ヤンこれ、まとめました (なかむ~)
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終わらないサプライズ

 

 

ここは数ある鎮守府の一つ。

そこは海の侵略者である深海棲艦と戦える存在、艦娘たちが寝食を共にする場所。

そして彼女達をまとめる者である提督がいる場所である。

しかし、そこではある問題が起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠征の報告書持ってきたから、ちゃんと目を通してね」

 

「あまり近づかないでよ。 不快だわ」

 

「そんなところで油売ってる暇があったら、次の海域の情報でも調べたら? あなた、それぐらいしか役に立たないんだから」

 

 

さきほど報告書を持ってきた艦娘に悪態をつかれながら、提督は大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここの艦娘たちは提督を毛嫌いしている。

なぜこうなったのかは彼自身も分からなかった。

ここが元は艦娘達を酷使する場所、いわゆるブラック鎮守府だったとか、提督が艦娘たちにセクハラを働いていたとか、そんな理由は全くなかった。

この鎮守府は艦娘たちを酷使するほど苛酷な場所でもなく、提督も彼女達を艦隊の一員として大事に思い、無理な出撃は控えるようにしていた。 大破進撃など以ての外だった。

その証拠に前は彼女達も提督を慕い、親しい友人のように気さくに接していた。

それがなぜか、突然皆の態度が一変した。

顔を合わせれば露骨に顔を背け、出撃中に命令無視は日常茶飯事。 ときに艦娘の仕事である秘書艦業務をボイコットされることもままあった。

ただ、不幸中の幸いといえば、暴力行為にまで及んではいないということだ。

艦娘は姿形は人間の女性と変わらないが、その実態は人の形をした軍艦。 彼女達の力は人間を軽く凌駕していた。

あるブラック鎮守府では、提督の横暴に耐えかね一人の艦娘が提督を半殺しにしたこともあった。 殴られた衝撃で顎が砕け、肋骨を折られ、口にするのもおぞましい状態だったという。

余談だが、その艦娘は事情が事情ゆえに情状酌量の余地はもらえたという。

とはいえ、艦娘たちがその気になれば自分などひとたまりもない。

提督は、心当たりのない嫌悪といつこんな日が終わるのかという不安に駆られながら、ひたすら残された書類にペンを走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、さっさと終わらせてよ。 鈴谷たち休憩できないじゃん」

 

「ほんとノロマですのね。 あーあ、どうしてこんな提督がここにきてしまったのかしら?」

 

 

仕事をしていれば、秘書艦の仕事をしていた鈴谷と熊野からあからさまに悪態をつかれ、

 

 

 

 

 

「あっ…」

 

「行くよ電。 あの人に関わっちゃ駄目だ」

 

 

外に出れば、足元に転がってきたボールを取りに来た電を響が引き離していく。

どうやら、自分はとことん嫌われているようだと提督は自嘲気味に自分に言い聞かせた。

正直、逃げ出したい気持ちは何度もあった。

なぜ、皆ここまで自分を嫌ってしまったのか。 そう尋ねようとしたこともあったが、それをする機会さえ与えてはもらえなかった。

数日経った今でも、前みたいに皆が気さくに接してくれるなんて淡い思いは報われることもなく、今日も彼は鎮守府に置かれている提督用の私室に戻るべく帰り支度を整えていた。

 

 

「はは… どうしてこんな事になったんだろうな?」

 

 

自嘲気味に笑う提督の言葉にも、答えてくれるものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日も、朝から散々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食をとりに食堂にやってくると、すでに食堂に来ていた艦娘たちから『食事中に入ってくるな』という気持ちが顔にも雰囲気にも現れていた。

提督をもそれを察してか、食堂には入らず一人屋上で適当に朝食を済ませる羽目になった。

 

 

 

 

 

午前の出撃では皆勝手に出撃しており、戦闘や進攻も独断で行う始末。

負傷して戻ってきた娘を出迎えても、『アンタに心配されたくない』とつっけんどんに返され、そのまま見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

午後の執務。 些細なミスを犯すたび、秘書艦を勤める加賀から嫌味のこもった指摘をされていった。

これまでの皆の態度から提督が精神的に追い詰められていても、彼女は容赦がない。 『ここ、数字が間違ってますよ。 そんなことも分からないの?』 『こちらは記入がもれてます。 貴方、こんな無能でよく提督なんてできますね』と散々なじられ、ますます提督は心身ともに磨耗していくのであった。

 

 

 

 

 

夕方の執務室。

ようやく執務が終わり、加賀はさっさと出て行こうと提督にねぎらいの言葉もかけず、書類をまとめ扉に向かう。

しかし、提督はそんな彼女に「待ってくれ…」と引き止める。

訝しげな視線を送る加賀に、提督は意を決して尋ねてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、皆どうしてしまったんだ!? 今まではこんなことしなかったというのに、なぜ皆俺を嫌うんだ!?」

 

 

「理由があるなら聞かせてほしい! 原因があるのなら可能な限り解決してみせる! だから、教えてくれ! 俺をそこまで嫌う理由を…!!」

 

 

 

心の底から声を張り上げる提督。

はあ… はあ… と苦しげに息を吐く彼に向けて、加賀は一言。 ただ、一言だけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…自分の胸に聞いてみてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に彼女は執務室を後にし、提督は呆然としたまま、彼女が去っていった扉を眺めているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、提督はとぼとぼといつも寝泊りしている自室へと向かっていた。

あれから加賀の言葉が頭から離れない。

あの後、自分が彼女達に嫌われるようなことをしたか必死に思い出そうとしたが、どうしてもその理由は見つからなかった。

セクハラはもちろん、何か彼女達に対して不手際があったわけでもない。

無茶な出撃はさせていないし、遠征に関しても皆均等に休息が取れるよう配備していた。

それでも、皆がここまで俺を嫌う理由はなぜだ…?

結局、彼女の言葉の真意がつかめないまま、提督は帰路につくことになった。 そのとき…

 

 

 

 

 

 

「あれは… 飛龍と蒼龍か?」

 

 

工廠の前で会話をする二人の艦娘、航空母艦である飛龍と蒼龍の姿があった。

遠くで話しているため、二人の会話ははっきりとは聞こえない。

とはいえ、このままここにいてはまた何を言われるか分からない。

提督は急いでその場を離れようとした時、微かに二人の会話が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…飛龍、提督だいぶ参っているよ。 ここまでやった甲斐があったわね」

 

 

 

「…まあ、明日になれば提督も……。 …楽しみね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、提督はその場から駆け出していた。

息を切らせ、額に汗を流しながら、提督は必死で鎮守府の外へ出ようと逃げ出した。

心の中で、彼は確信した。

 

 

 

 

 

このままじゃ、自分は殺される!!

 

 

 

 

そう思ったのは、昔聞いた話を思い出したからだ。

かつて、ブラック鎮守府の提督が艦娘に殺されたことがあるという話を。

戦場では上官の死亡原因の2割が部下によるものだといわれている。

なら、今の自分もそこに含まれているということか!?

彼女達の真意は分からないが、少なくとも自分に敵意を抱いていることは分かる。

そうでなければ、皆が急にここまで辛辣になるわけがない。

とにかく、このままでは危険だ!

急いで鎮守府から離れようと提督は暗い夜道をひたすら走る。

逃げる当てはなかったが、ここにいては自分の命がない。

恐怖に駆られ、鎮守府の門をくぐった時、

 

 

 

 

 

 

 

「提督、そこで何をしている!!」

 

 

艦娘寮へ戻ろうとしていた長門に見つかってしまった。

提督は長門の呼び止める声に従わず、鎮守府を出て近くにある森へと逃げ込んだ。

遅れて、鎮守府から鳴り響くサイレン。 どうやら、長門が提督が逃げたことを報告したのであろう。 多くの艦娘たちが、提督を捕まえるため追いかけて来た。

艦娘たちは提督を探し回るが、暗い夜にうっそうと茂った草木が提督の身を隠し、艦娘たちの自分を呼ぶ声が徐々に小さくなっていく。

これなら逃げられる…! 提督はそう思ったが、

 

 

 

 

 

 

「提督、見つけたよ♪」

 

 

突如木の上からぶら下がってきた川内に見つかってしまった。

視界の効かない夜は他の艦娘たちには不利だったが、大の夜戦好きである彼女は夜の方が本領を発揮できた。

夜目は効くし、微かな音で敵の位置を察知するため耳も良い。 こうして提督を見つけ出すことなど、彼女にとっては造作もないことだった。

 

 

「う、うわあああああ!!」

 

「ちょっ、待ってよ提督!」

 

 

悲鳴を上げながら川内から逃げる提督。

捕まるわけにはいかない。 捕まったら殺される。

他の艦娘たちが自分の悲鳴を聞きつけ、駆けつけてくる。

その後も、死に物狂いで逃げる提督。 艦娘の追撃をかわし、草木を掻き分け必死に走っていたが…

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

提督が逃げた先。 森を抜けたその先は道がなく、漆黒の海が果てしなく広がる断崖絶壁と化していたのだ。

背後には自分を追って来た艦娘達の姿。 もう、提督には逃げる術がなくなっていた。

 

 

「く、来るなっ! 俺はまだ死にたくない!」

 

「何を言っているんだ提督!? ひとまず、落ち着いてくれ」

 

 

提督を宥めようと長門は提督に呼びかけるが、提督の方は聞く耳を持たない。

 

 

「やっと気付いたんだ…。 お前達が、俺の命を狙おうとしていることがな!!」

 

「馬鹿なっ!? なぜ私たちがそのようなことを…!」

 

「加賀、あの時お前が言った意味が分かったよ。 お前は皆が俺に殺意を抱いている事に気付けと、そう言いたかったんだな!!」

 

「ち、違います! 落ち着いて聞いてください、提督。 私たちは貴方に…!」

 

「うるさい黙れ!! 俺は死なない…、必ず生き延びてみせる! 死んでたまるか…! 死んでたまるか…! 死ん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、提督は艦娘達の目の前で姿を消した。

提督の肢体は空中に投げ出され、重力に引かれたまま黒ずんだ海へと落下していく。

一瞬、何が起きたか理解できない提督。

そんな彼が最後に見たのが、崖の上から自分たちを見下ろす艦娘たちの姿。

その表情は暗くてよく見えなかったが、提督の目には彼女達が海に落下する自分を、にたにたと愉悦のこもった顔で見下ろしているように見えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、艦娘たちによるサプライズのつもりだったのだ。

ある日、もうすぐ提督が着任した日だと知った彼女達は、着任記念日ということで皆でお祝いしようとした。

ここの艦娘たちは自分達を大事にしてくれる提督を慕っている。 彼の喜ぶ姿が見たいという理由で、提督に内緒でこっそり着任記念の準備を行っていた。

しかし、そのまま祝っただけじゃ面白みに欠ける。

そう考えた艦娘たちは、ある提案をした。

それは、提督着任記念日の一週間前から皆で提督に冷たくすることで、記念日にお祝いするとき提督により喜んでもらおうというものであった。

そして、作戦は決行された。

案の定、急に冷たくあしらわれてしまい、提督は徐々に落ち込んでいた。

心にもないことを言って提督を傷つけるのは辛かったが、みんな全ては記念日までの辛抱だと言い聞かせてきた。

加賀が提督に言った、「自分の胸に聞いてみてください」という言葉も、「明日は貴方の着任記念日ですよ。 それくらい気付いてください」という彼女なりの遠まわしなアプローチのつもりだったのだ。

そしていよいよ着任記念日を明日に控えたこの日、事件は起こった。

皆の仕打ちに耐えかね、挙句に飛龍と蒼龍の会話を聞き誤解してしまった提督が、鎮守府から逃げ出したのだ。

皆急いで追って、提督に本当のことを伝えようとしたが、恐怖で錯乱していた提督は聞く耳を持たず、最後には崖から落下してしまったのである。

艦娘たちによる必死の捜索の結果、提督は発見され無事一命は取り留めた。

しかし、彼は落下の衝撃で脳にダメージを受けてしまい、感情も言葉も発せない状態。 いわゆる植物人間と化してしまった。

目は見開き、口は何も言わずうっすらと開いたまま。 何も言わない生きた人形と化した彼は今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ提督、今日は鈴谷がMVP取ったんだよ! 褒めて褒めて~♪」

 

 

 

「提督、今日の執務が終わりました。 そろそろお茶にしますか」

 

 

 

「これ、遠征の報告書。 大成功させたんだから、ちゃんと確認してよね♪」

 

 

 

 

 

 

鎮守府の執務室。 そこで大勢の艦娘達に囲まれ、慕われていた。

今までと違うことといえば、皆の目が黒くよどんでしまっていることだった。

あれ以来、自分達が提督をここまで追い込んでしまったという事実に耐えられず、彼女達も心が病んでしまったのである。

皆、何も言わぬ彼に嬉々として話しかけている。

壊れてしまった提督と、壊れてしまった艦娘たち。

そんな彼女達を前にして提督が何を思っているかは誰にも分からず、彼の手元には着任記念日のプレゼントとして用意されていた懐中時計が、着任記念日の日時を指したまま止まっていた。

 

 

 



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ジュウコンができた理由(わけ)

 

 

 

ここはとある鎮守府の執務室。

唯一の男性である提督は執務をひとしきり終え、のんびりと執務椅子に背中を預けていた。

無言のまま天井を見上げるその表情は晴れず、どこか不安を抱く様子が窺えた。

そんな時、コンコンという控えめなノックの音と共に、彼の初期艦である艦娘『吹雪』が湯気のたったお茶を持って入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、お茶が入りました」

 

「…ん、ああ。 そこに置いといてくれ」

 

 

明るい笑顔を見せる吹雪とは裏腹に、そっけない返事を返す提督。

その様子に疑問を抱いた吹雪は彼に尋ねた。

 

 

「司令官、どうかしたんですか? なんだか、いつもと違って元気がないですよ」

 

 

 

 

 

 

 

彼女の知っている司令官という人物は、普段は艦隊の仲間達に気さくに接する男だ。

駆逐艦の子達が頑張ったときは、親しい兄か父親のように暖かく触れてあげる。

戦艦や空母・巡洋艦たちには気の良い親友のように言葉を交わし、時に飲み仲間のように宴会や晩酌に付き合ってあげることも珍しくなかった。

そんな彼が、今はまるで別人のように暗く静まり返っている。

それが気になった吹雪はどうしてこうなったのかを知りたく、提督から話を聞く事にしたのだ。

 

 

「………」

 

 

提督の方も、流石にこのまま話すのは失礼かと思い、体を起こす。

不安げに自分を見つめる吹雪を見ると、訳を話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ケッコンカッコカリについて、どうしようか考えていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケッコンカッコカリ

 

 

 

 

 

 

指輪の形をした増幅装置(ブースター)を身につけることで艦娘の能力を底上げし、より良い戦力強化を図ろうというもので、元々は大本営から任務の一環として発表されたのだ。

しかし、これは能力の強化と同時に相応の過負荷がかかるため、最大錬度……すなわち限界まで能力を引き出した艦娘にのみ使用を許されている。

最大錬度という高いハードルゆえ、これを使用できる艦娘は少ないが、それでもこのケッコンカッコカリを受けたいという艦娘は数多くいる。

それは能力強化もあるが、真似事でも自分にとって愛しい相手と結ばれるという、女の幸せを享受することができるという理由が大きかった。

現に彼の鎮守府でも、このケッコンカッコカリを行いたいがために最大錬度に到達した艦娘はたくさんいる。

そして、目の前にいる吹雪もまた、その一人なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケッコンカッコカリ、ですか。 それじゃ、まだ誰を選ぶか決心がついてないんですね…」

 

「ああ。 皆俺を慕ってくれているのは嬉しく思っている。 提督としても、一人の男としてもな…」

 

 

どこか遠くを見るような目で、提督はお茶をすする。 自分好みの熱さが一時、心の不安をやわらげてくれる。 長く自分を支えてくれた彼女の優しさに心の中で礼を言って、話を続ける。

 

 

「司令官ほどの人なら、皆誰を選んでも不満はありませんよ。 司令官は、司令官の気持ちに素直になれば良いんです」

 

「ありがとう、吹雪。 ただ、な…」

 

「…っ? まだ、何か不安が…?」

 

「実は、俺の元にもケッコンカッコカリの指輪が届くと聞いたとき、昔聞いたある話を思い出してしまったんだ」

 

 

ちょっと長い話になるんだが…、前置きをする提督。

それを聞いた吹雪は自分の口をつけている湯飲みをテーブルに置くと、姿勢を直し提督の方へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある時、俺の友人から聞いたんだが、ある鎮守府の提督が艦娘に殺されるという事件があったんだ」

 

 

「それって、もしかしてブラック鎮守府の様な提督ですか!?」

 

 

 

 

 

 

血相を変えて提督の方へと身を乗り出す吹雪。

彼女が興奮するのも無理はない。

ブラック鎮守府とは、部下である艦娘を奴隷や使い捨ての道具のように酷使する鎮守府。 そして、そのような提督がいる場所。

艦娘である彼女にとっては、恐怖と嫌悪の対象でしかないのだ。

しかし、提督は吹雪の言葉に小さく首を振った。

 

 

 

 

 

「いや、違う。 その提督は実直で、艦娘達からも心から信頼される良き提督だったんだ」

 

 

「…? じゃあ、どうしてそのような人が艦娘に殺されたんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで意味が分からないという顔で提督に問う吹雪。

彼女が座るのを待って、提督は再び話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友人の話では、彼は仕事熱心だったが部下への気遣いを忘れない男で、戦果より艦娘たちの安否を心配する男だったそうだ。 だから、戦況によっては中破・小破しただけでも撤退するようにしていたんだ」

 

 

 

「中には彼を臆病者呼ばわりする提督もいたそうだが、それでもその提督は艦娘達の身を第一に考え、彼女達もまた彼をとても信頼していたそうだ」

 

 

 

 

 

提督は「ふう…」と小さく息を整えると、ちらりと自分の湯飲みに目をやる。

湯飲みの中は、時間がたってすっかり冷め切ったお茶が自分の浮かない顔を映し出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼には着任したときから共に過ごしてきた艦娘がいた。 彼女は誰よりも彼のことを想っていて、彼もまた自分を長く支えてくれたその艦娘を大事にしていたんだ」

 

 

 

「そして、彼の元にもケッコンカッコカリの書類と指輪が届いた。 その艦娘は、真っ先に自分を選んでくれると思っていたのだが、彼は言った。 『自分は、誰ともケッコンカッコカリをするつもりはない』と…」

 

 

 

「当時は複数の艦娘とのジュウコンは心象的によろしくないということで、大本営から禁止令が出されていたんだ。 まあ、その頃は開発したばかりであまり指輪の数がなかったというのも理由の一つだがな」

 

 

 

「それに、彼はあくまで提督として皆を大事に思っていて、その中から誰か一人だけを特別扱いするわけには行かない。 そう考えていた」

 

 

 

「しかし、艦娘の方は彼を諦め切れなかった。 必死に泣きじゃくりながら自分とケッコンカッコカリをしてほしいと懇願し、時に肉体関係を作ってでもと迫ってきた事もあった。 しかし、提督もまた必死に突っぱねた。 『自分が提督である以上、部下であるキミと特別な関係になるわけには行かない』と、頑なに言い聞かせたんだ」

 

 

 

「……そして、事件は起きた。 ある日の早朝、秘書艦だった彼女は執務室にいた提督を撃ち殺したんだ。 隠し持っていた単装砲を使って…」

 

 

 

「発砲音を聞いて駆けつけた艦娘たちが問い詰めると、彼女はこう言った。 『あの人が提督である以上、私はあの人と一緒にいられない。 だから、こうするしかなかったの。 これからは、一緒にいられるわ』 と、心から嬉しそうな顔をしていたそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

言いようのない恐怖に襲われながら、吹雪は膝の上に置いた手に力を入れる。

額から冷や汗を流し、ごくりとつばを飲み込みながら、彼女は提督の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後、死んだ提督の葬儀が執り行われる事になったが、そこに提督と彼を殺した艦娘の姿はなかったそうだ」

 

 

 

「……ど、どうして…ですか?」

 

 

 

「彼女は提督を殺した後、彼の亡骸を背負ったまま海に逃げ出したんだ。 周りが青一色の海原まで来ると、彼女は追って来た子達にこう言った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は本当に彼を愛しているの。 誰にも来てほしくないし、誰にも触れてほしくないの。 だから、私は彼と共に行くわ。 誰も追ってこれない深い深い海の中へ、私は望んで行くわ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その言葉を最後に彼女は主砲に入っていた砲弾を暴発させ、提督の亡骸を抱いたまま自沈した。 その場にいた艦娘たちは、ただ立ち尽くすことしかできなかったと話していた」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「それ以来、大本営は複数の艦娘とのケッコンカッコカリを受け付けるようにしたんだ。 表向きは、あくまで戦力強化のためという事にしているが」

 

 

 

「根本的な解決になっていないことは分かっている。 しかし、この事件は彼が一人の艦娘としかケッコンできないという理由で行わなかったのが原因だった。 だから、その問題を少しでも緩和できればということでこの結論に至ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い独演を終えて、提督は「ふぅ…」とため息を吐く。

しばらく無言のまま提督の話を聞いていた吹雪は、ゆっくりと顔を上げて提督の顔を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

「…俺は怖いんだ。 俺自身、男としてジュウコンはしない。 誰か一人をケッコンカッコカリの、そして将来の伴侶として愛そう。 そう決めている」

 

 

 

「しかし、俺のその判断が他の子をこのような暴挙に駆り立ててしまうのではないか。 俺の判断が、誰かの心を壊してしまうのではないか。 そう思うと怖いんだ、ケッコンカッコカリをすることが…!」

 

 

 

そう叫びながら、提督はその場で頭を抱え込んでしまった。

彼はケッコンカッコカリをすることが不安ではなかった。 ケッコンカッコカリの相手として、誰か一人と特別な関係を結ぶことが不安だったのだ。

それは同時に選ばれなかった子達を傷つける事になる。 それが原因で彼女達の心を壊す事になってしまうのではないか。 彼はそのことを懸念していたのだ。

しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

思わず声を上げる提督。

そこには、自分を優しく抱きしめる吹雪の姿があった。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよ司令官。 私は皆さんがそんなことするような方じゃないと知ってますし、もしあったとしてもそんなことは私がさせません。 だから私を、そして皆を信じてください」

 

 

温かみのある声で提督にそう話しかける吹雪。

その声が、その温もりが、提督の心にある不安を少しずつ溶かしてくれた。

提督はゆっくりと手を伸ばし吹雪を抱きしめ、吹雪もまた、提督が落ち着いてくれるまでその手を離すことはなかったのであった。

 

 

 

しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した提督は、いつもの口調で吹雪にお礼を言った。

 

 

「ありがとな吹雪、おかげで俺も決心がついた。 指輪が届いたそのときは、俺もケッコンカッコカリを行う。 それまでに、俺も誰を選ぶかその答えを決めておくよ」

 

「はいっ! その意気ですよ、司令官!」

 

 

元気いっぱいの吹雪の返事を聞き、提督も思わず照れ笑いを浮かべる。

そして、誰をケッコンカッコカリの相手にするか。 その答えを見つけ出すべく、提督は執務室を出てみんなの元に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主のいなくなった執務室。

一人ぽつんと取り残された吹雪は、さきほど提督が出て行った扉を見つめながら、一人つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫。 あなたには私がついているんです。 あなたが辛くなったそのときは、私があなたを支えます。 あなたが道に迷ったときは、私があなたを導きます。 あなたにまとわりつくような悪い虫は私が一匹残らず払ってあげます。 だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私以外の子を選んじゃ嫌ですよ、司令官…」

 

 

 

そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべる。 黒く濁ったその瞳に最愛の人を映し出し、彼女は誰もいない執務室で高らかに笑うのであった。

 

 

 



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この思いを貴方に捧ぐ

 

 

 

綾波型駆逐艦8番艦『曙』

 

 

着任当初から提督に「こっち見んな!」と罵声を浴びせ、普段から刺々しい態度を見せる艦娘。

史実によるせいか、彼女が素直に提督に好感を見せることはまずなかった。

ある鎮守府に所属する曙もその例に漏れず、着任時から提督につっけんどんな態度をとり、ぶっきらぼうな言葉をかけてきた。

そんな彼女だったが、今は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、どうだった提督。 さっきの演習は…?」

 

 

 

 

 

「完全勝利なんてすごいなって? 当然じゃない、この曙がいるんだから♪」

 

 

 

 

 

「あっ、そろそろ遠征の時間だ。 えっ… 離ればなれになるのは寂しいって…?」

 

 

 

 

 

「大丈夫、あたしはちゃんと提督の元に戻ってくる。 約束するよ」

 

 

 

 

 

「それに…あたしだって提督と離れるのは寂しいんだから……。 うん、なるべく早く帰るね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても提督に対して素直な態度をとるようになったのである。

なぜ彼女がここまで変わったのか。 それは今から一月ほど前に話は遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある鎮守府の執務室。

年季の入った提督机にシンプルなブルーカーペット。 大きな窓から母港が一望できるこの部屋で、提督は黙々と作業をこなしていた。

そんな中、突然ドアがはじけるように勢いよく開く。

ドアを乱暴に開けた張本人、曙は不機嫌な態度を隠すことなく提督の元に詰め寄り乱暴に机を叩いた。

 

 

 

 

 

「ちょっとクソ提督、この前の杜撰な指揮はなによ!? アンタが油断してたせいで左舷から敵に襲われて大変だったじゃない!!」

 

 

大きな瞳に怒りをはらんだ彼女は、目の前の提督を射殺さんと言わんばかりにじっと睨みつけている。

 

 

「…すまない曙。 戦況としてはこちらが優位だった分、慢心していたよ。 お前のフォローがあったおかげで、俺もどうにか持ち直すことができた」

 

「ほんと嫌になるわよ! アンタが下手な采配をすれば、こっちにそのしわ寄せが来るのよ。 そんなんじゃ、アンタいつまで経ってもクソ提督のままよ!!」

 

「いや、返す言葉もない…。 次こそは、お前に……いや、お前達に余計な負担をかけさせないようにする。 だから、次も頼めるか?」

 

「ふんっ! ほんとは嫌だけど、あんたに任せたら他の子達が気の毒だから次もまた出てあげるわよ。 じゃあ、あたしもう行くから」

 

 

忌々しげに鼻息を鳴らし、執務室を後にした曙。

そんな彼女を見届けた提督は小さくため息を吐き、

 

 

 

 

 

「やれやれ… 曙の言うことももっともだ。 いつまでもあいつに叱られてばかりじゃ、確かに俺はクソ提督だな」

 

 

と、自分を戒めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室を出た曙はしばらく不機嫌そうに廊下を歩いていたが、廊下を一つ曲がった瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

「あ――――!! どうしてあんなこと言っちゃったのよあたし――――!? あたしはただ、この前の出撃でMVPを取った事を褒めてほしかっただけなのに―――!!」

 

 

 

本音を叫びながら頭を抱えうずくまってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある艦娘寮の一室。

そこでは一人用の個室から、数人が寝泊りできる大部屋まで各階ごとに割り当てられ、この鎮守府に所属する艦娘たちはここで生活している。

大部屋の一つ、第七駆逐隊が暮らす部屋では曙が先の出来事について他の皆に相談していた。

 

 

 

 

 

 

「……それで、今回も提督に褒めてもらうつもりが悪態をついて戻ってきてしまったと…」

 

 

椅子に腰掛けながら話を聞いていた艦娘、『朧』はジト目を向けながら曙を見ている。

 

 

「いやー、ほんっとーにボノやんはご主人様へのアプローチが苦手だよね~! そんなツンばっかりで落とせるほど、ご主人様はMじゃないぞ~!」

 

「う、うるさいわね漣! そんなの、言われなくても分かってるわよ!!」

 

 

ベッドに座りながらジェスチャーを交えて曙をからかう艦娘、『漣』の言葉に曙も語気を荒くする。

 

 

「そ、そんな言い方しちゃだめだよ漣ちゃん。 曙ちゃんだって、提督に素直になろうと頑張ってるんだから」

 

 

漣の隣にいる姉妹艦『潮』が漣を窘めていると、朧が曙に言葉をかける。

 

 

「でも、漣の言うことも一理あるわ。 そんな刺々しい態度ばっかりとっていたら、いくら提督だって本当に愛想をつかすかもしれないよ?」

 

「うっ… そ、それは……」

 

 

朧の指摘に口ごもる曙。 そんな彼女に朧は話を続ける。

 

 

「それに知ってる? 提督、今度長期遠征に出向く予定なんだって。 大淀さんが話してた」

 

「そうなればしばらく会えなくなるけど、曙はそれでいいの?」

 

「………」

 

 

曙は無言のまま、何も言わず俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督とは初期の頃から一緒だった。

素直になれないが故に罵倒や憎まれ口を叩くのはしょっちゅうだが、提督はそんな自分にもやさしく笑いかけてくれた。 いつからだろうか、曙はそんな提督のことが好きになっていた。

でも彼女は言えなかった。 感謝の言葉も、自分の気持ちも。

姉妹艦として付き合いの長い第七駆逐隊の皆に相談しながらも、素直に思いを伝えられず今に至っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の港。

数多の星がきらめく夜空のもと、曙は一人散歩をしていた。

 

 

「…私だって、素直に言えたらどれだけいいか……」

 

 

朧の指摘が未だに頭から離れず、曙はとぼとぼと港を歩いている。

気分転換をかねてこうして外に出てきたが、結局良い案も思いつかず彼女は一人ため息を吐く。 そんなとき、

 

 

 

 

 

「あっ、曙」

 

「ふぇっ? くく、クソ提督!?」

 

 

向かいからやってきた提督に動揺を隠せない曙。

思い切りどもる彼女の様子に、提督はどうかしたのかと首をかしげている。

 

 

「こんな時間に散歩なんて、どうした? 眠れないのか?」

 

「あ、アンタには関係ないでしょ!?」

 

 

またも素直にいえず、いつものごとくつっけんどんな態度を見せてしまう。

そんな彼女の返事にも、「そうか」と提督は笑って返した。

 

 

 

 

 

「…ところでさ、曙は今錬度いくつだっけ?」

 

「…98よ。 もうすぐ99に到達するけど」

 

「そうか。 もうそこまで上がってきてたんだな」

 

「どこぞのクソ提督が散々演習に駆り出したおかげでね」

 

「うっ、すまん…。 ただ、それも訳あっての事なんだ」

 

「何よ、その訳って…?」

 

 

そう言いながら、曙はじろりと睨みつける。

提督は仰ぐように空を見上げ、真っ直ぐに手を伸ばす。

 

 

「もうすぐ、俺が長期遠征に出向くことは知ってるか?」

 

「朧から聞いたわ。 それが何…?」

 

「実は、その内容がケッコンカッコカリの指輪を受け取りにいくというものなんだ。 それで……」

 

「…それで? 男ならはっきり言いなさいよ!!」

 

 

もどかしさのあまり、声を荒げる曙。

そんな彼女の言葉に、提督も意を決したかのように曙に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……もしよければ、その指輪を曙に受け取ってほしいんだ!」

 

 

夜の港に響く提督からの告白。

それを聞いた曙は、徐々に顔を赤く染めパニクりながら叫んだ。

 

 

「な、なな、何言ってんのよ!? 意味わかんないわよそれ!! 大体なんであたしを選ぶの!? 他にアンタにふさわしい子がいるんじゃないの!?」

 

 

曙も知っていたが、自分以外にも提督に好意を抱く艦娘は大勢いた。

それも相手は自分よりスタイルの良く綺麗な戦艦や空母、自分より素直に接してくるかわいい軽巡や駆逐艦などなど。

その中からなぜ提督は自分を選んだのか、曙にはまるで理解できなかった。

 

 

「お前には新米の頃から助けてもらった。 他の子たちが上官相手に言いにくかった事を、お前は面と向かって言ってくれた。 俺に至らないことがあれば、お前ははっきり教えてくれた。 俺がこうして提督として今までやってこれたのも、お前がいてくれたからなんだ。 だから…」

 

 

 

 

 

 

「…お前にはこれからも俺のそばにいてほしい。 お前の支えで立派な提督になった俺を見てほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ダメ、かな…?」とぽつりと呟きながら苦笑いを浮かべる提督。 そんな提督に対し、しばらく顔を伏せたままの曙はぷるぷると肩を震わせ、

 

 

 

 

 

「なによそれ……」

 

「えっ…?」

 

「アタシが今までどんな思いでアンタに接してたか分かってんの!? 人の気も知らないで、そんなこっ恥ずかしいこと口にして! アンタなんてクソよクソ! とんだクソ提督よ!! アンタみたいな奴、さっさと遠征に出てってさっさと指輪もらってくればいいのよ!!」

 

 

顔を真っ赤にし半泣きになりながら、曙は感情を爆発させる。

ポカポカ自分を叩いてくる彼女に「イテッ、落ち着け…!」と提督が宥めていると、急にしおらしくなり、

 

 

「……それまでに、あたしも錬度を99にして………待ってる…から」

 

 

その場にへたり込んでしまった。

提督は優しいな笑みを浮かべると、膝を折りその場にしゃがみながら涙を流す曙の頭をそっとなでていた。

 

 

「ありがとう…」の言葉と共に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、提督が遠征に向かった日から曙は熱心に演習や出撃に取り組んでいた。

第七駆逐隊の皆はあまり無理しすぎないよう心配していたが、彼女は笑顔で平気だと返し、ようやく念願の錬度99へと到達したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は、ついに提督が遠征を終え戻ってくる日。

曙にとっても待ち望んだ、ケッコンカッコカリの指輪とともに提督が帰ってくる日だった。

快晴の空の下、曙は今か今かと港で提督の乗った艦が来るのを待っていた。

曙は心の中で決めていた。

提督が帰ってきたら、そのときは素直にお帰りなさいって言おうと。

お疲れ様って声をかけてあげようと。

そして、私も大好きだよって正直に提督に告白しようと。

胸の高鳴りを押さえながら、彼女は息を整え提督が早く戻ってこないかとそわそわしていた。

しかし、予定時刻を過ぎても提督の乗った艦は戻ってこなかった。

さすがにこれはおかしい、と曙は疑問を感じる。

そのとき、鎮守府の方から潮が息を切らせながら曙へと駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

「た、大変だよ曙ちゃん!! たった今、鎮守府海域から深海棲艦に襲われてるとSOS信号が届いたの! それで、信号を送ってきたのは提督が乗っている艦からなの!!」

 

 

それを聞いた曙は大きく目を見開き、わき目も振らずに飛び出していった。

「そんな…! 嘘でしょ…!?」とひたすら自分に言い聞かせながら、曙は海面をひた走り、そしてSOS信号の発信源へとやってきた。

だが、それは嘘ではなかった。

提督の乗っている艦には数多の深海棲艦たちが攻撃を仕掛けていた。 砲弾が着弾するたびに艦が大きく揺れ動き、乗員の悲鳴が聞こえてくる。

遠征のため護衛として同行していた艦娘たちも応戦していたが、多勢に無勢。 敵の数が圧倒的に多く、ここにいる彼女達だけでは攻撃を捌ききれずにいた。

悪夢としかいえない状況にパニックになりそうになる曙。 しかし、どうにか冷静に今の状況を確認した。

 

 

 

 

 

(大丈夫… 提督の乗っている艦は、深海棲艦の攻撃にも耐えられるよう頑丈に作られている。 どうにか、あたしが提督を助け出せれば…!)

 

 

曙は深呼吸して気を落ち着けると、提督のいる艦に向かって一気に突撃していった。

周囲にいた深海棲艦たちの何体かは曙の存在に気付いたが、曙は素早く砲撃を繰り出し自分目掛け襲ってくる深海棲艦たちを迎撃する。

うまく敵の襲撃をかわし、どうにか甲板へと乗り込んだ曙。 後は、中にいるであろう提督の元に向かうだけだった。

 

 

「待ってて提督! 今助けに……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボオンッ!!!!

 

 

 

 

それは、突然の出来事だった。

戦艦タ級の放った砲撃が空高く舞い上がり、提督たちがいる艦の上部分を直撃し爆破炎上を引き起こした。

曙の目の前で煌々と照らされる炎。 その中から誰かは分からないが、炎に焼かれ苦しむ人の声がはっきりと聞こえてきた。

 

 

「あっ… あっ…! あああ…!!」

 

 

呆然としながら立ち尽くす曙の足元に、炎上する上部分からあるものが落っこちてきた。

曙がそれを拾い上げ、確認すると…

 

 

「う、うそ…でしょ…!? これ…これって……!!」

 

 

それは指輪だった。

元はケッコンカッコカリのものであろうシルバーリングだったが、今は炎に焼かれ黒ずんでいた。

曙は指輪を握り締めたまま、大粒の涙をこぼしながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤ…イヤ………イヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴を上げ、その場で気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に分かったことは、あの後鎮守府の方から増援が来て、どうにか深海棲艦を追い払うことはできた。

しかし、艦に乗っていた者は全員死亡が確認された。

同じく艦にいた曙もひどい火傷を負ったが、他の艦娘に助けられたおかげで命に別状はなく、その後は意識の回復も確認された。

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の医務室。

そこにある個室の前の廊下では、第七駆逐隊の皆とここを担当する工作艦、明石がこっそり中を覗き込んでいた。

 

 

「…明石さん。 もう、曙は戻ってこないの…?」

 

「…残念だけど、これ以上私からできることはないわ。 後は、こうして見守るだけね…」

 

 

明石の悲しげな声に、朧たちは肩を落とし、病室の中にいる曙に目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、ほんと? やだー、それっておっかしいじゃん♪」

 

 

 

 

 

「…うん、私も好き……ううん、大好き! だから、これからも一緒にいてね、提督…」

 

 

 

 

個室の中では、誰もいない空間に向かって一人楽しげに話をする曙がいた。

あの後、目の前で大事な人を失ってしまったショックに彼女の精神が耐えられず、今はそこにいない提督へと素直な思いを告げていた。

そのときの彼女の表情はこれ以上ないほど明るく、そして彼女の左手の薬指には提督から彼女へ送られるはずだった物。 黒ずんでしまったケッコンカッコカリのリングが収められていたのであった。

 

 

 



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四葉のクローバーの花言葉

 

 

 

とある鎮守府の執務室。

大きく開け放たれた窓からは潮の匂い香る海風がそよぎこみ、そこにいた艦娘の髪を揺らす。

遠征を終え帰還してきた艦娘は、向かいの執務机で執務をこなす提督へと報告をした。

 

 

 

 

 

「…と、いうわけでこちら第4艦隊は無事タンカー護衛任務を終え、ヒトロクマルマルに帰還しました。 えと… 報酬の燃料は、すでに資材庫に置いてあります、はい…」

 

 

慣れない遠征艦隊旗艦を務めた艦娘は、やや緊張気味に内容を伝え、その内容を聞いた提督は優しく微笑むと、艦娘の頭を撫でてあげた。

 

 

「報告お疲れさま、潮。 今日の遠征はこれで終わりだから、他の皆にも休むよう伝えておいてくれ」

 

「…は、はいっ! 了解です、提督」

 

 

この鎮守府に所属する唯一の男性である提督に、潮ははにかみながらもしっかり返事を返した。

潮は提督に報告をするこの時が好きだった。

報告を終えると、彼はお礼の言葉とともに自分の頭をやさしくなでてくれる。 その大きく温かい手は、いつも自分に安心と癒しを与えてくれた。

ただ潮に限ったことではなく、他の駆逐艦の子たちにも提督は同じようにしてくれる。

それでも、潮は提督に撫でてもらえるこの時が好きで、このためにわざわざ慣れない遠征艦隊の旗艦を買って出たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっといいかしら、提督?」

 

 

不意に背後から聞こえた声に振り向く潮。

そこには開いた扉を律儀にノックしながら提督に尋ねる艦娘の姿があった。

 

 

「ああ、どうした陸奥?」

 

 

提督は意識を潮から自分を呼んできた艦娘、今日の秘書艦を務める陸奥へと切り替えていった。

頭を撫でる手を止め、陸奥に向かっていった彼を、潮は少し残念そうな表情で見送っていく。

 

 

「明日の出撃のことで、ちょっと聞きたいことがあって…」

 

「なんだ一体? …あっ、すまない潮。 この後陸奥と話があるからもう戻っていいぞ」

 

「…分かりました。 では、失礼します……」

 

 

その言葉と共にそそくさと執務室を後にする潮。

入れ替わりに執務室に入っていく陸奥は、寂しげに去る潮の背中を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の食堂。

ここでは軽空母として出撃をこなす傍ら、鎮守府の料理長を務める艦娘『鳳翔』がプロ顔負けの料理を提供してくれていた。

食堂にいる艦娘たちの反応もまちまちで、素直に料理がおいしいと称賛する者。 食事より酒に夢中になる者。 嫌いな食べ物を残しては、他の姉妹艦に叱られる者などいろんな様相を呈していた。

そんな中で、潮はため息交じりに一人食事をとっていた。

あの時、陸奥との話に楽しげな笑みを見せた提督の姿が忘れられず、今はいつものように他の皆と楽しく食事をする気にはなれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの潮? 溜息なんかついちゃって」

 

「…ふぇっ? むむ、陸奥さん…!?」

 

 

突然後ろから自分を呼ぶ声にびっくりしながら振り返ると、そこには夕食のトレーを持ってこちらを見る陸奥の姿があった。

いきなり話しかけられたせいでどぎまぎしてまともに言葉が出ない潮。 そんな彼女を見て、陸奥はクスリと笑うと、

 

 

「ひょっとして、提督のことが気になってたの? 貴方、提督に褒めてもらってた時、すごく嬉しそうにしてたものね」

 

「あうう……」

 

 

理由を話す前に図星をさされ潮は縮こまってしまい、陸奥は「失礼…」と一言断り潮の隣に座ると、同意の言葉を贈る。

 

 

「その気持ち、私もわかるわ。 あの人って艦隊の指揮は一流なのに、そういう事に関しては本当に疎いんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府の提督は艦隊指揮に関してはとても優秀だった。 状況に応じた的確な判断と指示で見事艦隊を勝利に導いて行き、なおかつ艦娘たちには過度な負担をかけないようにと、普段から彼自身艦娘たちと親しい友人のように接していきメンタルケアを怠らなかった。

もっとも、後者は提督も艦娘たちとこうして触れ合うのが楽しみでやっているというのもあるが、そのせいで多数の艦娘たちが提督に上官でなく一人の男性として想いを寄せていることに、彼自身が気づいていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そう…ですよね。 提督は他の皆からも人気者だし、とても私なんかじゃ……」

 

 

 

呆れの色を含めた陸奥の言葉に、小さく溜息を吐く潮。

だが、陸奥は俯いたままの潮の鼻に、人差し指を当ててきた。

 

 

「だからって、そんな弱気でどうするの? 貴方の言う通り、提督は色恋沙汰に関しては疎いわ。 だからこそ、こっちから積極的にアプローチを仕掛けて行かなきゃダメなのよ。 分かってる?」

 

「ふぇぇ… それは、分からなくもないんですが……」

 

「もう、しょうがないわね。 それじゃ、明日は二人でどっか遊びに行きましょ。 明日はちょうど休日だし、こう気持ちが落ち込んでいるときは外で気晴らしするのが一番よ」

 

 

潮の肩をやさしくたたきながら、そう提案する陸奥。

笑顔で自分を気にかけてくれる陸奥に潮も頷き、明日はどこに行こうかと楽しく話しながら二人は夕食を終えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 絶好のお出かけ日和といわんばかりの快晴の元、鎮守府の入り口で潮は陸奥を待っていた。

休日だけに彼女はいつものセーラー服ではなく、日よけ用のつばの広い白の帽子とワンピースを着ており、一見するとどこかいいとこのお嬢様にも見えた。

 

 

「……。 陸奥さん、遅いな…」

 

 

腕時計を見ると、もうすぐ予定の時刻に差し掛かるところ。 陸奥は決して時間にルーズな性格ではないのだが、なぜ来ないのか…? 潮が首をかしげていると、鎮守府のほうから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

その声に、潮は驚きを隠せずにいた。 なぜなら、聞こえてきた声は陸奥ではない明らかな男性の声。 そして、自分のもとにやってきた相手が、

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんな潮、支度に手間取ってしまった」

 

「ええっ!? て、提督っ…!?」

 

 

陸奥ではなく提督だったことに潮も頭の中がパニックになり落ち着けず、提督のほうはそんな潮の心境に気づくことなく笑いながら説明した。

 

 

「実は陸奥が急に用を思い出したから、代わりに潮と遊びに行ってほしいって言ってきたんだよ。 幸い今日は予定がないから良かったものの、あいつにも困ったものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう、陸奥さんってば最初からこうするつもりだったのねー!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

頭をかき溜息を吐く提督に背を向けながら、潮は陸奥に内心怒りをあらわにする。

怒りに震える潮を見て、提督は「やはり自分じゃダメだったかな…?」 と勘違いし、ばつが悪そうに潮に声をかけた。

 

 

「その… せっかく陸奥と行く予定だったのに、相手が俺ですまないな…」

 

「そ、そんなことありませんよ! 私こそ、せっかくのお休みに付き合っていただいて、すみません……」

 

「いいって。 俺も今日は暇だったし、お互い楽しむとしよう。 行くか、潮」

 

「あっ、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、二人は街に出て思いっきり楽しんできた。

遊園地ではジェットコースターやお化け屋敷に入った潮が涙目になり、映画を見に行ったときは店員からカップルと間違われ二人慌てて否定したり、ショッピングでは色とりどりのアクセサリーに目を輝かせる潮を、提督がほほえましく見守っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。

オレンジ色の夕日に照らされた帰り道を、二人は並んで歩いていた。

今日の出来事や映画の感想、そしてお土産まで買ってもらったことを、潮は嬉しげに話していた。

 

 

「あの… 今日は本当にありがとうございます。 私のために一日付き合ってもらって」

 

「そんなに畏まらないで。 俺も潮と一緒にいて楽しかったからさ」

 

 

そう言ってにっこり笑う提督の顔に、ますますどぎまぎする潮。 思わず鞄にしまっていた物を渡すのを躊躇ってしまうが、こっちからアプローチしていかなきゃダメという陸奥の言葉を思い出し、潮は意を決して鞄にしまっていたものを提督に差し出した。

 

 

「提督っ! これ、私からのお礼です。 受け取ってください!!」

 

 

 

 

潮の手にあったのは、四葉のクローバーを彩ったキーホルダーだった。

ショッピングのとき、提督に送るプレゼントとして潮がこっそり買っていたものであった。

突然のプレゼントに提督は一瞬目を丸くしたが、

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、潮。 これ、大事にするよ」

 

 

そう言って、いつもの優しい笑みを見せながらプレゼントを受け取り、潮も「…はいっ!」と満面の笑顔で頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の一件を機に、潮は提督とどんどん親しい間柄になった。

出撃や遠征の時はよく提督に見送りに来てもらい、日常でも食事やおしゃべりで盛り上がるなど、以前の彼女からは予想もできないほど提督に積極的になっていき、陸奥も会話に花を咲かせるがあまり積極的には入らず、提督と潮の姿を傍で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日のこと。

潮のいる鎮守府でもついにケッコンカッコカリの指輪が届くとの情報が入り、艦娘たちは提督がだれを相手に選ぶのかという話題で持ちきりになっていた。

潮たち第七駆逐隊は食堂で休憩をとっており、第七駆逐隊の一人である朧は辺りを見渡しポツリとつぶやいた。

 

 

 

 

 

「なんだか、皆提督が誰とケッコンカッコカリするのか気になってるみたいね。 金剛さんはともかく、加賀さんまで自分が提督に選ばれるって意気込んでたし」

 

「まったく、皆浮かれすぎじゃない。 あんなクソ提督のどこがいいっていうのよ?」

 

「いやー、漣としてはご主人様が誰を選ぶのかは気になるとこですねー。 予想としては、いつも秘書艦を務めてる陸奥さんじゃないかと思ってますが、ここにも潮というダークホースがいますからねー」

 

「さ、漣ちゃん…。 それはちょっと大げさじゃ……」

 

 

潮は恥ずかし気に自分を候補に挙げてきた漣に声をかけるが、朧も潮に対し同意の言葉を贈る。

 

 

「でも、提督もよく潮とお話ししてたりするし、もしかしたら十分ありうるんじゃない? それに、潮だって満更じゃないんでしょ?」

 

「うう… そ、それは……///」

 

「だいじょーぶですって! 潮だって、陸奥さんに負けず劣らず立派なものをお持ちじゃないですかー! ほれほれ~♪」

 

「ひゃうっ!? や、やめてよ漣ちゃん…!!」

 

 

いきなり漣に背後から胸をわしづかみにされ、顔を真っ赤にする潮。

そんな二人を苦笑しながら見つめる朧と、あきれ顔を向ける曙。

その時、突然館内放送で提督から潮への呼び出しがかかってきた。

これはもしや…!? と顔を合わせる4人。

朧たちに見送られ、潮は緊張と嬉しさが入り混じった心境で、提督のいる執務室へとやってきた。

 

 

 

 

 

 

「突然呼び出してすまないな、潮。 実は、どうしてもお前に話しておきたいことがあったんだ」

 

 

いつになく真剣な表情で潮を見つめる提督。

その顔にドキドキしながら潮が提督の言葉を待っていると、彼ははっきりと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潮…。 ……俺は、陸奥とケッコンカッコカリをする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の告白に頭が真っ白になる潮。 そんな彼女の顔を見つめながら、提督は話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が言うには、陸奥には新任の頃から色々世話になり、陰ながら支えてもらってきた。

提督としての指揮に関する意見はもちろん、開発や資材の運用、時には部下である艦娘へのコミニュケーションについても相談に乗ってもらっていた。

そんな献身的に尽くしてくれる彼女に、提督はいつからか想いを寄せていたのだ。

潮についても、自分に気があることは薄々感づいてはいた。

しかし、それでも陸奥への想いを変えられない自分にはどうすればいいか悩んだこともあった。

そんな彼を見やってか、陸奥は提督にこう話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人の想いに、正しい答えなんてないのよ。 でも、貴方が真剣に悩み、考え、出した答えなら、あの子はきっと受け入れてくれるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、悩み考え抜いた末、提督はこの結論を出した。

潮に、正直に自分のこの気持ちを伝えようと。

潮の気持ちを知ったうえで、自分の答えを話そうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてを聞いた潮は、小さく肩を震わせた。

今にも泣きたい気持ちを必死に抑え込んで、自分に向かって真っすぐに頭を下げる提督へ言った。

 

 

 

 

 

「そう…でしたか。 提督… 正直に話してくれて、ありがとうございます。 ……陸奥さんのこと、幸せにしてあげてください」

 

 

 

 

 

それだけを伝えると、潮はそそくさと執務室を後にする。

とぼとぼと廊下を歩いていると、そこには一人の艦娘が立っていた。

 

 

 

 

 

「…どうやら、提督から話は聞いたようね」

 

「…むつ……さん…」

 

 

暗い表情を浮かべる陸奥。 彼女も、提督と同じように潮に頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい。 私も貴方の気持ちを知っていながら、こんな事になって……」

 

「…いえ。 陸奥さんのような方なら、提督が好きになるのも納得ですよ。 ……私の分まで、提督と幸せになってください」

 

「潮…… ありがとう。 …あとこれ、提督から預かってたの」

 

 

陸奥が潮に見せてきたもの。

それは二人で遊びに行ったあの日、潮が提督に送ったキーホルダーだった。

驚きのあまり目を見開く潮。 陸奥は、相も変わらず暗い表情のままだった。

 

 

「潮の想いに応えられなかった自分に、これを受け取る資格はないって。 あの人、本当に真面目なんだから……」

 

 

潮は陸奥からキーホルダーをひったくるように受け取ると、泣きながらその場を後にしていった。

そんな彼女の背中を見届けた陸奥は、だれにでもなくひとり呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当にごめんなさい、潮。 貴方の大事な人を… 貴方の大好きな提督を私がもらうことになってしまって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…でもね、こうしなきゃあの人は私を選んでくれなかった。 私は、私以外の女にあの人を盗られたくなかったのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべては、陸奥の計画だったのだ。

 

 

前から提督が陸奥のことを想っていたように、陸奥もまた提督に想いを寄せていた。 ケッコンカッコカリをきっかけに、彼と本当の夫婦になりたかったが、根がまじめな提督はどうしても陸奥と特別な関係を結ぼうとはしなかった。

彼女自身、幾度となく提督にアプローチをかけたものの、真面目な彼には逆効果になると感じた陸奥は、こんな方法を考えた。

それは、自分以外の他の艦娘を提督にアプローチさせ、自分はさりげなくフォローに回るという形で提督への好感を上げていくというものだった。 押してダメなら引いてみろ、まじめな性格の提督には真っ向からやるより搦め手から攻めた方がいいと陸奥は考えたのだ。

そしてこの作戦に使う艦娘に、陸奥は潮に白羽の矢を立てた。

うまく提督にアプローチさせるよう潮を誘導し、二人が親密になったところを自分がフォローに回るということで、徐々に提督へ自分を売り込んでいった。

その結果、見事作戦は成功。 さりげなく提督と潮を気遣う自分の姿に彼は惹かれていき、念願のケッコンカッコカリの相手として、自分が選ばれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸奥は潮が去っていった廊下を見ながら、スッと手をスカートのポケットに潜り込ませる。

そこに入っていたものを手に取って、陸奥はにっこりとほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、潮。 四葉のクローバーの花言葉って知ってる?」

 

 

 

 

 

 

「一つは幸運。 そして、もう一つはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『私の物になってください』 よ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸奥がスカートのポケットから取り出したもの。 それは四葉のクローバーが描かれたきれいなブローチだった。

陽光に照らされ美しく輝くブローチを見て、彼女は黒く濁った瞳のまま、うっとりとした表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督はね、初めて私と一緒に遊びに行ってくれたとき、お礼と言ってこのブローチをくれたの。 初めてのプレゼントを、私に送ってくれたのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以来、私は彼の物。 彼が望むなら、私はこの身も心も喜んでささげるわ。 でもね、他の子にあの人を盗られるなんて、私にはとても耐えられないのよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だから、ごめんね潮。 あなたの幸せまで私の物にしちゃって。 だけど、私は幸せになるわ。 貴方がくれた分まで、私は提督と幸せになるからね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう声高々に叫びながら、そっとブローチを戻す陸奥。

濁った瞳とゆがんだ笑みで今はそこにいない潮に謝ると、彼女は最愛の人に会うべく執務室へと歩みを進めるのであった。

 

 

 



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嫌われ者になりたくて

この話は、ブラック鎮守府関係で提督嫌いな艦娘が出る話があるけど、逆に艦娘嫌いな提督がいたらどうなんだろう? そう思ったらできた話です。





 

 

ここはとある鎮守府の執務室。

広大な海を流れる波の音と青々とした空を飛んでいく海鳥たちの鳴き声が、静かな朝の執務室のBGMとなって流れてくる。

ここの鎮守府の提督は朝から黙々と執務をこなしている。

部屋には他に誰もおらず、提督は一人自分の仕事である書類にペンを走らせる作業を行っていた。

そんな時、コンコンという控えめなノック音。

少し遅れて、執務室へと一人の艦娘が提督の元へとやってきた。

 

 

 

 

 

「おはようございます、提督。 今日もいい朝ですね」

 

 

青い制服と帽子に身を包み、黒のショートカットとモデル顔負けのスタイルを持つ女性。 高雄型重巡洋艦1番艦『高雄』はにっこり微笑みながら、提督へと朝のあいさつを交わしてきた。

 

 

「ああ、おはよう高雄。 君も朝からきれいだね」

 

 

高雄の挨拶に笑顔で返事を返す提督。

その言葉に、高雄は思わず顔を赤くしてしまう。

 

 

「も、もう提督ったら…! 私をおだてても何も出ませんよ……!」

 

「あはは、失礼した。 今日の秘書艦は君が務めると聞いていたからね、一足先に執務室で待っていたんだよ」

 

「そうだったんですか。 すみません、先に提督にお仕事をさせることになってしまって……」

 

 

申し訳なさを感じ、高雄は提督に深々と頭を下げる。

だが、提督は『気にしないでくれ』と言わんばかりに首を振ると、すでに書き上げた書類を手に彼女のもとにやってきた。

 

 

「それじゃ、俺の代わりにこの書類を大本営の方に送ってもらえないか? 他の仕事はもう済んであるし、あとはこれだけなんだが……」

 

 

提督の言葉に、高雄は笑顔で「はいっ、喜んで!」と書類を受け取り、執務室を後にする。

鼻歌交じりに廊下を歩いていく彼女を見届けた提督は、ゆっくりと椅子に座り深い溜息を吐くと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふう、やっと行ったか」

 

 

 

「全く… あんな化け物と二人きりになるなんて、気が気でないってんだよ」

 

 

さっきの笑顔から一変、忌々しげに顔を歪める提督は天井を見上げながら、一人悪態をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は艦娘が嫌いだった。

ある日突如として海から現れた異形の怪物、深海棲艦。

通常兵器が効かない深海棲艦と唯一戦える存在、それが艦娘だった。

だが、艦娘も人と同じ姿形をしながら、その実態は人類とは全く違う人ならざる存在。

そんな艦娘を男は気味悪がり、なるべく関わらないようにしようとしていた。

しかし艦娘を統括している海軍が、彼女たちを指揮する提督が足りないとの事で、代理役として男に白羽の矢が立ってしまった。

男は軍に関しては何の知識もない一般人だったのに、祖父が軍人だったという理由で無理やりここへ連れてこられてしまい、それ以来新しい提督が見つかるまでの間だけここで働くよう命令されたのである。

当然男は怒り、抗議したが、軍はこれ以上刃向かうなら君の将来が大変なことになるよ、と遠回しな脅迫をして男をこの鎮守府へと置いていった。

男としては、初めは艦娘たちに関わらずに済むよう自ら嫌われ者になるように振る舞おうと考えたが、そのために下手なブラック鎮守府まがいの事をすれば嫌われるどころか彼女たちの怒りを買うことになりかねない。 そうなれば自分の身がどうなるか分からない。 その結果、男は遠回しに艦娘たちを避け続ける方法をとることにしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の食堂では横長のテーブルに艦娘たちが揃って朝食をとっていた。

大勢の艦娘たちの食事と会話で盛り上がっている食堂だったが、そこに提督の姿はなかった。

提督はいつも食事を自室か執務室で食べるようにしていた。 艦娘たちが大勢いる食堂で食事なんて、考えるだけで恐ろしいからだ。 しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令はん、今日もウチ等と一緒に食堂来てくれへんかったなー…」

 

「きっと私たちのために頑張って仕事してくれてるのよ。 司令、朝から執務に精を出してたって、秘書艦の高雄さんが言ってたわ」

 

「なるほど… さすがは司令ですね、不知火たちも見習って今度ねぎらいに行かなくては」

 

 

と、艦娘たちからは良い意味で誤解されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終え、提督は執務室を出て一人外を散歩している。 執務はすでに終わらせたが、下手に執務室にいれば秘書艦や他の艦娘たちと一緒になってしまう恐れがある。 彼にとってもそれは避けたかったので、今は他の艦娘に出会わないよう人気のない場所を歩いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、おはようございます、しれぇ!」

 

 

しかし、そんな時にも艦娘とは出くわしてしまう。 提督が声のした方を振り向くと、そこにはボール片手にこちらに駆け寄ってくる雪風たちの姿があった。

ただでさえ艦娘が苦手だというのに、よりによって相手は話の通じない駆逐艦(子供)

提督は顔をしかめたくなるのをこらえながら、雪風たちに笑顔を向けた。

 

 

「おう、おはよう雪風。 今日も元気がいいな」

 

「しれぇ、たまには食堂に来てください。 他の皆もしれぇが来てくれないって寂しがってました…」

 

「あ、ああ… すまない、行きたいのは山々なんだが書類作業以外でも提督としてやらねばならないことがあってな…」

 

「そうですか… それじゃ仕方ないですね」

 

 

雪風は肩を落としながらしょんぼりと落ち込む。

提督も申し訳ない気持ちがないと言えば嘘になるが、やはり人と同じ姿でも化け物は化け物。 提督はとても受け入れられなかった。

「ごめんな…」と言葉だけでも謝って、提督はその場を後にしようとしたが、雪風の隣にいた時津風が服の袖を引っ張って提督を引き止めた。

 

 

「そうだ。 しれぇ、時津風たちこれからキャッチボールするの。 せっかくだからしれぇも一緒にやろうよ」

 

「ちょっと、駄目よ時津風! 司令官は仕事を終えたばかりで疲れてるのよ」

 

「ええー、ちょっとくらいいいじゃん!? ねえしれぇいいでしょねえねえ?」

 

 

腕にしがみつきながら一緒に遊ぼうとせがむ時津風。

慌てて天津風が時津風にやめるよう窘めるが、提督は時津風にゆすられたまま笑顔で言った。

 

 

「構わないよ、天津風。 俺もちょうどデスクワークを終えたばかりで体を動かしたかったから」

 

 

その言葉に時津風だけでなく雪風もばんざいしながら喜び、天津風は戸惑いながらも二人に手を引かれていく提督の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(受けるしかないだろ… こいつらも子供といえど艦娘、下手に断ればどうなるか分からないんだから…!!)

 

 

そんな本音をひた隠しにしながら、提督は広場の方で雪風たちとのキャッチボールに付き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻はもうすぐ昼に差し掛かろうとする頃。 雪風たちと別れ、提督はまた一人あてもなく散歩する。

ただでさえ執務仕事で疲れていたのに、キャッチボールまでしたせいで余計に疲れがたまっている。

どこでもいいから一人静かに休めないか…?

そう思いながら工廠の脇を通ろうとしたとき、

 

 

 

 

 

「あっ、提督!」

 

「…夕張か」

 

 

この艦隊の開発を担当している艦娘、夕張に呼び止められた。

本来は他の艦娘たちと同じように出撃している彼女だが、今は作業用ズボンに白のタンクトップというラフな格好になっていた。

先ほどまで開発を行っていたのか彼女の顔は油で汚れていたが、そんなことにかまわず夕張は提督に駆け寄り笑顔を見せる。

 

 

「この前は大量の資材の使用許可を出してくれてありがと。 おかげでいい装備がたくさんできたし、皆も提督にお礼が言いたいって言ってたわ」

 

「そうか… それはなによりだ」

 

 

喜々として話す夕張とは裏腹に、提督は引きつった笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は夕張に大量の資材の使用許可を出したのは、資材を開発でどんどん溶かし艦隊を運用できなくして無能な提督だと艦娘たちに印象づける。 そして艦娘たちから嫌われ提督をクビになろうと思い許可したのだ。

だが夕張はそんな提督の計画を知らず、自分のためにここまでしてくれた提督に報いようといつも以上に頑張って開発をこなし、その結果強力な装備が大量にできたため、嫌われるどころかかえって艦娘たちからより好感を持たれてしまったのであった。

 

 

 

 

 

「もし提督も欲しいものがあれば私に言って。 提督のためならなんだって作って見せるからね♪」

 

「…今は気持ちだけ受け取っておくよ。 ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今は提督をクビになるきっかけがほしいんだよ…!!)

 

 

そう叫びたい気持ちを抑えながら、提督は無難に夕張にお礼を言うとその場を立ち去ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の執務室。 そこでは昼食を終えた提督が一人執務にいそしんでいた。

秘書艦の高雄には資材備蓄の確認をしてほしいと適当な理由をつけ執務室から追い出していた。 もちろん艦娘と二人でいたくなかったというのが本当の理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ… 一体いつまでこんなこと続ければいいんだ?」

 

 

誰にでもなくひとり不満を漏らす提督。 しばらくは執務作業で書類に記入する音だけが響いていたが、廊下から複数の足音が聞こえてきた。

その音に一瞬眉根をひそめたが、すぐに表情を変え執務を再開。 その直後扉が開き提督に声をかける者がいた。

 

 

 

 

 

 

「提督、第一艦隊が戻ったぞ。 中々に手ごわい相手だったが、どうにか勝つことができた」

 

 

第一艦隊旗艦を務める艦娘、長門を筆頭に大和や武蔵、大鳳たち第一艦隊所属の艦娘たちが次々に執務室に入ってくる。

皆、服はボロボロで体にはいたるところに生傷があったが、彼女たちは朗らかな笑顔を見せると提督に戦況報告を行った。

 

 

「……流石だな、長門。 レ級が出ると言われている海域なのに、全員無事に戻ってくるとは」

 

「なに、提督はいつも私たちを強敵が出るという海域に送り出してくれるから、その期待に応えたいだけさ」

 

 

自身を褒める提督の言葉に長門は胸を張り、大和も自分の胸に手を置きながら嬉しげに微笑んだ。

 

 

「それに、提督は私たち大和型も積極的に運用してくれますから、つい頑張ってしまうんです」

 

「他の鎮守府では、ここと違って資材が減るからと中々出撃させてもらえないからな。 そう思うと、ここへ来て本当に良かったと思うよ」

 

 

武蔵も素直に称賛の言葉を贈り、他の艦娘たちも口々に提督を褒めたたえていた。 そんな艦娘たちを見ながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クソッ、また戻ってきたのかよ…! 轟沈させるためにわざわざあんな過酷な海域に放り出したっていうのに、こいつら本当にしぶとい…!!)

 

 

本当は提督が長門や大和たちを出撃させるのは、強い敵がいる海域に放り込みうまく敵に沈めてもらい、艦娘を轟沈させてしまった責任をとるという形で提督をやめようという企みによるものからだった。

しかし、そんな彼の思惑とは裏腹に、長門たちは提督がこんな危険な海域に送り出すのは自分たちにそれだけ期待してるからなんだと勘違いし、その期待に応えるべくどんな強敵だろうと負けずに帰還してきたのだ。

 

 

 

 

 

「では提督、私たちは少し入渠してくるよ。 高速修復材を使うから、すぐに終わるさ」

 

「いや、今日はもう出撃の予定はないからゆっくり休むといい。 戦艦といえど、たまにはのんびりつかりたいだろ?」

 

「あ、ありがとうございます提督! それではお言葉に甘えて、失礼します」

 

 

そう言って、長門たちは執務室を後にしていった。

足音が遠ざかり、彼女たちがいなくなかったことを確認した提督は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうしたほうが、しばらくお前らの顔を見なくて済むんだよ!」

 

 

もうそこにはいない長門たちに悪態をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜。 艦娘たちも皆寮へと戻り、提督は深い深い溜息を吐きながら今日も一日無事に過ごせたことにほっとしながら、机に突っ伏していた。

 

 

「くそ… こんなことがいつまで続くんだ? これじゃ、俺の身が持たないじゃないか…!」

 

 

彼がここへ来てからしばらく時間がたつが、大本営の方からは未だ連絡がなく、嫌がおうににも関わりたくない艦娘たちの相手をし、提督業をつづけなくてはならない始末。 正直、提督は極度のストレスで心身ともに限界に達していた。

 

 

「ああ、もうなんでもいいから早く新しい提督決まってくれ――――!!」

 

 

やりきれない気持ちを胸に、提督がそう声高に叫んだとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリン!!

 

 

 

 

 

 

 

その声に答えるかのように執務室に一本の電話がかかる。

提督は驚きつつも、受話器を取り電話に応じる。

 

 

 

 

 

「はいっ、提督ですが… ああ、大本営の方が何の用でしょうか?」

 

 

 

 

 

「……えっ、本当ですか!? 来週にはこちらに来ると…… はいっ、分かりました! お願いします」

 

 

提督は受話器を置くと、夜中にもかかわらずもろ手を挙げて大声で喜びだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー! ようやく新しい提督がここへ来る。 ついにこんな場所とおさらば出来るんだ、ばんざーい!!」

 

 

大本営からかかってきた電話。

それはここへ新しく着任する提督が出たとのことで、彼にはその日をもって提督を解任するとの通達だった。

彼にとってはこれ以上ないほどの吉報に、まるで子供のようにはしゃぎまわる提督。

その声は夜の廊下にまでかすかに響いており、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…青葉、聞いちゃいました………」

 

 

報告書を提出しに来た青葉の耳に届いていた。

その時の青葉は能面のような無表情に、黒くよどんだ眼をしたまま呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい提督がやってくるこの日、提督は笑顔で鎮守府の入り口に立っていた。

ようやく新しい提督が来て、自分が解放されるかと思うと今から心が躍る。

約束の時刻に差し掛かったころ、一台の車が提督の待っている鎮守府の入り口の前で止まり、中から海軍の大将が下りてきた。

 

 

「やあ、久しぶりだね。 突然とはいえ、君に提督を任せてしまって済まなかった」

 

「いえ、自分も微力ながら力になれたのなら嬉しいです」

 

 

相手は上官とはいえ、自分をこんな目に合わせた原因の一人。

正直文句の一つも言いたいのだが、今はその気持ちを抑え提督はさっそく大将へと本題を切り出した。

 

 

「あの… それで新しい提督はどちらに…?」

 

 

彼は周囲を見回すが、車から降りてきたのは大将一人だけ。 他にそれらしい人物の姿が見当たらない。

どういうことかと首をかしげていると、

 

 

 

 

 

「いや、君には本当に申し訳ないことをした。 まさか、君がここまで艦娘たちを大事に思っていたなんて…」

 

「…えっ?」

 

 

まるで意味が分からない、といった表情を浮かべる提督。

そんな提督を意に介さず、大将は話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は君に新しい提督が来ると告げた次の日に、君の鎮守府の艦娘たちが私の元へ押しかけてきてね。 君が彼女たちのためにどれだけ尽くしている熱心に聞かされたんだ。 君は出撃や開発だけでなく、日ごろの業務まで負担をかけまいと頑張っていたそうじゃないか」

 

「えっ、いや!? それは…その…!?」

 

「それで、艦娘たちはこれからも君をここの提督にしてほしいと頼んできて、私もここまで艦娘を大事にする男を解任するのは心苦しくてね。 それで、今回の件については白紙にしようと思い、今日はそのことを直接話しに来たんだ」

 

「ま、待ってください! そんな突然言われても…!? それに、あれは艦娘が好きでやってたわけじゃ……!!」

 

「提督……」

 

 

提督が大将を引き止めようとしたとき、ふと自分を呼ぶ声が後ろから聞こえてくる。

振り返ると、そこにはこの鎮守府に所属する艦娘たちが自分を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青葉さんから聞きましたよ。 なんでも、大本営の人が新しい提督をここヘ寄越すとか…」

 

「ひどい話ですよね。 提督が一生懸命榛名達を支えてくれているというのに、他の人が入ったら提督が出ていかなきゃいけませんもの。 だから、榛名たちが代わりに断っておきました」

 

「心配しないで。 提督さんを追い出そうとする奴は瑞鶴たちが許さないから、これからもよろしくね♪」

 

 

朗らかな笑みを浮かべながらそう話す艦娘たち。 それを見た提督は頭の中で何かがはじけ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ…ざ…けるな……!!」

 

 

 

 

 

わなわなと拳を震わせ、艦娘たちを睨み付ける。 もう、我慢の限界だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰がそんな事をしろと言った!? ようやくここをやめられると思っていたのにお前らのせいで台無しになったじゃないか、どうしてくれるんだ!?」

 

 

 

 

 

「このさいはっきり言わせてもらうがな、俺はお前ら艦娘が大嫌いなんだよ!! お前らのような人の形をした化け物となんて一分一秒でもいたくない!! 俺は提督をやめたいんだ、分かったらもう俺に関わるな!!」

 

 

溜まりに溜まった本音をぶちまけた提督は、「ぜい… ぜい…」と息を切らせながら艦娘たちに目線を向ける。

言いたいことは言ってやった。 これで嫌われたのなら願ったりだ。 そう思いながら提督は急いで先ほど去っていった大将を追おうとする。 正直に訳を話してどうにか解任の件を取り付けてもらうためだ。

だが、提督の本音を聞いた艦娘たちは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、提督は冗談がうまいですね」

 

「ほんとほんと。 あの提督さんがそんなこと言うわけないもんね」

 

 

怒るどころか、みんな一斉に彼の本音を冗談だろうと笑いながら否定してきた。

その異様な光景に、提督は怒りより若干の恐怖を感じていた。

 

 

「な、何言ってんだお前ら…!? 俺は本当にお前らが嫌い……」

 

「…提督、少し疲れているんですね。 早く戻って休みましょう、大事な提督の身に何かあったら、榛名は大丈夫じゃありません」

 

 

そう言って、艦娘たちは提督を連れ戻そうと取り囲んでくる。

提督は必死になって艦娘たちを振りほどこうと抵抗するが、艦娘たちの数が多すぎて抑え込まれてしまう。

 

 

「よ、よせ…! 来るな!」

 

 

艦娘たちに抵抗しようとしたとき、提督は艦娘たちの顔を見て気づいた。

皆の目が黒く染まり、正気ではなくなっていることに…

そして気づいてしまった。

彼女たちが自分という存在に依存するあまり、正気を失ってしまったということに…

 

 

結局、抵抗もむなしく提督は取り抑えられ、艦娘たちの手によって再び鎮守府へと連れ戻されてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま司令官! さっき遠征から帰ってきたけど、ちゃんといい子にしてた?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「提督、ここらで少し休憩にしましょうか。 私、お茶を入れてきます」

 

 

 

「………」

 

 

 

「提督、艦隊戻ったぞ。 今回も敵艦隊が手強かったが、こうして全員無事に帰投することができた。 これも提督がいてくれたからだな」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

鎮守府の執務室。 そこでは一人の提督に親し気に話しかける艦娘たちの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、提督はこの鎮守府から出ることなく日々を過ごしていた。

初めは脱走を試みようとしたが、艦娘たちの厳重な監視からは逃れられず捕まり連れ戻されていた。

その後、提督には秘書艦という名の見張りがつき、常に複数の艦娘たちが彼の傍にいることで逃げられないようにしてしまった。

食事や執務中はもちろん、寝るときやトイレに行く時まで彼女たちが監視を緩めることはなかった。

ただでさえ嫌いな艦娘に厳重に監視され、提督は日を追うごとに心身共に摩耗し、今は廃人同然の状態になっている。

艦娘たちの言葉に何も答えず、提督は壊れた人形のように「…おれは……お前らが……嫌い……」と拒絶の言葉を繰り返していた。

だが、彼女たちはそれでも構わなかった。

大好きな提督が傍にいてくれればいい。 彼に依存しきってしまった艦娘たちにとっては、その事実が重要だった。

虚ろな目をしながら椅子に腰かける提督に、傍らにいた大和はそっと囁きかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督、今は私たちのことが嫌いでも構いません」

 

 

 

「…でも、大丈夫。 時間はたっぷりあるんです」

 

 

 

「…私たちが貴方のことを好きになったように、いつか貴方も私たちのことを好きになるようにしてみせますからね」

 

 

 

「…だから、どうかこれからも私たちの傍にいてください。 提督……」

 

 

 

 

 

 

 

他の艦娘と同じ、黒く濁った瞳に最愛の人を映し出しながら、大和は提督の顔を覗き込むのであった。

 

 



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お代はすでに頂いてますから

 

 

 

ここはとある鎮守府の食堂。

長椅子とテーブルが置かれたこの食堂では、ここに所属する艦娘たちが一日の活力となる朝食に舌鼓を打っている。

この鎮守府の最高責任者であり、唯一の男性である提督は楽しげに朝食をとる艦娘たちを眺めながら、隣にいた一人の艦娘へと声をかける。

 

 

「いやー、本当に助かったよ。 これだけ大勢の艦娘たちの食事となると、鳳翔さん抜きじゃ手が回らないからね……」

 

 

提督はにっこり微笑みながらお礼を言うと、隣にいた艦娘もまた、クスリと笑いながら提督へと顔を向ける。

 

 

 

 

 

「いえ、お気になさらないでください。 提督のお役に立てたのであれば、私も嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

給糧艦『間宮』

 

 

鎮守府の一角で甘味処を経営している彼女は、普段は出撃や遠征をこなす艦娘たちを励ますため甘味を提供している。

その料理の腕は鎮守府のだれもが認めるほどのもので、食事時となる時間にはいつも大勢の艦娘たちがやってきていた。

いつもは食堂で料理を作るということはないのだが、今は食堂の管理を行っている鳳翔が出撃で不在となっており、それまでの間彼女に代役を務めてもらっているのだ。

100人以上の艦娘たちの食事を一手に引き受けたにもかかわらず、間宮は疲れた様子もなく提督に笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

「せめて、食事代は支払わせてほしいな。 そっちも店を抜け出してきた身だろ?」

 

「とんでもない! 提督にはいつも私や皆さんを守るため日々頑張ってもらってますから、私にもこれぐらいの手伝いはさせてください」

 

「それより、提督こそ早くご飯食べてください。 せっかく作ったのに、冷めちゃうじゃないですか!」

 

「あ、ああ… すまない、それじゃいただくとするよ」

 

 

これだけ大人数の料理を作るだけでもかなりの重労働だというのに、彼女は不満を漏らすことなく早く食べてほしいと返してくる。

そんな彼女に二の句を付けることなどできず、提督もまた他の子たちと同様に自分の食事を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食が終わり、間宮は自分が経営する甘味処へと戻ってくる。

昔ながらの喫茶店を思わせるような清楚な店内。 その店内のテーブルを拭いていた艦娘は、間宮が戻ってきたのに気づくと笑顔で手を振ってきた。

 

 

「あっ、お帰りなさい間宮さん。 今日も朝からお疲れ様です」

 

「伊良湖ちゃんこそありがとう。 私がいない間代理を務めてくれて」

 

 

間宮と同じ給糧艦である艦娘『伊良湖』。 間宮と一緒にこの甘味処の経営を務めており、間宮が不在の間は彼女がこの甘味処を切り盛りしていた。

 

 

「いいえ、間宮さんのためならこれぐらい平気ですよ。 …でも、間宮さんこそ大丈夫なんですか? あれだけの人数の料理を作るなんて…」

 

 

不安げに尋ねる伊良湖。 しかし、そんな彼女の心配とは裏腹に間宮は笑顔で返す。

 

 

「あの子たちには、いつも私や皆を守ってもらってるんだもの。 だったら、私もこれぐらいお返しできなきゃあの子たちに申し訳が立たないわ」

 

 

まだまだやれる! と言わんばかりに元気に動き回る間宮。 その姿はさっきまで100人以上の食事を作ってきたものとは思えない姿だった。

そんな彼女の姿に伊良湖はニヤリとしながら、

 

 

 

 

 

 

「そんな事言って、ほんとは提督に会えたのが嬉しかったんじゃないんですかー?」

 

「な、なな、なんでそこで提督が出てくるのよー!?」

 

 

先ほどの快活さから一転、間宮は顔を真っ赤にしながら反論する。 しかし、伊良湖はニヤケ顔を崩すことなく話を続ける。

 

 

「分かりますよ~♪ だって提督が来ると、間宮さんいつもご機嫌じゃないですか。 この前提督がここへ来た時も間宮さん鼻歌歌いながら料理を作ってましたし、普段はそんなことしないじゃないですか~」

 

「うっ… あうう……///」

 

 

伊良湖の証言に間宮は反発することができず、真っ赤な顔を覆いながらその場に縮こまってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の言う通り、間宮は提督のことが好きだった。

初めて会ったのは、彼がまだ新米の提督としてここヘ着任した時の事。

ちょっとした顔合わせのつもりで間宮が提督に挨拶に行ったとき、彼から「こんな綺麗な人が料理を作ってくれてるなんて、男としても嬉しい限りだよ♪」と言われたことが忘れられなかった。

この鎮守府は艦娘ばかりで男性はほとんどおらず、間宮にとっても初めて出会った男性。 それが提督だった。

異性から初めて綺麗だと言われた事もあるが、彼の人当たりのいい朗らかな性格に、彼女もいつの間にか惹きつけられていった。

初めはまだ鎮守府が小規模なもので、その頃は彼女が提督や艦娘たちの食事を作りに行っていたのだが、月日が流れこの鎮守府も大規模なものになっていくと、提督も多忙になり大勢の艦娘用の食堂とそこを管理する艦娘も現れ、間宮が提督と会える機会はめっきり減ってしまったのだ。

その事態が、ますます彼女の提督に対する思いを募らせていった。 また前みたいに提督に食事を作ってあげたい。 また前みたいに一緒にお話ししながら食事がしたい。 そんな思いを叶えたくても、提督はもはや自分にとっては雲の上の存在となってしまったのだ。

しかし、そんな彼女にも千載一遇のチャンスが巡ってきた。

現在食堂の管理を務めている鳳翔が出撃のためしばらく不在になり、その間の代役を間宮に努めてもらうことになった。

提督は「急に代役を押し付けてしまって申し訳ない…」と話していたが、このおかげで食事の時はいつでも提督に会えるので、間宮にとってはこの上ない僥倖だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…た、確かに提督のことは好きだけど…… 私は提督や皆に自分の料理をおいしいと言ってもらえれば、それで満足なのよ」

 

 

間宮も知っていたが、提督である彼に恋心を抱く艦娘は自分以外にも大勢いた。

出撃や遠征をこなし帰ってきた子たちにねぎらいの言葉を忘れない。 戦果をあげればよくやったと励まし、失敗したときは次で取り戻そうと檄を飛ばす。

そんな彼に、艦娘たちが思いを寄せるのも頷ける話だった。

おまけに彼女たちは自分と違って、提督に接する機会が多い。

そんな中で、自分が提督に意中の相手として選ばれることなんて夢のまた夢だった。

 

 

 

 

 

悲しげな顔で、それっぽいことを話して間宮はお茶を濁そうとする。 が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな弱気でどうするんですか間宮さん!!」

 

 

伊良湖はそれを良しとしなかった。

机をバンッ! と叩きながら、彼女は間宮に詰め寄っていく。

 

 

「確かに他の子たちと比べて、間宮さんが提督に会える機会は少ないですよ。 でも、そんな簡単に諦めちゃっていいんですか? 間宮さんの、提督への想いはそんなものなんですか!?」

 

「間宮さんにだって、料理という強力な武器があるじゃないですか! 他の子たちが戦果で提督にアピールするなら、間宮さんは料理で提督にアピールしてやりましょう。 それが、私たち給糧艦の戦い方なんじゃないですか!?」

 

 

弱気な自分とは裏腹に、伊良湖は真剣な表情を向けてくる。

彼女のその熱さは、間宮にも確かに伝わっていた。

 

 

 

 

 

(私のことだって言うのに、まるで自分のことのように心配して… そうね、私が気弱になってちゃ勝てるわけがないわよね)

 

 

 

 

 

「…うん。 ありがとう、伊良湖ちゃん。 私、やってみせる。 私の得意な料理で、提督を振り向かせて見せるわ!」

 

「はいっ、その意気ですよ間宮さん!」

 

 

自分のために必死になってくれた伊良湖の気持ちを無碍にしたくない。

それに、私もやっぱりあの人を諦めたくない。

間宮は伊良湖の目を見つめると、大きく頷き彼女の手を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の鎮守府の食堂。

そこではいつもの朝食に加え、アイスのデザートまで一緒につけられていた。

あの間宮が作ったデザートがついてきたことに、艦娘たちは歓喜の声を上げ、提督もまた彼女にお礼の言葉を述べた。

 

 

「いや、本当にありがとう間宮さん。 皆も間宮さんのデザートが食べれるって喜んでいるよ」

 

「いえ、これぐらいの事でよければいくらでも。 私も提督に喜んでいただけてうれしいです」

 

 

提督の言葉に、間宮は素直な返事を返す。

まずは艦娘たちを喜ばせ、提督に好感を持ってもらう。

そのために彼女は伊良湖と一緒に全員分のアイスを用意しておいた。

食事に加えてデザートまで作るとなるとその負担はますます大きくなるのだが、間宮は自分を応援してくれる伊良湖と提督へ思いを寄せる自分のために、どうにかこれをこなしたのだ。

それに、提督がこうして笑顔を向けてくれるのならまた頑張れる。

こうして、間宮は毎日アイスを作っては食事と一緒に提供していったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

またある日の食堂。

この日は夕食にカレーを出すとの事で、艦娘たちと提督は嬉しさに顔をほころばせながら食堂へとやってきた。

提督は他のと同じように間宮が出してくれたカレーを受け取ると、

 

 

「うわ、今日のカレーってポークカレーじゃないか! 間宮さん、よく俺がポークカレーが好きって知ってましたね」

 

「あら、そうだったんですか。 どうやら、たまたま提督の好物と被ったようですね♪」

 

 

自分の好物が出たことに子供のように喜ぶ提督。

そんな彼を見ながら、間宮はくすくすと笑いながら答えた。

 

 

 

 

 

 

むろん、これは偶然ではなく狙ってやったことだった。

間宮は食事が終わった後、後片付けを手伝ってくれる艦娘たちから提督の好みについてそれとなく伺っていた。

ある駆逐艦の子から、「司令官はカレーはビーフよりポーク派だって言ってたよ」という話を聞き、彼女はカレーを作る日に提督の好物であるポークカレーを用意。 偶然を装って提督に提供したのだ。

彼女の真意に提督は気づくこともなく、偶然とはいえ自分の好みに合わせてくれた間宮により好感を持って行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼女はやり方を変えては艦娘や提督に料理で自分をアピールしていく。

その甲斐あってか、徐々にだが提督との距離は縮まり、間宮自身提督と接していく機会が増えていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日。 いつものように朝食を終え、食堂の後片付けを行っている間宮。 そこへ提督が彼女に親し気に声をかけた。

 

 

「本当にお疲れさま、間宮さん。 君にはいろいろと世話になって、助かってるよ」

 

「とんでもないです。 私こそ、提督や皆さんのお世話になってますし、これくらいは……」

 

「そう言えば、俺が初めてここへ来たばかりの時も間宮さんが食事を作ってくれてたんだよね。 懐かしいな…」

 

「……覚えてて…くれたんですね」

 

「もちろん。 初めて間宮さんを見たとき、綺麗な子だなーと内心思ってたのも、今となっては懐かしい話だよ」

 

「も、もう提督ったら…///」

 

 

久しぶりに提督と二人で昔話に花を咲かせる間宮。

彼の言葉に顔を赤くしていると、提督はポツリとつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「その、今はもう無理かもしれないけど… できることなら、これからも間宮さんにはここで食事を作ってほしいかな… なんて……」

 

 

目を泳がせ、気まずそうに頬を書く提督。

その言葉には、間宮も驚きを隠せなった。

 

 

「ふぇっ!? え、えと…! あの…その…… て、提督さえ良ければ… 私も……」

 

 

どぎまぎしながらも、提督へ自分の気持ちを伝えようとする間宮。

恐らく、今の自分はこれ以上ないほど真っ赤な顔になっているであろうが、そんなこと構わない。

どうにか話そうと間宮が口を開いたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なーんてね! 流石に間宮さんにも仕事があるし、それに他所の鎮守府だって給糧艦である間宮さんを必要としているんだ。 俺の鎮守府が間宮さんを独り占めなんて、そんなことしたらダメだもんな」

 

 

突然提督が振り向き、冗談めかしたように言った。

唖然とする間宮。 そんな彼女に提督は話を続ける。

 

 

「実は、明日鳳翔さんが出撃から戻ってくる。 だから、間宮さんには今日まで代役を務めてくれたお礼を言っておきたかったんだ。 今までおいしい食事を作ってくれて、ありがとう…」

 

 

その話を聞いたとたん、間宮は言葉を失い呆然とした。

鳳翔は本来この食堂の管理を務める艦娘。 その彼女が戻るということは、もう提督の元にはいられなくなってしまうということ。

自分から会いに行くのはまず無理だし、提督から会いに来るとなってもそれがいつになるのかは分からない。

彼女の心はざわめいた。

そんなの絶対イヤッ! 私はこれからも提督の傍にいたいっ!

甘味処に戻った後、彼女はどうすればいいのかひたすら考えた。

給糧艦である自分が、一体どうすれば提督と一緒になれるか。

甘味処の仕事をこなし、仕事が終わった後も考え続け、そうして彼女はある方法を思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜。 間宮は仕事を終え後片付けをしている伊良湖へ声をかける。

 

 

「買い出し、ですか…?」

 

「そう。 明日、鳳翔さんが任務を成功させて戻ってくるっていうの。 そのお祝いをしたいから、料理に使う材料を明日買ってきてほしいの」

 

「そういうことですか…。 分かりました、お任せください!」

 

 

いくらお祝いとはいえ、急な申し出に一瞬戸惑う伊良湖。 しかしほかならぬ間宮さんのためと、彼女はその申し出を引き受けた。

 

 

 

 

 

そして次の日。 朝の甘味処は伊良湖が買い出しに出ており、今は間宮のみ。

そんな甘味処へと、提督は一人足を運んできた。

 

 

「おはようございます、提督。 朝から呼び出してしまい、申し訳ありません」

 

「いや、俺は構わないよ。 それより、俺に用っていうのは?」

 

「実は、鳳翔さんが任務を成功させたということで、私も何かお祝いがしたいんです。 それで、今度そこで新しいデザートを振る舞おうと思い、その味見を提督にしてほしいんです」

 

 

そういう事ならば、と提督は快く間宮の頼みを引き受け、彼女はさっそく提督を店の中へと案内していった。

彼女が持ってきたデザートに提督は目を輝かせ、さっそく一口食べてみた。

デザートは一見何の変哲もないシャーベットのようだったが、一口食べるとほのかな甘みに柑橘系特有の酸っぱさが口の中に広がり、それがデザートの甘みをより際立たせていた。

 

 

「うん、これはおいしいよ! 流石間宮さんだ」

 

「ほんとですか!? 良かった、そう言っていただけて!」

 

「ほんとにおいしい。 …これ…なら、他の皆も…喜んで…く……れ………」

 

 

しばらく食べていると、急に言葉に呂律が回らなくなり、提督は意識を失いその場に突っ伏してしまった。

無言のままそれを見届けた間宮は、机の上で寝息を立てる提督の傍に来ると、そっと彼に囁きかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません、提督。 以前、私は貴方にお代はいらないと言いましたが、やっぱり頂くことにします。 だから、うふふ…… 少しだけご協力をお願いします」

 

 

寝息を立てる提督を肩に担ぎ、店の奥へと連れていく間宮。 その時の彼女の瞳は、漆黒のように黒く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううん… ここ、は…?」

 

 

目を覚ました提督が周囲を見ると、そこは間宮が働いている甘味処の休憩室。

畳の上には布団が敷いてあり、自分がいま布団の上にいること。 そして、自分の傍らにいた間宮の存在に気づいた。

 

 

「あっ、間宮さん…? 俺は、一体……?」

 

 

突然の出来事に困惑を隠せない提督。 覚えていることと言えば、自分が彼女のデザートを試食していたこと。 それから先は意識が途絶え何も覚えていないのだ。

 

 

「提督は、私のデザートを試食中にうたた寝してしまったんですよ。 きっと、日ごろの疲れがたまっていたんですね」

 

「そうか… 確かに、最近は提督業務が忙しかったからな。 すまない、間宮さんにまで余計な世話をかけてしまって」

 

 

気恥ずかし気に謝る提督。 しかし、彼女は首を振って答えた。

 

 

「そこまで気に病まないでください。 私は迷惑だなんて思っていませんから」

 

「それに、もし気になるのでしたら、またここにいらしてください。 私、提督のためにごちそうを作ってお待ちしてます!」

 

「そんなっ!? 世話をかけたうえ、料理までごちそうになるなんて……! やっぱり、代役を務めてもらった分も含めて、ちゃんとお代を支払ってから……!」

 

「いいんです、私がそうしたくてさせてもらうのです! それに、お代の事なら心配いりません。 もうすでに頂いておりますから」

 

 

彼女の言葉に提督は思わずきょとんとなった。 なにせ、彼自身は間宮にお代を支払った覚えは全くない。 それなのに、なぜ彼女はこんなことを言うのか。

とはいえ、時刻を確認したらもうすぐ鳳翔が戻ってくる時間になる。 それに、自分のために料理を作りたいという間宮の気持ちを無碍にしたくない。

 

 

「……分かった、それじゃまた来るよ。 ありがとう、間宮さん」

 

 

そう言って提督はその場を後にし、間宮は提督の背中を見送りながら彼へと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間宮は提督が去っていったのを確認し、笑みを浮かべた。

 

 

 

全ては計画通りにいった。

 

 

 

買い出しと称して伊良湖を店から追い出したことも。

 

 

 

提督に試食と言って睡眠薬入りのデザートを食べさせたことも。

 

 

 

そして、眠りこけた提督からお代を頂いたことも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、このたびはお代を支払っていただきありがとうございます」

 

 

 

「でも、あんなにたくさん出すなんて思いませんでした。 まあ、私も嬉しかったし、それに………き、気持ちよかったです…///」

 

 

 

「提督… 私、これからも大好きな料理を作って貴方をお待ちしております。 給糧艦としてではなく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴方の妻として、ね……」

 

 

 

 

そう言って、間宮は自分のお腹を優しくさする。

黒くよどんだ瞳に愛しい人の子種が注ぎ込まれた体を見つめながら、彼女はにっこりと微笑んでいた。

 

 

 



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ブラック鎮守府なのは艦娘に対してだけじゃない

新作できたので投稿しました。
しかし、いつも投稿していて思うのですが、これってヤンこれ要素入ってるかなと自分で疑問に感じてしまいます。
まあ、でも楽しければいいかですぐ済むんですが……


 

 

ここはある鎮守府の一つ。

突如海から現れ人類の脅威となった深海棲艦と戦う力を持つ者たち、艦娘と呼ばれる少女たちが指揮官となる提督とともに寝食を共にする場所である。

提督とは鎮守府の最高責任者。 ゆえに艦娘たちにとって提督とは上官に当たる存在。

しかし、この鎮守府では少し様子がおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘーイ、テートクー。 私たち今度お茶会をするから、紅茶の茶葉を来週までに取り寄せておいてネー」

 

 

 

「提督、私特訓を終えて休みますので後片付けしておいて」

 

 

 

「ねえ提督、この前頼んだタービンまだできてないの? 私待ちくたびれちゃったよ、早くー早くー!」

 

 

 

 

 

 

 

廊下で出会った金剛たちに注文を突き付けられ、提督は「ああ、分かった」と答える。

やつれた表情で返事をする彼に悪びれることなく、彼女たちは「早くしてねー!」と催促をして去っていった。

 

 

「はあ… 今日も朝から忙しくなるな…」

 

 

提督は暗い表情を浮かべ窓の外を見上げる。 外に見える景色は彼の心情とは裏腹に、どこまでも青い空と海が広がる美しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府では、艦娘たちが提督を顎で使っていた。

 

 

ここの艦娘たちは他の鎮守府の子より実力が高く、大本営からも優遇されているのだが、そのせいで彼女たちは自分たちのやりたいことを好き勝手にするようになり、現状ここは無法地帯と化していた。

そして、提督は彼女たちの要望を聞くための召使いのような扱いをされ、上官としてみる者は誰一人いなかった。

提督は疲労が溜まりふらついた足取りで廊下を歩いていると、突然足をとられその場につまずいてしまった。

 

 

「うわっ!?」

 

「あははは~! しれぇ、引っかかった~♪」

 

 

つまずいた先では時津風と卯月が自分を見下ろしながら笑っている。

足元を見ると、そこには二人が仕掛けたのであろうロープがぴんと張り巡らされていた。

 

 

「うっ、いつつ…… またあいつらか、困ったものだ…」

 

 

イタズラ好きなあの二人はいつも彼をおもちゃのように扱い楽しんでいる。

書類に落書きをしたり、今みたいなトラップを仕掛けたりは日常茶飯事で、ひどいときは提督をだまして半日倉庫に閉じ込めたこともあったという。

提督もそのことについて叱ろうとしたが、大本営から「出撃をボイコットされたら困るので、彼女たちの機嫌を損ねるようなことはするな」と警告されており、文句が言えずされるがままにするしかなかったのだ。

 

 

提督は痛む体を持ち上げ何とか立ち上がったが、周りにいたほかの艦娘たちは彼の姿を見ても気にも留めようとしない。 それどころか、

 

 

「提督、そんなところにいたら邪魔だよ」

 

「そこで油売ってる暇があるんなら、この前注文した間宮さんの羊羹早く用意してちょうだい。 でないと、私出撃しないから」

 

 

邪険に扱われ、おまけに足で蹴飛ばしてくる者もいる。

まるでパシリのような扱いに、提督は心身ともに追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

「……何の因果でこんなことになってしまったんだろうな? …いや、ここで折れるわけにはいかない。 親父や爺さんみたく夢を叶えられないまま死んでたまるか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督は元々軍人ではなくごく普通の一般人だった。

しかし、ある日海軍の方から突然関係者が押しかけてきて、彼は無理やり大本営の方へと連れて行かれてしまった。

大本営曰く、彼が祖父の代から有能な軍人だったらしく、その血を引く彼にも協力してほしいというものだった。

そして大本営が命じたのが、例の艦娘たちがいる鎮守府の提督になれというもの。

だが、提督とは名ばかりで、実際は彼女たちのご機嫌取りのようなものだった。

大本営は、単に自分たちの手に余る彼女たちを代わりに見てくれるものを欲していただけなのであった。

それから、彼はここで苦しい毎日を送った。

艦娘たちからは小間使いのように雑用を押し付けられ、イタズラ好きの駆逐艦からはイタズラの相手にされ散々弄ばれた。

さらにあれがほしいこれがほしいという我儘につき合わされ、そのたびに彼はあちこち奔走する羽目になった。 自腹を切って彼女たちの注文に応えたことも、両手の指の数だけでは収まらない。

彼にとって、ここには味方と呼べる者は誰もいなかった。 大本営さえも、「艦娘たちの対応をするのは提督の義務だ」などと言って知らぬ存ぜぬを通し、彼を助けようとはしなかった。

脱走してここから逃げ出そうと考えたこともあったが、自分の家の住所が知られている以上逃げても無駄なのは分かっていた。

絶望的としか言えないこの状況。 しかし、それでも彼はひたむきに生きようとしていた。

彼には夢がある。

それは広大な畑を持つ実家で、愛する人と一緒に作物を育てて過ごすというものだった。

傍から見れば地味かと思われるが、自分の父や祖父は軍人として過酷な人生を過ごすこととなり、そのせいで母や祖母は愛する人と添い遂げることができなかったことを嘆き悲しんでいたことを覚えている。

だからこそ、自分は軍人にはならず平穏な人生を過ごしてやると思い、それがいつしか彼の夢となっていたのだ。

そのためなら、この程度の困難で屈したりしない。 死と隣り合わせの戦場で生きてきた親父や爺さんに比べたら遥かにマシだ。

それに彼女たちだって、深海棲艦という怪物たちと命がけの戦いを繰り広げている。 彼女たちを親父たちの二の舞にさせやしない。

いつしか彼は艦娘たちを自分の父や祖父と重ねて見るようになり、彼女たちの無事のためならこの苦行を耐えてみせると意気込むようになっていった。

そんな彼を艦娘たちは相も変わらず小間使いのように扱うが、彼はやつれながらもどうにか彼女たちに応えようと奮闘していった。

そして、ある日の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…解任…ですか?」

 

『そうだ。 最近は他の鎮守府の艦娘たちも実力を上げてきたし、ここの艦娘たちに迎合する必要性も薄くなってきた。 よって、君にはあと数日をもって提督を解任することにした。 あとは我々に任せたまえ』

 

 

突然大本営から届いた一報。

それは艦娘たちのやり方を見かねた大本営が新しい提督をこの鎮守府に着任させるというもので、代わりに自分は解放されるというものだった。

正直言うと、解放されるという嬉しさはあったが、同時に不安もあった。

なぜなら、新しく着任されるという提督は自分の戦果を優先する男で、そのためならブラック鎮守府まがいの行為もいとわないというものであったからだ。

そんな奴に任せれば彼女たちの身が危うくなることは想像に難くない。

流石にそんなことを見過ごすのはまずいと思い、彼は大本営に進言しようとしたが、彼の中で何かが頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

『あんな連中を気にしてどうする? 今は自分の身が大事だろうが!』

 

 

 

 

『それに、こうなったのも元はあいつらが自分勝手に振る舞ってきたからだ。 因果応報、こっちはこっちで好きにさせてもらおうぜ』

 

 

 

 

その言葉に何も言えず黙りこくる提督。

結局そのことについては進言することができず、彼は荷物をまとめると誰にも見送られることなく鎮守府を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、提督業を解任された彼は名前と住所を変え、今は鎮守府から遠く離れたある山奥でひっそりと暮らしていた。

家の近くにある畑で彼は鍬をふるう。 必要最低限の生活雑貨と農具以外何もない生活だったが、今まで過ごせなかった安穏とした毎日に彼は満足していた。

鎮守府を去ってからもうすぐ半年が経つが、今でも彼はたまに艦娘たちの事を思い出してしまう。 そして、そのたびに首を横に振って忘れようと自分に言い聞かせてきた。

あの時自分に語り掛けてきたのは、もしかしたら自分の心の闇だったのかもしれない。

いくら彼が艦娘たちを自分の祖父たちと重ねて見ようとも、向こうは自分をただの小間使いとしか見ようとしない。 そのことに対して不満がないわけがなかったのだ。

 

 

「……忘れよう。 俺が心配したところで意味はないからな」

 

 

そう言うと、彼は残りの仕事を終えるべく再び作業を再開した。

日が暮れて、時刻はもうすぐ夕方。 男は今日の作業を終えて家へと戻っていった。 家の前まで来たとき、彼は首をかしげる。

 

 

「んっ? あれは……」

 

 

玄関の前には一人の海兵が彼の帰りを待っていた。 体は細身で、目深に帽子をかぶっているため顔はよく見えない。 海兵は元提督の前に来ると、律儀に敬礼をして彼に言った。

 

 

「……さんですね? 貴方には鎮守府の提督として戻っていただきたい。 どうか、ご同行を願います」

 

 

海兵に名前を変える前の本名で呼ばれ、動揺を見せる男。

どうやったか知らないが、どうやら軍は自分の消息を探り再び提督として引き戻そうとしているのだ。

男は人違いだと頑なに拒んだ。 艦娘たちの身は気になるが、ようやく夢を叶えられると思った矢先にまたあそこに戻るなんて、彼にはとても耐えられなかった。

海兵は彼に戻る意思がないとわかると、

 

 

「そうですか。 では……」

 

 

すっと腰を落とし、男へ当て身を食らわせた。

腹に伝わる衝撃に男は徐々に意識を失う。 完全に意識が途切れる男にかすかに海兵の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい………提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼が目を覚ますと、そこに見えたのは半年前に散々見てきた景色。

そこは彼が提督として過ごしていた執務室だった。

結局、自分はまたここに戻されてしまったのか。 男は肩を落とし自らの身の上を嘆いた。

その時、扉の向こうから聞こえる多くの足音。 次に見えたのが扉を開けて執務室に入ってくる艦娘たちの姿だった。

果たして今度はどんな注文を突き付けてくるのか?

彼は諦め半分で艦娘たちの言葉を待っていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「提督、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

彼女たちは一斉に彼に頭を下げてきた。

半年前とはまるで別人のような態度。 突然の豹変ぶりに一体どうしたのかと困惑していると、赤城が理由を話してくれた。

 

 

 

 

 

 

それは、ここへ新しい提督が来てからだった。

新しい提督は自分の戦果のために艦娘たちを無理やり出撃させ、働かせていた。

今までとはまるで違う対応に艦娘たちは一斉に抗議したが、提督は文句を言ってきた一人の駆逐艦を殴り黙らせる。

その艦娘は痛む頬を抑えながら怯えた目をしており、他の艦娘たちにもこれ以上文句を言うなら解体するぞと脅してきた。

 

 

 

 

 

 

「お前らは深海棲艦という化け物を倒すための兵器だ! それを人間扱いしろなどとおこがましい、つべこべ言わずにさっさと深海棲艦を狩って来い! 解体されたいか!?」

 

 

 

 

 

 

今までの環境から一変、ブラック鎮守府と化したここで彼女たちは暴力と恐怖に支配された。

出撃で敵を逃がせば怒鳴られ暴力を振るわれるのは当たり前。 遠征から戻っても補給は許されず再び遠征に駆り出される始末。

大破進撃も当然のように行われ、戦果を挙げられなかった者は補給はおろか入渠することさえ許されなかった。

そんな過酷な毎日を送り続け、ようやく彼女たちは気が付いた。

 

 

 

 

 

今まで自分達がどれだけに思い上がっていたかを。

 

 

 

そんな自分たちを文句ひとつ言わず見てきてくれた彼の重大さを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督に会いたい……」

 

 

 

 

誰かが涙交じりにつぶやいた言葉。

この言葉で彼女たちは一念発起した。

 

 

夜、提督が寝静まったのを見計らってクーデターを決行。 提督を半殺しにして鎮守府から追い出した艦娘たちは、大本営へ彼を提督として連れ戻さなければここへ攻め入ると宣言してきた。

大本営も彼女たちの実力の高さは知っており、下手に戦うことになれば余計な被害が増えることになると判断し、要求に応じた。 鎮守府を去った後の彼の足取りを探り、何とか居場所を突き止めることに成功した。

そして、海兵に扮した神通が提督を気絶させ、ここまで連れてきたのであった。

 

 

 

 

 

「私たちは今まで、貴方の厚意に気づかず無礼な振舞いをしてきました。 本当に反省しております…」

 

「ですから、これからは貴方に尽くすために私たちの傍にいてほしいのです。 どうか、お願いします!!」

 

 

全てを伝えた赤城は、頭を下げ必死に懇願した。

そんな彼女に続くように他の艦娘たちも一斉に彼に頭を下げた。

あまりに必死すぎる頼み込みにただただ困惑するしかなかった提督。 しかし、彼もまた新しい提督が着任するとき自分の心の闇に唆され、彼女たちを見捨てて逃げてきたことへの罪悪感が残っていた。

これはきっと、そんな自分への断罪なのだろう。

 

 

 

 

 

「…分かった。 俺でよければ、また提督としてここにいるよ。 よろしくな」

 

 

そう言って、彼は再び提督としてここにいることを了承した。 その時の彼女たちは、これ以上ないほど盛大に喜びをあらわにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、再び提督となった彼の元には常に艦娘が傍につき、彼に甲斐甲斐しく世話をするようになっていたのだが、

 

 

「テートクー、私たちとお茶にしまショー♪」

 

「提督さん、夕立たちと一緒にあそぼー!」

 

 

廊下で出会った彼に嬉しげに誘いをかける金剛と夕立。 しかし、二人が同時に提督に声をかけた途端、お互い相手を睨みあってけん制する。

 

 

「…ヘーイ夕立ー、提督はこれからお茶にするんだから余計な邪魔はしないでほしいネー……」

 

「…そっちこそ、提督さんが困ってるのが分からないの? 提督さんは、夕立たちと一緒にいたいんだからあっち行ってほしいっぽい……!」

 

 

目つきを鋭くしながら夕立を睨みつける金剛。

犬歯をむき出しにしながら金剛を威嚇する夕立。

お互い火花が散りそうになるほど一触即発の状況。 そこへ、提督は慌てて二人の間に割って入ってきた。

 

 

「ふ、二人とも落ち着け! それじゃ、夕立たちも含めてみんなでお茶にしないか? そのあと一緒に遊ぼう。 なっ…!?」

 

 

冷や汗を流しながらそう提案する提督に、

 

 

「…提督がそこまで言うなら仕方ないデース」

 

「…夕立も、提督さんを困らせたくないからそれでいいっぽい」

 

 

渋々引き下がる二人を見て、提督は胸をなでおろした。

実は、彼が提督として戻って以来、艦娘たちは確かに彼に尽くそうとするようになった。 ただ、そのためなら邪魔をするものは同じ艦娘であろうと容赦しなくなっていたのだ。

我も我もと提督に付きまとい、横槍を入れてくるものは力づくで排除しようとする。

そのたびに提督が仲裁に入り、どうにか事なきを得ていたのだが、そのせいで彼が心身ともに疲弊していることについては以前と変わらなかった。

 

 

「司令官さんっ! あんな二人放っておいて、電たちの焼いたクッキーを食べてほしいのです」

 

「貴方は下がって。 提督は、これから私と二人で散歩に行くんだから」

 

「何を言ってるのかしら? 提督は私と一緒に作戦会議を行うんだから、貴方こそ下がっててよ」

 

「提督ー! そんなとこいないで私と一緒にかけっこしようよー!」

 

 

 

結局、皆の対応が変わったというだけで、彼にとって心身ともに追い詰められる日々であることには変わらなかった。

もしかしたらあの日、皆の頼みを断っていたらこんなことにはならなかったのではないか。

 

 

「は、はは… ほんと、一体何の因果でこんなことになってしまったんだろうな?」

 

 

幾度となく、心の中で抱いた疑問を口にしながら提督は外の景色に目をやったが、その疑問に答える者は誰もいなかった。

 

 

 



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モニター越しの片恋慕

今回はヤンこれ…というより若干ホラー気味な話になります。
流石にこれはタイトル詐欺……かな…?


