相変わらずきったねえわかんねえ文章ですが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

次回、お猿さんの名前を考えます。


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新メンバーを加えたら旅をしろ
寿限無を暗唱できるのは子供だけ


この日、志乃は銀時達と共に志村宅に来ていた。そこで目にしたものは。

 

「さるお方だ」

 

九兵衛の頭の上にちょこんと可愛らしく乗っている、子猿だった。

キョトンとしたような表情に、こちらを見てくるくりんとした黒い目。小さい手を九兵衛の頭の上につく姿に、志乃は一発でノックアウトされた。その猿の可愛さに。

 

「えっ……待って、超カワイイ」

 

「いや、第一声それ?こっちは事情も全てスルーしてんのよ?お前は可愛ければ世界が滅んでいいの?」

 

「カワイイは正義。それが私のポリシー」

 

「随分極端で残虐なポリシーだな」

 

隣でグチグチ言ってくる銀時には、取り敢えずビンタしておく。

九兵衛より事情を詳しく聞くとこうだ。この猿は、そよのペットを母親に持つ猿。生まれてきたはいいものの、悪さばかりで全く言うことをきかず、困り果てた家中の面々が柳生家に猿の教育係を任命したのだ。

 

「要するに厄介者押し付けられたってワケね。かつての将軍家御指南役が(えて)公御指南役たァ、盛者必衰の理だねェ」

 

頬杖をついてボリボリとせんべいを食らっていた銀時の頭に、パン!と黒くて臭い何かが打ち付けられる。

 

「…………臭っ。何だコレ」

 

「銀、もしかしてそれ糞じゃないの?あのお猿ちゃんの」

 

「気をつけろ。無礼な振る舞いは勘で感知し、クリント・イーストウッド並みの早撃ちで糞を投げつけてくるぞ。素行は悪いがプライドだけはセレブなんだ」

 

「ウンコ投げつけてくるセレブがどこにいるよ‼︎六糞木ヒルズ⁉︎」

 

「ばっちいオェ‼︎」とえづきながら、銀時は糞のついた頭を志乃の着流しに擦り付ける。対する志乃は悲鳴を上げぶん殴っていたが、お構いなしだ。

そんな二人すらさらにお構いなしで、新八と神楽、お妙と九兵衛は話を続ける。

 

「九ちゃん、銀さんの言う通り、将軍家の人達厄介払いしただけできっと連れ戻すつもりなんてないわよ」

 

「そうだったとしても、勅命なら仕方ない。従うのみだ」

 

「こんな大変な猿の面倒、ずっと見るつもりアルか」

 

「悪さはともかく反省だけは覚えたぞ」

 

「メッ、反省‼︎」と九兵衛が言うと、猿は九兵衛に頭を下げる。しかし背後に隠した手で、新八の頭に糞を投げつけていた。

 

「反省しながらウンコ投げつけてきてんですけど。万引きGメンに捕まった主婦並みの薄っぺらさなんですけど」

 

「事がこうなった以上、彼の行いは将軍家だけじゃない、柳生家にも降りかかる。責任をとっていずれにとっても恥じない立派なセレブ猿に育てるつもりだ。ただ一つ、問題がある。実はこのさるお方、まだ名前がないんだ」

 

このさるお方は元々、将軍家の縁者に譲る約束だったらしく、名はそちらに任せるということだったらしい。それが破談になった今でも、彼には名前がない。

 

「しかし、世話をしていく以上、名前がないと困る。それも将軍家の耳に入っても恥ずかしくないような、立派で縁起のいいものがいい」

 

「猿の名前なんて何でもいいだろ。『モンキッキー』でいいんじゃね」

 

すぐさま、銀時の頭に糞が叩きつけられる。気に食わないようだ。

 

「オイ……ウンコの通訳がないと意思表示できないのかコイツは」

 

「だから何で私だァァ‼︎てめーの服で拭けやゴラァ‼︎」

 

再び糞を服になすりつけようとする最低な兄に、志乃はワンツーパンチを繰り出す。今度、クリーニング代を銀時に請求しようと決めた。

 

「縁起がいいか……『寿限無』なんてどうかしら。寿命が限りないっていうことよ。長生きしてって願いを込めて」

 

お妙の提案が気に入ったのか、猿はまた銀時に糞を投げつけた。

 

「……つーか何?肯定の時もウンコ投げてくんの?そして何で全弾俺?名前つーか俺が気に食わねーだけだろ。もう『ウンコ投げ機』でいいだろ」

 

「なるほど、『(ウン)』が飛んでくるだけにそれは縁起がいいな」

 

銀時の提案にも乗る九兵衛。だが、肝心の名前がかなりヤバいことになりかねない。新八が口を挟む。

 

「運の前にとんでもない汚物が飛来してきてんでしょ。表現が直接的過ぎます。もっと柔らかくしましょ」

 

「じゃあ『ビチグソ丸』は?」

 

「どこ柔らかくしてんだァァァァァ‼︎」

 

続いて神楽の出した案は、さらに悪い方向へ向かうものだった。

 

「ウンコは柔らかくしなくていいの‼︎表現をもっと柔らかく遠回しにしろって言ってんの‼︎」

 

「オイぃぃぃホントにビチグソ飛んできたぞ、何とかしろォ‼︎」

 

「遠回し……あ、じゃあ『一昨日の新ちゃんのパンツ』でどうかしら」

 

「ついてましたかァァ⁉︎何とんでもねェ事暴露してくれてんですか姉上ェェェェ‼︎」

 

「流石にそれは可哀想アル。微妙にぼやかして『新八の人生』でいいんじゃないアルか」

 

「パンツどころか全身クソまみれになってんだろーが‼︎」

 

「オイいい加減にしろ、全身クソまみれは俺の方なんだよ‼︎」

 

この間、銀時がさるお方のウンコ流星群の餌食になっていたことを、ここに書き記しておく。いたいけな少女の服を汚した罰だ。志乃は「ザマァ」とばかりに口角を上げていた。

九兵衛が一度、全ての名前を書き並べた。

 

「なるほど、それじゃあ『寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生ビチグソ丸』だな」

 

「長ェェェェェよ‼︎なんで全部採用してんですか‼︎」

 

「いや、せっかくみんなが考えてくれたんだし。それに縁起のいいモノはたくさんあった方がいいに決まっている」

 

「一つも縁起なんてよくないよ‼︎ほとんどウンコ並んでるだけだよ‼︎」

 

「しかしこれでは縁起がよくても立派ではないな。ここからはもうちょっと格式の高いカンジにしていきたいんだが」

 

「まだやんの⁉︎こっから格式上げるって相当な難題だよ‼︎魔王が勇者になるくらいの荒技だよ‼︎」

 

さらにこの間、銀時がついに猿とのボール当て鬼ごっこをならぬウンコ当て鬼ごっこを始めていた。これには当然、志乃の笑みも深くなるばかりである。

話し合いに参加した志乃も、意見を出した。

 

「まぁ確かに『ビチグソ丸』のフレーズに勝てるような格式高い名前は難しいかもな。んー……やっぱ超カッコいい名前とか……」

 

「じゃあ『バルムンク=フェザリオン』とかどうアルか」

 

「急に中二臭くなったけど⁉︎猿の名前だよ‼︎猿の‼︎」

 

バルムンク=フェザリオン

通称 漆黒の風

暗黒騎士団ファキナウェイの団長。普段は冷戦沈着だが、仲間がピンチの時は熱くなり、周りが見えなくなってしまうのがタマにキズ。

宿敵魔教皇ビチグソ丸は実の父。額の第三の目はその時覚醒したもの。

後の凶帝カイザーファキナウェイ。

 

「誰だコレぇぇ⁉︎知らねーんだよこんな設定‼︎ビチグソ丸いつから魔教皇になったんだよ‼︎」

 

必殺技

ダークファキナウェイ←→AB(第三の目覚醒時のみ)

ヘルズファキナウェイ↑↓XA(ただしその時しか出せない)

 

「なんで必殺技コマンドがあるんだよ!その時ってどの時だ」

 

やたらと中二臭い設定のあるキャラクターが生まれたものだが、これはあくまで猿の名前を決めるものである。

お妙が神楽の意見を受け、口を開く。

 

「うーん。確かにカッコイイけど、途中からファキナウェイに頼り過ぎじゃないかしら」

 

「いや、そこ名前と全然関係ない所だからね!脳内設定の所だからね‼︎」

 

「それにやっぱり闇の力を駆使するっていうのはあんまり縁起がよくない気がするわ」

 

「闇の力なんて使えないからね、そんなんないからね」

 

お妙は神楽の意見を踏まえて、新たな名前を提案した。

 

「こんなのはどうかしら」

 

53番 アイザック=シュナイダー

通称 光の皇子

バルムンクの双子の弟。

捨てられた兄とは対照的に何不自由なく暮らすが、父ビチグソ丸の闇に気づき、ラグナロックシェパード戦役においてバルムンクと和解、バンドを組む(後のB'z)。

 

「(後のB'z)じゃねーだろ‼︎何とんでもねェ嘘吐いてんだ‼︎親父の闇放ったらかして何でバンド組んでんだよ」

 

カード特性

・バッドコミュニケーション

相手のアタックカードが全て手札になる。

・愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない

愛のままにわがままに松本以外のカードを全滅させる。

 

「オイぃぃぃぃカードゲームなのか格闘ゲームなのかどっちなんだァァ‼︎」

 

新八のツッコミも虚しく、この破天荒な会話は続いていく。

 

「流石アネゴアル。コレでバルムンクも光の道へと進んだネ」

 

「進んだんですか、バンドマンとしての道を進んだだけじゃないの⁉︎」

 

「うむ、これでビチグソ丸の脅威は去ったな」

 

「去ってないよ‼︎放ったらかしだもの‼︎放ったらかしてB'zになっただけだもの‼︎」

 

「よし、こっからが本番だね。次は何にしようか」

 

「まだやるんですか、とんでもない長さになってますけど‼︎」

 

「そうねー、次は……」

 

こいつら真面目に名前を考える気あんのか。ツッコみながら、新八は先行きが早速不安になった。

 

********

 

「よしっ、できた」

 

日は傾き、夕方。九兵衛が、最終的に決まった猿の名前を書き上げた。

 

『寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸』

 

「長ェェェェェェよ‼︎途中から完全にしりとりになってんじゃないすか‼︎最後に至っては何コレ⁉︎復活の呪文になってんだろーが‼︎」

 

本家の寿限無よりも長い名前になってしまったような気がする。そもそも寿限無の全てを覚えていない志乃にとってはどうでもよかった。寿限無を覚えるくらいなら、これはノミのピコ全文を覚えていた方がはるかにマシである。

 

「格式云々の話はどこいったんですか」

 

「真名というのは魂の名。これを他人に知られれば魂をいいようにされてしまう怖れがある。これだけ長ければ、いかなる者もお前の魂は汚せない」

 

猿を両手で抱え、九兵衛は満足そうに微笑む。

 

「よかったな。寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸」

 

「長ェェェェェェよ‼︎どう考えても長ェよやっぱり‼︎193文字も使っちゃってるよ‼︎」

 

「色々大変そうだけど頑張ってね……。寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンア」

 

「いい‼︎もういい‼︎律儀に最後まで言わんでいいですからァ‼︎」

 

「あんまウンコばっか投げてちゃダメアルよ、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリ」

 

「オイぃぃぃぃぃ‼︎いい加減にしろよ‼︎全く話が進まないだろーが‼︎つーかアンタらよく覚えてんな‼︎」

 

「みんな、本当にありがとう。必ずセレブ猿にしてみせるよ‼︎いくぞ、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の」

 

「早く行けェェェ‼︎頼むから早く行けェェェ‼︎」

 

最近長篇続きで長らくツッコミから離れていた新八が、久々に仕事をしたためか、肩を弾ませている。これを、「夏休み明けって不健康な生活しまくったせいで体が怠いよね現象」という。

 

「だ…………大丈夫なんですかね。……あんな長い名前つけちゃって」

 

「心配いらねーよ師匠。九さんと寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情」

 

「もういいわァァァ‼︎」

 

夕焼け空に新八の本日最後となるツッコミが響いた時、猿の糞まみれになって廊下で倒れている銀時に、小さく哀しげな風が吹いた。

 

********

 

それから九兵衛は、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸の躾を開始した。

最初はそれこそ四六時中糞を投げつける悪戯猿だったものの、九兵衛はその的として自分を差し出したのだ。それを全て躱してみせることで、猿を自分に執着させる。

それが功をきしたのか、結果猿は九兵衛に懐いたという。

それはそれは仲睦まじく、今ではまるで本物の弟のようにいつも隣におき、可愛がっているのだとかーー。

 

「チキショォオォオオオオオオ‼︎」

 

万事屋で叫ぶのは、九兵衛の世話係兼ストーカーポジションの変態・東城歩。ガンガンとテーブルに拳をぶつけ、心底悔しそうに泣きながら絶叫する。

 

「あんな猿公(えてこう)なんぞに遅れをとるとは、東城歩一生の不覚ぅぅぅう‼︎奴が来るまでは若の隣は常に私の指定席だったのに」

 

「お前の指定席は電柱の影だろ」

 

「あの肩に乗り小鳥のように(さえず)っていたのは私だったのに」

 

「お前が乗ってたのは場末のソープのマットの上だろ」

 

銀時の二度にわたる的確な指摘(冷たいツッコミ)も無視して、東城は未だ喚く。

 

「今じゃ私の居場所はロフトのカーテンのシャーの奴のコーナーしかない‼︎今の私はまるで余ったカーテンのシャーの奴と同じだ‼︎どのカーテンにも引っ掛けてもらえずカーテンが動く度右に左にシャーッ、道場とロフトの(はざま)をシャーッ、生と死の(はざま)をシャーッ。結局私は死ぬまでシャーし続けるシャーの奴と同じだ、シャーないんだよ私は‼︎でもしゃーないだろシャーなんだから‼︎」

 

「シャーシャーうるせェェェェェ‼︎」

 

いい加減耳障りになってきた銀時が、東城の頭に踏みつけるような飛び蹴りを浴びせる。

傍観する志乃は、床と東城の頬が擦れて痛そうとかこれっぽっちも思わない。本当にシャーって音がしたね、おめでとうとしか思わない。

 

「一体何をしに来たんだテメーは。結局前と何も変わってねーだろうが。さっさとソープでシャーしてこい」

 

銀時に続いて、新八も東城に言う。

 

「そうですよ、お猿さんにヤキモチなんてみっともないですよ。九兵衛さんにとってはいい傾向じゃないですか。姉弟(きょうだい)なんて言ってたけどそれって母性愛ってやつの目覚めなのかもしれませんよ。九兵衛さんの奥底に眠っていた女性の性が、か弱い存在を護り世話する事によって、芽吹き始めてるのかもしれない。東城さんだって女の子に戻ってほしいって言ってたじゃないですか。チャンスかもしれないんですよ」

 

「そうネ!九ちゃん今まで見たことのない顔してたアルヨ」

 

さらには神楽まで諭すように言うが、東城はそれを一蹴した。

 

「うるせェェェアアア‼︎てめーらに何がわかるんだよ‼︎じゃあ訊くけどてめーら知ってるかァ⁉︎猿のケツってさァ、漫画やイラストじゃサラリと可愛く描かれてるけどさァ、リアルだとなんかボコボコしててスッゲ気持ちワリーんだぞォォォ‼︎エライ事になってるんだぞォォ‼︎」

 

「何の話してるんですかこの人」

 

「あの汚ねぇケツを若の肩に擦り付けてると思ったら………………私は……私は…………あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼︎羨ましいですよね」

 

「オイ神楽、志乃。そいつのケツボコボコにしてやれ」

 

どっちにしたってただの変態に変わりはなかった。銀時に命令された二人は「あいあいさー」と緩く返事をしてから、東城の尻をキツく蹴りまくる。

 

「いだァ‼︎あふっ、ちょっゴメ‼︎違うちょっこの娘達マジッ洒落になってね‼︎すんまっせん間違いました、そうじゃないんです‼︎そんな事言いに来たんじゃないんです‼︎」

 

「何。要件があるなら一番最初に持ってきて。じゃないと今度はそのケツ金属バットで叩くから」

 

「ガキの使いより過激‼︎」

 

確かに尻を金属バットで、さらに剛力を誇る銀狼によって殴られれば、ただじゃ済まないだろう。ある意味拷問に近い代物だ、と東城は身を震わせた。

フゥと息を整えて、続ける。

 

「………………これはまだ若には話していないんですが、若にとっては悪い報せ、私にとっては吉報があるんです。将軍家から、あの猿を返せとの命がきているんです」

 

そういえば、と志乃も話を聞きながら思い出す。あの猿は元々、将軍家の縁者に譲られるものだった。なるほど、九兵衛に躾けられたあの猿の噂を聞き、それならば、という話になったのだろう。

 

「そっ……そんなの今更ズルイアル!厄介払いしたクセに。勝手な都合で命他人(ひと)に押し付けて、勝手な都合でその命引き剝がしてくつもりアルか‼︎」

 

同じくペットを飼っている神楽としては、納得いかないだろう。対する志乃は、人間などそんなものだと肩を竦めていた。

以前の九兵衛ならば問題なかっただろうが、今の猿を溺愛するあの様子では……彼女が酷であることは容易に想像できる。

次の瞬間、東城が鮮やかな土下座をキメた。

 

「お頼み申すっ‼︎この話っ、そなたらから若につけてくれませんか‼︎」

 

またもエゴの匂いが漂う話に、神楽は苛立つ。

 

「はぁ⁉︎オイお前まで何勝手な事‼︎」

 

「だってェェェェェ‼︎そんな事言ったら絶対嫌われるじゃんんんん‼︎」

 

「私達はお前が何言って嫌われようが興味ないからな。つーか元々お前が九さんに嫌われてるのは事実だろ。疑いようのない真実だろ。私達がそんな役買ってやる筋合いもねェ。わかったらさっさと九さんに直接言って玉砕してこい東城さん(ストーカー)

 

「志乃殿ォォ‼︎貴女という人には血も涙もないんですかァァァ‼︎絶対ゴスロリ似合うのにィ‼︎」

 

「それとこれとは関係ねーだろ‼︎お前マジでケツボコボコにすんぞ‼︎」

 

何なんだ。長髪の年上の男にはコスプレ趣味のバカしかいないのか。呆れを通り越して腹が立ってきた志乃は、腰に挿した金属バットを抜いて、東城を四つん這いにさせるべく背中を蹴りつける。

その時、開いていた扉に誰かの気配を感じた。

振り返ってみるとそこにはーー九兵衛とあの猿がいた。



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名前は心を込めてつけろ

「そうか……将軍家(おかみ)から猿を返せとの命が……」

 

どうやら九兵衛は、先程までの話を全て聞いていたらしい。東城の顔が青ざめる。しかし、九兵衛はフッと軽く息を吐いた。

 

「安心したよ。無事務めが果たせたようで」

 

「………………え?」

 

反応が思ってたのと違う。東城は固まったままだった。

 

「今の寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸なら、お返ししても以前のように悪さをする事もあるまい」

 

「……いや、その長い名前の時点でハタ迷惑だと思うんですけど」

 

「糞を人に投げつける癖も便器に投げる癖をつけさせることによって矯正させたしな」

 

「九兵衛くん、ついでに俺が便器じゃない事も躾けてもらえるかな」

 

結局銀時は猿に嫌われ糞を投げつけられる運命に変わりはないらしい。肩を震わせて笑いを堪えていると、銀時に睨まれた。

 

「でも九ちゃん……これでお別れでいいアルか」

 

「いいも何も、最初からそういう命であったはず。僕は彼の教育係であって、主人ではない。躾が終われば彼を将軍家にお返しするのが役目だ」

 

「でもアイツら、最初は厄介払いするつもりだったくせに、今になって……。それに、九ちゃんだって立派な名前をつけてあんなに可愛がってたのに。コイツだってきっと……寂しがるアルヨ」

 

「……………………僕は幕府からの命を全うしただけだ。他にこの猿に、何の感情も持ち合わせちゃいないよ」

 

「九さん……」

 

そう言って上げた顔は笑顔だったもののひどく悲しそうに見えた。

 

********

 

それから約一週間後。またまた万事屋銀ちゃんに、東城が現れた。

 

「チキショオォォォオ‼︎」

 

今度は何の泣き言だ。溜息を吐いて話を聞く。

全体的に長かったのでまとめるとこうだ。あの後、猿は無事将軍家の縁者に貰われたのだが、わずか三日で新しい主人の元を脱走。今現在においても追手を躱し続け、市中を逃げ回っているという。

おかげで柳生家は監督不行き届きの責任を押し付けられ、連日一族総出で猿捜索に駆り出されているのだそうだ。

 

「だろうと思った。どーせアイツ、九さん以外の言うことなんざ聞きゃしねーんだろ」

 

「ザマーないアル。人のペット勝手に取り上げるからそんな事になるネ。ねー、志乃ちゃん」

 

「「ねーっ」」

 

「そんな事を言ってる場合ですか‼︎」

 

志乃と神楽は、向こう側の自業自得だと笑うが、事態はかなり大変な事になっているらしい。

九兵衛は猿が消えて以来、三日三晩寝ずに捜索を続けているのだという。本人はあの猿を心配してのことだろうが、このまま猿が見つからなければ、彼女は責任を取らされ切腹を命じられるかもしれないのだ。

 

「そんな猿ごときで大袈裟なんだよ。どいつもこいつもバッカみたい」

 

呆れたとばかりに志乃が肩を竦めた時、東城の携帯に連絡が入った。

向こう方も相当イラついているのか、電話から怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「ハイ東城です」

 

『何をしておる‼︎猿はまだ見つからぬのかァ‼︎』

 

「も、申し訳ありません今しばらく‼︎今しばらくお待ちを」

 

『いつまで待たせれば気が済むのだ‼︎わかっておるのか‼︎将軍様から譲り受けた猿だぞ‼︎これに何かあれば、全ては貴様ら柳生家の責任だぞ‼︎』

 

……そちらさんも、意外とお怒りらしい。VIPの連中はどいつもこいつもめんどくさいな。

志乃は東城の背中を横目に、ソファに凭れて頭の後ろで手を組む。「銀ちゃんと同じポーズネ!やっぱり兄妹アルナ」と神楽に指摘された。すぐに「え、最悪」と返すと、「おい」と睨まれた。

 

「心配はいりません。今件のウンコ投げられ機を確保いたしましたので。ハイ……このウンコ投げられ機を使えば、必ずや悟空様もウンコをぶつけるために姿を現すかと…………ハイ」

 

なるほど、ここに来たのは愚痴るだけじゃなく、銀時に協力(犠牲)の依頼か。一人納得していると。

 

「オイウンコ投げられ機って(コレ)のことだよな?俺じゃないよな」

 

「お願いしますぶろろ‼︎ごごば若のだめ"に"…………一肌ぬいじょぼろろ‼︎」

 

銀時は東城の頭を踏みつけ、トイレの中に顔を突っ込ませていた。流石、志乃や沖田と共にドSトリオと称されるほどのドSっぷり。やることがえげつない。

 

「てめェェ他人(ひと)をウンコの的として利用するつもりか‼︎」

 

「あの猿の貴殿へウンコをぶつけようとする執念、並々ならぬものでした!これを利用すれば必ず猿をおびき出せます‼︎お願いします、若が……若が……死んでもいいんですか‼︎」

 

「俺がウンコまみれになってもいいんですか」

 

「別にいいだろ、減るもんじゃあるまいし。それで九さんを救えるなら安いもんだって」

 

二人の会話に入ってきた志乃は、どうでもよさそうに欠伸をしながら銀時を犠牲に導こうとする。それには当然、銀時が突っかかる。

 

「減るんだよ。俺の大切な何かが。ていうかお前いいの?お前の兄ちゃんウンコまみれになっちまってもいいの?ねぇ」

 

「生活費パチンコで削って、自分の体調管理すらまともにできない。こんなダメ兄貴でも他人(ひと)様のお役に立てる時がやっときたんだと思うと感激して泣きそう」

 

「お前どんだけ自分のお兄ちゃん罵倒したら気が済むの?お前より俺が先に泣くよ?」

 

可愛がって育てた妹からのとんでもなくひどい扱いに、心が折れかける銀時。

その時、放送していたドラマが臨時ニュースへと切り替わった。テレビに映るのは、江戸の街の屋根を飛び回る、複数匹の猿。しかも数が多い。

 

「えらい事になってますよ‼︎なんか動物園の猿山から猿が大量に逃げ出したって!」

 

再び映像が切り替わり、監視カメラのそれが映される。

 

『監視カメラの映像をご覧ください。謎の小動物が猿山の檻の鍵を開けています』

 

「オイオイ……コレってもしかして、あの猿じゃ……」

 

「奴め……我々の捜索を撹乱するために……市中に大量の猿を放ったんだ……!」

 

「んなアホな」

 

「これじゃあ、どれが本物か見分けがつかない。よし銀、出陣だ」

 

「ちょっと待てェェェエエエエ‼︎」

 

どうやら事態はさらに大きくなってしまった。こうなったら最後の手段。銀時の隣に立った志乃は、彼の肩に手を置き、サムズアップして見せる。爽やかな笑顔が「死んでこい」と言っている。

東城も志乃に続いて、銀時を生贄に捧げようと羽交い締めにして外に連れ出した。

 

「貴方にめがけて糞を投げつけてきた猿‼︎それが奴だ‼︎」

 

「ちょっ待て待て‼︎」

 

(えて)公ォォォオ出てきやがれェェ‼︎貴様の大好きなウンコ投げられ機を用意してやったぞ‼︎さあこい‼︎思いっきりウンコを投げてきてみろォォ‼︎」

 

東城がかぶき町に全体に響き渡る大声で猿に呼びかける。やまびこのようにこだました声が聞こえてきた瞬間ーー黒くて少し柔らかめの臭い匂いのする物体、つまりウンコが大量に投げつけられてきた。

 

「「ぎぃやぁぁぁ‼︎」」

 

こんなの、あの猿1匹の所業だとは思えない。つまり、全ての猿が、銀時に向けて糞を一斉射撃してきたのだ。志乃と銀時達は裏口から逃げるが、そこに猿の糞の雨が降ってくる。

 

「何なの⁉︎猿達(アイツら)にとって俺って何なの⁉︎どんな風に映ってるの⁉︎」

 

「先祖がカニ、もしくはフリーザ様だったのではござらぬか」

 

「どーすんですか東城さん、こんなんじゃ見分けるもクソも何もかもクソまみれです‼︎」

 

「チッ…………。あっ、そうだ‼︎銀、みんな、こっち‼︎」

 

猿達から逃げるため街を走っていると、不意に志乃が叫ぶ。彼女が指さした先には電話ボックスが。

ここに取り敢えず避難したものの、すぐに猿達が取り囲む。そして何より、狭い。

 

「ここは万事屋のネットワークの広さを使って、網を張りましょう‼︎バナナをエサにして奴の名を呼びかけるよう江戸中に指示するのです」

 

「んな古典的な方法、効果あんのか?」

 

「そこは数でカバーです」

 

「金は東城さんからくすねた。コレでいけ銀」

 

公衆電話の受話器を取った銀時の脇の下から、志乃が10円玉を入れる。彼女の手には、東城の懐からスった財布が。

 

「ああっ⁉︎ちょ、何てことするんですか貴女‼︎」

 

「うるさい。これで九さんの命が助かるんだから安いと思えバーカ」

 

「よくやった志乃。流石は俺の妹だ」

 

よしよしと志乃の頭を撫で、取り敢えず片っ端から知ってる番号にセールスコールのごとく、電話をかけまくる。

まずは長髪の攘夷志士に。

 

『何?首に鈴をつけた猿?して、名前の方は』

 

「えーと……『寿限無寿限無ウンチ投げ機……』」

 

「いや違うアル。『ウンコ投げ機』アル」

 

「あっ『コ』らしいわ」

 

次に、無職のマダオに。

 

『えーと、「寿限無寿限無ウンコ投げ機昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生……」え?何?昨日じゃない?一昨日?一昨々日?え?どっちどっち?』

 

「どっちだったっけウンコついてたの」

 

「今日でいいアル」

 

「今日ついてねーよ‼︎」

 

次に、ドSの警察に。

 

『「寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=スライサー」え?シュナイダー?「バルムンク=シュナイダー」ですか……違う?あっ「アイザック」の方が。アレ……それはそうと、さっきの新ちゃんのパンツ、ウンコついてたのいつでしたっけ?』

 

「えーと、いつだったっけ?」

 

「明日でいいアル」

 

「何未来にまでウンコつけてんだァァ‼︎」

 

さらには、「百華」の頭に。

 

『「寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の二の純情な感情の残った三分の一はさかむけが気になる感情」……何?純情なのは三分の一の方?じゃあ三分の二は。待ちなんし、えーとさっきのパンツ、例のアレがついてたのはいつだった』

 

「基本ずっとついてるよ」

 

「いい加減にしろォォオ‼︎電話代われ‼︎電話‼︎」

 

散々いじられる師に、志乃は憐れみの視線しか向けられない。取り敢えず屈んだ姿勢のまま、10円玉を公衆電話に入れまくる。

新八が代わって様々な人に呼びかけるも、名前が長すぎて正確に伝わらない。しまいには新八もキレて公衆電話をぶっ壊してしまった。

 

「だから短くしろって言ったんですよ‼︎どーすんですか、これじゃあ誘き出すことも呼びかけることもでき……」

 

「ハイ……え?本当ですか‼︎ありがとうございます‼︎何とお礼を申してよいのやら、ご協力感謝致します‼︎」

 

その時東城の電話に連絡が入り、こちらを振り返った。

 

「喜んでくだされ‼︎今桂殿から猿を捕まえたとの報告が‼︎」

 

「ええっ⁉︎」

 

「流石は皆さんのご友人‼︎今こちらに使いの者を遣わせて連れていくと‼︎」

 

「ホントですか‼︎よく伝わったなアレで‼︎」

 

狭い電話ボックスの中で歓喜の声をあげていると、神楽が白いペンギンオ◯Qことエリザベスの姿を見つける。

 

「あっ、エリザベス‼︎ひょっとしてアレじゃないアルか、首に鈴もついてるし」

 

エリザベスが引き連れてきたのは、首に鈴をつけバナナを手にしたた暗黒騎士。バルムンク=フェザリオン、通称「漆黒の風」だった。

 

「ってお前コレ……バルムンク=フェザリオンじゃねーかァァァ‼︎どっからバルムンク=フェザリオン見つけてきたんだァァァァ‼︎つーか実在してたの⁉︎何でバナナに釣られてんだよあの暗黒騎士‼︎」

 

「バルムンクアル。後の凶帝カイザーファキナウェイアル」

 

「オイオイ猿っつったのに人違いも甚だしいよ。どーすんのコレつーかヤバイよバルムンクめっちゃこっち見てるよ。第三の目もめっちゃこっち見てるよ」

 

いつの間にかバルムンクの額にはもう一つの目が開眼しており、三つの目がこちらを睨むように見つめていた。

 

「いけないアル!あの目が開いたらセフィロスの惨劇が再び‼︎」

 

「オイ誰か謝ってこいよ。『人違いでした』って。セフィロスの惨劇が起こる前に」

 

しかし時既に遅し。バルムンクが右手を掲げ必殺技を放とうとしていた。

 

「ヘルズファキナウェイ‼︎」

 

「ヤバイヤバイ必殺技(ヘルズファキナウェイ)撃つつもりだぞ‼︎ヤバイって‼︎ヘルズファキナウェイはヤバイって‼︎」

 

だが、ぶん投げられたのはヘルズファキナウェイーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という名のウンコだった。

 

「ってお前もウンコかいィィィィィ‼︎バルムンクまでウンコ投げてきましたよ、バルムンクなのにめっちゃ投げてきますよ‼︎全然ヘルズファキナウェイじゃねーじゃん‼︎猿とやってる事何も変わんねーよ‼︎」

 

「どうでもいいけどこの電話ボックス、明日にはここから消えてるだろうね」

 

「そうだねそれ今めちゃくちゃどうでもいいね‼︎」

 

糞まみれになりそうな電話ボックスを哀れんで呟く。それすらも拾ってツッコんでしまう我が師匠には頭が上がらない。

ヘルズファキナウェイを連発するバルムンクの肩に、背後から手が置かれた。

 

「待て……そのへんにしておけ」

 

「あ……あれはァァァァァ‼︎アイザック=シュナイダぁぁ‼︎」

 

現れたのは、アイザック=シュナイダー。通称「光の皇子」。彼も片手にバナナを握っていた。

 

「バルムンクを光の道へ導いた光の皇子を長谷川さんが連れてきてくれましたよ‼︎よかった‼︎話つけてくれるみたいですよ」

 

「おお、ここでついにバルムンクも闇の世界から足を洗ったわけだ。これで安心だな」

 

「「からの〜」」

 

電話ボックスの中から様子を伺っていると、不意に振り返った二人がウンコを投げつけてきた。その傍らでは、何故か長谷川も参加している。

 

「「バッドコミュニケーション!」」

 

「何タチの悪いことしてるんだァァァァ‼︎結局アイザックもただの(えて)公じゃねーか‼︎つーか何で長谷川さんまでウンコ投げてんの⁉︎どんだけバッドなコミュニケーション築いてんだコイツら‼︎」

 

「あ……そうか。二人は足は洗っても手は汚したままだったな……」

 

「何上手い事言ってんだァァ‼︎このままじゃどーにもできませんよ‼︎」

 

しみじみと呟いた志乃の言葉に、またしても新八がツッコむ。いつの間にか電話ボックスの周りを猿達が囲んでいた。そしてみんな揃ってウンコを投げつけてくる。もうダメだと思ったその時、網が飛んできて猿達の上に降りかかった。

 

「東城、みんな。よくぞ囮役を担ってくれた。これで猿達を一網打尽にできた」

 

「九兵衛さん‼︎猿達っていうか三人のバカも混ざってますけど‼︎」

 

いつの間にか九兵衛達柳生一門と、猿の飼い主となった将軍家縁者の盛盛、そのじいやが現れた。銀時達もようやく電話ボックスから出ることができ、ホッとする。

捕まえた猿達の中から鈴をつけた猿を探すが、見つかる前に首輪ごと外され、外に投げ出されてしまう。一向に進まない猿探しに、ついに盛盛が涙を溜める。

 

「悟空ぅ〜、そんなに僕に飼われるのが嫌なの。そんなに僕のことが嫌いなの」

 

「……………………」

 

「別にお前のことが嫌いなワケじゃないネ。ただお前以上に別れたくない大好きな人がここにいるだけアル」

 

「‼︎神楽ちゃん、ちょっ」

 

「小娘ェェェェェ盛盛様になんと無礼な口を‼︎この方をどなたと心得る、将軍茂茂様の甥御にあたられる……」

 

「じいやうるさい」

 

ぎゃあぎゃあやかましい口も、盛盛(主人)の一声で黙る。なるほど、主君以外には懐かない従順な犬なわけだ、と志乃は納得した。

そんな彼女の腹の内はどうでもいい。盛盛はさらに悲しげに肩を落とした。

 

「それじゃあ僕は、悟空とその大切な人をバラバラにしちゃったんだね。悟空に嫌われるのもムリないや。ごめんね悟空。僕いっつもお城の中にいるから一緒に遊ぶ友達がいなくて。それでそよちゃんのお猿さんを見て……羨ましくて。僕……君と友達になりたかっただけなんだよ。なのに君の友達を奪ってしまって……ごめんなさい」

 

盛盛が猿達の前で頭を垂れて謝っても、何の反応も示さない。彼の目に大粒の涙が溜まった。そんな彼に、九兵衛が優しい声音で言う。

 

「盛盛様、涙をお止めください。彼は盛盛様のことが嫌いなワケでも、まして友達になりたくないワケでもありませんよ。ただ……違うんです。名前が。彼には……大切な友人達が色んな願いを込めてつけてくれた、立派な名前があるんです。一緒に……呼んでくれませんか」

 

そう言った九兵衛は、すうっと息を吸う。あ、嫌な予感しかしない。

 

「せーの、寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺビチグソ丸」

 

ーーいや言えない言えない。言えないよ盛盛様。

 

新八がそうツッコんでいるのが聞こえてくる。現に、盛盛は全くついていけなくなっていた。

名前を呼ぶと、網の中から1匹の子猿が出てくる。それは、ここまで事態を大きくさせた、あの猿だった。

 

「……そ丸。ジュゲムゲノムバルバロッサファンザボビビビビビビビゲリグソ丸ぅぅぅ‼︎」

 

「オイあいつテキトーに言いやがったぞ名前」

 

「志乃ちゃん‼︎静かに‼︎」

 

「ごめんねごめんね、ひどい事して‼︎ごめんねごめんね、名前間違えて」

 

この感動的なシーンの中で、空気を読まない志乃がボソッと呟いた。運よく新八以外誰も聞き止めなかったようで、雰囲気はそこまで崩れなかった。

ようやく見つけた猿を抱きしめた盛盛は、猿を抱えて九兵衛に差し出した。

 

「…………ハイ、お兄ちゃん」

 

「!」

 

この行動に、後ろに控えていたじいやは驚いていた。

 

「盛盛様!」

 

「いいんだ。友達の悲しい顔はもう見たくないもの。ゲリグソ丸のも、お兄ちゃんのも。それに……あんな長い名前、僕にはまだ覚えられないしね」

 

照れたように頭を掻いて笑う盛盛。志乃も神楽と顔を見合わせて、「よかったね」と笑い合った。

 

「その代わり、あの……お兄ちゃん。一つ……お願いがあるんだけど」

 

「何でしょうか」

 

「あの、僕にも一つ、名前をつけさせてくれないかな」

 

********

 

夕方、茜空の下。子供達がはしゃぐ川で、小さな猿が水と戯れていた。その猿を見守る彼女の表情は、優しい。

 

あの猿の名は、『寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二はさかむけが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようで知らないのを僕は知っている留守スルメめだかかずのここえだめめだか……このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺおあとがよろしいようでこれにておしまいビチグソ丸』である。




次回、さっちゃん久々の再登場。そこで事件が……。


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メガネは結構ヤワな構造をしている

この日、志乃は差し入れを持って、銀時の家に遊びに来ていた。

入るなり定春がこちらへダイブしてきて、ソファに引きずり込まれる。そして今現在も、定春の下でぺろぺろと顔を舐められている。

 

「わかった、わかったからちょっと落ち着け定春!重い!」

 

「仕方ないアル。最近出番がほとんどなくて志乃ちゃんに全然会えなかったから、定春不満爆発しかけてたネ。欲求不満だったアルヨ」

 

「そ、そうなの?でも何で私こんなに舐められてるわけ?って、ちょっ⁉︎どこ舐めてんの定春‼︎」

 

ぐいぐいと定春を押しやっていると、今度は普段から緩く着ている着流しの前開きから、舌が侵入する。

 

「定春‼︎いい加減にしないと嫌いになるよ⁉︎お前に会っても構ってやんないよ⁉︎いいの⁉︎」

 

「くぅ〜ん……」

 

「よろしい」

 

志乃が本気で怒ると、しゅんと眉を下げた定春は志乃の上から退き、タオルを咥えてやってきた。

 

「ん、ありがとう定春」

 

「わんっ」

 

「よし、良い子」

 

頭を撫でてやると、定春が頬を擦り寄せてくる。志乃がソファに座って唾液まみれの箇所を拭く隣で、定春は座り込んだ。

一連の流れを見ていた銀時が、テレビのリモコンを手に取り、スイッチを押す。

 

「何しに来てんだよお前は。何で来て早々犬に襲われてんの」

 

「襲われた?まさか。戯れてただけだよ。ね、定春」

 

「わんっ!」

 

「嘘つけェェ‼︎てめェ人の妹の純潔奪おうとしといて、しらばっくれてんじゃねーぞ‼︎喋れねェのをいいことに逃げてんじゃねーぞコラァ‼︎妹の目は誤魔化せても兄貴の目は誤魔化せねーんだよ、覚えとけ」

 

アホか、ただの犬だろ。と志乃は冷めた視線を送る。

しかし、志乃は知らなかった。定春は戯れていたのではなく、別の意味で襲おうとしていたことを。銀時の勘が当たっていたことを。

というか、先ほどから何度もスイッチを入れても、テレビは全くもって反応しない。椅子から腰を上げて、テレビを何度も叩く。

 

「……んだ、うんともすんとも言わねーぞ」

 

「どうしたんですか、銀さん」

 

「あ、おかえり師匠」

 

その時、スーパーから新八が帰ってきた。それに見向きもせず、銀時が答える。

 

「テレビの野郎がまた固く目を閉ざしたまま暗い顔してんだよ」

 

「何か悩みでもあるアルか。地デジに馴染めないとか」

 

「どんだけ時代遅れな悩み?」

 

ソファに寝転んだままの神楽が言えば、ソファに座って定春を撫でる志乃が返す。新八はスーパーの袋をテーブルに置いて、銀時の元に近寄った。

 

「そろそろ買い換え時ですかね。長いんでしょそれ」

 

「オイ俺まで固く目を閉ざすぞ。んな金どこにあるっつーんだよ」

 

「………………ねぇ銀」

 

「何だ我が妹よ」

 

銀時のアホ発言を無視して、志乃が気づいた事を口にする。

 

「アンタん家のテレビって、こんな形だった?」

 

「……アレ?そういやそうだな」

 

「こないだエドバシカメラの奴が運んできてたヨ。誰かお客さんがお礼で送ってきたんじゃないアルか」

 

「廃品回収請け負った覚えはねーぞ」

 

いつの間にかテレビが変わっていたことに気づき、あーだこーだと言っていたその時。プチッと、テレビの電源がついた。

 

「あっ映った‼︎銀さん、直りましたよ」

 

確かに映ったは映った。しかしそこにいたのは、見たことのあるメガネっ娘忍者、つまりさっちゃんこと猿飛あやめである。

 

「なんか知った顔が映ってっけど。見たくもねェツラが飛び出てきてっけど」

 

「このテレビは3D対応です」

 

「へェ〜3Dだって。スゲーな。消す時はどうすればいいんだろう」

 

「ここのボタンを唇で押してください」

 

