久多良木夫妻の帝国漫遊記 (椿リンカ)
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来訪編
ワイルドハント1/3壊滅篇


投稿作品の一部とリンクしていますが、知らなくても大体読めます。

要約すると「シュラとエンシン、どんまい」っていう話


帝国,帝都のとある街角にて___________

 

久多良木大地は激怒した。かの暴虐邪知の大臣を倒さねばならぬ。

帝国の政治に関しては正直、その国の民たちが選ぶべきであり自分には口を出す権利が無いと思っている。だがしかし、かの圧政を振るう大臣は幼い皇帝を傀儡としている。

子供というものは時に慈しみ時に叱りつけ、立派に育てることが大人の務めという信念を持っていた。

その信念が叫ぶのだ、『彼の悪逆非道な大臣を更生させねばならぬ』と。

 

「お父さん、私たちのクリア条件はこの帝国の革命達成まで生き延びることよ?」

 

その最初の難関が、自分の妻である久多良木陽子であった。

「しかしだな、こんな悪事を見過ごせというのか?」

「私たちはただの”部外者”よ?かかる火の粉は払えばいいけど、対岸の火事に真っ先に飛び込んでファイヤーダンスするのはいけないわ」

「なんだその例え方・・・」

「ほら!私たちの最終目標は?」

「・・・娘と息子を探すことだな」

「そうよ。でもね、その前に死んじゃったら駄目じゃないの」

「う、ううむ・・・そうだな」

 

・・・・・・話は数週間前にさかのぼる。

 

 

 

【数週間前】

 

久多良木夫妻には8人の子供がいた。いや、正確に言えば7人の子供たちだ。

その7人のうちの二人、久多良木露子と久多良木朝人の姉弟がいなくなってしまったのだ。捜索願も出したのだが、1日経過しただけではやはり成果はあげられないだろう。

 

「あの子たちったらどこに行ったのかしら・・・」

「うううう・・・うおおおお・・・」

「お父さん、ごはんぐらい食べてください」

「だがなっ、露子が!!露子が!!」

「朝人もです」

「朝人はまだ柔道もできるし、あいつだって鍛え上げた男だ。だがな、露子は女なんだぞ!?もしも何かあったらそんなお前・・・」

「あらあら、また朝人から”親父がうざくてごはんがまずくなる”って言われるわよ?」

「うう・・・」

 

そんな折、呼び鈴が鳴った。

・・・ちなみに現在の時刻は夜の12時直前である。

 

「あら、こんな時間に誰かしら?」

「まさか警察・・・もしかして露子か!!???」

 

夜中にも関わらず大きな足音を立てて大地は玄関へと向かった。

誰がいるかも確認せずに勢いよく玄関の扉を開け、呼び鈴を鳴らした相手に抱き着いた。

 

「露子オオオオオオオオオ!!!!パパは心配しちゃったんだからなああああああ!!!!」

 

「すみません人違いです」

 

「・・・えっ」

 

大地が相手を確認すると、そこにいたのは男であった。

・・・真っ黒な翼、頭から角の生えた銀髪長身の美男である。

 

 

銀髪長身の男・・・ロッドバルトの話を聞くに、どうやら久多良木露子と朝人の二人は男が経営している会社『レイク・オブ・スワン』によって異世界にいるとのこと。

本来ならば特段、顧客の家族等にそういったことは説明しないし会わない規定である。

しかし昨日、会社において顧客情報の流出が発覚し、その謝罪のために顧客及び顧客情報に含まれた人物たちに菓子折りを持参していたそうだ。

 

「信じてもらえましたか?」

 

大地と陽子の二人に翼や角を触られながらロッドバルトは彼らに尋ねた。

 

「・・・ううむ、角の生え際もまるで直に生えているようだな」

「翼も本物みたいねぇ」

「本物なんですがね」

 

「そんな荒唐無稽な話を信じろと?無理だな」

「・・・」

「それはもちろんそうだと思い・・・・・・なんです?」

 

「陽子、どうした」

「脱ぎなさい」

「「えっ」」

 

陽子はにっこりと満面の笑みで、ロッドバルトの服を掴んだ。

 

「翼の生え際も確かめないといけないでしょう?脱 ぎ な さ い」

 

その直後、陽子の腕力によってロッドバルトの服が無情にも裂かれた

 

 

 

・・・上半身の服装が襤褸切れになったロッドバルトはすでに帰りたくなっていた。それもそうだろう。謝罪に来てまさかこんな辱めを受けるとはだれが思っただろうか。

 

「翼の生え際もちゃーんと自前だったみたいね、お父さん」

「お、おおう・・・」

「それじゃああなたの話を信じてあげてもいいわ。露子と朝人に会わせてちょうだい?」

 

その言葉にロッドバルトは反応した。いや、やっといつもの本領が発揮できる状況になったことでテンションが上がった。

 

「タダとは無理ですね。そうですねぇ、異世界で目標をクリアしたら居場所を教えてあげますよ」

「ぐっ・・・この男」

「・・・いいわ」

「!」

「なっ、陽子!こんな怪しい男の提案に」

「血判状」

「「えっ」」

「こういうときは、血判状が筋でしょう?そうそう誓約の条文もしっかり確認して穴が無いようにしておかなくちゃ。一つでも逆手にとられたら約束を反故にされそうだもの」

「「・・・」」

 

 

・・・こうして、彼らは娘と息子の居場所を知るために、とある異世界・・・【アカメが斬る!】の世界で生き延びることを条件に異世界移動したというわけだ。

 

【回想終了】

 

 

場所は戻り、帝国の帝都、ある街角・・・

 

「お父さんも私も普通の人間よ?この世界って危ない生き物や悪い人が多いでしょう?」

「確かにな。露子の読んでいた漫画に似たところとは聞いたが・・・誰もいないようだな。まるでゴーストタウンじゃないか」

「どうしたのかしら?何かあるのかもしれないですね」

「・・・心配するな。お前は俺が守る」

「あらもうやだっ、お父さんったら」

 

こうして話していると、背後から「おいお前ら」と声を掛けられた。

振り返ると、褐色肌で十字傷のついた男と腰に曲刀を下げた男がいた。

 

「見たところ夫婦かあんたら」

「へぇ、女のほうは随分美人じゃねぇか」

 

「あらやだ、美人だなんて嬉しいわね」

 

久多良木陽子は年齢の割にとても若々しく見える。とても8人も子供を産んだ経産婦に見えないほどスタイルも良い。・・・まぁ、それもこれも本人のアンチエイジングへの情熱の賜物である。

 

「しっかし、こんな帝都に旅人なんて怪しいよなぁ、シュラ」

「これは革命軍のスパイかもしれねぇ。おい、俺たちは秘密警察ワイルドハントだ。取り調べさせてもらうぜ」

 

「っ!おい陽子、こいつら・・・あの」

「あらあら、そういえばそうねぇ」

 

ワイルドハントの中でも凶悪な位置にいるシュラ、エンシンに遭遇した大地は身構えるものの、陽子はのんびりとしているようだ。

 

「んじゃまぁ、まずは人妻のほうから・・・」

 

エンシンが陽子に手を伸ばそうとする。が、そうはいかなかった。

陽子がエンシンの二の腕を引っ張り、彼の体勢を崩して倒れてしまう。腕をそのまましっかりとつかんでいた陽子は・・・彼の腕を・・・

 

・・・肩が外れる音が通りにやけに響いた。

 

「っっ、ぎゃあああああ!!!」

「あらあら、悲鳴をあげちゃうなんて・・・存外可愛らしいわね」

「って、めぇ!!なにしやがんだこのクソババア!!」

「・・・ババア?」

 

陽子はそのまま彼の頭を勢いよくつかんで地面にぶつけた。一度ではなく、二度、三度・・・5回ほどぶつけたところで、少しだけエンシンの髪の毛を掴んで自分のほうに向けさせる。

 

 

「あと何回ぶつけたら、人の頭って割れちゃうのかしらねぇ。私、それはやったことないから、試してもいいかしら?その前に顔が潰れちゃったらごめんなさいね。」

 

 

陽子のにこやかな笑顔に、さしもの海賊エンシンも血の気が引いた。呆気にとられていたシュラではあったが、やっと思考停止状態から解放されたらしい。

そのままシュラが陽子に近づこうとするが、大地が立ちはだかる。

シュラは彼の胸ぐらをつかみかかるが、彼は一切引かない。

 

「お前の相手は俺だ」

「あぁ!?ふざけんじゃねぇぞおっさん!俺を誰だと思ってる、オネスト大臣の・・・」

「親の権力を笠に着るんじゃない!!!」

 

胸倉を掴んでいたシュラの鳩尾に大地が拳を繰り出す。油断していたシュラも態勢を崩しながらも急いで大地と距離をとった。

 

「・・・ハッ、いい度胸じゃねぇか。てめぇをなぶり殺しにして、てめぇの目の前でそのクソアマ犯してやるよ!」

「社会の屑が大きな口を叩くのは世界共通のようだな。親も屑なら子も屑か・・・あぁ、お前の親は屑どころか、産業廃棄物だな。社会に役に立たず、害にしかならない存在でしかない。あんなどうしようもない汚物を父親に持ったお前を憐れんでやる。・・・かかってこい」

「ッッッ!!!てめぇぶっ殺してやる!!」

 

怒りで我を忘れて、高めた技術を冷静に使う判断力を奪われたシュラは・・・大地にとって格好の獲物になった。

ただ突っ込んできたシュラを躱し、彼の髪の毛を掴んで体勢を崩した瞬間に更に腹部を蹴り上げた。地面に倒れ込む膝をつかって股間を蹴り上げる。

 

「~~~~~~ッッッッ!!??」

「・・・他愛もないな。冷静に戦えない時点で二流に過ぎんぞクソガキ」

 

「お父さーん、そろそろ行きましょう?」

 

陽子がにっこりとエンシンの頭を掴んで地面にぶつけながら大地に話しかけた。

 

「・・・お、おう。まぁ、その、そろそろやめてやれよ」

「あらぁ、金的したお父さんには言われたくないわ。ちょっと頭を地面に打ち付けるだけの可愛らしいものじゃない。そんなに私、腕力ないわよ?」

「えっ・・・」

「・・・ないわよ?」

「アッハイ、ソウデスネ」

 

パッ、とエンシンの頭を離した陽子はそのまま・・・

・・・油断せず、エンシンの体をすぐに仰向けにして股間を踏みつけた

 

「----------ッッッッ!!!????」

 

そしてすぐにダメージから回復しようとしていたシュラの足を掴んで股間に追撃する。

 

「っっっっ!!!???」

 

やっと満足したのか、陽子はそのまま大地のいる方向へ体を向けたが・・・何かを思い出したかのように、痛がるシュラとエンシンのほうへと顔を向けた。

 

 

「おろしがね、家から持って来たら良かったわ。そうすれば少しずつ摩り下ろせたのに」

 

 

そんな言葉をシュラとエンシンに残し、陽子は大地に抱き着いた。

 

 

「もうお父さんったらかっこよかったわよ!さすが警視庁の警視正ね!」

「お前もまぁ・・・・・・結構やんちゃしたな」

「やんちゃなんてしたことないわ。だって普通の女の子だったもの!」

「普通ってなんだっけな・・・」

「でも、私みたいなかよわい主婦にはやっぱりここは危ないわね」

「・・・・・・そうだな、うん、かよわいな」

「早くクリアして、露子と朝人がいる場所を知らないとね」

 

 

こんな会話をしながら、彼らは帝都の街並みに消えていった。

 

ワイルドハントリーダーであるシュラとエンシンは、巡回中のイェーガーズに発見されて詰所に運ばれた。

なお、起き上がった二人であったがしばらくの間【人妻】と【おろしがね】の単語に異様に恐怖するようになったとかなんとか

 




どうしても思いついて書いてしまったので書きました。
一応投稿作品とリンクしてたのでこちらに投稿。

おっさん主人公は時折あるけど、夫婦で主人公ってあんまり無いなって思って考えたらこの有様だよ!!!!

とりあえずシュラとエンシンに土下座しにいきたい


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久多良木夫妻はイェーガーズに頼る

 

帝国の帝都、中央通りから少し外れた格安の宿にて________

 

「それにしてもお父さん、路銀もあまり無いわね。どうする?」

「そうだな・・・働くのが一番だが、不況でどこも雇いそうにない。なおかつ、今はあの”馬鹿ども”(ワイルドハント)がいるから店も開いてないところが多い」

「そうよねぇ・・・そろそろ宿を引き払わなくちゃいけないのに困ったわ。あぁ、そうだ。スラム街とかどうかしら」

「・・・・・・俺だけならかまわんが、お前の身の上に危険があるかもしれん。却下だ」

 

久多良木陽子と久多良木大地、その二人が今後の方針について話し合っていた。

悪魔ロッドバルトからのサービスとして、この世界で使用できる路銀を受け取って使っていたものの、長期滞在できるほどの額では無かった。

 

生き残るのが目的なのだから、それはそれでかまわない。そう夫妻は考えていた。

・・・次の一手からは自分たちの判断で生死が分かれる。

 

いなくなった娘の露子が持っていた【アカメが斬る!】を読んでいた二人は、その知識を基に方針を固めていくことにした。

 

「あまり帝都にいると、最終決戦に巻き込まれちゃいそうね」

「あぁ、あのロボットの攻撃とかか」

 

「お父さん、ロボットじゃなくてシコウテイザーよ。確か原作は護国機神シコウテイザー、アニメでは帝都守護シコウテイザーらしいけれど」

「・・・お前詳しいんだな」

 

大地が嬉しそうに語る陽子に対して苦笑いを浮かべる。

彼は一応、娘や息子たちの趣味嗜好は把握しており、ある程度理解を示している。だが、そこまで突っ込んだものまでは踏み入れない。

 

そういったものに差別的な感情はないのだが、あくまでも娘たちや息子が楽しんでいる趣味なのだ。

同じ趣味でない限りは下手に踏み入れすぎると子供としては複雑だろう。

彼はそういった考えの持ち主だった。

 

「露子や朝人たちと見たもの。結構アニメも面白いわよ」

「・・・・・・そういうものか?」

 

「そうそう。それで、あのシコウテイザーの攻撃を考えたら帝都にいるのもちょっと危ないのよね。それで私、考えたの」

「なんだ?」

 

「このあいだ、あのかわいい坊やたちをお仕置きしちゃったわよね?」

「・・・かわいくはないぞ、決して」

 

「私からしたらかわいいものよ。ちょっと言葉遣いが悪いのは考えものだけれど。それで、あぁいう子たちってしつこいわよね?」

「・・・そうだな」

 

陽子の言葉に大地は頷いた。

警察に勤めている彼は、そういった手合いの犯罪者に関しては詳しい。

彼の知り合いはよくそういった連中から”お礼参り”をされたことも多々ある。

 

・・・まぁ、その知り合いはそういう連中を全員返り討ちしたが。

 

「だからね、特殊警察イェーガーズのあの子に助けてもらおうと思うの」

「あの子?」

 

「ウェイブちゃんよ」

 

 

 

 

_________帝都の城下町にて

 

 

秘密警察ワイルドハントの暴虐によって、帝都は住民たちが息をひそめるようになり、とても静かになっていた。

そんな街を特殊警察イェーガーズの一員であるウェイブとランは巡回していた。

 

「・・・エスデス隊長がいねぇと、やっぱりあいつらに相手するのは難しいな」

「そうですね・・・ですが、今はまだ我慢してください」

 

「・・・わかってる。でも、大臣の息子ともう一人がこの間担ぎ込まれたのは驚いたな」

「えぇ。ナイトレイドではないようですが、何かしら妙齢の女性を見て怯えているそうですね」

 

「犯人か何かか?まぁ、静かになってよかったけどさ・・・」

「・・・・・・そのうち調子を戻すかもしれません。その間にもエスデス隊長が戻りますよ。あちらの防衛戦では鬼神の如く西の王国軍を撃退しているそうですからね」

 

そんな会話をしていると、彼らは宿から出てきた夫婦を見つけた。

一人は屈強な男であり、体の動きには何かしらの武術を身に着けているであろうということが推測された。

女性はかなり若く見える。おっとりとしている雰囲気がこちらにも伝わってくる。

 

「旅の方でしょうか?どうやら宿から出たようですが・・・」

「一応声かけてみようぜ。あの!すいません!」

 

「おっ」

「あら・・・噂をすればなんとやらねぇ」

 

 

 

久多良木夫妻は先日のことをウェイブとランの二人に伝えた。

最初は驚く二人であったが、先日のワイルドハントの二人の状況を思い出してある程度は納得した。

 

「それでお二人は旅の方で、お子さんを探している、と・・・」

「しかもワイルドハントに喧嘩を売っちまった、と」

 

「喧嘩を売ったのはあちらだ。だが、これからの宿もとれそうにない。スラム街に行ってもいいが、やはり妻に何かあるかもしれない」

「そうねぇ・・・それで頼みだけれど、イェーガーズのウェイブ君は頼りになるって町の人に聞いたの。頼ってもいいかしら?」

 

そんな風に頼られてしまえば、ウェイブは迷いながらも「俺もなんとかしたい」と答えるしかない。

ランとしてもワイルドハントに報復される危険性を考えれば、二人を保護する方向で動きたい。

 

