喰らえこのやろう、とか思って書きました。
思い付かせてしまった奴(私)が悪い。
剣閃が眼に掛かっていた髪を少し、斬り飛ばしたのが見える。
オレンジ色の光が視界を埋め尽くし、そのまま頭を後ろへ逸らしながらガクンと身体を下へ落としつつ、脚は余裕を持って肉体そのものを後ろへと動かしていく。
相手が放つ眩く輝いた光が収まった頃合いを見計らって、右手に持った投擲用のピックを────別に相手に投げる訳でもなく。
ふわりと空中に投げて、体勢を元に戻し、普通に掴み直す。
そんな事をしている内に、相手の技の硬直時間が終わった。まぁ、寧ろ待っていた訳なんだけどね。
相手と私の距離は、大体二メートルもないぐらい。
元居た世界なら、あまりにも近すぎる距離に、両者ともに後退しつつ撃ち合うであろう距離。ああ、私は撃てないけど。撃てないっていうか、撃たないけど。
息をつく間もなく、片刃曲刀の攻撃が再開する。
いや、息をつく間もないのは、私じゃなくて奴の方かな。攻撃が当たらなくてイライラしてるだろうし。
とか考えていたら、また一閃が髪の毛をパラパラと落としてくれた。
別にこれぐらいの、傷でもない傷ぐらいなら、何もせずとも治る。
こちらでも、あちらでも。
まぁ、強いて言うなら『超回復』がこちらでも出来たらなー、とは思う。そこまでの大怪我なんて一度もしてないけど。
「とは言え、女子の髪の毛を、それもあっさりと斬るのはちょっとねぇ? どうよ?」
「ぎぎぎっ」
「ははは。まぁ、何回も斬らせてあげてる、みたいな感じだけどさ」
それは笑ってるのか? それとも怒りで歯を食いしばっている顔なのか?
私は妖怪だからと言って人外の言わんとする事を理解できるほど人間をやめてるつもりはないぞ? まぁ、私の言ってることも意味不明だけど。
なんてことを思いつつ、また飛んでくる鈍色の閃きをまた眼の前で避けきる。
ああ、また横髪斬られた。
いやまぁ、別に良いんだけど?
そうやって、少しずつダンジョンの奥へと誘いながら下がっていると、後ろから音が聴こえて来る。
どうやら動きすぎて別の人物が戦闘している地点まで動いてしまっていたらしい。
まぁ、ある意味久々でいつもの事。
深く呼吸する音。
目の前に居る奴と似たような咆哮。
ソードスキルが発生する音。
人間がそれに立ち向かう時に叫ぶ、強い声。
……おんやぁ?
「キリトじゃん」
「げっ、シナ!?」
「人の顔見てゲッとは酷いな。MPKしちゃうぞ?」
「洒落にならないんだよお前は!!」
「冗談冗談。ほいっと」
どうやら先程の掛け声でモンスターを倒していたらしく、剣先を下げて呼吸を整えている。
私が回避中にチラリと視線を合わせても、剣先が上がる様子はない。
その様子を見るに、私のお相手を倒す手伝いとかはしてくれないらしい。残念。
何はともあれ、折角の知り合いと逢ったんだし、鍛錬もここまでにしておくとしよう。
攻撃避けて、接近して、攻撃避けて、ピックを投げて、攻撃避けて、短剣を喉に突き刺して、ハイ終わり。
ガシャァンという、もう聴き慣れてしまった音を立てて、鍛錬の相手となってくれたトカゲ人間は跡形もなく、ポリゴンの欠片となって消えていってしまった。
「……相変わらず無茶な戦い方してるな」
「人間じゃないんで」
「ああ、《妖怪》でしたね、そーでした」
《ビーター》とか言われている君も、色んな意味で、中々だとは思うけどねぇ?
そう思いつつ、腰の後ろに短剣をしまう。
向かい合っている彼はちょうど、片手剣をいつものように後ろの鞘へと収める所だった。
ふと、悪戯心が湧いた。
「今なら《黒の剣士》を殺せそうだよね」
そう言うと、ピタリと彼の動きが止まった。
「────……シナは、そんな事しないだろ」
そう言って、途中で納刀の姿勢を止めていたのを、今度はちゃんと収めて、腕を下ろした。
んー……あんまり「信頼できても信用はできない」みたいな感覚で彼とは接していたつもりだったんだけど……向こうはどうにも違うらしい。
私からしてみれば、こんな『理解不能』な奴が言う事をそんな簡単に嘘だと判断しちゃって良いのかい坊や? という感じなのだけど……。
「……嘘付いてるとか思わないの?」
まぁ、こんな質問をしてしまった時点で私の負けのような気もする。
「嘘を言う時、シナは『嘘とすぐに分かる嘘』か『嘘と絶対に見破れない嘘』か、『そう言わざるを得ない嘘』しか言わない」
「……随分と見てるねぇ?」
「否定しないんだな……一層からの付き合いだ。それぐらい分かる」
「ふぅん……? ま、それもそうなんだけどさ」
第一層のクリア時に有名人になりつつあったキリトとは違って、私はある程度、元々有名にならざるを得ない、地というのがあったのは事実だ。
まぁ……ぶっちゃければ、完全にキャラを真似ていたアバターが、《手鏡》で正体を表してみれば、アバターが小さくなっただけだった、というオチなんだけど。
「どうせ今から街に帰るんでしょ? ご一緒して良い?」
「……何を言ってもついてくるつもりだろ」
「ご明察。逃げようったってそうは行かないよ?」
「敏捷力極上げのお前から逃げられない奴なんて居ないって……」
そう言いつつも、ジメジメとした迷宮の出口へと向かう真っ黒な彼の後を、私は袖を揺らしながら追うのだった。
それにしても、二年も経てば私のポーカーフェイスが見破られるのか。
それだけ感情模様を拾うナーヴギアなんたらが凄いのか、それともそれだけ彼と接しているから、なのか……いや、クラインは未だに緊張してるっぽいし、そんな事もないのか、な?
……まぁ、それだけこの少年が成長した、という事でもあるのかしら?
なんてことを考えながら、隣を歩く少年を顔をジッと横目で見ていると、あからさまに動きがおかしくなった。
見られてるのに気付いたんだろうなぁ、とも思いつつ、見るのはやめない。
やめるのは向こうが何か言ってきた時である。
「……」
「………………あの、なにか……?」
「んー? 別に」
「……見られていると、落ち着かないのですが……」
「だろうね」
「………………あのぅ……」
「いや、さ?」
童顔から更に情けない声が出てきた辺りで、声のトーンを一つ落として喋り出す。
シリアスな雰囲気を出してみれば、さっきから合わしてくれなかった視線が今、ようやくあった。
真面目な話だと思ってくれたらしく、少しばかし疑問気な顔をまっすぐにこちらへと向けてきてくれた。
大人しそうな顔、真っ黒な髪に穏やかで深い色合いの瞳。
髪の毛を少し伸ばして、私と髪型を合わせればお揃いになるのではないだろうか、という所まで考えて、用意していた言葉を音声にしてみる。
「二年経ってもキリトは変わらないね」
「……それは、どういう意味で?」
「んー、カワイイ顔してるくせに、格好良いのは卑怯だよなぁ、って話」
「……は……?」
「そういう所でフリーズしちゃうのも、まぁまぁ、美点というよりかは、利点というか」
「……えっ、ちょっ、えぇ?」
「構ってあげたくなる容姿なのに、決める所は決めてくるというか」
何度か視線を逸らしてはもう一度こちらを見て、ぶつかった視線をまた逸らしては頭をポリポリと掻いては、チラリとこちらを見て、また床の石畳の隅へと視線を逸らし……。
という事を八度ぐらい繰り返し、ようやく私がニヤニヤとしたあくどい顔を浮かべている事に気付いた彼は、盛大に溜息を吐いて肩の力を抜いた。
「……そういう冗談やめてくれよ……」
「意趣返し。えーと、『嘘と分かる嘘しか
「……」
ぐぅの音も出ないらしい。
遂にはこっちから見続けても、何の反応も返さなくなってしまった。
というかもう視界に入れないように視線を絶妙に逸らしている。無駄な所だけ力を入れよって。
まぁ、良いさ。
別に嘘はついてないし、考えていた事はそのまま喋っただけだし。
裏の意味は全然違うけどねー。
キリトが変わらない、二年前。
変わっていない、二年前の彼。
別に何も変わらない、いつもので、いつものでない、この世界が始まった瞬間。
思い付いたアイツ(私)が悪いんです!