 

 

俺の暮らす街には子供のころからこんな噂があった。

それは、好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒に持ったまま5日間過ごすと、6日目にその人との恋が成就するというおまじないだった。

小学校時代、クラスの女子の間で一時試した子が大勢いたそうだが、そのあと落ち込んだ彼女たちの姿を見るあたり効果はまあご愁傷さまといったとこだろう。

そんな俺も20代の社会人になった今、このおまじないを試そうとしている。

それは自分にも好きになった相手がいたからだ。

しかしそれは現実の女子にではない。 俺が好きになったのは艦隊これくしょんというゲームのキャラ、赤城だ。

我ながら2次元の女の子を好きになるとかどうかしていると思われても仕方ない。 自分でもどうかと思うが、好きになってしまったもの仕方がない。

彼女を好きになったのは外見がタイプだったというのもあるが、それ以上に海域攻略に奮闘した、開発で必要な装備を作ってくれたなど、ゲームを通じて色んな思い入れがあったからだ。

とはいえ、流石にゲームのキャラと恋仲になれるわけがない。 それは分かっていたが、せっかくだし気分だけでも味わえればと思い、このおまじないをやってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

おまじないを始めて1日目。

仕事を終えて自宅に帰ってきた俺はいつものように艦これをやっていた。

毎日更新されるデイリー任務を消化し、旗艦を務める赤城がMVPをとるたび俺は歓喜の声を上げた。

 

 

「よし、やった! さっすが赤城だ」

 

 

あまり大声で騒ぎすぎたせいか、そのあとお隣から叱られたのはご愛嬌。 これもアパートで独り暮らししてるがゆえの宿命だろう…

気が付くと、もう時計の針は12時に差し掛かろうとしていた。

 

 

「やべっ、もうこんな時間か。 そろそろ寝ないとな」

 

 

俺はノートパソコンの電源を落とすため艦これのウィンドウを切ろうとカーソルを右上に合わせる。 その時、画面の中の赤城と目が合い「また明日な」と声をかけていた。

気恥ずかしさを感じ急いでシャットダウンを押した。

電源が切れ、画面が黒くなっていく。

その瞬間、かすかに画面から何かが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……おやすみなさい。 提督…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日目。

 

この日も俺は艦これに没頭し、大好きな赤城が活躍を見せるたびテンションが上がっていった。

特にこの日は新しい海域を開放するための出撃で、赤城が敵の旗艦を撃破したときはリアルで「よっしゃー!!」と声を上げていた。 余談だが、この日はお隣は出かけて不在だったので苦情は来なかった。

 

 

「やっぱ赤城は凄いな。 さすが我が艦隊のエースだ」

 

 

新しい海域が開放されたのを見て、俺は嬉しげに画面に映る赤城に目をやった。

画面越しに映る彼女はいつものように微笑んでおり、自ずと俺も笑顔になる。

今日もすっかり時間が遅くなったし、今日はこの辺で切り上げようかと電源を落とそうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…もう提督ったら。 そんなに褒めても何も出ませんよ』

 

 

 

 

 

 

突然俺の部屋に聞こえてきた声。

驚きのあまり俺は辺りを見渡すが、だれもいない。

当然といえば当然だ。 何せ、この部屋には俺意外誰もいないんだから。

おまけにさっきの声は俺の目の前にあるパソコンから聞こえてきたし、その声には聞き覚えがある。

何故ならさっき聞こえてきた声は目の前に映る艦娘、赤城の声と瓜二つだったからだ。

その瞬間、俺の中であり得ない予想が浮かんだ。

普通だったら考えられないが、他に原因も思いつかない。

俺は思い切って、パソコンに映る画面に声をかけてみた。

 

 

 

 

 

 

「もしかして、今の声…… お前なのか、赤城…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。 そうですよ、提督』

 

 

 

 

 

 

その途端、俺は驚きのあまり盛大に背中を打ち付けた。

俺の質問に答えたのは紛れもなく、画面に映る赤城からだった。

常識では考えられない現象。 しかし今起きているのは紛れもない事実。

その突然の出来事に俺は開いた口がふさがらなかった。

 

 

「なぜだ…? 一体、どうしてこんな事が…!?」

 

『…きっと、提督が行っているおまじないのおかげですよ』

 

 

赤城の言葉に、俺は慌ててポケットに手を突っ込んだ。

そうだ。 俺は一昨日恋が成就するというおまじないを試すため、赤城の写真と名前が入った巾着をずっとポケットにしまっていたんだ。

ポケットをまさぐると、それは確かにあった。

無くさないようしっかりと、巾着の中におまじないのための写真が入っていたのであった。

 

 

「そんな、まさか…!? このおまじないが、こんなことを引き起こすなんて…!」

 

『そうですね。 私も正直驚いていますが、そのおかげで私はこうして提督とお話ができるんですから、内心嬉しくも思っています』

 

「赤城… お前……」

 

『…ひょっとして、提督は嫌でしたか?』

 

 

画面の表情は変わらないものの、どこか悲し気に聞こえる赤城の声。

その声に、俺ははっきりと答えていた。

 

 

「そんな訳ないだろ。 俺もこうしてお前と話せて嬉しいよ、赤城」

 

『提督……』

 

 

それは嘘偽りのない俺の本音だった。

オカルトみたいな超常現象だろうと、こうして思いを寄せる赤城と話ができる。 俺にとってもこれほど嬉しいことはなかった。

俺は画面に映る赤城に視線を向ける。 画面越しに映る赤城の姿はいつもと変わらないが、心なしかその時の表情はどこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、3日目と4日目はほとんどが画面越しで俺と赤城は会話に華を咲かせていた。

 

 

ある時は俺が初めて赤城と邂逅したこと。

 

 

またある時は初めての沖ノ島海域で攻略に苦戦したこと。

 

 

それ以外にも俺の日常であった出来事や、好きな食べ物や異性のタイプについても話をした。

 

 

食べ物の話では、近くに美味しいラーメン屋があると話すと『わあ、良いですね~! 私も食べに行きたいですよ、もー!!』と悔しげに嘆いたこともあるし、好きな異性のタイプで胸の大きい子が好みって口を滑らしたら『…提督って、もしかして私より加賀さんの方が好みなんですか……?』とむくれてしまったこともあった。 まあ、そのあと俺がどれだけ赤城の事が好きなのか必死に説明してどうにか機嫌を直してもらったが…

 

 

それでも、俺にとって赤城との会話は楽しくて、赤城もまた画面の向こうで鎮守府の皆が何をしていたか楽しげに話してくれていた。

 

 

 

 

 

5日目。 この日は俺にとって大事な決断の日だった。

いつものように出撃から帰還し、補給を終える赤城。 画面越しにお礼を言う彼女に、俺は緊張で高鳴る旨を抑えながら言う。

 

 

「あ、赤城… ちょっといいか?」

 

『はいっ? なんでしょう、提督』

 

「帰還したばかりで疲れているところすまないが、ちょっと執務室で待っててくれないか? 話があるんだ」

 

『はい、私は構いませんよ』

 

「あ、ありがとう…」

 

 

俺は赤城に礼を言うと、アイテム画面を開きそこにある物を確認する。

しっかりと確認を終えた俺は、改修画面から画面に映る赤城へとそれを送った。

 

 

 

『えっ、提督…!? ここ、これって……!!』

 

「ああ、そうだ。 話とはこれの事だよ」

 

 

画面越しに聞こえる赤城の驚きの声。

俺が改修画面から送ったのは、ケッコンカッコカリに使用されるあの指輪だったのだ。

 

 

『これを私に……!? あの、提督! 本当によろしいのですか…?』

 

「今日までこうして話して、改めて気づいたんだ。 俺はやっぱり赤城の事が好きなんだって。 だから、これはどうしても赤城に渡したかった。 赤城じゃなきゃ嫌だったんだ」

 

『て、てい…とく……!!』

 

「もちろん、最終的に受け取るのは赤城の意思だ。 強制するつもりはないし、嫌ならいらないとはっきり言ってほしい。 どう…かな…?」

 

『………も』

 

「えっ…?」

 

『私も、提督の事が好きです! 他の誰でもない、貴方が好きっ! 指輪、ありがとうございます。 私、大事にしますからね!!』

 

 

画面から涙声になった赤城の言葉が聞こえてくる。

時折すすり泣く声も聞こえてきて、思わず俺も苦笑いを浮かべてしまう。 でも、本当にうれしかった。 大好きな赤城から好きだと告白され、俺自身もまたこれ以上ないほど心が満たされていたのだ。

しばらくしてようやく落ち着いたのか、赤城のすすり泣く声が止んで、俺は画面に映る赤城へと声をかける。 その声に、赤城もまた『大丈夫です。 ご心配おかけして、すみません…///』と、気恥ずかしげな声で俺に謝ってきた。

その声を聴いて俺も安心したとき、あることを思い出した。

スッとポケットに手を突っ込み、そこにあったものを取り出す。

 

 

「…そうだった。 そう言えば、このおまじないも明日で5日経つんだよな」

 

『…っ!? た、確かそれを持ったまま5日経つと、好きな人との恋が実るんですよね!!』

 

 

赤城がうれしそうな声を上げて尋ねる。 どうやら、赤城もまた画面越しにこのおまじないの事を聞いていたらしく、その効果についても知っていたのだ。

 

 

「ああ、噂ではそうだ。 でも、さすがに画面の向こうにいる赤城と一緒になるのは無理だ。 それ以前に、昔このおまじないを試して成功した女子は一人もいなかったそうだし、そこまで効果はなかったんだろう」

 

『そ、そんな……!』

 

「まあ、俺としては赤城が俺の気持ちに応えてくれただけでも十分嬉しいよ。 それ以前に、こうして赤城と直接話ができただけでも良かった。 今まで本当に楽しかった」

 

『提督……』

 

「ありがとう赤城、俺を好きだといってくれて。 じゃあ、またな」

 

 

俺はそう言って、パソコンの接続を切った。

噂ではおまじないをして5日後、つまり明日には赤城との恋が成就することになる。 が、いくら何でも2次元にいる赤城と一緒になるなんてさすがに無理だ。

それに、5日経ってしまえばおまじないの効果が終わり、もう赤城と話をすることもできないだろう。

たった5日間の楽しい夢。

でも、俺にとってはかけがえのない5日間だった。

こんな体験ができただけでも、このおまじないをしてよかったと思う。

俺はそう思い、ベッドにもぐりこむとすぐに眠りこけたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のアパート。

すでに寝静まった彼の後ろで、黒一色の画面から何やら声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢なんかじゃ終わらせない…  私は彼の事が好き…!  これからも一緒にいたい…!    ずっと… ずっと… ずっと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまじないを始めて6日目。

俺はいつものようにベッドから体を起こし欠伸をする。

それから着替えようとベッドから降りたが、辺りを見回した途端、俺の眠気は吹っ飛んでいった。

 

 

「えっ…!? こ、これは……!!」

 

 

そこは、俺の暮らしているアパートの一室ではなかった。

目の前にあったのは執務に使われる執務机。 床には白いフワフワのカーペット。 大きく開いた窓から見える景色はいつも見ている近所の家々はなく、代わりに海へとつながる母港がそこに映っていた。

俺は気づいた。 ここにあるのは、俺がゲームでデザインした執務室と全く同じだと。

訳が分からずただただ困惑していると、後ろから扉を開く音。

振り返ると、そこにはうっとりした表情で俺を見る一人の女性、赤城の姿があった。

 

 

 

 

 

「あ、赤城…!? これは一体…? 俺はなぜここに……!?」

 

「ああ、提督っ! 良かった、こうして会えるなんて。 これからは、私達ずっと一緒にいられますね…!」

 

「待ってくれ赤城! これはどういう事なんだ? 俺は昨日はアパートで寝てたのに、なぜここにいるんだ? 何が何だか、俺にはさっぱり……」

 

 

未だに状況が呑み込めず、俺はただ狼狽を繰り返す。

そんな俺を見てか、赤城も照れくさそうに謝ると、訳を話してくれた。

 

 

「実はですね… 提督がパソコンの画面から私を見てたように、私もずっと画面の向こうから提督の事を見ていました」

 

「それで、提督が恋が成就するおまじないをすることを知って、私も内緒で提督と同じおまじないをしてみたんです」

 

 

そう言って、赤城は懐からある物を取り出す。

それは俺の顔写真と名前が入った紙で、俺は驚きのあまり目を見開き、赤城はそんな俺を見ながら話を続けていった。

 

 

「そしたら、こうして画面越しに提督と話ができるようになって驚いちゃいました。 それどころか、提督はケッコンカッコカリの相手に私を選んでくれて本当に嬉しかった! こうして今まで想い続けてきた人が、私の事を好きだといってくれたんですから」

 

「でも、明日でこの一時が終わってしまうと聞かされた途端、私はこのおまじないに強く念じていたんです。 これからも提督と一緒にいたい、このまま終わってほしくないって…!」

 

「すると、私の想いが通じたのか、提督が画面の向こうからこちら側へと来てくれたんです! きっと、私の想いがおまじないに通じたんでしょうね。 嬉しいです提督…! これで、私達一緒になれたんです!」

 

 

目に涙をため、嬉しそうに話す赤城。 そんな彼女を見て、俺は理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城の強すぎる思いが、おまじないによって実現してしまったことを…

 

 

 

彼女の願望が、自分を画面の向こうの世界へと飛ばしてしまったことを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを知った俺は、ゆっくりと赤城に顔を向ける。

頬を染めながらこちらを見る赤城に、俺はにっこり笑いながら言った。

 

 

「ああ… これからは、こうして触れ合える。 お前と一緒になれて、俺も嬉しいよ。 赤城」

 

「提督…」

 

 

俺は優しく赤城を抱き込んだ。

形はどうであれ、俺もまた赤城とこうして一緒にいられるようになったのは嬉しい。 これからは、ここで二人でいられると思うと心が躍るようだった。

俺は、胸に顔をうずめる赤城に目をやる。

そこでは、赤城もまた俺の腕の中で微笑んでいた。

 

 

「愛してるよ、赤城…」

 

「私もです、提督…」

 

 

そうして、俺と赤城はお互いに顔を近づける。

二人だけしかいないこの場所で、俺たちはお互いの唇を触れ合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、知ってる? この街に伝わる、恋が成就するおまじない…」

 

 

 

「ああ、確か好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒にもって5日間過ごすと、好きな人と結ばれるってやつよね」

 

 

 

「実はね… このおまじないには続きがあって、好きな相手も自分と同じおまじないをしていたら、その二人は一生幸せに添い遂げられるんだって」

 

 

 

「うわー、素敵! でも、どうして急にそんな話を…?」

 

 

 

「それが嘘か本当か分からないんだけど、ある一人の男性がなんでもゲームのキャラ相手にこのおまじないをしたらしくてね。 その人おまじないをした6日目に行方不明になって、今でも消息がつかめてないんだって。 噂では、そのゲームキャラのいる世界へと飛ばされたんじゃないかって言われてるわ」

 

 

 

「やだ、こわいっ! …でも、もしそうだったとして、その男性は好きな子と一緒になれたし幸せなの…かな…?」

 

 

 

「さあねえ…… こればっかりは当人にしか分からないし、そもそもこれは噂話。 本当かどうかなんて、気にしたってしょうがないわ」

 

 

 

「そうだけど… できれば、その人幸せになってるといいね」

 

 

 

「まあ、そうね。 バッドエンドになるよかよっぽどマシね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるアパートの一室。

そこには無人の部屋に一台のノートパソコンが開かれていた。

パソコンの画面にはゲーム『艦隊これくしょん』のメニュー画面。 そして、その傍らに一組の男女が映っていた。

一人は航空母艦の赤城。 もう一人はこの部屋の家主によく似た男性。

二人はお互いに手を取り微笑ましげに笑みを浮かべている。

そんな幸せそうな二人の姿が、いつまでもパソコンの画面に映し出されていた。

 

 

 



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二人だけの秘密事

どうも、こちらもやっとできたので投稿します。
最近は暑さ寒さの変わり方が激しいですね。
とはいえ、自分も夏は夏イベと夏コミがありますから気合入れて行かないとです!
皆さんも、夏の暑さに負けず頑張ってください。





 

 

 

とある鎮守府の執務室。

夏特有の唸るような暑さに煽られ、提督は額に汗しながら書類作業を行っていた。

 

 

「ふあぁ…… 今日もまた暑いな。 窓を開けても風が流れないし、本当に参るねこれは…」

 

 

窓は少しでも外気を取り込めるよう全開になっていたが、そこから流れるのは風ではなく外の熱い空気とセミの鳴き声だけ。

少しでも暑さをしのごうと手で仰いでいると、中央のテーブルで作業をこなす秘書艦がにっこり笑いながら言った。

 

 

「ファイトなのです、司令官さん。 電も手伝いますから、あとちょっとだけ頑張りましょう」

 

 

秘書艦として今日の執務を手伝ってくれている艦娘、電の言葉に提督も「ああ… そうだな」と返事をすると、再び作業の手を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふいー、ようやく終わったな。 手伝ってくれてありがとな、電」

 

「いえ、秘書艦としてこれぐらい当然なのです。 司令官さんも、暑いのにお疲れ様です」

 

 

今の執務室は風が吹き込まず蒸し暑い。 それは自分も同じだったろうに、電は辛そうな様子も見せずに提督に励ましの言葉を贈る。

そんな彼女を見て、提督はゆっくり腰を上げると電を呼んだ。

 

 

「それじゃ、暑い中執務を頑張ってくれた秘書艦さんにはご褒美として好きなアイスを提供しよう。 何がいい、電?」

 

「ふぇっ…!? い、いえそんなの司令官さんに申し訳ないですし、それにお姉ちゃんたちにも悪い気が……」

 

「なら、暁たちの分も一緒に買ってこよう。 その代わり、電にはもう一つ好きなアイスを買ってあげるということで、どうだ?」

 

 

イタズラっ子のような笑みを浮かべてそう提案する提督。 これには、電も思わず顔をほころばせた。

 

 

「あ、ありがとうなのです司令官さん! じゃ、じゃあ電はバニラアイスがいいのです!!」

 

「よし、分かった。 その代わり、これは……」

 

「…あっ、はい! これは電と司令官さんだけの秘密なのです!」

 

 

年相応の無邪気さを見せながらはしゃぐ電。

その姿に、提督もクスリと笑いながら電と一緒に執務室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の食堂。

昼を少し過ぎたその時間は、出撃や遠征から帰還してきた艦娘たちが遅い昼食をとっており、その中には電の姉妹艦、暁・響・雷の姿もあった。

電から配られたアイスに舌鼓を打ちながら、雷はテーブル越しに座る電に尋ねた。

 

 

「ねえ、電。 今朝は司令官のお手伝いをしてたそうだけど、そんなにニコニコして何か嬉しいことでもあったの?」

 

 

雷は姉妹の中では一番の世話焼きな性格。 普段と比べるとやけに嬉しそうな電の様子が気になっていた。

 

 

「えへへ… それは内緒なのです♪」

 

「またそれー? いいなぁ、電は司令官と一緒にいられておまけに司令官のお世話までできるんだもん。 私もまた秘書艦やりたいなー」

 

 

口を尖らせながら不満を漏らす雷。 そこへ、雷の隣に座る暁が電へと詰め寄っていく。

 

 

「だからって、司令官と一緒にいられただけにしてはずいぶん喜んでるじゃない。 何か暁たちに重大な隠し事があるんじゃないの!?」

 

「あ、暁ちゃん落ち着いて…」

 

「正直に話しなさい! 一人前のレディは周りに隠し事なんてしないのよ!」

 

 

テーブルを乱暴にたたきながら電を睨む暁。 姉妹の中では一番子供っぽいところがあるが、同時に姉妹の中では一番勘が鋭いとこもあった。

だが、電の怯える姿を見て、響は落ち着いた様子で暁を諭した。

 

 

「それなら昨夜、暁が私を起こしてトイレについてきてもらったことも話さないといけないんじゃないかな?」

 

「ひ、響……!! 余計な事言わないの!!」

 

 

顔を真っ赤にしながら響を睨む暁。 しかし、雷も暁に同意の言葉を贈る。

 

 

「でも電もずるいわ! 自分だけ司令官との秘密を作るなんて…!」

 

 

雷がふてくされるのも無理からぬ話。

電や雷に限らず、ここの鎮守府の艦娘たちは提督を慕っている。 それも、上官と部下としてでなく、一人の女性として提督という男性に想いを寄せている。 だからこそ、電と提督がお互い秘密にしていることが雷にとっては面白くなかったのだ。

そんな姉の気持ちを知っていた電も、姉妹たちに顔を向けながらぺこりと頭を下げた。

 

 

「それは…ごめんなさいなのです。 でも、これは電と司令官さんにとって大事な秘密だから……」

 

 

畏まった様子で正直に謝罪する電。 その姿に、響も電へとフォローを入れた。

 

 

「仕方ないさ。 私達だって姉妹同士でも言いたくないことや内緒にしたいことはある。 それを無理に聞き出すのは、流石にかわいそうだよ」

 

 

落ち着いた口調で語る響の言葉に、流石に暁と雷も二の句を告げられず黙り込み、電は自分をかばってくれたクールな姉へと頭を下げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電はこの鎮守府の初期艦であり、この艦隊では最古参の艦娘。 ゆえに提督との付き合いは一番長く、二人の間にはいろんな秘密があった。

 

 

 

ある日の事。 このころはまだ鎮守府の規模が小さく、電はよく出撃に加え遠征の旗艦を務めていた。

この日も遠征を終えた電は報告をすべく執務室へ向かい、執務室にいた提督は電へねぎらいの言葉をかけた。

 

 

「ありがとう、電。 お前には出撃も行ってもらっているのに、遠征までさせてすまないな…」

 

「いいのです。 ここはまだ人手も資源も少ないですし、これで少しでも司令官さんのお役に立てるなら電も嬉しいのです」

 

 

遠征を終えて疲れているだろうに、そんなそぶりを見せることなく笑顔を見せる電。

そんな彼女に提督は、

 

 

「それじゃ、今日はこの後二人で間宮さんのところに行こうか。 他の子には内緒でね」

 

「えっ、いいのですか? 電だけそんな贅沢してしまって……」

 

「旗艦として遠征を大成功させてくれたご褒美さ。 電はいつも頑張ってくれてるんだから、それくらいいい目を見てもバチはあたらないよ」

 

 

その言葉に、電も顔を綻ばせる。 大好きな提督の誘いに心躍らせながら、彼女は提督の後についていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またある日のこと。

時刻は深夜。 外は真っ暗になっており、灯りのともった執務室では提督と電が二人でせっせと事務仕事をこなす。

ようやく最後の書類を書き上げ、提督は思い切り椅子の背にもたれながら歓喜の声を上げた。

 

 

「や、やっと終わったー! すまないな電、最後まで付き合わせてしまって」

 

「いえ、最後まで手伝いたいと言ったのは電です。 そういう司令官さんこそ、電の我儘に付き合ってもらって申し訳ないのです」

 

「そんなことないぞ。 電が手伝ってくれたおかげで、無事に終わらせることができたんだ。 ありがとうな」

 

 

提督は書類をまとめる電の頭を優しくなでる。 嬉しさと気恥ずかしさが入り混じったような笑みで電も大人しくなでられ、拒否するようなそぶりは見られなかった。

 

 

「電には一日頑張ってもらったから、何かお礼ができればいいんだが…」

 

 

そう言いながら提督は顎に手を当て考え込む。 彼なりに何をしてやれば電は喜ぶか…?

すると、電は少し顔を赤くしながら、

 

 

「じゃ、じゃあ今夜は司令官さんと一緒に仮眠させてもらってもいいですか…!? あの… その… い、いつもお姉ちゃんたちと一緒に寝てたから、一人だとなかなか寝付けなくて……」

 

 

電から出た突然のお願いに提督は一瞬きょとんとしたが、それが彼女の頼みとあれば自分にも断る理由はない。

提督は軽く頷くと、

 

 

「ああ、いいぞ。 それくらいお安い御用だ」

 

「あ、ありがとう…なのです!!」

 

 

そうして、電は提督と一緒に執務室のソファで添い寝してもらったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でこそ鎮守府は艦娘が増えて規模も大きくなったが、電ほど提督と親密な時間を過ごした艦娘はいない。 それは事実だ。

ただ、そのことがいつしか電の中で周りに対する優越感へと変わっていた。

自分は他の子たちより司令官との秘密をたくさん持っている。

自分ほど、司令官に一番近しい艦娘はいないんだと。

表には出さないものの、そう考えると自然と電の心は踊った。

今日もこの後大好きな提督と二人の時間を過ごせる。

そんな下心を抱きながら執務室の扉へとやってきたとき、扉の向こうから何やら話し声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督…… 本当に、私とケッコンカッコカリしてくれるんですカー!?』

 

『本当だよ。 金剛には前々から前線で活躍してもらってたし、これからもその雄姿を見せてほしいんだ。 いいかな…?』

 

『もっちろんデース!! 私の渾身のバーニングラブ、これからも見せてあげるネー!!』

 

 

 

 

 

偶然聞こえてしまった、提督が金剛とケッコンカッコカリを行うという会話。 その事が電の心にナイフを突き立てるように刺さった。

ケッコンカッコカリは本来戦力強化を目的として行われる近代化改修の一種。

しかし、それ以上に疑似的とはいえ、好きな艦娘と結婚をできるということが、ケッコンカッコカリの魅力となっている。

提督である彼も、自分たち艦娘を一人の女性としてみてる以上、戦力強化のために行ったとは考えられない。

ありうるとすれば、ケッコンカッコカリを申し込んだ金剛を異性として好きになったという事。

そうした結論にたどり着き、ようやく電は気づいた。

 

 

提督に一番近しい艦娘だと思っていたのは自分だけ。 提督から見れば自分は一番じゃなかったんだと……

その時、彼女の心の中で何かがざわめいた。

まるで何かにほのめかされるようにブツブツと呟きながら廊下をさまよう電。 しばらく幽霊のように歩みを進めていたが、突然ぴたりと止まるとゆっくりと顔を上げる。

その表情は何かを企てるような不気味な笑みを浮かべており、瞳はまるでよどんだ闇を体現したかのごとく、黒く濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、電はいつものように提督と一緒に執務を終える。

後片付けを済ませ、もう戻っていいぞという提督に、電はあの時聞いた話について尋ねた。

 

 

「あの、司令官さん…… 金剛さんとケッコンカッコカリをするって本当なのですか?」

 

 

そう聞かれた途端、提督も驚愕の表情を浮かべる。

初めは気まずそうに顔を背けていたが、真っすぐにこちらを見つめる電に根負けしてか、提督も気弱な声で答えた。

 

 

「…ああ、本当だ。 まさか電がこのことを知っていたなんてな……」

 

「お昼の時、執務室の前で偶然聞いてしまったのです。 すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……」

 

「電が謝る必要はないさ。 …正直言うと、電には隠したくなかったんだが、金剛と最大練度を迎えるその時まで秘密にしておこうと決めててな……」

 

 

提督の話を聞き、電の心はずきりと痛んだ。 提督は、自分以外の艦娘とも二人だけの秘密を持っていたんだということに……

 

 

「電にはすまないが、正直に言わせてもらう。 俺は金剛の事が好きだ、だから電が俺を想っていても俺はその気持ちに応えられそうにない。 本当にスマン……!」

 

 

机から身を乗り出し、提督は額を机につけながら深々と頭を下げた。

今の自分にはこうすることしかできない、と言わんばかりに必死に謝る提督だったが、それを見た電は提督の頭を優しくなでながら暖かい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういいのですよ、司令官さん。 電が司令官さんを好きになったように、誰かが誰かを好きになるのはその人の自由ですし、それを阻む権利なんて誰にもないのです。 司令官さんが金剛さんを好きになるのは司令官さんの自由ですし、それを阻む権利は電にはないのです」

 

 

 

「司令官さん… 正直に話してくれてありがとう、なのです。 司令官さんが正直に話してくれたこと、電も嬉しく思ってます。 ただ……」

 

 

 

「…ただ?」

 

 

 

「…もしできるのなら、もう一つだけ電との秘密を作ってほしいのです!!」

 

 

 

 

笑顔から一転、顔を赤くしながら提督へと迫る電。 その気迫に気圧されながらも提督は、

 

 

「わ、分かった… それじゃ、その秘密を言ってみてくれ」

 

 

その言葉を聞いて、電はにっこり笑いながら提督へとその秘密について打ち明けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金剛さん。 司令官さんとケッコンカッコカリおめでとう、なのですっ!」

 

「ヘーイ、サンキューネ電ー!! そう言ってもらえると嬉しいのデース!」

 

 

時は流れ、鎮守府では提督と金剛とのケッコンカッコカリが執り行われ、電を初めとした他の艦娘たちは二人へお祝いの言葉を送っていた。

金剛は自分たちをお祝いしてくれる皆へとお礼の言葉を返していたが、電の元へ来ると声を小さくしながら話しかけてきた。

 

 

「…ところで、電。 提督から聞いたんですケド、電も提督とケッコンカッコカリするそうですネー」

 

「…あっ、知ってたんですか? 金剛さん」

 

「電も近いうちに私と同じ場所に立つことになりそうデース」

 

「そうですね。 司令官さんとケッコンカッコカリ出来たことは嬉しいですし、電も司令官さんのこと好きですけど、一番にケッコンカッコカリした金剛さんには敵いそうにないのです」

 

「もちろんネー。 私の提督へのバーニングラブは、誰にも負けまセーン!!」

 

 

そう言いながら、誇らしげに胸を張る金剛。

そんな彼女の姿に提督は苦笑いを浮かべ、電はクスクス笑いながら見つめていた。

その後、金剛は提督の手を引いてその場を去っていき、残された電は一人ポツンと佇んだまま、静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金剛さん。 残念ですけど金剛さんは司令官さんの一番にはなれないのです」

 

 

 

「いえ、金剛さんだけじゃない… 他の子たちもそう。 いくらケッコンカッコカリをしたところで、司令官さんの一番にはなれません。 だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官さんの『初めて』は、電がすでに頂いたのですから…♪」

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、電は自分のお腹を優しくさする。

実は、電はあの日の夜に無理やり提督を襲い、既成事実を作っていた。

子供と言えど彼女は艦娘。 人間である提督が力でかなうはずがなかった。

そして、それこそがあの日の夜に電と提督の間にできた二人だけの秘密。

電が金剛は提督の一番にはなれないと言った理由なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官さんにとっての一番は電です。 たとえ金剛さんだろうと、それだけは譲れないのです」

 

 

 

「司令官さん、ごめんなさい。 でも、やっぱり司令官さんを諦めることは電にはできなかったのです」

 

 

 

「でも、この秘密がある限り電はいつまでも司令官さんの一番です。 いつまでも司令官さんの傍にいられます」

 

 

 

「だから、ね…… これからもよろしくお願いします、司令官さん」

 

 

 

 

 

 

そう言いながら、電は笑顔を浮かべる。

あの時見せた不気味な笑みと黒く濁った瞳をしたまま、彼女はいつまでもそこで微笑んでいた。

 

 

 



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因果はねじれ狂って

今回の話は仕事中に即興で思いついたのを書いてみました。
内容的にどこかグダグダな部分があるかもですが、見てもらえればありがたいです。





 

快晴の空の元、そこでは二人の男性が話し合っていた。

一人は凛とした顔つきの青年で、もう一人はどこか初々しさが感じられる新米の提督。

青年はある鎮守府の元提督で、自分の後輩にあたる新米提督へと最後の引継ぎを行っていた。

 

 

「ありがとうございます。 じゃあ先輩、俺もそろそろ行きますね」

 

「ああ。 俺の後釜を押し付けるようですまないが、あいつらのことよろしく頼んだぞ」

 

「はいっ!」

 

 

元気な返事とともに新米提督は後ろで控えている車へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

新米提督が向かう先は、自分の先輩にあたる前任の提督が管理していた鎮守府だった。

前提督は指揮系統に関しては優秀で、同時に自分の部下である艦娘たちとも友好的な関係を築いていた。

そのため艦娘たちとともに華々しい戦果を挙げていたが、その実力が大本営の目に留まり、是非ともその手腕を生かしてほしいと最前線への異動命令が出された。

彼としては異動命令に文句はないが、後任の提督についてどうするかという問題があった。

今まで苦楽を共にしてきた艦娘に、ろくでもない提督を当てられたくない。 彼は考え、大本営に異動の条件として自分に後任の提督を選ばせてほしいと頼み、後輩である新米提督を選んだ。

新米提督とは軍学校の頃からの知り合いであり、彼の人柄もよく知っていた。

提督としての能力は秀でてはいないものの、温和で誠実な性格の彼になら自分がいた鎮守府を任せられるということで、この日自分に代わって彼に新しい提督として着任してもらうこととなったのである。

 

 

 

 

 

 

「まさか俺が先輩から推薦してもらえるなんてなー。 先輩のいた鎮守府ってどんなところだろ? 楽しみだ」

 

 

これから修学旅行に行く小学生のように、新米提督は心躍らせている。

先輩の話では自分の部下である艦娘たちも、気さくで優しい子達だからあまり気を追う必要はないと言っていた。

自分もまた、彼女たちと苦楽を共にするのだから気を引き締めないとな…!

新米提督は改めて自分に言い聞かせると、目的地である鎮守府へとやってきた。

車から降りて正門をくぐり、中に入ると中央の広場で数人の艦娘が談笑している。

ひとまず彼女たちに挨拶しようと彼は声をかけてみた。

 

 

 

 

 

 

「や、やあ。 俺は今日からこの鎮守府に着任することになった者だ。 よろしく…たの……」

 

 

だが、彼は最後まで挨拶できなかった。

なぜなら、彼が艦娘たちに声をかけた瞬間、彼女たちの様子が変わったからだ。

艦娘たちは彼を見た途端に楽しそうな表情から一変、挨拶どころかまるで汚らわしいものを見るような蔑んだ視線を向けその場を去っていった。

先輩から聞いた内容とはまるで違う反応に、彼はただ困惑するしかなかった。

 

 

 

その後、彼は新しい提督としてこの鎮守府の艦娘たちが集まった広場で挨拶したが、自分を見る艦娘たちの表情は嫌悪や敵意に満ちたものばかり。 歓迎ムードといったものは微塵も感じられなかった。

さらに執務室で荷物の整理を行っていると、前提督の秘書官を務めていた艦娘である長門から、

 

 

「貴様か、新しくここへ来た提督というのは。 先に言っておくが、貴様が何者であろうと私の目が黒いうちはここで好き勝手な真似はさせんぞ。 肝に銘じておけっ!!」

 

 

と、高圧的な態度をとられてしまい、彼はただその場で呆然とすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「…なんだか話で聞いていた内容とはまるで違うな。 まあ、俺もまだ新米だし、これからみんなと親睦を深めていけばいいか」

 

 

不安な気持ちを抑えながら、新米提督は自分にそう言い聞かせると、再び荷物の整理を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから彼はこの鎮守府で提督として働き始めたが、そこから先は散々だった。

執務を行えば、秘書艦を務める艦娘から「仕事が遅い」だの、「よくお前みたいなやつが提督になれたな」となじられた。

新米だし、まだ勝手がわからないのだから仕方ないじゃないか。

内心そう思いつつも、提督は少しでも作業を早く終わらせようと努力したが、それでも彼女たちの罵倒は止まらなかった。

さらに出撃や遠征は艦娘たちが勝手に行い、戦果や遠征の報告は来るものの、簡潔……というよりあまりにおざなりなものだった。

報告が済めばさっさとその場を立ち去り、遠征の報告書はぞんざいに机に投げ捨てる。

一応自分が指揮を取ろうかと言ったこともあったが、

 

 

「アンタに指示されるくらいなら、死んだ方がマシよ」

 

 

とまで言われてしまい、彼は何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 

食事は一応出してもらえるものの、他の艦娘たちに比べ提督のはあまりに質素だった。

ある時はおにぎり一個だけ。 またある時はパン一つだけという、まるで一昔前の囚人に出すような食事内容だった。

いくら自分が新米だからといっても、あまりに理不尽な扱いに提督は徐々に衰弱していく。

だが、そんな仕打ちを受けながらも彼は必死にあがいた。

少しでも彼女たちの事を知れればと、話をしようとしたり宴会でやらないかと持ち掛けたりもしたが、そのたびに帰ってくる返事は、

 

 

 

 

 

「結構です。 貴方と話すことは何もないので」

 

 

 

「冗談じゃない。 お前のような奴がいたら酒がまずくなるだけだ」

 

 

 

などと辛辣なものばかり。 先輩から聞いていた話とはまるで違っており、彼はそのたびに自分の部屋で小さく溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼がこの鎮守府に来てから一か月。

日々理不尽な対応に限界が来たのか、提督は思い切って尋ねてみた。

 

 

 

 

 

「何故なんだ…… 何故、こんな仕打ちをするんだっ!?」

 

 

 

 

「皆、俺に何の恨みがあってこんな扱いをするんだ!? 俺が……俺が一体何をしたというんだ!!」

 

 

 

 

 

今までの思いをぶちまけるかの如く大声で叫ぶ提督。

目にうっすらと涙をためながら、彼は肩で息をする。

秘書艦である長門は、彼の叫びを聞いたとたん……

 

 

 

 

 

「何を…だと……?」

 

 

 

 

 

いきなり提督の胸ぐらをつかみ上げ、そのまま宙に持ち上げる。 目を吊り上げ、憎悪にたぎった表情を見せ、彼女は提督を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様こそ、今まで自分がしたことを分かっているのか!? 一体何をしたと、どの口がほざくんだ!!」

 

 

 

 

 

そう叫び、長門は提督を壁にたたきつける。 痛みに悶える提督を彼女は冷徹な目で見下しながら言う。

 

 

 

 

 

「お前のような奴に提督を名乗る資格はない。 さっさとここから出ていけ、命が惜しければな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、彼は前任の提督に軍をやめることを伝えた。

すでに大本営にも連絡はしており、後任の提督は他の者にしてほしいと彼は話すが、前任の提督は彼女たちが彼にしてきたことを聞いて動揺を隠せなかった。

 

 

「なんてことだ…… あいつらはそんな悪い奴じゃない、何か原因があるはずだ。 俺も今回の事について調べてみるから今一度考え直してくれないか?」

 

 

しかし、後輩である彼は意見を変えなかった。

 

 

「いいえ… 俺はもう提督としてやっていく自信がないんです。 他の鎮守府に移ったとしても、また艦娘たちからあんな目にあわされるんじゃないかと思うと体が拒否してしまうんです……」

 

 

その言葉に、前提督は何も言えなかった。 彼の容姿は一か月前と比べて、まるで別人のようになっていた。

顔には細かい傷がつき、目は澱んで生気がない。 体も少しやせ細っており、あの時目を輝かせていた頃の面影は欠片もなくなっていたのだ。

 

 

「先輩、せっかく推薦してもらったのにすみません…… 先輩には悪いんですが、俺はもう軍に戻るつもりはありません」

 

 

そう言うと、彼は荷物をまとめ鎮守府を去っていき、前提督は何も言えずただ彼を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以来、軍をやめた彼は別の仕事を見つけ一般人として暮らしていた。

鎮守府でひどい仕打ちを受け、初めはやつれていた彼も、今では少しずつだが肉体的にも精神的にも回復していた。

その後、先輩である前提督からこれといった連絡はなかったが、彼も自分から前提督へ連絡を取ろうとは思わなかった。

もう自分は軍とは無縁の人間。 これからはもうあそこと関わることはないだろう。

そんなある日の事。

 

 

 

 

 

「…おや?」

 

 

仕事から帰った彼が、玄関先のポストに入れられていた手紙に気づく。

家に戻り中身を確認すると、それは軍にいた時の知り合いである前提督から宛てられたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内容は例の鎮守府の一件についてで、彼が鎮守府に着任するあの日、何の手違いか彼のプロフィールが書かれた書類と解任されたあるブラック鎮守府の提督のプロフィールが書かれた書類が間違って送られてしまった。 その結果、艦娘たちは新米提督であるはずの彼を元ブラック鎮守府の提督だと誤解してしまったのだ。

そのせいで艦娘たちは彼に関わろうとはせず、徹底的に毛嫌いし挙句にこのようなことになってしまった。

前提督がその鎮守府に確認し、事実を知った彼は艦娘たちを激しく叱責した。

彼はブラック鎮守府どころか未だ提督の経験がない新米だが、自分が推薦した信頼できる人物であることを説明。 艦娘たちもそのことを知って、今は反省しているとの事。

ついては艦娘たちが今回の件への謝罪と、改めて自分たちの提督として戻ってきてほしいという旨が載せられていた。

その証拠に前提督とは別にもう一枚、長門が書いた謝罪の手紙が同封されていた。

手違いとはいえ、提督である彼に散々ひどい仕打ちをしてしまい申し訳ないという内容が、達筆で書かれていた。

 

 

「………」

 

 

彼は手紙を読み終え、しばらく無言のままそれを眺めていたが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう自分には関係のないことだ」

 

 

その手紙をゴミ箱に放り投げ、もう戻るつもりはないという返事だけ向こうへ送り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

しかし、それからというものの艦娘たちの手紙は毎日送られてきた。

ある時は戦艦や空母が書いたであろう、丁寧な字体と内容のもの。

またある時は駆逐や軽巡が書いたのか、可愛らしい丸文字に親しみを込めた文体のものまで多種多様だった。

手紙の書き方に差異はあれど、皆共通して書かれていたのは彼への謝罪ともう一度自分たちの提督として戻ってきてほしいというもの。

何枚も何枚も送られ続ける手紙を見る彼は、ある決意を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い出されてから2か月後、青年は再び元いた鎮守府へと戻ってきた。

広場にいた艦娘たちは彼が戻ってきてくれたことに喜びを露わにし、青年は秘書艦の長門に皆を集めてほしいと頼む。

現在提督代理を務める長門は、彼が戻ってきたことを知りそれを了承。 広場に彼女たちを集合させ、やってきた青年へ深く頭を下げた。

 

 

「提督… このたびは貴方へ散々ひどい振舞いをしたこと、心から申し訳なく思っています。 この長門、誠意を持って貴方に償う所存です……」

 

「いや、いいんだ。 そのことについて俺は皆を恨んでないし、何より俺はもう提督じゃない。 実は皆に話したいことがあってきたんだ」

 

 

彼は長門から艦娘たちへ顔を向け、自分がここへ来た訳を話した。

 

 

「皆、久しぶりだな。 あれから皆が送ってきてくれた手紙、毎日読んでいたよ。 それで、俺もこの鎮守府の提督へ戻ってもいいと思っている」

 

 

その言葉を聞き、皆嬉しそうに顔を綻ばせ騒ぎ始める。

しかし、青年はそれについては条件があると前置きし、その条件を伝える。 それは、あまりに信じられない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただし、俺がこの鎮守府に着任したからにはお前たちには休みなく働いてもらう。 出撃すれば大破しようが敵を殲滅するまで帰還命令は出さないし、遠征は朝から晩まで補給も行わずに行ってもらう。 それでも俺をこの鎮守府の提督として迎え入れるつもりならここへ戻ってやってもいい。 どうだ、引き受けるかっ!?」

 

 

その条件を突き付けた途端、一斉に無言になる艦娘たち。 それを見て、青年は心の中でつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これでいい、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちの謝罪の手紙を見た彼は、今までの行いについては許すつもりでいた。

しかし、もう提督として戻るつもりのない彼は、どうにか艦娘たちに諦めてほしいと思い、このようなブラック鎮守府まがいの条件を突き付けることで自分に見切りをつけてもらおうと考えたのだ。

初めは正直に自分はもう戻るつもりはないという事を伝えるつもりだったが、手紙だけでもここまで誠心誠意に謝る彼女たちがこれしきの事で素直に諦めるとは思えず、代わりにこのような方法をとる事にした。

先輩である前提督には申し訳ないと思ったが、彼女たちのためにもこうした方がいい。

彼はそう感じ、その場を去ろうとしたが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、了解したぞ提督。 私達も、それが貴方への償いとなるなら安いものだ!」

 

 

長門たちは自分に見切りをつけるどころか、この条件を快く引き受けてしまい、代わりに彼に再び提督となってもらうことを要求。

次の日からこの鎮守府では、異様な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督、こちら敵艦隊を殲滅。 私は大破してしまったが、もうすぐ敵の主力と遭遇できるからこのまま進撃するぞ』

 

「何を言っている長門… 大破者が出たんならすぐに戻るんだ!」

 

『心配いらんさ。 たとえ轟沈しようとも、我々は必ず敵を全滅させる。 大丈夫だ』

 

「そう言う事を言っているんじゃない! たった一度の戦果でお前たちを轟沈させては割に合わないと言っているんだ。 いいから早く全員帰還しろ、これは命令だっ!!」

 

『むう… 了解した、提督。 これより全艦帰還する……』

 

 

無線越しに渋々了承する長門の声を聞いて、提督となった彼は深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

あれからというものの、彼が提督として戻ってきたこの鎮守府は大変なことになっていた。

出撃すれば、大破者が出ても彼女たちは敵を全滅させるまで進撃することをやめず、遠征をすれば朝から晩まで補給もしないで際限なく働こうとするので、そのたびに彼はどうにか彼女たちを止めるのに必死になっていた。

前に遠征から戻ってきた雷と電に、今日はもうみんなに休むよう伝えたこともあったのだが、

 

 

 

 

 

「これぐらい、司令官にしてきたことを考えればどうってことないわ! だから、司令官はもっと私たちを頼ってほしいの。 司令官のためなら、私たちどうなろうと構わないんだからっ♪」

 

 

 

 

「はわわわっ!? 司令官さんに余計な心配させるなんて、電は悪い子なのです! すみません司令官さん、すぐに電は解体してもらいますので、ごめんなさいなのですっ!!」

 

 

 

 

そんなことを言い出す二人を、提督は慌てて引き留める。

 

 

「べ、別にお前たちを心配していってるわけじゃない! 疲労がたまったお前たちを遠征に出したら大成功しにくくなるから、かえって作業効率が悪くなると言ってるんだ!」

 

 

「それにお前らのような駆逐艦を解体して手に入る資材などたかが知れている! そんなこと考える暇があったら、今日はもう体を休めて明日の遠征を大成功させてこい。 これは命令だ、分かったな!?」

 

 

そこまで言って、ようやく彼女たちは自ら遠征を切り上げ休んでくれた。

これは命令だ。 こうでも言わなければ、彼女たちは自分を酷使することをやめないのだ。

そしてそれは日常にも及んでいた。

食事については出撃や遠征を優先するあまり、彼女たちはほとんど食べずに出ており、それを彼は命令という形でどうにかちゃんとした食事をさせていた。

執務をさせれば自分にやらせず、すべて彼女たちがこなそうとするので、彼は命令だと言って何とか自分にもやらせるよう彼女たちに言い聞かせた。

休みに関しても、この日は出撃や遠征を禁ずるとまで言わなければ彼女たちは休もうとせず、よしんば休んだとしても提督である自分の身の回りの世話をしたいというものが後を絶たなかった。

 

 

 

 

 

 

「テートク、私の用意した紅茶飲んでないみたいですケド… もしかして私の紅茶は嫌いでしたか…!? sorryネ、すぐに片付けますカラ…!!」

 

「だ、誰もいらないとは言ってないだろ! …金剛の紅茶はおいしいから飲むのが惜しかっただけだ。 だから片付けずにそこにおいておけ」

 

「は、はいっ! 了解デース♪」

 

「提督、私の出したお茶菓子はどうでしたか? もしお口に合わないのであれば、もう出しませんので……」

 

「なに言っているんだ。 加賀の用意してくれたお茶菓子はおいしいぞ、だから明日も用意しろ。 これは命令だ」

 

「わ、分かりました! では、明日も用意しますね」

 

「司令、少し装備についてご確認してほしいことが……って、休憩中に申し訳ありません! すぐに下がりますので……!!」

 

「…今は休憩中だが、午後から俺もやることがなくて暇になる。 だから不知火、お前には午後から俺と一緒に装備の点検に付き合ってもらう、いいな?」

 

「あっ、はい司令っ! 不知火でよろしければご一緒します!!」

 

 

金剛たちとの休憩を終えた提督はひときわ大きなため息を吐き、外を眺める。

しばらく無言のまま眺めていたが、控えめなノックの後一人の人物が執務室にやってくる。

提督が振り向くと、そこには前提督が悲しげな顔で彼を見つめていた。

 

 

 

 

 

「…すまない。 こんな形で俺の元部下たちの面倒を見てもうことになってしまって」

 

「…いいんですよ先輩。 元はといえば俺がまいた種なんですから」

 

 

提督としてはこんな命令という形で彼女たちを使役したくはなかったのだが、こうでもしなければ彼女たちは自分で自分を殺しかねない。

そうさせないためにも彼は今、この鎮守府のストッパー役として彼女たちの面倒を見ている。

前提督もそのことを知っていたがゆえに、彼を責めるようなことはしなかったのである。

 

 

「俺の方こそすみません… 先輩の艦娘たちをこのような目に合わせてしまって……」

 

「いいや… 皆はどうあってもお前に提督として戻ってほしがっていた。 あそこで断ったところで、皆はどうなろうとお前を提督として引き込もうとしてた。 お前や皆の事に気づいてやれなかった、俺の落ち度だよ……」

 

「そう…ですか……」

 

 

提督はそう言うと、重い腰を上げて執務室の扉に向かう。

これから不知火と一緒に装備の点検に行かなくてはないけないから、といって彼はその場を後にした。

一人残された前提督は、青い海が広がる窓を見ながらぼんやりと考える。

一体どこから狂ってしまったのだろう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が断られるつもりでブラック鎮守府まがいの条件を突き付けたとこからか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘たちが彼を元ブラック鎮守府の提督だと誤解してしまったとこからか…?

 

 

 

 

 

 

 

それとも、自分が彼を後任の提督として推薦したとこからか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今となってはどうしようもないこの問題。

彼の疑問に答えてくれる者は、この場には誰もいなかった……

 

 

 



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想いは次元を超えて

だいぶ間が開いてしまいましたが再び投稿です。
現在艦これは夏イベ攻略してE-1で伊26掘りを実行中。 アクィラも来てくれたんだしこっちも来てほしいところです…!






 

 

深夜の鎮守府。

太陽が沈み黒一色に染まった空にはまばらに輝く星が眼下の海と大地を淡く照らし、そこから見える光景はどこか幻想的な雰囲気を感じさせてくれる。

だが、鎮守府の最高責任者である提督は今そんな光景を堪能している暇はなかった。

場所は工廠の建物の裏。 角からひっそりと顔をのぞかせながら、彼は歯を食いしばる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、やはりここは見張られてるか。 だが、このままここにいたら見つかるのは時間の問題だし、一体どうするか…!」

 

 

青年…もとい提督の視線の先、そこには鎮守府の唯一の出入り口である正門がドンと建てられており、その正門の前には一人の艦娘が隙のない動作で艤装の弓を構えていた。

 

 

 

 

 

 

「提督… 貴方は絶対、ここから逃がしません……!!」

 

 

顔つきは穏やかだが鬼気迫る気迫を感じさせる艦娘、赤城は一人自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督。 提督っ!」

 

 

時刻は昼を少し過ぎたころ。 おもむろに自分を呼ぶ声にフッと提督は顔を上げる。

目の前にはいつも自分が提督として過ごしている執務室。 そして、隣には先ほどまで自分に声をかける一人の艦娘の姿があった。

 

 

「…あ、赤城か。 そうか、出撃から戻ってきたんだな」

 

「提督、さっきまで執務机でうたた寝していたんですよ。 少し、疲れがたまっているんじゃないですか?」

 

「…ああ、いや。 俺は大丈夫だ、心配かけて済まなかったな」

 

「もし何かあれば遠慮なく私たちに言ってください。 提督の身に何かあったら、私達も気が気ではありませんから」

 

 

自分を起こしてくれた赤城に声をかけつつ、提督は寝ぼけ眼をこすり目を覚ます。

赤城は提督が目を覚ますのを待って、出撃の結果を報告した。 少なからず被害があったものの、全員の無事を聞いた提督は胸をなでおろし、入渠するよう指示する。

「了解しました」という返事とともに赤城はこの場を去り、彼女がいなくなったことを確かめると提督は小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう… どうにか気づかれなかったな」

 

 

そう言って、彼は執務机の引き出しを開ける。

そこにあったのは黒い小さな箱と書類が一式。 それはケッコンカッコカリに使われるものだったが、彼が注目していたのはそれではなく、書類と一緒に入っていた一枚の写真だった。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

裏返しになったそれを、提督は何も言わずにどこかもの悲しそうな目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はもともと提督ではなく、それどころかこの世界の人間ですらなかった。

ある日の事、青年はいつものように仕事から帰宅するとパソコンの電源を入れた。 インターネットを起動し、そこからいつも自分が遊んでいるブラウザゲームへ接続した。

 

 

 

 

『艦隊これくしょん』

 

 

 

軍艦を擬人化させた『艦娘』を育成し、深海棲艦と呼ばれる敵と戦うというゲームで、彼もまた友人からこのゲームの存在を知らされやり始めたクチだった。

艦娘の容姿もさることながら、史実に沿った性格やゲームをクリアしていくことへの快感が徐々に彼を魅了していき、今ではすっかりこのゲームにはまっていた。

艦娘たちが勝利すれば喜び、負傷すれば大丈夫かと声をかけ急いで入渠させる。 あまりに騒ぎすぎて同じアパートで暮らすお隣さんから注意されることもしばしばあった。

そんな艦隊これくしょんを始めようと、彼はワクワクしながらゲームが始まるのを待った。

その時だった……

 

 

 

 

 

「………? 今日は、やけに長いな…」

 

 

 

 

いつもなら数秒で終わるはずのロード画面が、この日は1分待っても終わらない。

画面が映すのはいつもの母港画面ではなく、黒一色のモニターだけ。

どうしたものか、と首をかしげていると突如モニターから鳴り出す不気味な音。

ガガッ…! ガガッ…! という音にもしかして故障したのか、と慌てて青年が顔を向ける。 そこから先は彼の記憶はなかった……

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時、彼がいた場所は自宅の一室ではなくこの鎮守府の執務室。 そして、彼の周りには自分を提督と呼び嬉しそうに駆けよる艦娘たちの姿があった。

どうやら、青年は鎮守府の提督としてゲームの中の世界へ呼ばれてしまい、その時に自分は元からここの提督だという記憶を刷り込まれていたのだ。

それ以来、青年は何の違和感もなく、ここの提督として艦娘たちと共に過ごしてきた。

精一杯尽力してくれる彼女たちに、青年は少しでも報いたいと懸命に執務をこなし彼女たちを労ってきた。 同時に、艦娘たちもまた、自分たちのためにここまで尽くしてくれる提督へ上官としてではなく一人の異性として想いを募らせるようになった。

そうして過ごすうちに月日は流れ、ついにこの鎮守府にもケッコンカッコカリの指輪と書類が届いた。

艦娘たちは提督が誰を相手に選ぶのか気が気ではなく、そわそわと落ち着かない様子を見せる。

提督も彼女たちの中から、一体だれを相手に選ぶか…? そんなことを考え、ふと中の指輪を確認しようとしたとき、それを見つけた。

 

 

 

 

 

「えっ? これは……」

 

 

指輪の箱の下にあったのは一枚の写真。 それは、自分を中心に両親と姉が一緒に映っている家族写真だった。

全く身に覚えのない写真。 だが、それを見た途端、提督は頭を抱えうずくまった。

 

 

「うっ、ああ…! うああ―――――!!」

 

 

頭が割れるような激痛。 それと一緒に何かが流れ込んでくるような感覚。 激痛が収まった時、提督はようやく全てを思い出した。

自分が元は提督ではなく普通の一般人であること。

ここが自分の知っている世界ではないこと。

理由は分からないが、何かのきっかけで自分がこの世界へと飛ばされてしまったこと。

 

 

「そう…だ…… 俺は…この世界の人間じゃ…ない……」

 

 

痛む頭を押さえながら提督はどうにか体を起こす。 写真を手に取ってみると、裏に何か書かれているのが確認できた。

 

 

 

 

 

 

『今夜12時までに鎮守府の正門をくぐる事』

 

 

 

 

 

 

簡潔に書かれている内容に何を意味しているのか、彼は見た瞬間に理解できた。

 

 

「元の世界に戻りたかったら、この通りにしろってことか……」

 

 

確証はないが、今までの出来事を思い出せば単なる偶然とは思えない。

全てを思い出した以上、自分のすべきことは一つ。 元の世界に戻る事だった。

元の世界には自分の家族もいる。 何も言わず姿を消した自分を心配しててもおかしくない。

そうと決まれば話は早い。 提督はすぐにこのことを説明しようと皆の元へ向かおうとした、が…

 

 

 

 

 

 

「…そう言えば、なんで皆は俺が提督でいることを不自然に思わなかったんだ?」

 

 

 

 

 

考えてみれば、いきなり現れた見ず知らずの、それも違う世界から来た男を彼女たちは提督と呼んで慕っている。

普通に考えてもそんなことはありえない。 自分が艦娘の立場だったら突然現れた男をまず変に思うはずだ。

なのに、彼女たちはそんなことに何の疑問も抱かず自分を提督として迎え入れ、あまつさえケッコンカッコカリの相手に選ばれることを楽しみにしている。

そして、極めつけは昨日の秘書艦である赤城が呟いたあの言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督がケッコンしてくれれば、私達はこれからも貴方の傍にいられますね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時は何の気もなく聞き流していたが、今にして考えればその言葉の意味は理解できた。

 

 

 

 

 

「…あいつらは、俺とケッコンカッコカリをすることで俺をこの世界に縛り付けるつもりなのか…!」

 

 

 

 

 

そして一つの結論にたどり着いた。

自分がここにいるのは皆の仕業。 つまり、自分をこの世界に飛ばしたのは艦娘たちが仕組んだことではないのか。

 

 

 

 

はっきりした確証がない以上断定はできないが、とにかくこのことをみんなに知られるわけにはいかない。

提督はそう感じ、急いで写真の入った引き出しを戻したそのとき、扉の向こうから誰かがやってくる足音が聞こえてきた。

 

 

「まずいっ!?」

 

 

提督はとっさに引き出しから離れると、頬杖をついていつものように居眠りしているふりをして、報告にやってきた赤城をうまくやり過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。

予定の時刻になるまで執務をこなしながら時間をつぶした提督は、皆に不自然に思われないよういつものように食堂へ夕食を取りに来た。

夕食時の食堂には、ざっと見積もっても100人以上の艦娘たちが所狭しと集まっており、食事を楽しんだりおしゃべりを楽しんだり明日の予定について話したりと各々自由な時間を過ごしていた。

だが、そんな彼女たちも提督が食堂に入ったとたん一斉に彼へ視線を向ける。

ある者は信頼できる上官として尊敬の視線を、またある者は一人の異性としてうっとりした表情を浮かべ、そんな彼女たちに提督も笑顔を向ける。

 

 

 

 

 

「ヘーイテートクー! 私達とディナーにしまショー!!」

 

 

 

「提督、ちょうどここが開いてますよ」

 

 

 

「しれぇ、雪風たちと一緒にごはん食べましょう♪」

 

 

 

あちらこちらから自分を誘う声に、提督もありがとうという言葉と共に手を振ってやる。 彼女たちに自分が記憶を取り戻したことがばれたら一大事、提督は自然に振る舞って彼女たちに気づかれないようにしていた。

しばらく食堂を歩いていると、急に自分の手を引く一人の艦娘。

 

 

「提督、どうぞこちらへ」

 

 

そこには、さきほど自分を起こしてくれた赤城が座っていた。

提督もまた、赤城に勧められるままに彼女の隣に腰かけたのであった。 その際周りの艦娘たちからブーイングが飛んできたが、聞かないことにして……

 

 

「ところで提督、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「うん? どうした急に…」

 

 

提督はさっきもらってきた夕食のカレーを口にしながら赤城に顔を向ける。

赤城の方はすでに食べ終わったらしく、空のカレー皿が彼女の前に置いてあった。

 

 

「ここにもケッコンカッコカリの書類と指輪が届いていますね。 それで、提督はもう指輪を渡す相手を決めましたか?」

 

 

気恥ずかし気にもじもじした様子で提督に尋ねる赤城。

同時に彼女が質問をした途端、急に周りがしんと静まり返る。

まあ、そうなるのも無理はない。 なにせ意中の相手である提督が誰を選ぶか、赤城だけに限らず他の皆も気になっていること。 その答えを聞きたいがために、皆は一斉に二人の会話に聞き耳を立て始めた。

しかし、提督の方は頬を掻きつつこう答えた。

 

 

 

 

 

 

「…正直、まだ決まっていないんだ。 皆魅力的な子ばかりだから、どうしようかと決めあぐねていてな」

 

 

これは本心だった。

提督も元の世界に帰りたい気持ちはあるが、ゲームじゃなくこちらの世界でも彼女たちと触れ合い思い入れがあるのも事実。

記憶を取り戻さなかったら、ここで誰かと結ばれるのも悪くない… そう思っていたほどだ。

 

 

提督からの返事を聞いた赤城は、少し残念そうな顔で

 

 

「…そう言って頂けるのは嬉しいのですが、できればなるべく早く決めてくださいね。 皆、提督が誰を選ぶのか気になってますので」

 

「やっぱり皆は俺に早くケッコンカッコカリをしてほしいと、そう思っているのか?」

 

「もちろんじゃないですか! 私達は貴方の事を慕っています、だから貴方が誰を選ぶのか気になってしょうがないんですよ。 まあ、その気になればジュウコンという手もありますが、やはり一番最初に選ばれたいという気持ちは皆あるんですよ。 …私を含めて、ね……」

 

 

にこやかに微笑む赤城の顔を見て、提督は確信した。

やはり彼女たちはケッコンカッコカリをさせることで、自分を此処に縛り付けるつもりなのだと……

 

 

 

確信が持てた以上、彼はどうやって指定した時刻までに鎮守府の正門を潜り抜けようかと思考を切り替えた。

このまま脱出しようにも夜には外へ散歩しに行く者や、『夜戦っ! 夜戦っ!』と騒ぎまくる某軽巡がいるのでばれずにこっそり抜け出すというのは難しい。

何より鎮守府の正門は鉄の扉で固く閉ざされているので、よしんば皆の目をかいくぐっていったとしても出られるかどうかわからない。

しかし、あそこには今晩までに門をくぐれと記載されていた。

つまり、元の世界に帰るチャンスは今夜しかないということだ。

提督は考えに考え、ある一つの方法を思いついた。 そして、突然立ち上がると食堂中に聞こえるほどの大声で、こう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、さっき俺はケッコンカッコカリの相手がまだ決まってないと言った! ただ、もう候補となる艦娘は何人か決めてある。 あとはその中から選ぼうと考えている」

 

「そこで、俺は今夜ケッコンカッコカリを行う相手を決めて、その艦娘の部屋に向かおうと思う。 だから、今夜は皆夜間の出撃や演習を中止して、各自自室で待機しててくれ。 誰のもとに来るかはその時のお楽しみということで、な…!」

 

 

 

 

 

 

提督が食堂中の艦娘たちにそう宣言したとたん、食堂は大いに盛り上がった。

「キャー!!」という黄色い声が飛び交い、提督はだれを選ぶんだろうと話し合う声。 さらには近くにいる艦娘同士が提督は私を選ぶと主張しあい、いろいろと収拾がつかない事態になっていた。

 

 

「提督、本当に今夜誰にするか決めてくれるのですねっ!?」

 

「ああ。 もっとも、それをだれにするかはその時まで秘密でな」

 

 

提督にそう尋ねる赤城。 表にこそ出していないものの、彼女もまた他の艦娘たちと同じように目を輝かせその時が来るのを楽しみにしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…… よし、誰もいないな」

 

 

時刻はフタサンサンマル。

提督は執務室から出て廊下の窓からゆっくり外をうかがう。

誰一人出歩く者のいない外を見て、彼はなるべく音を立てないようにゆっくりと外へ向かっていった。

彼の狙い通り、艦娘たちは提督の言いつけを守って自室で彼が来るのを今か今かと待ち望んでおり、外を出歩く者は一人もいなかったのだ。 よもや、これが皆を部屋で大人しくさせるための作戦だとは誰も思ってないだろう……

 

 

「これで、皆にばれずに鎮守府の正門へ向かうことができる。 急ぐか…!」

 

 

皆をだますような真似をして悪い気もしたが、それでも自分はもともと違う世界の人間。 ここにいること自体が不自然なのだ。

それに家族を放っておくわけにもいかない。 そのために元の世界に帰らなければならない。

提督は自分にひたすらそう言い聞かせ、駆け足で正門へと向かった。

執務室のある中央建物を出て、前にある広場を通り抜けていく。 そこさえ超えれば、あとは正門のある鎮守府の正面口へたどり着く。

中央広場を抜けて、夜の暗闇の中からうっすらとだが正門が見えてきた。

もう少しでたどり着く。 提督がそう確信したときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行くんです? 提督…」

 

 

「…っ!?」

 

 

 

突然自分を呼ぶ声に驚き、後ろを振り返る。

そこにいたのは艤装を身につけこちらを見る赤城たちの姿があった。

赤城は表情はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていたが、殺気じみた雰囲気を纏うその姿はまるで別人のようだった。

 

 

 

 

 

「私達のいる艦娘寮は向こうですよ。 通り過ぎているじゃないですか」

 

「いや、まだ時間があるから心の整理がつくまで散歩しようかと……」

 

「テートクー。 だからって、こんな暗い夜道の散歩は危険デース」

 

「あっ… ああ、そうだな。 じゃあ次からは月の明るいときにしようか…」

 

「提督… これ以上しらを切るのはやめにしないか…?」

 

 

凄みのこもった長門の言葉に提督は黙り込み、赤城は表情を崩し悲しげな顔で問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気づいてしまったんですね、提督」

 

 

 

 

「ああ… 執務机に入っていたこれのおかげでな」

 

 

提督は皆から距離を取りつつポケットにしまってあった写真を取り出した。

赤城は写真を一瞥しながらも、悲しげな表情のまま話を続ける。

 

 

「それは、貴方がここへ来たときにたまたま持っていたものだったのです。 流石に私たちの手で処分するのは忍びないと思い、隠していたのですが……」

 

「これがきっかけで俺が記憶を取り戻すとは予想外だったってことか。 …やっぱり、お前たちが俺をこの世界に呼んだんだな?」

 

 

提督の言葉に、無言の肯定を見せる赤城。

他の艦娘たちもまた、何も言わず暗い表情を見せるだけだった。

 

 

「聞かせてくれ、赤城。 何故俺をこの世界に呼んだんだ?」

 

 

真剣な顔で提督は今まで気になっていた疑問を問う。

赤城もまた、真剣な表情で真っすぐに提督の目を見返しながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、私たちが貴方を愛しているからですっ!」

 

 

歯が浮くようなセリフを臆面もなく口にする赤城。

そんな彼女の言葉に提督は面食らった様子を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 貴方は向こう側からいつも私たちを見守っててくれました。 海域を攻略したときはまるで自分の事のように喜び、大破したときは戦果よりまず私たちの安否を気にかけてくれた。 おかげで私たちは誰一人沈むことなく今日まで無事でいられたんです」

 

 

 

 

 

 

「そうして私たちを大事にしてくれるテートクへ、私たちがheartを奪われるのにそう時間はかからなかったのデース」

 

 

 

 

 

 

「いつしか、我々は直接提督に会いたいと願うようになっていた。 しかし、向こう側にいる提督と一緒になるなど不可能なのは分かっていた。 だが、ある日私たちにとっても奇跡と呼べる出来事があったんだ」

 

 

 

 

 

 

「…それは、一体何なんだ?」

 

 

 

神妙な面持ちで提督が問うと、赤城は柔和な笑みを浮かべながら懐からある物を取り出した。

 

 

「そ、それはっ!?」

 

 

 

 

 

赤城が取り出したもの。 それは彼の写真と本名が書かれた一枚の紙だった。 傍から見ても、何の細工もされてないごく普通の写真と紙。 だが、それが何を意味しているものなのか、彼は知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

彼の故郷である街にはこんな噂があった。

それは、好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒に持ったまま5日間過ごすと、6日目にその人との恋が成就するというおまじないだ。

彼の小学生時代にも、このおまじないを試そうとクラスの女子が何人も好きな子の写真と紙を持っていたことがあった。 もっとも、このおまじないを試して実際恋が成就した女子はいなかったそうだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔、提督がこのおまじないについて話していたのを聞いて、私もせめて気分だけでもと思いこれを試したんです。 そしたら、本当に提督がこちら側の世界に来てくれたんです! このおまじないが、私達の望みをかなえてくれたのです!」

 

 

 

赤城は両手を大きく広げ、これ以上ないほど嬉しそうな顔で話す。 目に大粒の涙を流しながら、彼女は心から嬉しそうに叫んでいた。

 

 

 

「それで、私達は決めたのデース。 これからは、提督が元いた世界に帰らないように私たちの誰かとケッコンしてもらい、ずっとここにいてもらおうッテ…」

 

 

 

金剛もまた、笑みを浮かべながら提督に近づいていく。 楽しげな表情とは裏腹に、彼女の瞳は徐々に濁っていく。

 

 

 

「すまないが提督、貴方を此処から出すわけにはいかない。 大人しく捕まってもらうぞっ!!」

 

 

 

濁った瞳で長門は提督を睨み、捕まえようと駆けだしてきた。 提督もすぐに正門へ行こうと走り出したが、

 

 

「逃がさんっ!」

 

 

長門は提督の行く先へと主砲を放ち提督を足止めする。 彼の目の前に着弾した砲弾は派手に爆発し、周囲に爆風と煙をまき散らす。

 

 

「くっ、このままじゃ捕まってしまう!」

 

 

提督は、咄嗟に煙にまぎれて正門の脇にある建物。 工廠の裏へと身を隠した。

時間が経つとともに少しずつ晴れていく砂煙。 しかし、そこに提督の姿はないことを知ると、

 

 

「提督がいないデース!!」

 

「提督め、今の煙にまぎれて隠れたなっ!」

 

「金剛さんと長門さんは他の子たちに連絡を! ここは私が見張ります」

 

 

赤城の指示に金剛と長門はお互い頷くと、すぐにこのことを伝えるべく艦娘寮の方へと向かい、正門の前には赤城が艤装を構えながら仁王立ちで陣取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからどれくらい時間が経ったか。

提督は未だに工廠脇に隠れたまま赤城の様子をうかがい、赤城は正門を離れることなく辺りを警戒していた。

向こうの方では長門たちから話を聞いたのか、大勢の艦娘たちが提督を探し回っている。 幸いこちらまで探しに来てはいないが、ここへ誰かが探しに来るのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「どうやら他の奴らも探しに来たみたいだな。 それに対してここにいるのは赤城一人だけ… 逃げるなら今しかない…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「…っ!!」

 

 

突然工廠の建物脇から飛び出した影。

赤城は即座に艤装の矢を向け影を狙い放った。

赤城の放った艦載機は非殺傷性の鎮圧弾を影目掛け放ち、それは見事に影に命中したのだが、

 

 

 

「これは…ドラム缶っ!?」

 

 

提督かと思ったそれは、鎮圧弾を受けてあちこちへこんだ古いドラム缶だった。 予想外の出来事に動揺する赤城。 そこへ別の影が飛び出し、正門とは反対側の方へ逃げ出していった。

 

 

「…っ! 逃がしません!」

 

 

ドラム缶に気を取られている隙に飛び出した影を逃がすまいと赤城は後を追う。 そして誰もいなくなった正門前の広場で…

 

 

 

 

 

 

 

ガコンッ!

 

 

 

ドラム缶の蓋を蹴り開け、提督は身を乗り出した。

古いドラム缶だからか服のあちこちが汚れていたが、提督はそんなことに構わず辺りを確認すると安堵の息を漏らした。

 

 

「ふう… うまく妖精たちが赤城を引き付けてくれたみたいだな。 今のうちに早く正門へ向かわないと…!」

 

 

提督は赤城が去っていった方に目を向けるが、すぐに正門の方へ走り出した。

息を切らせながらもどうにか正門の前にたどり着くが、分厚い鉄の扉がしまっている。

一体どうやって開けようか? 提督がそう思いながら扉に手を付けたとき、

 

 

「…えっ?」

 

 

すんなりと扉は動き、人一人が通れるほどの隙間ができた。

困惑しながらも、提督は扉をくぐる。 その瞬間、提督の目の前がまぶしく光り出し、彼は意識を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼が目を覚ました場所はいつも自分が過ごしているアパートの一室だった。

どうやら、提督は無事に元の世界に戻れたらしく、そのあと知り合いから聞いた話によると、彼は向こうへ行った日から半年ほど行方不明になっており、家族や警察も足取りがつかめず困っていたとのことだった。

彼は今まで世話をかけたことを家族に謝ると、再び元の生活へと戻っていった。

それから、彼はあれ以来『艦隊これくしょん』に手を付けることはなかった。

確証はないが、またあのゲームを始めたら再び向こうの世界へ飛ばされ、今度は戻ってこられなくなる。 なんとなくだが、そんな予感がしたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦これ世界から元の世界に帰ってきて1年以上が経ったある日。 彼は仕事が遅くなりくたくたの体で家へ帰ってきた。

いつもは自炊している彼だが、流石に今日は疲れているので食事を作る余裕はない。

彼は家を出ると、近場にあるレストランへと足を運んでいった。

店に入ると夕食時だからか、どこも席が埋まっていて空いてそうな場所は見当たらなかった

どうしようかと彼が頭を抱えていると、店員は相席でよろしければ一つ空いていますよと提案してきた。

彼は了承し、店員の案内の元その席へとやってくると、4人席用の大きめのテーブルに一人の女性が腰かけていた。

上品そうな物腰に、黒の長い髪をした女性だった。 長い髪が顔にかかっているせいで、女性の顔ははっきりとは見えない。

彼は相席してもいいですかと尋ねると、女性は小さく頷く。 青年はお礼を言って女性の向かいの席に腰かけると、不意に女性が彼に声をかけてきた。

 

 

「…あの、もしよろしければ少し私の話に付き合ってもらえませんか? 料理が来るまで時間があるので…」

 

 

おずおずと尋ねる女性に彼はいいですよと気さくに返事を返す。 相席を承諾してもらったお礼に彼女の話に付き合ってあげようと思ったのだ。

女性は嬉しそうに口もとで笑みを作り、自分の事について話し始めた。

 

 

 

 

 

「私、元はある海軍に所属する軍人だったんです。 でも、そこで出会った上官を好きになって、いつしかその人と添い遂げたいと思うようになりました。 でも、その人は自分には戻る場所があると言って、私達の元を去っていったんです…」

 

 

 

「それでも、私は諦めきれずどうしようかと考え、そして思いついたんです。 なら、私も彼の元へ向かえばいいと」

 

 

 

 

 

 

彼女の話を聞くうちに、彼はかつての出来事を思い出し、背筋が寒くなってきた。

いや、原因はそれだけじゃない。 何せ、話をする女性の声に彼は聞き覚えがあったからだ。

彼の頭が必死に否定しようとする。 いるはずがない… あいつが… あいつがここにいるなんて、絶対にありえない…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はね、気づいていたんです… 貴方がドラム缶の中に身を隠していたことも、あれが私を引き付けるための罠だったことも。 でも、私はどうしても他の子たちに貴方を取られたくなかった。 だからあえて手引きしたんです、向こうでまたあなたに会うために…」

 

 

 

 

 

 

嬉しげに話す女性の言葉を聞き、青年はようやく気付いた。

あの時、写真の裏のメモを書いたのが一体誰かということに…

どんどん血の気が引き、青年の体は震え出す。

そんな青年へと、女性はゆっくり顔を上げる。

 

 

 

 

 

「ねえ、貴方はどう思います? このようなことをしてまで愛しい人に会いに来た私をどう思います?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞かせてください。 提督…」

 

 

 

 

 

青年の向かいに座る女性……赤城は、黒く濁った瞳で震える青年を見つめながら、にっこりと微笑むのであった。

 

 

 



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人と兵器のボーダーライン

こちらもできたので、久しぶりの投稿です。
夏イベは無事ニムとアクィラをゲットできて大満足の結果でした。
そして今日のアプデで漣の新グラ登場でさらにテンション上がってます!






 

 

とある鎮守府の正門の前に佇む一人の男性。

彼は片手に荷物の入ったバッグを持ち、じっと視線の先にある鎮守府を見つめている。

その表情は悲し気で、男性の背中にはどこか哀愁のようなものさえ感じられる。

何も言わず鎮守府を見つめる彼だったが、小さな溜息をつくと正門をくぐり鎮守府を後にしていく。

そんな彼の姿を、大勢の艦娘たちが上の窓から見つめている。

彼を見送る彼女たちは、怒りと悲しみが入り混じったような複雑な表情で、無言のまま彼の姿が見えなくなるまで見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は元提督だった。

彼が着任したここは、元は前提督が艦娘たちを酷使していたいわゆるブラック鎮守府で、数日前にその提督が憲兵に取り押さえられ新しい提督として彼がここにやってきた。

だが前提督にひどい目にあわされた艦娘たちは、提督という人間に対し激しい敵意を向けており、彼も例外ではなかった。

彼自身も初めはどうにか友好を築こうと努めてきたが、彼女たちはそんな彼に対し今までの怒りをぶつけるかのようにむごい仕打ちを続けてきた。

顔を合わせるたびに露骨な嫌味を言い、周りで陰口をたたくことなど日常茶飯事。 命令を無視しての独断の出撃や進撃、秘書艦業務のボイコット、あげく直接的な暴力も振るってきた。

提督……でなくても逃げ出したくなるような劣悪な環境だったが、彼は必死に耐え忍んだ。

直接的な原因がなくとも、提督という人間が彼女たちを此処まで苦しめたのも事実。 その償いのため、彼女たちが笑顔を取り戻すためと、どれほどひどい仕打ちも耐えて彼は環境の改善と艦娘たちの待遇がよくなるよう尽力してきた。

そして、転機は訪れた。

ある時、敵を殲滅するためと大破しながらも無茶な進撃を行った艦娘に対し、提督は初めて怒りを見せた。

 

 

 

 

 

「戦いたいというのなら、俺は止めない。 だがな、それでお前が沈んだらもう戦うことはできないんだぞ! それにお前が沈んだら悲しむ者がいるんだ。 お前の姉妹艦も、そして俺もな…… だから、戦うために自分の命を粗末に扱おうとするな! 分かったな……」

 

 

 

 

 

涙を流しながらそう叫ぶ彼の姿を見て、艦娘たちも少しずつだが彼に心を開いていった。

今までの行いを深く謝罪する者。 おずおずと顔を出しながらこれからもここにいてくれると尋ねてくる者。 反応はまちまちだったが、日に日に彼のもとに顔を見せる艦娘は増えていった。

彼もまたそうして自分の元に来た艦娘たちを許し、迎え入れ、今ではかつてのブラック鎮守府の名残は残っておらず、提督である彼は艦娘たちと友好的な関係を築くことができたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、艦隊戻ったぜー! ちょっと入渠してくるから、それが終わったらまた俺の鍛錬に付き合ってくれよ」

 

「ああ、いいぞ天龍。 こっちももうすぐ執務が終わるからな」

 

「提督、私との約束は……」

 

「分かってるって。 ちゃんと昼食には付き合ってやるからそんなに睨むなって、加賀」

 

「やりました…!」

 

「司令官、私達との約束も忘れちゃだめよ!」

 

「午後から皆と一緒に散歩しよう、だろ? ちゃんと覚えてるよ、雷」

 

 

朝からにぎわう執務室。

信頼できる上官として、家族のように、親友のように、そして一人の男性として接してくる艦娘たちに、提督もまた心から嬉しく思うのであった。

 

 

 

 

 

だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日のこと。 艦娘たちの暮らす寮に一通の手紙が届けられた。

封筒を見ても送り主の書いてない匿名のもので、艦娘たちは首をかしげながらも手紙を読んでみることにした。

次の瞬間、

 

 

 

 

 

「な…何よ、これ……」

 

 

 

 

 

彼女たちは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如提督のいる執務室に駆け込む艦娘たち。

皆憎悪にたぎった表情で、いつものように執務をこなす提督を睨み付けている。

普段とはまるで違う彼女たちの姿に困惑を隠せない提督。 

 

 

「ど、どうしたんだお前たち? そんな恐ろしい形相で…」

 

「どうしたもこうしたもない! 貴様、これはいったいどういう事なんだ!?」

 

 

怒りをぶちまけるように長門は手にしていた手紙を机にたたきつける。

驚きながらも提督は机の手紙を読むと、

 

 

「…な、何だこれはっ!?」

 

 

大きく目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

手紙には、彼がこの鎮守府に来る前のいきさつが書かれていた。

彼がここへ来る前は別の鎮守府の提督として働いていたが、そこで彼は嫌がる艦娘たちに対しセクハラまがいの行為を行っていたこと。

そしてそれがばれて憲兵に拘束された後、大本営からブラック鎮守府と化したここの艦娘たちと友好的な関係を取り戻せ。 そうすれば今回の提督解任の件は免除してやるという条件を受けてやってきたことが事細かに記されてたのであった。

 

 

 

 

 

「提督… 貴方がまさかこのために私達の元に来たとは思わなかった」

 

「待て長門っ! 俺はこんな事してはいな…」

 

「言い訳は見苦しいぞ提督っ!」

 

「武蔵…」

 

「…提督、お願いですからこれ以上私たちを失望させないでください……」

 

「妙高… 頼む、どうか俺の話を聞いて……!」

 

「提督… 私は、貴方を……信頼……して…いました……」

 

「か…加賀……」

 

「所詮アンタもあいつと同じだったってことね。 提督なんてみんなクズしかいないのよ!!」

 

「そんなことを言うな霞! 俺は本当にお前たちを…!」

 

「お前の話など聞く気はないっ! これは俺たち全員の総意だ!!」

 

「き…木曾……お前まで…」

 

 

何かの間違いだと必死に説明をしようにも、一度提督という人間にひどい仕打ちを受けてきた彼女たちに彼の言葉は届かない。

冷徹な目に晒され肩を落とす提督へ、長門は怒りを押し殺しながら言った。

 

 

 

 

 

「提督… 貴方には明日までにここを出て行ってもらう。 頼む、私達も貴方を手にかけるような真似はしたくないんだ……」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に皆は執務室を去っていき、提督は未だに目の前の現実に頭がついてゆけず、呆然とするしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、彼は鎮守府を去っていった。

寮にいた艦娘たちは皆怒りと悲しみが入り混じった複雑な思いを胸に抱いていた。

彼は本当に優しかった。

今まで散々理不尽な暴力をふるっても、それをしてきた自分たちを受け入れてくれた。

出撃から戻ってくれば心から喜び、敵を取り逃してもそれを責めるようなことはしなかった。

今までの提督とは違い、自分たちを思いやり心配してくれる彼を心から信頼していたのだ。

しかし一枚の手紙から暴かれた彼の過去によってそれは脆くも崩れてしまった。

暖かく、楽しい毎日から一変してしまった日常を艦娘たちは皆無気力にすごし、提督代理を任された長門もまた、虚ろな気持ちで日々を過ごしていった。

 

 

 

提督が去ってから数日後、大本営に所属する大将が彼女たちの所属する鎮守府へと訪れた。

嫌いな提督とはいえ、無碍に扱うわけにもいかない。

長門は暗い表情を浮かべたまま、大将を迎え入れ執務室へと案内した。

 

 

「今回の彼の件については、私も聞いている。 まさか、彼ほどの男がこのようなことをしてたとは…」

 

「あの人の話はもうしないでほしい…… それより、大本営の方がここへ来るということは何か伝えることがあるのでは…?」

 

 

抑揚のない声でそう話す長門。 それを聞いて、大将も少し顔を俯ける。

 

 

「その… 君たちにとっては追い打ちをかけるようなことで申し訳ないが、上層部からこれほど問題を起こした鎮守府を置いておいては市民への心証が悪くなるということで、近くこの鎮守府を解体することが決まったんだ」

 

「そう、別に構わないさ… ここには辛い思い出しかない。 私達のためにも、この鎮守府は無くなってもらった方がいいだろう……」

 

「…すまない。 君たちの処遇については追って連絡する。 一応は各々、別の鎮守府へ配属させることを考えている。 配属先に希望があれば事前に申請してほしいが、もし望むなら解体も許可しよう… 私から伝えることは以上だ」

 

 

そう言って大将は執務室を後にしていったが、長門は未だに心ここにあらずといった様子でソファに座っている。

それだけ彼の存在は大きく、彼女たちの心の支えになっていた。

それを失った今、ここがどうなろうと自分たちがどんな事になろうともうどうでもいいという心境だった。

その時だった。

 

 

 

 

 

「ん…?」

 

 

 

 

 

向かいのソファ、大将の座っていた場所に一本の万年筆が落ちていた。

彼の落とし物か?

そう思いながらも長門は万年筆を手に大将を追いかけていく。

忘れ物を届けようとして、正門にいた大将に声をかけようとしたとき、彼女は大将が誰かと通話していることに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ああ。 これで、ようやく厄介払いが出来たよ」

 

 

 

 

 

「全く… 本当にあの男にも困ったものだ。 あんな兵器どもにいらん知識を吹き込むから、こっちも余計な手間をかけることになってしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話越しに会話をする大将。 後ろでそれを聞いた長門は思わず目を見開いた。

今の会話はいったいどういう事だ…?

あの男…? 厄介払い…? 何の話をしている……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の話はどういう事だ…? 提督に関係のある事なのか…? お前たちは、一体提督に何をした!?」

 

 

 

激昂しながら大将へと詰め寄っていく長門。

背後からそれを聞いた大将は一瞬驚きの表情を作るも、長門が今の話を聞いたことに気づくと小さく溜息を吐き、訝しげな顔つきになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔だったんだよ。 われわれにとってあの男は…」

 

 

まるでゴミを見るかのような冷めた目つき。

そのまま、大将は話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々大本営は常日頃から艦娘は兵器だと提督たちにそう言い含めている。 だってそうだろ? 突然現れた深海棲艦という怪物たちと戦える唯一の存在であり、人間より頑丈ではるかに高い身体能力を持った者達。 それを兵器や化け物と呼ばずして何と呼ぶのかね?」

 

 

 

「そうして、提督たちは艦娘を兵器として効率的に運用し制海権を取り戻す。 こちらは兵士のように無駄な人員を消費しなくて済むし、市民たちからも信用を得られる。 素晴らしいシステムだ」

 

 

 

「なのに、あの男はお前たち艦娘に『お前らは人間と変わらない存在だ。 俺にとっては、お前たちは一人の少女でしかない』などとくだらない与太話を吹き込み、あまつさえ連中を自分に従順になるよう仕込んでいく。 こちらにとっては悩みのタネだった」

 

 

 

「だから我々は奴をここに送ったんだ。 ここの艦娘たちの提督嫌いはよく知っていた。 だから奴がここの艦娘たちから嫌われ自信を無くせばそれで良し、無くさずともお前たちが問題を起こしてくれれば上官の監督不行き届けとして奴を解任する口実ができるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将の口から語られる胸糞が悪くなるような話に長門は拳を震わせる。

しかし、彼の話はまだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、あの男はしぶとかった。 あんな場所に飛ばしてなお、奴は艦娘との関係を築こうなどという馬鹿げた真似をやめず、挙句にここの艦娘たちをも篭絡してしまった。 そのおかげで、こちらもあのような手紙を用意せざるを得なかったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手紙。 その言葉に長門は過敏な反応を見せる。

数日前、突然自分たちのもとに送られてきた匿名の手紙。

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、あれは貴様らが送ったのか!?」

 

 

 

 

 

「その通り。 いくら奴に篭絡されていようとも、心根では提督という人間に深い憎悪と疑念を抱いているお前たちなら、そこを刺激してやれば奴を激しく追い立てると踏んだんだ」

 

 

 

 

「そしてそれはうまくいった。 根も葉もないデマを書いた手紙をお前たちは鵜呑みにして、奴をここから……いや、この海軍から追い出してくれたんだ。 我々の狙い通りにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長門はその場で崩れ落ちた。

でっちあげの手紙に踊らされ、自分達の信頼する人を信じることができなかった事。

しかも、それを行ったのが自分達が毛嫌いする大本営の提督たちの手によってもたらされた事。

そして何より、自分たちの大好きだった人を自分たちの手でここから追い出してしまった事。

あまりにたくさんの出来事に、激しい怒りと後悔だけがぐるぐると渦巻きながら、彼女の頭の中を駆け巡っていった。

 

 

 

だが、そんな彼女の様子など気にすることもなく、大将は下卑た笑みを浮かべ長門を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事で、お前たちも自分の立場が理解できたであろう。 分かったのなら、兵器は兵器らしく我々の命令に従うことだ。 身の振り方次第では、それなりの待遇は保証してやろう」

 

 

 

 

 

 

大将の言葉を聞いた長門はゆっくりと立ち上がる。

どこか卑屈な表情を浮かべる彼女は、ポツリとつぶやく。

 

 

 

 

 

「我々が兵器、か… そうだな、なら兵器は兵器らしく命令に従うことにしよう」

 

 

「ほう、物分かりがいいな。 では…」

 

 

「だがっ!!」

 

 

 

先ほどの卑屈な顔から一転、すさまじい剣幕で長門は大将を睨む。

突然の豹変ぶりに大将は思わず怯み、長門は毅然とした態度で言い放った。

 

 

 

 

 

「私達の上官はあの人だけだっ! 貴様らの命令に従うつもりはないっ!!」

 

 

 

 

 

そう叫びながら長門は拳を握り、大将に飛び掛かる。

艦隊の仲間たち全員の怒りを乗せた拳で、大将へと殴り掛かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。 提督だった男は布団から体を起こすといつものように朝の身支度を整える。

今では提督どころか軍人ですらない、ごく普通の一般人として過ごしていた。

この後は朝食を終えて、仕事に出るといういつも通りの日を迎えるはずだった。

だが、この日は違った。

朝食を取ろうとテーブルに置いてあるリモコンでテレビをつけた瞬間、男はその場から動くことができなかった。

 

 

 

 

「こ、これは…一体どういう事だ……!?」

 

 

 

 

 

テレビは昨日起きた事件をニュースで取り上げていたのだが、その内容が大本営が襲撃され破壊されていくというものだった。

しかし、襲撃しているのは深海棲艦ではなく艦娘、それも自分が数日前まで提督をしていたあの鎮守府の艦娘たちだったからだ。

自分も彼女たちが提督という人間に対し、敵意を抱いていたことは知っている。

だが、今までこのようなことはなかった。

何故、彼女たちがこのような暴挙に出てしまったのか?

訳が分からないままの男の前で、テレビは艦娘による大本営襲撃の様子を淡々と説明していく。

とにかく原因が知りたくて、男は急いでその場へ向かおうと玄関の扉から飛び出した。

 

 

 

 

 

「あっ… て、提督っ!!」

 

 

玄関を飛び出した瞬間、目の前にいた一人の艦娘が彼を出迎える。

 

 

「お前……神通か!」

 

「はいっ! 提督、また会えて嬉しいです!!」

 

 

扉の先にいたのは涙を流しながら自分に抱き着いてくる神通と、

 

 

「もう神通ちゃんってば! 嬉しいのは分かるけど、そんなに見せつけたら流石に那珂ちゃんたちも妬いちゃうんだから!!」

 

 

そう言って神通を引き離す那珂がいた。 さらに後ろには、二人に同行してきたらしく数人の駆逐艦娘たちがこちらを見ており、

 

 

「いいなー、神通さん……」 「むぅ… 神通さんだけずるいっ!」

 

 

と、彼に抱き着く神通を羨む声がちらほらと聞こえてきた。

突然自分の元に押しかけてきた艦娘たち。 なぜ急に来たのか気にはなったが今はそれを気にする時ではない。 提督は血相を変え神通に詰め寄った。

 

 

「神通、さっきテレビで見たんだがあれは一体どういう事だ? 何故、お前たちは大本営に攻め入ったんだ!?」

 

 

すると、先ほどまで嬉しげな表情から一転。 目からハイライトが消えた虚ろな表情になり、神通はそのわけを淡々と話し始めた。

 

 

 

 

 

「それは、あそこが提督に害をなす場所だからです」

 

「なん…だと…?」

 

 

困惑と恐怖の入り混じった表情を浮かべる提督へと、神通は続きを話していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこの上層部は私達艦娘を兵器としか見ておらず、あろうことかそのを自分たちの都合のいいように操ろうと考え、提督を利用したのです。 あの日、私たちのもとに送られた手紙も大本営が私たちに提督を追い出させるよう仕向けるため、でっちあげた物だったのです」

 

 

 

「ですが、私達はそのことに気づかず、貴方をあそこから追い出してしまいました。 提督、貴方にあのような言葉を向けたこと、今では深く後悔しています。 本当に、申し訳ありませんでした…」

 

 

 

 

そう言って、神通は彼に向かって深々と頭を下げる。

それに倣ってか、那珂や他の艦娘たちも深く彼へと謝罪した。

自分達に頭を下げ謝る艦娘たちに、男も小さく溜息を吐くと皆に言った。

 

 

 

 

 

「…誤解が解けたのならそれでいい。 元よりお前たちはそれだけ深く心の傷を負っていた、あの状況で俺の言う事を信じろと言う方が無理な話だ。 済まなかった…」

 

「提督……」

 

「俺の方はもういい。 それより、話の続きを聞かせてくれ」

 

 

提督の言葉に神通は小さく頷くと、話を再開した。

 

 

 

 

 

「私達を兵器としてみていたことはまだ我慢できました。 ですが、私達を利用するために提督を騙していたことは許せなかったのです。 全てを知ったあの日、私達は決めたのです。 私達艦娘を兵器と呼ぶのなら、私達は提督のために戦う兵器になろうと…!」

 

 

神通は力強くこぶしを握り締めながら力説し、その話を那珂が続けていく。

 

 

「長門さんを筆頭に、皆もこの考えに賛同したんだよ。 それで、まず手始めに提督さんをひどい目に合わせた大本営をやっつけようって話になってね、提督さんを利用した悪い人たちにちょっとお仕置きしてきました~♪」

 

 

それを聞いた途端、彼の頭の中で先ほどのテレビの光景がフラッシュバックした。

次々に建物へ砲撃し、中に人がいようが関係ないと言わんばかりに表情一つ変えずに撃っていく彼女たちの姿に彼も背筋がゾッとした。

そして悟る。

彼女たちは、自分のためならどんな事でも実行してしまう、まさに生ける兵器と化してしまったのだと……

 

 

 

彼女たちの話が終わった後もしばらく呆然としていた男だったが、周りの住人たちが彼の周囲に集まる艦娘たちに気づき、騒ぎ出した。

 

 

「お、おいっ! あれって今朝のニュースに出てた艦娘じゃないのか!?」

 

「やだっ…! ここでも暴れるつもりなのっ!?」

 

「きっとあそこにいる男が指示したんだ。 おい、早く警察か海軍を呼べ―――!!」

 

 

周囲の人々は騒ぎ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。 中には逃げる際に彼を人殺し呼ばわりする者も現れ、それを聞いた神通達はハイライトの消えた目を群集に向け始めた。

 

 

「……。 どうやら、まだ提督を侮辱する愚か者がいるみたいですね…」

 

「皆ー、提督さんを悪く言う人はどうなるか、那珂ちゃんたちが教えてあげよー!」

 

 

艤装を構え周囲の人たちに主砲を向けようとする神通達を男は慌てて止める。

 

 

「待て、やめるんだ神通!!」

 

「提督… 何故止めるのですか? あの人間たちは提督を侮辱したのですよ!」

 

「ひとまず、落ち着いてくれ…! それと……」

 

 

何故止めるのかと訝しむ神通に、彼は落ち着くよう宥める。

他の子たちも不満そうな顔を向ける中で、男は神通に言う。

 

 

 

 

 

「すぐに他の皆を集めてくれ。 これから大本営に行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、月日は流れ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、艦隊帰投した。 今日も敵艦隊を殲滅してやったぞ!」

 

「ああ。 よくやってくれたな、長門」

 

「司令官、第2艦隊ただいま遠征から戻りました! 任務中怪しい船を見かけましたが、ただの漁船だったので指示通り見逃してきました」

 

「よし、よく言いつけを守ったな朝潮。 偉いぞ」

 

「い、いえ…! 当然のことをしたまでです…///」

 

「……提督」

 

「あっ、すまん… ありがとう長門、これからもこの調子で頼むぞ」

 

「……び、ビッグセブンとして当然の事だ。 だが、提督のためならまたやってみせるさ」

 

 

執務室に戻ってきた朝潮と長門に提督は感謝の言葉を送り、頭を撫でてあげる。

朝潮はもちろん、長門も照れながらも嬉しさを垣間見せており、その姿には彼も内心かわいいなと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは近くに人のいない小島に建てられた泊地で、そこで彼は鎮守府にいた艦娘たちと共に過ごしていた。

あの後、彼は鎮守府の艦娘たちを連れ大本営の元に訪れた。 そこで生き残りの者たちに頼み、周りに人がいないような孤島に泊地を建ててもらい、周りに被害が出ないよう移り住むことを提案したのだ。

艦娘たちの圧倒的な武力差を見せつけられた大本営の者たちは二つ返事で了承し、彼は艦娘たちを連れて孤島に向かい、今はそこで艦娘たちが暴走しないよう見守りながら暮らしていた。

ちなみに、表向きは他の鎮守府の提督たちが彼らを拘束し捕らえたということにしてある。 国民に余計な不安を抱かせないようにするための処置だった。

現在では月一で大本営の方から水や食料を届けてもらっている。 そうすることで自分が艦娘たちのストッパー役になると話したからだ。

もちろん、本心はこれ以上彼女たちに人を傷つけてほしくないからだった。

ただ……

 

 

「痛つ…!」

 

「っ…!? 大丈夫ですか、提督っ!!」

 

「そんな心配するなって。 ちょっと書類のふちで指を切っただけだ」

 

「こんな物騒な書類を送りつけるなんて…! 提督、私ちょっと大本営の方へ行ってきます」

 

「待て、落ち着けっ! 単に俺の不注意でこうなっただけだ、そこまで激昂するな」

 

「ですが…!」

 

「なら、代わりにちょっと救急箱を取ってきてくれ。 これは命令だ、いいな?」

 

「は、はいっ! では提督、すぐにとってきますので!」

 

 

そう言って執務室を飛び出す神通を見て、提督は胸をなでおろした。

あれ以来、艦娘たちは自分が傷ついたり自分を傷つけようとするものに過敏な反応を見せるようになっていた。

これ以前にも、食料を持ってきた大本営の人間が提督の肩にぶつかってしまったのを見て、

 

 

「私の前で提督を傷つけるとはいい度胸ですね…!」

 

 

そう言いながら艤装を構えたり、またある時は食事中にハエが飛んできたのに対し、

 

 

「提督の食事を邪魔するなんていけない虫ですね」

 

 

と言って、主砲をハエ向けて撃ったこともあった。

そんなことが起きるたびに、提督は慌てて艦娘たちを宥めどうにか落ち着かせていた。

そしてそれは今日も続いている。

いつものように出撃や遠征の指示をこなす中で、今日は何も起こらずに済んでくれよと提督は心の中で祈っていた。

艦娘は人間と変わらない。 そう思っていた提督だったが、皮肉なことに今では彼自身が一番艦娘は兵器に近しい存在なんだということを感じているのであった。

 

 

 



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禁じられた遊び

ようやくできたので投稿しました。


今回は内容的にヤンこれ要素はなさそう……ですかね。 まあ、見てもらえるとありがたいです。


 

 

 

ここはとある鎮守府の中央広場。

そこはここに所属する艦娘たちの憩いの場となっていた。

海の侵略者である深海棲艦に唯一対抗できる海の戦士、それが艦娘である。

だが、彼女たちとて陸に上がれば一介の少女でしかない。

そんな彼女たちも、戦闘のない今はここで思い思いの時間を過ごしていた。

あるものはトレーニングがてら走り込みをしており、あるものは他の子たちと他愛のないおしゃべりを楽しみ、またあるものは広場の一角である遊びに興じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ… 今日も平和だな」

 

 

この鎮守府の唯一の男性である提督は、一人散歩をしながら周りを眺めていた。

いつもは海で戦ってくれている彼女たちが、今はのんびりとした一時を過ごしている。

深海棲艦との戦争中である今だからこそ、こうした時間は大事にしていきたい。

そう思いながらゆっくりと歩みを進めていると、

 

 

「んっ? あれは…」

 

 

広場の一角で遊んでいる艦娘たち。

青いビニールシートの上で、電や文月が小さなテーブルを置いて周りにおもちゃの食器が置かれていた。

 

 

「へえ、おままごとか。 懐かしいな」

 

「あっ、司令官おはよ~」

 

「おはようございます、司令官さん」

 

 

提督が懐かし気に覗き込んでいると、提督に気づいた電たちが挨拶してきた。

幼い外見の彼女たちらしい挨拶に提督も笑顔で挨拶を返す。

 

 

「昔は俺の知り合いの子たちがやってるとこを見てたけど、電と文月が家族の役なのか?」

 

「そうだよ。 文月は娘役で、電ちゃんはお母さん役なの~」

 

「本当は雷お姉ちゃん達にも来てほしかったけど、今日は遠征でいなかったですから」

 

「ああ、そっか… でも、二人だけっていうのもちょっと寂しい気がするな」

 

 

提督は頬を掻きながら辺りを見るが、今ここにいるのは挨拶をしてきた二人だけで他にはいない。

少し寂しげにも見える光景。 何とかしてやれないかと提督が考えていると、

 

 

 

 

 

「も…もしよければ、司令官さんがお父さん役をやってくれませんか?」

 

「えっ、俺がか?」

 

「わあ、いいねそれ! やろうよやろうよ」

 

 

電の提案に文月も嬉しげにはしゃぐ。

突然の提案に提督も戸惑いを隠せなかったが、元々暇だったし流石にこんなに頼まれたのでは断れそうもない。 提督は了承すると、再びおままごとが再開されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お父さん。 御飯が出来ましたよー」

 

「ああ、ありがとう母さん」

 

 

電がおもちゃのお椀をトレーに乗せながらテーブルに置く。

エプロンをつけながらも食器を運ぶその姿は、まるで親の手伝いをこなす子供の様でどこか微笑ましく感じられた。

電の姿を見ながら提督も思わず笑みをこぼす。

いつもは上官と部下という関係でしかないが、たまには上下関係を忘れこういった形で皆と親交を深めるのもいい。

目の前に食事が差し出され、提督も食べようと食器を手にしようとしたとき、

 

 

「はい、お父さん。 あーんして」

 

 

そこにはお椀を持ちながら箸を自分の前に差し出す電の姿があった。

流石にこれには提督も慌てて止めようとする。

 

 

「い、いやお母さん…? そんなことしなくても俺は普通に食べるから……!」

 

「今はお父さんです。 さっ、お父さん。 あーんしてください」

 

 

真っすぐに自分を見つめ返す電。 その眼にはどこか有無を言わせぬ気迫のようなものすら感じられる。

提督も「ここは素直に応じた方がいい、どうせおままごとなんだし…」と自分に言い聞かせると、電の差し出してきた箸の先を咥え食べるふりをした。

 

 

「あーん… うん、やっぱりお母さんが作ってくれる料理はおいしいな」

 

 

若干冷や汗をかきながらも役になりきる提督。 すると、その言葉を聞いた電は、

 

 

 

 

 

「…お父さんが望むのなら、これからも作りますよ。 その… お父さんが電とケッコンカッコカリしてくれたら…!」

 

 

顔を赤くしてもじもじしながらも提督にすり寄ってくる。

その表情に提督は戸惑いながら後ずさりする。

何せ、その時の電の顔は幼い少女というより、愛しい人と結ばれることを望む一人の女の顔になっていたからだ。

 

 

「あ、あの… 落ち着け電。 あいにく俺はまだ誰とケッコンカッコカリするかはまだ決めてないから…!」

 

「じゃあ、電が司令官さんの最初のケッコン相手ですね! 電、司令官さんのためならおいしいものたくさん作りますし、それに…その……や、夜戦の相手も……///」

 

「待て待て待てほんと落ち着け電!! それ以上は色々やばい…!!」

 

 

ヒートアップする電をなだめようと提督も必死になって落ち着くよう説得する。 そうしていたその時、

 

 

 

 

 

 

「もうお父さんってばお母さんに構ってばっかりでひどいー! 文月にも構ってー!」

 

 

娘役の文月がむくれながら提督に抱き着いてきた。

突然の登場に戸惑ったが、提督にとってこれは渡りに船。

提督も慌ててその場を取り繕った。

 

 

「お、おお…! いや済まなかったな文月。 じゃ、じゃあ母さん、食事はこの辺で終わりにしようか!」

 

「わーい! じゃあお父さん、文月と一緒に散歩に行こう♪」

 

「ああ、分かった。 それじゃ母さん、ちょっと出かけてくるよ」

 

 

そう言って、提督は文月を連れてそそくさとこの場を去っていった。

文月は笑顔ではしゃぎ、それを見届ける電は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ! あと少しだったのに、とんだ邪魔が入ったのです…」

 

 

誰もいない広場で、小さく舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電の元を離れ、提督と文月の二人は広場から少し離れた場所を散歩していた。

辺りには植えられた木々が生えそろい、その向こうには入渠ドックや艦娘寮といったいつも利用している施設がある。

いつも歩いている道だが、こうして天気のいい日に歩くとどこか心地よい気分になれる。

提督は歩きながら、隣で自分の手を握る文月に目をやった。

 

 

「ふんふんふーん♪ お父さんと一緒のお散歩、文月嬉しいな~♪」

 

 

無邪気にはしゃぐ文月に提督も笑顔を見せる。

もし自分が結婚すれば、いずれ文月のような娘をもってこうした穏やかな時を過ごす日も来るのだろう。

こんな平和な日を迎えるために自分は提督になった。 そのことを忘れてはいけない。

初心忘るべからず。

今の自分にそれを教えてくれた文月のためにも、せめて今日だけは皆の好きなことをさせてあげよう。

提督はそう思った。

 

 

 

 

 

「ねえ、お父さん。 お父さんは文月と一緒にお散歩できて楽しい?」

 

 

突然自分にそう尋ねてくる文月に驚きつつも、提督は笑顔で答える。

 

 

「ああ、楽しいぞ。 こうした穏やかな日々を過ごせるのなら、文月と一緒にいるのも悪くないかもな」

 

 

それを聞いた途端、一瞬だが文月の目が怪しく光る。

同時に、待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。

 

 

 

 

「ねえねえ! それって司令官が文月とケッコンカッコカリしてくれるってこと!? 司令官が文月を選んでくれたら、毎日こんな日を過ごせるようになるよ!!」

 

 

さっきのあどけない様子から一変、まるでほしいおもちゃを前にして興奮する子供のように文月は提督に飛びついてくる。

 

 

「うおっ!? ちょっと待て文月、落ち着けって…!!」

 

 

提督はどうにか文月を宥めようと押さえるが、いかんせん相手は艦娘。 外見は子供と言えどその力は大の大人をはるかにしのぐ。

爛々と目を輝かせる文月に提督は完全に力で圧倒され、振り回されてしまう。

一体どうすれば…! 提督がそう考えていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしなさい」

 

 

凛とした声が二人の元に響く。

声のした方を見ると、そこには…

 

 

 

 

 

 

 

 

「か…加賀……」

 

 

腕を組み仁王立ちの姿勢を取った加賀が文月を睨み付けていた。

無言で自分を睨む加賀に対し、文月も怯え委縮してしまう。

しかし、加賀は容赦なく文月に近づいていく。

 

 

「か、加賀さん…?」

 

「上官である提督に対して何をしているのかしら貴方は? この人だから良かったものの、他の提督なら貴方軍法会議にかけられていたわよ」

 

「それに、貴方のような小娘が提督に釣り合うわけがないでしょうに。 身の程をわきまえなさい!」

 

 

目を吊り上げながら加賀は厳しい叱責で文月を責め立て、それに耐えられなかった文月も泣きながら逃げだしていった。

提督は、そんな加賀を慌てて止める。

 

 

「おいよせ加賀! いくらなんでもあれは言い過ぎだぞ!」

 

 

加賀の言いたいことは分からなくもないが、流石に文月を泣かせたのは黙って見ていられなかった。

しかし、加賀は提督の方を向くと文月に向けた時と同じ鋭い視線を見せる。

 

 

「提督も提督です。 貴方こそもう少しご自分の立場をわきまえてください」

 

 

加賀の指摘に提督も言葉を詰まらせた。

確かに、提督は鎮守府の最高責任者。 それが部下一人に対してあのような甘い態度を見せていては上官として成り立たない。 そういう意味では加賀の言う事にも一理あった。

 

 

「た、確かに加賀の言う事も分かる…。 俺も部下に振り回されていては提督として示しがつかない。 でもな、やっぱりあれはやりすぎじゃ……!」

 

「全く、本妻である私を差し置いて他の女に現を抜かすなんて… ちゃんと夫としての自覚を持ってほしいものです」

 

「……へっ?」

 

 

 

 

 

 

意外すぎる彼女の怒りに目が点になる提督。 そんな彼をおいたまま、加賀の独演は続く。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、まだケッコンカッコカリを済ませていなかったのが悪かったようです。 では提督、すぐに私とケッコンカッコカリをしましょう。 正式な夫婦になれば、他の女も貴方によりつこうとはしないでしょう」

 

「………。 えっ、これってもしかしておままごとの続きなの? …っていうか、俺って二股かけてる設定だったのか……」

 

 

若干頬を赤らめながら提督にすり寄ってくる加賀。 どうやら、彼女たちはおままごとという遊びにかこつけ、自分をケッコンカッコカリの相手として選ばせようとしている。 本人の口から確認したわけではないが、提督もこの様子を見てなんとなく察してきた。

 

 

「あ、あのな加賀… さっきの文月のもあくまでおままごとだからな。 それに、俺がお前に言いたかったのはケッコンカッコカリの事じゃなくて……」

 

「……。 なるほど、そうでしたか…」

 

 

提督が全てを話す前に、加賀は落ち着いた様子で提督から距離を置いた。

どうにか分かってくれたか。 っと提督が安心した矢先、

 

 

 

 

 

「確かに、私も子供は欲しいですけど… やっぱり、そういったことはちゃんと順序を踏まえたほうが良いのでは……///」

 

「ぜんっぜん違うぞ加賀!! お前は一体何を考えていたんだ!?」

 

 

まるで会話がかみ合わない加賀に対し、提督はケッコンカッコカリをするつもりはないとどうにか説得しようとする。

しかし、この状況でも災難は訪れてしまう。

 

 

 

 

 

 

「あら、あらあら~。 提督ってば、こんなところにいたのね」

 

「む…陸奥……」

 

「早く戻って今日の執務を終わらせましょう。 そうすれば、あとはゆっくりすごせるわよ」

 

 

さりげなく提督の腕に抱き着きながら連れて行こうとする陸奥。 そんな彼女に、加賀は待ったをかける。

 

 

「待ちなさい。 何で秘書艦でもない貴方が提督を連れて行こうとするの? 彼は私と一緒にいるのよ」

 

「あら? 別に夫の仕事を手伝うのは妻として当然でしょ。 それのどこがおかしいのかしら?」

 

「貴方の言ってることがすでにおかしいです。 その人は私の夫で貴方のじゃありませんから」

 

「あらやだ。 貴方こそ人の夫を自分の呼ばわりするなんて痛々しいわね。 妄想と現実の区別もつかないの?」

 

「……頭に来ました」

 

「おい待て陸奥、俺はお前ともケッコンした覚えはないからな!? あと加賀も艤装を出すな!!」

 

 

必死に止めようとする提督を他所に加賀は艤装の弓を構え、陸奥も微笑を浮かべながらも自身の艤装を展開していた。

一触即発のこの状況。 提督の制止もむなしく、このまま戦闘が始まるかと思ったその時、

 

 

 

 

 

「そこまでですっ!!」

 

 

 

 

 

加賀と陸奥の間に割って入った一人の艦娘、大和の一喝によってこの場は静まり返った。

 

 

 

 

 

「二人ともいい加減にしてください、提督が困っているじゃないですか!」

 

「ましてや、貴方がたは誉ある一航戦とビッグセブンです。 その二人がおままごとという子供の遊びにそこまで必死になるなんて、そんな醜態を晒して他の子達や提督に恥ずかしいと思わないのですか!?」

 

「うっ…」

 

「そ、それは……」

 

 

毅然とした大和の言葉に二人も返す言葉が見つからなかった。 流石に、今の自分たちの姿が周りにどう見えているか、ようやく気付いたようだ。

 

 

「今回の件についてはよく反省してください。 このような形で誰がケッコンカッコカリの相手になるかを主張しあうなんて不毛な事です」

 

 

さすがに大和は言う事が違うなと、提督も思わず感嘆の声を漏らす。

自分で止められなかったことを少し情けなく思いながらも、大和に声をかけようとする。 が……

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって… 提督にはすでに大和という正妻がいますから……///」

 

 

両手を顔に添え、恥ずかしげにそうつぶやく大和。

 

 

「えっ…?」

 

「「はっ…?」」

 

 

それを聞いて提督は唖然と、加賀と陸奥は凄みの利いた声を漏らしながら大和を睨み付けた。

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちなさいよ。 何自分だけ正妻ヅラしてるの? そんなこといつ決まったのよ?」

 

「戦艦の名に恥じぬ超火力に料理の腕も一流。 なにより夜の居住性(意味深)も抜群のこの大和ほど、提督の妻を名乗るにふさわしい艦娘はいないじゃないですか」

 

「呆れたわね。 己の燃費の悪さを棚に上げて、どの口が提督の妻にふさわしいとぬかすのかしら?」

 

 

いや、大和ほどじゃないがお前も大概食うだろ…

 

 

「それに、そんな胸に徹甲弾型のパットを詰めなきゃいけないような体でほんとに提督を満足させられるの?」

 

「うっ… こ、これは違いますよ…! 私だってそれなりにはありま……ってパットじゃありません!!」

 

「なら、提督に触って確認してもらう? 私は一向に構わないわよ」

 

 

おいよせ陸奥! そんなことすればオレ憲兵さんにしょっ引かれること間違いなしだろ!!

 

 

 

 

 

 

「フ、フフフ… どうやら、私にとって貴方達は邪魔なようです。 提督にたかるような悪い虫は私が払わなくてはいけませんね…!」

 

「それはこっちのセリフです。 提督の妻として、貴方を近づけるような真似はできません」

 

「あらあら… そういう事なら私も容赦しないわよ…!」

 

 

無事に収まったと思ったのもつかの間、今度は大和も加わって三つ巴のバトルへと発展し、提督は再び必死に止めようとする。 しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テートクのWifeになるのは私デース!!」

 

「提督さんは渡さないんだからね!!」

 

「そう言う事なら、鈴谷も黙ってられないなー!!」

 

 

どこから現れたのか、金剛を筆頭に他の艦娘たちも三人のバトルに加わり、あっという間にこの場は艦娘たちによる乱闘会場と化してしまったのである。

誰もかれもが自分が提督とケッコンするんだと主張しあい、当の本人はなぜこうなったのか分からず一人呆然としていた。

 

 

「いやー、これは思いのほかすごいことになってますねー♪」

 

「あ、青葉…!」

 

 

隣を向くと、そこには乱闘に加わっていない数少ない艦娘の一人、青葉が楽しげに乱闘の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

「実は先ほど青葉のもとに誰が司令官の相手になるというケッコン争奪戦があるとタレコミがありまして、おもしろ……大変だと思ったので青葉が皆さんにお知らせしたんです♪」

 

「原因はお前かー!!」

 

 

提督はそそくさと去っていく青葉を捕まえようとするが、

 

 

「危ないのです、司令官さんっ!!」

 

「い、電っ!?」

 

 

後ろから自分の手を引く電に連れられ、先の広場へと走って戻ってきた。

膝に手を置き息を切らせる提督に、電は心配そうに顔を覗き込む。

 

 

「司令官さん、いくらなんでも皆さんが暴れてるあの中に行くのは危険なのです。 青葉さんを追いかけたいのは分かりますが、そこは落ち着いて考えてほしいのです」

 

「…そ、それもそうだったな。 すまない電、お前に余計な心配をかけて」

 

「いいのです。 司令官さんに何かあったら、電も大変だったのです」

 

「電…」

 

 

自分を気遣ってくれる心優しい少女に、提督も嬉しそうに彼女の頭を優しくなでてあげる。

そして、電は明るい笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

 

 

「でも、これで電が司令官さんを独り占めできるのです。 このためにわざわざ青葉さんに情報を流した甲斐があったのです」

 

「お前も狙ってたのかー! ってか、青葉にリークしたのもお前かよ!!」

 

 

悲しいかな、目の前にいたのは心優しい少女の皮を被った悪魔だった。

その後、ケッコンカッコカリの指輪を手に入れようとした電を遠征から帰ってきた雷たちが取り押さえ、どうにか指輪は奪われずに済んだ。

しかし、だれが提督とケッコンカッコカリをするかというのを知った駆逐艦娘たちも、自分がすると指輪の取り合いに発展してしまい、えらい大騒ぎとなった。

後日、ケッコンカッコカリを先送りする旨と、鎮守府内でのおままごと禁止令が出されたのはこの後の話である。

 

 

 



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魅惑の眼

今回の話は某SSで艦これと笑うせぇるすまんのコラボSSに触発されて、自分でも書いてみました。
流石に今回はヤンこれ関係なくね? と突っ込まれそうなんですが、せっかく書いたのだしということで……

つ、次はちゃんとしたヤンこれ作品を出すつもりなので…!!


 

 

 

ここはとある鎮守府の執務室。

中では一人の青年と一人の艦娘がともに執務仕事を進めている。

青年は執務机に置いたノートパソコンの画面を見ながら、手を止めることなくパソコンへタイピングを進め、艦娘の方も誤字がないか集中しながら一枚一枚書類を書き続けていた。

しばらくタイピングの音とペン先が走る音が響いていたが、それも唐突に終わり代わりに青年が「うーん」と言いながら伸びをする声が聞こえてきた。

 

 

「お疲れ、榛名。 今日も助かったよ」

 

 

伸びで体をほぐし終えた青年は、自分の傍らで執務を手伝ってくれた艦娘へとお礼を言う。

 

 

「いえ、とんでもない。 提督のお役に立てたのなら、榛名も嬉しいです」

 

 

巫女服をモチーフにしたかのような格好をした艦娘、金剛型戦艦の三女『榛名』は胸に手を置きながらにっこりと微笑んだ。

自分に向かって笑顔を振りまく秘書艦に照れ笑いを浮かべつつ、提督と呼ばれた青年も彼女の方に向き直った。

 

 

「そう言ってもらえるとありがたいな。 秘書艦の仕事って、結構ハードワークだから榛名にはきついかと思って…」

 

「もう、そんな事言わないでください! これくらいの事、提督のためを思えば榛名は大丈夫です」

 

「あはは、それは失敬。 それじゃ、ここらで少し休憩にしようか」

 

「はいっ! 榛名、お茶を入れますね」

 

 

そう言って、榛名は軽い足取りでお茶の準備にかかる。

手慣れた様子でティーポットにお湯を注ぎ、紅茶を注ぎ込む。 英国出身の姉の指導もあって、彼女の紅茶はプロもうならせるほどのおいしさがあった。

提督もお茶菓子の用意を終え、二人は紅茶を嗜みながら会話に華を咲かせていた。

 

 

「うん、おいしい。 いつもこんなおいしい紅茶を飲めるのは榛名のおかげだな、ありがたいよ」

 

「い、いえ… 榛名がここまでできるのもお姉さまの指導があったからですよ」

 

「あはは。 そういう意味では金剛にも感謝しなくちゃだな」

 

 

しばらくとりとめのない話題を提督と榛名は楽しんでいたが、ふと提督は思い出したかのようにある話を切り出した。

 

 

「ああ、そうだ。 そういえば、ここの鎮守府にもついに大本営からケッコンカッコカリの指輪と書類が届いたんだ」

 

「えっ! ほ、本当ですか!?」

 

「本当だよ。 この艦隊にも最大練度まで上がった子たちは大勢いるし、あとは誰を相手に選ぶかなんだけど」

 

「そ、それで… 提督は誰を選ぶのですか…!?」

 

 

食い入るように提督に尋ねる榛名。 しかし、提督の返事は、

 

 

「……正直、決められないんだ。 皆魅力的な子ばかりだし、提督としても男としてもそこは慎重に決めていきたいところなんだ」

 

「……そう、ですか」

 

 

予想とは違った答えにしゅんと肩を落とす榛名。 その後は、またお互い他愛のない会話をしながら休憩時間を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

 

時刻は夕方。 執務を終えた榛名はとぼとぼとした足取りで自分と姉妹たちが暮らしている寮へと向かっている。

あれから、ケッコンカッコカリの相手を決めていないという提督の言葉が頭から離れなかった。

この鎮守府には、提督を上官でなく異性として慕っている艦娘は大勢いる。

しかし、ケッコンカッコカリの相手に選ばれるのは一人だけ。

根がまじめな彼の事だから恐らくジュウコンという選択は取らないだろう。

だからこそ、榛名は提督が誰とケッコンするのか気になってしょうがなかったのだ。

 

 

「……。 やっぱり、榛名じゃ提督には振り向いてもらえませんか」

 

 

 

「仕方ないですよね。 金剛お姉さまや大和さん、長門さんや加賀さんたちは榛名から見ても素敵な方たちですから…」

 

 

 

「でも… それでも榛名は提督に振り向いてほしいな……」

 

 

 

夕暮れの帰り道で、榛名は誰にでもなく本音を口ずさむ。

独り言のつもりでぼやいていたのだが、そこへ声をかける者がいた。

 

 

 

 

 

「どうしました、お嬢さん? ずいぶん浮かない顔をされてますが」

 

「キャアッ!! あ、貴方は…!?」

 

 

突然背後から自分を呼ぶ声に榛名は驚き振り返ると、そこには黒い帽子に黒いスーツという黒一色に身を包んだ見知らぬ男が立っていた。

男は表情を変えることなく、榛名へと謝罪の言葉をかける。

 

 

「これは驚かせてしまい大変失礼しました。 実は私こういう者でして」

 

 

そう言って、男はスーツの懐から一枚の名刺を取り出す。

おっかなびっくりの様子で榛名も名刺を受け取り、それを見た。

 

 

「心のスキマ、お埋めします…?」

 

「はいっ。 私は貴方のような心のスキマ、いわゆる悩みを持つ人のお役に立てるようなセールスを行っているのです」

 

「先ほど、溜息を吐きながら悩みをつぶやくあなたの姿が見えたので、もし私でお力になれるのでしたらと思い、声をかけさせていただきました」

 

「よろしければ、貴方の持つ悩みを私に話してくれませんか?」

 

 

榛名はしばらく名詞と男の顔を交互に見合わせていたが、せっかく自分に声をかけてくれたのだし、悩みだけならと思い、

 

 

「実は……」

 

 

先のケッコンカッコカリの事を男に打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。 つまりあなたは好きな人に自分を選んでほしい、そういうわけですね?」

 

 

スーツの男、喪黒福造は榛名の悩みを復唱する。

榛名の方も自分の悩みを打ち明けられたからか、少し明るさを取り戻した様子で話をつづけた。

 

 

「はい… 提督は素敵な方ですが、それゆえに榛名以外にも想いを寄せている娘は大勢います。 お姉さまや他の皆さんも魅力的な方ばかりだし、その中から選ばれるなんて榛名にはとても……」

 

 

表情は明るさを取り戻しつつも、声は覇気がなく暗い口調で話す榛名。 喪黒はしばらく榛名の話を聞いていたが、

 

 

「そんな貴方にピッタリの商品がありますよ!」

 

 

突然榛名の言葉をさえぎり、手にしていたアタッシュケースから小さなペンダントを取り出した。

宝石のような赤い水晶がはめ込まれたペンダントで、周りにはつがいの鳥をイメージしたような彫刻が掘られている。

そのきれいなペンダントに榛名が目を奪われていると、喪黒はペンダントについて説明をしてくれた。

 

 

「これは魅惑の眼というある外国の村で作られたもので、この鳥のように愛する者がお互いに結ばれる…いわゆる恋愛成就の願いがこめられているのです」

 

「そしてこのペンダントには、身に着けた人の魅力を引き出し意中の人を振り向かせる力があるのです」

 

「よろしければ、これを貴方に差し上げます。 ぜひ、使ってみてください」

 

「あ、ありがとうございます…! で、でもこんな高価な品物じゃきっと高いんじゃ……」

 

「それについてはご安心を。 セールスと言ってもボランティアみたいなものなのでお代は一円もいりません。 貴方のようなお客様に喜んでいただくこと、それが私にとってのお代となります」

 

 

その言葉に、「それならば…」と言いながら榛名もおずおずとペンダントを受け取った。

そして、寮へ戻ろうとしたとき、喪黒がふいに榛名を呼び止めた。

 

 

「ああ、言い忘れるとこでした。 一つ注意しておきますが、それはあくまで貴方の魅力を引き出すもの、つまりあなた専用の物です。 なので、決して他の人にそのペンダントを身に着けさせてはいけません。 それだけは覚えておいてください」

 

 

その言葉を最後に喪黒はこの場を去っていき、榛名も寮へ戻るべく足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

次の日、榛名はさっそく喪黒からもらったペンダントを身に着けてみた。 首の後ろで結んで、鏡を見ながら身だしなみを確認していると、後ろから誰かが声をかけてきた。

 

 

「Good morning榛名ー!」

 

「あっ、おはようございます金剛お姉さま」

 

「What? 榛名、そのペンダントはどうしたんですカー?」

 

 

榛名の姉、金剛型戦艦の長女『金剛』は榛名の首元に下げられたペンダントを見て、首を傾げた。

 

 

「こ、これはですね… この前外に遊びに行ったときに偶然見つけて、綺麗だから買ってきたんです」

 

「そうでしたカ。 似合っているネ、榛名~♪」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

喪黒のことは言わず、適当な嘘をついてこの場をごまかしたが、金剛は特に疑問も持たずに素直な感想を榛名に送ってあげた。

その後、いつものように執務をこなすべく榛名は提督のいる執務室へとやってきたが、

 

 

「……?」

 

 

提督の様子がいつもと違うことに榛名は変に思った。

普段はパソコンや書類に一心不乱に目を向ける提督が、今日はやけにこちらを見ている気がする。

それもただ見てるだけじゃない。 その顔はどこか照れているかのように少し赤くなっている。

榛名も疑問を抱きつつも、いつものように執務をこなしていると、

 

 

「…なあ、榛名。 今日は、何かおしゃれでもしてきたのか?」

 

 

突然の提督の言葉に榛名も少し驚いた。 普段はそんな事言わないはずなのに…

 

 

「へっ? いえ、特に何もしてませんが……」

 

「そうか… いや、すまなかった。 なんだか榛名がいつもよりきれいに見えたから、つい…」

 

「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」

 

 

愛しい提督からの褒め言葉に思わず舞い上がる榛名。 そして、自分の首元にかかっているペンダントに視線を向ける。

 

 

 

 

 

(もしかして、これってペンダントの力!?)

