New Styles ~桜井夏穂と聖森学園の物語~ (Samical)
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夏穂と頼れる先輩たち
1 Start~始まり~


 この物語はフィクションです。実際の(ry。
 本作は基本、夏穂の主観であり、時折第三者や他の人物の主観が入ります。
 作品作りの初心者なので優しく見守ってください。
 また、パワポケ、パワプロキャラももちろん出てきますが、キャラ崩壊があるかも(できるだけ原作に従いますが)しれないのでご了承ください。

P.S. 携帯版で見にくい箇所、その他一部を修正しました


 春、それは始まりの季節。多くの人たちが新たな出会いをして、新たな舞台に立つ。

 私、桜井夏穂(さくらいなつほ)もその一人。私が入学する私立聖森学園高校は創設2年目の高校でまだ校舎も体育館もピカピカだ。私の実家からは少し離れていたため一人暮らしをすることになったが、それでも私はここに来たかったのだ。母さんも学生の内はやりたいことやりな、って送り出してくれたしね。

「・・・。それでは入学式を終わります。新一年生の皆さんはクラス毎に教室へ向かってください」

 ・・・あっ、入学式終わっちゃった。何一つ話聞いてなかったよ。ま、いっか!

 私は人の流れに乗って体育館を後にして教室に向かった。

 

   *     *     *     *     *     *

 

 クラス発表と簡単な自己紹介、担任の佐川先生の話が終わると、ホームルームは終了、今日は解散となる。さて、じゃ、今日のメインイベントだね!

 終わりの挨拶をするや否や、私は荷物をまとめて教室を飛び出した。目当てとする場所はただ一つ! ・・・だったんだけど。

「ねね、新入生ね! 料理に興味ない?」

「おお、かわいいね! 君! ぜひ、わが演劇部へ・・・」

「おい、何言ってんだ。こんなに活発そうな娘が文科系なんてもったいねえ! な、サッカー部のマネージャーとかどう?」

 って、恐ろしい勧誘の嵐! 教室から出たらいきなりこれはびっくりしたよ!

「ちょ、すいません! 私入る所はもう決めてて・・・」

「そんなこと言わずに!」「体験でもいいから!」「クッキーあるよ!」

 む、クッキーか・・・。いやいや、露骨に釣られてるって!

「とにかく・・・すいません!!」

 そういって私は大きな荷物を抱えながらも勧誘の嵐を突っ切ろうと走り出した。

 

   *     *     *     *     *     *

 

「はあ、疲れた・・・」

 なんとか新入生勧誘の嵐を突破した私は目当ての場所にたどり着いた。

 野球部グラウンドだ。なぜか新入生勧誘の群衆の中にはいなかったんだよね。だから、自分で来てみたんだけど・・・

「あら、あなた、新入生?」

「うわお、健太の言うとおりだったね」

 グラウンドの入り口から少し離れたところにに立っていたのは何人かの制服を着た生徒――おそらく新入生だろう――と黒いロングヘアをポニーテールにして、ユニフォームを着た先輩であろう女性と同じくユニフォームを着た優しそうな人が立っていた。

「ええ、はい新入生ですけど・・・。どうして勧誘してないんですか?」

 尋ねるとポニーテールの先輩の方が答えてくれた。

「健太・・・、あ、うちのキャプテンのことね。彼がね『ここの野球部に来たい奴ってのはだいたいがこの学校にわざわざ来るんだから勝手にここに来るから待ってりゃいいだろ』って勧誘はいらないって」

「ああ・・・、なるほど」

 随分と豪快な人なんだね、そのキャプテンの健太って人は。

 しばらく待ってると、ちらほらと入部希望らしき一年生がやってきて総勢12人ほどになった。ポニーテールの先輩は新入生を見渡してから言った。

「だいたい揃ったかな。まだ来るかもしれないけど話を始めよっか。じゃ、みんなグラウンドに入ってって」

 そう促され新入生一同はグラウンドに入っていくと、そこには練習途中であることがうかがえるグラウンドと11人ほどの選手がいた。つまり総勢13人ってことか。

「はいはい、みんな、いったん集まって。・・・うん。それでは改めて、新入生の皆さん、入学おめでとう。それから、ここにきてくれてありがとうね。勧誘も無しにこれだけ集まってもらえてうれしいわ! そうそう、自己紹介が遅れたわね。私は副キャプテンをやらせてもらってます、木寄久美(きよりくみ)、ポジションはキャッチャーよ。よろしくね!」

 キャッチャー! やっぱりこの人、マネージャーじゃなくて選手なんだ! 聖森学園高校野球部は共学の学校の野球部ではあるが、女子選手の入部を推進してるって聞いたけどほんとなんだね。数年前に恋々高校の早川あおい、って人がチームメートと協力して高野連のルール変更に成功した。それからは女子選手の数も増えたそうだ。

「じゃ、次は僕。御林達己(みばやしたつみ)です。ポジションはピッチャー。よろしく」

 御林さん、か。優しそうな人だな~。

「んじゃま、俺も挨拶しますか」

 そう言って出てきたのは精悍なよく焼けた顔と体の人だ。

「俺がキャプテンの岩井健太(いわいけんた)。ポジションはサードだ。さっきも言ってもらったけど、わざわざウチに来てくれたこと、感謝してるぜ。入るかどうかは別に今日決めるわけじゃねえだろーけど、入部するならよろしくな」

 この人がキャプテンの岩井さん・・・、いかにもって感じだね。

「じゃ、一年生。一人ずつ名前と希望ポジション、それから一言。お願いね。右にいる君から順番にどうぞ」

 そう木寄さんが言うと、新入生の列の右端の男子から自己紹介を始めた。

「はい! 初芝友也! 希望ポジションは外野です! 打撃には自信あります! よろしくお願いします!」

「村井綾です! 希望は・・・」

 新入生が次々と自己紹介をし、私に回ってきた。よーしっ!

「桜井夏穂です! 希望ポジションはピッチャー! バッティングもそこそこできます! よろしくお願いします!」

 なにかインパクトを入れたかったけど思いつかなかったな。ま、おいおいアピールして行こう。

 自己紹介も残り3人となったところでその一人が自己紹介を始めた。茶色がかった髪の優男風の男子だ。

「梅田風太(うめだふうた)って言います。ポジションはショート、足と守備がウリっす。よろしくお願いします!」

 その名前を聞いて新入生たちがざわめきだす。続いてその横の坊主頭の男子が自己紹介を始める。うわっ、でかい! 180後半はありそうなうえに岩井さんに負けないぐらいごっついし!

「竹原大(たけはらだい)、希望ポジションはファースト。長打力が武器です。よろしくお願いします」

 それを聞くと新入生のざわつきも大きくなる。どうしたんだろ? もしかしてすごいやつなのかな? その二人に続き、最後の一人が話し始めた。

 前二人に比べたら見た目は地味だ。身長こそ180あるかないかだけど線は細い黒髪の男子だ。

「松浪将知(まつなみまさとも)と言います。ポジションはキャッチャー、それから・・・」

 その松浪ってやつは一息おいて言った。

「ここの野球部で甲子園を目指したいと思います!」

 甲子園、堂々と口にした。他の新入生が騒いでる理由がわかんないな。横の・・・、えっと、あ、そうそう。杉浦君だ。彼に聞いてみよう。

「ね、あのさ。あの3人って何者なの?」

「え、お前知らないのかよ!? あの3人は去年のシニアリーグで全国ベスト4に入ったチーム、『夢尾井シニア』の主力、その中でもずば抜けた実力の持ち主だぜ!? 

特に松浪ってのは『夢尾井の知将』の異名を持つ名捕手なんだ」

「え、そんなすごいやつなの!?」

 マジか、そんなすごいやつらが・・・ってなんでそんなやつらがここに来てるのかな? そんなにすごいなら名門校からお誘いがあっただろうに。

 松浪の言葉を聞いて、岩井さんが豪快に笑った。

「あっはっは、おいおいマジかよ。大したビッグマウスが入ってきたもんだな。それに夢尾井シニアのやつが3人来るたぁ驚いたぜ」

 でもな、と岩井さんは一息置いて言った。

「いいか、中学の時どうだったとかはここじゃ関係ねえ。どれだけここで頑張るかだ。いいな? 全力でこの3年を戦って見せろ!」

「「「はいっ!!」」」

 こうして私、桜井夏穂の高校野球生活が幕開けたのだった。

 

    *    *    *    *    *    *

 

 入学してから数日は部活にはまだ参加できない。なんでも、先ずは学校生活に慣れろってことらしい。あーあ、じれったいなあ。

「じれったいなあ、って顔してるでやんすね」

「そうそう・・・って、うわっ!?」

 ビックリした! 机に突っ伏してて急に声かけられたと思ったら眼鏡かけた男子がいた。

「ええっと、君は・・・」

「同じクラスかつ、同じ野球部の矢部川昭典(やべかわあきのり)でやんすよ! 覚えておいてほしいでやんす!」

「あはは、ごめんごめん。次はちゃんと覚えとくよ。で、なんか用?」

「いや、特にないでやんすけど・・・。早く部活に出たいのはオイラも同じでやんすよ」

「そうだよねえ。ま、明後日からは行けるし。ああ~楽しみだなあ~」

 明後日には部活解禁である。そのことを思えば体がウズウズして仕方ないんだよね!

「にしても、桜井さんみたいな美少女と野球ができるのなんて超ラッキーでやんす!」

「ふふ、お世辞はやめなよ矢部川くん。それに私のことは夏穂でいいよ」

「じゃあ、私も夏穂、って呼ばせてもらおっかな!!」

「「うわっ(でやんす)!?」」

 急に会話に入ってきたのは薄い金髪のショートカットの小柄な女子だった。えっと、確かこの娘は・・・

「椿さん、だよね? セカンド希望の」

「お、夏穂! 覚えててくれたの! いや~嬉しいな~」

 彼女は椿姫華(つばきひめか)、野球部の一人でいかにも元気そう、っていうかやんちゃそうだし、新入生の中でも1番小さかったから覚えていた。

「ふむ、椿さんもなかなかの美少女でやんす! いやあ、野球部の女子メンバー、レベル高いでやんす!」

「む、ちょっと矢部川。アンタ、まさか女子目当てで入ってきたんじゃ・・・」

「誤解でやんす! オイラは生粋の野球人でやんす! ここに来たのは家から近いうえに設備が整っている野球部だったからでやんす。部員もまだ少ないしここでなら活躍できると思ってきたのでやんすよ!」

「なるほど、確かにここは設備は揃ってるね。でさも、矢部川くん、」

 ここに来た理由を必死に語る矢部川くんに私は言った。

「私、誰かにスタメンを譲る気ないから。覚悟しといてよね!」

「わ、私だって負けないしっ!」

「オイラだって負けないでやんすよ!」

 ふふっ、なんだかここのメンバーとなら、強くなれる気がしてきたよ。すると、授業開始を告げるチャイムが鳴った。

「あ、そろそろ授業だよ」

「そうみたいでやんすね」「わ、急いで戻らないと!」

 慌てて二人は席に戻っていった。

 

    *    *    *    *    *    *

 そしていよいよ、部活解禁日。真新しい練習用ユニフォームを着てグラウンドに新入生が集まっていた。いや~、にしても流石だね。女子選手を推進してるだけあって、ロッカールームも男女別でシャワーまで完備してあるんだもの。これだけの設備は高校にはそうそうないだろう。しばらくして新入生を前に木寄さんが話始める。

「新入生のみんな、改めてようこそ、聖森学園高校野球部へ! まあ、先ずは実力を確認させてもらいたいんだけど・・・」

 テストか、どうするんだろうね。ま、自主トレは欠かしてないしいつでも実力は見せる準備はあるけどね。すると、御林さんが言った

「では、今日はそれと歓迎を兼ねて・・・『新歓紅白戦』を行いま~す!」

「「「・・・えっ?」」」

 ・・・マジで。え、試合だって? いきなり?

 そんな新入生たちの戸惑いを余所に岩井さんも話を進める。

「ま、ケガしない程度に様子を見つつ全員が出られるようにそっちには監督に見てもらおうと思ってる。監督! 来てください! 」

 すると、ユニフォームを着た中年の男性、ユニフォーム越しでも分かる引き締まった体の人がやってきた。それにもう一人、若い女性もそれに続きやってきた。

「どうも、監督の榊原勝也だ。君たちの実力を確かめさせてもらう。やはり試合でしかわからんものもあるからな。主審はコーチ兼トレーナーの花﨑コーチにやってもらう」

「どうも、コーチ兼トレーナーの花﨑紗耶香(はなさきさやか)です。よろしく」

 うわあ、美人さんだなあ。年は大学生くらいだろうか? そんなことを考えていると監督が告げる。

「1年のオーダーは俺が決めておく。岩井はああ言ったが残念ながら今の判断基準は外見と実績しかないからな。だが、それだけじゃ分からない強さを見せてもらいたい。では、各自アップを開始してくると良い」

「「「はいっ!!」」」

 1年、2年共にアップをして(キャッチボールは姫華とだ)から再び集合した。

 監督はオーダーを発表、同時に2年のオーダーも教えてくれた。

 

  1年チーム オーダー

 1番 ショート 梅田風太

 2番 センター 矢部川昭典

 3番 キャッチャー 松浪将知

 4番 ファースト 竹原大

 5番 サード 田村信

 6番 レフト 初芝友也

 7番 ピッチャー 杉浦智也

 8番 ライト 元木久志

 9番 セカンド 椿姫華

 

  2年チーム オーダー

 1番 センター 小道拓斗

 2番 レフト  花川麻紀

 3番 ピッチャー 御林達己

 4番 サード 岩井健太

 5番 キャッチャー 木寄久美

 6番 ファースト 野村太一

 7番 ライト 大木太

 8番 セカンド 里田信二

 9番 ショート 山田美紀

 

 あっ、スタメンじゃなかった。うう、分かってたけど仕方ないな~。どうしても1年チームは男子が多い。1年チームのベンチには私とサード希望の田中くん、そして背の高い女子で外野希望の空川恵さんと村井さんだ。

「う~ん、残念だけどスタメンじゃなったね」

「うん、仕方ないよ。9人しか出られないし…」と、村井さん。

「ああ、ポジが被っちゃったからしかたないよ」と、田中くん。

「でも、出番はあるよ~、って監督さんも言ってたから大丈夫だよね~」と、空川さん。なんだかのんびりした娘だな。

 そうしてメンバーが発表されると間もなく試合は開始された。

 

    *    *    *    *    *    * 

 

 1回の表、先攻の2年チーム。ピッチャーは杉浦くん。相手は2年だが怖気付くことなく強気にストレートを投げ込み1,2番をファーストゴロ、ライトフライと打ち取った。打席には3番の御林さんが左打席に立った。キャッチャーの松浪くんは外角低めに構えた。杉浦くんも頷き、ストレートを投げ込んだ、が。

「よっと」

 いとも簡単にその球をレフトに弾き返し、出塁した。ここで右打席にはキャプテンで4番の岩井さんが立った。どっしりとした構え。ここからでも威圧感を感じる。松浪君のリードも慎重になった。外に1球ストレートを外し、次に要求したのは初めて投じたカーブだった。そのカーブは緩やかな軌道を描きキャッチャーミットに・・・収まることはなかった。

 カキ――ンッ!! と快音を響かせ打球はフェンスに直撃、スタートを早めに切っていた御林さんがホームに帰って来てあっさりと先制された。

「・・・初見のカーブをあそこまで・・・コースも悪くなかったのに」

「あれが岩井の強さだ。スイングスピードが速い分、ギリギリまでボールを見ることが出来る。そのうえ、体重を残して打つ技術もあるからな」

 監督が私の言葉に答えるように言った。あれが4番。あの人が味方ならどれだけ頼もしいだろうか。その後も木寄さんにも浮いたストレートを弾き返され結局初回で2点を失った。

 1回の裏、1年チームの攻撃だが夢尾井トリオの一人、梅田くんはセンターライナーに倒れ、続く矢部川くんはセーフティーを仕掛ける。

「オイラの俊足、見せてやるでやんす! 」

 そういって矢部川くんは快足を飛ばしたが・・・

「どらあっ!!」

 猛チャージを仕掛けていた岩井さんの流れるようなバント処理で惜しくもアウト。続くのは『知将』松浪くん。しかしストレートを数球ファールにした後、投じられたのはややストレートより遅い球速から沈みながら大きく横に滑る変化球。

(まさか、スラーブ!?)

 松浪くんのバットは空を切り空振り三振。1年チームの攻撃は3者凡退に終わった。

 私は松浪くんが防具を付けるのを手伝いにベンチを出た。

「いやあ、あれは簡単に打てなさそうだね」

 私が声を掛けると松浪くんは笑って言った。

「・・・ああ、やっぱこうでなくっちゃな野球ってのは。さて、こんどこそ杉浦には抑えてもらうぜ。手伝いサンキュな!」

 そういってグラウンドへ駆けて行った。三振したのにあんなに楽しそうだった。

「・・・変な奴」

 私は率直にそう思った。

 

    *    *     *     *     *    *

 

 試合は5回終わって6-0。2年チームとはいえやはり人数の関係もあるのか、スタメンの実力差を感じた。上位打線には悉く打たれるが、下位打線には打たれていない。

 杉浦くんもいい投手なんだろうがこの上位打線はなかなか凶悪だった。一方で打線はスラーブとそれと似たような軌道から縦に大きく割れるドロップカーブに苦しめられてきた。

 そして6回表には杉浦君は遂に下位打線にも連打を浴び始めた。疲労のせいかボールが全体的に浮き始めたし、初回ほどの球威もない。だが、杉浦くんは気合と根性を見せ、なんとか6回を乗り切った。

 しかし6回裏の姫華からの攻撃は3人で終わった。だが、あまり細かく見てられなかった。

 なぜなら・・・、7回からは私の出番。そのために投球練習をしていたのだから。

 相手は2番の花川さんから・・・。いきなりクリーンナップに回る。でも、相手がどうだろうと私が出来ることはただ一つ。全力で自分の実力を見せるだけだもんね!

 そう気合を入れていると松浪くんが話しかけてきた。

「おう、桜井だったか。ここから頼むぜ」

「ふふっ、いわれなくても頑張るつもりだよ!」

「へっ、そいつは頼もしいや。よっしゃ、行こうぜ!!」

 松浪くんと共にグラウンドへ走り出した。

 

 

 




 読んでくださった方、ありがとうございます。この作品は前々から考えていたものです。パワプロでも再現しようとしてみたりしてました。
 感想とかアドバイスとかあったらお願いします。
 つたない文章ですが、頑張って早めに、更新していきたいとおもってます。
 これからもよろしくお願いします!


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2 Debut~初陣~

 今回から第三者目線と松浪寄り、木寄さん寄り目線がありますので読みにくかったらご指摘お願いします。
 そして球速とかはパワプロの世界なんで・・・、まあ、現実離れしてるんですが、フィクションなんで(笑)。

 追伸 
 桜井夏穂の能力を訂正


松浪将知はワクワクしていた。マウンドに上がったのは桜井夏穂。投球練習で受けていた田中によれば、すげえぜ! とのこと。松浪は改めて夏穂を見据えた。

 身長は160と少し、手足はそれほどごつくもない。一見、普通の女子高生にしか見えない。そしてクラスの男子たちが噂していた通り、艶やかな薄桃色のセミロングの髪に、整った顔立ちのかなりの美少女である。

準備は万端らしく、投球練習も流し気味に終えた夏穂はにこやかにマウンドに立つ。それを見て松浪も笑みを浮かべる。

「(緊張してる気配がねえな。紅白戦とはいえ高校のデビュー戦。あそこまで楽しそうにしてるなんて、杉浦はカチカチだったぜ。)」

 松浪はそう思いながら、守備に就いた(田中がサードに、村井がレフトに、空川がライトに入った)メンバーに向け声を掛ける。

「7回! しまってくぞっ!!」

「「おおおっっ!!!」」

 松浪はマスクをかぶり、右打席に立つ花川を見る。

 ここまで2打数のノーヒット、送りバントが一つ。だが、凡退した打席も必ず5球は粘る、しぶとい打者である。

「(まずはストレート、どれほどのもんか見せてもらうぜ)」

 松浪のサインに夏穂は頷く。大きく振りかぶり、グラブを腰まで下ろすと同時に足を上げる。その足を前に踏み出しながら左手は前に、右手は後ろに引いて、踏み出した時には右手は頭の後ろまで持ち上げる。

 松浪は驚く。ここまで基本の投球フォームを忠実に再現した投手も珍しい。そして柔軟な右腕をしならせて、投じられたボールは寸分たがわず松浪の構えたミットに吸い込まれていき、バシッィィ!! と、小気味のいい音を立てた。

「ストライクッ!」

 審判を務める花崎が判定をコールする。

「(120キロぐらいでかつ、キレのある直球か、こいつはたしかにすげえな)」

 松浪はまたも驚く。基本に忠実なフォームといいこのノビ、キレともに優れたストレートといい、1年でこれなんだからこの先が楽しみでしかない。

 ストレートを続け、1ボール2ストライクとしたところで松浪はスライダーのサインを出す。夏穂は頷き、要求通りのコースへとボールを投じる。花川は打ちに行ったが、高速気味に曲がったスライダーはバットに当たることなくミットに吸い込まれた。

 

*    *    *    *    *    *    *

 

 よっし!! 先頭の花川さんを三振! 粘られたりしたら嫌だったけど、4球で打ち取れた。いやー、それにしても松浪くん投げやすいなあ。細かい捕手としての動作がピッチャーに投げやすい雰囲気を作ってくれる。

 続くは3番の御林さん、ここまで右に左に2安打、投手としてもすごいけど打者としてもすごいんだ。こういう選手、憧れるな~。

「っと、そんなことばっか言ってらんないね」

 松浪くんの出したサインに頷き、左打席に立った御林さんを見据え、投球動作に入る。幾千と繰り返してきた投球フォームから白球を投じる。要求はインローへのストレート。コントロールには自信があるんだよね! 投じたボールは狙い通りミットに一直線でストライク。御林さんは成程、といった様子で見送った。なんか不気味だな。次の要求はインローへのストレート・・・但し、さっきよりボール2個分内側。当たりそうなコース。

「随分無茶言うなあ・・・」

 コントロールに自信あるって言ってもそれは難しいでしょ。まあ、できるだけ狙うけど。そう考えながらそのコース目がけ投げ込む。投じられたボールは要求よりやや真ん中に入ったけど御林さんは打ちに来た。キイイン、と詰まった金属音を残しファールとなった。

「ナイスボール、要求通りだな」

 松浪くんはニヤリと笑いながらボールを投げてきた。・・・ひょっとして私がインコースギリギリに投げ切れないのを予想して厳しめに構えた? だとしたらなんて肝の据わった奴なんだろう。ほんと、変わった人だよ。思惑通りに追い込んだ松浪くんが3球目に要求してきたのは高めの吊り球、これも要求通り投げる。御林さんは悠然と見送り、これで1ボール2ストライク。ここまで余裕で見送られるのもやっぱり不気味だね。松浪くんは外いっぱいに構え、スライダーのサインを出す。

「(これで・・・決める!)」

 握りを変えて腕を振りぬく。スライダーは私が初めて覚えた変化球だ。いわば相棒のようなもの。ストレートと同じくらい自信がある! スピードも伴ったスライダーは狙い通りに外角に沈んでいった。

「簡単には、行かせないっ!」

 御林さんは体制を崩されながらも腕を目一杯伸ばしてバットを振りぬく。打球は私の右を抜けていく。まずいっ! 抜ける・・・!

「ヒットには、させねえっての!」

 センターに抜けるかと思われた当たりだったが梅田くんが飛びついた。ボールをショートバウンドでグラブに収めるとすぐさま立ち上がり1塁へ送球、流れるように捌いてアウトにして見せた。

「おお~、ナイッスショートッ!! 助かったよ!」

「へっ、これくらいどうってことねーよっ。ツーアウトな」

 そういって梅田くんは定位置に戻っていく。いやあ、無茶苦茶助かった。

「さて、ツーアウトで、岩井さんか」

 この人の前にランナーが出なくてよかった。ここは何も気にせず戦いたかったしね。改めて右打席に立った岩井さんは迫力満点、ここまで杉浦くんの変化球もストレートも捉えている。生半可なボールは簡単に打たれちゃうだろうな。松浪くんは少し考えるように間を置き、サインを出す。サインはインハイのストレート。マジか、ほんと、こっちの心情を考えてほしいんだけどな~。だが、松浪くんはバシバシとミットを叩き、

「(思い切って来い!)」

そう言わんばかりに構えてる。私も少し笑って頷き、投球動作に入る。投じた白球は構えたところよりボール1個分浮いた。待ってましたとばかりに岩井さんは振りに来たけどバットは空を切った。2年ベンチ側もざわめく。

「おいおい、岩井に頭からストレートって・・・」

「あの1年バッテリー、強気過ぎんだろ・・・」

・・・いや、強気なのは松浪くんだけなんです、はい。別に私はそこまで肝は据わってないんだけど・・・。まあ、そこに投げれてるなら一緒か。次の要求はアウトハイへのストレート。また高めにストレートって・・・、あー、もう、ヤケクソだっ! 私はサインに頷いて第2球を投じる。岩井さんはこれもフルスイング、ボールはバックネットに突き刺さりファール。もうタイミングが合ってるよ。どうするつもりなんだろ、松浪くん。ボールを返した後、マスクをかぶって熟考した後に松浪くんが要求したのはチェンジアップ。ここまで投げてないボール。一瞬、杉浦くんがカーブを打たれた時のことが頭をよぎったが、これに頷き、チェンジアップに握り替える。チェンジアップとはストレートと同じ腕の振りでボールを抜くことで打者のタイミングを外すボールだ。単体ではただの緩いボールだけど、ストレートとのコンビネーションは抜群のボールだ。絶対に高めへのコントロールミスは許されないけど構わず腕を振りぬく。ストレートと同じリリースから放たれたボールはしっかり減速し、岩井さんのタイミングを完全に外した・・・、

「っ・・・! このっ!」

はずだったんだけど。アウトコースやや低めへのチェンジアップをまたもしっかり体重を残してバットを振りぬかれ、打ち返されたボールはタイミングを外した分、三塁線の外へと抜けていった。今の当てちゃうんだ・・・。松浪くんも苦笑を浮かべながら次のサインを出した。おそらく、当てられることも想定してたんだろう。・・・なんだか、全部見透かされてる気がして怖くなってきた。サインに頷く。ま、今は岩井さんを抑えることだけ考える。

「(これで、決めてやる!!)」

 投じるボールは構えられたインローへのストレート、外のチェンジからのこれは空振りとまではいかずとも、打ち取れるはず・・・! 

「・・・あっ」

 失投、わずかな力みが私の武器である制球を乱してしまった。インローに決まるはずだったストレートは真ん中よりのインコースへと向かい、快音を残してスタンドへ消えていった。

 

*    *    *    *    *    *    *

 

 7回表を終え、8-0。岩井さんに失投をホームランにされた後、木寄さん、野村さん、大木さんと甘く入った球を捉えられもう1点追加された。岩井さんに打たれてからというものの動揺してしまったのか、思うように投げられなかった。監督から点差次第でこの回でコールドとのことが伝えられた。

「ごめん、松浪くん。サイン通り投げてれば・・・」

 この内容ではキャッチャーもリードのしようがなかっただろう。粋がって行ったくせに1回2失点、情けないことこの上ない・・・。

「おいおい、何泣きそうな顔してんだよ。」

 松浪くんが声を掛けてきた。

「泣きそうって、そんなこと・・・」

「投球練習の時みたいに楽しそうに笑ってろよ、その方がお前は見た目も、ピッチングも輝いてると思うぜ」

「楽しそうに・・・?」

「そーだよ。ピッチャーはポーカーフェイスな奴と感情を出してく奴がいる。俺はどっちもそれぞれ良さがある。お前は後者・・・、特に打ち取った時に見せた笑顔みりゃ、味方は盛り上がると思う。」

 ベンチにマネージャーさん(2年生が2人いて1人がこっちのベンチにいてくれている)が用意してくれていたタオルを私に手渡しながら松浪くんは続ける。

「でも、そういうやつが落ち込んだらチームにその負の感情が伝わっちまう。そいつはよくないことだ。」

 松浪くんは打席へ向かう準備を整えてから言った。

「だから、試合が終わるまで勝利の女神でいてくれよ。笑顔でさ」

 ニヤリとまた笑って松浪くんは打席に向かっていく。

 言いたいこと言って行っちゃって。でも、松浪くんの言うことは間違ってない。それは、試合を諦めちゃいけないってことと同義だ。私はベンチから身を乗り出し叫ぶ。

「さあ先頭! 絶対、出塁してよっ!」

 その声に合わせて他の1年たちも声を上げる。

「そーだぞ、松浪! 俺の負け、消してくれえ!」

「わ、私まで回してくださーい!」

「将知ー! 行けー!」

 田中くん、村井さん、梅田くんらはそれぞれ松浪くんに歓声を飛ばす。そんな声援を受け松浪くんは右打席に立った。

 

*    *    *    *    *    *

 松浪は本日3度目の打席に立つ。ここまで三振とサードゴロ。

「(そろそろ打たねーと、杉浦と桜井の投手陣がかわいそうだ。この点数もあいつらなりに先輩たちに向かってった結果だし、俺にも責任はある)」

 だから、と松浪は考えながら打席に立つ。

「(ここで打たなきゃ、女房役なんて名乗れねえ!)」

 御林が投じたカウント稼ぎのドロップカーブを松浪は豪快にすくい上げる。そのスイングに木寄は驚愕した。

「(え、ちょっと、これを打つの!?)」

 木寄にとって、松浪がさっきの打席まで掠りもしてなかったドロップカーブを狙ってくるなんて予想外だった。しかもキッチリとレフト前に打ち返すとは。一塁でベンチに向けて拳を突き出し笑顔を見せる松浪を見て木寄は考える。

「(・・・今までが演技とは考えられない。だとしたら、ベンチでさっきまでの軌道を元に何度もシミュレートしたか、意地と執念で打ち返したか・・・。どちらにせよアイツの打撃センスは只者じゃない)」

 木寄は野手陣と御林に声を掛け、マスクを被り直した。

「(アイツはきっと正捕手の座を脅かす存在だろうな。アイツには非凡な、それどころか天才的な素質がある。そんな男に凡人の私がまともにやりあって勝てる確率は、まあ、低いでしょうね。だけど・・・)」

 木寄は右打席に竹原を迎え、サインを出す。

「(私は負けない。私にはアイツには負けない経験とプライドがある! 男子か女子かも関係ない! )」

 キャッチャーはセンスだけでは勤まらない。木寄の持論である。天才、と言われる選手がピッチャー、内野手、外野手で成功することはよくあることだ。でもキャッチャーはセンスだけじゃ勤まらない。もちろんあるに越したことはないだろうが、それはバッティングの話だ。キャッチャーにしかできない仕事・・・投手をリードすること。確かにこれもセンスは必要かもしれない。でも、直感とか観察眼とか配球とか・・・そういったものはセンスだけでできるものじゃない。自分で考えた配球で抑え、打たれ、反省し、また抑えて、投手との相性を考えて、これだけのことを何度も繰り返してキャッチャーは成長するのだと。

「(私は負けない、知将かなんだか知らないけど絶対に正捕手の座は譲らないんだから!)」

 木寄はサインに頷いた御林を見据えミットを構えた。

 

*    *    *    *    *    *    *

 

「よっしゃ! 先頭出たぞ!」「続け続け~!」

 松浪くんのヒットにベンチは盛り上がる。続くは同じく“夢尾井トリオ”の一人、竹原くん。しかし、ここまでノーヒット、内容も三振が2つ。

 竹原くんは静かに打席に立つ。にしても、流石松浪くん。ここまで打ててなかったドロップカーブに絞って打つなんて、合ってない球を狙い打つなんてのは簡単なことじゃないんだけどね。

 御林さん、木寄さんバッテリーが竹原くんに対し投じたのは外から入ってくるスラーブ。これを竹原くんはバットを動かすことなく見逃す。

「・・・さっきも、あまり手を出してないっていうか、今日竹原くんってほとんどバット振ってないんじゃ・・・」

 ここまで竹原くんは1打席目の3球目のファールと2打席目の5球目の空振りの2回だけしかスイングしていない・・・。

「大は打つさ、きっとな」

 そう声を掛けてきたのは梅田くんだった。

「大はな、そんなに振り回すバッターじゃないんだよ」

 続く2球目の低めへのドロップカーブも見逃し2ストライクとなった。3球目の高めへの吊り球にも動きを見せない。・・・ちょっと待って、竹原くんは一体どの球を待ってるっていうの!?

「竹原くん、真っ直ぐにもスラーブにもドロップカーブにもほとんど動じない・・・」

「ああ、何待ってんのか分かんないだろ? それがあいつの凄さだよ。なんて言えばいいのかな・・・」

 御林さんが投じたのは真ん中やや低めから右打者の膝元へと滑るように曲がるスラーブ、できたら三振、打ち損ねればゲッツーを打たせようという魂胆だろう。

「竹原はさ、言うなれば“打者版のポーカーフェイス”ってやつ?」

 その瞬間、竹原くんが動く。膝元へ食い込もうとするスラーブを捉え、快音を響かせる。打球は左中間を真っ二つに割り竹原くんは悠々2塁へ松浪くんも本塁生還、遂に1年チームが1点取り返した。

「ッシャー! ナイバッチー!」「すごい! あんなコース打っちゃうんだ!」

 1年ベンチがさらに活気づくが、続く田中くんはスラーブをバットに当てるのが精いっぱい、だけど右へ転がし、セカンドゴロで1死3塁となった。

「よーしっ! 一発、打ってやるんだから!」

「ははっ、多分お前じゃ無理だよ!」

 そう言ってきたのは松浪くんだった。ってそれどういう意味さ!

「ふふん、馬鹿にしないで。私、バッティングにも自信あるもん! 竹原くん返して1点取ってやるんだから!」

「おお、そうかい。じゃあ、期待せず見ておくぜ」

「見てなさいよー!!」

 くっそー、ヒット打ったからって調子乗っちゃって~! 私の華麗なバッティングを見せてやるんだから!

 

「ストライクッ! バッターアウト!」

 ・・・はい、大口叩いてすみません。打てると思ってた時期が私にもありました。

 いやあ、中学のピッチャーとは桁が違うね! ボールのキレがえげつないもん! そりゃあ、打てないよ、うん。

 あっさり3球三振して帰ってきた私に松浪くんが言ってきた。

「思ってたより、いいスイングだったな」

「でしょでしょ? バッティングには自信あるって言ったでしょ?」

「ま、当たんなきゃ意味ねーけどな!」

「う、うるさいっ! ひ、久々に打席に立って感覚が鈍ってただけだしっ!」

「はいはい。あ、ほら、バッター空川だぜ」

 ぐぬぬ、私で遊んでくれちゃって・・・、今度絶対見返してやるんだから!

 

*     *     *     *     *     *

 

 さて、左打席には守備から入っている空川さん。170はあるだろう上背で黒色のロングヘアーの女子選手だ。スイングも力強いな。2アウトでランナーは3塁。あと1点とればとりあえずコールドは免れる。それを願って私は松浪くんとキャッチボールを始める。

 御林さんは空川さんに対し、立て続けにストレートでインコースを攻めた。これでカウントは1-1。続く3球目もインコースへとドロップカーブを決め、空川さんは追い込まれた。

「厳しい内角攻め・・・」

「あのバッテリーも1点取られたとこで先輩の意地を見せてきたって感じだな」

 そして、御林さんが4球目に投じたのはアウトローへのストレート。左対左でスリークオーターの御林さんが投じたそのボールは左打者の空川さんには凄く遠くに見えるし、ここまでの執拗な内角攻めでより遠く見えるはずだ。

 だがここで予想を上回ったのは空川さんだった。

「そのコースなら~、届くっ!!」

 ここまでの内角攻めが無かったかのように、空川さんは思いっきり外へ踏み込み来た球を叩く。さらに強引に引っ張った打球は二遊間を抜き、センターへ!

「回れえぇ!! 竹原ぁ!!」「帰ってきてー!!」

 ベンチからの声と同時にインパクトゴー(バットに当たった瞬間にスタートすること)で動いていた竹原くんはホームへ突っ込む! これでコールドは無くなる・・・、

「甘く見んじゃねーよ!! オラァ!!」

 その雄たけびと共にセンターからホームへと小道さんから凄まじい送球が帰ってきた! そのボールはホームに突入した竹原くんとの間にドンピシャで届き、審判の花﨑さんが手を上げた。

「アウトッ! ゲームセットッ!」

 本塁捕殺と同時に試合終了が宣告された。こうして私たちは先輩たちの実力を見せつけられ、紅白戦に完敗したのだった。

 

 1,2年生 新入生歓迎紅白戦

2年 202 200 2 8

1年 000 000 1 1

 




 はい、やっと紅白戦終了です。試合描写って難しいですね・・・。文章にするのがここまで大変だとは・・・!
 では今回から簡単な人物紹介をしたいと思います。もちろん第1回は主人公、桜井夏穂ともう一人の主人公の松浪将知ですっ! また、能力は学年で随時変わりますのでその度に紹介します。

 桜井夏穂 (1年) 右/右

 聖森学園高校野球部で野球をやりたくてやってきた少女。薄桃色のセミロングに整った顔立ちの美少女で早くも1年生の中で注目の的に。男女分け隔てなく接し、誰とでも仲良くなる才能があるので勘違いする男子は後を絶たず、女子からも人気が高い。
 野球面では柔軟な体と基本を徹底したフォームから繰り出すストレート、スライダーが武器で、打撃センスも光る。

 球速  スタ コン 
124km/h F  C  
 ⇒Hスライダー 3
 ⇓チェンジアップ2
  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
  2 E F E E E D  投E 外野G
 ノビ○ ピンチ○ 打たれ強さ× 闘志 一発 軽い球 速球中心 
 初球○ ムード○ 三振 積極打法 積極守備


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 松浪将知 (1年)  右/右

 中学時代に全国大会に行った経験を持つ少年。夢尾井シニアの不動の正捕手。大胆不敵なリードと投手の投げやすいペース作りに定評がある。バッティングは中の上かそこらだが、チャンス、特に投手の勝ち負けがかかる場面では驚異の集中力を見せる。
 ルックスもよく、成績も良いのだが、やや変人っぽいのとたまに毒舌を披露することで損している。だが、憎めない人物である。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
  3 E D E D D D  捕D
 チャンス○ 送球◎ キャッチャー○ 逆境○ 盗塁△ 

【挿絵表示】


 以上です。まだ2人とも1年なんで弱いですけど当然成長します!
 感想もよろしくお願いします! 次回も早めの更新したいです!


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3 Trigger~きっかけ~ 

 ちょっと遅くなりました。いや、いろいろ忙しくてですね・・・。あと、構想は練れているのにそれを書き起こす力が無いっていう・・・。
 さてさて、ようやく3話。今回は会話多めです。夏穂にも課題は山積みなんですよね・・・。
 追伸
梅田風太の顔を追加


「では今日はここまでだ。自主練するのは自由だが、21時までには完全に引き上げるように。以上、解散!」

「「「はいっ! ありがとうございます!!」」」

 監督の話が終わると練習は解散となる。授業は16時までには終わり、16時半から練習開始となり19時半には全体練習終了、そこからは自主練するも、休息を取るも自由となっている。それが聖森学園高校野球部の日常だ。紅白戦をやってから2週間が経ち、私達1年は練習にも少しずつ慣れてきた。

「夏穂ちゃ~ん! これから一緒に帰ろ~」

「あ、うん。いいよ。今日は帰ろうと思ってたとこ」

 一緒に帰る誘いをしてきたのは空川さん・・・改め恵だった。今日は金曜日で明日、明後日は週末練でハードだから今日は追い込まないつもりだったんだよね。

「あ! 私も! 私も帰るからちょっと待って!」

 すると、姫華も慌ててやってきた。この2週間で仲良くなった2人とは下の名前で呼び合ってる。元々私は親しい同級生とか下級生、クラスメートとかは下の名前で呼ぶことが多い。かといって苗字で呼ぶから仲が悪い訳でもないけどね。もしくはあだ名を使うこともあるけど。

「姫華~、先に更衣室行ってるからそんな急がなくてもいいよ!」

「分かった! でも、一応急ぐね!」

 姫華はそういうとパタパタと片づけを始めた。一足先に更衣室へ向かった私と恵は部屋に入るなり着替えを始めた。

「いや~、今日もきつかったね~。週末練がまだあると思うと大変だよ~」

「まだ大丈夫な方だよ。ここは女子選手にとって良い設備は揃ってるからね。普通、女子用の野球部用更衣室とかないよ。シャワーもあるしさ」

「推奨してるだけあるよね~」

 そういうと恵はシャワーを浴びようと練習着を脱いでいくのだが・・・

「(じーっ)」

「? 夏穂ちゃんどしたの?」

「い、いや、なんでもないよ! わ、私もシャワー浴びよっと!」

 私もシャワーを浴びようと服を脱いでいく。・・・恵ってば、スタイル良すぎでしょ・・・。まあ、身長相応というかなんというかだけどさ。なんか同じ女性として自信無くすよ・・・。

 シャワーを浴び終え、制服に着替えて待っているとしばらくして姫華が戻ってきた。

「ごめん! 今すぐ着替えるから!」

 そう言って姫華は練習着を脱ぐとすぐに制服を着ようと・・・って、

「シャワーぐらいは浴びなさい!」

「ええ! いや、でも早く帰りたいし、待たせちゃ悪いし・・・」

「それくらい待つから! 女の子なんだから身だしなみにも気を配んなきゃダメだよ!」

「う、うん。分かった」

 そういうと姫華もシャワーを浴びに行った。まったく、姫華も少しは身だしなみに気を使わなきゃダメなのにね。そして、すぐさま上がってきた姫華は制服を着こみ、

「ごめんね、お待たせ! さあ、行こ・・・」

「ちょっと~、姫華ちゃん! 髪も乾かさなきゃダメだよ~。ほら、私がついでにブラッシングしたげるから~」

「え、や、ちょ、恵! 力強い! 強いって」

 今度は恵に捕まった。恵って意外とそういうとこ気にするんだね。ほんわかしてるようで何かとしっかりしてるんだよね。野球のプレイスタイルは結構豪快なんだけど。

 半面、何かとやんちゃで元気っ子な姫華だけどプレイスタイルは足の速さで相手をかき回しこそするけど、基本はバントとか守備とかが武器の堅実な選手なんだよね。

 そうこうしてる内に結局時間は8時半に迫っていた。

 

*    *    *    *    *    *    *

 

 気づけばもう5月の中旬、私達はいつものように練習を終え、全員が集合。監督がいつも通り締めの話を始めた。

「今日も無事練習を終えたな。今日は大事な話がある。・・・夏の大会についてだ」

 夏の大会、当然高校球児の誰もが目指す最大の大会だ。予選を勝ち抜き、甲子園を目指す戦いは日本の夏の風物詩ともいえるだろう。・・・にしても何の話なんだろう? 監督は続けた。

「前回の紅白戦やここの所の練習の様子を見て、花﨑コーチと共に相談して決めたことだが・・・。今回の夏の県大会は棄権しようと思う」

「ええ!」「棄権!?」「どうして!? ・・・ですか!?」「なんでなんすか?」

 部員たちがざわめく。そうなることは想定済みだったのだろう監督は話を続ける。

「今のウチの実力では夏の大会を戦い抜くのは厳しいだろう。経験することも大事だろうが、今の間は基礎も重要だと考えている」

「照準を今年の秋に合わせるってことよ。夏の大会直後の夏休みの冒頭の時期を利用して合宿を行うことも考えているわ。それに1年生はまだ体が出来上がっていないし、秋になれば他校と同じ条件・・・、今の2年生が最高学年という条件で戦えるしね。去年、1年生だけで大会に出た結果、分かったのは体力不足とシンプルな実力不足。夏には無理でも秋ならば長期スパンの調整ができる・・・、というのが私と監督、それに岩井くんと木寄さんで相談した結果なの」

 監督の言葉に花﨑コーチが長い補足を加えた。

「そのためこれからの練習はしばらく体力作りが中心となる。実戦が0になる訳では無いが、本格的な実践中心の練習は7月末から合宿ぐらいからだと思っていてくれ。俺たちの判断で甲子園に行くチャンスをみすみす捨てているように見えるかもしれんが、どうか理解してほしい。残されたチャンスで甲子園に行くためにも」

 そう言って監督はなんと頭を下げた。それに合わせ花﨑コーチも頭を下げる。監督コーチにここまでされて文句を言うやつはいないだろう。それに全て私たちのことを考えてのことだし、みんな分かっているのだろう。

「「「はいっ! ありがとうございます!!」」」

 選手一同も礼をしたのだった。

 

*     *     *     *     *     *     *

 

「よおし! 次、真っ直ぐ! 右バッターのアウトローねっ!」

「あいよっ、さあ腕振って来い!」

 6月に入った日、今日はブルペンでの投球練習、なんだか調子が良い気がするよ! ストレートも走ってるし、変化球もキレてる。いつもの投球動作から腕を全力で振るう。投じられたボールは真っ直ぐにミットに吸い込まれていき、スパーンッ! と心地いい音を立てた。

「ナイスボール!!」

「よっしっ!」

 いやあ、いい球投げると気分がいいからついつい顔がゆるんじゃう。

「うわあ、あの笑顔、たまんねーな!」

「あ、ああ! ずっと見てられるよな!」

 ブルペンを遠くから眺めてた男子生徒たちが何か言ってるんだけど遠くて聞こえない。もしかして野球が好きなのかな? 

「桜井、ちょっと話があるんだがいいか?」

 松浪くんが一度マスクを取って聞いてきた。

「話って? ピッチングのこと?」

「ああ、結構重大な話だと思うけど・・・」

 松浪くんはマウンドの方へと歩み寄って来て本題を告げた。

「お前、フォーム改造してみようって気はないか?」

「フォ、フォーム改造!?」

「ああ、お前のフォームは確かに綺麗だ。正直、これほどまでに完成されたお手本のようなピッチングフォームは見たことねえ。」

 こ、ここまで褒められるとなんだか照れるね。でも・・・、

「そこまで褒めてくれてるのに、どうしてフォーム改造を勧めるの?」

「お手本通り、といえば聞こえがいいけど、つまりはカタログスペック通りの実力しか出せないってことだ。体格に恵まれた奴ならこのフォームで戦い抜けるだろうけど・・・」

「・・・私じゃできない、と」

「ぶっちゃければそうだ。特にお前は身長も平均ぐらいだし、手足も華奢だ。カタログスペック通りじゃ、他には敵わねえ」

「それは、そうだけど・・・」

身体的に男子には敵わないってことは良く分かってる。どうあがいたって男女の筋肉量や体格の差を埋めることは並大抵の話じゃない。それでも、私は今のフォームをあまり変えたくない。

「でも、私はサイドとかアンダーになるつもりはない。あくまでも今の投げ方にこだわりたいんだ!」

「そう言うと思ってたよ。だから、根本は変えない。」

「・・・え?」

「俺だって、お前のあの綺麗なスピンのかかったストレートを無くしたはない。だからリリースはそのままに腕の使い方と全身の使い方を変えるんだ」

「リリースをそのままに?」

「そう、リリースの瞬間の手の角度はできるだけ変えずに腕の持ってき方を変えるんだ。お前は体がすごく柔らかいから相手打者から出所を見にくくできると思う。今よりも腕をしならせてボールにより力を伝える」

「じゃあ、全身の使い方は?」

「軸足に乗せた体重をできるだけ前にぶつけるんだ。極端な話、前に向かって飛ぶくらいの勢いでな。この体重移動とリリースのタイミングがかみ合えばおそらくお前のストレートにより磨きがかかる」

「なるほど・・・」

 一体松浪くんはいつの間にそれだけのことをシミュレーションしていたのだろう? あくまでこの理論は体が柔らかく、体重や力の劣る投手のためのもの。つまり、ほぼ私のための理論とでも言えるものだ。それに今よりも質の高いストレートを投げられるというのは魅力的な話だ。

「もちろん、いいことばかりじゃねえ。一番に心配なのはコントロールの低下だ。もしもリリースと体重移動のタイミングが合わなかったら力は伝わらない上に制球も難しいという欠陥だらけのストレートになってしまうし、今のフォームを失ってしまうことになる」

「今のフォームを失う・・・」

「容易に後戻りできないんだ・・・、お前にはその覚悟があるか?」

「私は・・・」

「随分と大掛かりな話をしているのね」

突然声のした方をするとそこには木寄さんがいた。

「松浪くん、フォーム改造とは思い切った提案ね。・・・でも、それは桜井さんの選手生命を左右することになるのよ? 」

 木寄さんがいつになく真剣な顔で松浪くんに尋ねる。

「・・・はい、十分わかっています。その上で俺はフォーム改造を勧めました。桜井には素質があります。チームの“エース”となる素質が。それにこの1カ月半の練習で桜井が今のレベルで終わる選手じゃないと思います。俺はこいつの努力を信じたいです」

 松浪くんはそう言い切った。それって、本人いる前で言っちゃっていいのかな? それにそれだけで私を信じてくれるんだ。私の実力をここまで認めてくれた人がいただろうか?

「・・・じゃあ、桜井さんはどうしたいの? 当然、決定権はあなたにあるわ。あなたがあなた自身のことを決断するの」

 木寄さんは私の方に向き直り尋ねた。

「私は・・・」

今を捨てて高みを目指すのか、今のフォームを磨くのか・・・。私はしばし考えて、決めた。

「やります。フォーム改造!」

「・・・本気なのね? 後戻りは簡単じゃないわよ?」

「はい、確かに怖くないと言えば嘘になります」

 でも、と私は一呼吸おいて続けた。

「松浪くんが信じてくれる。そう言ってくれたんで、私も松浪くんを信じます。私の投手としての運命を」

「俺が言うのもなんだけど、本当にいいのか?」

「ピッチャーがキャッチャーを信じれなかったら何に従って投げるのさ! 私は松浪くんを・・・トモを信じようと思う!」

「・・・トモ?」

「そう、梅田くんたちがそう呼んでたからさ。私もそう呼ぼうと思って! あ、私のことも夏穂って呼んでよね!」

「・・・ああ、わかったよ、夏穂。これからがんばろうぜ!」

「オッケー!!」

 私は松浪くん・・・トモとがっちりと握手をした

「ピッチャーがキャッチャーを信じる・・・ね、逆もまた然りってことかしら。じゃあ、私も夏穂って呼ぼうかな?」

「木寄さんもですか!? わあ、なんか嬉しいなあ!」

 先輩にまで名前で呼んでもらえるとかなんかテンション上がるね!

「まあ、わたしもできることは協力させてちょうだい。私も自分なりに理論は持ってるから少しは約に立てると思うしね」

「はい! 是非お願いします!」

 こうして私のフォーム改造が始まったのだった。全ては秋以降の戦いで今よりさらに上のピッチングをするために・・・!

 

*    *    *    *    *    *    *

 

 雨が続いて地道なトレーニング中心の雨練をやり通し、気が付けば天気予報も梅雨明け宣言を発表して7月を迎えた。この時期になれば全国各地で甲子園を目指す戦いが繰り広げられていった。早々に大会を棄権することを決めていた聖森学園高校野球部は秋季大会に照準を合わせ、練習に取り組んでいた。

「よしっ! センター! ラスト一本!」

「お願いしますでやんすっ!」

 カーン! と金属音が響き、監督が放った鋭い打球がセンター前へと飛ぶ。センターに着く矢部川くんはワンバウンドで捕球すると流れるようにダイレクトでホームへ返球する。ワンバウンドでその送球はキャッチャーの木寄さんのミットへと吸い込まれた。

「矢部川、ナイスボール!」「肩意外と強いんだ~」「うっしゃーでやんすっ!」

 各々の反応をして外野ノックは終了、内野ノックに移った。監督によってテンポよく放たれるノックは内野手陣の動きをもよくしていた。

「・・・やっぱり岩井さんと梅田くんの守備力は抜きんでてるな・・・」

 私は率直に感じたことを口にした。岩井さんはやはり攻守においてこのチームの柱だと実感する。そして梅田くん、広い守備範囲と魅せる守備は1年生ながら内野手でもっとも目立っている。流石は“夢尾井トリオ”といったところだね。次点では2年生のショートの山田さんとセカンドの姫華の女子選手たち。山田さんは送球こそ不安が残るけど守備範囲も広く、梅田くんより安定感を感じる守備だ。姫華も守備範囲は広い。だけど、その分エラーも多いというのがやや残念なところだった。それでもエラーしても恐れず打球に向かってく姿勢は他の誰も持ち合わせていない積極性は流石だと思う。この前の紅白戦のメンバーがおそらく2年生のベストメンバー。はたして秋の大会では何人が入れ替わるのだろうか、2年生が意地を見せるのだろうか・・・。もっとも、私はそれどころじゃないんだけれどね。フォーム改造に取り組み始めて1カ月。未だに投球は安定しない。制球に苦戦しているのが最大の要因だ。まだストレートの質が上がっていることが救いなんだけどね・・・。

「おい夏穂、フォームチェックするだろ?」

「あ、うん。当然だよ」

そういって私たちはブルペンへ向かう。ひょっとすると秋には間に合わないかもしれない。でも、焦ったって仕方ない。そう自分に言い聞かせる。じゃなきゃ今すぐにでも以前のフォームに戻そうとしてしまうから・・・。

「それに・・・、このくらいの我慢。いつだってしてきたじゃないか・・・」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いや、なんでもないよ。・・・絶対にこのフォームをモノにするんだから!」

「おう、そうだな! その意気だ!」

 思わず口に出してしまったけど、私は信じる。乗り越える壁が大きいほど、得られる成果も大きいってことを。

 




 少し夏穂の本心が見え隠れする今作となりました。ちなみに夏穂もスタイルは十分いいんですよ! 恵がすごすぎるだけで・・・。
 読んでくれている人は少ないかもですができるだけ早い次話投稿を目指したいです! あと感想もお願いしますね!
 さて、今回のおまけの選手能力紹介今回は矢部川と梅田の紹介です!


  矢部川昭典 (1年) 右/右

 家が近いのと女子選手が多いという噂にひかれて入部した牛乳瓶の底のような眼鏡が特徴の選手。某あの人と名前も顔もそっくりである。普段こそお調子者で女の子に目が無いのだが、選手としてはなかなか優秀であり特に足と守備には定評がある。なぜか左投手が苦手。どんな人にも憎めない奴だと感じさせてなんだかんだで仲良くなれるのは一種の才能かもしれない。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
  2 F E C D D E  外D
 内野安打○ 盗塁○ 走塁○ バント○ 対左投手△ チャンス△ 調子極端 積極盗塁


  梅田風太 (1年) 右/左

 ”夢尾井トリオ”の一人で松浪と共にある目的をもってやってきた。くすんだ金髪に優男風の雰囲気をした男。一見チャラく見えるが野球に対する熱意は本物であり、とくにその守備範囲と華麗な守備はかなりのもので複数のポジションも高いレベルでこなせる。打撃はそこそこだが走塁技術は矢部川にも引けを取らない。松浪と竹原とは親友同士であり、互いにトモ、風太、大と呼び合う仲。松浪が飛ばす毒舌に苦労させられている被害者の一人。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
  2 E E C E C D  遊C 二D 三D
 走塁○ 盗塁○ 守備職人 ミート多用 積極守備 積極走塁 慎重打法

【挿絵表示】


 似たタイプの2人ですよね。この2人もどう成長するのか注目です!


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4 Encounter ~出会い~

 すいません、遅くなりました。
 最初は週一で行くつもりだったんですが・・・。
 ともかく第4話です。新キャラに加え、遂にパワプロ本家からもキャラが登場します。時系列とかは独自のものとなっているのであしからず・・・。


「・・・桜井さん達と・・・。くっそー、うらやましいぞ!」

「そうだぜ! おれらも行きてー!」

「フフフ、うらやましいでやんしょ?」

 あれ、矢部川くんとクラスの男の子が話してるけど私の名前が出てきた。何の話してるか気になるじゃんか。

「おーい、お三方ー。何の話? 私の名前が聞こえて気になっちゃってさ」

「あれ、夏穂ちゃんは聞いてないでやんすか? 合宿でやんすよ!」

 合宿のことか、そういえば8月の真ん中くらいにあるんだっけ。

「ねえねえ、それって桜井さんたちも行くの?」

「そりゃあ野球部全員参加だしね、みんな行くと思うよ」

「しかも、海辺の合宿所だって話でやんす! 超絶楽しみでやんす!」

「へえ、何が?」

「そりゃあ、海といえば海水浴! 女子のみんなのまぶしい水着姿が・・・って、やんすっ!?」

ガシッ、っと矢部川くんの頭が拳で挟まれた。誰かと思えばいつの間にかトモが立っていた。・・・トモって、ここのクラスじゃないよね?

「おう、矢部川。合宿で海で遊ぶつもりだとはずいぶん余裕だな? ん?」

ギリギリと矢部川くんの頭を拳で締め上げながらトモが尋ねる。顔は笑ってるけど目と雰囲気がちっとも笑ってない・・・。

「ぎにゃあ! そ、そんな。泳ぎに行かないでやんすか!? 海の近くでやんすのに!?」

「へっ、泳ぎに行かないわけじゃねえけどよ・・・」

トモは拳を緩めることなく絶望に染まった表情の矢部川くんに言い放った。

「泳ぎに行く気が無くなるぐれえに練習すると思うぜ。そんな不純なこと考える矢部川には特別メニューでも組んでもらうか?」

「そ、そんなひどいでやん、ってグギヤアアアアアア」

あ、とどめ刺された。矢部川くんはノックアウトされたようだ。

「トモ、矢部川くんはとりあえず置いといて合宿って具体的に何するの?」

「ん? ああ、海沿いにある『渚浜スポーツセンター』ってとこでやるんだと。5泊6日で中日(なかび)が休み。最終日には地元の高校との練習試合だ」

「なるほどね」

「へー、渚浜まで行くのか」「うらやましいぜ!」

「いやいや、遊びに行くんじゃねーから・・・。ああ、そうそう。夏穂はフォームの出来次第で試合出るかどうか決まるから腐らずがんばれよ!」

「トモも木寄さんに負けないようにね!」

「ま、善処するよ。で、本題だけど・・・、」

「ん、何?」

「悪い、矢部川のせいで忘れちまった。思い出したら言うわ」

「もー、何それー」

 トモは「じゃ、練習でな」と言って去ろうとしたらクラスの男子2人がトモの腕を掴み尋ねた。

「おい、松浪。お前今、さらっと桜井さんのこと、下の名前で呼んでたな?」

「ちょっと、話聞かせてもらおうか? いつの間にそんな親しくなったんだ?」

「え、あ~。俺、次の授業の準備あるから急ぐわ!」

 そういってトモは静止を振り切りダッシュで教室を飛び出した。待てや、コラーと男子2人も追っかけて行った。よく理由は分からないけど。そういえば私も授業の準備しなくちゃ・・・。

・・・あと、矢部川くん起こしておこっか。

 

*     *    *    *    *    *    *

 

 練習前に集合がかかり花﨑さんがみんなに話を始めた。どうやら今日は監督は休みらしい。

「では、今日は新しいマネージャーを紹介しまーす。1年生の草篠彩香(くさしのさやか)さんです! この子は選手じゃなくて私と同じくスポーツ科学を志してるらしいわ。今までどこのマネージャーになるか迷ってたらしいわ。では、どうぞ」

 花﨑さんに促されて草篠さんが前に出る。艶やかな緑の髪を片方だけくくって、少し長めのボブヘアーに伸ばした髪が特徴的な小柄な子だ。・・・といっても姫華よりは背が高いんだけど。

「く、草篠といいます。勉強させてもらいながらできる限りサポートさせていただきたく思ってます! よ、よろしくお願いしましゅっ!」

 ・・・あ、噛んだ。よりにもよって最後の一言で。緊張してるなあ。

「うひょー、かわいいでやんす! ではでは早速オイラが野球のことをじっくり二人でってブゲラッ!!」

 矢部川くんが何か言うと同時に岩井さんがお尻に蹴りを入れた。

「ダーホッ! いきなり、ビビらしてんじゃねえ!」

「いや、健太が一番怖がらせてると思うよ・・・?」

 御林さんもひっそりとツッコミを入れる。確かにそれも一理あるよね。現に草篠さん、ちょっと怯えてるし。すると木寄さんが前に出て草篠さんに言った。

「ま、まあ。今日は仕事はせずに見ていて雰囲気を感じてくれたらいいわ」

「は、はい! お願いします!」

 こうして新たに草篠さんを加えたメンバーで練習を始めることとなった。

 練習も終わりに近づき、クールダウンの時間となった。各自二人組を組んでストレッチを始めた。基本的に自由に話したりしてもいい時間なんだけど・・・。

「・・・なんでやんすよ~」「おいおい、まじかよ~」

 矢部川くんと元木くんがどうやら話に熱中していてストレッチがやや手抜きになってる。注意しとかないとな・・・と思っていた時だった。

「あの~、矢部川くん。ストレッチ、私が補助しても構わない?」

意外なことに矢部川くんの元へ向かったのは草篠さんだった。

「え、マジでやんすか! 元木君! とっとと草篠さんと代わるでやんすよ!」

 そういって矢部川くんは元木くんを追い払って草篠さんにストレッチの補助についてもらった。・・・顔がだらしないことになってるよ、矢部川くん。

「では・・・、さっきからお話ししててあまりしっかりやってなかったみたいなので・・・、ね、念入りにやらせてもらうね」

「ウェルカムでやんす! 念入りにお願いでやんすよ!」

「はい、了解・・・。じゃあ、念入りにさせてもらうね・・・!」

 草篠さんは矢部川くんを座らせ後ろにしゃがむと強めに押し始めた。

「ぐぐぐ、け、結構きついでやんす・・・。オ、オイラそんなに体は柔らかくは・・・」

「なら、なおさらしっかりしないとすぐ怪我しちゃうよ」

 そういって草篠さんは力を強めた。矢部川くんの顔がだんだん赤くなってきた。うん、なんかすごく痛そう。

「じゃあ、次に足を開いて前屈・・・、しっかりとね」

「ぐぎああ!? 足はそんなに開かな・・・ぎゃんすう!?」

 ・・・草篠さん、一体そんな力どこにあるんだろう? 

「次は右に・・・、はい反対に~」「痛いでやんす! 怪我するでやんす!」

「怪我しないようにやってるよ、はいじゃあ足を座禅のの形にして股関節のストレッチね」

 組んだ足を下にグイグイと押していく草篠さん。矢部川くんの顔もかなり辛そう。

「はい、仰向けになって・・・、次はふくらはぎね」

「え? ってギニャアア! 吊る! 吊る! 肉離れするでやんすうう!!!」

「大丈夫、伸びてる証拠だから。じゃあ、次は・・・」

「ギャーーーッ、でやんすううう!!!!!」

 こうして10分ほど矢部川くんは草篠さんからのストレッチを受け力尽きた。

「よしっ! じゃあ、次は・・・、元木くんだね!」

「い、いや俺は今の間にやったし・・・」

「二人でやった方が効果あるから、遠慮せず、ほら」

「え、えんがちょー!!」

「あ、逃げちゃダメだよ!!」

 えっと、草篠さん。自己紹介の時とまるで別人じゃん・・・。ほんとに緊張してただけみたいだね。

「えっと、草篠さん・・・?」

「え、はい、・・・あっ・・・!」

 草篠さんは動かなくなった矢部川くん(息はある)を見て慌てだした。

「た、大変! 私、またやり過ぎちゃった!」

「・・・また?」

「う、うん。中学の時もね、私の実家はジムを開いてて・・・。ストレッチとかトレーニングとかいろいろなことにこだわりすぎてチームのみんなからちょっと引かれちゃってて・・・。最初は緊張してたんだけど、見ていたらつい・・・」

「ま、まあ。ちゃんとやってなかった矢部川くんも悪いし・・・、そんなに遠慮しなくていいと思うよ? 部員の為を思ってやってくれてるんだからさ」

そこに花﨑さんも加わる。

「そうよ、私や監督だけの知識じゃできないこともやってくれるならそれはチームのみんなにとってプラスになるんだから。夏穂ちゃんの言う通りよ」

「そ、そうですか・・・。はい! じゃあ、どんどんやっていきますね」

 満面の笑顔で答える草篠さん。

「えっと、夏穂ちゃんって呼んでもいいかな?」

「夏穂でいいよ。じゃあ、私も・・・うーん。よしっ、彩ちゃんって呼ぼう! これからよろしくね、彩ちゃん」

「うん、よろしくね、夏穂ちゃん!」

 やっぱり元々元気で活発な子なんだね! それにトレーニング関連に詳しいってすごいなあ! するとトモもそこにやってきた。

「はは、これからはトレーニングがきつくなりそうだな。大歓迎だけど」

「オ、オイラはは、反対でや・・・(ガクッ)」

・・・矢部川くん、再度力尽きる。そして、この日以降も数名の部員(主に矢部川くん、初芝くんなど体が硬いメンツ)がストレッチとトレの鬼、草篠さん、改め、彩ちゃんの被害者となったのであった。

 

*    *    *    *    *    *    *

 

 さやちゃんが入部して数日のことだった。私が練習を終えたところで彩ちゃんがやってきた。

「夏穂ちゃんお疲れさま~。はい、スポーツドリンク」

「おお、ありがとう! 彩ちゃん!」

 持ってきてもらったボトル入りのスポドリを一気に飲み干す。よく冷やしてあって本当においしい! 体に染み渡るなあ。

「あの、夏穂ちゃん。ストレッチする?」

「あ、お願いしようかな。今日はこれで上がろうと思ってたし・・・」

「や、やめといたほうがいいでやんす!」

 うわっ! ってなんだ、矢部川くんか。急に現れたからびっくりしたよ。

「え~、なんでさ。女子で残ってるの私だけだしペア組めないもん」

「オイラがやってあげるでやんすよ?」

「・・・目つきがいやらしいじゃん」

「なんだとう!? でやんす!」

「それよりどうして私が夏穂ちゃんのストレッチしちゃダメなの?」

 慌てる矢部川くんに彩ちゃんが尋ねる。確かにそうだ。なにか理由あるのかな?

「頑丈なオイラならともかく! 夏穂ちゃんがあのストレッチしたらケガしちゃうでやんすよ?」

「あはは、私はそんなヤワじゃないよ。それに彩ちゃんのストレッチでそんなことならないよ。じゃ、やろっか!」

「うん、わかった!」

 矢部川くんの心配を余所に私たちはストレッチを始めた。グッグッと色々な箇所を伸ばしていく。さすが彩ちゃん、これかなり気持ちいいかも。なんか疲れが取れる気がするし。柔軟のところで彩ちゃんに注文を付ける。

「彩ちゃん、もうちょっと強く押してくれても大丈夫だよ」

「えっ、これでも結構強めなんだけど・・・」

 彩ちゃんはさらに力を強めて押してくれる。

「・・・うん、いい感じ! 続けて続けて!」

「すごい、ここまで体柔らかい人滅多にいないよ・・・」

「す、すげーでやんす。どうしたらそんなになるでやんすか・・・」

 彩ちゃんと矢部川くんは驚いてるけど私が体が柔らかいのは生まれつきってのもあるかもだけど風呂上がりのストレッチは欠かさないからなんだけどね。体の柔らかさっていうのは筋力とか体格と違って才能に関係なく一流選手に近づけるものなんだ、って本で読んだことがある。

「・・・よしっ、ありがとう。彩ちゃん!」

「い、いえ! どういたしまして! それにしてもほんとに体柔らかいね」

「ふふっ、それほどでもないよ。それより、矢部川くんはいいの?」

「オ、オイラは遠慮するでやんすー!!」

 ピューっと矢部川くんは逃げていく。・・・流石、足は速い。

「あ! ちょっと矢部川くん! ・・・行っちゃった」

「まあ、いいや。私は帰るけど彩ちゃんどうする?」

「じゃあ、私も帰ろうかな。一通り仕事は終わってるし」

「おっし、じゃあ帰ろっか!」

 こうして私たちは更衣室で着替え、帰路についた。

 しばらく歩き分かれ道に着いた。

「じゃあ、私のアパートはこっちにあるから・・・」

「えっ、夏穂ちゃんって一人暮らしなの!?」

「うん、まあね」

 ありゃ、そういえば彩ちゃんは知らなかったっけ。

「私、ここに野球するために来たからさ。親には我儘聞いてもらって一人暮らししてるの。お金は出すから自分のことは自分でやれって」

「へえ~、えらいなあ~。じゃあ今度ウチに遊びに来るといいよ!」

「いいね! 機会があればお邪魔させてもらおっかな~。じゃあ、また明日、学校でね!」

「うん、また明日ね」

 そういって彩ちゃんは私と別方向へ向かう。さて、帰ったらご飯の準備しなくちゃね。今日は晩御飯何にしよっかな?

 

*    *    *    *    *    *    *

 

「さて、今日で一学期は終わりだ。明日から夏休みだが、馬鹿やって親や俺ら先生たちに迷惑かけるなよ~」

「「はーい!」」

「じゃ、また二学期に元気に来いよ! 解散!」

 7月の末、こうして一学期が終わり、私たちは高校で初めての夏休みを迎えることとなった。

「なーつほー! 今日、どっか遊びに行こうよ!」

「練習休みだしね~、学校もお昼前に終わってるし~」

「そーだねっ! どこ行く?」

 今日は終業式ってことで練習は休み、明日からは5日練習1日休みのサイクルでやるらしい。合宿は6日間で前後と中日が休みと普段より休みが多くはなってるけど練習のハードさが違うよと花﨑さんが言ってた。まあ、そりゃそうか。

「あ、望田(のぞみだ)駅前のスイーツ館で『パワ堂×スイーツ館 スイーツフェスタ』ってやってるみたい! 2時間スイーツ食べ放題だって!」

「えっ! ほんと!」「行きた~い!」

 望田駅とは聖森学園高校の最寄り駅。そして、パワ堂といえば和菓子で有名な店、スイーツ館も洋菓子の名店。その二つの店のコラボと聞けばスイーツ好きの女子高生としては放っては置けない!

