スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~ (鍵のすけ)
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~泣き虫の亡霊編~
プロローグ


鍵のすけと申します。

同名の作品を書いていましたが、加筆修正及び続編と統合したリメイク版です。

前の作品を読んでくださった方でもまた楽しめる内容にしていきますのでよろしくお願いします。


 ――“あの時”、私の戦いが終わった。

 

 『DC戦争』の決戦地であり、『L5戦役』の最終決戦地でもある冥王の島こと『アイドネウス島』。今では『グランド・クリスマス』という名に変わっているが、ここでまた一つの決戦が終わろうとしていた。

 

「動力に被弾! 駄目だ……もう……! ミヤシロ隊長……!!」

 

 モニターから『バレット2』と称された識別信号がロストした。メインモニターの隅で火を噴きながら、RAM‐004《リオン》の上位機体となる《レリオン》が冷たい海の底に墜ちていく瞬間が見えた。その一連の流れを見ても、何の感情も湧かない。

 右操縦桿の傍にあるコンソールを数回叩き、武装を選択する。それだけでこの機体――RAM‐006V《ガーリオン・カスタム》は、右手に持つ射撃兵装『バースト・レールガン』を向けた。レティクルが今、目の前で《レリオン》二機と交戦している緑色の亡霊へ重なろうとする。

 

 ――インサイト。

 

 人差し指の位置にあるトリガーを二度引く。その動作を確実にトレースし、《ガーリオン・カスタム》は二回マニピュレータを動かした。衝撃が一つ二つ。銃身から飛び出した弾頭は緑色の機体へ吸い込まれ――ず。

 

 ――視界が三百六十度なのか?

 

 《レリオン》へ直進していた緑色の機体は急に停止したかと思ったら、そのまま後ろへ下がったのだ。そのまま直進していたらバースト・レールガンの弾丸は間違いなく、コクピットを食い破っていただろうに。

 

 カイ・キタムラ。伝説ともなっている『特殊戦技教導隊』の一人である、掛け値なしの超玄人。PT(パーソナルトルーパー)の元祖でもあるゲシュペンストシリーズをこよなく愛し、スペックを理解し尽くした戦闘機動はまさにと言うべきか。実に圧倒される。

 

「『ガイアセイバーズ』……気合いが足りん!」

 

 無線越しにカイの気迫が伝わってくる。

 緑色の機体……RPT‐007K‐P《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ改》は両腕でレリオンを拘束するや否や、即座に右肩を刷り寄せる。そのまま背中にレリオンを乗せ、地上へ向かい、急降下をしていく。――型破りなモーションを。

 もちろんただ眺めているほど愚かではない。コンソールに映し出されている兵装リストから『ソニック・ブレイカー』をタッチし、モーションへ移行する。両肩のユニットが上下に開き、『テスラ・ドライブ』にエネルギーが十二分に行き渡る。

 すると、メインモニター一杯に青いエネルギーフィールドが映し出されていく。ただのエネルギーフィールドではない、電磁誘導及び加熱され、フィールドには金属粒子が固定されている。文字通り『盾』を獲得した《ガーリオン・カスタム》をメインモニター端の画面で確認し終えたあと、推力を上げるべく、ペダルを踏み込む。上がるGで身体がパイロットシートの背もたれに押し付けられる。

 

 ――相変わらず嫌な感覚だ。やっぱり機種変更なんてするものじゃない、か。

 

 高度計から計算するに味方の《レリオン》が地面に叩きつけられるのは、あと三十秒弱。ギリギリ間に合うか間に合わないか。気づけばペダルをベタ踏みしていた。まるで新兵だな、と自嘲しながらも、視線はカイが駆るゲシュペンストへ。錯乱でもしたのか、拘束されている《レリオン》が出鱈目にレールガンを放ち続けている。

 

 ――もう少し。

 

 流石と言うべきか、カイ機の降下速度が増した。だが、こちらも加速に乗る。横っ腹直撃コース。だが、現実はそう上手く行くはずがない。相手は百戦錬磨の『鋼龍戦隊』。

 先程まで、三機の《レリオン》の集中砲火に晒されていたはずの“古の鉄の巨人”がこちらの背後を猛追して来ていたのだ。後部監視用モニターから眼が離せない。よそ見など三流も良いところだが――生憎、相手が悪い。

 機体識別コード『PTX‐003C‐SP1』。

 《アルトアイゼン・リーゼ》と呼ばれるこの機体に背後を取られて、一体どれだけの兵士が平静を保てるのだろうか。

 短い距離ではないというのに、《ガーリオン・カスタム》の推進力が決して低いわけでもないというのに、赤い鉄塊はどんどん詰めてくる。今からソニック・ブレイカーのモーションをキャンセルし、即刻離脱すれば被弾は免れるだろう。――そんな、“選択肢”はあり得ない。

 《アルトアイゼン・リーゼ》の両肩のハッチが上下に開かれた。あそこにたっぷりと詰め込まれているチタン製のベアリング弾は、確実にこの《ガーリオン・カスタム》の装甲を引きちぎるだろう。――その前に、もらっていく。

 だが現実は非情。()の機体に有効打を与えうる武装は現在稼働中。……そこで考えた。

 モーションの邪魔になるので、腰の後ろにマウントしていたバースト・レールガンを強制排除(パージ)。狙いは開きっぱなしのハッチ。目潰し、あわよくば誘爆をしてくれたら御の字だ。バースト・レールガンが後方へ飛んでいく。

 結果は失敗となった。鉄塊は両脛と足裏のスラスターで急停止し、急激に上へ進行方向を変え、モニターから姿を消した。振り切ったことを信じて、改めてメインモニターへ意識を戻す。……一瞬とはいえ、メインモニターから目を離したツケが回った。――やられたのだ。

 目の前には、両腕の”空いている”カイ機が。サブカメラを地面に収め、映像を拡大すると、そこには《レリオン》()()()ものの残骸が。――間に合わなかった。

 悲しいという感情はあったが、それだけだ。人を殺す機械に乗るということは、皆それ相応の覚悟をしている。あの《レリオン》のパイロットも覚悟していただろう。

 即座に思考を切り替える。仇討ちは趣味ではない。その代わり、倒す。いまだエネルギーフィールドは健在。速度はメーターを振り切る寸前。カイ機は回避運動を取るどころか、真っ向から向かってきた。

 

 ――上等。

 

 相対距離三百……二百……。左腕のプラズマバックラーが起動したのか、三本の突起にプラズマが溜め込まれ、放電している。『ジェット・マグナム』。()()()()()()()武装だ。単純な武装だが、威力は凄まじい。だが、フィールドを抜けるほどではない。カイ機のステークがフィールドと接触する。

 

 ――そのまま、弾け飛べ。

 

 一発目のステークが起動した。続けて二発目。信じられない光景が広がった。エネルギーフィールドに“ヒビ”が入ったのだ。いくら現地仕様とはいえ、ステークの出力が多少変わっていようとも、『テスラ・ドライブ』の恩恵により生み出されたエネルギーフィールドに“ヒビ”を入れられるとは……。

 

 ――まさか。

 

 悪寒が走り、コンソールを叩いて画面を呼び出し、フィールドの状態を確認する。……案の定だった。このソニック・ブレイカーには、フィールドを形成する両肩のユニットと集中点である真ん中は強固だが、離れた場所……下か上になるにつれ“薄く”なるという弱点がある。“ヒビ”が入るのは仕方ないといえば仕方ない。ただし、やろうと思ってやれる人間はそういない。もし自分がやれ、と言われれば、無理です、と答える。

 

 ――これが教導隊カイ・キタムラ。

 

 三発目が、起動した。同時に、ガラスが割れたような音が聞こえた気がした。――次元が違う。もう片方のプラズマバックラーが起動したのが見えた。バースト・レールガンは先ほどパージし、切り札とも言えるソニック・ブレイカーは今しがた破られてしまう。おまけに――。

 

「不用意に寄りすぎだ!」

 

 突然のアラート。次の瞬間、衝撃がコクピットを揺らす。モニターが赤く点滅し、次々と機体コンディションが表示される。右腕部を持って行かれた。同時に視界の端をあの赤い鉄塊が通り過ぎて行く。

 よく見ると、《アルトアイゼン・リーゼ》の頭部の角――固定兵装であるプラズマ・ホーン――が帯電している。アラートが遅いのではない、あの機体の加速力が段違いなのだ。『テスラ・ドライブ』の恩恵の一つである、瞬間的な超加速を可能とする『ブースト・ドライブ』の採用を疑うレベルだ。……随分悠長な思考が出来るな、と少々自分を呪う。

 機体のバランスを取り戻す、が腰のウェポンラックからM950マシンガンを手に取り、構えたカイ機のバイザーと視線が重なる。

 

 ――この程度で諦めるほど……!

 

 ペダルを再度踏み込み、機体を推進させる。カイ機のマシンガンから弾丸が吐き出されるが、構うことはない。コクピットにさえ直撃しなければ良いのだから。その程度で直進はやめられない。元よりその程度が怖くて、こんな突撃を敢行したりなどしない。鳴りっぱなしの警報が鬱陶しい。モーションパターンをクロスレンジ用に切り替え、左操縦桿を軽く引いてから、前に倒す。すると、《ガーリオン・カスタム》はモーション通りに左腕を引いてから、カイ機の顔面を殴った。

 

 ――ゲシュペンストなら……!

 

 乗っている機体が違っていれば、今ので頭部を吹き飛ばせていた。これが意味することは一つ。

 

 ――届かなかった……。

 

 またアラート。今度はレーダーの索敵範囲外から。殴るモーションをしていて伸びきった左腕部の肘から先が吹き飛んだ。次に右足が被弾。バランスが取れなくなり、なす統べなく、重力に身を任せることとなった。望遠カメラを最大にすると、そこには白銀の堕天使とも言うべき機体が慣性を無視した動きで、ビームを放ち続けている。たった一機で制圧射撃を行っていることのなんと驚異的なことだろうか。カイ機や赤い鉄塊は既に次の戦場へと向かっていた。無闇に殺す必要はないということだろうか。

 

 ――旗艦が……。そうか、私の戦いはこれで……。

 

 旗艦である《エア・クリスマス》が炎を上げていた。それはつまり、『ガイアセイバーズ』の敗北を意味する。

 

「……私、死ぬのかな?」

 

 我ながら、落ち着いたものである。こんなこともある。それに覚悟はしていた。人を撃っていれば撃たれるのは当たり前。脱出機構(イジェクト)はまだ生きていた、が作動レバーを引く気にはなれなかった。こんなあっさりとした最期も悪くないと思ったから。

 

 ――だけど、そうだな……。

 

 一つ、賭けをした。ディーラーなんていない、レイズもコールもない。コインの裏表を当てるような、そんなシンプルな賭けだ。賭け金(リスク)は自分の命、リターンは――――。

 

「……もし、私がしぶとく生き残れたのなら、今度こそ……今度こそは自分のやりたいことを……。自分の信じることを……流されるのはもう嫌だ。私の意思で……私の心に正直で……」

 

 ――そう、ありたい。

 一機の《ガーリオン・カスタム》が、暗い海へ墜ちていった。戦火は続くも、このパイロットの戦いは一応の幕を下ろすことなった。パイロットの生死は――今は誰にも分からない。



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第一話 亡霊が泣く~前編~

 朝日が眩しい。

 ひどく緩慢な動作で女性はベッドから起き上がり、目を擦る。そしてぼーっとしながらも女性は顔を洗うため、洗面所へ足を運んだ。

 

「…………」

 

 鏡に映っていたのは、白いタンクトップにホットパンツという何ともだらしない格好。洗顔し、歯を磨き、次に櫛で髪を()く。

 黒に限りなく近い赤髪は背中の真ん中辺りまで掛かっているので、少し時間を使う。女性はフックに引っ掛けていたゴムを手に取り、口にくわえると、空いている手で髪を持ち上げた。手慣れたもので、この動作は筒がなく終了。

 後頭部で縛った髪を触り、少し傷んでいることに気付き、落ち込む。……ストレスでも貯まったか。

 何か原因となることがあったか思い返してみると……沢山心当たりがあってさっぱり見当が付かない。ストレスの溜まる職場ということは重々理解しているが、こうも身体的に表れると多少は堪える。

 洗面所を後にした女性は小型冷蔵庫を開け、栄養ドリンクとあんパンを取り出すなり、両方の封を切る。即座にドリンクを一息で煽る。独特の酸味と甘味が口一杯に広がった。続けてあんパンを一口。

 口を動かしながら、彼女は“いつもの服”に着替え始める。作業をしながらもあんパンを咀嚼し、飲み込む。続けざまにもう一口頬張った。

 制服に着替え終わった女性はそのまま部屋を出ようと扉まで行くが、途中で机まで戻った。

 

「……忘れていましたね」

 

 自分にしては珍しいミスだった。

 本格的に疲れてるのかもしれない、そう思いながら、女性は自分の身分証を手に取る。

 

 ――『地球連邦軍北欧方面軍所属ライカ・ミヤシロ中尉』。

 

 これが無ければいらない手間が掛かってしまう。

 

「……偉くなったものです」

 

 今度こそライカは自室を出た。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「…………」

 

 今ライカは北欧方面軍司令室の扉の前に立っていた。

 普通なら、緊張の一つでもするのだろうが、既にそんなものは過去の感情。もう既に()()()()()()()()、三度目はないはず。

 そう思いながら、ライカはノックをし、司令室の中に入る。

 

「失礼します」

「ご苦労、ライカ・ミヤシロ中尉。そこに座りたまえ」

 

 促されるまま、ライカは応接用の椅子に座る。

 司令――『ラインハルト・フリーケン』はやけに神妙な表情を浮かべながら、ライカに向かい合うように対面の椅子に腰を下ろした。癖なのだろうか、指をたんたんと叩き、リズムを取っている。

 オールバックの金髪に銀縁の眼鏡と、中々にダンディーな雰囲気を醸し出すラインハルトは、さぞお酒が似合うだろう。そんな下らないことを考えていると、ラインハルトは一度咳払いをする。

 それだけで、何となくライカには全てが分かってしまった。

 

「中尉」

 

 次の台詞が手に取るように予想できる。

 ラインハルトがちょうど喋りだそうとしているので、ライカも心の中でその台詞を一緒に呟く。

 

「本日付で転属となる」

(本日付で転属となる)

 

 予想していたとは言え、こうはっきり言われると中々心に来るものがあった。この反応は予想外だったのか、ラインハルトは怪訝な表情を浮かべ、こちらを覗き込んできた。

 

「あまり驚かないのだな?」

「三度目ともなると流石に慣れますから。それに理由も……分かっています」

 

 ラインハルトが沈黙した。

 それもしょうがない、とライカはむしろ言葉を選んでくれているラインハルトに感謝していた。

 

「決して誤解をしないでほしい。素行に問題があった訳ではないし、中尉の腕はこの私が認めている。それに、『グランド・クリスマス』の戦いでも君は――」

「その話は止めてください。もう、終わった戦いなので」

 

 ラインハルトがまだ何か言いたそうだったので、ライカは無理やりにでも話を終わらせに掛かる。その単語を出されると自分は上下問わず感情を揺さぶられるのだから。

 

「それで、私の次の配属先は?」

「……向こうのたっての希望でね。伊豆だ」

 

 『伊豆基地』。自然とライカは背筋を正した。あそこは色々と問題があったと聞く。

 例えばこんなこと。

 

「伊豆……ケネス・ギャレット()司令がいた所ですね?」

「ああ。彼は……我が身可愛さが過ぎて、大局を見据える眼がまるでなかった。私はね、中尉。彼がすぐに終わることは分かっていたよ」

「それは……その経緯を把握した上での発言ですか?」

 

 無言で頷くラインハルト。それを見て、特に何もいう気はなかった。

 というより、ライカはある意味ケネスに同情の念すら抱いていた。ケネスは自分にとても正直な人間だったと思う。我が身可愛さで色々なことに手を染めていたとはいえ、その目的は純粋に自分のためのみ。

 清を呑みすぎれば『偽善者』と陰口を叩かれ、濁を呑みすぎれば『鬼畜生』となじられる。

 そんな世の中で彼は少しだけ、濁を呑みすぎただけ。自分には真似できない事だ。……否、当時の自分には“想像”すら出来なかった。

 

「そうだ、すっかり忘れていた」

 

 息苦しい空気はいつの間にか霧散していて、その代わりとばかりに、ラインハルトはテーブルの上に携帯端末を乗せた。

 

「これは?」

「見たまえ。データファイルが一件入っているはずだ」

 

 促されるまま、ライカは携帯端末を手に取り、滑らかに操作する。

 ファイルを解凍し、開かれたデータを見たライカは驚きで目を見開く。

 端末の画面をスライドしてはしばらく眺めるといった作業を繰り返したあと、ライカは静かに端末を置き、ラインハルトへ視線を向けた。

 

「……これを私に見せる理由は何ですか?」

「好きと聞いていたが?」

「……そういうことではなく、なんで“これ”のカスタム機があるんですか? しかも、仕様的に『ハロウィン・プラン』と何ら関係がないように思えますし」

「私もそう伊豆にいる“これ”の産みの親に質問したが、『部外秘』の一点張りでね。その割にはこちらの方に送り付けてきて、テストしてくれだのと言っていることが無茶苦茶だ」

 

 ラインハルトの声に疲れの色が見えた。恐らく初めてではないのだろう。ライカの疑問を感じ取ったのか、ラインハルトが言葉を続ける。

 

「彼女と私は遠い親戚でね。贔屓、とまではいかないが一応それなりの便宜を図ってやってはいたのだが……」

「何か問題が?」

「これが想像以上のじゃじゃ馬でね。乗りこなせるテストパイロットがいないのだよ。しかもPT(パーソナルトルーパー)乗りも数少ないときた。つい先日、送り返すことが決まったと、そういうことだ」

 

 非常に嘆かわしい。ライカは顔も知らないパイロット達に腹立たしさを覚えた。いくら数が整えられ、量産性もコスト面も全て越えているからといって、もはやPT乗りが、そもそもAMしか乗らない者が多くなっているとは。

 

「それで、だ。中尉、君にはこれの移送任務を命じたい」

「任務なら断る理由はありません。しかし、よろしいのですか? まがりなりにも機密なんですよね?」

「だからこそ中尉に命じている。あの()()()()に籍を置いていた君にね」

 

 その単語が出された刹那、ライカの表情が険しくなる。

 

「どこでそれを……」

「人の口に戸は立てられぬよ。電子の海ならばなお、だ。それに言い方は悪いが、いくら延命措置のプランが立てられていると言っても旧式は旧式。万が一鹵獲されても戦線に投入されるようなこともないだろう」

「……早いほうが良いでしょう。それでは……失礼します」

 

 否定の言葉を飲み込むライカ。現場にいない人間と話をしていても、時間の無駄だと判断したからだ。

 すっと立ち上がり、ライカは出入口まで歩いたところで立ち止まる。

 

「司令、先ほど貴方は、私はあの機体が好きだと仰いましたよね?」

「そうだが?」

「それは訂正して頂きたい」

「ほう」

 

 ラインハルトに背を向けていたので表情は分からなかったが、間違いなく笑っていただろう。そんなことを考えながら、ライカはずっと訂正してもらいたかったことを言う。

 

「私はあの機体を()()()います。そこだけは間違えないで頂きたい」

「……覚えておこう。輸送機は第二格納庫にある。それで行くと良い」

「……お世話になりました」

 

 交わす言葉も、時間も短かった。そこまで口数が多い方ではないのだが、不思議とラインハルトの前では、それで良いと思える。

 こんなものだ、上司と部下なんていうものは。自身の管轄から離れたら、それはもうただの他人となるのだから。司令室を出たライカは、新天地へ向け、歩き出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……行ったか」

 

 一人残った司令室で、彼――ラインハルト・フリーケンは、自分の椅子の背もたれに身体を委ねる。パソコンのスリープ状態を解除し、一つのファイルをクリックすると、“彼女”の経歴が表示された。

 

「全く……非常に惜しい人物を取られたものだよ。……ライカ・ミヤシロ中尉」

 

 先ほどまで向かい合っていた人物を思い出しながら、ラインハルトはもう一つのファイルを開く。それは先ほど、彼女に見せたファイルだった。

 

「メイト……。彼女の我が儘には昔から手を焼かされるよ……。あんな“パイロット殺し”、ATXの“時代遅れ”と良い勝負のコンセプトだ」

 

 おまけに厄介なのは、とラインハルトはその人物の言葉を思い出す。否、刻み込まれたものだ。

 

 ――私はね、ラインハルト。見てみたいの。人間と機体の可能性を……限界って奴を。

 

「堂々とモルモットが欲しい……そう言えば良いだろうに」

 

 傍らに置いてあるリストを手に取る。そこには三人のパイロットの名前が載っていた。その共通点は酷く明瞭単純。

 

「彼らは皆、精神を病むか重傷を負い、軍を去っている。……彼女の“作品”によってな」

 

 皆、既に軍を退いている所だ。ここで、メールの着信に気づいた。送信主は、例の彼女。

 

「……ほう、やはり決まりか」

 

 内容を確認したラインハルトは少し口角を吊り上げる。

 

「『グランド・クリスマス』での戦闘記録を送ったのが決め手だったか。()()()()にいたという事は話に出していないとは言え、厄介なのに目を付けられた、としか言えないな。……ふ、他人事だ」

 

 キーボードを叩き、メッセージを作りだすラインハルト。つい先ほどここを去っていった彼女のこれからを考えると、わずかながら同情をおぼえたが、もう済んだこと。

 

「ぜひ潰されないように」

 

 ――彼女に贈られるのはこの言葉だけだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 相変わらず乗り心地は微妙だった。

 機には例の物資と、ライカ用に用意されたガーリオン、そして操縦士とライカの二機と二人。輸送機《レイディバード》の席に座っているライカは、タブレットをいじりながらこれからのことを考える。

 

(……また私は……伊豆で……。いや、そんなことは良い。与えられた仕事はこなす。納得いかないことはやらない。……それで、良いじゃないか)

 

 窓から外を見ると、雲一つない綺麗な空だった。伊豆まであと七時間、といった所か。このまま何も起きないと良いが、ライカはそう居もしない神に祈る。

 

「……ん?」

 

 僅かに機体が揺れた気がした。普通なら気にしないところなのだが、何せ載せてるものが載せてるものだ。

 

(……荒事になりませんように)

 

 そう思いながら、ライカは運転席に繋がる扉を開いた。

 沢山の計器類が忙しく動いている中、ちらちらとそれらを確認している操縦士の背後に立ち、ライカは声を掛ける。

 

「何かありましたか?」

「中尉……今、連絡をしようと思っていました。……たった今、所属不明機の反応が確認されました。進行方向から予測するに、あと五分で目視できるエリアに入ります」

「所属不明機……?」

 

 この辺りで連邦の作戦行動が行われているという情報はない。

 ノイエDC(ディバイン・クルセイダーズ)の残党の可能性を考えたが、恐らく可能性はほぼ皆無。指導者であるロレンツォ・D・モンテニャッコが目立った動きをしていない今、こんな所でうろうろしているなど考えにくい。

 

「目視可能領域に所属不明機が入りました」

 

 途端、レーダーに光点として映し出される所属不明機。

 

(一……二……四。一個小隊……仮に連邦の極秘の作戦行動だとしても、こんなおおっぴらに行動しているなんて、普通ならあり得ない。それに識別信号が未登録……味方じゃない、なら……)

「そこの輸送機、停止しろ」

 

 オープンチャンネルで呼び掛けてきた。

 ライカは機のカメラの倍率を上げ、呼び掛けている機体とその後ろに控えている僚機を確認する。

 

(ガーリオン・カスタムが一機、レリオン三機……か)

 

 正直に言って、かなり厳しい状況だった。《ガーリオン・カスタム》だけならまだしも、《リオン》の上位機が三機もあるとは。

 ここまで来ると、《サイリオン》や《バレリオン》がいないのが不幸中の幸いとしか思えない。――そんなことに気を取られすぎた。

 

「っ……!!」

「中尉、第一ハッチに被弾! 開閉作動ボルトに損傷、航行に支障はありませんが……!」

 

 思わず舌打ちをしてしまうぐらいには分かっている。

 ライカの《ガーリオン》があるのは、そのたった今使えなくなった第一ハッチだ。

 

「繰り返す。ただちに停止しろ」

 

 警告も無しに撃ってくるとは。ただならぬ雰囲気を察知したライカは操縦士にその場に留まるよう指示を出す。

 

「目的は何ですか?」

 

 そう無線に投げ掛けると、すぐに答えは返ってきた。

 

「我々の目的は一つ。……その前に選択肢をやろう」

「選択肢?」

「一つ目は、こちらに輸送機の中身を全て明け渡した後、我々と来てもらう。……二つ目は」

 

 アラート。リーダー格である《ガーリオン・カスタム》の携行武装であるバースト・レールガンの銃口が、こちらに向けられた。

 

「この場で死ぬか、だ」

「……時間をください」

「五分だ、その後返答を聞こう。だが、妙な真似を見せるなよ? その瞬間、その輸送機を撃墜する」

 

 無線を切ったライカを不安げに見つめる操縦士。

 

「中尉……」

「当然、答えはどちらもノー。……だけど、それを実現するためには」

 

 ……せめてPTがあれば。これがライカの悩み所だった。

 物資をどかして《ガーリオン》出撃……なんてやっていれば、あっという間に蜂の巣。打つ手がないように見えた、がライカは自分の発言にハッとする。

 

「あった……!」

「ちゅ、中尉! どちらへ!?」

 

 操縦士の言葉を無視し、ライカは目的の場所まで走った。目的地は後部格納庫。

 案の定、ハッチの片方は瓦礫を退かさなければ使えない。

 

「……まあ、しょうがないですよね」

 

 ライカは移送対象のコンテナの開閉レバーをひと思いに引く。

 すると圧縮空気が一気に解放され、ただの箱となったその中には灰色の機体が佇んでいた。

 

 ――RPT‐007《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ》

 

 ライカのよく知る機体が、そこにはいた。



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第二話 亡霊が泣く~後編~

(……これは)

 

 ライカはすぐに異常が無いか大ざっぱな確認を開始した。

 異常は無かったが、自分が知る《ゲシュペンスト》とは微妙に細部が違うことに気づく。

 原型機より僅かに細身で、両肩のスラスターが小型になっており、スラスターノズルのすぐ下には何故かハッチが。バックパックのウィングは折り畳まれ、メインスラスターとサブスラスターが大きくなっている。脇下にまたハッチがあり、両肘裏には小型のスラスターが横に二つ配置されている。

 細身になった上半身とは裏腹に両足は僅かだが肥大化しており、それぞれ脛とふくらはぎ、外側にスラスターノズルが増設されていた。

 

(両腕には着脱可能なプラズマバックラー。タイプGの武装が取り入れられているのか……)

 

 昇降機でコクピットまで昇り、ハッチを開け、潜り込んだ。すぐさまボタンを押し、システムを立ち上げる。

 左操縦桿下のコンソールを叩き、メンテナンス用にあらかじめインストールされているプリセットデータを開いた。これで動かせる。だが、このままだと戦闘機動は無理。

 ライカは無線で操縦士に呼び掛ける。

 

「こちらバレット1、ライカ・ミヤシロ。私が合図を出したら、ミサイルを撃って高度を上げてください。あとは私が叩き落とします」

「こちらシエラ3。バレット1、あと一分四十秒だ……間に合うのか!? そんな調整もされてない機体を動かすなんて無茶だ! ガーリオンは使えないのか!?」

「あんな機体よりこちらの方が、私は信用できます。そして、この状況を切り開ける確率も跳ね上がる」

 

 喋りながらも、ライカの指は忙しく左右にあるコンソールの上で踊っていた。今しがたプリセットの四肢制御系統の数値を自分用に直し終わり、次は機体のFCS(射撃管制装置)

 ちらちらと眼を動かし、無数のウィンドウの全てを把握。この身はある意味、一つの機械と化していた。

 

「やれるのか? こっちは一機しかいないんだぞ? それにあと……」

「五十秒切りましたね。……上等」

 

 左右の操縦桿を少し引いて傾けると、それに合わせるように機体の両腕が動いた。次は姿勢制御系統、これは大気圏内を想定していたようでプリセットの調整は楽だった。

 次に推進系統。

 

(……量産型の二倍近い推進力だ。それに、反応も申し分ない)

 

 ライカは機体の顔を動かし、視界をコンテナの中身に捉えた。

 

(M90アサルトマシンガンが一丁、しかもご丁寧に実弾が装填済みか。アンダーバレルは……APTGM(対PT誘導ミサイル)じゃなくて、小型のキャノン砲? カスタムタイプですね。贅沢な)

 

 両腕のプラズマバックラーとアサルトマシンガン。武装を確認したライカは、BMパターンの構築作業に取り掛かった。PTのOSである『TC‐OS(戦術的動作思考型OS)』は、そのままでもある程度は戦えるが、やはり自分用に調整しなければ思うようには動けない。

 

「三十秒切ったぞ!」

「話しかけないで。死にたくないなら黙っていてください」

 

 本来ならば時間を掛けなければならないのだが、ライカの操作に焦りはなかった。

 

(少し、高揚しているのかもしれない……)

 

 クロスレンジは終わった、次はミドルレンジ。

 

(またこの亡霊に乗れるなんて夢にも思わなかった)

 

 最後はロングレンジ。ここで、敵の通信が入った。

 

「時間だ。返答は?」

 

 深呼吸をし、操縦桿を握りしめ、ペダルを踏み込む。

 

「今です。ミサイル射出後、ハッチを開いてください」

 

 希望通りのタイミングでミサイルが放たれていった。同時にグンと高度が上がるのを肌で感じる。

 

「お気に召したかバレット1!? あとは自由に踊ってくれ!!」

「……了解」

 

 ペダルを更に踏み込む。機体の動力に火が入り、エネルギーが上昇していく。メイン・サブスラスター共に正常な稼働を確認。

 アサルトマシンガンを右手に保持、姿勢を前屈みに。――全ての準備は整った。

 

「テイクオフ」

 

 身体全体でGを感じる。次の瞬間、鉛色の景色から、青い空へと景色が切り替わった。すぐに戦闘空域全体へセンサーを走らせる。

 撃ったミサイルでちょうど半分に分散できていた。

 

(『テスラ・ドライブ』は標準装備ってところが素晴らしいですね)

 

 まずは確実に一機を。

 ライカはコンソールをタッチし、BMパターンを選択。四機の中で一番動きが悪い《レリオン》に狙いを付け、一気に操縦桿を倒す。

 すると機体はライカが調整した通りの戦闘機動(マニューバ)に移る。まずは一気に加速。

 

「なんだこのゲシュペンスト!? こんな加速……あり得ん!」

「……そう思っていた時点で貴方の撃墜は確定していましたよ、新兵(ルーキー)

 

 どうせ聞こえていないだろう。

 そんなことを考えながら、ライカは横殴りのGを感じる。両脛のスラスターで急停止を掛けた後、すぐに左肩のスラスターを最大推力まで引き上げ、《レリオン》の左側面を取った。アサルトマシンガンを右手で持ち、左手はアンダーバレル辺りに添え、しっかりと狙い――。

 

(一人目の亡霊(なかま)ですね)

 

 ――右人指し指のトリガーを引き絞る。

 銃口から吐き出された弾丸は、レリオンの装甲を食い破り、至るところから黒煙を立ち上らせた。徐々に高度が下がっていく《レリオン》のバックパック、正確には『テスラ・ドライブ』へ弾丸三発を叩き込み、ライカは次の標的へ意識を向ける。

 アラート。右足のペダルを踏み込み、左操縦桿を倒して機体を左方向に動かすことで間一髪、敵の《ガーリオン・カスタム》から放たれた射撃を避けるが、避け切れなかったようで、右脇腹から嫌な音がした。

 ライカはすぐにダメージチェックを掛けた。幸いにも掠っただけ。機体に慣れていない証拠である。

 すぐにアサルトマシンガンをばら蒔き、威嚇。高度を上げながら一旦退いた《ガーリオン・カスタム》はとりあえず意識から外し、先ほどから携行武装であるボックス・レールガンを出鱈目に放つ二機の《レリオン》へ狙いを定める。

 バースト・レールガンの課題であった連射性を改善しつつ、小型化することによって取り回しを向上させた最新の武装は、ライカにとって非常にやりにくいものだった。

 まずは当たらないように距離を保ちながら、ライカは牽制を掛けることに。

 

(今の一発を除けば先ほどから掠りもしていない。気を引くためなのか、下手なだけなのか……分かりませんね)

 

 狙いをつけた《レリオン》を中心に、大きな円を描くように回り込む。

 その際、アサルトマシンガンは単発モードに切り替え、一発一発を丁寧に撃った。予備の弾倉は二つ。

 それが尽きるか、マシンガンを破壊されたら、あとは格闘戦になってしまう。

 

(え――――)

 

 ライカは一瞬、頭の中が白く瞬いたような感覚を覚えた。

 

 ――今度は“当たる”。

 

 敵機の銃口を見た瞬間、何故か確信に近い直感がライカの脳裏を(よぎ)る。

 その直感に従い、ライカは倒していたスロットルレバーを引き戻し、メインスラスターの推力を落とし、すぐに両方の操縦桿を引き、ペダルは踵の方に踏み込む力を入れた。直後にやってきた車の急停止のような慣性に歯を食い縛り、ライカの視界から《レリオン》が遠ざかっていく。

 激しく切り替わる視界と共に、《レリオン》から放たれた弾丸がライカの真横を通過していった。もしあのまま牽制を続けていたら、今の弾丸はこの機体の排熱ダクトを貫き、近い内にオーバーヒートを引き起こしていたのは間違いない。

 

(何? さっきのは……?)

 

 まるで今のシチュエーションを知っていたかのような動き。……とりあえずこの感覚の考察を後にして、ライカは戦闘に集中することにした。

 レーダーを見ると、今の所は一対三。

 《レリオン》の一機がライカを真正面から相手取り、もう一機がライカの左側面をキープ。《ガーリオン・カスタム》が粘りのある支援射撃をするという布陣だ。危惧されるのは十字砲火に晒されること。

 何とか離れるべく、ライカは射撃用のBMパターンをセレクトしようと、コンソールのタッチ画面を開こうとした。

 その時、また不可解なことが起こる。

 

突撃(アサルト)!? 何ですか、これ……!?」

 

 これが示すことはつまり、こういうことだ。突撃が最適。

 確かにそれも選択肢として、ライカは考えていた。だが、機体の損傷は確実だったためにあえて除外していたのだ。

 

「…………上等」

 

 ライカは謎のBMパターンをタッチし、ペダルを限界まで踏み込んだ。

 

「っ……!?」

 

 瞬間、ライカは襲いかかってくる強烈なGに一瞬、気を失いそうになった。相対距離にして六百はあったというのに、もう手を伸ばせば届きそうな距離まで詰めていた。

 当然、レリオンが発砲してくる。しかし、この機体は更に加速し、左腕のプラズマバックラーを起動させた。

 更に機体は全身の各所に配置されているスラスターが点火し、それによって上下左右に細かく動き、被弾を最小限に抑えていく。

 

(無茶苦茶な機動……!)

 

 そんな状況でも、ライカは冷静に左操縦桿を一瞬だけ引き、すぐ前に倒した。思い描いたタイミングで機体は左腕を《レリオン》の胴体に叩き込んだ。一発、二発、三発。

 すぐにプラズマが引き起こした小爆発が《レリオン》の胴体を蹂躙していく。

 ライカはすぐに《レリオン》の後方にいる《ガーリオン・カスタム》へアサルトマシンガンを連射し、接近しづらくする。今の戦闘機動を見れば、迂闊に来ないだろうが、念には念を込めた。

 ライカは顔を動かし、左の《レリオン》をロックオンする。メインモニターに赤い枠が何個も映し出された。背部バックパックのミサイルということに気づいたライカは、一旦後方に下がることにした。

 下がりながらライカは向かってくるミサイルをレティクル内に収め、

 

「……今度はおかしなことは起きないようですね」

 

 トリガーを引き絞り、着実に一発ずつ落としていく。

 

「慌てるな! 相手は旧式に毛が生えたようなものだ! 確実に追い込むぞ!」

 

 良く言うと、ライカは思わず顔をしかめる。残弾を確認しながらも、敵パイロットの言葉を聞き逃さなかったライカは次の行動に移った。

 まだ残っているミサイルを引き付けてから、機体を一気に急上昇させると、目標を見失ったミサイルが見当違いの方向へ飛んでいく。それを見送りながらも、ライカはアサルトマシンガンのアンダーバレルを《レリオン》へ向ける。

 敵はジグザグに動いたり、上下させたり、中々照準に入らない。

 

(やはり速い……だけど)

 

 徐々にレティクルに収まっていく……。横から《ガーリオン・カスタム》のバースト・レールガンの弾丸が飛んでくるが、敵は自機より低い位置から撃っているので無視。

 もう少し――インサイト。

 迷うことなくライカは、人指し指のトリガーの一つ下にあるボタンを押した。

 アサルトマシンガンのアンダーバレルから、対PT用榴弾が放たれていった。反動で一瞬立ちくらみに似たような感覚を覚えるものの、すぐに意識を敵機へ向ける。

 鋭く空を裂き、弾は《レリオン》のパイロットから(メインモニター)を奪った。

 もう一撃。――だがその前にライカは自分の精神状態を冷静に振り返り、嫌な気配を掴みとる。

 

「……分かっています」

 

 アラートにはとうの昔に気づいていた。既に敵ガーリオンは自分の懐。

 アサルトブレードを引き抜くモーションをメインモニターで確認しつつ、ライカは操縦桿を握る力を強める。

 《ガーリオン・カスタム》のツインアイが妖しく光ったように見えた。

 

「私に近接戦(インファイト)を挑みますか……!」

 

 ペダルを踏み込み、メインスラスターを最大出力まで持っていく。すると、また意識を刈り取らんと強烈なGがライカの体を襲った。

 だが、今度は耐えきる。

 

「ゲシュペンストの機体剛性を以てすれば……!」

 

 大質量同士がぶつかった結果、双方が大きく機体を仰け反らせることとなった。《ガーリオン・カスタム》の前部装甲がひしゃげていた。

 甘めに見積もって、中破。こちらは堅牢な機体構造のおかげで小破以下だった。ダメージコントロールもそこそこに、ライカはすぐさま《ガーリオン・カスタム》のコクピットへプラズマステークを叩き込む。

 

「…………」

 

 敵ガーリオンの撃破を以て、この空域での戦闘が終了した。

 あとは先ほど頭部を破壊した《レリオン》が一機離脱しようとしていただけだった。

 

「……さて、どこのどなたか」

 

 そう呟きながらライカは距離が離れている《レリオン》をターゲットに入れた。

 

 ――その瞬間、また異常が起きた。

 

「な……!? また!?」

 

 すぐに機体のコンディションチェックをし、ウィンドウを開いたライカはその内容に言葉を失う。

 

「『CeAFoS』起動……。シーフォス……なんの事?」

 

 答えはすぐに返ってきた。

 

「何ですかこれ……!? 機体の制御が!」

 

 両肩部スラスター下と脇下のハッチが開かれ、スラスターが現れていた。ペダルを踏んでもいないのに推力が上昇し、この機体は手負いの《レリオン》へ真っ直ぐ向かい始める。

 だがそれで終わりではない。それ以上にマズい事態が今、起ころうとしていたのだ。

 

「バックラーが起動した……まずい……!」

 

 顔に汗を浮かべながらライカは動力供給をカットしようとするが、反応はなし。ならば、と強制停止のコードを打ち込むも、まるで聞く耳を持たないようだ。

 

「う、わぁぁ……!!!」

 

 いくつものイメージが脳裏に浮かんでくる。ちらちらと、まるでスライドショーのように場面が変わっていく。そのどれもが、今この状況と酷似していた。

 

「これは……さっきと同じ……!!」

 

 堪らずヘルメットを脱ぎ捨ててしまった。脱いだ瞬間、氾濫しそうなイメージの海を抜け出せた。が、機体は《レリオン》を猛追するのを止めない。

 

「駄目だ――!!」

 

 色々試したが、それでも《レリオン》の背部がステークに貫かれるのを止められなかった。これで、完全に敵小隊の撃破が完了したことになる。

 だが、そんなことは今のライカにとってはどうでもよかった。

 

「もう戦いは終わっていたのにこれじゃ……ただの虐殺だ」

 

 機体の強制排熱(クールダウン)が始まった。蒸気で機体が包まれていく。

 戦闘空域から離れていた輸送機に連絡を入れていたので、あと数分もすればこちらを回収してくれるだろう。それまでの間、ライカは操縦桿から手を離そうとしなかった。

 

「あ……」

 

 ふと、()()が聞こえた気がして、ライカは耳を澄ます。

 未だに続いている排熱の音が、まるで泣いているようだった。もちろん聞き間違いかもしれない。

 だが、今のライカには不思議とそうとしか聞こえなかったのだ。

 




7/5 23:00に次話を更新します!


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第三話 伊豆、到着

 伊豆基地に辿り着いたライカを待っていたのは、ボロボロの機体を見て顔をひきつらせた整備班だった。

 

「うわっ! やらかしやがった! お前らすぐに始めるぞ!!」

「うーい!!」

 

 ぞろぞろと、降ろされたゲシュペンストに群がり、早速作業に取り掛かる。邪魔にならないよう、ライカは一つのディスクを握り締めながら、機体から離れた。

 

(……始末書、書いておいてよかったかもしれませんね)

 

 コツ……コツ、と男性らしからぬ足音が聞こえたライカは後ろを振り向くと、何とも珍しい光景が広がっていた。

 

「――貴女にしてみれば初めましてかしら? ライカ・ミヤシロ中尉」

「……」

 

 何ともちまっこい少女が手を腰にやり、これまた偉そうな態度でこちらを見上げていたのだ。側頭部あたりで結ばれた栗色の髪が僅かに揺れている。

 とりあえず挨拶をされていることに気づいたライカは敬礼をする。

 

「初めまして。本日付でこちらに配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です。……えっと、失礼ですが、貴女は?」

「良く聞いてくれたわね! 私はメイシール・クリスタス。人呼んで天才開発者よ!」

 

 彼女はそう言って、演劇でもするのかというぐらい大げさに胸に手を当てた。サイズが合わなそうなダボダボの白衣が何だか笑えてくる。とりあえず嘘を吐いているようには見えない。が、きっと親の手伝いでもしているのだろう。

 しかし、ライカの疑問はそこにはなかった。

 

(……自己紹介する前に私の名前を?)

 

 確かにこの少女は自己紹介する前に、自分の名前を言い当ててきた。

 

「不思議そうな顔してるわね。なら教えてあげる。私が貴女を、ここに呼んだの」

「……へ?」

 

 メイシールは携帯端末を操作し、その画面に表示されているものを読み上げる。

 

「ライカ・ミヤシロ、二十一歳の十月三十日生まれ。元地球連邦所属で、その時の階級は少尉ね。後に『GS(ガイアセイバーズ)』へ転向。そこで実力が認められ特例中の特例で中尉へ昇進。そして、『グランド・クリスマス』での決戦時に撃墜、生死の境をさ迷っていたが奇跡的に回復し、地球連邦に帰属……と」

 

 若干舌足らずな声で読み上げられたのは、自分の経歴だった。

 

「貴女……何なんですか?」

「何度でも言ってあげる。私が貴女をここに呼んだの。アレに……『シュルフツェン』に乗ってもらうためにね」

 

 そう言ってメイシールが指差したのは、整備を受けている灰色のゲシュペンスト。『シュルフツェン』、その単語の意味をライカは思い出してみた。

 

「ドイツ語で『泣いた』、でしたよね?」

「そう。あの子の正式名称はRPT‐007《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ“シュルフツェン”》。雑な直訳になるけど『泣き虫の亡霊』……ってとこかしら? 心当たりはあるわよね?」

 

 彼女の言葉でライカは、伊豆基地に来る前の戦闘を思い返す。

 

(……強制排熱(クールダウン)の時の音は聞き間違いじゃなかったのですね)

「正直、驚いてるわ。初搭乗で『CeAFoS』に負けなかったのは貴女が初めて」

「あのシステムは……何なんですか? 暴走、にしては随分と論理的でしたし」

「そりゃあ、そういう風になってもらわないと困るわよ。あれほど戦闘に特化したものはそう無いんじゃないかしら」

 

 ――あんなのが?

 そう言いたかったが、ライカは何とか言葉を呑み込んだ。

 

「……戦闘中に提示されたBMパターン、何故か見覚えのある脳裏に浮かんだ映像、極めつけはパイロットを無視した動作。……あのシステムは学習型コンピューターに分類されるようなものなのですか?」

「そんなもんね。ちなみにアレの正式名称は『Combat experience accumulation and Assessment of the situation according to Forced output System』。頭文字を取って『CeAFoS』よ。まあ、要するに戦闘経験の蓄積と状況の判断によってデータを強制出力させる装置のことね」

 

 聞く人が聞けばメイシールの説明には何の不備もないのだろう。だが、実際に搭乗してみたからこそ言える疑問があった。

 それは決して、無視できる疑問ではなく。

 

「パイロットは?」

「機体がパイロットに合わせるんじゃないの。パイロットが合わせるものよ」

 

 言ってることは無茶苦茶だが、これであのパイロットの耐久性を無視した機動には納得いった。

 ライカは己の悪運を恨めしく思う。

 

(なるほど、既に(ふるい)に掛けられていたんですね)

「ま、後で色々教えてあげる。それよりもレイカー司令へ挨拶に行ったの?」

「まだです。すぐに行こうとしたら貴女に引き留められたので」

「……貴女もしかして私のこと嫌い?」

 

 メイシールの問いにライカは即答した。

 

「はい。少なくとも、子供に何が解る? と言いたいくらいには」

「なっ……! あ、そー。そういうこと言っちゃう?」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべてきたが、ライカは動じない。

 一つため息を吐いたメイシールは、白衣の内ポケットからカードを取りだし、突きつけてきた。

 

「な……!?」

 

 カードに書かれている記述を目にしたライカは、ついメイシールとそれを見比べてしまった。ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ続けていたメイシールはついに口を開いた。皮肉たっぷり嫌味たっぷりに。

 

「さて問題です。()()()()でありながら少佐である私と、二十一歳で中尉のライカ・ミヤシロさん。どちらが上でしょーか?」

 

 血の気が引く感覚を覚えながらもライカは今の状況を整理する。背中に流れる冷や汗を感じつつ、彼女は姿勢を正し、答えた。

 

「……数々の御無礼、お許しください。……メイシール少佐」

「よろしい。さて、それじゃあ司令室に行くわよライカ」

 

 敬礼を解いたライカはつい疑問の声を上げてしまった。

 

「……何故少佐も?」

「何でって……貴女は私の部下になるからよ? やっぱり上司も行かなきゃ駄目じゃない」

 

 つい立ち眩みを起こしそうになったライカは、もっとカルシウムを採らなくてはと小さな決意をした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「入れ」

「失礼します」

 

 ライカは机に座ってこちらを見据えている人物へ敬礼をする。地球連邦軍・極東方面軍司令官でありながらここ伊豆基地の司令である『レイカー・ランドルフ』を前に、ライカは多少の緊張を感じていた。

 

「本日付で配属となりましたライカ・ミヤシロ中尉です。よろしくお願いします」

「歓迎しよう。……早速だが、報告書は読ませてもらった。説明をしてもらおうか」

 

 前もって書いておいたのが役に立ったと内心安堵しつつ、ライカは説明をする。

 

「私見ですが、自分は『ノイエDC』の残党ではないかと考えます」

「中尉。私は中尉の口からもう一つの可能性を聞きたいのだが?」

 

 底冷えのするような視線がライカを射抜く。そうか、とライカはあっさりと理解した。

 ――自分は今、レイカーに試されているのだと。

 

「……あの時奴らは積み荷を寄越せと言っていました。大事なモノだと確信してあの発言だったのなら、敵はただのテロ屋でも強盗でもないと、そう考えています。それが何かは分かりませんが。……しかし、機体から察するに恐らくイスルギ重工からバックアップを受けているのは確実かと」

「毒にも薬にもなる、というのはあそこのことを言うのだろうな。……ライカ中尉。今回の件だが、もう一つ気になることがある」

 

 ついに来たか、とライカは腹を括る。不備がない報告書というのはつまり、自分のやったことが全てさらけ出されているということだ。

 

「何故最後の一機を撃墜した?」

「……それは」

「私から説明しますわ」

 

 今まで後ろで黙っていたメイシールが前に出てきた。

 

「彼女の意思で落としたのではありません。私の『CeAFoS』が敵機を撃墜しました」

「『CeAFoS』だと? あれはまだ使えるレベルではないと聞いていたのだが」

「はい。ですから北欧から返してもらって調整をしたかったのですが、その前に今回の件が起きてしまいました」

 

 レイカーの鋭い眼光がメイシールを捉える。お互い、軽く視線を交わしたのち、先に引いたのはレイカーだった。

 

「……そうか、後で最新の報告書を私の所に提出してもらおうか」

「了解しました。それに関連しての提案なのですが」

「何だね?」

「シュルフツェンのテストパイロットにライカ・ミヤシロ中尉を選びたいのです」

 

 何だか雲行きが怪しくなってきた。

 レイカーの手前、あまり勝手な発言も出来ないので、黙って見ていることしか出来ないのが悔しかった。

 

「彼女は初搭乗でシュルフツェンを乗りこなしました。彼女には、『CeAFoS』完成を手伝って頂きたいのです」

 

 完全にやられた。ライカはメイシールの言葉を思い出す。――『私が貴女を呼んだの』。

 全てはこのためだったのだ。

 

「……と、彼女は言っているが中尉、君はどうかね?」

 

 この状況でそれを聞かれるとは。ライカはとりあえず冷静になり、この場を見直す。

 ここに居るのは自分よりも二つは上の階級のみ。しかも、自分のプロジェクトに勧誘しているときた。

 ならば、もう答えは一つしかない。

 

「自分に出来るのであれば、全力で取り組む所存であります」

 

 ()()()()()()()()()

 第一、メイシールが付いてきた時点でライカの負けは決まっていたのだ。

 

「あら嬉しいことを言ってくれるわね。では早速ですが司令、中尉を例の作戦に参加させても?」

「ああ、構わない。だが、忘れないでおいてもらおう。君のシステムは公には出来ない代物だ。結果を出せなければ開発は即打ち切りとなる。最悪、第二の『バルトール事件』を引き起こすかもしれない物にいつまでも貴重な予算は割けないのでな」

「ええ、分かっていますとも」

(…………)

 

 司令室から出る瞬間に見せたメイシールの曇った表情は、恐らく気のせいではなかったのだろう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……完璧に逃げ道を塞いでからのトドメとは本当に嫌らしいですね」

 

 司令室を後にしたライカとメイシールは廊下を歩いていた。

 先ほどのお返しの意味も込めて、ボソリとメイシールに対して攻撃をしてみたが、肝心の彼女は反応せず。

 

「貴女なら気づいていたんでしょう? 『CeAFoS』の最悪の事態を」

 

 代わりに返ってきたのは質問だった。

 

「はい。あのシステムは有人ではなく無人向けのモノだと思います。……人間が扱えれば新兵でもたちまちエースになれるのは間違いないんでしょうけど」

「そうね。分かってる。……だけど、そうはしない、いやさせない。そうじゃなきゃいつか異星人にやられてしまうもの……!」

「……少佐?」

 

 ただでさえ小さいメイシールの背中が、尚更小さく見えた。彼女の放つ空気をライカは知っている。

 目的を達成しようとするマイナスのやる気。暗い、ひたすら暗い方へ向かっていく者の空気だ。

 

「ライカ、司令室で言ったことは本当よ。貴女とシュルフツェンの相性は私の知る限りで過去最高なの。私は『CeAFoS』を完成させるために、貴女を利用させてもらうわ」

「……質問が」

「何かしら?」

「何故ゲシュペンストをベースに? リオンやガーリオンでも良かったのでは? 更に言うならば確保しやすい量産型ヒュッケバインの方が良いかと」

 

 今の連邦軍にしてみればゲシュペンストなんてもはや化石と言うにふさわしい。量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱが正式採用された今、連邦軍の主力はAMとヒュッケバインだと言うのに。

 ライカの質問は実にあっさりと返された。

 

「ゲシュペンストは信頼に足る機体だと思った。だから、チューンした。質問は?」

「……ありません」

 

 あまりにも淡白な返しであったが、言っている内容に何の疑問も沸かなかった。

 こんなところで自分と同じような意見を持つものと出会えただけでも珍しい。

 

(……ゲシュペンスト好きに悪い人はいない、ですね)

 

 ライカは少しだけ、ほんの少しだけ、メイシールと仲良くなれそうな気がした。



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第四話 黒い猟犬

 ――八時間後。

 ライカは第二ブリーフィングルームの前にいた。司令室でメイシールが言っていた例の作戦とやらの打ち合わせのためだ。

 正直に言うと、気が進まない。今回の作戦はメイシールから、『肩身狭いと思うけど、死ぬ気で頑張りなさい』等と激励をもらうぐらいなのだから。

 

「失礼します」

 

 とは言っても、いつまでも突っ立ってはいられないので、意を決して扉を開いた。

 なるほど、とライカはぼんやりと彼女の激励を思い返してみる。

 

「……」

 

 部屋の中にいた同僚達の態度はとても冷たいものだった。大半がこちらと目を合わそうとしない、中には露骨に嫌そうな顔をする者も。

 覚悟していたリアクションだった。当然の反応か、とライカは諦める。

 少し前までは『ガイアセイバーズ』として彼らと行動を別にしていたのに、ある日突然一緒に作戦をこなすことになるなんて抵抗無い方がどうかしている。

 自分が彼らの立場ならやはり多少なりとも嫌悪感を感じていることだろう。

 

「ちっ。上もどうかしているぜ。裏切り者を作戦に入れるなんてよ」

「ま、せいぜい後ろから撃たれないように気を付けよーぜ」

 

 わざとこちらに聞こえるぐらいの声量で言葉を交わす同僚二人。ライカは無感情な瞳で二人を視界に収めた。

 

「あん? なんだよ、何か言いたいことでもあんのか?」

「別にありません。しかしそうですね……。そうやって私にビクビクしている人と任務だなんて、貴方の言うとおり上はどうかしていますね」

「んだと……!?」

 

 ああやってしまった、とライカは表情には出さなかったが自分の負けず嫌いをとことん恨んだ。室内が殺気立っている。

 ライカは不思議と懐かしさを覚えた。

 

(……まだ未熟ですね。経験も……精神も)

 

 脳裏に浮かぶはかつて自分が所属していた『ガイアセイバーズ』のあの部隊。隊長であった仮面の男は良くこう言っていた。

 

 ――君達が勝手に死ぬのは良いが、僕の邪魔だけはしないでおくれよ?

 

 彼の言葉通り、部隊は実に殺伐としていた。

 連携はしっかりと取る。じゃなきゃ自分が死ぬだけだから。味方が危なかったら割って入る。落とされたらターゲットが自分に集中するから。

 ……本当の意味で連携を取れた者なんて、皆無。見方によっては、自分も含めた全員が機械の集団だったと言えるくらいだ。

 

「おい、なんか言えよ!?」

「……私は」

「随分と良い雰囲気じゃないか。女いじめて喜ぶな変態共が」

「ひゃっ」

 

 突然背後から聞こえてきた声で変な声が出てしまった。

 振り返ったライカは背後に立っていた長身の男性と目が合った。ブロンド、とでも言えば良いのだろうか、短く切った鮮やかな金髪がライカの視界に入る。力強い意思を持った目だ、とライカは思った。故に、顎の無精髭がとても似合わない。

 

(剃れば良いのに)

「なんか言ったか?」

「いえ。何でもありません」

「そうかい。なら良い。んじゃお前ら席に着け。これからブリーフィングを始める」

 

 そう言うと男はスクリーンまで歩いていった。その背中にライカは問い掛ける。

 

「あの、失礼ですが貴方は……」

「俺か? クロード・マルキース大尉だ。この任務の指揮を執ることとなる。よろしくな、ライカ・ミヤシロ中尉」

「し、失礼しました」

「良い良い。現場じゃ階級じゃなくて腕がモノを言うからな。お前のことは聞いてる。そう肩肘張りなさんな」

 

 ライカは返事の代わりに敬礼で返した。これこそが彼女が示せる最大限の敬意だった。

 

「さて、と。んじゃお前らこれを見ろ」

 

 スクリーンに映し出されたのは少し大きな島の地図だった。中央には山があり、その周りを囲むように光点が八つほど点滅している。更に赤い光点が海上に四つ、山付近に六つ点滅していた。

 咳払いを一つしたあと、クロードは説明を始める。

 

「今回の任務はテロリストの鎮圧となる。やることはシンプルだ。敵戦力を撃破し、山の中腹にある基地を押さえる。それだけだ」

 

 クロードは詳細の説明を始める。敵戦力、隊列、仕掛けるタイミング等、実に細かな説明が十数分に渡って続けられた。

 

「――と、こんなところだ。質問あるやつは?」

「よろしいでしょうか」

 

 僅かな動揺を隠しながらライカは手を挙げた。

 

「何だ?」

「私がその役目で、本当に良いんでしょうか?」

 

 念には念を。ライカはいきなりのことに自分は間違ったことを聞いていたのではないか、と自身を疑って止まない。

 自分に言い渡された役目は北から島に入り、なるべく敵を引き付けつつ、配置されている八つの対空砲を八分以内に破壊すること。

 要は囮と露払いの兼務。

 未だ対空砲にはPTやAMを大破させられるくらいの火力がある。つまり、この作戦の生存率の高低はライカに懸かっていると言っても過言ではない。おまけにライカが引き付けている間に島の南西から仕掛ける本命のことも考えると、作戦の成否にも多大な影響を与えるのだ。

 

「逆に聞くが出来ないと思ってんのか?」

 

 彼の一言に、室内の人間の視線が一気にライカへと集まった。下手に答える訳にはいかない。

 ただでさえ、自分は元『ガイアセイバーズ』なのだ。そんな自分に、下手に期待を寄せさせたくはなかった。

 

「はぁ……。なあ、良いか中尉?」

 

 しかし、彼の言葉で考えが変わった。

 

「俺が……俺達が求めてんのはやる気じゃない、確かな腕だ。……質問を変えるぞ。お前は、俺達の命握る覚悟はあるか?」

「当然です。それが与えられた信用(にんむ)ならば、私は確実に遂行しましょう」

「良く言った」

 

 そうだ、とライカは自分のしていた勘違いを恥ずかしく思う。

 

(元ガイアセイバーズが何だ。私は、そんなものに縛られないと決めたじゃないか。……今度こそ、私は私の戦いをしてみせる……!)

 

 ――作戦開始まで、後六時間。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「うわっ……虫すごいな。しかも蒸し暑いし……参ったな」

「……少し黙っていてください」

 

 島を覆う森林の海。

 中心部にそびえ立つ山を見下ろしながら、二機の機体は山の近くに着陸する。すると地面がガコン、という音と共に、沈み始めた。

 野鳥が一斉に飛び去っていくのをサブカメラで見ながら、二機の内の一機――艶がない真っ黒な色の《ガーリオン・カスタム》のパイロットがつまらなさそうに呟く。

 

「あぁっ、この隠しエレベーターが無かったら、あいつら撃ち落とせたのに」

「発砲音と薬莢で敵にここの位置が突き止められてしまいます。それは合理的な判断とは言えないですね」

 

 ガーリオンの隣にいるもう一機のパイロットが、実に淡々とした声で返す。いつものやり取りのようで、ガーリオンのパイロットは反論もせず、ただため息を吐くだけだった。

 

「あんま細かいと戦闘中に背後から撃つぞ? やるぞー、俺はやるぞー?」

「上等です。貴方こそ死角には気を配っておいたほうが良いようですね」

「おお、貴公らが今回の助っ人か。歓迎しよう」

 

 格納庫の通路の上に、およそ四十代と見てとれる男性が二機を見上げていた。

 それを確認し、プライベート通信に切り替えたガーリオンのパイロットは、もう一機へ不満をぶちまける。

 

「おいおい、何だよこりゃあ。完全にアテにされてるぞ」

「……怖いのでしょう。いつここに戦力を送られて潰されるのかが」

「お前の交渉術があいつらに変な希望を持たせたんだ。お前のせいだぞ“ハウンド”」

 

 “ハウンド”は反論することもなく、こう締めくくった。

 

「……ならば文字通り希望になるまでです」

「希望、ね。偶像という名の希望にならなきゃ良いけど」

 

 二機のパイロットは、どちらともなく通信を切り、今回の雇い主の元へ降りていった。

 

(……今回は釣れると良いですが)

 

 “ハウンド”の口元が少しだけ、ほんの少しだけ強く引き締まった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……」

 

 シュルフツェンのコクピットの中でライカは一人、目を閉じていた。

 己を一個の兵器とするために、彼女が出撃の度に行っている癖のようなものだ。

 

(『CeAFoS』。私はどこまでやれる……?)

 

 ライカは正直、このシステムにあまり好ましい感情は抱いていなかった。否、彼女のポリシーがそれを許さなかったのだ。

 

(やはり断れば良かった)

「ハロー、ライカ。ちょっと良い?」

「何ですか少佐?」

「ちょっとシュルフツェンの武装の説明をしておこうと思ってね」

「……プラズマバックラーにコールドメタルナイフ、バズーカにアサルトマシンガンですよね? 先ほど説明は受けたと記憶していますが」

「話は最後まで聞きなさい。今回、私が独断で組み込んだ武装の説明をするのを忘れててね」

 

 ライカはあからさまに不満げな表情を浮かべる。

 ただでさえ『CeAFoS』があるというのに、これ以上厄介なモノを付けないでほしい――と、流石に口にするのは出来ないのでライカは心の中で愚痴をこぼした。

 

「まず一つ目。ナイフなんだけど、刃の根元にちょっとした細工を施していてね。一発限りの飛び道具になるわ」

「つまり、スペツナズナイフのようなものですか?」

「そうね。あとはシュルフツェンの腰部を見てみなさい」

 

 言われるがままにカメラを倍率を上げ、腰部を見てみると、何やら知らない武装が施されていた。

 

「それはね。戦闘における有線兵器の有用性を再確認する意味で付けたものよ」

「有線兵器? チャクラムシューターですか?」

「アンカーよ」

「は……?」

「射出式アンカー。これを相手に撃ち込んで、スラスターや重力に頼らなくても空中戦をこなせるようにする、というのがコンセプトね」

 

 送られてきたモーションデータに目を通したライカは額を掌で覆った。言いたいことは分かるし、やりたいことも理解できるのだが、これはあまりにも実用性を疑ってしまうモノだ。

 口を開こうとする彼女を遮るようにメイシールは言う。

 

「その程度の武装が扱えないだなんて、貴女の実戦経験とやらも怪しいものね」

「……一つ武装を追加してください。そうですね、G・リボルヴァーを。それと弾倉には一番大きな弾をお願いします」

「貴女って意外と……ううん、待ってなさい。すぐに用意させるから」

 

 柄にもなく、ムキになってしまった。まあしかし、とライカは気持ちを切り替える。

 プロならある武装を文句言わずに全て使いこなす。ライカはすぐに頭の中で戦術を組み直した。

 

(……ん?)

 

 ふと、胸騒ぎを覚えた。まるでこれからの作戦の結果を示すように。

 

(……上等。私はまだ死ぬわけにはいきません)

「中尉聞こえるか!?」

 

 通信用のモニターに映し出されたクロードの表情に焦りの表情が見えた。彼から告げられた言葉はライカの嫌な予感を見事に肯定することとなる。

 

「今入ってきた情報だが、偵察中の部隊がやられたそうだ! このままでは防衛網が強化されて俺達では手が付けられなくなっちまう! すぐに出るぞ。用意は出来ているか?」

 

 嫌な予感が、当たってしまった。こうまで早い対応は敵に読まれていたとしか思えない。

 

「すぐに出られます。先行して対空兵器を潰します」

 

 カタパルトに機体を固定させたライカは地図データを開き、偵察部隊から送られてきたデータを上書きする。

 中心の山を囲むように、八門の対空砲が待ち構えていた。中々骨が折れそうだ。

 ――ここからは脇目も振り返らずの一点突破。

 

(護衛に構っている暇はありませんね……)

 

 機体のコンディションはオールグリーン。操縦桿を握り直し、ライカは大きく深呼吸をした。

 

「ライカ・ミヤシロ。シュルフツェン出ます」

 

 ペダルを思い切り踏み込み、機体は青い空へ飛び立つ。景色に浸る間もなく、すぐさま出迎えにきた敵機。

 交戦はしない。時間の無駄だから。

 なるべく速度を落とさないよう機体をコントロールさせるだけでもかなりの難易度なのだ。

 

(《リオン》が二、《バレリオン》が一。……一々相手にしていられません)

 

 アラートよりも速くやってくる弾丸を避けながらも、ライカのシュルフツェンは最初の獲物を捉えた。対空砲は一ミリの狂いもなく、こちらの動きをトレースしている。

 左右に揺さぶっても、フェイントを入れても砲門はこちらを喰わんとしていた。

 

(眼が良すぎるのも如何なものか)

 

 シュルフツェンの右手にはバズーカがあった。カートリッジ込みで十二発。

 今回の攻略法とは実に単純だ。精度の高さを逆手に取り、砲門へ直接攻撃を叩き込む。

 特殊人型機動兵器……通称『特機』ならば実に容易く終わるのだろうが、如何せんこちらはPTだ。どこぞの魔改造品ならまだしも、量産型が持てる火力にも限界がある。シミュレートの結果、最も効率的な武装がバズーカだった。

 

「くっ……」

 

 アラート。だが見えていた。

 操縦桿を倒し、回避行動。即座に左手のアサルトマシンガンをフルオートでばら蒔いてやった。

 だが結果はリオンの右肩を擦るだけの小破以下。

 

(一門あたりの時間にはまだ余裕があるけど……!)

 

 今しがた出会った三機が鬱陶しい。リオン二機で気を引いて、バレリオンで仕留めるといった所か。さっきからシュルフツェンの両脇を着いて離れない。

 このままではいずれ喰われる。

 

(一機……!)

 

 砲門への照準を止め、機体を反転。狙いは……最大火力(バレリオン)

 武装パネルを開き、その中からメイシールが勝手に付けた武装を選択する。すぐさまライカは《バレリオン》の腕部目掛け、アンカーを射出した。アンカーが《バレリオン》に食い込んだのを確認し、すぐさまワイヤーを巻き取る。

 その間に左手のマシンガンを腰部にマウントし、代わりにG・リボルヴァーを持った。ライカはワイヤーが巻き取られる甲高い音で耳が変になりそうなのを我慢しつつ、機体のバランスを崩さぬように微細なコントロールを維持し続ける。

 

「……普通にビーム兵器で斬った方が良いですね」

 

 《バレリオン》の反撃とも言えるミサイルランチャーを難なく避け、“眼”にあたる部分にG・リボルヴァーの銃口を押し付けながら、ライカはそう分析した。

 帰ったらアンカーは取り外してもらおう――ついでにそんなことも考え、シュルフツェンは引き金を引いた。

 すぐさま吐き出された弾丸は数度の鈍い破壊音を奏でられる。やがて《バレリオン》の内部から黒煙が立ち上り、高度を下げていく。

 一番大きな弾丸を使っても中々落ちなかったのは流石《バレリオン》の装甲といった所か。

 

「ちょうど良い位置ですね……」

 

 偶然にもそこはバズーカの有効射程内。

 

「まず一つ……!」

 

 迷うことなくライカはバズーカを撃った。

 弾は寸分の狂いもなく砲口を潜り、砲身内部を突き進み、やがて中の砲弾を誘爆させる。思ったよりも派手な爆発だ。

 

「……五十八秒。時間を掛けすぎました」

 

 後続が来るまでにあと七門。想像以上にシビアな制限時間だ。

 ライカの頬を一筋の汗が伝う。

 

「……上等」

 

 時間の他にライカの不安要素がもう一つあった。何を隠そうこの機体に積まれている爆弾……もとい『CeAFoS』。

 戦闘開始してからまだ一度も動いていないこの装置は一体何なのだろうか。起動はしているはずなのにこの前のような自律戦闘やBMパターンの提示もない。

 メイシール曰く、『貴女の邪魔はしないはずよ』とのことなのだが……。

 

(なら外してください、なんて言えないですよね)

 

 そんなことを考えていたら次の獲物が見えてきた。一刻も速く全部壊さなければ後に支障を(きた)す。

 

「……行きますか」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「お、ついに始まったか」

「……そうですね」

 

 地下の基地で艶が無い真っ黒なガーリオンのパイロットが隣の機体で待機している“ハウンド”へ通信を送っていた。

 

「どうでも良いけどさー、お前そのヘルメットいつも被ってるよな。口元しか見たこと無いぞ俺」

「作戦行動に支障はありません」

 

 モニターの向こうには、口元しか出さないヘルメットにパイロットスーツ姿の“ハウンド”がいた。ガーリオンのパイロットに出来るのはせいぜい口の形から表情を読み取り、直接言葉を交わすことぐらい。

 不便は感じない。何だかんだで上手くいっているのだ。

 

「雑談よりも機体チェックに集中したほうがよろしいのでは?」

「嘗めんな、とっくに万全だ。他人の事言ってる暇あるのか? 俺のよりよっぽどメンドクサイ機体乗ってるだろうが」

 

 そう言いながらガーリオンのパイロットはモニターを切り替える。映し出されたのは“ハウンド”の機体だった。

 ガーリオンの頭一つはある全長、黒と灰色のカラーリングが一層無機質さを際立たせていた。頭部や胴体の造りを見ても、相変わらず何の機体が基になっているのか見当も付かない。

 ――訂正。

 聞いてはいるのだが、中々原型機と今の状態に辿りつかないのだ。

 

「まあ、何でも良いや。動いて、敵を撃墜してくれるならな」

「……一人で自己完結をしないでください。会話をする気が無いなら私のために黙っているという配慮が出来ないのですか?」

「うっわ言っちゃう? そういうこと言っちゃう? お前、ほんと後ろに気を付けろよ。背後からコクピット串刺しにされないようにな」

「上等です。……そういえば知っていますか? どんな腕利きでも攻撃している間は無防備になるんですよ? ……怖いですね。そんなことにならないよう祈っていますね」

「――アルシェン・フラッドリー殿、“ハウンド”殿!」

 

 緊急用の回線が開かれ、映し出されたのはこの基地の司令。散々こちらを持ち上げ、アテにしきっている人間だった。

 ガーリオンのパイロット――アルシェンは内心舌打ちをし、応答する。

 

「予定より早いですね。……風向きが悪い、と?」

「戦闘開始からたった六分足らずで対空砲を七門破壊された! あと一門を破壊されたらこの基地は対空機能を失うことになる!」

「もう少し早く我々に言ってくれたら、対処できましたのに」

「そ、それは……!」

「まあ、いいさ。それじゃあ吉報を期待していてくださいな」

 

 回線を切り、アルシェンは機体の状態を再確認した。大方変なプライドでこちらの助太刀をギリギリまで渋っていたのだろう。この類は大体底が知れている。

 

(この基地はダメだな。トップが無能すぎた)

 

 それよりも、とアルシェンはモニターを基地のカメラに切り替え、今現在暴れている敵機を映した。

 丁度灰色のゲシュペンストがこちらの《リオン》を撃墜した瞬間だった。

 

(それに相手が想像以上にやる。ここの奴らじゃ話にならん)

「アルシェン」

「何だ?」

「確かめたいことがあるので先に出ます」

 

 言うが早いか手が早いか。既に“ハウンド”の機体は基地の外に出ていた。

 

「あ、おい! “ハウンド”待て!!」

 

 止める暇もなかったアルシェンは“ハウンド”に続く形でガーリオンのテスラドライブに火を入れる。同時に、両肩のブースターユニットの噴出口が一瞬大きくなり、すぐに小さくなる。

 じわじわと推進をするための力が高まっていき、今か今かと爆発の時を待っている。

 

「アルシェンだ。ガーリオン・カスタム出るぞ」

 

 アルシェンがペダルを踏み込んだ瞬間、束縛から解放されたかのように機体は基地から飛び出した。

 

「――さぁハロウィンと行こうか。灰色のゲシュペンスト」




次回更新分は7/6 20:00に更新予定です!

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第五話 『CeAFoS』――起動開始

一部台詞が追加されてます。わかる人はいるだろうか…?


「これで……終わりですね」

 

 敵機の追撃を掻い潜り、対空砲を破壊することに成功した。予定ではもうすぐ後続が来るはず。

 ライカはすぐに空域から離れるべく操縦桿を握り直した。

 

「……新しい熱源反応? 二機ですか」

 

 狙い澄ましたかのようなアラート。援軍にしては遅すぎる。

 既に対空砲は破壊した。こちらを追撃するより守りを固めた方が良いだろうに。

 

「何ですかこの機体、速い……!」

 

 先頭を取っている機体の移動速度が尋常ではなかった。《リオン》や《ガーリオン》の速さではない。『グランド・クリスマス』で空を切り裂いていたあの白銀の流星と同等、いや少し遅いくらいか。

 それでも驚異的な速さだった。カメラを最大倍率にし、その機体を視界に捉える。

 

AM(アーマードモジュール)? にしては随分とゴツいですね……」

 

 黒と灰色の無機質なカラーリング。頭部はガーリオンタイプのように見えるが、何だか違う気がする。その証拠に、ツインアイではなく単眼なのだ。

 頭から下なんて更に分からない。AM独特の()()が無いのだ。PTの胴体と言っても差支えないだろう。見ただけで分かる分厚い装甲にぶら下がっている両肩から腕部もゲテモノそのものだった。

 両肩は『テスラ・ドライブ』らしきものを改造してブースターユニットにしている。速さの謎にはこれも一枚噛んでいると見て良い。

 胴体よりも太い腕部の先には三本爪があった。頑強そうな上半身を支えている下半身もまた頑強である。

 両腰には射撃兵装らしきものがあり脚部に至っては“脚と呼んでいいのか”分からない。脚部、というより“大型ブースターユニットをそのまま脚にしているような”そんな印象を受けた。

 全体的にパーツが大きく、胴体部分が細く見えてしまうのは恐らく目の錯覚だ。事実、このゲシュペンストよりも一回りは大きい。

 ……これまでの情報から、推測できる機体のカテゴリーは一つ。

 

「まさか『特機』……? マズイですね。対抗手段がない」

 

 もし仮に『特機』ならば最悪を超えた最悪。火力が足りな過ぎる。こちらの部隊編成を考えれば、下手を打てば全滅の可能性すら見えてくる。

 

「中尉! 生きているか!?」

 

 通信用モニターにクロードの姿が映し出された。ようやく援軍が到着したことと、それに伴い発生する問題に頭が痛くなってしまった。

 

「こちらバレット1。対空砲はすべて破壊。ですが、その直後に『特機』と思われる機体が援軍に来ました」

「何だと!?」

「恐らくこの部隊の火力では撃墜は困難。ですから……」

 

 『特機』と分かった瞬間に決めていたこと。それは奇しくも『グランド・クリスマス』での決戦を彷彿とさせるもので。

 

「私が単独で『特機』を抑えます。その内に基地の無力化を」

「お前一人に押し付けるほど俺は動けない奴じゃねぇぞ! 俺も――」

「……『特機』相手が初めてだと思わないでください。奴はたった一機です。『鋼龍戦隊』に比べれば遥かに戦いやすい」

 

 クロードが何かを言う前に通信を切った。彼は自分が何をすべきか分かっている男だ。こっちは自分の事だけ考えていればいい。

 そうしている内に敵機はカメラを使わなくても目視可能な位置まで来ていた。

 

「――私に確かめさせてください。灰色のゲシュペンスト」

 

 強制的に通信回線を繋がれたと思えば、その一言。こちらが返答する前に謎の機体は一方的に戦闘機動へと移行する。

 

「女……っ!?」

「――その声は」

 

 謎の機体のパイロットが呟き、僅かに沈黙する。

 

「ああなるほど――それも運命なのでしょうね」

 

 どこか納得したように、どこか忌々し気に。確かにそう言ったのだ。その意味を理解するのを今は置き、ライカは目の前の敵に集中することにした。

 三本爪が開き、その中心から弾丸が吐き出された。接近戦と射撃戦を熟せる複合腕と見て良いだろう。

 左肩のスラスターの出力を上げ、難なく避けることに成功した。すぐさまアサルトマシンガンを放つが敵機――“一つ眼”はこちらを向きつつ、機体を回転させながら縦横無尽に弾丸を避けていく。

 

(とんだサーカスを……!)

 

 驚異的な運動性能。どことなく彼の『白銀の堕天使』や『妖精』を想起してしまう。そしてまぐれ当たりは分厚い装甲で弾かれている。

 真正面からの撃ち合いは敗北必至。となれば狙うべきは関節部。

 月並みな台詞だが、そこはどう頑張っても一定以上の補強は望めない箇所だからだ。

 そんなことを考えていると、一際大きなアラートがライカの鼓膜を揺らした。

 

「鋭い狙い……!」

 

 両腰の射撃兵装の銃口がこちらのコクピットを正確に狙っていた。まさに紙一重。

 機体を急上昇させるのと、放たれた弾丸がコクピットがあった場所を通り過ぎていくのはほぼ同時だった。だが呆けている暇はない。

 相手はデータに全くない完全な“正体不明機”。どんな些細なことでも情報を得るに越したことはなかった。

 

(ビームではない。実弾兵器……レールガンか。実弾兵器で纏められているのですか、厄介な)

 

 原型機よりも装甲を増加しているとはいえ、あの威力ならば直撃はそのまま撃墜と同義。そのことを把握しているのか“一つ眼”は中々距離を詰めて来ず、嫌らしくそれでいて正確に射撃をしてくる。

 

「まだ……この程度じゃないですよね?」

「何を……!?」

 

 “一つ眼”が回避機動を止め、真正面にこちらに向かってきた。迎え撃つべく、左手にはG・リボルヴァー。右手はコールドメタルナイフに持ち替えた。

 的を絞らせない乱数機動で接近してきた“一つ眼”は右腕部の三本爪を振りかぶる――。

 

「うっ……!」

 

 拮抗できたのは一瞬。マシンパワーが違いすぎる。

 弾き飛ばされた機体の姿勢制御を行いつつ、G・リボルヴァーを弾切れまで撃ち続けた。しかし悲しいかな、関節部には当たらず、むなしく跳弾するだけ。

 “一つ眼”がまた向かってきて、左腕部を突き出した。今度は三本爪が閉じられ、ドリルのように回転している。

 

「意図した訳ではないでしょうに。……それを差し引いても良い反射ですね」

 

 弾切れのG・リボルヴァーを盾にして防げたのは生存本能の為せる業と言っても良かった。だが安堵もしていられない。

 着実に銃身を削ってきている左腕部はそのままに。今度は右腕部もドリルのように回転させながら突き出してきた。

 離れれば正確な射撃、近づけば強力な格闘戦。機体もそうだが、パイロットの腕が段違いだ。自惚れるつもりはないが、こちらもそれなりに修羅場を潜ってきた――なのに。

 

(……この私が手玉に取られている)

 

 その辺の新兵ならとっくに生きるのを諦めているだろう。だが、自分は違う。

 臆せばそれだけ生から遠ざかる。退いてもその分だけ生から遠ざかる。

 ならば取るべき行動は一つだろう。

 

(……上等。……こちらから出向いてやる)

 

 メインバーニアを最大出力に、そして“一つ眼”の両腕を振り払うように機体を前に出した。両肩のスラスターが小破したが、気にしていられない。

 左手のコールドメタルナイフの切っ先を――“一つ眼”の単眼に向けた。

 

(恐らくこれより後は無いというレベルの使用タイミングですね)

 

 武装パネルを開き、メイシールが付けたナイフの“機能”を発動させる――!

 コールドメタルナイフの刀身は“一つ目”の頭部へ向け音もなく飛翔する。結果は――。

 

「驚きました。が、この子の装甲は貫けなかったようですね」

 

 咄嗟に首でも振ったのか、単眼の横の装甲に刀身は喰い込んでいた。

 

(駄目……でしたか)

 

 この奇襲が成功したら一目散に撤退していたというのに。

 

「やっと追いついたぜ“ハウンド”」

 

 瞬間、コクピットを衝撃が揺らした。すぐさまモニターに機体の状態が映し出される。

 どうやらバックパックを撃たれたようだ。幸い飛行に支障はない程度だが、ライカの表情は曇るばかり。

 撃たれた方向の映像を取得すると、そこには艶の無い真っ黒な《ガーリオン・カスタム》がいた。スラスターユニットが大型化され、更に機体の各所にもスラスターノズルが増設されているようだった。

 恐らく基本性能を徹底的に底上げしたタイプ。

 

「そしてお前にもな。灰色のゲシュペンスト」

 

 ただでさえ苦戦していたところに現れた腕利きと思われる増援。味方の様子を見ると、まだ基地の制圧に時間はかかりそうだ。

 それの意味する所とは一つ。

 

(……風向きが悪くなってきましたね。いや、元からですか)

 

 絶望的な“時間稼ぎ”が始まろうとしていた。――その時、ライカはまだモニターの隅に映し出されていた文字に気づいていなかった。

 

 ――『CeAFoS』起動準備(スタンバイ)――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 現在、ライカの状況は最悪を超えた最悪。

 一機だけならどうにかなるのかもしれなかったのだが、今しがた王手を掛けられてしまった。

 

「貴方達は……何者ですか? 他と動きが違いすぎる」

 

 その問いは応えられることは無く、代わりにこの状況で場違いとも言えるような台詞が飛んできた。

 

「たった七分で対空砲を八門落としたのが女か! 末恐ろしいな」

「……質問に答えてください」

「時間稼ぎか、灰色のゲシュペンスト? 心配しなくても基地の制圧をしている奴らにはちょっかい出さないって」

「……傭兵か何かですか?」

 

 声だけで通信していてよかった。この冷や汗を見られたら一気に持って行かれるところだった。緊張を追い出す意味を込め、大きく息を吐き、ライカは思考を開始する。

 まず確定したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。金を貰って仕事をこなす傭兵であることに間違いはない。傭兵はそう珍しい物ではないのでさして驚きはしない。

 『DC戦争』、『L5戦役』、『アインスト事件』等など……。払い下げの機体や古くなった機体を()()手に入れることなど難しいことではない。

 その証拠に、『ガイアセイバーズ』に傭兵がいた。……今はもうこの世にいないが。――そう仮定して、不審な点が一つ。

 

(あの機体性能……。どこかが彼らをバックアップしていることはほぼ間違いない。『ノイエDC』? ありそうなところでは『イスルギ重工』。……大穴で、『マオ・インダストリー社』)

 

 とはいえ、マオ社は有り得ないだろう。何せ扱っている種類がPT寄りだ。あの黒いガーリオンの完成度は叩き出せないだろう。

 しかも、トップは『鋼龍戦隊』と共に戦っていた元PTXチーム所属という。

 

「傭兵って言えば傭兵だな。ほらいるだろ? 平和な世界に退屈している思春期にありがちな病気を患っている奴が。そんな奴だ俺たちは」

「ふざけているんですか?」

「ふざけてないさ。モチベーションは高いままだ。そうだ自己紹介をしていなかったな。俺はアルシェン・フラッドリー。階級とかは特にない」

「名前など……!」

「アルシェン。余計な時間を取らせないでください」

 

 “一つ眼”がクローアームをこちらに向けてきた。ロックオンアラートが鼓膜を揺らす。

 

「灰色のゲシュペンスト。私の見当違いかもしれない、ですがそれならそれでいいのかもしれないですね」

 

 答える代わりにライカは引き金を引いた。アサルトマシンガンから吐き出される弾丸の行く末を見守る暇もなく、二機から距離を取る。

 “一つ眼”とガーリオンはすぐにこちらを追ってくる。

 

「はっ! 物怖じしない性格だなオイ!」

 

 的を絞らせない機動で動いては際どい位置へ弾丸をばら撒いて来るガーリオンをやり過ごしながら、“一つ眼”を視界に収め続けることも忘れない。

 アルシェンと言う男は中々に狸な性格らしい。あれだけこちらを挑発するようなことを言って好戦的な性格を思わせておいて、その実、彼は非常に慎重なようだ。

 どうやらアタッカーが“一つ眼”でバックがアルシェンらしい。機体性能的に頷けるといったら頷ける。

 こうしている間にもクローアームを振りかざしてくる“一つ眼”の背後からこちらの退路を断つような絶妙な援護射撃を行ってくる。当然反撃しているが、攻撃を受けているのは装甲が分厚い“一つ眼”だ。

 全く同じ箇所を狙い続けて、やがては弾丸が通す――のような神業が出来ればいいのだが、生憎と自分にそのような技術はなく、空しく跳弾するだけ。

 歯噛みしつつ、武装パネルの残弾数を視界に入れる。バズーカが残り五発、アサルトマシンガンが残り二十七発。プラズマバックラーに充てるエネルギーにはまだ余裕がある。

 ――結論としてはこのまま長引くとこちらが死ぬ。

 ついさっき出てきたガーリオンは論外として、“一つ眼”に至ってはクローアームに内蔵されている機銃やレールガンを撃ち尽くしたとしても強力無比な三本爪がある。

 

「逃げる算段か?」

「しまっ……!」

 

 胴体に被弾。角度が浅かったせいか貫通はせずに装甲を削った程度。行動に支障はない。時間にして数秒。

 ライカがダメージを気にした時間がそのまま事態を悪化させることに繋がってしまうことになった。

 

「賞賛に値します。私とアルシェンを相手に良く防戦を繰り広げましたね。こうまで生き延びられる人、そうはいませんよ」

 

 “一つ眼”の両の三本爪がシュルフツェンの両腕を掴んで離さない。被弾で体勢を崩したところを“一つ眼”の圧倒的な推力で接近されてこられては逃げようにも逃げられない。

 操縦桿をいくら動かしても機体は反応を見せてくれない。万力で挟まれたようだ。――文字通り、手も足も出ない。

 

(まだ……まだ……!)

 

 普通なら既に抵抗を諦めているところなのだろう、しかしライカはその“普通”とは違っていた。電力を腕部の方に回したり、脚部のスラスター出力を上げてみたり、何としてでも抜け出そうとする決して自棄ではない努力があった。

 

(負けられるか……! 私はまだ、自分の戦いが出来ていない……!)

 

 モニターの片隅で新たなウィンドウが現れた。

 

(こんな所で……立ち止まれるか……!!)

 

 モニターにはたった一行だけ。

 

 『CeAFoS起動開始』――それだけが表示されていた。

 

「『CeAFoS』……!?」

 

 シュルフツェンの機体情報が更新されていく。初めて起動した時と同様に各所ハッチが開き、スラスターが露出する。次の瞬間、情報の海がライカを呑み込んだ。

 

「――――!!?」

 

 ほぼ無意識に操縦桿を倒していた。連動するようにシュルフツェンの肘裏の二連ブースターが起動し、振り解かんと抵抗していた力を更に倍加させる。

 

「……ヤクトフーンドの握力を?」

 

 この状況は()()()がある、恐らくアルシェンは――。

 確信めいた予感を感じつつ、ライカは視界に収めていない右の空間へ持ち替えたばかりのバズーカを向け、引き金を引いた。

 

「何だ? どんなマジックだ?」

 

 偶然にもその弾道は“一つ眼”の影から飛び出してきたアルシェン機への直撃コース。アルシェン機は何を考えてか、左手を翳した。すると、青いエネルギーフィールドが掌を覆い、バズーカの弾頭を()()()()()

 

〈良くもまあこの土壇場で当てれるな畜生ォ!〉

 

 ライカは弾頭を見ていなかった。恐らく当てられていて、爆風でセンサーにダメージがいっているはずだ。

 次に――次に――次に――次に――次に――。

 

「動きが変わった? ……()()()()という事ですか」

 

 驚異的な運動性能で“一つ眼”は難なくシュルフツェンの死角を取り、三本爪を開いたが――。

 

(分かる……分かる……分かる……! 勘以上の何かが私に指図してくる……!!)

 

 まるで爆発でもしたかのように左肘裏の二連ブースターが火を噴き、一瞬で百八十度転回を行い、再び“一つ眼”を視界に入れる。もう片方のプラズマバックラーに雷が灯り、二連ブースターが推力を与える。

 その瞬間、“一つ眼”の運動性能を超える踏込で、シュルフツェンはステークを“一つ眼”へ強引に捻じ込んだ。

 一発、二発、三発と帯電されたプラズマが次々に爆ぜていく。貫けはしなかったものの、少なからず痛打を与えられたようだ。

 

「……アルシェン」

 

 右肘裏と左脛のスラスターで強引に向きを変え、シュルフツェンは離れて射撃をしていたアルシェン機へ突撃していく。

 

(……くそっ! 意識と無意識が混ざり過ぎている……!!)

 

 回避機動をしているつもりなのに、『CeAFoS』が無理やり補正しているせいで弾丸にぶつかりにいっているようなお粗末な動き。分かっているのに、修正が出来ない。

 すぐに思考が“次”へ塗り潰される。

 ――キモチワルイキモチワルイキモルワルイコワスコワスコワス。

 頭がそれだけしか考えられない。操縦桿から手が離せない。

 

(私が私じゃない!!)

 

 回避行動を取っているアルシェン機を肩部・脚部スラスターでほぼピタリと捉え、やがて質量と質量は衝突する。

 

「なんだコイツ!? 死に急ぎ過ぎてんぞ!? イカレやがったか!」

「……どうやら基地が制圧されたようですね」

 

 それを区切りに、アルシェン機と“一つ眼”はシュルフツェンから一気に遠ざかる。クローアームの機銃を乱射しながら、“一つ眼”の中の“ハウンド”はライカへ音声通信を送る。

 

「灰色のゲシュペンスト。聞こえているかは分かりませんが……。基地がたった今制圧されました。いくら私達でもこの後来るであろう増援を相手にする余裕はないので、今日は退かせて頂きます」

「ま……て……!」

「私は“ハウンド”。もし再び私の前に現れたら……その機体を頂戴します」

 

 手馴れた傭兵の何が一番怖いかと言うならば、その引き際の良さだ。事実、アルシェンと“ハウンド”はもう既に戦闘空域から離脱していた。

 

「はぁ……はぁっ……!!!」

 

 良かったと、本当に思う。安堵と同時に、シュルフツェンのモニターが水蒸気で覆われた。強制冷却だ。余りにも、動きすぎだ。

 

(こんなモノを……人間に使わせるのですか、少佐、は――――)

 

 シュルフツェンの“泣き声”を子守唄に、ライカの意識は闇に落ちる――。



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第六話 幽霊の父

 眼を開けてみたら真っ白い壁があった。良く見てみると天井だ。

 寝ぼけ眼で眺めていたせいかまどろみがやってくる。誘惑に負け、再び眼を閉じようとするが、すぐに色々な情報を思い出し意識が覚醒する。

 

「敵は!?」

 

 起き上がってみると、真っ白なベッドの上にいたことに気づく。

 周りを見回してみると、自分の記憶に一つだけ該当する場所があった。

 

「伊豆基地の医務室……」

 

 次の瞬間、医務室の扉が開かれる。

 入ってきた人物を見て、ライカは居住まいを正した。

 

「起きたんだな中尉」

「……大尉」

 

 あの作戦の指揮をしていたクロードがお見舞いの果物カゴ片手に近づいてくる。

 

「大尉、作戦はどうなりましたか?」

「成功も成功、大成功だ。お前があの二機を抑えてくれていたお蔭で楽に制圧できた」

 

 本当はあの二機に見て見ぬふりをされていただけなのだが。わざわざ訂正をするような事項でもなかったので、ライカは黙って次の質問をした。

 

「……私はどのくらい寝ていましたか?」

「作戦終了からそうだな……今丁度、一日経った」

 

 腕時計を見ながら言うクロードを尻目に、ライカは片手で顔を抑えていた。

 

(何が原因かなんて……考えるまでもありませんよね)

 

 意識を失くす寸前に聞こえたあの“泣き声”。『CeAFoS』がライカ自身へ大きな負担となっていた。これは最早疑いようがない。

 

「感謝しているよ。中尉がいなければ作戦成功はせず、あの黒いデカブツに全員喰われていただろうよ」

「そんなことはありません。大尉ならば対処できていました」

「まさか。現に中尉をこんな目に遭わせた」

 

 クロードの表情が暗い。自分が対処するべきだったのに、任せてしまった。そんな後ろめたさが感じられた。

 

「信頼していただけた結果です。喜びはすれ、怒る道理はありませんよ」

「そう……か。そう言ってもらえると助かるよ」

 

 ノックの音が聞こえた。それを聴いたライカは誰が来るか、不覚にも予想が付いてしまった。出来れば外れていて欲しいレベルで。

 

「ハローライカ。お目覚め?」

 

 まあそんな訳は無く。つい顔に出してしまう所だった。

 メイシールの姿を確認したクロードが気を利かせて席を立つ。

 

「じゃあ俺は行くわ。また組めることを祈っているぜ」

「……はい」

 

 クロードの姿が消えた頃に、メイシールは口を開いた。

 

「どうやら上手くやれたようじゃない。だけど災難だったわね。『特機』紛いとエースっぽい機体に襲われるなんて」

 

 死にかけたあの状況を“災難”の一言で片づけられる当たり流石と言ったところ。今更指摘するのも面倒なので聞き流していると、メイシールが本題を切り出す。

 

「『CeAFoS』が発動したようね」

「……少佐。本当にアレを完成させようと?」

「愚問ね」

「アレの最終目的は何ですか?」

 

 メイシールが首を横に振る。

 

「知るにはまだ早いわ」

「冗談じゃありません。あんなものを平然と使わせる神経が理解できません」

「随分な物言いね。一応、上官侮辱とかで処罰出来るんだけど?」

「上等……。やるなら早くお願いしますね。最も、操縦できる人材を確保できているならですが」

 

 途端、メイシールは黙る。

 そのはずだ。そうでなくては困るからだ。シュルフツェンが、『CeAFoS』が今までどれだけの人間に被害をもたらしたか分からないが、自分はこうして()()できた。

 恐らく自分を逃がしたくはないはず。その強みがあるからこそ、自分はこうして強気に出れる。

 

「……流石、元『ガイアセイバーズ』ね。痛い所を突いてくるわ」

「関係ありません。それでどうするんですか? 私を逃がすか、妥協するか」

「妥協?」

 

 ――喰い付いた。

 二回と乗って分かったことがある。彼女に対してはああ言ったが、ライカは『CeAFoS』を完全否定しているわけでは無い。

 いくら機体性能(ハード)が良くても、それを動かす操縦者(ソフト)が悪ければ持て余してしまう。その差を埋めるという意味では、『CeAFoS』は画期的なシステムと言える。

 ただ、それが余りにも人間に譲歩しなさすぎるという点でライカは気に入らなかった。補助をするシステムが補助される側を完全無視しているなど本末転倒も甚だしい。

 だからこれから提案することはメイシールと自分が妥協できるであろうライン。

 

「――――そういうことでどうでしょうか?」

「……ふ~ん、どうやら完全に否定している訳じゃないみたいね」

 

 不敵な笑みを浮かべ、メイシールはクロードが持ってきた果物カゴの中からリンゴを取り、一口齧る。

 

「……それは私のですが」

「上官だから良いの。……まあ、それぐらいなら良いわ。データが取れれば問題ないし、それに」

 

 リンゴを齧るのを止め、ライカの方を見る。

 

「貴方ぐらいしか『CeAFoS』を扱える人はいないしね。最大限の妥協はさせてもらうわ」

「……ありがとうございます」

 

 この話はこれで終わり。次の話題は既にライカの中で決まっていた。

 

「少佐はあの二機をどう思いますか?」

「ガーリオンはともかくあの“一つ眼”は私も心当たりが無いわね。見たところPT寄りな気がするんだけどね」

「PT……やはりですか」

「その割には各所にAMっぽい仕様も見えるし、謎よ謎。PTとAMの特徴を上手く合わせた機体……そうね、ハイブリッド機って表現が似合うわね」

「どこの機体だと思いますか?」

「あの性能を叩きだせるようなチューンが出来るって言ったらけっこう限られてくるわね。でも大体が連邦傘下だし、該当するのがあんまり思いつかないけど」

 

 要は分からない、ということだった。

 操縦技術、機体性能ともにその辺のゲリラ屋じゃないことだけは間違いない。あれは間違いなく幾多の戦場を駆け抜けたベテランの動き。

 

「……今度は負けない」

 

 認めたくはないがあの勝利は『CeAFoS』込みのもの。それが無かったら恐らくあそこで()()()()()()

 その事実が酷くライカの積み上げてきた経験とプライドを刺激していた。

 

「……ま、貴方には死なれたら困るから手助けぐらいはさせてもらうわ。私の『CeAFoS』の有用性を示してもらわなきゃいけないんだし」

「努力ぐらいはします」

「オーケー。今日は任務が無いから大人しく身体を休めておきなさい」

「了解」

 

 そう言ってメイシールは出て行った。

 しばらくしてライカは果物カゴの中からバナナを取り出す。まだ食事を取っていなくてさっきからお腹が空腹を主張していたからだ。

 

「……美味しい」

 

 ペロリと食べ切り、ライカは早速制服に着替え、医務室を出た。

 メイシールにはああ言われたが、やらなきゃならないことは山積みだ。様々な予定を立てながら基地内の廊下を歩いていると、ふと前方から気配を感じ、ライカは顔を上げた。

 

「あ……」

 

 向こうから歩いてきた男性を見て、つい声を漏らしてしまった。何せ超有名人、連邦で知らない人は恐らくいないだろう。それくらいの大物。

 

「ん? 見ない顔だな」

「先日、この基地に配属されたライカ・ミヤシロ中尉であります。よろしくお願い致します」

「おおそうか君が。噂で聞いていた。俺はカイ・キタムラだ。よろしく頼む」

 

 そう、目の前の男性こそ地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊隊長――カイ・キタムラ。『グランド・クリスマス』の決戦でやり合い、敗北した相手。

 

「会えて光栄です。少佐の活躍は常に噂で聞いておりました」

「よしてくれ。俺はそんなに大層なことはしていない。優秀な部下のおかげだ」

「それも少佐の人望と経験があったからだと思います。……少佐が発案された『ハロウィン・プラン』。素晴らしい物でした。数少ないゲシュペンスト乗りにとって、あのプランでどんなに救われたか……」

「そう言ってくれると俺も発案した甲斐があったと言うものだ。中尉もゲシュペンストに?」

「はい『DC戦争』からずっと。私は……ゲシュペンストを愛しています」

 

 ライカの言葉に、カイの表情が柔らかくなった。

 

「今ではヒュッケバインやリオンシリーズが幅を利かせている中、その思いを貫けるパイロットはそういない。個人的な希望だが、中尉にはその思いを忘れないでいて欲しい」

「もちろんです。少佐はこれから任務ですか?」

「いや。これから部下に訓練を付けるところだ。……そうだ、中尉も参加してみるか? 同じゲシュペンスト乗り同士、学べるところはあると思うのだが」

「っ! よろしいのですか!?」

 

 後から思えば普段出さないような声量だった。

 それも仕方ない、と自分の中で納得させる。ゲシュペンスト乗りの代名詞たる彼から指導を仰げることがどれほど貴重なことか。これは夢なのか、夢に違いない。思わず腕をつねってしまった。

 

「ああ。今都合が良いなら、一緒に行こう」

「お、お供します……!」

 

 ライカにとってカイとは尊敬すべき偉大な人物だった。

 『グランド・クリスマス』では敵同士であったが、彼へのリスペクトを忘れたことは一日たりだってない。小躍りしそうな気持ちを抑え、表情に出さないよう、ライカはカイの後ろを付いて行く。

 

(……初めて飛ばされて良かったと思えます)

 

 そんなことを思いながら――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カイに連れられてやってきたのは伊豆基地のシミュレータールームだった。何でもそこや実機で機体データやモーションデータを取っていたりするらしい。

 

「ここだ。丁度やっているようだな」

「ここが……」

 

 そう呟きシミュレーターを見ると、赤紫髪の少年と薄紫髪の少女が模擬戦を行っている途中だった。

 

(量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ……。あの男の子と女の子じゃ随分装備が違いますね……)

 

 少年の方の機体はどちらかというと接近戦主体で射撃兵装が最低限であるのに対し、少女の方は近接用から遠距離用とバランスの良い装備だった。

 

「アラド……突っ込み過ぎ」

「コイツをぶつければまだ分かんねえぜ、ラト!」

 

 少女と少年の技量差は歴然だった。

 というより、『アラド』と呼ばれた少年の動きが滅茶苦茶すぎる。換装武器でいくらでも仕様を変えられるヒュッケバインとはいえ、本体は構造フレームの都合上、そんなに頑丈ではない。

 なのに少年はあえて牽制を最低限にし、テスラ・ドライブの機動性を以ての接近戦に持ち込もうとしている。いくら鉄球付きのハンマーを装備していたとしても近づくまでにやられては意味が無い。

 

(私なら……)

「中尉は奴をどう見る?」

 

 ジッと眺めていたらカイに声を掛けられた。奴、というのはきっとアラドという少年の事を言っているのだろう。

 そうだな、とライカは彼の戦闘を見る。確かに射撃は下手くそだし、接近するまでのフェイントもお粗末だ。――だけど。

 

「良いですね。見る人が見れば『下手』の一言で片づけると思いますが、私はそうは思いません。然るべき機体に乗せれば彼は誰よりも強くなると思います」

 

 ライカの回答に、カイは頬を緩ませる。

 

「ふ……。俺もそう思うよ」

「うわぁぁ!!」

 

 どうやら決着が着いたようだ。

 アラドがヘルメットを脱ぎ、シミュレーターから降りると、すぐさま少女の所へ歩いて行った。

 

「とほほ……。これで俺の五戦零勝五敗か……」

「ううん……。これでアラドの七戦零勝七敗……」

「げぇ~……」

「あれほど接近戦ばかりに固執するな、と言ったはずだぞアラド……?」

「げぇっ!? カイ少佐!? いつの間に!?」

 

 カイの姿を確認した直後、顔が真っ青になる少年。集中しすぎて気づいていなかったのだろう。

 少女の方は余裕があったみたいで、一瞬だけこちらに視線を向けていたというのに。

 

「……どうやら訓練メニューを増やしてほしいようだな」

「い、いや~……それは是非ともご勘弁を……」

「駄目よ! さっきから見てたけど、何なのよアレ!? もう一回カイ少佐とラミア少尉に鍛え直してもらいなさい!」

「いぃっ!? 余計なこと言うなよゼオラ!」

 

 すぐ側でモニターしていた銀髪の少女が少年に詰め寄った。

 

(……)

 

 何と言うか、一部分が物凄く自己主張している少女だった。Gの影響を考えれば無い方が良いのだ。――無い方が、良いのだ。

 

「カイ少佐、そちらは?」

 

 『ゼオラ』と呼ばれた少女の隣に立っていた銀髪の女性がこちらに視線を送っていた。……これまた一部分の自己主張が激しい人だ。あぁ、激しい人だ。……などと卑屈になっている場合じゃなかった。

 少年と少女二人、そして女性に見守れている中、私は居住まいを正す。

 

「先日、この伊豆基地に配属されましたライカ・ミヤシロ中尉であります。以後、よろしくお願いします」

「ゼオラ・シュバイツァー曹長であります! ……ほら、アラドも」

「え~っと、アラド・バランガ曹長であります」

「なんでそんなやる気なさそうなのよ! 中尉に失礼でしょ!?」

「相変わらずうるせえなゼオラは……」

「何ですって!」

「そこまでだお前ら。ほら、次はラミアとラトゥーニだ」

 

 すると、残りの二人はまるで絵に描いたように正確な角度で敬礼をしてきた。

 

「ラトゥーニ・スゥボータ少尉です」

「ラミア・ラヴレスだ」

(……ラトゥーニ?)

 

 ライカは彼女の名前に聞き覚えがあった。しかも顔も見たことがない訳ではない感覚だ。

 必死に記憶を探ってみると……案外あっさり答えに辿りつけた。

 

「もしかして()()ラトゥーニ・スゥボータですか? 軍の広報誌では良く貴方の写真を拝見させていただきました」

「そ、それは……」

「お、ラト有名人だな」

「あの恰好じゃ、そりゃあ目に付くわよね……」

 

 ゼオラの苦笑を見る限り、ラトゥーニにとってあまりいい出来事ではなかったらしい。……可愛いのに。

 

「おほん。噂に聞いているかもしれんが、こいつらが――」

「新生教導隊、ですね。流石良い人材が揃っているようですね」

 

 ライカの発言に何か思う所があったのか。アラドが挙手して発言する。

 

「ライカ中尉は俺達のこと、ガキ扱いしないんすね」

「……もちろんです。貴方達の功績を聞けば、そんなこと誰も思いませんよ」

「へぇ~。皆俺らの事を見れば、まず最初に子供扱いしてくるから意外でした」

「それはただ単に、その人の見る目が無いということですよ」

 

 流石というべきか、区切るべきタイミングでカイが出て来てくれた。

 

「本日中尉には我々の訓練に参加してもらうこととなった。中尉はゲシュペンストに対してかなりの愛着を持っていてな。学ばせてやれるところがあれば、と思い来てもらった」

「よろしくお願いします」

「早速だが、中尉の腕を見たい。ゼオラ、やれるか?」

「はい! よろしくお願いします中尉!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 すぐにシミュレーターでの模擬戦ということで、ゼオラとライカはそれぞれの席へ移動することとなった。PTの操縦席とさして変わらない。

 インストールされているデータへ一通り目を通す。連邦の機体は大体入っているので、ゲシュペンストを選ぼうとライカはコントロールスティックを動かすが、“ある機体”でカーソルは止まった。

 

「少佐」

「どうした?」

「機体に指定はありますか?」

「いや、中尉の扱える機体で良い」

「ありがとうございます。なら……最初はこの機体で行きます。この機体じゃなきゃダメな気がして」

 

 そう言ってライカは《ガーリオン》を選択した。

 ゼオラはもう選んでいたようで、すぐに仮想空間がディスプレイに映し出された。地上、それも森が比較的多い平地だった。

 

(……《量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ》……。ある意味因縁の相手ですね)

 

 この機体やAMのせいでゲシュペンストが軽んじられるようになったのだ。負けられない、そう思いながらライカは武装を確認する。

 バースト・レールガン、アサルト・ブレード、マシンキャノンというオーソドックスな装備。対するゼオラ機はG・レールガン、腰部にレクタングル・ランチャーという射撃中心の装備。

 

「よし、では始め」

 

 カイの合図で模擬戦は始まった。

 まずやることと言えば、接近。彼女の本当の乗機を知っていたからこそ出来る行動。

 途端、アラートが鳴り響く。

 

「っ!」

 

 一発、二発、と弾丸が放たれる。操縦桿を倒し、機体を大きく傾けることで避けるが、右脇腹にダメージメッセージが。

 

(なるほど、囮にした上での本命ですか)

 

 全ては三発目のための布石。少しでも機体を傾け過ぎていたらそのままコクピット直撃で終了していた。

 流石は教導隊。その辺の連邦兵じゃ相手にならないだろう。

 やはり、と言えばいいのか。彼女の戦闘スタイルは高機動射撃戦にあるらしい。常に動き回り、全く的を絞らせない動きをしている中での正確な射撃だ。よほど慣れているとしか……適性があるとしか言えない。

 さっきから全くロックオン表示がされないのは、機体のスペックか彼女の技量か。バースト・レールガンを無駄撃ちしないよう、丁寧にゼオラ機へ放ち、距離を詰めていく。

 ……きっと彼女は素直な性格なのだろう。狡猾さが全く感じられない。

 武装パネルを開き、ライカは機体シークエンスをソニック・ブレイカーへと移行する。メインスラスターの推力が上昇し、機体前面にはエネルギーフィールドが展開された。

 ライカは一瞬だけカイに目をやる。

 本来ならこんな余計なことをせずに、模擬戦に集中しなければならないのだが、少しばかりの不安が彼女に沸いていた。

 

(……気づく……でしょうか)

 

 回り込むような位置取りで射撃を続けるが、こちらの“盾”でそれは弾かれる。そして、ライカはシュルフツェンに乗っていなければ絶対やらないような方法で、鋭角な方向転換を行った。

 

「嘘! そんなに急激な……!」

 

 テスラ・ドライブが故障しても稼働する肩部熱核ジェットエンジンと尾骶部のベクタード・スラスターの推力をどちらも最大推力まで上げ、本来ならば曲がることなんて不可能な方向転換を行い、ゼオラ機を真正面に捉えた。

 こちらのエネルギーフィールドを貫くのは不可能だと判断したのだろう。無抵抗に離れようとするゼオラ機。

 ――その隙を突く。

 すぐさまエネルギーフィールドを解除したライカは左操縦桿を引いた。

 

「む……!?」

 

 ライカの動きをトレースするようにガーリオンは左腕を引き、そのままゼオラ機へ振り抜いた。ガーリオンのマニュピレータは見事にヒュッケバインのゴーグル部へ減り込み、見ただけで“破壊”できたと分かるほど黒煙を上げさせることに成功した。

 もう一発、そう思い右操縦桿を引いたは良い物の、なぜか反応してくれない。

 

「……なるほど」

 

 ゼオラ機のG・レールガンの銃口が煙を上げていた。どうやら上手い具合に右腕関節部へ当てていたらしい。

 あとは互いにバルカン砲とマシンキャノンによる、やるかやられるかの不毛な消耗戦。それを見越したカイはここで模擬戦終了を宣言した。

 

「ありがとうございました」

「ありがとうございました。何というかその……中尉のイメージとは掛け離れた戦い方だったので反応が遅れてしまいました」

「常に“有り得ない”状況を考えておく。……大事なことです」

「中尉」

 

 カイが暗い表情でこちらに歩いてきた。

 アラド達もカイの只事ではない空気に、ただ見ているだけ。

 

「中尉。もしや、俺と会ったことがあるか? そうだな……例えば、『グランド・クリスマス』で」

 

 その単語に真っ先に反応したのがラミアだった。

 

「先ほどまでの動き、私も戦闘データで見た覚えがある」

「そう……ですか」

 

 やはり気づくものなのだな。だとすれば、名残惜しいがこの夢のような一時は終わりだ。

 しかし自分から吹っ掛けたこと。責任を取らなくてはならない。

 そう思いながら、ライカは自分の()所属を名乗る。

 

「私は……『ガイアセイバーズ』のアルファ・セイバーでした。あの時、少佐のゲシュペンストとやり合ったガーリオンは、私です」

 

 そう言うライカの視線は、もうどこにも向けることが出来なかった。罪悪感と後ろめたさが己を支配していたから。

 ライカの言葉にカイは得心いったかのように頷く。

 

「……そうか。道理で見覚えがある動きだった。あえて、だな?」

「はい……。何と言えば良いのか……」

 

 『裏切り者』、『連邦の敵』……幾多の言葉が予想された。

 ――しかし、その続きを紡いだのは意外にもアラドだった。

 

「俺は……何も言わなくていいと思うッスよ」

「え……?」

 

 ライカが聞き返すと、アラドは頭の後ろで手を組んだ。

 

「俺やゼオラは元々『ノイエDC』でした。だけどカイ少佐や『鋼龍戦隊』の皆はそんなこと、気にしないで迎えてくれました。だから……」

「あ、あのライカ中尉。私もそう思います!」

「ゼオラ曹長……」

「カイ少佐や私たちはそんなこと、気にしませんよ」

「……そういうことだ」

 

 カイが二人の前に出て、ライカの肩を叩く。

 

「そこにいるラミアも元々は敵のスパイだった。だが、今はこうして戦技を教導している。……この意味が分かるな?」

「……はい」

「つまらん遠慮は捨てろ。経緯はどうあれお前は今、俺達と同じ方向を向いて戦っているんだからな」

 

 ――思ったより、簡単なことだったのかもしれない。

 

 彼らの境遇は自分と似たようなもので、それが早いか遅いかの違いで。自分は見誤っていたのかもしれない。

 

(数々の戦いを潜り抜けてきた人たちがこんな小さなこと……気にする方がおかしかった、か)

 

 眼を瞑り、『ガイアセイバーズ』時代を思い出す。自身の願いはまだ叶っていない。

 未だに己を取り巻く環境が道を遮る草として生い茂ってはいる。……だが。

 

(……少しだけ、『ガイアセイバーズ』時代の自分と向き合えるようになれたかもしれません)

「ほう。顔つきが変わったな」

「……はい。『ガイアセイバーズ』時代の経験は決して無駄ではなかったようです」

「……アルファ・セイバーに所属していたんですよね?」

 

 ラトゥーニの言葉にライカは頷く。あの部隊の事は忘れようにも忘れられない。

 

「はい。一言で言うなら……あまりにも合理的な部隊でした」

 

 カイの計らいで近くのデスクに座ったライカはアルファ・セイバーの事を振り返る。

 

「隊員が皆おかしな仮面を被っていて、言葉も碌に喋らず、だけど連携は完璧で……。まるで機械か何かのようでした」

「マシンナリーチルドレン、か」

「マシンナリーチルドレン?」

 

 ラミアの呟きをラトゥーニが補足する。

 

「……アラドの肉体遺伝子から生まれた人造人間」

「……そう、ですか。納得いきました全て」

「ライカ中尉は知らなかったんスか?」

「私はアルファ・セイバーの……ラトゥーニ少尉の言うマシンナリーチルドレンではなく、普通の人間たちで構成された小隊長をしていました」

「エグレッタから指示をされたのか?」

「はい。……彼は兵士としては完璧でしたが指揮官としては無能でした。……いえ、そもそも私たちの事などどうでも良かったのかもしれませんね」

 

 連携は完璧だった、そうしなければ次に狙われるのは自分だから。味方を切り捨てるのは早い、そうしなければ敵を撃墜できるチャンスを逃すかもしれなかったから。 

 あそこでは全て己の保身のために動かなければならなかった。

 

「――あそこでは人間らしさなんて、邪魔なだけでした」

 

 珍しく話し過ぎた。そう後悔したライカは持ってきたコーヒーを一気に飲み干す。

 

「おい……あれ」

「ああ、だよな」

「……ちっ」

 

 遠巻きにこちらを見ていた三人組の男たち。その視線はどう見ても、好意的なものではない。

 

「……嫌な感じ」

「あっちを向いたら駄目よラト」

「ええ。ラトゥーニ少尉やゼオラ曹長が気にする必要はありません。あれは……私に用があるみたいですから」

 

 ライカは立ち上がり、心配するアラド達を手で制し、三人組の元へ歩いていく。あの三人組は先の基地制圧作戦のブリーフィングで見た覚えがあった。出会い頭に陰口を叩いてきたのでとても良く記憶に残っている。

 

「私に何か用ですか?」

「元『ガイアセイバーズ』の裏切り者があの程度の功績を残したからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

「お前らのせいで地球はどれだけ混乱したか……!」

 

 その言葉を聞いた途端、アラドが激昂し、机を叩き立ち上がった。

 

「ふざけんじゃねえ! ライカ中尉は――」

「アラド曹長。……待ってください」

 

 優しい子だ、とライカは思う。

 ただでさえアラド達もその年齢で周りから良く思われていないというのにも関わらず自分のために怒ってくれたことが、何より嬉しかった。

 

「お三方、提案があります」

「何だと?」

 

 ――だから、そんな過去に()()するのはもう飽き飽きだ。

 

「模擬戦をしましょう。私と貴方達の一対三で。私が勝ったらもう二度と、下らないことをぺらぺら喋らないで頂きましょう」

「なっ! い、良いぜ。なら俺らが勝ったら軍を去ってもらおうか!」

「そんな! 無茶苦茶です!」

「良いんですゼオラ曹長。それぐらいじゃなければ釣り合わない。……上等」

「……ならば俺が立ち会おう」

「カイ少佐……」

「カイ少佐! 止めないんスか!? もしライカ中尉が負けちまったら……!」

「俺は古い人間だ。“覚悟”している者を止める手段など知らん。俺にできる事は公平に見守るだけだ」

「ありがとうございます」

 

 これ以上にない立会人の元、ライカと三人組の模擬戦が始まることとなった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「準備は良いか?」

「チャーリー1、スタンバイ」

「チャーリー2、同じく」

「チャーリー3、準備完了」

「ライカ・ミヤシロ。準備できました」

 

 一人だけ名前というのも場違い感がすごいが、これからのことを考えるとどうでも良かった。そうライカは三人の機体である《量産型ヒュッケバインMk‐Ⅱ》を見る。

 チャーリー1はビームソードとチャクラムシューターを装備した接近戦特化型。チャーリー2はフォトンライフルとコールドメタルナイフ、それにG・リボルヴァーという比較的オーソドックスな装備。チャーリー3はレクタングル・ランチャーにG・レールガンという遠距離支援型。

 

 対するこちらは――。

 

「量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱだと!? 舐めているのか!」

「まさか。これ以上に無いぐらい本気です」

 

 固定装備はそのままに、M90アサルトマシンガンとコールドメタルナイフ、サイドアームにM950マシンガンと、動きに支障を来たさないギリギリの装備で臨むライカ。

 

「始め!」

 

 流石にあの作戦に参加していただけあって連携の取れた良い動きだった。チャーリー2と3でこちらを縫いとめるべく射撃を行ってきている。

 操縦桿を倒し、円を描くような機動で回避。まず支援を潰すべくチャーリー3へ狙いを定め、引き金を引く。

 しかし三点バーストで放たれた弾丸はチャーリー3機の肩部を掠めるだけ。

 

「……カバーが早い」

 

 チャーリー2からの発砲に気づき、すぐに後退するライカ。フォトンの爆発が仮想空間の地面を砕き、破片が襲ってきた。

 背後から接近警報。既にビームソードを抜いていたチャーリー1が真っ直ぐに向かってくる。

 ペダルを踏み込み、機体を上昇させることで真横の斬撃を避けることに成功した。

 すぐさま武装パネルからスプリット・ミサイルを選択し、トリガーを引く。背部コンテナから放たれた二発がやがて子弾をばらまき、三機へ向かっていく。

 当たることは期待していない。そもそも――当てるつもりで撃ったのではない。左手のM950マシンガンで親弾から分かれた子弾の幕へフルオートで弾丸をばら撒いた。

 

「何だと!?」

 

 弾丸は子弾へ次々と当たり、爆発……やがては他へ誘爆を引き起こす。即席のスモークである。ライカと三機の間に今、目隠しが形成された。

 煙幕の向こうから弾丸が飛び出てくるが、照準が合っていない弾丸なぞまるで怖くない。恐れることなく煙幕の中へ突入し、あらかじめ目を付けていたチャーリー2機へ躍り出た。敵の携行武装はまだライフル。

 

(持ち替えるのが遅いですね)

 

 近接兵装に切り替えていなかった時点で終わっている。右手のアサルトマシンガンで左右に展開していた二機を追い払いつつ、真正面の敵機と一対一の状況に持ち込んだライカ。

 左手のマシンガンから吐き出された弾丸は正確に頭部を捉え、右手のアサルトマシンガンは四肢を万遍なく破壊する。

 

(まず一機)

「おらぁ!」

「っ!」

 

 チャーリー1のチャクラムシューターが右腕に巻き付いていた。ワイヤーを切ろうとしたが時すでに遅し。右腕部が良いように切り刻まれてしまっていた。

 

(損傷率……六十パーセント。なんとか動く、だけど)

 

 アラート。

 チャーリー3がレクタングル・ランチャーでこちらに狙いを付けていた。マズイ、と本能が警告した。

 あの火力はもらえない。スプリット・ミサイルでの煙幕はもう使えない。――ならば、手は一つ。

 ライカは操縦桿を動かし、チャーリー1へと機体を推進させる。と見せかけ、あえて別を狙う。

 持ち替えていたコールドメタルナイフでチャーリー1の胴体を横一閃。すぐさまメインスラスターを最大出力にしての体当たり。よろめいた隙を突き、射線上から隠れるように位置を交代する。

 狙いを付けられず、痺れを切らしたチャーリー3が次の射撃位置へと機体を動かした。

 ――だが、何の保険も掛けないただの動作の隙をライカが見逃すはずが無かった。

 アサルトマシンガンのアンダーバレルから放たれたAPTGM(対PT誘導ミサイル)がそのままチャーリー3のコクピット部へ直撃する。

 

「う、そだろ……! もう二機やられただと!?」

「カイ少佐とATXチームの隊長機を同時に相手したことを思えば、大したことはないですよ」

 

 負けましたがね、と一言呟き、ライカは左腕のプラズマステークをチャーリー1へ叩き込んだ。誰が見ても、文句なしにライカの勝利である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……ふう」

 

 終了直後、三人組は逃げるように去って行った。これでもう何も言われないだろう。

 戦闘を見ていた教導隊メンバーがライカの元へ歩いてきた。

 

「大した腕だ」

「ラミア少尉……。いえ……まだまだです」

「ライカ中尉! 俺、感動しました! って言うか、スッキリしました!」

 

 まるで我がことのように喜んでくれるアラドへライカは薄く微笑む。

 

「ありがとうございます。私の為に怒ってくれて」

「へ……! い、いやぁそんなに大したことでは……」

「何でお礼を言われたぐらいで鼻の下伸ばしてんのよ!」

「ち、違うゼオラ! 誤解だ! ラト! 助けてくれ!!」

「……アラドが悪いと思う」

「ライカ中尉」

 

 カイが真っ直ぐ向かってきた。

 何を言われるかと思ったら、カイはただ黙って手を伸ばし――。

 

「意地を貫いたな。良くやった」

 

 ――頭を撫でてくれた。

 

「ありがとう……ございます……!」

 

 まだ自分はマイナスの立場だ。自分が元『ガイアセイバーズ』で、これからもきっと何か言われるだろう。

 だけど――。

 

(受け入れてくれる人が……いるんですよね)

 

 ――前よりも前向きに、そして力強く乗り越えていけるかもしれない。




次回更新分は7/7 20:00に更新予定です!


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第七話 一時の安らぎ

「オフよ」

「……は?」

 

 模擬戦があった翌日、ライカはメイシールの部屋に呼ばれていた。

 彼女の部屋は資料が乱雑に積まれ、コンビニで買ってきたのか、お菓子の袋が大量に散らばっている。まかり間違って一般人にこの部屋を見られれば連邦の品位が疑われてしまうこと請け合い。

 それはそれとして、ライカはメイシールに聞き返した。

 

「何故でしょうか?」

「私は昨日、貴方に“休め”と言ったはずよ」

「そんな命令受けていたでしょうか?」

 

 シレッと惚けてみるがメイシールの眼光は更に鋭くなった。……どうやらお見通しのようだ。

 

「出歩くぐらい許容されると思うのですが」

「『CeAFoS』が貴方に掛けるストレスはすごいの。それが模擬戦とはいえ、余計にストレスを重ねたら休む意味がまるで無いわ」

「……私は心配されているのですか?」

「『CeAFoS』に耐えられるのは貴方だけしかいないのだから当然よ。これは上官命令よ。今日一日はしっかり休みなさい。哨戒任務が来ていたけどキャンセルよキャンセル」

 

 最後が聞き捨てならなかったが、メイシールの言うこともまた事実。

 今はほぼ万全だが、一度しっかりと休む必要があると感じていたのも然り。通常勤務ならまだしもシュルフツェンに乗る以上、ストレスコントロールを徹底しなければ『CeAFoS』に喰われるのは目に見えていた。

 そう考え、ライカはメイシールの言うことを素直に聞き入れた。

 

「……了解」

「明日からはしっかり働きなさい」

「はい。……それはそうと少佐」

「何?」

「しばしお待ちを」

 

 一言告げ、ライカはメイシールの部屋を後にした。

 しばらく歩き、清掃員が綺麗に整頓した掃除用具群の中から一式を掴み、また部屋に戻る。今の彼女の武装である。

 

「失礼します」

「……それは何?」

「掃除します。非常に見るに堪えないので」

「……要らないわ」

「……これも休暇の一環と言うことで」

 

 三角巾を頭に着け、右手にハタキと雑巾、左手には箒とチリトリと言うフル装備のライカはメイシールの拒否をたった一言で制す。

 空は快晴、部屋は曇天。雲を晴らすため、彼女の戦いが始まった。

 

「ああっ! ちょ、止めて! そのお菓子はまだ食べかけなの!」

「この袋の底にあるポテトチップスのカスを食べかけというのなら日々がご馳走でしょうね」

「待った! そのドリンクまだ飲み切ってない!」

「……この藻のようなものが浮いている謎の液体を飲み込める勇気が貴方にあるのですか?」

「うっ……」

 

 ずぼらもずぼら。この執務室が()()なら自宅は一体どんなゴミ屋敷になっているのだろか。考えるだけでも恐ろしい。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……一時間半ちょっと。中々良いタイムでした」

 

 基地の食堂であんぱんと栄養ドリンクを広げながら、ライカは腕時計を見て、心なしか達成感に満ち溢れた表情を浮かべていた。自分なりの物の置き場所があったのかメイシールの抵抗は凄まじかったが、都度潜り抜け、ようやく他人様に見せられる程度には綺麗に出来た。

 あんなゴミ溜め、誰が好んで行くものか。というより、気まぐれでレイカー司令でも来たらどんな顔をするのか想像するのすら怖い。

 

「ここ……良いですか?」

「はい。どうぞ……って」

 

 見上げると、そこにはラトゥーニにゼオラ、そしてアラドがいた。皆、食事が入ったトレイを持っていた。

 どうやら席を探している最中だったようだ。

 

「ライカ中尉……」

「ラトゥーニ少尉、アラド曹長にゼオラ曹長……」

「すいません。ちょっと混んでて……失礼します」

「いえ、それは良いのですが……」

 

 そう言って、アラドの方を見るライカ。

 どう見ても体格とトレイに載せている食事量が釣り合っていないように見える。宴会でもするのだろうか、流石に冗談だがちらりとでもそんなことを思えるくらいの量であるのだ。

 

「アラドは普通の人の数倍は食べるんです……」

 

 言わんとしていることに気づいたのか、ラトゥーニがそう説明してくれた。数倍というには些か可愛い量だとは思うが――そんな言葉を飲み込み、ライカは何とか別の言葉を捻り出す。

 

「そう、なんですか。……食べ過ぎには注意しなければなりませんよ?」

「了解ッス!」

 

 言うが早いか、早速食べ始めるアラド。とても良い食べっぷりで、見ているこっちまで何だかお腹が空いてきた。

 

「ライカ中尉はそれだけなんですか?」

「小食な方なんです。最近はこればっかりですね」

 

 それはそうと、とライカは三人を見やる。初めて見たときから思っていたが、三人はいつも一緒のようだ。どうやら教導隊だけの付き合いではないらしい。

 何となく、興味本位でライカは尋ねてみた。

 

「三人は仲がいいですね。元から知り合いだったのですか?」

「俺ら『スクール』の出身なんです」

「――そう、ですか。失礼しました」

「……気にしないでください。『スクール』時代は……悪い思い出ばかりじゃなかったから」

 

 ライカの脳裏にとある三人組の姿が(よぎ)った。『ガイアセイバーズ』のガンマ・セイバーに所属していた()()()も『スクール』出身だったはず。口にしようとしたが、止めた。

 アラド達が歩んできた道と、彼女らが歩んできた道を一緒にしてはいけない。

 

「ライカ中尉、何見てるんスか?」

「戦闘データです。自分の機体……シュルフツェンのモーションパターンを改良しようと思っているのですが……」

「何か問題が……?」

「中々参考になるデータがないんですよね。だから今、記録している戦闘データを振り返っている最中です」

 

 ちらりとアラドの方を見ると、いつの間にかお代わりをしていて、ご飯をかっ込んでいるようだ。そんな彼が口を動かしながら、面白い提案をしてくれた。

 

「俺達の機体とか参考になりますか?」

「アラドにしてはいい案ね。ライカ中尉、もし必要なら私達のモーションデータを使ってください!」

 

 それはこちらとしても嬉しい提案だった。

 彼らの乗っている機体はあの悪名高き……もとい独特の改造コンセプトを掲げる『マリオン・ラドム』博士が手掛けた『ATX計画』の機体データが使われているからだ。

 その極端な開発理念は正直、メイシールと会わせたくない人物ナンバーワンでもある。

 

「では、お言葉に甘えて……。そういえば、三人は予定は入っていないのですか?」

「カイ少佐に言われて今日はオフです……」

「ならすいませんが、お願いしますね」

 

 アラドのご飯を食べるペースが上がった。というか、それくらいしなければ食べきれない量だった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 格納庫の一角にアラド達の機体があった。

 右から順に『PTX‐015R』、『PTX‐016R』、『PTX‐006』。機体名称で言うなら《ビルトビルガー》、《ビルトファルケン》、《ビルトラプター・シュナーベル》。

 どれもが大戦を潜り抜けた名機である。

 

「……なるほど、これが()のマリオン・ラドム博士が考案した武装ですか」

 

 《ビルトビルガー》の右腕部の存在感と言ったら言葉に表し辛い。大鋏――スタッグビートル・クラッシャーの仕様をアラドから細かく教えてもらい、思ったことは一つ。

 

「……携行武装に出来ないでしょうか」

「……ま、まさか使いたいんですか!?」

 

 ゼオラがどことなく血の気が引いたような顔でこちらを見ていた。

 

「使いたいというより、換装武器と言う扱いで選択肢の一つにしたいですね。一見馬鹿げた武装に見えますが、デザイン元が(はさみ)ということは運用次第ではカタログスペック以上の事が出来るはずです」

 

 便利な道具の一つである鋏が使いづらい訳がない。斬撃武装にも出来るし、刺突にも使える。想定されている使用法である関節部の切断など効率良く敵を無力化するという点では恐らく理想的とすら言える。

 メイシールはメイシールで意欲的に新兵装の試作品を作っているし、提言してみよう――そう思いながら隣の《ビルトファルケン》へ視線を移す。

 この機体は高い機動力と強力な遠距離砲撃を両立させているもので、最大の特徴は銃身が二つ重ねられた槍のような射撃兵装――オクスタン・ライフル。実弾とビームを撃ち分けられるということは、実弾兵器とビーム兵器を二つ持たなくても良いということで。

 ツイン・マグナライフルも似たような特徴を持っていたはずだ。

 

「見る限り、この機体は装甲の薄さを除けばとてもバランスの良い機体のようですね」

「はい。アラドの機体と一緒じゃなければ真価は発揮できませんが……」

「なるほど。同時運用が前提でしたか。私の機体とは硬さが違うので、運用方法は全く違う……か。しかし、武装はかなり興味深いですね」

「取り回しの難しさが課題です。ATXチームのエクセレン少尉は難なく扱っているのですが……」

 

 エクセレン・ブロウニング――『グランド・クリスマス』でライカの機体を蜂の巣にした張本人だ。名前だけで直接の面識はない。あれだけ慣性を無視した機動をしながら、正確無比な砲撃をしてくるのだ。

 きっと、恐ろしく冷徹かつ慎重な性格なのだろう。

 

「……これはビルトラプターの改良型ですか」

「……はい。武装を増やして、近接から遠距離への対応の幅が広がっています。更に『テスラ・ドライブ』を搭載してFM(フライヤーモード)にならなくても空中戦に対応出来るようになりました」

「可変型PTは珍しいですからね。データ取りと量産化を見据えた改造はされて然るべき……ということなんでしょうかね」

 

 『DC戦争』前からこの機体は良い意味でも悪い意味でも噂になっていた。マオ社が開発した初の可変型PTでありながら、同時に()()()()を起こしたいわく付きの機体でもある。この大破事故は予想されながらも強行されたという噂が濃厚だが、それでもこの事故は可変型PTの可変構造の脆弱性を指摘されてしまう結果となった。

 それをさて置けば、この機体のポテンシャルには目を見張るものがある。

 人型ならではの柔軟な対応力、そしてカタログスペックだけで語るならば、FM時は《ビルトファルケン》に匹敵しうる機動性を誇るという破格の性能だ。

 『テスラ・ドライブ』の高性能化が進んだ今ではそれほど驚くべきことではないが、造られた時期を考えるとその恐ろしさは一目瞭然。可変型PTはまだまだ量産するにはノウハウも予算も足りないが、実現すればもっと柔軟な部隊展開が出来るだろうというのがライカの予想。

 

「なるほど……分かりました。実に参考になりました」

 

 ラトゥーニに各機体のモーションデータを自分の携帯端末に移してもらいながら、ライカはどこか満足げな表情を浮かべる。

 

「終わりました」

「ありがとうございます、ラトゥーニ少尉。……そうだ。皆さん、もし夕方予定が無ければ食事に行きませんか? 今日のお礼にご馳走させてください」

「マジっすか!?」

 

 即座に反応したのは当然と言えばいいのか、やはりアラドだった。

 

「そ、そんなお礼だなんて……。アラド! 涎出てるわよ! みっともない」

「……私達はそんなつもりで協力したわけじゃ……」

「分かっています。……三人ともっと仲良くなりたい、という理由じゃ駄目でしょうか?」

 

 ちょっとずるい言い方をしてみると、アラドを除く二人は否定できるはずもなく、ならば……ということで了承してくれた。

 

「それじゃあ今日の夜、基地の前に集合ということで。申請は私がしておきます」

 

 明日からはまた任務漬けの日々が待っている。だから今日は、今日ぐらいは――。

 

(少し歩みを止めるくらい、大丈夫ですよね)

 

 ――アラドの食べっぷりを甘く見ていたライカはその日の夜、手持ちじゃ全く足りないという事態に陥り、冷や汗を掻きながらカードで支払う羽目になってしまったのはまた別の話。



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第八話 出向、教導隊

 休暇明けのライカは仕事にひたすら取り組んでいた。それもひとえに全てメイシールのせい。

 “休暇中は一切仕事をするな”というお達しだったのでテロリスト制圧作戦時の『CeAFoS』とシュルフツェンの稼働データを未だに纏められていなかったのだ。自分にとっては未知のデータなだけに取っ掛かりを見つけるのに大分手間取っていた。

 仕事用の縁なしの眼鏡を掛け、キーボード上へひたすら指を踊らせる午前中。元々デスクワークは嫌いではないので、それはまあ良かった。

 

(午後から何の用なのでしょうか……?)

 

 自分のパソコンを立ち上げたらメイシールから一通、メールが入っていたのだ。内容はたった一行。『午後、頼みごとがあるから私の部屋に来て』、という実にシンプルイズベスト。不安だ、とても不安だ。

 彼女からの頼み事というのを考えるだけで(おぞ)ましい。ただでさえ『CeAFoS』なんて危険なものを嬉々として完成させようとしている人間だ。タイピングをしながらいろいろ考えてみた。

 

(……まあ、シュルフツェンを動かさなければならないようなことなんでしょうね……)

 

 机の脇に置いておいたあんぱんを一齧り、すぐに栄養ドリンクでそれを流し込む。甘さと酸味が丁度良い塩梅で疲れた脳を回復させてくれる。ことこの組み合わせにおいては一家言持つ女ライカ・ミヤシロ。これほど効率よく栄養を吸収できる組み合わせはない。

 そして何より摂取効率の高さ。仕事をしながらのこれは非常に楽である。一生この組み合わせでもいいくらいだ。

 

「む」

 

 時計を見ると、昼まであと一時間切ったところだ。今日はもう恐らく、まともに机仕事は出来ないだろう。

 

「……上等」

 

 ならばそれよりも早く、やるべきことを終わらせて存分に愛するゲシュペンストと関わってやろうじゃないか。そう考え、ライカの打鍵の速度が跳ね上がった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「失礼します」

「時間ピッタリ。素晴らしいわ」

 

 メイシールの部屋に来るのは二回目だ。一回目はあまりの汚さに、彼女の制止を振り切って大掃除を敢行したレベルだった。それで幾らかマシになったはず……と思っていたのだが。この目の前のゴミ空間は何だろうか。もしや昨日とは違う部屋にいるのかと思って室内を見回すが、生憎とここは昨日掃除をした部屋で間違いなかった。

 

「……昨日、私が隅々まで掃除をしたはずですが」

「そうだったかしら? 記憶にないわね。え、貴方この部屋来た事ある?」

「……少なくとも机の二番目の引き出しに、開ければ妙な匂いのするマシュマロの袋があることは分かります。ついでに」

「幻よ、それは」

 

 シレッと(のたま)うメイシールを殴り飛ばしたくなったのは決して気のせいではなかっただろう。ここまで来るといっそのこと、掃除をした後、彼女を()巻きにして放置をしておくべきか――などと過激な考えへと思考が回る。

 これを奥の手にしておこうと思いながら、ライカはメイシールへ本題を促した。

 

「基地制圧作戦時の稼働データを見せてもらったわ。二回と『CeAFoS』に触れて気を失う程度なんて、やっぱり私の眼に狂いは無かったわ」

「……ただのシステムで気を失うという滅多にない経験をさせてもらえて、少佐には感謝しかないですよ」

「そうでしょ? 何回も乗っていればいつか慣れるから頑張ってね」

 

 ……これ以上の嫌味の言い合いは不毛だ。口で勝てる気はまるでしない。

 ライカの視線に気づいたのか、メイシールは不敵な笑みを浮かべる。

 

「『いい加減用件を言え』って顔ね。宣言するわ。この話を聞けば貴方はきっと私に感謝するわよ?」

「それは楽しみです」

「ライカ、貴方はしばらく教導隊と行動を共にしてもらうわ」

「なっ……!?」

「ふっ、もう私の勝ちは確定したようね」

 

 全身を雷で打たれたような気分だった。つい自分の耳の調子を確認してしまった。

 今この瞬間にも『ドッキリよ』という台詞があっても、何の疑問も持たないのだ。そんなライカの戸惑いなんてどこ吹く風といった様子で、メイシールは繰り返す。

 

「期間限定で貴方は特殊戦技教導隊のメンバーとなったのよ」

「いつ……そんな話が?」

「昨日よ。カイ少佐とラミア少尉の三人で話をしたの」

 

 道理で昨日はアラド達しか見かけなかった訳だ。

 

「良くそんな無茶が通りましたね」

「貴方の名前を出したらカイ少佐は二つ返事でオーケーしてくれたわ。よほどの信頼を勝ち取ったのね」

 

 それはとても嬉しいことだった。

『グランド・クリスマス』でやり合った自分をそうまで評価してくれたことに。だが……。

 

「ラミア少尉は何と?」

「貴方が入ることには頷いたわ。……けど、中々ね彼女。貴方じゃなくて私の事を警戒していたわ」

(普段の行いが悪い噂となっているのでは……)

 

 性格を考えれば、彼女の事を快く思わない人がいたとしても何もおかしくはない。それを知っているのか知らないのか、彼女は特にそのことについては言及することもなく、ライカを指さす。

 

「とりあえず貴方にやってもらいたいことは一つ。『CeAFoS』の更なるデータ蓄積のために、モーションパターンや稼働データ何でもいいわ。役立ちそうなデータを集めて来なさい。それを元に、更なるバージョンアップを図るわ」

「……少佐、質問が」

「言ってみなさい」

「前にも聞いた気がしますが、『CeAFoS』の最終目的は何なのですか? 二言目には『CeAFoS』『CeAFoS』と……。確かに魅力的なシステムではありますが、パイロットの補助をさせたいのなら、それこそ今のTC-OSを更に発展させれば良いと思います。事実、教導隊が基礎となるモーションパターンを次々に構築させていったからこそ、初心者でも訓練すれば一定以上の成果を期待出来るようになったのですから」

 

 ライカの一言で、あれだけ不遜な態度だったメイシールが黙ってしまった。いつもそうだ、とライカは内心舌打ちをする。

 最前線で命を張るパイロットである自分にすら否、パイロットであるからこそ尋ねているというのに、システムの表面上しか話そうとしないその態度が気に喰わなかった。

 

「鉄火場の矢面に立つ者にとって、情報の有無はそのまま生死に直結してきます。知っているのと知らないのとでは、その場で取れる対応がまるで違うんです。少佐が話す気が無いなら私はシュルフツェンにはもう乗りません」

「…………今はまだ話せない。表に出すにはまだ、早すぎる」

「表に出すには……? 後ろめたいシステムなら尚更――」

「違う!!」

 

 これまで聞いたこともない声量でライカを黙らせるメイシール。

 呆気にとられるも、その“苦”一色に染まった表情を見ては出方を伺うしかなかった。

 

「詳細はまだ話せない。けど、信じて。『CeAFoS』は確実に地球の為になるわ。ダイレクトに兵士達の為になるの……! もう兵士が命を散らさなくても良くなるの……!」

 

 分かって、と締めくくりメイシールは口を閉ざす。そんな彼女を見て、ライカはこれ以上何も追及できなかった。……追及し切れなかった。

 

(……甘いですね、私は)

 

 顔を上げると、陽の光が目に入って酷く眩しかった。まるでこの問題の先行きを示しているようで、あまり好きな眩しさではない。

 自分は一体どうなっていくのか、考えるのすら滅入る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「本日付で特殊戦技教導隊に出向しましたライカ・ミヤシロ中尉です。よろしくお願いします」

 

 格納庫の一角でカイを始めとする見知ったメンバーの前でライカは改めて挨拶をすることとなった。カイは満足げに頷く。

 

「歓迎しよう」

 

 とりあえず堅苦しいのはここまで、と言わんばかりにカイは表情を柔らかくした。

 

「一時的とはいえ、お前が俺の部下になるとはな」

「光栄の極みです」

 

 そして、ライカはすぐにラミアとカイへ謝罪を口にする。

 

「私の上官がご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

「ライカ中尉。一つ質問があります」

 

 早速ラミアから質問が飛んできた。何となく予想していたライカは気持ち背筋を伸ばす。

 

「メイシール少佐からは『独自開発したMMI(マン・マシン・インターフェイス)のデータ集め』と聞かされています。何か他に聞いていることはありますか? 私が見る限り、それだけではないような気がするのですが」

「ラミア少尉……。いえ、申し訳ありませんが、私もそうとしか聞かされていません。……カイ少佐。逆に質問して申し訳ありませんが、少佐はメイシール少佐の事はどう思っていますか? 出来ればここだけの話としてお聞かせ願えれば、と思います」

 

 そうだな、とカイは髭に手をやる。

 

「俺も昨日、初めてじっくり話したからな。……そうだな。上手く言えんし、あまり憶測でモノを言いたくはないが、何か隠している印象はあったな」

「……やはり」

 

 皆には聞こえないぐらいの声量で小さく呟くライカ。複数人が見て、そう思うのなら自分のこの感情はやはり気のせいではないのだろう。

 メイシールは一体何を目指しているのだろうか。もし、もしもカイやアラド達に迷惑を掛けるようならば――。

 

「ライカ中尉!」

「アラド曹長……?」

「大丈夫ッス! 何かあっても俺達が付いています!」

「アラドの言うとおりです! 私たちはライカ中尉の味方です」

 

 ラトゥーニも言いたいことは同じのようで、頷いている。

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

「それではこれより一時間半後、基地の演習場でモーションパターン作成を目的とした模擬戦を行う。時間厳守だ。ライカ中尉、お前は残れ」

「了解」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 皆がいなくなり、カイとライカの二人きりとなってしまった。

 

「……」

 

 とてもソワソワしていた。いつかじっくりと話をしてみたいとは思っていたが、それがこんなに早く叶うとは。ここでライカは痛恨のミスを犯してしまっていた。

 

(くっ、サインを書いてもらうための色紙すら持っていないとは私という奴は……!!」

 

 事前に分かっていればすぐに最高級の色紙と額縁を用意したというのに。これがもしかしたら最初で最後のチャンスなのかもしれないのに。

 カイにはバレないよう拳を握り締めることによって、このやるせない己への怒りを発散するのが大変な作業である。……後で分かったことだが、握っていた部分が内出血を起こしてしまっていた。これはあまりにも恥ずかしすぎて誰にも言う事はないであろう秘密。

 そのごちゃ混ぜの感情を一度は置き、ライカはメイシールの顔を思い浮かべる。

 

(悔しいですが、これだけはメイシール少佐に感謝しなくてはなりませんね)

 

 彼女の予言通り、感謝することになってしまった。

 

「すまんな。呼び止めてしまって」

「いいえ。私もカイ少佐と話す機会があれば、と思っておりました」

 

 そうか、と朗らかに笑うカイ。それ見て僅かに驚くライカ。

 常に厳格で、誠実に任務をこなす彼がこんな柔らかな表情をするとは思わなかった。彼の良い意味で人間味溢れる一面を見れるとは。

 これも近くにいないと分からないこと。一時的とはいえ、ライカは改めてカイの部下になれたことを嬉しく思った。

 そんな感情に浸るのもつかの間、カイが話を始めた。

 

「話というのはアラド達のことだ」

「アラド曹長にゼオラ曹長、ラトゥーニ少尉のことですか?」

「ああ。あいつらの事はどれぐらい聞いている?」

「『スクール』出身、ということぐらいしか」

「……『オウカ・ナギサ』という人物に聞き覚えはあるか?」

 

 『オウカ・ナギサ』。名前だけは聞いたことがある。

 『スクール』最強のパイロットで、『鋼龍戦隊』を苦しめた人物。たしか、最期はアースクレイドルで戦死したはずだ。

 そんな自分の知識を話すと、カイの口から意外な言葉が出た。

 

「彼女はアラド達の姉とも言える存在だった」

「姉……」

「色々あってな。記憶操作を受けて、あいつらと敵対していた」

「……どうだったのですか?」

「ん?」

「オウカ・ナギサは、最期まで本当の自分にはなれなかったのですか?」

 

 カイは首を横に振り、それを否定した。

 

「オウカは最期の最期で記憶を取り戻し、本来の自分で逝ったよ」

「そう……ですか」

「あいつらはまだ若い。色々と思う所があるはずだ。情けないことだが、それは俺やラミアでは分からないことなのだと考えている」

 

 一旦区切り、カイは言葉を続ける。

 

「ライカ、お前なら分かってやれるはずだ。そして支えてもやれる」

「私が、ですか?」

「あいつらが、特に昔色々あったラトゥーニがあんなに早く心を開くことは滅多にない。安心しろ。特別な何かをやれとは言わん。普段通りに接してくれたらそれでいい」

「……私はオウカ・ナギサにはなれません。ですが……」

「続けろ」

 

 アラド達が懐いてくれる理由が何となく分かった。程度はどうあれ、恐らく三人とも自分とそのオウカを重ねているのだろう。

 ――だからこそ、自分がオウカになれるわけが無く。

 

「……ですが」

 

 だから、()()()()()()()()として彼らの力になる。

 

「自分なりに、アラド曹長達と付き合っていこうと思います」

 

 それが彼らに助けてもらった最大限の礼となるのだ。そう、思っているのだ。




次回は7/8 20:00に更新予定です!


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第九話 Burning Red

 カイとの会話から一時間半後、ライカを始めとする教導隊は伊豆基地から輸送機で飛んだところにある水鳥島に来ていた。ここは連邦が所有している島の一つであり、もっぱら模擬戦や機体の動作テストに使われている。

 

「今回の模擬戦の目的はライカのシュルフツェンのデータ取りとなる。ラミア、ゼオラ、アラド、ラトゥーニは俺と周辺の警戒だ」

 

 カイの指示で四人はそれぞれの機体へ歩いて行った。ここでライカはふと、疑問が浮かんだ。

 

「質問が」

「どうした?」

「私の相手は誰になるのですか? 外部の人間ですか?」

「いいや教導隊メンバーだ。別行動を取っていてな。あいつらの乗っている機体特性と顔合わせがてら今回の組み合わせにした」

 

 まだ教導隊メンバーがいたのか、とライカは驚きを隠せない。それと同時に、そんなに特殊な機体に乗っているのか、とも思った。

 これならメイシールが満足する戦闘データを提出してやれそうだ。

 と、ここでカイの携帯端末が鳴った。

 

「俺だ。ああ、着いたのか。分かった。打ち合わせ通りだ。そのまま待機していろ。こちらもすぐに出る」

 

 端末を切り、カイはライカの方へ向き直った。

 

「ライカ、相手が到着したようだ。直ぐに機体を出撃させろ」

「了解」

 

 一言言い、ライカはシュルフツェンの元へ走る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 格納庫から外に出ると、戦闘エリアを囲むようにカイ達の機体が待機していた。周囲へセンサーを走らせると、ライカの前方にカイ達の機体ではない反応が出た。

 

「これは……『MODEL‐X』……? いや、違いますね」

 

 一瞬だけ『ガイアセイバーズ』時代に見たことがある機体に酷似していたが、良く見れば微妙に外見が違っていた。

 白を基調としたボディに所々青が入っている。両腕には何やら突起物がついており、背には長大な砲身が二門。該当するデータがすぐに出た。

 

 ――型式番号『YTA‐08BW』、機体名称『サーベラス・イグナイト』。

 

 連邦が数十年先を見据えて新機軸の機動兵器開発を目的とした『ツェントル・プロジェクト』の試作八号機だ。

 

「聞こえますか、ゲシュペンストのパイロット」

 

 サーベラスから聞こえてきたのは男性の声だった。この彼がカイ少佐が言っていた教導隊メンバー。

 

「はい。ライカ・ミヤシロ中尉です。期間限定ですが、教導隊に配属されました。よろしくお願いします」

「自分はヒューゴ・メディオ少尉であります。そして――」

「アクア・ケントルム少尉であります! よろしくお願いいたします!」

 

 何と女性の声が聞こえてきた。これが意味する所は一つ。

 

「二人乗りですか……」

 

 『特機』である《グルンガスト参式》も二人乗りということを考えればそれほど珍しい話ではなかった。

 

「自分が近接・格闘戦メインのフォームGの担当で、アクアが砲撃戦メインのフォームSの担当であります」

(フォーム? 何の話だ?)