だから書いてしまった私(アイツ)は悪くない!(
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1−2 発端
割と書くのに手間取った(クソゲーに時間掛け過ぎたとも言う)
2022年11月6日、日曜日。
私は『彼』の代わりに、世界初のVRMMOの世界、というのに浸っていた。
何の事はない、休日であるにも関わらず社長に呼び出されて仕事を手伝わされたから、真っ先に乗り込めないというだけだった。
三十路手前になっても、そういうゲームに興味は惹かれ続けているのが、これまた私らしく、それでいて『私』らしく、『彼』でもあるのだなぁ、なんて思った。
まぁ、ちゃんと私も『彼』から許可を取ってこのゲームをやっているのだし、何ら問題はなかろう。
『彼』と出逢って二十年。私も『彼』も、何も変わらない。
変えたく、なかった。
容姿の変更に幾らか手間取ったりもしたけれど、無事、私はその仮想空間とやらに入り込むことが出来た。
人間と違う部分もあるだろうから、弾き出されるかな〜? と若干の期待もしていたのだけれど……どうやら紫の策は見事に進んでいるらしい。嬉しいやら、悔しいやら、むず痒いやら。
ざわざわ、と私を見て噂話を立て始める人達から離れるように、中世風な広場から歩き始めて街の外へと向かう。
石畳をカツカツと鳴らし、その内どこかで下駄でも手に入れたいなぁ、とか考えながら、人の視線を振り切るように『外』へと向かう。
まぁ、残念ながらその街の外へと向かう人々は大量に居たから、紛れ込むのは出来ても視線を完全に切ることは出来なかった。
皆が、楽しげに外へと走り出していく。
イケメンな青年が、金髪を踊らせて走るお転婆な姫が、いかつい顔で人を寄せなさそうな壮年の男性が、皆どこか期待したように、走り、スキップし、また浮ついたように早足で、大通りを歩き、そして大きな城壁をくぐって外へと出て行く。
見渡すかぎりの草原。奥には森や山。現代日本じゃありえない光景。
ここからがMMORPGの始まり、ということなんだろう。
モンスターが出て、生きるために戦い、戦利品や経験値で自分を鍛え、そしてたまに死ぬ。
ここ数十年の幻想郷はかなり落ち着いてきて、殺し合いが起きることなんて地下以外で滅多にないという話になっている、けど、まぁ、それでなくとも、生き死にの世界を長年体験してきた身としては、あまりに腑抜けた話のように聴こえる。
殺されたのに死なない、ってのはどういう了見なんだい?
とも、言ってみたいし、
殺されたが死なない、っていうのをゲームと言うんだろう?
とも、言ってみたい。
そんな事をふらふらと歩きながら考えている内に、いつの間にかあの大量の人々はそれぞれの方角へと散っていったらしく、私の周囲には誰一人として居なくなっていた。
いや、もしかすると視界の範囲外なだけで聴き取ろうと努力すれば聴こえるんじゃないか?
そう考えて、耳を澄ます。
聴こえて来るのは、機械が出す非常に小さな電子音。
通り過ぎる車の音。冷蔵庫が出す音。暖房器具の音。
あまりにも、現実的すぎる、音。
おそらく、耳を澄ました所で聴こえて来るのは、私の能力。
『衝撃を操る程度の能力』が拾ってしまう音だけなんだろう。
それは人間でない、という証。
私が、妖怪である、という証。
脳という『肉体』の反応を拾って、仮想世界の『肉体』を動かすという話。
けれど、『魂』が直接操っている能力は、この世界の『肉体』に何ら影響を与えない、という話なのかもしれない。
まぁ、それならそれでこちらの断絶した意識から、魂が操る能力を使えば現実世界でも動けるという話になるのだから、良しとしよう。
『彼』が帰ってきても私のスキマに持ち込むことが出来る。それもこの仮想世界にダイブしたまま、ナーヴギアを被ったままで!
いやぁ、なんという成果だろうか。ニヤニヤが止まらないね。
────少なくとも、その時はそんなイタズラを考えていた。
私はこのゲームを攻略する気がなかった。
もっと詳しく言うなら、最前線でゲームをやるつもりがない、と言った所だ。
私がしたいのはあくまで『彼』への嫌がらせ・からかいであり、このゲームに対する興味、というのはそれほど高くない。
精々が、私が居た過去の世界から二十年後にはこんなものが生まれていたのか、と多少の悔しさと羨ましさと、上からの目線で遊んでやる、と言った気分が正しい、と思う。
だからまぁ、幻想の世界と、現実の世界と、仮想の世界──まぁ、他にも大量に世界はあるけど──どれがどれだけ違うか、見比べてやるか、という感じで今、ログインしている。
例えば、目の前に居るこの青いイノシシに、物理反射能力は効果が適用されるのであろうか?
ゲームで言えば、初戦闘。チュートリアルが始まっても良い頃合い。
まぁ、そんなもの、無いのだけど。
「……そろそろ、スイッチを入れるか」
あくまで、私の主目的は、『彼が帰ってくるまでに色々と遊んでからかってやる』というものだった。
けれど、まぁ、風雲のように流されやすい私の目的は、時に、簡単に変わってしまう。
例えば、そう、一時間以上も掛けてデザインしてしまった、完全に『両儀 式』を真似たアバターを作って、自分の口調を変えてしまう、とか。
「色々と試させてくれよ?」
「ブギーッ!!」
まぁ、別に男口調に変えただけで、精神を真似るつもりは更々無いんだけどね。
▼▼▼▼▼▼
結果を言えば、予想通り、能力が仮想世界内に適用されることはなかった。
まぁ、仮想世界で受けた衝撃を、脳が誤認したか──はたまた魂が感知したか──現実世界に衝撃を返す、というオモシロ状態が起きたりはした。
あとで『彼』に謝らなくちゃね。予想以上に衝撃が強すぎて天井に穴が空いてしまった。
それと、面白い事にも気付いた。
この世界は、現実世界の脳波を拾って仮想世界の『肉体』を動かす、というものだ。
簡単に言えば、五感。
脳が持つ、それぞれの感覚器の信号を受信する部分。
人間にはおいそれとは鍛えられない部分。視覚、聴覚、触覚、嗅覚。
まぁ、味覚はどうでもいいとして。
妖怪なら、それも鍛えられる。
いや、鍛えられる、はおかしいか。
正確に言うなら、必要とする分に足りるまで造り直す。が正しいだろう。
反射神経なんて特にそうだろう。見て把握してから行動するまで最速で0.1秒。人外はもっと早いし、幻想郷にはそもそも時を止める人物すら居る。
あれで三十歳間近の人間だとか言うんだから、阿呆かとか思う。
話が逸れた。
妖怪である私なら、自意識のみで自身の構成そのものを組み替えられる私なら、
必要となれば、それだけゲーム内での経験値を必要とせずに、ステータスそのものを書き換えられるのではないか?
そう思い付いたのが、三十分程前。
今私は、必死に突進してくる青いイノシシを、限界までギリギリになってから避ける、というのをただひたすらに繰り返している。
ただ……元から妖怪としての地があったからか、イノシシ自体の突進が非常に遅く見える。
そして、私の回避も、ただひたすらに遅い。
肉体が非常に遅い。何だこのトロさ。人間かよ。
まぁ、考えてみれば成長してないステータスなのだから、
パラメータ振りどころか、レベルアップすらしてない身では、まぁ、当然の事。
それでも成果はあった。
努力をすれば間違いなく、脳の認識力は上がっている。
青いイノシシが一歩ごとに土を踏み締め、蹴り飛ばし、宙へと浮かぶ土を数え上げ、その突進に跳ね飛ばされるごとに、数え終えれた土塊の数は、少しずつ増えていっている。
十回に一個は、確実に数えられる土が増えていっている。
まぁ、そんな事をしている内に、私のHPが無くなりそうではあるけど。
なんて事を吹き飛んで空を仰ぎながら考え、地面へと落ちる。どこからともなくベッドが軋む音が聴こえる。壊さないよう能力も遮断すべきか。
別に死に戻りでも良いんだけどねー、とか考えながら立ち上がり、また《フレンジーボア》の蹴散らす土の数を数えようと振り返って────ガラスが砕けるような音がした。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「お、おう……」
凛々しい顔をわざと更に格好良くさせたかのような、キザな表情を浮かべた赤いバンダナを着けた男が、海賊刀を地面に振り下ろしたままの姿勢で、ポーズを決めている。
そんな彼に、私が中途半端な返答しか言えなかったのは、悪くない筈だ。多分。
そして、そんな私に対してそんな反応が返ってくるとは思ってなかったのか、そのままのポーズで固まる青年。
「……クライン、横取りはマナー違反だぞ」
半分ぐらいフリーズしかけていた彼と私ではあったけど、運良く──というか、仕方なく? ──救済の手を差し伸べてくれたのが、少し離れたところから見守っていただけの、これまた青年だった。
バンダナを着けていない方の青年は、先程助けてくれたキザっぽい青年よりかはまだ話が通じそうな雰囲気があった。線が細くて弱そうという言い方もできる。
まぁ、そのキザな奴は、私と共にフリーズしてからその風貌を段々と情けないものへと変えていったので、『優しい人』という印象よりかは『イジられやすい人』というイメージが既に出来上がりつつあった。
「い、いやぁ、避けるのに苦労してたみたいだし、武器も持ってないしでよう? オレぁ完全な初心者かと……」
「あ〜……いや、まぁ、うん。助けてくれたのは、感謝する。助かったよ」
そこまで事情を説明されるとなると、こちらとしても動かざるを得ない。
この性別でこの口調、っていうのはあまり慣れてないけど……まぁ、それはその内慣れる。私が私に慣れたように、ね。
と、そんな内心をおくびにも出さないつもりで話し掛けたつもりが、クラインと呼ばれたそのキザ男が、妙にキラキラと目を輝かせて話し掛けてきた。
まぁ、その反応から察するに、私の事を知っているのだろう。
詩菜、という私じゃなくて、【sina】の事だけど。
「な、なぁ! それよりアンタ、その……式、だよな?」
「ふふふ……ああ、ちょっと真似た」
「いやそれちょっとってレベルじゃねぇぜ……」
書籍として出て、映画にもなって、それから十年ぐらい経っているのに、コアなファンがまだ居る。
ま、私も一ファンとして、そういう人が居るのは嬉しいけどさ。
残念ながら、今の私は初期装備なもんで、和服も浴衣も紬も、それらしいものは何一つ着けていない。
とは言え、服装除く表面だけなら完璧に『それ』にした、という自負はあるもので、クルリと一周りしてみて自分でも確かめてみる。
ま、長年付き合ってきた体格が急成長したような感覚の方がずっと強いのは、多分私だけだろう。
キザ男はその私の顔だけを見て「おおー……」と呟いて感動をしている。
そして、あの硬直を解いてくれた方の青年は、疑問気な顔で……今度はこっちがフリーズしてるのかな?