「よしっ! じゃあ、村井ちゃんと彩ちゃんも誘って行こう!」

「「おーっ!!」」

 二人と合流して店に向かうと丁度入れ替わり時だったのかなんとか店に入ることはできた。私たちは次々とスイーツを口に運んでいく。うん、どれもこれもおいしい! やっぱり、来て正解だったね!

「あ! これ、おいしい!」「これも甘さがとっても上品!」「いくらでも食べられちゃうね~」「わ、私も今日はたくさん食べようかな・・・」「よーっし! 次の行こっと!」

 そうして私たちは心行くまでデザートを堪能したのだった。

 

*     *     *     *     *     *

 

 店を出てからみんなと別れた私はバッティングセンターへと寄り道した。やっぱり食べた後は腹ごなしに動かないとね!

「まずは110キロくらいでいいかな?」

 そう考えて私はケージに入り、来た球をポンポンと打ち返していく。いやー、何も考えずに打つってのも楽しいもんだね。すると、どこからか鋭い金属音が響く。見てみると私と違って日によく焼けた(私はただ赤くなって痛くなるだけなんだけど)高校生くらいの女の子が打っていた。すごい! 私よりも遥かに強烈な打球をかっ飛ばしている。満足したのかその女の子はケージから出て行った。ちょっと話しかけてみよう。

「ね、君すごいね! あんなにガンガン打てるなんて!」

「えっ!? いや、その・・・アタシ、バッティング苦手でさ・・・。今日も練習で全然打てなかったから一人で打ちに来たんだ」

「練習・・・ってことはもしかして君も野球部に入ってるとか!?」

「君も・・・ってことはキミも野球部員なのっ!?」

「うん! 私は桜井夏穂、聖森学園高校野球部でピッチャーやってるの!」

「すごい! 私もなんだ! 私は太刀川広巳(たちかわひろみ)、聖ジャスミン学園でピッチャーやってるんだ」

「聖ジャスミン・・・? 野球部あったっけ? ソフトの方は有名だけど・・・」

 一応、このあたりの高校は調べてある。恋々高校とかいろいろ調べたけど女子選手が入れそうな高校の中に聖ジャスミンは無かったはずなんだけど。

「うん、それがね、今年から男女共学になって、一人の男の子が野球部立ち上げてくれたんだ。そいつがいなかったら・・・、私は、いや私達野球部部員たちは野球はしてなかった・・・」

「へえ、そいつ、すごいやつなんだね~」

「うん! まあ、どうしようもない野球バカなんだけどね! ・・・あっ、もうこんな時間! 帰らなくちゃ!」

 太刀川さんは慌てて荷物をまとめていった

「あのさ、太刀川さん! 連絡先交換しない?」

「え、うん! いいよ! それと私のことは呼び捨てでいいよ」

「じゃあ、ヒロって呼んでいい? 私のことも夏穂でいいから」

「わかったよ夏穂。じゃ、またね!」

 連絡先を交換するとヒロは慌てて帰って行った。聖ジャスミンにヒロ・・・、いつか試合してみたいなあ!!

 

 




 はい、遂に本家から太刀川が登場しました。パワプロ、パワポケ、オリジナルのキャラはどんどん増えてきます!(あくまでもそのつもりです)
 太刀川は2016のパワフェスでものすごくお世話になるっていうか、ジャスミン勢はみんな優秀ですよね。さて、次回はいよいよ合宿パート! そして試合に・・・いけたらいいな・・・。
 恒例の選手紹介。今回は一人だけです。ちょっと忙しくて・・・、すいません。
 
  竹原 大 (1年) 右/右

 180cmを超える背丈に加え、筋肉質の体つきをした大型一塁手。『夢尾井トリオ』の一人で松浪、梅田とは親友同士である。プレースタイルは確実性には欠けるがその巨体を活かした豪快なバッティングが最大の持ち味で天性の飛ばし屋。守備もそつなくこなすが走塁はやや苦手としている。性格は毒舌な松浪や陽気な梅田とは異なり非常に温厚で義理堅い性格。2人や周りの人のフォローをすることも多いが、自分の大味で未熟なプレーに対して悩むこともしばしば。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 4 F C E D E E   一E 三F 外G
 
 パワーヒッター 三振 初級○ 打球ノビ○ 走塁△ ローボールヒッター 強振多用

【挿絵表示】


 The主砲といった能力ですね。出番の未だ少ない彼ですがいずれ登場します。よければまた感想などよろしくお願いします! 


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5 Camp~合宿~

 すいません、遅くなりました(3度目?)。
 ともかくようやく5話です。いよいよ合宿、そしてあの人も登場します。



団体用バスを借りて、バスに揺られること2時間ほど。聖森学園高校野球部一同は合宿所となる『渚浜スポーツセンター』へとたどり着いた。

「くーっ! いやあ、バス移動は疲れるね! 」

「夏穂ちゃん、ずっと起きてたのに元気だね。姫華ちゃんなんか爆睡してたのに」

「そ~そ~、口も開いてたしね~」

「ちょ、そ、そんなことないって!」

 バスの中でも前の方に女子、後ろの方に男子って感じで座っていた。一通り荷物を下ろし終えると、岩井キャプテンが全員に声を掛けた。

「よーし、荷物下ろしたら昼飯にするぞ! 飯食って準備して、午後から練習だ!」

「「「はい!」」」

 にしてもここの施設、立派だなあ。球場もきれいだったし、宿舎も設備が整っている。

「冬も暖かかったらプロの球団が使えるレベルなんだろうけどな、あとちょっと人数が多すぎてもダメかもな」

「だから強豪校とかはここを使わないんだね」

「まーな。6,70人までだろうし、ここは利便性的にも高校程度の予算で多人数は難しいとこだ」

「ウチはまだ20人ちょっとだからね」

 トモが事情を教えてくれた。これだけ設備が整ってて、ウチがここを取れたのはそういうことか。

「ま、とにかく今日から6日。野球漬けだぜ」

「暑いけど頑張るぞー!」

 さあ、お楽しみの合宿の始まりだっ!

 

*     *    *    *    *    *    *

 

 機材の運び込みも終わって練習開始。アップとキャッチボールを終えると、先ずは内野手が特守をするということで球場に残り、投手と外野手は施設からすぐの所にある海岸に集合となった。海岸に集まった私たちは外野リーダーを務める小道さんに指示を仰いだ。

「内野が特守の間に俺らはトレーニングだ。この海岸ならではのな!」

「もしかして、遠泳でやんすか! 水着は持ってきてますでやんす!」

「ばーか、ちげーよ」「矢部川、そればっかり言ってるねー」

 嬉しそうに言った矢部川くんにツッコむ小道さんと御林さん。そりゃそうだろう。矢部川くんはどれだけそれにこだわってるのやら。

「そ、そんなー、でやんす・・・」

「これからやるのは・・・、砂浜ランニング、この砂浜で長距離で競走だ」

「げえ、マジッすか・・・」「絶対きついよ・・・」

 杉浦くんや村井さんは不安を覗かせている。結構距離ありそうだな~。

「みんなの言う通りでやんす。絶対きつ・・・」

「ちなみに上位だったら草篠にご褒美を用意してもらってるからな」

「やるでやんす! ご褒美はオイラのものでやんす!」

 矢部川くんはご褒美と聞いて目の色を変えた。他のみんなもそれを聞いて、モチベーションを上げた。私だって負けないよ! ご褒美はともかく勝負事は負けたくないしね!

「よーっし、いくぞ! 準備はいいか! きつくても歩くなよ!」

 参加メンバーはスタート地点に並ぶ。ゴールは1.5キロ先に設置されたポイントを折り返す合計3キロのランメニュー。これはきつそう・・・。ここの砂浜広いなあ・・・。

「ボールを投げるから、それが落ちたらスタートだ。フライングすんなよ!」

 そういって投じられたボールが地面に落ちると同時に一斉にスタートした。

「走りといえばオイラ、ご褒美は頂くでやんす!」

「ふざけんな! 俺のもんだ!」

 そう言って矢部川くんと杉浦くん、元木くんと大木さんが飛び出していった。

「ペース考えなきゃ、死んじゃうよ?」

「あ、あんな飛ばして大丈夫でしょうか・・・」

「私はのんびり気味に行くよ~」

 花川さん、村井さん、恵はマイペースに。まあ、流石に男女で体力差あるからね。ご褒美は男子、女子の上位各2人がもらえるんだって。私もマイペースに行こうかな。

 

 で、しばらく走り続けていたんだけど・・・、

「うう、きついです・・・」

「これは、きびしいかも・・・」

「ゴールはまだまだだよ~」

 女子陣には厳しい様だ。ペースが落ちてきた。でも、私はいつも走ってるからまだいけるけど。

「よし、じゃあ男子たちに勝負を挑みますか!」

「アタシだって負けないっての!」

 私がペースを上げると花川さんも着いてくる。がんばってね~、という村井さん、恵の声援を背に私と花川さんは折り返し地点目指し、速度を上げた。

 最初に捉えたのは走りの苦手な初芝くん。そして折り返し尚もペースを上げる。すると、目の前に見えてきたのは矢部川くんと杉浦くん。体力が底をつきかけていたのか、もはや歩いてるようなスピードだった。追い抜きざまに言葉を掛けていく。

「歩いちゃダメだよ! お先にー!」

「な、待つでやんすう・・・」「ちくしょー、まだまだあ!」

 矢部川くんはダメみたいだけど杉浦くんは抜き返してきた。・・・む、まだ走れるんだ。

「ぐおおおお、オイラのご褒美がああでやんすううう、って、ああ!」

 グシャッと、矢部川くんは転倒した。・・・スピード上げようとしたんだろうけど、限界だったんだね・・・。

 杉浦くん、私、花川さんの3人はデッドヒートを繰り広げ最終的には花川さんが途中で離脱。そして結果は・・・

「1位は小道さん、2位、3位は僅差で杉浦くんに夏穂ちゃん。4位は花川さんでした。皆さんお疲れ様でした! ドリンクと、上位だった方はご褒美のかき氷です!」

 うーん、結局杉浦くんを追い抜くことはできず・・・、小道さんは独走だった。花川さんはあの後も何とか走り切った。一方の矢部川くんは結局初芝くんと同じくらいに帰ってきた。始めから飛ばし過ぎだよ・・・、体力無いのに・・・。

 一通り休憩を終えると、捕手、内野陣と交代、投手はバント処理、外野はノックを受けることになった(捕手、内野手陣は砂浜ラン)。こっちのキャッチャーは学生時代にやったことがあるという花﨑さんが務めることになった。

 こうして私たちは無事初日の練習を終えた。

 

*     *     *     *     *     *

 

 それから毎日、私達は合宿ということで厳しめの反復練習が続く。1日目の夜はまだ元気だったみんなも次第にお疲れモードとなり、各自宿泊部屋に戻るなりすぐ寝るようになった。もちろん私も布団に入ればグッスリだ。

 そして4日目、ようやく中日の休み。とはいえ午前中は練習したんだけど。

「ふー、やっと休みかー!」

「大変だったね~、夏穂ちゃんが休みを待ちわびてるなんて珍し~」

「ちょっと、恵。それじゃ私が野球バカみたいじゃん!」

「おいおい、間違いではねーだろ!」

「言ったな! 風太!」

「ってうわっおい、やめろ! スパイクで蹴るのはやめろ! 洒落なんねえって!」

 失礼なことを言った風太に私は蹴りを入れようと追いかけた。野球部のメンバーも1日中練習、寝食を共にしてより仲良くなった気がする。私の仲良しのバロメーターである名前の呼び方もそう、下の名前で呼べる人も増えてきた。

 そんなことを考えていると姫華がパタパタと走ってきた。

「ねねっ! 泳ぎに行こうよ! 練習も今日は終わったし!」

「いいね~、せっかく海も近いし、行こうよ~」

「そうだね! 行こう!」

 こういうことも予想して(期待して)水着も持ってきてるし、今日は昼から自由らしいし、こういう時は楽しまなくっちゃね!

「じゃあ、片づけてからお昼を食べたら行こう!」「「おお~!」」

 

*      *     *      *     *    *

 

「「「海だーーーー!!!!」」」

「・・・それ、やる必要あんのか・・・?」

「いや、なんとなくね」

 なんだかやってみたくなるんだよね。こういうマンガとかでやってるようなことって。

「それよりこの海! 意外ときれいじゃん!」

「広~い!」

 姫華と恵も叫んだあとには感想を口にする。海水浴場ではあるけど施設の傍であるため一般のお客は少ないから思う存分泳げそうだ。

「さあー、泳ぐぞー!」「お~! 泳ご~う!」

「うう~、恥ずかしい・・・」「く、悔しい・・・、こんなの不公平だ・・・」

 なんだか村井さんと姫華が元気ない・・・。にしても悔しいってどういうことだろ?

 ちなみに私や恵、彩ちゃんはビキニタイプ、姫華は競泳用みたいなタイプの水着を着ていて、村井さんが恥ずかしがってるのはきっと学校指定の水着を持ってきてしまったからだろう。そして恵のスタイルは相変わらず抜群だけど、彩ちゃんもどうやら着やせするタイプだったみたい。

「おっしゃあ! 俺らも行くぞ!」

「健太、準備運動しとかなきゃこの前の授業の時みたいに足吊るよ?」

どうやら岩井さんたち2年生の人たちも来てるようだ。そういえば・・・、

「一番楽しみにしていた矢部川くんはどうしたんだろ?」

 女子の水着姿と聞けば飛んできそうな矢部川くんだと思ったんだけど。するとトモ、風太、大が答えた。

「矢部川とか初芝たちは力尽きて宿舎で爆睡中だぜ。あんまりにも起きそうにねーから置いてきたんだ」

「それならしゃーねーよな」「そうだな」

「この光景みたらきっと狂喜乱舞するだろうけどな! ま、特訓で疲れたんなら仕方ねーよな」

トモ・・・、悪そうな顔してるし、そういえば合宿前にそんなこと言ってた気が・・・。

まったく、恐ろしい男だよ。トモってやつは。

 そんなこんなで海に集まったメンバーは日が暮れるまで海で遊びまわったのだった。

 

*     *     *     *     *     *

 

 あくる日も練習は行われ、あっという間に合宿も最終日を迎えた。

「みんな、今日までよく頑張った。合宿も今日で終わりだが、最後に仕上げとして練習試合を行う。相手は海底分校、混黒高校の分校の一つだ」

 監督が今日の試合の相手を発表した。

「混黒ってあの混黒?」

「ああ、甲子園にもよく出てるあの混黒だな。あそこはたくさんの分校を持つマンモス校だな野球だけじゃなく様々なスポーツで有名な勝利至上主義の高校だ」

 トモが補足を入れてくれた。海底分校はその数ある分校の一つってことか。

「相手は分校、しかもこの春創設されたにしてはなかなかの実力があるとの評判だそうだ」

「監督、よろしいですか?」

 木寄さんが手を上げた。

「どうした木寄」

「分校は他校との練習試合は禁じられていると思うのですが・・・」

「それなら心配ないわ」

花﨑さんがそれに答えた。

「海底分校とは合同練習を行うってことになってるの。ここのグラウンドを使ってね。練習試合は紅白戦を行う体で行うの。だからそれには抵触しないわ」

・・・それってありなんだ・・・。

「そろそろ海底分校が来る頃だ。出迎えに行くぞ」

 そしてやってきた海底分校の選手たちだけど体はものすごくがっしりしてる。日にもよく焼けてるし。そして一人の選手がこっちにやってきた。この人もがっちりした体つきだな・・・、他の人よりやや背が低いくらいかな。とはいえ170以上ありそうだけど。

「やあ、アンタも、選手なのか?」

 って声高っ! え、もしかして女の子!?

「ああ、突然すまないな。アタシは澄原広海(すみばらひろみ)、ピッチャーだ。1年生の」

「そ、そうなんだ・・・、って1年生なら同級生ってことだね。私は桜井夏穂、おなじくピッチャーやってるの」

 同級生には見えない貫禄が・・・。

「こんな見た目だが一応女だ。ここの授業のカリキュラム的にもどうしてもこういう体つきになってしまってな」

「そ、そうなんだ」

「まあ、今日はよろしく頼むよ。・・・そっちのキャプテンはどこにいる?」

「岩井さんならあそこにいるよ、案内するよ・・・」

 

 そして試合前、両チームはベンチに集合していた。花﨑さんは監督から受け取ったメモを読み上げた(どうやら花﨑さんは試合中は審判を務めるそうだ)。

「では、スタメンを発表します!

1番 ショート 梅田くん

2番 レフト 花川さん

3番 ピッチャー 御林くん

4番 サード 岩井くん

5番 センター 小道くん

6番 セカンド 里田くん

7番 ファースト 竹原くん

8番 キャッチャー 木寄さん

9番 ライト 空川さん

以上で行きます! 控えの人も出番あるかもだから準備はしといてね!」

「「「はいっ!!」」」

 一方の海底分校のオーダーも分かった。全員1年生というんだから驚きだ。

1番 ショート 鈴木

2番 セカンド 田井

3番 レフト 佐波

4番 センター 磨黒

5番 ライト 入鹿

6番 サード 三間

7番 キャッチャー 多古

8番 ピッチャー 澄原

9番 ファースト 伊香

とのことだ。

 そして間もなく試合開始、先攻は海底分校。

 御林さんの立ち上がり、先頭の右打者鈴木に対して御林さんは外の直球中心に組み立て、カウント1(ボール)-2(ストライク)からインコースにスラーブを決め見逃し三振。

 続く右打者田井にも同じ組み立てからのクロスファイヤーのストレートで見逃し三振。

右打者佐波には初球の低めのストレートを打たせてセカンドゴロでスリーアウト。完璧な立ち上がりを見せる。

「御林さん! 絶好調ですね!」

「まだ一回だよ。にしても相手はいいスイングしてるね。荒っぽいけど当たるとやばいかもね」

「大味なバッターばかりなら助かるんだけど・・・まだわかんないわね」

 その時、強烈にミットを鳴らす音がこちらのベンチを黙らせた。

 ズドンッ! という音と共にこちらの先頭打者の風太を三球三振に切って取ったのは紛れもない、澄原その人だった。

「は、速い・・・!」「あれで1年で、女性投手だって・・・!?」

 風太に続き、花川さんも2球目をサードゴロ、完全に力負けしていた。

「130は出てるな。こいつは一筋縄じゃ行かなさそうだ」

トモでさえも澄原に対し同じような印象を抱いたようだ。そしてバッティングにも定評のある御林さんだったが・・・。

「ぐっ!?」

ゴンッ! という音と共にボテボテの当たりが飛びピッチャーゴロ。聖森打線も三者凡退に終わった。守備からリズム作るぞ! という声と共に守備に向かう聖森ナイン。

「これは厳しい戦いになるぜ・・・」

「そうみたいだね・・・」

 そして、トモと私の不安は的中。聖森学園はこの試合で苦境に立たされることとなる・・・。

 

*    *     *      *     *     *     *

 

 二回の表も御林さんは三者凡退に切って取った。

 そして、海底のエース澄原の前に聖森の主砲、岩井さんが立ちはだかった。

 澄原のストレートとはいえ、岩井さんなら振り負けることも無いはず。澄原は大きく振りかぶってからのダイナミックなフォームで外角目がけ、自慢のストレートを投じた。

キイイイイン!! と快音を響かせ打球はすさまじい勢いで1塁線すれすれを飛んで行った。ここまで静かに投げていた澄原の顔がわずかに動いた。

「思ったより手元で来てるな。だけど次は捉えてやる!」

 再び岩井さんはどっしりと構える。敵に回すとこれほど恐ろしく、味方ならこれほど頼りにある選手はいないだろう。だが、澄原の気配がここで変わった。

「・・・っ!」

 続く2球目は先ほどよりもさらに強烈なストレートを投じてきた。

「ぐおっ!?」

 岩井さんもタイミングは合っていたものの打球はバックネットに突き刺さった。あの澄原という投手はどれだけの力を持ってるの!?

「あいつ・・・、まだなにか持ってるぜ。タイミングは合わせられてるのに笑ってやがる」

 ・・・本当だ。微妙にだけどさっきより口元が緩んでいる。

 3球目、ダイナミックなフォームからボールが投じられる。

「ここで仕留めてやらあっ!!」

 岩井さんはボールを引き付け、自慢の強いスイングで打ち返しにかかる。

 しかし、快音は響くことはなかった。

 フォークボール。

 ボールを指で挟んで投じることにより、回転数を減らすことで打者の手元でストンと落ちる変化球。高めからは落ちにくいため低めのボール球になることが多いが、直球が頭にあるとどうしても手を出してしまう。代表的な“三振を取る”変化球。

 この三振はこちらにとって痛すぎる。チーム1の好打者である岩井さんが三球三振を喫した。これは澄原を打ち崩すことがこのチームにとって難しいことを示していた・・・。

 

 夏季合同練習(という名目の練習試合)

海底 00        0

聖森 0         0  (現在、二回の裏一死走者なし)

 




 2度目の試合描写。やってく中でなんとかいい感じの書き方ができるといいんですけどね・・・。
 パワポケ13でも14でも澄原にはとてもお世話になりました。強いのなんのって・・・。ただし、澄原の能力は、というか澄原に限らずキャラの能力は話に合うように調整しているので弱くなってたり強くなってたりします。極力そのままで行くようにはしたいんですが、ご了承ください。
 さて、今回の選手紹介は女子選手2人! 恵と姫華です。まだ出番は少ないですが今後活躍するかも・・・?

 空川恵 (1年) 左/左

 女子ながら身長は174センチもあり、風太と同じくらい。手足も長い左利きの外野手。主にライトを守る。
 おっとりマイペースな性格で寝ること、食べること、かわいい服を着ることが好きと、衣食住を楽しむことが大好き。高身長に加えてスタイルも抜群で誰からもうらやましがられるが、本人は何もしてないので秘訣などもないらしい。その代わり、髪の毛のケアだけは欠かさず行うそうだ。
 プレースタイルは自由そのもの。足はそれほど速くないが、内角攻めにも恐れず踏み込んだり、常にフルスイングを心がける、ミスを恐れないといった度胸を持つ。
 守備は苦手ではないものの送球は苦手。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 F E F F E E   外E 一F
 プルヒッター チャンス○ 三振 ハイボールヒッター 送球△ 積極打法 強振多用 ムード○ 

【挿絵表示】


 椿姫華 (1年) 右/左

 小柄なセカンドを守る女子選手。”活発”という言葉通り生きる元気娘。オシャレや恋愛にはやや疎く、なかなかガサツな性格をしているが、人に嫌われることはないらしく、みんなに可愛がられる愛されキャラ(ただし本人はそのつもりはない)。甘いものは大好きで、スイーツならいくらでも食べれると自負する。
 一方で、プレースタイルは職人気質がある。バント、バスター、盗塁といった小技や堅実な守備を得意とする。セカンドとはいえ、一塁への送球が苦手であり、それを克服しようと日々努力している。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕    守備位置
 1 E G E G D D    二D 遊E

 バント○ 盗塁○ 走塁○ ヘッドスライディング 送球△ 粘り打ち 対左△ チャンス△ 慎重打法 積極走塁 積極盗塁
 
【挿絵表示】


 将来性あふれる二人の成長にご期待ください! 感想や次回もよろしくお願いします!
 


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6 Hardship~苦戦~

 ついに試合も後半戦へ! 夏穂たちは果たして強敵、澄原から点を奪うことが出来るのか!?  



試合は早い展開で進む投手戦となった。

 御林さんは海底分校打線の豪快なスイングに苦しみ、何度かピンチを背負うも巧みな投球術で要所を締めていった。

 一方、澄原は圧倒的な投球を見せ、聖森打線は手が出ない。5回を終わって0-0ではあるものの明らかに海底分校の優勢だった。

 そして6回の表、海底分校は5番の入鹿が左打席に入った。

「御林さん! この回もマイペースに行きましょう!」

「そうっすよ! 後ろには俺たちがいるんで! ガンガン行きましょう!」

 劣勢ではあるけどベンチはまだ活気にあふれている。

 御林さんは外低めに直球を投げ込み追い込むと続く3球目には入鹿の胸元に渾身の直球を投げ込んだ。思わずバットを出してしまった入鹿だが止めることなく思い切ってバットを振りぬいた。鈍い音がした打球は力なく上がった。

 よし、内野フライだ! そう思った矢先、トモが叫んだ。

「いや・・・、これは落ちるぞ!」

 見やれば意外と伸びた打球はジャンプした里田さんの後ろにポトリと落ちた。アンラッキーなヒット・・・、もしかして流れは向こうに傾いてる・・・?

 続く右の三間に対する初球、木寄さんは内に構えたが・・・、

「あっ・・・!?」「っ! 甘い!?」

 その直球は少し真ん中に寄ってしまった。三間はそれを逃さず引っ張りレフト前ヒット。

「ノーアウトランナー1,2塁・・・、これはやばいかも・・・」

「ど、どうしよう・・・」「いや、村井ちゃんはどうしようもないでしょ?」

 こんな時でもいつも通りな姫華と村井ちゃんはある意味すごいかも。でも、もう少し緊張感を持ってほしい。

「杉浦、そろそろ肩を作っておけ。松浪、受けてやってくれ」

「う、うっす!」「はいっ」

 監督に言われ、2人はブルペンへ向かった。状況次第では御林さんを交代させるんだ。

 ここでバッターは7番の右打者多古。さっきもヒットを放っている。

 御林さんは先ほどとは一転してスラーブを続けた。カウント1-2と追い込み、木寄さんは内に構える。御林さんも頷き直球を投げ込む。左投手の右打者の内角低めへの対角線投球、いわゆるクロスファイヤーだ。角度があるため、少しでもストライクゾーンを掠っていればストライクの判定を受ける左投手にとっての最大の武器・・・!

ズバーーンッ! と構えたところに寸分たがわず決まった。多古も手が出なかったのだろう。しかし・・・、

「ボールっ!!」

 花﨑さんの手は上がらない。木寄さんは悔しそうにボールを返す。今ので手が上がらなかったのは痛い。少し外れたのだろう。決めに行ったボールだったから余計だ。

 そして5球目に御林さんは外角目がけ腕を振りぬく。しかし、ボールはスピードは無かった。チェンジアップだ! 多古も思わずタイミングを外されるがそれでも食らいつこうと手を伸ばしたが・・・、ボールはそこからさらに右打者から逃げるような軌道を描き、木寄さんのミットに収まった。

「ストライク! バッターアウト!」

 見事、空振り三振! これでワンアウト・・・。すると姫華が興奮気味に聞いてきた。

「すごい! 何、今のボール!?」

「おそらくチェンジアップ・・・、いやサークルチェンジかな?」

「チェンジアップ・・・、ですか?」「サークルチェンジは知らないなー」

 村井ちゃん、姫華がそれぞれ疑問を投げかけてきた。

「チェンジアップっていうのは変化球の1種、これは私も投げられるんだけど。ストレートを投げる時と同じ腕の振りで握りを変えて、ボールを“抜いて”投げるの。そんな曲がる訳じゃないけど、ストレートが来る! って思ってるとさっきみたいにタイミング外されちゃうの。要はストレートの腕の振りで抜ければいいわけだから、握り方は人によって変わってくるボールなんだ。その中でシンカーのような変化をするのがサークルチェンジ。これもチェンジアップの一種だね」

「あれは簡単に打てなさそう・・・」

「これでワンアウト! 御林さん! 次も行っちゃえ!」

 ここでの三振は大きい。続く打者は澄原。その初球だった。

外から少し真ん中に寄ったストレートはカキ―ンッ!! と強烈な金属音を残し弾き返され、打球はライト方向へ。澄原は打撃もいいのか!

「「「恵(ちゃん)っ!!」」」

 その強烈な当たりを恵がなんとかジャンプして抑えたしかし、その間にランナー2人がタッチアップで進塁してしまった。恵の捕球態勢を考えれば止むを得ないか・・・。

 しかし、バッターは9番の左打者伊香。その初球、外角のスラーブから入ったのだが・・・。

「姐さんのためにも、打たなきゃいけねえ!」

 迷わず踏み込みバットを出してきた! 捉えられた打球はショート後方で弾み、その間に二人のランナーが生還してしまい、先制を許してしまった・・・。

 

*     *     *     *     *     *

「8回表が終わって2-0・・・、この回で同点、せめて1点は必要だ」

 監督が選手を集めて円陣を組んだ。次に岩井さんが話し始めた。

「小道、澄原の特徴は?」

「球威に加えて速さもある真っ直ぐがメインだ。ただ時折混ぜてくるフォークが厄介。真っ直ぐ待ってたらまず打てないし、フォークを意識してると真っ直ぐに詰まらされる・・・」

「フォーク自体は打てないってレベルではないと思うわ」

 木寄さんが補足する。岩井さんはそれらを踏まえて言った。

「うっし、じゃあ残り2回。積極的に行くぞ! 初球アウトオーケーで狙っていけ! 3つフォーク続けることは考えるな! ま、もう一つ球種を隠してるってならお手上げだけどな。行くぞ、聖森!」

「「「おー!」」」

 円陣を組んで迎えた8回裏。先頭は7番の大。ここまでノーヒット。

「いっけー! 大ーっ!!」「ぶっ飛ばせーっ!」

 ベンチからみんなが各々声を張り上げる。練習試合とはいえ試合は試合。誰だって試合には負けたくなんてないもんね!

 

*     *     *     *     *     *

 

 初球のストレートのストライクを見送り、竹原大は大きく一つ息を吐く。

 ちらりとベンチ・・・、正確にはその後ろを見やると杉浦が投球練習をしている。

 竹原は考えを巡らせる。

(次の回でピッチャー交代・・・。とはいえ、御林さんは打線の要でもある。御林さんがファーストもできることを考えれば、俺の所に杉浦を入れることになる・・・)

 しっかりと足場を均し、相手投手の澄原をしっかりと見据え、構える。

(この打席はこの試合の俺の最終打席! 野村さんの代わりに出してもらってるのに、ノーヒットのままで・・・)

 澄原がダイナミックなフォームから投じてきたのはストレート、待っていたストレートだったがそれでもやや差し込まれた。

「終わって、たまるかっ!!」

 差し込まれ気味でもなおバットを振りぬく! 差し込まれたとは思えない打球速度で竹原の打球は右中間に飛び、ワンバウンドでライトが抑える。

「おっしゃーっ! 先頭でたっ!」「ここからだ行けー!!」

 ベンチは俄然盛り上がった。ここで代走が出されるらしく監督が出てきて交代を告げたようだ。タタタッと椿が走ってくる。

「大ちゃんナイッバッチ! 後は私に任せなよ!」

「・・・おう、俺のヒット。無駄にしないでくれよ」

「ふふん、当然じゃん!」

 ハイタッチして1塁ランナーは椿に交代する。

 椿は明らかに“走るぞ”という意思を見せるかのような大きなリードを取る。

「・・・ふんっ!」

 澄原は牽制球を入れるが椿はあれだけのリードを取りながらもあっさりと頭から戻って見せる。そして、ボールが伊香から澄原に返されると再びリードを取る。もう1球牽制球が来ても同じだった。

(絶対走って見せる! それが私の・・・戦い方だ・・・!)

 打席には木寄の代打の野村が立つ。椿は澄原に注目する。左投手だから右投手とは違って足を上げた瞬間に走ることはできない。それでも椿は足を上げてからワンテンポ遅れたタイミングでスタートを切る。ワンテンポ遅らせて、とはいえ左投手相手にはかなりのギャンブルスタートである。

(左投手から走るのは難しいけど・・・、この澄原は闘志あふれる投球が持ち味! どうしてもバッターに集中する! 今のも明らかにバッターに意識が向いていた!)

 やや高めのストレートにストライクの判定を受けたが椿はその間に悠々盗塁を決めた。

「姫華ちゃん、ナイスラン!」「いいぞ椿!」

ベンチはさらに盛り上がる。その後、野村は追い込まれるも粘り、6球目を何とか1,2塁間に転がして進塁打を打つ。最高の最低限の仕事だ。

 そして続く空川にも代打が告げられ、1死ランナー3塁で松浪が打席に立った。

 

*    *     *     *     *     *

 

打席に立った松浪は澄原をじっと見つめる。ここまで各打者が苦戦してきている強敵である。

(・・・スタメン組さえ打ちあぐねている相手に今日初めて打席を迎えた俺に簡単に打てるとは思えない・・・)

 澄原はセットポジションからボールを投じる。インコースの真っ直ぐ!

(ただでさえ少ないチャンスボール・・・、逃さねえ!)

 

 キャッチャーの多古は初球にインコースへのストレートを要求し、代打の松浪が手を出してきた瞬間打ち取ったのを確信した。

(代打が真っすぐを狙うのはセオリー! だけど、姐さんのインコースの真っすぐは捉えたとしても簡単に外野にとばねえし、差し込まれてる・・・!)

 しかし、多古の判断は間違っていた。響いたバットの金属音はとても詰まったものとは思えないものだったからだ。

 

*     *     *      *     *     *

 

 インコースのストレートをトモがスイングしに行った瞬間、聖森のベンチの大多数が差し込まれて打ち取られてしまうと息を呑んだ。しかし、結果は・・・、

 キイイイインッッ!!! と鋭い金属音が響いた。打球はレフト線を破り、ランナーは生還、松浪も二塁へと到達した。

「! 差し込まれてたんじゃ!?」

「そうですよねっ!? なんであんな会心の当たりなの!?」

 御林さんと私は驚く。あの球質の重そうなストレートを初球から差し込まれたタイミングなのに弾き返すなんて・・・!?

「それがアイツの怖いところなんですよ・・・」

 大がその疑問に答えた。

「アイツのフォームには独特のクセがあるんですよ・・・。それがアイツの奇想天外なバッティングを可能にしてる・・・」

「どうやらそのようね」

 木寄さんが付け加える。

「どうやら松浪くんは体重移動が独特みたいね。紅白戦の時に違和感を感じてしばらくバッティングの様子を見させてもらったんだけど、どうやら松浪くんはかなり踏み込みの力が強いみたいなの。溜めた体重を無駄なくボールに伝えられているから打球は強くなる」

「そうです。アイツはガタイがでかい訳では無いですけど下半身、上半身共に力が強いんです。見た目の割には打撃がパワフルで“知将”の前は“伏兵”って言われていたぐらいで・・・」

「あの踏み込みの強さはどうやら送球にも役立ってるんみたいね」

「はい、その通りで・・・」

 す、すごい。トモもそうだけど観察しただけでそこまでのことを見抜いてるなんて・・・。恐るべき観察眼・・・。

 と、とにかく! これで1点差! 

「風太ー! 続けー!!」「梅田! 頼むぞ!」

 続く風太へと歓声が飛ぶが・・・、

 シュッ!! ズバンッ!! ストライーク!! バッターアウト!!

「・・・すいません・・・」

 澄原が気迫を見せ追加点は取れなかった・・・。

 結局、聖森は9回も気迫を見せる澄原に圧倒され、1-2のまま敗れたのだった。

 

*     *     *     *     *     *

 

  試合も終わり、挨拶やグランド整備を終えたあと、澄原が声を掛けてきた。

「今日は招待感謝してるよ。こうでもしないと対外試合ができなくてね」

「あ、どうも。いい投球だったね。ウチのキャプテンが珍しく舌を巻いてたよ」

「ああ、そうか。そっちの打線もいい気迫だった。一歩間違えていれば負けていたのはこっちだったかもしれない。 君が出れなくて残念だった」

「ま、私はまだフォームが固まってないし仕方ないよ。・・・ところで1つ聞いていいかな?」

「構わない。なんだ?」

「あなたほどの実力なら他の高校にも行けたんじゃないの? 分校なんかじゃなくてさ」

「・・・元はそのつもりだったさ。名門校に入って甲子園を目指すはずだった・・・」

「それじゃあ、なんで・・・」

「・・・裏切られたんだ。海底分校の本元である・・・混黒高校の校長に」

「裏切られた? それってどういうこと?」

「同じ女子選手であるアンタになら話せるな。かつて私は名門の混黒高校から推薦を受けた。野球部としてな。・・・だがいざ入学すると野球部への入部を校長は認めず、ソフトボールなどへの転部を勧めてきたのさ」

 

―――――混黒高校校長室・・・

「そんな! 話が違います! 野球部に入部させてくれるという話だったはずです!」

「ハッハッハ、いやあ、すまんなあ。その話だがPTAやらなんやらから反対されてなあ。悪いが、ソフトボール部にでも移ってくれんか?」

「・・・私は野球をするためにここに来たんです。それに女子野球部員は高野連が認めているはずですが?」

「君は知らんのかね? 未だにそのことに反対する者が多いってことを。ま、何年か前の早川とか言ったか。あんなイレギュラー一人のために訳の分からんルールを作りよって。アイツのせいで君のような勘違いをする女子アスリートが増えてしまった」

「早川さんを悪く言うのは頂けませんね。あの人は女子選手のパイオニアだ」

「その女子選手が間違いだと言っておるのだよ」

「・・・間違い、とはどういうことです?」」

「男性、女性ではどうしても身体能力にハンデがあるもんだ。筋力という面で圧倒的に不利だ。そもそもなぜ女子の中で一流になれるのに男子に混じって二流に成り下がる?」

「私は一流とかどうでもいいんです。・・・せめて挑戦を」

「ハッハッハ、そんなもの無駄だよ、無駄! とにかくウチじゃ野球部には入れんよ」

「・・・ならば転校させてもらいます。誘いはたくさんもらっているので・・・」

「ああ、そのことが無理じゃよ。他校にも話は通してある。君が転校する先はおそらく君を受け入れん。君のような“入学早々に部に文句を言い転校するような選手”をどこも受け入れんよ」

「な、なんだって!?」

「じゃから、諦めて転部するんじゃな。早く行き先を決めると良い。話はこのワシが直々通しといてやる。まあ、そもそも君の外見を見て顧問が驚くかもしれんがな!」

「・・・っ! このっ!!」

 バリーーーン!! ガシャーーーーーーン!!

 

「そんな・・・、ひどい・・・」

「・・・その後私は分校の一つのここに飛ばされてね。幸い、暴れた件に関しては不問だったよ。校長も何かしら引け目があったんだろうさ」

「いいの? 澄原はこれで・・・」

「・・・このままじゃ終わらんさ。なに、私には私についてきてくれる奴らがいる。一人じゃないんだ」

「そっか、みんないいメンバーなんだね!」

「ああ、だから君も・・・、仲間と頑張るんだ。・・・じゃあ、また」

「うん。またいつか、もう一回やろうよ!」

「そうだな。いつか・・・、か」

 そういって澄原は去って行った。

 まだそんな差別をする人は0じゃないんだ・・・。悲しいことだけど。なら、私達は少しでも理解してもらうため、そしてプレーできない人たちのことも考えて、できる喜びを噛みしめなきゃいけないね!

 そんな時、トモが私を呼ぶ声がする。

「夏穂ー! そろそろ荷物まとめんぞー!」

「あ、うん! 分かった! すぐ行くよ!!」

 今日で合宿も終わりだ。そして、いよいよ秋大会が始まる! それまでに新フォームを固めて見せる!!

 

  夏季合同練習(という名目の練習試合)

海底 000002000 2

聖森 000000010 1

  

 




 はい、ようやく8月が終わりでいよいよ公式戦がみえてくるかも・・・。
 混黒校長と澄原のやりとりは世界観の都合で少し変更しました。オリジナルとは違うところがあるのでご了承ください。
 今回の選手紹介は基本的にモブとして考えているメンバーです。ちなみに1年から紹介してる感じなので次回で2年生を紹介していきたいと思います(2年メンバーをまだ再現できていないんですけど)。顔データはないです。希望あれば作ります。
 
 杉浦智也 (1年) 右/左

 1年生の投手。投げっぷりの良さが武器だがプレーの荒さがまだ目立つ選手。普段は常識人であり、ツッコミ役にもなる。
 
 球速  スタ コン
134km/h D  F
 ⇑ 2シーム
 ➘ カーブ 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 G D F D F F  投F 外G
 四球 力配分 打たれ強さ○ 


 田村信 (1年) 右/左

 竹原ほどではないが大柄なサード。岩井からのスタメン奪取に燃える。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 G D F D F G  三F 一G
 三振 対左投手△ 初球○

 
 初芝友也 (1年) 右/右

 温厚な性格の外野手。中学時代はオールラウンダーだったが、特に打撃に自信を持つ。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 F E F E E F  外E
 粘り打ち バント○


 元木久志 (1年) 右/右

 複数ポジションを守れるもののあまり上手くはない器用貧乏な外野手。矢部川と並ぶ女の子好きでもある。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 G E E E F G  外F 三G 一G 捕G
 走塁○ エラー 


 田中則之 (1年) 右/両

 やや空気の薄い内野手。こちらは器用に複数ポジションをこなすスイッチヒッター。打撃は苦手。さらに中学時代は下寄りのサイドハンドの投手もしていた。

  球速  スタ コン
116km/h E  E
 ⇒スライダー 1
 ➘スラーブ 1
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 G G E E D D  三D 遊D 二E 一E 外E 投D
 調子安定 バント○ リリース○ 慎重打法 変化球中心

 
 村井綾 (1年) 左/左

 内気な女子選手。姫華ほどではないが小柄。しぶといプレーが持ち味。
 
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 E G F G E F  外F 一F
 チャンス× 粘り打ち 選球眼 慎重打法 ミート多用 

 以上です。モブですがきっちりと出番はあるので安心してください! この中から固有キャラ化するキャラはいるのでしょうか!?
 では、次回作と感想、またよろしくお願いします!! 

 



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7 Opening~開幕~

 いよいよ、秋大会開幕!
 聖森学園の野球部の少年少女の激闘が始まる!

追伸 御林の選手紹介での変化球を修正しました


 そわそわ、そわそわ・・・。

「・・・夏穂、さっきから何をそわそわしてんだ?」

 トモが急に話しかけてきて私は思わずビックリしてしまった。

「えっ!? も、もしかして口に出てた!?」

「いや、出てないけどさ・・・」

「夏穂ちゃん、朝からずっとこの調子なんだよ~」

「そーそー、何か話しかけても上の空気味だしさー」

 ええ! そんなに! 確かに今日は気になることがあってちょっと集中力が無かったんだよね・・・。今日は土曜日で昼からの練習ってことになってたんだけど、午前中は恵と姫華とショッピング・・・、といってもスポーツショップだけど。それに行ってたから午前中も一緒にいたんだけど・・・。

「もー、何をそんなに気にしてんのさー!」

 姫華が問い詰めてきたところでトモが何かに気付いたらしい。

「もしかして秋大会の組み合わせ抽選が気になってんのか?」

「おお! すごい! なんで分かったの!?」

 トモは私ともう以心伝心ってことか! いやあ、流石キャッチャーだね!

「どうせ夏穂のことだから野球のことぐらいだろ?」

 ・・・なんか期待して損した・・・。

「組み合わせ抽選会かー! そういえば今日はキャプテンと木寄さんと監督が行くって言ってたね!」

「ね~ね~、トモくん。この地区ってどんな高校がいるの~?」

「そうだな・・・。有名どころだったら昔からの名門、激闘第一高校。古豪のパワフル学園高校。それからくろがね商業、文武ってとこかな」

「あ~、確かに聞いたことあるよ~」

「ま、激闘第一は今年の夏に黄金世代とも言われたメンバーが引退したから。結構、戦力は落ちてると思うぜ」

「友沢、蛇島の二遊間に“シブヒデ”こと渋谷、“彗星のエース”黒塚だよね!」

 友沢、蛇島、渋谷は1年の時から注目されていた攻守に優れた選手たちで、黒塚とは3年の夏に彗星のごとく現れ背番号10を背負いながらもその3人に負けない活躍をし、甲子園準優勝投手となったシンデレラボーイである。その4人はプロ大注目である。

 すると、抽選会に行っていた岩井さんたちが戻ってきた。

「いやー、今日の練習出れなくて悪かったな! 抽選、やってきたぞー!!」

 すると休憩中だった部員たちが集まってきた。みんなが集まってから、木寄さんが話し始めた。

「1回戦の相手が決まったわ。相手は山野宮高校。守備がウリの中堅高ね。試合は丁度1週間後よ」

 続いて、監督が話を始めた。

「併せて大会のスタメンと背番号を発表する。呼ばれたら返事をするように」

「「「はいっ!!!」」」

 突然だ! でも人数的に何人か外れるってことだよね・・・。

 そして、発表された背番号は次の通りだった。(どうやらルール改定で今年は地区大会もベンチ入りは18人となったようだ)

背番号1  御林辰巳 (投 手、2年)、副主将

背番号2  木寄久美 (捕 手、2年)、副主将

背番号3  竹原大  (内野手、1年)

背番号4  里田信二 (内野手、2年)

背番号5  岩井健太 (内野手、2年)、主将

背番号6  梅田風太 (内野手、1年)

背番号7  花川麻紀 (外野手、2年)

背番号8  小道拓斗 (外野手、2年)

背番号9  大木太  (外野手、2年)

背番号10 松浪将知 (捕 手、1年)

背番号11 杉浦智也 (投 手、1年)

背番号12 小島祐樹 (外野手、2年)

背番号13 野村太一 (内野手、2年)

背番号14 倉木由奈 (内野手、2年)

背番号15 中野理恵 (外野手、2年)

背番号16 山田美紀 (内野手、2年)

背番号17 金村剛  (投 手、2年)

背番号18 田中則之 (内野手、1年)

 

「・・・以上だ。ベンチに入ってないメンバーはスタンドで応援ということになるが・・・、練習では特にサポートに回すということはしない」

 ベンチ入りできなかったか・・・。まあ、投手は3人いるしね。フォームもまだ完成してないし・・・。・・・めちゃくちゃ悔しいけど・・・。

「よし! まずは秋の地区予選突破! 行くぞー!!」

「「「おおーっ!!!」」」

 そして、1週間後。聖森学園高校野球部の大会が開幕することとなった!

 

*      *      *      *      *

 

 9月末の某日・・・、

「よっしゃ! 今日は待ちに待った初戦だ!」

「まー、私たちはスタンドで応援だけどねー」

「仕方ないよ~、8人はベンチから外れるわけだし~」

「というか、ひっそりと田中がベンチ入りしてたな」

「「「「そういえば、そうだ!!」」」」

 元木くんの言葉にみんながハモる。なんか田中くんって存在感が薄めなんだよね。

「ぐっ、岩井さんからのスタメン奪取は厳しいな・・・!」

「あの・・・、田村くん・・・、ベンチ入りすらしてないよ・・・?」

グサッ!! 村井ちゃんの言葉は田村くんの心に突き刺さったのか、落ち込んでしまった。

「うう、岩井さんはそんなに遠いのか・・・(ドヨーン)」

「あ、あわわ!? 田村くん!?」

「村井ちゃん、田村くんは意外とメンタル弱いからさ・・・、励ましてあげて・・・」

 慌てる村井ちゃんにアドバイスする。というかそうしないと落ち込んだ田村くんが不憫にしか思えないし・・・。村井ちゃんはしばらくあたふたした後、意を決したように田村くんに声をかける。

「た、田村くん! あの、田村くんにもい、良いところはいっぱいあるよ! え、えっと、岩井さんに確実性じゃ敵わないけど、飛距離なら肉薄してると思うし(グサッ)、足は・・・、勝ってると思うし、守備も負けてるかもしれないけど(グサッ)、積極性は負けてないと思うよ!」

 村井ちゃん・・・、笑顔で励ましてるつもりなんだろうけど・・・。

「う、うわーーーー!! 俺のことはほっといてくれーーーー!!」

 ダダダーッ!! と田村くんは走り去っていった。

「え、あ、あれ?」

 その笑顔で田村くんに止めを刺していったら、そりゃあ、逃げたくなるよね・・・。ほめてるようで、ディスってる要素の方が多かったし・・・。

「隠れSの素質の村井ちゃん・・・、ありでやんすねっ!! ってゴブファア!?」

「黙れ! この変態メガネ!!」

 しょうもないことを言った矢部川君に姫華が強烈な蹴りをお見舞いした。

「ちょっと、姫香。やりすぎちゃダメだよ」

「おお、ついに夏穂ちゃんがオイラのことを心配して・・・」

「村井ちゃんが怖がるでしょ」

「むー、それもそーだね! 仕方ない!」

「え、オイラの心配は・・・?」

「「そんなの無いよ?」」

「ひ、ヒドイでやんす! 彩ちゃん! 何か言ってやってくれでやんす!」

 話を振られた彩ちゃん(ベンチには2年のマネージャーの日下さんが入ったから彼女もスタンドで応援だ)は矢部川君にニッコリとほほ笑んで、

「矢部川君? そろそろ試合開始だからあんまり騒がないようにね?」

「うそーん、でやんす・・・」

 矢部川君もドヨーン、と静かになった。1年生は一体何人スタンドでメンタルをやられているのだろうか・・・。

「あ、整列するみたい。私たちも立つよー!」

 選手たちの整列に合わせ私たちも立ちあがった。

 

*      *       *      *      *

 両チームのオーダーも発表された。

 先攻、山野宮高校

1番  ショート   伊藤

2番  サード    石嶺

3番  ファースト  田所

4番  センター   川井

5番  セカンド   須田

6番  ライト    松野

7番  レフト    大平

8番  ピッチャー  平井

9番  キャッチャー 井領

 

 後攻、聖森学園高校

1番  センター   小道

2番  レフト    花川

3番  ピッチャー  御林

4番  サード    岩井

5番  ライト    大木

6番  ショート   梅田

7番  セカンド   里田

8番  ファースト  竹原

9番  キャッチャー 木寄

 

 こっちのオーダーはずいぶんといじってあるね。向こうからしてもデータが無いから分かんないだろうけど。

 そして整列の後、聖森のナインが守備に就いた。うちの野球部は圧倒的に試合経験が少ない。紅白戦を多めにやってることで補っているもののやっぱり知らない相手と負けたら終わりの試合を戦うっていうのは経験が少ない。これが悪く出ないといいんだけど・・・。

「初回! しまってくわよ!!」

「「「おう!!」」」

 木寄さんが声をかけ、いよいよプレーボールだ。

 

 初回、相手はおそらく御林さんがどんなピッチャーかを見極めようと手を出してこなかった。一番の左打者の伊藤は外低めのストレートを中心に投げ込まれ、3球目をサードゴロに打ち取られた。すると木寄さんは徹底して外低めに集めだした。おそらく相手が慎重にあると踏んだのか遊び玉なしで勝負をかけていく。結局山野宮打線はわずか8球で初回を終えたのだった。

 しかし、流石は中堅校。守備がウリらしく、こちらもあっさりと打たせて取られてしまい、三者凡退。2回も御林さんと木寄さんのバッテリーはストレートで相手を手玉に取っていく。これは投手戦・・・、誰もがそう感じ始めた2回表だった。

 

 先頭の岩井さんは低めの真っすぐをフルスイングで捉えた。

キイイイインッッ!!! と快音を残し、打球はレフトへと消えていった。

 初球を一振りで完全に捉えた! 打った本人の岩井さんは一塁を回ったところで右手をこちらに向けて突き上げた。

「よっしゃあああ!」「ナイバッチッ!!」「流石キャプテン!!」「おお~!!」

 やっぱ、この人は別格だ。一振りで流れを変えられる信頼感、そしてそれに応えられる実力・・・。まさにチームの柱というべき存在感!

「にしても、相手も馬鹿でやんすね。4番相手の初球にあんな不用意に真ん中低めを投げるなんて・・・」

「そんなこと言ってるけど矢部川ならたぶんサードゴロだよ」

 初芝くんが矢部川君の一言に反応した

「む、オイラでもあのコースの真っすぐならヒットに・・・」

「真っすぐって思ったら打てないよ、あれ。2シームだもの、多分」

 2シームとは、ストレートの1種なんだけど回転するときに見える縫い目の数で2シーム、4シーム、最近では1シームなるものもある。ちなみに日本では4シームが主流で、“真っすぐ”と言われるのはこっち。2シームは球速、ノビでやや劣るものの打者の手元でわずかに沈む、打たせて取るためのストレートである。

「え、なんで分かったの?」

「岩井さんのスイングは結構レベルスイング・・・、普段から水平なスイングしてるんだ。でも今のは結構アッパー気味でしかもボールの下を叩いてたように見えたし」

「確かにここまでの打者の打ち取られ方を見ると2シームでもおかしくないよね」

 前の回は3人とも低めの速球を内野ゴロに打ち取られていたし・・・。

「そこまで見抜いてたとは・・・。岩井さんもともかく初芝くんもすごいでやんすよ!」

「いやいや、なんとなくだって」

 ・・・実は初芝くん、天才肌なんじゃ・・・。

 

*     *     *     *     *     *

 

 しかしその後は続かず、再び投手戦へ。こっちの打線は相手投手、平井の2シーム、チェンジアップと堅い守備に苦しめられ、チャンスを作っても、追加点を奪うことができなかった。

 一方、御林さんもストレート主体の強気なピッチング(正確には木寄さんの強気なリード)で相手打線を封じていた。

 そして、8回2アウト1,2塁のチャンスを作り、岩井さんを迎えた。初球のきわどいコースの2シームを見送り、続くチェンジアップを振りぬく!

 カーーーン!! と強烈な当たりが左中間へ飛んだ! しっかりと体重を残し、ギリギリまでボールを引き付けて打ち返す。岩井さんのスイングスピードがなせる打撃術!

 この当たりで一気に2人のランナーが生還し、2点が入った。

 このリードを御林さんが守り切り、完封。聖森学園は見事完勝で1回戦を突破したのだった。

 秋季大会地区予選1回戦

山野宮  000000000 0

聖森学園 01000002× 3

 

*     *     *     *     *     *

 

「よしっ! 1回戦突破だ! もう少し点は取りたかったけどな!」

「そうね、あと1点取れるだけで安心感が大きく変わってくるしね」

と、岩井さんと木寄さん。

「二人の言うとおりだ。もう少し楽な試合展開が望ましかった・・・。だが、初戦としては上出来だろう。よく守れていたしな」

「ええ、次は打撃をもっと頑張りましょう!」

「「「はいっ!!」」」

 

 ミーティングが終わってから恵みたちと共に木寄さんの元へと向かった。

「木寄さん! ナイスゲームでしたっ!」

「そうです! 木寄さん、盗塁も2つ刺しましたし!」

と、私と姫華が声をかけた。しかし・・・、

「・・・・・・」

ロッカールームのベンチに座ったまま木寄さんは反応しなかった。

「木寄さん? どうしたの~?」

恵が声をかけるとようやく反応してくれた。

「え、あ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって」

「大丈夫ですか? まさか、体調が悪いとか・・・?」

なんか、心配だなあ。こんな風な木寄さん、初めて見た。

「まさか! 大丈夫よ。ちょっと、疲れただけで・・・。やっぱり、公式戦でリードするのは気疲れするわね・・・」

「そうですよね、やっぱり緊張感が違うんですよね!」

「じゃあ、私たち、失礼しますね~」

「ええ、応援、ありがとね」

「はい、では失礼します!」

 私たちはあんまり木寄さんの迷惑になってもいけないから、その場を後にした。

 また1週間後には次の対戦相手が待っているしね! このチームなら負ける気がしないよ!

 

*      *      *      *      *

 

 1週間後の2回戦、相手は流星高校。

 こちらはオーダー変わらず。一方の相手は

1番  センター   速水

2番  キャッチャー 光原

3番  セカンド   風間

4番  ファースト  星野

5番  サード    長谷川

6番  ライト    石井

7番  ショート   木村

8番  レフト    加藤

9番  ピッチャー  阿久津

 

「相手のエース、阿久津さんのお兄さんは甲子園にいったそうだよ」

「そういえば、聞いたことあるね流星高校って」

「オイラは彩ちゃんに“お兄さん”と呼ん・・・ってグブハッ!?」

「矢部川、アンタは黙ってなさい!」

 とか、スタンドはいつも通りなんだけど・・・、

「! 逃げた!!」

「くっ! ほんと、しつこい・・・!」

木寄さんが送球するがこの盗塁は決まってしまった。

流星高校はとにかく走ってきた。打撃は徹底的に粘り、転がし、意地でも出塁、そして走る。そしてどの選手も速い!

「これで盗塁企画数10、成功数は6・・・」

彩ちゃんはきっちりカウントしてたようだけど、改めて聞くと異常な数字だよ・・・。

 

 聖森学園 40202     8

 流  星 0220      4

 

 得点自体はこっちが優勢だけど、その内容は非常にこちらが苦しめられている。御林さんがかなりの球数を投げさせられているし、キャッチャーの木寄さんもかなりのスローイングをしていて、疲労が尋常じゃない。普段からの正確なスローイングに徐々に乱れが出てきた。そして、なにより・・・、

「・・・! このっ!」

「・・・セーフ!!」

 挑発するような大きなリード、それによってバッテリーは体力だけでなく精神的にも消耗していた。

 5回裏、1アウトランナー2塁。打者は9番の右打者阿久津・・・。9番にいるもののここまでの2打席を見ても打撃のセンスは感じられる。

 その2球目・・・、

「ランナー逃げた!!」

 風太が叫ぶ。2塁ランナーは3盗を仕掛けてきた! さらに・・・、

「・・・よっと!」

 カキンッ! と外のストレートに阿久津はなんとかバットを当てた! その打球は・・・、

「な、マジかよ!?」

 岩井さんの守備範囲ならサードゴロと思われた当たりだが3盗のカバーで3塁ベースに寄っていた岩井さんには取れない! しかしこの当たりに・・・

「こんにゃろー!!」

 風太がスライディングで追いついてきた! なんて守備範囲! そこからすぐさま1塁へボールは転送される。阿久津は足はこの打線では最も足が遅いのが幸いしてか(とはいえ、平均よりは速いけど)、目一杯、手を伸ばしたファーストの大のミットに収まる方が早くアウトになった。これはかなりのビッグプレー! スタンドも盛り上がろうとした矢先だった。誰もが“あること”を忘れていた!

 

「っ! やべえ、大!! バックホーム!!」

 ベンチからトモが叫ぶ。そうだ、見落としていた。今は“ランナー2塁からエンドランを仕掛けられた”のだった!

「! まずいっ・・・」

 大が慌ててホームに転送するも、木寄さんのタッチはかいくぐられセーフ・・・。

 これで8-5・・・。試合は分からなくなってきた・・・。

「まずいでやんす・・・。このままじゃ・・・」

「ああ、流れと勢いで押し切られちまう・・・」

「御林さんがあそこまで相手に好き勝手されちまうなんて・・・」

 負のムードは感染する・・・。まさに今こっちのムードはその通りだった。

 




 果たして聖森学園はここで押されきって敗れてしまうのか・・・?
 次回へ続きます・・・!
 
 でも、実際、経験不足ってけっこう試合を左右するもんです。相手の押せ押せムードをどうやって止めるか・・・とかそういうの。ここぞ、って時にかかわってくるんですよね・・・。
 
 では今回の選手紹介は、お待ちかね(?)の2年生の固有キャラです! 頼りなる先輩方のご紹介です!

 御林辰巳  (2年) 左/左

 聖森学園野球部の初期メンバーである2年生の一人。人あたりが良く、よくケンカする岩井と木寄の仲裁もする。その性格から”聖森の聖人”の異名を持つ。
 選手としては制球力と珍しい変化球を持ち味にしている。バッティングにも自信あり。
 球速  スタ コン
140km/h C B  
 ⇙ スラーブ 3
↙ ドロップカーブ 2
 ⇘ サークルチェンジ 2
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 C C D C D E   投D 一E 外E
 ピンチ○ 対左打者○ 逃げ球 寸前× 流し打ち チャンスメーカー 

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 岩井健太 (2年) 右/右

 聖森学園野球部のキャプテン。かなりの実力者で熱い男。口調は荒いが基本的には部員のことを思いやる理想のキャプテンなので部員からの信頼も厚い。精悍な顔つきとかなりしっかりした体で日によく焼けている。
 中学から打撃に関しては有名だったが名門校から声はかかることはなかった。それに加えて、ある目的があって、御林、木寄と共に聖森学園にやってきた。
 真摯に野球に取り組む姿勢とその才能が噛み合い、めきめきと急成長、今では攻守共にかなりの実力を持つ。特に打撃はスイングスピードに磨きがかかり、長打力と確実性を備えた打者となった。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 C B E B C D   三C 遊D 一D 捕E
 パワーヒッター 広角打法 チャンス◎ 粘り打ち 威圧感 高速チャージ 盗塁△ ムード○ 積極守備 選球眼 

【挿絵表示】


 木寄久美 (2年) 右/右

 聖森学園の初期メンバーの一人。御林、岩井とは中学時代からのチームメイト。ロングヘアーをポニーテールにまとめている。その容姿とクールな性格から男女問わず高い人気を誇る(特に後輩女子からの人気が高いらしい)。
 普段はクールな性格だが野球に関しては熱い情熱を秘めているが、チームに迷惑をかけることを嫌うため、悩みや不安などをなんでも一人で抱え込みがちで、案外ナイーブである。
 選手としては、司令塔として試合中のチームを支えており、勝負強さとリードには定評がある。
  
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 E E E D A A  捕A
 キャッチャー◎ チャンス○ 送球◎ 初球○ 走塁△ 慎重走塁 積極打法 

【挿絵表示】


 あ、岩井が強すぎるかも・・・。とにかく頼れる先輩方の活躍にもご期待ください! 感想などもよろしければお願いします!! 


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8 Attack~進撃~

 夏穂の出番が少ない・・・。
 まあ、ベンチ入りしてないので仕方ない。今回は2年生が大活躍!?
(追伸) 激闘第一戦の聖森学園の打順が間違っていたので訂正しました。すいません。


 聖森学園 402021    9

 流  星 022011    6

 

 6回、1点取って流れを呼びなおしたように思われたんだけど・・・。その裏にまたも足を絡められて1点取り返される。本当に雲行きが怪しくなってきた・・・。

 盛り上がる流星高校に対して聖森学園は明らかに疲弊していた。

 そして7回、先頭は大だったが、ここで監督が動いた!

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。バッター竹原君に代わりまして、松浪くん。バッター、松浪くん。背番号10」

 おお、ここでトモか!

「いっけー! 松浪ー!!」「かっ飛ばすでやんすよー!!」「ぶちかませー!!」

 スタンドの1年たちから歓声が飛ぶ。トモはいつものように足場を均し、構える。

 ただ、トモは打率はあんまし良くない・・・。何打席か打たせて結果を出すタイプだ。でも・・・、

(ここぞという時、トモは必ずやってくれる気がする!!)

 トモは初球のストレートから積極的に振っていくが打球は後ろに飛びファール。

 続く外のボール球は見逃し、その次の内角の直球に詰まらせながらもファールとし、カウント1-2に。まずい、追い込まれた!

 

*      *      *      *      *

 

 代打で出てきたバッターを追い込んだ右投手の阿久津はキャッチャーの出されたサインにうなずく。

「(へへっ、1年どもはこいつのことを知将だかなんだかいってビビってたけどよ。大した事ねえなあ!)」

 振りかぶって腕を振るい投じたのは甲子園に立った兄と同じ決め球、フォークボール。

「(兄貴直伝のこいつで、いっちょ上がりだ!!)」

 自信満々に投じ、三振を確信した阿久津だったが・・・、

「ボール!!」

「見逃しただとお!!」

「(そりゃここまでだいたい決め球はフォークだったんだからなんとなく分かるだろうよ・・・)」

 松浪は心の中でツッコむ。データ派の捕手である松浪からすればこれほどまで分かりやすいリードは無いだろう。

「(だが、こいつはどうかな? 俺はフォークしか投げなかった兄貴とは違うぜ!! こないだ完成させた新球!! カーブだあ!!)」

 阿久津が自信満々に投じたカーブは・・・

 カーーーン!!! 

「なにーーー!!??」

 阿久津の驚愕の声も空しく打球はスタンド一直線だった。

「バカな・・・、あのカーブをいとも簡単に・・・」

「(そりゃあ、あんなど真ん中に打ち頃の緩いカーブなんか来たら打つに決まってんだろ・・・)」

 その後、聖森学園打線は勢いづき、阿久津を攻略していった。

 

*      *      *      *      *

 

「1アウト満塁で岩井さんか・・・」

 トモのホームラン以降、阿久津の投球が精彩を欠いている。フォアボール、ヒット、送りバント、フォアボールで今に至るんだけど・・・。

「阿久津君、へろへろでやんすけどまだあきらめてないでやんすね」

「ああ、伊達にエース張ってねえな!!」

 でも、その状態で岩井さんなんて迎えたら・・・

「しゃおらああ!!」

 その雄たけびと共に豪快なスイングではじき返された打球は再びスタンドへと消えた!!

「うおお、きたああああ!!」

「2戦連発とか、マジですげえ!!」

 岩井さん、マジですごいや・・・。傾きかけた流れもトモ、岩井さんが引き戻した。

 そして、7回の裏。8点差がついてるので2点取られなければコールド勝ちとなる。

 この回は7番からだったが、御林さんが最後の力を振り絞りアウトを重ねていく。

 そして9番の阿久津を迎える。

「まだだ・・・、まだ終わっちゃいねえんだ・・・!」

 阿久津はまだ諦めていない。追い込まれても意地でもボールに食らいつくが、打球はショートフライに終わりゲームセット。

 聖森学園がコールド勝ちで2回戦突破を決めたのだった。

 

*       *      *      *      *

 

 3回戦、これが終わればベスト8が出揃う。ここの地区では決勝に残った2チームが地方大会へと進む。その3回戦だったが、前の2試合で勢いに乗った聖森学園は3回戦の相手、田路田寺高校にも10-1のコールド勝ちを果たし、ベスト8入りを果たした。

 去年の夏以来の出場となる創部2年目の聖森学園の快進撃はこの地区の話題となった。

 それと同時に3試合で打率7割、本塁打3本(3試合連発であるから驚きだよね)でチームを引っ張る岩井さんにも各校から注目が集まりつつあった。

 

「岩井さん、かなり注目されるな・・・」

 部室にて地元ローカルのスポーツ新聞を読んでいたトモが言った。

「すごいじゃん! 岩井さん、ほんと頼りになるしね!」

「そ~だよね~、毎試合流れを呼び込むホームラン打ってるもんね~」

「この調子なら地区大会進出も夢じゃないね!」

 私や恵、姫華が各自反応したけど、トモはやや曇った顔で答えた。

「確かに頼れる人なんだけどさ、注目されるのはあんましよろしくないな」

「? どうして?」

「注目されるってことはつまり、警戒されるんだ。今までのように不用意にカウントを取りに来ることも減ってくるし、敬遠もあり得る」

 姫華の問いにトモは新聞をたたみながら答えた。

 確かにこれだけ打ったら他の高校も警戒するよね。

「まあ、次は心配ないな」

「なんで~?」

「次の相手は大京近工業・・・。とにかく打ってくるチームだ。3試合で47得点の凶悪打線がウリなんだ」

 1試合平均15~16点ってどういうことさ・・・。

「ただ、守備面もボロボロで毎試合コールドギリギリの試合やってるんだ・・・」

「ノーガードってこと?」

「まあ、そういうことだな」

 次の試合は荒れそうだな・・・。

「それより問題はその次だ。相手は激闘第一、文武と当たるんだがまあ順調に来るなら激闘第一だろーな」

「戦力落ちたんじゃなかったの?」

 姫華が食いついてきたけど、

「そんだけ強いってこった」

 トモは一言で一蹴した。それに付け加えて、

「ま、先に目の前の試合に集中しなきゃな」

「そうだね、頑張りなよ! トモ!」

「夏穂も早くフォーム、完成させろよな!」

「わかってるよ!」

 そう、フォーム改造ももう少しだ。もう少しで、完成するんだ・・・。

 

*      *      *       *       *

 

 準々決勝、相手は強打の大京近工業高校。そして、試合展開はトモの予想通り・・・。

「見てる方が疲れるね~」

「5回終わって9-8だもんね・・・」

 そう、恵と姫華の言う通り、壮絶な打ち合いとなってしまった。

 大京近工 02213     8

 聖森学園 03312     9

 

 しかしまあ、最初は0からだったからこんなことになるとは思わなかったんだけど・・・。結局、2回以降は打ち合いとなってしまった。相手チームには2本、こっちはまたも岩井さんにホームランが飛び出す乱打戦となった。

「ああ! また打たれちゃった!」

「また追いつかれちゃったね~」

 タイムリーを浴び、またも同点に。御林さんが悪いっていうより相手はものすごくよく振ってくる。カウントを整える前に打ってくるから、木寄さんもかなりリードに苦しんでるようだ。後続を断ち、こちらの攻撃となったが・・・。

「でも、向こうの守備も酷いよね・・・」

「そだね・・・」

 姫華が苦言を呈した通り、守備力ははっきり言ってここまでのどの高校よりも低い。投手もボールは速いものコントロールは悪く、カウントが悪くなり四球、からのストライクを取りに行ったところを痛打される負のループに陥っている。

 対してこちらは打たれてはいるもの御林さんがテンポよく投げているので流れは譲っていない。

「ねえねえ、あそこにいるのってさ、激闘第一じゃない?」

 姫華が指さした方にはおそらく激闘第一だと思われる一団がいた。

「そういえば、勝ったら激闘第一だったよね~?」

「ま、文武と戦って勝った方だけどね」

 私もそうは言ったものの、きっと勝ち上がるのは激闘第一だろうと考えていた。文武もなかなかの強豪だけど名門相手じゃ分が悪い。

「(偵察・・・、いや様子見しに来たってとこかな?)」

 

*      *      *      *      *

 

 激闘第一はこの夏準優勝のメンバーがごっそりと抜けた。しかし、それでも甲子園を経験したメンバーも数多く残っている。

 まずは夏から引き続きエースナンバーを背負う鶴屋。140キロを超えるノビのある直球に高い制球力、さらには打者としても俊足好打の選手。そして、1年生ながら主軸を打つ少豪月、軟投派の大塔。それに加え、“ポスト蛇島”の異名を持つ、走攻守の3拍子揃った2年生のサード羽生鋭牙(はぶえいが)など、高レベルな選手が揃っている。

 激闘第一のメンバーは次の相手となるだろう2チームの試合を見物していた。

「にしても、とんでもない打ち合いですね」

「打ち合い? ハッ、低レベルな争いだよ。どちらもウチには遠く及ばないさ」

 鶴屋の見解に羽生は辛辣に答えた。

「羽生さん、どっちも真剣にやっとるじゃけえ、そこまで言わんでも・・・」

「真剣にやろうがどうしようが、勝たなきゃダメなんだよ、少豪月」

「た、確かにそうじゃが・・・」

「ですが、どちらも穴は投手陣ですね。というより、捕手のリードでしょうか」

 そこに少豪月、大塔も加わった。

「それより、皆そろそろアップに行かないと」

「そうだな、こんな低レベルな試合を見るよりも、自分のコンディションを上げる方がよっぽど良い」

 鶴屋、羽生の両名がアップに向かうや否や他のメンバーもそれに続いた。

「(まあ、万が一、俺たちが苦戦するようなら、“潰す”奴は既に決まってるんだがな)」

 誰にも見えないところで羽生はほくそ笑む。

「(見ていてください蛇島さん・・・、あなたの果たせなかった野望は、あなたに教えてもらった方法で、このあれが果たしてみますよ・・・。ハハハハ!)」

 羽生鋭牙・・・、良くも悪くも蛇島の教えを受け継いだ男。彼は表の顔と裏の顔を持ち、“勝つためならばなんでもする”の意味をはき違えた男である・・・。

 

*      *      *       *       *

 

 結局、大京近工業相手に苦戦しながらも18-11というトンデモスコアで勝利をおさめた聖森学園ではあるんだけど・・・、疲労感が半端ない。その上に次の相手は強豪の激闘第一と来た。というか、おそらくしんどいのは御林さんだろう。この試合も球数は6回で102球。4日後の準決勝を控え、何とか休んでもらいたいところだ。7回は金村さんが投げたけど制球難に陥りがちな金村さんは振り回してくる大京近が相手ならともかく、激闘第一には厳しいかもしれない。杉浦君もいきなりの相手が激闘第一は厳しいだろう。

 そう考えると、このチームの岩井さん、御林さんの実力はこのチームで抜きん出ているね。

「激闘第一ッつーことはさ、これ倒せば地方大会もいけんじゃねーの?」

「風太、そもそも勝ったら地方大会進出決定だよ?」

「そーじゃなくて! 地方大会もいいとこまで行けんじゃねえのってことだよ!」

「ああ、なるほどね・・・」

「でもさ~、激闘第一って強いんでしょ~?」

「そりゃそうでしょ、恵・・・」

「ま、なんとかしよーぜ」

「トモ、それは適当すぎない?」

「だって俺は風太と違ってスタメンじゃねーからな」

「「「でもベンチ入りしてるだろ(でしょ)!!」」」

  練習後のクールダウンの時間の私や恵、トモや風太のやり取りは大会中でもいつも通りだ。

 だけど、私たちはこの時はまだ知らなった。激闘第一という相手がどれほど恐ろしい相手なのかを・・・。そして、待ち受ける出来事も・・・・。

 

*      *      *      *      *   

 

 そして、準決勝当日。

 地方大会進出をかけた戦い、第1試合のSG(セキュリティーガード)高校と大筒高校の試合。この2校はなんでも、昔からのライバルらしい。この2校は激しい戦いの末、SG高校が持ち前の守備力で守り勝ち、決勝進出と地方大会進出の権利を得た。

 そして、いよいよ第2試合、聖森学園と激闘第一の一戦。準決勝ともなるとかなり立派な球場でやるので観客もたくさんいるなあ。

「さて、そろそろ始まるよ。横断幕の準備できた?」

「うん、準備できてるよ、彩ちゃん」

「みんな、がんばれ~!」

 私たちも観客席に座るけど、今までと違って私たち以外にも観客がちらほら。

そして、両チームがノックを受け終わるといよいよオーダーが発表された。

  先攻 聖森学園高校

1番 ショート   梅田

2番 レフト    花川

3番 ピッチャー 御林

4番 サード    岩井

5番 センター 小道

6番 キャッチャー 木寄

7番 ファースト  竹原

8番 セカンド   里田

9番 ライト    小島

 

 後攻 激闘第一高校

1番 ピッチャー  鶴屋

2番 ショート   垣内

3番 キャッチャー 中岡

4番 サード    羽生

5番 レフト    少豪月

6番 センター   三船

7番 ファースト  松尾

8番 セカンド   村上

9番 ライト    坂上

 

 1番でピッチャーって珍しいよね。しんどそう・・・。それに・・・、

「スタメンの中に甲子園経験したメンバー・・・、グランドに立ったメンバーが4人もいるんだって」

「4人でやんすと!?」

「そう、ピッチャーの鶴屋、キャッチャーの中岡、サードの羽生にファーストの松尾が甲子園での試合に出場していたそうだよ」

「だからといって他のメンバーが実力が無いわけじゃないからね」

 私の情報に彩ちゃんが付け加える。正確には全員が強敵で特にその4人が要警戒だってだけなんだけどね。

 さて、そろそろ試合開始の時間だね。両チームがベンチ前に並び、集合が掛けられる。

 決勝進出と地方大会進出をかけた戦いの火蓋が切って落とされる・・・!