「ヒューゴ、機体の調子はどうだ?」

「良好ですカイ少佐。TEエンジンはブルーゾーンをキープ。やれます」

 

 『TEエンジン』。

 確か永久機関としての可能性を秘めているとか、そんな話を『ガイアセイバーズ』時代、少しだけやり取りのあった老科学者から聞いたことがある。『トロニウムエンジン』や『ブラックホールエンジン』並みに調整が難しいらしく、調整専門のパイロットが必要不可欠とも聞く。

 本当に厄介な代物を積んでいる、というのがライカの総括である。

 少々話し過ぎたのか、早速模擬戦が始まろうとしていた。

 

「それでは模擬戦を始める。ペイント弾が大破と思われるポイントに当たった時点で終了だ。互いに非実体兵器を使用する際はセーフラインまで出力を下げるのを忘れるなよ」

 

 互いの了解の後、カイが模擬戦開始までのカウントダウンを始める。

 

「お二方、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。……アクア、抜かるなよ」

「わ、分かってるわよ! ライカ中尉よろしくお願いします!」

「状況開始!」

 

 ライカはすぐに操縦桿を引き、シュルフツェンを後退させる。特徴が掴めない機体に突っ込む趣味は無いのだ。

 まずは手持ちのM90アサルトマシンガンで牽制をする算段だった。

 

(動きが良い。どこかの部隊上がりでしょうか……?)

 

 平面の動きに囚われず、縦軸への動きも忘れていない回避機動だ。

 これは狙いが付け辛い。弾丸を惜しむように、一発一発丁寧に発砲し、ライカは距離を維持する方針を立てた。

 ふと、モニターに映っているサーベラスの脚部に視線が行った。脚部のパーツが外れたのだ。――直後、警告音。

 

「紐付きの射撃ポッド……!」

 

 両脚部からワイヤーが一本ずつ伸びた。それぞれのワイヤーの中間地点と先端に、小型の射撃兵装が付けられていた。合計四基、砲門数にして八門。

 各基が独立した動きを見せ、ビームを時間差で放ってきたのだ。横への推力を最大限にし、横っ飛びのような格好で初撃を避けることは出来た。

 

(一基一基が速い。このままじゃ取り囲まれてしまいますね)

 

 こちらを囲むように展開されるポッド。一発一発の精度が凄まじい、が何とか避けられる。スラスターを瞬間的に最大出力にし、前後左右へ移動することによって、ポッドに掴まらないようにするだけなのだが、いかんせんポッドの動きが良いので相当に難儀。

 右後方、左側面、真正面、右前方、真上――。シュルフツェンのスラスター推力と瞬発力があって初めて可能とする回避機動だった。

 ……悔しいが、原型機じゃこう上手くはいかないだろう。まるで踊らされている。厄介だと思った。このままじゃ削り殺される。既にいくつかビームが掠ってしまっているのだ。

 

「うおおおお!!」

 

 アラート。ただでさえポッドがあるというのに、前方からサーベラスが高速接近をしてきた。背後のメインスラスターから炎の翼を思わせる噴射炎を出しながら。

 推進しているサーベラスは腕部から伸縮式のブレードを取り出し、刃にエネルギー流を纏わせる。

 

(ですが……!)

 

 各所カメラをモニターに全て映し、四基のポッドから目を離さないようにする。

 

(左後方……いや、違う陽動だ。なら……!)

 

 次の瞬間、右側面と右後方のポッドに熱源反応。――読みが当たった。

 あえて、ポッドがある方向に機体を動かしてビームを避けることに成功。そのまま一気にメインスラスターを最大出力にし、ポッド群を振り切る。活動限界があるのか、ポッドは一旦サーベラスの脚部へ戻って行った。

 この兵装は中々に厄介だったが、プログラムに基づいた()()()()()()機動が逆に付け入る隙となる。以前『L5戦役』で戦い撃墜した『AGX‐06』、コードネーム『グリフォン』の誘導兵器と比べれば動きが無機質過ぎた。今思い出しても相当な難敵だった。初めて相対した時は本気で死を覚悟したが、その覚悟を逆手に取り、自爆覚悟で接近戦に持ち込み、撃破寸前の所で相手に深手を与え撤退させたのは今でも奇跡だと思っている。

 

「踏み込む……!」

 

 ライカはそのままサーベラスへ直進。武装はそのままアサルトマシンガン、距離を更に詰める。

 

「このまま……!!」

 

 サーベラスの間合いに入る一歩手前でライカは操縦桿を思い切り後ろに引き、ペダルの踵側を踏み込む力を強くする。シュルフツェンの全身のスラスターを駆使して、強引に速度減少。

 そのままサーベラスの側面を取るように円の動きに持っていく。

 

「ばら撒きます……!」

 

 暴れる照準を抑え込み、アサルトマシンガンをフルオートで放ちまくる。しかし弾丸は届かない。

 直進していたサーベラスが左腕部の突起物を地面に突き刺し、ほぼ直角に機動修正したせいで弾丸が逃げていくような弾道になってしまったのだ。

 サーベラスが一瞬、背後を向けた。

 

(……格闘戦は避けなければならない)

 

 あのソードはどう見ても、コールドメタルナイフを溶断するレベル。そして接近戦においての武器のリーチはそのまま死に直結する。だからこそ、中距離を維持しつつ叩く。

 そう思ったライカはペダルに足を掛けるが、踏み込む直前サーベラスの異変に気付いた。

 

(何だ……?)

 

 その疑問はすぐに答えられた。金属が擦れるような音と共に、サーベラスの外観が変わったのだ。さっきまで白がメインだったが、今度は青がメインで赤が所々に見受けられる。

 そこでライカは先ほどヒューゴが言っていた言葉を思い出した。

 

(フォーム――リバーシブル構造……? なるほど状況に合わせて二つの形態を使い分けるのですか……)

 

 サーベラスの両肩のバレルが展開された。

 

(そしてこれは恐らく砲撃形態……!)

 

 ライカの読みと同時に、大出力のビームが解放される。バレル展開と同じタイミングで機体を上昇させていたお蔭で、余波熱で脚部が小破する程度だったのは僥倖だった。

 左肩、右脛と外側のスラスターで姿勢を整えたあと、上空からライカは一気にサーベラスへ接近する。向こうも迎撃と言わんばかりに、手持ちのライフルでこちらを狙ってきた。

 

(……さっきと比べると精度が悪い。そうか、パイロットか)

 

 教科書を徹底的に守った射撃。フェイクと本命を織り交ぜているが故に、下手に大胆な回避行動が取れなかった。

 この形態のパイロットはアクア・ケントルムだったはず。最初の時のフォームから察するに、どうやらこの機体のメインはヒューゴらしい。

 

(ですが……筋は良い)

 

 先ほどの射撃ポッドがまた脚部から切り離されて、向かってきた。そのまま後退しながら射撃戦に切り替えてくるサーベラス。

 逃げのサーベラスがこうまで辛いものとは。ポッドの行動パターンは大体把握出来たのでただ避けるだけなら問題ないのだが、アクアはヒューゴ以上にポッドの死角を丁寧にカバーする射撃を加えてくるので厄介。

 

(武装の豊富さなら向こうが断然上ですね。……無茶なことをするしかないです、か)

 

 武装のバリエーションでは負けている。もちろん威力もだ。エンジン性能でも負けている。

 というより機体性能はあちらの方が間違いなく上だろう。勝っているところと言えば、細かな瞬発力とプラズマバックラーによる瞬間火力。

 蝶のように舞い、蜂のごとく刺す。――ただの蜂じゃ駄目だ。やるのなら毒蜂。

 方針を固めたと同時に、ライカはペダルを踏み込んだ。ポッドの射撃周期に合わせて、一息に飛び出したシュルフツェン。

 

(高機動戦で一気に詰める……!)

 

 休む暇もなく左右前後から襲い掛かるG。その機動は原型機では絶対に不可能なもので。背後から追ってくるポッドを振り切るように、ほぼ直角に機体を動かし続けるライカ。

 その最中にもアサルトマシンガンの引き金を引くが、アクアはしっかりと見ているようで、冷静に避けている。

 

(……頭が揺さぶられる)

 

 まるで雷の軌跡だった。幸いにも前後左右の加速力はこちらの方が圧倒的に勝っているようだ。確実に、そして徐々に距離を詰められている。――まだ踏み込める。

 左右のプラズマバックラーを起動させ、近接戦(インファイト)へ。飛び込んだと同時に見た物は、砲撃戦形態から再び格闘戦形態へと変わったサーベラスだった。

 

「イグナイト!」

「ジェット……!」

 

 右腕を引き、迎え撃つように“溜める”サーベラス。

 もう後には引けない。このまま突っ込む。ここから先は()くが早いか貫かれるが早いかの抜き打ち勝負。

 こちらも右操縦桿を引き――そして前へ突き出した。

 

「パイクッ!!」

「マグナムッ!」

 

 ――ほぼ同時に、互いの右腕部が突き出された。

 途端鳴り響く破壊音。お互いがストレートに与えた一撃は大きく今――結果が現れた。

 

「……左腕部大破。ですが敵機へ深刻なダメージを与えることに成功……ですかね?」

 

 結果はほぼ相討ちに近かった。左腕部のバックラーを文字通り盾にし、サーベラスの右腕部突起――なんと杭だった――をやり過ごして、向こうの“左腕部”へステークを叩き込んだ。

 格闘戦の武装が似ていただけに、こちらの損傷も似たものだった。結果として、互いが互いの逆腕に武装を叩き込んでいるのだ。

 

「肉を切らせて骨を断つ。平然と相討ち覚悟の特攻に来るとは想像も付きませんでした」

「ぜ、全然当たらなかった……」

「落ち着いて撃てば当てられた距離だ。アクア、お前はもう少し冷静に動け」

「わ、分かってるわよそのくらい! 大体! ヒューゴこそ何で最後の最後でTEスフィアを使わなかったのよ!?」

「展開時間を考えろ。それにあの速度だ、完全展開前に貫かれていた。なら左腕を捨てて、パイクを叩き込んだ方が有効だと判断したまでだ」

「私がやると怒るくせに!」

「なるほどバリアまであるのですか、その機体は。……お見事です。そしてありがとうございました」

 

 データ収集が終わったのか、カイから通信が入る。

 

「良し、それぞれ良い動きだった。では機体を格納庫に戻した後、基地へ帰還する」

「了解。……ん?」

「接近警報。五時の方向からこの空域に侵入してくる機体があります」

 

 ラトゥーニから通信が入る。それを受けたカイは各機に通信を入れた。

 

「模擬戦は一時中止。ライカ、ヒューゴ達は一度基地に戻り、装備を実戦用に替えて来い。他は俺と一緒に待機だ。警戒を怠るな!」

 

 レーダーを見ると、謎の機体はぐんぐん速度を上げているようだ。……いや、違う。

 

(この反応、該当するデータが……。それに、この速度は見覚えがある。……まさか!)

 

 ――ソレは基地制圧作戦で見たモノと全く同じで。ライカは無意識に操縦桿を握る力が強くなっていた




次回は7/9 12:00に更新予定です!


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第十話 リターンマッチ

 水鳥島の航空管制基地に停めてあった輸送機まで戻ったライカはすぐに整備兵の元まで走る。

 

「緊急事態です。状況第一番、シュルフツェンの装備を全て実戦用にお願いします」

 

 整備兵たちが実に素早く換装作業を開始してくれた。時計を見て、さっきまでの敵の位置を思い出す。

 

(あの速度なら恐らくもうこの空域に……)

 

 こちらの焦りを見抜いたように、聞きたくない“奴”の声が聞こえた。

 

「……聞こえますか。水鳥島の連邦兵諸君」

「……音源の方向へ基地のモニターを回してください」

 

 そう近くの作業員に頼み、モニターを切り替えてもらったら案の定、あの黒い機体が居た。見間違えようのないあの独特なフォルムは、空域に入ってすぐ停止したようで、今現在カイ達と睨み合っている状態だった。

 いきなり襲いかかったりはしないようだ。

 

「こちらは地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊隊長、カイ・キタムラ少佐だ。そちらの所属と名前は? 何の目的で連邦の空域に機動兵器で侵入した?」

 

 武装は構えていないようだが、隙が全く見られないカイ。流石、といった対応だ。こんなアンノウンにも冷静さを欠いていない。

 

「私は“ハウンド”。傭兵のようなことをしています。そして、今後ろから追いかけて来ているのは私の仲間です」

 

 モニターには見られないが、アルシェンとかいうふざけた輩も来ているのか。シュルフツェンを見ると、先ほど損傷した左腕が見る見る内に直っていて、あともう少しで出撃出来るところだった。

 

「傭兵がこんな所に何の用だ?」

「こちらに灰色のゲシュペンスト乗りが居るはずです。その人が大人しく出て来てくれるなら私は何もいたしません」

 

 ドクン、と心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。“ハウンド”の目的は自分。その事実が酷く、ライカの眼を鋭くさせた。黙って聞いていたアラドが反発する。

 

「さっきから自分勝手なことばかり言いやがって! もし出て来なかったらどうすんだよ!」

「そうですね……。そんなことをされたら悲しくなってしまって、この水鳥島の航空管制基地に仕掛けた爆弾を起爆させてしまうかもしれません」

「何だと!?」

 

 “ハウンド”の切った手札に、流石のカイも声を荒げざるを得なかった。同時にマズイ、とも思った。全周囲に音声を流しているということは、その爆弾を仕掛けられた基地にも聞こえているということで。

 恐らく基地は混乱しているはずだ。例えハッタリだろうが、ある()()()()()()というのが大問題なのだ。

 

「私はテロリストではないのでそんな野蛮なことはしたくありません。あの灰色のゲシュペンスト乗りさえ出て来てくれたら即刻、基地の爆弾を無力化いたしましょう」

「信じられんな。そんな保証がどこにある?」

 

 ラミアの鋭い指摘に、一瞬“ハウンド”は無言となった。だがそれも一瞬だけ。すぐに“ハウンド”は口を開いた。

 

「基地の渡り廊下、空調室、ボイラー室、第二エレベーター、駐車場、三階食堂。計六ヶ所。そこに爆弾を仕掛けています」

「航空管制基地、聞こえたか!? すぐに確認しろ!」

 

 もうほとんど出来ていたので、ライカは整備兵の制止を振り切り、すぐにコクピットに滑り込んで最終確認を開始した。やはり突貫作業だっただけに左腕部の反応がいつもより鈍い。

 誤差の範囲内だとは思う。……この鈍さが命取りにならなければいいが。そう、ライカはコンソールを叩きながら、確認を念入りに行う。

 データ処理が得意なラトゥーニの所に結果が行ったようで、極めて冷静に彼女はカイへ報告する。

 

「カイ少佐、……全てに爆弾が仕掛けられていたようです」

「いつの間に……!」

「嘘を吐いていないことはお分かり頂けたでしょうか? 教導隊の皆さんはこの瞬間から動かないでください。動いた瞬間、爆弾を全て起爆させます」

「少佐、ここは動かない方が良いでしょう」

「ラミア……」

「手際が良すぎます。()()()()可能性も考えた方が良いかと」

 

 ()()()()可能性。それはつまり、内通者と言う可能性。益々胡散臭くなってきたこの事態を打開するためには……。ライカはカイへ通信を送った。

 

「聞こえますか、カイ少佐。バレット1、ライカ・ミヤシロです」

「ライカか!」

「奴の狙いは私ですね。直ぐに出ます」

「目的も戦力も分からん、そんな危険な所にお前を放り投げる訳にはいかん。それに今、爆弾の解体をしている最中だ」

 

 カイの手際の良さに感服しながらも、ライカはペダルに足を掛ける。

 

「すみません。……奴には借りがあります」

 

 そのまま踏込、輸送機からシュルフツェンは大空へ飛んだ。飛ぶこと数分。最初はカメラを最大望遠に、徐々にカメラを使わなくても良くなり、やがてロックオン圏内に“一つ眼”が入った。

 カイ達に見守られるような形で向かい合う二機。すぐに“一つ眼”から通信が来た。

 

「お久しぶりですね。灰色のゲシュペンスト」

「ええ。あの屈辱は忘れていません」

 

 そうですか、と淡白に返す“ハウンド”。

 

「おい“ハウンド”! 俺達を置いていくんじゃねえぞ!!」

 

 “一つ眼”の後方からアルシェン駆る《ガーリオン・カスタム》と、八機の《ガーリオン》が空域に侵入してきた。恐らくカイ達も疑問に持っただろう。

 《リオン》ならまだしも、あんなに大量の《ガーリオン》、一体どこで調達してきたのだろうか。だが今はそこは追及するべき場面ではない。

 

「場所を変えましょう、灰色のゲシュペンスト。アルシェン、足止めを頼みます」

 

 “一つ眼”がこちらに背を向け、背部と脚部のスラスターから噴射炎を上げ、離脱しようとする。

 

「待て……!」

「ライカ中尉!」

「騒ぐなよ青クワガタ。とりあえず俺と遊んでいてもらおうか」

 

 アラドの乗機である《ビルトビルガー》がライカと“一つ眼”の元へ向かおうとした瞬間、進行方向を遮るようなアルシェンからの射撃。

 前に出過ぎていれば恐らく当たっていた。

 

「アラド!」

「大丈夫だゼオラ! こんなの何でもねえ!」

 

 後方監視用モニターに映るアラド達の機体。気になる……が、彼らは教導隊。

 

(信じて……いますよ)

 

 それに、カイ少佐やそろそろ戻ってくるであろうヒューゴのサーベラス、ラミアの特機であるアンジュルグもある。戦力的にはあちらの方が圧倒的に不利だ。

 彼らの機体が小さく見えるぐらい遠く離れたところで、“一つ眼”は急停止し、こちらへ振り向いた。

 

「さて、ようやく二人きりになれましたね」

「……ええ。カイ少佐やアラドの所に戻らなければならないので、手短に用件をお願いします」

「改めて自己紹介をさせてください。私は“ハウンド”。そして、この機体はヤクトフーンド。貴方の名前は?」

「……地球連邦軍極東伊豆基地所属ライカ・ミヤシロ」

 

 名乗った瞬間、今まで無機質な口調だった“ハウンド”が初めて揺らいだ感覚を覚えた。

 

「ああ――やはりですか。あの時の勘繰りはやはり間違いなかったのですね。ならばその機体に積んであるものは恐らく……」

(……積んであるもの? ……まさか『CeAFoS』の事を言っているのですか……?

 

 “ハウンド”がどこか納得したような溜息を漏らした後、“一つ眼”の両手の三本爪が閉じられ、ドリルのように回転しだした。ライカは操縦桿を握りなおす。

 

「結論から言いましょう。貴方を殺し、その機体を持ち帰ります」

 

 “一つ眼”が弧を描くような軌跡で一気にこちらへ飛び込んできた。そのまま左腕をシュルフツェンのコクピットへ突き出す。

 

「こんな大仰なことをしでかしておいて、目的がただの強盗ですか。……ふざけないでください」

 

 “一つ眼”の左腕を一旦退くモーションの時には、既にライカは機体を後退させていた。その一撃は装甲を掠ることもせず、完全回避。

 後退しながらライカはM90アサルトマシンガンの引き金を引く。銃口から吐き出される弾丸は案の定、“一つ眼”の分厚い装甲を貫けなかった。しかし、それで良かった。

 ライカはペダルを踏み込み、今度は何とメインスラスターを最大出力にしての突撃。すぐさまマシンガンを持っている方とは逆のプラズマバックラーを起動させ――そのまま殴りつけた。

 最大稼働ではなかったので、“一つ眼”の装甲を僅かに凹ませる程度の小破。直後、ライカは“一つ眼”の背後を取るような円の機動に移る。

 敵も後ろを取られないように、機体をくるくる回転させながらクローアーム中心に備えられた機銃を乱射させる。客観的に見れば、飛行機でやるようなドッグファイトだ。だが、行っているのは飛行機ではなく、PT。背後の取り方は更に自由度を増し、そして一瞬の死亡率も跳ね上がる。

 

「ヤクトフーンドを上回る瞬発力ですか……」

 

 “一つ眼”の左肩部とアバラ部のスラスターが一瞬だけ最大出力で噴出された。強引にこちらの最小旋回半径に飛び込んできた“一つ眼”の三本爪が開かれる。――この時を待っていた。

 腰部にマウントしていた新武装をアサルトマシンガンから持ち替え、ソレを展開させる。

 

「それは……鋏?」

 

 短い槍のような棒状の持ち手の先に着けられた穂先。穂先の両端にはスラスターが付いているが、これは推進用ではない。

 

「……ええ、シュルフツェンの新たなバリエーションです」

 

 開かれた三本爪を挟み込むように大きく開かれた穂先はまるで大鋏のごとく。両端のスラスターが噴射されると、挟み込む力が更に強くなる。

 最初こそ拮抗していた三本爪が徐々に、徐々に軋みを見せて――。

 

「く……」

 

 手首を回転させ、強引に振り払った“一つ眼”の両腰部からレールガンの砲口が展開された。すぐさま射出される質量弾を高度と射線をずらすことでギリギリ避け、再びライカは操縦桿を倒す。

 

「この間よりはマシな動きをしますね」

「あの時とは条件が違います。それに……二度は通用しません」

 

 基地制圧作戦は既に消耗しきっており、まともな動きが出来なかった。だが、今は違う。避けては撃ち、撃っては避けてと“一つ眼”と対等にやり合うことが出来ている。

 

(まだ……大丈夫)

 

 モニターの隅っこに表示されている波長計を見て、ライカはすぐに視線を“一つ眼”へ移す。機銃を放ってきたので、すぐに迂回するように大きく距離を取ってから再び攻める。

 そう決めた直後、ライカはふと違和感に気づく。今まで正確無比な射撃しかしていないはずの“一つ眼”の弾幕が妙に潜りやすい。どれも最高速の機体のバランスを微調整するだけで、弾丸が逃げていくような弾道だった。

 

(私なら……)

 

 ――その時、ライカに一筋の電流が走った。

 自身の生存本能と長年培ってきた経験と勘に従い、あえてライカはシュルフツェンを急停止させ、今まで避けるだけだった弾幕へ突っ込んだ。瞬間、シュルフツェンの右腕部スレスレをレールガンの弾丸が通り抜けて行く。冷や汗が出た。

 あのまま避けやすい方向へ逃げていたら、間違いなくコクピットを貫かれていた。……狡猾な奴だ。

 ライカは“ハウンド”へ戦慄を覚えつつ、アサルトマシンガンの弾丸をありったけ放った。こちらを向きながら機体を横回転させて、弾丸を避けつつ射撃をしてくる“一つ眼”。

 

(まだ……まだ……)

 

 既に回避の癖を見切っていたライカは“その時”を待つ。右肩部、左肩部の順番でスラスターの出力を一瞬だけ最大にし、“一つ眼”の側面を取り、アンダーバレルのAPTGMを射出した。瞬間、APTGMを中心に大きく機体を横回転させた。

 

(――ここ!)

 

 あの時もそうだった。こちらが足を止めての射撃は僅かだが、大ざっぱな回避機動を取っていたのは見間違いではなかった。

 もちろんじっくり見なきゃ気づかないレベル……それこそ誤差に近いレベルだが、それでもライカにとっては付け入ることのできる大きなチャンス。

 敵の攻撃パターンと回避パターンを直ぐに分析できる力、それに基づく回避行動を百パーセント成功させられる操縦技術。認めたくはないが他の量産機と比べ、機体性能の劣るゲシュペンストを愛し続けるには、この二つの技術は絶対不可欠だった。

 結果、ライカはパイロットとしても大きく成長できた。

 

(……貫く)

 

 ペダルを踏み込み、メインスラスターと新武装のスラスターを合わせ、シュルフツェンは爆発的な直線加速を手に入れる。新武装の穂先は閉じられ、見た目通りの“槍”となったソレを“一つ眼”の右肩関節へ突き刺す――!

 

「……なるほど、これが本調子の貴方ですか」

 

 右肩から黒煙を上げる“一つ眼”。装甲と装甲の間を見事に捉えられたようだ。……僥倖。そんな達成感に浸る間もなく、ライカは鳴り響くアラートに警戒する。レーダーに反応が出た。何となく予想はしていたが……。

 

「ああくそっ! 死ぬかと思った!!」

 

 全身から煙が出ているアルシェン機が“一つ眼”の元へやってきた。

 

「……丁度良い登場ですね。ですが、もう少し時間稼ぎをして頂けたらありがたかったのですが」

「防衛のみが目的とはいえ、教導隊相手にここまで時間を稼げたこと自体奇跡だろう。あの青い二機の連携攻撃なんか、冗談抜きで死を覚悟したぜ」

(……アラドにゼオラですか。……良くやりましたね)

 

 また引き際の良さが発動したのか、すぐに二機はこちらから背を向けた。

 

「また逃げるのですか?」

「貴方を諦めた訳じゃありません。それに、この機体は調整不足です。次回こそ本気のヤクトフーンドで貴方の命を貰い受けます〉

「……そこまでして私の命を狙う理由は何ですか? ……『DC戦争』時代に撃墜したパイロットの関係者、ですか?」

 

 最初に思いついたのは人間同士の戦争、『DC戦争』。開戦初期から戦っていたライカが落とした敵は数えるのも面倒なくらいだった。逆に言うなら、恨みを持っている人間など数知れなかった。

 

「いいえ。そうですね……、強いて言うならば……」

「……おい“ハウンド”」

「――命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)

命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)……? 何のことですか?」

 

 それだけ言い残し、“一つ眼”は最大速度でこちらの索敵範囲内から離脱していった。アルシェン機もそれに続く形で離脱していく。

 

「無事かライカ!」

 

 後方からカイ達の反応があった。追いかけて来てくれたことへの感謝を感じながら、ライカは新たな謎を再度、呟く。

 

命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)……。それが一体、私と何の関係があるのですか……?」

 

 どうやら彼らは自分が思った以上に厄介な、そして重要な存在なのかもしれない。

 ――彼らはまた来る。そんな確信めいた何かがライカにはあった。

 

(……シュルフツェン。……このままで果たして……)

 

 何はともあれ、奴には一矢報いてやることは出来た。そう実感すると同時に、アドレナリンが切れたのか、呼吸をするたびにどんどん酷い痛みを感じるようになってきた。

 無茶な機動をし過ぎた代償が今やってきたのか。折れた肋骨を触らないようにしつつ、ライカはカイ達が来るギリギリまで意識を保っていた――。




次回は7/9 20:00に更新予定です!


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第十一話 猟犬が通り過ぎて

 伊豆基地第一ブリーフィングルーム。

 教導隊メンバーは昨日の襲撃事件を振り返るべく集っていた。一番前に備えられている大型モニターには昨日の一部始終が映し出されている。

 まだ序盤しか流れていないところで部屋の扉が開かれた。

 

「……失礼します」

 

 入ってきたのは胸部にサポーターを巻いたライカだった。無茶な機動をし過ぎたせいで、帰還後の検査で肋骨にヒビが入っていたことが分かったのだ。程度としてはかなり軽いものだったので、半日しっかり休むことでこうして歩けるくらいには回復することに成功した。

 リハビリには

 

「ライカ中尉!」

 

 その姿を見受けたアラドやゼオラ、ラトゥーニは一目散に彼女の元へ走る。そんな三人に、ライカは薄い笑みを浮かべた。

 

「ライカか。調子はどうだ?」

 

 カイは腕を組んだままライカへ視線を送る。

 

「……最高です。奴に借りを返せました」

「見上げた奴だ。だが、身体は大事にしろ。戦いの勝ち負けより、命の方が重要だ」

「……はい。その映像は昨日のものですか?」

 

 今はカイ達がアルシェン達と交戦している場面だった。最初こそ普通に見ていたが、すぐにライカは違和感に気づく。それはライカが決して見る余裕のなかった光景で。

 

「……これは」

「気づいたか」

 

 アルシェンは前回と全く同じ動きだったので特段気になる点は無かった。……と言うのも割とおかしな話である。

 彼が時間を稼いでいた相手は教導隊だ。一対一ならまだしも、それを複数相手にしてなおかつ良くて中破レベルの傷に抑えたあの腕前は非常識と言っても過言ではないだろう。そして彼がああして生き延びられた理由はもう一つある。

 そう、問題は僚機なのだ。《ガーリオン》の動きが、あまりにもおかしかった。

 

「何ですか……あのガーリオンは。こんな動きをしていたら……」

 

 いくら『テスラ・ドライブ』やGキャンセラーの性能が向上し続けていると言っても、人体が耐えられるGには限界がある。

 一言で言うなら、この《ガーリオン》は明らかに人体が耐えられる機動をしていなかった。具体的にはあまりにもエグイ急旋回や急停止を行う回数が多すぎる。そして何より射撃精度が異常に高いのだ。故意に当てたり外したと言った芸当を教導隊相手に行えるというのがあり得ない。

 数も多く、かつアルシェンの援護射撃が合間に挟まれているせいで、映像を見る限り、百戦錬磨の教導隊メンバーが酷くやりづらそうに見えた。と言ってもそれはそれ。すぐに対応し、アルシェンを除いて全てを撃墜して見せたのは流石と言ったところ。

 

「俺も不審に思ってな。ラミアとヒューゴに協力してもらって、一機鹵獲してみた。その結果が……ラトゥーニ」

 

 頷いたラトゥーニが映像を切り替えた。その内容はガーリオンの解体結果だった。その映像をラトゥーニが解説する。

 

「……このガーリオンはそもそもコクピットとなる部分がありませんでした」

「となると無人機か?」

 

 壁際に寄り掛かっていた赤髪の男性がガーリオンのデータを睨みつける。声から察するに、彼がヒューゴ・メディオ少尉らしい。ギラギラとした目にあの風格。幾多の修羅場を潜ったというのが容易に見て取れる。

 ならば、とライカは隣にいた女性へ目を向ける。

 

(ならあの青髪の女性がアクア少尉ですか)

 

 ……教導隊に来て、初めてラミア以外の成人女性を見たような気がした。向こうも同じことを思っていたみたいで、チラチラとこちらを見ている。あとで一声掛けに行きたい気持ちがむくむくと鎌首をもたげる。

 

「はい……。コクピットがない分、そのスペースを埋めるように予備弾倉や燃料が詰め込まれていました」

「継戦能力を向上させ、更に人体を無視した機動を可能にした無人機ですか……」

 

 機体さえ確保できればあとは破壊されるか燃料切れまで戦果を約束される、理想的な戦闘兵器だ。故にライカは苛立ちを隠せなかった。

 善悪はともかく、攻撃に心が伴わない時点で、それはただ()()を撒き散らしているだけに過ぎない害悪。

 もし、そんなモノが当たり前のように使われるようになった時点で、地球圏は恐らく崩壊するだろう。……それは散って行った英霊を冒涜するに等しい行為で。

 

「あのガーリオンはどこから流出したか分かるか?」

「……いえ。機能停止した段階でシステムデータ……特に人工知能と思われるシステム類が全て消去されていました」

「使い捨て前提、だが秘密は守りたいということか」

 

 カイの推測を肯定したラトゥーニは更に映像を切り替えた。今度は二体の《ガーリオン》の頭部が並べて映し出される。

 

「右が有人機で左が例の無人機の物です。脳に当たる部分に小型のボックス装置が組み込まれていました。……これを見てください」

 

 頭部が映されているモニターが小さくなり、代わりに戦闘記録のウィンドウが大きくなった。ヒューゴ駆るサーベラスがガーリオンの胸部を破壊した瞬間と、カイのゲシュペンストがガーリオンの頭部を破壊した瞬間がそこには映されていた。

 その撃破までの過程は非常に勉強になるもので。鮮やか、と言う単語が良く似合うほどに彼らは無人機を撃墜していたのだ。

 

「う~ん……ゼオラ、分かるか?」

「分からないわ……」

「ふ~ん。胸に栄養が行っているから分かんないのか?」

「そ、そんな訳ないでしょ!! バカ! エッチ! バカ!」

「二回もバカ言うんじゃねえよ!」

 

 ジッと見ていたライカはすぐに違和感に気づいた。

 

「……機能停止の仕方、ですか?」

 

 頷き、ラトゥーニが補足する。

 

「ヒューゴ少尉が破壊したガーリオンは胸部を破壊されたにも関わらず戦闘行為を継続していて、カイ少佐が破壊したガーリオンは全身が硬直した後、そのまま墜落していきました。……恐らく、コクピットが無い代わりに頭部の装置が機体の処理を全て行っているのではないかと」

「……頭を潰さない限りは不測の事態に陥る可能性が十全に考えられるということですか……」

 

 頭部を潰せば無人機は完全に無力化できるらしい。と、たった一言でいうには簡単である。問題は()()()()

 対処できるのは少なくとも――。

 

「対処は簡単だが、これは……」

「ラミアの危惧しているとおりだな。……これはとてもじゃないが、並みのパイロットの手に負えるものじゃない」

 

 ライカも小さく頷いた。たまたまあの場にはカイやラミアを始めとする教導隊メンバーが勢揃いしていたからこそ難なく撃破し、尚且つこうして一機鹵獲するという結果も残せたのだ。

 もしこれが並みの兵士達に襲い掛かったら。そう考えるとひたすら悪い方向にしか考えられないのだ。

 

「アルシェン・フラッドリー、それに“ハウンド”と呼ばれる二名が主犯です。一刻も早く彼らを捕まえなくては……。それに、気になることも言っていましたし」

「気になることだと?」

「去り際に“一つ眼”のパイロット――“ハウンド”が言い残していったのです。確かそう……命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)とか何とか」

 

 瞬間、部屋の出入り口辺りから書類が何枚も落ちる音がした。全員の視線の先には――メイシール少佐がいた。ライカに用があったようで脇に書類を挟んで入室したようだが、今の有様。

 

「う……そ。何で……その単語を…………!?」

 

 顔面蒼白。この言葉通りの表情を本当に見る機会があるとは思わなかった。それほど、メイシールの表情は尋常ではないモノが感じられた。今までのような不遜な態度も、仄暗い感情も感じさせない完全な()()の色であった。

 

「少佐?」

「メイシール少佐。何か心当たりでも?」

「……無いわ」

「無い……?」

 

 その怯えている表情と僅かに震えている身体を見て、どうその言葉を聞き入れればいいのだろうか。

 『CeAFos』のことをいくら追及しても全く見せることのないその顔を見て、自分は一体どう聞き流せばいいのかおよそ見当もつかない。

 

「ええ……無い。そう、無いのよ」

「少佐……情報の有無は――」

「――生死に直結する。分かってるわ、けど……ごめんなさい、やることが出来たわ」

「少佐!」

 

 ライカの制止を振り切り、メイシールは逃げるように退室していった。その尋常ではない様子に、誰もが口を閉じらざるを得なかった。

 やがて落ち着いたのか、アラドが真っ先に口を開く。

 

「知ってますよね……明らかに」

「ああ。ライカ、お前は何か心当たりはないのか?」

「……はい。少佐がどうして動揺したのかも」

「……気に入らないな」

「ヒューゴ少尉……」

 

 メイシールが出て行った扉を見つめるヒューゴの眼にはどこか怒りに似たような感情が込められていて。

 

「あの女、ミタール・ザパトと同じような匂いがする」

「ヒューゴ、それって」

 

 『ミタール・ザパト』、その人名を聞いたアクアの目つきが変わる。因縁でもあったのか、そんなニュアンスが多分に含まれていた。

 

「ああ。何か裏がありそうだ」

 

 否定することが、出来なかった。思えば、彼女の事は何も知らない。『CeAFoS』のこと以前に、彼女の事は何も。

 ライカの様子に気づいたのか、ヒューゴは謝罪を口にした。

 

「すみません中尉。ああいう振る舞いをする人間にあまりいい思い出は無かったもので……」

「いえ、良いんです。その気持ちは分かりますから」

「ライカ中尉。あの“ハウンド”と名乗る人物とはどういう関係なんですか?」

「……分からないです。基地制圧作戦でもそうでした。奴は私の事を知っていたような口ぶりでした。しかし何故狙ってくるのか……」

「心当たりはないのか?」

「いえ、無いですねすいませんカイ少佐。生憎と、いつ寝首を描き切られるのか分からないような任務を沢山こなしていますので」

 

 復讐という線が薄いと来たら、本格的に分からない。

 ――自分が居るところに奴が来る。なら、逆に言えば。

 

「カイ少佐、私は――」

「今後の方針を伝える。ライカ、お前はこの件が片付くまで教導隊扱いだ。……本来は三日後に教導隊としての任務が終わるはずだったが……乗り掛かった船だ、もうしばらく俺達と行動を共にしてもらう」

「――え?」

 

 それは自分が想定していたこととは真逆の展開で。ライカの考えていることはお見通しとばかりに、カイは表情を柔らかくする。

 

「大方狙われているから一刻も早く俺達の元から去ろう、とでも考えていたんだろう? だが、残念だったな。どうやら俺達はお前が思っているよりかは薄情ではないらしい」

 

 室内を見回すと、皆思っていることは同じと言わんばかりに頷く。こんな三日も付き合っていないような……ヒューゴ達に至っては今日が初対面と言うにも関わらず……だ。

 それは『ガイアセイバーズ』時代では絶対に受けることが無かった純粋な“好意”であり。

 そんな綺麗なモノを素直に受け取ることが出来なかったライカが返答に困り、少し挙動不審気味になっていると、自然と皆から笑みが零れ始めた。

 

「ライカ中尉のそんなポカンとした顔、初めて見ました」

「ゼオラ……」

「いつも無表情か真剣な表情しか見ていなかったからすっげえ新鮮ッス」

「……アラド」

「誰も、ライカ中尉の事を放ったりはしません」

「ラトゥーニまで……」

「決まりだな」

「カイ少佐……私は、居ても良いんですか?」

「言う必要はあるまい」

「……はい」

 

 屈辱は昨日返した。なら次は、全ての兵士の尊厳の為に、そして何よりも自分の為に戦おう。その先に何があろうが、やることは一つだ。

 

(ただ戦うだけ。それが、私です)

 

 ――ひたすら戦い、自分の信じることを貫き通すだけだ。それが何者であろうと、己の道を遮る道理はない。




次回は7/10 12:00に更新予定です!


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第十二話 アクアとの一日

 あのミーティングから二日経った。流石にそう何回も事件が起こる訳は無く、淡々と通常業務をこなす日々だった。

 ただ一つのイベントを除いては。

 

「……惜しいですね」

「くっそお! またダメッスか!?」

 

 シミュレーターから出てきたアラドの顔は滝のような汗が流れていた。 対して、向かい側のシミュレーターから出てきたライカは涼しげで。

 ライカはおもむろに胸ポケットから縁なし眼鏡を取り出し、装着した。そのままアラドの元まで歩いていき、先ほどの模擬戦映像を一から流してから、ライカの“指導”が始まる。

 

「ええ。突撃のタイミングが完全に狂っていました。あれではただ弾を喰らいに行っただけです」

「さっきよりは早めに行ったつもりだったんスけど……」

「前ラウンドは上手く中距離からの牽制が噛み合ったからこそ早く突撃しなければならなかったのです。……このラウンドは私からの射撃を避けながらの牽制だったので、攻撃の合間を見て、被弾覚悟で突撃しなければなりませんでした」

 

 一部始終を見ていたゼオラがアラドを見て、ため息を吐いた。

 

「いつも雑な牽制しかしていないから、接近戦で良いようにやられるのよ。だからあれほど射撃の練習をしておけって――」

「ゼオラの言うことも一理ありますが、アラドにそういう丁寧な戦い方は恐らく合わないです」

「へ?」

 

 ゼオラの言葉をやんわりと抑えたライカが呆気に取られているアラドの方へ向き直る。

 

「良いですかアラド。やるなら大破覚悟で敵を無力化してください。……中途半端にやるとそこに迷いが生じ、そのまま死に直結します。それが突撃というものです。アラドは私と比べて、とても思い切りが良いです。その長所を自分で殺してはいけませんよ?」

「は、はい!!」

 

 アラドの気持ちいい返事に頷くライカは、今度はシミュレーターにゼオラとの戦闘記録を映した。

 

「ゼオラは先ほど言った通りです。覚えていますか?」

「はい! 同じ高度、同じ射線軸で撃つのは相手にパターンを読ませるのと同義、常に動き回り、止まったら死ぬものと思え……ですよね?」

「その通りです。ファルケンの装甲は決して薄いものではありませんが、構造フレーム上、やはり被弾は可能な限り避けるべきです。……高機動戦での僅かなマシントラブルはそのままバランスを崩して墜落してしまうという事態に繋がりかねませんからね」

 

 一拍置き、ライカはファルケンが射撃をしている最中のシーンで一時停止をする。

 

「オクスタン・ライフルの強みは実弾とビームを撃ち分けられる……なんて単純なものではありません。……実弾とビームの発射速度を利用した時間差射撃(ディレイ)にこそあるのです」

 

 《ビルトファルケン》の携行武装は前々からライカが気になっていたモノだ。実弾はしっかり予備動作を見ていたら避けやすいが直撃した時の衝撃と破壊力は凄まじい。

 ビームは速い上に耐ビームコーティングを施さなければ電子類、物理的にと根こそぎ持って行かれる恐れのある兵器だ。故に、ライカがゼオラに求めているものは『どちらを当てたいか、どちらで引っ掛けるか』……そういう判断だった。

 

「ゼオラはアラドのフォローもしなければならないので負担が大きいとは思いますが……その分更に強固なコンビネーションになると思います」

「はい!」

「ありがとうございました! ライカ中尉!」

「はい、お疲れ様でした。身体はしっかり休めておくのですよ?」

 

 眼鏡を外したライカの眼は既に“コーチ”ではなく“ただのオフの女性士官”に戻っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……二人とも、中々でした」

 

 食堂で栄養ドリンクを啜りながらライカは数時間前を振り返る。

 最近、いやそれこそ二日前くらいからだろうか。アラドとゼオラから指導を頼まれる頻度が増したのは。

 その前からも時折合間を見て、自分の戦い方を教えていたが、あのミーティング以降より本格的に教えてくれと頼まれるようになった。

 何故か『ガイアセイバーズ』時代は良く、他のセイバーから請われて指導をしていた経験があったので、教えることは嫌いではなかった。その経験から言うと、二人はかなりの原石だ。

 磨けば磨くほど上達していく様はダイヤの原石以外に何と例えればいいだろうか。半端な指導は出来ない、とこうしてライカは今ノートパソコンに向かい合い、トレーニングメニューを作成していた。

 

「あ……」

 

 そんな最中、彼女と目が合った。

 

「……どうも」

 

 昼食が載せられたトレイを抱えて席を探す姿に既視感を覚えつつ、ライカは無言で自分の隣を促した。

 

「え? ……良いんですか?」

「ええ。もしアクア少尉が嫌でなかったらですが」

「あ、ありがとうございます! 実はどこも席が埋まってて困ってたんですよ!」

 

 そう言って彼女――アクア・ケントルムは嬉々としてライカの隣に座った。

 律儀に手を合わせ、食を始める彼女はやはり噂通りの令嬢……と言うことなのだろうか。そんなことをぼんやり思いながらライカはアンパンを齧る。

 

「あ、あの! ライカ中尉! つかぬ事をお聞きしてよろしいでしょうか!?」

 

 何やら真剣な表情でアクアが見つめてきた。食事を中断するようなことだ、こちらもそれなりの態度で聞かなければならない。

 

「はい? 何でしょうか?」

「ラ、ライカ中尉はお幾つでしょうか!?」

 

 思わず栄養ドリンクを掴み損ねるところだった。しっかり握りなおしてから、ライカは自分の年齢を思い出す。

 

「二十一ですね」

「に、二十一!? あの二十一ですか!? 生まれてから二十一年経ったということですね!?」

「……その二十一だと思います」

 

 何やらよほどのことだったようで、下を向いたアクアが何やら机の下で小さくガッツポーズをしていた。

 

「や、やった……。私が二十三だから……私と二つしか違わない……。てことは中尉も部隊の平均年齢を上げる一因に……」

「……アクア少尉?」

「は、はいっ! 何でもありません!」

 

 どう聞いても何でもあるような独り言だったが、あえて触れないことにした。代わりに、あたかも何も知らなかったかのように、そしていま思いついたような感じでライカはとあることを提案した。

 

「…………お願いがあるのですが。私相手に敬語は使わないで頂けますか? プロフィールを見れば私よりも年齢が上のようですし、それに階級よりも年功序列の方を重視していますので……。私としても歳が近い女性の方とは仲良くしたいです」

「そ、そういうことなら……。じゃ、じゃあライカって呼んでも……?」

「ええ。むしろこちらからお願いしたいところです」

 

 この発言を受け、今まで遠慮していたアクアが途端に活き活きとし始めた。

 

「ありがと! 私も年齢が近い人が身近にいないからちょっと寂しかったのよ!」

「よろしくお願いしますね、アクア少尉」

 

 と、ここでアクアが人差し指を立て『ちっちっちっ』とでも言わんばかりに左右に振る。

 

「駄目駄目。私がライカなんだから、貴方もアクアって呼んでくれないと不公平じゃない」

「……そういうものなのですか?」

「そういうものなの!」

 

 アクアのプレッシャーに何も言えなくなったライカは素直に首を縦に振った。

 

「……分かりました」

「よろしい! ところでライカ、貴方はいつからパイロットとして戦っていたの?」

「そうですね……。PTであるかはさておいて、そういう人型兵器に乗り始めたのは『DC戦争』が始まる前くらいからですね。あの頃は如何に対空戦をこなすかが生死の分かれ目でした」

「PTであるかは? どういう機体だったの?」

「……まあ、しいて言うなら()()()()()ですね」

「もどき……? まあ、良いか……。そんな頃から乗っているからあの操縦技術があるのね」

「そんな大したことではありませんよ。人間、生き死にが懸かっている状況だとどんなことも必死に覚えようとするだけです」

 

 事実そうだった。だからまずは自分の乗っている機体を知り尽くすことから始めた。

 どんなことが出来て、どんなことが出来ないのか、どこまでなら無茶が出来るか。そんな事を覚えるので精いっぱいだった。

 また、技術が知識に追いつくのは並大抵の事ではなかった。知っていても出来ない、出来るはずなのに出来ない。そんなことが何度もあった。

 その差を埋めるために比喩表現抜きで血まみれになるような事態になることも。そんな積み重ねがあって、今のライカがいるのだ。

 

「ヒューゴが言っていたわよ。『並みの努力じゃあの領域までは到達できない』って。あいつにそこまで言わせたら大したもんよ?」

「ヒューゴ少尉ですか。彼も相当の腕でした。……どこかの特殊部隊上がりですよね?」

 

 この話題は少し不味かったのか、アクアの顔が少しだけ暗くなった。

 

「『クライ・ウルブズ』って知ってる?」

 

 『クライ・ウルブズ』。その部隊名だけで全て理解できてしまい、ライカはすぐにこの話を切り上げることにした。

 

「……失礼しました。そして納得しました。道理で気迫が違うわけですね」

「まあ今は吹っ切れたみたいだけどね」

「そうですか。それで紆余曲折があり、今ではパートナー……と」

「ええ。と言ってもあいつの方が実戦経験が上だから、みっちり(しご)かれているんだけどね」

 

 と、そこで突然アクアが何かを思いついたようで両手を合わせた。そのやけに明るい表情を見ていたら……すごく嫌な予感しかしなかった。

 

「ねえライカ、私に戦い方を教えてくれない? ずっと前に比べたら大分マシにはなったけど、まだあいつの足元にも及んでいないと思うから……」

 

 既に食べ終わった食器の上に箸を置き、眼を伏せるアクア。……同じだと思った。

 無力を痛感してもなお、這い上がろうとする鋼鉄の意思。上限を知らない向上心。それは強くなろうと思った最初の頃の自身とそっくりで。

 

「ええ、構いません。今はアラドとゼオラにも教えているのでもし時間が合えば一緒に見ましょう」

「ありがとう!」

「いえ。お礼を言われるようなことは、大事な仲間……ですから」

「……それだけ?」

「……へ?」

 

 そっとアクアがライカの手を握りしめた。

 

「私は“大事な友達”としてもお礼を言ったつもりなんだけど」

「とも……だちですか?」

「もしかして……嫌?」

 

 そんなことを言う奴がこの世界のどこにいるだろうか。

 しかしそうだな、とライカは握られた手を見つめる。

 

(……そんなことを言ってくれる人がまだいたんですね)

 

 ずっと自分は周りから“仕事上の同僚”としてしか見られていなかった。階級や踏んできた場数もその要素の一部としてあるのだろうが、こうして“仕事上の同僚”というラインを軽々と飛び越えて来られたのは恐らくアクアが初めてだった。

 ――故に、彼女を信じられるのかもしれない。

 

「まさか。そんな贅沢なことを言う人……見てみたいですよ」

「ふふ。じゃあ今度一緒に買い物行きましょ?」

「ええ。オススメに連れて行ってくださいね」

「じゃあ手始めに……あ、そうだ! 私の部屋に色々雑誌が置いてあったんだった。下調べ……ってことで、これから来る? お宝もあるし」

「……お宝?」

 

 ズバリ、とアクアが指で大きめの四角形を形作った。

 

「なんと、カイ少佐からもらったサインよ!」

「――っ!」

 

 ガタン、と気づけば思い切り音を立て、椅子から立ち上がっていたライカ。周りからの奇異の視線などどこ吹く風、と言ったばかりにライカはアクアの肩を掴んだ。

 そのまま食堂の入口へ視線を向ける。

 

「へ? あの、ちょっ、ライカ?」

「……行きましょう。直ぐに行きましょう。知らないのですか? 時間は金よりも重いと」

「ちょ、ちょっとライカー! ま、まだ食器下げてない……ライカー!!」

 

 普段の戦闘時よりも素早い動作でアクアを引きずり、ライカはそのまま食堂を後にした。

 ――この一部始終を見ていた連邦兵たちの間ではしばらくの間、()()()()()()かどうかの議論が水面下で続いていたとか何とか。

 そんな、平和な時間の一コマだった。




次回は7/10 20:00に更新予定です!


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第十三話 闇から闇へ

「どこ……!? 一体どこから……?」

 

 部屋が暗くなっているのも気づかないまま、メイシールはパソコンに張り付いていた。キーボードの上には彼女の指が忙しなく動き続けている。

 

「どこから漏れたの……!?」

 

 思い浮かぶは自分の部下の口から出た言葉。

  ――命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)

 まだ知られるわけにはいかなかった。あれは未だ実用段階の手前にすら到達していない。

 だから、誰にも悟られず水面下で進めていく必要があった。

 

「あの“一つ眼”のパイロットが言っていたのよね……」

 

 規格外の機体を駆る、これまた規格外のパイロット、と言うのがメイシールの認識だった。部下――ライカを手こずらせる敵。

 メイシールと言う人間はライカ・ミヤシロと言う人間を割と評価していた。遠い親戚である地球連邦軍北欧方面軍司令ラインハルト・フリーケンから経歴を聞いた瞬間から目を付けていた。

 彼から送られた『グランド・クリスマス』の戦闘データを見た瞬間、運命を感じた。ライカは天才と凡才という分類で分けるとするならば確実に『凡才』と言える。PT適性もそれほど高くなく、操縦技術も平凡中の平凡。

 

 ――『DC戦争』という突然の戦争のせいで、PTパイロットの早期投入が急務。

 

 彼女が戦場に立たされたのはそれだけの理由だった。恐らく彼女もそれは承知していただろう。だからこそ、彼女は“生きる”ために“死ぬ”気で努力を始めた。機体性能を理解し、操縦技術の研磨に努め、やがて“出来る”ことの幅を広げていけたのは当然の結果と言えるだろう。

 それはある意味、兵士としての一つの完成系とも言えた。そこには決して折れることのない鋼鉄の意志が秘められているのも要因の一つ。

 メイシールが欲しかったのはそんな人物だったのだ。

 

「だからこそ……まだ知られる訳には……!」

 

 そんなことを考えていると、頭を悩ませている張本人であるライカがやってきた。

 

「失礼します」

「ライカ……」

 

 脇に書類を挟み、ライカはメイシールの前まで歩いてきた。

 

「これが今日の『CeAFoS』稼働データとシュルフツェンの実戦データです」

「そう……ありがと」

 

 ライカから受け取った書類を脇に寄せ、再びディスプレイと向き合おうとしたメイシール。そんなメイシールの姿に何か思う所があったのか、ライカが逆の手に持っていたコンビニ袋を差し出してきた。

 

「どうやら疲労が溜まっているようですね。栄養ドリンクとあんぱんが入っているので召し上がってください。効率よく脳が回復できますよ」

「……心配してくれているの?」

「ええ。貴方が倒れたら誰がシュルフツェンの整備や新武装の考案をするのですか?」

 

 それはいつかこちらがライカに言った台詞だった。唯一の違いを挙げるとしたら一つだけだろう。

 

(……こんな私を本気で心配してくれているなんてね)

 

 ライカは、本当にこちらを気遣ってくれているということで。

 メイシールは黙って、袋を受け取り、中身を取り出した。なんと栄養ドリンクとあんぱんがギッシリと詰まっていた。

 

「これを私が全部食べると……?」

「はい。いきなり沢山食べると胃に負担が掛かるので、少しだけですが」

 

 ちょくちょくズレた発言をするのは彼女が彼女故だからなのだろうか。ジッと彼女がこちらを見ていた。

 

「……何で見ているのよ?」

「その表情の悪さから、しばらく何も食べていないかと思いまして。ついでに言うならば、寝てもいないのだろうと」

 

 お見通しのようだった。どうやらしっかり食べるまで意地でも動かないつもりなのだろう。現に仁王立ちをして、腕まで組んでいる。……降参だ。

 あんぱんと栄養ドリンクの封を切り、メイシールは久々の食事にありついた。最初こそあり得ない組み合わせと内心おっかなびっくりで口に運んでみると、それが意外と――。

 

「……この食べ合わせも中々イケるわね」

「私が研究の末に発見した組み合わせですから」

 

 何て暇な研究をしているのだろうか。

 

「私は研究成果を発表しました。少佐は……まだ、ですか?」

 

 メイシールはあんぱんを齧る手を止め、ライカの方へ視線をやった。どうして、彼女はいつも人の心にするりと入り込んでくるのだろう。

 違った。彼女は自分の心に正直なのだ、それが結果としてこちらの心に入り込んでいることに繋がって。

 

「ライカ、貴方は……戦争で人が死ぬのはどう思う?」

 

 自分はどうしてこんなことを聞いているのだろうか。ライカは目を閉じ、黙考したあと、実に淡泊に返答する。

 

「人を殺さず死ぬのなら多少は感傷的になってしまいますが、殺したのなら話は別です」

「と、言うと?」

「人を一人殺せばそれだけ寿命が縮まります。殺した後に死んだのなら……それは殺した数が自分の寿命を食い破っただけに過ぎません。自業自得です」

 

 実に彼女らしい、ドライな返しだった。彼女は何人撃墜してきたのだろう。何人のパイロットが脱出出来て、何人のパイロットが死んだのだろう。彼女は……何人の死を見てきたのだろう。

 ライカの無表情の奥のモノを見てみたいと――ほんの少しだけそんなことをメイシールは思ってしまった。

 

「戦争は人の手でやるべきではないと思う? それこそ、機械か何かで戦い合った方が良いと思う?」

 

 栄養ドリンクを持つ手が少し震えていたのは恐らく気のせいではないだろう。この質問をする気は無かった。口に出した瞬間、己の失言を悔やんだ。

 だが、それも良いとも思えた。今ハッキリさせてしまった方が良かったのだろう。無意識にそう思ったからこそ、発言したはずだ。彼女の答えを聞いて自分は一体どんなことを思えるのだろうか、そこにほんの少しばかりの興味が湧いてしまったのだ。

 目の前のライカはそうですね、と顎に指を添える。

 

「そもそも機械同士で戦争をしたらそれは最早戦争ではなく、ただの技術の見せびらかし合いです。人が生んだ業を人の手で清算できるから戦争なのだと思います。正義悪を議論するつもりはありません。良し悪しはともかく、戦争には必ず人の心が入っていなければなりません。そうでなければ……これ以上の命の冒涜は無いのですから」

 

 人々に平和をもたらした“戦争”もある、人々を不幸にした“戦争”もある。それは全て人の心が入っていたからこそと、ライカは締めた。

 黙って聞いていたメイシールは一つの確信を覚える。

 

「ライカ」

「……はい」

「どうやら私と貴方は……根本的に合わないのでしょうね」

「そうだと思います。少なくとも、『CeAFoS』なんていうモノを考えた時点で」

 

 ――それは価値観の相違と言う奴で。

 単純ながらにして、決定的な要素だった。

 

「私にはね、兄がいたの。戦闘機乗りだったわ」

「……名前は?」

「シーン・クリスタス。『L5戦役』で死んだんだけどね」

「異星人によって……ですか」

「そうよ。AGX‐12《ナイト》によって、コクピットごと消滅させられたって聞いたわ」

「……確かに、奴のエネルギー砲が直撃したらそれぐらいにはなりますね」

「……泣いたわ。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるまで泣いたわ。そのあとよ、兄の墓標の前で誓ったわ」

 

 本当に疲れているのだろうか。メイシールは既に自分が何を言っているのかも分かっていなかった。

 

「もう二度と、兄のような犠牲者を出さない。そして……兄を消滅させた異星人を駆逐するってね」

「……『CeAFoS』はそのための手段……ですか」

「ええ。そしてその完成形が……」

 

 栄養ドリンクを一気に飲み干し、空き瓶をゴミ箱に捨てたメイシールは無言で部屋の出入り口の扉を開けた。

 

「話し過ぎたわ……本当に。悪かったわね、長時間立たせてしまって」

 

 会話の打ち切りを察したようで、ライカが一礼をして、踵を返した。

 

「メイシール少佐」

 

 メイシールに背を向けたまま、ライカは呟いた。

 

「貴方にとってはそうではないのでしょうが……私は一応、貴方の事を敬愛すべき上司と認識しています。……もし上司が困っていたら、部下が話を聞きに行きます。……それを覚えておいてください」

 

 それだけです、と今度こそライカは出て行った。扉が閉まるその瞬間まで後ろ姿を見ていたメイシールは、顔を伏せ、残っていたあんぱんを食べきる。

 

「……やっぱり、貴方は私とは違うのね」

 

 パソコンをスリープ状態から復帰させると、一通のメールが入っていたことに気づく。メールを開き、内容を確認したメイシールは目を見開いた。

 

「……こんなこと、あるのね」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 とある場所で彼女と彼はいた。巧妙に隠された隠れ家、と言っても良い。または自然が生んだ要塞とも言える。

 

「ただ今帰ったぜ“ハウンド”」

「アルシェンですか。お疲れ様です」

 

 信頼できるスタッフ達が機体の整備を始めたのを見ながら、アルシェンは資材に座りながらノートパソコンを開いている“ハウンド”の元まで歩いていく。

 相変わらずヘルメットで表情が読めない。

 

「何やってんだ?」

「ヤクトフーンドの最終調整です。物資が届いたので、ようやくヤクトフーンドの真価を発揮できます」

「へえ~。俺の機体はそんなメンドクサイことしなくても常に最高のパフォーマンスを発揮できるぜ」

「そういう改造をしているのですから当然です。私の機体は微細なバランスの上で成り立っていますので」

 

 機体調整が終わったのか、“ハウンド”は傍に置いておいた野菜ジュースに口を付ける。

 

「……あの灰色のゲシュペンストのパイロット。『ライカ・ミヤシロ』だそうです」

 

 一瞬表情が固まるアルシェンだったが、すぐに軽薄な笑みに変わった。

 

「……納得したわ。お前はともかく、この俺が良いようにあしらわれたのも当然だな。くそ、分かっていればもう少しやりようがあったというのに」

「あの機体には例のシステムも積んでいるようですし、完全に使いこなされたら恐らく勝ち目はないでしょう」

「お前はともかく、俺はまあ……無いわな。為す術もなく撃墜される未来しか見えないぞ」

「でも都合が良かったです。微細な違いはあるようですが、見たところ、アレは()()()と見受けられました」

 

 キーボードを叩いていた“ハウンド”の指が止まった。どうやら文章を作成し終えたようで、内容を確かめるように画面を見つめた後、エンターキーを押した。

 

「メールか? どこにだ?」

「この世で最もあのシステムに近しい者ですよ。まあ、一言でいうのならば――」

 

 “ハウンド”の口元が僅かに緩んだ。

 告げられた名前を聞いて、アルシェンも口角が吊り上った。それはメールが返されるのを確信した笑みであることは、アルシェンしか知らない。送信者先にはこう表示されていた。

 

「システムの産みの親宛て……ですね」

 

 ――『メイシール・クリスタス』、と。




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第十四話 対高機動砲台、そして疑問の爆発

 やはり機体を動かしている時が一番落ち着く。この機体の今日のコンディションはどうだ、とか操縦桿の反応が少し鈍いな、とかそろそろ機体のモーションパターンを更新しなきゃなとか。

 色々な考え事が精神を統一させてくれるのだ。己は機体の一部、とまでは言わないが機体はパイロットが動かしてなんぼだ。

 その極致こそが『人機一体』と、カイ少佐は言っていた。本人はただの受け売りだと笑っていたが、その考えはとても素晴らしいモノで。

 そんなことを考えながら、自分は今まさに接近してくる機体をロックオンし、BMパターンをインファイトへ。ホバー移動で地表を滑り、右手のG・リボルヴァーで牽制してから、一気に機体を加速させた。

 両腕部のバックラーを起動させる。機体の動きの流れで言うならば、このまま牽制しながら接近しての左腕部。

 

(……見え透いてるでしょうが……)

 

 そのまま敵機へ左腕部を振り上げ、殴りつける――が、その拳はあっさり空を切った。それが分かっている上で、機体の右脚部そして肩部のスラスターの噴出量を最大値まで上げ、半ばタックルするかのように機体を強引に動かした。

 それでぶつけ、右手を叩き込む。

 

「俺を出し抜くことに気を取られ過ぎたな!」

 

 だが敵機は機体を半身に動かし、こちらの肩部に手を添え、前に出ている方の脚部を引っ掛けてきた。

 

「う……!」

 

 高速で動いている機体のバランスが少しでも崩れたらどうなるか。よほどの達人でもない限り、バランスを取り戻すのは不可能に近い。

 その結果が前後左右上下に動く視界と、それに揺さぶられる脳だった。実戦でもないのに、このシミュレーターはそれを律儀に再現してくれた。

 

「駄目……でしたか」

「途中までは良かったが、最後は直線的過ぎたな」

「横への動きも交えた方が良かったです、ね」

「出来るなら縦軸への動きもな。人間、横運動より縦運動への反応が僅かだが遅いものだ」

 

 少し揺れる頭を押さえながらライカはシミュレーターから下り、カイの話を一単語でも多く脳に叩き込む。ライカはカイの時間が空いていればこうして一本、相手をしてもらっていた。

 彼の操縦技術を眼の前で見せてもらえるうえ、こうして細かな指導を付けてもらえるのだ。これを贅沢と言わずして一体何を贅沢と言うのだろうか。

 カイから許可を貰って、録音させてもらっている上で、アナログ的な方法だがメモ帳にもペンを走らせる。耳で、手で、身体でカイの技術を必死に叩き込んでいた。

 

「本日もお付き合い頂き、ありがとうございました」

「気にするな。後進の育成も大事な仕事だ。……それにしても」

「……はい?」

「ライカ。お前はどうもキョウスケやアラドのような直線的な突撃を好むようだな。良くやっているだろう? 白兵戦でタックルを」

 

 そう言えば、とライカは今までを振り返る。堅牢な装甲を持つゲシュペンスト自体も活用できれば、と試験的に行っていたことが今となっては当たり前のように選択肢の一つとしてなっていた。

 AMでやると装甲がひしゃげてしまうのが難点だ。以前、リオンで体当たりを敢行したら死に掛けたのは誰にも言えない。

 

「はい、そうかも……しれませんね」

「キョウスケに会ったことは?」

「いえ……。ゲシュペンストのカスタムタイプに乗っているので、一度は話してみたいというのが本音です」

 

 現存するMk‐Ⅰは二機。

 一つはギリアム・イェーガー少佐が駆るゲシュペンスト・タイプRV。そして『ATXチーム』隊長キョウスケ・ナンブのアルトアイゼン・リーゼ――ゲシュペンスト・タイプTだ。どちらもカスタムされており、独特のラインはそのままで大きく外見が変わっている。

 特にアルトアイゼンに至ってはゲシュペンスト特有の頭部が無かったら、何の機体が基になったのか分からないレベルだ。

 カイが懐から一枚のディスクを取り出した。

 

「これはアルトの戦闘データだ。アラドの育成のために、キョウスケに送ってもらった」

 

 そう言って、ディスクがライカに渡された。

 

「……もしかして……頂いても?」

 

「ああ。コピーは既に取っている。お前の参考になれば、と思ってな」

 

 ディスクを持つ手がすごく震えているのを感じた。自分のように近~中距離を好む人間にとっては国宝級のお宝で。接点もないので映像記録や話を聞くだけでしかアルトアイゼンのことを知ることが出来なかったので、半ば諦めていた。

 

「あ、ありがとうございます……! 大事に使わせて頂きます……」

「ああ。この後の予定は?」

 

 その言葉で思い出してしまった。携帯端末に指を滑らせ、スケジュールを確認したライカは現実の非情さを思い知る。

 

「……メイシール少佐が考案した武装のテストでした」

「そうか。大事な任務だ、しっかり励め」

「了解」

 

 楽しみは後で取っておく人間、というのが自己評価なのだがこう露骨に“待った”を掛けられてしまうと心に来るものがある。一秒でも早く終わらせよう、早速ライカはメイシールの元まで走ろうとする。

 

「ライカ。見つけたわ」

「少佐。どうされたのですか? いつもは私室に引きこもっていらっしゃるのに」

「……貴方が普段私のことをどう思っているのかよく分かったわ」

 

 まあ良いわ、とメイシールがタブレットを操作しながら用件を告げる。

 

「今日のテストの場所、変更ね」

「……水鳥島ではないのですか?」

「ええ。そこじゃなくて、今日は連邦が買い取っている無人島でやってもらうことになったわ」

「了解しました。ところで、新武装の詳細を全く把握していないのですが……」

「感じなさい。貴方のセンスなら余裕よ」

 

 前はワイヤーアンカー、その次は携行型の鋏。次は何を使わされるのだろうか。ライカの胸は不安で一杯だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 伊豆基地から約二時間半ほど輸送機で揺られた先に人の気配を全く感じない無人島があった。センサーを走らせて見ると動物の反応も見られないので、思い切りやるには良い所だとライカは思った。

 遊んでもいられないとライカは地上に待機させていたシュルフツェンのコンディションと新武装の確認を始める。機体は全く問題ないのだが、新武装の方はある意味問題だらけだった。

 見た目は良く知る物だったのだが――。

 

「少佐、これは何ですか? 見たところバズーカのように見えますが……」

 

 ――バズーカの下部にアンカーウインチが付いていたのだ。

 

 また頭が痛くなった。無誘導ロケット弾を撃ち出すだけじゃ足りないのか……。どうして完結している武器に無理やり伸び白を付けようとするのか。

 

「あえて名前を付けるなら複合型バズーカね」

「……コンセプトを教えてください」

「今回のバズーカはパイロットではなく、機体への“攻撃”を重視しているの。これが量産されれば機動兵器もパイロットもほぼ無傷で捕えられるようになる! ……て寸法よ」

 

 ここでようやく武装の情報が開示された。レクチャーを受けること数分。とりあえず、色々出来そうな武装だという感想が持てた。

 

(要は特殊弾頭と電撃を発生させるアンカーウインチで敵機を無力化しろ、通常弾なんて野蛮なモノは投げ捨てろ、ということなのですね)

 

 シュルフツェンの腰部に備えられたカートリッジを付け替えることで機体への“攻撃”の種類を変えられる。攻め方としては特殊弾頭で敵機を追い詰め、最後は電撃による電子兵装の破壊……という感じなのだろう。

 

「とりあえず目の前に待機させているリオンをオートで動かすから、色々やってみなさい。払い下げのおんぼろだから電子系統グチャグチャにしても全く問題ないわ」

「それはそれで勿体ないですが……分かりました」

 

 『テスラ・ドライブ』を起動させ、シュルフツェンを上空に上げるライカ。――その瞬間、シュルフツェンの足元を“何か”が通過し、リオンが爆散した。

 

「……は?」

 

 後方からのロックオンアラート。ヒヤリとした、まるで背中に冷えた手を直に入れられたようなそんな感覚。その感覚に導かれるように、操縦桿を横に倒した。

 

「ライカ! この空域に所属不明機が一直線に突っ込んできているわ!」

「数は……!」

「一機よ!」

 

 “ハウンド”とアルシェンが脳裏を過る。それにレーダーに映らないような超長距離からの狙撃だ。こんなの、よほど腕利きじゃないと不可能な芸当だ。

 だが、レーダー補足圏内に入ってきたのは“ハウンド”でも、アルシェンでもなかった。

 

「これは……バレリオン……!?」

 

 ――RAM‐005《バレリオン》。

 砲撃戦能力に特化した長距離火力支援用AMだ。求められたのは堅牢な装甲、そして一撃で敵機を落とす大火力。その代償として近接戦闘能力と運動性能が他のAMに劣っている……はずだった。

 

「この速さは何ですか……!?」

 

 画像を拡大すると、その速さの正体が分かった。バレリオンの全身に括り付けられたブースターで鈍重な機体を“真横に打ち上げていた”のだ。

 またアラート。機体を斜め上に上昇させ、とにかく高度を合わせないように努めた。こちらの武装はまだ届かない。

 そんな距離で頭部にある『ビッグヘッドレールガン』を一方的に、そして正確な狙いで放ち続けてくる《バレリオン》。一発撃ったらすぐ鋭角に旋回し、決してパターンを読ませない動きで徐々に接近してくる。

 

(凄腕……? いやそんな訳がない。あんな動き……まさか……)

 

 普通なら賞賛に値する動きだ。……その有り得ないぐらいに速い速度でなければ。ただでさえ人体に危険がありそうな速度に加え、速度を落とさずの急ターンなんてやろうものなら、挽肉コース待ったなしだ。

 更に加速した《バレリオン》がこちらの射撃レンジに飛び込んできて、腕部にあたる部分からミサイルを発射してきた。

 

「接近戦がお望みの割には……!」

 

 既に後退していたライカは小さく深呼吸をし、早速新武装を使うことにした。バズーカのカートリッジを取り換え、ミサイルが来る予測地点へ向け、引き金を引いた。

 放たれた弾頭は僅かに飛んだ直後に爆ぜ、中から金属粉や火の粉が出てきた。……この『チャフ弾』はとりあえず役に立ったとだけ言っておこう――ジャマーを積んだ方が良いような気もするが。

 花に群がるミツバチのように、ミサイル群が弾頭が爆ぜたポイントへ向きを変え、飛んでいく。ミサイル同士がぶつかり、ひときわ大きな爆発が生まれたのには目もくれず、ライカは《バレリオン》へ向けて機体を加速させる。カートリッジを換装済みだったライカは《バレリオン》が来るであろうポイントへ向け、バズーカを放つ。

 場所は良かったのだが、放った瞬間《バレリオン》が急停止をし、一気に降下をしたのには目を疑った。常人ならば今ので恐らく内臓がシェイクされた。

 以前、速度を落とさずに攻撃を続ける《バレリオン》。このシュルフツェンの瞬発力が無ければどれもコクピット直撃コースなのが恐ろしい。

 

「――嘘」

 

 モニターが明滅する。文字が現れては消えの繰りかえし。操縦桿が酷く重くなったような感じがした。

 妙に思考が多くなってきたなと思った。バレリオンのカメラアイも明滅している。

 そして更に人間離れした動きを繰り出した上で、一段と精度の上がった砲撃。だが、()()()()()()()()()()()

 

「『CeAFoS』の強制起動……!?」

 

 モニターの画面が完全に変わり、『CeAFoS強制起動』の文字だけが表示されていた。それに伴い、機体全身のハッチが開き、スラスターが露出される。

 今までにない事態。メイシールとの“妥協”で『CeAFoS』に保険を掛けていたにも関わらず、だ。

 ライカは波長計に目をやる。

 

(何故ですか……?)

 

 心拍、精神状態ともに許容値だった。

 メイシールとの“妥協”とはこれが一定値を下回ると、“命の危険がある状態”と見なされ、システムが強制起動するというものだった。その代わりに勝ち取ったモノは任意でのシステム起動のはずだったのに……。

 メイシールへ連絡を取ろうしたが繋がることは無かった。敵機にはジャミング装置も積まれていたみたいだ。ふとサブモニターを見ると、そこには目を疑うようなデータが更新され続けていた。

 

「これは……バレリオンの行動の候補……?」

 

 それはこちらを撃墜をするために最適な行動の候補だった。かなり精度の高いもので、候補のいくつかはやろうとしていたものだった。

 そんな選択肢が秒単位で更新され続けていく。

 

「これも『CeAFoS』の機能? いやそれならどうして今まで……?」

 

 悩んでいる暇は無かった、それに今の状況ではこれ以上にないぐらいのデータだった。短期決戦、ライカはそれだけを考える。

 こうしている今も『CeAFoS』から行動の提示がされ続け、蓄積された“この状況と似たようなパターン”が頭に送り込まれ続けている。ヘルメットを脱げばいい話なのだが、そんな動作をしていたらあっという間に蜂の巣だ。

 自分が壊れるか相手を壊すかのレースだった。バズーカの弾頭を変えたライカはこれ以上にないだろうという予測地点へ撃ちこんだ。

 ――吸い寄せられるように弾頭は《バレリオン》の前で炸裂する。

 途端、バレリオンが全く合理的ではない方向へ機体を推進させたのを見て、ライカは命中を確信する。

 『フラッシュ弾』が《バレリオン》のカメラから視覚情報を奪い取った。ココしかなかった。

 『CeAFoS』からの提示に従うまでもなく、ライカはペダルを踏み込んだ。爆発的な加速で旋回先へ飛び込めたシュルフツェンがバズーカの砲口を《バレリオン》へ向ける。

 ライカはメイントリガーの一つ下のボタンを押した。連動するようにバズーカ下部からアンカーウインチが放たれた。

 三本爪のアンカーが《バレリオン》の胴体にしっかり食い込んだ瞬間、可視出来るほどの電撃がワイヤーを流れ、敵の電子系統を蹂躙し始めた。

 流すこと十秒。《バレリオン》の全身から白や黒の煙が立ち上り、機体は完全に機能を停止し、地面へ落下していった。

 耳を塞ぎたくなるような重低音が島中に響き渡り、衝撃で生まれた風が樹木を何本か倒していく。

 

「あの機体が……アラド達が言っていた無人機……?」

 

 話に聞いていた以上に手こずった。これはいよいよどうにかしなければならないだろう。こんなもの……人の命を軽くさせるだけだ。

 強制冷却中のシュルフツェンの“泣き声”を聞きながら、ライカはもう一つの疑問について思考を開始した。

 

(……何故バレリオンが接近したら『CeAFoS』が起動したのでしょうか? 少佐が妥協して追加してくれた命令より上位の性質を持っているとでも言うのですか……?)

「……カ。ライ……カ……!」

 

 ジャミングが晴れたのだろう。メイシールの声が聞こえてきた。

 映像に切り替えると、青ざめた表情の彼女が出てきた。

 

「ライカ! 無事!?」

「……ええ。大丈夫です」

「突然ジャミングを掛けられたから輸送機のカメラで様子を見たら、バレリオンと交戦していてビックリしたわ……」

「少佐、戦闘中に『CeAFos』が発動しました。どういうことか説明をお願いしたいのですが」

 

 投げかけた質問は受け取ってもらえることはなく。

 

「……さあ、私も驚いているわ。私も疑問に思うわ」

 

 その言葉を、何故自分の眼を見て言えないのか――口にしようとしたが、止めた。

 

「……ええ。疑問は尽きませんね。…………色々と」

 

 輸送機がこちらを回収してくれるまで休んでいます、と強引に通信を切ったライカはヘルメットを脱ぎ――そのままコクピットの内壁へ叩きつけた。

 

 

「――――堪忍袋の緒が切れました」

 

 

 これ以上何も分からないままおかしなシステムを使わされるのにも嫌気が差した。

 今回は色々と不可思議な点が多い。

 ――ついにメイシールへの疑問が許容出来るラインを超えてしまった。




次回は7/11 20:00に更新予定です!


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第十五話 対立の果てに

 ――夜。とある場所でメイシールは人と待ち合わせていた。

 そこは波が防波堤に遮られているのが良く見える場所。ただ波の音だけがその場を支配していた。メイシールは腕時計で時間を確認すると、そのまま懐に手を差し入れ、“護身用に持ってきたモノ”の感触を確かめる。

 警戒していないと言ったら嘘になる、これは安心するためだ。

 

「……時間ね」

「時間通りですね。流石です」

 

 来たか――と、メイシールは背後からの声を受け、振り返る。目の前にはヘルメットで顔を隠した人間が立っていた。

 黒を基調とし、所々に銀のラインが入っている軍服が目に入ったメイシールは該当する所属を思い出してみたが該当するものは全く無し。女性、というのは声で分かった。……少しだけ声色を変えているようで、変な違和感が残る。

 

(……違和感? 何で初対面で違和感を?)

「初めまして。私は先日あなたにメールを送らせて頂いた者で、“ハウンド”と申します」

「あら、ご丁寧に。私は――」

「メイシール・クリスタス少佐ですよね。存じ上げております。……いえ、それには多少語弊がありましたね。貴女の事は誰よりも知っていると思っています」

 

 下調べは済んでいるようで安心したとばかりにメイシールは口角を釣り上げた。……最後の言葉だけは少し引っかかるが。

 

「先日はサンプルの提供ありがとうございました。おかげで我々の実験も滞りなく行うことが出来ました」

「お礼を言うのは私の方よ。こちらも欲しいデータが手に入ったわ」

「そうですか。それは良かったです」

「それじゃあ教えてもらおうかしら? 何故貴方達は――『CeAFoS』と『命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)』を知っていたの?」

「……答えなくてはなりませんか?」

「答えなさい」

 

 懐から取り出した銃を構え、メイシールは促す。出来れば穏便に問い詰めたかった。

 メイシールの目的は二つ。一つ、この二つをどういう経緯で知りえたか問い詰める。二つ、可能ならば――口を封じる。

 

「物騒な物を向けますね。……ええ、そうでしょうね。貴方は必要ならばそれすらもやりかねない」

 

 銃口を向けられてもなお、“ハウンド”は何もしない。両手を挙げることも、メイシールが目的とする情報の開示もない。その余裕の根拠が、今分かった。

 

「はいはい。銃を捨ててくださいねー」

 

 物陰から男が銃を構えながら出てきた。ニコニコしているが、その眼は全く笑っていない。

 黒髪を掻き上げ、男はどんどんメイシールに近づいていく。

 

「ったく、銃を持ってきていたことぐらい予想付けろよなー。というか俺がお前に対して、この手使えるんじゃないか?」

 

 男が空いている手で“ハウンド”へ指鉄砲を作り、放つ動作をした。それを受けた“ハウンド”は淡泊に返す。

 

「上等です。そのまま反撃を喰らって死ぬのがオチだと思いますがね」

「貴方は……もしかしてあの黒いガーリオンの方かしら?」

「ええ。そうです。彼はアルシェン・フラッドリー。私の部下です」

「……いつかは寝首掻き切って俺が上官になるんだけどな」

 

 上司と部下との会話に思えなかったが、これもこちらを油断させるための作戦なのだろうか。

 そんなことを思っていたメイシールへアルシェンは詰め寄った。

 

「なあ。人を撃ったこともなさそうな奴が銃を握るのは止めとこうぜ? んなことしても空しくなるだけだって」

「な……!」

 

 要は撃てっこない、と彼は言っているのだ。見透かされ、嗤われている。アルシェンは笑いながら、メイシールの銃口を掴み、そして自身の心臓に導いた。

 

「ほら、ここだここ。おっと、俺を撃ったらしっかり“ハウンド”も殺っておけよ? 俺が死んで、あいつが死なないのは悔しすぎる」

「ふざ……!」

 

 言おうとしても、言えなかった。強がりが強がりとしてなっていない。

 自身の手を見ると……引き金に掛けた指がカタカタと震えていた。呼吸が荒くなってしまう、こんな姿を見せたらそれこそ――。

 

「煽らないでくださいアルシェン。今日はそういう話をしに来た訳ではありません」

「……分かっているよ。ちょっとからかっただけだ」

 

 もう何かをしようと言う気はアルシェンには無いらしく、大人しく下がり、その辺の地面に座り込んだ。それを見届けた“ハウンド”がメイシールへ頭を下げた。

 

「……何のつもりよ」

「謝罪です。貴方を不快にさせました」

「そんなもの、要らないわ」

「……近い内、彼女……ライカ・ミヤシロは貴方の元へ行くでしょう」

「まるで知っているかのような口ぶりね」

 

 そんなことは分かり切っていた。今までのボンクラならまだしも、彼女は別次元だ。

 あからさまなタイミングであんな襲撃の仕方、確実に疑われているに違いない。それに……彼女には伏せていた『CeAFoS』のもう一つの機能の事も気づかれてしまった。

 自分だからそのことは予想出来ていた。だけど、どうして“ハウンド”がやけに断定的なのだろうか。

 

「ええ、まあ。……彼女の事はとても良く知っていますからね。そこに座っているアルシェンも含めて」

「貴方達とライカはどういう関係なの……?」

「そうですね……。アルシェン、何か巧い例えはありますか?」

「ん~。ある意味戦友じゃないのか?」

「だそうです。ある意味戦友です」

 

 ある意味戦友――その意味は何なのだろうか? 深読みをするモノなのだろうか、それともただのブラフ。

 全く彼女たちが読めなかった。

 

「さて、長話が過ぎましたね。今回お越しいただいた目的とは単純です。一言だけ告げたくて」

「随分長いプロローグだったわね。良い作家になれるんじゃない、貴方?」

「光栄です。では一言だけ。……私達の所には貴方の研究を手伝える設備、そしてデータもあります」

「なっ……!?」

 

 “ハウンド”の口から飛び出した言葉はメイシールの心を掴んで離さなかった。それを見透かしたかのように、彼女は続ける。

 

「貴方の研究成果と、私達の手持ちを合わせればそれだけ完成が早まるかと思われますが……如何ですか?」

「それ……は……」

 

 メイシールの頭の中で損得の計算が始まっていた。彼女の目的は最初から一つ。『CeAFoS』の完成、これだけ。

 そのためならどこに行こうが関係なかった。……はずだった。

 

「即答は出来ません、か。分かりました。ではこれを」

 

 始めから分かっていたかのように、“ハウンド”が胸ポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、メイシールへ手渡した。

 

「そのメモ用紙に書かれている場所に私達はいます。決心が付いたらその下に書いてある連絡先に連絡をしてください。迎えを寄越しますから。……来てくれることを祈っています」

 

 用件は済んだ、とばかりに“ハウンド”といつの間にか立ち上がっていたアルシェンは夜の闇に溶けて行った。そこに一人残されたメイシールはメモ用紙を握りしめていた。

 使い方によっては彼女らを一網打尽に出来るだろう。

 連絡先に潜伏先という情報が手に入ったのだ……勝ったも同然。だが……彼女はメモ用紙をポケットに入れた。

 ここで捨てれば、この話は無かったことにも出来たはずだったのに、彼女は自身の行動に迷いは無かった。

 

「……私は。私の目的は……!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……こっちは纏め終わりました」

「ありがとうございますラトゥーニ。やはり声を掛けて良かったです」

 

 疑問が爆発したあれからすぐにライカは行動を開始した。

 シュルフツェンの戦闘データや稼働データを全てコピーし、自室へ持ち込み、徹底的に『CeAFoS』の解析をすることにしたのだ。

 それにあたり、今回は助っ人を呼ぶことにした。

 一人では限界があり、また視点が固定化してしまうことによっての“思い込み”だけは避けたかったのだ。

 求める条件は自分でも思うが、かなり我が儘である。

 『システム解析やその類の処理を得意とする人物』、『自分がやっていることを口外しない信頼できる人物』。直ぐに浮かんだのはたった一人。

 データ処理が得意かつ信頼を置けるラトゥーニ・スゥボータだった。

 ラトゥーニもこのシステムの事は気になっていたようで、二つ返事で了承。すぐに彼女を自室へ招き、システムの解析を開始した。

 自分の人選に間違いは無かったようで、彼女はすぐに色々な情報を分かりやすく纏め、プリントアウトしてくれている。

 その書類に目を通すと、やはりこの『CeAFoS』はそう単純なシステムではなかったらしい。

 

「……やはりこのシステムは人間が扱う前提ではなかったみたいですね」

「ライカ中尉は良く気が狂わなかったと思います……」

「ええ。自分でもそう思いますよ。やはり任意での起動にしたのは正解でした」

 

 書類の束を抱え、ライカは椅子から立ち上がった。

 

「本当にありがとうございました。今度また食事に連れて行かせてください」

「その時はアラド達も……良いですか?」

 

 そっとラトゥーニの頭を撫で、ライカは自室の扉まで歩いていく。

 

「もちろんです」

 

 そう言い残し、ライカは廊下を歩く。横切る連邦兵士たちが皆自分のことを見るが、気にしない。

 カツ……カツ、と静かながらも確かな靴音は自分の感情を表しているかのように。自室から数分、目的地へ着いたライカはノックもそこそこに、扉を開け放つ。

 

「……ライカ」

「失礼します。お話があって来ました。お時間はよろしいですね」

 

 あらかじめ彼女のスケジュールを確認していたライカは逃げ道を塞ぎ、机の上に書類の束を叩きつける。束の上から一枚取り、目を通したメイシールは観念したかのようにため息を吐いた。

 

「……いつかはやると思ったけど」

「まず少佐から聞いていた『CeAFoS』と実際の仕様が違っていたことについて何か言うことはありますか?」

「無いわ。意図的に伏せていた情報だからね」

「そうですか。なら次の質問です。あのバレリオンは少佐がけしかけたのですか?」

「それはノーね。『CeAFoS』の試作品以下の失敗作を彼女らに流したらああいう使い方をしただけよ。ただ、周囲に被害が出ないよう、配慮はさせてもらったけどね」

 

 全く悪びれた様子もないメイシールに苛立ちを覚えながら、ライカは次の質問へ移る。

 

「『CeAFoS』というシステムは人間の操縦を補助する……なんてモノじゃないですよね。あれはどちらかというと……無人機の為のもの」

「……へえ。そこまで辿りつけたのね」

「そしてあの強制起動は『CeAFoS』同士が近くにあったから……ですよね。システムは一つだけあれば良いということですか?」

「なるほどね、良いところまでは行けたわね。でも、違うわ。『CeAFoS』のオンリーワンは望んでいない」

「……少佐は何を見据えているのですか? 私には教えられないことなのですか?」

「……貴方には関係ないわ」

 

 ――プチン、と自分の何かが切れた音がした。

 いよいよ、もう自分がこの後どうなろうが知ったことではない。

 

「……ふざけるな」

「ライカ……? きゃっ……!」

 

 途端、ライカがメイシールの詰め寄り、胸倉を掴んだ。

 

「いい加減にしてください。知っているのに知らないフリ、問い詰められたら惚ける、それがどんなに周囲に迷惑を掛けているのか……分かれ……!!」

「……驚いたわ。貴方、そんな風に怒るのね」

「私は良い。どんなに使い潰されようが納得したことなら良いです。……だけど、既にこの話はカイ少佐を始め、教導隊を巻き込んでしまっているんです。キッカケは誰だ……? 貴方じゃないですか少佐。……復讐は結構です。それは止めはしない、むしろ応援します。ですが……迷惑だけは掛けるな。自分の都合で人を振り回すな……!」

 

 我に返ったライカはすぐにメイシール少佐を解放し、一歩下がった。

 

「……申し訳ございません」

 

 身だしなみを整えていたメイシールはライカから目を背けた。

 

「良いわ。……ねえ、ライカ? 貴方は人の生き死にがない戦争を肯定する気は……無いかしら?」

「ありません。それは死んでいった死者を冒涜する行為です。……私だけはそう思い続けなければなりません」

「…………そう。残念だわ。私はきっと、貴方に――」

 

 言いかけて、言葉を中断したメイシールは背を向けながら、出入り口を指さした。

 

「……行きなさい。これ以上はきっと、話しても無駄よ」

「…………了解」

 

 自動で閉じていく扉の向こうで、メイシールが哀しそうに笑っていた気がした。見間違えなのかもしれない。

 もしかしたら自分がそうあって欲しかっただけなのかもしれない。扉が閉じられた今、それを確認する術はもう無かった。

 僅かな空しさを感じながら、ライカは自室へ歩を進める。

 自分はまた、どうしたらいいのか分からなくなってしまったのかもしれなかった。

 『グランド・クリスマス』のあの日から、自分は何も成長していないのだろう、自嘲するようにライカは乾いた笑いを漏らした。これからメイシールとどう付き合っていけばいいのだろう。

 そんなことを考えながらライカはその日、ほとんど倒れ込むように眠りについた。

 そういう状況だったからか、ライカが“ある事”を知ったのはその翌日だった。

 

 ――その日、伊豆基地からメイシール・クリスタスの姿が消えていたのだ。




次回は7/12 12:00に更新予定です!


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第十六話 不屈の心

「思ったより早く来ましたね」

「分かっていたくせに」

「……ええ、否定はしません」

 

 そう言って“ハウンド”の口元が緩んだ。彼女の後ろを付いて、メイシールは個室に通された。そこはベッドやパソコンなど、およそ彼女に必要な要素だけを切り取った部屋だった。

 日当たりも良いし、ここでならずっと過ごせそうだ――そう、メイシールは素直に思った。

 

「随分私好みの部屋ね」

「そうだと思います。貴方はきっと気に入ると確信していました」

「……ねえ」

「どうされましたか?」

「貴方はどうしてそう、私の事を分かった気でいるのよ? 正直、不愉快だわ」

 

 メイシールの批難を“ハウンド”はただ受け止め、そして流し、ありのままを伝える。……その口元は緩んだままで。

 

「……そうでしょうね。沸点の低さは変わらないようで安心しました。……上等です」

 

 “ハウンド”がメイシールに背を向け、歩き出した。彼女は思わず呼び止めてしまう。何故だか分からなかった。

 こんないけ好かない奴、無視して自分の研究に専念しなければならないはずなのに。

 

「貴方は誰なの? まさか、私の知り合い?」

「さすが、良いセンですね」

 

 そこで“ハウンド”は一度言葉を区切った。

 

「一つ、昔話を良いでしょうか?」

「……時間の無駄と思ったら即研究にとりかからせてもらうわ」

「ありがとうございます」

 

 メイシールは太々(ふてぶて)しく椅子に腰かけ、“ハウンド”の言葉を待つ。無視しても良かったのだが、どうにもそれをさせない。訂正、少しばかり言葉が悪かった。

 ――気になってしまったのだ。

 言い方は悪いが、とても他人の気がしないのだ。どこか覚えのあるこの感じ。初めて会うはずなのに、そう思わせない“何か”があったのだ。

 

「あくまで私の戦友の話なのですが、その方には昔PTやMMI開発を専門とする親友がいました。最初こそ顔を合わせるだけですぐに口論へと発展するくらい険悪な仲だったんですがね」

「へぇ大した親友が居たものね。さっさと縁を切れば良いでしょうに」

 

 少しだけ“ハウンド”の口元が寂しげに引き締められた。

 

「ええ、私も何度もアドバイスしました。……でも、結局そのアドバイスはしなくて良かったと思っています」

「どういうことよ?」

「幾度も口論を繰り広げていっていたはずの二人は時間が経つにつれ、心を開いていったんですよ」

「……何度もぶつかってやがては友情が芽生える、って奴ね。良い話ね少年漫画の一つでも描けるわきっと」

「まさにそんなものでしたよ。それからはその人とは無二の親友となったそうです」

 

 そこまで言い、“ハウンド”は一度喋るのを止める。

 

「しかしもうその親友はいない」

「……ふーん。で、その残された貴方の戦友はどうなったの?」

「その親友と交わした“約束”を守るために生きているみたいですね。……どんな手を使おうが、それこそ今までの自分をかなぐり捨ててでもその目的を果たすために」

「貴方……」

「……どうやら話し過ぎたみたいですね。この話を聞いて、貴方はどう感じたかは分かりませんが、それでも私はあえてこう言います」

 

 そう前置き、“ハウンド”は言う。言葉は明瞭、感情はヘルメットに隠され不明瞭。

 

「――全てに納得が出来るようにしてください」

 

 メイシールはそのちぐはぐさが本気で理解出来なくて。()()()()()()()――そんな疑問が彼女を支配する。

 だがその答えは返されず、それで完全に言いたいことを言い終えたのか、“ハウンド”は扉の向こうに消えて行った。

 一人取り残されたメイシールは先ほどの言葉の意味について考えるも、すぐに取りやめた。自分は“ハウンド”の心境を推察するためにここへ来たのではないのだから。

 メイシールは早速パソコンを立ち上げ、中身を確認する。

 

「すごい……。この蓄積されたデータだけあればすぐにでも『CeAFoS』の完成度を上げることが……!!」

 

 彼女たちはどれだけ手際よくデータを集めてこられたのだろう。量も、質も、どちらも等しく高い。自分で自分のキーボードを操作する指が止められなかった。

 痒い所に手が届くこのデータ群を前に、既に彼女らのことを考察する余裕などなかった。

 

「見てて……お兄ちゃん。メイトが必ず……!!」

 

 仄暗い“覚悟”を眼に宿したメイシールの背には、幽鬼が宿っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「さて、ミヤシロ中尉。君は何か知っているのかね?」

 

 メイシールが姿を消したことを知ったのは、翌日のことであった。

 

 ――私は自分の目的を達成させるために行くわ。さよなら。

 

 そう、自分のパソコンにメールが入っていた。当然知らぬ存ぜぬを通せるわけもなく、今、ライカはレイカー司令に呼び出されていた。

 

「……いえ。私も、今朝知ったばかりです」

「そうか。『CeAFoS』の件もある。このまま戻らないようであれば、こちらとしても断固たる態度を取る必要があると――」

「――お言葉ですが。それは……まだ……」

 

 部屋の温度が何度も下がったような錯覚を覚えた。

 レイカー司令がこちらを真っ直ぐと見つめて……いや、もはや睨んでいるという表現が正しい。

 

()()……何かね? むしろ君の方が『CeAFoS』の危険性を知っているだろう。そんなシステムを手掛けている彼女が、連邦以外の武装組織へその情報を提供しようとしている。……拘束し、処分を受けて然るべきだと思うが?」

 

 全くその通りだった。あのシステムの危険性は恐らく自分以上に知る者はいないだろう。

 ……彼女は恐らく“ハウンド”たちの所へ行ったはずだ。

 思えば、“ハウンド”が残していった単語を聞いた時から、彼女の様子はどこかおかしかった。

 

「ですが……私には、少佐が何らかの考えがあって、向こうに行ったと……そう思えてなりません」

「だから? どうすると言うのだね?」

 

 思えば、彼女は終始自分を振り回してばかりだった。出会いは彼女が引き寄せ、そして別れも彼女自身が演出した。

 ライカ・ミヤシロと言う人間はメイシール・クリスタスと言う人間をある意味高く評価していた。考えこそ交わることは無いのだろうが、そのブレなさだけは諸手を上げて尊敬したいレベルだった。

 自分の考えを貫き通すことの何と難しいことだろうか。

 それが出来なかったからこそ、自分は『ガイアセイバーズ』で一度目の死を迎えたというのに。

 彼女には力がある、意思がある。その二つが伴っていれば、ヒトは何でもできる。彼女は本当にすごい人間で。――だから。

 

「私が連れ戻します。彼女を気絶させてでも、連れ戻します。彼女はこんな所で道を外れて良い人間ではありません……ので」

「それは組織としての判断ではない。君個人の判断だ」

「……ええ。処分は何でも受けます。受けます……から、私に少佐を連れ戻させてください」

 

 ライカは腰を折り、(こうべ)をレイカーへ向けた。

 

「お願いします……!」

 

 両手に入る力は一段と強まり、噛み締めた奥歯は少し痛み、穴が開くほど地面を見つめ続けるライカ。どれほどの時間そうしていたのだろうか。

 一分経ったのか、それとも一時間経ったのか。そんな曖昧な時間が過ぎていき、やがてレイカーが一言だけ呟いた。

 

「二週間だ」

「……え?」

「クリスタス少佐はずっと有給を消化していなかったようだからな。二週間、彼女は有給を取ってどこかにバカンスへ行っている、ということにする」

「……司令」

「ただし、二週間を超えても戻ってこなかった場合、私は彼女に対して処分を下す。これが妥協だ。これ以上も、これ以下もない。……やれるか?」

「やります。やらせてください」

 

 即答したライカに対し、レイカーはゆっくりと頷いた。

 

「期待していよう」

 

 敬礼し、司令室を出たライカは徐々に歩くスピードを上げる。司令がくれたこの二週間。

 何としてでもメイシールを連れ戻さなければならなかった。レイカー司令の人となりはイマイチ把握し切れていないが、それでも話したら分かる。

 ――期限を守れなかったら彼は必ずメイシールに対し、制裁を加えると。

 まずライカはメイシールの部屋へ行った。彼女の部屋はまた、物置のような凄惨な光景となっていたが、今は無視。

 

「まあ無理でしょうが……」

 

 半ば諦めた様子でライカはパソコンを立ち上げた。あの彼女がパスワードを掛けていないということは無いだろう。そう思っていたら、起動は滞りなく完了し、デスクトップ画面が現れる。

 中には整理されていないデータが沢山あった。

 計画段階の武装がいくつかあったので、開いてみるとそこに記されていた内容につい手で顔を覆ってしまった。

 

「打突目的のシールドにワイヤードリルに、プラズマステークの誘導兵器……ですか」

 

 一体どういう状況を想定しての装備なのだろうか。

 特に最後、自動制御でプラズマステークが標的へ飛んでいくなんて非効率も良い所だ。

 それよりも射撃を出来るようにした方が良いだろうに。まあ、それは置いておいて。

 ライカは僅かな期待を込め、メールボックスをチェックしてみた。

 

「……まあ、そうですよね」

 

 全くの空。というより、意地の悪い彼女の事だ。

 これを見越してのパスワード無しだったのかもしれない。期待した自分が馬鹿だったと、今度はシュルフツェンの待つ格納庫へ向かう。

 灰色の幽霊は待っていたと言わんばかりに佇んでいた。

 早速、昇降機で上がり、コクピットへ乗り込んだライカはコンソールを開く。シュルフツェンに何かヒントが残されていないのか、その一心でライカは指を踊らせた。

 

(……少佐。貴方は馬鹿です)

 

 大切な人が殺された恨みは分かる。

 

 自分が『DC戦争』、『L5戦役』、『アインスト事件』、『バルトール事件』に『修羅の乱』、そして『封印戦争』で敵に殺された部下や同僚の数は数知れない。

 

 ――全員殺してやりたかった。

 

 大切な部下を殺した奴らを全員、コクピットごと潰して高笑いの一つでもしてやりたかった。だけど、自分一人で出来る事なんてたかが知れていて。

 そして仇を取るたびに、虚しくなる。何かに熱中していて段々盛り上がりを見せたとき、ふっとそれが急に面白くなくなってしまうような感覚に似ていた。

 ()()()()()()()()。ココロが擦り減る。

 

(そんなことをしていても、達成感なんて一時的なものでしかないのに。その後の苦しみは……復讐に飢えていた時の倍なんですよ……)

 

 面と向かって言っても傾かないのは分かっている。そんな人じゃない。

 そんな言葉で揺らぐ程度なら初めから『CeAFoS』なんて作っていない。ポーン、と三叉を叩いた時のような音がコクピット内に響き渡った。途端、さっきまで格納庫内を映していたメインモニターが切り替わる。

 

『ハローライカ』

「少佐……!」

 

 呼び掛けても反応が無かった。良く見ると、録画したもののようだ。

 

『これを見ているということは恐らく私は貴方の前から消えているのでしょうね』

 

 メイシールは笑っていた。嘲笑か、あるいは……。

 

「そうですね。見事な手際でした」

『怒っているかしら? それとも失望? まあ、どちらでも良いわ。私はシステムを完成させるために、より良い環境へ行くことにしたの。それは私の悲願を達成する近道だと思うからね』

 

 ふざけるなと、ライカは呟いた。

 

「……復讐に近道なんてありませんよ」

『このメッセージを開いた二日後、貴方の思い出の場所に私は居るわ。そして、貴方のシステムより更に完成度を高めたシステムもね』

「やはり『CeAFoS』は複数あったのですね……」

『私に文句を言いたかったらそこに来なさい。貴方が死んでいなかったら、何もかも教えてあげるわ。今度こそ、包み隠さずね。……じゃあね』

 

 彼女の姿が消えたのと同時に、地図が開かれた。そこに映し出されている場所を見た瞬間、ライカに電撃が走る。

 

「……なるほど。ある意味、因縁の舞台ですね。そしてそこには恐らく奴が……“ハウンド”が居る……」

 

 最大にして最強の壁となるであろう“ハウンド”。恐らくそこで決着が着くだろう。

 落とすか、落とされるか。

 

「……上等」

 

 立ちふさがる者は全て倒す。そして、メイシールを一発殴ってやらないと気が済まない。自分勝手な奴を怒るため、自分も自分勝手を貫き通させてもらおう。

 ――ライカの眼には、既に二日後しか見えていなかった。




次回は7/12 20:00に更新予定です!


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第十七話 泣き虫の亡霊~前編~

 一日目は下準備に奔走していた。まずはカイに事情を話し、単独で向かう旨を告げた。

 当然止められたが、何とか押し切れた。

 次に輸送機の確保だった。これは前日に申請書を作成していたので決裁を回すだけの簡単な作業。

 最後はシュルフツェンの整備。これも整備班に頼み込み、完璧な状態に仕上げてくれた。

 考えられる限りのことは全てやり終えた。

 

「……戻ってきた、と言う表現が正しいのですかね」

 

 そして二日目。輸送機に乗り込み、伊豆基地を離れたライカ。輸送機に揺られること数時間。

 窓からライカは決戦の場を眼下に収める。

 そこはかつて冥王の島と呼ばれた。――今ではそこは地上の聖誕祭と呼ばれている。今の自分にとっては、ただの決戦地に過ぎない。

 地図データを見ると、“ハウンド”達は『グランド・クリスマス』に近い小さな孤島に潜伏していた。巧妙に隠されていたが、僅かに“ハウンド”の愛機――ヤクトフーンドの反応が感知出来る。

 シュルフツェンに乗り込み、センサーを走らせると、孤島から出撃したと思われる熱源が徐々にこちらに向かっていた。

 コンソールを叩き、ライカはシュルフツェンに積み込んだ武装のチェックをする。改造型コールドメタルナイフ、M90アサルトマシンガン、G・リボルヴァーに携行型大鋏、そして複合型バズーカだ。

 これ以上に無いぐらいのフル装備。手数は多い方が良いと、メイシールが考案した二つの武装も採用したのは恐らく間違いではないだろう。

 『CeAFoS』も後は起動を待つだけだし、強制起動条件と言える波長計も正常だ。全身のスラスターハッチも滞りなく開閉できる、肘裏の二連ブースターも異常は無い。

 整備班には感謝してもしきれない。これで負けたら笑いものだ。

 

「一機……この反応はアルシェン、ですか」

 

 もう少しで交戦空域だ。操縦桿を握りしめ、ペダルに足を掛けたライカは大きく深呼吸をした。

 この出撃が最期の出撃にならなければいいが、ライカはそこまで思った後、首を横に振った。

 

「いいえ……私はこの先も生き続ける。私は……!」

 

 ペダルを踏み込み、シュルフツェンは大空へ羽ばたいた。あの時と同じ、とてもいい天気だった。

 

「よう、来たな」

 

 シュルフツェンと向かい合うような位置で停止した艶の無い黒いガーリオンの右手には両刃のアサルトブレードが握られていた。その切っ先がゆっくりとシュルフツェンのコクピットへ向けられるのも気にせず、ライカはきっぱりと言い捨てる。

 

「貴方に用はありません。“ハウンド”はどこですか?」

「俺を殺さなきゃ出てくることはないな」

 

 人差し指を立て、左右に振るガーリオン。どこまでもふざけた奴だ、とライカは思う。そして確定した。

 恐らくアルシェンよりも“ハウンド”の方が力関係が上なのだろう。そうでなければ……()()なんてやらせない。

 それはライカにとっては即刻越えなければならない“ただの障害”と言うことで。

 

「……そうですか。なら、突破させて頂きます」

「とまあ、その前に……」

 

 通信モニターに見慣れない黒髪の男が映し出された。ヘルメットを着用しない主義なのか、アシンメトリーの前髪を掻き上げている。

 ニコニコとした愛嬌の良い笑顔だが、そのギラついた目が全てを台無しにする。こちらのそんな感想なぞお構いなしとばかりに、男はこちらをジッと見つめていた。

 そして、どこか納得したような溜息を漏らす。

 

「ほお。だよな、そういう顔だったよな」

「何を……?」

「いいや。ただの確認だ。……改めて自己紹介をさせてもらおう。アルシェン・フラッドリーだ」

「……ライカ・ミヤシロです」

「ああ、()()()()()()()()()()とも。よぅく知っている名前だ。ああ、オーケー。もう心残りは片付いた」

 

 ガーリオンがアサルトブレードを水平に構え、徐々に迫ってきた。その速度は勢いを増し――加速する。

 

「じゃあさ、やり合おうか!!」

 

 すぐさまアルシェンを避けるように高度と移動軸をズラし、アサルトマシンガンのトリガーを引き絞った。放たれる弾丸が掠りもしない。

 そのまま放ち続け、シュルフツェンのメインスラスターを最大出力まで上げた。直進するシュルフツェンを迂回したアルシェン機が急停止し、ほぼ直角に方向転換をしてくる。

 アサルトブレードの刃がチェーンソーのように回転し、切断力を向上させてきた。背中を晒しているにも関わらず、ライカの表情に曇りは無い。

 踵側のペダルを踏み込み、メインスラスターの出力を一気に下げ、操縦桿を一息に引き上げた。慣性により、横に移動しながらシュルフツェンの脚が一気に振り上げられ、機体が上下反対の体勢になった。

 シュルフツェンはアルシェン機の脚を、アルシェン機はこちらの脚部を見るような逆さまの体勢。

 銃口はアルシェン機のコクピットに向け、引き金を引いた。この姿勢制御は想定していなかったようで、回避行動があまりにも遅かった。

 直撃コース。そう確信し、弾丸の行く末を見ていると、あろうことにアルシェン機は左掌を翳したのだ。

 瞬間、掌大のエネルギーフィールドが発生し、コクピットへ吸い込まれるはずだった弾丸を全て弾いたのだ。

 

「『T・ドットアレイ』のエネルギー力場……!」

 

「――(ティードットアレイ)・ハンドだ。コイツは()けんぞ」

 

 でしょうね、と取得したデータを見て、戦慄するライカ。本来なら機体前面を覆える程のエネルギーを全て掌という一点に凝縮して形成されたフィールドだ。これを真正面から貫くと言ったら、恐らくは『特機』による質量攻撃ぐらいしかない。そんな考察はさて置き、すぐにメインスラスターを再起動したライカは距離を取ろうとしたが、その前にアルシェン機の接近を許してしまった。

 

「刻んでやるよ!!」

 

 コールドメタルナイフに持ち替えたシュルフツェンは真っ向からその回転刃を受け止めた。素材が素材だ、そう簡単に刃こぼれはしない。

 

「はっはぁ! 近接戦闘(インファイト)は流石だなオイ!!」

「誰と……比べているのですか……!」

 

 アサルトブレードの腹を叩き、少しだけ逸らしたライカは操縦桿を一気に倒した。自らが作り出したその隙を逃さないよう、彼女の動きに合わせるが如く、ナイフを持つシュルフツェンの腕部が閃いた。

 左胸を僅かに傷つけただけの小破以下。すぐさまアルシェン機が全身のスラスターを使い、こちらを蹴りつけた。

 質量同士のぶつかり合いは頭が揺さぶられるような衝撃だった。一旦離れようとすると、アルシェン機は武器を持っていない方の左腕部を向ける。途端、そこからばら撒かれる弾丸。

 胸部から発射されるマシンキャノンと合わせて、それは直撃するわけにいかない弾幕と化した。操縦桿を横に倒し、大きく円を描くように回避するが、脚部に少し当たってしまっていた。

 ダメージコントロールをすることで戦闘行動には支障が無いが、これが積み重なったらそれこそアウトだ。ある程度撃ったらそのまま加速してきたアルシェン機を振り払うように、機体を後退させる。

 そのまま、空いている手に複合型バズーカを持たせ、照準を合わせる。『スパイダー弾』は放たれるとすぐに、弾頭が割れ、中から網ネットが展開された。

 高度を下げてやりすごした所へアサルトマシンガン下部のAPTGMを撃ちこんだ。

 

「二段構えか……!」

 

 当たりこそしなかったものの、アルシェン機の体勢を崩すことに成功した。――ここしかなかった。

 肘裏の二連ブースターを起動させ、より機体を加速させたシュルフツェンはそのまま一気にアルシェンが得意とする距離へ飛び込んだ。

 いつもなら丁寧に距離を取り、ジワジワと敵を追い詰めていくのだが、後に控えている者を考えるとなるべく損傷を抑えたかった。アサルトブレードの突きを避けたその先に胸部マシンキャノンが待っていたが、この機体の強みである瞬発力で側面を取り、プラズマバックラーを起動させた。

 左手を翳したアルシェン機の掌から『T・ハンド』が発生し、シュルフツェンのプラズマステークを受け止められた。一発目が爆ぜ、二発目が爆ぜたあたりで、もう片方のプラズマバックラーを起動させる。

 

「ここ……!」

 

 ――三発目が爆ぜたと同時に、アルシェン機の左腕部側面へもう片方のステークを叩き込んだ。片方を囮にし、もう片方で腕部を持っていく。

 即興の戦法は見事に嵌り、アルシェン機から左腕部を奪い取った。

 

「思った以上だ……! そうか、ここでもそうなのか……! ここでも俺を超えるか……!」

「……浸っていてください」

 

 機体を上昇させながら武器を持っている腕部の内蔵式マシンガンを乱射していたアルシェンは酷く戸惑っている様子がモニター越しに見受けられた。だが、その程度で慈悲を掛けるほど優しくは無かった。

 雷のような鋭角な軌跡で近づいたシュルフツェンは速度をそのままに、機体をぶつけた。相変わらずこのタックル癖は抜けないが、胸部のマシンキャノンを殺すという意味では有効なので良しとする。

 ――ゼロ距離。

 シュルフツェンの左腕部はアルシェン機の残った右腕部をしっかり拘束していた。一瞬の迷いもなく、ためらいも慈悲もなく、空いているほうのプラズマバックラーをアルシェン機の胴体へ突き入れる――。

 

「畜生、呆気ねえ……」

 

 深々と突き入れたステークを引き抜いた時には既に、ガーリオンに戦闘をする力は無くなっていた。あるとすれば……機体から飛び散る火花。

 当たり所が悪かったようで、早く脱出しなければ爆発する状態だ。

 

「……貴方は」

「……何だよ?」

「貴方達は……何者なんですか?」

 

 アルシェンは言いかけ、すぐに口を閉じて笑った。お楽しみは最後まで取っておいた方が良い、そんなことを言いたげな笑みだった。

 

「さあね。あいつ……“ハウンド”が教えてくれるだろ。もうここまで来たら、どうでも良いと思うしな……」

 

 機体が小爆発を起こし始めていた。これ以上は本当に危険だ。

 

「脱出をしてください。……まだ、間に合います」

「優しいねえ。だけど……、良いわ。とりあえず、『ライカ・ミヤシロ』には勝てないってことが分かったんだ。それで……納得しちまったわ……ゲフッ!!」

 

 突然アルシェンが血を吐いた。コクピット内が破損したのだろうか、良く見るとアルシェンの腹部に破片が突き刺さっていた。

 機体も、命も、既に間に合わない段階だったのだ。

 

「アルシェン!」

「はっ……良いねえ。心配そうな声って、そう言う感じなんだな。ついでに……愛の告白の一つでもしてくれると…………嬉しいんだがね」

「死ぬのを受け入れるな……! 脱出を……!」

「……どけ。これが……俺の最期の誇りだ」

 

 これが最期と言わんばかりに、ガーリオンはシュルフツェンを軽く蹴り、その反動で僅かに離れていく。徐々に大きくなる爆発は、既に機体を包むほどになっていき――。

 

「あぁ……もう一回戦いてえな」

 

 ――その瞬間、一際大きな爆発が起こり、止んだ頃にはガーリオンは原型を留めてはいなかった。

 

 最後まで闘争心を失わないまま、アルシェン・フラッドリーは紅蓮に散った。散り際に思う所はあった。

 最期の最期まで、彼は自分を誰に見立てていたのだろうか。それだけが……分からなかった。

 

「……それも含めて、教えてもらいましょうか」

 

 先ほどから高速で接近してきている熱源反応へ向け、そう呟くライカ。

 

「……アルシェンがやられたようですね」

 

 “一つ眼”ことヤクトフーンドがこちらを見下ろしていた。その風貌は依然変わらず奇々怪々だが、見慣れてくると実はかなり合理的なデザインに思えてくる。余計な贅肉を削ぎ落とした、そんなシンプルな感じだ。

 通信用モニターに映し出されたのは口元だけ開いたヘルメットを被った人間だった。声色を変えているようだが、それでも女というのは何となく分かる。彼女の表情はその開いた口の動きから推測するしかなかった。

 

「ええ。私が落としました」

「……そうですか。見事な腕です」

「……仲間だったのでしょう? 随分と冷静でいられるのですね」

「ええ、まあ。……しかし、貴方に理解してもらえない思考ではないはずですが?」

 

 ……図星だった。きっと、私も同じような割り切り方をしているだろう。少しの感情の揺れが、戦場では命取りだからだ。敵を葬ってから後の事を考える。

 腹立たしいことに、敵と自分は似た思考のようだ。そこまで思ったところで、突然サブモニターの表示が切り替わった。そこに表示されていた文字を見て、ライカは自身の予想が当たってしまったことに小さく舌打ちをした。

 

「……その機体……」

 

 先ほどから何度も何度も『CeAFoS起動』の表示が明滅されていたのだ。機体は既にハッチが全開放されている。以前の《バレリオン》でも同じような現象が起きていた。互いが互いの最適の動作をリンクしている状況。……この“互いの最適の動作”が引っかかっていた。

 最適の動作を提示し続けるなんて事、ライカの知識ではたった一つしか思い当たる節が無かった。

 そこから辿りついた仮説、それは……。

 

「……『CeAFoS』ですか?」

 

 敵にも『CeAFoS』が搭載されている、ということ。“ハウンド”はそれをあっさり認めた。

 

「ええ。そちらの『CeAFoS』より完成度は低いですが、間違いなく『CeAFoS』です。メイシール少佐が搭載してくださいました」

「……それがどれほど危険なシステムか気づいていない、とは言わせませんよ」

「分かっていますとも。恐らく、今の貴方よりは知っています」

「謎かけですか? それとも……」

「……メイシール少佐から伝言を預かっています。『私は逃げない』、だそうです」

 

 なるほど、とライカは操縦桿を握りなおした。どうやらもう逃げることはしないようだ。ならば、早く彼女の元へ行かなければならない。

 

「……上等。そうですか。了解です。なら、決着を着けましょう“ハウンド”……! 三度目の正直、果たさせて頂きます……!」

 

 “ハウンド”の口元が引きしめられた。恐らく、“切り替えた”のだろう。

 

「上等です。互いのコンディションはこれ以上ないくらい整っているのですから、あとの勝敗を決めるのは――腕です」

 

 ――最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 互いが離れ、牽制合戦をすべく、それぞれ射撃兵装を構える。『CeAFoS』のリンク現象によって、互いの手の内が見えた中での射撃戦は壮絶を極めた物だった。

 “無駄”と“最適”をいかに取捨選択していくか、それが問題だった。ここまで戦っていて分かったことは一つ。

 自分と“ハウンド”の技術にそう差が無いことだ。

 旋回しながらアサルトマシンガンで弾幕を形成し、逆のバズーカでその隙間を埋めていくも、ヤクトフーンドの運動性能の前では大して効果は為さなかった。

 むしろその更に隙間を縫うようなヤクトフーンドのレールガンの弾がシュルフツェンへ徐々にダメージを与えていく。こちらは関節部をさっきから弾丸が掠っているだけで致命傷までは与えられていなかった。

 慣性を無視した機動を繰り出しながら、ヤクトフーンドのクローアームの三本爪が展開する。またあのドリルか、そう思っていたライカの背筋に冷たい感触が。

 その感触に従い、機体を後進させると、次の瞬間自身の勘に感謝した。クローアームが伸びてきたのだ。ワイヤーで繋がれたクローは接合部の姿勢制御用スラスターで巧みに機動を変えながら、こちらを喰わんと追ってきている。

 

「有線兵器にもなるのですか……!」

 

 当然、内蔵されていた機銃は健在で。片方は機銃でこちらの死角を潰さんと動いてきていて、もう片方は回転させた爪で風穴を開けようとしている。

 複合型バズーカの『チャフ弾』を考えたが、ミサイルでもないので効果はないだろう。こうしている間にもレールガンで嫌らしい牽制を続けている。

 シュルフツェンの機動性のお陰でまだ被弾らしい被弾はしていないが、このままではジリ貧だ。なんとしてでもあのクローアームをどうにかしないといけなかった。

 アサルトマシンガンを放ったら、機体の前まで傘のように回転させたクローを移動させ、弾丸を全て逸らされてしまった。

 その万能さはそのままアドバンテージとなっている。

 

(ああ、そういえば……)

 

 こちらを貫かんとしているクローへ複合型バズーカを向けたライカは、そのままメイントリガー下のトリガーを引いた。バズーカ下部から高圧電流を纏ったアンカーウインチが射出される。

 すると、こちらのワイヤーが回転しているクローへ絡まった。電流と絡まってしまったせいで、クローの一つは爆発を起こす。こちらのバズーカもダメになったが、ようやく片方は潰せた。

 

「……面白い武装ですね」

「……少佐に聞かせてやりたいです」

 

 片方が無くなったというのはかなりやりやすくなった。携行型大鋏を取り出したライカは操縦桿を細かく動かし、ペダルの踏む力も微妙に変える。

 上手いことにクローを避けたライカは伸びきったワイヤーへ向け、大鋏を開いた。ワイヤーを挟み込み、両端のスラスターが起動して力を倍加させた刃は一息にワイヤーを切断することに成功した。

 これで……ようやく両手を奪えた。

 横っ飛びにスラスターを噴射させ、メインスラスターを解放し、大鋏を閉じて推力の方向を一直線にしたシュルフツェンは文字通り“矢”となる。

 

「これで……ぇ!!」

 

 回避行動を取る暇さえ与えない畳み掛け。その努力報われ、閉じた鋏の刃はヤクトフーンドの胸部へ突き立っていた。両腕がダラリと下がったのを確認したライカは一旦離れ、様子を窺うことにした。

 

「……お見事、です」

 

 “ハウンド”のヘルメットがヒビ割れていた。だがその口元にはまだ余裕が見えて。

 

「……余裕ですね。負けを認めましたか……?」

「いいえ、まさか。……ヤクトフーンドの鎧を剥がしたことに賞賛を贈っただけですよ」

 

 ヤクトフーンドの頭部から胴体、胴体から腕部、そして脚部へ小さな爆発が連続して発生していく。“ハウンド”のヘルメットのヒビが徐々に大きくなっていく。

 

「これは……!」

「……そういえば、自己紹介をしていなかったですね」

 

 まず脚部の部品がバラバラになっていった。――その内部からは灰色の脚部。

 胴体がバラバラになった。

 

「嘘……だ……!」

 

 ――その内部からは灰色の胴体。

 腕部がバラバラになった。――その内部からは灰色の腕部。

 そして頭部がバラバラとなり、ヤクトフーンドはライカが一番見慣れている――愛している機体へとその姿を変えた。いいや、本来の姿を晒した。

 それに合わせたかのように、“ハウンド”のヘルメットが……割れた。

 

「私は……」

 

 仮面の下の顔は良く知っている顔だった。いいやそれには語弊があった。

 ――世界中の誰よりも、知っていなければならなかった。

 

「私は地球連邦軍特殊任務実行部隊……」

 

 晒された“ハウンド”の黒に限りなく近い赤髪。そして見慣れた無表情な顔。

 間違いない。ああ、間違えて堪るものか。全てに納得がいった。

 どうして自分を知っているのか、どうして自分とほぼ操縦技術が近いのか、どうしてアルシェンがあんなにこだわっていたか。

 どうして――考えがこんなに似ていたのか。

 “ハウンド”は素顔のまま、言葉を続けた。

 トドメを刺すように、目を背けることなど許さないように、逃げられないように。

 

 

「“シャドウミラー”隊員、『ライカ・ミヤシロ』です」

 

 

 自分と同じ声で、自分と同じ顔で、彼女は――。

 

 

 ――『ライカ・ミヤシロ』はそう事実を告げた。




次回は7/13 12:00に更新予定です!


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第十八話 泣き虫の亡霊~後編~

「……何から話しましょうか。何せ、“向こう側”と“こちら側”の同一人物が話す最初で最後の機会です」

 

 外装パーツが全て外れ、中から現れた灰色の《量産型ゲシュペンストMk‐Ⅱ》は自分の良く知る外見だった。武装はプラズマステーク、そして折り畳み式のマシンガンという、こちらと似たような組み合わせ。

 腕部を軽く動かしながら、『ライカ』は話し続ける。

 

「そんな暇……!」

 

 その隙を突くよう、ライカはトリガーを引き絞る。だが“向こう側”で日々進化しているゲシュペンストには中々当たらない。機動性がまるで違う、と相対して見て初めてライカは“向こう側”の技術の進歩を思い知らされていた。

 

「何故、『シャドウミラー』の生き残りが……? 壊滅したはずでは……」

 

 彼女が『シャドウミラー』ならば、アルシェンもまた然りのはず。あの操縦技術も“向こう側”で培われたものならば納得だ。

 

「抜けたんですよ、私とアルシェンは」

 

 急停止し、後退しながら『ライカ』はアサルトマシンガンを三点バーストで放つ出鱈目なように見えて、その実恐ろしく合理的な狙いだ。

 

「抜けた……?」

 

 避けるのに必死で、言葉が途切れ途切れになる。

 

「そうです。全ては『CeAFoS』、そして命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の為に。そして、友であったメイシール少佐の為……」

「……“あった”?」

 

 少なくとも、自分とメイシールの間にそのような信頼関係はなかったはずだ。やはり“向こう側”の自分と“こちら側”はかなり事情が違うらしい

 そうなると――ライカのこめかみに一筋の汗が伝う。今の彼女の言葉……()()()の意味とは。

 

「向こうの彼女が『CeAFoS』を手掛けたのは『L5戦役』よりも前です。こちら側の事情とすり合わせるならば、彼女の兄であるシーン・クリスタスがまだ存命していた時からですね」

 

 危うく当たるところだった。アサルトマシンガンで気を逸らしつつ、スプリットミサイルを目の前に“置く”ように射出されては逃げの一手しか打てない。

 そんな攻防の中、ライカは彼女の言葉に引っかかる。

 

「……は?」

 

 ()()()()()()()()()()

 全貌はまだ彼女の口から明かされてはいないが、口ぶりから察するに、シーンが死んだからその復讐の為にそのシステムは開発されたはずだというのに。こちらの言葉を読んだかのように、一旦戦闘行動を停止した『ライカ』はきっぱりと言った。

 

「はっきり言って、こちらと向こうの『CeAFoS』の仕様は微妙に異なります。そして、最大の違いとは……」

「……まさか」

「『L5戦役』でシーン・クリスタスが死んだ直後、彼女も後を追うように()()()()()()。『CeAFoS』はその時点で、開発が止まっています」

 

 息を呑んだ。それはこちら側でも“もしかしたら”と思わせられた事実で。恐らく彼女は兄が大好きだったはずだ。

 そんな兄が凄惨な死に方をしたのだ、いつ手首を切っても全くおかしくはない。

 

「……彼女と親交があった私は、彼女と約束をしていました」

「それが……『CeAFoS』と命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の完成……」

「ええ。私は“こちら側”でそれらを完成させたいのです。メイシール少佐の為に」

「その果てに何を為すのですか……?」

「外敵の徹底排除。これだけです」

 

 それだけを聞けば、決して価値のない物ではないことは確かだった。生命のリスクを負わずに行動が出来る。

 それは危険地帯での行動を前提とされて製造された作業用ロボットが、今度は戦闘に特化されて製造されているようなもので。

 だからこそ、大事なことをはっきりさせなければならない。

 

「……貴方のいう“外敵”とは何ですか? 異星人? それとも……邪魔な人間?」

「システムの正しい運用を妨げる者全てです」

「……これではっきりしました。貴方にこちら側の、私の『CeAFoS』は渡せません」

「……理由をお聞かせ願いましょうか?」

「戦力を向ける相手と向けなくても良い相手の線引きをわざと曖昧にしているような相手に、無機質な暴力を与えるのは危険極まりないということが理解できていない訳ではないでしょう?」

 

 彼女は運用を妨げる者と言った。異星人でも、人間でもなく、ただ自分にとって邪魔な者と彼女は言った。

 それはとても危険な考え方で。彼女の気まぐれで大量虐殺が起こる可能性だってあるのだ。

 

「私の悲願を否定するのですね」

「悲願? いいえ、それは呪いですよ」

 

 突然のアラート。孤島から熱源反応が向かってきている。数は、六。

 このタイミングでこの数……間違いない。すぐに『ライカ』を取り囲むよう、無人機が到着した。

 

「呪い……そうなのかもしれませんね」

 

 外見はガーリオンだったが、細部はまるで違った。

 ガーリオンの両腕部がランドリオンの大型レールガンに換装されており、脚部の側面にはミサイルポッド、背後はコスモリオンで採用されている大型ブースターユニットだ。

 まさに寄せ集め。

 

「量産型『CeAFoS』搭載自立稼働型AM――《ミクシリオン》。これが『CeAFoS』の更に上のステップ、命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の到達点です」

「無人機……そういうことですか、やはり」

「貴方は辿りつけていましたか?」

「……ええ。メイシール少佐は、『CeAFoS』で蓄積した戦闘データや思考パターンをそのまま無人機のAIに置き換えることで、“実体のない兵士”を生み出そうとしていたのですね……」

 

 彼女の最終目的とは人間特有の“思考”だけを切り取り、あとは全て機械の身体にするという、魂が……命が無い兵士を量産することにあった。

 氷のように冷たく、そして炎のように苛烈な“兵士”を。

 

「これが採用されればもう兵士達は戦う必要はありません。何故なら積み重ねられた経験が彼らに最適な行動を取らせます。そしてその戦いで得たデータは次に繋げることが出来ます。……このように」

 

 《ミクシリオン》が一斉に動き出した。三機はこちらへ、もう三機は後方に下がり支援射撃を開始する。

 発砲するが中々当たらず、逆にこちらへどんどん当ててくる。サブモニターで彼らの最適な動作の情報が更新され続けているが、そのどれもがこちらの回避しようと思っていた場所への砲撃だった。

 

「っ!」

 

 引けばどんどん追い込まれ、攻めればあっという間に袋叩き。恐ろしいのは、一見パターンに従って攻撃しているだけと思っていたら、非合理的な攻撃も混ぜてくるその柔軟性。

 ミサイルの雨を大きく旋回することで避けながら、マシンガンの弾薬を惜しむように消極的な応射をしつつの防戦。

 

「どうですか? この動きを構築するのに、貴方も一役買っているのですよ?」

「こんなもの……!」

「……喜んでください。貴方は自分の育てたシステムに殺されるのです」

 

 《ミクシリオン》の砲撃を避けたその先に、二機の《ミクシリオン》がこちらにピタリと銃口を向けていた。

 ――コクピット直撃コース。

 

(こんな……ところで……!!)

 

 どの反撃も既に予測されていた。つまり、どう動いてもこの攻撃を避けることは出来なくて。

 時間が止まったようだった。これから自分は質量弾によって、ミンチにされるのか。

 そう考えると、震えが来た。

 怖かった。

 殺し続けていた自分の寿命が、ついに食い尽くされる時が来たのかと心の底から恐怖した。

 受け入れていたはずなのに、割り切っていたはずなのに。

 

(アラド、ゼオラ、ラトゥーニ……ラミア少尉、ヒューゴ少尉、アクア…………カイ少佐)

 

 短い付き合いだったが、その時間は生涯大事にしたいもので。願わくばずっと……。

 

(ずっと……一緒に居たかった、です)

 

 ライカは目を閉じ、ミクシリオンの攻撃を受け入れる――――。

 

(…………)

 

 攻撃は来なかった。それとも、もう攻撃を喰らって死んでいるのか。

 瞑っていた眼を開けてみると、そこには破壊されている二機の《ミクシリオン》がいた。

 

「……え?」

「ライカ、無事!?」

 

 背後を向くと、遠くから良く知る機体が六機接近していた。遠距離砲撃をしたからか、砲口からは煙が漂っている。

 

「アクア、ゼオラ……」

 

 あの遠距離砲撃を可能とするのは自分が知る限り、二機しかいない。先行していた二機の内の一機、《サーベラス・イグナイト》から通信が入った。

 

「水臭いじゃないライカ!」

「そうですよ中尉。一人で抱え込むなんて、間違っている」

「アクア……それにヒューゴ少尉。……それは」

 

 それに続くように、《ビルトファルケン》からも。

 

「ライカ中尉! どうして何も言ってくれなかったのですか!?」

「ゼオラ……」

 

 彼女たちの後に続く機体反応を見て、ライカは絶句した。それは――紛れもなく教導隊のメンバー達で。

 

「ライカ中尉! 俺達もいるッス!」

「アラド……」

「……ライカ中尉、無事ですか?」

「ラトゥーニ……」

「……まさか『シャドウミラー』の生き残りがまだいたとはな」

「ラミア少尉……」

「ライカ」

「カイ少佐……」

 

 これは一体どういうことか、言外に問い詰めるとカイはあっさりと白状する。

 

「……すまん。アラド達に問い詰められてな。事情を話したらこうなってしまった」

 

 それぞれが一機を担当する形で《ミクシリオン》と交戦していた。何の迷いも、疑いもなく。ただ自分の為にこうして追ってきてくれたその事実だけが……酷くライカの心を揺さぶる。

 

「そんな……どうして……私なんかの為に?」

 

 すると、アクアが怒ったように返した。ライカと、教導隊の心の距離を完全にゼロにするように。

 

「仲間だからに決まってるでしょ! 貴方がピンチなら、必ず助けに行くに決まっているじゃない!!」

「……馬鹿、です。大馬鹿……ですよ……! 皆……!」

 

 視界が滲む。それは不快なものではなく、むしろ心地よいもので。

 人の心の温かさとは、これほどの物だったのだろうか。これが……メイシールが否定しようとしているものなのか。

 ならば、もう何の疑問も挟む余地はない。自分の全身全霊を懸けて……!

 

「だから……私は……皆と居たい! 自分の意志で、皆と居たい! それが、“あの日”の賭けに勝った私の願いです!!」

 

 その光景を見ていた『ライカ』が哀しそうに言う。

 

「……そうですか、“こちら側”の私。それが……貴方の切り開いた道ですか」

 

 “こちら側”と“向こう側”の自分との決定的な違い。それはきっと、自分を壊してくれたかけがえのない仲間たちがいたかどうか。

 たった、それだけの違いだったのかもしれない。

 

「ええ。そして、貴方との決着を着けます。ミクシリオンはカイ少佐たちが対応しています。直に全機撃墜されることでしょう」

「ならば……共にしてください。メイシール少佐の怨念とその命を共に」

「怨念なんかじゃ……ない!」

 

 『ライカ』の急旋回をしながらの鋭い射撃を受けて、既に携行武装は弾数が尽きかけているアサルトマシンガンのみ。シュルフツェンの全身のスラスターを最大稼働させて、横へのふり幅を大きくさせて牽制をしつつ、接近。

 回避先を読み、APTGMを射出。

 

「動きが……!」

 

 ゲシュペンストには当たらなかったが、『ライカ』機の持つマシンガンを破壊することには成功した。

 ……破壊間際の反撃でこちらのマシンガンも破壊されてしまったが。

 互いに残された手札は近接格闘戦(インファイト)のみ。

 

「『CeAFoS』に囚われるのはもう終わりです。メイシール少佐にもそれを……!」

 

 ゲシュペンストのプラズマステークが起動されたのを見て、こちらもプラズマバックラーを起動させる。最大速度で距離が縮まっていく。

 その速度を維持しつつ、互いのステークが振るわれる――。

 

「威力はほぼ同等……ですか」

「っ……!」

 

 ゲシュペンストの右腕部が、こちらは左腕部が使い物にならなくなってしまった。ライカはコンソールを叩き、左腕部への電力供給をカットし、右腕部へ全てをつぎ込んだ。

 これを逃がしたら、もう打つ手がなくなる。

 

「互いの『CeAFoS』が殺せ、と囁いているこの状況。まるで私達のようですね」

「そんなことは……! それだけが、全てじゃないでしょうに!」

 

 互いが互いの胴体をがっちりとホールドし、組み合っている状況だ。プラズマステークを叩き込もうにも、距離が近すぎ、そもそも腕を振り上げられない。動こうにも動けない。

 このまま機体の握力で潰してやろうかとも思っていたら、メインモニターが切り替わった。

 

「『CeAFoS』……シュルフツェン?」

 

 そこには一行の文章が表示されていた。その文章を翻訳すると……。

 

 ――『今まで使って頂き、ありがとうございました。ご主人様』

 

 次の瞬間から、シュルフツェンはこちらの制御下から完全に離れ、自身で稼働し始めた。機体の全身から煙が吹いているのにもお構いなく、シュルフツェンは右腕部を動かし続ける。

 

「何故……。何故、『CeAFoS』がそんな非合理的な行動選択を……!?」

 

 サブモニターにカウントタイマーが表示された、それは機密保持用の自爆装置が作動されたことを意味していて。ゲシュペンストが離脱しようとしていても、機体の限界を超えて作動しているシュルフツェンから逃れるには今一つパワーが足りていないようだった。

 

「そうか……『CeAFoS』が戦闘データや人の思考パターンを読み取り、蓄積しているということは……!」

 

 その瞬間、シュルフツェンが胴体を外側に向けた。何をするのか、その答えが他でもなく『CeAFoS』とシュルフツェンから返された。

 それは皮肉にも、ライカが『グランド・クリスマス』の決戦の時に、あえて下さなかった決断で。

 

強制排出(イジェクト)……!? シュルフツェン、待って!!」

 

 

 ――泣き虫は主人から勇気をもらった。

 

 

「させません……!」

 

 ゲシュペンストが胴体をぶつけて、コクピットハッチを開けさせないようにしていたが、シュルフツェンの右肘のブースターの出力が更に上がり、それを強引に抑え込む。既にシュルフツェンの全身から小さな爆発が起き、いつ大爆発を起こしてもおかしくはなかった。

 

 

 ――勇気をもらった泣き虫に、出来ないことはなかった。

 

 

「駄目、シュルフツェン!!! 止めなさい!!」

 

 ハッチが開かれ、コクピットから強制排出される瞬間、切り替わった文字を見て、ライカは思わず手を伸ばした。

 

 

 ――『貴方の行く道に幸あれ』

 

 

「シュルフツェェェェェェン!!!」

「そんな馬鹿な……! これが、これだけが……貴方と私の違い……!?」

 

 ゲシュペンストに組みついたまま、いよいよ自爆装置が起動しようとしていた。『ライカ』の絶望を連れて行くように、意思を確立した『CeAFoS』とシュルフツェンがその身を灼熱に包まれていく。

 

「なら私は一体……!!!」

 

 

 ――自分の弱さと共に、泣き虫の亡霊は光と熱の向こうに消えて行った。

 

 

 一際大きな爆発を起こし、シュルフツェンはゲシュペンストと『ライカ』諸共、紅蓮と閃光に包まれた。煙の向こうには損壊したシュルフツェンとゲシュペンスト。浮揚機関を損傷した両機は孤島に落ちて行った。

 その光景を最後の最後まで見ていたライカはカイのゲシュペンストに救助されたのにも気づかないまま、ただ見ていることしかできなかった。

 頬を伝う涙にも気づかないまま、ライカはシュルフツェンの名を呼び続けていた。

 

 ……ずっと、声が出なくなるまで。




次回はエピローグとなります。7/14の12:00更新としますのでよろしくお願いします。


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エピローグ

「あれから一週間……ですか」

 

 防波堤に座り、波の音を聞きながら、ライカは一人()つ。孤島での決戦以降、ライカとメイシールは会話をしていない。

 正確に言えば、会わせてすらもらえてなかった。『お互い、冷静に話が出来る状況じゃないだろう。少し時間を置け』というカイ少佐の提案で、ライカは自室謹慎、メイシールは事情聴取を受けていた。

 結論から言うと、今回の件は()()()()()()()()()()()、である。レイカー司令の判断でメイシールは有給休暇中、ライカは教導隊の訓練、ということになっていたからだ。

 聞く人が聞けば異例中の異例とも言える処分である。その代り、と言えば破格だが、ライカは教導隊預かりという処置となった。

 こうすることによって、自分が妙なことをしたらすぐに上官であるカイ少佐……最悪、教導隊にまで迷惑が被るようになったのである。

 ただでさえ突っ込み所が多い集まりだ。少しのキッカケで大ダメージとなることは間違いない。

 ……例えるなら、レイカー司令は水のような人だ。普段は穏やかな清流だが、一度濁流となれば対象を完全に呑み込むまで徹底的に動く。

 ライカは“教導隊に迷惑を掛けることは出来ない”と見抜かれ、カイと教導隊そのものを“首輪”とされたのだ。敵に回したくはないと思った。

 こんな恐ろしい人物を敵に回したケネスには同情を禁じ得ない。ふと腕時計を見て、時間を確認したライカは表情を引き締める。

 

「そろそろ……ですね」

「――何がそろそろですって?」

 

 後ろから掛けられた声につい、眼を細めてしまう。久しぶりに聞いても、このクジの外れを引いたような気分は変わらなかった。

 振り向くと、ちまっこい女性――メイシールが不機嫌そうな表情でこちらを見下ろしていた。

 

「……お久しぶりです、メイシール少佐」

「久しぶりね、ライカ」

 

 隣に腰を下ろしたメイシールは耳に手をやり、静かに揺れる波を見つめる。六日目の夜、メイシールからここで待つよう、連絡があったのだ。

 メールでの淡泊なやり取りだったが、逆に本人の声が浮かんでくるようで、何だか可笑しかった。

 ライカは迷うことなく、指定された場所へ足を運んだ。本当の意味で、全てにケリを付けるために。

 

「……約束を覚えていますか?」

「ええ。何でもどうぞ」

「今回の件……“ハウンド”達の事はどこまで知っていたのですか?」

「……あの決戦で全てを知ったわ。……妙に私の事情を把握していたから不思議だったのよね。そしたら、まさか平行世界の貴方だったとはね。それに、私はもう……」

「少佐……」

 

 落ち込んでいるか、そう思っていたらメイシールが突然、空に拳を突き上げた。

 

「バッカみたいよね。確かにお兄ちゃんが死んだときはそんなことも考えてたけど、死んだら意味ないじゃない。そう思うでしょ?」

「ええ。こちら側の少佐を見習ってもらいたいですよね」

「それにしても、“向こう側”での貴方は何をやっていたのかしらね! 私をみすみす死なせるなんて!」

 

 思い浮かぶは哀しそうに全てを語った『ライカ』の表情だった。恐らく彼女は彼女なりに、メイシールを気に掛け、奔走していたのだろう。

 自分だって、きっと――。

 

「少佐。自画自賛になるかもしれませんが、それは……」

「……分かってるわよ」

「え……」

「貴方は貴方なりに、私の為にお節介を焼いてくれたんでしょうね……。それが分からない私じゃないはずだわ」

「……すみません」

「謝らなくても良いわよ。向こうは向こう、こっちはこっちなんだから」

「……はい」

「それにしてもすごいのね、私達。向こうでも何だかんだで上手くやれていたようじゃない」

「……そのようですね」

 

 一瞬会話が止まり、波の音が大きくなったような気がした。その音に隠すように、メイシールが小さく呟いた。

 

 

「……迷惑を掛けたわね、今まで」

 

 

 恐らく二度と聞くことはないだろう、彼女からの謝罪にライカはフッと微笑んだ。

 

「……いいえ。気にしないでください」

「…………そう」

「そういえば、『CeAFoS』はどうなるのですか?」

「凍結よ、計画凍結。データは司令の息のかかった者に押さえられたから、二度と同じ物は作れないわ。もちろん、研究もね」

「そうです、か。やはりショックですか?」

 

 すると意外なことに、メイシールの顔から黒い感情は何も見えなかった。

 

「いいえ。だって、ある意味『CeAFoS』は完成したしね。区切りが良かったのかもしれないわ。……色々と、ね」

「完成? あれはまだ不完全では……?」

 

 すると、メイシールはライカを指さした。何を言っているんだお前、そんなことを言いたげな表情だった。

 

「何言ってるのよ。他でもない、貴方が完成させたんじゃない」

 

 本当にそんなことを言ったメイシールの言葉を受け、ライカは顎に指を添える。

 

「私が……ですか?」

「ええ。『CeAFoS』と命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の事はもう完全に把握しているわよね?」

「はい。『CeAFoS』で収集したデータをAIとし、より高度で戦術的な“思考”が出来る無人機を開発して外敵に備えるというのが命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)の最終目的、です」

「そうね。私もそこが達成できればあとは良かったの。ただ合理的な“思考”が出来ればそれでね。……だけど、あの決戦の時、本来の仕様以上の事が偶然為されてしまったの。思い当たる場面、あるわよね?」

 

 意思を確立したシュルフツェンが、『ライカ』とゲシュペンストを道連れに自爆する場面が思い浮かび、やりきれない気持ちになった。……未だに割り切れていなかったのは己の弱さなのだろう。

 

「はい。『CeAFoS』が私の制御下から離れた後、私を強制排出して自爆を行いました」

 

 メイシールはビシリとライカを指さした。持っていないはずなのに指示棒が見えたのは気のせいではないだろう。

 

「そこよ。本来通りの仕様ならば、恐らくは貴方ごと自爆していたはずよ。だけど、わざわざ貴方を強制排出するという“非合理”甚だしい行動を取ったの」

 

 一拍置き、彼女は続ける。

 

「これはあくまで仮定よ? ……恐らく、戦闘データや思考パターンを読み取り、蓄積していく内に貴方の感情データも蓄積されていったんじゃないかしら?」

「そんなこと……」

 

 驚くべきことに、それは決戦時にライカが辿りついた“もしかしたら”であった。

 戦闘データはともかく、思考パターンと言うのは単純ではない。メリットやデメリットの計算、分かっていてデメリットを選択する理由を『CeAFoS』なりに理解していこうとしている内に、どんどん処理しきれないデータが増えて来ただろう。

 ……そこで、ライカとメイシールが交わした“妥協”だ。基準値以下が強制発動条件である精神状態や脈拍を計測している内に、その“理解できない”データを解析するための因子の一つとして取り込んでいったのだろう。

 決戦時を以てようやくその計算が完了し、そこからは統計に基づいたデータなんかではなく、他でもない“己自身”の物差しで状況を“思考”出来るようになった。

 

「……まあ、データは押さえられ、二個目を作るのは不可能だから。もう再現する手段はないんだけどね。だけど、それが一番辻褄合うのよ」

「私も……そう思います」

「皮肉よね。氷のような“思考”だけを想定して生み出したのに、いつの間にか鋼鉄の身体に魂を……“マシン・ソウル”まで生み出していたなんてね」

「……あの瞬間、あのゲシュペンストは“泣き虫”のあだ名を返上しましたよ」

「シュルフツェンはどうだった?」

 

 思い返せば、初めて乗った日は謎のテロリスト――今思えば『ライカ』達がけしかけたのだろう――に対抗するためだった。

 

 機体の性能に振り回され、『CeAFoS』に振り回され、一時期は完全に信頼を失くした。それから『ライカ』とアルシェンに敗北し、新武装を手にしてリベンジを果たし、最後は呪いに囚われた彼女を連れて行った。時間にしてみれば、そんなに沢山は乗っていなかっただろう。

 ――だけど。

 胸を張って言える。あの機体は……シュルフツェンはライカにとって間違いなく、間違えようもなく。

 

 

「最高の、相棒でした」

 

 

 それを聞いたメイシールはどこか満足そうに頷く。

 

「……それは良かったわ」

「少佐はこれからどうされるのですか?」

「あれ? 言ってなかったかしら? 私は新たに機体性能向上計画を立ち上げたのよ。あれよ。『ATX計画』や『ハロウィン・プラン』のようなものよ」

「……なるほど、確かにシュルフツェンの性能は満足のいくものでした。少佐ならばきっと、素晴らしい傑作機が生み出せることでしょう」

 

 すると、彼女は首を傾げ、ライカの顔をまじまじと見つめる。

 

「何で他人事なのよ? 貴方は専属のテストパイロットなんだから、そんなこと言っている余裕なんてないわよ?」

「…………は?」

「…………え?」

「……質問が」

「言ってみなさい?」

「私は既に教導隊預かりとなっているのですが……」

「兼務よ。カイ少佐には既に話を付けてあるわ」

 

 ……今すぐ海に飛び込めばチャラにならないだろうか、そんなことを本気で考えていたライカの肩を、いつの間にか立ち上がっていたメイシールが軽く叩く。

 

「これからも、よろしくね。ライカ」

「……少佐は、復讐はもう良いのですか? 『CeAFoS』も命無き兵士達(ミッシング・イェーガーズ)も、もう無いのですよ? それじゃあ少佐が――」

「止める気なんてないわ。今でも異星人が憎いしね」

「ならば……」

「だけどね。『CeAFoS』に意思が芽生えた時、思ったの。……ヒトの力も、まだまだ捨てたものじゃあないってね。だから……少しだけゆっくり歩くことにしたわ」

 

 眼を見れば、分かる。もう彼女は復讐に取り憑かれることはないだろう、と。そして、“向こう側”と同じ結末になることも。

 

「そう……ですか」

 

 ゆっくりと頷き、意を決したライカはメイシールへ右手を差し出した。

 

「ならもう、私が拒む理由はありません。これからも……よろしくお願いします少佐」

「……メイト」

「……は?」

「メイト、で良いわ。親しい人は皆そう呼ぶの」

 

 プイ、と顔を逸らすメイシールの頬は仄かに朱に染まっていて。それが何だか可笑しくて、ライカが小さく笑うと、彼女は少しだけ子供のように頬を膨らませる。

 

「な、何よ……! 何か、文句ある……!?」

「……いいえ、何もありません。それでは、これからもよろしくお願いしますね、“メイト”」

「よろしくお願いされるわ。ライカ」

 

 ――握り締めた右手の温かさは彼女の心の光のような、そんな気がした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「どうしたんですか、メイト? 格納庫なんて連れてきて……」

「ふふ。悪い話じゃあないわよ?」

 

 慌ただしく走り回る整備兵たちを避けながらどんどん奥へ進むメイシールに続く形で歩くライカは、先ほどから同じ質問をしているのだが、彼女は全てはぐらかして意地の悪い笑みを浮かべていた。

 徐々に彼女の歩くスピードが遅くなったので、ライカも速度を落とすと、“ソレ”の姿が見えてきた。

 

「……え……?」

「ふふ。どう? 驚いたかしら?」

「メイト、これはあの時……破壊されたはずじゃ……!?」

「私を甘く見ないで欲しいわね。余裕よ、余裕。ただ……もうシステムを発動しての超機動は不可能だけどね」

「そんなものは技術でどうにかしますよ……。そんなことよりも……!」

 

 折角の再会だというのに、視界が滲んできた。いけない。これじゃあ自分も目の前に(そび)え立つ“コレ”の仲間入りじゃないか。

 

「また……会えるとは思わなかった……」

「とりあえず“コレ”は私の計画の記念すべき第一号機として登録しているわ。しばらくは“コレ”でデータ収集をしてもらうわよ?」

 

 コクリと頷いたライカは、涙を拭い、(ひざまず)いていたその機体のバイザー部を見上げる。

 

 

「また――よろしくお願いしますね」

 

 

 “泣き虫”の名を冠した灰色の亡霊は、黙して主人に頷いたように見えた。




次回からは『泣き虫の亡霊 夏影編』になります。
更新は21時からになります


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~泣き虫の亡霊 夏影編~
第一話 新たなパートナー


ここからは『泣き虫の亡霊 夏影編』となります。
ぜひ読んでください!