そう言ってあやめが示したのは、自身の唇。それを聞いた志乃の中で、ブチッと何かが切れた。てめェ人の兄貴に何させてくれようとしてんだ。完全にブチギレている志乃を止めたのは、他でもない銀時だった。

 

「あっそう。定春消してくれ、このバカテレビそのものを」

 

「わんっ」

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」

 

銀時の指令に基づいて、定春がテレビごとあやめの頭を噛み砕こうとする。銀時は我関せずで、定春が座っていた志乃の隣に腰かけた。

ちなみに妹が他の女にブチギレるほど嫉妬してくれたことに、銀時が密かにガッツポーズをしていたことをここに記しておく。

 

「粗大ゴミ」

 

「わんっ」

 

「待って待ってちょっと待っ……」

 

定春に噛まれながら、ズルズルと引きずられるあやめ。かわいそうとか思わない。全て彼女の自業自得だ。

その時、カシャンとレンズ粉々フレームグニャグニャになった彼女のメガネが、床に落ちた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"‼︎」

 

ピタ、と一瞬空気が固まる。すんごい絶望の叫びだった。定春もあやめから一旦離れ、新八と神楽、志乃が近寄る。

 

「………………え?どうかしたんですか」

 

「いや……なんでもないの。……ちょっとメガネが……壊れちゃったみたいで」

 

「大事なものだったの?」

 

「え?う……うん、ちょっと。あ、ゴメンナサイ。そんな大したものじゃないのっ……安物だし気にしないで。死んだおばあちゃんのアレなだけで……」

 

「…………え?それってつまり大切なものってことでしょ?」

 

「ちょっと見せてもらえますか。…………あ〜、レンズどころかフレームもいっちゃってますね……買い換えた方がいいかも」

 

「……………………そう。あ、ゴメンナサイ。形見って言ってもそんなに大丈夫だから。気にしなくていいから」

 

「でもさっちゃん涙目になってるヨ」

 

「ちっ、違うのコレは。メガネの破片がその……目に入っちゃっただけで」

 

「え?ちょっと大丈夫ですか」

 

「見せて、あやめさん。……大丈夫みたいだけど、目真っ赤だよ。一応大事をとって、病院で診てもらった方がいいかも」

 

「でも病院行くにもメガネが…………僕送っていきましょうか」

 

「ああ、大丈夫。ホントに気にしなくていいから」

 

「いいヨ、男子はもう。私達が連れていくアル。行こっ、さっちゃん」

 

「待てェェェェェェェ‼︎」

 

不法侵入したはずのあやめが何故か被害者のような空気に、ついに耐え切れず銀時は叫ぶ。

 

「何このカンジぃぃぃぃ⁉︎何で俺がドッジボールで間違って女子の顔面にボール当てちゃったみたいな気まずいカンジになってんの⁉︎どう考えてもコイツが悪いだろ‼︎ドッジでボール顔面に当てたっつーか、こいつの顔面がボールに入ってて勝手に眼鏡割れたみたいな話だろォ‼︎」

 

「ちょっと何、言い訳?見苦しいよ、銀」

 

「はぁ⁉︎何であんなに殺気立ってた相手に同情してんだよテメーも‼︎お前は兄ちゃんの味方だろーが‼︎」

 

「ごめんなさい、銀さんに嫌な思いさせちゃって。ホントに気にしなくていいから。久しぶりの登場で悪ノリした私がいけなかったの。ごめんなさい、じゃ私これで」

 

目尻に溜まった涙を拭きながら、去っていくあやめ。後味が悪いとはまさにこのことで、新八と神楽、志乃、さらには定春まで銀時を見やる。「オイ、このままでいいのかよ」と。

 

「……………………何だその目は……何が言いたいんだ。オイ定春、てめーまでなんだ。お前がやったんだろーが」

 

「でも命じたの銀だよね」

 

「…………」

 

志乃が冷めた視線で、鋭い一言を放つ。

この場において、銀時の味方は一人もいなかった。

 

********

 

三人と一匹の視線に負けた銀時は、あやめを連れてメガネショップに赴いた。その間、志乃は壊れたあやめのメガネを手に、源外の家を訪れていた。

 

「やっほ。こんにちは、源外のジーさん」

 

「ん?おお、何だ。銀の字ンとこの妹か」

 

「志乃……?」

 

「あっ、たっちーもやっほ」

 

挨拶もそこそこに、志乃はメガネケースごと源外に手渡す。

 

「それさ、直してくんないかな」

 

「あ?コレをか?」

 

「うん。フレームとグラスだけでいいからさ。あ、代金は銀にツケといて」

 

志乃の渡したメガネケースを一瞥し、橘がボソリと呟く。

 

「……志乃、ここは機械を作り直す場所だ。メガネは専門外だぞ」

 

「じゃあ、好きに改造していいから直しといて」

 

「……………………」

 

言い方を変えてメガネを押し付けてきた志乃に、橘は口を閉ざす。返答するのもめんどくさくなったのだろう。細かい作業やら自分の好きな事にはとことんと、興味のないことはスルー。それが彼の性格でもあった。

志乃はそれっきり去っていってしまい、残った橘と源外は嘆息する。

 

「あの小娘……まったくロクなもんじゃねェな、剛三?」

 

「……すみません。俺から言っとくんで」

 

申し訳なさそうに、橘が頭を下げる。

源外はガッハッハッ、と笑った。

 

「ま、どうであれお前も教育に携わった身だな。昔拾ってやった時はもっと獣みてェな目してたが……」

 

「……?そうですか」

 

源外が楽しげに笑う背中を、橘は首を傾げていた。

そして、志乃が源外に直してもらったこのメガネが、後にとんでもない改造を施されて返ってきたのは言うまでもない。

その詳細は、また後ほど。

 

********

 

こうしてものの数日で直ったメガネを、志乃は銀時に託した。

 

「まっ、元はと言えば銀がメガネ壊したんだから、銀があやめさんに持っていくべきだよね」

 

「お前さ、最初の方のライバル視どこ行ったの?宇宙の彼方にでも放り投げちゃった?最近全く嫉妬してくれねェからお兄ちゃんとっても寂しい」

 

「大丈夫。イライラは全て銀に当てることにしたから。ってことで早速ボコらせて」

 

「どんな理不尽だよ‼︎八つ当たりすんならあの女にしろよ‼︎俺何も悪くねーよ‼︎」

 

にこにこと笑顔を浮かべながら頼んだら、即刻拒否られた。

何故だろう。ものの頼み方が悪かったのだろうか。

とにかく銀時を言いくるめて、あやめにメガネを渡すよう仕向ける。それを志乃、新八、神楽、定春の三人と一匹で、ニヤニヤしながら見てやろうという魂胆だ。

銀時に気取られないように、尾行する。あやめは何故か、銀時の買った瓶底メガネを大切そうに両手で持って、ラブホへ入ろうとしていた。そこへ銀時が駆け寄って、出会い頭に踵落としを食らわせる。

 

「さっさとメガネをかけろォォォォォ‼︎メガネを一体何に使ってんだテメーは⁉︎何でメガネとラブホに入ってんだ⁉︎」

 

「銀さんひょっとしてずっと私のこと見てたの、ひょっとして……メギネさんに妬いてるの」

 

「メギネさんって誰だよ‼︎アホか、俺は壊れたてめーのメガネ返しに来ただけだっつーの!」

 

あやめはしどろもどろになりながら、必死に弁明する。

 

「違うの銀さん、私もホントはメギネさんをスグにでも使うつもりだった。でも……銀さんの分身だと思ったら、なんだか勿体無くて……緊張しちゃって……。でも、やっと決心がついたから……その……メギネさんをか……かか……かけ、ダメ‼︎言えない‼︎やっぱり恥ずかしくて言えない‼︎」

 

「なんで眼鏡かけることがいやらしいカンジになってるワケ⁉︎」

 

「だって銀さんの分身をか……かけ……るって事はそういう事じゃない。一つになるってこ……キャッ!」

 

「どんだけ一大決心して眼鏡かけてんだテメーは。そもそもそれ銀さんの分身じゃないからね、メガネ屋のジジイの分身だからね」

 

ホテルの塀の前に座り込むあやめを、銀時が呆れたような表情で見下ろす。そして、不本意ながら託された彼女の眼鏡を手渡した。

 

「ホラよ、てめーの眼鏡ももう直してもらったから。そんな汚ねぇメガネさっさと捨てろ。いいか、またメガネ壊されたくなかったら二度とウチに不法侵入すんなよ」

 

「いやよ」

 

しかし、あやめはそれを撥ね付けた。

新たな展開に、見守る志乃達も、思わず顔を合わせる。

 

「今さらのこのこ帰ってきて彼氏ヅラしないでくれる。そんな昔の眼鏡のことなんて……もう私は眼中にないの……眼鏡だけに」

 

「うまくねーよ」

 

「今の私は……私は……メギネさんしかないの⁉︎メギネさんがいいの‼︎メギネさんじゃなきゃダメなの‼︎」

 

な…………何だこの展開は。こう……元カレがやり直そうって迫ってきた時の返しのセリフみたいなのは?

叫びながら、あやめは眼鏡をかける。さっきまであんなに緊張してたのに、普通にかけてんじゃねーか、というツッコミを志乃は忘れなかった。

 

「銀さんが買ってくれたメギネさんを私はかけていたいの‼︎他の眼鏡をかけるなんて……もう考えられない‼︎勝手な都合でホイホイ眼鏡をかけ替えるそこらの耳軽女と一緒にしないでちょうだい」

 

「耳軽女って何?」

 

あやめの言い分に、銀時の冷静なツッコミが入る。しかし、銀時は不法侵入されて事故で壊れた眼鏡を弁償させられた身である。さらにその上、眼鏡を返しに行く役もやらされているのだ。まさに、気に食わない事のオンパレード状態である。

 

「お前がグチャグチャ言うから直してきたんだろ。かけろよハラ立つなコノヤロー。そもそもその眼鏡、度が合わなくてほとんど見えねーんだろ、危ねーだろが」

 

「私とメギネさんのことはほっといて‼︎今さら……今さら優しくしないでよ‼︎」

 

「何この会話?何で痴話喧嘩みたいになってんの」

 

「もう二度と私とメギネさんの前に現れないで‼︎さようなら昔の眼鏡‼︎さようなら昔の(ひと)‼︎」

 

銀時に背を向けて走り去ったあやめ。しかしすぐの交差点で、車に撥ねられていた。

それを黙って見ていた銀時の肩に、慰めるように手が置かれる。チラリとその手の主を一瞥すると、新八がいた。さらに背中を叩く神楽、頭に手を置く定春、後ろから押してくる志乃。三人と一匹の目が言っていた。「ドンマイ」と。

 

「銀、酒でも飲みに行こうか。今日ぐらい、私が奢ってあげるよ」

 

「…………何コレ。なんでフラれたカンジになってんの?やめろその顔ハラ立つ!オイ、アホしかいねーのかこの国は‼︎」

 

ちょっと悲しげな叫びも、きっとフラれたからだろう。勝手にそう解釈した志乃は、しばらく銀時に優しくしてあげよう、と誓った。

 

********

 

しかしそれからというもの、あやめの仕事ぶりはひどいものだった。

というのも、ただ単にメガネの度が合わないというだけなのだが、報酬の小判は食べるわ侵入してもすぐ見つかるわ敵と仲間を間違えて攻撃するわ……とにかく、ひどいものだった。

始末屋稼業の不振を聞きとめたかつての仲間、元御庭番衆の全蔵、ミサトは彼女を家に呼んだ。

客間の真ん中に三人座り、全蔵が口火を切る。

 

「猿飛。悪いこたァ言わねェ、眼鏡替えろ。お前さん、始末屋稼業干されかけてるらしいな。度重なるミス、仲間まで負傷させたとあっちゃ、ムリもねーな。名うての始末屋の不振、色々噂になってるらしいが、俺の目は誤魔化せねーよ……お前さん今、ほとんど目が見えてねーな」

 

「そ……そんな事ないわよ」

 

「嘘を吐け。じゃあ俺が今、お前の前で何をやってるか見えるか?」

 

「……何って……別に……普通にしてるでしょ…………」

 

「違う。お前の顔面の前でボラ◯ノールを注にゅ…………」

 

言い切る前に、あやめのクナイが全蔵のケツにぶっ刺さる。

ミサトもこの光景を眺めていたが、特に何も思わなかった。ただ、女を前にしてそれは無いだろう、とだけ。慣れとは実に恐ろしいもので、全蔵の家を間借りして暮らしているミサトにとって、全蔵の座薬注入は最早見慣れた光景だった。

全蔵はケツを押さえ、元からの痛みに新たに加えられた痛みに悶える。

 

「な……なるほど。そんな目で正確に俺の弱点をついてくるあたり、流石だな。他の五感全てを駆使し、目を補っているってワケか」

 

しかし、忍者にとって、目は命とも言える重要な器官。元々目の悪いあやめが御庭番衆になれたのは、天性の素質と努力による所が大きいが、伊賀の特製眼鏡(がんきょう)の助けもあってのものだ。

 

「何故そんな眼鏡をしている。この世界、そんな目でわたっていけるほど甘くねェのはてめェが一番知ってるはずだ」

 

それはもちろん、あやめも理解済みだ。それでも、やっぱりかけていたい。だってこれは、想いを寄せる(ひと)が初めて自分に贈ってくれたものなのだから。

 

「かっ……かか、関係ないじゃない、アンタに……。私が何の眼鏡をかけようと、どこで干からびようと関係ないでしょ」

 

「干からびる程度で済むならいいですが……このままいけば、確実に殺されますよ」

 

目を逸らしたあやめに、鋭く現実を突きつけたのは、ミサトだ。

 

「江戸の始末屋の元締め共が、何やら不穏な空気を見せています。あやめ殿の不調に不信を抱いているようです。このまま抜けるのではないかと。始末屋は一度入れば脱退は不可能。一度信頼を失えば、そこで終わり。……間も無くやってくるでしょう。掟に背いた始末人を裁く…………対殺し屋用殺し屋部隊、『滅殺お仕置き人』が」

 

「お……お仕置きですって……それって何、ミサトちゃん。鞭とか蝋燭とかで色々こうアレとかそれとかあのアレ」

 

「期待する所じゃありません」

 

何やら興奮気味に鼻息を出すあやめを、ピシャリと冷たい声で撃ち落とす。一応言っておくが、ミサトはれっきとした男である。

 

「……敵は、殺し屋を殺すために鍛えられた殺し屋ですよ。果たして、その眼鏡で勝てるかどうか……」

 

ミサトの言葉を受けて、全蔵も肩を竦めて腰を上げる。

 

「お前の言う通り、お前が誰に惚れてそのために死ぬ事になろうと俺には関係ねェが、あまり不甲斐ない死に方をされれば俺達元御庭番衆の評判に関わる。元々汚れ役の俺達だ、名を汚すなとは言わねーが、俺の仕事が減るような、無様な死に方だけはしてくれるなよ」

 

障子を閉めた先を見届けて、ミサトは嘆息した。本当、彼は甘い男だ。かつて行き場のない自分を拾った時と、何も変わらない。

あやめに告げた言葉はつまり、死ぬな、ということ。それをストレートに伝えるのが照れ臭いのかどうかは知らないが、不器用な男だ。

あやめを一瞥して、ミサトは微笑む。

 

「……あんまり無茶しないで。俺も、あやめ殿のことが心配だから」

 

「ミサトちゃん…………」

 

彼の心遣いが嬉しくて、思わず彼を抱きしめ、綺麗に結い上げた髪をぐちゃぐちゃに撫で回す。

幼い頃から可愛がって育ててくれた彼女は、ミサトにとっては姉のような存在だった。今でもこんな子供扱いが恥ずかしい時もあるが、この時ばかりは、大人しく撫でられていた。

 

お願い。どうか、俺の大切な人を……姉上を護って。

 

そう願った時には、もう遅かった。




えー、キャラクターの人気投票ですが、現時点でわずか5票。
知ってたもんね!どーせこの程度だってこと!50なんて高望みだってわかってたよコノヤロー‼︎バカ!自分のバカぁぁぁ‼︎

ま、そんなのはどうでもいいとして。
ちなみに結果はこんなカンジになってます。

小春:2
時雪:1
お瀧:1
銀時:1

えー、これについてはノーコメントで。

それではまた次回でお会いしましょう。


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ツッコミは傷だらけの孤独な戦士

この投稿に梃子摺って久々に顔覗いてみたら、お気に入り137件頂いてたベイベー。ついでにしおりは61件、さらにはUA49006だったぜベイベー。(※3月2日23:52時点)
この事実をここに載せるために、小説情報に2回くらい戻って確認したぜベイベー。

しょうもねェッッッ!!!(※深夜のテンションにつきおかしくなってます、何卒ご了承下さい)


翌朝。大江戸病院。そこの一角の病室に、志乃は向かっていた。

手にはポインセチアの花束を持って、病室の扉を叩く。

 

「失礼しまー……あ、銀。みんなも」

 

病室にいたのは、銀時と新八、神楽、そして全蔵とミサトだった。志乃の意識は、すぐにその二人へ向く。

 

「あれ?アンタら知り合いだったの?」

 

「知り合いも何も、一緒に暮らしてるからな」

 

「え?マジで?一緒に暮らしてる?」

 

確認のように繰り返す志乃に、「ああ」と全蔵が頷いて答える。

志乃の赤い目が輝き出す横で、銀時達は遠い目をしていた。

 

「一つ屋根の下男二人暮らしの様子を詳しくお聞かせくださいお願いします」

 

「オイ何を想像してんだ」

 

「質問です!お風呂とお布団には一緒に入ってますか!」

 

「入ってねーわ!!」

 

「俺は入るなら志乃と入りたい。その綺麗な肌も手も足も体も目も鼻も口も耳も髪も心も魂も血も骨も全部俺以外の誰にも見せたくない」

 

「怖っっ!!何、ミサトさんってこんなに恐ろしい人だったんですか!!」

 

「純粋に気持ち悪いアル。銀ちゃん、私今日志乃ちゃんの家に泊まるネ」

 

「ああ。頼んだぞ神楽(ボディーガード)

 

何度も言うが衆道好きである志乃は、全蔵とミサトのあれやこれを想像してウハウハしていた。その隣でミサトが本来の(ヤンデレ)キャラを炸裂させ、神楽は志乃を護るため志乃の護衛を買って出た。

と、ここで新八が志乃の持ってきたポインセチアに触れる。

 

「ていうか志乃ちゃん、何でポインセチアなんて持ってきたの?それってクリスマスの時によく出てるやつだよね?」

 

屁怒絽(ヘドロ)さんが持ってけって。花言葉は『幸運を祈る』だからって。遊びに行った時に買ってった」

 

「志乃ちゃん何で屁怒絽さんと知り合いなの!?」

 

「え?私のマブダチだよ?もしくはソウルメイトとも呼ぶ」

 

「やめとけアイツだけはやめとけ!!いいな!」

 

志乃の意外な交友関係が発覚したところで、ようやく志乃の視線はベッドで眠っているあやめに向く。

昨晩、彼女は始末屋を始末する組織「滅殺お仕置き人」に襲われた。重傷を負いながらも、銀時から貰った眼鏡を大事そうに抱えていたという。

 

「…………あやめさん……」

 

大怪我を負っても眼鏡(それ)を大切にしていたなんて。ぎゅっと唇を噛み締めて、彼女を見つめる。

そんなに一途に想われている(愛の伝え方がかなり歪んでいるが)なんて、ウチの兄はなんて幸せ者だろう。本当に、彼にはもったいないとつくづく思う。

 

「どれだけ嬉しかったのか知らねーが、まったくバカな女だ。眼鏡(そいつ)はてめーの手で処分しといてくれ。これ以上お庭番の名貶めるワケにはいかねェ。ここもじきに仕置人(やつら)に気付かれるだろう。今度こそコイツを仕留めに来る。そんな時、そいつがあったんじゃ何もできねェ。まァ、元より何かできる身体じゃねーが」

 

全蔵はそう言うと、テレビの前に彼女の忍眼鏡を置く。

 

「それでも忍眼鏡(コイツ)をかけねーなら、それはそこまでの女だったということだろ。俺のできることはここまでだ。行くぞミサト」

 

踵を返して病室から出ようとする彼の背に、神楽が咎めるように叫んだ。

 

「オイイボ痔忍者!!お前さっちゃんをこんな状態で一人残していくつもりアルか!!」

 

「悪いが忍者は(てめーら)ほど仲間意識が強くなくてな。てめーらも死にたくなかったらそいつに近寄らねぇこった。そいつもそれを望んでいる事だろうよ」

 

ミサトはあやめを一瞥してから、全蔵を追い歩き出す。志乃が花瓶に花を生けたところで、ベッドからか細い声が聞こえてきた。

 

「め……んなさい」

 

「!」

 

「ごめ…………さい」

 

眠っているあやめが、譫言を呟いていた。ポツポツと、閉じた睫毛の下から、涙を流して。

 

「ぎ…………さんが……くれたのに……大切に……するって言ったのに……約束……や……ぶって………………んなさい。ご……めん……」

 

その謝罪は、銀時に対してのものか。それとも、眼鏡に対してのものか。

どちらにせよ、彼女がどれだけ銀時を想っているか、どれだけ銀時から貰った眼鏡を大切にしていたか。それだけは強く伝わってきた。

ふと銀時が、手にしていた瓶底眼鏡を着流しで拭き、あやめにそっとかける。

 

「何も見えなくていい。何も見なくていい。次目ぇ覚ました時は、視界のヒビもきっと消えてらァ」

 

「銀……」

 

「………………しゃーねぇだろ。元はといえば、眼鏡壊したの俺だしな」

 

銀時の言葉に、志乃と神楽、新八も笑みを見せる。

彼女を護る。そのためにやるべき事は、一つ。

 

「対殺し屋用殺し屋部隊用殺し屋部隊、必殺万事屋…………出陣だ」

 

********

 

その夜。人の気配と必殺仕事人のテーマソングを耳にしたミサトは、むくりと布団から起き上がった。

人の気配は三人。気配の元に近付くにつれて音楽が大きくなっていることから、必殺仕事人は彼らが流しているのだろうと察した。

 

「……あ、全蔵」

 

「ミサト、気付いたか……」

 

同じく気配に気付いて起きてきた全蔵と鉢合わせる。

 

「……誰かこの家に忍び込んでいるな」

 

「忍者の家に忍び込もうなんざ、バカな連中だよ。おいミサト、お前見に行け」

 

「何で俺が。ここは家主のお前が行くべきだろ」

 

「三人くらいお前一人で片付けれるだろ」

 

「めんどくさいから3分の3は全蔵がやって」

 

「それ全部だろーが!俺に全部押し付けてるだけだからな!勘弁してくれよ、俺最近やっと座薬が効いてきたところだってのに」

 

「知るか。働け若者が」

 

「お前の方が若者だろ!!」

 

というなんとも意味のない会話をしながら、二人は気配を察知した台所へ向かった。

台所からチラリと覗くと、見覚えのある、というか今日の昼に会った万事屋が何故か冷蔵庫を開けていた。

新八が簪で卵を超高速でとき、神楽がネギを超高速で切る。最後に銀時がおたまを持ち、調味料云々を取り出して中華鍋でチャーハンを炒めていた。超カッコつけて。

 

「人ん家で何やってんだァァァァァァァ!!!!」

 

「ごふっ」

 

全蔵が銀時の頭を笠ごと押して、中華鍋の中に突っ込ませる。

 

「何夜中に人ん家忍び込んでスタイリッシュにチャーハン作ってんだテメーらァ!!何なの!?何してくれてんのおめーら!!オイ消せ!!うるせーから仕事人の曲消せ!!近所迷惑だろが!!」

 

今まで鳴らしていたBGM(仕事人のテーマソング)を止めさせ、さらに銀時に突っかかる。この間、ミサトは黙ってチャーハンを盛り付ける皿を用意していた。

 

「ちょっと何!?ホント何なの!?何しに来たのお前ら!!」

 

「いや、丁度これくらいの時間って小腹が空くじゃん。ちょっと夜食でもって思って」

 

「いやいやいやいやここ俺ん家!!それ俺の卵!!それ俺のハム!!それ俺のチャーハンんん!!」

 

「心配すんなよ、お前の分もちゃんと作ってあるアル」

 

「そーいう問題じゃねーんだよ!!何しに来たって言ってんだ、まさかホントにチャーハン作りに来たわけじゃ……」

 

「全蔵、盛り付け終わった。こんなカンジでどうだろうか」

 

ミサトが見せたのは、ドーム型に綺麗に盛り付けられたチャーハン。銀時がイイ感じにパラパラに炒めてくれたおかげで盛り付けるのは大変だったが、達成感はあった。

 

「おおっ!!スゴイアルなお前!!めっちゃキレーなお椀型アル!!」

 

「美味しそうですね!やっぱり盛り付けはイイ感じにできてるとより食欲をそそりますよね」

 

「何でお前が万事屋側(そっちサイド)に行ってんだァ!!」

 

全蔵の一喝、いやツッコミが入ったところで、定春が布団をぐるぐる巻きにしたものを背負った志乃を乗せて、襖を倒して部屋に入ってきた。

ちなみに志乃も、いつもの着流し姿ではない。黒の着物を尻端折りにして、下にズボンのようなものを履いている。

 

「お待たせ!持ってきたよ。どこに寝かせればいい?」

 

「おっ、来たか!そこそこ!そこに寝かせておけばいいから」

 

志乃が了解、と返すと、背中に背負っていた布団を置く。それを広げると、中には包帯だらけのあやめが眠っていた。

 

「!!…………え、ちょっ……え……何猿飛連れてきてんのォォ!?」

 

「あやめさんを狙う仕置人をやっつけるためだよ。でも病院で色々騒ぎ起こしちゃマズイでしょ、それでどこかいい場所はないかって」

 

「なるほど。全蔵はボンボンで屋敷広いし、住んでるの俺達だけだし、ここだったら誰にも迷惑かからないと……ふむ、そーいうアレか……………………」

 

志乃の説明によりミサトが納得した。

というか、彼は志乃の言うことなら何でもきくし、志乃が黙れと命令すればずっと黙っててくれる、彼女にとって都合のいい男なのだ。

もちろん彼はそれが志乃の愛故の言動だと思い込んでおり、そして志乃は超扱い易い下僕として見ている。思いの一方通行どころの話ではない。

しかし、その説明で唯一、納得できない者がいた。全蔵だ。

 

「いやどーいうアレェェェ!?俺には迷惑かかっていいのか!?」

 

「固い事言うなよ。ちょっと借りるだけだろ。スグ終わるってば。殺し屋四、五人くらい殺すだけだし」

 

「人ん家殺害現場にするつもりかァ!!」

 

しかし、全蔵がどれだけ喚いても銀時達は聞く耳を持たない。ミサトが綺麗に盛り付けたチャーハンをもぐもぐ食べ始める。

 

「ちょっ、マジ帰れよォォォ俺関係ねーしィィ!!なんか血とかで部屋汚されんの嫌だしィ!!こう見えてスゲェ綺麗好きなんだから」

 

「そんなんだからいい年こいて一人モンなんだヨ。隙のない男は女に嫌われるネ」

 

「そーそー。男も女も、付け入る隙を作ってやらなきゃそこには誰も飛び込んでこねーんだよ。多少部屋が汚れてるくらいが丁度いいの。ねっ、定春」

 

「わぅぅ〜……」

 

「あっ、ゴメン。お取り込み中だったか」

 

「隙デカ過ぎだろォ!!銀蠅しか付け入ってこねーだろアレェ!!」

 

畳の上に転がる汚物を片付ける全蔵の横で、新八が畳を抜いて持ち上げる。さらに銀時が天井に穴を開けて侵入しようとし、神楽は高級な壺を破壊しながら入っていた。

 

「俺も手伝う!!俺も手ェ貸すから!!頼むからこれ以上屋敷を荒らすのをやめろ!!」

 

これを放っておけば、屋敷がとんでもない事になる。全蔵は渋々だが屋敷の平和を守るため、銀時達に協力することとなった。

 

********

 

作戦はこうだ。

天井裏に全蔵、床下に新八。右に銀時とミサト、奥に定春、左に神楽と志乃。あやめを寝かせている部屋の三方と上下、これを固めて一方だけをガラ空きにする。

こうすると、敵はガラ空きのそこを罠だと考え、別ルートに絞らせることができる。その別ルート全てには銀時達がおり、まず通れない。

逆にガラ空きの場所から入って来ても、すぐに袋叩きにできる。

各自トランシーバーを持って連絡を取り合い、何かあってもすぐに対処できるようにしてある。

 

「いいか、油断するなよ。それからくれぐれも屋敷を荒らすな。わかったな」

 

『ラジャー』

 

『わん!!』

 

『うーす』

 

『あぁ』

 

『はーい』

 

『Z〜〜』

 

「ったく、何で俺がこんな事…………!………………アレ?ちょっと待って」

 

全員から返事が返ってきた、とここで全蔵がおかしな点に気付く。皆さんもお分かりだろうか。

 

「今…………誰か『Z〜』って言わなかった?一人『Z〜』って言ったよね今。オイまさか早くも気ィ抜いて寝てんじゃねーだろうな」

 

人数はそれなりにいるものの、一人でも寝てしまえばそこを突かれて殺されるかもしれない。何せ相手は殺し屋を始末するための殺し屋。当然強いことは言わなくてもわかるだろう。

全蔵は念のため、もう一回点呼を取った。

 

『ラジャー』

 

『わん!!』

 

『ああ』

 

『Z〜Z〜』

 

『ドンドンドンドンキ〜ドンキホ〜〜』

 

『あっヤベ!!』

 

『ちょ、何やってんの!』

 

人の声に紛れてトランシーバーに入ってきたのは、明らかに某大型店舗のBGM。

 

「オイぃぃぃぃぃぃぃ二人完全にドンキホーテ行ってたよォォォ!!何やってんのじゃねーよ、オメーらが何やってんだァァ!!ふざけんじゃねーぞ!!『Z〜』はより深い眠りに入ってるし(ひと)が手伝ってやってんのにナメてんのか」

 

こいつら猿飛助けたかったんじゃねーの!?マジで何やってんの!?

その他諸々のツッコミも出てきそうになるが、状況が状況であるため、ひとまず堪える。

 

「今攻め込まれたらどーするつもりだ!!スグ戻ってこいドンキホーテの奴ら!!」

 

『ラジャー!』

 

『わん』

 

『Z〜Z〜Z』

 

『オイ新八、ちょっと神楽担ぐの手伝え』

 

『ミサトさん、カゴお願い』

 

『ああ』

 

「全員ドンキ行ってんじゃねーかァァ!!」

 

全蔵を一人残し、まさかの全員ドンキショッピング。何で全蔵サイドであるはずのミサトまで行っているのか。これは仕方がない。何故なら全蔵がツッコミだからだ。

今回ツッコミに抜擢されてしまった全蔵は、たとえボケ連中が彼を取り残してどこかへ行っても、一人ツッコまなければならない。

如何なる状況でも如何なるボケでも、的確なツッコミを入れなければならないのだ。ツッコミとは、そんな哀しき運命を背負った孤高の戦士なのである。

 

「何なんだよコイツら俺だけ置いて!!行くなら行くで誘ってくれればいいじゃん!!別に行きたくねーけど!!あっ、そうだオイ!!どうせならついでにボラギノール買ってきてくれるか、切らしてたんだ!オイ聞いてるか、座薬タイプの奴なんだけど……」

 

と、ここでトランシーバーの通信にノイズが入る。

 

「もしもーし、応答願いまーす!」

 

『『『『『『Z〜〜』』』』』』

 

「ウソをつけェェェェ!!何狸寝入りこいてんだァァァ!!犬まで狸寝入りしてたぞォォォ犬なのにィィ!!」

 

孤立無援の全蔵(ツッコミ)は、ついにキレて天井を強く叩く。もうやってらんねェ、付き合ってやんねェ、と降りようとしたが、ふと身体が止まる。

 

忍の勘が、警鐘を鳴らしていた。屋敷に、人の気配を複数察知したのだ。

屋根に二人、邸内に二人、そして庭にも……。

 

ーーき……来やがった!!何してやがんだアイツらぁぁぁ!!早く帰ってきやがれェェェェ!!

 

全蔵が握るトランシーバーからは、『あの、ボラギノールありますか』という緊張感の欠片もない呑気な声が聞こえてきた。



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滅殺と必殺の違いがあまりよくわからないけど基本必殺の方がよく使われる

志乃の持つトランシーバー越しに、全蔵の焦った声が聞こえる。

 

『応答願う、応答願う!邸内に五人の不審な気配あり。間違いなく仕置人(やつら)だ!!至急戻れ!!このままでは猿飛がガラ空きだ!!俺一人じゃそう長くは保たんぞ!!繰り返す、至急屋敷に戻れ!!このままでは猿飛が……始末(やら)れるぞ、どーぞ!!』

 

「ねェ、仕置人来たって」

 

ドンキホーテでの買い物中、連絡を受けた志乃は新八と銀時、荷物持ち(ミサト)を振り返る。

 

「ちょっと待て。ボラギノールが注入タイプはあるけど座薬タイプがなくて、どーぞ」

 

『もうボラギノールはいいっつってんだろ!!どーぞ』

 

「うるせーな、テメーが買ってこいっつーからこっちは探したくもねーのにわざわざ探してやってんだろーが。地面にでこ擦り付けて感謝しろや、どーぞ」

 

『時と場合を考えろ!!つーかどこでドS発動してんだ!!どーぞ』

 

「ふざけんな、ここまで来たら意地でも買うぞ!!イボ伸ばして待ってろ!!どーぞ」

 

『首な!!もういいって言ってんだろ!!どーぞ』

 

何なんだよ。買ってこいっつったりもういいっつったり。

溜息を吐いて、ミサトからカゴを奪う。

 

「オイお前も一旦帰れ」

 

「帰らない。俺には志乃を護るという一大使命がある。正直あのイボ痔忍者とかどうでもいいし死ねばいい」

 

「当たり強くね?あの人お前の家族みたいなモンじゃなかったっけ」

 

志乃はポツリとツッコんでから、トランシーバーを新八に託す。彼に先に神楽と定春が向かっていることを伝えさせ、自分はミサトを向かわせるために説得する。

 

「今行けばちゅーしてやるから行け」

 

了解(イエッサー)!!」

 

志乃の嘘に一瞬で心変わりしたミサトは、店舗内の陳列棚を破壊して先に向かった。その背中を見届け、銀時を振り返る。

 

「よし、さっさと座薬タイプ探すか」

 

「……志乃、お前将来絶対小悪魔になるなよ」

 

「小悪魔どころか既に魔王なんですけど。男女問わず心を刈り取る死神になりそうなんですけど」

 

銀時と新八は、可愛い妹兼弟子の将来を案じた。

残念ながらもう手遅れだ。

 

********

 

一方その頃。屋敷では全蔵が相変わらず天井裏に潜んでいた。先に戻っているという神楽に連絡を入れようとする。

 

「応答願う、こちら全蔵。チャイナ娘今どこにいる、どーぞ」

 

しかし、返ってきたのはノイズ音と彼女の怯えたような声。

 

『ひっ……ひィ。誰アルか、お前誰……』

 

「オイどうした、何があっ……まさかっ」

 

ガガガ……ザザ……

 

『ギャアアアアア』

 

ザザザー

 

「チャイナ娘ェェェェェェェ!!」

 

まさか、既に仕置人の魔手に……!?ゴクッと唾を飲み込んだ全蔵の耳に、またトランシーバー越しの声が聞こえてくる。

 

『……セ…………セ…………セコムしてますかz〜〜〜〜』

 

「何ややこしい夢見てんだァァァァ!!」

 

どうやら先程のものは、神楽の寝言だったらしい。神楽は屋敷の、あやめを寝かせている部屋の正面の縁側で寝ている。定春と共に。トランシーバーから聞こえてくる全蔵の叫び声(ツッコミ)に目を覚まし、寝ぼけ眼を擦る。

 

「うーん、何アルか。うるさいアルな」

 

『起きろっつってんだよ!!今どーいう状況かわかってんのか!!』

 

神楽は障子を開け、あやめの眠る部屋に入る。

 

「お子様と(ワン)公にはこの時間はキツ……z〜」

 

『寝るなァァァ!!目ェ覚ませ、猿飛ごとてめーも消されてーのか!!』

 

「わかったわかった、わかってるから。目ェ開けてちゃんと見張っとけば……い…………い…………z〜〜」

 

そして、自分の瞼の上に目を描いて、あやめと一緒に布団で眠り始めた。もちろん定春にも、瞼の上に目が描いてある。あやめには眼鏡に目を描いた。

 

「それで誤魔化せると思ってるのかァァァ!!オイぃぃぃぃなんで猿飛と仲良く寝てんだァァァァ!!」

 

敵が侵入しているというのに、なんと呑気な事か。業を煮やした全蔵は降りて直接叩き起こそうとした。

しかしその時、襖が開く。そして、必殺仕事人のテーマが流れてきた。

ついに、あやめを消すために差し向けられた仕置人がやってきた。

 

 

仕置人No. 1 マクラの政

 

寝込み専門の殺し屋。目にも留まらぬ早業で枕を爆弾入り枕と入れ替え、獲物を永遠の眠りへと誘う。自分の殺しの流儀に絶対のプライドを持つ職人気質の仕置人。

 

 

なんという最悪のタイミング。政は早速持っていた爆弾入り枕の導火線に火をつける。

慌てて全蔵はトランシーバーで寝ている神楽に通信する。

 

『オイいいい起きろォォォ!!早く逃げろォォ爆弾……』

 

「う〜ん、うるさい」

 

しかし、神楽はトランシーバーを手刀で真っ二つに破壊した。

 

「え”え”え”え”え”え”!!アホかァァァァ!!寝てる場合じゃねーんだよ!!起きろォォォ目ェ覚ましたら雲の上だぞォ!!」

 

天井裏で全蔵がドタバタする中、政が早速枕を入れ替えようとそれを掴む。枕を引っ張るが……重過ぎて、全く動かない。

枕を取られまい、いや自らの安眠を護るため、神楽が枕取りを制しているのだ。政は彼女に対抗し、なんとか枕を引き抜こうと両手で挑むが、微動だにしない。

 

「アイツ……是が非でも枕を入れ替えることに殺しのこだわりがあるのか!!踏ん張れェェェ!!枕を絶対に奴に渡すなァァ!!」

 

天井裏から全蔵がエールを送る。導火線が枕に近付いていることで、火事場の馬鹿力を発揮した政が、ついに枕を引き抜いた。

……と思われたが、枕には神楽が噛み付いていて、離そうとしない。ブンブン振り回しても全く離れない。本当に眠っているのか?と問いたくなるほどだ。

 

「離れろォォォお前が眠る枕は、こっちだァァァァ!!」

 

政は、神楽の顔面に爆弾入り枕を押し付け、ようやく枕を取り替えることに成功した。

流石にマズイ、と全蔵が降りようと天井板を外した。

 

「それじゃあな、お嬢さん達。グッナイ」

 

これで任務完了、去ろうとしたその時……。

 

「うーん」

 

神楽が枕を抱いて、寝返りをうつ。

 

「セコムしてまz〜〜〜」

 

「え”え”え”え”え”!?」

 

枕を持ったままゴロゴロ寝返りをうちまくり、政の元へ一直線。縁側に出て庭に降りても、爆弾を離さずにゴロゴロついてくる。逃げてもずっとついてくる。まさに悪夢だ。

全蔵が降りてきた時、ちょうど爆弾入り枕が爆発した。夜兎本来の頑丈さを持ち併せる神楽は無事だったらしいが、政は撃沈。敵は沈黙した。

黙ってそれを眺めていると、トランシーバーに連絡が入る。

 

『応答願います、こちら志村と風魔』

 

『今庭の方で爆音が聞こえたが、そっちは無事か?どーぞ』

 

新八と一緒に、ミサトもいるらしい。全蔵は取り敢えず、現状を報告した。

 

「……………………いや、よくわからんが一人は片付いた……残るは四人だ。恐らく今ので敵に位置を気付かれた。猿飛を連れて場所を移る。落ち合うぞ、今どこにいる」

 

『もう邸内ですけど銀さんと志乃ちゃんと逸れちゃって』

 

『そこで俺と会った。志村はみんなを捜すと言って高い所にいる。俺も一緒だ』

 

「高い所?バカヤロォ、そんな所にいたら敵に見つかるだろーが!!ミサトてめェ、元御庭番のクセに何してんだ!!」

 

『そんなこと言ったって……』

 

『あっ!!いたいた、全蔵さんが見えた!!』

 

あやめを布団で簀巻き状にして抱え、縁側を歩いて二人を捜す。トランシーバーの声を頼りに全蔵が庭を見ると、木の枝に新八とミサトがいた。全蔵と目が合うと、ミサトはすぐに下に降りた。

 

「いや〜暑いですね。Tシャツ買ってきたんですけど、全蔵さんも着ます?」

 

呑気に話す新八だが、BGM(仕事人テーマソング)が聞こえてきた瞬間、ハッと固まった。新八の背後に、Tシャツを着た殺し屋がいたのだ。

 

「後ろォォォォォ!!志村後ろォォォォ!!!」

 

「うわわわっ!!なっ……何ですかアンタァァァ!!」

 

 

仕置人No.2 Tシャツの辰

 

Tシャツ専門の殺し屋。目にも留まらぬ早業でMサイズのTシャツを自分のSサイズのTシャツと入れ替え、獲物を永遠のパッツンパッツンに誘う。自分のTシャツに絶対のプライドを持つ職人気質のTシャツ好き。

 

 

「Tシャツ専門の殺し屋て何だァァァァ!!最早殺し屋でも何でもねーよ!!ただのTシャツ着たオッさんだよ!!」

 

「世の中には様々な殺し屋がいるな」

 

「コイツの場合はただの役立たずだからな!!」

 

仲間が襲われかかっているというのに、ミサトは感嘆したように呟く。感情の行く先がなんか違うが。

辰は新八を永遠のパッツンパッツンへ誘うべく、早速彼のTシャツに手をかけた。

 

「ちょっ、放してください!」

 

「うぐっ……!」

 

「オイ何だこの絵面!!つーかミサトお前何つー光景をカメラで撮ろうとしてんだ!」

 

新八のTシャツを脱がそうとする辰を、ミサトは真顔でカメラに収めていた。全蔵が即座にカメラを叩き割って、撮影を阻止する。

 

「何をするんだ全蔵!この映像を見せれば志乃が喜ぶと思って……」

 

「アホか!!あのガキが見てんのはせいぜい純愛モノなんだよ、子供向け少女漫画みたいなヤツ!!脱衣のシーンなんか一切ねェ純粋モノなんだよ!!この光景を見せてみろ、仕置人に殺られる前にアイツの兄貴に殺られるぞ!!」

 

ミサト本人は良かれと思っただけだろうが、実際に見せようものなら銀時に確実に息の根を止められる。

事実、志乃が衆道本を購入する際、必ず銀時が内容をチェックし、彼の承諾を得てから志乃は初めてレジに通してもらえるのだ。

まぁそんなことはどうでもよくて。

辰は新八のTシャツを引っ張るが、何故かなかなか脱がせられない。

 

ーー何だこのTシャツ。まさかこれはMじゃなく……L!?