 

*      *      *      *       *

 

 先攻は聖森学園、先頭はこの大会初めて1番に座った風太だ。

 相手投手の鶴屋を揺さぶるためにもまず出塁してほしいところなんだけど・・・、

 右投手の鶴屋に対して1,2、3番に左打者を並べている。しかし、

「・・・ふっ!!」

「うおっ!?」

 鶴屋の強気なインコース攻めにのけ反る風太。しかも、直球も速い!

 インコースにストレートを続けられ風太はあっさりと内野フライに打ち取られ、続く花川さんも詰まった当たりのサードゴロに倒れツーアウト。御林さんもインコースの真っすぐをファールにした後、インコースのスライダーを打ち上げ、ライトフライ。

 あっさりと3人で打ち取られてしまった。

「えらく鶴屋は強気でやんすね?」

「ううむ、全球インコースとは恐れ入ったよ」

 この三者凡退は大きい。チーム1の打力を誇る岩井さんにランナー無しで回るんだもん。

 御林さんの調子はどうだろうね?

 

*      *      *      *      *

 

 激闘第一サイドの円陣・・・、

「いいか、相手はこの大会で好投しているとは言い難い。手筈通りにな。以上。では、羽生、何かあるか」

 監督に話を振られ、主将の羽生が話し始める。

「はい。手筈は全員分かっているな? あのピッチャーの変化球は厄介かもしれないが、それなら捕手のクセを利用させてもらおう。あの女キャッチャーはどんどんストライクを取りに来る。実際、大京近戦でもそれを痛打されていたしな。とっとと、あいつらに現実の厳しさを教えてやろうじゃないか」

「「「おうっ!」」」

 

「・・・さてと」

 先頭打者の鶴屋は左打席に立つ。投手でありながら打撃センスに優れ、俊足の鶴屋は新チームでは1番を任されている。

 そして初球、御林のスリークオーターの腕から投じられたボールを迎え撃つ。

「(初球の8割がアウトローの真っすぐ! もらった!)」

 しかし、そのボールはストレートに似た軌道を描きながら・・・、

 さらに外へと逃げていった!

「(な、なんだと!? 変化球!?)」

 ミートの上手さゆえにバットに当ててしまった打球はあらかじめ前よりにいた岩井。

 先頭の鶴屋はあっさりとサードゴロに打ち取られてしまった。

 続いて2番の左打者の垣内。打率にやや難があるが彼もまた俊足である。

「(鶴屋のやつ、打ち気を出し過ぎなんだよ。初球振りますって言ってるようなもんじゃねえか)」

 そういう垣内も外低めの真っすぐ待ちである。

「(仕掛けるのはセーフティー一択! さっきみたく変化球なら引けばいい!)」

 御林が足を上げ踏み出したその時、バントの構えをした垣内の視界に猛然と前進する岩井の姿が入ってきた。

「(まさか、ばれてんのか!? くそ!)」

 そうして一瞬でも注意を奪われた垣内はまさにバッテリーの思う壺だった。

 投じられたのは・・・、

「(!! インハイの真っすぐだと・・・!?)」

 バットを慌てて引こうとしたが、注意がサードに向いたせいで反応がやや遅れる。

 カツンッ! と引き損ねたバットにボールが当たり、上がった打球は木寄のミットに収まった。思惑通りに打ち取った木寄りは内心笑っていた。

「(ふふっ、鶴屋は初球から打ちに行きがち、垣内は初球からセーフティーの構えで揺さぶったり仕掛けたりしてくる・・・。アンタたちのデータはしっかりとあるのよ!)」

 聖森学園サイドもしっかりと相手を研究していたのだ。特に5-1と接戦を繰り広げていた文武戦のデータはかなり有用だった。

「(それに、この二人の反応の仕方。恐らく相手は前の試合で仕組んだ罠に掛かってるわね・・・。しばらくはもちそう!)」

 続く、右打者の中岡はアウトローのストレート、スラーブと簡単に追い込まれ・・・、

「ぐっ・・・!?」

 インハイのストレートに詰まらされ、ショートフライに打ち取られた。

 この展開に羽生歯ぎしりをする。

「(あの馬鹿ども・・・、なぜ手筈通りに動かないんだ・・・!)」

 そう、羽生ですら気づいていない。

 激闘第一は、着実に、木寄の仕組んだ罠に掛かっていることに・・・。

 




 岩井はかなりの名選手、木寄と御林は隠れた名選手って感じ。
 今回の選手紹介は主なモブの2年生たち(小道、花川)といよいよ敵メンバー(澄原、阿久津)も。ここまで会話に登場していないモブの中のモブに関しては出番があったときに紹介します。

 小道拓斗 (2年) 右/右

 外野手を支えるリーダー。気合の入ったプレーを見せるが、頭の中は冷静でいる。本当はもう少し有名な高校に行くつもりだったが、家族に負担をかけないために県内の聖森学園を選んだ。かつては投手もやっていたが、限界を感じ外野手に専念した。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E D D B D D  外D 三F
送球○ レーザービーム 三振 積極守備

 
 花川麻紀 (2年) 右/左

 男勝りな女子選手。負けん気の強さはチーム1。ソフトボールでもそこそこの有名な選手だったが、甲子園に憧れて聖森学園へやってきた。意外とパワフルな打撃が武器。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
  2 D E D E C C  外C 二E 一F
バント○ 逆境○ リベンジ 強振多用

 
 澄原広海 (1年) 左/左

 マンモス校の混黒高校の分校の1つの海底分校のエース。混黒高校の校長に騙され、とある事情でこの分校へとやってきた。持ち前のカリスマ性と熱意で海底分校に野球部を立ち上げた。甲子園に立つことが最大の夢であり、自らの夢をすべて成し遂げた早川あおいを尊敬している。とても情に厚く、集まってくれた部員たちに感謝している。

 球速  スタ コン
140km/h C  E
↓ フォーク 3

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E F E D E D  投D
ピンチ○ 打たれ強さ○ 重い球 球持ち○


 阿久津隼人 (2年) 右/左

 流星高校のエース。打撃センスにも優れる。俊足自慢のチームを引っ張るキャプテンでもある。兄は甲子園に出場するも初戦負けしており、リベンジを果たすべく甲子園を目指している。非常に熱い心をもった男。
 球速  スタ コン
138km/h B F
 ⇓ フォーク 4
 ⇘ カーブ 1

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E E C D D D  投D
走塁○ 打たれ強さ◎ キレ△ 

 さて、本家パワプロのキャラに関連させたオリキャラが数多く出てきていますが受け入れていただけたらと・・・。あと、本家にいるキャラは若干能力が違うこともあるのでご了承ください。
 次回、策士木寄さんが暴れまわるかも・・・? 感想や評価もよろしければお願いします!


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9 Accident ~緊急事態~

 プロ野球界は福原に番長、サブローに武田勝などの名選手が引退・・・。寂しくなりますね・・・。
 それはさておいて、誰が話しているかの判断基準ですが、分かりやすい人で言えば姫華は”っ!”がつくことが多い。恵は~が最後に来ます。


 2回の表、聖森学園の攻撃・・・

「4番、サード、岩井君。背番号5」

 マウンドに立つ激闘第一のエース鶴屋とマスクをかぶる捕手の中岡は思わず息を呑んだ。

「「(なんていう気迫・・・!)」」

 打席に立つ岩井からは恐ろしいまでの闘志が覗える。並の投手なら簡単に飲まれそうだが・・・。中岡は鶴屋にサインを出す。

「(・・・恐ろしい打者だがその分きっちりと研究させてもらっている。まずは外のスライダーで様子見だ・・・)」

「(・・・了解・・・!)」

 鶴屋は頷いてサイン通りのスライダーを投じる。岩井はピクリと動いたが手は出してこなかった。審判の手は上がりストライク。

「(ボールオッケーでストライクが取れたのは大きいな・・・。動いたということはやはり狙いは真っ直ぐか。・・・よし、次は・・・)」

「(オッケー。真っ直ぐを外に外す・・・!)」

 鶴屋のボールは要求通りにやや外へと外れボール。これも岩井は若干反応した。

 さらにインコース、低めのワンバウンドとボール球のストレートを続け、カウントは3-1となった。

「(・・・よし、布石は打った! あとは鶴屋お前の力量次第だ・・・)」

 続くサインに鶴屋は頷き足を上げた。

 

 一方、スタンドでは・・・

「もしかして鶴屋も岩井さんにビビってるでやんすかね?」

「初球以降入ってないね、確かに」

「そりゃあ、いくら名門様が相手でもここまで打ちまくってる岩井さんは怖えだろうよ!」

 矢部川、田村たちが盛り上がる中、夏穂は一人、冷静に戦況を見ていた。

「(2年からエースナンバー背負った鶴屋ほどの投手がそうすぐにビビるようなメンタルを持ってるとは思えない・・・。もしかすると何か策が・・・?)」

 夏穂の不安は的中した。

 

 鶴屋が投じたのは低めへの速球、岩井は待ってましたとばかりにフルスイングした。

「「(かかった!!)」」

 その速球は、わずかに下方向へと変化した。しかし岩井のスイングはもう止められない。

「(鶴屋に投げさせたのは得意球のスプリット・・・、打ち気を利用させてもらった!)」

 スプリット―正式名称、スプリット・フィンガー・ファストボール(通称、SFF)とは変化球の一種。フォークよりもやや指で挟むことで落差を犠牲にし、速度はより直球に近づけたボールだ。空振りを取るのではなく、ストレートと思って打ちに来たバッターから引っ掛けさせて凡打を打たせるが狙いだ。最近になって投げる投手は増えてきたが“20世紀最後の魔球”とも言われ、海の向こうでも魔球と呼ばれるボールだ。

 策略通りに岩井を打ち取ろうとしているが、一つだけ鶴屋、中岡バッテリーが間違えていたことがる。それは、岩井が只者でない、規格外の選手だということだ。

「ぐっ!? こんにゃろーがっ!!!」

 岩井は強引にバットをアッパーに振りぬいた。

「「(はーーーっ!?)」」

 弾き返された打球は力なくレフトの方へ上がったが運よく内野と外野の間にポトリと落ちた。沸き立つ聖森学園ベンチに対し、鶴屋と中岡は驚きを通り越して呆れていた。

「(意味分かんねーぞ、おい。どーやったらあれが打てるんだよ・・・)」

 続く打者は5番の小道。そこで中岡はやや慌ててしまった。

「(・・・向こうの頭にはSFFがあるはずだ・・・。低めに真っすぐでカウント取るぞ!)」

 鶴屋が頷き、投げ込んだが小道はそれを待っていた。

「(打たれた球種は投げにくいよな!)」

 待ってましたとばかりに小道は振り抜く! 金属音と共に引っ張られた痛烈な打球は三塁線を破る・・・。誰もがそう思ったが・・・。

 バシィィ!! と打球は横っ飛びを試みた羽生のグラブにワンバウンドで収まった。すぐさま起き上がった羽生は二塁へ転送、セカンドの村上も素早い送球で併殺を完成させた。

 

*      *      *      *      *

 

「むむむ、ついてないでやんす・・・」

「やっぱり羽生、鶴屋の実力は抜きん出てるね」

 私のの呟きに矢部川くんも同調する。実際、当たりは悪くなく打った小道さんを責めることはできない。一つ恨むべきは羽生の所へ打ってしまったことだろう。

「そうだね~。あの当たりを取られたらヒットにならないし~」

「それに岩井さんも実質打ち取られていたもんね・・・」

 恵や姫華もそれぞれの意見を口にする。とはいえ、他のメンバーも今までの相手より高いレベルにあることは間違い無い。でもウチのチームも負けてないはず!

 しかし、続く木寄さんも鶴屋の前にセカンドゴロに倒れてチェンジとなった。

 

*      *      *      *      *

 

 2回裏、右打席には羽生が立った。激闘第一の4番打者であるが、長打はあまり多くない。どちらかというと技術で打つタイプの好打者である。

 丁寧に主審に礼をした羽生だが、いざ御林に向き合うとじっと冷めた目で睨み付けた。

 はっきり言って羽生にとってここまでの試合展開は面白くないものだった。

「(試合の滑り出しが互角・・・? それもウチのような強豪と聖森とかいう女子部員が試合に出るような高校が? 馬鹿馬鹿しい。)」

 投じられた初球の内角高めのストレートを捉える。

「(どいつもこいつも、役立たずだ!)」

 羽生はボールを思いっきり引っ張った。御林、木寄のバッテリーは積極的にカウントをストレートで取りに来る。初球が最も甘いのなら、カウントを取りに来るなら遠慮なく行かせてもらえばいい。

 しかし、羽生の打球が入ったのはスタンドではなく、レフトの花川のグラブだった。

「! 馬鹿な!? いや、まさか、吊られたのか!」

 羽生は不可解な打ち取られ方に気付いた。

 悔し気な顔を浮かべる羽生を見て木寄は笑みを浮かべる。

「(作戦通りね・・・。後はこれがどれくらい持つか・・・。それ次第でこの試合の勝者は決まるかもね)」

 今の状況を楽しむように木寄りは次の配球を組み立てる。そんな風に楽し気な顔(とは言っても長年の付き合いだから分かる程度の変化ではあるが)を見て、マウンドに立つ御林も苦笑する。

「(綱渡りみたいな作戦、楽しんでるなあ・・・。付き合わされる方の身にもなってよね)」

 そうは思いつつも岩井や木寄の無茶ぶりに黙って付き合って楽しむ自分がいるのも事実なので、黙ってプレーに戻って再びマウンドでサインのやり取りを行う御林であった。

 

*      *       *       *      

 

 結局2回の裏は5番の少豪月は三振、6番の三船もショートライナーに倒れた。

 そこから投手戦が始まった。鶴屋は右打者にはSFFを意識させつつストレートで詰まらせていき、左打者には強気な内角攻めで打ち取っていく。

 一方の御林さんは初球から直球狙いで積極的に手を出してくる相手を手玉に取っていった。

 

 聖森学園 000000      0

 激闘第一 00000       0

 

 といった感じで気づけば両チーム無得点のまま、5回の表が終了してしまった。

「接戦になったらな・・・って思ってたけどこれは流石に予想外だよね」

「強豪相手にこの接戦か・・・」

「もしかしてウチってかなり強いでやんすか?」

「いや、ぶっちゃけ岩井さんと御林さんと木寄さんのおかげって感じじゃないっ!?」

「たしかにね~」

 スタンドのメンバーが口々に感想を漏らす。接戦とはいっても私の予想は2,3点のビハインドくらいなんだけどね。

 ただまあ、激闘第一がこのまま黙ってくれてたらいいんだけどね・・・。

「でもさ~、ここから見た感じさ~、木寄さんたち、楽しそうじゃない~?」

「えっ、そうかなっ?」

「岩井さんはいつもあんな感じな気がするでやんすけどね・・・」

 この状況を楽しめるのか・・・、私もあの場所に立ったら、楽しむことができるのかな?

 

*      *      *      *      *

 

 ・・・激闘第一サイドのベンチでは・・・。

「・・・ここまで不甲斐ないな。我々、激闘第一ともあろう者がこの様ではな。手筈通りにするのは1巡してから相手がこちらの手に気付いている察した時点でやめろと言ったはずだが・・・」

 激闘第一の監督は部員たちを一瞥する。

「・・・未だに相手を・・・、聖森学園を格下だと思っている者がいるのなら今すぐ名乗り出ろ。今すぐにでもベンチから追い出してやる」

 部員たちの雰囲気に変化が表れてきた。その様子を見て監督は告げた。

「いいか、激闘第一の名に恥じぬ試合をして来い!!」

「「「はいっ!!」」」

 ここから激闘第一はまるで別のチームのような雰囲気をまとい始めたのだった。

 

 6回の裏、激闘第一の攻撃は1番の鶴屋から。鶴屋は痛烈ながらもショートライナーに打ち取ったのだが・・・。

カッ!! 「・・・ファールッ!!」

「・・・くっ、しぶといなあ・・・」

 2番の垣内は先ほどまでの早打ちが嘘のようにしぶとくバットに当ててきた。カウントはまだ2-2であるが、すでにこの打席だけで御林は既に12球も投げさせられている。

 木寄は軽く舌打ちをした。

「(いよいよこちらの手の内がばれたかな・・・、まずいわね)」

 木寄のその予感は的中し、結局17球投げさせられた上に垣内に対しフォアボールを出してしまった。

 続く中岡には甘く入った初球を簡単にライト前に運ばれてしまった。そして打席には・・・、

「4番、サード、羽生君」

 前の打席でヒットを放った羽生に回ってしまった。羽生は礼儀正しく主審に礼をすると打席に入り、御林を見据え、ニヤリと笑った。

「(俺としたことが、こんな策に嵌っていたとはな)」

 羽生は内野手にサインを出す木寄を横目で見た。

「(このバッテリーはストレートでカウントを取りに来る・・・。そのデータを俺たちが仕入れたのは聖森と大京近の試合だ。つまり、そこでの配球は分かっても、今までがどうだったかは分からない。おそらく、俺たちとの戦いを既に前提において戦っていたのだろうな)」

 この推理は当たっていた。木寄もまた、こう考えていた。その考えは大京近工業との試合前のミーティングで話していた。

 

―――「激闘第一はデータを集め、初回からそこを突いて一気に試合の主導権を奪う。それがあの高校の特徴ね」

「なあ久美? 大京近工業の話じゃ・・・?」

「辰巳、分かってるわよそれぐらい」

「じゃあ、なんで?」

「正直、生半可な準備じゃ大京近工業を抑えるのは難しい。けど、打ち勝つことくらいはできると思う。だから、いっそのことその次で当たるであろう激闘第一に対して、布石を打っておこうと思ってね」

「布石、ですか?」

「そ。わざと特徴づけた・・・、癖のある配球をするの」

「癖のあるってのはどうするんだい?」

「例えば初球はほぼストレート・・・、とかね」

「僕が大京近に打たれ始めたら?」

「それ以上に打って勝つに決まってるじゃない♪」

「ええ・・・、マジで・・・」――――

 

 と、いった感じだ。

 その策に今更気づけたことに腹も立ったが羽生は楽しみも見つけた。

「(勝てる・・・、そう思った時に現実を見せてやったらお前たちはどんな絶望を見せてくれるだろうなあ? それに・・・)」

 そして出された監督のサインに羽生はニヤリと笑う。

「(こっちを誑(たぶら)かせたんだ。それ相応の苦しみを味合わってもらうぞ・・・)」

 羽生がチームに伝えた内容は“相手は御林、岩井、木寄がチームの柱であること”、そして・・・

“木寄久美は弱点だらけの捕手である”、ということである。

 しかし、それは羽生の行う行為への口実でしか無かった。

「(木寄久美・・・、君にはここで潰されてもらおう・・・)」

 

 バシイイイン! 

「っ!! このっ!!」

 木寄は捕球するや否や大きく離塁しているランナーへ牽制を投げる。際どいタイミングだったがセーフだ。この回、というかこの試合は明らかに相手ランナーの二次リード(ピッチャーが投げてからランナーがさらに大きく取るリード。キャッチャーが捕るとすぐに戻るのが一般的である)が大きい。女子選手であるが故に肩の弱さが目立つ木寄に対しては足で攻めるのは確かに妥当な策である。

 しかし、流星高校のように走ってくるのではなくただ二次リードを大きく取りあわやアウトのタイミングで帰塁する・・・。見てるものからすれば奇妙な攻撃である。

 ・・・この攻撃、木寄にとって最悪の攻撃であった。

「(・・・ぐっ!? くそっ!! こんな時に・・・)」

 そう木寄には部員の誰にも、岩井や御林どころか監督、コーチにさえも話していない秘密を抱えていた。

 “肩の爆弾”。小学校の頃から幾度となく繰り返してきた送球のツケ。中学、高校でも男子に負けまいとクイックスローを身に着けるために投げすぎた結果、木寄の肩はボロボロになってしまった。試合後には“キャッチャーはピッチャーとおんなじくらい投げてんのよ”という理由を使い、アイシングをしたりして誤魔化してきた。

 だがそんな誤魔化しももう通じなくなる程に悪化してしまった。

「(こんな、こんなところでリタイアしたくなんかない!!)」

 だが、羽生の打席。遂に限界が訪れた。

「この、なめんな・・・! って、ああ!?」

「ちょ、うわっ!?」

 大きく飛び出した2塁ランナー目がけ送球を試みた木寄だがその送球はカバーに入った梅田を超えていってしまった。

 1アウトランナー2,3塁。そして明らかに木寄の顔に苦痛の色が浮かんだが、ばれるわけにはいかない。謝ってからすぐさまマスクをかぶったが、羽生はそれを見逃さない。

「(ククッ、もう限界のようだな・・・。心優しい俺が引導を渡してやるさ・・・)」

 ピンチとなりカウントは2-2。肩の痛みを堪えながらもリードを組み立て木寄はサインを出す。追い込んだ羽生に対して要求はサークルチェンジを1球外す。これでカウントは3-2、羽生の反応を考慮して木寄はインコースへのストレートを要求した。

「(遅い球を見た後の辰巳のインコースの真っすぐ! 簡単にヒットにはできない!)」

「・・・ふっ!!」

 御林も要求通りに投げ込んだが羽生はそのボールを・・・

「(いいボールだが・・・、前に飛ばす必要はない・・・)」

 コンパクトにバットを振り抜き、“捉えずに掠めさせた”。

 そして、その打球は・・・、

 ドスッ!! 

「ぐあっ!?」

 木寄の右肩へと直撃した。木寄の我慢の限界を超えた痛みが襲い掛かり、その場にうずくまる。

「「久美!?」」「「木寄!?」」「「木寄さん!!」」

 岩井、御林が慌てて駆け寄った。しかし、その痛がり方は只ならぬもので主審はすぐに担架を呼んだ。

 騒然とするスタンド、そんな中打席にいた羽生は誰にも気づかれないように笑った。ファールチップを打ったのは羽生が故意にやったことであった。通常、ファールチップを狙って打つなどまともに打つよりも難しいことだ。だがそれさえも可能にしてしまう、羽生の打撃の努力の方向性を間違えた賜物である。

「(クハハッ! こいつらはこれで終わりだ・・・!)」

 聖森学園野球部にとって、最大の危機が訪れようとしていた・・・。

 




 この羽生ってキャラは蛇島より救いようがない奴だとは言っておきます(あくまでも自分の感想ですが)。
 今回のキャラ紹介は残念ながら無しです。
 というわけで次回にご期待ください! 感想、評価などもよろしくお願いします。

 


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10  Tragedy~悲劇~

 ついにこの物語も10話突入!
 何人いるかは分かりませんが読者の方々のために引き続きがんばらせていただきます! 
 前回までのあらすじ・・・
 秋季大会地区予選の準決勝、激闘第一と激突した聖森学園。木寄の策が功を奏し、互いに一歩も譲らぬ死闘を繰り広げる中、激闘第一の主将の羽生の策略が木寄を襲い・・・


「そんな木寄さんが・・・!」

「ファールチップが直撃したでやんす。しかもほぼ打球は死んでなかったでやんす・・・」

「当たったボールも跳ねずに落ちてたしな・・・」

 スタンドは不安に襲われた。担架で運ばれていく木寄さんはいつもよりも、遥かに小さく見えた。でも、きっと木寄さんなら、帰ってきてくれるはずだ。あんなに強い人がそう簡単に倒れてしまう訳がない!

 しかし待つこと5分、待っていたのは非情なアナウンスだった。

「聖森学園高校、守備の交代をお知らせします。キャッチャー、木寄さんに代わりまして松浪くん。6番キャッチャー、松浪くん。背番号12」

 こ、交代・・・。木寄りさんは大丈夫なんだろうか? 

「私、医務室に行ってくる!」

「わ、私も行く!」

「あ、待ってよ! 夏穂! 彩ちゃん!」

「ちょっと~、姫華まで~!」

 私と彩ちゃんは慌てて医務室へと向かった。

「お、俺たちも・・・!」

「み、みんな・・・」

「何考えてるでやんすかっ!」

 田村や元木も動こうとし、村井ちゃんが何か言おうとしたとき、それを遮ったのはなんと矢部川くんだった。

「矢部川、お前は心配じゃねえのかよ!?」

「当然! 心配でやんす!」

 矢部川くんの様子はいつもとは別人だった。

「だからと言ってオイラ達が大勢行ったところで何もならないどころかむしろ迷惑でやんすよ! ここは夏穂ちゃんと彩ちゃんで十分でやんす!」

 そんな矢部川くんに村井ちゃんも同意する。

「や、矢部川君の言う通りだよ・・・。それに、まだ試合は続いてるんだし・・・」

「・・・そ、そうだな・・・」

「彩ちゃん、桜井頼むな!」

 みんなも納得したようで引き下がったみたいだ。

「・・・行こう、彩ちゃん」

「そうだね、急ごう!」

 私と彩ちゃんは医務室へと急いだ。

 

*      *      *       *      *

 

「サインはこれでいいですか?」

「あ、ああ。それでいいよ・・・」

 時間が空いたため、数球の投球練習の後にサイン交換で、御林は松浪の問いには答えたもののどこか上の空だった。明らかに退場した木寄を心配しているのだろう。松浪だってそれは心配である。あの痛がり方はただ打球が当たったものではない。

「(おそらく、元から肩に問題を抱えていた可能性がある・・・!)」

 確かにそれは大変なことだ。だがそれよりも・・・、

「御林さん」

「・・・どうしたんだい?」

 松浪は勇気を持って御林に告げた。

「・・・そんなに木寄さんが気になるのなら今すぐマウンドを降りてください」

「・・・っ! 心配して何が悪いっていうのさ・・・!」

「俺だって心配ですよ、でも・・・」

 松浪はいつもより強めの口調で御林に対した。

「御林さんは、このチームのエースナンバーを背負って、金村さんや杉浦、夏穂の投手陣の代表としてここに立ってるんです! マウンドで試合のこと以外を考えるっていうなら今すぐに変わってください! 」

「・・・! それは・・・、そうだな。すまない、どうかしてたよ。今思えば、健太もそういうだろうね」

松浪は厳しい表情を崩し、一転笑みを浮かべる。

「リードは松浪に任せるよ。その通りに投げて見せるさ!」

「いいんですか? 俺の“試合での”リードは・・・、なかなか強気ですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫さ。 さ、行こうか」

「了解です!」

 松浪は戻り、プレーは再開された。羽生は後退した松浪を横目に睨んだ。

「(公式戦初のマスク・・・、“夢尾井の知将”だかなんだか知らんが所詮1年・・・)」

「羽生さんでしたっけ? 失礼ですけど強気に行かしてもらいますんで」

「・・・何?」

 松浪は羽生に話しかけてきた。しかし、それだけで松浪はサインを出し、構え始めた。

「(何を考えている? いや、そもそもカウントはフルカウント。チームメイトが負傷退場したんだ。御林は体力的にも精神的にも余裕は無いはずだし、四球も出したくないだろう。どんな上手いリードをしようと俺は打てる・・・!)」

 御林がセットポジションがボールを投げ込む。しかし、そのボールは羽生の考えを遥かに超えてきた。

「(・・・!! ど真ん中の、直球だとっ!?)」

 僅かに反応が遅れるも、羽生はフルスイング。しかし、その遅れは致命傷となった。

 ガツンッ! と鈍い音を残し、セカンド正面へ。里田がこれを捕ったが打球は弱く、併殺は取れなかったため1塁へと転送され羽生はセカンドゴロに倒れた。

 計画通りに事を運んだ松浪はとりあえず息を吐いた。

「(とんでもねえ博打だったけどかかってくれたな。 見るかに打つ気満々で、『ストライクは全てヒットにできる』って雰囲気だったし、意表をついてサインを出してみたけどな・・・。とにかくこの回は何とか乗り切らねえと・・・)」

「くそがっ!!」

 一方でベンチに帰ってきた羽生は悪態を突く。屈辱以外のなんでもない。この自分が、あんなボールに詰まらされるなんて。

「(次の打席・・・、お前らも潰してやる・・・!)」

 羽生は次であのバッテリーを仕留めようと決めた。その時だった・・・。

 

 時を同じくして医務室・・・。

 医務室には聖森学園高校の校医である湯村がいた。湯村は複数人いる聖森学園高校の校医でありながら野球部のスポーツドクターも兼ねている。スポーツ医学に精通した人物である。その湯村も木寄の状態には驚きを隠せなかった。

「あなた、よくこんなになるまで我慢していたわね・・・」

「・・・すいません」

「ファールチップのダメージもかなりのものだけど、それ以上に・・・」

「「木寄さん!!」」

 そこで夏穂と彩が医務室へと飛び込んできた。

「け、ケガは大丈夫なんですか!?」

「みんな、心配してたんですよ・・・」

「木寄さん、あなたもしかして・・・」

「・・・はい、部員の誰にも教えていません。ずっと、一人で秘密にしてきました」

 湯村の問いに木寄は静かに答えた。

「秘密・・・? どういうことですか・・・?」

 夏穂が問いかけに木寄はアイシングの最中である自分の肩に触れ、告げた。

「この肩は・・・、私の右肩は、もう、とっくに限界を超えていたの。来る日も来る日も、私は男に負けないようにって。必死に、スローイングや守備練習を続けたの。

 次第に遠投も距離は伸び、2塁へのスローイングのレベルも上がってきた。だけど、そのツケは今年やってきたの」

「ツケ・・・、ですか?」

 彩も聞き直した。

「そう。慢性的な肩の痛み。春ぐらいからアイシングしても、マッサージをしても、一向に良くならなかった。でも・・・、私は騙し騙し練習をこなした」

 木寄はため息をひとつつき、続けた。

「次第に痛みはひどくなっていった。そしてこの前の流星高校の足攻め、長引いた試合・・・、そして今日の試合。その全てが私の肩の寿命を削ってしまったの」

「・・・治るんですよね?」

 夏穂は聞き返したが、湯村が答えた。

「・・・それは・・・、難しいわ・・・」

「えっ・・・!?」

「木寄さんの肩はね・・・、かなり深刻なものだわ」

「それに私はこの前医者に言われたの。『次に強い痛みが走ったら、キャッチャーは無理だ』ってね・・・」

 木寄は諦観の見える表情で告げた。つまりはもう治らない、ということだ。

「みんなに心配させたくなくって黙ってたの。そして、原因は私の管理不足。これじゃあ、副キャプ失格ね」

「・・・どうして・・・」

 夏穂はその全てを聞いて、木寄に詰め寄った。

「どうして! そこまでして、自分を犠牲にしちゃうんですか!? そんなにボロボロになるまで、誰にも言わず、一人で抱えちゃうんですか!?」

 いつも笑顔で明るい夏穂が目に涙を浮かべ、言葉を吐き出す只ならぬ剣幕に彩も木寄も押された。

「私がフォーム改造に苦しんで、行き詰ってる時だって! 『焦る必要なんてない。まだ先は長いんだから』って! 『困ったときはチームメイトを頼りなさい』って! そう言ってくれたのは木寄さんじゃないですか! なのに・・・!」

 夏穂は泣きじゃくりながら、続けた。

「どうして、木寄さんは一人で抱え込んじゃうんですか!!」

「夏穂ちゃん・・・」

 彩も見たことがないのだろうが、木寄は初めて見た後輩の涙に申し訳なさを感じた。

 桜井夏穂は木寄にとって高校最初の後輩だ。この野球部にやってきた日から人懐っこい笑顔で、元気な夏穂の姿は野球部の雰囲気をぐっと明るくしたのだと木寄は感じた。夏穂のことは投手を支える捕手として、他のメンバーよりも気遣ってきたつもりだった。それが先輩の役目であり、投手を支える捕手の役割である。

 夏穂は今日まで野球部で一度も涙を流してこなかった。紅白戦でどれだけ打たれても、守備練で厳しい言葉を飛ばされても、いつだって・・・。

 自分のケガは、そんな夏穂を泣かせてしまうほどだったのか。

「・・・ごめんね、夏穂・・・」

 そう答えるのが精いっぱいだった。

「私はやっぱり、本当に馬鹿な奴だね・・・」

そしてその時、外からはひと際大きな歓声が聞こえた。

 

*       *       *        *       *

 その時、聖森学園のスタンドの誰もが目を疑い、ベンチの誰もが呆然とし、フィールドの誰もが打球の行方に目をやった・・・。

 激闘第一の5番打者、少豪月の打球はバックスクリーンに直撃する3ランホームランだった。松浪は愕然とした。

「(コースは悪くなかった! 外角低めのストレートが要求した所よりボール一つくらい浮いただけなのに・・・、それを軽々と・・・!)」

「ぐあっはっは! 今日は空に白球が映える晴天じゃけえ! 気分がええのう!」

「ドアホー! 少豪月! そんな上がってねーだろがっ!」

「ナイバッチは認めるから早く戻ってこい!!」

 激闘第一のメンバーは大仕事をした1年生を手荒い祝福で迎えた。

 一方の聖森学園は静まり返ってしまった。誰が見ても心が折れたであろう、と感じさせるほどであった。

「(・・・だめだ、こっちのメンツのメンタルが限界だ・・・!)」

 その状況を見た松浪は悟った。中学時代に幾度となく激戦を潜り抜けた経験がそう思わせたのだ。キャッチャーが試合を諦めたらそのチームはお終いだ。

 ・・・しかし、キャッチャーが諦めなかったとしても、そのチームがお終いにならないとは限らない・・・。

「ツーアウト、ツーアウト!! ここで切りましょう!」

「「「お、おう・・・」」」

「そうだ! まだ3点差だ!! 気張ってこうぜ!!」

 松浪の掛け声に岩井は力強く周りに声をかけるが、他の選手は覇気が感じられなかった。

「(木寄さんの負傷退場に加え、ピンチを乗り切れそうなところからの被弾・・・。これじゃあ・・・)」

 松浪は次の打席に立った6番の右打者三船に対し、御林に外のサークルチェンジを要求した。しかし・・・、

「! あ、甘い!?」

「もらった!」カキンッ!!

 サークルチェンジはほぼ変化せず真ん中へ行ってしまい、簡単にツーベースを許してしまう。続く7番の松尾にも長打を浴び、もう1点を失ってしまった。

 松浪は耐えられず、御林の元へ駆け寄った。

「御林さん、大丈夫ですか?」

「・・・すまない、構えたところに投げきれなくて・・・」

「いえ、とにかくここで止めたらまだ何とかなるはずです」

「あ、ああ」

「辰巳―!! しっかり踏ん張れよ!!」

 しかし、御林の球威と制球は戻ることはなかった。8番の村上、9番の坂上には連打を浴びてもう1点を失った。ここでたまらず監督が動き投手交代。代わってマウンドには金村が上がった。速球とカーブを武器とする金村ではるが打席に迎えるは1番の鶴屋。

 松浪は警戒してカーブから入ろうとしたが、金村のカーブは2球続けてボールとなった。

「ぐっ、くそっ。コントロールが・・・!」

「(仕方ない、ストレートを投げさせるしかない・・・!)」

 苦し紛れのストレートが通用するほど甘い相手ではなかった。

「やっ!!」カキ―ン!!

 鶴屋はそのストレートを右中間へ運ばれ、スリーベースとされる。

 次の2番垣内にもヒットを浴びてもう1点失った。

 3番の中岡はなんとかサードゴロに打ち取ったが、この6回だけで8失点。

 7回の表の攻撃で点を取らないとコールド負けとなってしまうが聖森学園に反撃する力は残されていなかった。

 先頭の松浪はセンターライナーに倒れ、竹原は見逃しの三振。そして、里田に代わる代打の野村。しかし、低めのSFFに手を出してしまいサードゴロに倒れてしまい、ゲームセット。こうして聖森学園の秋大会は地区予選の準決勝敗退という結果に終わった。

 

 秋季大会地区予選準決勝

聖森学園 0000000|0

激闘第一 000008×|8 (大会規定により7回コールドゲーム)

 

 試合に敗れた後、聖森学園の選手たちは木寄のケガの内容、隠していた肩の状態、そして・・・、もう治らないという事実を知った。

 部員の誰もが、あの岩井でさえ衝撃を受けたのかひどく落ち込んだようだった。

 監督もそれを察し、反省会もほどほどに部員を解散させたのだった。

 

*       *      *       *      *

 

 私たちが負けてから1週間の間、監督は大会後の休みを私たちにくれた。

 その最終日、私は近くの河川敷で一人黙々と自主トレをしていた。

 とはいってもランニングとシャドーピッチングしかできないんだけどね。一通りメニューを終えて帰ろうとした時にふと木寄さんが思い浮かんだ。

『それに私はこの前医者に言われたの。「次に強い痛みが走ったら、キャッチャーは無理だ」ってね・・・』

 そのことを監督と花﨑コーチがみんなに伝えたときは誰もが言葉を失った。そして、病院に運ばれた木寄さんは全治1~2か月の診断を受けたそうだ。でも、スポーツ外科の先生によると投げられるようになるわけでなく、日常生活に支障がなくなる状態になるまでが1~2か月ということだそうだ。そして・・・、

「キャッチャーができるようになることはもうない・・・か・・・」

 それは私の夢でもあったんだ。いつか木寄さんと大会でバッテリーを組むんだって・・・。

 しかし、それはもう、叶わない願いなんだ。そう考えると自然に涙が出てきた。

「・・・どうして・・・、どうして木寄さんが・・・こんなことに・・・」

「ね、どうしたの?」

「・・・えっ?」

 振り返るとそこにはヒロがいた。

「って、うわっ!? 夏穂! どうして泣いてるのさ!?」

「えっ!? ああ、これは・・・」

 なんとか慌てたヒロに事情を説明して落ち着かせたけど今度はこっちがまた悲しくなってきた。

「なるほど、先輩が大ケガしちゃったんだ・・・」

「そうなんだ・・・」

「ケガって怖いよね。たった一つの大ケガが、その人の選手生命を断っちゃうんだもん・・・」

「・・・」

「でもさ、夏穂。夏穂はいつまで落ち込んでるの?」

「・・・えっ?」

「悲しいのは分かるよ・・・。でも・・・、夏穂がその先輩のことを本当に慕ってて、その人が夏穂のことを心配してくれる人だったら、余計に夏穂のことを心配しちゃうんじゃないかな・・・?」

「私のことを・・・?」

「うん、夏穂は夏穂らしくしてなくちゃ・・・」

「私らしく・・・」

「ごめんね、上手く言えなくてさ・・・」

 ヒロは恥ずかしそうに笑った。

「そうだね・・・、明日から頑張ってみようかな・・・」

「うん、頑張ってね!」

「ありがとう、ヒロ。じゃ、また今度ね!」

 私は立ち上がり河川敷を後にした。

 そして、長い冬が始まる・・・。

 




 太刀川、2度目の登場。とにかく長かった試合パートは終了です。
 今回の選手紹介は激闘第一の選手の紹介です。ちなみに”彗星のエース”黒塚(紹介はしません)とは2013の主人公の1人だと思ってもらったらいいです。他にも2013の主人公に当たる人物はたくさん出て来るかもです。時系列滅茶苦茶なのはご了承願います・・・。あと、パワプロに登場する選手も能力は少し違います。

 鶴屋勝 (2年) 右/左

 激闘第一のエースで、練習熱心で真面目な男。顔はいいのだが野球一直線すぎて付き合う相手はいない。オーバーワークしがちで常に自分のプレーに物足りなさを感じており、1つ上の先輩の黒塚を尊敬している。プレースタイルはコントロールがウリの投球と俊足好打の打撃で投手としては珍しく1番を打つことが多い。

 球速  コン スタ
144km/h B C
⇒スライダー 3
  ⇓ SFF 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 C D B C C C  投C 外E 
 ノビ〇 対左打者◎ 短気 四球 走塁〇 盗塁〇 


 羽生鋭牙 (2年) 右/右

 激闘第一の主将で4番打者のサード。表には出さないがその性格は非常に狡猾で残忍。”勝つためになんでもする”をはき違えっており、勝つためならば手段は選ばない。
 1つ上の先輩、蛇島を尊敬しているが、羽生には蛇島とは違い、野球に対する情熱は大きくなく、相手を痛めつけることに楽しみを見出している。
 プレースタイルは技術で打つタイプで、守備も上手い。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 B C B B B B  三B 二C 遊C
 送球〇 アベレージヒッター 流し打ち チャンス〇 対左投手〇 盗塁〇 守備職人 粘り打ち ミート多用 選球眼 積極打法 積極守備

 では、次回以降はすこし野球描写が減る・・・、と思います。
 ということでまた次回もお願いします! 感想とか評価もお待ちしてます。コメントにはできるだけ早く返事しますので・・・。
 矢部川君の評価が上がってくれてたらなあ(笑)。


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11  Load ~道~

 遅くなりすみません。今回はこの物語の世界も見えてくるお話です。


「昨日のドラフト、見た?」

「当然ッ!! 見た見た!」

「鈴貝は4球団競合の結果、夢ヶ咲に決まったね~」

 鈴貝とは今年、春夏連覇を成し遂げた逢坂翔陽(あいさかしょうよう)高校のエースで、最速154キロの速球に140キロを超える高速スライダーを武器としておりプロ即戦力の呼び名も高い超高校生級の投手だ。

 私もテレビで見たけど決勝戦の13奪三振完封はすごかったなあ。

 そして夢ヶ咲とは夢尾井から近い地域を本拠地とする「夢ヶ咲タイガース」のこと。多くの熱心なファンを持ち、私も小さいころから何度か応援に行ったんだ。

「激闘第一の黒塚くんはどうなったっけ~?」

「激闘第一のメンバーは確か・・・、黒塚は3位で仙城が、蛇島は2位で中部、シブヒデは1位で東都が指名してたね」

 今のNPBにはミラクルリーグとストロングリーグの2つがあって、ミラクルリーグ(通称、ミ・リーグ)に北海ノーザンフォックス、東北仙城(せんき)イーグルス、幕浜マリナーズ、埼玉(さきたま)キャットハンズ、阪戸(はんと)バッファローズ、九岡猪狩カイザースの6チーム。

 ストロングリーグ(通称、ス・リーグ)には東都タイタンズ、夢ヶ咲タイガース、シャイニングスワローズ、中部ワイバーンズ、浜須賀(はますか)ブルースターズ、広山頑張パワフルズの6チーム。

 合計12チームが毎年ペナントレースを戦っている。

「すっごいなー! 3人プロ入りとかっ!」

「特に黒塚は本当にシンデレラボーイだね。去年の今頃は名前も知られてなかったのにね」

「そういえば仙城は今年最下位だったからねっ。もしかしていきなり出ちゃったりしてっ!」

「本当にそれで活躍したらすごいよね~」

 それにしても、プロ、かあ・・・。

「? どうしたの夏穂?」

「え? ああ、プロ入りってどんな感じなんだろう・・・って思って」

「プロ入りかあ、考えたこともなかったっ!」

「私はきっと無理だし、そこまでしないよ~」

「私もっ! それより今は高校野球を全力でやるんだもん!!」

「べ、勉強もしようね・・・?」

「うぐっ!? そ、それは・・・」

「そうだよ~。勉強も大事だよ~」

 そんなやり取りをしながらふと考える。私はプロになりたい・・・、というか憧れている。中学までそんなつもりはなかったけど、そんな時に私の目標を作ってくれた人がいる。

 その人は“早川あおい”。恋々高校のエースとして、高野連のルールをも変えて活躍し、ドラフトではマリナーズから2位指名を受けた史上初の女性プロ選手。

 私の考えを変えてくれた人は数多いるけど、もっとも大きな一人に違いない。

 でも、それ以降は女性プロはいない。女子も甲子園を目指せるようになったけど、プロ入りはいないのだから簡単ではないのは分かる。

「(でも、目指せるなら目指してみたいよね・・・)」

 でも、今は先のことより目先のこと。私は一刻も早く、新フォームを完成させなきゃ・・・。

 

*      *      *      *      *

 

「もう一丁! お願いします!!」

「よしっ! じゃ、サード!!」

 花﨑コーチの打つ打球に岩井さんは素早く飛びつくと、すぐさま立ち上がって1塁へ送球。この送球も正確に投げ込み、しっかりと内野のノックを締めた。

 

「では、今日の練習はここまで!」

「「「はい! ありがとうございました!!」」」

「寒くなってきたからみんな体調に気を付けてね!」

「「「はい!!」」」

 今日の練習も終了。木寄さんはまだ復帰していない、というかそのメドも立っていないんだけど。どことなく部員のみんなには元気がない。精神的な支えであった木寄さんの離脱がどれだけ痛いかがよくわかる。

 正捕手の木寄さんが離脱したため、捕手は実質トモ一人ということになった。そのために野村さん、元木くんが捕手の練習を始めた。元木くんは一応経験はあるらしく形にはなっていた。しかし、まさしく司令塔であった木寄さんの穴は簡単に埋まらないだろう。

「おう、夏穂。えらく浮かない顔じゃねーか」

「え、そうかな?」

「ああ。いつもなら練習終わるや否や、『さ、自主練だー!』か『帰るぞー!』って騒いでるじゃん」

「失礼な! そんなことしてないし!」

「そうそう、そんな感じでさ」

 ・・・どうしてこうもトモはこっちの考えを呼んでるのだろうか・・・。

「ま、そんなことより、今日は帰るのか?」

「え、まあ今日は恵たちと帰るつもりだったけど」

「じゃ、ちょうどいいや。一人暮らしの奴ら誘って松吉屋に行こうかなって思ってさ。今日までの割引券が大量にあるんだわ」

「そういうことならみんなに声かけてみるよ」

「おう、よろしくな」

 

 ・・・そして・・・、

ワイワイ・・・、

「にしても夏穂、意外とよく食うんだな」

「牛丼の超特盛を平然と平らげるなんてどんな食欲してるのさっ!」

 トモ、姫華ががそれぞれ聞いてきた。

「そうかなあ。姫華だってスイーツならこれくらい食べるじゃん」

「スイーツは別物ッ!」

 などといった感じで、私と姫華、恵、トモ、風太、大、村井ちゃん、矢部川くんの8人は松吉屋にやってきていた。

「竹原くん、よく食べるんだね~」

「・・・そういうお前もかなり食べてると思うぞ・・・?」

「うわっ、てか俺と同じぐらい食ってんじゃん!」

「・・・風太が少ないのもあるんだがな・・・」

「オ、オイラもそれくらいでやんす・・・」

「いっぱい食べて~、いっぱい寝る~。これが元気の秘訣だよ~」

「恵ちゃん、いつも元気だもんね」

 村井ちゃんが感心したようにうなずく。恵のモットーは“衣食住を楽しむ”だそうだ。なんともまあ、清々しい生き方なんだろう。確かに恵の生き方そのものを表す言葉だ。

「そろそろみんな食い終わったし、帰るか」

「そうだね~」

「気を付けて帰ろうねっ!」

 食べ終わって店から出るとそれぞれ家路に就いた。

 家の方向(どちらも一人暮らしだけど)が同じな私とトモはやがて二人になった。

「なあ、夏穂」

 トモが自転車を押しながら聞いてきた。

「何?」

「木寄さんが離脱したことだけど・・・」

「どうしたの?」

「俺、考えたんだ。あの人がいない以上は俺がこのチームの正捕手やらないといけねえってさ」

「正捕手・・・ね。でもさ・・・」

「ああ、分かってる。この秋、俺は木寄さんとのスタメン争いに負けた訳だ。そんな俺が木寄さんの代わりになんてならないことは俺が一番分かってるつもりだ」

 トモは大きく息をついて話した。

「信頼も、経験も、チームへの配慮も。どれをとっても木寄さんの代わりにはなりっこないさ。悔しいけどさ」

「それは・・・」

「だから俺は木寄さんの代わりにはならない。俺は“新しい司令塔”になる。そしていつか、みんなから信頼を得る・・・!」

「新しい・・・か・・・」

「ああ、だから俺はひたすら前に進む。そして強くなるんだ!」

トモは前を見据えて言った。その目には力強さが溢れていた。

「そっか。じゃあ、私も・・・、目指そっかな!」

「へえ、夏穂は何を目指すんだ?」

「次の夏にはベンチに入って、トモとバッテリー組むよ!」

「そうか、それならエースの座を御林さんから奪うってことか?」

「できるかできないかは置いといてそのつもりでいるよ!」

「ま、取り合えず前向いて頑張ろうぜ!」

「よーしっ! 頑張るよー!」

 こうして私たちは寒くなってきた秋の夜空に二人で誓ったのだった。

 

*      *      *      *      *

 

冷え込みも厳しくなってきた11月の終わり頃・・・、病院から帰宅の途に着いた木寄はふと気づくと河川敷へとたどり着いていた。

「・・・いつの間にこんなところに・・・」

 そこではおそらく小学生とみられる野球チームが練習をしていた。

木寄はケガして以来、練習に顔を出していない。自分が野球ができないと思うとどうしても足が進まないのだ。別に野球部員と不仲という訳でもない。むしろ皆心配してくれて声も掛けてくれるし、普段通り接してくれてもいるのだが、グラウンドに顔を出す気にはなれなかった。

 河川敷で練習しているチームの選手たちは必死にボールを追いかけている。

「・・・そこのお前、どうしたんだ?」

「・・・って、うわっ!?」

 どうやら木寄は随分と練習しているグラウンドへと近づいてきていたようだった。

「どの選手かの保護者か家族か?」

 話しかけてきていたのはとても少年野球の指導者とは思えないほど、いかつい顔をした大男だった。

「いいえ、私はただの通りすがりで・・・」

「通りすがりでここまで来るとは相当に野球好きか、怖いもの知らずと言った所か。野球のボールが当たればただじゃ済まんぞ」

「あはは、大丈夫ですよ。私もキャッチャーですから・・・。・・・いや、“元”キャッチャーと言った方が正しいかも」

「・・・“元”・・・だと?」

「ええ、私こう見えてもとある高校で選手やってたんです。ついこの間まで・・・。でも、試合中にケガしてしまいまして・・・。もうしばらくは練習に行く気も起らなくて・・・」

「・・・」

「あ、すみません。見知らぬ人にペラペラと喋ることじゃありませんね・・・。それよりこの子達、小学生にしては上手ですね」

「・・・ああ、この辺りでも名の知れたチームだ。いつも全力で練習に取り組んでいる・・・。こいつらは野球が大好きだからな」

「野球が大好き・・・か」

「お前もフラフラとこんな練習場に足を運んでしまうぐらいに野球が好きなんだろう? 練習に行かないのは、自分の思い描くプレーができないから・・・。違うか?」

「それは・・・」

 男はグラウンドを所狭しと走り回る子供たちを眺めながら続けた。

「・・・ケガしたのは肩か肘だな?」

「!? どうして分かったんですか!?」

「足に何か不自由があるような雰囲気では無かったからな、あとは勘だ」

「・・・はい、肩を故障したんです。投げ過ぎたのに加えてボールを食らってしまって」

「それで“元”キャッチャーということか」

「まあ、そんなところですね」

 木寄もまたグラウンドを走り回る子供たちを眺め、続けた。

「私は、ずっとキャッチャーをやってきたんです。でもやっぱり同年代の男子にはただやるだけじゃ勝てなかったから、必死に練習してカバーしてたんです。でも、そうやって高いレベルの捕手を目指そうとすればするほど私の選手生命を削っていたんですよ・・・」

「・・・俺の昔の教え子にもいたんだ。野球バカで、上を目指そうとし過ぎてオーバーワークを続け・・・、選手生命が断たれた奴がな」

「昔の、教え子・・・」

「ああ、そうだ。もっと早く俺がしっかりと止めていれば助けられたかもしれん。だが、終わってしまったものはどうすることもできん。そのような悲劇を見た者にできるのは・・・、それを未然に防ぐ道を見つけることだ」

「未然に・・・」

「そうだ、そして新たな道を探すこと・・・。これぐらいしか“何か”を失った者にできることはないんだ」

 大男は木寄の元から立ち去ろうとする。そして、最後に言い残していった。

「誰だって失敗はするものだ。アマチュアだろうとプロだろうと関係なくな。だがそれを恐れてはいけないんだ。だからと言って忘れてもいけない。“悔しい”という気持ちはしっかりと持って前に進まないといけない。お前も自分が頑張れる道を探すことだ・・・」

「・・・自分が頑張れる道・・・」

「まあ、精々頑張るんだな・・・」

 そういって大男は去っていった。木寄も今の言葉を胸にある決意を固めた。

「(自分が頑張れる道、野球が好きだという気持ちに嘘はつかない・・・)」

 やってやろうじゃないかと、木寄は久々にすっきりした気分になった。

 そして、後ろの方ではおそらく先ほどの大男が子供たちの指導に向かったのだろうか。きゃーきゃーと騒がしくしていた。

「コーチ! 鬼河原コーチ! さっきのプレー見てくれた!?」

「俺だってファインプレーしたし!」

「わ、私も・・・」

「お前はエラーしてたじゃんかよ~!」

「そ、それは・・・」

「お前たち、確かにファインプレーも大事だがな、ミスした時の悔しさは忘れるなよ?」

「「「は~い!!」」」

 なんだ、あの人。あんなに怖い顔なのにあんなに子供たちに人気なんだ。と、思いながら木寄は今度こそ帰路に就いた。

 

*       *       *       *       *

 

 またある日の練習で練習が始まる前に集合を掛けられた。

「今日は2つ、話がある。一つは冬練についてだ。いよいよ12月になり寒さも厳しくなってきた。そこでそろそろボールの使用を控え、基礎的なトレーニングを積む冬練に切り替えていこうと考えている。投手は走り込み、野手は素振り、共通で体感強化を中心にやっていく予定だ。そして、もう一つの話だが・・・」

 監督と花﨑コーチの後ろから、懐かしい姿がジャケットを羽織って表れた。

「「「!!」」」

「今日から木寄が復帰することになった。ただし、捕手ではなくまだポジションは未定だが野手として復帰してもらうこととなった」

「・・・みんな、迷惑掛けてごめんなさい。また・・・、一緒に野球を楽しむために、勝利を目指すために・・・、またここで頑張らせてもらいたいと思います。よろしく!」

 こうして再び全員揃った私たちは、また夏を目指す・・・!

 




 プロの球団はある程度、現実にある球団から文字っています。なんとなくどこの球団かは分かりますよね?(笑)
 今回は特に紹介する選手もいないのでおまけは無しとします。
 また次回もよろしくお願いします! 感想、評価などもできればお願いします!


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12  Awakening ~覚醒~

 お久しぶりです。本当に遅くなってしまいました・・・。待っていた方、申し訳ないです・・・。


「「・・・・・・」」」

 キーンコーン、カーンコーン・・・

「よしっ、テストここまで!」

「「「よっしゃー!!」」」

「「「終わったぞー!!」」」

「こらこら、早くテスト回収するんだ」

 おそらく今年最後の難関であった期末テストも終わった! これで今年ももう終わったようなもんだね! 

「夏穂ちゃ~ん、テストどうだった~?」

「今回はまあまあ出来たと思うよ。・・・あ、姫華は・・・」

「・・・ふっ」

「えっ、何どうしたの姫華!?」

「なんだか姫華ちゃんがセンチメンタルだ~!?」

 普段は子供っぽい姫華がなんだか大人びてる!? すると姫華がついに喋りだした。

「・・・テストはね・・・終わったんだよ・・・」

「いや、確かに終わったけど・・・」

「終わったことはね・・・、どうこう言っても仕方ないんだよ・・・」

「なんだか姫華ちゃんが深いこと言ってるよ~」

 姫華がいつもの調子とは程遠いのでこれ以上は触れないようにしよう、うん。

・・・それはさておいて、この後は練習だよ、練習!

「ところで恵、お昼どうする?」

「練習あるからしっかり食べとかないとね~。食堂なら今日は部活の人しか使ってないから空いてるだろうし~」

「そうだね、行こうか!」

 練習は基礎強化練習だけどこれが結構ハードだからね。しっかり食べとかないとバテちゃうんだよね。

「テストは終わっ・・・」

「ほら、姫華もいつまでもボーッとしてないで行くよ!」

 

*      *      *      *      *

 

「ほら! あと、1周! ちゃんと僕についてきてよね!」

「ちょ、き、きついっす・・・!」

「うう~! 御林さん、体力あり過ぎですよー!」

「み、御林・・・、待ってくれー!」

 今は投手陣は基礎練の一つ、ランニング中。ウチの投手陣は現時点で投手は4人。でも、実際は激闘第一戦の時の最後の1回の金村さんを除いてほぼ御林さん一人で投げてる。最後には御林さんが捕まり、後続も打たれて負けた。このチームが強くなるには御林さんに続く実力の投手が必要となる・・・。

 ただ、ランニングするだけでも御林さんの実力が抜きん出ているのは明らか。とにかく私たちは必死に御林さんの背中を追わなきゃいけないんだ。今はまだまだだけど・・・。

 そして私たちは無事残り1周を終わらせた。

「ぐあー! もう無理だー!」

「うん、疲れたよね・・・」

「杉浦、桜井、お前ら、随分、きつそう、じゃねえか」

「いやいや、剛。君もじゃないか」

 そんなことを言い合っていると、彩ちゃんがドリンクを持ってやって来た。

「みなさーん! ドリンクですよー!」

「ありがとう! 彩ちゃん!」

「うおー! 助かるぜー!」

「わざわざありががとうね」

「いえいえ、皆さん頑張ってますから!」

 寒くなっていく冬の日、投手陣はこうしてメニューをこなしていった。

 

*      *       *       *       *

 

一方の野手・・・、

ブンッ! ブンッ! ブンッ! ピピーッ!!

「はい、終了でーす! 1時間経ちましたー!」

「かー! きついぜー!」

「にしても素振り1時間って・・・」

「メニューの内容の素振り、回数じゃねえのな」

「そっちの方が分かりやすいのにな・・・」

「おう、お前ら。このメニューの意味、分かってるのか?」

 田村と初芝が話しているところに岩井がやってきた。

「い、岩井さん!」

「メニューの意味、っすか?」

「ああ。今日のメニューが素振り300回、じゃなくて1時間、ってなってた理由だ」

「い、いえ・・・」

「・・・自分のペースでやれってことですか?」

「うーん、初芝の答えはちょっと惜しいな」

「というと、なんなんですか?」

岩井は素振りに使っていたバットを実際に振って説明を始めた。

「自分のスイングをしっかりと見つめ直すためだ。回数で終わり、ってすれば回数をこなせばいいって思うやつが出てくるもんだ。スイングの1回1回に集中してそのたびにスイングを見つめ直し、もう1回振る。それを繰り返すんだ。そうなると間を空けて振る事になる訳だがそこで楽しようとするかどうかはそいつ次第だ」

「た、確かに・・・」

「回数だとどうしても早くやろうとするし・・・」

「ああ。それでフォームが崩れたら意味ねえしな。・・・よし、素振りも終わったし、次はランメニューだ。寒さも吹っ飛ばすぐらい走るぞ!」

「「うっす!!」」

 素振りを終えた野手陣も下半身強化の走り込みへと向かって行った。

 こうして聖森学園野球部は冬の地道な練習をこなしていった。来る来年の夏の大会、次はもう負けの許されない戦いを目指して。

 

*      *      *       *      *

 

 月日が経つのは早いもので気づけば今年も終わろうとしていた。聖森学園に入学してから早8か月、本当に短かった気がする。28日まで練習して、29、30日と野球部のみんなやクラスの友達と遊びに行ったりして、部屋を片付けたりしていたら結局大晦日の夕方ぐらいになってしまった。

「夏穂ー! 早くお風呂入ってしまいなさい! 夕飯前に入ってしまってよ!」

「はーい、りょーかーい!」

 部屋でまったりしているとお母さんが下の階から大きな声で伝えてきた。なんでも昔はソフトボールをやっていたらしく、声がほんとうによく通るんだよね、ウチのお母さん。

 その後、お風呂も済ませて食卓のあるリビングに向かうと先に待っている二人がいた。

「ねーちゃん! 久しぶりじゃん!」

「夏穂おねーちゃん、帰ってきてたんだね!」

「おーおー、私のかわいい兄弟たちじゃないか! 元気にしてた?」

「とーぜんじゃん!」

「私は寂しかったよー」

「おお、小春(こはる)は嬉しいこと言ってくれるね!」

「お、俺は寂しくなんかなかったし!」

「またまた~、強がっちゃって~。かわいいなあ、満(みつる)も!」

「つ、強がりなんかじゃねーし!」

「はいはい」

「子供扱いするなー!!」

 この二人は私の愛する弟と妹、小春と満。どうやら今日は二人とも出かけていたみたいだ。私が帰る時間は伝えてなかったし、さっき帰ってきたのだろう。

小春は中学2年生でソフトボールをやっており、新チームでは主軸を打つほどの実力者でポジションはほぼ全てという器用さを持っている。それと非常にお洒落さんである。私の服のことまでとやかく言ってくる。そして満は中学3年、中学の野球部ではキャプテンも務め、ポジションは投手と外野。ピッチングもバッティングも優れている好選手である。ただ、女兄弟に挟まれていたのと中性的な顔立ちのためかよく女子に間違えられるという。

「あらあら、満はものすごーく寂しがってたじゃないの」

「してないって!」

「ささ、晩御飯にするわよー」

「って、ちょっと! しれっと流さないでよ!」

 お母さんに茶化されて起こる満。ほんと、かわいいなあ。

 そんなこんなでその後、お父さんも加わって久しぶりの自宅での夕食となった。

「夏穂、学校で元気にやってるの?」

「うん、友達もたくさんいるし、野球部の練習も楽しいし」

「大丈夫なのか? ケガとかしてないか? 一人暮らしは・・・」

「「「「お父さんは心配し過ぎ!」」」」

「う、いや、しかしだなあ・・・」

 私のお父さんは仕事場ではしっかりもの(らしい、部下の人がこの前家に来て話していたのを聞いた)だけれども、私や小春、満のことになると超が付くほどの心配性な、親バカお父さんなんだ。

「大丈夫だよ。私はもともと家事得意だもん」

「夏穂おねーちゃん! 彼氏はできたの!?」

「「ぶはっ!?」」

 小春の強烈な不意打ちに思わず吹き出してしまった。というかなぜお父さんまで吹き出しているのか。そして小春、そんなキラキラした目でこっちを見ないで・・・。

「い、今は野球一筋! 白球が恋人なの!」

「えー、夏穂おねーちゃん。かわいいからモテると思うのになー」

「小春と満の方がかわいいよ!」

「もー、夏穂おねーちゃんったらー!」

「ちょっと待ってよ! なんで俺も入ってるんだよ!」

「事実じゃん?」

「違うってば!」

 こんなやり取りができるのも久々だなあ。やっぱり実家っていいよね!

 

*      *      *       *      *

 年も明け、私たちは家族でおばあちゃんの家へ行ったりしてゆっくりと過ごしていた。

 おばあちゃんの家の近くにはとても広い公園があって・・・、

「ねーちゃん! 今年こそは打つ!」

「みっちゃん(小春の満の呼び方)も毎年毎年よくくじけないねー」

「俺だって毎年進化してるんだ!」

「それは夏穂おねーちゃんもだと思うんだけど・・・」

 という感じで、毎年この時期にこの公園で満は私に勝負を挑んでいるのだ(私の5勝0敗)。ただ、今の私は・・・、

「(フォーム改造は一応去年で終わったから新年の練習再開した後のフリーとかでお披露目の予定だったんだけど・・・)」

 事前にトモと木寄さんには事情を話してあるので投げる分には許可ももらってるし・・・。

「ふふっ、お姉ちゃんだって進化してるってことを教えてあげるよ!」

 まあ、初めて改造フォームの投球を見せるのが愛する弟と妹ってのもいいんじゃなかな! そして、バッターは満、小春がキャッチャーとして準備を終え、対決が始まった。

 

「な、なんなんだよあのボール! ねーちゃん! どーなってんの!?」

「私もちょっと捕るの大変だったー。フォームもすごく変わっててびっくりしたよー」

「わ、私も自分でびっくりしたよ! 打者相手に投げたのは初めてだったから・・・」

 結局、3打席でバットに掠りもしなかった。相手が満とはいえ手を抜くのは失礼だと思って全力で投げたんだけど今までとは全然感覚が違った。同時に手ごたえも掴んだ気がする。

「二人とも、ありがとう。何か掴めた気がするよ」

「ううん、すごいよ、夏穂おねーちゃん! これならきっとすごいピッチャーになるよ!」

「こんなボール投げるの見れたんだし! やっぱりねーちゃんはすげーや!」

 二人も喜んでくれてるならいいかな? でも、この手応えなら本当に通用するかもしれない! 

「よっし! じゃあ、帰ろっか! おばあちゃんがお昼ご飯作ってくれて待ってくれてるよ!」

「「うんっ!!」」

 改めて思った。やっぱり兄弟姉妹はいいものだよね!

 

 そして3ヶ日も終わり、5日から練習が再開するので私は下宿先へと帰ることになった。

「それじゃ私、戻るね」

「気を付けてね」

「ねーちゃん、もう戻っちゃうのか?」

「もう少しいてよ、夏穂おねーちゃん!」

 心配してくれるお母さんと、戻ってほしくなさそうな満と小春の両名。

「私ももう少しいたいんだけどね。でも練習も始まるし、しょうがないよ。また今度帰ってきたら一緒にお出かけしてあげるから」

「ほんとっ!?」

「約束だよー!」

「うん、約束するよ!」

 お出かけでそんなに喜んでくれるなら姉冥利に尽きるものだよ・・・。

「そうだ、満」

「? なに?」

「行く高校決めたの?」

「ん~、それはもうちょっと秘密かな!」

「もう、もったいぶっちゃって・・・。あ、もうこんな時間だ! じゃ、またね!」

「「「「いってらっしゃーい!」」」」

 さあ、休みは終わり。また野球の日々が始めるよ!