「な、なぁ、クライン。その人、有名人なのか?」
「……はぁ? おめぇ、《空の境界》を知らねぇのか?」
「あ、ああー……名前ぐらいなら……」
「まぁ、そんなものだろ。今となっちゃあ」
彼の年齢については……まぁ、私と似たようにアバターを弄っているだろうから、見た目では予想が付かないけれど、言葉遣い辺りから察するに中高生辺りかな?
それすらも演技って可能性がある訳だけど……幻想郷じゃあるまいし、そこまでやる奴は居ないだろう。多分。
「えぇ、だっておめぇ……」
「知らない奴に無理強いしてオススメすることはないだろ。オレだってそこまで真似をしているつもりもないし」
「あーまぁ、そうだけどよう……」
「……悪かったな、知らなくて」
そう言って、ボリボリと頭を掻く青年。
知らないから悪いとは、ここにいる二人は一つも言ってないのだけれど。
まぁ、良いか。
丁度良い友人、もとい手助けしてくれるカモが釣れた、とでも考えておこう。
「そう思うなら、色々
「……初心者は、あんな真似しないよ」
飲むだろうと意識もせずに思っていた条件提示には何も答えず、青年はまっすぐにこちらを見ながら言ってきた。
へぇ……と少し関心しながら腕を組んでみる。
ふむ、『あんな真似』とは、はて、何の事だろう?
とかまぁ、脳内でしらばっくれても意味が無い。
なので、
「うん? 『あんな事』?」
「あんな……限界ギリギリまで見切ったりはしないよ」
我ながらあくどい顔をしているな、とかある意味いつもの事を思いながら問い掛けてみれば、逆に相手が息を吐いて、苦笑いしながらそう言ってきた。
青年の方が張り合ってこない、というか、降りてしまった、というか……う〜ん、向こうなら相手もノリノリで乗ってきてくれるんだけどなー。
さっき関心したけど、やっぱナシかな。
「引率ならさっきもしてたしな。引き受けるよ」
「おう、オレも教えてやるぜ!」
「クラインも教えられる立場だろ……」
「ま、お手柔らかに頼む」
「……そういえば、武器は?」
「買ってない」
「……」
「……オイ、マジかよ……」
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1−3 有りよう
本編放っておいて書いてる辺り末期(今更感
彼に合わせて言うのならば、
私にとって、アインクラッド──あるいは、ソードアート・オンラインという名の世界──が、楽しいだけの《ゲーム》……《死なないだけのお遊び》であったのは、あの時までだった。
それから暫くの間、二人から色々とレクチャーを受けていた。
フレンド登録とやらをして、クラインが「名前【shiki】じゃないのかよ!?」とか言う事件もあったりしたけど……まぁ、それはどうでもいい。
ちなみに、私の名前は【sina】である。
午後五時を過ぎた辺りでクラインが、そろそろメシを食わねぇと、と言い出した。
何やらピザを注文していたらしい。キリトが準備万端だな。とか苦笑しながら言っていたが、そういえば私は転生する前にしかピザを食べたことがない。
そう考えると急にピザが食いたくなってきた。うむ、決めた。
れっつ、ぴっつぁ。
『彼』に無理やりにでも頼んで持ち帰ってこさせよう。て言うか一緒に食べよう。
そうと決まったなら、ログアウトして『彼』に連絡しなければ。いや、別にログアウトしなくても良いのかな? 能力使えば無理やり声を……いいや、めんどくさい。
「……オレも久々にピザでも食べるかな」
「ん、シナも落ちるのか?」
「そうする。別にオレはキリトみたいにガチでやろうとは思ってないしな。もう今日はログインしないと思うぜ。タイミングが合わなけりゃアバターすら作らなかっただろうし」
「いやぁ、作って正解だと思うぜ……それ」
そうクラインが言うと、キリトが同意するかのように少しだけ首肯していたのが見えた。
そして視線を合わせると眼を逸らすものだから……ウブっぽい反応でお姉さんは苛めたくなる。
まだしないけどさ。いや、する機会すら今後あるかも怪しいけどさ。
まぁ、何にせよ。
あまり人付き合いが得意でない私ではあった──特に前世のネトゲは酷かった──けれど、何とかフレンドなるものが出来た。
「でさ、オレそのあとで他のゲームで知り合いだった奴らと落ち合う予定なんだよな。どうだ、シナ、キリト。おめぇらとフレンド登録しねぇか? 色々と便利だろ?」
「え……うーん」
とは言え、そう簡単にフレンドを増やすつもりもない。フレンドに誘われたからズルズルとゲームを長続きさせてしまうという現象も、いつぞやのネトゲで体験してしまっているからね。
キリトが口篭っているのは、多分その友人達と仲良くできるだろうか、とかだろう。多分。
クラインが居なかったらこの青年は私に話しかけることすら出来なかったんじゃなかろうか、とすら少し思う。
「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな……で、シナさんは……?」
「オレもパス。次いつ入れるかも分からないしな。何より……お前、オレを自慢しようとか考えてないよな?」
「まっ、まさか!! んんんなわけないだろ!?」
「どう思うキリト?」
「
「キリト手前ェ!?」
慌てて青年を追ってぶん殴ろうとするクラインに、ひょいひょいと避けるキリト。
どちらも攻撃を当てる気がない、というのが端から見ても分かる辺り……まぁ、平和な世界だこと、とか思ってしまう。
幻想郷じゃあ軽い気持ちで殺してくる奴が居るし、現実世界じゃあ例え殴っても身内の中なら
相手の力量に合わせて、しかもそれでいて攻撃を当てないような、暴力。
そう考えると、随分と甘っちょろい世界、としか思えない。
まぁ、それが良いと今は思ってるんだけど、ね。
「おい、追い掛け回してると、そろそろピザも冷めちまうんじゃないか?」
「うおっ、そうだった!!」
少し裏返ったような声を出してぴょんと飛び上がる姿は、やっぱりアバターと合わない性格だというぐらいだけど……まぁ、それでいて人と人とを仲良くさせる性格なのは、間違いないんじゃなかろうか、とも思う。
「んじゃあまたな。キリト、おめぇのおかげですっげぇ助かったよ、この礼はちゃんと、精神的に返すからな! これからも宜しく頼むぜ」
「ああ、こっちこそ宜しくな。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」
「おう、頼りにしてるぜ」
突き出された右手と右手で握手をする青年二人を見ると、どうも青春を見てるような気分になって微笑ましく見てしまうのは……私の年齢故だろうなぁ……。
とか、のんびりそんな事を考えている内に、今度は私の方へと右手が伸びてきた。
「シナ、今度ログインした時は連絡してくれよな! 強くなったオレがちゃんと、レクチャーしてやるぜ!」
「ははは。まぁ、また今度、逢えたらな」
「オイ、俺のレクチャーが間違ってたような言い方はやめろよ」
「おう! 頼りにしてくれ!」
「聞いてねえし、さっきと言ってること正反対だし……」
キリトがなにか愚痴っているが、意思の疎通も取らずにほぼ同時に無視し、そして右手を離して一歩下がる。
クラインも一歩下がりながら、右手の人差指と中指を揃えて真下に振り下ろし、ゲームの《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出した。
それに習って私もウインドウを呼び出し、何処かで聴いたような覚えがある鈴の音を鳴らして、ログアウトをしようと思った。
そして、クラインの「あれっ」という素っ頓狂な声を聞くと同時に、ログアウトボタンがないことに、気付いた。
「なんだこりゃ……ログアウトボタンがねぇ」
「……そんなわけないだろ、よく見てみろ」
「いや、ねぇよ。シナ、おめぇはどうだ?」
「……オレの所にもない。キリトも探してみろ」
「んなわけないって……」
そうして、岩に座っていたキリトもウインドウを操り、ログアウトボタンを探し始め────そしてやはり、彼の所にも、ログアウトボタンが無かったらしく、一切の動きを止めてしまった。
「……ねぇだろ?」
「うん、確かに、ない」
ああああ、オレ様のピッツァがぁーと喚いているクラインはどうでもいいとして、ログアウトボタンが完全にないという、ゲームとして致命的なバグを私達が見付けて、どうすることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。
仕舞にはクラインが「戻れ!」だの「ログアウト!」だの叫びだして、とてもうるさい。
一応は涼やかな若侍顔なのだから、そんな芸人みたいな真似しなくても良いのに、と思う。
それにしても、ログアウト不可状態、か。
何処かで聞いたような話だな、と少しばかしニヒルな考えをしてしまう。
「おいおい、でも、オレ、一人暮らしだぜ。ナーヴギアを取る人が居ねえよ。ピザ屋ならともかく……おめぇらは?」
「……母親と、妹と三人」
「……一人暮らしの兄貴の、ナーヴギアを借りてやってる」
「シナ……」
そう言うと、クラインが何故か歯に何かが詰まったような顔で私を見てくる。
……何か、変なことでも言っただろうか。キリトやクラインが言うなら、といった感じで私も言ったのだけれど。
「ちゃんと許可は取ってるぞ?」
「いや、そうじゃなくてよう……」
「? ああ、設定に忠実だな、って事か?」
「いや……そうでもなくてな……まあ、いいさ」
やけに言葉を濁して、クラインは結局何も言わなかった。
そこで、無理やり話題を変えるように、キリトが右手を広げて、意味深に喋り出した。
「なんか……変だと思わないか?」
「そ、そりゃあ、変だろさ、バグってんだもんよ」
「そうじゃない。ただのバグどころじゃないんだ。《ログアウト不能》なんて今後のゲーム運営に大きくかかわる問題だよ」
キリトが言いたいのは、今、ログアウトが出来ない状況になったにもかかわらず、サーバーが停止したり、アナウンスが起こったりしない、この状況はあまりにも奇妙すぎやしないか、ということだった。
まぁ、言わんとする所は分からなくもない。
となると、ソードアート・オンラインを実際に獲得した『彼』には何かしらの連絡が届き始めている頃合いなのではないだろうか?