 

「そんなに違いなくねっ!?」

 

全蔵のツッコミが、辰のモノローグにも入る。

職人気質の性格が難を呼んだのか、何があってもLサイズらしきTシャツに負けじと引っ張る。そしてついに、Tシャツが破れた。

しかし、Tシャツの襟のタグには……しっかりと、Sの文字が刻まれていたのだ。

 

「さ……最初からS!?」

 

「どーでもいいわァァァァ!!

 

「いやあの……Mは銀さんに取られちゃったんで。なんか……すいません」

 

「…………いや、こっちこそ……ゴメン……SならSって……言ってくれればいいのに」

 

「何コレェェェ!?何でSだったらいいんだよ、何でMをそんなに敵視してんだよ」

 

同士(着ているTシャツがSサイズ)だと知った辰は、さっきの勢いから一転、しおらしげに謝る。それが可哀想に思えた新八は、持っていたTシャツを辰に渡した。

 

「あの、良かったらコレ。SサイズのTシャツ沢山あるんで、どうぞ」

 

「え?……いいの?」

 

「S好きみたいだし……どうぞ」

 

「着てみていい!?」

 

「どうぞ、何枚でもあるんで」

 

「オイ何してんだよ、仕事しろよオメェェェ!!仕置人だろ!!Tシャツ試着しに来ただけじゃねーか!!」

 

役立たずな仕置人に、全蔵がついに「仕事しろ」ツッコミを炸裂させた。

そんな彼の苛立ちをよそに、辰は意気揚々とTシャツを着る。しかし、パッツンパッツンなはずのTシャツの袖が、少しブカブカしている。アレ?と思った辰は、襟のタグを見た。

 

「あっ、『M』は無いけど『L』は入ってますから。最後の1着は志乃ちゃんが着てるんですけど……別に大丈夫ですよね、Mじゃなかったら」

 

「は……はめやがったな……」

 

LサイズのTシャツを着てしまった辰は、その一言を最期に、吐血しながら倒れていった。

 

「何でだァァァァァ!!何でLサイズのTシャツ着たら死ぬんだよ!!一体どんな設定背負ってんだコイツ!!」

 

「なかなかやるじゃないか。凄いぞ志村」

 

「なんか悪いことしちゃったな。でもこれで残るは三人ですね」

 

「残るは三人って、こんなもん最初から数に入れちゃダメ……」

 

呆れた全蔵がそう零すと、トランシーバーから志乃の声が入る。

 

『応答願いまーす。こちら霧島と坂田です』

 

『今庭の方でSサイズのTシャツの裂ける音が聞こえたんだが大丈夫か、どーぞ』

 

『ついでにLサイズのTシャツを着た仕置人が絶命した気配を察知したんだけど大丈夫?どーぞ』

 

「どんなの拾ってんの!?お前らの器官が大丈夫か!!」

 

「大丈夫かなんて失敬だな、全兄ィ。私の警戒網は最大で500m圏内、10m以内に入れば誰かなんて気配だけでわかる」

 

全蔵のツッコミに直接反論したのは、トランシーバー越しに通信していた志乃だった。彼女の後ろには、銀時もいる。

 

「銀さん志乃ちゃん!どこに行ってたんですか、心配しましたよ」

 

「いや、あまりに暑いんでよ。そしたら志乃が『冷蔵庫にチューペッドがある』って言ったから漁ってみたんだよ。ホントにあった」

 

そういう銀時の手には、グレープ味とソーダ味、オレンジ味のチューペッドが。

 

銀狼(おまえ)の勘マジでどーなってんの!?どんだけ緊張感ねーんだよてめーら!!何で殺し屋が徘徊する屋敷でTシャツ着替えたりアイス見つけたりしてるワケ!?つーかそれ俺のチューペッドだし!!」

 

「ふざけんな、俺が命がけで取ってきたチューペッドだぞ。俺のだ」

 

「それは俺が楽しみに取っておいたもんだ!!グレープ味だけは絶対に渡さん!!」

 

「まァまァ、ココはグレープ味とソーダ味とオレンジ味三本あるんだから、仲良く分けるアル」

 

「何で当たり前のように復活してんの?爆発に巻き込まれても寝てた奴が何でチューペッド一つで覚醒するの?」

 

と、ここで神楽が怒る全蔵を諌める。

よくよく考えたらそうだ。チューペッドは基本、真ん中で二つに分けて食べるものである。作者の家では、これを冷凍庫に入れてカチンコチンに冷やし、棒アイスにしてよく食べたものである。勿論この時も、真ん中でパッキンと割って、兄弟で分けるのだ。

……とまぁ、作者の懐かしい思い出は置いといて。

 

ここに居るのは六人。対してチューペッドは三本。それぞれを二つに折れば、ちょうど行き渡る。

志乃がオレンジ味を選ぶとすかさずミサトが同じものを選び、銀時と全蔵がグレープ、神楽と新八がソーダ味を選んだ。

と、その時。

 

「う……うう……グ……グレープ」

 

背後で布団に簀巻きにされたままのあやめが呟いた。

六人は振り返るも、魘されているだけかと彼女を放ってチューペッドを分けようとする。

 

「グレープ!!が…………い……い……わた……し」

 

二度目の懇願で結論が出た。コイツ起きてやがる。

 

「オイてめェ、何魘されてる体で厚かましくもリクエストかましてんだ。そして図々しくもそれを通そうとしてんだ。ふざけんじゃねーぞォォ!!誰のせいでこんな事になってると思ってんだこのメス豚ァァァァ!!」

 

「ごがっ!!あばっ、ぼふっ……」

 

暑さでイライラが増している志乃が、動けないあやめ相手に布団の上からめちゃくちゃに蹴りまくる。

流石に新八が彼女を宥めようとした。

 

「志乃ちゃん怪我人に何してんの!!」

 

「止めないで師匠!!コイツ絶対起きてるよ、狸寝入り決め込んでるもん!!」

 

ウーッと怒りを露わにし、あやめに唸る志乃。彼女があやめを嫌っているのは元からだが、部分的に尊敬する師匠の手前、これ以上の攻撃を抑える。

 

「仕方ないアルな、じゃあグレープ組三人はジャンケンで、負けた人はヘタって事で」

 

「ふざけんなァ!!だったらソーダ組もオレンジ組もやれよ!!ヘタ食うくらいならソーダかオレンジの方がマシだ!!」

 

「んなの嫌に決まってんだろ全兄ィ!!私が見つけたチューペッドだぞ!これはグレープ組の問題だろ、こっちに飛び火させんな!!ねっ、師匠」

 

「僕は別にいいですよ、グレープでもソーダでも」

 

「あっ、それじゃあ師匠はヘタ決定だね。やった!コレで平和的解決」

 

「じゃねーだろォォ!!何とんでもねェ事言ってんだァ!!志乃ちゃん一体どっちの味方!?」

 

このような議論の結果、全員でジャンケンして負けた人は、三本のヘタを与えられるという事に。

そして、ジャンケンを始めよう……としたその時、ミサトがある事に気付く。

 

「……ちょっと待て。…………なんか、このチューペッド……おかしくないか。ヘタが……」

 

ミサトの言葉に、気合いを入れていた全員が落ち着き、チューペッドを見る。そこには、ちゃんと三本あるのだ。だが、ヘタのあるちょっと長い方のヤツが無い。

それに気付いた瞬間、仕事人のテーマソングが流れた。池の中から、二人の仕置人が現れたのだ!

 

 

仕置人No.3、4 チューペッドの酎兄弟

 

チューペッド専門の殺し屋。目にも留まらぬ早業でチューペッドの長い方のヤツを短い方のヤツに入れ替え、獲物を永遠のブラザーコンプレックスに誘う。

ちなみに兄弟でチューペッドを分ける時は、長い方短い方に折るのではなく、縦に割く。

 

 

「フハハハハハハハハ、残念だったな!!貴様らのチューペッドの長い方のヤツは、我々が短い方のヤツに替えさせてもらった!!」

 

「貴様らには短い方のヤツがお似合いだ!!そこで永遠に兄に長い方のヤツを奪われ続ける弟の気分を味わうがいい!!弟でもないのに!!」

 

高笑いを響かせながら、酎兄弟は夜の闇へと消えていく。

それを許さないのが……チューペッドに執着する、この二人の男である。

 

********

 

長い方のヤツを三本も奪い、意気揚々と帰ろうとした酎兄弟。だが、彼らの耳に、仕事人のテーマソングが聞こえる。

 

「こっ……このBGMは」

 

「バ……バカな、我々以外にこのBGMを使いこなす奴が……」

 

驚きに足を止めた瞬間、彼らの背後ーー正確には尻の穴に、勢いよく何かが突き刺さった。

 

「ぐあああああ!!何が!!何が起こったァ!!」

 

「あ……兄者ぁぁ、ケ……ケツに……ケツにチューペッ……」

 

突如襲ってきた痛みに悶絶していると、不意にチューペッドが引っ張られ、彼らの体も引き摺られる。引き戻された二人は、ケツにチューペッドが刺さったまま宙吊りにされた。

チューペッドに括られた糸を握っていたのは……銀時と全蔵だ。

 

「きっ……きっ…………貴様らァァァァ!!」

 

「チューペッドの……」

 

「長い方のヤツを返せ」

 

二人の目が、いつになくギラリと光る。たかがチューペッドごときで、という言葉はこの場では口にしない方がいい。

既にチューペッドは兄弟で食べてしまい、残っていない。銀時と全蔵は、ゆっくりとチューペッドに手をかけた。兄弟は必死に命乞いをする。

 

「ちょっ……ちょっと待ってくれ!!買って返すから、必ず返すから!!いっいいい……命だけは……命だけは勘弁してくれ!!たっ頼む、何本だ!!何本長いヤツが欲しいんだ!!待て待ってェェ!!」

 

 

ーージャカジャン!!

 

 

チューペッドを折り、こうして仕置人二人をまとめて倒したのだった。




〜銀時と全蔵が仕置人を倒している間〜

新八「そういえば志乃ちゃんさ、あの仕置人二人の気配に気付かなかったの?」

志乃「気付いてたよ?でもこのまま放っといたらきっと面白いものが観れると思って。予想通りだったね。チューペッドの長い方のヤツを盗まれて怒り心頭のバカ二人に、命乞いをするバカ二人。あの酷いツラ、爆笑モンだね」

新八「なんか志乃ちゃん沖田さんに似てきてない!?」

神楽「嫌アル!志乃ちゃんは純粋なままでいてヨ!!」

ミサト「心配いらない。俺はたとえどんな志乃だって骨の髄まで愛せる自信がある。ていうか自信しかない」

新八「やめてください素直に怖いです!!」

志乃「心配するな、お前を愛するなんて事は永久に無い。わかったら失せろカスが」

新八「流石志乃ちゃん、これしきじゃ負けないってか!!どんなメンタルの強さしてんの!?ダイヤモンド並!?」


********

☆今回判明した事☆
・志乃はドSが加速し、既に悪魔を超えた存在になっている(性格的に)
・彼女への周りの心配が全て空回りしている
・ミサトは志乃が絡めば他はどうでもよくなる
・志乃の衆道本購入時には必ず銀時のチェックが入っている
・作者は子供時代、チューペッドを凍らせてシャーベット状にして食べていた(通称”棒アイス”)

棒アイス、どうぞお試しください。夏の時期とか最高です。
ただし直に触ると、冷たすぎて指に触覚的負担がかかるので、ハンカチかハンドタオルを巻いて食べることをオススメします。


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本当に大切なものは心の眼で見ろ

池のある、全蔵宅でも最も広い庭。池の前の石に、一人の男が腰掛けていた。

 

「よォ頭、待たせたね。ちゃーんと、仕置きしてきたよ」

 

ドサドサ、と次々地面に転がされるのは、返り討ちにされた仕置人四人。それを足蹴に、少女の声は続く。

 

「腑抜けた仕置人四人。最終試練不合格、一年生からやり直し決定だよ。上層部(うえ)に伝えとけマヌケ仕置人共。始末屋さっちゃんの首取りたいなら、軍隊一個引き連れて来なってね」

 

男の背後には、志乃、銀時、新八、神楽、全蔵、ミサトが並んだ。残るはあと一人。全勢力をもって、彼を叩き潰す。もしくは戦意喪失させる。そのために彼らはここへ来たのだ。

 

「こちとら何もやましい事はしてねーんだ。逃げも隠れもしねェ。それでも喧嘩ふっかけてくんなら、てめーら皆殺しにするまで付き合うぜ」

 

最後の最後に、銀時がキメる。しかし、仕置人の様子は何も変わらない。不意に、志乃が周囲の殺気に気がついた。

 

「心配いらん、もう伝えたさ」

 

仕置人が口を開くと、その殺気がより色濃くなる。動かねば、と思った時にはもう遅かった。

 

「わっ!」

 

突如、首や両手、腰に鎖が巻き付く。周囲に鎖を持った敵が現れ、さらに屋根の上にも続々と追加される。

 

「江戸随一の始末屋の首、そう容易く取れるとは思っていない」

 

「……へぇ。なんだ、ちゃんと頭まわるじゃん。既に軍隊引き連れて来てたのか」

 

志乃がそう返すが、その余裕を保っているのは志乃だけ。銀狼たる彼女は、やろうと思えば軍隊一個どころか戦艦すら落とせるふざけた力を持っている。

他の面々は志乃のように、鎖を引きちぎり拘束を解くことはできないので、銀時が慌てふためいた様子で弁解する。

 

「……じょ……冗談っスよォォォ頭ァァァァ!!何マジになってんの!?何ムキになってんの!?勘弁してくださいよォ!!さっきのはジョークじゃないスか!!ちょっとした殺し屋んジョークじゃないスか!!」

 

「殺し屋んジョークて何だよアメリカンジョークみたいに言うな」

 

「ホントに連れてきてどーすんスか!!もォ〜スグ本気にするんだものな〜頭は!!まァそこが頭のいいところでもあるんだけども。ハイじゃあそーいうことだからみんな解散!!お疲れっス!!ゴメンネ紛らわしい事しちゃって!!……………………あの……聞いてます?…………マジすいませんっしたって!!マジゴメンナサイって!!マジ助けてくださいって!!」

 

「バカだろお前、ギャグとシリアスの見極めくらいしっかりしろよな」

 

焦ってあーだこーだと弁明する銀時に、志乃は冷ややかなツッコミを浴びせる。

 

「あのね、相手プロの殺し屋を始末するために作られた殺し屋なの。みんながみんな冗談通じるワケがないの。ドゥーユーアンダースン?」

 

「オイぃぃぃぃ何してくれてんだ!!お前がイキって調子こいた事言うからァァァ!!」

 

「だって完全に勝ったと思うじゃん!!カッコつけてもそろそろ大丈夫かと思うじゃん!!」

 

「ふざけんな!!俺は無理矢理こいつらに付き合わされただけなんだ!!俺だけは見逃してくれ!!」

 

「全蔵……お前弟を犠牲にしてでも生きるつもりか。祟るぞ」

 

自分だけなんとか助かろうとする全蔵に、ミサトは育ての兄を恨む。神楽はこの状況下で、敵を挑発する。

 

「今更見苦しいアルヨ!!殺れるモンなら殺ってみろヨ!!!たとえ死んでも銀ちゃんの魂は私達の中で永遠に生き続けるアル!!!」

 

「何で俺だけ死ぬカンジになってんだよ!!お前が俺の中で永遠に生き続けろ!!」

 

「銀、それ口説いてんの?」

 

ギャグとシリアスの境界を見極めろと言っておきながら、志乃は堂々と場違いな発言をした。確かに聞きようを変えればそれっぽく聞こえるような気もするが、そんな事今はどうでもいい。

 

「猿飛あやめ。いい仲間を持ったな」

 

「仲間なんかじゃねェ他人です!!僕ら関係ありません!!」

 

仕置人の目が、布団でグルグル巻きにされたあやめに向く。

 

「貴様の潔白を証明するために、その者達は逃げることも弁解することもせずに我等を迎え撃った。だが貴様が潔白であろうとなかろうと、そんな事は些末な問題だ。貴様の罪は、その弱さよ」

 

様々な裏社会の情報を持つ殺し屋組織にとって、一つの綻びは組織を崩壊させる穴になりかねない。故に、始末屋に弱者は必要ない。法で裁けぬ外道を討ち、人知れず江戸を護ってきた必殺の剣を、弱者のために折られるわけにはいかない。

 

「恨むなら、己の弱さを恨め。大切な仲間さえ護れぬ、己の弱さを!!」

 

得物を手にした仕置人達が、一斉に志乃達に襲いかかる。このままでは全員死ぬ。志乃は手に巻きついた鎖を掴み、振り回そうと足を一歩踏み出した。

 

「ーー!!」

 

周囲を囲む殺気とは違う、別の気配。それも、銀時の間近で感じる。

次の瞬間、あやめを包んでいた布団から大量のクナイが飛び出してきた!クナイは四方八方に飛び、銀時達を拘束していた鎖も解く。ボロボロになった布団が、宙を舞った。

 

「ーー祇園精舎の鐘の声……諸行無常の響きあり……沙羅双樹の花の色……鬼畜外道必殺の理をあらはす。この人達には指一本たりとも触れさせない。この始末屋さっちゃんが!!」

 

「さっちゃんさん!!」

 

「あやめ殿!!」

 

新八とミサトが叫ぶ。それを背に、あやめは立っていた。

しかし、あやめは未だ傷ついている。そんな手負いの体で勝てるほど、仕置人(てき)は甘くない。

 

「今の貴様と我等の実力差、あの時しかと目に焼き付けたハズ……」

 

「……………………知らないわよそんなもの。なんせ私、目が悪いから。でも、今ならよく見える。己の愚かさも、みんなの優しさも、全蔵の痔の悪化具合も」

 

「えっ!?」

 

思わぬところで指摘された全蔵は、サッと尻に手をやった。

 

「そして、私が本当に大切にしなきゃいけないものも。全部見える。眼鏡(こんなもの)なくても」

 

外した眼鏡を握りしめ、あやめはそれを割った。嘆息した銀時は、ケースに入った眼鏡を投げ渡す。

 

「オイオイひでー事しやがらァ。人が折角くれてやったメガネを」

 

頭に巻かれた包帯を取ったあやめは、振り返ることなく眼鏡を受け取った。ケースを開け、かけた眼鏡の奥には、涙が光る。

 

「……かけてるよ、ちゃんと。銀さんが、みんなが、くれたメガネ。みんなの(こころ)を映してくれた素敵なメガネ、ちゃんと私の中にかかってるよ。ーーありがとう銀さん、新八くん、神楽ちゃん、志乃ちゃん、ミサトちゃん、誰だっけ」

 

「俺で落とさねーと気が済まねーのか!!」

 

「ざまぁみろ全蔵」

 

「ぶっ飛ばすぞミサトぉぉ!!」

 

鼻で笑ったミサトに突っかかる。

以前も言ったが、今回において全蔵はツッコミである。多少貶されようが、それに対してツッコミを入れなくてはならない孤高の戦士なのだ。故に、彼に援軍はやってこない。来るのは追い討ちだけだ。

 

「約束する……みんなから貰ったこのメガネ、きっと大切にする。ずっと大切にする」

 

対峙する仕置人は、ジャキッと刀を構える。

 

「たかが眼鏡を替えた程度で何が変わる。眼鏡などなくとも見えよう、己に迫る絶対的な死が!!我等仕置人にかかったからには、貴様らの死は絶対だァァァァ!!」

 

周囲を固めていた敵が、一斉に襲いかかってくる。腰を落として構えようとした瞬間、どこからともなく仕事人のテーマソングが流れてきた。

これはまさか……!バッとあやめを振り返る。彼女の眼鏡のフレームが変形し、目を見開いた瞬間、眼鏡からビームが出た。

 

「ええええええええ!!」

 

志乃の衝撃を挟んでからもう一度言おう。眼鏡からビームが出た。

さらに眼鏡はそれだけに留まらない。フレームの耳をかける所が複数現れ、それが伸びて変幻自在に敵を打ち倒していく。後方からの攻撃にも対応し、まさに全身に眼鏡をかけているようだ。

 

志乃も眼鏡の機能に驚きながらも、冷静に敵に対応していく。

武器などなくとも、拳や蹴りを的確に浴びせる。神威との喧嘩で鍛えられた体術は、最早誰にも止められない。

 

そしてついに、最終モードへと変身した。眼鏡のフレームから伸びた鎧が全身を覆い、さながら聖闘士のような風貌になる。

 

「くらえェェェメガネ流忍術奥義!!『百烈眼鏡天翔』!!」

 

空中から敵に向かって投げられたのは、全て眼鏡。眼鏡の雨に襲われた仕置人達は爆発した。

着地したあやめの背後、仕置人が掠れた声で賞賛する。

 

「み……見事なり、猿飛あやめ。これだけの数の仕置人全てに正確に、全く度の合っていない眼鏡をかけさせるとは……きっ……貴様こそ、江戸最強のメガ……殺し屋……」

 

ガクッと意識を失い、敵は沈黙した。

神楽とミサトが、喜びのあまりあやめに抱きつく。志乃も彼女の元へ駆け寄った。

 

「さっちゃんんんん!!やったアルぅ!!流石さっちゃんネ!!」

 

「やりましたね、あやめ殿!」

 

「さっきの技凄かったよ!めちゃくちゃカッコよかった!」

 

勝利に歓喜する四人を眺め、新八も呟く。

 

「ついに……メガネ流の深淵に辿り着いたんですね……」

 

「メガネ流って何?俺だけ知らないの?みんな知ってんの?」

 

銀時もさらに続く。

 

「流石源外のジジイが作った眼鏡だな、イイ眼鏡じゃねーか」

 

「アレってメガネって呼んでいいの?兵器って言うんじゃねーの」

 

「俺も着物が透けて見える眼鏡とか作ってもらおうかな」

 

「あ、もう一つ頼んでもらっていい?」

 

「二人とも多分たっちーに殺されるよ。あの人そういうの大っ嫌いだから」

 

橘は物静かでストイックな性格でもあるため、そのような話題は基本好まない。彼の目の前ですれば、即刻追い出される。もしくは息の根を止められる。0か100という極端な意見しか持たない彼は、手段も極端なのである。

ふと、あやめがこちらを向く。

 

「あ……ありがとうみんな。本当に全部みんなのおかげよ」

 

「あの、あんまこっち見ないでくれる。ビーム出そうだから」

 

「不思議ね。この眼鏡で見える世界は、いつもより綺麗に見える。パッとしない全蔵の屋敷も、まるで燃えてるように綺麗に見える」

 

 

チュドーン!

 

 

あやめが屋敷の方を振り返ると、メガネからビームが出て、屋根が爆発した。

 

「いやまるで燃えてるから!!ビーム出ちゃってるから!!何やってんだよテメー!!」

 

「きっとみんながくれた眼鏡だからだわ、素敵。私大事にするから、このメガネもずっと大事にするから!!」

 

「ぐげふ!!」

 

サッとこちらに向き直ったあやめ。志乃と銀時は目が合う前に屈んだ。するとビームが出て、全蔵の頭をボロボロにする。

感情の昂りのまま、あやめはビームを出しながら走り出した。

 

「本当にありがとう、銀さん大好き!!」

 

「待てェェェェそのメガネで俺の屋敷をウロつくんじゃねェ!!」

 

全蔵はミサトを連れて、彼女を止めるべく追いかけた。その背中を見つめて、新八が呟く。

 

「銀さん……やっぱりメガネはたとえ好きな人からでも貰うもんじゃないですね」

 

「何でアルか」

 

掛け甲斐(掛け替え)ないものになってしまうから」

 

「ウマイけど腹立つ。志乃くん、新八にビーム一本」

 

「いや無理だから」




次回、トッキー篇スタート!


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トッキー篇 最後に愛は勝つ
身近な人がすごい地位に立っていたりする


またまたオリジナル長篇です。その名もトッキー篇。

名前の通り、今回の主役というか中心はあくまでトッキー。トッキーの秘密が色々とバラされます。もう笑えるくらいダダ漏れです。
でも志乃と真選組の意外な関係とか、刹乃の身体の真相とか、とにかく色んなものがダダ漏れの長篇です。

よっしゃああ、今から断崖絶壁より飛び降りるぜ!フライアウェイ!!(死亡予告)


この日、実家に帰っていた時雪は、自宅のキッチンで料理をしていた。

 

隣には絶賛花嫁修行中の妹、深雪もいる。

横目で大根を切る様子を見るあたり、筋は悪くはなさそうだ。このまま順調に腕を上げれば、料理上手のいい奥さんに成長するだろう。性格が矯正されれば。

 

「兄上ー」

 

「んー?どうしたー?時継」

 

ボケキャラのメガネ弟・時継がキッチンを覗いてくる。

振り返ると、手紙を片手にこちらへ歩み寄ってきた。

 

「兄上宛てです」

 

「うん、手紙を届けてくれてありがとう。でもつまみ食いをするな」

 

空いた右手でさらりと完成した唐揚げを攫おうとする時継。当然、時雪の手に阻まれて唐揚げを食すことは叶わなかったが。

時雪は手紙受け取り、宛名を見る。弟の舌打ちなんて聞こえない。

そこに書かれていたのは、見覚えのある名前。時雪は、目を見開いた。

 

「あれ……?この娘……まさか……」

 

********

 

「「「「うおおおおおおお!!」」」」

 

バシッドカッズバッズババッ

 

時間と所変わって、真選組屯所内にある道場での朝稽古。

竹刀を片手に、志乃と沖田は激しい打ち合いをしていた。

それも普通の人間なら、肉眼で追うことができないほどのスピードで。二人の戦いを見守る隊士達は、あまりの速さに舌を巻いて驚いていた。

ちなみに最初の怒号のようなものは、隊士達の感嘆のそれである。

 

「いやぁ、流石は志乃ちゃんと総悟だな!ほぼ互角に渡り合ってやがる」

 

「朝から元気なのはいいが、その分のエネルギーチャージとしてサボられちゃあ堪んねェよ」

 

腕を組んで笑う近藤の言葉に、土方が肩を竦めて返す。

この二人の実力は互いに拮抗しており、稽古となれば、毎朝どちらからともなく攻撃を仕掛け、打ち合いを繰り広げる。

稽古中?の二人の目はそれはそれは爛々としていて、邪魔する者があれば即座に叩き斬られるような気迫だった。

バシィッ、と一度強く竹刀を重ね合わせる。

鍔迫り合いに持ち込みながら、二人は荒くなった呼吸を整えようとした。

互いに見つめ合い、フッと笑みをこぼしてから、同時に力を抜く。

 

「また引き分けか」

 

「そうみてーだな。ま、今回は俺の方が勝ってたがな」

 

「は?私の方がお前を押しやってましたー。ってことで私の勝ちですー」

 

「あらァ押されてたんじゃねェ。こっちから力を抜いてバランスを崩させる作戦だったんでィ。つーことで俺の勝ち」

 

「見苦しい。言い訳は実に見苦しいよ沖田くん。わかったらさっさと負けを認めんかいクソガキ」

 

「てめーの方がガキだろィ」

 

「はぁ!?こんな事でいちいち張り合ってくるアンタの方がガキだからね!?バーカ!バーカバーカ」

 

「いや、嬢ちゃんがガキなのは周知の事実だからねィ?そんなムキにならなくていーんだぜ、お・じょ・う・ちゃ・ん?」

 

「ムカつく!!お前ホントムカつく!!死ね!!」

 

「オメーが死ねガキ」

 

「うるせェ!!」

 

ゴールの見えない口喧嘩が始まり、志乃の竹刀を握る手に力が入る。

ギロッと睨んでくる姿でさえ、沖田のドSスイッチを入れる要因にしかならない。

遊ばれてるとわかってはいても、腹が立って仕方ない。

 

「じゃあどっちが勝ちか真剣勝負で決めようじゃねーか!!刀持てコラァ!!」

 

「いい加減にしろクソガキ」

 

殺気立った志乃の脳天を、土方が竹刀でかなり強く叩く。

ジンジンと痛みの残る頭を摩っていると、土方に首根っこを掴まれ、猫のように引きずられた。

稽古を終えて部屋に連れて行かれるらしい。

部屋に行く最中、土方から仕事の話を聞かされた。

 

「とっつァんから護衛の命令が出ている。明日、幕府の役人の娘と将軍家縁者との見合いの周辺警備だとよ」

 

「ふーん」

 

「……お前何にも聞いてねーのか?」

 

「え?」

 

「その片方の相手、お前の彼氏だぞ」

 

「…………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………は?」

 

ようやく捻り出した声は、思ったより低かった。

土方が驚いて手を放すあたり、相当恐ろしい顔をしているのだろう。

これでもあまり感情を面に出さないように生きてきたのだが。

 

「……ねぇ」

 

「…………何だ」

 

「その話って、本当?」

 

「あぁ、本当だ。とっつァんからの命令だからな」

 

土方に事実確認をしてしばし、沈黙。

怖い。俯いておどろおどろしいオーラを放出する目の前の小娘に怯えて仕方ない。

大の大人をここまでビビらせる殺気を放てる者は、世界の全てを探しても、霧島志乃しかいないだろう。

 

 

ーー何でこんな厄介な娘を引き取っちまったんだ、俺達は……。

 

 

嘆息して、タバコに火をつけようとライターを取り出す。

掌に転がるのは、彼女から貰ったあのマヨ型のライター。

彼女が厄介なのは最初からわかっている。それならば、そんな危険人物を真選組の監視下に置いたりしない。

 

昔、同じような事があった。

どっかの大犯罪者の妹を監視下に置き、怪しい動きをするようならば斬れ、との命令が下された。

結局、自分達は彼女を斬れなかった。斬れるわけがなかった。

だって、彼女はまだ幼い子供だったのだから。

確かその娘はそれからどうなったか……。

土方にしては珍しく、昔の思い出に想いを馳せていると、傍らで志乃が何やら呟いていた。

 

「トッキーが…………トッキーが…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーートッキーが、将軍家縁者ァァァァァ!?」

 

「いや、そこかよォォォォォォォ!!」

 

この娘は、銀狼の末裔で危険人物。

だがそれ以上に、土方は最も重要なことを忘れていた。

 

こいつが、史上稀に見るバカであることを。

 

********

 

「ねぇ、一体どういうことなの」

 

自宅。晩ご飯の用意をしようとした時雪を引き止め、テーブルで向かい合わせに座って問いただした。

美人は怒ると迫力があると言うが、軽くこちらに身を乗り出して、少し低めの声で尋ねる様子は、閻魔の一歩手前。まぁ恐ろしいったらない。

しかし、今回志乃がこんなに怒る理由を作ったのは紛れもなく自分だ。彼女がいるのに、見合い話を受けることになってしまったのだから。

 

「あの……ホントに申し訳なく思ってます。断りたくても相手方は有名な家の御息女だから……断れなくて」

 

「違う!!何で将軍家縁者だってことを隠してたの!!」

 

「いやそこォォォォオオオ!?」

 

ガタン!と手をついて立ち上がる。

自分が別の女性と不本意ながら見合いをすることに嫉妬していると思ってたのに。

期待した自分がバカだった、と時雪は肩を落とした。

 

「……いや、その……そんなに言うことでもないし……。そもそも俺、将軍家縁者だって言っても、ものすごく遠い親戚だからね。直接的な血の繋がりなんてほとんどないからね」

 

「でも、縁者であることに変わりはないんでしょ?なら何でこんな所にいるの?あれ?何かよくわからなくなってきた」

 

「いや、縁者なのはそうなんだけどさ。俺の母上がそうだったんだよ。確か、将軍家の従兄弟の甥の再従兄弟の姪の娘で、茂野家に嫁いできたってわけ」

 

「うん、その関係性の方がわからん」

 

「だから将軍家縁者なんて、周りの人間が言ってるだけだよ。堕ちた縁家だってバカにしてる人の方がほとんどだ。だから母上方の親戚が、俺と幕府高官の娘を結婚させて、なんとかお家を繋ごうと必死なんだよ」

 

「なるほどねぇ、そーかそーかァ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……って、ふざけんなァァァァァァァァアアアアア!!」

 

「うわぁぁぁ!?」

 

ダン!!と強く机を叩く。

おかげで木製のそれにヒビが入ってしまった。

ビビる時雪の肩をガッチリと掴み、その青い目を覗き込む。いつ見ても綺麗な藍色だ。

 

「トッキー、その縁談、すぐに破棄して」

 

「お、落ち着いて志乃!!や、わかってるわかってるから!!とにかく落ち着いて!!」

 

「もしくは相手の女、暗殺してこようか?私がやるからには絶対にバレない手を使うよ」

 

「やめて本当にやりかねないからやめて!!大丈夫だから!!」

 

怒り心頭の志乃をなんとか落ち着かせ、座らせる。

話をすれば絶対に志乃を怒らせることは目に見えていた。

 

「大丈夫だよ。ちゃんとお断りしに行くだけだから。ねっ?」

 

「…………ん」

 

「よしよし。いい子」

 

「オイガキ扱いすんなコラ」

 

撫でていた頭を払いのけられ、苦笑する。

志乃は席を立って時雪に近寄り、顎をクイと持ち上げた。

 

「へっ!?」

 

「ってことでトッキー、ちゅーして」

 

「ええっ!?」

 

「ついでに一緒にお風呂入って一緒に寝て」

 

「は、はぁぁ!?」

 

雨のごとく降ってくる爆弾発言に、時雪は真っ赤になって目をぐるぐると回す。

 

「ま……待って志乃!!そんなことしたって銀時さん達に知られたら、俺確実に息の根止められる!!」

 

「……何、嫌なの?なら相手の女殺してやるから」

 

「何その脅迫!?」

 

わたわたと慌てる時雪の顔を押さえて、口付ける。

顔を離すと、さらに真っ赤になった彼が固まっている。

可愛いなぁ。くくっと笑い声を押し殺して、もう一度唇を重ねる。

 

「ちょっ!!……も、もう……」

 

「あはは。トッキー可愛い。結婚しよ」

 

「ばっ……!!」

 

ぼふっ、と湯気でも出たのかと思うくらい、紅潮した顔。

そんな顔を見られるのも、彼女の特権だ。

ぎゅっと時雪を抱きしめ、耳元で囁く。

 

「大丈夫。こう見えて私、トッキーにゾッコンだから。他の男に目移りなんてありえないし、トッキーと離れるっていうんなら、死んだって構わない」

 

「…………ふふ、愛が重いなぁ……」

 

「……重いのは嫌?」

 

「いいや、志乃らしいなって」

 

二人でくすくす笑い合い、一度離れる。

 

「大好き。……愛してる」

 

「……俺も」

 

微笑んで、同時に顔を近づけ、唇を重ねた。



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彼女がいるのにお見合いすると必ず修羅場になる

今回はちょっと長めのお話です。お付き合いください。


そして、お見合い当日。

志乃達は屋敷の中からの護衛を命じられた。

もちろん外にも隊士達を配備し、完全防御の構えである。

 

「いいか、オメーら」

 

隊士達を見渡して、土方が口を開く。

 

「今日の任務で怪我人を出せば、それこそ真選組全員の責任になる。しかと肝に銘じと……」

 

「死ね土方コラァァァァァ!!」

 

「ぬぉあああああああ!!」

 

言い終わる前に、高い声と共に砲撃が土方を襲う。間一髪土方はそれを躱した。

こんな事をするのは、この組織の中で一人しかいない。

 

「てんめェェェ!!人の話聞いてたのか総悟!!」

 

「え?あ、すいやせん。『落語者』の放送聴いてたんで、一切聞いてませんでした」

 

「謝罪すんなら罪悪感を持て!!」

 

「つーか土方さん、バズーカ食らっただけで、何でもかんでも俺のせいにしないでくださいよ。俺何もやってません」

 

「じゃあ他に誰がやったってんだよ」

 

「私だよ」

 

「オメーかよォォォォォォォォォォォ!!」

 

親指で自身を示しながら、志乃はバズーカを肩に担いだ。

銃口から煙が出ていることから、先程の砲撃も彼女によるものだと推測される。

 

「てめっ、何しやがんだ!!危ねーだろーが!!」

 

「うるせーな、これでも我慢した方だよ。本来なら不意打ちで撃ったところを、ちゃんと名指しして『死ね』っつって撃ったんだから」

 

「そっか、ありがとう!なんて言うかボケェ!!どっちにしたってよくねーわ!!」

 

恐らく、この小説ではなかなかお目にかかれないノリツッコミが炸裂する。

しかしそんな事すら気に留めない二人は、お互い怒っていた。土方は先程の志乃の行動に、志乃は彼氏の見合い相手に。

 

「仕方ないでしょ。このバズーカ、ホントならトッキー寝取ろうとしてるクソ女に一発ぶちかましてやりたかったの。でも我慢してアンタに向けたんだよ。今すぐにでも見合い相手なぶり殺しにしてやりたいところを堪えてるんだよ。わかったら黙って私の八つ当たりに付き合って」

 

「お前の事情なんざ知るか!!つーかどうせやんなら俺じゃなくて山崎にしろ」

 

「ちょっと副長!?さりげなく俺を犠牲にしましたよね!?」

 

二人の喧嘩が、山崎にまで飛び火する。

しかし、志乃は山崎を庇う。

 

「ザキ兄ィはダメ。トシ兄ィは殴り飛ばしたってピンピンしてるから平気だけど、ザキ兄ィにやると罪悪感がハンパない。私だってね、手出していい人と悪い人の区別くらいつくもん」

 

「オイじゃあ何で俺はバズーカで撃っていいんだ。何基準だコラ」

 

「だってトシ兄ィ、いつも総兄ィに殺されかけてるでしょ。日常が最早デッドオアアライブでしょ。だから大丈夫かなって」

 

「大丈夫なわけねーだろ!!何だその妙な信頼は!!」

 

サムズアップする志乃は、珍しくポーカーフェイス。時雪の見合い相手に対する殺気を抑え込んでいるのだろうか。

散々ツッコんだ土方は、肩を上下させてから溜息を吐いた。

その隣で、近藤が土方の肩に手を置く。

 

「まぁまぁトシ、志乃ちゃんも時雪くんが心配で気が気でないんだろう。あんまり怒らんでやってくれ」

 

「だからって公私混同されちゃ仕事になんねーよ。ったく……」

 

「それに、志乃ちゃんなら心配ないだろ。ああ見えて結構大人だし、ちゃんと身の振り方もわかってる。……ま、と言ってもあの娘はまだ12歳だが」

 

「……………………」

 

沖田と共に持ち場につく志乃の背中を見て、土方はタバコを取り出す。

わかっている。志乃がまだ子供であることなど。

 

恐らく今回の見合い、志乃は相当なショックを受けたはずなのだ。

彼女の時雪への依存っぷりは、側から見てもわかるほど。

そんなに惚れ込んでいる彼氏が突然、不本意ながら見合いをしなくてはならなくなった。

相手の顔を見たわけではないが、自分よりも年上ですぐに結婚できる年齢であることは安易に想像できる。

もしかしたら付き合っているだけの自分が切り捨てられると不安を感じているかもしれない……。

 

「近藤さーん、ちょっと屋敷見廻り行ってきまーす」

 

「えっ……あっ、ちょっ、志乃ちゃんんんん!?」

 

「オイ!!誰も許可出してねェぞ!?戻ってこいバカ娘!!」

 

ーー嫌な予感しかしねェッ……!!