 

 

 

 

 

その後も何度か提督から視線を向けられながら、榛名は心地よい気持ちで執務を進めていった。

そして時刻が昼に差し掛かった頃、

 

 

「あ、あのさ榛名… この後、もしよければ一緒に昼食を取りに行かないか?」

 

 

またも提督から思わぬ誘いを受けた。 もちろん、大好きな提督からの誘いを断る理由は彼女にはなく、

 

 

「は、はいっ! 榛名でよければご一緒します!!」

 

 

心臓がバクバクなるのを抑えながら、榛名は誘いに応じた。 提督も嬉しそうに笑みをこぼしていると、突然扉が開き金剛が執務室にやってきた。

 

 

「テートクー! 私と一緒にLunchに行きまショー!!」

 

 

元気いっぱいに提督を誘おうとするが、提督は少し困り顔になり、

 

 

「すまない、金剛。 今日は榛名と二人で行く予定なんだ。 昼食の誘いならまた今度にしてほしいんだ」

 

「……そうでしたカ。 それじゃ仕方ないデース。 じゃあ榛名、私の分まで楽しんできてくだサーイ」

 

 

そう言いながら金剛は執務室を後にしていった。

少し寂しげに見える姉の背中を見届けつつ、榛名も金剛へぺこりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日は榛名にとって夢のような日々だった。

 

 

ある日の演習では、榛名が旗艦のときに提督が自分の戦う姿を見に来ており、励ましの言葉を送ってくれた。

 

 

「いいぞ榛名―! その調子だ!!」

 

 

その言葉に榛名も張り切り見事MVPをゲット。 ご褒美と称しての間宮のデザートは、向かいに座る提督に見とれて味がわからなかったという。

 

 

 

またある日の執務では、量が多すぎて深夜までかかってしまい寮へ戻れなくなった榛名に提督が執務室に泊まればいいと誘ってくれた。

そんな提督へ、榛名は思わず提督と一緒に寝たいと呟いてしまい、おまけにそれを提督に聞かれてしまった。

榛名は慌てて訂正しようとしたが、提督は笑いながらそれを了承。 結果彼女は朝まで提督と同衾するという他の艦娘たちが知ったら卒倒しそうな時間を過ごすことができたのであった。

 

 

 

 

 

そんな毎日を過ごした榛名の元に、吉報が訪れた。

提督から大事な話があるとの呼び出しを受けて榛名が執務室を訪れると、そこにはそわそわと落ち着かない様子の提督がいた。

 

 

「何でしょう提督、大事な話って?」

 

「……。 これを見てくれ、榛名」

 

「こ、これって……!」

 

 

提督が机に置いたものを見て、榛名は目を見開いた。

そこにあったのは黒い小さな箱。 そしてその中にはケッコンカッコカリに使われる指輪が整然と収められていた。

 

 

「前に榛名にケッコンカッコカリの相手を誰にするか話したのは覚えているか? あれから、なぜか俺の中で榛名に対する思いがどんどん大きくなってな。 気が付いたら榛名の事を考えずにはいられない自分がいたんだ」

 

「それで、俺も決心した。 俺はこれからも榛名にそばにいてほしい。 部下でも秘書艦でもない、榛名という一人の女性にいてほしいんだ」

 

「だから、俺はこの指輪を榛名に送ろう。 …受け取ってもらえるか?」

 

 

提督からの告白。 そして自分の目の前に置かれた指輪を受け取りながら、榛名は涙を流して答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。 榛名でよければ、これからも提督と一緒にいます」

 

 

その場で嬉しさのあまり泣き崩れる榛名。

そんな榛名を、提督は何も言わず優しく抱きしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。 提督からの告白にこれ以上ないほどの嬉しさを抱きながら、榛名が寮へ戻ろうとしていた時だった。

 

 

「どうも、榛名さん。 お久しぶりですね」

 

「あっ、喪黒さん! お久しぶりです」

 

 

向かいの道からひょっこり現れた男、喪黒へ榛名は明るい笑顔を見せる。

 

 

「どうでしたか、榛名さん。 ペンダントの効果は?」

 

「もう最高です! あのペンダントのおかげで毎日とっても楽しいですし、て…提督からもケッコンカッコカリの相手に選ばれました。 榛名、本当に感激です!!」

 

 

今朝の出来事に思わず顔がにやける榛名。 そんな彼女に、喪黒は表情を変えず話を続ける。

 

 

「それはなによりです。 ただ、あの言いつけについては覚えていますね?」

 

「このペンダントを他の人に渡してはいけないんですよね? はい、ちゃんと覚えています」

 

「覚えているのであれば結構です。 では、私はこれで失礼…」

 

 

帽子を取って軽い会釈をすると喪黒はその場を後にしていく。 榛名も喪黒へ頭を下げると、いつもの寮へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の寮。 自室で榛名は鼻歌交じりに髪を梳かしていると、

 

 

「ヘーイ、榛名ー。 ついに提督からケッコンカッコカリを申し込まれたそうネー」

 

 

いつもの明るい口調で自分に話しかける金剛に、榛名も櫛を梳かす手を止め金剛へと向いた。

 

 

「お姉さま、ご存じだったんですね」

 

「榛名が提督といつも一緒にいるところを見れば、それくらい分かりマース。 おめでとう、榛名」

 

「あ、ありがとうございます。 でも、お姉さまを差し置いて榛名が選ばれるなんて、なんだか申し訳ない気が…」

 

「私の事はDon't worryデース。 妹が幸せになるのに、お姉ちゃんがうれしくないわけないのネー」

 

「金剛お姉さま……」

 

「デモ、一つ気になることがあるのですが、どうして提督は急に榛名にゾッコンになったのでショー?」

 

 

首をかしげて不思議だなーというポーズをとる金剛を見て、榛名も流石に打ち明けてもいいかと思い、鏡台の上に置いてあるペンダントを手に取った。

 

 

「あの、実はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、榛名は今までの出来事とこのペンダントの事を打ち明けた。

話を聞いた金剛は驚きながらも、そのペンダントをまじまじと見続けていた。

 

 

「Wow… このペンダントにそんな力があったなんてUnbelievableネー」

 

「はい。 榛名も初めは信じられなかったのですが、これのおかげで提督からも選ばれましたし、榛名は自分に自信が持てた気がします」

 

 

嬉しそうに微笑みながら榛名はペンダントを見つめると、爛々と輝く水晶が二人の顔を映し続けている。

しばらくすると、ペンダントを見つめていた金剛がこんなことを言ってきた。

 

 

 

 

 

「…ねえ榛名。 もしよければ、そのペンダントを私がつけてみてもいいですカー?」

 

「えっ? でも、これは榛名以外の人がつけてはいけないと言われてますから…」

 

「ちょっとくらいなら大丈夫ヨー。 提督をメロメロにしたそのペンダントがどれほどすごいのか、私も試したいのデース」

 

「……。 じゃあ、少しだけですよ」

 

 

結局、金剛の頼みを断り切れずに榛名は金剛へペンダントを渡した。

金剛は自分の首元にペンダントを下げると、ちょっと提督に見せてくると言って、すぐに自室を後にするのであった。

 

 

「……お姉さまに貸してしまいましたが、あれでお姉さまが元気になるのなら少しぐらいいいですよね」

 

 

榛名ポツリとつぶやきながら金剛を見送り、そろそろ自分も寝ようと自室に戻ってきたときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「榛名さん。 貴方、約束を破りましたね…」

 

「も、喪黒さんっ!?」

 

 

いつの間にか部屋の中央に佇んでいた喪黒に驚きの声を上げる榛名。

表情を変えぬまま、喪黒は一歩一歩榛名へと詰め寄っていく。

 

 

「私は確かに言いました。 あれは他の人が身につけてはいけないと… でも、貴方は他の方にあれを渡してしまいました」

 

「そ、それは… お姉さまが気の毒だったし、あれで元気になればと思って、つい……!」

 

「言い訳は聞きません。 約束を破った以上、貴方には罰を受けていただきます」

 

 

そう言いながら右手の人差し指を榛名の前に突き立てる喪黒。

得体のしれない恐怖で体が動かない榛名に、それは訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ド―――――――――ン!!!!

 

 

 

 

 

 

きゃああああああああああっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の衝撃に一瞬目の前が真っ暗になる榛名。 次に彼女が意識を取り戻したとき、

 

 

「……? 喪黒さんが、いない…」

 

 

そこに喪黒の姿はなかった。 辺りを見渡しても窓から出た形跡もなく、どうなっているのかと榛名が困惑していると、

 

 

 

 

 

 

「……榛名」

 

 

後ろを振り返ると、部屋の入り口には金剛が立っていた。

少しうつむき加減で顔ははっきり見えず、そこに佇んでいる。

 

 

「お姉さま、どうしました? 提督のところに行ったのでは…」

 

 

そう言って、榛名が近づいた時だった。

 

 

「…っ!? お…姉…様……!? な…にを……!?」

 

 

突然金剛が顔を上げて榛名の首を鷲掴みにした。

首を絞められ息もまともにできない。 振りほどこうにも金剛の力が強すぎて振りほどけない。

息も絶え絶えにどうにか榛名が尋ねると、金剛は声を荒げた。

 

 

「…なんで」

 

「えっ…?」

 

「何で提督は私じゃなく榛名を選んだの!? 私の方が榛名よりずっとずっと提督のことを想っていたのに!! 食事の時も執務の時もずっと提督を独り占めして、何で榛名が提督に選ばれたのよ!?」

 

「お…ねえ…さま……! く、くる……しい……!!」

 

 

より一層力を籠める金剛に、榛名は必死に声を上げる。

首を絞められながらもかすかに見えた姉の表情。 それは自分の知ってる優しく温かい姉ではない。 大切な者を奪われ、怒りと憎しみに顔を歪める一人の女の顔だった。 悪鬼羅刹、今の金剛の表情を例えるならこの言葉が一番ふさわしいだろう…

 

 

「…そっか。 私は榛名じゃないから提督に選ばれなかったのね。 なら…それなら……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタヲ殺シテ、私ガ榛名ニナレバイイ…」

 

 

 

「やめ…て…! や…いや………いやあああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おお、怖い怖い。 女の嫉妬とは、かくも恐ろしいものですな」

 

 

艦娘寮の前。 喪黒はかすかに聞こえてきた榛名の悲鳴を背に、真夜中の鎮守府を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「人間の魅力というものは、周囲の好意や羨望だけでなく、恨みや妬みまで引きつけてしまうものなんです。 人気者というのも、案外大変なことなんですね。 ホ―――――ホッホッホッホッホッ!!」

 

 

 

 

 

誰もいない夜の道。

そこには全身黒づくめのセールスマンの笑い声が、漆黒の空へ響き渡るのであった。

 

 

 



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希望と絶望の狭間で

はい、今回ちゃんとヤンこれ物になります。
前回ある意味タイトル詐欺になってしまってたので… とりあえず、見てもらえればありがたいです。


あと浦波が来ません… そもそもボスまで行けない……


 

 

夕暮れの鎮守府。 ゆっくりと沈んでいく太陽から注がれる光が執務室の中を照らしている。

執務室で一人執務をこなす提督はしばらく書類に目を通していたが、控えめなノックが聞こえるとそちらに意識を向けた。

 

 

「お疲れ様です、提督さん」

 

 

ノックの後に執務室に入ってきた一人の艦娘のねぎらいの言葉に、提督も返事を返す。

 

 

「ああ、君もお疲れ。 今日は色々と助かったよ、鹿島」

 

 

提督は今日の執務を務めてくれた艦娘、練習巡洋艦『鹿島』にお礼を言うと、鹿島も柔和な笑みを浮かべる。

 

 

「ありがとうございます。 鹿島も提督さんのお役に立てたのなら嬉しいです」

 

「それにしても急に具合が悪くなるなんてな… 体調はもう大丈夫なのか?」

 

「あっ、はい。 執務で座りっぱなしになってたから少し立ちくらみがしたようで… もう大丈夫ですよ」

 

 

実は、先ほどまで鹿島は少し体調が悪いと言って、いったん医務室へ行っていたのだ。

ただ、彼女も執務はほとんど終わらせてくれており、提督一人になってもそれほど時間はかからずに執務を終えることができたのだった。

 

 

「そういや、そろそろ夕食の時間だな。 鹿島、食堂に食べに行こうか」

 

「………」

 

「どうした、鹿島?」

 

 

提督は鹿島を誘って食堂に行こうとしたが、なぜか彼女は行くのをどこか渋っているように見える。

一体どうしたのかと提督が尋ねようとしたとき、

 

 

「あ、あの…」

 

「ん…?」

 

「できれば、その… 今日は提督さんと二人きりで食べたいのですが、よろしいでしょうか…?」

 

 

上目づかいでもじもじしながら尋ねる鹿島に、提督は一瞬首を傾げた。

いつもは自分の誘いに素直に応じていたのに、こんな要求をするなんて珍しい。 何かあったのだろうか…?

とはいえ、今日は彼女に一日秘書艦として頑張ってもらったし、鹿島のおかげで自分の負担もだいぶ少なかった。 そのお礼も兼ねて、それぐらいの我儘は聞いてあげよう。

提督はそう考えると、

 

 

「ああ、分かった。 鹿島には今日一日世話になったから、そのお礼にご一緒するよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「じゃあ、どこへ食べに行こうか?」

 

「それでしたら、私前から一度行きたいところがあったんです。 行きましょう、提督さん!」

 

「おいおい…! 分かったからそんな引っ張るなって!」

 

 

嬉しそうにはしゃぐ鹿島に連れられ、提督は執務室を後にしていく。

ただ、この後こんなことになるなんて、今の彼はまだ予想していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、執務室で身だしなみを整えた提督はいつものように朝の食堂に向かう。

そこではすでに食事をとりに来たもの、まだ来ていないものなど、大勢の艦娘たちが集まっていた。

そんな彼女たちと一緒に談笑をしながら朝食をとるのが提督のいつもの事であり楽しみだったが、今日はそれをすることができなかった。

 

 

「………?」

 

 

提督が食堂に入ったとたん、一斉にみんなが彼に視線を向けてきたのだ。

ただ、その視線がいつもとは違っていた。

 

 

「ど、どうしたお前ら… そんな怖い顔して」

 

 

普段は明るい笑顔や挨拶をしてくれる彼女たちだったが、今は敵意に満ちた目をしてこちらを睨み付けている。

挨拶の言葉も何もない。 あるのは、「入ってくるな!」と言わんばかりの視線と威圧感だけだった。

 

 

「お、おい…? 皆、何も言わないんじゃわからな…」

 

「来るなっ!」

 

 

誰かが提督に向かって叫んだ拒絶の言葉。 それに続くように周りからも罵声が飛ぶ。

 

 

「出ていけっ!」

 

「消えろっ!」

 

「死んじゃえっ!」

 

 

方々から聞こえてくる罵倒に困惑する提督。 いつもはこんなことを言う子達じゃなかったはずなのに…

 

 

「くっ!?」

 

 

訳が分からずに食堂から逃げ出す提督。 一体なぜこんなことになったのか…?

だが、そんなことを悠長に考えている暇はなかった。

 

 

 

 

 

「こっちくんじゃないわよ、このクソ提督っ!!」

 

 

 

 

「不愉快だ、早く消えろっ!」

 

 

 

 

「航空隊、全機発艦! 目標、目の前の提督っ!」

 

 

 

 

 

逃げ出した先にいた艦娘たちからも激しく拒絶され、中には艤装や艦載機を向ける者もいた。

あちこちから追い立てられながら、提督はどうにか執務室に逃げ込み急いでカギをかけた。

 

 

「これは、どういう事なんだ…? 何故、皆一斉に俺を狙うんだ…!」

 

 

扉に寄りかかりながら、命からがら逃げてきたせいで乱れ切った息を整えていると、今度は扉を叩いて自分を呼ぶ声が聞こえる。

背後から聞こえる声に提督は必死になって扉を抑えていたが、しばらくすると扉の向こうから

 

 

「開けてください提督さんっ! 私です、鹿島ですっ!」

 

 

その声に、提督は鍵を開けて恐る恐る向こうを確認してみると、そこには心配そうな顔で自分を見つめてくる鹿島の姿があった。

 

 

「鹿島… お前は俺を襲わないのか…?」

 

「何を言っているんです!? 私がそんなことするわけないじゃないですか!」

 

「私は今朝ここへ来てみたら、他の皆さんが艤装や艦載機を出していたから何かあったんじゃないかと思って、提督さんの元へやってきたんですよ」

 

 

恐々と尋ねる提督の言葉を鹿島は涙を流しながら必死に否定する。 その姿に提督も鹿島を信じて彼女を執務室へと通したのである。

 

 

「疑ってすまなかった。 急に皆が襲ってくるから、つい警戒してしまってな…」

 

「襲う…? 提督さん、それは一体どういう事です?」

 

 

訳が分からず呆然とする鹿島。 提督はそんな彼女へ今までの出来事を話していった。

 

 

 

 

 

「そんな… 本当に、皆さんがそんなひどいことをしたのですか!?」

 

「俺も信じられなかったが事実だ。 現に皆俺の顔を見た途端に激しく俺を追い立てて、中には武器を向けてくる者もいたんだ」

 

 

今までの出来事を知った鹿島は信じられないといった表情で驚き、提督はあの時皆に襲われたことを思い出したのか、少し落ち込んだ様子を見せていた。

肩を落とす提督を鹿島が励まそうとしたとき、一人の妖精が二人の元に敬礼をしながら現れた。

 

 

「妖精さん? どうしたんですか、急に」

 

 

鹿島が妖精を優しく掬い上げると、妖精は身振り手振りで自分たちが調べたことを報告した。

どうやら、妖精たちも今朝の艦娘たちの行動に驚いたらしく、原因を探るため独自に調査を行っていた。

そして、艦娘たちが豹変してしまった原因を突き止めることに成功した。

原因は昨夜艦娘たちの夕食として振る舞われたカレーに、特定の人物に対し強い不快感を感じさせる薬が混入されていたとのこと。

以前にもそうした薬を使った事件もあり、薬の効果は数日で切れることを話してくれたのであった。

 

 

 

 

 

「そうだったのか… ご苦労だった、あとで間宮の羊羹を皆で食べるといい」

 

 

提督は懐から間宮の食券を取り出し妖精に手渡す。 妖精も一瞬顔を綻ばせるが、すぐに真面目な顔になると二人に敬礼しその場を後にしていく。

残された提督は、天井を見ながら小さく溜息を吐いた。

 

 

「さて… 原因も分かったし、誰がやったかは後で調べるとしよう。 とりあえず、今日の執務をこなさないとな」

 

 

膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる提督。 そんな彼を見て、鹿島は慌てて引き留める。

 

 

「て、提督さん! 逃げなくていいんですか…!?」

 

「薬の効果が数日で切れるなら、それまで俺が耐えればいいだけの事だ。 これぐらいの事で根をあげてたら提督は勤められんからな」

 

「で、でも提督さん… 皆さんすごく提督さんの事嫌ってましたし、いくらなんでもここに残るのは危険なんじゃ…!」

 

「鹿島… 心配してくれるのはありがたいが、俺はこの鎮守府の提督であり、あいつらの提督だ。 いくら嫌われているとはいえ、上官である俺が職務を放棄して逃げ出すわけにはいかないだろ」

 

 

静かに、だが力強くそう語る提督。

その言葉には、大事な仲間を捨てて逃げるような真似はしたくない。 そんな彼の思いがひしひしと感じられた。

初めは逃げるよう進言していた鹿島だが、彼が逃げるつもりがないのが分かったのか、静かに溜息を吐くと彼に言った。

 

 

「…でしたら、皆さんが元に戻るまで鹿島が提督さんの秘書艦を務めますよ。 他の方たちが提督さんを嫌っている以上、とても引き受けてくれそうにないですからね」

 

「すまない鹿島。 俺の勝手にお前を巻き込んでしまって…」

 

「いいんです。 私は私の好きで提督さんの傍にいるんですから、むしろ提督さんこそ今は自分の身を心配してください」

 

「…ああ、分かった。 これからよろしくな、鹿島」

 

「はい。 よろしくお願いします、提督さん」

 

 

そう言うと、提督は鹿島に手を差し出し、鹿島もまた提督の手を取りその場で握手をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督は鹿島とともに数日を過ごしていった。

今朝の暴走に比べれば艦娘たちは少し大人しくなったもの、陰口や職務放棄などの露骨な嫌がらせ、そして提督への直接的な暴力は絶えなかった。

周りから嫌われ、殴られたり艤装や艦載機を向けられる提督の姿は傍にいた鹿島から見ても悲惨極まりないものだった。

涙を流して心配する彼女に、提督は優しく頭を撫でながら大丈夫だと言い聞かせ、ひたすら耐えてきた。

だが、薬が切れるはずの数日が経っても彼女たちの提督嫌いは収まらず、むしろ日を追うごとに艦娘たちの暴力は度を増していった。

 

 

 

 

 

 

ある日のこと。 この日は鹿島が演習の旗艦を務めなければならず、やむなく提督の元を離れて演習へ入っていた。

最近は特に艦娘たちの暴行がひどくなっており、彼女にとっては執務室に残った提督の安否が気になって仕方なかった。

演習を終えた後、鹿島は補給を行うことなく駆け足で執務室へと戻っていく。 息を切らせ、廊下の先にある執務室の扉を開けたとき、

 

 

「提督さん。 鹿島、ただいま戻りまし……て、提督さんっ!?」

 

 

鹿島は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿島が入ってきた執務室は滅茶苦茶に荒らされて、辺りの家具は派手に壊されていた。

提督は執務机に寄りかかりながら肩で息をして、「はあ… はあ…」と苦しそうな声を漏らし、顔や体には明らかに暴行された後もはっきりと残っていた。

 

 

「提督さん、しっかり! 提督さんっ!!」

 

「…あ、ああ。 鹿島か… 演習…ご苦労、だったな……」

 

「そんな事言ってる場合ですか!? これ、どう見てもだれかに暴行された跡じゃないですか!」

 

「提督さん、これ以上無理しないでここから逃げましょう! このままじゃ本当に死んじゃいますよ!」

 

 

涙ながらに必死に提督を説得しようとする鹿島。 しかし、提督は返事がわりに小さく首を横に振る。

 

 

「だ…大、丈夫だ……鹿島。 あい…つら、は……薬で、おかしく…なって、る…だけ…… 明日に…なれば……きっと、戻るさ…」

 

 

そう言って、提督は自分に泣きつく鹿島の頭を優しくなでる。

どんなに理不尽な暴力を振るわれても、彼は明日になればきっと戻ると言ってじっと耐え続け、鹿島もまたそんな提督を傍らで見守ることしかできなかった。

そんな日々を二人は送り、艦娘たちがおかしくなってから一か月になった頃、事件は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の執務室。 いつものように提督は傷だらけの顔で執務をこなし、傍らで鹿島が手伝いをしている。

すると、

 

 

「んっ? どうしたお前たち、みんな揃って……」

 

 

執務室に押しかけるように入ってきた大勢の艦娘たち。 皆揃って不愉快な様子を顔にも態度にも見せる中、先頭に立つ長門が口火を切った。

 

 

 

 

 

「提督よ、いつまでここにいるつもりだ?」

 

「なに…?」

 

 

一瞬意味が理解できず尋ね返す提督。 そこへさらに声がかかる。

 

 

「なに…? じゃ、ないわよ! いつまでここに居座ってるつもりって聞いてんのよ!」

 

 

苛立ちを隠せず癇癪を起こす瑞鶴の言葉に、他の者達も「そうだそうだ!」 「さっさと出ていけー!」と一斉に提督への不満を爆発させてきた。

矢継ぎ早に飛んでくる提督への出て行けコール。 だが、そんな中で鹿島は間に割って入った。

 

 

「やめてください、皆さん! 提督さんは今まで皆さんのために頑張ってきたのに、そんなのあんまりじゃないですか!」

 

「うるさい、邪魔をするなっ!!」

 

「きゃあっ!」

 

 

鹿島の擁護の声に苛立ちを感じ、長門は鹿島を弾き飛ばす。 その行為には、流石の提督も黙っていられなかった。

 

 

「何をするんだ長門!? 同じ鎮守府の仲間に向かって!」

 

「黙れっ! 元はと言えば貴様がいつまでもここにいるのがいけないんだ!!」

 

 

提督は倒れこんだ鹿島に駆け寄る。 叩かれた頬をさする鹿島を心配そうに抱きかかえていると、後ろの艦娘たちの間から一人の艦娘が姿を見せた。

 

 

 

 

 

「提督…そして鹿島。 貴方達には失望しました…」

 

「お前…香取……」

 

 

まるで二人を虫けらのように蔑んだ眼で見降ろす一人の艦娘。 鹿島の姉、香取は二人にそう言ってきた。

 

 

「提督、これまで再三貴方にはここを出ていくよう私達が示唆してきたというのに、そんなことも理解できずここに居座り、あげくに鹿島もそんな貴方を慕い擁護してきた。 正直、呆れて物も言えませんよ……」

 

「何を言うんだ香取! お前は、自分の妹がこんなひどい目に合ったというのに何も思わないのか!?」

 

 

まるで妹を心配する様子のない香取に激昂する提督。 しかし、香取の返事は…

 

 

 

 

 

「何も思わないわけないじゃないですか。 貴方のようなろくでもない男にここまで耄碌する姿を見せられたんです。 練習巡洋艦として、姉として嘆かわしい限りですよ、全く……」

 

「香取……!」

 

「どうやら、貴方達二人とも少し厳しい躾が必要みたいです。 今回は他の皆さんにも協力してもらいましょう」

 

 

そう言って、香取は右手をスッと上げる。

すると、それが合図だったかのように他の艦娘たちが一斉に二人の前にやってきた。 艤装を握る者や、拳をポキポキと鳴らす者。 これから何が起きるか理解した提督は、鹿島を抱きかかえながらグッと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん! 目を覚まして、提督さん!」

 

 

執務室に響き渡る声。 鹿島は涙をポロポロと流しながら、必死に目の前に横たわる提督へ呼びかけていた。

 

 

あの後、二人は躾という名の集団リンチを食らうことになった。

だが、そんな状況でさえ提督は鹿島を抱きかかえ他の者達からの暴行に耐え続けていた。

暴行が終わり彼女たちが去っていった後、意識を取り戻した鹿島は自分をかばいながら倒れこむ提督を見て呼びかけを続けていた。

いくら呼んでも意識がなく、それでも声をかけることをやめない鹿島。

そんな彼女の想いが通じたのか、しばらくしてようやく提督が意識を取り戻した。

 

 

「あ… か、しま…… 無事…だったんだな……」

 

「無事だったんだな、じゃありませんよ! どうして、私を庇ったんですか!? 提督さん、本当に死んじゃったのかと思いました!!」

 

「は…はは…… 悪い… お前が…傷つくところ…を…見、たく……なか…ったん…だ……」

 

「…っ! もう… 貴方っていう人は…!!」

 

「ただ…今回…ばかりは……少し、堪えた…な… さ、すがに…これ以上…提督をつづける…のは……きび…しい…かも、な……」

 

 

鹿島に抱きかかえられながら、提督は小さくか細い声で呟く。

今まで気丈にやってきた彼が初めて弱音を吐いた。 その事実に、鹿島はぐっとこぶしを握り意を決する。 もう、これしかないと……

 

 

 

 

 

 

「…ましょう」

 

「えっ…?」

 

「二人でここから逃げましょう! これ以上ここにいたら提督さんが殺されてしまいます! 二人で、どこか遠くへ逃げて、そこで静かに暮らしましょう!!」

 

「鹿島… 俺は、ともかく… お前まで俺についてくる必要は…」

 

「私は提督さんに生きてほしいんです! 傷ついてほしくないんです! 今までは提督さんが頑張っていたから言えませんでした… でも、これ以上こんなつらい思いをする提督さんを見るなんて、鹿島には耐えられません!!」

 

「鹿島… お前…」

 

「提督さんが皆さんを大事に思っているのは分かっています… でも、今だけは自分を大事にしてください… お願いですから、今だけは鹿島の我儘を聞いてください……」

 

 

提督の胸に顔をうずめて、鹿島は泣き崩れる。

そんな彼女の姿を見て、提督はそっとズボンのポケットに手をまわし、そこに入っていたものを取り出した。

 

 

 

 

 

 

「鹿島… これを、見てくれ…」

 

「えっ…?」

 

 

提督がポケットから取り出したもの。 それを見た途端、鹿島は驚愕の表情を見せた。

 

 

「…っ!? て、提督さん! これって…!」

 

 

それはケッコンカッコカリに使われる指輪だった。

まるで本物の結婚指輪のように黒い小さな箱に収められたシルバーリングが、日の光を浴びて燦々と輝いている。

目を見開く鹿島に、提督はニッコリと笑いかける。

 

 

 

 

 

「今まで… 誰に上げようか決められずに困っていた。 練度は問題なかったが…皆気立てのいい子ばかりで、決めあぐねていたんだ…」

 

「皆が元に戻ったら…俺も誰に渡そうか決めようと思っていたが…… どうやら、それもできそうにないみたいだ…」

 

「鹿島… お前の我儘を聞く条件として、俺からも一つ我儘を言わせてほしい……」

 

「俺と一緒に逃げるというなら、秘書艦として……部下としてではなく…」

 

「妻として……家族として俺と一緒に来てほしい…… いい、かな…?」

 

 

横たわりながら提督は鹿島の顔を覗き込む。

鹿島はしばらく呆然としていたが、提督の顔を見るとそっと両手で指輪を持つ提督の手を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「…はい。 鹿島、これからも提督さんの傍にいます。 だから、鹿島を貴方のお嫁さんにしてください」

 

「…ああ。 ありがとう、鹿島…」

 

「提督さん… 私…すごく…嬉しい!!」

 

 

再び提督の胸に顔をうずめる鹿島。

笑顔で涙を流す鹿島を、提督は何も言わず優しく頭を撫で続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督は鹿島と共に軍を辞任した。

ほとんど夜逃げ同然に鎮守府を抜け出し、軍にも事後報告という形になってしまったが、軍も彼が艦娘たちにひどい目に合わされたことを知っていたのでこの件について彼が糾弾されることはなかった。

軍にも艦娘たちにも告げないまま、二人は鎮守府から遠く離れた場所でひっそりと暮らすこととなり、月日は流れていった。

 

 

 

 

 

「……。 今日も平和だな」

 

 

場所は海沿いにある一軒家。 深海棲艦が現れないとされる海を眺めながら、元提督の男はのんびりと過ごしていた。

今まで提督として過ごしてきた性か、海が見えるここが落ち着くということで彼はここで暮らすことを決めた。

空も青々とした光景が広がり、今までとは打って変わって静かな毎日に、元提督は小さく息を吐いた。

 

 

「おはようございます。 今日も海を眺めてたんですか?」

 

「ああ、おはよう。 提督として過ごした時間が長かったからか、どうにもこうしていた方が落ち着いてね」

 

「本当に、提督さんって海が好きなんですね。 でも、それで提督さんが元気になってくれて、鹿島もよかったです♪」

 

「おいおい、俺はもう提督じゃないんだしその呼び方はやめにしないか?」

 

「そ、それもそうですね…! じゃあ、おはようございます。 あ、あなた…///」

 

「おはよう、鹿島。 君も、朝から綺麗だよ」

 

「も、もう…! あなたったら…!!」

 

 

顔を赤くしながら鹿島はそそくさと去っていく。

気恥ずかしい気持ちもあったが、それ以上に彼に褒められにやけきった自分の恥ずかしい顔を見られたくなかったのだ。

バタバタとキッチンまで駆け込み、ようやく顔を上げた鹿島は、再び嬉しそうに声を上げた。

 

 

「提督さんってば、あんな恥ずかしいこと平気で言っちゃって… 鹿島、提督さんの顔を見れなかったじゃないですか…!」

 

「…でも、良かった。 提督さん、やっと笑顔を取り戻してくれて」

 

「鎮守府にいたころと比べて元気になってくれたし、良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に良かった… あの日、この薬を使って……」

 

 

そう言いながら鹿島がスカートのポケットから取り出したもの。 それは、カレーに仕込まれたという薬の瓶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては鹿島の自作自演だった。

艦娘たちがおかしくなる前日、鹿島は具合が悪いと言って執務室を抜け出した。

しかし、彼女が向かった先は医務室でなく食堂。 そこで、周りの目を盗んで彼女が薬を盛っていたのだ。

その後、自分は薬入りのカレーを食べないよう提督と一緒に外に食べに行きたいと言った。

次の日から、提督を嫌いになった艦娘たちから彼を守るという名目で、鹿島は大好きな提督と二人きりの時間を過ごすことができた。

初めは艦娘たちから嫌われた彼と一緒にどこかへ逃げる予定だったのだが、責任感の強い提督はここに残る決断をしたので、やむなく鹿島もここへ残ることにした。

それから、鹿島は薬が切れる頃合いを見計らって、数日おきに艦娘たちの食事に薬を盛り続けた。 もちろん、自分は食べないようにして。

自分の蒔いた種とはいえ、大事な提督を傷つける艦娘たちは殺したいほど憎かった。 それは姉の香取とて例外ではなかった。

だが、そんなことをすれば提督が悲しむのは目に見えている。 怒りをひた隠しにしながら、鹿島はそっと提督の傍に寄り添っていた。

そして艦娘たちが直接出て行けと押しかけた日、ついに提督も心が折れた。

その姿を見て鹿島は必死に泣きつき、ようやく予定通り提督は自分と一緒に逃げてくれた。

計画通り。 いや、計画以上だった。

提督はその場で、自分をケッコンの相手に選んでくれた。 カッコカリのような仮初ではなく、生涯の伴侶として彼は自分を選んでくれた。

そのことについてだけは、鹿島も艦娘たちには感謝した。

こうして今、自分は大好きな人と夫婦として一緒にいられている。

今頃鎮守府では、正気に戻った艦娘たちがパニックを起こしていることだろう。

大慌てで捜索している者もいるかもしれない。

泣き崩れて必死に謝っている者もいるかもしれない。

もしかしたら、提督を追い詰めたことへの罪悪感で自殺している者もいるかもしれない。

だが知ったことか。 薬でおかしくなったとはいえ、提督を追い詰めたのは他ならぬお前たちだ。

薬を入れたのは私だけど、そこまでやれと言った覚えはない。 すべては自分たちによる自業自得なのだ。

でも心配しなくていい。 提督は今幸せに過ごしている。

私が提督を幸せにする。 お前たちなんかに会わせはしない。 絶対に…!

 

 

 

 

 

黒くよどんだ瞳で鹿島は薬の瓶を握りしめる。

今までの艦娘たちへの憎悪をぶつけるかのように力を込めたせいで、瓶はその場で握りつぶされた。

 

 

「鹿島ー、そろそろ朝食にしようか?」

 

「あっ、はーい。 今作りますからお待ちください、あなたー♪」

 

 

先ほどの憤怒に染まった表情から一変、奥から聞こえてきた提督の声に鹿島は笑顔で返事を送る。

瓶の破片で血に染まった手を洗い流し、彼女は愛しい人への食事を作り始めるのであった。

 

 

 



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悲願と懇願の果てに

今回の話は前回の『希望と絶望の狭間で』の続きになります。
何気に、続き物書いたの初めてかも……





 

 

ここはとある鎮守府の食堂。 朝の日に照らされ食堂の中は明るく、海辺から流れてくる潮風が窓際にあるカーテンをそよがせている。

まるで映画のワンシーンのようなさわやかな朝の情景。 しかし、そこにいる艦娘たちはその情景にはあまりにそぐわない姿を見せていた。

 

 

 

 

 

「…提督さん、本当に出て行っちゃった。 夕立が意地悪したから、提督さん出て行ったんだ。 夕立が…悪いんだ……!」

 

「…そんなに、自分を責めないで夕立。 もしそうなら、僕にだって非がある。 …いや、僕だけじゃない。 ここにいる皆が自分が悪いって思ってるさ……」

 

 

テーブルに顔を伏せて泣き崩れる夕立を、涙を必死にこらえて慰める時雨。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大淀さん、軍はどうだった!?」

 

「駄目です。 何度尋ねてもこちらも知らないの一点張りで、どうやら二人は軍にも行き先を告げていないようです」

 

「なら、直接聞き込みした方が早いじゃん! 長良、ちょっと街に行ってくるよ」

 

「あっ、待ってよ長良姉! 鬼怒も行くよ!」

 

 

軍に連絡を取ろうにもなしのつぶてで、直接情報を得ようと街へ聞き込みに向かう長良と鬼怒。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、綾波の入れてくれるお茶は好きだって言ってましたよね……。 司令官が戻ってきたときのために、もっともーっとおいしいお茶を入れられるようにしておかなくちゃ……」

 

「もうやめてよ綾波! そんなことしてなんになるのさ!?」

 

「…もう、そんなに揺すらないで敷波。 お茶がこぼれちゃうでしょ……」

 

「いい加減にしてよ! いつまでもそんな事してたって司令官は帰ってこないんだよ!」

 

 

過去の提督の言葉に縋りつき、飲む相手がいないお茶を延々と入れる綾波を必死に引き止める敷波。

 

 

悲しむ者、自分を責める者、いなくなった人を探しに行く者。

一人の提督と一人の艦娘が消えたこの鎮守府は今まさに混乱と絶望の渦中に立たされている。

一体なぜこのような事態になったのか?

それは一か月前に起きたある事件がこの悲劇の引き金だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府は、元々提督と艦娘たちが友好的な関係を築いていた。

ある所では提督が艦娘を酷使するブラック鎮守府と呼ばれる場所も存在するようだが、提督はそのような行いを嫌い、艦娘たちの安否を第一に考えた指揮を取っており、艦娘たちもまたそんな彼を心から慕い信頼していた。

そんなある日、夕食のカレーを前に艦娘たちは提督が来るのを待っていたが、なぜか今日はここへは来なかった。

 

 

「……提督、遅いですね」

 

「執務が長引いているのかしら? でも、何の連絡もないなんて変ね…」

 

 

提督は、普段は皆と一緒に夕食を取るのが日課になっているが、たまに執務が遅くなったりといった理由で一緒に夕食が取れない時があった。

しかし、もし行けないなら行けないで皆に連絡する気遣いを見せている。 今日はそれすらもなかったから、艦娘たちは皆首をかしげていた。

とはいえ、このままではせっかくのカレーも冷めてしまう。 明日、理由を聞こうということで皆は一斉に夕食を食べ始めた。

 

 

 

そして次の日、朝の食堂にやってきた提督を見た艦娘たちは昨日遅くなった理由を尋ねようとはしなかった。

理由は簡単。 提督の顔を見た途端、無性に彼に強い怒りを感じたからだ。

何故か分からない。 だが理由なんてどうだっていい。 ただ、あの男の顔を見るだけで嫌だ。

艦娘たちは一斉に提督を嫌悪し、口をそろえて出て行けと叫ぶ。

混乱した提督が食堂を出て行っても、逃げた先にいた艦娘たちは他の子と同様に彼に苛立ちを感じ激しく追い立てた。

たった一晩で、提督と艦娘との友好はあっけなく壊れてしまったのだ。

提督が食堂を去った後、艦娘は妖精たちに皆薬のせいでおかしくなっていると聞かされたが、嫌悪と憎悪に支配された彼女たちは妖精の言葉に耳を貸さなかった。

それから、艦娘たちはとことん提督を毛嫌いし、ひどい仕打ちを行ってきた。

日常でも任務でも提督を無視し、嫌味や陰口をたたき、直接的な暴力さえあった。

それでも、提督は皆を嫌うことなく今まで通りに接してきて、どれほどひどい目に合わせても彼がここを出ていくことはなかった。

それは、彼の忍耐強さもさることながら、当時秘書艦として一緒だった艦娘が彼を庇い立てし、その行為がますます彼女たちの怒りを募らせた。

業を煮やした艦娘たちは、ならいっそのことその艦娘も提督と一緒に追い出してやろうと考え、皮肉なことにこの計画の内容を考えたのが秘書艦だった艦娘の姉だったのだ。

そして、計画実行の日に艦娘たちは執務室に乗り込み出ていくよう示唆し、最後には二度と提督をしようと思わないよう徹底的に痛めつけてやった。

その作戦が功を奏したのか、その次の日には提督と艦娘は鎮守府から姿を消していた。

初めこそ彼女たちは作戦が成功したと喜んでいたが、妖精の話していた薬の効果は数日。 それが切れた途端、艦娘たちは自分のしてきたことに激しい罪悪感を抱いていった。

なぜ自分たちはあそこまで提督を毛嫌いしていたのか?

なぜ大好きな提督を追い出してしまったのか?

その思いだけが彼女たちの頭の中に渦巻き、この鎮守府は今のような事態に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、ぐぅ…! まだだ…全砲門、撃て―っ!!」

 

「もうやめて長門! これ以上無理したら、貴方本当に轟沈するわよ!!」

 

「止めるな陸奥! 私が提督に与えた痛みはこんなものではない… 提督が受けた苦しみはこんなものではないんだ…! 今すぐにでもあの人に会って謝らなければ、私は私を止められないんだ―――!!」

 

 

海沿いに沿って海上を捜索する長門は敵艦隊に出くわすたび猪突猛進に突っ込んでいき、その無謀ぶりに陸奥は気が気ではなかった。

また、鎮守府の食堂では赤城と加賀の二人が焼き魚の昼食をとっていたが、

 

 

 

 

 

 

「……あ…赤城さん」

 

「……。 貴方もですか、加賀さん…」

 

 

二人とも昼食には全くと言っていいほど手を付けておらず、ほんの少しの御飯と魚の身を咀嚼しているだけだった。

しかし、それもすぐに吐き出され、むせこむ加賀の背中を赤城は優しくなでてあげた。

 

 

「やっぱり、加賀さんも何を食べても味がしないんですね…」

 

「…はい。 提督が去ったあの日から… 自分のしたことに気づいたあの日から、何を食べてもおいしくない……いえ、味が感じられなくなったんです」

 

「私もですよ加賀さん。 提督がいなくなった日から、私も食べることが楽しくなくなってしまったんです… 提督と笑いながら食べる食事は、あんなにおいしかったっていうのに!!」

 

 

暗い表情で語る加賀に、赤城も自分の悲しみを吐き出すかのように泣きじゃくった。

今まで食べることが何より大好きだった二人が、今では食べることが何よりの苦行になっている。

提督がいなくなった日から… 自分達が提督に何をしたか気づいた日から… 二人の世界はがらりと変わってしまったのだ。

 

 

 

 

 

「提督に謝りたいです… 会って、ごめんなさいと言いたいです…!」

 

「提督に償いたいです… 今までしたことの全てを、この身をもってお詫びしたいです…!」

 

 

 

 

 

 

 

「「そして、もし叶うのなら……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「もう一度、提督と一緒に食事がしたいです…」」

 

 

 

 

 

 

 

今となっては叶わぬ願い。 その願いを口にしながら、二人はテーブルに突っ伏したまま涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、他の場所では罪滅ぼしのためと休みなくオリョクルで資材を集めを集めに行くイムヤとゴーヤをイクとハチが必死に引き止めたり、自分が提督を追い詰めてしまったんだと自ら解体されようとする神通を川内が説得し引き止めたりと、もはや鎮守府は艦娘たちの暴走により、ほぼ機能不全に陥っていた。

そんな日々が続いたある日の事、提督と一緒に鎮守府を去った艦娘『鹿島』の姉、『香取』はついに提督が今どこにいるかを突き止めた。

それと同時に知った悲しき事実。 全ての元凶、提督が嫌いになる薬を仕込んだのが自分の妹だということに……

その事実を知った艦娘たちは当然鹿島に憤りを感じ、すぐに提督の元へと向かっていった。

場所はここより遠く離れた海沿いの一軒家。

場所が場所だけにさすがに全員で行くことはできなかったが、香取をはじめとして代表の艦娘たち数名は二人のいる家へと押しかけていった。

扉の脇にあるインターホンを鳴らす。 数秒と掛からず、その相手は姿を見せた。

 

 

 

 

 

「……これはこれは、皆さんお久しぶりですね」

 

 

扉を開け姿を見せた艦娘、鹿島は不機嫌な態度を隠さなかった。

自分達をここまで狂わせた張本人の姿に、やってきた艦娘たちも歯ぎしりしながら睨み付ける。

 

 

「あんなに散々提督さんを傷つけた皆さんが、一体どの面さげてここへ訪れたんですか? 提督さんは、ようやく心身ともに傷がいえたところなんです」

 

「白々しい態度はやめてちょうだい。 鹿島、貴方が私たちの食事に薬を盛ったことは知っているの。 貴方は私たちが提督を嫌うようにするため、あの薬を使ったのね。 自分が提督と一緒になるために……」

 

「貴様のせいで、我々は提督にあのような愚行を…… 絶対に許さんぞ!!」

 

 

冷静に話す香取に対し、武蔵は盛大に怒りをぶちまけるが、鹿島は動揺することなく淡々とした態度で話をつづけた。

 

 

 

 

 

「…確かに、香取姉の言う通り薬を盛ったのは私です。 でも、実際に暴力をふるったのは皆さんが自分の意思でやったことではないですか?」

 

「貴様…! 自分のしたことを棚に上げてよくもいけしゃあしゃあと…!!」

 

 

爆発寸前の武蔵は鹿島に殴りかかろうとするが、隣にいた香取は片手を前に出して武蔵を制する。

 

 

「ではお言葉を返すようですが、皆さんは薬のせいとはいえ自分のしたことに非はないと言い切れますか? 自分は悪くないと、胸を張って言えるのですか!?」

 

「…っ!!」

 

 

淡々とした態度から一変、感情をむき出しにしながら鹿島は叫ぶ。

彼女の言葉と豹変ぶりに、その場にいた皆も思わず言いよどんだ。

 

 

「鹿島が自分の下心のために皆さんに薬を盛ったことは否定しません。 ですが、皆さんに傷つけられる提督さんの事を真剣に心配したのも事実です!」

 

「…本当は薬を盛ったあの日、提督さんと二人で逃げるつもりでした。 でも、提督さんは皆さんのためにここの残ると言った。 だから、鹿島も最後までここに残ろうとしたんです。 最後まで、提督さんの傍にいようって…!」

 

 

怒りと蔑みの入り混じった視線に臆することなく、鹿島は必死に言い返した。

その時の彼女の言葉には、もはや下心と言ったやましい気持ちは微塵も感じられなかった。

 

 

「とにかく、もう提督さんに近づかないでください! これ以上あの人を傷つけるのは鹿島が許しません!!」

 

「そうはいかん! 貴様のような奴に、これ以上提督を好きにはさせてたまるか!!」

 

 

押し問答に痺れを切らした武蔵は鹿島を押しのけ中に入ろうとし、他の艦娘たちも武蔵に続いて向かっていった。

鹿島も必死に抵抗するが、戦艦相手に力でかなうはずもなく武蔵にその場で押さえつけられてしまった。

そうして、いざ家に押しかけようとしたとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい、やめてくれ!!」

 

 

玄関から聞こえてきた声。 皆が玄関の方を見ると、そこには元提督の男がその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

「…話はすべて聞いた。 あの事件を引き起こしたのが鹿島だということも、お前たちが俺を連れ戻しに来たこともな」

 

 

抑揚のない声で語る提督。 その姿に、鹿島だけでなく武蔵達も皆申し訳なさげに俯いていた。

 

 

「提督… 私達は貴方に散々ひどい仕打ちをしたこと、深く後悔している。 どうか、許してほしい……」

 

「そのことについては最初からお前たちを恨んでなんかいないよ。 薬が原因だということは知ってたからな。 だから、これ以上自分を責めるな」

 

「提督さん… 鹿島は、その……!」

 

「鹿島。 俺はお前に…いや、お前たちに伝えねばならない事がある。 黙って、そこで見ててくれ」

 

 

提督の言葉に周りの者たちは黙り込み、皆一斉に提督に注目する。

鹿島も不安な思いを抱きながら、ただ彼を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「皆、俺はあの日の出来事について全てを知った。 そのうえで、俺は決めた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は鎮守府には戻らない。 これからも、鹿島の傍にいることにする」

 

 

 

 

 

静寂から一転、辺りは喧騒に包まれた。

周りの艦娘たちは、なぜ鹿島に肩入れするのかと必死の形相で彼に問い詰め、鹿島は嬉し涙を流しながらその場にへたり込んでいた。

 

 

「あの日俺は、確かに鹿島の策に嵌められていた。 だが、鹿島は最後まで俺の傍にいてくれた。 それがどれだけ危険な行為なのかを承知の上で、彼女は俺を心配してくれてたんだ。 その思いを裏切るような真似は俺にはできない! それに……」

 

 

一瞬口ごもりながら、提督は鹿島に視線を向ける。 泣きはらした目をこする彼女を見ながら、彼は言った。

 

 

 

 

 

 

「鹿島は………俺の子を身籠っているんだ」

 

 

再び飛び出した衝撃の発言に皆は目を見開く。 そして、彼の話は続く。

 

 

「俺は、家族を置いてここを離れるわけにはいかない。 だから、俺はあそこには戻らないし、戻れない。 頼む、どうか分かってくれ…!」

 

 

そう言って、提督は皆に深々と頭を下げた。

立て続けに出た事実に皆はどうしようかと困惑していたが、ずっと話を聞いていた香取は皆の前に出てきた。

 

 

 

 

 

「……分かりました。 そういう事でしたら、これ以上戻るよう要求するわけにはいきませんね。 では、私たちはこれで失礼します」

 

「ちょ、ちょっと待て香取…!」

 

 

香取の采配に納得がいかなかったのか、武蔵が慌てて飛び出してきた。

しかし、香取も武蔵に落ち着くよう宥め、小声で何か囁くと、武蔵も納得したのか落ち着いた様子でその場から引き下がった。

その姿に元提督もほっと胸をなでおろし、鹿島も嬉しそうに提督に駆け寄ってきた。

こうして、皆は鎮守府へ戻るということになったが、最後に香取は元提督に一声かけてきた。

 

 

「ただ、もしよろしければまたこちらに訪れてもよろしいでしょうか? 今度は他の方も連れてきたいのですが…」

 

「ああ、それぐらいお安い御用だ。 ぜひみんなで遊びに来てくれ」

 

 

笑顔でそう尋ねる香取に、元提督も明るい笑みを浮かべた。

元々彼も艦娘たちの事は気になっていたし、こうした形で会いに来てくれれば彼にとっても嬉しいことだった。

 

 

「ありがとうございます。 それじゃ、鹿島。 提督の事、よろしくね♪」

 

 

そうして、香取たちは鎮守府の方へ戻っていき、残された元提督は鹿島の肩に優しく手を置いた。

 

 

「鹿島。 いい義姉さんを持ったな…」

 

「はいっ!」

 

 

これ以上ないほど明るい笑みを浮かべて鹿島は彼に抱き着く。

そして、もう見えなくなった姉の背中を見つめながら、彼女はぺこりと頭を下げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府への帰り道。 香取は隣を歩く武蔵に嬉しげに話す。

 

 

「うふふ… うまく約束をつけられてよかったです」

 

「ああ。 次に提督に会うのが今から楽しみだ」

 

 

香取と同様に、武蔵も楽し気につぶやいた。

 

 

「流石に他の子たちも身籠れば、あの人も戻らないわけにはいかないでしょう。 その時は鹿島も一緒についてくるでしょうけど、あの子の処分については追々考えていくとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香取は鹿島が妊娠したから彼はここに残ることを選んだ。 なら、他の子も妊娠してしまえば真面目な彼は放ってはおかないはず。 そこで、次に来るときは自分を含め皆に既成事実を作らせ、鎮守府へ連れ戻す。 そのためにあのような約束を取り付けたのだった。

正直あまりに馬鹿げた考えだが、武蔵をはじめ他の皆も香取の提案に快諾していた。

なにせ、他の皆も表には出さなかったものの、彼がここを出ていく以前から提督に想いを寄せていた。 その提督を連れ戻せる上に、愛しい人の子を産めるのなら断る理由など存在しなかった。 恐らく、鎮守府にいる艦娘たちにこの計画を伝えれば、皆一斉に狂喜乱舞することだろう……

壊れている、と言っても過言ではない。 …いや、もうみんな壊れている。 彼が鎮守府を去ったあの日から、彼女たちの心は崩壊してしまったのだ……

ただ一つ。 もう一度提督と一緒にいたいという思いだけを残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ… 提督、今度来るときは他の皆さんもご一緒に連れてきます」

 

 

 

「きっと、皆さん喜んで訪れると思います。 だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「是非、私達にも貴方の子を産ませてくださいね…」

 

 

焦点の定まっていない黒くよどんだ瞳で香取は微笑む。

これから起きる計画を心待ちにしながら、彼女たちは鎮守府へと戻っていくのであった。

 

 

 



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楽園という名の牢獄

はい、今回も突発的に思いついたネタで書いてみました。

次の艦これのアプデでは、再びサンマ漁が行われるそうですが、個人的には磯風邂逅があったように浦波の邂逅ポイントも増やしてほしいところです。





 

 

 

ここはとある鎮守府。

いつもの日課である出撃メンバーの出迎えを終えた提督は、傍らにいる秘書艦と歩きながら談笑していた。

 

 

「今日もみんな無事に戻ってこれたようで何よりだ。 まあ、中にはまだ不満そうな子もいたけど…」

 

「姉さんに至っては『今日はもう出撃ないの? これじゃ夜戦したりないよー!』ってごねてましたしね。 本当に、困ったものです」

 

 

秘書艦である神通は、出撃から戻ってきた姉の姿に溜息を吐く。 三度の飯より夜戦好きな姉らしい不満だったが、その姿を提督に見られるのは妹として恥ずかしい限りだった。

 

 

「まあ、その分川内は本当によく夜戦で活躍してくれてるからね。 次の演習では夜戦を想定したものにするからと、川内に伝えておいてくれ」

 

「あ、ありがとうございます、提督。 姉さんのためにわざわざそんな計らいをしていただき、申し訳ないです…」

 

「そんなことないさ。 俺にとっても可愛くて優秀な秘書艦のためなら、これくらいお安い御用だ」

 

「も、もう提督ったら…///」

 

 

顔を赤くしながらも嬉しそうに頬を緩ませる神通の姿に、提督もクスリと笑みをこぼす。

そんなのんびりしたやり取りをしていると、目的地である執務室の扉の前に二人はやってきた。

 

 

「今日も一日お疲れさま、神通。 仕事はこれで終わりだから、君も戻って休むといいよ」

 

「はい。 こちらこそ、ありがとうございました。 では、失礼します」

 

 

神通は丁寧に提督に頭を下げ、彼が執務室へ戻っていくのを見送った。

その後、神通も廊下を通って寮へ戻って………行かなかった。

提督が執務室に戻ったのを確認し、いったん足音を響かせながら廊下を歩いた神通は、十メートルほど歩いた後に今度は足音を立てないよう慎重に廊下を進みながら執務室の扉へとやってきた。

息を殺し、静かに扉に聞き耳を立てる。 扉の向こう、執務室からはかすかにだが、提督が誰かと話をする声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうですか。 今夜中に……はい』

 

 

 

『…分かっています。 この……ついては……彼女たちに悟られないよう、慎重に……。 …はい……はい』

 

 

 

 

 

 

扉越しに聞こえてくる提督の言葉。 それを聞いた神通は目を見開いた。

正直、この場で提督に詰め寄りたい気持ちを抑えながら、彼女は扉を離れ急いで食堂へ駆け込んだ。

食堂には、なぜかこの鎮守府の艦娘たちが全員集まっており、その中には先ほど出撃してきたばかりの川内の姿もあった。

艦娘たちは真剣そのものの眼差しで駆け込んできた神通を見つめ、神通は息を切らせながらも先ほど聞いたことを皆に報告した。

 

 

「…それで、どうだったの神通?」

 

「…はい、姉さん。 青葉さんの情報通りでした。 確かに、提督は今夜ここを出るとおっしゃってました!」

 

 

その途端、食堂内はどよめき、今にも泣きだしそうな顔をする者ややりきれない怒りに拳を震わせる者など様々な様相を呈していた。

 

 

 

 

 

「提督さん… どうして、阿賀野達に相談してくれなかったの?」

 

「落ち着いて、阿賀野姉。 優しい提督の事だもの、きっと私たちに余計な心配をかけたくなかったのよ。 そうでなければ、大本営が裏で何か卑怯な真似して口止めしているに決まってるわ」

 

 

涙を流しながら悲しむ阿賀野を励ます矢矧。 彼女もまた、泣きたい気持ちを抑えて大本営へと強い怒りを向ける。

 

 

 

 

 

「くそ、大本営め…! ついに、この鎮守府にも目をつけてきたのか!」

 

「前々から噂で聞いていたが、まさかここも狙われるとはな。 だが、私達も大人しくしているつもりはないぞ」

 

 

怒りをあらわにしながら拳を壁に打ち込む長門や武蔵。

その衝撃で壁に小さな穴が開いたが、気に留める者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「情けない話です。 私がついていながら今になるまで気づかなかったなんて…」

 

「そんなに落ち込まないでよ神通。 このことは今まで提督が隠していたんだし、気づけなかったのは私達だって同じだよ」

 

「そういう意味ではこの件にいち早く気付いた青葉のお手柄と言う事ですね♪」

 

「そうですね… 青葉さんがこっそり執務室に盗撮用のカメラを仕掛けてくれたおかげですね……」

 

「あっ… いや、それは…その……」

 

「その件については後でじっくりと締め上げてあげます。 覚悟しておいてください……」

 

「あ、あわわわ……」

 

 

自らの失態に落ち込みながらも、今回の事件にいち早く気付いた青葉を睨み付ける神通。

 

 

 

 

 

それぞれが思い思いの感情をぶつける中、食堂の前で待機していた大淀は手を叩き声を張り上げた。

 

 

「皆さん落ち着いてください! 気持ちは分かりますが今は落ち込んでる場合でも憤っている場合でもありません。 今言えることは、このままでは提督が大本営に引き抜かれてしまうという事です。 それだけは何としても阻止しなければなりません」

 

 

大淀の言葉に食堂中にいた艦娘たちは、みんな真剣な表情を見せる。

彼女の言う通り、このままでは提督がここを去ってしまう。

そんなことをさせないためにも、自分たちがやらなきゃいけないんだと強く決意した。

 

 

「今提督を守れるのは私たちだけです。 皆さん、なんとしても大本営の魔の手から提督を守りますよ!!」

 

 

食堂中に響き渡る大淀の声。

彼女の言葉に他の者達も声を張り上げ、食堂は大いににぎわったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たち艦娘は深海棲艦に対抗すべく突如人類の前に現れた者達。 いわば人間ではない、人外の存在だった。

そんな彼女たちを深海棲艦と順調に戦えるよう組織されたのが、海軍が統括する大本営。

だが、あくまで大本営は艦娘たちを兵器としてみなし、効率よく深海棲艦達を駆逐するための道具として扱っていた。

そんな大本営の考えを汲んだ提督たちもおり、そう言った者たちが管理する鎮守府は後にブラック鎮守府などと呼ばれていた。

来る日も来る日も戦果を稼ぐために酷使され、必要無くなれば解体されほんのわずかな資材と引き換えにその生涯を終える。

過酷な日々を送る艦娘たちは、次はいつ自分がそうなるのかと希望のない明日におびえながら毎日を過ごしていた。

しかし、そんな艦娘の在り方に終止符を打った者がいる。 それが提督だった。

彼は、自分たちのために戦ってくれている艦娘たちを道具として扱うのはおかしいと大本営に訴え、彼なりの艦隊指揮でその考えを否定してやろうとした。

指揮系統に関しては、戦果より艦娘たちの安否を優先した戦い方をさせる。 その方が結果的に被害は少なくなるし、彼女たちの士気も上がる分敵を駆逐するのに効率がいい。

提督はそのやり方で結果を出し、大本営を説得。

同時に、彼のやり方に賛同する提督も徐々に増えていき、ついに彼は大本営の考えを改めることに成功した。

それ以来、大本営には彼の考えを尊重する者が責任者として勤めており、艦娘たちも待遇を改善されたことで笑顔を取り戻していったのであった。

ちなみに、大本営を説得した彼は、今回の一件を元に大本営に所属しないかと薦められたが、彼は自分のために頑張ってくれた艦娘たちを置いてはいけないと言って、自分の所属する鎮守府に残る決断をした。

自分達のためにここまで尽力してくれた彼を、艦娘たちは上官ではなく一人の素敵な異性として見るようになり、彼が提督を務めるこの鎮守府は艦娘たちにとって楽園のようだと言われてきた。

 

 

 

だがある日の事。 突然大本営の人間がここを訪れることがあった。

提督のもとを訪ね、少し話をしていくだけだが、艦娘たちにとってはそれが気になっていた。

噂では、いまだ艦娘を兵器として見る人間が大本営に残っており、そういった連中が彼に報復を企てているのではないかと囁かれている。

現に、突如提督が鎮守府から姿を消したという事件はあって、今回大本営の人間がここへ訪れるのもそれが目的ではないかと思われた。

提督はそんなことないぞ、と笑顔で否定していたが、どうしても艦娘たちの疑念は消えず、そんな中青葉が血相を変えながら皆の元へ駆けつけてきた。

青葉曰く、執務室で大本営が提督をここから連れ出そうとしていることが事実であると発覚し、急いで皆に知らせに来たのだ。

ただ、彼女がそれを知りえた理由が、大好きな提督を盗撮するため内緒で取り付けた盗撮用カメラを視聴中、例の提督連れ出しの件を聞いてしまったというもので、青葉にはこの件が片付いたら皆からきつい取り調べが行われることが確定した。

そして、皆は彼を大本営から守るべく、密かに準備をしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。 東から出た太陽が西に沈み始めるころ、鎮守府の食堂では夕食を取りに来た艦娘たちでにぎわっていた。

はた目から見ればいつも通りワイワイにぎわっているように見えるだけだが、今日は事情が違う。

今夜は提督を守るべく大本営の連中と戦うことになる。

そのために、今のうちに英気を養っておかなければならない。

艦娘たちは決意を胸に抱きつつ、提督には悟られないよう自然に振る舞うのであった。

そんな中で、執務室からやってきた提督はいつものように食事を受け取り、適当なテーブルに着いた。

他の艦娘たちは、提督の姿を見るや否や我先にと彼の隣を確保しようとしたが、たまたま近くにいた艦娘が彼の隣をとる事に成功した。

 

 

「提督、隣いいかしら?」

 

「ああ、いいぞ……って、お前が俺の隣に来るなんて珍しいな、山城」

 

 

提督の隣に座った艦娘、山城は「意外だ……」という表情を見せる提督と周囲からの嫉妬の視線を気にすることなく提督にぶぜんとした顔を向ける。

 

 

「別に、私が提督の隣に来たっていいでしょ。 たまにはそんな気分にもなるわ」

 

「まあ、それもそうだが…」

 

 

提督はばつが悪そうに頭を掻く。

山城はよく姉の扶桑と一緒にいたので、彼女一人だけいるのは珍しい。 何かあったのか? そう提督が尋ねようとしたとき、

 

 

 

 

 

「……提督。 急にいなくなったりしないでね」

 

「ど、どうしたいきなり…?」

 

「そ、その… 貴方がいなくなったら姉様が悲しむから、突然いなくならないでってことよ! そんな深く考えないでちょうだいっ!」

 

 

すでに食事を終えていた山城は顔を赤くしながら食堂を去っていき、テーブルには唖然とした提督だけが残されていた。

 

 

「山城…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督」

 

 

食堂を去った山城は、明かりのついていない廊下で壁に寄りかかり懐から一枚の写真を取り出す。

それは執務室で自分と提督が写った写真で、彼女が初めて秘書艦を務めた日に提督が記念に撮ろうと言って映したものだった。

 

 

 

 

 

山城は提督の事が好きだった。

他の戦艦たちに比べはるかに劣る実力に、不幸戦艦などという不名誉な呼ばれ方をされてた彼女はすっかり自信を無くしていた。

しかし、そんな自分を提督は励まし、勇気づけてくれた。

初めはそんなのやるだけ無駄だと思っていた山城だったが、彼の指揮に従い戦っていくうちに少しずつだが彼女の実力も上がってきた。

そのことが徐々に山城にとっても自信につながり、今では姉の扶桑と共に主力艦隊の一角として胸を張れるだけの自信と実力をつけていた。

それも全ては提督のおかげだった。

ある日、たまには体を休めた方がいいと言われ、初めて秘書艦業務を務めることになった。

慣れないながらも提督の指導により少しずつ手順を覚え、執務が終わる夕方ごろには十分自力でこなせるほどになった。

初めてなのによく頑張ってくれたから何かお礼をしなきゃな。 提督がそういうと、山城は顔を赤くしながらも自分と一緒の写真を撮らせてほしいとお願いした。

その頼みに提督二つ返事で了承。 こうして撮った写真がこれだった。

山城にとって、これは宝物だ。

自分をここまで変えてくれた大切な人との宝物。

姉の扶桑も大事だが、きっと提督は姉と同じかそれ以上の存在。

だから、それを奪うような奴は誰であろうと許せない。

何としてでも、彼をここから連れ出させはしない。 絶対に……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 貴方は私が……いえ、私たちが必ず守ります…!!」

 

 

そういうと、山城は宝物である写真を胸に抱き、強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜。 皆が寝静まり、新しい日をまたぐ頃に提督は部屋を抜け出してきた。

白の軍服は多少目立つが、それを気にする者は誰もない。 提督が建物を出てくると、そこには二人の人影があった。

 

 

 

 

 

「どうも、提督殿。 お待ちしておりました」

 

 

提督に向かって丁寧に敬礼をする二人組。 その格好は隠密行動用の物らしい黒のスーツで、腰にはサイレンサー付きの拳銃が携帯してある。

提督は二人に険しい顔を見せるが、深呼吸をして気を落ち着かせると二人組に礼を返した。

 

 

「我々がここに来た理由は、もう分かっていますね?」

 

「ああ。 元よりこっちは承知の上だ、早く行こう」

 

 

提督の言葉に二人組も頷き、すぐに鎮守府の外へと向かおうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

「そこまでです!」

 

 

突如聞こえてきた声に振り替えると、そこには艤装をつけて三人を見る艦娘たちの姿があった。

 

 

「お、お前ら!? なぜここにいるんだ!」

 

「もちろん、貴方を守るためですよ。 提督、大本営の人間が貴方を狙っていることは知っています。 心配しないで、貴方を引き渡したりはさせません」

 

 

そう言って、艦娘たちは笑顔で提督に手を差し伸べる。

しかし、それを見た提督は苦渋の顔を浮かべ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆… 悪いが、俺はお前たちの元には戻れないんだ!」

 

 

提督は艦娘たちに背を向けそのまま走り出した。

 

 

「あっ、提督!?」

 

 

艦娘たちはすぐに提督の後を追おうと駆けだすが、

 

 

「こっちです、提督殿!」

 

 

提督と一緒にいた二人組が艦娘たちに向かって発砲し、足止め。 さらに後ろから来た別の黒スーツが提督を連れてその場から離れていった。

艦娘たちも二人組に向かって砲撃を繰り出し、真夜中の鎮守府は一瞬で砲弾の炎に照らされ昼のように辺りを照らし出した。

背後から聞こえる砲撃音と発砲音に振り向くことなく、提督は走り続ける。 今振りむいてはいけないと自分に言い聞かせるように、必死に黒スーツに先導されるままその場を駆け抜けていった。

時折自分を呼ぶ艦娘たちを隠れてやり過ごし、彼は中庭を抜けて鎮守府の外に出る。 そこから離れた道路には一台のワンボックスカーが止められていた。

 

 

「あとは乗り込むだけです。 急いでください!」

 

 

黒スーツに促されるまま、提督は荒い息のまま車に乗り込もうとしたとき、

 

 

「ガハッ!」

 

 

突然殴られ倒れこむ黒スーツ。 そして、その後ろには…

 

 

 

 

 

「良かった… 間に合ったみたいね、提督」

 

 

 

「山…城……」

 

 

他の艦娘たちとは別行動で黒スーツたちの逃げる方へ先回りしていた山城が、提督を連れてきた黒スーツを殴り昏倒させていた。

全力で走ってきたからか息を切らせながらも笑顔を見せる山城。 そんな山城とは裏腹に、提督が呆然としていると、

 

 

「そこにいたか、提督! どうやら、連れていかれずに済んだみたいだな」

 

「心配しましたよ。 このまま、貴方が大本営に連れて行かれたらどうしようって」

 

「皆……」

 

 

鎮守府にいた艦娘たちも提督の元に追いつき、無事彼女たちは提督を大本営から守り抜いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 食堂では朝の食事を嗜みながら、艦娘たちが提督を囲んで昨夜の出来事で盛り上がっていた。

 

 

「昨夜は、提督を連れ去られなくて良かった。 山城さんがいたおかげですね」

 

「ああ、そうだな… 皆、昨夜は心配かけて済まなかった」

 

 

神通が提督の隣で微笑むと、向かいにいた川内は口を尖らせた。

 

 

「でもさ… どうして私たちが手を伸ばしたとき、提督は逃げたの? あたし、正直少しショックだったな」

 

「それは、あの時連中は拳銃を持っていた。 下手に俺が向かえばお前たちも撃たれる恐れがあったから、行けなかったんだ」

 

「もう、何言ってんのさ提督!? あたしたちは艦娘だよ、そんなものでやられるほどやわじゃないんだから!」

 

「まあ、そうなんだが… それでも、俺はお前たちが傷つく姿は見たくなかったんだ」

 

「提督……」

 

 

提督の言葉に、川内は何も言わず彼を見つめる。 その時の彼女の顔は、改めて目の前の男に惚れ直す一人の女の表情だった。

そんな姉の様子を察してか、神通は急いで提督を引き離し、大淀もこの場を取り繕うように話し出した。

 

 

「と、ところで皆さん! 今回の提督を拉致しようとした件ですが、これで大本営が提督を狙っていることがはっきり分かりました。 次はいつ来るかもしれませんので、今後はより警備を強化した方がよさそうです」

 

 

その言葉に、他の艦娘たちも大きく頷く。 そして、朝食の後にこれからどう警備を強化しようかという話し合いが行われ、提督はこの後も執務があるからと艦娘たちと別れ執務室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふう」

 

 

食堂で見せた笑顔から一転。 提督は溜息を吐きながら、落ち込んだ表情でいつも自分が過ごしている執務室へ戻ってきた。

 

 

綺麗な青空と青い海を映し出す窓には頑丈な鉄格子ががっちりはめ込まれ、木製に見える床と壁の向こうは頑丈なコンクリートでしっかり固められていた。

いつも執務をこなすのに使っている提督机には、執務用のパソコンと筆記用具だけ。 それ以外に家具と呼べるようなものは何も置いてなかった。

まるで刑務所の牢屋みたいな執務室で、提督はパソコンを起動させ一人の男性と連絡を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、作戦は失敗したようだね」

 

 

 

「本当にすみません。 俺が油断していたせいで、彼女たちにも気づかれてしまいました……」

 

 

 

「過ぎたことを悔やんでも仕方がないさ。 それより、今は別の方法を考えなければならない。 ……君を、ここから解放するためにもね」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、提督は鎮守府に幽閉されていた。

確かに、彼は艦娘との関係を改善させるため戦果を挙げて大本営を変えた。

だが、それゆえに艦娘たちは彼に対し強い愛情を抱き、あまつさえ自分達の元を離れることを極端に嫌がるようになった。

ある日の事。 提督が会議で大本営に行くと言ったとき、艦娘たちは猛反対した。

もしそのまま帰ってこなかったらどうする!?

それに、もし向こうで他の艦娘に見初められたらどうする!?

提督は昔と違って今は大本営もだいぶ改善されたし、向こうでは艦娘と出会う機会はほとんどないから心配いらないと説明したが、艦娘たちはそれでも納得できなかった。

彼がここからいなくなることへの不安が彼女たちの心を掻き立て、凶行へと駆り立ててしまった。

 

 

 

艦娘たちは、提督が自分たちの元から離れないようにした。

業務時間中は常に秘書艦という名の見張りが彼に付き添い、正門は簡単に侵入できないよう厳重に封鎖された。

さらに塀には高圧電流を流し、侵入を防ぐと同時に中からも逃げられないようにして、執務室も安全のためと窓に鉄格子を嵌めて壁の外はコンクリートで補強していった。 すべては提督をここから出さないようにするためだった。

流石に提督も彼女たちの異常さに身の危険を感じ、艦娘たちの目を盗み大本営へと助けを求めた。

大本営に所属する大将たちも、その事実を聞いて彼を見殺しにするわけにはいかないと思い、提督を鎮守府から助け出すための作戦を起ち上げた。

昨夜、提督の元を訪れた黒スーツたちは、実は大本営が派遣した憲兵たちだった。

大本営を変えた英雄である彼を救助すべくここへ訪れたが、計画が艦娘たちに漏れてしまい返り討ちに合ってしまった。

幸い命に別状はないものの、今回の一件で艦娘たちはより警備を強化してしまい、大本営にとっては増々彼の救出が困難になってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将… 俺のやったことは…本当に正しかったのでしょうか?」

 

 

 

「自分を責めないでくれ。 現に君の活動に賛同したものは大勢いるんだ。 提督も、艦娘も含めてね」

 

 

 

「何があろうと、我々は君を助け出す。 君をその牢獄から解放するためにも、我々も全力を尽くすよ」

 

 

 

「……。 はい、お願いします……」

 

 

 

 

 

モニター越しに映る大将の言葉。 その言葉に淡い希望を抱きながら、提督は画面の向こうの大将に深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

そして、食堂では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、執務室だけじゃなくこの建物全体に鉄格子を嵌めた方がいいよね。 そうすれば、侵入者も入れないし提督も逃げにくくなるしね」

 

 

 

「青葉の件もありますが、これからは執務室に監視カメラをつけるのも考えた方がよさそうですね。 提督は嫌がるかもしれませんが、あの人のためです」

 

 

 

「やっぱり、青葉のとった判断は間違っていなかったんですね! そういう事でしたら、カメラの設置と撮影は是非青葉にお任せを…!」

 

 

 

「それとこれとは別問題だ。 それと監視は交代で行う。 そうしなければ他の者達からも不満が出るからな」

 

 

 

「できることなら、ずっと提督の御傍にいられたらいいのですが、流石にそれは提督が困ってしまいますからね…」

 

 

 

「それでは、今後の方針は決まりましたね。 もし、また大本営から侵入者が来たときは容赦なくやってください。 でも、できれば穏便に……なるべく提督の目の届かない所で始末してください。 必要とあらば艤装の使用も許可します。 砲撃音が鳴った時は模擬実戦によるものだと私から提督に説明しますので」

 

 

 

「よしっ! それじゃあ皆、今日も提督のために一日がんばろー!!」

 

 

 

「オーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

楽園という名の牢獄に囚われた提督を守るため、今日も彼女たちは黒くよどんだ瞳で深海棲艦の掃討と侵入者の排除に励むのであった。

 

 

 



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人(彼ら)と兵器(彼女たち)を繋ぐもの

どうも~、久しぶりの投稿です。


いつも発想にひねりを入れていたので、今回はあえて王道展開的な話にしてみました。
これ、どこかで見たことあるなと思う人もいるかもしれませんが、多少展開が似てそうなのは大目に見てください……





 

 

艦娘は人間ではない。 深海棲艦と戦うための兵士であり兵器だ。 兵器に情など必要ない、それだけは覚えておけ。

俺を此処へ連れてきた張本人、海軍大将の初めて言った言葉がそれだった。

何故そんなことを言ったのか、当時の俺には理解できなかったし、今でも理解できないままだ。

だが、それももうすぐ考える必要がなくなるということは、今朝届いた書類を見た途端に理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある鎮守府の執務室。 執務机に広げられた一枚の書類を見つめながら、提督は小さな溜息をついた。

 

 

「ついに、俺の元にもこれが来たか…」

 

 

椅子の背もたれにもたれかかりながら、彼は天井を見上げる。

机に置かれた書類には、解任通知と大きく書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は元々正式な提督ではなかった。

ある日、突然現れ人類を襲った謎の生命体、深海棲艦。

人類の持つ現代兵器を持ってしてもまるで歯の立たない深海棲艦に、人々はもう成す術はないのかと絶望したが、その絶望を希望に変えてくれる者達がいた。

それは深海棲艦と時同じくして現れ、唯一連中に太刀打ちできる力を持った少女たち。

自らをかつての軍艦の生まれ変わりだと名乗る彼女たちを、人々は艦娘と呼んだ。

以来、海軍は彼女たち艦娘をバックアップするために、彼女たちが生活する場所と束ねる者を用意した。 それが今の鎮守府と提督だった。

だが、提督と艦娘たちが共に過ごしていると、ある問題が起こった。

確かに艦娘は深海棲艦と戦える戦士であり、その身体能力は人間をはるかに凌駕している。 だが、艦娘自身は普通の人間の少女と何ら変わらない存在だった。

そんな彼女たちを軍はあくまで深海棲艦と戦うための兵士として扱い、敵を殲滅し己の戦果を稼ぐための道具としか見なかった。

そのような扱いをされたことにより、艦娘と軍の間には軋轢が生まれ、時には提督に反旗を翻す艦娘も現れた。

この事態に頭を抱えた海軍は、ある解決策を考えた。

それは、艦娘たちの提督を軍に所属する軍人でなく、軍と所縁のない一般人に任せるというものだった。

海軍の軍人では欲と利権に駆られ艦娘たちを道具のように扱ってしまうが、そういったものに縁のない一般人なら艦娘を道具でなく一人の少女として扱ってくれるはず。

そう考え、海軍は一般人による提督希望者を募った。

結果、海軍の狙い通り一般人による提督と艦娘はお互い友好な関係を結び、結果的に艦娘たちは献身的に働いてくれるようになった。

それ以降、海軍は定期的に一般人による提督希望者を募集し、一年間提督を務めてもらうことで艦娘と友好な関係を築いてもらうようにしたのであった。

ちなみに、一年間だけというのはあくまでこの募集自体が人間と艦娘の関係を円滑にさせるためのもので、軍人でない人間が軍務をするのは危険だからという意味も込められていた。

そして、今この書類を見ている彼も元は募集に選ばれた一般人で、あと数日で期限である一年を迎えようとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あと数日で皆とお別れになるのは悲しいけど、まああいつらも俺なんかよりちゃんと指揮ができる提督の元についた方がいいもんな」

 

 

提督はもたれかかったまま物思いにふけっていると、扉を開き一人の艦娘が中へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「ちょっと、何そんなとこでさぼってんの! 仕事もしないで執務室でのんびりくつろぐなんて、あんたいつからそこまで偉くなったのよ!!」

 

「お疲れ様、霞。 そう怒らないでくれって、仕事ならちゃんと片付けてあるから、一息ついていたんだよ」

 

「ふーん… まあいいわ。 遠征の結果を報告するから、ちゃんと聞いてなさい」

 

 

遠征の旗艦を務めていた艦娘、駆逐艦『霞』は提督に訝し気な目線を送るが、自分の仕事をこなすべく遠征の報告を始めた。

分かりやすく要点を抑えながら報告を行う霞を見ながら、彼はふと昔の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

霞は自分が提督としてここへ来て間もないころからやってきた艦娘だった。

穏やかな物腰で挨拶をしようとした提督とは裏腹に、出会い頭に「司令官になる男がそんな情けない顔してんじゃないわよ!」という罵声を浴びせられた時のことは今でも覚えている。

霞の気丈な態度に初めこそ驚いたが、文句を言いながらも出撃や遠征をこなしてくれ、自分に至らないことがあれば上官と部下という垣根を越えてハッキリと伝えてくれた。

そんな彼女の厳しいながらも的確な指導があったからこそ、自分は提督としてここまでやれたんだと思う。

霞が遠征の報告を終えると、提督はニッコリ笑いながら言った。

 

 

「いつもありがとうな、霞。 お前のおかげで、俺も提督としてここまでやれたよ」

 

「な、何よ急に!? 変な事言わないで!!」

 

「ああ、すまん。 お前が初めてここへ来た時の事を思い出してな。 お前がいれば、ここも大丈夫だろう」

 

「はあ? 人が報告をしていたっていうのにそんなこと考えてたわけ!? どんだけ弛んでいるのよ!」

 

「だからそう怒るなって、報告ならちゃんと聞いていたさ。 次もこの調子で頼むぞ」

 

「全く、呆れたわね… もうちょっとシャキッとしなさい、そのままじゃいつまで経ってもあんたクズ司令官のままよ!」

 

 

吐き捨てるように叫ぶと霞はその場を去ってゆき、提督は彼女の後姿を見送っていく。

霞がいなくなったのを確認した提督は、

 

 

「…まあ、そのクズ司令官ももうすぐいなくなってしまうんだがな」

 

「まあ、いいか。 あいつならどんな相手だろうと物怖じせずに付き合えるしな」

 

 

そう言って、提督は霞が入ってきたとき隠していた解任届を机にしまう。

今はまだ彼女たちには知られたくない。

この事は自分の口から明かそうと思い、体を起こすと今度は別の艦娘が執務室へ訪れた。

 

 

 

 

 

「提督、艦隊帰投しました。 今回も誰も轟沈することなく任務を遂げられました」

 

 

直立不動の姿勢から綺麗に礼を見せる艦娘、一航戦の航空母艦『赤城』の言葉に提督も安堵のため息を漏らした。

 

 

「ああ、お疲れ赤城。 今日もよく頑張ってくれたな」

 

「いいえ。 私たちがこうして無事にいられたのも提督がいてくれたからこそです。 こちらこそ、いつも私たちを指揮していただきありがとうございます」

 

 

毅然とした姿勢から一転してにこやかな笑みを見せる赤城。

そんな彼女に、提督も笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城はこの鎮守府に来た最初の空母だった。

彼が提督として板につき始めた頃、新たに出撃する海域の敵が手強く手をこまねていた時に彼女は来てくれた。

艦載機を操る空母の力をもって、彼女はいつも先行して敵を蹴散らし味方の活路を開いてくれた。

艦隊でも主力を担うだけの実力を持ちながら、彼女はそのことに対し決して驕ることなく他の仲間たちと肩を並べ、皆も共に戦えるよう鼓舞しながら支えてくれた。

彼女は自分が指揮してくれるおかげで戦えると話していたが、提督からすればむしろ彼女のおかげで自分も自信をもって皆を指揮することができた。 そう感じているのだ。

 

 

 

 

 

「赤城はいつも皆のために頑張ってもらっているし、俺からも何かお礼がしたいんだが…」

 

「お礼だなんてとんでもない。 私は、こうして帰投したとき提督に出迎えてもらえることが何よりの幸せなんですから」

 

「全く… 眉目秀麗なうえにその謙虚さとは。 赤城のような女に惚れられる男は、間違いなく幸せ者だな」

 

「も、もうっ…! 変な事言わないでください!」

 

 

先ほどの笑みから一転、顔を赤くしながらふさぎ込む赤城。

それに対し、「すまんすまん」と苦笑いを浮かべながら謝る提督。

 

 

「……その幸せ者なら、今私の目の前にいますよ…///」

 

「んっ? すまん赤城、何か言ったか?」

 

「ふぇっ…! あっ、いえ! その…お礼でしたら、ぜひ提督に今日の夕食をご一緒してほしいなーって…!」

 

「なんだ、そんなことでいいのか? せっかくだし、食べ放題も許可す……」

 

「む、むしろそれがいいんです! あっ… す、すみません。 つい興奮して……」

 

 

今までの自分の慌てぶりを思い出し、赤城は再び顔を赤くしながら縮こまってしまう。

しかし、提督は赤城の本音に気づくことなく、いつものように明るい口調で言った。

 

 

「分かった、それが赤城の希望だっていうのならお安い御用だ。 今日の夕食が楽しみだな」

 

「は、はいっ! ありがとうございます、提督!」

 

 

提督の了承を聞いた途端、赤城もいつも見せる明るい笑みを浮かべて喜んだ。

よほど嬉しかったんだろう、鼻歌を歌いながら赤城は執務室を去っていく。

だが、赤城とは対照的に提督はますます言いづらくなったことに頭を抱えながらも、

 

 

「…やはり、言わないわけにはいかないな」

 

 

一人、決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。 日が落ちるにつれて夕食を取りに食堂に集まる艦娘の数も多くなる。

提督は赤城と一緒に食事を受け取るため、他の艦娘達と一緒に列に並ぶ。

その折に、提督は前後に並ぶ子や列に加わろうとしていた子たちに誘われるが、既に赤城と食べる約束をしてるからと断り、時に赤城の方が提督に代わって断ったりしていた。

そうしているうちに列は進み、二人は列の先頭である食事の受け取り口にたどり着いた。

 

 

「おっ、今日はカツカレーか。 いいなー♪」

 

「うふふ。 提督ったら、子供みたいですね」

 

 

夕食のカツカレーに提督は喜びを露わにし、赤城はそんな提督を見て口元に手を当てながらクスクスと笑っている。

 

 

「しれぇ、そのカツ足柄さんが揚げてくれたんだよ」

 

「雪風たちもお手伝いしたんです。 一緒に野菜の皮むきしたりして、頑張りました!」

 

 

配膳口の向こうで二人にカレーを渡した艦娘、雪風と時津風は自分たちの働きを報告すべく、楽しそうに提督に話をした。

 

 

「おっ、そうだったのか。 偉いぞ、雪風」

 

「はいっ! ありがとうございます、しれぇ♪」

 

「あー、雪風だけズルい! しれぇー、時津風もやってー!!」

 

「分かってるって。 よくやったな、時津風」

 

「えへへー。 うれしうれしー♪」

 

 

提督は優しく二人の頭を撫でてあげる。

深海棲艦と戦う力を持つ艦娘だが、こうして喜ぶ姿は傍から見れば年相応のあどけない少女にしか見えなくて、提督と戯れる姿はどう見ても父と子の絵面でしかなかった。

しばらく二人にせがまれるままに頭を撫でていた提督だったが、

 

 

「…提督、せっかくのカレーが冷めてしまいますから早く食べましょう」

 

「うおっ!? 赤城、そんな引っ張るなって!」

 

 

突然背後からムスッとした表情の赤城に服を引かれ、提督はその場を後にしていく。

テーブルに着くまでは不機嫌な顔をした赤城に提督は困惑していたが、足柄と雪風たちが作ってくれたカツカレーを食べた途端にその心配はすぐに解消した。

美味しいカレーに赤城も機嫌を直し、提督も素直にうまいと舌鼓を打つ。 それから、二人は今日の出来事について話し合った。

初めはお互い出撃や執務中にこんなことがあったと楽しげに話していたが、赤城は話をするたびにどこか浮かない顔をしている提督の事が気になっていた。

いつもの提督ならこんな顔をせず、笑顔で話を聞いてくれる。 でも今日はいつもと違う。

違和感を感じた赤城は、思い切って彼に尋ねてみた。

 

 

 

 

 

「あの… 提督、何かあったのですか?」

 

「んっ? どうした赤城、突然そんなこと聞いて。 俺、何か変だったか?」

 

 

どうやら提督の方は自分が浮かない顔をしていることに気づいていない。

そう確信した赤城は、提督に詰め寄っていった。

 

 

「先ほどから、提督が浮かない顔を見せているじゃないですか。 そんな悲しそうな顔を見れば、提督が何か隠しているんだって皆分かります!」

 

「もし可能なら、提督が何に悩んでいるのか私たちに話していただけませんか? 提督がそのような顔をしていたら、私達も心配になりますよ」

 

 

真摯に提督の瞳を赤城は見つめ、他の艦娘たちも赤城の話が聞こえていたのか心配そうに二人を遠巻きに眺めている。

提督も流石に頃合いかと感じたのか、赤城の顔を見ながら先の出来事を打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…実は、今まで皆には言わなかったんだが、俺は正式な提督ではない。 俺は人間である提督と艦娘であるお前たちの親交を深めるために期限付きで選ばれた雇われ提督なんだ。 そして、その期限はあと数日に迫っている。 つまり、数日後には俺は解任となりここを去る。 皆、今までよくやってくれたな」

 

 

そう言って、提督は皆に深々と頭を下げる。 だが、それを聞いた艦娘たちは信じられないと言わんばかりの表情で血相を変えていた。

 

 

「い、いきなり何言ってんのよ!? そんなの、あたしちっとも知らなかったわよ!!」

 

 

涙目になりながらも提督に掴みかかる霞。 しかし、彼は動じることなく、

 

 

「一般人が提督になっているなどと知れたら、艦隊の士気にも影響が出る恐れがあると大将から口止めされていたんだ。 黙っていたことについては謝る、すまなかった……」

 

「…じょ、冗談……ですよね? 貴方がここを出ていくなんて、何かの冗談でしょ? お願いですから、そうだと言ってください…!」

 

 

向かいに座る赤城は、涙を流しながらも作り笑いを浮かべて必死に提督へと懇願する。 だが、提督の返事は、

 

 

「皆の想いを裏切るようで申し訳ないが、今話したことはすべて事実だ。 俺がここを去った後には、すぐに後任の提督が着任する。 俺も一度会ったが、実力も確かだし人柄も信用できる。 何より、お前たちは提督としての経験がない俺が相手でも、立派に艦隊運営を行ってきたじゃないか。 お前たちならやれる、俺が保証してやるぞ」

 

 

話が終わったのか、提督はその言葉を最後に引き継ぎの準備があるからと食堂を後にしていく。

しかし、食堂に残された艦娘たちは、いまだに信じられないといった顔で呆然としており、食事時はいつも賑やかな食堂が、今は火が消えたかのようにしんと静まり返っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の私室。

提督は布団の中でぼんやりと天井を見上げている。

 

 

あれから、食堂で見た皆の顔が忘れられない。 あんなに悲しげな顔で落ち込む皆を見たのは初めてだった。

本音を言えば、自分にとっても皆との別れは辛い。 たった一年とはいえ、喜びも困難も分かち合い深まった絆は自分にとってもかけがえのないものだから。

しかし、自分は一年だけという条件で提督となったわけだし、仮に残ったとしても軍人としての経験がない自分がこれ以上提督をやっていけるとは思えなかった。 もし下手な采配をして皆を轟沈させたらと思うと、最悪自責の念に堪えられず自殺してしまうかもしれない。

あの時大将が言いたかったことはこれだったのかもしれない。

彼女たち艦娘を人として見ると、情が移りこうして別れるのが辛くなる。 だからあまり入れ込むなと、そう言いたかったのかもしれない。

でも、それでも自分は皆を人として見た。 自分は、提督に向いてなかったのであろう。

そう結論付けながら、彼は余計なことは考えずもう寝てしまおうと思い、布団を頭から被った……その時だった。

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

布団越しだからほんの微かにだったが、ドアのある方からカチャリという音が聞こえた。

扉はしっかりしまっているから、自然に開くなんてことはあり得ない。 となれば、誰かが開けたとしか考えられない。

 

 

「誰かいるのか…?」

 

 

提督がそう言いながら布団から顔を出した時だった。 突然何かが提督の上に乗っかってきたのは。

足の上に響く衝撃に驚きを隠せず、足は乗っかってきた何かのせいでほとんど動かせない。

提督は必死に抵抗しようとすると、窓から月の光が注ぎ込み布団の上に乗っている何かを淡く照らし出してくれた。

 

 

「お前……霞…?」

 

 

上半身だけ起こした姿勢で、提督は布団の上に乗っかってきた張本人である霞の姿を見た。

月明りだからはっきりとは見えなかったが、今の霞はいつもの彼女とは明らかに違う。

いつもの気丈な様子は微塵もなく、顔を俯きしおらしい様子を見せる彼女は、自分の知ってる霞とはまるで別人のようだった。

何も言わず、無言でじっとそこに座り込む彼女に提督が問おうとしたとき、霞は小さく口を開いた。

 

 

 

 

 

「…わけない」 「えっ…?」

 

 

 

「あんたが… あんたみたいな奴が、ここを出てやっているわけないじゃない。 あんたはあたしがいなきゃ何もできない、そうでしょ!?」

 

「お、落ち着け霞! どうしたんだ急に…!?」

 

 

いきなり声を張り上げ喚きだす霞。 宥めようとする提督の言葉も耳に入ってこない。

 

 

「あたしだってそうよ! あんたがいなきゃ、あたしは何もできなかった! あんたがいたから、あたしはここまでやれたのよ!」

 

「あんたにはあたしが必要で、あたしにはあんたが必要なの! だから…だから……」

 

 

提督に乗ったまま、思いの丈をぶちまける霞。 叫んでいくうちに彼女は涙をポロポロと流し、最後は提督に抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「どこにも行かないで… これからもここにいて。 司令官……」

 

 

涙にぬれた瞳で、霞は提督を見上げる。

さっきまでは暗くて気が付かなかったが、近くで自分を見つめる彼女の目は焦点が定まってなく、漆黒に染まったままこちらを見つめていた。

そんな霞の姿に提督が戸惑っていると、

 

 

「提督…」

 

 

ふと自分を呼ぶ声に振り向き、気づく。

部屋にいたのは霞だけではなかった。

赤城を筆頭に、加賀や金剛、霧島に飛龍と、他の艦娘たちもここへ集まっていたのだ。

 

 

 

 

 

「提督… 軍は私たちを兵器と呼び、まるで道具のように扱っていました。 私も、ここへ来たときはそうなるのかと覚悟していました」

 

「でも、貴方は私たちをそのように扱わず、一人の人間の女性としてみてくれました。 出撃や遠征の時はいつも出迎えてくれて、負傷すれば自分の事のように心配してくれた。 私は、そうしてくれることが本当に嬉しかったのです」

 

「それに、このような思いを抱いているのは赤城さんだけじゃありません。 私も含め、ここにいる皆が同じ思いを抱いています。 だからこそ提督、貴方にはここを出てほしくないのです」

 

「司令、貴方は大きな勘違いをしています。 貴方は自分のような者が提督でもやってこれたとおっしゃってましたが、私たちは貴方が司令だからこそ、ここまでやってこれたのです」

 

「私たちは貴方以外の人間の元では戦えないし、戦いたくありません。 だから提督、どうかこれからもここにいてください。 これからも、私たちの提督でいてください……」

 

 

 

 

 

懇願と共に、そっと頭を下げ頼み込む艦娘たち。 それを見て、彼は理解した。

艦娘達(かのじょたち)は人間ではない。

誰かに慕われ、信頼を築いた人のために戦うことができる存在。

とても強大で、とてつもなく脆い。

まさに、人の姿と心を持った兵器なのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 人間にはお互いに関係を結ぶ方法に、既成事実というものがあるそうですね」

 

「あ、赤城…? お前、何を言って……」

 

「愛しい人と夫婦になり、子供も持てる。 なんと素晴らしいものなのでしょう! 提督、是非私たちにも夫婦の営みというものを教えてください」

 

「お、おいよせ! お前らも落ち着け…!」

 

 

少しずつ自分によって来る艦娘たちを引き止めようとする提督。

しかし、彼の声は彼女たちには届かず、傍らに抱き着く霞も彼に何かを期待する雌の顔を見せていた。

 

 

 

 

 

「こうして提督と夜戦ができるとは、流石に気分が高揚します」

 

「司令からのご指導ご鞭撻、よろしくお願いします。 不知火も、楽しみにしています」

 

「テートクー。 あんまり他の子ばかりに構ってたら、NOなんだからネー」

 

「提督との赤ちゃんが出来たら、真っ先に多聞丸に報告しなくっちゃ♪」

 

「流石にこれだけの数は大変かもしれませんが、私は信じていますよ。 司令は、データ以上の人だとね」

 

 

喜々として提督に近づく皆の顔が、月明りに照らされはっきりと映る。

その時の皆の表情は、霞と同じように黒く澱んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大本営の一室。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも豪華な家具や置物で彩られた執務室では、大将の男が先ほど戻ってきた秘書艦の報告を聞く。

自分の選んだ一般人の男性が、艦娘たちの希望で提督になったことを聞いた彼は、小声で…

 

 

「やはりな…」

 

 

とだけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女たち艦娘は、人と同じように誰かに感情や思いを寄せることによってそのポテンシャルを引き出している。 ゆえに、艦娘を兵器としか見ない軍人より、人としてみる彼のような一般人の方が都合が良いんだ」

 

「最も、それを最初に話したらやりたがらないかもしれないから、あえて言わないことにしているのだがな」

 

 

窓から見える満天の星空を眺めながら話す提督。 そんな彼に、隣にいる秘書艦は意地の悪い笑みを向ける。

 

 

「貴方も悪い人でありますな、大将殿。 初めから彼をあそこへ引き込むつもりで選んだのでありますから」

 

「お前がそれを言うか? 元は正規の軍人でなかった私をここへ縛り付けた、お前がそれを言うのか?」

 

「フフフ、そうでありましたね。 失礼…」

 

 

大将に軽く嫌味を返された秘書艦は、軽い口調でぺろりと舌を出すが、ほんのり頬を染めるとそっと彼の腕に抱き着いた。

 

 

「でも、仕方なかったのであります。 兵器だと思っていた自分を貴方は一人の女として見てくれた。 そんな貴方を愛してしまった自分には、この気持ちを抑える術がなかったのです」

 

「だから、こうして貴方を自分の傍にいられるようにしたのであります。 自分が愛した人に、自分を愛してもらうために……」

 

「ああ。 分かっているさ…」

 

 

そう言って、大将は傍らに寄り添う秘書艦を抱きしめる。

自分が愛した艦娘を… 自分を愛してくれた艦娘を、彼はそっとその腕に抱いた。

 

 

 

 

 

「愛してるよ、あきつ丸…」

 

「自分もであります、提督殿…」

 

 

 

 

 

お互いに愛を囁くと、二人は瞳を閉じ唇を重ね合わせる。

その二人の姿を、黄金色の満月が祝福するかのように照らし出すのであった。

 

 

 



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One For All All For Admiral

どうもです。 今回は提督代理シリーズと同時投稿なので、出すのが遅くなってしまいました。
しかも最近は小説に没頭してたせいで艦これが出来ない状態。 うう、早くサンマ漁に行かねば…!(使命感





 

 

 

ここはとあるアパートの一室。

肩を落とし全身から疲れましたという雰囲気を醸し出す一人の青年は、パソコンの前まで来ると盛大に溜息をついた。

 

 

「ああ、今日もつかれた… 全く、毎日残業でほんと嫌になるよ」

 

 

誰にでもなくひとり不満を漏らしながら、彼はパソコンのスイッチを入れる。

たとえ仕事でくたくたの体でも、これを欠かすわけにはいかないからだ。

 

 

「おっ、この人また新しい動画上げたんだな。 よっしゃ、あとで見てみるか♪」

 

 

それは、某動画サイトの新作チェックだった。

自分が昔やっていたゲームを実況しながらプレイするという動画を見るのが大好きで、アクション物からパズルゲームなどなど、自分がやった時とは違う発見があったり、単純に実況者のトークが面白かったりで、彼は大いにこの動画サイトを見るのが楽しみになっていたのだ。

一つ一つ、新しく投稿した動画をチェックしている青年だったが、ある実況者の投稿した動画に目が留まった。

 

 

「あっ、これって俺が前にやってた艦これじゃん! 知らない実況者だけどこの人もやり始めたんだな、懐かしー」

 

 

 

 

 

艦隊これくしょん。 通称、艦これ。

プレイヤーは提督となって、艦娘と呼ばれる軍艦が擬人化した少女たちを育成するというゲームで、かつては爆発的な人気を誇っていた。

艦娘たちの容姿もさることながら、かつての史実に則った個性的なキャラ付けも人気の理由の一つで、彼も艦娘達が練度を上げて海域を攻略する姿を見るたびに、まるで自分の事のように喜んでいた。

ただ、最近は仕事が忙しかったり他にもやりたいゲームが出てきたせいで、自ずとやる時間は少なくなり最近は全く手つかずの状態になっている。

 

 

「そう言えば、俺も知らないうちにすっかりやらなくなってたんだよな… せっかくだし、久しぶりに皆の顔を見に行くかな」

 

 

昔を懐かしむかのように、彼はお気に入りから艦これのページをクリックする。

あとはゲームが始まり、スタート画面が映る………はずだったのだが、

 

 

 

 

 

 

 

「…って、メンテナンス中かよ! はぁ… 久しぶりにやろうと思った矢先にこれか」

 

 

画面にはメンテナンスの文字と共に、ヘルメットをかぶった妖精の姿が映っている。

 

 

「でもおかしいな… いくら何でもこんな深夜までメンテナンスを行うなんて、普通じゃありえないよな。 運営のツイッターにも、メンテナンス中の報告なんて出てないし……」

 

 

そう、今の時刻はもうすぐ深夜の0時に差し掛かろうとしてる頃。 普通なら、とっくにメンテナンスは終わってる頃合いなのだ。

あまりに不可解な出来事だが、仕事で疲労困憊気味の彼に、それ以上原因を探求する力は残っていなかった。

 

 

「ふわぁ、眠い… 仕方ない、今日はもう寝て、明日またログインしてみるか」

 

 

どのみち今日は出来そうにないと悟った青年は、仕方ないから今日はもう休もうということで風呂と食事を終えると床につき、そのまま熟睡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のアパート。

家主が寝静まり真っ暗になった部屋に突然光がともる。

光を放っているのは電源を切ったはずのパソコンで、パソコンは布団で横になる青年を照らしながら、事務的な口調で言った。

 

 

 

 

 

「メンテナンスが完了しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん… ふわぁ、もう朝か」

 

 

朝の光に照らされ、青年はあくびをしながら体を起こす。

しばらくぼんやりしていた彼だが、辺りを見た途端、寝ぼけ眼になっていた目は大きく見開かれた。

 

 

「えっ…? な、なんだこれは!?」

 

 

彼が驚くのも無理はない。

何せ、目の前に見えたのはいつも彼が過ごしている部屋ではなかったからだ。

陽光が注ぎ込む大きな窓に、シックな黒のカーテン。

自分のいたアパートの倍はあるのではないかという広さの部屋に、中央には大きなテーブルと西洋を思わせるような洒落た椅子とティーカップ。

床にはふわふわの白いカーペットが敷かれ、壁際には酒をはじめ各種ドリンクが揃った洋酒棚が置かれていた。

まるで別世界のような光景に一瞬戸惑う青年。 だが、自分がこれを見るのは初めてではないことに気づいていた。

 

 

「ど… どういうことなんだ、これ? ここ、俺がデザインした執務室と全く同じじゃないか…!?」

 

 

そう。 ここは彼が艦これをやっていたころにアレンジした執務室と瓜二つだった。

そんなところへ、なぜ自分がいるのか?

これではまるで、自分がゲームの中に来たみたいだ!

青年は目の前の現実に頭がついてゆけず、ただその場で呆然としていると、突然執務室の扉が開く。

彼がそこへ顔を向けると、そこには一人の少女が中へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「あっ… ああっ…! 本当に…いた……」

 

 

声を震わせる少女を見て、青年はさらに驚く。

何故なら、目の前にいる少女はただの人間ではない。

そこにいたのは艦これに登場する艦娘の一人。

 

 

 

 

 

「司令官! やっと戻ってきてくれたんですね!!」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦『吹雪』

 

 

彼が艦これを始めるとき、一番最初に選んだ艦娘だった。

 

 

 

 

 

「ええっ…!? ふ、吹雪? お前、もしかして艦娘の吹雪なのか!?」

 

「そうですよ、司令官。 私も、司令官に会えて嬉しいですっ!」

 

 

涙を流しながら自分に向かって駆け寄ってきた吹雪を、青年は抱き留める。

吹雪は泣きじゃくりながら彼に抱き着いたまま離れず、彼もまた吹雪が落ち着くまで大人しく抱き着かれているのであった。

 

 

 

 

 

「す、すみません司令官… しばらく司令官に会えなかったから、つい……」

 

「い、いや… 俺は別にいいんだが……」

 

 

顔を赤くしながら謝る吹雪を前に、彼は改めて気づく。

自分の服がいつものパジャマでなく、提督用の制服に代わっていたこと。

自分が起きた場所がアパートの布団でなく、執務室の椅子だったこと。

これが夢か現実かは分からないが確実に言えることが一つ。

自分が艦これの世界に飛ばされてしまったという事だった。

そして初期艦として選んだ吹雪が自分を司令官と呼んでいるところを見ると、どうやらここは自分が艦これをやっていたところの鎮守府のようだ。

とはいえ、自分が提督をしていたのはあくまでゲームの操作だけで、実際の提督のすることについては何も知らない。

どうしたものかと彼が困っていると、吹雪は何かを思い出したかのように「そうだっ!」と声を上げると、提督である青年の手を引いた。

 

 

「うおっ? 急にどうした吹雪…!」

 

「行きましょう、司令官! 他の皆さんも司令官の事ずっと待っていたんです。 会って、皆さんを喜ばせてあげてください!」

 

 

明るい笑顔でそう言いながら、吹雪は提督を執務室から連れ出す。 よく見ると、執務室の机にはやらなければいけないであろう書類の束が見受けられるのだが、執務はいいのか?

 

 

「そんなの別に構いません! それより、皆さんに会って来てください」

 

 

 

 

 

それでいいのか、秘書艦………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼は吹雪に連れられていろんな場所を見て回った。

廊下では第六駆逐隊の子達に会い、雷や電に盛大に泣きつかれた。

作戦指令室では、提督代理を務めていた長門や金剛に出会った。

金剛からは、「今までどこに行ってたんですカ、テートクー!!」と泣きながら抱き着かれ、長門も嬉しさに顔を綻ばせながらも彼に抱き着く金剛を引きはがした。

食堂へ行くと、窓際の席の一角で二人の艦娘がお椀を山のように積み上げている。

そこには一航戦の航空母艦である艦娘、赤城と加賀の姿があった。

 

 

「…改めてみると、すごいなこれは」

 

 

関心と呆れの混じった声で提督が呟くと、二人も彼の存在に気づいたらしく、席を立つと真っ先に彼の元へ駆け寄ってきた。

 

 

「提督、どうして戻ってきてくれなかったんですか!? 提督に会えない寂しさを紛らわすために、私こんなに食べ過ぎてしまったんですよ!!」

 

「いや、それは元からじゃないか…?」

 

「提督。 赤城さんはともかく、私は貴方に会えない悲しみで食事も喉を通らなかったのです。 こんな思いをさせてきた分、ちゃんと責任を取ってください」

 

「あ、ああ… それは、確かにすまなかったと思うが……」

 

「そうだよ提督さん。 加賀さんってば、提督に会えなくて、その日は御飯5杯までしか食べられなかったんですよー」

 

 

提督が赤城と加賀に詰め寄られていると、横からニヤケ顔で瑞鶴が加賀を茶化してくる。

しかし、加賀の方は表情を変えることなく瑞鶴を一瞥すると、溜息をついた。

 

 

「…そうね。 私や赤城さんと違って、いくら食べても太らない貴方が羨ましいわ。 私も、最近また大きくなったみたいで困ってるから」

 

 

そう言いながら、これ見よがしに腕で胸を持ちあげる加賀。

その大きさゆえにゆさゆさと揺れる胸は、提督に劣情を、瑞鶴に怒りをあおってきた。

提督は顔を赤くしながら目線をそらし、瑞鶴は引きつった笑顔を見せる。

 

 

「へえ…… そうやって提督さんを誘惑しようだなんて、一航戦の先輩は随分いやらしい性格してますねー」

 

「私はただ自分の悩みを言っただけよ。 この程度のことでそんな言い掛かりをつけるなんて、五航戦の子は体だけでなく中身まで幼稚なのね」

 

「な、何ですってー!?」

 

 

怒りを爆発させながら瑞鶴は加賀と睨みあい、そんな二人を見かねてか赤城と翔鶴は二人の間に割って入った。

 

 

「もう、よしなさい瑞鶴! 先輩に向かって失礼でしょ!」

 

「加賀さんもやめてください! 提督が来ているんですから…」

 

 

二人に宥められ、お互い渋々と引き下がる加賀と瑞鶴。 その光景に、提督は苦笑いを浮かべながら見ていた。

 

 

「あははは… あの二人って、いつもああなのか?」

 

「いえ… 提督がいなかった頃はお互い挨拶する元気もなかったのですけど、あそこまでやったのは久しぶりです。 きっと、二人とも提督が戻ってきたことが嬉しかったのですね」

 

 

赤城の言葉に瑞鶴は気まずそうに俯き、加賀は若干顔を赤くしながらそっぽを向いてる。 どうやら、赤城の言う通りみたいだ。

 

 

「そう言われると照れるな。 ただ、皆にこんな寂しい思いをさせたことについては、申し訳ないと感じてるよ……」

 

 

彼はそう言って、皆に頭を下げる。

元は自分の勝手でこのゲームから離れていったというのに、皆はこんな自分を真摯に想い待ち続けてくれていた。

そんな彼女たちに少しでも謝りたくて、提督は頭を下げたのだが、

 

 

「司令官ってば、そんな顔をしないでください! 司令官が戻ってきてくれて、私も皆も本当に喜んでいるんです。 だから、私達は司令官にそんな悲しい顔をしてほしくないんです!」

 

「吹雪…」

 

「それよりほら、笑ってください。 他にも司令官に会いたがっている子がたくさんいますし、司令官に笑ってもらった方が皆も喜びますよ♪」

 

 

 

 

 

吹雪は再び提督の手を取ると、食堂を飛び出しあいさつ回りに戻っていった。

工廠では開発を行っていた明石や夕張が顔を綻ばせ、遊戯室では悲し気に提督の似顔絵を描いていた雪風や時津風たちが大はしゃぎしていた。 曙や霞は今までどこに行っていたんだと悪態をついていたが、それでも皆が自分を待ってくれてたこと、そして自分が来たことを喜んでいるのは理解できた。

一通り挨拶回りを終え、執務室に戻った提督は大きなため息を吐いた。

 

 

「いやー、疲れたー! 実際回ってみて分かったけど、この鎮守府ってこんなに大きかったんだな」

 

「お疲れ様です、司令官。 お茶をどうぞ」

 

 

ソファに座っていた提督は、吹雪からお茶を受け取ると会ってきた艦娘達の顔を思い出す。

喜びを露わにする者。 泣きじゃくりながら抱き着いてくる者。 悪態をつきながらも、どこか嬉し気に顔を綻ばせる者。 様々な反応を見せる彼女たちを見て、提督も思わず笑みをこぼした。

 

 

「でも、皆があんなに喜んでくれるとは思わなかったな。 むしろ、なぜ放置していたんだと怒ってくるんじゃないかと思った」

 

「それは、多少なりとも自分たちを置いていったことに怒っている子もいましたけど、やっぱりそれは司令官に会いたい気持ちの裏返しなんです。 そう言った子達も、本心は司令官が戻ってきたことが嬉しかったんですよ」

 

 

吹雪の言葉に提督は「そうか…」と短い返事をする。

ただ、お茶を出した時から吹雪が妙にそわそわしている姿に提督は変に思った。

 

 

「どうした吹雪? なんだか落ち着かないようだが」

 

 

提督に声をかけられた吹雪は一瞬驚く素振りを見せるが、胸に手を置きながら深呼吸した後、意を決したように顔を上げる。

 

 

「司令官…… そこの机を開けてみてください…」

 

 

真剣な吹雪の表情に違和感を感じながらも、提督は指示通り執務机の引き出しを開けてみる。

 

 

「えっ? こ、これって…!?」

 

 

そこに入っていたのは黒い小さな箱と、数枚の書類だった。

箱を開けてみると、そこには派手な意匠のないシンプルなシルバーリング。

引き出しの中に入っていたのは、ケッコンカッコカリに使われる書類と指輪が入っていたのであった。

 

 

 

 

 

「司令官がいなくなったあの日からも、私たちはずっと深海棲艦と戦っていたんです。 それは、海の平和を取り戻すためでもありましたが、本当は最大練度まで到達して、司令官からその指輪を渡してほしかったからなんです」

 

「金剛さんや長門さん… 赤城先輩や加賀さん… そして、ここにいる皆がいつかその日が来ることを夢見てずっと待ち続けていたんです。 もちろん、私も……」

 

「でも、今ここにある指輪は一つ。 いくら望んでも、司令官と結ばれる子は一人だけなんです…」

 

「ですが、私は信じています。 司令官なら必ず正しい選択をしてくれると… 初めて司令官が来た時から一緒だった私を選んでくれると信じています…!」

 

「だから司令官… ぜひ、その指輪を私に……!」

 

 

両手を胸の前にくみ、祈るような姿勢で吹雪はゆっくりと提督に近づいてくる。

顔を紅潮させ、興奮しているのか息は若干荒い。 ハイライトの消えた瞳には、愛しい人である提督の姿がくっきりと映りこんでいた。

流石に提督も吹雪の変わりように背筋が寒くなり後ずさりしていく。

だが、徐々に距離は詰められついに壁際に追い込まれてしまう。

もう、ここは吹雪に指輪を渡すしかないのか…!? 彼が半ば諦めかけた時、

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「…っ!?」

 

 

「今だっ!!」

 

 

突然背後から聞こえた物音。

その音に気を逸らした一瞬を狙い、提督は吹雪の脇を抜け執務室の外へと飛び出していった。

 

 

「すまん吹雪! 指輪についてはあとで決めるわっ!」

 

 

その言葉を最後に提督は執務室から姿を消した。 徐々に遠ざかる足音を聞きながら、一人残された吹雪は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…チッ」

 

 

小さく舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ… はあ… ど、どうにか逃げられたな……」

 

 

執務室から離れた廊下で、提督は壁に手を置きながら息を切らせる。

さっきまでの吹雪の顔が忘れられない。 あれはどう見ても自分を一人の異性として見る目だった。

久しぶりに会えて嬉しいのは分かるのだが、あんなに熱烈なアプローチをしてくるような子じゃなかったはず。

先の黒くよどんだ瞳といい、今まで会いに行かなかったことが彼女をここまで変えてしまったのか…?