仮想世界から現実世界へメール等も送れない今、内から外へ『取ってくれ』というメッセージすら送れない彼らは、少しずつ今の状況に恐怖を感じつつあるんだろう。
残念ながら、その恐怖が向かう先が私じゃないから、妖怪として回復は出来ないんだけどね……まぁ、そんなモノを仮想世界に持ち込んでどうなんだ、って話にもなるんだけど。
と、まぁ、能力を使えば外部に連絡を取ることも、自力でナーヴギアを外したり破壊できたりも出来る私が、彼らの緊張感には、あまり付き合えないでいた。
時刻は五時半を過ぎ、夕日が辺りを黄金色に輝かさせている。
幻想郷で見れなくもない景色で──まぁ、比べれば圧倒的に現実の方が良いのだけど──それでも綺麗なものは綺麗なもので、キリトと同じように少しの間、眺めてしまった。
そして、この世界は永久に、その世界に合っていた筈の有りようを、変えてしまった。
私に言わせるならば、
『ソードアート・オンライン』は、ゲームで無くなってしまった。
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1−4 別れ
書け次第投稿してるからか、当初の予定と既に若干違ってきている件()
突然鐘のような音が鳴り響き、クラインとキリトの身体を青い輝きが包み込み始めた。
そして気付けば私もそのブルーの光の柱に包まれていた。
柱の外の風景が、少しずつ薄れていくのを見る限り、何かしらの移動手段なのだろう、とぼんやりと考えてしまう。
さっきの鐘の音も、もしかすると転移時に聴く効果音なのかもしれない。
……まぁ、青い壁の向こうに居るキリトやクラインの表情を見る限り、そんな事実はないような気もしていた。
事実、ベータテスターでも────後に《ビーター》と呼ばれた彼としても、想定外だったらしい。
青い輝きがようやく収まり、まぶしい光によって遮られていた視界へ、新たに映ったのは夕暮れ時の草原などではなく、ゲームのスタート地点である、《はじまりの街》の広場だった。
「…………」
「…………」
一時的にパーティを組んでいる二人は、転移時に少し驚きの声を上げた程度で、今のこの状況に追い付けず、呆然としているようだ。
まぁ、私としても、ゲームのチュートリアルイベント・オープニングイベントにしては些かやり過ぎというか、面白すぎるだろう、とは思っていた。
ゲームのスタート地点である広場には、一万人ぐらい居るんじゃなかろうか、というぐらいのゲームのキャラクターが居た。
その人々も私達と同じように転移してきたらしく、どのアバターも突然の出来事に戸惑いを隠せていなかった。
どれもがイケメンだったり、美人だったりするアバターが、右往左往としているのは何ともまぁ、という感じではあったけど。
数秒間、自分が居る場所についてを確認し、周囲に同じような人物がいることに気付き、パーティメンバーや近くの人にどうなっているのかの質問をする人や、とにかく周囲を見渡して状況を確認しようと努めている人々。
────人間はいつの時代も変わらんな。
と、彼らを見て少し冷静になったのは、覚えている。
まぁ、キリトやクラインのように、私も混乱していたのは、間違いないだろうから。
周囲に対する確認の言葉のボリュームが、少しずつ大きくなっていく。
言葉はそのうち、怒号や叫びに変わり、現状への確認から、ゲーム状況への不満へ変わっていく。
喚き声が一定のレベルに達した所で、一つだけ、その他の人々とは色が違う大声が放たれた。
「あっ……上を見ろ!!」
その声に瞬時に反応して、両隣に居るパーティが瞬時に上を見た。
私も遅れて一層の天井部分を見上げてみれば、赤い市松模様が天井を覆っていく所だった。
【Warning】と、【System Announcement】の二つのパターン。
隣で、キリトが少し身体の力を抜いたのが分かった。運営のアナウンスが入るとでも思ったのだろう。
しかし、天井部分から一つの真紅の液体がしたたり、傀儡へと姿を変えていくと、広場の空気は一気に凍りついていった。
イベントにしては、少々気味が悪すぎた。
悪趣味、とも言えそうだった。出来すぎている、とも。
まぁ、少々説明を省いて、結論だけを先に言ってしまえば、ただ一人のゲームマスターが言っている事はある意味、ふつうのコトだった。
『もう一つの現実と言うべきこの世界で、死んだのなら、死にたまえ』と。
「……馬鹿馬鹿しい」
「……つまらない世界になったもんだ」
「シナ……?」
「いんや、なんでもない」
キリトがそう呟いた瞬間に、つい私も本音がポロリと出てしまった。
私の本音は具体的には聞き取れなかったらしく、地面に座り込んでいたクラインが私達の方を見て、『おい、どうするよ?』とでも言うかのような視線を向けてくる。
まぁ、私としても些か面白くない展開になってきていたので、そんな質問目線は無視してしまったけれど。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ給え』
その言葉の文章が終わると同時に、キリトがアクションを起こしてアイテムストレージを開いている。
反対に居るクラインも同じような感じで、小さな四角い鏡────《手鏡》を取り出している。
二人の間に居る私と言えば、この後の展開が薄っすらと予想出来てしまい、少しばかりうんざりしていた。
何もここまでやらなくとも、と言うか、テンプレにしても本当にやるかね、と言うか。
あ、これどっかで読んだな、と言うか。
見たのは確か『彼』のパソコンだったか。色々ありすぎてどれだったか思い出せないけど。
まぁ、ここまで来て取り出さないのもおかしいだろうと、半ばヤケクソで慣れていない右手の指を二本揃えて真下に降ろして振った。
アイテム欄の、最も新しく入手したであろう一番上にあるアイテムを選択し、その《手鏡》を取り出した。
覗き込むまでもなく、映っているのは、私が苦労して作った、『両儀 式』のアバター。
そして、周りのアバターが白い光に包まれ、私もその光に巻き込まれ、数秒視界が真っ白に染まり……元のままの風景が戻ってきた。
いや、私風に言うなら、変化した時のように視線が低くなって、『いつもの風景になった』、と言うべきなんだろう。
手鏡を覗き込めば、式じゃない────詩菜が映っている。
「お前……誰?」
「おい……誰だよおめぇ」
視界を上げれば、人相が完全に変わってしまったパーティメンバーが居る。
二人共、身長はほとんど変わっていない様子だけど、呆然と相手を見てしまうのも仕方ないと思うほどに、その『仮想世界のアバター』と、『現実世界の容姿』は違っていた。
「お前がクラインか!? ………………変わってない!?」
「おめぇがキリトか!? ………………おめぇ変わらねぇな!?」
「うるさいな。ちょっと真似た、って言ったじゃん」
「いや、そういう意味だって誰が分かるかよおめぇ……」
志鳴徒や『彼』ぐらいの高さに設定していた身長も、肉体年齢を少し老けさせたのも、すべて戻ってしまった。
私が数時間掛けてデザインした、憧れであったあの容姿には、おそらく戻れないだろう。
茅場晶彦とやらは、絶対にそうしないだろう。──彼の事はつい先程知ったけれど──あの演説、もといチュートリアル説明からは、彼の信念が伺える。