・・・しかし、決定権を持っているエスデスは帝都にはいない

 

「どうしたもんかな」

「どうしましょうか」

 

「すまないな。頼ってしまって・・・だが、俺は大事な娘の、露子のために生き残らないといけないんだ・・・!」

「あなた、朝人もですよ」

 

「・・・宮殿の中に入れるのも・・・いやでも、とにかく俺はほっとけないぜ!またあいつらが来たら・・・」

「そうですね。武術の嗜みがあっても彼らは一般市民ですから」

 

ウェイブの言葉にランはにっこりと笑う。

 

「・・・ラン、エスデス隊長に一緒に怒られてくれるか?」

「えぇ、仕方ありませんね」

 

「・・・陽子、どうやら大丈夫なようだぞ」

「よかったわねぇ」

 

 

 

 

 

 



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久多良木大地は土下座をする

 

「ウェイブもランも、今がどういう時か分かってるの?」

 

イェーガーズの詰所にて、一人で留守番していたクロメが見回りから戻ったウェイブとランに強く抗議した。

・・・久多良木夫妻を連れてイェーガーズの保護下に置くことを彼女は反対している。

 

「わ、分かってるけど・・・でも、本当にワイルドハントの奴らに目を付けられてたら保護したほうがいいだろう?」

「・・・大臣派と対立するのは好ましくありませんが、本当ならば保護したほうがいいかと思いました」

「もしも革命軍のスパイだったらどうするの?暗殺者だったらどうするの?・・・エスデス隊長もいないのに、外部の人間を入れるなんて私は反対だよ」

 

クロメはそう言いながら、椅子に座っている久多良木夫妻を横目で確認する。

ことの成り行きを彼らは黙って見守っているようだ。

 

「でもよクロメ、ワイルドハントの奴らのやってることはわかってるだろ。だから俺は、出来るだけのことをして民間人を守るだけだ」

「・・・ウェイブさんの意見に私は賛成します。確かに我々は軍属ですし、クロメさんの言う通り、そういったスパイや暗殺者の危険性も考えられます。しかし我々は特殊警察イェーガーズでしょう?民間人を守ることも、軍属の人間としては正しいことかと」

「・・・・・・エスデス隊長が戻るまで、私が監視してる。ウェイブたちも手伝って。それならかまわないよ」

 

「クロメ・・・!」

「ありがとうございます」

「・・・ウェイブはともかく、ランがこうやって言ってくれるの珍しいから」

 

話がまとまったところで、久多良木大地は立ち上がって、ウェイブ・ラン・クロメの3人の前で座り込んで頭を下げた。

・・・いわゆる土下座である。

 

「助かった。ありがとう」

 

「!?」

「そ、そこまでしなくても・・・」

「大地さん、頭をあげてください」

 

驚くクロメ、焦るウェイブ、そして冷静に彼に言葉をかけるラン。

どうやら土下座をするほどとは思ってなかったようだ。

 

「安全な場所を提供してくれたことに感謝する。これで少なくとも妻が危ない目に遭う可能性も低くなった。ありがとう」

 

「・・・」

「いやぁ、そんな・・・誰かのために人助けするのは当たり前のことですから」

「・・・そうですね」

 

「もう、お父さん。ウェイブ君たちが困ってるわよ」

「すまないな。だが、こういう時に頭を下げるものだろう」

「・・・ふふ、真面目ね。そんなところが素敵だけれど」

 

そんな夫婦の様子を見て、ウェイブやラン、クロメは黙ってしまう。

・・・彼らのいなくなった仲間も、とても幸せな家族の父親だったからだ。いやでも思い出してしまうだろう。

 

 

 

____ところかわって、ワイルドハントの詰所にて

 

「ったく、酷い目にあったぜ・・・」

「チッ、あの夫婦、次に見つけたら本気で殺さないとな」

 

エンシンとシュラの二人はそんな会話をしながらロビーへと降りてきた。

数日前に旅人の夫妻に手を出そうとして返り討ちにあったものの、ようやく傷も全快したようだ。

・・・とはいえ

 

「おろしがね」

 

「「っ・・・!!」」

 

「人妻」

 

「「ひっ・・・!!」」

 

チャンプとイゾウの言葉に過剰に反応してしまう。

ようはトラウマというやつだろうか。体の傷が癒えて、例の夫妻に復讐しようとしたところで、あの時のことはそれほどの心の傷になったということだろう。

 

・・・名のある暗殺者や戦闘経験のありそうな人間ならまだそこまで心の傷もなかっただろう。

だが、見た目も動作も普通の主婦に見えた人妻に容赦ない攻撃をされた上に「貴様らの股間をおろしがねですりおろす」と暗に仄めかされたのだ。

 

ずっと、ではないだろうが、やはりしばらくは傷になってしまうだろう

 

・・・そもそも急所をおろしがねですりおろすことは考えるだけでも恐ろしいことだろうが・・・

 

「シュラっちもエンシンちゃんも、ここのところ魘されてたみたいだけど何があったの?なんでコスミナちゃんたちに話してくれないんですかー」

「そうじゃなぁ・・・というか、おぬしら一体、”何”に喧嘩を売って、どうして”おろしがねはやめろ”、”人妻はいやだ”とか魘されて言っておった・・・?」

 

「なんつーか、体の傷はそこまでじゃなかったみたいだけどよ」

「精神的に不安定ならば、もう少し休むほうがいいでござる」

 

仲間たちがいつも以上にシュラとエンシンに優しい言葉をかける。

二人にとっては正直、その優しさがかなり辛い、滅茶苦茶辛い、というかすでに痛いぐらいである。

あまり優しい言葉をかけないチャンプまでもが気遣っている。

これは辛い。

 

「だっ、大丈夫に決まってんだろ!それよりも俺たちに手を出した例の夫婦の似顔絵を張りだそうぜ」

「そうだなシュラ・・・あのクソババア絶対許さねぇ・・・絶対に捕まえて旦那の前で犯してやる」

 

「そっちは好きにしろよ。俺はあのおっさんを殴り殺さなきゃ気が済まない」

「あん?・・・いいのかよ」

 

「・・・負けたのが気に食わねぇ。次は絶対に殺す」

 

 

彼ら、いや、久多良木大地への再戦のためにシュラが動き始めたのであった・・・

 



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久多良木陽子は打ち明ける

監視があるとはいえ、なんとかイェーガーズの保護下に置かれることとなった久多良木夫妻は客室に荷物を置いてすぐに彼らと行動を共にした。

本当ならば部屋にずっといるほうが安全なのだろうが、久多良木大地には気にしていることがあった。

 

「・・・クロメ君、だったか。このイェーガーズの隊員の遺族の墓参りをしているご婦人の噂を聞いた。あのような狼藉を働く人間がそれを嗅ぎ付けたら危ないだろう」

「噂になってるの?」

「あぁ・・・まだそんなに広まってはないが、毎日通っているらしいじゃないか。少し・・・気になってな」

 

そう、イェーガーズの隊員であったボルスの妻子のことである。

 

すでにボルス自身はナイトレイドとの交戦の結果、殉職している。だから大地も陽子も彼とは知り合ってもいないし、ほとんど赤の他人・・・いや、それ以前にただの「キャラクター」としての認識がどうしても強い

 

だが、自分たちが出会った人間やこの世界に生きている人間については話が別だ

 

たとえこの世界が、ロッドバルトと名乗る胡散臭い自称悪魔の幻覚か何かの類だったとしても・・・

 

「監視したままでかまわない。その場所を教えてくれないか」

 

・・・無残に凌辱されて、絶望したまま殺される人間がいることに、久多良木大地は我慢ならなかった。

 

 

 

久多良木大地がウェイブと共に雑談を交わしながら、墓場まで移動する。

クロメは久多良木夫妻のことを警戒しながら陽子の隣にぴったりとくっつくように歩いていた。

 

「(戦うような筋肉の付き方はしてないし、暗器の類も仕込んでなさそうな服・・・足さばきは少し整ってるけど、一般人みたいなものかな)」

「なぁに?おばさんの顔に何かついてる?」

 

「・・・なんでもない」

「あらそう?・・・それにしてもクロメちゃん、とっても可愛らしいわね。うちの娘たちがいたら、きっとあれこれ着せたりしてたでしょうけど・・・」

 

「(そういえば子供を探しに来てるって言ってたし、少し聞いてみようかな)・・・子供の話、聞かせてくれない?」

「いいわよ。そうねぇ、まず8人・・・・・・ごめんなさい、今のうちの家には子供が7人いるんだけれど」

 

陽子の自己申告にクロメはポーカーフェイスも忘れて「7人!?」と聞き返してしまう。

 

それもそうだろう・・・

大地は屈強とはいえ中年に見えるが、陽子は見た目だけなら30代前半に見える。

見た目もかなり細身でスタイルもよく、姿勢もかなり良い。経産婦になるとスタイルが崩れやすくなるのだが、見た目からはその様子はあまり見られない。

 

「そうなのよ~、女の子4人に男の子3人ね」

「・・・」

 

気を取り直して、さらに情報を聞こうとしたクロメは気が付いた。

 

「・・・なんで8人って間違えたの?」

「・・・」

「・・・親子の縁を切ったとか?よく聞くよ」

 

”私とお姉ちゃんもそうだから”という言葉を飲み込んで、彼女は尋ねる。

クロメは陽子が嘘を吐いたと睨んでいた。

彼女が革命軍のスパイや異民族の暗殺者の可能性だって残っているのだから仕方ないだろう。

 

「ふふ、違うわ。そんなことはないのよ。ただそう、ちょっとね・・・」

「・・・」

 

だが、そんな彼女の思惑とは違うことを陽子は答えた。

 

「亡くなったの」

「え?」

 

「一番上の子、亡くなってもういないの」

「亡くなって・・・」

 

そこから会話が途切れてしまう。笑顔を絶やしていなかった陽子の表情も、笑顔が消えた。何かを思い出すような、寂しさを感じさせている。

 

「・・・・・・どうして亡くなったの?」

 

クロメが小さく尋ねると、陽子は少し困ったように無理に笑みを浮かべて返答をした。

 

「・・・自分から、ね。家の自室で」

「っ!・・・・・・自殺・・・?」

 

「・・・周りからも好かれて、勉強も運動も出来て、家族の問題も何もなくて、前兆もなにもなかったの。普通に喋って、普通に笑って、おやすみなさいって言って」

「・・・」

「でもおかしいの、次の日になって・・・探している娘が最初に見つけたの。首を吊ってて、下ろしたらもう冷たかったの、何も喋らなくて、だってあんなに明るく話していたの」

「・・・・・・」

 

「進路も将来の夢もあの子の意思を尊重していたし、成績だってよくても悪くてもかまわなかったの。何か強制したこともなかった。周囲も何も問題が無いって。でもね、自分から死ぬってことはそれだけの理由があったのよ。だから私、それに気が付けなくて、だから私・・・」

「・・・ごめんなさい」

 

陽子の言葉に、クロメは遮るようにして謝罪した。

 

「・・・どうして謝るの?」

「辛いこと、思い出させて」

 

「・・・こちらこそ、ちょっと喋りすぎちゃったわね」

 

すぐにいつも通りの微笑みを浮かべる陽子だったが、クロメは少し表情を暗くしてしまう。

彼女にも、誰かに置いて行かれる辛さは分かるからだ。それが【死の別れ】なら猶更である。

 

「・・・陽子さんも、私と一緒なのかもね」

「クロメちゃんと一緒?」

「・・・わかんないならいいよ。それよりも、もうすぐ着くよ」

 

帝都郊外の墓地に到着したようだが・・・先行していた大地とウェイブが何かに気が付いたようだ。

 

 

・・・秘密警察ワイルドハントが、喪服姿の母子に近付いている光景であった

 

 



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久多良木夫妻は人助けをする

久多良木陽子さんは一時的発狂はしてそう(小並感)
あと陽子さんはイェーガーズのキッチンからキッチン用具を貸してもらってます。何を、と聞かれても「多分予想できるもの」としか答えようのないものです。


ワイルドハントのシュラ、エンシン、そしてチャンプが墓参りをしていたであろう母子に詰め寄っていたようだ。

 

「・・・っ!」

「あれは・・・!」

「おいクロメ急ぐぞ!」

「わかってる」

 

それはどうやらウェイブとクロメの知り合いだったようだ。

・・・久多良木夫妻は顔を見合わせる。会ったことがないとはいえ、彼らのことは知っていた。

 

かつてイェーガーズに所属していた男の妻と娘

元焼却部隊の帝具使いであったその男・・・ボルスは、ナイトレイドとの戦闘において殉職した。

妻と娘は彼の墓参りに毎日訪れていた結果・・・そう、このままなら彼女たちはワイルドハントによって殺されてしまうのである。

 

久多良木夫妻も彼女たちの危機にウェイブたちと共に向かった。

 

 

 

「ん?なんだ・・・あっちからイェーガーズの奴と・・・・・・っひぃっ!」

「あの親父と・・・っっひ・・・!」

 

エンシンとシュラはイェーガーズのウェイブとクロメを確認した後、久多良木大地そして・・・久多良木陽子を視界に入れて一歩引いた。

なお、久多良木陽子は二人の姿をみると口角をあげてとてもにこやかにほほ笑んだ。

 

「あん?お前らどうしたよ」

 

怯えた様子の二人に気が付いたチャンプがウェイブたちの姿を確認する。

特に子供がいないことに気が付いてため息を吐いたが、その中でも一人の女に視線が動く

 

彼女がなぜか、胸元からおろし金を出したのがチャンプは気になった

 

おろし金を出した彼女は更に笑みを浮かべる。それと同時にシュラとエンシンが一気にチャンプのいる場所まで移動した。

 

「お、おいどうした」

「無理だ無理っ、あいつ笑ってやがるぞオイ!」

「おっさんならともかく、あの女は無理だ!」

 

「はぁ?おろしがね持ってるババアがなんでそんなに・・・」

「お前も気を付けろ!おっさんもそうだがあっちの人妻は悪魔だぞ!笑顔で人の頭ぶち割ろうとしてる女だぞ!」

「次にあの女の前で負けたら今度こそすり下ろされるぞ!!」

 

「すり下ろされる・・・?」

「そうだよ!下ろされるんだぞおい!油断させてぐしゃっ、だぞ!」

「いいからあのババアだけは無視しろ!いいな?やめとけよ!すり下ろされたらたまったもんじゃねぇからな!」

 

「いやだから、何をだよ・・・」

「「察せよ!!」」

 

そうこうしてる間に、ウェイブたちがワイルドハントたちがいる場所までついたらしい。

墓参りをしていた母子はワイルドハントの様子を見て、急いで横をすり抜けてウェイブたちのところへと駆け寄った。

 

「あ、あの、私たち・・・」

「お二人とも大丈夫?ほら、私と一緒に行きましょう。ね?」

 

陽子は彼女たちに優しく声を掛けて、ワイルドハントのほうへと視線を向ける。

睨みつけるような視線ではない。ただ、にっこりと笑って「あんまりヤンチャしちゃあだめじゃない」と声を掛けて、彼女たちを避難させる。

 

もちろん、チャンプは少女のほうを追いかけようとするが、シュラとエンシンが必死に止める。

 

「おいなんだよ!」

「いいからあのババアがいる時はやめとけ!あいつ笑ったままとんでもねぇことやるぞ!」

「油断してると何されるかわかんねぇからな!」

 

そんな彼らを警戒しつつ、クロメはウェイブに声を掛けた。

もちろん、すぐにでも骸人形を出せるようには刀に手をかけている。

 

「・・・ウェイブ、どうするの?」

「さぁな。とにかく逃がすことはできたが・・・ランも言ってたしな・・・」

「・・・」

 

シュラたちはどうやら陽子がいなくなったのを見計らって態勢を立て直したらしい。

 

「おうおう、イェーガーズの腰抜けにあの時のおっさんじゃねぇか」

「それに・・・おっ、かわいい子もいるじゃねぇか」

「チッ、なんだよさっきの天使のほうが・・・」

 

「「絶対に追いかけるな!!」」

 

予想以上にシュラとエンシンは陽子が苦手になったらしい。

笑顔で人の顔面を地面にぶつけたり、おろし金を持参する人妻は確かに近寄りがたいだろう。彼らでなくとも正直ご遠慮したいところではある。

 

気を取り直して、チャンプとエンシンも帝具に手をかけつつウェイブとクロメ、そして大地へと視線を向ける。

 

「あの時のおっさんか・・・」

「また民間の人間に手を出そうとしていたのか。警察組織の人間とは思えないが、クズなら仕方ないな」

 

シュラに対しての言葉にウェイブは大地のほうへと視線を向ける。

 

「・・・大地さん、そいつは」

「わかっている。だが、正規の取り調べもしないような、権力に笠をきている相手を敬うことはできないだろう?」

「っ、それは・・・」

「大臣の息子だろうがなんだろうが・・・それにふさわしい行動をしないような相手に敬意を持つことはないし、看過するのは許しがたい」

 

彼の言葉にシュラも癇に障ったらしい。

 

「あぁん?帝都の奴らなんざ玩具みてぇなもんだろ?てめぇらみたいな雑魚に何ができるんだよ」

「・・・玩具、か」

「あぁ、玩具だ玩具。帝都にいるやつらはみーんな俺の玩具だぜ?」

 

その言葉にウェイブが帝具を構えた。

 

「・・・許せねぇ・・・!イェーガーズの名にかけても、お前らを狩ってやる!!」

 

 




次回は戦闘(予定)、でもたぶんすぐに終わるかもしれない


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久多良木大地は見極める

ワイルドハント(というかシュラ)を過大評価している?いいやッ!違うねッ!