 

 

「ん…?」

 

 

ふと、足元に何かの気配を感じ下を見る。

すると、そこには数人の妖精たちが集まっていた。

 

 

「もしかして、さっきの物音はお前たちが上げたものだったのか?」

 

 

提督の問いに、妖精たちはこくんと頷き肯定の意を示す。

しかし、先ほどから妖精たちは何かに怯えるような不安げな顔をしており、提督はどうかしたのかと尋ねようとしたが、先に妖精の方が提督に声をかけてきた。

 

 

「…て、提督さん。 急いでここから逃げてください。 このままじゃ、提督さんはここに閉じ込められてしまいます……!」

 

「どういう意味なんだ…? 俺が閉じ込められるって、一体なぜ…!?」

 

「艦娘さんが皆で集まって話してたんです。 提督さんが、もうどこにも行かないようにって。 もうどこにも行ってほしくないからって…」

 

「と、とにかく鎮守府の正門から出てください。 明日になったら、提督さんはもう戻れなくなります!」

 

「えっ…! それってまさか…」

 

 

提督が妖精たちに尋ねようとしたとき、

 

 

 

 

 

 

「ひぃっ!!」

 

 

短い悲鳴と共に妖精たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

提督は「おい、どうしたっ!?」と呼び止めようとしたが、

 

 

「…どうしました、提督。 一人でこのような場所にいるなんて」

 

 

提督が背後を振り返ると、そこには何故か艤装の弓を手に微笑む艦娘、鳳翔の姿があった。

鳳翔はおっとりとしたような柔らかい笑みを浮かべているが、その笑顔とは裏腹に今の彼女からは例えようのない殺気が放たれていた。

その気迫に気圧されながらも、提督はどうにか平静を装って彼女の問いに答える。

 

 

「あ、ああ… ちょっと、気分転換に散歩しててな」

 

「そうでしたか。 でも、秘書艦もつけずに一人で出歩くのは少々不用心ですよ」

 

 

まるで子供を諭す親のように、鳳翔は人差し指を立てながら提督に注意した。

 

 

「いや、失敬。 それより、鳳翔さんこそここへ何の用で?」

 

「私は提督を探しに来たのです。 夕食が出来ましたので、食堂へいらしてください」

 

 

鳳翔はそう言うと、提督へ食堂に行くよう手招きする。

突然逃げ出した妖精たちの事も気になったが、今は彼女に従った方がいいと考え、そのまま鳳翔についていった。

しばらくはお互い横に並んで歩いていく。 二人とも何も言わず黙々と進んでいたが、

 

 

「ほ、鳳翔さん…?」

 

 

鳳翔は突然提督に顔を向けると、何も言わずに彼の腕に抱き着いてきた。

 

 

「本当に… 本当に戻ってきてくれたのですね、提督。 貴方がいない日々は、本当に辛かったです。 いつ戻ってくるかわからない貴方をここで待ち続けるのは、苦しくて悲しくて、気が狂ってしまいそうでした…」

 

「ですが、こうして貴方が戻ってくれた瞬間、私の今までの時間は報われたのです。 ずっと待ち続けていた貴方とこうして一緒にいられる。 これ以上の幸福は私たちにはありません…!」

 

「それって…」

 

「提督。 どうかこれからはずっとここで私たちと共にいてください。 ようやく貴方が戻ってきてくれて、他の皆さんも心から喜んでいます。 だからこそ、貴方がまたいなくなるのは、私たちにはとても耐えられません!」

 

 

今までの自分の胸中を吐露しながら、鳳翔は提督の顔を覗き込む。

そこに見えたのは、吹雪と同じように焦点の定まっていない、黒くよどんだ瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

 

夕食を終え、執務室に戻ってきた提督は深いため息をつく。

あの後、食堂では周りの艦娘達からひっきりなしに声をかけられ、質問攻めにあった。

ただ、そんなことになりながらも妖精たちの言葉が忘れられなかった。

艦娘たちが俺を此処に閉じ込めようとしてる。

今夜中までにここから出なければ一生出られなくなる。

一概には信じがたい話だが、妖精たちがそんな嘘をつく理由は分からないし、吹雪や鳳翔さんの顔を見る限り、彼女たちが正気を保っているようには見えない。

皆はゲームを通じて俺を慕っていたが、いつしか俺がゲームをしなくなったせいで会うことができなくなり、それが彼女たちを今の状態まで追い込んでしまった。

あまりに突飛な話だが、そう考えれば一連の出来事も理解できる。

恐らく、俺がここにいるのも皆が仕組んだことなのかもしれない。

何にしても、妖精たちの話が本当なら今夜中にここから出なければ俺はここに閉じ込められてしまう。 それだけは避けなくてはならない。

俺は脱出を決意すると、部屋の電話を取り工廠に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

フタサンマルマル。

外が暗く静まり返った頃、提督は執務室を抜け出し真っ暗な廊下を壁伝いに歩いていった。

艦娘たちは、夜は危ないから外に出てはいけないと言っていたが、それが自分をここから出さない口実だというのは分かっていた。

一応、この時間なら艦娘たちは寮へ戻っているだろうが、念のためとなるべく足音を立てぬようゆっくりと進んでいく。

ようやく建物の外に出ると、外は月明かりに照らされ大きな中庭を挟んで奥にある正門をぼんやりと浮かび上がらせている。

 

 

(よし… あとはあそこへ行くだけだ)

 

 

提督はすぐに向かおうとしたが、即座に足を止める。

月明りに照らされ、中庭に二人の艦娘の姿が浮かんできたからだ。

 

 

 

 

 

「提督ー、こんな夜中にどこ行くのさ?」

 

「私達言いましたよね? 夜は危ないから出てはいけないと…」

 

 

中庭にいたのは、重雷装巡洋艦である北上と大井の二人。 外が暗いので表情はハッキリとは見えないが、二人の目が吹雪や鳳翔と同じように黒ずんでいたのは分かった。

 

 

「ひょっとして、元の世界に戻ろうとしてた? 駄目だよ、そんなことしたら私たちまた置いてかれちゃうじゃん」

 

「北上さん。 やっぱり、ここは強引に抑えなきゃ駄目です。 今ここでケッコンカッコカリさせて、ここから出られないようにしましょう」

 

「おっ、大井っちってばやる気満々だね~。 まあ、他の面々もそのつもりみたいだけどね」

 

 

北上の言葉に辺りを見ると、建物の脇や屋根にも大勢の艦娘たちが艤装を構え待機していた。

どうやら、完全に待ち伏せされてたようだ。

 

 

「提督とのケッコン… 流石に気分が高揚します」

 

「悪いけど、提督さんとは瑞鶴が一番最初にケッコンするから!」

 

「提督との夜戦、お姉さん今から楽しみだわ♪」

 

「何を言っている陸奥。 提督とケッコンするのは私だ」

 

「テートクー! 絶対に捕まえるからネー!!」

 

 

各々、意気込みを語りながらこちらへ襲い掛かろうとしている。

提督はわき目も降らず正門に向かって駆け出した。

すぐ目の前には北上と大井が立ちはだかっていたが、

 

 

「お前ら… 人を勝手に景品にするなー!!」

 

 

彼は手元に隠していた白い球を二人に向かって放り投げた。

玉は二人の頭上まで上がると、

 

 

ボンッ!

 

 

破裂音と共に白いネットを二人目掛けて広げ、そのまま絡みついた。

 

 

「うわわっ!? なんか絡みついた…!?」

 

「な、何よこれ!? これじゃ動けないじゃない!!」

 

「それは妖精に頼んで作ってもらった捕縛用のネット弾だ! 絡みついたらしばらくはほどけないぞ!」

 

 

提督はネットが絡まりもがく二人の横を駆け抜け、全速力で正門へ向かう。

 

 

「逃がさんぞ提督! ビッグセブンの名に懸けて、絶対に捕まえる!!」

 

「私たちはどうしても貴方といたいのです。 だから提督、覚悟してください…!!」

 

 

長門や赤城、周囲の艦娘たちも提督を取り押さえようと艤装を向ける。

あとは攻撃を放つだけ………だが、

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「えっ…!?」

 

 

なぜか戦艦たちは主砲を撃てず、空母が放った矢は艦載機にならずに、山なりに飛ぶとそのまま地面に激突した。

 

 

「どういうことだ!? 艤装が動かないなど…!」

 

「あっ、まさか…!?」

 

 

何かに気づいたように声を上げる赤城。 同時に、提督の肩から一人の妖精がひょっこり顔を出した。

 

 

 

 

 

「そうです、私が皆に頼んで艦娘さんたちの艤装を動かないようにしたんです! 提督さんにいてほしい気持ちは私たちにも分かりますが、そのために無理やり提督さんを閉じ込めるなんて、私たちは反対なのです!!」

 

「そういう事だ! すまないな、こんなこと頼んでしまって…」

 

「いいんです… 私だけでなく他の皆も同じ気持ちなんですから。 それじゃ提督さん、必ず戻ってくださいね」

 

 

妖精はニッコリ笑うと、提督の肩から飛び降りた。

艤装が使えない以上、直接捕まえるしかないと艦娘たちは提督に向かって走り出すが、陸にいては艤装は重りでしかない。

皆が追うより早く、提督は正門にたどり着き、力いっぱい扉を押し開ける。

最後に見えたのは、自分に向って何かを叫ぶ艦娘達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、元の世界に戻った彼は再びいつもの日常を過ごしていた。

あれから、彼が艦これをやることはなかったが、艦これを実況している動画は毎日見ていた。

もうやらなくなった自分に対し、この人はどんな艦これライフを送っていくのか、なんとなく気になっていたからだ。

ただ、もしよければ彼女たちを幸せにできなかった自分に代わって、どうか皆を幸せにしてほしい。

彼はそんな思いを抱きながら、今日も動画を視聴し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、提督今日も見に来てくれたわ!」

 

「ほんとっ!? 提督さん、夕立が活躍するところ見てくれてたっぽい!?」

 

「夕立ってば、そんなにはしゃがないで」

 

「あの、夕張さん… 電たちが遠征で大成功したところも、司令官さん見ててくれましたかね?」

 

「大丈夫、ちゃんと見てたわよ♪」

 

「ねえ、それより司令官のところにはまだいけないの? 私、早く司令官のお世話したいんだからー!!」

 

「そう急かさないで、雷ちゃん。 明石さんも、データが揃えば最終調整が終わるって言ってたから、あと少しの辛抱よ」

 

 

 

 

 

工廠の一角。 そこでは一台のパソコンを前に、大勢の艦娘が集まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、今まで彼が見ていた動画は、ただの実況動画でなくこの鎮守府の活動を流しているものだった。

以前、艦娘たちは提督をこちら側に転送するための装置を作り、パソコンを介して呼び出すことに成功した。 あの時、彼のパソコンがメンテナンス中と出てたのもそのためだった。

ただ、成功はしたものの提督からは逃げられ、元の世界へと戻っていってしまった。

また提督を呼ぼうにも、このままじゃ同じことの繰り返しになる。

そう考えた彼女たちは、発想を切り替えた。

提督をこちらに呼ぶのではなく、自分たちが向こうに行けばいいのだと。

こうして自分たちの活動を動画として流しているのは、こちらの世界の物を向こうの世界に送るという実験で、夕張はそのためのデータを収集していた。

実験は成功し、データは無事に集まりつつある。

あとはこのデータを提督を呼び出したという装置に応用すれば、自分たちが彼のいる世界へと行ける。

そう思うと、彼女たちの心は大いに踊るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の執務室。

主のいない椅子に、秘書艦である吹雪は座っている。

彼女は、机に置かれたケッコンカッコカリの書類と指輪を見ながら、ひとり微笑んでいる。

 

 

 

 

 

「司令官… 私達、もうすぐ貴方の元へ行けます」

 

「私たちは、貴方の艦娘です。 私も、皆も、貴方のためならこうして頑張れます。 貴方のためなら何だってやってみせます。 だから……」

 

 

 

 

 

 

「今度は、ちゃんと私を選んでくださいね……」

 

 

黒い小箱に収められたケッコンカッコカリのリング。

黒ずんだ瞳にリングを映しながら、吹雪はにっこりと笑うのであった。

 

 

 



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断罪者たちのウェディングベル

どうも、今回早めにネタが思いついたので書いてみました。
今回は久しぶりに一人の艦娘にスポットを当てた話になります。






 

 

 

ここは、とある鎮守府の中央広場。

雲一つない快晴の空の元、そこには一人の提督と一人の艦娘が隣り合わせに並び、向かいには大勢の艦娘たちが二人を見つめている。

そう、ここではこれからケッコンカッコカリが行われるところだった。

ケッコンカッコカリは任務であると同時に、提督と艦娘が特別な絆を結ぶために行う儀礼でもある。

そういう意味ではめでたいものと考えるのが普通なのだが、この鎮守府では少し様子がおかしかった。

 

 

「………」

 

 

艦娘に嵌める指輪を持つ提督は、まるで何かを悔いるかのような暗い表情をしており、隣に立つ艦娘は提督に対し憂いを帯びたような寂し気な笑みを見せている。

さらに、二人を見守る艦娘たちも笑顔の者は一人もいなかった。

悲し気に落ち込む顔や、感情を表に出さないよう目を閉じじっと無表情を貫く者。 中には提督に対し蔑むような視線を向ける者もいた。

明るいはずのケッコンカッコカリの儀礼は、まるでお通夜のように暗く静かな空気の中で行われ、提督は隣にいる艦娘へと指輪をはめるために、そっとその手を取るのであった。

 

 

 

 

 

「…お前にしたことを許してくれとは言わない。 これは、初めの一歩だ。 俺が、生涯をかけてお前に償うためのな……」

 

 

 

「いいのですよ、提督。 前々からお慕いしていた貴方とこうして一緒になれる。 その夢が叶うのだから、例えこのような形であっても幸せなことに変わりはありません」

 

 

 

艦娘はそう言って、提督の手に自分の手を優しく重ね合わせる。

俯く提督の顔を覗き込みながら、彼女は笑顔で語りかけた。

 

 

「だから、どうかそのような顔をなさらないで。 貴方がどんな思いを抱いていようと、今だけはこの気持ちを貴方に伝えさせてください」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 愛しています」

 

 

自分の気持ちを素直に伝えた艦娘は、何も言わぬ提督の体に手をまわし、そっと抱き着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は数日前に遡る。

 

 

 

 

鎮守府の執務室。 提督机に座ったままの姿勢で、出撃していた旗艦からの報告を聞いた俺は、「くそっ!」という悪態と共に目の前の机を乱暴に叩いた。

 

 

 

今、俺の鎮守府では上層部の命で新たな海域の攻略を任命されていたが、その海域は敵が強く幾度も大破されては撤退するという流れを余儀なくされていた。

この日も、進撃中に敵空母からの爆撃を受け一人が大破したとの報告を聞き、撤退せざるを得なくなってしまったのだ。

艦娘たちには帰還次第すぐに入渠し、今日はもう休み明日また向かってほしいと伝えたが、度重なる資材消費とまだ成果を出せないのかという上からの催促で、俺の不満は募りに募っていた。

普段は決して怒りを見せるような性格ではないものの、こうも問題が続けば俺の堪忍袋も限界に達していた。

そんな時、控えめなノックの音と共に扉が開き、今日の秘書艦を務める艦娘が俺へ声をかけてきた。

 

 

 

 

 

「提督、こちらの書類にお目通しをお願いした……あっ…」

 

 

しとやかな口調で俺へ声をかけてきた艦娘、水上機母艦『瑞穂』は俺の顔を見た途端、小さく声を上げる。

どうやら、瑞穂は怒りを抑える俺の顔を見て状況を察したらしい。

俺は瑞穂に気づくと、睨むように視線を向けぶっきらぼうな口調で返事をする。

 

 

「瑞穂か… 書類なら後で目を通すから、そこへ置いといてくれ」

 

「提督… このようなことを言うのはあれなのですが、少しご休憩を取ってはいかがでしょうか? ここ最近は提督も働き詰めですし、少し心と体を休めた方がよろしいですよ」

 

 

瑞穂の言葉を聞いた途端、俺は自分の怒りを抑えることができなかった。

机をたたき、書類を差し出してきた瑞穂を乱暴に払いのけた。

 

 

「ふざけるなっ!! 俺がどんな思いで指揮を取っているかお前に分かるのか!? 上層部からなじられ、時間にも資材にも余裕がないこの状況で、そんなことをする暇がどこにある!!」

 

「も、申し訳ございません! 提督の気も知らず、差し出がましいことを言って…!」

 

 

床に崩れ落ち縮こまる瑞穂の姿を見て、俺はようやく自分が何をしているかに気づいた。

頭を抱え謝り続ける瑞穂。 彼女を前にして、俺は冷静さを取り戻した頭で瑞穂に声をかける。

 

 

「あっ… す、すまない。 ついカッとなって……」

 

「いえ… 瑞穂も、提督の苦労を知らずにすみませんでした」

 

 

我ながら最低だ… よりによって、部下に当たり散らすなんて……

 

 

俺は散らばった書類を瑞穂と一緒に拾い集めると、「立てるか?」と言って瑞穂に手を差し出す。

俺の手を取り起き上がる瑞穂に、俺はばつが悪そうに言った。

 

 

「どうやら、瑞穂の言う通り俺は少し頭を冷やさなければいけないな。 今日はもう作業を切り上げて、部屋に戻って休むことにするよ」

 

 

そう言って、その場を去ろうとした時だった。 瑞穂が俺を引き止めたのは。

 

 

「て、提督っ! も、もし戻るのでしたら……瑞穂に、提督の食事をご用意させてはいただけないでしょうか? 提督、だいぶお疲れのようですし、瑞穂に提督の疲れをいやすお手伝いが出来れば嬉しいのですが…」

 

「…気持ちはありがたいが、俺なんかのためにわざわざそんな苦労する必要はないんだぞ。 お前も、今日はもう休んで…」

 

「いいえっ! 瑞穂が好きでやらせていただくので、ちっとも苦にはなりません!! その……だ、駄目でしょうか?」

 

 

急に力強く言って来たと思えば、気恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらしおらしくなる瑞穂。

ただ、申し出自体は俺にとってもありがたいし、彼女がそこまで熱望するなら先の無礼に対するお詫びも兼ねて、ここは彼女の好きにさせてあげよう。 俺はそう思った。

 

 

「分かった。 じゃあ、ここは瑞穂に頼んでもいいか?」

 

「も、もちろんです! 瑞穂、頑張りますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、俺は無理にでも瑞穂の頼みを断るべきだった。

なぜなら、この選択が俺と瑞穂の人生を大きく狂わせたのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の一室。 提督の私室としてあてがわれてる部屋へ、俺は瑞穂を招き入れる。

瑞穂は、今日の夕食の材料として持ってきたという食材と共に、畏まった様子で部屋に入った。

広さは執務室より若干小さいが、二人で過ごすには十分な広さはあるし、中には小さいながらも台所がついている。

瑞穂は「すぐにご用意しますから」と言うと、食材を持って台所へと入っていった。

俺も何か手伝えることはないかと進言したが、当の瑞穂から

 

 

「提督にそんなことをさせるわけにはいきません。 それより、ちゃんと休んでてください!」

 

 

と、お叱りの言葉を受けてしまった。

仕方ないので、俺は窓から見える夜空を眺めながら、料理ができるまで大人しく待つことにした。

 

 

「今日は、星がよく見えるな…」

 

 

いつもは執務や艦隊運営に追われ、のんびりする暇がなかったが、こうしてゆっくりと過ごしていると見えるものもある。

雲一つない夜空から見える満天の星は、疲れた俺の心を癒してくれる。 こんな機会を与えてくれた瑞穂に、俺は改めて感謝した。

しばらく待っていると、瑞穂がおかずの乗ったお盆を手にこちらへやってきた。

机に置かれたおかずは、きんぴらごぼうや煮魚、そして肉じゃがといった家庭感あふれる素朴なものだったが、料理上手な瑞穂の作ってくれたおかずはどれも絶品と言わざるを得ないものばかりだった。

 

 

「うん、これはおいしい! 瑞穂は本当に料理がうまいんだな」

 

「まあ、嬉しい! 提督にそう言って頂けて、瑞穂…感激です!」

 

 

俺の言葉に瑞穂も嬉し気に顔を綻ばせ、彼女の笑顔を見てると俺も嬉しくなってくる。

俺が料理に夢中になっていると、不意に瑞穂が何かを思い出したかのように急に立ち上がり、台所の方へと姿を消した。

少しして戻ってきた瑞穂の手には、日本酒の瓶が握られていた。 何でも、この日のためにわざわざ用意したものだという。

俺なんかのためにそこまで尽くしてもらい、本当に感謝の言葉も出ない。

俺はありがとうの言葉と共に、瑞穂が酌してくれた酒を煽る。

 

 

「ああ、これもうまい。 いい酒だな、瑞穂」

 

「うふふ♪ いい飲みっぷりですよ、提督」

 

 

瑞穂は笑いながら俺の猪口に酒を注ぎ、俺はまたそれを飲み干す。 おいしいのは上等な酒だからというのもあるが、それを瑞穂という美人が酌してくれているのだ。 まずいわけがない。

そうして俺は酒と料理を堪能していたが、居眠りしてしまったのかそこから先の記憶はぷっつりと途絶えていた。

だが、再び意識を取り戻したとき、俺は自分のしたことを激しく後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻した俺が目にしたのは、荒れ果てた自分の部屋だった。

手元に転がる空の酒瓶。 乱雑に散らばった瑞穂の手料理。 そして、あちこち引き千切られボロボロの衣服に、露出した胸元を手で隠しながら、部屋の隅で怯えた目をしながら俺を見る瑞穂の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はあの日、酒に酔って瑞穂を襲ってしまったのだ。

自分でも知らぬうちに溜まっていた仕事による不満とストレス。 提督としての日々の鬱憤を、最低な形で晴らしてしまったのだ。

あろうことか、俺は瑞穂に性的な暴力までふるっていた。 嫌がる瑞穂を無理やり押さえつけ、手篭めにしてしまったのだ。

全てを聞いた俺は、必死に土下座しながら何度も瑞穂に謝った。

謝って許されることじゃないのは分かっている。

それでも、今の俺にはそれしかできなかった。

しかし、被害者である瑞穂は俺を責めるようなことは言わなかった。

必死に謝る俺に向かって、

 

 

「提督は悪くありません! 秘書艦として、提督の苦しみを理解してあげられなかった、瑞穂の責任です…!」

 

 

だが、それでも俺が瑞穂を汚したのは事実。 俺は瑞穂の人生を狂わせてしまったのだ。

少しでも彼女に償いたく、謝り続ける俺を見て、瑞穂はどうしても償いたいのならと前置きすると、俺に向かってその条件を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今、俺はここにいる。

鎮守府の中庭。 俺は周りの艦娘たちから侮蔑の視線を浴びながら、これから瑞穂とケッコンカッコカリを行おうとしている。

しかし、これは一歩だ。

俺が人生をかけて瑞穂に償う、最初の一歩。

これは文字通り仮初の結婚。

ほどなくして俺は、瑞穂を正式な妻として迎え入れる。

それが瑞穂の出した条件であり、彼女の希望だからだ。

瑞穂は俺を愛していると言っていたが、本当か嘘かおれにはどっちでもよかった。

ただ、それが彼女に償うための方法なら、俺は喜んでそれをしよう。

 

 

 

 

 

「…お前にしたことを許してくれとは言わない。 これは、初めの一歩だ。 俺が、生涯をかけてお前に償うためのな……」

 

 

俺は己の愚かさに顔を歪めるが、瑞穂はこんな俺に対しても笑顔を絶やすことはなかった。

こんな俺を最後まで受け入れてくれる瑞穂の優しさにかすかな感動を抱きながら、俺は瑞穂の指にそっと指輪をはめ込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えばあの日から、計画は始まっていました。

 

 

瑞穂の所属する鎮守府は、それは素敵な場所です。

艦娘の皆さんはだれ一人かけることなく毎日を楽しく過ごし、笑顔が絶えることはありませんでした。

それができたのも、すべては提督の指揮と優しさがあってこそでした。

あの人は無茶な出撃はさせず私たちの安否を第一に考え、私たち艦娘のためにと酒保のほうにもいろんな商品を取り寄せてくれました。

そんなあの人を皆さんは慕い、提督と結ばれたいと思う子も大勢いました。 瑞穂も、その一人です。

ですが、100人以上もの艦娘がいるなかで、提督と添い遂げられるのはたった一人だけ。 普通に考えれば、夢のまた夢な話です。

だからこそ、あの日提督に食事を作りたいと申し出たとき、瑞穂は確信しました。

チャンスは今しかない! と…

あの日は提督もストレスが溜まっていたのか少々荒れていましたが、それさえも瑞穂にとっては好都合でした。

日々のストレスの捌け口に部下を襲ったという理由が出来上がるからです。

瑞穂は提督の食事を用意した後、キッチンに置いてある酒にこっそり睡眠薬を入れておいたのです。

しばらく提督にお酌していると、薬が効き始めたらしく提督はコックリコックリと首を傾けると、最後に机に倒れこんで寝息をたてました。

それから瑞穂は計画に移るべく行動を始めました。

本音を言えば、本当に提督に襲ってもらえれば嬉しかったのですが、流石にそこまでうまくは行かないので、瑞穂の手でそう見えるようにしました。

まず酒の残りを流しに捨てて、空になった酒瓶を提督の手元に置きました。

次に、ここで暴行が行われたことを演出するため、テーブルをひっくり返し、料理を乱雑に飛ばしました。

そして、今度は自らの手で着ていた服を引き千切りました。

少しでもリアルに見せるため、服は胸元が露わになるように破き、スカートも股が見えそうになるほど引き裂きました。

下着も引き千切った後は、最後の仕上げにかかりました。

そうです、瑞穂は眠っている提督と本当にまぐわったのです。

提督との情事を終え、瑞穂の中に提督の子種が入ったことを確認すると、感動で心が満たされました。

瑞穂は提督との接吻を交わすと、部屋の隅に座り込み、提督が起きるのを待ちながら、うとうととうたた寝をしました。

後は、提督が荒れ果てた部屋と瑞穂を見てくれれば、計画は完了です。

瑞穂の狙い通り、提督は自分が酒に酔って瑞穂を襲ったと誤解してくれました。

瑞穂は、どうしても償いたいという提督への条件として、瑞穂を提督の妻として娶ってほしいと言いました。

提督は泣きながら、それを了承してくれました。

そして今、瑞穂はここにいます。

鎮守府の中庭。 皆さんから複雑な思いをはらんだ視線を向けられながら、瑞穂は今日提督とケッコンカッコカリをします。

でも、これは瑞穂が提督の正式な妻になるための第一歩。

いずれ、提督は本物の結婚指輪を用意すると言ってくれました。

瑞穂としてはこの指輪でも十分嬉しかったのですが、そこまで瑞穂のためを思ってくれる提督のために、このことは言わないでおきました。

そして、皆さんごめんなさい。

皆さんの愛しい提督をこのような形で奪うことになってしまって。

瑞穂は罪深い女です。 提督の優しさも、皆さんの気持ちも知っていながらこのようなことをしたのですから。

ですが、瑞穂はこうして貴方と一緒になれたことを心から嬉しく思っています。

貴方がこれを罪と呼ぶのなら、貴方が自分を許すその時まで瑞穂は貴方の傍にいます。

貴方の罪を、瑞穂も共に償います。

だから、どうかこれだけは言わせてください。

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭で行われたケッコンカッコカリ。

提督からケッコンカッコカリの指輪をはめられた瑞穂は、今の自分の気持ちを伝えながら、そっと何も言わぬ提督へと抱き着いた。

漆黒のように黒く染まった瞳に、妖艶な笑みを浮かべながら……

 

 

 



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思うがゆえに彼は嫌い、想うがゆえに彼女たちは慕う

はい、久しぶりの投稿です。
いつもながらヤンこれと呼んでいいのか迷うような出来ですが、まあ楽しんでもらえれば助かります。





 

 

 

ここはとある鎮守府の執務室。 そこでは外から聞こえるほど楽し気な話声が聞こえ、中ではこの鎮守府の提督が大勢の艦娘たちに囲まれながらおしゃべりを楽しんでいた。

 

 

「それでですねー、相手の気を引くために巻雲も夕雲姉さんと一緒に頑張ったんですよー♪」

 

「ほお、それは大したものだ。 よく頑張ったな、巻雲」

 

「ねえ司令官。 司令官ってお味噌汁の具は何が好き? 次の秘書艦は朝雲だから、作ってあげるわ」

 

「それはありがたい。 なら、俺は豆腐とわかめの味噌汁がいいな」

 

「ぷうー! しれーかーん。 うーちゃんの事あんまり放っておくと、うーちゃん寂しさのあまり死んじゃうぴょーん!」

 

「すまんすまん、他の皆との話が楽しくてついな。 ほれ、卯月はここをくすぐられるのが好きなんだろ?」

 

「キャハハハハハハ!! し、しれーかんってば、意外とテクニシャンだぴょーん!」

 

 

和気藹々とした雰囲気の中、提督は艦娘達とのスキンシップを楽しんでいる。

巻雲や朝雲はともかく、卯月をくすぐる姿は傍から見ればロリコンじゃないかと言われそうだが、それでも彼女たちがそうしてほしいというのであれば、彼は拒んだりはしなかった。

彼女たちは深海棲艦に唯一対抗できる海の戦士、艦娘であり、自分を含め人々は彼女たちのおかげで平穏な日々を過ごせている。

その彼女たちが少しでも安らぎを得られるのであれば、彼もまた彼女たちに対して助力を惜しまなかった。

そして、そうまでして尽くしてくれる彼を艦娘達も慕っていた。

元々人外の存在である自分達には人権がなく、中には自分たちを都合のいい道具として扱うようなブラック鎮守府と呼ばれる場所もあったが、彼は自分たちをそのような目には合わせず、それどころか一人の女性として、人間として対等に見てくれる。

だからこそ、彼女たちは人類のためというより、提督である彼のために日々深海棲艦との戦いを頑張っているのであった。

 

 

 

 

 

「提督、大本営の方から電話が来ております」

 

「むっ、分かった」

 

 

執務室へ入ってきた秘書艦、大淀に声をかけられ、提督は卯月を下すとゆっくり腰を上げその場を後にしていく。

 

 

「皆、俺はちょっと用があるから席を外す。 お前たちも今日は部屋に戻ってゆっくり休むんだぞ」

 

 

まるで上官というより父親のように親しい口調で皆に伝える提督。

皆からの元気な返事を聞くと、彼はニッコリ笑って執務室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからだった。 艦娘たちが彼の笑顔を見なくなったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。

 

鎮守府の廊下ではすでに何人かの艦娘たちが活動をはじめ、そのうちの一人である卯月も朝の食事をとりに鼻歌交じりに廊下を歩いていた。

廊下を曲がった時、卯月は前を歩く提督の存在に気づき、いつものように挨拶する。

 

 

「しれーかーん。 おっはようだぴょ~ん♪」

 

 

こうあいさつすると、提督も「ああ、おはよう卯月。 今日も一日頑張ろうな」と励ましの言葉を送ってくれるのだが、この日は違った。

提督は何の反応も見せなかった。 まるでこっちの声が聞こえてないかのように。

卯月は首をかしげながらもう一度挨拶をするが、やっぱり提督からの反応はなかった。

だけど今度は聞こえるぐらい声でやった。 それなのに反応がないのはおかしい。

卯月はちょっとムッとなり、なんで挨拶してくれないのかせがもうとする。

 

 

「しれーかーん、何で挨拶してくれないのー! うーちゃん、ちょっと怒ってるぴょーん!!」

 

 

そう言いながら、提督の腕をつかんだ時だった。

 

 

 

 

 

 

「…なんだそれは」

 

「っ? しれーかん…?」

 

 

突然、提督は乱暴に卯月を振り払い床にたたきつける。

一体何が起きたのか理解できず困惑する卯月に対し、提督は卯月を睨み付けてきた。

 

 

「上官に向かってその態度は何だと言っているんだ!! 貴様も、海軍に所属する艦娘なら挨拶ぐらいまともにやれ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 

物凄い剣幕で怒鳴りつける提督の姿に、卯月も涙目になりながら縮こまる。

体を震わせ怯える卯月に目をくれることなく、提督はそのまま廊下を歩いていった。

その後、食堂で他の子達と食事をとりながら卯月は先の出来事を話したのだが、あの優しい提督がそんなことをするはずがないとか、その時はたまたま機嫌が悪かっただけよと言って、信じてくれる者はいなかった。

あれは卯月の気のせいだと笑い話にされてしまったが、のちに他の者達もあれが嘘ではなかったことを思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

陽光が降り注ぐ朝の執務室。

提督の机の上に朝食の用意を済ませ、秘書艦の朝雲は自分の食事の出来に感心する。

メニューは御飯と味噌汁に焼き魚とシンプルなものだったが、みそ汁の具は昨日提督が希望していた豆腐とわかめを入れてあった。

提督が自分の食事を食べておいしいと言ってくれる。

その言葉を聞くのが朝雲にとっては楽しみの一つだった。

 

 

「これで準備は良し…と。 司令官、喜んでくれるかな?」

 

 

嬉しげに朝雲が声を弾ませていると、扉が開き提督が中に入ってきた。

朝雲はいつものように提督に挨拶しようとしたが、できなかった。

なんだか、その日は提督がいつもの笑顔じゃなく、無表情だったからだ。 まるで、こちらに感心がないと言っているかのように…

提督は朝雲に目もくれず執務机にくると、机に置かれていた朝食を一瞥する。

 

 

「あ、あのね司令官。 今日のお味噌汁は司令官の希望通り…」

 

 

だが、朝雲が話し終えるより先に、提督はいきなり机の上に置かれた朝食を払いのけた。

驚愕する朝雲の前で、朝食はひっくり返り床にぶちまけられる。

ただただ困惑するしかなかった朝雲を忌々しげな目で睨みながら、提督は言った。

 

 

 

 

 

「さっさと片付けろ。 執務の邪魔だ」

 

 

そう吐き捨てた後、提督は朝雲に目をくれることなく机に腰かけ執務を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、提督はまるで別人のように変わっていった。

 

 

何かあったのかと駆逐艦娘たちが心配して執務室に顔見せに来ると、

 

 

「こんなところで油を売る暇があったらさっさと働け!!」

 

 

と言って追い出し、秘書艦が些細な事でもミスをすると、

 

 

「何をやっているんだお前は! こんなへまをやらかして、それで秘書艦を名乗る気かまぬけがっ!!」

 

 

と怒鳴り散らすなど、急に皆への態度が乱暴になっていった。

そのせいで、執務室に遊びに来るものは徐々にいなくなり、以前は誰がやるか口論になるほどだった秘書艦も、今では誰もやりたがらなくなってしまっていた。

だが、提督の豹変ぶりはこれだけではとどまらなかった。

 

 

 

 

 

ある朝、遠征の旗艦を任されていた天龍がいきり立った様子で執務室へ押しかけてきた。

突然乱暴にドアを開けたにもかかわらず、こちらに目もくれない提督に天龍は手にしていた遠征の日程表を叩きつけた。

 

 

「おい、提督! 今月の遠征、碌に休みがないじゃねえか。 一体どういう事なんだ!?」

 

 

見ると、日程表にはびっちりと遠征の予定が組み込まれており、休みの日はおろか夜も遠征の予定が組み込まれており、まともな睡眠をとる時間もない状態だった。

 

 

「見ての通りだ。 今月はその日程を元に作業に移ってもらう。 それだけだ」

 

「ふざけんなっ!! こんな過酷な作業じゃ、俺はともかくチビ共の身が持たないだろ。 すぐに訂正しろ!!」

 

 

天龍は声を荒げながら撤回を求めるが、提督は訝しげな顔で、

 

 

「動けなくなったのなら、お前や他の奴がその穴を埋めればいいだけの話だろ。 それすらできないのなら、新しい奴を建造してそいつにやらせればいい。 それで解決だ」

 

「…っ!! て…てめぇ!!」

 

 

怒りが頂点に達した天龍を秘書艦が取り押さえ、実害にはならなかったが、この一件でますます皆は彼から離れていった。 さらに…

 

 

 

 

 

「提督、昨日の指揮は一体何なんだ!?」

 

「何か、問題が?」

 

「敵の主力部隊と交戦したとき、こちらの被害が甚大だったにも関わらず追撃しろなどと言ったことだ。 下手したら轟沈の恐れもあったんだぞ!」

 

 

昨日、旗艦を務めた長門は机をたたきながら激昂する。 だが、提督は表情を変えぬまますまし顔で返事をする。

 

 

「だが、こうして一人も沈まずに済んだ。 ならそれでいいじゃないか」

 

「私はあの状況で追撃しろという命令を出したことに憤っているんだ! 一体いつからこのような指揮を取る人間になってしまったんだ貴方は!?」

 

 

彼女も知っていた。 本来提督はこんな指揮を取ることは絶対になかったことを。

たとえこちらが有利になっていようとも、大破か大破しそうな者が一人でもいれば撤退命令を出して皆の安全を優先する人だった。

しかし、今は自分の戦果を優先するような指揮ばかり振るっている。

なぜここまで変わってしまったのか? 長門はその理由を聞きたかったのだが、

 

 

「言いたいことは済んだか? ならさっさと戻れ」

 

 

提督はそれだけ言うと、長門に目もくれぬまま執務へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の執務室。

全ての作業を終え、提督は一人空を眺めていたが、後ろから控えめなノック音が聞こえるとそちらを振り向き、「入れ」と短く言った。

 

 

「失礼します、提督」

 

「こんな時間にわざわざ何の用だ?」

 

 

提督は執務室へやってきた艦娘、大淀を疎ましげな目で見ると、大淀も提督の目を見つめたまま尋ねた。

 

 

 

 

 

「提督、私は艦を代表して来ました。 ここ最近、貴方は急に人が変わったかのように私たちを酷使するようになりました。 なぜそのようなことをするのでしょうか? もし理由があるのなら聞かせてください」

 

 

真剣な瞳で提督を見ながら、大淀は問う。

その姿を見ていた提督は、「ふっ…」とどこか自嘲気味に笑うと理由を話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上へ行きたいからだ」

 

「えっ…?」

 

「より上へあがりたいからだと言ったんだ。 あの日、大本営が知らせてくれた。 近いうち、大将の娘がお見合いするという話があって、一番有能な提督を相手に選ぶという話だったんだ。 大将の親類と縁者になれば、次期大将が約束されたも同然だからな」

 

 

そこまで提督が話すと、大淀も「なるほど…」と短く返事をした。

 

 

「つまり、貴方はお見合いの相手に選ばれたいがために、私たちを戦果を稼ぐための道具として扱うことにした。 そう言いたいのですね…」

 

「ああ、そうだ。 今までのぬるい艦隊指揮じゃ、どう見ても他の者に先を越されてしまうからこのような手段を取らざるを得なかった。 だが、おかげで今回の見合いの相手に俺が選ばれたんだ。 礼を言うぞ」

 

 

全てを話し終えた提督はニヤリと笑い、それを聞いた大淀は小さく溜息を吐くと、用が済んだのかドアノブに手をかけた。

 

 

「…理由を聞かせていただき、ありがとうございます。 では、私はこれで失礼します。 それと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、貴方には失望しました…」

 

 

その言葉を残し、大淀は執務室を後にした。

静寂に包まれた中で、一人残った提督は誰もいない部屋でただ一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、突然執務室の電話が鳴り、提督は受話器を取る。

どうやら相手は大将らしく、話の内容は例のお見合いについての事であった。

 

 

「…ええ。 では、3日後にはお見合いを始めると…… はい、わかりました」

 

「その代わり、あの約束は守ってもらいますよ。 …何のことかって? この鎮守府と俺の部下たちに手を出さないという話です! 忘れたとは言わせませんよ、俺はそのためにこの見合いを承諾したんですから!!」

 

 

 

 

 

 

実は、提督が話していた大将の娘とのお見合いがあるという話は本当だった。

しかし、一番戦果を挙げた提督とお見合いをさせるという話はなく、大将は初めから彼をお見合いの相手に選んでおり、娘もまた提督の事を気に入っていたのだ。

さらに言うと、大将は彼に自分の跡を継がせ、次期大将になってほしいとも話しており、そのためにこの鎮守府を出て自分の管理する鎮守府に移ってほしいと持ち掛けてきていた。

ただ、提督の方は自分にはその気はないし、今は出世より部下である艦娘達の方が大事だと言って、その話を断ろうとした。

だが、その返事を聞いた大将はえらく気分を害したらしく、もしこの話を断るのなら上層部に根回しして、今後一切この鎮守府に資材などの支援物資を送らせないようすると脅迫してきたのだった。

さすがにそれには提督も話を受けざるを得なかった。 そして、ここを離れるときに少しでもみんなを悲しませないようにするため、自ら嫌われるように振る舞うようにした。

彼自身、皆につらい思いをさせるのは心苦しかったのだが、それでも今やめるわけにはいかないと自分に必死に言い聞かせ、今日まで耐えてきたのであった。

 

 

 

 

 

電話を終えた提督は頭を抱え、深いため息をつく。

その表情には今まで皆に見せてきた恐ろしい様相はなく、以前の皆を心配する一人の優しい提督の顔を見せていた。

 

 

「すまない皆。 俺が無力なばかりに、こんな形でしかお前たちを守ってやれなかった。 だから、俺がいなくなっても皆は元気でいてくれ。 それだけが、俺からの頼みだ……」

 

 

まるで懺悔のようにそこにはいない艦娘たちに一人謝る提督。 そして、その声は大淀が部屋を出る際ドアノブにつけていった盗聴器にもしっかり聞こえていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督、やっぱり私たちの事が嫌いになったんじゃなかったんだね」

 

「何てことだ… 提督がこうも苦しんでいたというのに、気づいてやれなかったとは我ながら情けない…!」

 

「しかし、大将もそうですがその娘も許せませんね。 よりによって、大和の提督に色目を使うだなんて…!!」

 

「大和さんの言う通り、あの人に目をつけるなんて頭に来ました。 ただ大和さん、一つ訂正を… 大和の、ではなく私の提督です」

 

「か、加賀さん… そんな意地を張らなくても…」

 

 

場所は艦娘寮の大広間。 そこでは盗聴器ごしに提督の話を聞いた艦娘たちが、それぞれの想いを口にしていた。

提督から真実を聞いて、自分たちを嫌ってなかったことに安堵する者。 提督の苦悩に気づいてやれなかったことを悔やむ者。 大将への怒りを募らせる者など、いろんな様相を呈していたが、大淀の一喝でその場は静まり返った。

 

 

「皆さん落ち着いてください! こうして提督から真実を聞き、望まぬお見合いをさせられそうになっている今、私たちがすべきはここで騒ぐことではありません!!」

 

 

その言葉に、隣にいた長門も同意する。

 

 

「大淀の言う通りだ。 我々の提督を苦しませた大将から、あの人を守る。 それが部下である我々の成すべきことだ。 皆、教えてやろうではないか。 提督に手を出すことが、どれほど恐ろしいことなのかを…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お見合い当日の朝。 これから始まるお見合いのために身支度を整える提督の表情は、嫌々やっているという様子がはっきりと出ている。

だが、やらなくてはならない。 彼は改めて自分にそう言い聞かせていると、突然部屋に電話の音が鳴り響いた。

こんな時間に一体誰なんだ?

提督は首をかしげながらも受話器を取る。

 

 

「はい、こちら提督で………えっ、何ですと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは鎮守府の正門に面した中庭。 そこでは朝早くにもかかわらず、この鎮守府に所属する艦娘たちが集合していた。

何故なら、皆に伝えたいことがあると提督直々に館内放送を使って皆への呼びかけがあったからだ。

トレーニング途中で汗を流している者。 まだ寝足りないのか大きくあくびをする者。 艦娘たちも色んな反応を見せていたが、提督が姿を見せると皆一斉に彼の方に顔を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「皆、急な呼びかけをしてすまない。 実は、3日前に話したお見合いの話なんだが、あれには皆には伝えていないことがあった」

 

「今まで隠していたのだが、俺は望んでお見合いを受けたのではない。 大将から無理やりお見合いの相手をさせられ、大将が管理する鎮守府の提督になるよう強制されてたんだ。 そうしなければ、ここへ支援物資を送らせないと脅されてな……」

 

「だから、俺はここを去る時、皆を悲しませないようにするためあえて嫌われ役を演じたんだ。 まあ、これは俺の勝手な判断だったんだがな…」

 

「だが、今朝向こうから今回の件について取り消してくれとの連絡があった。 そのおかげで、俺もこうして真実を打ち明けることができたし、ここを去らずにすんだ」

 

「俺の勝手で今まで皆を傷つけて本当にすまなかった。 許してくれとは言わないし、恨んでも傷つけられようとも構わない。 ただ、これだけはちゃんと伝えておきたかったんだ」

 

 

 

 

 

全てを打ち明けた提督は、艦娘たちに向かって深々と頭を下げた。

それを聞いた艦娘たちは、お互いに顔を合わせると提督に駆け寄っていき、いつものような親し気な口調で彼に話しかけた。

 

 

「頭を上げてください、提督。 貴方が急にあのような振舞いをした時点で、貴方に何かあったことは皆気づいていたんです」

 

「元より、提督も私たちを想っての行動だったのであろう? それを責めるつもりなど、私たちには微塵もないさ」

 

「お前たち……」

 

「司令官… うーちゃん、またいつもみたいに司令官のところに遊びに行ってもいい…ぴょん?」

 

「ああ…もちろんだ! ごめんな卯月、いきなり怒鳴りつけたりして…」

 

「ねえ、司令官… 今度は、私の作った朝食ちゃんと食べてくれる?」

 

「ああ、ちゃんと食べるぞ! すまない、朝雲… お前の作ってくれた朝食を台無しにしてしまって」

 

 

泣きながら提督に抱き着く艦娘たちを、提督もまた泣きながら抱きしめる。

そんな微笑ましい光景を、他の艦娘たちも笑顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は知らなかった。 全てを知った艦娘たちが、深夜にこっそり鎮守府を抜け出していたことを…

 

 

 

彼は知らなかった。 皆が大将の家を襲撃し、大将とその家族を病院送りにしたあげく、お見合い相手の娘に提督に付きまとうなと脅迫したことを…

 

 

 

彼は知らなかった。 彼が艦娘たちを大事にするあまり、彼女たちはどんなことがあろうと彼をここから出さないと心から誓っていることを… 皆が、彼を一人の男性として真剣に愛していることを……

 

 

 

 

 

「心配いりませんよ、提督。 貴方に害をなす者がいれば私たちが必ず排除します。 貴方に何かあれば、私たちが必ず貴方を守ります。 だから、これからもここにいてくださいね… これからも、私たちの提督として傍にいてくださいね……」

 

 

遠目に駆逐艦娘たちとじゃれあう提督を見つめながら、大淀はにっこりと微笑む。

他の艦娘たちと同じように、黒ずんだ瞳と眼鏡に最愛の人を映しながら……

 

 

 



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両手に華というが、両手の花は重すぎて

どうも! やっと話ができたので投稿しました。


今回の話は感想からネタをいただいたので、それを自分なりにアレンジして出してみました。 あと、今回は色々書きたいネタがあるので、前・後編という形で投稿します。 後編はまだですが、なるべく早く書く予定です。


そして、ネタ提供してくれた村人Bさん。 ネタがないところだったので助かりました、本当にありがとうございます!!





 

 

とあるアパートの一室。 一人の青年はいつものようにパソコンを起動すると、ゲーム『艦隊これくしょん』にログインした。

 

 

『艦隊がお戻りなのです』

 

 

モニターから聞こえる初期艦、電の声に彼は頬を緩ませる。

 

 

「ふおお… やっぱり電は可愛すぎる、天使かっ!?」

 

 

一人興奮しながらも、青年はいつものように遠征から戻ってきた艦隊に補給を済ませると、電を旗艦に演習に向けて編成を整えていった。

 

 

「ようやくこっちもここまで充実してきたな。 やっぱり2度目ともなると、だいぶ手順が分かってくるから楽だし、なにより電を初期艦に選べるのが嬉しいぞー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、彼が艦これをやり始めたとき、彼の初期艦は電ではなかった。

彼はもともと友達から艦これというゲームの存在を知り、それから始めることになったのだが、その時彼はクールな容姿に惹かれたという理由で叢雲を選んでいたのだ。

それから彼は初期艦である叢雲と共にあらゆる海域を攻略して仲間を増やし、どんどん資材や練度を上げていった。

そうしてやり続けていくうちに、彼はある一つの問題にぶつかってしまった。

それは、叢雲を筆頭にほとんどの艦娘達を最大練度まで上げてしまったのだ。

海域もすべて制覇し、練度も改修も最大まで済ませ、もうやれることが無くなってしまい、あとできることと言えば毎日出てくるデイリークエストを消化することぐらい。

そんな退屈な毎日に耐えられなくなった彼は、ある思い切った方法を取った。

なんと、彼は新しいアカウントを作り、そこからもう一度艦これをやり始めたのだ。

今度は叢雲でなく、可愛らしい見た目と性格が気に入ってた電を初期艦に選び、再び一から始めていった。

そうしてまた少しずつ艦隊の練度を上げていき、今では前の時の鎮守府に負けず劣らず、だいぶ艦隊と資材が充実していった。

 

 

 

 

 

 

「…叢雲に申し訳ない気もするが、まあ仕方ない。 そこはもう過去の事だと割り切っていこう」

 

 

不意に過去やっていた経験を思い出し、青年は感傷に浸る。

あの頃も艦これに対する知識や経験がない分、いろいろと大変なこともあったが、それでもあれはあれで楽しいこともあった。

電を初期艦にしたあの日からあっちには一度もログインはしていない。

皆に見切りをつけたようでどこか罪悪感を感じていたが、どうにか忘れようと首を振ると、再び彼はゲームの方に意識を向けた。

今日の分の任務を終え、電源を切る前に遠征を出すと、彼は寝床に戻り眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、いつものように青年はあくびをしながら目を覚ますと、目の前の光景に思わず目を見開いた。

目の前に広がる光景はいつも自分が過ごしている自室ではなく、年季を感じさせる荘厳な机に暖かそうなふかふかのカーペット。

開いた窓からは潮の香り漂う風が吹き込み、脇に下げられた青いカーテンをそよがせる。

自分の服はいつもの寝間着ではなく、シミのない白の軍服によく見ると布団ではなく椅子に座っている。

 

 

「これ… まさか…」

 

 

まるで夢でも見ているかのような状況に彼が一人唖然としていると、突然背後のドアが開き扉の向こうから一人の少女が顔を見せる。

 

 

「あっ、起きたのですね司令官さん!」

 

 

青年が振り向くと、部屋に入ってきたのはいつも自分が画面越しに見てきた艦娘、暁型駆逐艦4番艦『電』の姿があった。

 

 

「い、電っ!? もしかして、電なのか!?」

 

「そうなのです! 司令官さんに会えて、電も嬉しいのです♪」

 

 

年相応のあどけない笑顔と共に電は青年の元に駆け寄ってくるが、対する青年はますます状況が理解できずに困惑気味になる。

なぜ自分がこんな格好でここにいるのかとか、どうして電は自分を司令官と呼んでいるのかとか、自分に向かって笑いかけてくる電はかわいくてやっぱり天使ってはっきり分かんだねとか、いろんな思考が頭の中で巡っていたが、

 

 

「どうしたのですか司令官さん? 司令官さんは、いつもこの舞鶴鎮守府で電たちを指揮してくれてたじゃないですか」

 

 

電からそう尋ねられ、青年はハッとする。

確か、自分が登録したサーバも舞鶴鎮守府だったはず。

試しに彼は自分がゲームで設定した艦隊名や自分が寝る前にどの遠征に出したかを電に問うと、電はどれもぴたりと言い当ててみせた。

そこまで聞いて、ようやく彼は理解することができた。

ここはゲームの中の世界で、今自分は自分がプレイしている鎮守府に来ているのだと…

 

 

「し、司令官さん? どうしたのです? 体の具合でも悪いのですか…?」

 

 

突然俯きながら体を震わせる青年を見て、電は心配そうに声をかける。

だが、彼は震え声でそれを否定した。

 

 

「…違うんだ、電。 俺は… 俺は今、こうしてリアルに電に会えたことに猛烈に感動しているんだ!」

 

 

青年は顔を上げた途端、思いっきり電に抱き着いた。

突然の事に電も戸惑っていたが、大好きな提督に抱き着かれた彼女もどこか嬉しげな表情で拒むようなことはしなかった。

しばらくするとようやく彼も冷静になったのか、突然抱き着いたことに謝るが、電は気にしないでと言わんばかりに首を横に振った。

それから、電は提督である青年の手を引いて鎮守府を見て回ろうと提案した。

彼もそれを拒否することなく、電についていく。

まずやってきたのは、第一艦隊の艦娘たちがいる作戦指令室。 そこでは、長門や陸奥・翔鶴や瑞鶴達がおり、提督である彼の姿を見た途端に皆一斉に顔を綻ばせた。

 

 

「提督、ようやく来てくれたのか!」

 

「もう、提督ったら来るのが遅いじゃない! お姉さん待ちくたびれたわよ」

 

「よお、長門! 陸奥も謝るからそんなむくれないでくれって」

 

「仕方ないですよ。 長門さんも、陸奥さんも、司令官さんが来るのをずっと待ってたのですから」

 

 

膨れっ面ですねる陸奥に提督が謝っていると、電が合いの手を入れる。

 

 

「はあ… こうして提督に直に会えるなんて、私夢のようです!」

 

「もう、翔鶴姉ってば大げさだよ。 まあ、瑞鶴もこうして提督さんに会えてうれしいけどね」

 

「翔鶴みたいな美人にそう言ってもらえるとか、俺にとっても夢のようだ! もちろん、瑞鶴に会えたのも嬉しいぞ」

 

 

幸せの絶頂に至る翔鶴と、苦笑いを浮かべながらそれを窘める瑞鶴。

そんな彼女たちにも提督はフォローを入れる。

一通り挨拶が終わると、提督は皆から演習に来てほしいとか一緒に遊びに行こうとか誘われるが、電が司令官さんはまだ電と一緒に鎮守府を見て回るということを説明すると、皆渋々ながらも引き下がってくれた。

提督はこれが終わったらみんなに付き合うよと言い残すと、再び電と共に他の場所へと向かっていった。

その後は、食堂でいつも遠征に出ている駆逐艦娘たちに顔を合わせに行った。

 

 

「いつもみんなには遠征を頑張ってもらって、俺も助かってるよ」

 

「そんな、気にしないでください。 私も、私なりに頑張っているだけなんですから」

 

「そーでごぜーますよご主人様♪ 潮とか、いつも遠征から帰るたびに『この遠征を大成功させたら、提督喜んでくれるかな?』とか、いつも言ってますしね」

 

「わ…わーわー!! 漣ちゃん、余計な事言わないでー!!」

 

「全く、皆提督が来たからと言って浮かれおって… 情けなくて見ておられんのう」

 

「えっ? でも私達姉妹の中で、提督が来たのを知って一番嬉しそうだったの初春姉様じゃなかったっけ?」

 

「しぃ…! 駄目だぞ子日、そんなことを言っては。 初春姉さんもそれを知られたくなくて、あのように興味なさげに振る舞っているのだから……」

 

「余計な事を言うでない子日! 若葉も聞こえておるぞ…!」

 

 

艦娘たちは色んな反応を見せるが、みんな自分が来たことをうれしく思っているらしく、提督もそれを見て笑顔を見せた。

艦娘と一緒にいた妖精たちもわいわい喜んでいるようで、食堂を出るとき艦娘達と一緒に手を振りながら見送ってくれた。

しばらくはいろんな場所を見て回った二人だが、海の見える母港まで来ると、少し休憩しようということで二人とも一息ついた。

 

 

「……。 自分で言うのもあれなんだが、俺ってこんなに皆に慕われてたんだな。 碌な指揮しないとか、遠征が多すぎるとか文句の一つも出るんじゃないかと思ってたんだが」

 

「まあ、中にはそういう不満を持っている子もいるかもしれませんが、それでも電たちは司令官さんのおかげでこうして無事にいられるんです。 それに、電たちのためにここまで尽くしてくれた司令官さんを嫌いになんかならないのです」

 

 

朗らかに笑いながらそう答える電に、提督も思わず照れ笑いを浮かべた。

間宮さんのところで何か飲み物をもらってくると言って、電はこの場を去っていく。

提督も一緒に取りに行くと言ったが、電は司令官さんは少し休んでてくださいと言って彼をここに残していった。

ポツンと一人残った提督だったが、今の彼の心境はこれ以上ないほど浮かれあがっていた。

 

 

「ふおお… まさか電と一緒にいる夢がかなうどころかあんなことまで言ってもらえるなんて……! 艦これライフ、万歳!!」

 

 

思いっきり両手を挙げながら、彼は視界一杯に広がる海へ叫んでいた。

だが、そんな彼へと何者かが足音を立てながら歩み寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたわよ! アンタ、私達をほったらかしにしてどこで油売ってたのよ!!」

 

 

甲高い声に驚きながら振り返ると、そこには両腕を組んで仁王立ちをする一人の艦娘の姿があった。

銀髪の長い髪を海風に揺らしながら、スレンダーな体つきをした艦娘。 頭にはウサギの耳をほうふつとさせるような艤装が取り付けられていた。

提督はその艦娘を見た途端、大きく目を見開く。

そこにいたのは彼が初めて艦これをやった時、初期艦として選んだ艦娘。 吹雪型駆逐艦5番艦『叢雲』だった。

 

 

「ええー! おま…もしかして…… 叢雲…なのか?」

 

「何言ってんのよアンタ。 長いこと会いに来なかったせいで私の顔まで見忘れたっていうの? 呆れたものね」

 

「全く… いつまで経っても来ないと思って探しに来てみたら、こんなところにいたのね。 ほら、さっさと戻るわよ」

 

 

そう言うと、叢雲は提督の手を引きながら港を去っていった。

どうにか提督も待ってくれと言いながら抵抗しようとしたが、見た目は少女とはいえ艦娘は人の形をした軍艦。 元より人間の力で逆らえるわけもなく、彼は叢雲に連れられるまま歩き続けた。

電たちの鎮守府がある場所とは真逆の方向へと連れられていたが、しばらく歩き続けると、「ようやくついたわよ」と言って、叢雲が前を指さす。

提督がそちらを見てみると、何とそこにはさっきまでいた鎮守府とは別に、もう一つ鎮守府が建てられていたのであった。

ふと、自分を呼ぶ声がするのでそっちに顔を向けてみると、鎮守府の入り口……そこで、こちらに向かってかけてくる数人の艦娘たちの姿があった。

 

 

「テートク――――!! 私から目を離しちゃノーって言ったじゃないですカー!!」

 

「ああ… 提督…ようやく戻ってきてくれたのですね! 榛名、感激です!!」

 

「ひどいじゃないですか提督! 突然私たちを置いてどこか行ってしまうなんて。 私、危うく資材庫のボーキをやけ食いするところだったんですから!!」

 

「赤城さんの言い分はともかく、こうして提督に直に会えて流石に気分が高揚します。 これからは、もうどこにも行かないでくださいね」

 

「えっ… 金剛に榛名、赤城、それに加賀まで… それに、この鎮守府って一体……?」

 

 

ただただ呆然とすることしかできなかった提督に、叢雲は顔を向ける。

 

 

「何寝ぼけたこと言ってんの! アンタの鎮守府はあそこで、アンタは私の司令官でしょ! 大体あんたじゃない、私を綺麗な子だなって言って初期艦として選んだのは。 わ、忘れたとは言わせないわよ!」

 

 

若干顔を赤くしながら叫ぶ叢雲を見て、提督はようやく思い出した。

確か自分が艦これを初めてやるとき、そんなことを言いながら叢雲を選んでいたことを。

同時に何か気付いたのか、「まさか…」と呟きながら、彼は叢雲へいくつか質問をぶつけた。

 

 

「なあ、叢雲… 俺が初めて建造を行って出した艦娘は誰だ?」

 

「村雨でしょ。 それが何?」

 

「じゃ、じゃあ… 俺が初めて改にした艦娘は?」

 

「そんなこと、忘れるわけないじゃない! アンタが最初に改にしてくれたのは私よ。 そして、初めて改二にしたのもね」

 

 

そこまで聞いて、ようやく彼は確信した。

叢雲の答えは、すべて自分の最初のプレイ経験と一致している。

それを知っているとすれば、自分以外なら前にやっていたころの艦娘ぐらいしかいない。

つまり、ここにいる叢雲は自分が初めて艦これをプレイしていた頃の叢雲で、後ろにいる金剛たちは前の鎮守府で主力艦隊として使っていた子達なんだという事を理解した。

 

 

「とにかく、こんなとこで突っ立ってても始まらないわ。 早く鎮守府に戻りましょ、アンタにはやってもらわなきゃいけないことが山ほどあるんだから」

 

 

どこか嬉し気な口調で叢雲は再び提督の手を引く。

そして、提督もまた叢雲に引かれるままに鎮守府へ連れて行かれそうになった時だった。

 

 

 

 

 

「司令官さんに何をするのですか!?」

 

 

突然響く声に叢雲たちが振り向くと、そこには息を切らせる電を筆頭に、長門や翔鶴たち新しい鎮守府側の第一艦隊の艦娘たちが艤装を展開していた。

嬉しげな表情から一変。 叢雲は訝しげな眼で電を睨み付けると、ぶっきらぼうな口調で言った。

 

 

「はあ? 何よアンタ、別に私たちの司令官をどうしようとこっちの勝手でしょ? 邪魔をしないでちょうだい」

 

 

しっしっと、まるで野良犬でも追い払うかのように叢雲は手を振って電を追い返そうとする。

しかし、電の方も毅然とした態度で言い返した。

 

 

「その人は電の司令官さんです! そっちこそ、司令官さんから離れてください!!」

 

 

叫びながら、電は艤装を展開。 叢雲へとその矛先を突き付ける。

 

 

「ちょちょっ!? お前ら落ち着けって!!」

 

 

慌てて提督が止めようとするが、お互い聞く耳を持たず。

それどころか、電と叢雲以外にもあちこちで衝突が起こっていた。

 

 

「ヘーイ長門ー! 私のテートクに気安く近づかないでほしいデース!!」

 

「口の利き方に気を付けろ金剛…! その人は私の提督で、貴様のではない!!」

 

「落ち着いて姉さん。 でも、そんなふうに提督にくっつく姿を見せられちゃ、お姉さんもちょこっとばかりカチンときちゃうかな~?」

 

「陸奥さんこそ、榛名たちの提督にあまり近づかないでもらえますか? 大事な提督との一時を邪魔されては、榛名は大丈夫じゃありません……」

 

「ちょっと! 一航戦の先輩だからって、馴れ馴れしく提督さんに触らないでよ!!」

 

「別に部下として上官の傍にいるのは当たり前じゃない。 五航戦の子こそ、提督に近づかないで。 不愉快だわ」

 

「おいだから止せって! まずは喧嘩をやめてだな…!!」

 

 

ますます過熱する艦娘たちとの衝突をどうにか止めようと、提督が必死に呼びかけていると、

 

 

「うおっと!?」

 

 

足がつまずき、提督はその場でよろけた。

その拍子に、提督の上着のポケットから何かが落ち、提督がそれを拾い上げる。

 

 

「あれ…? これって、ケッコンカッコカリの指輪?」

 

「ああ、そっか… そういえば、俺ってまだケッコンカッコカリはしてなかったんだよな。 皆かわいい子ばかりだから、誰にしようか決めらんなくって…」

 

 

提督がそんな独り言をつぶやいて顔を起こした時、彼は気づいた。 艦娘たちの意識と視線が一瞬で自分の方へと向けられていることを。

皆の目は普通じゃなかった。 まるで獲物を狩る捕食者のような目で自分を見ている。 正確には、自分が持っているケッコンカッコカリの指輪が入った箱の方なのだが……

 

 

「え、ええと… み、皆……」

 

 

周囲の気迫に押され気味になりながらも提督が声を漏らすと、一番近くにいた叢雲が彼によってきた。

 

 

「ねえ… アンタって、もともと私を気に入って初期艦に選んだのよね? まだ相手が決まってないっていうんなら、私がアンタの結婚相手になってあげるから感謝しなさい!」

 

 

妖艶な笑みを浮かべながらも、どこか有無を言わさぬ気迫を感じさせながら叢雲は提督にすり寄ってくる。

思わず提督が後ずさりすると、今度は反対側から電が彼の腕に抱き着いてきた。

 

 

「司令官さん… 電は信じているのです。 その指輪は他の誰でもない、電のために取っておいてくれたんだって。 だから、電も司令官さんの気持ちに応えたいので、喜んでその指輪を受け取るのです」

 

 

腕に抱き着いたまま、にこやかに微笑む電。 だが、その眼はドス黒く光が全く灯っていない。 しかも、黙って指輪を差し出せと言わんばかりに、徐々に腕に抱き着く力が強くなっていく。

よく見ると、急に様子がおかしくなったのは二人だけではない。

遠くに見える金剛や長門は自分を選べと言わんばかりに威圧感を放ち、加賀は表情を変えず、翔鶴はどこかそわそわとした様子で何かものほしそうな態度を見せていた。

この様子を見せられれば、彼も嫌でも理解できた。

間違いなく、皆はこの指輪を狙っている。

下手すれば、今ここで指輪を巡って血で血を洗う修羅場となりかねない。

極限の恐怖に晒されながらも、どうにか提督はこの場を打開する方法を考える。

そして、自分を選べという空気がピリピリと張り詰める中で、提督は必死に声を張り上げた。

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ今日一日一緒に行動して、一番好きになった子にこの指輪を渡すことにする! 皆、いいな!?」

 

 

それを聞いた途端、場の空気は一変した。

殺気に満ちていた場は、歓声を上げる者、不満そうな顔をしながらも渋々納得する者、微かに舌打ちをする者など、色んな反応を見せていた。

提督もその場の空気と二人から解放されて、大きく安堵のため息を吐いた。

 

 

「はあ… これ…一体どうなるんだろうな?」

 

 

この場は収まったとは言えど、危機を脱したわけではない。

これから、どんな修羅場が待ち構えることになるのであろうかと、彼は頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っててくださいね、司令官さん… 電、すぐに司令官さんから指輪をもらいますからね」

 

 

 

「ふふふ… 上等よ、アンタの相手にふさわしい子なんて、私以外いないってことをこの場で教えてあげるわ。 覚悟なさい、アンタは絶対逃がさないから…!!」

 

 

 

 

 

ドス黒い瞳を向けながら笑う二人に声に気付かないフリをして……

 

 

 



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綺麗な花には棘があり、可愛い花には毒がある

どうもー! ようやく後編ができたので、投稿します。
艦これのイベント海域攻略でなかなか筆が進まなかったのですが、その分収穫はあったので自分としては嬉しい限りです。
まあ、こっちも楽しんでもらえれば、なおうれしいのですが…





 

 

 

鎮守府の食堂。 昼食の時間になり、電たちと共に色とりどりの料理を前にして提督は考えていた。

 

 

「まずい… 咄嗟にあんなことを言った手前、どうやって事を収めよう……」

 

 

事の発端は、ある日いつものように艦これをプレイしていた彼が目を覚ますと、いつの間にか自分が担当していた鎮守府に提督として着任。 そこで出会った初期艦、電と共に他の艦娘たちに顔合わせしていた時、なんと前にプレイしていた時の初期艦、叢雲とバッタリ遭遇してしまったのだ。

叢雲は長いこと戻ってこなかった彼を自分の所属する鎮守府へ連れて行こうとしたところ、戻ってきた電と遭遇し、一触即発の修羅場へと発展。

おまけに提督である彼が皆を止めようとしたとき、懐からケッコンカッコカリに使われる指輪が落ちてしまい、皆は我先にとケッコンの相手に志願。 それを決めるため、今日一日皆と一緒にいて一番好きになった子とケッコンすると言って、今は電側の鎮守府で昼食を取ろうとしているところであった。

 

 

 

 

 

「…皆は、どうあっても俺とのケッコンカッコカリを望んでいる。 公平を期すためにってことで、俺は電と叢雲の鎮守府にそれぞれ顔を出さなきゃいけない。 それ自体は別にいいんだが、どうすればみんなを納得させてやれるか……?」

 

 

彼は深いため息とともにがくっと項垂れる。

あれから思考を巡らせるものの、結局いい打開案は思いつかず。 そんな彼へと、傍らにいた一人の艦娘は優しい口調で話しかける。

 

 

「提督。 何か考え事をされてるようですが、せっかくの料理が冷めてしまいます。 どうぞ、お召し上がりください」

 

 

この食堂の料理長を務める、和風美人を体現したような艦娘。 軽空母『鳳翔』は自分の料理を勧めてくる。

最初は悩み顔だった提督も、彼女の温かい笑みを見ると、さすがにこのまま考えたままも失礼かと思い、小さく頷いた。

 

 

「あっ、すんません鳳翔さん。 それじゃ、頂きまーす」

 

 

ほかほかと暖かそうに湯気を立てる料理を箸で摘み、さっそく一口食べようとした。 その時…

 

 

 

 

 

「ちょっと待つネー!!」

 

 

突然食堂に響き渡る声。

料理をつまんだままの提督が声のした方を見ると、そこには両腕を組み仁王立ちをした金剛がつかつかと駆け寄ってきた。

一体どうしたのかと提督が唖然としていると、金剛は近くにあった箸立てから箸を取り出し比叡に渡した。

 

 

「比叡、一口食べてくだサイ」

 

「はい、お姉さま。 気合、入れて、食べます!!」

 

 

比叡が提督の料理を一口食べた途端、比叡はばたりとその場で倒れこんだ。

テーブルに突っ伏しながら寝息を立てる比叡を他所に、金剛は睨むような視線を鳳翔へとむけた。

 

 

「…ヘーイ鳳翔。 これは一体どういう事デース? なぜ提督の食事に睡眠薬が盛られているのネー?」

 

「あらやだ、私ったら塩と間違えて入れちゃったのね。 すみません、ついうっかりしてて」

 

「もしかして、提督を眠らせてる隙に指輪を奪うつもりだったのではないですカー?」

 

「……。 もう嫌ですね、金剛さんは。 そんなことするわけないじゃないですか♪」

 

 

恥ずかし気に鳳翔は口元に手を当てて笑っているが、その眼は笑うどころかまるで忌々しいものを見るような目をしており、提督もまた指輪を手に入れるためなら手段を選ばない彼女の行動ぶりに、思わず背筋がゾッとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、今度は叢雲側の鎮守府。

結局一口も食べないまま昼食を終えた提督は、今度は叢雲と共に港を散歩していた。

さっき、薬を盛ってきた鳳翔の行動力を鑑みるに、艦娘たちはいつどこで自分を陥れようとしてもおかしくない状況だ。

さすがに彼も警戒心を抱きつつ、隣を歩く叢雲の言動に注意を払っていたが、

 

 

「…何よ、そんなに私の事ジロジロ見て。 私の顔に何かついてるの?」

 

 

叢雲におかしな言動は見られず、照れくさいのか少し顔を赤くしながら提督の手を取って歩くだけだった。

不意に叢雲がこちらに顔を向けたからか、提督も照れくささからつい顔をそむけてしまった。

だけど、こうして近くで叢雲を見てると彼女の美麗さがよくわかる。

隣を歩く彼女の髪は、そっと流れてくる風に揺れて、まるで陽光を反射させる水面のように輝いている。

整った顔立ちにさりげなくこっちを見つめる橙色の瞳。 見られていると思うだけで、自ずと自分の心臓も早鐘の様に鳴っている。

改二になって様変わりした服は、彼女のスレンダーなボディラインを強調しているかのようで、男として意識せずにはいられなくなる。

ドギマギしながらも平静を装いながら叢雲と一緒に歩く提督だったが、当の叢雲は彼の様子に気づいていたのか、口元に手を当てながらクスリと笑った。

 

 

「アンタ、さっきから私のこと横目で見てるでしょ。 そんなに見られたら嫌でもわかるわよ」

 

「うっ… す、すまん。 別に、下心があったとかそんな如何わしい理由じゃなかったんだ。 ただ、つい叢雲の事が気になって……」

 

「ふーん… もしかして、アンタもようやく私の魅力に気づいたの? ほんと、鈍いやつよね」

 

 

呆れの混じった口調で彼女は肩をすくめ、提督も本当に下心とかじゃないんだと必死に説明していたが、

 

 

「へっ?」

 

 

突然叢雲が提督の手を取り、自分の左胸に押し当てる。

急な行動に彼も困惑するが、叢雲は赤みがかった顔をますます赤くしながら彼に言う。

 

 

「分かる? 私も、その……さっきから、アンタに見られて心臓の鼓動が早くなってるの」

 

「わ、私だって一人の女だし、今まで待ち続けていた人から見つめられて、ずっと緊張してたのよ」

 

 

言われてみて、提督も気づく。

確かに自分の手を押し当てる叢雲の左胸からは、ドクンドクンという心臓の動きが自分と同じくらい早くなっている。

だが、彼も叢雲の顔が間近にある事と、彼女から香るいい匂いが自分の心臓をますます激しくする。

 

 

「だ、だから… アンタが私を選んでくれるっていうのなら、私もアンタとケッコンしてあげるわ。 アンタが望むのなら料理だって作ってあげるし、そ…それ以上の事だって……///」

 

 

真っ赤な顔で叢雲は提督の顔を見つめてくる。

その姿がますます彼女の魅力を引き出している。

これにはさすがに提督も理性が限界に達しようとしていた。

本能の赴くままに、このまま叢雲を抱きしめたい。

そんな欲求に駆られるまま、彼が抱きしめようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待つのです!!」

 

 

電光石火のごとく現れた電が、突如二人の間を割って入るように飛び出してきた。

いきなりの登場に二人は目を白黒させており、電はそんな二人の目の前である物を取り出した。

 

 

「い、電っ!? その手に持ってるものは……香水?」

 

 

そこにあったのは、薄い紫色の香水が入った小さな瓶だった。

なぜそんなものを出したのかと提督は首をかしげていたが、叢雲の方は、

 

 

「そ、それアタシの…! ちょっと、返しなさいよっ!!」

 

 

血相を変えながら電に詰め寄っていく。

しかし、電は叢雲の言葉に耳を貸さず、

 

 

「翔鶴さん、ちょっと失礼するのです」

 

 

後から遅れてやってきた翔鶴の顔へ香水を一吹きした。

すると、香水を吹きかけられた翔鶴は、急に膝から崩れ落ちた。

 

 

「お、おいっ! 大丈夫か翔鶴!?」

 

 

提督が慌てて翔鶴へ駆け寄ると、彼女からはかすかに叢雲から香ったものと同じ匂いがする。

そのことに気づくと、翔鶴がゆっくりと顔を上げて提督の顔を見る。

提督も翔鶴に大丈夫かと声をかけようとしたが、できなかった。 なんだか、翔鶴の様子がおかしかったからだ。

 

 

「てい…とく…… 私、なんだか…急に、体が火照ってきて…… できれば、その… 提督に、この火照りを沈めてほしいのですが……」

 

 

息を荒くし、熱っぽい目で翔鶴は提督を見つめにじり寄っていき、さりげなく指で着物をずらしながら胸元を見せつけてくる。

突然の変貌ぶりに提督も後ずさりしたところへ、駆けつけてきた長門が手刀を入れて翔鶴を気絶させた。

 

 

「なるほど、媚薬入りの香水ですか。 自分の体に振り撒けば近くの異性を誘惑できる。 こんなものを使って司令官さんを虜にしようだなんて、ずいぶん小狡い手を使いますね」

 

「な、何の事かしら……?」

 

 

ジト目を向ける電に、露骨に目逸らししながらとぼける叢雲。

そして、二人の後ろでは……

 

 

 

 

 

「ま、マジかよ… 叢雲のやつも、あそこまでやるほどなのか…?」

 

 

危うく叢雲の策に嵌められそうになった提督が、背筋を寒くしながら二人を遠目に見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び場所は変わって、電側の鎮守府の執務室。 提督はそこで電とともに執務をこなしていた。

やってることは書類の内容の確認と承認のサインを入れるという簡単なもの。 しかし、やることは簡単とはいえ、承認する内容は重要な事。 提督は、一枚一枚書類を確認しながらゆっくりと作業を進めていた。

しばらくはお互い無言のままで作業を進める傍ら、提督は電に何かおかしな挙動はないかさりげなく目線を送る。

叢雲の一件で一悶着あった後も、艦娘たちとの交流ではいろんなことが起きていた。

五航戦組の二人からは実際に艤装の弓を引かせてもらったが、持ち方や構えについて教えると称しやたらくっついて誘惑してきたところを赤城と加賀による一航戦組が阻止したり、両鎮守府による演習では金剛や榛名がわざと被弾して提督に入渠ドックに連れてってほしいと迫ってきたところを、相手を務めた長門や陸奥が代わりに担ぎ上げていったりと、どちらかの鎮守府の艦娘が彼を誘惑しようとするともう片方の鎮守府の艦娘たちがそれを阻むという流れが繰り返されていた。

そんなことが幾度とおこり、流石に提督も艦娘たちの言動に怪しいところはないか慎重になっていた。

 

 

「っ? どうかしました、司令官さん?」

 

「…あっ、いや、何でもないんだ。 ただ、電のほうは疲れてないかなって」

 

「電なら大丈夫なのです。 心配してくれてありがとう、司令官さん♪」

 

 

中央のソファで執務をこなす電はあどけない笑みを浮かべてお礼を言う。

叢雲の一件以来、彼女に不穏な様子は見られなかったが、今までの彼女たちの行動を見てるといつ自分が狙われてもおかしくない。

電も表には出さないだけで、虎視眈々と自分とケッコンする隙をうかがっているのではないか?

そんな猜疑心を抱きながら、提督は黙々と執務を続けていく。

 

 

「……ふう、あとちょっとでこの書類も片付くな」

 

 

それから執務をこなす提督だったが、今までの警戒が杞憂に思えるほど電は何もせず執務を手伝ってくれていた。

たまにお茶を入れてきますねと言って、隅に置いてあるポットでお茶を用意する際も不審な動きがないか目を光らせたが、その素振りはない。

たまにここに記入漏れがありますよと言って提督に駆け寄るときも、おかしな動作は見られなかった。

 

 

(流石に疑って悪かったかな…?)

 

 

提督がそんな罪悪感を感じていると、電が残りの書類をもって提督の元へやってくる。

彼はそれを受取ろうと手を伸ばしたら、

 

 

「司令官さん… その……、ごめんなさいっ!!」

 

 

突然電は提督に向かって頭を下げたのだ。

急な出来事に戸惑う提督。 どこか泣きそうな顔をして、電は話を続ける。

 

 

「司令官さんが叢雲さんに連れて行かれそうになった時の事を覚えてますか? あの時、電は司令官さんの気持ちも考えず、無理に指輪をもらおうとしてました。 そのことが許せなくて……」

 

「べ、別にいいって。 そこまで深く気を落とさなくても……」

 

「それだけではありません」

 

 

涙にぬれた目で、電はそっと提督の手を握る。

うるんだ瞳と、小さく温かい電の手に提督もドキドキしながら電の話を聞いた。

 

 

「電は司令官さんの事が大好きです。 だから、あの時叢雲さんが連れて行こうとしたのを見て、何としてでも司令官さんを取り返さなきゃっていう衝動に駆られてしまったのです。 そのせいで、司令官さんのことなど見ようともせず、自分の欲望のために指輪をもらおうとしてた。 電は、最低なのです……」

 

 

顔を俯かせ、訥々とした口調で自分を戒める電。 そんな彼女を見やりつつ、提督も穏やかな顔でそっと電の頭を撫でた。

 

 

「そんなに自分を責めるな、電。 やり方は何であれ、お前は俺を想ってそのようなことをしたんだろ? そこまで好かれて、嬉しくないわけないじゃないか」

 

「それに、元はと言えば俺がお前や叢雲たちの事を考えず、こんなことをしたのがそもそもの原因なんだ。 そういう意味では、本当に最低なのは俺の方だ」

 

「今は指輪は一つしかないから一人としかケッコンカッコカリできないが、指輪を取り寄せたらいくらでもしてやる。 約束するよ」

 

「司令官さん……」

 

 

提督の言葉に電も涙を拭くとにっこりと笑い、提督もそれを見て安堵の笑みを見せた。

 

 

「あっ、そうでした! 司令官さん、こちらの書類が残ってたのでサインをお願いします」

 

「ああ、分かった。 じゃあこれで執務はおわ…り……」

 

 

電が差し出された書類を受け取り、提督はサインをしようとペンを下ろそうとしたところでぴたりと手を止めた。 何故なら……

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…、電…… これ、ケッコンカッコカリの書類なんだが…」

 

 

電から差し出された書類の最後の一枚。 それはケッコンカッコカリを受諾するための確認書類だった。 ご丁寧にケッコンの相手に電の名前も書きこまれている。

 

 

「はわわっ!? す、すみません! つい間違えてしまいました…」

 

「あ、あはは… 電はおっちょこちょいだなー…」

 

 

苦笑いを浮かべながら提督は書類を電に返し、電も慌ててそれを受け取る。

残った書類を確認しサインを終えると、ちょっと外の空気を吸ってくると言って、その場を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

「………チッ」

 

 

去り際に、微かに誰かが舌打ちする音が聞こえたが、気のせいだと思うことにした。

 

 

 

 

 

 

鎮守府の廊下。 時刻は夕暮れに差し掛かり、もうすぐ夜になる。

外に面した窓からは夕日が注ぎ込み、廊下をオレンジに染め上げている。

そんな廊下に出た提督は、一人壁に手を付けながら冷や汗を流していた。

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ!! もはや電までもが手段を問わずガチで俺とのケッコンを狙っている…! このままじゃ、まじでここに閉じ込められてしまうぞ」

 

 

彼自身、初めは艦娘たちと会えたことを喜んでいたが、想像以上に彼女たちが自分へ向ける愛が重すぎた。

いくら皆が好きだからと言っても、ここまで重い愛を受けきる自信はないし、何より元いた世界の生活を捨ててまで残りたいとは思っていなかった。

どうにかして、元の世界に戻らなければ…!

彼も元の世界へ帰ることに思考を切り替えようとするが、同時に今日一日過ごしてきたことも思い出す。

 

 

「……。 でも、俺に会えたことを皆が心から喜んでくれてたことも事実なんだよな。 そんな皆を、俺は今まで放っていたのか……」

 

 

改めて、自分がしてきたことを思い出す。

自分がどれだけひどい仕打ちを彼女たちにしてきたのかと…

考える気力も起きず、提督は一人壁にもたれかかりその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

「…ようやく、自分のしてきたことに気づいたみたいですね」

 

「…っ!? 誰だっ!?」

 

 

突然廊下に聞こえた少女の声。

提督は驚き辺りを見渡すと、声の主は少し離れた場所にいた。

あけ放たれた窓のふちに腰かけ、抑揚のない表情を提督へ向ける一人の少女。

その姿に、提督は見覚えがあった。

 

 

「お、お前はエラー娘!? なぜ、こんなところに…?」

 

 

提督からエラー娘と呼ばれた少女は、窓から廊下へ滑り落ちるように着地すると、提督の方へ近づき理由を話した。

 

 

「なぜ、こんなところにいうのであれば、理由は一つ。 貴方のような人に罰を与えるためです」

 

 

驚愕の表情を浮かべる提督。 そんな彼を他所に、エラー娘の話は続く。

 

 

「貴方は今まで貴方に放置された艦娘さんたちの気持ちが分かりますか? 顔を出すことすらせず、その場に置いたまま何もしない。 それでも、皆さんは貴方に会いたくて待ち続けてきたんですよ」

 

「それなのに、貴方はあろうことかもう一つ鎮守府を作り、そっちに夢中になっていった。 残された者たちの気も知れずに…」

 

「貴方達提督は私をエラー娘と呼んでいるようですが、私からすれば貴方のような存在がエラーですよ。 艦娘の皆さんを悲しませる、悪質なエラーです」

 

 

エラー娘の言葉に提督は押し黙る。 純粋に彼女の言う事に返す言葉がなかったからだ。

彼女の言葉の一つ一つが、提督の心に鋭いナイフとなって突き刺さる。

今の彼にできることは、ただ歯を食いしばって堪えるだけ。

ただ、そんな提督の様子を見たエラー娘も、小さく溜息を吐くと言った。

 

 

「…まあ、今回の一件で貴方もだいぶ反省したようですし、一度だけ私から貴方へチャンスを上げましょう」

 

 

エラー娘は手元から小さなカギを取り出し、それを提督へと放り投げる。

慌てて提督が受け取ると、彼の手の中には小さなカギが銀色の光を放って輝いている。

 

 

「外の広場の奥に正門があるのは知ってますか? これはその扉を開けるためのカギです。 それを使って門をくぐれば、貴方は元の世界へ帰れますよ」

 

「ただ、そのカギは私の力で作り出した模造品。 故に、今夜12時を回ると鍵は力を失い消えてしまうので、二度とここから出ることができなくなります。 もし本当に戻りたいのであれば、それまでに扉を開けること。 いいですね?」

 

 

そう伝えると、エラー娘は窓のふちに飛び上がり、提督の方へと振り向く。

 

 

「あっ、あともう一つ。 もし元の世界の戻ったのであれば、少しずつでもいいから画面の向こうにいる皆に顔を出してあげてくださいね」

 

 

その言葉を最後にエラー娘は窓から飛び降り姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フタサンマルマル。 提督は周りを警戒しながら外へ向かっている。

執務室からここへ来るまで、幸い艦娘に出くわすようなことはなかった。

廊下を渡り外へ出ると、空には満天の星が広がり、夜の中庭を明るく照らしている。

提督が目を凝らすと、ぼんやりとだが目的地の正門も見えていた。

息を殺しながら、足音を立てないように少しずつ外へと出ようと足を踏み出そうとした時、

 

 

 

 

 

「アンタ… 一体どこに行くのよ…?」

 

 

声のした方を見ると、そこには艤装を展開し、黒ずんだ眼でこちらを睨む叢雲の姿があった。

 

 

「まさか、アンタまた私たちを置いて去っていくつもりなの? そんなの絶対ダメ…! 私や皆が、今までどんな思いでアンタを待ってたと思ってるのよ…!?」

 

 

相貌を細め、じりじりと距離を詰めてくる叢雲。

例えようのない不気味さに、思わず提督も後ずさりしていると、

 

 

「司令官さん… 何をしているのですか…?」

 

 

今度は叢雲とは反対側の方から、こちらを見つめる電の姿があった。

彼女も叢雲と同じように艤装を身にまとい、提督を見つめるその瞳には光をともしていなかった。

 

 

「もしかして、電も叢雲さんと同じように置いてかれちゃうのですか? そんなの嫌です、寂しいのです…」

 

 

ふらふらと、まるで幽霊のような足取りで、電も提督に近づいてくる。

そして、そこにいたのは二人だけではない。

金剛や長門、赤城や瑞鶴達も同じように艤装を構え遠巻きに提督を包囲していたのだった。

 

 

「提督、またあなたは私たちを置いていくのですか!? あの時のように…!」

 

「もう一度貴方に会いたい。 ただ、それだけの望みを胸に私たちは今日まで生きてきた。 そして、やっとその望みがかなったというのに、私たちにはそんな望みさえ許されないというのですか!?」

 

 

目から大粒の涙をこぼしながら、赤城と加賀は思いの丈を爆発させる。

 

 

「提督。 過ごしたときは違えど、私たちにも叢雲達の気持ちがよく分かる。 貴方は私たちを大事にしてくれる人だ。 だからこそ、私たちは貴方を好きになり、共にいることを望むようになった」

 

「そして今、貴方はここに来てくれた。 私も、他の皆も、この幸せを手放したくない。 これからも、貴方にいてほしいのよ」

 

 

長門と陸奥が話を引き継いでいく。

二人もまた、赤城たちと同じように黒く染まった瞳でこちらを見ていた。

皆の視線と思いを一手に受ける提督。 無言のまま俯くだけの彼だったが、意を決したかのように拳を握り締めると、真っすぐ皆の方に顔を向けた。

 

 

「皆… 俺みたいな奴をここまで想ってくれたこと、嬉しく思う。 ありがとう」

 

「俺もまた、皆の事が好きだし、こうして会えたことを嬉しく感じている。 だけど…!」

 

 

提督はズボンのポケットに手を突っ込むと、そこにあった指輪入りの小箱を取り出した。

艦娘達が注目する中、彼はそれを真上に掲げ、声高々に叫んだ。

 

 

「この指輪だけじゃ、俺は皆とケッコンカッコカリができない! だから、元の世界で指輪を課金して皆に渡す! そのためにも、俺は元の世界に戻る!!」

 

 

提督は小箱を空高く放り投げると、わき目も降らず一直線に目的の正門へと駆け出した。

同時に、艦娘たちも提督に狙いをつけると、一斉に砲撃を放った。 もう、多少傷つけてでも取り押さえようということだろう。

必死に逃げる提督へと飛来する砲弾。 流石に彼も逃げきれないかと、一瞬覚悟を決めたその時…

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ… 世話の焼ける提督さんですね」

 

「うわぁ!?」

 

 

身を潜めてたエラー娘が飛び出し、提督の手を取って空高く飛びあがったのだ。

砲弾は誰もいない場所に被弾し、提督は目を白黒させながらエラー娘に引っ張られていく。

エラー娘が華麗に着地すると、すぐに提督に正門のカギを開けるよう指示。 提督も急いでカギを開けると、扉は開いた。

提督は門をくぐろうとした時、去り際の彼にエラー娘が一言言っていた。

 

 

「提督さん。 私と皆との約束、ちゃんと守ってくださいね」

 

「ああ、もちろんだ!!」

 

 

提督は親指を立ててOKサインを送り、エラー娘もまた、それを笑って見届けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼が目を覚ました時、彼がいたのはいつも自分が暮らすアパートの一室だった。

いつもの部屋の光景。 いつも自分が使っているベッド。 いつも自分が見ている外の景色。

改めて自分が元の世界に戻ってきたことを実感する青年は、テーブルの上にあるパソコンへ目を向ける。

電源が切れて、黒い画面を映し出すパソコンを見ながら、彼はつぶやいた。

 

 

「そっか… 俺、戻ってきたんだな」

 

「さて、すぐに着替えて飯を済ませないとな。 これから忙しくなるぞ」

 

 

そういうと、彼はベッドから身を起こし、身支度を整え始めた。

 

 

 

 

 

 

それから、彼はゲームに接続して指輪を購入した。

電や叢雲の分はもちろん、他に最大練度まで達した子たちの分まで揃え、彼は一人ずつケッコンカッコカリを済ませる。

そして、最後の一人とケッコンを済ませた彼は、パソコンに映る叢雲を見ると苦笑いを浮かべた。

 

 

「いや、こうしてカッコカリと言えど、指輪を送るのは何か気恥ずかしかったな。 さて… それじゃ、今度は練度が155になるまで、またよろしく頼むぞ、叢雲」

 

 

そう言って、彼は叢雲を旗艦に据えて、演習を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青く晴れ渡る空の元、港では電と叢雲の二人が腰かけている。

お互いに空を見上げながら、二人は会話を弾ませていた。

 

 

 

 

「今日は私の方に顔を出してくれたわ。 アイツってば、またよろしく頼むなんて言って… ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」

 

「むう… 叢雲さんってば、司令官さんに会えて羨ましいのです」

 

「何言ってんの? 指輪を先にもらったのはアンタの方だし、そういう意味ではお相子でしょ? それに…」

 

 

叢雲は自分の手元に視線を向ける。

そこには、あの時提督が放り投げた指輪の箱が置かれていた。

 

 

 

 

 

「アイツには、これをだれに渡すのか決めてもらわなきゃなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、あの時提督が持っていた指輪はケッコンカッコカリに使われるものではなかったのだ。

彼女たちは、彼が来た時からケッコンカッコカリを望んでいる者は一人もいなかった。

あの指輪は、ケッコンカッコカリなどと言う仮初のものでなく、本当の結婚に用いられる物。 本物のエンゲージリングだったのだ。

そして、それを望む彼女たちもまた、彼と本当の夫婦になる事。 本物の結婚を望んでいた。

残念ながら、今回は逃げられてしまったが、焦ることはない。 時間はたっぷりある。

今もこうして彼をこちらに呼ぶための準備は着々とおこなわれている。

現在、両鎮守府では彼を逃がすための手引きをした、エラー娘を捜索している。

彼を元の世界に返す力があるのなら、その逆。 再び彼をこちらの世界に呼ぶこともできるし、自分たちが彼のいる世界へと移動することだって可能なはず。

次は逃がしたりはしない。 絶対に捕まえてみせる。

自分が、彼の妻として選ばれるために…!

 

 

 

 

 

「待ってなさいよ。 今度は私とカッコカリじゃない、本当の結婚をしてもらうわ。 アンタと結ばれていいのは、アンタにとって初めての艦娘である私だけなんだからね……!!」

 

 

 

「司令官さん、ごめんなさい… やっぱり、電は司令官さんと一緒になりたいのです。 だから、次こそは必ず、電を司令官さんのお嫁さんにしてくださいね……♪」

 

 

 

 

 

指輪を見つめにっこりと微笑む二人の艦娘。

その瞳は光を宿しておらず、黒一色の瞳に目の前の指輪と愛しい人の姿を映し出すのであった。

 

 

 



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あの日あの時あの場所で

どうも、最近寒かったり暑かったりでややこしい季節ですね。
ところで今、劇場版艦これやっていますが、自分はまだ行けてないです… 仕事の都合で中々見に行くめどが立ちません…
できれば、自分も映画館で見てみたいものです。 とほほ…


追記>今回の話は前の『終わらないサプライズ』のリメイク版です。 なので内容的に似た場所もあると思いますが、大目に見てもらえると助かります。



 

 

とある鎮守府の廊下。

艦娘達の指揮官である提督は、誰もいないこの廊下を一人歩いている。

そんな時、向かいから一人の艦娘がこちらにやってやってきた。

提督は人当たりのいい笑みを浮かべてその艦娘へと挨拶をしようとしたが、

 

 

「…フン」

 

 

艦娘は挨拶はおろか、こちらに顔を向けようともせずに、その場を去っていく。

遠ざかる艦娘の背中を見つめながら、

 

 

「ハア… またか」

 

 

提督は誰にでもなくひとり呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府では、なぜか艦娘たちの提督に対する態度が急に冷たくなっていた。

提督は二十代半ばという若さで目を見張るほどの戦果を挙げる実力者だが、同時に艦娘たちへの気遣いも忘れない、よき指導者だ。

その証拠に、以前は艦娘たちも積極的に提督に触れあい、執務室でのおしゃべりや食堂で一緒に食事をとったりと、まるで家族か友人のような親しい間柄を築いていた。

だが、十日ほど前から突然皆の態度が急変したのだ。

挨拶しても素っ気ない態度を取るだけで、挨拶をする者もいるにはいるが、したらさっさとその場を後にしていった。

食堂ではいつも他の者達と談笑をしながら食事をするのが日常だったが、今は皆と話そうにも声をかければそそくさと離れて行ってしまう。

出撃では報告を済ませればすぐにその場を後にし、遊びに来たりおしゃべりに来る子は誰もいない。

時々、提督の方から食事や飲み会に誘ったこともあったが、その話に乗るものはなく、飲み会にしてもかなりの酒好きで知られる隼鷹や那智もお断りという信じられないものであった。

どうして皆自分を避けるようになったのか…?

提督は廊下の窓に近づき、空を見上げる。

落ち込んだ彼が見上げた先は、彼の心とは裏腹に雲一つない、青く澄み切った空がどこまでも広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日もまた、今までと同じような朝から始まった。

 

 

 

 

 

「…で、それでね」

 

「…うん。 じゃあ、今日も訓練が終わったら皆で……」

 

「あっ、待って! 提督がいる、あっち行こう…!」

 

 

食堂で食事をとろうとすると、彼の近くにいた子たちは声をかけられないよう露骨に避け、提督は仕方ないと思い、自ら皆とは離れた席で食事をとった。

 

 

「………」

 

「…あの、大淀。 ちょっと、お茶を頼みた……」

 

「…申し訳ありません。 今大事な考え事をしていますので、お茶がほしければご自分でお願いします」

 

「…ああ、すまんな」

 

 

執務をしているときは、仕事として秘書艦は手伝ってくれてはいるが、態度の方はよそよそしく、お茶を頼むのもはばかられる状態だった。

そのため、提督は秘書艦に声をかけることはせず、自らお茶を入れることにしていた。

昼過ぎの食堂では、思い切って食事に来ていた艦娘たちに、何か不満はないかと尋ねては見たが…

 

 

「Oh… そういう事は間に合っているネー」

 

「そんな気遣いは結構です。 元より、私たちは貴方に構っている暇はありませんから」

 

 

などと、けんもほろろにされる始末。

相談しようにも、ここには自分と艦娘達しかいないし、工廠で働く妖精たちに何か心当たりはないかと聞いたこともあったが、妖精たちは首を横に振るだけ。 結局原因は分からず終いで、彼は一人溜息を吐くしかなかった。

 

 

「俺… もしかして提督に向いてなかったのかな…?」

 

 

独り言のつもりでつぶやいた言葉だったが、その声を否定するかのように近くにいた妖精たちは騒ぎ出した。

何度も首を横に振ったり、『そんなことない!』と言いたげに必死で声を上げる妖精たち。 妖精たちの言葉は理解できないものの、言いたいことは分かる。

提督は苦笑いを浮かべると、妖精たちに「ありがとうな」と一声かけ、工廠を後にしていった。

 

 

 

 

 

「妖精たちが励ましてくれたのは素直に嬉しかったが、本当にどうしてみんなは俺を避けるんだ……?」

 

 

場所は鎮守府の正門に面した中庭。

公園のように整備された中庭のベンチで、提督は一人腰かけ考え込んでいた。

あの後も、自分の記憶を思い起こし何か不手際がなかったかを思い出そうとしたが、その心当たりもない。

だからこそ、ますますわからない。

一体、何が彼女たちを自分からあそこまで遠ざけてしまうのかを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヘーイ提督ー! 今回私がMVPを取りましたヨー! だから、ご褒美をくだサーイ♪』

 

『戻ってきて第一声がそれか? しょうがない奴だな』

 

『待ちなさい、金剛さん。 貴方がMVPを取れたのは私が制空権を確保したおかげなんだから、提督から褒美をもらうなら、私にもその権利があるはずよ』

 

『お前も落ち着けって加賀。 そんな心配しなくても、ちゃんとお礼はしてや…』

 

『ああー! 金剛さんも加賀さんもずるいー!! そういう事なら、制空権を確保しやすいよう防空に徹した私にもその権利があるよー! ねっ、提督?』

 

『うわわっ、お前もか照月!? 分かった、分かったからみんなしてそんな迫るなって…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっ、司令官! おはようございます』

 

『ああ、おはよう朝潮。 昨日は遠征の旗艦を務めてくれてありがとな、助かったぞ』

 

『い、いえっ! 司令官のお役に立つことが私の役目ですから、これぐらい大したことありませんよ』

 

『ほんとに真面目な奴だな、朝潮は。 少しくらい、自分のしたいことを主張したっていいんだぞ?』

 

『……むしろ、それが私のしたいことなんですけど…///』

 

『んっ? 朝潮、今何か言ったか?』

 

『ふえっ!? あっ、えと… な、何でもありません!!』

 

『そ、そうか…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おっ、提督ってばいい飲みっぷりじゃん♪』

 

『そりゃあ、こうしてこの食堂で皆の楽しそうな笑顔を見ながら、こんな良い酒が飲めるんだ。 自ずと、酒を飲む手も進むというものさ』

 

『確かに、その気持ちは分かる。 私も、勝って帰投した後に飲む酒は、また味わい深いものがあるからな』

 

『まあ、俺としては隣に隼鷹や那智という美人が隣にいるのも酒が進む理由の一つかな?』

 

『ば、バカ者!! いきなり何を言い出すんだ貴様は!?』

 

『かぁー! 提督ってば、そんなこと真顔で言わないどくれよ! こっちの方がこっぱずかしくなっちまうじゃないか~!!』

 

『えっ? 俺、何か変な事でも言ったか…?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、思い出してしまう過去の思い出。

ある時は、執務室に押しかけてきた金剛たちにご褒美をねだられた事。

ある時は、廊下で朝潮と朝の挨拶を交わしたこと。

またある時は、祝勝会で皆と宴会をしていた時に那智や隼鷹と一緒に酒を飲み明かした事。

そんな、楽しかったころの思い出が頭をよぎり、提督は目から溢れそうになった涙をその手で拭い去った。

 

 

 

 

(また、あんな風に皆と集まって笑いたいな……)

 

 

 

 

 

 

昼食を終えひと段落ついた、穏やかな昼下がり。

ベンチに座ったまま、提督は肘を膝に乗せ、両手の指を絡めるように組みながら、ぼんやりと中庭の光景に目を向けている時だった。

 

 

 

 

 

「ほら、早く早くー! もう時間がないんだから、急がないと!」

 

「ま、待ってくださいー! 今行きますから―!」

 

不意に聞こえてきた艦娘の声。

提督は顔を上げ声のした方を見ると、そこには皐月や巻雲といった数人の駆逐艦娘たちが急いでどこかへ駆け出していく姿があった。

偶然それを目撃した提督は、ベンチから立ち上がるとその艦娘達の後を気づかれないように追跡した。

本来なら、もうすぐ休憩時間も終わって執務をしなければならない時間のはずだが、提督は仕事より疑問への回答の方が勝った。

もしかしたら、あの後を追えば自分が避けられている理由がわかるかもしれない。

なんとなくだが、情報も心当たりもない彼にとってはこれ以上ないほどのチャンスだった。

気づかれないよう距離を取りつつ、提督は艦娘たちの後を追う。

艦娘達が向かっていた先は、工廠の向こうにある資材を置いておくための倉庫が並んでいる倉庫街。

そこで、一番奥にある今は使われていない古い倉庫の中に入っていった。

 

 

「なぜ、皆はこんな場所へ? 一体、中で何をしているんだ?」

 

 

ますます意味が分からず、提督は困惑する。

とはいえ、この中で何をしているのか知らなければ、疑問を解消することはできない。

どうにか中を確認できないかと、提督は倉庫に窓がないか調べようとした時、

 

 

 

 

 

「提督! そんなところで何をしているんですか!!」

 

 

突然自分を呼び止める鋭い声。

驚いて後ろを振り向くと、そこには提督を睨むような険しい表情を浮かべる神通の姿があった。

提督が慌てる間にも神通の声を聞きつけた艦娘達が集まってきて、同じように提督に視線を向ける。

提督はどうにか分かってもらおうと、正直に自分がここへ来た理由を話した。

 

 

「お、落ち着いて聞いてくれ。 俺はただ、皆が急に俺を嫌った理由が知りたくて…」

 

「提督、言い訳は見苦しいよ」

 

「なっ…!?」

 

「貴方がここへ来た理由は分かりました。 ですが、だからといってこんなストーカーまがいの行為が許されるとでも?」

 

「いや、黙ってついてきたことは悪かった、謝るよ。 でも、せめて皆がここに来た理由だけでも教えてもらいたい」

 

「そんな事、貴方に話す必要はありません。 すぐに立ち去ってください、私たちは貴方に構ってる暇はありませんので」

 

 

必死に理由を尋ねようとする提督に、神通達はつっけんどんな態度を見せ、皆は倉庫の中へと入っていく。

今まで一番冷淡な反応を見せられ、提督は魂が抜かれたようにその場で呆然とすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の執務室。 提督は暗い表情で一人椅子に腰かけていた。

あの時の神通の顔が忘れられない。

今までは照れたり怒ったりした表情を見せる彼女だったが、あそこまで冷淡な表情を見せる彼女は初めてだった。 まるで自分を虫けらか何かのように見下す表情だった。

だが、あんなふうに見られても仕方がないか。

何せ、自分も原因を知るためとはいえ、彼女たちの秘密をこっそり探ろうとしたんだ。 愛想をつかされてもおかしくない。

嫌われる原因を探ろうとしたせいで、本当に嫌われる原因を作ってしまった。 何と間抜けな話だろうか。

提督は自嘲気味に笑っていると、一本の電話が執務室に鳴り響いた。

 

 

「はい… えっ、大本営が自分に何の用で…? えっ…!? はい、わかりました!」

 

 

電話の相手、大本営から話を聞いた提督は受話器を置く。 その表情は、何かを決意したような真剣な顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

朝の食堂では艦娘たちが一斉に集まっていた。

しかし、食事をしている者は一人もおらず、皆はいつもここへ訪れる人物、提督が来るのを待っていた。

だけど、いつまで経っても提督は現れない。

いつもならすでに来てもいいはずなのに、なぜ来ないのか?