 

土方の勘は、見事的中することになる。

 

********

 

ーーカコン。

 

静寂が包む部屋に、ししおどしの音だけが響く。

正装した時雪は、目の前で静かに微笑をたたえる少女ーー篤子と相見(あいまみ)えていた。

 

時雪の隣には、父親代わりとして松平が座っている。

見合い相手の篤子の家系は、政治において幕府内で特に強い権限を持つ家老を輩出してきた名家だ。

 

もちろん断るつもりでいるこの見合いだが、断った後のことが怖い。

隣の松平や将軍の庇護により、自分はここにいる。

バックという名のツテのおかげで、時雪に対して強く出る者はいなかったが、今回ばかりは話が違う。

 

そもそもこの見合いは、時雪が幼い頃決まった縁組だ。

だが、次々と訪れた身内の不幸、一族の中央からの追放もあり、自然消滅となったものだとばかり思っていた。時雪は完全に油断していた。

 

弟達を養うために働いて、雇い主の志乃と恋人同士になって。

しかも志乃とは両想いだ。特に彼女である志乃からの愛は、最早執着ともとれるほど。

しかし、強くてか弱い彼女の、心の拠り所になってあげたい。

年不相応に聡く、高い実力をほこる少女は、本当は歳並みに明るくて優しくて、誰よりも幼気な心を持つ。

そんな彼女を隣で支え、心折れてしまいそうな時には護ってやりたい。いつもひとりぼっちだと勝手に感じている彼女の、帰る場所になりたい。

時雪は、そう願うようになった。

 

その理想を叶えるためには、何としてもこの高難易度のクエストをクリアせねばならない。

ゲームオーバーになれば、コンテニュー不可能な綱渡りだ。

時雪は一度、小さく息を吐く。

 

ーーよし、やるか。

 

「お久しぶりです、篤子様。相変わらずお美しい様子で何よりです」

 

「まあ……ありがとうございます。時雪様も、男前になられて」

 

挨拶代わりに、本心を隠した言葉で牽制し合う。

口元には笑みを絶やさない。それを心がけて、時雪はさらに仕掛ける。

 

「……して、今日は一体どのようなご用件で?私達の見合いは随分前に破談となったはずでは?」

 

「そうでした?正式な御断りは入れていなかったはずですよ?故に、この見合いはまだ有効。それを今、しているだけの話でございますわ」

 

「…………そうですか」

 

ムッとした表情を作る代わりに口角を上げて、憎らしいほどに笑顔を作った。

 

「せっかくのご縁ですが、お断りさせていただきます。貴女のようなお方は、私などには勿体無い。それに、私にはもう大切な人がいますから。どうぞ、お引き取り願います」

 

「あら……単刀直入に言うのですね。そんなにこの縁談を破棄したいと?」

 

「ええ。私の恋人は存外嫉妬深くてね。昨晩は大変でしたよ。まるで貴女の首を狙わんばかりの気迫でした」

 

「まあ野蛮な……。これだから下町の娘は……」

 

名前を直接出してはいないが、確実にバカにしたような発言。時雪は頬を引きつらせないように堪えた。

 

「そんな娘と付き合うなんて、貴方の家の品格が下がりますわ。だって貴方は、将軍家縁者。遠縁とはいえ、血の繋がりがあるのに変わりはありません」

 

「……………………でも、彼女は将軍(うえ)様と深い交友関係にあります。あの方の護衛も務める腕です。私はそんな強い彼女が好きですし、また弱い彼女を支えたいと思っております。ですから、どうぞこの縁談は、無かったことにしていただきたい」

 

キッパリと言い切った時雪を見つめる篤子の表情に、明らかに翳りが現れた。その時、外野だった篤子の父親が口を挟む。

 

「茂野殿!我が一家に恥をかかせるおつもりか!大体そちらの家は……」

 

「おやめください、父上」

 

父親代わりの松平が弁護しようとしたところを、篤子が父を諌める。元の綺麗な笑顔を貼り付けて、松平に言った。

 

「松平公、時雪様と二人にしていただけますか?」

 

「……だが、話は……」

 

「お願いします」

 

話は終わってない。そう言わんばかりの圧力に、松平は時雪に視線を移す。時雪はそれを受けて「大丈夫です」と頷いた。松平と篤子の父親は腰を上げ、部屋を出る。二人きりの空間に、かこん、とししおどしがまた鳴った。

 

********

 

一方その頃。時雪の気配と匂いを頼りに、志乃は屋敷の中を歩き回っていた。

 

「トッキー、どこかな……」

 

彼は今、何をしているだろうか。頭の中を、愛しい彼のことで埋め尽くされる。

時雪のことを考えるだけでこんなにも満たされるなんて、自分が彼に心底惚れている証拠だろう。

真選組の制服でうろちょろしているからか、志乃を曲者として咎める者はいなかった。

 

ふふふ、と跳ね上がる心のままに、少しスキップする。

着地した地点で、志乃は足を止めた。

 

「……………………え……」

 

石のようになる、とはこのことか。

体だけでなく、思考まで固まったような気がする。

そのくせ器官だけは正常に機能して、目前のこの光景を映していた。

 

そこは、まぁ一言で言うと部屋だ。料亭の如何にもという感じの部屋。

そこの、真ん中にある机で、二人の男女が転がっていた。

女が上で、男は下で。そのシチュエーションだけ見ると明らかにアハンな雰囲気であることは察せる。

だって、二人は唇を重ねてるのだから。

 

しかし、志乃の思考を停止させたのは、それが理由ではない。寧ろそんなの些末な事に過ぎない。

問題なのは、その二人だ。

上に乗ってるのは、見たこともない美しい女。その下でキスを受け止めているのは、紛れもなく志乃自身が心から惚れた男。

 

「トッ…………キー…………」

 

最悪の未来は頭の片隅で予感していた。

まさか、まさか。

でも、そんなはずない。だって約束してキスもしてくれた。

なのに何で。

 

「んっ……!」

 

視線がぶつかって、彼が抵抗しようと下で暴れる。それを押さえ込んで、女はさらに彼に口付けていた。

 

この光景を一目見たら、即刻相手の女を殺してやる。それくらいの気概はあったはずだ。

でも、いざそれを目の当たりにすると、指一本すらピクリとも動かなくて、ただ呆然としている。自分の頭すら、何を考えているかわからない。

 

「ゃめ、ろっ!」

 

女を突き飛ばして、起き上がった時雪は、ゴシゴシと口を袖で拭う。

ギッと女を睨むが、フッと鼻を鳴らして笑うだけ。

 

「あら、女の一大決心に何てことをするの?」

 

「何が一大決心だ!無理矢理しておいて!……やっぱり、貴女との縁談は断らせていただきます!」

 

時雪はすぐに志乃の元へ近寄るが、その手が届く前に、体が離れる。

 

「……志乃?」

 

「………………ごめ、ん」

 

発した声は、思っていたより震えていた。

一歩退がり、頬を水が伝う。こんな情けない姿見られたくなくて、志乃は走り出した。

 

「志乃!?」

 

時雪の声も聞き留めず、足の裏で塀の屋根を蹴り、さらに跳ぶ。

 

何をやってるんだ。最低なのは他でもない自分だ。

以前、ファーストキスを他の男に奪われても、彼は許してくれたのに。

内で叫ぶもう一人の自分を押さえつけて、のたうちまわってる姿はあまりにも惨めなものだった。

頬の涙を拭って、再び屋根を蹴った。

 

********

 

「っはぁ……はぁ……」

 

荒い呼吸を吐いて、蹲る。屋根を飛び回っているうちに、いつの間にか雨が降ってきた。散々走って火照った体に冷たい水が打ち付ける。

 

「……っ、く、ぅうっ……!」

 

自分でもわからないまま、ボロボロと涙が零れる。ぐっしょり濡れた服では拭えず、ただただ俯いていた。

路地裏で膝を抱える志乃に、一人の男が近寄る。彼女の頭上に傘を差し出した。

 

「……?」

 

「ーー風邪をひいてしまうよ、志乃ちゃん(・・・・・)

 

「!?」

 

聞き覚えのある声。だが、この声はーー志乃が最も嫌う声。

かつて、自分を無理矢理襲おうとした、あの男の声。

ゾッと背筋に寒気が走る。顔を上げるとすぐそこにーーあの男が立っていた。

 

「!!あ……っ」

 

「やぁ、覚えててくれたんだね?僕は嬉しいよ……」

 

慈しむような声に、虫唾が走る。

嫌だ。嫌だ。覚えていたくもない。思い出したくもない。できればもう二度と、目の前の顔を見たくなかった。

 

「待たせてしまったね。君と二人になるためには邪魔が多くてね。片付けるのも一苦労だ。……まぁ、それがようやくひと段落した。だから、君を迎えに来た」

 

「っ……!!」

 

「約束したからね?君をもう一度迎えに行くって。今度こそ、君と僕は永遠に一緒になる」

 

頬に伸ばされた手を払い、腰の金属バットを抜く。

一撃を男に叩き込もうとしたーーが。

 

 

ガギィン……!

 

 

「なっ……!?」

 

いつの間にか、男と志乃の間に、彼を護るように立っている青年がいた。その青年が手にする傘が、金属バットを受け止める。

雨の中、志乃ははっきりとその目に青年を映す。自分と同じ銀髪、赤い目……これは、銀狼の特徴と一致する。

まさか、そんなはずはない。だって、銀狼の一族は、今や私一人。

 

「お前……一体、何なんだ……!」

 

動揺を悟られぬよう、もう一撃加えんと金属バットを振るう。だが、その連撃全てを防がれ、次第に焦りが募った。

傘ーー番傘からして、夜兎だろうか。気を逸らして多少落ち着きを取り戻した志乃は、傘を突き破らん勢いで突きを放った。

 

「くそッ!」

 

苦し紛れのそれに、青年は無表情のまま傘の柄を握った。それを下に引っ張り……そこから、刀身が現れる。

「!」と志乃が目を見開いた瞬間、首元に衝撃が走った。水たまりに倒れ込み、飛沫が舞う。

 

最後に彼女が見たのは、自分とそっくりな顔立ちをした青年だった。




ここからしばらく志乃消えます。


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事件は会議室でなく唐突に起こるもの

今回はあまり話が動きません。動いたとしてもかなり急です。
ゆっくりでいいのでついてきてください。


「オーイ!!志乃ちゃーん!!どこだァー!」

 

江戸の街。両手をメガホンのようにして、四方に呼びかける。

何度この行為を繰り返しただろう。返ってくるのは少し耳障りな雨の音だけで、いつもの明るい声は聞こえない。

 

傘を片手に、山崎は辺りを見渡した。自分と同じように、路地で原田が声を張り上げている。

 

「どこに行っちゃったんだろう……」

 

そんな小さな呟きは、雨音に掻き消された。

 

********

 

あのお見合いの日から、三日。

時雪は篤子との縁談を破棄したが、彼女は一向に諦める様子はない。彼女からの手紙は全て捨てているが、お見合いの日を境に志乃が行方不明になったのだ。

 

家にも、屯所にも帰ってこない。彼女が行きそうな場所は全て探してみたが、その姿はどこにも見当たらなかった。

真選組総出という異例の事態。

というか、一応志乃捜索班を組んではいるのだが、みんながみんな何故か挙ってそこに入り、結局全員が探すことになっているのだ。もちろん土方は反対したが、近藤の進言によりこの大捜索が始まった。

 

いなくなった、とわかってすぐは酷かった。特に荒れたのは沖田だ。

この原因を作り出した時雪を殺しにかかったり、志乃がいなくなってからというものの、休みもせずに探し回っている。

現に、今も。

 

「志乃ッ!!どこにいる、さっさと返事しろィ!!」

 

喉を鳴らして叫んだはずなのに、雨音に邪魔されて届かないような感覚に陥る。濡れて体に貼りつく服が、やけに重く思えた。

これも全て、焦っているからなのか。

惚れた女がいなくなっただけで、こんなにも焦る。

一つ舌打ちをしてから、また水たまりを蹴って走り出した。

 

********

 

真選組が揃って志乃を捜していた頃。杉浦大輔は、上司の土方と共に資料室に来ていた。

今朝突然部屋にやってきて、「資料室についてきてくれませんか」と頼んだ杉浦。

彼の正体は志乃と同じ“銀狼”霧島刹乃。何か今回の件について知っているかもしれない。

 

「……オイ杉浦」

 

「何ですか?」

 

「お前、志乃がどこへ消えたか知ってるな」

 

「………………」

 

杉浦は真顔で土方を見つめ返したが、すぐに本棚に視線を移す。

 

「それを捜しにここに連れてってもらったんですよ」

 

「あ?」

 

「志乃は時雪くんがキスされたショックで居なくなったんじゃない。何らかの事件に巻き込まれたんです」

 

「はぁ!?」

 

驚きを声に出すと、杉浦は目当ての資料を見つけたのか、ファイルを取り出す。部屋の奥、真選組が結成されて間も無い頃のもの。それを広げて、ページをめくり始めた。

 

「オイ、それって一体どういう意味だ!」

 

「そのままの意味ですよ。恐らく志乃は、どっかの誰かの画策にまんまと嵌り、誘拐された可能性が高い」

 

土方の動揺を気にもせず、杉浦は手を止めない。

 

「多分今頃、監禁されてると思いますよ。何されてるかまではわかりませんけど」

 

「は、……!?」

 

彼の淡々とした態度に腹が立ち、土方は彼に詰め寄る。

 

「テメェ、それをわかってて何で……!」

 

「恐らく今回の件、時雪くんすら利用した謀略なんですよ。自然消滅した縁談を盛り返したのも、真選組に護衛を任せたのも、全て敵の罠。敵は最初から、志乃だけを手に入れたくて、ここまでの事をした。……ついでに邪魔者の排除もね」

 

「邪魔者……?」

 

土方の問いに答えず、パラパラと資料のページをめくる。そこの一枚で手を止めた。

 

「土方さん、俺は犯人の事を知りません。でも、貴方方は知ってるはずだ。かつて浪士組の名を冠していた頃、この男が仕出かした事を」

 

杉浦は報告書に載る男の写真を見せる。

 

「この男ーー松木羽矢之助を」

 

********

 

志乃捜索を一度打ち切り、土方は近藤に杉浦の話を持ちかけた。相変わらず全てを見透かし、それを誰もが知っている体で喋る彼の言葉の真意を、自分なりに推測して報告する。

 

「松木羽矢之助……か」

 

近藤が、杉浦の挙げたキーマンの名を口の中で転がす。脳裏にその名を巡らせてみても、見覚えがないように思える。

 

「今山崎に、この男の身元を詳しく調べさせてるが……近藤さん」

 

「どうした?」

 

「……杉浦(アイツ)の言う事を信用すべきだろうか?」

 

いくら杉浦の正体が志乃の叔父・霧島刹乃とはいえ、彼は以前高杉と通じ、志乃の命を狙った。

志乃の嘆願に根負けして彼を生かしたが、あれほど彼女を恨んでいた杉浦が、志乃のために動くとも思えない。もしかしたら嘘を吐いているのかもーー。

だが、近藤は勘繰る土方を諌める。

 

「トシ、志乃ちゃんを殺そうとしていた男の言葉を信用できんのはわかる。……だが、あの娘が消えて早3日。彼女の足取りは一切掴めてない。なら、悪魔の手に乗るのも一つじゃねェか」

 

「だが近藤さん!もし奴が嘘の情報を俺達に流していたら……!」

 

「責任は全て俺がとる!!」

 

キッパリ言い切った局長に、押し黙る他ない。不安を拭い去れない表情の土方に、近藤は珍しいものを見たように笑った。

 

「はは……トシ、お前もやっぱり志乃ちゃんが大好きなんだな」

 

「………………ハァ!?」

 

豪快に笑う近藤。土方は驚いて目を見開く。心なしかその頬は赤く染まっていた。

 

「冗談じゃねェ!!何で俺があんな小娘ッーー」

 

「おおおお、落ち着けトシ!!刀!刀しまって!!」

 

「アンタがいきなり変な事言うからだろ!!」

 

びっくりするじゃねーか、と愚痴を零し、タバコに火を点ける。

びっくり、というよりかは図星を突かれたような反応だったが……近藤はその言葉を呑み込み、松木羽矢之助の写真に目を落とす。

 

「この男……確か……」

 

「!何か知ってるのか、近藤さん!!」

 

見覚えのある顔だった。だが、それがどこで会ったのか、何故知ってるのか、それがわからない。松木の写真の下には、彼の罪状が書かれている。

 

 

『罪状:幼女誘拐、強制わいせつ未遂』

 

 

ーーただのロリコンじゃねェかァァァァアアアアアア!!!!

 

 

近藤と土方のツッコミが一致した。

しかし、ハタと閃く。ロリコン?ということはもしかしたら。

 

彼が捕まったのは、浪士組から真選組へ改名する間も無い頃ーーつまり約4年前。もし軽い罪として裁かれ(実際軽い事はないのだが)、既に服役を終えていたら。同じような犯罪を犯す可能性もある。

さらにもし、志乃の年齢ーー12歳がセーフティラインだとしたら。

志乃は顔だけで言ったら相当な美少女だし、その中身ーーSだと判明しても、相手が相応の性癖だったならば。

 

 

ーーハイアウトォォォォ!!

 

 

どっちにしろ、彼女を早く救出せねばならない。志乃は同じSの沖田とは違い、Mが大の苦手。寧ろ恐怖対象と言ってもいい。

兎にも角にも、急いで志乃を救出しなければどうしようもない。

 

「山崎には、何かわかり次第すぐに連絡させる!あと……気に食わねェが、杉浦も動員させる!いいな、近藤さん!」

 

「ああ、わかった!」

 

上司の了解を取り付け、土方は部屋を出ていった。杉浦を捜しに行ったのだろう。この情報も手がかりも少ない状況下では、銀狼の勘を利用する他ない。その背中を見送った近藤は、フッと嘆息した。

 

「……やっぱり何だかんだ言って、アイツも志乃ちゃんのことが好きなんだな」

 

まったく、色んな人に愛される少女だ。もう一度嘆息した近藤も、腰を上げた。

まだ雨の降る庭を眺める。

 

 

ーー必ず助ける。だから志乃ちゃん、もう少しだけ待っててくれ……。

 

 

届きもしない願いを、空に託す。

この曇天は、まるで志乃を覆い隠しているようだった。

 

********

 

一方その頃。松木邸。

雨音を聞きながら本を読んでいた松木の部屋に、一人の青年が入る。銀髪に赤い目をした青年は、左目だけ眼球にあたる場所が黒かった。書生服姿の青年は、松木ではなくジッと一点を見つめていた。

 

「……僕を嗅ぎまわっている連中がいるらしいね?」

 

「………………」

 

「僕の言いたい事がわかるだろう?僕の……いや、僕達の間を邪魔する者は、全て殺せ」

 

「………………」

 

コクリと頷いた青年は、銀髪を靡かせ部屋を出た。

初めて彼を見た日、まるで愛しい彼女と生き写しだった。あの衝撃を、松木は忘れない。

彼は意志を持たぬ人形で、命令すればその通りに動く。役に立たぬ道具、松木の障害となるものを次々と排除させた。

本に目を落とした松木は、独白のように呟く。

 

「……それで?“彼”は墜とせそうなのかい?」

 

「…………もうちょっとよ。もうちょっとだけ待って。必ず……私のモノにしてみせるわ」

 

「君が欲しいと言うから譲ったが……もし彼が君のモノにならなかったら……どうなるかわかってるね?」

 

「…………………………」

 

「彼は殺す。あの男の首を見せたら……志乃はどれほど喜んでくれるかな」

 

口元に、歪んだ笑みを刻む。彼の座る椅子の向かいに立っていたのはーー篤子だった。きゅっと唇を結び、こちらを見据える彼女の視線を受け、松木の笑みはさらに深くなった。




今回の犯人役、松木羽矢之助の名前に特に深い意味はありません。
篤子は、お察しの通り(?)篤姫が名前のモデルです。


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昔のことは結構忘れるもの

一話分で考えてたのが長かったので短くしました。


翌日。天気は快晴。だが、志乃の足取りどころか手がかりは未だ掴めずにいた。

おかげで隊士達の士気も下がっている。天気とは相反した雰囲気を見渡し、土方は溜息と共に煙を吐いた。

 

「いい加減にしろてめーら。今山崎に容疑者の張り込みをさせてる。何かわかればまた指示を出す。……志乃(アイツ)が心配なんだろうが、今は仕事に集中しろ。捜索も打ち切りだ」

 

「ふざけんじゃねェ」

 

その指令に、真っ向から否定を唱える声が上がった。

一番隊隊長、沖田だ。

 

「捜索打ち切り?ンなもん納得できねェ」

 

「……納得しようがしてなかろうがどうだっていい。とにかくてめーもてめーの仕事につけ」

 

「ふざけんな!!」

 

声を荒げた沖田が、土方に掴みかかる。隊士達はどよめき、近藤が彼を宥めようとする。

 

「待て、落ち着け総悟!」

 

「これが落ち着いていられるか!!……嫌な予感がする。アイツの身に何かあってからじゃ遅ェんだ、だから……!!」

 

「だからって、敵にその動揺した姿を見せるんですか?」

 

そこへ割って入ってきたのは、杉浦。その場にいる全員が、彼に注目する。

 

「それじゃ相手の思うツボですよ」

 

「なに……?」

 

「敵は今、俺達による探り手を見つけようと躍起になっているはず。どっちかって言うと、志乃の命より山崎さんの命の方が危ねェな、うん」

 

「いやちょっと待って、そんな重要な話をサラリと流さないで!?」

 

ウンウンと一人頷く杉浦に、近藤のツッコミが入る。今ものすごく重要な事というか、危ない事を言ったぞコイツ。

容疑者の松木に張り込ませている山崎が危ない。それはつまり、敵が既に真選組(こちら)の動向について知っているということだ。

 

「お前はもうちょっと自分の発言に責任を持て!!“銀狼(おまえら)”の勘は当たりやすいんだからよ!!」

 

「責任って言われましてもねー……」

 

ボリボリと頭を掻いて、やる気のない返事をする。

 

(あっち)味方(こっち)か、どちらかが動かなきゃ、事態も変わらない。“銀狼(おれ)”の勘は今この状況じゃこれ以上働けないんスよ。何か動いてもらわにゃ……たとえば山崎さんが襲われた、とか」

 

「!!てめェ……」

 

まるで山崎を捨て駒のように扱う彼の言動に、土方が青筋を浮かべる。だが、杉浦はそれに動じなかった。

 

「言っときますけど、“銀狼(おれたち)”にとって周りの人間なんてそんなもんですよ。事態を動かし、流れを好転させるための駒でしかない。まさか俺だけだとお思いで?志乃(あのおんな)も同じですよ。目的のためなら、周りをどう騙しても構わない。……銀狼(おれたち)人間(アンタら)は、違うんですよ……」

 

俯き、そう呟く。

昔からそうだった。銀狼の名があるだけで、彼らはいつも孤独だった。「人殺し」、「人斬り」、「人間じゃない」とまで言われたこともあった。

それを誇るのが、銀狼の教え。自分達は、人間などとは違う……幼い頃から言い聞かされてきた言葉が、彼の心に染み付いている。

 

でも、違うと。そうじゃない、と声を上げた女がいた。それが志乃の母親ーー霧島天乃。

どうやら俺は、太陽(あねうえ)には届かなかったらしい。彼に、諦めのような自嘲の表情が浮かび上がる。

 

「……そうか。確かに、俺達と志乃ちゃん達とは、全然違うな」

 

ふむ、と腕組みした近藤が独りごちる。

 

「だが、そんなの当たり前だ」

 

「………………」

 

「完全な存在なんていない。だから俺達はこうして集まった。その内の誰かが欠けようというのなら、俺は黙ってられない」

 

「…………!」

 

真剣な眼差しと、かつて見た強く紅く輝いていた面影が重なる。

あの人と同じだ。全て照らす、眩しい太陽のような。

近藤を見つめた杉浦が、ニタリと口角を上げる。

 

「……つまり?局長は俺にどうしろと?俺ァ馬鹿なモンでね、口にしなきゃわかりませんよ……」

 

「俺達を使って、事件を迅速に解決しろ。尚且つ犠牲を一切出さずに」

 

杉浦の怪しい笑顔とは対照的なそれを向ける。わざとらしく溜息を吐いた杉浦は、姿勢を崩し胡座をかいた。

 

「やれやれ……とんだ上司を持っちまったもんだな」

 

一度目を伏せ、手を顎に当てる。ブツブツと何かを呟きながら、思考の回転を始めた。

 

「まず最初は山崎さんの保護だ。今最先端の情報を持ってるのは彼しかいない。敵が動くならば彼の抹殺ーー情報流布の阻止。既にこちらの動向に勘付いてやがるなら、場所の特定に至らずも周辺への疑いはかけるだろうな。それからーー…………」

 

「トシ、」

 

「……ああ、わかってる」

 

紫煙を燻らせた土方が、指示を出す。

 

「十番隊は少数で分かれ、山崎の身辺を固めろ。敵に山崎の居場所を特定されたら話にならねェ、急げ」

 

「はい!」

 

「土方さん、いや、土方」

 

「はぁ!?」

 

原田達が部屋を出ていくのを見送る彼の背に、呼び捨てする声が。座っている杉浦だ。

 

「残りは敵の情報撹乱に使え。昨日と同じように志乃捜索に当たらせろ。いつもと同じ姿を見せつけて、敵の目を欺くんだ」

 

「なっ……てめェ、目上にはーー」

 

「言っておくが」

 

突然の敬語抜きに驚く土方に、杉浦の冷徹な声が飛ぶ。

 

「俺は杉浦大輔じゃない。俺は、“銀狼”霧島刹乃だ。邪魔すんなら誰だろうと殺す。あとーー」

 

剣呑な雰囲気に気圧される土方を見つめ、杉浦ーー刹乃はにこ、と優しく笑う。

 

「俺の方が、アンタよりずっと年上だ」

 

「ーー…………はぁ?」

 

「ま、どうでもいいだろ。早く他の連中を志乃捜索に当たらせろ。急げ。山崎に近付く十番隊を敵に気取らせないためにも」

 

淡々と話を進めていく刹乃は、腰を上げて他の隊士達を動かす。呆然と彼の背を見つめる土方の肩に、近藤がそっと手を置いた。

 

「トシ、俺達も行くぞ」

 

「……………………あぁ…………」

 

ようやく絞り出した声は、小さく消えた。

 

********

 

ーー彼女のことで思い出すのは、あの笑顔。にっこりと心から嬉しそうに笑う彼女は、いつも隊士達の中心にいた。

たとえるなら向日葵。太陽のように明るく笑顔を咲かせる彼女は、多くの人の心を癒していた。

 

初めて会った時、少なくとも彼女は笑っていなかった。ヘラっと口元では笑みを浮かべるものの、その目は欺瞞の感情そのもの。まるで、私はお前達を信じない、と突きつけられているようなーーそんな目だった。

 

何故、彼女はあそこまで頑なに己で全て抱えようとするのか。確かに彼女は年不相応に聡く、強い。だがあの娘もまだ子供だ。まだまだ甘えてもいい歳なのにーー。

 

「ーーん、近藤さん!」

 

「ハッ!?」

 

我に返った近藤が振り向くと、土方の訝しげな目と合う。

 

「どうした?さっきからボーッとして……」

 

「あ、いや………………なぁ、トシ」

 

先程まで考えていた疑問を、土方にぶつけてみる。

 

「志乃ちゃん……どこかで見たことないか?」

 

「……は?」

 

どういう意味だ、と眉を寄せる土方。

 

「いや、ほら……あの娘、初めて会った人にはいつも冷たいだろ。あの目……どこかで見たことあるような気がするんだけどな」

 

「……………………」

 

煙を吐き出し、土方も思い耽る。自分も以前、似たような事を考えたことがあった。

昔保護した、とある攘夷志士の妹。あの娘の猜疑に満ちた目は忘れられない。まるで、初めて志乃と出会った時のようにーー。

 

「…………まさか……」

 

土方の頭の中で、一つの結論が出ようとしていた。かつての記憶が呼び覚まされ、娘の姿も思い出される。

 

「あの時の娘じゃないか……!?」

 

「?どうしたトシ」

 

「間違いねェ!近藤さん、志乃は昔俺達と一度会ってる!!」

 

「昔、会ってる……!?」

 

「覚えてねェか?江戸で浪士組に入って間も無い頃、上から連れられた攘夷志士の妹……」

 

「……………………!!」

 

僅かな記憶を手繰り寄せ、近藤の目が見開かれる。

 

どうして思い出せなかったのだろう。あれほど目立つ少女を、何故忘れてしまったのだろう。人一人殺せそうな程鋭く光るあの目を、何故……。

 

********

 

彼らが初めて志乃を見たのは、江戸で真選組を作る少し前。

ボロボロの衣服を纏い、裾からチラチラ見える白い肌には痛々しい痣の痕。見るからに可哀想な少女だった。

しかし、その目は確かに生きていた。今にも崩れ落ちそうな身なりをしているのに、赤い目だけは鋭く近藤達を射抜いていた。

 

例えるなら、ピリッと強く張り詰めた糸のような。目を開き、決して気を緩ませず、神経を張り詰めさせて大事そうに一振りの刀を抱いていた。

 

その少女の名はーー彼女の口から聞くことはできなかった。

名前がわからなかった少女を呼ぶ術も無く、近藤達は少女の監視を命じられた。

 

とある攘夷浪士の妹。下手に暴れるようならば、殺してしまっても構わないーーそう言われた。

だが、近藤はそんな事できるはずがないと思っていた。相手はまだ10にも満たない子供だ。それを殺すなど、ひどい話にも程がある。

 

だから少しでも、彼女に近付こうとした。もし自分が彼女の心を開ければ、殺される可能性も低くなるかもしれない。だが、少女はそんな彼の思いなど知らず、

 

『どうして私をころさないの』

 

淡々とした声で、そう尋ねた。

 

『どうせこの先、生きてたって何もない。お兄ちゃんも父さんもいないこの世界で、何をのうのうと生きろと言うの』

 

ひどく悲しい目をした彼女は、決して泣かなかった。痛い程寂しい赤目をしっかりと開き、一人立つその姿は哀れを誘う。

そんな彼女は、決して自分達に心を開いてくれなかった。ただ毎日、庭や道場での稽古をひたすら眺めていた。

 

来る日も来る日も、稽古中の様子を物陰に隠れながら黙って見ていた。いつもキッと鋭い目は、この時だけは少しばかり緩んでいたように思える。

だが、彼女に近付こうとすると、パッと逃げられてしまった。

 

そんなある日。屯所にやってきてからロクに食事も取らなかった少女に、ついに限界が訪れた。高熱を出したのだ。部屋の中で倒れた少女を見つけた隊士がすぐに医者を呼んだものの、元々彼女の身体が弱いことも相まって、衰弱は著しかった。

 

『嬢ちゃん、意地を張ってる場合じゃないだろ?ほら、ちゃんとご飯食べて薬を飲んでくれ』

 

『ゴホッ……うるっ、さい……ッ!!お前、には……ゲホッ、かんけー、ない……!あっちいけ!!』

 

こんな状態になっても、少女は頑なに近藤達に頼ろうとはしなかった。

何故わからないのか。君は子供で、まだ大人に頼らないと生きていけないのは目に見えているはずなのに。

 

『これで……ようやく、死ねるんだ……邪魔、するな……!』

 

少女の紡いだ言葉に、愕然とした。それと同時に、カッと頭に血が昇る。

何故逃げる。目の前の辛い現実からひたすら目を逸らし、この世にはない場所に焦がれるなんて。

気付いた時には、近藤は少女の肩を乱暴に掴んでいた。

 

『甘ったれた事を言うな!!』

 

『……ッ!?』

 

『ようやく死ねる?そんなこと俺が絶対にさせない。嬢ちゃんは必ず助ける』

 

覗き込む少女の目は、再び敵意を映す。高熱とは思えない鋭利さだった。

 

『助けなんて、いらない……私は今までだって、ずっとそうしてきた……お兄ちゃん達の帰りを、笑って迎えなきゃいけないんだ……だから……だから、助けなんていらない!』

 

『違う。嬢ちゃんは助けてほしいから、兄ちゃんを必要としてるんだろう?』

 

『……え?』

 

ようやくわかった。少女の本心が。キョトンとした顔で見上げてくるその目に心が痛む。

 

少女は常に助けを求めていた。攘夷志士の妹である彼女は、戦いに征く兄の背中を見て育ったのだろう。

だから、「行かないで」と言うのはつまり、兄の枷になることを知っていたのだ。

本当は、普通の兄弟みたいに一緒に遊んだりしたかった。ずっと一緒にいたかった。なのに、それを願ってはいけない。兄の足手まといになるのだけは嫌。その気持ちだけで、少女は今まで生きてきたのだ。

 

『本当は、兄ちゃんとずっと一緒にいたかったんじゃないか?兄ちゃんがいなくなるのが嫌だったんじゃないか?』

 

『!!……………………』

 

『そうだろ、だから「助けなんかいらない」なんて言うんだろう』

 

見上げてくる少女の瞳は揺れていた。

熱で溜まった涙が頬を伝う。近藤は、少女をそっと抱きしめ背中を撫でた。

 

『大丈夫。君がここにいる間は、俺達が兄ちゃんの代わりになる。君の兄ちゃんが助かる方法を一緒に探そう。だから嬢ちゃんは、俺達を頼っていいんだ。俺は、俺達は何があっても嬢ちゃんの味方だよ』

 

『…………!ぅ、ひぅ……』

 

グズグズと鼻を啜る音がする。熱い小さな手が近藤の道着をぎゅっと掴み、涙に濡れた顔を押し付けた。

よしよしと頭を優しく撫ぜてやると、さらに顔を埋めてくる。その様はまるで美女と野獣だと、後に言われたとか言われなかったとか。




もし読んでてわからない所があれば、どしどし質問して下さい。

全て自分の語彙力がないせいなのはわかっていますが、なかなか向上の兆しは見受けられません。言葉って難しいですね。


前書きでも言いましたが、一話分で考えてたお話が長かったので、二つに分けました。次回は山崎の話と時雪と篤子の話も掘り下げます。


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この世の全ては表裏一体

遅くなり申し訳ありませんでした。

めちゃくちゃな所は相変わらずです。申し訳ございません。


一方その頃、松木の容疑の証拠を掴むべく張込みを続けている山崎。今日も今日とて牛乳片手にあんぱんを食らう張込み中の習慣は変わらない。

しかし、今日の任務はいつも以上に気を引き締めていた。

 

松木が、行方不明になり未だ見つからない志乃を誘拐したかもしれない。

もしそれが事実ならば、自分は必ずその証拠を見つけ、彼を逮捕しなければ。真選組の華を奪われ、以前のようなむさ苦しい男の巣窟に逆戻りなんて死んでも御免だった。

(心の平穏と癒しのためにも)何としてでも志乃を救い出す。山崎は決意を新たに、窓の隙間から松木邸を凝視した。

 

しかし、張り込んでからというものの、松木邸には全く動きがない。元々松木自身は幕府の中央にいるような人物だが、登城するような動きは一切ない。こちらの警戒を看破している可能性も否めなくなってきた。

ハァ……と一度溜息を吐き、あんぱんの袋をもう一つ開けようとしたその時。

 

「!?」

 

一瞥した松木邸の門を、豪華な駕籠が潜っていった。駕籠に乗って入ってくるということは、中に高い位の人物が入っている。すぐに双眼鏡を取り出して覗く。

駕籠から降りてきたのはーーなんと、時雪の見合い相手であった篤子だった。

 

「まさか……今回の事件と篤子(かのじょ)は、何か関係があるのか……?」

 

篤子と時雪の見合いが行われたその日から、志乃は姿を消した。よくよく考えてみれば、この二つの出来事はあまりにもタイミングが良すぎる。すぐに証拠の写真を撮ろうとカメラを構えると。

 

 

ドカァッ!!

 

 

山崎の背後にある扉から、大きな音が聞こえてきた。横を向くと、そこにはひしゃげた扉が無残な姿で転がっている。ゾッと背筋に悪寒が走った。

畳を踏みこちらへ歩み寄る足音が耳に入る。ゆっくり扉から後ろへ視線を向けた。

 

「…………え……?」

 

その人物を見て、山崎は言葉を失う。

志乃と同じ銀髪に赤い目、だがその左目は眼球にあたる部分が黒く、まるで機械のようだった。部屋の中にも拘らず開いているのは番傘で、纏っているのは所謂書生服。明らかに異様な雰囲気を漂わせる青年だった。

 

「な……何だ、お前は……」

 

「……………………」

 

物言わず、青年は山崎に近付く。それに従って後退るが、背中に窓が当たってしまった。

静かに傘を閉じた青年は、その柄をそっと引き抜く。部屋に射し込む光を反射して煌めくのはーー刃だ。

 

「ーーッ!!」

 

思わず息を呑んだ。

殺される。その恐怖が山崎を支配する。

しかし、ここは長年真選組として培ってきた勘が働く。山崎は刀を携え駆け寄ってきた青年を躱した。

隠しておいた刀を取り、振り下ろされる鋼と合わせる。力負けする、と悟った山崎は志乃からの助言を思い出していた。

 

(相手と圧倒的な力の差がある時は、無理に受け止めちゃダメだ。刀を受けた経験があるならわかるだろうけど、その衝撃は並じゃない。受け流して衝撃を抑えろ。そしてそのままーー)

 

「ーー柄で鳩尾を、ブン殴る!!」

 

 

ドッ!!

 

 

刀身を合わせた瞬間、鍔迫り合いを避けるべく身を逸らして流す。距離を縮めてゴッ、と鈍い手応えを感じる。

やったか、山崎に小さな希望が見えかけたーーが。

 

「なッ……!!」

 

柄が鳩尾に当たる前に、青年の手が柄を握りしめる。いくら引っ張ろうとしても、全く動かない。心臓がやけに大きな音を立てた。

ハッと顔を上げると、目の前には刀身がーー。

 

 

ーーヒュンッ

 

 

「!」

 

振り下ろされる寸前だった刃が止まり、青年はバッとその場から飛び退く。助かった、と思う間も無く山崎の足元に刀が突き刺さった。

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

悲鳴を上げ刀から後退る。正直言って青年の襲撃よりこっちのがずっと怖かった。

着地した青年は入口を見やる。山崎もハッと顔を上げた。

 

「…………何だ」

 

「よォ。やっと見つけたぜィ。てめェの尻尾(てがかり)を」

 

栗色の髪が外からの光に照らされる。見慣れた黒い隊服に、山崎は目を見開く。腰に提げた刀を握り、駆け出した。

 

「お……沖田隊長!!」

 

 

ドォッ!!

 

 

山崎が叫んだのと同時に、沖田が刀を突き出す。青年は傘でそれを受け止め、斬撃を繰り出す。金属音が響く中、狭い部屋は瞬く間に破壊され、山崎はそのとばっちりを食らう。

 

「うわわわわわわ!!」

 

それでも何とか躱し続け、ドアから外へ飛び出す。

 

「!」

 

山崎を追い、青年も動く。だが、彼の前に回り込んだ沖田が斬りかかる。

 

「……ッ」

 

「待てよ。てめェの相手は俺だろォ!!」

 

 

ゴガァァ!!

 

 

床ごと破壊する一撃に、青年は舌打ちしながら距離を取る。

 

「………………」

 

「さァて、尋問の時間だぜ」

 

声をかけながらとはいえ、青年の動きは素早かった。恐らく並の人間ではない。そんな強い奴と戦えるとは……刀を構え、口角を上げる。

 

「てめェは一体何者だ。何故志乃(あのおんな)を攫った。答えろ」

 

「……………………」

 

青年は沖田を見据えたまま黙っている。ピリッと殺気が辺りを支配する中、ようやく青年が口を開いた。

 

「…………わからない」

 

「……あ?」

 

「私が何者なのかも、何故あのお方があの娘を捕らえたのかも」

 

「……その“あのお方”ってのは……誰の事を言ってんだ」

 

「……………………名前は知らない。聞かされてない。だが、私には必要ない。私は道具だから」

 

「……道具……?」

 

青年はギッと沖田を睨み据え、刀を振るう。一撃一撃を躱し、時に受け止め、攻勢に転ずる。

 

「邪魔をするな」

 

「悪ィな、俺ァ他人の邪魔をすんのが好きなんでィ」

 

「悪趣味だな」

 

「てめェに言われたかねーよ。年端のいかねェ小娘誘拐したロリコン野郎が」

 

「……身に覚えがない」

 

「しらばっくれンな……!」

 

風を切り放たれた一閃に、青年は押される。ボロボロになった畳の上を転がる青年に飛びかかった沖田は、渾身の力で彼を穿った。

ーーだが、剣が貫いたのは畳。横髪だけを捉えていた。即座に傘に薙ぎ払われ、沖田の身体は壁に激突する。とてつもない力で吹っ飛ばされ、さしもの沖田もすぐには立ち上がれなかった。

その時、外から声が聞こえてきた。

 

「……応援か」

 

「……………………」

 

外に一瞥をくれた青年は納刀してから傘を開き、屋根の上へ跳び上がる。部屋には壁に背を預ける沖田だけが取り残された。

隊士達と青年の足音が遠退く中、原田と山崎が部屋に入ってくる。

 

「沖田隊長!!無事ですか!?」

 

「これが無事なワケねーだろィ。てめェの目ん玉は節穴か」

 

「すっ、すみません……」

 

痛む身体を起こし、刀を支えに立つ。あともう少しで、志乃の行方の手がかりが掴めそうだったのに。逃してしまった己の力不足に苛立ち、舌打ちする。

 

「………………」

 

沖田には腑に落ちない事があった。剣を交えたあの青年のことだ。

己が何者なのかもわからない。だが今はとある奴に仕えている。その仕えている主人が、娘を捕らえたというのだ。それは間違いなく、志乃のことに違いない。

自分達警察でない限り、他人を拘束するなど犯罪に等しい。そんな簡単な事もわからないのか。

 

ーーいや……道具だから、常識なんて必要ない、ってか……。

 

山崎と原田に支えられ、ともかく屯所へと戻った。

 

********

 

「…………なるほど。志乃に似た男か……」

 

屯所で報告を受けた杉浦は、顎に手をやり頭の回転を止めずに呟いた。それを受けた沖田が頷く。

 

「ああ。見た目こそ似ていたが、立ち回り方が全く違ェ」

 

志乃は元来の性格が災いしたか、敵がより苦しむような傷付け方をする。それもそれで志乃の将来が心配な気もするが、残念ながら既に手遅れだ。

しかし、あの男は的確に首を狙う暗殺者のような戦い方だった。

 

「…………間違いないな」

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

近藤に問われ、杉浦は「ええ」と返す。

 

「それ、俺です」

 

「……は?」

 

「だから、俺ですって。正確に言うと、かつての俺の身体(うつわ)。アレは“銀狼”霧島刹乃の身体です」

 

「「「!?」」」

 

「か、身体!?それってどういう……」

 

近藤が全員の動揺を代弁するように尋ねる。杉浦の眉間にはさらに皺が寄り、一つ舌打ちをする。

 

「皆さん、俺のこと知ってますよね?身体は杉浦大輔でも、脳は霧島刹乃のものだって」

 

事実確認には、全員が頷いた。それを受けて続ける。

 

「俺は攘夷戦争中にとある組織に捕まり、脳と身体を入れ替えられた。その身体が、恐らく沖田さんと戦ったんです」

 

「ということは……松木に協力してるのは、杉浦大輔ってことか?」

 

「いや、違いますね」

 

土方の考えを即刻否定した杉浦は、近くに置かれた資料を土方の目の前に置く。紙の一番上には『報告書』と書かれていた。

 

「何だ?」

 

「俺を実験台に使った『検体同士の脳の交換』……その報告書です」

 

報告書を手に取った土方が紙をめくると、目を見開いてそれに釘付けになった。

 

「オイ杉浦、コレ……!!」

 

「勿論違法ですよ。この時霧島刹乃(オレ)は死んだ。沖田さんが戦ったのは、俺であって俺でない、別の何かです」

 

「………………そうか」

 

しかし、こうなると厄介になってきた。

敵方に、志乃と同等もしくはそれ以上の力を持つ切札があるというのだ。

真選組最強の沖田でさえ、この体たらく。志乃を救い出すのは一筋縄ではいかなくなってきた。

 

だがもし、先に志乃を救出することができたら、可能性は高くなる。

志乃(最強戦力)をこちらのものにできれば、刹乃(仮)を倒せるかもしれない。

 

「あっ、局長!副長!沖田隊長!」

 

山崎の声に思考が遮られる。焦った様子で飛び込んできた山崎は、手に一枚の写真を持っていた。

 

「どうした?」

 

「張込み中に撮った写真なんですけど……コレ、ここに写ってる人、見て下さい!」

 

近藤に差し出された写真を、土方と沖田、杉浦も覗き込む。

 

山崎は襲われる直前に見た光景をなんとか写真に収めたのだ。

その努力と根性を讃えてほしい気分だが、この場にはそんな気概を持つ人物はいない。志乃が帰ってきたら慰めてもらおうと決めた。

 

その写真は、松木邸に正門から入った駕籠から出てきた篤子の姿を収めていた。

 

「コイツぁ……」

 

「間違いねェ。時雪(アイツ)の見合い相手の女だ」

 

ギリ、と土方はタバコを噛む。横顔が少し見える程度だが、それでも篤子だと認識できた。

この写真は、時雪の見合いと志乃の誘拐が関係していることを充分に証拠付けるものとなり得る。

そもそも幕臣として政を行う松木と、武家の生まれとはいえ娘である篤子が、こうして会うなどおかしいのだ。杉浦も写真を眺め、確信したような表情を浮かべる。

 

「流石です山崎さん。これで全て繋がりました」

 

そう言って、口の端を歪める。

 

「犯人は松木で間違いないでしょう。奴は四年前どういうわけか(・・・・・・・)志乃と出会い、自分(てめェ)のモンにしようとした。だがそれは失敗に終わり、奴は逮捕された。それから証拠不十分などで釈放され、それでも尚志乃(アイツ)を諦めなかった。そんな中、篤子と出会ったのだろう。志乃の交際まで全て調べた上で、時雪くんと篤子を利用した……」

 

「……なるほど。時雪(邪魔者)篤子(別の女)の手中に収められれば、自分は堂々と志乃(お目当て)を手に入れられる、と……。この上なくふざけた野郎だな」

 

沖田が静かな殺気を放つ。淡々と述べられた言葉は冷酷の色を帯び、怒りを宿している。

それを横目に、杉浦はケータイを開く。

 

「ま、とにかく時雪くんに報告しましょうかね。利用されてることを知らせとけば、こっちの動きと連動させやすい。女の方は利用されてることを知ってて尚協力してるんだろうが……ま、味方は多いに越したことはねェ」

 

通話画面を開き、発信ボタンを押そうとする。

が、ここで杉浦は画面を閉じ、代わりにメール画面を表示した。

 

「オイ、まさかメールで送るのか?時間かかるだろ」

 

「いいんですよ、コレで」

 

土方に一瞥もくれず、画面を凝視する。メールを打ち終わったところで、送信ボタンを指で押した。

 

「さぁてこっちも始めますかね、化かし合いの準備を」

 

これは久しぶりに楽しくなりそうだ。杉浦は一人、口角を上げた。



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暗闇では目が慣れると大体のものは見えてくる

夜、茂野宅。応接間で、時雪の目の前には凛とした佇まいで正座する篤子がいた。

 

「……わざわざ御足労頂きありがとうございます。篤子様」

 

「いいえ。時雪様のためならこのくらい、なんともありませんわ」

 

二人揃って、仮面の笑顔を貼り付ける。

ふふっと上品に笑った篤子は、美しいそれのまま続ける。

 

「ご決心頂けました?」

 

「何の事でしょう」

 

「まぁ、ひどいお方。ーー言わずもがな、私と時雪様の婚姻の事ですわ」

 

彼女の笑顔に、ピリッと殺気が洩れる。獲物を射抜くような鋭い視線だった。

しかし、時雪はそれに動じる様子を見せない。

 

「…………残念ながら、その話は承諾致しかねますね」

 

「まあひどい。女の一大決心を何だと思っていらっしゃるの?」

 

「一大決心?そうですか。少なくとも私には、貴女を己が一生を捧げる相手だとは思えませんので」

 

キッパリとそう言い切った時雪に、篤子は僅かに眉を寄せた。

何故こうも落ち着いていられる?