如何に感情を圧し殺して説明しようとしても、私の長年培ってきた感覚と勘が、囁いてくる。
『彼は、子供だ』
若干の私怨も混じって、上空に浮かぶ傀儡を睨む私とは打って変わって、
「……シナって一体何歳だよアレ?」
「さぁ……あの見た目だと小学生か中学生じゃ……」
「……SAOって年齢制限あったよな……?」
「確か13歳以上推奨……」
「……なんつーか、貫禄? あるよな……」
「見た目が……年下だろうけど、年下とは思えない」
「すっげえ分かる。めっちゃ落ち着いてるしな」
とか、容姿が現実世界に変化したことも忘れて、私について隠れて話し始めたパーティメンバーが居た。
話す内容それで良いのか君達。もっと、こう、どうやって現実の肉体を再現したのかとか、話すこと、あるだろ。良いのかそれで君達。
まぁ、そんな彼らも、子供の彼の演説が再開すると、やはりこの世界が気になるらしく、すぐさま口を閉じて、厳しい視線を傀儡へと向けた。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。────』
彼の、少し感情を滲ませた演説を聴いていく内に、やはり、と私は勘を確信に変える。
子供の時に夢見たものを、現実に持ってこようとする、半ば妖怪めいた、狂人の類。
……言うなれば、私達の同類、だ。
『────健闘を祈る』
最後の一言が消え、傀儡は吸収されるかのように天井へと消えていき始めた。
説明は完全に終えた、とばかりにそのフードは、とぷん、と赤く染まった警告文に沈み、そして市松模様も出現した時と同じように消えていった。
厳かな雰囲気は消え去り、私がこの世界にログインした時に流れていた市街地のBGM流れ始め、本来の空気感が戻ってきた。
まぁ……プレイヤーの方は、完全に発狂し始めたけど。
悲鳴。怒号。絶叫。罵声。懇願。咆哮。
理解不能を突き詰め、押し付け、絶望させるとこうなるのか……と妖怪が恍惚としそうな地獄絵図に、少し笑ってしまう。
これが私に向けられたのなら、妖怪として完全覚醒出来そうなもんだけどね……と、妖怪の私が囁いているけど、まぁ、そこまで堕ちる訳にもいかない。
元の容姿に戻ってしまった私が腕を組みながら周囲を観察していた所へ、肩にポン、と手を置かれて引っ張られる。
手の先を見れば、キリトが私とクラインを引っ張っていこうとしている。
「クライン、シナ……ちょっと、来てくれ」
周囲の人々とは全然違った──まぁ、それでも焦りの感情はまだ視えたけど──冷静さを持った、私より少し身長が高く、やはり童顔で先の細い顔をしていた彼は、人の輪を抜けて、何処かへ私達を連れて行こうとしていた。
クラインの方は、未だショックが抜けきっていないのか、未だに呆然としたままだ。唯々諾々と腕を引っ張られて、広場から続いている街路の一つに入り、キリトが止まるまでただ腕を引っ張られていくだけだった。
リアルに変化した容姿から察するに、成人した男性だろうに……いや、大人だから余計にショックが大きかったのかな?
まぁ、対する私は、もう口調も詩菜のに戻してしまったし、世界はゲームで無くなったし、もう自然体で良いか、と考えている所だったけど。
脳を焼き切られても生きていける自信があるのは、精々私のような人外ぐらいだろう。
「……クライン、シナ。よく聞いてくれ。俺はすぐにこの街を出て、次の村に向かう。お前たちも一緒に来てくれ」
ログアウト不可能のデスゲーム、生き残るためには強くならねばならない上に、一万人との経験値の奪い合いを制さなければならない。
ベータテスターである彼の先導なら、少人数で効率よく序盤を進めていくことが可能だ。
誰よりも早く、この世界の現実を受け入れて、行動を素早く起こし、そして、現実として認識して動き始めている。
彼は、私達二人を守りつつ、三人でクリアを目指そうと、言っている。
それが引率する身として、どれほど辛いかも重々理解して尚、友人を守り通すからと、私達を誘っている。
しかしクラインは、その言葉に対して張り詰めた表情で、その言葉に首を振らなかった。
「おりゃ、ダチを……置いて、いけねぇ」
「…………」
キリトも、その言葉に首を振らなかった。
クラインだけ、私だけ、というのなら兎も角、私とクラインや、クラインの仲間達を含めてクリアを目指すのは、とてもキツイだろう。
そして、もし、誰かが死んだ時に、その責任を引率者として引き受けれるか。
どう見ても、そんな重責に耐えられそうには、無かった。
クラインもそれを察したのか、少し引き攣った笑みを浮かべ、心配すんな! と笑ってみせた。
「気にすんな! おめぇにこれ以上世話んなるわけにゃいかねえしな」
「……そっか……シナは、どうする?」
「ん〜……」
私を見る彼の目には、覚悟があった。
妖怪に殺されそうになった時、人間が最期のあがきの時に魅せてくれるような、生への執着と、一人だけなら背負ってみせる、とも言ってきそうな、決意の光。
まぁ、有り体に言えば、格好良い姿だった。
だからと言って、私は私のスタンスを崩そうとも思わない。
彼には、まだ、それだけの価値を感じなかった。
「私はまだしばらく街に居ようかなぁ。RPGとか序盤から調べ尽くしてから進めるタイプだし」
「……シナ、おめぇ口調変わってねえ?」
「いや、もうロールプレイとか面倒くさくてやってられないし」
「うわぁ……」
何故か引かれた。
ま、何にせよ、今のところ、キリトに着いていくつもりはない。
「私は私で何とかするよ。色々と試したい事があるし」
「試したい事?」
────ここで『友人』になら言っても良いか、とか考えてしまった事が、後に私の二つ名を決定付けてしまった。
「んー、妖怪の力?」
「「はあ?」」
▼▼▼▼▼▼
そうして、私達三人はパーティを解散した。
クラインは、キリトのリアルの顔をカワイイと明るい雰囲気で冗談を叫んで見送り……私には、「妖怪だろうがなんだろうが、何かあったら頼れよ! おりゃ何処でもすっ飛んでいくからよ!」と言って、広場へと走って戻っていった。
キリトは、クラインもその野武士ヅラが似合ってるよ、と叫びあって別れた。
私に対しては、「君が望むなら、いつでも助けに戻る。無理しなくても良いから、いつでも言ってくれ」と言って、次の村へと走っていった。
まだ私が見た目通りの人だと思われているからか、二人共とても心配そうな雰囲気があったけれど、──けどまぁ、もし仮に見た目通りの年齢だとして、放っていくのか君達、と考えなくもないけど──それでも三人は、ここで別れた。
キリトは一人クリアを目指して、クラインは友人を守り切るために。
「さて……と」
私は現実世界の『彼』と直接話して、スキマにナーヴギアごと移動するとしますか。
後は家族にちょいとスキマに篭もらないといけなくなったと説明しないと。うーん、色々やらないとなぁ。
この現実と何ら変わらなくなったゲームじゃない世界を下りることは、いつでも可能だけれど、とりあえずは続けてみよう。
そう、二人を見て思った。
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1−5 協力
今日中に何とか更新しようかな、とか思ってたら感想来るんだもん。書くしか無いよね!