流石にこのことを変に思った皆は、執務室へと向かった。

執務室に入ると、提督の姿はなく、代わりに机に一枚の手紙が置かれていた。

艦娘たちは首をかしげながら手紙を開くが、その内容を確認したとたん、皆は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東から上る太陽が見える大海原。

提督は小型のモーターボートに乗り、自分のいた鎮守府より前線にあるという泊地へと移動していた。

 

 

 

昨夜の大本営からの電話。 それは彼に今いる鎮守府から、その泊地へ向かってほしいというものだった。

曰く、その泊地はここより戦闘の激しい場所らしく、大本営はより指揮の優れた提督についてほしいと考え、その結果彼が選ばれたのだ。

この異動の件については艦娘達には話しておらず、手紙だけ置いて元の鎮守府を去ってきた。

申し訳ない気持ちはあったが、今までのことを想えば自分がいなくなったところで何ら問題はないだろうし、何より最後まであの時の冷たい目を向けられるのが怖かったのだ。

本来、提督が移動する際は護衛を務める艦娘が必要なのだが、今いる場所はすでに海軍が解放した海域だし、ここいらで敵を目撃したという情報もないから大丈夫だ。

提督は何も言わずモーターボートを走らせる。 このまま何もなければ、1時間ほどで目的の泊地につく予定だった。

 

 

そう、何もなければ……

 

 

 

 

 

ふと、モーターボートの音に混じって誰か人の声が聞こえる。

提督が後ろを振り向くと、なんとそこには自分に向かって何かを叫ぶ艦娘達の姿があった。

提督は艦娘達の姿を見た途端、モーターボートの速度を上げる。

なぜ、彼女たちが自分を追ってくるのか分からないが、今までの出来事からするに、きっと悪いことに違いない。 もしかしたら、昨日の件が未だに許せなかったのかもしれない。 そのことで自分を捕まえに来たのかもしれない。

強迫観念に駆られ、提督は必死で艦娘達から逃げ続け、艦娘たちもまた必死に提督の後を追っていく。

その時、お互い目先の事に気を取られていた。

だからこそ気付かなかった。

一体のはぐれ深海棲艦が提督のボートを見つけ、魚雷を放ってきたことに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、この日のための下準備だった。

この鎮守府の艦娘たちは自分たちを大事に思ってくれる提督を慕い、好意を寄せていた。

そんな彼が、もうすぐ誕生日を迎えることを知った彼女たちは、誕生日当日に彼の誕生パーティを行い、祝ってあげようと考えた。

そして、そのためのパーティ会場に今は使われてないあの空き倉庫を選んだ。 あそこなら、提督の目が届かないからばれにくいと思ったからだ。

それから、皆はパーティの準備を進めていった。

食堂では話を聞かれないよう提督を避け続け、いつもなら提督と触れ合う時間を、彼女たちは倉庫の片づけやパーティの催しの練習に割いていた。

その分、提督に会える機会が減ってしまい寂しい思いもしたが、それもパーティ当日までの辛抱だと言い聞かせ、駆逐艦たちは歌の練習を、重巡や戦艦・空母の面々は、曲芸や漫才といった出し物の練習に取り組んでいった。

時折提督の方から皆に声をかけるときもあったが、もし誘いに乗ったら我慢できなくなるので、皆は断腸の思いで提督の誘いを断り続け、必死に突っぱねてきた。

しばらくは提督にばれないよう準備を進めてきたが、パーティ前日の日に会場の準備に向かおうとしてた皐月達に提督が気づいてしまった。

そのまま後をつけられ、危うくばれるところだったが、偶然提督を見かけた神通が止めたことで、どうにか提督を追い返しこのことは知られずに済んだ。

しかし、これがまずかった。

パーティのためとはいえ、露骨に避け続けた挙句、提督を無理やり追い返したせいで、彼は自分が艦娘たちに嫌われたと誤解してしまったのだ。

心身ともにショックを受けた提督の元へ舞い込んだ大本営からの知らせ。 いつもならみんなのためにと受けるつもりのない提督だったが、今はここを去った方が皆のためだと思い、要望を受けてしまったのであった。

そしてパーティ当日。 提督の残した手紙からこのことを知った艦娘たちは急いで提督を追って、本当の事を伝えようとした。

だが、一体のはぐれ深海棲艦が提督の乗っていたボート目掛け魚雷を放ち、艦娘たちの目の前で提督もろともボートは吹き飛ばされた。

艦娘たちは海面に浮かぶ提督を見つけ、急いで戻り治療をした。

その結果、早めに治療したのが功を奏して提督は一命をとりとめた。

しかし、魚雷に吹き飛ばされた衝撃で、提督は脳にダメージを受けてしまい、物言わぬ植物人間と化してしまったのだ。

眠ったように瞳を閉じたまま、喋ることも笑うこともしなくなった彼は今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、司令官? これね、皆で準備したんだよ。 すごいでしょ!」

 

 

 

カチッ 『ああ、すごいぞ。 よくやったな、皆』

 

 

 

「ねえ、司令官。 私達、司令官に内緒で準備してたこと、怒ってる?」

 

 

 

カチッ 『何言ってるんだ? 俺がそんなことで怒るような男だと思ってるのか?』

 

 

 

「そうよね! 司令官ならきっとそう言ってくれるって信じてたわ」

 

 

 

「あの、提督… お誕生日、おめでとうございます。 そして、すみません。 あの時、提督につらい思いをさせてしまって……」

 

 

 

カチッ 『何言ってるんだ? 俺がそんなことで怒るような男だと思ってるのか?』

 

 

 

「そ、そうですか!? ありがとうございます、提督。 そう言って頂けて、神通も嬉しいです…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティ会場として用意された空き倉庫。

そこでは、提督が大勢の艦娘たちに囲まれ、祝われていた。

 

 

 

あの時以来、艦娘たちも目の前で提督を失ったことへのショックで、精神が壊れてしまっていた。

そんな彼女たちにとって、今は目を覚まさない提督の傍で、録音されたレコーダーから生前の彼の声を聴くことだけが、今の彼女たちの生きがいになっていた。

 

 

 

果たして、いつから歯車が狂ったのであろう…

 

提督が大本営の知らせを受けた時からか…

 

原因を探りに来た提督を乱暴に追い返したときからか…

 

はたまた、この誕生日パーティを開こうとした時からか…

 

その原因は誰にも分らず、またそれを気にする者も誰もいなかった…

 

 

 

 

 

 

そして、今日もこの鎮守府では艦娘たちの笑い声が聞こえる。

何も言わない提督の傍らに置いてあるレコーダーから彼の声を聴きながら、艦娘たちは黒く光のともらない瞳で笑い、楽しくおしゃべりや彼との触れ合いを楽しむのであった。

 

 

 



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英雄は望んでなるものではない

どうも。 新しい話ができたので投稿しました。 最近は増々冷え込みが激しくて辛いですね…
感想でちょくちょくこういった話が読みたいなどのリクエストを見るんですが、基本思い付きで話を書くので要望に応えながら書くというのは自分的には難しいですね…
まあ、それでもこちらは続けていくので、これからも見てもらえると幸いです。





 

 

 

朝の鎮守府。

冬の空は雲もなく澄み切っていたが、気温は低くひんやりとした空気が風に流されていく。

艦娘寮の一室。 鏡を見ながら身だしなみを確認する一人の艦娘は、犬耳の様にはねたくせっ毛をいじりながら、渋い表情を見せる。

 

 

「…やっぱり、この髪はどうにもならないか。 仕方ない、もう行かなきゃ」

 

 

不満を漏らす艦娘、駆逐艦『時雨』はため息交じりに白い吐息を出すと、執務室へと向かっていった。

時雨が執務室に入ると、一人の男性が何も言わずに書類に目を通している。 しばらく書類に気を取られていた男性は、時雨に気づくと軽い口調で挨拶をした。

 

 

「ああ、おはよう時雨。 今日も朝から早いな」

 

「やあ、おはよう提督。 提督こそ、朝から勤勉だね」

 

 

提督と呼んだ男性に時雨は駆け寄ると、机に置いてあった書類を取り秘書艦として彼の手伝いを始めた。

 

 

「おいおい、まだ朝食も取ってないのに手伝わなくてもいいんだぞ」

 

「ううん、僕がやりたくてやってるだけだから。 提督には、あまり無理をしてほしくないから」

 

「別に俺は無理してやってるわけじゃないが…… まあ、いっか。 それじゃ好きにしてくれ」

 

 

提督は苦笑しながらも、素直に時雨に執務を手伝ってもらうことにした。

傍から見れば提督と秘書艦が戯れる何気ない朝の情景。 だが、少し前ならこんなことはまずありえなかった。

何故なら、元々ここは艦娘たちを酷使すると言われる場所、ブラック鎮守府だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前提督は、それはひどい男だった。

僕たち艦娘は海から現れた深海棲艦と戦い、人々を守るために生まれた存在。

そんな僕たちは人と姿形が同じでも、人とは違う、人外の存在だと自分でも理解していた。

だからこそ、前提督は僕たち艦娘を人とは見ずに、深海棲艦を狩り自分の地位を上げるための道具としか見なかった。

戦艦や空母といった力の強い者たちは休むことなく戦闘に駆り出され、僕たちのような力のない駆逐艦は敵の攻撃を防ぐための弾除けとして扱われ、一部の子たちは資材を横流しするための商品として見知らぬ男たちに買われて行き、誰もが心に深い傷を負っていった。

僕もまた、弾除けとして敵の攻撃をその身に受け、自分で動くこともできないほどの傷を負ったまま、どこかの海岸に流されていった。

さざ波が傷口にかかりズキズキと痛む。 そのたびに顔をしかめながら、僕は死を待つことしかできなかった。

でも、そんな僕を絶望から救ってくれた人がいた。

それが提督だった。

元々一般人だった提督は、行き倒れになっていた僕を助け、僕がブラック鎮守府に所属していたことを知ると、勢いよく前提督の元に行き、僕たちの目の前であいつを殴り倒してくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『てめえの艦娘はてめえが最後まで面倒見ろ! そんなこともできないような奴が、提督を名乗るんじゃねえ!!』

 

 

 

 

 

 

僕たちのためにそこまでしてくれた人は今までいなかった。

前提督を殴り飛ばし、堂々と啖呵を切る彼を見て、僕たちは思ったんだ。

 

 

 

この人なら、信頼できるって!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした執務の後、時雨と別れた提督は一人廊下を歩いていた。

朝の容赦ない冷え込みに身を震わせながら食堂へ向かうための渡り廊下に出ると、向かいから長女を筆頭に金剛型の姉妹たちが提督へ歩み寄ってきた。

 

 

「グッモーニンデース、提督ー! 今日も朝から素敵ですヨー!!」

 

「おう、ありがとな金剛。 お前も、朝から綺麗だぞ」

 

「も、もう提督ってばそんな事言われたら恥ずかしいネー///」

 

「落ち着いてください姉さま。 顔がにやけきってますよ…」

 

 

提督の言葉に顔を赤くする金剛に、溜息まじりにそれを嗜める霧島。

次女の比叡は金剛を「ヒエエ… お姉さまが司令に取られちゃう……」とおろおろし、三女の榛名は金剛を羨ましげに見つめている。

 

 

「んっ? どうかしたか榛名」

 

「ふぇっ…!? あの… その… は、榛名はお姉さまだけほめてもらっていいなー、なんて思ってませんよ!!」

 

「わ、分かったから落ち着いてくれ榛名……」

 

 

顔を赤くしながら慌てふためく榛名。 それを宥める提督と妹たちを見ながら、金剛は昔の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここが変わったのは、あの人が来てからでした。

前の提督は、少しでも戦果を挙げて自分の地位を上げるべく、私たち艦娘を酷使し続けてきました。

特に戦艦である私達姉妹は休むことも許されず、入渠する暇さえ与えられない。 来る日も来る日も必死で戦い抜く毎日でシタ。

時に弾除けとなって沈んでいく子たちを見せられながら、いつかは私や妹たちがああなるのではないカ? そんな不安と恐怖におびえる日々を過ごしてきたのデス。

でも、時雨が連れてきてくれた人が………提督が来てから、ここは大きく変わりまシタ。

あの日、私たちの目の前であの男を殴り飛ばし、私たちに代わって怒りをぶちまけてくれた彼を見て、私たちは是非彼を提督にしてほしいと大本営に訴えまシタ。

その願いは通じて、あの人は私たちの提督としてここへ来てくれたのデース。

それ以来、提督は私たちのために無茶な出撃をさせず、皆の安全を優先した艦隊運営をしてくれるようになりました。

おかげで、鎮守府の子たちは笑顔を取り戻し、皆は提督のためにと張り切って出撃や遠征をこなすようになっていったのです。

私は、提督のためなら喜んでこの身を捧げます。 私たちのために、提督となってくれた彼のためナラ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金剛たちと別れた提督は、遅い朝食を取りに食堂へと入った。

中を見ると、窓際の席では大盛り用のどんぶりに、これまた山盛りの御飯をかき込んでいくいく赤城。 そして、御飯茶碗をわんこそばの如く積み重ねていく加賀の姿があった。

こんなヘタな大食い大会でも見られないようなシュールな光景に、提督は苦笑いを浮かべながらも二人に声をかけた。

 

 

「あ、あはは…… 相変わらず豪快な食いっぷりだな、お前たちは」

 

「て、提督…!? あ、あのですね…! これは、この後の出撃に備えてしっかり食べておこうというわけで… ほら、腹が減っては戦が出来ぬと言いますし…!!」

 

「あ、赤城さんの言う通りです提督! 私たちは他の空母より艦載機を多く飛ばしますから、どうしてもその分エネルギーの消費が激しいので…!!」

 

 

提督に見られたのが恥ずかしかったからか、しどろもどろになりながら弁明する赤城と加賀。

そんな二人を、提督は「落ち着け…」となだめるように両手を前に出した。

 

 

「あー分かってる分かってる。 元よりお前も加賀もよく活躍してくれてるんだ。 それだけ食べてることを咎めようなんて、ハナから思っちゃいないよ」

 

「むう… 私が言うのもあれなんですけど、提督はもうちょっと女性に気を使った言い方をしてくださいよ…!」

 

「うっ、すまん… どうもこういうことについては、なんて言ったらいいのか分からなくてな……」

 

「まあ、提督ならいいんですけど…」

 

 

困り顔で謝る提督に赤城は、「ふう…」と小さな溜息を吐く。

そして、空っぽになった自分のどんぶりを、何も言わずにじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして食事ができるのは、あの人のおかげでした。

彼が来る前………前提督は戦果を挙げられなかった子や、弾除けとしか扱われない駆逐艦の子達には、食事も補給もろくにさせてはくれませんでした。

そのたびに、私や加賀さんは自分の食事や補給用の資材を他の子たちに分け与えてきました。

その分、私もひもじい思いをしたし、補給が足りなくて戦闘を続けられない時もありました。 その頃の事を思い出すと、よくあんな目にあって生きていられたものだと、我ながら感心してしまいます。

毎日海に駆り出されては戦わされ、帰ってきても満足に休むこともできずわずかな食事を分け合い、飢えに苦しむ日々。

そんな日々に終止符を打ってくれたのが、提督でした。

提督は私たちの元に現れると、すぐに食事をとって補給するように言いました。

いきなりの出来事に初めは何が何だか理解できず、中には提督に敵意を向ける子もいました。

しかし、そんな私たちに対して、提督は知り合いの方が作ってくれたという寸胴いっぱいのカレーをみんなに配ってくれました。

初めてできたまともな食事。 あの時のカレーのおいしさは今でも忘れません。

皆、おいしいと泣きながらほおばり、私も涙でぬれたカレーを必死に食べ続けました。 辛くて、美味しくて、ほんの少ししょっぱいカレーを……

それ以来、私たちは飢えて苦しむようなことはなくなりました。

ちゃんとした補給と食事を行い、皆元気に過ごしている。 それができるようになったのも、すべては提督が私たちを助けてくれたからです。

提督は私たちに喜びと希望を与えてくれました。

だから、今度は私がお返しする番です。

私はあの人が望むならなんだってやりますし、あの人が敵と見なした者は誰であろうと排除します。

私たちに希望を与えてくれたあの人のために、今度は私たちがあの人の希望になるために…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督も朝食を取りに? もしそうでしたら、ご一緒にいかがですか?」

 

 

赤城は声を弾ませながら、自分達と一緒に食事をしようと提案する。 隣にいる加賀も、少しうれし気な顔つきで提督の方を向いていた。

 

 

「あー…… スマン、そういや早急に片付けなきゃならない仕事があったんだ。 悪いが、食事は先にそっちを済ませてからにするよ」

 

「そうですか… それじゃ、仕方ありませんね」

 

 

しょんぼりと落ち込む赤城と加賀に、提督は一言詫びると、食堂を出て執務室へと戻ってきた。

戻ったとたん、提督は「ふう…」と呼吸を整え、辺りをきょろきょろと見まわす。

誰もいないのを確認すると、執務机に戻らず窓の方へ駆け寄り、窓を全開に開けた。 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、どうしたの? そんなに窓を開いて…」

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

突然背後から聞こえてきた声。

驚いて後ろを振り向くと、扉の前で微笑みながら佇む時雨の姿があった。

 

 

「いや、ちょっと空気の入れ替えでもしようと思ってな」

 

「そっか。 でも、今は冬だからそんなに開けたら寒いんじゃないかな? もし提督が風邪でも引いたら、僕も皆もすごく心配するよ」

 

 

穏やかな表情を崩さずそう話す彼女に対し、提督はどこかばつが悪そうな顔で答える。

 

 

「そう…だな… なら、少し換気をしたら、閉めるとしよう」

 

「うん、それがいいよ。 じゃあ、僕は鎮守府の見守りに行ってくるから、提督も仕事頑張ってね♪」

 

 

時雨はドアを開けると執務室を後にしていく。 再び一人になった提督は、窓を閉めると執務机へと向かい、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! また感づかれたか…!」

 

 

悪態をつきながら、どかっと椅子に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、提督は艦娘が嫌いだった。

 

突如海から現れ、人を襲う深海棲艦。

その深海棲艦を退治し、人々を守ってくれる艦娘。

多くの人はそんな艦娘たちに感謝していたが、彼は違った。

どうやって現れたのか全く分からず、そのうえ彼女たちは人の姿かたちをしているが、実際は人間ではない異形の存在。

そんな艦娘を、彼は得体のしれない不気味なものとして毛嫌いし、なるべく関わらないようにしていた。

しかし、そんな彼の人生はふとしたきっかけで崩壊した。

ある日、買い物を終え家に帰ろうと海沿いの土手を歩いていた彼は、偶然砂浜に傷だらけの体で倒れる一人の少女を発見した。

初めは人が倒れてると思い駆け寄ったら、その少女が艦娘であることに気づき、彼は激しく動揺した。

できることなら、この場から今すぐにでも逃げ出したいが、そんなことをすれば艦娘とはいえ少女を見殺しにしたとして、世間からは白眼視。 ヘタすれば、死体遺棄として罪に問われるかもしれない。

やむを得ず彼は倒れていた少女、『時雨』の手当てをし、その後彼女の所属する鎮守府に連絡し、引き取ってもらおうとした。

だが、向こうの返事はもう捨てた奴なので、あとはそっちで処分なりなんなりしてくれというものだった。

ただでさえ艦娘に関わりたくないのに、その艦娘の後始末までこっちでしろ…!?

その返事を聞いた男はブチ切れ、時雨が引き止めるのも聞かずに感情のまま鎮守府へ向かい、前提督を艦娘達の前で殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「てめえの艦娘はてめえが最後まで面倒見ろ! そんなこともできないような奴が、提督を名乗るんじゃねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時雨が聞いたあの言葉は、艦娘たちの思いを代弁したのではなく、単に自身の怒りをぶつけただけの事だったのだ。

初めは興奮していたものの、のちに自分のしたことを思い出し、どんな処分が下されるのかと男は内心ヒヤヒヤしていた。

しかし、彼の心配とは裏腹に、大本営からは前提督の悪事を暴くきっかけとして感謝され、鎮守府の近隣にいた住民たちからは、艦娘を救ってくれた英雄として賞賛。 複雑な思いを抱きながらも、提督を殴り飛ばした罪人にならずに済んだとして、男は胸をなでおろした。

ただ、提督を殴り飛ばしたことについては、大本営も表面上だけでも罰しなければ、世間体の問題もあるということで、男には新しい提督が着任するための手続きを終える数日の間だけ、ここで仮の提督を務めてほしいと頼まれた。

男としては艦娘たちの提督なんて即刻断りたかったが、数日の辛抱で今回の件がチャラになるのならやむを得ないと感じ、彼を承諾。 その後、前提督により心に傷を負っていた艦娘たちが元気になるよう努めた。

これは、艦娘たちのことを思っての行為ではなく、大本営から『新しい提督が来た時、彼女たちが提督に不信感を抱いていたらまずい。 だから、それまでにできるだけ彼女たちを元気づけてほしい』といわれたからやっていただけの事であった。

だが、それさえもすべては自分のため、一分一秒でも早く艦娘達との関わりを絶つための試練なんだと男は自分に言い聞かせてきた。

こうして新しい提督も鎮守府に着任し、大本営に感謝されながら彼は解任。 これで、晴れて自由の身になったと男は思っていた。 しかし、話はこれで終わりではなかった。

 

 

 

提督業から解放されて数日後。 いつも通りの朝を迎えた男の元に、突如一本の電話がかかってきた。

こんな朝早くに一体誰なんだ?

男は怪訝な顔をしながらも受話器を取ると、電話の相手である大本営からとんでもない一報を聞かされた。

なんと、例の鎮守府の艦娘たちが、新しく着任した提督を追い出してしまったのだ。

さらに、彼女たちは数日間、仮提督としてここにいた男を正式な提督にしろと要求。 もし断るなら、今すぐにでもそこへ攻め込むと脅迫してきた。

大本営は、どうかまた提督として戻ってくれないかと言ってきたが、男は目を見開き「冗談じゃないっ!!」と乱暴に受話器を叩きつけた。

今まで艦娘たちと関わらないために我慢してきたのに、あんなところへまた戻るなんて男にとっては悪夢以外の何物でもない。

急いでここから逃げて別のところへ雲隠れしようと男は準備を始めたが、それはできなかった。

必要最低限の荷物をまとめ、男が家を飛び出すと、男の家の前には時雨を筆頭に大勢の艦娘たちが彼を待ち構えていたのだ。

 

 

 

 

 

「やあ、提督。 迎えに来たよ」

 

 

そう言って、時雨は男の手を引いて鎮守府へ連れて行こうとする。

それに対し、男は時雨の手を振りほどこうとしたが、自分の腕を引く時雨の力は尋常ではなかった。

少女の細腕からは想像もつかないほど強い。 それに…

 

 

「どうしたの、提督?」

 

 

自分を見つめる時雨の目には光がともっていなかった。

黒一色の瞳は光を反射させず、まるで深淵を覗いているかのように真っ暗だった。

そして、それは時雨だけにとどまらない。

自分に目を向ける他の艦娘たちも、時雨と同じように黒ずんだ瞳を男へ向けている。

それを見て、男は二つ気付いたことがあった。

 

 

 

 

一つは、皆の様子が普通ではない事。

 

 

 

 

もう一つは、今ここで彼女たちに逆らえば、自分の命はないという事だった。

 

 

 

 

やむなく男は艦娘達に連れていかれ、提督となったのだが、度々隙を窺っては鎮守府からの脱出をもくろんでいた。

そして、この日も窓から逃げ出そうとしたが、時雨に見つかってしまい失敗に終わった。

どうやら、向こうもまた自分がここから逃げ出そうとしていることに勘づいているようだ。

だが、男は諦めるつもりはない。

いつか艦娘達の手から逃れ、ここから逃げ出すためにも、男は提督として勤めるふりをしながら、虎視眈々と脱出の機会をうかがうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭。 つい先ほど、ここから逃げようとした提督がいる執務室を見上げながら、時雨はポツリとつぶやいた。

 

 

 

 

「提督… 僕たちは君に感謝している。 慕っている。 信頼している。 君が望むなら、僕たちは何だってやってみせるよ」

 

「だから、提督には僕たちの事を見ててほしいんだ。 僕たちを救ってくれた、提督の傍が僕たちの居場所。 提督のいない鎮守府なんて、何の意味もないんだ。 それは僕だけじゃない、皆も同じ気持ちさ」

 

「覚えておいて、提督。 僕たちは君を逃がしたりはしない。 どんなに逃げようとしても、どこへ行こうとも、必ず見つけてみせる。 だから、どこにもいかないでね。 提督…」

 

 

 

 

 

潮風に髪をそよがせ、口元に笑みを浮かべながら、時雨はにっこりと笑う。

ただ、その目は笑っておらず、瞳の中は彼女の心を体現するかの如く、漆黒の色に染まっていたのであった。

 

 

 



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忍び寄るほど尽くす愛

どうも、お久しぶりです。
これが今年最後の投稿になりますね。 こうしてみると、自分でもよくここまでヤンこれ作品を書いてきたなとしみじみ感じています。
ただ、まだまだ書いていきたい気持ちはあるので、これからも思いついたら新しい話を書いていこうと思います。





 

 

 

とある一軒の家屋。 2階建てのやや大きな家で、さほど広くはないが庭付きの一軒家。

そこの家主であり、鎮守府の提督を務める男は現在自分のいる居間を見回しながら、ひときわ大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

「……またか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督の実家は自分の仕事場となっている鎮守府からそう遠くない場所にあり、普段は忙しいがゆえに鎮守府に寝泊まりしているが、週末など時間に余裕ができる日は、様子見を兼ねていつも実家へと帰っていた。

両親はすでにおらず一人暮らし。 おまけに提督という役職についてる故、実家の掃除や日用品の買い出しなど、家の管理が出来ないというのが彼のちょっとした悩みだった。

だが、ある日の事。 いつものように実家に帰るとおかしなことがあった。

時刻はすっかり薄暗くなった夜の時間。 提督は廊下を通って居間の電気をつけると目を見開いた。

なんと、居間がきれいに掃除されており、周囲の物もきちんと整頓されていたのだ。

とても丁寧に掃除された居間だったが、提督は喜びより不安が上回った。

何故なら、鎮守府へ行ってから再び実家に帰るまでの間、彼は一度もここへは戻ってきていない。 自分で掃除をする暇はないし、プロのハウスクリーニングに頼んだ覚えもない。 つまり、心当たりが全くなかったのだ。

一体誰が部屋を掃除したのか?

提督はそんな不安を胸に抱えながら日々を過ごしていたが、異変はそれだけにとどまらなかった。

またある日の出来事。

いつものように家路につくと、今度は歯ブラシなどの日用品が新品に取り換えられていた。

例によって、これも自分がやったものではないし、心当たりもない。

しかも、前に自分が使っていた方の歯ブラシなどは見当たらず、一体どこに行ったのかという謎も残っている。

またある時はテーブルに作り主不明の料理が置かれており、提督は戦慄した。

『食べてください』といわんばかりにラップされた料理。 怪しいことこの上なかったが、下手に捨てるのも怖かったので、念のためにと一口だけ食べてみたところ、味はおいしかった。

とはいえ、不気味であることに変わりはない。

家主に何も言わず、掃除や料理をするのは一体誰か?

犯人の手がかりも得られぬまま、今日も提督は鎮守府で仕事に精を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

「…本当に誰なんだ? 俺に何も言わず掃除をしたり料理を置いてったり… これじゃストーカーと変わらないじゃないか」

 

 

暗く覇気のない表情で、提督は誰にでもなく一人呟く。

今自分がこうしている間にも、もしかしたら何者かが自分の家に忍び込んでいるのではないか? そんな強迫観念に駆られてしまうのだ。

 

 

「提督、何かあったのですか? 何やら、ずいぶんお疲れのようですが……」

 

 

小声でつぶやいたつもりが、どうやらかすかに聞こえていたらしい。

手前のテーブルで執務を行っていた秘書艦が、心配そうに彼へ声をかけてきた。

 

 

「ああ、能代。 すまんな、ちょっと考え事をしてて」

 

 

提督は自分へ声をかけてきた艦娘、能代へと顔を向ける。

普段天然な姉を世話しているためか、どうにも彼女の世話焼きな性格がそうさせてしまったらしい。

苦笑いを浮かべる提督へ、能代は不安げな顔を見せる。

 

 

「もし何かあるのでしたら、能代が相談に乗りますよ」

 

 

胸元に手を置きながら、提督の目を見つめ真剣に話す能代。 しかし、提督は首を振って、

 

 

「いや… お前たちには俺も国の人たちも大いに助けてもらっているんだ。 ありがとう能代、そう言ってくれただけでもありがたいよ」

 

「そう…ですか。 でも、もしもの時は遠慮なく頼ってくださいね。 その…… 能代にとっても提督は大切な人ですから」

 

 

そう言って、憂いを込めた表情を浮かべたまま、能代は執務室を後にする。

自分を気にかけてくれる能代の気持ちは素直にありがたかった。

しかし、彼女たち艦娘は人類を襲う深海棲艦達と戦っている海の戦士。

深海棲艦と戦えない自分たちに代わって海や人々の平和を守ってもらっているというのに、ストーカーに困っているから何とかしてほしいなんて、とてもじゃないが言えるわけがなかったのだ。

 

 

執務を終え、時刻は昼過ぎ。

気分転換を兼ねて、一人鎮守府の中庭を散歩していると、寮の前にある玄関で榛名に会った。

 

 

「あっ、提督。 お疲れ様です」

 

「おう、榛名もお疲れ……って、すごい荷物だなそれ…」

 

 

提督は目を丸くしながら榛名の手に注目する。

寮へ戻ろうとしていた榛名の両手には、スーパーで買ってきたのであろう食材がたくさん入った袋がぶら下がっていた。

呆然とする提督に、榛名ははにかみながら言った。

 

 

「実は榛名、最近料理に凝っているんです。 いつも料理を食べてくれる人が残さず食べてくれるので、それでつい張り切っちゃって」

 

「なるほど。 確かに、残さず食べてもらえるなら、作る側もやりがいがあるな。 きっと、その相手も榛名に料理を作ってもらえて幸せだろう」

 

 

提督がうんと頷くと、榛名はその言葉が嬉しかったのか目を輝かせながら、

 

 

「提督にそう言って頂けるなんて、榛名も嬉しいです! それじゃ、次はもっとおいしい料理を作りますね♪」

 

「ああ、そうしてやるといい。 相手も、きっと喜んでくれるぞ」

 

 

鼻歌交じりに寮へと戻っていく榛名を、提督は一人見送っていく。

ただ、あんなふうに楽しげに過ごす彼女たちを見ては、増々自分の悩みについては言い出しづらくなった。

 

 

 

 

 

数日後、いつものように家に帰り居間を見ると、今回は掃除はされていなかった。

流石にそう何度も来ないか、と提督は胸をなでおろし自宅に寝泊まりする。

そして、朝になり2階の寝室から1階の居間へ下りてくると、

 

 

 

 

「…なんてこった。 まさかここまでやるとは……」

 

 

頭を抱え、今の入り口に佇む提督。

その視線の先には、綺麗に掃除が成された居間が見えていた。

 

 

 

 

 

 

いつものように朝の執務に取り掛かろうにも、ストーカーの事が気になってなかなか仕事が進まない。

公私混同するのはよろしくない事は分かっている。 しかし、今回は家主である自分が寝入っている隙に家に入ってきたのだ。

もはや、不気味を通り越して身の危険さえ感じる。

ぼんやりとした様子で執務をこなしていると、

 

 

「提督、どうしたのですか? 先ほどから、筆が進んでいませんが…」

 

 

ふと、自分を呼ぶ声に提督が顔を向けると、そこには今日の秘書艦を務める大和が心配そうに声をかけてきた。

 

 

「ん… ああ、すまん。 ちょっと、ぼんやりしてた」

 

「昨日も能代さんが心配してましたよ。 もし何かあるのでしたら、どうかお話ししてください」

 

「…いや、本当に何でもないんだ。 最近、働き詰めのせいか気分がすぐれないのかもな…」

 

 

提督は笑ってその場をごまかした。

大和もそれを察してか、これ以上深く追求しようとはしなかった。

 

 

「…提督、差し出がましいことを言うようですが、あまり仕事ばかりに気を向けず、たまには気分転換をするのも大事ですよ」

 

「気分転換……か」

 

 

提督が言葉を返すと、大和も微笑みながら話を引き継ぐ。

 

 

「実は、大和も最近気分転換を兼ねて、部屋の掃除を行っているんです。 やっぱり綺麗な部屋の方が、自分にも他の方にも気持ちよく過ごせますから」

 

「確かに… なるほど、そう言ったちょっとしたことでも気が晴れるな。 ありがとう大和、俺も俺で何か良い方法を考えてみるよ」

 

 

提督はそういうと、大和と共に執務を再開。 執務を終えると大和は一礼して部屋を後にしていった。

残された提督は執務椅子に座り込むと、「ふう…」と深い溜息を吐き、

 

 

「……さすがに、このままあいつらに余計な心配をかけるわけにはいかないな。 よし、今度は俺も動くぞ!!」

 

 

がばっと立ち上がると、提督も部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

それから提督は監視カメラを購入し、居間と洗面所、そして寝室に取り付けた。

初めはこういった撮影関連に詳しい青葉に協力を仰ごうと思ったが、万が一にでもストーカーに監視カメラの存在を知られ、相手の怒りを買わないとも限らない。

その時、彼女に怒りの矛先を向けられる恐れがあることを考えると、ヘタな協力を仰ぐわけにもいかない。

提督は他の子達にはこのことを告げず、一人で準備を整えた。

そして、いつものように週末を家で過ごし起きてくると、やはり居間には誰かが掃除をした痕跡が残されていた。

 

 

「…案の定か。 だが、今回はカメラで中を撮ってある。 誰がやったか知らないが、今夜その化けの皮をはがしてやるからな!!」

 

 

 

 

 

時刻は夜。 鎮守府にいた艦娘たちは皆寮へと戻り、執務室には提督が机にパソコンを広げていた。

パソコンには監視カメラが撮った映像を見れるようにしてあり、あとはそれを確認するだけだが、

 

 

「……。 さすがに、いざとなると緊張するな」

 

 

今まで自分をつけまわしてきた相手を見るのかと思うと、少々尻込みしてしまう。

中々思い切りがつかず迷っていると、

 

 

「提督、どうしました? こんな時間まで執務室に残って」

 

「あ、赤城っ! お前、なぜここへ…?」

 

 

今日の秘書艦を務めてくれた艦娘、赤城が執務室へと入ってきた。

突然の赤城の登場に動揺を隠せない提督。 対する赤城は、事情が飲めずきょとんとした表情を見せる。

 

 

「私は、寮へ戻ろうとしたら執務室の窓から明かりがついてるのを見て引き返してきたんです。 提督こそ、どうして?」

 

「む… そ、それはだな……」

 

 

赤城の思わぬ登場に、口ごもる提督。 しかし、赤城の方は続けて質問をかける。

 

 

「提督、そのパソコンは一体何でしょう? いつもは執務にそのようなものを使ってないですが…」

 

「………」

 

 

流石にこれ以上隠し通すのは厳しい。

そう悟った提督は、深いため息とともに赤城に一連の出来事を打ち明けた。

 

 

 

 

 

「…本当、なんですか? 提督が、ストーカー被害にあってただなんて…!」

 

「ああ、俺も驚いているよ。 まさか、俺を相手にそんな真似をする物好きがいたなんてな」

 

「だが、それも今日で終わりだ。 実は家にこっそり監視カメラを取り付けておいてな、昨夜の家の様子を録画してあるんだ。 これから、そのストーカーの正体を暴いてやる所だ」

 

 

そう言いながらも、やはり提督自身は不安の色を隠せない。 マウスを握る手が小刻みに震える。

だが、赤城は提督が不安を抱いているのを察してか、提督の肩を叩くと自ら進言してきた。

 

 

「提督… もしよければ、私もご一緒します。 流石に提督一人にこのようなことをさせるのは、秘書艦として見過ごせません」

 

「赤城…」

 

 

突然の提案に戸惑うも、自分を気遣ってくれる赤城の気持ちは素直に嬉しかった。

提督は、真っすぐに自分を見つめる赤城の目を見ると、

 

 

「すまない… よろしく頼む」

 

「はいっ!」

 

 

こうして、赤城も提督と一緒に執務室に残ることとなり、提督はゆっくりとパソコンを操作して、昨夜の録画した映像を再生した。

まず、居間に置いたカメラの映像が再生される。

初めは灯りのない薄暗い室内が映し出されるだけ。

しばらくは音もない居間が映し出されていたが、時間が11時を過ぎた頃。 鼻歌を歌いながら居間に入ってくる影が映し出された。

そして、その影の正体を認識した二人は、思わず絶句した。

 

 

 

 

 

「や…大和……?」

 

 

鼻歌交じりに部屋に忍び込んできた人物、大和は薄暗い部屋の明かりをつけると周りを見回して、

 

 

『うふふ… それじゃ、今日もちゃんとお掃除をしなきゃ。 提督の奥さんとしてね。 ふふっ♪』

 

 

大和は顔を綻ばせながら、音もたてずにテキパキと掃除をこなしていく。

監視カメラ越しに映るその光景を、提督は体を震わせながら見続けていた。

 

 

「そんな…まさか…! 大和が、ストーカーの正体だったのか…!?」

 

 

一通り掃除と片づけを終えた後、大和は部屋を去っていった。

震える提督を見て、赤城は提督に声をかける。

 

 

「提督… 事実を受け入れるのは辛いと思われますが、この件については明日大和さんに確認しましょう」

 

 

これ以上見せるのは辛いだろうと、赤城はカメラを止めようとパソコンに手を伸ばすが、提督は冷や汗を流しながらも赤城を引き止める。

 

 

「待て、赤城…」

 

「提督?」

 

「……確かに、掃除をしたのは大和だった。 だが、大和がやったのは掃除だけ。 なら、料理と日用品のすり替えは一体誰がやったんだ?」

 

 

そう、大和は確かに部屋に忍び込んできたが、あくまで彼女は部屋の掃除を行っただけ。 掃除用の道具以外は何も持ってきてはいなかったのだ。

 

 

「まだ、それを確かめるまで止めるわけにはいかない。 このまま続けてくれ」

 

 

顔を青くしながらも、凛とした顔つきで話す提督に、

 

 

「……分かりました」

 

 

赤城も短い返事をしてパソコンへと向き直った。

 

 

大和が去った後の画面を、二人はずっと見続けている。

しばらくは変わり映えしなかったが、再び扉を開ける音が聞こえた。

そして、居間へと入ってくる人影をカメラが映し出す。 そこにいたのは……

 

 

 

 

 

「は…榛名……?」

 

 

ラップをかけた料理を手に、榛名が居間へと入ってきた。

そっと周りをうかがうと、榛名は音もたてずに暗い居間へと入り、テーブルの上に料理を置いていった。

 

 

『提督、今回も榛名の手料理を食べてくれたのですね。 嬉しい♪』

 

『それにしても、こうして料理を用意してあげるなんて、まるで提督の恋人になったみたい… きゃっ、恥ずかしいー///』

 

 

料理の前で一人もじもじしながら恥ずかしがる榛名。

嬉しげな彼女とは裏腹に、提督は目の前の映像にただ口を開けることしかできなかった。

 

 

「ま、まさかあれをやったのが榛名だったとは…… そういえば、最近料理を作っていると話していたが、まさかこのことだったのか…!?」

 

 

提督は頭を抱え、項垂れる。 赤城は、流石にこれ以上はやめましょうと言うが、

 

 

「まだ…まだだ。 ちゃんと、最後まで真相を見届けなければならない。 途中で逃げ出すわけにはいかないんだ…!」

 

 

歯を食いしばりながらも正面の映像に向き合う提督に、赤城も渋々引き下がる。

さらに続きを流していると、居間に着けてあったカメラが録画した映像は終わり、今度は洗面所のカメラの映像に切り替わる。

カメラの時刻は深夜1時に差し掛かるころ。

暗いままの洗面所に天井とは別の明かりが中を照らし出す。

それは携帯用の懐中電灯の明かりで、その懐中電灯を持っていたのは……

 

 

 

 

 

「……お前、だったのか。 能代…」

 

 

スーパーの袋を下げ、こっそり家へと侵入してきた能代の姿が映っていた。

カメラ越しに見える能代は、音を立てないよう慎重に洗面所へと入ってくる。

歯ブラシなどが置かれている洗面台へとやってくると、使い込まれていないか一つ一つチェックし、取り換える必要がありそうなものがあった時は、袋から新品の物を取り出し、それと取り換えていった。

 

 

『これで良し…っと。 なんだか最近、提督も疲れているようだったから、能代がこうして身の回りのことをしてあげないとね』

 

『でも提督、疲れている割には居間の掃除とかちゃんとこなしてるんだ。 あまり無理しないでほしいな… 能代に言ってくれれば、いつでもやってあげるのに……』

 

『……提督の使った歯ブラシ。 …後で能代のほうで使おうっと♪』

 

 

顔を綻ばせながら自分の使っていた歯ブラシを持ち去る能代の姿を見て、提督もただ絶句するしかなかった。

 

 

「な、何てことだ…… 前から皆が俺を慕っていることは知っていたが、まさかここまでとは……」

 

 

提督は両手で顔を覆い、その場で俯いた。

自分の家に忍び込んでいたストーカーがほんとは三人、それも全員自分の信頼する部下だったという事実はあまりにもショックが大きすぎた。

これにはさすがに赤城も黙っているわけにはいかず、提督の肩をゆすった。

 

 

「提督、お願いですから今日はもう切り上げて部屋で休んでください! これ以上見続けるのは提督の精神が持ちません。 三人には明日、私が事情を問い詰めますから、どうかこれ以上は無理をしないでください!!」

 

 

涙を流しながら必死に懇願する赤城。

その姿に提督もこれ以上赤城に余計な心配をかけるわけにはいかないと感じたのか、

 

 

「…分かった。 それじゃ、今日は鎮守府の私室に泊まっていくことにするよ。 帰るには遅い時刻だし、何よりこれを見た後だと戻るのが恐ろしいからな…」

 

「赤城、ここまで付き合ってくれてありがとう。 お前がいなかったら、俺は最後まで真相を見届けることはできなかった。 お前のおかげで、俺もストーカーの正体を突き止めることができたよ」

 

「…いいんです、提督。 私もまた、貴方をお慕いしてる者の一人ですから、これで貴方のお力になれたというのであれば、これほど嬉しいことはないです」

 

「赤城… お前のような部下をもって、俺は幸せ者だ。 何かお礼をしたいんだが、希望はないか?」

 

 

提督がそう言うと、赤城は一瞬驚いた様子を見せ、その後急にもじもじしだした。

その姿に、「どうした…?」と問いかけようとしたが、先に赤城の方が口を開いた。

 

 

「…で、でしたら、その…… ケッコンカッコカリの相手に私を選んではもらえませんか?」

 

「ケッコンカッコカリ…… ああ、そう言えばまだ相手を選んでなかったんだったな。 だが、あれは単なる任務の一環だが赤城は本当にそれでいいのか?」

 

「も、もちろんです! むしろ、それがいいんです!! ……あっ、すみません。 つい興奮して…」

 

「…分かった。 それじゃ、この件が終わったらケッコンカッコカリを行おう。 いいか、赤城?」

 

「はいっ! 楽しみにしてますね、提督♪」

 

 

満面の笑みを浮かべる赤城の顔を見届け、提督は「後はよろしく頼む」と言い残して執務室を後にしていった。

後片付けは赤城がやると言っていたので、今回はその行為に甘えようと思ったからだ。

扉が閉じ、一人残された赤城はほっと胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

「良かった。 提督が休んでくれて」

 

「流石にこれ以上は提督に見てほしくなかったし、本当にほっとしたわ」

 

 

赤城は再生されたままの監視カメラの映像に目を向ける。

映像は洗面所を映していた分が終わり、最後の寝室を撮影した画面に切り替わった。

1時過ぎまでは提督が一人寝息を立てる姿が映っていたが、2時を回った頃……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウフフ… 提督ってば、今日もぐっすり眠っていますね。 それでは、今日も失礼します♪』

 

 

そう言って、寝ている提督に近づき口づけをし、その後提督の布団に潜り込む赤城の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、赤城もまた三人と同様に提督の家に忍び込んでいた。

初めは深夜にこっそり提督の寝顔をうかがうだけだったが、それも日が経つにつれ徐々に欲望が強くなっていき、ある日我慢できずに寝ている提督の唇を奪ってしまった。

その時は自分はなんてことをしてしまったのかという罪悪感に囚われていたが、提督はそのことに気付かず、いつものように赤城に親しく接してきた。

そんな彼の姿を見て、赤城はどこか言い知れぬ背徳感を感じていった。

もっと愛しい人と触れ合いたい。

欲望が暴走した赤城はそれからも提督と口づけを交わす行為を続けてきた。

だが、それさえ満足できなくなったある日。 彼女は実家で寝ている提督の元へやってきて、直接肌を重ねる行為にまで及んだのだ。

好きな人と触れ合い、眠っていながらも快感を感じている提督を見るのが、赤城にとって週末の楽しみだった。

しかし、昨日は監視カメラが仕掛けられていたことに気付かずに事を起こしてしまい、偶然提督が執務室にいたことを確かめ監視カメラの事を知ることができた。

結果、どうにか自分がしでかしたことについては提督にばれずに済んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、まさかあの三人も提督にちょっかいをかけていたなんて、知りませんでした。 あとできつくお灸をすえないとですね」

 

「心配しないでください、提督。 私がいる限り、貴方を他の女の手にかけさせたりなんかしません。 夫の身を案じるのは、妻の役目ですから」

 

「それに…… んっ…!」

 

 

赤城は急にお腹を押さえる。

服の上からではわからないが、少し膨らんだお腹をさすりながら、彼女は呟く。

 

 

「…この子も早く提督に会いたがっているようです。 最近急に活発になり出してきましたから、この子が来るのもそう遠くなさそうです」

 

「今はまだケッコンカッコカリでも構いませんが、いずれちゃんとした結婚をしましょう。 ねっ、あなた……」

 

 

そういうと、赤城はにっこりと笑う。

新しい命が自分のお腹に宿っていることを感じながら、彼女は一人そこに佇むのであった。

 

 

 



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罪と罰は廻りゆく

今年初のヤンこれ作品です。
ちなみに前後編になっており、後編は現在執筆中です。 流石にネタがなくなってますが、これからも見てもらえるとありがたいです。





 

 

 

ここはとある鎮守府。 廊下には一人の提督が息を切らせながら必死に走っている。

額に汗し、彼の手にはなぜか飲み物の缶が入った袋を下げている。

彼は食堂へ走り込むと、そこにいた艦娘たちはジト目で入ってきた提督を睨み付けた。

 

 

「す、すまない! 帰りが混んで遅くなった……!」

 

 

呼吸を整えながら謝罪する提督に対し、艦娘たちは提督に見向きもせず、

 

 

「おせーよ、全く。 買い物ぐれーでこんなに時間かけてんじゃねーよ」

 

「ほんとほんと。 提督さ、こんなこともまともにできないんならやめた方がいいんじゃない?」

 

 

食堂にいた摩耶と北上は提督に悪態をつき、他の艦娘たちも提督にお礼の言葉一つかけないまま、飲み物を取ると立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府では、艦娘たちが提督をこき使っていた。

彼女たち艦娘は深海棲艦に唯一対抗できる存在。 だが、そのことを知っている彼女たちはその事に胡坐をかくようになった。

自分達がいなければ、人類は深海棲艦から身を守るすべはない。 なら、自分たちが守ってあげる代わりに自分たちをもてなすのは当然だろうと、勝手気ままに振る舞っていた。

先ほど飲み物を買ってきた彼はまだ新米の提督で、今は亡き父親に憧れて提督を志願した。

いざ自分が提督になるんだと意気込んで来てみれば、待っていたのは彼女たちのお目付け役という悲惨なものだった。

来る日も来る日も皆からパシリのように扱われ、イタズラのおもちゃにされるという、お世辞にも提督とは思えない待遇。

心身ともに疲弊し、大本営に呼び掛けても、現状代わりの者がいないので見つかるまで耐えてくれという返答。

買い物を終えてへとへとの体で執務室への扉を上げたとき、

 

 

 

 

 

 

 

ザバ――――!!

 

 

 

 

 

突如頭上から水が流れ、提督はずぶぬれになった。

驚く様子もなく呆然と突っ立ったまま、提督は「またか…」と溜息を吐いた。

 

 

「キャハハハ!! しれーかん、またひっかかったぴょーん♪」

 

 

いたずらを仕掛けた卯月や皐月といったイタズラ好きの駆逐艦娘たちが、執務机の向こうから腹を抱えながら現れた。

廊下の方では他の艦娘たちもクスクスと笑いながら見ており、イタズラを叱る者も、提督を心配する者も、誰もいない。

周りから笑われ惨めな思いをしながら、提督は一人ずぶぬれになった床の掃除を行うのであった。

 

 

 

 

 

次の日の事。 提督は朝からふらついた足取りで廊下を歩いていた。

昨日ずぶぬれになったせいか、どうにも体調がよろしくない。 しかし、それでも自分に休むという選択肢はなかった。

熱でふらつく足運びをしながらも、提督は懐から一本の万年筆を取り出す。

それは、彼にとって憧れである父親が愛用していた物で、父親が自分に残してくれた唯一の形見。 彼にとってはかけがえのない宝物だった。

 

 

「親父… 俺さ、ようやく提督になれたんだ。 今はまだ辛いけど、絶対親父のような提督になるから見ててくれよ…!」

 

 

万年筆を見ながら、彼は父親に語り掛けるように決意を口にする。

執務室へ訪れると、そこには秘書艦の姿はなく、代わりに手つかずの書類が山となって置かれていた。

提督はどうにか椅子に座り、作業に取り掛かろうとしたとき、

 

 

「うっ…! くっ……!」

 

 

目の前がグニャグニャに歪んできた。

流石に溜まりに溜まった疲れと熱のせいで、目の前の視界がおかしくなっている。

 

 

「ま、まず…い…! 流石に…これは……きけ……ん……!」

 

 

薬を取りに立ち上がろうにも、足取りがよたつき、まともに歩くことさえままならない。

提督は足がもつれ倒れ込み、その拍子に懐に入っていた万年筆を落としてしまった。

どうにか拾おうと、彼は這いながら前に進むが、彼が拾うより先に扉が開き一人の艦娘が中に入ってきた。

 

 

「あっ…!」

 

「何これ? きったない万年筆だなー」

 

 

イタズラの仕掛けを仕込もうと部屋に入ってきた皐月は、足元に転がっていた万年筆を拾い上げる。

提督は熱で喘ぎながらも、どうにか返してもらおうと皐月に訴えかけた。

 

 

「そ、それを……返して…くれ…… それ…は……俺にとって…たい、せつな……」

 

 

這いずったままの姿勢で、どうにか提督は声を出す。

しかし、それを聞いた皐月の返事は……

 

 

 

 

 

「おっと、手が滑っちゃったー!!」

 

「なっ…!?」

 

 

皐月は思いっきり振り上げてから、勢いよく万年筆を窓の外へと投げつけた。

万年筆は半開きになっていた窓を通り過ぎると、そのまま勢いのまま飛んでゆき、眼下に広がる海へ沈んでいったのであった。

視線だけを窓に向けながら、信じられないと言わんばかりに驚愕する提督。 対する皐月は、まるでイタズラが成功したからのような意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「ああ、ごめーん♪ でも、あんな汚い万年筆なんかいつまでも使っていたら、司令官まで駄目になっちゃうと思ってね。 これを機に、新しい万年筆にしたらいいんじゃないかな? あっ、ついでに司令官も新しい人を用意しといてよ」

 

 

そう言い残すと、皐月は謝罪の言葉をかけることなく鼻歌交じりにその場を去っていった。

しばらく放心したまま窓を見つめていた提督だが、高熱と形見を失ったショックに耐えられなくなり、ついにその場で気を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん… う、あ……」

 

 

次に提督が目を覚ますと、視界の先には真っ白い天井とそこに下がる蛍光灯が見えた。

体を起こすと、自分の上に載っていた掛布団がずり落ちる。 周囲には、同じような白い掛布団が敷かれたベッドが横並びになっている。

 

 

「ここは……?」

 

 

まだ熱で頭がぼんやりしている。 提督が周囲を見渡しながら考えていると、左側の扉が開き一人の男性が姿を見せた。

 

 

「どうやら、目を覚ましたようだね」

 

「…あ、貴方は大将!? なぜここに……?」

 

 

突然現れた大将に、提督は驚きながらも敬礼の姿勢を見せる。

それを見た大将は、「いい、楽にしてくれ」と提督を嗜めると、彼が気を失った後何があったかを教えてくれた。

 

 

 

 

朝、彼が熱で倒れ込んだ後、たまたま言伝を預かっていた憲兵が彼を発見し、そのまま軍病院へと連れて行った。 治療はしたものの、熱にうなされ彼は丸一日目を覚まさなかったことを大将は話してくれた。

そして、なぜ艦娘たちに彼が熱で倒れてたことを知らせなかったのかを訪ねてみたが、皆その時は偶然執務室に寄っていなかったから気づかなかったと知らぬ存ぜぬを貫いた。

その後、彼に代わって他の提督をここへ着任させることを艦娘達に伝えたのであった。

 

 

 

 

 

「こちらも、代わりを務める者がいなくて手助けができなかったんだ。 命令とはいえ、君にここまで負担をかけてしまい申し訳なかったね」

 

「………」

 

 

謝罪の言葉と共に大将は深々と頭を下げ、その姿を提督は何も言わず見つめていた。

ゆっくりと頭を上げると、大将は彼に尋ねる。

 

 

「…君は、体調が回復したらどうする? このまま提督を続けるか、それともここをやめるか……」

 

 

大将の問いに、しばらく彼は無言のまま手元のシーツを握り締めていたが、大将の顔を見ると、

 

 

 

 

 

「…少し、考えさせてください」

 

 

とだけ、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、彼がいた鎮守府。 そこの中庭では、新しく着任した提督が艦娘達に挨拶をしていた。

 

 

「やあ、初めまして。 僕が前の提督に代わって、この鎮守府の管理を行うこととなった。 皆、よろしく頼むよ」

 

 

新しく着任した提督は、見た目は笑顔を絶やさない好青年といった雰囲気。 壇上に上がって挨拶するが、艦娘たちは皆彼に見向きもせずおしゃべりをして、中には「あいつは何日でやめると思う?」などいつ彼がやめるかを話し合っている者もいた。

だが、提督はそのことに怒る素振りもなく、誰か執務室へ案内してくれないかと尋ねた。

当然、ほとんどの艦娘たちはそんなこと引き受けるわけもなくその場を後にしていくが、彼に駆け寄る一人の艦娘、卯月が案内役を買って出た。

 

 

「それじゃ、うーちゃんが案内してあげるぴょん!」

 

「それはありがたい。 それじゃ、よろしく頼むよ」

 

 

ニコニコと笑う提督を見ながら、卯月は内心ほくそ笑んでいた。

 

 

(おマヌケなしれーかんだぴょん。 また、イタズラして笑いものにしてやるぴょん♪)

 

 

イタズラを悟られないよう、表面上は自然体を装って卯月は提督を執務室の扉の前まで案内する。

そして、扉を開けるよう促した。

 

 

「それじゃ、ここが執務室だぴょん」

 

「ありがとう。 それじゃ、失礼します」

 

 

そう言って、提督が扉を開け中に入ると上に置かれていたバケツがひっくり返り、中の水を派手に提督へとぶちまけた。

 

 

「キャハハハハ!! またひっかかったぴょーん、ほんとーにしれーかんはおマヌケだぴょん!」

 

 

水浸しになった提督を、卯月は指さしながら笑う。

提督はずぶ濡れになりながらも笑顔を絶やさなかったが、卯月の元に来ると彼女に尋ねた。

 

 

「これは君がやったのかい?」

 

 

穏やかな口調で話す提督。 それを聞いた卯月が肯定の返事をした瞬間、それは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!!

 

 

 

 

 

 

提督は笑顔を浮かべたまま拳をふるい卯月を殴り飛ばした。

卯月を含めた皆は何が起きたか理解できず困惑しており、提督は濡れたまま服を直しながら卯月へと言った。

 

 

「いけない子だね、君は。 上官にこのような真似をしてはいけないと教わらなかったのかい?」

 

 

いきなりの提督の暴力に一瞬辺りは呆然としていたが、状況を理解した天龍は「いきなり何するんだ!?」と提督へ食って掛かろうとする。 だが、

 

 

「はあ… 君もいけない子だ」

 

 

提督は天龍の腹に拳を打ち込み黙らせる。

痛みのあまりもんどりうつ天龍に目もくれず、静まり返った周囲を見渡しながら、提督は声を大きくして話した。

 

 

「君たちは自分の立場が分かっていないみたいだね。 ここで一番偉いのは提督であるこの僕だ。 そして君たちは僕の部下であり、命令に従わなければならない。 元より、艦娘という兵器である君たちに人権なんてものは存在しないんだ。 君たちは黙って僕の命令に従い、それ以外は許されないんだ。 分かったかい?」

 

 

笑顔のまま、目を細めながら提督は艦娘達を睨み付けた。

例えようのない気迫に皆震え上がっていたが、

 

 

「ほら、返事はどうしたの?」

 

 

という彼の声に、彼女たちも弱々しい声でどうにか返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼が提督になったことでこの鎮守府の様子は大きく変わっていった。

彼が通るたびに艦娘たちは震え、彼に敬礼しながら挨拶を行うが、

 

 

「きゃあっ!!」

 

 

提督は突然一人の艦娘の髪を乱暴につかみ上げた。

 

 

「君は潮君だっけ? いけないな、挨拶はちゃんと相手の顔を見なきゃ失礼というものだよ」

 

 

潮は涙を流しながら提督に髪を引き上げられる。 その行為に、

 

 

「アンタ、潮に何してんのよ!?」

 

「駄目よ曙っ!!」

 

 

彼女と一緒にいた曙が、朧の制止も聞かず提督へ掴みかかるが、提督は冷たく曙を一瞥すると強烈な平手打ちを食らわせた。

床に倒れ込み、頬を抑える曙に、提督は潮の髪を引いたまま睨み付けた。

 

 

「君も悪い子だ曙くん。 たかが道具の分際で、提督である僕に刃向かおうとするのだから」

 

 

まるで口調を変えず、穏やかな笑みを浮かべたまま曙へそう話す。

そこへ、髪を引かれ涙目になったままの潮が提督へ声を上げた。

 

 

「すみ…ません、でした……提督。 おね…がい、です……から……、曙ちゃん、を……許して…くだ、さ…い……」

 

 

それを聞いて、提督は潮の髪を離す。

心配そうに曙に駆け寄る潮に、提督はいつもの笑顔で話した。

 

 

「うん、そうだね潮君。 悪いことをしたら謝る、大事なことだ。 曙くんも、潮君を大事に思うなら、下手に人間に刃向かってはいけないよ」

 

 

睨むように自分を見る曙と傍らに座り怯えた目で見つめる潮。 そして周りの恐怖におびえた視線を向けられながら提督はその場を去っていった。

 

 

 

 

 

またある日の事。

夕暮れ時の執務室で、提督は瑞鶴から渡された戦果報告に目を通す。

しばらく無言で見つめていたが、ある一点に目を止めると、彼は瑞鶴に視線を移す。

 

 

「フム… おかしいね、瑞鶴君。 私は補給艦50隻を狩ってくるよう言ったのに、君たちはまだ30隻しか狩れていない。 これじゃ話が違うね?」

 

 

彼女たちが出撃するこの日、提督は補給艦50隻を今日中に狩って来いと命令してきた。

いくら何でも一日で50隻など、到底こなせるはずなどない。 あまりに無茶すぎるノルマだった。

 

 

「そ、そんなの辺りを探してもこれが限界よ。 そもそも、一日で50隻なんて無茶にもほどが…!!」

 

 

しかし、提督は反論しようとした瑞鶴の胸ぐらをつかみあげる。

苦しそうに顔をしかめる瑞鶴を笑顔で見ながら、彼は言った。

 

 

「できる出来ないじゃない、やるんだ。 君たちの意見なんて最初から聞いてないよ」

 

「君たち兵器は黙ってただ僕の命令をこなせばいい。 ほら、早く行かなきゃ夜になっちゃうよ」

 

 

そう言って、ノルマをこなすまで無理やり出撃させることも珍しくなかった。

またある時は遠征から戻り疲れた子達を、再び遠征に行かせることもあった。

 

 

「ハア… ハア… だ、第四艦隊、ただいま遠征から戻ったよ……」

 

 

港に戻った皐月は息を切らせながら、提督に帰還の報告をする。

だが、提督はへとへとの皐月達へ笑顔のまま言い放った。

 

 

「ああ、そう。 なら、今度は鼠輸送に行ってもらおう。 艤装への補給を終えたらすぐに出て行ってね」

 

 

その言葉に皐月達は目を見開く。

ようやく苦労して遠征を終えてきたのに、休む間もなく次へ行けと言われれば、不満の一つも出てしまう。

 

 

「そんなっ!? 僕たちはさっき東京急行を終えたばかりだよ!」

 

「う…うーちゃんも……もうへとへとだ…ぴょん」

 

「弥生も…もう…ダメ……」

 

 

皐月だけでなく、他の艦娘たちも疲労困憊で疲れの色が顔にも声にも出ている。

それでも、提督は表情一つ変えなかった。

 

 

「ああ。 帰還したってことはもう次の遠征に行けるってことだろ? 君たちは兵器なんだから、補給が終わればいくらでも動けるじゃないか」

 

 

まるで他人事のように淡泊に話す提督に、皐月達も肩を落とし落ち込んでしまう。

それを見かねてか、遠征の旗艦を務めた由良が提督へと懇願した。

 

 

「提督、お願いですからこの子達だけでも休ませてあげてください! もう三日間も昼夜問わず働いているから、皆疲れがピークに達しているんです」

 

 

由良の言葉を聞いた提督は、笑顔のまま彼女の前まで来ると、

 

 

「由良くん…だっけ? 君さ、いつから僕に指図できるほど偉くなったんだい? 兵器が人間に口出しするな。 お前たちはただ命令通りに動いていればいいんだよ」

 

 

そう言って、由良の腹を蹴り飛ばした。

由良は蹴られた衝撃で地面を転げまわり悶える。 心配して駆け寄る駆逐艦娘たちに、提督は変わらぬ口調で、

 

 

「ほら、見たかい? 君たちが頑張らなきゃ、彼女が君たちに代わって酷い目に遭うんだよ。 分かったら、さっさと行くと。 これは命令だからね」

 

提督は由良に目もくれず、その場を去っていく。

泣きながら自分を心配してくれる子達を見ながら、由良は痛む腹をおさえ、「大丈夫よ…」と弱々しい声で励ました。

由良は他の子達に背負われながら医務室へ行き、残された者はただその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

「…どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」

 

「ひょっとして、僕がイタズラで司令官の万年筆を捨てたから、バチが当たったのかな……?」

 

 

取り残された艦娘、皐月は誰もいない港で自分のしたことを思い出しながら、一人涙を流すのであった。

 

 

 



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贖いと償いの行く末は

はい、こちら後編がどうにかできました。
しかし、コメントでは自分より遥かにレベルの高い予想が来てて、自分も内容を変えようかオチを変えようかと悩んだこともありました。 結局、当初の予定通りのオチにしましたけど…


もし、こういう話が見たい的なものがあれば、メッセージで送ってもらえると幸いです。





 

 

 

コンコン… 軍病院の一室に静かに響き渡るノック音。

病室のベッドに座る男はノック音のした扉へ顔を向けると、一言「どうぞ」とつぶやく。

扉を開けて入ってきた人物。 海軍大将はお見舞いの品を手に、ベッドに座る男……前提督へと尋ねる。

 

 

「久しぶりだね。 もうすぐ一か月になるが、容体の方はどうだい?」

 

「……体の方はもう大丈夫です。 医者からも、だいぶ回復してきたと言われましたので」

 

「そうか。 それで、答えは出たかね?」

 

 

ベッド脇の棚にお見舞いの品を置いて、大将は前提督へと問う。

それを聞いて、彼の答えは、

 

 

「……いいえ」

 

 

の返事と共に、静かに首を振った。

 

 

「そうか… まあ、時間はあるんだ。 焦ることはない、君は君がどのようにしたいかじっくり考えるといい。 答えが決まった時は、私もサポートさせてもらうよ」

 

「ハイ… ありがとうございます」

 

「では、私は失礼するが、また何かあったらここへ来るよ」

 

 

そう伝えると、大将は病室を後にしていく。

病院を出ると、青く澄み渡った空から注がれる光が大将を出迎える。

燦々と輝く日光を手で遮りながら、大将は誰にでもなく一人呟く。

 

 

「…さて、彼にはああ言ったが、向こうは果たしてどうなっているか」

 

「まあ、向こうがどうなっていようとも、あとは彼ら次第か。 さて、私も自分のすべきことをしなくてはな」

 

 

そう言うと、大将も自分の担当する鎮守府へ戻るべく、歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の鎮守府。 艦娘寮では今日の作業を終えて部屋へ戻る艦娘達の姿があったが、皆疲労と恐怖で暗い表情を浮かべ、笑顔の者も他の子と談笑する者は一人もいなかった。

自分達が召使いのように扱っていた前提督がいなくなってひと月。 自分達が我が物顔でのさばっていたここは、今は新しい提督によって完全に支配されていた。

 

 

 

 

 

「曙… 提督に叩かれた場所、大丈夫? 痛くない…?」

 

「…これぐらい、平気よ。 あたしたちが、アイツにしてきたことに比べたら、こんなの……」

 

 

 

 

「由良姉っ! そんなフラフラの体でどこ行くの、少しは休まなきゃ…!!」

 

「離して、阿武隈… この後、また遠征に行かないとだから…… 私が…行かなきゃ…… また…あの子たちが…殴られ…ちゃう」

 

「だからってそんな体で行ったらアンタが危ないでしょ! ここは五十鈴が行くから、アンタは休んでなさい」

 

 

 

 

「長門さん、その顔の傷は…!」

 

「ああ、『上官に向かってそんな反抗的な目をしてはいけないよ』と、提督に言われてな。 なに、単なるかすり傷さ」

 

「だからって、いくら何でもこんなの理不尽だよ! ねえ、やっぱりここは力づくでも提督を追い出そう。 あたし達戦艦がかかればさすがにあいつでも…!」

 

「ダメだ伊勢、分かっているだろ? ここで私たちがあいつに手を出せば、私たちだけでなく他の皆も解体の対象になる。 よしんばあいつを追い出しても、その後大本営からどんな処罰が下されるか分からないんだ」

 

「日向……」

 

「もしかしたら、これは罰なのかもしれないな。 今まで私たちがあの人を無下に扱ってきた罰が、こうして私たちに帰ってきた。 今にしてようやくわかったよ。 我々が、今までどれだけひどいことをあの人にしてきたのかを……」

 

 

 

 

 

 

あるものは提督に暴力を振るわれ、ある者は夜戦や夜間の遠征へと強引に駆り出され、今はただ鬱々とした空気だけが流れていた。

もう嫌だと肩を落とし嘆く者。 今まで自分たちがしてきたことを悔いる者。 そして、そのような行いを前提督にしてきたことを後悔する者。

ただ、その中で唯一目が死んでいない者がいた。 皐月だった。

 

 

 

 

 

「僕のせいだ… 僕が、司令官にあんな事をしたから……!」

 

「やらなきゃ… 僕が、なんとかしなくちゃ…!!」

 

 

皐月は決意を秘めた目で呟くと、他の艦娘達の目を盗み、こっそりと艦娘寮を抜け出すことに成功した。

ただ一人、抜け出す際にちらりと入口に目を向けた長門を除いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ… はあ… はあ…」

 

 

息を切らせながらも、皐月は休むことなく走り続ける。

場所は鎮守府の寮から離れた砂浜。

夜の砂浜は星が少ないため薄暗く、おまけに砂の足場は走るたびに足が埋まって転びそうになる。

しかし、今の自分に休むことは許されない。

必死に走り続けて、ようやく皐月は海に面した海岸線までやってきた。

いつもは青く広がる海も、今は黒ずみをぶちまけたように黒一緒に染まっている。

目の前に広がる海へ、皐月は懐からある物を取り出すと、

 

 

「てええええいっ!!」

 

 

腕を振り上げ力いっぱいそれを放り投げた。

ボチャンッ! という水音と共にそれは沖へと流され、皐月は何も言わずそれを見届けていると、

 

 

 

 

 

「皐月君? こんなところで何をしてるのかね?」

 

「ひぃっ!?」

 

 

皐月が後ろを振り返ると、そこには懐中電灯の明かりを手に佇む提督の姿があった。

彼はいつものように笑顔を浮かべていたが、皐月は恐怖で体の震えが止まらなかった。

 

 

「おっかしいねぇ… 任務以外に夜間の外出は禁止だと伝えたはずだけど、君はなぜ寮を抜け出しているの?」

 

「ひっ… あっ…! そ、それ…は……」

 

「もしかして、また何か悪いことでもしてたの? 仕方のない子だ」

 

 

どうにか言葉を話そうにも、口がカチカチと振動し呂律が回らない。

一歩、また一歩と提督が近づくたび心臓が早鐘のように鳴る。

そして、提督が皐月へ暴力を振るおうとした時、

 

 

 

 

 

「そこにいたか皐月! 何をしている、早く特訓に戻るぞ!!」

 

 

急に背後から聞こえてきた凛とした声。

二人が声のした方を見ると、そこには二人に駆け寄ってくる長門の姿があった。

 

 

「大変申し訳ありません、提督! 私が夜間戦闘の特訓を行おうと言ったら、特訓を嫌がった皐月が勝手に抜け出してしまって…」

 

「皐月にはあとで私からお灸をすえておきます。 本当に申し訳ありませんでした!」

 

 

必死に提督へと頭を下げながら謝罪する長門。

それを見て提督も一瞬目を細めたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると、こう答えた。

 

 

「…ああ、そうだったんだ。 なら、今回はそういう事にしておいてあげるよ」

 

「それじゃ長門君、特訓頑張り給え。 皐月君も、あまり私や長門君を困らせないようにね」

 

 

そう言って提督は何事もなかったようにその場を去り、長門は急いで皐月の手を取った。

 

 

「何故勝手に寮を抜け出した!? 偶然私が見かけたから良かったものの、危うく提督に処罰されるところだったんだぞ!!」

 

「あっ、長門…さん。 す…すみま……せん」

 

 

今にも泣きそうな顔で長門に謝る皐月。 長門もそれを見て、小さく溜息を吐いた。

 

 

「まあいい、お前が何をしたのかは聞かずにおいてやる。 早く戻るぞ、グズグズしてたらまた提督に睨まれる」

 

「う、うん……」

 

 

長門に手を引かれながら、皐月は寮の方へと戻っていく。

その時、一瞬だけ皐月は海の方を振り返る。

そして、何かを祈るかのように、ぐっと瞳を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の砂浜。 そこには入院中の前提督が、一人のんびり散歩をしていた。

陽光に照らされ、海岸線を流れる波の音と海鳥たちの鳴き声が、砂浜に音楽を奏でている。

しかし、そんなのどかな風景とは裏腹に、散歩をする提督の顔には元気がない。

与太ついた足取りで歩き、彼はため息とともに、近くにあった大きな岩に腰を下ろした。

 

 

「このまま提督を続けるか、軍をやめるかか…… もう親父の形見もないし、これからどうしよう…」

 

 

前提督は、体の調子は回復していた。 熱は下がり、体力も問題ない。 退院ならいつでもできる容体だが、心の傷はそうはいかなかった。

提督として戻ろうにも、戻った矢先にまた奴隷のように扱われるのかと思うと、決意が鈍る。

何より、自分にとって心の支えであった万年筆も今はない。

もう、彼の心はいつ折れてもおかしくない状態だった。

 

 

「……。 やっぱり、俺は親父のような提督になんて、なれるはずがなかったのかな?」

 

 

一人呟きながら、彼はただ目の前の海を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お帰りなさい、父さん』

 

 

『ああ、ただいま。 久しぶりに、仕事が一段落してな。 元気にしてたか?』

 

 

『うんっ! ところで父さん、また深海棲艦に支配されてた海域を開放したんだってね! ニュースでやってたよ!』

 

 

『まあな。 流石に敵も手強かったが、皆のおかげでどうにか解放することができたんだ』

 

 

『やっぱり、父さんはすごいんだね! こうして、次々と深海棲艦をやっつけて海を開放して。 友達も皆、父さんの事褒めてたよ!』

 

 

『………。 それは少し違うな。 本当にすごいのは俺じゃなく、俺の元で戦ってくれている艦娘たちの方さ』

 

 

『えっ?』

 

 

『俺にできることといえば、あいつらが少しでも戦いやすいように指揮を取る事だけだ。 実際に戦うのは俺じゃなく皆で、俺がこうして優秀と言われてるのも、皆が俺の指示を的確にこなしてくれるからなんだ』

 

 

『だから、俺は皆が無事に帰還できるようサポートをしているんだ。 兵力を持たない指揮官など、裸の王様と変わらない。 艦娘を大事にしない輩に、提督を名乗る資格はない。 俺はそう考えているよ』

 

 

『そっか… 父さんが優秀って言われてるのは、艦娘の子たちが父さんのために頑張ってくれているからなんだね』

 

 

『そういう事だ。 もしお前も提督を目指すなら、それを忘れるなよ』

 

 

『うん、分かったよ父さん。 僕も、大きくなったら父さんみたいな提督になるね!』

 

 

『ほお… 俺のようになるとはでっかく出たな。 なら、これは餞別だ。 俺のような立派な提督になったら、使うといい』

 

 

『わあ… かっこいい万年筆。 ありがとう、父さん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の父親はすごい男だった。

提督として他の者たちが目を見張るほどの華々しい戦果を挙げながら、決して部下である艦娘たちを見捨てることなく、優れた指揮を取ったことで厚い信頼を得ていた。

彼女たちにただ酷使されるだけの自分とは、まさに雲泥の差だった。

こんな自分が親父のような提督になれるのかと自分に問うたこともあったが、答えはノーだ。 恐らく、自分じゃなく他の者から見ても、答えは変わらないであろう。

やりきれない気持ちを胸に抱え込みながら、彼は小さくこぶしを握り締めた。

 

 

「…諦めよう。 俺みたいな奴が提督になるなんて、所詮は夢でしかなかったんだ」

 

 

提督を辞任する。

そのことを大将に伝えるべく、彼は病院へ戻ろうと踵を返そうとした時、

 

 

「んっ? 何だ、あれは…」

 

 

波に流されながらも、太陽の光が反射してチカチカと輝いていたため、前提督はそれに気が付いた。

足元が濡れることも構わず、彼がそれを取り出す。

そこにあったのは、空になった空き瓶だった。

よく瓶詰とかに使われるタイプの瓶だが、中には何やら一枚の紙が丸まった状態で入れられている。

彼は瓶の蓋を開けて、中の紙を出してみると、そこには何やら文が書き込まれていた。

その場で書かれていた文に目を走らせる前提督。

そして、その内容を読み上げた瞬間、

 

 

 

 

 

「こ、これは…!!」

 

 

彼は大きく目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、朝の鎮守府。

中庭にはこの鎮守府に所属する艦娘たちが集められ、今日向かう海域の作戦について提督が話をしていた。

にこやかに話を進める提督とは裏腹に、艦娘たちは暗い顔をして、誰一人喋ることなく話を聞いている。

それは、目の前に提督がいるということもあるが、それ以前に今回行われる作戦が無謀でしかなかったからだ。

 

結論から言うと、今回の攻略についてはほぼ捨て身覚悟の特攻作戦でしかない。

いくらこの鎮守府の艦娘達が多いとはいえ、敵の規模はそれをはるかに上回る数で、皆も休むことなく出撃や遠征に駆り出され、心身ともに疲弊しきっていた。

そんな状態で、こちらを上回る戦力の敵艦隊と当たれば、多大な犠牲ができることなど火を見るより明らかだった。

 

 

 

 

 

「…と、これが今回の作戦概要だ。 敵の規模も大きいし、多少てこずるかもしれないが、まあ君たちなら何とかなるでしょ」

 

 

提督は、艦娘たちの不安などお構いなしといわんばかりに軽い口調で話している。

そんなことは無理だ。 できるわけがない。 ここにいる皆が、同じことを考えている。

しかし言えばまた暴力を振るわれる。 その恐怖が、皆を黙らせていた。

これから無謀な作戦で、沈められてしまうのか。

艦娘たち全員に恐怖が走る中、それは起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…できません」

 

「…何?」

 

 

皆が驚愕の表情を浮かべる中、一人の艦娘………皐月は手を上げて異議を唱えた。

 

 

「そ、その作戦は…僕たちにはできません。 今の皆がこの作戦に参加したら、間違いなく助からないです…!」

 

「それに……僕たちは、もうあなたの元では働けません。 だから、あの人を……司令官を返してください!!」

 

 

震える声で、皆の想いを代弁した皐月。

その言葉が合図だったかのように、他の者達からも賛同の声が上がった。

「そうだー!」とか、「もうヤダ―!」という叫びが皐月の背後から聞こえてくる。

中庭は艦娘たちの叫びで盛大ににぎわっていたが、提督はため息を一つ吐くと、

 

 

「……フンッ!」

 

「痛っ!?」

 

 

皐月を殴り飛ばし、その場を黙らせた。

 

 

 

 

 

「あのさぁ… 言ったはずだよね? 君たちには初めから人権などないと。 作戦に参加するのが嫌どころか、上官である僕に従えないなんて、困った子達だよ」

 

「君は特にいけないね、皐月君。 他の皆を煽るような真似をして、真っ先に僕に逆らって。 いけない子だ、いけない子だ、いけない子だ!!」

 

「うっ…! あっ…! あぐっ…!!」

 

 

乱暴に皐月の髪を掴み上げながら、表情を変えずに提督は拳をふるい続ける。

殴られるたびに悲鳴を上げる皐月に、見るのが耐えられなくなったのか、長門たちも前に出て提督を止めようとする。

 

 

「おい、よせ! それ以上殴ったら皐月がどうなるか、分かっているのか!?」

 

「…長門君、君まで僕に楯突こうと言うの? 君こそわかってる? ここで君が僕に手を出せば、皐月君だけじゃなく、他の子達も無事じゃすまないってことを…」

 

「うっ… くくっ…!」

 

 

歯ぎしりしながら長門たちは足を止め、提督は穏やかな笑みを浮かべながら彼女たちに言った。

 

 

「さて皆。 悲しいことに、皆を誑かした皐月君は、本日をもって解体されることとなった。 だから、君たちは皐月君の最後を見届けてあげるといい。 そして知るといい。 提督に…… いや、僕に逆らったら一体どうなるかをね」

 

 

提督は皐月の髪の毛を引っ張りながら、歩き出す。

向かう先は工廠の隣にある解体施設。

止めようにも、ここで手を出せば他の者達も皐月と同じ末路を迎えてしまう。

長門たちは悔しさに拳を震わせ、他の駆逐艦たちは「やめてー!!」と声を張り上げる。

しかし、提督の足は一歩ずつ、解体施設へ向かっている。

もう、自分もここで終わるんだ…

皐月も静かに自分の最後を悟った。 ……その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の部下に手を出すなー!!」

 

「がはっ!?」

 

 

突如現れた男が提督の顔面に強烈なストレートをたたき込む。

突然の不意打ちに対応できず、提督は皐月の髪を手放し、衝撃のままに体を横にたたきつけた。

 

 

「おい、皐月! 大丈夫か、しっかりしろ!」

 

 

自分を呼ぶ声に、皐月はうっすらとその眼を開ける。

そして、その視界に飛び込んできた人物を呼んだ。

 

 

 

 

 

「あっ… し…しれい…かん……!」

 

 

皐月は自分を抱きかかえる男。 前提督の姿を見て涙を流した。

前提督も、皐月に意識があることを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。

その後、皐月をそっと横にした彼は、倒れ込んだ提督の男を睨み付けた。

 

 

「これは一体どういう事なんだ? アンタが俺の部下を預かっていると思ってきてみれば、俺にはアンタがこいつらに暴力を振るっているようにしか見えないんだが…!」

 

「お…お前、こそ…! 今の鎮守府の提督は俺だぞ…! なら、俺の道具をどう扱おうがお前には関係ないはずだ!」

 

 

殴られた男はいつもの笑顔ではなく、怒りをむき出しにした憎悪の顔で自分を殴りつけた前提督を睨み付ける。

しかし、彼の言い分も次に現れた男の言葉に否定された。

 

 

 

 

 

「いいや。 生憎だが、もう君にその権限はないよ」

 

「た…大将…殿…!?」

 

 

前提督の後ろから現れた人物。 海軍大将の言葉に、男は目を丸くした。

 

 

「彼には本人の希望により、今をもってこの鎮守府の提督として復帰してもらうこととなった。 よって、今の彼女たちの提督は彼であって、君ではない。 それと…」

 

 

大将は一端話を区切ると、艦娘たちに目を向ける。

傷だらけになり、縮こまる彼女たちを見やりながら、彼は話す。

 

 

「君は本日をもって憲兵による拘束、及び提督としての地位を剝奪する」

 

「な…に…!?」

 

 

まるで状況についていけない様子の提督。 そんな彼へ、大将は話を続ける。

 

 

「この鎮守府の艦娘たちと同じで、以前から君の素行については問題視されていたんだ。 それで、君には最後のチャンスとしてここに送り、君と艦娘たちとの素行について改善が見られれば、君にはこのまま提督を続けてもらおうと考えていたのだよ」

 

「しかし、どうやら君は彼女たちより性根が歪んでいたようだ。 よって、大本営はこれ以上君を野放しにはできないと判断し、君を拘束することにした。 話は以上だ」

 

「なんだ…それは…? ふ…ふふ……ふざけるなー!!」

 

 

大将の言葉に男は怒りをあらわにして殴り掛かる。

だが、それも提督に拳を掴まれ動けなくなった。

 

 

「お前には俺の部下が世話になった。 これは俺からの礼だ、受け取っとけ!!」

 

 

提督は右手を振り上げて、男の腹に強烈な一撃をたたき込んだ。

「ごふっ!?」という悲鳴と共に動かなくなった男は駆け付けた憲兵に連行され、改めて提督に復帰した彼は、駆け寄ってきた艦娘達を見て、笑顔を見せた。

 

 

「皆、無事か? 今まで、よく耐えてきた。 もう大丈夫だ」

 

「提督……本当に、戻ってきてくれたんだ」

 

「ごめんね、司令官… イタズラして、ごめんね…!」

 

「今まで、貴方に対して散々非礼をしたこと、深く反省してます… 本当に申し訳ございません!!」

 

 

艦娘たちは、皆口々に彼へ謝罪の言葉をかけ、頭を下げた。

しかし、彼は静かに首を振って答える。

 

 

「いいさ。 お前たちは自分のしたことを反省しているし、その罰も十分受けてきたんだ。 そんなお前たちを責め立てる真似なんて、俺にはできないよ」

 

 

彼が笑っていると、後ろから傷だらけの皐月が服の袖を引っ張った。

振り返る提督へ、皐月は気まずそうに視線を向けた。

 

 

「…ごめんね、司令官。 僕、司令官の万年筆を捨てちゃった。 あれ、大切な物だったんだよね?」

 

「……。 あれは、俺の憧れである親父の形見なんだ。 あれがあったから、俺もどんなに辛いことがあっても、夢だった提督を頑張ろうと思えたんだ」

 

 

その言葉に、皐月だけでなく他の艦娘たちも黙り込んだ。 かつて自分たちが彼にした仕打ちを思うと、何も言えなかったのだ。

しかし、提督は静かに微笑むと、懐から瓶に入った手紙を取り出し皆に見せる。

それを見た途端、皐月は目を丸くしながら驚いた。

 

 

「ああっ!? それ、僕が海に投げ込んだ瓶だ。 司令官、もしかしてそれを見て…!?」

 

「ああ、偶然海に浮かんでいるのを見かけてな。 そして知ったんだ。 お前たちが今、どれだけ苦しい思いをしているのかを」

 

「これを読んで思い出したよ。 親父はどんな困難に当たっても、決して部下を見捨てない男だった。 だから、どれほど苦しくても、今逃げだしたら俺は俺の夢をかなえられない。 親父のような提督にはなれないって、気付けたんだ」

 

 

提督は瓶を懐にしまうと、皐月を背負い、皆の元へやってくる。

そっと皐月を下ろすと、皆の方へ顔を向け、再び話し始めた。

 

 

「俺は今まで親父の背中を追っていただけだった。 形見である万年筆を失って、初めてそのことに気付けた。 親父の形見はもうないが、部下であるお前たちはまだこうしている。 だが、ここで逃げ出せば、俺はお前たちまで失ってしまう。 そう思ったとたん、俺は再び提督として戻ろうと決心してたんだ」

 

「司令官……」

 

「俺さ、やっぱり自分の夢を叶えたい。 親父のような……いや、親父より立派な提督になりたいんだ! だから、その…… 皆、俺が提督として戻る代わりに、俺の夢を手伝ってくれないか?」

 

 

気恥ずかしそうに提督がそう尋ねた瞬間、皆は歓喜に震えながら返事を返した。

 

 

「もっちろんだよ司令官! ボクも手伝うよー!!」

 

「はいっ! 司令のためなら、喜んでやらせていただきます♪」

 

「提督、今まで悪かったよ… こんなアタシでも、提督に協力させてもらってもいいか?」

 

「皆…! ありがとう。 そして、これからもよろしくな!」

 

 

 

 

 

こうして、彼は再びこの鎮守府の提督として戻り、艦娘たちも心を入れ替えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、司令官! タンカー護衛任務、終わらせてきたよ。 はいこれ、報告書!」

 

「ああ、お疲れ皐月。 これ、ご褒美の間宮券だ。 補給を終えたら皆で行ってきな」

 

「提督、艦隊が戻ったぞ。 少してこずったが、どうにか敵の主力を撃破することができたよ」

 

「ありがとう、長門。 皆も大変だったろうによくやってくれたな」

 

「なに、提督の……いや、私たちの夢を叶えるためなら、これぐらいなんてことはないさ」

 

「あはは… そう言われると、ちょっと照れるな」

 

 

鎮守府の執務室。 そこでは、提督と艦娘たちとの楽しげな会話が聞こえてきた。

 

 

あれ以来、提督と艦娘たちは友好的な関係を築いてきた。

立派な提督になるという彼の夢は、いつしか鎮守府にいる艦娘たち全員の夢となり、彼女たちは一丸となって提督のために働くようになっていた。

かつてはブラック鎮守府だったここも、今では傍から見ても良きホワイト鎮守府と呼んでも過言ではなかった。 ……ただ一つを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、今日大本営の方から昇進祝いとして、俺に舞鶴鎮守府へ異動しないかという話を持ち掛けられたんだが」

 

 

ピタッ…

 

 

 

 

 

提督の言葉を聞いた途端、突然その場が静まり返った。

楽しげに笑っていた皐月も、嬉しそうに話していた長門も無表情になり、皆は一斉に提督に顔を向けてきた。

 

 

「行かないよね、司令官… ボクたちを置いて、舞鶴鎮守府に行ったりなんかしないよね?」

 

「行ってはダメです提督。 そんなことをしたら、私たちは貴方の夢を叶えられません。 絶対に行ってはダメです…!」

 

「おのれ大本営め…! 我々から提督を奪おうなどいい度胸だ。 かくなるうえは、我ら第一艦隊総出で殴り込みをかけて…!」

 

 

ハイライトの消えた目で提督に縋りつく皐月や加賀。 怒りをあらわにして艤装を展開する長門たちに、提督は慌てて待ったをかけた。

 

 

「待て待て落ち着け皆! あくまでそう言う話があったというだけで、俺は異動するつもりはないぞ!」

 

 

それを聞いた途端、皆はほっと胸をなでおろすといつものように戻り、艤装を展開していた者も艤装を戻し、安堵の息を漏らした。

そして、それを確認した提督もまた、何も起きなかったことに小さく溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

実は、ブラック鎮守府の一件以来、確かに皆は提督のために尽くしてくれるようになった。

だが、同時に彼がこの鎮守府を離れることを極端に嫌がるようになっていたのだ。

自分達は提督の夢を叶えるためにいる。 なら、その提督がいなくなったら、自分たちは誰のために戦えばいいんだ?

いつしかそのような考えが彼女たちの中に生まれ、彼の周りには常に艦娘達がつくようになっていた。

執務や食事の時はもちろん、寝るときや風呂の時まで秘書艦という名の監視役が彼の傍についていた。

特に秘書艦は四六時中、提督の傍にいられるという役得があり、初めは誰が秘書艦をやるかということで大揉めになったこともあった。

提督が必死になって止めたため、大事には至らなかったが、それでも提督にとって気が休まるときはなかった。

彼が何かしらの理由でここを離れようとすると、皆は過剰なまでに不安になり、そのたびに提督は大丈夫だと皆に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

「司令官… ボク、絶対司令官の夢を叶えてあげるから、どこにも行っちゃヤだよ…」

 

「提督、私たちは貴方のためならなんだってやってみせます。 だから、どうかこれからもここにいてくださいね……」

 

「提督… 我々は必ずあなたの夢を叶えて見せる。 だから、これからも私たちを見守ってほしい。 お願いだ…」

 

 

黒く染まった瞳で微笑みながら、皆は提督を見つめる。

果たして、夢を叶えて一生を終えるか、夢を叶える前に過労で倒れるか、それは彼自身にも分らない。

 

 

「親父…… 俺、本当に夢をかなえられるかな?」

 

 

彼は苦笑しながら空を見上げる。

青く透き通った空に亡き父親の姿を思い浮かべながら、彼は自分の胸の内を吐露するのであった。

 

 

 



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望まれ、誘われ、彼は行く

お待たせしてすみませんでした、久しぶりの投稿です。
今回の話は原点回帰の意味を兼ねて、自分の書きたい話にしてみようとしました。
しかし、ネタが思いつかない&風邪気味で小説書くペースが落ちるという負の連鎖……
次は自分も楽しくネタを考えながら書いていきたいです。





 

 

それは、家に帰った時からずっと感じ続けていた。

俺は、実家を出て今はアパートでの一人暮らし。 たまに買い物に出るとき以外は、家と会社を往復するだけの生活を送っている。

そんな俺にも楽しみと呼べるものがあった。 艦これだ。

 

艦隊これくしょん。 通称、艦これ。

プレイヤーは艦隊を指揮する提督となって、軍艦が擬人化した少女達、『艦娘』を育成・戦闘させていくものだ。

史実に則ったキャラ付けや、システムなどの拘り様から大々的な人気を誇り、一時はプレイするためのサーバが一杯になるという事態にまで陥ったことがあった。

今でこそ落ち着いたものの、それでもこのゲームをしたいというプレイヤーは後を絶たず、根強い人気がある。

俺はこのゲームが宣伝され始めた頃に入った、いわゆる古参勢だ。 当時はプレイングについては分からないことだらけで四苦八苦していたが、今ではほぼすべての艦娘たちがおり、資材も潤沢。 練度も十分という徹底っぷりである。

そんな俺でも、会社の命令には逆らえない。 ある日、上司に一か月の間出張に行ってくれと言われた。

俺は反対したが、上司曰くほかに適役がいないらしいとの事。 結局、行かされる羽目になった。

仕事の都合で、俺は一か月の間艦これができず、ようやく出張を終えていざ艦これをやろうと家に帰ってきたとき、俺は強烈な違和感を感じた。

うまく言えないが、なんだかこの部屋だけ空気が違う。

夕方の外は気温が落ちてきているが、ここは特にひんやりとしている。

まるで、どこか別の空間に足を踏み入れてしまったかのような、そんな空気が漂っていた。

不安を感じながらも、俺は一歩ずつ足を踏み入れる。

いつも自分が過ごしている部屋へ着くと、辺りを見渡す。 何かおかしなところはないか、目を凝らしながら調べた。

部屋の中では特に変わった様子は見られなかった。 ただ、ある一点が俺は気になった。

 

 

「あれ…? パソコンの電源が…ついて、いる…?」

 

 

それは、俺が艦これやネットをやるためいつもつかっているノートパソコンだった。 中央のテーブルに置かれているそれには、電源が入っていることを示すランプが点灯していた。

流石にこれは変だ。 確かに、俺は家を出る前にちゃんとパソコンの電源を切っていった。 それははっきりと覚えている。

それに、ノートパソコンのバッテリーコードはコンセントから抜け落ちている。 いつも節電のために、使い終わったら抜いているからだ。

ここまで来ると、おかしいなんてもんじゃない。 いくら何でも、ノートパソコンのバッテリーが、充電もせず一か月も持つはずがない。

俺は、違和感の原因がこのパソコンにあることを確信した。 額の汗をぬぐい、つばを飲み込むと、俺はパソコンを手に取り、ディスプレイを開いた。

 

 

 

俺が覚えているのはそこまで。 そこから先は俺の記憶はぷっつり途絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん… うあ… こ、ここは…?」

 

 

次に気が付くと、俺は外にいた。

先ほどまで夕焼け色に染まっていた空は、今は青一色でまだ太陽が上がっている。

部屋にいたはずの俺は、今はなぜか外で座り込んでおり、目の前には舗装された道路。 背中にはコンクリートで作られた塀が横並びに続いていた。

どうやら、俺は塀に寄りかかったまま眠っていたらしく、俺の着ている服も変わっていた。

 

 

「何なんだこれは? なんで俺の服が軍服に…!?」

 

 

俺が着ている服はさっきまで着ていた、会社に着ていくスーツではなく白を基調とした、海軍の指揮官が着るような軍服になっていた。

 

 

「それに、ここはどこなんだ? 俺は、自宅のアパートにいたはずなのに…」

 

 

訳が分からないまま、俺は一人歩きだした。 ここには人は一人もいないし、このままいたところで何もわからない。

塀があるということは、この向こうには何かしらの建物があって、人もいるはず。 俺は塀に沿って進んでいった。

しばらくは塀が続いたこの道だが、ようやく俺の進む先に塀以外の物が見えてきた。

視線の先には入口を示す、鉄製の大きな正門。 そして、その正門の前には一人の少女が立っていた。 遠目からでもわかる、青く長い髪をした少女だ。

俺は、ここがどこなのかを彼女に尋ねようと声をかける……が、少女の顔を見た途端、俺はその場で固まった。

少女も俺の顔を見て、一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに泣きそうな表情になり、目に涙をためながら俺の元へ駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「提督! やっと戻ってきてくれたんですね!!」

 

 

五月雨。 ゲーム『艦隊これくしょん』に登場する艦娘の一人で、俺が一番最初に選んだ艦娘だ。

 

 

「良かった…提督が戻ってきてくれて。 私、提督の帰りをずっと待っていたんです!」

 

 

嬉し涙を流しながらも、五月雨は俺に抱き着いてくる。

俺は困惑したまま五月雨になされるがままになっていたが、ちらりと正門の横に埋め込まれている表札を見て、驚きのあまり目を見開いた。

 

 

「ま…舞鶴鎮守府…!?」

 

 

確か、俺が登録したサーバも舞鶴鎮守府のはず。

頭の中でこれまでの状況をまとめようとした時、鎮守府の方からがやがやと声が聞こえてくる。

見ると、そこには他の艦娘たちが我も我もと一斉にこちらに向かってきていたのだ。

 

 

「テートクー! 今までどこ行ってたのネー!? 私から目を離しちゃNOって言ったじゃないデスカー!!」

 

「提督、ようやく戻ってきたのですね! ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか…!!」

 

「お帰りなさい、司令官! 皆、司令官の事待ってたんだからねー!!」

 

 

金剛や扶桑、清霜とこちらにやってくるのは皆、俺の鎮守府にいる艦娘ばかり。 大勢の艦娘たちに囲まれ、連れていかれる中で俺は確信した。

 

 

ここは、俺がゲームでプレイしていた鎮守府そのものなんだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって鎮守府の食堂。 そこで、俺は茫然としていた。

俺がいるのは食堂の一番前。 俺の正面には、この鎮守府に所属しているという艦娘たちが、喜々とした様子でこちらを見ている。

皆の周囲には、間宮や鳳翔さんや大和が作った豪華な料理がビュッフェスタイルで並べられ、そして俺の頭上には『提督、お帰りなさい!』とでかでかと書かれた看板がつりさげられていた。 

 

 

「さあ、司令。 乾杯の音頭をどうぞ」

 

「えと…霧島? これは…一体…?」

 

「何言ってるんです? 貴方が戻ってきたことをお祝いするためのパーティに決まってるじゃないですか。 こういう事は、皆でやった方が楽しいですからね♪」

 

 

俺の横に立つ霧島は、笑顔で話す。

皆の手には、それぞれ酒やジュースの入ったコップが握られており、俺の口上を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

「それより司令、早くしてください。 せっかくの料理が冷めちゃいます」

 

 

霧島に促され、俺はマイクを手に取った。 小さく息を吐き、呼吸を整えると、俺は霧島に渡されたコップを上に掲げた。

 

 

 

 

 

「みんな! 俺のためにここまで祝ってくれてありがとう。 今日は無礼講だ、大いに楽しんでくれ。 乾杯っ!!」

 

 

俺の掛け声とともに、皆もグラスを掲げパーティは始まった。

食堂に用意された料理に舌鼓を打つ者や、文字通り浴びるように酒を飲む者。 艦娘たちは皆好きなように各々過ごしていたが、大半の子は俺の元にやってきて話をしていた。

 

 

「ねえ、提督。 一か月間戻ってこなかったけど、一体何をしてたの?」

 

「提督、明日の演習はぜひ見に来てください。 私、頑張りますからね!」

 

「しれー。 今まで来なかった分、たくさん遊んでもらうからね! 時津風も、雪風と一緒に楽しみにしてたんだからね!」

 

 

皆からの質問や返事に、俺は一人ずつ答えていく。 初めは皆が一斉に俺に話しかけてきたから、聖徳太子でもなければ聞き分けられない状況に陥り大変だった。

その後、どうにか皆を宥めて俺は一人ずつ話を聞いていった。 それでも結構忙しいが、皆とこうして和やかな時間を楽しめるのであれば、これもよいと思っていた。

 

 

 

瑞鶴があんな質問を投げかけるまでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、ちょっといいかな?」

 

「んっ? どうした瑞鶴」

 

「提督さんってさ。 その………か、彼女とかいるの?」

 

 

その瞬間、場の空気は静まり返った。

さっきまで笑いがあふれ、和やかな雰囲気に包まれていた食堂は突如静寂に包まれ、楽しげに話をしていた者達は皆食い入るようにこちらを見つめ、遠くで俺に対して興味なさげに振る舞っていた者も、しっかりと聞き耳を立てて話を聞こうとしていた。

あまりの変わりっぷりに俺は動揺を隠せず、この状況を作り出した張本人は、周りの変貌に動じることなく、もじもじしながら質問の答えを待っていた。 …お前のせいで滅茶苦茶答えづらいよ、クソッ…!

 

 

「べ、別にそう言うのはないぞ。 というか、今まででモテた経験がない」

 

 

 

 

 

………。 自分で言ってて悲しくなってきた、泣きそう……

 

 

 

 

 

どっと気が落ち込んだ俺とは裏腹に、周りの艦娘たちはほっと胸をなでおろしたり、小さくガッツポーズを取ったりと、さっきまでの緊迫した空気が嘘のようになくなった。

そして、俺からの返事を聞いた瑞鶴は、ぱあっと明るい笑みを浮かべると、俺の手を取って声を弾ませながら言った。

 

 

「ふーん、そっかー♪ じゃあさ、瑞鶴が提督さんの彼女になってあげよっかな~?」

 

 

いきなりの恋人宣言。 あまりに突拍子もない行動に、俺は「はぁっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまい、他の者達は一斉にこちらに殺意のこもった視線を向けてきた。 中には艤装を展開している者さえいる。

 

 

「もう、いい加減にしなさい瑞鶴! さっきから、提督に向かって失礼でしょ!」

 

 

それを窘めるかのように、瑞鶴の姉である翔鶴が割って入る。

俺から瑞鶴を引き離し、不満げに口をとがらせる彼女を下げると、翔鶴は必死に俺へ頭を下げてきた。

 

 

「本当にすみません提督! 瑞鶴がご迷惑をおかけして…!」

 

「いや、いいんだ翔鶴。 俺は気にしてないからさ、顔を上げてくれ」

 

 

翔鶴が止めてくれたおかげで、どうにかこの場を収めることができたし、周りも少しだが大人しくなってくれた。 俺は、これなら落ち着くだろうと胸をなでおろしたが、

 

 

「そ、その… お詫びにといっては難なのですが………もしよろしければ、私が提督の恋人になりましょうか…?」

 

 

翔鶴の一言に俺は固まり、再び場はヒートアップ。

俺の手を握りながら話す翔鶴は、お詫びと言いつつも、顔を赤くして嬉しそうに微笑んでいる。

だが、そうすんなりと行くはずがない。 怒りを露わにしながら、他の者たちが俺と翔鶴へと食って掛かってきた。

 

 

「待ちなさい。 五航戦如きが、提督と釣り合うわけがないでしょう。 身の程をわきまえなさい」

 

「翔鶴さん、さっきの冗談はなかなか面白かったです。 でも、世の中には言っていい冗談と悪い冗談があるんですよ」

 

「そそ、そうですよ翔鶴さん! し…し…、司令の恋人だなんて、そんなの他の皆さんが認めません!!」

 

 

相手を睨み殺さんといわんばかりに、鋭い眼光を向けてくる加賀。 にこやかな笑顔とは裏腹に、背後に怒りのオーラがあふれ出す高雄。 顔を赤くしながらも、必死に翔鶴へと食らいつく萩風。

三人の反論に流石の翔鶴も気圧されるが、それを皮切りにしてか、あちらこちらで誰が俺の恋人にふさわしいかという論争に発展していた。

 

 

 

 

「アンタみたいな口の悪いガキンチョにクソ提督の面倒を見れるわけないでしょ。 下がってなさい満潮!」

「アンタこそ、口が悪いだけで司令官への優しさってものがないじゃない! そっちが下がりなさいよ曙!」

 

「まあ、提督には五十鈴のような優れた指揮官を生んだ実績がある艦がふさわしいし、五十鈴がなってあげてもいいんだけど?」

「あら、貴方も顔に似合わず面白いシャレを言えるのね? でも結構よ、提督には最新鋭である阿賀野型の姉妹艦、矢矧がついているから」

 

「て、提督には優しくてお料理の上手なこの大鯨がいます! だから、瑞穂さんは下がっててください~!」

「み、瑞穂だって料理の腕ならそれなりに自信がありますし、て…提督への想いだって負けてません…!」

 

「提督さんの事なら阿賀野が一番知ってるもん! 毎日提督さん日誌つけてるし、これでもう10冊目になるしー!」

「いいえ、提督の好みからちょっとした癖まで調べ上げたこの夕張の方が知ってますー! この前だって、提督の好きな女の子のタイプを聞いたもんね!」

「えーなにそれずるい!! ねえねえ、提督さんどんな子がタイプなの、教えて!」

「そ、そんなのあなたに教えるわけないじゃない…! (言えない、提督が胸の大きい子が好みだなんて……)」

 

 

お互いに自分がふさわしいと主張し、相手を罵り合う。 自分がいい、アンタじゃ釣り合わないなど、激しく口論しあい収まりがつかない。

流石にこのまま見過ごすわけにはいかないと、俺は皆を嗜めようと声をかけようとした時、突然俺の元に現れた時津風の一言で、その必要はなくなったのだ。

 

 

 

 

「ねえ、しれぇ。 皆しれぇの事が好きって言ってるけど、しれぇは誰が一番好きなの?」

 

 

次の瞬間、艦娘たちは一斉に口論をやめたが、代わりに一斉に俺へと視線を向けてきた。

何かを期待するように見つめる視線に、自分を選べと言わんばかりの刺すような視線。 百を超す視線が俺に注がれ、そのプレッシャーも半端じゃない。 下手な回答をすれば、その時点で人生終了だ……

 

 

(やばい……! これ、一体どう答えりゃいいんだ?)

 

 

俺が冷や汗を流しながら何かいい回答はないかと必死に思考を巡らせていた時、救いの女神は現れた。

 

 

 

 

「て、提督っ! そろそろ執務室の方へ行きましょうか! 私、案内します」

 

 

俺が声のした方……左わきを向くと、そこには俺の手を引きながら話す五月雨の姿があった。

 

 

「おっ、そうだな。 じゃあ皆、スマンがこの話はまた今度な…!」

 

 

俺は五月雨に連れられるまま、急いで食堂を後にした。 食堂を出てから執務室へ戻るまで、俺と五月雨は足を止めず走った。 執務室へ入って、ようやく自分たちの安全を確認できた時、俺は深い溜息を吐いた後、隣で息を切らせる五月雨に言った。

 

 

「ス、スマンな五月雨。 助かったわ…」

 

「いえ… 正直言うと、私も怖かったんですけど… でも、提督を見たら、私が行かなきゃって気持ちになって、それで……」

 

「ああ、今回はお前のその勇気に助けられた。 ありがとう、五月雨」

 

 

感謝の言葉と共に、俺はそっと五月雨の頭を撫でる。 照れながらも大人しくなでられる彼女の姿は可愛らしく、自ずと俺も笑みをこぼしていた。

 

 

「提督が戻ってきたからには、私もっと頑張りますね! 私も提督の御役に立ちたいし、提督の御仕事を少しでも楽にしてあげたいから」

 

「落ち着けって五月雨、そんなに張り切らなくてもいいんだぞ。 それに、俺だってこことは別に仕事があるし、帰らなくちゃいけないんだから」

 

 

俺が何気なくそう言った途端、五月雨の表情が一変した。

さっきまでの明るい笑顔が、まるで能面のような無表情へと変わり、目にも光がともっていない。 黒く淀んだ不気味な目で、五月雨は俺をじっと見つめてきた。

 

 

「…何を言ってるんです? 提督は、これからもここでずっと私たちを指揮してくれるんでしょ? またいなくなるなんて、そんなわけないじゃないですか。 今のはほんの冗談。 そうですよね、提督……」

 

 

俺は思わず、「うっ!?」と短い悲鳴を上げる。

俺の腕を掴む五月雨の手に、徐々に力が込められていく。

その少女の細腕からは想像もできないほどの力で、俺は腕を締め付けられている。

言いようのない恐怖を感じ、本能が危険だと告げる。 このままじゃまずいっ…!!

 

 

 

 

 

「も、もちろん冗談に決まってるだろ! そんな本気にするなって…!!」

 

「そうですよね! すみません提督。 私ってば、つい取り乱しちゃって…」

 

 

俺の咄嗟の嘘が効いたらしく、五月雨はいつもの様子で照れ笑いを浮かべた。

しかし、彼女の変貌ぶりに危機感を抱いた俺は、ちょっと外の空気を吸ってくると言って執務室を抜け出し外へと逃げてきた。

外はもうすぐ夜になるらしく、空は赤く染まり太陽は徐々に水平線へと沈もうとしている。 でも、今の俺にその光景を堪能してる暇はない。

さっきまで掴まれていた腕を見ると、手の痣がくっきりと残っており、俺は改めて背筋に悪寒が走るのを感じていた。

 

 

「どういう…ことなんだ…? 五月雨のあの変わりようは、一体何なんだ?」

 

 

今までの出来事を思い出すと、俺は自分の部屋で艦これをやろうとしていた。 しかし部屋の様子がおかしく、その原因を調べようとしたらいつの間にか鎮守府へ飛ばされていた。 それも俺がゲームでプレイしている鎮守府へだ。 その証拠に皆は俺を提督と呼んで慕っていた。 だが、俺が戻ると口走った時、五月雨はそれを極端に嫌がった。

これは推測だが、もしかしたら俺がここへ飛ばされたことと、皆とこうして出会ったことは何か関係があるんじゃないか?

 

 

「あら、提督。 五月雨と一緒じゃないの?」

 

 

一人考えを巡らせていると、突然俺を呼ぶ声が聞こえ慌てて振り向く。

見ると、陸奥が軽く手を振って俺の元へとやってきた。

 

 

「いや、今ちょっと気分転換のため外の空気を吸いに来たんだ」

 

「そうだったの。 提督、少し座ってお話ししない? ちょうど、あそこにベンチがあるから、そこに行きましょ」

 

「ああ、いいぞ」

 

 

俺は陸奥に促されるままに、近くに置いてあったベンチに腰を下ろし、陸奥も俺の隣に座った。

広大な海と空が見渡せるベンチで、陸奥は何も言わず空を見上げていたが、俺に顔を向けると軽い口調で話した。

 

 

「さっきはごめんね。 ちょっと、皆も暴走しちゃったみたいで」

 

「それについては今更気にするなって。 もう、済んだ事だ」

 

「でもね、皆がああなっちゃうのも分かってほしいの。 だって、皆提督が戻ってくるのを待ち望んでいたから」

 

「……。 それについてはすまなかった。 俺も俺で、仕事があって戻れなかったんだ…」

 

 

俺は思わず口ごもる。 今まで知らなかったんだ、皆がここまで俺を慕っていたことも、俺が皆に寂しい思いをさせていたことも……

 

 

「もう、そんな暗い顔をしないで。 皆貴方が戻ってきたことを喜んでるんだから、もっと笑ってちょうだい」

 

 

そんな俺を見やってか、陸奥はにっこり笑いながら俺のほほを撫でる。

 

 

「それに、こうして戻ってきたってことは、これからは一緒にいられるってことでしょ? もしそうなら、私も提督の恋人に立候補しようかしら♪」

 

「へっ?」

 

 

そう言うや否や、陸奥は俺の顔に手を添え自分の顔に近づけた。 吐息が当たるほどの距離で、トロンとした瞳で、陸奥は自分の唇を俺の口もとへと運んでゆき……

 

 

 

 

 

「何をしているのかしら」

 

 

加賀に呼び止められた。

仁王立ちでいる彼女の表情はいつもと変わらないように見えるが、彼女の纏うオーラはまさに極寒を体現したかのように冷え切っていた。

 

 

「こんなところで提督を誑かそうなんて、油断も隙もないわね」

 

「あら、私はただ提督と話をしてただけよ。 それだけのことに横槍を入れてくるなんて、余裕のない女は見苦しいわよ?」

 

「そんないかがわしいやり口で近寄る貴方に言われたくないわ」

 

「そう? どこぞの愛想の欠片もない空母よりマシだと思うけど」

 

「……頭に来ました」

 

 

一瞬で艤装を展開させ矢をつがえる加賀。 同じく艤装を出し即座に主砲を向ける陸奥。

今にも臨戦態勢に入りそうな二人を見過ごすわけにもいかず、俺は慌てて間に割って入った。

 

 

「おいよせっ! いくら何でも身内同士で戦おうなんて、流石に俺も見過ごせんぞ!!」

 

 

その言葉に、二人は艤装を収め渋々だが引き下がってくれた。 どうにかこの場を収めることができて、俺はほっと胸をなでおろしたが、

 

 

「ごめんなさい、提督。 ただ、私もそれだけ本気だってことは覚えておいてね」

 

 

陸奥はそう言って、軽く手を振りながらその場を去っていった。 俺はただそれを見送っていたが、加賀は俺に近づき必死に尋ねてきた。

 

 

「提督、彼女とは何もなかったんですね? 隠したりしてませんね…!」

 

 

俺は正直に何もないと話すと、ようやく加賀も落ち着いてくれたらしく、胸をなでおろした。

皆が俺を慕っているのはよく分かったが、いくらなんでもこれは少し大げさすぎないか?

俺はそう思って加賀に尋ねたが、加賀は真顔で俺に向いて言った。

 

 

「いいえ、決して大げさではありませんよ。 だって、私たちはずっと、こうして貴方といられることを望んでいたんです。 いつだって、貴方は私たちの身を案じた指揮を取り、大事にしてくれた。 そんな貴方を好きにならないわけがありません」

 

「そ、そうなのか? 俺はただ、当たり前のことをしてきただけなんだが…」

 

「貴方にとっては当たり前でも、私たちにとってはこれ以上ないほどの喜びです。 その貴方が、今こうして私たちの傍にいる。 これほど幸せな時はありません!」

 

 

瞳を閉じながら、力強く語る加賀。 その話し方から、彼女がどれだけ嬉しいのかが俺にも伝わってくるようだった。

 

 

「提督、どうかこれからもここにいてください。 そして、いつの日か私を艦隊の部下ではなく、正式な妻として迎えてくださいね」

 

 

熱弁を終えた加賀は、最後にそう静かに語ると、俺に向かって笑ってみせた。

五月雨と同じような、黒く淀んだ瞳で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜。 もうすぐ日付が変わりそうになる頃、俺は暗く静かな廊下を歩いていた。

夕暮れの加賀の顔を見て、俺がここに飛ばされたのは皆が原因だと確信した。

あの時の二人は明らかに様子が普通じゃないし、食堂の一件から陸奥や他の子達も同じようになっていることが予想できる。

現状、帰る方法は分かっていないが、どのみちこのままここに残っているのは危険だ。

まずここから脱出して、それから変える方法を考える。 そのために、俺は鎮守府の正門へと向かっていた。

幸い、皆は艦娘寮の方に戻り、この中央建物は俺意外誰もいないから見つかる心配はない。

廊下を渡り、正面の玄関から外へ出る。 あとは中庭を通り抜ければ入ってきた正門があり、そこから脱出する算段だったのだが……

 

 

 

 

「提督… どこへいくつもりですか?」

 

 

俺の視線の先、中庭には五月雨が一人佇んでいた。 艤装を展開しながら、黒く濁った瞳で俺を待っていた。

 

 

「もう夜遅い時間です。 こんな時に外に出るのは危ないですよ」

 

「あ、ああ… 眠れなくて、ちょっと散歩でもしようと思ってな」

 

「あら、じゃあ私もご一緒させてもらえないかしら?」

 

 

突然聞こえてきた五月雨とは別の声。 驚いて振り向くと、そこには陸奥をはじめ、他の艦娘たちが艤装を身に着けたまま、俺を取り囲むように待機していた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

俺は舌打ちすると、一目散に駆け出した。

同時に、「逃がさないわっ!!」という声と共に、砲弾や艦載機が放たれる音が背後から聞こえてくる。

 

 

「提督、どうして戻ってしまうんですか? そんなに、私たちと一緒にいるのが嫌なんですか?」

 

 

俺が必死に逃げる傍らで、砲弾が爆発する音や艦載機の爆撃音に混じり五月雨の叫び声が聞こえる。

 

 

「私も、皆さんも、ただあなたに傍にいてほしかった。 提督……貴方はそれさえも許してはくれないのですか!?」

 

 

 

 

 

…違う。

 

 

 

 

 

 

「提督、このような真似をして信じてもらえるとは思えませんが、私は貴方を真剣に愛しています。 だからこそ、貴方にここを去ってほしくないのです!」

 

 

 

 

 

俺は…ただ……

 

 

 

 

 

 

「こんな方法をとる事でしか、私たちは貴方に会うことができなかった。 だから、先に言っておくわ。 …ごめんなさい、提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の周囲で砲弾が破裂し、爆風に煽られる。 艦載機が俺の近くを爆撃し、大地がえぐれる。 そんな戦場のような中庭で、俺は足を止めると皆へ向き直った。

 

 

 

 

 

「皆、聞いてほしい。 俺は、皆にこうして会えてうれしかった。 それは本心だ。 だけど、こんな形で一緒になるのは間違っている。 俺には俺の、皆には皆の居場所がある。 だから、ここは俺がいるべき場所ではないんだ!!」

 

 

俺はわき目もふらず、一直線に目指すべき場所へ駆け出した。 背後から俺を呼ぶ声や、牽制として絶え間なく放たれる砲弾の音が響くが、もうそんなこと気にしてる場合ではなかった。

正門を出て、ここから脱出する。

その一点を心に置いて、俺はがむしゃらに走り続けた。

もう正門は目と鼻の先。 後ろには俺めがけ飛来する砲弾があり、当たれば無事じゃすまないことは明白だった。

だがそれも、先に出られればいいだけの事。

俺は正門に手をかけ、力強く扉を押して門を開けた。

 

 

 

そして………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるアパートの玄関に、一人の男性がやってくる。

何度かノックをした後に、扉の向こうから返事がないのを確認した彼は、ポケットに入れてあったカギを差し込み、ドアを開けて部屋へ入っていった。

 

 

 

 

 

「お邪魔するぞー! …って、兄貴本当にいないんか」

 

 

「全く… 突然アパートの掃除を頼んできて、いくら何でも急すぎるだろ」

 

 

「まあ、兄貴も仕事で忙しいって言ってたし、ここは代わりに一肌脱いでやるのが弟の役目ってもんか」

 

 

「…にしても、結婚の報告までするなんて驚いたな。 流石にその時ぐらいは親父やお袋に顔出せばいいのに……」

 

 

「…ブツブツ言ってても仕方ない。 んじゃ、チャチャっと済ませますか」

 

 

彼は、自分の兄から送られたメールを見て一人ぼやいていたが、メールが表示された携帯をテーブルに置くと、掃除機を取りにその場を離れる。

テーブルに置かれた携帯には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『でんわで伝えるには少し長くなるから、メールを送らせてもらった。

 らいねんの春、俺は職場で知り合った同僚の加賀さんと結婚することになった。

 れんらくが遅くなったのは申し訳ない。 仕事が忙しくて、中々伝えられなかった。

 なんでも、また今度大きな仕事があるから、しばらくは帰れないんだ。

 いずれ、そっちにも紹介するから楽しみにしててくれ。

 

 たのしみついでに一つ、部屋の掃除をお願いできないか?