 

*      *       *       *       *

 

 練習が再開し、3学期も開始してはや2か月。3月になってようやく暖かくなってきた。

「じゃ、今日から通常練、再開しまーす!」

 そして3月の練習の一発目、花﨑コーチが宣言した。

「おお、ついに!」「待ってました!」「打てる、打てるんだ!」

 と、部員たちのテンションも急上昇。私もひっそりテンションは上がってるけどね!

「で、早速今日は実践打撃するんだけどピッチャーは・・・」

「はいっ!! 私やりたいです!」

 いの一番に私は手を挙げた。

「桜井が投げるのか!?」「ずっと今までブルペンでしか投げてなかったよな!?」

「フォーム改造、終わったからね」

 私は満との勝負で得た手ごたえをこの2か月で確信に変え、フォームは完成した。早くバッター相手に投げたくて仕方がなかったんだ!

「じゃ、桜井さんにお願いするわ。じゃ、準備始めてね!!」

「「「「はいっ!」」」」

 

「さ、実践打撃開始!」

「よろしくお願いします!」

 最初に打席に立ったのは小道さん。ピッチャーは私で、キャッチャーはトモ、審判は花﨑さんが務める。そして、グラウンドにいるみんなが私に注目してるのが分かる。

「(さあ、来い夏穂。初球は低めへのストレートだ。みんなを驚かせてやろうぜ)」

「(OK! 行くよ!)」

 私は小さく振りかぶり、左足を真っすぐに上げる。そのまま軸足に体重を乗せ、重心を下げる。そしてそこから・・・、

「(一気に前に踏み込む!!)」

 軸足をバネのように使い、全身の力をボールに伝える! そして、腕をしならせて振り抜く!! そして、投じられたボールはまっすぐにミットへと吸い込まれた。

 スパ――ン!! と小気味いい音がミットを鳴らす。

「っ!?」

「すげえ!!」「前の時と球速が段違いじゃねえか!!」

 小道さんは明らかに驚いた表情をしており、周りのみんなも驚きを隠せない。

「ナイスボール!!」

 トモはそう言いながらボールを返してくる。その後も私は新フォームで快投を続け、今日は打者6人にヒットを打たせなかった。上出来だったけど、コントロールが少し甘かったかな。次はもっと修正しなきゃね!

 

*      *      *      *      *

 

 監督の榊原は今日の練習を振り返りつつメモを取っていた。これは榊原がここの監督になってからずっと続けてきた習慣であり、その日の練習の気づいた点などを事細かにまとめており、非常に膨大な数のノートを作っていた。

「(今日の桜井のピッチング・・・、まさに生まれ変わった、とでも言うべきか・・・)」

 榊原は夏穂の投球のことを主に印象として残していた。御林は上々の出来だったし、杉浦も荒れていたがボールは走っていたし、金村は調子が悪かったなりに打たせて取っていた。その中で6人の打者をシャットアウトした夏穂は榊原にとっても予想外の活躍だった。

「(昨年から取り組んでいたフォーム改造が実を結んだ、か・・・。元より手元で伸びる質の良いストレートを投げていたが・・・、そこに柔軟な体を活かした全身の力を無駄なく伝える、それでいて無駄に力が入らないフォーム。これからが楽しみだな・・・)」

 榊原はある程度メモを取ると、ノートを閉じた。

 




 夏穂覚醒です! どうしても高校野球の冬場ってイベントが少ないんですよね。という訳でサクサク行ってしまいました。次ぐらいで待望の新入生&2年目突入の予定です!
 読んでいただきありがとうございました。感想なども良ければ、また次回もお願いします!


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13  New Comer ~新参者~

 投稿が遅くなり申し訳ないです・・・。もう少し早められたらなあ・・・。


「・・・ふっ!」

 シュッ!! シュルルル、バシッ!!

「やんすっ!?」

「はい矢部川、見逃し三振な」

「ぐぬぬ、夏穂ちゃんと松浪くんのバッテリーは厄介すぎるでやんす・・・」

 フリー打撃では基本的に私はトモとバッテリーを組むことになる(トモが打つときは木寄さんが務める。返球はできないけど)。私がフリーで投げ始めてから1か月、矢部川君との対戦成績は14打数の1安打、しかも内野安打のみ。トモの配球にまんまと引っかかってしまっている。

「今の夏穂ちゃんなら他所の高校でもきっと抑えられるでやんすよ!」

「まあ、でも岩井さんには打たれちゃってるしなあ」

「改造前はほぼ全部打たれてたのが4割程度にはなったと考えたら上出来じゃないか?」

「まあそりゃそうだけど・・・」

「ま、焦らず行こうぜ」

 岩井さんはどうしても打たれてしまう。そして、それによって私の弱点も露呈してくるからそれも直していかないといけない。

「焦らず、と言えばもう4月になったんだよね」

「そういえばそうでやんすね」

「早いもんだな。もうここに来て1年になるってことか」

 長かったような、短かったような1年だったなって振り返ってみると感じるね。たくさんのことがあったな、って思うけど・・・。

「・・・ってことは私たち、2年生になるってこと!?」

「何を今更言ってんだよ・・・」

「つまり、新1年生、後輩が入ってくるってことじゃん!」

「そ、そうでやんすね・・・」

「うわー、楽しみだなあ・・・。今年からは学生寮もできるらしいし・・・」

「(夏穂の後輩へのこだわりはなんなんだ・・・)」

「(ちょっと怖いでやんす・・・)」

 ・・・ん? なんだかトモと矢部川くんが引いてる気がするけど・・・。

「あ、学生寮と言えば夏穂ちゃんは一人暮らししてたでやんすよね? 寮には入らないんでやんすか?」

「うーん。親にはその話はしたんだけどね・・・」

「なんて言われたんだ?」

「面倒だし、いいや! ・・・だって」

「・・・そ、そうか」

 お母さんはアンタは気にしなくていいのよ~、とか言ってたっけ。まあ、慣れてきた頃合いだし、助かるんだけど・・・。

「はいはーい、みんな注目~!!」

 練習を終えると、木寄さんが集合をかけた。みんなが集まったところで木寄さんは咳ばらいをひとつして話し始めた。

「知っての通り、来週から新学期が始まるわ。という訳で新入生の勧誘も始めなきゃいけないんだけど・・・」

「去年と同じで来る奴待てばいいんじゃねえのか?」

「健太の方法は行き会ったりばったり過ぎるの! 今年こそちゃんと集めないと。その方法だと選手は集まってくれてもマネージャーが集まりづらいのよ」

「つってもどうするんだよ?」

 木寄さんと岩井さんが議論しているとトモと御林さんが意見を出した。

「一般的にはビラ配りとかじゃないですかね?」

「そうだね。あとは声かけての勧誘とかかな」

 その意見をきいて岩井さんは手を顎に当てて考えた。

「なるほどなあ。よし、じゃあ決めた!」

「? どうするの?」

 木寄さんが尋ねると岩井さんは日程表を見ながら結論を出した。

「新歓の期間は3日間だ。だから俺たちを3つのグループに分ける。1つは声かけ、ビラ配りのチーム。それとグラウンドの近くで待機組、最後に練習組ってとこだな」

「練習組?」

「ああ、流石に3日練習しねえのは良くねえ。少数にはなるけどな。それに1グループに7人近くいるし、勧誘組は実質2グループでやるようなもんだ。これで足りると思うぜ」

「なるほどね。それならビラを作らなきゃ。先生から配布の許可ももらわないといけないし・・・」

「とにかく部員確保のためにも全員で頑張るぞ! いいな!」

「「「おおっ!!」」」

 こうして野球部は新入生確保の活動へと乗り出したのだった。

 

*      *       *      *       *

 

 そして新歓期間・・・、

 私は3日目に声かけ、ビラ配りになったんだけど・・・、

「チラシはもらってくれるんだけどなあ・・・」

 ビラは受け取ってもらえるものの野球部の見学へと向かってきてくれる人はそう多くはないんだよね。その結果、ビラは無くなったのに勧誘できたのは0という悲惨な結果に。

 さて、どうしたものか・・・。

「一旦グラウンド前待機組の所に戻ろっかな・・・」

「あ、あのー・・・」

 振り返るとそこには小柄な1年生と思わしき生徒がいた。

「ひょっとして野球部の方・・・、だったりします?」

「あ、もしかして野球部に入りたいとか!?」

「あ、はい。そうなんですよ・・・」

「OK! グラウンドまで案内するよ! 付いてきて!」

「はい、ありがとうございます・・・、ってうわっ!?」

 私はその生徒の生徒の手をガシッと掴むとグラウンドに向かって歩き始めた。

 にしても、小柄だし、可愛らしいし、指も細い。こんな子が入ったら、また矢部川君たちは喜ぶんだろうなあ・・・。

「あのっ、その・・・」

「あ、私は桜井夏穂、っていうんだ。夏穂でいいよー」

「あ、あの夏穂さん・・・、僕は・・・」

 その1人称だと矢部川君あたりは『僕っ娘でやんす!』だとか言いそう・・・。

「あ、ついた。ここだよ、ここ」

「あ、はい・・・。 うわあ、立派なグラウンド・・・」

「でしょ? 私も最初はびっくりしたんだ」

 戻ってくるなり同じ勧誘グループの姫華が声をかけてきた。

「夏穂おかえり、一人連れてこれたんだね!」

「うん、なんとかね」

「で・・・、えっと男の子・・・で合ってるのかな?」

「・・・え? 男の子・・・?」

 よくよくさっきの生徒を見てみた。・・・本当だ、制服は男子のだ・・・。

「気づかなかったの!?」

「いやあ、見つかって嬉しくてさ・・・」

「は、はい。僕は美多村知秋(みたむらともあき)といいます。れっきとした男子です」

「そ、そうなんだ・・・」

 顔ぐらいしか見てなかったから分からなかった・・・。

「あ、そうだ。この後キャプテンが説明してくれるだろうからちょっと待っててね」

「あ、はい。わかりました」

 こうしてなんだかんだで多くの新入部員候補を集めることが出来たのだった。

 

*      *      *      *      *

 それから1週間後・・・、

「という訳で、新入生! 自己紹介をしてもらう!」

「いっぱい集まったね~、新入生~」

「そうだよねっ! 後輩がたくさんだよっ!」

 恵と姫華もいつもよりテンション高めみたい。その時、自己紹介するために並んでいた新入生の中にすごく見慣れた姿が・・・、

「って満!? なんでここに!?」

「あ、ばれちゃった?」

 なんとそこには愛する弟、満がいたのだった。

「いやあ、今日までねーちゃんにバレないようにするの、大変だったんだ~」

「え、どこから通ってるの?」

「え、寮からだけど・・・」

「え、私の所には来なかったの?」

「母さんが『お姉ちゃんと一緒じゃアンタは甘えるだろうし、お姉ちゃんが甘やかすもの』って言ってた」

「うむむ、一理あるなあ・・・」

「・・・桜井、そろそろ自己紹介を再開させてやってもいいか?」

 私と満が話していたがよく考えたら自己紹介の途中だった!

「「すいませんでした!」」

「まあ、いいや。続けるぞ!」

 岩井さんは何事もなかったように再開してくれた。

 そして、一通り紹介が終わると・・・、

「はい、では恒例の新入生歓迎紅白戦をしようと思いまーす!」

 と、花﨑さんが去年同様に宣言した。

「今回は3年生は試合の補助をお願いね。新入生対2年生でやるから。じゃ、1年生は榊原監督のいる3塁側、2年生は私と1塁側へ来て頂戴。3年生は試合補助の役割分担を決めといてね。」

「「「はいっ!!」」」

 

「では、分かってると思うけど負けたりしちゃダメよ?」

「「「はいっ!」」」

「んじゃ、スタメンを発表しまーす!

 1番 ショート   梅田くん

 2番 センター   矢部川くん

 3番 キャッチャー 松浪くん

 4番 ファースト  竹原くん

 5番 ライト    空川さん

 6番 レフト    初芝くん

 7番 ピッチャー 杉浦くん

 8番 サード   元木くん

 9番 セカンド  椿さん

 以上です! 控えのメンバーも終盤から出てもらうから準備の方、よろしく!」

「「「はいっ!」」」

 リリーフ待機か・・・。1年生には打たれるわけにはいかないよね!

 ちなみに1年生チームのオーダーはこうだった。

 1番 センター   露見

 2番 ショート   田村

 3番 ピッチャー  白石

 4番 ファースト  桜井

 5番 レフト    久米

 6番 セカンド   草野

 7番 サード    大森

 8番 ライト    川井

 9番 キャッチャー 雪瀬

といった感じで1年生は13人いるそうだ。そして満は4番か・・・。

 そして紅白戦はまもなく開始された!

 

 1回表、先攻は1年生なのでマウンドには杉浦くんが上がった。そして先頭打者の露見が左打席に入った。

「いきなり女子選手か・・・」

「杉浦くんは良く分かんないところで手を抜くからね・・・」

「いつも言ってるのに聞かないもんな・・・」

 田中君はそう言って、マウンドの杉浦くんを見た。どうしても杉浦くんは女子選手に対して気が緩む傾向にある。もはや無意識レベルなのだろうか。

 カーーーン!!

「「・・・あっ」」

 言ってるそばから打たれてるし・・・。でも、少し高かったとはいえ、杉浦くんのストレートを軽々打ち返すとは露見という子も中々の実力者のようだ。

 続く左打者田村は差し込まれてサードゴロ、当たりは弱く進塁打になって、1アウト2塁となった。3番の白石は右打席に入った。手足が太いわけでは無いが背が高く、雰囲気のある選手だ。杉浦くんは変化球中心に1-2と追い込み、強気にインコースへとストレートを投じた。するとここまで手を出してこなかった白石が動いた。

「・・・っ!」

 キイイイイン!

鋭いスイングが差し込まれながらもストレートを捉え、打球はライトへと飛んだ。

「よし、打ち取った!」

 誰もがそう思ったのだが・・・、

「!? うわっ・・・、落ちてこないよ~!?」

 差し込まれたはずの当たりはグングンと伸び、右中間へと落ちた。なんとか恵が回り込んで抑えるも、ランナーが帰ってしまった。

「先制されちゃったよ!?」

「あの白石ってやつ、かなりやるみたいだな・・・」

さらに・・・、

「いよっと!」

 続く満にもカウント3-1から低めのストレートを捉えられてヒットを浴び、1アウト1,3塁で5番の久米を迎えた。左打席に立つ久米は鮮やかな金髪をボブカットにしていて背の高さは私よりすこし低いくらいだろうか。だけど打席に立った彼女はまだ幼さを残した顔に似合わず凛とした姿をしていた。しかも・・・、

「あの打ち方は・・・」

「振り子打法か・・・!?」

田中くんの口にした振り子打法とは通常のフォームとは異なり、体を打席の中で投手側にスライドさせ、足がかえって行く反動を利用しながら、打つ瞬間に軸足が投手側の足へ移っていくという打法である。野球を知るものなら誰もが知っている海を渡った名選手の編み出した独特の打法だ。それをあの子は習得してるというのだろうか?

「これ以上は、打たれてたまるかよ!」

 杉浦くんも渾身のストレートを投げ込む。ズバッ!!とトモのミットを鳴らすストレートはさっきよりも力があるように見える。だけどそのボールを見送った打席の久米は大きく呼吸を整えるとルーティンをしてから再度杉浦くんに向き直る。

 

*       *       *       *

 

 久米を見やり、次のサインを考える松浪はあれこれと思考を巡らせる。

「(監督は実績やアップの雰囲気で1年チームの打順を組んでいる・・・。ってことはこの久米も3,4番に並ぶ実力を持ってる可能性がでかい!)」

 去年の時もそうだったが1年の実力は未知数である以上、判断材料はそういうポイントに限られる。

「(しかも今のストレートの見逃し方も不気味だ。こいつ、可愛いらしい顔してとんでもない選手かもしれねえ・・・)」

 松浪は意を決して次のサインを出した。

「(初球は外のストレートだったから、次は内角低めのカーブで。これで追い込むぞ!)」

「(うっし、わかった!)」

 杉浦もサインに頷いて2球目を投じた。左打者の膝元へと迫るカーブ。松浪の要求通りのコースであったが・・・、

「・・・ふっ!」キイイイイン!!

「なっ!?」

 久米はコンパクトに腕を折りたたみ、膝元のカーブを芯で捉えた。

「(まずいっ!)」

 華麗に打ち返された打球はライナーで一二塁間を破り、タイムリーヒットになる・・・、と思われたが・・・、

「たーっ!!」

 セカンドの椿が小さな体を目いっぱい伸ばしてグラブの先で打球をノーバウンドでつかんだ。そして、

「ファーストッ!!」

着地してから、転がってすぐさま起き上がり1塁の竹原へと転送。1塁ランナーの満は戻り切れずにアウトとなりゲッツー。1年チームの攻撃は結局1点止まりとなった。

 

*      *     *      *      *

 

「あ、危なかったぜ。サンキュー椿!」

「いいって、いいって! これが私の仕事だし?」

「抜けてたらもう1点入ってたし、マジで救われたな」

 杉浦くんとトモは姫華のファインプレーを絶賛する。

「とにかく1点先にやってしまったのは置いといて、さっさと逆転するぞ!!」

「「「おおー!!」」」

「んじゃ、出塁してきますか!」

「オイラもやるでやんすよー!」

 と、風太と矢部川くんが意気揚々とベンチを飛び出していった。

 相手のマウンドにはさきほど長打を放った白石。満はファーストか。

 そして先頭の風太が打席に立つ。1年生には悪いけど、秋大会で上級生の投手相手に1番を務めた風太は厳しいだろう。しかし・・・、

「・・・行きますよ・・・っ!」

 白石は小さく振りかぶり、オードソックスなフォームからボールを投じる。そのボールは凄まじいスピードでミットへと突き刺さった。

 スバ―――――ン!!

「うおっ!?」

「は、速いでやんす!」

「またとんでもないのが来たな・・・」

 トモも思わずつぶやいている。みんなの言う通り、速い。130キロは優に超えている!

「下手したら140は出てるかもな・・・」

「トモといい、アイツといい、なんでそんなのが集まってくるかな・・・」

「おい、俺は関係ないだろ?」

 こんなやり取りをしてる間にも風太は三振に抑え込まれた。続く矢部川くんも三振・・・。

「初球から感じたけどシンプルに速いわ」

「オイラ、あんなボール見たことないでやんす・・・」

 秋大会の投手を見てる風太がそう言うということは矢部川くんでは無理だろうなあ・・・。

「おいおい、お前ら・・・」

その時打席に向かおうとするトモがベンチに向かい言った。

「イメージを持って立つのは大事だけどさ、あんまり考えすぎるのも良くないぜ」

「? どういうことでやんす?」

「まあ、見てろって。あの白石とやらには先輩の怖さを教えてやるさ」

 トモはそう言って打席に向かった。

 

*       *        *       *       *

 

白石のストレートを捕球しているキャッチャーは雪瀬氷花(ゆきせひょうか)という名前の女子選手である。銀髪のセミロングにおとなしそうな、儚げな雰囲気をしているが白石のストレートを難なく捕球している。彼女もまた可能性を秘めた選手のようである。

「(・・・ここで松浪さん・・・。この打線でもっとも驚異的な打者だと思う・・・)」

 雪瀬にとっては松浪こそが2年生チームの要と考えている。秋大会でも代打のみで結果を出していたことはこの学校を目指したときから始めた情報収集で知っていた。

「(それにこの人に打たせると向こうを勢いづかせてしまう・・・)」

白石をどうリードするか・・・、であるが・・・。

「(リードする、と言っても・・・)」

 白石には変化球が無い。本人曰く、練習する機会が無かったと言うが・・・。

「(漫画の主人公じゃないんだから・・・、せめてカーブくらいあってもいいのにな・・・)」

「よう、お前。中々の腕前してるじゃん」

「えっ・・・!? あっ、はい。ありがとうございます・・・(び、びっくりした! 急に話しかけてくるなんて・・・)」

 松浪が打席に入るなり声をかけてきて、雪瀬は驚いた。雪瀬の性格は見た目の通り、おとなしくやや内気な性格をしている。人と話すのもあまり得意では無い。

「これだけの球をさっき見ただけで捕れるって言うのは大したもんだよ」

「ほ、褒めてもらえて光栄です・・・」

 松浪は打席でルーティンを終えると白石を見据える。

 白石は臆することなく自慢のストレートを投げ込む。スパ――ン!! と小気味いい音がミットを鳴らすが、松浪は感心した様子で見送った。

「アイツはいい球投げてるし、お前もミットを鳴らす技術も持ってる良いキャッチャーだ」

「ず、ずいぶんと褒めてくださるんですね・・・」

 そう会話を交わしながらも雪瀬はサインを出し、松浪は構えて白石を見据える。そして、白石がボールを投じる寸前で松浪は呟いた。

「・・・だから、きちんと対決したかったぜ!」

「えっ・・・!?」

 投じられたストレートを松浪はフルスイングで捉えた。

 キイイイインッッ!! と快音を残し、白球はフェンスを越えた。まさに一閃、驚異的な打球速度で打球はレフトへと消えた。

「なっ・・・!?」

「そ、そんな・・・!?」

「そう、せめて変化球の一つでもねーと、勝負になんないぜ!」

 そう言って松浪はバットを放り、ダイヤモンドを走り出した。

 

   1,2年生 新入生歓迎紅白戦

1年 1           1

2年 1           1     (現在1回裏、2死走者なし)

 

 

 




 新入生がやってきました! 栄冠でもペナントでも、入学式とかドラフトなどの新戦力が来る時ってワクワクしますよね~。
 今回は成長した夏穂の能力と1年生2人の能力を紹介しておきたいと思います!

 桜井夏穂(2年) 右/右

 無事、フォーム改造に成功し、心身共に大きく成長した。学校のメンバーなどにはあまり知られていないが、ややシスコン、ブラコンの気があるほど弟の満と妹の小春を溺愛している。好きな食べ物はパスタなどのイタリア料理、嫌いな食べ物はゴーヤ。趣味はゲーム全般でとくにスポーツゲームはお気に入り。

 球速    スタ コン 
134km/h E  C  
 ⇒Hスライダー 3
 ⇓チェンジアップ 3
  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
  2 D F E E D D  投D 外野F
 ノビ◎ ピンチ○ 球持ち○ ケガしにくさ◎ 闘志 一発 軽い球 速球中心  
 初球○ ムード○ 三振 積極打法 積極守備

 白石和真(しらいしかずま)(1年) 右/右

 170後半の身長でどこか抜けた感じのする男子。意外なことにネットサーフィンが趣味。グラウンドでは高い身体能力を発揮し、その実力はかなりのものである。しかし、名門校からはお呼びはかかっていなかった。それには理由があって・・・?

 球速   スタ コン
144km/h  F  F
 (変化球無し)
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 3 F D D C E G  投E 
 ノビ○ ピンチ○ ランナー△ クイック△ 奪三振 速球中心
 広角打法 三振 走塁△ 盗塁△ エラー 強振多用 
 

【挿絵表示】



 雪瀬氷花 (1年) 右/右

 儚い印象を与える銀髪の小柄な女子。実際性格も内気で大人しい。ただ、見た目に似合わず高い捕球技術と優れた戦術眼を持っている。実は祖父がロシア人のクオーター。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 F F F E D E   捕E
 固め打ち 送球△ ケガしにくさ○ 

【挿絵表示】


 次はもう少し早く更新できるよう頑張ります・・・!
 また良ければ感想、評価などお願いします!


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14  Rookie rumored ~鳴り物入り~

  ここまでのあらすじ
 新入生も入部し、先輩となった夏穂たちは恒例の新入生歓迎紅白戦が行われた。必勝の意気込みで臨むが、剛速球を投じた白石、非凡な打撃センスを見せる夏穂の弟の満や久米といった実力者たちも現れ、苦戦を強いられることに。


3回の裏・・・、

「・・・やんすっ!」カキンッ!

 矢部川くんの放った当たりは力なく上がり、ファーストの満のグラブへと収まってスリーアウト。トモのホームラン以降は竹原くんのレフトライナー、恵のライトライナー、初芝くんのヒット、四球などが出たもののゲッツーなどで点は入らなかった。

 3回終わって、1得点。ストレートしかないと分かっていても僅か2安打に抑え込まれたことは反省すべきポイントだった。一方で、ストレートのみでその結果を出したあの白石はかなりの戦力になりえる逸材だろう。

「さ、切り替えて守っていきましょう!」

「「「はいっ!!」」」

 そして、4回の表。初回以降は杉浦くんは立ち直り、2回と3回は三者凡退に抑え込んだ。そしてクリーンナップ2巡目を迎える。

「さっき杉浦くんに合ってたクリーンナップ・・・、この回は大事だね」

「こ、こっちも打ててないしね・・・」

 私と村井ちゃんはベンチから見守っている。打席には先ほどツーベースを放っている白石。警戒すべき相手だが・・・、

「・・・うっ!?」

 この打席はバットに掠ることもなく三球三振・・・。3球連続のカーブであっさり打ち取られた。

「変化球にまるで合ってない・・・」

「ス、スイングはものすごく速かったけど・・・」

 

 ベンチへと引き返す白石を見て、松浪はほっと一息をつく。

「(投げては変化球が無いとはいえ快速球を投げ込み、打っては驚異的なスイングスピード・・・、えげつねえ化け物だと思ってたけどここまで変化球に合わなきゃ話は別だな)」

 いくらスイングが速くても当たらないと無駄である。それよりも松浪が警戒しているのは続く4番の夏穂の弟の桜井満と5番の久米である。はっきり言ってこの二人は技術面では1年の中でも規格外と見える。

「桜井満とか言ったか? 夏穂の弟らしいな?」

「ええ、そうっすよ。ところで先輩、ねーちゃんはいつ出てくるんですか?」

「もうちょい待ちな。その内来るさ」

「ならあの人からもう一回打って引きずり出しますよ」

「威勢いいなあ、お前。気に入ったよ。でもなあ・・・」

松浪は笑いながらもサインを出し、満も構える。杉浦の投じたボールは・・・、

「うわっ!?」

インコース高めのボール球、いわゆるブラッシュボール思わず満はのけ反る。

「1本出たからって杉浦を攻略できたわけじゃないぜ・・・!」

「これくらい・・・」

 続くもインコースのストレート、右投げ左打ちの満にとっては右投げの杉浦からボールが向かってくるように見える。その後もインコース攻めが続いて2-2になってからの5球目・・・、

ズバンッ!!

「っ・・・!」

「ストライクッ! バッターアウト!!」

 主審を務める岩井の声が響く。

「悪いが1年にこれ以上打たれちゃ敵わねーから、そこそこマジの配球させてもらった。悪く思うなよ」

「ぐっ・・・!」

 インコースのボールを散々見せられた後の、外のストレートに満は手が出なかった。目がインコースに慣れたため、遠く見えたのだった。

「(さて、桜井弟は抑えたがこいつも問題だ)」

 続いて左打席に立った久米を見て松浪は思考を巡らせる。

「(さっきは椿のファインプレーに救われたけど、完璧に捉えられていた・・・。ここは

・・・ストレートを胸元に・・・!)」

「(おっし、分かった!)」

 杉浦は頷き、サイン通りにボールを投じたが、

「っ!!」キイイイインッ!!

 ややタイミングが速かったのかファール、しかしほとんど捉えられていた。

「(・・・あそこまで綺麗に打たれると自信なくすぜ・・・)」

「(大丈夫だ、杉浦・・・、次は“あれ”で行くぞ!)」

「(うおっし!!)」

 杉浦は思い切り腕を振るい2球目を投じる。しかし、力みが出たのかボールは真ん中付近へと向かった。

「(ストレートの失投!? もらいます!!)」

 久米もそのボールを弾き返そうとフルスイングした。しかし・・・、

「!?」 カキンッ!!

 快音は響くことなく力ない打球がセカンドへと転がり、椿はこれを難なく捌きツリーアウトチェンジとなった。

 ベンチに戻りながら久米は引き下がっていく松浪を見据えた。

「(ツーシーム・・・、打ち気を読まれてたんですね。流石です)」

「えっと、久米さん惜しかったよ。1打席目もファールもいい当たりだったし」

 久米がベンチに着き、守備の準備をしているとぱっと見女子のような男子生徒・・・美田村智明が声をかけてきた。

「百合亜(ゆりあ)でいいよ、美田村くん。それより次のピッチャーは君だよね?」

「あ、うん・・・。僕、白石くんみたいにすごいボール投げられないから打たれると思うけど・・・、守備よろしくね」

「大丈夫よ、点とられなきゃピッチャーは仕事を果たせてるんだから、打たれても要所きっちり締めて0に抑えれば問題無し! ね、白石?」

「・・・それは僕に対する皮肉・・・? まだ投げたかった・・・」

「嘘ばっかし。随分お疲れモードじゃないの」

「そ、そんなことは・・・」

「ベンチで寝たりしたらダメだからね?」

「するかそんなこと・・・!」

 その返しを聞かずに久米はベンチを飛び出していった。

 

*       *       *       *     

 

 杉浦くんがクリーンナップを三者凡退にした後の4回の裏の2年生チームの攻撃、この回から守備が変更になった。ピッチャーの白石に代わりあの美田村智明がマウンドに上がった。・・・やっぱり女の子にしか見えないよね。すごく可愛らしいもん。

「この回は松浪くんからでやんすからなんとか点を取りたいでやんすね」

「そうだね。あと美田村くんがどんなピッチングするかだね」

 トモは2巡目だけど投手は代わっている。それでも打てくれると期待したいね。

「い、いきます!」

「よっしゃ、来い!」

 美田村はセットポジションから素早いフォームでボールを投げ込んできた。

 バシッ! 「ストライク!」

 トモは、なるほど、といった様子で見送った。美田村の投じたボールはそれほど速くない。ただし、ランナー無しからクイックフォームで投げてきた。テンポ良く投じた2球目はゆったりとしたフォームからシンカー、これもトモは手を出さず追い込まれてしまった。

 そして、続く3球目は・・・、

「うおっ!?」カツンッ!

 デローンとした軌道で沈むいわゆるパームボールを引っ掛け、トモはサードゴロに倒れた。続く大もパームを泳がされて打ち上げ、センターフライに倒れた。

「いやー、あそこまで緩いと思わず手を出しちまうな・・・」

「同じく。待ちきれずに振ってしまった」

「パーム投げるなんて珍しいもんね…」

 と、思っていた矢先だった。

「と~!!」 カッキ――ン!!

「「「えっ!?」」」

 恵がそのパームをフルスイング一閃。右中間を真っ二つにした。打った恵は悠々2へ到達した。さすが恵、迷わず自分のスイングを貫いたんだ! そして初芝くんもシンカーを上手く拾い、2塁から恵が帰りタイムリーヒット! 2年生は待望の追加点を得た。

 

*       *       *       *

 

 5回の表は大森がヒットで出塁するも後続を断たれ無得点。一方、2年生チームは元木くんのサード強襲ヒット、代走の田中くんの盗塁と姫華の送りバントで1死3塁のチャンスを作り、風太のライトフライで1点追加。3-1とリードを広げた。矢部川くんはショートフライに倒れてチェンジ。そして、いよいよ・・・。

「よーっし! 私の出番!」

「俺も出番だぜ!」

「わ、私も・・・」

 6回の守備から予定通りに選手交代。大に代わって田村くんがファーストに(そういえば1年にも田村っているからこっちは田村信という登録になるかな?)、レフトの初芝くんに代わって村井ちゃん、代走で出た田村くんがサードに、そしてピッチャーに杉浦くんに代わって私が入った。

 1年チームは1番の露見から。

「女性投手ですか・・・、さすが聖森ですね!」

「夏穂をその辺の並のピッチャーと一緒にしない方がいいと思うぜ・・・!」

 トモが出したサインはストレート。当然、首を振る理由が無いよね!

 よしっ、行くよっ!!

「はあっ!!」

「っ!?」スパ―――ン!!

 よーし、絶好調! ストレートの走りがここ最近で一番だ!

 2球目も外角のストレート。露見はこれも見逃しカウント0-2。

「(これだけ合ってないならストレート一本で十分だな・・・、よし)」

「(オーケー!!)はあっ!!」

「うわっ!?」

 露見はなんとかスイングしたものの高めのストレートにタイミングも合わず三振。続く田村もバットに1度も掠ることなく三振に倒れ、代打で出てきた池野も三振!

「よっしゃ!」

「ナイスピッ!!」「さすが夏穂っ!」「ナイスピッチ~!」「しびれるなあ、おい!」

 2年生メンバーも口々に讃えてくれた。今日は打たれる気がしないね! すると1年チームにも動きがあったみたいだ。

「・・・いよいよ来たね・・・」

「あれが夏穂ちゃんの弟、満くんでやんすね・・・」

 1年チームのマウンドには私の弟、満が上がった。ファーストには先ほど代打で出た池のが入り、他も何人か交代したようだ。

 先頭打者はまたもトモである。

「また代り端(かわりばな)とかよ・・・。ついてねーな・・・」

「それは巡りの都合があるからしゃーねーだろ?」

「他人事みたいに言うなよ、風太・・・。なあ夏穂、アイツの特徴ってあるか?」

「うーん、確か持ち球はストレート、フォーク、チェンジアップ・・・、くらいじゃなかったかな?」

「まあ、それが分かればなんとかなるかな」

 そういってトモは打席に向かった。

「いきなり松浪さんか・・・、大変だね、これは」

「さあ来いよ、桜井弟!」

「さっきの借りは、返させてもらいます、よっ!」

バシッ!!

「へえ、良い球投げんじゃん」

「まだまだ行きますよ!」

「・・・って、しまった!」パシッ!

 2球目はフォークに空振り。フォークあるよって言ってたのに・・・。

「・・・やっちまった。フォークのこと忘れてたよ」

「ねーちゃんに持ち球聞いてたんすね」

「まあな。さ、次は何でくるんだ?」

「追い込まれてるのに強気ですね、っと!」

「! っと!」カツッ!!

 ファールで1球粘った。カウントは尚も0-2。おそらく次はチェンジだろうな・・・。 

「(・・・おそらく次はチェンジアップかな)」

「(チェンジアップ、って思ってんだろうけど。それでも投げる!)」

「(・・・! 来たチェンジアップ! って何っ!?)」

 トモは明らかに体勢を崩され空振り。そして結果は三振・・・。

「・・・チェンジアップあるって言っといたじゃん!」

「思ったよりも来なかったんだよ、あのチェンジアップはかなりのもんだな」

「まったく・・・、って、あっ」

 見てみると田村くんも打ち損じてサードフライに、そしてその後は恵もライトフライに倒れた。

 気を取り直して守らないと! 

 で、7回の先頭は満。ここまでは2の1。流れを渡さないためにもここはしっかり締めたい。

「待ってたぞ、ねーちゃん! 今日は打つ!」

「満、まだまだお姉ちゃんには敵わないことを教えてあげるよ!」

 初球はもちろんストレート。

「ふーっ。・・・はあっ!」

スパ――ン!!

「ぐっ・・・、やっぱし速い・・・!」

 続く2球目もストレートで空振りを奪い・・・、

「やあっ!!」

「このっ!」スパ――ン!!

「ストライク! バッターアウト!」

 最後も高めのストレートで押し切り、空振り三振。まだまだ弟に負けるわけにはいかないんだよ! 4者連続三振だけど、次の打者は・・・、

「久米、か・・・」

「厄介なバッターが来たなー」

「参ります・・・!」

 久米はそう言って独特の振り子打法で構えた。

「(初球はこれで・・・)」

「(よーし! 真っ向勝負!)」

スパ――ン!!

「くっ!?」

 ここまでほとんどのボールに対応していた久米が空振りした。

「(見かけ以上に打席だと手元で伸びて見える・・・!?)速いんですね、思ってたより」

「ああ、こいつのストレートはな。そこらのピッチャーとはてんで違うぜ」

「ノビのあるストレート・・・、うらやましい限りです」

「? どういうことだ」

「いえ・・・、こちらの話です」

「ふーん、そっか」

 トモはひとしきり久米と話すと再びサインを出す。

「(じゃあ・・・、これで)」

「(りょーかい!) ふっ!」

「っ!? ス、スライダー!?」バシッ!

 2球目はスライダー。フォームを改造し、球持ちも良くなったから副産物でスライダーもより球速が上がり、ストレートと判別がすぐにはつきにくくなった・・・、とかトモは言っていた気がする。とにかくこれでカウント0-2と追い込んだ。しかし相手はここまでノーヒットではあるものの、手ごわいことには違いない。

 続いて投じたのはボールへと逃げるスライダー。しかし久米はこれにピクリと動くも見逃してボール。ここでトモが出したサインは・・・

「(・・・チェンジアップ、ね)」

「(さすがにこれにはタイミングを外されるはずだ・・・。)」

「(ん、わかった!)」

 小さく振りかぶってストレートと同じ腕の振りから繰り出すチェンジアップ、これで打ち取れるはず・・・、

「! この・・・!」カキン!!

「「なっ・・・!?」」

 と、思ってたんだけど久米は上手く堪えてチェンジアップを引っ張りライト前にして見せた。なんという打撃センス・・・。

 しかし、久米にはヒットを許したけどその後はスライダーとストレートを効果的に織り交ぜて打ち取り無失点で7回を終えた。

 

*      *      *      *

 

 そして8回の裏にマウンドに上がったのはなんと久米だった。あれほどの打撃センスを持つ選手だ。はたして投手としてどのような投球を見せるのだろうか?

 打席には途中から守備で入った村井ちゃん。しかし・・・、

バシーン!!「うっ・・・」

 中々速い! 白石ほどではないけど1年女子、しかもサウスポーとしてはかなりの快速球だろう。それでも2球目のストレートに村井ちゃんは食らいついてファールにした。そして3球目・・・、

「っ!」バシッ!

 釣り球のスライダーにはなんとか手を止めた。さらに・・・、

「っと!」バシッ!

 またも誘ってきたフォークにも手を止めた。今のフォークといい、さっきのスライダーといい、変化量、コントロール共にかなりのものだ。それに手を出さない村井ちゃんの選球眼もすごい。5球目のストレートをカットしたが、6球目のフォークには合わせることが出来ず、空振り三振に倒れた。

「ストレート、捉えていたのに上手く飛ばなかったんだよ・・・」

私が打席に向かう前に村井ちゃんが小声で伝えてきてくれた。

「上手く飛ばなかった?」

「うん・・・、なんだか少し動いた・・・かな?」

「動いた・・・、か。うん、村井ちゃん、アドバイスありがとね」

「これくらいしかできないから・・・」

 ともかく情報はもらったし、打たなくちゃ!

「(どうせ変化球は打てない。なら狙うは・・・、ストレート一本!)」

 久米はノーワインドアップからスリークオーターのフォームから投じたのは予想通りのストレート! 

「(クセ球のことを加味して・・・、少し下を叩く!)」

 ここならジャストミート!

 ・・・のはずだったんだけど・・・。

 コキンッ! ってあれ? サードフライ?

 今のは普通のストレート・・・。村井ちゃんの目が間違ってることはないと思うんだけど・・・?

 

 続く田中も打ち取り、久米は一息ついてベンチへと戻る。そんな久米を見て、雪瀬は改めて感心した。

「(質の高いスライダー、フォーク、さらにはシュート。それに加えてストレートとムービングファストを投げ分けることが出来る器用さ・・・。さらには打撃センスにも優れる・・・。)」

 恐ろしい才能の持ち主。これまででこれほどの才能あふれた選手には会ったことがない。

「・・・久米さん、ナイスピッチ」

「ありがと。雪瀬・・・、ううん。氷花もナイスリードね。・・・私のことも百合亜って呼んでよ」

「う、うん。ありがとう。百合亜ちゃん!」

 結局この後も1年は夏穂を打ち崩すことはできず、紅白戦はゲームセットとなったのだった。

 

   1,2年生 新入生歓迎紅白戦

1年 100000000 1

2年 10001100× 3

 




 強すぎる1年生軍団の登場です。・・・2年生たちがスタメンの座を守れるのか心配ですね・・・。
 今回の紹介選手は1年生たちです。夏穂の弟の満、天才野球少女の久米を紹介します!

  桜井満(さくらいみつる)(1年) 右/左
 
 夏穂の弟。負けん気が強いが、自分に足りないところなどを理解しており、自他の実力もある程度推し量ることもできる。選手としては、投手ではフォークとチェンジアップを駆使して抑える技巧派、野手では高い対応力とパワーを併せ持つ好打者。姉の夏穂のことが大好きであるが、恥ずかしいので人前では言わない。
 球速   スタ コン
135km/h  E  E
 ⇒ スライダー 1
 ⇓ フォーク 1
 ⇓ チェンジアップ 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 3 E D E D E F  投E 一E 外E 
 打たれ強さ〇 緩急〇 一発 変化球中心 
 連打〇 窮地〇 慎重打法 

【挿絵表示】



  久米百合亜(くめゆりあ)(1年) 左/左
 
 センスあふれる女子選手。やや小柄で可愛らしい顔をしているがプレーする姿は天才と呼ぶにふさわしい。だがその才能を鼻にかけることは無い。性格は一見クールでドライなようだが、仲間に気配りのできる子である。趣味は雑誌を読むことで野球雑誌からファッション誌まで幅広く読んでいる。
 球速   スタ コン
128km/h  E  D   
 ⇑ ムービングファスト 1
 ⇒ スライダー 2
 ⇓ フォーク 2
 ⇐ シュート 1
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 2 D F E E D E  投D 一F 外E 
 キレ〇 リリース〇 ノビ△ 打たれ強さ△ 変化球中心 
 チャンス〇 粘り打ち ミート多用 

【挿絵表示】


 才能あふれる二人の活躍にもご期待ください!
 次回もお願いします!


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15  Opening summer~夏、開幕~

 今回は話の都合でちょっと短めです。

  ここまでのあらすじ
 紅白戦も終え、本格的に夏へ向けて動き出す聖森学園野球部。夏穂は少し気になることがあって・・・?


 紅白戦も終え、聖森学園野球部は夏の大会を目指し練習の日々を送っていた。

 いよいよ夏で引退となってしまう3年生、昨年は不参加だったために初めての夏となる2年生、紅白戦で2年相手に好勝負をした1年生・・・。それぞれが個人の課題を持って取り組んでいた。いたんだけど・・・。

「白石くん! 1アウト1,3塁のピッチャーゴロはセカンドでゲッツー狙うんでしょー! 何回言ったらいいの!?」

「す、すいません・・・」

「し、白石・・・、またやったの・・・」

 紅白戦で投打に渡り、強烈な印象を残した白石は最近の練習・・・、特に投内連携やバント練習などの小技ではミスを連発していた。バッティングやブルペンでは相変わらずすごい実力を見せているのだけど・・・。

その日の練習が終わってから私は白石を探していた。少し聞いてみたいことがある・・・、というか気になったことがあった。だから聞いてみようと思ったんだけど・・・、

「! いた! おーい、しら・・・」

「おっ! いたいた! 白石―!」

「って、トモッ!?」

「うわっ、なんで夏穂が!?」

「・・・桜井先輩と松浪先輩? どうしたんですか?」

「いや俺は少しお前の話が聞いてみたいなーと思って」

「私も聞いてみたいことがあったから・・・」

「これから寮で夕食なんですけど・・・」

「あれ、ねーちゃんと松浪さん。どうしたんすか?」

 そこに現れたのは満だった。そう言えば満も寮生だった。

「すこし白石の話を聞いてみたいなって思っただけだよ」

「じゃあ、来ればいいじゃん! 寮生の夕食は食堂で食べてるんだよ」

「なるほどな。・・・でも食費とかそれで大丈夫なのか?」

「・・・寮生は夕食で食堂利用時は特別に安くなるんです」

「「マジか!」」

 

 で、食堂に来たわけだけど・・・、

「女子が多いね」

「俺が聞いた話では女子と男子は7:3ぐらいだってさ」

「確かに、野球部の男子は俺と白石ぐらいだけど女子は全員入ってますね」

「全員?」

「あっ、桜井さん、松浪さん。こんばんは」

「・・・こ、こんばんは、です」

 久米と雪瀬がやってきたみたいだ。

「どうしてここに?」

「いや、後輩たちの話も聞いてみようかなって」

「なるほどそういうことですか」

「そーそー、で単刀直入に聞きたいんだけど・・・」

 トモはここまでの会話を一度切ると、本題に入った。

「白石。お前・・・、中学時代は野球やってなかったんじゃないのか?」

「「「えっ!?」」」

「・・・はい、そうです。俺は中学時代は帰宅部でした」

「だよな。いくら調べてもあれだけの速球を投げる記録も噂は無かったんだ」

「本当に!?」

 粗さが残るとはいえ、あれだけの速球と打撃を見せていた白石が初心者?

「俺の地元の中学には野球部が無かったんです。でも、野球は子供のころから見てて、クラブチームに入る勇気もなくてずっと壁当てしていたんです。あと、素振りも・・・」

「誰かに教えてもらってたのか?」

「いいえ。ネットで動画見て真似してました。毎日毎日一人で・・・」

「ひ、一人で・・・」

「でも、3年の時にたまたま球技大会で野球をやったんです。その時に思いっきり投げたんですけど・・・。近所のシニアに通うクラスメートが捕ることが出来なかったんです。その時にそのクラスメートに言われたんです。『お前は野球をやった方がいい。でも、強すぎるところでも、弱すぎるところでもダメだ。ノビノビやれそうで実力もある高校に・・・』って。選んでくれたのが・・・」

「ここ、だってわけね」

「そうです。俺はそいつに感謝してます。そいつのおかげで今の俺があるんで・・・」

「なるほど、何かと納得したよ」

「お前も苦労してんだな」

「・・・いえ、そんなことは」

「意外ですね、白石にそんな過去があったとは」

「確かにな~」

「で、でもいいお友達、だよね」

「・・・ああ、あいつは最高の友人だと思う・・・」

「よしっ! いい話が聞けたし、飯も食ったし、帰るか!」

「そうだね、長居も良くないだろうし・・・」

「もう少しゆっくりしていかれたら良いんじゃないですか?」

「ま、それはまた今度ね! よしっ、じゃねっ!」

「じゃあ、また練習でな」

 そう言って私とトモは食堂を後にした。

 

*       *       *        *

 

 時が過ぎるのも早いもので季節は6月・・・、来る夏の予選に向けて熾烈なメンバー争いが始まっていた。サードの岩井さん、捕手のトモ、エースの御林さんはほぼ確定としても、ファースト、セカンド、ライト、レフト、そして控えの投手は激しいアピール合戦が続いていた。

 そして、あっという間に大会のメンバー発表となった。

「ではメンバー発表に行きます。各自夏の大会を目指してやってきたと思うけど、これからはメンバーをメインとしてやっていくことになると思うわ」

 花﨑さんがそう言うと監督が前に出て話し始めた。

「・・・メンバーを発表する。実力面、精神面でも充実していた選手を選んだつもりだ・・・。では発表する。呼ばれたら返事をして背番号を取りに来い!」

  そして発表されたメンバーは次の通りだった。

背番号1  御林辰巳 (投 手、3年)、副主将

背番号2  松浪将知 (捕 手、2年)、

背番号3  竹原大  (内野手、2年)

背番号4  里田信二 (内野手、3年)

背番号5  岩井健太 (内野手、3年)、主将

背番号6  梅田風太 (内野手、2年)

背番号7  花川麻紀 (外野手、3年)

背番号8  小道拓斗 (外野手、3年)

背番号9  大木太  (外野手、3年)

背番号10 金村剛  (投 手、3年)

背番号11 桜井夏穂 (投 手、2年)

背番号12 木寄久美 (内野手、3年)副主将

背番号13 野村太一 (内野手、3年)

背番号14 倉木由奈 (内野手、3年)

背番号15 中野理恵 (外野手、3年)

背番号16 山田美紀 (内野手、3年)

背番号17 小島祐樹 (外野手、3年)

背番号18 久米百合亜(外野手、1年)

「・・・以上18名。このメンツで夏を戦う」

「! え、選ばれてる・・・!?」

「やったね~、夏穂ちゃん~」

「ていうか久米ちゃんもベンチ入りしてるっ!? 先越されたっ!?」

「くそっ、外された・・・!」

 秋から変わったのはトモが正捕手になったこと、木寄さんは一塁手ということで登録されたこと、そして田中くん、杉浦くんに代わり私と久米ちゃん(最近こう呼ぶようになった)が選ばれたことだ。なお久米ちゃんは外野手登録だ。

「選ばれたからには・・・、頑張らないとね・・・!」

「そうだぞ桜井! 俺の代わりなんだからな! 気張ってけよ!」

「僕の分もね・・・」

「とーぜん! やってやるよ!」

 

 程なくして抽選会が行われ、1回戦の相手が決まった。その相手は・・・、

「清貧高校か・・・」

「これといった戦績は無いし、いつも通りやれば負ける相手じゃないな」

「なるほどね」

 名前の通りに地味な高校でこれといった進学実績もスポーツ成績もない普通の学校である。どこが相手でも負ける気は無いし、特に激闘第一にはリベンジを果たさなくちゃいけない!

 

 そして1回戦当日。両行のオーダーが発表された。

  先攻 清貧高校

 1番 サード    井上

 2番 ライト    大塚

 3番 ピッチャー  中野

 4番 ファースト  加藤

 5番 キャッチャー 中村

 6番 レフト    西野

 7番 セカンド   大野

 8番 レフト    佐藤

 9番 ショート   杉山

 

  後攻 聖森学園高校

 1番 ショート   梅田 

 2番 レフト    花川

 3番 キャッチャー 松浪

 4番 サード    岩井

 5番 センター   小道

 6番 ファースト 竹原

 7番 ライト   小島

 8番 セカンド  倉木

 9番 ピッチャー 金村

 

 こちらのメンバーは下位打線3人が10番代を背負うメンバーだ。監督も調子を見て決めると言っていたからそういうことなのだろう。実際、小島さんと倉木さんはバッティングが好調だった。御林さんは次の相手が相手なので温存ということになった。

「いいかっ! 今までとは違って負けたらそこで終わりだ! グラウンドにいる奴は全身全霊込めて戦うぞ! 背番号も関係ねえ! 今出てる奴がチームの代表としてプレーしてること忘れるなよ!!」

「「「「おおっ!!!」」」」

「っしゃあ!! 行くぞーーー!!!」

「「「「おおおっ!!!!」」」」」

 こうして私たちの夏が始まった!

 

*       *       *        *

 

 初回、先発の金村さんは得意のカーブで相手を上手くかわし、サードゴロ、ショートフライ、センターフライときっちりと3人で締めた。一方の聖森学園の攻撃。先頭の風太はいい当たりを放つもライトライナーに倒れた。続く2番の花川さんは・・・

「それっ!!」カ――ン!!

「「おおっ!!」」

 外角のストレートを待ってましたとばかりに叩きレフト線へと強烈な一打を放った。フェンスにまで到達した打球を見て花川さんは悠々2塁へと進んだ。さらに続くトモはカウントを取りに来た変化球を見事に捉えこれもツーベースヒットになり、あっさりと先制。

「うおらっあ!!」カキ―――――ンッ!!

 さらに岩井さんの放った打球はあわやホームランとなるツーベースになって1点追加。結局この後も猛攻は続き1回だけで5点を奪った。

 2回以降も金村さんは5回を被安打4に抑え無失点。打線は大量16点を奪い、5回コールド勝ち。2回戦進出を難なく決めたのだった。

 全国高校野球選手権大会 県大会1回戦

清  貧 00000     0

聖森学園 5254×     15  (大会規定により5回コールド)

 

*      *       *       *

  聖森学園は2回戦の相手、武南北(ぶなんきた)高校にも危なげなく9-1の7回コールド勝ちを収め、3回戦に駒を進めた。そして、3回戦の相手が・・・、

「流星高校ね・・・。トモ、対策はできてるの?」

「当然。去年の秋以来の再戦だけど勝つのはウチだ」

「へえ、随分と言ってくれるな!」

 すると声をかけてきたのは流星のエース、阿久津だった。

「秋は負けたがあれから特訓に特訓を重ねたんだぜ! 今日は勝つ!」

 

  先攻 聖森学園高校

 1番 ショート   梅田

 2番 レフト    花川

 3番 キャッチャー 松浪

 4番 サード    岩井

 5番 ピッチャー  御林

6番 センター   小道

 7番 ファースト  竹原

 8番 セカンド   里田

 9番 ライト    大木

  

  後攻 流星高校

 1番 センター   速水

2番 キャッチャー 光原

3番 セカンド   風間

4番 ピッチャー  阿久津

5番 ファースト  星野

6番 サード    長谷川

7番 ライト    石井

8番 ショート   木村

9番 レフト    加藤

 

 阿久津が9番から4番に変わったこと以外は同じオーダーみたい。随分と格上げされたんだね・・・。

「いいか。流星は走りに走ってくる! だが俺たちは俺たちの野球をするぞ!」

「「「おおっ!!」」」

1回表、聖森学園の攻撃だけど先頭は風太。相手投手の阿久津は前回打ち崩しているのだけど・・・、

「おりゃっ!!」

「くっ!?」カキン!

 今回はどうやらカーブに磨きをかけてきたのか、その緩急にやられて風太は詰まらされてサードゴロ。花川さんはフォークにやられて三振。そして次は前回の対戦でホームランを放っているトモ。

「(来やがったな・・・! 松浪と岩井。おまえらにリベンジすべく、必死で腕を磨いてきたんだ・・・!) うおおっ!!」

「っと!」カツッ!

 前と比べて、直球も変化球も共にキレが段違いに見える。ストレート、カーブのコンビネーションでカウント2-2としたところで阿久津が投じたのは高めの球。

「(甘い! もらっ・・・!?)」カキンッ!!

 トモはフルスイングしたが放たれた打球は力なく上がり、レフトのグラブに収まった。今の詰まらされ方は・・・。

「・・・シュート?」

「だったみたいだな。やられた」

 成長したのはこちらだけでなく向こうもだということを思い知らされる内容の投球をされ、迎えた1回裏。先の試合も7回完投の御林さんは今日も快調で先頭の速水、続く光原も抑えたが・・・、

「ていっ!」カキ―ン!!

 3番の風間が出塁。そして当然のように・・・、

「・・・またあんな大きなリードを・・・」

 走るぞ、と言わんばかりの大きなリードに御林さんは2球牽制を入れたけど、それでも初球スチールを仕掛けてきた。

「させるかっ!!」

「なんだと!?」

 2塁へとトモの鋭い送球が飛び、盗塁失敗! それだけじゃない。御林さんも流星対策としてクイックモーションを練習していた。サウスポーの御林さんのクイックに、トモの正確な送球。いくら流星でもこれはきびしいはずだ。

 2回表の聖森学園の攻撃であったけど、岩井さんはヒットを放つも、御林さんは三振。小道さんはフォアボールを選び、1死1,2塁のチャンスを作るも大がショートゴロゲッツーに倒れてチェンジ。またしてもシュートにやられた・・・。

 

 2回の裏、先頭は今日4番に入っている阿久津。

「(盗塁を封じた、って訳か。だがそんなんじゃ俺たちは止まんねえ!)」

 御林さんとトモが立てた策の一つとして、四球のリスクを下げるべく極力ストライクで勝負するというのがあったんだけど・・・、それが裏目に出ることになった。

「(俺たちは! 強くなったんだあ!!)」カッキ――――ン!!

「「なっ!?」」

 阿久津は入ってきたスラーブにフルスイングで食らいつき、バットを振り抜いた。快音を残した打球はグングン伸びて、ライトスタンドへと飛び込む先制ホームランとなってしまった・・・。

「見たか! 俺たちはもう、走るだけのチームじゃねえ!」

 その後の御林さんは無失点で切り抜けたものの、ピンチは背負ってしまった。ここまでの打者を見ても一目で秋よりも打撃を磨いてきたことが分かるほどの成長を見せる流星高校。このままじゃ前のようには行かない・・・!

 

 全国高校野球選手権大会 県大会3回戦

聖森学園 00         0

流  星 01         1    (現在2回裏終了)

 




 試合の描写、難しい・・・。
 なんだか躍動感がもう少し欲しい・・・。
 今回の紹介は1年生の美田村と2年生になった松浪です。

   美田村知秋(みたむらともあき)(1年) 右/右
 一見、かわいい女子にしか見えない男子部員。女子部員の多いこの野球部でも女子と言われても違和感0である。本人は男らしくありたいそうだが・・・。
 選手としては緩急で遅い球とより遅い球を使い相手をかく乱する。
  球速  スタ コン
 123km/h G D
⇘ スローカーブ 1
 ⇓ パーム 1
 ⇙ シンカー 2
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 G G F F E F  投E
クイック〇 逃げ球 根性〇 低め〇 変化球中心 テンポ〇
サヨナラ男 意外性

    松浪将知 (2年) 右/右
 木寄のケガにより正捕手となった。周りからは何事も上手くいって見られがちだが、松浪自身にも司令塔として機能できているかなどの悩みは常に抱えている。後輩からは意外と頼りにされているらしい。一時期は内野の練習もしていた。
 好きな食べ物は牛丼などの丼物、嫌いな食べ物は納豆(別に大豆がダメな訳ではない)。趣味は夏穂と同じくゲームだが、松浪はボードゲームやトランプが得意。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 D C E C C D  捕C 一F 三F
チャンス○ 送球◎ キャッチャー○ 逆境○ 盗塁△ 選球眼 強振多用  

 以上です。次の話もまたお願いします!
 


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16  Revenge match~再戦~

 更新遅くなりました・・・。久々の投稿になります。
   前回までのあらすじ
 夏大会が開幕した。1,2回戦を突破した聖森学園は3回戦で秋にも対戦し勝利した流星高校と激突する。必勝を決意し挑む聖森学園だったが敗北を糧に大きく成長した流星高校に先制を許してしまう。


3回の聖森学園の攻撃は8番の里田さんがファーストゴロ、9番の大木さんがレフトフライ、1番の風太もレフトフライと阿久津の前に手も足も出なかった。

 一方、3回裏の御林さんは1番の速水に出塁を許し、光原はバントで1死2塁とされるが風間をセカンドフライに打ち取る。阿久津には四球を出してしまうが、星野はセンターフライに打ち取ってスリーアウトチェンジ。

 4回も花川さんは三振、トモはレフトライナー、岩井さんもセンターライナーに倒れる。流星高校は長谷川、石井は三振に倒れ、木村はショートフライでチェンジになった。

 

 一方、スタンドでは・・・、

「むむむ、硬直状態でやんすね・・・」

「相手ピッチャーが前とは見違えてるね~」

「前と全然違う展開だねっ!」

 各々ここまでの感想を述べていく。実際、前回の点の取り合いとは打って変わって投手戦となっている。

「で、でもどちらかというと・・・、押されてるのはこっち・・・、な気がしなくもないです・・・」

「・・・? 確かに1-0で負けてるけど・・・、なんで?」

 雪瀬のポツリと言った呟きに白石が尋ね返した。その問いに答えたのは初芝だった。

「確かに。5回までのヒットを見ても、こっちは2本で相手は7本。こっちはチャンスは1度のみ。流星は3回・・・。雪瀬の言うことも合ってるな」

「それ、冷静に分析してる場合じゃないでやんす! やばいでやんす!」

「確かに昨秋から流星高校がここまで成長するとは予想してなかったね・・・」

 騒ぐ矢部川に補足する彩香が補足した。しかし矢部川の不安は的中することとなる・・・。

 

*      *      *       *       *

 

 両チーム無得点で迎えた6回の裏。流星高校の先頭は6番の長谷川からだったが・・・、

「いてっ!?」

「あっ!? わ、悪い・・・!」

 御林さんのボールはすっぽ抜けてデッドボール。ノーアウトのランナーという流星に最も与えたくないシチュエーションを与えてしまった。

 さらに・・・、

「どりゃっ!」カキ―ン!

「しまった!?」

 盗塁を警戒して続けたストレートを狙われて無死1,3塁のピンチとなってしまった。

「御林さん! 踏ん張りどころですよ!」

「簡単に点取らせるなよ! 御林―!」

 ベンチからも応援が飛ぶ中、打席には8番の木村。

「そう簡単に、点はやらない!」

 御林さんは木村に対し、強気のインコース攻めを敢行。しかし相手もそう簡単に抑えられてくれない。追い込まれながらも木村はファールで粘る。そして6球目・・・、

「くっ!」 カキンッ!

「っ! ショート!」

 やや詰まった当たりはショートの風太の元へと飛んだ。しかしその弱めのゴロを見て3塁ランナーの長谷川は迷わずホームへ突っ込んでいた。結局ゲッツーを狙うも2塁しか封殺できず1点失った上に1死1塁となってしまった。後続は断ったもののこの形で均衡を破られたのは痛い。

「すまない、みんな・・・」

「大丈夫だ! まだまだ逆転のチャンスはある!」

「そうっすよ! ここから一気に行きましょう!」

「そうよ! まだまだここからよ!」

 試合も終盤に突入しようとしているが聖森学園の方もまだまだ戦意は衰えていない。勝つためには阿久津を打ち崩さねばならない。

 

 7回は互いに無得点、迎えた8回表の攻撃前に聖森学園サイドは円陣を組んでいた。

「さて、ここまで阿久津を打ちあぐねてるわけだが・・・、どう思う?」

 岩井さんの問いかけにトモが答えた。

「カーブの質が上がったのと以前は投げてなかったシュートが厄介ですね。それに加えてフォーク、ストレートを織り交ぜてくる。前回よりもはるかに上のレベルの投手・・・、だと思います」

「確かにそうだな・・・」

 そこに木寄さんも補足する。

「緩いカーブのよる緩急、ストレートと思わせてからのシュート、大振りしてきたところにフォークと、キャッチャーの光原もいいリードをしてるわ」

「あと2イニング、どう攻めるかだな・・・」

 そこまでの会話を聞きつつ、監督が一言告げた。

「木寄、準備しておけ。この後で代打で行くぞ」

「! はい!」

 

*       *        *        *

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。バッター、竹原君に代わりまして、木寄さん。バッター、木寄さん。背番号12」

「おお! 木寄さんだ!」

「ここで代打でやんすか!」

「確かにここまで竹原は当たってなかったしな・・・」

 8回の先頭打者の竹原に代わって出てきたのは木寄。その姿を見て、阿久津はふと思い出した。

「(誰かと思えば秋の正捕手じゃねーか。この終盤で出してくるってことはそれなりに自信がある一手って訳だな)」

「(・・・代打のやつは気合入ってるはず・・・。初球はストレートに似せた真ん中よりのシュートで打ち取るか)」

 光原はそう考えサインを出し、阿久津も頷いた。

「(この試合に勝ってリベンジを果たし・・・、俺たちは甲子園を目指すんだ!)」

 阿久津は目いっぱい腕を振り抜く。ストレートと変わらない腕の振りから投じられるシュートは力みがちな代打の選手には打てない・・・。バッテリーはそう考えていたが、

この木寄は経験豊富な選手であり・・・、

「(なめんじゃ、ないわよ!)」

 肩を壊してから、ただひたすらにバットを振り込み、打撃、それも代打の1打席という限られたチャンスに練習の全てをかけてきた。だからこそ甘いストレート、という罠にはかからない。ここまで味方が苦しんできたシュートを狙っていた。

 カキ――――ン!!

「「(な、なんだとー!!??)」」

 インコースに入ってきたシュートを完璧に捉え、ライナー性の打球で左中間を真っ二つにした。木寄は悠々2塁へ到達した。これでノーアウト2塁のチャンスとなった。

「ナイバッチ!!」

「さすが木寄さん!」

「続け続けー!!」

 俄然聖森学園ベンチも盛り上がった。代走に中野が起用され、続く打席には8番の里田。出されたサインは送りバント。里田はきっちりと初球で決めて1アウト3塁とすると、

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。バッター、大木君に代わりまして、野村君。バッター、野村君。背番号13」

 榊原監督はここでも動き、9番の大木の所にも代打を出した。

 野村は元々、竹原がスタメンになるまでは主軸を張っていた打者だ。代打として申し分ない打力の持ち主であり、聖森の代打の切り札である。

 両チーム共に、いや、おそらくこの試合を見ている面々は感じているだろう。この回の攻撃がこの試合の結末を決めるだろうと。

 打席に入った野村もそれを感じて阿久津を見やる。

「(この大事な場面、任されたからにはどんな形でも1点を取らないと!)」

 一方の阿久津もここが勝負どころだと気合を入れ直し、ボールを投じた。

 初球は外角への緩いカーブ。これを野村は見逃し、1ストライク。さらに外角のストレートを打ちに行ったがうまく捉えられずファール。これでカウントは0-2と追い込まれる。阿久津の持ち球はストレート、フォーク、カーブ、シュート。このうちで決め球となるのはフォークか打ち取らせるシュート、この2つ。野村が絞った球種は・・・、

「(ここは三振が欲しいはず・・・! 加えて阿久津が最も自信を持つフォーク!)」

 阿久津が頷き投じたのは、ストレートよりやや遅く、手元で沈むフォーク・・・、阿久津が兄から教わった最も自信のある決め球だ。

 

 

*      *      *        *        *

 

 抜け方、かかり方は完璧、そしてスピード、キレも納得できるものだった。コースも低めにギリギリボール球になるぐらいの完璧なコースだった。投じた阿久津自身も確信していた。このフォークなら打ち取れる、三振が取れたと。阿久津は今でも鮮明に覚えている。

 兄が甲子園に向かう日の前の日を。激戦区のこの地域で初出場を成し遂げた兄の代を。高校の全生徒がこぞって応援していた1回戦を。その時の甲子園の大歓声を。そして・・・、

兄たちが初戦敗退した姿を、甲子園出場という栄光を掴んだのに、悲しき結末を迎えた兄たちの代のメンバーの姿を。

その翌年の春、阿久津は中学2年の時に、地方の大学へ行くことになり家を出ることになった兄に阿久津は言われた。

「隼人、甲子園行きたいか?」

「・・・」

「行きたいなら、覚悟を持ってやれよ・・・。本気で甲子園を目指すってことは、泣かずに終わるためには全部勝つしかないんだ。甲子園を目指してる時点で負けて満足なんてできない、いばらの道だ・・・」

「・・・中学卒業したら俺も流星に行くよ。流星で兄貴が果たせなかった夢を果たしたい・・・!」

「そうか、頑張れよ・・・。そうだ餞別じゃないけどこいつを・・・、俺の決め球、フォークを教えてやる」

「え、マジで!」

「ま、これだけじゃダメだったけどな。お前はいろいろと投げろよ。お前は少なくとも俺よりセンスあるはずだしな」

 

 あれから努力してカーブやシュートも覚えた。高校の方針である走塁のみでなく、打撃も磨いた。全ては兄の無念を晴らすため・・・。

 だが打席の野村も、この夏にかけてきた男だった。

「うおおおお!」カキ―――ン!!

 野村はボール気味のフォークをフルスイング。やや詰まっていたが振り抜いた分、打球は前進していた内野の間を抜き、レフト前ヒットとなる。

「ナイバッチー! 野村さん!」

「うおっしゃー!! きたー!!」

「1点差だー!!」

 一気に盛り上がる聖森ベンチ、しかしまだ阿久津たち流星は簡単に崩れない。阿久津も気迫の投球を見せた。その後の梅田をボテボテのファーストゴロで2アウト2塁としたのだが、

「ボール!! カウント、3ボール2ストライク!」

 2番の花川に対して追い込んだものの粘られ、フルカウントとしてしまった。エースとして、4番として、この試合を戦い続けている阿久津には肉体的にも精神的にもかなり疲弊していた。花川は際どいコースに食らいついて球数を稼ぎ、結局フォアボールで出塁した。これで2アウト1,2塁。迎えるのは・・・、

「ここでお前か、2年坊主・・・!」

「そろそろ引導渡させてもらいますよ・・・!」

3番の松浪、ここまではノーヒットだがこの打者が勝負所に強いことは阿久津も感じ取っていた。実際、秋にも痛い目を見させられている。

「(次はあの岩井・・・、ここで切らねえと・・・! それにコイツには借りがあるしな!)」

 松浪に対する初球はインコースのストレート、これを松浪は振っていき空振り。続くインコースへのシュートは見逃してボール、3球目はインハイへのストレートだったが松浪は打ちに行ってファール。これでカウント1-2。

「(阿久津、どうする・・・)」

「(ここが勝負所だ・・・、どれで勝負する? 光原、お前を信じるぜ・・・)」

「(ならこれだ。布石は打った! あとは投げ切るだけだ! 阿久津!)」

「よしっ・・・、うおおおおお!」

 阿久津は渾身の1球を投げ込む。対する松浪も全力で迎え撃つ。

「(ここまで3球内角、外にはいつくるか、決め球のフォークはいつ使う?)」

 あれこれと松浪は考えるが松浪は決断した。

「(阿久津は好投手だ・・・! だからこそ・・・!)」

 松浪は思いっきり外に踏み込みバットをすくい上げ、アウトローいっぱいのストレートを完璧に捉えた。

「(きっとフォークに見せたストレートを低めいっぱいに投げてくるはずだ!)」

 カッキ―――ン!! と快音を響かせ打球はライト線を破った。

「ぐ、バカな!?」

「よっしゃあああ!! いっけ―――!!」

「回れ、回れー!!」

 右中間を破った打球をライトの石井が掴み返球するも、2塁ランナーの野村はホームイン。松浪、花川もそれぞれ2、3塁に到達した。ピンチが続くまま、打席に岩井を迎える。松浪には打たれたが、阿久津は岩井もリベンジを果たすべき相手だと考えていた。今日はここまで3打数の1安打。決着をつけたいところではあったが・・・、

「敬遠か・・・」

「まあ、そうだよね・・・」

 1塁は空いている。その上で1点もやりたくない場面でチーム最強打者の岩井と勝負する理由はない。だが、阿久津は悔しかった。

「(これじゃあ、逃げたみたいじゃねえか・・・、だが勝つためには仕方ねえ・・・)」

 2アウト満塁として5番の御林を迎える。

「(とはいえこいつも強敵だ、気合入れねえと・・・!)」

 阿久津が投じたのはフォーク、それを御林は強振し、空振りする。

「(・・・健太に打者として劣っているのは分かってる・・・)」

 中学の時もそうだ。頻繁に自分の打席は岩井との勝負が避けられてやってくる。親友である岩井が他チームから認められているのは嬉しい。だが・・・、

「(流石にこうも毎回だと、流石に黙っていられないっ!!)」カキ――ン!