大地さんが一般人だからだよォォォーーーーーッッ!!(半ギレ)
一般人からしたら十分!強いの!そこは忘れちゃいけない!一般人からしたら普通に強いんです!

戦闘シーンは描写が苦手なので割と雑。そのあたりは想像で補ってください。



 

「チッ、これでも食らいやがれェッッ!!」

 

ワイルドハントの一人、チャンプがダイリーガーの一つ“焔の玉”をウェイブへと投げる。しかし即座にグランシャリオを纏ったウェイブは避け、チャンプへと接近戦を試みる。

 

「てめぇらは許さねぇッ!よくも帝都の人たちを・・・!!」

 

チャンプの肉厚な腹部へと一撃を加えるが、チャンプは倒れることなく踏みとどまったようだ。どうやら脂肪によって肉体へのダメージが多少軽減されたらしい。

 

「カスが俺に触ってんじゃねぇよ!」

 

ウェイブへと殴りかかるチャンプだが、その拳をウェイブは掴んでもう一発・・・今度はチャンプの横腹へと一撃入れた。

どうやらこれはかなり効いたようで、その場で跪いてしまう。追撃されぬようにウェイブは少し距離をとって相手の出方をみることにした。

 

チャンプはどうやら遠距離戦向けの帝具らしいが、チャンプ本人はかなりタフらしい。近接戦に持ち込んだとしても、相手を制圧するには少しだけ時間が掛かりそうだ。

 

「(早く終わらせて、大地さんのところに行かねぇと・・・!!)」

 

彼としては同僚であるクロメはともかく、大地のことが心配であった。

ワイルドハントを一度は退けたとはいえ、彼はあくまでも一般市民である。一般市民に戦闘を任せることは、軍人である彼には耐えられなかった。

 

 

 

クロメは暗殺者としての経験はそれなりにある。幼少時から人を殺す訓練と薬物接種を受けてきたし、本人もそれなりに自分の力があるとは思っていたが・・・

 

「(予想よりも手強いな・・・急ごしらえの骸人形では歯が立たない)」

「どうした、そんなもんか!?帝具使いって聞いたが、死体動かすだけか!」

 

ワイルドハントの一員であるエンシンの帝具“シャムシール”による斬撃によって骸人形である危険種2体が切り裂かれてしまう。

すかさずドーヤとナタラを動かすものの、彼らの攻撃にもすぐに対応されてしまっている。どうやら乱闘・・・いや、複数人を一人で相手どる戦闘には慣れているらしい。

 

「(あの二人、損傷が激しかったから継ぎ足したけど・・・これじゃいけないな)」

「ハッ!もう終わりか!?」

「・・・さっきからうるさい」

 

正直なところ【偶々帝具の適正があった田舎海賊】と思っていたのだが、どうやら彼女の予想よりも実力者らしい。

すぐにクロメも剣技で応戦するものの、真っ向勝負になると少々分が悪い。

クロメの剣技はあくまでも暗殺に特化している。もちろん、正々堂々とした剣技でも渡り合うほどの実力があるのだが・・・

 

「(・・・こればっかりは経験値の差かな。長期戦になるとこっちが危ない・・・薬が切れる前に倒すか、持ちこたえないと)」

 

そう、今の彼女は重度の薬物依存に陥っている。

その薬物で能力を底上げしているものの、薬物の効果が切れてしまえば戦うことすら困難になる。そうなれば自分は格好の餌食になるだろう。

 

「手早く済ませてあげる」

「あぁん?それはこっちのセリフだぜ」

 

 

 

「ほらよ、かかってこいよ。この間みたいに油断はしねぇけどな」

 

大地に対して挑発するシュラだったが、大地は構えるだけで向かうことはしなかった。

 

「(・・・陽子が親子を避難させることができたが、問題はここからだな)」

「あぁん?なんだ、かかってこねぇのかよ。前みたいに油断させようってか?」

「・・・」

 

先日、シュラに勝てたのはあくまでも“不意打ち”だったからだ。

純粋な実力ならば、自分よりもシュラのほうが上だろうと大地は判断している。警察官とはいえ、一般人程度の自分と、ダークファンタジーの世界観で生きてきたシュラ・・・

 

元々の基礎体力、戦闘能力があまりに違う。

 

そもそも、警察官として身に着けた体術は“戦うことなく相手を制する”ためにあるものだ。目の前のシュラやこの世界で戦っている一部の人間のように“戦うため”ではない。

 

「それなら・・・こっちからいかせてもらうぜぇっ!!」

「っ・・・」

 

真っすぐ向かってきたシュラの拳を大地はいなす。いくつかの追撃もすべていなしていくが、攻撃に転じることなく防戦一方である。

 

「ほらよぉ!どうした?!」

「(世界各地で武術を学んだ、か・・・クズにしておくには惜しいな)」

 

外道畜生の類とはいえ・・・世界各地の武術を学び、我流に昇華し、極めつつある若者だと、大地は認める。まともに戦闘を続ければ隙ができて攻撃を喰らう可能性もあるだろう。

 

・・・まともに戦えば、の話だが。

 

「オラオラァ!どうしたおっさん!殴りかかって来いよ!」

「・・・」

 

掛かってくるシュラに対して、大地はいなしつつ彼の足を引っかけて態勢を崩させる。そのまま彼の腕の服装部分をつかんで彼の顔を一発殴りつける。

すぐに彼から数歩だけ距離をとって大地は構えた。

 

「ッ、てっめぇ・・・!」

「ここから殴り合いだな」

「ハッ、殴り殺してやるよ!」

 

そう言って殴りかかってきたシュラに対して大地は・・・“回し蹴り”で応戦した。

 

「がっ・・・!!」

 

殴りかかってくると思っていたシュラはガードも間に合わず、そのまま横腹に蹴りを喰らう。それでもすぐに態勢を立て直そうとするあたりは、基礎体力や戦闘技術の差だろうか。

 

「公式試合でもないのに、綺麗な戦い方をする馬鹿がいるか」

 

距離をゆっくりと近づける大地に対して、シュラは拳がくるか蹴りがくるか、神経を研ぎ澄まさせた。次の攻撃を防いでカウンターを狙おうと、彼は集中する。

下手に攻め込むよりも、今度は大地の攻撃を防ぐことで彼の悔しがる姿を見るためだ。

 

あと少しで目の前に来る・・・と、いったところで、大地の足が少し下がったのにシュラの注目がそちらへと向けられる。

それと同時、いや数瞬後に大地はシュラの目の前で勢いよく“猫だまし”を行った。

 

「ッ!?」

 

またもや不意打ちされ、意識をそちらへ持っていかれたシュラに対して、大地はすかさず掌底打ちをシュラの顎先に打ち込んだ

 

本来、猫だましは相撲の技の一つであり、大地が本格的に取り組んでいる柔道や空手の技ではない。

・・・正直、この戦法は息子や娘たちが読んでいた漫画作品から得たものだ。

 

「(・・・まさか本当に漫画の知識が役立つとはな)」

 

・・・どうやら綺麗に入ったらしく、シュラは気絶したらしい。

 

それと同時に、丘の下あたりから帝都警備隊や、ランの姿を確認した。

どうやら陽子がランに掛け合うことができたようだ。

 

大地があたりを見回すと、ウェイブもチャンプを制圧し、エンシンに対してクロメと二人で戦っていたようだ。

メンバーの二人が倒れ、大臣の息子が倒れたのだ。エンシンも無理にここで権力を行使するよりは二人を治療できるところへ連れて行くことが優先になるだろう。

 

「(ようやくひと段落つけそうだ)」

 

 




元ネタの戦法を描いた漫画がわかった貴方はオトモダチ


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久多良木陽子は料理をする

Q.エスデス隊長はまだか
A.まだです


 

「どうしてそんな無茶をしたんですか!」

 

イェーガーズ本部にて、ウェイブとクロメ、そして大地が正座をしてランのお叱りを受けていた。

ボルスの妻子が少しうろたえてはいるものの、陽子が「気にしなくていいのよ」と優しく言葉をかける。

 

「だ、だってあれは・・・その・・・だってあいつら、やりすぎだったし」

「そうだよ、不法な取り調べはいけないもん」

「・・・穏便に話ができる相手ではないだろう」

 

なんとか言い訳をするものの、ランは納得していないようだ。

 

「ウェイブさん、相手は大臣派・・・しかも大臣のご子息です。いくらイェーガーズとはいえ、大臣に歯向かったとされればエスデス隊長にも影響があります」

「お、おう・・・」

 

「クロメさん、ウェイブさんのやったことは正しいかもしれませんが、貴方は引き止めないといけないでしょう」

「ご、ごめん・・・」

 

「・・・大地さん、貴方はそもそも一般人です。そんな危ないことはしてはいけません。ただでさえ目をつけられているのに、あまり敵対するとこちらも庇うことができません」

「・・・すまなかった」

 

一通り りつけたランは一呼吸おいた。そして、ボルスの妻子へとにこやかに「大丈夫でしたか?」と声を掛けた。

 

「え、えぇ、なんとか・・・」

「・・・うん」

 

「それは良かった。ただ、エスデス隊長が戻られるまではイェーガーズ本部にいてください。隊長が戻り次第、こちらでも護衛などの対処ができますから」

 

ランの言葉に、二人はどうやら安心したのか、少しだけ笑みを見せた。陽子もその様子を見て胸をなでおろした。

・・・どうやら、この母と子は守られることになったらしい。

まだ油断はできないけれども・・・

 

「さて、それじゃあご飯でも作りましょうか。みんなおなかが減ったでしょう?」

 

 

 

イェーガーズ本部の厨房にて________

 

陽子が鼻歌混じりに野菜を切っていく。どうやらウェイブも彼女を手伝っているようで、汁物の具合を見ているようだ。

 

「そういや大地さん、あの大臣の息子を気絶させてましたけど・・・あの人も何かやってるんですか?」

「そうよー。空手とか柔道とか・・・格闘技はそれなりに、ね」

 

「強かったですよ、大地さん」

「あら、嬉しいわね。でも、あくまで護身術程度なのよ?あなたたちみたいに戦えるようなものではないもの」

 

陽子の言葉にウェイブは少し言い淀んだ。

 

「・・・あら、どうしたの?」

「・・・・・・その、俺もあの時戦ったんですけど・・・もし、またあいつらが大地さんとか陽子さんに何かしてきたらすみません。大地さんを戦わせてしまって」

 

「気にしなくていいのよ。主人が選んだことですもの・・・きっと貴方が止めても、主人は立ち向かったわ」

「でもっ!」

 

それでも・・・そう、それでも、だ。

いくら戦えたとしても、ウェイブは軍属で、大地は一般人なのだ。

 

民間人を避難させるのが、軍属としてとるべき行動であったはずである。もちろん、状況にもよるところはあっただろう。

仕方がないといえば、それで済むかもしれない。しかしウェイブは良くも悪くも真面目であった。

 

「貴方が悔やむことはないのよ。主人は警察官だから、貴方みたいに正義感は強いの。もちろん、引き際だってわかっているでしょうけどね」

「・・・そう、ですか」

 

「でも、あのシュラって子にちょっと何か思うところがあるから張り合っちゃうのかもしれないわね」

「思うところ?あいつに?」

 

ウェイブは大臣の息子であるシュラを浮かべながら、陽子に尋ねた。

 

 

「探している息子のほうに、ちょっと似てるのよ」

 

 

「・・・えっ」

 

 

「息子に似てるところがあるからだと、私は思うの」

 

 

「・・・似てる・・・」

 

 

”アレ”に似てる息子ってどうなんだ。

 

そう思ったがウェイブはそのツッコミをさすがに飲み込んだ。

 

「外見が似てるってわけじゃないけど、中身というか・・・負けず嫌いなところというのかしら?全部ではないけど、ところどころ似てるなぁって」

「似てるんですか・・・」

 

一体どんな息子なのだろうか・・・

さすがにウェイブはそこまで聞けなかった。そりゃそうだ、シュラによく似た人物なんてこれ以上いたら困る。

 

「あぁでも、あの子は正義感は強かったわ。だからきっとあの子だったらきっと主人と同じことしてるわね」

「・・・親子で似てるんですね」

 

「そうねぇ、似てるかもしれないわね。息子のほうはあの人よりも手が早いけど」

「・・・」

 

嬉しそうに子供のことを話す陽子を見て、ウェイブは故郷の母親を思い出した。

手紙で連絡をしているとはいえ、やはり一度ぐらいは故郷に帰って顔を見せるほうがいいだろう。そう彼は思ったのだ。

 

「どうしたの?」

「あ、いや・・・俺の母親のこと思い出して。やっぱ、家族っていいですよね」

 

「ふふっ、そうね」

「・・・その、息子さんも娘さんも早く見つかるといいですね」

 

「ありがとう。・・・はやく、見つかってほしいわ」

 

見つかる前に、まずは生き残らねばならないけれども。

 

陽子は今後起こるであろう最終決戦のことを思い出しながら、そう呟いた。




次回,ランさんは死亡フラグを折ることができるのか?


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久多良木夫妻は邂逅する

今後の展開で大事な分岐選択に未だ迷ってます。後書きにて。


 

西の王国と帝国は昔から領土争いで度々揉めていた。国と国同士の国境問題は、どこの世界でもある話で、単純に領土が欲しい以前に、国境付近には潤沢な資源があり、または歴史的な建造物や技術もある。

 

西の王国も、帝国内にある革命軍と取引するほどに領土返還のために戦っていたのだ。

 

・・・それを打ち破ったのが、帝国最強と名高いエスデス将軍である。

 

彼女は個人の戦闘能力や帝具の能力以前に、軍の指揮官としても有能だ。敵への慈悲は一切持ち合わせておらず、容赦のない作戦で相手を潰しにかかる。

 

渓谷まで追い込み、西の王国軍の兵士たちを焼き殺しながら、彼女は部下たちに声を掛けた。

 

「・・・想定よりも早く終わった。私はすぐに帝都へと帰還する・・・後は任せた。お前たちだけでも戦況維持は十分だろう」

 

自ら鍛え上げた部下たちを激励しながら、彼女は帰り支度を始めた。

 

戦は好きだが、彼女は特殊警察イェーガーズの隊長としても任務がある。イェーガーズの隊員も3名・・・

ナイトレイドが奇襲をかけるような存在ではないと知りつつも、これ以上の失態は彼女は避けたかった。

 

 

 

「・・・一体これは、どういった状況だ」

 

皇帝との謁見も簡単に済ませ、大臣に会うよりも先にイェーガーズ本部へと戻ってきたエスデス。

本部の外から、何か甘い香りが漂ってくる。

 

・・・彼女が本部の一室に入ると、隊員のほかに見知らぬ男女と殉職した隊員の妻子が本部にいた。

 

「エ、エスデス隊長!」

「隊長、戻られたんですね!」

「心配してました」

 

ウェイブやラン、クロメも嬉しそうに声をかけるが、エスデスは未だに状況が追い付いてない。

 

「あの・・・お邪魔しています」

「こんにちはー」

 

ボルスの妻子がエスデス将軍に声をかける。

彼らがなぜここにいるかは分からないが、まぁ、殉死した隊員の遺族だ。何かあったのかもしれない。

エスデスはここまでは理解できたが

 

「・・・お邪魔している」

「あらあら、エスデスさんも早く帰ってきたのね。一緒にホットケーキでも食べましょう?」

 

「貴様らは誰だ」

 

謎の男女に対しては理解ができなかったし、なぜここでホットケーキを焼いてるのかも理解ができない

 

「・・・ウェイブ、ラン、クロメ、今すぐ説明しろ」

 

 

 

 

かくかくしかじか、まるまるうまうま

 

そんなこんなでウェイブたちから事の顛末を聞いたエスデスは小さくため息を吐いた。

まさか自分が不在になっている間に、オネスト大臣の息子率いる秘密警察が好き勝手していたとは思ってもなかった。

 

「(弱ければ死ぬのが当たり前だ。ボルスが死んだのもそうだし、仮にそこの妻子が犠牲になったとしても、それはそちらが弱いからだ。きっと殺されていたとしても、それは仕方ないことだ)」

 

・・・エスデス将軍は、大変シビアで自分にも他人にも厳しい価値観の人間である。

 

自分がそれなりに狂人であり、世を生きる人間の倫理では生きられないと自覚している。正直、部下に対しても純粋な好意で接しているわけでもなく、あくまでも飴と鞭を使い分けることで能力を伸ばす方針だからだ。

 

 

だが、そんな彼女であっても、それなりには帝都は好きだし、人間は好きだ

 

 

自分の部下に対しても、それなりに情があるし、情けもある

 

 

「私がいない間に、そうなっていたとはな」

 

 

オネスト大臣のことは同盟相手としては、多少なりとも気が合うとエスデスは思っている。だからワイルドハントの隊員たちを殺すことも正直に言えば気が引ける。

 

・・・気が引けるのはほんの少しで、エスデスとしては戦ってもいいかな?と思うぐらいなのだが、大臣の息子が指揮する組織を正面から潰せば大問題だ。

 