ふと、そんな物思いから現実に帰ってきてみれば、通路の奥の方に光が見える。
二年前とさほど変わらないように見える彼もその光を確認したのか、ほっと息を吐いたのが聞こえる。
まぁ、過去の記憶を振り返った所で、戻ってくる場所は仮想空間内で異世界だし、隣の奴はちょいちょい過去から変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わってないし……まぁ、どちらにせよ、どうでもいいか。
一瞬だけ歩く速度が上がったキリトは、チラリと私を見て、結局変わらない速度で歩き続けた。
少年らしい所が随所にある彼は、多分、外の光を見て走って外に出たいのだろうと思う。
「走らないの?」
「……ノーコメント」
「あらそう」
ニヤニヤしながらそう問い掛けてみれば、バツの悪そうな顔をしてくる。
別に私の事を気にせず走れば良いのにねぇ? どうせ追い抜いて嘲笑うだけなのに。
通路を出ても、やはりそこは安全な場所では決して無い。
家に帰るまでが遠足、もとい、ホームに帰るまでが冒険、とか何とか。
魔法の森ほどではないにせよ、日光を遮るほどの鬱蒼とした森の中に、小さな一本道が、何処までも続いている。もうすぐ夕焼けが見えるほどの時間帯。
やはりダンジョン内とは空気が違うように感じるのか、キリトが右隣で立ち止まり、急に深呼吸をし始めた。つられて私も足を止めてしまう。
別に深呼吸をした所で、私が感じるのはスキマ内の変わらない空気だから、私は深呼吸をしないけどね。
彼は、深く息を吸い、ゆっくりと息を吐き、
「─―――で? 何処までついてくる気なんだ?」
腰に両手を当て、そう上から目線で尋ねてきた。
まぁ、身長差が歴然とした差であるから、保護者というか、子供扱いされているかのような状況になるのは仕方がないとして。
「キリトの部屋までで良いよ」
「やめろ」
「ってのは冗談で、七十四層の《主街区》で良いよ」
「……はいはいお嬢様」
「うむ、よきにはからえ」
「やれやれ……」
自分のペースに引き込んで、私の調子を狂わそうなんて、千四百年早い。
ケラケラと笑いながら、私が小路へと進み始めれば、後を追うようにキリトも歩き始めた。
すぐに追い付かれ、木漏れ日が差す小道を一緒に歩き続ける。
……こうして隣同士で、誰かと歩くのは、果たしていつ以来か。
「シナは……相変わらずか?」
「ん、何の話?」
そんな物思いに耽っていると、やっぱり飛んでくる声。
私がこう、何か考え事をしている時に限って、どうして皆声を掛けてくるのかしらねぇ……? いや、別に良いけどさ……大抵どうでもいい考え事ばっかだし。
そんな事を考え直しつつ、聞き返しながら隣の彼を見上げてみる。
今度は、視線が合わなかった。
第一層からのフレンドは、どんよりと、重いものを担いでいるかのような、苦しそうな顔でまっすぐ正面を見続けている。
「……喧嘩とか、色々」
「ああ、殺しに来る奴? んー、これまた止まらないんだよねぇ」
そう普通に言い返してみれば、今度は唇を噛み締め始めた。
なんでこの子は私の事を担おうとしているんだろうね?
プレイヤーの中でも特に幼い容姿の私は、ゲーム開始から既に話題になりつつあった。
それも、どこぞのキャラクターに似ていて、それでいて戦闘にも物怖じしないとなれば、当然のように囲もうとする連中は出てくる。
まぁ、近寄ってくる人は大抵私の言動や行動に、勝手に失望しては去っていくのがほとんどだったけれど、数ヶ月も経てばゲームに心を侵された人物も出てくる訳で。
普通に襲われたから普通に殺し返した。
別に今更、人を殺したことで罪悪感があるかと訊かれれば、無いとしか答えようがない。
数千年妖怪でやってきた身だ。食物に対する感謝ならともかく、喰えもしない仮想肉体に対して感謝も罪悪感も忌避感も、何一つとしてない。
そういう態度で、そういう信念を、《自分の芯》を、第一層から持ち続けて、寧ろ公言し、そして実践してみれば、─―――出るわ出るわ謎の偽善者が。
「ここ一ヶ月で、《シナの討伐》を掲げてやってきたのは2グループかな。
「……よく生きてるな」
「まぁ、慣れてるし、慣れたし」
いつの間にか、私は『クリアを阻む狂人』という扱いになっていた。
まぁ、クリアを最重要視していないのは事実ではあるけど、普通に仮想空間内で生活して、襲われたら返り討ちにしているだけなのに、何故それだけで狂人呼ばわりされないといけないのかと。
それなら殺人嗜好のあの集団を狂人集団だと言うべきだと思う。少なくとも私は殺人鬼ではないし、殺人が好きな訳ではない。
確かにSAO内で、非常に気に食わない人を殺した事も何度かあるけどさ。
ていうかそもそも、狂『人』じゃねーし。
そんな訳で親しい友人、もとい、連絡が常時取れる、及び、険悪なムードにならない相手というのはかなり限られてくるもので、隣に居るキリトもその一人だ。
「『殺しに来るなら殺される覚悟して来てよね』って私毎回言ってるんだけどなぁ……」
「……」
「まぁ、人間、自分と異なるものは排除したくなっちゃうもんだよね」
「……《妖怪》、本当にメンタルが凄いと思うよ……」
「伊達に数千年生きてないし」
SAOの良い所は、本当の事を言っても『そういうプレイスタイル』だと認識してくれることだと思う。
まぁ、そのプレイスタイルが身に付きすぎる人が後を絶たないせいで、私も襲われているんだろうけどさ。偽善も正義の内、と言うか何と言うか。
ん。
「……!」
右手を挙げて、キリトを止める。
即座に考えを切り替えたのか、暗い表情を変えて後ろに担いだ剣へ手が伸びた事を確認し、《索敵スキル》を走らせる。それとほぼ同時に、高い音が一瞬聴こえた。
音源の方向を探れば、恐らく私が感じた違和感の元である敵モンスターを、木の枝影に隠れているのを見付けた。
隣で息を詰める気配がする。
レアモンスターの《ラグー・ラビット》だ。
「……」
会話を介さず、隣と視線が合う。
恐らく、この距離で気付かれていないのは奇跡。
ハンドサインとアイコンタクトで作戦をさっと組み立て、彼は腰のベルトから投擲用ピックそっと抜き、私もゆっくりと短剣を抜く。
私の準備が整ったのを確認し、キリトが改めて投擲用ピックを構え、
そして、投げた。
梢の影に投剣が隠れたのを確認し、即座に短剣を構えてダッシュを始める。
もし、彼の先制攻撃が外れたなら、私の極振りした敏捷力でラビットを追い回し、敵を先程の作戦で決めておいた場所に誘導する。
そして私が合図を出せば、キリトが予め構えておいたソードスキルで、逃げ惑うラビットを死角から、的確に貫く手筈だった。
まぁ、狙い違わず、彼のピックはラビットの急所、頭を貫通してHPを全損させたので、私の行動は何も意味を生まなかった訳だけど。
「よしっ!」
「……おめでと」
急停止しながら、ラビットがポリゴンになっていくのを見る。
そして振り返れば、そんな事はどうでもいいとばかりに自身のアイテムリストを確認してガッツポーズをしている奴。
……まぁ、分からんでもないけどね。ゲームにおいてレアアイテムが手に入ったかどうかの確認するまでの手に汗握る僅かな時間が楽しい、っていうのはさ。
若干呆れつつ、先程の小道に戻ってきてみれば、さっきとは打って変わって嬉しそうな表情で喋りかけてくる。
どうやらその様子だと、お目当てのS級食材を手に入れられたようである。
「悪いな、S級食材頂いちゃって」
「良いよ別に。二、三個持ってるし」
「……は?」
「作戦通り、追い掛けてとどめを刺す戦法で、既に何個か取ってるし」
「………………相変わらずだな、シナ……」
「失礼な」
それこそ私の台詞である。
で、まぁ。
「どうすんの?」
「……何を?」
「いやさ、そんなレアアイテムを持ってるなら、転移クリスタル使ってさっさと帰りたいんじゃないかなぁ、って」
「……あー、まぁ……それもそうだけど」
まぁ、私や『彼』とはまた違って、捩じ曲がった根性を持ってない彼がどんな言葉を言うか、なんて、分かってはいたんだけど。
照れ臭そうに、頬を指で掻きながら、勇者はそう言ってのけた。
「お嬢様を一人で帰す訳にはいかないだろ?」
「……いつか刺されるよ? 夜道に、後ろから、女性に」
「……んな馬鹿な」
まぁ、刺すのは私じゃないから、別にどうでもいいけどさ。
個人的な考えだけど、勇者と英雄ってだいぶ違うんと思うんだよね。
英雄は虐殺しつくして武勲を立てた者だと思うし、勇者は情と蛮勇を結果として残せた者だと思う。
キリトはそういう意味じゃあ……多分勇者なんだよなぁ。大丈夫かしら。
ん、人の心配する身分でもないか。ヒトだし。
まぁでも、こういう所が、私の甘い所でもあると思うけどね。
「ほれ」
「ん、って、《転移結晶》?」
「転移。アルゲード」
もう一個取り出して、そう宣言すれば青い結晶が砕け、自分の体が青い光に包まれていく。いつぞやのように。
光の向こう側で、一瞬唖然としつつ、慌てて青い結晶を指しながら必死に叫んでいるキリトをニヤニヤと見ながら、一足先に帰るとする。
転移結晶はお駄賃として受け取ってくれたまえ。はっはっは。
まぁ、まさか私のホームタウンとキリトのホームタウンが被ってるとは思わなかったけどさ。