 すぐにでも家に帰ってやりたいんだが、皆に仕事が先と言われてしまって…(笑

 けっこう古いアパートだから、こまめにやっとかないとすぐに汚れちゃうんだ。

 ていねいにやらずとも、軽く掃除してもらえればいいからよろしく頼む。

 

 

   兄より』

 

 

 






















最後の手紙の意味に気付いた方はいますか?
もし気付かなかった方は、手紙の最初の行を縦に読んでください。 なぜ平仮名なのかがわかりますので。


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歪な思いは深海へ続く

どうも、久しぶりの投稿です。
今回は以前からリクエストで上がってた、深海棲艦のヤンこれ物……のようなものです。
自分の中では、これが限界でした…(遠い目

まあ、こんな話でも楽しんでもらえれば幸いです。





 

 

 

「ん… うあ… ここは…どこだ…?」

 

 

痛む頭をさすりながら、男は体を起こす。

白い軍服に身を包んだ男性、提督は周囲を見渡しながらここはどこかを確認する。

 

 

「薄暗い… ここは、洞窟か…?」

 

 

周囲に見えるのは土と石で覆われた壁。

そこから長く続いていく空洞には、水滴の音がかすかに聞こえ、湿った空気が流れている。

視界は見えるものの、やや薄暗く、ひび割れた天井から注ぎ込む光は弱い。

どうやら、自分はどこかの洞窟にいるようだと、提督は認識する。

 

 

「なんで、俺はこんなところにいるんだ?」

 

 

彼は目を覚ます前の出来事を思い出す。

確か覚えているのは、夜中まで一人仕事を進めていて帰りが遅くなり、急いで中央建物から提督用の私室へと戻ろうとしていたことだ。

明日も朝早いからと急ぎ足で外へ出て、その際港を通って私室へと向かっている途中で、確か……

 

提督が一人必死に過去のことを思い出そうとしていた時、

 

 

 

 

 

「アッ、起キタ」

 

「アラ、ヨウヤク目ガ覚メタノネ」

 

 

突然洞窟の向こうから聞こえてきた声。 提督が声のした方を向くと、そこにいたのは……

 

 

 

 

 

「お、お前たちは深海棲艦!? 何故、お前たちがここに…!!」

 

 

空母ヲ級を筆頭に、戦艦棲姫といった人型の深海棲艦たちが彼の元へと現れたのだ。

動揺を隠せずたじろぐ提督。 そんな彼を見ながら、戦艦棲姫は口元に手を当てクスクスと笑った。

 

 

「ナゼッテ… 貴方コソ覚エテナイノ? 私タチガ貴方ヲ連レテキタコトモ、ソノタメニ鎮守府ニイタ貴方ヲ襲ッタコトモ」

 

「お前たちが俺を襲って………あっ!!」

 

 

戦艦棲姫の話を聞いて、提督はようやくこの後のことを思い出した。

私室へ戻ろうと港を急ぎ足で歩いていた時、ふと海の方から何かが水をかき分けてくる音が聞こえ、提督はふと足を止めた。

初めは暗くて何がいるのか分からなかったが、艦載機を放つ音が聞こえたとき、月明りで海が照らされ、水面に浮かぶヲ級たちの姿を映し出したとき、提督は深海棲艦の存在に気付いたのだ。

急いで逃げようとしたが、提督が逃げるより早く、艦載機の爆撃が提督を襲い、その衝撃で彼は気を失ってしまった。 それが、ここへ来る前で覚えてることだった。

 

 

「ようやく思い出した…! お前たちは、わざわざ俺を捕まえて、一体どうしようというんだ!?」

 

 

全てを思い出した提督は、毅然とした態度で深海棲艦達を睨み付けると、戦艦棲姫は妖艶な笑みを浮かべたまま、その質問に答えてくれた。

 

 

「一言デ言ウナラ、貴方ガ欲シイカラヨ」

 

「何…?」

 

 

一瞬言葉の意味が理解できず、唖然とする提督。 戦艦棲姫は、再び話を続ける。

 

 

「前カラ目ヲツケテイタノヨ。 アノ艦娘タチト同ジヨウニ、私タチモ指揮官ヲ必要トシテイタ。 特ニ、貴方ノ有能ナ指揮ニハ以前カラ注目シテタワ。 ダカラ、コウシテ貴方ヲココヘ連レテキタノ。 私タチノ指揮官ニナッテモラウタメニ」

 

「なるほど… つまり、お前たちは自分たちを指揮する提督が欲しくて俺をさらった。 そういうことだな?」

 

「ソノ通リヨ。 貴方ガ私タチノ提督ニナッテクレレバ、コレホド頼モシイコトハナイワ。 ソウナレバ、アノ忌々シイ艦娘達ニ一泡吹カセテヤレルシネ」

 

 

口元を歪ませながら、戦艦棲姫はにやりと笑みを浮かべる。 だが、そんな彼女にひるむことなく、提督は「ふっ…」と鼻で笑い返した。

 

 

「ありえんな。 あいつらの提督である俺が、あいつらを倒すためにお前たちの指揮官になるなど、あってたまるものか」

 

「それに、俺がいなくなったのなら、皆が探しに来ないはずがない。 いや、皆だけでなく後輩であるあいつも協力してくれてるはずだ。 何より、俺には……」

 

 

ちらりと自分の手に目を落とす提督。 その指にはキラリと輝くシルバーリングがはめ込まれていた。

それは、ケッコンカッコカリした艦娘と一緒に嵌めるための指輪であり、彼がケッコンカッコカリをしている証だった。

 

 

「とにかく、俺はお前たちの提督になるつもりはない。 分かったら、今すぐ俺を此処から解放しろ」

 

「ソレハ無理ナ相談ネ。 マア、時間ハアルカラ、シバラクハソコデユックリシテチョウダイ」

 

 

そう言うと、戦艦棲姫は監視役なのか同行してきたヲ級を残してその場を去っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テートク、退屈シナイ?」

 

「話しかけるな。 俺はお前たちの敵だぞ」

 

「私ハ退屈。 姫ト一緒ニ海ニ出テ、艦娘ヲヤッツケタイ」

 

「そんな奴と話すことなど何もない。 あっちに行ってろ」

 

 

それから数日、提督はヲ級と共に、洞窟の中でじっと過ごしていた。

手には腕時計があったから時間は分かるし、傍らにいるヲ級が話し相手になるから退屈はしなかった。 むしろしつこく話しかけてきて困るくらいだ。

しかし、自分が艦娘たちの提督である以上、連中に屈するわけにはいかない。

提督は、いつか彼女たちが助けに来ることを信じて、じっと耐え続けるのだった。

 

 

「ドウカシラ、気分ハ?」

 

 

ふと洞窟の出入り口から聞こえてくる声。

提督が訝しげな視線を送ると、そこには艤装を取り払った戦艦棲姫の姿があった。

 

 

「ああ、早く部下の顔が見たくてしょうがない。 だから、さっさと出してはもらえないか?」

 

 

提督がからかうように言って、肩をすくめる。

それを見た戦艦棲姫は、不満げに顔を歪める………と彼は思っていたが、

 

 

「何…?」

 

 

戦艦棲姫は不愉快になるどころか、悲しげな顔になりじっと口を紡いでいた。

予想外の反応に困惑してしまう提督。 その隣で、ヲ級はじっと戦艦棲姫を見つめていた。

 

 

「…大変言イニクイ事ナンダケド、今日私ガココニ来タノハ貴方ニ伝エル事ガアルカラナノヨ」

 

 

そう前置きし、彼女は懐からたこ焼きのような、丸い形をした艦載機を取り出した。

それは、実際には録画した映像を映し出すビデオカメラのような艦載機で、スイッチを入れると目が光り、洞窟の壁に録画した映像を映し出した。

壁に映ったのは彼が担当する鎮守府と、そこで生活する艦娘たちが映し出されたが、提督はその映像を見た途端に唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦隊戻ったよー。 今日も大変だったね』

 

『遠征に行った子達ももうすぐ戻ってくるって。 そしたら食堂行こうか』

 

『確か今日ってカレーの日だよね? やったー私楽しみ!』

 

『そう言えばさ… 提督ってどこ行ったんだろうね?』

 

『うーん… まあ、提督なら別に心配することないんじゃない? 大丈夫でしょ』

 

『それより早く皆を迎えに行こう! 私ご飯食べたいよー』

 

 

 

 

港を歩く艦娘たちは、提督である自分がいなくなったというのにまるで心配する様子はなく、いつも通りの日常を過ごしている。

さらに、窓越しに食堂を映した場面も出てきたが、そこでも皆談笑しあったり、食事を楽しんだりと、自分が不在になったことを心配する者も悲しむ者も皆無であった。

 

 

「ドウヤラ、向コウハ誰モ貴方ノ心配ヲシテイナイノヨ。 貴方ハ彼女達ヲ大事ダト言ッテタケド、ソレハ貴方ダケダッタヨウネ」

 

「そ、そんな…」

 

 

今まで知らなかった悲しき事実にがっくりと肩を落とす提督。 その姿を、戦艦棲姫は何も言わずに見守り、

 

 

「テートク、悲シイノ?」

 

 

ヲ級は心配そうに提督の顔を覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日。 提督は洞窟の中で座り込み、一人じっとしていた。

艦娘たちから心配されてなかったことについては正直ショックだったが、同時に自分がそれだけ慢心していたんだと己を戒めるきっかけにもなった。

だけど、自分にはまだ長い付き合いのある後輩と、ケッコンカッコカリをして絆を深めた艦娘がいる。

あの二人ならきっと探しに来てくれるはずと、彼は信じて待ち続けることにした。

 

 

「アラ、意外ト元気ナノネ。 コノ前ノデスッカリ落胆シタト思ッテタノニ」

 

 

見ると、この前と同じように艤装を外した戦艦棲姫が、少し驚いた様子でこちらを見つめていた。

 

 

「皆については俺にそれだけの人望がなかった。 それだけの話だ。 だけど、俺には後輩で提督になったやつがいる。 あいつとは長い付き合いだし、心から信頼できる男だ。 きっと、今頃は俺を探しに艦娘たちの指揮を取ってくれているはずさ」

 

 

かつての後輩との思い出に顔を綻ばせながら、提督は気丈な態度でそう言い放つと、戦艦棲姫は再び落ち込んだ様子で、

 

 

「……。 今回ハ、ソノ事デ貴方ニ知ラセガアルノヨ。 貴方ニトッテハ悲シイ事カモシレナイケド、聞イテチョウダイ」

 

 

今度はテープレコーダーのような録音機器を取り出し、再生する。

すると、レコーダーから聞き慣れた男の声。 例の、後輩の提督の声が流れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの人…ありえない……。 俺が、苦しんでる時…諦める…言った。 だから、俺は…あの人……やめる、つもり……これ以上、先輩……提督……やめてください』

 

 

 

 

雑音が入り、途切れ途切れだが紛れもない彼の声。 しかしその内容は自分を否定するものだった。

内容を聞いた提督は、顔を手で覆いながら肩を落とした。

 

 

「そんな…! あいつまで俺を嫌悪していたというのか? 長い付き合いであいつがいい奴だと、信頼に足る奴だと思っていたのは、俺だけだったのか…!?」

 

 

よほど彼への信頼が強かったのだろう、提督の落ち込みようは傍から見てても痛々しいものだった。

傍らにいたヲ級は不安げに提督を見つめ、戦艦棲姫は、

 

 

「ゴメンナサイ。 私モ、本当ハ貴方ヲ傷ツケタクハナカッタノダケド、コノママ見セカケノ希望ニ縋ル貴方ヲ見ルノハ辛カッタカラ……」

 

 

そう言って、悲しみに暮れる提督にそっと寄り添い続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた、提督は洞窟に軟禁されたまま数日を過ごした。

部下だけでなく、信頼していた後輩からも見限られたという事実は、精神的なダメージとなって彼に重くのしかかっていた。

毎日ヲ級が運んできてくれた食事ものどを通らず、壁に寄りかかりながら一人ぼんやりと過ごすだけ。

心配そうにヲ級が話をしようと近づくこともあったが、

 

 

「……今は一人にしてくれ」

 

 

提督はそっとヲ級の頭をなでながら、追い返した。

精も魂も尽き果てたように見える彼だったが、それでも彼が自分を見失わずにいられたのは、指にはまった指輪があったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…本当に、私を選んでいいの?』

 

『もちろん。 …いや、むしろ俺は加賀がいいんだ。 今日まで俺の元で、艦隊の皆を支え続けてくれた。 おかげで、俺もどんな時だって提督として頑張ってこれた。 これからも、どうかこの艦隊を支えてほしい。 ……俺を含めてな』

 

『………』

 

『…加賀?』

 

『す、すみません…。 私、その……感情表現とか、あまり得意じゃなくって…。 こんな時、どんな顔をしたらいいのか分からなくって…!』

 

『…なら、一つ聞かせてほしい。 俺とケッコンカッコカリをすることを、君はどう思う?』

 

『そ、それは……!』

 

『…すごく……嬉しい、です…!!』

 

『…ありがとう。 そして、これからもよろしくな、加賀』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がケッコンカッコカリをした艦娘、加賀。

今はカッコカリだが、いずれは正式な結婚をして夫婦になろうと誓い合った仲だ。

彼女ならきっと、自分を探しに来てくれるはず。

その微かな希望を胸に、彼はただじっと助けが来るのを待ち続けていた。

そして聞こえてくる聞き慣れた足音。 彼女が声をかける前に、提督は顔を向け戦艦棲姫へ問うた。

 

 

「…今日は、何だ?」

 

「…サスガニ、言ワナクテモ分カルンジャナイ? ソレデ、貴方ハ…」

 

「…悪いが俺は加賀を待っているんだ。 提督としての勧誘なら、他所をあたってくれ」

 

 

元気のない声で素っ気なく言うと、提督は戦艦棲姫から顔をそむける。

それを見て、彼女も憂いを込めた表情で、小さく溜息を吐いた。

 

 

「…分カッタワ。 流石ニ、ソコマデヤツレタ貴方ヲ提督ニスルノハ酷ト言ウモノネ。 ダカラ、私ハ貴方ヲ解放スルワ」

 

「タダ、最後ニドウシテモ貴方ニ知ッテホシイコトガアルノ。 コレヲ見テ、ドウスルカ決メテチョウダイ」

 

 

姫は懐からカメラを取り出した。 前回、鎮守府の様子を撮影したのに使ったあのカメラだった。

再び起動したカメラは、壁に光を照らし映像を映し出す。

それは夜の鎮守府を外から撮影したもので、建物には唯一開かれた窓がある。

 

 

「あ、あれは…」

 

 

窓からは一部だが中の様子が見え、そこにいたのは後輩提督と自分とケッコンカッコカリした加賀の姿があった。

声は聞こえないものの、悲し気に俯く加賀を後輩提督が何かを熱く語ってるようだった。 しばらくは彼が必死に説得しているように見えたが、次の光景を目の当たりにした瞬間、提督は大きく目を見開いた。

 

 

なんと、自分の愛した加賀が、自分が信頼していた後輩提督へ抱き着いたのだ。

そして、後輩提督もまた彼女を優しく受け止めていた。

その映像は、今まで見てきた中で一番彼の心を抉った。

自分が今まで共に過ごしてきた艦娘たちは誰も自分を心配しておらず、自分が長い間信頼を寄せていた後輩提督は自分の事を嫌悪しており、自分が愛していた加賀に至っては、自分が信頼していた後輩提督と恋仲に陥っていたという事実。

映像はそこで終わったが、提督は衝撃のあまり声も出ず、その場で棒立ちしていたのであった。

 

 

「コレガ、私ガ貴方ニ伝エタカッタ事ヨ。 貴方ノ信ジテイタ者達ハ、誰モ貴方ヲ信ジテイナカッタ。 アソコヘ帰ッテモ、貴方ヲ受ケ入レテクレル者ハイナイノ」

 

「ダカラ、私ハ部下達ニ命ジテ貴方ヲアソコカラ連レ出シタ。 貴方ニコノ事実ヲ知ッテホシクテ」

 

「ソレデモ戻ルトイウノナラ、私ハ止メナイワ。 サア、聞カセテ。 戻ルノカ、ソレトモ……」

 

 

しばらく棒立ちのまま立っていた提督だったが、戦艦棲姫の問いかけを聞くと、彼は振り向きこう尋ねた。

 

 

「…お前は、なぜこんな事をした? なぜ、俺にそこまでしようとするんだ?」

 

 

質問を質問で返す提督。 戦艦棲姫は虚ろな目をした提督の問いに、真っすぐ目を見返して答えた。

 

 

「言ッタデショ、前カラ貴方ニハ目ヲツケテイタッテ。 貴方ガ欲シイ……ソノ言葉ニ偽リハナイケレド、デモソレハ貴方ガ優秀ナ提督ダカラトイウダケジャナイノ」

 

「と、言うと……?」

 

「…貴方ガ加賀トイウ艦娘ニ抱イテイルノト同ジ気持チヲ、私モ抱イテイルカラヨ」

 

 

戦艦棲姫は提督の前まで来ると、そっと彼と目を合わせ、優しく囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督……私モ、貴方ヲ愛シテイマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が深海棲艦に拉致されて数日後。

かつて彼がいた鎮守府へ、深海棲艦の軍勢による大規模攻撃が行われた。

周辺警備が行われていたものの、深海棲艦達は警備の隙をつくかのような攻撃を仕掛け、鎮守府は大打撃を受けた。

鎮守府に所属していた艦娘たちは敵の奇襲により大半が大破し、建物はほぼ全壊。 代理として入っていた後輩提督もまた、執務室の崩落に巻き込まれ、面会謝絶になるほどの重傷を負ってしまったのだった。

 

 

煙の上がる鎮守府を、遠くの海から見つめる一人の男。

その男の隣で、戦艦棲姫は彼へ尋ねた。

 

 

「イイノ? カツテノ古巣ヲアンナ滅茶苦茶ニシテ」

 

「構わん、これは俺の決意表明だ。 かつての忌まわしい過去を捨て去るための、な…」

 

 

黒を基調とした軍服に身を包む男は、踵を返し鎮守府の方へと背を向けていく。

その後ろでは、ヲ級率いる数多の深海棲艦達が彼の後をついていき、ヲ級はウキウキした様子で男へついていった。

 

 

「俺にとって信じるものなど何もない。 この怒りを鎮めるために、利用できるものは何でも使ってやる。 たとえお前らだろうともだ」

 

「お前らが俺をどう思っているか、そんなことはどうだっていい。 利用価値がある限り、俺はこれからもお前たちを使ってやるからな。 覚悟しておけ」

 

「ウン、イイヨ! 提督ト一緒ニイラレテ、私ハ嬉シイヨー♪」

 

「……フン」

 

 

嬉しそうにはしゃぐヲ級を横目で見ながら、提督はこの場を去っていく。 その後ろ姿を見ながら、戦艦棲姫はかすかに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては戦艦棲姫が仕組んだ作戦だった。

手始めに提督を拉致し、艦娘たちに気付かれないような孤島の洞窟へ提督を軟禁する。

それから、彼女は部下たちに命じて鎮守府の様子を撮影・録音し、あたかも鎮守府にいる艦娘たちは提督のことを心配していないように見せかけたのであった。

後輩提督の声も、偶然録音したものを加工して、さも彼が提督を嫌っている風に偽装したものだった。

実際は鎮守府の艦娘たちは皆彼を心配しているし、後輩提督が彼の鎮守府にいたのも、彼がいない間の代理を務めると同時に、心から慕っている彼を捜索するための陣頭指揮を取るためにいたのだ。

それに、後輩提督にはすでに翔鶴とケッコンカッコカリをしており、彼が捜索に協力したのも、彼女の先輩である加賀が困っているという理由があった。

現に、加賀もその事については知っているし、彼女も提督のことを心配していた。

だからこそ、後輩提督と加賀が恋仲になるなんてまずありえない話なのだ。

しかし、不幸なことに彼はその事実を知らず、戦艦棲姫に細工された映像を見せられ、すっかり騙されてしまっていた。

こうして、戦艦棲姫は見事に提督を奪うことに成功した。

ただ、今は彼は自分を愛そうとはしておらず、憎しみに囚われている。

でも、彼女はそれでもかまわなかった。

今はそれでいい。 いつの日か、彼が自分に振り向いてくれるその日を迎えるため、彼女は彼の傍らで待ち続けることにしたのであった。

 

 

 

 

 

「提督… ゴメンナサイ、貴方ヲ深ク傷ツケテシマッテ」

 

「デモ、コウシテ貴方ハ私ノ傍ニ来テクレタ。 私ハ、愛スル貴方ノ隣ニイラレルヨウニナッタ。 ソレガ、私ニハトテモ嬉シイノ」

 

「今ハ私達ヲ利用スルダケデモ構ワナイ。 ダケド、イツカ貴方ノ心ノ傷ガ癒エタ時ハ、改メテコノ気持チヲ伝エサセテホシイノ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 愛シテイルワ」

 

 

 

 

 

とある海域の海上。

深海棲艦達を率いる提督を見つめながら、戦艦棲姫はうっとりと妖艶な笑みを浮かべた。

ただ、その時の彼女の瞳は、まるで光の届かない仄暗い水底を体現するかの如く、黒く淀んだ色をしていた。

 

 

 



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待ち望んだ人は掻くも遠く

どうも、やっとこさできましたので投稿しました。
この話は、前回の『歪な思いは深海へ続く』の鎮守府サイドの話になります。
提督が深海棲艦に囚われている間、鎮守府では何があったか? ぜひ、お確かめになってください。





 

 

 

ここはとある鎮守府。 普段なら、ここに所属する艦娘たちが各々出撃や遠征などの任務にあたる時間だが、今この場所は、任務にあたるどころではなくなっていた。

 

 

 

 

 

「やっぱり、この建物内にはいませんでした…!」

 

「私室にも戻った様子がないし、やっぱり攫われちゃったの!?」

 

「もしかして、深海棲艦に食べられちゃったとか…」

 

「ちょっと、縁起でもない事言わないでよ!!」

 

「ふぇーん!! しれぇー、どこに行ったんですかー!?」

 

 

この鎮守府では今朝から提督の姿が見えず、私室を確認すると戻ってきた痕跡もない。 つまり、昨夜から提督が消息不明になっていたのだ。

ここの艦娘たちは皆提督に信頼を寄せ、慕っている。 それゆえに、彼がいなくなった時の彼女たちの動揺は大きかった。

戦艦や空母、重巡たちは血相を変えながら必死に捜索し、軽巡の子も捜索する傍らで泣きじゃくる駆逐艦の子達をなだめていた。

特に、執務室に一人残った加賀に至ってはかなりショックが大きく、顔を覆いながら一人悔やんでも悔やみきれない思いを口にしていた。

 

 

 

 

 

「あの時… あの時私が提督と一緒に残ってさえいれば、こんなことには…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が行方不明になる前日、加賀は提督と一緒に執務を行っていた。

時刻は夜。 すっかり外が暗くなったのを見て、提督は加賀にそろそろ休んだ方がいいと言ってきた。 彼女は明日も出撃を控えているし、早く休んだ方がいいと提督は思ったからだ。

その気づかいに、彼女はあと少しで終わりだから平気よと返事をするが、提督は旗艦を務める君が体調を整えておかなければ、他の子達に示しがつかないだろと言われ、渋々ながら引き下がることにした。

本音を言えば、仕事の残りがあと少しというのもあったが、それ以上に少しでも提督と一緒にいたかったのだ。

加賀は提督とケッコンカッコカリを行っていた。 以前から提督に対しては、信頼できる上官であると同時に一人の異性としての想いも募らせていた。

そんな思いを抱いていた彼女だが、ある日提督から呼ばれ執務室に来ると、なんと彼の方からケッコンカッコカリに使われる指輪を差し出されたのだ。

しかも、差し出されたのは指輪だけでなく、いずれは正式な夫婦になりたいというプロポーズの言葉まで送られ、嬉しさと感動のあまり、彼女は涙を流しながらその申し出を受けた。

天にも昇る心地で彼女は毎日を過ごしてきたが、ある日提督の姿が無くなったことでその幸せは無情にも崩壊。 今は彼のいない執務室で、あの日自分が最後まで提督に付き添っていなかったことを激しく後悔していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 貴方が…貴方がいなくなったら、私は…!」

 

 

後悔と自責の念に押し潰されそうになっていた彼女の元へ、突然聞こえてきたノック音。 加賀が音のした方へ顔を向けると、扉から一人の男性が部屋へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「加賀さん、鎮守府の子達から話は聞かせてもらいました。 微力ながら、俺にも先輩の捜索を手伝わせてください!」

 

 

いきなり現れたその男を、加賀は知っていた。

男は軍学校の頃、提督の後輩にだった人で彼もまた別の鎮守府で提督を務めている。 本来なら自分の勤める鎮守府にいなければならないのだが、先輩である提督がいなくなったことを知り、皆に無理を了承してもらったうえで先輩である提督が見つかるまで、ここの提督代理を務めると言ってきたのだ。

 

 

「先輩がいなくなって悲しいのは分かりますが、今は泣いてるときじゃありません。 先輩を見つけるためにも、お互い頑張りましょう」

 

 

彼のまっすぐな目に見つめられ、加賀も涙をぬぐうと、

 

 

「そう……ね。 ごめんなさい、あの人が見つかるまで、どうぞよろしくおねがいします」

 

 

手を差し出し、後輩提督もその手を握り返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから、後輩と加賀の二人は先輩である提督の捜索に力を注いでいった。

通常通り、出撃や遠征などの任務をこなしつつ手が空いた者にはどこを探してくれという指示を出していく。 その分、提督代理を務める彼には作業が多くなり負担も増してきたのだが、彼は疲れた様子を見せずに捜索の指揮を取り行ない、加賀もまた秘書艦をこなす傍らで後輩の指示に従い捜索に向かっていたのであった。

 

鎮守府の港。 そこを歩く数人の艦娘たちを、深海棲艦が使うような形のビデオカメラが捉えていたが、彼女たちは気づかない。

 

 

「艦隊戻ったよー。 今日も大変だったね」

 

「遠征に行った子達ももうすぐ戻ってくるって。 そしたら食堂行こうか」

 

「確か今日ってカレーの日だよね? やったー私楽しみ!」

 

「そう言えばさ… 提督ってどこ行ったんだろうね?」

 

「うーん… まあ、提督なら別に心配することないんじゃない? 大丈夫でしょ」

 

「それより早く皆を迎えに行こう! 私ご飯食べたいよー」

 

 

いつも通り振る舞う彼女たちの姿を撮った後、カメラは音もなく去っていったが、一人の艦娘が本音を漏らした途端、他の子達もその場で次々に泣き崩れていった。

 

 

 

 

 

「…提督、本当にどこ行っちゃったんだろう? ちゃんと帰ってきてくれるかな…?」

 

「それは言わないって言ったでしょ! 私だって、泣きたい気持ちを必死に抑えてるんだから…!!」

 

「提督、お願いだから早く帰ってきてよ…!」

 

 

心の内を吐露しながら、彼女たちは提督のいない悲しさを隠すことなくその場で泣きじゃくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またある日の事。 先輩の提督が見つからず、疲労の色が見え始めた後輩。 そんな彼の元に、突然大本営の関係者が現れた。

秘書艦である加賀は、応対して後輩がいる執務室へと通し、後輩が用件について尋ねると、関係者である人物は確認するように尋ねた。

 

 

「件の提督が消息不明になった鎮守府は、ここで間違いありませんね?」

 

「そうです。 今は自分が代理を務めておりますが、ご用件は一体何なのですか?」

 

 

彼が聞き返すと、関係者はちらりと加賀を見ながら答えた。

 

 

「…実は、そちらが今現在捜索している提督について何ですが、深海棲艦との臨戦態勢にある中で、捜索に貴重な戦力である艦娘たちを使うのはいかがなものかと言われております。 それで、上層部は行方不明になった提督を任務による殉職ということで処理し、彼に代わって新しい提督をそちらに派遣させた方が合理的だと考え、今回はそのことで捜索を打ち切りにしろとの命令が来ておられるのです」

 

 

その話を聞いた途端、加賀は目を見開いた。

捜索打ち切りなんて、そんなことできるはずがなかった。

このことをみんなが知れば、ただではすまない。 新しい提督を追い返すどころか、皆で暴動を起こしかねないからだ。

現に、自分も怒りのあまり拳を握り、今にも艤装を取り出してしまいそうだ。

歯を食いしばり、怒れる気持ちを必死に抑え込む加賀。

そんな彼女の肩を叩く人がいた。 後輩だった。

彼は加賀を見据え、「大丈夫…」と笑顔で伝えると、関係者の人に向かってきっぱりと言った。

 

 

 

 

 

「あの人が死んだなんてありえないですよ! 俺が軍学校の頃、未熟で苦しんでるときに先輩は簡単に諦めるなって言った。 だから、俺はあの人を見つけるまでやめるつもりはありません。 これ以上、ここへ先輩に代わって新しい提督を送るなんて話はやめてください!」

 

 

 

 

 

彼の毅然とした態度に加賀も関係者も驚き、関係者を追い返した後、後輩は加賀に顔を向けた。

 

 

「…さて、ちょっと邪魔が入っちゃったけど、午後の作業も頑張ってやろうか」

 

「あ、あの…」

 

「…?」

 

「さっきはその……ありがとうございます。 私に代わって、捜索打ち切りを断っていただいたこと、感謝してます」

 

 

もじもじと気恥ずかし気にお礼を言う加賀。 でも、彼はそんな彼女へにっこりと微笑みかけた。

 

 

「艦娘である加賀さんが断わったりしたら、向こうに何言われるか分からないし、こうするのが一番丸く収まる方法じゃないか。 それに、先輩を捜索したいのは俺だって同じなんだし、そういう事は言いっこなしで行こう」

 

 

彼の気さくな言葉に加賀も笑みを見せ、彼の手伝いをすべく執務室へと戻っていく。

ただ、海辺のほうから先の会話を録音している深海棲艦達がいることに、彼らは気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも任務の傍らに捜索は行われたが、いまだに提督の消息はつかめず、提督だけでなく艦娘たちにも疲労の色が見え始めてきた。

手がかりはなく時間だけが過ぎ、徐々に諦めムードのような空気も流れている。

中には諦めないでと必死に他の子たちを励ます者もいたが、流れ出した空気は止まらない。 一人、また一人と提督はもういないんだと言い出す艦娘たちが増え始めていた。

そして、その空気に影響され始めたのは彼女とて例外ではなかった。

 

 

夜の執務室。 捜索を終えた加賀を後輩は出迎える。 この日も成果はなく、後輩が温かい言葉をかけるも彼女は肩を落とし、すっかり意気消沈していた。

 

 

「お疲れさま、加賀さん。 今回の捜索も空振りになっちゃったけど、次はきっと見つかるさ。 気を落とさず明日も頑張ろう」

 

 

後輩の言葉にも、加賀の表情は晴れない。 肩を落としたまま、彼女は後輩へと不安を漏らした。

 

 

「本当に、見つかるのでしょうか…? 本当に、あの人は帰ってくるのでしょうか……?」

 

「か、加賀さん? 一体、何を言って……」

 

 

気を強く持つよう説得する後輩。 しかし、彼女の不安は止まらない。

 

 

「貴方も薄々感づいているんでしょ? これだけ探し回ってもあの人は見つからない。 そうなると、もう残る可能性は一つしかないと…!」

 

「落ち着いて加賀さん! 少し疲れがたまってるようだし、今日はもう休んで…!」

 

「気休めはやめてください! 貴方に分かるんですか? あの人を失って、探しに行っては徒労に暮れる、私の気持ちが貴方に分かるんですか!?」

 

「加賀…さん……」

 

「私が… あの時、私がついていれば提督はいなくならなかった! こんなことにはならなかった! 私の… 私の慢心が、あの人を死に追いやったのよ!!」

 

 

両手で顔を覆い、加賀は自分を責め立てる。

いつも凛々しい姿勢を崩さない彼女がここまで泣き崩れたのは初めてだった。

その姿に、後輩はただ声をかけることもできず、見守ることしかできなかったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことを言うな、加賀さん!!」

 

「…っ!?」

 

 

唇を引き締め、初めて彼は加賀に向かって声を荒げた。

 

 

「先輩が、どうして加賀さんをケッコンの相手に選んだのか知ってますか? あの人は、どんな困難にも屈せずに前を向いて進んでいく、貴方の強さに惹かれたんだ! その貴方が、ここで心を折って足を止めてしまえば、本当に先輩に会えなくなります。 貴方は、それでもいいと言うのですか!?」

 

「あっ… ああっ…!」

 

「俺は、どれだけ時間がかかろうとも必ず先輩を見つけてみせる。 だから、加賀さんも諦めないで! 貴方のそんな姿を、先輩に見せないでくれ…!」

 

 

涙を流す加賀へと、彼は肩に手をやり必死に説得した。 その言葉にようやく自分を取り戻したのか、加賀は瞳から流れる涙をぬぐうことなく、そのまま彼の胸に顔をうずめていった。

 

 

「ごめん…なさい……! 本当は、貴方もつらいはずなのに、私は…!!」

 

「いいんだ加賀さん。 貴方は先輩にとって大事な人だし、俺も貴方の悲しむ姿は見たくないんだ。 皆の知ってる、気高く凛々しい一航戦の姿を見れるのであれば、俺は喜んで力を貸すよ」

 

 

そう言って、後輩は加賀が泣き止むまで何も言わず、彼女の背中を優しくさするのであった。

 

 

 

…よもや、その姿を夜の海に浮かぶ深海棲艦達に取られているとも知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その数日後に事件は起きた。

 

 

 

 

ある朝の鎮守府。 いつものように執務室の窓から提督を探しに行く加賀達を見送る後輩。

さて、今日も執務を行おうと机に向かおうとした時、彼は外の景色に違和感を覚えた。

遠くの空からこちらに向かって、黒い何かが飛来していた。

初めは鳥の群れか何かかと思っていたが、すぐに違うと気付いた。

それは、深海棲艦達が飛ばしてきた艦載機の大群だった。

提督は急いで艦載機を迎撃するよう無線を手に取ったが、同時におかしいとも感じていた。

よりによって加賀達主力部隊がいなくなり、他の者達も休憩に入ろうとしていたところを狙うとは、いくら何でもタイミングが良すぎる。 まるで、今が一番隙ができることを知っていたかのようだ。

だが、今はそれを考えている時ではない。 彼はすぐに無線を使い、鎮守府にいる艦娘達へ敵襲による艤装の装備と、練度の低い者達の避難を促した。

だが、部下である艦娘達の安全を優先するあまり、彼自身の避難が遅れてしまった。

非情にも、敵の艦載機は彼のいる建物を一斉に攻撃。 後輩は逃げる間もなく、崩壊した建物の瓦礫に下敷きになってしまったのだ。

 

幸い、そのことを知った艦娘たちが急いで後輩を助け出したことと、鎮守府からの救援を聞きつけた加賀達が、即座に引き返し敵を追い払ったことで、どうにか艦隊全滅だけは免れた。

しかし、被害はかなりのもので、鎮守府の建物はほぼ全壊。 艦娘達にも多数の負傷者が出てしまい、提督代理を務めた後輩に至っては軍病院へ運ばれ、半死半生の重体となってしまったのであった。

 

 

 

 

 

軍病院の一室。 生命維持装置をつけられ、全身に包帯を巻かれ寝たままの後輩に、一人の艦娘は彼の手を取り涙ながらに訴えていた。

 

 

「提督、お願いですから死なないでください! 貴方に先立たれたら、私は… 私は……!!」

 

 

必死に意識のない後輩へ呼びかける艦娘……翔鶴は、その手を離すことなく彼への呼びかけを続ける。

そんな彼女へ、加賀は暗く落ち込んだ表情で話しかけた。

 

 

「…ごめんなさい、翔鶴。 私の不手際で、貴方の大事な人をこのような目に……」

 

「……いえ、加賀さんを責めるつもりはありませんよ。 この人ってば、何かあったら自分よりほかの子を心配する人だから、危なっかしいんです」

 

「…まあ、それがこの人の魅力ですし、私もその姿に惹かれたんですけどね」

 

 

翔鶴は、加賀の方を振り向くことなく答える。 後輩の手を取る彼女の左手の薬指には、加賀と同じケッコンカッコカリの指輪が収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、後輩提督が捜索に協力したのは自分が慕っている先輩のためだけではなく、加賀に元気になってほしいという理由があった。

彼女は自分がケッコンカッコカリした艦娘、翔鶴にとって憧れの存在。

加賀の落ち込みようを知った翔鶴は、すごく彼女の事を心配しており、それを見た彼は自分が加賀を元気にすることで彼女に喜んでもらえればと、今回の捜索を志願したのだ。

 

 

しばらく二人きりにしてほしいという翔鶴に従い、加賀は病室を後にした。

自分の提督だけでなく、自分の後輩の愛した人も失いそうな今、加賀は自分でもどうすればいいのか分からないほど追い詰められていた。

 

 

 

 

 

「提督、貴方は今どこにいるの!? 私も、皆も、貴方の帰りを待っているのよ!」

 

「提督……帰ってきてください!!」

 

 

誰もいない病院の廊下で、加賀は壁に寄りかかりながら今の胸の内を叫ぶ。

だが、その叫びに応えてくれる者は、ここには誰もいなかった。

 

 

 



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受けるべき忠告は…

はい、本当に久しぶりの投稿ですね。 最近はイベントに没頭&モチベーションが中々上がらず、書くのが遅れてしまいました。
ネタ自体はちらほら上がってるんですが、いざ進めるとなると億劫に感じてしまう… 悲しいものです。





 

 

 

「これは… 一体どういう事だ?」

 

 

開口一番、彼はそうつぶやいた。

 

 

 

彼は鎮守府の提督で、日夜人類のために働いてくれている艦娘たちのために、彼女たちのサポートを行っている。 そんな彼は、いつも執務室のある中央建物の私室で寝泊まりしていたが、今彼がいる場所はその私室ではなかった。

そこはまるでアパートの一室のようにこじんまりした部屋で、一人用のベッドに小さなテーブル。 いつも自分がいる私室とはまるで違う部屋で、こんな場所に来た覚えは全くなかった。 はずなのだが……

 

 

 

 

 

「…なんで、俺はここを懐かしく感じるんだ?」

 

 

初めて見るはずの部屋。 だけど、なぜか彼はこの部屋に懐かしさを感じていた。

一体なぜか、自分でもわからない。

身に覚えのない妙なシンパシーに戸惑っていると、不意に背後からノックが聞こえてくる。

振り返ると、そこには木製のドアが一枚あり、ノックは扉の向こうから聞こえる。

一体誰だろう? 提督は疑問を抱きながら、扉のノブに手をかけようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さん。 司令官さんっ!」

 

「はっ!?」

 

 

突然の声に体を起こすと、そこはいつも自分が暮らしている私室のベッド。 そして、となりには自分を心配そうに見つめる一人の少女の姿があった。

 

 

「大丈夫ですか、司令官さん!? 随分うなされてましたよ…!」

 

「い、電…? あれは…夢か……?」

 

 

目を覚ました提督は、先ほどの光景が夢であることを確認すると、荒くなった息を整え、電と呼んだ少女の頭を優しくなでてあげた。

 

 

「俺は大丈夫だ。 ごめんな、心配かけて」

 

 

穏やかな表情と言葉をかけると、電もようやく笑顔を見せ、身支度を整えた提督は電と共に食堂へと向かった。

 

 

朝の食堂には広々とした空間に横長のテーブルと椅子が並べられ、そこには朝食をとる艦娘たちの姿があった。

皆、食事とおしゃべりを楽しみながらのんびり過ごしていたが、提督が食堂に顔を見せると、一斉に彼のほうへと駆け寄り気さくに声をかけてきた。

 

 

「おはようございます、司令! 今日も、気合い・入れて・行きます!!」

 

「おはよう比叡。 今日もその調子で頼むぞ」

 

「お、おはようございます提督。 朝からこうして提督に会えて、天城もう嬉しいです…!」

 

「ああ、おはよう天城。 俺も、天城の顔を見れて嬉しいぞ」

 

「も、もう…! 提督ったら…///」

 

「提督、おっはよー。 今日はちょっと起きるの遅かったけど、なにかあった?」

 

「まったく、艦隊の指揮官ともあろう人が寝坊だなんて、そんなんじゃ困ります。 もっとしっかりしてください!」

 

「おはようさん、北上。 大井もそんなに怒らないでくれって、最近仕事がきつくて疲れてるんだから」

 

 

大井からのきつい指摘に、提督も苦笑いを浮かべながら返事を返す。 そこへ、電もフォローを入れてきた。

 

 

「そうですよ、大井さん。 司令官さん、電が朝起こしに来たらすごくうなされてて心配したんですから!」

 

 

その言葉に、食堂中の艦娘たちは血相を変えて提督へと詰め寄ってきた。

「本当に大丈夫なの!?」とか「どこか具合は悪くない…?」など、真剣な顔で提督の身を心配したが、提督は特に異常はないから心配するなと言うと、皆は胸をなでおろした。

 

 

「心配かけたのは悪かったよ。 でも、少しうなされたぐらいでそこまで心配するのはちょっと大げさじゃないか?」

 

「そんなことはない。 もし、提督の身に何かあったとあれば、私も気が気ではないからな」

 

 

提督は軽い口調で話すが、そばにいた長門がすぐに彼の言葉に異議を唱える。

 

 

「そうです。 私たちにとっても提督は大事な方ですし、それに……」

 

 

もじもじした様子で赤城が口ごもると、提督が話を引き継ぐ。

 

 

「俺が誰とケッコンするか気になるから、だろ? 赤城」

 

「あ、あうう…///」

 

 

図星をさされたらしく、顔を赤くしながら赤城はうつむき、その姿に周りの子たちからも和やかな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「まあ、俺もすぐには答えを出せないが、ちゃんと決めるつもりでいる。 だから、今は待っててくれ」

 

 

 

 

 

ケッコンカッコカリは、あくまで艦娘の底力を上げるために行われる任務の一環でしかない。 だが、それと同時に彼女たちと強い絆を結ぶのもまた事実。

彼はそんなケッコンカッコカリを、任務ではなく本当の結婚と同じぐらい大事と認識しており、ケッコンした艦娘を生涯の伴侶として迎え入れるつもりでいた。

そして、それを待つ艦娘たちもそのことを知っていたがために、自分が選ばれたい気持ちを抑えながらも、提督が誰を選ぶのか言及するようなことはしなかった。

ただ、駆逐艦の子は選ばれる望みが薄いと考えてか、虎視眈々と提督との既成事実を狙ってるという噂もあるが、真偽のほどは定かではなかった…

 

 

 

 

「…仕方ありませんね。 では、私たちは貴方の答えが出るまでお待ちしております」

 

「スマンな赤城。 …あっ、そう言えば今朝の事で思い出したんだけど」

 

「…っ? 何を思い出したのです? 司令官さん」

 

 

唐突に声を上げた提督に電は首をかしげると、提督は答えた。

 

 

「俺、変な夢を見てたんだ。 見知らぬ小さな部屋に一人立っててさ、なぜかその部屋にすごく懐かしさを感じたんだ。 その後、誰かが扉をノックしてるから、開けに行こうとしたところで目が覚めたんだ。 あれ、一体何だったんだろう……?」

 

 

提督は何気ない疑問を口にしたつもりだったのだが、次の瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな音と共に食堂中が静まり返っていた。

見ると、なぜか艦娘達が皆食事の手を止め、まるで恐ろしいものを見るような形相で提督を見つめていた。

 

 

「な、なんだ? 俺、何か変な事言ったか……?」

 

 

皆の豹変ぶりに提督が戸惑っていると、電が提督の服の裾を引いてきた。

見ると、電もまた焦点の定まってない瞳で見つめながら、震える手で彼の手を握った。

 

 

 

 

 

「…それは、ただの悪い夢なのです。 やっぱり、司令官さんは疲れがたまってるみたいですから、ゆっくり休んだ方がいいのです」

 

 

必死というか、どこか鬼気迫る表情で詰め寄る電。 その姿には、いつものほんわかしたような雰囲気は微塵も感じられない。 まるで、別人を見ているようだった。

周りからも電の提案に従えと言わんばかりに威圧感が流れており、提督は素直に従うことにした。

 

 

「そうか… 分かった、それじゃ今日は仕事を休んで少し散歩でもしてくるよ」

 

 

提督がそう言うと、電を始め他の子達も安堵の表情を浮かべ、食堂にはいつもの穏やかな空気が戻ってきたのであった。

皆がいつもの調子に戻ったのを確認した提督は、食事を終えると散歩に行こうという事で、食堂を後にする。 ただ、去り際に赤城が提督を呼び止めた。

 

 

「提督、分かっているとは思いますが……!」

 

「工廠の奥にある倉庫には近づくな、だろ? 分かってるよ」

 

 

提督は行ったことがないのだが、工廠がある建物の奥の方には古びた空き倉庫が一つ置かれている。

だが、長いこと放置してたために中はボロボロで、床が抜けたり天井が崩れる恐れがあったために、現在は立ち入り禁止になっており、提督はよく艦娘たちからそのことを忠告されていた。

それを聞いた彼は、彼女たちの忠告に従い、倉庫には近づかずに日々を過ごしていたのであった。

それから、提督は他の艦娘達に顔を見せながら、のんびり昼まで過ごしていた。

建物を出た庭では島風や雪風たちと一緒に遊んだり、工廠では明石や夕張から新しい装備開発のための資材運用について相談を受けたりと、何事もなく過ごしていった。

ただ、今朝見た夢の事について何気なく話すと、他の艦娘たちも食堂にいた電達と同じように必死の様子で提督を心配してきた。

 

 

 

 

 

「しれぇ、大丈夫ですよね? 雪風を置いて、どこか行ったりしませんよね!?」

 

 

「所詮は夢なんですから、そこまで気にすることありません! それより今は、皆の言う通りご自身の体を気にかけてください…!」

 

 

 

 

 

雪風からは涙を流しながら泣きつかれ、明石は無理やり話題を逸らそうとする。 なぜ、皆は夢の事をそこまで気にかけるのかと一抹の不安を抱きながらも、提督は午後の時間を一人執務室で過ごしていた。

 

 

「うーん… 夢の事で皆があんなに気に掛けるのも気になるが、いまはこっちをどうするかだな」

 

 

麗らかな日差しが差し込んでくる執務室。 提督は独り言をつぶやきながら、ゆっくりと執務机の引き出しを開ける。

そこにあった黒い小箱。 ケッコンカッコカリのリングが入った箱を手に取り、彼は物思いにふけっていた。

 

 

「それにしても、俺がケッコンだなんて、ガキの頃は想像もつかなかったな。 提督である俺も、いずれは彼女たちの中から誰かを娶り、挙式も上げるんだろうな。 そのためにも、まずケッコンする子を決めたら、俺の両親に紹介を……」

 

 

 

 

 

しばらく物思いにふけっている提督だったが、突然「あれっ?」という声とともに彼は困惑した。 何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺の両親って、いったいどんな人だったっけ?」

 

 

 

 

そう、自分の家族のことが思い出せなかったのだ。 両親の職業や年齢はおろか、どんな顔かさえ思い出せない。

一体どういうことなんだ? あまりに異常な出来事に彼は必死に頭を振った。

どうにか思い出そうと、頭を振って自分の記憶を探り出そうとする。

 

 

「落ち着け…! 両親のことは思い出せないが、俺の過去のことは覚えているんだ。 俺は一人っ子で、両親に育てられてきた… 小学校から高校まで進学して、卒業後は大学に入って、それから………それ…から……」

 

 

一つ、また一つと復唱しながら自分の過去を思い出す提督。 だが、それもある疑問とともに終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あれ…? そう言えば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺、どうやって提督になったんだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その疑問を口にした瞬間、提督の頭に頭痛が走った。

 

 

「う、ぐあ…!? うああああっ!!」

 

 

頭が割れそうになるほどの激痛に、提督は頭を抱えながら、叫び、うずくまる。

嵐のように激しい頭痛は唐突に収まり、机に突っ伏していた提督は、かすかに痛む頭を抑えながら、一人呟いた。

 

 

 

 

 

「思い…出した…! 俺…は…、元々……提督じゃ、なかったんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は元々、提督ではなくただの大学生だった。

そんな彼には毎日夢中になっているゲームがあり、それがブラウザゲーム『艦隊これくしょん』だった。

もとは友人に勧められ始めたのがきっかけだったのだが、ゲームの面白さに加え、ゲームに登場する艦娘たちの魅力にはまり、今では古参プレイヤーの友人を追い抜かんほどに艦隊を強化していった。

ある日のこと。 いつものように自宅のアパートで、彼はゲームを始めようとしたときだった。

パソコンに現れたのはいつものログイン画面ではなく、眩いばかりの光が画面からあふれ出し、彼の体を飲み込んだ。 そこから先の記憶はなかったが、気が付くといつの間にか鎮守府の執務椅子に座り込んでおり、秘書艦の電が嬉しげに自分を出迎えてくれた。 そして、彼は知らぬうちに自分が鎮守府の提督だという記憶を刷り込まれ、何の疑問も抱かずに今まで提督業を行ってきたのであった。

 

それが、彼の思いだした出来事だった。

あの時夢で見た部屋は、自分がこの世界に来る前……いつも自分が暮らしているアパートの一室で、扉をノックしたのは、隣で暮らしててよく上がり込んでくる親友だったのだ。

すべてを思い出した彼は、同時に気づいてしまう。 なぜ、皆が自分が見た夢についてあそこまで過剰な反応を見せたのかを……

 

 

 

 

 

「皆は、俺が提督ではないことを思い出してほしくなかったのか…」

 

 

自分が提督だと思い込んできた間、皆と一緒に過ごしてわかっているが、皆は彼を心から慕っている。

それは信頼できる上官だからというのもあるが、それ以上に異性としての愛情や思いを抱いているからだ。

だが、その彼が提督でないことを思い出せば、一緒にいられなくなってしまう。 だから、皆は彼が記憶を取り戻すことを危惧していたのだ。

それに、皆は彼が記憶を失う……いや、ここの提督であると思い込まされてることを知っていた。 つまり、彼が元の世界からこちらへ来たことも知っているはず。 その事実を伝えず、皆が彼をここに引き留めるということは……

 

 

 

 

 

「…俺は、皆によって意図的にこちらに引き込まれたというわけか」

 

 

はっきりした確証はないし、解釈としては強引な部分も多々ある。 だが、そう考えれば、皆が見せた反応や不穏な態度にも納得がいく。

そして、それが分かった以上、ここでじっとしているわけにはいかなかった。

皆には悪いが、自分にも家族や友人を放ってここに残るわけにはいかない。

彼は脱出を決意すると、いったいどうやって脱出すればいいのかを考えた。

 

 

「向こうからこっちに来た以上、向こうに戻る手段もあるはずだ。 何か…何かないか……?」

 

 

彼も提督として長いことこちらにいたが、鎮守府以外にも彼は艦娘たちとともにいろんなところを回った。

督戦として艦娘たちと一緒に海に出たこともあるし、買い物や外で食事するため正門を出て外に行ったこともある。 それ以外で、まだ自分がいってない場所があったか?

一人頭をひねりながら考えていると、ある場所を思い出した。 それは、自分が唯一立ち入ったことがない場所。

 

 

「…そうだ。 皆が念を押していくなと言っていた倉庫。 まだあそこには行ったことがない」

 

 

他に思い当たる節もないし、皆があそこまで行ってはいけないと話していた以上何かあるのは間違いない。

意を決して、提督は今夜そこへ向かうことを決めたのであった。

 

 

 

 

 

 

夜の鎮守府。 満天の星空の下では黒く染まった海に空で瞬く星々が映り込み、まるでプラネタリウムを彷彿とさせるような幻想的な光景が広がっている。

だが、外を歩く提督はそんな絶景に目を向けることなく目的地である倉庫へと向かっていた。

深夜の遅い時間帯だからか、さすがに外を散歩している者はいない。 提督は周囲を警戒しつつ、歩みを進めていく。

 

 

「落ち着け… あいつらに見つかったらおしまいなんだ。 慎重に… 慎重に…」

 

 

自分自身にそう言い聞かせながら、提督は中庭を抜けその先の工廠へ移動する。

今夜は月明りで外は若干明るくなっているおかげで移動はしやすいし、いつも艦娘たちと一緒に散歩をしているから、この辺の道や建物の配置などはすべて把握している。

このまま何もなければ、目的地である空き倉庫までは問題なく行けた。 …そう、何もなければ……

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行かれるのです? 司令官さん……」

 

「…っ!?」

 

 

工廠前まで差し掛かった時、自分を呼ぶ声に提督は驚く。

声のした先、工廠である建物の裏から彼女は顔を出した。

 

 

「い…電……」

 

「ここから先は入ってはいけないと言われてたの、忘れてしまったのですか? この奥の建物はボロボロで、入ったら危険です。 さあ、戻りましょう…」

 

 

手を差し伸べながら、電は提督のほうへと一歩ずつ近づいていく。 だが、提督はそんな彼女の眼を見ながらハッキリと言った。

 

 

 

 

 

「危険……なんだよな? お前たちにとって、俺がそこへ入るのは……」

 

「司令官さん?」

 

「大方、そこに俺が入ったら元の世界に帰ってしまうから、入ってほしくない。 そんな理由じゃないのか?」

 

「…っ!?」

 

 

提督の言葉に、今度は電が口を紡ぐ。 それを見て、彼は確信した。

 

 

「…やはりな。 これでようやく理解できたよ、皆が俺を倉庫へ近づかせたくない理由が」

 

「……司令官さん。 いつから、気づかれたのですか?」

 

「午後の執務室で、だれをケッコンカッコカリの相手に選ぼうか考えてるときだ。 ここへ来たのは正直賭けだったが、どうやら外れてはいないようだ」

 

「……っ!」

 

 

提督が記憶を取り戻したことを悟ってか、電は何も言わずその場でうつむいた。 その姿を見ながら、提督は彼女に通してくれと話すが、電は必死にそれを拒む。

 

 

「ダメなのです、司令官さん! 司令官さんがあそこへ行ったら、絶対ダメなのです!」

 

「悪いとは思うが、俺もすべてを思い出した以上ここへ留まるわけにはいかないんだ。 すまないが、帰らせてもらうぞ」

 

「その必要はないぞ、提督」

 

「…っ!?」

 

 

背後から聞こえてきた別の声。 見ると、提督の後ろにはほかの艦娘たちが大挙してこちらへ押し寄せていた。

 

 

「提督、あなたはこれからも私たちとともにこの鎮守府にいてくれればいい。 私も、ほかの者たちもそれを望んでいるんだ」

 

「長門…」

 

「提督とこうして一緒にいられることが、私たちにとっての幸せなんです。 私たちはそれを失いたくない。 提督、どうかわかってください!」

 

「赤城…」

 

 

主力艦隊を筆頭に、大勢の艦娘たちが彼に帰ってきてと懇願してくる。 しかし、提督もまた、その声を聴きながら必死に歯を食いしばった。

 

 

「皆… 悪いが、俺を心配する家族がいる以上、その頼みは聞くことはできない!」

 

 

それだけを伝えると、提督は電を振りほどき、脱兎のごとく目的の空き倉庫へと駆け出した。

皆も、それを見ると急いで提督の後を追う。

人間と艦娘、身体能力では艦娘のほうがはるかに優れているものの、距離があったのが幸いして、皆が提督を捕まえる前に彼は空き倉庫へとたどり着き、錆びた扉を開いた。

中は艦娘たちが話していた通り、ボロボロの壁や床が広がり、カビ臭い匂いがあたりを漂っている。 ただ、一か所だけを除いて…

 

 

「あれは… 何だ…?」

 

 

空き倉庫の奥に置かれている一台の機械。 何の機械かはわからないが、錆び一つなく稼働し続けている。 モニターの下には、大きな赤いボタンがつけられていた。

 

 

「あれを動かせば、もしくは…!」

 

 

提督はすぐに機械に駆け寄り、スイッチを入れようとする。 その背後では、倉庫にたどり着いた艦娘たちが必死に呼びかけてきた。

 

 

「提督、すぐにその機械から離れろ!」

 

「ダメです提督! そのスイッチを押しては、絶対にダメです!!」

 

 

それを聞いた提督は、彼女たちの制止も聞かずスイッチに手を置く。 間違いない、これがみんなが自分を遠ざけたかった理由で、元の世界に戻るための装置なんだと、彼は断定した。

 

 

 

 

 

「皆、本当にすまない… じゃあなっ!!」

 

 

皆が手を出し彼の行動を止めようとする先で、提督は力いっぱい機械のスイッチを押したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の鎮守府。 空から朝焼けの太陽が建物と中庭を明るく照らし出し、艦娘たちは各々、朝の日課のトレーニングや朝食に向かう。

廊下を歩く二人の艦娘、長門と赤城は穏やかな表情で目的の場所、執務室へとやってきた。

律儀に扉をノックし、「失礼します」という声とともに二人は扉を開ける。 そして、部屋にいた人物へと二人は朝の挨拶を行った。

 

 

「おはよう、赤城。 長門も一緒か、珍しいな」

 

「ああ、ちょうど赤城と一緒に朝食にしようと思って、挨拶がてらやってきたんだ」

 

「おはようございます。 今日は私が一日秘書艦を務めます。 ですので…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はよろしくお願いしますね、提督」

 

 

 

 

長門と赤城があいさつした人物……提督は、いつもの明るい笑顔を見せると、「ああ。 今日は一日頼んだぞ、赤城♪」と、快活な様子で返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨夜提督が触れた機械。 あれは元の世界に帰るための装置ではなかった。

あれは、対象の記憶を操作するための機械で、彼をこちらの世界に連れてきたとき、これを使って彼女たちは彼に提督だっという記憶を刷り込ませていたのだ。

だが、何らかの不具合で彼は記憶を取り戻してしまい、元の世界に帰ろうとしたときのため、彼女たちはあえて保険をかけておいた。

それが、例の空き倉庫には絶対に行ってはいけないというものだった。

万が一彼が元の世界に帰ろうとしたとき、そう伝えておけば彼は真っ先に行ってはいけないと言われてた倉庫を怪しいと睨むはず。

そうしてミスリードをすることで提督自身を装置の元まで誘導でき、最悪提督が自らの手で機械を動かし記憶を改ざんしてくれる。 彼女たちはそう目論んでいたのだ。

そして艦娘たちの思惑通り、提督は倉庫で機械のスイッチを入れてしまい、自らの手で自分が提督であるという記憶を植え付けてしまった。

こうして今は、再び鎮守府の提督としてみんなと一緒にいる。 自分が別の世界の人間だったことは、すでに忘れてしまっていた。

 

 

執務室を出て、長門と赤城はそっと微笑む。 執務室から遠く離れた廊下で、二人は言葉を交わした。

 

 

「それにしても、偶然とはいえ提督が記憶を取り戻してしまったのは意外でしたね。 これからは、秘書艦という理由で、常に誰かがそばにいたほうがよさそうです」

 

「そうだな。 それに、万が一機械に不具合がないとも限らない。 明石と夕張には、後で念入りに機械を調べるよう言っておこう」

 

「次は、提督もちゃんとケッコンカッコカリを誰にするか、選んでくれるといいですね」

 

「ああ。 あの方は私たち艦娘を大事に想い、何かあったときは心から心配してくれる。 だからこそ、私たちは提督と本当の夫婦として結ばれることを望んでいるんだ。 私を含めて、な……」

 

「提督と結婚したら、共に暮らして、いずれは子供を作るために夜戦も……/// ふふっ♪ 加賀さんではありませんが、さすがに気分が高揚します」

 

「何を言っている赤城。 提督と結婚するのは私であって、お前ではない。 ビッグセブンとして、そこだけは譲れんぞ」

 

「あら、そういうことでしたら負けませんよ。 一航戦として、提督の妻の座は渡しません!」

 

 

お互いに決意表明をしながら、二人は廊下を歩き食堂へと向かっていく。 ただ、その時の二人の眼は、暗くドス黒い色を浮かべていた。

 

 

 



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応えることが報いることとは限らない

どうも、ようやくこちらも話が出来たので投稿しました。
いつも話が在り来たりになってきてるので、なるべくひねりを入れようと試行錯誤しています。
新しい発想を取り入れるのって大変だけど、やっぱりこれがなきゃ見てる人も書いてる自分もつまらないので、なるべくいろんなアイデアを入れてみたいですね。





 

 

 

ここはとある工事現場。 作業場からは重機や大型のトラックや作業員たちが走り回り、騒がしい音を周囲に響かせている。

そこでほかの作業員たちに交じって働く20代半ばの男性。 彼もまた、額に汗を流しながら献身的に働いていた。

 

 

「よーし、今日の作業はここまで! 皆、お疲れー!」

 

 

作業場を仕切る親方の声に皆は作業の手を止め、休息をとったり帰り支度を整え始める。 男性もまた、帰るために一旦プレハブの休憩所に戻ろうとしたところ、

 

 

「それと… おいっ、お前っ!」

 

 

親方に呼び止められ、男性はそちらを振り返ると、親方は男性に小声で言った。

 

 

「また、例のお客さんみたいだぞ。 今日はまた違う子みたいだが…」

 

「……またか」

 

 

親方の言葉に男性は忌々し気に呟きながら、睨むように作業場の出入り口に目を向ける。

そこには、一人の艦娘が申し訳なさそうな顔でじっと其処に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男性はある鎮守府の提督だった。

大本営からの依頼でやってきたのは、鎮守府の入り口から自分をえらく敵視する艦娘たちの姿。 事前に大本営から聞かされていたからわかっていたのだが、ここは元ブラック鎮守府で、前の提督が彼女たちを奴隷のように扱っていたせいで、皆は提督に限らず人間そのものに対し猛烈な敵意を抱くようになっていた。

それでも、男性は皆の視線に臆することなく鎮守府の門をくぐっていった。 彼女たちも根は悪い子ではないし、真摯に向き合えば分かり合える。

その信念を胸に、彼はここに提督として着任したのであった。

 

予想はしてたものの、彼は艦娘たちから散々ひどい目に遭わされた。

挨拶をすれば、無視するか避けられるか、もしくは話しかけるなと突っぱねられる始末。

食堂に顔を出せば舌打ちや飯がまずくなるなどの陰口。 食堂を管理している艦娘、鳳翔からも、

 

 

「…あの、すみません。 ここは部外者立ち入り禁止なのですが………ああ、貴方提督でしたか」

 

 

などと、食事はおろか関係者としてすら見られなかった。

作戦についても支持に耳を貸すものは一人もいない。 現場の独断で勝手に進撃し、帰ってくる返事は「偉そうに命令するな」や「お前の指示に従ったら沈むのがオチだ」など、つっけんどんなものしかなかった。

直接的な暴力は日常茶飯事で、すれ違いざまにどつかれたり挨拶代わりに殴る蹴るなど、彼の体には生傷が絶えなかった。

 

 

「…今日も、皆からきつく当たられてしまったな。 いや、こんなことでめげてては提督は務まらない。 明日も、皆に分かってもらえるよう頑張ろう!」

 

 

このような悲惨な目に遭ってなお、彼は艦娘たちと信頼を築こうと必死に耐え続けた。

彼は、ここへ来てから毎日のように習慣になっていることがあった。

それは、寝る前にその日の出来事を日記に書き記すことだった。

初めは、皆の態度や自分の対応になにか改善するきっかけはないかを調べるためのものだったが、いつしか毎日日記を書くことが彼の中では習慣になっていった。

その日の出来事……といっても、ほとんどは艦娘たちが提督にどのような仕打ちをしたかが内容の大半を占めていたが、それでも提督は日記の最後に『きっとみんなも分かってくれるはず。 めげずに頑張ろう』と自分を励ましながら、床についていた。

だが、提督の思いとは裏腹に、艦娘たちはどれだけ痛めつけても出ていこうとしない提督に対し、より敵意を募らせていき、その都度嫌がらせや暴力は悪化していった。

最初こそ忍耐強く耐えていた提督だったが、人間である以上限界はある。 絶え間ない仕打ちに徐々に心は折れかけ、日記にも『…やはり、人と艦娘とじゃ分かり合えないのだろうか?』という疑念を抱くようになっていた。

そんな日々を過ごす彼に転機が訪れたのは、彼が着任してもうすぐ二年が経つころだった。

 

 

朝、執務室にやってきた提督は、机に置かれた一枚の手紙に気づく。 読むと、着任記念のお祝いを行うので、今夜工廠の方へ来てほしいとの旨が書かれていた。

それを見た提督は、歓喜に震えた。 ようやく自分の気持ちが伝わった、ようやく皆も分かってくれたんだ!

提督は鎮守府を抜け出し、有名なバイキングの食べ放題のチケットや高級な酒など、艦娘たちの好みに合わせたプレゼントを調達し、感謝の気持ちを込めた手紙を書き綴った。 お祝いの後、皆の前で読み上げるつもりだった。

そうしてみんなへの準備をしているうちに指定した時刻は近づき、提督は手紙を手に工廠へ入ってきた。 そして、彼を出迎えてくれたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははっ! 見て、本当に来たよ!」

 

 

 

「やりー! 作戦大成功だー!!」

 

 

 

「あんな手紙にあっさりつられるなんて、あいつ本当に間抜けだなー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督を馬鹿にし、あざ笑う艦娘たちの声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お祝いなんてうっそー! 最初っから、司令官をだますためのドッキリだったんだ。 ほら見て、皆も司令官のこと笑ってるよ♪」

 

 

一人の艦娘に指をさされ、横を見ると、そこにはほかの艦娘たちも同じように腹を抱えながら彼を笑っていた。

しばらく呆然としていた提督だったが、皆が自分を騙し笑いモノにしていたことに気づくと、手元の手紙を握りつぶし、逃げるようにその場を去っていった。

息を切らせながら執務室に戻った提督は、震える手でペンをとり、日記に艦娘たちへの恨み辛みを感情の赴くままに書き殴った。

そうだ、最後の最後で分かってもらえたなんて、所詮は自分の都合のいい解釈でしかなかった。 自分を忌み嫌う連中に分かってもらえるなんて、最初からできやしなかったんだ。

怒りに顔をゆがめながら、提督は今日の出来事を恨みとともに書き綴り、最後にこんな皮肉を書いていった。

 

 

『所詮は皆を信じようとした俺が馬鹿だったんだ。 皆、ありがとう! 俺を馬鹿な男だと気づかせてくれて』

 

 

その後、提督は逃げるように鎮守府を去ってゆき、軍をやめた。

海軍を抜け、一般人になった男は新しい仕事に就き、新しい職場の人たちと毎日を過ごしていった。

仕事は過酷な肉体労働だが、軍人であったと同時に艦娘たちから辛いしごきを受けてきた彼からすれば、この程度のことは苦にならなかった。

それに、職場の同僚や親方は自分に対し気さくに接してくれ、その優しさに彼の心は少しずつ癒されていった。

そうして仕事にも職場にも慣れていき、ようやく彼にとって平穏な日々が訪れようとしていた時、彼女は現れた。

 

 

ある日、仕事が片付き休憩に入ろうとしていた頃、作業場の入り口がにぎわい、人だかりができている。

何だろう? と彼が首をかしげていると、同僚の一人が自分に来るよう手招きしてきた。

 

 

「おい、ちょっと来てくれ! お前にお客さんが来てるぞ」

 

「俺に…? 一体誰なん…だ……?」

 

 

男は同僚に尋ねようとしたが、その必要はなくなった。

作業場の入り口にいたのは一人の少女。 それもただの少女じゃない。

そこにいたのは、数か月前に自分を鎮守府から追い出した元凶の一人、航空母艦の艦娘である瑞鶴だった。

 

 

「なあ、あの子って海軍に所属してるっていう艦娘だろ? あの子、お前に会いたいって言ってきたんだが、何か知ってるのか?」

 

 

同僚の質問に、彼は答えず唇を嚙み締めた。

職場の人たちには、自分が元提督だということは伝えていなかった。 あの時の出来事を思い出すのが怖かったからだ。

それに、自分がここで働いていることは、鎮守府にはおろか軍にすら伝えていない。

なのに、いったいどうやって彼女はここを突き止めたんだ…!?

冷や汗を流しながら、皆に促されるままに彼は瑞鶴と対面した。

 

 

「…あっ! て…提督さん……」

 

「………」

 

 

こんなところまでやってきて、いったい俺に何の用なんだ!!

そう叫びたい気持ちを必死に抑えていると、瑞鶴は彼に向って、

 

 

 

 

 

「提督さん… 本当にごめんなさいっ!!」

 

 

深く、頭を下げてきた。

開口一番、自分に謝罪する姿に驚きを隠せずにいると、瑞鶴は彼が去った後の出来事を話してくれた。

 

 

 

 

 

ドッキリを仕掛けた次の日、彼女たちはいつまで経っても姿を見せない提督に疑問を感じ、執務室にやってきた。

そして、誰もいない執務室に置かれたたくさんのプレゼントと、執務机に広げられた一冊の日記を読んで、彼女たちは提督がどれだけ自分たちと真摯に向き合おうとしているのかを知った。

同時に後悔もした。 自分たちが提督の気持ちなど露知らずに、どれだけひどい仕打ちをしてきたかを……

艦娘たちは皆で集まり話し合い、提督に今までのことについて謝ろうと決心した。

そのうえで、再び提督してこの鎮守府に来てもらい、これからは心を入れ替え今までの償いをしようと……

しかし、軍にも消息を伝えていなかった提督を探すのは、並大抵の苦労ではなかった。

それでも、彼女たちは諦めることなく提督の消息を追い続け、ようやくここで働いていることを突き止めたのだ。

 

 

 

 

 

「提督さん、今までひどいことしてきてほんとごめんね…! それで、これからは皆で提督さんにお詫びをしていこうって決めたの。 だから、お願い…! また、私たちの鎮守府に戻って……」

 

 

必死に頭を下げながら、瑞鶴は頼み込む。 だが、その頼みを言い終えるまえに、提督は口をはさんだ。

 

 

「……アンタ誰だ? 悪いが俺は仕事で疲れてる、帰ってくれ」

 

「えっ、あっ…! 提督さんっ!?」

 

「俺はお前なんか知らない、人違いだ! 分かったら早く帰りな」

 

 

提督は瑞鶴に対し、赤の他人のように知らぬ存ぜぬを決め込みそのまま仕事場へと戻っていく。

瑞鶴は涙を流しながら必死に彼を呼び止めようと声をかけたが、彼が瑞鶴の方へ振り返ることはなかった。

しかし、それからも艦娘たちは毎日彼の仕事場にやってきては、今までの仕打ちを詫び、鎮守府に戻ってほしいと懇願してきた。

そのたびに、男も頑なに人違いだと断り続け、彼女たちの申し出を突っぱねてきた。

時に疲れた提督の為にと差し入れを持ってくる子もいたが、彼は受け取ってはすぐに同僚たちに配り、自分が差し入れを口にすることは一度もなかった。

そう言ったことが毎日続いたせいで、彼が元提督だということは同僚たちも内心察してゆき、少しずつ知れ渡っていったのであった。

そして、今に至る…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日も、彼はやってきた艦娘の頼みを断り、追い返す。 その後、帰り支度をしようとしたとき、彼に声をかける者がいた。

 

 

「…なあ、ちょっといいか?」

 

 

そこにいたのは、いつも一緒に仕事をしている同僚で、どうやら何度も断り続ける彼を見かねて声をかけてきたらしい。

 

 

「お前さ、いつもあの子たちにつっけんどんな態度をとっているけど、何かあったのか?」

 

「何でもない。 提督だか何だか知らないが、向こうが俺を探し人と間違えてるだけだ」

 

「だからといって、いくらなんでもあれは異常だろ…! あの子たち、毎日ここにきてる。 お前が休みの日にもここに顔を見せに来てるんだぞ」

 

「親方だけじゃなく、他の連中もおかしく思ってるんだ。 それで何もないって言われても、信じられないぞ。 それでもまだ、何もないって言い張るのか?」

 

「……わかったよ。 その代わり、誰にも言うな」

 

 

渋い表情でそう前置きすると、彼は同僚にここへ来る前の出来事を打ち明けたのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど… そりゃ、確かに関わりたくないわけだ」

 

 

ベンチに腰を掛け、空を仰ぎながら同僚はつぶやいた。 青く澄み切った空には、点々と細長い雲がゆっくりと動いている。 隣に座る男は、うつむいたまま無言で拳を握り締めていた。

 

 

「事情は分かったよ。 だけど、お前もそれでいいのか?」

 

「………」

 

「あの子たちがやったことは確かに許せないかもしれない。 でもな、許せないなら許せないなりにどうしてほしいか、彼女たちにその旨を伝えるべきだろう? このまま逃げてても、何も変わらないぞ」

 

「………」

 

「…まあ、俺みたいな部外者がとやかく言うのもあれだが、一応それだけは言っておくよ。 じゃあ、また明日」

 

 

同僚はベンチから腰を上げると、自分の荷物を背負いその場を後にしていった。

何も言わずじっと座っていた彼だったが、その目は何か決意を秘めたように凛としている。 そして、短いため息をはくと立ち上がり、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の鎮守府。 時刻は8時を回り、あたりはすっかり薄暗い。 夕食を終えた艦娘たちはほとんどが寮に戻り、食堂に残っていた子たちも寮へ戻ろうと中庭に出たとき、ひとりの来訪者がやってきたのを目にする。

 

 

「あっ… あれって…!」

 

「間違いない… 提督よ、提督が戻ってきたわ!」

 

 

ようやく鎮守府に戻ってきた男を見て、艦娘たちは大いに喜びに沸いた。 中庭にいた子たちはそのまま彼を迎い入れ、他のものは寮に戻った艦娘たちにこのことを知らせに行った。

中庭にはあっという間に、ここに所属する艦娘全員が集まり、代表として長門が彼の前にやってきて、深く頭を下げた。

 

 

「提督、今まであなたに惨い仕打ちをしてきたこと、本当に申し訳ありませんでした。 貴方をあのような目に遭わせた私たちを許してほしいとは言いません。 …ただ、これからはここで、私たちからあなたに償う機会を与えてください……」

 

 

長門に続き、他の艦娘たちも彼に向って深く謝罪をしてきた。

そんな彼女たちを見て、彼は口を開く。

 

 

「皆… 俺も、その言葉を聞いて、皆の気持ちは分かったよ。 そのうえで、俺からも伝えたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はもうお前たちに二度と会うつもりはない。 それを伝えるために、俺はここに来たんだ」

 

 

信じられないと言わんばかりに、艦娘たちに巻き起こるどよめき。 そのまま、彼は話をつづける。

 

 

「俺はあの日、逃げるようにここを去っていった。 あれ以来、俺の中の何かが俺に語り掛けてくるんだ。 『あいつらを許すなっ!!』 と…」

 

「俺も、お前らを恨みながら生きていくなんてマネはしたくないが、その怒りがある限りそれはできそうにない。 そして、お前たちも俺がいる限り、俺に向かって悔い謝る日々を送ることになる。 俺も、そんなことは望んじゃいなんだ」

 

「だから、俺はお前たちの前から姿を消し、二度と会わないようにする。 これが一番いいと思ったからだ。 俺にとっても、お前たちにとっても、な……」

 

 

伝えたいことを伝え終えた彼はそのまま鎮守府を去ろうとしたが、艦娘たちは泣きながら必死に取り押さえようとした。

 

 

「そんなこと言わないで! また戻ってきてよ!」

 

「提督、頼むから戻ってきてくれ! 私たちは、どうしてもあなたに償わなければいけないんだ…!」

 

「お願いだから、行かないで提督さん! もう意地悪しないから…! ちゃんと良い子にするから…!」

 

 

皆は涙を流し、戻ってほしいと訴えかけたが、彼も自分の中の怒りを表に出さないよう皆を振りほどきながら、その場を走って出ていった。

鎮守府の門を出た後も、後ろから自分を呼ぶ声がやまなかったが、彼は後ろを振り向かずそのまま走り去っていったのであった。

 

 

 

 

 

次の日の朝。 男はいつものように身支度を整え、仕事へ向かう準備をしていると、突然家の電話が鳴りだした。

こんな朝からいったい誰が…? 疑問を抱きながらも電話に出ると、電話をかけてきたのは同僚だったのだが、開口一番、同僚はまくし立てるように叫んできた。

 

 

「おいっ、大変だぞ!! 今朝、お前の元にいたっていう艦娘達が、お前の居場所を話せってすごい形相でやってきたんだ! 今すぐそこから逃げろ。 連中、明らかに様子がやばかったぞ!!」

 

 

同僚からの話を聞いた瞬間、男は思った。

昨日、自分が鎮守府を出ようとしたときも彼女たちは必死に引き留めようとしていた。

まさか、自分のことが諦めきれずにそこまでやったんじゃないかと…!?

身の危険を感じた男は急いでここから離れる準備を行う。

貴重品や着替えなど必要最低限の荷物をまとめ、すぐに自宅のアパートを飛び出していった。

彼がアパートを出て少し離れた後、背後から激しくアパートの扉をノックする音と、女性の声が聞こえてきた。

 

 

「提督、お迎えに上がりました。 どうぞ、ここを開けてください」

 

 

背中越しに聞こえたその声は、紛れもなく昨日自分を引き留めようとした艦娘の声だった。

彼は後ろを振り返ることなく、そのまま町中へと駆け出していくのだった。

 

 

 

 

それ以来、元提督の男は各地を転々としていった。 なぜなら、自分の逃げてきた場所に必ず彼女たちも姿を現すからだ。 隠れても、場所を変えても彼女たちは自分を探し求め、追ってくる。 そのせいで、彼は夜も気が休まる暇はなかった。

 

 

「…はっ!? ゆ、夢か……」

 

「クソッ…! 頼むからもう放っておいてくれ… 俺は、もうお前たちと関わりたくないんだよ…!!」

 

 

艦娘たちに追いつめられるという悪夢に目を覚まし、男は悪態をつく。

そして、今日も彼は自分を探して追ってきた艦娘たちから逃げ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の執務室。 そこでは提督代理を務める長門が、追跡中の艦娘から今日も見つからなかったとの報告を受けた。

 

 

「…そうか、今日もダメだったか」

 

 

長門が通信を切ると、一緒にいた駆逐艦たちが心配そうに長門に尋ねてきた。

 

 

「ねえ、長門さん… やっぱり、司令官は帰ってきてくれないのかな?」

 

「これだけ探しても提督が戻ってきてくれないじゃ、やっぱり提督は私たちのこと嫌いになったんですか…?」

 

 

今にも泣きそうな表情を見せる駆逐艦娘たち。 そんな彼女達に、長門は優しく諭す。

 

 

「そんなことはないさ。 今はまだ、提督も私たちに会う心の準備ができてないだけなんだ」

 

「提督は本当は優しい人だってお前たちも知っているだろ? 大丈夫、明日にはきっと、提督も私たちに会いに来てくれるさ」

 

 

そう言って、次こそは彼を鎮守府に迎えようと励ましあう艦娘たち。

皮肉にも、その姿は艦娘たちと分かり合えると思っていた、あの頃の元提督の男と瓜二つであった。

 

 

 



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ケッコンモンダイカッコガチ

こっちもようやく出来たので投稿しました。
最近はまた寒くなったりで過ごしにくいですね。 自分も次はどんなネタを出すか四苦八苦しながら過ごしてます。
最近ゲームもやってないし、どこかでまた音ゲーとかやろうかな…?





 

 

ここはとある鎮守府。 ここの最高責任者である人物、提督は頭を抱え一人うなっていた。

 

 

「どうやれば彼女たちに諦めてもらえるか。 それが問題だ……」

 

 

彼の目の前には数人の艦娘たちのプロフィール写真が机の上に広げられ、机の端には黒い小箱とその中身に関する内容が書かれた書類が置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケッコンカッコカリ

 

 

大本営から任務の一環として託されたもので、指輪の形をした増幅装置を身に着けることにより艦娘の能力を底上げし、さらなる戦力強化を目的としたものだ。

しかし、この指輪は能力を上げる分、艦娘自身にも相応の負担をかけるため、最大練度……すなわち限界まで能力を引き出した艦娘しか使用できないよう決められている。

最大練度という条件は厳しく、このケッコンカッコカリを受けられる艦娘はそう多くはないが、それでもこれを受けたいという艦娘は大勢いた。

それは能力強化もあるが、真似事でも想い人から指輪を渡され結ばれるという、女としての幸せを享受できるという理由のほうが大きかったからだ。

現にこのケッコンカッコカリを行った提督と艦娘が、のちに本当の夫婦になったという話は少なくなく、いつしかケッコンカッコカリは艦娘たちにとって憧れとなっていたのであった。

そして、この鎮守府でも艦娘たちは提督が誰をケッコンカッコカリの相手に選ぶのかという話が上がっているが、提督はそのことで頭を抱えていた。

何故なら、彼には提督になる前……一般人だったころから、将来結婚を誓った女性がいたからだ。 彼が提督になったのも、あくまで彼女が暮らすこの国を守るという目的の為に軍人になったわけで、艦娘たちのことは大事な部下と思っていても、それ以上の関係を持つつもりはなかった。

しかし、そんな自分の思いとは裏腹に、彼女たちは提督である自分を一人の異性として想いを寄せており、断ろうにもいつケッコンしてくれるのかという彼女たちの嬉々とした顔を見ると、とても諦めてくれそうになかったのだ。

 

 

「そもそも、皆は俺以外の男と面識がないから俺がいいと思ってしまうんだよな… 実際は、俺より顔も性格もいい人ならいくらでもいるっていうのに…」

 

 

彼の言う通り、鎮守府に所属する艦娘たちにとっては提督以外の異性と出会う機会はない。 ゆえに、おのずと異性として提督と艦娘との親交は深まっていく。 それが、優しく接して行かれれば尚更だった。

提督は顎に手を置き、ブツブツ言いながら部屋をぐるぐると回っている。 何かいい案は思いつかないかと考えていた時、

 

 

「…そうだ! ほかの異性との面識がないなら、会わせてやればいいんだ。 よし、そうと決まれば…!」

 

 

妙案を思いついたらしい提督は、嬉々とした様子で電話をとると、どこかへ連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 提督は執務室にケッコン候補の艦娘たちを集めた。

今は別段新しい任務や海域攻略があるわけでもないのに、主力級のメンバーが集められたことに、彼女たちはもしかしたら自分がケッコンの相手に選ばれるんじゃないかとにぎわっていた。

でも、同時にそれならなぜケッコンを決めた相手を呼ばないのかという疑問も上がる中、提督は執務室へとやってきた。

 

 

「おはよう、皆。 今日はわざわざ集まっていただき、ありがとう」

 

「とんでもないっ! 提督のためでしたら、榛名は何時呼ばれても大丈夫です♪」

 

「ところで提督さん。 私たちを呼んだってことは、もしかしてようやく誰とケッコンするか決めたの?」

 

 

ケッコンを強く望むが故、思わず浮かれてしまう榛名と瑞鶴。 そこへ、ぴしゃりと言い放つものが一人。

 

 

 

 

 

「それを今から提督が話すんでしょ? いいから黙って聞きなさい。 五航戦の子っていうのはおとなしく話を聞くこともできないの?」

 

 

よく瑞鶴と口論を繰り広げる一航戦の艦娘、加賀の言葉に瑞鶴はジト目になりながらも両手を横に広げる。

 

 

「…へーん、そんなこと言っていいの? あたし知ってるよ、どこぞの一航戦の先輩が『提督とのケッコンも夜戦も、いつ来られてもいいようにしとかないと…』って言いながら、明石さんの店で結婚情報誌や勝負下着を買ってるって」

 

「えっ、そうだったんですか加賀さんっ!?」

 

「頭にきました……!」

 

 

瑞鶴の言葉に素で驚く赤城に、加賀は顔を真っ赤にしながら艤装を展開しそうになるのを、周りの艦娘たちが必死に引き止めていた。

 

 

「あーもういい加減にしろお前ら! あと瑞鶴、言っておくが今回言いたいのはケッコンカッコカリについてじゃないからな!」

 

 

このままじゃ埒が明かないと提督は声を上げる。 彼の鶴の一声に周りは少し残念そうにしながらも大人しくなり、彼は理由を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は、今回皆を呼んだのは臨時秘書艦を務めてほしいからだ」

 

「臨時秘書艦? どういうことですか、提督?」

 

 

提督の言った内容に、首を傾げ尋ねる高雄。

それを聞いて、彼も話を続ける。

 

 

「ああ。 まず、今この鎮守府は資材の備蓄も十分あるし、練度も高い。 それは分かるね?」

 

「だけど、他の鎮守府ではそうではない場所もたくさんある。 特に、新米の提督が入ったばかりの所とか、まさにそれだ。 そこで、皆にはその鎮守府が安定して運営できるまで臨時の秘書艦を務めてほしいんだ。 入ったばかりの新米提督の指導もかねて、ね」

 

 

そう言って提督が説明を終えた後、何か質問はないかと尋ねたとき、不安げな表情を浮かべた翔鶴が挙手をした。

 

 

「あの… 他所の鎮守府に移るということは、しばらく提督に会えなくなるということですか?」

 

「ああ、そういうことだ」

 

 

その言葉にほかの艦娘たちもどよめいた。 「そんな…!」とか「私、やだ…!」など、不安を募らせる声が聞こえてきたが、提督は毅然とした態度を崩さずに執務室に声を張り上げた。

 

 

「皆が不安になるのはわかるし、俺も皆にそこまで慕ってもらえたことをうれしく思っている。 だが、忘れないでほしい! 皆は、この鎮守府でも最高練度まで到達した精鋭であり、俺にとって大事な部下である! どこへ行こうとも、その事実は変わらない。 だから、皆もそのことを忘れずに、どうか今回の任務を全うしてほしい。 そして、それが終わったときは、堂々と胸を張ってここへ戻ってきてくれ。 話は以上だ」

 

 

提督からの鼓舞に、艦娘たちも不安げな顔を浮かべることをやめ、凛とした顔つきと敬礼で彼の気持ちに応えた。

話が終わり、艦娘たちは執務室を去っていく。 そして、残された提督は……

 

 

 

 

 

「ふう…… 咄嗟とはいえ、我ながらうまく言いくるめたものだ。 あとは、彼女たちが向こうで新しい提督と親しくなってくれるのを祈るばかりだ」

 

 

と、一人安堵の息を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が考えたのは、自分とのケッコンを希望している艦娘たちを他所の鎮守府へ向かわせ、そこの提督と親交を深めることで自分への想いをなくしてもらおうというものだった。

彼女たちも、他の異性と面識を持てば自分への関心も薄れるはず。 そう考え、彼は自分が信頼できる者が担当する鎮守府へ彼女たちを向かわせることにした。

それから、ケッコン候補の艦娘たちはそれぞれ別の鎮守府へ異動となった。

異動先は彼の後輩にあたる提督が管理する鎮守府だが、彼が話していた通り、まだ新米で提督としての経験が浅かったので、彼の鎮守府の艦娘たちが秘書艦として指導しつつ艦隊運営を行っていった。

初めは彼も皆がうまくやれるかという不安があったが、他所の鎮守府からは彼女たちのおかげで助かっているという話を聞き、提督も胸をなでおろしたのであった。

 

 

彼女たちが異動になってから半年が過ぎたころ、彼は自分の後輩の一人と連絡を取っていた。

なんでも、自分の部下である加賀が新しい海域攻略に大きく貢献してくれたとの報告があり、彼もその話に顔をほころばせていた。

 

 

『それで、加賀さんの援護のおかげで皆も小破することなく主力艦隊を落とせたんですよ! 執務だけでなく、部下の訓練の指導もこなしてくれるし、本当に彼女には頭が上がりません』

 

「当然だ、何てったって彼女は我が鎮守府のエースの一角なんだからな」

 

『おっと、そろそろ仕事に戻らないとまずいな。 じゃあ先輩、俺はこれで失礼します』

 

 

後輩提督が通信を切ると、補給を終えた加賀が執務室へと戻ってきた。

先ほど出撃から戻ってきたばかりだというのに、いつものように涼しい顔を見せる彼女に彼はねぎらいの言葉をかけた。

 

 

「お疲れ様、加賀さん。 今回もありがとう、いつも出撃してくれて助かるよ」

 

「これくらい、どうということはありません。 むしろ、貴方の艦隊の子たちはもっと鍛錬を積んだ方がいいわ。 今の実力じゃ、より遠方の海域では通用しないから」

 

 

表情を変えないまま淡白に言い放つ加賀。 そんな彼女に、後輩提督は苦笑いを浮かべた。

 

 

「相変わらず加賀さんは厳しいな… ここへ来てもう半年になるし、少しはここに馴染んでもいいんじゃないかな?」

 

「貴方、何か勘違いをしていませんか? 私はあくまで臨時秘書艦として一時的にここへ来ただけです。 貴方はこの鎮守府の提督だけど、私は本来あの人の部下であって、貴方の部下ではありません」

 

「まあ、そういわれると反論できないね。 でも、艦隊はチームで動く以上、仲間内で息を合わせることも大事だし、あまりそういった態度をとるのは感心しないな」

 

「…それも、そうですね。 すみません、少し言いすぎました」

 

 

さすがに言葉が過ぎたと思ったのか、加賀は素直に頭を下げる。

その姿を、後輩提督も頬をかきながら見つめる。

 

 

「…本当に、加賀さんは先輩のことが大事なんだな。 あれだけ必死に頑張る姿を見せられれば、俺にもよくわかるよ」

 

「…はい。 本音を言うと、私も任務を一刻も早く終えて、またあそこへ戻りたいのです。 提督が待っているあの鎮守府へ帰り、彼とケッコンするために…!」

 

 

加賀はここへ来た日から、てきぱきと作業をこなしてきた。 秘書艦として、新米提督に執務のこなし方や効率的な艦隊運営の手ほどき。

さらに、出撃に関してもほかの艦娘たちが率先して戦えるよう支援し、訓練にかけては厳しいながらも無茶をさせすぎないよう采配を振るいながら指導していた。 全ては、自分の最愛の人である彼のもとへ帰るためだった。

任務を終えて自分を出迎えてくれる提督の姿を想像して、加賀は少し頬を染める。

しかし、そんな彼女の様子に気づかず、彼は加賀に言ってきた。

 

 

 

 

 

「…あれ? ケッコンって……先輩、確かケッコンはしないはずだよ。 だって、先輩には将来を誓った相手がいるんだから」

 

 

その言葉を耳にしたとたん、加賀は目を見開き新米提督の方を向く。

そのことに気づかないまま、彼は話を続ける。

 

 

「なんでも子供のころからの知り合いで、軍に来る前まで一緒だったんだって。 それで、自分の夢だった提督になったときは結婚しようって約束をしてて……」

 

 

もはや、彼の話は加賀の耳には届いていなかった。 着任してからずっと一緒だった人に… 想いを寄せていた人に恋人がいた…? 拳を震わせながら、彼女は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なさい」

 

「えっ…?」

 

 

気の抜けた返事をする新米提督に加賀は詰め寄り、鋭い眼光で彼を睨み付けながら、加賀は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その話、詳しく聞かせなさいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ここは別の新米提督が務める鎮守府。 昼過ぎの執務室では、臨時秘書艦を務める翔鶴が一枚一枚書類のチェックを行っていた。

 

 

「はい、大丈夫です。 問題ありませんよ」

 

「うん、ありがとう。 ほんと、翔鶴さんが来てくれたおかげでこっちも大分作業をこなせるようになったよ」

 

 

新米提督は照れくさそうに書類を受け取り、翔鶴は書類を渡した彼へと首を振った。

 

 

「いいえ、これも貴方が毎日頑張ってきたからです。 そんなに畏まらず、もっと堂々と胸を張ってください」

 

「あはは… 翔鶴さんにはかなわないな。 そんなふうに言われたら、僕もなんて返せばいいのやら」

 

「私も着任したばかりのころは、提督にそう言って励ましてもらいました。 だから、貴方にもこの言葉で自信を持ってもらえるといいな、と思ってます」

 

 

にこやかに微笑みながら話す翔鶴に対し、新米提督の方はどこか影を帯びた表情で翔鶴を見た。

 

 

 

 

 

「…やっぱり、僕のこと提督とは呼べないんだね」

 

「…すみません。 貴方には申し訳ないのですが、やっぱり私にとっての提督はあの人以外考えられないのです」

 

 

翔鶴は、ここへ来た日から一度も彼のことを提督と呼んだことがなかった。

仕事は有能だし、おおらかな態度で他の艦娘たちとも打ち解けていたが、唯一それだけはできなかった。

本来の提督である彼には、着任した時から優しく接してもらい、一緒になるたび彼女はその思いを徐々に募らせていった。

半年以上も彼女はここで過ごしていたが、今でも翔鶴は自分のいた鎮守府の提督のことを思い浮かべる。 部下としてではなく、一人の女として想いを寄せる人の姿を……

できることならここを抜け出して、今すぐにでも彼の元へ行きたかった。

でもそれは、任務を果たしてくれと言った彼の期待を裏切る行為だ。

だからこそ、彼女は本心を必死に押し殺し、こうして献身的に任務に勤めていた。

そんな彼女を見やってか、新米提督は少し休憩しようと持ち掛け、お茶を用意してくると言って部屋を出た。 扉を閉じると、彼は短いため息を吐いて扉に寄り掛かった。

 

 

「…何ともひどい話だよな。 幼いころからの付き合いとはいえ、あんな気立てのいい子が想いを寄せる人に、もう婚約者がいるなんて」

 

 

その時、懐にしまってある携帯が鳴り、彼は電話に出ると、相手は例の先輩からだった。

 

 

「あっ、先輩。 …ええ、彼女は本当によくやってくれてますよ。 できることなら、このまま残ってもらいたいくらいです」

 

「それで、先輩は何の用で…? ……えっ、式の日取りが決まったんですか!? おめでとうございます!!」

 

 

どうやら挙式の日程が決まったらしく、彼も電話に夢中になっている。

だからこそ気づかなかった。 何か手伝えることはないかと、翔鶴が扉を開き顔をのぞかせたことに……

 

 

「…わかりました。 彼女には僕からどうにか説明しておきます。 それじゃ」

 

 

電話を終えた新米提督は、携帯をしまうと、

 

 

「ふう…」

 

 

と短いため息をついた。

 

 

「さて、先輩の方はめでたいが、こっちはどうにか彼女にこのことを話さなくちゃだ… ひとまず、お茶を飲んで落ち着いてもらおう」

 

 

そして、お茶とお茶菓子を用意した彼は扉を開き執務室に戻った。

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

 

目の前の光景に彼は茫然とした。

大きく開かれた窓に、そこから流れる風に揺れるカーテン。

 

 

そして、先ほどまでここにいたはずの翔鶴の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の鎮守府の執務室。 いよいよ結婚を来月に控えた提督は、荷物をまとめると見慣れた室内を見渡しながら、物思いにふけった。

 

 

「…これで、あと数日でこことはお別れだ。 こうしてここからいなくなると思うと、物悲しく感じるな」

 

「それにしても、皆は新しい提督とはうまくやれてるかな? あいつらも、人柄は悪くないし、どうにか気に入ってくれるといいんだが…」

 

「…いかんな。 こんな顔であいつに会いに行ったら、それこそあいつに余計な心配をかけてしまう。 しゃんとしないと…!」

 

 

その時、突然部屋の電話が鳴り響く。

「こんな時間に一体誰だろう?」 と疑問を抱きつつ、提督は受話器を取った。

 

 

 

 

 

「もしもし? どちらさまで…」

 

『せん…ぱい…! に、逃げて…くだ…さい……!』

 

「お、お前……! どうしたんだ、何かあったのか!?」

 

『か…加賀さん…! 結婚…知って……あ、あぶ…ない……!』

 

 

そう言ったのを最後に、電話はブツリと切れてしまい、再びかけなおしても電話がつながることはなかった。

声で分かったが、電話の相手は間違いなく加賀が臨時秘書艦として向かった鎮守府の提督のものだった。 現に、さっき電話越しに加賀の名前を出していたから間違いなかった。

しかし、今の内容はいったいどういう意味なんだ?

とにかく、何が起きてるのかを知るためにも提督は部屋を出ようと扉を開けた時……

 

 

 

 

 

「か… 加賀…?」

 

 

扉を出た先には、何も言わずうつむいたままの加賀の姿があった。

本来なら他所の鎮守府にいるはずの彼女がなぜここに…?

提督は加賀に尋ねようとすると、

 

 

「……どういうことです?」

 

「えっ…?」

 

 

加賀の言葉に意味が分からず困惑していると、加賀は顔を上げ、すさまじい形相で提督の胸ぐらをつかんできた。

 

 

「すでに結婚する人がいたなんて、私は知りませんでした! 一体どういうことなんです!? 提督は、私よりその女をとるというのですか!?」

 

「お、落ち着いてくれ加賀! 一体何のことか、話についていけない…!」

 

「とぼけないでください! 異動先の提督が話してくれました。 貴方に将来を誓った婚約者がいると…!!」

 

「私は貴方と添い遂げたくて今日まで頑張ってきました! なのに、貴方は私を切り捨てるというのですか…!?」

 

「頼むから落ち着いてくれ加賀! それについてはちゃんと話して……!」

 

 

怒りをあらわにする加賀をなだめようと提督が必死に声をかけていると、

 

 

「ちゃんと話してくださるのですね。 では、ぜひお聞きしたいです。 私たちの提督を誑かした、その女について……」

 

「し、翔鶴…!?」

 

 

そこにいたのは加賀だけではなかった。

翔鶴を始め、他所の鎮守府にいたはずの艦娘たちが、全員ここへ集まってきていた。

ある者は睨むようにこちらを見つめ、ある者は表情は笑っているが目は笑っておらず、またある者は泣きはらしたからか目元に涙を拭いた跡がある。

ただ、皆共通して言えることは、そこにいた艦娘たちは全員生気のない目で提督を見つめているということだった。

 

 

 

 

 

「司令… 私たちに内緒で結婚を決めていたなんて、ひどいじゃないですか…」

 

 

 

「私も、司令官とケッコンしたくてここまで頑張ったんです。 それを他の人に盗られちゃうなんて、絶対嫌です」

 

 

 

「私たちの気持ちを知っていながらこんな計画を立てるなんて… バカめ、と言って差し上げますわ……」

 

 

 

一人、また一人とやってきては徐々に提督を取り囲んでいく。 加賀に取り押さえられ、周りを囲まれた彼に、もはや逃げ道はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある一軒家。 そこは提督の恋人が暮らしてる家で、いつものように彼女が朝の新聞を取りに来ると、ポストには新聞と一緒に手紙サイズの大きさの紙包みが入れられていた。

 

 

「…っ? 何かしら、これ?」

 

 

恋人は紙包みを手に取ると、送り先は彼が提督を務める鎮守府からで、あて先は自分に充てられていた。

中に何が入っているのか。 少しワクワクしながら紙包みを開けて中を取り出したとき、

 

 

 

 

 

「……!? な、なんなのこれはっ!?」

 

 

中に入っていたのはたくさんの写真だった。 それもただの写真じゃない。

そこに写っていたのは恋人である提督と、その提督に寄り添う艦娘たちの姿だった。

死んだ目をした提督に抱き着いたり膝枕をしたりと、まるで恋人である彼女に見せつけるかのように撮られており、中には抱き着いたり、キスした瞬間を写した写真まで入っていた。

信じられないと言わんばかりに目を見開きながら、彼女は写真を一枚一枚目を通し、一番最後に残った写真を見る。

それは提督を中心にケッコン候補の艦娘たちが彼を囲むように集合写真を撮っており、手紙が一枚同封されていた。

 

 

 

 

 

『初めまして、提督の恋人さん。

 このたび、私たちは提督と結婚を執り行いました。 私たちは皆、彼を心から愛しています。 その彼を他の誰かに奪われてしまうなんて、私たちには耐えられません。 私たちにとって、提督は全てなんです。 だから、私たちは決めました。 提督には、ここで私たち皆を愛してもらおうと。 私たち以外の女に、彼を奪わせないようにしようと…』

 

『これからは、私たちが貴方の愛した人を愛しますので、彼にとって貴方はもう必要ありません。 だから、貴方も彼のことは忘れ、新しい人を見つけてください。 では、さようなら』

 

 

 

 

 

 

手紙を読み終えた元婚約者の女性は、手に力が入らず写真をその場にばらまきへたり込んだ。

膝をついて涙を流す女性の目の前に落ちた写真。 提督を取り囲む艦娘たちの指には、銀色に輝く指輪が左手の薬指にはめられ、淡い光を放っていたのであった。

 

 

 



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嫌いな相手に好かれる事ほど恐ろしいことはない

どうも、久しぶりの投稿になります。
最近は艦これ以外にMTGの対戦動画を見たり、巷で人気のけものフレンズにハマったりと、あちこちに目移りしてしまってます。
一応、まだ小説書きたいという気持ちはあるんで、これからも自分の投稿した話を見てもらえればありがたいです。





 

 

 

ある朝の鎮守府。 執務室の椅子に腰掛ける男性、提督は誰もいない部屋で一人黙々と執務をこなしている。

ペンを走らせる音と外にいる艦娘たちの声だけしか聞こえてこない穏やかな空間に、突如別の物音が聞こえる。

それは、バタバタバタという音で、誰かがここに駆けつけてくる音だった。

そんな騒がしい音に目もくれず、提督が執務をこなしていると、突然バタンという音とともに扉が開き、中に数人の艦娘たちが押し掛けてきた。

 

 

「おはようございます、しれぇ! 今日も一日、よろしくお願いします!」

 

 

部屋中に響き渡る元気な声であいさつする艦娘、雪風。 そして雪風と一緒に来た天津風と時津風の三人に目を向けた提督は、穏やかな口調で挨拶をした。

 

 

「ああ、おはよう雪風。 天津風と時津風も一緒か、仲がいいな」

 

「うん。 本当は時津風と雪風の二人で行くつもりだったんだけどね、なんか天津風が二人だけじゃ心配だから一緒に行くってくっついてきたんだよ」

 

「そ、それはそうでしょ! さっきだって廊下を走った挙句、ノックもしないで扉を開けるんだから…!」

 

「確かにな… 雪風、元気なのはいいが、次からドアを開けるときはちゃんとノックをしてから入るんだぞ。 いいな?」

 

「はいっ! 了解です、しれぇ!」

 

 

雪風の元気な返事に提督が肩をすくめていると、隣にいた時津風がせがむように提督の袖をつかんできた。

 

 

「ねえ、しれぇ。 時津風たちね、これから朝の遠征に向かうから、またいつものあれをやってー」

 

「分かった分かった。 やってやるから、そんな裾を引っ張るなって…」

 

 

提督は時津風をなだめると、そっと彼女の頭に手を置き優しく撫でた。 時津風は気持ちよさそうに撫でられ、それに続いて雪風も自分も撫でてほしいと駆け寄り、天津風はもじもじしながら二人が撫でられるのを見ていたが、提督に呼ばれると嬉しそうに近づき、同じように撫でてもらったのであった。

 

 

「えへへ~♪ やっぱりしれぇに撫でられると落ち着くなー。 じゃあしれぇ、時津風そろそろ行くね」

 

「ありがとうございました、しれぇ! 今日も一日頑張ります!」

 

「じゃあ、私たちこれで失礼するわ。 司令官も、お仕事頑張ってね♪」

 

 

お礼を言って、三人は楽し気にその場を立ち去っていき、提督もまた手を振ってそれを見送っていた。

そして、三人がいなくなったのを確認した提督は、手を下ろすと小さくため息を吐き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのまま戻ってくるな! クソッ…!」

 

 

顔をしかめながら、悪態をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は望んで提督になったわけではなかった。

元々一般人だった彼は規律の厳しい軍隊などの仕事を嫌い、そういったものには極力かかわらないようにしようと考え、生活していた。

だが、ある日彼のいる職場に海軍が提督の適性があるものを探しにやってきた。

通常の提督なら艦隊を指揮する指揮能力が求められるが、艦娘たちの提督には指揮能力より妖精が見え、彼らと意思の疎通ができる者の方が重要とされていたからだ。

彼の職場の中で適性がある者を調べた結果、唯一彼だけが適性があることが判明し、そのまま海軍へと引き抜かれてしまったのであった。

そのうえ、彼は軍だけでなく艦娘も嫌っていた。

彼女たちは人の姿をしているが、その本質はあくまで人の形をした軍艦。 言わば人外の存在だった。

そんな艦娘たちは、彼にとって得体のしれない薄気味悪いものであり、できることなら関わりたくなどなかった。

だが、自分は今ここにいる。 偶然適性があることが分かってしまったせいで、こうしてなりたくもない軍人になり、関わりたくもない艦娘たちの提督にされてしまった。

彼からすれば、さっさと軍も提督もやめてここを去ってしまいたかったが、大本営曰く、適性があるものは数少なく希少だと言われている。

その適正者をそう簡単に手放すはずがなく、艦娘たちも提督である彼のことを慕っている。

どうも、皆は彼を無茶な作業をさせず、自分たちの分まで提督として作業を頑張ってくれている、良き上官だと思っているからだ。

もちろん、彼女たちのためとは微塵も思っていない。 彼が必死に仕事に励むのは、少しでも秘書艦である艦娘と一緒になるのを避けるためだった。

しかし、その行為が返って彼女たちの好感を上げてしまい、大本営にも仕事熱心な提督というイメージを植え付けてしまった。

このままじゃ、自分は死ぬまでここに縛り付けられてしまう。

提督が一人頭を抱えうなだれていると、扉をノックする音が聞こえ、彼は慌てて平静を装う。 少し遅れて扉が開き、秘書艦の高雄が部屋へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、提督。 こちら、今回の出撃に関する報告書になります」

 

「ああ、ありがとうな高雄。 秘書艦業務に加え、新人の指導まで行ってくれて、本当に助かるよ」

 

「いえ、とんでもない…! 私たちの為に頑張ってくれている提督のためなら、これぐらいお安い御用ですわ♪」

 

 

にこやかに笑いながら話す高雄に、提督も無難に愛想笑いを返す。

外見はモデル顔負けのグラマー美女である彼女も、彼にとっては化け物と変わらない存在。 提督からすれば、さっさと出て行ってほしかった。

そんな彼の本心を知ることなく、高雄は急にもじもじした様子で声を潜める。

 

 

「…ところで、提督はもうお決めになられたのですか?」

 

 

その質問に、提督は眉をひそめた。 何がについては聞かなかったが、その答えを言う必要はなかった。 もう知っているからだ。

 

 

 

 

 

「やっぱり、高雄も気になっているのか? 俺が誰をケッコンカッコカリの相手に選ぶのかが…」

 

「正直に言うと、少し………いいえ、すごく気になります! だって、提督は皆からとても慕われておりますから」

 

「そうかねぇ? 俺なんかとケッコンしたいなんていう物好きな奴は、まずいないと思うんだが?」

 

 

提督が肩をすくめ自嘲気味に言うが、高雄は声を荒げてそれを否定する。

 

 

「そんなことありません! 提督はとても素敵な方ですし、現に提督とのケッコンを望んでいる子は大勢いますよ! 私だって、提督に選んでいただけたらとても嬉しい………って、すす、すみません! つい、興奮して…!」

 

 

思わず本音を口走ってしまったのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる高雄。 そんな彼女に、提督もひきつった笑みで言葉を返す。

 

 

「そ、そうか… まあ、俺をそこまで慕ってくれているっていうのは素直にうれしいよ。 ありがとう、高雄」

 

「い、いえっ…! 提督からそう言っていただけた、その気持ちだけで十分です。 では、私はこれで失礼します」

 

 

両手を左右に振って、慌てた様子のまま高雄は部屋を出て行った。 ただ、さっきの提督の言葉がよほど嬉しかったのか、扉の向こうで彼女の鼻歌がかすかに聞こえていた。

だが、ご機嫌な彼女とは裏腹に、提督はますます頭を抱え込む事態となってしまった。

 

 

「くそ、冗談じゃないっ! このままじゃ、本当に俺はあんな化け物と一生を共にしなきゃいけなくなる。 それだけは真っ平ごめんなんだよ…!」

 

 

半ばパニック気味になりながら、提督は何か打開策はないかと必死に考える。

しかし、冷静さを失った頭ではいい案が思い浮かぶはずもない。 提督が頭をかきむしっていると、机に体がぶつかりその拍子に置いといた報告書を床にぶちまけてしまった。

それを見た提督は慌てて書類を拾い集めると、ふと一枚の書類に目が留まった。

それは、高雄が報告書と一緒に持ってきた任務書で、提督はその書類の内容を見た瞬間、

 

 

 

 

 

「これだっ!!」

 

 

と叫びながら、目を輝かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。 鎮守府の会議室には主力艦隊の艦娘たちが集合していた。

なんでも、提督から新たな任務についての説明があるとのことで、ここに集められていた。

少し遅れて提督がやってくると、艦娘たちは皆足並みをそろえて提督に敬礼をする。 みんな集まっているのを確認すると、提督は彼女たちの方へ顔を向け、任務の説明を始めた。

 

 

「皆、今回集まってもらってもらい、礼を言う。 実は、今回行われる任務についてなんだが、少々面倒なことがあってな……」

 

「…と、言うと…どういうことですか?」

 

「実は、大規模な深海棲艦の軍勢がこの鎮守府近海に攻め入っているとの報告があり、その敵艦隊を迎撃するのが今回の任務なんだが…」

 

 

一旦言葉を区切ると、提督は話しづらそうに口を紡ぐ。 その姿を、艦娘たちはどこか心配そうに見つめていた。

 

 

「…正直に言うと、敵の規模を見る限り、向こうもかなりの数の鬼や姫級を投入しているらしく、さすがにお前たちにとってもこの任務をこなすのは厳しいんだ。 俺としても、今回の作戦は断りたいというのが本音だ」

 

 

窓に顔を向け、ぐっと唇をかみしめる提督に、皆も大丈夫かと声をかけようとする。 しかし、次の瞬間提督は彼女たちの方へ向き直った。

 

 

「だが、この作戦を成功させなければ、この鎮守府だけでない! 近海に暮らす人々にも危害が及ぶ…! 俺も、提督としてそれだけは見過ごせないんだ。 だから、皆… どうか、不利を承知の上で、この作戦を引き受けてもらいたいんだ。 頼む…!!」

 

 

深々と頭を下げ、提督は必死に艦娘たちに頼み込んだ。

そして、それを見た彼女たちは、皆声を揃えて言った。

 

 

 

 

 

「頭を上げてください提督! 私たちは、貴方のためならどんな敵とも戦って見せます!」

 

「元より、深海棲艦から人々を守るのが私たちの役目です。 この国のため、提督のためにも、この作戦は必ず成功させて見せます!!」

 

 

艦娘たちの決意を聞いた提督は、頭を下げたまま小声で「……ありがとう」とだけ言った。

下を向いた彼の表情は、ニヤリと笑うように口角が少しだけつり上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦当日。 艤装を構え敵艦隊を待つ艦娘たちは険しい顔で水平線を見つめている。

その日の海は穏やかに凪いでおり、深海棲艦の大群が来なければこのままのんびり出かけに行きたくなるような状態だった。

だが、今回ばかりはそうはいかない。

報告が確かなら、もうすぐ連中はここへ現れるはず。

皆は構えを解くことなく、じっとこの場で待機していた。

そして、東の空から上った太陽が真上に差し掛かったころ、それは現れた。

 

 

 

 

 

「…っ! こちら、敵艦隊を補足! 情報通り、初めに戦艦棲姫を旗艦にした水上打撃部隊が進行しています」

 

 

艦載機を放ち偵察を行っていた赤城が、無線を介してほかの艦娘たちへ情報を伝達する。

噂にたがわぬ敵の数に圧倒されながらも、作戦通りまず空母が攻撃機を飛ばし、敵艦隊の数を減らしていく。

それに気づいた敵艦隊も攻撃を回避すべく散開し、戦闘は始まったのであった。

初めは敵を待ち構えていた艦娘たちが順当に敵の数を減らしていったが、向こうは数の暴力でそれを押し返していく。

敵の数を減らそうにも、こちらが攻撃をした瞬間を狙ったかのように相手も砲撃を仕掛け戦える艦娘たちの数を減らしていった。

おまけに後続に控えているのは姫級の強力な者たち。 空母棲姫の飛ばした艦載機が飛龍を中破させ、またしても一人攻め手を減らされてしまっていた。

 

 

「ま、まさかここまで敵の勢力が大きかったなんて…」

 

「…それでも、私たちは負けられない。 提督の為にも、ここは死守してみせるぞ!!」

 

 

武蔵の砲撃が空母棲姫を仕留め、どうにかこちらも持ちこたえようと体勢を立て直す。 だが、その瞬間が命取りだった。

 

 

「大変です! 敵艦隊がこちらの隙を付いて、防衛線を突破してしまいました!」

 

 

皆は驚き振り向くと、そこには艦娘たちを再配備しようとして手薄になった箇所を乗り込んでいく深海棲艦たちの姿。

この先にあるのは海辺の町々と提督がいるはずの鎮守府。 このままではまずいと皆は乗り込んできた深海棲艦たちの後を追うが、こちらが仕留めるより先に向こうは海辺へたどり着きそうになっていた。

 

 

「いけません…! このままでは連中が提督たちの元へたどり着いてしまう、早く何とかしないと…!!」

 

 

大鳳の言葉に、皆も焦りの色を隠せなくなっていた。

そんな時、突然無線から通信が入る。

聞くと、なんと通信の相手は提督からだった。

 

 

『皆、大丈夫か!? 先ほど、深海棲艦がこちらの防衛線を突破してきたと報告を受けたが…』

 

「すまない、提督…! 私たちが油断したせいで、敵がそちらへ向かって…」

 

『…心配するな。 俺もこうなる可能性は考えていたし、その時のための策もすでに実施済みだ。 とにかく、お前たちはその深海棲艦を追ってくれ』

 

 

その言葉に、報告を受けた艦娘たちは怪訝な表情を見せる。

提督の言う対策とは一体何なのか?

ともかく深海棲艦を見失うわけにはいかないと追跡を続けるうちに、彼女たちは提督が何の策を講じていたのかを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……提督?」

 

 

彼女たちの視線の先。 深海棲艦の向かう先には小型のボートに乗った提督の姿があった。

提督は深海棲艦の姿を確認すると、まるで深海棲艦をおびき寄せるかのように堂々と姿をさらし、そのまま沖の方へとボートを走らせた。

 

 

「提督、何をしている!? そんなところにいては敵に狙われるぞ!!」

 

 

長門が叫んだ通り、深海棲艦は提督の姿をとらえると、そのまま提督の乗ったボートを追って攻撃を仕掛けた。

敵の砲弾をかいくぐる中で、提督は無線を手に取り皆へ呼びかける。

 

 

『…これで、いい。 言ったろ、今回はこちらが不利な戦い。 この程度の代償で勝利を収められるのなら、安いものだ』

 

 

 

『これが、俺の考えうるだけの策だ… 皆、後は頼んだぞ…!!』

 

 

無線越しに聞こえる艦娘たちの声を尻目に、提督は無線を置き舵を手に取る。

そして、深海棲艦が放った砲撃がボートにあたり、そのまま提督はボートの破片とともに海へ吹き飛ばされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大本営が管理する軍病院。 その病院の一室では、体のいたるところに包帯を巻かれた提督の姿があった。

腕と足を固定され、提督は何も言わずに窓から外を眺めている。

そこへ、控えめなノックとともに海軍の将校が中へ入ってきた。

 

 

「今回は、君の機転で大勢の人々が助かった。 君の艦娘たちも奮戦してくれたおかげで、どうにか深海棲艦たちを迎撃することができた。 本当に、感謝しているよ」

 

 

将校はお礼の言葉とともに、深々と頭を下げる。 提督は、将校へ振り向くと穏やかな口調で言った。

 

 

「…自分は、ただ提督としての務めをこなしただけです。 それに本当に頑張っていたのは、俺じゃなく俺の部下たちです。 お礼なら、自分でなく彼女たちに言ってあげてください」

 

「ただ、この体で提督業を続けるのはさすがに無理そうです… もし自分のような男の頼みを聞いてもらえるのなら、どうか彼女たちの為に俺に代わる提督を着任させてください」

 

 

提督の言葉を聞いた将校は、「分かった…」と短い返事を返すと、改めて彼へ頭を下げ、病室を後にしていった。

提督一人になり、病室には再び静寂が訪れる。

だが、一人になったのを確認した提督は、

 

 

 

 

 

「…やった。 ようやく、ようやくここまでこぎつけた…! やったー!! これで、俺も自由の身だ―――――!!」

 

 

その静寂を破るかのように、高らかに声をあげて笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、軍を抜け出すための作戦だった。

まずは、彼女たちにこなすのは難しいこの任務をあえて受けさせ、深海棲艦を攻め込ませる。 そして、敵がこちらに攻めこんだのを見計らい、自分が囮となることで敵の攻撃を受ける。

そうして負傷することで、これ以上提督をつづけられないという口実を作り、軍を退役する。 それが計画の全貌だった。

とはいえ、さすがにこのまま攻撃を受けてしまえば死んでしまうのは百も承知。 そこで、提督は妖精たちに頼んで、敵の攻撃を受けきれる特性のプロテクターを作ってもらっていた。

おかげで、しばらく安静が必要なものの、命に別状はない程度に負傷し、体が治れば晴れて自由の身になれる。 軍や艦娘たちからおさらばできることを思えば、これぐらいのケガも、安静にしなければならないことも安いものだ。 まず、ここを出たら何をしようか? 今まで軍に束縛されてた分、自分の自由な時間を過ごそう。 そんな先のことに心を躍らせながら、提督は布団の中で横になるのであった。

 

 

 

 

 

提督が目を覚ますと、辺りは暗く、時刻はすでに深夜になっていた。

どうやら、自分は気づかぬうちに眠っていたらしい。

どうして急に目を覚ましたかはわからないが、まあそんなことはどうでもいい。 このまま起きてても仕方ないし、また眠ろうとしていた時、提督はあることに気づいた。

 

 

「…えっ?」

 

 

見ると、ギプスに固定された自分の手を誰かがそっと握っている。 ゆっくりと首を向けると、そこには自分の顔を見ながら微笑む榛名の姿があった。

 

 

「あらっ? 提督、起きられたのですね」

 

「は…榛名……? お前、なぜここに…!?」

 

「もちろん、提督が心配だから来たのです。 ほら、他の皆さんもいますよ」

 

 

提督は驚き辺りを見回すと、そこには榛名の言う通りほかの艦娘たちも穏やかな顔つきで提督を見つめていた。

 

 

「提督… 貴方はその身を挺してまで人々のため、そして私たちのために頑張ってくれた。 だから、私たちは最後まで貴方の傍にいることにしたんだ」

 

「提督、これからは私たちが日替わりでお見舞いに参ります。 もし何かあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」

 

「は…はは…… そうか、それは…ありがたい、な…… じゃあ、俺がここを退院するまで、よろしく頼む」

 

 

ひきつった笑みを浮かべながら、どうにか提督は返事を返す。 まさかここまで艦娘たちに追われる羽目になるとは思ってなかったが、それも退院するまで。

提督は必死に自分にそう言い聞かせたが、艦娘たちはきょとんとした顔になり、同時に笑い出した。

 

 

 

 

 

「全く、何を言ってるんだ? 言ったろ、私たちは最後まであなたの傍にいるって」

 

「は……?」

 

「たとえ提督が軍を抜けたとしても、私たちはこれからも貴方のお世話に参ります。 ここまでしてくれた提督のためにも、これぐらいしなくては私たちの気が済みません」

 

「お、お前ら…? 一体、何を言ってるんだ…!?」

 

「あっ、もちろん私たちは軍で働いているから、お金のことでしたら心配いりませんよ。 提督が働けなくても、私たちがちゃんと工面します♪」

 

「違う…! 俺が言いたいのはそういうことでなく…!!」

 

「提督の体が動かなかったら私たちが提督のお世話をしますし、望むものがあればご用意します。 ……ただ、ちょっと欲を言うのであれば、提督との赤ちゃんが欲しいかなーって… キャッ、言っちゃった///」

 

「だから…お前ら……! 俺の話を聞けと……!!」

 

 

周りの艦娘たちがはしゃぐのを見ながら、提督はどうにかやめさせようとするが、絶対安静のため体を動かせない。 提督はとっさに言葉でやめるよう叫ぼうとしたが、陸奥が提督の前に顔を出すと、人差し指を提督の口に当て黙らせた。

 

 

「提督… 貴方は最後まで私たちを見捨てないでくれた。 だから、私たちも最後まであなたの傍にいるわ。 貴方が何と言おうとも、ね……」

 

 

妖艶な微笑を浮かべながら、陸奥はそっと提督を諭す。

その静かな気迫に、提督は何も言えずに冷や汗を流した。

 

 

「だから、これからも私たちの傍にいてね。 お願いよ、提督……」

 

 

提督の姿が映りこむほど黒くよどんだ笑みで、陸奥はくすくすと笑う。

絶望の色を浮かべる提督を他所に、皆はこれからのことについて楽しく語り合うのであった。

 

 

 



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私は私の為に私を利用する

どうも、遅くなりましたが久しぶりの投稿です。
最近はネットでも取り上げられているけものフレンズのSSも書いてたんで、こちらを書くのが遅くなってしまいました。
他にも動画見たり、趣味のカードゲームで遊んだりと、艦これそっちのけの状態ですね…(汗 皆さんは艦これ以外で夢中になってるものってありますかね?