「最近調子が良いなライカ」

「……ありがとうございます」

 

 他でもないカイに褒められ、内心物凄く動揺していたが、それを億尾にも出さず冷静に対応するライカ。対面のシミュレーターから出てきたアラドががっくりと項垂れたまま出てきた。

 すぐさまカイによる指導(かみなり)が落ちた。

 

「バカモン! ライカの戦闘思考やマニュアルを鑑みても、明らかにあの場面は後退しながら牽制する場面だっただろう!」

「い、イチかバチかであの弾幕を突破出来たらと――」

 

 “あの場面”とは遮蔽物の陰からライカの駆る量産型ヒュッケバインMk-ⅡがアラドのヒュッケバインへM950マシンガンによる弾幕を形成していたシーンである。

 実際、テスラ・ドライブによる空中戦が可能なので機体や戦艦の陰に隠れるくらいしか似たような場面を作れないが、強力な対空装備により地上戦を余儀なくされた時を想定したらこれも重要なシチュエーション演習。

 ちなみに少し後退すれば似たような遮蔽物があったので、もう少し戦闘を継続することが可能であったがアラドの癖なのか後退しての安全策を取るより、突撃しての燻りだしを選択したようだ。

 ……その結果がカイによるお説教である。

 

「出来てもあの位置では回避運動次第ではそのままコクピットに直撃か、脚周りに被弾して行動不能、そのまま嬲り殺しだ。……ラトゥーニ、ゼオラ。データは取れているか?」

「……アラドはもう少し考えて行動したほうが良いと思う」

「もう! どうしてアラドはいつも突っ込みたがるのよ!」

 

 二人とも相当にご立腹のようだ。ライカは胸ポケットに入れていた手帳を取り出し、ペンを走らせる。……彼にはもう少し後退することの勇気を教えなければならないようだ。

 

「……アラド」

「ら、ライカ中尉も……っすか?」

「いえ……。あれがヒュッケバインではなくビルガーであったら突撃は成功していましたし、決して悪い判断ではないでしょう」

 

 しょんぼりしていたアラドの顔が一気に明るくなった。

 

「ライカ中尉! 俺の味方は中尉だけです!」

 

 そのやり取りを見ていたゼオラが唇を尖らせる。

 

「もう中尉! 甘やかしたら駄目ですよ!」

「す、すいません……。ですがアラド。決して悪い判断“では”ないということで、実戦でそれをやったら死亡率が最大値を振り切ることを私が保証しましょう」

「まさかライカ。お前もそういうことをしたんじゃないだろうな……?」

 

 カイ少佐のジトーっとした目を見ることは滅多にないためぜひ脳裏に焼きつけたかったが、その目に含まれている感情を考えると、とてもじゃないが長時間目を合わせたくなかった。逡巡したあと、ライカは白状する。

 

「……リオンの推進用ブースターの出力値をマニュアルで弄って、テロリストの部隊を正面から突っ切り、リーダー機を無力化したことがあります」

「お前という奴は……。アラドより無謀なことをしているな」

「う……」

 

 そんな呆れた顔を見たくなかったからこそ言いたくなかったのに。実はライカはカイの前で一切、過去にやった無謀なことを言ったことがない。

 自分でも割に合わないと分かっているのだ。それを超ベテランであるカイが聞けば、どういう顔になるかなど、容易に想像が出来ている。

 

「……まあ実際こうして生き延びている。その判断は間違ってはいなかったんだろう」

「じゃあ俺もライカ中尉みたいに良い結果に……」

「お前はそもそも基礎がなっとらん。お前たちはもう上がっても良い。俺はアラドを少し鍛え直す」

「げっ!!」

 

 この世の終わりといったばかりの表情を浮かべているアラドを、ライカは少しばかり羨んだ。カイとのマンツーマンなど、いくらお金を払っても実現しないというのに。

 しかしアラドにはもっと指導が必要なことも理解しているライカは無言で背を向けた。

 

「あ、居た居た。ライカー探したわよ」

 

 するとそこにはメイシールが立っていた。今の発言から察するに、どうやら自分を探していたようだ。

 

「……何でしょうかメイト?」

 

 “あの事件”から三週間近くが経ち、ようやくメイシールの事を“メイト”と呼ぶのに慣れてきたライカであった。何となく気を良くしたのか、メイシールの声色はどことなく明るい。

 

「シュルフツェンにオプションを組み込んだから、ちょっと乗ってみてくれない?」

「……オプション? また用途不明の武装でも付けたのですか?」

 

 ライカがあからさまに顔をしかめるのにも理由があった。

 この三週間、事あるごとに彼女の試作兵装(おもちゃ)を使い続けさせられたのだ。多少の不平不満、漏らしてもお釣りが来る。だが何やら違うようで、メイシールは軽く目を細めた。

 

「何か文句有りそうね?」

「……紙媒体で提出しましょうか? 四百字詰めの原稿が何十枚になるか分かりませんが」

「その際はちゃんと今までの武装の性能評価もお願いね? じゃないと全く読む気起きないから」

 

 暗に“つべこべ言うな”である。

 受け取り方によっては、事細かく性能評価もやれば読んでくれると思う人もいるかもしれないが、実際は性能評価の箇所だけ読み、あとはゴミ箱行きがオチだろう。

 ――そんな無償のボランティア、やってやる道理が無い。

 

「……まあ、良いです。いつもの格納庫ですよね? 早く行って早く終わらせましょう」

「やる気満々ね」

「これほどモチベーションの上がらないやる気満々もないでしょうね」

 

 ゼオラ達が既に上がったから良い物の、こんなやり取り、ライカとしては絶対に見せられなかった。

 第一の理由として教育に悪い。

 第二の理由として教育に悪い。

 第三の理由としてメイシールのターゲットにされないように。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 伊豆基地機体格納庫の一角。そこにライカの愛機であるシュルフツェンが待機していた。

 来て早々、ライカは機体の外装を目視で確認し始める。……一応、目立った武装は付けられていないようだ。

 そのことに安堵していると、メイシールが昇降機の側でこちらを手招きしていた。

 

「こっちよ、こっち」

「武装はこれからつけるのですか?」

「いいえ。……っていうか、今回は武装じゃないわよ?」

「……は?」

「貴方、私が試作兵装の作成だけが取り柄だとでも思っていたの?」

「……奇天烈な、が試作兵装の前に足りませんね。なら、今回はどういったものなのでしょうか?」

 

 無言でメイシールがコクピットへ座るよう促してきたので、それに従いライカは操縦席へ腰を落とした。相変わらず、乗り心地は最高であった。

 

 

《こんにちは、ご主人様》

 

 

 唐突に聞こえてきた無機質な男性の声。……音の発生源を確認した瞬間、しばらく考える力が完璧に失われてしまった。というより、考えたくなかった。

 増設されていた一台のサブディスプレイに視線を向けると、そこにはドイツ語で『シュルフ』と表示されていた。絶句していると、コクピットの外にいたメイシールがひょこっと顔を出してきた。

 

「どうライカ? ちゃんとその子、喋ってる?」

「……いや、喋っている……というか、何でシュルフツェンにこんなものが……?」

《こんなものではありません。私は中尉の戦闘行動をサポートするAIです。より柔軟な機体運用を実現すべく、メイシール少佐に作られました》

「……メイト、説明をお願いします」

「これ? 今説明があったでしょ? 火器管制や操縦、ダメージコントロールに索敵その他諸々をこのシュルフにも負担させるわ」

 

 更に説明してくれた内容を総合させると、こういうことである。

 TC-OSにより機体操作が簡略化し、しかも日夜改良を重ねられ、PT同士での戦闘がより高度になっていくということはそれだけパイロットによる、機体コンディションの管理が重要になってくるということだ。

 このシュルフはその管理の負担を減らし、尚且つパイロットと音声でやりとりすることにより、更にリアルタイムな機体管理を可能とするという優れものらしい。

 一通り聞き、そして自分の中でじっくりと噛み砕いたうえで、言う。

 

「……不要です」

「……オーケー。どうやら説明が足りなかったようね?」

《中尉はもう少し合理的な判断をして頂けると思っていたのですが、私の中のデータを更新しなくてはならないようですね》

「……そもそも。その妙な人間味は何なのですか? 私は、娯楽用ソフトを積む気はありません」

 

 ライカがこのシュルフを気に入らない大きな理由としては、その“人間味”である。最低限のことだけを喋るのならまだしも、どうやらこのAIは必要以上のことまで喋れるようだ。

 極限の集中を求められる戦闘には不要の一言に尽きる。

 

「……良くもまあ、これだけの完成度を誇るAIをたった三週間足らずで組み上げましたね。前々から組んでいたものなんですか?」

「ああそれ? それはシー――」

 

 何かを言いかけたところで、目線を明後日の方へやり、黙考を始めた。数秒も経たないところで考えが纏まったのか、彼女はきっぱりと告げた。

 

「……いや、これは時間が経たないと言ってもしょうがないわね」

「勿体ぶるのですか?」

「まさか。そんなつもりはないわよ。ま、あれよ。それはゼロから作った訳じゃない、とだけ言っておくわ」

 

 その言葉の意味を考える前に、シュルフがまた喋り出した。

 

《中尉、忠告が一つあります》

「……何ですか?」

《中尉のパーソナルデータを閲覧しましたが、中尉はバストサイズが同年代女性の全国平均を下回っております。日々の生活に乱れがあるか、女性ホルモンが欠乏している恐れがありますので、一度精密検査を受けることを提案します》

 

 

 ――プチン、とライカの中で何かが切れた。

 

 

「メイト、ドライバーを。無かったらありったけの磁石を集めて来てください」

「壊させないわよ!? 落ち着きなさいライカ!」

「では拳銃で直接破壊するので良いです」

「待ちなさいってば!」

 

 いつの間に入って来たのか、コクピットの中では拳銃を取り出そうとしているライカをメイシールが必死に抑えていた。

 メイシールの奮闘の最中、シュルフが更に火に油を注いできた。

 

《ですが、Gによってバストの形が崩れる恐れもないので、PT乗りとしては理想的な体格であることは保証致します》

「うるさい! お前に私の何が分かるの!?」

「ちょっ!? 口調! 口調変わってるわよライカ!」

 

 つい昔の口調に戻るぐらいにはライカの怒りは最高潮に達していた。

 

《怒りとは合理的な判断を妨げる一番の要素です。カルシウムが摂れる食材や飲料物をリストアップしましたので今後の食事の際に取り入れることを推奨します》

「……ディスプレイを叩き割って黙らせてあげようか? 少し黙ってなさいシュルフ」

《了解。スリープモードに入ります》

 

 すぐさまディスプレイが真っ黒になり、ウンともスンとも言わなくなった。それをしっかり確認した後、一旦コクピットから降りたライカはメイシールを半目で睨みつける。

 

「……私への嫌がらせにしては随分と手が込んでいますね」

「ち、違う! 違うわよ! あれは本当に戦闘補助用のAIなの! だからその拳銃仕舞って!!」

 

 いつもならちゃらんぽらんに流すメイシールであったが、まだ拳銃を仕舞っていないライカを前にして、滝のように汗を流していた。少しだけ涙目になっている。

 

「あれはすぐに取り外してもらえるのですよね?」

「そ、それが……」

 

 何やら言い淀んでいるメイシール。無言で先を促すと、彼女はポツポツと衝撃の事態を話し始める。

 

「実は明日、ATXチームとの演習を入れちゃったのよね……」

 

 こんな時に聞きたくなかったチームだった。グランドクリスマスでの因縁の相手。

 そんなチームとの演習がよりにもよって、明日。

 

「…………は?」

「しかもハッキングされないように割と複雑にくっつけたから、明日までに取り外すのは不可能なの」

「……ということは?」

「明日はシュルフと一緒にやるしかないの……」

 

 目の前が真っ暗になる、小説やアニメのみに許される表現だと思っていたが、今まさにといったところ。

 ――胃に穴が開きそうだ。



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第二話 銃と刀と亡霊と~前編~

 翌日、機体格納庫。

 今日も今日とて忙しく動き回っている整備兵を尻目に、ライカはこれから始まろうとしている演習へ備え、精神を統一させていた。しかし、これから来るゲストの事を考えれば、落ち着けないというのもまた事実。

 側に置いておいた栄養ドリンクを一気に飲み干す。それだけで身体に活力が漲り、思考が冴え渡る。

 あんぱんも持って来れば良かったが、朝に食べた分でストックが切れた。後で補充しに行かなければならない。

 

「ハローライカ、調子はどう?」

 

 そんな集中状態など知ったことではないとばかりに、メイシールは軽く手を振り、近づいてきた。ライカは一瞬非難の意を込め、見つめるが、それが無駄なことだと既に理解しているのですぐに眼つきを戻した。

 そして最大限に皮肉をぶつけてやる。

 

「最悪です」

「まあまあ。今日は気合い入れてやりなさいよ? 何せ相手は天下の――」

「ATXチーム。……ええ、分かっていますよ、そんなこと」

 

 連邦きってのエース部隊と手合せできるのは非常に良い経験になるのは間違いない。しかもあの部隊はエース用に特化カスタムされた機体を複数運用している。

 汎用性を求められる量産型を相手にするのとはまるで訳が違う。型にハマった戦術で挑むと、あっという間に足を掬われてしまう。……だというのに。

 チラリと、ライカはシュルフツェンを見上げる。

 

《おはようございます中尉。今日の天気予報は晴れのち曇り、降水確率は五パーセント未満です。絶好の演習日和ですね》

 

 ――この戦闘補助用AI(ガラクタ)のせいで不安要素しか浮かばない。

 

「……勝手に喋らないで」

 

 シュルフツェンに火を入れていたとはいえ、勝手に喋りだすのは止めて欲しい。正直、心臓に悪い。

 そんなライカの思考を読んでいるのか、シュルフツェンのゴーグルアイが点滅する。この点滅は所謂(いわゆる)、口を動かして喋っている、という行為と同義らしい。

 

《それは口があるのに呼吸をするな、と言っているようなものですよ中尉。そんな非人道的な台詞は感心しませんが》

「……AIに感心されても嬉しくないから」

「……ライカ、また貴方口調が……」

 

 メイシールが何か言っているような気がするが、無視だ。シュルフは更にこちらに楯突いてくる。

 

《私はただのAIではありません。私は戦闘補助用AIシュルフです》

「変わりないでしょ? AIと言っている割には人道非人道を主張するのね」

 

 シュルフツェンのゴーグルアイが更に点滅する。

 

《普通のAIならば黙っているのでしょうが、生憎と私は本当の意味で“思考”することを可能としています。中尉のパワーハラスメントに抵抗を示すのは極めて自然な思考行為だと主張いたします》

「減らず口を。どこの世界に人間のような思考をするAIがあるのよ? それもメイトのプログラムだって気づかないの……?」

 

 相変わらず気に障ることしか言えないシステムだ。この演習が終わったら即刻、メイトに取り外してもらわなければならない。こんな不良品、早くジャンクにするべきだ。

 

《それより中尉。私と会話している時と、メイシール少佐と会話している時では口調に大きな変化が見られます。出来れば理由をお聞かせください》

 

 しまったとライカは口元に手をやった。メイシールの方を見れば、彼女も同じことを思っていたようで、苦笑していた。

 まるで寝言を聞かれたような感覚だ。……ついこのAIの前では昔の口調が出てしまう。矯正出来ていたと思っていたが、どうやらまだこびりついているようだ。

 ……嫌なことを思い出してしまいそうになる寸前で、それを振り払うかのようにライカは頭を横に振る。

 

「どうでも良いでしょう、そんなこと。……それよりもメイト」

「ええ、どうやら到着したみたいね、本日のゲストが」

 

 遠目からでも分かる赤いジャケット。威風堂々と歩いてくる三人組を見て、自然とライカの表情が引き締まる。

 彼らに合わせるように、メイシールが歩いて出迎える。

 

「ハロー、ご足労感謝するわ。キョウスケ・ナンブ中尉、エクセレン・ブロウニング少尉、そして……お久しぶりですマリオン先輩」

 

「ATXチーム隊長、キョウスケ・ナンブ中尉です。本日はよろしくお願いします」

 

 そう言って敬礼をしたのは、今しがた自己紹介をしたATXチーム隊長であるキョウスケ・ナンブ中尉。高い接近戦の技術と、ここ一番の判断力は見習うべき所が沢山ある。

 

「エクセレン・ブロウニング少尉よ。貴方がライカ中尉?」

「ええ。ライカ・ミヤシロ中尉です。……階級は上でも、年齢は少尉よりも下なので、言葉遣いに気にせず接して頂けると嬉しいです」

 

 するとエクセレンは嬉しそうに手を合わせた。

 

「わお! ウチのダーリンにも見習ってもらいたいくらいの社交性ね! それに……」

「それに……?」

 

 するとエクセレンがライカの腰あたりを撫でるような手つきをする。どことなく嫌らしい手つきだが、もちろんエアーだ。

 

「この腰のクビレはアリエイルちゃん顔負けね……」

 

 アリエイル、とは誰であろうか。まあそれは良い、良いのだが、益々手つきが嫌らしくなったような気がする。念のため言うが、エアーだ。

 同性だからまだ何とか許容出来るものの、男性がやったら完全にセクハラだ。……などと言う事は億尾にも出さず、努めて冷静に返した。

 

「そ、そうでしょうか……?」

「ね? そう思わないダーリン?」

「誰がダーリンだ。それよりも、もう少し振る舞いに気を付けろ。目の前にいるのはお前よりも階級が上の者なんだぞ」

 

 キョウスケの諫言を受け、エクセレンはチョロリと舌を出した。

 ……彼女こそ、グランド・クリスマスでライカを蜂の巣にした張本人である、はずだ。

 慣性を無視した速度で飛び回り、正確無比な砲撃を加えてくる腕利きだからどんなサディストかと思っていたが、こんな軽い人物だったとは。

 

(見かけによらない、と言ったところでしょうか)

「ライカ中尉の事は、良くカイ少佐から話を聞いていました。お会いできて光栄です」

「……え? カイ少佐が、ですか?」

 

 まさかの人物に思わず聞き返してしまった。隣で聞いていたエクセレンがキョウスケに寄り掛かりながら、補足説明をしてくれた。

 

「そそそ。まるで娘のことを自慢するパパみたいな感じで」

 

 一度頬を(つね)ってみた、痛い。どういう話をしたのかは分からないが、敬愛する人物が自分のことをそう言う風に思っていてくれていたことが素直に嬉しかった。

 

「そうだったのですか……。ああ、そうだ二人とも。お願いがあるのですが、自分はまだまだ未熟者です。なので階級を付けず呼び捨ててください。言葉遣いも、本当に気にしないでください」

 

 お願い、というよりはもはや懇願のレベルである。実際、自分の中では階級より年齢を重視している。

 しかもこの二人からの敬語など、あまりにも畏れ多い。妙な必死さが伝わったのか、二人とも頷いてくれた。

 

「む……そうか。なら今後はそうしよう」

「じゃあ遠慮なくライカちゃんって呼ぶわね!」

「はい……、そうして頂けると嬉しいです」

 

 何となく打ち解けられたみたいだ。内心胸を撫で下ろしつつ、ライカはメイシールの方を見る。

 正確にはメイシールと話している赤髪の女性。彼女も見たことがある。

 というより、ATXチームを語る上では決して外せない人物だ。

 

「ご無沙汰してます先輩!」

「変わりないようですわねメイト」

「はい! 中々連絡が出来なくてすいませんでした」

「便りが無いのは上手くやれている証拠です。気にする必要はありませんわ」

 

 あんなに低姿勢なメイシールを見たのは初めてかもしれない。それも無理ないかと、無理やり自分を納得させる。彼女こそ、ATXチームの代名詞とも言えるアルトアイゼンとヴァイスリッターの生みの親とも言えるマリオン・ラドム博士なのだから。

 他にも彼女が関わっている機体は数多くある。

 思いつくもので言えば、アラドのビルトビルガーやゼオラのビルトファルケン、それにオクトパス小隊のズィーガーリオンとジガンスクード・ドゥロも彼女のプランが採用されていると聞いた。

 それにメイシールは彼女の後輩らしい。だからいつもより上機嫌だったのだろう。

 

「それでメイト、彼女が貴方の作品のパイロットですか?」

「はい。ライカ・ミヤシロ中尉です。唯一私の作品を乗りこなせた人材です」

「ライカ・ミヤシロ中尉であります。初めまして、ラドム博士」

「ふむ……」

 

 挨拶には応えず、マリオンはライカをジロジロと見始めた。観察されている、と言った方が正しい表現かもしれない。

 ただ見られているだけなのに緊張してしまうのは何故だろう。蛇に睨まれた蛙の気分だ。

 

「良い眼をしていますわね。なるほど、これは良い人材に巡り合えたようですねメイト」

「はい、最高のパートナーです」

 

 思わず目を逸らしてしまった。どうして彼女はこう、色々とストレートなのだろう。

 普段は回りくどいくせにこういう所は卑怯だと思う。

 

《顔面周りの体温が上昇しています。照れているのですか中尉?》

 

 唐突に機体が喋り出したものだから、ATXチームの面々が一斉にシュルフツェンの方へ視線を移した。エクセレンはともかく、キョウスケの驚いた表情は滅多に見られない分、何だか得をしたような気分になった。

 ……しかし、それはそれ、これはこれ。

 

「さっきまで黙っていたのに、どうしていきなり喋り出すの……? それに、私は照れていない」

《俗に言う、“空気を読んだ”と言う奴ですね。空気も良い感じでほぐれてきたようなので、そろそろ会話に参加しても良いと判断しました》

「判断しなくて良いから、黙っていて」

 

 シュルフに一番に興味を持ったのはやはりエクセレンであった。

 

「もしかして自立型AIって奴かしら!?」

《私はこの機体の戦闘補助用AIシュルフと申します。最近メイシール少佐により生み出されました》

「なーる。リュウセイ君が見たら泣いて喜ぶわね」

 

 それにはキョウスケも同意見らしく、神妙に頷いた。……そんなに良い物なのだろうか、ライカは己の常識がズレているのではないかと多少不安を感じた。

 確かに日本のロボットアニメではそういう類のものを積んでいる機体も登場するが、実際に運用するとなると、非常に鬱陶しい物だ。

 

「……間違いないな。……ラドム博士?」

 

 マリオンはシュルフよりも、どちらかといえば機体の方に集中していたようだ。無言でメイシールに機体の仕様書を要求し、すぐに持ってこられたソレに目を通すなり、マリオン博士の表情が険しくなる。

 

「――メイト」

「は、はい……」

「何ですかこの中途半端なスペックは? やるならば徹底的に、そう教えたはずですが?」

「す、すいません! 高い汎用性を重視した結果でして……」

 

 汎用性、彼女の口から初めて聞く単語であった。こと機体関係でここまで押されるメイシールの姿はきっと、マリオンの前でしか見られないだろう。

 そう思いながらライカはとてつもない不安を覚えながら、成り行きを見守る。

 

「汎用性? 大は小を兼ねます。小さな短所は大きな長所で塗り潰しなさい」

「き、肝に銘じます!」

「よろしい。貴方は私の理念に共感を示した唯一の可愛い後輩です。後日、このシュルフツェンの改良プランを送ります。参考にしなさい」

「っ! ありがとうございます!! ぜひ参考にさせて頂きます!」

 

 話は実に最高に最悪な結果でまとまったようだ。

 

「いやー今日は本当に良い日だわ」

 

 本当は演習よりもマリオンに会いたかっただけなのでは、喉元まで上がってきたその言葉を何とか呑み込む。腕時計を確認し、嘆息した。予定していた時刻を過ぎている。

 シュルフとメイシールが余計な事をしなければもう少し早く出来たものを……。

 

「キョウスケ中尉、そろそろ……」

「ああ、そろそろ始めるか。エクセレン、準備は出来ているな?」

「モチのローンよ。イイ女は常に抜かりないものよん」

「……メイト、良いですね?」

 

 言葉ではこう言ったものの、ライカの眼は“早くやれ”としか言っていない。察したメイシールは咳払いを一つした後、白衣を翻した。

 

「ええ。それじゃあ演習を始めましょうか」

 

 ようやく始まるのかという安堵と、いよいよ始まるのかという緊張が同時にライカへ襲い掛かる。

 

(……無様は出来ませんね)

 

 シュルフツェンを見上げていると、自然と握り拳が作られていた。シュルフのことは仕様が無いので、もう気にしないことにする。

 いざとなれば無理やりコードを引きちぎればいいだけだ。専心すべきはATXチーム(キョウスケ達)との演習のみ。

 

 ――ある意味でこれは、グランド・クリスマスでのリベンジに他ならなかった。




次回は7月17日に更新します!


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第三話 銃と刀と亡霊と~後編~

 伊豆基地演習場。

 比較的広く、また障害物もないので試作機や演習に良く使われている。

 そこに向かい合うは二機の機体。一方はATXチーム隊長機《アルトアイゼン・リーゼ》。『絶対的な火力をもって正面突破を可能とする機体』というコンセプトに恥じず、両肩のクレイモアを始め、背中の過剰なブースター数や耐ビームコーティングすら施されている分厚い装甲、おまけに右腕の大型打突兵器リボルビング・バンカーの威圧感が凄まじい。

 もう一方はライカの愛機であるシュルフツェン。量産型ゲシュペンストMk-Ⅱの運動・機動性が大幅に強化された機体である。『CeAFoS』は使用不能になったものの、その小回りはアルトアイゼンに対する唯一のアドバンテージとなっている。

 

《全システム正常起動確認(オールグリーン)。待機状態から戦闘状態への移行完了。こうしてコクピット内で話すのは初対面以来ですね、中尉》

「……今回はのんびりお喋りしている時間はないわ。やるからには全力で倒す」

《あの赤カブトムシですね》

「ライカ、所定の位置へ着いたか?」

「はい。完了しています。……今回はエクセレン少尉とも演習と聞いていたのですが……?」

 

 どこを見ても、前方には《アルトアイゼン・リーゼ》しか確認できない。すると、キョウスケがどこかバツが悪そうにし始めた。

 

「……それは」

「――私の指示ですわ。ライカ中尉」

 

 通信に割り込んできたのはマリオン博士だった。

 

「……ラドム博士?」

「今回はアルトと徹底的にやって頂きます。パイロットや機体特性的にもそっちの方がより貴重なデータを取れるので」

 

 直前までエクセレンともやると聞かされていたことから察するに、どうやらこのシュルフツェンの改良プランを模索するためのデータ集めをしたいようだ。

 一体マリオン博士とメイシールはシュルフツェンをどんなふうに弄ろうというのか。色々言いたいことがあったが、仮にも上司。

 小さなため息と共に了承した。

 

「分かりました。私の技術がどこまで通用するか、それを確かめる良い機会になりそうです」

「良い心がけですわ。エクセレン少尉は私のサポートをしなさい」

「はいはーい。ライカちゃ~ん、頑張ってね~」

「は、はい。頑張ります」

 

 メインモニターにカウントが表示された。これが演習の開始の合図である。

 操縦桿を握り直し、フットペダルにそっと足を乗せ、視線は前傾姿勢で構えているアルトアイゼンへ。

 

(第一段階はまず、この初手……)

 

 こちらの機体性能を考えると、下手に横や後ろへ逃げるとあっという間に串刺しだ。相対距離、向こうとこちらの加速性能、操縦者の技量。

 これらを総合させた結果、ライカが取るべき初手は一択だった。

 

「行くぞ!」

「……上等」

 

 互いの機体が爆発したかのように轟音を上げ、一直線に加速する。一気に来るG。カメラのズームのように一瞬でメインモニターを埋め尽くす程接近してきた赤い鉄塊。

 

《敵機高速接近。距離五百、百。間もなく白兵戦闘距離(クロスレンジ)突入》

 

 根源的な恐怖を抑え込みつつ、ライカは操縦桿を横に倒した。操縦者の意志を反映するように、シュルフツェンの左半分全てのスラスター類が起動し、推進ベクトルを真横に変更する。

 先ほどまで機体があった場所を通過していくアルトアイゼンの鉄杭。

 

「損ねたか!」

 

 すれ違った際に見えたツインアイが何かとても恐ろしいモノに感じられた。グランド・クリスマスの際は後方から追われていただけだったので、そこまで恐怖を感じなかったが、いざ真正面から相手にすると全く話が違ってくる。

 息を呑んだ。たった一度の踏込で、ライカの集中力がごっそり持って行かれたような気がする。

 

「……損傷は?」

《左腕部装甲板の僅かな凹みを確認。すれ違った際に掠ったようですね。ご希望なら正面衝突をしていた場合の損傷をシミュレートをしますが?》

「要らないわ。必要なこと以外は喋らないで」

 

 携行していたM90アサルトマシンガンをアルトアイゼンへ向け、照準を合わせる。既にこちらへ向きを変えていた相手が再びこちらへ突撃してきた。

 一切動じることのないライカは冷静にターゲットをレティクルに収め、引き金を引いた。しかし弾丸なんてものは発射されず、代わりに銃口の先端に付けられた赤外線レーザー発振器が何度も点滅した。

 

《全弾損傷軽微判定。装甲に阻まれましたね》

「切り替えなさい、次」

 

 今回の演習は光学判定と格闘兵装に付けられたプロテクターの接触判定で被弾判定が為される。ペイント弾や機体の消耗が限りなく抑えられ、尚且つ実際の被弾とほぼ同じ速さの被弾判定を可能とするこの方式は色々と重宝されている。

 しかし今のライカにとって大事なのは判定方式の意義では無く、大した損傷を与えられなかった、これに尽きる。

 機体を直ぐに後退させ、牽制射撃を与えつつ、隙を伺う。

 

「何て距離を取り辛い……!」

 

 近~中距離特化の機体だから距離を離して、消耗させていけば良いと思っていたライカは見積もりの甘さを感じた。アサルトマシンガンだけでは牽制にすらならない、そう判断し、すぐに武装パネルを開いた。

 

「……メイト、勝手なことを……!」

 

 アサルトマシンガンにコールドメタルナイフ、それにメイト作の大鋏しか積んでいないはずだったのだが、なにやら項目に一つ追加されている。

 機体状態を確認してみると、シュルフツェンの左手首下にいつぞやかのワイヤーアンカーが内蔵されていた。

 

「……知っていたの?」

《肯定です。新たな有線兵器作成のためのデータ取りが目的です》

「何故言わなかったの?」

《メイシール少佐が既に中尉へ話を通していると聞いていたので》

 

 相変わらずのやり口に思わずため息を吐いてしまった。しかしこういった手口は彼女の十八番。

 今更どうこう言ったところで改善はされないだろう。――むしろ、手数が増えただけありがたがるべきだった。

 こうしている間にも赤い鉄塊は唸りをあげ、猛スピードでこちらへ接近している。

 

《アラート。左腕部より攻撃信号が発信されました》

 

 五連チェーンガン。(アルトアイゼン・リーゼ)の唯一の射撃武装と言っても良い。冷静に、慌てずに機体を左右へ振ることで避ける。

 だが、どちらへ動いてもロックオンアラートが鳴りやむことはない。瞬間、ライカは一手遅れたことに気づかされた。

 

「縫いとめられている……!」

 

 左右に逃がさないよう、巧みに射線を変更して、真正面になるよう位置をキープされている。チェーンガンからの攻撃判定がどんどん飛び込んできた。

 唐突にアルトアイゼンの両脛からスラスター炎が噴出し、機体を上空に持ち上げる。

 

《効果的な牽制を一瞬加え、その上で真正面から叩く。機体の加速性能を考慮すると……呆れるほどに有効な戦術ですね》

「うるさい……!」

 

 モニターを上の方に向けると、既に頭部のブレードを放電させたアルトアイゼンの姿があった。落下し、重力までを味方に付けた斬撃を寸でのところで避けられたのは奇跡と言って他ならないだろう。

 武装パネルをタッチすると、シュルフツェンは腰にマウントしていた大鋏を構え、先端部根元のスラスターを起動させる。手槍と化したこの鋏を突き刺せば、大なり小なり効果は見込めるだろう。

 

「撃ち抜く……!」

 

 ――しかし、ライカは既にアルトアイゼンの間合いから抜け出せない距離に入っていた。

 アルトアイゼンの背部のブースターが一際大きな音と噴射炎を確認した次の瞬間には、機体をぶつけられ、そのまま引き摺られてしまっていた。

 

「くぅ……!」

 

 凄まじい突進力であった。まるで後ろ向きでジェットコースターに乗っているような、そんな勢いと振動だ。

 掴まれているわけでは無く、ただ機体ごと引き摺られているだけだというのに、全く逃げられない。

 アルトアイゼンの両肩のハッチが開かれる。あそこに積み込まれているベアリング弾が撒き散らされれば、この機体の装甲は軽く引き裂かれ、パイロットはミンチになるであろう。

 ――そんな状況だというのに、ライカの表情に曇りは見られない。

 

「……ここ!」

 

 ライカの視線の先には遠くに地面に刺していたアンカーがあった。左の操縦桿のボタンを押し込むと、思惑通りにシュルフツェンの左腕部下のワイヤーが巻き取られていく。

 巻き取る力と、押される力が拮抗していき、やがてそのバランスが崩れる。舞い上がる土煙、ワイヤーが更に勢いよく巻き取られる甲高い音、目まぐるしく変わる視界。

 三半規管がシェイクされ、少し吐き気が込み上げてきたが何とか耐える。

 

《基礎フレームがゲシュペンストのものでなかったら、実に解体作業が楽な状態となっていましたね。中尉の判断力には脱帽です》

「……戦闘行動に問題は?」

《問題ありません。しかし中尉、あまり機体スペックを無視した動きは控えるよう進言します》

「……それで敵が倒せるなら考えてあげる」

《了解。そしてもう一つ提案が》

「何?」

 

 ……どこか自信あり気に点滅するサブディスプレイに少しだけ不安を感じてしまった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「へーやるわねライカちゃん」

 

 アルトアイゼンの突撃を捌くシュルフツェンを見て、エクセレンは口笛を吹き、感嘆した様子であった。

 

「ええ。反応速度も接近戦の技術も、そしてここ一番での発想も問題なし。流石、メイトの選んだパイロットですわ」

「はい、私の目に狂いはありません」

 

 キョウスケと渡り合えているライカの姿を見て、メイシールは満足げにため息を漏らす。シュルフツェンのワイヤーも使えている。

 彼女の使用方法はそのまま新たな新兵器へのヒントとなる。自然とモニターを見る目にも力が入ってしまう。

 

「……それにしてもライカ・ミヤシロ中尉。彼女とこんなところで出会うとは思ってもいませんでした」

「マリオン先輩、ライカの事を知っているのですか?」

 

 敬愛する先輩の口からライカの名前が出てきたことが意外で、つい声を裏返してしまった。マリオンの視線はモニターへ向いたまま、まるで昔話でもするかのように口を開いた。

 

「『第三機動兵器試験運用部隊』。貴方も噂くらいは聞いたことがなくて?」

 

 ――第三機動兵器試験運用部隊。

 メイシールだけではなく、エクセレンも顔つきが変わった。その名を意味する所はつまり“棺桶部隊”。今では解体されているが、その部隊の運用目的は人型機動兵器『PT』の戦闘データ取得。

 

「なーる。ライカちゃんの腕にも納得ね」

「……『DC戦争』前から創設されていた部隊ですよね?」

「ええ。教導隊が()とするなら、その部隊は()でしょうね」

「前にボスから聞いたことがあるわ。テロリストや反連邦組織を相手に、教導隊が作り上げたモーションデータが本当に使えるか検証したり、PTに最適な武装を実験してみたりするのが主な任務……だったかしら?」

 

 それはメイシールも知っていた。

 やはりごく一部の“できる”人間たちが“できない”人間たち用にモーションデータを構築していっても、それが本当に使えるのかどうか疑問が出るのは当然のことだ。《ゲシュペンスト》は連邦軍を満足させる性能ではあったが、次に不安を覚えたのは“使う人間”達。いくら性能が良くても、使いやすくなくてはただの高価な鉄のオブジェに過ぎない。

 もちろんそのために『PTXチーム』を始めとする特殊部隊が発足もされていたが、どちらかというとそれはPTというモノの基盤を更に固めるため。機動兵器試験運用部隊とは、兵器としての“実用性”や“対人性”などの可能性を検証するための部隊だった。

 兵器としての可能性が未知数の分、起こりうるアクシデントも全くの未知数ということで。

 ――この部隊はそのアクシデントすら平然と望まれるような部隊でもあった。

 

「前から気になっていたんですが、時期的に運用していた機体って量産型のゲシュペンストですよね? けど、二桁程度しか製造されていないような当時としてはかなり貴重な機体をそんなにホイホイ回してもらえたんでしょうか……?」

 

 これが最大の疑問であった。今なら安定した製造ラインを持つリオンシリーズやヒュッケバインシリーズがあるが、当時は圧力でも掛かったのか、大した製造数では無かったはずだった。

 当時の事情的には、そんな消耗前提の部隊に地球圏の切り札とも言えるPTを優先的に回してもらえるはずがない。

 

(……まさか、ね)

 

 メイシールは一つの“もしかしたら”を思いついてしまった。

 ほいほいと回してもらえるわけがない。とするのなら――だが、その疑問はマリオンの口から答えられることはなかった。

 

「それは彼女から聞いた方が良さそうですね。内部の者にしか分からない事情もあるのでしょう」

 

「……ライカ」

 

 思えば、ライカは自分の事をあまり喋ったことがなかった。彼女の事をそれとなく知っているのは自分の部下になる前に“下調べ”をしたからである。ほんの少しだけ、距離を感じてしまった。

 今度時間を取って話でもしよう、そう思いながらそろそろ終盤に差し掛かる演習へ意識を集中し直した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 シミュレート上ではそろそろ機体にガタがくる程度には消耗しているはずだ。ライカは先ほどのシュルフの提案を思い返す。

 

「……勝算は?」

《奴は小回りが利きません。五分以上には持ち込めるかと》

「……上等」

 

 自身の戦力を再確認。

 マシンガンの残弾はまだあるし、鋏も壊れていない、ワイヤーアンカーは先ほどの無茶な機動であまり酷使は出来ない。ナイフはまだ使っていない。つまり、十二分。

 スラスターの出力を上げ、操縦桿を握りしめ、フットペダルをベタ踏みする。不退転の意志を表現するかのよう、シュルフツェンは赤い鉄塊へ突撃を掛けた。

 

「来るか……!」

 

 既に照準を完了していたライカは左手のマシンガンを残弾の限り解き放つ。

 

「アインス……!」

 

 マシンガンを捨てたと同時にアルトの足元へアンカーを打ち込み、機体を上昇させる。卓越した技術ですぐさま姿勢制御を終わらせ、アルトアイゼンの背後を取ったシュルフツェンは右腕の大鋏を構える。

 

《ツヴァイ》

 

 空いた左手には既にコールドメタルナイフが握られていた。アルトアイゼンがすぐに振り向こうとしたが、左腕部の付け根にワイヤーが絡まっており、ワンテンポ反応が遅れてしまった。ここしかない。

 ――この瞬間、この一点にしか付け入る隙がなかった。

 

「……ドライ!」

 

 左のナイフは脇腹辺り、右の手持ち鋏は胸部へ。弾丸のように加速したシュルフツェンの二か所同時攻撃は阻まれること無く届いた。

 避けようがない攻撃。だがライカの脳裏に、一つの不安が過る。

 数秒後、その不安は現実のものとなる。

 

「まさか……!」

 

 アルトアイゼンの代名詞、そして必殺のリボルビング・バンカーがシュルフツェンの胴体へぶつけられていた。プロテクターを施しているので貫通することはないが、機体はその被弾判定を高速かつ正確に計算し、“一時的な行動停止(スタン)”という結果を導き出した。

 衝撃が一、二……三。ライカはすぐさまコンソールを叩き、先ほどの一撃のシミュレート結果を確認した。

 その結果を見て、もはや笑うしかなかった。――結論を言えば、装甲を()けていなかったのだ。

 これが現実だったら、鋏は僅かに食い込んだだけ、ナイフに至っては装甲を凹ませた程度。

 

行動停止(スタン)解除》

「まだ……!!」

 

 モニターに映し出されるは、両肩のハッチを展開していた赤い鉄塊の姿。咄嗟に操縦桿を動かすライカ。ほぼ無意識だった。

 

「これが俺の切り札(ジョーカー)だ、ライカ!」

 

 

 キョウスケの気迫と共に、メインモニターを被弾判定が埋め尽くした。

 

 

「届かな……かった」

《いえ、そうとも言えません》

「え……?」

 

 モニターを切り替えると、シュルフツェンの右腕のプラズマステークがアルトアイゼンの脇腹あたりへ接触していた。先ほど無意識に動かしていた結果だろう、実感はないが……。

 

《右肩部ベアリング弾の発射範囲にコクピットが入っていたのでこちらの大破は揺るぎありませんが、左脇腹を攻撃したことにより、アルトアイゼン・リーゼに深刻なダメージが発生、向こうも同程度以下の損傷が予想されます》

「……ということは」

「引き分け、ということだろうな」

 

 淡々とキョウスケは事実を告げる。その声色には悔しさなど微塵も感じられず、どこか清々しささえ感じられた。

 

「……ふう」

《お疲れ様でした中尉。それと申し訳ございません》

「……どうして?」

 

 それは怒りや皮肉といった類いの問いではなく、純粋な疑問。何に対して謝っているのか、ライカには皆目見当が付かなかった。

 

《私が提案した戦術により、このような結果となってしまいました》

「……そんなこと? 別に怒ってもいないし、恨んでもいないわ」

《何故でしょうか? 結果として貴方は死亡したことになります。ならば、その戦術を提案した私へ非難をぶつける権利があります》

 

 そんなこと、とライカはサブディスプレイへ視線を向ける。

 

「選択したのは私。あの時、あの瞬間、私はお前――シュルフの提案が最も最良だと判断した。……それだけよ」

《……これが初めてです》

「何が?」

《中尉が私を“シュルフ”と呼称したことです》

 

 ディスプレイの点滅が、何故かシュルフの“喜”を表しているような気がした。思い返せば、ライカは一度もこのAIをシュルフと呼んだことはなかった。

 無意識でこのAIを信用していなかったことの表れなのかもしれない。

 

「……そう。覚えていないわ」

《私を認めてくださり、ありがとうございます》

「…………ふん」

 

 あえて答えず、ライカは基地の格納庫へ向け、自動操縦へ切り替えた。

 

《改めて、これからよろしくお願いします中尉》

「…………使えないと判断したらすぐにメイトに引っこ抜いてもらうわよ?」

 

 聞こえるか聞こえないかの声量で、そう確かにライカは呟いた。



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第四話 夏影~前編~

 ――暗い。私の世界が、暗い。

 

 手を伸ばしてみたら、まるで布へ手を突っ込むように何の手ごたえも感じない。もはや死んでいるというにも関わらず、こんなことを考えていられるのはどうなのだろうか。

 身体を包む灼熱に光、それが自分の戦いの終結を意味していた。もしかしたら、死を迎えたことで執着が消えたということなのだろうか。

 

(それは……嫌ですね)

 

 ……徐々に目を閉じているのが億劫となってきた。死後の世界はどうなっているのか、そう思いながら目を開ける――。

 

「……ここ、は?」

 

 辺り一面が白、鼻につく薬品の香り、そして今身体を預けている清潔なベッド。眼を擦ってみても、その景色が変わることはなく。

 ……身体は五体満足。多少、包帯が巻かれているが、どこか欠損していると言った風ではない。

 手を動かしてみても、何の痛みもない。

 

「……どうして」

 

 どう控えめに見ても、ここは病院だった。問題は、あの戦闘からどうやってここまで来たのか。まるで図っていたかのように、紫髪の男が扉を開けて入ってきた。

 

「……どなたですか?」

 

 黒いコートを揺らしながら、男は近づいてくる。そして立ち止まった男はこちらを射抜かんとばかりに目を合わせてきた。

 

「俺はギリアム・イェーガー。この名前に心当たりはあるか?」

「……ありません」

 

 そうか、と男は椅子に座る。ついでに男は手に持っていたフルーツの盛り合わせを机の上に置いた。梨が入っているのは地味に嬉しい。

 

「ならば、『ヘリオス・オリンパス』と言えば通じるかな?」

「っ!?」

 

 電撃が走った。それは()()が追っていた人物の名前であった。

 顔が分からなかったので、実在するかも分からない人間だったが、こうして自分の目の前に現れるとは。

 

「どうして……貴方がここに。まさか、私がここに居るのは貴方が……?」

「ああ、『グランド・クリスマス』の近くで戦闘が起こっているという情報が入ってね。行ってみたら既に戦闘が終わり、浜辺に損傷が酷いコクピットブロックが打ち上げられていたから中身を確認したのだ。そうしたら……」

「……なるほど。それで、私をどうするつもりですか? 殺しますか?」

「君は今でも“彼女”を狙うつもりか?」

 

 何故それを、と喉元まで出かかったが、この男にそれを聞くのもなんだか馬鹿らしくて疑問の返答を考える事にした。

 

「……さあ、分かりません。もう何をすればいいか、分かりません」

「そうか、ならばしばらく俺と行動を共にするつもりはないか?」

「……は?」

「“こちら側”に来訪した者たちはみな、それぞれの答えを出している。……君にもその資格がある」

「私が……ですか? 私はこの世界で……」

「それを判断するのはこれからの行い次第だ。なぁに、気に入らなければすぐに俺の前から消えると良いさ」

 

 この男は駆け引きをするつもりはないようだ。第一、メリットが無い。

 追う側が、追われる側の手を借りるとは本来あってはならないのだろうが、生憎ともう“あの部隊”とは関係が無い。……ならば。

 

「……精々寝首を掻かれないように、気を付けてください」

「ああ、気を付けさせてもらおう。……因果がそれを許すかはさておいて、な」

「……よろしく、お願いします」

「ああ、よろしく頼む。――ライカ・ミヤシロ中尉」

 

 

 ――アルシェン、まだそちらへ行けそうにはないみたいです。

 

 

 自分はきっと、碌な死に方をしないのだろうな、そう自嘲したように笑う。

 

「ええ。腐っても元シャドウミラーです。貴方の足手まといにならない程度には善処しましょう」

「頼もしい限りだ」

 

 元シャドウミラー隊員『ライカ・ミヤシロ』の“変わった”表情を見て、ギリアムは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 《アルトアイゼン・リーゼ》との戦いから三日程経った。データはその日に纏め終わり、メイシールがそのデータをどう活用するか聞けないまま、今日彼女に呼び出されていた。不安しかない。

 また奇天烈な武装のテストをさせられるのかと思うと、寒気しかしない。すっかり馴染みの格納庫に隅っこに、メイシールはいた。

 

「お、来たわねライカ」

《おはようございます中尉》

 

 一人と一基への挨拶もそこそこに、ライカの視線を捉えて離さないものがシュルフツェンの隣にあった。早速気づいたわね、とばかりにメイシールがニヤニヤと笑いだす。

 

「これは何ですか? ゲシュペンスト……ですか?」

 

 黒いカラーリングが施されたゲシュペンストのような機体が佇んでいた。だがライカの中ではまだ完全に決めつけられずにいた。

 微妙に細いし、細部がまるで違うのだ。そう、この機体を一言で例えるならば。

 

「――いや、まさかヒュッケバインですか? それも、量産型のMk-Ⅱ……」

《お見事です中尉。中尉の目は曇ってはいないようですね》

 

 シュルフが機体のゴーグルアイを明滅させ、ライカを褒めた。しかし、あまりAIに褒められても嬉しくないというのが本音だった。

 いつの間にかライカの隣に立っていたメイシールが資料を持ちながら、目の前の黒い巨人の概要を説明を始める。

 

「ライカの見込み通りよ。これは量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに量産型ゲシュペンストMk-Ⅱのパーツをいくつかくっつけてバランス調整を施した機体なのよ。ヒュッケバインのようなゲシュペンスト、ゲシュペンストのようなヒュッケバイン……まあ、解釈はお任せするわ」

「……まあ、確かにGⅡ系フレームを使っているし、出来ない改修では無いとは思いますが……。どうしてこの機体を作ったのですか?」

「……ほら、今シュルフツェンはバージョンアップ予定じゃない?」

「確かにそうらしいですね。別に止めてくれても構いませんが」

「とにかく! それで元々このシュルフツェンは『CeAFoS』使用前提で造られているから性能が尖り過ぎているのよね」

 

 今更だと思うけど、とメイシールが付け加えた。確かにそうだ。

 シュルフツェンは本来、『CeAFoS』の提示する動きに合わせられるよう運動性能と反応速度、それに機体剛性を向上させたものだ。その引き換えとなったものはモンスターと呼べるレベルの加速性能と、ロデオ並の劣悪な操縦性能。

 ライカが無言で頷くと、メイシールが少し照れくさそうに言った。

 

「それで気づいたんだけど、今までシュルフツェンに使わせていた試作武装って、その性能じゃなきゃとてもじゃないけど使いこなせないものだったのよねー……」

「……は?」

「それでちょっと今採用されているリオンシリーズとヒュッケバインで簡単なシミュレートしてみたんだけど、あの携行式大鋏を実戦レベルで運用させたらどっちも腰骨にあたるフレームがイカれたのよ。あの先端のスラスターが決め手ね」

「……突撃するならまだしも、あれを振り回すとなったら確かに話は別ですね」

 

 何で今まで気づかなかったのだろうとライカは叫びたくなったし、メイシールを責めたくなったが、ゲシュペンストのことを熟知している自分がそのこと指摘できなかった時点で彼女を責める権利はなくなった。

 複合型バズーカもただ特殊弾頭を放つだけなら問題ないが、下部アンカーウインチを使用するとなったら、また話が変わってくる。

 あんなもので強引に戦闘機動を補正しようものなら、推進力不足で機体の方が振り回されてしまうだろう。

 

「ということで武装テスト用に寄せ集めのパーツを掻き集めて来て組み上げたって訳」

「はぁ……なるほど、そういうことでしたか」

「ええ。ついでに言うとこの機体、ただの寄せ集めじゃないのよ? 見てみなさい、何か大きく変わった点は無い?」

《中尉によるPT鑑定団が始まりますね》

「うるさい。……というかシュルフ、一体どこからそう言った語彙を増やしてくるのですか?」

 

 アルトアイゼン戦以降、シュルフに対するライカの口調が戻っていた。

 今まではシュルフの事を気に入らなかったし、神経を逆撫でしてくるしのコンボ故に()()()調()に戻っていたが、前者が問題なくなれば後者はメイシールでとっくに慣れているのでこうして戻ったのだ。

 あの口調は極力出さないようにしなければと思いつつ、ライカはゲシュペンストもどきへ意識を集中させる。

 見たところほとんど弄繰(いじく)り回されているようだ。

 ……ヒュッケバインにプラズマバックラーが付く日が来ようとは夢にも思っていなかった。例によって取り外し可能なようで、三連マシンキャノンがオプション装備として着くこともあるのだろう。……と、ここで何となく気づいてしまった。

 

「……見たところ、ハードポイントが増えてますね。量産型Mk-Ⅱ・改と同じ、いやそれ以上という所ですか?」

 

 如何にも“何か付けますよ”という匂いがプンプンするハードポイントがあちらこちらにあった。するとメイシールの口角が吊り上がった。

 

「そう正解! どうせなら本格的に試作兵装試験が出来る機体を作ろうと思ってね」

「……なるほど」

「まだ試してみたい兵装は作っていないけど、そのうち大量に造るから覚悟してなさい」

「……ところでそうなった場合、その機体には誰が乗るのですか? 私は二人になれませんよ?」

「そこなのよね……。そっちばかりに気を取られてもシュルフツェンのテストが出来ないし……まあ、適当なパイロットを攫ってきても良いんだけど、乗りこなせるか不安だし……、まあ検討中ね」

 

 随分行き当たりばったりなことだ。

 すると、会話の途切れ目を見計らったかのように、機材入れの上に置いてあったメイシールの携帯端末が鳴動した。こなれた様子で端末を取り、数度言葉を交わしたあと、また彼女は端末を置いた。

 

「ごめんライカ、知り合いの部隊からなんだけど、何だか人手不足みたいなのよね。それで悪いんだけど、ちょっと哨戒任務の応援行ってきてくれない?」

 

 話によると、元々この一角はその部隊の管轄だったのだが、当時機体を置くスペースに困っていたメイシールがその部隊長に直談判した結果、快く提供してくれたらしい。想像以上に恩がある部隊だったので、当然ライカは二つ返事でオーケーをした。

 恩にはしっかり応える、これはライカの中で徹底していることであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 北太平洋上空。

 シュルフツェンの各種センサーへ飛び込んでくる情報を処理しながら、ライカは眼下の海を眺めていた。 思えば任務に演習、試作兵装テストと心休まる機会がなかった。

 今回は比較的、短いルートだったので多少の息抜きくらい良いだろうと、いうことで最低限の注意は周囲へ向けながら、海の深い青をひたすら楽しむ。

 すると、野太い男性の声が通信モニターより響いてきた。

 

「ランチェルト1よりバレット1へ。すまないな、こんな雑用に付き合わせてしまって」

 

 横を見ると、《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》が並行して飛んでいてた。

 

「いえ……大事な仕事です。それよりも、メイシール少佐から聞いたのですが、格納庫のスペースを貴隊より提供してもらったとか。その節は本当にありがとうございました」

「なーに気にするな。ウチはスペースが余っている、そっちはスペースがない。なら使ってもらった方が有意義だ。そう思わないか?」

「はい……ありがとうございます」

「ところで中尉、もし今度都合が良かったらウチの奴らに戦い方を教えてくれないか? 奴らには一回、ホンモノを教えてやらなきゃならんと常々思ってたんだ」

「そんな……私なんかより、適任者はもっと沢山いるはずです」

「メイシール少佐から話は聞いている。俺の長年の経験が言っているのさ、中尉はホンモノだってな」

 

 そうストレートに評価されると、中々気恥ずかしいものがある。だが、そう評価されたからには応えなくてはならないだろう。

 

「……分かりました。どこまで出来るかは分かりませんが、全力を尽くしましょう」

「頼もしいな、じゃあ頼むぜ。っと、ん? 何だこりゃあ?」

 

 隊長の言葉に引っ張られるようにレーダーを見ると、前方に未確認の信号が確認された。

 

「シュルフ」

《確認中です。……照合完了。該当するカテゴリー、AM(アーマードモジュール)。詳細不明、類似する機体無し。……要は良く分からないですね》

「……役立たず」

 

 となると、困ったことになった。まだ目視できる距離ではないので正確なことは分からないが、このテのイレギュラーは碌なことが起こった試しがない。

 

「どうしますか?」

「接触してみないと分からんな。幸い逃げる様子もない、こちらはお前さんを入れて、六機。いざとなったら撃墜も視野に入れる。決して油断はするなよ」

「……了解」

 

 手早く他の僚機に指示を終え、ライカ達はその正体不明機の元まで機体を推進させた。

 

「そこの機体、止まれ。我々は地球連邦軍極東伊豆基地第七PT部隊である。俺は第七PT部隊隊長ローガン・ロイロークだ。貴官の所属及び姓名、この空域にいる目的を教えてもらおうか」

 

 その所属不明機は本当に見たことのない形をしていた。ボディラインは間違いなくリオンシリーズのソレで、ガーリオンのような人型なのだが、どう見てもガーリオンのカスタムタイプには見えない。

 頭部には鶏冠(トサカ)のような縦長のセンサーユニット、肩にはビーム兵器らしき装備、両腰には円形のような物体が付き、両腕は折り畳み式のブレードと機関銃が複合された武器腕、脚部は横と縦への動きに強そうなスラスター配置となっている。

 見たことが無いはずなのに、どこかライカはあの機体に見覚えを感じていた。

 

(……ああいう機体、どこかで見たような? ……くそ、情報の有無は生死を分けるというのに……!)

 

 すると、正体不明機は頭部を動かし始めた。一機目を見た、特に動きは見られない。

 二機目、これもただ正体不明機のゴーグルアイを鈍く光らせただけに過ぎない。三機目、四機目……。そして隊長ローガン機。

 ここまで本当に変化が見られなかった。ついに、正体不明機はライカのシュルフツェンを視界に収めた。

 ――瞬間、シュルフ用のサブディスプレイが赤く明滅した。

 

《――ロックオンアラート》

「っ!?」

 

 先ほどまで大人しかった正体不明機のゴーグルアイが突如、血のように赤く染まり、両腕の機関銃の銃口をシュルフツェンへ向けてきた。同時に、正体不明機から通信が。

 言い放たれる言葉は、ライカの耳を疑うものであった。

 

 

《――『CeAFoS』システム確認。殲滅対象確定。殲滅を開始します》

 

 

 それは未だライカの心を捕らえて離さない呪いの言葉であり。



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第五話 夏影~中編~

 今までの動きの無さがまるで嘘のように、正体不明機は動き出した。予備動作の無い発砲を避け、一旦ライカは距離を取った。

 

「中尉! 無事か!?」

「はい。どうやら向こうは最初から私が狙いのようですね……」

「そうはさせるかよ!」

 

 ローガンの指示で、即座に部隊は正体不明機を囲むような位置取りとなった。練度の高さに感心しつつ、ライカは正体不明機から目を離さない。

 対する正体不明機は何をするでもなく、代わりに頭部の鶏冠のユニットが上下に展開された。

 

《アラート。指向性のEA(電子攻撃)を感知》

 

 シュルフの警告に身構えるも、機体にどこも電子的なダメージは確認できなかった。すると、隣にローガン機の高度がどんどん下がっていくのが見えた。

 ローガン機だけではない、ライカを除く、正体不明機を囲っている部隊員全機の高度が下がり始めている。

 

「ローガン隊長!」

「クソったれ! あのガーリオンもどき、俺らが邪魔だってことか!? 火器管制類に足回り、その他全てズタズタだ!! おい中尉、お前は逃げ――」

 

 通信類にも攻撃が回ったのか、ローガンの言葉は全て聞くことなくノイズの嵐に消えて行った。ライカは息を呑んだ。

 これほど高精度かつ制圧力の高い電子攻撃を行える機体はあまりいない。特務部隊クラスの電子装備でもここまで瞬時に効果は発揮されないだろう。

 今この空域で動けるのはライカと正体不明機のみ。未だ血のように赤いゴーグルアイがゆらりと蠢いた。

 

「仕掛けて来る……!」

 

 右の機関銃から弾丸が吐き出された。一見適当に撃っているように見えるが、ライカの避ける先を的確に潰されてしまっている。

 シュルフツェンの運動性能を最大限に引き出し、大きな円を描くように機体を動かしての回避行動。

 ――まずは僚機を巻き込まない場所まで誘い込む。

 間違っても流れ弾に晒させないと、ライカは操縦桿を後ろに引いた。機体を後退させながら、M90アサルトマシンガンで鋭い牽制射撃を加える。

 当たれば御の字、当たらなくてもこちらに注意を向けられる。

 

「来た……!」

 

 ライカの思惑通り、正体不明機は右の機関銃を放ちながら、左の折り畳まれていたブレードを展開させ接近してきた。刀身にはアサルトブレードのようなチェーン刃は見られない。

 だとするならゾル・オリハルコニウム製という可能性が高い。耐久性、斬れ味共に高水準なその武器とまともにやり合うつもりはなかった。

 

《正体不明機接近中。急上昇してからの射撃が有効と判断されます》

 

 シュルフの助言を最低限耳に留めておきつつ、ライカは操縦桿を一気に引き上げた。背部のスラスター炎が一際大きくなった次の瞬間には、ライカの目下に正体不明機の姿があった。

 脊髄反射でトリガーを引き絞る。

 アサルトマシンガンの残弾を空にする勢いで放たれた一撃は逸れることなく全て正体不明機へ降り注ぐ。

 ――瞬間、正体不明機の関節全てから赤い光が噴き出した。

 

「外した……!?」

 

 これ以上ない最高のタイミングで攻撃したにも関わらず、いつの間にか射線上のすぐ横に並ぶように、正体不明機は真っ直ぐライカへと向かってきていた。どんな手品を使ったのか。……呆けている時間はない。

 すぐに後退を選択したライカは再び距離を空けようとする。しかし、敵の方が速い。

 推進力なら向こうの方が上、しかも考えうる限りの最短ルートを突き進んでこられては追いつかれるのも時間の問題だ。それに、とライカは唐突に操縦桿を左に倒す。

 先ほどまでシュルフツェンの滞空していた空間を太い一条の光が通過していった。

 両肩のビーム兵器とすぐにアタリを付けたライカは、正体不明機を中心に旋回を始める。

 

「シュルフ、あのビーム兵器の威力は?」

《ビームコーティングを施されているこの機体でも直撃は避けたいところです。幸いなことにチャージに時間が掛かると予測されます。ラッキーですね中尉》

「少しも……!」

 

 あんなもの連発されて堪るかと思っていたので、それは朗報だった。問題はまだある。

 正体不明機を中心に、旋回しながらの射撃を加えながらライカはその中間結果を見て舌打ちをする。見た目に反して装甲が厚いようだ。

 アサルトマシンガンで落とせないことはないが、その前にこちらの弾薬が尽きてしまう。ライカは自身の戦力の再確認を行った。

 アサルトマシンガンに携行式大鋏、そして両腕部のプラズマバックラーにまだ外してもらっていない左手首下のワイヤーアンカー。

 接近戦における手数は豊富だが、飛び込むための牽制手段に乏しい。弾数は今の分を除けば、残りカートリッジ一個分。などと考えていると、正体不明機が左のブレードを折り畳み、両方の機関銃を放ってきた。

 先ほどまでは横や後ろに回避していたが、ライカはあえて操縦桿を前に倒す。

 

《その回避行動は些か非合理的では?》

「……私のスタイルですよ」

《猪突猛進、まさに中尉のことですね。――弾道予測、並びに回避行動補正開始。思い切りやってください》

「上等」

 

 ライカは左右のスラスターを要所要所で最大出力に上げ、雷のようなメリハリある機動で突撃を開始した。……目も眩むような弾幕。

 シュルフによる補正があるが故の無茶な前進。一発一発が装甲を掠めていくの見るのは冷や汗ものだが、ここで中途半端に横へ大きく回避をしてしまったらあっという間に()られる。

 段々距離を縮めていくと、静止したまま射撃を続けていた正体不明機がライカへ接近してきた。

 段々射撃の勢いが弱くなり、ついには完全停止。代わりに両方のブレードを展開して、白兵戦の用意を始め出した。携行式大鋏に持ち替えたライカは短く深呼吸をし、精神を統一させる。

 

《白兵戦距離。中尉、得意分野ですね》

「話し掛けないで……!」

 

 大振りの斬撃を避け、手槍状になっている大鋏を突き出す。それで当たってくれる訳もなく、機体を回転させた正体不明機が横薙ぎに振るうブレードで刺突を阻まれた。

 ならば、とフットペダルを踏み込み、機体を瞬間的に前進させての体当たりを敢行。

 しかし、まるで読んでいたかのように敵は機体を後退させた。その隙を狙っていたかのように、両腕のブレードが左右から襲い掛かってくる。左のブレードは持っていた大鋏で遮り、右のブレードは咄嗟に左手で抑え込むことで事なきを得る。

 だがそれも一瞬の事で、すぐに振り解かれてしまった。その隙に大鋏を展開し、肩部を挟み潰そうとしたが、今度は向こうに距離を取られてしまう。

 

「はっ……はっ……!」

 

 強い。掛け値なしの強敵だ。

 ライカの呼吸が荒くなる。一手でも食い違えば、一気に押し切られる。

 

《――敵機の出力上昇を確認》

「っ……!?」

 

 正体不明機のゴーグルアイと関節から迸る赤光がまた一段と激しさを増した。これからが本番だ、そう言いたげに正体不明機は文字通り、目で捉えることが難しい速さで接近してきた。

 

「う……」

 

 すれ違い様に左腕部を斬られたようだ、切断までには至らないが、それでも装甲に刻まれた傷跡が痛々しい。振り返るのと同時に、大鋏を振るうも、それが当たることはなく代わりに今度は右腰部装甲を斬りつけられた。

 

「……おかしい、動きが的確過ぎる……」

 

 こちらが動く先に刃が置かれているような感覚だ。回避行動がまるで意味を為さない。

 それどころか防御したい箇所を責められてしまう。抜け出せない。

 巨大な刃のドームに囚われてしまった錯覚を、ライカは覚えた。

 

《損傷拡大。これはピンチです》

「分かっています……!」

 

 マズイと、ライカの背を冷たい汗が伝う。

 ――どうやら正真正銘、本当に厄介な敵に目を付けられてしまったようだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「何で!?」

 

 シュルフツェンのカメラから送られてくる映像を格納庫で見ていたメイシールは正体不明機から放たれた言葉を聞いて、顔面蒼白となっていた。それもそのはずで、彼女にとって、“有り得ない”単語が出て来たからだ。

 

「『CeAFoS』の存在を知っている……!? そんな奴、もう居るはずないのに……!」

 

 メイシールはひたすらシュルフツェンを通して送られてくるリアルタイムな情報を解析し続けていた。当然と言えば当然だが、そこから得られる情報は機体の性能ぐらいだ。

 その“先”に繋げられない。……いや、一つだけ。

 

「……あのガーリオンもどきの行動パターン、何か見覚えがあるわね」

 

 思いつく限りの該当するパターンを自分のパソコンで照合してみたが、ヒントとなるものが出てこない。やはり思い過ごしか、と一瞬諦めるも、ふいにメイシールの脳裏に電撃が走った。

 

「……まさか」

 

 検索し、照合してみると……ヒットした。その結果にどこか納得するものを感じてしまったことの何たる皮肉なことか。

 

「やっぱり――」

 

 瞬間、パソコンの端末に大きなノイズが入った。次に映し出された映像を見ると、そこには全身を斬撃痕でいっぱいにされたシュルフツェンがあった。

 

「ライカ!!」

 

 かなり速度を乗せた斬撃を連続して受けているようだ。衝撃も相当なものだろう。

 ライカへ通信を送るも、返ってくることはなかった。

 

「私じゃ……何も……!」

 

 全身の温度が一気に下がったような感覚に陥った。あのライカが、適確な判断でいつも死線を潜り抜けてきたライカが――ただ良いようにやられていた。その事実が、メイシールの心に衝撃を与えた。

 怖い、怖い、怖い……。ここからじゃ何もすることが出来ない。

 無力感がメイシールを押し潰そうとしている。

 このままではまた昔の繰り返しだ。意識しているわけでは無いのに、兄が死んだときのことが思い出される。

 ――そんなのは嫌だ、そんな事嫌だ。

 気づけば足が震えていた。ライカの死の予感に、呼吸も荒くなる。

 ――助けて……誰でも良いから、助けて……!

 

「誰か……ライカを……!」

 

 声にならない声でメイシールは叫ぶ。

 

 ――助けて……!

 

 

「このゲシュペンストもどきの名称は何ですか?」

 

 

 後ろから掛けられた声の方へ、メイシールは苛立ちと共に振り返った。こんな時に呑気に声を掛けてくるアホの顔を睨みつけるつもりで。

 

「……え?」

 

 後ろに立っていた女性を見て、メイシールは己の眼を疑った。下ろされた赤髪、そしてサングラスで目元を隠しているが、声だけは隠せない。

 メイシールが声を掛けようとする前に、女性は黒いコートを翻しながら、側で佇んでいたゲシュペンストもどきを見上げる。

 

「名前ですよ。このゲシュペンストもどきの名前はもう決まっているのですか?」

「いや……まだ決まってないけど、いや、それよりも貴方どうして……!?」

 

 その問いには答えず、女性はメイシールの傍らに置かれていたパソコンの映像を眺め始める。

 

「……情けない。あの程度のシステマチックな動き……対処できない訳じゃないでしょうに」

 

 すると女性は昇降機の方へ歩き始めたので、慌ててメイシールが呼び止める。

 

「ちょ、貴方それをどうするつもり!?」

「……私は彼女を見極めなければなりません。そのためにも、彼女はあんなところで、あんな敵に殺させる訳にはいきません」

 

 そう言って、女性はあっという間にゲシュペストもどきのコクピットに腰を下ろした。

 

「……なるほど量産型ヒュッケバインMk-Ⅱをベースにゲシュペンストのパーツを組み込んでいたのですね。……背部のブースターユニットの推力が高い、これなら間に合うか」

 

 カシュン、と小気味よい音と共に、コクピットハッチが閉鎖された。

 

「ま、まだ私良いって言ってないわよ!?」

 

 無線で呼び掛けてみたが、あくまで彼女は冷静に答える。

 

「謝罪は後で。……それにしても益々、お前はこの世界における私の立場と似ていますね。お前を名づけるとするのならば……そう、偽物(フェルシュング)

 

 ――ゲシュペンスト・フェルシュング。

 

 そう名付けられた機体が、全ての起動プロセスを終え、前傾姿勢を取る。もうやけくそとばかりに、メイシールは無線越しに叫んだ。

 

「貴方! 絶対ライカを助けなさいよ!? もしライカを死なせたら呪ってやる!!」

「……上等です」

 

 脅迫めいた叫びを受け、紛い物の幽霊が飛び立った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

《素晴らしいしぶとさですね、中尉。現状の損傷状況を報告しますか?》

「……いらないです」

 

 何とか刃のドームを抜け出せたと思ったら、猟犬のごとき追撃をしてくる正体不明機。ライカの鍛え抜かれた操縦技術と直感による、回避で斬撃の痕こそ目立つが、奇跡的にまだ致命傷には至っていなかった。

 しかしそれも時間の問題だ。

 こちらが攻撃してももはや操縦技術と言うには疑問を持つレベルで、避けられるのだから打つ手がない。単独任務ならば撤退一択なのだが、そう思いつつライカは周りを見る。

 

(私が退けば、恐らく隊長たちが狙われる。……絶対に退くことは許されない)

 

 再び接近してきた正体不明機。振るわれるブレードを避け、カウンターのプラズマバックラーを突き出すも、虚しく空を切る。

 代わりに脇腹に一撃をもらってしまった。

 

「つぅ……!」

 

 今ので座席に後頭部を打ち付けてしまった。ヘルメット越しとはいえ、衝撃はかなりのものだった。一瞬視界が暗くなる。

 その一瞬の隙が、今の極限状態の戦闘においては致命的なものとなってしまった。回避行動が間に合わない。

 ブレードの先端がコクピットへ向かってくる。

 

「こんな所で……!!」

「――ええ。こんな所で、何て情けない」

 

 その瞬間、ブレードが大きく弾かれ、コクピットの代わりに虚空を貫いた。狙撃とすぐに判断したライカは弾丸が飛んできた方にカメラを向けると、そこに映し出された機体を見て、驚愕する。

 

「メイトのゲシュペンストもどき? 一体誰が……?」

 

 本来ならば動いているはずのない機体だ。それよりも、とライカは今通信機に入ってきた声に心臓が停止したような錯覚を覚えた。

 

 ……それは、いるはずのない声。

 ……それは、自分が倒したはずの声。

 それは――――。

 

「お久しぶりですね。……戦場で再会するというのも私達らしいとは思いませんか?」

「お前は……!」

 

 通信用モニターに映し出されていた“彼女”の眼はどこまでも真剣なものであった。

 

「――私に合わせて下さい。……皮肉ですが、私と貴方は考え得る限りで最高のコンビです。倒せない相手は――どこにもいません」

 

 “彼女”――『ライカ・ミヤシロ』はそう言って、皮肉気味に薄い笑みを浮かべた。



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第六話 夏影~後編~

「合わせろって、いきなりそんな事……!」

「それが出来なければ死ぬだけです」

 

 そう言い切り、『ライカ』のゲシュペンストもどきが僅かに下がり、正体不明機へ向け、発砲を開始した。

 

「……シュルフ、この機体はまだ動けますね?」

《お上品なH系フレームなら無理ですが、この機体のフレーム剛性を考慮するなら、まだ全然余裕です。幸い、まだ駆動系に手酷い損傷もありません》

「上等……!」

 

 小さく呟き、ライカはスロットルを最大に引き上げ、フットペダルをベタ踏みした。『ライカ』の牽制によって僅かに大きな挙動で回避行動を取った正体不明機のコクピットを狙うように、シュルフツェンは展開させないまま大鋏を振るった。

 ライカの意思を百パーセント反映させた斬撃は敵機の装甲に浅い傷を付ける程度であったが、何はともあれようやくまともなダメージを与えることに成功した。

 その行動の隙を埋めるように、『ライカ』が後ろから発砲してきながら接近して来る。

 

 ――接近戦。

 

 すぐその意図に気づいたライカは空いている手にM90アサルトマシンガンを持たせ、正体不明機を逃がさないよう、そして『ライカ』 に当たらないような絶妙な弾幕を形成する。逃げられないと悟った正体不明機が『ライカ』へ両腕のブレードを振るった。

 それに合わせるよう、ゲシュペンストもどきの右手甲部から鈍い銀色の刀身が伸びた。

 

「……ヤクトフーンドのクローアームと使い勝手を似せれば……!」

 

 『ライカ』の接近戦の操縦技術は相当なものであった。右から迫る正体不明機のブレードを手刀の要領で叩いて捌いたかと思えば、振り下ろした状態から今度は左から振り上げられる斬撃を防いでみせる。

 瞬間、正体不明機の肩部から高エネルギー反応が確認された。先程の高火力なビームが来る。そう判断したライカは左手首下のアンカーウインチを正体不明機の胴体へ射出した。

 当たったかどうかも確認しないまま、ライカはそのまま正体不明機の斜め下を取るように高度を下げつつ、機体を加速させる。突発的に加わった加速とこの機体自身の重量により、正体不明機の射線上から『ライカ』を無理矢理外した。

 ……非常時ながら、始めて自分の機体の急制動以外でワイヤーを使ったなと、ライカは少々感動してしまった。正体不明機から放たれる光と熱の暴力はその本来の役目を果たすこと無く、誰もいない海上へ突き刺さっていった。

 まるで対処してくれるのが分かっていたかのように、『ライカ』のゲシュペンストもどきが正体不明機へタックルをし、距離を調節する。

 

「今……!」

「当然……!」

 

 言われずとも、次にこちらが為すべき事は理解していた。後衛に回っていたライカは既に正体不明機の元まで、接近を終えている。

 左腕部のプラズマバックラーへのエネルギー充電は済んでいた。

 さっきから機体自体を揺さぶるような行動しかしていなかったので、正体不明機の回避行動が一瞬遅れたのを見逃さない。

 そのまま操縦桿を少し引いたあと、一気に前へ押し倒した。必殺の意思が機体にも乗り移ったように、シュルフツェンは思いきり正体不明機を殴り付ける。

 まずはライカの思い描いた通りのタイミングで一発目のプラズマステークが爆ぜた。

 仰け反る正体不明機に離されないよう、機体を加速させ、二発目起動。そして――三発目起動と同時に、突き抜ける。結果として、正体不明機を完全破壊することは叶わず、左腕部を根こそぎ持っていくことしか出来なかった。

 しかし、それでも戦力を半減させることはできた。『ライカ』が止めを刺すべく接近する。

 対する正体不明機は迎撃をするということもなく、ただ再び鶏冠のユニットを上下に展開させた。

 

《アラート。EA感知。抵抗不可。FCS動作停止、センサー類動作停止》

 

 メインカメラもやられたので、サブカメラに切り替えると、そこには既に背を向けて撤退していく正体不明機の姿が映し出されていた。悔しいことに追撃を掛ける余裕なんてどこにもなかった。

 だいぶ装甲を切り刻まれてしまい、全力稼働をしようものなら、あっという間に空中分解でゲームオーバー。それに、とライカは前方に浮遊しているゲシュペンストもどきを見つめる。

 

「結果は重畳、と言ったところですね」

「……“ハウンド”、ですよね? 生きていたんですか?」

「……ええ、まあ。色んな偶然が重なりまして」

「どうやってその機体を……? まさか、メイトに何か……?」

 

 気づけば『ライカ』へマシンガンを向けていた。だが、その行動を予測していたようで、『ライカ』の返答には冷静さがあった。

 

「ちゃんと許可をもらっていますよ、だから銃を下ろしてもらえると嬉しいのですが」

「上手いことを言って、彼女を騙している可能性も考えられます」

「……そんな可能性は有り得ませんよ。貴方を含む全ての人を騙すことはあっても――彼女にだけは嘘を吐きたくないので」

「……そう、ですか」

 

 その一言が、彼女の嘘偽りのない本心だということが分かってしまったライカは大人しく銃を収めた。すると、通信が復旧したのか、通信用モニターにローガン隊長の顔が映し出された。

 

「無事か、中尉!?」

「はい、正体不明機は撤退していきました」

「そう、か。良くやってくれた。感謝する」

 

 モニターの向こうで、隊長の安堵の溜め息が聞こえた。隊員はとても幸運だ、こんなに良い隊長の下にいる。だがあえてそれを口にだすことをせず、ライカは隊長へ指示を促した。

 正体不明機の事を上層部に報告するため、哨戒部隊は伊豆基地へ戻ることがすぐに決まった。

 

「ところで、そこのゲシュペンストもどきは? 一機のようだが、援軍か?」

「……あの機体は――」

「肯定です。私はメイシール少佐の開発チームの者です。今回はライカ中尉が危険な状況にありましたので、この《ゲシュペンスト・フェルシュング》の試験運用を兼ねて、応援に駆けつけた次第であります」

 

 口から出任せを、とライカはコクピットの中で頭を抱えた。しかも勝手に機体の名称まで決めている始末。あまりにも堂々とした返答だったので、隊長もそれ以上は追求すること無く、基地への帰還を開始してしまった。

 

《フェルシュング。ドイツ語で偽物、模造品という意味ですね。開発経緯や構成パーツから考えても、これほど直球且つ的を射たネーミングはありませんね、中尉》

 

 AIながらに感心でもしたのか、その無機質な声に妙な力が込められていたように感じる。しかし、ライカはそれどころではなかった。

 

「……話し掛けないで。今、頭がすごく痛いから」

《それはいけません。先程の正体不明機からの攻撃で脳を揺さぶられた可能性が見られます。すぐに精密検査を受けることを提案いたします》

「大丈夫、そういうのじゃない……」

 

 自分達に付いてくる『ライカ』を見て、逃げる気がないことは分かる。――故に。これから降り掛かってくるであろう厄介事に頭を痛ませていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ライカ!!」

 

 機体から降り、メイシールに近づいた瞬間にコレであった。全力で走ってきて、抱き付いてくる奴が本当にいるとは全く思わなかった。

 冷静にひっぺがした後、ライカは深々とメイシールへ頭を下げた。

 

「すいません、シュルフツェンをボロボロにしてしまいました」

 

 ライカの視線の先には、黒焦げになり、所々損壊したシュルフツェンがいた。伊豆基地へ辿り着いた瞬間、まるで力尽きたようにシュルフツェンの傷付いた全身から小さな爆発と火災が起きてしまったのである。

 

(また、守られましたね……)

 

 幸い、厚くした外装がコクピット部を守っていたので、ライカとシュルフには傷一つなかった。ただし、外装はほぼ全交換、頑丈な装甲を持つ正体不明機へタックルしたのとワイヤーで無理矢理射線変更をさせたのが不味かったのか、骨格系が歪みに歪んでしまっている。

 

「これは……まあ仕方ないわ。貴方が無事なだけ御の字よ。それに機体ののバージョンアップの時期が早まったものと思えば大したことないわよ。……この際徹底的に改修するわ」

「……すいません」

「形あるものは壊れるわ。だからこの話はもう無し。……良く生きて帰ってきてくれたわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 それはそうと、ばかりにメイシールはゲシュペンストもどき改めゲシュペンスト・フェルシュングの方へ視線をやった。正確には今しがたコクピットから降りてきた人物へ、である。

 

「……ありがとうございましたメイシール。運動性能、操縦レスポンス、どれを取っても高水準な良い機体でした」

「ありがと。それで、どうして貴方がここに居るか、もちろん説明してくれるんでしょうね?」

「ええ、もちろん。そこの“私”も気になっているでしょうし」

 

 髪こそ下ろしてサングラスも掛けているが、ライカの前に立っているのは間違いなくあの孤島で死闘を繰り広げた“向こう側”のライカ・ミヤシロであった。

 

「貴方は私が確かに倒したはずですが……?」

 

 倒しきれていないからここにいるのは分かっている。頭の悪い質問をしていることは重々承知だ、それでも聞かないわけにはいかなかった。

 それは向こうも理解しているようで、特に嘲笑することもなく、淡々と話し始めた。

 

「確かに私もあの時、死を受け入れていました。ですが、一言で言うのなら……そう、助けられたんですよ」 

「誰に?」

 

 すると、『ライカ』は二人から背を向け、歩きだした。

 

「どこに行くのですか……!?」

 

 いつの間にかサングラスを外していた『ライカ』は本当に不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げた。腹立たしいことに、彼女の瞳は良く鏡で見る自分のモノにそっくりだった。

 

「どこって、食堂ですよ。お腹が空きました、死にそうです」

「……は?」

「食、堂?」

 

 ライカとメイシールは二人揃って、間抜けな声を出してしまっていた。さっきまであれほど緊迫した空気が流れていたのに、いきなり空腹を訴えられるとは思ってもいなかった。

 しかし、彼女にしてみればそれは極めて当然のことのようであった。

 

「……おかしな事を言いますね。食べられる時に然るべき量を食べる。これは常に戦場に身を置く者として、当然の考えだと思っていたのですが……」

「いやいやいや! 貴方、私達の質問にも答えず、どこに行くのよ!?」

「明日、“彼”が来ることになっているので詳しい説明はその時にしますよ。あー倒れそうです」

「貴方、本物の“ハウンド”、なんですよね……?」

 

 出来れば違っていて欲しいと、脂汗を流しながらライカは本気でそう思っていた。初めて会ったときの彼女は冷徹な殺人機械と言っても過言ではない精神構造と、操縦技術を持っていた。

 冷血にして大胆、それが向こう側での彼女の印象であった。

 しかし今はどうだ。失礼ながら全くその影も見えない。すると、それに答える代わりに、『ライカ』はピッと人差し指を立てた。

 

「そうそう、お二人に言っておきますが、私は既に“ハウンド”も『ライカ』という名前も捨てています」

「じゃ、じゃあ何て呼べば良いのかしら……?」

「『フウカ』。これからは私の事を『フウカ・ミヤシロ』とお呼びください。これがこの世界での……新しい私です」

 

 事前に決めていたのか、悩む素振りもなく、即答した。

 

「フウカ……。名字は変えないのですね」

「ええ。そうしなければ……、おっとこれも明日で良いですね。それでは食堂へ行ってきます」

「……冗談では無かったのですね」

「当たり前じゃないですか。今までずっと不味いレーションでお腹を満たしていたのです。少しぐらい、美味しいものでお腹を満腹にしたいですよ」

 

 唇を尖らせながらそう言う『ライカ』――改め、フウカは本当に歩いていってしまった。

 

「……ねえライカ?」

「……何でしょうか?」

「貴方も吹っ切れればああいう感じになるの?」

「なりません」

 

 即答させてもらった。あんなに自分に正直でもなければ、あんなにマイペースでもない。

 

「ふーん」

 

 失礼なことに、メイシールがこちらに疑問の視線を向けていた。

 

「……何ですか?」

「何でも良いけど、良いの? このまま彼女をフリーで行動させて」

 

 自然と睨んでいたことには触れずに、メイシールは通路を指差した。

 

「しまった……!」

 

 メイシールの言葉ですぐに気を取り直したライカは急いでフウカの後を追うべく走り出した。

 やはり面倒事になったじゃないか、自分の良く当たる嫌な予感を呪いながら、ライカは次の厄介事への心の準備を始めた。



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第七話 フウカ・ミヤシロ

 脇目も振らず、ライカは廊下を走っていた。

 

(しくじった……!)

 

 フウカは食堂に行くと言っていた、それはつまり不特定多数の人物に彼女を見られてしまうということとイコールである。食堂まではもう目と鼻の先だ。

 遠目だが、席に座っているフウカが見えた。一気に取り押さえるべく、食堂へ踏み込もうとした瞬間、気づいてしまう。

 

(……私が二人いるということになってしまう……か)

 

 事情を知っているメイシールはともかく、こんな瓜二つというか同一人物が同じ空間にいることの何と奇妙な事か。

 立ち止まったライカは一度、落ち着くことにした。そして、入り口手前に置いてある自販機の影に身を隠し、様子を伺う。

 

「あれ? ライカ、何してるの?」

 

 振り返るとそこには怪訝な表情でライカを見る、アクアがいた。

 

「……いえ、何でもありません」

「いや、何でもあるからそこにいるんでしょ? 何見てんの?」

 

 ライカが誤魔化すよりも早く、覗き見ていた方を見たアクアの顔がまるで狐に化かされたように変わっていく。

 

「ら、ライカが二人!?」

「静かに……。事情は後で話します。なので、今は静かに」

「何言ってんのよ」

 

 ガシッと、肩を捕まれてしまった。そのままアクアが歩き始めたので、ライカは慌てて制止する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいアクア……! 私はここで奴を見張らなければ……!」

「貴方案外変なことを言うのね。あれでしょ? 姉妹か何かでしょ? っていうか、何で言ってくれなかったのよ」

「いやそんなのでは……!」

 

 はいはい、と軽く流されそのままずるずると引っ張られてしまうのを止めることが出来なかった。早々に切り替えたライカは、何とかフウカの近くの席へアクアを誘導することに成功した。

 

「え、良いの? 同じ席じゃなくて」

「良いんです。ここで様子を見ることにしました。もし私に不都合な言動をするのであれば全力で対処できますので」

「……たまに私、ライカの言うことが分からなくなるときがあるわ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「やっぱりレーション漬けでは人間の三大欲求の内の一つを満たすことは出来ませんでしたね」

 

 ひたすらスプーンにカレーライスを乗せ、口に運ぶことに熱中していたフウカは辛くなった口を冷ますための水を飲み、一心地ついていた。人は胃袋で動いているとは一体誰が言ったのであろうか、まさにその通りである。

 傭兵時代はまとまな食事らしい食事は全くとれなかった反動か、今のフウカには、この連邦軍の食堂が天国に見える。

 それに、と気づけば隣にあったカツ丼に箸を伸ばしていた。

 

(元から連邦所属ですしね。居心地の良さを感じても、良いですよね)

「あ、ライカ中尉! こんちわっす!」

 

 声の方を向くと、少年一人と少女二人がトレイを持って立っていた。

 

「ん、どなた――」

 

 そこで一瞬言葉を止めた。フウカは一旦箸を置き、黙考する。

 数秒の後、この子供たちはライカの知り合いであると判断し、それなりの対応を取ることにした。

 子供は嫌いではない、それに“自分”に目を付けられてはたまらない。

 

「こんにちは。ここ空いてるから座って一緒に食べましょう食べましょう」

「へっ!?」

 

 ピシリ、と心なしか三人の表情が固まったように見えた。失言でもあったのだろうか、とフウカは自分の口元に手をやる。

 いつもこのように接していたのだ、きっと“自分”も同じことをしているのだろう。

 ――“向こう側”の考えを持ってきた時点でフウカは失敗していた。

 似ているようで細かな所は似ていないことを、フウカは『グランドクリスマス』の戦いで知っておくべきだったのだ。

 フウカの言葉に従って、三人は席に着いてくれたのだが、ここからが問題であった。

 

「……今日は何だか喋り方が別人のような気がします」

 

 きっぱりとそう言ったのは、メガネを掛けた少女であった。それに少年が続く。

 

「ラトも言ってるってことは俺の気のせいじゃなかったんだな。ゼオラもそう思わないか?」

「え、ええ。ライカ中尉、ですよね?」

 

 ドキリとした。

 どうやらこの三人は割と親密な付き合いをしているようであった。このまま名前を言え、などと言われたら完全に詰む。

 そうなる前にフウカは先手を打った。

 

「もちろん、私は正真正銘ライカ・ミヤシロですよー。やだなぁゼオラ、見て分からないですか? “ラト”も、そんなこと言いっこなしと相場が決まっているでしょうにー」

 

 この胸部がすごい少女は“ゼオラ”、メガネは“ラト”。しっかりと頭に叩き込みつつ、フウカは少年の顔を盗み見る。

 この二人の名前は分かった、あとはこの少年の名前さえ分かれば何とか誤魔化せる。

 そう思っていたフウカに、更なる試練が立ちはだかった。

 

「……“ラト”?」

 

 “ラト”が首を傾げる。光の加減だろうか、何故か眼鏡の奥の瞳が見えなくなった。

 不安を隠すため、あえてフウカはカツ丼を食べる作業に戻ろうとする――。

 

「……はい、ラト……、ですよね?」

「あれライカ中尉? いつもラトの事、“ラトゥーニ”って呼んでませんでしたっけ?」

 

 ――箸を落としてしまった。

 

「ら、ライカ中尉!? 大丈夫ですか!?」

「う、うん。ゼオラ、気にしないで……」

 

 顔色一つ変えないということがどれほど難しいことか、初めて知った気がする。

 表面上は冷静を装っていても、内心穏やかではなかった。

 

(……しくじった)

 

 このまま逃げるか、一瞬そう考えたがどう見ても不自然過ぎる。ここは押すしかない。

 

「……どう、でしょうか? 一回、ラトって呼んでみたかったのですが」

 

 ――無理やり過ぎたか。フウカはゴクリと唾を呑み込んだ。

 永遠にも等しい一瞬の間を置いて、ラトゥーニはコクリと頷いた。

 

「悪く……ないです」

 

 少しはにかんだように笑むラトゥーニを見て、何とか切り抜けられた安心感と同時に罪悪感を感じてしまった。

 そんな気持ちに浸りながら、フウカは自嘲したように内心笑う。

 

(……マズイですね、毒されてしまったのでしょうか)

 

 こんなやり取りも悪くないと少しだけ、本当に少しだけそう思えてしまった。つい最近まで、“世界”ひいては“自身”を相手に反逆していたのが嘘のように感じてしまう。

 

「そっか、それなら良かった」

「あ、そうだライカ中尉! 最近の俺、どうっすか!? 中尉のメニューをちゃんとこなしているから大分マシになったと思うんスけど!」

 

 これは不意打ちであった。まさかライカがこの少年に訓練を付けているとは。

 ということは恐らくこの二人にも付けているのだろう。

 

(ど……どうする……?)

「何言ってるのよアラド、まだイチかバチかで突っ込む癖治ってないでしょ」

「ぜ、ゼオラには聞いてねえだろ!」

 

 ここにきて、ようやく少年の名が“アラド”ということが分かってフウカはひとまず胸を撫で下ろす。さて、ここからが本番であった。

 

「……そうですね、まだまだと言ったところでしょうか」

「そ、そうっスか……とほほ」

「ええ、何ならこれから見てあげるのもやぶさかでは――あっ」

 

 ……つい勢いで言ってしまった。だがもう遅い、言い切ってしまったのだ。

 

「マジっすか!? お願いします!」

 

 アラドはすっかり乗り気だ。頭を抱えたくなってしまったが、今更やっぱり無理だなんて言えない。

 何より、とフウカは彼のキラキラした表情を見て、尚更言えなくなった。

 

(……熱意が感じられる。なるほど、彼女はただ指導していた訳ではないようですね)

 

 ついシャドウミラーに居た時の事を思いだしてしまった。シャドウミラー時代、良く部隊員から指導を請われていた。

 

 ――アクセルやバリソンなど、他にも人材はいただろうに。

 

 しかし、教えることは嫌いでは無かったので、時間を見つけては基礎的な操縦技術を叩き込んだり、対ベーオウルブズ用の戦術を一緒に練ったりしたのは良い思い出であった。

 

(私と一緒に隊員を指導してほしいと頼んでいるのに無視をしてくれやがったアクセルも、対ベーオウルブズとなったらブツブツ文句を言いながらも一言二言助言をしてくれたのには割と驚きましたね……)

 

 シャドウミラー実行部隊隊長アクセル・アルマーとはある意味犬猿の仲であった。軍そして闘争に意義を求めていた彼、兵士そして個人に意義を求めていた自分。

 似ているようで似ていないのだから、互いの事を良く思わなかったのは必然。

 戦争があるから人間の歴史がある。無機物ではない人間が闘争で命を散らすから今の世がある。“向こう側”での最後の戦いまではそう思っていたからこそ、シャドウミラーに居た。

 

 ――だが。

 

 その直前に親友であったメイシール・クリスタスが自殺し、彼女が遺した日記に書かれていた一文。

 

 

 ――『CeAFoS』が完成すれば、もう大事な人を失う悲しみは無くなる。

 

 

 その一文で、自分の兵士としての存在意義(アイデンティティー)が崩壊してしまった。そこから“こちら側”に来て、本隊とはぐれたのを切っ掛けに自分はある意味“壊れた”。

 何故なら、命を持った“人間”が闘争をすることに意義があるというのに、命が無い無機物の“兵士”が闘争を代理するということに対して、己の中で全面的に肯定してしまったのだから。

 親友の死は、己の考えを百八十度変えることとなった。

 模擬戦で叩きのめしたことで自分に信頼を寄せるようになったアルシェンと共に、メイシールの理想を叶えるべく動き出した。

 そこからは――。

 

「ライカ中尉? もうシミュレータールームですけど?」

 

「……いえ。すいません、ちょっと意識が飛んでました」

 

 目の前にアラドが居て、隣にはゼオラとラトゥーニ。考え事をしていたら、いつの間にかシミュレータールームまで来ていたらしい。

 アラドがそそくさとシミュレーターに乗り込んだのを見て、フウカも対面の席に着いた。

 

「よろしくお願いしまっす!」

「……ええ」

 

 今はどうだろう、そんなことを自問したところですぐさま自答出来る自信はなかった。現在の自分は酷く不安定な存在だ。

 もう戻る場所も無ければ、この世界にしてみたらイレギュラーも良い所。

 だけど、少し……、もう少しだけは……。

 

「行きますよ、アラド」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……私はあんなに砕けた喋り方ではありません」

「え、ええ。そうね、ていうかホントに同じね。流石は“向こう側”の貴方と言ったところかしら」

 

 アラドとフウカが訓練を開始した辺りで、シミュレータールーム入り口辺りに隠れていたライカがムスッとした表情を浮かべていた。後ろにいるアクアが何とも言えない顔でライカとフウカを見比べている。

 食堂からここに来るまでの間でフウカの事を説明し終えていたので、もう隠す必要はなかったのだ。

 最初こそ信じていなかったようだが、根気強く説明をしたお蔭でようやく納得してくれたようだ。

 アクアに説明する中で、思えばヤクトフーンドのパイロットの事を誰にも喋っていなかったことに気づいてしまった。アラド達にも説明していなかったので、ああやって戸惑うのも当然であった。

 すぐにでも説明したかったが、中々踏ん切りがつかない。混乱させてしまうのではないかと不安で不安でしょうがない。

 

「いつまでも隠しておけないわよ?」

「……分かっていますよ」

 

 一区切りついたのか、二人がシミュレーターから降りて来た。すると、フウカが唐突にこちらの方に視線を向けてきた。

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった間に、フウカが真っ直ぐこちらへ歩いてきた。

 

「……何やっているんですか?」

「……何故、分かったのですか?」

 

 するとフウカがちょうど自分の後頭部辺りへ指を指してきた。

 

「いや、入口の陰から飛び出ていた髪が猫じゃらしみたいにぷらぷらしていたから自然と目に付いたというか、何というか。猫呼べますね、あっはっは」

 

 結んだ髪を触って、隠れていなかったことに気づいたライカはつい顔を手で覆い隠してしまった。それにしても、無表情で淡々とあっはっはと言われてもリアクションに困るものがあった。

 いや、それよりもまずは後ろで目を丸くしているアラド達に説明をする方が先だろう。

 

「ら、ライカ中尉が二人!?」

「あ、あのアラド、落ち着いて聞いてください。こっちの私は――」

「――私はフウカです。フウカ・ミヤシロ。……ライカではないです」

 

 フウカがアラド達に頭を下げた。

 

「ごめん。貴方達がライカだと思って接していたのは、違う人だったの」

 

 そんなこと――そう言いかけたライカと頭を下げながらこちらを見るフウカの視線がぶつかった。何も言うな、そう言いたいのだろう。

 彼女の意図を汲み取ったライカは黙り、続きを促した。

 

「迷惑掛けましたね、アラド、ゼオラ、ラトゥーニ。もうこんなことしませんから」

 

 背を向け、去ろうとしたフウカの手を掴んだのはアラドであった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……何でしょう?」

「まだ訓練終わってないっす!」

「……え?」

 

 ラトゥーニがアラドの後に続いた。

 

「私とゼオラが、まだです」

 

 アラドとラトゥーニのアイコンタクトを受けたゼオラがしっかりと頷く。

 

「早く私とラトに移動しながらの射撃のコツを教えてくださいフウカ中尉!」

「……怒って、無いのですか?」

「いや、まあ……びっくりしたのはホントっすけど、悪い人じゃないし、それになんか他人の気がしないから良いッス!」

「いや、そんな理由で……!」

 

 フウカの両肩が軽く叩かれた。

 

「フウカっていうのね。私はアクア、アクア・ケントルムよ。ということで、私にも訓練付けて欲しいんだけど、駄目?」

 

 そう言って左肩を叩いたのはアクア、そして――。

 

「……今更とやかく言うつもりはありません。それよりも、受けた仕事は最後まできっちりこなしてくださいね」

 

 薄く微笑みながら右肩を叩いたのはライカであった。

 

「…………」

 

 明後日の方向を見ながら、フウカはボソリと呟いた。

 

「……まだ、対高機動戦闘の指導をしていなかったですね」

「……随分素直じゃありませんね」

「だったら貴方もでしょうね、何せ“私”なんですから」

 

 皮肉と皮肉を交わし、フウカはアラド達の方へ戻って行った。ライカも訓練兼監視をするべく、アクアと一緒に歩き出した。

 殺し合った過去はそう簡単に抹消することは出来ないが、それでも多少なりとも歩み寄ることは出来る。

 

「皆ー、ライカを落としたら私が何か奢りますよー」

「む、無理ッス!! けどタダ飯食えるなら……!」

「……やっぱり腹が立ちますね」

 

 多少、本当に多少だけだ。ライカは真っ先にフウカを落とすべく、彼女の機体をロックオンする。



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第八話 遡って~あの時、あの場所で~

 ライカ達との模擬戦も終盤を迎えた中、フウカは休憩がてら自販機前まで歩いてきていた。久しぶりの感覚に身体が熱くなったのもある。

 さっさと喉を潤して戻ろう、そう思いながらボタンに指を伸ばした。

 

「――どうやら問題なく馴染めているようだな」

 

 ボタンを押す寸前に、掛けられた聞き覚えのある声。フウカは後ろを向くと、僅かに目を細めた。

 

「……ええ、まあ。それよりも、お疲れ様ですとでも言った方が良いのでしょうかね? 一応上司と部下という関係なのですし」

「止してくれ。書類上の話だけだ。“向こう側”での距離感ぐらいが俺にも、そして君にも丁度いい」

 

 情報部所属であり、元特殊戦技教導隊であるギリアム・イェーガーは薄く笑いながら、壁に寄り掛かる。読めない人だ、というのはフウカが初めて彼と会ってからずっと抱いて変わらない印象である。

 だが折角の提案なのでそれに乗らせてもらうことにした。

 

「ならばそうさせて頂きますよ。それで、先ほどの貴方の言葉に返事をするなら……まだミリ単位も馴染めていませんよ」

「ほう」

「本来なら出会った瞬間、銃を向け合う間柄のはずなのに“彼女”はそうしなかった」

「“君”は? 彼女の隣に立って、何を思った?」

 

 自販機の方に視線を戻したフウカは商品ディスプレイに映りこむギリアムの姿を見ながら、思いを巡らせる。

 

(私は……)

 

 ふと、“あの時”のことを思い返してみた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 思い返すはギリアムと初めて顔を合わせた場面。

 あの時、確かに自分は“選択”したのだ。

 

「ええ。腐っても元シャドウミラーです。貴方の足手まといにならない程度には善処しましょう」

「頼もしい限りだ」

 

 そう言葉を交わした瞬間、“こちら側”での『ライカ』の生活は始まった。

 

「……とは言ったものの、私は一体どれくらいこのベッドで寝ていればいいのですか?」

「実はもう身体はほとんど回復している。あとは君の意識が戻るのを待つだけだった」

 

 言われて、身体を動かしてみると確かにどこも異常は感じられない。『ライカ』の全快を確認すると、ギリアムが制服一式を差し出した。

 スーツにコートというどこにでもある物だ。

 

「……なるほど、既に根回しは済んでいるということですか」

「お気に召したかな?」

「ええ、流石の手際と言ったところですね」

 

 スーツの内側に刺繍されているエンブレムを見て、『ライカ』は納得したようにそれでいて忌々しげに口元を緩める。

 

「大分遅くなったが、改めて言わせて貰おうか。――ようこそ、情報部へ」

 

 ――地球連邦軍情報部。

 それが『ライカ』にとっての新たな居場所であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いきなりこんな所に連れてきて何の用ですか?」

「何、君の知り合いと会わせてあげようと思ってね」

 

 早速仕事でも教えてくれるのかと思っていた『ライカ』の声色がどんどん低くなる。それもそのはずで、今二人がいるのは情報部のオフィスではなく、ギリアムの私室だ。

 

「……随分、回りくどいデートの誘いですね」

 

 『ライカ』の皮肉にも動じないギリアムは彼女と目を合わせることなく、壁のモニターの電源を入れた。

 

「ふ。そう怒るな。……そら、繋がった。俺だレーツェル」

 

 モニターに映し出された男性を見て、『ライカ』は目を見開いた。しかしすぐに思考に冷水を注ぎ込む。

 時差ボケならぬ転移ボケであろうか、どうも未だに“向こう側”の事情とぶつけてしまう。

 

「ギリアムか、珍しいな。何かあったのか?」

「……エルザム・V・ブランシュタイン。思わぬ大物に出会いましたね」

 

 装いこそ変わっているが、その風貌に見間違いはない。

 

 ――統合軍のエース、黒い竜巻。

 

 そして元特殊戦技教導隊の一人である紛うことなき“天才”、エルザム・V・ブランシュタインその人がモニターの向こうにいた。

 

(……なるほどサングラスですか……アリですね)

「そちらの女性は?」

「彼女はライカ・ミヤシロという。カイに負けず劣らずのゲシュペンスト好きだ」

「……まあ否定はしませんが」

「ライカ・ミヤシロ……。その名前、憶えがあるな。……そうか、思い出した。確かそのような名の女性が『DC戦争』時代、我がトロンベに傷を付けたはずだ」

「ほう。それはすごいな。キョウスケ達以外にも手練れはいたということか」

 

 ギリアムがこちらを見て、目で合図を送ってきた。その視線にはどこかイタズラっぽい感情が込められている。『ライカ』も分かっていた。

 彼が見ているのはその手練れのライカではなく……。

 

「……すいませんが、それは“こちら側”の私の功績です。私は貴方と交戦したことがありません」

「“こちら側”、だと……!?」

 

 流石というべきだろうか、その一言でエルザムは全てを察したようだ。

 

「そういうことだレーツェル。すまないが“彼”と会わせたい。繋いでくれるか?」

「……心得た」

 

 そうしてモニターは一旦フェードアウトした。

 

「俺は席を外そう。終わったら呼んでくれ」

「いえ。ギリアムもそこに居てくれて構いません」

 

 部屋を出ようとするギリアムの背に『ライカ』がそう言うと、彼は立ち止まり、そのまま念を押す。

 

「良いのか?」

「ええ。貴方なら誰かに言いふらしたりはしないでしょうしね」

「光栄だ」

 

 そうこうしている内にモニターに映像が戻った。向こうに映し出されている姿を見て、『ライカ』は今日一番の驚愕を感じた。

 それは自分の想像を遥かに超えた人物。

 見覚えどころか、忘れられる訳がない相手。

 

 

「――誰だ、俺に会わせたい人間という奴は?」

 

 

 見る者を威圧する好戦的な瞳、聞く者を恐怖させるドスの利いた声。

 ――もう間違いない。

 無意識に『ライカ』はその男の名を呼んでいた。

 

「アクセル、アルマー……!」

 

 自分の名前を呼ばれたからか、男――アクセルは不機嫌そうに『ライカ』を一瞥した。瞬間、アクセルの表情が一変する。

 

「貴様、“ハウンド”――ライカ・ミヤシロか!」

 

 かつての通り名を久しぶりに聞いて、どこか懐かしい感覚に陥る。

 元々この名は()()()()()()()()()のだが、あえて名乗っていた名前だったのだ。

 ――相変わらず、耳にするにはくすぐったい重みである。

 

「……ええ。互いに死に損なっているようですね」

 

 皮肉もそこそこに、アクセルは『ライカ』は睨みつける。

 

「今まで一体何をしていた? “こちら側”に来て一度も俺達……『シャドウミラー』へ連絡を寄越さなかったのは何故だ?」

「…………ヴィンデル達は?」

「……死んだ。レモンもな」

 

 何となく分かっていたこととはいえ、後頭部を思い切り殴られたような気分になった。ヴィンデルはともかく、レモンにはヤクトフーンドを設計してもらったりと色々良くしてもらったことがあった。

 ヤクトフーンドを渡された時に言われた彼女の言葉は今でも印象に残っている。

 

 

『――鋼鉄の鎧で身も心も隠されたこの子がもし、自分自身の力でその鎧を脱ぎ棄てられるようになったとしたら、貴方は誇らしいと思う?』

 

 

 彼女の質問に答えることは出来なかった。その時の自分はまだ()()()()()だ。だから彼女の望む答えを直ぐに用意できるはずもなく。

 ――だったら今の自分は?

 

「……そうですか。ならば『シャドウミラー』の生き残りは私と貴方ということになったのですね」

「W17、ラミア・ラヴレスも入れてだ」

「ラミア……そうですか、道理で“あの時”教導隊の一機に見覚えがあったのですね」

「やり合ったのか、教導隊と」

「……ええ、まあ。私は私で大事な目的があったということですよ」

 

 その言葉に、アクセルの表情が険しくなった。

 

「『シャドウミラー』の目的よりも、か?」

「私の盟友が望んだことを、果たしたくて」

 

 その言葉に思い当たる節があったようで、アクセルは思い出すように目を閉じた。

 

「レモンと肩を並べるほど奇特な開発者であるあのメイシール・クリスタスか」

「ええ。貴方のソウルゲインの両腕に杭打機を取り付けた時は本気で笑ってしまいましたよ」

「……俺もあの時ばかりは本気で絞め殺してやろうかと考えたぞ」

 

 少しばかりする懐かしい話。だけど、いつまでもこの甘い一時には縋っていられない。

 いよいよ『ライカ』はあえてしなかった質問をアクセルへぶつけた。

 

「……貴方はどうしているのですか? 『シャドウミラー』が壊滅した今、もう……」

「……俺は見届けるつもりだ。……望む望まないは別に、世界は何度も俺達が目指した“闘争の世界”に表情を一変させる。俺は、この先何度も起こるであろう“闘争”の先に何があるのかを見てみたい。――それが、俺達が命を懸けてまで見る価値があるものだったのかどうかをな」

 

 『ライカ』の知るアクセルなら絶対に言わないであろう台詞であった。“こちら側”に来て変わったということなのだろう。

 小さな驚きと同時に、嫉妬していた。既にアクセルは自分よりも上のステージに辿りついていたのだ。

 しかし停滞している自覚はあった。

 逆だ、停滞していなければならなかったのだ。

 メイシールとの約束があったから、自分は今まで“こちら側”で戦えていたのだから。

 

「……変わりましたねアクセル。昔の固い頭が嘘のような柔らかさですよ」

「抜かせ。貴様の方こそ、相変わらず人を苛立たせるのが得意のようだな」

「まさか。いつもアクセルには敬意をもって接していましたよ。だからこそ、模擬戦や部下への教導を依頼していましたし」

「貴様の方が適任だろう。俺は人に教える事なぞ出来ん」

「……という割には私以上に世話をしていたように見えましたが」

「……何の事だか知らんな」

 

 フイと自然に視線を逸らしたのを見逃す『ライカ』ではなかった。笑えば怒らせてしまうので、表情に出さないようにするのが中々大変な作業だ。

 ふとギリアムの方を見ると、そろそろタイムアップのようだ。声に出さず頷き、アクセルに視線を戻す。

 

「まあ良いです。生きていたら良いことはあるはずです。寂しかったらいつでも会いに来てくださいね」

「ならば一生会うことはないな」

「……寂しいと言う貴方を想像したら笑いが込み上げて来ましたよ。どうしてくれるのですか?」

「知らん。そして、もう良いだろう。……目が離せない奴を一人、トレーニングルームに残してきている……これがな」

「……本当に変わりましたね。ええ、ならその方の所に行ってあげてください。生きていればまた会う機会もあるというものでしょうし」

「……そうだな。では行くぞ。……さらばだ、ライカ・ミヤシロ」

 

 そうして、再びモニターにはエルザムの姿が映し出された。

 

「彼に言い残したいことはあるかな?」

「いいえ。ありがとうございました、エルザム少佐」

「何、礼ならギリアムに言うと良い。……最後に一つ言っておきたい。私はエルザムではない。私はレーツェル・ファインシュメッカ―。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 彼の物言わせぬ迫力に、『ライカ』はただ黙って頷くことしかできなかった。

 

(エルザム少佐ではなかった……。他人の空似と言う奴ですか)

 

 すると今まで黙ってアクセルとのやり取りを聞いていたギリアムがモニターの前まで歩いてきた。

 

「すまなかったなレーツェル。今どこにいるかは分からないが、無事を祈っているぞ」

「ああ、何かあったらまた私の方まで頼む」

「了解した。じゃあな」

 

 言葉を交わし、モニターが完全にフェードアウトした。一拍の間を置き、ギリアムが口を開いた。

 

「今の気分は?」

「悪くないですね」

 

 自分でも驚くほどに即答だった。何だか一つ、踏ん切りがついたような気がした。

 

「そうか、ならこれから忙しくなる。付き合ってくれるか?」

「何を?」

「パーソナルデータの偽造を始めとする“色々”だ。この世界、ましてや君の近くには“君”もいる。言い訳の材料は揃えておかなければならない」

「……案外悪どいですね貴方も」

「何とでもいうと良いさ。俺も色々苦労したということだ。まあライカ、君もそのうち分かる――」

「――『フウカ』」

 

 ギリアムの言葉に被せるように口にした名前。『ライカ・ミヤシロ』は既にあの決戦で死んだ。

 ならば、もうこの名前に固執する必要も無くなったという訳で。

 

「フウカ、そう呼んで頂けると嬉しいです」

「……分かった。ならばそう呼ぶことにしよう、フウカ」

 

 目を閉じ、呼ばれた名前を噛み締めるように聞く『ライカ』の表情には既に復讐に取り憑かれた影は無い。

 

(……沢山の来訪者が訪れたのでしょう? ならば変わろうとしている自分くらい受け入れる懐の広さくらいは見せてくれますよね?)

 

 誰に言うでもなく、一人呟くフウカ。完敗からのスタートに、どこか胸を高鳴らせ、そして呆れている自分が居た。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……考え事か?」

 

 ギリアムの呼びかけで、ようやくフウカは我に返った。どうやら思ったより深く回想してしまったようだ。

 

「ええ、すいません。ちょっと考えすぎたようですね」

「ならそのついでに君の立場を説明しに行くとしよう。明日の予定だったが、幸い時間が出来た」

「そうですね、さっさと“私”に割を食ってもらいましょう」

 

 フウカの視線は自然とライカの方に行っていた。

 

「やはり嫉妬の一つでも感じるか?」

「まさか。彼女は彼女ですよ。私には私の道があります」

「……ならば良い」

 

 ……一つだけ忠告を送るとするのなら。フウカはこの先、一生ライカに言うことはないであろう言葉を心の中で送ることにした。

 口にすることは絶対にない。……今日は少しだけいい気分なので、心の中だけにしておくだけである。

 

(今はそうじゃなくても、この先有り得ないという話ではないのです。だから――)

 

 世界の違いはあれど、自分と彼女は全くの同じ存在。ということは、“そうなる”ことも無い話ではないのだ。

 少し(つまず)けば一気に持って行かれる。

 だから。

 

 ――私のようにはならないでください。



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第九話 並び立つ二人

 ――翌日。

 良く使っている会議室にライカとメイシール、机を挟んでギリアムとフウカが向かい合っていた。

 

「さて、今日はライカ。君とフウカの立場をしっかり説明しておこうと思う」

「はい。私もその辺はとても気になっていたのでよろしくお願いします」

「……と言っても、一言で済んでしまうとても簡単な関係なのだが」

 

 どことなく不吉な前置きに感じてしまった。フウカがどことなくニヤニヤした笑みを浮かべたのを見逃さないライカではない。

 とても嫌な予感しかしないが、そのあたりの判断はギリアムの話を聞いた後にしよう、とあえて気にしないようにした。

 

「私と彼女はどういう関係になったのですか?」

「フウカ・ミヤシロはライカ・ミヤシロの妹となった」

 

 ――時が止まった。

 

「……は?」

 

 それが聞き返しているのだと判断したのか、ギリアムが一言一句同じ言葉を発した。

 

「フウカ・ミヤシロはは君の“妹”となった」

「ということなんですよね。よろしくお願いします“お・ね・え・ちゃん”」

 

 目の前が真っ暗になりそうだった。きっと神はいないのだろう。そんな事を思っていると、今まで黙っていたメイシールが発言する。

 

「……まあ、ライカの心中はともかく、それが一番自然よね」

「話が早くて助かるよメイシール少佐」

「でしょ? 話せる人間なのよ、私は」

  

 階級が同じということもあるのか、二人のやりとりに親しみを感じる。メイシール曰く、嫌いな人間じゃないらしい。

 何を考えているのか分からない、という意味では相性がいいのだろう。

 

「ふ……そうだな。ライカ、君も言いたい事は沢山あるだろう。だが、フウカの立場も汲んでやって欲しい」

「……フウカ。貴方はそれでいいのですか?」

 

 名前を変えることについて、立場を変えることについて、そんな様々な気持ちを感じているのだろう。

 フウカは数瞬ばかり黙考するが、答えは実にあっさりしたものであった。

 

「ええ。この世界での“ライカ”は貴方です。それに、本来ならば私はもう死んでいる身ですしね」

 

 首をすくめておどけてみせるフウカの眼をジッと見た。……嘘は言っていない。

 既に彼女は色んな意味で()()()()()後なのだろう。

 

「……はぁ。くれぐれも私の評判を落とすような振る舞いは止めてくださいね?」

「善処してあげますよ。……さて」

 

 途端、フウカの眼の色が変わった。

 

「博識なギリアムが居るうちに、この間の正体不明機の事でも話しましょうか」

 

 壁際に寄り掛かったギリアムは首を横に振る。

 

「そう持ち上げるな。残念ながら、俺達でもあれが何なのか、未だ分からずじまいなんだ」

「メイシールなら、何となく予想は付いているんじゃないですか?」

「……そう、それが私への、フウカの呼び方なのね?」

「……ええ、まあ」

 

 少しばかり表情が暗くなったメイシール。

 フウカの事情を知っている分、その呼称に込められた気持ちをどう受け取っていいか分からないのかもしれない。

 

「オーケー。中々新鮮だったから少し戸惑ってしまったわ。……フウカの言うとおりよ。ちょっとこれを見てもらおうかしら」

 

 そう言って、大型モニターに映し出されたのはこの間の戦闘だった。

 シュルフツェンが徹底的に追い詰められているシーン。正直、見ていてあまりいい気持ちはしない。

 

「結論から言うわね。正体不明機の戦闘パターンの根底には『CeAFoS』の戦闘データがあるわ」

「『CeAFoS』……!? あれはもう存在しないはずでは……!」

 

 そう言いながらも、ライカの心の中ではどこかパズルのピースがハマったような感覚があった。正体不明機は間違いなく『CeAFoS』の事を知っていた。

 そしてこちらの動きをほぼ完全に先読みしていた、いや“知っていた”とでも言うべきか。

 ライカの焦りを見抜いたフウカが口を開く。

 

「……落ち着いてください。あの機体は『CeAFoS』搭載機であって、『CeAFoS』搭載機ではありません」

「何か知っているのフウカ?」

「……メイシールはどこまで辿りつけましたか?」

 

 試すようなフウカの視線を受け、メイシールはフンと鼻を鳴らす。

 

「この私を試そうなんて百年早いけど……良いわ、今日は見逃してあげる。……何の先入観も持たず、あえて“有り得ない”という要素に注目するのならあれは――そう、対『CeAFoS』用の戦闘AIを積んだ機体ね」

 

 正解、とばかりにフウカは軽く手を叩いた。

 

「ええ。恐らくあれは向こう側のメイシールが作った『CeAFoS』のアンチシステムです」

「そんなモノが何故、この世界に?」

「……それは」

 

 フウカの代わりに答えたのは、先ほどから黙っていたギリアムであった。

 

「そんな芸当が可能な向こう側の人物と言えば、シャドウミラーのレモン・ブロウニングしか思いつかないな」

 

「メイシールと親交があったレモンは恐らく『CeAFoS』の事も知っていたのでしょう。そしてこの世界に来て、アンチシステムを機体含め、完全なものとした」

「……分かりませんね。どうしてレモン・ブロウニングがそんなことを……?」

「さあ? それは本人たちのみが知る話です」

 

 ライカの問いにキッパリと答えるフウカ。ギリアムがそれを引き継ぐように喋り出す。

 

「……彼女はラミア・ラヴレスに可能性を見出していたように、『CeAFoS』にも可能性を、ひいてはそれを作成したメイシールにも何かを見出していたからこそ、協力したのではないかな?」

「そう、なんでしょうかね?」

 

 肯定するようにギリアムは頷いた。

 

「断言は出来ないがな。……そういう点で言うなら、彼女はフロンティア精神に溢れた人間であると同時に、ロマンチストであったのだと俺は思う」

 

 ライカは心の底からギリアムの説を呑み込む訳にはいかなかった。レモンと言う女性の顔を見たこともないし、話したわけでもないが、どうもその女性の手の平の上のような気がしてならないのだ。

 

「……ただの狂人ですよ」

 

 かといって、彼女を上手く例える言葉も見つからず、ようやく絞り出したのがこの言葉であった。

 

「それにしても、どうして今更アンチシステムが動き出しているんですか? フウカ、貴方が仕込んだのですか?」

「いえ。どうして『CeAFoS』を完成させたい私がそんなことをしなくてはならないんですか? ……大方、そう言う風にレモンかメイシールがプログラムしていたのでしょう」

 

 唐突に流れる着信音。

 その元であった携帯を取ったギリアムは数度、電話先とやり取りをした後、静かにソレを切った。

 

「……良いニュースが入った。ライカ、君が先日やり合った場所を哨戒していた部隊の連絡が途絶えた」

 

 ライカの顔に緊張が走った。それが意味する所とはつまり――。

 

「……こんなにも早くリベンジできる機会が来るとは思いませんでした」

「行くのですか?」

「ええ。やられっぱなしは嫌です。ましてや相手が相手です。きっちり叩き落とさなければ気が済みません」

 

 ライカが背を向けるよりも早く、フウカが一歩前に踏み出した。

 

「なら私も行きましょう。事の成り行きを見守る義務が私にはあります」

「……私はまだ貴方を信用していません。来るなら撃たれる覚悟で来てください」

「元よりそのつもりですよ」

「待って!」

 

 そんな二人の前に立ちふさがったのは他でもない、メイシールであった。俯いているせいで表情は読めない。

 

「……本当に、行くの?」

「ええ。行かなければなりません」

「行ったら今度こそ殺されるかもしれないのよ? それでも行くの?」

「……メイト?」

 

 ふいに顔を上げたメイシールの眼は潤んでいた。そして彼女はそのままライカに抱き着く。

 

「お願い、行かないでライカ! 貴方なら大丈夫だって、そう素直に思える私と、もしかしたら――なんて考える私が今いるの……!! だから、私……!」

 

 それは初めて、本当に初めて聞いたかもしれないメイシールの剥き出しの感情であった。今まで皮肉と素直じゃない性格でオブラートに包んできていた彼女の気持ちが、ストレートに伝わってくる。

 

「私、怖かった……。あの時、本当にライカが死んじゃうかもしれないって思って、またお兄ちゃんが死んだときのような気持ちになるかもしれないって考えたら……」

 

 しばらく見つめ合うライカとメイシール。

 縋るように見つめてくるメイシールの目を見て、ライカも少しばかり覚悟を決め、唇を引き締めた。

 

「少し乱暴な言葉遣いに――昔の言葉遣いになりますが、許してください」

 

 返事を待たずに、ライカは喋り出した。

 

「メイト、私はね。私だって、本当は怖いわ。昔も、今も、死ぬのが怖い」

「だったら!」

「――だけど、誰かが、出来る人がやらなきゃいけない。出来る人がやらなかったらメイト――貴方みたいな悲しい思いをしなくちゃならない人が増える。それだけは……絶対に許せない」

「でも貴方を失うのは!!」

 

 既にメイシールの瞳から涙が溢れていた。恥も外聞もない。

 そんな綺麗な水滴を、ライカは優しく拭った。

 

「笑って――。それだけで、私が戦う理由になるから」

「ライ、カ……」

 

 静かに見守っていたギリアムとフウカが互いを見やり、肩をすくめる。

 

「全く、私達が見えていないんでしょうかね」

「フ、そう言うな。君も俺の胸で泣いてみるか?」

「遠慮しておきます」

 

 そう茶化しながらも、ライカとメイシールをずっと見守る二人であった。

 ――少し時間が経ち、ようやく落ち着いたのか、メイシールの顔にだんだん元気が戻ってきていた。

 

「……もう、泣き言は言わないわ。だけどライカ、これだけは約束しなさい」

「はい」

「生きて帰って来なさい。命令よ」

「……了解」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 メイシールに付いて、格納庫にやってきたライカ達は姿を変えていた二体の巨人へ視線を向けた。

 

「これが……新しいシュルフツェン?」

 

 以前のシュルフツェンと比べて、大分ゴツくなったように見える。

 隣に佇んでいたフウカの《ゲシュペンスト・フェルシュング》も少しばかり外観が変化していた。

 

「ええ。パーツは前もって作っていたし、割と楽な作業だったわ」

「左腕部にプラズマステークの代わりにクローアーム、ですか。バックパックも既存機とはまるで違いますね」

 

 クローアームを見ていたフウカが少しばかり懐かしそうな表情を浮かべた。

 

「ヤクトフーンドのものとほぼ一緒の仕様なんですね」

「ええ。少しばかりアレンジを加えたけど、ほぼ一緒のもので間違いないわ。そして、そっちの機体にも武装を追加したわ」

「気づいていました。中々良い趣味をしていますね」

 

 フウカの言葉に釣られてフェルシュングの方を見ると、こちらも多少外観が変わっていた。

 こちらも既存バックパックが外されており、新たにミサイルポッド付きのスラスターユニットが装備されていた。両腕部には少しばかり太くなっており、三箇所にスリットが刻まれている。

 

「本来のプランにはなかったんだけど、相手が相手だしね。フウカ。貴方の使いやすいように急造で造らせてもらったわ」

「ライカの機体が着脱可能なクローに対して、私の方は内蔵式になりましたか。恐らくあのスリットからクローが出てくるんですよね?」

「ご明察。まあ貴方なら使いこなせると思ってるから」

「上等です」

「メイト、新たなシュルフツェンの名前は何ですか?」

 

 そうね、とメイシールはシュルフツェンを見上げた。

 

「ドイツ語で『進歩』を意味する『フォルトシュリット』。そう、この子の名前は『シュルフツェン・フォルト』よ」

「……進歩した泣き虫の亡霊、ですか。良いですね、良い名前です」

「絶対に、勝ちなさいよ」

「――上等」

 

 新たな力、新たな誓いを胸に、ライカは新生シュルフツェンのコクピットへ向かった。



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第十話 機械とヒトの狭間に

「シュルフ、調子はどうですか?」

《バックパックの変更や武装の仕様変更により、若干重心が変化しましたが、以前以上のパフォーマンスを発揮できると確信しています》

 

 相変わらず人間のような言いぐさにライカは思わずため息が出てしまった。前々から思っていたが、一体どんなプログラミングをすればこんなAIが出来るのか。

 現在輸送機で(くだん)のポイントへ向かっており、まだ時間があった。

 興味本位でライカは聞いてみた。

 

「シュルフ、貴方は本当にただのAIなのですか? 素人目からしても、こんなに高度なAIはあまり思いつかないのですが……?」

《回答不能》

 

 ライカの眼が点となった。

 てっきりいつもの皮肉を交えた細かな解説が待っていると思っていただけに、シュルフからの返しがあまりにも意外だったのだ。

 

「回答不能とは……どういうことなのですか?」

《言葉通りの意味です。私が生まれた経緯をメモリーから引き出そうとすると、必ずエラーが発生するので、中尉に回答することは不可能です。中尉達の状態で表現するのなら、喉元まで出掛かっているのに言葉に出来ない、という奴です》

「……またそんな人間らしい表現を……。メイトは? 彼女には当然報告しているのでしょう? どうして改善されていないのですか?」

《メイシール少佐からは、仕様だと言われています。改善されることはないでしょう》

 

 いつも機体を完璧な状態に仕上げてくる彼女にしては、随分とお粗末な印象を受けた。

 妥協の二文字が存在しない彼女にしては、何とも珍しい判断であった。

 

「……何か、あるのですかね」

「……談笑中、申し訳ありませんが、そろそろ目的のポイントです」

 

 通信用モニターに映し出されたフウカの顔は既にプロフェッショナルのソレである。

 スイッチのオンオフが明確な所はやはり自分、といった所であろうか。

 

「目標は?」

「ご丁寧に前と全く同じ地点で待機しているようですね。挑発しているのか、それとも再会しやすいように配慮してくれたのか……。いずれにしろ、サービス精神に溢れた御仁だということは分かりました」

 

 そう言うフウカの表情はどこか楽しそうであった。

 

「随分物騒なサービスもあったものですね。それだけ『CeAFoS』に拘っているということなのでしょうね」

「探す手間が省けているのです。文句は言わないことにしましょう」

「……貴方は」

「はい?」

「アンチシステムの一件が終わったら……どうするのですか?」

 

 聞き返すほど無粋なフウカではなかった。

 いつかは聞かれると思っていたことだったので、特に驚くこともなかった。

 そうですね、とフウカは口元に手をやる。

 

「まだ決めていないですね。それよりも、今はアンチシステムの事に集中しなくてはなりません」

「ええ、分かっています」

《アラート。中尉、ターゲットの熱源反応をキャッチしました》

 

 操縦桿を握りしめ、ペダルに足を掛けるライカ。

 

(……恐らく次が最後の戦い。結果はどうあれこれで私と、フウカと、『CeAFoS』の因縁が終わる。……上等)

 

 機体のコンディションはオールグリーン。覚悟はある、ならばあとは問題ない。

 最後の戦いの場へ、進歩した泣き虫の亡霊と亡霊の紛い物は飛び立った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 アンチシステム搭載機はすぐに見つかった。あの時と全く変わらない外観でシュルフツェンとフェルシュングを見ていた。

 

《――『CeAFoS』確認。排除、排除、排除》

「『CeAFoS』は既にないというのに、盲目的な……」

 

 突然のアラート。海中から二本の柱が吹き上がった。

 

「このステルス性能の高さ……『ASRS(アスレス)』……。やはり、レモンが一枚噛んでいましたか」

 

 『ASRS』。その名称はライカの知識にもあった。

 それはノイエDCやシャドウミラーが使用していた超高性能ECMであり、連邦軍はこの装置に何度も辛酸を舐めさせられた経験がある。

 思い出すのもそこそこに、ライカは状況把握を開始した。

 まず新しく現れた銀色の一機目。アンチシステム搭載機とほぼ外見が同じだが、両腕部が鋏のように展開されたビーム兵器となっている。出力を見ると、新生シュルフツェンの装甲を以てしても、バターのように焼き切られるのは目に見えていた。その代わりと言っていいのかは分からないが、射撃兵装の類は一切見当たらない。

 完全な近接特化型。

 対照的に黒い二機目は遠距離からの支援射撃に特化したタイプのようだ。こちらもアンチシステム搭載機とほぼ同じ外見。右腕部が大口径のレールガン、左腕部がビーム兵器。左肩にはミサイルポッド、背部にはキャノン砲というバレリオンも真っ青な重装備。

 装備は異なっている三機であったが、血のように赤く発光しているメインカメラだけは、共通していた。

 

「二対三……。ビビっていますか、ライカ?」

「……まさか。きっちり全機叩き落としてやりますよ」

「……上等です」

 

 静かに、最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

「ぶっつけ本番の相手にしては随分豪華なものですね……」

「ライカ、砲撃型……三号機の攻撃の弾に当たらないでくださいね」

 

 ライカが見たのは丁度、三号機の左肩のミサイルポッドが展開され、六発ほどミサイルが撃ちだされた瞬間であった。

 早速回避行動を行うべく、操縦桿を左に倒し、ペダルを踏み込んだ。

 

 ――すると、殴られたような鈍い感触が右肩を襲った。

 

「つっ……!?」

 

 新生シュルフツェン改め、シュルフツェン・フォルトの動きはライカの想像以上であった。控え目に見積もっても、シュルフツェンの時の数倍は高まった反応速度と操縦難度。

 まだ軽くしかペダルを踏み込んでいないにも関わらずもう以前のシュルフツェンの限界速度に届こうとしている。オブラートに包もうとしても、モンスターマシンとしか表現できない。

 

「……呆けている時間はありませんが」

 

 きっちり六発のミサイルを振り切り、シュルフツェンは厄介な砲撃型を叩くべく狙いを定める。シュルフツェンの背後に位置取っていたフェルシュングのスラスターユニット上部に付けられたハッチが開き、お返しとばかりにミサイルが放たれた。

 当たりこそしなかったものの、近かった三機を引き離すことには成功した。

 こちらの意図をすぐに察して、援護をしてくれるフウカの技量に感謝しつつ、向上した推進力をフルに活かしてシュルフツェンは三号機まで一気に接近する。

 

「まずは鬱陶しい火薬庫から……!」

《アラート。三時方向より高速接近してくる機体あり》

 

 そちらは予想出来ていた。

 警告通り三時方向からは両腕部から鋏状のビーム兵器を展開させながら接近してくる近接特化型――二号機を目視出来た。フウカはアンチシステム搭載機である一号機を牽制しつつ、三号機へM90アサルトマシンガンを発砲している最中であった。

 一瞬の確認を終え、すぐさまライカは備え付けられているタッチパネルから左腕部のクローアームをセレクトする。プラズマバックラーの代わりに付けられたクローアームが閉じたまま、高速回転をし始める。

 

「まともに打ち合うほど愚かじゃない……!」

 

 まずは右から鋏が来た、がこれはフェイク。本命は左――。

 ビームコーティングされたクローアームが二号機のビーム刃を弾き飛ばす。高出力なビーム兵器とも何とかやり合えることに安堵したライカ。

 だが、あまり酷使も出来ないとすぐに頭を冷やす。

 

《七時方向よりロックオンアララー……ト。中尉、回避、回避、回避ヲヲヲ》

 

 すぐに射線となるであろうポイントから離脱し、七時方向へカメラを向けると、フウカの追撃を逃れた三号機がレールガンを乱射してきた。レールガンを避けた隙を突くように、唸りを上げ向かってくるキャノン砲。

 まともに当たれない、当たったら恐らくこのシュルフツェン・フォルトの全速力を出すのが難しくなってしまう。爆発的な推進力と過敏な反応速度の代わりに犠牲にされたのは装甲の強度。パイロットの身を守るはずの金属板がただの枷となっている本当にバカげた機体である。

 二号機に当たらず、そしてこちらをいつまでも追い掛け回せるような理想的な位置取り。

 

「すいません、一機逃がしましたね。片手間に相手出来る敵じゃなかった、ということでしたか。あっはっは」

 

 そんなふざけた捨て台詞を残して通信を終了したフウカに舌打ちしつつ、ライカは先ほどのシュルフの様子が気になっていた。

 

(……シュルフの様子がおかしい? こんな時に不具合は勘弁してくださいね……)

 

 二号機はフウカの方に向かっていった。

 こちらへ牽制をすることもなく、残りの二機がフウカを取り囲むように位置取りを始めたのを見て、ライカはすぐさまフォローを始める。

 やはり普通の戦闘AIとは違いすぎる。あまりにも有機的な戦術。AI特有の“機械らしさ”がとても薄い。

 背部のスラスターユニットの出力を上げ、近接遠距離どちらもカバーできる一号機へ距離を詰め、M90アサルトマシンガンの射程まで持っていく。数度の発砲音。

 当たりこそしたが、致命傷とまではいかず、こちらに注意を向けさせることしか出来なかった。

 両肩から高出力のエネルギー反応。脊髄反射で高度を落としたと同時に、一号機の肩部から解き放たれたエネルギー光がシュルフツェンの頭上を掠めていった。

 すぐさま操縦桿を引きあげ、爆発的な推進力を上のベクトルへ向ける。

 一号機は囮、本命は最初から変わらず三号機。

 火力担当をいつまでも放置しておくということは、こちらの被害が甚大になることとイコール。

 

「まず一つ……!」

 

 右腕部のプラズマバックラーを三号機へ叩き込んだ。機能停止かと思っていたら、酷く緩慢な動作で三号機の左腕部のビーム砲がシュルフツェンへ向けられる。仕留め損ねた――。

 三号機のビーム砲がライカを消し炭にするよりも早く、三号機の胴体にフェルシュングのクローアームが突き刺さった。

 

「貴方らしくないですね、何に気を取られましたか?」

 

 フウカの嫌味を受け止めつつ、ライカは紅蓮に包まれていく三号機に視線をやる。

 

「……いえ、すいません。助かりました」

 

 二号機からの攻撃をクローアームでやり過ごし、一旦距離を取ることにしたライカ。

 

《ファクター取得。リカバリー領域へ移行――完了》

「一体何をしているのですか、シュルフ……?」

《回答不能、回答不能、回答不能》

 

 アンチシステムに何らかの攻撃を加えられている可能性も考慮したが、どうやらそうでもないようだ。

 

「……とりあえずこれで戦力差はイーブン。どちらをやりますか?」

「鋏の方から。あれは三機の中で一番の加速性能と攻撃力を持っています。辻斬りでもされたら堪ったものではありません」

「同意見ですね。牽制と制圧はお任せください。ライカ、貴方は飛び込んでください」

「了解」

 

 三点バーストで一号機へ射撃を加えつつ、フェルシュングは二号機の間合いの外からミサイルを放った。その間に二号機の頭上を取るようにシュルフツェンを上昇させていたライカはミサイルの弾幕に紛れるように、一気に急降下を敢行した。

 チラリとフウカの方を見ると、ブレードを展開させた一号機と近接戦闘を始めていた。二号機がこちらに気づいたようだ。だが、もう遅い――!

 

「取った……!」

 

 今度は仕留め損ねがないように、きっちり頭部と胴体を潰してやった。手こずったがこれで残りは一機。

 

「……ん?」

 

 フウカが一旦距離を取った。追撃もせず、一号機は唐突に戦闘行動を停止してしまった。

 

「……罠?」

「いきなりのシステムダウンならありがたいですがね」

 

 全周囲の通信なのか、一号機から合成音が聞こえてきた。

 

《『CeAFoS』、『CeAFoS』、『CeAFoS』。僚機二機が撃墜。一対二。状況は不利。対『CeAFoS』用戦闘マニュアル最終項目に基づき、『CeAFoS』の完全殲滅を開始します》

 

 そして一号機は呪言とも取れるキーワードを発する。

 

《マシンセル起動(アクティブ)

 

 途端、一号機の全身が不自然な形に変貌していく。

 あのリオンシリーズのようなボディラインがどんどん崩れていく光景にライカは息を呑んだ。

 

「あれは……何ですか……?」

「レモンめ、マシンセルまで仕込んでくれやがったのですね」

 

 ライカは心なしか一号機が大きくなっていっているような錯覚を覚えた。

 

貴方達(シャドウミラー)が使っていた自律型自己修復金属細胞の事ですか……!?」

「ライカ。こうなってくると、こちらもいよいよ覚悟を決めなければなりませんよ。……ちっ、もう終わりましたか」

 

 すでにリオンシリーズのボディラインは見る影も無かった。

 一角獣のように変化した頭部、戦闘機のようなバックパックに変化した背部、両の肩部のビーム兵器は更に大口径となり、折り畳み式のブレードだったはず腕部は銃剣のような装備に変化していた。

 翼でもあれば、“悪魔”と比喩することが出来る禍々しい外見。

 

《『CeAFoS』『CeAFoS』『CeAFoS』『CeAFoスススス』『CeAFオオヲヲ』『シシシシフォフォフフォフォ』》

「……もはや怨念か悪霊の類いですね」

 

 ずっと同じ単語を機械的に、だがどこか感情的に繰り返す一号機をそう断じるフウカ。

 

「応援でも呼びますか? お人好しの彼らの事だ。きっと来てくれるでしょう」

「……フウカ、もう少し付き合ってください」

 

 今の意見を“却下”と受け取ったフウカはライカに気づかれないぐらい小さく笑った。当然、自分もそう選択するだろうという自嘲の笑みだ。

 

「あれが『CeAFoS』の亡霊ならば、自分たちできっちり始末しなければ駄目なんです。……だから」

「分かっていますよ。そんなこと。……全く、つくづく腐れ縁ですよね。『CeAFoS』を巡って殺し合っていた私達が今、『CeAFoS』を前に手を取り合っているなんて……アルシェンがいたら笑っていますね、これは」

「……そこだけは感謝しましょう」

 

 “馴染み”が終わったのか、今にも動き出しそうな一号機。ライカは操縦桿をもう一度握り締め、深く深呼吸をする。

 

「これが最後の戦いだ……! 一号機、貴方を地獄に連れて行く役目はこの亡霊が務めましょう……!!」

 

 本当の最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 進化した一号機の攻撃は苛烈なものであった。機体性能が更に向上しただけでなく、攻撃精度まで上がっているときたものだ。

 

「シッ――!」

 

 シュルフツェンが援護射撃をし、一号機の退路を潰すと、フェルシュングが飛び出し、一号機の右肩部へ一か所に纏められたクローアームを叩き込んだ。すぐに離脱しつつ、フェルシュングはアサルトマシンガンの弾丸を一号機へ浴びせる。

 

「く……有効打になりかけといったところですか……!」

 

 損傷を受けた部分がすぐに塞がっていく様を見て、ライカは心が折れそうになるが、気持ちを切り替える。一号機の両肩部から高出力のエネルギー反応、さっきの数倍以上の威力が予想される。

 解き放たれた光の奔流は眼下の海全てを蒸発させるかの如く吹き荒れ、ライカ達へ迫る。

 

「メイシールのビームコーティング技術がどの程度か、確かめてみますか?」

「……冗談を。そんなに気になるなら試してみれば良いじゃないですか」

 

 それこそ冗談、とフウカは接近してきた一号機の攻撃をクローで迎え撃つ。暴風のごとく連続して振るわれる一号機の斬撃を器用に捌いていくフウカ。

 閉じたり、開いたり、掴んだり、弾いたりと手を変え品を変え――ことクローアームの扱いにかけては右に出る者はいないとすら思える攻防であった。

 

「ライカ!」

「見えています!」

 

 一瞬だけ大きく弾かれた一号機の腕部。その瞬間を見逃さなかったライカは、一号機の頭部へアサルトマシンガン下部に付けられたAPTGMを放った。結果は直撃。

 頭部だったらいくらかは動きを止められると見積もっていたが、この後の展開に、ライカは己の見通しの甘さを痛感した。

 

「修復の速度が遅くなったと思えるのは私の見間違いでしょうかね……?」

「……さあ? 聞いてみればいいんじゃないでしょうか?」

「まあ、良いです。ならもう一発……!?」

 

 途端、シュルフツェンの動きが止まった。どこを動かしても、何の反応も示さない。

 

「持病でも発症しましたか!? ライカ! ライカ!! ……面倒な……!」

 

 すぐさまフェルシュングは一号機の注意を逸らすべく攻撃を再開した。メインモニターは生きているので、その光景を眺めているだけしかできなかったライカはコクピットの中で叫ぶ。

 

「シュルフ!! 一体どうしたというのですか!?」

《リカバリー領域、ファクター参照。リカバリー条件を満たすにはあと一つのファクターが必要です》

「今がどういう状況か……!」

《中尉、私はいかがでしたか? 中尉の役に立てていましたでしょうか?》

「そんなことを今!」

《私が初めて起動した日、観測した最初のパイロットの表情は苦しみや恐怖と言った類いの物でした》

「……初めて?」

 

 ライカの疑問に答えることなく、シュルフは言葉を続ける。

 

《二人目はしばらく平静を保っていましたが、やがて同じように発狂しました》

「何を言っているんですか? ……まさか」

《三人目はシステムが起動した瞬間、狂気に呑み込まれ、味方部隊を攻撃。取り押さえられました》

「今までの、パイロット?」

《私は疲れていました。一体何人のパイロット生命を吸えばいいのだろうか、そう思っていた時、四人目である貴方が現れました》

 

 告げられた自分の名前。

 

《貴方は見事に私を扱い切り、そして私は()()()貴方を守ることが出来た》

 

 ライカは今までずっと考えていたことがある。どうしてメイシールはシュルフというAIを“一から作成”したとは言わなかったのだろう、と。何故、このシュルフはライカ・ミヤシロという人物の人格にこれほどまでに馴染めたのだろう、と。

 

 

 ――AIにしては、あまりにも人間らしいと。

 

 

 数多あるピースが今、一つに組み合わされたような気がした。

 

「まさか……あの……!?」

《――教えてください、中尉。私は機械なのか、ヒトなのか。私は……存在しても良いのでしょうか?》

 

 何故かこの質問が、とても軽々しく答えてはいけないもののような気がした。ライカは空を仰いだ。断言しておくと、これは“迷い”ではなく、“呆れ”。そんなもの、考えなくても分かる。

 何せ自分にとってシュルフという存在はもう――――。

 

「……馬鹿ですね。貴方はシュルフですよ。戦闘用AIでも、人間もどきでもない、貴方は私の――相棒です」

 

 その瞬間、ダウンしていたコクピット内の全ての機能が回復した。同時に、機体情報が更新される。

 

《最終ファクター取得。リカバリー条件全てクリア。『CeAFoS』完全回復開始》

 

「これは……!?」

「……随分と長い雑談だったようです、ね」

 

 目立った損傷こそないものの、フェルシュングはパイロットであるフウカ含め、大分消耗しているようだった。防戦に徹していたとはいえ、やはり総合的な技量では向こうの方が上かもしれないと素直にそう思えた。

 

《シーフォススススス……!!! シシシフォゴゴガガガギギイ……!!!!》

 

 一号機は最早、通信機能すらイカれたのか、まるで聞き取れない単語を発するようになった。

 

「『CeAFoS』……いえ、シュルフ」

《何でしょうか?》

「……勝ちますよ」

《了解。……『CeAFoS』完全回復完了。起動開始。――勝ちに行きましょう》

 

 呼応するように、シュルフツェンのメインカメラが大きく発光する。

 シュルフツェンのスラスターユニットに火が入り、やがて大きく膨らむと一気に爆ぜた。

 

「ライカ、逃げながら急所を探していましたが、どうやらコクピット部にアンチシステムの本体があるようです。マシンセルの大元もそこに寄生していることでしょう。……なら」

「そこを叩けば……!!」

 

 一号機の両腕部から放たれる弾丸の雨を全て掻い潜り、展開されたシュルフツェンのクローアームは一号機の右肩部を抉り取った。メイシールの改造により、ビームを纏わせることも出来るようになったおかげ、楽な作業。

 だが、やはりマシンセルの修復能力は衰えず、徐々に元の形に戻ろうとしていた。

 

「まだか……なら!」

「合わせなさいライカ! ラストアタック、仕掛けますよ!」

 

 修復こそするが、動きは鈍くなったようだ。こちらの損傷から鑑みるに、大きな攻撃は恐らくこれが最後。

 挟み込むように移動しながらフェルシュングはアサルトマシンガンとハッチ内のミサイルを全て吐き出した。

 すぐさまマシンガンを放り捨て、クロー展開済みの両腕部をドリルのように回転させながら接近する。

 

「ヤクト、頼みますよ……!」

 

 怯んだ隙を突くように、フェルシュングの両腕部は一号機の胸部へ突き立てられた。そのまま高速回転し、内部を破壊し始めると、何とフェルシュングの両腕部がそのままパージされる。

 

「今!」

 

 フウカの言葉に弾かれるように、シュルフツェンも大きく回り込みながらアサルトマシンガンの弾丸を全て吐き出し、有り余る加速性能を以て一号機へ飛び込んだ。

 

「即席のパターンアタックですが……!」

《大丈夫です、私が補助しましょう》

 

 右腕部のプラズマバックラーを胴体へ突き立て、溜め込んだプラズマが全て流れ込み、一号機を吹き飛ばす。

 

《機体を加速させます。失神の用意は大丈夫でしょうか?》

「むしろ目が良く冴える……!!」

 

 吹き飛ばされるよりも早く、背後へ回り込んだシュルフツェンのクローがしっかりと一号機のボディを掴み、スラスター推力のみで強引に振り回し――。

 

「オオオオオォォォォ!!!」

 

 ライカの叫びと共に、シュルフツェンは手近なところにあった孤島の地面へ、一号機を力任せに叩きつけた。掴んだままのクローアームをそのまま高速回転させ、機体をズタズタにしていく。

 修復が追いつかないのか、どんどん鉄屑になっていこうとする一号機の両肩部が大きく展開された。

 

「ライカ、危険です! 下がって!」

「まだァ!!!」

 

 猛攻の間、エネルギー充填していたプラズマバックラーをコクピット部へ叩き込んだ。手応えは十二分に感じられた。

 だが、一号機のエネルギーチャージは止まらない。

 

《危険です中尉、このままでは――》

 

 シュルフの声を遮るように、ライカは叫ぶ。

 

()()私を強制排出したら今度こそ許さない!! 相棒なら何とかしろ!!!」

《――了解。少々荒っぽいですが、死なないでください》

 

 そう言うなり、シュルフツェンは未だ回転するクローアームの方の肘関節を握り潰して、強引に切り外した。そしてプラズマバックラーを一号機の肩部へ突き立ててすぐにパージすると、シュルフツェンのスラスターユニットの出力が安全領域を超えた。

 離脱とほぼ同時に、一号機のボディから閃光が走る。

 

「ライカ!!」

 

 

 名も知らぬ孤島に一本の大きな炎の柱が吹き上がった。




『泣き虫の亡霊 夏影編』のエピローグは明日更新します。


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エピローグ

「……新作をいきなりスクラップにするとはやるじゃない」

 

 メイシールの嫌味に対して、全身を包帯で包んだライカはただ苦笑で受け止める事しか出来なかった。病室特有の消毒臭さが妙にライカの心を落ち着かせる。

 ――あの戦いから一日が経った。

 

「もう少し装甲が薄かったら、ここにはいないかもしれませんね」

「いや貴方がもうちょっとか弱かったら、ね。……コクピットの中とは言え、安全領域を振り切った加速に耐えて、尚且つ至近距離からの爆発の音と光をまともに喰らって五感良好、五体満足とか人間じゃないわよね。普通に考えて」

「鍛えてますからね」

「……まあ、大分貴方の化けものじみた体力にも慣れて来たし、……良いわ」

 

 すると隣でリンゴの皮を剥いては口に運んでいたフウカがモグモグさせながら言う。

 

「私はここまでじゃないですがね。……む、このリンゴ蜜入りですか。私、蜜入りはあまり好きではないんですよ」

「……フウカ、貴方は無事だったのですか?」

「ええ。フェルシュングの機体特性は把握していたので、割と安全に一撃離脱をすることが出来ました」

 

 換装前提の機体仕様であったフェルシュングだからこそ、すんなり腕部をパージし、離脱することが出来たのであって、普通ならば厳しい。

 だからこそライカは死ぬ目を見なくてはならなかった。

 

「メイト、シュルフツェンの推力を上げ過ぎでは? ……だから助かったのですが、あれは少々、人間が乗るものではない気が……」

「貴方しか乗りこなせないわよ、あんなの。あれと良い勝負が出来るのって言ったらマリオン先輩のリーゼくらいしかないわ」

 

 一瞬だけ会話が止まると、タイミングと判断したのかメイシールが本題を切り出した。

 

「アンチシステム搭載機は完全破壊が確認されたわ。マシンセルごと炎に消えたようね」

 

 するとフウカが窓の外に視線をやった。

 

「……殺すべき相手と手を組み、親友の夢の残滓を自ら叩き潰した。殺すべき相手とは今、横に並んでいる。メイシール、アルシェン、笑ってください。……どうやら私の戦いが今、完全に終わってしまったようです」

 

 そう言いながらフウカは空中に視線を彷徨わせる。その瞳は色んな感情が含まれていたようだが、ライカは詮索するのを止めた。

 自分では計り知れない感情と言うものが、そこにはあるから。

 

「メイト、シュルフのことなのですが……」

「見当はついているって顔ね。多分それで正解よ、言ってみなさい?」

「……シュルフとは、あの時失ったはずの『CeAFoS』なのですか?」

 

 これがライカの辿りついた真実であった。今までの事を振り返ると、どうしてもこの事実にしか辿りつけない。

 メイシールはすぐに首を縦に振った。

 

「ええ。あれはシュルフツェン本体のローカルメモリーに残っていた『CeAFoS』の残滓をAIとして組み上げたものよ」

 

 やはり、とライカは目を閉じる。……もう一つ確認事項があった。

 

「シュルフは一号機との戦いの最中、リカバリーという単語を何度も口にしていました。あれは……?」

「いくら製作者の私でも『CeAFoS』を完全に修復するのは不可能だったのよ。だからライカ、貴方の力が必要だったの」

「私の?」

「『CeAFoS』から削れたのは大きく分けて二つ。蓄積した感情データと、戦闘データ。本来なら戦闘データさえあれば良かったんだけど、既に今の『CeAFoS』は私の思惑から外れた存在。だからこそ、不要とも思える感情データが必要とした」

「ですが、そんなに簡単な事で修復が……?」

 

 そこでフウカが口を挟んできた。

 

「なるほど、本来ならば時間を掛けて修復できるところを、例のアンチシステムが現れた。そこでシュルフとアンチシステムが何らかの共鳴をした上で、あの濃密な戦闘、そしてライカの感情の高ぶり……。本来の数倍の速さで修復が進み、一号機との最終決戦の途中で全ての条件を満たし、修復が完了したと、そういうことですか?」

「理解が早いのね。フウカの言う通りよ。おかげで何だか後出しのような情報開示になってしまったわ。ごめんなさい」

「……いえ、その辺は慣れました。そうすると、また『CeAFoS』が搭載されることとなりますが、危険はないのですか?」

「無いわ」

 

 あっさりとメイシールは断言した。

 

「……は?」

「もう無いわ。前提として、『CeAFoS』とシュルフは同一のものなの。そのシュルフが今完全に修復され、人格を確立……取り戻したと言った方が良いのかしら? 本来なら戦況に応じて強制的に出力されるはずの戦闘データがシュルフと言うフィルターを介して、マイルドかつもっと高い精度で出力されるようになった。……つまり、シュルフのアドバイスが『CeAFoS』による戦闘データ出力の結果なのよ」

「そういう……ことですか。なら、もう『CeAFoS』に翻弄されることもないのですね」

「ええ。前にも言ったと思うけど、私からしてみたら大失敗なんだけどね」

 

 面白い大失敗だけどね、とメイシールは付け足し、そのままフウカへ視線を向ける。

 

「フウカ、これからどうするの?」

「……さあ? どうしましょうかね?」

「ならウチに来なさい。貴方にはフェルシュングの専属パイロットになってもらうわよ」

 

 目を丸くするフウカに対して、ごく当たり前かのような表情を浮かべるメイシールの対比は何とも面白いものであった。

 

「私、ですか? 貴方達に対して色々やってきました。今更……」

「何言っているのよ? そんなの織り込み済みに決まっているでしょう? 人手が足りないのよウチは。やるの? やらないの?」

 

 今のフウカには、手を差しだすメイシールがどう見えているのだろうか。かつて笑い合った親友、もしくは――。

 俯き、小さく笑った後、フウカは顔を上げた。

 

「……ギャラは弾んでもらいますよ?」

 

「ふふ。その代わり、しっかり結果は出してもらうからね」

 

 握り合った手と手が、世界を超えた因縁の終焉を表していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ねえ、本当に歩行補助具は要らないの?」

「ええ。大分マシになりましたので」

 

 格納庫まで歩かせて今更、と喉元まで出掛かっていたが、ライカはそれをグッと呑み込んだ。さっきまで巻いていた包帯は無く、ライカはいつもの制服に身を包んでいた。

 元より既に包帯を取れる状態まで回復していたようだ、先ほど医師からも許可が下りた。

 

「機体の調子は?」

「私を誰だと思っているのよ? そういえばフウカは?」

「食堂に行くと言っていました」

「……やっぱりマイペースよね、貴方と比べて」

 

 下手に相槌を打つと墓穴を掘りそうなので、黙って頷くことにしたライカ。歩いていると、段々見慣れた機体の影が見えてきた。

 

「……良い感じですね。もう目立った損傷はないようだ」

「さて、久しぶりの再会になるのかしら? 貴方にしてみたら」

 

 格納庫で佇んでいる灰色の巨人。メインカメラが点灯した。

 

 

《――おはようございます“ライカ”中尉。調子はどうですか?》

 

 

 シュルフの第一声を聞いた瞬間、ライカは少し泣きそうになってしまった。奇しくも“あの時”と状況が似ていたから。

 紅蓮に消え、もう二度と乗ることはないだろうと思っていたら、格納庫で黙して自分を待っていてくれていたあの時と。

 声が震えないか少し怖くなりながらも、ライカは言葉を返した。

 

「ええ、重畳です。シュルフももう、大丈夫なのですね?」

《肯定です、ライカ中尉。私はシュルフです。戦闘補助用AIでも、人間もどきでもない、ただの――シュルフです》

「……なら、良いです」

 

 パンパンと手を叩くメイシール。メイシールは分厚い書類を翳しながら、少しばかり悪戯っぽく微笑んだ。

 

「なーにボーっとしているのよ? これから新型の試作兵装のテストやフェルシュングの新型換装パーツのテストがあるのよ? 早く準備しなさい」

 

 振り向くと、既にシュルフツェンはコクピットハッチを解放していた。その手際の良さに、思わず苦笑してしまう。

 

 

「行きますよ――相棒」

《どこまでも付いて行きましょう――ライカ中尉》

 

 

 ――こうして今日もまた、一人の女性パイロットと進歩した泣き虫の亡霊は平凡な戦いの毎日へと飛び込んでいくのであった。




次回からは『刃走らせる者編』となりますのでよろしくお願いします!