 阿久津の投じたストレートを確実に捉えて弾き返した。

「やった! センター前!」

 花川は悠々ホームイン、そして松浪も3塁を蹴ってホームへと突っ込む。

「この、まだ終わってねっーー!!」

 しかし、センターの速水は打球をワンバウンドで抑えるとホームへと返球、真っすぐに帰ってきた送球は松浪よりも先に到達した。

「アウトッーー!! スリーアウトチェンジ!!」

「くっそ、ミスった・・・」

「と、とにかく勝ち越しだよトモ! ナイスバッティング!」

「ああ、決めたの御林さんだけどな」

 これで3-2と聖森が勝ち越しに成功した。8回裏は勝ち越し打を放った御林が無失点に抑え、試合は最終回に突入した。

 

*       *        *       *        *

 

 「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」

 最後の打者、石井が三振に倒れ試合終了となった。御林の一打が決勝打となり、聖森学園が勝利を手にした。夏穂と松浪はメンバーと共に勝利を喜ぶ中、相手のベンチが視界に入った。清貧の時もそうだったが、誰もが高校野球の終わりを悟り、涙を流し顔を伏せていた。ただ一人、阿久津だけは涙を流しながらも真っすぐにこちらを見据えていた。そして阿久津は涙を拭い、岩井の元へ歩み寄る。

「・・・お前ら、俺たちに勝ったんだ・・・。ただ絶対甲子園行けよ、なんて無責任なことは言わねえ・・・。でもな、絶対に諦めるなよ。簡単に諦めるんじゃねえぞ!」

「ああ、当然だ! 俺たちは最後まで足掻いて見せるし、甲子園にだって言ってやるさ!」

「・・・そうこなくちゃな、がんばれよ! ・・・じゃあな・・・あと・・・、」

「なんだ?」

「最後に、もう一度だけお前と勝負したかったぜ・・・」

 そういって阿久津は去って行った。

 それを見届け、岩井はチーム全員に告げた

「甲子園、行ってやろうぜ」

「当然、そのつもりよ」

「負けることなんて考えてませんよ!」

「そうそう、全力で戦うだけっすよ!!」

「そーだぜ!」

 聖森のメンバーも口々に同意する。そしてこれで聖森学園は3回戦を突破し、準々決勝に駒を進めた。

 

  全国高校野球選手権大会 県大会3回戦

聖森学園 000000030 3

流  星 010001000 2

 




 ちょい役のつもりだった阿久津に長々と時間をかけてしまいました・・・。そして今回は夏穂視点がほぼ無いという・・・。試合だと個人視点にしてたらバッテリーやバッターのセリフが使いにくいという問題があって難しいんですよね。
 では今回のおまけは阿久津とまだ紹介してなかった彩ちゃんこと草篠彩香を紹介します。

 阿久津隼人 (3年) 右/左

 流星高校のエース。秋大会で聖森学園に敗れ、リベンジと甲子園を目指し猛練習を積んだ。その結果、チームは急成長し、特に阿久津はその成長が著しかった。ややバカっぽいが熱意にあふれる好青年である。そのためチームメイトからの人望も厚い。

 球速  スタ コン
144km/h A   E
 ⇓ フォーク 5
 ⇘ カーブ 2
 ⇐ シュート 2

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 C B A C C D   投C
不屈の魂 闘志 対強打者〇 根性〇 走塁〇 初球〇 チャンス〇 対エース〇 
チームプレイ〇 積極走塁 積極打法 

 草篠彩香 (2年)

 聖森学園野球部のマネージャー。緑の髪を片方だけくくって、少し長めのボブヘアーに伸ばした髪が特徴的な小柄な少女。元々元気で明るいのだが初めて会う人にはあまり話しかけることが得意では無い。実家はスポーツジムで幼いころから様々な治療法や調整法などを目にしてきたので知識は豊富。ただ熱中し過ぎて時折暴走してしまうことも。

 阿久津はまさに覚醒と言うべき成長っぷりでした。マネージャーは出番を作り辛い・・・。では次回もよろしくお願いします!


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17 Fierce fight~激闘~

また遅くなってしまいました。もっと早く更新したい(いつも言ってる)
   ここまでのあらすじ
 流星高校との死闘を制した聖森学園は敗れた者たちの思いも背負って、次の戦いに挑む・・・!
P.S.少し組み合わせを見やすくしました


3回戦が終わり、さらにシードと組み合わせの関係で4回戦が行われた。聖森学園は運良く4回戦の無い組み合わせだったので準々決勝、すなわちベスト8に名を連ねた。

 ベスト8には聖森学園、SG高校、大筒高校、激闘第一高校、文武高校、くろがね商業高校、木之美(きのみ)学院、関明大附属が出揃った。そして組み合わせは

 

  準々決勝 第1試合 

S   G  — 大    筒

      第2試合

 文   武  - くろがね商業

      第3試合

 木之美学院 - 関明大附属

      第4試合

 激闘第一  - 聖森学園

と決まった。

「ついにこの時がやって来た・・・!」

「ああ、そうだな・・・!」

 木寄さんと岩井さんが言うように秋以来のリベンジを果たす時が来た。流星が私たちにそうだったように、私たち聖森学園も激闘第一にリベンジしなくちゃいけないんだ。

「リベンジ果たして準決勝、決勝を目指すぞ!」

「「「おおーーー!!」」」

 

 準々決勝1日目の第1試合はSGが大筒の猛攻を堅守で防ぐ形で接戦を演じた。しかし、SGも決定力に欠け、点を奪えない。最終的に大筒がついにSGの牙城を崩し、終わってみれば6-1という結果に終わり、大筒が勝利した。第2試合は互いに点を取り合うも文武がくろがねのエースの弱点であるストレートを狙い大量得点。11-4で文武が勝利した。

そして迎えた準々決勝2日目、夏休みに突入したのもあって見に来ているお客さんも増えていてスタンドは8割方埋まっていた。ちらほらとウチの生徒の姿も・・・。

「学校のみんなも応援に来てくれてるね」

「ああ、情けない試合はできないな」

「トモはスタメンなんだからしっかりしてよね!」

「わーってるよ」

 そしていよいよ監督がスタメンを発表し、それからノックの後に両チームのスタメンが発表された。

 先攻、激闘第一高校

1番 ピッチャー  鶴屋

2番 ショート   垣内

3番 キャッチャー 中岡

4番 サード    羽生

5番 レフト    少豪月

6番 センター   三船

7番 ファースト  松尾

8番 セカンド   村上

9番 ライト    坂上

 

 後攻、聖森学園高校

1番 ショート   梅田

2番 セカンド   里田

3番 キャッチャー 松浪

4番 サード    岩井

5番 ピッチャー  御林

6番 ファースト  竹原

7番 センター   小道

8番 ライト    小島

9番 レフト    花川

 

 激闘第一は秋と変わらぬメンバーで、聖森学園は打順を変えて挑むこととなった。

 試合前に聖森学園は円陣を組んだ。

「いいか、お前ら! この試合・・・、勝つぞおおお!!」

「「「おおおお!!」」」

 今日のオーダーは左打者を得意とする鶴屋に対して右打ちの里田さんと左打ちの花川さんを入れ替えてある。ただし風太と御林さんは役割的に固定されている。

 

*      *       *        *

 

 一方の激闘第一ベンチ・・・、

「分かっているな選手諸君。秋にコールドを食らわせた相手とはいえここまで勝ち上がってきているのだ。気を抜いている奴がいれば即刻代えるぞ」

「「「うっす!!」」」

 その返事をしながらも羽生は内心であざ笑う。

「(とはいう物の、秋に惨敗している奴らがそう簡単に勝てるはずがないさ・・・、精々足掻くがいいさ・・・、ハッハッハ!)」

 

そしてまもなく試合が始まった。

先頭の左打者鶴屋に対し、御林と松浪のバッテリーはインコース中心に攻めていく。

「このっ!」キインッ!

結局鶴屋は外角のドロップカーブを引っ掛けてファーストゴロに倒れる。続く垣内は緩い変化球の後に高めの釣り球を振らされて三振。3番の中岡は内角へのストレートを見せられた後に外のストレートを打ち上げてセカンドフライに倒れ三者凡退。

「(前は木寄さんの策があったけど今回は無い。でも抑えられている! 確実にウチは強くなってるはずだ!)」

 松浪は確信する。御林さんは変化球のキレが格段に良くなっているし、岩井さんは打撃にさらに磨きがかかりおそらく県内どころか全国レベルの打力になっているだろう。他のメンバーも格段にレベルは上がっている。ベスト8は偶然でないはずだ。

 しかし、相手も強敵である。鶴屋は先頭の梅田を得意のストレートでサードフライに打ち取り、続く里田もSFFを見せられた後に低めのストレートで見逃し三振。そして3番の松浪が打席に立った。

「(さて、何を狙うかな・・・)」

「(松浪・・・、コイツは岩井、御林に次ぐ要注意人物だ。どう攻めるかな)」

 激闘第一の正捕手中岡はリードを考える。

「(鶴屋、岩井をランナーを置いて回したくはない、長打のリスクを負ってでも抑えるぞ・・・!)」

「(了解・・・!)」

 鶴屋、中岡バッテリーは初球はインコースのスライダーから入り、松浪はのけ反るもストライク、続く2球目、3球目にアウトコースのストレートを続けるもボールでカウント2-1とした。そして4球目、

「うおっとっ!」

 またもインコースへとスライダーが投じられてまたも松浪はのけ反る。しかしこれもストライク。松浪は改めて感心した。

「(鶴屋のコントロールは去年より遥かに良くなってる・・・!)」

 ここまでデッドボールになりそうでならないコース、手が届きそうだがボール球のコースにコントロール良く投げ込んでくる。

「(でも・・・、ビビってられるか!)」

「(! 踏み込んできた!?)」カキ―――ン!!

 アウトコース、今度はギリギリ入るくらいのストレートだったが、松浪は踏み込み振り抜いた。しかし快音を残した打球だったがライトのグラブに収まりスリーアウトチェンジ。

 初回は互いに無得点に終わった。

 

 2回の表、先頭は4番の羽生。

「さて、何を狙おうかな?」

「今日も打たせるつもりないんで・・・、内の際どいボール来ても気を悪くしないでくださいね」

 羽生の笑顔でかけてきた声に松浪は毒を交えて答えた。その言葉に羽生は表情こそ崩さないものの、内心で舌打ちする。

「(コイツ・・・、生意気な。今日も打たせない? 前はまぐれに過ぎなかったことを教えてやる・・・!)」

 羽生は今大会もここまで4番として活躍しており、今秋のドラフトでも注目の選手の一人だ。高い対応力と守備が評価されている。

 羽生に対し、御林が投じた初球はインハイへのストレートだった。これはストライク。T続く2球目はアウトローいっぱいのストレート。これもストライク。

「(くそ、なかなかのコントロールだな。去年よりも少しは進歩しているようだな)」

 そして3球目は再びインハイに、しかし今度は顔すれすれに来た。

「くっ!?」

 羽生はとっさに顔を引いた。所謂ビーンボールだった。

「大丈夫ですよ、御林さんはコントロールいいですから、当たることはほぼ無いですよ」

「つまり、お前のリードということか・・・!」

「そうでもしないと抑えられないんで・・・!」

「・・・随分と強気だねえ・・・!」

 松浪は平然と構え直し、羽生もまた構え直す。

「(随分と舐めた真似を・・・!)」

 そんないざこざを知ってか知らずか、御林は松浪のサインに迷うことなく頷き次を投じる。そして投じられたのはインコースの低めへと落ちるドロップカーブだった。

「ここで変化球か・・・、だがっ!」カキ―ン!

 羽生は落ちてくるボールもコンパクトに捉え、力の限り引っ張った。

「うおっと!」

 強烈な打球を放ったが飛んだ場所が悪く、岩井が逆シングルで抑え1塁へ転送し羽生はサードゴロに終わった。

「(くそっ、捉え損ねたか・・・!)」

 続く5番の少豪月は三振。変化球を低めに集められると掠りもしなかった。6番の三船も引っ掛けてショートゴロに倒れた。

 この日もまた投手戦になろうとしていた・・・。

 

*       *       *       *

 

 しかしその雰囲気を砕いたのは岩井だった。

 2回の先頭打者として打席に立つと、鶴屋のアウトローのストレートを捉えた。打球はフェンスに直撃する2塁打となる。

「あのコースを・・・」

「フェン直にするとか、化け物かよ・・・」

 鶴屋と中岡は改めて感じた。そもそも聖森学園自体が下馬評よりも強いことは間違いなく、特に岩井は別格だろう。広角に打ち分ける技術とあのスイングスピードは驚異に他ならない。

 5番の御林はきっちりと送りバントを決め、1アウト3塁となった。そして6番の竹原が打席に立つ。

「(確かにパワーはあるが・・・、正直このチームの中でも比較的安パイだな)」

 中岡はそう竹原を評価する。実際、長打率こそあるものの確実性に欠ける。前の試合では終盤に代打を出されることもあった。

「(外野には飛ばさせたくない。ここは低めにSFFを集めていこう)」

 鶴屋は頷き、初球は低めにSFF。2球目はスライダー、3球目にSFFと徹底して低めを攻める。ボール、ストライク、ボールとカウントは2-1となった。

「(ここまで結果はあまり残せていない・・・、このままでは・・・控えになっている先輩方に申し訳ない!)」カキン!!

「なんだと!?」

 中岡は打たれないと確信して配球したつもりだったのだが低めのボール気味のSFFを強引にすくい上げられた。ヒットではなく完全に外野フライを打てばいいという打ち方だった。打球はレフトへと飛んだ。それほど深い当たりではないが、レフトの少豪月はやや目測を誤り少し前に来ていた。

「(まずい、少豪月の外野守備ははっきり言って素人に毛が生えた程度だ!)」

「ちいっ、思ったより伸びよるのう!!」

 後退しながら捕球した少豪月を見て岩井はスタートを切った。

「これなら行ける!」

「少豪月! バックホームだ!」

「帰させんぞお!」

 少豪月はすぐさまホームへ投げ返す。捕り方も投げ方も滅茶苦茶だったが、肩は中々強くいい返球が返って来た。しかしそれでも岩井の方が速かった。

「よっしゃーー!!」

「先制だー!」

「ナイスラン、岩井さん!」

 鶴屋も悔しそうに顔を歪める。

「鶴屋、今のは岩井に打たせたことと竹原を甘く見ていた俺の責任だ。気にすんなよ」

「ああ、わかってるよ・・・」

 その言葉通りその後の鶴屋は小道をショートゴロに抑えて2回を終了した。

 3回表、反撃したい激闘第一だったが先頭の松尾が三振、村上もレフトフライに倒れる。9番の坂上は内に甘く入って来たストレートを捉えセンター前にヒットを放ったが鶴屋はサークルチェンジを引っ掛けてセカンドゴロに倒れチェンジとなった。

 3回裏、追加点を狙う聖森学園だったが小島はSFFを引っ掛けピッチャーゴロに倒れ、9番の花川も球数は稼いだが低めのストレートで見逃しの三振に倒れた。トップに戻って梅田だったがまたもSFFを引っ掛けセカンドゴロに倒れた。

 

*      *       *       *       *

 

 激闘第一 00000     0

 聖森学園 01000     1

 

 2回以降互いにランナーは出すもののあと一打が出ず、0行進が続いていた。

 そして迎えた6回表、

「このお!!」 カキ―ン!!

「しまった!?」

 徐々に捉えられだしていた御林だったがこの回も先頭の鶴屋に浮いたストレートを綺麗に流された。そして垣内はバントの構え。竹原はチャージを仕掛けたが垣内はバットを引き、思い切りボールを叩いた。

「「バスター!?」」

 打球は高く跳ねて前進していた竹原の頭を超えた。ライト前ヒットとなりその間に1塁ランナーは3塁へと進み、0アウト1,3塁という最大のピンチを迎えた。

「ストライク! バッターアウト!」

「くそっ!」

 中岡は三振に切って取り、1アウトとした。ここで打席に迎えるのは・・・、

「羽生・・・か・・・」

「さてと、そろそろ満足したかい?」

 羽生はニヤリと笑いながら松浪に話しかけた。

「1打席目は無様だったけど?」

「ふん、まあ、お前を潰せなかったのは残念だが・・・」

「潰す?」

「まあ、その必要すらなかったねえ・・・」

 松浪はサインを出し、御林が頷きボールを投じた。

「彼の球はもう見飽きたよ」

カッキ――ン!!

「「なっ!?」」

 羽生の放った打球はライト前へと弾き返された。

「やられた・・・!」

「辰巳! まだ同点だ! しっかりしやがれ!」

「あ、ああ!」

 その後の少豪月にも捉えられたがセンターフライ、そして三船をショートゴロに打ち取った。

「御林、良く踏ん張ったな」

 ベンチに戻って来たメンバーを選手や監督が迎え入れた。

「は、はい。すみません・・・」

「あのピンチを1点で凌いだんだ。それにまだ同点だ。切り替えていけ」

「・・・はいっ!」

 一方、6回裏の聖森学園の攻撃。里田は三振、松浪は良い当たりではあったがレフトフライに倒れる。岩井、御林が共にストレートを捉え出塁したが竹原はレフトフライに終わり、無得点。

 7回表、御林は下位打線を相手に三者凡退に切って取った。しかし松浪はこの回を見て考える。

「(・・・明らかに球威が落ちてるし、制球も甘くなってきた。三者凡退とはいえ捉えられていた当たりだった・・・)」

 7回裏、援護したい打線だったが、小道がヒットで出塁したものの花川の併殺で結局3人で終わってしまった。

 8回表は再び1番からの好打順。

「もらった!」カキン!

「ぐっ・・・、またか!」

 またも鶴屋に、今度はセンター前に弾き返された。そして続く垣内はバントの構え。

「(バントか? バスターか?)このっ!」

「今度は送らせてもらうぜ!」

「まずい!」

 垣内はいったんバットを引いて再びセーフティーの形でバントをした。

「へっ! かかったな・・・、って何!?」

 フェイントをかけたはずだがサードの岩井は猛然と突っ込んできたいた。

「セカンドォ!!」

 そしてすぐさま2塁へ転送。岩井の全力プレーが起こしたファインプレー。しかし、

「くっ! 間に合わない!」

「!? やっちまった・・・!」

 梅田のベースカバーが間に合わない。送球するのが早すぎた。その間にランナーは進みまたも0アウト1,3塁。そしてさらに・・・、

「ボール! フォアボール!!」

「ぐっ・・・」

「主審、タイムを!」

 慌てて松浪はマウンドへ、内野陣も集まり、さらには伝令としてベンチから木寄もやって来た。

「すまねえ、辰巳。俺のミスで・・・」

「らしくないよ健太。もっとドシッとしてなよ」

「辰巳、アンタも大概よ。大丈夫なの?」

「大丈夫、って言いたいけど、この状況じゃ言えないね・・・」

「冗談言ってる場合じゃないわ。残念だけど監督は、交代だ、だって」

「・・・そっか。で誰が投げるんだい?」

「それはね・・・」

 監督が審判に選手の交代を告げ、アナウンスで知らされた。

 

*      *      *      *       *

 

 【少し前のブルペン・・・】

 2か所ある1塁側ファールグラウンドのブルペンには私と金村さんが準備していた。捕手は一応捕手経験のある大木さんと野村さんが務めていた。さっきまでは木寄さんがやってくれていたんだけど・・・。伝令で行ってしまった。

 そして、準備してはいるもののピンチとなっているグラウンドが気になって仕方がない。

「わりーな桜井。かじった程度しかやったことないから捕るの下手で」

「いえ、そんなことないですよ」

 野村さんが謝ってくるけど正直そんなことないと思う。きっと野村さんなりの気遣いだろう。すると、こちらにベンチから久米ちゃんが走ってやって来た。

「ベンチから伝令です! ピッチャー交代だそうです!」

「こ、この状況でかよ!?」

 同点でノーアウト満塁、しかも4番。・・・うん、確かにとんでもない。

「で、どっちが?」

「・・・夏穂さんです」

 ・・・え、今なんて?

「監督は夏穂さんに、『難しいこと考えずに行って来い』って・・・」

「え、ええええええ!!」

「えええ、じゃねえよ。桜井、行ってこい!」

「え、あ、はいっ!」

 私は金村さんの言葉に背中を押され、マウンドへと向かった。

 

*      *       *      *       *

 

 夏穂がマウンドに向かった後、金村は久米に尋ねた。

「・・・なあ久米」

「? なんですか?」

「監督は、ここで桜井に行かせた理由、言ってたか?」

「金村さんは普段はあんな大雑把なのに、試合ではすぐにマウンドで考え込むからだ、って言ってました」

「・・・そこまで考えられてたのか、まったく監督の底が知れないぜ」

「夏穂さんのピッチングに期待しましょう」

「ああ、俺たちの最後の夏の行方。あいつが握ってんだもんな・・・」

 

 

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。ライトの小島くんに代わりまして桜井さんが入りピッチャー。ピッチャーの御林くんがライト。5番、ライト、御林くん。8番、ピッチャー、桜井さん。背番号11」

 スタンドがざわめく。エースの御林をこの場面でライトに回して投手交代。しかもマウンドに上がったのは2年生、しかも女性投手。女性選手が認められ始めたとはいえ、まだ少なからず見下す意見があるのも現実である中でのリリーフ。

「女子投手か~」

「しかもこんな場面で・・・」

「相手は4番だろ? やっぱり強豪とは選手層が・・・」

 

 いろいろな声が聞こえる中、数球の投球練習を流し気味に終えて、松浪が夏穂の元へと歩み寄る。

「サインはいつも通りでいいよな?」

「うん、大丈夫!」

「・・・緊張してるか? なんだか余計な声も聞こえるけどな」

「それも大丈夫。スタンドの人たちも、あの羽生って人も、みーんな、驚かしちゃうんだから!」

 松浪はニヤリと笑い、夏穂とグラブで手を合わせる。

「よっしゃ! それでこそ桜井夏穂だ! 見せてやろうぜ!」

「おうよ!」

 そうしてプレイ再開。羽生は鋭い目で夏穂を見据える。

「先ほどは目にもの見せてやったのに、女に俺の相手をさせるとは随分舐められたもんだねえ・・・」

「・・・この交代がお前を舐めてるかどうかは、コイツのボール見てから言えよ」

「ほう、面白い・・・。まあ、すぐ引導を渡してやるさ・・・」

 

*      *      *      *      *

 

 3年生たちの最後の夏、同点、8回、0アウト満塁、バッターは4番。つくづくとんでもない場面でバトンを渡されたもんだね。公式戦初登板がこれって私は一体どうすればいいんだろうか。セットする前にふと周りを見渡す。交代を告げられライトに回って尚も大声でこちらに言葉を掛けてくれる御林さん。負けじと声を張る花川さん、小道さん、岩井さん。同様にブルペンから声を飛ばす金村さん、野村さん、大木さん。ベンチから必死に叫ぶ木寄さん。・・・これだけ先輩たちが私の背中を後押ししてくれている。

 

何が厳しい場面だ。

何が初登板の緊張だ。

打席に立つ相手がなんだって言うんだ。

 

――ただ必死にみんなが声を出している。だから私も、あのミットに、私の全力を。今までとは違う、“新しい私”の全力をぶつけるだけ・・・!———

 

 セットポジションに入り、足を大きく上げる。そして貯めた力を、一気に踏み込んで解放、ミットに向けて解き放つ!!

 

「これが、私の、本当の夏の始まりだあ!!」

 

  全国高校野球選手権大会 県大会準々決勝

 激闘第一 0000010   1

 聖森学園 010000    1  (8回表、0死満塁)

 




 いよいよ夏穂の出番が!
 まあ、次回に持ち越しですが・・・。一丁前に次回が楽しみになるような書き方にしてみました。もう少し早く上げたい・・・!
 今回はおまけは無しです。すいません。
 よければ感想などもよろしくお願いします!


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18  Surprising settlement ~意外な結末~

 続きを気にさせておきながらまた1月近く空いてしまった・・・。
 いよいよ夏穂が出陣です!!

   ここまでのあらすじ
 激闘第一相手に好投してきた御林が遂に捕まった。無死満塁で打席に4番羽生を迎えた絶体絶命のピンチに榊原監督はリリーフとして夏穂送り込むことを決意する。


 スパ――――ン!!

 

 夏穂の投じた渾身のストレートが小気味よくミットを鳴らした。その瞬間、ざわついていたスタンドが、ベンチが、聖森学園の面々を除いて静まり返った。そしてしばらくして再びざわめきだした。

「い、今の何キロなんだ?」

「思ってたより速えぞ! あの子のボール!」

「見かけによらねえもんだな・・・」

 そんな風にざわめくスタンドを余所に松浪はナイスボール、と声をかけてボールを返す。そして打席に立つ激闘第一の4番、羽生は今のストレートに微動だにしなかった・・・、いや、動けなかった。

「(なんだ、今のは? 体が反応しなかった・・・?)」

 一度羽生は打席を外し、何度かバットを振り再び戻る。

 松浪は夏穂にサインを出し、夏穂は頷きセットポジションへ。全身の力を込めたストレートが再び投じられる。羽生は今度こそ打ちに行くが糸を引くように進むそのボールはまたもミットに突き刺さる。

「ストライクッ、ツー!!」

「くっ、そっ・・・」

 これで2ストライク。夏穂は3球目もテンポ良く投じる。投じたのはまたもストレート。

「(くそっ、なめるなアア!!)」

 羽生の鋭いスイングが今度こそボールを捉えた。しかし、快音を残した打球は痛烈なゴロとなり、セカンドの里田のグラブに収まった。

「バックホームッ!!」

「よし来た!!」

 里田は松浪の指示を聞きすぐさまバックホーム。ホームはフォースプレーでアウト。そして、松浪が強肩を活かし、1塁へと転送。これもアウトとなり、あっという間に2死2,3塁となった。

 羽生はベンチへと向かいながら信じられないといった様子で夏穂の方を見た。

「(捉えたはずだ! だが、差し込まれた・・・? 今のボールに俺は振り遅れていたのか・・・? タイミングは合わせたはずなのに・・・!?)」

 そして夏穂は続く少豪月に対し自慢のスライダーを投げ込む。少豪月は初球は空振り、2球目のスライダーは見逃したが2ストライク。松浪は打席に立つ少豪月を見やる。

「(・・・そろそろ変化球ばっかり投げられて自分のバッティングが出来ず、イライラしてるな・・・。ストライクはいらねえ。ここで勝負だ!)」

「(OK!! バッチリ決めるよ!!)」

 サインに頷いた夏穂が投じたのは渾身のストレート、しかしコースは少豪月の頭の高さほど。だったのだが、

「ぬおおおおっっ!!」ズバンッ!!

「ストライクッ!! バッターアウト! スリーアウトチェンジ!!」

「いよっしゃーー!!」

 高めの釣り球に少豪月は釣られ空振り三振。夏穂はマウンドで右手を突き上げ笑顔を輝かせた。こうして夏穂は0死満塁のピンチを完璧に抑えて見せた。

「ナイスピー!! 夏穂ちゃん!!」

「夏穂、やるじゃのいのよ!!」

「大した奴だなー、オイッ!!」

 ベンチに帰ってくるなり、メンバー全員から手荒い祝福を受けた。

「よっしゃあ!! 辰巳、桜井が頑張ったんだ!! 打線! 打ち勝ってやろうじゃねえか!!」

「「「おおおっ!!!」」」

 夏穂の投球と笑顔、岩井の発破がチームの士気を一気に上げた。

 

 一方の激闘第一側・・・、

「す、すんません・・・」

 少豪月は監督に謝った。

「全員、切り替えていけ。相手がリードしてるわけでは無い。同点だからな」

「「「うっす!!」」」

 監督の言葉を聞き、ナインがグラウンドに散らばっていく。しかし、激闘第一の監督の藤中は豊富な経験から感じ取っていた。高校野球特有の、たった一人の選手が試合の流れを変えてしまう恐ろしさを。

「(去年、まさに黒塚がそうだった。鶴屋が2年生エースと目されていた中、鶴屋が打ち込まれたときにマウンドに上がった黒塚が抑え、やがては逆転した。そこからチームは流れに乗った・・・)」

 相手ベンチで休んでいる夏穂を見て、藤中はふと思った。

「(羽生・・・、もしかすると我々はとんでもない奴を勢いづかせてしまったかもしれないぞ・・・)」

 

 8回の裏は1番の梅田から。その梅田だったが、

「このっ!」カキン!

 SFFをなんとかバットに当てたが、ボテボテのショートゴロ。しかし、当たりが弱いのが幸いした。垣内が前進し、拾い上げて1塁へランニングスロー。間一髪で梅田の足が勝り内野安打に。すかさず続く里田はバントの構えを見せる。その初球だった。

「! スチール!!」

「させるか!」

 鶴屋が足を上げた瞬間に梅田はスタートを切った。里田もアシストのために遅れて空振りをした。中岡はすぐさま2塁へ送球するも判定はセーフ。そしてその後、里田はきっちり送って1死3塁のチャンスとなった。打席には松浪が立ち、そしてネクストには岩井が出てきた。

 岩井との勝負はなるべく避けたい激闘第一のバッテリー。そのためにはなんとしても松浪を抑えなくてはいけない。

「(外野フライでも梅田の足では帰ってこられちまう。・・・鶴屋、徹底して低めだ)」

「(・・・わかってるさ)」

 鶴屋はセットポジションからまずストレートを投じた。しかし低めに外れてボール。2球目もスライダーが外れボール。そしてSFFもワンバウンドしてボール。

「(おいおい・・・! 何してる! しっかりしろ!)」

「(わかってる! わかってるけど・・・!)」

 鶴屋は精神的にも追い詰められていた。肉体的にも疲労がたまっている中、勢いづいている相手サイドからのプレッシャー、打者松浪のプレッシャー、そしてネクストに控える大会屈指の好打者岩井の存在感。さらにこの中で要求されるのはこれまで以上に繊細な1点もやってはいけない投球。もともとハートの強い鶴屋でさえ、限界を迎えつつあった。

「ボール! フォア!!」

 最後もストレートが大きく外れ、ストレートのフォアボール。これで1死1,3塁とピンチが広がり、さらには4番岩井を迎えた。

 中岡は慌ててマウンドに向かった。

「大丈夫か? 鶴屋」

「ああ、すまない・・・」

「・・・そんなことで一々謝ってどうする」

「羽生・・・」

「お前は“エース”なんだ。堂々としてろ。・・・ここで負けたら先輩たちに合わせる顔がないだろう?」

「・・・」

「激闘第一に数多くいる投手の中でお前が選ばれてるんだ。シャキッとしろ!」

「! ああ、サンキュー羽生。」

「よし、守るぞ!」

「「「おう!」」」

 激闘第一の内野陣が再び散らばる。個人個人が改めて結束した。今まで優位に立ち続けていた者たちが今までにない集中力を発揮し、守ろうとしていた。鶴屋もそれに応え、強気にストレートで攻めた。

「ストライク!!」

「くっ・・・!」

 鶴屋は先ほどよりも気持ちが軽くなった気がした。後ろを今まで以上に信頼し、ボールが投げられる・・・。

 

 

 そのせいか否か、鶴屋は気づくのが遅れた。

 3塁ランナーの梅田がスタートし、打席の岩井が“バントの構えをしている”ことを。

「スクイズ・・・!?」

「だと・・・!?」

カツンッ、という音と共にボールは3塁線の内側を転がった。羽生が拾い上げるもホームは間に合わない。諦めて1塁に送り、岩井はアウトにした。しかし、勝ち越しの1点が入ってしまった。

「岩井が、スクイズ、だなんて・・・」

「クソッ、失念していた・・・!」

 鶴屋、羽生をはじめとして、激闘第一に動揺が広がる。続く、御林に投じたストレートは高く浮き、逆らわずにレフト方向へと打ち返される。2塁から松浪が悠々と生還。

 その後に、激闘第一は何か糸が切れたように精彩を欠き始めた。続く竹原にはフォアボール、そして、小道のショートゴロを垣内がファンブルし、慌てて1塁に投げるもやや逸れた送球を松尾が取ることが出来ずに御林も生還した。桜井は三振に倒れたものの8回の裏に大きすぎる3の文字が刻まれてしまったのだった。

 

 そして結末はあっけなかった。

 先頭の三船はストレートを続けられ三球三振。

「くっそおおお!!」カキンッ!

 7番の松尾もストレートに食らいつくが差し込まれてレフトフライに倒れる。そして代打で登場した碓井も夏穂のストレートの前に手も足も出ず空振りの三振。終わってみれば4-1、聖森学園はついにベスト4に名を連ねた。

 

*       *       *        *

 

 試合後・・・、羽生はミーティングでチームメイトの前で深々と頭を下げていた。

「・・・情けない、弱いキャプテンで済まなかった。あれだけ大口を叩きながら、甲子園どころか、ベスト4にすら残れなかった・・・」

しかし、鶴屋や中岡がそれを否定する。

「・・・羽生、確かにお前は厳しかったよ・・・。だけどそれは、偉大な先輩たちが抜けたこのチームを立て直すためだったんだろう?」

「そうだぜ、お前の口は悪かったけど、いなかったらそれはそれで俺たちはセンバツすら行けなかったかもしれないんだ。・・・恨むなら凄すぎる先輩たちを恨みな・・・」

 羽生はチームメイトから飛んでくる文句ではなく励ましに驚いていた。そして思った。自分が相手を潰そうと頭を使い、腕を磨いていたのはなんだったのか。そしていつからだろうか、“野球をする”ことを楽しまなくなっていたのは。

「(そうか、蛇島さんは・・・、闇雲に勝利を目指していたんじゃない・・・。他人に厳しかったのも、技を磨いていたのも・・・、“誰かを蹴落とす”ためじゃない、“試合で活躍し勝つため”。あの人は冷徹なようで、誰よりも熱かったのか・・・)」

 羽生は涙を流しながらも後輩を励ます同期のメンバーを見て、キャプテンとして最後の仕事を果たす。

「新キャプテンを発表する。新キャプテンは坂上、お前に任せる。お前なら少豪月や大塔たち曲者も扱えると、期待している・・・」

「はいっ!」

 

 一方、聖森学園高校の面々。

「よっしゃベスト4だ! あと2つ!!」

「ここまできたら一気に駆け抜けようぜ!」

「「「おおおお!!」」」

 盛り上がる中、松浪は夏穂に声をかけた。

「よっ、今日のヒーロー!」

「ちょっとちょっと、やめてよ、もー」

「ノーアウト満塁のピンチを切り抜けた上に2回3奪三振の勝ち投手が何言ってんだ」

「そ、それは、まあ、そうだけどさ・・・」

「・・・完璧にものにしつつあるな、あのストレート」

「トモのおかげだよ。半年以上、努力した甲斐があったよ」

「そりゃ、良かった。・・・次も頼むぜ?」

「出番がない方がこのチームにとって望ましい展開だけどね」

「ま、そりゃそうか」

 こうしてベスト4が出揃い、聖森学園は準々決勝で木之美学院を破った関明大附属との準決勝を行うことになった。

 

全国高校野球選手権大会 県大会準々決勝

 激闘第一 000001000 1

 聖森学園 01000003× 4

 

 

*       *      *       *       *

 

 あくる日の準決勝、場所をプロも使用することのある地方球場に移して行われる。

 第1試合の大筒高校と文武高校の1戦は大筒の守備のミスなども絡み、文武が7-2で快勝した。そして第2試合、聖森学園と関明大附属の1戦が始まろうとしていた。

 

 聖森学園ミーティング・・・

「関明の要注意人物は2人、エースの3年生渡部久信(わたべひさのぶ)と2年生で主軸に座る中之島幸宏(なかのしまゆきひろ)の2人ね、彩ちゃんお願い」

 木寄に話を振られ、データをまとめていた彩香が皆の前で報告する。

「はい。渡部さんの武器は何といってもスライダーですね。それも似たような軌道から2種類の変化をします。大きく空振りを奪いに来るスライダーと小さくカウントを取りに来るスライダー。幸い、他の球種はそれほど脅威ではなさそうですけど、真っすぐも速そうなので簡単には打てないかもしれません」

「ありがと、彩ちゃん。聞いた通り、渡部はストレートも140キロを超えてくるから、しっかりと狙い球を絞っていきましょう。じゃ次、松浪くん」

「うっす。打線の方ですけど、小技はあまり得意じゃなさそうですね。その代り、ガンガン打ってきます。バッターもパワー型と技術型の選手が混在している厄介な打線です。

 特に3番の中之島、コイツは塁に出すと積極的にホームを狙ってきますね。それにヒットを打つことに関しては関明では右に出るものはいないでしょう。他にも1番の片尾の足、4番の永村のパワーには警戒すべきですね。」

「ん。ありがとね。ま、ベスト4まで来たし、当然楽な相手じゃないわ。でも、全力でぶつかっていきましょう!」

「久美の言う通りだ。気負うことはねえ。目の前の1戦にベスト尽くすぞ!!」

「「「「おおおお!!!」」」」

 

 そしてしばらくして両チームノックを終え、スタメンが発表された。

 

  先攻、聖森学園高校

1番 ショート   梅田

2番 レフト    花川

3番 キャッチャー 松浪

4番 サード    岩井

5番 ピッチャー  御林

6番 ファースト  竹原

7番 センター   小道

8番 ライト    大木

9番 セカンド   里田

 

  後攻、関明大学附属高校

1番 セカンド   片尾

2番 ライト    倉山

3番 ショート   中之島

4番 サード    永村

5番 レフト    佐藤

6番 センター   青田

7番 ピッチャー  渡部

8番 ファースト  辻野

9番 キャッチャー 伊藤

 

 そして間もなく決勝進出をかけた試合が始まろうとしていた・・・!

 




 激闘第一撃破! 大塔? 出番を与える余裕なかったですね。あの状況であんな赤得パラダイスのピッチャー使わせられないですよ。
 そしてついに準決勝、ここで本家のキャラ中之島登場です(厳密にはまだ出てきてないですが)。今回の選手紹介は3年として集大成の3年生トリオの紹介です。

 岩井健太(3年) 右/右
 集大成を迎えた聖森学園の大黒柱。趣味は野球以外のスポーツ(本人曰く野球は趣味と考えてはいけないらしい)であり、特にバスケットボールはバスケ部から誘いが来たこともあるほどの腕前。意外にも勉強は中の上と言った所。好きな食べ物は鶏肉料理、嫌いな食べ物はカボチャ。どうも甘すぎるのが苦手らしい。あと2つ年上の兄がいて兄は大学でバスケットをやっている。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 B A E B C C   三C 遊D 一D 捕E
 パワーヒッター 広角打法 チャンス◎ 粘り打ち 威圧感 高速チャージ 盗塁△ ムード○ 積極守備 選球眼 

 御林辰巳(3年) 左/左
 聖森学園不動のエース。後輩たちが増え、3年生として、エースとしての自覚を持ちさらに成長した。趣味は料理(特にお菓子作り)でその腕前はマネージャーたちがうらやましがるほど。ただ女々しいと言われることを気にしている。好きな食べ物はあんこを使ったもの。嫌いな食べ物は柿とゴーヤ。渋いものが苦手。2人の姉と妹が1人おり、お菓子作りなどはその影響を受けた結果だそうだ。
 球速  スタ コン
142km/h  B   B  
 ⇙ スラーブ 3
↙ ドロップカーブ 3
 ⇘ サークルチェンジ 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 B C D C C D   投C 一D 外D
 ピンチ○ 対左打者○ 逃げ球 寸前× 流し打ち チャンスメーカー ミート多用

 木寄久美(3年) 右/右
 肩を壊してからは代打専門で練習することになった。非力ではあるが、経験と元・捕手としての配球読みで勝負強さを見せる。趣味は意外なことにゲーセン通いで、オンラインの戦略ゲームやリズムゲームがお気に入り。好きな食べ物、というか飲み物はコーヒー。嫌いなのは甘すぎるカフェオレ。3つ年下の弟と4つ年下の妹がいる。弟は演劇、妹はダンスをやっている。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 C E E G B B  捕B 一C
 キャッチャー◎ チャンス○ 送球△ 初球○ 代打〇 いぶし銀 走塁△ 慎重走塁 積極打法

 では、次回でまたお会いしましょう!


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19  Mighty enemy ~強大な敵~

 また遅くなってしまった・・・。
  ここまでのあらすじ
 激闘第一を下して挑む準決勝。相手の関明大学附属の強力な打線に聖森学園は挑む・・・!


 鶴屋は少豪月と大塔を連れて地方球場へとやってきていた。

「鶴屋の兄貴、わざわざご足労感謝します!」

「僕からも、もう引退してらっしゃるのに・・・」

「いいさ、僕も気になってたところだ。ウチを倒した聖森がどう戦うか・・・。見届けておこうかなって。まあ少豪月が迷子になってちょっと遅くなっちゃったけど・・・」

「はい、そのせいでもう4回が終わったみたいですね。って、ええっ!?」

 スコアボードに表示されていたのは、

聖森学園 0000       0

関明大附 0114       6

「聖森学園が負けてる・・・!?」

 鶴屋たちが目にしたのは4回で既に6-0と大差をつけられたスコアボードだった。

 

*       *       *       *

 

 時間は試合開始直後に遡る。

 先攻は聖森学園で1回表、先頭の梅田はインコースに食い込む曲がりの小さな高速スライダーに詰まらされてピッチャーゴロに倒れた。

 戻ってくると感想を松浪に伝えに来た。

「風太、どうだった?」

「思ったよりエグいな。ハイスラ(高速スライダーのこと)も結構キレてて詰まらされちまった」

「なるほど・・・、厄介そうだな・・・」

 その間にも2番の花川もインコースのストレートに詰まらされてセカンドゴロに倒れる。

「(できれば1度、スライダーを拝んでおきたいけど・・・、この打席は捨てなきゃなんねーかな・・・)」

 松浪はカーブ、高速スライダーでテンポよく追い込まれた。チェンジアップが外れてカウント1-2の4球目。なんとかストレートに食らいつきファール。次のカーブも見極めて、高速スライダーもカット。

「(さあ来い、噂のスライダー見せてみろ・・・!)」

 その考えを察し、投手の渡部も考えを変えた。

「(そんなに見たいなら見せてやろうじゃねえか・・・。俺の伝家の宝刀、スライダーを!)」

 渡部がスリークオーターのフォームから投じたボールをどの球種であってもある程度対応できるタイミングで松浪が動き始める。

「(この軌道、スライダー! なんとかバットには当てて・・・)」

 しかし、渡部の投じたスライダーは、松浪の視界から“消えた”。

「!?」

「ストライク! バッターアウト!!」

 このボールに聖森学園のベンチも、スタンドも凍り付く。そのスライダーはまるで生き物のように横へと滑っていった。三振を喫した松浪自身も苦笑いをした。

「(やべえ・・・、コイツは想像以上にヤバいやつだわ・・・)」

 こうして1回の表は三者凡退に終わった。

 1回の裏、聖森学園のエース、御林がマウンドに立つ。ベンチでは木寄が心配そうに見つめていた。そんな木寄に夏穂が声をかけた。

「どうしました? 木寄さん」

「ええ、辰巳は昨日に続いて連投になるし、その前も2日空いたとはいえ、完投してるし・・・。疲れが心配ね」

「今日はアップの状態を見てる感じ、大丈夫そうでしたけど・・・」

「・・・だといいんだけどね」

 そんな心配を余所に御林の内容は悪いものでは無かった。先頭の片尾をインローへのサークルチェンジで空振り三振に切って取り、続く倉山はストレートを捉えられるもライトライナーに打ち取る。そして迎えたのは好打者、中之島。

「さてと、一発かましますかね、っと」

「(こいつは2年生、しかも調子乗りだ。乗せると厄介だけど・・・、今日は乗り損ねておいてもらうぜ・・・)」

 中之島に対するバッテリーが選んだ初球はサークルチェンジ。真ん中に行ったが、中之島は手を出さない。中之島は初球にはよほどのことがない限り手を出さない。そして2球目、

「! なっ!?」

 インハイへのサークルチェンジ、ほとんど変化してないが意表を突かれた中之島のバットは回った。これで2ストライク。

「(よし、これで終いだな・・・)」

 3球目に投じられたのはアウトローへのストレート。中之島はこれを流そうとスイング。ミート力の高い中之島ではあったが・・・、

「ストライク! バッターアウト!!」

「くそっ!!」

 バットは空を切り三振。ボールのコース自体はボール球だった。中之島は怒りを露わにしたが、松浪からすればカモだった。

「(打ち気出し過ぎだな、次振りますって言ってるようなもんだ・・・。ストライクなんかいらねえよ。実力はあるんだけどな・・・)」

 松浪の懸念していた『中之島を乗せないこと』はクリアした。ベンチに戻る最中に他の誰かには言わないがもう一つの懸念事項を考える。

「(さてこの試合。この後どうやって御林さんの疲労を誤魔化そうか・・・)」

 松浪はブルペンの時から気づいていた。連投となる御林の疲労が蓄積していて、すでに球威も、細かい制球も少しずつではあるが、失われつつあることに・・・。

 

*      *      *       *        *

「ぐっ!?」

 2回の表の先頭打者、岩井もスライダーをバットに当てることが出来ずに三振に倒れた。

 続く御林はインコースの高速スライダーを上手く弾き返しライト前ヒットとしたが、竹原と小道はスライダーの前に三振に倒れた。

「右打者は難しそうね・・・」

「トモ、岩井さん、大、小道さんが掠らせることすらできなかったですしね・・・」

 木寄、夏穂の両名も右打者であるゆえに右のスリークオーターから繰り出されるキレ味抜群の横滑りするスライダーは右打者には簡単に打てないと感じさせていた。

 

 カッキ―――ン!!

「「「なっ・・・!?」」」

 2回の裏、御林が投じたストレートは浮いてしまい、それを4番永村は逃さなかった。完璧に捉えられた打球は簡単にレフトスタンド上段へと消えていった。その後の打者も結果こそサードゴロ、ショートゴロ、センターライナーだったが快音を響かされる不安な結果となった。

 一方の打線、大木、里田の両名はスライダーの前に三振に倒れ、先頭に戻って梅田の打順だったが、

「ふっ!!」シュッ!!

「なに!?」カッ!!

 フォークボールに手を出し、引っ掛けてしまいファーストゴロに倒れる。右打者はスライダーの前に手が出ず、左打者はスライダーを見せ球にフォーク、高速スライダーで打ち取られる。

 3回の裏にも御林はヒットで出たランナーを中之島に返されもう1点を失った。永村に四球を出したが佐藤を打ち取り、最少失点で切り抜けた。しかし聖森学園の攻撃は花川がセカンドライナーに倒れ、松浪も高速スライダーを引っ掛けてショートゴロに倒れた。岩井は外角の高速スライダーをなんとか流し打ちライト前ヒットを放つが御林は高速スライダーを引っ掛けファーストゴロに倒れてしまい無得点に終わった。

「(くそっ、完全にあっちペースじゃねえか・・・!)」

 松浪は流石に焦りを感じた。こちらは渡部の好投の前に手も足も出ず頼りの岩井でさえヒットを打つのが精いっぱい、御林は疲労からか思うような投球ができず捉えられるのも時間の問題・・・。こうして考えるうちにある事実に気づき松浪は歯噛みする。

「(結局・・・、俺たちはあの人たちに頼り切りってことかよ・・・!)」

*      *      *       *       *

 

 4回も関明打線は攻撃の手を緩めず、ここまでなんとか耐えてきた御林を容赦なく捉え始めた。先頭の青田が出塁すると、渡部が送り辻野はフォアボールを選ぶ。その後、9番の伊藤が内角に甘く入ったストレートを引っ張りこんでレフト線のツーベース。2塁ランナーが生還し、0-3。さらに片尾の犠牲フライで1点を取ると、倉山、中之島が連続安打を放ちさらに1点を奪う。

「ボール! フォア!」

「く、くそっ・・・!」

「タ、タイムを!」

 永村にストレートのフォアボールを出したところで松浪が御林の元へ駆け寄る。

「御林さん・・・、大丈夫ですか?」

「ああ・・・、すまない・・・。思うように腕が振れないんだ・・・」

「辰巳らしくねえな・・・。やっぱり連投のせいなのか・・・」

「・・・監督が動いたみたいです。御林さん、交代です」

「まあ、当然だよね・・・これじゃあ・・・」

「辰巳・・・、お前は十分にやってくれたぜ。ウチの、聖森のエースとしてな・・・」

「健太・・・、すまない。あとは任せたよ」

 御林はベンチへと掛け足で戻っていった。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、御林くんに代わりまして、金村くん。ピッチャー、金村くん。背番号10」

「さて、とんでもねえ状況だな、おい」

「頼むぜ剛。なんとか踏ん張ってくれ」

「金村さん、ツーアウトなんでランナー気にせず、バッター勝負で!」

「ははは、無茶言ってくれらあ・・・」

 打席には5番の佐藤。マウンドに集まっていたときはああ言っていた金村だが、その初球は自信たっぷりに投げ込んだストレート。右のサイド気味のスリークオーターからのボールに佐藤は手が出せない。続く2球目にもストレートでファール。そして、1球外し迎えた4球目、

「とりゃっ!」ククッ!!

「うおっ・・・!」カツッ!

 自慢のカーブで見事ショートフライに打ち取った。

「金村さん、ナイスです!」

「・・・流石だな、俺のカーブを初見で当てられたの、初めてだわ・・・」

「とにかく何でもOKだ! 反撃するぞ!!」

「「「おおっ!」」」

 しかし、その気合とは裏腹に5回表は竹原、小道は粘ったものの凡退、大木がヒットを放つが里田が打ち取られこの回も無得点に終わってしまった。

 5回の裏、金村は先頭の青田にライト前ヒットを浴びると、渡部はカーブで三振に打ち取ったが辻野にライト線へのツーベース、伊藤には四球を出し1アウト満塁のピンチを背負ってしまった。そして1番の片尾にインコースへのカーブを引っ張り込まれ、ライト前ヒット。これで3塁ランナーが生還してしまう。さらに倉山にもセンター前ヒットを浴び、これで0-8と大きくリードを許してしまった。

「ぐっ・・・、カーブでも、1巡すら抑えられねえのか・・・!」

「(金村さんのカーブは初見でそうそう打てる球じゃない・・・。こればっかりは向こうの対応力というか、多少引っ掛けても振り抜いてくる向こうのスタイルが効いたな・・・)」

 金村の直球は130キロ前半、そこにスライダーと独特の軌道のカーブで打ち取っていくタイプの投手。生命線はカーブであり、このレベルの強豪相手にはこのカーブが頼りである・・・、そのことは松浪も、金村自身も分かっていた。・・・が、実際にこの状況を受けて金村は打ちひしがれる。

「(俺は、準決勝のレベルのピッチャーじゃねえってことだな・・・。・・・わかっちゃいたが・・・、辛いな・・・)」

「金村さん、ボールは悪くなかったです。俺の配球の・・・」

「いや、お前のせいじゃねえよ。俺の・・・、力不足さ」

「・・・金村さん・・・」

 そして、監督が再び動く。投手交代だ。

「剛、よく頑張ってくれたな。あとは・・・、見ていてくれ」

「岩井・・・。ああ、お前は挫けるなよ・・・。俺みたいに・・・」

「・・・分かってる」

 金村はその言葉に頷きベンチに引き下がった。そして交代がコールされる。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、金村くんに代わりまして桜井さん。ピッチャー、桜井さん。背番号11」

 3番手としてマウンドに上がったのは夏穂。あと2点でコールドの状況かつ1アウト満塁のピンチでクリーンナップ。厳しい場面だが夏穂は明るくふるまう。

「ここを切り抜けて、なんとかつなぎましょう!」

「ああ、分かってるぜ。頼むぞ桜井!」

「夏穂、思いっきり来いよ!」

「了解です!」

 それから投球練習も終えた夏穂だったが、不意に声を掛けられた。

「へへっ、しっかし、情けないチームだなあ、オイ」

 言葉を発したのは打席に立とうとしていた中之島だった。夏穂がそれに答える。

「・・・どういう意味よ?」

「そのまんまの意味だよ。激闘第一に勝ったっていうから期待していたけどよ、いざ蓋を開ければヘロヘロのエースに、カーブくらいしか取り柄のない2番手、ましてや3番手は女? 笑わせんなよ! こんな奴らに負けた激闘第一の奴らも所詮ザコだってことだな!」

「おい・・・、お前な・・・!」

 松浪が詰め寄ろうとした時だった。

「・・・しろ・・・」

「あっ? なんだって?」

 夏穂が何かつぶやいた。中之島はそれに反応した。

「撤回しろ、って言ったの。私のことをバカにするのは構わない。いつも、女のくせに、ってバカにされてきたし、気にしない。でも・・・、」

 夏穂が一呼吸置いて中之島に向かって叫んだ。

「私が尊敬する先輩たちと! 私たちが戦ってきた相手を! チームをバカにするな! それにお前はそんなこと言えるほどに強いの!? アンタ一人で勝ててきたわけでもないくせに、アンタだけがそんなに偉そうにできるの!? アンタこそ、人間としてザコなんじゃないのさ!」

「なん、だと・・・この・・・」

「君たち! いい加減にしなさい! 警告を出すよ!」

「・・・すいませんでした」

「ちっ。はいはい、すいませんでした」

 審判に注意され、試合は再開された。入部以来、初めて見せた夏穂の怒った姿に多少面食らった松浪だがすぐさま思考を切り替え、リードに専念する。

「(なんか色々あったが初球はストレートだ。高めにコントロールはアバウトでいい)」

「(わかった)」

 どうやらあれだけの怒りを露わにした夏穂だったがどうやら投球自体は平常心でできるらしい。その初球は注文通りに内角高めのミットへと吸い込まれる。

 ズパ――――――ン!! と快音が響き、スコアボードに“132キロ”と表示される。

「へえ、速さはなかなからしいじゃねえか」

「打てるもんなら打ってみろよ。夏穂からお前が打てるビジョンが浮かばないぜ?」

「ぶちかましてやる・・・!」

「(・・・ちょろいな、こいつ)」

 2球目はど真ん中のチェンジアップ。傍から見れば絶好球でしかないのだが、完全に直球待ちの中之島はらしくもない強振で空振った。

「くそがっ・・・!」

「(ラストはこいつで・・・、トラウマにでもしてやんよ・・・!)」

「(オッケー・・・!)」

 しなやかなフォームの腕から繰り出された3球目は渾身のストレート。これが右打者の中之島にとって一番遠い外角低めへと突き刺さり、中之島は完全に振り遅れ、三球三振。

「っしゃ!!」

 と夏穂が小さくガッツポーズを作る。中之島は“信じられない”と言った様子でベンチへ引き下がり座ってうつむいた。

「(たかが130キロそこらのストレートに俺が空振り・・・? ふざけんなよ! くそっ!)」

 中之島にとって試合の勝ち負けより、桜井―松浪バッテリーにいいように弄(もてあそ)ばれ、三振を喫したのが何よりもの屈辱だった。

「(桜井と松浪・・・、てめえらの名前。覚えたからな・・・! 次は必ず・・・!)」

 中之島がリベンジを誓ったその時、快音が響いた・・・。

 

*       *     *      *       *

 

 2アウトとなったものの打席には4番の永村が入る。プロも注目するスラッガー、御林も彼にホームランを浴びている。夏穂はひとつ深呼吸をすると、足を上げ初球を投じる。

「やっ!」シュルル!

「むっ・・・」バシッ!

「ストライク!」

 初球はスライダーから入る。厳しいコースでは無かったのだが、待っていた球ではなかったのか永村は見送った。永村は実績はもちろんだが、180中盤の身長に加えて体格もどっしりしているため威圧感が凄まじいが、夏穂は臆せず向かっていく。

「せいやっ!」バシィィ!

「むう・・・、これがストレート・・・」

 続く2球目には渾身のストレート。永村は見送ってストライク。これで追い込んだ。次はチェンジアップ、やや外角に外れてボール。これでカウントは1-2。

「(これで・・・)」松浪のサインはストレート。

「(・・・決める!)」夏穂は頷き投じる。

 渾身のストレートは永村のインハイに襲い掛かる。

「こ、これは・・・、差し込まれる・・・!」

 しかし、永村は差し込まれながらもバットをフルスイングし、ボールを叩く。快音は響いたが、やや詰まっている。

「(よしっ、何とか打ちと・・・、っ!?)」

 松浪は一瞬安堵したが・・・、打球が、落ちてこない。

 

 岩井がライトの大木の名前を叫ぶ。木寄や御林はベンチから身を乗り出して打球を目で追う。ライトの大木はいったんは足を止めたが慌てて後退した。

「「「頼む・・・、落ちてこい・・・!」」」

 聖森の、誰しもの思いをあざ笑うかのように、詰まらされたはずの打球はギリギリでフェンスを越えた。

 サヨナラ満塁ホームラン。これで聖森学園は5回コールド負けで準決勝敗退。

 長かったようで短かった、聖森学園の夏が終わったのだった。

 

全国高校野球選手権大会 県大会準決勝

聖森学園 00000      0

関明大附 01146×     12

             (大会規定により5回コールド)

 




 ついに聖森学園は敗退・・・。残念ながら3年生は引退です。次回以降はついに夏穂と松浪が中心になっていきます。
 今回の選手紹介は関明大学附属のメンバーです。思ったよりも中之島が畜生なキャラになってしまった・・・。

  中之島幸宏(2年) 右/右
 センスあふれるショート。実力は折り紙付きで強打の関明大学附属で2年ながらクリーンナップを張っている。しかし、プライドの高さ故に実力の低い相手や他者を見下す悪癖があり、チームメイトや先輩からも良くは思われていない。プロのスカウトも注目はしているが、人間性を不安視している。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 A C B C B E 遊B 二D 三D
 チャンス◎ アベレージヒッター 盗塁〇 流し打ち 

  永村剛則(ながむらたけのり)(3年) 右/右
 関明大学附属の主砲。放つ打球の角度はアーチストのそれであり、今年のドラフトでも上位指名が予想される。温厚な性格で突っかかってくる中之島をいなせる心優しき人物。食事が人生で一番幸せな時間らしい。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 4 C S D B C E 三C 一E 捕E
 アーチスト チャンス〇 三振 広角打法 強振多用 選球眼

  渡部久信 (3年) 右/右
 関明大学附属のエース。右打者の視界から消えるとも称されるスライダーは”魔球”と名高い。好戦的だがさわやかな男で『全力の相手には全力を以て応える』がモットー。
 こちらもドラフト上位指名候補。
 球速   スタ コン
146km/h B  C
 ⇒スライダー 7
 ⇒Hスライダー 3
 ⇘カーブ 2
 ⇓フォーク 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 2 E D C C C C  投C
 驚異のキレ味 ドクターK 一発 リリース〇 変化球中心 

 渡部と永村が強すぎたかもしれない・・・。次回もよろしくお願いします!


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夏穂と始動の夏と秋
20  始動、そして初陣


 また遅くなりました・・・。いままでを1章としてここから2章突入、ということで。
  ★簡単な人物紹介コーナー
・桜井夏穂・・・聖森学園高校野球部2年生、投手。ノビのある直球と明るさが持ち味。男女共に人気のある可憐な少女。
・松浪将知・・・聖森学園高校野球部2年生、捕手。大胆なリードと勝負強さが武器。中学時代は「夢尾井の知将」と呼ばれたほどの逸材。
P.S.聖森の打順間違ってました、すいません!


 聖森学園が敗れた翌日、チームはグラウンドに集合し、3年生の引退式が行われた。その最後に発表された新チームのキャプテンには松浪が、副キャプテンに夏穂が選ばれた。

 その夜、松浪はアパートの自室のベランダでぼんやりと考え込んでいた。果たして自分にこのチームでのキャプテンが務まるのか、と。キャプテン自体は中学でもやった。しかし中学と高校では別物であることは目指すところとレベルが違うことからも別物だと思う。

「結局・・・、昨日の夏穂を何とかしてくれたのも先輩たちだしなあ・・・」

 と、松浪は昨日・・・、試合に負けた直後のことを振り返っていた。

 

*        *       *       * 

 

 サヨナラホームランを浴びた夏穂はある程度予想していたとはいえ、ひどく落ち込んでいた。泣きじゃくるわ、ロッカーのベンチから動かないわと花﨑コーチですら手に負えない状態だった。打たれたときにボールを受けていた松浪もいろいろと慰めてみたが効果なしだった。

 そんな夏穂に歩み寄ったのは本来一番悔しいであろう木寄や御林たちであった。

「夏穂、そんなに泣かないの。あなたは十分頑張ったわ」

「・・・で、でも先輩たちは・・・、私が打たれたせいで・・・」

「そんなことないさ、僕と、剛が打たれて降板した時点で君に非は無いし、エースを任されて役目を果たせなかった僕の責任だ」

「一人で背負うなよ、御林。俺が2回も持たなかったのも悪いんだ」

「それに誰が悪いだなんて、私は言うつもりは無いわ。みんな頑張った。それぞれが自分なりにね。それで勝てなかったのなら、私たちの2年半より向こうの2年半の方が強かっただけだわ。それに・・・」

 木寄は夏穂の目に真っすぐ向き合って続けた。

「あなたたちはまだもう1年ある。その1年で、目指すべき場所に行けるかはこれからのあなたたち次第なんだから・・・」

 そして今まで黙っていた岩井も落ち込みを隠せないチーム全員に向かって言った。

「悔いは無い、って言えばそれは嘘になる・・・。まだ何かできたんじゃないかってな・・・。だからお前ら、今の2年と1年は自分たちの高校野球が終わるときに悔いの無いようにやってくれ。・・・どんなに後悔したって、終わってからじゃ何もできねえんだからな・・・」

 

 完全にかどうかは置いておいて、夏穂やチームのメンツはある程度立ち直ったように見られた。一連の出来事を思い出してため息をつく。

 「・・・いやあ・・・、先代が偉大過ぎると、辛いもんだな・・・」

 そう呟きながら、松浪は飲んでいたコーヒーを一気に飲み干した。

 

*       *       *        *

 

 1週間の休みを経て、新チームは松浪キャプテン、桜井副キャプテンのもと、始動した。

 まず始まったのは激しいレギュラー争いだった。秋の大会に向けて岩井たちが抜けた穴を埋めなくてはならない。ピッチャーは夏穂がおそらくエースとなると目されてはいるが、それ以降の争いがあった。2年生でツーシームとカーブを生かしたパワフルな投球が持ち味の杉浦。意図的なクセ球と多彩な変化球を操る久米。剛速球が武器の白石。制球力と緩急で勝負する美田村。この4名の争い。この争いは夏穂への刺激ともなっている。キャッチャーは松浪、控えに雪瀬が当確ではあるが、もっとも激しいのはサードと外野。サードはパワーならチーム随一の田村信、外野もこなす元木、守備面で勝る田中、そして自ら野手転向を申し出た夏穂の弟の満。足の速い大森が争う。

 そして外野陣。夏は全員が3年だったこともあって争いは激しい。俊足がウリの矢部川、打撃センス溢れる初芝、意外なことに走攻守万能な空川、派手さはないが確かな実力を持つ露見。そして、投手陣から打撃の良い杉浦、久米、白石は外野、ファーストなど複数のポジションの練習もしている。

 そんなスタメン争いを繰り広げる部員たちを見て松浪は一安心する。

「(ひとまずみんな熱心に練習に取り組んでくれていて助かった。みんな見てるだけなのは悔しかったんだな・・・)」

「トモー!! ボール受けてくれない?」

 トスバッティングを丁度終えた松浪の元に夏穂がやって来た。

「オーケー、ちょっと待ってな。防具付けるから」

「あいよー、先にブルペンに行っとくからー」

 

 スパ――ン! と夏穂投じたストレートが松浪のミットに突き刺さる。

「ナイスボール!」

「次がラスト、右のアウトローに真っすぐで!」

「よっしゃ来い!」

 全身の力をボールに伝え、快速球が飛んでくる。これもドンピシャだった。

「調子いいな、今すぐ秋大会始まっても良さそうだな」

「・・・あとはスタミナ、かな・・・」

「そうだな・・・」

 夏穂が特別体力が無いわけでは無い。しかし全身の力を使うフォームと投球スタイル上、夏穂が連戦完投を狙うのは厳しい。体が柔軟でケガも少ない夏穂だが疲労は簡単に抜けるものではない。

「ま、そこは仲間を頼ればいいさ。お前は一人じゃないぜ」

「そうだね、みんなで・・・、勝ちたい!」

「よし、しっかりアイシングとストレッチはしとけよ」

「了解でーす」

 

*      *       *         *

 

 あの後、この地区を制したのは関明大学附属だった。決勝でも文武相手に中盤まで接戦を繰り広げていたが地力の差を見せつけて、6-0で勝利したのだった。

 そして開幕した甲子園でも渡部が三振記録を樹立するなど躍動したが、ベスト4で敗退。決勝ではあかつき大附属とアンドロメダ学園高校が激突し、アンドロメダ高校が出場3回目にして初優勝を掴み、夏が終わった。

 一方で聖森学園は基礎的な練習に取り組み、地力を磨いた。そして夏休み後半には昨年同様に「渚浜スポーツセンター」へと合宿に向かったのだった。

 

――渚浜にて――

 私たちは合宿所に着くと、昨年と同様に砂浜マラソンや坂道ダッシュ、疲れ切ったところにさらにアメリカンノック(外野の端から走らせて捕れるか捕れないかのギリギリのところに打つノック。滅茶苦茶キツい)などと厳しい練習をこなしていった。ある程度練習に慣れてきていた1年も相当キツイらしく、あの百合亜でさえも苦戦していた(でも、なんだかんだっで乗り切っていた。白石、美田村の両名はダウン)。

そして中日(なかび)の休日は恒例(?)の海水浴をすることになった。

「いえーーーい! 遊ぶぞーー!!」

「夏穂ちゃん、元気だねえ~」

「あれだけハードな練習こなしてこれだけ元気なら後半はまだ増やせるな」

「ト、トモ!? あれ以上は流石に死んじゃうよ!?」

「そ、そうだぜ松浪! 俺も死んじまう!」

「杉浦・・・、お前はそれでいいのかよ・・・」

 そうだよ、あれだけ走ったのに増やされたら砂浜でぶっ倒れちゃうよ・・・。

そして去年と同じく、恵と彩ちゃんの水着姿に姫香と村井ちゃんが嫉妬してみたり、美田村くんがなぜかパーカーを脱がなかったり(あれ?男の子だよね?)、トモが風太を砂浜に埋めてしまったり、百合亜と泳ぎで勝負したりと、まあ色々と遊んでいたのだった。

 

一方、その頃・・・、

「元木くん、田村くん、見るでやんす! パラダイスでやんす!」

「ああ! やっぱしウチの野球部の女子はレベル高いぜ!」

「恵ちゃんや彩ちゃん、夏穂ちゃんのビキニなんて、オイラもう・・・」

「いやいや、久米とか露見のスレンダーなスタイルも素晴らしいぜ!」

「矢部川、田村、なにかもうひと押しできねかな?」

「ふっふっふ、オイラに名案があるのでやんす。これでやんすよ!」

「「ビーチバレー?」」

「そうでやんす! 男女混成にすればもしかしたら・・・、とかあるかもしれないでやんす!」

「矢部川、お前天才か!?」

「今すぐ誘ってみようぜ! スポーツなら乗ってくれるだろうしな!」

「そうと決まれば行くでやんすよ! おーい、みんな、ビーチバ・・・」

 と矢部川が女子陣へ声をかけようとした瞬間だった。

 

私たちが次は何して遊ぼうかと考えていると、少し離れたところでなにやら会話していたらしき矢部川くんたちがこちらに何か言おうとしてるのが聞こえたからそっちを向いてみると、突然何かに矢部川くんが弾き飛ばされ宙を舞った。そしてそのまま海へと墜落していった。

「「や、矢部川―!?」」と、元木くんと田村くんが叫ぶ。そして、

「やあ、そこのかわいいガールたち、俺っちと遊ばない?」

 と、サーフボードを担いだ良く日に焼けた優男が現れたのだった。

「うっわ、めちゃタイプの娘ばっかなんだけど! マジテンション上がるわー!」

「「「「「なんなのコイツ(この人)―!!」」」」」

村井ちゃんは恵の後ろに隠れ、姫香は威嚇するように睨み付け、私と彩ちゃんは困惑し、百合亜と露見ちゃんは事態を今一つ呑み込めていない。

と、女子陣は各々の反応を見せる。というか姫香、アンタは番犬か。そこにトモと杉浦くん、大、満(風太は埋まってて動けなかった)がやってきた。

「おい、俺の姉ちゃんにちょっかいかけるなよ!」

「そうだぜ、ウチの大事なチームメートをなにナンパしてんだよ」

「とっととどっか行きやがれ、このチャラ男!」

「(コクコク)」

 威嚇する満とトモ、杉浦くん、そして大は何も言わなかったが無言の威圧。一方の優男は・・・、

「うわ、マジで男とか、むさ苦しいからノーサンキューなんだけど、俺が話したいのはこっちの女の子たちなんだけど・・・」

「このやろー、ウチの女子陣から離れろ!」

と、杉浦くんが突っかかろうとした時だった。

「「見つけたぞ! 難波(なんば)あああああ!!!」」との声と共にサーフボードが飛んできて、

「ぶげらっ!?」

 難波、と呼ばれたチャラ男が吹っ飛ばされて海へと墜落した。

 聖森メンバーが全員ぽかんとしているとこちらも日によく焼けた男が二人やってきた。難波は海から這い出てくると、二人の男を見て、

「げげっ、丘さんに南風さん!? なんでここに!?」

「どうせ、おまえのことだからよ! 練習サボったらこの辺にいるって思って来てみたらよ!」

「やっぱり、いやがったじゃんかよ! しかもまたナンパしやがってよ!」

 え、なんでこの人たち、そんな2人でリズミカルにしゃべってるの?