 

 

 

ここはある鎮守府の執務室。 時刻は午後に差し掛かり、うららかな日差しが窓から室内へと差し込んでいる。

暖かい室内で、執務机に座りながら一人うたた寝をしている提督。 そこへ、書類片手に執務室へ入ってきた艦娘は、柔和な笑みを浮かべ提督の肩をさする。

 

 

「提督、そんなところで寝ていたら風邪をひきますよ」

 

 

提督に声をかける秘書艦……高雄に呼ばれ、提督は目を覚ます。

 

 

「ん、ああ… 高雄、か。 すまない、わざわざ起こしてもらって」

 

「いえ、お気になさらず。 提督の身に何かあったら、私も心配ですからね」

 

 

高雄の言葉に提督も照れ笑いを見せ、その後二人は今日の作業をこなすべく執務を行った。

ようやく仕事が終わったときにはもう夕方になっており、提督は書類をまとめると高雄にお礼を言った。

 

 

「よし、今日の作業はこれで終わり。 今日もお疲れ様、高雄」

 

「提督こそ、お疲れさまでした。 では、私はそろそろ戻ります。 あっ、あと…」

 

 

部屋を出ようと扉に手をかけたとき、何かを思い出したのか一旦手を止める高雄。 提督にちらりと視線を向けると、

 

 

 

 

 

「……この前のケッコンカッコカリの返事。 ちゃんと聞かせてくださいね」

 

 

そう言って、面食らった様子の提督を残し、彼女は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高雄はこの鎮守府ではかなりの古参で、まだ提督が未熟で鎮守府の規模が小さいころから面識があった。

彼女がここへ来たときは、提督曰く初めての重巡とのことで歓迎されたことを覚えている。

それから、彼女は提督の為に秘書艦をこなす傍らで、出撃や資材の運用についてもよく相談に乗っていた。

ゆえに、高雄はこの艦隊の中ではとても提督との仲が深く、彼女もまた一緒にいた提督に特別な思いを抱いていった。

月日が流れ、この鎮守府も安定して運用をこなせるようになったころ、提督にも例のケッコンカッコカリの指輪と書類が届いたとのことで、艦娘たちの間では提督が誰を相手に選ぶのかで持ちきりになっていた。

当然自分を選んでほしいと希望する者も多く、高雄もまたその一人だった。

ただ、提督と一緒にいる時間が長かった分、他の艦娘たちからは有力候補として注目されていることは本人も知っていたが、彼女はそのことをひけらかすつもりはなく、提督に自分を選んでと言うつもりもない。

あくまで提督の意志で決めてほしい。 そう思いながら、彼女は提督の返事を心待ちにしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室のある中央建物を出て外に来た高雄は、そのまま自室のある艦娘寮へ戻らなかった。

通りがかったほかの艦娘たちに挨拶しながら、彼女は工廠を通り過ぎその奥にある倉庫街へとやってきた。

そこは資材置き場として利用されているが、彼女はその中の一つ。 今は古くなり使われなくなった倉庫に入ると、微笑みながら倉庫の中にいた人物に声をかけた。

 

 

「うふふ、気分はどうかしら? 今日も一日、あの人の為に勤めを終えてきたわよ」

 

 

高雄が嬉しそうに話すと、その相手は忌々し気に彼女を睨みながら返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカめ…! と言ってあげたい気分ね。 こんな場所に閉じ込められた挙句、提督にあそこまで寄り添う姿を見せつけられて、これ以上ないほど不愉快ですわ…!!」

 

 

高雄が話しかけた相手。 それは、牢屋越しに自分を睨み付けるもう一人の高雄だった。

彼女の手元には小型のモニターがあり、画面には執務室に仕掛けてあるカメラが内部の様子を映し出していた。

牢屋の外にいる高雄は、クスクス笑うと余裕の笑みをこぼす。

 

 

「それはごめんなさい。 でも、私もこのままいなくなるなんて嫌なのよ。 私が建造でここへ来たときは、すでにあなたがいた。 同じ艦娘は同じ鎮守府には着任できない、ダブり艦である私には解体か改修の材料になるしか道は残されていなかった」

 

「…それに対して、貴方は艦隊の主力になるどころか提督とのケッコン候補にまで成り上がっていた。 同じ高雄(わたし)なのに、こんなの理不尽だと思わない!?」

 

 

余裕の笑みから突然目を見開き、感情をむき出しにする高雄(偽物)。 高雄(本物)はその怒りをただ黙って聞いていた。

 

 

 

 

 

「だから、私は貴方になる。 私が建造されたとき、幸い工廠には貴方しかいなかった。 すり替わったことには誰も気づいていないし、貴方の知っていることは私もすべて調べたわ。 それに、提督も素敵な人じゃない。 表には出さなかったけど、あの人貴方をケッコンの相手に選んでた。 あんないい人に選ばれるなんて、貴方も幸せ者ね」

 

 

それを聞いて、今度は本物の高雄が食って掛かる。

 

 

「待ちなさい! あの人に手を出そうっていうのなら、本気で許さないわよ!!」

 

 

牢屋の檻をガンガンと鳴らしながらいきり立つ本物を見て、偽物はからかうように身を引いた。

本物は今にも射殺さんと言わんばかりの眼で偽物を睨むが、閉じ込められている以上手出しができなかった。

 

 

「そんな怖い顔しないでちょうだい、今は何もするつもりはないわ。 …でも、ケッコンした後だったり、万が一にでも提督の方から手を出したのなら、私も受け入れちゃうかもね♪」

 

 

イタズラっ子のような意地の悪い口調でそう言うと、偽物は悠然と倉庫を去っていき、残された本物の高雄は、涙を流しながらその場にうずくまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、偽物の高雄は鎮守府の提督や艦隊の仲間たちとともに楽しい日々を過ごしていった。

今までばれずに済んだのは、彼女の立ち振る舞いがほぼ完璧だったことに加え、姉妹艦である愛宕達がいなかったことも彼女にとっては僥倖だった。

たとえ姿形が本物そっくりでも、姉妹艦である彼女たちなら接しているうちに違和感を感じる恐れがあったからだ。

しかし、その心配がない以上、彼女は本物の高雄がつけていた日記やファイルから自分が来る前の情報を知り尽くし、見事に本物を演じてきた。

他の艦娘たちはもちろん、提督さえも欺いて見せる。

そうして彼女は提督と一緒に執務室で過ごしたり、共に食事をとったり、その姿はまるで本当の恋人同士のようだった。

 

 

そして、倉庫に閉じ込められている本物はモニター越しに見える提督と、偽物の高雄が二人で寄り添う姿を見せつけられ、

 

 

 

 

 

「お願い、気づいて提督… 彼女は、高雄であって私じゃないのよ…!」

 

 

一人、そこで涙を流し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は演習があり、高雄は提督の指示通り演習場へと向かっている。

ケッコン最有力候補の彼女が出るとあって、他の艦娘たちも提督にいいとこ見せないと、と俄然張り切っていた。

 

 

「ヘーイ、高雄ー! 古参とはいえ、提督へのLOVEなら私も負けませんヨー!!」

 

「ふふっ。 勇ましいですね、金剛さんは。 ですが、私も負けるつもりはありませんよ」

 

「よーし、そういうことなら私だって負けないんだからね!」

 

「蒼龍さんも意気込んでますね。 でも、あんまり気を入れすぎて空回りしないよう気を付けてね」

 

 

各々意気込みを語り、先に演習場へ出ていく金剛たち。

高雄も出ようと向かったとき、不意に後ろから誰かが呼び止めた。

 

 

「お久しぶりです高雄さん!」

 

「あら、五月雨ちゃん」

 

 

この艦隊の初期艦、五月雨は嬉しそうに高雄へと駆け寄ってきた。

 

 

「こうして一緒の出撃なんて久しぶりですね。 前に一緒だったのは、まだ高雄さんが来て間もないころでしたから」

 

「そうね。 あの頃は、まだこの鎮守府も規模が小さかったし、戦力もあまり余裕がなかったものね」

 

「そんな時に深海棲艦の軍勢がここへ攻めてきて、あの時は高雄さんがいなかったら提督も今頃はいなかったですもんね……」

 

 

過去のことを思い出してか、暗い表情でうつむく五月雨。 そんな彼女に、高雄は優しく肩をたたいた。

 

 

「こーら、そんな暗い顔しないの! 確かにあの時は大変だったけど、提督も私もこうして無事にいる。 それに、艦隊の戦力もここまで上がったの。 今はあの時とは違う。 もう、あんなことになったりはしないわ」

 

「そ、そうですよね! ありがとうございます、おかげで元気が出ました」

 

 

高雄の言葉に五月雨は元気を取り戻し、ぺこりとお礼を言う。

それを見た高雄も笑顔を見せ、二人は一緒に演習場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、演習は行われた。

高雄が旗艦として皆に指示を出しながら戦闘は始まり、提督もその姿を観覧席から見つめていた。

結果は見事勝利を収めた。 だが、その代償として、彼女は指示を出す隙を付かれ、相手の砲撃を受け中破してしまった。

心配する皆に大丈夫と返事を返しながら、彼女は入渠ドックへ向かっていると、提督が息を切らせながら彼女へ駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫か高雄!? さっきハデに被弾したようだが…!」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。 服はボロボロになっちゃいましたけど、体の方は大したダメージはありませんので」

 

「そうか… なら、いいんだが」

 

 

彼女の無事を確認し、安堵の息を漏らす提督。 高雄もそれを見て、すぐに入渠ドックへ向かおうとしたとき、彼女は妙に自分に向けられる視線に気づいた。

振り向くと、視線は提督から向けられており、おまけに目線の角度からして彼は自分の胸元に注目してるようだった。

それに気づいた高雄は顔を赤くすると、

 

 

「も、もう…! どこ見てるんです、提督のエッチ…///」

 

 

胸元を隠しながら提督を睨み付けた。

提督もあわてて、「あ… ああ、スマン! ちょっとな……」と気まずそうに返事を返した。 高雄は恥ずかしさのあまり、急いでその場を去ろうとしたすると、提督は彼女に向って声をかけた。

 

 

「もしよければ、今夜執務室に来てくれないか? 君に、伝えたいことがあるんだ!」

 

 

そう伝えられた彼女は内心喜びを感じつつも、それを表に出すことなく手を振って答えた。

 

 

 

 

 

入渠を済ませ、服と体をきれいにした高雄は再び古い空き倉庫へと足を運ぶ。 中にいた本物に先の出来事を伝えると、本物は血相を変えながら偽物へと詰め寄ってきた。

 

 

「待ちなさい! 言ったはずよ、提督に手を出したら絶対に許さないって! そんなの、認められるわけないでしょ!!」

 

「貴方もしつこいわね。 こっちもちゃんと言ったじゃない、向こうが誘ってくれるなら受け入れるつもりだって。 元より、私はそのために貴方に成り代わったんだから」

 

 

肩をすくめながら、偽物は本物の言葉を聞き流す。 本物は必死に手を伸ばすが、牢屋に阻まれた状態では、離れた場所で話す偽物には手が出せなかった。

 

 

「提督からのお誘いを受けたら、貴方はそのあと解体してあげる。 じゃあね、高雄。 次に艦娘になったときは、いい人に出会えるといいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夜になったころ。 偽物の高雄は呼ばれた通り、提督のいる執務室へ入ってくる。 提督も、彼女がやってきたのを確認すると、中央にあるソファへ腰かけるよう勧めてきた。

 

 

「よく来てくれたね。 そこに座って、少し昔話でもしようか」

 

 

高雄がソファへ腰かけると、提督は二人分のお茶を入れて彼女と自分の傍に置く。

「ふう…」と一息つくと、彼は高雄の顔を見ながら話をし始めた。

 

 

 

 

 

「高雄が初めてこの鎮守府に着任したころを覚えているかい? あの時は俺もまだ新米で未熟な指揮しか取れなかった。 そんな中、敵がこの鎮守府に攻め入ってきたことがあって、俺は慌てて現場で指揮を執った。 建物などの被害は甚大だったが、君たちの頑張りのおかげで人的被害は出なかった。 本当に感謝してるよ」

 

 

 

 

 

それは、高雄が着任してまだ間もないころの話だった。

当時はまだ彼女以外の重巡洋艦はなく、駆逐や軽巡といった艦娘ばかりで戦力が乏しかった。

そんなある日、大本営からの知らせで大規模な敵の艦隊がこちらへ向かっているとのことで、本隊が到着するまでどうにか持ちこたえてくれとの通達があった。

やむを得ず提督は前線から向かってきた敵を迎撃しながら少しずつ後退する形で時間を稼いだ。 高雄を始め、他の子たちの頑張りがあったおかげで鎮守府へ直接の攻撃はあったが、どうにか大本営から派遣された艦娘たちが敵の主力部隊を迎撃し、敵を追い払うことができたのであった。

当然、その話は偽物の高雄も知っており、彼女は自然な態度で話に相槌を打った。

 

 

「そうですね… あの時は本当に大変でしたけど、提督やあの子たちのフォローがあったおかげで大事なく済みましたから、私も提督には感謝しています」

 

 

笑顔を浮かべる高雄を見て、提督はおもむろに立ち上がり、彼女に背を向けた。

 

 

「そうか… 実は、俺は高雄にケッコンを申し込みたくて、君をここに呼んだんだ。 それで、俺から君に言いたいことがある」

 

 

ついに待ち望んだ瞬間が来たっ! 高雄はそう思い、内心胸を躍らせていると、提督は彼女の方へ振り向き、そして言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…君は、誰なんだ?」

 

 

提督からの問いに、高雄は驚きを隠せず目を見開く。

 

 

「て、提督……? 一体何を言ってるんですか? 私は高雄です、貴方の部下の……」

 

 

必死に動揺を隠しながら、高雄は自分が本物だと言い張る。 だが、提督も動じることなく言葉を返す。

 

 

「そうだね、君は高雄だ。 でも、俺の知ってる彼女じゃない。 改めて問おう、君は何時からいた? 俺の知ってる高雄はどこにいる?」

 

「い、いい加減にしてください! 私が貴方の知ってる高雄じゃない!? バカなこと言わないで! もし私が偽物だというのなら、どこにその証拠があるのですか!?」

 

 

頑なに偽物と言い切る提督に、たまらずいきり立つ高雄。

冷徹な目で自分を見る提督。 そんな彼に証拠を見せろと叫ぶと、

 

 

 

 

 

 

「そんなに証拠が見たいのなら、ぜひ見せてあげますわ」

 

 

背後から聞こえた声に振り替えると、そこには倉庫に閉じ込めていたはずの本物の高雄が立っていた。

 

 

「演習の後、俺が妖精たちに頼んで鎮守府中を捜索してもらったんだ。 どうやら、無事に見つけてくれたようだ」

 

「そんな、バカな…!? なんで… なぜ、私が違うと気づいたの!? 一体、なぜ…!?」

 

 

混乱する偽物を見て、本物の高雄と提督はお互い目を合わせ、お互い頷きあう。

そして、彼女は偽物の目の前でおもむろに上着のボタンをはずすと、上着を開き胸元をあらわにした。

次の瞬間、偽物の高雄は胸元を見て、言葉を失った。

 

 

 

 

「そ… それは……!?」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が見せたのは、胸元についた小さな傷跡だった。

豊満な胸のせいで見づらくはあったが、ドリルで穴をあけたような深く痛々しい傷跡が彼女の体にくっきりと残されていた。

その傷跡に偽物が驚いていると、後ろにいた提督が口を開いた。

 

 

「さっき俺がした話を覚えているかい? 実は、俺が現場で指揮を執っていた時、本隊が来て安心した隙を狙って敵の空母が俺目掛け艦載機を放ってきた。 その時、咄嗟に高雄が身を挺して俺をかばってくれて、胸の傷はその時負ったものなんだ」

 

「午後の演習で中破した君を見たら、君の胸元には傷跡がなかった。 それで気づいたんだ、君は俺の知ってる高雄じゃないとね」

 

「そんな……そんなの、日記にも載ってなかったじゃない!! それに、他の子たちも、貴方の傷については誰も言及してなかったわよ!?」

 

 

入念に調べたはずの自分でも知らなかった出来事に喚き散らす偽物。

それを見て、本物の高雄も上着を着なおし、彼女の肩をたたいた。

 

 

「あの時は皆必死だったから、余計な心配をかけたくなかったのよ。 だから、私から提督に頼んでこのことは口止めしてもらったの。 日記に書かなかったのもそのためよ」

 

「これでわかったでしょ? 私と提督にはこれだけ深い絆がある。 この傷は大事な人を守ったという、私にとってはかけがえのないものなの。 いくら貴方が同じ高雄(わたし)であろうとも、この絆までは真似できないのよ」

 

 

本物の高雄の言葉に、偽物の高雄は何も言わずその場に項垂れる。 その姿を、二人は何も言わず見届けていた。

 

 

 

 

 

あの後、他の艦娘たちによって偽物の高雄は連れていかれた。

一応、提督と本物の計らいで解体はせず、まだ高雄がいない他所の鎮守府へ配属させることとなった。

執務室に残された二人はお互い顔を合わせると、恥ずかしくなったのか提督が顔をそむける。

高雄は無言のまま、視線だけを提督へとむけていたが、提督も覚悟を決めたのか改めて高雄へと向き直った。

 

 

「…まだ、君にはちゃんと言ってなかったな。 高雄、今まで俺の艦隊を支えてくれてありがとう。 それで……できることなら、これからも俺の傍で一緒に支えてほしい。 だから、これを受け取ってもらえるか?」

 

 

口上を述べると、提督はポケットから小さな箱を取り出し、中を開ける。

そこに入っている白く輝くリングを見せながら、提督は高雄の返答を待った。

 

 

「提督… 私も、ここへ来たあの日から、貴方からその言葉が来るのをずっと待っていました。 だから、その……」

 

 

 

 

 

 

 

「私でよければ……これからもよろしくお願いします」

 

 

高雄も顔を赤らめながら、指輪と一緒に提督の手をそっと包み込む。

肯定の返事を聞いた提督は、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった顔を浮かべながら、何も言わず高雄をそっと抱きしめたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては計画通りに行った。 貴方が私になりすまそうと画策してくれたおかげで、私は彼と結ばれることができた。

 

もっとも、貴方がこうすることは分かっていた。 だって、私がそうしたくなるよう唆したのだから…

 

『せっかく建造されたところ悪いんだけど、ここにはすでに私がいるから貴方は解体されてしまうわ』

 

私がそう言ったから、貴方は私の思った通りに動いてくれた。 私をあの倉庫に閉じ込め、私とすり替わろうとしてくれた。

 

もちろん、あの倉庫に入れられたのもわざと。 古く、老朽化が進んだあそこなら、その気になれば自力で壁を破壊して出られたのだから…

 

万が一にでも、最後まで提督が気付かなかったときは、私が自力で脱出し名乗り出るつもりだった。

 

でも、提督はこの胸の傷で貴方が偽物だと気づいてくれた。

 

本当に良かった…! いつか訪れるであろうこの時の為に、あえてこの傷を残しておいて。

 

貴方は私を利用してるつもりだったのだけど、それは違うわ。 本当は私が高雄(あなた)を利用してたのよ…! 私が好きになったあの人と結ばれるために、私はこの計画を実行したのよ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さようなら、高雄。 次の鎮守府では、貴方の居場所が見つかるといいわね♪」

 

 

口元を緩ませながら、高雄はささやき声でつぶやく。

愛しい人に抱きしめられた彼女の表情は、妖艶な笑みとなって執務室の窓に映りこんでいた。

 

 

 



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自分を助けるための努力は、自分の首を絞める力となって…

どうも、ほんと久しぶりの投稿です。
最近はイベント海域の攻略&掘りで小説書いてなかったんですよね…
まあ、その分成果は上々だったので、自分としては大満足の結果です。





 

 

 

とある鎮守府に訪れた一台の車。

それは主に軍に関するものが仕事で移動するのに使う公用車で、運転席から一人の憲兵が下りてきた。

鎮守府の入り口には提督がいる中央建物と正門をはさんで中庭があるが、そこではこの鎮守府に属する艦娘たちが、各自自由行動を楽しんでいた。

出撃や遠征に備えて準備を行う者や自主練に取り組む者もいるが、ほとんどの艦娘はのんびりとお喋りを楽しんでいた。

そんなのどかな時を過ごす彼女たちも憲兵である彼を見かけると律儀に敬礼をして、憲兵もまた彼女たちに礼をして挨拶を返す。

憲兵が中央建物に入ると、今日の秘書艦を務める艦娘『天城』が彼を出迎える。

 

 

「おはようございます。 今日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ朝早くからの来訪を失礼。 実は……」

 

 

憲兵は今日ここへ来た目的を話そうとするが、

 

 

「この鎮守府の査察に訪れたのですよね。 提督からすでに話は伺っております。 どうぞ、執務室へいらしてください」

 

「ああ、どうも… 話が早くて助かるよ」

 

 

天城の返事に憲兵も苦笑しながら礼を言う。

天城に連れられ、執務室へやってきた憲兵。 扉を開けると、部屋の中央にあるソファにはこの鎮守府の提督である男が、じっと腰を掛けて彼を待っていた。

 

 

「よく来てくれた。 とりあえず、そこに座ってくれ」

 

「ああ。 それじゃ、失礼するぞ」

 

 

お互い気さくな口調で言葉を交わす提督と憲兵。 彼が向かいのソファに腰掛けると、提督が事前に用意していたポットからお茶を注ぎ憲兵へと勧める。

 

 

「提督、お茶でしたら天城がお入れしますのに…! それじゃ、何かお茶菓子でもご用意しますね♪」

 

 

天城はそう言って茶菓子を取りに行こうとするが、その瞬間提督はキッと鋭い目つきで天城を睨み、声を上げた。

 

 

 

 

 

「誰がそんな事をしろと言った!? お前の役目は憲兵をここへ連れてくることだ、もうお前の仕事はここにはない! わかったら、さっさと出ていけ!!」

 

「あっ… すす、すみません提督! では、天城はこれで失礼します…!!」

 

提督の怒声に天城は慌てて謝ると逃げるようにその場を去っていき、その光景を憲兵は動じる様子もなく眺めている。

だんだんと足音は遠ざかり、天城がいなくなったのを確認すると、憲兵は仏頂面でお茶をすする提督に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱり、彼女たちを受け入れるつもりはないんだな」

 

「ああ… もとより俺は、あいつらの認識を改めさせるためにここまでやってきたんだ。 それが終わった以上、俺はもうあいつらの提督なんてやりたくないんだ」

 

 

提督はお茶を飲み干すと、カップをテーブルに置き憲兵に背を向ける。 窓越しに見える海を見つめながら、彼は無言のままこぶしを握り締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督の父親は今は亡く、元はここの前提督だった。

だが、ただの提督ではない。 ここの艦娘たちを酷使し、奴隷のように使いまわす。 いわゆるブラック鎮守府の提督だった。

大破進撃や疲労困憊での無茶な出撃や遠征に加え、私情を挟んだ性的な行為を強要したこともあった。 そんな碌でもない前提督は、ある日鎮守府に攻め入ってきた深海棲艦に襲われ、命を落としたという。

どうやら、酷使して疲れ切った艦娘たちだけでは深海棲艦の襲撃に対し、防衛しきれなかったのた。

ただ、噂では艦娘たちに見殺しにされたとか、事故を装って彼女たちに殺されたともいわれているが、それを気にする者は誰一人いなかった。

こうした経緯があったせいで、彼女たちは提督という人間に対して敵意を露にしており、彼女たちをなだめるための方法として、一般人である前提督の息子に責任を取らせるという形で無理やりそこへ着任させた。

突然の出来事に息子はただただ困惑していたが、ここへ来たとたんそんな余裕は微塵もなくなっていた。

どうにか彼女たちと交流を取ろうにも、返ってくるのは暴言や暴力、さらに前提督がしてきたことを謝るよう無理やり土下座させられたこともあった。

仕事を手伝ってくれるものは皆無で、朝早くから夜遅くまで一人で作業をこなすのが日常になっていた。

おまけに彼の父親がしてきた悪評は他所の鎮守府にも知れ渡っており、彼は資材の調達や遠征などの仕事をもらうため、方々へ必死に頭を下げ頼み込んでいた。

普通に考えたら今すぐにでも逃げたくなるような悲惨な状況。 こんな目に遭いながらも彼が提督業をつづけられたのは、学生時代に親友だった憲兵の支えと、ひとえに彼の父親に対する意地があったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が鎮守府に連れてこられた日、彼は艦娘たちからあいつの息子なんて、所詮はあいつと同じと罵られたとき、黙り込んだ。

彼の知る父親は子供のころから自分や母のことを気にかけない、絵に描いたようなろくでなしというのは知っていた。

ほとんど家に帰ってこず、久しぶりに帰ってきたと思えば酒びたりになってばかりで、自分たちには見向きもしない。

母が病気で寝込んでたときも、まるで心配するそぶりを見せず一人遊びほうけていたと言う。

どうして帰ってこなかったのと問い詰めれば、

 

 

 

 

 

 

「うるせえっ! ガキが親に向かって偉そうに指図するな!!」

 

 

と殴られる始末だった。

そんな幼少時代を過ごしたせいで、彼自身父親が死んだと聞かされたときはどうとも思わなかったが、まさかそこまで腐りはてた外道だとは自分も知らなかった。

大本営や艦娘からの理不尽な仕打ちに対する怒りはあったが、それ以上に自分をあんなクズと同じと見られるのが我慢ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冗談じゃない…! 俺をあいつと一緒にするなっ!!

 

 

 

 

 

 

 

彼は艦娘たちを見返したい一心で、死に物狂いで提督業をこなしていった。

艦娘たちのためとは微塵も思っていない。 全ては艦娘たちに対する自分の見方を改めさせ、堂々とここを出ていくためだった。

そのために毎日体に生傷や疲労が絶えることはなかったが、彼自身歯を食いしばりながらそれに耐え続けた。

そして、その忍耐が実を結んだのは彼がここへ着任して一年が過ぎたころだった。

いつものように提督が資材の調達を頼みに出かけた後、友人の憲兵が艦娘たちのもとに現れ、彼の今までの行いを暴露した。

 

 

 

 

 

「あいつはお前たちの暮らすこの鎮守府の運営のため、方々に頭を下げ頼み込んでいたんだ。 それを前提督であるあの男がやったか? これでも、お前らの提督はあんな奴と一緒だと言い張る気か!?」

 

 

 

 

 

その証拠に、彼は今まで提督が必死に頼み込む姿を写した写真や、資材を送るという契約の書類を艦娘たちの目の前に叩きつけた。

それを見て、彼女たちも提督がどれだけ身を粉にして頑張ってくれていたのかを知った。 そして、同時に彼を前提督と同じに見ていたことを強く恥じた。

提督が鎮守府に戻ると、艦娘たちは今までひどいふるまいをしてきた事、そして前提督と同一視していたことについて心から謝罪したのであった。

謝罪の言葉を聞いた提督は彼女たちを責める様子もなく、

 

 

「…分かればそれでいい」

 

 

とだけ言った。

元より、彼は自分が父親と違うというのを認めさせたかっただけで、彼女たちについては何の興味もなかったのだ。

環境を改善し、何より目的を果たした以上、ここにもう用はない。 彼は大本営に掛け合いさっさとここを出ようとしたが、艦娘たちは必死にそれを拒んだ。

 

 

 

 

 

「貴方にさんざん非礼を働いてきた分、これからは貴方の為に尽くしたい! だから、どうか私たちの提督として残ってください!」

 

 

それを聞いた提督は冗談じゃないとその要求を突っぱねたのだが、大本営に辞任したい旨を伝えると、新しく着任する提督が来るまで待ってほしいと返されてしまい、渋々新しい提督が来るのを待つ羽目になり、そして今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督と憲兵の二人は、執務室の外に誰もいなくなったのを確認する。 そして、顔を近づけると、憲兵は声を潜めた。

 

 

「…お前の睨んだとおりだ。 上の連中、ここの艦娘たちに新しい提督を着任させるなと根回しされてるようだぜ」

 

「やはり、か… いつまで経っても新しい提督をよこさないから怪しいと思えば、まさか本当に想像した通りだったとはな……」

 

 

提督は大きくため息を吐きながら、がっくりと項垂れる。

大方、彼女たちに脅しをかけられているか、弱みを握られているかのどちらかなのだろうが、軍の上層部が艦娘の言いなりになるとは、世も末だと彼は思った。

提督もこうなっているのは予想してはいたが、今回それが確信に変わった以上、もう軍に自分を解放させることは不可能。 残された方法は、艦娘たちに嫌われることだった。

彼女たちは、提督を慕うがゆえに彼をここから出さないよう裏で手をまわしている。

それなら、彼女たちに嫌われさえすれば、自分はここを追い出される。 ……いや、追い出してもらえる。

そのために、彼はあえて艦娘たちに嫌われるような態度をとったが、効果は全くと言っていいほどなかった。

さっきも怒鳴りつけて嫌な上官を演じたつもりが、彼女たちにとっては今まであのような扱いをされてきたのだから当然、むしろこんな自分たちに構ってくれて嬉しいとさえ思われていた。

だからといって、今度は艦娘たちに構うことなく徹底的に無視を決め込めば、逆に彼女たちの方から絡んできて鬱陶しいことこの上なかったのだ。

戦艦や空母たちは何かできることはないかとひっきりなしにやってくるし、酒好きな重巡たちは酒瓶片手に一杯やらないかと声をかけるし、軽巡は頼んでもいない遠征を勝手に行い報告に来る、駆逐艦たちは遊びやお喋りの誘いをしてきて、むしろ相手にしない方が大変だった。

 

 

 

 

 

「はあ… 一体どうすりゃあいつらに嫌われるんだ?」

 

 

提督が頭を抱えてると、扉の向こうからノックの音が聞こえる。

少し遅れて、遠征に出ていた神通が嬉しげな様子で提督に報告を行った。

 

 

「提督! 鼠輸送の遠征、大成功させてきました! 駆逐艦の子たちも頑張ってくれましたよ」

 

 

満面の笑みで報告を行う神通とは裏腹に、提督は忌々し気に口角を吊り上げると、

 

 

「うるさい、勝手なことをするなと言ったのを忘れたのか!? 俺はそんな命令をした覚えはないぞ!!」

 

「も、申し訳ありません! 提督のお役に立ちたくて、つい…」

 

 

深く頭を下げる神通。 それを見て、提督は頭を搔くと、

 

 

「もういい下がれ! 無意味に遠征に行くくらいなら、今日はもう切り上げて体を休めろ。 いつ深海棲艦に襲われてもいいようにな。 ほかの連中にも伝えておけ!!」

 

「は、はいっ! では、私は失礼します…」

 

 

神通が去ったのを確認すると、提督はドカッとソファに腰を下ろし、その様子を憲兵も神妙な面持ちで眺めていた。

 

 

「…見ての通りだ。 あいつら、俺が何もしなくても俺の為に尽くそうと動き回る。 俺がどんな態度をとっても、好意的に受け取ってしまうんだ」

 

「なるほどな。 お前もずいぶん好かれてしまったんだな。 …まあ、俺もその原因に一役買ってしまったわけだが……」

 

 

提督の見返しに手を貸すつもりが、結果としてこのような事態を招いてしまったことに、憲兵もばつが悪そうに頬を掻いた。

 

 

「とりあえず、状況は分かった。 俺も、何とかしてお前が嫌われるよう色々やってみるよ」

 

「悪いな、お前にこんな役をさせて…」

 

「元はと言えば、俺のせいでもあるわけだから気にするな。 じゃあ、またな」

 

 

提督と別れ、憲兵が外に出て車に戻ろうとしたとき、先ほど出て行った神通に出くわした。

提督に叱られたばかりだというのに、彼女の表情はどこか嬉し気で、落ち込んでいる様子はまるで見られなかったのだ。

 

 

「あっ、憲兵さん。 お仕事お疲れ様です」

 

 

憲兵に気づいた神通は、丁寧にお辞儀して挨拶し、彼も礼をしながら挨拶を返す。

 

 

「ああ、どうも。 ところで、君はさっき提督に怒られたばかりだというのに、辛くなかったのかい?」

 

「とんでもない! むしろ、私の勝手な行いを咎めるどころか、あのような形で心配してくれたのです。 辛いどころか、私すごくうれしいです…!!」

 

 

明るい笑顔と口調で話す神通を見て、憲兵もこれは手ごわいなと心の中で悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督と憲兵の二人は艦娘たちに嫌われるよう策を講じたが、全て失敗に終わった。

憲兵が艦娘たちに提督に関する嘘でっち上げの悪評を吹聴するも、彼女たちは「あの提督がそんなことをするはずがないですよ」と、全く信じようとしない。

今度は、提督自身が陰で他所の鎮守府に自分への悪い噂が広まるよう仕組んだら、艦娘たちはどこの誰がそんなひどいデマを言っているんだと怒り狂い、挙句に艤装を出して噂を広めた犯人を炙り出そうとしたので、慌てて提督が止めたのであった。

結局、大した成果も見込めないまま時間だけが過ぎ、憲兵は再び提督の元へ訪れていた。

 

 

「よお、久しぶりだな…」

 

「ああ。 すまんな、あれこれ試してはみたんだが、どれも効果がなくて…」

 

「お前がそこまで落ち込むことじゃないだろ。 今までがだめなら、また次の策を考えればいいだけだ」

 

 

提督は明るく振舞っていたが、彼の表情は前に訪れたときに比べて大分やつれている。

表には出さないものの、疲れと艦娘たちに対するストレスで相当参っているよう。 このままでは、精神的に耐えられなくなるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「なあ… こうなったら、もうあれをするしかないんじゃないか?」

 

「お前、またその話を持ち掛けるつもりか!? それだけは絶対にやらないと言ったのを忘れたのか!?」

 

 

それは、前に一度彼が嫌われるためのアイデアとして提案したものだったが、その内容を聞いた提督は即座にその案を却下し、二度とその案は出すなと憲兵に念を押していた。

そして、今回またそれを出されたことで提督は憲兵を睨み付けたが、彼も負けじと提督の顔を見つめ返した。

 

 

「だ、だからといって、他に試せる方法は皆試したじゃないか! もうなりふり構ってる余裕はないんだぞ!!」

 

「現にお前だって、本当は心身ともに限界が近づいているじゃないか! 俺が気付いてないとでも思っていたか? これ以上、意地を重ねてぶっ倒れようものなら、それこそ俺がお前を許さないぞ!!」

 

 

憲兵に突き返され、思わず提督も口ごもる。 彼に諭されたのが効いたか、提督は黙り込んだまま座り込むと、両手で頭を押さえて俯いた。

 

 

「…意地になっていたのは事実だな、すまなかった。 だが、あれをやるということは、俺はあいつと同じに成り下がるという意味だ。 そう思うと、どうしてもこの策だけは取りたくなくてな……」

 

「…ああ、確かにそうだよな。 自分から言っといてなんだが、確かにこの方法は良いとは言えない。 スマン、今のは忘れてくれ。 どうにか俺も別な方法を考え…」

 

 

そう言って話を切り上げようとした憲兵。 だが、それに対し提督は待ったをかける。

 

 

「いや、この方法で行こう。 お前が考えてくれた、あの方法でな」

 

「えっ、いいのか? お前、あれだけ嫌がってたのに…!」

 

「…情けない話だが、正直なとこ、俺も精神的にかなりきつくなってるし、何よりこれ以上お前に余計な苦労を掛けたくないんだ」

 

「……分かった。 それじゃ、さっそく計画を練るとしよう」

 

 

こうして二人は計画を実行すべく、お互い話し合いを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜。 一部を除いてほとんどの艦娘が寝静まった艦娘寮の前で、提督と憲兵は最後の打ち合わせを行っていた。

 

 

「それじゃ、俺が計画通り艦娘の部屋に向かうから、悲鳴が聞こえたらすぐに向かってきてくれ」

 

「もし聞こえなかったら、お前が合図を送るんだったな。 よし、分かった。 そっちも、うまくやれよ」

 

「分かってる。 よし、行くぞ!」

 

 

提督は息をひそめ、艦娘寮へと潜り込んでいった。

廊下は薄暗く、非常灯の明かりだけがぼんやりと辺りを照らし出している。 提督は、事前に調べた通り、目的の場所まで音を立てずに進んでいった。

 

 

 

 

 

二人が考えた方法とは、艦娘の寝込みを襲うフリをして、彼女たちから嫌われようというものだった。

前提督も艦娘たちに対し性的な行為を強要しており、そのトラウマを呼び起こしてやれば、さすがに彼女たちも幻滅するだろうと考えたのだ。

だが、それは同時に自分が最も嫌いな男と同じになるという意味がこもっており、提督は初めて憲兵からこの案を出されたときは真っ先に断っていた。

しかし、これだけ手を尽くしても彼女たちが自分を嫌わない以上、もう手段を選べる状況ではなくなっていた。

あいつと同じ真似をするということに悔しさを抱きながらも、提督は目的の艦娘の部屋の前までやってきた。

そこは前提督に一番ひどい目に遭わされた艦娘、大和の部屋だった。

彼女なら、前提督と同じことをすれば心底自分を嫌うはず。 そう思って、彼はここを選んだのだ。

正直なところ、彼女の心の傷を抉るようなことをするのは心が痛むが、もう後戻りはできない。

提督が部屋に入ると、仲は掃除と整理が行き届いたきれいな部屋で、奥のベッドには静かに寝息を立てる大和がいた。

ネグリジェを着て眠る彼女の姿には、提督も男としての本能が疼きそうになるが、自分の目的を忘れてはいけないと頭を振って煩悩を振り払う。

暗い中、音を立てないよう慎重に進み、忍び足でベッドまでやってきて一呼吸。 そして、彼は強引に大和の布団をはぎ取った。

 

 

「きゃあっ! な、なに…!?」

 

 

いきなり布団をとられたことで、予定通り目を覚まし慌てふためく大和。 提督はそのまま大和に覆いかぶさるようにベッドに乗り上げた。

 

 

「て…、提…督……!?」

 

 

暗闇の中で、間近に見える提督に大和は目を見開く。 そんな彼女に向って、提督は打ち合わせ通りのセリフを言った。

 

 

「なあ、大和。 今まで、お前の前提督がこの時間に何をしたか、お前は覚えているよな? そして、今お前の目の前にいるのはその前提督の息子だ。 これが何を意味するか、お前ならわかるな?」

 

 

提督は大和のネグリジェをはぎ取ろうと手をかける。 もちろん、本当にするつもりはなく、彼女を信じ込ませるための演技だった。

 

 

「提督… それは、つまり………襲うということですね。 大和を……」

 

「話が早くて助かるぜ。 せっかくだからよく見ておけ。 お前たちが慕ってた男が、本当はどういうやつなのかってな…」

 

 

……これでいい。 全て打ち合わせ通りに行った。

後は大和が叫ぶなり抵抗するなりしてくれれば、俺はあいつに合図を送った後急いで逃げだし、外で待機してるあいつが俺を取り押さえる。

その後は、俺は大和に手を出そうとした男として艦娘たちも俺を嫌い、結果的に俺はここから出られるというわけだ。

提督はそう思いながら、大和が悲鳴を上げるのを待つ。 そして、提督を見た大和は…

 

 

 

 

 

「提督……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大和は、嬉しいです。 まさか、提督の方から来ていただけるなんて…!」

 

「………は?」

 

 

まるで予想とは違った返事。 大和は悲鳴を上げるどころか嬉し涙を流しながら、提督に抱き着いてきた。

 

 

「大和たちは、今までどうしてもあなたに償うことができず、挙句に私たちは貴方に嫌われてしまったのかと、ずっと怖くてたまらなかったのです。 そう思っていたのに、よもや提督の方から求めていただけるなんて嬉しくてたまりません! それも、初めての相手にこの大和を選んでいただけて、感謝の極みです…!!」

 

「なっ…!? 違う、大和! 俺は、そんなことをするためにここに来たわけじゃない…!!」

 

 

提督は慌てて大和から離れようとしたが、大和はしっかりと提督に抱き着いており、離れようにも離れることができなかった。

 

 

「さあ、いらしてください提督。 貴方に好きにされるのなら、大和は本望です。 …でも、もし提督が望まれるのであれば、大和は貴方の子を産みますよ」

 

「だから離せと言っている! それに、俺はお前と関わるつもりは毛頭ない……!!」

 

 

必死に大和を引きはがそうと抵抗して、どうにか外にいる憲兵を呼ぼうとする提督。 だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしている大和。 自分だけ提督を独占しようなど、そんなことを黙って見過ごすわけには行かないな」

 

「む、武蔵…!?」

 

 

部屋の入り口。 そこには武蔵の他にも、大勢の艦娘たちが寝間着姿で集まっていた。 翔鶴や陸奥といった戦艦・空母から、北上や大井・浦風たち軽巡や駆逐の子達の姿もあった。

暗くて顔ははっきりとは見えないが、皆嬉々とした表情を浮かべ、提督のいるベッドへと近寄ってきた。

 

 

「もう、大和さんは…! 自分だけ抜け駆けしようなんてひどいです!」

 

「提督も提督よ。 そう言う事なら、お姉さん喜んで相手してあげたのに…!」

 

「いや~、それにしても提督って獣っていうか、意外と積極的だったんだねー。 まあ、提督のそういう一面も、あたしとしてはしびれるねぇ~♪」

 

「提督… 貴方にそんな趣味があるとは知りませんでした…! ま、まあ北上さんを襲わなかったのは大目に見ますし、ちょっとぐらいなら、その…… わ、私もいいですけど…///」

 

「待てっ! 頼むから話を聞いてくれ!! 俺は、本当はお前たちのことが……!!」

 

 

必死に本当のことを打ち明けようとした提督だったが、彼の言葉より先に艦娘たちは彼のいるベッドへと集まっていく。 いつまで経っても合図が来ず、不審に思った憲兵が駆け付けたのは、それから十数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府から大本営へ彼が提督としてここに残るとの旨が伝えられた。

そのことについては大本営や艦娘たちも大いに喜んでいたが、その理由については一切明かされておらず、唯一外部の者で事情を知ってる憲兵も、その話については固く口を閉ざしていた。

 

 

 



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どうも、久しぶりの投稿です。

最近は暑さと寒さの差が激しくて大変です。 体には気を付けていきたいとこです。
それにしても、まさか長門の改二が来るとは自分も予想外でした。 次に来るとしたら由良ですかね? 個人的には漣に改二が来てほしいと思わずにはいられないですが、それはそれで設計図が足りなくなりそうです…





 

 

 

とある鎮守府の港。 鉛色の曇り空の元、堤防には荒々しく波が叩きつけられ、波しぶきの音が絶え間なく鳴り響く。

堤防の端には三人の男女の姿があった。 一人はこの鎮守府の提督である男で、帽子の下の表情は若い。 提督の向かいに立つのは、黒を基調とした制服に外国人特有の金髪の長い髪をした一人の艦娘。

そして、彼女と向かい合う形で提督の隣に一人の艦娘が、彼の腕にしっかりと抱き着いていた。

二人の艦娘は、お互い服装も容姿もよく似ているが、その表情は真逆だった。

提督の腕に抱き着く艦娘は、まるでどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべているのに対し、向かいにたたずむ艦娘は、怒りをむき出しにしたような表情で笑みを浮かべる艦娘を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

「初めから… 初めからこうするつもりだったのね、プリンツ! 私の大切な人を……アドミラルを奪うためにここまで来たのね!!」

 

 

憎悪にたぎった表情でいきり立つ艦娘は、提督の腕に抱き着く少女……プリンツ・オイゲンへと怒りをぶつける。 それに対して、彼女からの怒りを聞いたプリンツは余裕の笑みを崩さず言葉を返す。

 

 

「人聞きの悪いことを言わないでください、ビスマルク姉様。 ビスマルク姉様を追ってここまで来たのは本当ですよ。 ビスマルク姉様は私の憧れなんですから」

 

「だからこそ、ビスマルク姉様が好きになった人を私も好きになるのは当然です。 ただ、提督は姉様じゃなく私を選んでくれた。 それだけのことじゃないですか」

 

 

プリンツの言葉にもう一人の艦娘……ビスマルクは小さく歯ぎしりをする。 握り拳に力が入り、納得できないと言わんばかりに彼女は声を荒げた。

 

 

「馬鹿なこと言わないで! いつも私に優しく接してくれたアドミラルが、そんなことをするわけないじゃない!!」

 

 

目の前の出来事を必死に否定しようとするビスマルク。 だが、その言葉に提督は何も言えずに口を紡ぎ、プリンツはあきれたと言わんばかりに溜息を吐き、小さく肩をすくめた。

 

 

「分かっていませんねぇ… 提督さんは誰に対しても優しく接してくれる方です。 だからこそ、姉様も私もこの人を好きになった。 もっとも、女としての魅力は私のほうが上だったみたいですけど」

 

 

プリンツは提督の腕を引っ張り、彼を引き寄せる。 提督は戸惑いながらも逆らうことはせず、引かれるままにプリンツの体を抱きとめた。

 

 

「こんなの…何かの間違いよ! そうでしょ、そうと言ってアドミラール!!」

 

「ビスマルク… 俺は……」

 

「ビスマルク姉様、お願いですからあまり私を失望させないでください。 今のビスマルク姉様、見苦しいにもほどがあります」

 

 

提督は申し訳なさそうに言葉を漏らすが、それをプリンツが遮る。 そして、彼女は提督の顔に自分の顔を近づけた。

 

 

「提督さん、せっかくだから見せてあげましょう。 私と提督さんが、どれだけお互い愛し合っているのかを……」

 

 

プリンツは自分の唇を提督の口元へと近づけていく。 目を見開くビスマルクの前で、あと数センチという距離になったとき……

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ、カァァァット!!」

 

 

という声が聞こえ、同時に提督とプリンツは慌てて顔を遠ざけた。

二人が顔を赤くしながらドキドキしていると、数名の駆逐艦娘たちが提督とプリンツの元へ駆け寄る。

 

 

「すごい、プリンツさん! 名演技だったよ」

 

「ラストなんか特にすごかったもん! 私、本当に司令官とキスしちゃうんじゃないかとドキドキしちゃった!」

 

「え、えへへ… ダンケ~。 私も最後のあれはドキドキしちゃったし、今でも心臓がバクバク言ってるもん」

 

 

彼女をほめたたえる駆逐艦娘たちに、プリンツは照れ笑いを浮かべながらお礼を言っていると、

 

 

「ちょっとプリンツ! あなた、いくらなんでもあれはくっつきすぎよ! 少しは自重しなさい!」

 

「ふええ! すみません、ビスマルク姉様! 演技に力が入って、つい……」

 

 

顔を真っ赤にしながらビスマルクが怒りをぶつけ、それを見たプリンツは必死に頭を下げビスマルクに謝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、この鎮守府では近々広報活動の一環として、艦娘と提督による演劇を行ってほしいとの通達が大本営から送られていた。

それで、どのような劇にしようかと提督は艦娘たちを集め話し合いを行ったら、彼女たちのリクエストに上がったのが、ケッコンカッコカリによる提督とのラブロマンスだった。

それを聞いた提督は、「いや、さすがにこれは…」と戸惑いの色が隠せなかったが、艦娘たちは満場一致でこれにしようと賛同の声を上げ、問答無用でこれでやろうということになった。

それで、今は話や配役をどうしようかという流れになっているのだが、皆自分が考えた話で自分をヒロイン役にしてほしいと候補を持ち掛け中々決められない。

それなら各々考案したシチュエーションで演劇をして、その中から一番いいのを決めようということになり、現在こうして劇を行っていたのであった。

 

 

 

 

 

先ほど、プリンツが考案した劇を終え一息つく提督。

彼女が用意してくれた台本をめくりながら、彼は渋い表情を見せていた。

 

 

「それにしても、憧れの人を追ってきた子が、その人が好きになった男性と結ばれるって… そんな昼ドラみたいな展開の劇、一般の人たちにはとても見せられんと思うんだが」

 

「ええー!? 私はいいと思いますよ、アドミラルさん!!」

 

 

台本の内容を読み返し、頭を抱える提督に、プリンツは口を尖らせる。

 

 

「それはともかく、どうして私じゃなくプリンツが考えた劇で行ったの!? そっちの方が納得いかないわよ!!」

 

「それはお前がくじで外れたからだろ…」

 

 

提督はため息交じりにビスマルクを諭すと、次は誰が考案した劇を行うのか尋ねた。

すると、

 

 

 

 

 

「提督。 でしたら、今度は私たちが考えたものをお願いします」

 

 

扶桑と山城が台本片手に自分たちが立候補したものを行ってほしいと進言し、執り行うこととなった。

ちなみに、この後日向が自分の考えた劇の方がいいと首を突っ込んできたのだが、自分の瑞雲と伊勢の瑞雲、どっちがいいのと提督に尋ねるというシュールすぎる内容ゆえ、即刻ボツになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台はある病院の一室。 雲一つない秋空が見える窓の前で、パジャマ姿の扶桑は何も言わずに外を眺めている。

その時、コンコンと控えめなノックの音が聞こえ、扶桑がどうぞと声をかけると、提督がお見舞いの品をもって部屋へ入ってきた。

 

 

「またベッドを抜け出したのか? いくら体の調子がいいとはいえ、そういったことはあまり感心できないな」

 

 

提督は少し困ったように微笑むと、扶桑も少し俯きながら提督へと顔を向ける。

 

 

「ごめんなさい。 でも、今はこうして動けるうちに、少しでも外の景色をこの目に焼き付けておきたかったの」

 

 

そう話しながら、ゆっくりとした足取りで提督の元へ歩み寄ると、そのまま扶桑は自分の体を提督へとゆだねた。

 

 

「それと、貴方の顔もね……///」

 

「まったく、君というやつは……」

 

 

お互い相手の顔を見つめあう二人。 そのまま、瞳を閉じてゆっくりと唇を近づけたとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン!

 

 

 

 

ノックの音とともに二人は顔を赤くしながら慌てて離れ、そこへひょっこりと山城が顔をのぞかせてきた。

 

 

「姉さま、お加減はいかがで…… ああ、貴方も来てたんですね」

 

 

嬉しそうな口調から一転、提督の顔を見た山城は不機嫌な顔でぞんざいな挨拶をした。

 

 

「山城、失礼でしょ! そんな無礼な態度で…!」

 

 

それを見た扶桑は声を荒げながら山城を叱責しようとしたが、提督は首を横に振って扶桑をなだめた。

 

 

「いいさ、扶桑。 俺は気にしてないよ」

 

「それに、山城もそれだけ扶桑を慕っているんだ。 俺みたいなやつが割って入っていれば、気を悪くするもの当然の話だ」

 

「ですが…」

 

 

山城を擁護する提督に、扶桑は納得できず不満を漏らすが、山城は提督を睨み付けると忌々しげに言う。

 

 

「確かに私は姉様を慕っていますが、貴方に擁護していただかなくとも結構です。 私は今でも貴方を義兄と認めていませんし、これからも認めるつもりはありません。 病気で弱った姉様の気持ちにつけこみ近づいた、貴方みたいな男はね」

 

「いい加減にしなさい山城! 彼はそんな人じゃないわ!!」

 

「姉様も、そんな男にいつまでも夢中になるのはやめてください。 正直、今の姉様は見るに堪えませんから」

 

「山城………ケホ、ゴホッ…!!」

 

「大丈夫か扶桑!? 落ち着け、落ち着くんだ…!」

 

 

扶桑の怒声に耳を貸さず、山城は二人に背を向けるとすぐにその場を後にしていく。

いきなり大声を出したせいで苦しげに喘ぐ扶桑。 提督は扶桑にゆっくり呼吸をするよう促し、落ち着くまでゆっくり背中をさすってあげた。

しばらくさすると扶桑も落ち着き、ベッドに座り少し俯きながら、扶桑は提督に謝った。

 

 

「すみません。 つい興奮して……」

 

「俺のことはいいから、君は少し休んでくれ。 君の気持ちは嬉しいが、俺は少しでも君に長く生きてほしいんだ。 だから、今は自分の体を大事にしてくれ。 俺なら平気だから」

 

 

扶桑がベッドで横になるのを見届け、彼女が寝息を立てるまで提督は扶桑を見守っていた。

その後、提督が病室を出て廊下を歩いていると、そこには心配そうに窓から扶桑がいる病室を見つめる山城の姿。 何も言わずにそこに立ち尽くす山城へと、提督は声をかけた。

 

 

 

 

「…本当に、言わなくてよかったのかい?」

 

「貴方も分かっているんでしょ? 姉様が、もう長くないことを…… もうすぐここからいなくなる姉様に、どうしてあのような事が言えるというの!?」

 

 

提督に顔を向けないまま、今にも泣きだしそうな顔で声を震わせる山城。

そんな彼女に、提督も無言のままそこに立ち尽くしていた。

 

 

「姉様は心から貴方を愛してますし、貴方も姉様を真剣に想っていることは私も知っています! だからこそ、言えるわけがないじゃないですか!」

 

「私は貴方を義兄とは認めない! 認められるわけがない! だって… だって…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も、貴方を愛しているのだから!!」

 

 

山城は涙を流しながら提督の胸に顔をうずめ、提督も悲しげな表情のまま、泣きじゃくる山城の背中を優しく撫でた。

 

 

「姉様が貴方を好きになったように、私も貴方を好きになってしまったんです! 貴方が姉様を愛しているのは知ってます… でも、それでも私は貴方に振り向いてほしいのです!!」

 

「山城…… すまない、それでも俺は扶桑以外の女性を愛することは……」

 

 

提督が山城を諭そうとした次の瞬間、

 

 

「……えっ?」

 

 

提督は山城に押し倒された。 正面に見えるのは天井とまだ涙を流し続ける山城の顔。 山城に見下ろされたまま、提督は一瞬何が起きたか分からず呆然としていた。

 

 

「貴方が姉様に会わなければ、こんなことにはならなかった。 貴方が姉様を愛さなければ、私は貴方を愛さずにすんだ。 貴方が私の全てを狂わせてしまったのよ! 責任、取りなさいよ……!!」

 

「山城… なに、を…?」

 

 

山城はゆっくりと提督へと体を下ろしていく。 徐々に体を密着させながら、彼女は泣きはらした顔で提督の顔に自分の顔を近づける。

 

 

「今この時だけ……この瞬間だけでいい。 私を見て、私を愛してください…! 今この時だけ、貴方の全てを私にください!!」

 

 

山城がそう言って、提督に迫った瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ、カ―――ット!!」

 

 

撮影終了の合図が入り、山城は慌てて提督から離れた。

そして、傍で見ていたほかの艦娘は口々に見ていた感想を述べた。

 

 

 

 

 

「山城さんもすごかったー! プリンツさんに負けず劣らず、名演技だったよー!!」

 

「ほんとほんと! さっきのあれなんて、本当に司令官に迫りそうだったしね!!」

 

「あ、ありがとう。 正直、あれは私も緊張したわ…」

 

 

気恥ずかしそうにしながらも、名演技と周りからの称賛の声に嬉しそうに顔を緩ませる山城。

しかし、提督は困惑気味に山城へと尋ねる。

 

 

「な、なあ山城…? 台本ではお前が泣きついた後、俺が強引にお前を振りほどいて去っていくという流れなのに、ここ台本と内容が違ってないか?」

 

「えっ、あっ… え、えっとですね、それは……!」

 

 

提督の質問に思わずしどろもどろになる山城へと、扶桑も追い打ちをかけてきた。

 

 

「そもそもこの話は、最後に提督がベッドに横たわる私にキスをして結ばれるという内容なのに、どうしてこんな台本にもないことを勝手にやったのか、ぜひ私も教えてほしいわ、山城……」

 

 

その表情はいつもと同じおしとやかな笑みなのに、今の扶桑は鬼や姫も裸足で逃げ出しそうなほど強烈な怒りのオーラを放っている。 現に、近くにいた駆逐艦の子たちは涙目になりながら、皆遠巻きに逃げていた。

 

 

「そ、それはですね、姉様…! そ、そう! この話を少しでも良く魅せようと思いまして、アドリブを入れさせてもらったんです!」

 

「た、ただ提督がその場を去っていくだけではあれかと思いまして…! 迫る私を振りほどいて去っていくことで、提督がどれだけ姉様を真剣に愛してるかを演出したかったんです!」

 

「ふぅん……」

 

「まあ、そう言う事なら仕方ないか… もう許してやってくれ、扶桑。 そろそろ、次の劇を誰にするか選びたいからさ」

 

 

必死の山城の言い分に、目を細めながら生返事を返す扶桑。

それを見かねた提督が山城のフォローに入り、若干不満顔になりながらも、扶桑は提督の言う通りその場を後にしていくのであった。

 

 

 

 

 

「ふう… 山城やプリンツもそうだけど、扶桑やビスマルクもえらい気合が入った演技だったな。 正直、これ以上続けるのは恐ろしい気もするが……いかんいかん! 皆が真剣に劇に取り組んでるのに俺がそんなことを言ってては駄目だろう。 よし、次は誰が考えた劇を行うんだ?」

 

 

扶桑と山城がいなくなったのを確認し、提督は次に行う劇を尋ねると、艦娘たちの中から一人挙手するものが現れた。

 

 

「ハイ、提督。 でしたら、私の考えた話にしてもらってもよろしいですか?」

 

「おっ、お前が出るとは珍しいな。 分かった、台本を見せてくれ」

 

 

そういうと、提督は挙手を行った艦娘。 航空母艦『サラトガ』の持ってきた台本を受け取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び舞台は変わり、場所は人気のない静かな砂浜。

目の前に広がる青い海と空をじっと眺めるサラトガのもとに、提督は頭を掻きながらやってきた。

 

 

「…ここら一帯見て回ったが、ここには誰もいない。 どうやら、俺たちは無人島へと流されてしまったみたいだ」

 

「oh… そうでしたか。 本当に申し訳ありません、提督。 サラの不注意で提督を巻き込んでしまって」

 

「そこまで落ち込むなって。 俺たちが行方不明になった以上、皆が捜索に出ているはずだ。 ここを見つけてくれるのも、そうはかからないだろう」

 

 

暗い表情を見せるサラトガに、提督は台本片手にセリフを読み上げていく。 さすがに始めたばかりの劇のセリフを暗記するのは無理なので、提督はこうして台本片手に演技を行っていた。 先の二人の劇に関しても、同様だった。

 

 

「…それにしても、お前もとんだ不幸だったな。 艤装が急に動かなくなって、俺が船に連れて行こうと飛び込んだら二人とも波に流されてしまうとは……」

 

「…でも、サラは提督が助けに来てくれて、本当に嬉しかったです。 ありがとう、提督」

 

 

少し頬を染めながら、サラトガは隣に座る提督に寄り掛かった。

隣から香るいい匂いと彼女の柔らかい体に、提督は心臓が高鳴るのを感じる。

どうにか動揺を抑えながらも、これからどうしようかと提督が考えていると、サラトガは寄り掛かったまま提督に声をかけた。

 

 

 

 

 

「提督… こうしていると、まるでこの世界に私と提督だけしかいないみたいですね」

 

「まあ、確かにな。 いつもは皆と一緒だったから、こうして誰かと二人だけになるなんて考えたこともなかった」

 

 

提督は辺りを見渡すと、聞こえてくるのは波の音や鳥や虫の鳴き声。

いつもは自分のいる鎮守府で艦娘たちのにぎわう声ばかり聞いていたので、サラトガの言う通りこういうのは新鮮に思えていた。

そんな提督からサラトガはゆっくりと体を離す。 ようやく離れたかと提督が内心ほっとしたのもつかの間。 今度はサラトガが提督の腕に抱き着いてきた。

服の上からでもわかるほどの胸部装甲を押し当てられ、一気に鼓動が跳ね上がる提督。

提督の気持ちを知ってか知らずか、うっとりした表情でサラトガは提督へとささやきかける。

 

 

「提督… アダムとイヴって知ってますか? 世界で初めて誕生した二人の人間。 まるで、今の私達みたいですね♪」

 

「サ、サラトガ…? お前、何を言って……!?」

 

「提督、サラの言ったこと覚えてます? 提督が助けに来てくれて、本当に嬉しかったって。 でもそれは、助けに来てくれただけでなく、こうして提督と二人きりになれたことでもあるんです」

 

 

どぎまぎしながらも提督はサラトガに離れるよう促したが、サラトガは提督の腕に抱き着いたまま離そうとしなかった。

 

 

「提督は、いろんな子たちから慕われてますし、異性として想いを寄せてる子も大勢います。 でも、鎮守府では他の子の目があるから想いを告げることはできませんでした。 だから、サラは思わずにはいられなかったのです。 これは神様がサラに与えてくれたチャンスなんだって…!」

 

「ちょ、ちょっと待てサラトガ!? この劇、なんかおかし……!!」

 

 

提督が止める間もなく、サラトガは提督に抱き着いたまま倒れこんだ。 砂浜に倒れこみ、提督が上を見上げると、そこには息遣いの荒いサラトガが提督を抑え込んでいた。

 

 

「提督… 貴方がサラのアダムになってください! 前からお慕いしてた貴方と結ばれるのでしたら、この様な形であろうとサラは本望です! さあ、どうかサラを受け入れて……!!」

 

「サ、サラトガー!? さすがにこれはまずい、まずいって!!」

 

 

欲望にたぎった眼で提督に迫るサラトガと、必死に抵抗する提督。

さすがにカットを入れる間もなく、他の艦娘たち総勢でどうにかサラトガを抑え込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Sorry、提督… 提督と一緒に劇ができたのが嬉しくて、サラもつい舞い上がってしまいました……」

 

 

落ち着きを取り戻したのか、提督に深々と頭を下げるサラトガ。 それを見て、提督も苦笑しつつも言葉を返した。

 

 

「ああ… もういいって。 ただ、サラトガの考えた劇については今回はボツな。 さすがに、あんな過激な劇はお客さんに見せられないから」

 

「はい。 わかりました、提督…」

 

 

とぼとぼと肩を落としながら、サラトガはその場を去っていく。 それを遠目から見てたプリンツは、一人小声でつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさかサラトガさんってばあんな強引に行くなんて…! 危なかった、危うく提督さんをとられるところだった…!!」

 

「うん、こうしちゃいられないわ! 絶対に、私の考えた演劇を採用してもらって、提督さんの唇を奪わなきゃ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、プリンツと同じように別の場所から提督とサラトガの二人を見ていた山城は、唇をかみしめた。

 

 

 

 

 

「どうにか未遂に終わったけど、あんなに提督にくっつくなんて、なんて子なの!? …とはいえ、私も少し焦りすぎたわ。 どうにか、提督に私たちの考えた劇を採用してもらわないと…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、艦娘たちが異常に演技に力を入れていたのにはわけがあった。

それは、当日の劇で自分の考えた話を採用してもらいたいというものだったが、それ以上に劇にかこつけて提督の唇を奪おうとしていたからだった。

この鎮守府の艦娘たちは、皆提督を異性として好意を抱いているが、想いを伝えようにも他の艦娘に阻まれうまくいかずにいた。

そんな折入ってきたのが今回の演劇活動だった。

鎮守府では想いを伝えようにも妨害が入る。 だが、劇に乗じ演技と称して提督に直接キスしてしまえば、他の艦娘たちより大きくリードできるし、見物人がいるまえでの劇だから他の艦娘たちの妨害される心配もない。

それに、誠実な提督のことだから、キスに乗じて想いを伝えればほぼ成功といっても過言ではない。

だからこそ、皆は自分の考えた劇を採用してもらおうと躍起になっていたのだ。

だが、サラトガのように中には劇の採用中に直接襲おうとする輩も出てきたのを見て、彼女たちはより慎重にならざるを得なかった。

プリンツや山城だけでなく、ビスマルクや扶桑も同じ理由で虎視眈々と提督の恋人の座を狙っているが、プリンツや山城の意外な行動に肝を冷やしていた。

 

 

 

 

 

 

「サラトガもそうだけど、まさか貴方もアドミラルを狙ってるとはね、プリンツ… でも、そうはいかないわよ。 何としても、あの人の隣はこのビスマルクが手に入れて見せるわ!」

 

 

 

 

 

「山城があんな大胆な行動に出るとは、うかつだったわ… 次やるときは、山城に代わって私が近くにいられる役にならないと…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府内では、今日も自分の願望をかなえるべく艦娘たちがどんな劇をしようか思案している。 そして、当の本人である提督は…

 

 

 

 

「それにしても、ほんと皆気合の入った演技をしてくるよな… よーし、俺も皆の気持ちに応えるためにも、きっちりどの劇を採用するか考えないとな!」

 

 

自分が彼女たちから狙われている事については露知らず、今まで出てきた案でどれを採用しようかと、一人執務室で頭を巡らせるのであった。

 

 

 



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裏返りの愛模様

ようやく新しい話が出来たので、投稿します。
最近は天気や気温の変わりっぷりが激しくて、大変ですね。 自分もちょっと風邪気味で、鼻水がつらいです…
まあ、そんな状況でもできたこの話、楽しんでもらえるとありがたいです。





 

 

 

「ん、ああ… ここ、は……」

 

 

痛む頭を押さえながら男が体を起こすと、そこは小さな部屋だった。

白を基調とした簡素ながらも清潔な部屋で、見た感じ病院の一室といった雰囲気だった。

男はベッドで眠っていたようで、彼の前には白いシーツがかけられている。

 

 

「ここは、一体…? 俺は、何をしてたんだ?」

 

 

男がベッドから起き上がろうとすると、全身がズキズキと痛みだす。

突然自分を襲う痛みに男は悶え、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 

 

「痛っ…!? ど、どうなってるんだ…!? 俺の身に、一体何があったんだ…!?」

 

 

ベッドに倒れこんだまま、男は目を覚ます前の出来事を思い出そうとする。 しかし、痛む体と頭では満足に思考が働かず、ただ男はベッドの上で悶えることしかできなかった。

その時、ベッドの向こうにある扉が開き、男に声をかける者がいた。

 

 

 

 

 

「提督、ようやく目を覚ましたか! 長いこと眠っていたから心配したんだぞ!」

 

「あっ… 長門…? 俺は、今までどうしていたんだ?」

 

 

部屋に入ってきた人物。 それは長門型戦艦のネームシップの名を持つ艦娘、長門だった。

長門から提督と呼ばれた男は、痛む体を起こしながら自分が起きる前の出来事を問うと、長門は驚いたと言わんばかりの面食らったような表情を見せた。

 

 

「提督、貴方こそ覚えていないのか? あの大規模な敵艦隊を迎撃するため、提督自ら現場で指揮をとったことを…!?」

 

 

長門がそう尋ねるも、未だにハッキリ思い出せないという提督に、長門は提督が目を覚ます前のことを話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは数日前。 彼が提督を務める鎮守府に、大本営から通達が入った。

なんでも、深海棲艦の大群がこの鎮守府のある海岸線へと向かっているらしく、それを迎撃してほしいというものだった。

そこで、提督は主力である長門を筆頭とした連合艦隊で迎え撃つことになったが、現状では敵側に関する情報が少なく、有効な対応策が分からない。

そのため今回の出撃は、提督も自ら現場で戦況を観察しながら指揮を執ることとなった。

提督自ら戦況を確認できればその分より的確な指揮をとれるし、結果的に情報の不足を補える。

しかし、それは同時に提督自身に身の危険が訪れることを意味していた。

艦娘たちは提督が戦場に出ることに猛反対したが、この方法が被害を食い止めるには最良の選択なんだという提督の言葉に、彼女たちは渋々引き下がるしかなかった。

そして作戦当日。 提督も護衛の艦娘を同行させた状態で現場に向かい、艦娘たちへと指示を出していた。

予想通り敵の数は多く激しい戦いになったが、艦娘たちの奮闘と提督の迅速な指揮のおかげで戦局はこちらに向いていた。

だが、結果的にそれが油断を招いてしまった。

敵の潜水カ級が海中から魚雷を発射。 水上の戦闘に気を取られていた提督と艦娘たちはそれに気づかず、魚雷は提督の乗っていたボートを派手に吹き飛ばした。

護衛艦の背後で、ボートは派手な音を立てながら消し飛び、提督はそのまま海へ放り出されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「…それで、連中を迎撃した私たちは海に浮かんでいた提督を連れていき、ここで看病していたんだ」

 

 

長門から一連の話を聞いた提督は、少しずつだが自分が意識を失う前の出来事を思い出した。

 

 

「そうだ… あの時俺は、クルーザーから皆に指示を出していたが、突然の衝撃とともに体が浮きあがったと思ったら、そのまま海に落ちたんだ」

 

「ようやく思い出してくれたか。 あの後、貴方は3日も目を覚まさなかったから、みんな死んだのではないかと心配したんだぞ」

 

 

提督の無事を知って安堵の笑みを浮かべる長門に、提督は申し訳なさそうに俯いた。

 

 

「そうだったのか… すまないな、皆に心配かけて。 早くケガを治して、俺も鎮守府に戻るからな」

 

「ああ、皆にもそう伝えておく。 じゃあ提督、私はこれで失礼するよ」

 

 

長門は腰を上げ、部屋を出るためドアに向かう。 その時、去り際に彼女は足を止め提督に言った。

 

 

 

 

 

「ああ、言い忘れるところだった。 鎮守府の方なんだが、建物の損壊や資材の消耗が激しく、復興に時間がかかりそうなんだ。 しばらくは皆そっちにかかりっきりになりそうだから、お見舞いには一人ずつしか来られそうにない。 すまない…」

 

「いいさ。 今は鎮守府の方が大事だし、俺が回復してそっちに戻ればいいだけの話だ。じゃあ長門、しばらくの間そっちは頼んだぞ」

 

「分かった。 提督も、体に気をつけてな」

 

 

その言葉を最後に長門は部屋を出ていき、提督も彼女の背中に向かって小さく手を振るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 眠っていた提督が目を覚ますと、窓には外からの日光が差し込み、彼のいるベッドの傍らには朝食が乗ったトレーを持つ加賀の姿があった。

加賀は提督が目を覚ましたことに気づくと、かすかに口元を緩め、ぎこちないながらも笑顔を作り挨拶した。

 

 

「おはようございます。 起きましたか、提督」

 

「おはよう。 来てくれたんだな、加賀。 わざわざ食事まで持ってきてもらってすまないな」

 

「お気になさらず。 私がやりたくてやった事ですから」

 

 

どこか気恥ずかし気に話す加賀を見て、提督も「そうか…」と短い返事を返すと、朝食を食べようと食事に手を伸ばした。

怪我のせいで思うように体は動かせないが、これぐらいなら大丈夫だろうと提督がスプーンを取ろうとすると、横から加賀がスプーンを取り上げてしまった。

 

 

「あっ… おい、加賀? 何を……」

 

「提督、貴方はまだケガで体を満足に動かせないでしょ? だから…」

 

 

加賀はそう言って、スプーンで食事を掬い上げると提督の口元に持っていく。 いわゆる、あーんしてというやつだ。

 

 

「さっ、口を開けてください。 提督」

 

「か、加賀…!? それくらい、俺が自分で食べる…!」

 

「駄目です、無理に体を動かして悪化させたら本末転倒です! さっ、あーんしてください」

 

「…わ、分かったよ……」

 

 

加賀の気迫に気圧された提督は、彼女の言う通り口を開けると食事を食べさせてもらった。

その間、加賀は黙々と提督に食事を与えていたが、心なしかその時の彼女の表情はこの上なく幸せそうに見えた。

食事を終えると、提督は加賀と話しをした。

初めこそ他愛のないおしゃべりで会話に華を咲かせていたが、長門が言ってた迎撃戦の話になると、加賀は急に表情を曇らせた。

 

 

「あの戦い……ですか。 それについては本当に申し訳ございませんでした。 私の力至らぬせいで、提督をこの様な体にしてしまって……」

 

 

加賀はスカートのような袴を握り締め、静かに唇をかみしめながら己の不甲斐なさを悔やむ。 だが、そんな彼女に提督ははっきりと言った。

 

 

「そんなわけないだろう! あれは艦隊戦の指揮に気を取られるあまり、自身の警戒を怠った俺の落ち度だ。 お前はただ俺の指示を的確にこなしてくれただけで、お前は謝ることなんて何もしていないんだ」

 

「それに、お前たちが奮闘してくれなければ被害はもっと甚大なものになっていた。 お前たちのおかげでこの程度の被害で収まったんだ。 だから、そんな暗い顔をせず胸を張ってくれ」

 

 

提督の力強い言葉に励まされ、加賀は顔を上げるとしっかり頷いた。 その顔つきは、いつものように自信に満ちた彼女の顔だった。

 

 

「提督… はい、わかりました。 では、私もこれで失礼させていただきます」

 

 

提督に一礼し、加賀は部屋を出ていく。 その時、ドアの向こうから顔を出し、彼女は小声でささやいた。

 

 

「提督… 早く良くなってくださいね……」

 

 

そう言って、加賀はそそくさと病室を後にし、提督もまた姿の見えなくなった加賀の言葉に、静かに頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加賀がお見舞いに来た次の日。

提督も大分体力を取り戻し、このままでは体が訛るとトレーニングがてらベッドから起きて窓から外を眺めていた。

そんなおり、いつものように扉からノックの音が聞こえ、提督は「どうぞ」と返事をする。

中に入ってきたのは二人の艦娘で、提督の姿を見た途端に血相を変えて駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「司令官、本当に無事だったんですね! 良かったぁ…」

 

「私達、司令のことずっと心配していたんです! でも、こうして生きててくれて、安心しました…!」

 

「ああ、春雨。 萩風もよく来てくれた。 お前たちも無事なようで、俺も安心したよ」

 

 

部屋に入ってきた二人の艦娘、春雨と萩風は提督が元気でいるところを見ると、涙を流しながらその場にへたれこんだ。

初めこそ提督の無事を喜んでいた二人だったが、涙をふくと突然怒り出した。

 

 

「でも、勝手にベッドを抜け出すのはダメじゃないですか! まだちゃんと怪我が治らないのに、危ないです!」

 

「そうですよ司令! まだ病み上がりなんですから、今はしっかり休んでください!」

 

 

二人に言われるままに提督もベッドに腰掛けると、二人はようやく落ち着いてくれた。

 

 

「もう、心配させないでください。 今鎮守府は、ただでさえ司令官がいない状態で不安定なんですから」

 

「それはすまなかった。 一応、体はよくなってきたから、いつも通り動けるようトレーニングをしてたんだが…」

 

「それでも、今は怪我がちゃんと治るまでは勝手にトレーニングしないでください! 指令に何かあったら萩風は………あっ、いえ! 皆さんがとても悲しみますから…!」

 

 

春雨と萩風にそう諭された提督は、すまなかったと謝ると二人の頭をそっと撫でた。

その行為が意外だったのか、二人は一瞬驚きの表情を見せる。

 

 

「…あれ? どうかしたか二人とも」

 

「あっ、えと…! 急に頭をなでるからびっくりしちゃいまして…!」

 

「えっ? お前たちが作戦に向かうときはいつもこうして励ましてただろ? そんなに意外だったか?」

 

「す、すみません…! 久しぶりだったものですから、驚いてしまいました…!」

 

「そうか、すまなかったな。 わざわざ見舞いに来てくれたのに驚かせてしまって」

 

 

提督は申し訳ないと思って手を離そうとしたが、二人は提督の手を自分の頭に押し当ててもっとしてほしいと催促。 困惑しながらも、提督は二人の望むまま、しばらく頭をなでるのであった。

 

 

「その… 二人ともごめんな。 護衛として同行させておきながら、余計な心配をかけてしまって」

 

 

頭をなでながら、提督は二人に謝りかける。 その言葉に、二人は頭を上げて提督を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

実はあの戦いのとき、提督の護衛艦を務めていたのが春雨と萩風の二人であり、提督も自分のミスでこのような結果を招いてしまったことを心底申し訳ないと感じていた。

暗く落ち込んだ提督の顔を見て、二人は顔を合わせると、そっと提督の手を取った。

 

 

 

 

 

「どうして司令官が謝るんですか? あの時、司令官は危険を顧みずに私たちを懸命に指揮してくれたじゃないですか。 だから、司令官が謝る必要なんてありませんよ…」

 

「春雨…」

 

「それに、本当に謝るべきは萩風たちの方です。 指令の護衛という役目を受けながら、司令にこんなひどい怪我を負わせてしまったこと、本当にすみませんでした。 司令… 萩風は、護衛艦失格です……」

 

 

あの時のことを思い出してか、二人もまた手を取ったまま悲しげな顔で提督に守れなかったことを静かに詫びる。

そんな彼女たちの姿に、提督は首を横に振って、

 

 

「そんなことはない。 お前たちが頑張ってくれたおかげで、民間への被害も防げたし、俺もこうして生きていられたんだ。 情報もほとんどないあの状況で、お前たちはここまでやってくれたんだ。 それを思えば、俺のこのケガだけですんだのは、むしろ僥倖だったと言える。 だから、お前たちもそんな暗い顔を見せず、この国と俺を守れたんだと胸を張ってくれ」

 

 

提督に励まされ、ようやく笑顔を見せた春雨と萩風。

感動のあまり思いっきり抱き着いてきた二人を、彼もまた何も言わずに抱きしめてあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼女たちは毎日提督に顔見せに来ては他愛ないおしゃべりをして過ごしてきた。

時は流れ、提督のケガもすっかり良くなったある日のこと。 提督は病室で長門から今日あったことを話し合っていた。

 

 

「それで、皆が復旧に勤めてくれたおかげで、大分こっちもよくなってきた。 これで、いつ提督が戻ってきても大丈夫だと皆言ってたよ」

 

「そうか、皆頑張っているようで何よりだ。 俺も向こうに戻ったら、何かお礼をしなくちゃならんな」

 

 

提督がベッドで腕を組みながら頷いていると、さっきまで楽し気に話をしていた長門は急にもじもじと不自然な様子を見せた。

 

 

「…? どうした、長門?」

 

 

若干顔を赤くしながら口ごもる長門に尋ねると、彼女は気恥ずかしげに視線だけを提督の方へとむけた。

 

 

「お礼、か… なら、これを誰に渡すか教えてくれないか?」

 

 

長門がスカートのポケットから取り出したもの。 それは黒い小さな小箱だった。

 

 

「前から貴方がこれを誰に渡すのか、皆気になっていたんだ。 だから、もしできるのなら今ここで、その答えを聞かせてほしいんだ……」

 

 

それは提督がいずれ自分にとって大事な艦娘に渡そうと、今まで肌身離さず持っていたものだった。

 

 

「ああ… 今までなかったと思ったら、お前が持っててくれたのか。 てっきり、海に落としてしまったのかと思ってたんだ。 ありがとう、拾ってくれて」

 

 

提督は長門から箱を受け取ると、蓋を開けて中に入っているものを確かめる。 小さな箱の中に収められているリングをじっと見つめると、蓋を閉じた。 そして……

 

 

 

 

 

 

 

「長門、こっちに来てくれ」

 

「なんだ、ていと…く……?」

 

 

こちらにやってきた長門の手を取ると、提督はそっと彼女の手に箱を置いたのであった。

 

 

 

 

 

「これは、お前のものだ。 俺から、お前に渡すためのものだ」

 

「て、てい…とく…!? それは…どう、いう……?」

 

 

ドギマギしながらも提督に尋ねる長門。 そんな彼女の顔を見つめながら、提督は、

 

 

「俺は元々、このリングを皆に渡そうと考えていたんだ。 皆が無事に戻れる可能性を少しでも上げるためにな」

 

「ただ、そのけじめとして俺が一生を共にしたいと思った相手に初めてこれを渡すと決めていたんだ。 だから俺は、お前に最初にこれを渡したい」

 

 

そう言って、提督は長門の手に自分の手をそっと添えた。

 

 

 

 

 

 

「長門。 お前には、これからも俺と一緒にいてほしい。 部下としてではなく、家族として共に来てくれないか?」

 

 

提督の告白を聞いて、初めこそ動揺していた長門だったが、自分の手を握る提督の顔を見ると、フッと静かに微笑み、

 

 

 

 

 

「提督。 私はこれからも貴方と共にいる。 部下として、家族として、貴方の傍にいる。 約束するよ」

 

 

二人は、病室のベッドの上で何も言わずにそっと抱き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく二人で静かな時間を過ごしていたが、長門はそろそろ仕事に戻らないとと言って、提督に見送られながら部屋を後にした。

誰もいない廊下を長門は一人歩く。 しばらくは無言のまま歩いていたが、不意に足を止めると、

 

 

 

 

 

「ようやく… ようやく提督が私に指輪をくれた。 嬉しい… うれしいわ――!! ア――ハッハッハッハッ!!」

 

 

突然一人高笑いを浮かべだした。 その様子はいつも凛とした姿を見せる彼女とは別人のように、彼女の高笑いは廊下中に響き渡っていた。

 

 

「うるさいぞ。 いくら嬉しいからと言って、こんなところで叫ぶな! 提督に気づかれたらどうするんだ!?」

 

 

一人笑い声をあげる長門に叱責してきたのは、以前提督のお見舞いに来ていた加賀だった。

自分に声をかける加賀に、長門はうすら笑いを浮かべながら振り返る。

 

 

「ああ、ごめんなさい。 私ったら、嬉しさのあまり気が高ぶっちゃった。 だって…」

 

 

長門は頭のヘッドギアに手をかけると、それをはずした。 すると、彼女の姿は見る見るうちに変貌していき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アノ人、私ヲ最初ノケッコン相手ニ選ンデクレタノダカラ、嬉シクナイワケナイジャナイ」

 

 

そこにいたのは艦娘・長門ではなく、深海棲艦の姫の一人、戦艦棲姫だった。

 

 

 

 

 

「全く… 気持ちは分かるが、最後まで気を抜くな。 お前も分かっているだろ?」

 

 

戦艦棲姫を目の当たりにしているのに、動じる様子を見せない加賀。 彼女も、自分の頭につけられている髪留めをはずすと、瞬く間に髪が白くなり、

 

 

 

 

 

「途中デ提督ニバレタラ、コノ計画ガ台無シニナッテシマウ。 ソウナレバ、アノ人ヲココニ引キ止メラレナインダゾ!」

 

 

戦艦棲姫と同じ深海棲艦の姫の一人、空母棲姫へと姿を変えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては彼女たちが仕組んだ計画だった。

戦艦棲姫達は、あの日の大規模な戦闘にまぎれ、海に放り出された提督をここまで連れてきていた。

ここは元々他の人が暮らしていた島だが、今は深海棲艦に占拠されてしまい、島民は一人もいない。 彼女たちはここへ提督を軟禁することにした。

そして提督に怪しまれないよう、戦艦棲姫達は彼の知り合いである艦娘に成り済ますことで、彼と交流をとっていたのだ。

なぜ、わざわざこのような手の込んだことをするのかというと、理由は簡単。

艦娘たちが提督を慕っているように、深海棲艦である彼女たちもまた、彼に好意を抱いていたからなのだ。

彼の優秀な指揮はもちろん、部下を大事に思うその人柄は艦娘だけでなく深海棲艦さえ惹きつけた。

しかし彼は敵である艦娘たちの提督。 それをどうやって自分たちのものにするか? 考えた末に出たのが今回の強襲作戦だった。

大規模な戦闘に乗じて提督を奪い、自分たちと親交を深めケッコンカッコカリという形で絆を結び、彼を自分たちの提督にする。

それが、彼女たちの狙いなのであった。

 

 

 

 

 

 

空母棲姫にたしなめられた戦艦棲姫は、余裕からかどこか意地の悪い笑みを向ける。

 

 

「ソウ言イナガラモ、貴方コソ提督トノ時間ヲ楽シンデイタジャナイ。 ワザワザアンナ理由ヲツケテ、提督ニ食事ヲ食ベサセテタンダカラ」

 

「ア、アレハアクマデ私ガ加賀ダト思イ込マセルタメノ演技デアッテ、ソンナ下心カラデハナイ!」

 

「ソノ割リニハ、随分嬉シソウニヤッテタデショ。 コッチニ戻ッテカラモ、貴方シバラクニヤケキッテタジャナイ」

 

「ソ… ソレハ…!!」

 

 

ぐうの音もでず、空母棲姫が顔を赤くしながら縮こまっていると、

 

 

「何ソレ… 空母棲姫ダケズルイ!」

 

「ソウヨ! 私達ダッテ、司令トモット触レ合イタカッタノニ…!!」

 

 

春雨に扮していた駆逐棲姫。 萩風に扮していた駆逐水鬼が空母棲姫へと文句を言ってきた。

もっとも、自分たちも提督に頭をなでてもらい、ご満悦だったことは棚に上げているが……

 

 

 

 

 

「ソ、ソレヲ言ウナラ、一番最初ニ指輪ヲモラッタ戦艦棲姫コソ許セナイダロ! 私達ヲ差シ置イテ、自分ダケ提督トケッコンシタノダカラ…!!」

 

 

空母棲姫に指をさされ、二人は戦艦棲姫に怒りの矛先を向けるが、当の本人である戦艦棲姫はしれっとした態度で言葉を返した。

 

 

「ソレニツイテハ、提督モ後カラ指輪ヲ渡スッテ言ッテタンダカラ、ソンナニ怒ラナイデチョウダイ。 モットモ、アノ人ハ私ニゾッコンミタイダケド♪」

 

 

余裕しゃくしゃくの戦艦棲姫の態度に、三人は歯ぎしりしながら顔をしかめる。

だが、空母棲姫は一息ついて落ち着きを取り戻すと、ニヤリと笑いながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「……マア、イイ。 時間ハタップリアルンダ。 アノ方ニケッコンシテココニ居テモラエレバ、イクラデモチャンスハアル。 今ノウチニ、セイゼイ優越感ニ浸ッテイルトイイ」

 

 

さすがにその発言には琴線が触れたのか、戦艦棲姫は少しだけ目を細めると、空母棲姫に視線を向けた。

 

 

「フーン… 言ッテクレルジャナイ。 デモネ、私モオイソレト提督ヲ渡スツモリハナイカラ覚悟シナサイヨ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく、遠く離れた鎮守府では本物の長門たちが血眼になって彼を探していることだろう。

だが、奴らがここをかぎつけたところでもはや手遅れだ。

こちらはすでに彼とのケッコンを済ませているし、いずれはそれ以上の関係を作るつもりだ。

そうなったら、もし私たちが深海棲艦だと知ったところで、誠実なあの人は果たして我々を見限れるだろうか…?

まあ、もしそうなったところで、あの人を渡すつもりはない。 お前たちの提督は、もう私たちのものなんだ。

誰であろうと絶対に譲らない…! たとえ、同じ深海棲艦だとしてもだ…!

 

 

 

 

「ソレジャ、今度ハ私ガ提督ノ様子ヲ見ニ行コウ。 アノ人ニナニカアッテハ大変ダカラナ」

 

 

空母棲姫は外していた髪留めを付けなおすと、一瞬で艦娘である加賀の姿に変わり、悠々とした足取りで提督のいる病室へと向かっていった。

 

 

「見ていろ長門。 お前にだけ良い思いはさせないからな」

 

「いいわよ加賀。 私も、貴方の好きにさせるつもりはないからね」

 

「それは私達だって同じなんだから!」

 

「そうよ! 私達も、絶対に司令から指輪をもらって見せるから、待ってなさいよ!」

 

 

空母棲姫が振り返ると、そこには長門に変身した戦艦棲姫が不敵な笑みを浮かべ、傍らでは春雨と萩風に姿を変えた二人が、彼女をじっと睨み付けている。

それを見た空母棲姫は、動じることなく三人に背中を向け廊下を歩いていくのであった。

 

 

 



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正体不明のガールフレンド

どうも、ようやく新しい話が出来たので投稿しました。
今回は出したい展開を書いてたら思いのほか長くなってしまい、前・後編の投稿となります。
おまけに、今回の話は艦娘がほぼ不在という……(汗
一応、後編についてはなるべく早く上げていきますので、よろしくお願いします。





 

 

 

ある日の夕暮れ。 空はお日様が今日の務めを果たし、代わりに月と星が今日も一日頑張るぞと言わんばかりに輝きだす。

その下では、先が見えないほど長くひかれた線路をたどって、電車が一日仕事を終えて来た人々を駅へと運んでいく。

電車の中ではほかのサラリーマンたちに交じって、一人の青年がスマホをいじりながら電車が駅に着くのを待っていた。

 

 

「おっ、ちょうど遠征組も戻ってきたみたいだな。 よし、補給を終えたら少し休んでてくれ」

 

 

彼は慣れた手つきでスマホの画面をなでながら、画面を操作していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦隊これくしょん。

今、青年がはまっているゲームで、軍艦を擬人化させた少女たち『艦娘』を育成するというものだ。 史実を交えたキャラへの作りこみからプレイヤーがものすごい勢いで増えていき、サービス開始から数年たった今でも根強い人気を誇っていた。

ただ、これは本来ブラウザゲームなので、パソコン以外では遊ぶことができないのだが、運営はそれを聞いてあるサービスを行った。

それは、抽選を行い選ばれたプレイヤーはスマホからゲームをプレイできるようになるというもので、このサービスのおかげで多くのプレイヤーたちは場所を問わず遊べるようになったという。

そして、彼もまた抽選で選ばれたプレイヤーの一人で、今は電車が駅に着くまでの待ち時間を使って、日課の遠征確認を行っていたのであった。

 

 

 

 

 

全員が遠征から戻ってきたのを確認すると、彼はスマホをかばんの中にしまい、自分の膝の上に置いた。

 

 

「いやー、それにしてもほんとこのシステムは便利だよな。 おかげで遠征の効率は上がるし、何より好きな時に皆の顔を見ることができる。 運営、マジグッジョブだぜ!」

 

 

彼が歓喜に震えていると、電車は目的の駅に着いたらしく、彼はかばんを持つとそのまま電車を降りた。

 

 

「あわよくば、このままじかに皆の顔を見れたらな~。 ……って、さすがにそれはないか。 アホなこと言ってないで、明日も頑張るか」

 

 

自分の言った言葉に呆れながら、青年は改札から駅を出ると、家路につくため一人薄暗い道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、彼は気づいてなかった。 誰も操作していないはずのスマホに、光がともっていることを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 身支度を整えた青年は、いつものように自宅のアパートから出ると、職場に行くため駅へ向かおうとしていた。

そんな時、アパートの前を掃除している大家さんと出会い、いつものように挨拶をした。

 

 

「あっ、おはようございます。 大家さん」

 

「やあ、おはよう。 君は、これから仕事かい?」

 

「ええ。 今日も、朝から電車でもみくちゃにされなきゃですから、今から気が重いです」

 

「あはは。 それもまた、社会人の宿命ってやつだね」

 

 

苦笑しながら話す青年に、大家さんもカラカラと笑う。

これだけだったらいつもの日常で終わっていたのだが、この日は違っていた。

 

 

 

 

 

 

「確かに、世の中は仕事以外でも大変なことはあるが、気を強く持ちなさい。 何かあったら、遠慮せず私や恋人に相談するんだよ」

 

「へっ? 大家さん、恋人って……」

 

 

大家の言葉に思わず彼は目を点にする。 何故なら、彼はアパートで一人暮らしの身で独身。 同僚などの知り合いはいるものの、恋人どころか女性の知り合いは全くいなかったからだ。

だが、そんなことを知ってか知らずか、大家はにやけながら彼を肘で突っついてくる。

 

 

「何言ってるんだ。 お前さん、あんな別嬪さんと知り合いなんだろ? それに、彼女はお前さんに差し入れを渡したいとわざわざ持ってきたんだよ。 あの時は仕事でいなかったから私が代わりに預かったけど、あの子直接お前さんに渡したかったって肩を落としてたよ」

 

 

大家はいったん自宅に戻ると、彼女から預かっていたという差し入れを彼の元へ持ってきた。 紙袋の中には、彼の好きな料理が詰められた保存用の容器があった。

その光景に青年の心臓は早鐘のようになり続け、額からは冷や汗が流れてくる。 何せ、知り合いである同僚も、ここまで自分の好みについては知っていない。

なのに、自分の彼女を名乗る人物は、なぜここまで自分の好みを知っているのか?

おのずと、差し入れを持つ手が震えてきた。

 

 

「いや、それにしても、長い銀髪が素敵な和風美人だったねー。 そのうえ、若いのに礼儀正しいし、今時珍しいよあんな子は。 大和撫子っていうのは、彼女の為にある言葉だろうね」

 

「じゃあ、私はこれで失礼するよ。 君も、彼女に嫌われないよう気を付けなよ」

 

 

楽し気に青年を茶化しながら、大家は自分の部屋へと戻っていく。

しかし、一人残された青年は全く知らない相手からの贈り物に、ただただ言いようのない恐怖に駆られていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し入れを家に置いてきた青年は、電車に乗った後、急ぎ足でいつも働いているオフィスに顔を出し、隣の机で仕事の用意をしている同僚へと朝の挨拶をした。

 

 

「おはよう。 今日も一日、よろしくな」

 

「おう、おはよう。 今日はいつもより遅かったが、何かあったんか?」

 

「あ、ああ… 家を出る前に大家さんと話し込んじゃってさ。 それで遅れちゃったんだ」

 

 

苦笑いを浮かべながら、青年は同僚へと返事を返す。 身に覚えのない彼女のことは話さなかった。 …というより、話したくなかった。

気にならないわけではないのだが、今気にしていては仕事に差し支えるし、何より今はそのことを少しでも早く忘れたいからだ。

しかし、そんな青年の不安とは裏腹に、同僚から出た言葉に彼は耳を疑った。

 

 

 

 

 

「そうだったのか。 でも、それは感心しないぜ。 せっかく弁当を届けに来てくれたのに、お前がいないからって物だけ置いて帰っていったんだぞ」

 

「えっ…? それって、いったい誰のことだ?」

 

「何言ってんだお前? お前の彼女を名乗る子が、ここへ持ってきたんだぞ!」

 

 

あきれ顔を向ける同僚に対し、青年は今朝の出来事を思い出し、顔が青くなった。

よもや、大家だけでなく同僚のところにまで顔を出しているとは思わなかったのだから。

 

 

「ほんと、お前も隅に置けないよな。 一体どこであんなかわいい子と知り合ったんだよ? あの子さ、お前に食べてほしいってウキウキしながらここへ来てたんだぞ。 それが、いないと分かったときのあの子の落ち込みぶりときたら、こっちが見てて申し訳ないレベルだったぜ」

 

 

恐怖で震える青年とは裏腹に、同僚はうらやまし気な口調で話を続けるが、同僚の話がひと段落したのを見計らうと、彼は意を決して同僚に尋ねてみる。

 

 

「な…なあ…… その、女の子っていうのは、銀色の長髪をした和風美人だったか?」

 

 

恐る恐る彼は自分の彼女を名乗る人物について聞くと、同僚は一瞬考え込むが、すぐに首を横に振った。

 

 

 

 

 

「うーん… 確かに銀髪だったけど、和風美人ってイメージじゃなかったな。 その子、軍服のような制服と帽子をしてたし、髪もツインテールにまとめてたから、美人というよりかわいいと呼んだ方がしっくりくる感じだったな」

 

「そ、そうなのか…?」

 

「どうしたんだお前、急にそんな質問をして? 自分の彼女なのに、どんな感じか忘れちゃったのかよ?」

 

「あっ… いや、それは…」

 

「ははーん… さては俺に自分の彼女がどう見えてるか自慢する気だな。 羨ましいなクッソー!!」

 

「あ、あはは……」

 

「まあ、いいや。 もし今度彼女が来たら、その子の親友とか紹介してくれよな! 頼むぜ♪」

 

 

同僚の勘違いに青年は無難に愛想笑いをしてごまかしていると、同僚は最後にそう言って仕事に戻った。

青年も仕事の準備を行うが、疑問を感じずにはいられなかった。 なぜ、大家の話と同僚の話が食い違っているのか?

単なる感性の違いか、それとも……

 

 

 

 

 

「…考えてても仕方がない。 とりあえず、今日の作業をこなさないとな」

 

 

青年は自分にそう言い聞かせると、仕事を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けに照らされ、仕事を終えた青年は重い足取りで電車に乗り込む。

あれから、例の自分の彼女を名乗る女性のことが気になってしまい、仕事に身が入らなかった。

同僚が預かっていたという弁当は、そのまま捨てるのも恐ろしかったので、渋々食べることにした。 皮肉なことに、味はとてもおいしかった。

しかし、それでも気味が悪いことに変わりはない。

あの後は、また自分の知らないうちに知り合いに接触したという話は聞かなかったが、いつまたこの様な事があるかと思うと、彼も気が気ではなかったのだ。

 

 

「はあ… 一体誰なんだよ? わざわざ俺みたいなやつの彼女を名乗るなんて……」

 

 

青年はため息交じりにスマホを取り出すと、いつものように艦これを起動し遠征が終了した艦娘たちの補給を行う。

その後、演習をこなすと今回の旗艦を務めた鹿島へ補給を済ませた。

 

 

『提督さん。 いつも、ありがと♪』

 

「あはは… ゲームと分かってても、鹿島のこのセリフには癒されるな」

 

 

普段聞きなれたボイスも、今この時は彼の不安を和らげてくれるので、青年は思わず笑みをこぼす。

いつもならこのまま続けていたが、この日は不安に対するストレスと仕事の疲れがあったので、青年は早めに切り上げるためスマホをかばんに戻そうとする。 その時だった。

 

 

 

 

 

『提督さん、大丈夫? 鹿島、心配です…』

 

「えっ?」

 

 

聞きなれないボイスに思わず戻そうとしたスマホを取り出す青年。 しかし、画面にはいつも開いているスクリーンが映っているだけで、それ以外に変わった様子はなかった。

 

 

「今のボイスは一体… 新しいのが実装されたのか?」

 

 

首をかしげながらも、青年はスマホをしまうと目的の駅に着くまで、ぼうっと外の景色を眺めていたのであった。

 

 

 

 

 

家路についた青年は、ドアの前につくと鍵を開けようと鍵穴に差し込むと、

 

 

「あれ…?」

 

 

すんなりと回る鍵穴に違和感を感じる。 なぜか鍵が開いているのだ。 今朝家を出るときは確かに閉めたのに…

まさか、例の女が自分の家に忍び込んだのでは…!?

彼は慌ててドアを開けると、部屋の奥にいたのは……

 

 

 

 

 

 

「おや、お帰り。 こうして会うのは久しぶりね」

 

 

笑顔でこちらに向かって手を振る母親の姿があった。

 

 

「なんだ、お袋かよ… 脅かさないでくれ…」

 

「急にやってきたのは悪かったわ。 実は、急用があってこっちへやってきてね。 せっかく来たんだからってことで、あんたの顔を見に立ち寄ったのよ」

 

 

軽い口調で謝る母親に青年はほっと胸をなでおろし、家に上がり込んだ。

青年の家族はここよりずっと遠い故郷で暮らしており、こうして会うのは久しぶりだった。

明日は休みのはずだし、今日はのんびり思い出話でもしようかと彼は思ったが、

 

 

「それにしてもお袋、よく俺の家に入れたな。 大家さんに合鍵でも出してもらったのか?」

 

「えっ、違うわよ? あたしがここへ訪れたとき、中で掃除をしてたからそのまま上がらせてもらったのよ」

 

「掃除… 大家さんがか?」

 

「何言ってんのよ? あんたの彼女に決まってるじゃない!」

 

 

母のその言葉を聞いた瞬間、彼の手から力が抜けかばんが滑り落ちた。

あろうことか、ストーカーが知らないうちに自分の家にまで入り込んでいたなんて……!

恐怖で顔面蒼白になる青年を他所に、母親は楽しそうに話をつづけた。

 

 

「あたしも最初会ったときは、部屋を間違えたのかと一瞬焦ったわ。 全く、あんなにかわいい子がいたなんて、なんでもっと早く知らせなかったのよ!」

 

 

知らせるも何も、自分にとっては全く身に覚えのない相手だというのに…!

彼からすれば声を大にしてそう叫びたかったが、当の母親はとてもその話を信じてくれるような雰囲気ではなかった。

 

 

「そういえばあの子、外国から来たんだって? あたしも掃除を手伝ってあげたら、お礼にって母国の料理をふるまってくれたのよ。 あたしも外国の料理なんて初めて食べたけど、とってもおいしかったわ。 あの子、料理上手なのね」

 

「それに聞いたところによると、あの子あんたの事すごく好いてるって顔を赤くしてたわ。 あんなかわいいうえに、料理上手な子を捕まえるなんて、あんたも大したものね♪」

 

 

聞けば聞くほど身の毛がよだつ話だった。 自宅も職場も知られ、自分の知らないうちに家に入られ、家族には懇意にしてると吹聴している。

徐々に外堀が埋められていくような恐怖感を味わいながらも、彼は母親を混乱させないよう話を合わせようとした。

 

 

 

 

 

「あ、ああ… お袋も会ったんだな。 かわいかったろ? 俺も、あんなかわいい子に会えてよかったと思ってるんだ。 俺としては、彼女の魅力は何といってもあの銀色の綺麗な髪だと思うんだ」

 

 

だが、それを聞いた途端、母親はきょとんとした顔を見せる。

「何かおかしかったか?」と青年が尋ねると、母親はまるでまくしたてるように言った。

 

 

「銀色…? あんた、誰のこと言ってるの!? あの子の髪は、銀髪じゃなく金髪だったじゃない!」

 

「え… ええっ!?」

 

 

またしても食い違う情報。 今まで大家や同僚が会った子は銀髪の子だという話だったのに、母親が会った子は金髪と内容が異なっていた。

 

 

「あの子、金色の髪を二つ、おさげのようにおろしてたわ。 外国から来たっていうのに、すごく日本語が上手だったし、あたしとしてはそっちの方に驚いたけどね」

 

 

一体どういう事なんだと困惑する青年に対し、知らない彼女のことを呑気に語る母親。 お茶を飲み終えると、母親は荷物をまとめ立ち上がった。

 

 

「できればもう少しゆっくりしたかったけど、まだ家に用があるからそろそろ帰るわ。 あんたも、今度家に来るときはあの子も連れてきてあげなさい。 あたしも、未来の娘をお父さんに紹介したいからね」

 

「え、あ…! あの、お袋……!」

 

 

これから帰るという母を、彼はとっさに呼び止めようとしたが、母親はいそいそとした足取りで家を後にし、彼は結局本当のことを言えないままその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親が返った後、青年は自宅で艦これをやりながらぼんやりと考えていた。

本当は疲れているし、早く休みたいところなんだが、今日の出来事を思うとなかなか寝付けなかった。

突然自分の彼女を名乗る誰かが自分の知り合いのもとを訪ねてくる。

知らないと言おうにも、とても信じてくれる雰囲気ではなく、誰かに相談できそうな状況ではない。

 

 

「はあ… 一体どうしたらいいものか」

 

 

彼が天井を仰ぎながらぼんやりつぶやくと、

 

 

『提督! 私やりました! 艦載機の子達も、随伴艦の皆さんも、本当に頑張ってくれました! 感謝です!』

 

「うおっと…!?」

 

 

パソコンの画面から、旗艦である翔鶴のボイスが流れ慌てて画面の方に向き直った。

 

 

「ああ、そういえば出撃してたんだった。 いかんいかん、ついぼんやりしてた…」

 

「お疲れさん、翔鶴。 補給を終えたら今日はもう休んでくれ。 明日も頼むぜ」

 

 

独り言のように画面越しに見える翔鶴にそう話すと、彼はゲームをする手を止め、改めて考えてみた。

 

 

 

 

 

今朝の大家さんや同僚の証言では、二人に会った子は銀髪の髪をしていた。 それは間違いないはずだ。

でも、二人の証言は微妙に食い違いがあった。

大家さんは大和撫子のような和風美人だと言ってたが、同僚は西洋のような軍服と帽子をした女の子だと話してた。

それに髪型も、大家さんの時は長い髪をたらしてたと言ってたが、同僚はツインテールにまとめた髪だという話だ。

その子が髪形を変えたということもなくはないだろうが、わざわざそんなことをする理由が分からないし、何より服装も違っている。

さらにお袋が会った子は、外国から来た金髪の女の子とのこと。

二人の証言とはまるで違っているし、外国から来た以上和風美人という線も考えられない。

それに、髪の色が違う時点で二人が会った子と同一人物という可能性もきわめて低い。

その考察を踏まえて、彼はある結論を出した。

 

 

 

 

 

 

「…ひょっとして、俺の彼女を名乗ってる子は一人じゃない? 二人…もしくはそれ以上の子が俺を狙っているのか!?」

 

 

ありえないながらも出した結論に、彼は背筋が寒くなる。

自分の知らないうちに自分に好意を持つ女の子が、自分の知り合いに会いに来ていることに、恐怖を感じる。

いつから俺に好意を抱いた? なぜ俺を好きになった? お前らは、いったい何者なんだ!?

正体の分からない恐ろしさに苛まれ、彼は頭を抱えていると、

 

 

 

 

 

『提督、大丈夫ですよ。 心配しないでください』

 

「はっ…!?」

 

 

突然聞こえてきた声に頭を上げると、そこには母港画面で微笑む翔鶴の姿が映っていた。

 

 

「あ… ああ、そっか。 つい操作を止めてたから、放置ボイスが流れたのか」

 

 

彼女の顔を見て少し落ち着いた青年は、このまま考えてても仕方ないと言うと、パソコンの電源を落とし、今日はもう休むことにした。

正体不明の女のことは気になるが、それはまた明日考えようと結論付け、彼は布団にくるまり静かに寝息を立てるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のアパート。 明かりの落ちた部屋で深い眠りについた青年の横に置いてあるスマホ。

すでに電源が切られ、黒い画面を写しているはずのモニターが急に光だし、そこから声が流れてきた。

 

 

 

 

 

『提督さん、寝ちゃってる。 かわいい♪』

 

『あーあ… せっかくAdmiralさんに会えると思って楽しみにしてたのに、残念だなぁ…』

 

『まあまあ、そう気を落とさないでください。 明石さんも言ってましたけど、まだ提督に会うわけには行かないんです。 こうして提督のいる場所に行けただけでもよかったじゃないですか』

 

『今回はまだ会えないですけど、それもあと数日の辛抱です。 我慢してください』

 

『…そう、ですね。 今日はこうして提督さんの顔を見れただけで良しとしましょう』

 

『うん、分かった! 私も、早くAdmiralさんに会いたいから、その日が来るまで待ってるね!』

 

『お二人とも、その意気ですよ。 それじゃ、明日もありますし、私達もそろそろ休みましょう』

 

 

 

 

 

スマホから流れてくる声。 光を放つ画面には、三人の女の子の姿が映っている。

 

一人は大家の証言にあった、長い銀髪の和風美人。

 

一人は同僚の証言にあった、軍服を着たツインテールの少女。

 

そして、もう一人は母親の証言にあった、金髪の外人の女の子。

 

 

 

三人は、同じ目的の為にお互いに声を掛け合いながら気合いを入れあっていた。

 

 

 

 

 

『待っててくださいね、提督。 今はこうして直に会うわけには行かないのですが、いずれは直接会いに行きます。 そして、会えたその時は………ウフフ、楽しみです♪』

 

 

三人の一人、和風美人の女は寝ている青年の顔を見つめながら、妖艶な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 



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此処より遠くで貴方を想い、此処より近くで貴方を見つめる

どうも。 ようやく出来たので投稿しました。
知らない方に説明すると、この話は『正体不明のガールフレンド』の後編になります。
前回伏せといた三人の正体も判明するので、ぜひ答え合わせしてみてください。






 

 

 

青年の母親がやってきてから2日後。

休日が終わり、この日も仕事に向かうべく、青年は身支度を整え玄関のドアを開ける。

だが、すぐに出る様子はなく、青年は険しい表情で周囲を伺いながら、辺りを警戒している。

 

 

「…よし、誰もいないな」

 

 

建物の脇やブロック塀の裏などに人が隠れていないことを確認すると、青年はそそくさとアパートから出た。

彼は少し前から顔も名前も知らない女の子にストーカーされており、おまけにその子が自分の知らないうちに、知り合いに彼の恋人だと吹聴していることを知った。

おまけに知り合いの証言から、自分をストーカーしているのは一人ではないと推測し、次の日から正体を突き止めようと注意深くなっていた。

この日も知り合いに接触したのではないかと思い、今朝大家さんに会ってきたが、今日はまだやってきてないとのこと。

しかし、彼も念のためにと、もしその彼女が尋ねてきた時は話があるから自宅に案内し待ってほしいと頼んでおいた。

彼女がいるところへ自分が戻ってこれればそれでよし。 万が一、彼女が帰ったとしても、昨日部屋に仕込んでおいたもので正体を突き止めることができるからだった。

 

 

 

 

 

 

駅から電車に乗り込んだ彼は、日課の艦これをやるフリをしながらも、周りに例の女の子がいないか目を光らせていた。

いくら電車内に人が多いとはいえ、相手は銀髪もしくは金髪の女性。 そんな髪をしていれば、嫌でも目立つはずだからだ。

彼は左右に目くばせするが、現状それらしい女性は見つからず、周りにいるのは日本人らしく黒い髪をした人たちばかりであった。

 

 

「…さすがに、今はまだいないか」

 

 

青年が安堵の息を漏らし、ほっと胸をなでおろした時だった。

 

 

 

 

 

 

ゾクッ!

 

 

突如背中を走る悪寒に、青年は慌てて辺りを見回す。 どこからか分からないが、誰かの熱い視線を感じたのだ。

 

 

「だ、誰だ!? どこから俺を見ている!?」

 

 

しかし、周りは人の波で遠くを見ることはできず、逆に遠くからこちらを見ようにも、ほかの乗客たちに阻まれとても見える状況ではなかった。

おまけに、青年がいきなり大声を上げたせいで、辺りの客たちは一斉に彼に注目し、青年は我に返ると自分が何をしているのかに気づいた。

 

 

「あっ…… えっと、その……す、すみません」

 

 

青年が静かに謝ると、他の客たちも何事もなかったかのように外の景色や手元の新聞を見始める。

青年もまた、恥ずかしさに顔を伏せながら、艦これを再開し始めたのであった。

 

 

「気のせい……なのか? いや、あの時感じた視線は気のせいじゃない。 一体、犯人はどこから俺を見てるんだ?」

 

 

正体の分からない不安に駆られながらも、彼は目的の駅に着くまで、じっとスマホで艦これをやるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は昼。 仕事を一段落させ、休憩に入った青年は、同僚に誘われ外で弁当を買ってくると、一緒に食べるため休憩室に向かっていた。

 

 

「俺から誘っておいてなんだが、お前も残念だったな。 今日は彼女が来なかったせいで、男二人で飯を共にする羽目になって」

 

「その言い方はやめろって… 俺としては、こうして一緒に食う機会はあまりなかったからいいと思ってるぞ。 お前も、俺と食うのは嫌いじゃないだろ?」

 

 

弁当が入ったビニール袋片手にそう話す青年に、同僚もおどけた笑みを見せる。

 

 

「まあな。 お前と駄弁りながらの飯もまた、オツなもんだからな」

 

 

お互い他愛のない話をしながら休憩室へ移動していたが、青年はふと足を止めた。

同僚がどうした? と聞くと、彼は突然声を上げる。

 

 

「いっけね、飲み物買うの忘れてたわ! お前の分も買ってくるから、先に行っててくれないか?」

 

「ああ、わりぃ。 じゃあ、お前の弁当も持って、休憩室で待ってるからな」

 

 

同僚は青年の分の弁当を受け取ると、一足先に休憩室に向かって廊下を歩いていく。

逆に、青年は今来た道を引き返していく。 廊下の突き当りから階段で下に降り、すぐわきに置いてある自販機で、コーヒーとお茶を購入した。

飲み物を取り出し、早く休憩室に戻ろうと踵を返す……その時だった。

 

 

 

 

 

「…っ!? 誰だっ!!」

 

 

一瞬だったが、確かに見えた。

ここから奥にある、この建物の出入り口。

そこからこちらを見つめる女の姿を……

 

 

女は青年が振り向くと、慌ててその場から身を翻す。 逃がしてたまるかと青年も急いで後を追うが、青年のいる場所から出入り口までの廊下の長さはざっと100メートルほど。 それだけ離れた距離にいる相手を探そうと飛び出しても、出入り口に着くころには女の姿はなく、どこへ逃げていったかさえわからなかった。

ただ、取り押さえることはできずとも、収穫はあった。

彼は確かに見た。 女が逃げようとしたとき、振り向きざまに流れ、陽光に照らされ輝いていた金色の髪を……

 

 

「さっきの髪の毛、確かにあれは金髪だった…… まさか、あれがお袋が会ったっていう女の子か!?」

 

 

青年が一人考えていると、階段を下りてきた同僚が、急ぎ足で青年の元へとやってきた。

 

 

「あっ、いた! おい、何してんだこんなところで!?」

 

「えっ? ああ、すまん… つい、飲み物を選ぶのに時間がかかっちゃって」

 

 

青年は同僚がやってきたのは、自分が遅くなったからだと思い、咄嗟に謝る。

ただ、自販機から離れた出入り口にいる理由としては苦しいかもしれないと思ったが、同僚はそんなこと気にする様子もなく、話をつづけた。

 

 

「なんでこっちにいるのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。 それより、早く休憩室に来い! お前の彼女が弁当持って、待ってんだよ!!」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた途端、青年は目を見開いた。 それじゃ、さっき逃げていった子は一体……?

 

 

「さっき休憩室に行ったらあの子が来ててよ。 『今日も食べてほしいから♪』って、言ってたんだ。 だから、俺もお前を呼んでくるからって出てきたんだよ。 今、休憩室で待っててもらって……って、おい!?」

 

 

同僚が話を終えるより早く、青年は一直線に休憩室に向かって駆け出してた。

慌てて同僚も後を追っていくが、彼は同僚が呼びかけるのも聞かず、息を切らせながら休憩室前のドアにたどり着くと、勢いよく扉を開けた。

扉の先はいつも見慣れた休憩室で、少し広めのスペースに2列に並んだテーブル。 テーブルの左右には椅子が数個ずつ置かれているという場所だったが……

 

 

 

 

 

 

「……いない」

 

 

休憩室の中にあったのは、自分と同僚の荷物が入ったカバンに同僚が持ってってくれた弁当が二つ。

そして、前の時と同じようなかわいい柄の包みに入った弁当箱が置かれているだけで、同僚の話していた彼女とやらは、影も形もなかったのだ。

青年が呆然と立ち尽くしていると、後から追いかけてきた同僚が声をかけた。

 

 

「ハア… ハア… お、お前……どうしたんだよ、急に走り出して…! …って、あれ? あの子、いないな。 もう帰っちゃったのか?」

 

 

姿を消した恋人に、首をかしげる同僚。

青年は息を整えると、やってきた同僚に尋ねてみた。

 

 

「な、なあ… 俺の恋人って子が、確かに来たんだよな?」

 

「ああ、ちゃんと来てたぞ。 ほら、そこに弁当箱が置いてあるだろ?」

 

「その子は、髪は金髪だったか…?」

 

「金髪…? 何言ってんだお前、その子は銀髪だったぞ。 前もそういったのに、ほんとどうしたんだよ?」

 

 

同僚の返事に、青年は彼女が持ってきたという弁当箱を見やる。

同僚が見たという子は銀髪だったのに、自分が見た子は金髪だった。

同僚が嘘を言っているとは思えないし、やはり同僚が見たのと自分が見た子は別人だったという事。 つまり……

 

 

 

 

 

「やはり、そうか…! 俺を狙ってるストーカーは一人じゃないんだ。 犯人は複数いるという事か……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、仕事を終えた青年はアパートに戻ってくる。

ストーカーは一人じゃないという悪い予感が的中してしまい、ここまで帰る間も誰かにつけられてないかと警戒し、ようやくここまでやってきた。 幸い、ここまで来るのに不審な影はなかったが、それでも油断はできなかった。

ブロック塀で区切られたアパートに来ると、ちょうど庭の手入れをしていた大家が彼のもとにやってきた。

 

 

「おお、お帰り。 今日も一日お疲れだったね」

 

「ああ、大家さん。 今帰りました」

 

「それにしても、君もちょうどいいところにやってきた。 ついさっき、君にお客さんが来たんだよ」

 

 

大家の言葉に青年の表情がこわばる。 「まさか…」と口ずさむ彼の背中を、大家はニコニコ笑いながら後押しした。

 

 

 

 

 

「ほら、君が言っていた例の恋人さん。 君に届けたいものがあるからってやってきたんだ」

 

 

自分の予想してた通り、例の恋人を名乗るストーカーが自分のもとを訪れてきたらしい。 おそらくは、前に大家に会ったという和風美人の女だろう…

恐ろしくもあったが、同時にチャンスでもあった。 ようやく自分を付け狙う相手の尻尾を掴むことができるのだから。

 

 

「そうか、来たんですね。 それで、彼女は今どこに…?」

 

「あの子なら君の言ってた通り、君の部屋で待っててもらってるよ。 君が来るまでに、そう時間は経っていないから、まだ中にいるよ」

 

 

どうやら、大家は今朝の打ち合わせ通りに彼女を自分の部屋へ案内してくれたようだ。 大家の話通りなら、相手は自分の部屋の中。 外へ逃げようにもこのアパートは周りをブロック塀で囲ってあり、出られるのは今自分が入ってきた正面だけ。

それに、ここには大家が正面近くの庭で日課の庭掃除を行っているので、出ようとすれば大家が気付かないはずがない。 つまり、現状相手は袋の鼠だった。

今まで自分を尾け狙ったのは誰なのか? 恐怖と好奇心を抱きながらも、青年は大家とともに部屋の扉に行き、扉を開けると……

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

そこには誰もいなかった。

室内は中央のテーブルに取っ手付きの紙袋が置かれているだけで、部屋はこの一室だけ。 キッチンやトイレ・風呂場も確認するが、いずれも人がいる形跡はない。

さすがにこれには、青年だけでなく大家も驚きを隠せなかった。

 

 

「あれ? おっかしいねぇ… あの子をここに案内してから、そう時間は経ってないはずなのに。 いつの間に帰ったのやら……」

 

 

同僚の時と同じ状況に、青年は身の毛がよだつ。 あの時と違って、今回は逃げ道がないはずなのに、なぜ相手はここから姿を消すことができたのか?