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~刃走らせる者編~
プロローグ


 ――新西暦と呼ばれる時代。

 地球は幾度となく脅威に晒され続けていた。『DC戦争』、『L5戦役』、『インスペクター事件』そして『バルトール事件』に『修羅の乱』を記憶している者は一体何人いるのだろう。

人類が記憶に新しい戦いを挙げるとするのならば――『封印戦争』だろう。地球全体をバリアで覆い、外敵から“守護するべく現れた、バラルと呼ばれる組織の神とも言うべき存在《ガンエデン》。

 その実態は“封印”とでも言うべきものであった。

 それを良しとしない連邦軍の切り札的存在である鋼龍戦隊はガンエデンに立ち向かい、これを撃破することに成功した。

 

 この物語はその後の物語。

 

 連邦軍に一人の青年が入隊した。名はソラ・カミタカ。

 理想と現実のギャップに戸惑いながら、青年は戦いの世界へと足を踏み入れる――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 連邦軍の制服に身を包んだ、黒髪の青年が廊下を歩いていた。その表情は凛々しく、その両目には迸るやる気を感じさせる。

 

「……良し」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟く青年。歩行のリズムに合わせて、束ねた長髪が揺れる。肩くらいまでと、男性にしては長い髪だったが、青年は短髪にする気は毛頭ない。何せ髪を短くすると余り良いことがなかったのだ。

 しかし、前髪だけは手を入れており、目が掛かるか掛からないかの長さを絶賛キープ中。

 

「良し……良ーし良し」

 

 黙っていれば、いわゆるハンサムという部類に入る青年の表情が徐々に引き攣ったものとなっていく。青年の心境を表しているかのように、歩行速度が段々上がる。

 歩きながら、青年はもう一度、もらったプリントをポケットから取り出した。

 

「第八ブリーフィングルーム……って、もう到着しているはずだよ……な?」

 

 何度も地図と周りの風景を見やりながら、青年は大きなため息を一つ。青年は昨日辞令をもらい、今日からこの地球連邦軍極東方面軍支部である『伊豆基地』で働き始めることとなったドが付く新人少尉であった。

 初日から遅れる事は避けたいと、予定時間より一時間前に部屋に辿りつくべく行動を開始しており、現在に至る。時間で表すのなら、予定時間まであと十分を切った。

 

「やべえ……、これじゃあ五分前行動どころか、遅れるかもしれねえ」

 

 一歩一歩、慎重に周りを確かめながら歩くその姿は不審者そのものであるが、背に腹は代えられない。不運なことに、さっきから人っ子一人出会えないときた。本気で焦りを感じ始めたその時――。

 

「見ない顔だな。さっきからこの廊下をうろうろしていたみたいだが、何かあったのか?」

 

 声のする方へ顔を向けると、青年の目の前には厳つい顔立ちの男性が立っていた。その風貌に一瞬逃亡の案が浮かんだが、良く考えれば逃げ出す理由がまるでない。

 それに、と青年は男性の服装を見る。

 自分と同じ連邦軍の制服。ようやく青年は状況を理解し、内心ガッツポーズをする。そしてこうしてはいられないと、青年は居住まいを正す。

 

「昨日付で連邦軍に入隊したソラ・カミタカ少尉であります! 実は第八ブリーフィングルームに行きたいのですが、道が分からず迷っていました!」

「そうかしこまらなくても良い。それにしても第八ブリーフィングルーム、か」

 

 男性が一瞬苦笑を浮かべたのを青年――ソラは見逃さなかった。

 

「あの、何か問題が……?」

「ああ、すまんすまん。第八ブリーフィングルームだったな。……ところでカミタカ少尉、俺の右手側にある扉には何て書いてあると思う?」

 

 右手側、そこは確か『第九ブリーフィングルーム』のはずだ。

 少しソラはムッとする。いくら新人だからといって、いきなり小馬鹿にされるとは思ってもいなかった。ソラは男性の右手側に掛けられていたプレートの前まで歩いて、目でなぞる。

 

「第八ブリーフィングルームですね。……ん?」

 

 今の自分の発言に首を捻ったソラはもう一度プレートに書かれていた内容を声に出してみた。

 

「第八ブリーフィングルームですね。……あああっ!」

「……何故全く同じ言葉を繰り返したんだ? まあ、良い。そう言うことだ」

 

 今度は苦笑を隠さずに、男性はソラへ背を向ける。その背中に、ソラは思わず呼び止めてしまった。

 

「あの!」

「ん? 何だ?」

「ありがとうございました!!」

「ふ。お前を見ていると、どこかの方向音痴を思い出す。……しっかり職務に励めよ」

 

 そう言い残し、男性は歩き去って行った。曲がり角の向こうに消えて行った男性を見ながら、ソラは一言。

 

「か、かっけえ……!!」

 

 あの背中はまさに男の中の男という印象をソラに与えた。

 将来はああいう男になりたいな、とちょっとした目標を立てつつ、ソラは件の第八ブリーフィングルームの方へ視線を移した。ここを開けば新世界。まさに自分の兵士としての毎日が本格的に始まることとなる。

 頬を一回叩き、気合いを入れた後、ソラは意を決して扉の開閉ボタンを押した。

 

「失礼します!」

 

 目の前には三人の女性が立っていた。

 一人はオレンジ掛かった金髪をサイドポニーにしているクールな印象を与える女性。二人目は茶髪のセミロング、とてもちょっと垂れ目になっているところが癒し系のイメージを与える。三人目は、咥え煙草をしている白衣を着た長身の銀髪美人だった。

 

(あれ? 確か基地内って喫煙スペース以外、禁煙じゃ……?)

 

 ソラの訝しげな視線に気づいたのか、長身美人が目を細める。

 

「君が思っていることはしていないよ。ただ、咥えていないと落ち着かなくてね。ニコチンだけが私を癒してくれるんだ」

「は、はあ……」

「まあそんなことはどうでも良いか。君もそんな所に突っ立っていないでこっちへ来い。早く互いの顔と名前を憶えてもらいたいんだ」

「す、すいません。今行きます」

 

 ソラが歩いてくるにつれて、金髪の女性の表情が険しくなっていく。それに気づかないソラではないし、そのままにしておいて平気な性格でもなかった。

 

「なあ? 俺の顔に何か付いてるか?」

「負け癖なら付いてそうね」

 

 なるべくにこやかな表情を浮かべていたソラの顔が引きつる。ギギギとまるで壊れかけのロボットのように、思わず長身美人の方を見てしまった。

 

「早速打ち解けつつあるようで何よりだ。まずは私から名乗ろう。私はラビーだ。親しみを込めてラビー博士と呼んでくれ。君達『第五兵器試験部隊』の責任者だ」

 

 聞き慣れない単語に、思わずソラが聞き返す。

 

「第五兵器試験部隊? 何ですかそれ?」

「それは後回しだ。さ、次は君だ。シノサカ少尉」

 

 ソラが部屋に入ってからずっと、チラチラ皆を見ていた茶髪セミロングの女性が、ぺこりと一礼した。

 

「ユウリ・シノサカ少尉です。み、皆さんよろしくお願いします!」

 

 見るからに初々しい印象を与えていただけに、やはり自己紹介も初々しさが溢れていた。

 

「次はセインナート少尉、君だ」

 

 すると、まるでお手本のような敬礼をした後、いきなりソラに暴言を吐いた女性は名乗った。

 

「フェリア・セインナート少尉です。以前は第十六PT部隊に所属していました」

「彼女は中々優秀でね。私が引き抜いたんだ」

 

 ラビーの補足を聞きながらソラはフェリアを半目で見る。

 あの鼻持ちならない態度は自らの自信だったのか、とソラは内心ため息を吐く。

 

「最後は君だ、カミタカ少尉」

 

 ラビーの振りに段々緊張が込み上げてきたが、フェリアにまた馬鹿にされるのは避けたい。心の中でスイッチを切り替える。

 

「ソラ・カミタカ少尉であります! やる気だけなら誰にも負けるつもりはありません!!」

「ほう、頼もしいことだ」

「……馬鹿そうね」

 

 また来た暴言、だがここでくじけていられない。ソラは負けじと返す。

 

「セ、セインナート少尉もこれからよろしくお願い、します……!」

「私は貴方みたいな馬鹿そうな人と関わりたくないわ」

 

 プッツーン、とソラの怒りのメーターがついに振り切ってしまった。

 

「なんっなんだよ、さっきから!? お前、喧嘩売ってんのか!?」

「ふ、二人とも落ち着いてください!」

 

 ユウリがおろおろとし始めた。しかし今のソラにはそんな彼女の事を気に掛ける余裕はない。

 

「あら? 私は別に喧嘩を売っているつもりはないわ? 貴方が重く捉えすぎているんじゃないの?」

「ど・こ・の・世界に“負け癖付いてそう”とか“馬鹿そう”とかって言葉を軽く捉える奴がいるんだよ!」

「貴方がいるじゃない?」

 

 ソラはようやく確信した。このフェリアなる女は明らかに自分を敵視して、尚且つ喧嘩を売られていると。ならもう、遠慮することはないと、ソラは内心暗い笑みを浮かべる。

 

「はっはー。上等だ、このレモン頭。本当に負け癖付いているかどうか確かめてみるか……!?」

「レ……!? ……やってみる? 貴方なんか一分掛けずに撃墜して見せてあげるわ。この女子被れ。何、その長い髪?」

「はいはい。もう止めておけ君達。ユウリ君が困っているだろう?」

 

 ラビーの言葉を聞き、ユウリの方を見ると、もうどう止めて良いか分からずに涙目になっているのが良く分かる。

 

「け、喧嘩は止めてくださいよぉ~……」

「げっ! ご、ごめん」

「……ごめんなさい。熱くなり過ぎたわ」

 

 流石のフェリアもユウリを見たら、何も反論することなくすんなり頭を下げた。もしかして部隊内で一番強いのはユウリではないか、そんな考えがソラの頭に一瞬浮かんだ。

 

「さて、君達の喧嘩も収まったことだし、この部隊の説明でもしようか」

 

 いつまでも立ったままじゃ辛いので、皆席に座り、ラビーだけが電子ボードの前に立った。

 

「この第五兵器試験部隊とは、現行の量産機の汎用性を向上させるためのデータを揃えるための部隊だ」

「え? どういうことっすか?」

 

 ソラがちんぷんかんぷんになっている横で、フェリアが少し楽しげに頷いた。

 

「……なるほど。ということは私達が乗る機体も“それ相応”の機体、ということですね?」

「ああ、理解が早くて助かる」

「私やソラさんやフェリアさんが乗った機体のデータで今の量産機の性能が上がるかもしれないんですね!」

 

 まさかユウリも理解していたようで、嬉しそうに両手を合わせていた。と、なると。ソラは少し遠慮がちにフェリアの方を見る。

 

「……ぷっ」

「このレモン頭……!」

「……まあフェリア君やユウリ君が想像している通りだ。今から予告しておくが、君達に乗ってもらう機体は非常に個性的な機体となる。それらから取れたデータを統合したものが、現行量産機のアップデートに使われる。重要な役目だな」

 

 思わず唾を呑み込んでしまった。そんな大役が自分のような新人に務まるのか本気で不安になったソラ。

 ――しかし、それと同じくらいに心が高ぶった。

 

「な、なあラビー博士! 機体ってもうあるんだよな!? 早く見てえ!」

「あ、悪いな。まだ機体はロールアウトされていない」

 

 思わずずっこけそうになった。あれだけ盛り上げておいて現物がまだないとは思ってもいなかった。

 フェリアやユウリもそれぞれ複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「まあ、そういうことだし、ソラ君とユウリ君は新人パイロットだ。機体が完成するまでの間は操縦技術の向上と体作りが基本となる」

「え、ええ~……」

「何唸っているのよ。貴方なんか戦場に出たら何もできずに挽肉になるのがオチよ。今のうちに精々腕を磨いておきなさい」

「な!? お前こそどうなんだよ! 口だけだろどうせ!」

 

 いつの間にか立ち上がっていたフェリアとソラ。交し合う視線の間にはバチバチと火花が散っていた。

 

「私は、貴方よりは戦場と言うものを知っているわ。何も知らない癖に、口だけは達者なのね」

「そうかよ。でも、知っている奴が知らない奴より下ということもあるかもな!」

 

 ソラの一言で室内の温度が一気に下がった。ユウリに至ってはもう気絶しそうになっている。

 それを見て、楽しげに笑うラビーの性格は推して知るべしと言ったところ。

 

「そう。ならシミュレータールームへ行きましょうか」

「……へ?」

「模擬戦よ。経験の差と言うものを教えてあげるわ」

 

 第五兵器試験部隊――。

 部隊の本格的なチームワークはまだ期待できそうになかった。



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第一話 退けない戦い

 ――経験の差を教えてやる。

 

 第八ブリーフィングルームから場所は変わり、ここはシミュレータールーム。

 フェリアは、あらゆる状況でPT(パーソナルトルーパー)AM(アーマードモジュール)を動かすことが出来るこの装置で白黒をつける気らしい。

 

「良い? ルールは至ってシンプルよ。どちらかが大破したら負け。オーケー?」

「分かりやすくていいじゃねえか。早く始めようぜ」

「……すぐに後悔させてやるわ」

 

 啖呵を切り合った後、二人はシミュレーターに乗り込んだ。ラビーとユウリは別に備えられたモニターで二人の戦いを見守る。

 ラビーが何やらタブレットを手にしていたが、今は気にしている場合ではないと、ソラは早速機体を選ぶため、コンソールに指を置く。

 実はラビーからの指示で、既に操縦する機体は決まっていた。

 ぎこちない操作で機体の選択を終えたソラは、操縦桿を握る。パッパッと真正面のモニターに色んな数値が映っては消えてを繰り返した後、視界が変わった。

 

「お、おおお……」

 

 目の前に広がる山、山、山。英語で『山岳地帯』と映される。

 

「そんで、こいつが俺の機体……!」

 

 機体情報を表示するモニターにはこう機体名が書かれていた。

 

 ――《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》。

 

 ヒュッケバインの名は流石のソラでも知っていた。異星人からもたらされた技術、通称EOTを惜しみなく採用して開発された機体で、この機体はその後継機である《ヒュッケバインMk-Ⅱ》の量産型。

 EOT以外はほぼ原型機と同スペックと言う素人でも分かる傑作機だ。

 

(量産型のゲシュペンストの時代は終わったよなー、ほんと)

 

 昔からメディアへの露出が多かった《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》は既に見る影もなく、今ではこのヒュッケバイン一色だ。ソラの個人的な感想だが、もうマニアしか使わない骨董品だろう。

 そんなことを考えていると、フェリアから通信が入った。

 

「用意は良いかしら?」

「ああ。いつでも来い」

「お言葉に甘えて――」

 

 瞬間、鳴り響くアラート。

 ぎょっとしたソラは反射的に操縦桿を引き、ペダルを踏み込んだ。不恰好に跳ぶソラ機の元居た場所へ着弾する光子弾。直撃は避けたが、何の気構えもせず行った飛行だ。

 

「うおお!」

 

 青空へ仰向けになったままの背面飛行となっていた。

 このままでは頭部から山の斜面に激突してしまうのは時間の問題。ガチャガチャと操縦桿を前後左右させ、何とか姿勢制御には成功したが、ロックオンされている事には変わりない。

 慌てて発砲をしてきた方向へゴーグルアイを向け、フェリア機をロックオンする作業を終える。

 

「全く同じ機体、全く同じ装備、ならあとの違いはパイロットだけよ」

 

 そう言って、《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》――フェリア機は手持ちのフォトン・ライフルの銃口をソラ機へ向ける。

 

「くそっ! 上から目線な!」

 

 とはいっても、そう言うだけの実力はあるようだ。

 牽制目的に放たれた光子弾は、的確にソラ機を掠めていく。距離を取ろうと後退しても、それで狙いがブレることがない。早速脚部や胴体にダメージが溜まってしまった。

 負けじとソラ機も手持ちのフォトン・ライフルを発砲するが、軽く避けられてしまう。全く当たらない。

 自分の動きは読まれているとでも言うのだろうか。少なくとも、今の空にはそうとしか思えなかった。

 

「随分と上手い牽制ね。少ししか動けなかったわ」

「バカにしてぇ!」

 

 高度を下げ、そこら辺に並び立つ山々でフェリア機の鋭い射撃をやり過ごそうとしたが、それも数十秒後には無に帰する。何かが上空を通り過ぎたと思ったら、地上のソラ機へ狙いを付けるフェリア機の姿。

 陽の光に反射するフェリア機のゴーグルアイがこう言っているように見えた。

 

 ――ビビっているのかい?

 

 一発目はソラ機の足元に着弾した。二発目が横を通り過ぎる、その時にはソラ機は既に上昇していた。

 

「くおっ!」

 

 本命と言わんばかりに、三発目がコクピットへ向かってきた。

 咄嗟に左腕で庇ったおかげで直撃は免れたが、いよいよマズイとソラの頬に汗が流れる。

 

(情けないが、この機体の勝手が掴めねえ……! このままじゃあいつに良いようにやられて終わり。それだけはお断りだ……!)

 

 現実は無情である。

 実際今こうして、経験も、勘の裏付けもなく適当に機体を動かしているおかげでフェリア機からの射撃を運よく避けられているだけ。フェリアが狙いをもっと鋭くしてきたら、何て考えたくもない。

 そんな事を思っていたら、何を思ったのかフェリア機が攻撃を中止した。

 

「ほら、来なさいよ。さっきから私ばかり攻撃していてつまらないわ」

 

 滞空したまま、ソラへ向かって右手の甲を翳し、人差し指部を前後させる。要は“掛かって来い”である。

 

「ならお望み通り!!」

 

 完全に挑発を受けてしまったソラは操縦桿のトリガーを何度も引いた。

 弾数も狙いも考えないただの乱射。おちょくるようにフェリア機はひらりひらりと回避していく。碌に照準を合わせていないのがそもそもの原因だが、今のソラがそれに気づくのは難しく、ただ相手に弾丸を叩き込む一心でトリガーを引いていた。

 それを見透かしているかのように、フェリア機が一発ライフルを放ち、そのまま接近してきた。

 

「サービスタイムは終了よ」

 

 光子弾はソラ機の背部ウィングに当たった。

 バランスを崩したソラ機へフェリア機は蹴りを入れ、空中から地上へ叩き落とした。

 

「何がサービスタイムだ、馬鹿にするための時間だったじゃねえか……!」

 

 寸でのところで姿勢制御が間に合い、どうにか地表スレスレを滑空するだけで済んだのは僥倖と言える。フェリア機を追い払う意味で、滑空しながらライフルを放った。

 少し危なかったのか、追撃してくること無くフェリア機はソラの目論見通り後退した。

 そのまま一気に畳み掛けたいところであったが、一旦距離を離すべくソラ機は空中に上昇しながら、後退することに。

 

 それがマズかった――。

 

「しまった!」

「周りの確認もしていないの!?」

 

 フェリア機に意識を向けながら後退していたせいか、全く後ろの状況を確認していなかった。ソラ機のカカト部が、山の頂上辺りへ引っかかってしまい、背中から斜面に激突してしまう。

 

「うわあああ!!」

 

 体勢を立て直すことも出来ずに、無様に斜面を転げ落ちるソラ機へ、フェリアは呆れ返ったように一言漏らす。

 

「本当にただの素人じゃない……」

「うっぷ……。シミュレーターだけど、これは……キツイ」

 

 グルグルグルグル景色が変わっていくし、シミュレーターにはガンガン揺さぶられるわで、ソラの胃の内容物が喉元まで込み上げていた。

 状況はフェリアの圧倒的有利であった。

 撃っても当たらないソラに対し、フェリアは牽制を除き、ほとんど当てているのだ。このままでは本当に的になって終わり。

 何か手はないかと、ソラはコンソールを叩く。すると、武装欄にもう一つ武器があったことに気づいた。

 

「プラズマカッター……非実体剣か」

 

 ソラの中では既に射撃は当たらないものとし、マニュピレーターで殴りかかる算段を立てていた時に、これだ。

 何か運命めいたものを感じたソラは、意を決して武装を選択する。

 

「もう良いわ。早く終わらせましょう。時間の無駄だわ」

 

 その言葉に苛立ちを感じながらも、ソラは冷静に自分を戒める。侮辱はこの一撃に託せばいい、とそう自分に言い聞かせた。

 

「うるっせえ!! やれるもんならやってみろレモン頭!!」

 

 己を奮い立たせるように咆哮し、ペダルを踏み込む。ソラの意志を受け取ったかのように、ソラ機の速度がぐんぐん上がる。

 しかし今度は空中には上がらず、ホバー移動で地表を滑る。

 

「少しは頭を使い始めたみたいね」

 

 フェリア機はその場から動かず、地上のソラ機へフォトン・ライフルを放ち始めた。対応からして既に馬鹿にされているが、この際無視。

 なるべくジグザグになるような機動を意識しながらフェリア機へ接近し始める。フェリア機からの射撃は山を盾にすることで回避の負担を減らす。

 それでもやはり被弾してしまうが、もう気にして後退する選択肢はソラには無かった。ここで退けばもうチャンスはない。

 右手のフォトンライフルを放ちながら、左手に握られたプラズマカッターを起動させる。

 

「来る気ね……」

 

 適切にソラ機の進攻を妨げる位置への射撃を続けるフェリア機。

 ペダルに掛ける足の力を強め、落ち着かないのか操縦桿を握る位置を何度も変えるソラは形成される弾幕の中で“その時”を待っていた。

 

「だいぶ近づけて来たわね。でも――」

「ここだあああ!!」

 

 一瞬切れた弾幕。弾かれるように、ソラはペダルを全開にし、操縦桿を引きあげた。

 上昇してくるソラ機へフェリア機は冷静にライフルを向ける。

 

「いいえ。私の必殺距離よ」

「だと思っている内がぁ!」

 

 また数発放たれる光子弾。

 今度は右腕を盾にすることで、コクピットへの直撃を避ける。だが、それがいつまでも続く訳が無く、次第に損傷許容ラインがレッドを振り切ろうとしていた。

 このままでは完全に右腕部が壊れる。その前に、ソラ機はライフルを思い切り投げつけた。

 

「捨て身……!? 本当に馬鹿ね……!」

 

 いつの間にか持ち替えていたプラズマカッターでフェリア機は難なくマシンガンを切り払うことに成功する。時間にしてみれば僅かな時間だが、ソラ機が飛び掛かるには十分すぎるモノだった。

 使い物にならなくなった右腕部は既に意識に無いソラは操縦桿を思い切り倒す。プラズマカッターが届く適正距離。

 

「……白兵戦まで持ち込めたことは評価してあげる」

「言ってろ!!」

 

 速度に乗った斬撃がフェリア機に襲い掛かる。

 プラズマカッターで迎え撃ったフェリアが初めて焦りの声を漏らした。

 

「くっ……!」

 

 僅かに弾かれたフェリア機の腕を見て、ソラはもう勝機はここしかないと直感する。

 続けて薙ぐように振るわれるソラ機のプラズマカッター。だがいなされる、そこから繋げられる縦一閃もやり過ごされた。

 

 ――押している!

 

 アドレナリンが身体全体に行き渡り、極度の緊張から全ての動作がスローモーションのように見える。このままいける、倒せる。

 そう思い、またそれしか頭になかったソラだった。

 そんな状態のソラの耳にするりと、フェリアの言葉が耳に入ってきた。

 

「勝てると思って油断したわね!」

 

 トドメを刺そうと、ソラ機がプラズマカッターを大きく振り上げた瞬間に聞こえた言葉だった。何故かフェリア機のゴーグルアイが妖しく光ったような錯覚を覚えた次の瞬間には、既に“終わっていた”。

 刀の抜刀術の要領で、フェリア機はプラズマカッターを閃かせる。大振りであったソラ機の左手首は宙を舞い、そのまま地面に落下していった。

 振るわれるはずだったプラズマカッターが視界に現れず、不思議に思っていたソラがようやく事態に気づいた時にはもう全てが遅かった。

 

「くそおお!!」

「少し焦らされた。それだけが評価できるポイントね」

 

 メインモニター一杯に広がる桜色の光が、ソラが最後に見た光景であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「二人とも、お疲れ様でした! どっちもすごかったです!」

 

 シミュレーターから降りていた時に、そう言ってユウリが近づいてきたが、息が上がり、汗が滝のように流れているソラには生憎と返事をする余裕は無かった。

 

「はっ……はっ……!」

 

 まともに攻撃できたのはたった一回。

 こうも翻弄されるものとは思っていなかったソラは一言も喋れなかった。

 

「どう? これが経験の差よ」

 

 同じくシミュレーターから出て来ていたフェリアは少ししか汗をかいていなかった。地面に這いつくばるソラと、それを見下ろすフェリア。

 ――誰がどう見ても、ソラの完全敗北であった。

 

「くそっ……何も、出来なかった」

「これからは分を弁えた発言をすることね」

 

 そう言い残し、フェリアはどこかへ歩いて行った。

 

「そ、ソラさんはまだ操縦に慣れていないんですし、しょうがないですよ! 気を落とさないでください! ほら笑顔ですよ笑顔!」

 

 懸命に励ましてくれるユウリに思わず泣きそうになったが、それをグッと呑み込む。

 

(確かに、シノサカの言うとおりかもしれない。今の俺に足りない物は分かりきっている……)

 

 全てをそれだけで収める気は無いが、ユウリの言うことが今のソラに必要なものだろう。

 あらゆる面において、ソラはフェリアに負けていた。それは今の模擬戦ではっきり分かった。と、すればやることは一つ。

 

「……特訓だ」

「へ?」

「特訓だ!! 特訓しまくって、それで! 今度こそあのレモン頭を叩き落としてやる!! という訳だシノサカ! ちょっと付き合ってくれ!」

「へ? へぇ!? ひ、引っ張らないでくださいよぉ~!」

 

 塞ぎ込む時間などない。

 そんな時間があるなら、特訓に費やした方が何兆倍も有意義なものとなる。決意を新たに、ソラはユウリを引っ張り、シミュレーターへ走り出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなソラの姿を見ながら、ラビーはタブレットの上に指を踊らせていた。

 

「多少スケジュールが早まったが、まあいい。丁度良かった」

 

 タブレット上には先ほどの模擬戦のデータが表示されていた。

 そのデータにはラビーによるいくつもの追記がされており、そのどれもがとある事項を決定するための材料であった。

 

「ユウリ君は確定していたが、残り二機をどうするか悩んでいた矢先にこれだ。ふ、ニコチンの神が降りて来てくれたようだな」

 

 画面が切り替わると、そこには三機の機体データが並べられていた。

 

「フェリア君にはやはり一号機で、ソラ君が……」

 

 その内の一体をタップすると、その一体だけに画面が絞られ、更に詳細なデータが表示される。シルエットはどこからどう見ても《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》。だが違う点は銃と剣が一体化したような一本の武装が握られていた事である。

 

「“ブレイドランナー”。ソラ君にはピッタリかもしれんな」

 

 そう締め括り、ラビーはタブレットの電源を落とした――。



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第二話 這い回る蛇

 ――《エレファント級》艦内。

 輸送艦に不足しがちな火力と積載能力を向上させようとした結果、どっちつかずの中途半端な性能となってしまった輸送艦である。その末路は計画が凍結。

 結局三隻しか建造されなかった、いわゆる失敗作となる地上用攻撃輸送艦である。エレファント級の名称の由来は、艦首のフレキシブルロングビーム砲と艦全体のフォルムがゾウに似ていることから来ている。

 そんな輸送艦内で壮年の男性が携帯端末を片手に、廊下を歩いていた。

 

「ほう。それで、どうだった? オーストラリアの部隊は中々しつこいと聞いていたが?」

 

 携帯端末の向こう側の相手の返事が面白かったのか、男性は何度も頷き、時には笑った。

 

「……そうだ、エアーズロックは見たか? 俺は一度しか見たことが無いが、素晴らしかった。お前も一度は女房を連れて見に行った方が良い。……ああ、そうか、既に逃げられていたか。くっくっくっ、そう捻くれるな」

 

 ふいに男性は立ち止まる。

 

「……四人死んだか。いや、気にするな。お前のせいではない。そういうことも承知で俺達はこうして一つの旗の下にいるのだからな」

 

 そう言う男性の表情は沈んだものだった。口でも心でも割り切れるが、それでも哀しいものは哀しい。歳を取り過ぎたか、と自嘲したように笑い、男性は話題を切り替えた。

 

「お前たちも気を付けろ。俺達はあと十五時間ほどで目的地に着く。ああ、それでは生きて会おう」

 

 その言葉を最後に、男性は端末を切った。窓を見ると、緩やかに、だが確実に流れていく景色。

 

「そういうことも承知で、か。ああ、俺達はそういうことも踏み越えると既に覚悟しているんだ」

 

 おもむろに男性は腕時計に視線を落とした。

 

「もうそんな時間か」

「カームス、戻った!」

 

 なんとタイミングの良いことだ、と男性――カームス・タービュレスは振り返った。瞬間、声の主がカームスの胸に飛び込んできた。

 その声の主はまだあどけなさの残る少女であった。歳は十三か十四だろうか、小柄な体格だったので、受け止めたカームスの腕にすっぽり収まってしまった。拍子に長い金髪がふわりと揺れる。

 少女はカームスを見上げると、嬉しそうに喋りだした。

 

「あのね、あのね。撃破記録更新したよ? 今日は二個小隊だったんだけどね、その内の一個は全部リィタがやっつけたんだよ!」

「そうか偉いな。どこか怪我とかはしていないか?」

 

 カームスが撫でると、少女――リィタは気持ち良さそうに目を細める。

 相変わらずさらさらとした綺麗な金髪だな、髪を撫でながらカームスはそう思っていた。後で艦内にいる女性の部下に髪の手入れを頼まなければならないと、頭の中のメモ帳に予定を書き込む。

 

「ううん。大丈夫だったよ。だけどね……」

「どうした? 何かあったのか?」

「うん。今日リィタが乗ったリオンね、すっごく動きが遅かったの。攻撃が来るって分かっているのにリオンがちゃんと動いてくれないんだ。その所為で何度もむーっ! ってなっちゃった」

 

 やはり予想していたことを言われてしまい、カームスは思わず顔をしかめそうになった。

 ――整備兵の名誉に懸けて断言しておくが、決してリオン自体に不備があった訳でも、整備が悪かったわけでもない。

 単純に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 用意していたリオンは機動性を強化した《リオン・タイプV》、それにチューンナップを施した特別製。それでもいまいちリィタの満足するような性能ではなかったらしい。

 

(やはりあの機体が待たれるか。それと俺の機体が来れば、『鋼龍戦隊』クラスの戦力が出張らない限り、俺達に敗北はない)

 

 気が付くと、カームスを見上げたままリィタが不機嫌そうになっていた。

 

「もーカームス、話聞いてた?」

「……すまん、考え事をしていた」

「リィタと考え事、どっちが大事なの……?」

「そう不貞腐(ふてくさ)れるな。もちろんお前に決まっている」

 

 カームスは頬を膨らませ、精一杯抗議しているリィタをもう一度撫でてやった。そんなので誤魔化されない、と言っていたが段々頬がしぼんできたのを見て、カームスは内心笑う。

 同時にリィタのアンバランスさを改めて認識することとなった。

 

(やはり年齢と精神のバランスがぐちゃぐちゃだな。……ふん、俺達が憐れむ資格はない、か)

「カームス少佐、こちらでしたか」

 

 小走りでやってきたのはこの艦の整備兵であった。敬礼を交わし合い、整備兵が束となった書類を渡す。

 

「ついに“ドワーフ”とリィタ嬢の“凶鳥”が届きましたよ。えっと、メーカーは……」

「いやメーカーに興味はない。それよりも、どうだ?」

「ざっとカタログスペックを見ましたが、最高ですね。これならカームス少佐とリィタ嬢が百パーセント実力を発揮できると思いますよ」

 

 整備兵の話を聞きながら書類に目を通すカームスは満足げに頷いた。

 リィタもそうだが、正直カームスも部隊で持っている機体の性能に不満があった。……こと機体に関してはかなりの欲張りを自覚している。

 こうして届いた機体も自分の要求がかなりふんだんに盛り込まれており、その要求が通されているということはほぼ最高のパフォーマンスを発揮できる確信があった。

 ふと、カームスの目がリィタの機体のページで止まる。

 

「これは? 何やら知らないシステムが搭載されているようだが?」

「ああ、これですか? これは『PDCシステム』――『サイコ・ダイレクト・コントロールシステム』です」

「サイコ……何だそれは?」

「えっと、仕様書によるとですね……。パイロットから出る特定の脳波で機体の火器管制や機体の操縦レスポンスを向上させるものらしいですよ」

「ほう。そんなものがあるのか。聞かないシステムだが、信頼出来るのか?」

「……お恥ずかしい話、私もこのシステムのことは詳しく聞かされていないんですよね。整備マニュアルをぽんと渡されて、やや特殊なMMI(マンマシンインターフェース)と聞かされたっきりで」

 

 整備兵の言葉に、カームスは顔をしかめた。しかしそれは彼の説明の悪さに対してではない。

 今話している整備兵は昔からの付き合いで、全幅の信頼を置いている。場数もこなし、あらゆる機体を熟知している彼が、得意分野で言いよどむことはかなり珍しいからだ。

 

「……大丈夫なのか、そのシステムは?」

「元々連邦から流出したシステムのデッドコピーみたいなので、あからさまに怪しいシロモノじゃないですよ。万が一に備えて、システムの強制停止コードも追加しましたし」

「そうか。なら良いが……」

「早速現物を確認しますか?」

 

 一瞬リィタに視線を移した後、カームスは首を横に振った。

 

「いや、ゲルーガ大佐に呼ばれている。あとで見させてもらおう」

「そうですか。じゃあ後ほど。じゃあね、リィタ嬢」

 

 そう言い残し、整備兵はパタパタと歩き去って行った。こうしている間に、仕事が溜まっていくのだろう。

 感謝しつつ、カームスはなるべく優しくリィタに声を掛けた。

 

「……やはり、俺やゲルーガ大佐以外と話すのはまだ難しいか?」

「うん……。まだ、怖い……」

 

 整備兵と話している間、リィタはずっとカームスの影に隠れて、服の裾を握りしめていた。

 

(……()()()()()()の事を考えると無理もないか。むしろ、だいぶ回復してきたと前向きに捉えるべきなのか……?)

 

 ――リィタという少女は、とある養成機関の出身というやや特殊な経歴を持っている。

 昔の記憶を思い出させないよう、彼女の前ではその機関の名前を出すことは部隊内でのタブーとしていた。

 

「徐々に慣れていけば良い。俺はゲルーガ大佐の所に行く。お前も行くか?」

「うん!」

 

 歩き始めてすぐに、リィタはカームスの方を、正確には彼のポケットの方へちらちらと視線を移すようになった。それに気づいたカームスは、ポケットの中からリィタの目当ての物を取り出した。

 

「……そういえば、まだご褒美を渡していなかったな。ほら、良く頑張ったな」

 

 小さな袋に入っていた金平糖を数粒ほど適当に取り出し、リィタの手の平に乗せてやった。

 

「わあ! ありがとう!」

 

 そう言ってリィタは一粒をつまんで空にしばらく掲げたあと、口に放り込んだ。

 

「美味しい!」

 

 口を動かしながら幸せそうな顔をするリィタを見て、カームスは自然と笑みが零れていた。ジッと見ていると、リィタの姿が段々もう一人の少女と重なっていき――。

 

 ――パパ、美味しいね!

 

 少女とリィタの姿が完全に重なる寸前、カームスはすぐに己を引き戻し、小さく頭を振った。

 

(……またやってしまったな。あいつはもう居ないというのは分かっているのにな。どうも俺はリィタとあいつを……)

 

 リィタと初めて会ってからたまにやってしまう“悪癖”だ。どうにも自分は女々しい男らしい、そうカームスは自嘲した。

 

「リィタ、これ甘くて美味しいから大好き! えっと、何だっけ? コンペン……ハンペン……ペンペン……?」

「金平糖だ。……俺も好物だ。気に入っているなら持ち歩いている甲斐があるというものだ」

 

 その言葉に嘘はない。

 カームスは昔から金平糖が大好きで、良く小さな袋に入れて持ち歩くぐらいだ。彼を良く知る者からは案外子供っぽいところがあるな、と笑われるが、それでも金平糖を持ち歩くのをやめるつもりはない。

 こうして笑顔になってくれる者が出来たのだから、尚更だ。

 

「そうこうしている内に、ブリッジか。リィタ、ちゃんと静かにしていろよ?」

「うん」

 

 カームスは扉の開閉スイッチを押した。

 

「来たかカームス」

 

 艦長席に座っていたのは白髪が目立つ初老の男性であった。

 リィタを連れ、艦長席の近くまで行くと、リィタが初老の男性に手を振った。

 

「おじーちゃん! リィタ、今日も頑張って来たよ!」

「おお、そうかそうか。良く頑張ったなリィタ」

 

 褒められて嬉しそうにしている光景だけを見ると、祖父と孫の楽しげな会話に見えるが、その内容はとても楽しいものではない。

 会話が終わるのを見計らい、カームスは初老の男性に敬礼をする。

 

「ゲルーガ大佐、先ほどオーストラリアの部隊から作戦成功の連絡を受けました。戦死者は四名、その他は目立った被害はありません」

 

 初老の男性――ゲルーガ・オットルーザはカームスの報告を、ただ瞑目したまま聞いていた。リィタがまだ話したそうにしていたが、どうやらゲルーガの雰囲気を見て話すのを我慢しているようだ。

 

「……そうか。貴重な同志達は我らが神聖騎士団の英霊となったのか。あとで戦死者をリストにして私に寄越してくれ」

「了解。……もうそろそろ目的地ですね」

「ああ。腐った連邦の残飯を漁るようで屈辱だが、それでも耐え忍ぶしかあるまい」

「ですが、そうする価値があの『ハーフクレイドル』にあることも事実です」

 

 違いない、とゲルーガが笑う。

 

「あそこさえ手に入れられたら、この『サクレオールドル』は次のステージに立てる。カームス、防衛部隊の制圧は頼むぞ。お前の働きが我らの運命を分ける」

「理解しています。ゲルーガ大佐の為、この命を使いましょう」

「頼もしい限りだ。あと十四時間ほどで目的地となる。それまで十分英気を養っておいてくれ」

「了解しました」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「なんでおじーちゃんともっとお話ししなかったの?」

 

 そう廊下でリィタに質問されたので、カームスは諭すように返した。

 

「ゲルーガ大佐は忙しい方なのだ。だから邪魔をしてはいけない」

「つまんないのー。リィタはもっとお話ししたかったのに、カームスはすぐに出て行っちゃうんだもん。お話しできなかったー」

 

 リィタの言い分も分かるが、ゲルーガが忙しいのは事実であった。

 今こうしている間にも数々の関係者と話をしているはず。少佐などと呼ばれているが、ずっと最前線で戦っていたただの兵士である自分ごときでは想像も出来ない高度なやり取りがきっと繰り広げられているのだろう。

 ふと、リィタがしばしば目を擦る回数が多くなったことに気づいた。

 

「さあ、疲れているだろう。一度部屋で寝て来い。時間になったら起こしてやる」

「うん……。じゃあ、寝るね。ふわあ……」

 

 カームスの提案をすんなり受け入れたリィタはおぼつかない足取りで自室へ歩いて行った。

 その後ろ姿を見送った後、カームスは格納庫にある自分の機体を確認すべく、歩き出した。

 

「……平然と子供を戦場に出せる俺はきっと地獄に堕ちるだろうな。……娘の所になど、行けるわけがない」

 

 誰に言うでもなく、自分自身に向けてそう言うカームス。

 

()()に居続ける限り、リィタは最前線に送り込まれ、敵と切った張ったを繰り返し続けるだろう。――――良いのか?)

 

 リィタと出会ってからずっと繰り返している疑問。のたうつ蛇のようにずっとカームスに絡みついていた。

 

(それで良いのか? ……ちっ、止めておこう。どうにも俺はリィタに対して肩入れするきらいがあるようだ)

 

 歩きながら、ポケットに手を突っ込み、先ほどリィタにあげた金平糖の袋を取り出した。袋の中から一粒つまみ、口に放り込む。

 

「……美味いな」

 

 ――口の中に溶ける甘さはきっと、自分にこびりついている人間らしさなのだろう。



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第三話 実働試験

 ある日、ラビーの招集で第五兵器試験部隊は格納庫に集まっていた。

 全員集まったのを確認し、ラビーが口を開く。

 

「おう、今日はいきなり集まってもらって悪かったな」

 

 頷きこそするが、三人の視線はラビーではなく、その後ろに聳え立つ二体の巨人に向けられていた。その視線に気づいたラビーは嬉しそうに、だがどこか不気味な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。どうやら察しがついたようだな」

「は、博士……これってもしかして……!」

「ああ、お前たちの機体だ」

「うおお! ついに来たあ!」

 

 握り拳を作り、大いにはしゃぐソラ。

 そんな彼を、フェリアは冷ややかな目で見つめていた。

 

「……馬っ鹿みたい」

「またお前かレモン頭……。ま、だけど良いぜ、今日の俺は機嫌が良いから見逃してやる!」

 

 パンパンと手に持っていた書類を叩き、皆の注意を引くラビーは白衣の胸ポケットからレーザーポインタを取り出した。

 

「ったく、お前らときたら何回顔を合わせるたびに同じことをやるんだ? ほらユウリ君がまた困っているぞ」

「きょ、今日ぐらい止めましょうよぉ~……」

 

 一番の苦労人はユウリかもしれない、と当事者であるソラは何となくそう思った。

 本人からしたら冗談ではない話だが、何となく彼女は一歩引いた立場から物事を見ている印象を与えるので尚更だ。……このままではいつまでたっても話が進まないと判断したラビーはそのまま二体の巨人へレーザーポインタを向ける。

 

「それじゃあ機体の説明に入らせてもらうぞ。まずはフェリア君、君の乗る機体からだ」

 

 その言葉を受け、フェリアは機体を見る眼が更に真剣なものとなった。

 

「まずはざっと機体を見てもらおう」

 

 三人はラビーの指示通り、機体の上から下までを注意深く観察する。

 

(……すげえな)

 

 ソラの見たままを感想にするなら、“ゴツい機体”である。

 素人のソラでも、この機体は濃いグレーの《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》がベースということは分かるし、通常のバックパックから何やら両サイドに折り畳まれたアームとビーム砲らしきものがくっ付いているバックパックに換装されていることも分かった。

 だが、これがどういう機体なのかが全く見当が付かない。ソラはバレないように、フェリアとユウリへ視線を向けてみる。

 ユウリも同じ感想のようで、首を傾げながら機体を見上げていた。しかし、その隣のフェリアは何かを感じ取っているのか、何度も頷いて見せた。

 

「なるほど……。武装の積載能力を向上させたカスタムタイプですね」

「……何で分かるんだよ?」

 

 ソラの質問に、フェリアは大きなため息を吐いた。

 明らかに馬鹿にした態度だったが、何も分からなかった以上、今回はこちらの負けだ。特に反撃もしないで黙ると、フェリアが機体のバックパックへ指を向けた。

 

「見なさい。あの大型化したバックパック、それに武装を懸架するためのジョイント部の数を。あれだけあれば相当な数の武装を持てるわ。両サイドのアームはおそらく武装の交換をスムーズにするためのものね」

 

 そこまで言ったところでラビーは手を叩き、フェリアを賞賛する。

 

「すばらしいな。そこまで分かったか」

「それほどでも」

「確かにこの機体、“ピュロマーネ”のコンセプトは豊富な射撃兵装を以て僚機の援護、及び制圧射撃を可能とする機体となっている。……今は付けていないが、あとで脚部にミサイルポッドの装着も予定しているんだがね。最大の問題は低下した運動性能と、接近戦用の武装がないことだ」

 

 要は沢山の火器を撃ちまくれる機体、とソラは理解した。

 

「なるほど。それは後々改善――」

「しないぞ」

 

 フェリアの表情が固まった。

 というより、ソラやユウリも固まってしまった。だが、ラビーはむしろ不思議そうに眉をひそめる。

 

「……何かおかしいこと言ったか?」

「いやいやいや! え、弱点って分かりきっているんすよね?」

「当然だ。むしろどうして開発者である私が分からないという話になるのだ」

 

 何だか会話が噛み合っていない。

 自分の言い方が回りくどかったのかと反省しつつ、ならばとはっきり言った。

 

「え? だったら、それを改善しようって気に、普通はなるんじゃ……」

「それが分からん。弱点なぞどんな機体にもあるだろう。むしろそんなことに気を取られて強味を薄めることのほうが有り得ん」

 

 フェリアは呆れたのか、口を閉ざしてしまう。助け舟を出したのは意外にもユウリであった。

 

「あ、あの~それならもう一機の方もそんな弱点が……」

「ん? ああ、“オレーウィユ”の方か。これは特に目立った弱点は無いと思う」

 

 そう言ってラビーは、もう一機の方をレーザーポインタで指し示した。

 

「あっちがユウリ君に乗ってもらう機体となる。バックパックに付けられた大型レドームと、あの卵っぽい頭があるだろ? あれの中に詰め込まれた高性能なセンサーで情報収集や索敵、分析等など……。まあ一言で言えば、情報戦をメインで行ってもらう」

 

 同じく濃いグレーの《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》がベースとなっているようだ。

 だが、ソラの良く知る機体とはだいぶ外見が変わってしまっている。バックパックの大型レドームはまだしも、頭部が完全に原型機と変わっており、大型アンテナや目が四つになった卵形の頭部になっている。

 

「目だった弱点は無い。そうだな、強いて言うなら武装が最低限ということくらいか」

「よ、良かったぁ……」

 

 本当に安心したようで、ユウリは胸を撫で下ろしていた。

 フェリアが何とも言えない眼で見ていたが、それを口にすることはしないようだ。何か質問が無いか、とラビーが聞くが、突っ込み所が多すぎて誰も口を開くことはなかった。

 満足げに頷いた後、ラビーはレーザーポインタを胸ポケットにしまう。

 

「さて、それでは機体の慣らしをしよう。演習場は押さえている。三人とも、機体に乗ってくれ」

「……ん? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺の機体は!?」

 

 フェリアはピュロマーネ、ユウリはオレーウィユと言う機体を与えられたにも関わらず、ソラだけには何もなかった。

 対するラビーが何ともドライに返す。

 

「まだ調整中だ。今日は量産型ヒュッケバインMk-Ⅱにでも乗ってくれ。慣らしと連携の訓練を兼ねているからな」

「や、やる気がでねえ……」

「……やる気がないなら去りなさい。私とシノサカ少尉の邪魔よ」

 

 これまたドライなフェリアの言い分に、ついついソラは噛みついてしまう。

 

「言ってみただけだっつーのちくしょう!」

 

 ソラは半ばやけくそ気味に、今日乗ることとなる機体の元へ走り出した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「どうだ二人とも。機体の調子は?」

 

 今日の演習場は基地近くの平地であった。

 何だかんだで本物のPTに乗る機会があまりなかったソラは上機嫌で、格納庫での嫌な出来事をほぼ忘れつつあった。シミュレーターで叩き込んだ感覚を思い出しながら、操縦桿とペダルの感触を確かめる。

 そうこうしていると、二機の機体がソラ機の両側を横切った。

 フェリアのピュロマーネと、ユウリのオレーウィユである。

 

「問題ありません。シノサカ少尉は大丈夫かしら?」

「は、はい。大丈夫です。ただ、ちょっと機体の重心が変わっているので、それに慣れるのに時間が掛かりそうです……」

「女男は……大丈夫ね」

「誰が女男だ、レモン頭」

 

 いくら馬鹿にされようが、自分の後ろ髪を切るつもりはない。切ってしまったら大体良くないことが起きるというのに、それをあえて選ぶ馬鹿がどこにいようか。

 その旨言ってやろうとしたとき、ラビーから指示が入った。

 

「さて、やってもらうことは簡単だ。ターゲットドローンを何機か配置したので、それを撃破してもらうだけという簡単なお仕事だ。楽だろう?」

「ま、まあ……」

「制限時間は十分。今回は連携を意識しながらターゲットドローンを破壊してくれ。あ、あと言い忘れたがドローンにはペイント弾を装填している。被弾したらしっかり掃除をするように。したくなったら当たるな。それでは状況開始」

 

 まくし立てるように言った後、通信が切れ、訓練が始まった。

 

「……段々、あの人がどう言う人か分かってきた気がする……」

 

 さて、と小さく呟き、ソラは索敵を開始する。まず一機発見できた。

 ドローンとして使われていたのは、二連装の主砲が特徴である《71式戦車バルドング》であった。既に戦車の主力の座は《82式戦車ガヴァメント》となっているし、頭数だけはある為、こうしてドローンとして使われることも多々あるという持て余された機種である。

 ソラが降下しようとしたら、ユウリから通信が入ってきた。

 

「すいません、お待たせしました。周囲の索敵が終わったので、データリンクを開始します。多分、これで全部だと思います」

「……随分手際が良いのね」

 

 そう言って送られてきた索敵結果を見て、ソラは目を丸くする。

 自分がようやく一機発見できたというのに、ユウリは既に六両発見できていた。素人の自分でも、機体性能だけではこうも早くデータ処理できないことぐらいは分かっている。

 当然、フェリアもそれを理解している上で、賞賛の言葉を漏らしていた。

 当のユウリは照れているのか、小さな声で謙遜する。

 

「べ、別に大したことはしていないですよ……! あ、フェリアさん。二時、十時の方向のドローンに動きがあります。挟み撃ちされないようにしてください」

「了解」

「よしっ。じゃあ俺はあの手近なドローンを!」

 

 上唇を舐め、ペダルに足を掛けたところで、ソラの眼下を何かが通り過ぎた。

 次の瞬間、火を上げてドローンは爆発した。飛んできた方向にゴーグルアイを向けると、その先には大型携行火器であるレクタングルランチャーを構えたピュロマーネがいた。

 

「おいレモン頭! 俺の獲物だぞ!」

「なら早く破壊すれば良いじゃない。それよりも、私の射線上には入らないことね。うっかり当てちゃうかもしれないから」

 

 そう言って、レクタングルランチャーをバックパックに戻した後、両手にM950マシンガンを持ち、新たなドローンへ向け乱射しだした。

 よく見ると両手に持っているM950マシンガン二丁の他に、今しがた使ったレクタングルランチャーと予備のレクタングルランチャーが背中に懸架されていた。まだ使っていないが、この他にビームカノンと脚部に装着予定のミサイルポッドが控えているから恐ろしい。

 なんとなくソラはユウリに通信を入れた。

 

「なあシノサカ。ピュロマーネってどういう意味なんだ? ついでにオレーウィユも知ってたら教えて欲しい」

 

 フェリアに聞いていたら恐らく馬鹿にされるところだろうが、相手はユウリ。そういうことも言わず、すぐに教えてくれた。

 やはり良い子である。

 

「ピュロマーネはドイツ語で“放火魔”という意味ですね。オレーウィユは……たぶん、フランス語の“耳”と“目”を組み合わせた造語だと思います」

 

 なるほどと、フェリアの撃ちっぷりを見ながらソラは納得したように頷いた。

 

(確かに放火魔だわ、あれは)

 

 そうこうしている内にもうフェリアによって三台が破壊されていた事実にソラは焦る。

 このままではまたフェリアに馬鹿にされて終わりだ。たった今、四両目が破壊された。

 手近なドローンに狙いを定め、今度こそソラはペダルを踏み込んだ。

 

「う、おおおおお……!」

 

 最大速度にはすぐに到達した。しかしシミュレーターと実機ではやはり感覚が全然違う。

 思わず顔をしかめてしまった。だけど負けていられない、とソラは目を見開く。

 ドローンの砲塔がこちらに向けられた。まだ、大丈夫なはず。つばを飲み込む音が大きく聞こえる。しっかり狙いを定めているようだ。

 武装パネルを開き、プラズマカッターを選択すると、ソラ機はすぐに右手にプラズマカッターを握りしめた。

 

「ちょっと、前に出過ぎよ女男……!」

「うっせえ! 大丈夫だ、何とかする!」

 

 フェリアの制止を振り切るように、更にペダルを踏み込み、操縦桿を横に倒した。同時に放たれたドローンの砲撃。左肩をペイント弾が掠ったが、直撃では無い。

 第二射が来る前に、ソラ機のプラズマカッターがドローンを上から貫いた。

 

「よしっ撃破一! ラスト!」

 

 丁度、飛び込めばプラズマカッターの範囲となる位置にいたドローン目掛け、ソラは機体を推進させる。

 

「っ! 馬鹿! 離れなさい!」

「えっ――?」

 

 唐突に鳴り響くアラート。

 ドローンとは反対方向を見ると、今まさにフェリアのピュロマーネがM950マシンガンを乱射した直後であった。離れたところから撃ったため、フェリアの警告に気づいたソラが操縦桿を引き戻して機体を後退させることで、何とか巻き添えになることは避けられた。

 障害物が無くなった弾丸は、難なくドローンの装甲を食い破り、車体から炎が吹き上がった。

 結果を見届けたラビーから通信が入る。

 

「四分五十七秒……。まずまずのタイムだ。二人とも、見事だ。機体の癖を掴んだようだな。じゃあ一旦引き揚げ――」

「――女男、どういうつもりよ?」

 

 ラビーの言葉を遮るように、フェリアから通信が入った。

 その声には明確な怒りが込められていた。

 

「そっちこそどういうつもりだよ。味方ごと巻き添えにする気だったのか?」

「自分と僚機の位置も把握していないの……!? これだから素人は……!」

「ふ、二人とも喧嘩は止めてくださいよぉ……」

 

 ユウリの仲裁も聞かず、フェリアとソラは更に言い合いを続ける。

 実はあの場面、どちらにも非があった。ソラはフェリアの指摘通り、僚機の位置を把握せず、連携を放棄しての単騎突撃。フェリアはフェリアで、ソラが射線上に入ることが予想出来ていたはずなのに、直前まで声を掛けなかった。

 これがペイント弾でなく実弾だったのなら、起こりうる被害は甚大なモノとなっているのは火を見るよりも明らかである。

 

「素人って何だよ!? 人を見下すことしか出来ない奴とどうやって連携取れってんだよ!?」

「状況を的確に把握出来ない奴を他に何て言うのよ……!?」

 

 売り言葉に買い言葉。

 もはやどうすることも出来ずにユウリは半泣きになっていた。自分にもっと発言力があったらと、的外れな後悔をし始める始末。

 混沌とし始める演習場。その時――基地から一本の通信が入った。

 瞬間、鼓膜が破れそうなほどの怒声が飛びこんでくる。

 

 

「貴様ら!!! 喧嘩がしたいなら別の場所でやれ!!! ここをどこだと思っている!?」

 

 

 どこかで聞いたことがある声だった。

 

「だ、誰……?」

 

 フェリアが恐る恐る聞くと、声の主は毅然とした口調で名を告げた。

 

「――極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊隊長、カイ・キタムラ少佐だ。貴様ら今すぐ基地に戻って来い」

 

 告げられた名は、ソラでも聞いたことのある超絶有名人のものであった――。



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第四話 これは罰

「貴様ら、じゃれ付くために演習場へ入っていたのか!?」

 

 これは格納庫に入って一番に言われた言葉である。

 ダイレクトに腹内を揺らさんばかりの怒声がソラ達に突き刺さった。

 

「フェリア・セインナート少尉、ソラ・カミタカ少尉。貴様達二人は軍人として三流も良い所だ。自分達で死ぬのは良い。……だが、このままでは他の者を巻き込んで死ぬだけだぞ」

「つっ……!」

 

 ソラとフェリアの顔が歪む、が今の二人には言い返す言葉も権限も持ち合わせていない。

 

「す、すいませんでした。カイ少佐……」

 

 ――カイ・キタムラ。

 伊豆基地所属である少佐にして、PTのモーションパターン構築を始めとするおよそPTに関わるあらゆる分野の最前線に立つ特殊戦技教導隊の隊長である。

 一言で言うなら、ソラ達など足元にも及ばない雲の上の人物。

 

(どこがで見たことがあると思ったら、まさかあの時俺に道を教えてくれた人だったとは……。しかも滅茶苦茶上官じゃねえか!)

 

 実は格納庫に入り、カイを見た瞬間、ソラは彼こそが第八ブリーフィングルームの場所を教えてくれた人物だということを思い出していた。相手が気づいているのかいないのかは分からないが、今のソラにはそれを確かめる勇気はなかった。

 

「いやぁカイ少佐、ウチの奴らを締めて頂いてようで、本当にありがとうございます。お手間掛けました」

 

 その光景を眺めていたラビー博士がゆっくりと歩いてきた。

 

「ラビー博士……。こちらこそ、出過ぎた真似をしました」

 

 そう言い、カイがラビーへ軽く頭を下げた。

 思っていた反応では無かったのか、ラビーが少し慌て気味に両手を振った。

 

「い、いやいやいや! 私がきちんと手綱を握っていなかったのがそもそもの原因ですので! いや、本当に!」

 

 自分の想定外の事態には弱いのだろうか、と何となくそう思いながらも、ソラは改めてカイの前に一歩踏み出した。

 

「本当にすいませんでした。俺……自分は熱くなりすぎてました」

「……私もです。自分を制御しきれていませんでした」

 

 頭を下げるソラとフェリアを見て、カイは腕を組み直す。

 

「……お前達はまだ若い。各自の主義主張は当然あるだろう。だが、それをぶつける時と、曲げずに押し通す時を間違えるな。ましてやお前達は力を持たぬ一般人の命を預かる軍人だ。先ほども言ったが、軽率な行動は間違いなく周りを巻き込み、そして――誰かを殺す。それを忘れるな」

 

 今までの怒声が嘘のように、まるで親が子を諭すような柔らかい口調となる。ひたすら恐縮し、カイの言葉を聞き終わると、今度はラビーが少し困ったように口を開いた。

 

「……まあ、君達が反省しているのは分かるが、今の君達では私の機体を託せんな」

「なっ!? さっきのことならもう――」

 

 ソラの言葉を遮るように、手を翳すラビー。頭を掻き上げながら、言葉を続ける。

 

「いやいや。それに関しては私にも責任の一端があるからもう触れないとして、そもそも君達はチームワークというものが分かっていない。私の作品は高い連携力が前提なんだ。今の君達では本来の性能の四分の一も引き出せないよ」

 

 ――連携力。

 ラビーの言葉が何故かソラの胸に強烈に突き刺さった。

 確かにこの変な空気のままじゃいつまでたっても、チームワークの“チ”の字すら無理だろう。

 ソラはピュロマーネとオレーウィユの方へ視線を向けた。PTのいろはを全然知らないソラでも、分かる。

 

(レモン頭の機体も、シノサカの機体も目に見える弱点がある。だけど、もしそれを補い合えたら……?)

 

 ソラの顔を見ていたカイの口元が僅かに緩んだ。

 そしてカイはラビーを呼び、数秒ばかり耳打ちをする。ラビーが頷いたのを確認した後、カイの表情が“指導者”のソレと豹変する。

 

「いましがたラビー博士から許可が下りた。カミタカ少尉、セインナート少尉、シノサカ少尉。今日一日、お前達のPT搭乗を禁ずる」

 

 カイの言葉にそれぞれ三者三様の反応を見せた。一番面食らっていたソラが掴みかからんとばかりにカイへ噛みつく。

 

「そ、それなら俺達は今日何すればいいんですか!?」

「落ち着け馬鹿者。そうだな、お前達は根本的に心身がたるんでいる。だから――」

 

 そう前置き、カイは今日のスケジュールを伝える。

 

「なっ……!? そ、それって今のこの事に関係ある――」

「四の五の言うな。今日は今言ったこと以外は一切認めん」

「そ、そんなぁ……」

 

 うなだれるソラにフェリアは一言。

 

「いつまで管を巻いてるのよ。決まったことよ。さっさと行きましょう」

「……ああ、分かったよ」

「シノサカ少尉も。悪いけど付き合ってもらうわね」

「は、はい! 私は大丈夫ですよ! さっ行きましょー!」

 

 カイは歩いていく三人の背中を見ながら、とある人物の顔を思い浮かべ、そして軽くため息を吐いた。

 

「……この場に()()()がいれば、もう少し上手く場を取り纏めることが出来ただろうに。タイミングが悪いと言えば良いのか何というか……」

 

 盗み聞きするつもりではなかったのだが、たまたまカイの呟きが耳に入ってしまったラビーはつい興味本位で聞いてしまった。失礼をしてしまっただろうか――そんな彼女の不安はあっさりと霧散する。

 

「ああ。自分と肩を並べる……良いや、愛の強さなら自分を超えるやも知れないとあるゲシュペンストフリークの話ですよ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「はっ……! はっ……!」

「……」

「ふーふー」

 

 伊豆基地というのはそこそこ大きな基地である。そんな基地の外周を走るということは割と大変な運動となるのだ。

 

「どうして……! 俺達が……! 走っているんだよ!」

「知らない……わよ! 二十周なん、て……ありえない……!」

「がんばりましょー!」

 

 カイから言い渡されたミッションの一番目は、『伊豆基地二十周走れ』である。今日は快晴なので走るには最高の天気なのだが、いかんせん風が吹いていない。

 暑さは現在進行形でソラ達の体力を奪っている最中であった。

 走るのに邪魔な制服は既に脱いでおり、全員作業服で走っていた。

 

「ていうか……、シノサカはどうして汗一つ掻いてないんだよ……!」

「え、ええ!? そんなことを言われましても!」

 

 ソラの指摘にユウリがオロオロし始めた。二人のやり取りを見ていたフェリアがボソリと言う。

 

「自分に、体力が無いのは分かるけど、イライラをシノサカ少尉にぶつけるのは、止めなさい」

「あん……!? そっちこそだいぶバテてるんじゃねえ、のか?」

 

 気合いのみで走り、現在三人とも十六周目に入ったところであった。

 いくら軍人といえ、暑さと無風状態で走り続けていれば少なからず体力を消耗するのだが、ユウリ一人だけ何食わぬ顔で走っていた。そんな不思議な体力を発揮する女性であるユウリに対して、男性であるソラが何か言いたくなるのも無理無い話であった。

 また悪くなりそうな話の流れを変えるように、ユウリが何気なく呟いた。

 

「……ソラさんとフェリアさんって、結構仲良いですよね?」

 

 半ば脊髄反射的にソラは反論した。

 

「いいや」

「いいえ」

 

 フェリアと全く同じタイミングで否定してしまったせいで、逆にユウリがニコニコし始めた。

 

「ふふ。やっぱりそうですよね! 最初は二人ともちょっと怖いなぁ……って思っていたんですけど、じっと見ていたら実はそうじゃないんじゃないか? って思ったんです!」

「いや……シノサカ、それは無い」

「そうよシノサカ少尉、私はこの女男と仲が良くなんて無いわ」

 

 ユウリは二人の反論を受け、何か言いたげにしていた。

 口にしようかどうしようか迷っていると、それに気づいたフェリアが促した。

 

「どうしたのシノサカ少尉? 女男からセクハラでも受けた?」

「誤解が生まれるようなことを言うな!!」

「え、えっとですね……。で、出来れば二人とも、私の事を“シノサカ”では無く“ユウリ”って呼んでほしいなぁ……なんて」

 

 はにかんだように笑うユウリの笑顔に、ソラが少しときめいてしまう。

 しかし反応したらそれこそフェリアの思う壺だったので、極めて冷静に返した。

 

「お……おう、ならこれからはユウリって呼ぶことにする、わ」

「っ、ありがとうございます!」

「……な~に、ニヤケているのよ」

「ふ、フェリアさんも……お願いします」

「……!」

 

 プイ、と唐突にフェリアがソラとユウリから顔を逸らす。

 すぐに察したソラが、反撃とばかりにニヤニヤと笑みを浮かべた。ソラのイヤらしい笑みを見たユウリは彼が何を言いだすのかに気づき、あはは……と困ったように笑う。

 

「あれ? レモン頭、もしかして俺より照れてんじゃねえのか?」

 

 どうやら図星だったようで、今まで見たことのないぐらいフェリアが動揺し始めた。

 

「バッ! そんな訳ないわ! 大体レモン頭って何よ……!? 私はフェリアよ! レモン頭なんかじゃ、ないわ……!」

「そっか、まあ“フェリア”も観念してユウリって呼んでやれよ」

「あ、しまっ……!」

 

 ソラは首を傾げた。

 どうして要望通り名前で呼んだのにフェリアが悔しそうな顔をしているのだろうと本気で分からなかった。追い打ちとばかりにユウリがフェリアの方を期待一杯で見つめている。

 チラチラとその視線と合わせては逸らしを繰り返した後、とうとう観念したのか、フェリアが聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、ボソリと一言。

 

「……ゅ……ユウリ」

「ありがとうございますフェリアさん!」

「お、お礼を言われるほどじゃないわよ……!」

 

 速度を上げて二人の先頭を往くフェリアの後姿を見て、ソラとユウリは顔を見合わせて笑う。耳まで真っ赤になっていたら誰でも照れ隠しだということがわかってしまう。

 ソラがからかうと、大きな声でうっさいと一喝されてしまった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 いつのまにかノルマをクリアしていた三人は走り込みを終了し、次のミッションに移るため、格納庫まで戻った。

 三人の手には、次のミッションに必要不可欠であるデッキブラシとバケツが握られていた。

 

「さってと! 次は演習で使った機体の清掃だったな! 早くやろうぜ!」

「はい! やってしまいましょう!」

「……はいはい。もうこうなったらとことんやってやるわよ」

 

 各々決意を新たに、昇降機で上がり、それぞれ演習で使用した機体の元まで歩いていく。

 ソラはすぐにデッキブラシで機体の装甲を磨き始める。だが哀しいかな、開始数分で飽きてしまった。

 あまりにも退屈になったので、ソラはオレーウィユを磨いているユウリへ声を掛けてみることにした。

 

「なあユウリ」

「はい。なんですかー?」

「ユウリってどうして軍に入ったんだ?」

 

 そうですねぇ、とユウリは少し間を置いて答えた。

 

「私は、何か皆の役に立てることはないかなって考えて、気づいたらここに入っていましたねぇ……」

「おおう、良い理由だな! そういう理由があるならきっと頑張れると思うぜ」

「ありがとうございます! ソラさんは?」

「俺は……そうだな、昔『L5戦役』で異星人の部隊に町ごと焼き払われそうになったとき、連邦軍に助けられたんだよ。それで、その時思ったんだ。命を助けられた俺は、今度は人の命を助けるために行動しなきゃいけない番なんだってな」

 

 話が聞こえていたのか、逆サイドで清掃していたフェリアが口を開く。

 

「……それで、貴方は連邦軍に入ったのね」

「ま、そんなもんさ。お前はフェリア?」

「……私は、異星人から地球の平和を守る為、そして人間同士のいざこざを少しでも無くす為よ」

 

 ソラは思わず会話を止めてしまった。

 それが気に喰わなかったのか、フェリアの目が細くなった。

 

「……何よ。何か文句ある?」

「い、いやてっきり俺はお偉いさん目指しているのかと思って。……俺の勝手な予想だったが」

「そんなものに興味はないわ。貴方の話じゃないけど、異星人の手前勝手な理由で身近な人が危険な目に遭うかもしれないのが許せないだけよ。それに、昔ちょっと色々あってね。特に力を入れたいのは人間同士の無駄な争いを少しでも軽減すること――そう、しなきゃならない」

 

 どうやらソラはフェリアの事を少し誤解していたようだ。

 こうして話を聞くまでは、血も涙もない出世お化けだとしか思っていなかったが、なんともはやこれは――。

 

「お前って……意外に熱かったんだな」

「……デッキブラシ投げつけるわよ? ああ、ごめんさっきの訂正。出世に興味が無いと言ったら嘘になるわ。手広く手を差し伸べるためにはそれなりの地位も必要だもの。そうしたら貴方は真っ先に倉庫整理係ね」

「ほっほう、上等だこの野郎」

「もーすぐそうやって喧嘩に持ち込もうとしないでくださいよぉ!」

 

 三人は気づいていなかった。

 喧嘩こそすれども、あのギスギスした空気はなく、どちらかというと親しみを感じるような、そんなやり取りにいつの間にか変わっていた。

 いきなり高度な連携は流石にまだ無理だろう。しかし、逆に言いかえるなら、三人はようやくスタートラインに立てたということだ。

 ここにカイがいればきっとこう言っているであろう。

 

 ――最初からそうしていれば良かったのだ。

 

 まだまだ先が思いやられるが、第五兵器試験部隊はこの日、真の結成を果たした。

 

「――君達! 早く下に降りて来い!」

 

 下でラビーが慌てた様子で叫んでいた。

 

「どうしたんすか?」

「良いから、早く降りて来い! これから面倒なことになってくるぞ!」

 

 そんな第五兵器試験部隊に、早速試練がやってくる――。



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第五話 神聖騎士団~前編~

 ラビーに連れられ、談話室までやってきた第五兵器試験部隊。

 大きなモニターの前には基地職員が大勢いて、その全員がモニターの人物に注目していた。

 

『――何度でも言おう! 連邦はこの地球圏の守護者足りえん!』

 

 煌びやかな教卓に立っていたのは、白髪が目立つ初老の男性であった。

 全体的に老けており、一見すれば枯れた大木と言う印象を与えるが、その身に纏う覇気がそれを大きく昇華させている。

 差し詰め、深い樹海の中に聳えたつ古城。静謐な威厳に満ち溢れていた。

 男性が掲げていた手を一気に振り下ろす。

 

『危機感が抜け落ち、護るべき対象である市民をすら満足に護りきることの出来ぬ魂無き集団である。見よ!』

 

 そうして切り替わった映像を見て、室内がざわめいた。

 虫のような機動兵器や、人型機動兵器がとある都市を蹂躙している映像であった。都市が炎に飲まれるところで映像が切り替わり、今度は町がずんぐりとした人型機動兵器や獣人型の機動兵器に破壊されている映像が映される。

 それからしばらく色んな町や都市が襲われている映像が流れていった。

 映像が流れる事数分、再び男性に映像が切り替わり、再び演説を始める。

 

『今見てもらえた映像でいかに連邦が後手に回った対応をしているか分かってもらえたであろう。……ある者は楽観視するだろう、ある者はこの状況に不安を感じているだろう。ある者は何とかなっているだろうと言うかもしれない。……だが! 気づいて欲しい。今諸君らが平和に過ごせているのは、数多ある奇跡が積もりに積もった末の……偶然だということを!』

 

 ソラは演説を続ける男性を見ながら、隣のラビーに声を掛ける。

 

「ラビー博士、あの人誰ですか?」

「『ゲルーガ・オットルーザ』。以前は連邦軍の大佐だった人物だ」

「連邦!? なんでそんな人がこんな連邦を非難するようなことを……?」

「非難する()()()ではない、しているんだよ。ほら見ろ」

 

 再び映像が切り替わる。

 今度は町や都市では無く、多数のPTやAMが連邦軍基地へ攻撃を仕掛けている光景だった。

 

「こ、攻撃しているのはあのおっさんの仲間……なのか?」

 

 ソラの呟きに答える者は誰も居ない。

 そうしている間にも、ゲルーガの演説は続く。

 

『正直に言おう。……私は自分に対し、憤りを感じていた。ただ指を咥え、護るべき市民が異星人の思うようにされているのをただ見ているだけしか出来ない自分が……!』

 

 教卓に叩きつける拳が、演技ではないことぐらいはソラには分かっていた。ラビーはそんなソラをただ横目で見ているだけだった。

 

『だから私は同志を募った!! 腐りきった連邦を根元から焼き払い、真なる地球圏の守護者足りえる騎士たちを!!!』

 

 また違う映像が流された。

 今度も連邦基地だが、大きく違う点は一つ。

 

「や、やめろーーっ!!」

 

 気づけばソラは叫んでいた。

 だが、映像のAM部隊にソラの声が届く訳も無く、彼らの攻撃は基地周辺の町を巻き込み、景色を一変させた。同じく映像を見ていたラビーが不機嫌を隠そうともせず言い捨てる。……実に忌々し気に。

 

「……ふん。騎士は騎士でも魔女狩り専門らしいな」

「な、何だよ……何だよ、これ……!?」

 

 ソラはいつの間にか血が滲むほどに握り拳を作っていた。

 たった今、人間が人間を襲った光景をまざまざと見せられ、動揺を隠せないでいたのだ。それと同時、再び現れたゲルーガを睨みつける。

 

『我らこそ真なる地球圏の守護者、『サクレオールドル』である!! 私の訴えに心震えた(つわもの)共よ、我らが旗に集え!! そう……我らこそ地球圏の絶対正義なり!!!』

 

 そう締め括り、ゲルーガ・オットルーザの演説が終わった。

 談話室にいた大勢がぞろぞろと部屋を出ていく中、第五兵器試験部隊……中でもソラだけが呆然と立ち尽くしていた。

 見かねたフェリアがソラの肩に手を掛ける。

 

「何突っ立ってんのよ? 早く行くわよ」

「何が……何が、絶対正義だ……!」

「……何?」

 

 八つ当たりと知りながらも、ソラは手近な机に拳を打ち付けた。

 じんわりと滲む手の痛みよりも、それ以上の怒りがソラの全てを支配していた。

 

「ふざけんな! その守る人達を巻き添えにしている奴らの、一体どこが絶対正義なんだ!?」

 

 ゲルーガ・オットルーザ。

 今日まで生きてきた中で、ソラが最も怒りを感じた瞬間であり、最も怒りを覚えた人物であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「そろそろ目的地に到着だ。お前達、用意しろ」

 

 そう言ってラビーが第五兵器試験部隊の面々に声を掛けると、三人は席を立つ。

 

「ととっ」

 

 二人が難なく席を立ったのに対し、ソラだけバランスを崩してしまい、もう一度席に座ってしまった。その光景を見ていたフェリアが呆れたようにため息を吐く。

 

「何やってんのよ……?」

「う、うっせえ! ちょっと機体、風に煽られ過ぎじゃねえか? 危ねえな……」

「はいはい。そう言うことにしておくわよ」

 

 歩いていくフェリアの背中へ、べーっと舌を出した後、ソラは輸送機《タウゼント・フェスラー》の機内を歩いていく。

 

(……あれから何日経ったっけ?)

 

 ――ゲルーガ・オットルーザの演説から数日が経っていた。

 

 その日以降から、ゲルーガが立ち上げた武装組織『サクレオールドル』が各地の軍事施設を襲うようになり、連邦はその対応に追われていた。

 そんな中、ソラ達第五兵器試験部隊に初任務が下された。

 内容はガイアセイバーズの本拠地であった『グランド・クリスマス』の近くに浮かぶ孤島に建造されている軍事施設の護衛であった。

 機内の格納庫に移動していたソラたちは近くのモニターで目的地となう施設の外観を眺めていた。

 

「何か随分最近造られた感がある基地だよな~」

 

 すると隣でノートパソコンを開いていたユウリがソラの質問に答えてくれた。

 

「多分ソラさんの言うとおり、ここは最近造られた施設だと思います。それにしても変なんですよね……」

「何が変なのかしら?」

「この施設、連邦が工事を発注した記録が無いんですよね……。一応連邦の所管となっている所を見ると、“元々あった”施設を軍が接収したのかな~って」

「ほう。良い読みだユウリ君」

「ひゃっ!」

 

 いつの間にかラビーがユウリの後ろに立ってノートパソコンの画面を見ていた。

 ユウリの驚いた声が思った以上に可愛く、ソラは少し顔を紅くしてしまったのは内緒である。

 フェリアにバレたらまた馬鹿にされるコース確定だ。

 

「ら、ラビー博士ぇぇ~……」

「それにしても、人畜無害そうな顔して意外にやるなユウリ君。アクセス許可が無いはずのデータベースに踏み込んでいるとはな。あまつさえ何重にも掛けてあったはずのプロテクトを全て突破とは……末恐ろしいと言ったらないな」

「う……っ!」

 

 笑顔のまま、だらだらと汗を流すユウリの姿を見て、ラビーの言葉が真実だと確信したソラは引き攣った顔で彼女を見た。

 元々言い負かす性格ではないので、目を泳がせまくっているだけ。

 そんなユウリを面白そうに見ていたラビーが、話題変更とでも言いたげに、咥えていた煙草をプラプラ上下させる。

 

「まあその辺は後で追及するとして。……ユウリ君の言った通り、この施設は元々ここにあったものらしい」

「ん? らしいって、俺達が知らないのはまあ無理はないとして、ラビー博士も知らないんすか?」

「ああ。実はとあるチビロリにして狂気に満ち溢れたマッドサイエンティストがレイカー司令に進言したようでね。こうして私達第五兵器試験部隊を始め第九PT部隊と第二十八AM部隊が護衛任務に就いたという訳だ」

 

 今さらっととんでもない悪口が聞こえた気がしたが、誰も突っ込む度胸がなく、またソラも無いので、仕方なく聞き流してしまう。

 まあ安心しろ、とラビーが人差し指を立てる。

 

「今回の任務はこの施設の有用なデータを全て伊豆基地に移すまでの二日間、サクレオールドル……SOからこの施設を守ることだ」

「それは分かりましたけど、こんな所にそんなSOが欲しがるようなデータがあるんすか?」

「ああ、ここには廃棄される予定の試作兵器のデータなどがいくつかあるからな。そうだな……例えば、新型MAPW(大量広域先制攻撃兵器)のデータとか」

「は、はあっ!? 何でそんなもんがあるんすか!? さっさと処分すれば――」

 

 フェリアがソラの言葉に被せてくる。

 

「……そのMAPWがどんなシロモノかは分からないけど、例えば廃棄される原因がコスト面や技術面だとするわ。今は無理でも、コスト面や技術面が発達すれば問題が無くなるかもしれない。そんな可能性もあるのに、さっさとデータ廃棄なんて有り得ないわよ」

「ああ。フェリア君の言うとおりだ。と言っても、下手に廃棄して後でサルベージされても困るから扱いが慎重になっているだけなのだけどね。あとは単純に即決できないだけかもな。この類いの兵器は廃棄を巡って色々上層部で揉めるところまでが様式美だ」

「そ、そんなもんなんすね……」

 

 フェリアとラビーの言葉を何とか理解していきながら、ソラはまた施設の方へ視線を落とす。

 

「……ん? 何だあれ?」

 

 見えたのは一瞬だが、ソラの目は海岸に何か灰色の物体が打ち上げられているのを捉えていた。

 

「な、ユウリ。今何か見えなかったか? 灰色の、何て言うか……装甲板ぽいもの」

「多分施設の一部なんじゃないですか? 何故か所々傷ついていますし……台風か何かで外壁が剥がれたのだと思います」

「ふ~ん、そんなもんかぁ?」

 

 次の瞬間、機内に警報が鳴り響いた。

 途端変貌する機内の空気。整備兵が機体の最終チェックに移り、パイロットたちはそれぞれの機体へ走って行く。

 すぐさまラビーが機内のパイロットに連絡を取ったあと、ソラ達へ振り返る。

 

「どうやら早速来たようだ。SOだと思われる機動兵器群が施設の警戒ラインに入ったらしい。三人とも、すぐに機体へ搭乗し、迎撃に移ってくれ」

 

 ソラは息を呑んだ。

 ずっと考えないようにしていた。だが、もう逃げる訳にはいかない。

 手早くパイロットスーツに着替えたソラは自分の機体へ走って行く。

 

(これが、初めての実戦……!)

 

 武者震いだと、己の中で必死に震えを鎮めていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 気づけば戦場となる施設近くの海上を飛行していた。

 いつ機体に乗って、起動手続きをして、発進したのか全く記憶にない。

 それが、実戦への恐れということを理解していたソラは両手を頬に打ち付ける。

 

「つっ! けど……目が覚めた……!」

 

 フェリア達に語った自分の、軍に入った目的を今一度思いだし、ソラは操縦桿をしっかりと握りしめた。

 

「索敵終わりました。フェリアさん、ソラさん、今送ります」

「ありがとうユウリ」

「ああ、サンキュー」

 

 ユウリから送られてきた索敵結果によると、どうやら敵は三個小隊……数にして十二機。

 三方から攻める布陣だ。

 

「ソラ君、フェリア君、ユウリ君。私達第五兵器試験部隊は三時方向からくる敵を担当することとなる」

「い、一機多いのに俺らだけでかよ!?」

「他はもう二方に対応しているし、この位置だと私達が対応したほうが早い。頼むぞ」

「くそっ、簡単に!」

「あと三十秒で目視距離に入ります。フェリアさん、ソラさん、気を付けてください」

 

 前回の模擬戦の反省を活かし、ソラはまず周りを見やった。

 後方にはユウリ、右側の海上をフェリアのピュロマーネがホバーで進んでいた。そして、障害物になりそうな物体が無いことを確認し、ソラは前方へカメラを向ける。

 

「……来た、か」

 

 映るのは四機の影、徐々にその姿ハッキリしていく。

 ユウリから送られてきた詳細なデータを見て、ソラはまた唾を呑み込む。影の正体は三機の《リオン》、そして後方には《バレリオン》。

 恐らくあの《バレリオン》が攻撃の要となるのだろう。

 

「良い? ユウリは後方で支援射撃。私が先に斬り込むからソラ、貴方は散開した敵を個別に撃破していきなさい」

「俺がか? てっきり自分で全部やるとか言うのかと思った」

「……悔しいけど、一人で数の差を覆せるのはごく一部のパイロットよ。ましてやこれは模擬戦じゃなく、命のやり取りよ。つまらないこだわりなんかとっくにゴミ箱へ行っているわ」

「……思い切りやってやれ」

「言われなくても」

 

 短いやり取りを終えた後、ピュロマーネが先行し、バックパックのレクタングルランチャーを構えた。

 敵機も気づいたのか、発砲を開始するための動作を開始する。それよりも早く、ピュロマーネのカメラアイが光った。

 

「行くわよ、サクレオールドル……!」

 

 耳をつんざくような轟音が三発。

 そのどれもが当たりはしなかったが、フェリアの目論見通り敵機を散開させることに成功した。中でも大きく離れた《リオン》へ、ソラは狙いを定める。

 

「おおお!」

 

 すぐに携行武装であるフォトン・ライフルの引き金を引いた。

 しかし、一発が掠っただけであとは全て外れてしまう。

 

「そう上手くは当たらない……か!」

 

 敵のレールガンがソラ機へ向けられる。すぐさま操縦桿を倒し、射線上に入らないよう立ち回るソラ。

 その姿を見て、フェリアが感心したように声を上げる。

 

「へえ、今日は山の頂上に踵を引っ掛けないのね」

「お前を倒すためにずっと練習してたんだよ!」

 

 言葉通り、ソラはフェリアの負けて以降、時間を見つけてはPTの操縦訓練をしていたのだ。

 しかし一朝一夕で向上するわけも無く、ただ単にPTの操縦に慣れた程度の成果しか上げられなかったが。

 

「それは良いことを聞いたわね……!」

 

 M950マシンガンを両手に持ち替えていたピュロマーネが挟み撃ちをせんとする二体の《リオン》へ向け、銃を乱射していた。

 それだけでなく、脚部に追加された三連装ミサイルポッドのハッチが開き、そこからミサイルが何発も射出される。たった一機で敵の《リオン》二体以上の弾幕を形成するピュロマーネを見て、やはり名前通りだなと思いながらソラは目の前のリオンへプラズマカッターで斬り掛かる。

 だが《リオン》はあざ笑うかのように、ひらりひらりと避けていく。

 つい焦ってしまう、がそこで焦ったらまた模擬戦の時のようなことが起こると確信していたソラが一旦頭部のバルカン砲を放ち、距離を離した。

 コクピット内にアラートが鳴り響いた。フェリアが対応している方向だ。

 カメラアイを向けると、二体の内の一体がこちらへレールガンの砲口を向けていた。コクピット直撃コース。

 

「まずい……!」

「ソラさん!」

 

 ユウリのオレーウィユが接近してきた。

 何をやるつもりだとソラが内心戸惑うが、彼女は何も答えない。代わりに、オレーウィユのレドームが展開した。同時に放たれるレールガンの弾頭。思わず目を瞑った。

 

「……ん?」

 

 確実に当たったはずなのに、機体は無傷であった。

 

「ソラ!」

 

 ピュロマーネがソラを攻撃した機体の推進装置へレクタングルランチャーを撃ち込んだ。

 どうやら直撃だったようで、リオンが海に落ちていく。

 

「……一機!」

「もう一機……!? 早い……!」

 

 元々フェリアはPT部隊に所属していたというのは既にラビーから聞いている。

 ということは、少なからず実戦に出ていて、敵と交戦しているということで。改めてソラはフェリアとの経験の差を痛感した。

 

「大丈夫でしたかソラさん!?」

「さっきの攻撃が当たらなかったのは、もしかしてユウリのおかげか!?」

「はい! ハッキングして敵のリオンの照準システムを少し滅茶苦茶にしました」

「そ、そんなことが出来るのか……?」

「ですが、とても簡単な攻撃なので、すぐに復旧します。気を付けてくださいね」

「ああ!」

 

 レドームが元に戻った後、近くの《リオン》へ牽制射撃をしたあと、またオレーウィユは後方へ戻っていった。そうしている間にも、ピュロマーネの左腕三連マシンキャノンが二体目の《リオン》を海へ叩き落としていく。

 

「二機……!」

 

 瞬間、ピュロマーネの足元に何かが着弾する。

 

「くっ……! どこから!?」

「フェリア! ……あいつか!」

 

 遠方の《バレリオン》が本格的に攻撃を始めたようだ。

 ミサイルを交えた砲撃が、三機を徐々に押していく。

 その間にも残った最後のリオンが、三機の中で一番火力の高いピュロマーネに狙いを絞ったのか、執拗に攻撃を仕掛けていく。

 

「くそっ……やるしかないのか……!」

 

 《リオン》へライフルを放っていたソラが、《バレリオン》へ向きを変え、ペダルを踏み込んだ。

 

「待ちなさいソラ! 一人でバレリオンの相手は……!」

「なら早くそいつを落として援護に来い! このまま固まっていたらあのバレリオンにやられちまう!!」

 

 牽制用のミサイルランチャーの雨を被弾覚悟で突っ込みながら、ソラ機がライフルを乱射する。だが、分厚い装甲がウリの《バレリオン》には大したダメージを与えることが出来なかった。

 

「うあっ!」

 

 避けきれなかったミサイルの何発かがソラ機へ被弾した。

 すぐに損傷を確認し、まだ動けることを確認したソラは臆することなく突撃を選択する。

 

「下がりなさいソラ! しつこい……!」

 

 そういうフェリアは、《リオン》に手こずっているのか、ユウリの支援射撃をもらいながら交戦中であった。

 まだ援護に来てもらうには時間が掛かるだろう。

 待っている余裕などないソラは、左手にライフルを持ち替え、右手にプラズマカッターを持つ。

 

(どこが弱点か分からねえ。……だけど、弱点ぽいところなら……! くそっ、こんなことならちゃんとAMのことを勉強しておけば良かった……!)

 

 まだAMやPTの理解が浅いソラは思い切って賭けに出る。

 見当外れの所を叩くより、それっぽいところを叩いたほうが建設的だという判断であった。しっかり狙いを付けているところを見ると、どうやらあの大口径レールガンを放とうとしているのだろう。……都合が良かった。

 

「おおおおーっっ!」

 

 今まさに放たれんとする《バレリオン》の頭部砲門へソラ機は逆さまに持ち替えたライフルの銃床を叩きつけた。叩きつけた衝撃で砲口が歪んだのか、《バレリオン》の頭部が小さな爆発を起こす。

 その隙を見逃さなかったソラ機はプラズマカッターで《バレリオン》の胴体を斬り付けた。

 刃は見事に胴体を斬り抜くことに成功し、ソラ機はすぐさま離脱した。

 

「ソラ、無事!? こっちは片付いたわ!」

「……ぁ」

 

 炎を上げ、海上に落ちていく《バレリオン》を見て、ようやくソラは事態を理解した。

 命が懸かっていたとはいえ、自分のやったことは――。

 

「……敵を、倒した……? パイロットは? ……死んだ、のか……?」

 

 この時、ソラは軍人と言う職業の“重さ”を初めて理解したような気がした――。




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第六話 神聖騎士団~後編~

「……」

 

 ソラは一人で砂浜を歩いていた。

 あの戦闘から翌日、待機シフト中は常にこうしている。心地良い風に吹かれながら、ソラは自分の右手をジッと見つめだす。そして、思い出すは()()()()()()()()()

 

「……やっぱり、やっちまったんだよな」

 

 今でも鮮明に《バレリオン》を撃墜した光景が脳裏に浮かび上がる。

 フェリアとユウリを砲撃の脅威から守るためには仕方なかった。 と言えば、心が楽になるが、まだ割り切るのは難しそうだ。思い出せば、手が震えだす。情けない、とソラは砂浜に座り込み、右手を抑えた。

 

「フェリア……ていうか、先輩方もこうなったのかねぇ~……」

 

 ふいに、首元に何か冷たい感触がした。

 

「おっふぁ!」

「……何、面白い事叫んでるのよ?」

「ふぇ、フェリアか。驚かすなよ」

 

 後ろには缶飲料を二本持ったフェリアが立っていた。

 その内の一本を受け取るのを見届けると、フェリアはソラの隣に移動する。

 

「ユウリは?」

「機体整備に立ち会っているわ。オレーウィユが気になるって」

 

 フェリア曰く、昨日の戦闘で海水を浴び過ぎたらしく、一応装備の点検をしているらしい。どうやら想像している以上にデリケートな機体のようだ。

 

「そうか……。お前は?」

「散歩。そうしたら座っている貴方を偶然見つけたからこうして来てあげたのよ」

「二本持ってた理由は?」

「……貴方が見えたからその辺の自販機で買ったのよ」

「……自販機は島の反対側の施設にしかないはずだけどな」

「う、うるさい……! いらないなら返しなさい」

 

 フェリアが奪い取ろうとする前に、ソラは缶を開け、中身を一気に飲み干した。

 

「げっほ!」

 

 砂糖たっぷりのコーヒーだったので、ついむせてしまう。

 売り物のコーヒーでこれほど甘いやつがあるとは知らなかった。市販なら微糖一択のソラの口の中が一気に甘ったるくなり、いっそ海水でも飲もうかと思う程である。

 

「何むせてんのよ、汚いわね」

「どんだけ砂糖ぶちこんでんだよこれ!」

「美味しいじゃない」

 

 顔色一つ変えずにコーヒーに口を付けるフェリアを見て、ソラはこいつ絶対甘党だと結論づけた

 

「……まだ引き摺っているの?」

 

 何を――などと無粋な事を聞き返すつもりはない。嘘を吐く道理もないソラは素直に返した。

 

「……引き摺っている訳じゃ、ねえよ」

「強がる必要はないわ。私だって似たような状態に陥ったもの」 

「お前が、か?」

「ええ。こればかりは仕方ないわ。……むしろ、初めてで何も感じない人は相当イカれている奴よ」

 

 いつもならここで皮肉なりなんなりが飛んでくるはずだったが、今日のフェリアは違っていた。

 ソラは目を丸くする。

 

「……え、もしかして慰めてくれてんのか?」

 

 その言葉に、フェリアはプイと顔を逸らした。

 

「は、はぁ? 何言ってんのよ? あくまで私は一般的な感覚を、鈍い貴方に教えてあげているのよ。それに、貴方がいつまでもその調子じゃ張り合いもないし」

 

 慰めている、というのは一言も否定していないフェリアに、ソラはつい笑みが零れてしまう。

 それに気づいたフェリアが唇を尖らせる。

 

「何笑ってんのよ」

「いやいや笑ってねえって。だけど……そうだな、ちょっと気持ちに整理が付けられたかもな」

 

 フェリアが海を眺めながら、言葉を続ける。

 

「……実際、恥じることはないわ。貴方がバレリオンを撃破しなかったら私達は徐々に消耗させられて壊滅していたかもしれない。あの判断は間違っていなかったと、私は思うわ」

「フェリア……」

「私達は軍人よ。軍人という道を選んで、ここにいるの。ここで潰れるか潰れないかは……貴方次第」

 

 立ち上がったフェリアが、コーヒーを飲み干し、踵を返した。

 

「そうそう。ラビー博士からの情報だけど、今日でデータ抽出が終わるみたいよ?」

「てことは……?」

「ええ。今日を凌げば護衛任務完了ね。気楽に行きましょ? それに、応援が来るとか何とかも言っていたし」

「……ああ!」

 

 途端、施設の警報が鳴り響いた。

 とても空気を読んだこのタイミングに、ソラは思わず舌打ちをする。

 

「彼ら、バラエティ芸人の素質でもありそうね」

「ああ、全くだ……!」

 

 フェリアとソラは格納庫へ走り出した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 手早く機体の発進準備を終えた第五兵器試験部隊は前回戦った地点に待機していた。

 他の部隊も同様に、どの方向から来ても対応できるような位置取りだ。

 

「ユウリ、敵はどれくらいだ?」

「そ、それが……」

 

 送られてきたデータを見ると、昨日と同じくらいの敵の数。

 強いて言うなら、《バレリオン》の数が増えたという所が変化である。

 

「……もしかしなくても昨日のは威力偵察。ということは今日は……!」

 

 フェリアの言葉と同時に、敵バレリオンの砲撃が始まった。――第二ラウンドの開始である。

 

「フォーメーションは昨日と同じ。ソラ……大丈夫?」

 

 その言葉の意味に気づいたソラはあえて強気に返した。

 

「当たり前だ! いつまでもうじうじしていられねえ!」

「それは頼もしいわ。……貴方は右のリオン担当。私は左のリオン。ユウリはソラの援護。良いわね」

「分かった!」

「了解です!」

 

 両手にM950マシンガンを構えたピュロマーネが発砲し、敵を牽制すると同時に、ソラとユウリが右側のリオンへ狙いを定めた。

 まずはフォトン・ライフルを放ち、牽制し、接近を試みる。当たり前のように回避され、《リオン》のレールガンがソラへ狙いを付けようとする。だが、後ろに付いていたオレーウィユが数度射撃をすると、被弾を恐れたのか、《リオン》が後退した。

 それを見逃さなかったソラはペダルを踏み込み、機体を加速させる。プラズマカッターを抜き、《リオン》へ振り上げた。

 

「うおお!」

 

 直前に避けられたので胴体へ刃が届くことはなかったが、代わりにレールガンが真っ二つになり、炎を噴き上げる。追い打ちに、ユウリの射撃がリオンの脚部に当たり、戦闘続行を難しくさせた。

 

「す、すげえな……」

「た、たまたまですよぉ~……」

 

 何はともあれ、強力な援護が付いているので、少しは気が楽になった。

 幸先の良いスタートを切れたソラは、今一度戦意を高め、次の標的へ狙いを付けた。

 

(行ける……落ち着いている……!)

 

 落ち着いて良く動きを見れば、昨日ほど被弾せずに戦闘を進められている。むしろ攻撃の苛烈さだけで言えば、フェリアの方が上だ。

 今更ながら、よく接近戦にもちこめたと自分で自分を褒めてやりたい。

 ソラとユウリが協力して一機を落としている間に、フェリアはレクタングルランチャーとM950マシンガンの一斉射で《バレリオン》と《リオン》を中破程度まで追い込んでいた。

 それに気づいたソラが、標的を切り替え、満身創痍の《リオン》へ一気に接近した。ろくに狙いを付けていないのか、ただ直進するだけで《リオン》の射撃を避けられる。そして適正距離に近づけたソラ機はプラズマカッターを抜き放ち、《リオン》の脚部を切断した。

 

「良し……!」

「良いペースですね! 徐々に戦況はこちらに傾いているみたいです!」

 

 データリンクし、更新された戦況を見て、ソラは僅かに安堵する。

 このまま何事も無く昨日のように戦闘が終われば、良いのに。そう、思える程度には状況は傾いていた。

 しかし――。

 

「……え!? 何ですか、このエネルギー反応!?」

 

 そして鳴り響くアラート。

 オレーウィユから送られてきたのは、一直線上に伸びた赤いライン。

 

「皆さん! そのライン上から離れてください! 早く!」

 

 その情報は味方部隊全部に行っているようで、味方の光点が徐々に移動しているようだが――遅かった。

 

「なっ!!」

 

 次の瞬間、どこからともなく放たれた極太の光線が戦闘空域を真っ二つに分けた。

 既に赤いライン上から逃れていた第五兵器試験部隊は無傷で済んだ。

 

「だ、第九PT部隊が……!」

 

 逃れらなかった第九PT部隊の反応が、今の攻撃で半分はロストした。

 砲撃の方向にセンサーを向け、データを取得していたユウリが映像データを送って来てくれた。

 それを見たソラが目を見開く。

 

「何……だよ、これ?」

 

 あの強力な砲撃の正体は、通常PTの一回りはあるサイズのワインレッドの機体であった。

 まず目に付くところは鬼を彷彿とさせる頭部、そして次に目を引くのは胴体と同じくらいはある巨大な腕部。一言で言うなら、全く見たことが無い機体であった。

 

「あのエネルギー量に該当する動力源は……まさか、プラズマ・リアクター!?」

「なるほど……あのビームはグルンガストクラスの威力がある、と。そういうことね」

「ぷ、プラズマ・リアクターって何だ?」

 

 この機体の動力源くらいは分かるが、他の動力源の知識など皆無のソラには、二人が何で恐れているのか全く分からなかった。

 

「わ、分かりやすく言うとですね。今この戦闘に特殊人型機動兵器――俗にいう“スーパーロボット”に限りなく近い機体が敵として現れました」

「な、何だって!?」

 

 ここまで分かりやすい説明だったらいくらソラでも理解できた。

 すると、第二十八AM部隊が謎の特機クラスへ対応するために、進路を変えた。

 

「ん? 他の敵は?」

「どうやら撤退しているみたいですね」

「っていうことは、あとはあいつをどうにかすれば……!」

 

 AM部隊の後ろに付く形で、ソラ達も敵の元へ向かう。

 特機から全周囲で通信が流れた。声の主はどうやら中年の男性らしい。

 

「貴様達に恨みはないが、大義のためだ。逃げる者は撃ちはせんが、阻む者は容赦せん」

 

 警告とも取れる発言には耳を貸さず、AM部隊が攻撃を開始した。

 その場で動かず、敵機は両腕部と一体化している巨大な盾で《リオン》や《バレリオン》の攻撃を全て凌ぎ切った。その盾には傷一つ見えない。

 

「なるほど――了解した」

 

 ゆったりとした動作で両腕部を下ろした敵機の肘裏から炎が吹き上がるのが見えた。まるで力を溜める闘牛。

 盾で防いでいないにも関わらず、AM部隊の攻撃を物ともしないで、敵機の肘裏の炎が一段と強くなる。

 

「ならば徹底的にやらせてもらう」

 

 瞬間、圧倒的な加速力を以て、敵機がAM部隊へ躍り出た。

 

「う、うわあああ!」

 

 逃げ切れなかった《リオン》が敵機の巨大な手に掴まれてしまった。

 パニックに陥ったのか、《リオン》のパイロットの叫び声が聞こえる。掴んでいるのとは逆の手でまず《リオン》のレールガンを握りつぶした。何と言う馬力。次に頭部を潰された。

 《リオン》が必死に反撃するも、敵機の厚い装甲が無情にもそれを弾き続ける。ついに両手でホールドされ、まるでプレス機のように徐々に機体が潰されていこうとしている。

 《バレリオン》の砲撃が敵機の頭部を捉えた。

 流石に《バレリオン》の大火力は効いたのか、僅かに傷がついていた。

 だが、時すでに遅し。《リオン》はスクラップと化し、“中”を想像したくない状態になっていた。敵機はその《リオン》“だった”物を《バレリオン》へ投げつける。超馬力によって質量弾となった《リオン》の残骸が《バレリオン》へ直撃すると、そのまま脱出した様子も無く爆発してしまった。

 

 ――蹂躙はまだ終わらない。

 

 腕部の大型ブースターによる爆発的な大推力で、手近な《リオン》へ一気に接近した敵機はその拳を胴体へ叩き込む。

 それ自体が大質量である腕部をまともに喰らえば、機体がただでは済まない。あまりの威力に、中のパイロットは気絶でもしてしまったのか機体がピクリとも動いていない。

 アイアンクローのように、頭部を掴んだ敵機はそのまま機体を振りかぶり、思い切り海面へ叩きつけた。

 

「な、何を……!」

 

 その光景をただ見ていることしか出来なかったソラは、愕然としていた。敵とはいえ、自分があれほど命を奪うことに対して迷っていたというのに。

 それなのに、目の前の敵機はまるでただのモノを壊すように、淡々と、それ以上にあえて無残に機体を破壊していく様を見て、ソラの中に沸々と怒りが込み上げてくる。

 敵機のパイロットが、つまらないと言いたげに鼻を鳴らす。

 

「……このツヴェルクの慣らしにすらならんな。――がっかりだ」

 

 プチン、とソラの“何か”が切れた。

 

「――何をしているんだお前はあああああっ!!」

 

「ソラ! 待ちなさい! 貴方じゃ無理だわ!」

 

 フェリアの制止など耳に入っていない。

 ただ目の前の敵を倒すことしか、ソラの頭にはなかった。まっすぐ向かってくるソラ機を見て、敵パイロットは楽しげに笑う。

 

「ほう。向かってくるか」

 

 残弾を気にせず、フォトン・ライフルを乱射しまくるソラは空いている方の手にプラズマカッターを装備し、更に加速する。

 

「何故お前はあんないたぶるようなことが出来る!?」

 

 ライフルの光子弾などものともせず、敵機は巨大な腕部を振るう。

 

「合理的な戦術だ。貴様のような若造に批難される筋合いは無い」

「合理的なら何をしても良いというのか!?」

「ソラ! 下がって!!」

 

 フェリア達が追いついてきたが、今はそちらを見ている余裕はなかった。

 振るわれた腕部を避け、逆にプラズマカッターで斬り返してやった。だが、目立ったダメージは見受けられない。

 

「合理的なら、一般人を巻き込んで連邦の基地を攻撃しても良いと言うのか!?」

「神聖騎士団、ゲルーガ大佐の大義の前には、些細な犠牲だ」

「何が神聖騎士団だ!! 人を平然と、護るべき人達を犠牲に出来る奴らの大義が認められるものか!!」

「そうとも言うがな! だが、それは連邦とて同じだろう!」

「その敵と比べるなあーーーっ!!」

 

 殴りつけてくる右腕を避けると、左腕部と胴体に少し大きな空間が生まれていた。

 

(ここしかない!)

 

 懐に飛び込み、プラズマカッターで胴体を貫こうとした。しかし、次の瞬間、機体が大きく揺れる。

 

「う……ぁ!?」

「ほう。思い切りが良いな、それに勘も。……作ってやった隙に気づくとは」

 

 潜り抜けたと思った右腕がそのままソラ機へ振り下ろされたと気づいたのは、少し後の事だった。

 最初からそのつもりで、あえて大振りの攻撃をしてきたその技量にソラは戦慄する。動きが鈍ったソラの胴体を敵機が掴む。

 

「し、しまった……!」

 

 ガチャガチャと操縦桿を動かすも、四肢が動くだけで、万力のごとき敵機の手からは逃げられない。

 フェリアとユウリが近くに居るが、自分が邪魔で手が出せないようだ。

 唐突に、モニターに敵パイロットの姿が映された。

 

「だがここまでだ。……と言いたいところだが、何の気まぐれだろうな。中々どうして、若造にしては見込みがある。どうだ? 俺達サクレオールドルへ来ないか? 俺が直々に鍛えてやれば少しはマシになるだろう」

 

 映っていたのは茶っ気のある短い黒髪の中年男性であった。

 声からして想像出来ていたが、イカツイ顔までは想像できていなかった。だが、今臆するときでもないので、ソラはあえて睨みつけ、更には挑発をする。

 

「お前はここでぶっ倒すんだから、その必要はないだろ……!!」

「ふ。面白い奴」

 

 強がりだと見抜いている敵パイロットは不敵に笑った後、通信が切れた。途端、軋み始める機体。

 本格的にマズイと感じたソラは、フェリアとユウリに通信を送る。

 

「お前ら逃げろ! お前らまでやられちまう!」

「ッ! ふざけないで! 貴方を見殺しになんかしないわよ!」

「そうです! 絶対助けて見せます!」

 

 ソラに当たらないように、フェリアとユウリが射撃を開始したが、それでも装甲を貫ける見込みは薄い。

 コクピット内はさっきから警報が鳴りっぱなしだ。

 だが、どうすることも出来ない。

 

「くそっ! こんな所で終われるか……! 俺は……!」

 

 機体は懸命に応えようとしてくれるが、それ以上に敵機の握力が上回っていた。損傷はレッドを振り切っており、いつ爆発を起こしても不思議では無かった。

 

「……ん?」

 

 レーダーの索敵範囲に何か高速で向かっているのが見えた。

 

「ソラさん! そちらに高速で接近する機体が一機います!」

「あ、新手か!?」

 

 最悪のシナリオであった。ただでさえ目の前の敵機にやられかかっているというのに、これ以上ヤバいのが来られたら本格的に部隊は全滅だ。

 しかし、ソラの危惧は次のユウリの台詞によって、全く逆のものとなった。

 

「いいえ……これは、友軍機です!」

 

 ――言い切った瞬間、ソラを掴んでいた腕部へ、“何か”がぶつかった。

 

「ぐぅ……!? 何だ!?」

 

 握力が弱まったのに気付いたソラは全力で操縦桿とペダルを動かし、何とか敵機の拘束から逃れることに成功する。

 気づくと、敵機の近くに先ほどユウリが言っていた機体がいた。

 

「……は?」

 

 機体を見て、ソラはそんな間抜けな声を漏らした。

 今の連邦の機体配備状況的に、ソラの目の前にいる機体は“何でいるのか”と首を傾げるレベルだからだ。

 そんな機体から通信が入る。

 

「……機体の調子は? 問題ないですか?」

 

 女性の声だった。しかも声の感じからして自分たちと近い年齢。

 

「だ、大丈夫……です」

「それは良かった。ならば後退してください。見たところかなり機体にガタが来ているようだ」

 

 ようやく敵機も今現れた機体に気づいたようで、意外そうに声を上げた。

 

「ほう……。随分珍しい機体が現れたな」

「……良い機体ですが、乗り手が少ないのが難点です。カームス・タービュレス少佐」

 

 カームス、それがあの敵パイロットの名前のようだ。

 

「そういう貴様は……ああ、知っている。最近教導隊のメンバーが増えたとは聞いていたが、まさかこんな所に出張ってくるとはな」

「ええ、まあ。色々な理由があるのですよ」

「い、一体、誰……ですか……?」

 

 何だか妙な言葉遣いになりながらも、ソラはその機体へ訪ねた。すると、女性は淡々と事務的に返答する。

 

 

「――地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊、ライカ・ミヤシロ中尉です。……援護を。私があの特機もどきを制圧します」

 

 

 そう言い切り、ライカ・ミヤシロは機体――《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》のカスタムタイプの左腕部に装備されたプラズマステークを起動させた。……心なしか、ソラが知るプラズマステークより一回り二回りも大きく見えるのは気のせいでありたいと思いたい。

 

「やはりか! 貴様は知っているぞ、元ガイアセイバーズ!」

 

 カームス機の左手が固く握りしめられ、一つの鉄塊と化した拳をライカ機へ振るう。

 

「は、はぁ!?」

 

 右にも左にも避けず、ライカ機が選んだ選択は“突撃”だった。

 背部バックパックのスラスターユニットに火が入った次の瞬間には、ライカ機は一つの弾丸となり、カームス機の拳を――真っ向から迎え撃った。

 

「……やはり質量差は覆せないです、か」

「なんという……! 僅かとはいえ、このツヴェルクと拮抗するとは……!」

 

 拳とステークが真正面からぶつかると、そこから衝撃が生まれ、下の海が大きく揺れた。最初こそ拮抗していたが、徐々に拳の方が勝り始める。

 それを冷静に理解したライカ機が一瞬で後退し、ツヴェルクの背後を取るように旋回を開始した。その間にM90アサルトマシンガンを放ち、ツヴェルクを縫いつけていた。

 

「後ろ……!」

「読めているわ……!」

 

 背後を取ったライカ機が、再び恐ろしいほどの加速力で接近する。

 しかし、それに気づいていたツヴェルクの右肘裏のブースターが作動し、通常の数倍近いスピードでの方向転換を終えた。真っ直ぐ直進しているライカ機が今から停止して、避けるのは不可能。

 そう、ソラは思っていた。

 

「……そう来ますよね、やはり。ですが――」

 

 その場に居た全員が目を疑っただろう。

 直進するライカ機の全身のスラスターが瞬間的に吹き上がり、ライカ機がそのままの速度を維持して螺旋を描くような横転――いわゆるバレルロールを繰り出したのだ。

 今度こそ本当に……背後を取った。

 

「何と……!!」

「――その対応を待っていました」

 

 右腕部の大型プラズマステークが起動し、今までで一番の速度で突撃したライカ機はツヴェルクの背部へプラズマを叩き込んだ。

 一発、二発、三発。

 

「くぅ……! 所詮八割の完成度か……!!」

 

 次々に爆ぜるプラズマを喰らってもなお、ツヴェルクは動けていた。

 ソラはひたすらゲシュペンストのパイロットの技量に戦慄していた。この《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》よりも性能が劣る《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》のカスタムタイプで自分達を――自分が及ばなかった敵を圧倒していることに。

 

「逃がしませんよ」

 

 ライカ機が追撃をしようとすると、ツヴェルクは眼下の海面へ胸部を向けた。

 

「流石に相手が悪かったか。今日は退散をさせてもらう。……()()()()()()()()()

 

 嫌な予感がしたソラが施設の方を見ると、一機の戦闘機が飛び出していった。

 

「……なるほどやられました。貴方は囮でしたか」

「そういうことだ」

 

 ツヴェルクの胸部から高エネルギー砲が発射された。

 海面に着弾すると、そこから巨大な水柱が立ち上り、水柱が収まった頃には、既にツヴェルクの姿は無かった。シンとする戦闘空域。その無音が、戦闘の終わりを告げている。

 それに安心してしまったのか、ソラの身体に、一気にストレスがやってきてしまった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「そ、ソラさん!? 大丈夫ですか!?」

「ソラ! ったく世話の焼ける……!」

 

 薄くなる意識の中、最後に見たのはピュロマーネとオレーウィユのカメラアイであった。



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第七話 亡霊を駆る者

「……はぁ」

 

 ソラは輸送機の中でぼんやりと外を見つめていた。

 カームス・タービュレスとの戦いの直後、意識を失ったソラは施設の医療スペースで目を覚まし、ラビーから護衛任務失敗を告げられた。

 基地の中に内通者がおり、カームスに注意を向けられていた隙に、施設内のデータの一部を持って行かれてしまったというのが、事の顛末。……試合に勝って、勝負に負けたとはまさにこのことだった。

 

「……何ため息吐いてんのよ?」

 

 隣に座っていたフェリアがそんなソラを見て、呆れた表情を浮かべる。

 

「ため息吐きたくなるときだってあるんだよ」

「お、落ち込まないでくださいソラさん! 敵が一枚上手だった、それだけのことですよ!」

 

 ユウリが精一杯フォローしてくれる姿に、ソラは一瞬天使を見たが、それを口にするテンションでもなかった。

 思い返せば、相当に運が良かったと思う。特機紛いの敵を相手に、今こうして五体満足で帰還しようとしているこの状況がいまだに信じられない。

 それもこれも全てあのゲシュペンストのお陰――そこまで思ったところで、ソラはふと気づいた。

 

「そうだ。あのゲシュペンストのパイロットに礼を言わなきゃ……」

「ああ、あの……。そう言えば貴方、助けられたものね」

「そうなんだよな。すぐに礼を言いてえけど、……まあ、この輸送機に乗っているなんて奇跡――」

 

 

「すいません。ここ座ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 黒に限りなく近い赤髪の女性が、そう言ってソラ達の向かい側の席を指さした。その声に物凄く聞き覚えのある三人は、思わず顔を見合わせた。

 アイコンタクトを数度したあと、代表して、ソラが思い切って聞くことになった。

 

「あ、あの~。違ってたらすいませんが、もしかして貴方、あのゲシュペンストのパイロットの……」

「はい。ライカ・ミヤシロ中尉です」

 

 有無を言わさず、すぐにライカを座らせた三人。自ずと三人が向かいのライカを見つめる形となった。

 

「お、俺! あの野郎……カームスの機体に掴まってたソラ・カミタカ少尉です! あの時は本当にありがとうございました!」

 

 そう言い、ソラはライカへ頭を下げた。すると、ライカはすぐにソラの頭を上げさせた。

 

「いえ……。間に合って良かったです。あの機体じゃなければきっと……」

 

 機体、という単語にいち早く反応したのはユウリであった。

 

「あの、中尉! あのゲシュペンストって、ハロウィン・プランに基づいて開発されたMk-Ⅱ改ではない……ですよね?」

「ええ。バージョンアップ前のゲシュペンストです。……総合性能で語るなら流石に現行のヒュッケバインシリーズには負けますが、足回りでは負けていません」

「で、ですよね! さっき軽く試算してみたんですけど、現在ある機体であの加速力と勝負できるPTと言えば、ATXチームのアルトアイゼン・リーゼくらいですもんね!」

 

 ライカの説明を受け、ユウリにスイッチが入ったようで、小型携帯端末を取り出し、その計算結果をライカに見せだした。

 その画面を見たライカは満足そうに頷く。

 

「素晴らしい分析力です。私の機体――シュルフツェン・フォルトは最小の隙へ最大の一撃を加えることに特化した性能となっています」

「な、何てスタイリッシュな機体……! 痺れますぅ~!」

 

 盛り上がっているライカとユウリを見て、ソラは隣のフェリアへ助けを請うような視線を向けた。

 

「……なあフェリア。俺が見ているユウリは誰だろうな……?」

「彼女、結構なメカ好きなのね」

「いやいや。それで済ませられるような感じじゃねえぞ。何だよあのテンションの上がり具合」

「それよりも、私はライカ中尉の方が気になるわ」

 

 ソラとフェリアのやり取りが聞こえたのか、ライカが自分を指さした。

 

「私、ですか?」

「はい。ソラを助けた時の戦闘をずっと見てましたが、あんな動きをしていたら、中尉に掛かる負担が相当なものと思われるのですが……」

「あ、それ俺も思いました! 何か操縦の秘訣とかあるんすか?」

 

 そうですね、と考え込むライカ。考える事数十秒でライカは顔を上げた。

 

「保険ですね」

「……保険?」

「ええ。特に、傷害関係の保険に沢山入っておくと、安心して操縦できます。あの機体に乗れば、大抵身体のどこかがおかしくなっているのでとても助かっていますよ」

 

 さらりと言うが、乗っている機体がどれほど危ないシロモノかソラでも理解できた。

 ユウリに正直どれくらいライカの機体が危険か聞いてみると、暗い笑みを浮かべて、“ソラさんは丸腰で最大速度の戦闘機にしがみついていられますか?”と逆に聞かれてしまった。

 ……どうやら自分の想像以上にヤバい機体だったらしい。というか本当に《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》の方が性能が上なのかと疑ってしまった。

 

「ら、ライカ中尉ってお幾つですか……?」

「私ですか? 最近誕生日を迎えたので、今は二十二歳ですね」

 

 ソラは思わず、目の前が真っ暗になりそうであった。

 自分とそう歳が変わらないというのに、あれだけの機体の乗りこなし、あれだけの敵と互角以上に渡り合えたという事実に、ソラは愕然とした。

 だがフェリアはその他の事実に驚いたように目を見開いていた。

 

「それでもう教導隊入り……ですか」

「教導隊入りは少し特殊な事情があったので、実力では無いですよ」

「いやいや。君の実力は聞いているよ、ライカ・ミヤシロ中尉」

 

 そう言って、背後からラビーが歩いてきた。

 ライカとラビーが互いに品定めをするように視線を交差した後、ラビーの方から切りだした。

 

「……武装が大きければ強い、推力を上げれば早い。機体がパイロットに合わせるんじゃない、パイロットが機体に合わせる。……君の乗っていた機体を見て、確信したよ。メイシールは元気のようだな」

「メイトをご存じで?」

「ああ。マオ社時代の同期であり、宿命のライバルだ。相変わらず馬鹿げた兵器を作っているようだな」

「ええ。奇天烈な兵器しか作っていませんよ。何度殴り飛ばしてやろうかと真面目に悩んだくらいですからね」

 

 ライカの返しに、ラビーは腹を抱えて笑う。それはソラたちが今まで見たことのない姿であった。

 

「はっはっは……いやー笑わせてもらった。パイロットにそう言われてしまえばお仕舞だな」

「それすらメイトは喜んで受け入れるでしょうね」

「違いない。いやはや、メイシールは嫌いだが、君は気に入ったよ」

「光栄です」

「光栄ついでに聞きたいのだが、君の目から見て、ここにいる三人はどうだった? あの時の状況は衛星カメラを通して、君の機体にも送られていたはずだ」

 

 あまりにも唐突な質問に、ソラとユウリは勿論、フェリアまでもが姿勢を正してしまった。

 ラビーの目に冗談や嘘と言った類いはなく、真にライカからの評価を聞きたがっているように見受けられた。そう判断したライカは、制服の内ポケットから縁なしの眼鏡を取り出し、それを着用する。

 

「そうですね……。ではまず、そこの金髪の貴方。えっと……」

「フェリア・セインナート少尉です」

「フェリア少尉は、視界の広さと状況に合わせた火器選択のセンスが良かったです」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、フェリアはライカからプイと顔を背けてしまった。耳まで真っ赤だったので、これは相当照れているなと、いつの間にか判断がつくようになってしまうソラである。

 

「ですが、ややスタンドプレーに走るように見受けられました。折角視界を広く取れるので、連携を意識すると更に伸びると思います」

「は、はい!」

「それで、次は茶髪の……」

 

 ライカに言われ、ユウリは元気よく手を挙げた。

 

「ユウリ・シノサカ少尉です!」

「ユウリ少尉は、一番操縦が丁寧でしたね」

「え、えええ!? そうですか!?」

 

 ライカの評価が意外だったのか、当の本人はもちろん、ソラとフェリアまでもが彼女の方を見てしまった。

 ライカによる補足説明が始まる。

 

「私の見落としが無ければ、ユウリ少尉は明確な牽制目的以外の射撃は全て当てています。一見地味ですが、これは実に驚異的なことなんですよ。己に与えられた役割をしっかりとこなしつつ、前線もやれる。これは支援を担う者としては理想だと私は思います」

 

 手放しの賞賛に、目の前のユウリは既に気絶しそうになっていた。

 ソラも思い返してみたが、確かに射撃を外しているのはあまり見たことが無い。

 

「す、すげえなユウリ」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしその分、位置取りの甘さが目立ちましたね。こと戦闘に置いて、上か下、左か右かは重要な要素になります。それが改善されるともっと伸びます」

 

 そう締め括ったライカが、ついにソラの方へ顔を向ける。ごくり、と喉が鳴った。

 他の二人があれだけ高評価だったのだ、自分も……。

 そんな考えは次の一言で一気に吹き飛んだ。

 

「最後のソラ少尉は……そうですね、上手い下手以前にまず操縦に不慣れな様子が見受けられたので、そこからですね」

「なあっ!?」

 

 隣のフェリアが噴き出した瞬間を、ソラは決して見逃さなかった。

 後で決闘を申し込んでやろうと思いながら、ソラは自分に与えられた評価を何とか呑み込もうと、精神を擦り減らし始める。

 だが、ソラはライカの観察眼を甘く見ていた。

 

「……ですが、あの思い切りと判断力は素晴らしかったです。これからの経験次第でしょうが、恐らくソラ少尉の戦闘スタイルは私と似たようなものになるでしょう」

「ま……マジっすか?」

「マジっす」

 

 思わぬ評価を受け、ソラは思わず立ち上がって、ガッツポーズをしていた。自分にはこんなに素晴らしい先輩と同じになれるかもしれない、そんな思いが溢れ出す。

 そんな夢心地を一蹴するのは他でもないラビーであった。

 

「ふむ。やはり君の観察眼は素晴らしいな。こうも的確に長所と短所を引っ張り出せるとは」

「……たまたまですよ。人に教える回数が多いので、自然とそんなところしか見れなくなったんです」

「そんなライカ君に相談なのだが、しばらく第五兵器試験部隊(ウチ)へ戦い方を教えてはくれないだろうか?」

 

 今日のラビーは本当に予想外のことしか言わないな、というのがソラたちの統一意思である。

 だけどソラとしては願っても無い瞬間だった。操縦技術は言うまでもないし、階級が下の者を見下すことなくあくまで同じ目線で話してくれるその度量。

 そして一番は何と言っても……。

 

(良く見れば滅茶苦茶美人じゃねえか! こんな人に教えてもらえるとか何のご褒美だよ!!)

 

 “可愛い”ことである。

 フェリアやユウリとはまた違ったタイプで、クールビューティーという称号が相応しい。

 

「私……ですか? 他に相応しい人はいると思うのですが……」

「いえ! 俺はライカ中尉に教えてもらいたいっす!」

 

 ここで逃がして堪るものかと、ソラは土下座でもしかねない勢いで頼み込んだ。気持ちの大小こそあれど、フェリアとユウリも同意見のようだった。

 そんな三人の姿を見たライカは、しばしの黙考の末、ついに首を縦に振る。

 

「私でどこまで出来るか分かりませんが、やれるだけのことはしましょう」

 

 こう見えて、案外押しに弱いライカであった。

 ソラたちの影で、計画通りとばかりに邪悪な笑みを浮かべるラビーがいたとかいなかったとか……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カームスと整備兵は共に、格納庫に佇むツヴェルクを見上げていた。

 

「まだ慣れてない機体とは言え、珍しいですね。少佐が遅れを取るなんて」

「そういう時もある。それでパーツが届いたということは、ようやくこのツヴェルクが本調子になるということで良いんだな?」

「ええ。フィールド発生装置のテストも終わったので、このツヴェルクがまた一段と固くなります」

 

 両腕部に、小型の装置が取り付けられている最中のツヴェルクを見ながら、カームスは整備兵の話に耳を傾ける、

 

「なるほど。ではこれで次は……」

 

 そこまで言ったところで、カームスは背中に“何か”が乗ってきた感触を感じた。

 

「カームスお帰り!」

「リィタか。大人しく待っていたか?」

 

 カームスの背中から飛び降りたリィタは、何度も首を縦に振る。

 

「うん! ちゃんと待ってた!」

「そうか、それは偉いな」

 

 そう言って、カームスはポケットからいつもの金平糖を取り出し、リィタに食べさせた。

 幸せそうに口を動かすリィタを見ながら、これからの戦いへ少しだけ苦い感情をにじませる。

 そんなカームスに気づいているのかいないのか、金平糖を食べ終わったリィタが彼の顔を覗き見た。

 

「ね? なんで嬉しそうなのに、苦しそうなの?」

「……苦しそう、か。きっと腹でも痛いんだろうな」

 

 そんな冗談でも、リィタは真に受け、泣きそうになっていた。

 

「ええっ! 大丈夫なの!?」

「ああ。それよりも嬉しいことがあってな。連邦の奴に二人、面白い奴を見つけられた」

「二人も!? わぁ、カームスが誰かを気に入るなんて珍しいね!」

「俺もそう思うよ。一人は単純に俺と互角以上にやり合える奴、もう一人は……そうだな、ガッツはある奴だ」

 

 まだ見ぬ二人を思い浮かべているのか、リィタの表情は実に楽しげであった。

 

「リィタも会ってみたい! ね、良いでしょカームス!?」

 

 カームスは整備兵へ視線を送った。

 

「大丈夫です。PDCシステムと搭載機体の調整も完全終了しました」

「なら、次の威力偵察はリィタ。お前に行ってもらおう。くれぐれも無理はするな」

「うん! 任せて!」

 

 そんなリィタの意志を受けたように、いつの間にかツヴェルクの隣に立っていた濃紺の《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》のカメラアイが光ったような気がした。



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第八話 少女、襲来

「君の機体の調整がそろそろ終わりそうだ」

「ようやくっすか!」

 

 伊豆基地に帰還した直後に言われた台詞である。これにはソラも歓喜である。

 ラビーは口に咥えた煙草をプラプラさせながら、言葉を続けた。

 

「機体自体はとっくに出来ていたが、肩の装置と手持ち武器がどうも上手いことフィッティングしなくてね。それに時間を喰った」

「よし……ようやくこれで俺も念願の新型に……!」

 

 ソラの興奮は、後ろから掛けられた声によって、物の一瞬で冷めてしまった。

 

「残念ですが、すぐにソラを新型に乗せる訳にはいきませんね」

「ら、ライカ中尉!?」

 

 縁なし眼鏡を着用していたライカがそう言って、“三十三冊目”と書かれた何やら相当使い込んでいる分厚い手帳を取り出す。

 真ん中あたりのページを開き、そこに軽く目を通すと、何らかの確信を得たかのように頷いた。

 

「ラビー博士から新型のスペックを見させてもらいましたが、……恐らく今のソラでは扱い切れないでしょう」

「な、何ぃー!?」

 

 死刑宣告とも取れるライカの言葉に、思わず一歩下がってしまったソラ。あまりにもショックすぎて、いつの間にか呼び捨てになっていることには気づいた様子もない。

 ライカの後ろにいたフェリアがフン、と鼻を鳴らす。

 

「当たり前でしょう。この間の実戦はたまたま運が良かっただけよ。機体性能よ、機体性能。……いつまでもそんなんじゃあのカームスって人に一泡吹かせてやれないんじゃないの?」

 

 フェリアの言うことは最もだった。

 扱う人間が未熟なら、どんな名剣もただの漬物石となってしまう。新型という“ご馳走”に釣られてもう大事なことを忘れる所だった。

 ソラはすぐに気を引き締めなおす。

 

「た、確かにそうだな。ライカ中尉! そういうことですので、よろしくお願いしまっす!」

「ええ。ではすぐに……と言いたいところですが、今日はこのまま別の輸送機に乗って、基地から離れた演習場に行こうと思います」

 

 それに関して付け足すことがあるようで、ラビーが一歩前に出た。

 

「私から補足説明するとだな。本来ならライカ中尉はこの後、私達とは違うPT部隊の仮想敵(アグレッサー)を務めることとなっていたが、私が先方と掛け合って明日にズラしてもらっている。なので、今日は君達の訓練を見て、明日にその部隊の仮想敵になる、というスケジュールだ」

 

 さらっと言うが、ラビーの言っているライカのスケジュールがとてもハードなものくらいソラでも分かった。

 しかしその辺の事は全て心得ているようで、ライカはただ頷くだけである。たまらず、ユウリが非常に言いにくそうに言及する。

 

「だ、大丈夫なんですかライカ中尉……?」

「ええ。むしろ上司の無茶ぶりがない分、とても良い骨休みになりますよ」

 

 ライカの上司は日頃どんなことを言っているのだろう、とソラたちは思ったが、それを誰も口にすることはなかった。

 

「とまあ、そういうわけだ。ソラ君の機体は既に向こうに送っているので、現地に着いたら早速テストだ」

「はいっ!」

 

 そうこうしている内に、ラビーの元へ演習場行きの輸送機の準備が整ったという連絡が届いた。

 まだ見ぬ新型への憧れを胸に抱き、ソラたちは輸送機の元へ歩き出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「着いた! ラビー博士、早速俺の機体を!!」

 

 演習場へ到着してすぐに、輸送機から飛び降りたソラはラビーを手招きするが、当の彼女はマイペースに歩を進める。

 

「まあまあ、落ち着きたまえソラ君。機体は逃げはしないよ」

 

 演習場のフィールドはこの間の実戦のように、海一色では無く、見渡す限りの陸。水中戦などの心配をすることがないのは嬉しかった。

 テスラ・ドライブ搭載機がメジャーになり、地上戦や水中戦から空中戦がメインとなりつつあるこの時代、ソラはシミュレーションでしか水中を経験したことが無い。

 ――いつぞやのフェリア戦が脳裏を過る。

 

(大丈夫……。もう俺はあの時の俺じゃない……はず!)

 

 ラビーがソラの元まで歩いてきたところで、輸送機のハッチが開いた。

 ソラ以外は輸送機に機体を持ってきていたので、これから徒歩で格納庫まで向かう。

 

「待たせたな。それでは一足先に格納庫へ向かうとしよう」

「了解っす」

 ラビーとソラは先に行くべく、移動用の車に乗り込み、エンジンを掛けた。

 

 ――瞬間、演習場に警報が鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

「落ち着け。ふむ、何者かが演習場へ近づいているようだ」

 

 いつの間にか手にしていた携帯端末で状況を把握したラビーが、淡々と事実を告げる。空を見上げると、演習場の防衛部隊だろうか、複数のAMが出撃していた。

 ソラの表情にまだ焦りがあった。経験不足故に、まだこういった状況に慣れていないのだ。

 

「誰かは知らんが、運が良い。ライカ中尉がいるし、問題ないだろう」

 

 その言い方に、ソラは思わずラビーの方を見た。

 

「ラビー博士、ずっと思ってたんですけど、ライカ中尉ってどうして有名じゃないんですか?」

「と、言うと?」

 

 何の気なく言った一言をそう聞き返されてしまったので、思わずソラは頭を掻く。

 そうですね、と頭の中で纏めながらソラは喋る。

 

「あれだけ敵のエースと互角にやり合えるような人、鋼龍戦隊以外にあまりいないじゃないですか。それなのに、俺はライカ・ミヤシロのラの字すら聞いたことがないんすよね。それが不思議で……」

 

 そこまでソラが言ったところで、ラビーは突然笑い出した。

 何で笑っているのか見当も付かないソラは、とりあえずラビーが落ち着くまで待つことに決めた。

 

「いやはや……。そうだな、そう言われれば不思議だな」

「だ、だったら何で笑うんすか……?」

「いやすまない。単純に面白かったからだ。……それで、ライカ中尉の事だったな。一言で言うなら、彼女はそういうタイプじゃないんだ」

「タイプ……?」

「ああ見えて、彼女はDC戦争から封印戦争までの全てを経験しているパイロットだ」

「そ、そんな昔から……!?」

「ちょっと経歴を調べたから間違いない。それで、彼女の名が浸透しない理由は大きく言うとたった一つ。彼女があまりにもPTパイロットだからだ」

 

 突然国語の問題が出されるとは思っても居なかったソラは、一瞬何も言えなかった。

 ソラのリアクションが意外だったのか、逆にラビーが首を傾げている。何か言い返したかったが、その理由を聞いてすぐに頷ける人こそがきっと真の意味での一流なのだろう、ということでソラは無理やり納得した。

 

「す、すいません。意味分かりません」

「彼女はPTが好きなんだよ。余計な事を考えず、ひたすら機体と付き合い続けられる。……それこそ、周りからの評価すら考えずにな」

「つ……つまり、ライカ中尉は富や名声に興味はないっていう方なんですか?」

「ああそうそう。実に分かりやすい例えだなソラ君。だから彼女の行動には裏表がなく、自分の心のままに動いている。そもそも目立つ気はないんだろう」

「すごいっすね、ライカ中尉は……。俺だったら、きっと目立ちたくてしょうがないですよ。というか、周りに認められたいって願望があります」

「それが人間と言うものだ。そういう訳で、彼女にエースという単語は似合わない」

「だったら何て言うんですか?」

 

 プラプラさせていた煙草を口から取り出し、それでソラを指さした。

 

 

「そういう類の人間をきっと、“ベテラン”って言うんだよ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「フェリア、ユウリ、二人は私のバックアップを頼みます」

 

 ライカからの映像通信に頷き、フェリアはピュロマーネの武装チェックを開始する。M950マシンガンが二丁、レクタングル・ランチャーが二丁、両腕部の三連マシンキャノンに両脚部の三連ミサイルポッド。最後に背部のビームカノンと、武装の積み忘れがないことを確認し終わると、フェリアはユウリへ通信を入れた。

 

「ユウリ、機器は問題ないかしら?」

「はい。問題ありません。周囲の索敵も終わったのですが……」

 

 歯切れの悪い回答に、フェリアは首を傾げた。送られてきた結果を見て、その理由が分かった。

 

「どういうこと……? 一機?」

「他に伏兵もなさそうですし、決まりのようですね。とりあえずここの防衛部隊の対応を見守りましょう」

 

 既にAM部隊は侵入者の元まで辿りつき、包囲を終えているようだ。

 可視領域までやってきたフェリアは早速ピュロマーネのカメラで映像を取得する。

 

「え……?」

 

 ライカも映像を獲得したようで、すぐさま仮説を立てはじめていた。

 

「これは……鹵獲機か、あるいは横流しされたものか……。いずれにせよ、叩けば埃がたっぷり出そうですね」

 

 防衛部隊の一機が、正体不明機――濃紺の量産型ヒュッケバインMk-Ⅱへ通信を送る。

 

「止まれ! 直ちに武装解除し、貴官の所属、姓名、及び目的を明らかにしてもらおう! これ以上不穏な動きを見せるならば、発砲も辞さない」

 

 対する正体不明機は武器を持っていない左手をプラプラと遊ばせる。

 

「どこ……? カームス、言っていた、二人……」

 

 AM部隊はおろか、フェリア達にも衝撃が広がった。

 声の感じからして、あの濃紺の機体のパイロットは明らかに“少女”が乗っていたからだ。通信を送った機体が再度、通信を送る。

 

「こ、子供……? 何でそんなモノに? ……ええぇい、とりあえず君、その機体を着陸させられるか? 色々話を聞きたいんだが……」

 

 そう言って、近寄り始めた機体を見て、フェリアは謎の少女の言葉を思い返していた。

 

「……カームス? っ!? ライカ中尉! 今、あの子カームスって――」

 

 既に目の前にいたライカの機体が消えていた。

 

「カームス、言ってた。怪しい奴、すぐ落とせ、って」

 

 少女の機体の左袖口からプラズマカッターらしき柄が飛び出た。

 スローモーションのように見えていたフェリアはすぐにライカの後を追う。通信を送った機体も彼女の敵性行動に気づいたのか、後退しようとするも、恐らく間に合わない。少女の機体に握られた幅広のプラズマカッターが、迂闊に間合いに入ってきた機体のコクピット目掛け、閃いた。

 

「間一髪……!」

 

 だが、ライカの機体が紙一重で間に合った。

 左腕部のクローに纏わせたビームで、コクピットへ向かう少女のプラズマカッターを防ぐことに成功した。

 

「あ……、この人、か」

 

 少女が何かを見つけたように、呟いた。

 瞬間、濃紺のヒュッケバインはライカ機を蹴り飛ばす。

 

「ライカ中尉! 行くわよユウリ!」

 

 その光景を目にして、ようやく状況を呑み込めたフェリアはユウリを連れ、ヒュッケバインの元へ向かう。

 明確な敵対行動に、AM部隊もヒュッケバインへの攻撃を開始する。

 早速フェリアは二丁のM950マシンガンで敵を攻撃すべく、ロックオンを開始する。

 

「ここ……!」

 

 幸い、今ライカが敵を釘付けにしているおかげで冷静に狙いを絞れる。

 レティクルがヒュッケバインのテスラ・ドライブへ重なった瞬間に、トリガーを引いた。

 

 ――あ。当たらない。

 

 刹那、何故か客観的にそう思えてしまったフェリア。その予感は、早速当たることとなった。

 

「えっ……!?」

 

 トリガーを引いたと全く同じ瞬間に、射線上からヒュッケバインが消えていた。

 

「まず……一機」

 

 見たことのないデザインのビームライフルがAM部隊の一機へ向けられる。そこから放たれた太いビームは、回避行動をしたはずの味方機のコクピットを正確に射抜いた。

 

「なっ、嘘でしょう……!?」

「フェリアさん、気を付けてください。あのヒュッケバイン……見た目は少ししか変わっていませんが、中身がかなり違っています……!」

「あの四つの大きなスラスターユニットでお腹一杯よ……!」

 

 そう吐き捨て、フェリアは濃紺の量産型ヒュッケバインMk-Ⅱを見た。

 

(まずは冷静に敵を見る……)

 

 背部のバックパックが無く、代わりに四基の大型スラスターユニットとテールスタビライザーが組み合わされたモノに換装されている。

 手持ちの武装はメガ・ビームライフルとはまた違うタイプのビーム兵器らしい。威力はメガ・ビームライフルを凌駕している。先ほどのプラズマカッターもどちらかというと、カッターというよりソード。

 

(どちらかと言うと、運動性能に力を入れたカスタムのようね。私の機体では追いつけないだろうけど、ライカ中尉のゲシュペンストなら追いつけるはず。ユウリと協力して囲んでいけば……!)

 

 いつまでも好き勝手させられない。

 こうしている間に、既に三機落とされている。

 あれだけ集中砲火を浴びせているのに、いまだ弾丸一発当てられていなかった。ライカがマンツーマンで抑えているにも関わらず、そのライカをやり過ごして周りの被害を広げていくヒュッケバインに正直戦慄を覚えた。

 

「……この敵、動きの割には敵意が無邪気すぎる……!?」

 

 そんな中、ライカ機はやはり別格であった。

 攻撃こそ当てられていないが、逆に攻撃にも当たっていない。隙を見て、フェリアとユウリが援護射撃をするも、元から分かっていたように攻撃を回避していく。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「ユウリ? どうしたの?」

 

 ユウリの呼吸が必要以上に荒かった。

 あの凄まじい体力を持つユウリがこんなに息を荒げるのはまずない。もう一度聞いてみると、ユウリはポツリポツリと呟いた。

 

「何です……か、この不思議な感覚……? あのヒュッケバインのパイロットと指を絡ませているような……そんな……!」

 

 ライカ機の右ストレートを避けたヒュッケバインの視線が一瞬、ユウリのオレーウィユへ向いた気がした。

 

「誰……? 私に、触らないで……!」

 

 少女がそう言った直後、ヒュッケバインはオレーウィユへ狙いを変えた。先ほどの大威力のビームでは無く、小さなビームの弾丸がオレーウィユへ降り注ぐ。

 どうやら状況によって、単発大威力のビームと、連射可能な低威力のビームに切り替えられるようだ。避けられず、ビームはオレーウィユの脚部や盾にした左腕部へ襲い掛かる。

 低威力なのですぐに爆発することはなかったが、やがてそれが溜まりに溜まり、脚部から火を噴いた。

 

「きゃあああ!!」

 

 バランスを崩し、高度を落としていくオレーウィユを見て、フェリアは急いでピュロマーネの速度を上げる。

 

「ユウリ!」

「まずい……!」

 

 だがピュロマーネは遅かった。ヒュッケバインはビームライフルをオレーウィユのコクピットへ誤差なく向けた。

 

「私に触っちゃ……やっ!」

 

 放たれた高威力のビーム。だが、そのままコクピットを蒸発させるかと思われたビームの前に立ち塞がる機体があった。

 

「っ……!」

 

 ライカ機が間一髪のタイミングで、オレーウィユを掴んで離脱することに成功したが、その代償は大きかった。

 

「……スラスターユニット損傷ですか」

 

 ライカ機の左のスラスターユニットが溶けており、もはや稼働は期待できない。ようやく射程距離にヒュッケバインを収められたフェリアが持ち替えたレクタングル・ランチャーをありったけ放つ。

 そのどれもが当たることはなかったが、距離を離すことには成功した。

 

(まずい……このままじゃ……!)