志乃が行方不明になり、5日も経った。普通なら、精神的にも追い詰められていてもおかしくないのに。

なのに彼はここまで冷静でいる。いつものように仮面を被っているのだろうか。

 

「……貴方、それを本気で仰っているの?」

 

「ええ。どうやら貴女はまだご自分が優位に立っていると思い込んでおられるようですが……残念ながらそれはもう虚妄に変わりました」

 

「……!?どういうことですか」

 

「まだおわかりになりませんか?……風向きくらい読めねば、将軍家縁者の家には嫁げませんよ?まぁ尤も……」

 

動揺を見せる篤子に、時雪は薄く笑って見せた。

 

「松木殿と手を組んで俺から愛する女性を奪った貴女などに、この茂野家を渡すつもりはさらさらありませんがね」

 

「!!」

 

「ようやくお気付きになられたみたいですね。でも、遅かった」

 

 

ジャキン

 

 

「!!」

 

篤子の背後から、刀が首元に当てがわれる。ハッと振り返った彼女が目にしたものは。

 

「どーもこんばんわ。ウチの兄貴の花嫁さん貶めた悪女さん?」

 

ヘラリと笑っていながら、その目は殺気に満ちている。時雪と同じような青い短髪の少年が、刀を手にしていた。

 

「貴方は……」

 

「あれ?まさか嫁ぎ先の家事情を知らないんスか?いや〜、近頃の悪女ってここまで詰めが甘いンスね〜。勉強になりますっ」

 

「茶化すのはよせ、時政」

 

はーい、と気の抜けた返事をした少年ーー茂野時政は、時雪の弟だ。

茂野家次男の彼は兄と違い、とんでもない遊び好き。遊びとナンパのために人生を費やしていると言っても過言ではない。そのいい加減さは時雪も手を焼いていた。

しかし、一度剣をとればまるで人が変わったように敵を斬り倒す。事実茂野家では剣の腕において最強であり、長男時雪が留守の間は彼が道場の師範代を務めている。

 

篤子に向けた刀は降ろさず、逃がすまいと睨みつける。

驚愕の色を示した篤子だが、その動揺もすぐに消え去る。

 

「……一体何のおつもりかしら?幕府名門の出の私に、こんな事をしてただで済むとお思いで?」

 

「まさか。然るべき状況と立場でなければ、名門の御息女に刃物を向けるなんてできませんよ。……それができているということは、もうおわかりですよね?」

 

時雪は笑顔を崩さないまま、袖の中から紙を二枚取り出す。その一番上の部分に、『逮捕状』としっかり書かれていた。

 

「貴女とその共謀者、松木羽矢之助。警察庁長官補佐より認めの印が押されています。これに従い、貴女を少女誘拐監禁関与の容疑で逮捕します」

 

「なッ……!!」

 

時雪の宣言と同時に、篤子は時政に押さえ付けられる。

 

「放しなさい!!私を誰だと思っているの!?」

 

「え?姐御誘拐の片棒担いだ凶悪な犯罪者でしょ?アンタこそ、目の前にいる男を誰だと心得ている」

 

ハッと顔を上げた篤子に、時雪が歩み寄る。

そういえば、と篤子は思い出す。時雪の父ーーいや、茂野家は元々、松平家の片腕として警察組織に長く携わってきた。茂野家が将軍家の縁者になれたのも、その功績によるものが大きい。では、当代の時雪もーー。

 

 

 

 

 

「警察庁長官補佐、茂野時雪ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

絶望の表情を浮かべる篤子と対照的に、時雪の仮面の笑みはさらに深くなった。

 

********

 

その頃、松木邸。

 

「そうか。……あの娘、しくじったか」

 

椅子の背凭れに身体を預けた松木は、溜息を吐いた。彼の目の前には沖田と一戦を交えたあの青年が立っており、相変わらずの無表情で松木を見つめる。

 

「まぁいい。いずれ江戸(ここ)も捨てるつもりだったんだ。遅かれ早かれってところだ。それより、お前も真選組を逃がしたらしいな」

 

「……………………申し訳ありません」

 

「潰せ。真選組諸共茂野時雪(あのおとこ)を。アレさえいなければ、志乃は完全に僕のものになる。……行け」

 

「…………」

 

一礼をするわけでもなく、傘を片手に部屋を出ていく。

嘆息した松木は、右手を下に下ろす。その手は足元に絡みつくようにしなだれかかる少女の頭の上に置かれた。

 

「いい子だね……大丈夫、僕と君の間を裂く邪魔者は全て排除するよ。だから安心しなさい」

 

「……………………」

 

クスクス笑みを零す松木を見上げ、足に頬を擦り寄せる。赤い裾の短いワンピースを身に纏い、首元にはピッチリと羽目られた首輪が。

 

「ねぇ、志乃?」

 

松木に向けられた眼差しは、どこまでも虚ろだった。

 

********

 

かぶき町の大通り。そこを、大きい犬と傘をさした少女が闊歩していた。

普段ならこの隣に更に、銀髪の少女がいるのに。傘をさした少女ーー神楽の表情は曇る。

 

志乃が消えて既に四日近くが経とうとしていた。

この四日間、彼女を雇っているオーナーは特に気にする素振りも見せなかった。

曰く、「可愛い子には旅をさせろっつーだろ。アレだ、それと同じだ」との事。そんな彼は、今朝かかってきた電話を受け、仕事だと出ていってしまった。

妹が、志乃が心配じゃないのか。彼にそう詰め寄るも、それすらゆるりと躱していった。

 

だから神楽は、定春と共に志乃を探しに行くつもりだった。既に定春には、志乃の匂いを辿らせている。自分は定春についていき、何があってもいいように警戒しながら歩く。

 

ーー志乃ちゃん、今どこにいるアルか?迷子になっちゃっても大丈夫ヨ。きっと見つけ出してあげるネ。

 

遠くで泣いているかもしれない友に想いを馳せ、傘の柄を強く握りしめた。

陽は既に傾き、夕方が近付く時間帯。

いつの間にか見慣れた通りは遠ざかり、大きな屋敷が見えてきた。定春は急に走り出し、屋敷に近寄る。

 

「定春?」

 

「わん」

 

一吠えした定春は、屋敷の門の前で座る。ここに志乃がいるのだろうか。

 

「でっかい家アルな〜」

 

「オイ小娘」

 

門を見上げる神楽を怪しんだ警備役が、彼女に歩み寄る。

 

「こんな所で何をしている?」

 

「知らないおじさんと話しちゃダメって銀ちゃんに言われたアル」

 

「あぁ?とにかくここは偉い人の住む家だから、小娘はさっさと帰れ」

 

「どーやったら入れるアルか?おじさん入り方知らないアルか?」

 

「入れるワケねーだろ。わかったらさっさと帰……」

 

「あ、もしかしておじさんの腰に提げてる鍵で入れるアルか?」

 

「人の話を聞けクソガキャぁぁぁぁ!!」

 

マイペースで話を進めていく神楽に、ついに警護役はキレた。当の本人は反省の色を見せず、腰の鍵をジッと見つめている。

警護役が刀に手をかけるより前に、神楽の拳が鳩尾を正確に穿つ。呻き声を上げる間も無く警護役の体は崩れた。

 

気絶した警護役の腰の紐を引きちぎり、鍵を手に入れる。それを弄んでから、定春を振り返った。

 

「定春、お前は先に帰るアル。そして銀ちゃん達にこの場所を伝えるネ」

 

「……くぅん」

 

定春の尻尾がしゅんと垂れ下がる。紅桜事件の時のように、彼女が一人で行くのを恐れたような表情だった。

優しいペットの頭を、神楽はそっと撫でる。

 

「心配すんなヨ。私は志乃ちゃんを連れてすぐに帰ってくるネ。だから定春は早くーー」

 

言い切る前に、神楽は上空からの気配を察した。

門の屋根の上に、傘をさした青年が一人しゃがみ込んでこちらを見下ろしていたのだ。

 

「!」

 

気配が全く感じられなかった、と驚愕したのと同時にぞわりと背筋を襲う恐怖感。

この感覚は同族の共鳴か。あの傘といい、もしかしたら夜兎かもしれない。しかも、自分より格上の。そうなれば彼女にまず勝ち目はない。

不意に、青年がトンと瓦を蹴って飛び降りてくる。神楽と定春の間に着地した青年は、二人を交互に一瞥した。

 

「フーッ……」

 

「定春、やめるネ」

 

威嚇体勢をとる定春を宥め、傘を構えて青年を見返す。

見るからに妙な男だ。ホワイトシルバーの髪を一つに結い、左目の眼球が黒い。明らかに普通の人間でない事は伺えた。

 

「お前が志乃ちゃんを誘拐した奴アルか」

 

「……………………」

 

青年は神楽に意識を向ける。しかし、黙ったまま口を開かない。

睨んでくる少女に興味が失せたのか、今度は神楽の拳で沈黙した警護役を見下ろした。だが、それもすぐに彼の興味を消し、再び神楽を見やる。

 

「お前、ここの屋敷のモンアルか?ちょっと中案内しろヨ。そこに転がってる奴と同じになりたくなかったらな」

 

「……………………か」

 

「は?」

 

「……お前はあのお方の敵か。そう尋ねている」

 

ようやく口を開いた青年は、神楽の耳馴染みのない言葉ばかりを話す。神楽は眉をひそめた。

 

「あのお方……?誰だヨそいつは」

 

「名前は知らない。私には与えられていない。何も……」

 

「……お前……名前がないアルか?」

 

「私には必要ない。あのお方の意向だ。私に名など必要ない」

 

「………………」

 

「お前はあのお方の敵か。それとも味方か。どちらだ」

 

青年から放たれる殺気が、先程よりもぶわりと肌を襲う。動揺を顔に出さぬよう努めた神楽は、名もない青年にこう言った。

 

「知らないアル。私がお前の……お前達の敵になるか味方になるか、まだわからないネ」

 

「…………理解不能だ。答えは二つに一つのはず。それを絞れぬ理由が知れん」

 

理数系(りすーけー)以外、答えは一つだけじゃないってトッキーが言ってたネ。だから決められなくてもいーのヨ」

 

青年は表情を変えぬまま、ジッと神楽を見つめる。やがて彼女から視線を外し、屋敷の前に伸びる大通りから、人が歩いてくるのが見えた。見慣れた姿に、神楽は思わず叫ぶ。

 

「銀ちゃん!?」

 

「あ?こんな所で何してんだお前」

 

見紛うはずがない、この気怠げな表情。根性の捻くれ具合を表しているかのような天然パーマ。自身の働く万事屋のオーナー、坂田銀時が悠々とこちらへ歩いてきたのだ。

銀時の意識は神楽へ向き、青年には気付かない。

 

「志乃ちゃん探してここまで来たアル。ここに志乃ちゃんがいるって、定春が……」

 

「あ?」

 

「ーーお前が、万事屋銀ちゃんか」

 

青年が話しかけたことにより、銀時はようやく彼に気付く。その姿を見た銀時は少なからず動揺を見せたが、特に気にする様子もなく続ける。

 

「おー、そうだが?」

 

「この娘はお前の知人か」

 

「あ?ウチの従業員だよ。それがどーした?」

 

「……主から話は聞いている。依頼の件は中で話せ。そこの娘も来い。案内を仰せつかっている」

 

踵を返した青年は、門の鍵を開け扉を軽く押す。奥に広がるのはーーとても巨大な武家屋敷。青年に促され銀時が足を踏み出すと、彼の着流しを神楽は掴む。

 

「どういう事アルか。ちゃんと説明しろヨ」

 

「どうもこうも、引っ越しの手伝いを頼まれただけだっつーの。業者に頼まずわざわざ万事屋(ウチ)に依頼するんだ、それなりに金は払ってくれるんだろーよ」

 

「でも銀ちゃん、ここは……」

 

神楽は先程から不安を拭い切れない。

だってここは、定春が「志乃がいるかもしれない」と連れ出してくれた場所。行方不明になっている彼女がいるかもしれない。何故今まで見つからなかった彼女がこんな所にいるのか、なんて察するのは簡単だ。絶対にいい意味で志乃がここにいるのではない。

傘の柄を強く握りしめた神楽を見下ろし、銀時は定春を見やる。

 

「定春、お前さっさとコイツ連れて帰れ。仕事の邪魔すんならな」

 

「銀ちゃん!」

 

「さぁて、仕事だ仕事だ〜」

 

首をゴキゴキ鳴らして準備運動をしながら門をくぐっていく。

一体何を考えているのだ、あの天パは。そう零したくなるのを堪えた時、青年が門に手をかけながらこちらを見つめてくる。

 

「……お前はどうする。入るのか入らんのか」

 

「は…ッ、入る!入るアル!」

 

志乃が見つかるチャンスかもしれない。神楽は反射的に答え、駆け出す。

高い空では、一番星が輝き始めていた。




暇な時に仕上げた漫画です。デジタルって難しい。


【挿絵表示】



お目汚し失礼しました。


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悪い奴ほど綺麗に笑う

「やあやあ、こんばんは万事屋さん。私がこの屋敷の主、松木羽矢之助だ」

 

通された客間で、松木は銀時と神楽に微笑む。銀時は「どうも」と返したが、神楽はジッと松木を睨みつける。

彼女の敵視に気付いた松木は、その闇のある笑顔を神楽に向ける。

 

「こんばんはお嬢さん。威勢がいいね。この僕を睨んでくるとは」

 

「ッ…………」

 

「だがいいよ。僕はそういう娘が大好きだ。ーー何が何でも、その目を屈伏させたくなる」

 

「!!」

 

ぞわっと悪寒が背筋を走る。サディストめいた発言に悍ましさを覚えるが、神楽が怯えたのはそれだけが理由ではない。同じ台詞を言われても、沖田が相手なら即座に喧嘩を売るだろう。

だが彼の場合は違うのだ。微笑みの裏に隠された、欲望めいたそれ。全身を舐め回すように見つめられ、冷や汗が垂れる。

 

「ふふ、冗談だよ。怖がらせてごめんね?あまりに僕を敵のように見るものだから……」

 

「……………………」

 

「そう怒らないでおくれよ。さあ、早速仕事をお願いしようかな」

 

笑顔だけは絶やさずに、松木は二人の横を通り過ぎる。神楽が不安げな表情を浮かべる中、相変わらず何を考えているのかわからない目で、銀時は彼の背中を見送った。

 

銀時と神楽が部屋を出たその時、部屋の隅で待機していた青年の眉がピクリと動く。何かがこちらへ近付いている。この匂いは……あの時、剣を交えた男のもの。

身を翻して、傘を片手に窓の外を見下ろした。

 

「……………………来たか」

 

門をくぐり、ゾロゾロと歩いてくる黒制服の男達。仕える主人を探ろうとした敵が、そこにはいた。

窓から見下ろすこちらの姿に、その中の一人が気付く。栗色の髪色をした少年が、ニヤリと口角を上げていた。

 

********

 

山崎が掴んできた情報や証拠を元に、ついに逮捕状が出た。今まで以上に早い上からの指示には驚きを隠せなかったが、逮捕状に添付された松木に関する情報が彼らの驚愕を上回った。

4年前の未遂事件だけでなく、彼が裏で天人と繋がり人身売買も手掛けていることまで事細やかに調べられていたのだ。こんな情報、一体誰が。

 

疑問は募るものの、そんな事より志乃の救出が先だ。その認識は全員共通していたらしく、逮捕状片手に松木邸の門を叩く。

 

「一体何のつもりだ!ここをどこだと……」

 

「御用改めである!!真選組だ!!」

 

先頭に立った近藤が、警察手帳を突きつけて名乗る。門番達は手帳を一目見た途端、驚き慄いて退がった。

 

「しっ、真選組だと!?」

 

「バカな、何故奴らがここに!」

 

「てめーらの悪事は全て調べがついている。更に加えて真選組隊士(・・)の誘拐監禁、その他諸々の罪で逮捕状が出てんだ。もう誤魔化せねェぞ。神妙にお縄につけ!」

 

近藤が堂々と言い放つ横で、土方は溜息を吐いた。

彼は監視対象である志乃を、真選組の一員として数えている。他の隊士達も皆同じように思っているだろうし、自分も否定はしないが、彼女は真選組にとって、大切な存在になっていた。

だが、監視対象はあくまで監視対象。任務放棄と指摘される可能性もあった。

 

「な、何の事だ!我々は何も知らんぞ!」

 

威勢よく返す門番だったが、相手が悪かった。

ドン!!と大きな音を立てて、沖田が肩に担いだバズーカを地面に落とす。

 

「俺達の前でシラを切るたァ、なかなかいい度胸してんじゃねェか。褒めてやらァ。だがな……」

 

 

シャキン

 

 

刀を抜き、その刀身が徐々に露わになる。沖田の表情はまさしく悪魔そのものだった。

 

「今の俺は頗る機嫌が悪ィ。あの女大人しく手渡すか、てめーらの大将の首差し出すか……それとも、全員まとめて俺に殺されるか。選択肢は一つだ。好きなもん選びやがれ」

 

公務員が、況してや警察が一般市民に対して絶対にしてはいけない表情No. 1に輝く笑顔を浮かべた沖田。元より彼が公務員であることすら奇跡に近い、と志乃ならば言うだろう。

しかし、ここにその彼女はいない。いるとしたらーー目の前に聳え立つ、敵の根城のどこかだ。

 

刹那、杉浦は警戒網の中に馴染みのある敵を察知し、目を細めた。

 

「ーー来た」

 

屋敷の窓から、飛んでくる影。夜闇のせいであまりよく見えないが、今日に限って神々しく佇む月が、その影を照らした。

ザン!と着地したそれは、ゆらりと立ち上がる。傘をさしこちらを見つめる青年の目は、闇の中にあっても鋭く光る。彼の姿を認めた沖田が口角を上げた。

 

「よォ。また会ったなァ偽者野郎」

 

「………………」

 

好戦的な沖田が刀を構えても、青年は相変わらずだらりとした姿勢で対峙する。

無言のまま青年が傘の柄を抜くとーー銀色に輝く刀身が月下に露わになる。それを見た真選組全員が抜刀した。

 

「近藤さん」

 

隣に立つ土方が、そっと耳打ちする。近藤が横目で見た瞬間、彼を庇うように隊士達が前に出る。

 

「先に行ってくれ。俺達ゃあの小僧潰してから後を追う」

 

「トシ……」

 

「お願いします、近藤さん」

 

土方に続いて、沖田も近藤に笑いかける。

 

「心配ねェですよ。俺達を誰だと思ってんです?」

 

「総悟……」

 

土方と沖田を一瞥し、その間を抜けて走り出した。それと同時に青年も駆け出す。

白刃の狙いは、近藤ただ一人。だが、それも土方と沖田の刀に阻まれる。

 

「行けェェェェェェ!!」

 

「近藤さァァァァァん!!」

 

刃の隙間をすり抜けて、隊士数人を引き連れ駆け抜ける。屋敷から大勢の浪人らしき男達が現れ、剣を片手に襲いかかってくる。

しかし、そこは長年真選組局長として死地を切り抜けてきた近藤。たかが複数の相手だろうと、斬り倒して進む。隊士達も敵を斬り捨てたり、その場に残って足止めしたりと様々だ。

 

 

ーー志乃ちゃん!今助けに行くぞ!!

 

 

心の中で叫んだ近藤は、屋敷の扉を蹴り放った。

 

********

 

ーージャキッ

 

 

松木の背後から、後頭部に刀が向けられる。刀、といっても殺傷能力はない。できても殴打くらいのものだ。そんな木刀(・・)を、松木の後ろに立つ銀時は突き付ける。

 

「銀ちゃん!」

 

出し抜けな彼の行動に、神楽が目を見開く。少なくとも彼女の経験上、依頼人に剣を向ける所は初めて見た。

彼女の動揺をよそに、銀時はいつもの飄々とした声音で語る。

 

「どーやら当たりらしいな。ったく、ウチの犬の鼻は何でこんなに利くかね」

 

「え?」

 

「……………………」

 

「いやーまさか神楽(おまえ)とおんなじ手を使うとは思わなかったけどよ」

 

要するに銀時は、神楽と同じように定春に匂いを辿らせたのである。そしたら同じようにこの場所に辿り着いた。

ただ彼女と違った点は、銀時はあくまで正攻法で入ったこと。そして、彼は個人案件ではなく仕事(・・)でここに来たということだ。

 

「これは一体何のマネだい?」

 

「しらばっくれんじゃねーよロリコンが。ウチの妹に手ェ出してただで済むと思ってんのかクソヤロー」

 

 

ガチャッ

 

 

木刀を向けた銀時の隣で、神楽も傘を差し向ける。

 

「その通りアル。大人しく私の親友返せヨ。そーすれば命だけは取らないでやるアル」

 

「……………………やれやれ。障害は全て片付けたと思ったんだがな」

 

溜息を吐いた松木の声のトーンが落ちる。明らかに彼の纏う雰囲気が変わった。ゾクリと嫌な予感を感じ取る神楽だったが、銀時は相変わらず何を考えているかわからない目の色をしていた。

 

「まだ、世界は僕らの邪魔をするか」

 

松木はおもむろに、懐からスイッチを取り出す。掌に収まる小さなそれを、何の躊躇もなく押した。

その時。

 

 

ーーガシャァン!!

 

 

パリンパリンパリン!!

 

 

ガラスが割れるような音。それが連続して続いて、耳障りな協奏曲を奏でる。

銀時と神楽は咄嗟に耳を塞いだ。その隙に松木は姿を消し、見失ってしまう。

 

「くそッ、あの野郎どこに……!!」

 

「!!銀ちゃん!アレ!!」

 

松木を追いかけようとした銀時の着流しを掴む。

神楽が指さした先には、鰐のような虎のような、キメラともとれる怪物が廊下を破壊して現れたのだ。

 

「なッ……何だコイツぁ……!?」

 

「銀ちゃん!!」

 

怪物が銀時達を視界に捉えると、地響きの如き雄叫びを上げてこちらへ駆け寄ってくる。

突然の事にまともに思考も働かず、二人は悲鳴を上げながらこの広い松木邸を舞台に鬼ごっこを開始した。

その様を、遠くから眺めていた松木は微笑む。

 

「ならば、志乃。君に絡みつく全ての関係(くさり)を断ち切ってあげるよ。……君を縛るのは、僕だけでいい」

 

したたかな笑みを浮かべた松木は、身を翻して歩き出した。




まだもうちょいかかります。頑張ります。

取り敢えず映画銀魂超楽しみです。初日朝イチで観に行きます。


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あの時のゴリラと狼娘

「な……」

 

屋敷の中を走り回っていた近藤の額、汗が一筋垂れる。

 

「な…………」

 

自分は志乃を助けるためにここに来た。一刻も早く彼女を見つけて、外で戦う仲間達と合流するべく。

 

だがしかし。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

何故、自分は今、異形の生き物達と追いかけっこをしているのだろうか。

そんな疑問を考える間も無く、絶叫しながら、涙も鼻水を撒き散らして逃げまくる。

他の隊士達とも散り散りになってしまい、頼れるのは己の足のみ。脇目も振らず、全力疾走で屋敷の中をとにかく走り回った。

 

正直、松木を抑えてしまえば後はどうにでもなると高を括っていた。まさか伏兵を用意していたとは思えなかったのだ。

 

 

ーーしかし……まさか奴が、屋敷で動物実験を、しかもこんな事を行っていたとは……。

 

 

チラリと横目で背後を振り返る。鰐だったりライオンだったり虎だったりダチョウだったりゴリラだったり……あらゆるキメラ動物のオンパレード。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 

ーー無理ィィィィ!!やっぱり怖いィィィィィィィィ!!

 

 

振り返るんじゃなかった。近藤は心底後悔した。

ぎゃあぎゃあ喚きながら走る近藤の目の前に、真っ直ぐな廊下の脇に別の道を見つけたのだ。

咄嗟にそこへ逃げ込み、身を隠す。ドドドドドドド……と怪物達の足音が遠のいたのを確認した近藤は、身体中から息を吐き出した。背中を壁に預け、ペタン腰を下ろす。

しかし安心するのも束の間。敵地であることを思い出し、周囲に気を配る。

 

自分が逃げ込んだのは、脇道の廊下。その先に重い扉を見つけた。

何だ、アレは。ゴクリと息を呑んで、立ち上がった。

引きつけられるように、足が扉へ向かっていく。扉の前に立って、ドアノブに手をかけた。

 

 

ギギィ……

 

 

扉には鍵がかかっておらず、重みはあるものの彼の力では負担に思わない程だった。

中には、大きな空間が広がっていた。絢爛豪華な装飾が満遍なくあしらわれ、松木の財力を誇示しているようだった。

その奥、部屋の隅に置かれた天蓋付きベッド。それを視界に入れた近藤は目を見開いた。

大きなベッドに力なく体を横たえて、ぼんやりと宙を見上げている少女がいたのだ。しかも彼女の容姿は、近藤達が血眼で捜し続けた少女。

 

「志乃ちゃん……!!」

 

近藤はすぐに志乃の元へ駆け寄り、ベッドに横になる彼女を見下ろす。上質な生地で作られた赤いネグリジェに身を包んだ志乃は、意思のない人形のようだった。

 

「志乃ちゃん、わかるか!?俺だ!遅くなってすまない、助けに来たぞ!!」

 

肩を掴んで揺さぶっても、口もきかない。とにかくここから連れ出そうと彼女を持ち上げた。

だが。

 

 

カシャン

 

 

「えっ……」

 

抱き上げようとしても、志乃の体が動かない。ハッとベッドを見てみると、マットの下から彼女の手足を繋ぐ鎖が見えた。

 

「くそっ!あの野郎、なんてひどいことを……!」

 

腰の刀を抜いて、鎖を斬る。ようやく自由になったというのに、志乃はピクリとも動かない。

いや、動く意志がないと言った方が正しいのだろうか。ベッドの上に四肢を放り投げて、天井を見上げているようでその目は何も捉えていない。

 

「志乃ちゃん、志乃ちゃん!大丈夫か?」

 

肩を揺さぶっても、身体を起こさせても、何も反応を示さない。

 

「志乃ちゃん……?」

 

不審に思い、顔を覗き込む。虚ろな赤い目に近藤が映り込んだ瞬間、

 

 

ヒュンッ

 

 

風を切る音が聞こえた瞬間、耳のすぐ隣の壁に志乃の拳がめり込み、パラパラと破片が落ちる。

近藤の目の前には俯いた志乃がいた。先程まで人形のように動かなかった彼女が、息を弾ませて、拳を強く握りしめている。

 

「……志乃ちゃん…………?」

 

「……………………」

 

ゆっくりと顔を上げた志乃の目は揺れていた。近藤のスカーフを掴み、顔を近付ける。

 

「…………ん、で……」

 

「……えっ?」

 

「何で…………こんな、所に……」

 

苦しげに声を洩らす。壁に突き立てた腕も微かに震えていた。

 

「何で助けに来たんだよ……!!」

 

「!」

 

彼を真っ直ぐ見据え、喉を震わせて叫ぶ。

 

「私が……私が耐えていれば……」

 

「志乃、ちゃん……」

 

「こんな……こと、には……」

 

何があったのか。訊きたい事は山程あるのに、それが言葉にならない。今にも泣きそうな彼女の顔を見てしまえば、何も言えなかった。

 

「……帰って」

 

「え……?」

 

「帰って。今すぐ」

 

「な、何を……」

 

何で。どうしてそんな事を言うんだ。そう言いたいのに、口を噤んでしまいそうになる。「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだ。その悔しさのような、悲しさを滲ませた目が、全てを物語っていた。

 

「……志乃ちゃん」

 

だが、逃げちゃいけない。

 

「聞いてくれ」

 

ここで逃げれば、俺は侍以前に男ですらねェ。

助けなきゃならねェ。みんなが俺をここまで繋いでくれた。

だから俺は、必ずこの娘を救い出さなきゃならねェ。

 

「………………」

 

「今この屋敷は、俺達真選組が包囲している。君をここに閉じ込めた男は、幕臣でありながら裏で様々な事をやっていやがった。君が捕まったのもその一つだ。だから俺はここに来た。奴を逮捕して、君を取り戻すために」

 

壁を砕いた志乃の手を取り、両手で包み込む。

 

「……みんな、ここに来てるの……?」

 

「ああ。君を助けるために」

 

「何で……!?ここには誰がいんのかわかってんの!?」

 

「え?」

 

志乃は近藤の手を払い、まくし立てるように喚き散らした。

その姿を彼は知っている。苦しくて苦しくて仕方ないのに、決して手を取ろうとしない意固地な少女の姿を。

 

「遺伝子操作で生み出された、宇宙最強の生体兵器ーー!私でも勝てなかった……だからこうなった!!松木(アイツ)に捕まって、私が大人しくしとけばみんなに手を出さないって!!ーーなのに何で来てんだよ!!アンタ達が余計な事しなければ、誰も死なずに済んだのに!!今ならまだ間に合うかもしれない、早くこっから出てけ!!」

 

 

ーーパァン!!

 

 

左頬に、鋭い痛みが走る。叩かれた。目の前の近藤に。

志乃は驚いて近藤を見た。その目は、怒りと悲しみに満ちている。この目に既視感を覚えた。まるで子供を本気で叱る父親のような、そんな目。

彼女の華奢な両肩を掴み、近藤は必死に訴える。

 

「どうして志乃ちゃんはそうやって……俺達を頼ろうとしないんだ!!俺達がそんなに頼りないか!?俺達を失うのがそんなに怖いか!?甘くみるなよ、君が俺達のことをどう思おうと、俺達ゃ江戸を護る真選組だ!!そう簡単にやられやしねェ!!そんな連中でも志乃ちゃんには頼りねェか!!」

 

「…………」

 

「頼りねェならそれでもいい。だが覚えとけ。君は今その頼りねェ連中に助けられてるってことをな」

 

志乃の肩から手を離した近藤は、すぐに彼女を姫抱きにして抱え上げる。

 

「帰ろう、志乃ちゃん。またみんなでバカやって、俺達と一緒に戦ってくれ」

 

「………………」

 

重い扉を蹴破って、大事に志乃を抱え走り出す。腕の中の彼女は大人しくされるがままになっており、俯いて黙っていた。

廊下に出たはいいものの、外には松木が放った怪物で溢れている。松木が裏でバイオ研究を行っていたことは逮捕状に添付された情報の中に確かにあった。それがまさか、ここまでとは。

猛獣に見つからないように隠れながら、とにかく外へ脱出を試みた。

 

その時、ちょんちょんと肩を突かれる。

 

「志乃ちゃん……?」

 

志乃が自分に意識を向けさせるためにやったのか、と彼女を見下ろすが、相変わらず何も言わぬまま大人しくしている。では誰が?背後を振り返ると、そこには巨大なゴリラが顔を寄せてこちらを見ていた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

 

驚きと恐怖で叫んだせいで、他の怪物達に見つかり、あっという間に追いかけっこが始まってしまった。

大の大人が、悲鳴を上げながら泣きじゃくっている。しかも鼻水まで垂らして。先程志乃に見せていたカッコいい姿とは完全にかけ離れている。

 

「うおあああああああああああああああ!!」

 

「ひぎぃぃいいいいいいいい!!」

 

不意に前方から自分と同じように悲鳴を上げてこちらへ走ってくる二人の人影が。

 

「万事屋!?てめーら何でここに……」

 

「銀ちゃんんんん!!もうダメアル、目の前にゴリラが来て挟み討ちネ!!」

 

「ふざけんなァ!!俺ァまだ死にたくねーよ!!せめて志乃の成長を見届けてからーー」

 

「誰がゴリラだァァ!!つーか何でこっち来るゥゥゥ!!」

 

成人男性二人と成人男性並みかそれ以上のフィジカルを持つ少女がぶつかり合う。当人同士しかダメージのないなんとも小規模な事故となった。ただし連れ回されている志乃は完全にとばっちりである。

アリさんとアリさんがごっつんこ〜などという可愛いものではない。三人がそれぞれ痛みに悶え、取り敢えず事故チューとか無くて良かったとか余計な事を考える。だが背後から迫る猛獣達の足音に我に返る。

 

「ギャアアアアこっち来たァァ!!」

 

「あっ、オイゴリラお前何で志乃ちゃんお姫様抱っこしてるアルか!!それは選ばれしイケメンのみがやる資格を持つ代物なんだヨ!!」

 

「いやツッコむ所おかしくない!?つーかてめーら何でここにいんだよ!!」

 

「うるせーてめェ何で先に志乃助けてんだよ!!ここは主人公の見せ場だろ!?ゴリラのくせに王子様とかバカじゃねーの」

 

「いや待って待って今そんなことしてる場合じゃ……」

 

志乃は、ぎゃあぎゃあ騒ぐ彼らを近藤の腕の中で見つめていた。

 

ああ畜生。何でみんな来てるんだよ。何で、何で。己の中で、苛立ちと悔しさ、微かな嬉しさが渦巻く。

まただ。昔と何も変わらない。結局助けられてばかりだ。意地を張って誰も頼らないつもりだったのに、また近藤(このひと)は自分で勝手に掘った溝すら飛び越えて、私の手を掴んでくれた。

もうこんなのは嫌だ。今度こそ私が、みんなを護らなきゃ。ここから助け出さなきゃ。事態がこうなったからには、このキメラ生物どもも松木も、宇宙最強の生体兵器もーー全部全部ぶっ潰す。

 

ぎゅっと拳を握りしめ、爪先を床につけて軽く跳ぶ。廊下の壁を蹴り勢いをつけて、三人を囲んでいた猛獣達を一撃ずつ殴り蹴りで鎮めていく。今まで動かなかった志乃が突如飛び出したことにより、猛獣や銀時達の視線は彼女へ向く。

 

「志乃ちゃーー」

 

彼女の白い拳が、巨大なゴリラの顔面を正確に穿つ。落下のスピードと彼女の腕力も相まって、ゴリラは床に伏せられる。

その上に立った志乃は、まさに獣の王。横顔から見える赤い目は、鋭い輝きを放っていた。

 

「……ごめん。近藤さん。私、また同じ過ちを繰り返すとこだった」

 

「志乃ちゃん……!」

 

「奴らを全員ぶっ潰す。上等だ、やってやるよ……この銀狼(あたし)を飼い慣らそうとしたその罪深さ、思い知らせてやらァ」

 

ペロリと舌舐めずりをした志乃はゴリラの上から飛び降りて、他の猛獣達に襲いかかる。

 

「さァて手始めにリハビリ戦だ。死にてェ奴からかかってこいやァァァ!!」

 

敵陣に単身飛び込み、悪鬼羅刹の如く暴れ回る彼女を遠巻きに眺めながら、近藤は安堵の表情を浮かべる。

そうだ。君はそういう娘だ。己の持つ圧倒的な力を振りかざし、戦いを楽しむ戦闘狂(バーサーカー)。女の子らしくお淑やかにとか、彼女には似合わない。拳を振るい、軽やかに跳ね回るように敵を潰していくのが霧島志乃なのだ。

 

彼女の背中を見送りつつ、銀時は肩を竦める。

まったく、どこの誰に似たのやら。会ったことがなくても、母の血はしっかりと受け継がれているらしい。

“銀狼”の血のままに戦うことを嫌い、誰かを護るために戦いたいという母の願いは、娘が叶えているようだった。

物思いに耽っていた彼の思考も、隣にいるチャイナ娘のせいで現実に引き戻される。

 

「銀ちゃん、なんか庭の方が騒がしくなってるアル!私志乃ちゃんと一緒にコイツらぶっ潰すアル。銀ちゃんはゴリラ連れてさっさと下行くネ!」

 

「は?」

「え?」

 

うんともすんとも言えぬまま、首根っこを掴まれる。男二人は夜兎の馬鹿力により身体が宙に浮き、次には窓ガラスに向かって投げられる。

 

「え!?え!?」

「ちょっと神楽ちゃん!?何やってんの!?何やってーー」

 

「うぉらァァァァァァ!!」

 

「「イヤァァァァァァァァ!!」」

 

男達の恐怖の咆哮は虚しく響き、抗う間も無く身体は窓ガラスを割って地面へ落ちていった。その元凶は「よし、一仕事した!」と満足げに汗を拭って、志乃の加勢に走り出した。




カッコよく書こうと思っても結局こうなる。近藤の漢気万歳。普段のダメダメさとの振り幅がより良いです。ギャップって末恐ろしい。


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切り札は最後まで温存させておけ

戦闘シーンが死ぬ程辛い。でもカッコいいから入れたい。馬鹿。でも好き。

これを『ヤマアラシのジレンマ』という(違う)


ガギィン!!ギィンギィン!

 

 

星空の下、静かな夜に金属音が響く。壮絶な斬り合いを繰り広げているのは、傘と刀を携えた銀髪赤眼の青年と、栗色の髪をした美少年ーー沖田だ。

周囲の隊士達が他の警護役を次々と撃破し捕縛する中、この二人の対決は未だに決着がつかなかった。

 

一撃でも食らえば終わるーーそれを覚悟していた沖田は、気を緩めぬよう意識を集中させる。己の動体視力を駆使し、敵の隙を見極めて攻撃を仕掛ける。だが敵もなかなかこちらの一撃を受け入れてくれず、防ぎ防がれを繰り返す。

 

「チッ」

 

舌打ちをした沖田は刀を握り直し、袈裟懸けに斬りかかる。刀の柄で刃を防がれ、地面に突き立てた傘を軸に、足を振り上げた。

 

 

ドフッ

 

 

「が、ッ……!」

 

防ぎ切れなかった蹴りが沖田の腹に入り、吐き出した唾が宙を舞う。体ごと吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。すぐにこちらへ飛んできた刀を咄嗟に弾くが、間も無く傘の先が再び腹を穿った。

 

 

ーークソ……こいつ、マジで強ェ……!