「練習抜けてサーフィンするならともかく・・・」

「ただ女の子をナンパしに行くなんて・・・」

「「許さねえぜ!!」」

「「「「「「(え! サーフィンはいいの!?)」」」」」

「という訳で難波! 帰るぞ!」

「皆さん、ご迷惑掛けました。それでは~♪」

「嫌だああああああ! 俺は女の子たちと遊ぶんだあああああ!!」

「「「「「・・・・」」」」」

 なんだったのかな、今の。練習とは何の練習なんだろ。サーフィンは・・・、でもそうではないっぽい言い方だったね。

「・・・ね、ねえ、スイカ。食べよっか?」

「「「「「さ、さんせーい!」」」」

 彩ちゃんの機転(?)で、私たちはまた遊びだしたのだった。ちなみに矢部川くんが目を覚ましたのはもうすぐ帰るよー、ってくらいの時間で、なぜかは分からないけどものすごく残念がっていた。なんでだろうね?

 

*       *      *        *

 

 最終日前日の練習終わり頃のこと。

「みんなー、前から言われていた通り、明日は締めの練習試合をするからそのつもりでって監督と花﨑さんが」

 彩ちゃんが試合の話をみんなに伝えに来てくれた。

「今年も海底分校?」

「ううん。なんだか今年は忙しいらしくて、こっちには来れないそうだよ」

「むー、そっか。残念」

 1年ぶりに澄原さんと対戦してみたいと思ってたんだけどなあ。

「で、彩。相手ってどこなんだい?」

 トモが聞くと彩ちゃんはノートをパラパラとめくって、

「えっと、“なみのりさわやか高校”ってところだそうです。ここからそう遠くないとこにあって、数年に一度は甲子園出場もしてるなかなかの強豪みたい」

「結構なとこと組んだんだな。ま、初陣の相手にしては上等だな」

 そう、この試合が私たち、新生聖森学園高校の初陣となる。

「明日が楽しみになって来たな! よし、宿舎に戻ったらミーティングだ!」

「「「おおー!!」」」

 

 で、翌日。なみのりさわやか高校を出迎えることに。バスでやって来た相手チームのキャプテンは見覚えのある人物だった。

「どうも、キャプテンの南風(みなみかぜ)ですー♪。今日はわざわざご招待を・・・、って、ああ! あなた方は!」

「あ! この間のサーファーさん!?」

「キャプテーン、さっさと降りてくださいよーう・・・、って、あ! あの時の女の子じゃん!」

「あ、アンタはこの前のナンパ男!!」

「おいおい、俺っちにはちゃんと難波好生(なんばこうせい)って名前があるし!」

「・・・お前選手なの?」

 トモが驚いたように聞いた。それには南風が答えた。

「恥ずかしながらコイツ、ウチのエースなんですー♪ マジで不本意だけどー♪」

「リズムに乗ってディスんないでくださいよ!」

「しかも年下・・・」

 私は目を覆った。良かった、こんな後輩じゃなくて、百合亜や白石くんのような後輩たちが後輩であることを心底ホッとした。

「と、とにかく! 今日はよろしくー♪」

 と、あいさつ以外は陽気で歌うように話す南風だった。

 

 それからしばらくして試合前。ベンチ前に集合し、榊原監督からスタメンが発表された。

「現段階のベストメンバーを組んだつもりだ。相手はそうは見えないかもしれないがかなりの強豪だ。全力を以て挑むぞ。花﨑、頼む」

「はい、ではスタメンを発表します!

 1番 ショート   梅田くん

 2番 セカンド 椿さん

 3番 ライト    空川さん

 4番 ファースト  竹原くん

 5番 レフト    久米さん

 6番 キャッチャー 松浪くん

 7番 サード    田村信くん

 8番 ピッチャー  桜井夏穂さん

 9番 センター 初芝くん

 これでいきます! 控えの選手は杉浦くん、白石くん、雪瀬さん、桜井満くん、草野くん、田中くん、田村快都くん、露見さん、矢部川くん、元木くん、大森くん。他の選手は申し訳ないけど試合運営の手伝いをお願いね。さ、頑張って勝ちましょう!」

「「「「おおおーーー!!!」」」」

 そしてメンバー表の交換で相手のオーダーも発表された。

 1番 センター   南風

 2番 ライト    矢代

 3番 ショート   丘

 4番 キャッチャー 浜田航

 5番 ピッチャー  難波

 6番 サード    板野

 7番 ファースト  浜野亘

 8番 セカンド   島田

 9番 レフト    木下

 

 先発、しかもクリーンナップとは、あのチャラ男君はどうやらかなりの実力者みたいだね。人は見かけによらないもんだね。そしてまもなく試合は開始されようとしていた。

 

*        *       *        *

 

 先攻はなみのりさわやか高校。初回、先発のマウンドに上がった夏穂は先頭の南風と対峙する。

「(まずはもちろんストレート。外角に、アバウトでいい)」

「(わかった)」

 夏穂はサインに頷くと振りかぶって初球を投じる。綺麗なスピンのかかったストレートがミットに突き刺さった。

「ストライクッ!」

「へえ~、良い球~♪」

 続く2球目にもストレートを投じ、カウント2-0とすると夏穂はテンポよく投げ込んでいく。

ズバーーン!!「わおっ!」

 3球目もストレート勝負。変化球を警戒していた南風は完全に振り遅れ空振り三振。続く矢代もストレート3つで三振。丘は2球目に振り遅れてセカンドライナーに倒れ三者凡退のスタートを切った。

 

「いっけー! 風太!」

「先頭出塁しよーぜ!」

「よっしゃあ!!」

 味方の後押しを受け、梅田が打席に向かう。マウンドには波乗りさわやか高校のエース、右腕の難波。

「アンタみてーな野郎には興味ないっていうかー、さっさと女の子の相手してーなー」

「どえらい自信だなあ、おい」

 梅田が打席に立つと難波はスリークオーターのフォームからボールを投じた。

 初球はストレート。

「(ああは言ったが様子見と行くか・・・。球速自体は140キロ前後・・・、加えてフォームが変則気味だな・・・)」

 難波のフォームは小さく振りかぶって足を上げた後、少し体を捻ってから腕を振るう。まるで助っ人外国人のようなフォームだった。

 2球目はカーブ、それなりにスピードのあるカーブでカウントを稼ぎに来てストライク。追い込まれたが、3球目のストレートはカットする。そして4球目のカーブもカット。

「(コイツ・・・、滅茶苦茶コントロールいいのか? 全部ギリギリのコース・・・!)」

 全てのボールでコーナーを狙っている。

「粘るなよー、めんどくせーから・・・よっ!」

 そして4球目、アウトローにストレートより遅い球。

「(ストレート、ではないっ・・・! とにかくカットを・・・!)」

 しかし、当てに行ったバットを躱すようにボールは沈んでいった。

「!! シンカー・・・!」

「ストライク! バッターアウト!」

 梅田は空振り三振。続く姫華もアウトロー主体の配球に苦しめられ・・・、

「うわあ!?」

 インハイのストレートを振らされて三振。

 3番の恵が左打席に向かう。

「いやー、女子選手がいるとは聞いてたけど、エースの子はともかく、バッターの方は俺っちが打たせねーしー、まあ野郎にも打たせねーけどー」

「まだまだ始まったとこだよ~、さ~、来~い!」

 恵はしっかりと難波を見据える。南場はサインに頷き、初球にアウトローのストレートを投じたが、恵が思いっきり踏み込んでボールを叩いた。

キイイイイン!!「「!!??」」

「ファール!」

 痛烈な打球が飛んだが、ラインドライブがかかってファールゾーンへと切れていった。

「(今の・・・、危なかった・・・)」

「(おいおい、この娘、めちゃ良いスイングしてくんじゃん・・・)」

 なみのり側のバッテリーが考えを改める。

「(ここまで踏み込まれたらまずい・・・、1球インにカーブを・・・)」

 難波が頷き、インコースへとカーブを投じた。膝元へと沈むカーブ、

「いっけええ~!」

 そのボールを恵はフルスイングで捉えた。

カッキイイイン!!「「えっ・・・!?」」

 インコースの球にバットを体に巻き付けるようにして振り、真芯で捉えた打球は高々と上がって、そのままスタンドへと飛び込んだ。

「やった~! ホームラン、打てたよ~!」

「す、すっごーい!! 恵ちゃん、ナイスバッティング!!」

「あいつ、飛ばすなあ!!」

「すごいよっ! 恵っ!!」

 聖森側は大騒ぎ、なみのり側、特にバッテリーは唖然としていた。

「(別に甘い球じゃなかった・・・! あの内角の捌き方は想定外だ・・・!)」

「(え、打たれた・・・? マジで・・・?)」

 これで聖森が先制、1-0とした。

   練習試合

なみのり 0         0

聖森学園 1         1

              (1回裏、攻撃中)

 




 なみのりさわやかにオリキャラぶっこんでみました。こんなチャラ男、今時あんまし見ないと思いますが・・・。
 今回のおまけは2人です。
 ・空川恵 (2年) 左/左
 バッティング技術が向上し、インコースの捌き方には定評がある。マイペースな性格で気づかれにくいがかなりの努力家。意外なことにプレー中にも様々なことを考えているらしい。成績は中の中、好きな食べ物は肉類だが、嫌いな食べ物も特になくなんでもよく食べる。趣味はウィンドウショッピングと食べ歩き。苦手なことはお化けなどのホラーもの。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 E D D E E E   外E 一F
 プルヒッター チャンス○ 三振 ハイボールヒッター インコース〇 送球△ 積極打法 強振多用 ムード○ 

 ・難波好生 (1年) 右/右
 波乗りさわやか高校のエース、女好きの練習嫌い。実力は本物だがいつも練習をサボって町やら海やらでナンパしようとするが、基本的には連れ戻されて、南風にお説教を食らう。ただし、懲りない。
  球速  スタ コン
144km/h   C  A
 ⇘ カーブ 3
 ⇙ シンカー 5
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E C C C E E  投E 外F
 低め〇 ピンチ△ 乱調 調子極端 三振 プルヒッター 強振多用

 次回もお願いします!


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21 奮闘、そして2度目の秋

 少しテンポよくしてみました。このペースだと完結が見えないので・・・。
 ★簡単な人物紹介コーナー(その2)
・梅田風太・・・聖森学園高校野球部2年生。見た目とは裏腹に野球への熱意は人一倍。かつては”夢尾井の切り込み隊長”と呼ばれた聖森学園の誇るリードオフマン。
・竹原大・・・風太と同じく2年生。非常に大柄で力強い打撃がウリだが心穏やかな男。”夢尾井の大砲”と呼ばれていた聖森学園の主砲。
・椿姫華・・・聖森学園高校野球部2年生。活発で小柄な少女。堅実なプレーが持ち味。
・空川恵・・・聖森学園高校野球部2年生。女子にしては大柄で力強いプレーが武器。どんなときでものんびり屋。


聖森学園は初回に恵のホームランで先制に成功した。しかし、続く大はショートゴロに倒れ1回は終了。2回表、なみのりさわやか高校の先頭は4番の浜田航。

「夏穂! 1点もらった後のこの回、大事だよっ!」

「しっかり守ってやるから楽に行けよ!」

「姫華! 風太! 任せたよ!」

 姫華と風太からの後押しを受けて相手に立ち向かう。トモからの初球のサインは低めへのスライダー。

「そりゃっ!」

「うおおっ!」

 と打席に立つ立派な体躯の浜田航は豪快に空振り。これでワンストライク。分かりやすいぐらいに真っすぐを待っていた。2球目も同じようにスライダーで空振り。

「(そんなにストレートが欲しけりゃくれてやるぜ・・・。ストレート、ここにだ)」

「(OK!)」

 トモからのサインに頷き、ボールを投じる。コースは高めの釣り球。

「スイング、バッターアウト!」

 まんまと浜田航は釣られて三球三振。続く打者は5番のチャラ男こと難波。

「へー、良い球投げるねえー。ますます気に入ったしー!」

「ホームラン打たれた割にはケロッとしてるんだね・・・」

「気にしてなくはないしー、・・・ただこの打席でやり返すけどー」

「させないもんね・・・!」

 簡単には打たせないよ! なんか調子乗られると厄介そうだしね。

「(初球はストレート!)」シュッ!! スパ―――ン!!

「ストライクッ!」

「ふーん、こんな感じかー」

 難波は余裕をもって見逃した。・・・なんか不気味だ・・・。

「(もう1個、今度はインハイだ)」

「(よーし!)」

 インハイを狙ったストレートがわずかに浮いた。

カツッ!!「ファール!」

「ありゃー、ボールだったか?」

 バットを掠めたボールはバックネットに突き刺さった。

「(今のは要求通りだったら不味かったか・・・?)」

「(タイミングはバッチリだった・・・、危ない危ない)」

 1球でアジャストしてくるあたりはなかなかやるみたいだね。

「(まだ見せてないチェンジ・・・、これで仕留める!)」

「(よーしっ!)」

 ストレートと同じ腕の振りからチェンジアップを投じた。ストレートのタイミングで待っていた難波もタイミングを外され体勢を崩した。が・・・、

「っ! 当たれェ・・・!」

 難波は体重移動が完全に前に行ってしまっているにも関わらず、腕は後ろに引いたまま我慢してバットを遅らせて振り抜き、外角低めのチェンジアップを打ち返した。引き付けて引っ張り込まれた打球は横っ飛びしたサードの田村くんのグラブを掠め抜けていった。

「へっへっへ、見たかー!」

 と、2塁に到達した難波はしたり顔。・・・なんか腹立つ・・・。

「夏穂! ボールは悪くない! 2アウト3塁はOKのつもりでこのバッター切るぞ!」

 トモがすかさずフォローの声を飛ばした。そんなに心配しなくてもこれくらいで焦らないよ。続く板野はインコースへ食い込むスライダーを引っ掛けさせてファーストゴロ。その間に難波は3塁へ。

「ぐあっ!」スパ―――ン!!

「ストライク! バッターアウト!」

「よっしゃ!」

「ナイスボール! 夏穂!」

 7番の浜野亘はスライダー2球の後の高めのストレートで空振りを奪って3アウト。

 ここからは投手戦となった。難波は恵にホームランを許して以降は見かけに似合わぬ丁寧な投球を披露。私も負けじと投げ続けて試合は6回まで進んだ。

7回からピッチャー交代で杉浦くんがマウンドに上がった。杉浦くんは強気にインコースを攻めてピンチこそ作ったが無失点で切り抜けた。その裏にようやく難波を捉える。杉浦くんへの代打の満が初球から打ちに行ってヒットを放つと続く初芝くんもエンドランを決めて無死1,3塁とすると風太は内野フライに倒れたものの姫華がスクイズを決めて1点をもぎ取り、さらに恵がフォアボールを選んで2死1,2塁とした。そのあと大はサードゴロに倒れ、チェンジ。

そして8回には白石くんがマウンドに上がるも四球がらみで2失点。9回は百合亜が抑えたけどこちらもなみのりさわやか高校の2番手の舟木に抑えられてゲームセット。引き分けという形で終わったのだった。

  練習試合

なみのり 000000020 2

聖森学園 100000100 2

 

*        *      *       *      *

 

 練習試合も終わって合宿も終わり、学校に帰って来た。帰ってきたらもう秋大会は目の前。練習試合の反省なども踏まえて練習が続けられた。特に野手陣は多くの課題が見つかったそうだ。

その中でも攻撃面。岩井さんが抜けて長打力と決定力が大きく下がったのは否めない。つまるところ4番を誰にするかということになった。この前は大が務めたけど結果は4打数のノーヒット。得点圏で2度打席が回ったもののいずれも凡退してしまった。代わる4番の候補は夏からクリーンナップを任されているトモ。練習試合では4打数の1安打。ただこれまでの試合の内容を見ても得点圏打率の高さ、特に接戦時には勝負強さを見せている。そしてもう一人は恵。練習試合では5打席で4打数の2安打と当たっていた。候補としてはその3人だろう。

そして私自身も先発してみて改めて自分の完投能力の無さを自覚した。他の投手陣も杉浦くんは細かい制球力、白石くんは新たに修得したフォークの精度といった具合で短い期間で直すべきポイントが見つかったのだった。

 そして季節はあっという間に過ぎて夏休みも終了。クラスのみんなに久しぶりに顔を合わせた。やっぱり予選頑張ってたね、って言われると少し嬉しかったね。少し負けた記憶がよぎったけど今度応援に行くよ、という声に少し励まされた。

 

 そしてやってきた組み合わせ抽選。気になる相手は・・・。

「激闘第一・・・」

「いやー、腐れ縁とでも言うべきかね、これは」

 トモが、たははと笑いながら言った。秋大会にはシードは無く、基本的に全チームが1回戦から登場する(数的に余る所は除く)。

「新チームになった激闘第一はどんな感じなんだろね~?」

「私も気になるっ!」

「トモ、どんな感じなんだよ?」

 恵、姫華の疑問に風太が同調する。

「んー、詳しくは分からねーけど・・・、夏にスタメンだった野手は結構抜けたはずだ。残ってるのは少豪月、坂上、村上ぐらいじゃないか? 投手は大塔くらいしかわからねーな」

「ま、新チームなんてそんなもんだろ」

「(コクコク)」

 風太はトモの言い分を聞き頷く。大も頷いていた。

「まー、相手がどうであれ俺たちはベストを尽くすだけだからな。まずは自分たちの足並みそろえねーと」

「うん、そうだね。とにかく頑張ろ!」

「「「おお!」」」

 

 そして組み合わせを聞いた日に合わせて秋大会のベンチ入りメンバーが監督から発表された。

  背番号1  桜井夏穂 (投手、2年)、副主将

  背番号2  松浪将知 (捕手、2年)、主将

  背番号3  竹原大  (内野手、2年)、

  背番号4  椿姫華  (内野手、2年)、

  背番号5  桜井満  (内野手、1年)、

  背番号6  梅田風太 (内野手、2年)、

  背番号7  露見環(たまき) (外野手、1年)、

  背番号8  初芝友也 (外野手、2年)、

  背番号9  空川恵  (外野手、2年)、

  背番号10 杉浦智也 (投手、2年)、

  背番号11 久米百合亜(投手、1年)、

  背番号12 雪瀬氷花 (捕手、1年)、

  背番号13 白石和真 (投手、1年)、

  背番号14 草野繁光 (内野手、1年)、

  背番号15 田村信  (内野手、2年)、

  背番号16 田中則之 (内野手、2年)、

  背番号17 矢部川昭典(外野手、2年)、

  背番号18 元木久志 (外野手、2年)、

  背番号19 田村快都 (内野手、1年)、

  背番号20 村井綾  (外野手、2年)。

 

 といった感じ。2年生13名はなんとか全員ベンチ入りを果たした。スタメンであると予想される1桁のメンバーにはなんと満が抜擢された。高校になってから始めたサードの守備も持ち前のセンスでそれなりのものにして見せ、バッティングも磨きがかかってスタメンをつかみ取った。また1年では露見ちゃんもスタメン入り。守備の安定感は花川さんを彷彿とさせるね。このメンバーで秋大会、まずは1回戦の激闘第一戦、勝って勢いづけたいね!

 

*        *      *       *

 

 秋季大会予選、この大会で上位2チームに残れば地方大会に進むことが出来る。ここで好成績を残せば春のセンバツ出場も見えてくる。

 夏大会の準々決勝と同じカードに1回戦ながらそこそこの野球ファンが集まったみたい。

「只今より、激闘第一高校と聖森学園高校の試合を始めます。礼!!」

「「「「お願いします!!!」」」」

 両チームのスタメンはこんな感じ。

  先攻、聖森学園高校。

1番 ショート   梅田

2番 セカンド   椿

3番 キャッチャー 松浪

4番 ライト   空川

5番 ファースト 竹原

6番 センター  初芝

7番 サード   桜井満

8番 レフト   露見

9番 ピッチャー 白石

 

 後攻、激闘第一高校

1番 セカンド   村上

2番 キャッチャー 前原

3番 センター   坂上

4番 サード    少豪月

5番 ファースト  石倉

6番 ライト    寺田

7番 レフト    石井

8番 ショート   桝井

9番 ピッチャー  大塔

 

 こちらの先発には白石くんが立つ。私はベンチスタート。一方の激闘第一の先発はエースの大塔。今までのデータは夏まで鶴屋がいたこともあり少ない。どうやら軟投派左腕らしいのだけど・・・。そしてこちらの4番はなんと恵。右打ち左打ちの兼ね合いもあるだろうがそれでも4番という重責を担う。

「先頭大事! 風太、出塁してね!」

「っしゃー! 任せろ!」

 先頭の風太が打席に立つ。大塔はゆったりしたスリークオーターのフォームから初球を投じる。スルスルッというような軌道で外角のボールゾーンからスクリューが入って来た。

「ストライク!」

「へえ、なかなかのコントロールだな・・・」

 見送った風太が次の球を待つ。次のボールは風太に当たりそうなコースから曲げてきたカーブ。風太はとっさに身を引いたがインコースいっぱいに決まったようだ。

「ほんとにコントロールいいね・・・」

「うん、しかもよく曲がるね~」

私の感想に恵も頷く。そして最後はアウトローいっぱい。左打ちの風太から、先ほどの体のそばのカーブの効果もあって一番遠く感じるコースにしっかりとストレートを決めてきて見逃し三振。続く姫華は外のカーブに釣られて三振。トモは変化球に積極的に手を出していったが最後はインローのクロスファイアー(左投手なら右打者の、右投手なら左打者の膝元への対角線投球のこと)を見逃しスリーアウト。聖森学園は初回三者連続三振を喫してしまった。

しかしその暗いムードを吹き飛ばしたのはこちらの先発白石くんだった。

ズドッッッ!!

「ストライーク!!」

「っ・・・! 速え・・・!」

 初球の豪速球でスタンドをざわめかせた白石くんはどんどんとストレートを投げ込んでいく。先頭の村上、続く前原も三振に倒れる。3番の坂上は初球のストレートを見逃しボール、続くストレートをカットしたところで・・・、

「(これだ。思いっきり腕を振れ!)」

「(・・・っ!)」

 トモのサインに頷いた白石くんは腕を振り抜く。投じられたボールはストレートに山を張った坂上は思いっきり空振った。

「フォークか・・・!」

そしてフォークに意識が行き過ぎてしまった坂上は高めのボール球のストレートに手を出し空振り三振。こちらも三者連続三振に終わった。

 

軟投派の大塔、速球派の白石くんの投げ合いとなって試合は4回表が終了し0-0。しかし4回裏に白石くんに異変が起きる。

「ボール、フォア!」

「くっ・・・」

 アウトを1つ取ったところで前原にストライクが入らずフォアボールを許してしまった。

「白石くん、リラックス! リラックス!」

「一つずつ行こう! 和真!」

 私と百合亜が声を掛けたが効果は薄く、続く坂上にも四球を出してしまった。

「(・・・ダメだ。力みが出だした。フォークは叩きつけるし、ストレートは抜けてる。だが少豪月に真っすぐは危ない・・・)」

 トモの出したサインに白石くんが頷きボールを投じた。しかし、

「(! やべえ、フォークが落ちねえ!)」

「しまった・・・!」

「甘い球! もろたあ!!」カッキ――ン!!

 フォークの抜け球をフルスイングで捉えられた。なんとかスタンドインは免れたものの、ツーベースとなり2点を先制された。続く左打者の石倉も甘く入ったストレートを捉え痛烈な当たりが白石くんのそばを抜けていった。だがその打球に反応したのは姫華だった。

体をいっぱいに伸ばしたジャンプでボールをつかみ取ると、着地してから風太へとトス。戻り切れなかった少豪月もアウトでゲッツーとなった。

「ナイスプレー! 姫華!」

「さすが椿さん!」

「・・・助かりました」

「いやー、それほどでもー! さあ、2点くらいさっさと取り返そうよっ!」

「そうだぜ、早速反撃だ!!」

「頼んだよ満ー!」

 2、3、4回。いずれもヒットやフォアボールでランナーは出しているがチャンスを作るには至っていない。先頭は7番の満だ。そしてその初球、

「(もう、その攻めは見飽きた!)」キイイイイン!

「「なっ!?」」

 左打ちの満にとって背中の方から曲がってくるカーブを待っていましたとばかりに捉えた。打球は痛烈にライト線を破りツーベースヒット。初めてノーアウトからのランナー、しかもチャンスとなった。すると大塔の様子が今までまるで変わりだした。・・・なんだか執拗に2塁ランナーを気にしだした。そして・・・、

「あっ!」カシャン!!

 すっぽ抜けたボールがバックネットに当たった。その間に満は悠々3塁へ。続く8番の環にもフォアボールを出してしまいノーアウト1,3塁となり9番の白石くんに回った。

「突然別人のようにストライクが入らなくなりましたね・・・」

 百合亜が言う通り、この回、というより得点圏にランナーを置いてからの大塔は序盤の大塔とはまるで違う。

 

 

 大塔がストライクが入らなくなってきたのを見てキャッチャーの前原は困り始めた。

「(エースになったという自覚を持ったら変わるかと思ったけど・・・、やっぱり変わってなかったか・・・)」

 大塔は1年の頃から実力は抜きん出ており、秋からベンチ入りしていた。ブルペンでは良い球を投げるのだが試合、とくに得点圏にランナーを置くとろくにコントロールできなくなる。すなわち精神的に脆すぎるのだった。

 初球のカーブ、続くスクリューも外れその間に露見が盗塁を決めてノーアウト2,3るいになった。前原は苦し紛れにサインを出す。

「(とにかくストレート、真ん中で良いから入れるんだ・・・!)」

「(あ、ああ・・・)」

 

 一方、打席の白石。自らが招いたピンチで失点してしまったことがなにより悔しかった。挽回したいが次の回で久米に代わることが伝えられている。ならばこの対戦で少しでもミスを取り返さないといけない。だがマウンドの大塔はこちらを見ていない。気にしているのはランナーばかりだ。そして2ボールとなり白石はゾーンを絞って狙う。

「(この人は・・・)」

 大塔が投じたストレートは甘く、真ん中に入ってくる。

「(どこを見て投げてるんだ・・・!)」

 バットを思いっきり振り抜いた。捉えられたボールは、軽々とフェンスを越えていった。ダイヤモンドを1周しながら白石は考えた。

「(俺もだな・・・。結局独り相撲してしまった。迷惑が掛かるのは味方なのに・・・)」

 そして白石は2番手の久米へとバトンを託した。

 

*        *       *       *

 

 白石の逆転スリーランの後も、大塔は梅田へフォアボールを出した後に盗塁、椿のバントでワンアウト3塁に。そしてそこからは甘く入ったボールを松浪、空川が連打。竹原は左中間深くへ運んだがセンター坂上がダイビングキャッチ。その間に空川は2塁から3塁へ向かう。ツーアウト3塁から初芝、満が四球を選んで満塁になる。激闘第一の監督はまだ動かない。

「(大塔・・・、お前が確固たるエースにならない限りこのチームが甲子園に行くことは叶わん・・・。この壁を乗り越えてくれ・・・、せめてこの回だけでも・・・)」

 しかし監督の願いも空しく真ん中に入ったカーブを露見は逃さなかった。

「甘すぎです!!」カキ――ン!!

「ああっ!?」

 しっかりと捉え、引っ張った打球はライト線を破っていく。1塁の満まで帰ってこれで8点目。激闘第一の監督はやむなく投手交代を告げた。

 その後、勢いづいた聖森学園を止めることが出来ず失点はさらに増えた。打線も2番手の久米を捉えられず、6回でコールドゲームとなった。

   秋季大会地区予選1回戦

聖森学園 0000104    14

激闘第一 000200    2

   (大会規定により6回コールドゲーム)

 




 夏から一気に秋まで行きました。1年生たち大活躍! 今回は激闘第一の2人と姫華の紹介です。
 ・椿姫華(2年) 右/左
 小さな体を目いっぱい使った積極的な守備が武器。バントや進塁打などの小技もできる。ただしセカンドから悪送球をしてしまうことを気にしている。趣味はお菓子作りで食べるのも大好き。嫌いなものは苦いもの(コーヒーには砂糖を山盛り入れる)。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕    守備位置
 1 E F D F C C    二C 遊E

 バント○ 盗塁○ 走塁○ ヘッドスライディング 守備職人 送球△ 粘り打ち 対左△ チャンス△ 慎重打法 積極走塁 積極盗塁 積極守備

 ・大塔俊二(2年) 左/左
 激闘第一の投手。優れた制球力と大きな変化球を持つのだが精神面に課題を持つ。しかし、別に普段からメンタルが弱いわけではなく、得点圏の走者を気にしすぎがち。

 球速    スタ コン
138km/h D  B
 ⇘カーブ 4
 ⇙スクリュー 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 2 D E D D D D   投D
打たれ強さ× ピンチ× 変化球中心

 ・少豪月剛(2年) 右/右
 激闘第一の主砲。パワーは魅力だが確実性に欠ける。守備もイマイチ、肩は強い。口にする言葉は少々物騒だが悪い奴ではない。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 4 F S E B E E 三E 一F 外F
威圧感 三振 強振多用 積極守備 積極打法


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22 信念、それと意地

また遅くなってしまった。キリがいいところまでと考えてこんなことに・・・。
 ★簡単な人物紹介コーナー(その3)
・矢部川昭典・・・聖森学園高校野球部2年生。外見はどこかで見たことのあるあの人とそっくり。俊足がウリ。ガンダーロボと女の子には目がない。
・花﨑紗耶香・・・野球部のトレーナー兼コーチ。25歳。元高校球児の女性。大学を出てからこの野球部に勤める。保険の先生も兼任。
・榊原勝也・・・野球部の監督。32歳。かつてはプロ入りこそしなかったが大学でも有名だった名選手。その後は教師の道を歩む。担当は政治・経済。

P.S.一部打者の名前等の間違いを修正しました


 激闘第一との初戦をコールドで制した聖森学園は2回戦でもパワフル学園高校相手に、投げては杉浦くんが5回を無失点に抑え、打線はパワフル学園高校の投手陣を次々と捉えて14点を奪いコールド勝ち。・・・私の出番は無かった、残念。

 気を取り直して3回戦、相手は文武高校。甲子園出場経験もあり、予選ではベスト8の常連校。勉強面でも優れているという。その対策のミーティングにて、

「明日の相手、文武は手堅い野球をしてくる。相手の警戒すべき打者は武、鎌苅、古長と言った所だな。特に武は率も残せるし、長打も打てる厄介な奴だ。あと滅茶苦茶頭の切れる奴だ。隙を見せたらそこに付け込んでくるから注意だぜ。氷花、投手の方を」

 トモに促されて氷花が慌ててノートを取り出して立ち上がる。

「は、はい! えーっと、エースは才田という投手です。最速140キロ中盤のストレートと縦のスライダーが武器の奪三振能力の高い投手です。こう言っていいのかわかりませんけど・・・、文武らしくない投手だと思います」

 氷花の意見にトモが頷く。

「確かに。例年なら球速は遅くても制球力と変化球で躱すタイプの投手が来るんだけどな・・・。しかもかなり速いな・・・」

「はい。ただ縦のスライダー以外の変化球は苦手みたいで、基本的にこの2種類しか投げてきてませんね。なんとか絞り切るしかないかと・・・」

「なるほどな。あとは打たれないようにするしかないな。投手陣は頑張って耐えねーと」

 ミーティングを聞いていた監督が一段落したのを見てメンバーに話し始めた。

「明日の試合、オーダーを少し弄ろうと思う。文武は相手をよく研究してくる。作戦を読まれるのは厳しいしな。そして先発投手は、桜井。お前に任せる。」

「! はいっ!」

 突然指名されてびっくりした。いよいよ待ちに待ったマウンドだ。相手も不足は無いし、頑張るよ!

 

 迎えた3回戦当日。天気は秋晴れの快晴。野球日和! そんな中、両陣営のスタメンが発表される。

 

   先攻 聖森学園高校

 1番 ライト    空川

 2番 センター   初芝

 3番 サード    桜井満

 4番 キャッチャー 松浪

 5番 ショート   梅田

 6番 ピッチャー  桜井夏

 7番 レフト    久米

 8番 ファースト  竹原

 9番 セカンド   椿

 

  後攻 文武高校

 1番 セカンド   鎌苅

 2番 センター   矢部吾

 3番 サード    古長

 4番 ファースト  武

 5番 ピッチャー  才田

 6番 キャッチャー 福井

 7番 ライト    菊地

 8番 レフト    高島

 9番 ショート   樋口

 

 聖森はかなり大きく打順を変えた。左打者と右打者が交互に来るようなジグザグ打線。調子の上がらない大は大きく打順を下げられたりしているけど・・・。上位には速球を得意とするメンバーが並んでいる。

 先攻は聖森。1回の表の先頭は恵。

「よ~し、いくよ~!」

 気合を入れて打席に立つ恵の相手、才田はノーワインドアップから右腕を振るう。初球はストレート。確かに速い。続く2球目もストレートだったけど恵は捉えきれずファール。3球目は外してボール。そして4球目、

「うわあ!?」

 投じられたのは縦スラだった。恵は当てることさえかなわず三振に倒れた。戻ってくる恵に初芝くんが尋ねた。

「どんな感じだった?」

「う~ん、縦スラが思ってたよりキレもいいし、速かったな~。本当に山張っとかないと難しいんじゃないかな~?」

「そうか、サンキュ」

 打席に立った初芝くんに投じられたのは縦スラだった。初芝くんは思わず振ってしまったようだ。

「(確かに速いし、キレてるな。こいつは厄介だな)」

 初芝くんは3球目のストレートに詰まらされファーストゴロ。今日は3番に座る満は初球から積極的に手を出すもライトライナーに倒れ3者凡退に終わった。

 

*      *      *       *      *

 

 文武高校ベンチは今大会初登板となる夏穂の投球練習を眺めていた。そして策を練り始める。

「データが少ない相手だな。夏に2試合のリリーフ、今大会は投げていない。別にケガ持ちでもなさそうだな。どう思う? 才田」

「オレに聞くなよ・・・、秀英(武の下の名前)の方が頭いいんだからさ」

「俺は将よりも参謀向きなんだ。表だって責任は背負えないからな」

「・・・それは負けの責任をオレに押し付けようとしてるんじゃないのか?」

「いやいや、その方が俺は自由に動けるから楽なんだ。その方がいい働きをする自信もあるぞ。チームを盛り上げるのは才田、お前の方が適任だ」

「わかったわかった・・・、って善治。もう戻って来たのか?」

 どうやら先頭の鎌苅(下の名前が善治)は早々と打ち取られたらしい。

「ああ、遅い球がカムしたから思わずスイングしちまった。もう少しオブサーブするつもりだったんだが・・・」

「つまり、もう少しボールを見ようとしたら思わずチェンジアップに手を出しちゃったと、そういうことだな?」

「ああ、そういうことだ」

 そんなやり取りをしているうちに矢部吾も打ち取られたようだ。

「むむむ、高速スライダーにやられたでヤンスよ。かわいい顔してすごい球投げてくるでヤンス」

「まあ、確かにそうだけど・・・、持ち球はとりあえずストレート、ハイスラ、チェンジアップか・・・」

「たのむぜ。善治と矢部吾が出て、古長と秀英で返す。それがウチのパターンなんだからさ、点取ってくれよな。俺も福井も頑張って踏ん張って見せるぜ」

「ああ、任せろ。2巡目で捉えてやる」

 武は才田の言葉を聞いてニヤリと笑った。

 

*      *      *       *      *

 

「うおお!」ズバン!!

「ストライク! バッターアウト!!」

「ちっ、真っすぐだったか」

 トモが見逃し三振に倒れ、続く風太も縦スラを引っ掛けてしまいセカンドゴロ。

「6番、ピッチャー、桜井夏穂さん。背番号1」

「よーしっ! 打つぞー!」

「夏穂ー、ほどほどで良いぞー」

 トモが声をそう言うけど打席に立つ以上は全力だよ!

「打つ気満々ってか、上等!」

 そう言って投じてきた才田の縦スラを2球続けて見逃した。

「(意外と冷静だ・・・。しゃーなしだな)」

 福井が出したサインに頷き才田が投じたのは、

「待ってました、ストレート!!」カキン!!

「「うおっ!?」」

 ストライクを取りに来たストレートを私はフルスイング! タイミングもバッチリ!

 引っ張った打球は左中間を破ってツーベースに! これが公式戦初打席初ヒット!

「夏穂ちゃ~ん、ナイバッチ~!」

「夏穂やるうっ!」

「へへー、どんなもんよ!」

「あの馬鹿・・・、走り回ってバテるんじゃねーぞ・・・」

 

 夏穂がツーアウトから出塁して打席には久米を迎えた。片足で交互に地面を均すルーティンを終えてから特有の振り子打法で構える。

「(夏穂さんをランナーに出したままこの回を終わらせるわけにはいかない・・!)」

 そう思った久米は才田が投じた初球の外角低め、見逃せばボールというストレートを踏み込んで振り抜いた。振り子打法の利点を生かして逆らわずに流し打つ。

「ちょ、そこを打つのか!」

 才田は慌てて打球を目で追ったが叩きつけられて跳ねた打球は三遊間へと飛び、レフト前へと抜けていった。バットにボールが当たった時点でスタートを切っていた夏穂は一気にホームイン。聖森が先制に成功した。

「才田、あれを打たれちゃ仕方ねえ、次だ!」

「オッケー! 分かってるよ!」

 続く8番の竹原だったが縦スラ2つであっさりと追い込まれた。

「これで、しまいだ!」

「むうっ!」キイン!

「ファール!」

それでも竹原は縦スラに必死で食らいついてファールで粘る。カウントは2-2の並行カウント。ここまで才田が投じたのは全て縦スラだった。

「(ここらで真っすぐ。釣ってやろうぜ)」

「(縦スラで抑えられないのは癪だけど・・・、仕方ないな!)」

 そして投じられたのはインハイのストレート。釣り球のつもりのストレートが高めのストライクゾーンに入ってしまう形となったが、

「むっ!?」

 竹原は手が出ず見逃し三振。これでスリーアウトとなった。三振して戻って来て守備へと向かう竹原の背中を松浪は自らも守備へと向かいながら見つめた。

「(大・・・、お前がこんなもんじゃないことは俺と風太がよーく知ってるんだ・・・、お前ならもっとやれる、そうだろ?)」

 

*        *        *        *       

 

 2巡目から夏穂を捉えようと意気込んでいた文武高校の選手たちだったが気が付けば4回が終わっても1人のランナーを出すことすらできずにいた。一方、才田もランナーは出しても後続を断ち、3回以降は無失点で来ていた。迎えた5回の裏、先頭の武はチェンジアップを打ち上げてしまいショートフライに倒れた。続く5番の才田も1-2と追い込まれてしまった。

「(アウトローに真っすぐ。ボールでもいいから腕をしっかり振ってこい!)」

「(うん、OK!)」

 松浪のサインに夏穂が頷き、ボールを投じる。しかし、

「(おい!? ちょっと浮き過ぎだ!)」

「(しまった!)」

 打席に立つ才田はストレートを待っていた。そこにやってきたストレートを打ちに行ったのだが、

「(あ、やべ! ボール球じゃないか!)」

 しかし才田のバットは止まらず、むしろ諦めてフルスイングして打球を捉えた。打球はフラフラとレフトへと流し打った形になった。夏穂と松浪は打ちとったと確信したのだが・・・、

「! まずい!」

 レフトの百合亜は打球が中々落ちてこないと感じて慌てて下がった。しかし、久米の後ろにはフェンスが迫って来た。

「う、嘘!?」

 久米はフェンスに追い詰められ、打球はそのままレフトのポール際へと飛び込む同点ホームランとなった。

「打球が、思ったより伸びたの・・・?」

「ボール球だったけど、放り込まれるのか・・・!」

 しかし一番驚いていたのは打った張本人の才田だった。

「(確かに感触は思ったより悪くはなかった・・・。だけど、あの捉え方でここまで飛ぶものだろうか?)」

「才田、ナイバッチ!」

「あんなボール球打てるとか流石だなあ!」

「あ、ああ。サンキュ」

 才田は次の回の準備をしながら武に話しかけた。

「なあ秀英」

「ん、才田。どうした」

「あのピッチャーについてひとつ気になってさ。今さっき福井と菊地にも言ったんだけどさ。もしこの予想が当たっていたら・・・」

「当たっていたら?」

「あのピッチャーを引きずりおろせる。後は・・・、分かるだろ?」

 そう才田が言ったと同時に福井が夏穂のボールを弾き返した。

 

「くうっ・・・!」

 才田の後に福井、菊地と連打を浴びて1アウト1,2塁としてしまった。連打と言ってもどちらもポテンヒットではあるのだが・・・。共通していることは・・・、

「(夏穂のストレートが狙われている? とはいえ狙って打てるほど簡単なボールじゃないはずだ・・・)」

 だが実際、才田にはホームランを浴びて福井と菊地には打ち取っていた当たりではあったもののポテンヒット。ここで松浪が気づいた。よく考えれば似たようなことは夏にもあった。あの最後の試合、永村に投じたストレートも逆方向にスタンドに運ばれた。つまり考えられるのは・・・、

「(ストレートの球質・・・、夏穂のは軽いってことか!)」

 夏穂のストレートは綺麗なバックスピン(ここでの“綺麗”は特にボールの回転軸の傾きの少なさを指す。すなわち抵抗が少なくなり、球速の減少が小さくなる)がかかっている。これによって球速以上の速さに見えるようになる。しかし、バックスピンをかけることを狙うのは投手だけではない。野手も打球に回転をかけて打球の飛距離を伸ばしている。

 速い球による反発力も相まってノビのある速球は一歩間違うと“よく飛ぶボール”となってしまう。夏穂のストレートにはがいわゆる体重の乗りが足りない。力をより前へと出すことに意識を置き過ぎた分だけボールに“重さ”が足りていなかったのだ。

「(向こうがどこかで気づいたんだろーな。今の2人はおそらくストレートをとにかく当てに来ていたんだ)」

 慌てて松浪はタイムを取って夏穂の元へと向かった。

「どうしたの? トモ」

「多分だけど、真っすぐが狙われているみたいだ。・・・夏穂。お前の真っすぐはどうしても球質が軽い。当てられると簡単に飛んじまう」

「・・・薄々は感じてたんだけどね・・・。でも、どうしようもなくて・・・」

「・・・確かにな。こればっかりは対策出来なかった俺にも責任がある。でもこの試合、なんとかしねーといけないぜ」

「リードはトモのを信じるよ。だから、お願いね。私はそこに投げ切るから」

「・・・よっしゃ、投げ切ってきて打たれたら俺の責任だ。だから思い切って来い!」

「うん!」

 

 ここから夏穂と松浪の配球が変わった。直球主体から変化球中心へとシフトした。高速スライダーとチェンジアップをメインに、ストレートを見せ球にして8番の高島をストレートの釣り球で三振。9番の樋口は高速スライダーで詰まらせてピッチャーゴロに打ち取った。

「よしっ、ナイスボール! 夏穂!」

「うん、なんとか踏ん張れたね!」

 すると6回の表にチャンスが訪れる。先頭の満がストレートを捉えセンターに弾き返すと、続く松浪は縦スラを狙ってフルスイング。やや詰まったものの地面に叩きつけられた打球は三遊間を破ってレフト前へ。梅田は送りバントを1球で決めて1アウト2,3塁とした。ここで打席には6番の夏穂。

「ここは、打つ!」

「(絶対に打たせねえ!)」

 ここで文武バッテリーは縦スラを選択。しかし、夏穂はこれに手を出さない。これが2球続いてカウントは2-0。ランナーが3塁にいることから低めの変化球を投げづらいと相手が予想してストレート待ちだろう、と考えあえて低めの縦スラを選択した文武サイドだったが夏穂は手を出さず、振る気配すら見せなかった。

「(こいつ、まさかこっちの考えを呼んで見逃したのか・・・!)」

 と福井と才田は警戒したが一方の夏穂はというと、

「(ふー、危ない。良かった縦スラで。正直縦スラ打てる気がしないし、真っすぐに絞るしかないんだよね・・・。でも、ついてる! 2球続けてボールだったし、次は多分ストレートで取りに来る!)」

「(才田、ここはストライクゾーンにまっすぐだ。しっかり投げ切ってくれ!)」

「(おっし・・・!)」

 それぞれの考えが交錯する中、才田が投じたのはストレート。それを夏穂はフルスイングで引っ張り込んだ。

「行け!!」

「ストレート待ちだったのか!?」

 快音を響かせた打球だったが・・・、無情にもサードの古長に阻まれ、捕球後にそのままベースを踏まれてしまった。満は戻りきれずにアウトになってゲッツー。再び聖森はチャンスを失ってしまった。

「! ゲッツー・・・!」

「よっしゃあ! こっから反撃だ!」

「「「おおっ!」」」

 落胆する聖森学園とは対照的に勢いづく文武ベンチ。そして、

 

カキン!

「っ! しまった!」

 6回の裏の先頭打者である鎌苅に初球の高速スライダーをジャストミートされてレフト前ヒットにされてしまう。つづく矢部吾にはきっちりバントを決められて1アウト2塁のピンチとなる。さらに古長にもスライダーをレフト前に運ばれてしまい1アウト1,3塁となってしまう。

「(夏穂の高速スライダーが簡単に打たれてる・・・!?)」

「(ここで4番・・・!)」

 松浪と夏穂は突然の文武の猛攻に浮足立つ。打席に向かう武はその様子を見て自分たちの策の成功を確信していた。

「(松浪は優秀なキャッチャー、桜井はストレートも変化球もレベルは高い。だがどちらも隙が無いわけじゃない。松浪のリードには癖があるし、桜井はストレートの球質が軽い。そして松浪はこれまでのデータから見て・・・、連打を打たれた球を投球の軸から外しがちだ。この癖は今年の夏から続いていた。そこでさっきの回に才田からストレートを連打された。この回は高速スライダーを打たれた。そして残る球種は・・・)」

 打席に立つ武は初球のストレートを平然と見逃し、続く2球目。狙っていたのはチェンジアップだった。

キイイイン!! と快音が響き、打球はレフトスタンドへと消えていった。

「(ふむ、やはりこの策は間違ってなかった・・・。才田、お前の偶然がもたらした策、機能したな)」

 才田はこういった打開策のきっかけをよく持ってくる。武にとって才田は底の見えない男だ。だから武はこの男の意外性に興味があった。主将になった彼が、堅苦しいだけの野球しかできなかった文武高校野球部に革新を与えたのもそうだ。

「(コイツとなら・・・、もっと上を目指せるかもしれないな)」

 武はそう考えながらベンチで待ち構えるチームメイトの元へと戻っていった。

 

*       *      *        *

 

「矢部川、白石を呼んで来い。ピッチャー交代だ」

「っ! 承知しましたでやんす!」

 夏穂はベンチからブルペンへと駆けていく矢部川の姿を見て悟った。

「(交代・・・!)」

 6回途中、ソロとスリーランの2本を浴びて4失点。エースとしては不甲斐ない、不甲斐なさ過ぎた。

 白石がマウンドへと向かうと交代を告げられた夏穂が笑顔でボールを差し出してきた。

 ・・・いつもとは全然違う。力のない笑顔で。

「夏穂さん・・・」

「白石くん、後はよろしく・・・、・・・ごめんね・・・」

「! は、はい・・・!」

 白石は夏穂からボールを託される。

「(夏穂さんから受けたマウンド・・・! 情けない投球はできない・・・!)」

 投球練習を終え、打席に立つ才田と対峙する。薄々この人には打たせてはいけないと白石は感じ、松浪のミット目がけて自慢の速球を投げ込んだ。しかし、才田はストレートを難なく流し打った。

「ううっ!?」

 打球はレフト線を破ってツーベースとなる。

「よっ!」カキン!

 続く福井にもライト前ヒットを放たれピンチ拡大。またも1アウト1,3塁に。

「(うっ・・・、どうしてこんな簡単に打たれる・・・?)」

才田は3塁から白石を見て誇らしげに笑う。

「(ウチは非力な奴が多い。秀英や古長、俺以外は強豪校相手には長打は難しい。だからこそ速球は逆らわず流し打てるように練習してる。みんな真面目にやってくれたしな。だから白石だっけ? お前は今のウチにとっては、カモ同然だ)」

 才田の考えた通り、白石はストレートは弾き返され、フォークは見極められる悪循環に陥った。流し打つことを意識することでボールを長く見られることによりフォークを見極められてしまっていた。菊地からは三振を奪うも、その後はフォークを見切られての四球と2本の長短打で3点を失ってしまう。ここで再び投手交代。杉浦へと交代する。杉浦は矢部吾に対しインコースのストレートで攻めると外角にカーブを決め見逃し三振。しかし聖森学園はこの回だけで7点を失う形となった。

 7回の表、この回に最低でも1点は取らなければコールド負けとなってしまう。

 しかし先頭の久米はファーストゴロでワンアウト。

 ここで打席には8番の竹原が向かう。

「(ここで打たなくては・・・、出られなかった他のメンバーに示しがつかん・・・!)」

 ストレートをファールにしてしまってから、冷静になってここまでの自分を客観的に見る。ストレートにはタイミングは合ってきている。だが追い込まれると縦スラを意識してしまっていた。それゆえに1打席目は低めの真っすぐに手が出なかった。2打席目も差し込まれてファーストファールフライ・・・。ここまでまるで歯が立っていない。ならば・・・、

「(狙うのは・・・!)」

 才田が投じた2球目、縦スラを前で捌くイメージでバットを振るう。

「(縦スラの落ち始め・・・!)」カッキイイイン!!!

 

「縦スラを弾き返したあ!?」

 才田が慌てて打球の行方を追う。レフトの高島も打球を追っていくが程なくして背後にフェンスが迫り、打球は落ちてこない。竹原の打球は起死回生のホームランとなった。

「ナイスバッティング! 大!」

「どんだけ飛ばすんだよ、お前!」

 聖森学園も少し息を吹き返したが才田もそう簡単に動じなかった。代打ででてきた元木をセンターフライに打ち取ると、空川にはライト前ヒットを浴びたが続く初芝を縦スラで三振に打ち取った。しかし希望はなんとか繋がった。

「よしっ、ここからもう1点もやらねーぞ!」

「「「おおっ!」」」

 7回裏は3番の古長から。ここまでレフトフライ、三振、レフト前ヒットと全部引っ張りだった。松浪はその上でリードを組み立てる。

「(これだけの引っ張り専だ。外の球にでも手を出し、引っ張りに来るはず。外のツーシームを打たせよう)」

「(わかった)」

 サインに頷いた杉浦はアウトロー一杯にツーシームを投げ込みストライクを取る。

「(次は・・・、いやもう一球ここに)」

 古長の反応を見て同じところに要求、これに古長は手を出してきた。

カッ!!「ファール!」

 強引に引っ張られた打球はかなりの速度で3塁線のギリギリを破っていった。

「(・・・あのコースも引っ張ってあの打球・・・、危ないな。1球外してからカーブで勝負しよう!)」

「(おっし、わかったぜ!)」

ストレートを見せ球に外してからカーブで勝負に出る。しかし・・・、

「(っ! 甘い!?)」

カッキーン!!!

 古長に対してのカーブは外角に要求したのだがやや真ん中に寄ってしまった。

「悪い、松浪。甘かったか・・・」

「切り替えろ、次で勝負だ!」

 打席には主砲の武、ここで杉浦の制球が定まらない。

「ボールスリー!!」

「クソッ・・・」

 松浪はインコース、杉浦が最も得意とするコースに要求していたのだが杉浦の頭からはどうしても先程のホームランが離れなかった。

 そして結局歩かせてしまう。ここで監督が動いた。レフトの久米をピッチャーに、杉浦をレフトに回した。久米は制球の面で杉浦より安定感がある。そう判断してのリリーフで先ほどの攻撃の間も投球練習はしていた。

「すまねえ、久米。あとは任せた」

「はい、何とかしてみます」

 ここで左打席に才田が立つ。ここまで3の2、長打2本の活躍。左対左の上、久米にはムービングファストがある。文武が今までの試合をしっかりと研究してきているのはよく分かっているが、こればっかりは初見で打つのは難しいはずだ。松浪がサインを出し、久米もそれに頷く。

「(アウトコースの、スライダー!)」

 投じられたスライダーは文句なしのコースに決まる。

「(問題は百合亜のムービングをどこで使うか・・・、か)」

 松浪は深く考える。久米の最大の武器であるムービングは変化量そのものは大きくない。初球で仕留めたいところだ。

「(ここで行こう。低めいっぱいに、ムービング)」

「(わかりました)」

 久米は要求通りのコースへと投じた。想定外のことがあるとすれば・・・、

文武が、聖森学園の予想以上に研究をしっかりしてきたことだった。

「悪いな! その球は、対策済みだぜ!」

才田は小さく変化するムービングファストに対して、とにかく強くバットを振り抜いた。

 快音とまでは行かないが痛烈な打球が、三遊間を破ろうとする。

「抜かせるか!」

 サードの満が打球に飛びついた。しかし、無情にも打球はグラブを弾いた。そして弾かれたその打球は大きく向きを変え、カバーに回った梅田をあざ笑うように傍を抜けていく。そして、2塁ランナーの古長は悠々ホームイン。

 

 そう、コールドを決めるサヨナラの1点だ。

「・・・そんな、」

「嘘だろ・・・」

「こんなところで・・・」

 聖森学園の各メンバーは皆立ち尽くしていた。特に1番の自信のあるボールを打ち返された久米はカバーに入ったホームの後ろで膝を突き俯いた。松浪はホームベースの傍で打球の方を見たまま立ち尽くしていた。

 サヨナラ打を放った才田は自分たちの努力が間違ってなかったことを確信する。

「(ありったけのデータを集め、何度も見返した。俺たちは実力では劣るから、その分頭を使うよう努力してきた。優秀な奴も多いし。なにより、立てた対策は今日全て実った。ムービング対策もそうだ。変化の小さなムービングには、芯が広くて太いタイ・ガップ型のバットが効果的だったわけだ。後は強く振り抜くだけだ)」

こうして新チームとなって最初の大会は3回戦にてコールド負けという結果に終わったのだった。

 

秋季大会地区予選3回戦

聖森学園 0100001  2

文  武 0000171×  9

           (大会規定により7回コールドゲーム)

 

 




 やっと投稿できた・・・。かなり文章構成に悩みました・・・。テンポ上げるつもりが上がってないし。もっと早くしたいですね。今回のおまけは文武にぶっこんだオリキャラです。

 才田翔矢 (2年) 右/左
 文武高校のエースでキャプテン。学校の掲げる文武両道に勉強面で苦しんでいたため、2年までは出場もままならなかった。しかし、ベンチ入りするとその実力を遺憾なく発揮する。何かを起こしそうな雰囲気と強いメンタルを持つ。変人揃いの文武高校でのトラブルの主な被害者は彼である。

 球速  スタ コン
145km/h  A  D
 ⇓ Vスライダー 5
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 C C C B D D  投D 外E
 ピンチ〇 打たれ強さ〇 闘志 ノビ〇 キレ〇 奪三振 根性〇 一発 
 チャンス〇 意外性 対エース〇 逆境〇 ムード〇 悪球打ち


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23  壁、それを超えて目指す場所

 キリが良くなるところを求めて長文化。文才の無さが際立ってしまう結果に。
 今回は少々長ったらしい会話が多いかもです。読みにくかったら申し訳ありません。
  ★簡単な人物紹介コーナー(その4)
・杉浦智也・・・聖森学園高校野球部2年生。強気の投球が武器。持ち球は2シーム、カーブ。意外と真面目なタイプ。
・田村信・・・同じく2年生のサード。パワーはチーム随一。2年生の3バカ(あとは矢部川と元木)の1人。
・元木久志・・・同じく2年生のサード兼外野手。器用貧乏。3バカの1人。



 聖森学園が敗れた後、文武高校は順調に勝ち進み地方大会へと駒を進めた。しかし、地方大会にて他県の強豪校の覇道高校に惜しくも敗れる。あくまで地方大会はセンバツの選考基準となるだけではあるが少なくともベスト4に入らないと厳しいため、文武の甲子園出場は難しいと考えられる。

 

 一方、聖森学園はというと秋季大会の敗戦にて見つかった多くの課題の克服に取り組むこととなった。とはいうものの一筋縄では行かないことが多いのが現状であった。

 秋大会が終わって1か月くらいしたある日。この日は練習は自由参加の日、松浪は自ら志願して手伝うと言った氷花と共に今までの試合の配球データ、自分のリードだけではなく木崎が捕手を務めた試合も含めてのものをまとめていた。

「松浪さん、どうしてこのようなことを?」

「氷花の分はまだ少ないけど、配球の傾向を見つけられるかもと思ってさ」

「傾向・・・、ですか。何かこの前の負けと関係が?」

「・・・ああ。俺は投手がリードの通りに投げて打たれたら捕手の責任だと考えてる。この前の負けは打たれたのが原因だ。コントロールミスがあったとはいえ少なからず俺に非があると思う」

「でも・・・、そういう時だってあるんじゃないでしょうか・・・」

「ああ、そうだな。でも、そういうミスを少しでも減らさねーと。・・・次の大会で負けたら・・・、俺たちは引退なんだからさ・・・」

「・・・そうですね・・・。が、頑張って何か見つけましょう!」

「当然だ」

 そう言って松浪と氷花はデータのまとめに取り掛かった。

 

*       *      *      *       *

 

タタタッ!

「・・・! よしっ、ランニング終了・・・!」

「お、終わった・・・!」

「白石・・・、バテ過ぎじゃない?」

「・・・そうだぜ、白石。・・・この程度でバテてたら・・・」

「・・・そういう杉浦さんもバテバテですよ。・・・って美田村くんは・・・?」

「あれ? まずい! 置いてきちゃった!? 探してくる!」

 そう言って夏穂はランニングしてきた道を引き返していった。

「アイツ、元気だな~」

「そうですね。でも、なんだか無理してるようにも見えなくはないですね」

「・・・それもそうだが・・、無理してるのはお前もだろ? 投げ込みが多すぎると思うんだけどよ、気のせいか?」

 久米に対して杉浦は見透かしたように言った。実際その通り、百合亜は秋大会が終わって以降は投げ込みを増やしていた、というよりとにかく投げていた。夏穂や百合亜に限った話ではない。今、聖森学園の野球部の面々はかつてないほどに自分たちの実力不足に焦っていた。秋大会にて各々に大きな課題が見つかった。それは収穫でもあり、部員たちが不安に駆られる原因でもあった。それをどう克服するかが夏穂たちの世代の夏の結果を大きく左右することになるだろう。それ故にみんなが不安であるのだ。

「(俺だって不安さ・・・、だけどすぐさま改善するのと焦って方向を見失うのとは訳が違う・・・。夏穂、松浪、お前らが慌ててたら下に示しつかねえだろうぜ・・・)」

 

*      *      *      *      *

 

 松浪は氷花とデータをまとめ終えて休憩しながらデータを振り返って言った。

「・・・改めて見るとひでえリードだったみたいだな」

「試合の時にここまでじっくり考えることはできないので仕方ないところもあると思いますけど・・・」

「だけどもしこの癖を文武の奴らが気づいていたとすれば・・・、そいつは最悪だ」

 松浪の言葉に少し間を空けて氷花が口を開いた。

「私、思ったんですけど・・・」

「ん? なんだ?」

「岩井さんたちの代と圧倒的に違うものがあると思うんです」

「違うもの・・・か」

「おそらく“経験”・・・、だと思うんです」

「経験・・・」

「はい、2年の夏が不出場だったとはいえ、1年の夏、秋2年秋、3年夏と多くの公式戦を経験してきていました。・・・でも私たちは他の高校の同学年と同じか、むしろ先輩方に頼っていた分しか経験は少ないです。夏にベンチにいたのが松浪さん、夏穂さん、梅田さん、竹原さん、百合亜ちゃんだけ・・・、加えて百合亜ちゃんはほとんど出ていないし・・・」

「ここ一番に弱い・・・、そういうところもそれによるものかもな」

「ですけどこればっかりはどうしようもないと・・・」

「・・・あの人の所に行ってみるか」

「“あの人”?」

 

 

 夜になってからのこと、夏穂はベットの上でボールを手で弄びながら考え込んでいた。

「(あの試合、ストレートを打たれて変化中心で投げた。でも、スライダーを狙い打たれて、最後に苦し紛れのチェンジアップはホームランにされた・・・。)」

 ストレートの球質はどうしようも無かった。この1か月でいろいろと試したが。球威を出そうとしても、それ以上に自慢のストレートのノビが失われてしまう。これでは前と同じだった。となると必要なものは・・・、

「(もうひとつ、変化球が欲しい。でも、どうやって・・・)」

 そう考えていると、あることを思いついた。

「そうだ・・・、あの人のところに行ってみよう。もしかしたら何かヒントをくれるかもしれない・・・!」

 そう思って夏穂は時計を見てまだ大丈夫だろうと判断し、その人物に連絡を取ってみた。

 

*       *      *       *      *

 

 学校の近くの喫茶店に松浪は来ていた。

「どうも、わざわざ来てもらってすみません」

「いいのよ、私も暇してたから」

 松浪が連絡を取ったのは木寄だった。部活を引退して以降は受験勉強に専念しているそうで、志望校は国内でも有数のスポーツ科学を取り扱う夢尾井体育大学のスポーツ科学科、花﨑コーチが卒業したコースを目指しているらしい。

「ごめんね。忙しくて応援とか練習の手伝いにも行けなくて」

「いやいや、それは進学が決まってからでいいですよ。自分のことを優先してください」

「・・・で、そんな中で話があるってことは結構大事なことってことね」

「ええ、まあ・・・、そうですね。ご存知の通り、俺たちは秋大会は惨敗でした」

「そうね、3回戦でコールド負け・・・。相手が文武だったということを考えても、前向きには捉えられないわね」

「はっきり言って負け越した時点でみんなかなり動揺していました。・・・俺もです。夏穂がKOされた時点でおそらく頭の整理がついてなかったと思います」

「経験不足、ね。もっと多くの試合を経験していればそんな状態になる前に何か対策を打てたかもね」

「やっぱり、ですか」

 注文していたコーヒーを一口飲んで一息つくと木寄はあることを松浪に告げた。

「打てたかも、とは言ったけど、正直なところ、あなたたちのチームが強くなるにはもっと別のアプローチがあるんじゃないかしら?」

「別のアプローチ?」

「そう。負けた原因は個々の実力不足と経験不足。そう考えてるのよね? 経験に関して言えばそれは当然よ。実際、あなたたちの世代は経験した試合数が圧倒的に少ないもの」

「は、はい」

 また木寄が一口コーヒーを飲んでから続きを話した。

「でも、実力という点に関しては私はそうは思わないわ。はっきり言えばそれはあなたたちの世代の方が実力、まあ潜在的なものであるとはいえ上だと思うわ。私たちが健太や辰巳に頼り過ぎていたのに対してあなたたちは多くの選手にそれだけのポテンシャルがあると私は思う」

「ですけど実際は・・・」

「結論を言わせてもらうとね、実力を“持っている事”と試合でその実力を“発揮すること”は意味合いが違うと思うのよ。あなたたちには実力がある程度備わっているはず。でも負けた。“発揮する”には強いメンタルが必要になる。緊張、不安、疑心暗鬼。それらの感情が持っている実力をどんどん削り取っていくと私は考えてるの」

「言おうとしてることと緊張、不安までは分かりましたけど、疑心暗鬼って・・・。チームメイトがチームメイトを何か疑ってるってことですか?」

「いいえ、多分あなたが考えている疑いとは違うわ。ここでいう疑いっていうのはね・・・。

・・・“信頼”のことよ」

「信頼・・・ですか」

「もっとも分かりやすく例を挙げるとするのなら・・・、そうね、こういうことかしら? 例えばピッチャーのA君はMAXで160キロの剛速球を投げられる実力を持っています。・・・でもバッテリーを組む正捕手のB君は150キロまでしか捕球できなかったのです。この二人のいるチームが試合をしたときどうなると思う?」

「・・・A君が思いっきり投げたところで・・・、B君はほぼ捕ることが出来ないですね・・・」

「そうね、試合を成り立たせるためにはA君は150キロ、B君が捕れるスピードまで抑えて投げないといけない。・・・じゃあこの試合“だけ”を見た人はA君の実力がどれくらいだと感じるかしら?」

「・・・150キロまで投げられる投手・・・、って、ああ、そうか。それってつまり・・・!」

「まあ、あくまでも分かりやすく言うための例えの話だけどね。A君はB君が全力で投げた球を捕ってくれるとは“信頼”できなかったの。実際にはこんなことは希少なケースかもだけど・・・、現実的な、シビアな例を出せば・・・、」

「現実的で、シビアな例・・・?」

 また木寄はコーヒーを飲んで少し考えると、思いついたらしくこう言った。

「もしピッチャーがこう感じていたら、本当に思い切って投げてくれるかしら?

・・・『この人の“リードの通りに投げて大丈夫なんだろうか?”』・・・って」

「・・・っ!」

 木寄の例えを聞いて松浪の顔が強張(こわば)った。その様子を見て、木寄はひらひらと手を左右に振る。

「そんな怖い顔しないの。例えよ、例え。でも実際、ピッチャーがサインに疑問を生じていたら気持ちが乗り切らないでしょ? 私はね、さっき言った“発揮される”実力は厳密に表すならば“持っている”実力にメンタルの状態を0から1で割合化したものを掛けたものだと思っているの。メンタル次第で実力を発揮しきれるかどうかが決まると思ってる」

「つまり投手の実力を最大限引き出すには・・・」

「気持ちを乗せてあげないと。ちなみにその点に関しては氷花はクリアしてる」

「・・・氷花が、ですか?」

「ええ、あの子は投手が投げたいボールを察してリードしている。データに基づくあなたとはある意味真逆ね」

「つまりアイツの方が・・・」

「と言いたいんだけどね、あの子は“素直”過ぎるの。あまりに投手の気持ちを優先し過ぎてリードが単調になり、良い球が行っても打たれてしまう」

「・・・じゃあ何が正解なんですか?」

「そうね。私も完遂できたわけでは無いけど、まずは投手を理解すること。それから・・・、自分の考えも理解してもらうこと、そして最終的には確固たる信頼を得ることね。以心伝心とでも言うべきかしら」

「相手を理解し、自分も理解してもらう・・・」

「そう、それが出来れば・・・、あなたはもう1ステップ、なんならそれ以上、上のキャッチャーになれる」

「そう、ですか・・・」

「そ、だからね」

 そう言って木寄は右手で松浪の右手をがっちり掴んで、

「それを全部乗り越えて、私が果たせなかった“日本一の名捕手になること”、それと私たちが果たせなかった“日本一のチームになること”、叶えて見せなさい」

「・・・わかりました! やってやります! 投手からだけじゃなく、チームメイト全員に信頼される名捕手に!」

「そう! やっぱりあなたはそれくらい元気がないとね!」

 木寄はらしさが戻った松浪の顔を見てしっかりと頷いた。

 

*       *        *          *

 

 練習が休みの日のグラウンドに動きやすい服装で待ち合わせしている人を待っているのは夏穂と氷花だった。

「ごめんね氷花ちゃん。休みの日に呼び出しちゃって」

「いえ、私も練習が無くて暇していたところなので問題ないですよ」

「最初にトモに連絡したんだけどなんか予定があるらしくてさ」

「そ、そうなんですか(そう言えば誰かに会いに行くって言ってたな・・・、誰なんだろう・・・)。ところで誰と待ち合わせを?」

「ああ、それはね・・・」

「やあやあ、遅れてごめんね」

 そこにやって来たのは同じく動きやすそうな軽装をした御林だった。

「いえ、わざわざありがとうございます」

「それで、相談したいことっていうのは?」

「単刀直入に言いますと・・・、変化球を教えて欲しいんです」

「君には十分素晴らしいストレートがあると思うけど・・・」

「それだけじゃ足りないことを秋大会で実感させられました。今のままでは夏にも負けてしまうかもしれない。・・・もう、あんな悔しい思いはしたくないんです」

「・・・そこまで言うならわかったよ。ただし、投げられるかどうかは分からない。ヒントにでもしてもらえればいいと思うよ」

「はい! 氷花ちゃん、キャッチャーお願いしてもいい?」

「ええ、大丈夫です」

 こうして3人はブルペンへと向かった。

 

「僕の持ち球の中で君に教えられるのは多分ドロップカーブかスラーブだと思う。サークルチェンジはチェンジアップのようなものだから参考にはならないと思うし」

「なるほど・・・」

「とりあえず簡単に説明するよ。追々調節するけど。ドロップカーブはこう握ってボールを抜く感じで、スラーブはこう握って切る感じ。リリースの高さが僕のと違うから感覚は違うかも」

「わかりました、やってみますね。氷花ちゃん! ドロップカーブからやってみるよ!」

「了解です!」

 

 2つを試すこと10分・・・、

「流石だね、両方投げられるようになるとはね」

「はい、ただ・・・。完成度そのものは・・・」

「・・・実践レベルじゃないね。厳しいこと言うと」

「はい。投げられると使えるは違いますし」

「そうだ、夏穂ちゃん。ちょっと手を見せてくれないかな?」

「え? はい、構いませんけど・・・」

 御林は夏穂の手を取ると、指の柔軟性などを確認し始めた。

「・・・うん、次に僕の手を指の力だけで握ってくれないかな?」

「わかりました!」

 夏穂は言われたとおりのことを実践してみる。

「・・・なるほどね。これだけの柔軟性と指の力、それに器用さあればいけるかもね」

「何がですか?」

「これもあまり投げる人が少ない、日本では珍しい球種だけどね。その名もパワーカーブ、もしくはハードカーブとでも言うんだけど」

「パワーカーブですか? 確かに初めて聞きました」

「私は・・・、少し聞いたことあります・・・」

「氷花ちゃん、知ってるの?」

「はい、アメリカなどではメジャーな変化球ですね。一般的に日本ではカーブは“抜いて投げる”のが主流ですよね? でもパワーカーブはトップスピンをかけることで抜いて投げるカーブよりも速く、変化量もあります」

「あはは、氷花ちゃんが全部言っちゃったね。まあその通りだよ。これは一般的なカーブとは違う。ただし、普通のカーブよりも感覚的な面が強いんだよ。トップスピンをかける感覚を自分で見つけなくちゃならないんだよね」

「なるほど・・・、でも大体イメージできました! 氷花ちゃん! パワーカーブ行くよ!」

「は、はい! 思い切って来てください!」

「(ボールにトップスピンをかける! 指の力を、全て回転の力に変える!)」

シュッ!! ギュルルル!!