シュラが世界各地を巡って、選りすぐった帝具使いなのだからそれなりに楽しく戦えるだろう。

しかしここは、組織としての活動を停止させるのが先だ。

 

「・・・まぁいい、私が帰ってきたからには好きにはさせん」

 

エスデスの言葉にウェイブやクロメも笑顔になり、ランもいつもの微笑みを浮かべている。ボルスの妻子も安堵した様子だ。

 

 

「お話は終わったかしら?はい、みんなどうぞ」

 

 

・・・そんな中で、テーブルに焼き立てのホットケーキを陽子が配っていく。

 

「・・・久多良木陽子、だったか」

「そうよ。初めまして、エスデスさん。主人共々お世話になってます」

 

陽子の挨拶が終わると、大地がエスデスの前へと移動して。膝をついた。

 

「初めまして。久多良木大地と申します。この度は隊長である貴方が不在の中、こちらで世話になっていました。隊員の判断に不愉快な思いをしているならば、それは先に頼んだこちらの責任です」

 

そうして彼は頭を下げる

 

「・・・大変感謝している。それと同時に本当に申し訳なかった」

「・・・頭を下げなくていい。結果的にこちらも隊員の遺族を殺されずに済んだ。それよりも武術のたしなみがあるそうだな」

 

エスデスは椅子に座ったまま大地に問いかけた。

 

「・・・故郷では警察組織に所属していた。だから嗜む程度だが」

 

「そうかそうか」

 

エスデスは愉しそうに笑みを浮かべた。

その笑みに、なぜかウェイブたちは嫌な予感がした。というか、いやな予感しかしなかった。

 

 

「私と模擬戦をやろうじゃないか」

 

 

・・・エスデス将軍の、悪い癖が発揮された。




久多良木夫妻の帝国漫遊記、いつもお読みくださってありがとうございます。

ある程度のプロットが完成していたのですが、「やっぱりこれはあかんのやないか・・・」と自問自答した結果、連載更新が遅れました。


【予定プロット:久多良木夫妻と罪業の子ルート】
オリキャラ一人追加、久多良木夫妻とオリキャラとシュラ、オネストなどがメインになる。
原作に一部沿いつつ、シュラと皇帝陛下の救済措置が追加
一部、ドロドロとした裏事情や近親相姦要素などのクソ重いルートになります。


【プロット変更:久多良木夫妻と原作沿い+救済ルート】
基本的に原作沿い、何人かのキャラは救済措置有り
ノリの赴くままでいいんだよゴルァ精神ルートなのでご都合主義多め


未だにどちらを連載すべきか迷っているので、今後も連載が遅れる可能性が高いです。申し訳ありません


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久多良木大地は模擬戦をする

ご都合主義ルートに決定したので「こまけぇこたぁいいんだよ!」精神でお願いします。


 

帝都宮殿の敷地内には練兵場や武道場などがいくつか併設されている。主にブドー大将軍が率いる近衛兵たちが使うことが多く、使われていない場所も存外多い。

 

一昔前は、帝国兵たちも訓練をしていたのだが・・・残念ながら、現在は帝国兵で訓練を積極的にするのはエスデス軍か、やる気のある兵士ぐらいだ。

 

イェーガーズの本部がある建物の近くにも模擬戦が行える程度の広場が確保されている。

これはエスデス将軍がわざわざ大臣に進言して整備させた場所だ。

 

 

 

「よし、私のほうは準備ができたぞ。いつでもかかってこい」

「・・・」

 

現在、久多良木大地はエスデス将軍との模擬戦に駆り出された。

 

大地としては内心物凄く嫌である。できるなら棄権したい。

しかしながらイェーガーズに世話になっている以上、その指揮をとっているエスデスに対してはあまり無理なことはできない。

 

「・・・言っておくが、私の武道は戦闘特化ではないからな。期待しないでほしい」

「なんだ謙虚な奴だ。とにかく戦ってみないと分からんだろう」

 

大地にとってはエスデスは物語で言えばラスボスと呼ぶに相応しいキャラクターだ。

分からないも何も、戦わないことが最良であると考えている。

 

「(模擬戦で帝具を使ってくるようなタイプではないだろう。純粋な素手での戦いだ・・・だが、手加減を果たしてするかどうかだな)」

 

「・・・掛かってこないならこちらからいかせてもらおう!」

 

大地が掛かってこないならばと、エスデスが大地へと蹴りを入れようとする。大地もすぐさま反応してガードをするものの、すぐさまエスデスが体勢を立て直して二撃目を打ち込む。

 

「(これが20代の女の力か・・・っ!一撃が重いぞ?!)」

 

さすがは帝国最強と名高い戦闘狂、やはり模擬戦でも手を抜く様子が無い。

大地としても警察での若手との組手を思い出しながら、なんとか攻撃を喰らわぬように対応していく。

 

しかしシュラの時と違い、エスデスは慢心せずに全力で向かってくる。

例え相手が自分よりも弱いかもしれないと思っていたとしても、エスデスにとって戦える者は等しく扱う。

 

それは大地も例外ではなく、彼の戦闘スタイルや技術を測るためにエスデスは攻撃を加えていく。

 

「ほぉ、動きにはついてくるのか!攻撃しても良いんだぞ!」

 

「(こちとら防御に精いっぱいだというのに・・・言ってくれるな)」

 

大地としてはエスデスの動きに対応し、攻撃を喰らわないようにガードするだけで手一杯の状況である。

攻撃に転じれば、すぐにその隙を見つけて追撃されるだろう。

 

・・・反応速度があまりにも違う

 

人間を相手にしているよりも、野生動物のそれに近い

 

「攻撃を防ぐだけでは終わらないぞ」

 

防戦一方になる大地に対して、エスデスは喜んでいた。

攻撃をしないのが不満ではあるが、自分の攻撃速度に対応してガードをしていくことは気に入ったらしい。

 

見切るまでのレベルではないにしろ、少なくとも自分の攻撃を的確にガードしていくのだ。

 

後は攻撃の威力さえ知れれば満足だ。・・・と、彼女は考えていた。

 

そんなことも知らず、大地はとにかく試合が終わるようにするための算段を考える。

 

「(一撃、といっても顔や腹のような急所は相手も予測するだろう・・・この手のタイプには嫌な顔をされるかもしれないが仕方ない)」

 

大地はエスデスの攻撃をガードしつつ、機をうかがう。

 

服を掴んでそのまま彼は抑え込み技の一つである袈裟固めを行った。

 

「これでっ、一本だ・・・!」

 

正直大地としては抑え込むことで精いっぱいだ。彼も武道を嗜んでいる成人男性ではあるが、いかんせん年齢的に長期戦がきつい。

なおかつ相手はスタミナお化け級の戦闘狂なのだ。

 

エスデスは少し不満そうながらも「仕方ない、これで仕舞いだな」と試合の終わりを告げた。

 

 

 

 

「エスデス隊長も大地さんもお疲れさまでした」

 

ウェイブは二人にタオルを渡し、クロメも二人へと飲み物を渡した。

 

「ありがとう・・・しかし抑え込みとはつまらんな。殴ってきても良かったぞ」

「あからさまな攻撃をしたところでガードしただろう?それに帝国最強の将軍に抑え込み技をする敵は少ないだろうと思って・・・」

 

「なるほど、隙がつけたか。確かにそういった攻撃はあまりされないな」

「あくまで私が武道をしているのは相手を制圧するためのものですから」

 

大地は敬語で接しつつも、改めて目の前のエスデス将軍の強さを肌で感じた。

シュラに関してもそうだが、やはりこの世界の戦闘ができる人間は自分よりもスタミナも違えば攻撃力も違う。

 

・・・長期戦にならず、相手の攻撃をなるべく喰らわないようにしければならない

 

「あなた、お疲れ様」

「うむ。さすがに疲れたな・・・」

 

陽子にそう声を掛けた大地だが、陽子は大地に何か言いたそうにしている。

 

「ねぇ貴方、エスデスさんに寝技をしたのよね?」

「それはそうだが。どうした?」

 

「あの時の体勢、エスデスさんの胸が当たってたから」

 

陽子の言葉にウェイブたちも「あっ・・・」と先ほどの技を思い出して場が静かになった。しかし大地は陽子に対してこう答える。

 

「確かに異性相手だが、胸が当たって嬉しいのはお前だけだぞ」

 

完全な惚気である。それを真顔で返すのだからたまったものではない

 

「もうやだあなたったら!」

 

陽子は恥ずかしいのか大地の肩を軽く叩いて左腕にぴったりとくっついた。

 

完全にバカップルのそれである。

 

「仲が良いですねぇ」

「お、おう・・・」

 

ランの言葉にウェイブも返事はするが、なんといえばいいのやら・・・

 

ちなみにエスデスは「次にタツミと会ったら寝技に持ち込んでみよう」と思うのであった・・・

 

 



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変化編
久多良木陽子は引き止める


彼女には彼がどう見えているのでしょうか、誰を引き止めているのでしょうか


エスデス将軍と久多良木大地の模擬試合が終わり、なんとか久多良木夫妻はイェーガーズ本部に滞在することが本格的に決定した。

形としては住み込みの家政婦や使用人といったところだろうか・・・そのあたりの辻褄合わせは宮殿内部の人事部などとの兼ね合いで決まるだろう。

 

それも大事ではあるが、更に大事なこともある。

 

彼ら夫妻は秘密警察ワイルドハントを敵に回してしまっている。

 

この久多良木夫妻の現状からして、ワイルドハントの取り調べ等を受けないようにエスデスがオネスト大臣に掛け合うことになったのだ。

 

 

 

最初は”わざわざ大臣に頼みに行くなんて”と大地は渋い顔をしていたが、陽子がなんとか説得したおかげで納得した。

オネスト大臣がどう判断するかは分からないが、少なくともエスデスが交渉することで不利な条件はあまり付けられないはずである。

 

「安心しろ、大臣もそれなりに話はできるぞ?」

「会話ができるだけの老獪な狸爺なだけだ・・・善人だから話ができるわけじゃない、自分への損得で判断するために話をするだけだと思うが」

 

「・・・ふっ、大臣によくそこまで言えるものだ。大したものだな」

「褒められるほどでない。それぐらいの意見なら、この国にいる人間は多かれ少なかれ似たような意見ではないか?」

 

大地はそう言いつつも、エスデスに「少なくとも妻だけでも保護をしてくれ」と念を押した。

彼の中では物事の最重要項目の中に妻の名前が記載されているのだろう。

 

「お前はいいのか?」

「・・・私はまだどうとでもなる。だが、妻が害されるのはどうしても許せない」

 

「・・・許せない、か」

「あまり法に触れることはしたくないのだがな。だが、家族を害されて見過ごせるわけもないだろう」

 

「そういうものか?」

「そういうものだ」

 

大地の言葉にエスデスは「そうか」と短くだけ答えて、そのまま宮殿内へと向かっていった。

 

「(・・・見過ごせるわけもない、か。理解ができないな。弱ければ死ぬのが世の常だ)」

 

彼の言葉を否定するエスデスであったが、脳裏には彼女の父親の最期が思い出されていた。

 

 

「(・・・・・・・・・下らん感傷だ。強ければいいだけじゃないか。)」

 

 

 

 

 

_____________一方そのころ、イェーガーズ本部内、ランの私室にて

 

 

イェーガーズ所属の参謀ランは冬用のコートを身にまとい、コートのポケットにナイフや拷問用の花などを仕込んだ。もしもの時のための逃走用の煙幕玉も準備している。

靴には毒針を仕込んだギミックがなされ、ナイフの予備もいくつも体に巻き付けたり、コートの裏側に隠してある。防刃代わりになる装備も服の下に仕込むあたり、かなり慎重になっているようだ。

 

暗殺者もちょっと引いてしまうほどに用意周到な準備をしてはずのランは、少し息を吐いて窓から外を眺める。

 

エスデス将軍に、ワイルドハントのリーダーであるシュラのスキャンダル情報を渡した。

 

Dr.スタイリッシュが作った新種の危険種を帝国に放った証拠をランは掴んでいたのだ。

 

 

「(これでワイルドハントは解散か活動停止になるはずです・・・ですが)」

 

 

そう、活動停止もしくは解散しても・・・彼の教え子たちを殺した張本人は生きている。

 

「(子供たちの仇を、やっと見つけたんです・・・ナイトレイドの仕業に見せて殺さねば)」

 

復讐に染まった感情を燃やしながら、彼は覚悟を決めた。

 

相手も帝具使いであり、彼も帝具使い・・・

 

帝具使い同士の戦いは、必ず死人が出ると言われている。

 

「(もしも死んだとしても、せめて相打ちに持ち込めば・・・ウェイブやクロメさんたちに迷惑はかけれません。一人でやるしかない)」

 

 

コンコン

 

 

「・・・誰ですか?」

 

部屋にノックした人物を警戒しながら、ランが声を掛けた。

 

「久多良木陽子です。ランさんにちょっとお話があって・・・」

「・・・かまいません。扉が開いてるのでどうぞ」

 

陽子を促しつつ、ランは彼女に向き直った。

 

「ランさん・・・その、何か思いつめてないかしら?」

「・・・何故そう思いますか?私は特に平気ですよ」

 

「・・・・・・ワイルドハントの話題の時は少し怒っているというかなんというか・・・何かあるなら、ウェイブ君やクロメちゃんたちにお話ししたほうがいいわ」

「・・・」

 

陽子の言葉にランは答えない

 

「それにエスデスさんも帰ってきたんでしょう?”何かあるならお話してみたらどうかしら?”」

 

その言葉にランは「・・・えぇ、そうですね」と答えた。

陽子は「それじゃあ私は部屋に戻るわね。おやすみなさい」と残して部屋から退出した。

 

「・・・やれやれ、まるで読まれているようですね」

 

彼女の言葉に何かの意図を感じながらも、彼は今日の仇討ちを取りやめることにした。

それと同時に、久多良木夫妻はやはり何かを抱えているかもしれない・・・そう考え、彼らを監視しようと決めるのだった。

 

 

 

部屋に戻ろうとしている陽子は小さくつぶやいた。

 

「・・・・・・あれで、暗殺をやめてくれたらいいのだけれど」



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久多良木夫妻の知らぬところで物事は進む

「お前が死んでも何も変わらない。 だが、お前が生きて、変わるものもある。」

出典は忘れたのですが、世の中わりとそういうもんだったりする


 

特殊警察イェーガーズ所属、ランは元教師という異例の職歴がある。

彼のように民間の職業に就いていた人間が軍属に転職するのも珍しく、帝具所有者になったこともそれを助長させた。

結果的にはイェーガーズを編成するさいに、オネスト大臣が目を付けて更に昇進したわけだが。

 

「・・・・・・」

 

ラン自身、教養もあり軍事や政治的な知識も高い。

この腐った帝国を内部から変えるために努力しているつもりだ。

 

・・・それ以上に、自分の生徒たちを殺した殺人鬼を殺したいと思っていた。

 

それは今も変わらない

 

だからこそナイトレイドのせいにして闇討ちしようと思っていたのだ。

だが、陽子が何かに勘付いていることに気が付いた彼はその日に行動を起こすことをやめたのだ。

 

 

 

ランは陽子に引き止められた翌日、エスデスの執務室へと足を運んだ。

 

「エスデス将軍、少しよろしいでしょうか」

「かまわん。入れ」

 

エスデス将軍に声をかけ、ランは部屋へと入ってくる。

 

「実は話があります。お時間はありますか?」

「・・・大臣のところへ行くまで時間があるからな。かまわん、話せ」

 

ランはエスデスの許しを得て、自らが帝具を持つに至った理由や復讐する相手がいることを彼女へと語った。

それと同時に、彼は陽子に引き止められたこともエスデスへと語る。

 

「久多良木夫妻はスパイには見えませんし、そう思わせる行動を見かけてはいません。ですが・・・」

「・・・帝国のことや、我々のことを察している部分があると?」

 

「はい。陽子さんのを偶然だと思っていても、大地さんがワイルドハントに臆さない態度や、イェーガーズを頼りにしようと思っていたのも・・・何か引っかかるんです」

「・・・」

 

ランの言葉にエスデスも頷き、二人で”久多良木夫妻は何者なのか”を話し始める。

 

 

イェーガーズは確かに帝都民からの支持は得ていたし、ワイルドハントは帝都を荒らすような真似をしていた。

久多良木夫妻は外の国からやってきていることも考慮するにしても・・・普通の旅人にしては、何か違和感がある。

 

ともあれ、二人から殺気を感じることも無ければ、そこまでの強者には見えない。

何かを探る様子も無いのだが、それにしてはこちらの事情を何かしら知りすぎている気はする。

 

 

「・・・違和感は感じるが、スパイや暗殺者として紛れ込んだにして考えるのも早計だ。」

「はい」

 

「・・・それと、ワイルドハントのことだが・・・」

「・・・」

 

「お前が用意した”証拠”を大臣に提示しよう。殺人鬼のチャンプとやらの処遇も考えさせる」

「ありがとうございます」

 

ランが用意した証拠

 

これは秘密警察ワイルドハントのリーダー、シュラがDr.スタイリッシュの作り出した新種の危険種を放逐したことである。

 

「しかしよく報告出来たな」

「・・・陽子さんに引き止められましたからね」

 