 

 

げほっと唾を吐き出し、口元を拭う。真選組一の実力者であることを自負している故に、目の前の敵に敵わない現実に不甲斐なさを覚える。

青年は感情のない冷たい目で沖田を射抜き、容赦なく拳を振り上げる。沖田は飛ばされた時にも手放さなかった刀で敵を斬りつけ、傘を奪い取ってそれで上から叩き潰した。続けざまに一撃、もう一撃と傘を振るい、青年は後退していく。

隙を見せた瞬間、今度こそやられると沖田は自覚していた。それほどまでに、敵の力が強すぎる。明らかに、普通の人間の力ではない。

 

「一体何なんでェ……てめェは!!」

 

叫びと共に刀を振り下ろす。地面を割る感覚はあったが、肉体を斬る感覚はなかった。

頭上に人の気配、殺気を感じる。体を反転させる勢いで刀を振り、重い打撃がぶつかり合う。

 

「総悟!!」

 

敵を片付けた土方が、加勢のため青年の背後をとる。だが土方の刀が届く前に、青年の回し蹴りが彼の顎を捉えた。

 

「がッ……!」

 

「邪魔だ」

 

「っ!!」

 

間髪入れず、今度は沖田にも蹴りが迫る。反応が遅れ、そのまま吹き飛ばされた。

その時手放された傘を拾い上げ、青年は背を向ける。彼は一つの事を成し遂げようとしていた。

 

「……!!あ……」

 

あの時逃がしてしまった山崎(ネズミ)の始末だ。今まで必死に他の敵を倒していたが、青年の赤い目に映った瞬間、山崎は金縛りのように動けなくなった。

本物の殺気。今からお前を殺しに行こうか、という明確な殺意。どくん、どくんと心臓が嫌な音を立て、自分に死を予感させる。山崎のチキンハートはあっさりとそれに囚われ、腰を抜かしてしまった。

 

「何してんだァ山崎ィィ!!」

 

「!」

 

「さっさと立てェェェ!!」

 

敵味方問わず恐れさせる鬼の副長の怒号が響く。ハッと山崎が我に返った時、斬りかかった土方と沖田の刃を、青年が傘で受け止めていた。

だが、次の瞬間。

 

 

ブシャァァァ

 

 

青年の刀が二人の体を斬り裂く。赤い飛沫が宙を舞った。

 

「ふ……副長!!沖田隊長ォォ!!」

 

ドサッと重い物が落ちる音がして、重ねて足音が近寄ってくる。地面に倒れながらも、手をつき立とうとする二人の姿が目に入った。

 

 

ーー嘘だ……嘘だ……!あの、副長と沖田隊長が……二人がかりでも倒せないなんて……!

 

 

殺される。そんな予感が過った。

 

「う……うわああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーパァン!

 

 

何かが破裂したような音。いつまで経っても痛みがこない。山崎は反射的に瞑っていた目を開けた。

 

「チッ。こんな中二臭ェ力、もう二度と頼るめェと思ってたのによ」

 

刀の峰に手を添え、横一文字に翳す。青年と刀の間には結界のようなものが張られ、青年が振り下ろした刃を受け止めていた。

山崎の前に立つのは、今回参謀として事件解決に努めてきた男だ。鋼の色を映す髪色を恨めしそうに睨み、口角を上げる。

 

「よォ俺。覚えてねーとは言わせねェよ?」

 

男の片目が、紅く妖しく光った。

 

「返せ。その身体(テメェ)この精神(オレ)のモンだ」

 

「杉浦くん!!」

 

山崎の声が響いたのと同時に、結界を解き、戦闘は激しい打ち合いに移行する。

 

以前志乃と戦った際に使った力だ。杉浦は身体こそ普通の人間より虚弱だが、かつて杉浦(かれ)杉浦(かれ)であった時の力ーー験力を多少扱える。そして何より、“銀狼”の覚醒状態の力を、数秒間程使えるのだ。杉浦はこの二つの力を以ってして、青年を倒そうとしていた。

 

「うらァ!!」

 

「ッ!」

 

 

ーーガォォン!!

 

 

大きな音と共に地面が割られる。間一髪で躱した青年は後退りをするが、すぐに杉浦が追いついて猛攻を仕掛ける。

 

(時間がねェ。なるべく早く決着をつけねーと……!)

 

逃げる青年を追いかけながら、焦りを打ち消し剣を振るう。今“銀狼”の力を失えば、確実に殺される。自分の体が保たなくなる前に、青年を仕留めたかった。

剣戟を繰り広げる中、呼吸が浅くなって、心臓が張り裂けそうになる。もう限界が近付いてきていた。

このパワーアップは本当に短い時間しか使えない。出来ればあまり使いたくない力ではあったが、敵に銀狼(同族)がいるのであれば話は別になる。

次の瞬間、ついに限界を迎えた杉浦の赤い目から、血の涙が零れた。

 

「ーーッ!!」

 

「なるほど」

 

姿勢を低くし、懐へ潜り込んだ青年が呟く。不意に腹部に痛みが走り、同時に体が吹っ飛ばされる。背中を壁に強打して、口から血を吐き出した。

 

「杉浦くん!」

 

山崎が反射的に杉浦に駆け寄る。苦しげに咳込み、荒い呼吸を繰り返す。

 

「短時間の強化……そんなもので私を倒せると」

 

「くっ……!」

 

「何してる山崎さん……早く、逃げろ……」

 

刀を突き立て、それを支えに体を起こす。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。コイツが他の連中を殺し尽くす前に、倒さねばならない。歪む視界の中、杉浦は必死に立ち上がろうとしていた。

その時。

 

「「ーーぉぉぉおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!??!!! !?!?」」

 

男の絶叫、というか悲鳴が空から降ってきた。涙を散らしながら落ちてきた白と黒のそれは、ズゴン!と杉浦達の前の地面に突き刺さる。まるで漫画みたいな落ち方だった。

それは志乃を取り戻すべく先に屋敷に入っていた銀時と、同じく志乃を救うべく屋敷に突入した近藤だった。共に屋敷の中で鉢合わせ、ありさんとありさんがごっつんこ〜♪な具合で衝突し、挙句の果て神楽によって窓からぶん投げられた。その落下地点がここだったのである。

突然の事に双方呆然としながら、山崎が口を開く。

 

「え……?今何が降ってきました……?」

 

「……多分、毛玉とゴリラだったと思う。つーかそれだ。うん、それだ」

 

「何一人で納得してんだてめェコラァ!!ついこの間まで志乃ぶっ壊すとか言ってた中二野郎がさりげなく仲間のために命を散らすカッコイイ脇役に収まりやがって、これ以上俺の出番減らす気かコノヤロー!!」

 

地面から自力で抜け出た毛玉こと銀時が叫ぶ。杉浦が「何言ってんだコイツ」と言うような冷たい視線を向ける中、山崎は銀時を無視して局長(ゴリラ)を救出しようとする。

 

「局長ォォ!!今引っこ抜きます!!」

 

だが、敵の増援を理解した青年は山崎(ひょうてき)に斬りかかる。数倍に膨れ上がった殺気を肌で感じ取った山崎だったが、振り返った時、刀は今まさに振り下ろされようとしていた。

しかし、刃が山崎に届く前に、一閃が青年を襲った。咄嗟に傘でそれを防ぐ。青年にやられて倒れていたはずの沖田が、山崎を救ったのだ。

 

「ッ、ぁああ!!」

 

痛みが未だ残る体を叱咤し、声を張り上げる。傷を受けようと真選組一の名は伊達じゃなく、攻勢に転じ青年を退けさせた。

だが反撃はそこまでだった。山崎が近藤を救出したと同時に、沖田が膝をつく。出血がひどく、これ以上は動けない。思わず舌打ちした。

標的を沖田に変更した青年は、刀を上段に構えて駆け寄る。先に邪魔する者を排除しようという考えだろう。振り下ろした瞬間、またも邪魔が入った。

 

「……」

 

相変わらず感情の読み取れない赤い瞳が、自分と同じ“銀”を見る。刀を押し返した木刀は、すかさず攻撃を仕掛けてきた。

 

「てめェ……刹乃か?」

 

「………………」

 

銀時の問いに、青年は何も答えない。

攘夷戦争時代、一時期だけだが同じ戦場を駆けた男が目の前にいる。銀時の記憶では、彼は戦死したはずだった。己の目でそれを確認したわけではなく、人伝に聞いた話だがーー。

しかし、目の前の彼は当時の姿のままだ。一体どういう事か……。

 

回想を巡らす間も無く、青年が傘を振り抜いた。脇腹を狙った一撃は銀時の木刀に阻まれたものの、その重さに驚いた。かつて彼が戦った夜王鳳仙までとはいかないものの、それに引けを取らない力。グッと歯を食い縛り、気を引き締める。

 

銀時は過去、直接刹乃と刃を交えることはなかった。何故ならあの時敵は同じく幕府で、一時的な協力の下戦ったのみだった。

だから彼は知っていた。男であるとはいえ、“銀狼”の一族に生まれた彼の戦闘能力を。

地を駆ければ速く、宙を舞えば高く。しなやかな細腕からは想像出来ない破壊力とそれを成し得る筋肉。老いた“銀狼”しか見たことのなかった彼に、霧島刹乃は“銀狼”本来の力を見せつけたのだ。

 

「ッ、銀時!気をつけろ!そいつは銀狼(オレ)だが刹乃(オレ)じゃない!!」

 

「あぁ!?」

 

傷を押さえて杉浦が叫んだ直後、鋼が体に突き立てられた。刀は杉浦の腹部を正確に穿ち、込み上げてきた血を吐き出した。

 

「……お前は、“私”について何か知っているようだな」

 

「カハッ……」

 

「杉浦ァァ!!」

 

刃はそのまま壁まで杉浦を吹っ飛ばし、成す術なく杉浦は意識を手放した。壁に体を預け、ぐったりとする彼を見下ろす。

 

「生憎だが、私はお前を生かす命令は下されていない。もしこれで生きていたら、あのお方がお前を生かすと命じられたら、“私”の真実を話してほしいものだな」

 

「野郎ォ……!」

 

山崎に救出され、事態を理解した近藤が、杉浦を倒した青年を睨む。腰の刀に手をかけた瞬間、背後から飛んでくる影があった。

それは近藤が認識する前に彼の頭上を舞っていく。自分と同じ黒い制服、それと相反する白い着流し。その二つが青年に向かって飛んでいったのだ。

 

「トシ!万事屋!」

 

「「おおおおおおおお!!」」

 

重なった怒号と共に、二人が同時に斬りかかる。それを刀と傘で受け止めた青年に対し、周囲の敵を倒した他の隊士達が、一斉にこちらへ駆け寄ってきた。

青年は一度銀時と土方の剣を退け、空中へと逃げる。戦場を見渡すと、いつの間にか自分以外の人間は皆死ぬか捕縛されていた。

 

しかし、この程度の状況は彼にとってどうでもよかった。現在も、真選組サイドの最強戦力を相手に戦い、且つ戦況を有利に進めている。

このままいけば、確実に全員仕留められるだろう。赤い目を光らせた青年は、着地直前に近くにいた隊士達数人を斬り伏せながら、そんな事を思った。

 

「てめェ……一体何でこんな所にいんだよ、万事屋」

 

「“依頼”受けてに決まってんだろーが。つーかしばらく見なかった妹がここに監禁されてたの俺初めて知ったんだけど?何でそんな重要な事保護者の俺に言わなかったワケ?」

 

「うるせェ。つーかこないだ志乃がお前の事、『保護者ぶるクソ迷惑野郎マジ死ね』っつってたぞ。妹から保護者認定されてねーぞ。どんな環境で育ったらあんな捻くれた可愛げのない性格になるんだ」

 

「それ本人の前で言ってみろよ。アイツだったら間違いなく顔面いくね。骨格変わるぐらいの勢いで殴るね。ざまァみろ」

 

「おめーらこの状況で何やってんの!?ってちょ、敵!敵!」

 

近藤の注意に促され、迫っていた刃を躱す二人。まず最初に斬りかかったのは銀時の方だった。一撃を見舞おうとしていた木刀は傘に阻まれ、今度は逆に傘と刀の二刀流で攻められる。

剣捌きは目で追えるものの、息つく間もない連撃を食らい、一歩後退った。

その時、加勢に土方が入った。青年はそれを気配で察知して傘を振り抜くが、それを土方の刀が貫いた。

 

「!」

 

鉄仮面の青年の表情が、僅かに動揺した。土方はその隙を見逃さず、そのまま傘を斬り捨て、刀を上段に構えた。

そして更に、銀時も。青年の刀を払い手放した瞬間、胴を狙って木刀を振り被る。

 

「「ッ、らァ!!」」

 

ついに、銀時と土方の剣が、青年を捉えたのだ。同時攻撃を受けた青年は蹌踉めき、膝をつきかける。土方に袈裟懸けに斬られた傷から、血がボタボタと地面に垂れた。




さぁさぁまた長いスパンを置いて次回、ついに刹乃(仮)とのガチバトルが加速するよ!
斬り合いもいいけど、やっぱ一番はステゴロだよね!拳最強!ヒャッフゥ!!(深夜テンション)


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目には目を 歯には歯を

霧島志乃はこの上なく血塗れと涙と笑顔とゲス顔が似合うヒロインです(確信)


二人の強烈な一撃を食らった青年は、痛みに慣れているのか、血を流しても無表情だった。

相手は武器も何も持ち合わせていない。畳み掛けるなら今しかない。考える事は二人とも同じだった。

地面を踏みしめ一気に駆け出し、敵の首を狙う。激突する瞬間、ふと青年が宙に跳んだ。銀時の背後を取り、そこから攻撃に転ずる。蹴りで振り回した足を咄嗟に木刀の柄で受け止め、体を反転させて木刀を振るう。それを両手で掴んで止めた。

 

「ッ!」

 

武器を掴まれた瞬間、ぐんと銀時の体は引っ張られる。このまま叩きつけるつもりか、と判断した銀時は、木刀から手を放し、空中で体勢を変えて着地した。

敵から目は逸らしてなかったはずだった。だが気付けば腕を掴まれていて、再び振り回される。青年が投げ飛ばした先には、土方がいた。

 

「ごぶッ!!」

 

避ける間も無く土方は銀時の体をもろに受け、仰向けに倒される。次には青年が二人まとめて体重をかけて踏み潰した。

 

「ぁ……!」

 

「ぐッ!」

 

追い討ちに、銀時の胸を蹴り飛ばす。怒涛の連撃に、二人は立ち上がることさえままならなくなった。

 

「そんな……万事屋の旦那と副長が……!」

 

「ッ……!」

 

山崎が震える声で呟く。隣に立つ近藤も、悔しさにグッと歯を食い縛った。

これが志乃が敗北したという男の力。あの銀時と土方でさえ、歯が立たないなんて。勿論青年も無傷ではないが、一撃一撃が重いため彼の場合はそこまで問題にはなっていなさそうだった。

どうする。どうすれば、奴に勝てる。構えを解かず警戒する中、新たな気配がこちらへ向かっている事に気付いた。

 

「どうやら苦戦しているようだね?」

 

「!」

 

正体は松木だった。今回捕らえるべき容疑者である彼は、余裕のある表情で微笑んだ。

 

「残念ながら、君達では敵わないよ。彼は正真正銘本物の“銀狼”だ。それに夜兎のDNAを組み込み、最強の存在となったのだ!!ハハハハハハハハッ!!」

 

「ぐっ……!」

 

闇夜に松木の高笑いが響く。青年にやられた杉浦にもそれは届いており、痛みが残る身体を引きずった。

とんでもない事を聞いた。彼ーー霧島刹乃の身体には、夜兎のDNAが組み込まれていると。銀狼の一族を何より尊ぶ彼の地雷を、松木は堂々と踏み抜いた。

 

「テメェ……ふざけんなよ……?俺の身体に、余計な遺伝子(モン)組み込みやがって!!テメェは俺達を、“銀狼”を汚した!!その罪……死んだところで購えると思ってんのか!!」

 

「俺の……?ほう、ではまさか君が杉浦大輔くんかね?いや……霧島刹乃と呼んだ方が正しいのかな」

 

目を見開き歯を食い縛ってこちらを睨む杉浦を、松木は嗤う。

 

「ありがとう、刹乃くん!僕にこんな素晴らしいプレゼントをくれて」

 

「ーーテメェ!!!」

 

張り裂けるような叫び声。杉浦はかつてない程の怒気に満ち溢れていた。

二人が睨み合う中、青年は刀を手に近藤と山崎の元へ歩み寄る。怒りも憎しみもない、ただただそこに存在する殺気に、近藤は唾を飲んだ。

次の瞬間、青年が走り出す。最後の防衛反応が働いたのか、山崎がバッと近藤の前に出た。銀時も土方も、杉浦も沖田も、傷ついた体に鞭打ち立ち上がろうとする。でも、間に合わないーー。

 

「!!」

 

刹那、青年の表情が、一瞬ピクリと動いた。その足元1㎝手前に、大きな物が落ちてきて、近藤達への行く手を阻んだのだ。

 

 

ズドォォン!

 

 

「!?」

 

「「おわああああああ!?」」

 

落ちてきた黒いそれは、月明かりに照らされて正体を現す。血塗れになり白目を剥いて気絶した、キングコングばりの超特大ゴリラが、近藤と山崎の方を向いていた。

 

「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

これはもう一種のホラーだ。近藤と山崎は悲鳴を上げ互いに抱きしめ合った。

考えてもみてほしい。さながらドラ◯ンボールの大猿の如し図体のゴリラ、というだけでも恐怖なのに、更にそいつが血塗れで倒れているとなると、絶叫モノ間違いなしである。

 

「な……コイツは……!?」

 

松木と青年だけは、この怪物の正体を知っていた。

これは松木が秘密裏に行っていたバイオ開発により誕生した生物(へいき)だ。強靭な肉体と腕力を持つこの生物が、ここまでやられるなんて。軍隊を用意しても倒せないはずのコイツを、瀕死に追い込める奴は……この場に、一人しかいない。

 

「まさか!!」

 

不意に黒い影が空を舞った。風を受けて髪を靡かせ落下してきたそれは、青年の前に着地した。

月明かりがその人物を照らす。光を反射して輝く、鋼のような銀髪。赤い色のドレス。白い肢体のあちこちに傷が出来ているものの、端正な容貌とそれを色付ける赤い目は、鋭かった。

 

「……………………」

 

「そうか……やはり君か、志乃」

 

少女ーー霧島志乃の姿を認めた松木は、口の端を歪めて彼女を凝視した。

 

「まさか兵器どもを放ったあの屋敷の中で生き残るとは。やはり君は強いね。そして……」

 

淡々と話しているものの、志乃を見つめる表情は、徐々に険しくなっていく。

 

「ああ、やはり君のその目は変わらない。もう屈したはずだ、僕の前に。なのに何故、また蘇る。何故だ。何故だ!!」

 

それまでの余裕はどこへやら、突如感情を露わにして叫んだ。志乃は何も言わず黙ったままだったが、ふと身を翻して気絶したゴリラを掴み上げ持ち上げた。

 

「!?」

 

「…………」

 

青年は危機を察知したのか、いつでも動けるように身構える。その勘は当たっていた。

 

「ぅらあァァァァァァ!!」

 

雄叫びを上げて、ゴリラを松木めがけてぶん投げる。豪快なスローに目を奪われている間に、青年は松木を抱えて彼をその場から引き離した。

再び大きな音と共に、ゴリラが地面に落ちる。そこでようやく近藤と山崎は、志乃の後ろ姿を目の当たりにした。

 

「し……志乃ちゃん」

 

「ん。お待たせ」

 

肩越しに二人を振り返り、志乃は薄く微笑む。だが、彼女の剥き出しになった肩や腕、足にまで至る傷の数々に、近藤は息を呑んだ。

 

「し、志乃ちゃん……怪我……!」

 

「これくらいどーってことないって。ちょっと中の連中ぶっ倒すのに手間取っちゃって」

 

そう言って笑った彼女に、近藤は安堵した。あの時の虚ろな彼女はもういない。ここにいるのは紛れもなく、自分達の知る少女だ。どんな強者に対しても臆することなくへらりと笑う、霧島志乃なのだと。

近藤達を振り返った後、青年と松木を見つめ返す。

 

「離れてろ、二人とも。巻き添え食らっても知らねーぞ」

 

「えっ……志乃ちゃん、何を!?」

 

「何をって決まってんでしょ。あのふざけたニセモノ野郎ぶっ飛ばす」

 

彼女の声のトーンが少し下がる。それだけで、周囲の空気にも影響した。そこにあるのは、淡々とした殺気。青年のそれとぶつかり合い、静かに闘気を高めている。

 

「銀狼!!」

 

静寂が包む中、松木が青年の背に叫んだ。

 

「もう一度あの女を屈服させろ!!あれは僕のものだ!!あの頃からずっと!!」

 

「……?何言ってやがんだ、あの野郎……」

 

「銀ちゃん!」

 

立ち上がった銀時に、屋敷の中から飛び降りてきた神楽が駆け寄る。二人はその場から対峙する二匹の獣を眺めていた。松木の言葉の真意を謎に思いながら。

 

「………………」

 

一方、彼らの隣で同じく立ち上がった土方は、違った気持ちで志乃を見つめていた。

浪士組が生まれたばかりの頃、やってきた幼い少女。微かなその記憶が蘇ってきた。

 

********

 

少女ーー当時の霧島志乃が浪士組に預けられ、暫く経った日のことだった。

初めの頃は、近藤達に警戒心を抱き、心の内に入ることを拒んだ彼女だったが、時間の経過がそれを緩め、次第に彼らに懐くようになっていた。かくして彼女の一挙一動が隊士らを萌え殺しまくる日々が始まったわけだが、志乃は彼らの前で一度も笑顔を見せなかった。

 

そんなある日、彼女に養子縁組の話が持ち上がる。

それまでは幕府による監視の名目で浪士組ーー当時真選組と名を変えたばかりだったーーが志乃を保護していたが、子供が武装警察組織で暮らすのは彼女の教育上良くないとの声もあり、“銀狼”の懐柔策として幕府高官の養女にしようという事になったのだ。

だが、話は上がったものの、彼女の母や叔父が先の攘夷戦争でその名を轟かせたこともあり、“銀狼”を囲おうと思う者は少なかった。その中で、ある男が彼女の養父を名乗り出た。

 

『初めまして、僕は松木という。どうぞよろしくね』

 

それが松木羽矢之助だ。

当時の彼は、若輩ながら幕府の中枢を担う立場の人間で、その見事な政治手腕は老中達も舌を巻く程であった。そんな彼が“銀狼”の娘を養女に迎えようということで、幕府内でも、勿論警察機構内でも大きな話題となった。

だが、志乃は彼を一目見た瞬間、彼の闇を見破ったのだ。

 

『……嫌。アンタなんか嫌い。あっち行って』

 

松木は当時から、非人道的なバイオ研究を裏で行ってきた。政府の目を忍んで、密かに。勿論バレてはタダでは済まない。

しかし、それを続けられたのは、ひとえに天導衆の支援があったからとも言える。志乃はそこまで見透かしてはいなかったものの、松木が隠す深い影に気付いていた。

以来、松木は度々屯所を訪れては志乃に近付こうとした。彼の本性を見抜いていた志乃は当然近寄ることもしなかったが、その真意を周囲に話そうとしなかった。

当時の土方自身も、彼女が人を頼るのが下手な事は薄々知っていたはずだった。本来ならそれをフォローしてやるのが筋だというのに、“侍”になりたての彼には、その余裕が無かったのだ。

 

********

 

(そうだ、そしてあの後ーー)

 

回想に浸っていた土方だったが、突如弾け飛んだ殺気に意識が呼び戻された。

ハッと顔を上げた瞬間、青年が傘を手に志乃に向かって走り出していた。一方、志乃は動かない。腰を低く構えたままで、拳を握っている。

 

「志乃!!」

 

咄嗟に叫んだが、青年の傘が彼女を捉える前に、志乃自身は視界から姿を消していた。

青年も戦いを見守っていた土方達も驚いたが、彼女の出現に誰よりも早く、青年が気付く。気付いた時にはもう、遅かった。

 

 

ーードッ

 

 

「………………!!」

 

鳩尾を正確に穿つ、重い一撃。それが、線の細い少女の腕によるものだとは到底考えられない。しかし、それは紛れもない現実であった。

唾を吐いた青年は、頭上にある志乃の胸倉を掴んで、強引に地面に叩きつけた。

 

 

ゴシャアァ!!

 

 

「ッ……!」

 

地面が割れる程の衝撃。鳩尾に一発食らった後の力とは思えないものだった。だが、それでこそ面白い。鋼色の髪の少女は、不敵に笑う。

 

「クク……いいぞ、まだまだこれからだ!!」

 

己の内で、燃え盛る何か。闘争心、嗜虐心、またはそれ以外のものによる、暴力的な快感。それがまるで、理性を燃やしていくようで。

でも。

 

「来いよ。もう何も奪わせない。壊させない。私のものは、私が必ず護る!!」

 

ここに護るべきものが、大切なものがある限り、少女は負けない。

そうーー目には目を。歯には歯を。

 

ーー“銀狼”には、“銀狼”を。




次回、恐らくこの小説内で第2位くらいの闇パート。1位?そんなもんまだずっと先です。

かつてない流血表現多数掲載の可能性大だから苦手な方は飛ばし読みを推奨します。


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ぶっかけるのは命じゃなくてうどんにしとけ

銀魂最終巻、発売されましたね。
ところで最終巻の発売日、8月2日は志乃の誕生日だったんですよ。奇跡だ、と私は思いましたね。

そんな志乃がカッコよく可愛く活躍するこの小説をこれからもどうぞよろしくお願いします。


「おおおおおおおおおお!!」

 

野太い怒号が響いた瞬間、大地を砕く音が続く。躱した青年は次々と襲いくる志乃の猛攻に防戦一方であった。

このままでは、仕留める前に仕留められる。あの力は自分と同じもの。同じ強度のものがぶつかり合えば、拮抗するどころか僅かな差でどちらかが砕ける可能性もあった。

自分には得物がある。それを使えば攻勢に転じる事が出来るのに、その隙を与えられない。

 

「……!」

 

こうなれば、耐久戦だ。どちらが先に疲れるか。覚悟を決めた青年は、傘を放って刀を構えた。

志乃の跳び蹴りを避けて、下に潜り胴体に刃を入れようとする。その柔い身を断たんと迫る刀を左腕で受け止め、右手で掴んだ。

 

 

バキィンッ!!

 

 

「!!!」

 

掴まれた刀が、握り潰された。目の前の光景が信じられず、背筋に今まで感じた事のない寒気が走った。悪寒とも言えるそれに、感情の乱れを自覚する。

 

 

ーー殺される。

 

 

その言葉が頭をよぎった瞬間、意識が目の前の現実に引き戻された。振り上げられる拳、闇夜に輝く殺意を秘めた瞳。

 

 

ーー反撃をせねば。この女に、殺される。

 

 

ドスッ!

 

 

その時、青年は折れた刀を躊躇なく志乃の腹に突き立てた。じわりと服に血が染み込み、滲んでいく。

 

「かはっ……!」

 

志乃が反撃を受け後退したのを逃さず、傘を叩き潰すように振り下ろす。

 

「志乃ちゃん!!」

 

外野から叫んだ神楽の声が響く。

それでも今は、戦いを見守るしかない。彼女は自分の獲物を横取りされるのを死ぬ程嫌う。こんな状況で助太刀でもしようとした暁には、敵より先に自分が殺されるだろう。

一体どこで教育方針を間違えたのか。銀時は口元を引攣らせて血を吐く妹を見つめた。

 

もう一撃、と傘を振り上げた瞬間、今度は志乃が自身に突き刺さった刀を抜き取り、ぶん投げる。刃は頬を擦り、宙を舞った。

だが、刃を避けた一瞬で、志乃は青年の脇腹に蹴りを入れた。

 

 

ドゥッ!!

 

 

「ーーッ!」

 

しかし、青年は負けなかった。振り上げていた傘は志乃の肩に確かに届き、血が飛び出た。

互いに一撃を見舞われた二人は、そのまま地面に倒れる。

 

「がぁぁ……ッ」

 

 

ーーああクソ、痛いなぁコンチクショー。

 

 

痛みに顔をしかめて、起き上がろうと足を立てる。

まだ、まだ倒れちゃいけない。負けないためにも、ここでくたばるわけにはいかないのだから。

アイツを止められるのは私だけなのだ。アイツさえ止められれば、敵は最強の駒を失い、勝ったも同然になる。勝利の女神が掲げる天秤を、こちらへ傾けることが出来る。

私がコイツを仕留めた後は、みんながきっと何とかしてくれる。だから、今度こそ、今度こそ私が耐え抜くのだーー。

 

********

 

ーーある日、真選組はとある護衛任務で、全員屯所を離れていた。当時真選組に監視対象として保護されていた志乃は、彼らの帰りを大人しく待っていたのだが、誰もいないこの時間を狙って、松木が真選組屯所を包囲したのだ。

 

『いいか。娘は必ずこの狭い敷地の何処かにいる。しらみつぶしに探せ!見つけ次第捕らえろ』

 

物陰に隠れて様子を伺っていた志乃は、瞬時に青ざめた。

屯所の周囲には、松木の部下が何十人も張っている。さらにそこへ100人程の捜索部隊が、たった一人の娘を見つけるために、辺り構わず敷地内を闊歩するのだ。

子供の体で隠れられる場所はいくつか知ってるが、そう長い時間は居られない。必ず見つかる。だが、移動しようにも下手に動けば見つかる可能性も高まる。

なんて卑怯な隠れ鬼だ。志乃は生唾を飲み込んだ。

ふざけるな。捕まる気なんてさらさらない。この頃から既に反骨精神旺盛な彼女は、何が何でも逃げ切ってやろうと考えていた。

 

しかし、所詮は子供の甘い考え。一時間も経たない内に、志乃は見つかった。

 

『っ!』

 

『オイいたぞ!捕まえろ!』

 

一人に見つかれば、すぐにその情報が伝播する。そしてそれらが確実に逃げ場を塞いでいき、だんだんと一箇所へと誘導されていく。敵の策に見事嵌められた幼い彼女は、次第に恐怖を募らせていった。

脳裏に浮かぶのは、欲望めいたあの男の目。怖い。怖くて仕方ない。捕まるのだけはどうしても嫌だった。

 

『ッ……ッ……!!』

 

喋り声が近づいてくる。足音が大きくなる。こちらへと、接近している。

呼吸がどんどん浅くなっていく。やだ。怖い。怖い怖い怖い!!

 

 

ーーコロン

 

 

その時、志乃の近くにいた部下達の足元に、サッカーボール大の球が転がった。突如出現したそれを怪訝そうに見ていると。

 

 

プシューッ!

 

 

『!?な、何だこれは!』

 

『煙……!?ゲホゲホッ、ゴホッ』

 

『クソ、前が見えん!オイ、誰かーー』

 

球から吹き出た煙は、一気に屯所内に充満した。隠れていた志乃は突然の事に様子を伺っていたが、不意に妙な匂いが鼻を掠めた。

 

『……?』

 

くらりと、体が前傾に崩れ落ちる。それは所謂催眠薬の一種だったのだが、幼い彼女はそれに気付かなかった。

しかし、それを受け止める手があった。優しく触れてくれる温かい手。力の抜けた体を仰向けにされ、ぼんやりとした視界に空が映る。傍らに見えたのは、灰色だった。

 

********

 

……目が少し霞む。こんな事は久しぶりかもしれない。

刃先を突き立てられた腹が、傘に貫通された肩が痛い。そこから血が流れ、体内から段々抜けていくのがわかる。こうして立っているのがやっとなくらい、力が上手く入らない。

 

「……け、ほっ。はぁー……はぁー……!」

 

目の前で同じく立ち上がった青年の姿がよく認識出来ず、ぼんやりと色のみが映し出される。

だが、だからといって負けるわけにはいかない。

 

 

ザッ……

 

 

しっかり大地に足突っ立てて、立たなきゃならねェ。もう、誰も奪わせないためにも。誰にも奪わせないためにも。

 

「………………………………ぁ……あぁ………………!!」

 

たとえ己が何と言われようと。罵られ、蔑まれようと。私は負けるわけにはいかない。

 

「あ”あ”ああ”ああ”ああああああああ”あ”あ”ああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

転びそうになりながらも、ボロボロになりながらも、拳を握り走り出す。相対する青年も、傘を握ってこちらへ駆け寄ってきていた。

 

まさに、一騎討ち。どちらかが倒れ、どちらかが生きる。ただそれだけの、シンプルな決着。

得物の長さの分、青年が有利となる。視界に入る傘、確実に仕留めようという意志のこもった一撃。

 

「こ ろ す」

 

爛々と輝く、殺気の宿った目。その赤い目を、志乃は見逃さなかった。

傘は、志乃の顔面に強く打ち据えられた。

 

「志乃ちゃん!!」

 

 

ガォォン!!

 

 

衝撃と共に、砂煙が舞う。

彼の人生上、最も強く力を込めて殴った。確実に、彼女の息の根を止めるために。彼女を潰すために。

主人の命令など、頭から消えていた。目の前の脅威に立ち向かうため、青年は必死にならざるを得なかったのだ。

だが。

 

 

ーーググッ

 

 

「……!?」

 

 

グググググ

 

 

傘が、ゆっくりと押し返される。志乃の左腕が、傘を受け止めていたのだ。確実に撲殺しようとしていた一撃は見事志乃の腕の骨を折ったものの、殺すには至らなかった。

この事実に、青年はゾッとした。そんな、彼女を仕留め切れなかった。早く、早くしなければ今度はこちらが殺される。あの恐怖をまた、味わうことになる。

そんな。そんな。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーー。

 

「よォ」

 

女にしては低めの声が、耳に届く。全身がぞわりと粟立った。

 

「随分イイ面になったじゃねェの。ちったァ人間らしくなったな、オニーサン」

 

少女の紅い目に、己の顔が映る。怯えにより引き攣った、それだった。

 

 

ーーゴッ!!

 

 

繰り出された剛力に、口の中が切れ、頬骨が砕かれた。青年の左頬を捉えた拳は、そのまま地面へと叩きつけ、クレーターを作った。

青年の血が手に付着し、地面に斑点を残す。彼の沈黙を悟った志乃は、体勢を直し、背筋を伸ばして直立した。

 

「……ヘッ。口程にもねェ奴だ」

 

気絶した青年を見下ろし、いつもの人の悪い笑顔を浮かべた。




トッキー篇も残すところあと2話!
さあ、もうちょっとでこのクソ長い茶番が終わりますよ!それまで頑張って!


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普段大人しい人が怒るとめちゃくちゃ怖い

嫌いな奴がいる時は、電卓で遊んで笑顔になりましょう。
ホラ、例の「18782(いやなやつ)+18782(いやなやつ)=37564(みなごろし)」ってやつ!
ウフフ♪心が洗われますね♪

って感じの話です、今回。
どちゃくそ楽しい(満面の笑み)


この戦いを遠巻きに見ていた松木は、一人青ざめていた。視線の先には、己が手中に収めようとしていた、“銀狼”の少女。最強の手駒を倒し、仲間に駆け寄られる彼女が、何よりも恐ろしく見えた。恐怖に駆られ、腰を抜かす。

 

「ヒッ……ヒィィィ……!」

 

上擦った声に気付いた志乃が、視線を松木に向ける。目が合った瞬間、松木は即座に死を予感した。

 

「ひぃっ、ぎゃああああああああ!!」

 

後退り、悲鳴を上げ泣き叫びながら四つん這いになって逃げ出す。その情けない姿を眺め、志乃は一人小首を傾げた。

何故そんなに必死になって逃げるんだろう。私は猛獣か何かか?そんな疑問を本気で考えている彼女は、松木の恐怖心が全く理解出来なかった。

 

考えてみてほしい。自分にとって利用価値のあるものが突然牙を剥き、頼みの綱であった最終手段をまんまと突破されてしまえば、もう後は捕食されるのみ。こんな状況、恐怖以外の何物でもない。

ここはジュラ◯ック◯ークか?そんなもん願い下げである。

 

松木が喚きながら逃げていると、一人の男の足元が視界に映る。ハッと顔を上げると、男の姿は月明かりで影しか見えなかった。それが、松木に話しかけてきた。

 

「こんばんは、松木さん。お久しぶりです」

 

声でわかった。彼の事は幼い頃から松木は知っている。彼の父が他界してからはしばらく会わなかったものの、その中性的な顔立ちを、松木はよく覚えていた。

 

「とっ……時雪くん……」

 

「こんな時間にどうしたんですか?只事じゃあなさそうですけど」

 

「トッキー!?」

 

あの頃より伸びた髪をまとめ、まるで美少女のような微笑みを松木に向ける。驚いたような志乃の声を聞き、すぐにこの二人は顔見知りなのではと悟った。

これなら、これなら利用出来る。時雪が目線を合わせてしゃがみ込んだ瞬間、松木は彼の胸倉を掴んだ。

 

「!」

 

「トッキー!」

 

「貴様らァ、動くなァ!!」

 

服の下に忍ばせていた短刀を時雪に向け、彼を盾にとる。志乃は時雪を助けようと拳を握るが、背後にいた銀時に止められてしまう。

 

「テメェッ!」

 

「ヒャハハァ!!形成逆転だなァ、霧島志乃!!コイツ離して欲しけりゃ大人しく……ッ!?」

 

人質をとれたことに歓喜していた松木の口が止まる。コツン、と顎に冷たい何かが当たったからだ。

そのまま顎を持ち上げられる。冷たい物の正体を見ようと、目玉を下に向けた。それを持っているのは、人質の時雪だ。人差し指を、引き金のようなものにかけているーー。

 

「…………ぁ」

 

全身に鳥肌が立った。当てがわれているのは、拳銃だ。

 

「あのー。少しうるさいので、黙っててもらえます?」

 

顔だけ振り向いた時雪の笑顔が、志乃と同じく彼には恐ろしく見えた。

手にしていた短刀を落とし、再び腰を抜かす。その間も、時雪は笑顔を浮かべたまま拳銃を今度は眉間に当てがった。

 

「……なぁ、誰アレ。アレ本当に時雪君?すっげェ爽やかな笑顔で脅しかけてんだけど。ねェアレ本当にお前のカレシ?」

 

「しっ……知らない知らない!あんな怖いトッキー、私知らない!」

 

時雪と付き合ってそれなりに長いはずの志乃も、あんなカレの表情は見たことがないという。あまりの恐ろしさに志乃は銀時の影に隠れていた。

 

時雪は怒らせるとかなり怖い。志乃も何度か彼の怒りを買い、その度に恐怖に涙した事も多々ある。

だが今日の彼は、普段の何倍も恐ろしかった。今まで志乃も見たことがないくらい、時雪は怒っていたのである。

 

「ねェ、松木さん……俺が何でこんな怒ってるかわかります?」

 

「ヒッ……」

 

「まぁ、答えられませんよね。正解は……ーーよくも、俺の女に手を出してくれたな」

 

圧倒的な怒り。それが圧迫感を生み、矛先を向けられていない銀時達でさえ息を呑んだ。

一方志乃は、

 

「ぎ、銀……今、トッキーが、俺の女だって!キャー♡」

 

「うっせェちょっと黙ってろ!!この状況で惚気てんじゃねーよ腹立つな」

 

「俺の女」宣言が余程嬉しかったのか、頬を赤らめ、もじもじしていた。幸せそうで何よりだ。だが、今このタイミングでは腹が立った。

ベシッと志乃の頭を叩き、取り敢えず退がらせる。

と、ここで土方と沖田がある事に気付いた。

 

「てかちょっと待て!何でてめーが拳銃(ンなモン)持ってんだ」

 

「いくら将軍の縁者だからって、随分物騒なモン持ってやがるな。冗談じゃ済まされねェぜ」

 

そう。時雪は全員の前で堂々と、拳銃を見せびらかしているのだ。しかも、扱いも心得ているような持ち方。

虫も殺せなさそうな程温和な性格である時雪が、黒い笑顔で拳銃を人に向けている。そのギャップに志乃は萌え殺されそうになっていたのだが、そんな彼女を気に留める者は誰もいなかった。

 

「あ、お二人共。お仕事お疲れ様です。もう大丈夫ですよ」

 

「へ?時雪君、それってどういう……」

 

近藤が尋ね終える前に、屋敷の中にどんどんと新手が入ってきた。彼らは次々と松木の手下を拘束し、屋敷の中へ突入していった。

 

「第二班と第三班は証拠品の押収。あ、中には危険生物もいるそうなので、対処班も一緒に行って下さい。あと、真選組隊士の中に怪我人もいるようなので、救護班は急いで手当てを」

 

取り押さえられる松木に拳銃を向けたまま、時雪が彼らに指示を出す。後から入ってきたのは、皆時雪の部下か何かのようだ。敵ではないことに警戒を解いたものの、未だ謎が残るばかり。

 

何故、時雪の指示で動く者がいるのか。そもそも時雪はあくまで没落した縁家の息子であったはずだ。権力はほぼ無に等しく、「将軍家の縁者」という肩書きだけでギリギリ幕府の中央に留まっているだけの存在ではなかったのか。

 

「トッキー……アンタ一体、何者なの……?」

 

ゴクリと唾を飲み、そう尋ねる。その時、別の声が聞こえてきた。

 

「おお、随分遅かったじゃねェか、時雪クン」

 

銀時達が振り返ると、患部を押さえた杉浦がこちらへ歩み寄ってきていた。

ボロボロの彼に、時雪は眉を下げて笑う。

 

「すみません。もうちょっと早く来たかったんですけど、上司(・・)が俺に後始末たんまり残して帰っちゃって」

 

「そうかい、そいつァ災難だったな。せっかくちゃんと就職出来たってのに、肝心の上司があれじゃあ世話ねェな」

 

「まったくですよ。アハハ。さっさと死ねばいいのに」

 

「おーっと本音が洩れてるぞ。キャラ的に出しちゃダメだろお前は」

 

「俺にストレスで死ねと?たまには毒ぐらい吐かないとやってられませんよ」

 

「いやいやちょっと待てちょっと待て!!何勝手に話進めてんだてめーら!!」

 

置いてきぼりで展開を進める二人に、銀時が待ったをかける。もう何が何だかわけがわからなくなってきた。

 

「はっきり言えっつーの!お前何者なんだよ」

 

「あ、じゃあはっきり言いますね」

 

時雪はコホンと一つ咳払いして、自己紹介をした。

 

「俺は警察庁長官補佐、茂野時雪です。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

「「「「「「……はああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」」

 

真夜中の空に、銀時、神楽、志乃、近藤、土方、山崎の驚きの声が響く。

 

「は、え、な、は、ぁ?えっ、うそ、まっ…………きゅう」

 

「志乃ォォォォォ!?」

 

この真実を打ち明けられた衝撃で、心身共にズタボロだった志乃が、このカミングアウトがトドメの一撃となり、気を失ってしまった。




ハイ次ラースート!!ラースート!!