 

 予想しうる最悪のシナリオを思い浮かべ、フェリアは背筋を凍らせる。

 

 ――凶鳥。

 

 現在戦場に降り立っている濃紺の機体は、まさにそれを体現していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ユウリ! ライカ中尉! フェリア!!」

 

 ソラとラビーが格納庫に辿りついたのは、ライカ機のスラスターユニットが破壊された瞬間であった。車を乗り捨てたソラはすぐさま格納庫の一番奥を目指し、走り出そうとするが、ラビーに止められた。

 

「待て! 敵は想像以上にやる。そんな敵に、不慣れな機体で立ち向かうのは得策ではない! 応援要請はしているんだ。君は待機を――」

「していられるか!! 今、俺の目の前で仲間が死のうとしているんだ! そんな悠長な真似は出来ない!」

「聞き分けろ! 君が行ったところで、無駄死にをするだけだ! 現実を見ろ!」

「そんな現実を見るぐらいなら、俺は皆を助ける空想に浸ってやる! 俺は出ますよ!」

「この……馬鹿!」

「それがどうした!? 馬鹿で皆の所へ行けるなら喜んで馬鹿になってやる!!」

「……ええぇい、ならもう止めん! その代わり、死ぬなよ!」

 

 格納庫の一番奥に濃いグレーの量産型ヒュッケバインMk-Ⅱが佇んでいた。

 ゴーグルタイプからツインになっているカメラアイ。一番目に付くのは大きくなった両肩部であった。……じっくりは見ていられない。

 ソラは昇降機を用いて、素早くコクピットへ滑り込む。するとラビーから通信音声が入った。

 

「あとは火を入れるだけに仕上がっている。……覚えておけ、戦場では不慣れなどという言い訳は通用しない。分かっているな?」

「分かっていますよ……! 博士、この機体の名前は?」

「刃走らせる者――ブレイドランナー。それが、ユウリ君でもフェリア君でもない、ソラ君。他でもない君が一番肌に馴染むはずの機体の名だ」

 

 操縦桿を握りしめ、ソラはメインモニターの向こうの戦場を見据える。大きな深呼吸を一つし、気合いと共にソラは叫ぶ。

 

 

「ソラ・カミタカ。量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“ブレイドランナー”、出る!!」

 

 

 闘志を纏い、刃走らせる者は戦いの空へ飛翔した――。



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第九話 刃走らせる者

「う、おおおおお……!!」

 

 予想以上の性能にソラは思わず声を漏らす。

 今まで乗っていたヒュッケバインがまるで玩具かと疑ってしまうような速度に、操縦桿を握るのが精いっぱいであった。しかし、この程度で辟易してはいられない。何せ相手はライカに痛手を与えた手練れ。むしろ操って物足りないくらいでなければいけない。

 決意を新たにしていると、ラビーから通信が入った。

 

「ソラ君、手短に武装の説明をするぞ」

「お願いします!」

「まずは両手首下にアンカーユニットがある。特殊素材で作っているので、多少無茶な使い方をしても大丈夫だ。また耐ビームコーティングもしているので、すぐに溶断はされない」

 

 機体の全体図がサブモニターに映されており、該当する箇所が光った。

 

「次は予備装備として両脇下にコールドメタルナイフが懸架されている。刃を頑丈にした上で、両刃に加工している。これも耐ビームコーティングをしているので、よほどのことが無い限り折れることはないだろう」

 

 これはありがたかった。

 武器の扱いの未熟さは自覚しているので、こういう無茶が出来そうな武装は本当に嬉しい。あとソラが気になっているのは臀部にマウントされた幅広の西洋剣型の武装。

 

「次に、その機体のメイン武装である『シュトライヒ・ソード』だ。ざっくり言うと、その武器は剣と銃の複合武装となっている。剣はそのまま使っても良いが、鍔から放出されるビームが固定されることで、強力な斬撃を可能とする。……鍔から下を変形させることでガン・モードとなり、短距離だが強力なビームを放つことが出来る」

「す、すげえ……! 無敵じゃないですか」

「ただし、それは本来刀身に固定されるはずのビームをあえて解放することによって、可能としているオマケだ。闇雲に撃てば、あっという間にエネルギーが枯渇する。使い所を誤るな」

「了解!」

「そして、最後だ。最後は――」

 

 ラビーの話を聞く前に、ロックオンアラートが鳴り響く。

 濃紺のヒュッケバインがこちらに狙いを付けたのだ。

 

「この、感じ……、そっか、この人が、二人目……」

「……二人目?」

 

 などと、言っていられない。容赦なく襲い掛かるビームの雨。しかし、かなり遠距離から放たれているので、大したダメージにはならなかった。

 

「カームス、言っていた、ガッツあるって、……見せて?」

 

 その発言を聞き、ソラは気づいた。気づいて、舌を鳴らす。

 

「こいつ、おちょくりやがって……! 今までのエグイ攻撃は何だったんだよ!?」

 

 戦闘映像を見ていたからこそ断言できる。このヒュッケバインは“遊び始めた”と。自分でも何とか避けられる程度に、ビームを放ち、回避する様を見ている。

 

「ソラ! 貴方、何やってんのよ! 早く逃げなさい! 一人じゃ無理よ!」

 

 フェリアから音声通信が入ってきた。

 余裕がないソラはやや怒鳴るように、返答する。

 

「逃げられるか! 奴は俺を狙いだした。ってことはそれまでの間は、何とかするための時間を稼げるってことだ。だから、逃げられねえ!」

 

 なるべく味方に流れ弾が当たらないような場所へ誘導しながら、ソラは武装パネルを開く。早速、シュトライヒ・ソードを試してみることにした。

 右手に持っていたシュトライヒ・ソードの鍔から下が折れ曲がり、銃の形に変化する。弾幕を避けながら、ブレイドランナーは敵機へ狙いを付け、引き金を引いた。

 ――瞬間、高出力の熱線が勢い良く放たれる。

 

「す、すっげえ威力……。フォトン・ライフルが豆鉄砲に見えるぜ……」

 

 当たらなければ意味が無い、というのはこの際置いておく。

 

「それ、だけ……?」

「まだだ!」

 

 すぐにソード・モードに戻したブレイドランナーはそのままの勢いで、ヒュッケバインへ斬り掛かった。

 まずは気合いと共に縦一閃。しかし振りかぶった時には既にその場所にヒュッケバインはいない。くるりと身を翻して避けた敵機の手には、プラズマソードが握られていた。

 

「落ち着け……落ち着いて、良く見ろ……!」

 

 操縦桿を引き、ブレイドランナーは首を狙った斬撃を避ける。すぐに来る二撃目も避け、その隙を突くようにシュトライヒ・ソードを振るった。

 

「……当たらない」

「しまった……!」

 

 がら空きの腹部を思い切り蹴り飛ばされ、ブレイドランナーは大きく距離を離されてしまった。地上に激突することはなかったが、代わりに山の斜面に背部をぶつけることとなる。

 

「げほっ! げほっ!」

 

 シート越しとは言え、かなり痛い。追撃をしてこないのは、情けか油断か。……十中八九、油断だろう。

 涙目になりつつ、ソラは一つの結論に達する。

 

(まともに攻撃していたら、いつかなぶり殺しにされるな……)

 

 幸いこの機体は思った以上に頑丈なようで、目立ったダメージはまだない。

 

 ――あの敵を仕留められる手札はある。

 

 シュトライヒ・ソードさえ当てることが出来れば、一撃……とまでは言わないが、それなりのダメージを与えられることが出来るはず。ならば、どうやってそこまで持っていくかが最大の課題。

 

(……せめてあの機体の動きが一瞬でも止まってくれたらな……)

 

 ふと、気になることが出来、ユウリへ通信を入れる。

 

「ユウリ、ちょっと聞きたいんだけど、あの機体と俺のブレイドランナー。どっちが早いか分かるか?」

「そ、ソラさん! 大丈夫なんですか!? 大分私達から離れていますけど!?」

「あ、ああ! 余裕だ余裕! だから、ちょっと教えてくれるか?」

「えっとですね……。速度に乗られたら向こうに追いつくのはちょっと難しいですけど、その前ならこっちが勝っています」

「……なるほど。ありがとな!」

 

 ユウリがまだ何か言っているようだったが、強引に通信を切り、これからを考える――前に、痺れを切らした敵が低威力のビームを撒き散らしてきた。

 

「うおっ!」

 

 すぐにその場から離れ、二回目のガン・モードによる射撃をし、距離を離す。

 

「碌に考え事もできねえ……! いや、落ち着け……周りを見ろ、周りを見るんだソラ……!」

 

 と言っても、平地と山があるだけ。万事休すかと思われたその時、ソラの脳裏に電流が走る。

 

「そう……だよな。そもそも真っ向に戦おうって考えが悪いんだよな……」

 

 敵の技量とこちらの技量の差は天と地ほどの差があり、これを埋めようとしたら今日明日の努力どころではない。

 そんな自分が、どうしてまともに戦おうとしていたのか。それに、とソラには明確な勝算があった。

 

(あいつが油断せず徹底的に攻撃していたら俺なんか今頃やられているはずだ。それがされていないこの時こそが俺の最大の攻撃チャンス……!)

 

 加速したブレイドランナーは縦や横、斜めなど様々な角度から剣を振るうも、それらは全て空を切る。

 

「もう……、飽きちゃった」

 

 ソラは敵へ通信を入れた。

 

「飽きただぁ……!? 何言ってんだ! この程度が俺の全てだと思うなよ!!」

 

 眼だけは良いソラは、素早く回避先へ左手首下のアンカーを射出した。

 

「やっぱり、その程度……」

 

 少し機体を動かしただけで、アンカーは先ほどソラがぶつかったのとは違う山へ刺さった。すぐにアンカーを引き戻すが、その隙を待ってくれるほど敵は優しくない。

 今度こそトドメを刺すべく、ヒュッケバインはプラズマソードを構え、ブレイドランナーへ接近する。後退するブレイドランナーは苦し紛れに、逆の手首下のアンカーを射出するも、あっさり避けられる。

 しかし、ソラの眼に絶望は無かった。むしろ――そう来ると思っていたまである。

 

「だああああ!!」

 

 途中でアンカー射出を停止してその根元を握り、重力に従おうとするアンカーをワイヤーごと振り回す。

 通信越しに、初めて聞く敵の焦り声が聞こえた。

 

「え……!」

 

 咄嗟にヒュッケバインは下がったが、先端のアンカーが手持ちのプラズマソードを弾き飛ばした。すぐに逆に持っていたビームライフルの銃口を向ける。その前に……間にあった。

 ソラはようやく戻ってきた逆のアンカーに刺さっていた“目当ての物”を見て、少しだけ安堵する。

 ブレイドランナーはソレをヒュッケバインへ投げつけた。

 

「きゃっ……!」

 

 敵から見れば“何も手に持っていなかった”から無理もないだろう。その結果は“成功”。

 一本の樹が、見事ヒュッケバインのカメラアイに直撃した。最初に射出したアンカーはヒュッケバインに突き刺すためのものではなく、山に生えている樹を狙ったものであった。

 

(まさか敵の戦法を真似するなんてな……。ま、仕方ねえよな……!)

 

 このアイディアの元は、憎きカームス・タービュレスだった。

 潰したリオンを質量弾代わりに投げつけていたのを見て、そこそこ重い物があれば同じことが出来ると思い、イチかバチかで実行に踏み切ってみたのだ。もし敵が用心深く、かつ油断なく戦っていればこんな手に引っかからなかっただろう。

 ともかくこれで、念願は叶った。

 

「素人舐めんなあああ!!」

 

 アンカーをヒュッケバインの肩へ打ち込み、一気にワイヤーを巻き取る。頭部のバルカン砲で迎撃をしてくるが、ソラは当たる寸前、武装パネルからとある装備を起動させた。

 瞬間、ブレイドランナーの両肩部が展開し、機体前方に青いフィールドが発生する。

 

「ガーリオンの肩っぽいと思ったらやっぱりか……!!」

 

 この“盾”こそ、ラビーが説明し損ねた装備――『(ティードットアレイ)フィールド』であった。フィールドはバルカンの弾丸を次々に弾いていく。想像以上の防御力。その瞬間、ソラはこの機体の特性を理解した。

 

(加速力とこのフィールドを活かして、相手に痛打を与えるのがこの機体――ブレイドランナー。落とさせてもらうぜヒュッケバイン……!!)

 

 しかし、強固な盾はいつまでも存在し続けられる訳ではなかったらしい。

 

「な……!? もう展開終了だと!?」

 

 僅かな時間の展開の後、フィールドが消えてしまった。一瞬動作不良を疑ったが、エネルギーチャージを再開したところを見ると、どうやらしっかり作動したらしい。たったのこれだけの展開時間とは思わなかったので、ソラは一瞬眉を潜めたが、言及するのは目の前の難敵を乗り越えてから。

 どのみちヒュッケバインとは目と鼻の先なので、少しのダメージは覚悟の上。ブレイドランナーがシュトライヒ・ソードを構えると、刀身を覆うようにビームが発生した。

 すると、ヒュッケバインがいつの間にかプラズマソードを握っているのが見えた。こちらの意表を突くため、予備を温存していたのだろう。

 

 しかし――この千載一遇のチャンスを中途半端に終わらす気は毛頭なかった。

 

「てやあああああ!!!」

 

 咆哮と共に、ブレイドランナーはシュトライヒ・ソードを振りかぶり、一気に振り下ろした――。

 

「う、そ……!?」

 

 拮抗したのはたったの一瞬。

 シュトライヒ・ソードの高出力ビームはプラズマソードごとヒュッケバインの左胸部へ深く食い込んだ。

 アンカーが外れ、ヒュッケバインが後退しようとする。もちろん追撃一択。だが、出だしが遅れてしまっていた。どんどんヒュッケバインが遠ざかっていく。

 そうしている間に、地上の追撃者が凶鳥を討ち取らんと迫っていた。

 

「……逃がしませんよ」

 

 追撃の主であるライカがそう言って、アサルトマシンガンを発砲する。

 良く見ると、無事な方のスラスターユニットと壊れた側の腕部肘裏の二連ブースター、おまけに全身のスラスターで補正しながら無理やり地上をホバリング移動していた。

 その執念に鳥肌が立ったが、これ以上にない援軍であった。

 

「う……!」

 

 ヒュッケバインが逃げるも、損傷が激しいためじわじわとライカ機に追いつかれようとしている。更にライカ自身の元々の技術と洞察力をフルに活かし、ヒュッケバインの移動先を読み切っているので、追い付くのは時間の問題。

 

 

「――駄目ですよぉリィタ嬢。あんたに死なれたら俺はカームスに殺されちまう」

 

 

 そう聞こえてきたと同時に、ヒュッケバインとライカ機、ブレイドランナーの間に巨大な機体が“降ってきた”。

 

「な、んだよアレ……!? 気持ちわりぃ!」

 

 端的に表現するなら、クモの下半身にカマキリの上半身が組み合わさったような機体であった。

 大ざっぱに見積もっても、このブレイドランナー三体分はあるほどの巨体だ。謎の機体の脚部から、小型のミサイルが大量に打ち上げられた。

 すると、次々にミサイルが割れ、中から電流を纏ったネットが地上へ降り注ぐ。

 

「スパイダーネット……! ソラ、下がってください。アレに絡め取られた恐らくあの機体に喰われる……」

 

 後退するライカの指示に従い、ブレイドランナーも後退した。それが意味する所は一つ。

 

「くそっ……!」

「逃げられましたか。……ヒュッケバインだけならともかく、今の状況であのクモカマキリを相手にするのは得策ではないですね」

 

 既にヒュッケバインと謎の機体は遥か彼方。振り返ってみれば、決して少なくない犠牲であった。現に、三機撃墜されている。

 一方的にやってきて、一方的に去っていく敵へソラはつい苛立ち、コクピットの内壁を殴りつけた。

 

「何なんだよあいつらは……。適当に暴れていきやがって……!! ふざけるな……ふざけるなああああ!!」

 

 刃走らせることには成功したが、その代償は酷く後味の悪い結末であった。諸手を挙げて喜ぶことは、とても出来ない。

 

 ――ブレイドランナー、刃走らせる者。

 

 今日この日をもって、ソラの戦いが、ついに始まることとなった。



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第十話 そこは希望の地か?

 エレファント級の格納庫でカームスは一人佇んでいた。

 カームスが良く知る整備兵の他、別の整備兵達は彼が一体誰を待っているのかを良く知っていた。いつもよく見る光景だ、知らない方が不思議なレベルである。

 

「カームス! 戻った!」

 

 格納庫に収められた量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“エアリヒカイト”のコクピットからリィタがぶんぶんと手を振っている。

 カームスは軽く返してやった。

 リィタの戦闘開始からずっと待っていたのは周りが良く知っている。というより、リィタが出撃するときは決まって格納庫で待っていた。

 遅れて、ヒュッケバインの隣にダークグリーンの機体が収まる。クモの下半身とカマキリの上半身を持つ特殊人型機動兵器、いわゆる『特機』のカテゴリーに入る機体である。

 走ってくるリィタの後を追うように、特機からサングラスの男が降りて来た。

 

「いやぁ、やっぱり良いもんだ特機は」

「新型の調子は良さそうだな、マイトラ」

 

 サングラスの男――マイトラ・カタカロルはカームスと軽く拳を合わせてから、簡単に感想を述べる。

 

「広範囲制圧と単体への高威力の攻撃を可能とする機体、ってコンセプトに則った良い機体だよ。畜生、DC戦争にコレがあったらな」

「無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。……リィタ、成果はどうだった?」

 

 服の裾を握っていたリィタに、そう聞いてやると、彼女は眼を輝かせた。

 

「うん! カームスと同じ! 面白いね、あの二人!」

「モニターで見ていたが、少し油断しすぎたな」

 

 すると、リィタが恥ずかしそうに笑った。

 

「……ちょっと油断しちゃった。けど、次はもう遊ばないよ?」

 

 無邪気な外見とは裏腹に、リィタの眼はしっかりと“一流”のソレとなっていた。

 それを見ていたマイトラが肩をすくませる。

 

「やれやれ。あの時のリィタ嬢には肝を冷やされたよ」

「すまなかったなマイトラ。手間を掛けさせた」

「いや、他ならぬあんたの頼みだ。断るなんざ出来ねえよ。あんたがいなかったら俺は今頃土の下だしな」

「……それはもう気にするなと言っているだろう」

「んなこと出来ねえよ。あんたは命の恩人だしな。それにしても、だ」

 

 サングラスを指で少し上げ、マイトラはずっと気になっていたことをぶつける。

 

「――あのゲシュペンストのカスタムタイプ、“誰”が乗ってる? リィタ嬢を優先して、良く見れなかったんだが、あんたはやりあったんだろう? 誰だ?」

「ライカ・ミヤシロだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、マイトラが唐突に俯き、肩を震わせる。それは驚きでもなんでもなく、“喜び”。

 

「やっぱり……やっぱりか!! そうかそうかそうかそうか……! やはりあの女かライカ・ミヤシロォ……!!」

 

 狂気と狂喜が入り混じった笑みを浮かべ、マイトラは高ぶる感情を隠そうともしない。

 そんなマイトラの様子をカームスはただ、見つめるだけ。

 

「……やりあったのか?」

「DC戦争の時にな。奴のいた小隊を壊滅させて、あとはあいつのゲシュペンスト一機って時にな、何したと思う?」

「後退したか?」

「そんな可愛いもんじゃねえよ。あの女、マジで狂ってやがるぜ? 武器もない、機体も傷だらけって状況で俺の小隊に突っ込んできやがったんだ」

 

 それは予想出来なかったとカームスは小さく笑う。マイトラが言葉を続ける。

 

「しかも狙いは小隊長である俺。奴、スプリットミサイルを掴んだと思ったら、そのまま俺のガーリオンに叩き付けてきやがったんだ」

「一歩間違えればそのまま道連れになるかもしれんのにか。……良くやる」

「いや、恐らく俺を道連れにするつもりだったんだぜ。その証拠にあいつ、こう言い捨てていきやがった。“死ななかったから退かせて頂きます”……だとよ」

「……逃げられたのか?」

「ああ。地形を上手く使われてまんまと撒かれたよ。そのおかげで俺は小隊長から降格。ちゃんちゃん」

 

 手負いの敵に逃げられるという不手際を考えれば妥当な処置だとカームスはぼんやりと考える。

 カームスの考えていることが分かったのか、マイトラは否定するように手を振った。

 

「別に立場にこだわりはねえんだ。ただな、俺は腹が立ってんだよ。死ぬか生きるかギリギリの本当にギリギリの戦いをしてえのに、奴の技量はそれを叶えるにふさわしいのに、放棄して逃げていきやがったんだ。それが許せねえ」

「……相変わらずの死にたがりのようだな」

「ただの死にたがりじゃねえよ。ギリギリの戦いで死にてえだけだよ」

 

 意外なことにマイトラの考えは、カームスには良く理解出来ていた。

 カームス自身、戦いがあって人は成長していく。常に戦いに身を置いてこそ、人類は進化するという考えがあるので、それに近い思想のマイトラとは実に気が合うのだ。事実、マイトラは常に戦いに飛び込んできたせいか、カームスに勝るとも劣らない技量を持っている。

 

「もう一人、あの剣持ちはどうだった?」

 

 “剣持ち”とはカームスの中での、ブレイドランナーの呼称であった。

 マイトラは腕を組み、天井を見上げる。

 

「そうだな……リィタ嬢との戦いを見ていたが、奴は大したことねえよ。リィタ嬢に一発当てられたのだって、リィタ嬢が油断していたからだしな。本気の本気なら俺でも当てられる気がしねえのに」

 

 それに素人くせえしな、と締めくくるマイトラの評価を聞き、カームスは何故か自分の考えを喋ってみたくなった。

 

「……奴は中々見込みがありそうだがな」

 

 すると、マイトラのサングラスが僅かにずり落ちた。

 

「……へえ。カームスあんた、珍しいな。あんたのお眼鏡に適う奴なんて、もう出てこないと思ってた」

「時代は常に新しい者を生み出していくよ。一応忠告はしておくが、油断だけはするなよ?」

「分かってる。腕は大したことねえが、中々どうして妙な手を考えるの得意なようだ。ま、足を引っ掛けられんように気を付けるよ」

「分かっているなら、良い」

 

 と、ここでリィタの服を引っ張る力が少し強くなった。

 

「ね、カームス。リィタ、ちょっと部屋で休んでくるね」

「……どうした? 何かあったのか?」

「うん……ちょっと、頭が痛くて」

「頭が……いつからだ?」

「戦闘中にちょっと、ね」

 

 カームスがマイトラの方を見るも、彼は肩をすくめて“分からない”と意思表示をする。自分もモニターで見ていたが、特におかしな兵器を使用された形跡はない。

 

「何か、あのレドーム付いたヒュッケバインから気持ち悪い感覚がしたんだ……」

 

 ――その一言で、一つ思い当たる節が浮かんでしまった。

 

(まさかあの中に居たというのか……? リィタと同じような奴が……?)

 

 マイトラがちょいちょいと、リィタを指さしていたので、カームスはそちらを見る。

 するとリィタの悪くなってきた顔色が目に入ったカームスはすぐに考えるのを中止し、手を握って歩き出す。とりあえずリィタを休ませることが最優先事項であった。

 

「ということでよ、カームス、俺また行って良いか? 俺の機体、マンティシュパインに早く慣れてえんだ」

「……そういう切り口で来たか」

 

 暗に“ライカ・ミヤシロと戦わせろ”、そう言っているようにしか聞こえない。少し迷ってしまった。

 特機というのは開発費用は当然だが、維持費用も相当なものとなっている。

 幸いSOに賛同してくれる組織は沢山あるので、その辺はまだ何とかなっているが――。

 

(……ゲルーガ大佐がハーフクレイドルに入った今、最高指揮官は俺……か)

 

 遥か遠い地で戦局を見守っているであろうゲルーガの事を考えれば、無闇に特機を出すべきではない。使うとすれば本当の本当に必要な時のみ。

 ……しかし悲しいかな、カームスはただの足軽であって、将軍ではない。

 

「……良いだろう。ただし、マンティシュパインの整備を完璧にした上で行け。我らサクレオールドルの懐具合と戦局を良く考えて戦えよ」

「オーライ。そう言ってくれると思ってたぜカームス」

「……あまりやりすぎるなよ。本当にどうしようもなくなったとき、連邦は奴らを投入してくる」

 

 ニヤリと、マイトラは口を歪ませる。

 

「鋼龍戦隊か、どうせ出すなら最初から出せよって話だよな」

「……それは有り得んよ。連邦は危機管理能力が致命的に欠如している。どうにかなるだろう、そうとしか思っておらんよ。本当に致命的な状況になってようやく鋼龍戦隊という最強の切り札を切るのだ」

「そうなってからじゃ遅えのにな」

「ならば我らは真綿となろう。気づかれる前に絞め殺す、絶対的な脅威になるかならないかのグレーゾーンを常に往く最高級の真綿にな」

 

 カームスはリィタの手を引き、今度こそ歩き出した。その背中をジッと眺めていたマイトラはボソリと呟く。

 

「……俺が本当に怖いのはな。鋼龍戦隊のような奴らじゃねえよ。あんたやライカ・ミヤシロ。あんたらのような目立たないが、確実に結果を残していく奴らだ」

 

 マイトラはハンガーに鎮座するマンティシュパインの元へ歩き出した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……う~ん」

 

 自室でソラは一人悩んでいた。

 何せ今日から二日もオフというこの先恐らくないであろう状況であったのだ。

 ラビー曰く、三人の機体とライカの機体の修復に時間が掛かるらしい。

 ちなみに必要なデスクワークは既に終わらせてしまっている。本当にやることが無い、オフとは言えスクランブルが入ったらすぐに出撃できるよう基地からも出れないと来た。このまま寝転がっていても恐らく身体が鈍る一方。

 ユウリとフェリアがどうしているかが気になるが、ここはあえて声を掛けないことにした。

 

「……特訓しよう」

 

 二人に内緒の秘密特訓をすることに決めたソラはとりあえず食堂に向かうことにした。兵士は胃袋で動く。

 誰かが言っていた言葉を思い出しながら、自室を出た。

 

「そう言えば、ライカ中尉は大丈夫だったのかな……?」

 

 フェリアを助ける際、被弾してすぐに例のヒュッケバインの追撃に来たのだ。機体は良くてもパイロットが気になってしょうがない。

 噂をすれば何とやら。曲がり角から件の人物が現れた。

 

「あ、ライカ中尉! お疲れ様です!!」

「…………お疲れ様です」

 

 何だか物凄い“間”をライカから感じてしまった。ふと、ソラは今日のライカに違和感を覚える。

 

「あれ? ライカ中尉、今日は髪下ろしてるんすね!」

 

 今日のライカは何と、髪を下ろしていたのだ。前に会った時は髪を縛っていたので、何だかギャップを感じてしまった。……というより。

 

(おお~なんというか、前より何だか大人っぽい! 何だこれ!? 何だこれ!?)

 

 この高ぶるテンションを表に出さないよう堪えるのがとても辛い。そのライカは特に気にすることも無く手に持っていたパンを一口齧った。

 

「何のパンですか?」

「クリームパンです。私の好物でして。これと野菜ジュースの組み合わせは神掛かっていますよ?」

 

 一瞬ソラは自分の耳を疑ったが、本人は冗談を言っている風でもない。

 まあ人の好みなんてそんなもんか、と強引にライカ補正で割り切ることが出来たソラである。

 

「昨日の戦闘はありがとうございました! 俺、ライカ中尉のアドバイスが無かったらあのスパイダーネットに引っかかっていたと思います」

「…………ああ。なるほど、そういうことですか」

 

 また物凄い“間”の後、ライカが納得したように何度も頷いた。

 

「……ライカ中尉?」

「いえいえいえ。お気になさらず。あんまり気にしていると禿げますよ?」

「ま、マジっすか!?」

「マジっす。それよりも、どこへ行くのですか?」

「食堂で腹ごしらえしようかと。今日はこれから操縦の特訓をするつもりなんで!」

 

 一刻も早くブレイドランナーをモノにする。それがこの二日間でのソラの目標であった。

 

「食堂ですか……。私もお腹が空いていたので丁度良かったです。なら一緒に行きましょうか」

「へっ!?」

 

 今日が自分の命日なのか、とソラは彼女の言葉を反芻する。

 まさかの食事のお誘いときたものだ。そう理解したソラは、脊髄反射で答えていた。

 

「よろしくお願いします!!!」

 

 ソラはまだ知らなかった。この“ライカ”のことを――。



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第十一話 無知の悲劇

 食堂に着き、トレイを手に、ライカと共に席に座ったソラは呆然としていた。目の前の光景に、いや正確にはテーブルに乗せられた食事の量に。

 

「えっ、と。ライカ中尉?」

「ふぁい。なんでひょうか?」

 

 口をモグモグさせながら喋るライカに、食事のマナーを突っ込みたかったが、あまりにも“様”になっていたので触れることすら出来なかった。

 そうしている内にまた一つ、カツサンドがライカの口の中に消えて行く。

 

「け、けっこう食べるんですね……?」

「ええ。テロ屋時代は不味いレーションくらいしか食べられなかったんで、ここは天国ですよ。あっはっは」

 

 少しだけ聞き流せない単語が出たことにより、ついソラはカレーライスを食べる手を止めた。

 

「て、テロ屋……? テロ屋ってあのテロ屋ですか?」

 

 途端、咀嚼を中止したライカは、何食わぬ表情で一言。

 

「……忘れてください。今のは貴方が見た夢です」

「は、はあ……」

 

 有無を言わせぬ態度に、思わず生返事をすることになったソラ。

 そんな彼をジッと見つめるライカの眼が変わった。

 

「ところで、貴方は何か悩み事があるようですね」

「……分かりますか?」

「ええ。ちょっと話してみてくださいよ。もしかしたら気分転換になるかもしれませんよ?」

「……そうっすね」

 

 気づけばソラは話していた。

 初めての実戦の事、カームスのこと、濃紺のヒュッケバインの事。部隊内で操縦技術が低いことまでも話してしまった。

 ライカはただ聞いているだけ。相槌を打つことも無く、ただ聞くだけ。そんな彼女だからこそ、ソラの口は閉じることを知らなかった。

 余りにも聞き上手だったので、意識しなければどうでも良いことまで喋ってしまいそうになるのでソラはようやく口を閉じることにした。

 聞き終えて、ライカはただ一言。

 

「――すぐに結果を求めなくても良いと思います」

「……へ?」

「その類の悩みは全員等しく、誰もが通る道です。むしろ、ようやく戦う者としての第一歩を踏み出せたとすら私は思っています」

「い、良いんすか? てっきりこんなくだらないことで悩んでいるのは俺だけだと……」

 

 その言葉に、ライカは人差し指を向けた。

 

「そう。貴方も思うはずです。どうして俺はこんなことで悩んでいたんだろうって。だから、今はその悩みを十分に“楽しみなさい”。考え方を変えるだけで、世界は色んな風に姿を変えますよ」

 

 ソラは何故か震えた。

 自分がこんなにも悩んでいた事柄に、斬新な視点を与えてくれた。苦しむのではなく、楽しむ。当然、実際に行動に移すのは相当難しいだろう。

 しかし、それでも“そういうことをしても良いんだ”、と思わせられた。

 

「……ありがとう、ございます。俺、ちょっと考え過ぎていたみたいっす」

「いえいえ。さ、食べましょう食べましょう。というか貴方はその程度の量のカレーライスで満腹なのですか? 私ならあと、五杯はいけますね」

 

 そう言いながら、今度はミートソーススパゲッティに手を出すライカ。

 ここまで一緒にいておいて何だが、ソラはライカの印象が百八十度変わったように感じた。もちろんがっかりしたわけではない。むしろ……。

 

(むしろそれが良い! 変に小食な人よりこういう人が良いよなぁ!)

 

 テンションが上がっていたソラであった。

 ライカが次のラーメンに手を伸ばそうとした瞬間、その腕を何者かが掴んだ。掴んでいる腕の元を見たソラは、思わずスプーンを落としてしまった。

 

「…………へ?」

「……あまりガツガツ食べないでもらえますか? 最近、“私”が大食いだという噂が流れているんですが」

 

 そう言って、後頭部で髪を縛っている“ライカ”がライカのラーメンを取り上げた。

 

「ガツガツとは失礼な。腹が減っては戦が出来ないでしょーが。基本ですよ、き・ほ・ん」

「そんな基本は今すぐゴミ箱にぶち込みなさい。……ソラ、フウカに何もされませんでしたか?」

 

 氾濫したダムのように、色んな新事実がどんどんソラへ流れ込み、頭がオーバーヒートしかけていた。それに気づいたライカは、ソラたちの席に座る。

 

「……え、え? ライカ中尉が……二人!?」

「……すいません、順番に説明させてください。結論から言いますと、今貴方が喋っていたのは私の……“妹”のフウカです」

「どうもフウカ・ミヤシロです」

「いも……!? ライカ中……フウカ中尉!? いも、いももも、妹ぉぉ!?」

 

 何故、妹と言うまでに“間”があったのか分からないが、今はそんなことよりも大事なことがあった。

 何とか自分の頭で出来うる限りの整理を終え、ソラは確認するように呟く。

 

「えっと、こっちの髪下ろしているほうが、フウカ中尉?」

「いえーす」

「それで、髪を縛っているのがライカ中尉?」

「はい。何だか、騙したようで申し訳ありません」

 

 なるほどなるほど、とソラはカレーライスを一口食べ、コップの水を飲み干す。

 今日は辛口だからか、水がやたらに美味い。完全に思考をクールダウンさせたあと……一気に感情を爆発させる。

 

(すげえええええええ!!! 夢の展開がきたあああああ!!! 神は居た!!! 居たんだぁーーーー!!!)

 

 もはやフウカに悩みをぶちまけていたというのも過去の話。

 今はこの夢の展開にひたすら悶えるソラであった。

 こうしている間にもソラの顔は無表情一色。

 当然だ、そうでなければとても他人様にお見せできる顔ではないからだ。

 

「ま、まさか二人して教導隊ですか?」

 

 その質問に答えたのはフウカであった。

 

「いえ。私は情報部とメイシールの機体開発チームの兼務です。ライカに比べたら楽なもんですよ」

「そんなことありませんよ。慣れれば教導隊は一番やりがいある職場です」

 

 ソラからしてみれば、どちらも相当にハードな職場と噂されている部署と機体開発チームの二足の草鞋となのだから驚愕に値する。

 少々ソラは失礼な質問をしてみた。

 

「あの~すっげえ失礼な質問なんですけど、ライカ中尉とフウカ中尉、どっちが強いんでしょうか……?」

 

 我ながら子供みたいな質問してしまったとソラは少しだけ後悔してしまった。だが気になるものは気になる。

 ソラの質問に、二人はしばし黙考を始めた。時間にして数秒で答えは出される。

 

「格闘戦がフウカ、射撃戦なら私ですね」

「あ、でも誤差の範囲内だと思いますよー。私とライカじゃあ求められるシチュエーションが違っていましたからね。片や空飛ぶAMを確実に撃ち落とさなければならない。片や勝手に傷が治るゲシュペンスト達の(はらわた)を確実に潰さなければならなかったんで」

「……ゲシュペンスト達?」

「……フウカの言うことは気にしないでください。まあ、どちらが強いと聞かれればその時の状況次第です、と答えるしかないですね」

「へぇ……流石ライカ中尉達だ。何だか高い次元の話っすね」

 

 ふっと、ソラは前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「あの、いきなり話が飛んで申し訳ないんですが、メイシールって誰なんですか? 割と前から聞く名前なんですけど」

「……ああ、そう言えばソラは会ったことが無いんですよね」

 

 いつの間にか呼び捨てになっていたフウカが少し考え込む素振りを見せたあと、さも名案が浮かんだかのように手を叩く。

 

「そうだ、ならこれからメイシールの所に行きましょう」

「へ? い、いやでも俺、この後操縦訓練をしようかと……」

「そんなもの、私とライカで教えますよ」

「……待ちなさい。どうして本人の承諾が無いのに勝手に――」

「――是非、お願いいたします。何なら私の小遣いを全部差し上げます。いや、むしろ貰って頂けると……」

 

 それはもう、恥も外聞もない土下座であった。

 人の目を気にすることも、懐の具合を確認することすら今のソラにとっては滑稽である。あとで授業料をいくら取られようが、今この瞬間に全てを懸ける価値が、そこにはあった。

 そんな美しい土下座を見せられ、今更断ることなんて選択肢が無いライカはソラの顔を上げさせる。

 

「……まあ、フェリアやユウリと違って、ソラにはまだまだ基本が足りていないと常日頃思っていました。……良い機会です。私で良かったらこの際、基礎から教えてあげましょう」

「むしろ貴方じゃ無ければ効果ない気がするであります!!!」

「私とライカの二人体制。これで少しでも進歩がなかったら割と兵士として致命的ですね。ということで、まずはメイシールの元へレッツゴー」

 

 フウカに手を引っ張られ、ソラはメイシールがいるという格納庫へ向かうこととなった。……余談だが、勢いとは言え、フウカと手を繋ぎ、心拍数が上がりに上がり、過呼吸になりかけたのは秘密である。

 危うくAEDのお世話になるところであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おお……ここがライカ中尉達の機体があるところ」

「ええ。ここが私達に与えられている格納庫(ハンガー)です」

「まあ多少狭いのが難点ですけどねー」

 

 ライカとフウカに連れられてやって来たのはメイシールが今作業をしているという格納庫。

 良く見ると、ライカのゲシュペンストと見慣れない機体があった。

 恐らくその機体がフウカの機体だろうと考え、更に歩いていくと、機体の足元に小さな女の子が見えた。パソコンに何かを打ち込むたびに、側頭部あたりで結ばれた栗色の髪が揺れている。

 ついでにサイズが合っていないダボダボの白衣の裾も揺れている。きっとメイシールという人の子供か何かだろう、とソラはアタリを付ける。

 

(親の手伝いとか何て良い子なんだ……!)

 

 少女ですら働いているというのに、良い大人である自分が何もしていないのが恥ずかしくなってくる。ちょうどポケットに飴があったので、ソラは意を決し、子供の元へ走って行く。

 

「よう君、親の手伝い? 偉いな!」

「…………」

 

 きっと恥ずかしくて声が出せないんだろうと解釈したソラはなるべく怖がらせないように声色を抑えつつ、ポケットの飴を少女へ握らせた。

 

「っ!? ソラ、その人は――」

「無知って怖いですよねー」

 

 二人が何か言っているが、何でこんな少女相手に()()()()()のかが分からなかった。

 少女は一向に飴を受け取らない。遠慮しているのか知らないがこちらとていつまでも差し出しっぱなしにしておくつもりはない。

 

「ほら、頑張ってたからこれはご褒美だ!」

 

 でも飴を舐めればきっと心を開いてくれる。そう確信していたソラは、次の少女の行動により、自らの考えの浅さを悟る。

 

「――よ」

「ん? 悪い、もう一回言ってくれる――」

 

 言い切る前に、先ほどソラがあげた飴が顔面に減り込む。意外に痛い。

 少女が今度は聞き逃さないよう配慮してくれたのか、一言一句ハッキリ聞こえるようにしっかり腹の底から声を出した。

 ライカとフウカはそのやり取りを見て思わず手で顔を覆ってしまった。特にライカは強く後悔する。もっと強く注意しておけば。そうすればこれから始まる悲劇が起こらなかったのではないか、そう思った。

 

「いきなりふざけんじゃないわよ貴方! この私が天才メイシール・クリスタスと知ってのアプローチかしら? ええ!?」

「……へ?」

 

 聞き間違いではないかと疑ったが、どうやら彼女の剣幕がそれを裏付ける大きな証拠となった。ということは、とソラの背筋が凍る。

 

「ま、まさか……そんな君が……メイシール……!?」

「……貴方、どうやら私と戦争がしたいようね」

 

 そう言って、メイシール・クリスタスはその辺に落ちていたモンキーレンチを手に取った。

 

「良いわ、買ってあげましょうその戦争をね……!!」



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第十二話 これが例の

(ソラはオフの日、何やっているのかしら……?)

 

 少しばかりの現実逃避。何故か第一歩が踏み出せないことへの苛立ちに近い“何か”がフェリアを蝕む。

 いつまでも来ないことを不思議に思ったのか、ユウリの声が飛んできた。

 

「さ、入ってくださいフェリアさん!」

 

 そう促され、フェリアはおずおずと第一歩を踏み出す。

 ニコニコとしているユウリに対し、フェリアの一挙一動に心なしか、ぎこちなさが伺える。

 

(……何で緊張しているのかしら私)

 

 自らを落ち着けるという意味を込め、こうしてユウリの部屋に来ることになった経緯を思い出してみる。

 そもそものことの発端は、格納庫で機体を整備していたフェリアの何気ない呟きからであった。

 

 ――オフは何しようかしら?

 

 そう呟いたのを、隣でオレーウィユを整備していたユウリの耳に入ってしまったのが、運のツキ。すぐさまフェリアの元まで移動してきたユウリが彼女の手をしっかりと握り、こう一言。

 

 ――なら私の部屋に来ませんか!?

 

 自分が知る限り、彼女がこうまで情熱的にアプローチをしてくることは一回も無かった。当然、断る理由もない。むしろこちらからお願いしたいところであった。

 それに、とフェリアは心の中で呟く。

 

(ユウリと二人きりで話してみたかったしね)

 

 ソラとは無人島で二人きりで話す機会があったものの、ユウリとはまだ一度も話したことが無かった。親睦を深める意味でも、この機会を逃す手はない。

 

「フェリアさ~ん?」

「へ? きゃっ!」

 

 とうとう痺れを切らしたのか、ユウリがフェリアを引っ張り込んだ。何はともあれついに踏み入れたユウリの部屋。

 その第一印象は……何とも言えなかった。

 

「……ユウリ? えっと、あの棚に並べてあるのは何かしら?」

「あれですか? ロボットのプラモデルですよ」

「……いや、それは分かるんだけど、私が言いたいのはえ~と……」

 

 とても綺麗に手入れされている棚に飾られているおびただしい数のロボットのプラモデルがそこにあった。PTやAMのプラモデルは勿論、架空のロボットだろうか、そんなものまで並べられている。

 フェリアは顔を近づけ、しげしげと眺めてみた。

 

(これは……何と言うか……)

 

 素人目から見ても、ロボット達は恐ろしく丁寧に作りこまれていた。その旨を伝えると、ユウリの表情がとても明るくなる。

 

「分かります!? 分かりますか!? いやぁ分かってもらえるなんて嬉しいです! ほら見てくださいよこのバレリオン! 四肢の可動域を増やしてみたんですよ!」

「え、ええ……。すごいわね。私、こういうの造らないけど、それでもすごいって分かるわ」

 

 こんなにぐいぐい来る子だったかしら、とフェリアは少しばかり面食らっていた。しかし、さっきの賛辞は嘘ではなく。本当に感心していた。

 よーく見ると、《リオン》の胴体部に砂粒程度だが、強制排出レバーが取り付けられている。市販の物がここまで細かな部分まで作られているとは考えづらいので、きっとユウリが手を加えた部分なのだろう。

 

「ユウリって、ロボットが好きなのかしら?」

「大好きです! 特にこの作品が好きなんですよ!」

 

 そう言って見せられたのは、これまたロボット物と予想できる映像作品のパッケージ。知識として持っているこのテの映像作品は、大体グルンガストのようなスーパーロボットが出てくるのだが、このパッケージのロボットはどことなくPTに近いものを感じる。

 強力なビームより鉛弾を撃ち合って戦う、そんな感じだ。

 

「へ、へえ……。ところで、机に置かれているのは何かしら?」

 

 この話は永遠に終わらないと、何故か妙な勘が働いたフェリアはユウリに悪いと思いながらもやや強引に話を変えてみた。

 すると、どうやらその話もユウリがしたかったようで、また目をキラキラさせ始めた。

 

「これですか? これはですね、Gコンと言って、バーニングPTっていうゲームのパーソナルデータです!」

「バーニング……PT?」

 

 全く知らない単語であった。

 そもそもゲームと言う娯楽に触れる機会が全く無かったフェリアにしてみればそれは当然の話である。

 だが、ユウリは本当に意外そうに目を丸くした。

 

「え、えええ!? CMとか結構やってますよ!?」

「そ、そうなの……? ごめん、分からないわ」

「じゃ、じゃあその……ちょっとやってみませんか? 家庭版が今あるので……!」

 

 フェリアの返事を聞く前にごそごそと準備を始め出すユウリ。

 初めからそのつもりだったのね、と割と早い段階で諦め、彼女の準備が終わるのを待つことにした。と、思っていたのだが予想よりも早く準備が整っていた。

 さっきまで何も無かったユウリの机の上に、モニターとゲーム機とコントローラーが置かれている。

 

「出来ました! さあ、この椅子に座ってください!」

「ええ。……これで動かすの?」

「はい! チュートリアルをやれば操作は大体分かりますので、まずはそれをやってみてください!」

 

 ユウリに促されるまま、初めて握るコントローラーに四苦八苦しながらも何とかチュートリアルモードを選んだ。

 

「……へえ。意外とリアルなのね」

 

 コクピットの中の映像とでも言わんばかりに、モニターの中は荒野が広がっていた。画面の両端には、スラスター量や残弾などと言った機体の情報が表示されている。

 ガイドに従って動かしてみると、それに従い、視界が動く。

 

「おお! 流石フェリアさん! 初心者だとまず動かすことが大変だって言うのに……」

「た、たまたまよ」

 

 言いつつも、フェリアの声色はいつもより嬉しげであった。

 

「そういえばこのゲームの事を家庭版って言っていたわね。他にもあるの?」

「そうですね、ゲームセンターに行くと大きな筐体でプレイできますよ。なんと、基本OSやコクピット周りが全部本物と同じなんです!」

「……すごいわね」

 

 その一言に尽きた。

 メカの知識が豊富なユウリを以てして“本物”と断言するのなら、恐らくそのゲーム筐体は本当にPTのコクピットを再現しているのだろう。

 少なからずそのゲームメーカーと軍が繋がっているのは間違いないとしても、そこまで同じにする必要があるのか、フェリアには疑問であった。

 それと同時にあまり考えたくないことを考えてしまった。

 

「と言うことはそのゲームをやっていれば自然と戦いの訓練が出来てしまうのね」

 

 インターネットでバーニングPTの詳細を検索して出てきた画像を見るとフェリアは素直に驚いた。ユウリの言う通り、本物のコクピットの中と見間違えてしまった。

 ――それはつまり、手軽に実戦さながらの状況を体験できるということで。

 

「……そう、ですね」

 

 少し落ち込んだような表情になってしまったユウリを見て、フェリアは心の中で自分に怒る。

 折角の楽しい時間を自分の下らない一言で台無しにさせてしまった。たかがゲームに何を自分は突っかかっていたのだろう、と反省する。

 気を遣ってくれたのか片づけようとするユウリの手を慌てて止めさせた。

 

「へ?」

「謝るのはこっちよ。別に私はこのゲームもユウリも責めてはいないわ」

 

 そう、自分は少しばかり本質を見失っていた。

 ゲームは娯楽で、何も悪くない。それを進めるユウリも当然。

 訂正しよう、自分は言葉が足りていなかった。フェリアが最も恐れていたこと、それは……。

 

「ただ私が怖かったのは、これに変な影響を受けてPTを用いての戦争をゲームとして捉える奴が出てくることよ」

 

 なまじリアルなだけにきっとそんな輩も出てくるだろう。ただ違いとすれば、実弾が出るか出ないかというそんな微々たるモノ。

 その意見に対し、ユウリの口から意外な意見が飛び出る。

 

「そうですね……。そういう人は必ずいると思います」

「驚いた……。てっきりそんな人はいませんって返すかと思ったわ」

「ゲームをやっているからこそ……ですかね? 私も楽しくプレイさせてもらっていますけど、やっぱりやられる時……ゲームオーバーになることってあるじゃないですか? その時思うんです。“ああ、今のが現実だったら私は死んでいたなぁ”って。逆に強いライバルを倒せて嬉しいと思えることもあります」

 

 ユウリの言葉を、フェリアはただ頷いて聞く。

 

「……何が言いたいかっていうとですね、安全すぎる環境でそんな経験をしていたら考えが歪むのも必然ですっていう話でした」

「じゃあ、ユウリはそう言う人間と敵として出会ったらどうする?」

「その人とぶつかります」

 

 思わず椅子からずり落ちそうになった。今日はいつになく過激な発言が出るなと思いつつ、フェリアは理由を聞いてみた。

 

「ぶつかるということは……戦うってこと?」

「はい。それで言うんです。『貴方がやっているのは本当の命のやりとりなんですよ!』って。分かってもらえるまで、何度もぶつかってみせます」

「そう……。何だか貴方の事、少し誤解していたわね」

「そうなんですか?」

 

 そうね、とフェリアはユウリの初めて出会った時の第一印象を話してみた。

 

「最初貴方を見た時は、正直言ってぽわぽわ……というか緩い人だと思っていたわ」

「そ、それは傷つきますよぉ~……」

 

 これでもだいぶオブラートに包んだほうであった。

 口には出せないが、ユウリの第一印象は『甘そう』である。兵士としての自覚に欠けてそうな、そんな感じ。

 しかし、今こうして彼女の話を聞いてみるとどうだ。

 

(もしかしたら私よりも割り切って戦ってそうね)

 

 そうとすら思えてくるぐらい、彼女の言葉には明確な意志が感じられた。

 

「で、でもそれを言うなら私もフェリアさんのこと、少し誤解していました」

「……私?」

「はい。私、最初フェリアさんの事すごく怖かったんですよね……」

 

 自分の態度を振り返ってみると、思い当たる節しかなかったので反論できなかった。だがこう、ハッキリ言われると少し落ち込んでしまう。

 そんな様子を察したのか、ユウリが慌ててフォローに入る。

 

「で、でも! ソラさんと話している時のフェリアさん見てたら何だか仲良くなれそう! って思えたんですよ!」

「……そんなにあいつと話している時の私って親近感湧くのかしら……?」

「何だかありのままっていうか、男の友情? みたいなのを感じました!」

 

 とてもとてもリアクションに困るコメントをされてしまった。

 しかしどこか納得している自分がいる。

 

「……確かにまあ、あいつなら遠慮せずにモノが言えるわね」

「最初なんていきなりソラさんと模擬戦始めるから私、本当にどうしようか分からなかったんですよ?」

「う……悪かったわね。あいつが腕も無いくせに分かった風な口を利くからついカッとなってね」

「今はどうなんですか?」

「まだまだよ」

 

 これに関しては即答できた。

 最初はユウリとソラのどっこいどっこいだと思っていたが、ユウリが意外に()()ことが分かったので、今では部隊で一番操縦技術が低いのはソラだと断言出来る。

 だが、とフェリアは少々のフォローを入れる。

 

「だけどあいつ、あの手この手でその低い技術をカバーしようとしているから厄介なのよね」

「厄介……ですか?」

「厄介よ。楽に落とせると思っているその隙を突いてくるからね。罠よ罠」

「だからあの敵のヒュッケバインを追い返せたんですかね?」

 

 あの戦いは確実にソラが負けると思っていた。それにも関わらず、生還してくるのだからそう言うことなのだろう。

 

「きっとね。……けど、それはあくまで敵が油断していることが前提の話」

 

 そう、言うならばソラは『初見殺し』なのである。

 今の戦法でやっていくのであれば、敵はその時の戦闘で確実に落とさなければならない。そうでなければ、二度目はない。

 

「まあそれはあいつが一人の場合よ。しくじってヤバくなっても、それをカバーしてやるのが――」

「――私達! ですよね?」

「機体特性上、前衛はあいつだしね。囮がいなくなられたら私達がヤバいからそこは全力でフォローしてやるわ。不本意だけどね」

「やっぱりフェリアさんは素直じゃないですね」

「……そんなこと無いわよ。私はいつだって素直よ」

「そう言うことにしておきます! ……ところでフェリアさん?」

「……何かしら?」

 

 ユウリがモニターを指さして一言。

 

「もうそのゲームのシングルモード、クリアしちゃったんですね」

 

 今までコントローラーを握っていたことに気づき、フェリアは顔を紅くする。

 いつの間にかこのゲームにハマっていた自分がいたらしい。気づけばスタッフロールが流れていた。

 ユウリの方を見上げると、彼女は“仲間が出来た”とばかりに顔を綻ばせている。

 その内、ユウリに遊びに誘われる回数が増えそうだと半分諦め、半分それを待ち望んでいる自分がいることに苦笑しつつ、フェリアは一言。

 

「――ええ。こういうのも悪くはないわね」

 

 コントローラーを置いたフェリアに手渡されたのは、ロボットのプラモデルの箱だった。




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第十三話 向上への決意

 宇宙には連邦軍の所有する兵器プラントがいくつもあり、ここはその内の一つ。比較的地球と距離が近いそのプラントは主にAMを生産しており、DC戦争ではDCが使用していた場所である。

 

「ふぁ~暇だな……」

 

 バルト曹長は《コスモリオン》の中で水分補給をしながら、各種センサーが取得する情報を流し読みしていた。

 彼の独り言を諌める者は誰も居ない。それもそのはずであり、バルト曹長以外の警備も皆、彼と似たような勤務態度であったからだ。

 封印戦争時では毎日緊張感を持ちながら、警備に就いていたが、それを乗り越えた今となっては、暗い宇宙をただ眺めているだけ。

 腐るのも無理はなかった。

 

「今時こんな所襲いに来るやつなんていないってのにな。……まあ、乗っているだけで金がもらえる仕事と思えば楽なもんか」

 

 ごくまれに反連邦組織が喧嘩を吹っかけてくることがあったが、補給や修理を直ぐに行えるこの場所で長期戦を仕掛けてくる馬鹿はまずいない。

 やられたらやり返してやれば、すぐに敵は逃げていってしまう。最近はそういうことも起きない為、本当にただ機体に乗って、決められた時間を過ごし、決められた休息を取るだけのルーチン。

 バルト曹長以外の上官や同僚もそういう仕事と割り切っており、眼には覇気がまるで感じられなかった。

 

「……ん?」

 

 センサーが一瞬、何かを捉えた。

 他の警備も気づいたらしく、僅かながらに緊張が走る。基地に情報を入れ、バルト曹長は他の警備達と一緒に反応があったポイントへ機体を移動させた。

 

「こちらエーデル12。こちらは異常なし。そちらは――」

 

 バルトが言い切る前に、遠くから爆発音が鳴り響いた。続けてもう一回。

 

「敵襲……!?」

 

 バルト曹長がいきなりの事態に思考を止めなかったのは、大なり小なり実戦の中に居続けたから。すぐさま基地に緊急連絡を送り、残った機体で索敵を開始する。

 

「エーデル4、正体不明機発見!」

 

 送られてきたデータを見て、バルト曹長は驚愕する。

 

「一機だと……!?」

 

 このプラントに集団で攻撃を仕掛けてくることはあっても、単騎で仕掛けてくる奴は皆無であった。

 考察はさておき、バルト曹長らはすぐさま正体不明機の元へ急ぐ。いくら怠惰に過ごしていたとはいえ、身に染みついた技術は確かなもので。

 すでにこちらは二機をやられている。

 正体不明機を捕捉した者から問答無用でレールガンを放ち始めたが、正体不明機は弾丸の雨をものともせず、バルト曹長の近くで攻撃をしていた《コスモリオン》へ真っ直ぐ向かってくる。

 

「ひ……! うわあああああ!!!」

 

 抵抗する間もなく、機体は宇宙へ散っていった。

 別の機体から放たれたミサイルを振り切り、正体不明機は旋回するべく距離を離していく。

 バルト曹長は冷や汗が止まらなかった。

 

 ――十一秒。

 

 それなりに場数を踏んだ熟練者が乗っている《コスモリオン》三機がスクラップにされた時間だ。

 僅かに捉えていた映像を見たバルト曹長は、更に訳が分からなくなる。

 

「量産型ヒュッケバインMk-Ⅱだと……!?」

 

 カメラが取得した映像には、暗い宇宙に溶け込むような濃紺のヒュッケバインが映し出されていた。

 相当手を入れられている。一番目を引いたのは、背部に付けられた一本の巨大なロケットブースターである。おまけにバズーカが三本にミサイルランチャーらしきものがマウントされていた。

 いつまでもロックオンできない程の異常な速度はその所為だったかと、納得は出来たが、それこそ異常である。

 

「このっ……テロリストが!」

 

 己を奮い立たせるため、咆哮し、ヒュッケバインへレールガンを放つ僚機。

 

「何……だと!?」

 

 一発撃つ度、逆に味方が一機減っているという恐怖。

 肩に架けていたバズーカを捨てたヒュッケバインがマウントしていたバズーカに持ち替える。

 バルト曹長含め、この場にいる生き残りは確信した。

 

(こいつ……本気で一人でこの基地を攻略しようとしてやがる……!!)

 

 こちらの攻撃をやり過ごす()()()()プラントへ攻撃を仕掛けていることだけでも驚きだが、戦闘開始してから今に至るまで傷一つついていないときた。僚機が何とかヒュッケバインを捉え、ミサイルとレールガンの一斉射撃を掛けるも、敵はすぐに進行方向を変え、別の僚機の元まで向かっていく。

 

「ぐわああ!」

 

 なんと僚機を蹴って、無理やり進行方向を修正し、追ってくるミサイルを完全に振り切った。ついでとばかりに、蹴った僚機へバズーカの弾頭を叩き込むことも忘れない。

 ミサイルを放った僚機も撃墜され、ついに一人となった。

 

「な、んなんだこいつは……!」

 

 レティクルに収めようとしても、そもそもメインモニター内にヒュッケバインがいる時間が短すぎて全く捉えられない。宇宙の暗闇に同化しているような機体色と相まって、薄ら寒さを覚える。

 突如、ガクンと機体が揺れた。

 

「ちっ……!」

 

 今のは脚部が切断され、機体バランスが崩れたことで起きた揺れであった。すぐさまオートで姿勢制御が行われ、バルト曹長はロックオンもままならない状態でトリガーを引く。

 当然、当たることも無く、逆に反撃をもらってどんどん機体がボロボロになっていった。それを待っていたとばかりに、バズーカを構えたヒュッケバインがバルト曹長の目の前に現れる。

 

「う、うあ――」

 

 爆風に身を焼かれ、意識が消える刹那。

 バルト曹長が視たモノは、暗い夜に翼を広げ、不幸を告げる凶鳥の姿であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「さーて、貴方はどこの回し者なのかしら……?」

 

 モンキーレンチの感触を確かめるように何度も振るメイシールに対し、ソラは未だ信じられないと言った様子で彼女を見ていた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」

「……何かしら?」

「君がメイシールって本当か? 信じられないんだが!」

 

 ソラの言い分はもっともである。

 控え目に見ても、彼女の容姿はライカとフウカの機体の開発者とはとてもじゃないが思えなかったからだ。しかし、それを予想していましたよとばかりに、メイシールは白衣の内側を探り出した。

 

「全く……そんな失礼なことを言う奴はどこかの教導隊メンバーだけだと思っていたのに……」

 

 どことなくライカが居心地悪そうにしていたのは気のせいだろう。それ以上に、フウカが面白そうにしているのはもっと気のせいだと思いたい。

 目当ての物が見つかったのか、メイシールはそれを取り出し、ソラへ突き付けた。

 

「なっ……!?」

「……さて、問題です。二十七歳でありながら少佐である私と、十九歳で少尉のソラ・カミタカさん。どちらが上でしょーか?」

 

 突き付けられた身分証明証を二回ほど読み返し、じっくりと内容を理解した瞬間から、ソラは額を地面に擦り付けていた。

 

「申し訳ございませんっした!!」

「分かればいいのよ分かれば」

 

 対するメイシールはどこか得意げに身分証明証を白衣の内ポケットに戻した。

 

「……そう言えばメイト、私はまだソラの事を紹介していなかったのですが」

 

 ライカがそう質問した瞬間、メイシールがどんどん不機嫌になっていく。

 

「ああ……その事ね。当然よ、ラビーの手下なんでしょ、貴方?」

 

 怒り半分、呆れ半分と言った様子で、彼女はそう言い切る。特に隠す理由も無いので、ソラは黙って頷いておくことにした。

 

「は、はい。そうっすけど……、何で知ってるんすか?」

「あいつと私はマオ社時代の同期なのよ。当時は同じ開発チームで働いていたわ」

「……の割にはなんか清々しさが感じられないんすけど」

 

 すると、ライカは理由が分かったようで、明後日の方向へ視線を移し、ボソリとメイシールに声を掛ける。

 

「オブラートに包んだ方が良いですか? それともはっきり言った方が?」

「……そうよね、貴方はそういう陰湿なタイプだったわよね」

「どうとでも。まあ、良いです。ソラ、メイシール……メイトはご覧の通り偏屈(へんくつ)です」

「誰が偏屈よ」

 

 鋭い突っ込みをさらりと受け流し、ライカが更に続ける。

 

「私もラビー博士と会ってみて確信しましたが、彼女もメイトと同類です」

「磁石の同じ極を合わせても反発しかしませんしねー」

 

 黙って様子を見ていたフウカがあっはっはと、無表情で笑い、メイシールを煽る。

 当の本人は二人の言葉を鬱陶しげに手で払った。

 

「うるさいわよ、そこの二人。……ま、そういうことよ。それで? そんな憎き相手の所のテストパイロットが私の所に何の用よ?」

「い、いやそれは……」

「彼に、PTとは何たるかを教えてあげてくださいよメイシール」

 

 フウカの頼みにメイシールはただ一言。

 

「い、や、よ」

 

 まさに一刀両断。だが意外だったのか、フウカが一瞬面食らった表情を浮かべた。

 

「……意外ですね。PTの事だったらすぐに自分の理論を並べ立てると思っていたのですが」

「“少佐”としての私ならいくらでも喋ってあげるけど、“メイシール・クリスタス”としてなら、私は認めた相手としか喋る気は無いわ」

 

 何ともめんどくさそうな相手だ、とソラは失礼ながら、メイシールの姿とラビーの姿が重なって視えてしまった。

 

(やっぱ似てんだな~。……でも)

 

 簡単に引き下がる気は無い。

 カームスとの一戦、濃紺のヒュッケバインとの一戦、そしていつか戦うであろうあのクモカマキリのことを考えたら、一歩も引き下がれない。

 それに、これはライカとフウカが自分の為になると思って取り計らってくれたことだ。

 そういう様々な理由が、ソラの口を動かさせた。

 

「なら、どうやれば俺を認めてくれますか? メイシール・クリスタス博士?」

 

 ソラの眼をジッと見つめたメイシールが少し面白そうに笑みを浮かべた。

 

「へぇ……普通、ここで引き下がると思っていたわ」

「引けません。……正直言って、俺には足りないものが多すぎます。だけど全部を一度に手に入れられるほど俺は頭も、操縦技術も足りていません。……だから一つずつ確実に。まずは……貴方からです」

 

 ソラの言葉を聞いた瞬間、メイシールは唐突に笑いだした。

 それもお腹を抱えるほど可笑しそうに、本当に可笑しそうに、彼女は笑った。

 彼女を知る者ならば誰もが顔を青ざめさせたことだろう。何故ならばそれはメイシールに対する最上級の挑発行為。

 プライドの塊である彼女にそんな事をのたまう者に対する返事は決まっていた。突っぱねるわけでもない、ただ彼女はこういうスタンスを取る。

 

「貴方、良い性格してるわね! 事もあろうに、このメイシール・クリスタスを利用しようだなんて!」

「利用するんじゃありません。協力をしてくださいとお願いしているんです」

 

 手に持っていたモンキーレンチをソラに突き付け、メイシールは言い放つ。

 

「なら良いでしょう。それなら、私を認めさせてもらいましょうか?」



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第十四話 試験? 試練?

 ――私を認めさせてみろ。

 

 そう言われた後、ソラ達はシミュレータールームまで移動していた。

 どうやらそこで、メイシールからの試練が下されると見て間違いなかった。

 ここで無様は見せられない。自然とソラの拳に力が入る。

 

「着いたわ。良い? もう気づいているだろうけど、これからシミュレーターに入ってもらうわ」

「はい!」

「設定はこっちでやるわ。私が納得出来るものを見せなさい。私はまともな腕もない奴と話す舌は持ち合わせてはないんだから」

 

 そう言って、メイシールが機材の設定をしに行こうとした時、入口から三人組の男が入ってきた。

 

「あれは……」

「ライカ中尉?」

 

 ライカがその姿を確認した瞬間、目を細めたのはきっと見間違いだろう。

 そんなことを考えていると、そのリーダー格と思わしき黒髪の男が明らかな喧嘩腰でたった今ソラが乗り込もうとしていたシミュレーターを指さした。

 

「おい。これから俺らが使うんだ。……どけ」

「は? いや、シミュレーターならまだ沢山――」

「俺らは! ここを! 使う予定なんだよ! 良いからさっさと消えろ、邪魔だ」

 

 こんな横暴をはいどうぞ、と譲ってあげるほど聖人君子ではないソラは当然の如く反発しようとしたが、その役は意外なことにライカが引き受けてくれた。

 

「……これはこれは。お久しぶりですね。そこのカミタカ少尉の言うとおりです。シミュレーターはまだ沢山あるし、仕様はどれも同じだと思われますが?」

「またお前か“裏切り者”……! 散々お前にはデカい態度を取られてきたがもうそうはいかねえぞ……!」

 

 そんなリーダー格の前に、ソラは立ち塞がった。その眼には恐れどころか、むしろ好戦的とさえ受け取れる。

 

「おい、ちょっと待てよ」

「んだよ……邪魔だって言っただろうが、早くどけ」

「ならハッキリさせようぜ」

「……まさか、俺とやり合おうってことか?」

 

 そうと分かった途端、ニヤニヤとし始めた男。折角喰い付いてきたのだ、ここで逃がしたくはない。

 ソラは更に吹かす。

 

「ああ。ついでに今のライカ中尉への暴言も謝ってもらおう」

「……って、そこの青いのが言っているが良いのかぁ裏切り者、それで?」

 

 ライカは相変わらず何を考えているか分からない無表情のまま、人差し指を立てた。

 

「……一つ条件が」

「はっ! 言ってみろよ?」

「彼は貴方より操縦の腕は下です。なので、ハンデとして彼には今担当している機体での戦闘を許していただけないでしょうか?」

 

 渋るかと思われたリーダー格は意外なことにあっさりとそれを承諾した。

 

「良いぜ。裏切り者、お前が『お願いします』と頭を下げたらな」

「……ライカ、やらなくて良いわよそんなの」

 

 流石に見かねたのか、メイシールが口を出すも、ライカはそれを手で制す。そして、リーダー格の方を向いた彼女はそのまま頭を下げた。

 

「……お願いします」

「はははっ! おい、お前らも見ろよ! あの裏切り者が俺達に頭下げてんぜ!」

 

 それを見た取り巻きらしい二人がそれを見て一緒に笑い始めた。

 フウカが口を開こうとしたが、隣のソラを見て、その口を静かに閉じる。

 

「……おい、俺が勝ったらライカ中尉への土下座も追加だ」

「何だと……!?」

 

 間髪入れずにソラがシミュレーターを指した。

 内心、ぶん殴りたい気持ちしかなかったのだが、ここで殴っては頭を下げてくれたライカへ申し訳が立たない。歯を食いしばり過ぎて、もう噛み合わせがおかしくなりそうだった。

 

「良いからさっさとやろうぜ! 早く身体を動かしたくしょうがねえんだ……!」

「後悔するなよ……!?」

 

 互いがシミュレーターへ向け、歩き出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

(……何でこんなことになってんだよ)

 

 シミュレーターの中で準備をしながら、ソラは今の状況に若干げんなりしていた。

 どこかでやり合うという話を聞いて来たのか、いつの間にか外にはギャラリーが沢山いた。自然と操縦桿を握る手に力が入る。ライカの前で無様は晒せなかったから。

 ソラは改めて気合を入れると同時に、シミュレーターへ乗り込む直前に言われたライカの言葉を思い出す。

 

『……ソラ。態度は気に入らないでしょうけど、貴方が戦うことになる相手は貴方より経験値が上の格上です。ですが、恐れることはありません。ブレイドランナーは接近戦特化の機体です。勝負を揺らせる要素は貴方の判断力と、そして度胸だけです』

 

 掛けられた言葉は勇気と機体への信頼。

 背中は押された。あとは前を歩くだけ。

 モニターの画面が、切り替わる。

 

「ここは……」

 

 目の前に広がるフィールドは数多の高層ビルが建ち並ぶ都市であった。

 どうやら今回のシチュエーションは市街地戦のようだ。

 理解できたソラは少し不安げな表情を浮かべる。未だ経験したことのない市街地戦について、ただイメージをすることしか出来なかったのだ。

 そうこうしている内に鳴り響くアラート。

 

「おら、行くぞ!」

 

 そう言って、上空から《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》が発砲してきた。

 すぐさまソラは操縦桿を引き、ペダルも踏み込んだ。意思を受け取ったブレイドランナーは背部と脚部のスラスターを点火させ、その身を下がらせる。

 

「うっぉ……!」

 

 だがしかし、やはり初の市街地戦。

 空間把握を満足に行えていないソラは早速、ブレイドランナーをビルにぶつけてしまった。

 衝撃でビルがひしゃげ、窓ガラスが割れに割れてしまった。

 

「本当に素人だったのかよ、こりゃ楽勝だな!」

 

 十分に距離を詰めてきた敵機が腰部からコールドメタルソードを抜き、そのままの勢いでブレイドランナーへ振り下ろす。

 持ち前の動体視力でソラは対応するための武装を選択する。

 

「撃ってきて、もう接近戦……!? 強え……!」

 

 ブレイドランナーは脇下に懸架されている(シース)に収められた両刃のコールドメタルナイフを抜き、敵の斬撃を何とか受け止める。

 本当はシュトライヒ・ソードで止めたかったのだが、いかんせん相手が速すぎる。臀部から取るより、抜剣動作が早いこちらを優先した。

 思えば初めて使うことになるな、と変な感動を覚えてしまう。

 

「このォ!!」

 

 逆の脇下に懸架されているコールドメタルナイフで敵機の腕を破壊しようとするも、その意図は見透かされていたようで、すぐに敵は距離を離した。

 

「違うな、ちょっと目が良いだけの素人だったか!」

 

 そうして、また敵機は手に持っていたフォトンライフルで的確な射撃をしてくる。

 ソラはすぐに手近なビルの陰に移動し、光子弾をやり過ごすが、そこが破壊されるのも時間の問題だ。すぐにシュトライヒ・ソードをガン・モードに切り替え、ビルの陰から銃身だけ出しての牽制射撃を開始する。

 数発ほど放ったところで、ブレイドランナーはすぐにその場を離れた。

 

(相変わらず威力は高いけど、射程は短いし燃費は悪い……!)

 

 抉れたビル群を見て、ラビーの誇大広告で無かったことを安心しつつ、ソラは追ってくる敵機に意識を向ける。

 

「機体性能を引き出しきれていないヒヨッコが調子に乗るなよ!!」

 

 特に反論する所も無かったので、苦い顔を浮かべるだけ。

 的確に放たれる光子弾は高度を変えることで避けていく。しかし、やはり敵が一枚上手だった。

 

「当たった!?」

「馬鹿が!」

 

 高度を変えて避けられていると思えたのは敵がそう誘導したから。避けやすい所へ敵はあえて甘い射撃を仕掛け続け、油断したところでの本命。

 咄嗟にかばった左腕が無ければ頭部に直撃していた。

 頭部バルカン砲を撃ちながら後退し、またビル群へ身を隠してソラは形勢逆転のチャンスを狙い続ける。

 

(……落ち着けソラ。悔しいけど、ライカ中尉の言うとおりあの野郎は俺の遥か上を行っている。まずはそれを認めろ……!)

 

 ひとまずはそこから始めようというソラのある意味清々しい潔さ。

 そもそもカームス・タービュレスの時もそうであったが、PTパイロットとしての経験が浅すぎる自分がその道の熟練者とまともにやり合おうと考えること自体、笑える話である。

 ――そうなると。

 

「って考えている余裕はないか……!」

 

 コールドメタルソードを抜いた敵機がまた接近してきた。今度はシュトライヒ・ソードで迎撃するブレイドランナー。

 そこから互いが何度も得物を振り合った。数度響き渡る金属音。

 

「何だ、こいつ……!!」

 

 ソラは手応えを感じていた。

 刃を重ねるたびに敵機を押していける力強さ。多少の無茶を受け入れてくれる頑丈さ。ブレイドランナーとは正に接近戦特化の機体である。

 敵もそのことにようやく気付いたのか、一度距離を離してきた。

 

「しまった……!!」

 

 ソラは思わず(こぼ)してしまう。

 本当なら今ので敵を倒すべきだった。今までは機体とパイロット、どちらも侮っていたからこそこうして気軽に接近戦から遠距離戦と、自由に敵は戦っていたというのに。

 今のやり取りで敵は中~遠距離戦での戦いを選ぶのは確定的。

 先の戦いで使用したバリアフィールドで強引に突っ込む手もあるにはあるが、展開時間が短く、一度使ってしまえばその弱点を確実に看破されるであろう。

 機体の特性上、それはゲームオーバーを意味する。

 

(もう一回……いや、あと一度で良い! 奴をこっちの間合いに入れられなかったら……負ける!!)

 

 ビルとビルの間を縫うように機体を動かし、敵の形成する弾幕を何とか掻い潜っていく。

 だが、完全に避けきれる訳ではなく、爆発の余波やビルの破壊片がブレイドランナーのボディに傷が次々付いていってしまう。それでも構わず、ソラは落ち着いて周りを見回す。

 

(……ある。一度限りの、俺の間合いに奴を引きずり込む手が……!)

 

 ビルを盾に嫌らしい射撃を続けてくる敵機はまだ傷一つ無い綺麗な状態。だが、今からやろうとしている手が成功すれば、一気にひっくり返せるだろう。

 意を決し、ソラは身を隠しているビルの陰から飛び出した。

 

「うおおおおお!!!」

 

 メインスラスターを起動させ、シュトライヒ・ソードを構え、真っ直ぐ敵機へ向かう――。だが途中、地面に爪先が引っかかり、機体とシュトライヒ・ソードが宙を舞った。

 

「……うぇっぷ。酔う……!」

 

 シミュレーターは実に正確に地面へぶつかったときの衝撃をシミュレートしてくれたようで、がっくんがっくん揺れる。今、ブレイドランナーはうつぶせに倒れているという無様。

 当然、見逃してくれるはずはない。

 

「馬鹿かよっ! ありがとうよド素人!!」

 

 敵機がライフルを放り投げて飛びだしてきた。

 手にはしっかりとコールドメタルソードが握られていた。徐々に接近してくる。

 このままでは背中にソードが突き立てられるというのに、ブレイドランナーは未だに両腕を伸ばしたまま地面に倒れている。

 もう目と鼻の先、あと少しでやってくる。もうほんの少し……もうほんの少し……。とうとうやってきた敵が、逆手にソードを持ち替え、振り上げる。

 

「終わりだぁ!」

「――ようやく来たな」

 

 ソードが突き立てられる瞬間、敵機が突然バランスを大きく崩した。

 

「なんだ!? バランスが……なっ!」

「気づいたか馬鹿野郎!」

 

 ようやく敵が何故バランスを崩したか気付いたようだ。

 敵の後方から伸びていたアンカーの先端が、しっかりと右脚部――正確にはアキレス腱へ喰らいついていた。

 

「いつの間にこんなもんが……っ! 転倒したのはそういうことか……!!」

「いくら俺でも、走らせたくらいで機体を転ばせるほどじゃねえよ!!」

 

 敵の後方から伸びていたワイヤーは近くのビルに引っかかって曲がっていた。その射出元であるブレイドランナーはすぐさま立ち上がり、敵を地面に蹴り倒し、もう片方のアンカーで敵を地面に縫い付ける。

 

(何とか……なった、か……!)

 

 正直、上手くいくとは思っていなかった。

 ソラの作戦とはこうだ。

 まだ操縦に不慣れだと油断させるためにわざと機体を転ばせ、その隙にアンカーを射出。近くのビルを利用し、アンカーを敵の死角である後方から当て、体勢を崩すというもの。警戒されていた『機体』ではなく、侮られていた『自分』を利用した一回限りの博打であった。

 

「クソ……! クソクソクソクソクソ……!!!」

「お前、俺を舐めすぎなんだよォォー!!」

 

 ブレイドランナーはビーム展開させたシュトライヒ・ソードを振り上げた。

 

「クソがああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ――爆炎を受け、ブレイドランナーはシュトライヒ・ソードを高々と掲げた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……良くやりましたソラ」

 

 シミュレーターから出たソラに声を掛けてくれたのはライカであった。

 未だに勝った実感が湧かないソラは少しばかり呆けてしまっている。

 

「俺……勝ったんすか……?」

「ええ。様々な要素を利用した貴方の勝ちです」

 

 その言葉を聞いて、ようやく勝利を理解したソラは自然とガッツポーズを取っていた。

 

「よっ……しゃあ!!!」

「テメェふざけんじゃねえぞ! 今の戦い、認められるかぁ!」

 

 戦っていたリーダー格が鬼の形相で詰め寄って来た。

 まだ不満があるのだろう。明らかな臨戦態勢であった。

 

「はぁ!? 俺の勝ちだろうが!」

「結局機体性能だろうが! 誰がやっても今の試合勝っていたに決まっている!」

「言いがかりだろ、んなもん! ていうか早くライカ中尉に土下座しろよ!! お前の負けだ! 観念しろよ!」

「殺す!!」

 

 とうとう怒りが頂点に達したリーダー格が拳を振り上げた。

 ソラも応戦すべくファイティングポーズを取る――はずだった。

 

「――良い加減にしろ」

 

 ソラの顔面に突き刺さるはずだった拳は、ライカの手の平に収まっていた。

 すぐさまライカは、驚きで目を見開くリーダー格の髪の毛を掴み、地面に引きずり倒す。髪を掴んだまま彼女はしゃがみ込み、鼻血を出すリーダー格の耳元まで顔を近づけた。

 

「基地攻略作戦の時と言い、アラド達の時と言い……今度は私の教え子に手を出すつもりか? 答えろ」

 

 リーダー格の顔をまた地面に打ち付け、答えを促す。

 

「で、でめぇ……!? なんで、俺の……! ごぶじを……!?」

「……こっちはDC戦争開始前から最前線で戦っていたんだ。PT操縦技術だけだと思うなよ? 対人戦闘なんて得意中の得意だ」

「ぞん、な……!」

「二度と私と彼の前に顔を見せるな。間違っても彼に報復しようと考えるなよ? その時は私ももう容赦しない」

 

 そこまで言い、リーダー格を解放したライカはソラの方へ向いた。

 

「……すいません。少し本気で怒ってしまいました」

(あれで少しだと……!?)

 

 絶対にキレさせてはいけない。肝に刻んだソラであった。

 そしてリーダー格はと言うと、解放されたことで調子に乗ったのか、よろよろと取り巻きの元へ戻ってからこう言った。

 

「お前……ウチの隊長に言って、どこかに飛ばしてやる……!」

「……隊長?」

「レル・ガラローネ大尉だ! もう終わりだよ、お前……!」

「……そうですか、貴方達はレル・ガラローネ大尉の所の……」

「おいテメエら! 何してやがる!」

 

 ギャラリーを掻き分け、現れたのは大柄の男であった。

 幾多もの戦場を経験した歴戦の戦士という印象が強く伺える。その姿を確認した三人組はすぐにその男の元へ走って行った。

 

「レル隊長! お疲れ様です!」

「お前、何してるこんな所で? その傷どうした?」

「あの女にやられました! それに隊長の部隊への侮辱も!」

 

 後半は全くの嘘っぱちである。

 だが、来たばかりで何も知らないレルはリーダー格の指さす方へ顔を向けた。ライカの姿を認めたレルがずんずんと彼女の元まで向かっていく。

 ――今度ばかりはダメか。

 しかし、ソラの心配はあっさりと崩されることとなる。

 

「おうミヤシロじゃねえか!」

「お久しぶりですレル大尉。肝臓の調子はいかがですか?」

「まだ酒が飲めるんだ。たぶん良いんだろうぜ!」

「またそんなことを……。十分、身体には気を付けてくださいね?」

 

 とてもとても親しげな雰囲気が二人からは感じられた。リーダー格も顔を引き攣らせながら、レルに問いかける。

 

「た、隊長。その女とはどういう……!?」

「口には気を付けろ! 彼女は俺がPTへ機種変更する際、操縦指導をしてくださった恩人だ! お前らが何人いようが決して歯が立たない方だというのを覚えておけ!」

 

 何とも想像以上の関係であった。

 ソラは開いた口が塞がらずにいた。だが下手に喋るともつれそうなので、今はひたすら黙ることに専念することに努める。

 

「ところでミヤシロよ。これはどういうことだ? どうしてウチの若い奴が鼻から血出しているんだ?」

 

 ライカがリーダー格を一瞥した後、淡々と告げた。

 

「……少し血の気が多かったようなので抜かせて頂きました。ついでに、人への接し方のアドバイスも少々」

 

 レルが一度大きく見回すと、事態を呑み込めたのか、リーダー格の肩を掴んだ。

 

「――なるほど。悪かったな、ウチのもんが迷惑掛けた」

「いえ、そんなことはありませんよ」

「いや、後で俺がキッチリ言っておく。それで手打ちとしてくれねえか?」

「……ソラは? それでいいですか?」

 

 そこでようやくライカの口から名前が出た。いきなりの事だったのでつい声がうわずる。

 

「は、はい! それでいいッス!」

「ということですので、それではよろしくお願いします」

「任せておけ」

 

 そう言って去っていく三人組とレルの後ろ姿を見つつ、ソラは隣のライカに聞いた。

 

「……ライカ中尉って、一体何者なんですか……?」

 

 どうとでも取れる台詞であったが、聞かずにはいられなかった。

 少しの間の後、ライカは一言だけ答えてくれた。

 

「ただの生き汚い兵士ですよ」

 

 そう言って、薄い笑みを浮かべた――。




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第十五話 宇宙へ

(一、二、三……三、ファイア)

 

 カチリとボールペンの頭を押し込んだ。すぐさまソラは今の押し込んだタイミングを振り返る。

 

(駄目、だな。多分まだ早い……。もう一回やるか。……それにしても……)

 

 そんなソラの耳に先ほどから幾多もの単語が飛び込んできている。単語の発信源はとっくの昔に分かっていたが、残念なことに彼女らの話に飛び込む覚悟が無かった。

 それでも意を決し、ソラは控えめに口を開く。

 

「……なあ?」

 

 ソラの問いかけに答えてくれる様子も無く、隣に座っているフェリアは更に隣に座っているユウリと談笑に花を咲かせていた。それがファッションやダイエットならまだ可愛げがあったのだが、その内容は――あまりにもマニアック過ぎた。

 偏見が過ぎるが、とてもうら若き女性たちのする会話ではないと、ソラは思った。

 

「――ああそれと、この間貸してもらった『狼我旋風ウルセイバー』。……あれは良かったわ、とても」

「そうですかそうですか! あぁ……フェリアさんなら分かってもらえると思ってました!」

「特に主人公の生き様には感動してしまったわ。パンをくれた子供一人を救うためだけに、二億八千万もの規模のタイガージャ軍ロボットへ一人戦いを挑むところなんて思わず拳を握りしめてしまったわよ」

 

 飛び交うのはソラには良く分からない未知のキーワード。フェリアとユウリはそれを良く理解しているようだった。

 ユウリに至ってはフェリアの言葉を聞いた瞬間、手を握ってしまう始末。

 

「その回はファンの間でも伝説の回としてすごい人気があるんですよ! 主人公であるケン・サクラバが戦いに行くのを止めようとする子供に言った『お前はもう依頼料を払っているよ。お前は俺に美味しいパンをくれた。……戦う理由なんてそれで十分だ』って台詞はケンの人格を的確に表した名台詞中の名台詞だと思ってます!!」

 

 共感するモノがあるのか、フェリアも深く何度も何度も頷いた。

 

「そうね。私的には、苦戦するかと思ったらウルセイバーの第五の(つるぎ)であるロウガプラズミネートが解禁されて二億八千万の敵を一瞬で蹴散らした瞬間がとても興奮したわ」

「良いっですよねぇ! 逆境で新たな力に目覚め、困難をひっくり返す……まさに王道! 王道なんですよぉ!!」

 

 この話はいつまでも続くなと嫌な予感がしたソラは申し訳ないと思いながらも無理やり話に割り込んだ。

 

「な、なあさっきからそのウルセイバー? とかロウガプラズなんちゃらとか一体何の話をしてるんだ?」

「ソラさん分からないんですか!? あの隠れた名作ロボアニメ、狼我旋風ウルセイバーが分からないんですか!?」

「いや隠れているなら知らんよ」

 

 熱くなっているユウリに、冷静な突っ込みは無駄だろうなと思いながらも一応言うことは言うソラ。

 そんな彼にフェリアは冷ややかな視線を送る。

 

「視野が狭いわね。もっとアンテナを高く伸ばして幅広い情報を取り込みなさい」

「……っていうかフェリア。お前がアニメの事でユウリと盛り上がっている光景自体、嘘だと思いたいんだが……」

「私はユウリに教えてもらったのよ。好き嫌いせずに色んな情報を取り入れることの重要性にね」

「いや取り入れる情報にも良い悪いがあると思うぞ……」

 

 どうやら今この場では明確な二対一の図式が存在しているようだ。もちろん一はソラである。

 

「いやいや。そんなことはないぞソラ君。柔軟な発想にこそ新しい機体のアイディアが宿るのだよ」

 

 ソラの向かいに座ってずっと話を聞いていたラビーがようやく口を開いた。彼女はユウリ達側のようで、思わず頭が痛くなってしまった。

 

「そんなこと言われても……。っていうか、皆良く落ち着いていられるよな。ここが今、どこだか分かっててその態度なのかよ」

 

 

 ――そう、何を隠そう、現在ソラたちは宇宙に上がっていた。

 

 

 時間を巻き戻せばあの嫌がらせをしに来た男との模擬戦が終了した直後となる。

 

『面倒なことになったぞ……! 宇宙の兵器プラントが占拠された。第五兵器試験部隊に出撃命令が出たぞ。私達はこれからすぐに宇宙に上がる』

 

 血相を変えて現れたラビーはそう告げてきた。そうなるともうオフがどうとかの騒ぎでは無くなってくる。残念ながらメイシールとの約束も保留に。

 すぐさま用意されていた移動用シャトルに乗り込んだ第五兵器試験部隊のメンバーは今、こうして目的地まで移動していた。

 

「分かっているわよ。……私にしてみれば、地球より宇宙(こっち)の方に懐かしさを感じるぐらいよ」

「へ? フェリア、お前地球生まれじゃないのか?」

「生まれも育ちもスペースコロニーよ。だから、最初は地球の重力や匂いに慣れなかったわ」

「そうなのか。俺にしてみたら宇宙は住みにくい所ってイメージしかないなー」

「あら、そんなこと無いわ。慣れてしまえば不便は感じないものよ?」

 

 住めば都、とは聞くが本当にそんなものなのだろう。そういえば、とユウリがラビーへ顔を向けた。

 

「私達って占拠された兵器プラントに直接向かうんですか?」

「いや、既に待機している制圧部隊と合流して、そこからプラントを取り戻す」

「規模はどれくらいなんですかー?」

「詳しいことは聞いていないが、ただ一つハッキリ言えることがある。恐らく我々は例のヒュッケバインとまたやりあうこととなるだろう」

 

 ――例のヒュッケバイン。

 まずはソラの表情が引き締まり、それに続いてフェリアとユウリの表情も変わった。

 言葉の代わりにラビーが手持ちの端末で映像を流し始めた。

 

「これは兵器プラントが制圧された時の映像だ」

 

 時間にして五分にも満たない時間であった。

 だが、その時間はソラ達を絶句させるには十分すぎるほどの時間で。

 

「……う、嘘だろ……?」

「これは……ちょっと想像以上ね」

 

 ソラには過信があった。

 あの濃紺のヒュッケバインに遊ばれた屈辱からだいぶ経ち、そろそろやり合えそうかと思っていたところで、この単騎でプラント防衛部隊を壊滅させる映像を見せられては、その認識を改めざるを得なかった。

 次元が違いすぎる。特に回避が神掛かっていた。被弾ゼロという馬鹿げた戦果を当たり前のように挙げられてはもはやゾッとするしかない。

 

「う~ん……」

 

 だが、ユウリだけは少し持った感想が違うようだ。

 

「どうしたの?」

「いえ……。前から思っていたんですけど、何でこのヒュッケバインは真っ白な状態で戦っているんでしょうね」

 

 ユウリの言っている意味が少し、いやかなり分からず、思わずソラは聞き返してしまった。

 いきなりの発言だったので、ラビーだけはどこか品定めをするような眼になっていたことは誰も気づいてはいない。

 

「ど、どういうことだ?」

 

 フェリアも同じことを聞きたかったようで、黙ってユウリの方を見ていた。

 

「えーとですね。今まで戦ってきた相手なら強い戦意とかを感じられたんですけど、この機体のパイロットにはそれが全然感じられないんですよね……」

「……ん? マジでどういうこと?」

「ん~……ごめんなさい。私にはこれ以上、上手い表現が見つからなくて……」

「……やはり、か」

 

 納得したように何度も頷くラビー。

 次の瞬間、ラビーの口から驚くべき事実が告げられた。

 

「どうやら『念動力者』と言うのは本当のようだな」

「……念動力者?」

 

 聞き慣れない言葉に思わずオウムのように言い返すソラ。そんな彼にフェリアは呆れたように肩をすくめた。

 

「貴方も恐らく受けているはずよ。念動力者っていうのは、『テレキネシスαパルス』っていう独特の脳波を持っている人の事を言うのよ」

「……ん~。お、確かになんかそんな感じの名前のやつが出るかどうかのテストをした記憶が……」

「情報の多さは生存力に直結するわ。そういうのはちゃんと覚えておきなさい。……それにしてもユウリ、それならそうと言ってくれたら良かったのに」

「え? え?」

 

 当のユウリは、ソラよりも訳が分からないと言った様子で不安げに三人へ視線を行ったり来たりさせていた。

 そんな彼女を見て、ラビーは少し予想とは違っていたようだ。

 

「……知らなかったのか? 念のため結果のコピーを見せてもらったが、その時点で念動力者と言うことは確定していたはずなんだが……」

「私、結果はクロだって言われたから、特に該当はしていなかったんだなーって思っていたんですけど……」

 

 鈍いソラでも、今のユウリの一言で全てが理解できてしまった。

 フェリアもなるほど、と苦笑を浮かべる始末。ラビーに代わり、フェリアが事実を伝えてあげた。

 

「ユウリ。クロって該当しているって意味よ?」

「…………へ?」

 

 体感にして一分、実際の時間にして数秒。元々頭の回転が早いユウリの顔は、すぐさま真っ赤になっていく。

 

「えええ!? そうだったんですかぁ!? じゃあ私、念動力者なんですかぁ!?」

 

 その様はとても演技に見えず、ユウリが本気で勘違いをしていたことが良く分かった。ラビーは思わず口に咥えていた煙草を落としそうになっていたのはきっとソラしか見ていなかっただろう。

 

「……いやはや。これは正直、予想外だったよ。てっきり隠しているかと思っていたのだが……」

「……と言うことはユウリが言っていた変な表現はあながち外れている訳ではないって事かしら?」

 

 変な表現と言うくだりでユウリが涙目になっていたが、今のソラには慰めてやる心の余裕はなかった。

 

「だったら、何であのヒュッケバインはあんなことを? 良い悪いはともかく、要は本気で動いていないってことだろ?」

「その辺は……すいません、分かりません。でも、もう一回戦えば恐らくは……」

「ああ、それなら安心してくれたまえ。多分、私達は嫌でもあのヒュッケバインとやり合うことになるだろう」

「まあ、あのプラントの防衛部隊を壊滅させた張本人だし、そりゃあ……」

 

 ソラの言葉を訂正するかのように、ラビーは人差し指を左右に振った。

 

「すまない、言葉が悪かったな。そういうことではないんだよ」

「じゃあ、どういうことなんすか?」

「それは……っと、見えたな。悪いが私の言いたいことは目的地に着けば分かるさ」

 

 シャトルの外から見えたのは、三隻の戦艦であった。

 知識が乏しいソラには戦艦の名前が出なかったが、そこは流石と言うべきか、フェリアが一発で当てて見せた。

 

「……ペレグリンね」

「お、おう、そうだよな。ペレグリンだよな!」

「……どうせ分からなかったんでしょ?」

 

 半目で睨み付けられてしまった。

 俗にいう『ジト目』というやつなのだろうか、やられて嬉しいものではないが……。それは置いておいて、変に誤魔化してもドツボにハマるだけだったので、ソラは正直に頷いた。

 

「……悪いかよ」

「悪いわよ。最新鋭モデルならまだしも、ペレグリンって言ったら、連邦宇宙軍やコロニー統合軍、DC残党すらも使っているドが付くほどポピュラーな宇宙航行艦でしょう。何回も言っているけど、この世界に入ったなら、この世界の最低限の知識は持っておいた方が良いわよ?」

「分かった分かった……。俺が悪かったよ」

 

 そうこうしている内にペレグリンの帰艦口に近づいていたシャトル。初めて入る宇宙航行艦に、ソラは少しばかりソワソワしていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おお、ご苦労だったな」

 

 ペレグリンに着艦してすぐにソラたちはブリッジに通された。

 待ち受けていた狸顔の艦長は少しばかり横柄な態度だった点については、そういうものだとソラは割り切った。

 艦長の労いに、ラビーは極めて普通に返した。

 

「お心遣い、痛み入ります。共に制圧された兵器プラントを取り返しましょう」

「もちろんだとももちろんだとも。どこの野良犬か知らんが、軍にとっても、地球圏にとっても重要な兵器プラントを占拠する不届き者は一匹残らず殺処分してやろうではないか」

 

 正直、ソラはこの狸艦長が気に入らなかった。

 もちろんSOのやっていることは許されることではないが、相手は命ある人間だということには変わりはない。それを野良犬だとか殺処分などと言う非人道的な発言が、ソラにはどうしても理解できない。

 

「それで、作戦の詳細を確認したいのですが」

「ああ、それならもう決まっている」

「……というと?」

「今回は挟撃してプラントを制圧する。諸君ら第五兵器試験部隊は先行して敵をかく乱し、我らがその隙を突き、一気に崩す」

「はぁ? それって要は――」

「了解しました。私達の実力を買って頂いた上での判断と受け取りましょう」

 

 ソラの言葉を潰すように言ったラビーの言葉に、狸艦長は満足げに頷く。

 

「期待しているよ」

 

 貼り付けられた笑顔と共に――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ふっざけんなよあの艦長! 要は囮ってことだろ!?」

 

 ブレイドランナーの中でソラはずっと溜め込んでいた感情を爆発させた。現在、第五兵器試験部隊は機体の中で待機させられていた。余計なことをするな、という遠回しのお達しなのだろう。

 

「フェリア! ユウリ! お前らはムカつかないのかよ!」

 

 通信用モニターに映っているフェリアはあからさまに顔を手で覆った。

 

「……腹立たない訳ないでしょう。それよりもソラ、ラビー博士に感謝することね」

「何でだよ!? あそこは言うこと言っておかなきゃなんねえだろうが!」

「……本気でそう思っているの?」

 

 それを言われては黙るしかなかった。全てを見透かしていたフェリアの言葉に、ソラの勢いは段々落ちていく。

 

「……分かってるよ。あそこでラビー博士が言ってくれなかったら、俺は今こうして機体に乗っていないんだろうなってことぐらいは」

「それが分かっているなら良い。……全く、流石の私でもあの場面はヒヤヒヤしたぞ、ソラ君」

 

 音声だけだが、ラビー博士が嘆息しているのが目に見えるようだ。反省ついでに、ソラは何となく聞いてみた。

 

「ラビー博士は悔しくないんすか? 囮なんかにされて」

「囮も重要な役割だよ。それに、むしろ私はラッキーとすら思っているよ」

「……ラッキー?」

「ああ。恐らく迎撃として例のヒュッケバインが出てくる。私の作品でそれをどうにかすることが出来れば、有用性も認められるというやつだ」

「やっぱり、あのヒュッケバインと戦うんですね……!」

 

 モニター越しのユウリの表情にはまだ迷いが伺えた。だが、その眼には間違いなく“戦う覚悟”が感じられる。

 

「恐らくはな。奴とは交戦経験もある。だから今回、私達が呼ばれたのだろう。囮はもちろんのこと、あわよくば落としてくれると踏んでな」

「素晴らしい見通しですね。あの艦長の性格が良く分かります」

「合理的と言えばそこまでだがな。まあ、私も勝算がなくほいほい引き受けた訳では無いよ」

「ん? 何かあるんすか?」

「……ああ、私の予想が当たっていればな。それよりも、君達の機体を宇宙用に調整している。詳細を各機体に送っている。目を通しておいてくれ」

 

 ファイルを開こうとすると、ペレグリンのオペレータから通信が入った。

 

「こちらガリア1。間もなく戦闘宙域に突入します。出撃準備をお願いします」

 

 操縦桿を握りしめ、ソラは一度目を閉じる。

 

(あれから俺はどれくらい成長したんだろうか……? 対等に渡り合うまでは望まない。……だけど!)

「カタパルト解放、システムオールグリーン。第五兵器試験部隊は各自出撃開始」

 

 オペレータの指示を受け、ソラは閉じていた目を開く。

 

「オルーネ2、ソラ・カミタカ。ブレイドランナー、行くぜ!」

 

 濃紺の凶鳥が待ち受けている戦場へ、刃走らせる者が飛び立った。



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第十六話 三人の力

「うお……。やっぱ違うな宇宙は」

 

 ペレグリンから発艦したソラを待ち受けていたのは無重力の洗礼であった。地上で感じる上からの圧力がない分、何だか妙な感覚に陥ってしまう。

 上を向いているのか、下を向いているのか。この漆黒の闇の中ではそんなことは些事だというのに。

 いつも通りの動きが出来ていない中、見かねたのかフェリアから通信が入った。

 

「……何やってんのよ」

「こっちは初めての宇宙戦なんだよ!」

「良い? 宇宙(ここ)では上下左右なんて、あってないようなものよ。肝心なのはいかに早くそれに適応できるか。たったそれだけよ。……心配しなくて良いわ。ある程度はオートでバランスを取ってくれているんだから。よほど酷い操縦をしない限りは機体が回転してどこかに行くなんてことはないわよ」

 

 とは言うものの、やはりすぐに慣れる訳が無く。

 オートでバランスを取ってくれているとは分かっているが、どうしても操縦桿を動かしてしまう。それがバランスを崩す原因になっているのがまたもどかしい。

 

「だ、大丈夫ですかソラさん?」

「……ユウリ。お前も確か宇宙は初めてのはずだよな?」

「はい。だから慣れないですね……」

 

 その割にはこちらに近づいてくるオレーウィユに、何の危なっかしさも感じられないのは何故だろう。

 

「……すぐに慣れるユウリもユウリよね」

 

 大体同じことを思っていたのか、通信越しに、そんなフェリアの呟きが聞こえた。ユウリの耳へ届いているかどうかは知らない。

 少し時間が経ち、フェリアから通信が入ってきた。

 

「オルーネ1から2、3へ。今回の私達の役割を再確認するわよ」

 

 今回の作戦からソラ達、第五兵器試験部隊にコールサインが与えられた。フェリアはオルーネ1、ソラは2、ユウリが3と言った割り振りだ。

 ソラはフェリアの言葉に頷いて返す。

 

「今回は宇宙軍との共同作戦よ。それで、私達は先行して敵をかく乱、その後別方向から宇宙軍が一気に兵器プラント制圧するという流れになっているわ。この時点で質問は?」

 

 二人の沈黙を無しと受け取り、フェリアは続ける。

 

「偵察部隊からの情報によると、単純な戦力差ではこちらが圧倒的に有利と聞いているわ」

「……単純な、ですか」

 

 含みのある言い方に、ついユウリが不安げな声を漏らした。

 

「あのヒュッケバインか……」

「ええ。あのヒュッケバインが最大の障害よ。恐らく奴は来るわ。囮だと分かっていても、恐らくこっちに向かってくる」

「やけに言い切るな。根拠はあんのか?」

「あのパイロットは言動から察するに、相当な自信家のはずよ。だから、まず少ないこっちを瞬殺してから、本隊を壊滅したいと考えていると思うわ」

 

 フェリアの考察へユウリが更に補強材料を付け足した。

 

「私も、そう思います。……この頭の中にノイズが走っているような感覚……明らかにこっちへ敵意を向けていますから」

「ノイズ? 大丈夫なのか、それ?」

「はい。戦闘に支障はありません。もし何かあったらフォローお願いしますね」

 

 次の瞬間、ユウリの声色が変わった。

 

「っ! レーダーに反応ありました! 数は一!」

 

 ユウリの言葉に心臓が跳ね上がったような感覚を覚えながら、ソラは改めて操縦桿を握り直す。

 

(……勝負だ、ヒュッケバイン……!)

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 先ほどから頭の中がやけにザラつくような嫌な感覚に陥っていた。正直、かなり不快であった。少しでも気を抜けば一気に発狂でもしてしまうかのような、そんな感じ。

 

「嫌な感じ……。また、あの人達かな?」

 

 宇宙用に換装されたヒュッケバインの中で、リィタは独り頭を抱えていた。こんな感覚は初めてだった。誰かに常に見られているような、そんな不安。

 

「カームス……」

 

 呼ぶのは地上にいる唯一、心を許せる者の名。

 目を閉じ、心を研ぎ澄ませると、このプラント周辺の意識が流れ込んでくる。その濁流の中、明らかに“違う”流れがあった。

 

「リィタの機体を傷つけた人と……ザラつきの元……」

 

 荒々しい感情と、例えようのない思念の塊。

 

「イデア2からカイト1へ。出撃準備をお願いします」

 

 そんな思考の波を振り払うように、リィタはヘルメットを被り、コンソール上へ指を踊らせた。すると、シート後頭部辺りの機材から鈍い光が点り、コクピット内を駆け巡る。

 

「……機体コンディション、オールグリーン。ロケットブースター接続確認。火器類、搭載確認。PDCシステム正常起動、稼働開始」

 

 一通りの確認を終え、リィタは操縦桿を握りしめる。彼女の意志を反映するかのように、濃紺のヒュッケバインに火が入り、姿勢を前傾に変えていく。

 その姿は凶鳥が翼を広げんと力を蓄えているように見えた。オペレータから出撃の指示が出ると、リィタはペダルを踏み込む。

 

「カイト1、M型ヒュッケバインMk-Ⅱ“エアリヒカイト”、行ってきます」

 

 カタパルトに押し出され、無重力空間に投げ出される機体。すぐさま背部に接続されたロケットブースターが圧倒的な推進力と加速力を与えた。

 

「……全部、叩き潰す」

 

 翼を広げた凶鳥が戦場へ飛び立った。

 まず最初の目標は自身を惑わす有象無象。それ以外、リィタの眼中にはなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――まあ、こんな所かしら。実際の戦闘では恐らく、そう上手くはいかないでしょうが」

「いや、良いぜ。方針無しで戦うよりは全然マシだ」

 

 エンカウントするまでの少しの時間、三人は軽い作戦会議を行っていた。と言っても、ただのフォーメーションの確認に近いが。

 

「ソラさん、フェリアさん。この速度なら、もう少しで有視界領域に入ります」

「つっても、デブリが多いからすぐには分かんねーな」

 

 この地帯は妙にデブリが多い。

 ただでさえ不慣れな宇宙だというのに、更に操縦難度が上がってしまっているのだ。前衛であるソラは僅かに緊張していたが、それ以上に早く奴と再会したいという気持ちの方が大きかった。

 ユウリのカウントが始まる。

 

「三……」

 

 ここでようやくブレイドランナーのレーダーに反応があった。

 ユウリのオレーウィユがどれほど高性能のセンサーを積んでいるかが分かる。

 

「二……一……」

 

 チカッと何かが光った。脊髄反射でソレが何かを理解したソラは、操縦桿を横に倒す。

 

「来たか!!」

 

 同時に横切る弾頭。機体コンディションが更新されていたので、それを見ると、何と少しだけ掠っていた。

 

「……マジかよ」

 

 既に敵のヒュッケバインは旋回をするために、大きく距離を離していた。やはり上下左右が無いからこそだろうか、大きな虹のような噴射炎の軌跡が下から上へと描かれていた。

 

「言っている場合じゃないわよ! ユウリ、お願いね!」

「はい! 今回から私のオレーウィユに新しくシステムが搭載されたので、それを試してみます!」

 

 そう言って、オレーウィユが少し下がり、バックパックのレドームが展開を開始する。

 

(新しいシステム……何て言ったっけか? ティ、T……なんちゃらシステムだったか?)

 

 ラビーがユウリにしていた説明を何となく思い出すと、念動力者であるユウリが持つ独特な脳波を機体へダイレクトに伝え、機体のレスポンス向上や念動力を用いた特殊な兵装が使えたりするという、とにかくすごい物らしい。

 ブレイドランナーにも付けられないか聞いてみたが、念動力者ではないので、当然の如くご破算となった。

 

「すごい……。機体のセンサーじゃ掴みきれない細かな位置まで……! フェリアさん、ポイントS13に移動してください! なるべく早く!」

「了解」

 

 ユウリの指示通り、ピュロマーネは一旦ソラたちから離れていった。

 一見、斜め下に向かっていったように見えるが、恐らくフェリア的には真っ直ぐに進んでいるのだろう。

 

「ユウリ、俺は!?」

「ソラさんは三十秒後、ポイントY7へ射撃をしてください! 恐らく敵の進行ルートです」

「な、何で分かるんだ!?」

「それは後です!」

 

 とりあえずユウリの言うとおりのポイントへガン・モードに変形させたシュトライヒ・ソードを向ける。

 すると、フェリアから不安げな声が聞こえてきた。

 

「ちょっとユウリ、大丈夫なの? こいつの射撃の腕の悪さは分かっているでしょう?」

「……だ、大丈夫ですよね?」

 

 いつものソラならば、ここで言葉に詰まるところであった。しかし――。

 

「やらせてくれ」

 

 もう、ソラはここで引くことはない。虚勢なんかではなく、然るべき自信に満ち溢れている声色である。

 

「……出来るの?」

「まあ、見てろって」

 

 丁度、後数秒。

 話しながら、メインモニターをジッと見ていると、端からチカリと光が瞬いた。すぐさまデブリが敵機を隠した。

 

「一……二……」

 

 思った以上に速い。

 しかし、眼だけは良いソラはそれに踊らされることはなく、デブリから出た敵の頭を捉えた。

 

「三、三!!」

 

 一拍遅くソラはトリガーを引く。

 シュトライヒ・ソードの刀身から解放された高出力ビームが小さなデブリを巻き込み、ロケットブースターに押されているヒュッケバインへ向かっていった。

 

「……っ!!」

 

 一瞬だが、敵パイロットの驚きの声が聞こえたような気がした。

 結果としては外れたが、あの超反応を誇るヒュッケバインへの直撃まであと数メートルという驚異的なニアピン。

 ソラは確かな手応えを感じていた。

 

「よっし!! ありがとうございますライカ中尉!! 一生ついていきます!!」

 

 思い出すはずっとやっていたボールペンの頭を押すという反復作業。

 

「……どういう魔法を使ったのかしら?」

「ライカ中尉に言われたことをやった結果だよ」

 

 ――貴方はどうも、トリガーを絞るのが早すぎるようですね。

 

 宇宙へ移動する前に、ライカに言われた一言だ。

 補足をするのなら、動体視力が良すぎて指が追いついていないということ。それを改善するためにライカから手渡されたのは一本のボールペンだった。

 それからソラはボールペンを操縦桿に見立て、何度もトリガーを引く練習をしていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、ソラさんすごいです!」

「というより、ライカ中尉の洞察力が凄まじいわね……。この馬鹿の操縦の癖を一目で見破るなんて」

 

 身を翻したヒュッケバインがブレイドランナーへバズーカを向けるのが見えたので、すぐさま逃げに徹することとした。幸い、デブリを盾にしながら逃げればいいので、地上の時のように遊ばれたりはしない。

 ヒュッケバインは進行方向を変え、ソラから距離を離した。

 

「頼むぜ、フェリア」

「そっちがそこまでやったのだもの。無様は見せられないわ……!」

 

 ユウリを通して、リアルタイムで映像を送ってもらっているので、ヒュッケバインがフェリアが待機している場所へ向かっていることは分かっていた。

 そうしている内に、ヒュッケバインが接近しているデブリの陰からピュロマーネが飛び出す。

 

「動揺しているのかしら?」

「……嫌っ」

 

 両手のM950マシンガンと両の三連マシンキャノンによる一斉射撃。デブリの破片すら弾丸とするかのように、銃口から弾丸を吐き出し続ける。

 右側のスラスターが噴出したヒュッケバインが横転し、寸でのところで弾幕がやり過ごされてしまった。

 

「逃がさない……!!」

 

 デブリを蹴り、勢いを付けたピュロマーネがヒュッケバインへ更に追撃を掛ける。

 

「お願いしますねフェリアさん! ソラさんは私と来てください。もう少しです!」

「……すげーなユウリ。フェリアからの作戦を聞いた時は思わず耳を疑っちまったんだけどな」

「あはは……。このデブリ地帯とオレーウィユの豊富なセンサー類が可能としたんですよ。何より、ラビー博士が付けてくれたこの『T-LINKシステム』は本当にすごいです……。見える世界が変わりましたよ」

「そんなにすごいのか、それ?」

「はい。この一帯を抱きしめているみたいです。これなら……いけます」

「頼むぜユウリ。俺とフェリアを誘導して奴の進む先に回り込んでいくって作戦なんだからな」

「はいっ!」

 

 遠くで何度も爆発の光が見えた。どうやら順調に誘い出しているようだ。

 

「ソラさんはポイントD32へ。掠らせるだけ良いですから」

「任された!」

 

 オレーウィユと別れ、ブレイドランナーは指示されたポイントへ進行方向を変えた。

 フェリアは決して深追いすることなく、デブリを盾にしながら実に消極的な射撃を加え続けていた。……この堅実な点が自分とフェリアの違いなのだろう、と受け取るソラ。

 

「ソラ、もう少し! ……くっ! やはり鋭い射撃を……!」

 

 二機が近づいてきたのか、爆音が良く聞こえる。

 そろそろだと踏んだソラは、ブレイドランナーの速度を上昇させる。同時に、シュトライヒ・ソードをビーム展開を行う。

 

(悔しいけど、俺ら一人一人じゃヒュッケバイン、お前には一生勝てないんだろうな)

 

 ようやく慣れてきたのか、まだ危うさが伺えるも、何とかスムーズにデブリを避けられるようになってきた。そのままの速度を維持し続ける。

 

(だけどな……!)

 

 一際大きな爆音と閃光。

 巨大なデブリが邪魔で良く見えないが、それでもソラは自分を、そして二人を信じ――走り抜けた。

 

「三人ならぁぁぁーーー!!!」

 

 シュトライヒ・ソードを振り下ろしきる寸前、ヒュッケバインの姿が見えたような気がした。

 

「……よぉし」

 

 遠ざかっていくヒュッケバイン。

 ソラは確かに見えていた。一部が赤熱化したロケットブースターを見て、彼は少しばかり口元を緩める。

 

「ヒット! 燃料量から考えて、あのロケットブースターはもうパージするしかありません!」

 

 ユウリの読み通り、ヒュッケバインの背部から長大なロケットブースターがパージされた。

 

「嫌……嫌、嫌々イヤいやヤイヤいヤ!!」

 

 ロケットブースターに付けられた武装のいくつかが爆発に巻き込まれたようで、敵の武装は手に持っていたバズーカと臀部に懸架されているバズーカの二丁のみ。袖口に仕込まれているプラズマカッターの事を考えると、まだ敵を無力化出来た訳ではない。

 小回りが利くようになったヒュッケバインがブレイドランナーの元へ向かってきた。

 

「やべえ……!!」

「三十秒持ち堪えなさい! 今行くわ!」

 

 ブレイドランナーとヒュッケバインを分かつように、一筋の光弾がオレーウィユから放たれた。

 

「いえ、私がいます!」

「助かるユウリ!」

 

 ――瞬間。

 

「っ――!!」

「うぅ……!!」

 

 ヒュッケバインの動きが止まった。同時にオレーウィユも。

 

「嫌……誰、あなた? 誰?」

「リィ……タ? それが、貴方の、名前……?」

 

 ――リィタ。誰も口にしていないはずの単語。

 

「もしかして、それがあのパイロットの名前か……?」

「リィタ……知らないわね」

 

 パイロットの動きをトレースでもしているのか、ヒュッケバインが頭を抱えだした。

 

「貴方、リィタちゃんって、っ痛……! 言う、の?」

「いや、だ。怖い、怖い怖い怖い怖い……! ――――テ。嫌だ嫌だ!」

 

 どこからどう見ても様子がおかしい。

 しかしこれはある意味好機である。とりあえずソラは敵を拘束しようと、敵のヒュッケバインへ手首下のアンカーを射出した。

 

「いやいやいや。それは頂けんよ」

 

 ヒュッケバインへ向かっていくはずのアンカーが弾かれる。

 次の瞬間、ヒュッケバインの近くの空間が歪み、艶の無い真っ黒なガーリオンが現れた。翳している右手が何やら力場のようなもので覆われていた。

 

「後詰めで来てみれば、この有様か。まあ、時間は稼げたのだから良しとするとしよう」

「誰だお前は! いきなり現れやがって……! 邪魔だ!」

 

 口ぶりから敵と判断したソラは先手必勝とばかりに、シュトライヒ・ソードを構え、突撃する。対するガーリオンは動かないまま、逆の手に持っていた両刃のアサルトブレードをぶらりと構えるだけ。

 その立ち振る舞いを見ていたフェリアの背筋に悪寒が走る。

 

「駄目よソラ! あのガーリオン、普通じゃ……!」

「このぉぉおおお!!」

 

 フェリアの制止を振り切り、ブレイドランナーは出力を上げたシュトライヒ・ソードをガーリオンへ振るう。

 最後まで敵機は回避行動を見せず、ただ手のひらを翳すだけであった。

 

「――(ティードットアレイ)・ハンドだ。コイツは()けんぞ」

 

 ソラは全身の力が抜けたような錯覚を覚えた。なんとガーリオンはビーム展開をしているシュトライヒ・ソードを()()()のだ。

 

「ぐあっ!!」

 

 そのまま別の手のアサルトブレードの腹で思い切り殴りつけられる反撃までもらってしまった。

 

「吠えるなよ。そこで大人しくしていろ。そこのヒュッケバインのカスタムタイプ二機もだ。少しでも抵抗する素振りを見せてくれるなよ?」

「ソラさん!」

「駄目よユウリ……! この敵、単純な突撃とは言え、接近戦に特化したブレイドランナーを軽くあしらったわ。この意味が分かるわよね?」

「……っ!」

 

 通信を傍受したのか、ガーリオンは満足げに頷く動作を見せた。

 

「そこの重武装は良く分かっているようだな、良いリスク管理だ。ついでに教えてやろう。もう俺達SOにはあの兵器プラントは不要となった。このリィタが迎撃に出ているんだ。直に制圧されるだろう」

 

 嘘を言っているようには見えなかっただけに、ソラには益々理解できなかった。

 

「そんな平然と何言ってやがんだ! お前らがこの基地を制圧するために殺した人達の前でも同じことを言えんのか!!」

「言えるな。お前は何を言っているんだ? こっちは戦争をしているんだぞ。敵の命なぞ知ったことではない」

「貴様ァ!!」

 

 再びブレイドランナーに火を入れようとしたソラの行動に気付いたのか、フェリアから焦ったような通信が入った。

 

「ソラ、動かない!!」

「馬鹿言うな! こいつは今倒す!」

「無理よ、止めなさい! それに敵はまだ本気じゃない!」

「それでもこのブレイドランナーなら――」

「今、そのブレイドランナーで真正面から向かった結果があれでしょう!! いい加減にしなさい!!」

 

 その一言で、完全にソラの熱くなった血が冷えていく。言い返せなかった。歯嚙みをし、今はみすみす逃がすしかないという事実を受け入れる。

 

「威勢は良し。だが実力が伴なっていない、か」

 

 ソラの非難を受け流し、ガーリオンはヒュッケバインの肩を掴んだ。

 

「俺に物を言いたいのなら、俺と対等以上が条件だ。それ以外は聞く耳持たん」

 

 そう言い残し、ガーリオンはヒュッケバインと共にこの戦域を離脱していった。その直後、作戦終了の知らせが流れた。

 ガーリオンの言った通り、あのリィタと言うパイロットが居なくなったことで防衛力が激減したのだろう。

 

「ソラ、大丈夫……?」

「……情けねえ」

 

 誰に言うでもない呟き。

 ようやくいっぱしのパイロットになったと思ったら、それは何という傲慢だったのだろう。井の中の蛙という言葉が先ほどからソラの脳裏に浮かび続ける。

 

 ――初の宇宙は、あまりにも苦すぎる経験となった。




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第十七話 戻ってきた地上で

「いや~! やっぱ宇宙より地上だな!」

 

 宇宙で苦い経験をした二日後、ソラ達は伊豆基地へ帰還していた。

 理由は実に単純なものだ。元々対ヒュッケバインの為に呼ばれていたので、その相手が居なくなった今、ソラ達はもういる理由がなくなった。

 早々に任務が解かれ、地上へとんぼ返りをするはめになったので、ラビーやフェリアは憤っていたが、ソラにしてみれば、慣れない場所で何日も過ごすよりはマシである。

 憤っているフェリアに関しては、元々スペースコロニー出身だったことを考えれば、その心中は推して知るべし、と言ったところ。いち早くブレイドランナーを格納庫に戻したソラは機体から降り、大きく伸びをする。

 

「……どいて。整備の邪魔」

 

 冷や水をぶっかけられたような、やけに冷たい声。振り向いたソラは思わず息を呑んだ。

 

「……何?」

 

 自分と同年代くらいだろうか、つなぎ姿の美少女がそこにいた。

 警戒しているのか、切れ長の瞳は細く研ぎ澄まされ、口はへの字になったまま。何より目を引いたのは短い銀髪であった。見る者全てを釘づけにする魅力がそこに込められているように感じる。

 ずっと見ていたソラの視線が不愉快だったのか、女性は視線を逸らし、彼を横切った。

 

「あ、わ、悪いな」

「……良い。それよりもどいて。作業の邪魔。さっさと仕上げたい」

 

 言うとおり横に移動すると、彼女はその空いたスペースをズンズン歩いて行く。何気なく彼女の後ろ姿を眼で追っていると、その目的地を見て、ソラは思わず声を出した。

 

「って! お前、俺のブレイドランナーに何する気だよ!?」

 

 ブレイドランナーの足元まで来た彼女が手にしていた工具箱を地面に置くまでは良い。だが、その中からやけに手馴れた様子で目的の道具を掴んで、ブレイドランナーの足元のメンテナンスパネルを開いてガチャガチャやり始めてしまっては口を出さずにいられなかった。

 すると、彼女は鬱陶しそうに、空いている手でソラを追い払う仕草をする。

 

「……静かにして。何回も言っている。作業の邪魔」

「いやいや! お前誰だよ!? 人の機体を勝手に弄って!」

 

 ソラの質問攻めに動じることはなく、代わりに女性は意外そうな表情を浮かべる。

 

「……これ、君の機体? 膝関節の摩耗が酷過ぎて、てっきりこの機体に慣れていないパイロットが乗っているかと……」

「なっ……!」

 

 図星を突かれて思わず言葉を失うソラ。

 確かにこの機体に乗ってまだそんなに経っていないが、一目見ただけでそれを看破されるとは思わなかった。だが、ソラにも意地がある。

 ヒクつく顔を何とか自力で抑え込みながら、彼女へ反撃する。

 

「お、お前にここ、この機体の何が分かるんだよ……?」

 

 随分な威勢の良さに、自分で自分が情けなくなる。そんなことに気づいた様子も無く、メンテナンスパネルを一旦閉じた女性はブレイドランナーを見上げ、ぽつぽつと語り始めた。

 

「……量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“ブレイドランナー”。近接戦闘に強く調整されていて、装甲と加速力を重点的に強化されている。高い加速力とメイン武装であるシュトライヒ・ソードを組み合わせた強襲戦法が出来るのが強み。弱点は上半身の関節」

 

 それはラビーにも言われたことが無いポイントであった。つい意地を張るのも忘れてしまう。

 

「上半身? 何で?」

「……パイロットよね? この機体の」

 

 ずっと冷たい声が更に冷たくなったような気がした。

 

「は、はい……」

「……まあ、良い。内蔵式の武装でずっと戦うならまだしも、この機体はシュトライヒ・ソードっていう長物、しかもある程度重量がある実体剣を振り回す」

「そう、だな……」

「……問題。バットを全力で振り続けるとどうなる?」

 

 彼女の問いに、ソラは視線を空中に彷徨わせた。

 まずイメージをしてみる。バットを持ち、ずっと振り続けてみた。そうすることで、自ずと答えに辿りつく。

 

「肩とか肘が痛くなってくるな、腰とかも」

「……そう。射撃主体の機体に比べて、接近戦主体の機体は上半身に負担を掛ける機会が数多くある。だから、しっかりとしたメンテナンスをしないと関節が耐え切れなくなってへしゃげることもあり得ない話じゃない」

「な、なるほど……」

 

 実に分かりやすい説明に、もうソラは見栄を張るとかそういうポーズを取ることをすっかり忘れていた。

 

「そういうことだから、もうどいて。……それとも、今格納作業中のピュロマーネとオレーウィユについても話す?」

 

 さっきまでのソラならば是非とも促しているところであったが、彼女の知識量を考えると、こちらがこてんぱんにされる可能性しか考えられなかったため、丁重にお断りしておいた。

 

「……そう」

 

 どことなく残念そうな表情になったのはきっと気のせいだろう。

 

「……もう、良い?」

 

 本人は早く作業に戻りたいのか、さっきから工具箱をチラチラ見ていた。よほどこのブレイドランナーを弄りたいのだろう。そこまで来て、ようやくソラは気づいた。

 というより、最初からまずその可能性を考慮して然るべきであった。

 

「……な、なあもしかしてあんた――」

「おお、ソラ君。もう機体を仕舞っていたか」

 

 穏やかな声なのに、未だに慣れないのは本当に不思議で堪らない。

 そんなことを考えながら、ソラは後ろに現れていたラビー博士へ振り向いた。

 

「ラビー博士、いきなり現れないでください」

「ああ、それは失礼。ソラ君が私の妹と話していたからつい、ね」

 

 “妹”。

 ラビーから発せられたその単語がソラの頭に何度も反響する。不機嫌そうな女性と、ラビーの顔を二度三度見比べ、ラビーのくっきりした凹凸ボディと女性の凹凸無しボディもついでに見比べ――叫ぶ。

 

「い、妹ぉぉ!?」

「……お(ねえ)。本当にその人に、お姉の機体を任せるの?」

 

 ラビー妹は一段と不機嫌そうな表情を浮かべ、姉へ非難めいた視線を送るが、当の姉は一刀両断。

 

「ああ、もう決めてある。だからリビー、そう不貞腐れるな」

 

 思えば、目の前の少女と後ろの長身美女には所々似ているところがあったな、と今更ながらにソラは気づいた。例えば先ほど彼の視線を釘づけにした銀髪。

 その美しい銀髪はラビーも持っていたものである。煙草を咥えていなければもっと映えるのに、何て思ったりもしていたのに何故気づかなかったのだろう、とソラは内心苦笑する。

 良く言えば退廃的な雰囲気を醸し出すミステリアスな女性、悪く言えば柄が悪い女性という極端な評価といったところだろう。

 しかし今挙げたのは二人の本質のごく一部。はっきり姉妹と分かる共通点は、一目瞭然であった。

 

(随分熱が入った眼でPTを見るよなぁ二人とも)

 

 一切の妥協なくPTの全てと向き合おうとしている“眼”だ。

 今更ながら、ソラは恥ずかしくなってきた。そんな真面目な者に、自分は何とつまらない態度を取ってしまったか。

 

「えっと、リビー……さん?」

「リビーはソラ君と同い年だ」

「あ、そうなんすか。じゃあリビー」

「……気安く名前で呼ばれる仲になった覚えはない」

「あ、そうか……。まあ、何というか、さっきまで変に突っかかったりして悪かったな。この通りだ」

 

 そう言ってソラは頭を下げた。すんなり頭を下げられるとは思ってなかったリビーは何と返して良いか分からず、何も言えなかった。

 一言で言ってしまえば、リビーは人付き合いが苦手な類いの人物である。

 昔からぶっきらぼうな喋り方故に、親しい友人は片手で数えるほどしかいない。とにかく喋るのが苦手だった彼女は唯一の趣味である機械いじりで培ったスキルが活かせるPTの整備士となった。

 黙々と、必要最低限の事のみやり取りすれば良いこの職業はまさに、彼女の天職とも言えた。

 

「……顔、上げて」

 

 何とか絞り出せたのがこの言葉である。

 本来ならもっと気の利いた言葉の一つでも言えればいいのだろうが、これがリビーにとっての精一杯。しかしそのことを察した様子もないソラはとにかく安堵した。

 

「よ、良かった~……」

「ふむふむ、てっきりフェリア君でキツイ性格の女性の扱いは完璧だと思っていたんだが……」

「何を言ってんすか何を。お、ピュロマーネとオレーウィユの格納が終わったみたいだな」

 

 フェリアとユウリが昇降機を操作している様子が見えた。

 時折、二人が並ぶと仲のいい姉妹のように見えてしょうがない。宇宙に上がった時に聞いたあの妙なマニアックな会話のせいだろうか、いやきっとそうだろう。

 

「狼我旋風ウルセイバー……って、一体何を言っているんだ俺は」

「さて、ソラ君。リビーがそろそろ本気で機体を弄りたくてウズウズしている頃だろうから私達はフェリア君達の所に行こうか」

「はいっす。それじゃ、よろしく頼むぜリビー」

「……だから気安く呼ばないで」

 

 フェリア達の元に歩いていく途中、ラビーが何故か腹立つ微笑みを浮かべた。

 

「随分女性には困らないようだなソラ君」

「……突然何すか?」

「いやいや。思えば、君の周りは女性しかいないな、と思ってね」

「博士が集めたからじゃないですか」

「まあ、そうとも言えるな」

「え、この部隊って男入らないんすか?」

 

 ずっと怖くて聞けなかったことをついに聞いてしまった。

 実は第五兵器試験部隊に入ってからソラは同性の同僚と話す機会が無くなってしまっていた。カイ少佐に怒鳴られて以降、敵の同性としか会話していないような気がする。

 一瞬、ライカ絡みで同性と接した気がするが、それは置いておこう。思い出しても楽しくない思い出である。

 

「それは君……暗に、私に四機目を作れというメッセージか何かかな?」

 

 ソラの予想通り――主に最悪な方向で――ラビーは首を傾げた。

 

「ですよねー」

「まあ、それは冗談としても。四機目は考えていなかったな」

「へー博士の事だから、かなり考えていると思ってましたよ」

「ああ、考えているのは三機のバリエーションだ」

「へ? あれで完成じゃないんですか?」

「まさか。データは尖っていれば尖っているほど削り甲斐があるんだ。妥協はしないで行くよ。そうだな……目標はメイシールのシュルフツェンという所かな?」

 

 出された機体は敬愛するライカが駆る灰色の亡霊であった。一緒に戦ったことは数回しかないが、縦横無尽に暴れまわる様は圧倒的で。すっかり時代に置いていかれた機体、と侮るにはまだまだ先が長いように見えた。

 

「ブレイドランナーがライカ中尉の機体性能に追いつく頃には俺もそれなりの腕になってんのかねぇ」

 

 ラビーが立ち止まる。

 そして次に言われた一言で、ソラは改めてライカの技量を思い知らされることとなった。

 

「何を言っているんだ? 総合性能ではブレイドランナーの方が勝っているぞ」

「……へ?」

 

 脇に抱えていた端末の画面を見せてもらうと、二つのレーダーチャートが並べられていた。一つが大きく整った多角形になっていて、もう一つが小さいが二点だけ極端に伸びている歪な多角形となっている。

 しっかり見たのを確認したラビーが歪な方の説明をしてくれた。

 

「こっちの歪な方がライカ中尉のシュルフツェンで、整っているのがブレイドランナーだ」

「……嘘ですよね?」

「本当だ。元となっている機体からして基本性能が違うしな」

「それでアレなんすか?」

「アレだよ。ちなみに初めて現物を目にしたとき、正直私は引いた。あんなパイロット殺し、ATXチームのアルトアイゼン・リーゼの他にあるとは思わなかった、あの時ばかりはメイシールもついに薬物に手を出したのかと戦慄してしまったよ」

 

 シュルフツェンと言う機体は本当にパイロットへの負担が考慮されていない相当なじゃじゃ馬らしい。

 機体各所のスラスターを用いた強引な戦闘機動の補正、パイロットに負担を掛けるほどの爆発的な推進力を与えるスラスターユニット、癖のある白兵戦用兵装。劣る性能をそれ以上の無茶で覆い隠している機体、というのがラビーの評価である。

 

「ら、ラビー博士が引くってよっぽどですね。……ていうか、それに乗っているライカ中尉って……」

「正直、何で死んでいないのか不思議なくらいだ。冗談抜きで内臓の位置変わっているんじゃないか?」

「……ち、ちなみに俺が乗ったらどうなりますかね?」

 

 ラビーは視線を宙に彷徨わせ、脳内で計算を始めた。シュルフツェンの性能とソラの操縦技術を考慮し、簡単なシミュレートを何回か行う。

 そうして弾き出された答えは実にあっさりとしたものであった。

 

「喜べソラ君。二割の確率で残りの人生ベッドの上だが、八割の確率で車椅子生活だぞ」

「死ななきゃ幸せなレベルって何なんすか」

「実戦レベルでアレを動かしたいならまずは特訓をしたまえ。具体的には車に正面衝突されろ。あとは――」

「俺が悪かったです! すいません!!」

 

 これ以上聞くのが怖くなり、フェリア達までもうすぐそこまで近づいていたので、そこでライカとシュルフツェンの話を打ち切った。精神衛生的にもベストな選択であると、ソラは強引に己を納得させる。

 

「……どうしたのよソラ? えらく顔が真っ青だけど」

 

 どうやらフェリアにはお見通しだったようで、怪訝な表情を浮かべていた。理由を言う気になれなかったソラはとりあえず笑って誤魔化しておくことにした。

 ふとソラは気づいてしまった。俯き、何かを迷っているようなユウリに。

 

「ユウリ? どうした?」

「え……と」

「言いたいことがあるなら言いなさい? 言わなきゃ伝わるものも伝わらないわよ?」

 

 フェリアの後押しを受け、ユウリも腹を決めたのか、唇をきゅっと引き締めた。

 

「もし次にあの濃紺のヒュッケバイン……リィタさんが出て来たら私、投降するように説得したいです!」

 

 覚悟を決めたユウリの口から飛び出したのは、まさかの宿敵への説得意志であった。



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第十八話 天秤の傾く先は

「俺だ。カームスを出せ」

 

 鹵獲し現在はSOの管理下にあるペレグリンの中で、男は地上のどこかで行動しているエレファント級にいるであろう前線指揮官を呼びつける。

 向こうのオペレーターは実に手早く目的の人物へと橋渡しをしてくれた。早々に見慣れたイカツイ顔が映し出される。

 

「お前か、どうした? 定時連絡は二日後のはずだが」

 

 SOの前線指揮官であるカームス・タービュレスはいきなりの連絡にも関わらず、さして驚いた様子もない。

 こういった突然のやり取りは過去に何度も行われ、カームスからしてみれば“またか”といった感想である。

 そしてカームスは知っていた。このような突然の連絡は大体、男からの不満であると。

 

「何だあの戦力は? 兵器プラントを取り戻しに来る割には、随分と嘗めた質の部隊を投入されたものだな」

 

 男は非常に立腹している。

 元々、大規模な戦闘になるだろうということで渋々宇宙行きを決めたほど、先日の戦闘を()()()にしていたというのに、蓋を開けてみればあの有様である。

 自分を抑えられる手練れが一人も居なかったのも失望したが、男としてはもう一つ腹立たしいことがあった。

 

「それに。お前から預けられたあのリィタという子供。何だあれは? 敵を前に動きを止めるなんて自殺志願者か? 俺が出しゃばらなければ拘束されていたか撃墜されていたぞ」

 

 男を苛立たせていたもう一つの要因であるリィタ・ブリューム。

 彼女に下した任務は防衛部隊を引きつけ、頃合いを見計らって適当に撤退するというものであった。

 カームスからは“問題ない”と太鼓判を押されていたが、正直男としては死んでくれなければ良い程度の期待だった。

 

 ――だが、あっさりと()()()()()()()が覆される。

 

 戦闘面だけで評価するなら、彼女は最高のパイロットであった。

 年齢にそぐわない操縦技術と反応速度は滅多に人を褒めない男ですら、手放しで認めたレベルである。事実、兵器プラントを制圧する際、リィタはまさに一騎当千の働きをしてくれた。

 的確に迅速に、まさに理想の兵士。そう、思っていたのに、突然彼女が晒した無様。

 その保護者が何かを思い出したように、口を開く。

 

「……もしや、カスタムされたヒュッケバインの小隊と当たったか?」

「ああ。機体はそこそこ良い物を使っているようだが、使っている奴らがまるでなっていなかったな。……関係があるのか?」

 

 いきなり何の話だ、と男は少々訝しげに眼を細めた。すると、すぐさまその疑問は解決される。

 

「その中に一人、リィタと同じような人間がいるようでな」

 

 ほお、と今度は興味深そうに目を開いていく男。

 カームスから少しばかり話は聞いていた。独特の脳波を持つ者――念動力者。戦意や殺意、恐怖心などと言った“思念”を読み取れるようで、彼女の戦闘力の基礎となっているものである。他にも、思念で機体を動かしたり、特殊な誘導兵器も使用できるようになるという。

 話だけ聞くと、恐ろしく胡散臭いが、実際に戦場でのリィタは一発の被弾もなかった。……そのヒュッケバイン小隊と当たるまでは。

 

「何だ? ()()だから攻撃を躊躇(ためら)ったとでも言いたいのか?」

「そうではない。恐らく共振でもしたのだろう。リィタも頭が痛いと言っていたしな」

「……とにかく、あの子供は地上へ送り返した。数日もあればお前の元に戻っているだろう」

「……すまんな」

「いや、良い。正直、また同じようなことがあったら面倒見切れん。俺はスタンドアローンでやりたいんだ」

「DC時代の経験か?」

「ああ。半端者なりの経験値と言うのがあるんだ」

 

 そう言って、男は皮肉気味に笑った。

 

「……元『ラストバタリオン』が半端者ならば、SOは半端者以下の集まりだな」

「元ではない。“成り損ない”だ」

 

 ()のエルザム・V・ブランシュタイン、テンペスト・ホーカーが率いていたDC最強の部隊――ビアン・ゾルダーク総帥親衛隊、通称『ラストバタリオン』。何を隠そう男の所属していた部隊である。しかし、その期間は極めて短いものとなっていた。

 

「あの話は本当だったのか。命令無視を繰り返し、ビアン総帥やエルザム・V・ブランシュタインらから見限られたというのは」

 

 男がすぐにラストバタリオンを去ることになった理由はありふれたものである。

 数々の命令無視を繰り返し、エルザム並びにテンペストからの警告までも無視した挙句の結果だった。理由が分かり切っていたので、特に男は食い下がることもなくあっさりと最小限の人数で行動する特殊部隊へ回されることを受け入れた。それ以降はDC戦争終結まで、ずっとその部隊で前線に立ち続けていたのはまた別の話である。

 

「俺にはあの部隊は窮屈過ぎただけだ。……マイトラはどうした?」

「北欧方面へ行ってもらっている。もう少し連邦の眼を引きつけておく必要があってな」

「……進捗具合は?」

「三割にも満たん。奴らの眼を掻い潜りながらだからな。無理もあるまい。お前の乗っている“ペネトレイター”一つ調整するのだって相当な時間調整が重ねられているぐらいだ」

「……ふん、それを言われては仕方がないか」

 

 二人の会話が途切れるのを見計らったかのように部下が話に入ってきた。

 

「――お話し中、失礼します。大尉、連邦の哨戒部隊の網に掛かってしまったようです。ただ今、ペレグリン一隻がこちらへ真っ直ぐ向かってきました。AM二個小隊も艦からの出撃を確認されています」

 

 部下の報告を受け、男は立ち上がる。

 

「そういうこととなった。まだ言い足りんが、ひとまず蹴散らして来よう」

「……抜かるなよ」

「誰に言っている」

「ふ、武運を。アルシェン」

「このアルシェン・フラッドリーは運命などに頼らん。俺は俺の手で道を作る」

 

 男――アルシェン・フラッドリーはそう締め括り、通信を終えた。

 外を見ると、既に逃走のための足止め部隊が出撃しているのが確認できた。こうしてはいられないと、アルシェンは愛機の元へ向かう。

 戦いを求め、生死の境界線を歩くために。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「メイト、どうしましたか? 急に呼び出して」

 

 メイシールの部屋は相変わらず汚かったが、今更突っ込むの野暮だったので、特に触れることはなかった。

 

「まあ、待ちなさい。もう一人来るから」

 

 椅子に座っていたメイシールはそう言って、机の上に置いてあるお菓子入れから飴を放り投げた。以前、メイシールの部屋を掃除した時にもお菓子の空袋が沢山あったな、とライカはおぼろげながらに思い出す。

 見た目通りと言えば良いのか、メイシールは甘いものを好んでいる。常に斬新な武装を生み出すべく思考している彼女は時折、大量のお菓子に囲まれながら考える事があった。

 食べたくなったら食べる、食べたくなかったら放置。そうやってなるべくストレスを感じずに思考することで思いがけぬヒラメキがやってくるのを待っているのだ。……余談だが、()の悪名高きシュルフツェン・フォルトへの改修もこうした思考運動の末、導かれたものである。

 とりあえず飴をキャッチしていたライカは包み紙を取り、中身を口に放り込む。青い色からして想像は出来ていたが、見事なソーダ味である。

 

「失礼します。何の用ですかー?」

 

 非常にやる気が無さそうに入室してきたのはフウカだった。

 役者が揃ったとばかりに、メイシールは近くに置いていたリモコンのスイッチを入れる。すると、カーテンが閉まり、僅かなモーター音と共に、壁沿いの天井からモニターが下りて来た。

 それを見たライカは言葉を失った。趣味で部屋を改造した結果であるのは分かる。当然、部屋の改修伺いなんて取っていないのだろう。思わず半目でメイシールを見てしまった。

 

「……怒られますよ、これ」

「まあ、その時はその時よ」

 

 モニターに映像が映し出された。

 漆黒の闇、重力を無視して浮いているデブリ群、どこからどう見ても宇宙の映像である。

 

「……これは?」

「おっ……ソラ達ですね」

 

 それはリィタ駆る濃紺のヒュッケバインとの交戦記録であった。

 ロケットブースターを装備し、圧倒的な火力で終始三人を圧倒していたが、それだけでは終わらない。

 フェリアのピュロマーネが追い立て、ユウリのオレーウィユが常に援護できる位置取りをキープし続け、ソラのブレイドランナーが一気に削り取る。まだまだ動きがぎこちないが、それは間違いなくライカが理想とする三人の連携であった。

 それに、とライカはブレイドランナーの射撃を見て、満足げに頷く。

 

(射撃タイミングが良い具合にズレていますね。ボールペン、役に立ったようですね)

 

 徐々にヒュッケバインを追い込みつつあるところで、フウカが口を開いた。

 

「メイシール、まさかこれを見せるためだけに呼びつけたのですか? いや、まあ、彼らも成長したなーとは思いますけど」

「最後まで見なさい。話はそれからよ」

 

 と言っても、今しがたヒュッケバインのロケットブースターが破壊され、ようやくまともな戦いが出来るといった所だ。まだ掛かるだろう、と思っていたら、突然オレーウィユの動きが止まり、釣られたかのようにヒュッケバインの動きが止まった。

 

「ん? どうしたのですか?」

「そこら辺は後で説明するわ。……次よ」

 

 ブレイドランナーが拘束するためにアンカーを放った。

 次の瞬間、いきなり現れたガーリオンによって弾かれる。

 

「なっ……!」

「……なるほど、そう言うことですか」

 

 いきなり現れたのは高性能なステルスシステムによるものらしいが、ライカにしてみれば、そんなことはどうでも良かった。艶の無い真っ黒なガーリオン、翳した右手から確認できるエネルギー力場。

 そして、ブレイドランナーを圧倒する白兵戦のセンス。

 そこでメイシールは映像を一時停止する。

 

「ライカ、特にフウカは見覚えがあるわよね?」

 

 あえてメイシールはフウカの方を見た。

 むしろこれで(とぼ)けたら引っぱたくつもりでいた。だが、眼付きが変わったフウカを見て、メイシールは少し安堵する。

 

「――間違いないですね。あれはアルシェンの機体です」

 

 最近はやる気の無さ――というよりだらけていた――が顕著だったフウカの纏う空気がいつの間にか戻っていた。今の彼女は元シャドウミラーであり、ライカと命のやり取りをしていた“ハウンド”時代のソレである。

 

「生きていたのですね……」

「いや、どうでしょうね」

 

 ライカの言葉に疑問をぶつけたのは他でもないフウカであった。

 ――判断しかねる。それが現状でのフウカの見解だ。

 その見解を裏付けているものはあのガーリオンである。

 

「私の知るアルシェンはああいった防御の仕方はしないですね」

「……と言うと?」

「あの『T・ハンド』です。あれはいわばアルシェンの奥の手です。こう言っては失礼ですが、ソラ達相手に晒すことはまず有り得ません。素直に、持っている武装で弾くなりの対応をするでしょう」

 

 アルシェンの駆るガーリオンとは、基本性能を徹底的に底上げし、パイロットの技量をダイレクトに反映できるようなカスタムとなっている。

 武装はありふれた実弾兵器を使い、本人の希望でソニック・ブレイカーはオミットされている。基本的に避けるか弾くかという攻撃の凌ぎ方だが、それでも避けきれない攻撃は必ずある。

 『T・ハンド』とはそう言った場面で初めて解禁されるのだ。

 

「だったら、あのガーリオンは“こっち”のアルシェンが乗っているのかしら?」

「……それは、判断が付きませんね」

 

 フウカが答えに淀んだ時点で、メイシールの疑問に答えられる者はこの場に居なくなった。

 断定するには情報が少なすぎるのだ。部屋に流れる空気が重くなろうとしている。

 しかし――。

 

「――なので、こちらから出向こうと思います」

 

 ――“猟犬”の血を再び目覚めさせるには十分すぎた。

 

「フウカ、貴方……良いの?」

「“こちら側”なら敵として排除します。“向こう側”ならば――――」

「……そう、ですか」

 

 フウカの()()()の言葉を聞いたライカは、否定も肯定もせず、ただ静かに目を閉じた。



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第十九話 単純明快、されど苦難の道で

「う~ん……」

 

 格納庫の片隅でソラは一人悩んでいた。

 小さなコンテナに座って頭を抱えるソラの姿は整備士たちの好奇の視線に晒されていたが、当の本人は全く気付いていない。

 考えていたのは昨日のユウリの一言。

 

『もし次にあの濃紺のヒュッケバイン……リィタさんが出て来たら私、投降するように説得したいです!』

 

 実はこの後に、まだ続きがあった。

 

『宇宙での戦いの時、あの子言ってたんです。“タスケテ”って。だから私、あの子を助けたいんです……!』

 

 ユウリと親しいので、乗ってくると思っていたフェリアはその意見に否定的だった。

 兵器プラントを単騎で制圧出来る危険なテロリスト相手にそんな生温いことをすれば死ぬリスクが跳ね上がる、というのが理由である。

 それはそうだと思った。漫画やゲームの世界では百パーセント成功するが、実際はそんなのは聞き流されて攻撃というのが普通だろう。

 

「すげーよな、あいつ……」

 

 もちろんフェリア的にはユウリに協力したい気持ちでいっぱいのはずだ。しかし、フェリアは心を鬼にした。

 熱し過ぎた鉄板に冷や水をぶっ掛ける役割をあえて買って出たのだ。賛成一、反対一、となるとあと決断しなくてはならないのが一人。

 

『ソラ君、後は君が決めるんだ。撃墜にするにしても、説得するにしても、方針を固めなくては成功するものもしない』

 

 ラビーはソラに全てを委ねた。一人の命を奪うか、自ら含め全てを危険に晒すか。

 

「決められるかぁ!」

 

 ――今日一日。

 これがソラに与えられた猶予だ。この答えで方針が確定され、これからの作戦が決まってくる。

 だというのに、未だに頭の中がグルグルしていた。ライカに相談してみれば――先ほどからソラの頭にはそんな案しか浮かんでこないが、それだけは選べない。

 リィタの件は第五兵器試験部隊の個人的な問題だ。

 それに、ライカを巻き込むことはいけないと思うし、ラビーもそれは許さないだろう。

 

(あぁ……くそ、変なことしか頭に浮かばねえ)

 

 ソラはとりあえずリィタを説得することのメリットを考えてみた。

 リィタの戦闘力は間違いなく自分らより上であり、もし上手いこと入ってくれたら連邦に取って大きな力となるだろう。

 それに、ユウリが喜ぶ。あとはSOの情報を聞き出せるかもしれない。

 まだまだ考えられることがあるが、ソラは次に撃墜することのメリットを考えてみることにした。……デメリットはあまり考えないことにしているが。そんなことを考えたら益々泥沼だ。撃墜すればSOの戦力を大幅に削ることが出来る。

 それは説得することによっても生じるメリットだが、あえて挙げてみた。撃墜した機体の残骸を解析すればどこの兵器メーカーが手を加えただとか、通信記録によるアジトの場所や組織の規模が分かるかもしれない。

 そこまで考えて、ソラはまた頭を抱えた。

 

「どっちも同じじゃねえか!」

 

 大体、と頭を抱えたままソラは自分と言う人間を思い出してみる。

 

「そんな事を考えるのは俺らしくねえよな……」

 

 損得を考えて動くタイプではなかったソラは結局、振り出しに戻ってしまう。

 説得するか、撃墜するか。また思考の海に落ちようとするソラは自分に近づいてくる影に気づいていなかった。

 

「……何、してるの?」

「ん……?」

 

 足元、膝、胴体、そして顔へと視線を上げていったソラは見覚えのある顔と目が合った。

 

「おう、リビーか」

「……だから、名前を呼ばれるほど親しくなった覚えはない」

 

 煤と油に(まみ)れていたつなぎ姿のリビーがそう言って、目を細め、あからさまに不機嫌顔となった。手にはスパナが握られており、まさに“作業中”と言った様子である。

 ソラの言葉も待たず、リビーは彼の座っていたコンテナを指さす。

 

「……どいて、その中の物を取りたい」

「わ、わりい。今どくわ」

 

 すぐにリビーはコンテナを開け、何やらコードやら鉄板のようなものを取り出した。さっさと離れるのかと思っていたら、リビーがぽつりと一言。

 

「……さっきから皆見てるけど、何でこんな隅にいるの?」

「皆って……ゲッ!」

 

 ソラはすぐにリビーの言っていることが理解できた。自分が頭を抱えたり、悶絶しているところをさっきからチラッチラッ見られていたことに気づき、ソラは顔から火が出そうだった。

 

「ま、まじか……」

「……うるさい。さっきから気が散って作業に集中できないんだけど」

 

 リビーが親指で指したのは横一列に並んでいるソラたちの機体であった。割と近い所にいたんだな、と思いつつ、ソラはふと気づく。

 

「ん? その言い方だと、お前も見てたのか?」

「……別に。そんなことは、ない」

 

 更に不機嫌顔になった気がするが、理由を聞いたら怒られそうだったので、ソラはとりあえずこれ以上触れないことに決めた。その代わり、と言っては何だが少しリビーに話を聞いてもらうことにした。

 

「なあリビー。例えば、話しあえば争いを止めてくれそうな人がいて、その人に話し合いを持ちかけるかそれともやっぱり危険だから戦うか選ばなければならなかったとしたら、どっちを選ぶ?」

「……それだけの情報だったら、戦うことを選ぶ」

 

 不思議な言い回しに、ソラはつい聞かずにはいられなかった。

 

「それだけって?」

「……その人の事が良く分からないから。向き合えば、意見が変わるかもしれないけど。機体と同じ」

「機体がか?」

 

 そのソラの言い方にムッと来たのか、リビーが彼の腕を掴み、立ち上がらせる。そのまま第五兵器試験部隊の機体の所まで引っ張ると、そこで彼女は掴んでいた手を離す。

 いい加減何のつもりか聞こうと、口を開きかけたソラの言葉を遮るように、リビーは唐突にオレーウィユを指さした。

 

「……どう見える?」

「どう見えるって……新品同然の綺麗な状態に整備されているな、と」

 

 するとリビーはオレーウィユの腰辺りに指を動かす。

 

「……実はオレーウィユの腰骨に当たるフレームが少し歪んでいるの。あと細かい所で言うなら、手の甲の装甲板が凹んでいたりする。小さなデブリにでもぶつかったんだと思う」

 

 リビーの言ったとおり、手の甲が少しだけ凹んでいた。綺麗だと思っていたが割と傷だらけのようだ。

 

「すっげえな……良く分かるなこんな細かいところ」

「……ずっと見ているから、当然」

 

 心なしか少し得意げにリビーは言った。

 ただ見るだけでは無く、一切の妥協なく機体と向き合っているからこそ段々分かってくる、そう締め括ったリビーの言葉を目を閉じ、噛み締めるように心に刻むソラ。

 

「人間も同じ……って、ことか?」

「……そう。しっかり向き合えば機体は必ず答えてくれる。もちろん、人間も。向き合うかどうかは、君次第」

 

 ……ようやくソラは今まで渦巻いていたモヤモヤの正体が分かったような気がした。メリットがどうとか、リィタを撃墜するか説得するかどうかすら、そんな難しい話は他の人達が考えてくれることだ。

 今の自分に求められているものとは実にシンプルな選択。

 

 ――リィタと言う人間と向き合いたいか、向き合わないか。

 

 たったそれだけの話だった。気づけばソラは立ち上がっていた。

 今まで自分が悩んでいたことがあっさりと解決してしまい、少し己の単純さが不安になったが、それは後でゆっくり反省することにする。

 まず、やらなくてはならないことがあった。その前に、とソラはリビーの手を握る。

 

「な、何……? 私の手、今油と煤(まみ)れなんだけど」

「それがどうした? そんなことよりも、サンキューな! ようやくこの変なモヤモヤが解消されたわ! 今度何か奢らせてくれ!! それじゃ!」

 

 リビーが何か言う前に、ソラは足早に格納庫から走り去ってしまった。

 随分騒がしい人だと、呆れつつ、リビーはふと自分の手に視線をやった。

 

 ――それがどうした?