「(あ、あれっ!? 真っすぐ!?)」

 氷花は少し困惑したがとりあえずストレートとして捕球しようとしたが、

クククッ!!

「(えっ・・・、ま、曲がった!?)」

 強い回転がかかっているのは分かってはいたが、スピード的に曲がらないと判断してしまった。慌ててミットを合わせに行くが弾かれてしまった。

 予想だにしないボールを夏穂が投じたことに氷花だけでなく御林、そして投げた張本人の夏穂も驚きを隠せなかった。

「え・・・、何今の・・・?」

「いやあ、今のは僕の知るパワーカーブとは全然違うね・・・。いい意味で」

「わ、私もこんな変化は初めて見ました・・・」

「も、もう少し投げてみます!」

 

それから投げること10分ほど。最初ほど曲がるわけでは無いが、制球も安定してきた。

「うん、だいぶ安定してきたね」

「はい、なんとか。・・・まだ試合で使えるレベルでは無いですけど・・・」

「今のところはそうですけど・・・。き、きっともう少し練習すればきっと使えるようになりますよ!」

「氷花ちゃんの言う通りだ。きっと君ならすぐにものにできるさ」

「御林さん、ありがとうございました」

「いいよいいよ。きっと君たちなら・・・、俺たちを超えていけると信じてるよ。だから頑張ってね」

「「はいっ! 頑張ります!」」

「・・・あ、そうだ」

「? どうしたんですか?」

「その変化球、なんて名前にするの?」

「え・・・、名前、ですか?」

「うん、名前。パワーカーブでも、普通のカーブでもない。不思議な変化をしたんだ。特別な名前を、オリジナルの変化球ということで、つけるべきだと思うよ」

「なんだかそれ、いいですね! 夏穂さん、何か考えてみたらどうですか?」

「な、なんだか恥ずかしいね・・・。そうだな、じゃあ・・・」

 夏穂はしばし考えると、思いついた名前を口にした。

 

*      *      *     *       *

 

 学校付近の河川敷、練習も休みであるこの日にここで自主練をしている選手がいた。シャドウピッチングを繰り返す杉浦と素振りを続ける竹原であった。二人とも偶々同じ場所で自主練をすることになりここでかれこれ2時間ほど自主練をしていた。

「・・・竹原、聞いていいか?」

「・・・なんだ?」

「俺たち・・・、夏までに強くなって、甲子園に行けると思うか?」

「難しい質問だな・・・」

「先輩たちはあと少しの所まで行った。弱気なことをいうけどよ・・・、あの先輩たちを超えるビジョンが浮かばねえ」

「・・・本当にらしくないな」

「だろ? 自分でも何言ってんだ、ってびっくりしてるよ」

 杉浦はシャドーの手を止め、竹原も素振りをする手を止めた。

「・・・俺がそう思ったことは無いかと聞かれて、無いと言えば・・・、それは嘘になる」

「・・・」

「だが、超えないといけないんだ。あの先輩たちを。でなくては俺たちの夢は叶わん」

「夢、って甲子園行くことか?」

「・・・いや、優勝することだ」

「おいおい、随分と・・・」

「随分と大きく出たなあ、竹原。ちょっとは言うようになったじゃねえか」

「「い、岩井さん!?」」

「おう、結構久々だな」

 いつのまにか河川敷に岩井が下りてきていた。

「どうしてここにいるんすか?」

「ああ、大学の野球部のセレクションの帰りだ」

「大学の!?」

 確かによく見れば岩井はジャージに道具が入ってるらしきエナメルバッグとバットを背負っていた。

「ああ、西京大学《さいきょうだいがく》。聞いたことはあるだろ?」

「知ってるも何も、超強豪校じゃないっすか! プロ養成大学とも言われている」

「・・・もしかしてそこから誘いが・・・?」

「ん? ああ、セレクション受けてみねーか、としか言われてないけどな。で、今日行ってきたんだわ。流石に強豪だけあってセレクション受けてたやつらもすげーやつだらけだったよ」

「でもプロからも誘われてたんじゃ?」

 杉浦が聞き返すと岩井はへへっ、と笑って、

「誘ってくれてたところもいたんだが、そのスカウトの人は評価してくれてたみてーだが、そこの球団の中では意見が分かれてたってよ。だから、大学でもっと上を目指して・・・、」

 岩井は二人を見据えて強く言い切った。

「文句なしでプロに入って見せる。傲慢だとか自信過剰だと思うかもしれないけどよ、俺は自分で決めた道を、周りがなんて言おうとを突き進むって決めた」

 杉浦と竹原は岩井の決意を聞いて実感した。ああ、この人は超えることは無理なんじゃないか、と。自分の信念を貫き、まっすぐ、どこまでも上を目指す姿勢。それこそがチームをキャプテンとして、4番打者として引っ張っていたのだと。

 不意に岩井は竹原に話を振った。

「竹原、お前、4番から少しずつ打順を下げられて行ってたんだってな」

「・・・は、はい」

「お前はさ、俺たちがいるときから気負いすぎなんだよな」

「・・・気負いすぎ?」

「そそ。なんとなくだけど、俺たちがいるときは『自分の代わりにベンチを温める先輩の分まで打とう』とか、主力になった今では『期待される役割を果たさないと』とか、堅苦しいこと考えてんのじゃねえの?」

「っ・・・!」

 図星だった。竹原はそれを指摘され、特に何も言えなかった。

「図星だったか? まあ、練習の時のお前と試合の時のお前見比べたらなんとなくわかるよ。・・・今お前、試合楽しいか?」

「えっ・・・!?」

「即答しない時点でお前は試合を楽しめていないぜ。竹原、野球好きなんだろ?」

「それは・・・、当然です」

「じゃあ、もっと楽しめよ。仕事でやってるんじゃねえんだから。やりたくてやってるんだろ? それなら楽しまなきゃな」

「楽しむ・・・」

「杉浦、お前もだ」

 突然向き直った岩井に杉浦も驚く。

「お前は楽しんでやってるのは伝わってる。でもお前は・・・、そうだな。女子部員に対して壁を作ってる気がする」

「壁・・・?」

「別に仲が悪いってことじゃねえ。ただ心のどこかで自分は負けない、って油断してると思うんだよ。

その心のフィルターを取っ払ってみろよ。そしてらお前はもっとスケールアップできると思うぜ。見えなかったものが見えるようになる。・・・ま、このことは年長者のお節介ってやつだ。引退した身だし、とやかく言う権利は俺にはないけどな」

「「そんなことは・・・」」

「・・・頑張れよ、俺たちと同じ程度で終わるなよ。お前らならもっと上に行けるはずだ

んじゃ、俺は帰るわ。邪魔したな」

 岩井はそう言い残すと帰路へと着いて行った。

「随分な言われようだなあ、なあ竹原」

「・・・ああ、だが全て的を射てたよ」

「俺もだ。全部お見通しだったって訳か。あの人、俺たちのこと、よく見てくれてたんだな・・・」

「・・・やるか、練習」

「おうよ」

 日も沈みかけていたが二人は手を止めていた分を取り返すように練習を再開したのだった。

 

 




 先輩方の久々の登場でした。ここでは語られていませんが御林も地元の大学を目指して受験勉強中です。今回はおまけはお休みさせてもらいます。
 また感想などよろしくお願いします!
 次はちょっと趣を変える予定です(未定ですが)!


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Break time Story 夏穂と仲間たちの高校生活譚

 今回は初挑戦の日常もとい野球から離れたお話です。
 
夏穂たちのグラウンド外の姿をお楽しみください。意外な奴らが活躍するかも・・・?

P.S.一部ミスを修正


  ・聖森学園の日常 その1 「夏穂たちと文化祭」

【これは夏穂や松浪たちが木寄たちに相談をした少し後日のお話です】

(夏穂視点・・・)

 秋も深まって来た11月。聖森学園は来る文化祭に向けて学校全体が盛り上がっていた。私たちのクラスでもホームルームにて会議が始まっていた。実行委員であるトモ(周りに煽られて「やってやろうじゃねえか!」と言ってしまったのが全ての始まりだったのだが)が前に立って話を進めた。

「・・・って訳で、ウチのクラスは何を出すかを決めるんだけど、意見あるやつは?」

「当っ然っ!! メイド喫茶でやんすううう!!!  ってぐべはっ(でやんす)!?」

「アンタはそんなのばっかりかっ!」

 すかさず自分の意見(欲望)を顕示した矢部川くんに姫華がツッコむ(もとい引っ叩いた)。

「ま、まあ矢部川の意見は置いておいて他にあるか?」

「「「うーん・・・」」」

「「「いざ聞かれたら困るなあ・・・」」」

「今のままだとメイド喫茶になるけど・・・」

「「「それだけは嫌!!」」」

「いいじゃないでやんすか!」

「ダメだよっ!!」

 とこんな感じで大騒ぎに。メイド喫茶はしたくない女子陣と矢部川くんに乗っかる形でメイド喫茶を推す男子陣で議論が起きる。め、滅茶苦茶だ・・・。そんな中に恵は「はい、は~い」と手を挙げる。

「メイド? は置いといて喫茶店にしようよ~。なんだか文化祭らしくていいかな~って~」

「そうだな、喫茶店はアリだな・・・。他にはないか? ・・・うん、なさそうだな。じゃあこれで決まりだな」

「メイド・・・」

「しつこいよっ!」

 というわけで私たちのクラスは喫茶店を開くことになった。

 

 準備を進める中で役割分担も始まっていった。

「料理できる人って誰かいるの?」

「俺はできなくはないけど?」

「トモは知ってるよ、他には?」

「私出来ない~」

「恵、それなら言わなくていいって・・・」

「私、お菓子ならできるよっ!!」

「じゃあ姫華はデザート担当ね」

 と、まあこんな感じでクラスの40人を料理班13名、接客班16名、その他宣伝などを請け負うメンバー11名に分かれた。トモ、姫華、大は調理班に私と恵、彩ちゃん、風太は接客班に矢部川くん、田村くん、元木くんは宣伝などのフリー班に決まった。

「っていうか大って料理できるんだね」

「・・・ああ、俺も自炊してるからな」

「俺と大は一人暮らしだからな。風太はわざわざ自宅から通ってるけど」

「トモと大はそうしてるのに風太は?」

「あいつは案外適当な私生活で親が許してくれなかったんだよ」

「なるほど・・・」

 夢尾井組にも色々あるんだね・・・。私は料理が出来なくはないけど、トモ達ほどではないので彩ちゃんや恵、風太と共に接客班になった。矢部川くんのメイドの案は通らなかったが接客班は制服の上からエプロンを着るか、着たければ何かコスプレをしていいということになった。・・・まあ、したがる人はそうないと思うけど・・・。

 

 なんだかんだで迎えた文化祭前日。授業は無しになって文化祭の準備に当てられることとなり、学校内は早くもお祭りムードとなっていた。

「今日で一気に追い込みかけるからな! しっかりやれよ!」

「「「おおー!!」」」

 トモの音頭でみんなが準備を開始する。

「メニューの方はどうしたの?」

 文化祭だし、そんなに多くはできないはずだし・・・。

「夏穂か、メニューはこれだよ。ちなみに料理班のリーダーは福山だからなんかあったら福山に伝えてくれたら全員に伝わるから」

「ん、理沙に伝えるんだね。わかったよ。LINEでいいよね?」

「ああ、頼むぜ」

 クラスのLINEとは別に各班ごとのグループがあるそうだから、リーダー(ちなみに接客班は私が、フリー班は矢部川くんがリーダー)に伝えればグループ全員に伝わるって算段だね。ちなみに福山、というのはウチのクラスの女子で料理部所属の女の子で私は下の名前の理沙って呼んでいる。

「って、こんなにメニュー出して大丈夫!?」

「なんでもメインはサンドイッチで挟む具も家庭科室で調理済みのものを使うから問題ないってさ。飲み物も小型冷蔵庫は借りれるそうだし。あとは・・・」

 まとめると理沙があらかじめ文化祭に向けて色々考えてくれていたそうだ。色々難しい取り決めをクリアしているあたりは素晴らしい発想だね。

一方で、接客班は簡単な接客マニュアルだけまとめたら飾りつけなどの手伝いをするんだけど・・・。

「衣装はそろえた方がいいかな?」

「そのほうがかわいいかもね~」

「でも、予算苦しくねえか?」

「「確かに・・・」」

 風太の指摘はもっともで予算は限られているからやれることには限度がる。

「でも、制服にエプロンだけだと、寂しい気も・・・」

 という彩ちゃんの意見も最もなんだけど・・・。

「小物ぐらいなら持ってきたり、買ったりできないかな~?」

「「「それだっ!!」」」

 恵の呟きに全員が反応。その案を採用して、あとは個人のセンスに任せることに。

「私服とか各自自前の衣装もアリにしたら~?」

「それはちょっと確認してくるね!」

 恵の追加の案にも応える。実行委員の生徒会の人に聞いたところ、奇抜すぎたりせず、また登下校時にはちゃんと制服を着るならOKとのことだったのでこれも採用。

 これで少しは盛り上がるといいんだけど・・・。

 あとは飾りつけ、チラシやポスター作り、宣伝(フリー班作(主に矢部川くん)の謎のマスコットが校内を闊歩し注目を集めたそうだ)などなど、順調に準備を進めていった。

 

(松浪視点・・・)

 そして文化祭当日、準備は万端。あとは開催と夏穂たち接客班が着替えるのを待つばかりなんだが・・・、

「接客班はどんな格好するでやんすかねえ!」

「特に女子陣は楽しみだぜ・・・」

「メイドにできなかったのが残念だが・・・」

「おい3バカ、お前ら欲望丸出しなんだよ・・・」

「「「何が悪い(でやんす)!」」」

「開き直るなよ!」

 こいつら・・・。

「着替え終わったよー!!」

「おう、待ってたぞ」

 そういって接客班組は教室に戻ってくる。

「「「おおお・・・!!」」」

「「「きゃー! すごーい!」」」

 男女関わらず歓声を上げる。風太などの男子は制服のブレザーの代わりに各自好きな色のジャケット(似合うのが無かった奴には風太が貸しているらしい)を羽織ることにして若干ホストのような印象になってる。まあ、髪を染めたりしてるわけではないので服だけとはいえなんだかいつもよりかっこよく見えるな。

 一方の女子陣は各々私服を持ってきていたらしい。さすがに女子陣はふだんからおしゃれをしているからか私服も中々だった。

「夏穂ちゃん、似合ってるでやんすねえ」

「ああ、ありがとね!」

「にしても野球のユニフォーム着てる時とは別人だな」

「3バカ、にやけ過ぎだぞ」

「「「なっ!!」」」

「お前ら本当に仲いいな・・・」

 夏穂は白のカッターシャツに黒のスカートという普段の活発さとは対照的なシックな色合いの服に黒のエプロン着用、頭には黒のベレー帽といったいで立ちだった。

「どうよトモ、似合ってるでしょ?」

「ああ、なんかいつもと違って良家のお嬢様みたいだな」

「いつもとは違って、とは失礼な!」

「私がアドバイスしたんだ~」

「ああ、恵がか。・・・お前も似合ってるな」

「へへ~、そりゃどうも~」

 恵はスカートではなく普通のボトムスを履いてる。元々背も高くて足も長いから際立って見える。上は夏穂に似て白のカッターに黒エプロンだった。彩香も夏穂に似た感じの服で頭にはこちらは白い花飾りがついている。どうやら女子陣はモノトーンをテーマにしたみたいだな。

「よし、全員揃ったな2日間の文化祭、しっかりやり切るぞ! ファイト!」

「「「「おおおおお!!」」」」

 

(風太視点・・・)

 文化祭が始まる。今日はまだ平日なので客は生徒がメイン。店を出していない1年生と自由時間を謳歌する生徒がほとんどだ。とはいえウチの学校は出来てすぐなので1年生が2,3年生の1.5倍くらいいるから客は意外と多い。

「カフェオレ2つとタマゴサンド2つ! オーダー入ったよ!」

「了解!」

「こっちは~、バニラアイス2つとコーヒーとオレンジジュースだって~」

「すぐ作るねっ!」

 とまあ中々の大盛況。接客班も調理班も忙しく動き回る。

客の会話や様子を見てみたけど・・・、あっ、あれはウチの部員の田村快都と草野、白石じゃねえか。

「・・・快都、ずっと何見てるんだ?」

「そりゃあおめえ、夏穂さんに決まってんだろ? あんな可憐な姿、眼福だぜ!」

「夏穂さんもいいけど、彩香さんや恵さんも・・・、普段と違う姿が映えるなあ・・・」

「・・・シゲ(1年の中での草野のあだ名、繁光から来ている)まで・・・」

「そーいう白石は気になんねーのかよ!」

「俺はそういう目で先輩たちは見ていない・・・!」

「またまた~、そんなわけ・・・」

「おう、お前らくつろいでくれてるか?」

「「「風太さん!?」」」

「いちゃ悪いのかよ・・・」

「いや、そういうわけでは・・・」

「まあいいや。まあお前らも客だし・・・、ゴホン。注文の品、ハムサンド、タマゴサンド2つ、それとアイスコーヒー3つ、お持ちいたしました。では、ごゆっくり」

 そういって俺は恭しく頭を下げて引き下がっていく。

「「「(ホ、ホストか何かか・・・!?)」」」

 ・・・ホストみたいだと思ってんだろうけど・・・、こういうマニュアルなんだよ。夏穂の奴め、絶対楽しんでやがる。練習の時も1発目は爆笑してやがったし・・・。

 とはいえ、女子陣も似たようなもんだから多少は恥ずかしいと思うんだが・・・、

「はい、注文承りました! では、ごゆっくりどうぞ!」

 そういって注文を取っていた夏穂はお辞儀をしてから引き返す。客である男子生徒(おそらく2年)はデレデレしていた。

 ・・・あいつは楽しそうにやってやがる・・・。恥ずかしさもねえのか・・・。

「注文、お願いします」

「はい、ただいま!」

 そういってすぐさま夏穂が飛び出していく。元気だな・・・。だけど元気に注文取りに行った夏穂だったが客の顔を見るなり固まっていた。良く見たら客は木寄さん、御林さん、岩井さんだった。

「あ、ちゅ、注文は・・・」

「あら夏穂、似合ってるじゃない」

「練習の時とはまるで別人だな」

「僕はすごく似合ってると思うよ」

「あ、ありがとうございます・・・」

 滅茶苦茶顔が真っ赤になって今にも火を噴きだしそうになってる。さすがにあの人たちの前でやるのは恥ずかしかったか。

「じゃあ、これと、これと、これで」

「は、はい、注文ありがとうございます」

「あとさっきのやってくれない? かわいかったから」

「え、ええ・・・」

 木寄さん、悪い顔してるな~。きっと夏穂がノリノリでメイドっぽい店員をしていたのが面白かったのだろう。メイド喫茶に反対しながらも雰囲気作りを求めた結果、ホストとメイドの接客っぽくなったからな・・・、マニュアル。

「で、では・・・、ごゆっくりどうぞ・・・っ!」

 そう言うと夏穂は顔をさらに真っ赤にして引き返していった。見に行ってみると裏の方で「うう・・・、木寄さんたちにガッツリ見られちゃうとは・・・」とまだ顔を赤らめていた。

「巡り巡ってお前の自業自得じゃんかよ・・・」

「ここまで恥ずかしいとは思わなかったの!」

「それは気づいとけよ!」

 聞いてみると考えている間は楽しかったらしい。いざやるとなると思ったより恥ずかしく、開き直ってやっていくことにしたものの流石に知り合いには恥ずかしいと感じたそうだ。もっと早く気づけよ・・・。でもこれで少しはマニュアルを変える気に・・・、

「で、でも途中で投げ出したダメだと思う!」

「何だよ、その謎の意志の強さは!」

「みんな、まだまだ頑張るよっ!!」

「「「おおおっ!!」」」

 ・・・もういいや、どうにでもなれ・・・。

 

(松浪視点・・・)

色々とあったが1日目はなかなかの繁盛っぷりを見せ、さらに「かわいい女子が店員をやってる」という噂が飛び交い、2日目には生徒だけでなく一般の人向けにも開放されたこともあって多くの人が訪れ無事に全商品が完売。見事に黒字で終えることに成功した。まあ料理班も大車輪の働きをする羽目になったんだが(俺は決められた通りの盛り付けを、大は出す料理の下準備のほとんどを、姫華もデザートの大半をこなしていた)。

 後日にはこの模擬店を出したことにより様々な出来事があった。

 ・・・まあ、主なこととして、1つは大が料理男子として女子陣から注目され始めたこと。大柄だし寡黙で近寄りがたかった存在から料理の話ができる存在に変わって話しかけやすくなり、交流の幅が広がったみたいだ。このことは大の親友として嬉しい限りだ。そしてもう一つは・・・、

「・・・ついに手に入れたでやんすよ・・・! 夏穂ちゃんが接客してる時の写真!」

「マジか! 見せてくれ!」

・・・とまあ、店員をやっていた女子陣の写真が出回ることになったらしい。これに関してはウチのクラスだけではなく他クラスの生徒のもの(お化け屋敷の仮装とか)も出回ったりしてるのだが・・・。さすがというか2年生の中でも人気の夏穂の写真は人気のようだ。・・・それ盗撮なんだけどな・・・。まあ、俺が手を下すまでもなく・・・、

「矢部川! それは没収―っ!!」

「ふぎゃー、でやんす!」

 矢部川たち3バカには姫華による鉄拳制裁が下された。・・・あいつらなんだかんだで実は仲良いんじゃないだろうか?

 

*      *      *      *       *

 

  ・聖森学園の日常 その2 「野球部員-野球=・・・?」

【これは文化祭の少し後のお話です】

 

「パス! パ~ス! 夏穂!」

「よし来たっ! 姫華・・・、と見せかけて恵!」

「あ! しまった!」

 体育の授業、広い体育館の片面では女子がバスケットボールをしていた。野球部女子陣+αVSサッカー部女子陣の戦いは大きな盛り上がりを見せていた。

「空川さんには撃たせないよ!」

「ん~、じゃ~パ~ス」

「うわっ!?」

 恵がのんびりした動きから突然パスを出す。その先には、先ほどパスを出した後にゴール近くに走り込んだ夏穂にボールが渡り、

「よっと!」

 華麗にレイアップシュートを決めて見せる。そして試合終了の笛が鳴った。

「きゃー! 夏穂ちゃんすごーい!」

「あれならウチに入っても戦力になるわ・・・!」

「また夏穂にやられた・・・」

 夏穂は5分の試合で2つのゴールと2つのアシストを記録する奮闘ぶりだった。女子バスケ部の部員たちも太鼓判を押す大活躍だった。

「夏穂ちゃん、いえ~い!」

「いえーい!!」

「さすが夏穂っ! かっこいいね!」

「恵と姫華もナイスシュート! あと奈子と由衣もシュート決めてたし!」

 奈子と由衣とは夏穂のクラスメートの大平奈子と鈴木由衣のことでそれぞれテニス部と吹奏楽部である。

「何言ってるのさ、守備の注意をほとんど夏穂が引き付けたおかげだよ!」

「そーそー。ずっと走り回ってたしー」

 とそれぞれチームメイトを讃えあっていた。

 一方、男子はもう一方の面でフットサルをしていた。矢部川たち3バカは休憩中に女子の方を眺めていた。

「いや~、女子陣の体育を見れるとは眼福でやんすう!」

「まったく同意だぜ!」

「右に同じく!」

 と完全に注意を女子の体育に向けていたのだが・・・

「おーい! お前ら危な・・・」

「グハアアア!?(でやんす)」

 大体こういう時の被害者は矢部川である。飛んできたボールを頭に食らってしまった。ボールを飛んできたクラスメイトの倉がボールを取りに来た。

「あ~あ、お前ら目を離してたらダメだって言われてただろ・・・」

「「「すぐそこに楽園があるんだよ(でやんす)!」」」

「次はお前らと俺らの番なんだよ! 来ないなら順番飛ばすぞ!」

「「「すいません、すぐに行かせていただきます!」」」

 なんだかんだで体を動かすことが好きな野球部員の面々だった。

 

*      *      *       *       *

 

 キーンコーンカーンコーン・・・

時間はお昼休み。そして学生にとって戦争にも等しいこの時間が・・・、

「食堂に、急げえええ!!」

「くそう、授業がちょっと延びちまった!」

「諦めて購買に狙いを変えるぞおお!!」

 といった具合で大騒ぎとなる。去年までは生徒数も少なかったのだが1年が増えたこと、その中に新しくできた寮に入った食堂利用者がそれなりに多いことが原因で混雑するようになったのだった。それに伴い購買も食堂に行けなかった生徒であふれかえるようになり売り切れも続出するように。人気のメニューなどはなおさらだ。そのためこのような激しい争奪戦が始まってしまうのだった。

「・・・ああいうの見てたら弁当作っておいて正解だったと思うぜ」

「そ、そうだな・・・」

 松浪や風太、竹原は弁当持参組だった。一方で夏穂や恵、姫華、矢部川たち3バカは食堂へと向かっていた。そして20分後。

「いやー、今日はなんとか間に合ったよ」

「助かった~」

「ギリギリだったけどねっ!」

 夏穂たちはなんとか間に合ったようだが一方で矢部川たちは・・・、

「負けたでやんす・・・、なんだか今日の購買のパンは敗北の味がするでやんす・・・」

「2連敗だな・・・」

 どうやら3バカはダメだったようだ。

「なあ、そんなに毎日争ってるなら敢えて最後の方に行くとかさ・・・」

「「「腹減るじゃん(でやんす)!!」」」

「お。おう」

 確かにそれは分からないでもない松浪。

「(まあ、見てる分にはおもしろいからいっか)」

 

*      *       *        *

 

  ・聖森学園の日常 その3  「3バカと満と可愛い彼女?」

 

 この日は練習が休み。そのため矢部川たちはどこかへ寄り道するかを相談していた。金曜日なので明日からは練習が続く、そのため今日のうちに遊んでおこうというところだ。

「カラオケでも行くでやんすか?」

「うーん、そうだな~」

「・・・野郎3人で遊びに行くのも悲しいな」

「「それは言わない約束だ(でやんす)!!」」

「確かにそうだけどよ・・・。ん? あれ満じゃねえか?」

 元木が指さした先には確かに満がいた。寮は学校のすぐ近くなのですぐに着替えて出てきたようだった。そして、満は駅の方へと歩いていく。

矢部川たちもどちらにせよ駅付近のアミューズメントパークに行くつもりだったので少し後を付けてみることにした。学校が終わってあまり時間も経ってないのに既に一度着替えて出かけている満に興味が湧いたのが大きい。

「そういえば満ってクールだよなあ」

「夏穂ちゃんとは対照的でやんすね。でもその夏穂ちゃんから溺愛されてるでやんすね。夏穂ちゃんに満くんの話を聞くとすごく嬉しそうに話すんでやんすよ」

「いいなあ、おれもあんな可愛くて優しそうな姉ちゃんがいたらなあ・・・」

 などと話していると到着したのは学校最寄りの望田駅。満はその構内で改札に入るでもなく、スマホと時刻表を確認していた。

「待ち合わせでやんすかね?」

「なんなんだろうな・・・、って、ああっ!?」

「「!?」」

 遠目に満を観察していた3人は驚愕した。普段クールなイメージの満が待ち合わせしていたのはなんと可愛らしい女子だった。可愛らしい顔、おっとりしているようで元気さを感じる足取りもそうだが、加えて服装もその顔のイメージにぴったりのお洒落な可愛らしい格好だった。

「「「(彼女・・・、だとっ!?)」」」

 そしてそのお洒落少女は満を見つけると小走りで近寄って来て、軽く抱き着いてきた。

「「「(なーーーーっ!?)」」」

 それを見てさらに驚愕。あのお洒落少女と満はそれほどの仲なのか。

「許さん、許さんぞ・・・!!」

「俺らに内緒であんな可愛い彼女がいたとか・・・」

「こうなったらさらに追跡して弱みを見つけてやるでやんす!」

「「おう!」」

こうしてツッコミ不在で暴走中、かつ嫉妬に狂った3バカは満の追跡を始めたのだった。

 

 満とお洒落少女は歩いて駅から移動。近くのケーキショップへと向かった。二人で何かしら話しながら(遠いので会話内容は聞き取れない)ケーキを選んでいた。

「むむむ、あんな仲睦まじく・・・」

「爆発しろ、でやんす」

 そしてどうやらお持ち帰りで買ったらしく、箱を持って出てきた。2人はそのままスーパーへと向かった。

「スーパーには何を買いに行くんでやんすかねえ?」

「持ち帰りってことは家に入れるつもりか!?」

「寮に彼女連れ込むのはダメだろ!?」

 3人は戦慄しているがそんな事は知らない満たちはジュースなどを買ってまた歩き始めた。向かっているのは・・・、

「寮ではないでやんすね?」

「どこ行くつもりだ・・・?」

 そして2人が入っていったのはある綺麗なアパート。

「ここに入って行ったでやんす!?」

「追うぞ!」

 そして追っていくと2人はある部屋に入って行った。そこの部屋の表札には・・・、

「・・・桜井・・・?」

「ここってもしかして・・・」

 そして中から聞こえる声には聞き覚えが・・・、

「この声は・・・、姫華ちゃんや恵ちゃんでやんす!?」

「・・・? なんか誰かいるのっ!?」

 バ――ン!!とドアが開けられるとやはり姫華がいた。

「あれ? 矢部川たちじゃんっ! どしたの?」

「オイラ達、街中で彼女と歩いてた満くんを見つけたのでやんす!」

「それを追ってきたんだけど・・・」

「しかもその彼女めっちゃかわいいし!」

「なになに? 矢部川くんたちが来たの?」

 そう言って出てきたのは夏穂本人だった。・・・なぜか三角帽子をかぶっているが。

「夏穂ちゃん! 満くんにかわいい彼女が!」

「一緒に歩いてたんだぜ!」

「抱き着いたりしてた!」

「もしかしてその可愛い女の子って・・・」

 夏穂がいったん引っ込み、誰かを連れてきた。

「この子じゃない?」

 夏穂が連れてきたのは先ほどまで満と歩いていたお洒落少女だった。

「さ、さっきの女の子!」

「まさかお姉さんも公認の仲・・・でやんすか!?」

「あはは! 違うよ、3人とも! このかわいい子はね、私の愛する2つ下の妹の“小春”だよ」

「「「い、妹―!!??」」」

「あ、初めまして。桜井小春って言います! 野球部の人ですよね? 夏穂おねーちゃんとみっちゃんがいつもお世話になってます」

「ご、ご丁寧にどうもでやんす」

「もしかして私とみっちゃん、デートしてるように見えました?」

「あ、ああ」

「だってー! みっちゃん! 私たちお似合いだって!」

「そんなこと言ってなかっただろ! ・・・うう、恥ずかしいところを見られた・・・」

「にしてもなんで妹さんが?」

 満をからかい続ける小春に田村がもっともな質問を投げる。それには小春が答えた。

「私の中学、今日は創立記念日でお休みで部活も引退したんでこの3日を利用して夏穂おねーちゃんのおうちに遊びに来ようと思って」

「で、プチパーティをしようってことで姫華と恵、彩ちゃんも呼んで来てもらったってところ」

「「「そ、そうか・・・」」」

「あ、私この土日は練習を少し見せてもらおうかなって思ってます。その時はまたお願いしますね!」

 と小春は満面の笑顔で言った。

「「「(や、やはり可愛い・・・!)」」」

「(小春スマイルの被害者がここにも・・・。まあ可愛いし仕方ないね)」

 小春自身はあざとくしているつもりでは無いのだが、天然で見せる笑顔には普段から見慣れている夏穂さえもドキッとするものがあるようで(夏穂が妹バカなのもあるが)、この3バカたちも例にもれず見とれていた。

「で、ではオイラ達はこれで失礼するでやんす!」

「じょ、女子会の邪魔するわけにはいけねえしな!」

「んじゃ、また明日な」

「うん、また明日ね!」

「お、俺も・・・」

「だーめ! 私、みっちゃんともお話したいの!」

「だからって女子陣5人の中に1人は・・・!」

「いーじゃん、いーじゃん!」

 そこまで言ってドアは閉まってしまった。

「とりあえず分かったのは・・・」

「満くんの弱点は妹さん、ってことでやんすね」

「よしっ、謎も解けたし、気を取り直してカラオケ行くか!」

「「おおおっ!」」

 と、切り替えも速い3バカだった。(内心では明日に見学に来る小春が楽しみでもあるのだが)

 

 




 3バカを多用し過ぎた感が否めない・・・。これはこれで楽しかったのでまた余裕があればしたいです。ただ、このペースだといつまでたっても終わらないので多少はペースを上げなくては・・・。次回で23話の続きと選手紹介のおまけもやる予定です。
 ここまで読んでくださった方は次をお楽しみに、ここだけ読んだ方は前のお話も良ければ読んでもらえればうれしいです。


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24 別れ、それぞれの過去

 本編へ帰ってきました。今回は少し駆け足で、かつこの物語の大事な部分に触れていこうと思います。


 今年も季節はあっという間に過ぎ去り年末になった。対外試合を組む時期でもないので特に変わったことは無く、基礎練習中心の冬練習と期末テストとの戦いが主な出来事だった。そして気が付けば・・・、

「やっぱり一番実家が落ち着くね~」

「ねーちゃんと同感~」

「二人とものんびりし過ぎだよー。ずっとコタツにこもってるじゃない!」

「居心地良いから・・・」

 こんな具合で実家に帰って来た夏穂と満はコタツから動かなくなっていた。大掃除もある程度終わってるのでこんな感じになってしまった。

「どうせ学校に戻っても練習が続くし、これでもトレーニングは毎日してるんだよ?」

「まあ、それは分かっているけど・・・」

 小春はこの状態の夏穂はてこでも動かないことは分かっているので諦めて別の話題を振った。

「それにしても聖森の野球部にはおもしろい人がたくさんいたねえ~」

「でしょ? みんないい人たちなんだよ」

「うん、それは雰囲気で伝わって来たよー」

「小春は進路、どうするの?」

「聖森にも行きたいなって思ったんだけど・・・、ソフトボールの方でも色々なところから声を掛けてもらってて・・・」

「・・・そっか、じっくり考えなよ。自分が納得する進路にするんだよ」

「わかってるってばー」

小春はえへへー、と笑って答える。そしてふと何かを思い出したのか、夏穂に尋ねた。

「ねえ、あの特にすごかった人たち・・・、えっと夢尾井? から来たっていう・・・」

「ああ、トモたちのこと?」

「うん、あの人たちって中学の時全国に行くような実力のチームの主力だったんだよね? どうしてそんな人たちが創部2年目の高校に来たんだろう?」

「そういえば、聞いたことないなあ・・・」

 夏穂は言われてみればもっともだと考える。あの3人は“夢尾井の三柱”と呼ばれ、特に松浪に関しては“夢尾井の知将”と呼ばれる名捕手。全国ベスト4に導いた正捕手となれば強豪校の誘いもあったはずだ。それなのになぜ・・・、

「3人ともー、晩御飯よー!」

「「「はーい!」」」

 夏穂は今度、考えても仕方ないので直接聞いてみようと決意する。

 そして、また今年も終わりを告げた。来年こそ勝負の年、きっといい年にして見せると意気込む夏穂であった。

 

*      *      *       *      *

 

 年が明けて練習が再開、特に大きな出来事は無く季節は進み、少しづつ暖かくなってきた。そしていよいよこの日がやって来た。

「卒業式だね・・・」

「この学校の初めての卒業式だな」

「岩井さんや木寄さん、御林さんの代が1期生だもんね」

 聖森学園で初めて行われる卒業式は体育館を綺麗に飾り付けて行われた。そして校長の話や送辞と答辞などの式典が終わり、体育館の外では卒業生が記念撮影したり先生と話したりしていた。そして野球部一同は卒業生の元へ集まっていた。

「先輩方! 卒業おめでとうございます!」

「「「「おめでとうございます!!」」」」

 キャプテンである松浪主導で部員が祝いの言葉を口にした。

「お、おう。わざわざこんなことしなくてもいいんだけどよ・・・」

「そうね、みんな集まってまでして・・・」

「まあ、嬉しいことしてくれたからいいじゃないか」

 3年生たちもそれぞれの反応を見せた。

「岩井さんは西京大学のセレクション、受かったんですね」

「ああ、なんとかな」

「すごいっすねー、あの強豪に受かるとは!」

「木寄さんと御林さんも志望校、受かったんですね!」

「ええ、おかげさまでね」

「いやー、落ちなくてよかったよ」

 3年生たちの進路について在校生の部員たちは口々に祝っていた。

 一段落着いたところで岩井が改めて部員たちに向けて話し始めた。

「今日で俺たちは卒業する。お前らとは半年か1年半だったけど、濃い時間を共にできたと思ってる。お前らが俺たちを先輩として誇れるように俺たちも頑張るからよ、お前たちも・・・」

 一呼吸おいて岩井は次の言葉を紡ぐ。

「俺たちの、誇れる後輩になってくれよな!」

「「「「・・・はいっ!!!」」」」

 こうして3年生たち。野球部の創始者たちはそれぞれの将来に向かって歩き出していったのだった。

 

 

*      *      *      *       *

 

 卒業式からしばらくたったある日、練習が終わってから夏穂は松浪を捕まえて質問をぶつけてみることにした。

「ね、トモ。聞きたいことがあるんだけど」

「? なんだよ、急に?」

「今更なんだけど・・・、なんでトモたちはここに来たの?」

「なんでって・・・」

「入部の時の自己紹介通り、甲子園に行くのが目標ならここじゃなくてももっと近いところがあったでしょ? “知将”とかいう異名がつくぐらい選手だったみたいだし、強豪校からの誘いはあったでしょ?」

 夏穂の質問を聞いて少し考え込む松浪。そして、改めて向き直ると、

「そうだな。丁度いい。俺もお前に聞きたいことがあったんだ。・・・自販機でジュースでも買って、その辺のベンチに座って話さないか?」

「うん、わかった」

 そして2人はそれぞれ飲み物を買ってベンチに腰を下ろす。

「ま、俺が提案したんだから俺から話すのが筋って奴だな。俺たち、俺と風太、大はな・・・。

岩井さん、御林さん、木寄さん。この3人を追っかけてきたんだ」

「先輩たちを・・・?」

「ああ、あれはな・・・」

 そう言って松浪はかつての出来事を語り始めた。

 

 

――――松浪の過去・・・・、

 松浪たちの中2の夏はあっという間に終わった。松浪の所属していた“夢尾井シニア”は1回戦こそ突破したものの2回戦で毎年ベスト4に入るチーム相手には完敗してしまった。松浪と風太、大は2年生ながら試合に出してもらっていたが何もできなかった。そして、3年生は引退し、新チームが始動したのだが・・・。

「(何かが足りない)」

 松浪はそう感じ始めた。別に練習を不真面目にやってる選手がいるわけでは無い。ただ・・・、

「(・・・さぼってはいない・・・。だけど“必死さ”も感じねーな・・・)」

 松浪はこのままでは秋大会も春大会も、そして最後の夏もずるずると、何も変わらず終わってしまうのではないか。そう感じずにはいられなかった。そこで松浪は監督にある考えを伝え、許可を得た。そして、チームのみんなに話した。

「いいか、みんなで全国大会の試合を見に行こうと思うんだ」

「キャ、キャプテン? なんでそんな・・・」

「そうだぜ、それよりも秋大会に向けてだな・・・」

 1年生で投手の多和(たわ)、2年生で松浪と同じ捕手の蓮賀(れんが)があまり納得できないといった意見を出す。蓮賀の言い分も確かだったが・・・、

「今日までこのチームを見てきた。厳しいこと言うけど、ウチのチームは・・・、意識が低いと思う」

「「「・・・っ!?」」」

「なんだと・・・? 松浪、テメエ・・・!」

「別に練習サボってるわけじゃないし、弱いってことでもない。なんだかんだで毎年、今年は強豪と早くに当たって負けたけど、50チーム以上あるこの地区で安定してベスト16に入ってるんだし」

 松浪は突っかかって来た蓮賀を制しつつ、続ける。

「だけど何かを変えなきゃ、中堅止まりなんだ。だからこそ、強い奴らの試合を見る。1日でいい。そしたら、何かを掴むやつがいるはずだ・・、と思うんだ」

「松浪さんが言うと・・・」

「なんだか説得力あるな・・・」

「確かにもっと強くなりたいっすねえ・・・」

「っておい、お前ら・・・!」

「決まりだな。一度見に行こう。幸い、会場は電車で2時間ぐらいの所だ。行けない範囲じゃない、ギリギリな」

 なんとか反対意見を抑えて、松浪たち夢尾井シニアは全国大会の試合を見に行った。そこには松浪たちが見たことないほど躍動する選手たちがいた。

「す、すげー。あれ捕っちゃうのか!」

「あいつどんだけ飛ばすんだ・・・!」

「す、すごい・・・。なんてレベルの高いコントロール・・・」

 見に来ることに賛成していた選手も反対していた選手も気が付けば見惚れていた。自分たちよりたった1つ年上かなんなら同じ年の選手のレベルの高いプレーに。その中でも松浪が感銘を受けていたのはあるチームの3選手。

「(3年生の岩井、御林、木寄って人たち。この人たちは確かにすげえ。でもそれ以上に・・・)」

 その3選手のチームは全体が生き生きとしていた。まるでチーム全体が1つの生き物のように、勝利を目指して突き進んでるのが分かった。

「(この人たいみたいに・・・、俺はチームを勝利に導ける選手。そんな存在になりたい・・・!)」

 

 松浪を始め、多くの選手が見に行った全国大会が刺激となったのか。練習に対する姿勢が変わった。練習が厳しくなったわけでは無く、選手一人一人が1つ1つのプレーを考え、さらに集中するようになった。そしてその変化が選手たちの実力を引き上げたのだった。

 秋大会こそ3回戦で敗れた。しかしその敗戦を糧にさらに練習を重ねた。

 そして春大会はなんと県大会準優勝を成し遂げた。そして迎えた最後の夏。今まで中の中か下だった夢尾井シニアが快進撃を見せる。

 扇の要の松浪を中心に、主砲の竹原、切り込み隊長の梅田。昨年から試合に出場していた3人に加えて多くの選手が自らの長所を伸ばした。特に成長著しかったのは昨秋から一気にエースに上り詰めた2年生エースの多和。元々、まとまった投球がウリの投手だったが気弱な性格が災いして実力が発揮しきれなかった。だが、練習と試合で徐々に経験と自信をつけ、遂には不動のエースへと上り詰めた。

多和と松浪のバッテリーは松浪の相手の意表を突く攻撃的リードと多和の安定した制球が噛み合い他チームを寄せ付けず、固い守備がそれをサポートし、さらに打線は梅田の驚異的な出塁率と竹原の長打を武器に点を稼ぐ。他の打者もシェアな打撃を得意としており、他チームの投手陣を震え上がらせ、”マシンガン打線”、”難攻不落のバッテリー”、”夢尾井の魔境”など多くの異名をチームで得ることになった

そして悲願の全国大会出場をかけた1戦でも多和が7回完封。打線は1点を着実に重ねて6-0の圧勝で突破。全国に駒を進めた。その勢いは全国大会でも衰えず、ベスト4まで勝ち上がった。しかし、準決勝では多和が相手エースと死闘を演じるも競り負けて1-0で敗戦。それでもチーム史上初の全国ベスト4を成し遂げた。

その時に松浪にも異名がついた。変幻自在のリードで相手を手玉に取り、勝利へ導く姿から“夢尾井の知将”と呼ばれるようになったのだった。

だが松浪は満足しなかった。

「(くそっ、まだだ。まだやれたはずだ! 全国ベスト4。確かに光栄だ。だけど・・・、俺たちはもっと高みに行きたいんだ・・・!)」

 そう考えた松浪は進路希望の時期にある決断を下した。思い浮かんだのはあの時の光景。

「(そうだ、あの人たちの元なら・・・。あの人たちと野球をやればきっと・・・!)」

 そう思い、ありったけの方法で岩井たちの行方を調べた。有名どころの高校では名前は見つからず終いには彼らが所属していたチームに直接電話した。そして、遂に見つけた。

「聖森学園・・・? 開校1年目だって!? こんなところに・・・」

 もっと強豪に行ったのかと思いきや彼らがいたのはわずか部員12名の高校。

「新設校でスポーツを推進してるみたいだし、設備は整ってるな。・・・ん? 女子部員の入部も推進? まあ、それは置いといて夏大会も1年だけで挑んだにしてはいいとこ行ってるし・・・。もしかしたらいい選手が集まるのかもしれないな・・・」

 様々な情報を調べた結果、松浪は決めた答えを考えも含めて風太と大に話した。

「風太、大。俺は聖森学園、ってとこに行く。悪いけど名門からの誘いは全部蹴るつもりだ」

「いいのかい? それでよ」

「・・・随分と思い切ったんだな」

「ああ。でもさ、俺はここならもっと高みに行けると感じたんだ。別についてこなくてもいいんだぜ?」

「何言ってんだ! 俺はお前と大と甲子園目指すんだよ! 俺らならどこでも大丈夫さ!」

「ああ、俺たちなら、やれる」

「へへっ、ほんと、頼もしいねえ。よし、じゃあ・・・、行くか!」

「「おう!!」」

 

*       *        *           *

 

「・・・へえ、そんなことが・・・」

「あれから受験してここに来た。・・・監督からは1回カミナリ落とされたけど、『一回決めたら辞めるなよ!』って送り出してくれた」

「先輩たちに憧れて、か」

「ああ、そうだ。先輩たちに聞いたらなんでも3人で野球をするために選んだらしいんだ。

・・・ところでお前は?」

「私?」

「そうだ。お前、憧れの選手は早川あおいって言ってたよな、前に」

「うん。あの人は・・・、私の憧れの1人だよ。甲子園を目指す理由を作ってくれた」

 買ってきたコーヒーを飲んだ松浪は続けて尋ねる。

「じゃあ、なんで恋恋高校を選ばなかったんだ? そんなに遠いところじゃないだろ?」

「・・・いつかは聞かれるとは思っていたけど・・・。・・・わかった、話すよ」

 夏穂も改めて松浪に向き直る。

「私が・・・、“恋恋を選ばなかった理由''を・・・」

 




 今回はキリの良さを考慮してここで切らせていただきます。続きは後編となる次話で紹介します。すいません今回もおまけはお休みします。学年が変わったり夏大会パートで出していこうかと考えています。
 感想などお待ちしています。次回もお願いします!
 


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25 それぞれの過去、来(きた)る新星

 前からの続きです。長くなるとどこか文法ミスが増えるなあ・・・と。自分で投稿後に見直すと結構多くて困りますね。


―――夏穂の回想・・・

 

 私は中学でも野球はやっていた。だけど残念ながら私の通っていた澄ヶ台シニアの野球部は監督があまり女子選手を使いたがらなかったため、私はずっとベンチを温めていた。他にいた何人かの女子選手もベンチ入りこそするものの、試合には思うように出られなかった。

「よう、夏穂。お疲れ」

「あ、阪井くん。お疲れ!」

 彼は阪井くん。このシニアで主にバッテリーを組んでいたキャッチャーだ。

「結局最後の大会も番号、10番だったな」

「まあ、監督が決めたことだし・・・」

「あのオッサン、考えが古いんだよ・・・。野球は男のものだって・・・」

「まあまあ・・・」

 といった具合で阪井くんは私の実力を評価してくれていた。そして夏の大会は3回戦くらいで敗退。私は公式戦で登板することなく、チームを引退することになった。

 

 それからしばらくしたある日、

「はあ、進路、考えないとなあ・・・」

「阪井くん、まだ決めてないの?」

「野球取るか、勉強取るか・・・。うむむ・・・。そういう夏穂は?」

「私は前から見に行こうと思っていたところがあってさ」

「ふーん? どこなんだ?」

「恋恋だよ、恋恋高校!」

「ああ、確か早川あおいの出身校の・・・」

 早川選手は現・幕浜マリナーズ所属の投手で今から3年前に甲子園で活躍した選手だ。当時はまだ女子選手の参加は認められておらず、1年の頃にルールを破って試合に出場した恋恋高校は出場停止処分を受けた。だけどチームメイトの懸命な署名活動が実って、社会現象となり高野連も重い腰を上げてルールは改正された。

 そして参加の認められた早川選手はエースとして恋恋高校を初の甲子園出場を成し遂げた。そこから女子選手の高校野球の参加は数を増やしていったのだった。まあ、まだ完全に偏見が無くなったわけでは無かったんだけど・・・。それを見た時から私は甲子園を目指すことが夢になっていた。

「そこに行くのか?」

「まだ決めたわけじゃないけど見に行こうと思って」

「恋恋高校ってけっこう強くなったらしいけど、まあ夏穂ならきっと大丈夫だな!」

「あはは、どうだろうね」

 ・・・この時はまだ知らなかった。この後どんなことが待ち受けているかなんて・・・。

 

 

 夏休みのある日、私は恋恋高校の練習体験会に参加してみることにした。早川選手を中心として甲子園を沸かせたこともあるのびのびとした恋恋のプレーが見られると思っていたんだけど・・・。

「そこっ! 何をボーッとしてるの! 常に考えて動きなさい!」

「は、はいっ! すみません!」

「何です、今の気の抜けたプレーは!?」

「す、すいません!」

 といった具合で非常に厳しいものだった。少しでも緩慢なプレーをすれば叱責が飛んでくる。体験のメンバーにはまだ優しかったものの、十分委縮していた。

 練習の合間の休憩時間で案内役らしき選手が説明する。

「このようにウチでは女性選手参加の先駆けとなったチームとしてふさわしくあるべく、厳しく、そして成果の出るような練習を行っています」

「(た、確かに強くはなれそうだけど・・・)」

 はっきり言えば、私の憧れていた姿とはかけ離れていたのだけれど・・・。良く見れば男子部員も見られない。聞いたところによると、早川選手たちが引退して1年した頃にそれまで監督をしていた加藤監督から現在の木菱(きひし)監督に変わった時に当時所属していた部員を除いて入部は認められなくなり、今では女子部員のみとなったそうだ。そしてそこから今のようなスタイルとなったらしい。

 そして打撃練習の時間。実際に打撃練習に参加してみることになったのだけど・・・、

「あっ!?」

「うわっ!?」

 私が打席に立った時にすっぽ抜けてしまったボールが直撃してしまった。足に当たったのだが当たり所が悪く歩きづらかった。

「いたたた・・・」

「あら、これはいけないわね。誰か彼女を医務室に・・・」

「ああ、じゃあ私が運びましょう」

「わかったわ。伊月(いづき)コーチ。お願いね。他のメンバーは練習に戻りなさい」

「じゃ、行こっか。歩けないでしょ、おぶってくよ」

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 医務室へと向かう途中で伊月さんが話しかけてきた。

「確か・・・、桜井さん。だったね?」

「あ、はい・・・」

「私はさ、伊月文乃(ふみの)っていうんだ」

「伊月さんはコーチをされてるんですか?」

「うん、まあ、一応ね。ほんとは私は専門学校の実地実習みたいなもんで、3か月くらいいることになってるんだよね」

「実習、ですか?」

「そそ、私は将来はスポーツ選手のサポートをする仕事に就こうと思っててね」

「そうなんですね!」

「うん。・・・で、ここからが本題なんだけど・・・、」

 ここまで楽しそうに話していた伊月さんは急にトーンを変える。

「・・・君は野球、好き?」

「? そりゃ、そうですよ」

「じゃあ、甲子園には行きたい?」

「はい、それが夢です!」

「そう・・・。・・・ここの練習を見てどう思った? 率直に」

「・・・正直、私が憧れていた“恋恋高校”とは全然違いました。早川選手が活躍していた頃とは・・・」

「そっか。もしかしてあおいさんに憧れたクチかな?」

「はい、そうです!」

「・・・実は私も元々そうでね。あおいさんを見て、ここに入った。あおいさんが3年の時の1年生だったんだ」

「そうなんですか!」

「うん。・・・でも、それならなおさら・・・、君はここに来るべきじゃない」

「・・・え?」

 伊月さんは医務室に着くなり「今日は加藤先生いないのかー」と言いながら手際よくアイシングの準備を始める。

「そのままの意味だよ。・・・君はここには来ない方がいいと思う」

「ど、どうしてですか?」

「以前の恋恋なら・・・、あおいさんがいた頃の恋恋ならこんなことは言わないよ。でも今の恋恋は君にはおススメできない。今の恋恋は・・・、私はキライだ」

 私の患部をきっちりとアイシングして固定した伊月さんはそう言い放った。

「あおいさんがいた頃は、おそらく君が好きな恋恋だったんだ。あおいさんたちが引退した後、私の1つ上の代の先輩たちはあおいさんたちの抜けた穴を埋められず甲子園には行けなかった。仕方ないよ。先輩たちが偉大過ぎたんだ」

 何かを思い返すように伊月さんは話を続ける。

「で、私たちの代になった時に、あの人が来たんだ。その時まで監督をしてくれていた加藤先生はウチの野球部が高校の売名に繋がると見た教頭と校長の思惑によって元の医務室の先生に戻されて代わりに今の木菱監督がやってきた。そして木菱監督は教頭と校長の考えに則て“強い女子選手の野球部”を作ろうとして今の体制になったんだ。甲子園に出たこともあって有力な女子選手も入ったし、部員も増えた。木菱監督はスパルタ指導で選手を鍛え上げた。確かに私たちは強くなった・・・。だけどね・・・私たちはたくさんのモノを失った。仲間たちとの絆も、“馴れ合いは不要”の一言で切り捨てられた。そして・・・、」

 伊月さんは自分の肘に触れるとこう言った。

「私は練習の無理が祟って肘を故障し、他の子たちもケガした子がたくさんいた。だけど、あの人は・・・、ケガした選手はケガしている間は部員としてすら見なかった。あの人は選手を能力でしか覚えないの。試合で使えるか使えないか、それだけ。肘を故障するまで私は酷使されて・・・、ケガして見捨てられた。他の子たちもそうだった」

「そんな・・・。で、でも今はコーチとして・・・」

「ここに来て最初に監督に聞いてみたんだ。『私、ここの選手だったんです。覚えていますか?』って。・・・でもあの人は『あら、そうだったかしら』だけ。たった1,2年しか経ってないのにね」

「・・・」

 伊月さんの口から語られる恋恋高校の現状。伊月さんは改めて私に言った。

「今日の練習する様子を見ていて、君は本当に野球が好きなんだって分かったよ。だからこそ君には野球を好きでいて欲しい」

「伊月さんは・・・嫌いになったんですか?」

「いいや、私はまだ大好きだよ。・・・まあプレーは出来なくなったけど・・・。でも、私の同期の何人かは野球が嫌いになっちゃったんだ。・・・まあ仲は良いんだけどね・・・。君にはそうなって欲しくないんだ」

 だからね、と伊月さんは結論付けた。

「君はここには入らない方がいい。でも、おススメの高校が1つあるんだ」

「おススメ?」

「聖森学園高校。たしか去年からできたんだよ。あそこは私の親戚が関係者になったらしくてね。それに女性選手を推進してるところらしいし、設備も整ってる。いい選手も集まってるらしいし。まあ参考程度にはしてみてよ」

「あ、ありがとうございます!」

「おっと、長話しちゃったね。そろそろ戻ろっか。あんまり遅いとあの人、怒るから。歩ける?」

「まあ、なんとか」

「無理に急がなくていいよ。ペースは合わせるから」

「ありがとうございます」

 そう言って伊月さんは私をまたグラウンドまで連れて行ってくれた。

 

 それからしばらくして学校案内ななどに目を通してから、聖森学園の受験を決めて無事合格した。恋恋高校からは一応誘いは来ていたけど断った。なんとなく、もう一度あの監督の前には行きたくない気がしたから・・・。

 

 

*       *       *        *

 

「・・・とまあ、こういうことがあったんだ」

「その伊月さん? とは連絡は取ってるのか?」

「ううん。それっきりかな」

「そうか。お前のことだから連絡先ぐらい聞いてるかと」

「ははは、流石にそこまではね。

 ・・・・・・ねえ、トモ」

「なんだ?」

「自分の選んだ道がさ、本当に正しいかどうかとか考えたことある?」

 夏穂にしては珍しくナイーブだな、と松浪は感じたが黙って続きを聞く。

「私もトモも。選ぼうと思えば別の道があった。もし別の方を選んでいたらどうなっただろう? とか考えたことある?」

「・・・本当に、お前らしくないな。夏穂」

「え?」

「まあ、いいや。俺はな、少なくとも自分が最終的に取った選択肢こそが、最良だと思ってるよ。俺たちの生活にはいくらでも“もし”とか“たら”“れば”がいくらでもある。そんなの言ってたらキリがない。それに最終的に選んだ道はその時点で、選んだ自分自身が正しいと思った選択肢だ。だから俺は正しいと信じるさ」

 それに、と松浪は付け加える。

「俺は選んだ選択肢が、間違ってた、なんてケチ付けられないようにその選択肢が“最も正しかった”って言えるように結果を出す」

「・・・。選んだ道を、正しくする?」

「ま、そういうことだな。そもそも俺の道は俺が決めるんだ。他の奴に指図されるつもりは無いよ」

「・・・そっか。そうだね。今が、一番正しいって言えるようにすればいいってことだね」

「ああ、その通りだ。・・・あ、暗くなってきてたな。帰るか」

「あ、ほんとだ」

「ついでに飯でも食って帰るか?」

「え、ほんと!? ごちそうさまです!」

「おごらねーよ!」

「えー、ケチー」

 そんなやりとりをして、なんだかんだでいつものテンションに戻る夏穂と松浪。だが互いに自分の居場所を再確認した時間だった。

 

*      *      *      *      *

 

 時は流れて4月。松浪と夏穂はもう一度話し合った上でそれぞれがここに来た理由を改めて新3年生、そして監督、コーチに話した。最初は誰もが驚いていたがしばらくして全員が納得した。

――それこそが夏穂と松浪らしい選択だった。———と。

 そして全員は「甲子園出場、そして優勝する」という目標を再確認した。もちろん秋に3回戦負けしたチームが目指すのは簡単ではないとは分かっているが、それでも目指すべき目標は大きいに越したことはない。合わせて今年の新入生の集め方を考えたが去年の岩井方式(仮名)を採用することにした。

 

 そして入学式と始業式を迎える(ちなみに小春はソフトボールの強豪の聖ジャスミン高校に進んだらしい。確かヒロがいたとこだったけど元気にしてるかな?)。昨夏の快進撃の影響か野球部には過去最多の18名の選手と2人のマネージャーが入部した。そして今年も恒例の歓迎紅白戦が行われる。

「いやー、いよいよ試合運営側になっちゃたねー」

「私、2塁審判やってくるっ!」

「じゃ~、私3塁審判~」

「姫華と恵がそうするなら私は1塁審判やるね」

「んじゃ、俺が主審やるわ。あとのみんなも交代で仕事してくれよ!」

「「「おおおっ!」」」

 

 両チームのオーダーはこうなった。

 

 先攻 2年生チーム

1番 ショート   田村快

2番 センター   露見

3番 ピッチャー  白石

4番 サード    桜井満

5番 レフト    久米

6番 セカンド   草野

7番 キャッチャー 雪瀬

8番 サード    大森

9番 ライト    川井

 

 後攻 1年生チーム

1番 センター   木原

2番 ファースト  若林

3番 キャッチャー 森田

4番 ショート   冷泉

5番 ピッチャー  川村

6番 サード    秋田

7番 ライト    井口

8番 セカンド   笹井

9番 レフト    島田

 

 このオーダーで試合は始まった。しかし実際試合が始まると・・・、

「(流石に2年生、圧倒的だね)」

「(1年生のレベルも上がってるけど・・・、流石に白石は打てねえな)」

 1回の表で2年生チームは田村快が出て、露見送り、白石が返してさらに満、久米が連打を浴びせて早々と4点を奪った。そして裏の攻撃も1年は白石の剛速球に掠りもしない。2回の表もさらに2点を追加した。今年はついにコールドゲームになるかもしれない。そう誰もが考え始めた瞬間だった。

カッキ―――――――ン!!!

「「「「・・・えっ?」」」」

「なんだ、ただ速いだけっスか? 速いだけなら分かってりゃ打てるっスよ」

「(とはいっても白石くんのインハイをあそこまでもってくなんて・・・、想定外・・・)」

 白石の直球、ネット裏で計測していた彩の持っていたスピードガンでは144キロを計測したストレートを一振りでフェンスオーバーにしたのは4番の左打者、冷泉(れいぜい)。

「・・・アイツ、何者でやんすか!?」

「白石の真っすぐを初見で・・・」

「冷泉・・・、フルネームは・・・」

 ネット裏で見ていた矢部川たちが驚愕する中、初芝が入部者名簿に目を通し、その名前を検索してみた。

「冷泉涼介(れいぜいりょうすけ)・・・。なになに・・・、ってマジかよ! コイツ、全国硬式シニア(全国シニア硬式野球選手権大会)に出てるじゃねえか!」

「「「またその類の化け物かよ(でやんす)!」」」

「またこんなのが来ちまったなあ・・・」

 

 冷泉が躍動するのを見て他の1年生も勢いづく。2番手でマウンドに上がった美田村は初球から振って来た1年生打線に完全に捕まってしまう。さらには冷泉にフェン直のツーベースを浴び、2イニングでKO。

「ご、ごめん・・・、みんな・・・」

「いいえ、私の配球ミスです・・・。あそこまで初球から来られると緩急も使えないし・・・」

「あの4番に関してはガチの化け物だな。一人だけ別格だ」

5回途中で11-9。白石は3失点、美田村が6失点と来ておりここで久米を登板させた。久米はなんとか後続立つことに成功。しかし、最終回の7回にピンチが訪れる。

「2アウトランナー1,2塁で冷泉か・・・」

「百合亜はどう立ち向かうかな?」

 ここまで冷泉は3打数の3安打1本塁打5打点と驚異の活躍を見せていた。

「女性投手ッスか。噂には聞いてますけど俺が抑えられますかね?」

「(どうしよう・・・、百合亜ちゃんの持ち球でどうやって抑えたら・・・)」

 この時点で氷花には抑えるプランが立っていなかった。ここまで打つ策全てをこの冷泉に破られており、半ば心が折れかけていた。それに最近、久米は一人でネットスローすることが多く、最近の自身のある球などが今一つ分からない手探りのリードをしてることもある。

「・・・タイムを」

 その時久米はタイムを要求し、氷花を呼んだ。

「ど、どうしたの百合亜ちゃん」

「抑えるビジョン。浮かんでないんでしょ?」

「え・・・、どうして・・・?」

「氷花の悪い癖、迷い始めたらフラッシュサイン(本当のサインを出す前の偽装サイン)すら出さないでしょ」

「う・・・」

「ま、正直私も分かんないけど」

「・・・え?」

 自信たっぷりにネガ発言をした久米に氷花は驚く。

「去年の秋でさ、私の投球は対策されたら打てる程度だ、って痛感したんだ。・・・高校野球って、甘くないんだなって思ったの」

 秋大会の文武高校戦で負けた瞬間にマウンドにいたことは久米にとって、これ以上に無い屈辱だった。

「だから磨いたんだよ。“この球”を。もうあんな思い・・・、したくないから・・・」

「ゆ、百合亜ちゃん・・・」

「氷花を練習相手にしなかったのは制御できない“この球”がケガの原因になりかねないほど危険だと思ったから・・・。でも、もう大丈夫。自信を持って投げられる」

「わ、分かったよ・・・。じゃあ・・・、サイン決めとこうよ。どうする?」

「ああ、それなんだけどさ・・・」

「って、えええっ!? ほ、本気なの!?」

「ちょ、声が大きいって!」

 

「・・・百合亜と氷花は何話してんだろね?」

「へっ、あの二人。なんか企んでるな・・・。面白そうじゃん」

 審判を後退してネット裏で見守る夏穂と松浪は何かを提案した百合亜とそれに驚愕している氷花を見て、期待を膨らませる。

 

 そしてプレイ再開。久米は打席の冷泉を見据えて、氷花のサインを待ち、頷いた。

「何か企んでるんでしょうけど、ただのムービングじゃあ、俺は抑えられないっすよ? スラ、フォーク、シュートとかも大体軌道分かりますし」

「・・・大丈夫だよ。私には・・・、いや、“私たち”には負けない自信がある!」

「へえ・・・、ハッタリとかじゃなさそうっスね・・・」

 冷泉はそう言って笑みを浮かべて構える。久米はボールを握り直す。

「(もうあんな思いはしたくない。今までずっと短所を無くそうと努力してきた。でも、治らなかったのは球の“ノビ”。それだけはどうしても手に入らなかった)」

 だからこそ去年の紅白戦の時、久米は夏穂のストレートを素直に“羨ましい”と感じたのだった。そこで久米が磨いたのは“ムービング”、意図的にボールの回転をいわゆる“綺麗な真っすぐ”とは真逆の“汚い回転”にしてボールを動かす術を得た。

「(“この球”こそ、私の投手としての道への“答え”だっ! 打てるものなら!)」

 足を上げていつものフォームからボールを投じる。

「(打ってみろおお!!)」

その球は、ストレートに近いスピードで真ん中高めに来た。

「何かと思えば高めの半速球ッスか! もらった!」

 しかし冷泉のスイングがボールを捉えることは無かった。

「なっ!?」

「い、今のは!?」

「SFFに近いな・・・、でもあれは・・・」

 冷泉、そして夏穂と松浪、他の部員たちも驚く中で久米は次の球を投じる。次も同じような半速球から・・・、

「うわっ!?」

 こんどは外に逃げていった。同じ速度からのスライダーのようなボール。そして・・・、

「これで、終わり!」

 3球目、何が何でもバットに当てようとする冷泉。しかし・・・、

「なにっ、今度は内に食い込んで・・・!?」

バシッ!! 「ストライクバッターアウト!! ゲームセット!!」

  三球三振でゲームセット。最後の投球を見た松浪は気づいた。

「どうやら、久米のあのボールはムービング改・・・、とでも言うべきボールだな」

「ム、ムービング改?」

「変化量こそでかいが球質はムービングのそれだ。・・・こいつはとんでもないぞ・・・」

 

 無事抑えることに成功した氷花は安堵の息をついた。

「本当に・・・、『サイン今までのは忘れて、スライド、シュート、シンキングのムービングのサインで、あとスライダーはそのまま。ムービングの変化の大きさは今までとは違うからしっかり捕ってね』って言われたときはどうしようかと・・・」

「氷花!」

「あ、百合亜ちゃん・・・! えっと、ナイスピッチ」

「うん。あ、あと氷花・・・、」

「? 何?」

「その、ありがとね。しっかり捕ってくれて。おかげで思い切って投げれたし・・・」

「ふふ、当然だよ。私は・・・、ゆ、百合亜ちゃんの相棒だから・・・」

「・・・! そっか。そうだよね・・・!」

 久米と氷花は小さくハイタッチ。久米のムービング改はここに生まれた。

「このボール・・・、名前はどうしようかな・・・」

 少し考えてから久米は氷花に新魔球の名前を告げる。

「“カゲロウストレート”。捉えられない陽炎のようなストレート・・・、ってとこでどうかな?」

 恥ずかしそうに言った久米に氷花は笑顔で答える。

「うん、いい名前だと思うよ!」

 

 夏穂は腕を上げた久米たちを見て夏穂たちもそれぞれ意識を改める。次の夏こそ最後のチャンス。そして、その時のベンチ入りの戦いは激しさが増すこともわかっている。

 メンバーのまた競争は始まろうとしていた・・・。

 




 1年は出番が少ないのであまり触れる機会は無いかもしれません。夏パートは始まってから長くなるかもなので次ぐらいで始めたいと思います。
 今回のおまけは新2年生から。なんだかんだ紹介していなかった露見と成長した久米を紹介します!(今回からは紹介した選手は夏大会開始時点の能力になります!)

 露見環(つゆみたまき) (2年) 右/左

 2年生の外野手。ややボーイッシュな女子選手。背丈は女子の平均程でスレンダーな体型。足が速いわけでは無いが、打球の予測などの守備技術は聖森学園の外野陣の中でもずば抜けている。口数は少なめで、基本的には常識人だが時折不思議な発言をすることもある。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
  2 D E D E B C   外B
守備職人 対左投手△ バント〇 打開 慎重盗塁 選球眼


【挿絵表示】


 久米百合亜  (2年) 左/左

 2年生の投手で外野も兼任。秋に初めて味わったコールド負けの瞬間を身をもって感じ、その悔しさをバネに自身の長所を磨いた。彼女もまた心身共に成長した。
 好きな食べ物はラーメンなどの麺類だが自己管理のために週2回までに制限している。嫌いなものは意外なことにピーマン。寮暮らしで食生活への意識は高いが食堂で麺類を頼もうかと葛藤している姿がちょくちょく目撃されている。

 球速   スタ コン
132km/h  D  C   
 ⇑ カゲロウストレート(ムービングファスト改、曲がる向きをスライダー方向、フォーク方向、シュート方向にコントロール可能)
 ⇐ スライダー 4
  弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
  3 C E C D C E   投C 一E 外E
 キレ〇 対左打者〇 リリース〇 ノビ△ 打たれ強さ△ 変化球中心 
 チャンス〇 粘り打ち アベレージヒッター ミート多用 

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 次回もよろしくお願いします!


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夏穂と最高の仲間たち
26 挑め! 最後の夏!


 本当に遅くなってしまいました。すみません。
 ここから大事なパートなのでできるだけ間を詰めていきたいんですが・・・。


カキ――ン!! カキ―――ン!!

シュッ! バシッ!! シュッ! バシッ!