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1−6 応援
小説の単行本しかなく、アニメも見てないので、多少の誤差やミスは許してヒヤシンス。
「折角《転移結晶》まで貸したのに、同じホームとか、キリト君ないわー」
「いや、その言い草は酷いんじゃないか……?」
全百層あるアインクラッドのちょうど中間にある《アルゲード》は、現在ある内で最大級の都市だ。
一層にあるはじまりの街のような大きな建築物はないが、それ以上に小さい建物や複雑な路地が入り組んでおり、迷うのも当然と言えるぐらいの煩雑さがある。
そのアルゲードの広場、転移門の前で、またキリトと再会するとか。
格好つけた私の身にもなって欲しい。無駄……いや、無駄なら良いか。無駄なんだし。
まぁ、何はともあれ、SAO内部では最も付き合いの長い友人であるキリトと、結局の所住んでいる階層が同じ場所ということは、つまり。
「これじゃあやっぱりキリトの部屋までついていかないとダメかなぁ」
「やめろって……それに、一度換金とか買い付けする予定だし」
「あらそう。じゃあそこまでご一緒しましょうかね」
「……」
別に私としても今日からは少し休みにしようとしていた所なので、あまりにも嵩張っているドロップアイテムの整理をしたい所ではあった。
妖怪としての、現実世界における脳の書き換えを実行し続ける鍛錬は、今も続けている。
私の原点とも言える妖怪の血の所為か、それとも、寝たきりという生活を強いられているからか。
反射神経、反応速度は鍛錬の度に恐ろしい勢いで研ぎ澄まされていき、そして戦闘・鍛錬がなくなれば、時間と共に神経は勢い良く衰えていくようになっていた。
そんな極端な急成長と急退化の繰り返しが面白いものだから、私なりの攻略をソロで続けている内に、いつの間にかゲームクリア至上主義ではないのに最前線で活躍しているのが、今の私である。
長時間相手の行動を見切り続ければ反射神経と共に、感覚が一つ、一段階、更に上の層へとギアが上がり続けていく。
その歯車がどこまであるのかは分からない────けれどまぁ、感覚的には現実での最高速のギアにはまだ辿り着けていない気はする。
今まで更新した速度感覚の一つ上、あるいは二つ上に辿り着いたら、不眠不休で十日前後ほどダンジョンに篭っていた生活を止めて、それからまた数日ほど何もしない休息日を設けて、感覚のレベルが初期レベルの1に戻ったら、また鍛錬を再開する。
そういう生活────もとい、攻略法を続けている。
一番初めに、キリトとクラインに言ってしまった単語が何処かから漏れ、そして極端な戦闘スタイルから、いつの間にか《妖怪》とか言う渾名まで出来てしまった。
……まぁ、事実だし、それとはまた別の要因で呼ばれていたのもあるんだけどさ。
そんな訳で、容姿で注目されて、プレイヤーキルにてまた目立ってしまって、最前線もとい、戦闘スタイルでも何やら噂が立ってしまって。
そりゃあ、プレイヤーが多く集まる五十層。私は非常に良く避けられている。
誰が見ても、私の周囲数メートルには近寄ろうとしない。
一番近い人物も合わせて、目立ってしまうぐらいには、空白が私の周囲にはあった。
で、「だから何?」って話なんだけど。
まぁ、私の隣に居ることで多少人目を浴びているキリトには、少し居心地が悪いかもしれない。
そういう訳で。
「それで、何処の店? ここらと言えば、エギルの所?」
「……本当、メンタル凄いよ。シナ」
「伊達に恨まれ慣れちゃいないよ」
私がそう返すと、軽い溜息を吐いて彼は広場から西に向けて歩き出した。
NPCを含んだ中央広場は文字通り人混み状態で、それこそ真っ直ぐ歩くなんてことは出来ず、人と人との間を避けながら通らなければならない────私を除いて。
キリトを追うように私も動き出すと、それに遅れて私の周囲の空間も合わせて動き出す。NPC以外のプレイヤーがほとんど避けているというのに、それでも一目で分かる程度には避けられている。
中央広場から続く大きな通りに入ってしまえば、ある程度プレイヤーの数は少なくなり、人の居ない空間はある程度輪郭を失うとはいえ、それでもその範囲が分かる程には六千人の内の何割何分何厘かが同じ道を歩いている訳であって。
そう考えると……存外この五十層には人が集まっているな、という感覚になるから不思議なものだ。
そんな事を連々と考えている内に、キリトがとある店へと入っていく。
入れ違いに槍使いが店から出ていき、眼の前に居る私の顔を見てギョッとした表情を浮かべ、逃げるように去っていく。
まぁ、叫び声を挙げないよう口を抑えていたのは褒めてやろう。意味は無いけど。
「よぉ、キリト。それにシナも」
「やっほエギル。鑑定と換金、よろしく」
「おめえ、いつも量がえげつないんだからよ。キリトの後で良いか?」
「どーぞどーぞ。どうせしばらく休みにするし」
まぁ、何を隠そう、私もエギルのお得意様なのだ。
……ますますエギルがこの店を構えてから、キリトと一切出逢わなかったのが謎である。
篭りに篭った約十日の内に手に入れたアイテムは、ここでほぼ全て売り払っている。
私の戦闘スタイルは、敏捷に極振りした短剣・投剣での回避系タンクだ。
防具は防御力度外視のおしゃれ着浴衣だし、トドメ用の短剣と、それと投擲用の武器を大量にストックするだけで良い。
短剣だけはオーダーメイド品だけど、それ以外は別に量産品で別に構わない。
ダメージ喰らわなければ、別に消耗するものもあまりない訳だし。
そういった訳で、大体アイテムをほぼ全てエギルに渡して、後で金額を受け取るというやり方がいつもの鑑定・換金のやり方だった。
後回し、ということで久々にこの店の品揃えでも確認するかなー、とぶらつき始めた所で、
店の扉が開いた。
「────げ」
店内に入ってきた紅白の騎士服を着た女性剣士は、私の顔を見るなり、その端正な顔を歪ませて似合わない『か行発音による独自の健康法』を行い始めた。
……まぁ、《
なんか勝手にライバル認定されちゃってるみたいだしねぇ。ふふ。
そんな私の含み笑いが伝わってしまったのか、苦々しげな顔をしていたその女性はだんだんと好戦的な笑みへと変わっていった。
好戦的というか……弱みを握らせまいと必死に強気に見せている感じの威嚇、というか、何というか。
「あら、《妖怪》さんじゃない。こんな所で奇遇ね」
「やぁ、KoB副団長《閃光》さん。こんな所とは酷い。一応私の行き付けなんだけどなぁ」
「ふぅん?」
奇遇も何も、追っ掛けてきたんだろうに、と思わなくもないけど……それを指摘するのは面白くないので何も言わず、ただ含み笑いは止めて普通に笑いかけることにする。
誰かさんと長年付き合って、ようやく気付いた、私のとある癖だ。
────私は、特に心根が強い相手だと、幾ら嫌われても苦手になれない、らしい。
「シェフ到着」
「相も変わらずの仲の悪さだなお二人さん」
「こんばんわキリト君。お久しぶりですエギルさん」
ニヤニヤとする私の横を振り切るようにアスナが通り過ぎ、カウンターに居る二人へと近付いていく。
まぁ、私としては彼女個人は気に入っているし、そんなに邪険にするつもりもない。恋する少女は端から見ている分には面白いしね。
邪魔なのは、寧ろ血盟騎士団というクランそのもの、といった所だ。
店の入口から感じる視線に振り向けば、副団長の護衛二人が私をジッと睨んでいる。
長髪の方はアスナの方が気になるらしく、カウンターの方へもチラチラと視線を飛ばしているが、バンダナを巻いている方は今にも腰の剣を抜こうとしている。
私が何か行動を起こせば、躊躇なく私に斬り掛かるつもりなのだろう。それぐらいには殺意が感じられる。
とは言え、私から何かをするつもりもない。
私から言う事は一つだけだ。
「
「……ちっ」
基本的に私は、攻撃されたら攻撃し返すし、このゲームから排除するつもりなら排除し返す、というスタンスでやっている。
その際に、まぁ、結構な人数を殺すこともあり、攻略組からは基本的に恨まれている訳だ。
アスナは、まぁ、私が気に入っているという事もあり、彼女の前で本性────もとい、いつもの私を見せたことがないというのもあり、彼女自身とはまだそれほど険悪な関係にはなっていない。それでも話は絶対何処かで聴いているとは思うけど。
けれども、眼の前に居る二人はおそらく違うのだろう。
仲間を殺されたか、それとも私が躊躇なく人を殺す事に対する偽善心か何かか。
まぁ、別にどちらでもいいけど。
私の言葉に舌打ちをした方は、瞬時に武器を抜けるような体勢から自然体へと戻った────右手は剣の柄を握り締めたままだったけれど。
そして視線は相も変わらず、憎々しげに私を睨んでいた。
……うーん、少なくとも見覚えのない顔なんだけど。
そんな感じで、カウンターに居る三人には知られない冷戦もどきを繰り広げていた間に、若い少年少女達が何やら興奮した声でキャッキャと騒いでいるのが聴こえてくる。
「は・ん・ぶ・ん!!」
……その少年が持っている《ラグー・ラビットの肉》の、三倍の個数は私も持っている、と掻き回してあげても良いんだけどねぇ?