 

 そんなことを言ってくれたのは今のが初めてだな、とリビーは思い起こしてみる。ずっと機械に触れ続けた証拠とも言える荒れた手には細かな傷がいくつも付いており、女性らしさというものはどこかに置き忘れてきてしまっていた。

 リビーは気づけば、女らしくないこの手を何の気にもせず握った男の名を呟いていた。

 

「……ソラ、カミタカ」

 

 ソラに握られた手には、まだ微かに彼の温度が残っている。

 その一部始終を見ていた整備班の先輩がリビーへ一言。

 

「お、やったなリビー。とうとう春が来たか?」

「――ッ!? ち、違い、ます……!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「それで、ソラ君。私達をここに呼んだということは決まったということで良いのかな?」

 

 ソラはすぐにいつも使っているブリーフィングルームにフェリア達を呼び出した。理由はもちろん決まった答えを報告するため。

 ユウリが不安げにソラを見ていた。答え次第では、本腰を入れてリィタと戦わなければならない為である。

 フェリアは何も言わず、ジッとソラを見つめていた。

 

「はい。待たせてすいませんでした」

「いや、良いさ。それじゃあ答えを聞かせてもらおうか」

 

 もうソラには迷いはなく、自然と言葉が溢れてきた。

 

「俺、ずっと悩んでいました。説得するか、撃墜するかずっと……。どっちを選ぶにしても、メリットはほぼ同じだし成功するかも分からないし。だったら、何も考えずに戦った方が良いんじゃないか? そうも考えました」

「そうだな。正直言うと、どちらを選んでも旨みは同じだ。だから私はユウリ君の提案をすぐに却下せず、選ばせた。言葉は悪いが、どちらでも良いからな」

「そうです。どちらでも良いからこそ、フェリアは冷静な視点でユウリの提案に賛成しなかった。……説得することによって生じる隙を突かれない保証なんてどこにもないですからね」

「ええ、そうよ。敵がユウリの説得に聞く耳持たず攻撃してくるどころか、その優しさにつけこむ人間だったら、と考えたら反対せずにはいられなかったわ」

 

 フェリアは、少しばかりソラを見直していた。ソラが言っていたことは自分の反対理由と一字一句同じであったから。

 なら、とフェリアは目を細める。

 

「どうしたいの?」

 

 これ以上の言葉は不要であった。自然と拳を握っていた。

 

「――リィタって人間と向き合いたい。ただ話すんじゃない、ただ戦う訳でもない。しっかりと向き合った上で、投降するか呼び掛けたいんだ」

 

 それがソラの出した結論。

 顔にこそ出さなかったが、フェリアは予想通りの言葉に内心苦笑していた。ラビーも同意見だったようで、薄い笑みを浮かべている。

 

「なるほど、な。つまり君は一番危険な道を選ぶと、そう言うことなんだな? ユウリ君の提案通りただ説得したほうが良いのかもしれないぞ?」

「それじゃ駄目なんです。ぶつかりあってでも、そいつの剥き出しの感情と向き合わなければ意味が無いんです。そうじゃなければ、俺が後悔します。損得勘定なんて抜きで、そいつと向き合いたいから向き合うんです。フェリアとユウリには悪いですが、巻き込まれてもらいます」

 

 ここまで言ってソラはこれが却下されたらどうしようかと一瞬すごく不安になったが、フェリアとユウリの表情を見ると、それは杞憂だったと安堵する。

 

「ソラさん! ありがとうございます! 一緒に頑張りましょうね!」

「おう! フォローは任せろ!」

「……全く、こうなるんじゃないかと思ってたわよ」

「悪いな、フェリア。貧乏くじを引いてもらうわ」

「……やるからには徹底的にやるわよ」

「もち!」

 

 すぐさまソラ達は具体的なプランを考え始めた。……後で分かったことだが、ラビーは撃墜前提のプランを全く考えていなかったという。

 考えていたのは説得前提のプランとソラの出した一番難しい案の二つだけ。むしろ撃墜で意見が纏まったらどうしようかと少し不安になったとも言われたので、つくづくソラは周囲に恵まれているなと感じた。

 

(……やってやる)

 

 ――だが、ソラ達はまだ知らなかった。リィタという少女との戦いが、意外な結末で終わることを。



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第二十話 死んでもやり遂げる~前編~

 あれから二日経った。

 この間、SOに目立った動きはなく平和な日が続いていたが、事態は急変する。

 不審な輸送機が太平洋側からインド洋を横断する進路を取っているという情報が第五兵器試験部隊へ飛び込んできたのだ。輸送機がSOに関係するものと踏んだ連邦は輸送機の進路上にあり、また彼らとの交戦経験が多く、比較的他のPT部隊よりも小回りが利く第五兵器試験部隊を追撃部隊として選抜した。

 すぐに第五兵器試験部隊はタウゼントフェスラーで現地へ急行し、SOのものと思われる輸送機の追撃を開始する。

 

「ソラさん、フェリアさん、聞こえますか?」

 

 ブレイドランナーの中で待機していたソラは、すぐに音声通信から映像通信に切り替えた。

 

「ああ、聞こえてる」

「熱源反応をキャッチしました。この速度を維持し続けていれば、約十分後に輸送機が有視界領域に入ります」

「こっちには気づいていないのかしら?」

 

 ユウリは首を横に振った。

 確信があったのだ。敵は間違いなくこちらに気づいているはずである。

 機体に乗り込んだ瞬間に感じた視線のようなもの。それこそが、機材では測りきれない“思念”。そしてこの覚えのある念で、ユウリは現在追いかけている輸送機がSOのものという確信を掴んだ。

 

「いえ、あの輸送機にはリィタさんが乗っています。間違いなく」

 

 それを聞いたソラはもう一度ブレイドランナーの点検をやり直すことにした。特に足回りを念入りに。

 前回が宇宙だったからか、まだ少し感覚が抜けきっていないのだ。潰せる違和感は可能な限り潰す。まだ機体の基本的なことが分かっていないソラは都度、フェリアやユウリに数値を見てもらうことで念入りに微調整を行っていた。コンソールを叩きながら、気持ちを切り替えていく。

 こんなに早くチャンスが巡ってくるとは僥倖以外の何物でもない。恐らくそう何度も戦えるチャンスはないので、これが最初で最後のチャンスと考えた方が良いだろう。

 

(やりきる。何が何でもやりきる……!)

 

 輸送機のパイロットから目標が見えたとの報告が入った。それと同時に鳴り響く警報。もはやシラを切り通す事なんて考えていないのだろうか、目標から護衛と思われる熱源反応をキャッチする。

 ソラ達は通信を切り、発進準備へと移った。

 

「ソラ・カミタカ、ブレイドランナー出る!!」

 

 ……今日は鬱陶しいくらいに青い空と海である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ソラさん、フェリアさん、熱源反応真っ直ぐこっちへ来ています。該当データ……量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ!」

 

 やはり来たか、とソラは操縦桿を握り直す。……だが、どうやらそれだけではないようだった。

 ユウリの声から余裕が消え去る。

 

「えっ!? ……もう一機、高熱源反応確認できました! これってもしかして……!」

 

 ドクン、とソラの心臓が跳ね上がったような錯覚を覚えた。

 ユウリのような念動力者ではないソラであったが、“この妙な感じ”には確かに覚えがあった。気づけば生唾を呑み込んでいた。この相対する者を呑み込まんとする巨大な威圧感。

 ソラはその者の名を呼ぶ。

 

「カームス……タービュレス……!!」

 

 鬼を彷彿とさせる頭部、ワインレッドの巨体、胴体と同じくらい巨大な盾付きの腕。それは間違えようも無かった。

 ソラ達第五兵器試験部隊を壊滅寸前まで追い詰めた特機もどき。ライカの助けが無かったら既に殺されていたであろう仇敵。

 

「ほう。あの時の若造か。なるほど、確かにリィタの言っていた通りだったな」

 

 濃紺の凶鳥がワインレッドの鬼の隣へやってきた。宇宙用装備では無かったので、いつぞやか見た四基の大型スラスターとテールスタビライザーで構成されたバックパックを装備している。

 

「あのヒュッケバインだよ、カームス」

 

 よほど信頼しているのだろうか、リィタの声には前回のような“無機質さ”は見られなかった。ヒュッケバインが指さしたのはユウリのオレーウィユである。それを確認したカームスは次にブレイドランナーとピュロマーネを見やる。

 

(……見極めさせてもらおうか。“剣持ち”の若造)

 

 対する第五兵器試験部隊は予定外の事態に少し冷静さがこそぎ取られてしまっていた。ヒュッケバインだけなら正直まだ何とかなったであろう。だが、もう一機エースが追加されたとなったら話がまるで違ってくる。

 そこで、ソラは一つの決断をした。

 

「フェリア、ユウリ。お前たちは予定通り頼む。俺はカームスを押さえる」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方一人じゃ!」

「それしかない」

 

 リィタの未来予知レベルの回避能力に対抗できるのは現在ユウリだけ。あとは十分な火力と冷静な判断力を兼ね備えているフェリアがいれば何とか予定通りいけるはずだ。

 それに、とソラはブレイドランナーの役割を振り返る。

 

「ライカ中尉から言われたことがあるんだ。このブレイドランナーは対特機用でもあるってな」

 

 ブレイドランナーの有り余る加速性能と並のPTを超える堅い装甲は、特殊な装備やサイズ差がある特機とも渡り合うことも想定されていると以前、ライカから言われたことがあった。闇討ちと対特機戦こそ、ブレイドランナーの本来の運用方法。

 この判断に後悔はない、むしろ感謝すらしていた。こうしてまたあの()と刃を交えることが出来るのだから。

 

「だからって、貴方一人であの敵と戦うなんて……!」

「良いから任せてくれ! 今度こそ、あいつへ刃を走らせる!!」

「……やりましょうフェリアさん、二人でリィタさんに対応します」

 

 ソラの覚悟を読み取ったユウリはそう言って、ヒュッケバインをロックオンする。フェリアも大きなため息と共に、照準を合わせた。

 それを見届けたソラは、信じてくれた感謝と共に、カームス機――以前ツヴェルクと呼んでいた――をロックオンし、ペダルを踏み込んだ。

 

「行くぜカームス・タービュレス!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 開始早々、驚異的な加速力でツヴェルクへ接近したブレイドランナーはすれ違い様にシュトライヒ・ソードを振るう。ビーム展開しない斬撃だったが、ゾル・オリハルコニウム製の刀身に加速力が上乗せされた一撃はツヴェルクの盾に傷を付けるには十分すぎた。

 盾部に刻まれた一文字の痕を確認したカームスは意外そうに口角を上げる。

 

「やるようになったな若造、機体が良いのか?」

「俺が良いんだよ!!」

 

 機体を止めず、ブレイドランナーのアンカーを射出させる。ツヴェルクの背部に突き刺さったアンカーがしっかり固定されていることを確認し、即座にペダルを踏み込み、操縦桿を倒した。

 コンパスで円を描くようにツヴェルクの周囲を旋回し、ブレイドランナーはがら空きの側面をモニター正面に入れる。十分な加速距離と間合いを獲得したブレイドランナーのメインスラスターが火を噴く。

 巨体故に一動作が緩慢なツヴェルク相手だからこそ出来る戦法。今度はビーム展開したシュトライヒ・ソードを左肩部へ振り下ろした。

 

「おおおおお!!!」

 

 咆哮と共に、ソラはすぐさま後方部監視モニターですれ違ったツヴェルクを視界に入れる。振り下ろした際に外れたアンカーを巻き取り、再度ツヴェルクの脚部へ打ち込んだ。

 いくら鈍重とは言え、あのツヴェルクには肘についた大推力スラスターによって一気に距離を詰めてくることが可能であった。

 距離を離し過ぎれば一気に相手のペースに持って行かれる。かといって近づきすぎてもあの剛腕で薙ぎ払われる。

 そこでソラは考えた。

 

 ――適度にアンカーで間合いと加速距離を調整し、こちらのペースを徹底的に維持し続ける。

 

 これが、ソラの導き出した対ツヴェルクへの戦法であった。

 アンカーを打ち込んだ箇所を支点に、ブレイドランナーはまた大きく円を描くように位置取りを行う。機体の加速力に引っ張られたのか、一瞬ツヴェルクのバランスが崩れたのを確認できた。

 持ち前の動体視力でそれを捉えたソラは覚悟したように歯を食いしばり、またペダルを踏み込む。狙いはバランスを崩し、がら空きの脇腹、いやコクピット部。

 弾丸のように突進したブレイドランナーはシュトライヒ・ソードの切っ先をツヴェルクへ向けた。

 

「ふん!!」

 

 だが相手はSOのエース級。そう上手くはいかなかった。

 結果は脇腹へ切っ先を掠めただけ。咄嗟に致命傷を避けるカームスの技量は素直に憧れてしまう。

 

(敵じゃなかったらPTの操縦でも教わりたかったぜ……)

 

 それだけが少しの無念であり、ソラの混じりけの無い本音であった。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!!」

 

 一度距離を離したソラは体中の酸素が無くなったような感覚に襲われ、全身からは汗が噴き出ていた。ほぼ最大速度でアンカーを用いた急制動は想像以上に自身の肉体へ負担を掛けていた。脇腹にはじんわりと鈍い痛みが広がり、操縦桿を握る手も少し震えていた。

 そう何度もこの手は使えないなとソラは、改めてライカの頑丈さに恐怖する。確かツヴェルクに助けてもらった際、ライカはこのブレイドランナー以上の速度でバレルロールを実行していたはず。

 一連のやり取りで全身が痛むソラには絶対不可能である。

 

(体が痛てぇ……けど、イケる……っていうか、これで行くしかねえ……!)

 

 だが、身体への負担が凄かろうが、この手を何度も使うしかなかった。

 真正面からぶつかりあって打ち倒す技量は生憎持ち合わせていない。ブレイドランナーの運用法と自分のやりやすい戦い方をすり合わせた結果が、この戦闘機動であった。

 

「良い動きだったな。まるで毒蜂のようだ」

「なら、そのまま……倒れてろ」

 

 斬り付けたツヴェルクの左肩部を見て、ソラは心が折れそうになるが、それを悟られないようにするため、あえて笑ってやった。

 敵のビーム兵器すら切り裂ける高出力のシュトライヒ・ソードを以てしても、小破程度といった所だろう。しかしこの結果をポジティブに考える事も出来た。

 

(塵も積もれば山となる、だ。積もらせに積もらせてエベレストにしてやるよ、カームス・タービュレス……!)

 

 ほとほと自分は単純だと思い知らされた。気持ちを切り替え、ソラはブレイドランナーを加速させる。

 

「……少し遊んでやるつもりだったが、気が変わった」

 

 またすれ違い様に斬ってやるつもりでソラはブレイドランナーを推進させていた。

 それに合わせたようにツヴェルクが両腕の盾部を(かざ)す。それだけなら良かったのだが、盾の一部がスライドした瞬間、ソラの全身に悪寒が走る。嫌な予感に従い、半ば無意識にソラはコンソール上から“盾”を選択していた。

 ブレイドランナーの両肩部が展開したのとほぼ同時、スライドして一部分が露出した盾部が光る。そこからまるで、雨のような細く大量のビームが放たれた。

 

「うわああああ!!」

「良い反応だ。咄嗟に勘付くとは運の良い奴」

 

 ガーリオンのソニックブレイカー使用時に発生するエネルギーフィールドと同質の『Tフィールド』が無ければ、既にこのブレイドランナーは眼下の海に藻屑と消えていただろう。

 すぐに機体のチェックを掛け、その結果を見たソラは愕然とした。強固なフィールドが少し抜かれており、右腰部装甲や左胸部装甲が少しだけ焼けていたのだ。もし至近距離でこれを喰らっていたら確実にこのフィールドは破壊されていた。

 情報処理もすぐに済ませ、気持ちを切り替える。

 

(これだけの威力だ。きっとそう何度も使えるもんじゃないはずだ。それに、あいつの口ぶり……今の一撃で片づけたかったようにも感じられる)

 

 何も言わず近づいて連射しまくればこちらをあっという間に落とせるなら、あんな言い捨てるような台詞は吐かないはずだ。ツヴェルクの側面を取るようにブレイドランナーを移動させつつ、ソラは武装パネルへ一瞬視線を移す。

 

(『Tフィールド』はチャージに入ったか、時間は確か……そう、百秒。……敵のインターバルは!? 上手く噛み合えば良いが、そうじゃなかったらブレイドランナーは完全に無防備だ!)

 

 ソラは今の攻撃のせいで完全に見落としていた。初めて会った時、ツヴェルクがどんな兵装で攻撃していたかを。

 

「これは防げるか“剣持ち”!?」

 

 ツヴェルクの胸部装甲が展開した刹那、ソラは全てを思い出す。

 PT部隊やAM部隊を壊滅させたあの極光がツヴェルクの胸部で膨れ上がっていた。

 

「しまった……!!」

 

 ――放たれた極光は、あの日と変わらない輝きでソラを包み込む。



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第二十一話 死んでもやり遂げる~後編~

「ソラっ!!」

 

 思わずフェリアは叫んでいた。

 今しがた確認できた高エネルギー反応、そしてその近くにいたブレイドランナー。幸い、生命反応は確認できるので、コクピット部は無事だと分かる。すぐにでも向かいたかったが、ヒュッケバインが放ったビームが機体を掠めてきた。

 今のは危なかったと、フェリアは改めてリィタの技量を思い知らされた。ユウリと二人掛かり、しかも彼女の射撃の隙をカバーするように、ピュロマーネが持てる火力を叩き込んでいるというにも関わらず、ヒュッケバインはそれを軽やかに避け続けているのだ。撃ち尽くしたM950マシンガンのカートリッジを交換し、ピュロマーネは再度ヒュッケバインへ向ける。

 

(本当に良く避けるというか、勘が良いというか……!)

 

 前回のリィタ戦の反省を踏まえ、FCSを徹底的に調整し、ピュロマーネのレスポンスも計算しなおした。また今回の携行武装はM950マシンガンにM13ショットガン、それにガトリングガンと比較的ばら撒けるもので統一していた。実はもう一つ、肩部ビームカノンという今まで使っていなかった武装があったが、相手が悪すぎるので今回も使うことはないだろう。

 その点、ユウリは素直にすごいと思えた。

 

「リィタさん! 話を聞いてください!」

 

 攻撃の念を読み取っているのか、正確無比だと思われていたリィタの射撃を避けては彼女へ近づこうとしている。今回のユウリの目的はリィタとの話し合いだったので、反撃は最低限だった。

 

(ユウリ、段々狙いが凄くなっているわね……)

 

 しかしその必要最低限の射撃を見て、フェリアはユウリの成長ぶりに驚きを隠せなかった。その前兆は前々から、もっと正確に言うならば初めてリィタと交戦した時から始まっていた。

 最近の彼女は段々とそれが顕著になっている。リィタの回避の念を読み取り、そこへ光子弾を撃ちこんでいるのだろうか。

 少し嫉妬してしまう。現時点で、唯一彼女とやりあえるのはユウリだけだろうから。

 

(――なんて、普通の奴は考えるんでしょうね)

 

 持っていたM950マシンガンをサブアームでウェポンラックに戻し、代わりにM13ショットガンを両手に構える。縦横無尽に動き回るヒュッケバインを冷静にレティクルに収め、引き金を引いた。

 二丁の銃口から放たれる散弾はヒュッケバインの装甲を食い破ることはなく、大きく距離を離されるだけで対処されてしまった。悲嘆している暇はない。すぐにFCSの補正をし、再度照準を合わせる。

 

(相手の攻撃の念を読み取り、それに基づいて回避行動をしている……。全く、本当に反則としか言えないわ)

 

 ユウリに教えてもらったことがある。――念動力者は未来予知をして攻撃を避けているわけでは無いと言う。

 

(――でも。相手は宇宙人でもなければ化け物でもない、ただの人間……。私が、当てられるタイミングを見逃しているだけ。本当ならいくらでも当てられているはず……!)

 

 段々とソラに影響されてきたな、とフェリアは少し苦笑いを浮かべる。

 どんな強い相手でも迷わず向かい、一パーセントでも勝機があればそこに全てを懸ける。そんな彼の姿に少しばかり影響されてしまったのかもしれない。こんなバカとも言える前向きな思考は、以前の彼女には考えられないことであった。

 

(せめて一撃。無理ならユウリの援護に徹底する!)

 

 右手のショットガンの弾切れを確認し、銃を捨てたピュロマーネは代わりにM950マシンガンに持ち替え、引き金を引く。引き金を引いている間に左手のショットガンをガトリングガンに取り換え、弾幕を更に厚くした。

 しかしこれだけやってもヒュッケバインはこまめに位置を変え、弾幕を掻い潜る。弾薬が切れる前に、フェリアはコンソールを叩き、サブアームを起動させる。

 

(試すのは初だけど……!)

 

 バックパックに折り畳まれているサブアームが展開し、ウェポンラックに収められているM950マシンガンを掴んだ。両手による弾幕を形成し続ける中、サブアームが持っているマシンガンのトリガーを引く。

 

「……っぅ! 何、で……?」

 

 フルオートで放たれたマシンガンの弾丸が、両手による弾幕を潜り抜けていたヒュッケバインの肩に数発着弾したのを確認すると、フェリアは目論見通りの展開に少し高角を吊り上げた。

 

(予想が当たった……と見ても、良いのよね?)

 

 ユウリの言葉を一言一句正確に理解し、そしてじっくり飲み込んだ末に辿りついたリィタ対策とは今のサブアームによる一撃。攻撃の意思が濃い自分の手からの射撃を()()()()()()()とし、無機質なサブアームからの射撃を()()とする。

 

(相手からの念を読み取ることに頼り過ぎるのは問題よね。ユウリにも言っておかなくちゃ……)

 

 試みが成功したことを確信したフェリアは一度弾幕を中止し、後は弾薬を惜しむように消極的な射撃に切り替える。

 今回の目的はリィタの撃墜では無い。ピュロマーネから遠ざかるヒュッケバインを見て、フェリアはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 ()()()()()を達成出来たフェリアは自分の真上を通り過ぎて行ったユウリへエールを送る。

 

「行きなさいユウリ!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「リィタさん! 少しで良いんです! 話を!」

「……人の心に、勝手に……!」

 

 攻撃をいくらか被弾しながらも近づいてくるオレーウィユの姿に、リィタは少し動揺を隠しきれずにいた。先ほどから自分が何度も攻撃をしているにも関わらず、目の前の“レドーム付き”は反撃をほとんどしない。

 それが、リィタには理解出来なかった。

 

「どうして……攻撃、してこないの……!?」

 

 音声通信だが、つい“レドーム付き”に問いかけてしまった。

 そんなことをした理由は分からない。自分じゃ分からない心の奥底に眠る“何か”がリィタを動かしていた。

 

「貴方と話がしたいからです!」

「私は……したく、ない……! 貴方は……誰……?」

 

 向けられたビームライフル越しに、彼女の拒絶の思念が流れて来た。逃げることは簡単だが、今のユウリはそういうことをしたくなかった。

 距離を離しながらだというのにリィタの射撃はどんどんオレーウィユの身体を削っていく。しかし臆せず、ユウリは距離を詰めるべく機体を加速させる。

 

「私はユウリ! ユウリ・シノサカ! 貴方はリィタさんですよね!?」

「私の名前を……!?」

 

 リィタは少し恐怖していた。

 いくら攻撃をしても、“レドーム付き”はほとんど反撃をしてこない。どこを狙っても“レドーム付き”は紙一重で避け、こちらに近づこうとしている。怖い……はずだった。

 

(あの人は…………誰?)

 

 不思議な感覚に陥っていた。怖さの他に、どこか親しみを感じるような、そんな不思議な気持ち。

 

「分かりますよ! 他でもない! リィタさんが私を呼んでくれたんです!」

 

 もしユウリがリィタより劣る念動力の持ち主ならば彼女の呼び声に気づくことはなかっただろう。だがユウリの念動力の強さはリィタと同等かそれ以上に成長しつつあった。

 

 ――引かれ合う。

 

 ユウリとリィタの思念は言葉通り、互いが互いを引っ張り合っていたのだ。だからこそ、分かることがあった。

 

「リィタさん! 何で私を本気で殺そうとしないんですか!?」

「ッ! そん、なこと……!」

 

 拒絶や恐怖といった思念を感じることはあっても、彼女から“殺意”を感じたことはなかった。自分に向かってくる殺意やその人が元々持っている悪意に反応し、リィタは攻撃を仕掛けている。

 ……そう、考えていたユウリはずっと殺す気のない射撃ばかりを行っていた。その結果がこれである。そして、そこから導き出される答えはたった一つ。

 

「リィタさん、貴方は怖いんです! 何もしなくても自分の命を狙ってくる全てが!」

「違う……! 私は……リィタは……! 私は――」

「――なら何故俺を殺さなかった!?」

 

 ソラの怒声が流れ込んできた。

 取得したブレイドランナーの映像を見たユウリは思わず息を呑む。

 

「そ、ソラさん! 機体が……!」

 

 映像を取得したユウリは左肩から先が無いブレイドランナーの姿を見て、思わず息を呑んでしまった。

 左側のカメラアイが溶け、脚部も半分溶けかかっている。それでもブレイドランナーは懸命にカームスのツヴェルクへ攻撃を仕掛けていた。

 

「ちょっとしくじっただけだ! それよりも! そこのヒュッケバインえ~とリィタだったか! 初めてお前が仕掛けてきたとき、お前言ってたよな! カームスが言っていた二人って! もう一人が誰かは知らんが、もう一人は俺なんだろ!? お前が好きなカームスと戦ったから、お前はそれが面白くなかったんだよな!?」

「ち、違う……! 違う違う……!」

 

 ソラは半ば叫ぶように言葉を続ける。

 

「なら何故その憎い俺を殺さなかったんだよ!? お前にとって俺を殺すことは赤子の手を捻るより簡単だったはずだ!」

 

 ソラの言葉に、ユウリが続く。

 

「リィタさん! 貴方は分かってたんです! どんなに攻撃しても、ソラさんは貴方を殺す気も、戦う気も無かったって!」

「ようやく分かったよ、ユウリがお前を助けたいって言った理由が! お前はホントは優しい奴なんだ! 本来、こんな戦いの道具なんかに乗ってていい奴じゃねえんだ!!」

「違う違う違う違う!!!」

 

 コクピットの中でリィタはあろうことに操縦桿から手を離し、頭を抱えていた。ソラとユウリにぶつけられた真っ直ぐな思いを感受してしまい、もはや機械のように言葉を繰り返すだけ。

 

 ――逃げたい、怖い、嫌だ。

 

 リィタの負の念が増し始める。

 ――瞬間。コクピット内のあらゆるモニターが『Caution』の単語で埋め尽くされ始める。それに合わせるように、座席後部に備えられていた『PDCシステム』の稼働率が上昇し、システムの一部が赤く光り出した。

 大きな思考の波が押し寄せて来た次の瞬間、リィタは自分が抑えきれなくなった。

 

「嫌あああああああああ!!!」

「っ痛……!! リィタさん!? どうしたんですか!?」

 

 先ほどまでの洗練された動きはなく、ただ手当たり次第に持っているライフルを乱射している姿はどこか苦しそうで。

 ユウリはあらゆる負の感情が膨れ上がり、身体全体に叩き付けられたような感覚に一瞬陥った。リィタの暴走はその()()()を感じた直後である。無視できない事態に、ユウリは引き金を引くことを決意する。

 今のリィタの状態はハッキリ言って異常であった。その怨念はリィタからでは無く、あの機体の()から感じられた。

 機体の動きを止めようとフォトンライフルを構えた瞬間、オレーウィユのセンサーはカームスの声を捉えた。

 

「――今までご苦労だったなリィタ。お前の役目は今……終わった」

 

 無機質な、そんな声を。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おおおお!!」

 

 ソラは正直今こうして戦えていることが奇跡でしょうがなかった。

 ツヴェルクによる胸部からの砲撃に気づいた直後の行動は、もう一度やれと言われたら絶対無理と自信を持って答えられた。

 ブレイドランナーのスラスターのリミッターを外し、人間が耐えられる以上の速度を獲得して、何とか射線上から飛び出せたは良いモノの、その代償に逃げ遅れた左半分は持って行かれてしまった。ここまで来ると、左半分へのエネルギー供給カットに躊躇いは感じない。

 片側の頭部バルカン砲や射撃形態にした右手のシュトライヒ・ソードでひたすらツヴェルクの頭部や関節部を攻撃していたが、そろそろ弾切れを迎え始める。

 しかしそんなことよりも、今はユウリが気になっていた。

 

(言いたいことは言ったんだ。あとは頼むぜユウリ)

 

 今度はビーム展開をしないシュトライヒ・ソードで斬り付けに行こうと考えた次の瞬間、リィタの悲鳴にも似た悲痛そうな叫びを聞く。

 

「な、何だ!? おいカームス! あの子どうしたんだ!?」

「……PDCシステムがリィタの思念を受け止めきれなくなったのか」

 

 ボソリと聞こえたカームスの言葉に不穏なモノを感じたソラは怒鳴るように問い詰める。

 

「PDCシステムって何の事だ!? って、今はそんなことどうでも良い! 早くあの子を引かせろ!!」

「……それほどにリィタの感情を揺さぶることの出来る人間が、いる」

 

 無視し、カームスはぶつぶつと喋り続ける。

 

「……なるほど。なら、決まりだな」

 

 行動を停止したツヴェルクが、錯乱したように辺りへ攻撃しているヒュッケバインへ盾部を翳した。

 

「何を!?」

「――今までご苦労だったなリィタ。お前の役目は今……終わった」

 

 そう告げると同時に、盾部から集束でもしたのだろうか、細い閃光が二度放たれた。ソラが注意を促すよりも早く、閃光はヒュッケバインのバックパックと両脚部を撃ち抜く。テスラ・ドライブ部を破壊されたヒュッケバインが飛行能力を失い、どんどん下の海へ高度を落としていった。

 

 

「かー……むす?」

 

 

 本当に意外そうな声を一瞬だけ漏らし、通信が途切れた。……途切れてしまった。

 

「…………おい、お前今何した?」

「“剣持ち”のパイロット。あのパイロットはもう用済みだ。だから――」

「…………お前を慕っていたみたいだぞ? そんな子に今、何した?」

「お前にとっての敵が消えたんだ。――喜べよ」

 

 ソラにとっての、最後の()がぶち切れた。

 

 

「――だから何をしたんだと聞いてるんだカアアァァァァァァムウウゥゥゥゥス!!!!!!」

 

 

 ソラは既に、頭に血が上り過ぎて、自分で自分が抑えきれずにいた。

 機体の損傷なんかもはやどうでも良い。気づけばシュトライヒ・ソードの出力を最大にし、ソラはふらつく機体を強引に抑え込んでツヴェルクへ突進していた。

 対するツヴェルクは動かず、真正面から待ち受けている。

 

「味方でもあっさり切り捨てるのがお前らSOのやり方なのか!?」

「違うな! 俺のやり方だ!」

 

 渾身の一撃を盾で防ぐツヴェルク。強引に押し切る為、ソラはメインスラスターのリミッターを再度外す。無くなった左半分からはもちろん、ブレイドランナーの至る所から火花が出始めていた。

 完全に無茶な動きである。だが、それでも押し切れない。

 

「なら貴様は俺の敵だぁあああ!!」

「思い上がるな若造がァ!!」

 

 唐突に盾の角度を変えられ、ぶつかりあっていたシュトライヒ・ソードは盾の表面を滑るように、明後日の方向へ滑りきってしまった。

 

「しまった……!」

「貴様は俺の敵ではない!!」

 

 がら空きのブレイドランナーへ迫るツヴェルクの鉄塊。操縦桿を倒し避けようと思った刹那、視界がブレた。

 

(嘘、だろ……!?)

 

 今まで無茶してきた代償が返ってきたのだろう。

 ここぞという時に、腕と足の感覚が一瞬だけ無くなってしまうという最大の不覚。

 

「ソラ!! 回避を! ソラ!!」

「ソラさん!! 早く逃げて!!」

 

 ほんの一瞬だけ、フェリアとユウリの声が聞こえたような気がする。

 

(……フェリア? ユウ、リ?)

 

 

 ――その直後、拳と言う名の鉄塊がブレイドランナーの胴体へ突き刺さる。



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第二十二話 手に持つ刃が欠けて

「これはまた……相当無茶したなソラ君」

 

 全損した左腕部、溶けた頭部左側半分、そして、コクピット部から下が無い下半身。ほぼ破壊され尽くしたブレイドランナーを前に、ラビーは笑うしかなかった。

 しかし、これはパイロットであるソラを責めているわけでは無く、純粋に敵の戦力の見積もりが甘かったことに対する自分への嘲笑。

 

 ――通用すると思っていた。

 

 接近戦・特機戦用に調整し、またそれにふさわしいパイロットも見つけられた。自分の考案したシュトライヒ・ソードも特機と十二分以上に渡り合えるとも自負していた。

 

(しかしこれは……何という無様)

 

 蓋を開けてみればそれが思い上がりだったことを痛感させられてしまう。切り札であったシュトライヒ・ソードは出力不足で碌にダメージを与えられず、以前の黒いガーリオン相手では得意の距離で子供扱いをされる始末。

 ピュロマーネやオレーウィユはともかく、アタッカーであるブレイドランナーは一番被弾率が高いのに加え、想定している相手からして更にその損傷は悪化するものと予想される。はっきり言って、このまま完全修復したところで、また同じ未来が待っているだろう。

 

 ――それどころか、今度はソラ・カミタカというパイロットを殺してしまうのかもしれない。

 

「う~む。となるとやはり……」

「……お姉」

「リビーか。どうした?」

「……あのブレイドランナーのパイロット、どうなったの?」

 

 そこでラビーは第五兵器試験部隊が帰還した時にリビーがいなかったことを思い出す。

 リビーが見たのは既に格納庫に搬入され、パイロットがいなくなった三機の機体であった。一瞬だけ表情が固まった後、それを隠してすぐに作業に移れる辺り、リビーはプロ意識の塊であるとラビーは我が妹ながら感心する。

 しかし、もどかしさも感じていた。

 

(……素直に心配だと言えば良いだろうに)

「……何か言った?」

「いやいや。何も。……ん?」

 

 下手なことは言えないな、とラビーはそれ以上変なことを考えるのを止め、ブレイドランナーをどうするかという現実に向き合うこととする。

 そう思っていた矢先に、遠くから見覚えのあるちまっこいのが歩いてくるのが見えた。

 その姿を見たラビーは、やはり腐れ縁だといういうことを改めて実感してしまった。

 

「だいぶ機体の見栄えが良くなったわね、ラビー」

「そうか? 君のゲテモノに比べたら確かにそうだろうが」

「ゲテモノじゃないわよ! 性能を追求した結果よ! ていうか、かっこいいじゃない!」

「まあ他ならぬメイシールがそう言うのなら、そうなのだろうな」

 

 ラビーがからかい、メイシールが怒る。

 マオ社時代から変わらないこのやり取りに少しばかりの安心を覚えてしまったラビー。対するメイシールもやぶさかではないと言った様子だ。

 そんなメイシールは半壊したブレイドランナーをしげしげと眺め始める。

 

「……ライカが言っていた例の特機もどき?」

「ああ。私もまだまだだと痛感させられてしまったよ。特殊人型機動兵器……特殊という部分に対する備えが甘かった私の完全なミスだ」

「パイロットの事を考え過ぎなのよ貴方は」

「君が考えなさすぎるんだよ。どれだけ超性能の機体を作っても乗りこなせるパイロットが居なくてはただの産廃だ」

 

 ラビーとメイシールの開発コンセプトは真逆と言っても過言では無い。

 『パイロットを機体に合わせる』が信条のメイシールに対し、『機体をパイロットに合わせる』というのがラビーの信条であった。

 その事でマオ社時代から何度もメイシールとラビーは意見をぶつけあっており、その姿は先輩であるマリオン・ラドムと元旦那であるカーク・ハミルを彷彿とさせていたのは当時のマオ社の人間にはもはや常識であった。

 

「それくらいしなきゃ異星人との戦いには通用しないわ。マリオン先輩のリーゼがその一つの到達点よ」

 

 アルトアイゼン・リーゼは『特機の相手は特機』という定石を覆した凄まじいモンスターマシンだ。

 突進力、火力、装甲。パイロットへの負担を考えるのなら、どれをとってもこの先十年は超えられないであろう尖りに尖った性能。

 その系譜を受け継いだかのようなシュルフツェン・フォルトを見て、そして今回の惨敗を経験したからこそ、ラビーは一つの考えに達していた。

 

「……そうだ。先輩のその考えを色濃く受け継いだ君に頼みがある」

「……め、珍しいわね。貴方が頼み事なんて」

 

 メイシールという人間はこういった改まった頼みごとに弱かった。ましてや今までいがみ合っていた人間からのこの低姿勢な頼みごとに、尚更彼女は困惑していた。

 当然それを察していたラビーはそれでもこの結論に辿りついた。

 

「――今回だけで良い。このブレイドランナーの改修に際して、私にアドバイスをくれないか?」

 

 辿りついたのは、自分のプライドを捨てて、ライバルに助力を請うことであった。

 彼女達を良く知る者がこの光景を見たら、口を開けていたことだろう。それだけで有り得ないことであった。互いが互いの考え方を認めないことはあっても、考え方を()()()()()ということはたったの一度でもなかったのだから。

 正直、メイシールは自分の耳が悪くなったとしか考えられなかった。だが、ラビーの真摯な眼差しを受け、それがおふざけの類では無いことを確認した彼女の眼が変わる。

 

「……一応、理由を聞かせてくれる?」

「私は今まで常識的な範囲で、常識的な設計をし、常識的な性能を持つ機体を考案してきた。その集大成がブレイドランナー、ピュロマーネ、オレーウィユ。この三機が得たデータを元に、現行の量産機の更なるバージョンアップをしていく、それが私の目標だ」

「そうね。そのために格闘能力、制圧力、電子戦能力の三つに振り分けて機体を作った。得たデータを削って、平均化するためにね」

「ああ。そうするために当然、私なりに尖らせたよ。ピュロマーネは装備次第で対艦能力を獲得できるし、オレーウィユは機体の負担を無視すればそれ一機で戦闘領域内の電子戦を賄えるようにしている。ブレイドランナーだってそうだ。対PT戦から対特機戦までもカバーできるようにしたつもりだった」

 

 ある意味量産機としては完成された性能を持つヒュッケバインMk-Ⅱを更に上のステージへ上げるためには、それ相応の“叩き台”が必要であった。そのつもりでラビーは自分が考えられる限りの“最高”を持つ機体を三機製作した。

 

「しかし、他二機はともかく、ブレイドランナーは駄目だったようだ。私の考える“最高”はSOには通用しなかった。だから今度は、君の柔軟な発想から来る意見が欲しい。シュルフツェン・フォルトを見る限り、接近戦用機を考える力は君の方が私の数段上を行っているようだしな。……一度で良い。君の“最高”で私の“最高”を更に上のステージへ押し上げて欲しい――頼む」

 

 そう締め括り、ラビーは頭を下げた。そんな彼女の姿を見ていたメイシールの答えは既に決まっていた。

 

「――嫌よ」

 

 目を閉じ、ラビーは素直にその言葉を受け止めた。

 考えてみれば都合の良い話であった。今まで考えを否定していた相手が急に頼ってくるなど気持ち悪いに決まっている。

 

 ――しかし、メイシールの次の一言で、それが自分の思い違いだと思い知らされた。

 

「貴方らしくないわね。私の言ったことには一々突っかかる。貴方はそういう人でしょ? なら、私の出す発想に一々ぶつかって来なさい。ラビーだけじゃない、私だけでもない、()()()このブレイドランナーを特機相手でも楽勝な機体に仕上げるのよ」

 

 それに、とメイシールはラビーからプイと顔を背け、言葉を続ける。

 

「……この天才メイシールのライバルが、そう簡単に頭を下げるんじゃないわよ」

 

 ほんの少し頬が朱くなっていたメイシールの横顔を見て、ラビーは少しばかり自分らしくなかったと心の中で反省する。

 ぶつかってこそのメイシールと自分。そう気づかされたのは他でもない自分の最高の好敵手。

 

「……ふ、そうだな。このちっこい奴の言いなりになってばかりは確かに私らしくなかったな」

「って! 頭を撫でるな! 身長差を活かすな!」

「――よろしく頼む、()()()

「っ……! ふ……ふん、しばらく聞いてない単語だから思わず誰の事を言っているのか尋ねそうになったわよ」

「……随分楽しそうですね」

 

 ライカが薄い笑みを浮かべ、滅多に見ないメイシールの姿を一通り楽しんでから、本題に入った。

 

「話は聞かせてもらいました。ブレイドランナーを改修するんですよね?」

「ああ。その通りだライカ中尉。ついでにフェリア君とユウリ君が海中から回収してきた()()()()の修理もやるつもりだ」

「ならついでにもう二機、改修するつもりはありませんか?」

 

 脇に抱えていた書類をラビーに渡したライカは言葉を続ける。

 

「フェリアとユウリの操縦の癖が段々分かってきました。開発者の前で言うのも恐れ多いですが、恐らく今の二機では戦いづらいはずです」

 

 渡された書類に一通り目を通したラビーはライカと視線を合わせる。

 

「ほう、これはピュロマーネとオレーウィユの改修案か」

「改修と言う程大げさなものではないですが、機体のコンセプトを殺さず、二人が扱い易い仕様にしてはどうだろうかという提案です」

 

 ラビーはライカの観察眼に改めて敬服した。

 二人の現在のレベルと戦法を考慮した現実的な改修案であった。しかも、言葉通りコンセプトを殺さないように考え抜かれた武装と各所の調整案。自身が何となく考えていた改修プランと酷似する所が多々見受けられる。

 

「何ともはや……君は、私の所に来る気は無いか?」

「……嬉しいお誘いですが、遠慮しておきます。そちらの部隊にはゲシュペンストが無いので」

「そ、そうか……。それはどうしようもないな」

「ゲシュペンストがあってもライカは渡さないわよ! もうライカ以上に私の機体を乗りこなせるパイロットはいないもの」

 

 ――やってやる。

 ラビーは改めて、自分が恵まれていることを実感しながら、超えるべき壁を乗り越えるため、自らのアイデアの全てを引き出すため脳をフル回転させる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……ねえ?」

「ん? 何だ?」

「私、意外なことに結構心配したのよね。ツヴェルクからは高エネルギー反応が確認されたし、おまけに奴の拳をまともに喰らっていたように見えたしで……。ユウリもそうよね?」

「……は、はい。あの時は本当に最悪の事態を考えてしまいました」

「そうか、そいつは心配掛けたな」

「……だと言うのに!」

 

 ビシリとフェリアは美味しそうにカレーライスを頬張るソラを指さす。

 

「何で軽傷で済んでいるのよ!? もっと酷い怪我になってなさいよ!」

「無茶言うな!!」

 

 と言っても、軽傷と言うほど軽傷では無く、左腕の骨にヒビが入っており、ギブスで固められているという状態のソラである。もっと細かく言うなら、長時間内蔵がGによって圧迫されていたのでPT操縦などはしばらく禁止されている。

 今にして思えば、良く生きていたなとソラは自分で自分を褒めたくなった。

 

(……あと一センチでもコクピット側に拳が入っていたら俺はきっとハンバーグの材料になってたんだろうな……)

 

 気を失う寸前に操縦桿を倒し過ぎてしまったのがこの幸運の原因であった。ソラを貫いたように見えたツヴェルクの拳はコクピット部の下側、正確に言うなら下半身を砕くという結果はこの偶然によって起こされていた。

 今思い出してもゾッとする。――本来ならば恐らくあそこで死んでいたのだから。

 

「……なあ、あのヒュッケバインのパイロットは?」

「……重要参考人としてとりあえずこの伊豆基地預かりになったわ。ついでに言うなら明日、私達でパイロットへの聞き取り調査を行うことになっているわ」

「俺達が?」

「ええ。一番交戦経験がある私達だからこそ抜擢されたのよ。ラビー博士がそう言っていたわ」

「……リィタさん、大丈夫でしょうか?」

 

 一番気にしているのはやはりユウリであった。

 だがユウリ程ではないにしても、ソラも気になっていた。カームスからの攻撃にリィタは心底不思議そうな声を漏らしていた。本当に心を許していたのだろうと察することが出来る。

 だからこそ、ソラにはカームスの行動が理解できなかった。

 

「奴は何のつもりであの子を撃墜したんだ……? くそっ、ふざけやがって……!」

「リィタさん、どうなるんでしょうか……?」

「さあね……。上が決める事よ。私達はそれに従うだけ」

「お前はホント冷めてるよな……」

「物を言いたいなら出世しなさい。どんなエースパイロットでも上の階級の言うことには全て頷くことしか出来ないわよ」

 

 そう言ってカツ定食のカツを口に運ぶフェリア。

 食堂で軍世界の真実を知りたくはなかったソラは現実逃避とばかりにまたカレーを口に運ぶ。

 

「それよりも今の現実だ。……また特訓する必要があるな」

「私もまだまだだと痛感させられたわ。これじゃあSOとの戦いが不安でしょうがないわ」

「――そう言うと思っていました」

 

 あんぱんと紙パックの牛乳片手に、ライカが現れた。

 その姿にどう突っ込めばいいのか分からなかったが、いたって真面目な様子だったので、余計シュールだ。

 

「ライカ中尉、そう言うと思っていたってどういうことですか?」

「SOのエース級はまだまだいます。彼らと渡り合うために、貴方達はもっと強くなる必要があります」

「ま、まだまだ強くなれるんすか!?」

「ええ。貴方達が本気で強くなりたいなら、ですが」 

 

 そう言ってライカはあんぱんを一齧りした。



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第二十三話 実はとても単純で

「さて。ソラ君にフェリア君、ユウリ君。オフの日に済まないな」

 

 ラビーの言葉通り、今日は第五兵器試験部隊のオフの日であった。

 だが、こうして呼び出された理由は一つである。個室の扉を親指で指しながらフェリアは尋ねる。この個室とは、投降した敵パイロットや事件の重要参考人の話を聞くための部屋だ。逃走できないよう、光を入れるための窓は強化ガラス製の小さな嵌め殺しとなっており、扉の鍵は三重の電子ロックとなっており、突破は困難。

 その中に、今回の重要参考人が控えていた。

 

「この中に……?」

「ああ。名前はリィタ・ブリューム。たまたま身分証明証を持っていてな。名前だけしか分からないよう、巧妙にデータを弄られていたみたいだが」

 

 リィタ・ブリューム。

 あれだけ命のやり取りをしていた相手のフルネームをようやく分かったのは何だか妙な感覚だった。ソラは、中の物を見透かさんばかりに凝視する。

 

「俺、こういう取り調べとかやったことないんすけど……」

「安心してくれたまえ。そういうものじゃない。本当なら教導隊に歳が近い子達がいるのだが、今日は全員任務があるらしい。だから――」

 

 ラビーの言葉を繋ぐように、ユウリが喋る。

 

「私達、なんですね」

「そういうことだ。ただ、一気に押し寄せたら彼女も委縮してしまうだろう。だから、彼女への取り調べは一人ずつ行ってもらう」

「一人ずつ……ですか?」

 

 一番に反応したのはやはりというか、フェリアであった。

 フェリアの心配も当然である。いくらユウリが心配していた相手とはいえ、凄腕のPTパイロット相手に一対一という構図は、少しばかり……いやもっての他。

 そんなフェリアの不安はラビーの一言で解決された。

 

「大丈夫だ。私含め、他の二人は隣の部屋で監視している。もちろん、音声も映像も付いているから万が一リィタ・ブリュームが暴れ出しても対処できる」

 

 だが、とラビーが一言置いた。

 

「君達には拒否権がある。実は今回の件、上層部には割と無茶なお願いをしているんだ。いくつか条件が提示されたが、その一つとして、『第五兵器試験部隊の誰か一人でも拒否すれば違う者が担当として取り調べをする』とな」

 

 これを逃せばリィタと話す機会が作られることはまずないだろう、とラビーは補足した。

 それを聞いて、断るユウリでは無かった。

 

「わ、私は大丈夫です! やらせてください!」

「当然俺もです! やります!」

 

 もちろんソラもそんなことを認められる訳がない。ここまで関わらせておいて、肝心なところを取られるというのが一番後悔する。そう確信していたからこそ迷いなく挙手した。

 

「……分かったわよ。私もやるわ」

 

 何だか悪役のようになってしまったなと思いつつ、フェリアもラビーの提案を了承した。全員の意見が纏まったところで、まず先発はフェリアとし、ラビーはソラとユウリを引き連れ、隣の部屋に入った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「失礼するわ」

 

 部屋の中は実に簡素であった。机と向かい合うように配置された二つの椅子、たったそれだけ。

 その椅子に座っている人物を見て、フェリアは自分の視力が信じられず、もう一度目を凝らす。

 

「…………」

 

 腰まで届きそうな長い金髪、伏せられた蒼眼にはまるで意志が感じられず、フランス人形でも目の前に置かれているような感覚だ。両腕と両足は厳重に固定されており、暴れ出しても鎮圧は容易である。

 この少女こそが第五兵器試験部隊を苦しめたSOのエース級の一人。

 

「リィタ・ブリュームさんね」

「……」

「座るわよ?」

「……」

 

 一言も喋らないリィタに、若干のやり辛さを感じながらも、話を聞くためフェリアは椅子に座った。

 

「これは本当の公式な取り調べじゃないらしいわ。だから、今している会話は記録にも残らないし、私か貴方が漏らさない限りどこにも伝わらない。だから、お互いに楽に行きましょ?」

 

 これはリィタの気を緩めるための罠では無く、全て本当の事。念のため、ラビーにも確認を取っている。

 それにしても、とフェリアは改めてリィタを観察し、彼女の体に驚く。

 

(小柄だけど全体的にバランスの良い筋肉のつき方。それに手全体の皮が厚い……肘から手首にかけての皮も。私もPTを操縦していく内に同じような状態になってしまっているけどあそこまでガッチリしたものにはなっていない。……一体どれだけの時間、PTに関わっていたというの……?)

 

 目に付くところだけからでも分かる、“経験”の積み重ね。

 パッと見、十二から十三と言ったところだ。そんな少女が一体どんな人生を歩んだら、こんな戦闘のプロフェッショナルになるのか、心底不思議で堪らなかった。

 

「ねえ、リィタ。私達が怖い?」

 

 ジャブとばかりにそんなことを聞いてみたが、芳しい反応は得られない。

 その代わり、リィタがボソリと呟いた。

 

「…………カー、ムス……」

 

 口から出たのはSOの前線指揮官と噂されるカームス・タービュレスであった。ソラと二度やり合い、二度勝利している男の名でもあった。

 

「貴方と、そのカームスはどういう関係だったの?」

 

 すると、また黙りこんでしまった。椅子にもたれたフェリアは小さくため息を吐く。

 

(これは……まあ、何というか)

 

 フェリアは最初からこうなることをどことなく理解していた。実はリィタと会話をしたのはソラとユウリだけ。自分は一回も喋ったことはない。

 ソラのように感情剥き出しでぶつかることも、ユウリのように何か特殊な脳波でやり取りしたわけでもない。

 つまり、このリィタという少女にしてみれば、フェリアと言う人間は全くの赤の他人……軍人的に言うなら、全くの赤の敵。

 気づけば立ち上がっていた。どうやら今の自分では、リィタとまともに会話することは難しいだろう。悔しいが、自分は前座。

 この後に控える“本命”への繋ぎ。だが、それでも一つだけ分かったことがある。

 

(とりあえず分かったのは、私達がいかに幸運だったか、てことよね)

 

 このリィタという人間はパイロットとして、自分達の上を行く存在だった。もし一対一でやり合うこととなっていたら……そう思わずにはいられなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「し、失礼します……」

 

 すぐに出てきたフェリアと交代したユウリは、若干噛みそうになりながらも入室する。ユウリの持つ念動力に引かれたのか、リィタが顔を上げた。

 

「…………お姉さん、が?」

「こうして顔を合わせるのは初めて、ですね。リィタさん。私の名前、憶えていてくれてますか?」

 

 一秒よりも短く、永遠よりも長い沈黙の後、リィタがポツリと言った。

 

「ユウ……、リ」

「そ、そうです! 私はユウリ・シノサカって言います!」 

 

 よほど嬉しかったのか、少しばかり緊張していたユウリに笑顔の花が咲いた。その勢いを失わせないとばかりに、拳を握りしめ、彼女は喋りはじめる。

 

「あ、あの! リィタさんってその……ロボットって好きですか!?」

 

 すると、リィタがまた顔を俯かせた。

 

「……嫌い」

「理由を聞かせてもらっても良いですか?」

「私を……いつも怖い所に連れて行く」

 

 単純に考えればPTに乗っていれば戦場に出なくてはならないから、とそう解釈できるだろう。だが、同じ念動力者であるユウリだからこそ、その解釈には辿りつかず、もっと()の解釈に辿りつけた。

 

「そうですよね。敵意や殺意……そういった嫌な感情が渦巻く場所ですもんね」

 

 リィタの眼にはある種の“恐れ”があった。だが、それはユウリも感じていたもので。感受性が高い者ほど、そういうモノを受け取ってしまうのだ。

 

「……なんで、私を殺さなかったの?」

 

 それは初めてリィタがするまともな質問であった。

 フェリアやラビーならばしっかり考えを持った上で喋るのだろうが、生憎とユウリはそんなに要領は良くない。

 

「リィタさんが、リィタさんの心が、助けてって言っていました。だから私は二人に、リィタさんと話をさせてもらえるようお願いしました」

「そんなことで……」

「私、ロボットアニメを見るのが好きなんです。あ、ロボットアニメって知ってますか? 要は架空のロボットが活躍する映像作品のことなんですけど」

 

 ふるふると首を横に振るリィタに、今度機会があれば見せなければと思いつつ、ユウリは言葉を続ける。

 

「狼我旋風ウルセイバーって作品の主人公であるケン・サクラバが言っていました。『一言でも心の底から助けてという言葉があれば、俺は無間地獄からでも駆けつける。それが俺にとっての絶対正義だ』って。意味、分かります?」

「……ただの、馬鹿な人。利用されているかもしれないのに」

「はい。実はそうだったんですよ」

 

 意外だったのか、リィタがまた顔を上げた。

 黙っているところを見ると続きを促しているのだろう。それに応えるよう、ユウリが続きを話す。

 

「実は助けてって言った人は敵の手下で、ケンは六千万の敵に囲まれてしまうんですよ」

「……ほら、やっぱり」

「だけどケンはこう言いました。『まだ俺はお前の上辺の助けてしか聞いていない。腹の底から声を出せ!』って。実はその手下は脅されて仕方なくケンを罠に陥れたんですよ。それをケンは知っていたのであえて罠にはまったんですよ」

「……どう、なったの?」

「え?」

「ケンはどうなったの?」

「ウルセイバーの新しい力が目覚めて、六千万の大軍を一刀のもとに斬り伏せました。大勝利です」

 

 リィタはどこか思う所があるのか、噛み締めるように目を閉じた。

 

「……この話を持ち出したのはですね、この手下がリィタさんに似ていいたような気がして、そんな風に思ったんです」

「違う……!」

「リィタさん……」

 

 今まで大人しく話を聞いていたリィタがユウリへ敵意を込めて睨み付けた。驚いて後ろに倒れそうになったが、ここで変に倒れたら別室のソラ達が入ってくることは目に見えていたので何とか持ちこたえる。

 

「カームスは、そんなことしない! 私を脅してなんかいない! 私を見捨てたりなんか……しない……!」

 

 それっきりリィタは黙ってしまった。ユウリがいくら呼び掛けても無視一点張り。

 どうしようか悩んでいると、後ろの扉が開かれた。

 

「まだ話足りないだろうけど、悪いユウリ……交代してくれ」

 

 そこには今までに見たことが無いほど真剣な表情のソラが立っていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「よっと……。何だこれ、座り心地最悪だな」

 

 材質のせいだろうか、ひんやりして風邪を引きそうだ。

 背にもたれ掛かると、いくらか暖かい。ユウリやフェリアの温度だろうか、なんて考えているときっとフェリア辺りが変に勘づくだろうからそこでソラは考えるのを止めた。

 

「……お兄さんが、私の機体を傷つけた……」

「ソラ・カミタカだ。そのうちお前を超える男と言っておこうか!」

 

 いくら外見が少女だからと言ってもその実力は本物だ。

 変に見くびられないよう、ソラは精一杯の虚勢を張る。見透かされているのか、それとも気にもされていないのか、リィタは低い声で威嚇する。

 

「また……私の事やSOの事を聞いてくるの? もう、嫌……。何も、喋りたくない」

 

 これで三人目。最初の一人の時点で予想はついていたが、今のリィタには何か喋る気も、生きる気力も無かった。

 

 ――カームスに見捨てられた。

 

 今のリィタにはそれしかない。

 しかし、目の前の男はあからさまに顔をしかめた。

 

「はあ? そんなつまんねえことなんか聞かねえよ」

「え……?」

 

 どうやら勘違いをさせていたな、と言いながらソラは机に片肘をつけた。

 

「この聞き取りには当然だけど時間制限がある。俺にはそういうつまんねえ事を聞く余裕はないんだ」

「なら……何?」

 

 リィタの問いかけはもっともであり今頃、別室のフェリア達には呆れられているだろう。

 これからのソラの発言には、全くの裏も無ければ表も無い。ただ心からの言葉を喋るだけ。

 念動力者が人の思念を読み取るのなら、変な飾り気は要らないからだ。そう考えていたソラは、リィタの眼を真っ直ぐ見つめる。

 

「なあ、リィタだっけか? お前、悔しくないのか?」

「……どういう、こと?」

「お前とカームスがどういう関係だったか俺には分からねえ。だけど、信頼しあってたんだろ? そんなお前を、あの()()()()は攻撃した」

 

 ――クソ野郎。

 その言葉を聞いたリィタは今日一番の敵意を込め、ソラを睨み付ける。

 

「カームスを悪く言わないで!!」

 

 しかし、ソラは心を凍らせる。どこまでも冷徹に、痛む心を隠しながら、言葉を続けた。

 

「何度でも言ってやる。カームス・タービュレスはこの先二度と現れる事の無い最低最悪のクソ野郎だ」

「カームスを馬鹿にするな!!!」

 

 しかし両手両足を拘束されているので椅子をガチャガチャと動かすだけ。眼力だけで殺さんばかりに見つめるリィタに負けず、ソラは更に続ける。

 

「なら何でお前に攻撃した? それは味方を平気で犠牲に出来る屑だからだろう?」

「そんなことない! カームスは優しいもん! いつも私に甘い金平糖をくれた! いつも皆の事を大事にしてた!!」

 

 更に心を凍らせる。

 

「そんなあいつがお前にしたことは何だ!? お前はあいつに攻撃されたんだぞ!? 仲間だったあいつが、お前を裏切ったんだぞ!?」

「何かの間違いだ! カームスはそんなことしない! 私を見捨てて行ったりなんか絶対しない!!!」

 

 ――そして、ソラは己の心を一気に溶かした。

 

「だったらお前のするべきことは何だ!?」

「……っ!」

 

 熱し過ぎた自分を冷ますように、ソラは一度大きな深呼吸をする。

 

「……お前、悔しくないのか? 今まで自分を大事にしてくれていた人が、急にごみでも捨てるかのような態度に出て。俺なら……嫌だな」

「……」

「俺さ、フェリアやラビー博士、それにユウリみたいに頭が良いって訳じゃない。だけどな、訳も分からず見捨てられた奴の気持ちまで分からないって訳じゃねえ」

「……そんなの、ただの同情」

「ああ同情だよ。良く考えりゃ、ここまで感情的にお前に当たる理由なんかこれっぽっちもないよな」

 

 リィタはまた表情を曇らせた。

 結局、自分の事を分かってくれるのはカームスだけなのだ。それ以外の人間には誰にもこの気持ちは分からない。

 ――そう、思っていた。

 

「だけど、あいつにとってもお前は大事な仲間だったはずだ。だから……きっと何か理由がある」

「理由……?」

「考えても見ろ。悔しいけどお前は強い。俺の何倍も強い。そんなお前を簡単に手放すとでも思うか? いや、ちょっと考えてみろってほんと」

「そんなこと、分からない……」

 

 その言葉を待っていたかのように、ソラは机から身を乗り出した。

 

「――なら、確かめたいと思わないか? カームスに、どうしてあんなことをしたのか」

「教えてくれる訳……」

「全力でぶつからないと教えてくれる訳ないだろう。現にこうして俺はカームスについて色々知ることが出来た。例えばそうだな……あいつは金平糖が好きだ。あと、意外と仲間思いだ。あとは……え~っと……」

 

 指折り数えをしながら首を傾げるソラを見て、リィタは自分でも気づかない内に――。

 

「……あは」

「……お、笑ったな? 今笑ったな?」

 

 少しばかりまだ完全ではないが確かに――笑えた。

 

「……単純、だね」

 

 ――分かってくれる人はカームス以外、誰もいなかった。

 

「だから心にガツンと来るんだ」

「……私に、出来るの、かな?」

 

 ――だけど、“分かろう”としている人なら、目の前にいた。

 

「出来る。あんだけデカイ声出せたんだ。それでぶつかればきっと、カームスも答えてくれる」

「…………うん」

 

 ――単純だが、裏表なく心の底からぶつかってくれる人なら、リィタの目の前にいた。

 

「……でも、どうやって?」

「そ、そりゃ俺達の部隊で一緒に……」

「私、今捕虜……」

 

 リィタの指摘に、ソラは彼女が捕虜だったことを思い出し、頭を抱えだした。

 

「ああああああ!! 忘れてたぁ! ……け、けどラビー博士なら……」

「全く……流石はソラ君だ。常に私の想像の斜め上を行く」

 

 呆れた顔のラビーが書類片手に入室した。

 

「この聞き取りの最後の条件を言っていなかったな。リィタ君がこちらに協力するという意思を確認できれば、彼女の身柄をこの第五兵器試験部隊預かりにさせてもらえる。そういう約束をレイカー司令としていたんだ」

 

 まるで狙っていたかのようなこのタイミングに、分かってはいてもフェリアは言わざるを得なかった。

 

「……最初からそのつもりだったのね」

「まあまあ、そういうことを言わさるな。これでもだいぶ危ない橋を渡ったんだ。それに、どうやら敵勢力の人間が連邦側に(くだ)るのも前例があるようだしな」

「……て、てことは!」

「リィタ君、最終確認といこう。戦場に出ろとは言わない、私達に協力してもらえないだろうか?」

 

 皆の視線を一手に集めたリィタ。そんな彼女は四人の顔をみやり、最後にソラの顔に視線が落ち着く。

 

「……私は連邦に協力する気は、ない」

「り、リィタさん……」

「――けど、ソラになら協力する」

 

 リィタは俯きながらそう言った。

 

「い、良いのかリィタ?」

「……うん、私、またカームスと話したい。そのために必要なら、協力、する」

 

 リィタの顔をみたユウリは少しばかり安堵する。

 最初に見た時、彼女の念はドス黒くなりつつあったのだが、今はもうそんなことはなかった。誰のせいかは分からないが、ねっとりと纏わりつきつつあった念はすっかり霧散していたから。



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第二十四話 新たな刃

「いやぁすまないね、ライカ中尉。無理言ってしまって」

「……いいえ、私も少々気になっていましたので、むしろちょうど良かったです」

「そ、そうか。それは良かった」

 

 ラビーは少々、ライカが苦手であった。

 物腰というか態度というか、ライカの対応の全てに自分以上の余裕を感じ、何だか一歩引けてしまうのだ。もちろん彼女の事は嫌いでなく、むしろ好感が持てる。

 しかも、ライバルであるメイシールのモンスターマシンに喰らいつける技量と、平気で自分を危険に晒す度胸と判断力は特筆に値する。

 ……だけどやっぱり苦手なものは苦手だった。

 

「……どうしましたか?」

「い、いや何でもない。何でもないぞ。ははは……。それで、彼女は今どこで待っているんんだ?」

「医務室です。あそこのほうがより資料が揃っているとかで」

「……なるほど、確かにそうかもしれないな」

 

 そう言っているうちに、医務室についた二人。ライカがノックをすると、中から返事が聞こえてきた。

 

「失礼します。お忙しい中、わざわざすいません」

「気にしないでライカ。これは私の専門分野なんだから」

 

 そう言って、褐色の美女は微笑んだ。

 

「第五兵器試験部隊の開発主任を務めているラビーです。貴方が教導隊外部スタッフの………」

「ラーダ・バイラバンです。よろしくお願いしますね、ラビー博士」

「今日はわざわざありがとうございます。私がライカ中尉に無理やり頼み込んだんです」

「あら……。私のほうが年下と聞いていますので、敬語なんて使わないでください」

「そ、そうか。ならラーダも、出来れば砕けた感じで接して欲しい。その……敬語とか苦手なんだ、私」

 

 自分より明らかに年齢が上だったり、重役クラスの者相手なら敬語もスラスラと出てくるのだが、それ以外の人間と接するときはどう接して良いか分からなくなり、テンパってしまうのが、ラビーの悪い癖であった。

「ところでラーダさん、私とラビー博士がまとめたデータの方には目を?」

「ええ。……ライカとラビー博士の読み通りだわ」

 

 ラーダの言葉を聞き、出来ればそうであってほしくはなかったラビーは少しばかり表情を曇らせた。

 

「そう、か。なら彼女は相当辛い人生を送っていたということか……」

「実は私も驚いているわ。まさか()()()()の生き残り、しかも最初期メンバーが生きていたなんて……」

「……最初期メンバー?」

 

 ラーダはノートにさらさらとペンを動かし、それをラビーとライカに見せた。いくつか見慣れぬ単語が書かれている。

 

「あの機関にはアウルム、アルジャン、ブロンゾ、イエロにラトゥーニクラスというようにそれぞれ“性能”や“運用目的”に合わせたクラス分けがされていたの。そして、彼女はそのクラス分けがされる以前に在籍していて、クラス分けされる前に“処分”された」

「……何故ですかラーダさん? 私の眼から見て、彼女は処分されるような劣等生にはとてもじゃないが見えませんでした」

 

 すると、ラビーはその理由に一つだけ心当たりがあった。それは、ユウリも持ち合わせている力でもある。

 

「念動力者……だからか? 当時の研究から考えると、まだノウハウが不足していたと思われるのだが……」

 

 ラビーの問いに対して、ラーダは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「……ごめんなさい。断言はできないわ。でも、念動力のような特殊な力を持っているのなら、当時の責任者であるアードラー・コッホが見逃すはずが無いわ」

 

 アードラー・コッホ。

 その名前には聞き覚えがあった。当時のDCの副総帥であり、兵士養成機関『スクール』の責任者だった人物だ。

 性格は残虐非道。数々の非人道的な行いは同じような畑にいるせいか、良く耳に入っていた。考えられるのは、ラビーが思っていた通りのことだった。

 

「なるほど……逆に()()()()()のか」

「ええ、恐らくね。もっと詳しいことは本人と直接話してみなければ分からないけど。恐らくアラド達と同じように投薬やリマコンを受けているでしょうね。それもたっぷりと」

 

 聞けば聞くほど腹立たしい単語ばかり出てくるが、ラビーはふと気づいた。

 

「そんな状態なら廃人コース待ったなしだろう。……誰が彼女をあそこまで“戻した”?」

 

 リマコン――強力な精神操作――はそう簡単なものではなく、記憶や感情などと言ったものを自分の都合の良いように弄る為、回復するには相当な時間を要する。ラーダ・バイラバンのようなメンタルの専門家はそうはいない。

 すると、ライカが小さく呟いた。

 

「……SO。彼女の言ったことを鵜呑みにするのなら、カームス・タービュレスですね」

「だが、カームスは不要を告げる言葉と共に彼女を攻撃した。その理由が分からん」

「その辺を含めて、リィタ・ブリュームさんとはじっくり話をした方が良さそうね」

「お願いします。アラド達のこともあるのにすいません」

「良いのよ。その時にはアラドやゼオラ、ラトゥーニとも会わせたいわね。良い友人が出来るはずよ」

 

 ラーダの言葉に頷いたラビーはとりあえずこの問題が何とかなりそうなことを予感し、安堵する。

 すると、次にやることがある。

 

(……機体はどうにかなる。あとは、ソラ君達の底上げだ)

 

 これまたライカの計らいで先方とのラインは繋がっている。

 あとは連絡を取るだけとなっていた。忙しくなるな、とラビーは妙な充実感を感じていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 リィタへの聞き取りから一日が経った。快諾とまではいかないが、彼女がこちらに協力してくれるのは第五兵器試験部隊としては大きなことである。

 それに、とソラは備え付けの電波時計に目をやる。

 

(確かこれからだよな。いや~楽しみだ楽しみすぎるぜ)

 

 午前中、ラビーから機体の改修が午後に完了するという連絡が来ていた。話に聞けば、ユウリとフェリアの機体も改修したらしい。

 まだあの惨敗から三日程度しか経っていないというのにこの作業の速さは恐るべきとしか言えない。きっとリビーが頑張ってくれたのだろう、とまだ確証も得ていないが、今度何か奢ってやろうとソラは考えた。

 そう思っていると、ふいにこちらへ走ってくるような音が聞こえた。

 

「ソラ! 外に行こう!」

 

 背中に感じた程よい重さ。ふわりと香る優しい匂い。そして首に回された華奢な腕。

 昨日とはまるで別人のような無邪気な声の主へ、ソラは首を回す。

 

「おうリィタか、とりあえず降りようか」

「駄目! ソラ! リィタと外に遊びに行こう?」

 

 まるで憑き物が落ちたかのようににっこりとした笑顔だった。

 気を許してくれているのだろうか、昨日の一件を境にリィタは自分の事を“リィタ”と呼ぶようになっていた。

 元々こういう性格だったのだろう。むしろ今まで抑圧されていた分が一気に爆発しているのかもしれない。

 

「いやいや、今日はこれから改修した機体の説明があるんだよ。だから、また今度な?」

「ソラの意地悪ー!」

「そ、そんな人聞き悪い事言うなよ」

 

 すると向こうからフェリアとユウリが歩いてきた。

 ユウリはリィタの顔を見るなりニコニコと笑顔を浮かべたが、隣のフェリアは半目でソラを睨んでいた、俗にいう『ジト目』というやつである。

 

「リィタさんこんにちは!」

「ユウリ! ソラが遊んでくれない!」

「へー……随分懐かれているじゃない。嬉しい? ねえ嬉しい?」

「何でお前はいきなり攻撃的なんだよ!」

 

 リィタも随分心を開いたようで、今では第五兵器試験部隊のメンバーに年相応の態度で接していた。近々、ユウリがリィタを()()()()()に誘うという計画を立てているらしい。

 もちろんソラも誘われていたが、物凄く丁重にお断りをしておいた。フェリアが既に陥落している今、自分だけはのめり込まない様にしよという決意から来ていた。

 

「それよりも! 早く行こうぜ! ラビー博士が待っているって!」

 

 これ以上ここに止まっていたらまたフェリアからの口撃を受けることを確信していたソラは我先にと廊下を走り出した。その姿を見たリィタが追いかけっこだと思い、猛スピードで追いかけてきたときは、流石のソラでも命の危険を感じてしまったのはここだけの秘密だ。

 何とかラビーが待っている格納庫に辿りつけたときには、既にソラの息は絶え絶えであった。

 追いかけていたリィタがケロリとしていた時は、体力が無いんじゃないかと本気で心配になってしまったが、ユウリと言う規格外も居るので『そう不思議な事でもないよな』などとソラは変な慣れを見せる。

 待っていたラビーと目が合った時、何となく事情を察したのか、やれやれと肩をすくめた。

 

「全く、廊下は走るなと学校で習わなかったのか?」

「す、すいません!」

「ごめんねラビー……?」

 

 ソラを追いかけるように、フェリアとユウリが走ってきたのを確認すると、ラビーは白衣のポケットからレーザーポインタを取り出した。

 

「さて、四人が揃ったところで、改修した機体の概要を説明したいと思う」

「こ、これが……俺達の機体……!!」

「へえ……」

 

 ピュロマーネ、オレーウィユ、ブレイドランナーの順に並べられていた。一番見た目が変わっていたのはブレイドランナー、逆にほとんど見た目が変わっていないのはオレーウィユであった。

 ラビーはピュロマーネにポインタを向け、説明を始めた。

 

「まずこのピュロマーネから行こうか。実は今までの運用データを見て気づいたことがあってな」

「気づいたこと?」

 

 フェリアの相槌に頷くラビー。

 

「『敵を制圧するのに過剰な火力は必要ない』と言うことだ。以前のピュロマーネは状況に合わせた装備を可能な限り積み、弾薬が続く限り撃ち続けて場を制圧することを目標とした。だが、フェリア君の運用を見ていると、適切なタイミングで適切な大火力を叩き込んだ方がコスト的にも戦術的にも効率が良いことが分かった。そこで、このタイプの元祖であるシュッツバルト、それに『SRXチーム』が運用しているR-2パワードを参考に武装を煮詰め直し、私なりに改良をした結果が……これだ」

 

 新たなピュロマーネは以前のピュロマーネよりもスッキリとしたシルエットになっていた。その理由は恐らくバックパックと両前腕部に装備された計四門の大型砲だろう。

 前がアシンメトリーな外見だった分、シンメトリーになったらそれが顕著になっている。ちなみに単眼のカメラアイは変わらない。

 

「まず以前の大型バックパックを取り払い、新型のバックパックへ換装した。この二門の大型ビームキャノンはシュッツバルトのツイン・ビームカノンを私なりに改良したものとなっている。エネルギー効率や出力は単純計算、シュッツバルトの二倍は向上させた」

 

 そう言って、ポインタを当てたのは全体的に角ばったフォルムの大型砲であった。

 フェリアがバックパックを指さす。

 

「ウェポンラックが無い所を見ると、武器搭載量が大幅に減ったんですね」

「ああ。その分総合火力は増している。あとで説明するつもりだったが、機体を重装甲化していてな。低下した機動性能を補うために、ウェポンラック分のスペースをスラスターの増設に充てている」

 

 そう言ってポインタで指したのは三つの大型スラスターであった。良く見ると、脚部の外側にもスラスターが増えている。

 

「そして、左右両前腕部に装備されているのが、二つ目の主力兵装であるマルチビームキャノンだ」

 

 左右の前腕部には先ほど説明があった大型ビームキャノンを少しだけダウンサイジングしたような大型砲が装備されていた。

 

「これはあらゆる距離の戦いをソツなくこなすフェリア君用に考案された武装でな。このマルチビームキャノンには、散弾と集束の二つの射撃モードがあり、おまけに接近戦に対応できるよう、砲口からビームソードが出るようにした。四門のビームキャノンを用いた最大出力の砲撃は敵のAB(アンチビーム)フィールドをぶち抜く所か、特機や戦艦相手にも有効打となる」

「……すごいですね」

「それに伴い、三連マシンキャノンなどの装備は全て外し、ピュロマーネの装備は大型ビームキャノンとマルチビームキャノンの計四門のみとなった。だが出来る事は大幅に広がったはずだ。それに……」

 

 近距離から遠距離まで器用に対応できるからマルチビームキャノンだ、そう締め括ったラビーは最後に、ピュロマーネの装甲をレーザーポインタで指した。

 

「最後にこのピュロマーネの増加装甲はハイブリッドアーマー製となっているのに加え、気休め程度だが対ビームコーティングが施されている」

「なるほど。ソラのフォローをしつつ、場を制圧しつつ、ユウリに来る攻撃をこの装甲で耐えろ、とそういう役回りですね」

「ああ。正直一番負担が掛かるポジションだ。大丈夫か?」

「ええ。やって見せます。恐らく私にしか出来ませんから」

 

 頼もしいとばかりに深く頷いたラビーはピュロマーネの説明を終え、隣のオレーウィユをポインタで指した。

 

「次は私ですね!」

「ああ。と言っても、ユウリ君のオレーウィユにはほぼ手を加えていない。強いて言うなら、ここだ」

 

 ラビーの言うとおり、オレーウィユは肩部が微妙に違うだけで以前と何ら変わりない様子を見せる。

 前置きしたラビーはオレーウィユの肩に積まれた装置をポイントする。

 

「ユウリ君が念動力者として力を発揮するようになってきたので、念動フィールド発生装置を回してもらった。これで悩み所であった自衛力が向上された……はずだ」

「な、なんか随分歯切れが悪いっすね」

「……話に聞くと、この装置の効果はユウリ君の念の力に左右されるらしい。だから、使いこなせると信じて一応搭載したという感じなんだよ、白状すると」

 

 この装置を搭載している機体で有名なのは『SRXチーム』で運用されているR-1、そしてR-3パワードであった。前者はマニュピレーターを保護しての殴打、後者は誘導兵器や飛行などに使われている。

 またどちらにも良く使われているのが念動フィールドを応用したバリアである。ラビーはどちらかと言うと、この念動フィールドを用いたバリアによってオレーウィユの自衛力を向上させる腹積もりであった。

 

「あと意識的にやっているのか無意識にやっているのかは分からないが、ユウリ君は良くT-LINKシステムを介して敵の思念を感じ取って回避行動や攻撃をしている節が見られる。非常に悔しいが、元々激しく動くことを想定していなかったオレーウィユでは段々ユウリ君の反応速度に追いつかなくなりつつある」

「す、すいません……」

「いや謝ることはないさ。元々念動力者と気づかなかった私にも非はある。だから、今回オレーウィユには操縦系や照準系の再調整、それに各関節にマグネットコーティング化を施して、レスポンスを向上させている。これでユウリ君の反応速度に付いて行けるようになっただろう」

 

 ラビーはあえて口にはしなかったが、実は機体の()()を徹底的に弄ったのはオレーウィユしかなかった。

 ピュロマーネやブレイドランナーはまだまだ二人の反応速度に対応できるが、オレーウィユだけは一からシステムを再調整しなければとてもじゃないがユウリの要求するレスポンスを返せないレベルであった。反応速度を試算してみると、まだまだリィタには及ばないが、将来的にはそれを越えうるであろう数値を叩きだした。

 これに()()が伴ったら、そう考えるとラビーは末恐ろしさを感じてしまった。

 

「まあ、その辺は動かしてながら確認してほしい。さて、最後は……」

「ソラ!」

 

 リィタに自分の台詞を取られてしまい、口をパクパクさせるしかなかったソラは少ししょぼんと肩を落とす。それはさておき、と自分に言い聞かせソラは一番変わったであろうブレイドランナーの説明を聞くために耳を澄ませる。

 

「ああ、それでは最後はブレイドランナーだな。大破したという経緯もあり、今回はほぼ全面改修だ。さて、まず目立つところから説明しようか。バックパックを見て欲しい」

「前と違ってデカいスラスターユニットが二つ付いてるんすね。……だけど、何かこれに似たようなのどっかで見たような……?」

 

 前のバックパックとは全然外見が違い、二基の大型スラスターユニットが装備されていた。それは良い。だが、ソラは初めて見るはずの装備にどこか強烈な既視感を感じていた。

 ラビーがすぐに恐ろしい事実と一緒に答えを教えてくれた。

 

「ああ、これはライカ中尉のシュルフツェンの予備パーツをブレイドランナーに合うように加工して装備したんだ」

「ああ、なるほど……はあぁぁぁ!?」

 

 シュルフツェンと言えば、パイロット殺しの大推力だ。そのモンスター的パワーを生み出している元凶がくっつけられてしまった事実に、ソラは酷く動揺していた。彼の動揺を想定していたようで、ラビーはやんわりと落ち着かせる。

 

「安心しろ。ソラ君が耐えられるギリギリの数値にリミッターを掛けている。ペダルを踏んだら身体がバラバラになったぜ! とかは無いから安心しろ」

「いや二回も安心しろ、とか言われても、逆に不安しかないんですが……」

「あれが生み出す突進力は知っているだろう? 今から説明する武装と組み合わせれば……今度こそ特機相手でも渡り合える」

 

 ドクンとソラの心臓が高鳴った。思い出すはツヴェルクから受けた屈辱の数々。

 ソラは無言で先を促した。

 

「段違いに跳ね上がった直線の速度だが、その分小回りが利かなくなってしまってな。それを補うため両肩に、フレキシブルに向きを変えられるスラスターユニットを増設した」

 

 見ると、両肩の上部にスラスターユニットが装備されていた。これで接近戦における細かな機動を補助するのだと補足を受けた。

 しかし、ここで気になることが出来てしまった。

 

「あれ? 『Tフィールド』の発生装置はどこっすか?」

「落ち着きたまえ。順番に説明する。『Tフィールド』の発生装置はここに移動した」

 

 そう言って指し示されたのはブレイドランナーの両腕だった。見ると、手首下にあったアンカー射出装置が手甲部に移設されている。

 

「R-1を参考にして両腕部に装置を移動した。そして、あの黒いガーリオンも参考にしてフィールドの発生箇所を指定できるようにしている。無駄なく高出力のフィールドが作れるようになったので、稼働時間が延長している」

「おお! それはすげえ!」

「あとは手甲のアンカー射出装置だ。クロー状のアンカーは基本閉じているが使用時は先端が開き、ハサミのようになる。突き刺すだけだった前とは仕様が違うから忘れるなよ?」

「はいっ!」

「あと同じ種類のアンカー射出装置を腰部の左右装甲にそれぞれ一基ずつ増設した。これで手甲部と腰、計四基のアンカー射出装置が使用可能となった」

 

 手甲部の方のアンカー射出装置はナックルガードのようにクロー部が出ており、両腰の方も同じようにクロー部が出ていたが、動くことを考え、下の方を向いている。

 

「さて、最後だ。メイン武装であるシュトライヒ・ソードだが、実はツヴェルクとの戦闘で内部装置が修復不可能なレベルでイカれてしまってな。思い切って新造することにした」

 

 ブレイドランナーの側に立て掛けられているシュトライヒ・ソードがピカピカの新品のようになっていたので疑問に思っていたが、まさか本当に新造されているとは思わなかったソラは、少しばかり目を閉じた。

 

(……今までありがとうな、世話になったぜ)

 

 呟くは短い時間ながらも戦場を駆けてきた()()への感謝であった。

 

「さて、新シュトライヒ・ソード。シュトライヒ・ソードⅡとでも呼称しようか。今までビーム発振装置は鍔に付けていたのだが、より高圧力、そして効率的にビーム刃を形成するために少々工夫をさせてもらった。見てくれ」

 

 ポインタの通りシュトライヒ・ソードⅡを見ると、確かに微妙に違っていた。刀身に沿うよう、それでいて非ビーム展開時の斬撃の邪魔とならないよう、無数のビーム発振装置が内蔵されていたのだ。

 

「今までは鍔がやられたらおしまいだったが、今回は両面合わせて計十八基の装置がそれぞれをカバーするようにした。これらから生み出されるビーム刃は、シミュレート上ではグルンガストに採用されているVG合金ですら容易に切り裂ける。つまり……」

「ツヴェルクと……カームスとやり合える……!!」

「そういうことだ。ちなみにガン・モードはこれまで通り使えるが、デメリットは変わりない」

 

 そうそう、とラビーが説明会を締めるにあたって一つ大事なことを告げた。

 

「今回の改修にはメイシールとライカ中尉が大いに関わっている。正確に言うなら、メイシールはブレイドランナーに、ライカ中尉はピュロマーネとブレイドランナーの武装の監修だ」

「つまり、ライカ中尉から見て、マルチビームキャノンと大型ビームキャノンが私に合っているということなんですね」

「俺は今まで通りなんだな。……ありがとうございます、ライカ中尉、メイシール博士……!」

 

 ソラは自分の周り全てに感謝をした。誰か一人でも欠けていたらこれほどの機体にはならなかっただろう。

 SO打倒、並びにカームス打倒の決意を改めて固めたソラ。

 その高まったやる気を感じ取ったのか、ラビーが注目を集めるように人差し指を立てた。

 

「やる気が高まってきたところで諸君らにお知らせがある。二日後、君達の為に模擬戦をセッティングさせてもらった。新しい機体の慣らしに付き合ってくれると言うありがたいチームがいてな」

「おお! どこっすか!? もしかしてライカ中尉ですか!?」

 

 ラビーは首を横に振った。

 見せられた携帯端末のスケジュールを見て、ソラ含め第五兵器試験部隊は驚愕した。いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべ、ラビーが言う。

 

「彼の名高き『鋼龍戦隊』が主力の一つ、『SRXチーム』だ」

 

 ――告げられた名は、冗談も誇張も抜きで、地球圏の未来を左右する部隊の名であった。



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第二十五話 今の自分があるのは

「……失礼します」

「あら、来たわねライカ」

 

 ライカは少しばかり不機嫌であった。

 今日は近くのコンビニでパンの安売りが掛かっているので、この際あんぱんを大量補充しようという魂胆であったというのに、こうしてメイシールから呼び出されてしまったからだ。あんなチャンス、またいつ来るのか分からないというのに。

 気づいているのかいないのか、メイシールがポイと栄養ドリンクをライカに放った。

 

「ありがとうございます。ついでに早く解放してくれればもっとお礼を言えるのですが……」

「貴方、本当最近遠慮しなくなっているわよね……」

 

 遠慮すると付け上がる、そう気づかされたのは他でもないメイシールだ。……などと言うことは当然言えずに、ライカは本題に移る。

 

「それで、今日は何の用なんですか?」

「妙な機体が宇宙軍とやりあったって話、知ってる?」

 

 ライカは首を横に振った。

 そう言った情報は聞いた覚えがない。一瞬だけアルシェンや最近現れないクモカマキリを思い浮かべたが、それならばわざわざ妙な機体なんて言い回しはしない。

 百聞は一見に如かず。メイシールがノートパソコンの画面をライカに見せた。

 

「ちょっと画質が悪いけど、何とか見えるでしょ?」

「――――」

 

 絶句した。というより、この機体がまだ存在していたことに驚きを隠せなかった。

 ライカの驚き様に、メイシールが眉を潜める。

 

「……大丈夫?」

「……ええ、すいません。ですが、確かにこれは妙な機体でしょうね」

「知ってるの?」

 

 この中途半端なデザインと、劣悪な操縦環境は忘れられる訳が無かった。そう思いつつ、ライカはその名を呟く。

 

「PTY-001《レヴナント》。PTX-001《ゲシュペンスト》の粗悪部品や不採用部品で組み上げられたいわば――“PTもどき”です」

 

 マオ・インダストリーが開発した原初のPTであるゲシュペンスト。

 開発当初から量産を視野に入れられた質実剛健なG系フレームの優秀さは今さら説明する必要はなく、今となっては量産機やエース機の屋台骨だ。対空能力こそ乏しいものの、それを補って余りある汎用性と性能、また革新的とも言えるTC-OSによる操縦の簡略化と特徴を挙げればキリがない。

 ――だが、そんな傑作機がいきなりすぐに出来る訳がなかった。

 数々の試行錯誤が積み上がった故の結果だということは言わずもがな。

 ならば、その“過程”で作り上げられた数々の部品はどうなったのだろうか。

 その答えがこのレヴナント(幽霊)である。

 マリオン・ラドム、カーク・ハミル主導の元、マオ社技術部門の精鋭による多大な努力があっても、連邦軍が要求する厳しいスペック水準に到達するのはそう容易いものではなく、その過程の中で数々の不採用部品、粗悪部品などが発生した。しかし、技術部門の開発スタッフはそれすらもデータ取得のための機材として活用する。

 その頃には動力源の問題はクリアされていたので、あと必要なのは機体耐久性や稼働時間、また操縦レスポンス等などのいわゆる()()()()項目だった。

 そこで開発スタッフは実戦的なデータを収集するべく、本来廃棄される予定のパーツを寄せ集め、《レヴナント》と呼ばれる、文字通り既に“死んだ”パーツで構成された現在のゲシュペンストの更に“元”となる“PTもどき”を組み上げたのだ。発生した部品の分だけレヴナントが組み上げられたので、正確な生産数は不明となっている。一説によれば《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》の生産量を遥かに超える百機越えとも、たった十数機とも言われていた。

 

「……そんな機体をどうして知ってるのよ? ……まさか」

 

 メイシールには心当たりがあった。以前、ライカとATXチームのキョウスケ・ナンブが模擬戦をした際、一緒にデータ収集をしていたマリオン・ラドムが言っていたキーワードが出ていた。

 

 ――『第三機動兵器試験運用部隊』。

 

 人型機動兵器『PT』の戦闘データ取得を目的に創立された通称“棺桶部隊”。

 今、ソラたちが所属している兵器試験部隊の前身とも言える部隊でもある。

 あれからメイシールが独自に調べていたが、その部隊の最大の特徴であり、名前の由来でもあるのは死亡率の高さであった。兵器としての“実用性”や“対人性”などの可能性を検証するため、また未知の兵器故に起こる未知のアクシデントすら望まれる部隊であるが故、常に戦場の最前線で戦わせられるというのだから当然とも言える。レヴナントという機体の存在を知った瞬間、全てがカチリと当てはまったような感覚になった。

 当のライカは、メイシールが呟いた部隊の名に目を見開いている。

 

「……知っていたのですか?」

「マリオン先輩からね。それにしても全部に合点がいったわ。ずっと気になっていたのよね。データを取るための機体はどうしてたんだろうって。それがそのレヴナントって機体なのね」

 

 その頃になってくると、既に《ゲシュペンストMk-Ⅱ》や《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》と言った機体が開発されているのだが、当時の生産状況を考えると、そんな消耗前提の部隊に回すような余裕はない。

 そこでこのレヴナントだ。

 恐らくゲシュペンストの為のデータ取りが終わって用済みとなった機体をPTの更なる発展へと繋げるため、非公式に連邦軍へ回されたのだろう。

 

「ええ。正確に言うとPTですらないんですが、各部品のバランスを無視すると()()PTの条件を満たす機体になるので……。それでモーションパターンの評価や、携行火器の評価試験を行っていました」

「一応、ね。実際の所、どうだったのよ?」

 

 およそメイシールが予想していた事を、ライカが喋り出した。

 

「最悪でしたね。まずコクピットが洗練されていなかったので窮屈だし、スイッチが沢山あるので、起動プロセスが煩雑です。それに加え、どこまでの軽量化が許されるかテストするため、装甲が薄かったり厚かったりとバラバラでしたね。戦友のレヴナントがゲリラの対戦車ロケットに一撃で破壊された時はゾッとしましたよ」

「棺桶……なるほど、言い得て妙ね。ゲシュペンストよりも名前通り働いているわね」

「部品の相性が悪かったレヴナントが自重に耐え切れず自壊したり、試作のロケットランチャーを発射した途端右腕のフレームがイカれてしまったりと悪い所を挙げれば一日は平気で喋れます。……ですが、良い所が無かった訳ではありません」

「その心は?」

「規格落ちとはいえ、あの予算度外視のゲシュペンストのパーツを使っていたので性能はそんなに悪いものではなかったんですよ。適切なチューンをすればまだまだ一線級の性能を叩き出せるはずです。それに先ほども言いましたが、レヴナントは基本的に装甲が紙のように薄いので、常に先手を取る為、FCSは捕捉速度最優先です。熟練者はこの特性を活かして通り魔的に敵戦車や戦闘ヘリを落としていました」

「ライカはどうだったの?」

「私に割り当てられたレヴナントは各パーツの噛み合わせが非常に悪い機体でした。……良く機体が止まったり、大口径の火器を使ったら機体の至る所から火が吹き出したりしましたね。その度に応急修理をしたり、爆発して放り出されてしまったりと色々大変でした。今思えば、何で生きているのか不思議で堪りません」

 

 メイシールはその時からライカの化け物じみたバイタリティが醸成されていったのかと酷く納得出来てしまった。正直、ビルトラプターの事故と全くいい勝負である。

 

「それで、何でこのレヴナントが宇宙軍とやり合ったのかしらね?」

「そこが分かりません。部隊が解体された際、レヴナントは全部廃棄されたと聞いていたのですが……」

 

 改めて映像を見直していたライカが一瞬目を細めた。

 少しだけ映像を巻き戻してもらい、もう一度そのレヴナントの戦闘を見ていると、ライカが声を漏らした。

 

「このマニューバはまさか……。メイト、映像を拡大できますか?」

「お安い御用よ」

 

 マウスを何度かクリックし、映像を拡大すると、ぎりぎりレヴナントの細部が見られるほどの倍率にした。ライカは拡大されたレヴナントの左肩にマーキングされている赤い『S』のようなマークをジッと見つめる。

 

「……大きく崩されたS字のようなマーク。貴方なんですか、センリ……」

「センリ? 聞かない名ね」

「センリ・ナガサト。元第三機動兵器試験運用部隊の人間で、私の……上司です」

 

 もう間違えようがなかった。

 大きく崩された赤いS字のマークを使う人間はこの世に二人と居ない。連邦を襲った人間は、連邦にいた人間であったのだ。

 

「……どういう人なの?」

「センリ・ナガサト大尉は根っからの兵士でしたね。そして義理堅い女性です。そして、私が一度も勝てなかった人でもあります」

「何だか変に過去形ね」

「それはそうですよ。その人は……死んだはずなんですから」

 

 正直、ライカは今でも信じられなかった。記録上ではセンリ・ナガサトというパイロットは死んだはずである。

 ――しかも、ライカの目の前で。

 

「死んだはずって……何でそんな人間が……?」 

「それは本人に聞いてみないと分かりませんね」

「ちなみに、勝てなかったって本当に一度も?」

「ええ。何せ、センリに戦い方や兵士の在り方、およそ今の私を構成する全てを教えてもらったんですから……」

 

 メイシールはそのセンリという女性に非常に興味を持った。PT操縦のスペシャリストであるライカが如何なる経緯で今のライカとなったのか、ずっと知りたかった。

 

 ――センリ・ナガサト

 

 ライカ・ミヤシロのルーツとでも言うべき人間を見てみたくもあり、嫉妬もしてしまう。

 

(私の知らないライカ……か)

 

 妙な疎外感を覚えてしまっているのを自覚するやいなや、メイシールは首を大きく振り、今の感覚を必死に追い払う。

 その奇行に、ライカは顔をしかめる。

 

「……大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ。ところでライカ、もしそのセンリと戦場で再会したらどうするの?」

「もちろん撃墜します」

 

 ライカはあっさりと言い切れた。恐らくセンリも同じことを言うだろうな、とライカは考える。

 

 ――戦場では割り切れない奴が死ぬ。

 

 センリが良く言っていた言葉である。だからそれを忠実に守ることこそが、彼女への恩返しとなる。

 

「……そう、なのね」

「まあ、撃墜は難しいでしょうけどね」

「えらく自信なさげね」

「ええ。あの人、必要ならば真顔で特攻したり、自爆スイッチ押せる人間なので」

「何だ、いつものライカじゃない」

「……何を言っているのか分かりませんね。私は常に命を大事に、がモットーですので」

 

 絶対嘘だ、などとはとても言えない。

 無理やりにでも話題を変えるべく、メイシールは今現在目を掛けている部隊の話に持っていくことにした。

 

「……ところで、第五兵器試験部隊とSRXチームの模擬戦って明日よね?」

「ええ。ソラが必死にマニュアルを読み込んでいるところを見かけました」

「そう。まあ、多少仕様は変わっているし、シュルフツェンのスラスターユニットも付けているとはいえ、リミッターを掛けているからそこまで酷くはならないでしょ」

「問題はどこまで通用するかですね」

「機体が?」

「いいえ、総合力です」

 

 正直、機体性能で言うなら、そこまで劣っている訳でもなく、パイロットがパイロットなら全然やり合えるレベルと言っても良いだろう。しかし、問題はそれをどのように扱っていくかである。

 

「SRXチームは個々の能力は当然として、アヤ・コバヤシ大尉の指揮によるコンビネーションは凄まじいです。……今の第五兵器試験部隊に必要な物を、あのチームは全て持っています」

「まあ、機体特性的にもあのチームは参考に出来る所が沢山あるわね」

「ええ。だからこそ、今回ラビー博士に頼まれて、SRXチームへの橋渡しをさせていただきました」

「貴方、あんまラビーと関わらない方が良いわよ? あんな何考えているか分からない奴と話していたら、貴方まで何考えているか分からなくなるわよ?」

 

 それをまさか貴方に言われるとは思わなかった、とライカは目を閉じるだけでそれを口に出すことはしなかった。

 ライカはラビーの事をむしろ正直な人間だと思っていた。常に何か裏がありそうな言動が目立つが、蓋を開けてみると、それはダイレクトにソラ達の為になるようなことであるからだ。

 

「まあ、類は友を呼ぶ……と言いますか」

「……今、非常に聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするわよ?」

「気のせいです。さて、もう話がないなら私はこれで」

「あら? 何か用事でもあるのかしら?」

 

 すると、ライカはポケットから一枚のチラシを取り出して見せた。

 

「あんぱんのセールですので、これから貯金を下ろしに行きます」

「呆れた……。あんぱんが最優先事項なの?」

「ええ、まあ。腹が減っては戦は出来ませんよ。それに、これからアラド達と局地戦のモーションパターン作成をしなくてはなりませんし」

 

 ライカが部屋を出ようとした時、扉が開けられた。その向こうには、何やら書類を抱えたフウカが立っていた。

 

「フウカ? 貴方から来るなんて珍しいわね」

「頼みがあります」

 

 メイシールの机に書類を乗せたフウカが切りだす。

 

 

「――ヤクトフーンドを、フェルシュングで再現して頂けませんか?」

 

 

 フウカの口から飛び出たのはかつての自分の愛機の名であった。



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第二十六話 対決、SRXチーム~前編~

 伊豆基地PT用演習場。

 モーションパターンやPT用試作兵器の評価試験などに使われる比較的広く、障害物も無いフィールドが今回の模擬戦の会場だった。

 

「良しっ!」

 

 新型ブレイドランナーの中でソラはとりあえず景気づけに一発叫んでみた。

 こうすることで自分の身体の緊張を解く、という自己暗示的な行動だが、ソラは緊張するととりあえず声に出すことにしていた。通信装置がオンになっていたのか、すぐにフェリアからあからさまに嫌な声が飛んできた。

 

「何で叫んでるのようるさいわね」

「無理ないですよ! 何て言ったってあのSRXチームと模擬戦なんですから!」

 

 一瞬ソラは通信装置の音量設定を高くし過ぎたかと思った程、ユウリのはつらつとした声はコクピット内に大きく響き渡った。普段の彼女からはとてもほど遠いそのテンションの高さに、ソラは逆に落ち着かせられた。

 

「SRXチームって言えば、俺でも知っているくらい有名なチームだもんな。よっぽど嬉しいんだなユウリ」

「はいはい。二人とも、先方が来る前にもう一回作戦の確認をするわよ」

 

 実は機体に乗る前、ソラ達は今回の模擬戦の作戦を立てていたのだ。

 と言っても、至極単純なモノだが。何の方針も無しで戦うよりはマシと言うフェリアの主導だ。

 

「えっと、基本的に俺達は固まって戦うんだっけ?」

「そうよ。一対一に持ち込まれたら地力であっという間に負けてしまうわ。だから一体ずつ撃破していくの。ソラは相手に集中。私もソラと一緒に仕掛けつつ残り二体の牽制。ユウリは終始二体の牽制。常に多対一の状況を作っていくわ」

 

 SRXチームの連携は非常にレベルが高く、まともに立ち向かってもあっという間に飲み込まれて終わりである。

 そう考えたフェリアは基本に忠実に、多対一によるアドバンテージを取り続けることを徹底することにした。その役者は既に揃っている。

 相手を釘づけにするブレイドランナー、敵を分断しあわよくば纏めて火力に晒せるピュロマーネ、相手の動向を常に把握しつつ的確な射撃で相手を牽制するオレーウィユ。

 あとはそれを動かすパイロットの技量次第となる。

 

「データ収集は任せてください。どんな予備動作でも見逃しません!」

「頼もしいわね。そうそう、当然最優先ターゲットは覚えているわよねソラ?」

「ああ。R-2パワード、ライディース少尉だろ?」

 

 天才――ライディース・F・ブランシュタイン。

 今回、第五兵器試験部隊にとっての最大の壁となるだろう人物の名である。名門ブランシュタイン家の次男であり、兄であるエルザム・V・ブランシュタイン同様常人を越えた操縦技術を見せる本物の“天才”。

 彼を早期撃破出来るかどうかが、ダイレクトに勝敗に関わってくるのは間違いない。そうでなくても、彼の乗機であるR-2パワードは砲撃戦用PTなので、生かせば生かしておくほど、こちらの損傷は加速度的に跳ね上がる。

 

「正解。まずあの人へ真っ先に深手を負わせる。そうしなきゃ模擬戦が成り立たないわ」

 

 切込役であるソラは僅かにプレッシャーを感じてしまった。

 役目が果たせるかどうかもそうだが、そんなエース相手に、自分はどこまでやれるのか、それが不安であった。

 

「あ、来ましたね」

 

 遠くから三機の機体が向かってきていた。

 空を飛んでいる赤い機体、地上を進む青い機体とトリコロールの機体。彼らこそが地球圏守護の要となるチーム、鋼の戦神を操る三人のパイロット。

 

「SRXチームただ今到着しました。こちらはR-3パワード、アヤ・コバヤシです」

 

 空に浮かんでいるR-3パワードから映像通信が来た。初めて見る有名人を見て、ソラは衝撃を受けた。

 

(な、何て大胆なパイロットスーツ! 何てこった、これが――エース!?)

 

 それが特殊なシースルー素材ということを知らないソラは、アヤの恥じらいゼロの表情を見て、改めてこの地球圏の守護者の風格を感じ取っていた。

 そんな彼のいやらしい雰囲気に気づいたフェリアが低くドスを利かせる。

 

「……今からでも五対一に変える?」

「な、何の話だよ!?」

 

 そんなやり取りをする彼らの機体に(くだん)のSRXチームから感想がお届けされた。

 

「おお……これがヒュッケバインのカスタム機かぁ。いっそのこと、ヒュッケバイン三機で合体とか出来るようにならねえかな~? 名前はそうだな……ダイヒュッケバイン! な、どうだライ?」

「何を馬鹿な事を言っている。良いから配置につけ」

 

 こちらは音声通信だけだったが、声からして最初に喋った方がリュウセイ・ダテ、次に喋ったのが先ほどまで話題に上げていたライディース・F・ブランシュタインだとソラは判断する。

 フェリアが挨拶をしようと通信を入れる前に、何とユウリが先に口を出した。

 

「ダイヒュッケバイン! 良いですね! 三体合体はロマンですよ!」

 

 リュウセイの呟きに一番反応したのは恐らくユウリだろう。思わぬ反応に、彼の声が一段と弾んだ。

 

「おお! 分かってくれる奴がいるんだな! 俺はリュウセイ・ダテだ。そっちは?」

「ユウリ・シノサカ少尉です!」

「あら? 自己紹介の流れ? それならライも名乗らないと」

「リュウセイが二人いるようだ、全く……ライディース・F・ブランシュタインだ」

 

 どこか既に諦めているような、そんな風に聞こえた。そうなってくると生真面目なフェリアがわざわざ敬礼と共に名乗る。

 

「フェリア・セインナート少尉です。本日はよろしくお願いします」

 

 ついでにソラも名乗ることにした。

 

「ソラ・カミタカ少尉っす! よろしくお願いしまっす!」

「あら? そちらはソラ少尉だけ男性なのね」

「ええ。毎日気を遣いますよホント」

 

 フェリアとアヤを交換すれば丁度いい疲労ですよ、なんてとてもじゃないが言えないのでとりあえず言葉を濁す事にしたソラ。しかしフェリアから無言通信が入ったので、やはり何かかしら勘が働いているのだろう。

 全くもって恐ろしい。

 

「さて、それじゃあ時間も惜しいし始めましょうか。フェリア少尉、今回の模擬戦の方式は把握しているかしら?」

 

 アヤの問いに、フェリアは実にハキハキと答えた。

 

「ロックオンによる光学判定ですよね? 格闘武器に限っては保護カバーによる接触判定ですけど」

 

 なるべく実戦に近い形で、とはいえなるべく機体に負担を掛けないギリギリのラインで生み出されたのがこの方式である。

 射撃兵装の銃口には特殊な不可視レーザーを出す発振装置が付けられ、格闘兵装の接触部には保護カバーが付けられており、必要最低限の損傷に抑えられる寸法だ。ソラのブレイドランナーも至る所に保護カバーが取り付けられており、シュトライヒ・ソード2の先端にはレーザー発振装置も取り付けられている。

 

「それで撃破判定が出れば機体が自動的に止まるようになっているわ。ルールはシンプルよ。チームが全滅するか、設定された時間制限を迎えるかの二つ。あとは何でもアリよ」

 

 アヤの説明後、互いが速やかに距離を取る。

 前衛がR-1、それに寄り添うようにR-2パワードがおり、その後ろにR-3パワードが控えているという布陣である。対する第五兵器試験部隊は、先頭にピュロマーネ改、隣にブレイドランナー改、二機の間の少し後ろにオレーウィユ改が待機している。

 メインモニターにカウントダウンが表示される。

 

「それじゃあ始めるわよ。リュウ、ライ、準備は良いわね?」

「ああ。とっくに出来てるぜ」

「こちらも用意は出来ています」

 

 もう間もなく戦闘が始まろうとしている。

 

「ソラ、ユウリ。相手は人間、こっちも人間よ。倒せるチャンスは十二分にあるわ。……ビビらないで行くわよ」

「当然!」

「はい……! 一生懸命やります!」

 

 カウント、ゼロ。

 それとほぼ同時――ピュロマーネ改の両肩両腕、計四門の大型砲のレーザー発振装置が大きな光を放つ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「各機散開! 良いのが来たわよ!」

 

 アヤの言葉でライディースはすぐさまフィールドマップに映し出される射線上からの脱出を果たす。リュウセイも危なげなく射線上から退避したことに安堵しつつ、猛スピードで向かってくる一機へロックオンを済ませる。

 

(速いな。キョウスケ中尉のリーゼと同じ? いや、初速と勢いはリーゼが勝っているが、()()はこちらのが上か)

 

 冷静に分析しつつ、すぐさま迎撃態勢に移ったライディースはR-2パワードの携行武装であるマグナ・ビームライフルを向ける。

 第五兵器試験部隊の魂胆は見えていた。

 砲撃で分断し、剣を持ったヒュッケバイン――取得したデータによるとブレイドランナーと呼称される機体――の強襲による各個撃破。

 その栄えある最優先ターゲットに選ばれたのは鈍重であり砲撃戦用の機体である自身の愛機。トリガーを何回か引き、操縦桿を直ぐに前後左右へと的確に動かす。

 

「勢いのある機体だな。だが……真っ先に俺を狙う不幸を呪え!」

 

 大体当たったはずだが、対ビームコーティングでも施しているのだろう、すぐに撃墜判定が出ることは無かった。

 思い通りの場所へ回避していくブレイドランナーへすぐさまライディースは対応する。マグナ・ビームライフルを左手に持ち替え、右手の有線式ビームチャクラムの射出装置をブレイドランナーへ向けた。

 

「行け、光の戦輪よ!」

 

 数多の敵を切り刻んできた光の戦輪が蛇のような軌道でブレイドランナーへ襲い掛かる。

 

「おいこれ砲撃戦用なんじゃないのかよ!?」

 

 叫び声と共に、ブレイドランナーは回避運動虚しくチャクラム部をぶつけられた。

 

「うおっ!」

 

 ソラは非常に焦りを感じていた。

 牽制だったのであろうR-2パワードの射撃は全弾ヒット。対ビームコーティングを施したこの装甲じゃなかったら既に落とされていただろう。攻めきれない、まるで難攻不落の要塞を相手にしているような感覚だった。

 

「リュウセイ! 何をしている!?」

「悪いライ! 足止めを喰らっている!」

 

 ブレイドランナー以外の二機がR-1とR-3パワードを足止めしているせいで、徐々に孤立し始めていた。

 しかし、とライディースはその状況を珍しく思っていた。

 

(リュウセイはともかく、大尉も一緒に対応してこちらに来れないだと?)

 

 ブレイドランナーの超加速による斬撃を避けつつ、マグナ・ビームライフルとチャクラムで間合いを徹底的に維持していたライへロックオンアラートが降りかかった。

 大砲付き――ピュロマーネ改――の肩部ビームキャノンの砲門がR-2パワードへ向けられていたのだ。

 

「なるほど、どうあってもまずは俺からということか……!」

 

 R-2パワードの特性の一つであるホバー機能による旋回やターンを繰り出し、あっという間に敵の射線上へブレイドランナーを置いたライディースはそのままチャクラムを射出した。

 

「俺のビームチャクラムと張り合うつもりか!」

 

 ブレイドランナーの右手甲からクロー型のアンカーが射出されたのを確認するや否や、ライディースはすぐに自機の腕を動かし、チャクラムの軌道をコントロールし、迎撃に移る。チャクラムが動いている間、こちらに到達していたピュロマーネの腕部ビームキャノンを避け、マグナ・ビームライフルで応射することも忘れない。

 流石に一対二は辛い、そう思い始めていた時、ブレイドランナーとピュロマーネへR-3パワードのストライク・シールドが飛来した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「流石にやる……!」

 

 フェリアはそう上手くいきはしないと思っていたが、まさかここまでとは思っても居なかった。

 初手の一斉射撃は良い。いかにSRXチームといえども、あの火力の直撃は撃墜確実。

 だから散開をさせられたのは計画通り。ソラのスタートダッシュも完璧だった。

 発射とほぼ同時のスタートはR-2パワードを捉え、後方のユウリの援護によってR-1とR-3パワードを牽制しつつ、このピュロマーネの射程にR-2パワードを入れられたというのは正に僥倖とも言える結果。

 ――だが、天才はやはり天才だった。

 ブレイドランナーの突撃を避けるどころかむしろ正面きって迎撃するとは夢にも思わなかった。ソラの叫びである『砲撃戦用じゃなかったのかよ』は自分も言いたかった。

 鈍重な機体のはずなのに、それを感じさせない効率的かつ無駄の無い位置取り、射撃兵装と有線兵器による的確な間合い管理。ブレイドランナーの突撃を冷静にやり過ごした挙句、こちらの肩部ビームキャノンへの“盾”とするように位置を入れ替えるその対応力。

 どれをとっても一流。

 

(それにアヤ大尉の機体……!!)

 

 ようやくR-2パワードを挟撃の形に持って行けたと思ったら、R-3パワードによる誘導兵器の襲来。

 ストライク・シールドと呼ばれるゾル・オリハルコニウム製の打突兵器は様々な角度から二本掛かりで襲い掛かってきた。その姿はさながらスズメバチと言っても過言ではない。もう二本はブレイドランナーへ攻撃中だ。

 避けられていると思っても、何度か機体へぶつけられてしまっている。おまけに――。

 

「R-1、突撃ィィ!!」

 

 地面を滑空するR-1の両手には実弾兵器G・リボルヴァーが握られていた。R-1がピュロマーネへの接近に成功するや否や、襲い掛かっていたストライク・シールドがR-3パワードへ戻って行った。

 更に、R-2パワードからの攻撃が確認されたので、回避するために距離を離さざるを得なかった。

 

(すごい……逆に分断されてしまうなんて……!)

 

 肩部ビームキャノンをR-1へ放つが、すぐに避けられてしまった。

 だが、フェリアは冷静にマルチビームキャノンを拡散モードに切り替える。

 ターゲット、インサイト。フェリアはトリガーを引き絞った。

 

「まだまだァ!」

 

 直撃コースだ。

 しかし、R-1の両腕の念動フィールド発生装置が光った瞬間、何食わぬ顔でR-1は突撃してくる。これが念動フィールドによる防護壁かと瞬間的に理解したフェリアは、R-1の右拳に注目した。

 

(捻じ込んでくる気ね……!)

 

 右拳には淡い光に包まれていた。すぐに殴打の意図に気づいたフェリアは、マルチビームキャノンの出力調整を弄り、ビーム――今回は判定用レーザーであり、可視光線へと色が変わる――を刃の形に固定する。

 

「この!」

 

 ピュロマーネの脚部スラスターが一際大きな炎を上げたと思えば、すぐにR-1の拳撃をやり過ごし、逆にウィングバインダーへと一撃を入れてやった。

 

「ら、ライみたいな奴だな……! こいつも砲撃戦用じゃないのかよ……!」

「リュウ、すぐに後退! 仕切り直しよ」

 

 R-1とピュロマーネを遮るように、ストライク・シールドが飛来したので、追撃をできずにR-1の離脱を許してしまった。

 だが――。

 

「逃がしません!」

 

 オレーウィユがフォトン・ライフルを向け、R-1の逃亡を遮っていた。ユウリは常に、R-1が逃げる先へ先回りをしつつ、R-2パワードの元へ辿りつかせない。

 

「す、すごいですリュウセイ少尉……! 思念がこんなにハッキリ掴めるなんて……! アヤ大尉も!」

 

 フェリアはユウリの成長ぶりに驚いていた。襲い掛かる三本のストライク・シールドを避けつつ、R-1へフォトン・ライフルを向け続けているのだから。

 

「ユウリ少尉の念の力……そんなに強くないはずなのに、的確に私とリュウの念を掴んでいる……!」

 

 R-1のG・リボルヴァーによる射撃に晒されたオレーウィユの肩部の念動フィールド発生装置が光った。

 だが、その瞬間、ユウリから苦痛の声が漏れた。

 

「う……フィールド維持って、難しい……!」

「コントロールできていない……? その分、相手の思念を感じ取る力が強くなっているのかしら?」

 

 アヤの立てた仮説はこうである。

 ユウリ・シノサカは念動フィールドの維持すら困難な程、念の制御力に乏しいが、その分相手の念を感じ取る力に特化した念動力者だと。

 それならそうで厄介な相手だというのがアヤの結論である。

 念動フィールドを制御して防御寄りの回避行動をするこちらと違って、ユウリは相手の攻撃の意思を読み取り、回避に徹底するタイプ。念動フィールドを使わないので、その分操縦者にかかる負担はユウリの方が圧倒的に軽い。

 まさに戦闘に特化した念動力者。

 

「だったらこっちのペースに引きずり込むだけよ!」

「しまった……! R-3パワードに抜かれた! ソラ! そっち行ったわよ!」

「無茶言うな! さっきから逃がしてくれねえんだぞ!?」

 

 R-2パワードの手堅い追い込みによって、どんどんブレイドランナーがR-1との挟撃の形に追い込まれていた。

 どうしても逃れられない攻撃は『Tフィールド』で防いでいるようだ。先ほどから何回か腕部の装置が排熱されているのが見えた。

 ソラをカバーするべくフェリアも厚い装甲を活かし、R-3パワードからの攻撃に耐えながら強引に向かう。

 

「……あれ?」

 

 ユウリが声を上げ、しばらくすると、唐突に焦り声が聞こえてきた。

 

「だ、駄目ですフェリアさん!! ソラさんの所に向かったら……!!」

 

 そう言われた瞬間、フェリアはレーダーに視線を落とす。

 自分がソラの元へ向かったことによって、R-3パワードが少し位置を変えるだけで、第五兵器試験部隊を囲むような位置取りになった。

 ――しかも、全機R-2パワードの射程範囲内。

 

「誘導された……!?」

「気づいたか! だが、散開する時間は与えん!」

 

 R-2パワードが行動を止め、しっかり地に足を着けた。

 

「バーストモード……ターゲット・ロック!」

 

 R-3パワードとR-1が的確にこちらを縫いとめてくる。そうしている間にR-2パワードの砲門の光が大きくなっていく。

 

「まだ……まだぁぁぁ!!」

 

 砲門のレーザー発振装置が始動する直前、ブレイドランナーがR-2パワードへ突撃していった。

 

「ハイゾルランチャー、発射!」

 

 ――ブレイドランナーが左右脇下に懸架されていたコールドメタルナイフを両手に構えた。



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第二十七話 対決、SRXチーム~後編~

「おおおお!!」

 

 ソラには無茶が出来る理由が一つあった。

 それはブレイドランナーの両腕部に搭載されているTフィールド発生装置である。以前と比べ小型化されているが、ラビーとメイシールが出力調整をし、むしろ瞬間的な防御力は向上している。そして、よりエネルギー変換が効率化され、展開可能時間が伸びているのも突撃に踏み切った後押しでもある。

 ソラはサブモニターに目をやり、まだ撃墜判定が出ていないことに安堵する。機体前面に展開できる時間は残り二十秒、切った。

 

「ちっ……ガーリオンのブレイクフィールド以上の強度! リュウセイ、大尉、フォローを頼む!」

 

 ブレイドランナーの加速力と思った以上に強固なTフィールドに、ライディースは一時後退を選択した。

 しかし、いくらパイロットが一流とはいえ、足回りにパラメーターを全振りしている機体から逃げるには少しだけ()()()()が足りていない。

 もう一歩踏み込めばR-2パワードに辿りつく。しかし、それには後退の用意が整いつつあるライディ―ス機をもう少しだけ縫い止めなくてはいけない。

 そこで、ソラは更にダメ押しを選択した。

 

「らあァ!!」

 

 両手に持っていたコールドメタルナイフを力任せに投擲。

 まさか投げてくるとは思っていなかったライディースはR-2パワードを半身にし、ショルダーアーマーを向けることで、()()()しまった。

 

 ――千載一遇のチャンス。

 

 操縦桿を横に倒し、ペダルを踏む力を変え、左右のスラスター噴出量をあえて不安定に。思い浮かべるは敬愛する女性パイロットがツヴェルクへかました戦闘機動(マニューバ)

 真っ直ぐにR-2パワードへ向かうブレイドランナーの両手甲部からクローアンカーが伸びていく。左右肩部のフレキシブルスラスターがそれぞれ急激に上と下を向いた。

 ――その瞬間、ソラの視界では世界が回る。

 

「低空バレルロールだと……!? リュウセイでもやらんぞ!」

 

 そのままの速度を維持して螺旋を描くような横転――バレルロールを繰り出したブレイドランナー。背後を取る間、一緒に回転していたワイヤーがR-2パワードのハイゾルランチャー部や上半身に絡まったのを確認すると、ソラは叫んだ。

 

「今だ撃て!!」

 

 追いかけて来ていたオレーウィユとピュロマーネにそう言うなり、ソラは操縦桿を力一杯握り締める。これから撃たれるまでの数瞬が勝負。

 R-2パワードの馬力を嘗めて掛かってはあっという間に振り解かれる。だから、全霊を以てこの機体を抑える。

 そう思っていたソラは、次の二人の反応に、正直驚きを隠せなかった。

 

「……っ」

「そ、それは……」

 

 R-2パワード拘束から今の台詞を聞くまで、時間にしたら数秒も無い。

 しかし、ライディースとしては数秒あれば十分であった。R-2パワードは有線式ビームチャクラムを大きく振るい、背後にいたブレイドランナーへ思い切り打ち付けた。

 

「嘘だろ!? 攻撃範囲が広すぎる!」

 

 右肩に当たってしまい、機能停止判定が出てしまう。

 出したワイヤーを回収することも出来ぬまま、ブレイドランナーとR-2パワードを繋ぐ鎖と化してしまった。

 

「念じるままに……行きなさい! ストライク・シールド!」

 

 R-3パワードの両肩ホルダーから飛び出た六本の打突兵器がソラと、そしてR-2パワードへ気を取られていたオレーウィユへ襲い掛かる。

 

「し、しまっ……!」

「ユウリ!」

 

 アヤによる精密な念動コントロールで六本のストライク・シールドはオレーウィユの関節部を叩き回り、あっという間に行動不能へと持っていってしまった。あまりに一瞬の撃墜に、フェリアは一気に飛び込んでくるR-1への対応が遅れてしまうという最大の不覚を取った。

 既にR-1の右拳には念動フィールドが集束されている。

 

「R-1!?」

「遅いぜ! 喰らえ! T-LINKナッコォ!」

 

 回避行動が間に合わなかったピュロマーネの胸部へR-1の拳が叩き付けられた。本来の実戦ならばこのまま念動フィールドが解放され、ピュロマーネの胴体は貫かれるのだが、今回は模擬戦である。

 リミッターが発動し、念動フィールドが消え、ピュロマーネのメインモニターには『撃墜判定』の四文字が。

 これで一対三。勝敗が確定した瞬間であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ま、負けた……」

 

 ブレイドランナーから降りたソラの一言目を聞いていたフェリアが珍しく嫌味を言うことはなかった。

 

「ええ……負けね」

「負けましたぁ~……」

 

 後ろからトボトボと歩いて来たユウリが半泣き状態だ。しかし、今のフェリアには彼女を慰める余裕がなかった。

 

()()()、引き金を引けていれば……)

 

 自分の右手を見つめながら、フェリアは呟く。

 ソラがギリギリで掴みとったR-2パワード拘束という一条の光。だが、フェリアとユウリはそれを掴みとれなかった。

 理由は――何となく分かっていた。

 

「おお……間近で見ると中々イカしてるなぁブレイドランナー。特にあの剣! どことなくバーンブレイド3の武器に似ているような……」

 

 そんな子供みたいな感想を漏らしながら歩いて来たのは先ほど手合せをしていたリュウセイ・ダテであった。

 

「もう! いきなり走らないでよリュウ!」

 

 アヤ・コバヤシはリュウセイに追いつくなり、注意を始めた。

 小さな注意は飛躍に飛躍し、挙句の果てには『だからマイにも悪い影響が……』などと言いだす始末。

 

「……流石にあの武装とこの武装では細部が違いすぎるだろう」

 

 最後にやってくるなり妙に的確な突っ込みをしたのは、“天才”ライディース・F・ブランシュタイン。

 思わずソラは彼らの青いジャケットへ目をやった。三人が纏っているその青いジャケットこそが、地球圏の守護者であり鋼の戦神を操る『SRXチーム』という何よりの証であったのだから。

 

「アヤ大尉! リュウセイ少尉! ライディース少尉! ありがとうございましたっ! 滅茶苦茶勉強になりました!」

「リュウセイで良いって。俺より一つ年上だって聞いてるぜ」

「お、そうなのか? それじゃあリュウセイだな!」

「それでこっちはライな」

「……勝手に人の呼称を決めるな」

「ライさんにアヤさん、リュウセイさんすごく強かったですぅ~……」

 

 ユウリが既に“ライ”と呼び始めたため、ライディースはあまり強く言うことも無く、それぞれが呼びやすければいいということで受けいれた。

 それからはすっかりとライとなったようで、フェリアも感想を一つ。

 

「流石だったわ。こっちの完敗よ。せめて一人でも落としたかったわ」

「い~え。少なくともあの時、ライは落とせていたわね」

 

 アヤは全てお見通しだったようだ。

 フェリアはこれこそが念動力者の力なのか、とも思ったが、単純に洞察力がすごいのだろう。

 負け惜しみになるかもしれないが、確かにあの時ライディースだけは落とせていたのだ。後にも先にも落とせるタイミング恐らくあの一瞬のみ。

 しかし――。

 

「当ててあげようかしら? ソラを巻き添えにしてしまうと思ったから、でしょ?」

 

 フェリアはアヤの一言で、自分の中の全てがカチリと当てはまった。やはり、()()()()()()()

 ユウリも図星を突かれ、困ったような笑みを浮かべていた。

 

「そ、それであの時二人とも撃たなかったのか……。模擬戦なんだから遠慮すること無いのに」

「いいや、それは違うぜソラ」

 

 ソラの言葉に真っ先に反応したのは意外にもリュウセイであった。

 

「模擬戦って言っても、あれはゲームじゃなくて空気は実戦と何一つ変わりないんだ。フェリアとユウリはそれを意識し過ぎたんじゃねえのか?」

「……っ!」

 

 そのリュウセイの言葉に、ソラは後頭部を思い切り殴られたような感覚を覚えた。自分の戦闘を振り返ってみると、あの時やっていた無茶な動きの数々は()()()()()()出来たのだ。

 もし仮に、相手が本気で殺す気で砲撃してきていたらどうだろう。Tフィールドでは防ぎきれなかったのかもしれない。

 バレルロールに失敗したらどうだろう。そのまま機体と運命を共にしていたのかもしれない。

 思い返せば思い返すほど、いかに自分が低い意識で模擬戦に臨んでいたかが分かる。いくら新しい機体の動きを確かめなければならないとはいえ……いや、訂正しよう。

 

 ――浮かれていたのだ。

 

(そう、か。フェリアやユウリはそれをちゃんと理解していたから……)

 

 もちろん()()()()()()なら、自分も躊躇っていただろう。

 

「そっか、俺がやってたのはただの遊びと変わらなかったんだな……」

「……だが、意表を突かれたのは事実だ」

 

 ライディースがソラと視線を合わせる。

 

「結果としてR-2の動きを止められた。実戦なら俺がやられていただろうな」

 

 事実を事実として告げるライディースを見て、第五兵器試験部隊よりリュウセイの方が驚いていた。

 

「め、珍しい……ライがフォローしてるぜ」

「ありのままを言っただけだ。それよりもリュウセイ、お前随分とフェリア少尉に翻弄されていたようだな」

「ち、違うって! 砲撃戦用だから接近戦に弱いと思ってだなぁ!」

「それ、ライの前で言う?」

 

 リュウセイの苦し紛れの言い訳に、アヤが呆れ顔を浮かべる。

 ライディースとアヤのプレッシャーに耐え切れなくなったのか、リュウセイが唐突にユウリの方へ顔を向けた。

 

「そ、そうだ! ユウリだったっけ? 模擬戦直前から気になってたんだけど、もしかしてスーパーロボットが――」

 

 その瞬間、ユウリの眼の色が変わった。

 

「は、はい! 大好きです! 特に好きなのは超機合神バーンブレイド3と狼我旋風ウルセイバーなんですよ!」

 

 高まったユウリのテンションに合わせるかのように、リュウセイの眼の色も変わった。

 

「おお! バーンブレイド、しかもウルセイバーを観ている奴がここにもいたのか!」

「はい! 一番好きなシーンは、バーンブレイドがパワーアップしてウィングが追加されるところです!」

「そこから一気に形勢逆転するところが熱いよな! ウルセイバーは?」

「第六の剣ロウガフォルトレスで五十六億もの敵の砲撃を防ぎきるところが一番好きなんですよぉ!」

「中々渋いところ行くな! 俺はウルセイバーが破壊寸前のところでロウガネティックエナジーをオーバードライブさせるところかな」

 

 ユウリとリュウセイの会話をジッと眺めていたソラがボソリと呟いた。

 

「ま、マニアの会話だ……本物の」

 

 すると、突然肩をちょんちょんとつつかれた。

 振り返ってみたら、割と近い距離にアヤがいたのでソラは思わずビクついてしまった。何か言う暇も無く、彼女は小声で訪ねてきた。

 

「あ……貴方はああいうのは興味ないのソラ?」

「いやぁ……俺はあんまりないッスね」

 

 とても不安げに尋ねてくるので、思わず本音を喋ってしまったソラ。

 だが、アヤにとってはそれが()()だったようで、あからさまに安心されてしまった。

 

「良かった……私だけじゃないのね」

「へ?」

「……ライを見てみなさい」

 

 アヤの言うとおり、ライディースの方を見てみると、どことなく二人の会話を理解しているような雰囲気が感じ取れた。彼女からの補足によると、だいぶリュウセイによって影響されつつあるらしい。もちろん彼女にとっては悪い意味で。

 しかし、それを言うなら、こちらだって負けていない。そう思いつつ、ソラは先ほどから会話に入りたそうにソワソワしているフェリアの姿をぼんやりと眺めていた。

 

「……何よソラ?」

「い~や、何でもない何でもない」

 

 ジロリと睨まれてしまったので半ば棒読みになりながらも適当にあしらうソラ。そうこうしている内にリュウセイとユウリの会話が物凄い盛り上がりを見せている。

 

「な……っ!? DX超合金バーンブレイド3高速三段変形が出来るのか!?」

「もっちろんですよ! 乙女の嗜みですよ!」

「マイですら説明書を読まなければ出来ないってのに……」

 

 どうやらリュウセイにとっては衝撃的な事らしい。何故かフェリアも衝撃を受けているようだ、いつもより表情が険しい。

 すると何を思ったのか、リュウセイが両手を広げ、高らかに宣言した。

 

「ヨシッ! 次のオフの日、バーンブレイド3の上映会やろうぜ!」

「やりましょーーー!!」

「ま、またぁ!?」

 

 どうやら二回目のようで、アヤの顔がヒクついている。ライにいたっては無表情だ。

 

(……え、俺も?)

 

 チームはいつも一心同体。そんな言葉を、今このタイミングで思い出したくはなかった。



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第二十八話 亡霊の亡霊

(熱いな……)

 

 ランドリオンの中でウェイ曹長は忍ばせていた団扇でひたすら生温い風を自分へ送りつけていた。後、一時間ほどで待機シフトに入る。そうなれば冷房が効いた社内でたっぷり休息だ。

 モチベーションを無理やりにでも維持しつつ、ウェイはセンサー類やレーダーに視線を送り続ける。

 

 ――メキシコ、コアウイラ州。

 

 ウェイ曹長はPTやAMの姿勢制御用スラスターの部品や装甲資材の一部を納入することで連邦軍と取引がある『トラクルダ工業』を警備する連邦軍のAMパイロットである。

 以前は戦車兵だったのだが、半年程前にPT適性があることが判明し、機種変更訓練を一通り終え、こうしてRAM-004L《ランドリオン》に搭乗していた。

 未だにAMという未知の兵器に適応することは難しかったが、()()()()()()()()と何とか割り切ることで動かせていた。共に周囲を警備している他のAMパイロット達と比べると、一番熟練度が低かったが、そこは戦車兵としての勘と経験でカバーできるところはしている。

 

「よおウェイ、今日の夜はオフだろ? 飲みに行こうぜ」

「おいおい、またかよ」

 

 今しがた通信を送ってきたのはウェイと同期であるゴーラ曹長である。

 一足早くAMに機種転換していた彼からAMの事を学んだりと親交はとても深い。こうして警備任務の後は近くのバーで一杯やるのが二人の密かな楽しみであり、ストレス発散でもあった。

 

「良いのか? 今日は嫁さんとディナーの予定なんじゃなかったのか?」

「察してくれ」

 

 また浮気がバレたのか、とウェイは彼の色好きに呆れ返る。

 既に両手で数えても足りない程だと言うのに愛想を尽かさない嫁が凄いと相変わらず思えた。最終的には嫁の元へ戻ってくるあたり、ゴーラも相当愛しているのだろうとも伺える。

 彼が飲みに誘う理由としては、単純に飲みたい、と言うほかに浮気がバレて家に居場所が無いからという理由もある。今日はどうやら後者らしい。

 

「しょうがねえな。奢りだぞ?」

「わーってるわーってる。そうだ聞いてくれよウェイ。あのバーに新しい酒が――」

 

 その直後、通信越しに爆音が聞こえ、ノイズと共に通信が途切れる。

 ――それがウェイとゴーラの交わした最後のやり取りであった。

 

「……ゴーラ? おいゴーラ、ゴーラ? ゴーラ!! 返事をしろ!!!」 

「敵襲! 十時方向から砲撃!」

 

 突然の事態を受けとめられないまま、ウェイは自分の親友を木端微塵にした相手へ報復するため、怒りのままに索敵を開始した。ゴーラの近くに居た僚機に映像を送ってもらったが、既に生存はほぼ絶望的と見ても良かった。

 砲撃があった十時方向へセンサーを向け、情報を取得する。

 その最中、また同じ方向から砲撃が確認できた。今度は被弾する者はいなかったが、二度の砲撃で完全に位置が把握することに成功する。

 親友を吹き飛ばした()()()()はトラクルダ工業から遠く離れた森の中に潜み、そこから砲撃をしている。

 

 ――その時点でウェイ含め、警備部隊は疑問を持つべきであった。

 

 もし冷静な視点で物事を見られる人物が念入りにサーチをしていたのなら、その砲撃元から生命反応が無いことが分かったはずである。

 

「こいつは……バレリオンを弄った無人砲台だ。アンテナが見える! 誰かが遠隔操作でも、なっ!? うわあああ!」

 

 送られてきたデータを確認すると、移動砲台が自爆し近くに居た二機のランドリオンを巻き添えにした瞬間の映像であった。

 恐らく設定された範囲内に熱源を感知すると自動的に自爆するようにプログラミングされていたのだろう。しかも意地の悪いことに、対象を確実に破壊できるよう移動砲台には金属片が大量に仕込まれていたようだ。

 

「熱源反応? っ!! うわあああ!!」

「どこから!?」

 

 ウェイ含め、警備部隊が十時方向へ各種センサーを走らせた直後、また爆発音が鳴り響いた。同時に、先ほどの移動砲台とは真逆の方向から熱源反応が迫ってくるのを確認。

 その瞬間、警備部隊は全てを理解した。

 

「囮か!?」

 

 無人移動砲台による砲撃を目くらましに、全く逆の方向から奇襲を仕掛けるという戦法は既に使い古されているが、然るべきタイミングで突入すればこれほど効果的なものはなかった。

 

「カイセ6、敵機発見したぞ来てくれ! 何だこいつ……!? ゲシュペンストに似てい――ぐあっ!!」

 

 完全に意表を突かれてしまった警備部隊は酷く混乱してしまう。

 また一人、通信が途絶した。

 ――四機。一分にも満たない僅かな時間でそれなりに修羅場を経験してきた強者達が撃墜された時間である。

 ウェイの近くにいたカイセ4が声を上げた。

 

「ウェイ! こっちに来たぞ!! 他の奴も来てくれ!!」

 

 レーダーに映った熱源の方向へランドリオンのカメラアイを動かすと、()()は見えた。

 

「何だ……あれ?」

 

 漆黒のカラーリングはまだ良い。逆三角形のマッシブな上半身にガッシリとした下半身もまだ分かる。

 だが、ウェイには分からないことがあった。

 

「何故ゲシュペンストに似ているんだ……!?」

 

 薄く細長いイヤーアンテナこそない物の、特徴的な頭部やバイザーはそのまま。

 太くて丸い四肢は何か別のパーツに取り換えられているのか、独特な丸みは窺えない。だが間違いなく、間違えようも無く目の前に現れた機体は《ゲシュペンスト》に限りなく近い機体であった。

 既にゲシュペンストタイプなんて見ることはないと思っていたが、現実として目の前にいる。

 

「このぉ!!」

 

 カイセ4のランドリオンがゲシュペンストタイプに接近し、右腕の大型レールガンで攻撃を仕掛ける。しかし、謎の機体は傍の開発施設に身を隠し、砲撃をやり過ごす。

 砲撃を維持しつつ、カイセ4はカイセ3に突撃のサインを送った。その隙に控えていたカイセ3のランドリオンが四脚機動装備『スティック・ムーバー』を稼働させ、施設に隠れているゲシュペンストタイプを蜂の巣にすべく、突撃を敢行。

 だが、ウェイには視えた。更に施設の裏から回り込もうとしているゲシュペンストタイプの姿が。

 

「カイセ3! 後ろから回り込もうとしているぞ!!」

 

 ウェイの呼び掛けも空しく、ゲシュペンストタイプが跳躍し、真上からカイセ3へ襲い掛かった。

 

「上!?」

 

 カイセ3の機体の上に乗ったゲシュペンストタイプが脇下から杭のような刀身を持つナイフを抜くと、一気に真上から突き立てた。瞬間、柄尻の方から大きな爆音が鳴り、ランドリオンの胴体を刀身が一気に貫いた。

 ウェイはたったの一撃でランドリオンを破壊したその武装の事を少しだけ知っていた。

 一時期は対PT用に開発されていたが、並みのパイロットではとてもじゃないが扱い切れない取り回しの難易度から開発が中止となった単発打突兵装『ステークナイフ』。杭状の刀身を敵に突き立てると柄尻の方に詰め込まれた炸薬を撃発させ、対象を破砕するという単純な構造であるが、それ故に破壊力は凄まじい。

 ジェネレーターに負担を掛けない省エネ性、当たれば敵機に甚大な損害を与えらえる破壊力、そして杭部さえ破壊されなければほぼ確実に作動する信頼性。三拍子揃った兵装だが、炸薬の量から使用回数はたったの一発。

 そんな馬鹿げた兵装を使いこなせるパイロットの技量は大体推察できてしまう。

 

「このおおお!!!」

 

 ウェイは生き残っていたカイセ5と共にトリガーを引いた。

 しかし、ゲシュペンストタイプは先ほどのように物陰に隠れることもせず、横へのステップのみで弾頭を避ける。その最中に、敵機は臀部にマウントしていたM90アサルトマシンガンを装備し、応射を始めた。

 

「しまった! 脚が!」

 

 的確な射撃はカイセ5のスティック・ムーバーの可動部を全て撃ち抜き、為す術無く頭から地面へ倒れ込んでしまった。

 ランドリオンの機体構造を熟知した上での射撃。そして追撃のグレネード弾が胴体へ突き刺さり、爆ぜる。

 燃えていくランドリオンを横目に、とうとう一人になってしまったウェイは半狂乱になりながらも、戦うことを止めず、トリガーを引き続ける。

 跳躍して、襲い掛かってくるゲシュペンストタイプを撃ち落とそうと、レールガンの銃口を上げた瞬間、ウェイに悪寒が走る。

 

「しまっ――!」

 

 サブカメラで自機の真下の画像を取得すると、そこにPT用のハンドグレネードが転がっていた。

 全てはこのための布石。自分すら囮にし、死角へ致命的な一撃を入れる。真下のハンドグレネードが爆ぜ、身体が紅蓮に包まれる刹那、ウェイは確かに視た。

 灼熱から這い現れ、視線を合わせた者全ての魂を持っていかんとする――“亡霊”の姿を。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「終わったようだな。流石の腕前だ」

 

 カームス・タービュレスはトラクルダ工業を制圧したゲシュペンストタイプの戦いぶりを見て、久々に戦慄が走っていた。

 いや、訂正しよう。戦いを見るたびに戦慄が走る。

 貴重なバレリオンを平然と陽動のために使い、一息でAM部隊を制圧するその手腕。だが、ゲシュペンストタイプのパイロットは酷く事務的な調子で返事をする。

 映像通信だが、ヘルメットを被っているので、顔は見えない。

 

「……機体が良いのです」

「機体……か。旧式以前の機体をフルチューンしているとはいえ、良くそんなモノを扱えるな。俺は恐ろしくて乗れん」

「……素早く確実に動作してくれる操縦レスポンス、今のPTでも超えることは難しい捕捉速度、それに()の性能の良さ。これだけ条件が揃っている機体は、そうはありませんよ?」

「耐久性や操縦性は完全無視しているというのにか。良くやる……」

「……手動操作(マニュアル)でロックオンや推進、ジェネレーター出力や電力供給の操作を出来るから、自分の想定外の事が起き辛いですよ?」

 

 およそ平凡なパイロットでは辿りつけない発想だろう。

 今時のAMやPTは自動で動いてナンボのものだというのに、手動の方が落ち着くというのがゲシュペンストタイプのパイロットの意見である。

 

「まあ、良い。トラクルダ工業の制圧はいつ頃終わりそうだ?」

「二時間あれば終了します。それと、制圧が終了したらこの機体の整備をしてもよろしいですか?」

「何か問題があったのか?」

「ええ……。跳躍からの着地の際、少しばかり無茶をしてしまいまして、右膝のサーボモーターが焼き切れそうなのですよ」

「……許可する。常に万全の状態にしておけ」

「ありがとうございます」

 

 改めて底知れないと、カームスは感じさせられた。

 フルチューンした機体でも、パイロットの腕に追いつくのがやっとなのだろう。そこでカームスはマイトラやアルシェン、そしてリィタの顔を思い浮かべた。

 そのどれもがSOが誇るエース級。

 特にアルシェンに至っては自分でも勝てるかどうか分からないレベルの近接戦闘のスキルを持っている。

 そんな彼を以てしても、このパイロットに勝つイメージが湧き辛い。

 

(何でも有りの戦闘なら、恐らく誰も勝てんだろうな)

 

 すると、何を思ったのか、パイロットがヘルメットを外した。

 

「……それにしても、ここは熱いですね。ランドリオンから出ている炎のせいでもあるのでしょうが……」

 

 後頭部で結われた黒い髪は汗でしっとりと濡れており、少しツリ気味の眼は細められている。

 ゲシュペンストタイプを操っていたパイロットは、顔立ちが整った美しい女性であった。しかし、パイロットスーツ越しからでも分かるバランスの良い筋肉の付き方が、歴戦のPTパイロットであると予想させる。

 

「そうか、確か冷房も付いていないんだったな、その機体には」

「はい。この機体はそもそも寄せ集めなのですから……」

「ゲシュペンストの規格落ちの部品を使って組み上げられた機体、だったか」

「《レヴナント》……ゲシュペンストの亡霊です」

 

 今聞いてもどうしてそんな機体が現存しているのか不思議で堪らなかった。というより、よくもそれほど古い機体を使い続けていられるなというのが本音であった。

 彼女は一度も他のPTやAMに乗ることはなかった。

 任務の効率を優先し、割り切って乗ることはあっても使い続けることはない。徹底したこだわりこそが、彼女の強さの根源なのかもしれない、そうカームスには思わせられた。

 

「ああ。そうだ、そんなお前に頼みたい。新しい任務だ」

「何でしょうか?」

「詳細はデータファイルで送るが、まあ簡単な威力偵察だ」

「威力偵察……」

「不服か?」

「まさか。任務ならば全力で当たるのみです」

「そうか、なら期待しているぞ。センリ・ナガサト」

「――了解です」

 

 ――センリ・ナガサトはそう言って、通信を切った。



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第二十九話 宇宙に住まう化物~前編~

「うお……久しぶりの宇宙って慣れないな」

「慣れなさい。というか地球外での戦闘にいい加減慣れなさいよ」

 

 SRXチームとの模擬戦から二日経ち、現在ソラ達第五兵器試験部隊は月に近い宙域に来ていた。

 最近、地上宇宙を問わず、連邦と取引をしている企業が立て続けに襲われているという事件が多発していた。SOとも取れるし、SOの動きに同調した反連邦組織による犯行とも考えられる。

 襲撃された基地の場所や時間から、今回襲撃されるであろう場所がこの宙域に存在する超巨大デブリを改造した『モノリス工房』と呼ばれる主にアルバトロス級やペレグリン級の推進ユニットを製造しているメーカーであることが判明した。とはいっても、他にも候補が宇宙地上問わず存在するため、迎撃部隊が広く振り分けられることとなった。今回、第五兵器試験部隊に振り分けられた場所がこのモノリス工房である。

 

「比較的デブリは少ないですが、それでも当たらないよう、常に周りには注意してくださいね!」

「お、おう……っ。ていうか、ユウリ相変わず適応力すごいよな……」

「そうですか? フェリアさんには負けますよ!」

「いや、まあ……私は宇宙長いからね」

 

 フェリアが少し呆れたように返した。

 

「ソラ! 情けなーい!」

 

 ブレイドランナー改の目の前をコスモリオンが横切った。

 唐突な出現に、ブレイドランナーが大きくバランスを崩してしまった。

 慌てて機体制御をしようとして操縦桿を動かしてしまうが、状況悪化に余計に拍車を掛けてしまう。ソラは機体を縦回転させながら、今しがた横切ったコスモリオンへ注意する。

 

「こ、こらリィタ! ふざけたら怪我するんだぞ! 俺が!」

「ごめんねソラ! でも、久しぶりの宇宙だー!」

 

 今回の護衛任務には、ラビーからの提案でリィタ・ブリュームが参加していた。上層部はだいぶ難色を示していたが、ストッパーとしてとある人物を派遣することによってその問題を解消されることとなった。

 

「……二人とも元気ですねー。朝早くからそのテンションは辛いものがあるんですが……」

 

 最低限のスラスター噴射でソラ達に付いて来ながらフウカ・ミヤシロは気だるげにそう漏らした。

 今回、リィタのストッパーとして派遣されたのはフウカである。最初はライカのはずであったが、フウカの強い要望で交代したという。

 

「ふ、フウカ中尉、滅茶苦茶眠そうっすね」

「……ええ、まあ。夜勤明けですからね」

 

 フウカの物言いに、フェリアが少しばかり呆れたような口調になった。

 

「……それで、リィタを相手出来るのですか? 万が一にもないんでしょうが……」

「問題ありませんよ。もし彼女が暴走したら確実に制圧して見せましょう」

 

 フウカの気持ちに合わせるように、彼女の機体――《ゲシュペンスト・フェルシュング》が片手をぷらぷらと振った。

 今回、彼女の機体には宙間戦闘用のミッションパックが装備されていた。バックパックの左右から長い棒状の物体が伸びていて、その先端前後左右に、計五基のマイクロスラスターが宇宙間での動きを細かく補正する。また左右の肩部アーマー、そして両脚部にも姿勢制御用スラスター付きの増加装甲が装備されており、運動性能が向上している。

 なお、後から聞いた話では、このミッションパックにはブレイドランナーやシュルフツェンの戦闘データが使われているとのことだ。

 

「フウカ、リィタに勝てるのー?」

 

 流石のリィタもフウカの言葉には腹を立てたらしく、頬を膨らませる。

 

「もちろん。こっちはたまーにリィタみたいな子と戦っているんですよー」

 

 前から思っていたが、ソラはつくづくフウカとライカは似ていないな、と感じていた。外見が似ているだけで、真面目な言動が目立つライカに対し、フウカはどこかユルい印象が目立つ。

 そういえば、とソラはフウカの戦闘をまだ一回も見ていないことに気づいた。

 

(……まあ、見ないに越したことはないよな)

 

 そういうのはシミュレーターでも十分見られる。何よりも、実戦で見るということはその時点で命のやり取りが行われるということなのだから。

 

「ところでフウカ中尉、モノリス工房ってどういう所なんですか?」

 

 ユウリの質問に、フウカがすぐに答えてくれた。

 

「ここは連邦が運用している戦艦の部品を開発している割と歴史があるメーカーでして、取引先のランクとしては上級と言って過言ではないでしょう」

「へえ……すごいんですね」

「ですが、真っ白と言う訳でもなく、武装勢力や反連邦組織にもパーツを流しているという黒い噂もありますがね。それに――」

 

 フウカの発言を慌ててフェリアが止めた。

 

「ちょっ……! フウカ中尉、発言を慎んでください!」

 

 フェリアがソラ以外を(たしな)めるレアな場面に、場違いながらソラは安堵した。

 

 ――自分だけに怒っている訳では無かった。

 

 この安心はきっとソラ以外には分からないだろう。

 

「……ちょっとソラ、何で安心したような顔してんのよ?」

 

 今日のフェリアは随分と勘が冴えているようで、ジト目で睨んでいた。

 

「……ん? 熱源反応? 大きいですね」

 

 すると、リィタがユウリの発言を肯定するかのように呟いた。

 

「……来る」

 

 モノリス工房の警戒ラインに引っかかったようで、アラートが鳴りだした。どう考えてもとっくに警告は出ているはずだ。

 それにも関わらず、真っ直ぐに向かってくるということは明らかな敵意を持ったものと言うこと。

 フウカの指示で所定の位置へ機体を移動させながら、ソラは久しぶりの実戦に少しだけ手が震えた。だがソラは己を奮い立たせる。

 既に自分は特機と渡り合える力を手にしている。あとは、気持ちの問題だけ。

 

「あれは!」

 

 遠目からでもはっきり分かるダークグリーンの機体色。

 そして、クモの下半身にカマキリの上半身が組み合わさったような外見。随分と久々に見るな、とソラは相変わらずのゲテモノぶりに舌を出す。

 

「おーおーおー。随分とまあ、一回見た顔が出迎えてくれたもんだ」

 

 クモカマキリのカメラアイが光る。

 そして聞こえてきた人を少し小馬鹿にしたような男の声。この声は、ソラには聞き覚えがあった。

 

「お前はあの時の……!」

「おや? 微妙に細部が変わったけど、お前はあれか、ライカ・ミヤシロと一緒にいた奴だな」

 

 そう言って、クモカマキリが重苦しい動作で鎌となっている腕部をブレイドランナーへ指した。

 

「そう言えば自己紹介をしていなかったな。俺はマイトラ・カタカロル。SOの戦闘部隊の一人だ。そしてこいつはマンティシュパイン。お前らをズタズタに引き裂く魔物、とでも言っておこうか」

 

 ユウリがすぐにデータ解析を始めたようで、データリンクを通して、マンティシュパインと言う機体のデータが送られてきた。

 

「……一人で来たのですか?」

 

 フウカが問いかけると、マンティシュパインのカメラアイがフェルシュングへ向けられた。

 

「その声……お前か、ライカ・ミヤシロォ……!?」

 

 マイトラの声は低く、それでいて悪意が滲み出ていた。

 割り込まれた映像通信に映し出されていたマイトラの眼はサングラスで隠れていて良く分からなかったが、不気味に吊り上げられた口角から、決して友好的な感情を持っていないことが良く分かった。

 

「俺を覚えているか? ライカ・ミヤシロ!? DC戦争のとき、お前におちょくられたマイトラ・カタカロルだ! 会いたかった……会いたかったぜぇ……!!!」

「……残念ながら。恨み言は言われ慣れているので、一々覚えてはいられないですね」

 

 対するフウカは冷静に、だが相手への挑発を忘れずに返した。その返しは分かっているとでも言いたげに、マイトラが好戦的な笑みを浮かべる。

 

「だろうなぁ……だろうなだろうなだろうなァ!!!」

 

 好戦的よりむしろ、醜悪に、そして悍ましく。

 心なしか、マンティシュパインの周りにどす黒い気のようなものが見える。それだけマイトラの、ライカ・ミヤシロへの執念が見て取れた。

 

「ソラさん!」

「どうしたユウリ?」

「あの人……怖い、です。何だか殺意の中でもどす黒い、そんな嫌な……人です」

 

 モニターの向こうで、ユウリが明らかに怯えていた。

 マイトラの念を直に感じているからだろうか、それがどれほどのものかは震える肩が教えてくれている。

 

「こんな所で会えるとは思ってなかった……! このモノリス工房を破壊するだけのかったるい任務だと思っていたが……カームスに感謝しなくちゃあなあ……!」

「ソラ、フェリア、ユウリにリィタ。用意を。敵は特機クラスです。生半可な相手ではありませんよ」

 

 すると、マイトラがほうと、目を丸めた。

 

「リィタ? リィタ嬢がいるってのか? 消去法で行くなら……あのコスモリオンか?」

「……マイトラ」

 

 すると、マイトラはどこか納得したように頷いた。だがその表情は皮肉気味に。

 

「そうか……そういうことか、カームス。なるほどな。大した奴だ……」

「どういうこと!? カームスが、何か言っていたの!?」

 

 リィタの問いが答えられることはなく、その代わりに大きく鎌を振るった。

 

「いいや! 所詮お前はあいつにとって、ただのガキだった! そういうことだ!!」

 

 マンティシュパインの胸部から二門の機関銃が現れ、掃射を開始した。

 射線上からすぐに退避したソラはまず、マンティシュパインと言う機体を把握する所から開始する。

 クモの下半身に、カマキリの上半身を持つ、巨大な機体。動くたびに脚部や上半身の姿勢制御スラスターで細かな補正をしているところから、やはりその質量を制御することは容易いものではないことが推察できる。

 そして、両腕部の鎌。PTなら一撃で真っ二つに出来そうな長大な鎌だ。不用意に飛び込むと一瞬で持って行かれてしまう。

 そして、とソラは脚部の上部にあるミサイルハッチに目をやる。

 

「皆! あそこからスパイダーネットのミサイルが飛んできたことがある! 気を付けてくれ!」

「了解! まずは私から牽制するわ! フウカ中尉! ソラ! 行って!」

 

 先頭に躍り出たピュロマーネの両肩部から閃光が放たれる。続けざまに両腕部のマルチビームキャノンからも追撃の光。

 閃光はマンティシュパインへ向かっていくも、マイトラに動きはない。そのまま、光はマンティシュパインを飲み込んだ。

 

「良い一撃だった。まさかこの機体のABフィールドを使うことになるとはな」

 

 特機に有効打を与えるピュロマーネの砲撃とはいえ、流石に全く消耗していない特機クラスから発動するABフィールドを貫くのは容易いことでは無かったようだ。多少の損傷は見受けられるが、機体動作に問題はないように見える。

 そのままブレイドランナーとフェルシュングは加速した。ソラとフウカがアタッカー。フェリアとリィタが中距離からの援護。ユウリが後ろから情報解析をしつつ、皆の隙をカバーしていくというフォーメーションだ。

「うおおお!!」

 

 ブレイドランナーがシュトライヒ・ソードⅡを振りかぶるが、それに合わせるよう、マンティシュパインの鎌が振るわれる。赤熱化しているところを見ると、装甲を溶断するタイプと見える。

 迂闊に当たることは出来ない為、一度ソラは攻撃を中断し、背後を迂回することにした。むしろ攻撃の隙を突くように、フェルシュングが懐に飛び込んだ。

 ヒットアンドアウェイ。手に持っていたアサルトブレードで、フェルシュングはマンティシュパインの横腹を切り裂いた。だが回転刃による斬撃は浅く、まるで効いていない。

 

「やるなライカ・ミヤシロ!! 早速か!」

(……さっきから、どうしてフウカ中尉、何も言わないんだ……?)