ランの言葉にエスデスは数瞬、返事を遅らせる。

 

「・・・・・・クロメから聞いたが、どうやら子供の一人を亡くしているそうだぞ?」

「!」

 

「詳しい話は知らん。他人の感傷なぞ知らぬが、もしかしたらお前ぐらいの年齢の子だったのかもしれないな」

「・・・」

 

 

 

 

一方その頃、ドロテアの研究棟______________

 

 

「それで2回も一般人に負けたんですか?」

「・・・」

 

ワイルドハントのメンバーが少し離れた場所で遅めの朝食を食べている中、シュラは実の父親であるオネストに叱られていた。

 

それもそうだろう、1回だけならまだしも、2回も謎の一般人に負けたのだ。

 

秘密警察のリーダーとしても、この帝国の大臣の息子としても・・・オネストとしては呆れるという選択肢しか無かった。

 

「どこの田舎者か知りませんが、少し遊びすぎてなまっているようですね」

「親父!待ってくれよ、実力なら俺のほうが・・・」

 

「言い訳は見苦しいですよ」

「っぐ・・・」

 

オネストはそう言いながらも、ちらり、とワイルドハントのメンバーを一瞥しつつシュラへと尋ねた。

 

 

「ところで、その一般人が連れていた女性は美人らしいですね」

 

 

「親父、やめとけ」

 

 

先ほどのことも忘れたかのようにシュラは真顔でオネストへ返答した。

 

「その気になれば適当な罪で捕まえたらいいんですよ。なぜそんな・・・」

 

「おっさんのほうじゃねぇ、女のほうはやめてくれ親父!」

 

疑問符を浮かべるオネストに対してシュラは掴みかかる勢いでオネストに詰め寄って制止した。

 

 

 

「摩り下ろされたくねぇだろ!!!」

 

 

 

「何をですか!!?」

 

 

 

シュラの必死な制止に対して、さすがのオネストもツッコミせざるえなかった。

 

なお、このやりとりを見ていたエンシンも思い出して顔を青くしていた。

 

「エンシン殿、本当に何があった」

 

「あのババア、あの時まじでおろし金持ってたんだよ、ただの脅しじゃねぇ次に倒れたらおろし金で摩られる」

 

「イゾウ、エンシンはどうやら精神的に参っているようじゃな」

 

イゾウに声を掛けるドロテアであったが、正直その「謎の一般人の妻であり、おろし金を持っている美人」に興味を持つのであった・・・

 

 



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久多良木大地は大臣と大将軍と出会う

オネスト大臣 横から殴るか 下から殴るか

オネスト「いわれのない暴力が私を襲っているんですが」


 

特殊警察イェーガーズにエスデス将軍が戻ってきてからというもの、帝都の現状は様変わりした。数日のうちにワイルドハントの活動停止が言い渡され、イェーガーズ預かりとなった。

それと同時に帝都での治安維持活動や民衆への声掛けなどをウェイブたちが再び行い、ようやくワイルドハントの暴虐に怯えた人々も日常を取り戻しつつあった。

 

ワイルドハントのメンバーも暴れまわることは無くなったが、それでもナイトレイドをおびき出すために計画を練っているとかなんとか。

ただ・・・その中に、チャンプの姿は無かったことを除けば、彼らも変わりない日々を送っているようだ。

 

・・・ただ、革命軍は確実に帝都へと向かってきていた。

 

 

 

久多良木大地はというと、それから二日に一度はエスデス将軍に呼び出され、ウェイブと共に組手の相手をすることになっていた。

大地としては体がなまることがないのは助かっているのだが、いかんせん、エスデスはあまり手を抜かない。そもそも、戦闘に特化した人間を相手にすること自体がかなり無謀である。

 

仮に大地が戦闘能力に特化した特殊な能力があるとか、肉体レベルを引き上げられていたら別だろうが・・・残念ながら彼は、普通の人間のままである。

 

「あんなに殺す気でやる組手があるか・・・はぁ・・・」

「はは、隊長はあまり手を抜かない人ですからね。それに・・・今は、革命軍が帝都に迫りつつありますし」

 

「・・・情勢はあまり良くないことは知っているが、自分の身ぐらいは守らねばな」

「・・・そうですね」

 

ウェイブと会話しつつ、身体をほぐし直していた大地。彼らのところへクロメが何かを持ってやってきた。

 

「陽子さんから、レモンのはちみつ漬けだって」

「おお!すっげー美味そう!」

「わざわざ届けに来てくれたのか。感謝する」

 

「・・・別に。任務がまだ入ってないからだもん」

 

大地の言葉にそっぽを向くクロメ。そんな彼女に苦笑しつつもウェイブと大地はレモンのはちみつ漬けを食べることにした。

 

・・・・・・が、どうやら誰かがやってきたようだ。

 

「へー、イェーガーズの田舎者がこんな中庭で何してんだよ」

 

・・・・・・大臣の息子、シュラである。

 

「・・・!」

「・・・」

 

「なんだよ、イェーガーズで世話になってるおっさんまでいるじゃねぇか」

 

どうやら陽子がいないせいか、かなり態度が大きくなっているようだ。

ウェイブと大地が彼を睨みつける間に、シュラはクロメに目を付けた。

 

「おっ・・・なんだよ、イェーガーズに上玉もいるじゃねぇか。ちゃんと見てなかったから分からなかったな」

 

そのままクロメの腕を掴み、シュラはまじまじと見つめた。

 

「・・・へぇ、薬漬けのやつか。そういうのは抱いたことがねぇな」

 

愉しそうに笑うシュラとは対照的に、クロメは何も答えない。ここで抵抗すればエスデス将軍にも迷惑がかかると思っているのだろう。

 

「本当に貴様は最低のクズだな」

 

大地が冷たくシュラに言い放つ。

 

「あぁん?てめぇなんざ卑怯な手でしか勝てない癖に俺の邪魔をするつもりか?」

 

そのままシュラは、クロメをどこかへ連れて行こうとするが、ウェイブがすかさず止め・・・シュラが彼の態度に激昂する前にウェイブがシュラの顔面を殴った。

 

「・・・隊長、ラン、すまない。でもっ・・・俺の仲間に、手ぇ出すんじゃねぇ!!」

 

 

 

「(・・・確かこれは、原作の漫画にあった描写と同じじゃないか)」

 

事の成り行きを見守りながら、大地は【アカメが斬る!】の原作内容を思い出していた。

だがこれは、エスデスが帰ってくる前に行われたイベントのはずである。

 

「(・・・・・・我々がいても、こういうイベントというのは起きるということか。ならばここでブドー大将軍が・・・)」

 

 

 

「何をしている」

 

威圧感を出して、シュラとウェイブの前にブドー大将軍が現れた。

 

・・・だが、そこにいたのはブドーだけでは無かった。

 

 

「おやおやぁ、シュラ。どうしましたか?」

 

 

・・・・・・オネスト大臣、その人である。

 

「親父!」

「・・・大臣」

 

「(ほぉ、ここでブドーだけではなく・・・・・・社会のゴミクズ、いや、オネスト大臣が来るとは。戦うことは無いと思いたいが・・・あの奇妙な皇拳寺の体術を相手にするのは不安しかないな)」

 

大地は静かに彼らのやり取りを見ていた。どうやらこのまま、中庭でシュラとウェイブが対決することになったらしい。クロメとブドー、そしてオネストもそれを見物することになったようだ。

 

「貴方が噂のイェーガーズに保護された人間ですか」

「・・・あぁ」

 

オネストに話しかけられ、大地は短く答えた。

 

「いやぁ、私の息子を2回も退けたとか」

「運が良かっただけだ。長引けばこちらが負けていた」

 

思ったことを、簡潔に、何も込めずに答えた。

 

「・・・・・・旅人だそうですねぇ、子供を探しているとか」

「あぁ」

 

そこで「あらぁー」と間延びした声が聞こえてきた。

 

途端に、シュラの顔が真っ青になる。

 

「クロメちゃんが帰ってこないから来てみたら、どうしたの?」

 

久多良木陽子がそこにやってきたのだ。

いつも通り、おっとりにこにこと笑っている。

 

「これには訳が・・・」

 

大地が陽子に説明する前に、「・・・綺麗ですね」と、大臣の言葉が聞こえた。

 

・・・嫌な予感に、大地が大臣のほうへと視線を向ける。

 

 

「これはこれは、思っていたよりも・・・私好みです」

 

 

オネスト大臣が、陽子のほうへと視線を向けていた。

 

 

 

「嘘だろオイ!!!!!!!!」

 

 

 

・・・・・・シュラの悲痛な叫びが中庭中に響いた




ご都合主義ルートなので「なんでやねん」と思うかもしれませんが、「こまけぇこたぁいいんだよ!」精神でどうぞ


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久多良木陽子は運命を感じない

前回のあらすじ
だいたいそうなる予想はついていた
以上


 

「陽子さんでしたかな?お子さんを探していると聞きましたが、とても経産婦には見えませんねぇ」

「あらあら、ふふふ・・・美容には気を付けていますもの」

 

「お子さんを探しているとなると大変でしょう?」

「大丈夫よ。家の子たちは成人している子がばかりですもの。それに私には夫がいるから平気ね」

 

「そこの旦那さんをですか・・・へぇ、そうですか。お強いんですねぇ」

「ふふふ、そうね。自慢の夫よ」

 

オネスト大臣はシュラがウェイブと戦うということすら忘れて、陽子の隣に陣取っていた。陽子に話しかけており、大地は睨みつけている状況だ。

なお、オネスト大臣は気が付いていながらもスルーしている模様。

 

ブドー大将軍は沈黙を貫き、クロメは事の事態を静かに見守っているようだ。

 

「へぇ、子供が多いのですね」

「・・・7人よ。どの子もいい子なんですの」

 

【7人】という数を聞いて、大臣の笑みが一瞬だけ引き攣った。

見た目には30代ほどにみえるが、7人の大半が成人していると聞けば・・・まぁ、年齢は気になるだろう。気になってしまう。

 

・・・実際は8人なのだが、まぁ、この場合は言わなくてもいいことだろう。なまじオネスト大臣を相手に話しているのだ、余計な弱みは言わなくても良いだろう。

 

別に見た目が綺麗ならば、オネスト大臣としては問題が無い。これはあくまで彼の好奇心が訴えかけるのだ。

仕方がないことである。

 

「・・・7人産んだようには見えませんねぇ」

「あらぁ、それほどでもないわ」

 

「お世辞ではありませんよ、とてもお若く見えます」

「ふふふ、そんなに褒めても何も出ませんわ」

 

会話がまだ続けられる。ウェイブは多少準備は出来ているものの、シュラは完全に意識がそちらに向いているのか、先ほどウェイブに殴られたことすら忘れてチラチラと大臣のほうへと意識を向けていた。

 

「お前・・・」

「うるせぇ、てめぇなんてノシてやるからな!・・・親父、いつまであのバ・・・女を口説いてんだよ・・・」

 

 

 

 

「・・・すみませんが、ちなみに年齢は?お若いように見えますが」

 

 

大臣がにこやかに聞いた。そう、にこやかに聞いたつもりだった。

しかし陽子は少しだけ間をおいて、ゆっくりと答える。

 

「・・・・・・あら、聞こえなかったわ。なんて言ったのかしら?私、聞き逃してしまったの」

「いやだから、貴方の年齢・・・」

 

そして再び、一呼吸おく陽子

 

 

「・・・ごめんなさい、聞こえなかったわ。何を、聞いたのか、もう一度、言ってくれないかしら?」

 

 

ゆっくりと、まるで幼子に聞かせるように彼女は笑顔を張り付けて尋ね返した。

 

 

「アッハイ、もういいです。なんでもありません」

 

 

好奇心は猫をも殺す、というよりも、好奇心は悪徳大臣すらをも毒牙にかける。

戦闘能力がずば抜けて高いとは思えないが、明らかに何か触れてはならない何かを感じる・・・オネストはすぐさまにこの話題を変えようと、「さぁ!シュラ、存分に戦ってみせてください!」とシュラへと声をかけた。

 

「おう!任せとけ!こんな田舎者、すぐにぶっ飛ばしてやるぜ!」

「・・・言ってろ」

 

 

 

 

はてさて、彼らの戦いの顛末は読者諸君ならばわかり切っているだろう。

完成されつつあるシュラと、すでに完成された強さであるウェイブ・・・その二人が戦ったならば、その結果はある程度分かることだ。

 

(もちろん、勝負は時の運・・・という言葉もあるけれども)

 

 

「・・・お前らが傷つけた、帝都の民の分だ」

 

 

勝負は、ウェイブの勝ちとなった。

ブドーは満足そうに「その力を存分に帝国のために使うと良い・・・」と去っていく。彼らの実力を自身の目で確かめることができたからだろうか。

 

「はー・・・こんな田舎者にヤられるなんて。まったく、気が抜けてますねぇ」

 

オネストは興味が無さそうに呟いて、適当な兵士に運ぶように言いつけて運ばせようとする。そして、さっさと陽子の手を引こうとする。

 

「さて、私と一緒にお酒でもどうですか?」

 

だが、陽子は「あら、ごめんなさい」とオネスト大臣の横をすり抜けて、シュラの元へと歩いた。

 

 

「私は貴方の息子さんの手当てがありますので」

 

 

その切り替えし方にクロメとウェイブは驚嘆を隠せないが、大地は「そうだな。父親である貴方がついていないなら、こちらでやっておこう」と陽子に寄り添った。

 

どうやら大地は、陽子が「オネスト大臣にお誘いを受けることを前提として、どういった切り替えしで切り抜けるか」を分かっていたらしい。

そのまま倒れこんで気絶したシュラを大地が抱え、陽子はそれに寄り添いながら移動することにした。

 

「あの、俺も手当て、手伝います」

「ウェイブも手当てが必要でしょ」

 

ウェイブもすぐに理解したのか、自分も発言に乗っかるのだがクロメにさりげなくツッコミを入れられてしまう。

 

 

「それじゃあ私はこれで。今日は楽しかったわ。用事があるなら・・・”エスデス将軍”を介してくださいませ」

 

 

陽子は上品に笑みを浮かべつつ、牽制を含めた台詞を言って大地と共にイェーガーズの本部へと向かうのだった・・・

 

 




大地さんと陽子さんは48歳同級生です。
アラフィフ!アラフィフ!


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★現状把握

※本編じゃないです※


 

【久多良木家】

 

久多良木大地

警視庁警視正。48歳男性。

正義感が強くてそこそこに強いがあくまでも試合形式または実戦においての絡み手に重きを置いている。

行方不明になった子供たち二人を探すために異世界トリップしてきた。

息子である久多良木朝人に対しては男同士の信頼があるので心配はしていないが、娘である久多良木露子に関してはどちゃくそに甘い、甘すぎる、娘馬鹿

シュラに対して何かやたらと突っかかっているようだが・・・?

奥さん大好き

 

 

久多良木陽子

アンチエイジングに力を注ぐ48歳女性。ちょっと美人で若くみえる普通の主婦だが腕力が人よりちょっと強いのがチャームポイント。

体術は通信教育などから学んでいたとかなんとか。

長男が亡くなったことが地味にトラウマになっているので、ちゃんとした人間。人間です。ちょっと摩り下ろし器持ってたりするけどちゃんとしたまともな人間。

シュラを出汁にしてオネスト大臣の誘いを断るぐらいに強か

・・・地味にシュラに対しては何か思うところがあるらしい。

旦那大好き

 

 

久多良木露子

完結作品【氷雪の魔王と愉快な帝具使いたち】の主人公。

両親が探しているのも知らずに愉快な変態達の相手をしながら苦労している。

果たして再会できるかどうかは・・・

 

 

久多良木朝人

父親譲りの正義感があるとかなんとか。そんな息子さん。

だが、ロッドバルトのせいで異世界トリップをしていることだけは判明している。

また、父親である久多良木大地と同じく王道と邪道を使いこなして戦うタイプ。

子離れできてない父親をうざいとツッコミをいれるぐらいに辛らつな言葉遣いをする模様。

 

 

 

【株式会社レイク・オブ・スワン】

 

ロッドバルト

社長兼営業の大悪魔。1話目早々陽子さんによって上半身の服を襤褸切れにされたりしていたが、基本的に久多良木家の娘・息子の二人がいなくなった元凶。

色んなところで色んなことをしている愉悦野郎。

現在も久多良木夫妻の様子を眺めている。

 

 

 

【帝国勢】

 

オネスト大臣

読者が予想してそうな行動をちゃんととってくれるみんな大好き悪徳大臣

陽子さんに一目ぼれなんてことはしてないが、味見ぐらいはやってみたいとは思っている。

強かなところを見せた陽子さんも素敵だと抜かしつつも、死んだら死んだで割り切りそう

 

ブドー大将軍

国と陛下を守ることを第一としている。ゆえにウェイブとシュラの仲が悪くても、互いに国を守る力になるかどうかを重視しているところがある。

久多良木夫妻のことも噂には聞いている程度であるが、積極的にかかわっていくかどうかは別の話。

 

シュラ

久多良木夫妻になんやかんやされてしまった大臣の息子。摩り下ろし器はやばすぎだろ?え?まじでやるつもり?