まぁ、後ろの人達がウザいってのもあるけど……ここは手出しせず、陰ながらに応援してあげよう。青春せよ少年少女達。
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1−7 悪神
書き方が変わっている? そりゃあ二年越しに書いたからな!()
商品棚によりかかりながらニヤニヤと少年少女を見ている私。
そしてそれをキツく睨み続けているバンダナを巻いた青年。
その青年と私を無視して、何やら黒の剣士を睨む細顔の男。
そんなことは我関せずとばかりに話し合う少年少女と、それを呆然と見守る巨漢の男性。
……何だこの混沌とした場は。
そう思いながらも、その光景をのんびりと楽しんでいるのだから、私も大概ロクでなしという奴だろう。
まぁ、その辺りについてはだいぶ昔に吹っ切った。既にどうでもいい。
「────今回だけ、食材に免じてわたしの部屋を提供してあげなくもないけど」
そうしている内に、視線の先で中々にとんでもなく、度胸のある言葉をサラリと言い切っている。
いやぁ、青春してるなー。
羨ましいとは思わんが、傍から見ているだけなら非常に面白いのが思春期の子供たちだな。ガキは嫌いだけど。
少女がそう宣言した時点で、少年が持っている《ラグー・ラビットの肉》の行方は決定してしまったらしく、キリトから振り返って私達の方へ向き直る副団長殿。
まぁ、私の顔が視界に入った途端、一瞬だけフリーズしたのは見逃してやろう。少し頬を赤らめたのが見れたからな。ふははは。
「……こほん。今日はここから直接《セルムブルグ》まで転移するから、護衛はもういいです。お疲れ様」
商品にダメージを与えない範囲で商品棚によりかかっている私を無視して、入り口を固めている護衛の二人にアスナはそう声をかけた。
途端にその護衛の二人は表情を改めた。どう見ても怒りの表情で、片方は恐らくアスナを通り越してキリトに対する不信感と怒り。
もう片方は多分私の目の前でそう言い切ってしまう、無防備すぎる副団長殿と、私への敵意の裏返しだろう。多分。
どうでもいけど。
「何をいきなり!? 《妖怪》の前でそんな事を言ってはなりません!!」
「そもそも、こんなスラムに足をお運びになるだけに留まらず、素性の知れぬ奴をご自宅に伴うなどと、とんでもない事です!」
おーおー、吠えなさる。
別に、あくまでも物理的な『不可侵』であって、私とKoBは互いに攻撃し合う、獲物を横取りする、間接的に相手を攻撃する指示を出すなどがアウトなだけであって、別に口撃や掲示板にアレコレ書かれたり悪評を立てられたりしようが、実害がなければ別にどうだって良い。
まぁ、そもそもあの子供の団長さんが半分以上勝手に決めた条約らしいし、そもそも私だって攻撃さえされなければ基本的な無害なつもりだし、団員を抑えるのが目的の条約なんだろうとは思う。
過去に何度か起きた条約破棄、──というか協定違反というか、──私がKoBの団員を殺害したのも、ほぼほぼ向こうから手を出してきたのが原因で、締結する前なら兎も角、こっちはキチンと守っている筈なんだけどねぇ。
バンダナの青年が持つ、私に対する敵意の強さを見る限り、多分『不可侵』が締結した後で身内がやられたんじゃないかな、と察することは出来るけれど……まぁ、彼の顔には一切見覚えがないので、どうしようもない。
例え覚えていても何もしないけどさ。
……さて、そんなどうでもいいことは置いといて。
KoBに対しては義理も友情もなく、ただ線引がされている状態だけれど、友人に対してはだけは特に私は寛容だ。寛容になっているつもりだ。
「私はエギルの店に用があるんでね。副団長殿が自宅まで逃げれるよう、私を監視していたらどうだい?」
「シナ……」
敵対する気ゼロなので、むしろ口添えしているというのに……。
何故か私を庇おうとしてアスナの隣まで来るのが黒の剣士、キリトくんである。
やれやれだわ。
いや、私は別にどうでもいいから、そっちの嫁(仮)の誘いに乗れよヘタレ。
そもそも、素性の知れぬ奴とか言われてるんだし、そっちに反応しなさいな。
そんな反応するからアスナとかから勝手に私がライバル認定されるんだからな?
……と、まぁ、色々と言いたい事はたくさんあったけど、面倒になってきたのでさっさとエギルの元へと向かって商談を始めるとしよう。
一応念の為、《インスタント・メッセージ》をキリト宛に、『楽しんでこい』と片手間で打って送っておく。
恋愛沙汰を引っ掻き回すつもりはないが、巻き込まれるならそれなりに対応しなければならない。それもその相手が二人共気に入ってる場合は、下手をすれば修羅場どころではなく地獄の直行便だ。
「馬に蹴られて死ぬつもりはない。けど、くっそめんどくさい……」
「……S級食材……」
「エギル……」
後ろで少年少女の話し声が聞こえてくるけど、とりあえず今は無視だ。
エギルが未だに諦めきれないのか、私をスルーしているけれど、まぁ、今はまだ良い。
今はエギルとの商談中────という体で、向こうの奴らからの注目を外しつつ、そしてなおかつ、エギルと実際に鑑定・換金を『開始してはいけない』のだから。
落ち込んでキリトをただぼんやりと眺める店主。
普段なら拳の一発でもくれてやろうかと思うのだけれど、上記の条件も含めて、今現在KoBも居て一挙一動に視線を感じるのだから性質が悪い。
マジで監視のつもりなんだろう。背後から感じる視線の主が誰かは確認してはないけれど、まず間違いなくバンダナの青年の方だろうとは思う。
あの警戒さ、殺意の感じ方から察するに、私がエギルに対してちょっかい、あるいは知り合いや友人に対するツッコミであっても、何か私が行動してしまえばそれを攻撃と見做し、『不可侵』を超えて、私に対して斬り掛かってくるであろう。
それぐらいの思い、圧を視線から感じる。
……電脳世界、VR越しとは言え、妖怪にそれを感じさせる程度の悪意を、よくもまぁ、たかだか条約一つで我慢できるな、と、逆の意味で感心する。
そんな彼の心について、軽く思いを馳せながら商品棚をぼんやりと眺めていると、視界の端で、ピコンとメッセージが届いたというランプが付く。
スイッとジェスチャーを行ってメッセージを開けば、中身はキリトからで『またな』と簡潔な一文が来ている。律儀な奴め。
後ろを振り返れば、いつの間にか店内にはバンダナの男のみとなっている。
本当に監視してるよこいつ。副団長殿が解散って言ったんだから、解散すりゃあ良いのに。
確かに、私を監視してればどうだ、なんて言ったのは事実だけどさ。
まぁ! 何はともあれ、これで邪魔者は居なくなった!
「エギル、いいからそろそろ私のアイテム換金してよ」
「おう……いやでもS級食材だぜ? 味見ぐらいさせてもらってもバチは当たらねえだろ?」
「見た目だけの阿漕な商売やめたらもっと運が向くんじゃない?」
「……何の話だ?」
「まぁ、そういうことにしておこうか。良いから早く鑑定よろしく。────あ〜、商売早くしてくれりゃあ、私から幸運を呼んであげよう」
「《妖怪》からの幸運って、そりゃあ呪いなんじゃねえか……?」
そうブツクサ言いながらもようやく再起動を果たしたエギルに対して、全アイテムウインドウを可視モードにしてそのままエギルへと渡した。
何十回もやっているやりとりだ。私が必要とするアイテムは基本的に装備しているものぐらいで、後は投擲用の武器ぐらいしかストックしない。
攻撃が当たらなければ回復する必要もない。そういう訳で回復アイテムも一つか二つ程度だ。
エギルはそれを見て、いつも何とも言えない表情を浮かべているのを知っているけれど、何か言ってきたのは初回ぐらいで、それ以降は特に物申された事は一度もない。
まぁ、今回は別のアイテムがあるせいで、そんなことは頭からすっぽ抜けているんだろうけれど。
「……ん? ………………んん? ……S級、食材……?」
「ねぇ、エギルさん。シェフ知らない?
キリトに隠れて、《ラグー・ラビットの肉》、三つ、豪勢に食っちゃおう?」
「シナぁ!! 誠心誠意な商売してて良かったぜ!!
お前が《妖怪》だなんて言われてるが俺はお前信じてたからな!!」
さっきと言っている事が正反対な気もするけれど、気分が良いので良しとしよう。
それからエギルと食事会の綿密な打ち合わせを行うということで、早々に雑貨店は店仕舞を行った。
私を監視してたKoBのバンダナを巻いた男はエギルにあっさりと追い払われていった。
何やら「騙されるな! そいつは《妖怪》だぞ!! 二人になった瞬間喰われてしまう!!」なんて台詞が聞こえてきたような気もした。
まぁ、それに対する返信が「悪いが多神教派でね。それに二人になったら殺されると言うが、それなら既に何百回と死んでるな」というのは若干笑えたものだったけど。
雑貨屋の二階にて、綿密な計画を練り────結果、シェフが居ないという結論に至ったため、後日キリト経由でアスナを呼び出そう、という話になった。
いや、生粋の職人エギルは兎も角として、食事をともに出来るレベルの友人が私は居ないんだ。
ビジネスの知人ならうんざりするぐらい居るんだけどさ……。
まぁ、また後日ということで、アイテムの鑑定と換金をしてもらい、ついでに《ラグー・ラビットの肉》はエギルに渡してその日まで保管してもらうことになった。
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