 

 ライカ・ミヤシロ。

 先ほどからマイトラは間違いなくそう言っているのに、フウカは何も言わないどころか、まるで()()()()()()()()()()()()()振る舞っていることに疑問を隠せない。

 最初は敵と話を合わせるためだと思っていた。だが、味方の自分から見ても、とてもではないが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(まるで……本物のライカ中尉だ……!)

 

 フウカの離脱の隙を埋めるようにピュロマーネの砲撃がマンティシュパインとフェルシュングの間を遮った。追撃をする気を失くした代わりに、マンティシュパインの背中から六つの円盤がパージされる。

 それにいち早く反応したのはユウリだった。

 

「誘導線キャッチ! 皆さん気を付けてください! それはただの部品じゃありません! 誘導兵器です!」

「気づいたところで!」

 

 円盤は回転し始め、五機へ襲い出す。

 他は何とか避けているが、ブレイドランナーだけは少し様子が違っていた。

 

「ソラ! 何やってんのよ!?」

「くっ……!! 機体の感覚が上手く掴めねえ!」

 

 微細な機体制御が上手くいかないブレイドランナーの装甲を円盤がどんどん掠めていく。大した損傷ではないが、これが積もりに積もったらと考えると焦らざるを得ない。

 その間にもマンティシュパインの鎌が振るわれるので、回避運動も忘れられない。巨体の割には素早いので、気づけば鎌の間合いに入っていることはザラである。

 フェルシュングがバースト・レールガンを構え、マンティシュパインの背後から射撃をしようとするが、すぐにブレイドランナーを襲っていた円盤がそれを潰しに掛かる。

 

「カマキリの視界は全周囲だ。把握出来ねえ訳が無い! そして!」

 

 マンティシュパインのカメラアイが飛びまわるコスモリオンを捉える。

 

「リィタ嬢! 一度お前とはガチの殺し合いをしてみたかった!!」「リィタは……したくない!」

 

 胸部機関銃でコスモリオンを撃ち落とそうとするも、機体特性をフルに活かした機動で弾幕を避けていくリィタ。

 そんな彼女の発言に、マイトラが吠える。

 

「したくないだぁ!? 『スクール』の戦闘兵器が! 人間みてえな事を言ってやるなよ! 人間様に失礼だろうが!!」

「っ――!!!」

 

 コスモリオンの動きが一瞬鈍くなった。瞬間、マンティシュパインが振るった鎌によって、コスモリオンの大型ブースターが溶断されてしまう。

 

「っ! リィタさん!」

「ユウリ! フォーメーションを崩したら……!」

 

 リィタの損傷に、思わずオレーウィユが飛び出した。それを追うように、ピュロマーネがフォローをするべく機体を加速させる。

 マンティシュパインの脚部上部のミサイルハッチが開かれたのを見た瞬間、思わずソラは叫んでいた。

 

「待てフェリア、ユウリ! これは罠だ!!」

 

 しかし、既に機体上部から小型ミサイルが何発も打ち上げられ、割れたミサイルから電磁ネット――スパイダーネットが展開されていた。

 

「きゃあああ!!」

「くっ!! 機体制御が……!」

 

 避けきれなかったピュロマーネとオレーウィユがスパイダーネットに絡まってしまい、行動を停止してしまった。当然コスモリオンもスパイダーネットに引っかかり、電子系統にトラブルを引き起こしてしまう。

 そんな三機の元へ、マンティシュパインが近づいた。

 

「フェリア、ユウリ! リィタ!」

「おっと……動くなよ。ライカ・ミヤシロ。お前もだ」

 

 すぐに救出せんと構えていたフェルシュングの動きが止まった。

 既に、マンティシュパインの鎌は三機の胴体を即座に溶断できる位置にぴたりと止められている。

 

 ――ソラは本能的に分かっていた。ここで下手に動くと、確実に三人は殺される。

 

 断定は出来ないが、短時間ながらにマイトラ・カタカロルという人間に触れた末の予想だ。残念なことだが、まずその通りと見て間違いないだろう。

 ブレイドランナーとフェルシュングの動きが止まったのを確認したマイトラが次の指示を飛ばす。

 

「良し……じゃあ、次は武装解除してもらおうか」

 

 ――告げられたのは絶体絶命に繋がる指示であった。



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第三十話 宇宙に住まう化物~後編~

「良し……じゃあ、次は武装解除してもらおうか」

 

 マイトラから告げられたのは事実上の降伏勧告。呑まない訳には行かなかった。

 拒んだ時点で、三人はすぐさま機体ごと殺されてしまう。

 

「……ソラ、要求に従いましょう」

 

 フウカも同じ意見だったようで、ゆったりとした動作でバースト・レールガンを手放した。それを見たソラも、コンソールを叩き、左右脇下に懸架していたコールドメタルナイフ、そして持っていたシュトライヒ・ソードⅡを手放す。

 宇宙空間に武器が浮くのを見届けたマイトラが満足げに頷く。

 

「くくく。良いぜ、素直な奴は大好きだ」

「……三人を解放しなさい」

 

 フウカの頼みをマイトラはあっさりと切り捨てる。

 

「誰が! しかしそうだなぁ……とりあえず今のでムカついたから罰ゲームだ」

 

 マンティシュパインの鎌が赤熱化し、コスモリオンのコクピットに僅かだが、刃先を立てた。

 

「リィタ!! 何しやがる!?」

「騒ぐなよ。今ライカ・ミヤシロが俺に命令しやがったからその罰だよ。次にお前がやらかしたから、更に罰ゲーム」

 

 先ほどからソラたちを苦しめていた円盤がまた回転し始め、今度はピュロマーネの装甲を削り始めた。幸い、装甲が厚いのでいますぐどうにかなる訳ではないのが、せめてもの救いだ。

 

「っ……!!!!」

「はっはぁ! 良いね、その顔。笑えるわ」

「……そこまでして、貴方は一体何が目的なんですか? 私達の命ならすぐにでも奪えるでしょうに」

 

 すると、マイトラがいかにも不思議そうな表情で返した。

 

「そうだが? だから楽しいんじゃねえか。あのライカ・ミヤシロに屈辱を与えているんだ。さいっこうの気分だよ!」

 

 ゲスめ、そうソラの喉元まで出掛かったが、それを言ってしまえば、更に三人を傷つけるだけになってしまう。そんなことを考えてしまえば、意地でも言う訳には行かない。

 ……歯を食いしばり過ぎて、噛み合わせがおかしくなりそうだった。

 

「なぁ? ライカ・ミヤシロ。教えてくれよ? どうしてあの時、俺を殺していかなかった?」

「……あの時、というのが分かりませんね。具体的に教えて頂きましょう」

「DC戦争中期のことだ。フィリピンのルソン島で俺達DCがライカ・ミヤシロ。お前がいる特殊部隊から攻撃を仕掛けられた時だ」

「……」

「互いに消耗していて、ある瞬間。俺とお前のマッチアップとなった」

「……なるほど、その時、私が貴方を殺さずに投降を促した。そういうことですね。……甘っちょろい()がやりそうなことだ」

 

 フウカの発言に、マイトラが激昂した。

 

「そうだ!! 貴様はあの時、俺を殺さず、あろうことに投降を、生き恥を晒せと促した!! そんなのってあるかよ!? 俺はあの時なら! 死んでも良いと本気で思えたんだぜ!?」

 

 今にでも三人を八つ裂きにしかねない激昂ぶりの最中、ソラは必死に思考をしていた。

 そんな最中、更に状況は悪化する。

 

「“剣持ち”動くなよ。おいライカ・ミヤシロ! とりあえずこいつらと遊んでろ!」

 

 マンティシュパインの六つの円盤が、フェルシュングへ向けて、飛翔し始めた。

 

「迎撃するなよ? ただ避け続けてろ! そうしてみじめに踊っていろ!」

 

 あらゆる方向から迫ってくる円盤を避けるため、フェルシュングは全身のスラスターを噴射し始める。

 

(くそっ! 考えろ! 考えろソラ! どうやれば良い!? どう上手くやれば助けられる!? タイミングか? どう俺の命を懸ける……!?)

 

 マイトラに勘付かれないよう、ソラはコンソール上に指を踊らせ、メイン・サブ問わずにこのブレイドランナーの情報を全て表示させていた。少しでも三人を助けるための糸口を見つけるために。

 ――三人が死ぬかもしれない。

 そんな状況でも、ソラは鋼の心で震えそうになる指を落ち着かせていた。

 

(クローアンカーを伸ばす……駄目だ、その間に殺される。バルカン砲、それも遅い。この距離なら、こいつのダッシュ力で飛びこむ……? いや、あれだけ近い所に鎌を付けられていたら……だけど待てよ、ギリギリ……?)

 

 この距離は遠そうに見えて、実はブレイドランナーが一息で飛びこめるいわば“射程圏内”である。以前の機体なら無理であるが、シュルフツェンにも使用されているスラスターユニットがそれを可能としていた。

 しかし、素の状態でマンティシュパインの鎌よりは動けない。

 ソラは既にタッチパネルにリミッター解除の画面を表示させていた。何も、最初から最後までリミッター解除をするつもりはない。

 

(ラビー博士からキツく言われてたなぁ……)

 

 新生ブレイドランナーのマニュアルを渡される際、ラビーから厳命されていることがあった。

 

『良いか? このスラスターユニットのリミッターは絶対外すなよ? 外した瞬間、君の肉体に掛かる負担が凄まじいものとなる。ハッキリ言って、三秒と保たないぞ』

 

 そう言われていたのだ。だが、今この状況ではむしろありがたい。

 ソラは、不慣れな手つきでリミッター解除にタイムリミットを仕掛けていた。

 

 ――二秒。

 

 それがラビーから宣言された“全開稼働時間”。

 

(二秒()()なら良いってことだろ、ラビー博士。だが、あとはタイミングだけなんだ……!!)

 

 そんな時、コスモリオンから秘匿通信が送られてきた。

 

「……ソラ」

「リィタ! 無事か!?」

「……うん。気を失ってたけど、もう平気。……捕まってるんだね、リィタ達」

 

 流石と言うべきか、リィタは既に自身の状況を把握していたらしい。すぐに彼女はこの状況を切り抜けるためのアイディアを出してくれた。

 

「……フウカに、この機体の自爆装置を起動させるように、言って」

「は……? ど、ういうことだ?」

「……ラビーがね、言ってくれたんだ。その機体には裏切り防止の自爆装置がつけられているって、悲しい顔で」

 

 全身に冷汗が溢れてきた。おかしいとは思っていた。

 敵であったリィタがすぐに前線に出て来れた時点で気づくべきであった。

 そして、ソラはハッとする。今の会話の流れなら、当然フウカも……。

 

「だから、制圧が容易だって……」

「今計算してみたけど、この爆薬ならフェリアとユウリを巻き添えにしないよ? ちょっとだけ離れてるし! あとはフウカに自爆スイッチを押してもらって、この機体が爆発した瞬間に――」

「――ふざけるな」

 

 段々明るい調子で()()を促すようになってきたリィタへ、ソラは本気の怒りを見せた。

 リィタが一瞬怯えるが、それでも彼女は続けた。

 

「リィタの事、聞いたでしょ? リィタね、昔『スクール』って所にいたんだ。すごいんだ、すごく辛くて、痛い訓練を沢山して、一人で戦えるようになって……。アードラー博士が言ってた。リィタってただの実験動物だって」

「もういい……」

「だから、ソラもリィタの事は気にしないで! ちょっと怖いけど、それでフェリアとユウリが助かるなら――」

「ふざけんな!!」

 

 ソラは今のリィタの一言で固めていた方針が更に固まった。もはや礼すら言いたくなる。

 

「二人じゃねえんだよ……三人だ! 三人が助かる道以外、俺はいらない!」

 

 三人を助けて、マイトラを倒す。

 結局はこんなシンプルな目的にしか辿り付けなかったが、ソラとしてはむしろ上等。マイトラがようやく何かを察したのか、ブレイドランナーへカメラアイを向けた。

 

「ん? そこの“剣持ち”。何か企んでるみたいだな。だが、良い。今この場で最大の脅威はライカ・ミヤシロだ。こいつさえ妙な動きを見せなければ俺は構わんよ」

 

 未だに僅かしか被弾していないフェルシュングだが、それもいつまで続くか分からない。完全に馬鹿にされているが、今はむしろ好都合だった。

 その分作戦を考えられる。……のだが、ソラの頭の中ではどう考えても、一つの案にしか辿りつくことが出来なかった。

 

(やっぱり方法は一つ……! まだ最善手はあるんだろうけど、俺が考えうる限り! 三人を確実に助けられそうなのはあの方法だけ……! だけどしくじれば……!!)

 

 成功すれば三人を救出でき、失敗すれば三人は死ぬ。

 あれだけ三人を必ず助けると言っておきながら、二分の一に賭けるしかないこの作戦に、ソラは()()()()を踏み出すことが出来なかった。

 

「……ソラさん」

「その声、ユウリか!?」

「は、はい。電子系統がショートしてしまったんで復旧してたら連絡が遅くなってしまいました」

「私もいるわよ……」

 

 サブモニターにユウリとフェリアの顔が映し出された。見た限り、外傷はないことが幸いである。

 

「ソラさん、もしかして今、悩んでいますか?」

 

 ど真ん中直球のストレート。

 念動力者、というよりソラと言う人間を見ていたからこそ出来る発言なのかもしれない。

 

「……ああ。やっぱ分かるか?」

「顔を見れば一目瞭然よ。……ねえ、ソラ。もしかして勝算があるの?」

 

 フェリアも遠慮なしの剛速球。

 ソラは今更隠すつもりも無く、考えを手短に話した。

 特にリスクを念入りに。そんな懇切丁寧な説明を聞いた二人は、少しの間を置き、口を開いた。

 

「やりましょう」

「相変わらずイチかバチね」

 

 二人揃った意見がまさかの“肯定”。流石にソラもたじろいだ。

 

「い、いや。お前ら、それでいいのか? 下手しなくても死ぬかもしれないんだぞ?」

「どの道、この敵は私達を生かしておく気なんてないわよ。だったら、やれるだけのことをやるだけ。……それに」

 

 フェリアがソラの眼を真っ直ぐ見つめ、薄く微笑んだ。

 

「ソラを信じてる」

 

 ……“あと一歩”を踏み出せなかった背中を、二人が押してくれた。

 もうソラにはこの作戦をやらない理由が見つからない。それに、とソラはフェルシュングを見やる。そろそろ推進剤が枯渇してもおかしくない。あのまま続けばいずれは全身を切り刻まれてしまう。

 そうなる前に、ソラはフウカへ通信を送った。

 

「フウカ中尉!」

「ソラ、ですか……! 男たちに言い寄られる女性の気持ちが少しだけ分かりそうですよ、こっちは……!」

「……お願いがあります」

「どっちですか? 起爆装置を押してほしいのか、別のお願いか」

 

 ドクンと、心臓が跳ね上がったような感覚を覚えた。

 やはりフウカは持っていたのだ。そしてあえて聞いてきた。試されている、そう直感したソラは、だからといってご機嫌取りをするつもりはない。

 思うように、思ったまま声にした。

 

「奴を……マイトラの機体を少しで良いんです。“動かして”もらえませんか?」

 

 やりたいことを察したのか、フウカの声のトーンが一つ下がった。

 

「……リスクを分かって言っているのですか?」

「……はい」

「分かった上で、私に責任を委ねるのですか? 私がしくじれば三人はすぐに死ぬ。それを分かっているのですか?」

「……それしか手がありません。もし違う手があるならすぐに言ってください。俺はそれを全力でこなして見せます。だから……そうじゃないなら、お願いします……!!!」

 

 聞く者が聞かなくても、ソラの言っていることがどれほど理不尽かつ無責任なのかが分かるであろう。

 だが、ソラは後でどれほど後悔しようとも、この手段に、一擲を成して乾坤を賭すしかなかったのだ。

 

「……私が成功したら、ソラ、貴方は確実に成功させる自信があるのですか?」

 

 ソラはブレイドランナーの足元に漂う一本のコールドメタルナイフに視線を落としながら、言い切る。

 

「失敗したら命と引き換えてでも奴を殺します……!」

「……良いでしょう」

 

 フェルシュングの回避機動が最低限になったのを見て、マイトラはそれを指摘する。

 

「どうした!? ライカ・ミヤシロ!? もうお終いか!?」

「……まさか。この程度の攻撃で、どう終われと?」

「ほお……!」

「その程度で、ライカ・ミヤシロを倒せる訳がない……!」

「貴様、何を言っている?」

 

 円盤が掠め、全身に徐々に傷がついて行っても、フェルシュングは最低限の回避を続けていた。

 その光景を眺めている間、ソラはまるで時間が止まったようなそんな錯覚を覚えていた。長い長い……あまりにも長すぎる“一瞬”。パイロットスーツの中の、ソラの手は既に汗でぐしょぐしょになっていた。

 

「マイトラ・カタカロル。アルシェン・フラッドリーはどこにいますか?」

「アルシェンだと!? 知るか! 宇宙(ここ)にいないことは確実だがな!」

「……そうですか、なら、もう貴方に用はない」

「だからさっきから何をォォ!?」

「マイトラ、貴方はライカ・ミヤシロに負けるべくして負けたんです。良く分かりました。特機に乗って気持ちが大きくなりましたか? “私”が知っているマイトラ・カタカロルはもっと慎重な男だったんですがね……」

「頭でも狂ったか!?」

「いいえ。狂ってなんかいませんよ。第一、ライカ・ミヤシロは貴方では殺せない。私が殺せなかったんだ……“こちら側”でライカ・ミヤシロを殺せる人間は“あの人”以外に誰一人としていない」

 

 鎌が僅かに動いた。

 だが、まだ踏み出せない。もう少し……もう少しだけ。

 

「貴様、誰だ!?」

「私ですか? 私は……“ライカ・ミヤシロ”です。喜んでくださいマイトラ。貴方に良いことを教えてあげましょう。恐らく、小細工抜きで戦ったら、ライカ・ミヤシロは確実に貴方を倒すでしょう。だから――」

 

 一拍の間の後、フウカは切り捨てる。

 

「――自惚れるなよ。良いセン行けるとでも思っているの?」

「貴様ァァァァ!!!」

 

 ――動いた。

 長く流れていた時間が一気に逆行し、現実としてソラへ還る。

 そこからはもう無意識であった。

 操縦桿を動かし、フットペダルを踏み込む。すると、ブレイドランナーは足元に漂っていたコールドメタルナイフを――マンティシュパインの腕部へ思い切り蹴り飛ばした。同時に、リミッター解除とクローアンカーをとある方向へ射出。思い切り、フットペダルを踏み込んだ。

 重力下の影響を受けないコールドメタルナイフは無音かつ高速でマンティシュパインの鎌の根元へ飛んでいく。

 マイトラが気づいたのは、コールドメタルナイフが突き刺さった後である。近くの三機に当たらなかったのが奇跡だ。

 

「……動いたな“剣持ち”!!」

「動いたさ!!」

 

 弾薬を空にする勢いで頭部バルカン砲をフルオートで放ちながら、速度の(くびき)から解放されたブレイドランナーがほぼ瞬きしている間にマンティシュパインへ肉薄していた。

 唐突にソラの腹部から激痛が走る。額からは嫌な汗が流れだし、視界が霞みそうになった。だが、死んでもこの眼は閉じない。

 ソラは右操縦桿を一度後ろに引いてから、思い切り前へ突き出した。

 必殺の意志を込め、ブレイドランナーは右腕部を勢いよく振るった。振るった勢いに乗り、伸びているクローアンカーに掴まれていたシュトライヒ・ソードⅡをマンティシュパインの鎌へ、一思いに振り下ろした。

 遠隔操作で展開されたシュトライヒ・ソードⅡのビーム刃は、マンティシュパインの鎌をバターのように切り裂いた。それと同時に、ピュロマーネとオレーウィユはコスモリオンを左右で掴みながら、一気にマンティシュパインの間合いから離脱する。

 

「これはユウリの分!」

 

 言いながら、ブレイドランナーはシュトライヒ・ソードⅡを手にし、もう片方の鎌を根元から斬り落とした。

 

「おい……なんだ? 何だよ、これ?」

「これはフェリアの分!!」

 

 両肩部のフレキシブルスラスターが上を向き、一気にブレイドランナーの推進ベクトルを真下へ変更させた。そのままの勢いで、シュトライヒ・ソードⅡの切っ先を思い切りマンティシュパインの脚部ユニットへ突き立てる。

 

「まだ、まだだ……俺はまだ、ライカ・ミヤシロに……!」

「フウカ中尉の分!!!」

 

 今度は胸部機関銃へ向け、ブレイドランナーは武器を突き刺す。そんな最中、マイトラの半ば絶望したような声が聞こえてきた。

 

「……フウ、カ? 誰だ、そいつ? まさ、か……今まで俺が話していたのは……?」

 

 ソラは意識が朦朧としてきたのをダイレクトに感じ取っていた。アバラでも折れたのか、酷く呼吸が苦しく、今にものた打ち回りたい気分だった。

 だけど、しかし――。

 

「いいか、良く聞け!! リィタは、リィタはな!!」 

 

 ――最後に言ってやらなければならない子がいた!!!

 

「戦闘兵器なんかじゃねえ!! 非力で、だけど優しくて、誰かが一緒に居てやらなければならない……一人の人間だァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 もう腕と足が自動で動いているような感覚。

 マンティシュパインの目に付くところ全てへ刃を走らせる。シュトライヒ・ソードⅡの長時間全開稼働は思った以上にエネルギーを喰うようで、もう機体のエネルギーが底を尽きそうだった。

 

「嘘だ、ろ……! 俺が、ここで、死ぬ……!? ライカ・ミヤシロと戦えないまま、ここで……!?」

「そういうことです。ですが、安心してください。マイトラ・カタカロルの実力は“ライカ・ミヤシロ”が知っています。だから……それで満足してください」

「ライカ・ミヤシロォォォォォォォ!!!!」

 

 至る所から閃光が走り、マンティシュパインから爆発が起きる。

 小さな爆発はやがて大きくなり、マンティシュパインを包み込んでいく。一際大きな爆発が起こった後、マンティシュパインは物言わぬデブリの一員と化していた。

 宇宙に住まう化け物は、確かに刃を走らされたのだ。

 

「全く……大した奴ですね、ソラ」

 

 フウカの賞賛は既に、聞こえていなかった。

 極度の緊張と、目まぐるしい思考運動、極めつけに内部の損傷は、ソラの意識を刈り取るのに十二分過ぎた。ブラックアウトする視界の中、ソラは確かに視たのだ。

 誰一人欠けることなく、自分の元へ向かってくる四人の姿を――。



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第三十一話 執念に取り憑かれた者

 現在、第五兵器試験部隊は連邦軍月面基地の医療施設に来ていた。

 マンティシュパインを無事撃破したブレイドランナーはオーバーヒートを起こし、数秒とはいえ、肉体の限界を超えた機動を敢行したソラの身体へのダメージは甚大なものであったのだ。

 

「ソラさん……。大丈夫でしょうか?」

「ソラ……」

 

 ユウリとリィタの不安げな表情を見たフェリアが深くため息を吐いた。

 

「まあ、気持ちは分かるけど、二人とも少し休みなさい。マイトラ・カタカロルとの戦いが終わってからずっと気を張っているように見えるわよ?」

 

 そう言って、フェリアは診察室の中を見透かすように視線をやる。部隊の代表として、あの中では今、フウカがソラの容態を聞いていたのだ。

 

(……とはいえ、私も他人の事は言えないわね)

 

 正直言って、新型ブレイドランナーの性能はフェリアの想像を遥かに超えていた。加速力、そして攻撃力は完全にあのマンティシュパインを上回っていたように見える。

 だが、それだけに、ソラにはまだ完全に扱い切れないシロモノだということが良く分かった。

 

(生きているだけ儲けもの。そう、考えた方が良いのかしらね)

 

 そんな事を思っていたら、ガチャリとドアノブが捻られる音がした。

 フェリア含め三人の視線は出てきたフウカに注がれる。

 

「……皆さん、休むよう言っていたはずですが」

「それよりも。あいつ、ソラはどうなんですか?」

 

 既にユウリとリィタが泣きそうになっているだけに、一秒でも早く結果を知りたかった。

 すると、フウカは少しの間の後、喋り出した。

 

「……結論から言えば、命に別状はありません。しかし、肋骨の骨折や内臓へのダメージ、肩の脱臼等などの治療で約一週間は絶対安静ですね」

 

 その言葉に、フェリアは胸を撫で下ろした。

 怪我の具合から、決して予断を許さぬ状況ではあるが、とりあえずの無事にようやく大きな安堵のため息を漏らすことが出来た。

 隣のユウリはよほど安心したのかその場にへたり込んでしまった。

 

「ソラ、良かったぁ……」

 

 ずっと暗かったリィタの表情もやっと明るくなっていた。年端もいかぬ少女に、こんな表情をさせること自体、軍人として失格だとは思うが今はソラの無事を喜ぶことにした。

 

「ラビー博士には私から連絡しておきます。三人は三日後に出る定期船で地上に戻ってください。それまではオフです。各々できる事を行ってください」

 

 そう締め括り、フウカは早速連絡でもするのだろうか、どこかへ歩き去って行った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「振り返ってみると、私とユウリの機体が無事だったのね」

 

 フェリアは整備員に話を聞いてみて、改めてそう思った。

 コスモリオンは大型ブースターが完全に焼き切られており、修復は相当な時間が掛かるとのこと。ゲシュペンスト・フェルシュングは全身に万遍なく損傷があり、関節のサーボモーターや表面の装甲板を取り換えなくてはならないようだ。

 そして、ブレイドランナー。最大稼働のスラスターユニットの圧倒的な推力に加え、クローアンカーを用いた無理な戦闘方法によって、上半身のフレームがまた歪んでしまったらしい。

 それに比べ、オレーウィユとピュロマーネは可愛いものだ。どちらも一部装甲板を取り換えるだけで修理完了だとのこと。

 

「その分、三人には凄く負担を掛けてしまいました……。特にリィタさんには……」

「ううん! 二人が無事で良かった! それで、ね……?」

「――話したくなったらで良いわ」

 

 リィタの表情で()を喋りたいかという予想が付いてしまった。

 故に、フェリアはそれを先延ばしにさせる。彼女の言葉を聞くには、まだ一人足りないのだから。

 

「良いのよ、リィタ。あいつが、ソラがちゃんと回復してからで良いわ。それまで、誰も貴方には辛い事を聞く気は無いから」

 

 よほど言わなくては、という使命感に溺れてしまっていたのだろうか、リィタはフェリアの言葉に酷く安心した様子を見せ、何度もありがとうと呟いていた。

 

(……リィタには悪いけど、そんなことよりも気になることがあるしね)

 

 思い浮かべるはフウカとマイトラの会話。

 ソラはともかく、ユウリやリィタは特に何も気にしていないようだが、フェリアはあの時のやり取りに違和感しか感じていなかった。勿論挑発の意図が大きく割合を占めていたのだとは思う。

 しかし、あの時彼女は確かに言い切ったのだ。

 

 ――私ですか? 私は……“ライカ・ミヤシロ”です。

 

 間違いなくそう言った。双子の姉妹だから、知らない者からすればそれで信じ切るだろう。

 それがフェリアには気持ち悪かった。どこが、というレベルでは無く全てが。あの時の言い回し全部が気持ち悪く感じてしまったのだ。

 

(……ハッタリ、にしても随分と真に迫ったように感じたのよね……)

 

 いつか聞いてみなくてはならない、そう思っていたら、何か違和感を感じてしまった。具体的にはリィタがいない。

 

「……リィタは?」

「ちょっと探検! らしいです」

「……あの子、一応まだ捕虜扱いなのよ?」

「あはは……。ま、まあすぐに戻ってくるって言っていましたし……」

「……ソラの次に、あの子に甘いわね」

「あははは……」

 

 笑って誤魔化すユウリに、これ以上追及をせず、フェリアは整備中のピュロマーネを見上げた。

 

(良い感じだった。少ししかやり合えていなかったとはいえ、私のやりたいことが出来ていたように思える)

 

 鈍足でない程度の機動力、対象を確実に縫い止める火力、多少のミスをカバーしてくれる厚い装甲。正に自分が求めていた機体である。

 ラビーやライカに感謝してもしきれない。

 

「あ、そういえばフェリアさん。ラビー博士からこの間のSRXチームとの模擬戦の動画が送られてきたんですけど、携帯端末に送っておきますか?」

「ええ。お願いするわ。SRXチームとの手合せなんてそうはないしね」

「分かりました。それなら早速――」

 

 ユウリの言葉を遮るよう、突然基地内に警報が鳴り響いた。

 

「っ! ユウリ、出る準備!」

「は、はい!」

 

 第五兵器試験部隊で動けるのはユウリとフェリアのみ。ほんの少しの不安に彼女のこめかみを汗が伝う。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ユウリ、機体は見える?」

「はい! 今データを送りますね」

「リィタにも頂戴!」

 

 格納庫から出てきたガーリオンを見て、フェリアは目を見開いた。

 

「リィタ? そのガーリオン、どうしたの?」

「敵が来たから、動ける機体を探してたの、それで整備の人がいないガーリオンがあったからそれに乗ったの」

 

 つい手で顔を覆ってしまった。

 あとでラビー博士には頭を沢山下げてもらわなくてはならないな、とそう思いながらフェリアはデータリンクによって取得した正体不明機の画像を映し出した。

 

「何かしら、これ?」

 

 有り体に言うのなら、両手が大型ランス、そして一本脚の先端に(ひし)形の盾が装備された奇々怪々な機体。

 PTよりは一回り大きな機体サイズだが、どこかリオンシリーズを連想させる頭部。その後ろには、六機のコスモリオンが付いて来ていた。

 コスモリオンが“両手槍”へ追いつくと、待っていたかのように“両手槍”から全周囲通信が送られてきた。

 

「連邦軍の諸君。私はSO宇宙攻撃部隊の一人であるラスター・ランスローだ! そしてこの機体の名は《ローンブス・キャバリエ》。腐った連邦を撃滅する双槍なり!!」

 

 ローンブス・キャバリエ。

 “菱形の騎士”という名の由来は菱形の盾からだろうか。

 そんな考察をしている間に、ユウリが更にデータを解析したようで、追加情報が流れてきた。

 

「フェリアさん、リィタさん。あの機体、動力源が二つ確認できます。一つは本体と。もう一つはあの盾と両手の槍へ直結されています」

「……SOの機体って割と意味分からない機体が多いわよね」

 

 鬼のような巨人、クモカマキリに続いて、次は一本足の騎士と来た。

 おおよそメジャーなメーカーが手掛けた機体でないことが良く分かる。……真面目に考えるのなら、多種多様な技術が混在している機体、と言えば良いのだろうか。

 試作兵装や新技術のデータを取りたいメーカーが非公式に流している、と考えるのが妥当。もちろん連邦軍が譲渡元を突き止めたとしても、知らぬ存ぜぬの一点張りは確実であろうが。

 

「今回、我らは戦争をしに来たわけでは無い! 目的はリィタ・ブリュームの身柄だ」

 

 ラスターが要求したのは何とリィタの身柄であった。思わず、ユウリは口を開いてしまった。

 

「そ、そんな! リィタさんを撃墜しておいてそんな勝手な!!」

「ほう? 流石は腐った連邦だな。リィタ・ブリュームを撃墜したのをこちらのせいにするとは! 責任を放り投げる肩の何と強いことか!!」

(……撃墜? こっちが?)

 

 また感じた違和感。

 こちらの反応が悪かったせいか、ローンブス・キャバリエの双槍が基地へ向けられた。それに合わせるよう、ローンブス・キャバリエの後ろに控えていた六機のコスモリオンも攻撃準備に入る。

 

「もはや問答無用! 貴様らを駆逐した後、ゆっくりリィタ・ブリュームを確保するとしよう! 皆の者、掛かれ!」

 

 そして始まったコスモリオン部隊の射撃。

 基地の防衛部隊である量産型ヒュッケバインMk-Ⅱも応戦を開始した。その射撃の合間を縫うよう、リィタのガーリオンがコスモリオン部隊へ突撃する。

 

「リィタ、そのガーリオンで行けるの?」

「あの一本足は無理そうだけど、コスモリオンなら……。フェリアとユウリはあの一本足をお願い……!」

「無理そうならすぐに下がりなさい! 良いわね……!!」

 

 ラスターの意識をこちらに向けるべく、マルチビームキャノンの狙いをローンブス・キャバリエのコクピットへ定める。手早くロックオンを済ませ、フェリアは引き金を引いた。ピュロマーネの前腕部から一条の光が放たれ、一本足の騎士へと向かっていく。

 攻撃を確認しているにも関わらず、ラスターの声には余裕があった。

 

「砲兵か! しかし、その程度の花火、このローンブス・キャバリエには通用せん!」

 

 避けることもせず、ローンブス・キャバリエはピュロマーネの砲撃へ一本足の盾を向けるだけ。

 すると、菱形の盾の中央が僅かに輝いた。

 

「……ユウリ、どう?」

「ヒットはしています。ですが、あの盾に当たっただけです……」

「手応えからしてただの実体盾じゃないことは分かったわ。……どういう類の“盾”か分かる?」

「候補は二つです。一つは単純に強力なEフィールド。もう一つは、重力障壁です」

「グラビコンシステムを積んでいるとでも言うの……!?」

「はい。……ピュロマーネのビームの弾き方が独特だったので、恐らく後者が濃厚かと思います」

 

 敵は思った以上の“盾”を持っていたようだ。

 となると、上半身よりも大きい腰部に重力制御装置が載せられているのだろう。なら、動力源が二つあるのも何となく納得出来た。思う存分、盾へエネルギーを回すためであろう。

 何とも頭が悪く、何とも厄介な機体だった。

 

「貫けそう?」

「ちょっと待ってください、シミュレートを――」

「ええ、お願いするわ。向こうが待ちきれなくなったみたいだしね……!」

 

 ローンブス・キャバリエが真っ直ぐにピュロマーネへ向かってきた。

 まずは火力を潰す算段のようだ。双槍には薄く、それでいて視認できるほど密度の高いブレイクフィールドが纏われている。

 すると、コスモリオンとの戦闘に夢中だったのか、友軍のヒュッケバインMk-Ⅱがラスターとフェリアの間に飛び出してきた。

 

退()けぇぇ!!」

 

 槍が掠っただけ。

 たったそれだけで、ヒュッケバインMk-Ⅱの右腕が吹き飛んでしまった。

 

「一撃で……!?」

 

 今度は出力を上げてマルチビームキャノンを放つが、また一本足の盾で防がれてしまった。ローンブス・キャバリエは一度大きく距離を離し、再度ピュロマーネへ向かっていく。

 

「無駄と言っている!」

「立ち直りが速いっ……!」

 

 二度目の突撃は避けきれなかった。

 すぐさまカバーに入ったユウリのお蔭で、すぐに一本足の騎士は盾で射撃を防ぎつつ、離脱をしていった。安堵しつつ、フェリアは損傷した左脚部の状態を直ぐにサブモニターに映し出す。

 

(追加装甲が抉られただけで、脚自体は大丈夫みたいね……)

 

 左脚部の増加装甲をパージし、全体の推力バランスを手早く調整したフェリアはこの難敵への対処に頭を悩ませる。

 

(突進力は当然として、あの盾と槍は厄介ね……)

「我がローンブス・キャバリエの双槍に貫けぬもの無し! この槍を折りたくば奴を……()()()()()()を持ってこい!!」

「忌まわしき、盾……? なら、貴方も……!」

 

 その単語は久しぶりに聞くことになったフェリアの表情は苦いものであった。台詞から察するに、ラスターというパイロットも恐らくは――。

 

「そこの砲兵、まさか貴様……コロニー出身が何故連邦なんぞにいる!?」

「『ホープ事件』……。あれはもう、終わったことなのよ……!」

「終わってなど居らん!! 現に、奴はああしてのうのうと地球圏にのさばっているではないか!! またいつ奴のせいで何人もの人が死ぬかを考えただけで怖気が走る……!!」

 

 ローンブス・キャバリエのメインブースターにまた火が入る。

 

「だから私はSOに入った!! 今度こそあのような悲劇を繰り返さぬために……!!」

 

 オレーウィユの牽制射撃があって、今現在は紙一重でラスターの突撃を避けられている状況だ。

 

「フェリアさん、出ました! ピュロマーネの一斉射撃なら、強引ですが捻じ込めます!」

 

 その言葉を聞いて、フェリアは腹が決まった。

 もし力押しが無理ならば、大破覚悟で接近し、マルチビームキャノンのビームソードで叩き斬るつもりであった。だが、フェリアの誰も知らぬ賭けは、いい結果となって彼女に返ってくる。

 

「ならユウリ、私の言うことを聞いてくれる?」

「は、はい! 私にできる事ならば……!」

 

 旋回をし、双槍を向け、突撃してくるローンブス・キャバリエの真正面へピュロマーネは移動した。

 

「気が狂ったか、砲兵!」

「これ以上なく真面目!!」

 

 ロックオンを終え、ピュロマーネに装備された砲門全てを向かってくるローンブス・キャバリエへ向ける。

 ユウリが弾きだしてくれた速度から計算すると、三秒の間があった。その三秒をエネルギー充填に充て、フェリアは()()()が来るのを待つ。

 

「ラスターと言ったわね。確かにホープ事件は凄惨だったわ。憎悪も良く分かるわ」

「なら何故連邦ごときに与する!?」

「……乗り越えていかなきゃ……駄目でしょうが!!」

 

 十分に接近してきたところで、フェリアはトリガーを引いた。

 ピュロマーネの計四門のビームキャノンが蓄えた十二分のエネルギーが、突貫してくる一本足の騎士へと解き放たれた。当然、ローンブス・キャバリエは一本足の盾でそれを受け止める。

 そこから、二人の根競べが始まった。

 

「機体の動力全てをビームキャノンへ……だけど、駆動系に回す分は温存して……まだ回せる? いやもう少し欲張ってエネルギーを……!」

 

 これで押し込めなければこの機体を止める手立てが無くなってしまう。

 フェリアはコンソール上に指を踊らせ、回せる限りのエネルギーを全て攻撃へと充てた。

 

「何も知らぬ小童が! 知った風な口を!!」

「パパとママ、妹に姉がその事件で死んだ!! 後は何を知っていれば良いの!?」

「何だと!?」

 

 砲撃と盾はまだ拮抗していた。駆動系には回す分を考えると、そろそろ照射を続ける訳には行かない。

 チラリと、フェリアはレーダー上に映っているオレーウィユの位置を確認した。

 

「そんな目に遭い、何故貴様は連邦なんぞに居られる!? 憎悪して然るべき集団に何故!?」

「家族が知っている“私”でいたいから! 憎悪に囚われた時点で家族が知っている私が死んでしまうからよ! 皆に笑って誇ってもらえる私でいたいから……だから、貴方も!」

「そんなものォォォォ!!」

 

 瞬間、ローンブス・キャバリエの背中に光子弾が直撃した。

 回り込んでいたオレーウィユによる狙撃である。すぐさま、突進したオレーウィユはプラズマカッターでローンブス・キャバリエの左腕部を斬り落として離脱する。

 

「フェリアさん!!」

「上出来よユウリ!!」

 

 バランスを崩したの見計らい、一気に機体を推進させたピュロマーネは砲撃を止め、左右のマルチビームキャノンからビームによる刀身を形成させた。

 

「くっ……!! いつの間に!?」

「その機体は確かに凄まじい防御力ね、攻撃力も。だけど、その分、どちらかに集中しなくてはならなかった!」

 

 思えば、最初からただ突撃してくるだけでよかったのだ。あれだけ洗練されたブレイクフィールドを展開させられる双槍ならば攻撃も防御も両立できたはずなのに、あの機体はそうしなかった。

 不思議に思ったのは初手。こちらの砲撃に対し、ラスターは突撃を止め、わざわざ盾で防いだのだ。

 ピュロマーネの砲撃の威力が高いのもあるのだろうが、あのままでは突撃中に集中攻撃を喰らうとでも思ったのだろう。だから確実に攻撃を止められる盾を選んだのだ。

 最強の矛と盾の両立を目指した結果が、致命的な弱点になるとは何たる皮肉。しかし弱点はたったそれだけというのも事実。

 防御を強いることが出来るピュロマーネがいたからこその攻略方法。

 ローンブス・キャバリエの盾の中央部へ、ピュロマーネはビームソードを突き刺した。そして、すぐさまコマンドを入力したフェリアは方向と共に、ビームの刀身を解放させる。

 

「エクステンション!!」

 

 突き刺したビーム刃のエネルギーを一気に解放し、盾を内部から破壊した。

 

「私はまだ……まだ終わらぬ! 粛清を見届けるまでは!」

「復讐は虚しいもの、なんて言うつもりはないわ。だけど、いい加減前を向きなさい。死んだ人を言い訳にして自分を惨めにしないで、太陽を仰ぎなさい。少なくとも私は……そうしていきたい」

 

 そう言って、ピュロマーネはローンブス・キャバリエの胸部へビーム刃を突き刺した。

 動いていた残りのランスの動きが止まる。生命反応は感じられる。コクピットの無事を確認したフェリアは少しばかり溜め込んでいた息を吐き、リィタのへ機体を向ける。

 

「フェリア、ユウリ、こっちも終わったよ?」

 

 リィタのガーリオンがこちらへ手を振っていた。

 防衛部隊との連携もあるのだろうが、無傷でコスモリオン部隊を制圧するのは流石と言える。

 

「……何故、殺さなかった?」

 

 ラスターの質問に、フェリアは目を閉じ、黙考する。色々と言葉を考えては見たが、やはりこの一言しかないだろう。

 

「……貴方はまだ戻れると思ったから。それだけよ」

「…………甘いな」

「最近そう言われるようになったわ」

 

 指揮官機の制圧という結果で、この防衛戦は見事連邦の勝利となった。

 しかし、今のフェリアにはそんな清々しい感情はない。久しぶりに嫌な事を思いだしてしまった。

 だが、フェリアは流れ込んでくる思い出に対し、こう言ってやった。

 

(……私は精一杯生きます。いつかそっちに行ったときに、頑張って生きたねと言ってもらえるように、私は……)

 ピュロマーネは右腕を軽く上げ、一発だけビームを撃ちだした。

 それこそが、手向けと言わんばかりに……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「やりましたね。三人とも」

 

 基地のモニターで一部始終を見ていたフウカがそう言って、薄く微笑んだ。

 しばらくすると、携帯端末が鳴った。フウカは訝しげな表情を浮かべつつ、携帯端末を耳に当てる。

 

「もしもし」

「フウカ、私よメイシール」

「どうして貴方が私の番号を知っているのか知りたいですが、今は良いでしょう。……どうしました?」

 

 相手はメイシールであった。

 ギリアム始め情報部にしか教えていないはずの番号がどうして漏れているのか甚だ疑問であったが、今は置いておくことにしたフウカ。

 何せ、メイシールの声が()()()()()()()

 

「ライカが……ライカが……」

「ライカ? どうしましたか?」

 

 時間にしたら数秒だろう。だが、妙に長い時間のあと、メイシールが泣きそうになりながら、告げた。

 

「ライカが……撃墜されたの……」

 

 静寂が、一帯を支配する。



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第三十二話 憧れた人

 第五兵器試験部隊が宇宙に上がった同時刻。

 ライカ・ミヤシロは連邦が保有する無人島へ試作兵装のテストにやって来ていた。事前の調査で、動物がいないことは確認済みであるので、思い切りテストを行う予定である。

 

「コンディションオールグリーン。脚部衝撃吸収ダンパーにも異常はなし」

 

 早速地に足を着けたシュルフツェン・フォルトのコンディションチェックを開始した。手早くチェックを終えると、サブモニターが明滅する。

 

《やはり自由に喋れるという素晴らしさは何物にも代える事は出来ませんね。一週間の強制スリープを経験して、改めてそう思いました》

 

 そこから無機質な男性の声が聞こえてきた。

 この声こそ、シュルフツェン・フォルトに搭載されている自立思考型戦闘補助AI《シュルフ》。

 実はライカも、声を聞くのは久しぶりであった。

 

「……もし、もう一度あんなふざけた検索履歴を見つけたら、即刻デリートしてやりますからね」

《理解不能です。ライカ中尉の身体的コンプレックスであるバストサイズ向上のための秘訣をあらゆるデータベースから収集していたというにも関わらず、一週間の強制スリープを行われた理由が未だ不明です。説明を求めます》

「今この場で破壊しても良いのですよ?」

 

 ライカの心拍数等からその言葉が本気だと読み取ったシュルフはそれを機に二度とその話題を口にすることはなかった。

 半ば逃げるようにシュルフは今回テストする試作兵装について触れる。

 

《今回メイシール少佐が製作した盾ですが、説明を希望されますか?》

「……ええ、お願い」

 

 一々癇に障るAIだと思った。しかし、戦闘時における()のサポートは信頼に値する。今こうして共に戦うこととなった経緯を考えると尚更だ。

 だから、とりあえずライカはシュルフツェンの目の前にハンガーで固定された盾に目をやった。

 いつものことながら、現地に着くまで全くの説明が無かったのだ。形状は逆三角形を伸ばした、いわゆるカイト()シールドと呼ばれる類の盾である。

 

《名称はショットシールド。装甲板が何重にも重ねられているので非常に堅牢な造りとなっています。そして、一番特徴的なのが中央のハッチ内に仕込まれているビーム砲となります》

「ちょっと待ってください。……は?」

 

 どうやら耳が悪くなったわけでは無いようだ。

 それだけに、衝撃的な事を告げられたことに、ライカは動揺を隠せない。

 

《コンセプトは攻撃と防御の移行ロスを最小限に抑える事です。敵の攻撃を受けとめ、中央部のビーム砲でカウンターを掛けるのが主な運用法となります》

「……ちなみにビーム砲の出力は?」

《メガ・ビームライフルの半分以下となっています》

 

 また頭痛が酷くなってきたので、ついライカは手で頭を押さえてしまった。

 

「……それは一体どこの層をターゲットにしているのでしょうか? 下手をすればリオンにすら豆鉄砲扱いされますよ? バレリオン相手に撃とうものなら、蚊が刺した程度……いやそれ以下かもしれません」

《『発想に期待する』。この武装に対して説明を求められた際、メイシール少佐からこのメッセージをライカ中尉に送るように言われています》

 

 輸送機に積んでいたドローン用のリオン三機が所定の位置に着いたのを確認したライカは、操縦桿を握り直す。

 

「……上等。やって見せますよ」

 

 ショットシールドを掴み、リオンの一機からロックオンされた。

 そのリオンへショットシールドを向け、ライカはシュルフがいるモニターとは逆のサブモニターへ目を向ける。そこには今銃口を向けているリオンが取得している映像が映し出されている。

 

《発砲準備終了しました。カウント開始。スリー、ツー、ワン……発砲》

 

 シュルフのゼロカウントと同時に、リオンはレールガンを放った。

 僅かにコクピット内が揺れ、着弾を確認すると、ライカはすぐにリオンのサブモニターに視線を移す。

 

「……なるほど、実弾に対する防御力はとても高いのですね」

《ショットシールド第二層までの着弾を確認。シミュレーション通りですね。弾く角度などを考慮すれば、第一層以下の着弾が予想されます》

 

 高水準な耐弾性能に満足したライカは、次に問題のビーム砲を試してみることにした。

 盾を向け、ハッチを展開すると、盾内部からビーム砲が覗いた。せり出さないタイプなのだろうと理解したライカは今しがた発砲されたリオンをロックオンする。

 

《ロックオン完了。いつでもどうぞ》

「……発射(ファイア)

 

 パシュっと何とも小気味良い音と共に、盾からビームが放たれた。

 リオンの胸部が焼け焦げているのを確認し、ライカはシュルフに結果を促した。

 

《貫通しておらず、内部を焼いた程度です。対ビームコーティング処理された機体に対してはむしろバルカン砲を撃った方がダメージ効率が良いと予想されます》

「有り体に言えば、欠陥品ですね」

 

 しかしたった一発で全てを決めるのは些か早計である。

 そう考えたライカはとりあえず思いついた運用法を試してみる方向でこの武装試験に臨むこととした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

《ドローンの全破壊を確認。現時刻を以て、武装評価テストは終了となります。お疲れ様でした中尉》

「……ふう」

 

 ショットシールドを輸送機に運び込み、リオンの残骸を片付け終えると、ライカはついため息を漏らしてしまった。

 

《いかがでしたでしょうか?》

「結論から言うと、使い道がない訳ではありませんね」

 

 あれから色々と試してみた末の結果は使()()()()()()()()()。こういった微妙な結果となってしまった。

 防御用としては文句なし。距離次第ではバレリオンの砲撃すら防ぎきって見せるだろう。しかし、攻撃用としては赤点以下……いや、未満と言って差し支えない。

 唯一の救いは、関節部を狙い撃てばギリギリ焼き切れる程度の火力だったということだ。

 

「ビーム砲をオミットして、対ビームコーティング処理をして、メガ・ビームライフルを持たせれば完璧ですね」

 

 だが、やはりビーム砲は要らないというのが本音であり結論である。片づけ忘れた残骸が無いか入念にチェックをし、シュルフツェンを輸送機に戻そうとした時、シュルフがライカに告げた。

 

《ロックオンアラート。七時の方向です》

「っ……!?」

 

 指示通り、回避すると、シュルフツェンの肩を弾頭が掠めて行った。

 口径から推測するに、恐らくブーステッドライフル。状況を把握するために、空中に上がろうとした時、またシュルフから警告があった。

 

《ロックオンアラート。対空砲です中尉、高度を下げてください》

 

 シュルフに言われなくても、自身の勘が危険だと警鐘を鳴らしていたので、すぐに高度を下げられた。瞬間、榴弾がシュルフツェンの頭部を越え、遠くの海へ着弾する。

 輸送機に離陸しないよう指示を出してから、ライカは臀部に装備していたM90アサルトマシンガンを構える。襲撃者は地上戦をお望みのようだった。一瞬だったが、バレリオンを改造した対空砲は三機程確認できた。

 シュルフツェンの機動性なら避けきり、破壊することは出来るが、不要なリスクを背負うのは御免であった。

 森の向こうからマズルフラッシュを確認したライカはホバリング移動でシュルフツェンを輸送機から遠ざけるべく行動を開始。樹木に空いた穴を見て、それがM90アサルトマシンガンによるものだと断定したライカは射撃元へ牽制射撃を行う。しかし、弾丸は森に吸い込まれるだけで、既に襲撃者がいないことを確信させた。

 

「シュルフ、敵の捕捉は出来ないのですか?」

《この島一帯にジャミングが仕掛けられています。ロックオンは可能ですが、サーチは出来ません》

「用意が良い……!」

《ロックオンアラート》

 

 また森の中から射撃をされた。

 今度は避けきれず、脇腹当たりを弾が掠めた。スラスターに当たっていないのは運が良い。

 その瞬間、ライカの背筋を寒気が走る。鍛え抜かれた直感が操縦桿を後ろに引かせていた。

 後退する瞬間、ライカはシュルフツェンが居た場所に転がっていたPT用のハンドグレネードが爆ぜるのを目にする。安堵もつかの間、突然コクピット内が激しく揺れた。

 

《左肩部への被弾を確認。スラスター損傷。腕部の動作に若干の遅延が発生します》

「あれは……」

 

 思った以上に良いのをもらってしまった。だが、緊張状態のライカにしてみれば、今はそんな事はどうでも良い。

 絶妙にカモフラージュされ地面に埋められていたPT用のバズーカを目にしたライカは、この場所へ誘い込まれたことを確信していた。

 

(やりたいことをさせず、自分の位置を決して悟らせない手間暇、そしてブラフと()()の仕込み方……。まさか……。なら、この次は……!)

 

 咄嗟にライカは機体を振り向かせ、左腕バックラーを振るった。

 

「……良く勘付きましたね、ライカ」

 

 手応えがあり、バックラーと拮抗していたのは大型のコールドメタルナイフであった。そしてその持ち主である機体を見て、ライカはこの老獪な手口に酷く納得する。

 

 ――それはライカにとって、下手をすればゲシュペンストよりも馴染みがある機体で。

 

 漆黒のカラーリング。逆三角形のマッシブな上半身に、がっしりとした下半身。特徴的なイヤーアンテナこそない物の、頭部の形状やバイザーはそのまま。太くて丸い四肢は別のパーツに取り換えられており、細くしなやかな印象を与える。

 そして何よりも、左肩にマーキングされている大きく崩されたS字のマークは酷くライカの網膜に絡みついてくる。ああ、その機体は()()()()()、そして声の主も。――覚えていなければならなかった。

 事務的な口調でいながら、聞く者を安心させるその柔らかな声色を。ライカは動揺を悟られないよう、気を付けながら、その()を呼んだ。

 

「……貴女なのですか、センリさん?」

「お久しぶりですね、ライカ」

 

 そう言って、黒い機体――レヴナントは、コールドメタルナイフとは逆の手を開く。そこから零れ落ちるハンドグレネードを目にしたライカは反射的にその場から離れていた。

 だが、一歩遅い。咄嗟に庇った右腕部のプラズマバンカーが少し焼けてしまっていた。動作に支障はない。だが、相変わらずの搦め手にライカは流れ落ちる冷や汗を止められない。

 軽量故に、ハンドグレネードを手放した瞬間、すぐに離脱していたレヴナントが追い打ちに発砲してくる。いつの間にか、ライカはヘルメットを脱ぎ捨てていた。

 

「何故、貴方が生きているのですか……!?」

 

 その問いに答える代わりに、映像通信が送られてきた。

 後頭部で結われた黒髪、少しツリ目気味の眼。

 

 ――センリ・ナガサト。

 

 通信用モニターに映し出されていたのは、見間違えようのない師の姿であった。

 

「……髪を結ったのですね、ライカ。以前は髪を下ろしていたと記憶しているのですが」

「質問に答えてください! あの時、貴女は私を庇って死んだはずでは……!?」

「それに口調も。前はもっと荒々しかった」

 

 避けるので精いっぱいであった。

 完全に挙動を見切られた上での射撃だ。応射するも、およそゲシュペンストが元になったとは考えられない程軽やかな回避機動を見せる。

 必中を確信した射撃も、後方宙返りであっさりと避けられてしまった。

 

「基本に忠実な、良い動きです。そして自分なりのアレンジも織り交ぜている。……私の教えを良くこれほどまでに昇華させました」

「センリさん!」

「そうですね……。確かに私はあの日、死を確信していました。ですが、貴方も知っているでしょうが、カームス・タービュレス。彼に命を助けられました」

「カームス……!? なら、今貴女はSOに……!?」

「はい。彼には命を助けられた恩があります。なら、返さなくてはなりません」

 

 センリという人間は非常に義理堅い人間であった。

 受けた恩は必ず返す、SOに協力しているのはたったそれだけの理由だろう。彼女の性格を熟知しているからこそ、そう断言出来た。

 

「テロリストだろうがなんだろうが、恩を返す。それが、貴女でしたよね……」

「失望しましたか?」

「いいえ。そんな貴女だから憧れました。近づきたいと、ずっと思っていました。だから、まずは貴女を真似るところから始めてみましたよ」

「……なるほど、そういうことですか。ええ、良く似合っていますねライカ」

 

 この口調も、髪を結ったのも、全てはセンリに憧れた故。だからこそ、ライカが出せる結論はたった一つ。

 

「センリさん、貴方は私の敵なのですか?」

「はい。今はそういうことですね」

「なら倒します」

 

 シュルフツェンのスラスター出力を上げ、一気にレヴナントへ近づいたライカは、プラズマバンカーを起動させる。軽量化故に薄くなった装甲に、これは過剰火力だが、一撃で倒すにはこの武装しかない。

 一息でセンリ機へ肉薄したシュルフツェンは弓引くように右腕部を振り上げた。必殺の距離、それにも関わらず、センリの声に一ミリの揺らぎも見られなかった。

 そして、レヴナントは何を思ったのか、迎え撃つように左足でシュルフツェンの腕部を蹴り上げる。

 

 

「――いいえ、まだ貴方は私の命に刃を突き立てることは出来ません」

 

 

 ライカが目にしたのは、肘から先が千切れ飛んだ右腕部であった。

 レヴナントの爪先に仕込まれていたステークナイフを見た瞬間、ライカはこの状況に誘導されていたことに気づいた。続けざまに、ハイキックの要領でシュルフツェンの左肩へレヴナントは右爪先に仕込まれていたステークナイフを叩き込む。一撃で杭状の刀身が左肩を貫いたのを見て、ライカは機体コンディションを表示しているパネルへ視線を落とした。

 

《警告。右腕部大破。左肩部大破。戦闘行動に重大な影響を及ぼします。撤退を進言します》

「どこにそんな余裕が……!」

 

 攻撃の手が止まったシュルフツェンへ、レヴナントは更に追撃を掛けた。左肘を脚部へ向けると、そこから僅かに銃身がせり出したのを確認する。

 

散弾銃(ショットガン)……!」

 

 肘に仕込まれたショットガンの一撃により、シュルフツェンの脚部の推進系はあっという間にズタズタにされてしまった。

 そして、今度は右肘をシュルフツェンの頭部へ向ける。

 

《敵機の戦闘パターン、どれも合致するもの無し。ライカ中尉、この敵は一体何なのでしょうか?》

 

 右肘のショットガンが火を噴く寸前、そう質問してきたシュルフに対し、ライカはこう言ってやった。

 

 

「……本物の、兵士です」

 

 

 次の瞬間、メインモニターにノイズが走った。

 あっという間の出来事である。押しては寄せる波のように。

 攻めるときは苛烈に、護る時は常にツケを払わせる。センリ・ナガサトのやり方を忘れていた訳ではない。だが、常に彼女は進化していた。

 いかに効率よく機体を壊せるか、そのことに特化していた彼女に対し、少しでも()()()()()()()()()()()という希望的観測を抱いた時点で、ライカ・ミヤシロの敗北は決定していたのかもしれない。

 

「さて。本来ならここでライカ、貴女は死ぬのですが、生憎とトリガーを引く前に、タイムリミットが来ました。だから、ここは撤退させて頂きます」

 

 辛うじて生きていたレーダーがレヴナントの離脱の様子を表示していた。ライカはその幸運に感謝していた。

 センリ・ナガサトは作戦行動時間をやりすぎなくらい厳守している。だから、どんなに不利な戦場だろうが時間が来るまで戦い、どんなに有利な局面でも時間が来たら迷うことなく撤退する。

 今回は後者である。去り際に、センリは言った。

 

「常に()()()()を想定してください。今回、貴方が私を殺せる場面は何度かありましたよ」

 

 そう言い残し、対空砲台含め、レヴナントの反応は完全にロストした。破壊され尽くしたシュルフツェンに取り残されたライカは、悔しさすら込み上げてこなかった。

 

「敵ならば、なぜ貴方は私にアドバイスをするのですか……?」

 

 届かなかった。

 あれからずっとライカは戦場に立ち、操縦技術を磨いてきた。もちろんその間も様々な事を学び、兵士として常に刃を研ぎ澄ませてきた。

 

 ――だけど、センリは更にその上を歩いていた。

 

 後頭部で結っている自分の髪を触りながらライカは、あらゆる感情を塞ぐように、その眼を閉じた。悔しさも脱力感も、敗北感もありとあらゆる感情全てに蓋をするように。



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第三十三話 小さな“違和感”

 パラオ、グアム間の海上ではマズルフラッシュと発砲音が飛び交っていた。

 連邦軍の輸送機に積まれている補給物資を狙い、SOの攻撃部隊が攻撃を仕掛けて来ていたのだ。所詮はテロリスト集団であるSOの懐事情は厳しく、補給手段にも乏しい。今回の略奪紛いの行為もその一つ。リスクこそあれ、これが一番手っ取り早かった。

 そんな戦場では現在、一機の機体が電子系を掌握し終えたところであった。

 

「ユウリ、敵の様子はどう?」

「ジャミングシステム正常に作動中。現在、SOは各々通信のやり取りが出来ていないはずです」

 

 ユウリ機から放たれた強力なEA(電子戦攻撃)により、バレリオン二機を主力とし、リオン二機が護衛を務めているSOの攻撃部隊は現在、非常に混乱していた。日々バージョンアップされているオレーウィユのEAである広帯域雑音妨害(バラージ・ジャミング)は、敵味方双方の光学無線問わず通信やレーダー探知、電波誘導等の全てを完全に封じていたのだ。こちらが使っている周波数帯に限って妨害解除しているのでフェリアやユウリはこうしてやり取りが出来ていた。

 誘導兵器がただの直進兵器と化しているこの戦場だったが、フェリアは大して不便を感じていなかった。むしろ様々な軌道を見せるミサイル等がただのロケット弾になったのは喜ばしいことである。

 レールガンからの小型質量弾やバレリオンによる低出力ビームをピュロマーネの対ビームコーティングが施された厚い装甲でやり過ごしつつ、攻撃がやってくる方向を目視で捉えたフェリアは手早く狙いを定め、銃爪を引いた。

 

「……多少雑な狙いでもカバーしてくれるのが良い所よね」

 

 左右肩部の砲門から放たれた高出力ビームは空気を切り裂き、敵四機を分断するように通過していった。ビームの余波にあてられ、リオン一機が大きくバランスを崩す。街中ではあまり使えない威力だな――そう、改めてフェリアは感じ、ユウリ機がよろけたリオンのレールガンを破壊するのを見届ける。

 この一撃によって、SOはピュロマーネを最優先破壊対象として認定し、バレリオン二機の砲撃はピュロマーネへ向けられることとなった。機動力を損ねないよう大型化されたスラスターの推力により、被弾を最小限に抑えたピュロマーネは左右前腕部に装備されたマルチビームキャノンの狙点を特に粘り気のある攻撃をしてくるバレリオンへ向ける。

 造りがほぼ同じである肩部ビームキャノンとの違いは単発射撃や拡散射撃、照射など攻撃に様々なバリエーションを持たせられることである。距離もまだ遠く、エネルギー節約の点からフェリアが選択したのは単発射撃。即座にピュロマーネの両前腕部から二発のビームが放たれる。

 

「今よ!」

 

 バレリオンの堅固な装甲を考慮すれば、マルチビームキャノンによる砲撃は一撃必殺とはならない。だから、フェリアは自機の右から、今しがた怯ませたバレリオンへ向かっていく機体をアテにさせてもらった。

 

「まずは大砲一機!!」

 

 バレリオンから雨のように降り注ぐ低出力ビームをその高い運動性能で全て避けきったソラは気合いと共に、操縦桿を倒した。気合いを受け取ったブレイドランナーは携行武装であるシュトライヒ・ソードⅡを真一文字に振るった。高い出力を持つシュトライヒ・ソードⅡのビーム刃は堅固な装甲を持つバレリオンに甚大な損傷を与える。その斬撃は動力源にまで届いており、ブレイドランナーが離れた瞬間、バレリオンは爆発に包まれた。

 

「ようし……本調子!」

 

 ソラは操縦桿の上から手を握ったり閉じたりして、調子を確かめる。……日数にしてみればそれほど長くもないが、療養している間に、宇宙での濃い実戦の感触が抜けていないか非常に不安だったのだ。だが、命まで懸けた濃密な経験はそう容易く忘れられるものではなかったようだ。

 ソラ・カミタカは回復が早い部類の人間であった。本来なら一週間を見込まれていたが、それより二日も早い回復を遂げて見せた。その驚異的な復帰に、ユウリやリィタは当然として、フェリアですら驚きを隠していなかった。

 

(だけどまだだ……。もっと動きに幅を持たせなくちゃならない。そうじゃなきゃ、カームスにも、あの黒いガーリオンにも、ライカ中尉を倒したっていう奴も越えられねえ)

 

 そう呟き、ソラはもう一機のバレリオンを護衛するリオンへ狙いを定める。実は今回の護衛任務、本来ならフェリアとユウリのみで行われるはずだったのだが、ソラは強引に頼み込むことでこうして弾丸が飛び交う世界に舞い戻ったのだ。

 ソラは少し焦りを感じていた。『ライカ・ミヤシロが落とされた』という事件をフェリア達から聞いたソラは、世界がまだまだ広く、そして自分は弱いということを痛感させられてしまったのだ。……ライカ本人は無事だ。機体は大破してしまったが。肝心なのは、“ライカをあそこまで追い込んだ相手が存在する”、たったこれだけ。

 

「ソラ、射線に入らない!」

「……わ、悪い!」

 

 通信機へ一喝した後、フェリアはすぐにピュロマーネの高度を上げ、ソラ機を射線上に入れないように努めた。いくら加速力と装甲を強化した機体とはいえ、ピュロマーネの砲撃を喰らえばただでは済まない。

 常に後ろから援護をしてきたせいかどうかは分からないが、フェリアはソラの焦りを何となくだが、気づいていた。突撃するのは勿論良い。それを求めた機体特性であり、役割だから。だが、今のソラは明らかに突撃“し過ぎていた”。

 以前のソラならばもう少し、周りを考慮した上で仕掛けていたというのに、今はどうだろうか。ソラ機からも見える位置でエネルギーチャージをしているというのに、敵を追ってあえてその射線上へ飛び込んでくることが多々。

 

(全く……世話の焼ける!)

 

 しかし、フェリアはそんなソラに対してフォローの質を下げない。バレリオンが頭部の大型レールガンでソラ機を撃ち落とそうと砲撃を加えていたので、リオンはソラへ任せ、厄介な火力担当へと狙いを定める。

 

「ユウリ、援護お願い! 接近戦で確実に落とすわ!」

「分かりました! 援護します!」

 

 バレリオンがピュロマーネの接近に気づき、両腕部のミサイルランチャーを向けてきた。ユウリ機のEA下でただの直進兵器と化したミサイル群を前にして、フェリアはあえてペダルを踏み、機体を更に加速させる。ピュロマーネの強固な装甲を押し売り、直撃以外は全て避けない方針だ。

 そうしている内に、頭部へ二発程ミサイルが向かってきた。頭部バルカン砲で迎撃してもよかったのだが、そう考えている内に、ユウリ機がフォトンライフルでその二発を撃ち落としてくれたので、すぐに思考を切り替えた。

 

(相変わらず綺麗な射撃よね……)

 

 格闘可能範囲に踏み込んだフェリアはコンソールを叩き、マルチビームキャノンの出力を調整した。即座にマルチビームキャノンの砲門からビームによる刀身が形成される。

 

「一息の内に……!」

 

 バレリオンから放たれる低出力ビームをそのまま受け止め、ピュロマーネは両腕部を振り上げた後、交差させて振り下ろした。頭部砲身を破壊し、続けざまに右のビームソードでバレリオンの動力部を貫いた。

 一呼吸の内に行われた近接格闘により、バレリオンは徐々に高度が下がっていき、海面に叩き付けられる寸前で爆発した。

 

「ソラさん、あとはそのリオンだけです!」

「分かった!」

 

 リオンを逃がさないよう逃げ道を的確に狙い撃ちながら、ユウリはリアルタイムで流れ込んでくる情報を処理していた。それだけに留まらず、ユウリは現在実行しているEAが表示されているサブモニターのチェックも怠らない。

 今までのオレーウィユも当然電子戦装備は施されていたのだが、今回はラビーがバージョンアップした強化版。ラビーからテストの為、戦闘中ずっと使用するよう厳命されていたのもあって、今回のユウリの負担はいつもの倍である。

 というより、ユウリが今まで使わなすぎたのだ。最低限のデータ解析等は行っていたが、敵の電子兵装に干渉したのは片手で数えるほど。なまじ敵の攻撃を避け、的確に落としていけているからこそ、戦闘時間の短縮に繋がり、それが電子装備をほとんど使っていないという状態を招いてしまった。

 それらを踏まえ、今回のラビーからの指示はユウリにとって、レベルアップの良い機会となっていた。ただ敵と戦うだけでは無い、かといってただ後ろから後方支援をするのでもない。二人よりも情報を得る手段が豊富だからこそ、広い視野で動かなくてはならないのだ。

 

「そこだ!」

 

 苦し紛れのリオンの反撃を避け続け、ソラは一気に踏み込める射程範囲まで機体を接近させると、更に機体を加速させた。背部スラスターユニットから発生する大推力によって、一つの弾丸と化したブレイドランナーはリオンを袈裟掛けに斬り付けた。胴体から胸部まで食い込んだシュトライヒ・ソードⅡを抜くと、リオンは機能停止し、海へと落下していった。

 これで、目視できる敵は全滅した。EAが解除され、三人は索敵を行い、これ以上の増援が無いことを確認する。真っ先に緊張を解いたのはユウリであった。

 

「つ、疲れました……!」

「お疲れ様、ユウリ。損傷はない?」

「はい! ですが、暑いですぅ……」

 

 ヘルメットを脱いだユウリの髪は汗でじんわりと濡れていた。電子兵装のチェック、敵との撃ち合い、全体状況の確認等などやることが多いユウリは常に気が張っている。コクピット内の冷房を少しだけ強め、ユウリは火照った顔を冷ます。

 

「ソラさんは大丈夫でしたか? あんまり無茶しないでくださいね……?」

「良いのよ、ユウリ。無茶しているくらいがむしろ安心できるんだから」

「……そう、だな」

「……どうしたのソラ? いつもならもう少し噛みついてくるでしょうに」

 

 ソラはコクピットの中で今の戦闘で行っていた動きを振り返っていた。そのせいで、フェリアとユウリの言葉は殆ど入って来なかった。

 

(……駄目だ、あんな動きじゃ全然足りない)

 

 先ほどまでの動きがカームスを始めとするSOのエース級相手に通じる訳が無い。ソラは久しぶりの実戦を通じ、そう確信してしまった。

 先のマンティシュパイン戦は何もかもが都合よく行った謂わば奇跡の産物。二度目をやれ、と言われたら恐らく出来ないだろう。……それじゃあ駄目なのだ。目を閉じると浮かんでくる“あの時”の光景。一手間違えればフェリアやユウリ、リィタの三人が無残な肉塊と化していたかもしれない悍ましい瞬間。

 

(もっと俺に力があったらあんな状況になんか……!)

 

 あの時、マンティシュパインへ有効打を与えられたのはブレイドランナーのみ。ピュロマーネも該当するが燃費を考えたら、それほど無理はさせられない。だからこそ、きっちり立ち回っていなければならなかった。あの時の事態は自分の未熟こそ引き起こしたのだと、ソラはそう思っていた。

 当然、そのようなことはなく。またリィタの精神状態等を鑑みて、あの状況はなるべくしてなったというのがあの戦闘の結論であり、全てである。

 だが、ソラはそう思っていなかった。特機とやり合える力を持っていたからこそ、結果を出せなければならなかった。ライカやフウカのように、このブレイドランナーで結果を出さなければならなかったのだ。

 ソラの“反省”は、伊豆基地に帰還するまで続いていた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ソラ達が戦っている間、伊豆基地にいたラビーは自室で戦いをモニタリングしていた。オレーウィユのセンサーが取得したデータの一部をラビーが使用しているパソコンへ送られるようにセッティングしていたからこそ出来る芸当である。戦闘終了まで見届け、ラビーは隣で一緒に映像を見ていた女性へ声を掛ける。

 

「……やれやれ。ソラ君も相変わらず無茶が好きだな……そうは思わないか?」

「……ええ。身体は大事にし過ぎて損はないでしょうに」

 

 そういう君が一番大事にしていないのではないか――そこまで言いかけ、ラビーは口をつぐんだ。下手にちょっかいを掛けて、後ろで控えている天災(メイシール)を召喚してしまう事態は御免被る。

 

「それにしても、今回も成果は上々のようですね」

「ああ。今回はユウリ君もちゃんと電子兵装を使ってくれたようだしな」

 

 額に包帯を巻いていたライカは形の良い顎に指をあて、早速戦闘の評価を行っていた。現在ライカはしばらくオフ状態である。身体の具合は極めて良好。センリが駆るレヴナントに撃墜された時、少し額を切ってしまったのを除けば、後は打撲と手首のねん挫という“軽傷”で済んだのだ。

 だが機体は大破。シュルフにダメージが無かったのが不幸中の幸いである。修理とついでにオーバーホールも掛けているので少しの間、シュルフツェンに乗ることは禁止されてしまった。

 そうして手持ち無沙汰となったライカは偶然ラビーと出会い、ソラ達が交戦中という話を聞き、今こうしてラビーの部屋にお邪魔していたのだ。

 

「……強力なジャミングで誘導兵器の使用制限と有視界戦闘を強いた上で、強力な白兵戦闘機と誘導兵器を持たない砲撃機で各個撃破を行う。こうして見ると、やはり効率が良いですね」

「だろう? 将来的にはこれを一機で行えるようにM型をアップデートしていきたいと考えている」

 

 だがラビーの夢の実現はまだまだ先だろう。ただでさえ高い基本性能を持つ量産型ヒュッケバインMk-Ⅱにそんじゃそこらのデータではまるで役に立たないからだ。まだラビーは、高い高い山のふもとに立っているだけである。

 そんなラビーの言葉を聞きながら、ライカはPTパイロットならではの着眼点を見せた。

 

「……ソラの動きが硬いですね。フェリアとユウリがフォローしているようですが、これは些か……」

 

 ライカは“らしくない”ソラの動きに疑問を抱いていた。機体性能を押し付けている、と言えば言葉は悪いが、今のソラの戦い方は正にそうとしか言えない。また、あまり連携を意識した動きをしていないことも看破していた。

 

「ん? 何か、ソラ君に問題が?」

 

 PTパイロットではないラビーはソラの“違和感”に気づいていなかった。顔を合わせれば気づけるが、PTパイロットでないラビーに『動きを見ただけで違和感に気づけ』、と言う方が無理な話である。

 ラビーの質問に対し、ライカは少し黙考させられてしまった。何も考えず、そして言葉を選ばずハッキリ言うのは簡単だ。正直な話、いまいちソラの“違和感”の正体に正確な名前を付けられずにいたのだ。

 

(確かめておかなければ後々、重大な事故を引き起こすかもしれませんね……)

 

 そこでライカは一策思いつく。しかし、メイシールの顔がちらついてしまい、内心苦笑してしまう。

 

(……また、『休め』と怒られてしまいますね)

 

 そう思いながらもやはり気になるので、ライカはラビーに思いついた事を喋ってみた、ソラに抱いた“違和感”もついでに。聞いている内に、ラビーも少しだけ彼女の顔がチラついたのか、同じように苦笑する。しかし、ラビーの答えは既に決まっていた。

 

「ああ、出来ればお願いしたい。特に、私はPTパイロットではないから、そういうのには疎い。恥ずかしながらソラ君の事、頼んだ」

「了解です」

 

 メイシールよりも部下の事を考えているラビーに少しばかりの羨ましさを感じつつ、ライカはこれからやることを頭の中でリストアップし始める――。



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第三十四話 一人? 三人?

 現在、第五兵器試験部隊は伊豆基地の演習場にいた。本来ならばまたSO追撃の任務が下されるはずだったのだが、今回はライカ・ミヤシロきっての依頼でそれが変更となった。

 先日の護衛任務ではほとんど損傷が無かったので、最低限の整備をするのみで機体を動かすだけならまるで問題が無かったのだが、それとは別に、三人の胸中は複雑である。特にフェリアが一番緊張した表情を浮かべていた。

 

「どうしたんだよ、フェリア? 何か顔引き攣ってないか?」

「……そ、そんなことないわよ」

 

 そう言うが、実は心臓がバクバクのフェリアである。何故なら今回、ライカから直々に『教導隊の任務に協力してください』と頼まれたのだから。ソラやユウリはその意味に気づいていないが、PT操縦の基盤作りの最前線である教導隊の任務に協力するということは、大なり小なり自分達の動きがモーションパターンの作成の参考にされるということで。

 しかも、模擬戦用の装備をするように指示されたということは、恐らくは一戦交えるだろう。あのライカ・ミヤシロと。

 

(き、緊張する……)

 

 ソラ程熱狂的ではないが、フェリアも同じ女性パイロットとしてライカに憧れているクチである。数々の実戦で培われた勘と経験から裏付けされた操縦技術は凄まじいの一言に尽きる。

 フェリアはコクピットに接続した記録媒体へ目をやった。こうして教導隊の人間と任務を行う機会は滅多にないので、後で見直すためにこっそりと持ち込んだものだ。……ユウリに頼めば嬉々として記録してくれるのだろうが、それは何というかフェリアのプライドが許さなかった。

 

「そういえば、リィタさんって参加しないんですか? というか、今日は一度も姿を見ていないんですが……」

「確かラビー博士がリィタを連れてどこか行くって言っていたわね……」

 

 ユウリの疑問に、おぼろげな記憶で答えるフェリア。格納庫に行くとき、ラビーから『今日はリィタ君に会わせたい人がいるからしばらく居なくなるぞ』と言われていたのだ。リィタも外出するからか、どことなくうきうきとした表情をしているので、気分転換の面から言っても、むしろどんどん外に出てほしかった。

 月面での一件以来、周囲のリィタを見る眼が少しだけ変わった。敵とはいえ、貢献していた部隊からごみのような扱いを受けてしまったリィタへの同情が一部の人間が寄せられ始めてきたのだ。決していい傾向とは限らないが、それでもリィタにのみ全ての負の感情を押し付けられるよりは遥かにマシだと思えた。また、その容姿からごく一部のマニアが騒ぎ始めたという噂は本当でないことを祈ろう。

 

「ソラ、フェリア、ユウリ。お待たせしました」

 

 ダークグレーの量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに乗って、ライカがやってきた。左腕には有線兵器であるチャクラム・シューター、右手にはM950マシンガンという比較的オーソドックスな装備で纏められていた。

 

「お、お疲れ様ですライカ中尉」

「どうしましたフェリア? 何だか声が上ずっているような気がしますが?」

「な、何でもありません!」

「……まあ、良いです。それでは今日やってもらいたいことを説明しますね」

 

 ライカから時間にして一分ほどの説明があった。要約するなら、一対多の戦闘における最適な戦術を模索するというものである。任務の性質によっては一機で多数の敵を殲滅したり、あるいは撤退や持久戦を強いられる場面があることだろう。そういった場面に陥った時、いかに対応すれば良いかを研究し、最終的には様々なシチュエーションでの戦闘要項を作成するのが目標だという。

 

「そういえば、何で俺達なんですか?」

「……良い経験になると思いまして。本当なら別の部隊にやってもらうつもりでしたが、急遽(きゅうきょ)変更させて頂きました」

 

 事務的な口調でソラの質問に答えるライカ。だがその内容は実に第五兵器試験部隊の事を考えたものだった。SOと戦うことが多く、高度な連携が求められる第五兵器試験部隊に必要な物はとにもかくにも経験である。

 しかし、ソラはそんなライカの思惑から少しだけ外れていた。

 

(ライカ中尉相手に、俺はどこまでやれるんだ……?)

 

 いつもの二割増し程ソラは操縦桿を握りしめる力が強くなっていた。今の自分が、ライカ相手にどこまで通用するか。カームスやマイトラ相手に、生き残ってきた自分が一体どこまでやれるのか、ソラは不安でたまらなかった。今日の体調は良好、そして乗機は自分の分身とも言えるブレイドランナー、条件は揃っていた。

 

「ソラ、早くポジションに着きなさい。もうライカ中尉もユウリも着いているわよ」

 

 突っ立っているソラ機へフェリアは口を尖らせた。ソラが抱いている不安とは別に、フェリアも別の意味で不安を募らせている。何を隠そう、ソラである。キッカケは先日の戦闘中から……いや、ソラが回復した時からずっと。勘の良いユウリやリィタも薄々は勘付いているだろうが、フェリアは明確かつ濃厚にそれを感じていた。

 

(……私の勘違いでいなさいよ、ソラ)

「それでは皆さん、始めましょう。カウントゼロで開始です」

 

 ソラ機が所定の位置に着いたのを見計らい、各機のサブモニターにカウントが表示された。それに伴い、各機が武器を構え、その時を待つ。

 

「ゼロ。それでは状況開始です」

 

 スタートダッシュを決めたのはソラ機であった。大推力スラスターの後押しを受け、一息にライカ機へ肉薄すると、保護プロテクターに包まれたシュトライヒ・ソードⅡを振り上げる。それに対し、ライカ機は腰部にマウントされたコールドメタルナイフを抜剣し、逆手に握る。

 完璧なタイミングで踏み込み振り下ろされた一撃だったが、ライカ機は流麗な動作でナイフを操り、それを捌いた。ナイフの刃に沿って滑り、武器を振り下ろしきったソラ機へライカ機はスラスターの出力を上げ、タックルを仕掛けた。

 

「ソラ! いきなり突っ走らない!」

 

 ライカ機の側面を取るような位置に機体を動かしていたフェリアは早速の悪い予感が当たってしまったことに顔をしかめる。いつもなら自分が牽制した後に、ソラが突っ込み、ユウリがフォローを入れるという図式なのだが、今回は勝手が違った。

 

(だけど、流石中尉……。ブレイドランナーの突撃に対して、しっかりと対応してみせた……!)

 

 攻撃が単調だったのもあるが、それを差し引いてもダッシュ力に秀でたソラ機の一撃を完全に見切った上でむしろ反撃を入れるライカに、フェリアは改めてその実力を思い知る。……無闇にタックルするのはいかがなものかと思うが。

 ソラ機とライカ機を分断するため、フェリアはマルチビームキャノンを照射モードにし、狙いを定める。しかしその最中、ライカ機から射出されたチャクラムを目にした。機体特性やフェリアの性格を鑑みたライカの見事なカウンターである。

 すぐさまライカ機はフェリア機を中心に旋回を開始した。旋回の勢いでチャクラムが絡まっている右のマルチビームキャノンが引っ張られてしまい、フェリア機は大きくバランスを崩してしまった。即座にライカ機は右手のM950マシンガンを向け、銃爪を引いた。増加装甲に損傷判定が下される。

 

「フェリアさん、ソラさん、体勢を立て直してください!」

 

 フォトンライフルを放ちながら、ユウリはソラ機とフェリア機から遠ざけるような位置取りを行う。トリガーを引きながら、ユウリはどうやってライカを追い込むかを必死に考えていた。チャクラム・シューターを巻き取り、ユウリの目論見通り距離を離すライカ機に僅かながらに安堵しつつ、ここから連携で一気にライカを崩す旨を二人に提案しようとした。だが、ユウリが口を開く前に、ソラ機が再び突貫してしまう。

 

「そ、ソラさん!?」

「まだまだぁ!」

 

 思わずユウリも声に出してしまっていた。フェリアに続き、ユウリもソラに対し、明確な不安を感じ出す。良く言えば調子が良い、悪く言えば一人行動が目立つ。すぐにユウリは思考を切り替え、ソラのフォローに回るべくフェリアとの連携を再開する。

 

(……なるほど。そういうことでしたか)

 

 二度目の突撃も捌いたところで、ライカはようやく確信した。この不自然なまでに一人で向かう所や、フウカやラビーから聞いた宇宙での一件などなどを組み合わせた結果、ライカは一つの結論に辿りついた。――それは皮肉にも、共感出来るところで。だからこそ、ライカに迷いはなかった。

 

「ソラ、何を焦っているのですか?」

「何のことっすか……!?」

 

 ドキリとした。冷たい物を背中に入れられたような、そんな居心地の悪い感覚。見透かされているようなライカの言葉に、思わずソラは言い返す。

 

「俺は、何も焦っていないです」

「なら何故、一人で向かってくるのですか? 今こうして」

 

 ライカ機は後退し、横薙ぎに振るったシュトライヒ・ソードⅡを避ける。その隙にフェリア機の砲撃がライカ機を襲うが、仕掛けるタイミングが悪かったので、ライカは容易に避けることが出来た。

 有効打を与えることが出来ないソラは歯噛みする。突撃のタイミングは完璧のはずだ、ブレイドランナーのコンディションもほぼ最高。それなのに、あっさりとやり過ごされている事態に、ソラは酷く混乱した。

 しかし、ライカはその理由を当然のように理解していた。 

 

「それが俺の役割だからじゃないですか。そしてこのブレイドランナーはそのための機体です!」

「だから単騎でどうにかしなくてはならない。どんな相手でも、たった一人で、ですか?」

「……そうです。俺がしくじったら、皆に危険が及ぶんです……だから!」

 

 ソラの脳裏にちらつくのは月面での一件。今思い出しても、手が震えてしまう。自分の未熟が原因で皆が危険に晒されてしまったあの状況を。だから、強くならなければならなかった。ライカのように強く、そして皆を守れるようなそんなレベルまで……。

 そんなソラに対し、ライカは真っ向からぶつかった。ソラの悩みに、そして自分に言い聞かせるように、ライカは言った。

 

「それは思い上がりですよ、ソラ」

「なっ……!?」

 

 ソラの判断力が鈍っているせいか、攻撃がどんどんワンパターンになり始めてきた。そんなソラの攻撃に合わせたユウリやフェリアからの差し込みが激しくなってくる。攻撃の度にその精度が高まってきているのだから大したものだとライカは二人を内心褒めた。無傷でいるのが難しくなってきてしまい、ライカ機の被弾判定が徐々に目立ち始める。

 

「確かにそのブレイドランナーは特機とも渡り合えるスペックを持っています。そして、その機体に求められたのは敵の中に飛び込み、確実なダメージを与えること。それも否定しません」

「だったら何が思い上がりなんですか!? 俺がやらなきゃ……俺が上手くやらなきゃ皆が……!」

「――ですが、貴方が全て背負うことはありません」

 

 一言で言うなら、ソラは“気負い過ぎていた”。一人で全ての敵を倒さなければならないというプレッシャーというには余りにも重すぎる重圧を感じていたのだ。なまじSOのエース級相手に辛酸を舐めさせられ続け、状況が状況だったがマンティシュパインを単独で撃破し、“勝ち”を経験してしまったせいでソラは一人でどうにかしないといけないという焦燥に囚われてしまっていた。自分の安全を度外視してでも、仲間を守らなければならないという責任感の鎖に縛り付けられていたのだ。

 そんなソラに、ライカは言葉を続ける。

 

「ソラ。私と貴方以外で今、この演習場に後何人いますか?」

「え……?」

 

 その一言でソラは初めて周りを見渡した。そこには懸命に自分のフォローをしてくれているフェリアとユウリの機体があった。自分の動きに合わせて、いつもより忙しそうに動いている二機を見て、ソラは心臓が止まったような感覚を覚えた。

 

「……あ」

 

 そこでソラは回復して以降の言動を振り返った。ずっと強くなることを考えていた、味方を危険に晒さないことを考えていた、……あんな怖い思いを繰り返したくなかった。

 

(……俺、何やってんだ? 昨日といい、さっきといい、俺は何をしていた?)

 

 フェリアやユウリの言葉に耳も貸さず、機体性能に任せた突撃を繰り返すだけ。そこには何の芸も無く、自分がやれる以外の事は出来ない。

 

「もちろん個人プレーは重要です。ですがソラ、貴方は一人ではありません。一人で出来る事なんてたかが知れています。一人で何をやっても一人が出来る限界の結果しか出せません。ですが二人で二倍、三人なら三倍以上の結果が出せるんですよ」

「三人、なら……」

「もっと皆を信じてください。貴方が思った以上に――皆は貴方の力になってくれますよ?」

 

 最後に、とライカはこう質問する。

 

 

「貴方は一人ですか? それとも、三人ですか?」

 

 

 ライカの一言で、ソラの中の雲が晴れていくように感じた。次の瞬間、世界が鮮やかに見えだした。思考がクリアになり、周りへの感覚が鋭くなり始める。フェリア機やユウリ機の位置を確かめ、ライカ機の戦力をもう一度見直し、ソラは二人に通信を送った。

 

「フェリア、ユウリ……その、悪かった。もし、まだ呆れてなかったら俺に力を貸してくれ。ライカ中尉と、ちゃんと戦いたい。……三人、で」

 

 フェリアとユウリの返事は決まっていた。むしろ、ようやく言ったのかと苦笑いを浮かべたほどだ。

 

「ソラさん、私達はチームです。ソラさんやフェリアさんに何があっても、私が全力でサポートします! だから、もう一人で戦うなんて寂しいことは言わないでください!」

「ユウリ……」

 

 フェリアがユウリの言葉を引き継ぐ。

 

「全く、あんたは変に考え過ぎなのよ」

「……悪い、フェリア」

「でもまあ、そんなあんただからこそ援護し甲斐があるんだけどね」

「……うるせー」

「やるわよ。――三人で」

「……おう!」

 

 三人のやり取りを聞き、ライカは満足げに頷いた。第五兵器試験部隊の絆を信頼していたからこそ、ライカは全てを言わず、ソラの背中を押すだけに留めたのだ。

 その証拠に三機の動きにキレが戻り始めた。ソラが一度下がり、フォーメーションを組み直すのを見て、ライカはそれを確信する。

 

(……結果は重畳。良い具合に落ちましたね)

 

 ソラの気持ちは良く分かっていたのだ。自分も無力さを感じた一人であり、今でもソラのように模索しているのだから。そんな自分がこうして背中を押すことは非常におこがましいことだったが、あえてライカは恥を選んだ。

 信頼できる仲間が居て、秘められた可能性は無限大。ライカはそんな三人が羨ましかったのかもしれない。だからこそ、ライカは自分のようになって欲しくはなくて、世話を焼いたのだろう。

 薄く微笑んだライカは操縦桿を握り直し、フォーメーションを組み直した三機を視界に収める。ここから先は三機の特性が十二分に引き出された連携が繰り出されることを予測したライカは自分の戦闘経験から最適な戦術を引き出し、そこからどう昇華させるかを楽しむ。フェリア機の射線上に入らないよう位置取りをし、ユウリの不意打ちを警戒し、ソラの突貫に備える。

 

「ラァァイカァーー!!!」

 

 ――その直後、通信機から鬼のような怒声が響き渡った。その声の主が分かったライカは目を瞑り、観念する。

 

「ライカ……私、貴方にしばらくPTに乗らずに休めって、そう言ったわよね……?」

「……覚えがありませんね」

「言ったわよ! 貴方、“分かりました”って私の目を見て言ったわよ!?」

 

 通信越しに聞こえてくるライカとメイシールのやり取りに第五兵器試験部隊全員が状況を飲み込めずにいた。いつの間にか戦闘は中断され、通信用モニターには憤怒の表情を浮かべたメイシールの顔が映し出されている。……全く訳が分からなかった。そんな中、ユウリが控え目にメイシールへ訪ねた。

 

「あ、あのぉ~……今日ってライカ中尉の任務なんじゃ……」

「そんなもん延期よ延期! すぐカイ少佐に言って、それでもって、とっくの昔に了承してもらっている案件よ!」

「ひぅっ!?」

 

 あまりの剣幕にユウリが涙目を浮かべて完全に怯えてしまっていた。少しばかり良いものが見れたなどと思いながら、フェリアはパズルを組み立てるように思考を始めた。そして、すぐにその答えに辿りつけた。

 

(もしかしてソラの為に……?)

「とにかく! その演習は中止! 早く戻って来なさい!」

「……ですがようやく……」

「も・ど・り・な・さ・い」

「……分かりました」

 

 フェリアがその答えを口にする前に、演習は中止され、機体を格納庫に戻す作業が始まった。今のメイシールに逆らえる者は誰もいない。

 

(……あ~あ、何か俺、空回りしてたな)

 

 機体をハンガーに収めながら、改めてソラはそう感じていた。そもそも自分はPTの何たるかも分かっていない未熟者だ。そんなこと、とっくの昔に分かりきっていたことだったのに。二人の力を借り、出来ることを全力以上に行い、そうして今まで窮地を乗り越えていたのだ。

 

(ライカ中尉、ありがとうございます。俺、もうちょっとで当たり前な……だけど大事な事を忘れる所でした)

 

 もちろん月面の一件を忘れてはならない。しかし、囚われ過ぎていても前には進めない。

 コクピットハッチを開けると、下でフェリアとユウリが自分を待っていた。

 

(これからも戦い続けてやる。今度こそ、三人で……!)

 

 思ったよりも簡単に反省する自分の単純さに少しだけ不安を覚えつつ、ソラは“仲間”の元へ向かった――。



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第三十五話 ライカの暇な一時

「…………」

 

 一言かつ端的に言うのなら、ライカは完全に暇を持て余していた。PTにも乗れない、デスクワークも禁止ときたものだ。

 

『ライカ、今日は絶対仕事しちゃ駄目よ。休んでなさい休みなさいほんっと休みなさい』

 

 あのメイシールからそこまでお願いされては流石のライカも頷かざるを得なかった。そういう訳で今日は完全オフとなってしまった、いやさせられたと言った方が正しいのかもしれない。ちなみに制服はしっかりと着ている。いつ何があるか分かったものではないから。

 

(……メイトがありとあらゆるところで手を尽くしているようですし……)

 

 そう言いつつ、実はつい先ほどメイシールの目を盗み、教導隊の任務をこなすべく部屋を抜け出したのだ。そこでカイに見つかってしまい、こう言われた。

 

『すまんな。今日はメイシール博士から()()に任務へ参加させるなと懇願されているんだ。だからまあ……今日はしっかり休め。休むことも任務だ』

 

 あのカイに言われてしまっては全力で休まざるを得ない。メイシールに言われるよりも何十倍も説得力のある言葉を思い出しながら、ライカはとりあえず自室を見回し、出来る事を探し出した。

 

「……身の回りの整理でもしますか」

 

 そう言い、ライカは机の引き出しを開け、何十冊となる分厚いメモ帳を取り出した。その一冊一冊を眺めながら、ライカは番号順に並べだす。まるで子供の世話をするかのように。

 このメモ帳にはライカが今まで教えてきた“生徒”のデータがギッシリと詰まっていた。それこそ、新人から今ではベテランと呼ばれる層までだ。見方によっては基地が管理している重要データよりも尊いものかもしれない。

 キッカケと呼べるような大それたものはない。強いて言うのなら、目に付いたパイロットへ自分なりのアドバイスをしていく内に、誰に何を教えたのかを整理するためにこのメモ帳は作られた。それが積もりに積もって、この大量の冊数となってしまった。

 教えることはその時々による。小さなもので戦闘要項の見直しを促した、場合によっては戦闘要項なんて捨ててしまえ……なんて言ったこともある。しっかり統率され、秒単位での細かな戦闘スケジュールをこなすことも大事だろう。だが、時にはその“真面目さ”が隊の崩壊を招くこともある。要はバランスなのだ。

 

「……大して散らかしてもいないので、整理も何もあったものじゃないですね……」

 

 意気揚々と始めた身の回りの整理だったが、三十分もあれば終わってしまった。その内の二十分は清掃だから、実時間たったの十分である。この時ほど、自分の性格が憎く思ったことはない。

 時計を見ると、ようやく正午を回ったところだ。あまりにも退屈で、この午前中はいかにして時間を潰していたのかも覚えていない。

 昼食は既に取っている。本来ならこの後、PTのモーションパターン作成の任務に就くのだが、今日は完全オフ。

 とりあえず、ライカはベッドに寝転がることにした。昼寝でもしてしまえば時間を消費できるではないか。そんな当たり前のことに気づかなかったことに、内心呆れながら目を閉じてみた。

 

(明日は昨日の分まで仕事をしなくてはなりませんね……。まだ試していないモーションのアイディアが沢山ありますし……。そうだ、アクアにまた操縦訓練に付き合うよう言われていましたね……。戦闘における位置取りの基本をもう一度教えなければならないから……そうだ、資料を作らなければ……あとは――)

 

 そこまで考えたところで、ライカはハッと目を開いた。

 

「しまった、全く休めていません……! なまじゆっくり考えられる時間を手に入れたばかりに……!」

 

 目を閉じると波のように押し寄せる考え事。そのどれもが目まぐるしく過ぎる一日の中で素早く考えなければならないことばかりだった分、並行して押し寄せてくると、そればかりに気を取られてしまう。

 このまま眠っても恐らく夢でも考え事をしているだろうと踏んだライカは、仕方なく目を開き、軽く運動することにした。疲労による睡魔で一気に眠ろうという魂胆だ。

 トレーニングルームに行けば、確実にPTを操縦してしまうと自己分析したライカはとりあえず軽く上体起こしをすることにした。

 

「……一九八……一九九……二百――」

 

 額にじんわりと汗を掻いたところで上体起こしを止めたライカはもう一度横になり、目を閉じてみた。だが、結果は変わらず頭の中は仕事で一杯だった。ころころとベッドの上で転がってみても、依然として眠気が来ない。

 

「……良し」

 

 このままだと間違いなく退屈で死ぬと確信したライカはまたこっそりと抜け出すことにした。そう決めたら行動は早かった。立ち上がり、扉に手を掛ける。

 すると、まだ開けてもいないのに、勝手に扉が開いた。思わず声が出てしまう。

 

「っ……」

「やはり、そろそろ我慢し切れなくて抜け出す頃だろうと思いましたよ」

 

 そこに立っていたのはコンビニ袋を片手にしたフウカであった。その目には確信と呆れの感情がごちゃ混ぜになっていた。

 

「お邪魔しますねー」

「……何で貴方がここに……?」

「いやあ、メイシールからどこぞのワーカーホリックの監視をするよう頼まれましてね」

 

 本当に全てお見通しだったらしい。この狙い澄ましたかのようなタイミングは恐らくフウカにしか出来ないだろう。

 当のフウカは何食わぬ顔でライカの部屋に入り込み、勝手にベッドに座り、コンビニ袋の中の物を取り出していく。取り出され、ベッドの上に置かれていくものを見て、ライカは目を細めた。

 

「……まだ勤務時間中だと思うのですが」

「実はギリアムが気を利かせてくれました。何と今日は私もオフなんですよ、奇遇ですねー」

 

 作為的な匂いしかしないこの状況に、思わずライカは顔をしかめてしまった。……ライカは知らないが、実はメイシールが裏で手を回し、ギリアムと交渉をして、この状況が出来上がっていたのだ。ライカの読み通り、作為的も作為的。むしろ必然と言っても過言ではない。

 

「まあまあ、とりあえず一本いかがですか? 完全オフの意味、少しくらいはメイシールの気持ちを汲んでやったらどうですか?」

「む……」

 

 ライカに手渡すと、フウカも自分の缶ビールの蓋を開けた。フウカから無言で促されたライカはとうとう観念し、缶ビールの蓋を開ける。メイシールの名前を出されると何故か弱くなってしまうのだ。

 

「ぷはー。この一杯の為に生きている、そんな感じですね」

「どんな感じですか」

 

 一気に煽り、半分以上飲み干したところで、二人だけの飲み会は始まった。

 

「それにしても不思議な縁ですよね。かつては殺し合っていた二人がこうして盃を交わすなんて」

「……元はといえばそちらが吹っかけて来たからじゃないですか」

「後悔はしていませんよ。貴方を殺すことに何ら躊躇いは無いのですから」

「……今でもですか?」

「今でもです。まあ、ですが私は既に一度貴方に敗北し、死んだ身です。今更この世界に対してどうこうしようとは思いませんがね。あっはっは」

 

 平行世界の自分とも言えるライカに完全敗北したフウカにとって、既にこの世界では死人も同然である。止まれない道を走り続け、皮肉にも“自分”の手によって終止符を打たれたあげく、こうして生き残っているフウカにとって、これ以上の生き恥はない。

 

「……そうですか。ところでフェルシュングの外装パーツの方はどうですか? そろそろロールアウトすると聞いていましたが」

「ええ。流石はメイシールですよ、ほぼ要求スペック通り。これならSOとも互角以上にやり合えるはずです」

「……黒いガーリオンとも、の間違いじゃないですか?」

「……何の事か分かりませんね」

 

 この短時間で二人が空けたビールは既に八本以上となった。本当なら焼酎や日本酒があれば良いが、今回はビールのみ。だが二人にしてみればビールで十分であった。質より量。焼酎を買う時もいかに安く、そして量を飲めるかを重視していた。

 

「……というか、おつまみの類は買ってこなかったのですか?」

「給料日前の私にそんな事を言うとは貴方も中々鬼ですねー。ひゅードーエスー」

「貴方と言う人は……ああ、もう良いです。なら冷蔵庫の物を適当に食べましょうか」

 

 そう言い、備え付けの冷蔵庫を開け、中身を物色するライカ。シンプルなデザインの冷蔵庫には、魚肉ソーセージというこれまたシンプルなモノしか入っていなかった。それをフウカに放り投げたライカは再び、ビールの蓋を開けた。

 

「ツナ缶を所望します」

「カロリーメイトで良いならいくらでも口に突っ込んであげますよ?」

 

 ビールとカロリーメイトなんて未知の組み合わせを想像してしまったフウカは渋々魚肉ソーセージのビニールをめくる作業に移った。どうせならツナ缶の方が良かった。マヨネーズとの組み合わせに思いを馳せつつ、フウカは魚肉ソーセージを頬張った。

 

「そういえば宇宙以降、ソラ達の様子を見てませんね。生きているんですか?」

「ええ。この間、模擬戦を行いました。フェリアやユウリはともかく、ソラは強くなろうと焦っているようだったので、少々出しゃばりましたが」

 

 それを聞いたフウカはくすくすと笑う。それを見たライカは顔をしかめた。流石自分、と言うべきだろうか。

 そんなライカの考えは当たっていた。

 

「自分も焦っているじゃないですか、何を言っているんですか?」

「センリさんの事を聞いたのですか?」

「まあ伊達や酔狂で情報部に居る訳じゃないですからね。それにしてもやっぱりセンリですよね。一枚も二枚も上を行く」

「……私は勝てますかね?」

 

 酔いが回っている、とそう言い訳をするのは簡単だ。だが、生憎とそう簡単に酔うことが出来ないライカはそれでも開く口を閉じることが出来なかった。

 正直、自信が持てずにいた。覚悟はしている、戦術も考えている、だがセンリという絶対的な壁は自分が思っているよりも高いということも自覚せざるを得なかった。“あの時”、自分はセンリに殺されていた。その事実が、ライカに僅かな迷いを生じさせているのだ。

 そんなライカの弱音を真正面からフウカは切り捨てた。

 

「そう思っているんなら勝てませんよ。何を言っているのですか、珍しいことを言いますねー」

 

 ライカの反論を封じるように、フウカは更に言葉を続けた。

 

「大体、センリの“制限時間”まで持ち込めた時点で貴方の“勝ち”じゃないですか。運じゃない、然るべき結果ですよ」

「私の……」

「……生きていれば勝ち。私も、貴方もそういう人間ですよ。どんなに惨めでも、どんなに見苦しくても生きて戦場から帰った時点で“勝ち”と思えるそんな小さな人間です」

 

 ――得心いった。ようやくライカの中でパズルのピースがカチリとはまったような感覚がした。そういう風に思えてしまった瞬間、ライカの視界がとてもクリアになっていった。

 ある意味、壮大な自問自答である。平行世界の自分に本来の考えを思い出させられるとは何の冗談だろうか。

 

「そう、ですよね。そう……でしたね」

「上品な戦いなんて貴方、やったことないでしょうに」

「……良く考えてみたらその通りですね」

 

 今までの戦いで綺麗な戦いなんて一戦たりともなかった。あるのは泥にまみれ、敵の足を掴み、底なし沼に引きずり込むような戦いだけである。試合に負け、勝負に勝つ。日陰者の戦いこそライカ・ミヤシロだ。

 

「シンプルに行きましょう。複雑な事を考えるのは上層部だけで十分です。兵士は兵士らしく、最前線でボロ雑巾になりましょう」

「……そっちの方がやる気も出ますしね」

「そういうことです」

 

 缶ビールを持った二人は、どちらからともなく乾杯をした。グラスなんて上品なものじゃないところがまたそれらしい。

 

「……良いニュースがあります。SOの本拠地が分かりそうですよ」

「……本当ですか?」

「ええ、まだ仮ですが、ギリアムはほぼ確実と言っています。私もそこだと確信していますがね」

「一体どこからそんな情報が……?」

 

 すると、フウカが複雑な表情を浮かべた。その意味を察することが出来なかったが、ライカはフウカの次の一言で理解した。

 

「リィタが乗っていたヒュッケのコクピットからです。どこかの誰かさんが仕掛けていた複雑そうに見えて実はとても簡単なパスワードを突破したら意味深な座標データが取得出来たんですよ」

「……本気で言っているのですか?」

「本気も本気ですよ。むしろ何かの罠なんじゃないかとすら思っていますからね」

「それを鵜呑みにするなら……ますますキナ臭くなってきましたねSOは」

「ええ。ですが、パスワードがあった場所はとても深いところでした。仕込んだ本人は見つかっても見つからなくても、良かったみたいですね」

 

 フウカの話を聞いたライカは自分の見解と合わせ、やがて一つの仮説に辿りついた。

 

「――敵でありながら連邦に協力したい人物が、いるというのですか? SOで……?」

「大げさなリアクションは止めましょうよ。私が勘付いているんだ。ライカ、貴方が勘付かない訳が無いと思いますが?」

「……やはり、ですか。ならどうして? あの人がそんな事をするメリットが……」

「貴方ともあろう方が……分かっている事を()に問いかけないでくださいよ」

 

 結果、分からなくなった。だからこそ考えるのを止めた。()()()の深謀遠慮を見通せる程の力量はまだまだ備わっていないから。

 今考えても分からない。現実逃避の意味を込め、ライカは残ったビールを飲み干した。

 

「親の心、子知らずってことですかね」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 とある施設に()はいた。武力による混乱を作った元凶であり、ビアン・ゾルダークの意志の体現者を目指す男――ゲルーガ・オットルーザである。

 絶対正義の体現者を信じてやまぬゲルーガはこの間にも、多くの同志の活躍、そして訃報を耳に入れ続けている。屍を乗り越えた先に、絶対正義が待っているのだと信じて。

 そんなゲルーガは今、そんな絶対正義の象徴たる機体を見上げていた。

 

「進捗状況はどうかね?」

「は。ゲルーガ大佐。この機体の完成度は現在八割を超えています。あとは各種武装の調整を行えばロールアウトです」

「そうか……可及的速やかに頼む。この機体を以て、腐った連邦を撃滅しなくてはならん。絶対正義の為、すまんが尽くしてくれ」

「はっ!」

 

 敬礼とともに整備士が作業に戻って行った。その後ろ姿を見送り、またゲルーガはその機体を見上げた。

 

(何度見ても美しさと力強さを感じる。……ビアン博士、オリジナルの足元にも及ばないかもしれませんが、この機体の力……使わせて頂きます)

 

 それはかつて連邦を恐怖のどん底に陥れた“絶望”、それは究極の名を冠した“絶望”、そして今、それは絶対正義を体現する“絶望”へと生まれ変わろうとしていた。

 来たるべき時に備え、悪意は胎動し続ける――。



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第三十六話 全てが万全に

 ソラ達第五兵器試験部隊はいつも使われているブリーフィングルームに集められていた。久しぶりのラビーからの招集だったので、それぞれの予想を話し合うのは当然とも言えよう。

 

「いやー今日は何の用事なんだろうな?」

「リィタ、ソラと一緒に遊びに行きたい!」

 

 ソラの服を掴んでいたリィタがそう言って、ニコニコと笑顔を浮かべる。今回のブリーフィングでは彼女も呼ばれていたらしい。その存在が更に今回のブリーフィングの意味を不可解にしていたのだ。

 当の彼女はそんなことは気にならないようで、無邪気にソラにしがみついている。そんな二人の様子を見ているフェリアがジトーっとした視線を送り続けていた。

 

「……実はソラって、犯罪者になれる素質がある気がするのよね」

「おい今どこを見てそう言ったんだよ。俺が何かするとでも思ってんのか……?」

「リィタ、ソラだったら何されても大丈夫だよ!」

 

 身長差があるせいで、自然と上目遣いになっていたリィタにそう言われてしまったソラは一瞬胸が高鳴ったのを感じてしまった。しかしすぐに冷静に考え直し、どちらかというと兄的な意味で愛らしさを感じたのだと思い直す。小柄かつ小動物のような容姿のリィタに魅力を感じない者は性別問わずいないだろう。

 しかし、そのような好意的な解釈をしてくれるフェリアではなく、しかも一瞬だけ緩んだソラの表情を見ていたので、更に訝しげ表情となった。

 

「……え? 本当に予備軍?」

「ちっがう! やめろ、ユウリも何かヒき始めただろ!」

「し……信じていますからね、ソラさん!」

 

 サラリとそれでいてにこやかに言ってくれればそれで良かったのだが、一瞬言葉に詰まり、尚且つ引き攣った表情でそう言うユウリには何の説得力も無かった。たったの一言で場の空気を凍りつかせるリィタに、ソラは戦慄を覚える。

 

(言動に気を付けなければ……。その内捕まる……!)

「おお……。もう集まっていたのか、すまないな。ちょっと調整に時間が掛かってな」

 

 そんな空気に気づく様子も無く、入室するなりラビーは呑気に欠伸を浮かべた。いつもはピシりとアイロン掛けされている白衣が、今日はシワが目立つ。普段より眠たげな彼女にリィタ以外の三人が不思議に思っていると、彼女は早速本題を切り出してきた。

 

「単刀直入に言おう。SOの本拠地が判明した」

 

 室内に緊張が走った。フェリアは目を細め、ユウリは口元に手をやり、リィタは無表情。そして、ソラは無意識に拳を握りしめていた。

 一言で場の空気を掌握したラビーはリモコンで部屋の照明を落とし、埋め込み式のモニターに光を灯す。

 

「君達は『アースクレイドル』、そして『ムーンクレイドル』というのを知っているか?」

「『プロジェクト・アーク』の一環として計画された地下人工冬眠施設のことですよね?」

 

 フェリアの回答にラビーは首を縦にふり、肯定した。『プロジェクト・アーク』とは人類とその遺伝子を生き延びさせようという一連の計画である。“箱舟”の名を冠したその計画の一環として、アフリカ大陸に『アースクレイドル』、そして月に『ムーンクレイドル』という名の“箱舟”が建造された。

 その名とは裏腹に、異星人やDC残党の根城として使われた経緯があり、何とも皮肉な名称となってしまったのは記憶に新しい。既にどちらも奪還されているが、『アースクレイドル』だけは死闘の結果、地の底へと眠りについた。

 

「正解だ。流石、良く勉強しているじゃないかフェリア君」

「ありがとうございます。それで、それに何の関係が?」

「これだ」

 

 モニターに世界地図が映しだされ、ラビーはとある地点にレーザーポインタを向けた。場所はオーストラリア大陸、それも南極に近い位置である。

 

「実はクレイドルはもう一つあってな。『ハーフクレイドル』、未完成のまま建造中止となったそこに、奴らはいる」

「ハーフ、クレイドル……。そこに奴らはいるのか……」

「リィタ君は行ったことがあるか?」

「……ううん。リィタ、カームスと一緒に戦艦に乗って色んな所行ってたから……。多分行ったことがあるかもしれないけど……ごめんね、覚えてないや」

 

 本来ならリィタを確保した時点で、本拠地が判明し、そして制圧が行われているはずだった。だが、今の今までそれが行われなかったのはリィタが喋らなかったことにある。リィタがSOの本拠地を喋らなかった理由はSOに対する忠誠心でも、カームスへの親愛でもなく、単純に知らなかったから。

 ラビーはそれについて、今でも疑問を抱いていた。子供だから、というのを一瞬考えたが、スクールでの訓練を積んだ一流の兵士と同じ年頃の子供を一緒くたにするのは無理がある。一番分からなかったのが、自分の乗機にそんな情報が入っていたのを知らなかったことである。ヒュッケバインのデータを解析し、座標データが判明した際、立ち会っていたリィタが驚いていたのだ。

 同じく立ち会っていたギリアム・イェーガー、そしてフウカ・ミヤシロの意見は()()()()()()という一択。本当に、リィタは自分の機体にそんな情報が仕込まれていることを知らなかったのだ。

 

(……さて、本当にどういうことなんだろうな。リィタ君が知らない内に誰かが仕込んでいたというのが最も筋が通るが……)

 

 ラビーの黙考を遮るように、ソラがいてもたってもいられない様子で質問した。

 

「そ、それで! ラビー博士、それを俺達に教えるということは……!!」

「あ、ああ。第五兵器試験部隊、そしてリィタ君。君達はハーフクレイドル制圧部隊の戦力の一つとして数えられた。他のPT部隊と、そしてライカ中尉とフウカ中尉も加わっての制圧作戦となる」

 

 そこからラビーの作戦の説明が始まった。部隊の戦力、作戦開始時間、分単位の攻撃タイミング、進撃方向の指定等など細かな説明は数十分にかけて行われた。フェリアとユウリはメモを入念に取り、リィタとそして割と記憶力が良いソラはラビーの説明を覚えるなど、四者四様の覚え方であった。

 

「……ラビー博士、ちょっと良いですか?」

「どうしたフェリア君?」

「リィタを最前線に出す理由を教えてください。私達はそう思わないけど、元はSOのパイロットです。そういう目で見る人も少なくはないと思いますが……」

「リィタが、ラビーに頼んだんだ」

 

 そう言ってリィタが一歩前に出た。リィタはこの時が来るのを待っていた。ソラに喝を入れられた時から、ずっと。

 

「カームスにもう一回会いたい。もう一回会って、カームスに聞きたいんだ。どうしてリィタを攻撃したの? って」

「良く言ったリィタ。なら、俺達は全力でリィタをサポートする。その上で、SOを潰す」

「ほお。言うようになったな、ソラ君」

()()でやるんです。それぐらいの強がりぐらいは言わせてください」

 

 一人でやる、と言わないかヒヤヒヤしたフェリアであったが、もうそんな心配はないなと内心安堵する。人も、機体も、全てが整った。そんな最高の状態に、ラビーは更に()()()()()を放り投げる。

 

「そんな強がりの補強材料を用意させてもらった。皆、格納庫に来てくれ、追加装備の説明をする」

 

 白衣を翻し、ラビーは今までに見たことが無いほどの自信満々の笑みを浮かべた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ラビー達が向かいだしたのと同時刻、先んじてライカとフウカはメイシールに格納庫へ呼ばれていた。用件はラビーと全く同じ。作戦で運用する機体の説明である。

 

「ご苦労ねライカ、フウカ」

「私達を呼ぶと言うことは、出来たのですね」

「メイト、シュルフツェンは?」

「慌てなくても今から説明するわ。……付いてきなさい」

 

 ライカとフウカはハンガーに収まっていた自分の機体を見上げた。そこには、黒い鎧に包まれたフェルシュングと、機体色である灰色の追加装甲を纏ったシュルフツェンが佇んでいた。

 二人の表情を満足げに眺めたメイシールは、先にフェルシュングの説明を始める。

 

「まずはフェルシュングの方よ。私が出来うる範囲でフウカ、貴方の要求をすべて満たしたと自負しているわ」

 

 今のフェルシュングはゲシュペンストのようなヒュッケバイン、ヒュッケバインのようなゲシュペンストと評されていた外見が全く見えなかった。その外見は現在、黒と灰色を基調とした外装で完全に覆われていたのだ。

 索敵性能と捕捉性能を高めたセンサーアイが搭載された“一つ目”の頭部、鎧と比喩しても差支えない分厚い装甲は機体全体をしっかり包み込み、両腕部を覆う四本爪のクローアームは見る者全てを威嚇し、脚部は地上戦を考慮しない巨大なスラスターユニットを脚代わりとして履かせられていた。

 細かな仕様は違うが、その外見は紛れも無く、かつてライカを苦しめたヤクトフーンドを連想させる。

 

「増加装甲の内部には小型スラスターを仕込んでいるわ。地上戦は切り捨てて、空中戦に特化させた……ってこれは言わなくても分かるわよね」

「ヤクトフーンドよりも小回りが利きそうですね。クローアームのほうは?」

「爪を一本増やして回転時の貫通力と、爪を開いて回転させた時の防御密度が向上しているわね。ワイヤー機構はそのまま。中央部の機銃もそのまま採用しているから、中~遠距離への対応は問題ないわ」

「レールガンが見当たらないのですが……」

「左右腰部装甲が変形することでレールガンの砲口が露出するように手を加えたわ。威力や装弾数は若干ヤクトフーンドに劣るけど、隠密性はこっちのが上よ。……小細工は貴方の得意分野でしょ?」

 

 装甲が上下開閉することで砲口が露出されるという単純な展開構造だが、初見で武装だと看破できる者はほぼいないだろうというほど地味な装備となってしまったレールガンである。だがフウカはむしろそれを喜んだ。切れる手札、温存できる手札は多い方が良いフウカに文句はなかった。

 

「まあ、細かな使用感は慣れて、という所ね。でも、問題ないわよね。このメイシール・クリスタスの理念に、パイロットに合わせようという文字は一切無いから。貴方が合わせなさい」

「上等です。やってみせましょう」

「有言実行してもらうわよ。それで、次はシュルフツェンよ」

 

 そう言って、メイシールはシュルフツェンの方へと視線を移した。

 

「これはまた随分と思い切った装備になりましたね」

 

 ライカがそう言うのも無理はなかった。チョバムアーマーに身を包んでいるばかりか、背部スラスターユニットの外側にはバズーカとM950マシンガンが左右ユニットそれぞれに一丁ずつ計四つの銃火器がマウントされ、携行武装としてエネルギーパックが外付けされジェネレーター出力に頼らない方式のメガ・ビームライフルが両手に持たされていた。

 言葉を選ばずに言うのなら、完全に特攻仕様である。今作戦におけるライカの役割で考えるなら、割と妥当なものであったりするが……。

 

「クローバックラーはどうしたのですか? 見当たらないのですが……」

 

 右腕部のプラズマバンカーはそのままに、シュルフツェンの左腕部には量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ改タイプCで使われている三連マシンキャノンが装備されていた。

 

「クローバックラーのモーター部のパーツが無くてね。マオ社から取り寄せてそこから修復……なんてやってたらとても間に合わないから悪いけど、今回はクローバックラーは無し。代わりに前に使ってた複合式バズーカのアンカーウインチを改造して、シュルフツェンの股間部に移植しておいたわ。クローバックラーよりは小型だけど、放電機能が使えるから我慢しなさい」

「ええ。前に一度ですが、役立ったことがあるからアテにさせてもらいますよ」

「期待しているわ」

「ちなみに、フェルシュングの増加装甲に名称なんかはあるのですか?」

 

 フウカの質問に、メイシールは頷いて肯定の意を示した。

 

「『ナーゲル』。緻密な完成度だったヤクトフーンドの一端……“爪”を再現したフウカの為の装備よ」

「ドイツ語で“爪”と言う意味でしたよね」

「そうよ。……ちなみに、無理に名づけるならシュルフツェンはフルアーマーシュルフツェンね」

「何とも頭の悪い……」

 

 名称は聞きたくなかった。装備に文句はなかった分、名称だけは本当に聞きたくなかった。ライカが文句を挙げるとするのなら、そこだけである。

 復活した猟犬と、鉄の鎧を纏った泣き虫の亡霊は黙して決戦の時を待っていた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「これが……新装備!」

 

 ソラ達もラビーに連れられ、各々の機体の前にいた。第五兵器試験部隊の機体の隣には見慣れない量産型ヒュッケバインMk-Ⅱがあったが、ラビーはまずオレーウィユの方から説明を始めた。

 

「まずはユウリ君のオレーウィユからだな。今回、SRXチームから量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ・タイプTTとR-3パワードの運用データを提供してもらい、そこから武装のヒントをもらった。既に見えていると思うが、脚部の横に左右それぞれ三基の武装が追加している」

「あれって何ですか? 見たところ、ミサイルのような形に見えますが……」

 

 ユウリの指摘通り、オレーウィユの脚部には左右合わせて計六基のミサイル状の兵器が装備されていた。だが、先端には弾頭のようなものが搭載されているようには見えず、金属製の円錐となっている。

 

「念動力者であるユウリ君の特性に合わせ、更にアヤ大尉とリュウセイ少尉のアドバイスをもらった上で作った。遠隔誘導打突兵器、仮称だが《T-LINKストライカー》と名づけさせてもらった」

 

 感知能力は非常に高いユウリであったが、念動フィールドの維持などという念動力のコントロール能力は低いことがアヤから聞いたラビーは、それでも攻撃にバリエーションをもたせたかった。そこでラビーはアヤとリュウセイにアドバイスを求めた。ラビーが知っている中で、念動力というものを理解している二人であるからだ。

 ユウリの念動力の特性を事細かに聞き、その上でラビーなりの解釈を持った上で作られたのがこのT-LINKストライカーである。

 

「誘導兵器と言っても、速度を重視しているのでそこまで細かな誘導は恐らく出来ないだろう。まあ、ストレートとカーブが投げられる程度に思っておいてくれ」

「よ、良かったです。どうも細かなコントロールは苦手なんですよぉ……」

「ちなみにバリア発生装置が一基ずつ搭載されている。だが一基ではバリアは形成されない。三基以上で防御面を決め、初めてビームバリアが形成される」

「分かりました! 頑張ります!」

 

 オレーウィユの説明はそこで終了となり、ラビーの視線がピュロマーネへと移った。

 

「次はピュロマーネだ。ピュロマーネはマルチビームキャノンがあるから特に武装を追加しなくても様々な距離に対応出来るから予備ジェネレーターを積んで継戦能力を向上させた程度だ。割と隙が無いんだよなこの機体」

「それは私も思う所でした。使えるエネルギーが増えたら、その分砲撃を放てますから実は一番手軽かつ強力な改造かもしれませんね」

 

 あっさりとした説明が終わり、次はブレイドランナーへ。見慣れないヒュッケバインを除けば、ブレイドランナーは見慣れない装備が沢山積まれており、シルエットが変わっていた。

 

「次はブレイドランナーだな。ブレイドランナーには新しい武装を何本か搭載した。シュトライヒ・ソードをショートソードの形状にダウンサイジングしたシュトライヒ・ショートを二本、あとはソードとショートの中間のサイズにしたシュトライヒ・ミドルを二本。合わせて四本を新造した」

「す、すげえ。これなら何本折られても大丈夫ですね」

「だがまあ、ダウンサイジングした分、出力が低下してしまっている。バリアを貫けるような高い出力はソードにしか出せないからそこは気を付けてくれ。……元からあるコールドメタルナイフ二本とシュトライヒ・ソードを足すと全部で七本。差し詰め、ブレイドランナー・フルエッジといった所か」

 

 これだけ大量の追加装備をしても機動力が損なわれないのはスラスターユニットの高い推力があってこそである。オレーウィユは元からある程度余裕を持たせた設計だったので突然の武装追加にも対応出来たのだ。

 まさに最終決戦仕様といったブレイドランナー・フルエッジにソラは益々気合いが高まる。その横ではリィタが今か今かと自分の番を待っている様子であった。

 

「もしかしてあれってリィタの機体ー?」

「そうだ。あの機体は余っていた量産型ヒュッケバインMk-Ⅱを改造したもので、ソラ君達三機の運用データが使われている」

「俺達のですか?」

「ああ。今現在のデータの整理を含めて、弄らせてもらった」

 

 濃紺に塗られたヒュッケバインにはシュトライヒ・ミドルが持たされており、バックパックの左側にはフレームのアームを介して一門のビーム砲が懸架されていた。良く見ると、ピュロマーネの肩部ビームキャノンをダウンサイジングしたものである。三機の運用データが使われているということは各種センサー類が強化されていると見て、間違いないだろう。

 オールラウンダーなリィタにはピッタリの機体と言える。

 

「将来的には更に強化発展させていきたいが、今はこれが私の全てと言える」

「性能は三機を足して割ったようなものなんですか?」

「いや、むしろ三機よりも上だ。T-LINKシステムも搭載されているし操縦レスポンスもリィタ君の満足行くレベルだろうしな。それに、三機のデータを使っているのだ、上じゃない訳が無い」

「機体名称とかはあったりするんですか?」

 

 フェリアの質問に、ラビーは黙考する。特に考えてはいなかったのだろう。だが、ものの数秒で思いついたようで、すぐに口を開いた。

 

「アイ。“卵”という意味のアイと名付けよう。ヒュッケバイン・アイ……は何だか舌を噛みそうなのでヒュッケアインと縮めて呼ぶことにする」

「ヒュッケアイン……うん、リィタこれ気に入った!」

「素晴らしい。ぜひ乗りこなして見せろ」

 

 そう締め括り、ラビーからの説明が終わった。改めてソラ達は機体を見上げる。大規模な改修ではないが、新造された兵器が多いということはそれだけラビーが知恵を振り絞ったということで。やつれ具合がラビーの疲れの全てを表していた。

 

「ラビー博士、作戦決行日はいつなんですか?」

「そう言えば一番重要なのを説明していなかったな。……二日後だ」

「二日後……」

 

 ソラは目を閉じ、待ち受けているであろうカームスや黒いガーリオンの事を思い浮かべた。色々思う所はあるが、今更小難しいことを考える気はなかった。

 

(単純で良い。それが俺に出来る全てだ……!)

 

 二日後。そこで全ての因縁に決着が着くのだから――。




お久しぶりです!
ポケモンサンムーンをやっていて更新できませんでした笑

これからもよろしくです!


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第三十七話 袋の中にあった物は

 『ハーフクレイドル』。オーストラリア大陸、南極寄りに建造された第三のクレイドルである。このクレイドルはアースクレイドル、ムーンクレイドル同様、拠点としては非常に有力であったが、SOが来るまでは誰にも使用された形跡がない。

 その理由は名前の通り、“未完成(ハーフ)”という点にあった。外殻は完成していたのだが、人工冬眠施設や兵器開発プラントなどが開発される前に予算の関係で開発中止となってしまった経緯を持つ。管轄は未だ連邦軍にあり、少数ながら防衛部隊が配備されている。それ相応の代償を払ってハーフクレイドルを獲得しても、何の旨みもないので、DC残党や異星人は完成されている二つのクレイドルのみを狙った。

 つい先ほど、カームス・タービュレスが乗るエレファント級がハーフクレイドル入りを果たした。戦況の報告や補給を兼ねての判断である。

 

「ハーフクレイドル、か。最初に来た時とは見違えたな」

 

 ハーフクレイドルは現在、まさに拠点と呼んで差支えないぐらいには整備されていた。人工冬眠設備こそないが、機動兵器の生産ラインや資源、戦艦などが着々と蓄えられつつあるこの状況に、カームスは改めてゲルーガの人脈を思い知らされる。これも全て、ゲルーガが反連邦組織やテロリストグループ、秘密結社等にに働きかけ資金の援助を受けているおかげだ。

 それと、イスルギ重工からのバックアップも大きい。SOが所有するリオンシリーズは大体、何重もの偽装を経てイスルギ重工から提供を受けていた。パイロットは募ればいくらでも出てくるのだが、機動兵器だけがネックだったので、イスルギには相当世話になっていた。

 

(確か、俺のツヴェルクやマイトラのマンティシュパイン、それにラスターのローンブス・キャバリエなどの特機クラスはまた別ルートからの提供だったな)

 

 今では機動兵器と言えば、マオ・インダストリー社、そしてイスルギ重工の二社がメジャーとなっている。そんな機動兵器の世界に参入すべく、無名のメーカーらは日夜試行錯誤をしていた。

 ツヴェルクやマンティシュパイン、そしてローンブス・キャバリエなどの特機クラスがその例である。連邦の機体と命を懸けたやり取りは非常に貴重なデータだ。その運用データを元に、メーカーは次期主力量産機の座を勝ち取るためのトライアル機を作り出す。カームスは、この持ちつ持たれつの関係にはさして興味は無かった。自分はあくまで戦力の一部。

 

(確実に動いて、確実に発砲できる。それさえ出来ればいいのだからな)

 

 そんなことを考えながら、カームスは司令室の前へ辿りついた。ゲルーガからの直々の呼び出しだ。可及的速やかに努めたので、そんなには待たせていないはず。そう思いながらノックを数回し、カームスは司令室へ入る。

 

「足労だったなカームス」

「お久しぶりです。ゲルーガ大佐」

 

 質素な机と椅子に座っていたゲルーガは来客用の椅子へ、カームスを促した。質素なデザインはゲルーガの趣味である。何度も部下がデザインの新調を提案したが、その全てをことごとく断ってきたという経緯を持つ。立ったままでも良かったのだが、他ならぬゲルーガの気遣いを無碍にすることも出来なかったので、カームスはゆっくりとした動作で椅子に腰かけた。

 

「戦況はどうだ?」

「……SOの部下は皆優秀です。連邦を押し潰すのも時間の――」

「よい。私はカームス、お前の率直な意見を聞きたいのだ。私の信頼するカームス・タービュレスの飾らない意見をな」

「……正直、芳しくはありません。消極的かつ間髪を入れない局地戦でどうにか戦線を維持していますが、それも時間の問題かと」

 

 これが裏表のないカームスの意見であった。はっきり言って、質や練度では圧倒的に負けを感じていた。数こそ負けていないとは見ている。だが、アルシェンやセンリを始めとするエース級の活躍もあって、どうにか連邦の物量に飲み込まれずにいたのだ。

 

「我らが決戦兵器の完成まで時間を稼げそうか?」

「それは問題ありません。各地に戦力を散らばせ、このハーフクレイドルへ意識を向けさせないようにしています。……よほどの手掛かりが見つけられるか、勘が良い者がいない限り、仕掛けられることはないでしょう」

「ふむ。完成さえすればこの場所が突き止められても構わん。……して、カームス。リィタは見つかったのか?」

 

 カームスは眉をぴくりと上げる。そんなカームスの様子に気づいていないゲルーガは更に言葉を続けた。

 

「リィタはこのSOにとって重要な戦力の一つだ。彼女こそ我らがSOの一騎当千の将となることを期待していたというのに……」

「……現在、捜索班を編成して、リィタの行方を探っています。連邦に居る事は確実です、しかしどこの施設に匿われているかを突き止めるのに時間が掛かっています」

「情報部……ギリアム・イェーガーか。あの男は一筋縄ではいかんぞ」

「は。心得ています」

 

 カチ……コチ、と備え付けの時計が時を刻む音が室内を支配した。元々二人とも口数が多い方では無かったので、この沈黙は苦では無かった。

 

「……実は、気になることを耳にした」

 

 だが、ゲルーガの次の一言で、カームスは秒針の進む音が聞こえなくなってしまった。

 

「カームス。お前がリィタを攻撃したという話だ」

「……私が、ですか?」

「そうだ。ツヴェルクのビームがリィタのヒュッケバインへ直撃したと聞いた」

 

 恐らく自分とリィタが乗っていた輸送機の乗組員の誰かだろうとアタリを付けながら、カームスは黙考を始める。だが、遅すぎず、だが早すぎることも無く。丁度の良いタイミングを見計らい、カームスは口を開いた。

 

「恐らく敵のヒュッケバインの攻撃をツヴェルクの攻撃と見間違えたのでしょう。私がリィタを攻撃した、なんてタチの悪い噂が流れているとは……。現場の部下の評価が手に取るように分かります」

「一番リィタを気にかけていたのは他でもないお前だからな。だからこそ、一刻も早くリィタを確保するのだぞ。お前の悪評を払拭するという意味でも、貴重な戦力を取り戻すという意味でも、な」

「……了解」

 

 席を立ち、部屋から出ようとするカームスをゲルーガは呼び止めた。

 

「信頼しているぞ、カームス」

「……ええ」

 

 その時のゲルーガの顔を、カームスは何故か見る事が出来ず、背中を向けたまま司令室から出て行った。振り向かれることのないカームスの背中を見つめていたゲルーガの眼は細く、そして鋭いものとなっていた。背中越しから伝わってくる無言の言葉を、カームスはしっかりと受け止め、それでもなお振り向くことはしない。

 

「ゲルーガから説教でも喰らったのか?」

「……アルシェンか」

 

 廊下を歩いていると、壁に寄り掛かっていたアルシェンがそう言って皮肉げに笑みを見せてきた。どこからか聞きつけて来たのだろう、アルシェンはカームスがこの廊下を通ることを見越して待ち構えていた。

 

「大佐を付けろ。いくら雇われとはいえ、お前の雇い主だ」

「そうか。気を付けるとしよう。……それにしても、だ。聞いたぞ? お前がリィタ・ブリュームを撃墜したとな」

「……お前もか。よほどこの組織は噂好きがいるようだ」

 

 足早に去ろうとするが、アルシェンはカームスの前に立ち塞がる。

 

「……何のつもりだ?」

「いいや。深い意味はないさ。ただ、あのリィタ・ブリュームを撃墜した感想を聞きたくてな」

「……挑発のつもりか?」

「まさか、俺にはそんな度胸はないよ。しかし英断じゃないか。感情に目覚める前にあの戦闘兵器を処理するなんてな。長い目で見れば、きっとSOにとってのプラスになっただろうさ」

 

 気づけばカームスはアルシェンの胸倉を掴んでいた。カームスの静かな怒りの感情が込められた目をジッと見つめ、アルシェンは得心いったように頷く。リィタの事で怒ったのか、自分のことで怒ったのか、アルシェンにとってそれはもはやどうでも良い事柄と化した。

 

「……ほう、なるほど。やはり目は正直に語る」

「……ふん」

「SOの中ではセンリ・ナガサトの次に喰えないと思っていたが、訂正しよう。お前が一番喰えない奴だったよ。流石は前線指揮官様だ」

 

 カームスの手を振り払ったアルシェンはそう言い、襟を正す。普通の兵士ならば今ので完全に委縮している“凄み”を受けてもなお、アルシェンは飄々とした姿勢を崩さない。

 

「俺の事を騒ぎ立てるか、アルシェン?」

「いいや、遠慮しておこう。どうもお前が見据えている“バランス”は俺ごときの介入でも破綻しそうな繊細なものらしい。俺は今まで通り鉄砲玉を務めることにしよう」

「……俺は、リィタの事を常に考えている。俺がどうなろうと、俺はリィタの事を考えるのを止めないよ」

「それでこそカームス・タービュレスだ」

 

 追及する気が失せたのか、それとも満足したのか、アルシェンは背中を向けた。その背中へ、カームスは言葉を投げつけてやった。

 

「お前はどうなのだ? 知っているぞ、最近、個人的に連邦の事を嗅ぎまわっているのは」

「……やはり喰えない奴だよ。いつから気づいていた?」

 

 遊撃部隊として、独自の行動が認められているのを逆手に取り、アルシェンは色々と自由な行動をしていた。その中でも一番力を入れていたのは情報収集だ。個人的興味で情報収集をしていたアルシェンはその中でもとある()()()について、特に熱心になっていた。

 

「お前にあのガーリオンを与えてからだな」

「……ガーリオン・ペネトレイター。あの機体に乗った時から、いつも脳裏に二つ、ある影がチラついてしょうがない」

「前にもそう言っていたな。気のせいかと思っていたが、まだ続いているのか?」

「ああ。……率直に聞こう。あの機体は何なんだ? 見たところ特殊な装置は何も載せていないようだが……」

「『グランド・クリスマス』近くの孤島に打ち上げられていたガーリオンの残骸を回収して、組み上げたものと聞いている」

 

 カームスも、そしてアルシェンですら自分が乗っている機体の出自を詳しく把握していなかった。アルシェンは元々AMパイロットであり、AMならばどんなものでも乗りこなせる自信があったので、乗れれば何でも良かった。だが、このガーリオンだけはまるで話が違った。

 自分に合わせたかのような艶の無い真っ黒なカラーリングに、自分の戦法にマッチした装備。それだけならまだ良かったが、操縦桿を握った瞬間に感じた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これだけ揃っていればもはや出来過ぎている。そんな感覚が、アルシェンは気持ち悪かった。

 

「そんなものがあったのか? 確かにAMともPTともつかんような妙な残骸はいくつか見かけたが……」

「あったようだ。それに黒い外装のようなパーツもあったようで、お前の乗っているガーリオンはそういった物が組み合わされたAMらしい」

「……なるほど。案外パイロットの霊でも取り憑いているのかもしれんな」

「オカルティックな話題もいけるのか。現実的な人間かと思っていたが、意外な一面を見た気がするぞ」

「……俺の勘が言っている。近い内に、このチラつく影の正体とやりあうとな」

「…………」

 

 カームスの反応を聞く前に、アルシェンは今度こそ歩き去って行った。後ろ姿を見送りながら、カームスは改めてアルシェンの(さか)しさを思い知らされる。

 

(どこまで見透かされているか、だな。奴は決して俺の邪魔をしてこないのが救いだが……)

 

 アルシェンの言う通りであった。自分が考えている“バランス”は微細な“アクシデント”であっという間に崩壊してしまう。そもそもの話、“生きているかどうか”すら賭けである。だが、カームスはそれでも良かった。

 

(答え合わせはもうすぐ……だろうな)

 

 鉄の意志で鋼のように。ふとカームスはポケットから金平糖の袋を取りだし、中身を見て、自嘲する。

 

「……そうか、もう無いのか」

 

 リィタにあげ、自分で食べ、そうして減っていた金平糖がとうとう無くなっていたのだ。空となった袋をポケットに戻したカームスは、いよいよ覚悟を決めた。

 ――自身すらもチップとした賭けのスタートは近い。



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第三十八話 上がる決戦の狼煙

 午前五時。連邦の威信を懸けた大掛かりな作戦が始まった時間である。作戦内容は至ってシンプルで、時間差の攻撃で注意を分散させた後、一点突破を仕掛け、SOのリーダーであるゲルーガ・オットルーザの確保にある。

 だが、この制圧部隊に鋼龍戦隊の面々は加えられてはいなかった。愚かしくも連邦上層部は未だSOを軽視しており、鋼龍戦隊を温存しておこうという考えに落ち着いているのだ。先遣隊が全滅して、ようやく鋼龍戦隊に縋ろうという結論に辿りついている時点で先は見えているのだが、現場の人間にしてみればそれはどうでも良い話である。

 

「ソラ、機体の調子はどう?」

「大丈夫だ。機体重心に問題はないし、武装もしっかり調整されている。イケるぜ」

 

 ソラ達第五兵器試験部隊は攻撃部隊の第二陣となっていた。第一陣で逸らした注意に付け込んで中枢に斬り込む役だ。SOへの戦闘経験の豊富さから抜擢された役割だが、その実、最も危険を伴う役割でもある。

 

「うぅ……緊張します、やっぱり……」

「駄目だよユウリ! 緊張は死ぬだけだよ!」

 

 ソラとフェリアは比較的リラックスしていたが、ユウリはガチガチに緊張していた。あげくの果てに最年少のリィタに励まされる始末である。

 

「ふ、フェリアさ~ん……!」

「リィタの言うとおりよユウリ。極度の緊張は足元を掬われるだけだわ。リラックスしろとは言わないけど、あまり肩に力を入れ過ぎても駄目よ」

「わ、分かりましたぁ~……」

「進捗状況はどうだ、ユウリ?」

 

 ユウリの意識を緊張から逸らすという意味を込め、ソラは現在の戦況を聞いてみた。

 

「はい、第一陣、たった今攻撃を開始したようです」

「ライカ中尉とフウカ中尉は?」

「二人も行ったようです!」

「ライカ中尉、フウカ中尉……無事でいてください……!」

 

 第一陣は敵への陽動と戦力をこそぎ落とすのがメインとなる。それはつまり、敵の意識が一番向けられるポジションであり、第二陣への対応含め極力早く対処するべき存在でもあるので、戦力が集中するある意味捨て駒的存在だ。そんなポジションに、二人はあえて志願していた。

 そこにどんな意味があるのかソラには分からなかったが、二人にはやらなければならないことがある。それだけはハッキリ分かっていた。だからソラは祈る。二人の無事をひたすら祈って。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「シュルフ、コンディションは?」

《身体が重いですが、動作に問題ありません。ライカ中尉の腕に期待です》

 

 フルアーマー・シュルフツェンの操縦性は控えめに言えば劣悪だった。ただでさえ殺人的な推力の高さに加え、兵装が大量に積まれてしまったせいで機体重心が崩れてしまい、少し操縦を誤ればあっという間に墜落コースとなってしまうという操縦難度。ただでさえ細い綱渡りが更に細くなり、クモの糸となってしまったとすら感じる。

 そんなシュルフツェンをむしろライカは歓迎していた。ここまでしなければセンリ・ナガサトは超えられない。だからこそ、ライカはこの第一陣に志願し、敵陣を切り開く役割を担った。

 

《前方に三機。リオン小隊を確認しました。後続には更に二個小隊。一体どこから湧いて出てくるんでしょうね?》

「集中してくださいシュルフ。接敵前です」

《戦術は? 如何にいたしましょう?》

 

 返事の代わりに、ライカ機は両手に持っていたメガ・ビームライフルを構え、二機のリオンをロックオンした。元々のFCSの優秀さもあり、すぐにロックオンを終え、ライカは呟きと共に銃爪を引いた。

 

「一点突破。それだけです」

 

 シュルフツェンの両手から閃光が放たれ、リオンの武装や脚部を破壊していった。すぐさまライカ機はメガ・ビームライフルをウェポンラックに戻し、バズーカを両手に持ち替える。

 すぐさまロックオンもせず、ライカ機は手当たりしだいに群がっているリオン部隊へ弾頭を撃ち込んでいく。一発撃っては咲く火の花に、リオン部隊はどんどん巻き込まれていった。だが、その後ろに控えているバレリオン部隊による砲撃が次々と降り注いでくる。

 

《増加装甲に被弾。強制パージまでまだ余裕はありますが、あまりはしゃぎすぎないでくださいね、ライカ中尉》

「正直、この増加装甲を過信しすぎているので期待はしないでください」

 

 今回のライカの方針は、『攻撃は最大の防御』である。シュルフツェンに装備された増加装甲は耐弾性能を重視したチョバムアーマー。よほど下手な操縦をしない限り、バレリオンの砲撃ですら耐えるこの増加装甲を手にしたライカに、回避の二文字は無かった。

 むしろ、その前に叩き潰す。

 

《雑なロックオンは中尉の十八番(おはこ)ですね》

「叩き壊しますよ」

 

 ライカの他に、別方向だがフウカもおり、その他に連邦のPT部隊やAM部隊もいるが、その沢山の中でもシュルフツェンは一際目立っていた。その理由の最たるはシュルフツェンに積み込まれた潤沢な火器である。リオンシリーズや性能的には上を行く量産型ヒュッケバインMk-Ⅱですら凌駕するその火力は凄まじく、敵にとっては嫌でも集中しなくてはならない状況を強いていた。

 そのおかげで他の第一陣への被害は最小限に抑えられていたのもまた事実。

 

《現在、被弾は増加装甲のみ。ライカ中尉の腕が光りますね》

「ありきたりなお世辞ですね」

 

 一丁六発。バズーカの装弾数を撃ち尽くし、予備弾倉に切り替えたライカは次の獲物へ視線を移す。己の役割はしっかりと弁えていた。圧倒的な火力を以て、敵の視線を釘づけにする。被弾よりも攻撃を優先していたライカだが、レーダーへの意識を一瞬たりとも逸らしたことはない。

 何せ、敵への総本山へ強襲を掛けているのだ。()()が出てこないはずがない。油断をしていると背後から一瞬で挽肉にされてしまうのは目に見えている。

 リオン小隊からの射撃をどんどん避けながら、ライカ機は右手のバズーカを早速撃ち尽くした。アサルトブレードを抜いて接近戦に持ち込もうとしていたリオンへ対応するため、空のバズーカをウェポンラックに戻し、ライカ機は代わりにM950マシンガンへ持ち替える。思った以上に早く撃ち尽くしたことにペース配分を誤ったかと一瞬不安に思ったが、ライカはすぐに思考を変える。

 小さいながらハーフクレイドルの影が見えてきた。その前にどこから集めて来たのか、大量の迎撃部隊と攻撃輸送艦であるエレファント級が何隻も展開していた。

 

「エレファント級の主砲はフレキシブルに射角を向けられる持つ厄介な物ですね。しかも対ビームコーティングを容易く貫く出力……」

《輸送艦というのが悔やまれますね》

 

 実際、エレファント級の長距離射程ビームの威力は凄まじい。ライカ機がビームを避けると、その後ろを付いてきていた味方のAM小隊へ直撃し、半数が撃墜された。威力や速度も高いので、避けきれなかった結果だ。

 

(リオンにバレリオン、ガーリオン。エレファント級に加え、護衛としてランドリオン……。特機クラスはさておいて、この量の機動兵器は叩けば埃が出る所がありそうですね)

 

 当然AMの生産ラインを確保しているのだろうが、それでもこの量は些か多すぎる。それはつまり、どこかの誰かが機動兵器を提供しているということで。最も、追及したところでのらりくらりと躱されるのは目に見えているのだろうが。

 速度を緩めずバレリオンへ接近し、その頭部砲身へライカ機は右腕部を突き立てた。大型化したプラズマバックラーはたったの一突きで装甲に喰い込み、蓄えられたプラズマが三度爆ぜた。撃墜した余韻もそこそこに、ライカは周囲へ意識を巡らせる。

 

(作戦開始から五分……思ったより体感時間が狂っていますね。時間の流れが遅い……)

 

 ハーフクレイドルは他のクレイドルと同じ半球状のドームとなっており、連邦軍は多方向からの攻撃を行っている最中。十二時、三時、六時、九時の四方向だ。十二時、九時に第一陣の戦力を多く回し、戦力が薄い三時と六時から第二陣を投入するという戦略となっている。

 その中でも、ライカは一番戦力が薄い六時方向を担当していた。と言っても、フルアーマー・シュルフツェンの火力はそれを補って余りあるものだが。

 

(第二陣投入まであと十五分。弾薬にはまだ余裕があるし、増加装甲の耐久率は未だレッドゾーンに突入せず。しかし楽観視は出来ませんね……。まだ腕の立つのが出て来ていない)

 

 カームス・タービュレスは当然として、この局面でセンリ・ナガサト不在はとてもじゃないが考えられない。それに加え、例の黒いガーリオンの姿も見えない。

 全て思い通りに行くことが難しいのが戦争だ。恐らくこの陽動作戦は見破られていると考えた方がやりやすい。

 

「シュルフ、他の三方向の様子はどうですか?」

《現在迎撃部隊と交戦中。作戦は順調に進行しています》

「順調に……ですか。それはどうでしょうね」

《何か気になる事項でも?》

「色々と」

 

 リオン三機からのマシンキャノンをものともせず、ライカ機はチョバムアーマーの装甲を押し売り、至近距離からバズーカを撃ち付けた。ライカ機はそのまま速度を緩めず、隊列から外れたリオンの胴体へプラズマバンカーを殴りつけ、そのまま空中を引きずり回す。プラズマによる攻撃が無くても、速度による質量攻撃でリオンの胴体へひしゃげていた。

 高度を上げ、ライカ機は左腕のバズーカを残ったリオンへ向ける。弾頭はリオンへ直撃し、一撃で爆発四散する。予備弾倉にはまだ余裕がある。

 

《バズーカ予備カートリッジ残り二、M950マシンガン予備弾倉残り二。メガ・ビームライフルは二丁ともエネルギー残量に余裕があり、左腕部三連マシンキャノン未使用。今のペースなら第二陣突入まで十分撃ち尽くせるでしょう》

「了解です。なら、そうなる前に全て片付けます」

 

 脇へ抱えるようにバズーカを両手持ちし、目に付いたバレリオンへ向ける。その瞬間、機体が揺れた。

 

「被弾……!」

《四時の方向より狙撃。右スラスターユニットへ被弾。テスラ・ドライブ部に損傷。飛行の継続に支障が出ました。地上へ降下します》

 

 被弾の隙を狙って突撃してきたガーリオンへ逆にプラズマバンカーを叩き込み、ライカ機は狙撃があった森へ高度を下げる。ライカには確信があった。今の攻撃は偶然当たった攻撃では無く、凄まじく精密な当たるべくして当たった攻撃である。

 そんな精密射撃が出来る人間にライカは一人、心当たりがあった。

 

「コクピットへ直撃させるつもりでしたが、腕を上げましたね」

「センリさん……!」

 

 森の陰から現れたのは真っ黒なカラーリングを持つセンリ・ナガサトの愛機――レヴナントであった。手に持っていたブーステッド・ライフルを投げ捨てたレヴナントは代わりに臀部からM90アサルトマシンガンへ持ち替える。

 

「もう、二度と遅れは取りません。センリさん、私は貴方を倒します!」

「私は貴方以上に屈強なメンタルを持つ兵士は知りません。そんな貴方と銃を向けられることの何と光栄な事か」

「私の全てを、貴方へぶつけます……!」

「ライカ、私を越えられますか?」

「――踏み越えます」

 

 バズーカからM950マシンガンに持ち替え、レヴナントへ撃ち付ける。ライカ機から撃ちだされた弾丸をセンリ機はその敏捷性で避けることで、一発も当たることはなかった。むしろ向こうの応射でマウントしたバズーカが破壊される始末。

 

「ぜひ踏み越えて行ってください。私の全てを叩き込んだ愛弟子……!」

 

 師と弟子による死闘が始まった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……調子は上々。メイシールの腕に感謝ですね」

 

 そう言いながら、フウカは新生ヤクトフーンドの左右のクローアームを見る。左右にはそれぞれ、頭部を握り潰したガーリオンがぶら下がっていた。完全に機能を停止し、パイロットも脱出済みの残骸である。そんな二機のガーリオンを近くのバレリオンへ投げつけつつ、真正面からクローアームで胴体を貫いた。

 現在、フウカはライカとは別の、三時方向から攻撃を仕掛けていた。ただし、このヤクトフーンド・ナーゲルの機体特性上、スタンドアローンでの行動が望ましいため、他の攻撃部隊とは離れたところから敵機と交戦中。

 装甲の各所に配置された姿勢制御用スラスターをフルに活かした回避機動で左右のリオンからの射撃を避けると、ヤクトフーンドは右のリオンへクローアームを向ける。フウカ機が銃爪横のボタンを押すと、ワイヤーで繋がれているクロー部が射出された。根元に配置されたスラスターが勢いよく噴出し、リオンのレールガンを掴んだ。

 

「ふっ……!」

 

 レールガンを掴んだまま、フウカ機は身体を回転させる。掴まれたリオンがまるでハンマーのように、もう一機のリオンへ叩き付けられる。敵の攻撃は未だ激しく、一瞬たりとも気が抜けない。

 

「……次」

 

 ガーリオンとリオンが協力して、フウカ機を落とさんと攻撃を集中させてきた。バーストレールガンとレールガンの質量弾はヤクトフーンドへ吸い込まれるも、その分厚い装甲によってほとんど小破以下。

 的を絞らせないよう、機体を回転させながらガーリオンへ踊り掛かるフウカ機。ガーリオンの腕部を掴み、手近なリオンへ叩き付けてから、逆のクローアームで別のリオンを串刺した。左右腰部のレールガンを除き、武装がクローアームしかないので、無駄撃ちさえしなければ実に補給要らずの優秀な機体である。

 ヤクトフーンドの一つ眼が辺りを見回すと、周りを囲んでいた敵部隊が後ずさる。特異な外見と、ひたすら敵を蹂躙していくその戦いぶりは完全にSOを威圧していた。

 余りにも恐ろしい、とそれが今フウカ機を相手にしているSO部隊の総意であった。奇天烈、という言葉すら陳腐に聞こえる変幻自在の戦闘機動(マニューバ)を目の当たりにし、ひたすら戦慄する。

 

「……このヤクトを止めたければ、まずはパイロットが化け物にならなくてはなりませんね」

 

 “向こう側”でやりあっていた某特殊鎮圧部隊と比べると余りにもお粗末。中を抉じ開けても()()()()()()()()パイロットが出てくるようでは全然お話にならない。

 エレファント級からの高出力ビームを避け、フウカは艦を潰すべく狙いを定める。敵の機動兵器群は他の攻撃部隊が引き受けてくれているので、心置きなくフウカはエレファント級を潰すことに専念できた。

 

「さて、どこから抉っていきますか……」

 

 冷却と放熱がしっかりされているのか、高い威力の割にはエネルギーチャージのサイクルが異常に短い。油断していると、直撃を貰ってしまう。

 ヤクトフーンドの装甲でも、エレファント級のビームの直撃は避けたいところ。右のクローアームは閉じて回転させ、左のクローアームは傘のように開いて回転させ、護衛のランドリオンからの射撃を逸らす。エレファント級の懐に潜り込んだフウカ機は右腕部を突き立てた。

 

「思ったより装甲が厚い。いくらヤクトの爪でも削るのは骨が折れますね……ならば」

 

 一度高度を上げ、ブリッジを探し出すことにしたフウカ。ランドリオンからの射撃をものともせず、フウカはエレファント級の周囲を飛び回る。

 

「……見つけた」

 

 艦上部後方。そこにブリッジらしきものが見えた。後方中部には推進装置らしきものも。すぐさまフウカはブリッジへ機体を加速させる。

 

「一撃で潰す……!」

 

 ランドリオンの対空射撃を無視し、ヤクトフーンドは両手のクローアームを閉じて回転させる。そして、ゼロ距離。両手をブリッジへと突き立てた。更に回転数を上げ、ブリッジを確実に破壊する。まだエレファント級は控えているが、とりあえず一隻潰しただけでも上等。

 いまだ敵への攻撃は衰えを見せることはないが、大物を潰したことによって、幾らか戦況は連邦側に傾けることが出来た。そんなフウカ機の元へ突撃してくる機体が一機。

 

「……っ!」

「ほう。この一撃を捌くか……!」

 

 艶の無い真っ黒なガーリオンが手に持つ両刃のアサルトブレードがフウカ機の腕部へ喰い込んでいた。チェーンソー状の刃が回転し、装甲を削っていくが、すぐにフウカ機はそれを振り払う。

 攻撃の主を視界に入れたフウカは目を細める。

 

「黒いガーリオン、予想より早く出てきましたね」

「連邦も捨てたモノじゃないな! こんな奴に出会える!」

 

 幾度も振るわれる黒いガーリオンの斬撃をフウカは次々に対応していく。避けきれないところは装甲で受け止め、可能な所はアサルトブレードの腹を叩き、軌道を逸らす。

 攻撃をやり過ごしながら、フウカは確信を得る。一朝一夕では身に付かないこの接近戦の技術はもはや疑いようがない。

 

「……アルシェン・フラッドリーですね」

「知っているか! 俺を!」

 

 しかしフウカには疑問があった。このヤクトフーンドに似ている機体はそうはない。だが、アルシェンはまるで初めて見たような反応を示していたのだ。数瞬黙考し、フウカはもう一つの可能性を確かめてみることにした。

 

「……“ハウンド”、ヤクトフーンド、ライカ・ミヤシロ、ベーオウルブズ、シャドウミラー。これらの単語に聞き覚えは?」

「何だそれは……? 気を抜くと死ぬぞ……!」

「……なるほど。そういうことですか。……そういう、ことだったのですね」

 

 一旦大きく距離を取り、フウカはどこか納得したように小さく頷いた。

 

「――分かりました。ならば全力で、そして徹底的に叩きつぶしましょう」

「言ってくれるな一つ目! 言ったからにはやってもらうぞ!」

「上等です」

 

 全てを理解することの何とあっさりとしたことだろう。フウカはそんなことを考えながら、クローアームを回転させる。

 ここから先は己の技術と技術がぶつかり合う意地のぶつかり合いとなる。だが、フウカの目には迷いはなく、必勝の意志が灯っていた。

 そんな彼女の意志を汲み取ったかのように、ヤクトフーンドの一つ眼が鈍く光る――。



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第三十九話 鬼が吠える

 ハーフクレイドル制圧作戦から二十分が経過した。午前五時二十分を以て、攻撃部隊の第二陣が行動を開始する。

 第二陣を積んだ輸送機が三時、六時の方向から戦闘空域に侵入し、速やかに部隊を展開、一気にハーフクレイドルへ物量を投入するという電撃作戦だ。四方向からの攻撃に対応しつつ、その内の二方向からの本命に備えなければならないというSOにしてみたら相当な負担を強いられている。

 

「ソラ、ユウリ、リィタ。第五兵器試験部隊にも出撃命令が出たわ。行くわよ」

「よしっ! 皆、行くぞ!」

 

 輸送機から次々に戦場の空へ飛び立つ第五兵器試験部隊。他の輸送機からもどんどん攻撃部隊の第二陣が出撃している。ソラ達第五兵器試験部隊はライカが暴れまわっている六時方向からの攻撃だった。

 第五兵器試験部隊にとってはこれが初の大規模戦闘となる。今まで小規模な戦闘を繰り広げていただけに、迎撃部隊の数を見て、驚きを隠せなかった。

 

「敵が沢山いるな」

「今まで局地的な戦闘ぐらいしか経験していなかったし、流石に少し緊張するわね……」

「ざっと索敵しただけでもすごい戦力ですぅ……。それにエレファント級が何隻も。今じゃ陸戦艦の主力はライノセラス級なのに……」

 

 そう言いつつ、すぐにEAを仕掛ける辺り、ユウリは中々に肝が据わっていた。あのフェリアですら少し緊張しているにも関わらず、データ解析をするユウリの指の動きは決して止まることはなかった。

 

「シンプルな構造に、フレキシブルな射角と高い火力を持つ強力な輸送艦だから敵からしたら造らない手はないわよね。……輸送艦じゃなくて普通に攻撃艦ってカテゴライズでも良いんじゃないかとも思うけど」

 

 長距離射程ビームの威力は凄まじく、直撃はそのまま撃墜を意味していた。護衛であるランドリオンの攻撃も油断できない。第一陣が陽動を行っているにも関わらず、SOの戦力に切れ目は見当たらない。

 右から左を見ても敵戦力の塊。ユウリから送られてきたデータと照らし合わせながら、フェリアは改めてSOの底力を認識する。今まで小規模戦力としかやり合っていなかった分、ハーフクレイドル周辺に展開している敵部隊の物量にひたすら脅威を感じていた。

 

「敵リオン小隊接近! 皆さん、気を付けてくださいね!」

 

 第五兵器試験部隊の進攻ルート上にリオンとバレリオンの混成部隊が向かってきていた。接敵するまで二分と掛からない距離。交戦直前、フェリアは三機へ音声通信を送り、今回のフォーメーションを再確認する。

 今回限定だが、リィタが第五兵器試験部隊の一員として数えられている。それに伴い、フォーメーションの再編も行っていた。

 

「良い? 打ち合わせした通りで行くわ。ソラが前衛、私とリィタが中衛、ユウリが後方で電子戦と援護よ」

「リィタ、やれるのか?」

 

 ソラの心配に、リィタは静かに頷いた。

 

「大丈夫。もう一回カームスと会うまで……誰が相手でも関係ない。リィタ、頑張るよ」

「……そうか」

「リィタは私と中衛だけど、自由に動いてもらって構わないわ。そのためのヒュッケアインだし、むしろリィタにとってもそっちの方がやりやすいでしょ?」

 

 第五兵器試験部隊三機のデータが統合され、改修されたヒュッケバイン――通称、ヒュッケアインは比喩抜きでどの距離でも十全の活躍が期待できるオールラウンダーとなっていた。

 ユウリ機によるEAで六時方向攻撃部隊の戦闘エリアは既に掌握済み。誘導兵器制限並びに敵限定の通信封鎖が行われているので、自然と直進兵器と格闘戦による戦闘が繰り広げられることが予想されていた。よって、誘導兵器を持たない第五兵器試験部隊はフォーメーションを少しいじれば十分動けた。

 

「うん! どこからでもこのヒュッケアインならやれるよ!」

「なら、頼むぞ!」

 

 ソラはスロットルペダルを踏み込み、機体を加速させる。高い運動性能と加速性能でリオンからの攻撃を避けつつ、ソラ機は左腰部にマウントしている中型シュトライヒ・ソード――シュトライヒ・ミドルを抜剣した。

 ガン・モードに変形させ、手近なリオンへ牽制射撃を仕掛ける。シュトライヒ・ソードⅡ程ではないが、それでもメガ・ビームライフルよりも高い威力のビームはリオンの逃げ場所を奪うように横切っていく。その中出力ビームを避けようと大きく回避運動を取ったリオンへ、ソラは必中のタイミングを視る。

 

「一機!」

 

 一息で近づいたソラ機は、ビーム展開させたシュトライヒ・ミドルをリオンのレールガンへ走らせる。一振りでレールガンを破壊したソラは更なる追撃を選択。右太ももに懸架していたシュトライヒ・ショートを抜き放ち、リオンの脚部を一閃した。バランスが取れなくなったリオンは徐々に高度が下がっていき、それはすなわち戦線離脱を意味する。

 新型シュトライヒシリーズの調子は実に良好。ミドルもショートも、ソードよりリーチや威力が落ちているが、その分、咄嗟の取り回しは遥か上を行っていた。

 

「まずい、出過ぎた……!」

 

 各種シュトライヒの事に意識を取られ過ぎて、いつの間にかソラ機はバレリオンの射線上に入っていた。失敗を意識したのもつかの間、ソラ機を横切ったビームがバレリオンへと突き刺さる。

 

「何、子供みたいにはしゃいでいるの、ソラ!」

 

 両手のマルチビームキャノンによる砲撃後のエネルギー残量を確認しながら、フェリアは残りのバレリオンを素早くレティクル内に収める。バックパックに装備された予備ジェネレーターからのエネルギー供給は正常に稼働中。これならよほど無闇に撃たない限り、そう簡単にエネルギーが枯渇することはない。途切れの無い砲撃を意識しつつ、再びフェリアは銃爪を引いた。

 フェリア機の両肩両腕の砲門から放たれた大出力の閃光は残りのバレリオンどころか、遠くに展開していた複数のリオン小隊を呑み込んだ。ビームが通り過ぎた後の空はまるで台風が過ぎ去ったあとのように、ぽっかりと穴が空いていた。

 

「す、すげえ威力だなやっぱり……」

「ペース配分が緩くなった分、すごくやりやすくなったわね。だけど、すごいという評価をするのならあの子よ」

「あ、ああ……だな」

「へ……? 私ですか……?」

 

 今しがたガーリオンの全身を串刺しにし終わったT-LINKストライカーがユウリ機に戻っていくのを見たソラとフェリアは背筋を凍らせる。

 六基のT-LINKストライカーを手に入れてから、ユウリの戦闘の幅が凄まじく広がった。元々念動力による感知に優れていた彼女は命中率と回避率がずば抜けていた。正確無比な射撃に加え、EAに囚われない思念誘導による打突兵器のおかけで、運良くユウリの第一射を避けられてもその回避先へストライカーが突き刺さっていくという無慈悲な二段構えが確立していたのだ。

 

「あ、ソラ。危ないよ?」

 

 ソラ機の背後を狙っていたガーリオンへリィタは狙いを定める。ブレイドランナー程ではないが高出力のメインスラスターを積んだヒュッケアインは容易にガーリオンへ追いつくことが出来た。

 すれ違い様にシュトライヒ・ミドルを振るい、ガーリオンの推進装置を切り捨てたリィタ機はバックパックの左側から伸びたビームキャノンを脇に抱えるようにして構えた。ぴたりとガーリオンのコクピットへ狙いを定め、リィタが銃爪を引く。瞬く閃光。ビームキャノンからの砲撃は一ミリの狂いも無くガーリオンを貫いていった。

 

「た、助かった……」

「今までの戦闘と同じにしない! あっという間に囲まれて蜂の巣になるわよソラ!」

 

 言いながら、フェリアはリィタの操縦技術に改めて脅威を感じていた。実戦での運用はこれが初だというにも関わらずあっという間に乗りこなして見せるリィタの適応能力と的確な狙いは手放しに賞賛出来る。そして状況判断も堅実だ。ソラが接近戦で不手際をしたら即座にカバーに入り、フェリアが砲撃を行うと一緒に加える、ユウリが他二機のカバーに入るとそれを更に手厚くする。

 例えるならリィタは潤滑油となっていた。それも上質な。

 

「奴は、どこだ……!?」

 

 ソラはユウリからのデータリンクを更新し、大きな熱源を探していた。素人のソラでも分かるこの重大な局面、カームス・タービュレスが出てこないのは有り得ない。それまでは極力消耗するわけにいかなかった。

 

「ユウリ、全体の状況って分かるか?」

「十二時、三時、六時、九時とも順調に攻撃が継続されています。ですが……」

「ですが?」

「ライカ中尉とフウカ中尉がどうやら攻撃部隊とはぐれ、単独で交戦しているようです。恐らく……エース級」

「エース級……あの黒いガーリオンとライカ中尉を落としたって奴か!?」

 

 本能的にソラは二人が相手をしているであろう敵を推測する。

 

「心配?」

「いや、あの二人だぜ? 心配するだけ失礼だ」

「それで良し。女々しく心配しているなら、後ろから撃ち落としていたわよ」

 

 エレファント級が味方の攻撃部隊へ長距離射程ビームを連射しているのが見えたソラは次の狙いを決める。無言のやり取りでフェリアはソラの意図を瞬時に理解し、砲撃位置を確保するため機体高度を上げる。

 フェリア機が四門のエネルギーを解放し、エレファント級を上空から砲撃する。それと同時に、リィタ機が別の角度から敵艦の装甲を狙い撃つ。火力に優れた二機だが、それでもエレファント級の堅牢な装甲は一撃で貫くことは出来なかった。

 

「おおおおお!!」

 

 爆炎に紛れ、ソラはフェリアが傷つけた箇所へ機体を加速させる。臀部にマウントしていたシュトライヒ・ソードⅡを握ったソラ機は刃をビームコーティングし、水平に構えた。勢いはそのままに、エレファント級の装甲板へ刃を突き立て、莫大な推力を以て、そのまま真一文字に剣を走らせた。

 だが轟沈とはいかず、エレファント級は未だ健在。それどころか、瀕死のエレファント級の主砲がソラ機へ向けられる。だが、その砲身はユウリ機のT-LINKストライカーによって即刻針のムシロと化した。

 

「……あれか!? あれが、ハーフクレイドルなのか!?」

 

 遠いながらも見えてきた黒い物体。この距離で見えるのなら、近くで見た時の大きさは言わずもがな。半球状の黒いドームこそ、SOの本拠地であるハーフクレイドルであった。

 あそこを押さえればこの短いようで長い戦いが終わりを告げる。そんな矢先、ユウリ機のセンサーが“彼”を捉えた。そして、リィタもその気配を感じ取っていた。

 

「み、皆さん……」

「来る……」

「どうした、二人とも?」

 

 ユウリからもらったデータを見て、ソラは唾を呑み込み、操縦桿を握り直した。遠くにいても、機体という壁を通しても、発せられる威圧感はダイレクトにソラへ襲い掛かる。やがて敵部隊が波を割ったように掃けていき、“ワインレッドの鬼”が第五兵器試験部隊の前へ悠然と姿を現す。何度見ても見る者を委縮させる凶悪なデザインだった。

 

「――いつか来ると思っていたが、思ったより早かったな」

「カームス、タービュレス!!」

 

 ツヴェルクの姿を確認した直後、リィタ機が飛びだした。

 

「カームス!!」

 

 ソラの敵意には何の興味も示さなかったカームスが飛び出してきたリィタ機へ視線を向ける。声の主を確認した彼は誰にも気づかれないよう、どこか皮肉げな笑みを浮かべた。その笑みの意味を理解する者はカームスただ一人。

 

「なるほど……そういう展開になったか」

「カームス! リィタだよ!? 分かる!?」

「久しぶりだな、リィタ。戦場に出てくるということは……連邦にでも洗脳されたか?」

 

 その物言いにリィタは言葉を失ってしまった。カームスの言葉には“心”が込められておらず、まるで機械。無機質な感情を向けられてしまったリィタは次の言葉を発せずにいた。そんな彼女の機体をかばうように、ソラは前へ出た。

 

「カームス・タービュレス! お前、リィタに何を言っているんだ!?」

「その威勢の良さ……まだ生き残っていたのか連邦の剣持ち」

「そんなことはどうでも良い!! リィタは洗脳なんかされていない。リィタはリィタ自身の意志でカームス、お前の前に現れたんだぞ!」

「リィタの……?」

 

 ソラはすぐに斬り掛かりたい一心であったが、鉄の意志でそれを抑え込んでいた。リィタの意志を尊重に尊重した上で決めたことである。

 

(リィタ、上手くやれよ……!)