久多良木大地に対して2度も負けたせいか、かなり鬱憤が溜まっている。なお、ウェイブに対しても恨みが追加された模様・・・

 

エンシン

人妻を味見しようとしたのに人妻が怖くなる。そろそろ復帰したいところだが、笑顔で摩り下ろし器を出すのはやはり心臓に悪すぎる。

こんなトラウマはつくりたくなかった。

 

ドロテア・コスミナ・イゾウ

シュラとエンシンと因縁のある久多良木夫妻が気になって仕方がない。

なお、チャンプさんはエスデス様経由で処罰された。ワイルドハントの活動停止にならないための犠牲やったんや・・・とくにドロテアさんが夫妻二人に興味を持ってしまってほしかった。

エスデス

久多良木夫妻が纏う雰囲気などをなんとなく察している猛者。

保護はしているものの、どこまで庇うかは未だに分からない・・・

そのうち異世界トリップのことまで突っ込んできそうな人。怖い。でもいい人。狂人だけど。

 

ラン

久多良木夫妻に何かを感じる策略家で復讐者。

うまく陽子さんに誘導されたため、エスデスに報告してから合法的にチャンプさんへの報復を果たした。

これからは純粋にイェーガーズの隊員として、または帝国を改革するための改革者として動けるはず。

 

ウェイブ

久多良木夫妻に親近感を抱いているイェーガーズのエース。

大地さんの正義感の強さに共感しており、また彼らがワイルドハントに絡まれないように自分がなんとかしよう!とか考えている。

シュラに対してなんとか勝ったものの、根本的な解決をしていないため今後はどうなるかが・・・

 

クロメ

警戒はしながらも、陽子さんの危うさに親近感を抱いている。

ここのところはボルスさんの奥さんと娘さんと共に陽子さんと過ごす時間が多くなってきた。

「もしも母親がいるならば、きっとこんな感じだろうか」なんて、そんなことを想いながらも、今日も彼女は薬を飲んで命を縮めている。

 

 

 

【今後の展開】

 

いよいよ次回から原作キャラクターの運命が本格的に変わっていきます。

主にシュラが筆頭です。えぇ、まぁ、趣味ですね。推しをどんどん出していくスタンスです。

 

皇帝陛下も出演予定です。帝国側だからね!

 

オリジナル帝具もないですし、チートな能力もなく、夫婦出演とアクの強い作品ですが、よろしゅうお願いいたします。

 



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久多良木夫妻は思い出話をする

最近、エスデス将軍が率いている特殊警察イェーガーズの本部に一般人二人がいるという噂が宮殿の中に広がっていた。噂でもなんでもなく、本当に久多良木夫妻がいるのだが・・・今まではウェイブやラン、クロメたちの目が届く範囲でしか活動していなかった。

 

ここのところは大地がエスデス将軍と組手をしたり、陽子がクロメと共にいるため、その存在が知れ渡ったというわけだ。

だが、帝国の宮殿はまるで迷路のように広い。ゆえに、多くの侍女や兵士たちが出会うわけでもない。

 

だからこその”噂”なのである。

 

そんな噂は皇帝陛下の耳にも届いた。いつも通り、オネスト大臣やエスデス将軍に直接尋ねようとしたのだが・・・

 

「(今は皆、忙しいみたいだな。少し確認するぐらいなら余一人でもできるだろう)」

 

そう、今は革命軍の進軍や西の王国の侵略・・・帝国軍も暇ではない。

それにオネスト大臣には政治面を任せていることもあり、噂に関しては自分で確かめようと思ったのだ。

 

皇帝陛下はこっそりとイェーガーズ本部へと向かっていった。

 

それが運命を分けることになるとは、誰も知らない____________

 

 

 

 

同時刻

 

気絶したシュラを抱え、怪我をしたウェイブと共にイェーガーズ本部へと戻ってきた久多良木夫妻とクロメ。

ウェイブの手当はクロメが張り切ってやるらしいが、シュラの手当てを陽子がやると知って、ウェイブとクロメは顔を見合わせた。

 

「本当に手当てするんですか?そいつは・・・」

「陽子さん、やっぱり侍女とか他の人に任せようよ」

「あら、あぁ言ったんだからしなくちゃいけないわ。ねぇ、あなた」

 

「・・・それはそうだが・・・」

 

大地としても、あまりシュラをイェーガーズ本部に置いておきたくないようだ。

それもそうだろう。陽子に対してもクロメに対しても、下衆な目線で見てきたのだから、気分が良いものではない。

 

「”ちょっとばっかし”やんちゃだけど、手当をしない理由にはならないわ」

「陽子・・・」

 

「いざとなれば、いくらでも脅しはかけられるでしょう?」

 

にこやかに応える陽子に、ウェイブやクロメ、大地は顔を見合わせる。自分たちがどうこうするわけではないが、陽子の笑顔は時折、何かしらの恐怖を感じる。

 

相手が誰だろうと、是が非でも自分の我を通す強さと言えばいいだろうか

 

大地は陽子のそういった部分を強さと捉えて是としているが、ウェイブやクロメからみると多少の違和感は感じるが・・・まぁ、彼女は一般人には違いない。

 

「何かあれば助けを呼んでください」

「すぐに行くから」

 

「えぇ、ありがとう。さ、手当しましょ」

「そうだな。気は進まないが・・・」

 

 

 

しばらくして手当も無事に終わった。陽子は大地と自身の分の紅茶を入れてきた。

 

「ほら、貴方」

「ありがとう。しかし、よく手当しようとしたな」

 

「そうねぇ・・・貴方に反発している姿が朝人に似ていたから、ちょっとね」

 

陽子の言葉に大地は少し沈黙して「いやいや、それはない」と応える。

 

「朝人は正義感の強い男だ。確かに多少父親離れしつつあるが・・・」

「あら、貴方と稽古をしている時の朝人と似ているのよ。小さい頃の、ね」

 

「・・・あぁ、そういえば」

 

大地は息子である朝人の幼少期を思い出す。

 

 

 

 

正義感の強い朝人は試合でしか使わない技を使っていたが、大地はそんな朝人に自分の戦い方を座学から実技までしっかりと学ばせた。

 

「世の中の人間が、全て正々堂々と戦うわけでもない。真っ直ぐ生きるのは大事だが、絡め手が全て卑怯なものではないんだ」

「・・・卑怯だろ、真面目に真っ直ぐやるほうがいいに決まっている」

 

「あぁ、そうだな。それは重要だ。だが、相手が絡め手で来るなら、絡め手で返すぐらいの知恵や技は身に着けておくべきだ。知恵も技術も、そのためにある」

「・・・」

 

朝人は幼い頃から、大地を通して警察の仕事に憧れていた。悪い人間を相手にする職業、正義を貫く仕事、そういった綺麗な部分に彼は惹かれていた。

 

・・・だがそれは、あくまで一部分である。

 

どこの組織だって会社だって、綺麗なものもあれば汚いものもある。正々堂々生きるだけでは足元を掬われる。

相手が犯罪者ならば、相手が悪賢いなら・・・それは如実に現れるだろう。

 

だからこそ大地は朝人には自分の技術も経験も教え込んだ。

 

”世の中にはどうにもならないことがある”

 

”助けた相手が犯罪者になることもある、助けられない相手もいる、罰を受けないまま逃げ切る悪人だっている”

 

”それでも本当にお前は、自分の正義を貫けるのか”

 

 

 

「ほんと、お父さんったらスパルタなんだから」

「仕方ないだろう。朝人の真っ直ぐすぎる正義感は・・・一つ間違えば、人を傷つけるものだった。どこかで折り合いをつけて、それでも立ち上がる強さが無ければ、歪んでしまう」

 

大地の言葉に陽子は困ったように笑う。

 

「・・・自分自身のまま、素直に生きるのが難しいのは、なんだか嫌な話ね」

「・・・それが世の中だが、だからこそ生きるのは楽しいんだろう」

 

紅茶を飲み切った大地が、話を変えようと陽子へと話しかける。

 

「しかし・・・この後は厄介だな。ラン君の復讐は止めたにしろ、この後の未来は大変だぞ」

 

大地の言葉に陽子は短く「えぇ」と返事をする。少しばかり表情が曇る。

 

「帝国が終わる未来を知っているのに、出来ることが少ないのは困るわよね」

「私たちはあくまで露子たちのために生き残るのが最優先だ。・・・多少は助けられるかもしれないが、全員は無理かもしれない」

 

「・・・・・・そうね。でも、オネスト大臣が皇帝ちゃんの持ってる帝具に細工しているのは止めれないかしら」

「・・・あれはワイルドハントの、あの金髪の女がしていることだ。無理だろうな」

 

「・・・皇帝ちゃんも、ご両親を大臣に暗殺されて、自分も利用されるなんて」

「・・・過去も未来も分かっていたとして、私たちがどうこうできる範囲外だ。あまり首を突っ込むと、それこそ生き残れない。露子と朝人の居場所を知るためにも、慎重に動かないとな」

 

そこまで会話をしていると、隣の部屋と通じる扉からクロメが入ってきて、「陽子さん、夜食でも食べませんか?」と声が掛けてきた。

 

「あら、いいわね。お父さん、行きましょ」

「・・・あぁ」

 

 

 

 

二人が去った部屋で、ゆっくりとシュラが起きた。

 

 

「・・・帝国が終わる、だと?」

 

 

それと同じく、部屋の扉の外・・・廊下で一人、皇帝陛下が座り込んでいた。

 

 

「・・・オネストが、余の、父上と母上を・・・?」

 

 

 

 





※ご都合主義ルートです※


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久多良木大地は対話する

『世界とは鏡のようなもの。 それを変えるにはあなたを変えるしかない。』
アレイスター・クロウリー



 

久多良木大地という人間は、基本的には善人である。もちろん、多少の絡め手を駆使しているものの、本人は警察組織に属しているだけあって善人気質だ。

彼も今回の異世界転移に関しては色々と思うところはあるが、別に【どうせは死ぬ相手だから】と完全に見捨てたいわけでもない。

 

あくまでも彼は目的を見失いたくはない。

 

当初もオネスト大臣が行っている不正も汚職行為に対して怒っていたし、今だって許せないことに変わりはない。

ランを筆頭に、死ぬ運命が待っている人間たちに対しても何も思わないわけではない。

 

「・・・(露子や朝人と会える方法が生き残ることしかないのなら、仕方ない)」

 

・・・ただ、優先順位をつけているだけだ。

 

全てを救えるとは思っていない、あくまで彼はただの人間である。

いくら知識があっても、それだけだ。驕ることなく、彼は自分ができることの線引きをしている。

 

現在、彼はシュラが眠っているであろう部屋の隣の部屋にいた。

妻である陽子は、クロメやウェイブたちと出かけているため、彼がここに残っているのだ。

 

「(それにしてもラン君が生き残ったままだが、今後は確か主人公が来るはずだったな。数か月ぐらいは滞在することになるだろう)」

 

そんなことを大地が考えている間に扉が開かれた。

 

シュラが起きてきたようだ。もっとも、彼は一度、大地たちの会話を盗み聞きしていたのだが・・・

 

「!・・・起きたのか」

「・・・・・・あぁ」

 

「・・・目が覚めたならさっさと自室なり親のところなり、戻ってしまえ。ここで戦うつもりかもしれないが、イェーガーズ本部で問題を起こせばエスデス将軍もそれなりに動くぞ」

 

大地はシュラの動きを警戒しながらそれだけ呟いた。

 

だがシュラは動かない。大地のほうを見つめたままだ。

 

「・・・何だ。何か言いたいことでもあるのか」

「・・・お前らよぉ、どこから来たんだ」

 

「・・・・・・帝国の外からだ。それがどうした」

「・・・」

 

シュラの質問に大地は真実を混ぜた嘘で答えるが、シュラはまだ納得した顔をしていない。

 

「まだ何か聞きたいことでもあるのか」

「お前ら、自分の子供を探してるの本当なのかよ」

 

「・・・あぁ。それは本当だ。だがお前には関係ないだろう。人質にでもするつもりなら諦めろ、お前では見つけられない」

 

大地はため息を吐きながらシュラに言い切った。

しかしシュラはまだ部屋に居続ける。

 

「・・・・・・お前ら、未来予知の帝具か何かでも持ってるのか?それとも頭がイカれてやがんのか?」

 

シュラの言葉に大地は疑問符を浮かべた。

いきなり何を言われたのか、そもそもシュラが何故そんな質問をしたのか理解していないらしい。

 

「なんのことだ」

「・・・昨日話してただろ、帝国が滅びるとかなんとかな」

 

シュラの言葉に大地は沈黙した。まさか聞かれているとは思っていなかったのだ、仕方ないだろう。

ここで嘘だと誤魔化してもいいが、嘘なら何故そういった会話をしていたのかを指摘されるのは目に見えている。

 

ただ、本当に帝国が滅びるのだと訴えかける演技は彼にはできそうになかった。

 

・・・本当にこの国は滅びるのだから、嘘ではないからだ。

 

「・・・・・・なんで黙るんだよ、なんか言えばいいだろ」

「・・・ただの会話だ、気にするな。それとも不敬罪か何かで捕まえるつもりか?残念だが、それだけで捕まえられるほどではないはずだ。」

 

それだけを大地は言って、シュラとの会話を断とうとする。

 

「・・・・・・もう一度聞くけどよ、お前らはどっから来たんだよ」

「・・・帝国の外だと言っただろう」

 

「・・・俺も世界中回ったんだよ、東の果て以外はな。でも、てめぇらみたいに質の良い服を着てる国は無かった。あんな体術もな」

「・・・」

 

シュラはもう一度、大地へと尋ねる。

 

「お前ら、どこから来やがった」

 

 

 

 

 

_______一方、帝都宮殿内にて

 

 

皇帝はいつも通り、オネスト大臣との朝食を食べていた。いつもならオネストに話しかけて会話が弾むのだが、今日は暗い顔をして食べる速度も遅い。

自分に話しかけずに静かに少しずつ食べる皇帝の様子を見かねて、オネストは自ら話しかけた。

 

「陛下、今日はどうなされましたか?具合でも悪いので?」

「っ、い、いや・・・その・・・別になんでもない」

 

「いつもは私と楽しく会話してますし、美味しそうに食事をなさるでしょう?もしかして料理に問題でも・・・」

「違うぞ、料理はいつも通り美味しいのだが・・・」

 

皇帝は言葉を濁して目を逸らした。

まるでオネストを怖がっているように・・・

 

「・・・陛下、誰かに何かを言われましたか?」

「・・・い、言われたわけではない。なんでもないんだ」

 

「陛下、何かあったなら私にご相談してください」

 

オネストの言葉に、皇帝は少しだけ言い淀みながら彼へと言った。

 

 

 

「・・・余の両親を殺したのは、お前か?」

 

 

その言葉に、オネストは数秒間沈黙した。しかしすぐに涙を流しながら「陛下・・・!」と皇帝への元にやってきた。

 

「私がそのようなことをすると思っているのですか・・・!?私は陛下のご両親にもお仕えした身です、そのようなことは決して・・・!」

「・・・そ、そうだな。オネスト、お前がそんなことをするはずが無いよな?」

 

「ですから陛下」

 

涙を流していたことも無かったかのように、オネストは皇帝へともっと近づく。

 

 

 

「誰が、そのようなことを言ったのですか?」

 

 

 

 



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久多良木陽子は皇帝陛下と出会う

 

______________side久多良木大地

 

 

シュラの質問に大地は沈黙する。

焦っているわけではなく、正直に話したところで信用はされないだろうし、仮に本当のことを話したことでどうにもなるわけではない。

そもそも、自分が話したところでシュラという人間はそれを信用するはずもないだろうと踏んでいるのだ。

 

「なんだよ、話せないのか?適当に吐かせるまで痛めつけてもいいんだぜ?」

「・・・話したところでお前が一笑に付すだけになるぞ」

 

「あぁん?いいから話せよ」

「・・・話半分で聞け、どうせお前は信用しないだろうしな」

 

 

 

 

______________side皇帝陛下

 

 

皇帝はオネスト大臣に詰め寄られたが、会話を盗み聞きしたことを素直に話すことができなかった。

オネスト大臣を信用していないわけではない。むしろ皇帝からすればオネストを信頼したいという気持ちに満たされているのだ。

 

「皇帝である自分」が「会話を盗み聞きした」ということを叱られること

 

・・・オネストに失望されるのが、少し嫌だったのだ。

 

「いや、なんでもないんだ。そういうことを偶々聞いて・・・」

「相手は?どんな人間がそれを言ったのですか陛下?」

 

「その、余にも分からなくて・・・だな・・・。余も歩いていただけで、相手の顔も姿も見ていないんだ」

「・・・本当に?」

 

「ほっ、本当だ・・・!だからその、オネストは気になるかもしれないがっ・・・余には、誰が、言ったかまでは・・・」

「嘘では無いんですね?誰が言ったか、陛下は分からなかったのですか?」

 

念押しするように尋ねるオネストに対して、皇帝はなんとか取り繕って答える。

 

「・・・・・・余は、お前のことを信じてる。お前は・・・そのようなことをする人間ではない。父上もお前のことを懇意にしていた」

「そうでしょう?私は前皇帝陛下も、陛下自身にも忠誠を尽くしております」

 

「そう、だな。すまない」

 