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昔別れた友達とはふとした瞬間に再会する

お疲れ様でした(遠い目)


「いやー、この間はお世話になりました」

 

「……ハハッ、ドーモ」

 

江戸に多くの店舗数を誇るチェーンのレストラン。そこの一席に、銀時と新八、神楽は時雪と顔をつき合わせて座っていた。

にこにこ笑う時雪とは対照的に、銀時は頬を引き攣らせて苦笑している。

あの時、現場に居なかった新八は事情を銀時と神楽より聞いていた。だが、まさかそれなりに長く付き合ってきた彼が警察庁長官補佐、もとい真選組の上司だなんて、全く想像が出来ずにいた。

 

というか、今回新八の出番は一回も無かった。

冗談?気になる人は読み返してもみてほしい。

原作キャラの、しかも主人公枠の一人なのに、この扱いはあんまりだ。ひどすぎるにも程がある。新八の心境は、ジャングルに潜む猛獣の如く穏やかではなかった。

 

「トッキー、私ライス食べたいアル」

 

緊張感の漂う中、そんなの関係ねェとばかりに神楽は自然な流れでたかった。

その瞬間、彼女の脳天に、銀時と新八のダブルビンタが炸裂する。

 

「何するネ!ここ数日何も食べてないからお腹減って仕方ないアル。私は一刻も早く米を摂取しなければならないアル」

 

「アホかァァァ!!てめェあんな手下使って裏で一人ほくそ笑むタイプの悪の権化みてーな女男相手に何考えてんだ!!絶対ェロクな事考えてねェぞ、あの顔は!!あーいうタイプは表面上いい人っぽく見せといて、ヤマ場前付近で裏切る奴なんだよ!!」

 

「いやいくら何でも偏見強すぎますよ銀さん!!時雪さんにご飯奢ってもらう事に罪悪感は感じないんですか!!神楽ちゃんもいくらよく知ってる相手だからって遠慮ってのを覚えた方がいいよ!!」

 

「あっ、よければ何か注文してください。代金は俺が持ちますから」

 

「すんません、チョコレートパフェ一つ」

 

「私カツ丼が食べたいネ」

 

「変わり身早ェなオイ!!……すいません、僕も何かいいですか?」

 

空腹には抗えない。おずおずと申し出ると、いいですよ、と時雪はにこやかに返す。

一文無しの彼らにとって、他人の奢りとは即ち腹の備蓄が可能、ということである。このようなタイプ相手に同情を向けてはならない。絶対に後でロクな事にならないと断言できる。

そしてこの時、銀時は時雪に対する偏見がそのまま自分に返ってきたことに全く気付かなかった。

 

注文した料理を食べながら、改めて話を進める。

 

「ていうかお前今まで一般人のフリして俺達騙してたのかコラ、あぁ?慰謝料よこせコノヤロー」

 

「お金で解決出来るのでしたらいくらでも」

 

「クソ!!フツーに腹立つなコイツ!!こないだまで同レベルだと思ってたのにいつの間にか昇進してた奴並みに腹立つ!!」

 

イライラしながら銀時が噛み付く。銀時は彼に対して、志乃のカレシとして一目置いてはいたものの、そこまで突っかかりはしなかった。

なのに今回は、そうもいかないらしい。そこにあるのは兄としてのプライドなのだろうかそれとも。

 

「お前いつから警視庁の長官補佐やってたんだ?」

 

「2年くらい前からですね。元々俺の父が松平さん(じょうし)と長い付き合いで、俺も子供の頃から色々世話になってたんです。父が死んでからも何かと心配して下さってて……」

 

「要するに親父のおこぼれに預かったってワケか。いいご身分だねェ、流石将軍家縁者」

 

「ちょっと、銀さん!」

 

「大丈夫だよ、新八くん。事実だし。俺は何と言われようと気にしないから」

 

にこりと穏やかに笑った時雪を見て、新八も大人しく身を引いた。

 

「松木と篤子さんの件は、俺が長官補佐に就任してから追っていたんです。でも、警察としてはこの事件を追うことができなかった。奴はある連中と、裏で繋がりを持っていたんです」

 

「ある連中?」

 

「貴方方もご存知のはずです。ーー天導衆です」

 

その名を聞いた瞬間、新八は驚きのあまり目を見開いた。

茶碗いっぱいに盛られた白米にがっついていた神楽も、この時ばかりは箸を止める。

 

「てっ……天導衆……!?」

 

「アイツ、そいつらと繋がってたアルか?」

 

「うん。当然公にはされてない事実だけどね。でも2年前から、その疑いは既にあった。松木が、裏で生物実験を行っているという嫌疑が。その実験が、この世の理を逸脱していることも。そして……生物実験の実験台の中に、“銀狼”の血筋がいるということも」

 

「!!」

 

「今回捕らえたあの“銀狼”は、その実験体で間違いない。松木は幕府の中でもそれなりの地位を得ている。そんな奴の裏事情を、正々堂々と調べるわけにはいかない。そのために俺は松平公協力の下、潜入調査を行ってもらってたんです。……正直、志乃が奴の狙いであることは掴み切れてませんでした。それは俺の落ち度です」

 

「…………」

 

自らの力不足を嘆く時雪は、眉をひそめた。

“銀狼”の名を聞いた時点で、もっと早く気付いていれば、対応できたはずだったのだ。志乃を傷つけることもなかったのに。

結果的に、松木が隠し持っていた“銀狼”の兵器に対抗できたのだが、それでも大切な女性を護れなかった。

 

「……あくまで仮説なんですけど。天導衆はまだ、志乃を諦めてないと思います。今後また、志乃を狙って刺客を送り込んでくる可能性もあります。……なので、その時は」

 

「…………あァ。言われるまでもねェよ」

 

銀時の返事に、時雪は頷いた。

 

********

 

一方その頃。志乃は一度病院に搬送され手当てを受けた後、真選組の屯所に預けられていた。

事件が収束したとはいえ、今後彼女に何か危機が訪れないとも限らない。いざとなった時に護れるように(なお本人は護られることを不服としていたが)、24時間体制で彼女の護衛を務めている。

 

さらに志乃を屯所に置いた理由は別にある。先日捕まえた、銀髪の青年の監視のためである。

また暴れ出した時、押さえつけるには志乃の力が必要になってくる。いざとなった時戦えるように、警戒の意図もあってのことだった。

 

志乃は、普段より昼寝のために使用している縁側に腰掛け、子猫のトトと戯れていた。青年との一騎討ちの際に折れた腕は未だ治っていないものの、順調に回復している。

 

「にゃあ」

 

「はっはっは、こやつめこやつめ。……暇だわ」

 

そう。志乃は完全に暇を持て余していた。仕事は基本まわってこないし、そもそも真選組の全員がこぞって志乃を休ませようとしてくる。

あの沖田まで先程廊下ですれ違った時に、「オウ嬢ちゃん、怪我の具合はどうでさァ。こんな所歩いてねェで部屋に戻った方がいいんじゃねェかィ?とっとと療養して治してもらわねェと、いつまでも決着がつけられなくて困りまさァ」などと言い出す始末だ。気味が悪くて仕方がない。

 

日当たりの良いこの場所でひなたぼっこをしていたのだが、ここにいても誰かが心配するのだろう。煩わしく思いつつ、部屋に戻ろうと立ち上がる。

その時だった。

 

 

ドガァン!

 

 

「!」

 

ここから少し離れた場所にある、広場から戦闘の気配を感じる。何かあったのか。志乃は取り敢えずその場へ足を運ぶことにした。

真選組屯所の中でも一際広い庭で、隊士達が何やら囲っているようだった。中心には、あの青年がいる。見えずとも気配でわかった。

 

「何してんの」

 

「あっ、嬢ちゃん……。それが、奴が急に暴れ出して……」

 

その言葉を受けて見てみると、確かに彼を取り押さえようとする隊士達が果敢に挑んでいる。しかし、青年に当て身を喰らわされたり、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返す。志乃は何してんだろうと冷静になっていた。

 

「お前何してんの」

 

志乃が声をかけると、青年はこちらを向いた。相変わらず何を考えているのかわからない無表情である。

 

「……あの方はどこだ」

 

「そんなもんもういねェよ。お前の護ってたモンはどこにもねェ」

 

「……!」

 

吐き捨てた志乃に対し、青年は眉をひそめ、拳を握りしめる。

 

「なんだよ、悔しいのか?それほどまでにあの野郎はお前にとって大事なものだったのか?そいつァ悪かったな」

 

「…………いや……」

 

「あ?」

 

「……私は……これから一体、どうなるのだ……」

 

ゆるりと戦闘体勢を解き、紡ぎ上げた言葉は弱々しいものだった。取り押さえんとする隊士達を、志乃は手を上げて制する。

 

「私は……あの方の物だ。それ以上でもそれ以下でもない……。持ち主のいなくなった物は……ああ、そうだな。ゴミとして捨てられるだけか……」

 

青年が自嘲の笑みを浮かべる。そして歯を食い縛り、悔しさを滲ませた。

結局、自分には何もなかった。松木の道具として人を殺し、志乃を誘拐した。全て松木の命令で動いた。それが、意志のない人形のさだめであった。

自分には何もない、そう突き付けられている気分になる。自分を射抜いてくるあの赤い瞳から、目を逸らせない。

志乃は一度嘆息して、口を開いた。

 

「そんなに悔しいならさ、ウチに来る?」

 

「えっ?」

 

「は……?」

 

次の瞬間、隊士達が驚きの声の大合唱を奏でた。青年も呆然として、まじまじと志乃を見つめるだけ。隊士達は一斉に志乃に詰め寄った。

 

「ちょっ……嬢ちゃん何考えてんのォォ!?」

 

「アイツは嬢ちゃんを殺そうとした奴だぞ!?そんな簡単に手元に置いたらマズいって!!」

 

「それに副長達も絶対許さねェって!」

 

「うん、うるさいからちょっと黙ってて」

 

騒ぎ立てる外野を黙らせて、志乃は青年に手を差し伸べた。

 

「ま、元はといえばあの杉浦(バカ)が捕まってお前と分離したのが悪いんだからさ。責任はこっちにあるし。だから、私の下で何か見つければいいんじゃない?何もないなら、これから何かになればいいんだ」

 

「…………」

 

「たとえば、ほらーー手始めに、お前のついていくはずだった人を奪って、お前の人生めちゃくちゃにしたこの私をブッ殺す、とか」

 

「!」

 

自身を親指で示し、へらりと笑う少女を、青年はハッとした表情で見つめた。なんて事を言う人だろう。こんな人が人間だなんて、青年には到底思えなかった。

黙り込む青年の答えを「肯定」とみなした志乃は、パン、と手を叩く。

 

「よし!決まりだな。ならよし!しかし、そうとなると名前が……お前名前なんていうんだ?」

 

「……私に名前、など」

 

「あっそう。じゃあ今つけた。『凛乃(りんの)』。お前は凛乃(りんの)だ」

 

青年改め凛乃は、目を見開いて志乃を凝視する。なんてめちゃくちゃな子供だろう。周りの隊士達が咎めるのをよそに、ケラケラ笑う姿に驚きを覚えた。

だが、それと同時に胸がジンと温かくなってくる。この人は自分に居場所と名前を与え、生きていいと言ってくれた。生死を問う戦いを繰り広げた相手が、認めてくれたのだ。こんな事、生まれて初めてだった。

ポツリと頬に涙が伝う。止めどなく溢れるそれに、感情の整理が追いつかない。どうすれば、と戸惑う凛乃に志乃が近寄る。

 

 

ぐいっ

 

 

「!」

 

「あーハイハイ。よーしよしよし」

 

抱き寄せられ、胸元に頭を預ける。ぐっと近くなる彼女の匂い。戦う時に感じた獣のような恐ろしさは全く感じられない、優しい匂いだった。

 

「ぁ……う、ぁ。……あああっ」

 

凛乃が安心しきって泣き疲れて眠るまで、志乃は彼の背中をポンポンと軽く叩き続けていた。

 

 

********

 

 

「おっ、ここにいたか志乃ちゃん」

 

「近藤さん?」

 

凛乃の件が一段落した志乃が部屋で寛いでいたところ、近藤が顔を出し、志乃の姿を見つけてひらひらと手を振った。トトが志乃の手からパッと飛び降りたのを察して、志乃も腰を上げる。

 

「どうしたの近藤さん」

 

「いやぁ、志乃ちゃんが暇を持て余してるって聞いたもんでな」

 

「うん今私ものすごく暇なの何かしてくれるのそうなんだよねしてください」

 

「お、おう……。わかったわかった」

 

地獄から救い出してくれる蜘蛛の糸を掴んだカンダタのごとく、近藤に迫る。その勢いにびっくりしつつも、一度彼女を落ち着かせた。

 

「で、だ。志乃ちゃん、今からちょっと出かけないか?」

 

「え?」

 

********

 

近藤の提案により、久しぶりに外に出る。街を歩いていると、志乃の知り合いが皆揃って彼女の負傷した腕を案じた。困りながらも笑って大丈夫だと返す志乃の姿を、近藤は微笑ましく見守っていた。

こうして周囲の人に甲斐甲斐しくされる志乃を見ると、彼女には味方になってくれる人がたくさんいるのだと安心する。普通の娘のように見えて、その精神は極めて天涯孤独で危なっかしい。いざとなれば、自らの命を容易く投げ出してしまうほどの危うさを秘めている。それを彼らが、平和な方へ引き留めてくれているのだ。

ようやく話し終えた志乃が手を振って見送ると、近藤の隣に駆け寄る。

 

「ごめんね、遅くなって。で、どこに行くの?」

 

「ああ、ここだよ」

 

近藤が指さした先を示すと、志乃は目を丸くした。そして、近藤を見上げる。

 

「近藤さん……ここ……」

 

近藤はニコッと笑って返すだけ。

二人がやってきたのは、かぶき町の片隅にある素朴な団子屋だ。そしてここは、志乃が行きつけにしているほど大好きな場所。

のれんを手で避けて、奥から団子屋の店主のおばちゃんが顔を出す。

 

「おや、いらっしゃ……あら〜!志乃ちゃん!久しぶり…って!!どうしたのよその怪我!!」

 

「どうも、ご無沙汰してます」

 

「あら?近藤さん?まあ〜、二人が一緒に来るなんて珍しいわねェ」

 

「え……?」

 

志乃は思わず呆然とした。きょろきょろと交互に二人の間を視線が行き来する。

まあまあと流れで外にある赤い布の張られた腰掛けに案内される。「いつもの持ってくるわね」とウインクして店の中に入ったおばちゃんは、志乃が思考を放棄している間にそそくさと用意を進め、団子とお茶を二人分持ってきた。

 

「志乃ちゃん?おーい、どうした」

 

「……あの、近藤さん……。何で近藤さんはここを知ってるの?」

 

風船のようにどこかへ飛んでいきそうな思考をどうにか手繰り寄せて、元に戻す。

志乃はここを行きつけとして足繁く通っていることを、誰にも話したことはなかった。そもそもこの店はかぶき町の中心からかなり離れた所にある。店で働いているのは、このおばちゃんただ一人。町の片隅でひっそりと営んでいるこの店には基本、憩いの場を求める近所の住民や志乃(ものずき)くらいしか訪れない。

驚くことしかできない志乃に、近藤は破顔して答えた。

 

「昔なァ、真撰組(ウチ)に小さな女の子が来たんだ。その子をここに連れていくとな、いつも喜んでくれたんだ」

 

「…………!」

 

「結局その娘の名前は訊けなかったけど、でも……」

 

近藤は一度空を仰ぎ、流れていく雲を眺める。そして、こちらを見つめている志乃に笑いかけた。

 

「この国のどこかで、きっと幸せに生きてる。俺はそう思う」

 

「…………」

 

「志乃ちゃんには関係ない話だったか?まァ、せっかくだし一緒に食べよう!ここの団子絶品なんだぞ」

 

はっはっはっ、と笑いながら、近藤は皿に置かれた串を持つ。その時、ずっと口を閉ざしていた志乃が、不意に近藤に抱きついた。

 

「?志乃ちゃん?」

 

どうかしたのか、顔を覗き込もうとするが、腕に顔をくっつけられ、表情が伺えない。それどころか先程よりぎゅっと強く抱きしめられる。

志乃はか細い声でこう言った。

 

「……ありがとう、覚えててくれて。私、今、とっても幸せだよ」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「……………………ううん、何でもない」

 

顔を上げて、へらりと笑う。座り直して、改めて団子を口にした。

昔から変わらない、この味。それが確かに、二人の記憶を繋げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ートッキー篇 完ー




ということで、トッキー篇はこれにて終了です。しんどかった……めちゃくちゃしんどかった……。

えー、今回の長篇のおさらいをしますと……

・志乃と真選組は昔会っていた
・トッキー実は警察庁長官補佐
・凛乃が仲間入り

以上の事が伝わればもうOKです。

トッキーの地位とかは以前から考えてました。あと、刹乃の身体のことも。
ていうか、杉浦が刹乃っていう設定を作った辺りから、「あ、コレは身体の方もなんとかせにゃならんな」と軽い危機感を覚えまして、ほぼ捏造感覚で作りました。

この小説を書いていて学んだ事は、「設定は今出ているものと辻褄が合えば何とでもなる」って事ですかね。
良い子のみんなはこんなあっちこっちにフラつくような軽い設定を考えちゃダメだよ!設定大事!

次回、みんなでプールに行きます。


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遊び心を忘れない大人になれ
プールではしゃぐのは子供だけではない


全く関係ない夏の話。
たまには羽を伸ばして遊んでもいいと思うんだ。


夏休みの子供達がキャイキャイはしゃぎまくる。

そう、ここは室内プール。多くの家族連れで賑わっている中、志乃は更衣室から足を踏み出した。

 

「おおーっ!これがプールか……」

 

お妙に押し付けられた(買ってもらった)夏らしい水色のスカートタイプのビキニの上に、パーカーを羽織っている。長く伸びた髪もシニヨンにして、ピンク色の浮き輪片手に辺りを見渡した。

 

「オーイ志乃」

 

初めてのプールに浮き足立つ彼女を呼び止めたのは、海パン姿の杉浦と凛乃。彼女同様薄手のパーカーを着ており、凛乃も今日ばかりは傘を手放していた。

 

「あんまうろつくなよ。妙な連中もつけさせんな。帰ったら怒られるの俺なんだからよ」

 

「はーい」

 

「…………………………」

 

気怠そうに杉浦が忠告する中、凛乃は辺りを隈なく警戒するように見る。生体兵器として生まれた彼は、未だに癖が治らないのか、散歩の時でさえ外に注意を配っている。

そんな彼の頭に、杉浦は軽くチョップを噛ます。

 

「あんまキョロキョロすんな。ここにゃテロリストなんざいねェから安心しろ」

 

「はい……」

 

「あっ!ねぇねぇ、アレがあの流れるプール!?行きたい!行ってきます!」

 

「えっ?あっ、オイ!」

 

きゃっほーい!と元気に走り出した志乃は、二人にパーカーを預けてプールに入る。浮き輪に体を通してふよふよと流れ行く彼女は、年相応な笑顔を見せて楽しそうだった。

 

思えば前回のオリジナル長篇では、初っ端から好きな男を取られそうになり、誘拐された挙句凛乃とステゴロガチバトルを繰り広げた。

色々あっても霧島志乃は、まだ12歳の女の子なのだ。こうしてプールではしゃいでいる姿も悪くない。嘆息した杉浦は、隣の凛乃を振り返る。

 

「凛乃、どーだ?お前も入ってこいよ」

 

「いえ……私は泳げませんので」

 

「はあ!?お前泳げねーのかよ。だったら尚更行けよ!そして泳げるようになってこい。じゃねーと水中戦でまともに戦えねェだろが」

 

「………………」

 

杉浦にダメ出しされた凛乃は、注意された小犬のようにわかりやすく落ち込む。これが前章で、志乃相手に引くくらいのえげつない殴り合いを繰り広げた男とは思えないほどだった。だが、杉浦は思っていても敢えて口出ししなかった。

 

「まァ取り敢えず、浅いプールで練習するか……」

 

「ハイちょっとオニイサン達〜」

 

「あ?」

 

肩に手を置かれ、振り返る。手の主は、何故かここにいる銀時だった。

 

「……え?お前何してんの」

 

「いやこっちのセリフなんだけど。何でテメーらが志乃と一緒にいんだコラ。てめーら元々敵同士じゃなかったっけ?そこお兄ちゃんの立ち位置じゃなかったっけ?何でてめーらがその立場になってんだコラ代わりやがれバカヤロー」

 

「つくづくめんどくせェ兄貴だなお前は。志乃と一緒にプールなんて羨ましいって素直に言いやがれ」

 

「別にィ?俺はアイツのお兄ちゃんだから特に羨ましくないしィ?志乃の水着姿が意外とエロいなんて考えてないしィ?」

 

「誰も何も言ってねーよ」

 

だんだんと話が逸れていく。妙な絡みをしてくる銀時がかなり面倒に感じてきた。杉浦の隣に立つ凛乃が、改めて銀時に問いかける。

 

「銀時様、こちらで一体何を?少なくとも客には見えませんが……」

 

「知り合いに頼まれてな。監視員のバイトしてんだよ」

 

「えっ……働いてたのか!?お前が!?」

 

「ちょっと前まで攘夷浪士(ニート同然)だったテメーに言われたかねェわ」

 

「誰がニート同然だコラ!少なくともお前よりは稼いどったわ!」

 

「テメェ労働ナメんじゃねーぞ!世界をぶっ壊す宗教で儲かるわけねーだろが、あくせく働いてる俺達の身にもなりやがれ!!」

 

さてはこの二人、仲が悪いな?プールで繰り広げられる器の小さい口喧嘩を眺めていた凛乃は、その結論に辿り着いた。

二人の口喧嘩を止めることなく、それでも黙って眺めている青年。

そんな彼らに声をかける勇者が一人。長谷川である。

 

「ちょっとちょっと!何モメてんの銀さん!すいません、一体何があったんですか……って」

 

「……あの、どちら様だろうか。見た目からしてまるでダメなオッさんの雰囲気(オーラ)を放出しているようだが……」

 

「えっ」

 

「もしや貴方が志乃様の仰っていた『プールで楽しそうに遊ぶ子供達を舐め回すように見つめ下半身の健康を保っているロリコンもしくはショタコン』という奴か」

 

「待って初対面なのに何で有りもしない疑いをかけられるの?もしかしなくても志乃ちゃんの知り合い?」

 

「何故あの御方の名を貴様が知っている?……さては貴様、志乃様に並々ならぬ邪な感情を向けているというのか?確かに本日の志乃様は肌を露出した格好をなされているが……あぁ、なんてことか。あの御方が美しすぎるせいで、その魅惑の虜になったのか。流石は志乃様……なんと罪深き御方」

 

「さてはアンタあのドS娘に洗脳されたクチだな?何してんのあの娘マジで」

 

志乃は凛乃を引き取ってから、彼に人間としての生き方を学ばせていた。

その合間合間に、自分と彼との絶対的な主従関係の指南を盛り込み、今や凛乃は志乃の優秀な飼い犬として調教されていた。志乃に依存し、彼女なしでは生きられない体に仕立て上げた。

初対面でこれが初絡みとなったが、長谷川の彼に対する評価はマイナス一直線だ。当然といえば当然である。

 

「あれっ。マダオと銀じゃん。何してんの」

 

男4人で固まるむさ苦しい集団に、プールから戻ってきた志乃が声をかけた。

これにより、銀時と杉浦の口喧嘩も一旦休戦となる。

 

「よー志乃」

 

「やっほ、銀。で?何してんの」

 

「長谷川さんに頼まれてプールの監視員のバイトだよ。それよりお前」

 

「何?」

 

言葉を切った銀時は志乃を、いや正確には志乃の胸元を凝視する。

 

「案外デケェな。普段サラシでよくわかんねェけどお前もちゃんと成長してんだな。お兄ちゃんは安心したぞ」

 

「死ね!!」

 

銀時の腹に、志乃の渾身のボディブローが入った。水着姿であるため何の防御もなく身構える準備もできなかった銀時は、水面を巻き上げる風圧と共にプールへ吹き飛ばされる。そのまま滑り台を破壊し、子供用プールに血が滲み出た。

銀時を瀕死状態に追い込んだ当の本人は、プリプリと怒りながら大股で歩く。その先に、見覚えのある姿を見かけた。

 

「志乃ちゃん?」

 

「んげっ」

 

前方にいるのは、水着姿の九兵衛とお妙。二人の、特にお妙と目が合った瞬間、志乃の表情が青ざめる。逃げようとしたが、その前にお妙に両肩を掴まれた。

 

「ふふ、やっぱり私の目に狂いはなかったわ。とても似合ってるわよ、志乃ちゃん」

 

「ハハ…どーも」

 

「うん、とても可愛らしいぞ」

 

「ありがとう九さん…」

 

きゃっきゃと女子特有のテンションで盛り上がる二人。その間にサンドされた志乃は兄譲りの死んだ目をしていた。

先述したが、そもそも志乃の水着はお妙にプレゼントされたものだ。ただでさえ桂というバカ兄と、おばあちゃんポジとなっている日輪のせいでタンスの肥やしが増える一方だというのに、このメンツにお妙が加わればさらに面倒な事になる。これも全て奴らのせいだ。いや、違うか。自分が可愛すぎるせいか、と志乃は思い直した。

 

「志乃てめェ久しぶりの絡みだってのに兄貴をぶん殴るたァ何事だ!!」

 

「黙れロリコン野郎がァァ!!久々の絡みで妹の胸が成長してるか見た時点で死刑に決まってんだろが!!生きてるだけありがたいと思えクソ兄貴!!」

 

血塗れの銀時が戻ってくるなり、兄妹喧嘩が勃発する。その時、水中からザバァと音を立てて近藤が出現した。シュノーケルを装着した姿で、高笑いしながらカメラを構える。

 

「フハハハハ!俺に任せろ志乃ちゃん!!今のセクハラの証拠はバッチリカメラにおさえたからね!!ウチの娘に手を出そうとする愚かな若造は俺が現行犯逮捕するからね!!」

 

「てめーがな!!」

 

「ぐはァ!」

 

志乃にサムズアップしながら現れたストーカー男は、お妙のドロップキックにより物理的に沈静化された。いつ誰がお前の娘になった、とかツッコミを入れたかったものの、敢えてスルーする。

ストーカーが一人撃退されたところで、新たなストーカーが現れる。

 

「若ァァァァァやりましたぞォォ!!今の警察の不祥事バッチリおさえました!!これでストーカーは消えます!!作戦成功ですよ!!」

 

「そんな作戦立てた覚えはない!!」

 

「ぐぎゃふ!!」

 

続けざまに、最後のストーカーが現れた。

 

「やったわ銀さん!!ついに録った、私録ったの!!銀さんのヨコチ……」

 

「オメーだけ全然関係ねーだろが!!」

 

「ごぱァァァ!!」

 

一度ギャグが成立すれば、同じ手のものが3回続くもの。これぞお笑いの基本、「三段落ち」である。

近藤、東城、あやめのストーカー3人組が踏み潰されたが、そのせいでプールが血に染められていく。子供達は悲鳴を上げてプールから上がり逃げ出した。

 

「……なんか、いつも通りって感じだね」

 

「……そーだな」

 

「?」

 

この騒ぎのせいで、客は完全にいなくなり、身内だけの貸切パラダイスとなった。

 

********

 

 

「っしゃあ行くよー!!」

 

掛け声をかけてから、ビーチボールを叩く。

ふわりと舞ったボールはお妙の元へ落ち、それを打ち上げて月詠、九兵衛と転々と移動していく。

九兵衛がトスを上げたボールを受けたのは凛乃だ。

 

「……!」

 

上空から落ちてくるボールに対し、鋭く勢いをつけて叩き込む。

しかし、力が強すぎたせいで、ボールが破裂してしまった。

 

「あ」

 

ペシャリと水面に落ち、漂うそれを見下ろす。

ポカンとした表情でこちらを見てくる視線に耐え切れず、凛乃は顔を伏せた。

 

「申し訳ありません……」

 

「あー……ごめん凛乃。力加減がまだ難しいよな。姐さん、私これ弁償するよ」

 

「まァ、そんなのいいのに。凛乃ちゃんになんだか悪いことしちゃったかしらね」

 

「いえ、貴女は何も……」

 

「なに、誰にでも失敗はある。次成功すればいいだけだ」

 

「心配せんでもわっちが持ってきたビーチボールもある。これを使え」

 

しょんぼりと肩を落とす凛乃に、九兵衛が声をかける。続けて月詠もビーチボール片手に彼を慰めた。

美女(中身は問わない)3人に相次いで慰められている……。プールサイドのベンチに腰掛けていた杉浦は小さく会釈する凛乃を眺めながらそう思った。

 

人間初心者である彼は、図体とは裏腹にとても純粋な性格である。それが弟属性として機能し、女子組の庇護欲をそそっているのだろう。

あと顔もいいし。これも全て親愛なる姉上から血を分けていただいた恩恵だ。杉浦は、己の元肉体に絶対の自信を持っていた。

悦に浸る彼に、耳障りな声がかかる。

 

「オイお前の片割れ女共に襲われてっぞ。いいのかほっといて」

 

「うるせェ話しかけてくんな非モテのプー太郎」

 

「あぁ!?てめェ誰の妹のおかげで生きてられてると思ってんだコラ!立場ってモンがあんだろ!」

 

「何でこの二人こんな仲悪いの?つーか俺を挟んで喧嘩しないで」

 

同じベンチに並んで座ってた長谷川が、二人のギスギスした雰囲気に耐え切れずついに口を挟んだ。

 

銀時と杉浦は、徹底的に馬が合わないらしい。冒頭近くで顔を合わせた時もそうだったが、どちらかが相手への余計な一言を挟み、それに報復する。まさに売り言葉に買い言葉のペースでどんどんと悪い方へ進展していく。

 

杉浦は、敬愛する姉を自分から奪った志乃(むすめ)と、彼女の父親及びその弟子が大嫌いだ。

対する銀時も、志乃(いもうと)を殺そうとした杉浦が許せないし、剣の師である天乃に執着する彼が大嫌い。

二人の「嫌い」は見事に合致していた。

 

間に挟まる長谷川の心労も無視し、二人の険悪ムードは徐々にヒートアップしていく。次第に互いに掴み合って、その余波が長谷川に直撃していた。

 

「上等だてめーそんな細腕で俺とやり合おうってのか、あぁん!?こっからプールにぶん投げてやろうかコラ」

 

「ハッ!口で敵わねェと知るやすぐに手を出すか。そんな体たらくで姉上の弟子を名乗ってんじゃねェよクソが」

 

「あだだだだ痛い痛い痛い!ちょっ、頼むから髪掴むなって!ただでさえ頭皮薄くなってんのにこれ以上はイヤぁぁぁ!!」

 

互いの羽織だけでなく長谷川の髪まで掴み合う始末。もうどうにも止まらない。長谷川が諦めた瞬間だった。

 

 

ダァン!

 

 

銀時達の足元に、一発の銃弾が撃ち込まれた。

突然の事に、思わず三人は固まり、弾が飛んできた方向を見る。

 

「オイ。さっきから呼んでるのが聞こえねーのか(あん)ちゃん達」

 

拳銃をこちらに向けた、咥えタバコのいかにもガラの悪そうなオッさん。

 

「海パン……貸してくれや」

 

ドスのきいた声で要求してきたのは、まさかの海パン。

こんな見た目をしていようと、彼は幕府の警察庁長官なのである。このクレイジー野郎を、銀時はよく知っていた。彼の、いや彼らのせいで散々な目に遭い、嫌な記憶として脳に刻まれているからである。

 

「ちょっと連れがよう、急に水練やりてェなんざ言い出してよう。キャバクラの方が絶対いいっつってんのに、もの好きなヤローだよったく。それでな、急だったもんでパンツがねーんだわ。プールだったら貸し出しなり売るなりしてるだろ。ねーんだったら3秒以内にてめーらがパンツを脱げ。1……」

 

2と3をすっ飛ばして引き金を引かれ、再び銃弾が彼らを襲う。

それを制する新たな声がかかった。

 

「片栗虎。手荒なマネはよせ。余計な心配はいらん」

 

オッさんこと松平の背後から、もう一人現れる。ほっかむり姿の男に、銀時は既視感を覚えていた。彼の反応を見て、杉浦と長谷川もつられて表情が青ざめる。

男はバサッと衣服を脱ぎ去った。ブリーフ一丁でも、ただならぬオーラを発するこの男こそ。

 

「将軍家は代々水練の時も、もっさりブリーフ派だ」

 

ーーし、しょ……しょっ…………将軍かよォォォォォォォォォォォォ!!



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可愛い女の子にはビキニ着てほしいよね

可愛い子が着るからビキニって輝くけど微妙な顔した奴には絶対無理なんだよね。

水着なんてくそくらえですな。


夏の市民の憩いの場、プール。そこに突如として現れた、この国最上級のVIPである将軍、徳川茂々。彼がなんと、ブリーフ一丁でプールで遊びたいというのだ。

 

「オイオイ大丈夫か。ブリーフなんぞで泳いだらパンツ透けるぞ。土曜八時でもないのに暴れん坊将軍まる見えだぞ」

 

「詮なき事。将軍家は代々……さびしん坊将軍だ」

 

なるほど、確かに以前彼は「将軍家は代々あっちの方は足軽だ」と言っていた。それならば、たとえブリーフが透けてまる見えになって、他人に見られても問題ない、ということか。

全く答えになっていないし、そういう問題ではない。

 

「一度『ぷーる』なるもので泳いでみたかった。市井の者達が夏をどのように過ごしているのか、身をもって知るいい機会だしな」

 

「ったく、もの好きな野郎だな。じゃあ俺は一足先にいつものキャバクラ(ところ)にいるから汗流したら来いや。オイおめーら係員なんだろ。後の事は頼まァ。プールでの遊び方教えてやってくれや。一応お忍びで来てるんでな。くれぐれも将軍ってことは内密にな。あ、なんかあったら俺もお前らも全員首飛ぶからな。そこんとこヨロシク」

 

最後の最後に爆弾を投下して、茂々を残して松平は去っていった。

無理矢理後を託された銀時達の顔色は未だ戻らない。プールに浸かりっぱなしの後のように真っ青である。将軍本人から「将ちゃんでいい、よろしく頼む」とか言われても「あァ、はい……」みたいな上辺だけの反応しか出来ないのだ。

 

彼らにとって最大の不幸は、このプールに残された面々の濃さだった。

ここはただのプールではない。江戸中の極めきったバカ達がバカンスしている、魔の海域(バカミューダトライアングル)なのだ。

こんなバカ共の中に将軍を放り込めば、大惨事になること間違いなし。千里眼が使えなくてもわかる未来が安易に想像出来た。

 

「何やら楽しそうだな。彼の者達の仲間に余も入りたいのだが」

 

銀時達の楽園(パラダイス)が、この一言で一瞬にして地獄へと成り果てた。

将軍に何かあれば即デッドエンド。それを回避するには、自分達が彼らと将軍の間を取り持ち、潤滑剤となって将軍を楽しませなければならない。ハプニングは全て自分達でフォローしなければならない。

難易度が非常に高過ぎるクエストだ。杉浦は一人、開始前にコントローラーを手放した(その場から逃げ出した)

 

 

ガシッ!

 

 

「てめェェェ何こっそり抜け出そうとしてんだ!!俺達に全てを押しつけて一人だけ逃げようとしてんじゃねーよ」

 

「うるせェ俺は関係ねェ!係員でも監視員でもなくただの客だからな!将軍のお守りはお前らの仕事だろ!!安心しろ、骨は拾ってやるから!」

 

「何で俺達が死ぬ前提なんだコラ、ふざけんじゃねーぞてめーも道連れだ!」

 

「イヤだァァ行かないでくれ杉浦くん!オッさんを一人にしないで!プレッシャーで死にそう!!」

 

「知るかァァ!!勝手に死んどけ!!俺には関係ねー!!」

 

男二人にしがみつかれ、じたばたと踠きながら小声で口論を開始する。

将軍に聞こえないようにと配慮する辺り、杉浦も随分とまるくなったものである。

 

しかし、松平と将軍は銀時、長谷川、杉浦の三人を「プールの係員」と判断した。つまり杉浦は最初から退路を絶たれていたのである。

その事実を突きつけると、杉浦は膝から崩れ落ちた。目に滲んだ涙は悔しさなどではない。絶望だ。

 

長谷川と杉浦に帽子と水中メガネの調達を頼んだ銀時は、羽織を脱ぎ浮き輪片手にプールへ入った。ビーチバレーで盛り上がる彼らに近付いていく。

 

「あの〜ちょっとみんないいか」

 

「どうしたアルか銀ちゃん。銀ちゃんも一緒に遊びたいアルか」

 

「いや俺つーかあの、あちらのあの、将ちゃんっていうんだけど、あの人がおめーらと遊びたいって言うのよ。一緒に遊んでやってくれるか」

 

銀時が親指で示す先には、帽子と水中メガネを着用した茂々がいる。その姿を見た志乃は、眉一つ動かすことなくあっさりと承諾した。

 

「いいよー。ね、姐さん」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「仕方ないな、仲間に入れてあげますかお妙さん」

 

「カワイイわね。いるいる、友達の輪にスムーズに入れないああいう不器用な子」

 

「こっちに来いよ将ちゃんん、私達はもう友達だ、若に話しかける事は禁止だが!!」

 

「いやお前らに言われたくねェ」

 

復活したストーカー三人衆に銀時がツッコむ。

しかし、そこに月詠の指摘が入った。

 

「別にわっちらも構わんが、あの男のアレ、水着ではなく下着じゃないのか」

 

確かに、月詠の言う通り、茂々は海パンではなくブリーフ一丁でプールサイドに立っている。九兵衛もそれに気付き、怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「本当だ。マナー違反じゃないのか。あまり気分がよくないな」

 

「下着も水着も大して変わんないでしょ。小さいわね10位と14位のくせに」

 

「どんだけ引きずってんですかさっちゃんさん」

 

「同じじゃないアル。下着は長時間つけてるから色んな汚れが染みついてるネ」

 

「いや大丈夫だから、あの人のはキレイだから。あの……割と高貴な人なんで」

 

「何言ってんの。所詮同じ人間なんだから汚れだって同じでしょ。つかブリーフに何か付いてるし」

 

「ええ、付いてますね」

 

「えっ!?」

 

志乃と凛乃の銀狼コンビが、視力の高い目で捉えたものを指し示す。

こぞって全員が茂々の下着に注目すると、ある一点だけ染みが出来ていた。

 

「あらホント。よく見たら何か付いてるわね」

 

「え?何が?ちょっとやめて聞こえるからやめて」

 

「あっ、ホントだ!!先っちょだけなんか濡れてるぞ」

 

「やめろっつってんだろ!!消毒液あっこだけ乾いてねーだけだよ!!」

 

 

パンツの先っちょだけが濡れているという事に、その場に彼に対する不信感が倍増する。確実に怪しい人物認定されていた。汚物的な意味合いで。

 

「ホントに大丈夫なの?こうなったらあっちも確かめないと。スイマセーン、ちょっと後ろ振り向いてくれます?」

 

「デッケー声出すんじゃねーよ、ついてないからウン筋なんてついてないから!!」

 

「(筋)……………………」

 

「ちょっとォ!セリフにも(筋)って書いてあるわよ、完全に筋モンじゃないの!!」

 

「うるせーって言ってんだよ、聞こえたらどーするつもりだアホ共!!」

 

残念ながら全て聞こえている。長谷川と共に水泳帽とゴーグルを調達してきた杉浦は、深い溜息を吐いた。

すると茂々が出口の方向へ歩き出した。

 

「あっ帰っちゃった!!帰っちゃったぞォ!!バカヤロォォどーしたくれんだァ!!どーなっても知らねーぞ」

 

「帰るってことはやっぱり筋モンだったのよ。アブなかったわね」

 

「やだねェ、世間は物騒なんだから」

 

お妙と志乃がそう言うと、月詠がそこにストップをかけた。

 

「ちょっと待ちなんし。戻ってきたぞ」

 

「あっ、海パン履いてる」

 

「なんだ、ちゃんと持ってるんじゃないですか」

 

「アレ……でも」

 

今度は海パン姿になって再登場した。再び全員の視線が彼に集中する中、新八が眉をひそめる。

茂々の隣に、何故か下着姿になった長谷川も並んでいたのだ。

 

「代わりに長谷川さんがパンツになりましたよ。アレ…………長谷川さんとパンツ取り替えただけじゃないですか」

 

「いいだろ別に、海パンは海パンなんだから!!」

 

「でもどうアルか?下着とマダオの海パンだったら4対6でマダオの海パンの方が汚いアル」

 

「どーいう意味だよそれは!!」

 

「ちょっと神楽、それは言い過ぎだよ」

 

「そうだよな言い過ぎだよな!!」

 

「10対0で長谷川さんが汚物決定でしょ」

 

「コールド勝ちじゃねーか!!」

 

無垢な少女達から突きつけられる言葉に、長谷川の心は獣に引き裂かれたようにズタズタになった。

しかし、それで将軍の面目が保たれるならまだいい。長谷川はよく犠牲になってくれた。

だがそうは問屋が卸さなかった。

 

「でも替えたはいいけど結局長谷川さんの海パンにも何かついてるわよ」

 

「ホントだ!!先っちょがまた濡れてるぞ!!」

 

「オイ毎回何で濡れてんだ将ちゃんんん!!」

 

「何なんですかあの男!一体毎回先っちょから何を出しているというのですか!」

 

「やめろそーいう言い方!」

 

「(精)……………………」

 

「ちょっとォォォォ(精)って書いてあるわよ!いやぁぁぁ!!入ってこないで!!私は銀さん以外の子供を孕むつもりはないわ!!」

 

「やめてやめてナイーブな子だからお願いだからもうやめたげて!!」

 

事情を知らないお妙達による精神攻撃の連発に、大の男二人が涙目になっていたのを、杉浦は死んだ目で見つめていた。そして、心の中で両手を合わせ、その場を去った。

 

********

 

結局、茂々はゴムボートに浮かべた状態でプールに入水することが許された。

 

「えーとじゃあ、改めて紹介するわ」

 

「将ちゃん……みんな仲良くしてやってくれよな」

 

「言っとくけど絶対ボートから下ろさないでね。水に浸かったら即ぶっ飛ばすから」

 

お妙達全員を代表して、志乃がそう言い放つ。この娘はバカなのか?と銀時と長谷川は思った。志乃は設定上、将軍と友達であるはずなのだ。それなのに、正体に全く気付かないだけでなく、面と向かってキツい物言いをしている。

ボートにあぐらをかいて座る茂々のゴーグルには、涙が溜まっていた。不安に耐えかねた長谷川が呟く。

 

「だ……大丈夫なのか銀さんコレ。仲間に入るどころか水にも入れてねーんだけど将軍。水にも入ってねーのに水中眼鏡に水溜まってんだけど将軍。マズイよ絶対怒ってるよ。打ち首だよ絶対打ち首だよコレ」

 

「落ち着け。こっから挽回すんだよ。楽しい夏の思い出作ればいいんだよ」

 

「こっからどうやったら楽しい夏になるんだ。どう考えてもトラウマの夏だぞ。自分の涙に溺れそうになってるんだもの」

 

「まだ一発逆転のチャンスが残ってんだろが。夏といえば何だ、プールといえば何だ、水着といえば何だ」

 

水着……?最後のワードに疑問を覚えた長谷川だったが、瞬時に閃く。

 

「よし、じゃあ人数も揃ったしおっ始めるか。ドキッ♡侍だらけの水中騎馬戦大会ィィ!!ドンドンドンドンパフパフパフパフドンドンドンドン」

 

間違いない。銀時の狙いを察した長谷川は雷に撃たれたような衝撃を受けた。

彼が狙っているのはそう、「ポロリ」だ。ここには女が6人もいる。彼女らを騎手とし、騎馬戦をさせることで、激しい戦いの最中、不意に零れ落ちる白桃を拝もうというのだ。

銀時は不敵に笑いながら、仕切っていく。

 

「よしじゃあ、今から二人一組でコンビを組んでもらう。一人はボートの上に乗る騎手、一人はボートを引く騎馬。騎手がボートから落ちたり鉢巻きを取られたら負けとなる。ーーまァ別に、取るのは鉢巻きだけじゃなくてもいいけれど……」

 

最後に付け足した一言に、新八、近藤、東城、晴太、刹乃が反応する。彼らはすぐにボートを求めて走り出した。これで事情を知らない男達を味方につけることに成功した。

しかし、騎手は女連中ではなく、味方となったはずの男達だった。

 

 

ーーなんでそーなるのォォォォォ!!