 

 

「あの、大家さん…! 本当に彼女はここに来たんですか? 部屋を間違えたわけじゃないんですか!?」

 

「それはないさ。 大家である私が部屋を間違えるわけないじゃないか。 それにほら、テーブルに置いてある紙袋。 あれはあの子が君の為にって持ってきたものだから、間違いなく彼女へここへ来てたんだよ」

 

 

青年が恐る恐る中を確認すると、中身は前と同じように彼の好物が入ったパックが入れられており、今回は手紙まで同封されていた。

 

 

『大事なあなたの為に、勝手ながら今回も料理を作らせていただきました。 これを食べて、少しでもおいしいと思っていただければ、嬉しいです』

 

 

綺麗な字で、手紙にはそう綴られていたが、彼にとっては恐ろしい以外の感想が出てこなかった。

この場で握りつぶしたい衝動を抑え、手紙を袋の中に戻すと、彼は再び大家に尋ねた。

 

 

「た、確かにここに来たのは分かりました。 でも、もし帰ったのなら、大家さんが気付かないはずがないのでは…!?」

 

「まあ、確かにそうなんだけどね… 私もずっと正面を気にしてるわけじゃないから、もしかしたらちょっと他のことに気を取られた隙にその子が出て行ったのかもしれないね。 何か急ぎの用でもあったのかな?」

 

 

呑気に語る大家を他所に、青年は相手の恐ろしさに身が震えた。 こうも知り合いに接触し、なおかつ自分にはその存在を掴ませない彼女たちは、いったい何者かと……

 

 

(……落ち着け、落ち着くんだ。 大家がここへ案内した以上、必ずあれがその女を捉えているはず。 今夜、その正体を暴いてやる…!)

 

 

そう自分に言い聞かせながら、青年は必死に自分の心臓が落ち着きを取り戻すのを待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜になり、部屋にいるのは青年一人になった。

厳重に戸締りができているのを確認すると、彼は壁際の箪笥の上に置いてある箱を下ろした。

 

 

「…よし。 どうやらこれは持ち去られなかったようだな」

 

 

箱の中には監視用の小型カメラが入れられており、レンズの先には部屋の内部を撮影できるよう、小さな穴が箱にあけられていた。

青年はカメラを操作し、自分が返る少し前の時間から映像を確認した。 この時間帯は大家が例の女性を部屋に案内したころ。 その相手が映っているはずだからだ。

最初に流れたのは誰もいない無人の室内。 そこへ大家が開けたのであろう、鍵の開く音。 そして、ついに大家に案内され入ってきた女性がカメラに映ったのであった。

 

 

「よし、見えた! 一体、俺の彼女を名乗る奴はどんな……!!」

 

 

だが、次の瞬間、彼は目を見開いた。

開いた口がふさがらず、目の前の映像を食い入るように見つめていた。

映像に映ったのは大家が話していた通り、和風美人という言葉が似合う、銀色の長い髪をした美女。 だが、彼はその女性に見覚えがあった。 何故なら……

 

 

 

 

 

 

「…どういう…ことだよ……? なんで……翔鶴がここにいるんだ……!?」

 

 

カメラに映る女性。 それは、彼がやっているゲーム『艦隊これくしょん』に登場するキャラの一人、正規空母『翔鶴』だった。

本来彼女はゲームのキャラクターであり、実在する人物ではない。 しかし、今目の前で大家と談笑しているのは、紛れもなく本人そのものであった。

翔鶴は大家と別れた後、荷物を置いて大人しく正座していたが、しばらくすると落ち着かないのか、ゆっくりと歩きながら部屋の中を見回していた。

 

 

『はあ… ここが、提督のお部屋。 何時も提督が過ごしている場所に、今は私がこうしている。 ああっ…! まるで提督の奥さんになったみたい♪』

 

 

顔を赤らめながら照れる翔鶴に対し、青年は背筋が震えた。

よもや相手はこの世界の人間じゃなく、ゲームに出てくる架空の存在。 それがこうして自分の恋人を名乗って現れたことに、喜びより恐怖が勝っていた。

だが、さらにカメラの映像を見ていると、不意に画面外から自分と大家とのやり取りが聞こえ、それに気づいた翔鶴は玄関に顔を向け、狼狽しだした。

 

 

『いけない、提督が帰ってきちゃった。 急いで戻らないと…!』

 

 

そう言って、彼女はパソコンに駆け寄ると、さらに青年を驚かせた。

なんと、パソコンを起動し画面を映すと、光が付いたモニターに頭から入っていったのだ。 彼女の体がすべて入った途端、パソコンの電源は切れて、入れ違いに自分と大家が部屋に入ってくる姿が映し出されていた。

 

 

「ど、どういうことだよこれは…!? まさか、あいつらが画面の向こうからこちらに来たとでもいうのかよ…!?」

 

 

あまりに信じがたい出来事に、ただ困惑することしかできない青年。 カメラの映像にかじりつくように眺めていたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見てしまったのですね。 提督」

 

 

突如背後から聞こえる女性の声。 青年の額を一筋の汗が流れていく。

あまりの恐怖に後ろを振り返るのが恐ろしい。 しかし、確かめずにはいられない。

青年は恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先ほどまでカメラに写っていた女性…… 翔鶴が青年を見下ろしていた。

 

 

「本当は、提督に見られてはいけないと明石さんに釘を刺されていたんですけど…… まさかそんなものを仕込んでいたなんて、予想外でした」

 

 

翔鶴は一人、演劇の女優のようにポーズをとりながら物悲しげに呟いていたが、青年は彼女の言ってることが理解できず、声を荒げた。

 

 

「な…何を言ってるんだ、お前は…!? やっぱり、俺の恋人を名乗って大家に会ったのはお前なのか…!?」

 

「はい。 そうですよ、提督。 明石さんの許可が下りるまで提督に直接会ってはいけないと言われてましたので、せめてこういう形で貴方のお傍にいられればと思い、やらせていただいたのです」

 

 

うっとりとした笑みでそう語る翔鶴だが、彼からすればますます分からないことだらけだった。

 

 

「どういう意味だよそれ…? 一体何の目的があって、お前はこんな真似をしたんだよ!?」

 

 

青年は、少しずつ距離をとるようにしながら、翔鶴から後ずさりしていく。 そこへ……

 

 

 

 

 

 

「…それについては、これからお教えしますよ。 提督さん♪」

 

「…っ!?」

 

 

いきなり自分の耳元にささやきかける声に、後ろを振り返ると、そこにはニコニコと微笑みながら彼を見つめる女の子の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「お前は…鹿島!? 翔鶴だけでなく、お前もこっちに来たのか!?」

 

「はい♪ 翔鶴さんもそうですけど、鹿島も提督さんにお近づきになりたくて、提督さんの職場にお邪魔させていただきました」

 

「俺の…職場…? まさか、同僚が会ったという恋人って、お前のことなのか!?」

 

「はい、正解で~す。 提督さん、鹿島の作ったお弁当、ちゃんと食べてくれてうれしかったです! 提督さんさえよければ、鹿島これからも作っちゃいますね♪」

 

 

ウキウキしながら青年へと寄り添う鹿島。 その光景を、近くにいた翔鶴は不満げな顔で見ており、

 

 

「……鹿島さん、今はそんなことをしてる場合ではありません。 明石さんから許可も出たのであれば、早く目的を果たしましょう」

 

「ああ、そうでしたね。 すみません、私ってばついうっかりして…///」

 

 

嬉しさと恥ずかしさに顔を赤くする鹿島に、青年は問う。

 

 

「目的ってなんだ…? お前たちは、何をしようとしてるんだ…!」

 

「うふっ♪ それはもちろん、提督さんに鹿島たちのいる鎮守府に来てもらうことです」

 

「さあ… いらしてください、提督。 瑞鶴も、一航戦の先輩たちも、提督が来るのを楽しみにしてますから」

 

 

そう言いながら、自分へとにじり寄ってくる翔鶴と鹿島。 二人とも笑顔だが、目は笑っておらず、どこか恐ろしい圧力さえ感じられた。

 

 

「う、うわあああああ!!」

 

「あっ、提督さん! 待って!!」

 

 

恐怖に耐えられなくなり、青年は必死に玄関に駆け出すと、鍵を開けそのまま外へ飛び出した。

外はすっかり日が落ちて暗くなっており、そんな夜道を青年は無我夢中で駆け出していった。

 

 

「ハア… ハア… 一体、何がどうなっているんだ!? 翔鶴と鹿島が俺の恋人を名乗った挙句、あいつらの目的が俺を向こうへ連れていくこと? 訳が分かんねーよ!!」

 

 

涙目になりながらも、青年はとにかく二人のいるアパートから離れていった。 ほかに行く当てはないのだが、あそこにいたら間違いなく捕まる。

しばらく必死に走り続け、息を切らせながら青年が足を止めると、そこはいつも自分が会社に行くときやってくる駅の前だった。

ただ、時間が時間だけに電車は終電になっており、駅に人気はなく入り口辺りにぼんやりと小さな明かりが浮かんでいるだけだった。

 

 

「と、とにかく警察を呼ばないと…! このままじゃ、やばい…!」

 

 

走り疲れた青年は駅の入り口にある階段に座り込むと、110番に連絡するため、番号を打ち込みスマホを耳に当てる。

だが、しばらくはプルルルルという呼び出し音が流れるだけで、青年は早く繋がれと愚痴を漏らした。

つながるのを待っているうちに、青年も徐々に落ち着いてきたらしく、警察につながるまで一連の出来事について考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そう言えば、あの時どうやって鹿島は俺の背後に現れたんだ? 翔鶴がいたときは、俺の後ろにはパソコンが置いてあった。 おそらく、あいつはそこから現れたんだろう… でも、鹿島のいた方にはパソコンなんて置いてない。 あいつは、どこから姿を見せたんだ?」

 

 

初めは恐怖で気づかなかったが、ふと思いついた疑問に彼は首をかしげる。 さらに、気になることはまだあった。

 

 

「それだけじゃない。 俺が会社で見た、あの金髪の子。 翔鶴も鹿島も銀髪だから、あそこにいたのはあの二人じゃない。 じゃあ、まさか… 俺を追ってきた艦娘は、他にもいるっていうのか!?」

 

 

考えてみれば、確かにそうだった。

今までの話から察するに、大家に会っていた艦娘は翔鶴。 同僚に会っていた艦娘は鹿島。 だが、母親に会っていたという艦娘についてはまだ分かっていない。

あの時、出入り口の陰からこちらを見ていたということは、彼女はまだどこかにいるはずだ。

二人のことですっかり失念していた。 だとすれば、その艦娘がどこで自分を狙っているか分からない。 急いでその場を離れようとした時だった。

 

 

 

 

 

「あっ…! ここにいたんですね、Admiralさん。 お二人から、アパートを出ていったって聞いて、慌てて探しに来たんですよ。 でも、無事に見つかって、本当に良かったです」

 

 

突然自分にかけられた声に、青年はビクンと肩を震わせる。

声のした方。 暗くなった駅の入り口の奥を見ると、そこには金髪の髪をたらした、かわいらしい少女がこちらへと向かってきていた。

 

 

 

 

 

 

「お前は……プリンツ! そうか… お袋に会っていたという艦娘は、お前だったんだな!」

 

「はい、そうですよ! 本当はAdmiralさんに直接会いたかったんですけど、明石さんとの約束があるから、できなかったんですよね」

 

 

駅の中から現れた艦娘、プリンツ・オイゲンはあどけない笑みを浮かべながら、青年へと近づいてくる。

だが、青年もそれを警戒し、じりじりとプリンツから距離をとっていった。

 

 

「むぅ~、どうして私から離れちゃうんですか? Admiralさん、私のことが嫌いなんですか?」

 

「プリンツ… お前が二人から連絡を受けたということは、お前も俺を連れてこうとしてるんだな?」

 

「もちろんです! だって、私もビスマルク姉様も、Admiralさんと一緒に暮らせるのを楽しみにしてたんですから!」

 

 

まるで隠す様子もなく、満面の笑みでそう答えるプリンツ。 それを聞いて、彼は皆が自分を鎮守府へ連れて行こうとしているのを確信した。

そして、それを聞いた以上彼は捕まるわけには行かないと決心した。

確かに、自分も提督として彼女たちと一緒になれたら楽しいかもしれないと思ったことはあった。

だが、実の家族やこっちの世界の知り合いを置いてまで行きたいとは思っていない。

何より、今の彼女たちからは、一度捕まえたら絶対に逃がさないという無言の圧力を感じた。

だからこそ、彼は何としてでも逃げねばと思い、必死に走り出した。

 

 

「ああ、Admiralさん!? 待って、どこ行くのー!?」

 

 

自分を追ってくるプリンツを振り切るため、彼は駅を離れ住宅街に逃げ込んだ。

家と家の間には大通りのほかに細い裏道もあり、青年はそこを使ってプリンツから逃げきろうと考えた。

案の定、プリンツも後を追ってきたが、普段からここで暮らしてる彼の方が道には詳しく、無事にプリンツを振り切り、公園まで逃げてきたのであった。

 

 

「ど、どうにか…逃げ切れたようだな。 さすがにここまでくれば、そう簡単には追いつけないだろ…ハア、ハア……」

 

 

ヘトヘトになりながら青年はベンチに腰掛けると、警察につなごうとしてたスマホを見る。

さっきまでプリンツとの追いかけっこに気を取られてたので、連絡を取ろうとしたことをすっかり忘れていた。

改めてかけ直すと、またプルルルという発信音が流れていたが、しばらく待つとガチャっという音が聞こえた。

 

 

「やった、繋がった! もしもし、警察ですか!? 俺は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…提督さん、みーつけた♪』

 

「……っ!?」

 

 

スマホから聞こえてきた声に、青年は驚きスマホを放り出す。

ガシャッ! という音とともにスマホは地面に転がり、何事もなかったかのように音声が流れてきた。

 

 

『もう、提督さんってばいきなり放り出すなんてひどいです! 物は大切にしなきゃ駄目ですよ』

 

 

スマホから流れてきた音声は、紛れもなくアパートで自分を襲った艦娘、鹿島のものだった。

青年が驚愕の表情でスマホを見ていると、スマホの画面が急に光りだし、中から鹿島が姿を現した。

 

 

「ん…、よいしょっと。 良かった、また会えましたね、提督さん♪」

 

 

スマホから現れた鹿島を見て、青年はどうやって彼女が自分の背後から現れたのかを理解した。

あの時、スマホは自分の後ろに置いてあった。 あの時も、こうやってこちらに出てきたのだと。

 

 

「そう、か…… 今朝、電車で感じた視線。 あれは、スマホの向こうにいるお前たちのものだったのか…!」

 

「そうですよ。 あと、提督さんが皆さんの顔を直に見られたらいいなー、って言ってたのもばっちり聞いていました」

 

「だから、ね……」

 

 

鹿島はいたずらっ子のような微笑を浮かべると、すっと青年の後ろを指さした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんにも提督さんを迎えに来てもらうように、お願いしておきました」

 

 

鹿島のその言葉に、青年はゆっくりと後ろを振り返る。

すると、そこには金剛や榛名・赤城に加賀・鈴谷や熊野達といった、大勢の艦娘たちがじっと彼を見つめていた。

 

 

「テートクにこうして直に会いに来られて、私も嬉しいデース!」

 

「やっほー提督! これからは毎日一緒だから、よろしく頼むね♪」

 

「ふふっ♪ よかったですね、提督さん。 皆さんも喜んでますよ」

 

 

直接会いに来れたことに、歓喜の声を上げる艦娘たち。

だが、青年は言葉を発することなく、青ざめた表情で立ち尽くしている。

後ろからは翔鶴とプリンツも一緒に現れ、もはや彼に逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちはずっと青年のことを見ていたという。

毎日顔を見せては無茶な出撃を行わず、彼女たちの安全を第一に考えた運用を行ってくれた。

ボスに勝利すれば共に喜び、大破した時はすぐに高速修復材を使って傷を治してくれる。

そして、いつも自分たちのことを笑って見守っててくれる。

そんな彼に、彼女たちは想いを募らせるようになり、いつしか彼に会いたいと願うようになっていた。

しかし、普通に考えてもこちらからゲームの世界に行けるわけがないように、ゲームの存在でしかない自分たちが彼のいるところに行くのはまず不可能だ。 彼女たちもそれは分かっていた。

だが、それで彼のことを諦めきれるのかと聞かれたら、答えはノーだ。 彼女たちは工廠の担当者であり、鎮守府一の発明家である工作艦『明石』に相談した。

すると、明石もまたみんなと同じで彼に会いたいがゆえに、独自に向こうへ行くための装置を開発しようとしていたのだ。

その過程で偶然できたという装置があったのだが、何せ偶然であるがゆえに安全に行けるかどうかの保障はできない。 実験もしてないから、装置を使った者がどうなるかは彼女にもわからないと言う。

さすがに、彼女たちとてそんな危険な装置を自ら使おうとは思わず、二の足を踏むばかりであった。 彼があんなことを言うまでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あわよくば、このままじかに皆の顔を見れたらな~。 ……って、さすがにそれはないか。 アホなこと言ってないで、明日も頑張るか』

 

 

 

 

 

 

彼にとっては何気なくつぶやいただけの独り言。 だが、その言葉に彼女たちは一念発起した。

提督に会いたいと希望する艦娘たちの中から、代表となる者を選抜した。

危険は伴うものの、他のものより先に提督に会えるという特典が彼女たちを突き動かしていた。

こうして、いろいろな過程を踏まえ、最終試験となるくじでアタリを引いたのが、翔鶴・鹿島・プリンツの三人だった。

そして、いよいよ装置を使って向こうの世界へ行こうとしたとき、三人は明石から一つ制約を課せられた。

それは、この装置が安全だと保障できるまで、提督に直接会ってはいけないというものだった。

艦娘はこの世界の存在ではなく、その彼女たちの存在が彼に知られるのは大いにまずい。 だからこそ、安全にここと向こうの世界を行き来できるようになるまで、彼に自分たちの存在を知られないようにする必要があった。

そこで、翔鶴たちは彼の知り合いに接触することで、気分だけでも味わおうと考えたのだ。

そうして、彼女たちの行動が今のストーカーまがいの行為になり、今に至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 青年の暮らすアパートでは、彼が失踪したと騒ぎになっていた。

警察も知り合いである大家や同僚から話を伺ったが、彼の失踪に関する有力な情報は何も得られず、唯一手掛かりと呼べるものは、アパートから少し離れた公園で発見された、青年の持ち物とおぼしきスマホだけだったという……

 

 

 



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嫌われ提督の道化芝居

どうも、ようやく出来たので投稿しました。
最近は仕事に追われ気味で辛いですね… 夜勤が多いせいで睡眠時間が滅茶苦茶になってます…(汗
そして次のイベントは大規模作戦とありますが、ラスダンで待ち構えるボスを思い出すと、防空棲姫や中枢棲姫などなど… 思い出すだけでもゾッとする顔ぶれですね……





 

 

 

とある鎮守府の中庭。 晴天の空の元、そこではここに所属する艦娘たちが穏やかに過ごしていた。

会話に華を咲かす者、他の子と一緒に遊びまわる者、自主トレーニングに勤しむ者と、各々自由な時間を過ごしている。

そんな和やかな空気が流れる中庭だったが、建物の中から一人の男が中庭の端を通りかかった途端、艦娘たちの雰囲気は一変し、穏やかな空気から険悪なムードへと変わっていった。

 

 

 

 

 

「うわっ、まだあいつここにいるよ。 気持ち悪っ…!」

 

「ほんとに、何時になったらいなくなるのかしら? もう顔を見るのも嫌なのに…」

 

「早く出ていかないと、うっかり事故で死んじゃうかもしれないのに。 まっ、それはそれでいいんだけど」

 

 

ひそひそと陰口をたたかれ、さげすむような視線を向けられる男性……提督は、後ろから聞こえる陰口に気づかないフリをしながら、その場を去っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

此処の艦娘たちは、提督を毛嫌いしている。

その理由が、元々ここはブラック鎮守府だったということはなく、昔は提督と艦娘の関係も良好だった。

特に、一番新しく着任した彼は今までの提督より特に勤勉に仕事に励み、彼女たちのことをまめに気を配るその姿勢は、艦娘はもちろん軍からも一目置かれるほどであった。

現に少し前までは、彼女たちは提督と親しく触れ合い、異性としての想いを寄せる子も少なくなかった。

だが、そんな日々は前触れもなく終わりを告げた。

ある朝、いつも執務室で食事をとっている彼が珍しく食堂に訪れると、なぜかみんなが睨むような目つきで彼を見てきた。

 

 

「皆… どうか、したか?」

 

 

訳が分からず彼が尋ねようとすると、皆は…

 

 

「こっち来るな!」

 

「出てってよ!」

 

「消えろゴミめっ!」

 

 

いきなり口をそろえて提督を罵倒しだし、中には武器を向けるものさえいた。

 

 

「ま、待ってくれ皆! 一体どうして……!」

 

 

提督はどうにか皆をなだめようと声をかけるが、皆は近場に置いてあるものを提督に投げつける。 食器や皿をぶつけられ、さすがに提督も身の危険を感じ、急いでその場から逃げ出し、執務室に駆け込むことでどうにか事なきを得た。

 

 

「ハア…! ハア…! 何てことだ、皆が俺に武器を向けるなんて…」

 

 

あまりにありえない光景に、提督が息を切らせ困惑していると、妖精たちが提督のもとにやってきた。

曰く、艦娘たちのあまりの豹変ぶりに、提督の身が心配だということでここへ駆けつけてきたのであった。

 

 

「そうだったか… すまない、心配かけてしまって」

 

 

提督は妖精にぺこりと頭を下げると、艦娘たちが豹変した原因について調べてもらった。

そして、分かったことは、彼女たちが変わった原因が薬による性格改変によるもので、昨夜から朝の食事に混入させられてたこと。 おそらく、何者かが意図的にやったことを視野に入れて調べたが、昨夜は外部から誰かが侵入した痕跡はなく、一体どうやって入れたかまでは突き止められなかったことを報告してくれた。

 

 

「そうか… ありがとう、皆。 原因も分かった以上、俺も仕事に戻るとするよ」

 

 

その言葉を聞いた妖精たちは、また艦娘たちの前に現れるのは危険と引き止めたが、提督は首を横に振ると、妖精を下げさせた。

 

 

「皆の気持ちはありがたいが、俺はここの提督。 いわば、あいつらの上官だ。 その上官が部下をほうって逃げ出したりしたら、それこそ示しがつかないだろ?」

 

「もし本当に危険になったら、その時は俺も逃げる。 だから、それまでもうちょっとだけ付き合ってくれ」

 

 

提督からそう言われては仕方がないと、妖精たちも渋々引き下がり、彼は日課である執務をこなすべく仕事に戻っていった。

しかし、そこから先は散々だった。

食堂の時のように、いきなり提督を襲うようなことはなくなったが、艦娘たちの提督に対する態度はがらりと変わってしまった。

次の出撃に関する作戦内容を連絡しようとすれば、

 

 

 

 

「皆、それじゃ今日の出撃について……って、おいっ!?」

 

「フン、貴様の指示なんぞ聞くだけ無駄だ。 ここから先は我々だけでこなす、貴様はとっとと失せろ!」

 

 

作戦の指示について耳を貸す者はなく、悪態をつかれる。 さらに、執務中には、

 

 

 

 

 

「大淀、お茶が入ったから少し休まな…」

 

 

 

 

バシャッ!

 

 

「なっ!?」

 

「ああ、すみません。 うっかり手が滑って、書類にかかってしまいました。 申し訳ありませんが、新しく書類を書き直してください。 私はお言葉に甘えて、少し休ませてもらいますので」

 

 

秘書艦の大淀にお茶を差し出した途端、わざとお茶を書類にかけられ一人直しに追われたり、また食堂では…

 

 

 

 

 

「うーわ、なんか邪魔くさい人がいる。 御飯がおいしくなくなっちゃうじゃん」

 

「ハア… 誰か余計な人のせいで食事が進まないなー。 誰がとは言わないけど」

 

「…ああ、提督ですか。 申しわけないのですが、今ちょっと食材を切らしてますのでどこか他所へ行ってもらえますか? もっとも、明日も明後日も貴方に出す食材は切らしているのですけど」

 

 

食堂では露骨に煙たがられ、食事作りを担当する間宮や鳳翔からは食事作りをボイコットされる事態となっていた。

仕方なく、提督はいつも遠くにあるスーパーまで食料を買ってきては、執務室や誰もいない場所でひっそり食事をとっていた。

他には、日常で挨拶しようとすると無視されたり暴力を振るわれたり、執務中のいたずらや嫌がらせ、あげくには演習にかこつけ直接提督を狙う者さえ出てきた。

もはや軍法会議にかけられてもおかしくない事態。 大本営も彼の身の安全のため、彼を別の鎮守府に異動させようという話を持ち掛けた。

彼ほど有能な人物なら、他所の鎮守府に移っても十分やっていけると考えての提案だったが、当の提督本人がその提案を断ったのだ。

 

 

 

 

 

「皆がおかしくなったのはあくまで薬が原因です。 それさえ切れればいずれは元に戻るはずですし、皆が正気に戻ったとき、俺がその場にいなければ、それは俺がみんなを裏切ったということになってしまいます。 そんな真似は俺にはできないし、したくありません。 だから、どうかこれからもここの提督としてやらせてください!」

 

 

被害者であるはずの提督自身から真摯に彼女たちを罰しないでほしいと頼み込まれては、さすがに大本営も手を出すわけには行かなかった。

結果、今回は様子を見るということでこの場は収まったが、いくら待てども皆が元に戻る様子はなく、提督への暴行は続くばかりであった。

 

 

「いつつつ… さすがに、戦艦に殴られたのは効いたな。 これは、しばらく腫れそうだ」

 

 

この日も艦娘から暴言を吐かれた挙句、派手に殴られた頬をさすりながら、提督は自分で手当てを行っていた。

手当てを終えた提督は、執務室を見渡した。

壁にはあちこちに落書きと壊された跡があり、窓はひび割れ隙間風が入り込んでくる。 もはや執務室というより、廃墟と呼んだ方が違和感がない状態だった。

妖精たちは皆、提督を心配して駆け寄ってきたが、提督は自分のことなら大丈夫だと笑顔で妖精たちを励まし、いつものように執務に戻っていった。

傍から見ればとても過酷な毎日だったが、提督はそれを辛抱強く耐え続けた。 しかし、それも限界が見えてきた。

 

 

 

 

艦娘たちがおかしくなって半年になるころ。 朝から提督が仕事に入ろうとすると、廊下から足音が聞こえる。

提督が入り口を見ると、そこには金剛を筆頭に艦隊の主力となる艦娘たちが、ぞろぞろと執務室へ押しかけてきた。

突然押しかけてきた彼女たちに提督が驚いていると、金剛は乱暴に机をたたく。

 

 

「テートクー。 貴方、何時までそうしてるつもりですカ?」

 

「ど、どう言う意味だ金剛?」

 

 

言葉の意味が分からず尋ねると、今度は瑞鶴が声を荒げてきた。

 

 

「そんなの決まってるじゃない! さっさとここを出てってほしいって言ってんの。 そんなことも分からないの!?」

 

「ず、瑞鶴……」

 

「ここにはもう、貴様の指示に従う者など誰もいない。 むしろ、いるだけで邪魔な存在だ」

 

「長門、お前まで……!」

 

 

今までともに過ごした仲間からの辛らつな言葉に、動揺を隠せない提督。 彼を見る皆の眼は、完全に嫌悪の色に染まっていた。

 

 

「落ち着いてくれ、皆! お前たちは薬のせいでおかしくなってるだけなんだ。 現に、半年前までは皆親しく接してきてたではないか! どうか、皆もそのことを思い出してくれ!」

 

 

どうにか皆に分かってもらおうと、提督は必死に弁論するが、それも加賀の言葉で無慈悲に打ち切られた。

 

 

 

 

 

「それは違うわ。 むしろ、半年前までの私たちがおかしかったのよ。 貴方のような男を提督と呼び慕い、貴方に喜んでもらおうと皆懸命に戦った。 今にして思えば、なんでそんなことをしたのかと理解に苦しむわ。 できることなら、そんな愚かな真似をした、半年前の自分を張り倒したいくらいよ」

 

「加賀……」

 

「これでお分かりでしょう、提督? 貴方にいなくなってもらった方が、私達の為になるのです。 本当に私たちを大事に思ってくれるのならば、どうかここから出てってくださいね」

 

 

にこやかに言い放つ大淀に、提督はがっくりと項垂れた。

ショックのあまりしばらく言葉が出ずにいたが、ゆっくり頭を上げると、彼は皆に尋ねた。

 

 

「……一つだけ聞かせてくれ。 皆は、俺が提督じゃない方がいい…のか?」

 

 

ふり絞るような、かすれた声で尋ねる提督。 それを聞いた彼女たちは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、いいに決まってマース! 貴方みたいな人が提督なんて、他の鎮守府でも困るに決まってるネー! 早くいなくなってもらうのが一番デース♪」

 

 

嬉しそうに叫ぶ金剛に、皆も同意の言葉を送ってきて、それを聞いた提督は静かに呟いた。

 

 

「そう…か… なら、俺は皆の為にも、此処からいなくなるとするよ。 最後に、俺の質問に答えてくれてありがとう。 それじゃ皆、元気でな……」

 

 

提督は最後にそう言い残すと、荷物をまとめ鎮守府を去った。

見送りが一人もいない正門を後にし、彼は一人とぼとぼと歩いていく。

後ろを振り返ることなく歩き続ける提督だったが、鎮守府が見えなくなったところで彼は足を止めた。

後ろを振り返り、鎮守府が見えなくなったのを確認すると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった…! ようやく… ようやくあそこからおさらばできたー! やったー! これで俺は自由だ―!! 大本営も艦娘も、ざまあみろってんだ! バンザーイ!!」

 

 

両手を上げ、本心を叫びながら喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は望んで提督になったわけではなかった。

元々、平凡な家庭で生まれ育った彼は、本来なら軍と無縁の存在だったのだが、彼が20歳になったころ、軍が艦娘を指揮する提督を探すための検査を行うこととなった。

通常の提督なら艦隊を指揮する能力が必要となるが、艦娘たちを指揮する提督は指揮系統より妖精が見え、彼女たちとコミュニケーションを取れる者が必要とされていたからだ。

そして、それは誰でもできるというわけではなく、適性がないとできないので、軍はこうして適性があるかを確かめるため、20歳になる若者を定期的に調べていた。 それだけ、艦娘たちの提督というのは貴重な存在だった。

だが、適性があるのは数百人に一人いるかいないかというほどの確率なので、彼も自分は選ばれないだろうと思っていた。

しかし、そんな彼の予想とは裏腹に、彼には適性があることが発覚。 結果、彼は否応なく提督として働くこととなってしまったのだ。

そのうえ、彼は軍だけでなく艦娘も嫌っていた。

彼女たちは外見こそ人間の少女と変わらないが、海を奔り軽々と艤装を背負うその力は明らかに人間と違う、人外のものだった。

そんな艦娘を、化け物のように気味悪がる国民も少なからずおり、彼もまたその一人だった。

だが、皮肉なことに彼には適性があり、そのせいでやりたくもない提督に任命され、関わりたくない艦娘たちの相手をする羽目になってしまったのであった。

彼が今までの提督より勤勉だったのは、仕事に没頭することで少しでも嫌いな艦娘と接する機会を減らすためで、艦娘たちをこまめに気遣っていたのは、ヘタな采配をして彼女たちから恨みを買いたくなかったからだった。

しかし、結果としてその行いが彼を有能な提督として大本営から注目され、艦娘たちからは慕われる形になってしまった。

提督もまた、自分が置かれている状況をまずいと危惧し、必死に状況を打破する方法を考えていた。

まず、自分の意志で辞任するのは無理だった。

大本営にとって、艦娘たちの提督はとても貴重なもの。 よほどの理由がない限り、手放すことはないからだ。

次にブラック鎮守府まがいの行動を起こし、軍から解任されようかと考えたが、そんなことをすれば軍法会議にかけられ牢屋に入れられるのが落ちだし、最悪艦娘たちから憎まれその場で殺されかねない。

他に何かないかと考えた末、彼はある方法を思いついた。

それは、自ら艦娘たちに嫌われ自信を失ったという形で提督をやめようというものであった。

そのために、彼は他所の鎮守府で使われていたという嫌われ薬をこっそり手に入れ、深夜に艦娘たちの食事に盛る。

そうすることで、薬のせいで嫌われた悲劇の提督を演じたのだ。

妖精たちが犯人を突き止められなかったのも無理はない。 何せ、被害者である提督自身が犯人だとは、まず思わないからだ。

そこから先は彼女たちに嫌われ続け自信を失いながらも、皆を守るために残り続けるフリをした。

その姿を見せれば、大本営も自分を解任させた方がいいと考えるはずと彼は思っていたが、大本営からは意外な提案が出された。

それが、彼を他所の鎮守府に異動だった。

だが、彼はそれを真っ先に拒否。 そんな提案を受ければ、今までの計画がすべて台無しになってしまうからだ。

結果的には、彼が異動の件について断ったことで、彼は艦娘たちを大事に思う提督のイメージが強まり、彼の計画がばれることはなかった。

それからも、彼は艦娘たちからの仕打ちに耐えつつ辞めるチャンスを伺い、半年後にそれは訪れた。

執務室に一斉に押しかけてきた艦娘たちに、口を揃えて出てけと言われ、彼はその言葉にショックを受けたフリをしながら、堂々と提督業をやめる理由を得た。

こうして、彼は提督をやめることに成功。 同時に、自分が毛嫌いする艦娘たちに仕返しをすることができた。

この半年間、彼が継続的に薬を入れ続けたせいで彼女たちは彼を嫌っていたが、それがなくなった以上、薬の効果は数日もすれば切れる。

そうなれば、自分たちはなぜ提督に対してあのような仕打ちをしたのかと激しく後悔する。

それこそが、自分を提督にした大本営と艦娘たちへの報復であり、彼が考えた計画の全てだった。

 

 

 

 

 

「この半年間、あいつらの仕打ちに耐えた甲斐があったぜ。 薬が切れたあいつらがどんな反応を見せるのか、それが見られないのは残念だが、まあいい。 大本営も、艦娘共も、俺を提督にしたことを存分に後悔するがいい。 ア―――――ハッハッハッ!!」

 

 

そう高笑いを上げながら、元提督の男は鎮守府を背に、その場を後にしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が提督をやめて一週間が過ぎた日。 男は自宅のアパートで大きく伸びをした。

 

 

「ああ… こうして煩わしい提督業をせず、艦娘共の顔を見なくていいと思うと、心が軽くなるな。 さて、テレビでも見るか」

 

 

男は手元のリモコンでテレビのスイッチを入れる。

映った画面には、昨日起きた事件などをニュースで放送していた。 強盗や窃盗、果ては殺人事件など、物騒な内容に男は顔を曇らせる。

 

 

「やれやれ、相変わらず物騒な世の中だな。 さて、次はどんなニュースが流れ……る………?」

 

 

次の瞬間、たった今入ってきた情報があると、テレビは急にニュースの内容を変更。

そして、そのニュースを聞いた途端、彼は思わずテレビに映る映像に絶句。 そのまま画面に釘付けになった。

 

 

「ど…どういうことだよ……? これは……」

 

 

そこに映っていたのは数人の艦娘で、中央にいる神通は自分の写真を持っている。

さらに、彼女たちの背後に映るのは、砲撃により破壊され廃墟と化した、大本営の建物だった。

あまりに衝撃的な映像に男が夢中になっていると、不意にニュースキャスターの声が聞こえる。

 

 

『た、たった今入った情報によりますと、彼女たち艦娘は突如大本営を襲撃し破壊。 さらに、テレビ局を通じて皆さんにお伝えしたいことがあると言っております!』

 

 

焦りを隠せないニュースキャスターの声。 そして、それとは入れ替わりに神通の声がテレビを通じて男の元へと流れてきた。

 

 

 

 

 

『テレビの前の皆さん、聞いてください。 この人は私たちの提督で、私達は今この人を探しています。 提督を見た方がいた場合、すぐに私達のところへ連絡してください!』

 

 

悲痛な叫びと表情で、神通はテレビ画面に訴えかけ、その隣にいた古鷹が話を引き継ぐ。

 

 

『私達は半年前に、薬を盛られ提督を嫌うよう仕向けられていました。 そして今、薬が切れ正気を取り戻した私たちは、提督に誠意をもって謝罪し、再び鎮守府へ戻ってきてほしいのです。 そのために、私達は大本営に提督の消息を尋ねたのですが、大本営は提督の消息については知らないどころか、提督の身の安全のためと称して、提督を他所の鎮守府に異動させ私達から引き剥そうと企てていたのです! そんなこと、許せるはずがありません!』

 

『だから私達は、先ほど皆で大本営を襲撃し壊滅させました。 大本営が使えなくなった以上、あとは皆さんの誠意にお願いするしかないのです。 だから皆さん、どうか私達にこれ以上の暴挙を働かせないためにも、提督の居場所を知っている方は大至急私達へ情報を提供してください。 お願いします!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビの前で神通達の演説を聞いた男は、開いた口がふさがらずその場に立ち尽くした。

口上ではお願いなどと言っているが、彼女たちのしていることは、ただの強迫でしかない。

まさか自分がいなくなったことが、この様な事態を引き起こすことになるとは……

男は背筋が寒くなり、恐怖で全身が震えてきた。

 

 

「…そ、そうだ。 とにかくこのままここにいてはまずい… 急いでどこか別の場所へ身を隠さないと…!!」

 

 

男は慌てて鞄に着替えや財布などの貴重品を詰め込み、必要最低限の荷物をまとめると、転がるように玄関から外へ飛び出した。

行く当てはないが、このままここにいては見つかるのは時間の問題。 とにかく人のいない場所へ身を隠そう。

そう考え、彼は逃げようとしたが……

 

 

 

 

 

「いた! 皆さんの情報通り、ここにいましたよ!」

 

「良かったのです、榛名さん! 親切な人が、司令官さんがここにいると教えてくれたおかげなのです♪」

 

 

彼が飛び出した先にいたのは、かつて鎮守府で一緒だった榛名と電だった。 二人とも喜びを露わにしながら男へ駆け寄り、涙を流した。

 

 

「提督…! 半年もの間、本当にすみませんでした! 今まで貴方に散々ひどい仕打ちをしたこと、心から反省しています!」

 

「司令官さん…! 電も、司令官さんに意地悪してごめんなさいなのです! 他の皆さんも、司令官さんにちゃんと謝りたいって言ってます。 だから、どうか鎮守府に戻ってきてほしいのです…!」

 

 

涙にぬれた顔で、二人は元提督へと謝罪の言葉をかけるが、それ以上に彼は二人の眼が気になって仕方なかった。

二人とも表情は悲しげだが、その瞳は黒く淀みまるで光が灯っていない。 とても正気と呼べるような眼ではなかった。

これは男の予想だが、おそらく今の彼女たちは正気を保ってはいない。 自らの手で慕っていた自分を追い出したという事実に、心が壊れてしまったのだろう。

大本営を壊滅させ、テレビ局を使ってまで自分を探そうと画策したのがその証拠だ。 たかが行方不明の人間一人探すために、そこまでする時点でまともじゃない。 自分たちが慕う提督を探すためなら、もはや手段は選ばないということだ。

そうしてるうちにも、榛名と電は男の手を取り戻ってほしいと懇願している。 だが、その手から感じる力は少女の細腕とは思えないほど強力で、今にも握りつぶされてしまいそうだった。

今の自分に選べる選択は二つ。 一つは自分が提督業も艦娘も嫌いだということを白状し、ばっさり諦めてもらう事。 そして、もう一つは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。 皆、ようやく元に戻ってくれたんだな。 こうして皆の方から迎えに来てくれて、俺も嬉しいよ」

 

 

彼女たちが慕う提督を演じ、この場をしのぎ切る事だった。

 

 

「て、提督にそう言っていただけて、榛名も嬉しいです…///」

 

「皆にも心配かけてしまったようで、すまないな。 俺からもちゃんと謝らないと」

 

「そんなことないのです! 司令官さんはちっとも悪くないのです。 悪いのは、司令官さんにひどいことをした電たちなのです!」

 

 

榛名と電の姿を見ながら、彼も涙を流す。

嬉し泣きなんかではない。 彼はこれから自分がどうなるかを察していたからだ。

本当はこんな事したくないし、今すぐにでも逃げだしたい。

だが、今生き延びるにはこうするしかないし、これからもこれを続けるしかない。

彼の手を取りながら、榛名と電は彼の顔を見て、嬉しそうに声を揃えて言った。

 

 

 

 

 

「「さあ、戻りましょう。 私達の鎮守府へ♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘たちの大本営襲撃事件から数日後。 鎮守府では何事もなかったかのように、朝から楽しげな声が聞こえていた。

 

 

「おはようございます、提督。 今日も一日、よろしくお願いしますね」

 

「ああ、おはよう扶桑。 山城も、今日一日頑張ってくれよ」

 

「あ、貴方に言われなくてもそのつもりよ…! ……て、提督もお仕事頑張ってくださいね…///」

 

「おはよう提督! さあ、今日こそはあたしのカツカレーを食べて頂戴よー!!」

 

「あっ、足柄さん一人だけ抜け駆けしてずるいー! 提督、瑞鳳の作った卵焼きの方がおいしいよ。 食べて―」

 

「やれやれ… 足柄も瑞鳳も相変わらずだな。 足柄のカレーは昼、瑞鳳の卵焼きは夕飯に食べるって、昨日言っただろ」

 

「だって…… 提督に早く食べてほしかったんだもん…」

 

「そうむくれるなって。 俺は楽しみは後にとっておくタイプだから、卵焼きは後の方がいいんだ」

 

「ほんと…!? じゃ、じゃあこれは夕食に取っておくからね! えへへ♪」

 

「テートクー!  breakfastなら、ぜひ私達と一緒してほしいデース!!」

 

「駄目ですよ金剛さん。 提督は私達が先に朝食に誘ったのですから」

 

「あー… すまんが今回は赤城と加賀の方が先なんだ、悪いな金剛。 食事ならまた付き合ってやるから勘弁してくれ」

 

「……まあ、それなら仕方ないネー。 but、テートクとのケッコンは私が先に頂くから、no problemデース!」

 

「……頭に来ました」

 

「おい加賀、食堂で艤装を出すな! 金剛も、ヘタに挑発するんじゃない…!!」

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、男は鎮守府に連れ戻され、再びやりたくもない提督として、嫌いな艦娘たちの指揮を執っていた。

艦娘たちに自分の本性がばれないよう、良き提督を演じ続け、やつれた表情をごまかすために必死で作り笑いを見せた。

全ては自分の命を守るため、此処で生き延びるためだった。

自分の本心を悟られたら命はない。 現に、自分の周りを囲む艦娘たちの瞳は光を宿しておらず、その目は愛しい提督の姿を映し出していた。

そして今日も、彼はこの鎮守府で芝居を始める。

艦娘たちから身を守るため、彼女たちの慕う提督という道化を演じるために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし! それじゃみんな、今日も一日頑張って行こう!!」

 

 

男は食堂中に響き渡る声で、艦娘たちを激励する。

その表情は楽しそうという様子は一切なく、涙を流し苦しそうな顔で叫んでいた。

 

 

 



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『提督』が生まれた日

どうも、久しぶりの投稿になります。
しばらく投稿しなくなったというのに、未だにちらほらと見てくれる方々がいて、自分としても嬉しい限りです…!
今回の話は、前回ネタがないのでしばらく休むと言った途端、急に思いついたので書いてみました。
しかし、書きたい展開考えたり艦これの夏イベで遅くなったりでここまでかかってしまいました…
まあ、とりあえず見てもらえれば幸いです。 はい。





 

 

 

ある晴れた空の元、鎮守府の正門の前に一人の青年が立っていた。

白を基調とした軍服は海軍の提督を象徴するもので、帽子の下に見える目は強い決意を秘めたように輝いている。

一呼吸置いて彼が正門をくぐると、その先にある中庭ではこの鎮守府に所属する艦娘たちが一堂に集まっており、彼の姿を見ると皆恭しく礼をしてきた。

 

 

「今日を… 貴方が来るこの日をずっとお待ちしておりました。 提督……」

 

 

深く頭を下げ挨拶する艦娘たちに、提督と呼ばれた青年は凛とした表情を崩さないまま、彼女たちを見た。

 

 

「皆、長いこと待たせてしまってすまない。 そして、これからは提督としてよろしく頼む。 赤城………さん」

 

 

しっかりと返事をしながらも、小声でさん付けしたことに提督は少し恥ずかしそうに口ごもる。

そんな彼に、列の中央にいた艦娘……赤城は、にっこり微笑むと彼の前に立ち、そっとその頬を手で撫でた。

 

 

「赤城でいいですよ。 今日からあなたは私たちの提督になるのですから、そんな他人行儀な呼び方はしないでください」

 

「そう、か…… 分かったよ。 俺も皆の提督となるからには、前提督に恥じない働きをするつもりだ。 だから皆、これからは鎮守府の仲間として共に力を貸してくれ。 俺からは以上だ」

 

 

提督の話が終わると、艦娘たちは一糸乱れぬ動きで彼へと敬礼を送り、彼もまた皆に向かって礼を返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が初めてここへ訪れたのは、10年以上も前の事。 小学生だった俺は、まだ艦娘なんて存在さえ知らなかった頃だ。

俺の母親は病気ですでに他界しており、親父は仕事があるからと言ってほとんど家にはいなかった。 もっとも、今ではそれが当たり前になっていたら、別段寂しいとは思わなかった。

親父はこの鎮守府の提督であり、大本営からは一目置かれるほどの戦果を挙げ、部下からも慕われるという英傑だと、俺は周囲の人たちから聞かされてきた。

子供の俺は、皆がすごいと呼んでいる親父がどんな風に仕事しているのかを知りたくて、こっそり鎮守府へとやってきた。

目の前に広がる大きな壁に阻まれた、これまた大きな建物。 唯一入れそうな正門にも、関係者だろうか一人の女性がいて近づけなかった。

少し離れた木の陰から、どうやって中に入ろうかと一人考えていた時、俺は彼女と出会った。

 

 

 

 

 

「あら…? きみ、どうかしたの? ここは関係者以外は入っちゃいけないのよ」

 

 

木の陰にいた俺に気づいたらしく、声をかけてきた正門前の女性。 それが、俺が生まれて初めて出会った艦娘、赤城さんだった。

初めて見たときは、きれいな人だなと思った。 すらりと高い身長に、子供の俺から見ても美人と分かるほど整った顔立ち。 風にたなびく黒髪は陽光に照らされキラキラと輝いている。

そんな人がよもや海で怪物と戦っているなんて、当時の俺は思いもしなかった。

赤城さんに見つかった俺は、自分が提督の息子であることを正直に話し、ここへは父親の仕事について調べるという宿題の為にやってきたと理由を付けた。

それを聞いた赤城さんは、俺が提督の息子だということに驚いていたが、

 

 

「そうだったの。 でも、提督はお仕事で忙しいから、仕事を調べるなら陰でこっそり見るだけにしましょう」

 

 

そう言って、赤城さんはいたずらっ子のような笑みを見せると、俺の手を引いて中へ案内してくれた。

結果的に、俺は赤城さんのおかげで親父の仕事ぶりを見ることができた。

俺は執務室の窓から赤城さんと一緒に執務室をのぞき込む。 執務室で仕事をする親父は、黙々と書類にペンを走らせながらも傍らで手伝っている秘書や、報告に来た子たちには笑ってねぎらいの言葉をかけたりと、真面目ながらも部下への優しさを見せる良き上官という様子がうかがえた。

ただ、親父の手伝いをしてる秘書も、報告に来た子も皆女性だったことが俺には気になった。 ここへ来てから、親父以外の男性を見ていない。 偶然かと俺は首をかしげたが、すぐにそれが気のせいではないことを知ることになった。

 

 

 

 

 

親父の仕事を見学した後、少し休みましょうという事で俺は赤城さんに連れられ食堂へとやってきた。

赤城さんが言うには、食堂ではここで働く人たちが休む場所なのでぜひ行ってみるといいですと言われて訪れると、そこにいたのは皆女性ばかりで男性は一人もいなかったのだ。

赤城さんに負けず劣らずきれいな人に、ヘタしたら俺より年下かもしれない子までいて、俺は驚きを隠せずにいた。

俺が食堂へ入ると中にいた人たちは俺に注目し、赤城さんは俺が提督である親父の息子だということを伝えると、皆は「ええ―――!?」と驚きながら俺をかこってきた。

 

 

「うわ、ちっちゃい…! 提督に子供がいるって聞いてたけど、こんなに小さい子だったのね」

 

「確かに、よく見ると顔つきとか提督に似てる。 大きくなったら提督みたいにかっこよくなりそうですね♪」

 

「もう、青葉ってば何期待してるのよ…!」

 

「あはは、でも見れば見るほど小さい提督に見えてくるな。 ほら、お姉ちゃんって呼んでいいよ♪」

 

「ね、姉さん!? 何を言って……!」

 

「えっ? じゃあ、神通が呼んでもらう?」

 

「ふぇっ…!? え、あの、えっと…///」

 

 

俺は周りから質問攻めにあったり、ぬいぐるみみたいにいじられ困惑していたが、

 

 

 

 

 

「んっ? お前たち何をやって………って、お前は!? 何をやってる、こんなところで!!」

 

 

それも秘書と一緒にやってきた親父の一括で終わりを迎えたのであった。

この後、俺は親父に、赤城さんは親父の秘書を務める加賀さんにこっぴどく怒られたが、説教を終えた親父は次に来るときはちゃんと連絡をしろと言って許してくれたのだった。

食堂で俺は親父と一緒にお茶を飲んでいると、不意に親父が俺に尋ねてきた。

 

 

「赤城と一緒に鎮守府を見て回ったそうだが、実際見てお前はどう思った?」

 

「うーん… 正直に言うと、お父さん以外男の人がいなかったのは驚いたな。 さっきの赤城さんと言い、此処の女の人たちは何か特別な人たちなの?」

 

 

俺は正直な感想を言うと、親父は少し真剣な顔つきになって赤城さんたちについて語ってくれた。

彼女たちが人間ではなく、かつて戦争で戦った軍艦の生まれ変わりだという事。

彼女たちが俺や親父、そして国の人を守るために深海棲艦という化け物と戦ってくれていること。

そして、親父は彼女たちを守るために、提督として日夜頑張っていたこと。

聞けば聞くほど俺は親父の話に驚きを隠せなかったが、親父は最後に俺の顔を見ると、こう言った。

 

 

「俺にとって、皆はお前や死んだ母さんと同じで家族のような存在だ。 だから、皆が無事に過ごしていけるように、俺は提督としてここで頑張っているんだ」

 

「だから、もし俺の身に何かあったときは、皆をよろしく頼んだぞ。 ……って、そもそもお前の頭じゃまず提督にはなれないか♪」

 

 

その後、俺は親父と散々揉めあい、鎮守府を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

それから、俺はたびたび鎮守府に足を運んでは、皆の元へ訪れていた。

ある時は執務室で秘書艦の加賀さんから親父の仕事や働きぶりについて教えてもらったり、ある時は榛名さんに姉妹のお茶会に誘われたり、またある時は俺より年下に見える電という子の姉妹と一緒に遊んだりもした。

俺にとって、鎮守府での出来事はとても新鮮で楽しかったし、皆も俺が来ると喜んでくれて、俺が帰るときは名残惜しそうに見送ってくれていた。 その時、俺を見送る際に何時も赤城さんがかけてくれた、

 

 

 

『また、いらしてくださいね』

 

 

あの言葉が、何より嬉しかった。

月日は流れ、俺も中学高校に通うようになってからは、友達との付き合いや勉強などやることが多くなり、鎮守府に訪れる機会はめっきり減っていった。

それでも俺は、週に一度くらいはいけるよう時間を見計らい、皆に会いに鎮守府に訪れていた。

時間が経つごとに徐々に大人になっていく俺に対し、いつ会っても初めて出会ったあのころと変わらない彼女たちの姿を見るたび、俺は改めて彼女たち艦娘が人外の存在であることを再認識していった。

だが、そんな俺の不安を他所に、皆は俺を温かく迎え入れてくれた。

俺が来ると、今日はこんなことがあったと楽しそうに話し、一緒に遊ぶときは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

その分、俺が帰るときの皆の悲しげな表情は見てて辛かった。

平和な日常を生きる俺にとってはなんでもない別れも、死と隣り合わせの戦場で生きる彼女たちにとっては、これが今生の別れになるかもしれない。

だからこそ、俺は次に来るときは少しでも早く皆に会いに行こうと考え、少しでも長く皆の傍にいるようにした。

しかし、そんな楽しい日々にもついに終止符が打たれることとなった。

 

 

 

 

 

その日は皆が演習を執り行う日で、俺は親父と一緒に見学席から皆の戦いぶりを眺めていた。

親父の指揮のもと、機敏に立ち回り戦う姿に俺は見とれていると、親父は突然俺の肩を叩いて言った。

 

 

「今にうちによく見ておいてくれ。 おそらく、お前にとってはこれが皆の姿を見れる最後の機会になるだろうからな」

 

 

親父の放った言葉に理解が追いつかず、俺はどういう意味だと尋ねると、親父は理由を話してくれた。

 

 

 

 

 

「…実は、最近深海棲艦側の動きが活発化しており、特に鬼や姫級を含んだ大規模な艦隊による侵攻が確認された。 そこで、こちらはそれに対応すべく、精鋭たちを率いて連合艦隊を編成し迎撃することとなった。 恐らく、その戦闘は今までで一番激しいものになるであろう…」

 

「俺は今回の迎撃戦の陣頭指揮を執ることになり、ここを離れることになった。 だから、お前には今日をもってこの鎮守府の出入りを禁止とする。 俺がいない以上、勝手な鎮守府への訪問は許されないし、よしんば俺が戻ったとしてもこれから先、深海棲艦との戦いはますます激化することになる。 何時ここが戦場になってもおかしくないし、お前の身の安全のためにもそうしたほうがいいんだ。 分かってくれ……!」

 

 

悲しみを帯びた目でそう語る親父を見て、俺は何も言えず静かに頷いた。

演習を終えた皆に会った後、俺はいつものように鎮守府を去っていった。

俺がもうここに来なくなることは、皆には言えなかった。

正門からここを出るとき、いつものように赤城さんが俺に声をかけてくれたが、それを聞くのも彼女たちに会うのも最後だと思うと少し物悲しかったし、心が痛かった。

皆への未練を振り切るかのように、俺は鎮守府を出た途端全力で走りだし、なるべく後ろを振り返らないようにして去っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

あの日から、俺は親父の言いつけ通り鎮守府に行くことはなく、一学生として日常を過ごしていた。

家では今まで通り一人で身の回りのことをこなしながら暮らし、学校では親友と将来のことで話し合ったり遊んだりと、鎮守府に行くことがなくなった分、平和な日々を過ごし、いつしか彼女たちのこともあまり気にならなくなっていった。

俺自身、もう皆に会うことはないのだし、これでいいのだろうと思っていた。 あの出来事があるまでは……

 

 

 

 

 

 

 

俺が鎮守府に行かなくなってから、もうすぐ一年。

夕焼け空の元、学校を終えた俺はいつものように家へと向かっていた。

そんな時、ふと鎮守府のことを思い出し、俺は土手の上から鎮守府のある方角を見た。

此処から鎮守府は見えないが、今でも皆はあそこで深海棲艦と戦っているのか……

思い出したからか、急に親父や皆のことが心配になるが、親父も皆も俺に心配されるほどヤワじゃない。 俺は俺で、平和な日常を生きていけばいい。

自分にそう言い聞かせ、俺は家へ帰ろうとしたとき、突然ポケットの携帯が鳴りだした。

携帯の画面を確認すると、発信先は鎮守府からだった。 俺は急いで携帯に出ると、電話の向こうから赤城さんの声が聞こえてきた。

一年ぶりに聞いた声。 赤城さんが言った言葉は……

 

 

 

 

 

 

『今すぐ…、鎮守府に来て……ください…』

 

 

だけだった。

俺は訳が分からなかったが、電話越しに聞こえた赤城さんの声には元気がなかった。 そのことに一抹の不安を抱きながら、俺は鎮守府へと向かった。

一年ぶりに見る鎮守府の正門は、夕日に照らされオレンジ色に輝いている。 その門をくぐり中へ入っていくと、中庭にいたのは電話をくれた赤城さんと、一年ぶりに再開した艦娘たち。

だが、彼女たちの表情は皆暗く沈んでおり、中央にいた赤城さんは俺を見ても何も言わず、静かに涙を流していた。

 

 

「お、おい… どうしたんだ一体? 赤城さんも皆もそんな暗い顔して、いったい何があったっていうんだ……?」

 

 

まるで状況が呑み込めない俺は訳を聞こうとすると、赤城さんが涙をぬぐい、俺の質問に答えてくれた。

 

 

 

 

 

「実は、その…… 大変申し上げにくいのですが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督が……亡くなられたのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……死んだ? 親父が…?

突然の話に戸惑う俺に、赤城さんは詳しい話をしてくれた。

 

 

「あれはひと月ほど前のことでした。 深海棲艦迎撃の大規模作戦は前線基地にいた提督の指示により、こちらの優位に進んでおりました。 あとは、敵の旗艦を落とせれば敵も撤退し、作戦成功するところまで来ていたのです。 ですが、それが私たちの油断を誘ってしまいました……!」

 

 

 

「あの時は直接現場で指揮をとる必要があるため、提督も小型のクルーザーで現場に来ておりました。 私達は敵の本拠地に攻め入っていましたが、提督の指示通り敵の旗艦を落とすことに夢中になるあまり、随伴の空母が艦載機を放ったことに気づかなかったのです…! それは、敵側にとって最後の仕返しだったのでしょう。 艦載機は私達を狙うことなく、直接提督のいるクルーザー目掛け飛来してきたのです」

 

 

 

「私達が敵の旗艦を落とすと同時に、私達の背後から爆音が聞こえました。 急いで駆けつけると、そこには提督の乗っていたクルーザーの残骸がまばらに浮かんでいるだけで、提督の姿はどこにもなかったのです… 私達は、提督を守り切れませんでした……!」

 

 

話が終わるころには、赤城さんは涙をぼろぼろとこぼしながら、かすれたような声で話していた。

気づくと、赤城さんだけでなく他の艦娘も赤城さんと同じように泣き崩れていた。

 

 

「本当に…本当に申し訳ありませんでした…!! 私達の力至らぬゆえに、提督を……貴方の家族をお守りできず……!!」

 

 

泣きながらも必死に頭を下げ俺に謝罪する赤城さん。 ほかの子たちも赤城さんに則って、深く頭を下げながら謝った。

俺は何と声をかければいいか分からず狼狽えていたが、ふと気になったことがあり、俺は赤城さんたちが落ち着くのを待って尋ねた。

 

 

「あ、あのさ… 一つ聞きたいんだけど、提督である親父がいなくなった以上、赤城さんやこの鎮守府はどうなるの?」

 

「……。 恐らくは、着任する提督がいない以上この鎮守府はなくなります。 そして、私達は各々別の鎮守府に配属されるでしょう。 もう、私達皆がこうして一緒にいられることは、まずありません……」

 

「そ、そんな……!」

 

 

厳しい現実を突きつけられ、赤城さんも皆も暗い顔を見せる。

俺も、こうして一年ぶりに会えたのに、これが本当に最後の別れになってしまうのかと思うと、悲しみを通り越して、もうどうすればいいのか分からなくなっていた。

何か俺にできることはないか…!? 俺は頭を抱え必死に考えていると、初めて鎮守府に訪れたときの、親父の言葉が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もし俺の身に何かあったときは、皆をよろしく頼んだぞ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を思い出した瞬間、俺は自分でも気づかぬうちに口走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……が、なる」

 

「えっ…?」

 

「赤城さん…、皆…、聞いてくれ。 俺、親父の後を継ぐ。 親父に代わって、俺がこの鎮守府の提督になる!!」

 

 

 

 

 

それ以来、俺は海軍の提督になるため、毎日猛勉強に励んだ。

自分が提督になると宣言した直後は、赤城さんはもちろん他の艦娘たちからも止められた。

 

 

『そ、そんな事言わないでください…! 私達は敬愛する貴方のお父さんを死なせてしまったのです。 そのうえ、息子さんである貴方まで守れなかったら、私達は本気で自沈を決めるかもしれません! お願いですから、どうか今一度考え直して……!!』

 

 

必死に俺を止めようとする皆の気持ちはよく分かるが、俺はもう俺自身を止めることはできなかった。

親父が大事に思っている皆が、こんな形でいなくなってしまうなんて俺は嫌だったし、俺にできることがあるのなら、どうにかして力になりたかった。 俺は、決心したんだ!

 

 

 

 

 

『皆、聞いてくれ! 俺は親父と同じ末路をたどったりはしない、必ず最後まで俺は皆の傍にいると約束する! 親父が守ってきた家族を、俺にも守らせてほしいんだ。 頼む…!!』

 

 

俺はその場で土下座して頼み込んだ。 赤城さんや皆が、どんな表情で何を思っているかは分からないが、俺は必死に頭を下げ続ける。

その時だった。 俺の頭の上から、赤城さんの声が聞こえたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…その言葉、信じていいのですね?』

 

 

 

 

 

 

俺が頭を上げると、目の前には暖かな笑顔で俺に手を差し出す赤城さんの姿。

そして、赤城さんの後ろには皆が希望に満ちた顔で俺を見つめていた。

俺は赤城さんに手を引かれ立ち上がると、彼女はつかんだままの俺の手の上に、そっと自分の手を重ねてきた。 暖かく、心地よさを感じさせてくれる手だった。

 

 

 

 

 

『もし、あなたの言葉が本当であるのなら、私達も貴方を信じてここでお待ちしております。 何があろうと、貴方が来るまで私達は誰一人いなくなったりしません。 だから、貴方も次に訪れるときは、どうか提督としてここへいらしてくださいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、朝起きてから夜寝る時まで、俺は提督になるために必要な知識をつけていった。

幸い、子供のころから鎮守府を見てきたから、提督になるにあたって何を学べばいいか、何をすべきかは頭に叩き込まれていた。

加賀さんに親父の話を聞いてたおかげで提督について学ぶことは知っていたし、長門さんや皆が戦う姿を見ていたおかげで、陣形や戦術についてどう立ち回るべきなのかは把握していた。

勉強をこなす傍ら、体力をつけるためトレーニングも欠かさず行い、初めこそできっこないと言ってた親友や先生も、今では俺が提督になるのを応援してくれていた。

あれから数年。 俺は海軍に入隊を希望し、その知識と技術を認められた結果、異例の早さで提督となった。

そして、どこの鎮守府に配属されるかについて俺は皆がいる場所を志望しようとしたら、向こうから俺をそこの鎮守府に着任させたいと言われ、少し拍子抜けしてしまった。

久方ぶりに訪れた鎮守府の正門をくぐると、そこには初めて会った時から変わらぬ姿の皆が、見事な敬礼で俺を出迎えてくれた。

 

 

 

こうして今、俺はここにいる。

あの時の俺は、ただ鎮守府に遊びに来るだけの子供だったが、今は違う。

俺は親父の後を継ぎ、提督として皆を守っていく。

そう… 今日、この日が俺という提督が生まれた日だ。

そして、これからは皆とともに新しい思い出を作っていきたい。 親父が家族と呼んでいた、皆とともに……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長かった…… ようやく、この日が訪れたのです!

思えば10年以上も前… 彼が初めて来たあの日から、運命の歯車は回りだしていたのでしょう。

彼が……、提督の息子さんが初めて鎮守府に訪れた日の事。

幼いながらもあの人の面影があるその姿を見て、私はすぐにこの子があの人の子供だと気が付きました。

私と一緒に鎮守府を見て回り、楽しそうに笑うあの子の笑顔に、おのずと私も楽しくなってきました。

食堂へあの子を連れて行くと、他の皆さんも息子さんに夢中になりました。

まあ、提督は皆さんにとても慕われてますし、提督以外の男性を見る機会なんてほとんどありませんからね。

でも、この後私は提督とともにやってきた加賀さんに叱られてしまいましたが、あの子といられて私はとても楽しかったです。

それ以来、あの日の出来事をきっかけに彼はたびたびここへ来てくれました。

初めこそ、私達は子供だった彼を家族のように思い、接してきました。

ですが、時が流れ大人になっていく彼を見ているうちに、私達の彼を思う気持ちは家族のそれではなくなっていました。

そう… 私は提督のような凛々しい青年になっていく彼に、いつしか恋心を抱いていたのです。

彼を私たちの慕う提督と重ねているからなのか、彼自身が提督と同じくらい素敵な男性だからなのか、それは私には分かりませんでした。 両方かもしれませんね……

でも、これだけははっきりと言えます。 私は彼のことが好きです。 赤城という一人の女として、私は彼を愛しています。

だから、私はいつも彼が去るときに「また、いらしてくださいね」と、声をかけていました。

そうすれば、彼はまたここへ来てくれるからです。

そして、彼に対し特別な思いを抱いていたのは、私だけではありませんでした。

加賀さんがいつも執務室で彼に提督の話をしていたのは、少しでも彼と二人きりでいたかったから。

榛名さんが彼をお茶会に誘っていたのは、彼に気立てのいいところを見せることで自分を売り込もうとしていたから。

電さんが彼と一緒に遊んでいたのは、小さな自分を気に留めてもらおうという、彼女なりのアプローチだったから。

皆さんもまた、私と同じ思いを彼に抱いていたのです。

時が経つにつれ、彼がここを訪れることは少なくなりましたが、それでも彼は私たちのために会いに来てくれました。

一日のうちのほんの短い時間だけしか一緒におられず、ほんのささやかな出来事ですが、私達はとても幸せでした。

でも、この楽しい日々にも終わりが来てしまったのです。

ある日、大本営から深海棲艦の迎撃という大規模作戦が発令され、私達はここを離れ前線へ出向くことになりました。

ここを離れるという事。 それは、彼と会えなくなることを意味していました。

私はもちろん、他の皆もショックを隠せず反対しようとした者もいましたが、

 

 

 

 

 

「今回の任務はお前たちの協力なくしては達成できないんだ。 この国の人たちを… そして、俺の息子を守るためだ。 頼む……!」

 

 

そう言った提督の言葉と、彼を守るという目的のため、私達はどんな苦境になろうと負けることなく戦い続けました。

提督の的確な指揮もあり、戦況はこちらの有利に進んでいき、ついに残るのは敵の本拠地だけとなりました。

あとは、あそこにいる敵の旗艦を落とせばこの任務は終わり、また彼に会える。

そう思っていました。 基地で、提督があのような事を言うまでは………!

 

 

 

 

 

 

「あいつには、二度と鎮守府に来ないよう言い聞かせた。 任務を終えたとしても、今後はますます戦闘も激しくなるし、あいつには俺のような軍人ではなく一般人として平穏な人生を過ごしてほしいんだ。 それに……」

 

 

 

「あそこを離れる前から感じてはいたんだが、息子を見るお前たちの様子が妙に不穏な気がしてな。 これ以上あいつをお前たちと接触させるわけには行かないと感じたんだ。 だから、もうあいつがお前たちの前に現れることはない。 分かったな」

 

 

提督からそう告げられた瞬間、私は目の前が真っ暗になりました。

もう、彼に会えない……? その言葉は、私だけでなく他の皆さんをも絶望の底に突き落としました。

どうしても彼に会いたかった私たちは、夜に皆で集まり話し合い考えました。 そして、素晴らしい方法を思いついたのです。

それは作戦の終盤ごろに、敵旗艦と戦いつつ隙を伺い提督のいるクルーザーに艦載機を飛ばし、提督を亡き者にすることでした。

そうすれば、私達の邪魔をする者はいなくなるし、家族が亡くなったことを謝罪するという名目でまた彼に会える。 まさに一石二鳥の素晴らしいアイデアでした。

作戦当日、私達は計画を決行しました。 打ち合わせ通り、私達は敵の旗艦と交戦し、敵の艦載機を打ち落とすフリをしながら、自分たちの飛ばした艦載機の爆撃を提督のいるクルーザーへと放ちました。

爆撃が命中したクルーザーは瞬く間に炎上し、文字通り火達磨となって提督とともに海に沈んでいきました。

 

 

本当に申し訳ございません、提督… 心から信頼し、尊敬していた貴方をこの手にかけてしまって……

 

でもね、貴方がいけないんですよ…! 貴方が彼を私達から引き離そうとするからこのような事態を招いてしまったのです!

すべての作戦を終え、鎮守府に戻ってきた私たちは、すぐに彼に電話をかけて提督がなくなったことを伝えました。

久しぶりに会えた彼に、私は今すぐにでも抱き着きたい衝動にかられましたが、今は堪えなくてはいけません。

私達は皆、必死に頭を下げ提督を守れなかったことを謝罪。 そして、私を含めた艦娘たちは提督がいなくなったことで別々の鎮守府に飛ばされることを伝えました。

今はこれでいい。 ほかの鎮守府に飛ばされても、いずれまた会える可能性があれば…

私は自分にそう言い聞かせましたが、話はこれで終わりませんでした。

なんと、彼は父親である提督の後を継いで、自分が提督になるとおっしゃってくれたのです!

意外な申し出に私自身驚きはありましたが、それ以上に嬉しさがこみ上げてきました。

私達は彼の言葉を信じて、彼が提督として訪れるまで此処に居させてほしいと大本営に嘆願しました。

もし受けられなければ、鎮守府にいる艦娘全員で大本営へ攻め入るという旨も伝えると、大本営も理解してくれたらしく、彼が来るまでここにいることを許可してくれました。

そして今日。 彼は約束通り、提督として私達の前に現れたのです。

本当に夢みたいです! 今まで思いを募らせてきた彼と、こうして一緒にいられるなんて。

これからは、家族として彼と色んな思い出を作っていきたいです。

彼にとっては鎮守府の仲間という、父親と同じ意味での家族だと思っているのでしょう。

でも、私にとっては夫と妻という、本当の家族として過ごしていきたいのです。

ですが、私と同じ夢を抱いている方は、この鎮守府には大勢いるのでしょう…

加賀さんに榛名さん。 電さんや吹雪さん。 表にこそ出してませんが、他の皆さんも同じ心持ちのはずです。

しかし、これだけは譲れません!

いずれ、私は必ず私の夢をかなえて見せます! たとえ、他の皆さんを提督………いえ、前提督と同じ目に遭わせようともね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空の元、今日から自分たちの提督になる青年の姿を、赤城をはじめとする艦娘たちは見届けている。

ただ、彼女たちの眼は何か強い意志を感じさせるように輝いており、口元は何かを企てているかのように歪み、妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

 



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火のない所に噂は立たぬ

ほんと久しぶりの投稿になります。
しばらくは艦これ以外に城プロにも手を出して、そっちに没頭してたせいで小説を書く時間がなくなってました……
しかも、今回の話は前・後編の2話に分けての投稿になるので、後編を上げるまで待ってていただけるとありがたいです。





 

 

 

ここはあるアパートの一室。 窓の外は暗く、時計の針はもうすぐ一日の終わりを告げる頃に差し掛かっている。

部屋には小さな明かりがついており、家主である男性は布団に潜り込み、うつぶせの姿勢で目の前のノートパソコンを操作していた。

 

 

「へえー、今はこういう話があるのか。 昔はやれ人面犬だとかダッシュババアなんてのがあったけど、時代が変われば噂の内容も変わっていくもんなんだなぁ」

 

 

誰にでもなく独り言をつぶやき、男性は画面に流れる文に目を走らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が見ているのは、都市伝説について記載されているサイトだった。

昔から怖いもの見たさというか、この手の話に興味がある彼は、暇なときはネットでよくオカルトめいた都市伝説を読み漁っていた。

そして、いま彼が見ているのは、こんな体験があったというものを投稿するタイプのもので、いろんな人たちから何百もの書き込みが載せられていた。

しかし、この手の話にはお決まりのパターンがあるのか、どうも投稿されてる話には似たり寄ったりな内容のものが多く、男性も少しつまらなさそうな表情で書き込みを読んでいたのであった。

 

 

「全く… 数はあれどどれも似たような内容のものばかりだな。 ここは作り話を載せるサイトじゃないっつーの」

 

 

男性は愚痴りながら投稿された話に一つ一つ目を通している。 しばらくは代わり映えのしない話が続いたが、

 

 

「んっ? 何だ、これ……」

 

 

ある一つの話に目を奪われた。

それは、今から5年ほど前と古くに送られたものらしく、内容についてはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『これは、本当にあった話です。 艦隊これくしょんというゲームにハマっている友人から聞いたのですが、このゲームに思い入れを持ってプレイしているプレイヤーは、ゲームの中に引き込まれてしまうそうです。 友人は古参プレイヤーで、このゲームにも愛着があったらしく「もしそうならぜひ引き込んでほしいぜ!」 なんて冗談めいた事を言ってたのですが、その友人が数日後に消息不明になってしまったのです。 それも、奇妙なことに友人が失踪したことについて、目撃情報は何も得られず財布などの貴重品もそのままだったとのこと。 警察はあくまで失踪事件として捜査していますが、私は友人がゲームの中に引きずり込まれたんだと確信しています。

 これを見てる皆さんが、どれだけこの話を信じてくれるか分かりませんが、これだけは言わせてください。 これは、本当にあった出来事です…!!』

 

 

 

 

 

 

書き込みを読み終えた男性は、一旦手を止めると「ふう…」と、短い息を吐いた。

 

 

「これは創作……にしては、随分力が入ってるな。 でも、ゲームの世界に引き込まれるなんて時点でまず信じられんわ。 もしそうなら、俺もとっくに引き込まれてるっつーの」

 

 

実は此処にいる彼も、元は長い間艦これをプレイしていた元提督だったのだ。

昔はゲームの中で艦娘たちが活躍する姿を見るたびに一喜一憂し、彼女たちが大破すれば即座に撤退させ、戦果より艦娘たちの安全を第一に考えた指揮を執っていた。

だが、人間である以上時間が経てば、おのずと興味も薄れるもの。 徐々にほかのゲームに興味が移ると、日に日に艦これをプレイする時間は短くなり、いつしか彼は鎮守府に着任することはなくなっていた。

 

 

 

「……。 そう言えば、俺も前はやっていたんだよな。 皆、今はどうしているのか……? って、何ゲームの心配をしてるんだ俺は」

 

 

男は呆れながら頭を掻くと、パソコンの電源を落とすと布団に潜り込んだ。

 

 

「明日はまた仕事があるし、今日はもう寝るか。 ふあ… おやすみ…」

 

 

誰にでもなく一人呟き、男はそのまま深い眠りに落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のアパート。 黒い画面を映すままの男のパソコンがひとりでに光りだしたのだが、男は寝ておりそれを気にする者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝になり、部屋の外からは鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 

「ふわ、あ… もう朝か。 んじゃ、早いとこ着替えない…と……」

 

 

男は寝ぼけ眼をこすりながら起きだすと、

 

 

「な、なんなんだこれはっ!?」

 

 

素っ頓狂な叫びとともに、うっすらと開きかけていた目を大きく見開いた。

 

 

 

 

 

男の視界に入る景色は、いつもの自宅ではなく別世界だった。

まず真っ先に見えたのは、いつも自分が使っているテーブルではなく、趣を感じさせるような豪奢な執務机。

壁に貼ってある窓は、三日月があしらわれたおしゃれなカーテンがかけられ、窓から見えるのはいつもの街並みではなく海へとつながる母港だった。

そして、今気づいたのが自分が座っているのは布団ではなく、木製の大きなシングルベッド。

彼がいたのは、自宅の部屋ではなく鎮守府の執務室だったのだ。

 

 

「こ、これって… 俺がデザインした執務室と同じじゃないか! お、おい… うそだろ…? まさか、俺は本当にゲームの世界へ引き込まれたっていうのかよ…!?」

 

 

まだ自分は夢でも見てるんじゃないかと言わんばかりに、男はあたりをきょろきょろと見まわしていると、

 

 

 

 

 

ガチャ…!

 

 

「…っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

部屋の隅、そこにあった扉のドアノブが回る音が聞こえた。

考えるより先に、男はとっさに近くの執務机に身を隠すと、少し遅れて扉が開いて誰かが執務室に入ってくる足音が響いた。

バタバタと駆けるような音と、静かに歩く音からするに、入ってきたのは二人。

しばらくは駆けまわる音が男の背後から鳴っていたが、男が息をひそめているうちにそれも聞こえなくなった。

 

 

 

「……。 どうにか、やりすごしたか?」

 

 

男は抑えていた口から手を離し、こっそり外を覗こうとしたとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バア―――――!!」

 

「う、うわ――――――!?」

 

 

 

いきなり机の上から顔を出してきた少女に驚き、男は背中から勢いよく倒れこんだ。

 

 

「やっぱりうーちゃんの読み通り、しれーかんってばここに隠れてたぴょん! でもー、かくれんぼならうーちゃんだって負けないぴょん♪」

 

「お、お前… もしかして、卯月なのか…!?」

 

 

男は体を起こしながら、自分を驚かせてきた艦娘『卯月』に顔を向ける。 卯月は男を指さしながらケラケラと笑っていると、そこへもう一人の艦娘が男に駆け寄ってきた。

 

 

「司令官、大丈夫…!? ごめんなさい、急に驚かせたりして…」

 

「お前は……弥生か…?」

 

 

男は心配そうに自分に寄り添う艦娘、『弥生』を見る。

弥生は男の無事を確認すると、今度は卯月に視線を変え、睨み付けた。

 

 

「卯月、いくらなんでも今のはやりすぎよ。 ちゃんと司令官に謝って…」

 

「もう、弥生ってば大げさだぴょん。 ちょっとしれーかんを驚かせたぐらいで」

 

「卯月…!」

 

「…わ、分かったから。 そんな怖い顔しないでほしいぴょん…」

 

 

表情自体は変わって見えないが、明らかに語気が強くなっている弥生の言葉。

そんな弥生の怒りに気圧されてか、卯月も縮こまると男に向かってぺこりと頭を下げた。

 

 

「しれーかん、ごめんなさい。 もうしないから、許してほしいぴょん…」

 

「あ、ああ… 俺は気にしてないが、あまり弥生を困らせないようにな」

 

 

男の言葉を聞き、さっきまでのしおらしさから一転、ぱぁっと明るい笑みを浮かべて元気な返事を返す卯月。 そんな彼女に弥生はやれやれと言わんばかりに軽く頭を振ると、男の手を取った。

 

 

「そうだった… 司令官、私たち司令官を連れてくるよう言われてたの。 一緒に食堂に来て」

 

「そ、そうだったぴょん! しれーかん、急いでいくぴょん! 早くしなきゃ、神通さんに怒られる―――!!」

 

 

二人に手を引かれながら、男は執務室を後にする。

廊下に出て連れられるままに歩いていく男は、たびたび廊下の窓から見える景色に目をやった。

 

 

 

 

 

見知らぬ港。

 

 

 

見知らぬ建物。

 

 

 

そして、見知らぬ少女たち。

 

 

 

 

 

その光景を目の当たりにしながら、男は思った。

 

 

「これって… もしかして艦これの世界? まさか、俺は本当にゲームの世界に引きずり込まれたっていうのか!?」

 

 

しばらく二人に引かれるままに廊下を歩いていた男だが、二人は大きな扉の前で足を止め、同時に男も立ち止まった。

そして、二人に促されるまま男は扉を押し開けると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「提督、お帰りなさい!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

そこは大きな食堂で、中には笑顔で彼を出迎える大勢の艦娘たちの姿があった。

男が突然の歓迎に戸惑っていると、卯月が男の背中を押し出し、男はあっという間に艦娘たちに取り囲まれた。

 

 

「提督、やっと帰ってきてくれたんだね! 待ちくたびれたよー」

 

「提督さん。 今まで何をしてたのか、後でじっくり聞かせてもらいますからね…!」

 

「それより提督、私提督の為に特製カツ揚げたんだから、ちゃんと食べてよー!」

 

「し、司令官…! あの… 私も、司令官の為に麻婆春雨を作ったんです…! だ、だから… ぜひ、司令官に食べて…ほしい……!!」

 

「ま、待ってくれ皆…! そんないっぺんに話しかけられても…うおっ!?」

 

 

あちらこちらから声をかけられ、引っ張りだこになる男。

男はどうにか皆をなだめようとすると、そんな男に助け船を出すべく、一人の艦娘がパンパンと手を叩いた。

 

 

「はいはい皆さん落ち着いて。 嬉しい気持ちは分かりますが、そんな一斉に駆け寄られたら提督が困ってしまいます」

 

 

皆の背後から声をかけてきた艦娘、『鳳翔』の言葉に皆も落ち着いたのか静かになり、鳳翔は皆の間を抜け男の前に来ると、男の手を取り微笑んだ。

 

 

「おかえりなさい、提督。 私達は、こうしてあなたが返ってくるのをずっとお待ちしておりました。 いろいろと積もる話もあるのですが、そのことも含めて今夜は提督のお祝いパーティーを行うつもりです。 ですので、それまではほかの皆さんに会いに行ってあげてください」

 

「…分かった。 ありがとうな、鳳翔」

 

「いえ、提督のためならこれぐらい当然です。 では、私達はこれで失礼します。 皆さん、休憩はこの辺にしてお仕事に戻りますよー」

 

 

男が頷いたのを確認すると、鳳翔は皆に仕事に戻るよう促し、皆も名残惜しそうに男を見つめると、その場を後にした。

 

 

「俺が帰るのを待ってただと…? ますます例の噂が真実味を帯びてきたな……」

 

 

それから、男は情報を集めるべく中庭や工廠にいる艦娘たちに会いに行った。

ゆく先々では、ほかの艦娘から今までどこに行ってたのや、ようやく提督が戻ってきてくれて嬉しいと言われ、皆男が提督であることを当然のように認識していた。

 

 

「皆して俺を提督と呼ぶなんて… やはり、ここは俺がゲームでプレイしてた鎮守府と考えるべきか? ひとまず、ここはもっと情報を集めたほうがいいな」

 

 

 

 

 

時刻は昼。 食堂で皆に囲まれながら落ち着かない昼食をとっていた男。

話に受け答えしたり、時に差し出された食事を他の艦娘が阻止し喧嘩になろうとするのをなだめたりしながら、昼のひと時を過ごしていった。

昼食を済ませ、男は午後はどうしようかと一人食堂で考えていると、誰かが男の裾を引っ張ってきた。

振り向くと、そこにはおずおずとした様子で男の服の裾を掴む電の姿があった。

 

 

「あの… し、司令官さん! 実は、この後午後の演習があって、電も参加するのです。 ですから、もしよければ司令官さんに演習を見に来てほしいのです。 ダメ…ですか…?」

 

 

自信がないのか、小声で縮こまってしまう電。 そんな電を見て、男も元々予定がなかったことと、電の頑張りに応えようと思い、演習を見に行くことにした。

 

 

「ああ、いいぞ。 この後は予定がなくてどうしようかと思ってたから、電の申し出は俺にとってもありがたい」

 

「ほ、ほんと…!? ありがとうなのです、司令官さん!!」

 

 

それから、男は嬉しげにはしゃぐ電に連れられ、演習場へとやってきたのであった。

演習場は海岸の一角を利用した場所で、岸の上には提督たちが状況を見るための見学席が設けられていた。

集合場所には金剛や比叡、利根など電と一緒に演習に参加する艦娘たちが先に集まっており、男が見学に来たことを知ると、大いに喜んでいた。

少し離れた場所には、男と同じように数人の艦娘たちと一緒にいる提督が男を見ており、男に近づくと握手を求めるように手を出してきた。

 

 

「そちらがこの艦隊の提督だね。 今日の演習、よろしくお願いするよ」

 

 

男もまた、差し出されて手を掴みお互い握手をした。 相手側の提督は気さくな様子でこちらに接してきて、見た感じは男と同じでとても提督とは思えない雰囲気だった。

 

 

「それじゃ、私達は演習の準備に入りマース。 テートク―、私の活躍するとこ、ちゃんと見ててくださいネー!」

 

「もちろん。 じゃあ皆、頑張ってこいよー!」

 

 

男は皆に手を振って見送ると、自分も見学席を向かおうと踵を返した時だった。

 

 

 

 

 

「えっ…?」

 

 

突然誰かに肩を掴まれ後ろを振り返ると、そこにはついさっき握手を交わした相手の提督がいた。

提督は何も言わないが、彼を見る表情に先ほどまでの穏やかな様子はなく、今は険しい顔つきを浮かべていた。

 

 

「な、なにを…?」

 

 

男は提督の様子に困惑しながら尋ねると、提督は男を見たまま一言だけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……君も、ここへ引きずり込まれたんだね」

 

 

 

 

 

提督の言葉に目を大きく見開く男。 さらに、提督は話を続ける。

 

 

「最初に見たときは驚いたよ。 何せ、こちらへ来てから今日まで自分以外の提督を見たことがなかったのだから」

 

「…どういう、ことだよ? それじゃ、お前も……!?」

 

「お察しの通り。 実は、僕も君と同じでここに連れてこられたんだ。 冗談のつもりで、ぜひ連れて行ってほしいなんて友人に話したこともあったけど、まさかこんな形で実現するとは夢にも思わなかったよ……」

 

「なんてこった… なあ、お前はいつここへ連れてこられたんだ!?」

 

「5年前だよ。 それまで、僕は君以外の提督……いや、男を見たことがなかったから気が付いた。 君も、彼女たちの手でこっちへ引き込まれたんだと…」

 

それを聞いた男は、昨夜自分が見たネットの書き込みを思い出した。

連れてこられた時の期間も、ネットで出てた話についても一致している。

そして、確信する。

 

 

 

 

 

「…そうか。 お前が、あの書き込みにあった友人だったんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、彼にとっても予想外の出来事だった。

 

 

提督と呼ばれてる彼も、男と同じ都市伝説などの噂話が好きで、特に神隠しなどの話に興味を持っていた。

そんな折、彼はほんの出来心で自分の考えた話を友人に話した。

もちろん、本当だとは微塵も思っていない。

せっかく考えたから、誰かに自分の作り話を聞いてもらおう。 それだけのつもりだった。

だが、それがあのような事態を引き起こすなど、誰が予想できたか?

数日後。 彼がいつものように朝起きると、彼は男の時と同じ自分がデザインした執務室にいた。

そして、彼を出迎えたのは彼がゲームを介し育てていた艦娘たち。

以来、彼はこの鎮守府の提督として、この世界に囚われているのであった。

まるで、フィクションとしか思えない提督の実体験を、男はただ無言で聞き続けていた。

 

 

 

 

 

二人が今いる場所は、演習場を見渡せるよう高い位置に作られた見学席。

下の演習場では彼らの鎮守府に所属する艦娘たちが、お互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 

「彼女たちを見たのなら気づいてるとは思うけど、君の鎮守府で見た艦娘たちは、紛れもなく君がゲームを介して育てていた艦娘さ。 そして、彼女たちはともに過ごした僕たち提督と一緒にいたいと強く願っている。 その想いが、結果としてこの様な怪現象を引き起こしたというわけだよ 理解できたかな?」

 

 

冷静な表情で男に尋ねる提督。 だが、男の方は椅子に座ったまま、頭を抱え項垂れていた。

 

 

「そんな… そんな話、信じろっていう方が無理だ…! ゲームの存在でしかない艦娘たちが、俺たちをゲームの世界に引きずり込んだ!? 非現実的にもほどがあるだろ!!」

 

「確かに、信じるかどうかは君の自由だ。 だけど、目の前で起きていることは紛れもない現実。 あくまでこれを夢や幻だと言い張るのなら、今ここから飛び降りてみるかい? 夢なら覚めるかもしれないよ」

 

 

いきり立つ男に向かい、提督は淡々と言葉を投げかける。

それを聞いて男も冷静さを取り戻したのか、急に黙り込むと膝を崩し、その場に崩れ落ちた。

 

 

「……分かってる。 これは夢じゃない、紛れもない現実なんだ。 ここにいる艦娘たちも、こうして話をしてるアンタも、現実として存在してる者なんだって…」

 

「困惑しそうになる気持ちは分かる。 僕だって、初めは自分がゲームの世界にいること、彼女たち艦娘が現実としていることが信じられなかった。 だけど、今はこの現実を受け入れなければ何もできないんだ」

 

 

提督は男に背を向けながら、演習場を見下ろす。 彼の鎮守府に所属する艦娘の一人、蒼龍が提督に気づき、笑顔で手を振ってくる。

提督もまた、自分の部下である彼女に笑顔で手を振り返すと、男のもとに来た。

 

 

「それで、君はこれからどうしたい? このまま、ここに残って僕と同じように、提督として皆と生きていくか。 もしくは………」

 

 

 

 

 

 

 

「……。 ここから脱出を図るか……だ」

 

 

 



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事実は空想より奇なり

はい、ようやく出来ました後半です。
今まで待たせてしまって本当にすみませんでした…! 最近またゲームにハマりっぱなしで、おまけに艦これも秋イベが始まったからそっちに気を取られてどんどん遅くなるという……
しばらくは、新しいネタができるまで執筆はお休みになりますが、それでも自分の書いた話を少しでも見ていただければ、自分もありがたいです。





 

 

 

演習場を見下ろせる見学席。 雨をしのぐための簡易的な屋根と、落下防止用の策に囲まれたこの空間で、男の声が響き渡る。

 

 

「…今、なんて言った? 元の世界に帰る方法…!? 俺は、元の世界に帰れるっていうのか!?」

 

 

男は必死の形相で提督に迫るが、提督は動じることなく冷静な表情で男の眼を見た。

 

 

「落ち着いて。 この質問はあくまでそうしたいかという確認さ。 それに、この話は艦娘たちに聞かれるわけにはいかない。 もし帰りたいと思うなら、大声を出さないでくれ」

 

 

提督に諭され、男は慌てて下をのぞいた。 幸い、戦闘による砲撃音で男の声は聞こえてないらしく、こちらに視線を向ける艦娘は一人もいなかった。

冷静さを取り戻した男は、ゆっくりと提督の隣に腰を下ろすと、下を向いたまま提督に顔を向けずに尋ねた。

 

 

「…戻れる方法があるのなら、教えてほしい。 俺も前はゲームの世界に行けたらなんて考えていたが、正直今は恐怖の方が勝っている。 いくら皆といられるからと言って、こんなところで一生を終えるなんて、俺には耐えられない…!」

 

 

無言のまま男の返事を聞いた提督は、

 

 

「……そうか」

 

 

と、短い溜息を吐くと、隣に座ったまま男に聞こえる程度の小声でささやいた。

 

 

 

 

 

「君のところはどうか知らないけど、鎮守府には大きな中庭を介して外へとつながる正門がある。 この世界では夜……深夜の11時から12時になるとあそこは見知らぬ世界へとつながる、なんて噂が艦娘達の間で囁かれているんだけど、それは噂なんかじゃなくまぎれもない実話だ。 そして、そこがどこに繋がってるか…… ここまで言えば分かるかな?」

 

「じゃ、じゃあ…! 夜に、その正門をくぐれば戻れるってことなんだな! 教えてくれてありがとう、さっそく今夜にでも……!!」

 

 

男は嬉々とした様子で立ち上がろうとすると、提督が男の腕をつかんだ。

 

 

「待って、まだ話は終わりじゃないよ! 戻るにあたって、いくつか注意することがある」

 

「注意すること……?」

 

 

提督に止められ、男は再び椅子に腰を下ろす。 提督もまた、何事もなかったかのように前を向いたまま、小声で話し始めた。

 

 

「まず一つ目は、艦娘たちからケッコンカッコカリを勧められても絶対に受けないこと。 この世界におけるケッコンカッコカリとは、艦娘との絆を築く儀礼であり、同時にその艦娘から離れられなくなることを意味する。 いくら遠くに逃げようとも、指輪がお互いを引き寄せるかのように、いつか必ず再会してしまうんだ」

 

 

そう言いながら、提督は自分の左手を男に見せる。

そこには、薬指から綺麗な光を放つ、澄んだ銀色のリングがはまっていた。

 

 

「その指輪…! まさか、お前も脱出しようとして艦娘たちに…!?」

 

「そうだよ。 僕も、かつては元の世界に戻ろうと彼女たちの提督をこなす傍ら、陰で帰るための方法を調べて脱出を試みた。 だけど、作戦は失敗。 そして今では正式な提督としてここにいる。 ケッコンカッコカリも、就任祝いと称して半ば無理やり行われたものだったんだけど… まあ、今は悪くないと思っているよ」

 

 

提督は微笑を浮かべると、懐から一枚の写真を取り出した。

男が写真を見ると、写真の左側には軍服姿の提督と、右側には穏やかに微笑む一人の艦娘の姿。 そして、二人の間には提督と艦娘に手をつながれながら、あどけない笑みを浮かべる幼い少女が写っていた。

 

 

 

「これ、ケッコンカッコカリ……じゃない? もしかして、本当に艦娘と結婚したのか!?」

 

「そうさ。 そこに写ってるのは妻の加賀と、娘の土佐。 加賀は結婚後に艦娘を引退したが、たまに土佐を連れては皆の訓練の指導してるんだ」

 

 

写真に写っている提督の表情は、愛する妻と娘を持って幸せそうな表情を浮かべている。

男は写真を提督に返すと、彼はその写真を懐に戻したのであった。

 

 

「話が逸れてしまったね。 さっきも言ったように、元の世界に戻りたければ、艦娘からのケッコンカッコカリは絶対に受けてはいけない。 それが一つ目だ。 そして、二つ目は脱出することを艦娘達に気づかれてはいけないという事。 理由はわかるかい?」

 

「…皆は、提督である俺がここにいることを望んでいる。 その俺が帰ろうとしてるのを知れば、全力で止めに来る。 それであってるか…?」

 

「ご名答。 そして三つ目、これが最後にして一番重要な事だ。 これだけは絶対に忘れてはならない」

 

「分かった… それじゃ、教えてくれ。 三つ目は一体何なんだ?」

 

「それは…」

 

 

提督は、隣に座る男へと最後の警告を伝えようとした。 その時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、演習終了だ! お互い、いい勝負だったぞ」

 

「司令官さん、電の活躍見ててくれましたか!?」

 

 

「「……っ!?」」

 

 

演習を終えた艦娘たちが見学席に押し寄せ、二人に駆け寄ってきた。 話に気を取られていたせいで、艦娘たちがこちらにやってくることに気づかなかったのだ。

 

 

「まずいっ! ここは何事もなかったかのようにして、話については明日必ずするから……!」

 

「わ、分かった…!」

 

 

二人は一瞬動揺するも、お互い何事もなかったかのようにふるまい、駆け寄ってきた艦娘達にねぎらいの言葉をかけてやった。

その後、彼らは挨拶を交わすと、お互いの所属する鎮守府へと戻っていったのであった。

演習を終え、鎮守府に着くころになると、すでに日は暮れ辺りは薄暗くなり始めていた。

電と別れた男は食堂に足を運ぶと、そこではすでにパーティーの準備が終わり、男を待っていた艦娘たちが早く始めたいとうずうずしていた。

男は食堂の一番前に連れてこられ、乾杯の音頭をとると、食堂は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの場と化していった。

 

 

「それでね提督、その時私が敵が仕掛けるより先に艦載機を飛ばして…!」

 

「もう、飛龍ってば何時まで提督と話してるの!? そろそろ変わってよー!!」

 

「何よー! そういう蒼龍だって、私の話聞くフリしてずーっと提督にくっついてたじゃない!!」

 

「そ…それは提督を一人で飛龍の話に付き合わせるのはかわいそうだと思って、仕方なく…!」

 

「ふーん… それじゃ、さっきから提督に後ろから抱き着いて胸を押し付けてたのも仕方なくなんだ? てっきり、私に便乗して提督を誘惑してるんじゃないかと思ったわ」

 

「うぐっ…!? そ…それは……」

 

 

二航戦の二人が口論しあう中、ようやく解放された男はこっそり抜け出すと、

 

 

「提督ー! 空母とばっか飲んでないで、こっちに付き合うクマー!」

 

 

球磨に腕を引っ張られ、今度は軽巡組へと連れてこられた。

男は椅子に座らされると、球磨は間髪入れずに提督の上にのしかかってきた。

 

 

「ムフ~♪ 前から一度こうしてみたかったんだクマ。 提督、案外座り心地がいいクマ~♪」

 

「あのな… 俺はクッションじゃないんだが…」

 

 

球磨を抱いたまま、あきれ顔を見せる男。

そんな二人を見て、自分も座りたいと阿賀野や酒匂がゴネだし、球磨はここは譲らないと言わんばかりに男にしがみつき、男は球磨たちをなだめるまで散々もみくちゃにされたのであった。

そうこうしているうちにパーティーはお開きとなり、男は鳳翔や大鯨と一緒になって、食堂の後片付けをこなしていた。

 

 

「すみません、提督。 提督の為に行ったというのに、こんな雑務をさせてしまって…」

 

「俺のためにやってくれたことなんだから、せめてこれくらいのことはさせてくれ。 皆の為に、俺も少しくらいお返しがしたいからさ」

 

「……。 ありがとうございます、提督。 その気持ちだけで、私も鳳翔さんも嬉しいです♪」

 

 

後片付けを終え、鳳翔たちと別れた男は執務室へ戻るべく、一人廊下を歩いていた。

電灯はついていないものの、窓から入り込む月光が廊下に降り注いでいるので、廊下はそこまで暗くはなかった。

男は顎に手を置きながら、演習場で会った提督の言葉を思い出す。

元の世界に戻るにあたっての注意点が、ケッコンカッコカリを受けないことと艦娘達に気づかれないこと。 あと一つは聞きそびれてしまったが、一体何なのか?

男が歩きながら考え込んでいると、廊下の先にある執務室の扉の前に、男を待つ一人の艦娘の姿があった。

 

 

「お前…翔鶴? どうしたんだ、こんなところで?」

 

「提督… もしよろしければ、少しお時間をいただけますか?」

 

 

翔鶴のお願いに男が了承すると、彼女は男を建物の屋上へと案内した。

そこにはいくつもの星と満月が浮かび上がっており、二人がいる屋上をスポットライトのように照らし出している。

 

 

「どうですか提督? ここは、夜になるとこうして星空が見れる、私のお気に入りの場所なんです」

 

「ああ… これはすごいな…! 俺も、こんな夜空を見たのは初めてだ。 翔鶴のおかげでこうしていいものが見れて、良かったよ」

 

「まあ、嬉しい♪ 提督にそう言っていただけるなんて」

 

 

男も柵に手をかけながら、翔鶴の隣で空を眺める。 それから、二人は昔のことを話し合った。

男にとってはゲームの中の出来事。 翔鶴にとっては、この鎮守府に所属してからこなしてきた数々の大規模作戦。

そう言えばこんなこともあったと、男と翔鶴はつらいことや楽しかったことを楽しげに語りあっていた。

 

 

「あとは、この前の作戦の時は翔鶴が敵の旗艦を落とした時は驚いたよ。 何せ、中破した状態で敵に大打撃を与えたんだから」

 

「あのとき、ですか。 あれは私も正直無我夢中でしたから、最初見たときは私も何があったか分からなかったですね。 ほかの皆さんも驚いていたでしょうけど、一番驚いていたのはたぶん私です」

 

「あはは、そうかもな。 けど、皆がこうして頑張ってくれたおかげで、こうして今の皆と俺がいるんだ。 ほんと、皆には感謝してるよ。 もちろん、翔鶴もな」

 

「もう、提督ったら…」

 

 

男の言葉に嬉しさを隠せないのか、翔鶴は赤くなった頬を手で覆い隠す。

しかし、男は言葉では楽しげに話しているが、その表情は楽しいというより、どこか申し訳ないという雰囲気が現れていた。

 

 

「…でも、同時に申し訳ないとも思っているんだ。 皆がここまで俺を慕ってくれてるっていうのに、俺はそんなこと露知らずに一人ほっつき歩いていた。 本当に、すまない……」

 

 

男は翔鶴に顔を向けると、深々と頭を下げる。

翔鶴はそんな男に顔を近づけると、優しい笑みを浮かべ、男の手を取った。

 

 

「そんなことを言わないでください。 確かに私たちは、提督に会えずに寂しい思いをしてきました。 でも、こうしてあなたがここへ戻ってきてくれた。 それだけで、私達が待ち続けた時間は報われたんです!」

 

「それに、これからはこうしてあなたと一緒にいられる。 だから、今まで空いた時間はこれから埋めていけばいいんです。 そう… いっぱい、いっぱいね……」

 

 

赤らめた頬とうっとりとした表情で、翔鶴は男の唇へ自分の唇を近づける。

男は慌てて翔鶴から離れようとするが、男の手を握る翔鶴の手は、ものすごい力で彼を離そうとしない。

そうしてる間にも、男と翔鶴の唇は徐々に距離を縮め、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ――!! やっと見つけたよ、翔鶴姉! もう、部屋にいないから探してみれば、自分だけ提督さんと一緒だなんてずるい! 抜け駆けはなしって約束でしょ!?」

 

 

屋上へやってきた瑞鶴に阻まれ、翔鶴は慌てて男から顔を離した。

男はドギマギしながらも翔鶴を見ると、彼女に先ほどまでの異様さはなく、いつものおしとやかな姿に戻っていた。

 

 

「…っ!? す、すみません提督! 私ったら、なにを……!? 瑞鶴、変なこと言わないでちょうだい! 私はただ提督とお話ししてただけで、いかがわしいことなんて考えてないから…!!」

 

 

顔を赤くしながら瑞鶴へと駆け寄っていく翔鶴。

言い争っている二人を遠目で見つめながら、一人残された男は翔鶴の変貌ぶりに、言いようのない不安を抱くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜の11時に差し掛かるころ。 明かりは落ち、すっかり暗くなった中央建物の廊下を、男は足音を立てぬよう慎重に進んでいた。

あの後、瑞鶴から本当に何もなかったのかと詰め寄られたが、その時の瑞鶴にも鬼気迫るような、翔鶴と似たようなすさまじい圧力を感じた。

その異常と言わざるを得ない不気味な気迫から、男はあれが自分をここから逃がしたくないという執念の表れだと感じていた。

これ以上ここに残っていれば、どんな手を使って皆が自分をここに閉じ込めるか分からない…!

身の危険を感じた男は、今夜此処から元の世界に戻るべく、中央建物を出て中庭に向かおうとしていた。

正門の場所は知らないが、昼間に工廠に向かう途中で鎮守府を覆う塀を見ており、そこから壁伝いに移動すれば、きっと正門も見えてくるはず。

男はそう考え、廊下から外に出るとまっすぐに向かった。

暗い中庭に人影はなく、風の音や虫の鳴き声が聞こえるだけ。 しばらく進むと、うっすらとだが正面に塀が見えてきた。

 

 

「よし…! あとはあそこから塀を伝っていけば……」

 

 

元居た世界に戻れる! 男が心の中でそう確信した時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー? どうしたの提督、こんな夜中に?」

 

「…っ!?」

 

 

男が声のした方を振り向くと、そこには両手を頭の後ろに組みながら、こちらを見る川内の姿があった。

男は動揺しながらも、川内に勘づかれないよう平静を装い返事をした。

 

 

「あ、ああ… 久しぶりに戻ってきたから、どこか異常がないか見回りしてたんだ」

 

「そうなんだ。 でも、私が言うのもあれだけど、夜の一人歩きは危険だよ。 私、付き合おうか?」

 

「いや、もう一通り見てきたからそろそろ切り上げるよ。 ありがとな、川内」

 

 

そう言って、男は踵を返す。 ひとまずここから行くのを諦め、別の場所から向かおうと考えたからだ。

 

 

「うん、提督が戻るのならよかった。 だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…私、てっきり提督が元の世界に帰るんじゃないかと思ったから♪」

 

「なっ……!?」

 

 

川内の言葉に足を止め、顔を引きつらせる男。 男を見る川内も、表情こそ微笑んではいるが、その目は暗く、見つめる者を射殺さんと言わんばかりの冷たい目をしていた。

 

 

「……。 やっぱりそうだったんだね。 ひどいよ提督、やっと私たち提督と一緒にいられると思ってうれしかったのに、また帰っちゃうなんて。 提督が来ない間、私達がどんな気持ちで提督を待ってたか知ってる?」

 

 

背後から聞こえる声に、男は足がこわばり動けなくなってしまう。 川内は、そんな男の背中になおも語り続ける。

 

 

「金剛さんや榛名さんは、提督を呼びながらずっと部屋に籠っていた。 赤城さんや長門さんは、深海棲艦を殲滅して平和になれば、きっと提督は戻ってくると躍起になっていた。 神通なんて、提督のいない場所なんていらないって言って、手首を切ろうとしたし、私も夜はずーっと提督のこと探し回ってたなー」

 

「そして、ようやく提督が来てくれた。 私達にとって、これ以上の幸福はないし、この幸せを手放すなんて絶対イヤ…! だからさ、提督……」

 

 

うつろな目をしながら、川内は愛用の魚雷を苦無の様に握ると、提督に近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私とケッコンカッコカリしてさ…… 毎晩、夜戦しよう♪」

 

 

 

 

 

川内の言葉に我を取り戻した男は、後ろを振り返ることなく走り出す。

逃がすまいと、川内も男を追いかける。 男はつかまらないよう死に物狂いで塀の方へ向かおうとするが、

 

 

「見つけましたよ提督。 大人しく捕まってください!」

 

 

そこには神通を始め、大勢の艦娘たちが男を待ち構えていた。

このままじゃ捕まると感じた男は、すぐに向きを変えると工廠の方へと逃げていった。

工廠である建物の陰に隠れ、男は息を切らす。 必死に走り続けたせいで、すでに体はへとへと、次に見つかればまず逃げ切れない。

男はへたり込み、もうだめかと諦めそうになった時だった。

 

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

 

開いていた工廠の扉から飛び出した手に腕を掴まれ、男は中に引き込まれると同時に誰かに口をふさがれた。

男は必死に抵抗しようとすると、男の後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「落ち着いてください、提督…! 声を出したら皆さんに気づかれます…!」

 

 

男を押さえていた張本人、翔鶴の言葉に男は落ち着きを取り戻し、彼女を見る。

同時に、扉の向こうで男を追ってきた艦娘たちの足音が聞こえたが、男がいないのを確認してか、すぐに足音は遠ざかっていった。

 

 

「翔鶴… お前は皆と一緒に俺を捕まえようとしないのか?」

 

「はい。 私は、提督を手伝うためにここに来たのです。 貴方をもとの世界に逃がすために…」

 

 

薄暗い工廠の中で男は翔鶴へ尋ねる。 他の艦娘たちは自分を捕まえようとしたのに、なぜ彼女は自分を逃がそうとするのか? 男は不思議に思わずにはいられなかった。

 

 

「俺が言うのもあれだが、お前も俺と一緒にいたいんじゃないのか? 現に、他の皆はそのために俺を捕まえようとしてるんだし」

 

 

男の問いに翔鶴は返事に困ったのか、一瞬口ごもるそぶりを見せるが、まっすぐに男の目を見ると、答えた。

 

 

「…本心を言えば、私も提督と一緒にいたいです! ですが、そのためにこのようなやり方で、提督を縛りつけてまでいたいとは思いません… 苦しむあなたの傍にいられても、私は幸せじゃありません!!」

 

 

涙を流しながら叫ぶ翔鶴。 その姿に、男もただ見届けることしかできなかった。

 

 

「だから、私は提督をここから逃がします。 提督… 向こうに戻ったら、また私達に顔を見せに来てくださいね」

 

 

翔鶴は涙をぬぐうと、男の手を取って工廠の外へ出た。

外には誰もおらず、翔鶴はそのまま男の手を引いて走っていくと、二人の行く先に大きな正門が見えてきた。

 

 

「ここが正門です、提督。 急いで門を開けてください、早くしないと皆さんもここへきてしまいますから…!」

 

「わ、分かった… ありがとうな翔鶴、俺の為に」

 

 

男は翔鶴に促され、正門に手を当てると力いっぱい扉を押し、門を開けた。

正門の大きな扉は、男に押され少しずつだが動いてゆき、どうにか人一人が通れるくらいの隙間が開いたのであった。

男は急いで中へ入ろうとすると、翔鶴が男を呼び止めた。

 

 

 

 

 

「あの… もし最後に私のわがままを聞いていただけるのであれば、このまま提督が戻るのを見届けさせてください。 せめて、少しでも長く提督の顔を見たいから……」

 

「ああ、それくらいなら構わないぞ。 ありがとう、翔鶴。 絶対また、向こうでみんなに会いに来るからな―――!!」

 

「はいっ! 私も、またあなたに会うのを楽しみにしてますね―――!!」

 

 

男は正門に飛び込むと、徐々に遠ざかっていく翔鶴へ手を振り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に男が目を覚ますと、そこはいつも男が過ごしている自室だった。

男が枕元の時計を見ると、時刻は朝の7時らしく、窓の外からは太陽の光が流れ込んでいた。

男はあれが夢の出来事かとも思ったが、夢にしてはあまりにはっきり覚えていることから、きっと夢じゃなかったんだろうと自分に言い聞かせた。

 

 

「…って、もうこんな時間か。 早く着替えて、俺も仕事に行かないとな」

 

 

そう言って、男は体を起こすといつもの日常へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

それから一か月。 男は翔鶴との約束通り、ちょくちょくゲームの艦隊これくしょんを開いては、皆の様子を見ていた。 ゲームとはいえ、画面から彼女たちの声を聞いていると、男もあの時の出来事をうっすらとだが思い出していた。

しかし、そんなことがあってもこっちの趣味も変わらない。

ある日の深夜。 久しぶりに都市伝説の書き込みを読み漁っていると、男はあの時見た例の書き込みを思い出し、その書き込みがあったサイトを開く。

例の書き込みを見つけると、男は書き込みをした送り主へと返事を送った。

 

 

 

 

 

『実は、俺も全く同じ体験をしました。 ただの夢かと思ったのですが、いきなり皆に囲まれて、嬉しさより驚きの方が大きかったですね。 それから、皆は俺を閉じ込めようとしたけど、どうにか正門から逃げることができました。

 俺が言うのもあれだけど、きっと友人も元気にやっています。 だから、あまり気を負わないでください。 それでは…』

 

 

 

 

 

「うん、こんな感じかな? まあ、信じてくれるか分からないけど、これで少しでも気を取り戻してくれるといいな」

 

 

男は一人頷き、明日に備えてそろそろ休もうとした時だった。

突然画面に一通のメールが届いたとの表示。 男が首をかしげてメールを見てみると、なんとそれは先ほどメールを送った相手からの返信だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……実は、その話には続きがあるんです。 消息不明になった友人は、一度は戻ってこれたのです。 友人が言うには、彼は本当にゲームの世界に引き込まれたらしく、向こうで元の世界に戻る方法を調べ、逃げ帰ってきたのです。 しかし、今はもういません… 友人は、こちらに戻るときあることをしなかったために、向こうから来た艦娘達に連れてかれ、今はもう戻ることはできなくなりました』

 

 

 

 

 

男はメールの内容に驚きを隠せなかった。 向こうで出会った提督は、一度はこちらに戻ることができた。 なのに、なぜまた連れてかれてしまったのか? 続きを読むため、男はマウスを動かしメールの内容を読み進めると、

 

 

 

 

 

「えっ…? あっ! こ、これは……!!」

 

 

そこには、提督が連れてかれた原因が書かれていた。

そして、同時に理解した。 このままじゃ、自分もつれていかれると…!

冷や汗を流しながらも、男は急いで家を出ようと布団から起き上がった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふっ♪ 約束通り、また会いに来ましたよ。 提督…」

 

 

男の背後から、女の声が聞こえたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間の鎮守府。 男が出ていったとされる半開きの正門を見つめながら、男と演習を行った提督は小さくため息を吐いた。

 

 

「……。 せめてもう一日だけ待ってくれれば、君もこうはならなかったろうに…」

 

 

提督が独り言をつぶやいていると、

 

 

「お父さーん! お父さーん!」

 

「ここにいたんですね、提督。 急にいなくなるから心配しましたよ」

 

「ああ、加賀。 土佐も一緒か、よしよし。 急にいなくなったのはすまなかった。 ちょっと、気になることがあったからね」

 

 

やってきた妻の加賀と娘の土佐に顔を向け、提督は嬉しげに抱き着く土佐の頭を優しく撫でてあげた。

 

 

「そっちは久しぶりに鎮守府の子たちに会ったんだ。 皆は元気にやってるかい?」

 

「それについては心配いらないわ。 むしろ、此処の提督を連れてこられるって大喜びしてるくらいよ。 翔鶴が私の教えた通りにやったのが良かったみたい」

 

「そっか… まさか、君が彼女の肩を持つとは思わなかったな」

 

「私だって、かわいい後輩のためならこれくらいの助力はしてあげるわ」

 

「やれやれ… かの一航戦もずいぶん丸くなったものだよ」

 

 

提督は土佐をなでる手を止めると、加賀の顔を見てふと目を細めた。

 

 

「そういえば、僕が元の世界に戻ったときも、君が僕を手引きしてくれたんだたった。 懐かしいな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が男に最後に警告しようとしたこと。 それは、正門をくぐるときに必ず門を閉めることだった。

この正門は確かに向こうの世界につながるが、それにはプレイヤーである彼らにログインしてもらわなければならない。 それ以外に彼女たちの方から干渉することはできないからだ。

しかし、彼らが開けた正門をくぐれば、彼女たちも向こうに行くことができたのだ。

提督もかつては正門をくぐり向こうに戻ることができたのだが、そのことを知らなかったがために向こうから追ってきた加賀につかまり、連れ戻されてしまったのであった。

そして、偶然にもそのことを知った艦娘たちは男を連れてきた後、わざと逃がすことで男をいつでも連れ戻せるようにしたのだ。

あの時、男を手引きした翔鶴もグルで、男を見送るという口実を作り、門を開いたままにさせたのであった。

 

 

 

 

 

 

「提督… まさか、また向こうに戻りたいなんて思ってませんよね?」

 

「どうしたの、お母さん? ひょっとして、お父さんどこか遠くに行っちゃうの…? やだ、行かないでお父さん!」

 

 

念を押すように男を睨む加賀。 その様子に不安を感じた土佐も、泣きそうな顔で提督に縋りついた。

そんな二人を見て、提督は…

 

 

 

 

 

「そんなわけないだろ。 今はここが僕の居場所で、大事な家族がいるところだ。 それをほっぽってどこか行こうなんて、絶対にしないよ」

 

 

それを聞いた加賀は胸をなでおろし、土佐も笑顔を見せると再び提督に抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれ、あの男はこちらへ戻ってくる。

 

そして、自分と同じ末路をたどるだろう……

 

その時、男はどうなるのか? 自分には分からないし、知りようもない。

 

今はただ、この幸せを享受しよう。

 

 

 

提督はそう自分に言い聞かせると、愛する妻と娘を連れて、この場を後にするのであった。

 

 

 



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