それだけ答えて、皇帝は食事を終わらせた。オネスト大臣と普段は遊ぶことも多いのだが、さすがに今日は遊ぶ気になれなかったらしい。

一度は部屋に戻った皇帝だったが、あの時の久多良木夫妻の会話が気になってしまった。

 

「(・・・あの会話が気になる。帝国が終わると言い切ったことも、オネストが父上と母上を・・・)」

 

しばらくベッドに寝っ転がって悩んだ後、彼は起き上がった。

 

「(行くしか、ない。今度こそ会って、直接聞いてみよう。あのような言動も、もしかして帝具か何かを持っていたのかもしれない・・・)」

 

そう思い立って彼は部屋から出て、イェーガーズ本部へと向かった。

 

 

 

本部に近づくと、甘い匂いが漂ってくる。

匂いがするほうへと自然と向かっていくと、何人かが話している声が聞こえてきた。どうやら複数人で何かを作っているらしい。

 

「フレンチトースト、上手く焼けたよ!」

「あら、上手ね・・・ふふ、クロメさんはどうですか?」

「・・・ちょっと焦げちゃったかな」

 

「クロメちゃんもローグちゃんも、美味しそうに出来てるわよ」

「陽子さん、卵液の追加が出来ましたよ」

「あぁ、俺もパンが切れました。エスデス将軍が帰ってきたらみんなで食べましょう」

 

賑やかな声に誘われて、皇帝が部屋の近くまで来ると・・・どうやらイェーガーズの隊員であるウェイブ、ラン、クロメ、そして皇帝からすると見知らぬ女性二人と、少女と共にフレンチトーストを作っているらしい。

 

「・・・あれ?誰かいるの?」

 

少女のほうが皇帝がいることに気が付き、扉のほうまでやってきた。

 

「っ!え、えっと、余は・・・」

 

皇帝の姿を見たイェーガーズの3人はしばし止まったあとに、すぐさま跪いた。それを見て、女性の一人は少女を引き寄せて、すぐさまお辞儀をした。

なお、もう一人の女性・・・久多良木陽子は「あらあら」とにこやかに挨拶をする。

 

「皇帝陛下っ・・・!?あ、あの!こんにちは!」

「ウェイブ、そこは挨拶じゃなくて・・・陛下、どうしてイェーガーズ本部に?」

 

ランの言葉に、皇帝は少し言い淀んだ。

話を聞こうと思ってやってきたのだが、完全にタイミングを外してしまったようで・・・「見回り、みたいなものだ」と誤魔化してしまった。

 

「あらあら、それじゃあフレンチトースト食べる?」

 

陽子は相手が皇帝に関わらず、とてもフランクに話しかける。ウェイブたちがその行動に戸惑う中で、彼女はフレンチトーストをお皿に寄せた。

 

「よ、余にか?」

「えぇ、みんなで食べると美味しいわよ」

 

「陽子さん、あの、その方は皇帝陛下で・・・」

 

クロメが声を掛けるが、陽子が「そうみたいね~」と気軽に返事をした。

 

「皇帝陛下でも、みんなで食べるごはんは楽しいんじゃないかしら?皇帝も軍人も市民も、みんな人間よ?」

 

その言葉に全員が硬直した。

だが、その場に空気を読むことなく、部屋に大地とシュラが入ってきた。

 

「陽子、話が・・・・・・どうした?」

「・・・げっ」

 

「あら、貴方。フレンチトーストが出来たの。そこのやんちゃな貴方も食べてみない?」

 

陽子の言葉に大地は「あぁ」と答えて視線を移し、彼も皇帝陛下に気が付いた。

 

「あぁ、もしかして皇帝陛下か。こんな場所に来るとは思ってなかったが・・・フレンチトーストでも食べていきますか?」

「えっ」

 

「子供はたくさん食べるのが一番ですからね」

「・・・お、おぉ、そうだな・・・」

 



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久多良木夫妻はルート分岐を掴みとる

ご都合主義とは、こういうことだ


 

「これね、わたしがつくったの!すごいでしょ?」

「ろ、ローグ、この人は・・・」

「気にしなくても良い。子供の言葉に怒ることはないぞ」

「あらぁ、陛下も幼いですよ。ほら、おかわりもありますよ」

 

「「「・・・」」」

 

現在、皇帝陛下とボルスの妻子に陽子、そしてシュラと大地という組み合わせにイェーガーズの3人は警戒するやら緊張するやら・・・とにかく忙しかった。

 

ローグは皇帝陛下がそこまで偉い人に見えないせいか、少し年上のお兄ちゃんとして会話をしている。が、母親としては陛下の手前でどうやって娘を説得するか焦ってしまっている。そして陽子はいつもながらにマイペース対応

一種の地獄絵図に見えなくもない。

 

「おっさん、あれは止めないのかよ」

「公式の場なら強く止めたが、どうやら何か皇帝陛下も用事があるようだ」

 

「チッ。こんなにやかましいならさっさと帰っときゃ・・・」

「今から叩き出したいぐらいなのはこちらも同じだ」

 

「・・・おい、やっぱあの話だが」

「質問は受け付けん。半信半疑で聞いたところでただの蛇足だろう」

 

・・・ただ、シュラのほうはボルスの妻に手を出すこともなく何故か大地と話していることが救いだろうか。

 

「ラン、とりあえずおやつ食べた後に奥さんと娘さんは別の部屋に連れていくか?」

「それがいいですね。陛下がいらっしゃいますし・・・お二人の警護は私がします。」

「私とウェイブはこっちにいるよ。何かあったときも戦力が高いほうが安心できるしね。」

 

 

 

~それからどしたの~

 

 

 

「・・・それで陛下、何か用事があったんでしょう?エスデス隊長は不在なんですが・・・」

「あぁ、そういうことじゃない。イェーガーズに用事があるんじゃないんだ」

 

おやつの時間後、皇帝陛下はウェイブの言葉に返答してから、久多良木夫妻へと体を向き直した。

 

「余はこの国の皇帝として、お前たちに尋ねる。質問に答えねばそれなりの対応になるだろう」

 

その言葉にウェイブとクロメは緊張し、少し離れた場所でシュラはそれを眺めていた。

 

「あら、質問?なにかしらねぇ、あなた」

「それは分からないが・・・なんでしょうか、皇帝陛下」

 

「うむ。実は昨日のお前たちの会話を偶々聞いてしまったのだ」

 

その言葉に久多良木夫妻はお互いの顔を見合わせた。

”昨日の会話”という単語から彼らは察したのだ。

 

「お前たちは未来予知に近しい会話をしていた。世迷言の類かもしれないが帝具のような道具や技術を持っているのか?」

 

「そうねぇ・・・道具や技術はないわよね、あなた」

「そうだな。帝具のような便利なものは持ち合わせてないし、故郷ではそういったものは基本的には無い」

 

陽子と大地は嘘は言ってない。彼らの原作知識は娯楽作品から得たものであるのだから・・・だが、真実を知らされたシュラはともかく、皇帝陛下には分からない。

 

「・・・じゃあ、前皇帝と皇后である余の両親をオネストが殺したという話はどう説明する」

 

その言葉に、ウェイブとクロメは驚き夫妻を見やった。陽子は珍しく慌てたのか大地の腕を掴み、「どうしましょう」と小さく呟いた。

 

大地から諸事情を聞かされたシュラは・・・この状況を楽しんで口元を歪める。

 

「・・・はぁ。そこまで聞いていたなら仕方ない。本当のことは話しますが、荒唐無稽で到底信じられないと思いますよ」

「話を聞かねば信じるかどうかも判断できぬだろう。余がしっかりと話を聞こう」

 

覚悟を決めて、大地は自分たちの事情を話すことになった。

 

 

 

かくかくしかじか まるまるうまうま いあいあくとぅるふ

 

 

 

そんなこんなで一連の事情をシュラに話したように大地は皇帝陛下に話した。途中、ウェイブとクロメも気にしながらも話し切ったが・・・

 

「・・・我々が子供を探しているのは本当です。しかし、そのためには一定期間生き延びる必要がある。具体的に言えば、帝国が終わる時までですが」

「気を悪くしたらごめんなさいね。もしかしたらそうならない可能性もあるんだけれど・・・ね?私たちが知っているのはその未来だけなの」

 

説明したものの、皇帝もウェイブ、クロメも困惑した表情を浮かべるしかできなかった。彼らはある程度の大筋しか語っていなかったものの、自分たちだけしか知らない情報を知っていたのだ。

 

皇帝陛下と一部の人間しか知らない至宝の帝具【護国機神シコウテイザー】

エスデス将軍が作り出した奥の手、対軍用【氷騎兵】

帝国の暗殺部隊の存在

 

「荒唐無稽な妄想だと思うかもしれないが・・・好きに捉えてもらってかまわない。こちらは生き残ることが最低条件だ」

「・・・そういうことなの。ある程度は知ってるけど、私たちも普通の人間でしかないの。何かお手伝いが出来たら良かったんだけれど。ごめんなさいね」

 

二人はそれだけ言い終わると、少しの間部屋は沈黙に包まれた。

気まずい空気の中、クロメが「あの」と話しかける。

 

「・・・私は、お姉ちゃんが殺してくれるの?それとも私が生き残るの?」

「っ、クロメ、お前・・・何言ってんだよ!」

 

クロメの言葉にウェイブは焦り、皇帝陛下も何事かと思ってそちらへと視線が移る。

 

「それだけ聞きたいの。このままだったら、私は・・・帝国のために死ねるのかって」

 

クロメ本人の事情を知っている陽子と大地はそれに答えるか言い淀んだ。だが、陽子が「クロメちゃん」と彼女に話しかけた。

 

「私たちが知っているのは、あくまでも一つの可能性なの。もしかしたらここは違うかもしれないでしょう?」

「そうかもしれないけど、それでも・・・」

 

「・・・それにね、誰かのためや何かのために死ぬことが良いことかもしれなくても、それは少し悲しいことだと思ってしまうの。残されるのは、辛いものだもの」

「・・・」

 

陽子の言葉にクロメは少し頭を抑えて黙ってしまう。

・・・彼女に簡素な説得は通じないことは、久多良木夫妻は知っている。

 

だからこそ彼女には未来を伝えないことを陽子は選択した。

 

・・・自分たちでなくとも、この世界には彼女を思ってくれているウェイブがいる。それに死ぬことを回避したランもいるのだ。

 

「陛下、つまり我々が知っている知識はあくまでも1つか2つの過去や未来のことです。この世界がどうかは分かりません。・・・なので、荒唐無稽な妄想だと思っていてください」

「・・・」

 

皇帝は大地の言葉に答えない。

 

「・・・お気を悪くしたなら謝罪します。」

「・・・違う」

 

皇帝は小さく呟いた。

 

「違う、とは?」

「シコウテイザーのことは余以外に詳しく知っているのはオネストぐらいだ。それほどの機密なのだ」

 

・・・・・・ここで大地と陽子は、自分たちが知っていた情報の一部がどれほど貴重なものかを自覚した。

最悪、スパイ容疑をかけられてもおかしくないだろう。

 

だが、違った。

 

 

 

「その話、余は信じよう」

 

 

 

 




ウェイブの心情:えっ
クロメの心情:えっ
久多良木夫妻の心情:えっ
シュラの心情:皇帝陛下がとんでもないこと言い始めてマジやばたにえんのむりちゃづけ


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ご都合主義編
久多良木大地は頭を抱える


前回のあらすじ

皇帝陛下の返事にシュラさん思わず「やばたにえんのむりちゃづけ」


 

久多良木大地は、自分たちの境遇を全面的に信頼されると思っていなかった。

 

むしろ不敬であると牢屋に入れられたり拷問の類を受ける可能性が高いと踏んでいたし、それに対してのある程度の対策も考慮していたほどだ。

 

だが実際はどうだ。皇帝陛下は全面的に信じると宣言したのだ。

 

「(どうしてこうなった・・・)」

 

皇帝陛下の発言で大地は頭を抱えてしまった。

陽子もこれにはさすがに驚いたのか、呆気にとられてしまっている。

 

「おいおい、信じるってそんな・・・あんな馬鹿な話を信じるって・・・」

「シュラ、余はこの者たちの言葉を信じよう。その上で帝国が滅ばぬように対策を立てれば良いだろう?」

 

「いや、あのなぁ・・・!ってことはなんだ、親父が暗殺したっていうのも信じるつもりか!?」

「それに関しては保留だ。言っていただろう?あくまでも可能性の一つとな。・・・余も大臣のことは信頼したいのだ。本当はそんなことをしていないとな・・・」

 

「それは・・・」

「だが、その可能性があるならば考慮しなければならない。ましてや至高の帝具の存在や姿かたちを知っている人間からの情報ならば猶更だ」

 

シュラの言葉に皇帝陛下はきちんと返答していく。少し戸惑いを含みながらも、そこにはしっかりと為政者としての振る舞いが滲み出ていた。

 

「・・・まずは帝国の危機を対処してからだ。暗殺の一件に関しては確たる証拠がない限りは犯人扱いなぞしない。安心してほしい」

「・・・」

 

「イェーガーズの・・・ウェイブ、クロメ。エスデス将軍が戻り次第、話をつけたい。余はブドーを呼んでおこう」

「は、はい!ですがあの・・・本当にさっきの話を・・・」

「・・・本気ですか?」

 

ウェイブとクロメの二人もさすがに戸惑っているらしい。

 

「あぁ。余に信じてほしいと言っていたなら、疑っていたかもしれないがな」

 

皇帝陛下はそう答えながら少し目を伏せる。

 

「今までも嘆願を聞いたことはあるが、どれも自分を信じてほしいと訴えていた。他の者だってそうだ、信じてほしいと言われることばかりだ。・・・だが、この二人は違った」

 

そこで一区切りしながら顔を上げる。

 

「”信じなくてもいい”という前提で話されたのは初めてだ。だから余は信じたいと思った・・・それだけだ」

 

「・・・あらあら、どうします、お父さん」

「・・・どうもこうも・・・はぁ。厄介なことになった」

 

皇帝陛下に対して、少し困る陽子と完全に困ってしまった大地・・・

ウェイブとクロメも二人の様子を見てさらに困惑している。

 

そしてシュラはこの状況に最初は面食らっていたが・・・

 

 

「いやー!それなら俺は協力するぜ。陛下、何か調べてほしいことがあれば俺に言ってくれ」

「良いのか?」

 

「あぁ、親父がそんなことしてるって俺も思いたくないが・・・この国の皇帝がそう言うなら俺もそうするしかないしなぁ」

「そうなのか・・・疑いとはいえ、心苦しいだろう。ぜひ協力してくれ」

 

「あぁ!任せてくれ!」

 

この発言に大地は完全に頭を抱えた。

 

「あの、大地さん・・・?大丈夫ですか?」

 

こっそりとウェイブが大地に耳打ちして、大地に声を掛けた。

 

「・・・なんでこうなったのか、面倒なことに・・・」

「いや俺も驚きましたけど、でもあの大臣の息子が陛下の味方になってくれますし・・・」

 

「あれは違う。恐らくは・・・」

 

 

 

 

 

【シュラ視点】

 

親父が前の皇帝と皇后を暗殺したって話がマジなら、親父の箔がつくってもんだ。

そう思っていたし、親父を超えなきゃいけないと益々やる気が出た。

 

皇帝陛下に話を聞かれたときは一族粛清されるのかと思っていたが、面白い方向に話が転んで・・・・・・まさか信じると思ってなくて、びびっちまった。

 

だがこれはチャンスだ。

 

親父は基本的に俺より何枚も上手だし、頭も回る。性悪さで言うなら俺なんて親父に比べたらまだまだだ。

そんな親父を超えることができるかもしれない。

 

・・・正直、まだこっちのおっさんとババアのことは許してないが利用しがいがある。

 

皇帝陛下を俺の味方にしちまえば、あの至高の帝具だって俺の手札に加えることだってできるかもしれねぇ

 

「よろしくな、シュラ。この話はブドーとエスデスにも通すが・・・大臣には秘密にしてくれ」

「あぁ、任せてくれ」

 

お前も俺のために役立ってくれよ?

 

そう考えていた瞬間に脳天に痛みが走った。

 

 

「~~~~~~~~~っっっ!!!!」

 

 

「どうせくだらんことを考えていたんだろうが、余計なことはするなよ」

 

 

このおっさん、この俺にチョップ喰らわせやがった・・・!!

 

 

「こら、お父さん。怪我人だった子にそこまでしないの」

 

・・・なぜかあのババアが俺のことを庇ってきた。

よくわからねぇが大丈夫か声を掛けてきたので、ちょっと仕返ししてやろうかと思った。

 

が、胸元からはしっかりとすりおろし器が見えていた。

 

「ひっ・・・・・・!」

「・・・ふふ、皇帝ちゃんに協力してくれるのはいいけど悪いことはしちゃだめよ?」

 

いいから胸元のすりおろし器をどっかに捨てろ!!!