 

 

心の中で銀時が絶叫する。違うそうじゃない、と高らかに叫びたかった。男が上に乗ってどうするのだ。何をポロリするつもりなのか。彼らはポロリを狙うあまり、全くポロリが出来ない状況になっているのに気付けていなかった。

 

「オイぃぃぃぃぃぃぃ!!いい加減にしろよてめーら、長谷川さんがただの絶海の孤島に流れ着いた漂流者になってんだろーがァァ!!」

 

長谷川のボートだけは、誰も引いていなかった。同じく余りになっていたあやめは水中で銀時の股の下で四つん這いになっている。「SOS」の文字が痛々しかった。

 

「もっとよく考えて編成を組め、力の強い奴は馬になった方がいいに決まってんだろーが!!」

 

「だからなってるアル」

 

「ホントだァァァ考えたら全員女の方が強いや!!」

 

ちなみに組分けは次の通りだ。新八と神楽、近藤とお妙、東城と九兵衛、晴太と月詠、刹乃と志乃。よくよく考えてみると、確かに全員女の方が強い。この事実に銀時は今更ながら愕然とした。

お妙達は銀時に呆れた様子を見せる。

 

「どうせエッチなことでも企んでたんでしょ。バレバレですよ」

 

「誰がてめーの断崖絶壁なんざ興味あるか!俺はロッククライマーじゃねーんだよォ!!」

 

「お妙さん、俺はどんな断崖絶壁だろーと登り切ってみせますよ。何故ならそこに乳首があるから」

 

「てめーら殺されてーのか!!」

 

「ぬしら、とぼけてもムダじゃぞ。顔に書いてありんす」

 

「どこにだよ!オイラ達やらしい事なんて何も考えてないよ。ねっ、銀さん」

 

「そうだよ、やらしい事考えてる奴なんてどこにも……………………」

 

チラリと背後の将軍を振り返ると、鼻血をボタボタと垂らしていた。

 

 

ーー将軍かよォォォォォ!!

 

 

銀時のごまかしも、これのせいで無効となってしまった。若干口元を引きつらせ、銀時は将軍を見上げる。

 

「……あの、スイマセン将ちゃん?期待に胸膨らませすぎですから。……企みバレバレになっちゃってますから」

 

「将軍家は代々遠足前日はそわそわして眠れない派だ」

 

「知らねーよ。取り敢えず今は黙って寝ててくれないですか」

 

これでは当初狙っていた「騎馬戦によるポロリ」はもう見込めない。話の流れを大きく変化させないように、次の作戦に移ろうと思考を切り替えた。

 

「よしよしわかった。じゃあ平等にジャンケンで決めよう。勝った奴から上になるか下になるか好きに決めていく、それでいいだろ?その代わりドベは罰としてあの飛び込み台てっぺんから飛び降りだ」

 

銀時が次に狙うポロリは、飛び込み台最上階から女を飛び降りさせることで、水着を吹っ飛ばそうというものだ。水着が脱げなくても最悪食い込みは見込める。完璧な作戦だ。

しかし、話を聞いていた志乃は訝しげな視線を送る。

 

「何でそんな事しなきゃいけないの?騎馬戦と全然関係ないじゃん」

 

「罰あった方が盛り上がるだろ、そーいうのでキャッキャッ盛り上がるのがいいんだろ」

 

「罰ゲームじゃなくても飛び降りれるけど」

 

「うるせーんだよ、怖い奴もいんの!」

 

異を唱えた志乃を何とか言いくるめ、全員でジャンケンを開始する。そして順調に負けていった者が、実際に飛び降りた。

大きな水飛沫を上げて落ちたそれは、徐々に浮き上がってくる。うつ伏せの状態でパンツの食い込みを晒した将軍が、プカプカと浮いていた。

 

 

ーー将軍かよォォォォ!!!

 

 

またか。またなのか将軍。アレ?なんかこんな感じのパターン、前にもなかったっけ?

銀時プレゼンツのおもてなし計画が、悉くもてなす対象のせいで潰されていく。思わず二回目の苦言を呈した。

 

「ちょっと……将ちゃん……いい加減にしてくれませんか。誰のためにやってると思ってるんですか。邪魔すんのも大概にしてください」

 

「将軍家は代々もっさりブリーフ派。だがTバックもまたよきものなり」

 

「何新たな嗜好に目覚めてんの!?」

 

図らずも、ある意味純粋な将軍に新たな扉を開かせてしまった。これが良い事なのか悪い事なのか判断する前に、月詠の呆れた視線が向けられる。

 

「オイ銀時、コレのどこが盛り上がるんじゃ。おっさんのケツにパンツが食い込んだだけではないか」

 

「バカヤロー、あんな高貴な食い込みホントは一生拝めねーんだぞ」

 

「食い込みに高貴もクソもないでしょ。ただ汚らしいケツが出ただけじゃん。何がそんなにいいの?」

 

「コラ志乃ォ!てめっ言っていい事と悪い事があるって兄ちゃん教えただろーが!」

 

「嫌悪を覚えるものにはとことん貶していいとも教わったけど」

 

純真無垢な瞳で放たれる罵声。志乃は「汚らしいおっさんなのは事実じゃん。何が悪いの?」と言いたげな目で銀時を見つめる。誰がこんな子に育てたのだろうか。頭を捻った銀時の後頭部に、目に見えないブーメランが突き刺さった。

 

将軍が冒険号となり、意識障害に陥りかけるなど一悶着あった後、神楽がこう提案した。

 

「そんなにポロリやら何やらが見たいなら、いっそ騎馬戦のルールを変えてみたらどうアルか」

 

「!」

 

「鉢巻きなんてまどろっこしいものじゃなくてポロリをした者から脱落。これでいいアル」

 

「おっ、ナイスアイデア」

 

「それはいいわ」

 

「名案じゃ」

 

「ポロリ見放題だ、よかったな」

 

「ちょっと待ってェェェこんなムサい状態でんな事やっても何もいい事なんてねーんだよ!!」

 

「ハイじゃあ始めェェ!!」

 

志乃の号令と共に、神楽、お妙、九兵衛、月詠が一斉にゴムボートをひっくり返した。そこに乗っていた相方役が銀時・将軍コンビを強襲する。

「何勝手に始めてんだァァ!!」という兄の抗議の声は、妹の耳に全く入らなかった。

 

「さーて…よし!ビーチバレー再開しよっか」

 

「そうね、そうしましょう」

 

「凛乃もそれで構わないか?」

 

「……はい」

 

女性陣から無害扱いを受けていた凛乃は、この時初めて己の立ち位置に密かに感謝した。




次回、スキーをしに雪山に行きます。


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スキーは今時だと中学生で覚えさせられる

前回夏の話で今回冬の話。

季節ぶっ飛んでますがお気になさらず。


冬。すっかりと冷え込んだこの季節、寒くなると降ってくるものがある。

 

「雪だ」

 

窓の外を眺めながら、温かい部屋の中で志乃はポソリと呟いた。

雪やこんこん、霰やこんこん。なんて子供の頃桂から教わった童謡を口ずさみながら、宙を舞う雪を見つめる。

 

「いいなぁ、遊びに行きたい」

 

遊び盛りの子供にとって、部屋の中で過ごすとはそれすなわち苦痛である。あやとりも飽きたし漫画も飽きたし、することがなくて死にそうだ。

そう零してみても、返してくれる人は誰もいない。杉浦と凛乃は真選組、時雪も昨日から警察庁での仕事で家を空けており、志乃一人が留守番していた。

 

 

リリリリリンリリリリリン

 

 

「お?」

 

窓の外から視線を移した先には、固定電話。仕事の依頼か何かだろうか、と受話器を取りに向かう。

 

「ハイもしもし、こちら万事屋志乃ちゃんです」

 

『もしもし、志乃ちゃんアルか?』

 

「え?神楽?」

 

電話の相手は、なんと親友である神楽。

 

「何、どうかしたの?」

 

『フッフッフッ……聞いて驚くアル志乃ちゃん。なんとこの女王神楽様が、近所の福引でスキー場団体招待券をゲットしたネ!!』

 

スキー場。それはいわば夏におけるプールのような存在。子供にとってのオアシス、冬休みを満喫するために最も重要な場所。

その名を聞いた志乃の胸の中に、熱いものが込み上げてきた。

 

『志乃ちゃんもおいでヨ!一緒に行くアル!』

 

「かっ……神楽様ァァァァ!!」

 

神はここにいた。感動のあまり、両指を絡め、膝をついた志乃は天を仰いだ。

 

********

 

というわけで、やってきたました、スキー場。

どこぞのバラエティ番組の第一声か、とセルフツッコミを入れて、神楽と共に雪の上を走り回る。

 

「ぃやっほォォい!!ねえねえ神楽、何して遊ぶ!?」

 

「世界一デカいネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲作るアル!」

 

「よっしゃ!じゃあまずは真ん中の棒からな!」

 

雪遊びの方針をサクッと決め、行動に移す。雪遊びの定番といえば、雪だるま作り。だが、二人が作るのはただの雪だるまじゃない。雪を固めて巨大なネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を作るのだ。

 

志乃の子供の頃の記憶といえば戦場で暮らしたものばかりだが、その中には雪に触れ合う機会もあった。その中で一度だけ、兄達が少しでも彼女を楽しませようと、小さな雪兎を作ってくれたことがある。あの時は嬉しくて嬉しくて、どこにでも雪兎を連れていった。しかし、火の近くに置いていたせいで溶けてしまい、悲しくて泣いて銀時達を困らせた。

 

そんな事もあったな、と思い出に耽っている間に、志乃と神楽の身長を足しても足りないレベルの高さの砲台が完成した。後は横に、巨大な球体をくっつけるだけである。

 

「じゃあ志乃ちゃんは左側作ってヨ。私右側やるネ」

 

「オッケー、任せて〜」

 

サムズアップをして、砲台から遠く離れた場所にしゃがみ込み、雪玉を作る。小さなそれをゴロゴロ転がして、砲台の下にそのまま設置するのだ。

地道に転がしていくと、次第に雪玉のサイズが大きくなっていく。己の身長を遥かに越しても、まだまだ足りない。あの砲台に並び立つほどの玉ならば、立派なものに仕上げなくては。

気合を再注入し、重たくなった玉を転がすと、玉の向こう側から何やら揉めているような声が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

回り込んで反対側を見てみると、志乃と同じく巨大な雪玉を作っていた神楽の前に、沖田が立っていたのだ。

 

「あれ?何で総兄ィまで一緒ーーに……」

 

対峙した二人は、こうなる事が決まっていたかのように、同時に手を出した。

並んでいるだけならば何事も起こらないのだが、ライバル同士の二人はそうはいかない。出会えば争うことが運命として定められているのだ。

 

こうなると、志乃は基本「無視」を選択する。単純に、あの二人の喧嘩に巻き込まれたくないからである。いくら親友と上司(名目上)が相手だとしても、こればかりは関わりたくないのである。

 

「さ〜て、さっさと雪玉を…」

 

 

メリッ

 

 

「ん?」

 

何か硬いものが埋め込まれたかのような音を耳が拾った。ふと上空を見上げると、神楽の作っていた超巨大雪玉がヘリコプターにぶつけられたのだ。

 

「…………は?」

 

嫌な予感が一瞬にして全身を駆け巡った。志乃は雪玉を放置して逃げ出す。その直後、ヘリコプターが爆発して、ゲレンデに落ちてきた。火と煙が辺りに充満する中、志乃は近くにあったソリを手に取り、ヘリコプターの残骸と神楽と沖田の喧嘩からさらに距離をとる。

 

「は!?何!?何でスキー場にヘリコプターが飛んでるわけ!?」

 

混乱をよそに、事態は進んでいく。ソリで滑っていると、隣を同じくソリが並走してきた。乗っていたのは雪遊びにはしゃぐ子供ではなく、パンイチのおっさん二人だった。一人はうつ伏せになって腰を高く上げ、もう一人は膝立ちで上から相手の尻を抱えるような体勢だった。そんなブレーキもかけていない状態で、ソリは志乃を追い越しあっという間に斜面を滑っていく。

 

「……えっ、何あれ」

 

呆然としたのも束の間、二人を乗せたソリは少し盛り上がった箇所で分離し、それぞれ落ちていった。その下でわあわあ騒いでいる連中に、見覚えがあった。

 

「何してんのトシ兄ィ」

 

「は!?お前こそ何でここに」

 

「何でって……神楽がスキー場団体招待券ゲットしたって言うから、それに誘われて。つかもしかして、さっきソリで滑ってったのって近藤さ……」

 

「そんな事今はどうでもいいんだよ!!とにかく将軍を……」

 

「将軍?」

 

何故ここで出てくる将軍?聞き返そうとした頃には既に土方は将軍が飛んでいった方向へ向かっており、志乃は一人立ち尽くす。

しかし、何やら面白そうな事(トラブル)が起こったことは確かだ。土方にこっそりついていき、様子を見ることにした。彼女は完全にこの状況を楽しんでいる。

 

将軍は分離した後、ゲレンデに遊びに来ていた一般人にぶつかってしまったそうだ。将軍及び相手の安否を確認する。

 

「オイ大丈夫かアンタ」

 

「あー、大丈夫大丈夫。俺も初心者だからよくあるよな。ボードだけ滑らしちまうの。まァお互い気をつけようぜ」

 

将軍がぶつかった一般人は、銀時だった。彼は足元に転がる将軍に乗っかり、そのまま滑っていってしまったのだ。

 

「ちょっと待ってェェェェ!!それ将軍んんん!!」

 

猛スピードで遠ざかっていく銀時を追うべく、土方も全速力で走り出す。事態がさらに面白い方向へ転がっていったようなので、再びソリに乗り彼らを追いかけた。

しかし、人間とはいえスノーボードのスピードに足では到底敵わない。土方は隣を滑っていた近藤の上に飛び乗った。

 

「ちょっと待って副長。それ局長ォォォォ!!」

 

山崎の叫びをバックに、男達は雪山の斜面を滑っていった。志乃のソリも、彼らに追いつくためブレーキをかけずに乗っていた。なんとか食らいついた土方達が、ようやく銀時に並走する。

 

「止まれェェェェ!!止まれって言ってんのがわかんねーのかこの腐れ天パ!!」

 

「アレ?オイ志乃、何でコイツがこんな所にいやがんだ」

 

「さァ?」

 

「てめェいちいち状況を妹に確認とらねェと気が済まねェのか!!んな事言ってる場合じゃねェ下見ろ下!!それボートじゃねーぞ!!」

 

「あっ、いつの間に!!」

 

「いつの間にじゃねーだろ!それ誰なのかわかってんのか」

 

「つーかお前のボードも誰だそれ」

 

「あっ、いつの間に!!」

 

「オメーも同じだろーが!!」

 

「とにかく一刻も早くそれを止めろォォ!!切腹じゃ済まねーぞ!!」

 

「止められるもんならもう止まってるわ!!ボードも初心者なのに人間の止め方なんてわかるワケねーだろ!オイ志乃どーすればいーんだコレ」

 

「暴走する人間には包み込むような優しさが必要だよ。とりあえず田舎にスタンバイして温かい料理と心を用意して……」

 

「田舎に泊まろうじゃねーんだよ!!てめェ楽しんでんだろクソガキ!!」

 

久々に飛び出したクソガキ発言。何となく懐かしいなと思っていると、銀時が解決方法を見つけたらしい。

 

「オイちょっと待て。これパンツ、パンツを引っ張ると微妙に速さが落ちるぞ!!」

 

「なに!?パンツで人間ボードが操縦できるっていうのか!!」

 

銀時に倣い、土方も近藤のトランクスを引き上げる。すると確かにスピードが落ち、代わりに溝のようなものが出来ていた。

 

「ねェ銀、なんか変な跡みたいなのが出来てるけど。何これ?」

 

「ブレーキの跡だ」

 

「ブレーキ?」

 

「ブレーキって人間の体のどこからブレーキが出てくんだよ」

 

「前立腺ブレーキ。パンツを引っ張ることによって前立腺が刺激されて起動するブレーキだ」

 

「ああ〜、なるほどねー」

 

「なるほどねー、じゃねェェェ!!ちょっと待てェェェェそれただのアレじゃねーか!!」

 

ポン、と掌を叩いた志乃に土方がツッコんだ。志乃のいる手前、アレの正式名称を、というか小説でさえ言うのが憚られるのだが、そんな事をしている間にも前立腺ブレーキは雪に跡を残していく。

 

「やめろォォォもうそれ以上ブレーキは使うな!!世継ぎが生まれなくなるぞ!!」

 

「しのごの言ってる暇はねーんだよ!!止まんのが先決だろーが!!」

 

「あ”あ”あ”あ”あ”やめろォォォ!!」

 

二人と人間ボードと志乃のそりが、再び宙を舞う。着地の瞬間、バキッという何かがへし折れたような音がした。後ろを振り返ると、真っ白な雪面に、赤い血溜まりが出来ており、滑った跡に沿うように続いている。

 

 

ーーブレーキ、壊れたァァァァァッ!!

 

 

顔面蒼白状態は長く続かず、二人を乗せたボードはコースから外れ、フェンスをぶっ飛ばして山の中へと進んでいく。

これはヤバイ。冷や汗をかいた志乃は、銀時と土方を救うべく全速力でそりを滑らせる。

 

「オイ志乃ォォォこれ何とかしろォ!!」

 

「頼むなんとか止めてくれェェェェ!!」

 

「無茶言うなやァァ!!こっちだってそりでてめーらのスピードに合わせるのに必死なんだよ!!この状況下で木にぶつからないようコントロールしてるだけでも凄いんだからね私!!」

 

事故を起こさないよう必死でそりを操作する。彼らを助けることは出来ないのか、と頭の片隅で弱音を吐いた。その時だった。

 

「銀さん、大丈夫!!今助けに行くわ」

 

「姐さん!?」

 

颯爽とボードを滑らせて、お妙が現れた。彼らが危機に陥っている中、コースを外れてまで助けに来てくれた。

 

「お妙……お前……」

 

「僕達が来たからにはもう大丈夫ですよ!!」

 

「なに当たり前のように人間ボード乗りこなしてんだこの姉弟(きょうだい)ィ!?」

 

雪の飛沫から現れたのは、姉を背中に乗せた新八だった。一体何がどうなっているんだ。お前基本ツッコミ担当じゃなかったか?というツッコミが頭をよぎる。

 

「ボードの練習をしていたら間違って新ちゃんの上に乗っちゃって」

 

「何をどう間違ったらそうなんの?意味わかんないんだけど」

 

「そしたら意外にボードより乗りこなせることに気付いたの。やっぱり姉弟ね」

 

「弟ボードにしてる時点で姉弟じゃねーよ」

 

「人間ボードの操り方を教えてあげるわ。いい?始めにボードがかけている眼鏡を取って。コレがハンドル代わりになるわ」

 

「ごめんなさい始め(はな)からできません、ボードがみんな眼鏡かけてると思わないでください!!」

 

「つーか根本的な疑問だけど、何で眼鏡で人間ボードが操れるわけ?」

 

お妙の乗っているボードは眼鏡を標準装備しているが、銀時と土方のそれは最初からついていない。眼鏡(ふぞくひん)がないのなら、始めから彼らのボードは欠陥品であった、ということになる。残念。

それでは対策のしようがない、とお妙が言い切る前に、木の枝に手が当たり、眼鏡を落としてしまった。

 

「新ちゃんんん!!」

 

「いやそれ新ちゃんじゃねーし」

 

「どうしたらいいの、コレじゃ何もできないわ」

 

「お前ら一体何しに来たんだ!!」

 

このピンチの状況下で、救いが全くない事実に銀時がキレる。並走していた妹は自分達に追いつくのに精一杯で、お妙と新八は人間ボードの可能性を見せてくれただけ。後者に至ってはマジで何をしに来たのかわからない。

 

「オイ、いい事教えてやるよ。前立腺ブレーキって知ってるか」

 

「副長壊れ出したよ!!キャラじゃねェセクハラ発言しだしたよ!!諦めモードだよ!!」

 

「銀ちゃーん、大丈夫アルか!?」

 

次に聞こえてきたのは神楽の声。やっと助けが来たか、と振り向いた。しかし、目に入ったのは大きな雪玉から神楽が顔だけを出し、こちらへ転がってきている絶望的な光景だった。

 

「今助けに行くアル、待ってて!!」

 

「ウソをつけェェェェ!!」

 

彼女自身もかなり危機的な状況にあるものの、銀時達にかける声は明るい。

 

「明らかに助けてもらいに来たんだろーが!!手も足も出ない状況だろーが!!」

 

「そんな事ないヨ、みんなはきっと私が助けてみせるアル!」

 

「どうせみんな死ぬんだ」

 

「えっ」

 

雪玉の中には神楽だけでなく、沖田も巻き込まれていた。一瞬驚いたものの、すぐに神楽にシフトする。

 

「諦めたらそこで試合終了アル」

 

「何が辛いって、最後まで希望をもって死んでいくことだよね」

 

「なんかちょくちょくブラックな事挟む奴いるんだけど!?」

 

神楽がポジティブな言葉をかける一方、沖田がネガティブな言葉をかけてきて、結局プラマイゼロになる。

 

「惑わされないで」

 

「お前の戯言にか」

 

「アンタら何やってんだよ、何で天使と悪魔の囁きみたいになってんの」

 

「いいえ、私でもお前でもない」

 

「そして俺でもお前でもある」

 

「「そう、全ては黒でも白でもない真の闇へと返る」」

 

「結局ただの真っ黒の玉になったァァァ!!」

 

光が闇に呑まれ、希望を絶望が覆う。助けに来てくれた(?)神楽達でさえこうなってしまったのだから、もう救いの手は差し伸べられないだろう、と思ったその時。雪玉の中から、神楽や沖田とは違う、見知った別の顔が現れた。

 

「雪玉の裏で、ずっとスタンバッてました」

 

一瞬、騒がしかった空気がシンと静かになる。雪玉に埋もれたロン毛の存在に、銀時と土方は淡々と口を開いた。

 

「オイ神楽」

「総悟」

「「前立腺ブレーキって知ってるか」」

 

この後の展開が容易に予想できた。志乃は背後から轟く痛々しい悲鳴にそっと目を伏せる。

しかし次の瞬間、迫り来ていた雪玉が志乃達にぶつかり、雪崩のように全員を巻き込んでいった。



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雪山ネタには遭難が付き物

「志乃!オイ起きろ!」

 

「ん……」

 

体を揺さぶられ、ゆっくり瞼を開く。視界に広がるのは、一面の銀世界だ。志乃は横向きに雪の中に倒れていたらしい。チラリと目だけを上に向けると、土方が志乃を見下ろしていた。

 

「……あれ。何でトシ兄ィこんな所にいるの」

 

「何でも何もあるか。俺達遭難しちまったんだぞ」

 

「遭難?へー、そうなんだー。…………遭難!?」

 

「オイ今のは無自覚か。それとも狙ってたのかどっちなんだ」

 

寝起きでぼんやりしていた頭が覚醒し、事の重大性に驚く。辺りを見渡してみても、あるのは木と雪のみ。スキー場にいたはずなのに、そのスキー場すら見当たらない。

状況を嘆くより先に、腰を上げて立ち上がる。

 

「…………マジ?」

 

「あァ。他の連中もいたにはいたんだが……将軍様だけが見つからなかった」

 

「何それ最悪じゃん」

 

「あァ最悪だよクソッタレ!!」

 

苛立ち任せに叫び、地団駄を踏んだ土方に対し志乃は冷めた目を向けていた。今のは何だ。癇癪か?しかし深く考えることなく、雪山の少し高い所へ集合した。

みんなで木の枝を持ち寄り、土方のライターで火をつける。焚き火を作った志乃達は、それを中心に円になって座った。

 

「…………さらし首だ。ことこうなった以上、ここにいる奴全員さらし首だ」

 

「ふざけんな、善良な市民巻き込んどいてさらし首?俺達ゃ商店街のくじでスキー旅行来ただけだ。地獄旅行はてめーらだけで行け」

 

「じゃあその旅行券には将軍をスノボーにしてもいい券も入ってたか」

 

「しらねーよ。気づいたら勝手にアイツが下になってたんだ」

 

「そういやアイツ昔言ってたアルヨ。上に立つ者は下の者の気持ちしらねばならんとか」

 

「下の者ってスノボーになってんだろーが」

 

「そうか、じゃあトシが俺をボードにしてたのも、局長として下の者の気持ちを知れと……そーいう事だったのか」

 

「そうだね!!俺の場合はそうだね!!」

 

「どちらにせよこのままパンイチで放っておけば、将軍様の命はないわ」

 

「あのお姉さん、目の前でパンイチでほっとかれてる奴がいんだけど」

 

「どうかしら、体を温めるには裸で抱き合うのが一番って言うじゃない。裸の人を探索に向かわせましょう」

 

「誰か毛布持ってきて。俺のハートをくるむ毛布を」

 

「将ちゃん助けるにしろみんなまとめて打ち首になるにしろ、まずは私達の安全を確保しないと助けられるものも助けられないよ」

 

「わかってらァ、俺達遭難してるんだぜ」

 

「確かに志乃の言う事も一理ある。それではメンバーを安全確保組と将軍探索組の二つに分けよう。ウン、心配いらん。将軍は俺達にとっては打ち倒すべき相手だが、こんな状況で立場身分をどうこう言っても仕方ないからな。みんな今までの事は忘れ、一個の人間としてこの危機に立ち向かおう!!今から俺はただのリーダーだ!!胸に飛び込んできてもいいぞむしろ志乃は飛び込んできてくれ!!」

 

バッと両手を広げ……られない桂は、声を張り少し遠くでみんなと円になっている志乃に呼びかける。桂は現在、雪だるまの中に閉じ込められている状態だ。手足を出すことすら難しい。

 

「まァ将軍の事はいざとなったらアイツになすりつけるとして、俺達はどーします」

 

「あの……聞いてる!?そろそろリーダーここから出してくんない」

 

「あー、寒っ……。総兄ィ、寄ってもいい?」

 

「しょーがねェなァ、今回だけだぜィ」

 

「あっちょっ、まっ……お兄ちゃんの目の前でイチャイチャすんのやめてくんない!?そして助けてくんない!?」

 

うるさい桂を放置して、話を進めていく。現在いる小高い丘を行動の基盤とし、火を焚いて煙を上げ続ける。寒さをしのげる場所を作り、残りのメンバーで将軍を探索する方針だ。

その案に、新八が不安を唱える。

 

「探索って、だんだん雪も激しくなってきてるし危ないですよ」

 

「だからこそ行かなきゃならねえだろ。煙を印にすれば戻ってこれる」

 

「でも危険すぎます。新たな犠牲者が出たらどーすんですか」

 

「じゃあ平等をきしてジャンケンで決めよう」

 

そして、公平な判断の下、将軍探索組になった者はただ一人。

 

「「いってらっしゃ〜い」」

 

近藤だ。

 

「近藤さん、くれぐれも気をつけてな!」

 

「……いや、気をつけてっていうか、何もつけてないんだけど」

 

「え!?何!?今何か言った!?」

 

「いや……あの、何か忘れてません?」

 

吹雪の風に掻き消されるような、小さな呟きをなんとか耳に入れる。微かな訴えを、志乃は吹雪のごとく冷たく叩き落とした。

 

「忘れ物?そんなんある?ないでしょ。それに、あったとしてもこの吹雪じゃ見つからないよ」

 

「いや、その……あっホラ!将軍様も身体が冷えきってるだろうし、身体を温めるものが必要だと思うんだよね〜着物とか〜〜」

 

「オイオイしっかりしろよ。着物ならあんだろう。お前の腰に」

 

「…………」

 

志乃の隣に並んだ銀時が、近藤をさらに絶望の淵に誘導する。この真冬の中、吹き荒れる冷たい風と雪に、近藤の心までもが冷えていく。

 

「もー、近藤さんのおっちょこちょい。緊急事態なんだから、もっとしっかりしてよ」

 

「あ……ハハハハ、いっけね。コイツはうっかりしてた」

 

もう救いの手は差し伸べられない。諦めて将軍探索に向かおうとしたその時、彼を引き止める者がいた。彼の腹心である土方だ。

 

「ああ、ちょっと待て。考えたら近藤さん、何も着てねーぞ」

 

「!!」

 

「ああ、ホントだウッカリしてた」

 

「オイみんな、各々着てるもんを一部近藤さんに貸してやってくれ。全員の合わせりゃ寒さもしのげんだろう」

 

土方の提案により、皆から衣類が近藤へ渡される。その全てを装着した彼は、改めて山の中へ歩き出した。ーー手のみ重装備になって。

 

「それじゃあ近藤さん、気をつけてね」

 

「う……うん」

 

全員分の手袋をはめた手で、近藤は親指を立ててみせた。

見かねた桂が雪だるまの頭部分(ヘルメット)を差し出すも、近藤に無言で投げ飛ばされたのは、語るほどの話ではない。

 

********

 

探索班(こんどう)を見送った残りの安全確保班は、吹雪をしのげる場所を探していた。しかし、いくらゲレンデの近くとはいえ、ここは人気のない山の中。手頃な小屋すら見つからない。

 

「あー……さっむ……」

 

縮こまる身体をぶるりと震わせた志乃は、肌を突き刺す寒さに完全にやられていた。身体の内側から冷えきってしまっているように感じる。

そんな中、沖田が雪を固めて何かを作っているのを目撃した。

 

「総兄ィこれ……かまくら?」

 

「あァ、まーな」

 

「オイどうした、何か食いもんでも探してんのか犬公」

 

一人せっせとかまくらを作る沖田に、神楽が絡んできた。その際、沖田に見せつけるように、志乃の腕に抱きつく。志乃は親友との戯れに対し特に何の反応も示さなかったが、沖田の目がわずかに細められた。

 

「てめーと一緒にすんな。俺ァ拾い食いはしねェ」

 

「絶対だな?絶対拾わないんだな?おっと、ポケットから酢昆布が落ちちまったぜい。へへ、どうしよっかな〜」

 

「「うがああああ!!」」

 

ポトリ、と雪の上に落とされた酢昆布に、銀時と新八が必死の形相で食らいつく。見事酢昆布に釣られた男二人に対し、志乃は呆れた顔で見下ろした。

 

「何釣られてるアルか銀ちゃん新八!!恥ずかしいからやめてヨ!!」

 

「一回地面に落ちた時点でこれは自然に還った。この食糧は俺のものだ」

 

「違うネ私のネ!」

 

酢昆布一箱を取り合う三人を眺め、土方は溜息をつく。

 

「オイ何やってんだバカども。邪魔すんならさっさと自然に還れ。ったく、貴重な食糧で遊びやがって。ーーおっと、マヨネーズが落ちちまった。どーしよっかな」

 

ボトリと雪の上に落とされたのは、マヨネーズが詰まったチューブ。しかし、誰もマヨネーズを求めてスライディングをしない。

何がしたいんだ。一体コイツは何がしたいんだ。呆れと共に苛立ちがむくむくと湧き上がり、志乃は地面に落ちたマヨネーズを蹴飛ばした。

 

「うがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「これで邪魔者は消えた」

 

「よくやったなァ嬢ちゃん」

 

「なんか無性に腹が立って」

 

こっちは寒さのせいで、ツッコむ元気もなくなっているというのに。くだらないボケに振り回されている場合ではないのだ。緊急事態なのに、いつものようにバカを始める一行に、志乃は何度目かの溜息を漏らした。

 

「沖田さん、ひょっとしてそれってかまくらですか」

 

「こんな人里離れた所に小屋なんてあるわけねーだろ。だが雪だったら腐る程ある。だったら雪の中にこもって風雪をしのげばいいだろ」

 

「そんな事できるの?かまくらってすごいね」

 

雪遊び経験ほぼゼロの志乃が素直に感嘆すると、銀時と神楽がニタニタと笑い出した。

 

「おやおや、聞きましたか神楽さん。彼ら、雪をしのぐために雪の中に穴ごもるらしいですよ」

 

「プクク、いよいよ田舎の猿どもが獣らしくなってきたアルナ。雪の中に入って寒さなんてしのげるワケないネ!んなもん冷凍庫に入るようなもんアル」

 

「フリーザ様の冷徹な攻撃は懐に入ってもしのげやしねーんだよ!!部下でありながら故郷の惑星ぶっ壊されたベジータの苦しみ忘れたか!!」

 

二人に嘲られた沖田は、不服そうにジロリと彼らを見上げる。そこまで言うのなら入ってみろ、と言われるものの、かまくらの有能性を知らない二人はいやらしい笑みを刻んだままだった。

試しに銀時と志乃、神楽の三人で入ってみると、そこは極寒の外と比べて天国のようだった。分厚い雪で固められた内部は外の風を受け付けず、中に入った銀時と神楽を優しく包み込む。

 

「へー、かまくらって結構中あったかくなるんだね」

 

「そうだろう。入口が狭いから中の人間の熱が内にこもるんだ。フタをすればもっと暖かくなる」

 

「まァお前らには貸さねーけどな。もっといい寝床があるらしいから」

 

今度は沖田が仕返しとばかりにニタリと笑ってみせた。しかし、銀時と神楽は寝転んだまま動かない。

 

「べ……別に全然いいけど。こんな狭くて薄暗い所、御免こうむるぜ」

 

「こんな所じゃ寝返りもうてない」

 

「そう言う割にはすごいリラックスしてるけど」

 

「うっせーな、アイツらが入れっつったからわざわざゴロゴロしてやってんだよ。わかったか志乃」

 

何でコイツこんな上から目線で物を言えるんだろう。志乃の目が呆れの色を帯びる。志乃がかまくらから撤退したのを確認すると、銀時は神楽を肩車して、立ち上がった。

 

「よっこらせっと。よし、じゃあ俺らも寝床探すか」

 

「どっから出てきてんだァァァァ!!」

 

勢いよく立ったせいで、かまくらの天井が見事突き破られる。かまくらを壊しておいて、銀時は白々しくキョトンとしてみせた。

 

「え?いや入口は狭いから別から出た方がいいかなと思って」

 

「ふざけんなテメーらわざとだろ完全に悔しくて壊したろ!!」

 

また口論に発展しそうな銀時と土方。こんな非常事態だというのに、犬猿の仲は協力をも拒むらしい。事態の悪化を食い止めるため、志乃が叫ぶ。

 

「あーもーいい加減にしろよバカ共!!こんな事に使う体力があるんなら早く寝床確保しろよ!!さっきより吹雪ひどくなってきたし!!てめーら全員まとめて凍え死にてーのか!!」

 

「おーい志乃、こっちだこっち」

 

風雪の最中に、聞き馴染みのあるムカつく声を捉える。振り返ると、雪だるまから手足を突き出した桂がこちらへ手招きしていた。

 

「こんな時までケンカしてちゃダメだよ〜!俺のかまくらにみんな入れてやるから早く来い」

 

そう言って桂が示しているのは、かまくらというか木のうろ。まるで熊が冬眠用に使うような場所であった。

 

「いや……何ここ。何この穴。絶対中に熊いるじゃん。何見つけてんの」

 

「安心しろ、獣なら俺がもう追い払った」

 

「えっ?本当に熊の巣だったんですか!?」

 

「ハハハ。熊などこんな所にいるものか」

 

桂に続き、銀時と新八、志乃がうろの中を覗く。そこには、血で汚れた超巨大なスニーカーが一足置いてあった。

 

「ただの、ビッグフットだ」

 

「…………」

 

「ーーただのビッグフットなんてこの世に存在しねェェェェ!!」

 

真顔で未確認生命体の名を連ねた桂は、何食わぬ顔でうろの中に入っていく。衝撃に震える三人は未だ喚き散らしていた。

 

「なんでこんな所に伝説のUMAが生息してんだァァ!!なんでビッグフットがスニーカー履いたんだァ!」

 

「いや、確定はできないがな。俺も動揺してたからな。実際はちょっと足の大きなだけのおじさんだったかもしれん」

 

「いや完全確定だよね明らかにデカ過ぎるよね!!」

 

「俺が一晩の宿をと頼み込んだんだが全くきく耳ももってくれなくてな。ならば一筆と手紙を画鋲で止めて上靴に入れておいたらどうにか気持ちが伝わったらしい」

 

「何も伝わってねーよ足画鋲で血だらけになってんでしょーが!!」

 

あまりの超展開に頭がついていけない。桂はさらに、巨大スニーカーの中に入り込み、そこで寝そべった。

 

「こんな素敵な(ベッド)まで残していってくれた」

 

「それただの臭ェスニーカー!!」

 

「これに入っていれば、まず凍死する事はあるまい……いだっ!!背中に何か刺さったァァっ!!誰だァァこんな所に画鋲を入れた奴はァァァ!!」

 

お前だよ。そうツッコもうとした時、重い足音が遠くから聞こえてきた。

しかも足音は、どんどんこちらへ近づいてくる。命の危機を感じた志乃達は、画鋲に痛み悶える桂を放置し、一目散に外へ出た。

急いで木から離れ、冷たい風が吹き荒れる中、歩き出す。しばらくして、桂の悲鳴が遠くの方から微かに聞こえてきた。

 

長時間寒い所にいるせいで、だんだん体温までもが低下していく。いよいよヤバい、と全員が最悪を覚悟すると、再び一行を引き止める声があった。

 

「みんな〜こっちこっち。いい場所見つけたわよ!!」

 

「姉上!!」

 

お妙が見つけたのは、先程の木のうろよりもっと大きい洞窟だった。それを気付いたみんなは次々と洞窟の中へ入っていく。

 

「こんな所に洞窟があったなんて」

 

「寒さは大して変わらねーが、どうやら雪だるまになる事だけは避けられそうだな」

 

「ええ、ここでなら食事もなんとかなりそうだし」

 

「えっ、ホントですか」

 

寒さをしのげるだけでなく、食糧確保もできるとは。先程の桂とは大違いだ、と期待を胸にした瞬間、ドシャッと音を立てて、地面に何かが落ちる。

 

下に視線を向けると、お妙があるものを踏みつけていた。

頭頂部から背中にかけて棘が生えており、腕にはコウモリのような翼、口には鋭い牙を携えている異形のもの。これを生物と呼んでいいものかもわからない。それがお妙の背後に山のごとく積み上げられていた。

頬を引き攣らせて、新八が尋ねる。

 

「……姉上。それ何ですか」

 

「チュパカブラスよ」

 

……いやお前もかィィィィ!!志乃は心の中でシャウトした。

 

何故この山にはこんなにUMAが生息しているのだ。世界中でも珍しいものなのに、何故極東の山に二種類も存在しているのだ。ツッコみたい事が多すぎて、まとめられない。

ここがチュパカブラスの巣だとか、その先に超古代文明都市があるとか、そんな話は右から左へ受ける間もなく流されていく。考える事を放棄した彼らは、洞窟の外へ出る選択をしたのだった。



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