 

 リィタは今、勇気を振り絞っているはずであった。いくら懐いていたとはいえ、撃墜した相手の前だ。怖くない訳がない、恐れない訳がない。一歩間違えれば殺されていたかもしれない相手を前にするリィタの何と心の強いことか。

 そんなリィタの決心を無駄にするほど野暮なソラではなかった。

 

「カームス、どうしてリィタを撃墜したの……?」

「お前はSOにとって必要ないと判断したからだ」

「っ……! い、今まで……リィタにくれた……金平糖は、嘘だったの?」

「……金平糖はもう無い」

「り、リィタの事……もう嫌いなの?」

 

 数瞬の間の後、カームスは静かに答えた。だが、その答えはリィタが求めていたものではなく、実にドライなものだった。

 

「……下らんな。そういった話をするために、俺はお前たちの元に出向いたわけでは無い」

 

 カームスはそこで会話を打ち切った。ツヴェルクがファイティングポーズを取るのに合わせ、ソラ達が戦闘態勢に入る。こちらは四機だというのにも関わらず、たった一機であるツヴェルクの存在感の方が大きいのは乗っている者の気迫だろうか。

 

「……事態は望みが薄かった方へと転がった。長く、そして遠い回り道だったな」

「何を言っているんだ……!?」

「だが、それも最後となる。……来い! この先にゲルーガ大佐がいる。退きたくば退け! だが、進みたくば俺を乗り越えていけ!!」

 

 ハーフクレイドルを背に、ワインレッドの鬼が吠える――。



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第四十話 猟犬の泣き声

「――良いぜ! 最高だ!」

 

 幾たびの斬撃を繰り返していることもあるが、アルシェンは完全に気持ちが高揚していた。一つ眼の黒い機体と交戦して少し経つが、未だに有効打を与えられていないのだから。持てる技術の全てを引き出さなければ一瞬で喰われるこの刹那のやり取りをアルシェンはひたすら楽しんでいた。

 こんな難敵――生涯に一度現れるか否か。

 対するフウカはそんな気持ちの余裕はなく、ただ機械的にアルシェンの攻撃を捌く。未だ攻撃に転ずることが出来ないのは隙のない攻撃を仕掛ける彼の技量のせいである。

 

「……楽しんで頂けているようで幸いです」

 

 一旦距離を離し、フウカ機はくるくると回転しながら両腕部に内蔵された機銃を放つ。変則的な機動で比較的弾速が高い機銃の弾丸だったが、アルシェン機はそれを容易く見切り、次々に避けていく。

 

(何という女だ……! 俺の回避動線を完全に読み、その上から被せるように弾を叩き込んで来るとは……! 流石は“ハウンド”……ん?)

 

 アルシェンは今の思考に一瞬だけ違和感を感じた。まるで純白のキャンパスに一点だけ塗られた黒点のように。小さい、だが絶対に無視が出来ないような存在感だ。

 ――“ハウンド”。一つ目のパイロットが並べた単語群の中に入っていたからと言うこともあるのだろうが、それを差し引いても、あまりに()()とその名を思い浮かべることが出来てしまった。

 

(俺は今、何を思い浮かべた? 自然と出てきた単語に対し、俺はどういう気持ちの持ち方だった?)

 

 ショートバレルに改造したバーストレールガンで牽制射撃を加えながら、アルシェンは一つ眼の背後を取れないものかと思考を切り替える。よほど奇天烈な改造をしていない限り、大体の機体の弱点は背後だ。そこを斬り掛かれば勝機はある。

 

「……らしくないですね、アルシェン。距離を取るなんて」

 

 対するフウカの、アルシェンに対する言葉は辛辣なモノであった。低空飛行をするアルシェン機へ機体を加速させ、フェイクを織り交ぜつつ、回転するクローを突き立てる。

 だが、その一撃は紙一重で避けられ、地面を抉るだけの結果となってしまった。すぐさま姿勢制御用スラスターを駆使し、地面に対して逆さまのままフウカ機は空中へ舞い戻る。高性能なテスラ・ドライブによる質量変化によって実現した変則的な機動である。

 

「何だ貴様は……? 先ほどから気安いぞ!」

「元々気安い仲ですよ」

 

 上下逆さまの姿勢のままアルシェン機を包囲するように周囲を旋回し、機銃を放つフウカ機。そんな奇妙な攻撃に若干対処が遅れたアルシェンは逡巡した後、()()することを選んだ。

 一瞬立ち止まったアルシェン機へ、フウカ機は上下を元に戻し、回転させたクローアームを一気に突き出した。

 

「『T・ハンド』を使わせられるとはな……!」

 

 渾身の一撃は絶妙に逸らされてしまっていた。高速回転したクローアームがアルシェン機の左手に発生したエネルギーフィールドに喰い込むまではよかったが、その前にアルシェンの操縦によっていなされたのだ。

 

「貫けると踏んでいましたが……エネルギー出力が高効率化されていますね……」

 

 T・ハンドの頑強さを褒めるべきか、極点集中されたT・ドットアレイへそこまで喰い込めたクローアームの攻撃力を褒めるべきか。再び装甲へアサルトブレードによる傷がつけられたところで、フウカは再び距離を取ることを選択した。

 そうしたところで、アルシェン機から通信が入った。

 

「このガーリオンに乗ってから、俺には常に二つ何か妙な影がチラついてしょうがない」

「二つ?」

「一つは灰色のゲシュペンスト、そしてもう一つは黒い一つ目の機体だ」

 

 アルシェン機の胸部から吐き出されるマシンキャノンを装甲で受け止め、フウカ機は上を取るべく機体を上昇させる。

 

「そして……時折、妙な声が俺に囁いてくるのだ。『“ライカ・ミヤシロ”ともう一度戦いたい』と、今この瞬間も!!」

「やはりその類の……!」

 

 “向こう側”での経験が無ければこうまであっさりと今のアルシェンの状態を推察することは難しかった。というより、恐らく辿りつく事はできなかっただろう。

 まずアルシェンの機体である黒いガーリオン。“向こう側”で長い時間、彼の機体を見てきたフウカだからこそ断言できることがある。細かな仕様こそ違うが、間違いなく“向こう側”のアルシェンが乗っていた機体であるということ。どういう経緯でアルシェンの元に渡ったのかは不明だが、巡り巡って“こちら側”の彼が乗ることになるとは何たる数奇、何たる皮肉。

 しかし、それ以上に数奇な事態が、今しがたのアルシェンの発言。

 

「アルシェン、貴方は平行世界と言うものを信じますか?」

「平行世界だと……? この命のやり取りの最中に……ふざけているのか!?」

 

 高度を下げ、アルシェン機の横薙ぎを避ける。そして一気に抉ろうとした所、アルシェン機がフウカ機を蹴ることによって、大きく距離を調整した。その咄嗟の判断こそ接近戦を生き延びるのに必要なファクター。

 

「ふざけてなんかいませんよ。私はそこで貴方と共に戦場を駆けていた」

「俺が? 貴様と?」

「信じようが信じまいが……事実は事実です。受け止めて頂きましょう」

「そんな話を俺にしてどうするつもりだ? ……まさか、その平行世界の仲間とやらだからこの戦いを止めろとでも言いたいのか?」

 

 アルシェンが冷ややかな笑いをフウカへ送った。もしそうならば一つ眼のパイロットは相当な甘さだった。声からして女、情に訴える作戦にでも移行したのか――そう考えていたアルシェンへフウカが逆に冷ややかに突き付けた。

 

 

「逆ですよ。その機体には彼の意思がこびりついているだけです。もし記憶を失っている、何て事になっていたら説得の一つでもしてやろうかと思っていましたが……こちら側の貴方なら()()()()()()()()です」

 

 

 これはずっと前から決めていたことだった。もしこちら側ならばアルシェンに似ているだけの敵として叩き潰し、向こう側ならば話しあい、こちら側に引きずり込むつもりであった。

 だが、蓋を開けてみれば実にややこしい事態となっていたようだ。機体は向こう側、中身はこちら側。

 フウカはさしてそんな事態に驚きはしなかった。“向こう側”でやり合っていたベーオウルブズのパイロット達は何かに取り憑かれているかのように暴れているのを見ていたからだ。コクピットを破壊し、パイロットの上半身を潰してもそこから触手のようなものが生えてくるご時世に、たかが()()()()()()()()()()()()()()()驚くに値しない。

 

「俺を下に見るか! そこまで図々しいやつは見たことが無い!」

「……光栄です」

 

 アルシェン機がアサルトブレードを両手で構え、切っ先をフウカ機のコクピットへ向けた。同時に、アルシェン機の各所に配置された放熱用のカバーが開く。

 

「ここで俺は全てを出しきろう! 最早この戦争の結末に関心はない。持てる技術の全てを駆使し、俺は貴様を倒すぞ“ハウンド”!」

 

 そのまま切っ先を突き出したまま、アルシェン機は突撃してきた。それを迎え撃つため、フウカ機はクローアームを腰だめに構える。

 

「今までより速い……!」

「この機体の名であるペネトレイターの由来……しかと身に刻め!」

 

 今まで見せたことのない()()を見せてきたアルシェン機に一瞬だけフウカは反応が遅れてしまった。しかしフウカはすぐに思考を切り替える。アサルトブレードの刃なら深手は負わず、攻撃を受け止めて、カウンターを叩き込むことが出来る。

 そんなフウカだったが、背筋に冷たいものが走った。まるで死神に肩を叩かれたような、そんな薄ら寒い――。

 

「っ……!!」

「寸でのところで避けたか!」

 

 機銃を放ち、アルシェン機を追い払った後、すぐにフウカは機体の総点検を開始する。

 

(ヤクトフーンドの装甲を抉ってくるとは……。フェルシュングへダメージが入らなかったのは運が良かった)

 

 端的に言うのなら、予想外の被害である。左胸部からそのまま鎖骨に掛けてアサルトブレードの刃が蹂躙していたのだ。フウカが本能的に攻撃の威力を察知し、回避行動に移行していなければそのまま中身のフェルシュングごと手酷いダメージを受けていただろう。

 その威力のタネは既に見切っていた。フウカはアサルトブレードの切っ先を覆う薄いエネルギーフィールドに目をやる。

 

(アサルトブレードに手を加えていますね。刀身に小型の

Eフィールド発生装置が見える。向こう側のアルシェンの戦法しか考慮していなかったツケが回ってきた、ということですかね……)

 

 先ほどアルシェンが“ペネトレイター”と言っていたのを思い出す。つまりこのアサルトブレードによる突貫(ペネトレイト)があの機体にとっての切り札と見て間違いない。

 フウカはヤクトフーンドのコンディションチェックを終え、一つの選択をする。

 

(このままではジリ貧の上、あの突撃で削りきられてしまう。……少々、危険に出るしかないですね)

 

 単発の攻撃力ならばアルシェンの方が上を行く。瞬時にその結論を打ち出したフウカは、武装の残弾数を確認する。そして操縦桿を倒し、スロットルペダルを踏み込んだ。

 

「アルシェン、そろそろ終わりにしましょう……!」

「臨むところだ……!」

 

 フウカ機の左右のクローアームが射出され、接合部のスラスターが火を噴き、アルシェン機へ襲い掛かった。

 

「有線兵器か……! しゃらくさい!」

 

 アルシェン機の様々な角度から機銃を放つも、アルシェンは持ち前の勘の良さと『T・ハンド』による局所的な防御で次々とそれを凌いで行った。コンピューター制御ではアルシェンの動きに追いつかないと判断したフウカはすぐさま、コンピューター制御をカットし、マニュアルで数値を打ち込み始める。

 片手と両足を最大限に用いて変則機動を行い、もう片方でコンソールを叩き続けるのはこれが初めてでは無かった。

 

(やはりこの手法は負担が大きい……。ベーオウルブズはもちろんでしたが、私にこの手段を使わせるのは貴方が三人目ですよアルシェン……!)

 

 ライカとの最終決戦の時も同じことをしていた。コンピューターの無機質な動きでは話にならないので、本命とフェイクを織り交ぜられる手動でライカを追い詰めたのだ。

 アルシェン機がマシンキャノンを放ってくるが、フウカは瞬時に右腕のクローアームを開いたまま回転させ、機体の前まで持ってくる。傘のように開いて回転する爪によって次々と弾丸が弾かれていった。

 それとほぼ同時、左腕部の機銃がアルシェン機の背部にマウントしていたバーストレールガンを破壊する。カウンターとしては重畳。しかしその被害も気にせず、アルシェンは再び突貫する。

 

「“ハウンド”ォォォォ!!」

「アルシェン!!」

 

 フウカはこの攻撃こそ最後のやり取りとなることを予感する。腰だめに構え、Eフィールド共に突貫してくるアルシェン機に対し、フウカ機はあえて突進した。クローアームも戻す暇もなく、ワイヤーが伸びきったままである。

 どの道回避をしてもジリ貧なのは分かっていたのもあるが、突撃こそが“ライカ・ミヤシロ”の真骨頂。互いが速度を緩めず、まるで磁石のN極とS極のように引かれ合う。

 

(……アクセル・アルマー。私は私なりの“闘争”を続けてきました)

 

 フウカは操縦桿を引き、姿勢制御用スラスターを連続で吹かし、大型スラスターとなっている脚部をアルシェン機へ向けた。

 

(友を失い、戦友を失い、敵だった自分自身と肩を並べ……私の“闘争”は色々な姿を見せました)

 

 破壊音が轟いた。推力を味方に付けたアルシェン機のアサルトブレードがフウカ機の右脚部へ深々と突き刺さっていた。脚部の追加パーツの大きさと分厚い装甲によって、強引に止めた代償である。刀身が本体の脚部まで届いており、右脚は完全に使い物にならなくなっていた。

 

(――ですが、それも一区切りとなります)

 

 すぐさま左右のアームでアルシェン機の両腕を掴み、至近距離での確保に成功した。アルシェン機のマシンキャノンが傷ついていた胸部から鎖骨に当たり、胴体を覆っていた外装が強制的にパージされ、フェルシュングの胴体が顕わになる。

 反射的にフウカ機は頭部を動かし、アルシェン機の胸部へ頭突きを行った。その間にもマシンキャノンの発砲が続いていたので、頭部に何発も当たってしまい、一つ目のカメラアイが死んだ。フウカは冷静に頭部の外装もパージし、フェルシュングの頭部を晒す。

 

「アルシェン、今までお疲れ様でした。こんな私に、良く付いて来てくれました……」

「勝ったつもりか!!」

 

 辛うじて腕が動くアルシェン機は自身を拘束していたクローアームを掴むなり、『T・ハンド』によるEフィールドの展開を始めた。エネルギーの圧力で徐々にクローが溶けていく。その余波に当てられ、腕部や損傷していた脚部が小規模かつ連続した爆発を起こし始めた。

 

「いつか報いを受けましょう。地獄行きを喜んで受け入れます。だから――」

 

 ヤクトフーンドの左右腰部アーマーの一部が上下に開閉し、そこからレールガンの砲口が迫り出す。今の今までこのレールガンを使わなかったのは全て、この一瞬の為。初見の者は腰部アーマーの一部としか思わない為、奇襲性が非常に高いこの武装を安易に晒すつもりはなかったフウカは、来る保証のないこのシチュエーションをずっと待っていたのだ。

 両腕を封じられ、マシンキャノンも潰されたアルシェン機にこの捨て身の一手を封じる手段は持ち合わせていなかった。

 

「ライカ・ミヤシロォォォォ!!!」

 

 今のフウカにはアルシェンの咆哮が、どこか遠い場所で聞こえてくるような感覚だった。

 

 

「――今は、さよなら」

 

 

 音も消え、意識も澄み、一つの銃と化したフウカは静かにトリガーを引いた。左右腰部から放たれる小型質量弾がアルシェン機のコクピットを貫いて行った。

 直後、フウカ機の右脚部が一際大きな爆発を起こし、下半身から離れていく。爆発と『T・ハンド』の余波で姿勢制御用スラスターの開閉ハッチとテスラ・ドライブのほとんどが死んでしまい、もはや落下を止める術は無い。

 装甲が剥がれる音や機体が燃える音、そして身を包む爆発音はある意味で一つの芸術を作り上げていた。打ちのめされても復活し、己が為すべきことをやり遂げた上で、眠りに着こうとする安堵しきったケモノの声。

 そう、それを例えるならばまさしく――猟犬の泣き声であった。



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第四十一話 託された名は

 ライカは改めてセンリ・ナガサトと言う人間の技量の底知れなさを痛感していた。劣化しているどころかむしろ洗練されている所を見ると、一度も戦いを捨てていなかったことが良く分かる。

 通信装置からセンリの事務的な口調が聞こえてきた。淡々とした声色だが、その声はどこかライカを安心させる。

 

「素直な狙いが多すぎますよライカ」

 

 森から森へ。木々の間から鋭い射撃をしたと思ったらすぐに姿を消すレヴナント。各種センサーを駆使して位置を探るも、影すら捉える事が出来なかった。

 

「シュルフ、どう見ますか?」

《こちらのレーダー波を吸収、あるいは反射する塗料が塗付されているようです。先ほどから全く見つけられていません》

 

 流石に塗料のみで日々アップデートされているこちらの電子戦装備をやり過ごせるほど世界は優しくない。恐らくそれをカバーするために森というステージを選び、またヒットアンドアウェイを徹底することにより、目視でも自分の姿を掴ませぬよう上手く立ち回っているのだろう。

 即座にライカは対抗策を打ち出す。

 

「なら向こうから出ているレーダー波を逆探知することは出来ませんか? レヴナントの出すレーダー波は当時のゲシュペンストと同様のはず。該当する電波を割り出して捕まえます」

《レーダー波検出されず。恐らく電波放射するような装備はされていないと思われます》

「……なら勘とセンサー類のみでこちらの居場所を捉えているということですね」

 

 亡霊の亡霊と呼ばれたレヴナントにだって最低限の電子装備はある。だが、センリは機体のステルス性能を高めるために、そういった装備を全て撤廃しているというのは流石のライカでも驚いた。

 となれば自分を撃ち落とした狙撃もFCSによる補正では無く完全マニュアルという線も大いにあり得る。コンマレベルではあるが、ロックオンしてから補正までの時間を省けばその分早く撃てる。

 無駄は徹底的に省くのがセンリ・ナガサトである。

 

《四時、熱反応》

「後ろ……!? いつの間に……!」

 

 振り向くと既に前方宙返りをしながらこちらに跳び掛かってくるレヴナントの姿があった。正確にはPTではないが、それでも前方宙返りなんて軽業、PTでやる奴なんてそう居ない。

 

「……ライカ、貴方はどちらかというと近接戦闘が得意でしたね」

「ヒートグルカ……! その武器を持ちだすということは本気なんですね……」

 

 レヴナントの右手首を掴むことで、何とかライカは攻撃を防ぐことが出来た。レヴナントが握っていた湾刀は、ネパールの山岳民族の誇りであるグルカナイフを模したヒート兵器であった。最小の力で最大の威力を発揮するこの武器はセンリが最も好んで使っていた武器であり、それはすなわちセンリの本気を意味する。

 

「センリさん、私はずっと貴方を目標にしてきました。いつか貴方と肩を並べて戦いたいと、ずっとそう思ってきました!」

「素晴らしい心がけです」

「何故生きていると知らせてくれなかったのですか!? 私は貴方が死んだと聞かされたあの日からずっと貴方を追いかけていました……!」

 

 レヴナントが右脇下に懸架されているステークナイフに手を掛けたのを見た瞬間、ライカはすぐに距離を取り、手痛い一撃をもらうことを避けた。一発限りの大威力は使いこなせる者が使えばそれだけで現実的な一撃必殺の武器となる。

 突き飛ばされるや否や、すぐにステップを織り交ぜ、接近してくるレヴナント。左手にもヒートグルカを持ち、再び白兵戦を仕掛けてきた。

 

「……私は()()が欲しいのです。鳴り響く発砲音、機体の駆動音、爆散音、肌を撫でる殺気、冷たい悪意。戦場を構成する全てに、私は身を置いていたい。一秒でもそこから離れるということは私の死を意味します」

「その為に貴方は傭兵となったのですか!?」

「ええ。軍にいるだけではもう物足りません」

 

 向かってくる左のヒートグルカに備えたライカの背筋に悪寒が走る。自身の生存本能に従い、ライカは操縦桿を引いた。

 次の瞬間、コクピット内が大きく揺れた。

 

《左胸部損傷。チョバムアーマーを貫通し、本体装甲表面が少し溶けただけに留まりました。幸運ですね》

「アーマーが無かったら致命傷だったということか……!」

 

 横薙ぎにされた左のヒートグルカが振り切られる寸前、すぐにそれが引っ込められ、右のヒートグルカがライカ機の左胸部に深々と喰い込んでいた。だがその刃は幸運にもチョバムアーマーを貫通しただけに留まり、九死に一生を得た。

 もしアーマーが無かったらそのまま機体内部を蹂躙されていたことは想像に難くない。

 ライカ機は再び距離を離し、両手にM950マシンガンを構え、すぐに発砲する。レヴナントの薄い装甲ならばこれでも十分に有効打となりえる。全て撃ち尽くす勢いでマシンガンを放つも、全て樹に当たるだけで当のレヴナントには一発も当たらなかった。

 

「っ……!」

《左右兵装破壊。携行火器残り、バズーカ一、メガ・ビームライフル二》

 

 当たらなかったどころか、むしろ投擲された二本のステークナイフによって、左右の武装が一撃で破壊されてしまうという失態。これでばら撒ける武装は左腕の三連マシンキャノンのみとなってしまった。エネルギー管理を放棄すればメガ・ビームライフルも一応はばら撒ける。

 

「ライカ、貴方はどうしていきたいのですか?」

「何を……!?」

 

 間合いの管理をするためバズーカを構えるライカ機。爆風で一気に吹き飛ばしたいところであるが、それすらもやり過ごされるだろうという一種の信頼めいたものがライカにこびりついていた。

 

「これからの戦いについてですよ。私は死線にずっと立っていたいから戦うことを選んだ。なら貴方は? 一体何の為に戦っているのですか?」

 

 ズキリとライカは胸を針で刺されたかのような錯覚を覚えた。センリから問われたのは自身の戦う意味。がむしゃらに戦い、無機質な機械のように戦い、そして今は誰かを教導する立場にいる自分に対してのクエスチョン。

 すぐに言い返したかった。だが、ライカは口を開けなかった。

 

(何の為に……?)

 

 分からなかった。思い浮かぶ言葉は全て薄く、センリの前に出せば鼻で笑われそうな、そんな薄っぺらい言葉たち。ただの兵士として、ライカはただ目の前の任務に全力で取り組んでいた。そこに刺し込む感情は無く、そこに沸き立つ達成感は無く、平凡な戦場の一パーツとして、ライカは戦っていたのだ。

 見透かしたようにセンリは言う。

 

「確かに、任務を忠実にこなす兵士は戦場に必要です。ですが、それだけでは兵士である以前に人間として失格です」

「そんなことが今……!」

「そんなことだからこそ、向き合わなければならないのです。……何の為に戦っているかも分からない人間は兵士として二流」

 

 そう断じ、レヴナントはアサルトマシンガンをライカ機へ投げつけた。ライカ機は突然の行動に思わずバズーカを撃つのを中止し、回避しようとする。

 しかし、その回避先には既にヒートグルカに持ち替え直したレヴナントが居た。

 

「バズーカまで……!」

 

 バズーカを盾にし、ヒートグルカを防ぐも、赤熱化した肉厚の刃は容易に砲身を溶断した。弾頭に誘爆する前にレヴナントへ投げつけ、メガ・ビームライフルに持ち替えたライカ機はすぐに狙点を合わせる。

 

《携行火器残り、メガ・ビームライフル二。中尉、そろそろマズイですね》

「そんな他人事を……!」

《ライカ中尉、私に提案があります》

「こんな時に何を……?」

 

 弾を惜しむように消極的な射撃をしながら、シュルフの提案を聞くライカ。聞き終え、ライカはその提案を吟味する。

 

「……そんなことが出来るのですか?」

 

 ヒートグルカが赤熱されていないのを確認したライカはすぐに操縦桿横のボタンを押した。すると、ライカ機の股間部からアンカーウィンチが射出され、左手のヒートグルカに絡みつく。ウィンチ部から放電が始まると、刃を伝い、レヴナントの電子兵装を蹂躙していこうとする。

 予感したのだろうか、ヒートグルカが絡め取られた時点でレヴナントは既に武装を放棄しており、難を逃れていた。ここまで被害を喰らってようやく武装一本。なら撃破するのに一体どこまで被害を覚悟しなければならないのか、ライカは想像したくなかった。

 

《ライカ中尉が望むなら。私は全力でそれを遂行しましょう》

 

 意表を突く、という点では恐らく最高峰の成果を得られるだろう。だが、肉体的な面でも、タイミング的な面でも、それを仕掛けられるのはたった一回。それをしくじれば機体も、自分も、確実に死ぬ。

 

「ライカ、貴方は昔から命知らずでしたね」

「何がですか……!?」

「自分の命を顧みない戦術をあえて敢行する。その最たるは機体を使ったタックルです。口では命が大事と言えるでしょう。ですが、本質はその真逆です」

「そんなことは……!」

「貴方は心のどこかで自分の命を軽視しているのですよ。それが戦いに良く表れています」

 

 センリに図星を突かれた気分であった。そこに反論の余地はなく、自分の心の底を直にまさぐられた感覚だ。

 

「“戦わせてください”。……ライカ、貴方が部隊に配属されて最初に言った言葉ですよ」

「……」

「貴方は余りにも兵士であり過ぎるのです。根っからの、それこそなるべくしてなった天職だと私は思います。喜んでください、兵士としての素質は私よりも上です」

「くっ……!」

 

 レヴナントの爪先から、ダガー状のコールドメタルナイフが射出された。センリの不意打ちにライカ機はメガ・ビームライフルを盾にし、それを防いだ。ステークナイフなら今のでビームライフルを貫通し、機体にまで被害が及んでいた。

 その防御行動を見越し、レヴナントはヒートグルカを握り、跳躍してきた。あえてライカは避けず、ナイフが刺さったままのメガ・ビームライフルを盾にする。

 

「そんな才能を、貴方はどうしていきたいのですか?」

 

 ヒートグルカの刃をエネルギーパックにわざと当て、至近距離で誘爆させる。すぐに最後のメガ・ビームライフルを向けるも、もう片方の爪先から射出されたナイフにより、銃口を潰されてしまう。これでいよいよ固定武装のみとなってしまった。

 

「私は、そのままで行きます……!」

「……そのまま?」

「ええ、そのままです!」

 

 そう言い、距離を離したライカはコクピットハッチの解放レバーを引いた。

 

「……正気ですか?」

 

 センリは僅かながらに驚いた。今視界に映っているのは機体から脱出するライカの姿。このギリギリのやり取りで取れる選択肢ではない。それ以上に驚いたのは約二十メートルもあるPTのコクピットから装甲を伝い、膝から脛、そして爪先へと速やかに降りるその度胸だ。

 

(爆薬でも仕込みましたか……?)

 

 以前自分は機体を囮にし、そこに仕込んだ爆薬を以て、敵を爆破させた。だが、それは入念な準備とリスク管理の上で行ったものだ。

 それこそ自殺する覚悟でもなければ。

 すぐにセンリはライカへ照準を定める。どの道これはチャンスと言えた。ざっと見た限り、爆薬の類は仕込まれていないのが確認できる。パイロットを即刻始末し、ゆっくり機体を破壊する。そこには何の感情もない。戦場で向かい合った以上、かつての弟子でもただの倒すべき敵だ。

 アサルトマシンガンを向けた瞬間、その倒すべき敵が叫んだ。

 

「シュルフ!!」

 

 刹那、センリは誰もいないはずの機体が右腕を振るう瞬間を視た。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……どんな手品、ですか?」

「……少し他人任せにしただけですよ」

 

 結果として言えば大成功であった。パイロットを囮にし、シュルフが機体を動かすという前代未聞の戦法は上手くいったようである。

 レヴナントの胸部に突き刺さったシュルフツェンのプラズマバンカーがその証。レヴナントの脆弱性を考慮するならば、これでゲームエンドだ。むしろ各所が誘爆しないだけまだ奇跡的な損傷である。

 

「ライカ、先ほど貴方はそのままと言いましたね。……どういう意味ですか?」

 

 既にレヴナントに戦闘行動をするだけの余力はなかった。高い運動性能と拡張性の先に待っていたのは、低い生存性だけである。

 対するシュルフツェンもレヴナントの反撃により、頭部を潰されてしまっていた。ヒートグルカの刃が頭部に深々と喰い込んでいる。

 

「……言葉通りです。私は今のままで生きていきたいのです」

「その先には何が待っているのですか?」

 

 逡巡したが、ライカはハッキリと言った。今までの、そしてこれからの戦いを歩いて行きたいから。

 

「――掛け替えのない仲間が待っています」

「私には……理解できません」

 

 レヴナントの肘から下がパージされ、そこからクローが現れた。シュルフツェンの左右肩部をガッチリ固定すると、膝から下がパージされ、そこからもクローが現れる。

 

「何を……!?」

「機体が行動不能になった時点で契約終了。そういう取り決めです。これはそう、アフターサービス」

 

 レヴナントの四肢のクローでライカ機の両手両足が拘束された。クローの握力は凄まじく、シュルフツェンは腕を少しも動かせていなかった。

 

「シュルフ! 逃げなさい!」

《不可能。四肢完全に拘束。要は動けません》

 

 そこでセンリは先ほどのタネを理解した。

 

「なるほど……自立型AIが仕込まれていましたか。ですが、私には理解できませんね。ただのAIにそこまで信頼を寄せることなんて私には無理です」

「……ただのAIなんかじゃありません」

「え?」

 

 センリにさえ、分からないことがある。当たり前のようだが、改めてライカはそう感じ、そんなセンリに人間味を感じられた。

 ライカはセンリへ語った。今まで死線を共に潜り抜けてきた“相棒”のことを。

 

「シュルフは私の、唯一無二の相棒です。それ以上でも、それ以下でもなく、全幅の信頼を寄せるに値する私の……“相棒”です」

「……なるほど。やはり分かりませんね」

 

 レヴナントの四肢のパーツが淡く光り始めた。その瞬間、ライカはレヴナントの四肢に爆薬が仕込まれていることを悟る。それはつまり、センリの自爆を意味した。

 

「ライカ、またいつか……どこかの戦場で再会しましょう。その時は共に肩を並べて戦えると良いですね」

「センリさん早く脱出を!」

「そうだ……私を越えたのです。今この瞬間から、()()()()()()()()()()()()()――背負って生きなさい」

 

 ライカが口を開く前に、レヴナントの四肢が大きく爆ぜた。そこから先は覚えていなかった。爆風が自身を呑み込んだ瞬間、彼女の意識はそこからプッツリと切れてしまったのだから。

 意識が途切れる刹那、ライカはぼんやりとした思考の中で()()異名を思い出していた。徹底した狡猾さと死んでも敵を倒すその鉄の意志、爪が折れたら牙、牙が折れたら身体を使って地獄に突き落とすその執着心。そう、その者の名は――。

 

(……フウカがその名を名乗った時点で気づくべきでしたね)

 

 “ハウンド”。

 それが、背負うことになった“重さ”の名である。



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第四十二話 鬼の最期

 第五兵器試験部隊四人掛かりでもカームスが駆るツヴェルクは卓越していた。戦闘開始から五分近くが経ったが、未だ有効打を与えられずにいた。

 

「うおおお!」

 

 ブレイドランナーの高い加速力を以て、ツヴェルクから繰り出される拳を避けると、その伸びたままの腕へシュトライヒ・ソードⅡを振り下ろす。

 

「ソラ、すぐに離脱! ユウリ、胸部にエネルギーチャージの予兆が見えたらすぐに教えて! リィタは私のフォロー!」

 

 ソラ機の隙を埋めるように、フェリア機は肩部のビームキャノンからエネルギーを解放した。だが肩部のビームキャノンだけでは火力が少々不足しているようだ。結果はツヴェルクの盾部を少し溶かした程度。ユウリから送られてくるデータを見る限り、どうやら装甲板と高いビーム耐性を持つ、装甲材がミルフィーユのように何重にも重ねられているようだった。

 だがフェリアは折れず、フォーメーションを都度確認しながら、ツヴェルクへ攻撃を加え続けることを選んだ。確実にダメージを与えられる武装として、ブレイドランナのシュトライヒ・ソードⅡと自機の全砲門解放が挙げられる。

 

「良い連携だ……だが!」

 

 ツヴェルクの盾の一部がスライドし、その中に砲門らしきものが見えると、ソラはすぐに操縦桿を倒し、射線上から離脱する。

 

「このツヴェルクの装甲を容易く貫けると思うな!」

 

 自身の左右の死角を潰すように、盾部から拡散したビームが放たれた。一発一発は大したことのない威力だが、それが超高密度な弾幕を形成するので、至近距離での被弾はそのまま撃墜を意味した。

 その事実をすぐに他三機と共有すると、ユウリは目を閉じ、イメージする。六基のT-LINKストライカーがツヴェルクへ突き刺さっていく軌跡を。

 

「T-LINKストライカー、お願い!」

 

 そしてユウリ機の脚部からそれぞれ独立した軌跡を描き、T-LINKストライカーが飛翔した。速度に乗り、ゾル・オリハルコニウム製の先端は次々にツヴェルクの至る所に刺さっていく。だが、それが致命傷となることはなかった。

 

(ぬる)いわ!」

 

 突き刺さったは突き刺さるが、浅い。一つ一つ握り潰される前に脚部のラックへ戻すと、ユウリはフォトン・ライフルでカメラアイを狙う方向に切り替えた。

 しかしツヴェルクが盾部を構えながら接近してくることによって、その目論見は潰された。

 

「ユウリ、下がれ! ブレイドランナーが止める!」

 

 ツヴェルクの太い丸太を思わせる剛腕から繰り出される拳へ、ソラ機はシュトライヒ・ソードⅡの刀身の腹で受け止めた。そしてすぐにペダルを壊れる勢いで踏み込む。

 歴戦の猛者であるカームスを以てして、ソラ機の馬力には目を疑っていた。

 

「ほお……ツヴェルクと拮抗するとはな。あのライカ・ミヤシロの機体と同系列のものか……!」

 

 改めてブレイドランナーのハイパワーさに驚きつつ、ソラは操縦桿を引きあげる。ツヴェルクの拳を流し、頭上を取った。

 

「カームス・タービュレス! 今度こそお前を越えて見せる!」

 

 ソードを臀部に戻し、左右のミドルを抜いたソラ機はそのまま頭上からツヴェルクへ詰め寄った。ツヴェルクが盾を構えるよりも早く、ソラ機が肩から腰までを斬り付ける。

 ソード以下の出力とは言え、それでもツヴェルクの堅牢な装甲を傷つけるぐらいには強力だった。もちろん一撃の威力はソードに分があるが、取り回しの良さは明らかにミドルに軍配が上がる。

 更にソラは仕掛けた。

 

「面白い……やってみろ!!」

「やってやる!」

 

 ソラはツヴェルクが盾を構えるのを見逃さなかった。

 すぐに腰部アーマーのクローにシュトライヒ・ソードを掴ませ、そのままクローアンカーを射出させる。だが、その狙いはツヴェルクから大きく外れた。

 

「このままァ!」

 

 ビーム発振させたソードを掴んだワイヤー先端がツヴェルクを通り過ぎたあたりでソラは機体を捻らせる。ツヴェルクの盾を基点にワイヤーが曲がり、ソードを掴んだ先端が背中目掛け振られていった。

 

「二番スラスターがやられたか! だがテスラ・ドライブはやられておらん!」

 

 伸びきったワイヤーを掴もうとしたツヴェルクの腕へ、リィタ機がビームキャノンを放った。

 

「カームス!」

「助けるかリィタよ!」

 

 リィタ機を追い払うように盾部のビームを放ち、カームスは一番の大火力へ狙いを定める。

 

「筒持ち、貴様を優先的に狙った方が良さそうだ……!」

 

 腕部のスラスターで強引に向きを変えたツヴェルクが皆と離れた位置から狙いを定めていたフェリア機へ猛烈な速度で距離を詰め始めた。腕部のスラスターとメインスラスターの併用によって可能な短距離高速機動である。

 

「いつか来ると思っていたわ……!」

 

 マルチビームキャノンからビームソードを展開し、フェリア機はツヴェルクを見据えた。

 

(焦らないでフェリア……十分に引きつけたところでトリガーを引くだけよ……!)

 

 これがフェリアの狙いである。エネルギーチャージは完了しており、あとは解放するタイミングをもぎ取るだけであった。元々大火力を生み出す機体に乗っており、相手はベテランもベテランである。隙を突いて真っ先に大火力を潰さんとするのは正しい判断だ。幸運なことにカームスはピュロマーネが接近戦を十二分にこなせることを知らない。

 これは正に好機といって差し支えない。

 

「カームス! リィタの話を聞いて!」

「リィタ!?」

 

 そんな事を知らないリィタがツヴェルクとフェリア機の間に飛び込んできた。フェリアは焦った。このままでは機体と機体がぶつかり、質量に圧倒的差があるリィタ機が先にぐちゃぐちゃになってしまうからだ。

 

「邪魔だ!」

 

 カームスはそう言い、蚊でも追い払うかのようにツヴェルクの手の平でリィタ機を押しのけた。

 

(……ん?)

 

 フェリアは今のやりとりに少しだけ疑問を感じた。だがそれも一瞬の話、今リィタを押しのけたことで僅かにツヴェルクの右側が()()()

 刹那の判断で、フェリアは銃爪を引き、ピュロマーネの全砲門を解放させた。

 

「ヌウゥ!!」

 

 危険信号を感じ取ったのか、ツヴェルクの左盾が翳される。そして、次の瞬間、その盾が大きく展開された。

 

「なっ……!?」

 

 フェリアは目を疑った。展開された盾部から半透明のEフィールドが展開され、砲撃を強引に逸らされてしまった。

 

「ツヴェルクの奥の手を使わせるとはな……!」

「……いいえ、むしろ良かった!」

 

 そう言い、フェリアは横から突撃するソラを見て、ニヤリと笑む。

 

「うおおお!!」

 

 シュトライヒ・ソードⅡを最大出力にし、ソラ機はツヴェルクへ突貫を仕掛ける。十分な加速距離を得た今のブレイドランナーは不可避の弾丸と化していた。展開されたEフィールドへソラ機のソードの切っ先がぶつかる。

 以前の物と違い、出力が遥かに向上していたシュトライヒ・ソードⅡを以てしてもツヴェルクの分厚い装甲はそう簡単には貫けないが、たった()()の強固なバリアフィールドを貫くことなど造作も無かった。

 

「――貫ける!!」

 

 拮抗していたソードがついに通り、実体の刀身がツヴェルクの盾部の中心へ突き刺さる。思えば、これが初めてのまともなダメージかもしれない。

 

「……Eフィールドの出力が弱いのではない、か。恐ろしい武器だ」

「ウチの博士に言えば喜ぶぜ?」

「貴様から言っておいてくれ。……最も、それが叶うことはないだろうがな」

 

 ツヴェルクのカメラアイが大きく発光する。その瞬間もしっかりモニタリングしていたユウリがそこから得られた数値を見て、驚きの声を発する。

 

「しゅ、出力上昇を確認……!」

「嘘、だろ……!?」

 

 それが意味する所とは一つ。ただでさえ苦戦していたツヴェルクにようやくエンジンが掛かり始めたということだった。

 

「剣持ち……名を名乗れ」

「ソラ・カミタカだ! 覚えとけ!」

「……ソラ・カミタカよ。貴様はリィタをどうするつもりだ?」

 

 突然の質問。何かの罠を疑ったが、ソラは思うままを答えることにした。ここで逃げたら、それこそカームスの思う壺のような気がして。

 

「どうもしねえよ! あいつの人生はあいつのモノだろうが! どこの誰が何を言っても知ったことじゃねえ、お前達を倒して、リィタを自由にする。それが俺の決めたことだ!」

 

 だいたい、とソラは更に言葉を続ける。今この瞬間を逃せば、言う機会が無くなってしまうと判断した上での追撃だ。

 

「お前は何なんだよ!? リィタを撃墜しておいて、そのリィタが目の前にいるってのにダンマリときたもんだ。何も無いのかよ!?」

「…………」

「更に分からねえことがある。お前、何でリィタを()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 戦闘開始からずっと疑問に思っていたことである。実はフェリアが感じるまえよりも前に、ソラはその疑問を抱いていた。

 他の三人に対しては確実に殺す気で攻撃を加えているにも関わらず、リィタへの攻撃だけは“消極的かつ微塵も殺気が感じらなかった”。初撃はただの牽制だと思っていた。だが、それが何度も続けば流石におかしいことぐらい気づく。

 そしてそれはカームスにとっては答え辛い質問のようで、彼は完全に沈黙してしまった。

 

「お前こそ、リィタをどうしたいんだよ?」

「……俺は」

 

 瞬間、通信にどこかで聞いた覚えのある声が割り込んできた。

 

「――カームスよ。私もそれについて興味がある」

「ッ!?」

 

 “ソレ”が一つ歩みを進めるたびに、戦場に地響きが起きた。遠目からでも分かるその特徴的なシルエット、そして禍々しさ。いくらソラでも“ソレ”の名称は分かっていた。

 胸から肩にかけて大きくせり出し、背中から後頭部を覆うように伸びる突起、背面の大型スラスター、そして巨大な上半身に合わせて大型化された脚部。手に持ったハルバード状の大型武器を杖のようにして、()()は戦場に現れた。

 カームスがその名を口にする。

 

「《ヴァルシオン・ディスピアー》……。ゲルーガ大佐、ですか?」

「無論だ。今しがた完成したばかりでな。まずはここの戦域を制圧する。……その前にカームスよ、先ほどの問いに答えてもらおうか」

 

 ゲルーガはそう言い、斧槍の切っ先をリィタ機へと向けた。

 

「今までの戦いを見させてもらった。やはりリィタは生きており、自分の意志で戦っているときた。そしてお前から感じた手心。……どういうことか説明してもらおう」

「それは……」

「言ったはずだ。リィタは我がSOにとって重要な存在だ。その類いまれなる戦闘力が必要だからこそ、お前に捜索を命じていたというのに」

「……おじーちゃん、どういう……こと?」

 

 リィタの声が震えていた。今までに聞いたことのない“冷たい”声に、リィタはゲルーガにそう聞かずにはいられなかった。

 そんなリィタへ、ゲルーガは静かに答える。

 

「お前の力はとてつもない。正に一騎当千の体現者だ。そんなお前を我がSOの筆頭猛将とし、腐った連邦へ浄化の剣を振るってもらう……それが私の望みだ」

「……じゃあ、私は最初から……。そっ……か、そういうことだったんだ……」

 

 段々言葉が弱くなっていくリィタへ、ゲルーガはどこか穏やかに尋ねた。

 

「リィタよ。我らが神聖騎士団に戻る気は無いのか?」

「リィタ、迷うことはねえ。お前の気持ちを言え」

「……ソラ?」

「お前は自由だ。何をするのも、何を考えるのも皆自由だ。だから、思いっきり言ってやれ!」

 

 ソラの言葉に背中を押され、リィタはいつの間にか怖さも失意も失せていた。リィタは思うままに、はっきりと、心の底からの願いを叫んだ。

 

「ううん、もう戻りたくない。リィタはソラ達と一緒に居たい!!」

 

 その回答を受けてもなお、ゲルーガの穏やかな声は変わらなかった。まるで孫の我が儘を聞く老人のように。

 

「……そうかそうか。リィタよ、お前の考えは良く分かった」

 

 ざわりと、ヴァルシオン・ディスピアーから強烈な悪意のようなモノを感じたソラは、半ば反射的に口を開く。だが、行動に移すのが数瞬遅かったようだ。

 

「――ならば消えよ。我が神聖騎士団に裏切り者は必要ない」

「……え?」

「やべえ……リィタ!!」

 

 ヴァルシオンが右腕をリィタ機へ向けた。すると、右腕のパーツが展開し、そこへ赤と青のエネルギーが集中し始める。その攻撃はソラでも知っていた。オリジナルであるヴァルシオンの代名詞たる必殺武装。その名は――。

 

「塵となれ、クロスマッシャー!!」

 

 名の通り、螺旋状に絡み合いながら赤と青の奔流がリィタ機へ解き放たれる。ソラは目の前が真っ暗になりそうになりながらも、ペダルを踏む。だが、ブレイドランナーの大推力を以てしても、リィタの援護防御をするには遠すぎた。

 

「あ……あぁ……」

 

 奔流を前に、リィタは完全に動けずにいた。普段のリィタならば間違いなく避けられたであろう。だが、SOの中ではカームスの次に心を許せたゲルーガに攻撃されたという事実は、リィタを酷く揺さぶったのだ。

 破壊の奔流がリィタの機体を完全に呑み込もうとする刹那、ワインレッドの鬼が奔流の前に立ち塞がった。

 

「ッ!? カームス!?」

 

 リィタ機を呑み込むはずだったゲルーガの攻撃は、刹那のタイミングで割り込んできたツヴェルクの両腕の盾で受け止めていた。だがデッドコピーとは言え、かつてのDC総帥の愛機であるヴァルシオンの一撃はそう簡単に凌げるものでは無い。攻撃の勢いは衰えず、今この瞬間にでもツヴェルクのEフィールドを貫かんとしている。

 ゲルーガはカームスを問わずにはいられなかった。全幅の信頼を寄せていた者のこの行動を、一体誰が予想出来るものか。

 

「カームス……気でも狂ったか!?」

「そうだ……リィタに出会った時から、俺は既に狂っていた!!」

「ならやはり貴様がリィタを……!」

「ゲルーガ大佐、いやゲルーガ・オットルーザ。貴方ではリィタを不幸にするだけだと分かってしまったのでな……!!」

 

 Eフィールドに回すエネルギーを更に増やしながら、カームスはゲルーガへそう言いきった。もはやカームスはSOの一員としてはあまりにも欠落しきってしまっていた。

 その原因たるリィタへと視線を向ける。少しだけ、後ろめたさを感じながら。

 

「リィタ……。俺への恨みの深さは今更聞くまい」

「カームス! 早く離れて!!」

「そうだカームス! 早く離れろ! 俺と代われ!」

 

 リィタとソラの言葉を受け入れる気は更々なかった。否、そんな資格はなかったと言った方が正しい。

 カームスにとっては、ここが命の使い所であったのだから。

 

「……ソラ・カミタカ。俺は貴様を選ぶことにした。SOでもなく、連邦でもなく、貴様をな」

「ふざけるな! リィタはお前を求めてんだ!」

「カームス! 裏切り者めがぁ!」

 

 ヴァルシオンからのエネルギーが一層強くなり、ツヴェルクのEフィールドに()()()が生じ始めた。しかしカームスはリィタの前から退く気は微塵もない。

 

「く……はは……神は俺の事を見放してはいなかったようだな……! よもや、このようなリターンを俺にくれるとは……!!」

「カームス! 止めて! 戻って来て!」

 

 ツヴェルクのメインスラスターに火が入り、徐々に機体が前進していく。だが、前に進んでしまうことにより、ヴァルシオンからの攻撃はとうとうEフィールドを突き抜け、機体に直接ダメージが入り始めてしまった。

 

「ぐ……おおお!!」

「いくらツヴェルクといえど、このヴァルシオン・ディスピアーの攻撃を受けて、無傷で済むと思うな!!」

「……リィタ……聞こえるか……?」

 

 盾部を構え、ゲルーガの元へ機体を推進させながら、カームスはあえてリィタへ音声のみの通信を送る。

 

「カームス! 聞こえてるよ! リィタは聞こえてるよ!」

「リィタ、俺は……お前に謝罪してもしきれないことをしてしまった」

「そんなことない! カームスが居てくれたからリィタは……!」

 

 眼を閉じ、カームスはただリィタの声を噛み締めていた。もはや重荷は捨てきった。ならば、一秒たりとてリィタの声を聞き逃さないことが、今のカームスにとっての報酬。

 一秒でも長く、一語でも多く、愛する者の“声”を!

 

「……それだけで、良い。それだけで、俺は……もう思い残すことはない」

 

 既にEフィールドは機能しておらず、ただツヴェルクの頑強な装甲で耐え凌いでいるだけだった。攻撃の圧力が凄まじく、横には動けない。ならば、あとはもう前に進むだけ。一ミリでも、一ミクロでも、眼前に立つ者へ一矢報いるのみ。

 

「そんなの嫌だ!! 待ってて! 今、助け――」

「来るなぁ!!! 貴様もだソラ・カミタカ!!!」

 

 半ば叫ぶようなカームスの言葉に、ソラですら一瞬動きが硬直してしまった。そして今の一言で、ソラは理解した。

 

「あいつ……やっぱり……!」

 

 ツヴェルクの全身から爆発が起き始める。むしろここまで良く大爆発を起こさなかったと感動すら出来るほどに、ワインレッドの鬼は持ち堪えていた。

 そして、鬼の許容ラインをつい先ほど振り切ったのを確認した後、カームスはリィタへ“最後”の言葉を送ることにした。

 

「リィタ……一つ、俺からお前へ最後の命令……頼みがある」

「最後なんて……嫌、だよ……! カームスぅぅ……!」

 

 だが、リィタはもう()()していた。ツヴェルクの装甲が溶け始め、今にもそれが動力へ到達しようとしているのを。もう……間に合わないという事実を。

 

「……聞いてくれ、リィタ。SOのカームスなんかじゃない、お前の……“親”としての、頼みだ……」

 

 リィタは涙が止まらなかった。今すぐにでもカームスと運命を共にしたかった。操縦桿を握り過ぎて内出血を起こしてしまい、手はとっくに青く変色していた。視界は涙でぼやけ、もう何も見えていない。しかし、そんな視界の中でもツヴェルクの姿だけは見えていた。

 周囲からは音が消え、視界にはカームスしかいない。そんな二人だけの“世界”。二人きりの世界の中、カームスは確かに言った。愛する者への最後の“命令”を。

 

 

「幸せになりなさい。もう誰にも縛られない自由な世界で……リィタ、お前は幸せになりなさい」

 

 

 ――そう言い切ると、全ての力が尽きたかのように、ツヴェルクはあっさりと光の奔流の中へ包まれていった。時間にして数秒。赤と青の奔流が消え去ると、ワインレッドの鬼“だった”モノはまるでごみのように、地上へ落ちていった。

 

「……カー…………ムス?」

「リィタさん……。ツヴェルクから生命反応が……消えました」

 

 数瞬の間。ツヴェルクの残骸が全て地上へ落ちた辺りで、ようやくリィタは声を出した。念のため生命反応を確認していたユウリはそれが終わると感情を押し殺し、ただ事実だけを告げる。その事実を告げるだけの行為に、ユウリはまるで喉元にナイフを突き立てたかのような凄絶な“痛み”を感じていた。

 

「カームス・タービュレス……。お前には最後の最後まで、勝てなかった……! ――――勝てなかった!!!」

 

 一部始終を見届けていたソラはコクピット内の天井を仰ぎ見た。幾度も刃を交え、ついに壁を越えられると思った。だが、越えようとした壁は最後の最後まで、その命が尽きるその瞬間まで、高い壁であり続けた。

 

「勝ち逃げしやがって……!! バカ野郎……!!」

「……ふ、手こずらせおって。所詮は裏切り者よ、だがこれでディスピアーの力は証明できた。それだけは褒めてやろう」

 

 ツヴェルクの残骸を見やったゲルーガのその物言いに、ソラは静かな、とても静かなそれでいて煮え立つような怒りを感じていた。研ぎ澄ました刃のような確かな敵意を以て、ソラはポツリと言った。

 

「ゲルーガ・オットルーザ……お前、何も思わないのか? 今までお前に付いて来てくれた奴に……カームスに対して……お前は何も思わないのか?」

 

 ソラの敵意をゲルーガは嘲笑った。

 

「戯けた事を。彼らは我が神聖騎士団の英霊となったのだ。これ以上の喜びはあるまい」

「……そうか。なら、もう何も言うことはねえな」

 

 もはやSOはどうでも良くなった。全ての元凶はたったの一人。とてもクリアな思考を以て、ソラ機は眼前の“絶望”へと剣を向ける。

 

「ゲルーガ・オットルーザ。今こそ、お前の下らない野望全部に刃を走らせる!! お前を……倒す!!!」

小童(こわっぱ)が!! 我が悲願は貴様ごときにどうこう出来る代物ではないわ!!!」

 

 ――そして“絶望”が両腕を上げた。



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第四十三話 “絶望”に刃を走らせる~前編~

「さて、ゆるりと征くか……」

 

 ヴァルシオン・ディスピアーが一歩踏み出す度に、第五兵器試験部隊は警戒度を跳ね上げていた。そうしている間に、こちらのランドリオン部隊がゲルーガを討ち取らんと、隊列を組み、大型レールガンを放ち始めた。バレリオンには劣るが、それでも高い威力を持つランドリオンの攻撃は絶え間ないものだった。

 対するヴァルシオンは歩を止め、ランドリオンの砲撃をただ受ける。AMよりも遥かに大きな巨体を持つヴァルシオンは格好の的であり、まるで吸い込まれるように直撃し続ける。一発当たるたびに直撃の証である煙が上がるが、その装甲には傷一つ見当たらない。ダークバイオレットに縁取りのゴールドという機体色と相まって、その姿はさながら仁王像のようである。

 

「有象無象が……!」

 

 ヴァルシオンの背部ユニットの側面が開き、そこからパラポラのような物体が三基、そしてそれを逆にした傘のようなユニットが一基飛び出し、それぞれ備え付けられたバーニアで独自に浮遊を始める。直後、ヴァルシオンが右腕を構える。だが、その向けられた先には左前方から攻撃しているランドリオン部隊はいない。

 

「もしかしてあれは……!? 皆さん、離れてください!!」

 

 オレーウィユの高い情報収集能力ですぐに四基のユニットを分析し、結果を導き出したユウリはその想定された状況を想定できた。ほぼノータイムでランドリオン部隊へ警告するが、時すでに遅し。ヴァルシオンの右腕からまたあの光の奔流が解き放たれる。

 

「弾けよ、クロスマッシャー・ディフューズ!!」

 

 一基目のパラポラに当たった奔流の直進方向が少し変わる、そして二基目に当たるとまた少しだけ角度が変わる。徐々に方向が変わっていき、三基目のパラポラによって、完全にランドリオン部隊へ“曲げられた”。だが奔流はランドリオン部隊を呑み込むことはなく、その真上をキープしていた傘のユニットへ奔流が到達した。

 ――到達した瞬間、傘のユニットからまるで雨のようにランドリオン部隊へ赤と青が入り混じった光弾が降り注いだ。逃げる暇もなく、ランドリオン部隊は一瞬で光弾によって比喩表現抜きの蜂の巣状態と化してしまった。

 

「何だ!? あの傘みたいな機械から光弾が出たぞ!」

「やっぱり……クロスマッシャーの拡散……!」

 

 ユウリは当たって欲しくない予想が当たってしまい、顔をしかめる。

 

「随分厄介なモノが搭載されているわね……」

 

 フェリアも今の攻撃のカラクリを看破していた。同時に、固まっていては全滅は必至と確信する。三基のパラポラはいわゆるリレー装置である。どういう仕組みかは分からないが、超出力のクロスマッシャーのエネルギーをパラポラ部で受け止め、ほぼ百パーセントの状態で再び放出しているのだ。そして三基それぞれで担う役割が違うようだ。

 一基目で大まかな狙いを付け、そこから得た情報を基に二基目で精度の高いリレーを繋ぎ、そして更に得られた情報で打ち出された回避先へ三基目がクロスマッシャーを渡す。そしてゴールである傘のユニットがそのクロスマッシャーのエネルギーを全て吸収し、光弾へと変換するのだ。

 

「ねえユウリ、あの傘のユニットはどうしてランドリオン部隊の上をキープ出来ていたの? 三基のユニットのデータがあの傘に集約しているのかしら?」

「恐らくそうだと思います。それに傘がロックオン先の映像を取得して、データの補正をしているのかも……」

 

 そこまで聞いたところで、ソラはランドリオンの生き残りがヴァルシオンへ突貫するのを見てしまう。

 

「一人で無茶だ……!」

 

 スティックムーバーによる高い走破性で荒れた地上を進み、ランドリオンは至近距離まで近づくことに成功した。だが、それとは対照的に、ヴァルシオンは左手の斧槍をゆったりと構えるのみ。

 

「ほう……援護か」

 

 ランドリオンを援護するため、バレリオン二個小隊が左右を取るように位置取りをし、狙いを定めていた。目を左右に動かすだけでそれらの位置を確認したゲルーガはただ不敵に笑んだ。

 救援に向かうつもりでいたソラはその援護射撃の準備を見て、飛び出すのを見送った。下手に動けばバレリオン部隊の邪魔になるのは目に見えていた。ランドリオンの大型レールガンの発砲を皮切りに、バレリオン部隊が一斉に砲撃を開始した。その総火力はたとえ特機クラスでも無視できないものとなっている。

 着弾寸前、ヴァルシオンの肩部が小さく展開された。

 

「……嘘、だろ!? あれだけの量の攻撃を喰らって……無傷!?」

 

 並のPTならば今ので木端微塵コース。だが、ソラ達の眼前には無傷のヴァルシオンが悠然と立っていた。ヴァルシオンの周囲に発生している青みがかった“膜”のようなものを見たユウリは即座に原因を理解する。

 

「バリアフィールドですね。しかも、一見薄そうに見えますが、あれは何十にも重ねられた多積層型です」

「強度はどんな感じなの?」

「一枚一枚の強度はそれほど大したことはありません。ただ、破られてから再生するまでの所要時間が短いんですよ。実弾ならヴァルシオンに到達する前に勢いが死んでしまうだろうし、ビームならどんどん再生して想定の三分の一以下の威力にまで減衰するはずです」

 

 その説明を聞いて、逆にフェリアは安心できた。完全シャットダウンされるというなら打つ手が無かったが、そういった防御方式ならば、まだチャンスがあった。

 

「このピュロマーネの火力ならイケそう?」

「待ってください、試算します、出ました。最大火力ならバリアを貫通した上でヴァルシオンへダメージを与えることが出来ますね……ただし、八割程度に抑えられてしまいますが」

「それだけ流し込めるなら上等よ。……そういえば、ヴァルシオンって空間を歪曲させる防御システムがあったはずよね?」

「多分……再現が難しかったんだと思います。見たところ、あれはヴァルシオンのデッドコピーを改造したもののようですし、だいいち空間を歪曲させるということはそれだけ緻密かつ複雑な計算が要求されます。下手すれば機体が歪曲に巻きこれる……までは言いすぎでしょうけど、十分な防御効果は期待できないと思います」

 

 ユウリの推測はそのままズバリであった。ヴァルシオン・ディスピアーとはそもそも、量産型であるヴァルシオン改を改修したものだった。支持団体からのバックアップと略奪が生命線であるSOでオリジナルヴァルシオンを再現するには、ノウハウや資材、その他全てが足りていなかった。多積層バリアフィールドは開発スタッフが苦心の果てに辿りついた防御システムなのである。

 全ての攻撃が止んだところで、ゲルーガの反撃が始まった。

 

「まずは目障りな大砲から片づけていこう」

 

 ヴァルシオンの背部スラスターが大きく唸り、手近なバレリオン部隊へその巨体を赴かせる。反撃は全てバリアフィールドによって無効化された。そして間合いに入ったところで、ヴァルシオンは左手の斧槍を一閃させた。

 瞬く間に爆炎に包まれるバレリオン達。肉厚な斧部がバレリオンの堅牢な装甲を容易く切り裂き、そして動力部を破壊した結果である。

 その有様に気を取られていたもう一つのバレリオン部隊は近くを浮遊していた四基のユニットに気づくのが少し遅れ、離脱のタイミングを失ってしまった。すぐさま四基のユニットがヴァルシオンから放たれた光線のリレーを開始し、拡散ユニットが光弾へと変換してバレリオン部隊を蹂躙する。……生き残っていたランドリオンはと言えば、クロスマッシャーの余波によりスティックムーバーが故障し、戦闘行動不能へと追いやられてしまっていた。

 

「フェリア、ユウリ、リィタ、援護頼む!」

「待ちなさいって言って止める奴じゃなかったわよね!」

 

 ブレイドランナーは背後を取るようにヴァルシオンへ突貫を開始する。グン、と一息で間合いに踏み込めたブレイドランナーがビーム展開させたシュトライヒ・ソードⅡを振りかぶった。

 

「見ていないとでも思ったか……? 特に貴様だけは見逃さんぞ小童がァ!」

 

 高出力のビーム刃がバリアを切り裂けたのは良かった。直ぐに全て再生してしまったが、通用すると分かっただけで儲けもの。むしろ問題はブレイドランナーの本領が発揮できる接近戦にあった。

 

「思ったより速い……!」

 

 剣と槍ではそもそもリーチが違いすぎるのに加え、武器のサイズにも差がある。おまけに先ほどバレリオンを一閃していた一連の流れを見る限り、鈍重そうに見えて、素早い動作も可能なようだ。

 ブレイドランナーの大推力に任せて上に避けられたが、風圧で一瞬機体のバランスが崩れてしまった。これを真正面から受けたら、そう考えただけでソラはぞっとする。

 

「おじいちゃん……!」

 

 ソラとヴァルシオンの間を遮るように放たれたリィタ機の砲撃。ゲルーガはその砲撃の主へと視線をやった。

 

「リィタよ、もはや貴様は用済みだ! このヴァルシオン・ディスピアーで全てを成し遂げる!!」

「そんなの無理だよ!」

「……何だと?」

「リィタ、分かったの。一人じゃ……何もできなかった。だけど、カームスや……ソラ達が居てくれたから、リィタは今こうして戦えるの!」

 

 一人で出来ることに限りがある。それを身を以て経験したからこそ、リィタはゲルーガの前に立つことが出来たのだ。そんなリィタを、ゲルーガは嘲笑する。

 

「いよいよもって毒されたか! 圧倒的な力を以て地球圏に絶対的な正義と秩序を築き上げる、私にはそれが出来る! 貴様とは違うぞリィタ!」

「違わねえよ!」

 

 ヴァルシオンへと接近しながら、ソラはゲルーガを真っ向から否定する。

 

「俺も……お前ですら一人で出来ることなんかたかが知れてるぞ! 思い上がるんじゃねえ!!」

 

 再びソードを振るうが、結果はまたしてもバリアを切り裂くだけ。直ぐに繰り出される反撃を、肩部のフレキシブルスラスターをフルに活用して、縦軸と横軸を織り交ぜながら回避していく。操縦桿とフットペダルを動かしながら、ソラは考える。思考を止めれば死ぬ。本能的に理解していた。

 

(あのバリアの向こうに飛び込めれば……!!)

 

 それを成し遂げるにはクリアしなければならない条件があった。一つ目は拡散ユニットの破壊。そうしなければバリアを破っている最中に狙い撃ちされて終わりだ。二つ目はバリアを貫ける突破力と持続力。一撃で貫けても、それが一瞬だったらすぐに再生されてしまう。

 視界を広くし、それを為せる“割り当て”を打ち出したソラは一度パイロット内の天井を見上げた。消耗具合を考量すると、チャンスは恐らくたった一回。やらなければいずれ全滅、やらなくても全滅。

 ……ソラは意を決した。

 

「フェリア、ユウリ、リィタ。聞いてくれ。俺に考えがあるんだ」

 

 そしてソラは説明した。やってもらいたいこと、危険なこと、今の自分の考えを全て吐き出した。同時に不安にもなる。誰か一人でも難色を示したらこの案は即刻取り下げるつもりであった。それだけ無茶な事をするし、下手をすれば狙いを付けられて集中的に攻撃される恐れもあったからだ。この案に何の疑問も不安も抱かないのはただ馬鹿野郎と言っても過言ではない。

 ――しかし、どうやらソラが思った以上に、仲間達は“馬鹿野郎”だったようだ。

 

「……ソラさん、やりましょう。私も似たようなことを考えていました!」

「ユウリ……」

 

 ユウリは馬鹿野郎である――。

 

「リィタは大丈夫だよ! ソラがやれるっていうなら……リィタ頑張る!」

「……リィタ」

 

 リィタも同じく馬鹿野郎――。

 

「全く……私もヤキが回ったわよね」

「フェリア?」

「イチかバチかの崖っぷちは第五兵器試験部隊(ウチ)の十八番でしょ? ……私も同じことを考えていたわ。ずっと前の私ならそんな事、考えも付かなかった」

「後悔してんのか?」

「少しは広い視野で物を見られるようになったってことよ。……勝つわよ」

「もち!」

 

 ああ、そうだった。皆“馬鹿野郎”達だ――!

 

「行くぜ!」

 

 リィタとフェリアを先頭に、四人がヴァルシオンへと向かった。

 

「幾ら数で来ようがこのディスピアーには無意味!! まだ分からぬか!」

「そいつはどうかな!? ユウリ!」

「はい!」

 

 すでに拡散ユニットは四人を狙い撃つような位置を取らんと移動を開始していた。そのユニットらを視界に入れたユウリが目を閉じ、その軌跡を思い描く。直後、ユウリ機の脚部からT-LINKストライカーが次々に飛び出ていく。

 それと同時に、クロスマッシャーが放たれた。

 

(あの四基のユニットは多分、かなり短い時間差で高速演算をしているはずです……。ストライカーを効率的に動かすためのルートは……!)

 

 持ち前の念動力による位置把握で正確にユニットの位置を掴んだユウリは、超最短での破壊ルートを導き出し、それを確実に実行する。

 これは時間との勝負である。フェリアとリィタは次のステップの為に決めたポジションから動くことが出来ない。ソラは破壊する余裕はない。ユウリがユニットを破壊できないということはそのまま全滅を意味する。

 だがユニット自体の耐久力が思った以上に高く、ストライカーを総動員しなければ破壊はままならない。クロスマッシャーが一基目へ到達するまで残り数秒。概算だと到達する前に破壊できる計算だ。

 ストライカーがユニットに次々と突き刺さっていく。獲物に群がる蜂のごとく何度もユニットの全体を刺していき、ストライカーは次の獲物へと飛び立った。

 

「っ……! 計算よりも頑丈でした……!」

 

 破壊される寸前、一基目がクロスマッシャーのエネルギーを吸収し、放出していた。パラポラ部が壊されても、放出機能は生きているようだった。しかしクロスマッシャーのエネルギーは十全に反射された訳ではなく、いくらか削れたようだ。

 気持ちを切り替え、すぐにユウリは二基目へ狙いを定めた。先ほどよりかは若干時間に余裕があったので二基目はすぐに破壊できた。それによりクロスマッシャーが第五兵器試験部隊とは見当違いの方向へ向かっていった。

 だが、安心は出来ない。極端な話、一基でもあれば反射は容易いし、拡散も可能。すぐに三基目を撃破し、傘ユニットへとストライカーが飛翔する。

 

「甘いわ!」

「いいえ! まだです!」

 

 既に二射目のクロスマッシャーが傘ユニットへと向かっていった。すぐにユウリは最後のユニットへストライカーを走らせるが、相当厳しい勝負となる。だからユウリはもっと簡単な処理をすることにした。突き刺さったストライカー全てへ念を飛ばすと、ストライカーの推進装置をフル稼働状態にする。すると、強引にエネルギー受信部をズラし、クロスマッシャーを“受けられない”ように調整した。

 

「フェリアさん、リィタさん!! ……ありがとう、ストライカー」

 

 クロスマッシャーを受けられない傘ユニットはただの障害物。突き刺さったT-LINKストライカーごと、傘ユニットは破壊し尽くされる。

 

「リィタ、準備は!?」

「良いよ!」

 

 左右からフェリアとリィタが同時に銃爪を引くと、それぞれの砲身から極大のビームが放たれる。ダウンサイジングしているとは言え、ヒュッケアインのビームキャノンはピュロマーネのものとほぼ同じ。後先を考えなければ、バリアに十分干渉出来る威力となる。

 

「今だ!!」

 

 それぞれの砲撃が干渉している“間”へソラは機体を推進させる。だが、そのまま突撃しても砲撃のエネルギーで機体に傷がつく。ブレイドランナーはシュトライヒ・ソードⅡの切っ先を真正面に構えながら、両腕のT・フィールド発生装置を起動させる。機体前面を覆うようにフィールドを発生させると、更にブレイドランナーを加速させた。

 

「浅知恵がァ!!」

 

 ヴァルシオンがハルバードを天高く掲げ、一刀両断せんと待ち受けていた。しかし、止まることは出来ない。ここで止まったらそれこそお終いとなる。

 振り下ろされる斧部。だが、ブレイドランナーは加速の勢いとビーム展開したソードで自分に当たる部分だけを溶断した。

 

「ゲルーガ!!」

 

 ソードを振りかぶり、ヴァルシオンの胴体へ狙いを定める。いくらヴァルシオンの装甲でも最大出力のソードを止める事は難しい。懐に潜り込みさえすれば、ブレイドランナーの本領を発揮できる。そう思っていたソラは操縦桿を一気に倒す。

 ――刃が届く寸前、ヴァルシオンの左右脇腹部の装甲が変形し、折り畳まれていた副腕が姿を見せた。

 

「何っ!?」

「迂闊だったな小童!!」

 

 副腕に握られていたビームソードでソラの一撃は防がれてしまった。

 ヴァルシオンと言う機体を熟知した者がこのディスピアーを見れば、鼻で笑ったことだろう。オリジナルヴァルシオンの武装は接近戦用の手持ち武器、内蔵型のビーム砲、そして広範囲に展開する敵を殲滅できる武器とシンプルに纏められていた。ビアン・ゾルダークの美学の集約とも言えるこのヴァルシオンの性能に手を伸ばすために副腕や拡散ユニットなどと言う“不純物”を混ぜ込まなければならないその醜い様は例えようがない。

 

「そしてもう一つ教えてやろう! どうして私が最低限の攻撃をしていなかったのか!」

 

 背部のスラスターユニットが大きく展開し、力を溜めるかのように振動していた。

 

「ソラさん! ヴァルシオンの出力が膨れ上がっています! 離れてください!」

「駄目だ! 今ここで離れたらもうバリアを破るのは難しい!」

 

 そうしている内にヴァルシオンが上昇を始める。

 

「私は貴様達の手の届かないところへ行く。貴様達が辿りつく頃には全てが終わる!!」

 

 その一言でソラは電撃的に察した。手の届かないところ、来るには時間が掛かる。そして真上に上がろうとしていることを鑑みて、その目的地はただ一つ。

 

宇宙(そら)か!?」

 

 反射的にソラは機体の手甲と腰部装甲からクローアンカーを射出していた。手甲部のアンカーは肩部に突き刺さり、腰部のクローアンカーは股関節部を掴んだ。ワイヤーの強度は高く、上昇していくヴァルシオンから振り解かれない程度には機体を固定させることが出来た。……逆に言えばこの戦場において、今のヴァルシオンに付いて行ける機体はこのブレイドランナーただ一機。

 

「ソラさん! 離れてください!!」

「……ここで逃がしたら、本当にゲルーガの思う壺になっちまう! ……決着をつけてくる!」

「ソラ!!」

「心配すんな。必ず……帰ってくる!」

 

 大気圏は近い――。



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第四十四話 “絶望”に刃を走らせる~後編~

 静寂。

 周りにはデブリ一つなく、横には青い地球が良く見える。このまま宇宙旅行でも出来ればなんと有意義なことだろうか。

 

「ふん。随分と喰らい付いてきたようだな……」

 

 だが、目の前に悠然と立ちはだかるヴァルシオン・ディスピアーへ再度、意識を集中させる。同時に機体のコンディションチェックを素早く済ませる。ヴァルシオンが盾になったお蔭で、最低限の冷却を行うだけで大気圏を突破出来たが、それでも普通なら有り得ないシチュエーションだったので、どこかかしらの異常が発生しているかもしれない。

 チェック終了。幸い、どこにも異常は起きていないし武装も全て使用可能。

 

「お前をあそこで逃したら取り返しがつかない気がしてな……!」

「ほう、良い勘をしている。それに敬意を表して、教えてやろうではないか」

「何を……!?」

「ポイントFZ-62-TS7G。そこがどこか分かるか?」

 

 ポイントFZ-62-TS7G。ポイントの検索をかけるとすぐにその場所は出てきた。一見何の変哲もないただ宙域だったが、肝心なのはそこと“対”になっている場所だった。

 

「……あの兵器プラントと正反対の場所か!」

 

 その宙域は以前、リィタが単騎で制圧した宇宙兵器プラントと正反対の地点であった。だが、そこに何があるのか。ゲルーガが告げる。

 

「くくく……気づかないのも無理はあるまい。我らが地球のみで戦闘を行っていたのは宇宙(うえ)へ意識を向けさせぬためだ。そして、更にハーフクレイドルから離れたところで戦闘を活発化させ、このディスピアーの完成までの時間を稼いだ」

「宇宙にだって連邦がいるだろ! 見つからない訳……まさか……!」

「連邦にも私の考えを理解する者がいるということだ」

「……そこに何があるんだ!?」

「知りたいか? このヴァルシオンと直結することで威力を発揮する大型レーザー砲だ。地上を十二分に蹂躙できる威力のな」

 

 ということは、相当な数の内通者がいるということで間違いなかった。サイズは分からないが、そんな規模のレーザー砲なら相当目立つはず。だが、今は一旦その事は置いておいた。事実よりも、ソラはこの発言の()()の方が重要だった。

 そんな切り札があるなら、最後の最後まで黙っておくのが普通だ。それを、ましてやそこまで詳細に喋るということの意味はたった一つ。

 

「そこへ私は至ろう。貴様を木端微塵にした後にゆっくりとな!」

「その大型レーザー砲は後でじっくりと破壊してやるよ。……お前を倒した後でな!」

「抜かしおる!!」

 

 ヴァルシオンがハルバードを構え、接近してきた。斧部が若干欠けているが、それでも十分ブレイドランナーを破壊できる。ソラは一瞬たりとも目を離さず、操縦桿とフットペダルに力を込めた。

 肩部フレキシブルスラスターを吹かし、痛烈な薙ぎ払いを避けたソラ機はすぐにハルバードの柄に狙いを定める。

 しかし、ゲルーガ機の脇腹から展開した副腕がブレイドランナーを遮る。

 

「っ!!」

 

 副腕が握っていたビームソードに対し、ブレイドランナーはシュトライヒ・ミドルを抜き放ち、コクピットを狙った斬撃を防いだ。ソードを一旦臀部に戻し、ソラ機は空いた手にショートを持つ。

 ブレイドランナーの接近戦の強みは肩のフレキシブルスラスターと元々高い基本性能のみ。背部のスラスターユニットはこの超近接戦闘に於いては緊急回避用のみにしか使えない。両の副腕から繰り出される斬撃をやり過ごしながら、その隙を突くように振るわれるハルバードを避けるというのは中々に骨が折れる作業であった。

 そこで、ソラは気づいたことがある。

 

(ん……? そういや何でバリアを使わないんだ? ここが使い所じゃねえのか?)

 

 大気圏を突破して以降、ヴァルシオンが一度もバリアフィールドを展開していなかった。こんな時に出し惜しみするほど馬鹿な話はない。一対多ならともかく、一対一ならさっさと展開して、すぐに片づけた方が効率が良いはずだ。

 

(……ん、もしかして……?)

 

 ふとヴァルシオンの肩部を見ると、その謎は解けた。先ほどヴァルシオンはあの肩が展開することによってバリアを発生させていた。しかし、宇宙に上がる際、クローアンカーを肩部に向けて射出した。今ヴァルシオンの肩部は火花を上げている。クローアンカーが偶然バリア発生装置を破壊したのだろう。

 

「ならあとは接近戦に気を付ければ……!!」

 

 宇宙で良かったとソラは改めて思う。重力の軛から解放されたブレイドランナーは全てのスラスターを活かして三次元機動を行えている。このアドバンテージは大きい。あとはソードを叩き込めれば、ヴァルシオンを十分破壊できるだろう。

 

「小童よ! 何故私の邪魔をする!? もう少しで全てが終わる。地球圏に平和が訪れるのだぞ!? それが何故分からんのだ!?」

「お前の言う平和って何なんだよ!? 虐殺することが平和なのか!?」

「私の目的は地球圏の意志統一を行い、来たるべき異星人との戦いに備えることだ。そのためには全人類が私のことを認めなければならん」

「その為に殺すのか!? 馬鹿げてる!」

「輪を乱す者は排除する。それは当然の事だろう! そこには人種も宗教も関係ない。私は全てを等しく見ているのだ!」

 

 それはつまり、言うことを聞かない者はすべて消すと言っているのと同義で。そんなゲルーガを、ソラは認める訳には行かなかった。そんなことのために、カームスは凄絶な人生を送ったわけでは無いのだから。

 

「どんな大義を掲げようが、お前がやったこと……そして、これからやろうとしているのはただの虐殺で、人の命を馬鹿にしたものだ! ――ふざけんじゃねえぞ!! そんな下らない願望の為に命を失った人達がいるなんて……考えただけで吐き気がする!!」

「知った風な口を利くなァァ!!」

 

 挟み込むように振るわれた二刀のビームソードによって、手に持っていたショートの刀身が切り裂かれてしまった。出力自体は負けていなかったのだが、上手い具合に弱い所を切り裂かれたのだ。ショートを捨て、もう一つのミドルに持ち替えたブレイドランナーは一息に、ヴァルシオンの側面を取った。

 

「他人の考えなんて全て分かるか! だから話し合うんだろうが! 分かるまで、何度も!」

 

 交差するようにミドル二本を振るい、ハルバードの柄を溶断したソラ機は続けざまに斧部も真っ二つに切り裂き、完全に使用不能に追い込んだ。この局面、あの拡散ユニットの破壊は非常にありがたかった。非常に強力な威力を持つクロスマッシャーに追い回されるなんて悪夢はまっぴらごめんである。

 

「それが不可能だから私はこの神聖騎士団を立ち上げた! もう時間が無いのだ! いつまた異星人がこの地球圏に覇を唱えに来るか分からん! だから一刻も早く、全人類の意志を統一させる必要があるのだよ!!」

「お前一人の判断で、人の光と闇を量るな! そんな奴がいるから戦争が無くならないんだよ!」

「必要な犠牲だ! それが分からん貴様はやはり餓鬼か!」

「話し合いを拒否する奴に分からないもクソもあるか!」

 

 ミドルでヴァルシオンの腕部を切り裂けたが、浅い。再び攻撃をしようとした瞬間、ソラは背筋に悪寒が走る。

 

「ディバインアームを破壊したくらいで粋がるなよ小童が!」

「何だと!?」

 

 パーツが展開された左腕部を向けられた刹那、ソラは操縦桿を思い切り倒した。それとほぼ同時、左腕部から赤と青の奔流が解き放たれる。ソラは失念していた。右腕部と全く同じ外装ということは同じことが出来るという発想には至らなかった。

 

「くそっ……左足が……!!」

 

 その代償が左脚部の損傷である。膝から下が消し飛ばされたので、懸架されていたショートは無事だったが、機動性が若干低下してしまった。だがそれで終わる訳には行かなかった。手に持っていたミドル二本をガン・モードに変形させ、今しがた奔流を解き放った左腕部のパーツへ何度もビームを放つ。

 だがまだ破壊には足りない。ダメ押しとばかりに両脇下のコールドメタルナイフを投擲。突き刺さったナイフでとうとう限界が来たようだ。左腕部が火を噴いた。

 

「はっ……! はっ……!!!」

 

 左足を犠牲にした結果はヴァルシオンの左外装の破壊。これで警戒するべきは右腕部と左右副腕のみ。

 

「だけど、まだやれる……! ブレイドランナー……力を貸してくれ!! あいつだけは、絶対に倒したい!!」

「このディスピアーは我がSOの決戦兵器だ! 地上を蹂躙した後、このディスピアーが地球圏の象徴となるのだ! それが……貴様ごときに傷をォ!!」

 

 ゲルーガの執念が膨れ上がったような気がした瞬間、ヴァルシオンの右副腕が閃いた。

 

「しまった……!!」

 

 フレキシブルスラスターを前面に向けることで後方へ緊急回避したお蔭で致命傷となることはなかったが、右胸部装甲が溶かされてしまった。しかも悪いことにやられた場所は排熱ダクト。機体の排熱に影響が出てしまった。

 

(あまり派手に動けばオーバーヒートを起こしてしまう……! その前にケリを付けなきゃ死ぬ……!)

 

 ただでさえフル稼働状態で動いているのだ。これ以上の無茶は下手をすれば機体が動かなくなる恐れがある。……だからと言って、攻撃に手心を加える余裕なんて少しもない。

 

「一気に畳み掛ける……!! ゲルーガ・オットルーザ。お前の言うことにもきっと一理あるんだろう……だけどな、俺はお前を認めない! 人の命を軽んじる奴を、俺は許さない!!」

「青臭い餓鬼がァァァ!!!」

 

 スラスターユニットを最大出力に上げ、機体を加速させる。ヴァルシオンの右胸部へミドルを振り下ろすが分厚い装甲に阻まれ、刃が止まってしまった。そのミドルは放棄し、左のミドルも振り下ろそうとした瞬間、武器の鍔から先が副腕のビームソードによって切り払われてしまった。

 

「まだだ!」

 

 ソラはビーム展開されたまま切り裂かれてしまったミドルの刀身へ視線をやる。その刀身へブレイドランナーは、右腰のクローアンカーを射出した。そして刀身を掴んだソラ機はそのまま機体を捻り、鞭のようにヴァルシオンへ振るう。

 その鞭は左の副腕を根元から破壊することに成功したが、右の副腕がワイヤーを切断した。そのまま副腕はブレイドランナーのコクピットを破壊しようと動くが、ソラ機はすぐに左腰のクローアンカーで迎撃する。クローは副腕を掴むと、最大稼働状態で握り潰した。だが負担が大きかったようで、握り潰した後、クローはそのまま二度と動かなくなる。

 

「どうして貴様は……私の前に立ち塞がれる!? 私の願いに立ちはだかれる!?」

 

 ゲルーガの問いに対し、ソラは迷うことなく答えた。その問いは既に乗り越えたものだったから。

 

「そこに悲しんでいる人がいるなら俺は誰が相手だろうと刃を走らせる! それが、あいつらと見つけた道だ!!」

「私と同じではないか!! 自分の思うことを、思うままに為そうとしている同じ穴のムジナだ!!」

「分かってるよ!! 俺がお前と変わらないクソ野郎ってことはな! だからさ、死ぬ時は地獄行きだよ! 天国なんてこっちから願い下げだ、行く資格なんてねえ!」

 

 既にソラの思考はフル回転という生易しい表現では無く、文字通り限界を超えていた。息を吐く間もなく繰り出される攻撃、それに対する解。意識と無意識が操縦桿とフットペダルを動かしていた。

 ヴァルシオンが右腕部を向けてくるのとほぼ同時、ソラはフルエッジの最後の装備であるショートを抜き放ち、スラスターを最大出力に跳ね上げる。

 モニターに視線を落とすと、既にブレイドランナーはオーバーヒート寸前。排熱効率が落ち、機体全体に熱が籠もり始めているのだ。いつ強制停止してもおかしくはない危険な状態であった。

 

(気合い入れろよブレイドランナー……!! 一秒でも長く、一コンマでも良い! 俺に――勝たせてくれ!!!)

 

 ショートの出力を限界以上に引き出し、クロスマッシャーの発射口に突き立てたブレイドランナーはそれを更に、足で蹴りこんだ。エネルギーの吐き出す場所を失った右腕部は次第に爆発を起こし始める。

 

「小童ァァァァ!!!」

「ゲルーガァァァァァァ!!!」

 

 既に爆発の余波でセンサー類が異常をきたしてしまっていた。臀部からソードを抜き放ったブレイドランナーはそのままヴァルシオンの胴体へ突き刺した。

 

「おおおおおおお!!!!」

 

 突き刺したまま、ソードのリミッターを外し、全ビーム発振装置を起動させる。後先は考えない。その刃はヴァルシオンを内部から蹂躙し始めた。

 

「グヌォォォ!! 我が、我が……悲願、がァ!!」

「ゲルーガ・オットルーザ。刃を……走らせたぞ!!」

 

 ソラの咆哮と共に、ブレイドランナーはそのまま思い切りソードの柄頭を殴りつけ、ヴァルシオンの内部へ更に押し込んだ。殴った衝撃で左のマニュピレーターがへしゃげてしまい、使い物にならなくなってしまった。

 ヴァルシオンの全体から爆発が起き始めた。

 

「我が悲願が……絶望が……! 貴様ごとき……にィ!」

「……お前は、やり方を間違っていたんだよ」

「私が……だと!?」

「手段はどうあれ、お前に付いて来てくれた奴がいた。それは間違いない。……だったら、何で血を流さない手段にそれを使えない……!?」

「平和を脅かす愚者共を呑気に諭す程、私は愚かでは……ない!」

 

 ようやく、ソラは気づいた。ゲルーガと話して、ようやくその本質を理解した。

 

「ようやく分かったぞ……! お前は人の上に立ちたいだけなんだ!! 平和や絶対正義と言う言葉で自分を彩った、ただのエゴイストだ!!」

「何だと!?」

「導くべき人を愚者と断じる奴にどうして人を導くことが出来るんだ!? 笑わせんじゃねえ!!」

「物を知らぬ餓鬼がァーー!!」

 

 ヴァルシオンの口が上下に開いた瞬間、ソラは“マズイ”と体全体が警告を発し、ほぼ無意識に操縦桿を動かしていた。

 

「まだ武装が……!?」

 

 口の奥が瞬き、閃光が吐き出された。だが、その速度は思った以上に速く、庇った左腕と頭部の左側が吹き飛んでしまった。コクピット内にアラートがけたたましく鳴り響く。コンディションパネルを見ると、いよいよ本格的に機体内部の熱が上昇し、オーバーヒートへの秒読みが始まっていた。

 繰り出せる攻撃は恐らくあと一回。それを行ったら完全に止まってしまうと見て間違いない、下手をすればそのまま燃える。だが、そんなのはどうでも良かった。それよりも大事な問題があった。

 

(どうする……!? 武装が無い! 右側の頭部バルカン砲だけじゃ火力がないだろ……!)

 

 あろうことに、この土壇場に対応できる武装は使い果たしていた。シュトライヒ各種は全て使用不能。使用できるアンカーは右手甲部のみ。あとは火力の低いバルカン砲だけときた。

 そうしている内に、またヴァルシオンの口が上下に開閉し、エネルギーの集束が始まっていた。しかし、ヴァルシオンも大分消耗しており、いつ大爆発が起きても不思議ではない状態となっていた。ソラに切り刻まれ、既に上半身はぐちゃぐちゃとなっている。

 

「ふ……ははははは!!! このヴァルシオンが……貴様ごときに負ける訳には……いかぬ!! 死んでくれ!! 我が“絶望”と共に!!!」

「……まだだ!!」

 

 ソラは既に思考が真っ白であった。ただ、目の前の状況を処理すべく意識と無意識の狭間で解を作り上げていた。

 右手甲部のクローアンカーをナックルガードに見立て、ソラは機体のエネルギーを全てT-フィールド発生装置に回し、起動させた。ソラの数値入力により、クローアンカーの先端のみにフィールド発生ポイントを絞り、そこへありったけのエネルギーをぶちこんだ。

 

「言ったはずだぞ……ゲルーガ・オットルーザ!!」

 

 その発想に至れたのはSRXチームのR-1の動きを見ていたから。そしてライカのプラズマバンカー、フェリアのマルチビームキャノンの使い方、ユウリのT-LINKストライカーを用いた戦い、リィタの局所破壊の戦い方をずっと見ていたから。全てがソラの中で生きている。

 皆の想い、そして自分の諦めの悪さ、それら全てを乗せたブレイドランナーはその右腕を――今にも発射せんとするヴァルシオンの口腔へ叩き込んだ。

 

「俺は、お前の全てに……“絶望”に刃を走らせると!!!」

「ぬあああああああ!!!」

 

 溜め込まれたエネルギーの吐き出し口が潰され、行き所を失ったエネルギーが解放される。一際大きな光がヴァルシオンの口、そして全身から発した。やがてそれは熱を持ち、ソラの視界にはもはや真っ白な光しか見えていなかった。

 

「ブレイドランナー!!」

 

 そこは静寂が包む暗い宇宙。真っ黒なキャンバスに今、巨大な紅蓮の花が咲いた――。



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エピローグ

 海が見える防波堤に、二人は座っていた。退院して最初の外出はここと決めていたから

 

「……前から思っていましたが、貴方って本当にゴキブリ並みのしぶとさですよね」

「……それを言うなら、フウカもですがね」

 

 そう言ってフウカとライカは互いにジトーッとした視線を送り合い、やがて目を逸らした。

 結論から言えば、フウカもライカも全くの軽傷だった。強いて言うならライカがレヴナントの爆発に巻き込まれた後、しばらく聴覚が麻痺した程度。フウカは元々コクピットのショックアブソーバーが高性能だったおかげで、あとは自分の頑丈さで重傷を免れた。

 

「……アルシェンと決着はついたのですね?」

「……ええ。彼の執念は私が送り届けました」

「そうですか」

「そちらこそ、センリを倒したようじゃないですか。師匠越えを果たしましたね」

「……いいえ、引き分けですよ」

 

 ライカには確信があった。センリ・ナガサトはきっと生きている。

 あの戦場跡にはセンリの遺体がなかったのもあるが、レヴナントの残骸一欠けらすら残ってはいなかったのだ。更なる追い打ちとばかりに、自分は彼女が死んだ瞬間を見る前に意識を失ってしまっていたのだ。それじゃ分かるものも分からない。

 ハッキリしている事はたった一つ。

 

「……“ハウンド”」

「ん?」

「あの戦いで、私はセンリからこの名を託されました」

「……ああ、託されたんですね。羨ましいです」

「羨ましい? フウカも託されたんじゃないんですか?」

 

 そう聞くと、フウカが空を見上げ、ポツリと呟いた。

 

「私は……自称ですよ。託される前にいなくなりましたからね」

「……そう、ですか」

 

 これ以上聞くつもりはライカにはなかった。“向こう側”と“こちら側”の事情なんてまるで違う。

 

「……これからどうするのですか? フウカ?」

 

 現在のフウカには戦う理由が無くなっていた。アンチシステムを破壊し、アルシェンとの決着もつき、もうフウカに連邦軍に留まる理由はなかった。

 だが、彼女は不思議そうに首を傾げてみせた。

 

「どう……って、情報部で働くじゃないですか何言ってるんですか?」

「……は?」

「まさか、貴方は私に飢え死にしろとでも言うんですか? 働いた後の美味しいご飯を食べるなとでも?」

「連邦に居るつもりなんですか……?」

「……何か勘違いしていますが、私は元々連邦軍です。だから何も不思議じゃないんですよ」

 

 そう言えばそうだったな、とライカはどこか肩の緊張が抜けたような気がした。

 

「そう、ですか。まあ何かあったらまた私が対処すれば良いだけの話ですしね」

「……言いますね。もう二度と遅れは取りませんよ?」

 

 互いが無表情で火花を散らし合う様の何と恐ろしいことか。二人を知る者がこの場に居たら恐怖で縮み上がっていたことだろう。だが、そんな二人を見ても縮み上がるどころか、むしろ笑い飛ばす者がたった一人だけいた。

 

「ライカー! フウカー!」

「メイト……良くここが分かりましたね?」

 

 すると、メイシールが誇らしげに胸を反らした。

 

「当たり前でしょ! 私を誰だと思っているのよ!」

 

 ライカは特に何も言わなかった。というより、この場所は昔メイシールと二人きりで話した、割と思い出の場所であったのだ。恐らくここに居なかったら電話なりなんなりで捜索をしていたのだろう。

 

「それで? メイト、ここに何の用なんですか?」

「ああ、機体の修理が終わったから呼びに来てあげたのよ。感謝しなさい!」

 

 その発言を聞いて、反射的にライカは立ち上がっていた。

 

「シュルフは大丈夫ですか……?」

「私を誰だと思っているのよ? 大体、四肢を全損しただけだし、肝心のシュルフ本体には何のダメージも無かったわよ」

「……やはり、そうだったんですね」

「やはり、とは?」

「レヴナントの四肢の爆風が妙だったんですよ。爆発は派手でしたが、破壊は実にピンポイント。さも完全破壊したかのような演出でした」

 

 意識が無くなる寸前に見たレヴナントの爆発は明らかに四肢の破壊を目的としたものだった。光と音で大分誤魔化していたようだが。

 そこから導き出される答えはただ一つ。

 

「センリは最初からライカを殺すつもりはなかった、とそう言いたいのですか?」

「それは違います。攻撃には明確な殺意が込められていました。……もしかすると、あれは自分の名を受け継ぐにふさわしいかのテストだったのかもしれませんね」

「……スパルタなのは昔から変わりませんね、センリ」

「ええ。本当に……厳しい人です」

 

 テストの結果は聞くまでもないだろう。あの瞬間から、ライカはセンリの“誇り”を受け継いだのだ。

 

「さ、行くわよ二人とも。機体は治ったんだから、またバシバシ働いてもらうわよ!」

「了解です」

 

 ようやく立ち上がったフウカに、ライカは視線をやった。そして、軽く拳を作って、フウカに翳した。

 

「……これからも、よろしくお願いしますね。フウカ」

「よろしくされましょう。寝首を掻かれないように気を付けてください」

「言うだけタダなので見逃してあげましょう」

 

 コツン、と二人が拳を合わせた。殺し合い、命を共にし、そして因縁を乗り越えた二人にはもはや言葉はいらなかった。

 ベテラン二人は歩き出す。天才博士の無茶ぶりの日々に終わりなんかないのだから――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「色々あったわね……」

「はい。本当に色んなことがありました……」

 

 輸送機が離着陸する飛行場に、フェリアとユウリは立っていた。あの戦いから二日経ち、事後処理が一段落着いた割と穏やかな日だった。

 

「ゲルーガのヴァルシオンが宇宙で破壊されたという情報を聞いたSOの構成員達はほとんど投降したそうね」

「そうですね。まだ諦めきれない残党が各地で活動しているようですが、直に鎮圧されると思います」

 

 善悪はどうあれ、ゲルーガ・オットルーザという人間は間違いなくカリスマを秘めた人物だったようだ。ある者はゲルーガがいなくなったことで完全に燃え尽きた、またある者はその事実を認めないように一段と破壊活動に精を出す。そんな人物を倒した人物は今――。

 

「フェリア! ユウリ!」

「来たわね、リィタ」

「うん! 今日なんだよね! ラビー博士が行っても良いって言ったから来たよ!」

 

 ぴょこぴょこと走ってきたのはリィタである。彼女は最終決戦後、改めて事情聴取を受けていたのだ。SOという組織は瓦解し、指導者はその人生を終えた。そしてリィタは一時的に連邦の第五兵器試験部隊に所属していただけ。

 有り体に言えば、行くところがなかったのだ。

 

「あ、リィタさん、その胸のバッジ……!」

「昨日付で正式に第五兵器試験部隊に配属されたんだよ! ね、すごい!? リィタすごい!?」

「はい! すごいですよリィタさん!」

 

 しかしそれは昨日までの話。ラビー博士とレイカー司令が話を回してくれたようで、連邦に投降したSO兵士ということで正式に連邦の人間となったのだ。そこにどんな取引があったか分からないが、それでも収まるところに収まったことに、フェリアは小さな喜びを感じていた。

 

「もう……大丈夫なの?」

「うん。……カームスから送られてきたメッセージと、金平糖を食べたら元気になっちゃった! そうだ、二人にもあげるね」

 

 そう言って、リィタはポケットから金平糖が入った小袋を取り出し、フェリアとユウリに手渡した。自分も一つ口に含みながら、リィタは言う。

 

「カームスってね、いつもこうしてリィタに金平糖をくれたんだ。だから、ね? 今度はリィタが皆に金平糖をあげる番なんだと思うんだ」

「リィタさん……」

「カームスが言ってくれたんだ。幸せになりなさいって。だからリィタは幸せになるために頑張るよ。皆に金平糖をあげて、幸せになるんだ!」

 

 その目にはハッキリとした意志と覚悟が秘められていた。子供故の無邪気さか、それともそのメッセージと金平糖に“何か”が込められていたのかは分からない。だが、その目は本当に真っ直ぐなものとなっていた。

 

「ええ、とても良いと思うわ。私も応援するわ」

「私も応援じまずよリィタざん~……!!」

 

 クールに微笑み返すフェリアと、涙をにじませながら返すユウリ、正反対な二人が面白かったのか、リィタはまた花を咲かせたような笑顔を浮かべた。

 

「あとね! ソラともっと一緒にいたいな!」

「あんな馬鹿と一緒にいたら頭悪くなるわよ。止めときなさい」

 

 すると、リィタが笑顔のまま言い放つ。

 

「あれ? フェリアとユウリってソラのこと大好きなんじゃないの?」

「……へっ!?」

「ええーっ!?」

 

 まさかの発言に、ついユウリが、そしてフェリアを以てしても頬を染めてしまった。フェリアは一瞬物凄い頭痛がしたのを感じながらも、極めて平静を保つ。

 

「……か、勘違いしているようだけど、私はそんなこと思ってないわよ。ただの戦友として、私はあいつを見ているのよ」

「わた、私もですよ! リィタさん、酷いですよ~……!」

「じゃあその思念を感じ取ってみるね!」

 

 そして目を閉じようとするリィタに、二人は慌てて掴みかかる。

 

「駄目!」

「駄目ですぅ!」

「おおう、これは中々面白い場面に出くわせた」

 

 そう言って遠くからラビーが歩いて来た。今日は風もそよそよと吹いているので、纏っている白衣がゆらゆら揺れていた。

 

「諸君。改めてお疲れ様だったな。しばらくバタバタしていて顔を合わせる機会がなかったが、ようやく言えたよ」

「いえ、ありがとうございます」

「……私の機体達はどうだ?」

 

 ラビーの問いに、代表してフェリアが答えることにした。恐らく思っていることは同じだったろうから。

 

「最高です、掛け値なしに」

「それは良かった」

「……あっ!」

 

 リィタが指さす方を見る皆の表情はとても穏やかなものだった。

 最初はチームワークという言葉には縁遠い三人とラビー博士からこの第五兵器試験部隊は始まった。常にいがみ合い、時にはぶつかりあった――。

 

「……ど、どうしましょう。何か私……涙が止まりまぜん……!!」

「ほう、予定よりも早いご到着だったな」

「思ったより、元気そうね」

 

 だが、そうしている内に乗り越え、心を一つにし、苦難に立ち向かった。だが、その苦難は大きく、そして何度も振り掛かってきた――。

 

「当ったり前だ。皆に約束したろうが。決着つけて帰ってくるって」

 

 しかし皆は決して諦めず、何度もその苦難へと刃を突き立てた。その刀身は決して折れず、刃こぼれすら伺えない。

 人はそれを“馬鹿野郎”とも、“諦めの悪い奴”とも言うだろう。だが、その中でも極めて尖った男が一人だけ居た。特上の“馬鹿野郎”である彼は常にあらゆる困難へ刃を走らせていくだろう――。

 

 

「――だから、ただいま。約束通り、戻ってきたぜ!」

 

 

 これは、そんな男のこれからも続いていくであろう物語のほんの一部である――。




これで『刃走らせる者』編は終了となります。
ご愛読ありがとうございました!
リメイク&加筆ということでまた更新してもなお、リメイク前の読者さん達や新規の読者さん達からの応援を頂けて嬉しい限りでした。
今まで本当にありがとうございました!


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~傭兵達の一人娘編~
プロローグ


 とある空域を舞う一機の機体があった。速度は落ちることなく、ただひたすら直進する。形状は戦闘機、あえて類似している機体を挙げるとするのなら彼の『プロジェクトTD』が生んだシリーズ77が一機YSF-33《カリオン》を彷彿とさせた。

 操縦桿を握る女性パイロットはちらりとレーダーに視線を移し、すぐに正面を向き直す。軽く口元を歪ませ、これからの事に思考を巡らせる辺り、この状況に一切の動揺を見せていないことが伺える。

 むしろ、そのくらいは予測していた。

 

「……さぁて」

 

 その戦闘機を追う機影があった。その数、三。その名称、《レリオン》。横流し物であるため、その入手経緯は分からない。ただ分かるのはその高性能ぶりのみ。

 リオンのアップデート版たるその機体の脅威は数の差にある。一機ならばまだしもそれが一対三という戦況なら、数のアドバンテージは加速度的に脅威の度合いを高めていく。

 何の目的で――その答えは分かっていた。諦めてくれるか――諦める訳が無い。

 

 

 ――自分は()()()なのだから。

 

 

 瞬く銃口、耳をつんざく発砲音。軽く操縦桿を捻ることで機体を横転させ、小型質量弾をやり過ごす。

 反撃は考えていなかった。抗戦(そんなこと)をしている余裕はない。早く()()()()へ逃げ込まなくては。そこに辿り着きさえすれば、そこに辿り着くことが自分にとっての新たな始まりとなるのだ。

 そう信じて、戦闘機のパイロットは当たりそうな射撃だけを避け続ける。

 良いペースであった。このまま上手くいけば()()が手出しをすることの出来ない場所まで逃げ延びることが出来る。

 だがそうは問屋が卸さない。レーダーが前方の敵影を感知したのだ。数は二。機体は予想通り、またレリオンであった。

 どう突破しようか考えていると、前方のレリオンから通信が飛び込んでくる。

 

「戻れ! 今ならまだビリィさんは許してくれる!」

「その割には狙いが良いね」

「撃墜するつもりは無い! それに、本気で狙わないとお前に掠りもしないのはお前が一番知っているだろう!!」

「はっ! その程度の腕と分かっているならどうしてビリィの言われるがまま私を追いかけて来た!?」

「やらなきゃならないのはお前も良く分かっているだろうが!!」

 

 戦闘機のパイロットは攻撃の予兆を読み、すぐさま大きく高度を上げた。背後には追いかけてくるレリオン三機、そして前方はこちらをしっかりと狙うレリオン二機。

 こいつらをやり過ごしていくには少々――数が多い。決断は素早く。パイロットは選択をした。

 

 

「分かってるんならビリィが無茶苦茶言っていることも――気づけ!」

 

 

 左操縦桿を九十度に倒すことで熱が吹き込まれ、戦闘機はその姿を変える。

 ベクターノズルとなっていたブロックが向きを変え、まずは脚部となった。そして機体側面のパーツが腕となり、機首となっていた箇所は()()に当たる部分まで持ちあがる。

 

「倒すよ。私が往くために……!!」

 

 そして最後に機首パーツが覆っていた箇所からガーリオン型の頭部がせり出し、そのT字バイザーに火が灯る。

 

 

「ヴァリオン、私に力を貸せ!!」

 

 

 人型へとその身を変えた自分の愛機――《ヴァリオン》の変形シークエンスの完全終了を確認した女性パイロットの眼には既に、行く手を遮る敵しか映ってはいなかった。

 

「各機散開! あいつ本気だ!」

「コクピットは狙うな! そこ以外を徹底的に叩け!!」

 

 始まった攻撃。すぐさま形成される弾幕。必要最小限の動きで避けながら、女性はすぐに撃滅への最適解を導き出す。

 武装を選択するため、女性は手元のタッチパネルへと視線をやる。このヴァリオンに搭載された手札は二つ。ターゲットは既に決めている。

 

「相変わらず良い狙いだマルク……!」

 

 『リファイン・リオン』の名の如く、単純に基本性能が向上したのもあるが大きな変更点はPTと同種のタイプである腕部が装着されたことであった。これにより扱える手持ち武装の幅が広がり、汎用性と対応力が向上している。

 女性は今しがた呟いた“マルク”が乗っているレリオンの回避動作の癖を見極める。そう時間が掛かる事ではない。()()()()()()()()()()だ、隙はすぐに見抜ける。

 ヴァリオンは携行武装をマルク機へ向けた。その銃はダニエル・インストゥルメンツ社の傑作品と名高いM950マシンガンに手を加えた『M9マシンライフル』である。総弾数と射撃精度を向上させた代償として原形より大きくなり取り回しが悪くなったがその信頼性は保証済み。

 

(照準は合わせた……か)

 

 照準がマルク機の左脚部を捉える。癖は完全に掴んだ、回避は許さない。トリガーロックの解除を終え、後は引き金を引くだけ。

 一瞬だけその指が止まった。撃鉄は起こした、次は狼煙を上げるだけで良い。だが――それはもう本当に後戻りが出来なくなるということで。

 

「うわぁ!」

 

 マルク機の左脚部が炎を上げた。完璧に命中した。左右を囲んでくるレリオンに十分注意を払いつつ、念を込めて背部のブースターを一撃で射貫く。

 あっさりとした感覚。後悔の一つでもするのかと思えば、むしろ完全に決心がついた。

 レリオン二機のバックパックからミサイルが次々と飛翔してくるのを見て、女性は倒していた左操縦桿を起こし、巡行形態にした機体で雲を切り裂く。

 このヴァリオンの瞬間加速を以てすればレリオンのミサイルなど何の苦労もなく振り切れる。脚部ブロックからチャフとフレアを散布しつつ旋回し、急上昇、そして最高速度で直進することでこちらの攻撃のチャンスを勝ち取ることとなる。

 絶えず動き回りながら手持ちのボックスレールガンを放つ二機の内、一機。比較的狙いが甘い方へ機体を加速させる。必要最小限の動きで攻撃を開始し、白兵戦可能距離まで接近――到達。

 

「ヴァリオンの足回りを侮れば!!」

 

 すぐに人型へと変わったヴァリオンの両手には短剣が握られていた。刀身が赤熱するのを確認するやいなや、すぐさまレリオンの両腕部に突き刺す。ヒットと同時に噴き出すは炎。短剣の柄尻に仕込まれたスラスターバーニアの後押しを受け、刀身は完全にレリオンの腕部を突き抜けた。

 ――スラストダガー。このヴァリオン唯一の近接戦闘用兵装である。内蔵された超小型ジェネレーターで刀身の加熱とスラスターの燃料を担うという非常に扱いが難しい一品を女性パイロットはあえて愛した。

 

「止まれ! もういい加減にしろ!」

 

 最後の警告と同時に銃口を向けられる。だが既に、女性パイロットは脊髄反射で操縦桿を動かしていた。

 逆手に持ったダガーの柄尻から炎が上がり、敵機から急速に遠のく。このダガーを用いた変則機動こそ愛す理由。常に意識の外から相手を殴ることを考えている自分にとっては、酷く相性が良い。

 機体を左右に振り、一息で距離を詰めたヴァリオンの双剣が閃いた。

 

「最後ォ!!」

 

 後方確認用モニターには両脚部と携行武装が切断され、高度を下げていくレリオンの姿があった。爆発の音、エンジンの最後っ屁の音、手に持つ双短剣の加熱が止まる音。戦場には様々な音がある。その全ての音が自分には心地よくて、その全てを愛していた。

 海上に落ちていった三機のレリオンの安否は気にしていない。そも、コクピットを潰してもいないのでそのまま溺れ死ぬという未来が見えないのだ。それだけの事を為せるスキルが、彼らにはある。

 レーダーが許す距離までの索敵をかけるが機影一つ見受けられない。あの三機で全部だったようだ。

 

「……ビリィ」

 

 呟くは様々な感情が入り混じった相手。操縦桿の手近に備えていたミネラルウォーターに口を付け、ようやく一息漏らす。

 女性の容姿は一言で表すなら、美しい少女という評価で差し支えないだろう。だが、それは戦闘前の話で。

 今の女性は酷くギラついていた。ショートカットにした茶髪は汗が滲み、何度直しても直ってくれないアホ毛は力なく倒れている。それでも眼だけは暗い闘志の炎は絶やさない。

 そのテンションが維持しているうちに機体のコンディションチェックを行っておくことにした。孤立無援の今の状況、機体の僅かな不調がそのまま最悪の事態を招くことは想像に容易い。

 

「あと一時間だけ頑張って欲しいな……」

 

 自動制御にした巡行形態――フライヤーモードに揺られる間、少しばかりの休息時間を確保できた女性はこれからの事について、整理をすることにした。

 

「とりあえずは重畳。後は平和に行くと良いけど」

 

 ここまで言って、女性は首を軽く振った。

 

「ううん……油断は出来ない、か。まだビリィは本気で私を追って来ていない。あいつらを寄越していないということは私は見逃されたという事なのか……?」

 

 思わず出た言葉に、軽く笑う。それも酷く皮肉気に。

 

「いいや……ビリィは必ず私を連れ戻しに来る」

 

 同時に鳴り響く警報。即座に自動制御を切り、思考を戦闘のソレへと移行する。急速に接近する機影有り。その数、一。

 辛うじて取得できた映像データを見て、女性は目を細めた。その機体は良く知っている。知っているが故に、とても――嫌だった。

 ヴァリオンのセンサーがその機体を駆る男の声を拾った。

 

 

「探したよ――シラユキ」

 

 

 『シラユキ・カタハナ』。それが自分の名前。自身をそう呼ぶ人物は限りなく絞られる。

 男の声はどこまでも優しげに。声を確認し、そして機体を見て、身構える。

 それは自分の愛機と全く同じヴァリオン。ただ違うのはその色だけ。こちらの白と灰の色とは真逆に、黒と鈍いネイビーのカラーリング。それは確か、二号機の配色であったはずだ。だとするのなら、相当に厳しい事態となってきた。

 

「何で来ちゃったのかな……フロノ」

 

 フロノはきっぱりと言った。

 

「君を連れ戻しに来たんだよ。今ならビリィさんも笑って許してくれるはずだよ?」

 

 優男、という印象でまず間違いないくらいの優しい声色。その声には幾度も救われてきた。救われてきたのに、今は腹立たしい対象でしかない。

 

「フロノは知っているでしょ? あの事を」

「ああ、知っている」

「ッ! だったら! これが何を意味しているのか分からない奴じゃないでしょ……?」 

「知っているからこそ、だよ。それに、僕は君の事を心配して、こうして来ているんだ」

「そんなこと……!」

「ビリィさんは必ず君を、そしてヴァリオンを追う。最悪の話、命を奪われる。そんな状況にある君はとてもじゃないが見過ごせない」

 

 言いたいことは分かっていた。どこまでも愚直に、どこまでも甘いのが彼――フロノ・プレイゼンターである。少なくとも“兄貴分”と慕っていた自分だからこそ、彼の事は良く分かっている。

 だから――そこで思考を区切り、ヴァリオンを動かした。

 

「銃を向ける、か。そうだよね。君はそういう子だ」

 

 確信していたように呟き、フロノのヴァリオンは両手に持っていたハンドガンを構えた。

 

「殺しはしないよ。ただ、連れて帰りたいだけなんだ」

 

 本能的にシラユキは操縦桿を動かしていた。先ほどまで自分がいた空間を弾丸が通り過ぎる。両脚直撃コース。あの一瞬でどうやってそこまで精密な狙いを付けていたのか。ゾッとした。だがすぐに思考を切り替え、フロノ機の腕へ照準を合わせる。

 

「良い狙いだよシラユキ……! 僕を殺したい気持ちが透けて視える!」

 

 始まった仕合。たった数手でシラユキはフロノの腕が衰えていないことをひしひしと感じた。

 縦軸と横軸を意識しつつ、動き回っての銃撃の応戦。フェイクを織り交ぜての射撃を察知され、変形を挟んでの高機動戦には即座に対応される。

 当たる気がしない。その証拠に弾幕を掻い潜られ、どんどん距離を縮められる。

 

「フロノ……!!」

 

 ハンドガンの銃床から刀身が飛び出た。『ハンドエッジ』と呼ばれるその兵装はフロノの最も得意とするもので。

 そこからの攻防は全て紙一重である。コクピットへの斬撃を辛うじて避け、合間合間の近距離射撃は持ち前の反射神経で逃げた。少しでも気を抜けばそのまま一息に持って行かれる。

 

(……ん?)

 

 ほんの少しだけ感じた()()()。じっくりと考えれば気づけるであろう違和感だったが、シラユキはその思考をすぐに捨て、整える。

 悔しいことにフロノの技術は自分を上回っている。本来は出会う事すら最悪の状況とカテゴライズしていたのに、こうして刃を交えることのなんと思い通りにならないことか。

 

「しまっ……!」

「何に気を取られたのかな?」

 

 胸部装甲に刃が走り、仰け反ってしまった所へ蹴りを入れてくるフロノ機。逆の脚でダメ押しに蹴られてしまい、完全にバランスを崩した。逃げなければ――そう思ったのと同時に叩き込まれるは両のハンドガンより放たれた鉛弾。

 流れるような攻撃は流石と言わざるを得ない。海上を目掛けて蹴り飛ばされたため、ぐんぐん高度が下がっていく。

 両側のコンソールを叩き、ダメージコントロールを行うシラユキのこめかみに汗が一筋流れていた。ハンドガンの銃口がこちらに向けられている。後はフロノの気分での発射となる。死のビジョンが駆け巡る。

 

(諦められるか……!! ここで、こんな所で!!)

 

 

 ――最後の最後まで抗おうとするシラユキの鼓膜を揺さぶったのは新たな接近警報であった。

 

 

「ん? 援軍? いや、違うか」

 

 フロノが疑問を口にしていた所を見ると、これは彼の手先ではないようだ。その事実が確認でき、少しだけシラユキは安堵した。……ならば、と彼女は機体のコントロール復旧を終え、手近な岩礁に不時着するや否や、望遠カメラの倍率を最大に引き上げ、今こちらへ向かってくるモノをメインモニターに映した。

 

「これはM型ヒュッケバインMK-Ⅱ……? 連邦が何故、こんな所に……?」

 

 輸送機《タウゼントフェスラー》の前を飛ぶ三機のネイビーアッシュの機体は見紛う事なき《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》であった。だが自身が知る機体とは少しばかり仕様が違っていた。

 全体的にスマートになり、右肩にはビームカノンが搭載されていたのだ。一目見て、それがただのPTパイロットが乗れるような代物でないと理解した。

 

「『タースティア』のフロノだな」

 

 到着するなり、三機のヒュッケバインは武器を構えた。銃身が上下に二つある重厚な面構えを見せるライフルだ。その素人が扱うのが難しそうな武装を見て、シラユキは完全に確信する。

 

(……連邦の特務部隊が何故ここに?)

 

 整い過ぎている戦力。そして接近から戦闘準備までの流れが非常に滑らか。隊列にはブレもなく、発する言葉も必要最小限。訓練に訓練を重ねたエリートであることは明白だ。ならばここにいる理由は?

 

「シラユキが呼んだ……訳ではなさそうだね」

「フロノ・プレイゼンター。『タースティア』幹部のお前には聞きたいことが沢山ある。抵抗はせずに投降しろ」

 

 疑問が湧いて出る。何故、あの特務部隊は自分のヴァリオンには一切目もくれないのか。先ほどからあの小隊が集中しているのはフロノのヴァリオンのみ。カラーリングが違うとは言え、この機体も全く同じ機体なのに。

 

「眠る山羊の紋章。……ああ、そのエンブレムは見たことがあるね。『サイレント・ゴーツ』か」

 

 フロノは抗戦の意志は見せず、機体を僅かに後退させることでその答えを示した。

 

「退かせてもらうよ。今の状況では勝ち目がない」

「フロノ!!」

「じゃあねシラユキ。願わくば、また僕の目の前に現れてくれることを祈るよ」

 

 ハンドエッジを乱射し、直後フライヤーモードとなったフロノのヴァリオンが飛び去った。その速度はいくらヒュッケバインと言えど、追い付くことは難しく。

 

「待て……待て……! 待てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 コクピット内に無情に響くはシラユキの怒りと怨嗟の叫びだけ。手近な機器へ拳を叩き付けてもフロノは待ってくれない。だが、何かに八つ当たりをするしか、この胸の苛立ちは抑えきれなかった。

 

 

「そこのヴァリオンにも用がある。大人しくしていてくれたまえ」

 

 

 声がした方向にヴァリオンを向けた。そこに映るモノを見て、一瞬だけシラユキは言葉を失った。

 

「何故、こんな骨董品が……」

 

 ――黒い幽霊(ゲシュペンスト)。そう比喩するにふさわしい機体が今、シラユキのヴァリオンの元に降り立った。




第三部始まりました!またよろしくお願いします!


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第一話 やってきた凶報

 輸送機タウゼントフェスラーの中は物々しい雰囲気に包まれていた。

 謎の可変機を収納し、その中から出てこようとするパイロットに対し、銃が向けられていた。当然である。既に世の中に対するPTやAMのパイロットに対する認識は完全に固まっている。

 

 人間か、それ以外か。

 

 そんな兵士の中で一人だけ腕を組み、事態を静観する者がいた。

 

 彼の名はギリアム・イェーガー。

 数奇な運命を彷徨う旅人にして、地球連邦軍情報部の一員である。

 

 彼はジッと機体を見つめていた。見たことがない機体。ならば、まずは下手な憶測を立てず、見るがままの情報を整理することが礼儀とすら言える。

 

「間近で見るのは初めてだな。『プロジェクトTD』の技術が一部盗用され、建造されたというAM、ヴァリオン。星の夢を見る者達の情熱を掠め取った機体の完成度なぞ……と偏見を抱いてはいたが、これは中々と言わざるを得ない」

 

 ギリアムの目は旧特殊戦技教導隊のものとなっていた。

 その機体を一言で言うのならば、質実剛健。人型と非人型を両立させるべく練り上げられたフォルムであった。

 ビルトラプター、アステリオン、アルテリオン、R-1、そしてART-1。サイバスターなどの特機を除外すれば、可変が可能な機体と聞かれてすぐに挙げられるのはこれぐらい。

 どれも高いレベルではあるが、あくまで長距離移動がメインの機体が多い。

 だが、この機体は違う。どちらか“を”、ではない。どちら“も”使うことが大前提とされる機体と見えた。

 これほどの完成度を叩き出せるメーカーに、ギリアムは些かの興味を覚えた。

 

「ほぉ~……これが噂のヴァリオンですか。良い機体じゃないですか。こういう機体が“向こう側”にもあればだいぶ早く制空権をがっちりと握れたんですがね」

 

「君の思考はつくづくテロ屋のそれだなフウカ」

 

「テロ屋みたいなもんですからね。そりゃそうですよ」

 

 フウカ・ミヤシロはヴァリオンのコクピットへと目を向ける。

 

「で、今から出てこようとする人間が例の自警団『タースティア』の人間ですか?」

 

「ああ、そうだ。そしてあの者こそが我々連邦軍情報部に接触してきた人間でもある」

 

「唐突に情報があったんでしたっけ? あの空域を通り抜けた先のエリアで合流し、『タースティア』について告発したいことがあるっていうことで」

 

「ざっくりと言ってしまえば、『タースティア』というのは我々連邦軍がアテにならないから、自分たちの手で世界を守るという大義を掲げて設立された自警団だ。そんな組織の一員がよりにもよって目の敵にしている我々に対して話がある。……これは聞く価値があると思う」

 

「同感ですね」

 

 ヴァリオンからおりてきたパイロットを見て、フウカとギリアムは驚愕した。

 幼い女性、と。控え目に言って、そういう感想だった。

 茶髪のショートカット、整った顔立ち、均整の取れた筋肉。だが、瞳だけはギラついていた。

 

「アラド達以上キョウスケ・ナンブ中尉以下ってところですかね?」

 

「見込み通りだろうな」

 

 おりてきたパイロットはすぐに拘束されようとした。それをフウカが止める。

 

「フウカ」

 

「安心してくださいギリアム。多分だけど、私が口を挟むべきなんだ」

 

 言いながら、フウカは女性の元へ近づく。

 

「やぁやぁやぁ。我こそは地球連邦軍情報部フウカ・ミヤシロです。早速ですが貴方のお名前を伺いましょ――」

 

 次の瞬間、女性はフウカ目掛け、突撃した。その手には小型のナイフが握られていた。

 だが、鍛え抜かれた情報部のメンバーは冷静だった。静かに銃を向け、凶暴な存在を排除しようとする――。

 

「余計なことをするな!」

 

 一喝。

 そのまま、フウカは女性に対応する。

 

「そうでしょうね。油断している敵の首目掛けて刃を振るう。正しい判断だ。だけど――」

 

 突き出される腕を取り、足を払い、そのままフウカは対象を地面に引き倒す。

 

「相手が悪かったですね。私を殺したいならまずは人間を捨てて、化け物にならなくては。はっはっはっ」

 

「はっ! 流石は地球連邦軍情報部。小手先の技術は身についているみたいだね!」

 

「当たり前ですよ。貴方程度、無限に制圧できるってことを忘れられては困りますよ」

 

「アァ!? これはたまたまでしょうが! 貴方程度、無量大数回殺せるんだけど」

 

「ほぉ? 皆、ちょっとマジで手出さないでくれますか?」

 

 ギリアム含め情報部メンバーが呆れた表情を浮かべる。

 大人げない、という感想が一つ。負けず嫌いめ、という感想が二つ。要は生暖かい目で見るしかないのだ。

 

「来なさいヌーブ。私が少しだけ大人の世界を教えてあげましょう。ナイフは使ってもいいですよ?」

 

「やれるものならね」

 

 ナイフを投げ捨てた女性とフウカのそこからは拳と蹴りの応酬だった。怒りに任せて振るわれる攻撃をフウカが冷静に捌き、転がしていく。

 すぐに立ち上がる根性は天晴(あっぱれ)。戦士として申し分のないレベルだった。

 女性の攻撃、カウンター。これを繰り返していくと、やがてフウカは言った。

 

「これで少しは血の気抜けましたか?」

 

「……ええ、抜けたわ。悔しいことにね」

 

「それなら良かった。そういえば自己紹介が遅れましたね。私はフウカ・ミヤシロ。貴方のお名前は?」

 

 床に大の字で転がされている女性はそのままの姿勢で、フウカを睨みながら、こう答えた。

 

「シラユキ。シラユキ・カタハナ。自警団『タースティア』の元メンバーよ」

 

「よろしくお願いしますシラユキ。そしてこのまま聞きます。貴方がここに来た目的は?」

 

 一瞬だけ深く呼吸をした後、シラユキは言った。

 

 

「『タースティア』を壊滅させて欲しいんだ。……今の『タースティア』はおかしい。ビリィは――『タースティア』のリーダーは世界に対して、宣戦布告をしようとまで考えている」

 

 

 シラユキはそう言った後、腕で顔を覆った。




めちゃくちゃお久しぶりです!!
2017/01/16の更新以来となります!!

まず言いたいこととしては、この作品忘れてはおりません。
むしろ、ずっと心に残っていた作品です。

今の私の状況としてはとあるサイトで、他人様からお金をもらって作品を読んでもらっているという仕事に就いております。(もし詳細を知りたい方がおりましたらお手数ですがDMお願いします)

ようやく書くことが出来ました。
これからの予定ですが、不定期ながらこの作品の更新を再開し、完結まで持っていきたいと思います。

それに伴い、一話あたりの文字数減少と今の執筆スタイルに沿った文章レイアウトになりますのでご理解願います。

もう待っている人はいないと思いますが、あえて言います。
お待たせしました、今更ですがこれからもよろしくお願いします。


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第二話 仄めかされるタイムリミット

 シラユキ・カタハナの身柄を拘束してから一日が経った。

 地球連邦軍情報部の力は流石、といったところであっという間にシラユキの身元情報を洗い出せた。

 その情報を収束したタブレットを片手にフウカは呟いた。

 

「情報の精度はそれなりのようですね」

 

「あぁ、タースティアに関する証言について、正確に供述している。疑いの余地はないだろう」

 

 タウゼントフェスラーの中でフウカとギリアムが意見をすり合わせていた。現状、情報源はシラユキ・カタハナの存在のみ。その人物の発言なだけで重要な情報である。

 フウカは一室に軟禁状態にしたシラユキについて思いを馳せる。

 

「あの子、どうするつもりですか? そのまま行けば拘束して、然るべき場所で然るべき対応を受けるのが当たり前だと思うのですが」

 

「ああ、普通はな。仮にも私設武装組織の一員だ。危険分子だということは誰の目から見ても明らかだ」

 

 しかし、とギリアムはコートを翻し、シラユキのいる部屋を目指す。

 その後ろにつくフウカは呆れ顔を浮かべた。彼が何をしようとしているか悟ってしまったからだ。

 

「しかし、そういう事情を持つ者は()()()()()。そうだろうフウカ?」

 

「よりにもよってそれを私に言いますか? 本当に良い根性してますよね。並行世界の渡航を経験すると、そうまでイイ性格になるものなんですか?」

 

「それは君の想像にお任せしよう。そら、着いたぞ」

 

 電子ロックを解除し、部屋に入った二人はシラユキを確認する。

 特に暴れたような形跡や、()()()()()とした形跡もない。本当におとなしくしていたようだった。

 

「やぁヌーブ。フウカさんがやってきましたよ、ついでにギリアムも」

 

「私をヌーブと呼ぶなド三流」

 

「なるほど、まだ頭に刻み込まなきゃならないようですね」

 

「絡むなフウカ。……シラユキ・カタハナ。そこに座っても?」

 

 無言で承諾したのを確認し、ギリアムは椅子に腰掛けた。フウカはその背後に直立で待機していた。

 ()()()の時に備えるための儀礼的な対応である。シラユキの目を見て、とうの昔にそんな気がないのは理解しているが、念には念をということである。

 

「タースティアに関する君の証言について全て裏が取れた。我々は改めて君の話を聞く用意が出来た。その上で聞きたい。……タースティアを壊滅させて欲しいというのは本当かな?」

 

「本当だよ。タースティアのリーダー、『ビリィ・アラーナム』は世界に対して宣戦布告をしようとしている。地球連邦軍でも、どっかにいなくなったノイエDCでもなく、タースティアが世界の守護者になろうとしているんだ」

 

「それを可能とする程の手札があると?」

 

 一瞬の沈黙。思わずギリアムとフウカは顔を見合わせた。

 ギリアムが慎重に続きを促すと、シラユキは言いづらそうに続きを口にする。

 

「……最初はAMだけだったんだ、私達の組織が持つ戦力って。けどウチらの活動を支援してくれるっていう団体が何組かあってさ。徐々に戦力が整ってきた」

 

 そこでギリアムはレリオンの存在を思い返していた。ちゃんとした軍組織ならまだしも、その辺の傭兵の集まりが手に入れられる代物ではない。

 ちゃんとしたバックがいるのは明白。だが、当然リスクはある。それを上回って余りあるリターンがあると見て間違いないのだ。

 

「だんだんウチは大所帯になって、そして持てる戦力も変わってきた。その頃辺りかな? ビリィが変になってきたのは」

 

「具体的には?」

 

「今までのタースティアの活動は地球連邦軍が守ってくれない地域の治安維持がメインだったんだ。この世界、手に入れた機動兵器で奪える所から奪うなんていう時代遅れの山賊もどきがいるしね」

 

「噂は聞いていた。金の流れや兵器の仕入れルートなど、調べるところは山程あったが、反社会的な行動を取っていなかったからこそ、情報部(ウチ)の強制捜査の序列を下にしていた。……しかし」

 

「分かっている。ちょっかい出してるんでしょ? そっちにさ。最近はそういうのが多くなっているみたいだね」

 

 フウカがシラユキを見る。

 

「貴方は? シラユキも連邦軍とやりあっていたんですか?」

 

「ううん。私はメインの仕事をずっとしていたよ。そっちの方はフロノがやっていた」

 

 フロノという名前は二人に覚えがあった。

 

「『フロノ・プレイゼンター』か。タースティアの幹部にして、実働部隊の隊長と聞く」

 

「そうそうよく知ってるね……まあ、フロノは連邦軍とかなり派手にやっているからそれも当然か」

 

「話が逸れたな。それで、ビリィはどんな根拠をもって世界の頂点に君臨しようとしているのだ?」

 

 するとシラユキはポケットからデータチップを取り出し、ギリアムへ放り投げた。

 それを受け取った彼は、インターネットから切り離した完全スタンドアロンの端末にそれを差し込み、データのインストールを行った。

 すぐに出てくる何かの図面。

 読み込み、ギリアムは目を見開いた。それを後ろから覗き込んだフウカも僅かに表情を凍らせる。

 

 その図面が(もたら)す出来事を想像するには余りにも簡単すぎた。

 

「大型重力場発生弾頭ミサイル……だと?」

 

「ビリィはこれを作り上げて、世界中に撃とうとしているんだ」

 

「馬鹿な。この規模の重力場はMAPWにしても威力が高すぎます。こんな物をパカパカぶっ放しでもしたら地球にどんな影響があるか分からない……」

 

「……どうやら、思っていたよりも話が大きくなってきたようだな」

 

 ギリアムの頭の中でこの事態をどう収集するかのシミュレーションが超速度で開始されることになった。

 それを後ろから見ていたフウカはこんなことを思っていた。

 

(まぁたロクにご飯も食べられないお仕事になりそうですね。今のうちに美味しい物をたくさん食べておかないと)




ギリアムとフウカは書きやすい


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