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久多良木陽子は悪魔の囁きをする

要約:皇帝陛下の変なツボにクリーンヒットさせた久多良木夫妻


皇帝により、ブドー大将軍とエスデス将軍はとある応接室に呼ばれた。

 

皇帝が二人を呼んだことに気が付いたオネスト大臣は、同席を希望したものの待機させられることとなっている。

・・・無論、そういった場合は自分の間者や息のかかった兵士などを使うわけだが。

 

「安心しろ大臣、スズカを忍ばせておけば事足りる」

「そうですかねぇ・・・」

 

「そうだぜ親父。あいつも密偵みたいな真似ができるんだろ?それなら大丈夫だろ」

「・・・まぁ、あまり陛下に怪しまれる真似は避けるべきですね。ブドーが近くにいますし、バレかねません」

 

なにも知らずにスズカに任せようとするエスデスと、全て知りつつもやんわりとエスデスの案に便乗するシュラ・・・

シュラだけなら大臣も他の手を打ったかもしれないが、エスデスがいることで彼は安心していた。

 

「(最悪、どんな話でもエスデス将軍に聞けばいいですしね。皇帝のことですから、政治に関わった大事な話なんてしないと思いますし・・・)」

 

 

 

そんなこんなで、皇帝に呼ばれたブドーとエスデスは彼から話を聞くこととなる。

同伴していた久多良木夫妻が補足しながら説明を終えると、二人とも黙ってしまった。

 

「信じられないかもしれないが、今後に関わることだ」

「・・・信じなくてもかまわないんだが。到底、信じられるような話題ではないだろう」

「そうよね。私達の話も可能性の一つだから確実なものでもないわ。」

 

「・・・陛下」

 

沈黙を貫いていたブドーは皇帝へと声をかける。

 

「陛下は、この者たちの言葉を信じるのですか。」

「・・・うむ。余にとっての、この帝国にとっての切り札をこと細やかに知っていたことが何よりの証だ。」

 

ブドーの疑いは想定内であった大地は様子を見ていた。いやむしろ、ここで疑わないわけがない。

大地たちの境遇、経緯はあまりにも荒唐無稽だ。

 

今後に供えて、大地は陽子だけでもどうにか傷つけられないように思案していた。

もちろんそれは陽子も似たようなことを考えていたわけだが。

 

「それはオネスト大臣よりも信じる・・・そういうことと捉えてもよろしいのですか、陛下」

「それは・・・オネストのことも信じたい。だが、余にとってはこの帝国を統べる皇帝としての責務がある。」

 

「・・・」

「そんな余に、信じても・・・信じなくてもいい、と・・・選択肢を見せたのはこの者たちだけだ。」

 

そこまで聞いたブドーは皇帝の目の前まで近寄り、ひざまずいて頭を垂れた。

 

「陛下が信じるならば、私はそれに従います」

 

その言葉に大地は数秒ほど呆気にとられた。

 

「(いいのかそれで!?そこは忠臣として諫めるべきじゃないのか!?)」

 

「陛下が大臣以外の人間の言葉をそこまで信じるならば、私からは何もありません」

「うむ、分かってくれて良かった」

 

「(いいのか!?)」

 

焦る大地をよそに、エスデスは「質問がある」と大地と陽子の二人に話し掛けた。

 

「お前たちの話が真実ならば、悪魔とやらがいるわけだな?」

「えぇ、そうね。確かロッドバルトだったかしら・・・そんな名前だったわよね」

「あ、あぁ・・・」

 

「異世界とやらに人間を送り込めるような存在というわけだな?」

 

とても楽しそうに、エスデスは口角をあげて夫妻に尋ねた。

そこから感じられるのは・・・幾ばくかの殺気と、興奮だろうか。

 

この時点で久多良木大地は察してしまった。

 

そう、エスデスという人間は根っからの戦闘狂。狂人の域に達するであろう精神性の持ち主である。

他者への情が無いわけではないが、彼女自身の精神的な指針は【弱肉強食】という摂理が強く根付く・・・

 

強者と戦い、勝つことで彼女は満たされる。

 

「そうねぇ・・・戦えるかは分からないわ。本人に直接聞いてみたらどうかしら?」

 

・・・それに対して、満面の笑みで答える陽子。

彼女の精神性を理解した上で、久多良木陽子はエスデスにそう答えたのだ。

 

「直接か。会えるのか?」

「少なくとも、私達が生き残ったときには会えるわ。誓約書にしっかり書いてるもの。」

 

「えっ」

 

誓約書に書いているという言葉に大地が思わず陽子の両肩を掴んだ。

確かに血判状を用意していたが、そこまで細かくしていたとは思ってもなかったのだ。

 

「誓約書に書いてたのか?」

「そうよ。約束を守るように誓約書や契約はしっかりしないといけないでしょう。」

 

「陽子・・・」

「ほら、滅亡しても存続しても私達が無事に露子たちに会うためにはしっかりと手続きしなきゃいけないわ。それに・・・」

 

そこでもう一度、陽子がにこやかに笑う。

 

「それ以外の分岐になったら、どの時点で生き残ったと判断するかもう一度会うようにしてるもの」

 

そして陽子は大地を促して、エスデスに向き直って彼女に微笑みかけた。

 

「オネスト大臣と組んだまま人間の軍隊と戦うのと、オネスト大臣を裏切って異世界の悪魔と戦うの、貴女はどちらがお好みかしら?」

 

その言葉にエスデスは即座に判断を降した。

 

 

「お前たちの言葉、信用しよう。革命軍と戦うよりも面白そうだ」

 

 

現時点をもって、オネスト大臣と手を組んでいたエスデス将軍は完全に久多良木夫妻側に寝返ることとなった。

 

彼女の中の優先順位は最早革命軍にあらず。

この世界の誰も戦ったことのない、【異界の悪魔】に完全に興味が移っていた。

 

これが嘘だとしても革命軍ごと彼らを叩き潰せばいい。

 

・・・エスデスとすれば、どちらを選んだところで戦うこと自体に変わりはない。

敵の数や種類が変わるだけのことだ。

 

「陽子、お前・・・」

「ふふふっ、良かったわね」

 




屋根裏のスズカさんの反応は次回に持ち越し


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久多良木夫妻は悪魔と再会する

ロッドバルト「そうはならんやろ」
ご都合主義という概念「なっとるやろがい」


話がまとまってからはトントン拍子にことが進んだ。

エスデスとブドーの主導により嫌疑のかけられた悪徳官僚たちが軒並み捕縛され、宮殿の一角に取り調べと称して軟禁された。

 

「どうしてですか!?」

「私はなにもしていない!」

「やめろ!私を誰だと思っている!?」

 

無論、反感も反抗もあったが帝国最強に勝てるはずもなく・・・

さらに皇帝陛下が【オネスト大臣のみ】を傍に置いたため、オネストも巻き込まれないために全員見捨てたのだ。

 

「ふふ、どうだ?オネスト。誉めてくれないか?」

「さすがは陛下です。国の腐敗を嘆いて自らお調べになるとは(誰がこの馬鹿に入れ知恵したんでしょうか・・・手駒が減るのは仕方ありませんが、替えはいくらでもききますからね)」

 

「オネスト」

「なんです陛下。なんなりとお聞きください」

 

「お前にも取り調べがある」

「えっ」

 

「安心しろ、一番見晴らしの良い部屋を頼んでおいた」

「えっ」

 

・・・最終的にオネスト自身も取り調べのために軟禁させたわけだが。

 

あまりにも、鮮やかなまでの流れに陽子はニコニコと笑い、大地は頭痛がし始めた。

 

いや、愉快痛快な久多良木夫妻よりも頭を抱えていた者が他にもいた。

 

 

____________株式会社レイク・オブ・スワン、社長室にて

 

「ねぇ、なんてことしたんですか!なんてことをしでかしたんですか!いやですよ?!身バレしてて待ち構えてるところに行くとか嫌ですからね!」

 

そう、諸悪の根元であるロッドバルトである。

 

「契約書にあるなら行かないといけませんよ」

 

ソファで我が物顔で寛ぐのは、彼の双子の片割れであるメフィストフェレスである。

今回の久多良木夫妻の珍道中を見学しないかとロッドバルトに誘われ、社長室の部屋で中継を視聴していたのだ。

 

「エスデス将軍と戦うことになりかねないので行きたくないです」

「勝てないんです?」

 

「勝てますよ。悪魔ですよ?当たり前じゃないですか」

「なら、なんでそんなに嫌なんですか」

 

メフィストに問われ、ロッドバルトは苦々しそうに顔を歪めた。

 

「・・・今度、人間と戦ったら残った翼も切り落とされそうで」

「そんなの飾りみたいなもんじゃないですか」

 

「アイデンティティー!!なんです!!あと下手したら角まで持っていかれかねません!!」

「・・・確かに、人間って限界値越えてきますからね。特に人外(我々)相手には」

 

そんな雑談をしている間にも事態は動く。

取り調べがあまり進まないために、エスデス将軍が直々に取り調べを開始した。

 

取り調べという名の拷問である。

 

「・・・契約書にあるんですから行かなければいけませんよ」

「くっ・・・もっと悲劇的なことになるかと思っていたのに・・・どうして・・・」

 

「いつもなら貴方も楽しむでしょう?」

「完全に戦うつもり満々の戦闘狂の人間がいるところに行かねばならない辛さのほうが勝ってますね!!」

 

恨むべきは久多良木夫妻の豪運だろう。

よほどの豪運がなければ、こうもご都合主義のような展開にはならないものだ。

 

ましてやダークファンタジーと分類される、シビアな世界である。

たまにおかしな並行世界もあるにはあるが・・・それを差し引いても、夫妻が訪れた世界線はとてもイージーモードだったらしい。

 

「これもまぁ、人間ならではってことで。諦めてください」

「・・・それじゃあ、行ってきます!行ってくればいいんでしょう!?」

 

「骨は拾い・・・あ、でも我々って死なないですし。倒れたら回収はしてあげます」

「倒されること前提なのやめてくれません!?」

 

 

~それからどしたの~

 

____________帝都宮殿、謁見の間にて

 

 

「契約書通り、呼ばれましたよ」

 

そうロッドバルトが言い切る前に、彼に氷柱がいくつも飛んできた。慌てて避けながらも防御壁を展開するも、驚くほど速くエスデスが背後へと回り込んで切りつけてきた。

 

「召喚直後にやめてくれませんかね!?」

「ほぉ、これにも反応するのか。確かに悪魔と自称するだけはあるな」

 

レイピアで猛攻し、時に体術でフェイントをかけてこようとする戦闘狂(エスデス)。

ロッドバルトもガードするが・・・はっきりと言ってしまえば、彼は魔術特化タイプなので近接戦闘はあまり得意ではない。

 

「やめてください!死んでしまいます!」

「バカをいえ!こんなにも反応がいいのは初めてだ!実に楽しいぞ!」

 

「私は平和主義者なんです!」

「見え透いた嘘を言うな!先ほどのガードは攻撃展開しようとしていただろう!」

 

「(バレてる、どんな反射神経なんですか!これだから人間越えてる人間は!)」

「ははっ!楽しいなぁ!」

 

「楽しくないです~~~!!!」

 

 

そんな光景を眺めて、ウェイブたちは戦闘の参考にしようとしっかりと見ていたし、大地は更に頭痛がしていた。

 

「陽子、さすがに止めないか?」

「あらぁ、露子たちを勝手に拐かしたんだから・・・まだ駄目ね。半殺しされたぐらいで止めてあげましょう」

 

「・・・怒っていたのか」

「当たり前よ?殺さないだけ穏便にしたわ」

 

女って怖い

 

横にいたブドーと皇帝陛下、そしてシュラを筆頭としたちをワイルドハントはそう思ったのであった・・・



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久多良木夫妻は世界を旅立つ

これが事実上の最終回


前回までのあらすじ・・・といえど、特筆することもない。

奇妙なまでのご都合主義的な幸運によって、久多良木夫妻は生き残った。

 

帝国は腐敗しきった政治家や軍人を一掃することになり、革命軍との和平交渉へと移った。

革命軍が危険視していたエスデスは、なぜか戦争を引き起こすことなく満足そうに和平交渉に望んでいた。

 

無論それにも理由はあるが・・・とにもかくにも、久多良木夫妻は悪魔との賭けに事実上勝利したのだ。、

 

 

 

「陽子、片付けは済んだのか?」

「えぇ、もちろん」

 

イェーガーズ本部にて、久多良木夫妻は借りていた部屋を掃除していた。

彼らの目的は娘や息子に再会すること・・・だからこそ、勝利したのだから離れるのは当然のことだ。

 

「もうすぐここからも離れるのね・・・」

「存外、苦労も少なくて助かった」

 

「あら、楽しかったわよ?」

「疲れた・・・はやく露子の顔が見たい。それに露子は可愛いんだぞ!?変質者や良からぬ男が手を出しているかもしれない!!」

 

「あなた、朝人は?」

「あいつはまだ多少未熟なところもあるが、しっかりしている。自分に降りかかった火の粉を振り払う力強さがあるが、露子はか弱いんだぞ!?」

 

久多良木夫妻が和やかに会話をしていると、ウェイブとクロメ、ランが入ってきた。

 

「会話中すみません、お二人とも」

「なんか楽しそうに喋ってたんですが・・・」

「・・・皇帝陛下から呼ばれてる。一緒に来てほしい」

 

皇帝陛下からの呼び出し

突然のことに、久多良木夫妻は顔を見合わせた。

 

 

 

_________謁見の間にて

 

「これから民たちに国を任せることになったから、余をお前たちの国に連れていってほしい」

 

皇帝からのとんでもない発言に、その場にいた久多良木夫妻もエスデス以外のイェーガーズのメンバー、シュラ以外のワイルドハントのメンバーも言葉を失っていた。

 

「・・・陛下が国を治める方向にまとめたかったが、陛下が進言なされた。陛下のお言葉なら、それに従うまでだ」

 

ブドー大将軍は諦めたようにため息と共に簡単に説明をしたが・・・

その簡単な説明で納得できるはずもなく、ウェイブからは「どうして?!」と声があがった。

 

「奸臣を見抜けぬなぞ、ただの暗愚だろう。例え許されたとして、余が許可を出して処刑された者たちは数多い」

「それは・・・悪いのは騙した奴らでしょう!?陛下に非はありません!」

 

ウェイブの言葉に、皇帝は沈黙する。

その代弁なのか、ブドー大将軍がそれに答えた。

 

「悪心を見抜ける力も皇帝には必要・・・陛下は、真意を見抜けなかった自らに力不足を感じたまでだ。だからこそ、陛下はこの国を我々たちに託すのだ」

「・・・ですが、大地さんたちの国ってことは・・・」

 

「・・・ようは、自ら幽閉されようとしておるようなものじゃなぁ」

 

にやりと、猫のようにドロテアは合いの手をいれる。

 

「・・・だめか?」

「いや、いきなり言われても・・・待ってください、色々こちらもそれは準備が必要になるんです。それで・・・」

 

大地は珍しく焦りながら言葉を濁した。

 

異世界の、しかも自分たちの世界では架空のキャラクターが生きていけるものなのかと。

戸籍制度や保障面、そもそも見た目もそうだし、何より未成年で・・・そうなると学校はどうするか・・・

 

彼の頭の中に駆け巡るのは、受け入れてからの心配だ。ぶつぶつと言葉に出していたそれらを陽子はしっかりと聞いていた。

 

「あなた」

「どうした?やはりお前も心配・・・」

 

「さっきから心配してること、受け入れてからのことばかりね」

「そうもなるだろう?!まず年齢からして義務教育を受けるし、それに病院はどうする?!戸籍がなければ保険証も・・・」

 

「断らないのね」

「?」

 

陽子の言葉に大地は首を傾げた。

 

「当たり前だろう。断る理由があるのか?」

 

当然のように彼は答える。

 

「あなたらしいわね。そういうところが好きなの」

「なんだ突然、惚れ直すほどのことだったか?」

 

「あら、惚れ直してるのは毎日よ」

「俺もだ」

 

このやりとりにその場にいた何人かは微笑ましくしているし、一部の人間は胸焼けで倒れそうになった。

そんなやり取りをしていると「話はまとまったか?」と聞き慣れた声が謁見の間に響いた。

 

「エスデス将軍!もう終わったのか?」

「陛下、交渉は終わりました」

 

そこにやってきたのはズタボロにされたシュラを引きずっているエスデス将軍であった。

 

「交渉・・・?」

 

大地が怪訝そうに呟くと、エスデスはそれに答えた。

 

「あの悪魔と交渉して、私と大臣の息子も異世界を巡るつもりでな。その拠点を陛下が住む場所にしてもらうつもりだ」

 

その言葉に、静けさが部屋に訪れる。

大地はぎこちなく動きながら皇帝へと向き直った。

 

「少し考えさせてください」

「そんなにエスデスちゃんが苦手なの?」

 

 

 

久多良木大地は抵抗したものの、エスデスに押しきられた。

 

異世界があると知ったエスデスは強者と戦うために国から離れることを選んだ。ついでに帝国で権力を得ようとしたシュラをブドーがエスデスに託した形となった。

 

「部屋ならいくつかあるが、まずは日本の法律から学んでもらわないと・・・」

「とりあえず、一度帰って露子たちを迎えに行かなきゃ」

 

「楽しみだな、エスデス、シュラ」

「なんで俺まで!いやほんと首輪はずせよ!?」

「ふふ、あのロッドバルトとも戦いたいが異世界の強者も楽しみだ・・・」

 

 

そのあと、エスデスによる異世界旅行や露子の婚約者問題、朝人の転生など、まだまだ彼らの話は続きます。

それはまた、別の話で




露子との再会小話などは予定(予定は未定)となります


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