「へえ、やっぱり冷泉はなかなかやるみたいだな」

「そうだね。打撃も守備もかなりのものだね。守備位置もショートに加えてセカンド、サードもこなせるし。しかも同等レベルで」

 今は5月の末であり、入部した1年の中で今のところ唯一夏のベンチ入りに食い込もうとしているのは冷泉のみ。しかしユーティリティープレーヤーである冷泉もメンバー争いに加わったことで争いは激化している。あと半月ほどで決まるメンバー争いは榊原監督が提案した最後の紅白戦も参考にするということになった。

 紅白戦は各メンバーにほぼ平等に出場機会を与える変則ルールで行うことになり、前日にオーダーが発表された。

  紅組

1番 セカンド   冷泉

2番 ショート   梅田

3番 キャッチャー 松浪

4番 サード    田村信

5番 センター   初芝

6番 ライト    空川

7番 ピッチャー  杉浦

8番 ファースト  田中

9番 レフト    村井

 

  白組

1番 センター   露見

2番 セカンド   椿

3番 ショート   田村快

4番 ファースト  竹原

5番 サード    桜井満

6番 ピッチャー  桜井夏

7番 レフト    矢部川

8番 ライト    元木

9番 キャッチャー 雪瀬

 

 というスタメンで始まった。

 初回から夏穂と冷泉が対決することになる。

「(この人がこのチームのエースってとこッスか。ベンチ入りするためにも打たせてもらいますよ・・・!)」

「(白石くんたちから打ちまくってたし、実力があるのは分かってる。全力で勝負!)」

 夏穂は小さく振りかぶると体の力を目いっぱいボールに伝えて投じる。綺麗なスピンのかかったストレートはまっすぐとミットに突き刺さる。

「ストライク!」

 主審を務める榊原監督がコールする。各チームのサインはそれぞれでキャプテンを務める松浪と夏穂に任されており、交代のタイミングはあらかじめ決まっている。

「(! これが130中盤のストレート!? もっと速いだろ・・・!?)」

 冷泉は実際に打席に立つまで夏穂のことを軟投派の投手、130キロ台のストレートと変化球で戦うというイメージでいたのだが今の1球で考えを改める。続く高めのストレートにも振り遅れ空振り。そして・・・、

「くっ!?」

 3球目のチェンジアップにまんまと泳がされ三振を喫する。続く風太もスライダーを引っ掛けセカンドゴロ。そして迎えるのは、

「さてと、久々のガチ勝負だな。夏穂」

「トモ・・・! 打たせないよ!」

 夏穂のボールを知り尽くす松浪に対してどう配球しようかと氷花は考える。

「(まず・・・、アウトローいっぱいに、ストレートで・・・)」

「(OK!)」

 洗練されたフォームから夏穂がストレートを投じ、構えたコースに突き刺さる。松浪はほぼ動くことなく見逃しストライク。

「(・・・チェンジアップ、インローで。これでファールを打たせましょう・・・!)」

「(インロー、ねっ!)」

 2球目に投じたストレートとほぼ同じ腕の振りからのチェンジアップ。しかし・・・、

「もらいっ!」カキン!!

「えっ!?」

 松浪はタイミングをバッチリ合わせてボールを捉える。しかし打球はレフト線際には飛んだもののギリギリ切れていった。

「あれ、ちょっと早かったか」

「(・・・た、助かった)」

 氷花は一息ついてマスクをかぶり直す。チェンジアップは無し。となるとストレートかスライダーなのだが夏穂の様子を見るに投げたいのはストレートだろう。気持ちの乗った夏穂のストレートは簡単には打てないと踏んでインハイに構える。そしてまたしても要求通り来たストレートは今度は1塁側へのファールに。松浪が取っている独特の体重移動は他の構えと体重の足への乗せ方が独特で他の打者より松浪は緩急に強い。加えて選球眼が良いので不用意なボール球は自分の首を絞めかねない。甘い球も強く振り抜いてくるのでキャッチャーとして非常にやり辛い。1球ストレートを外に外して反応を伺うが。追い込まれているとは思えないほど落ち着いている。

「(氷花・・・、“アレ”。行こう!)」

「(使うんですね・・・。分かりました。・・・全力で捕って見せます!)」

「(うん! 頼むよ!)」

 夏穂は今日までずっと氷花と共に磨き上げてきたあの変化球を投げるつもりだった。松浪には本当は完璧になってから披露するつもりだったのだが・・・、今のところ夏穂と氷花の気持ちは一致していた。

“この好打者(トモ)(松浪)を今抑えるにはここで使うしかない”と。

 夏穂は小さく振りかぶっていつもと同じフォームから、いつもより指先に意識を集中し、可能な限りのトップスピンをボールに伝える。

「いっけええ!!」

 強烈なスピンのかかったボールはストレートに近いスピードでインハイへと向かっていく。

「(ここでもう1球インハイか! レフト前くらい意識で・・・っつ!?)」

 インハイの真っすぐと思って出した松浪のスイングが夏穂のボールを捉えることは無かった。そのボールは真ん中低めに構えられた氷花のミットに収まっていた。

「・・・ナ、ナイスボール! ですっ!」

「よっしゃー!!」

 夏穂も満面の笑みを浮かべてベンチへと引き返す。

「(なんだ今の? 高速スライダー? いや、あいつのはあんなに落ちない。となると・・・)」

今起きたことを理解した松浪はベンチへ向かおうとしていた夏穂に声を掛けた。

「・・・夏穂」

「? なに?」

「今のひょっとして・・・、パワーカーブか? それもちょっと違う気がするけど」

「流石トモ! でも、ちょっと違うんだ。あれはね御林さんのアドバイスの元、氷花と密かに磨いてきた新変化球! その名も・・・、“フルブルーム”! 」

「・・・なるほど。オリジナルの変化球ね。知らないうちにまた一つ強くなったんだな。・・・やっぱりお前は・・・、最高に面白いピッチャーだ!」

「えへへ、誉め言葉だと信じておくよ!」

 松浪はそう言うとベンチに引き返す。夏穂も意気揚々とベンチに引き返していった。

 

*         *       *         *

 

 一方の杉浦も負けていない。

「もう、相手が男か女かとか、関係ないぜ!!」

 いつもなら無意識にしていた力配分を無くして全力で投じる。露見、姫華と続く巧打者2人を力でねじ伏せた。

「杉浦さん、気合入ってましたね」

「うん、インコースにビシッと来てたねっ! あれは難しいなー」

 そして杉浦は3番の田村快を迎える。しかし、ここで不意打ちのセーフティーバントを決められて2死1塁に。続く竹原はアウトコースのストレートを引っ張るも伸びが足らずレフトフライに倒れた。3年生投手同士の投げ合いは3回まで繰り広げられた。結局どちらも無失点で抑えた。その後も投手戦が続き、紅白戦は2対2で終了した。

 

 試合の後、冷泉は自販機で購入したジュースを飲みながら試合を振り返っていた。自分の実力ならこのチームでスタメンの座に就くことは容易だと思っていた。だが自分のプレーに対し監督たちの反応は良くなかった。それが理解できなかった。

「椿さんより俺の方が打力も守備も勝ってるはずだ。なのに・・・」

「よう冷泉。何一人で黄昏てるんだ?」

 そこにやって来たのは松浪だった。

「いえ、別に・・・。ただ今日のプレーに納得が行かなかっただけです」

「ふーん。3打数1安打、守備もそつなくこなした。それじゃ納得も行かねーか」

「・・・ま、夏のスタメンはもらうつもりですけどね」

「あくまでスタメン決めるのは監督たちだから一概には言えねーけど。お前が必ずしも姫華に勝ってるとは俺は思わねーな」

「へえ・・・、俺はあの人に負けてると?」

「負けてるとは言ってない。人によって長所はそれぞれだし」

「俺は短所のない選手を目指してるんスよ? 弱点は無くしてきたつもりですが・・・」

 反論する冷泉に松浪は指で“5”を示して答える。

「5球」

「・・・なんスか、それ」

「お前が今日の3打席でお前に費やされた球数だよ。しかも最初の打席で3球だから後の2打席は初球打ち・・・。ヒット1本出たものの、もう1打席は初球のスライダーを当てっただけ。最悪の打ち取られ方だ。まあ、俺にとっては、だけど」

「それは・・・」

「対して姫華は同じく3打席で計24球。ヒット1本と四球1個を選んでる。守備もエラー無し」

「・・・」

「傍から見ればお前みたいに打てて走れる選手の方が上手く見えるだろうけど。姫華の本当のすごさは記録には表れにくいんだ。打席での粘り、打者に応じたポジショニングの変更、バントの成功率、右打ち技術、隙を突く走塁・・・、あいつはそういったところをずっと努力してきてるんだぜ。・・・あれ、グランド見てみろよ」

「えっ・・・、あっ・・・」

 松浪が指さした先には暗くなってきてなおノックを受け続ける姫華の姿があった。姫華のみならず多くの部員が素振りやノックなど、居残りで自主練をしていた。

「姫華だけじゃねえ。このチームにいる奴らはみんな、自分の弱さに自分なりにアプローチして、それを直しつつ長所を伸ばそうとしてる。だからちょっと自分が出来るからってスタメンが簡単に取れるなんて考えねーほうがいいと思うぜ」

「だ、だけど俺は中学時代から・・・!」

「その慢心こそ、お前の“弱点”だよ。 ・・・さて、俺は帰るわ。飯作んねーと」

「・・・さっきから勝手に上から物を言いやがって! アンタだって名門から誘いがあったのにそれを蹴ってここに来てるじゃないか! レベルの低いところに逃げて試合に出ようとしてるのはアンタもだろう! “夢尾井の知将”と言われたアンタが!」

 松浪の言葉に逆上した冷泉は松浪に向かって食って掛かった。しかし、この言葉が松浪の逆鱗に触れた。

「・・・おい1年坊主。お前みたいに、スタメン取る事しか頭にねー奴と一緒にするんじゃねえ。ここでスタメン取ったら野球が上手くなるのか? 試合に勝てるのか? んな訳ねーよ! 誰もスタメン取るためだけに頑張ってるんじゃねえ! もっとその先、甲子園目指して毎日死ぬ気で努力してんだ! 俺がここに来たのは憧れた人たちがここにいたからだ。俺はその人たちにたくさんのことをここで学んだ。名門校に行くよりも俺はこの決断が合ってると信じてる! 勝手にお前と俺とを比べんな!」

「っ・・・!」

 冷泉にとっては今の松浪は知将ではなく鬼神に見えた。松浪は冷泉に対して明確に怒りを露わにし、最後に背を向けて言った。

「言葉遣いにも気を付けろ。二度目は無いぞ」

「・・・は、はい」

「野球がちょっと上手いで終わるか、1流になるか・・・。自分で選びやがれ。前者を選ぶなら好きにしろ。後者を選ぶなら、覚悟見せてみろよ。お前の本気をよ」

 そう言って松浪は去っていった。一人残された冷泉は拳を強く握り近くの壁を殴りつけた。

「チクショウ・・・! 言いたいこと好き勝手言いやがって・・・!」

 冷泉にとって無性に腹が立つのは、冷静になって考えれば考える程、松浪の言っていたことが正論に近かったこと。そして・・・、

「(いつからだ・・・? 自分が試合に出ることばっかり考えて、チームメートともろくに口きかなくなったのって・・・。そもそも俺はいつから野球することを楽しめなくなったんだよ・・・?)」

 冷泉はケースにしまってたバットを手に取る。

「(もう少し・・・、本気でやってみるか・・・。このまま言われっぱなしは柄に合わねえ・・・)」

 

*       *      *        *         *

 

 

 そしていよいよ大会目前。抽選会の前日。私たち選手全員が集合して榊原監督からの言葉を待っていた。

「さて、今からこの夏のベンチ入りを発表する。選ばれなかった者は大会が終わるまでサポートを、選ばれた者はチームの代表としての自覚を持つように」

「「「はいっ!!」」」

「では背番号1! 桜井夏穂!」

「はいっ!!」

 1番に呼ばれた私は監督の前まで出てきて背番号を受け取った。

「エースとして、副キャプテンとして。投手陣をまとめてくれることを期待しているぞ。がんばれよ」

「はいっ!」

「続いて背番号2! 松浪将知!」

「はい!」

「キャプテンと扇の要の両方は大変かもしれんがお前ならその重責を果たせると信じているぞ」

「はい! ありがとうございます!」

 こうして次々と選手が発表されていった。メンバーは、

背番号1  桜井夏穂 (投手、3年)、副主将

背番号2  松浪将知 (捕手、3年)、主将

背番号3  竹原大  (内野手、3年)

背番号4  椿姫華  (内野手、3年)

背番号5  桜井満  (内野手、2年)

背番号6  梅田風太 (内野手、3年)

背番号7  初芝友也 (外野手、3年)

背番号8  露見環  (外野手、2年)

背番号9  空川恵  (外野手、3年)、副主将

背番号10 久米百合亜(投手、2年)

背番号11 杉浦智也 (投手、3年)

背番号12 雪瀬氷花 (捕手、2年)

背番号13 白石和真 (投手、2年)

背番号14 冷泉涼介 (内野手、1年)

背番号15 田村信  (内野手、3年)

背番号16 田中則之 (内野手、3年)

背番号17 矢部川昭典(外野手、3年)

背番号18 元木久志 (外野手、3年)

背番号19 田村快都 (内野手、2年)

背番号20 村井綾  (外野手、3年)

 

 無事3年生は全員ベンチ入り。1年からは冷泉が唯一のベンチ入りとなった。

「よっし、今年こそ初の甲子園出場目指して! やるぞ!!」

「「「おおおっ!!」」」

 

 そして抽選会が行われ今年の組み合わせが発表された。

「1回戦の相手は・・・」

「笹島高校か。公立の高校だな」

「相手がどこだろうと甲子園まで突っ走るよ!」

 

 迎えた1回戦。聖森学園のオーダーは、

1番 ショート   梅田

2番 セカンド   椿

3番 キャッチャー 松浪

4番 ファースト  竹原

5番 ライト    空川

6番 レフト    初芝

7番 サード    桜井満

8番 ピッチャー  桜井夏

9番 センター   露見

 おそらくこれが今のウチのベストオーダーだろう。そして試合は打線が爆発。強打でスタメンを勝ち取った満が7番に座る強力打線は相手投手から長短打を重ねて4回で14点を奪った。私も相手打線を5回でヒット1本に抑え込み。参考記録ながら完封。1回戦を14対0のコールド勝ちで突破した。

 

 2回戦は山野宮高校を相手に百合亜、白石くん、杉浦くんのリレーで1点に抑える。堅守の山野宮から思うように点が取れず、1-1で迎えた8回にトモ、大の連続ホームランで2点を奪いなんとか勝利した。

 

 3回戦は私たちにとっては3度目の対戦となる流星高校。しかし阿久津がいた時と比べれば絶対的な選手はおらず、地力の差を見せて7-2で勝利。

 これで準々決勝進出となった。

 

*      *      *       *      *

 

「今年はあんまり苦戦せずに来てるね!」

「今年は甲子園目指してるんだから、これくらいはできねえとな。次は準々決勝。今まで通りにはいかないぜ」

「わかってるよ!」

「ね~ね~。次の相手~、戦国工業高校だって~」

「戦国工業・・・? 毎年1、2回戦負けしてるところじゃねえのか?」

「なんだか・・・、今年は優秀な選手が多いらしくて、快進撃を進めてるそうです」

 風太の疑問に氷花が答える。

「例年の実力は関係ありません。今のその相手を全力で迎え撃つだけです」

「へへっ、百合亜。良く言った!」

 今の私たちはどんな相手が来たって負けない! 私たちは気合を入れ直し、対戦国工業戦へと向けて動き始めた。

 




 ちょっと駆け足で行きましたがここからは試合が長くなります(多分)。
 いいところになってくるのでできるだけ早めの投稿をしないと・・・。
 今回のおまけはゴールデンルーキー冷泉です!

 冷泉涼介(れいぜいりょうすけ) (1年) 右/左

 やや生意気な1年生。中学時代にはかなりの成績を残したが、名門校からの誘いは蹴り、家から近く”それなりに強いがスタメンは取れる”と考えて聖森学園の野球部に入部した。ただ入部してから選手たちがいかに努力しているかを目の当たりにし、考えを改め始めた。趣味はダーツでかなりの腕前らしい。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 3 D D C C C E   一D 二C 三D 遊C 外E
 チャンス〇 初球〇 流し打ち 三振 プルヒッター 気分屋 悪球打ち ムード× 積極打法 積極守備 


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 次回もまたお願いします!


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27 討て! 仲間の思いを乗せて!

 年を越してしまいました・・・。パワプロ2018の発売も決定したので、それを楽しみにこの執筆も頑張ってきたいものです。
 加えてUA5000を達成させていただきました。本当にありがとうございます!
  あらすじ
 始まった最後の夏。快進撃で準々決勝へと駒を進めた聖森学園の次なる相手は戦国工業という謎多き相手だった。


 いよいよ準々決勝当日。準々決勝は地方球場で行われ、今までよりも多くの観客が応援に訪れていた。私たち聖森学園はベスト4をかけて戦国工業と戦う。戦国工業は今年になって急に強くなったらしい。そんな中、両チームのオーダーが発表された。

 

 先攻、聖森学園高校

1番 ショート   梅田

2番 セカンド   椿

3番 サード    桜井満

4番 ファースト  竹原

5番 ライト    空川

6番 キャッチャー 松浪

7番 ピッチャー  久米

8番 レフト    初芝

9番 センター   露見

 

 後攻、戦国工業高校

1番 ショート   伊達

2番 セカンド   木下

3番 ライト    武田

4番 ピッチャー  織田

5番 キャッチャー 徳田

6番 センター   常盤田

7番 サード    矢部野

8番 ファースト  真田

9番 レフト    長曾我部

 

「エースで4番の織田が中心だな。他も粒ぞろいだけど」

「・・・ねえトモ、あの格好は・・・、なんなんだろう?」

「ツッコんだら負けな気がする・・・」

「なんかすごく強そ~」

「なんだかまるで戦争しそうな殺気だけどっ!?」

 

「当然じゃ!!」

「「「うわっ!?」」」

 恵や姫華と話していると大声で向こうからやって来た男が一人。

「ここは戦場! そして我らは今から命をかけ戦うのじゃ! 殺気立っていて何がおかしいか!」

「ちょ、信長さん! ストップ! ストップ!」

 するともう一人慌ててその男を止めに来た。

「常盤田よっ! なぜ邪魔をするか!」

「相手の人たちが引いてるから! 信長さんは正々堂々戦いたいんだろう!?」

「うむ。当然じゃ。全力でぶつかってこそ戦じゃ」

「だから変に脅しちゃダメだ! それより仲間のみんなの士気を上げてくれないか? 相手にあいさつするのはオレがするから。信長さんはみんなの方へ行く方がいいと思うしさ」

「で、あるか。ならば任せよう」

 と言って信長さん?は去っていった。

「いやー、驚かせてごめんな。俺はキャプテンの常盤田倫太郎(ときわたりんたろう)。さっきのは織田ってやつなんだけど、ちょっと前から自分は信長だって名乗り始めてさ・・・」

「うん・・・、まあ・・・、大変そうだね」

 それは何というか気苦労が絶えなさそう・・・。見た感じ信長さんだけでなく、他のメンバーもどう見ても戦国武将みたいな見た目してるし・・・。

「まあいい奴らだよ。それにあいつらも全力で甲子園、そして全国制覇目指してるし。この試合、良い試合にしよう!」

「望むところだよ!」

 そして試合は始まろうとしていた・・・!

 

 1回表、マウンドには織田が上がり、打席には風太が立つ。

「風太―! まずは出塁だぞー!」

「先頭大事だぞー!」

 初球、織田はダイナミックなフォームからボールを投じる。

「ストライク!」

「うおっ、速え!」

 バックスクリーンに表示された球速は147キロ。今まで対戦してきた中でもトップクラスに速い! 続く2球目もストレート。風太はスイングするも空振り。そして3球目は・・・、

「ふんっ!」

「なっ・・・!?」

 ストレートだと反応してバットを出した風太だったが、ボールは手前でストンと落ちてバットは空を切った。今のはおそらくSFFだろうか。

「これは厄介だね・・・」

「速いし~、落ちる球もあるし~。難しいな~」

 続く姫華はインコースに集められてセカンドゴロに倒れる。3番の満もSFFに苦しめられ高めのストレートを打ち上げてしまってショートフライに倒れた。

 1回裏、こちらの先発は百合亜。先頭打者は右打者の伊達。

「打てるものなら、打ってみろ!」

 百合亜は初球から伊達のインコースへとボールを投じた。伊達はスイングしたがやはり空を切った。百合亜最大の武器、カゲロウストレートをストレートと狙って振る限りは当てることはできないはずだ。結局伊達は3球とも空振りに終わり三振に倒れた。

「ナイスピー! 百合亜!」

「百合亜ちゃん! どんどん行くでやんすよ!」

「はいっ!」

 

 一方の戦国工業ベンチ・・・、

「信長殿、面目ない・・・」

「政宗よ、うぬが簡単に討ち取られてくるならば何かしらのからくりのある球を投げてきたのだろう?」

「は! 何やら得体のしれぬ速球であった! 速さはそれほどであったが・・・」

「信長さま、私が偵察して参りましょう」

「サルか、ならばおぬしに任せよう」

「は! 私に策があります。お任せください」

 

キン!「ファール!」

「くっ・・・、しつこい・・・!」

「百合亜! 負けるな!」

 今右打席に立つ木下にかれこれ10球ほど粘られている。カウントはまだ2-2。百合亜のカゲロウストレートはバットに掠らせる形でカットされている。

「ふふふ。この秀吉にかかればこの程度はお手の物。この“兵糧攻め”こそ拙者秀吉の得意な戦術よ」

「(こいつ、まじでカットに専念してやがるな・・・。できれば使いたくなったがあれを使うか・・・)」

「(仕方ないですね・・・、分かりました!)」

 百合亜がトモのサインに頷いてボールを投じた。それは・・・、

「!? 緩いボール! 記録には無かったはずだが・・・! とにかく当てねば!」

 百合亜が投げたのはサークルチェンジ。あの御林も得意としていたチェンジアップの1種である。カゲロウストレートの裏でタイミングを外すためのボールとして磨いていた。

それでも木下はタイミングを外されながらもなんとか捉えて3塁際へと引っ張り込んだ。

「この!」

 そこに飛びついたのはサードの満。線際の打球を横っ飛びでグラブの先でつかみ取った。

「アウト!」

「なんと! 今のを捕るとは敵ながらあっぱれじゃ!」

 土を払って立ち上がった満は百合亜にボールを投げて返した。

「あ、ありがと満。助かった」

「ピッチャーのしんどさはよくわかってるからさ。あれぐらいは捕ってやらねーと。ツーアウトな」

「・・・うん、ツーアウト!」

 続く武田はカゲロウストレートをひっかけてファーストゴロに打ち取ってスリーアウト。両チームが三者凡退というスタートとなった。

 

 その後も百合亜、織田の両投手は好投。百合亜は常盤田にセンター前ヒットを浴びるも、後続の矢部野をカゲロウストレートを意識させてからのスライダーで空振り三振に切って取った。織田はSFFに加え、高速スライダー、高速シュートといった高速系の変化球と力強いストレートで聖森学園打線を1巡パーフェクトに抑え込んだ。

 

「うむむ、どういうことじゃ。あの小娘の投手にここまで抑え込まれるとは・・・」

「うん、信長さんの言う通りだね。ことごとくやられているよ」

「常盤田よ。なぜお主は打てたのじゃ。それを広めんか」

「うん。まあ、でも。多分秀吉さんも気づいたんじゃないかな?」

「サルよ。それは本当か?」

「はっ! 信長様! 常盤田殿の言う通りでございます! 先ほど打席にて何球も見て気づいたのです。次の打席でヒットを打って見せましょうぞ」

「デアルカ。して、そのカラクリはなんじゃ?」

「それは俺が説明するよ。あのボールはさ・・・」

 

 カキン!

「あっ・・・!」

 4回表も三者凡退した後、その裏に百合亜は先頭打者の木下にあっさりと初球をライトに弾き返された。しかも打たれたのは・・・、

「今の打たれたのは・・・」

「カゲロウストレートでやんしたね・・・」

 百合亜のカゲロウストレートはムービングファストとは変化量が段違いで空振りも取れるレベルだ。しかしあの木下はおそらく選球眼も良く、バットコントロールも上手いのだろう。

「(さっきの打席を考慮してリードに注意を払ったつもりだったけど・・・、あんなギリギリまでボールを見てくる打者は久米にとってまさに天敵だな・・・。まあ、次の武田は・・・)」

 続く3番の武田はここまでの打席を見ても分かる通り振り回してくるタイプ。これなら・・・、

カツン!

「むう! またしてもやられたか!」

「信玄さん・・・、あれだけ叩きつけて打ってくれって言ったのに・・・」

 あっさりとカゲロウストレートを引っ掛けてくれた。武田のような打者は百合亜にとってはカモになる。トモもそのあたりを理解して甘めのコースにカゲロウストレートを要求したのだろう。しかし続く打者の織田は只ならぬ存在感を放っている。

「(織田はさっきの打席、ショートゴロ。カゲロウを引っ掛けてくれたんだけど・・・)」

「(久米のサークルチェンジは単体じゃまだ大したレベルじゃない。あれはカゲロウストレートと組み合わせることで真価を発揮する。ここはストレートか、カゲロウストレートか、スライダーか・・・)」

 百合亜がトモからのサインに頷く。しかし、ここで私はひとつ気になったことがあった。

「彩ちゃん、ここまで百合亜の球数って・・・」

「えっと・・・、っ!? うそ、72球!?」

「えっ・・・、そんなに!?」

 先発投手の72球はそれほど多いわけでは無い。だがまだ4回。しかも百合亜はカゲロウストレートを多投、カゲロウストレートはボールに強い回転をかけつつストレートのように力を入れて投げるので疲労が激しいと氷花が言っていた。しかも強力打線相手に飛ばして全力投球を続けている。加えて1打席目はショートゴロで全力疾走。

 悪い予感がした。そしてそれは的中してしまった。

「・・・っ! しまった!?」

 スライダーを投じたのだろうか。だけど、明らかに高い!

「ふん。甘いわっ!」カッキ――ン!

 失投を逃さず、織田はそれを捉えてレフトスタンドへ叩き込んだ。

「やったぞ、信長さん!」

「さすが信長様!」

 戦国工業は俄然盛り上がる。チームの要たる織田の先制ツーラン。流れは完全に戦国工業だった。

 

*      *      *        *       *

 

「・・・まただ・・・!」

 百合亜は悔しさに歯を食いしばった。秋に打たれたのが悔しくて。もうあんな思いをしたくなくて。様々な武器を磨いて夏を迎えたというのに。そしてこの夏に負ければ終わってしまうのは自分ではない。自分たちを励まし、引っ張ってくれた先輩たちの夢が終わるのだ。自分のせいで・・・。

「・・・!」

 悔しさで手を強く握りしめても力が入りきらない。カゲロウストレート、サークルチェンジを磨いてきた。だがその一方で、足りていなかったのは、基礎的な体力、握力。自分ならできると考えてやって来たのは、自惚れだったのか。

「久米、ピッチャー交代だ」

 松浪に声を掛けられた百合亜は弱弱しく返事をしてベンチへ引き返そうとした。しかしそこに声を掛けたのは意外な人物だった。

「・・・久米」

「白石・・・」

 白石は百合亜にボールを手渡すように求めながら話しかける。

「・・・俺はさ。高校に入るまで本格的に野球をしてこなかった。何も知らなかった。でも久米は全部持ってた。俺に無いものを・・・。だから久米は俺の憧れで、追い求める目標なんだ」

「白石がそんなこと思ってて、そんなに喋るなんてね・・・」

「・・・久米。まだ終わってない。この試合はまだ・・・」

「!」

「今までずっと久米が俺のミスを尻拭いしてきてくれたんだ。・・・だから・・・」

 白石はしっかりと久米を見据えてはっきり言った。

「今日はお前の仇は俺が取る。だから・・・、見届けてくれよ」

「・・・わかった。この後は・・・、任せた!」

 百合亜はボールを白石に託して白石の背中をポンと叩いてベンチへと戻っていく。

 ボールを託された白石に松浪が話しかける。

「今日は気合入ってんな。白石」

「はい。今日は絶対に・・・、打たせません」

「おっし。じゃあ・・・、飛ばしていけよ!」

「はいっ!」

 

*         *        *        *

 

「ふっ!」 ズバン!

「ほう、これは中々・・・!」

 白石は最初の打者の徳田はストレート3球で空振り三振に打ち取ると、打席には先ほどヒットの常盤田を迎えた。

「さっきの子とは一転して速球派か」

「ああ、こいつも厄介だと思うから覚悟した方がいいぜ」

「ご丁寧にどうも」

 白石は初球は強気のインコースのストレートから入った。その球速は146キロと表示された。

「今日の白石、走ってますね」

「うん、トモもそれを踏まえて直球メインでリードしてるし」

 ベンチに戻った百合亜は素直に感想を述べる。今日の白石の調子は今までで一番いい。その上に気合も入り、いい具合に力が入っている。

 

 2球目もストレートで外れてカウント1-1、3球目も内角へのストレートで常盤田はスイングし、ファールとなる。そして追い込んで4球目、トモのサインは・・・、

「! ここで外角か!」

 外のコースのボールに常盤田は咄嗟に反応してスイングしたが、

「まずい! これは・・・!」

 ボールはストンと落ちる。白石がこの夏まで磨いてきたフォークボール。結局白石はこれしか磨く余裕がなかったけど、その分ストレートが活きて来ればそれだけでこのフォークは脅威になる。これで三振。白石はこの回を見事切り抜けた。

 

 しかしこの後は試合は硬直する。5回の表は竹原がツーベース、恵は浅いライトフライに倒れるも松浪がヒットを放ち、1アウト1、3塁のチャンスを作る。白石がフォアボールを選んで満塁としたものの、織田が意地を見せる。環に対して押し出しを恐れぬインコース攻めで追い込むとこれまたパスボールを恐れぬ低めのSFFで空振り三振を奪った。2アウト満塁となって迎えた初芝くんも低め一杯のSFFを詰まらせてショートゴロに打ち取った。

 それ以降は織田も白石もランナーは出すものの互いに譲らず、試合は終盤戦へともつれ込む。1点が遠い聖森学園と2点のリードで逃げ切りたい戦国工業。

 そして8回の表、聖森学園の攻撃。先頭の白石は会心の当たりを飛ばしたがセンターライナーに倒れ、続く打者はここまでセカンドゴロ、三振と良いところのない環。しかしこの打席もカウントは1−2と追い込まれた。するとここで環が仕掛けた。

「! セーフティー!」

「なんと!?」

 織田が投じたSFFに器用にバットを合わせて3塁側に転がした。スリーバントな上、今までひとつも素振りを見せなかったバントという奇襲に、フォームの大きい織田に加えてサードの矢部野も出遅れた。俊足を飛ばしてチャージをかけた矢部野の送球よりも速く、環が1塁へと到達。さらに続く初芝くんもきっちりとバントを決め2アウトながらランナー2塁のチャンスをつかんだ。

「よっし! チャンスだ!」

「頼むぜ風太!」

 しかしここで戦国工業バッテリーが選択したのは・・・、

「! 敬遠!」

「風太も姫華もここまでノーヒットだけど・・・」

「打ち取られ方を見て、凡打でも芯で捉えていた風太さんより、ここまで力負けして打ち取られている姫華さんを選んだんでしょう・・・」

 

 敬遠を選択したのはキャッチャーの徳田だった。

「(信長様は『勝負から逃げるとは何事か!』と仰ったが、ここまでを見るにこの選択の方が確実。なんとか納得してもらった。この2番の女子には内攻めをすればどうということはないだろう)」

 そして梅田が敬遠され、2アウトランナー1、2塁となり迎えたのが2番の姫華。

「いっけー! 姫華―!」

「かっとばせ~!」

「かましてやるでやんす!」

「みんな・・・!」

 声援に後押しされ姫華は打席に立つ。しかしここまでセカンドゴロ、ピッチャーゴロ、サードゴロと全て詰まらされている。完全な力負けだった。

「(みんな応援してくれてる。監督も代打を出さなかった。・・・これに応えないでどうするのさっ!)」

 初球、インコースのストレートに対して姫華は普段はしない全力のフルスイングをした。

カッキ―ン!!

「むう!?」

織田と徳田は慌てて打球の方向を見たが、

「ファール!」

 打球は1塁線のわずかに外。しかし、ファーストの真田は反応できなかった。真芯で捉えた会心の当たりだったが・・・、

「惜しい! あとちょっとだったのに!」

「少し早かったか・・・!」

 姫華は一度バッターボックスから外れて素振りをする。

「(今のは決めておきたかった! 間違いなくインコース攻めと分かって打ちに行ったのに!)」

 一方で徳田も肝を冷やしていた。

「(一歩間違えればやられていた・・・! どうしたものか・・・、内を狙っているかもしれぬ・・・!)」

 すると織田は低めにSFFを投じるも見逃されボール。そして高速スライダーもボール。そして3球目、

「(外角へ逃げる高速シュート。これでカウントを稼ぎますぞ!)」

「(うぬ!)」

 織田は真ん中からやや外のコースからさらに外へと逃げるシュートを投じた。しかし姫華はこのボールに思いっきり踏み込んだ。

「このボール、逃さない!」

 姫華はずっと自分が非力なことを理解して練習してきた。そしてその理想としてきたのがコースに逆らわない打ち方だった。そして今日の試合の中で一つの理想形を見つけた。

 それは4回に百合亜から打った木下のライト前ヒット。これが姫華にとっての理想の具体的なビジョンとなった。

「(打ち返すんじゃなくて、受け流す感じで・・・、ここだ!)」カキン!

「「何とっ!?」」

 姫華の放った打球は飛びついた矢部野のグラブを掠めてレフト線ギリギリへと落ちる。

「よっしゃ! ナイスバッティング、椿!」

「姫華~! すご~い!」

「よっしっ! 私、やったよっ!」

 レフト線を破るタイムリーツーベース。これで1点入り、さらに2アウト2,3塁で3番の満を迎える。ここまでノーヒット、しかし満は姫華に打たれて少なからず動揺した織田の甘くなった初球を逃さなかった。

カッキ――ン!!

「む! しまった!」

「くそっ、追いつかない!」

 打球は右中間、常盤田が必死に追ったがボールはフェンスにまで到達した。一気にランナーが返って逆転、さらに満は3塁へと到達した。

「ナイスバッティング! 満!」

「さすが、私の弟!」

 さらに竹原も初球を弾き返し、もう1点をもぎ取った。恵は三振に倒れたものの、この回だけで4点を奪い、逆転に成功した。

 そして8回の裏。榊原監督は選手の交代を主審に告げた。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。サードの桜井満くんに代わりまして田中くん。背番号16。ピッチャーの白石くんに代わりまして桜井夏穂さん。背番号1。

 3番、サード、田中くん。7番、ピッチャー、桜井さん。以上に代わります。」

 聖森学園のマウンドにはエース、夏穂が立つ。

「ふむ、ここであちらの主戦投手が出てくるか」

「エースがここでか。・・・よくない流れだね」

「常盤田よ。心配は無用。我々は幾度となく窮地を乗り越えてきた。・・・違うか?」

「・・・そうだね、信長さん。まだ試合は終わってない!」

「そうじゃ! ここからじゃ!」

「まだ我らには勝機があるぞ!」

 織田と常盤田の言葉に奮い立つ戦国工業。

 

 しかし、その闘志を砕いたのは夏穂の快投だった。

ズバ――――ン!!!

「ストライークッ!」

「「「!?」」」

 夏穂のストレートがミットを鳴らすたびに戦国工業の戦意を削いでいくのを常盤田は感じていた。戦国工業の選手たちにとってはマウンドで躍動する夏穂の姿は可憐な少女では無く、鬼神の如き武将にさえ見えた。

 夏穂の正確なコントロールからのストレート、変化球のコンビネーションに8番の真田、9番の長曾我部だけでなく、1番の伊達さえも空振りの三振に倒れた。

「・・・まだじゃ」

 意気消沈するメンバーに織田が再び奮起を促した。

「まだ終わっとらん! あちらの攻勢を防ぎ、再び攻め込むのじゃ!」

「「「はっ!」」」

「(さすが信長さん。みんな引っ張り続けてくれるや。あと1イニング・・・)」

 織田は気迫の投球を見せた。松浪にヒットを浴びるも、夏穂を三振に。さらに露見をショートゴロゲッツーに打ち取った。

 しかし夏穂は止まらない。久米を苦しめた巧打者木下をも圧倒する。

 初球はインコースにストレート、さらに2球目にはアウトローいっぱいにストレートを決め、あっさり追い込んだ。そして3球目、

「む、ストレート・・・ッ!?」

 ストレートと思った木下の予想を裏切り、ボールはインコース真ん中から鋭く落ちた。

新変化球、フルブルーム。木下のバットは空を切り、なんと三球三振。

 続く武田も同じくフルブルームに翻弄され最後はアウトローいっぱいのストレートを見逃し、三振に。これで5者連続三振。そして打席に織田を迎えた。

「・・・ここで終わるわけにはいかん。我々は天下統一を目指しておるのじゃ・・・!」

「俺たちだって負けるわけにはいかねえのさ・・・!」

「ここで、終わらせて見せる・・・!」

 夏穂は凄まじい威圧感を放つ織田に対し、小さく振りかぶる。

 百合亜は先発投手としての責任を果たせなかったことに涙していた。そして白石はその仇を討ってやると7回まで相手を封じ込めて見せた。環、姫華、満たちも必死につないで点をもぎ取った。

 ならばエースナンバーを背負う自分が、不甲斐ない投球をするわけにはいかない!

「勝つのは・・・、私たちだっ!!」

 しなやかなフォームから、松浪のミット目がけて糸を引くようなストレートが放たれる。

「ぬうっ!!」

 織田のバットは空を切った。

「(信長さんのスイングがボールの下を振ってる。それだけボールが伸びてきてるってことか・・・!)」

 ベンチから打順が回ることを信じてヘルメットをかぶった常盤田はそう感じた。そして2球目、ここで夏穂が投じたのはスライダー。これはわずかに外れてボール。3球目はストレートと似た腕の振りから投じられたチェンジアップ。織田はタイミングが合わず空振り。これで追い込まれた。

「信長様!!」

「信長殿!!」

 ベンチから声援が飛ぶ。

「さあ、来い! 桜井とやら!」

「これで・・・、決める!!」

 夏穂は振りかぶって、大きく踏み出す。体をしならせ、全身の力をボールに伝える。そして一気に解放する!

 綺麗なバックスピンのかかったストレートが松浪の構えたインコースに突き進む。

「ぬおおお!!」

 織田も全てを込めたスイングでボールを叩き、捉えた。

キイイイインッッ!!

 という音を響かせ打球は高く舞い上がった・・・。

 

*         *       *          *

 

「・・・信長さん」

 球場の外で遠くの夕日を眺めていた織田に常盤田が声を掛けた。

 最後の織田の打席、高く舞い上がった打球は結果的にレフトフライに終わり、4-2というスコアで試合終了となったのだった。

「常盤田か・・・。どうした?」

「・・・力になれなくてごめん。みんなの全こ・・・、いや。天下統一の」

「・・・謝るのは我の方だ」

「えっ・・・?」

「今日この日まで、お前を散々振り回したのだ。迷惑をかけたな」

「どうしたのさ、急に・・・」

「まあ、時機に分かる。それよりお主に見せたい“舞”があるのじゃ」

「“舞”?」

「そうじゃ。お主にも何か感じるものがあるはずじゃ」

「・・・じゃあ、頼むよ」

「ああ。では・・・、“敦盛”。・・・人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を・・・」

 

「どうじゃ?」

「さすが信長さん。舞もできるんだね」

「うぬ。人の一生など一瞬じゃ。まさに夢のごとく、な。その一瞬一瞬が勝負の連続なのじゃ。して常盤田よ、一度きりの人生。悔いの無きよう暴れてまいれ!」

「ああ!」

「さて、帰るか。お主は進むべき未来に向けて準備せねばならんだろう。我々もな」

「そうだね・・・。帰ろうか」

 常盤田は信長の様子がいつもと違うと感じたが、きっと試合に敗れて珍しく感傷的になっているのだと捉えて大きくは気にしなかったのだった・・・。

 

*      *     *      *       *

 

聖森学園のベンチ裏通路にて・・・、

「ついにベスト4! あと2つ!」

「ここまで来たからには甲子園行くよっ!」

「がんばろ~!」

「準決勝の相手はこの後にやるくろがね商業と文武の勝者だな。試合見て帰るぞ」

「オッケー! どっちが来ても負けないけどね!」

「ああ、その意気だ!」

すると正面から一人の男が歩いてきた。

「おうおう、女と仲良くベンチから撤収とはいい身分だなあ? “知将”さんよお?」

 夏穂たちが見るとくろがね商業のユニフォームに身を包んだ男だった。

「ん? なんだお前・・・っ!?」

「よお、松浪。久しぶりだな? 卒業式以来じゃねえか?」

 ニヤリと笑いを浮かべる男に。松浪が答える。

「そうだな・・・。そうか、お前はくろがねに行ってたのか。」

「おうよ。2番手捕手の俺なんかに誘いをかけてくれたからな」

「ま、お前の打撃ならどこでも通用するとは思っていたよ」

「相変わらず上から言ってくれるなあ、てめえはよぉ? まさかお前らはこんな無名校に進んでたとはなあ?」

「これから名をあげるのさ」

「いいや。お前らの夏は次で終わりさ」

 男はすれ違いざまに松浪に言い放つ。

「お前らはくろがねに負ける。そして俺たちが甲子園に行くのさ」

 そう言ってベンチへと向かっていった。

「トモ、誰? 今の無駄に態度でかいやつ!?」

「なんかムカつくっ!」

「まあまあ二人とも~」

「ああ、あいつはな・・・」

松浪は尋ねてきた3人に答えた。

「あいつは蓮賀堅介(れんがけんすけ)。俺と同じ夢尾井シニアの同期で、第2捕手・・・、だったけどそのずば抜けた打力で外野にコンバートされてた強打者だ」

 




 長くなってしまいました・・・。なんとか1話に押し込んでしまいましたが・・・。
 パワプロ2013はそれほどしっかりプレイしてないので所々曖昧でした・・・。
 今回のおまけは大会開始時の夏穂と松浪の能力。そして活躍が少なかった常盤田を紹介します。

 桜井夏穂(3年) 右/右

 最後の夏に挑む集大成。すべての面において大きく成長した。また夏穂の魅力にひかれた生徒たちによってファンクラブができてるが本人は知らない。ちなみにフルブルームの意味は”満開”という意味。

 球速    スタ コン 
140km/h C  A  
 ⇒Hスライダー 3
 ⇘フルブルーム 4
 ⇓チェンジアップ 3
  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
  3 D E D D D D  投D 外野F
 ノビ◎ ピンチ○ 球持ち○ ケガしにくさ◎ 闘志 軽い球 速球中心  
 初球○ ムード○ 三振 積極打法 積極守備

 松浪将知 (3年) 右/右

 県外にもその名を轟かせる名捕手となった。いまや”聖森の知将”。足が速い訳でもなく、加えて盗塁が苦手なのだが、なぜか本人は走れると自信を持っているらしい(やはりサインは出ない)。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 C B D B B B  捕B 一E 三E 外E
チャンス○ 送球◎ 広角打法 キャッチャー◎ 逆境○ 盗塁△ 選球眼 強振多用 

 常盤田倫太郎(ときわた りんたろう) (3年)右/左

 戦国工業のキャプテン。ここでは語られないが、通っていた高校の校舎が一夜にして戦国時代のお城のようになったり、部員が武将みたいになったりとなにかと苦難を乗り越えてきた。非常にお人好しだが芯の強い性格。選手としては抜け目のないオールラウンダー。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 D B B B B B  外B
送球〇 レーザービーム バント〇 打球ノビ〇  

 武将たちの能力は割愛させていただきます・・・。ちなみに本家に登場する高校には、各校に一人以上は主人公的ポジションの選手がいます。例えば今までで言えば激闘第一の黒塚、文武高校の才田、今回の常盤田などです。
 次回はいよいよ準決勝! 松浪と因縁のある相手とアイツが登場・・・!?
 また次回もよろしくお願いします!


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28 得られたもの、気づいたもの

 また遅くなりました。まったくの亀更新で本当にすいません。
 今回はいよいよ準々決勝第二試合と、準決勝です。
p.s. 秋内をおまけに追加しました


 私たちと同じ地方球場で行われる準々決勝第2試合はくろがね商業高校と秋に私たちが敗れた才田、武を擁する文武高校の1戦。この試合に勝った方が準決勝で戦う相手だ。

「ねえ、トモ。くろがね商業ってどんなチーム?」

「個性的な選手が多いな。チーム戦術を得意としてる文武とはある意味真逆みたいだな。なんでも活躍によって校内通貨がもらえるらしい」

「・・・まあでも、お金に釣られただけのチームがこんなところまで来ないよね」

 

先攻 文武高校

 1番 セカンド   鎌苅

 2番 センター   矢部吾

 3番 サード    古長

 4番 ファースト  武

 5番 ピッチャー  才田

 6番 キャッチャー 福井

 7番 ライト    菊地

 8番 レフト    高島

 9番 ショート   樋口

 

  後攻 くろがね商業高校

1番 キャッチャー 大鐘

2番 センター   矢部兼

3番 レフト    宝塚

4番 ライト    蓮賀

5番 ショート   パピヨン

6番 サード    祝井

7番 セカンド   大村

8番 ファースト  佐藤

9番 ピッチャー  銭形

 

ここまでの戦績を見たところ、1回戦では好投手を要していたというダン&ジョン高校相手に12回を一人で投げ抜いたスタミナがあるタフな投手らしい。しかし背番号は11。今まで1番を背負う秋内(あきうち)という投手は一度も登板していない。

 先ほどトモに喧嘩を売ってきていた蓮賀は4番ライトで出場している。そして・・・、

「ねえ、あの謎のマスクマンは何なんだろ?」

「不審者にしか見えないよね〜?」

 そう、白鳥?がついたマスクをかぶった選手がくろがねのショートにいる。メチャクチャ浮いてるし、怪しい。

「5番ショートのパピヨンだな。リリーフ投手も務める二刀流投手らしいな」

「・・・あの見た目で?」

「どうやらな」

 そして試合開始。先攻は文武。そしていきなり・・・、

「さすが文武。手堅いね」

「ああ。先頭の鎌刈が粘ってフォアボールを選んで、続く矢部吾もキッチリ送ってあっさり1アウト2塁のチャンスだ」

 さらに古長、武、才田の連打で3点をあっさり先制した。

「しっかり研究してやがるな。相変わらずリードまで研究してるみたいだ」

「厄介な相手だね・・・」

 しかし、なんとここで速くもくろがねベンチが動いた。

「え・・・、ピッチャー交代・・・、どころかバッテリー交代!?」

「ここまでほとんど投げてきた銭形をもう諦めたのか!? にしても早すぎる!」

 すると選手交代のアナウンスが流れ、スタンドがざわついた。

「くろがね商業高校。選手の交代をお知らせします。ピッチャーの銭形くんに変わりまして、秋内くん。背番号1。キャッチャーの大鐘くんがライト、ライトの蓮賀くんがキャッチャー。1番、ライト、大鐘くん。4番、キャッチャー、蓮賀くん、9番、ピッチャー、秋内くん。以上に変わります。」

 銭形はわずか1/3イニングでの交代。そして秋内は今大会初登板となる。

「トモ・・・、どう思う?」

「蓮賀がキャッチャー復帰してたのか・・・。あいつら、何か企んでるな・・・」

 

*        *       *         *

 

 くろがねベンチ前・・・、

選手交代の時のベンチ前ではこのような会話が交わされていた。

「大鐘、銭形。俺の言ったとおりだったろ?」

「ですが納得できませんね。正捕手として背番号を頂いたのは私のはずですが」

「俺もスタメン入札でスタメンを勝ち取ったはずだ。なんで変えられなきゃなんねーんだ! 俺はまだやれる!」

 レガースを装着している蓮賀に対して大鐘と銭形が反論していた。くろがね商業ではスタメンを校内通貨を用いたオークションで決定する。校内通貨の“Kマネー”が全て。それがくろがね商業高校の校風だった。

「わかんねーかな。今ので分かったろ? おめーらじゃ文武は抑えれねえよ」

「ふざけんな!」「心外ですね。たったの1イニングではないですか」

「ほう。たったの1イニング持たなかった奴らが吠えるじゃねえの。お前らは言っても聞かねえからカントクに言ってこうしたんだよ」

「「なっ・・・!?」」

「お前らはスタメンを落札したんだろうけどな。俺、秋内、パピヨンはカントクから絶対的な評価を得ている。金でしか何とかできないお前らとは違うんだよ」

「てめえ、それはこの高校の制度を全否定してるじゃねえか!」

「勘違いしてるのはお前だ、銭形。ウチの高校が本当に教えてえのは“金こそ全て”じゃねえんだよ。じっくりベンチで頭冷やして考えてな。・・・大鐘。お前は外野手としての評価の方が高いんだ。しっかり守ってくれよ」

「・・・わかりました」

「おい! 待て!」

 銭形を無視して大鐘はライトへ、蓮賀はキャッチャーへと向かう。

「(悪いな、銭形。お前の努力は認める。だけど、勝つためにはこうするしかねえんだよ・・・。・・・お前は昔の俺そっくりだ。)」

 

*       *       *       *

 

 マウンドに上がった秋内は打席の6番福井を迎えた。秋内は投球練習を見た限り右のサイドハンド。これは厄介な投手かもしれない。

 その初球。

「っ!?」

右打者の福井へのいきなりのインコース。あわやデッドボールとなるコース。そしてその2球目もインコースのボール。落ち着いている文武ベンチからも故意に投げてるだろうという文句が飛ぶ。

「(へっ。コントロールの良い秋内がわざとじゃない訳ねーだろ!)」

「(だますようで嫌だけど、勝つためだ。許してくれ!)」

 続く3球目はインコースのボールからスライダーで入れてきてストライク。さらに、

「遠い!?」

 外のストレート。ストライクゾーンだが、インコースに続けられて無意識に腰が引けていた聞だけ遠く見えてボールに見えてしまう。そして次の球は、

「(これはさすがに遠すぎる! 外に外れた・・・!)」

 そう思って見逃そうとした福井だったが、

ググググッ!! バシイ!!

「ストライク! バッターアウト!」

「な・・・!?」

 外から唐突に食い込んできたのはシュート。その曲がりの角度の鋭さに福井は反応できなかった。

 

「・・・良かったな。あいつをスタンドからとは言え、試合する前に見れて」

「うん・・・。あのシュート。キレ、スピード、曲がりの大きさ。どれをとっても1級品だね・・・」

 新たにマウンドに上がった秋内の内外の投げ分けに文武打線は翻弄される。銭形を打ち込んだ上位打線さえろくにヒットを打てない。何より蓮賀のリードも悉く文武の裏を突いていく。

 そんな中で才田は好投を続ける。新たに修得したらしきスローカーブを有効に使い、伝家の宝刀Vスライダー、ストレートのコンビネーションでくろがね商業を抑え込んでいた。

 しかし8回裏のくろがね商業の攻撃。先頭の秋内がスローカーブを狙い打ち、出塁する。さらに・・・、

「!? 走った!?」

「マジかよ!」

「・・・ピッチャーだからって走らないで入れるほど余裕は無いしね」

 なんと投手の秋内が躊躇いなくスタートを切り盗塁成功。さらに大鐘もストレートを弾き返す。この間に秋内はあっさりとホームを落とし入れ、1点を返した。

「トモ、流れが変わりつつあるんじゃない?」

「ああ。多分くろがねはある程度Vスラを捨ててきたな」

 Vスライダーは速度もあり、変化が大きい。そのため空振りが増えるがその分ストライクを見逃しで取るのが難しい。くろがねはおそらく狙っても打つのが難しいVスライダーを捨ててスローカーブとストレートに山を張っているのだろう。そしてその作戦がくろがねの潜在能力の高い選手たちによって実りつつある。

カキン!!

「くそっ、こいつはまずいな!」

「才田、落ち着けよ。まだ点差はあるんだ」

「ああ、秀英。わかってるさ。ただこれは本当にヤバイかもしれない」

 その予感は当たる。続く矢部兼にもストレートを弾き返される。宝塚にはVスライダーを続けるが見極められフォアボールに。これで0アウト満塁のピンチ。ここで迎えるのは・・・、

「4番、キャッチャー、蓮賀くん」

「はは、ここでこいつかよ」

 ここまで3打数の2安打、リードでも文武を翻弄してきた蓮賀が左打席に立つ。

「才田だったか? お前はいい投手だったぜ。ここまで見極めるのに時間がかかるとは思わなかったぜ」

「・・・それは誉め言葉として受け取ってもいいかい?」

「ああ。俺にとっちゃ最高の誉め言葉のつもりだ」

「悪いけど、まだ負けるつもりは、」

 才田はセットポジションからボールを投じる。

「無いんだよ!」ズドン!!

「ス、ストライク!!」

 才田はここで今日1番のストレートの走りを見せた。

「ほう、まだこんな球投げれるのか」

「俺たちも負けるわけにはいかないんでね」

 続く2球目もストレート。これは差し込まれファール。その後1球外れてカウントは1-2。

「(これで決める!!)」

 才田と福井が選択した4球目はVスライダー。高さもコースも完璧。ここ一番で最高のボールを投げ込んだ。

「・・・お前ならそのコースに決められると思ってたぜ!」

「なにっ・・・!?」

 その完璧なVスライダーを、蓮賀は一振りで捉えた。

カキ――――ンッ!! と快音を響かせ打球はバックスクリーンに直撃する。

「ぎゃ、逆転だー!!」

「逆転満塁ホームラン!!」

 

「これほどとは・・・、読み違えたな・・・」

「ははは、あそこまで飛ばされちゃ、逆に呆れて来るや・・・」

「ここまでアンビリーバブルな奴だとはな・・・」

 文武の心もへし折る一撃。それでも才田はこの後も投げ続けたがその後も追加点が入り、9回にはパピヨンがリリーフして打線が逆転することは叶わず、8-3で試合は終了したのだった。

 

*      *      *       *

 

「結局ワンサイドゲームだったね・・・」

「銭形が出てくるかがわからねーけど、基本的には秋内、パピヨンの好投手2人。それに加えて大鐘、宝塚、蓮賀に注意しねえとな」

「・・・あ、君たちは確か聖森の・・・」

「「才田!?」」

 松浪と夏穂が出会ったのは文武のマウンドに立ち続けた男、才田だった。

「君たちともう一回やりたかったんだけど、この様さ。本当に情けない」

「ああ、俺たちもお前らにリベンジしたかった」

「他のメンバーはいいの?」

「みんなしっかりしてるからな、意外と。・・・まあ、変な奴も多いけど。・・・それと蓮賀だったか。あいつは相当ヤバイ」

「ああ、知ってる。あいつは元チームメイトだしな。とはいえ、あれほどとは俺も驚いてる」

「あいつは単純に打撃がすごい、とかリードがすごい、とかいうよりも・・・何と言うか・・・」

少し才田は考えてから松浪たちに告げた。

「先回りされてる、って感じだった」

「「先回り?」」

「ああ。こっちが何かしようとしたら、その対策をするんじゃなくてそれを受けた上で返しの一手を用意してる。・・・上手くは言えないけど・・・、まあ、がんばってくれ。応援してるよ」

「ああ」

「ありがとね!」

 そう言って二人は才田と別れた。

「さて、何をしてこようがあいつらを倒して決勝へ。そして甲子園に行くぞ!」

「当然!」

 

*       *       *       *

 

 その2日後・・・、県内でも最も大きな球場。その名もドリームフィールド夢ヶ咲。天然芝の使われている綺麗な球場でプロ球団“夢ヶ咲タイガース”の本拠地。夢尾井と地名が似てるけどそれは隣の市だから。この辺りは“夢”が入る地名が結構並んでるロマンチックな地域だったりする。

 それはさておいてプロも使用する球場で準決勝、決勝を戦うことになった。しかもここからはテレビ中継もされるそうだ。そして準決勝の相手は準々決勝にて文武高校を破ったくろがね商業。そして試合開始の時刻が近づき、間も無く両校のオーダーが発表された。

 先攻 くろがね商業高校

1番 ライト    大鐘

2番 センター   矢部兼

3番 レフト    宝塚

4番 キャッチャー 蓮賀

5番 ショート   パピヨン

6番 サード    祝井

7番 ファースト  佐藤

8番 ピッチャー  秋内

9番 セカンド   大村

 

 後攻 聖森学園高校

 1番 ショート   梅田

 2番 セカンド   椿

 3番 サード    桜井満

 4番 ファースト  竹原

 5番 キャッチャー 松浪

 6番 ピッチャー  杉浦

 7番 ライト    空川

 8番 レフト    初芝

 9番 センター   露見

 

 くろがねが少しオーダーをいじり、こちらは先発が杉浦くんである以外は大きな変化はない。

「松浪。この試合、楽しめよ。・・・お前らの最後の試合になるぜ」

「その大口叩きは昔から直ってねーな・・・」

「悪いが事実になるさ」

トモと蓮賀が火花を散らす。この試合は2人にとっても大事な試合になりそうだ。

 そして、プレイボールとなった。

 先攻はくろがねで、右打席に立つのは大鐘。ぽっちゃりした体格だが前の試合を見た限りは抜け目の無い実力をした万能型の選手だ。

「さああ、きばってこー! 杉浦くん!」

「初回、大事に行きまししょう! 杉浦さん!」

 ベンチから百合亜と一緒に声援を飛ばす。試合前の様子を見ていたら相当気合が入っていた。それが空回りしてないといいんだけど・・・、

ズバン!!「ストライク!」

 どうやら杞憂だったみたい。初球から代名詞とも言えるインコースへのストレートを決める。いい感じにテンションが上がってるのだろう。

「どりゃあ!!」ズバーーン!!「ストライク、ツー!!」

「むむむ、これは想像以上ですね」

 打席の大鐘も事前の情報以上の投手であると気付いたのか、ミートに徹しようとしたけど、

「! カーブ!」

 ここで得意球の大きなカーブを低めに決めて空振りの三振。さらに2番の矢部兼にもカーブで追い込むと、インハイのまっすぐで2者連続で三振を奪う。3番の宝塚はスイッチヒッターで左打席に立った。杉浦くんは宝塚にはにはカーブをうまく見極められ、カウント3-2。そして6球目には外角から入る大きなカーブ。宝塚はうまくバットに合わせてファールにして見せる。

「いいカーブだけどこれじゃボクは打ち取れないよ」

「さあ、どうかな?」

 杉浦くんは7球目にも外角から同じようにカーブを投じた。

「だからそのボールは・・・!」

 宝塚は大きく踏み込み打ちに行った。しかしこのカーブはあまり曲がらずに外のボールゾーンに構えられたトモのミットに収まった。

「曲がらなかったでやんす!?」

「あれ、杉浦くんがずっと練習してた小さいスローカーブだね」

 スローカーブは本来変化の大きな球種だけど、杉浦くんはそれをあえて小さなものにすることで得意のカーブとの区別化をしたみたい。

「よっしゃああ!」

「ナイスピー杉浦!」

 

「珍しいね。月斗がボールを振らされて三振なんて」

「あの野郎にうまくやられたな。まあ仕方ねえ部分はあるが」

「蓮賀、どういう意味だい?」

「あの大きめのカーブと小さめのカーブはグラウンドレベルで見ねえと違いが分からなかったからな」

「なるほどね」

「まあ打ち崩すのは俺らの仕事だ。秋内、お前は自分の仕事に集中しろ」

「オーケーオーケー。やってみせるよ」

 

カキン!!

「あれ?」

 1回の裏、先頭の風太に初球をヒットにされると、

カツン!

「むむ、仕方ない」

 2番の姫華にきっちり送られる。

蓮賀は早めにマウンドの秋内に駆け寄った。

「おい、あっさりピンチになってんじゃねえか!」

「スライダーをこうも簡単に打たれるとはね・・・」

「まあそれはあるかもしれねえな・・・」

「・・・シュートは出し惜しみできないね」

「仕方ねえ。ガンガン出していくからしっかり投げてこい!」

「分かった!」

 

「(1アウト、2塁。風太さんの足ならワンヒットで帰ってこれるはず・・・!)」

 打席に立つ満は冷静に秋内を分析する。しかしその初球はインコースへのストレートだった。

「ッ!」

「ストライーク!!」

 プレートの3塁側を踏みながら、サイドハンドで投じてくる秋内の内角へのストレートは左打者の満から見ると想像以上に角度があった。

「(あれは張らずに打ちに行ったら間違いなく詰まる・・・!)」

 続くボールもインコースへ。先ほどのボールより打ちに向かってきた。

「(! これは当たる!?)」

 思わず満は身を引いたが、そこからボールはインコースに構えたミットに吸い込まれるように曲がった。

「ストライク、ツー!」

「なっ!?」

「あの配球は相当面倒だね・・・」

「あのシュートは一筋縄ではいかねえな・・・」

「(ぐっ・・・、内か? 外か? 全然わからない・・・!)」

「(へへっ、迷え迷え・・・)」

 そして3球目は外角へのストレートだった。しかし満は手が出ず、見逃し三振。インコースが目に焼き付いて外のボールが遠く感じたのだった。

 2アウトになって竹原が打席に立つ。そしてまたしてもインコースへとストレートが続く。そして1-1の平行カウントからの3球目、ボールは真ん中よりのコースへとやってきた。

「(これは捉える!)」

 竹原はフルスイングしたがボールは急激にシュート方向に曲がり、竹原の足に当たった。

「うおっ!?」

「しまった!」

 当たったボールは1塁側へと転がっていく。慌てて蓮賀は拾いに行くが風太は3塁を陥れた。しかし今のシュートは聖森側の選手に強烈なイメージをつけてしまう。

「(真ん中からバッターに当たるぐらい曲がっちまうのか・・・!)」

「(とんでもないキレでやんす・・・!)」

 そしてやはり竹原も腰が引けてしまったのか。外のスライダーに手を出し、空振り三振。2アウト3塁のチャンスは無得点に終わった。

「(この感じならしばらくは凌げる! あとはアイツを打ち崩すだけだ!)」

 

 しかしここから試合は硬直する。くろがねはヒットを出すものの、要所を好守に阻まれ点は奪えない。一方で秋内はヒットさえも碌に打たせぬ好投を見せた。5回までに聖森の出したヒットは初回の風太と4回の竹原のみ。

そして6回の表。先頭の矢部兼は三振に仕留めるも宝塚にインコースの真っすぐを弾き返されてツーベースを浴びる。1アウトランナー2塁で打席に迎えるのは4番の蓮賀。

「(嫌なところで回ってくんなー、こいつ)」

「(ここで点を取れれば流れは間違いなくこっちに来る!)」

 松浪、蓮賀の両名はそれぞれ考える。松浪は敬遠するかの選択肢も頭にあったが、

「(かといってここで逃げてたらこの後に差し障る! ここは抑えに行く!)」

「(当然だぜ!)」

 杉浦は松浪のサインに頷き、初球を投じる。アウトコースいっぱいへの際どいコースはボールの判定。

「(今の、入っててほしかったな・・・)」

 続く2球目は大きなカーブでストライクを稼ぐ。カウントは1-1。

松浪のサインは内角低めへのツーシーム。杉浦は思い切って腕を振り、サイン通りに投じた。

「この程度か! 甘いぜ!」カッキーーン!!

「「!!」」

 蓮賀はツーシームを下からすくい上げるようにして捉えた。快音を響かせた打球は左中間を真っ二つに。

「くろがね商業! 主砲、蓮賀のセンターへのタイムリーツーベースで先制―!! 均衡を崩したのはチームの柱、蓮賀。この男だったー!」

 中継をしている実況者がテンションを上げて伝えている。それだけにこの1点は大きい。

「(こんなことで・・・、この程度で・・・、)」

 続くパピヨンも強打者。しかし、杉浦は臆することなく立ち向かった。

「折れてたまるかってんだよおお!!!」

「甘い!」

 パピヨンはやや甘く入ったストレートをジャストミート。快音を響かせた打球はセンターへと抜ける・・・、と思われたが。

バシッ!!

「「!」」

 杉浦が手を伸ばしそれをつかみ取っていた。そしてそのまま2塁へと送球。ランナーの蓮賀は戻り切れずにダブルプレーとなった。

「ナイスキャッチ! 杉浦!」

「よく反応したね~」

「へへっ、なんか手を伸ばしたら入ってたぜ。それより、悪い。1点取られちまった」

「まだ1点だよ! それくらいサクッと返そう!」

「「「おおおっ!!」」」

 しかし6回の攻撃もあっさりツーアウト。姫華が内野安打で出塁するも満は芯で捉えた当たりがセンタライナーとなり無得点。7回の表は杉浦が立ち直り、三者凡退に抑えた。

 7回の裏。先頭の竹原はサードフライに倒れ、迎えるのは5番の松浪。

「松浪、そろそろ決めさせてもらうぜ」

「いや・・・、そろそろこっちも反撃させてもらうぜ・・・!」

「へっ、言ってろ・・・」

 初球、秋内が投じたのはインコースへのスライダー。松浪は体を引くがストライク。続く2球目はストレートを外してカウント1-1.

「(さっきの打席、コイツは打ち取りはしたがいい当たりを打っている。そん時はストレートだった。ストレートでストライクを取るのは避けたい・・・)」

 となるとスライダーかシュートのどちらか。蓮賀が選んだのは・・・、

「(外から入るシュート! 簡単にヒットにはできねえはずだ!)」

 秋内は頷いてサイン通りの球を投げる。しかし松浪は迷わず踏み込んでいた。

「なにっ!?」

カッキーン!

 松浪は外のボールゾーンから入ってきたシュートをうまくバットに乗せてライト線へと弾き返す。松浪は一気に2塁へと到達。1アウト2塁のチャンスが訪れた。

「(ちっ、配球が単調だったか?)」

「(・・・焦ってストライク取る必要なかったろうに)」

 杉浦は送りバントを決め、2アウトながら3塁のチャンスを得た。

「恵―! いっけー!!」

「かっ飛ばせでやんす!!」

応援の声が飛ぶがここまでの恵はショートゴロと三振。シュートとストレートのコンビネーションにやられていた。

「(スライダーだけは違うってわかるんだけど~、シュートとストレートの区別がつかないんだよね~)」

 恵の中ではスライダーは軌道が違うのでわかると判断したが問題はストレートとシュート。途中まで区別がつけづらく、どちらかに決めつけてしまうとまず打てない。そしてこの打席も追い込まれてカウントは1-2。

「(スライダーは今来たから、次は多分シュートかストレート・・・)」

 秋内が投じる5球目、恵は一つの賭けに出た。追い込まれている以上、どちらかに張るのは危険。だったら・・・、

「(シュートとストレートの間ぐらいを・・・!)」

 恵は絶対に逃せないこのチャンスでも、己を貫き通す。

「(全力の、フルスイング!!)」

 結論から言えば来たボールはストレートで、恵はバットの根っこでボールを捉えた。

「いっけえええ!!」

 鈍い音を響かせた打球はふらふらと力なく上がった。くろがね商業のバッテリーは打ち取ったと確信した、しかし・・・、

「打球は・・・、ふらふらと、意外と伸びます!」

 実況がそう伝えると同時に・・・、打球は追いかけていた佐藤と大村のわずかに後方にポトリと落ちた。

「なんだと!?」

「よっしゃ~!」

「聖森学園! 7番空川の意地のタイムリーで同点! 試合を振り出しに戻しました!!」

「(くそっ、フルスイングをした分、打球が伸びたのか! ・・・敵ながらこの場面であれだけ振れるのはあっぱれだぜ。・・・だがここで止める!)」

 ここでくろがねベンチが動く。蓮賀はそれに驚いて監督を見た。

「監督! ここで代えるんすか!? まだ秋内はいけるッスよ!」

「流れは向こうに来ている。・・・これを断ち切るにはパピヨンを出して捻じ伏せて貰う他ない」

「しかし秋内はまだ・・・。それにパピヨンも・・・」

「分かっている。だから秋内もフィールドに残すさ」

 

「くろがね商業高校、シートの変更を行います。レフトの宝塚くんがショート、ショートのパピヨンくんがピッチャー。ピッチャーの秋内くんがレフトに入ります」

「ここで代えてくるか・・・」

「パピヨンもかなり手ごわいよね・・・」

「ああ、だがとりあえず追いつけた。試合はまだまだこれからだぜ」

 マウンドに立ったパピヨンは先頭の初芝に対してストレートで真っ向勝負を挑む。最速148キロをマークした直球攻めの後に大きく落ちるドロップカーブを決められ、初芝は三振に倒れた。

 8回の杉浦はツーシームが冴えわたり、大鐘を打ち取った後に矢部兼にフォアボールを出すが、宝塚にツーシームを引っ掛けさせてゲッツーを奪い、無失点で切り抜けた。

 

「よし! 流れは来てる!」

「一気に押し切るぞ!!」

 聖森学園のムードが高まりつつある中、榊原監督がカードを切った。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。バッター、露見さんに代わりまして、冷泉くん。背番号、14」

 代打に送られたのは冷泉。マウンドのパピヨンを一度見やると一度大きく深呼吸して打席に立つ。

「(こいつが聖森のゴールデンルーキー。何度か代打で出てるが、相手が相手だったし、当てになんねえ。・・・様子見するか?)」

 蓮賀はアウトローにストレートを要求した。パピヨンは頷いてボールを投じる。

「思ったより、単純ッスね!!」カッキーーン!!

「うお!?」

 アウトロー、147キロをマークしたストレートを冷泉は軽々と打ち返して三遊間を破って見せた。

「(あいつ、マジで直球には滅法強いんだな)」

 そしてすかさず代走が送られる。冷泉は渋ったが、代わりのランナーを見て渋々納得する。

「1塁ランナー、冷泉くんに代わりまして矢部川くん。背番号17。」

 登場したのは俊足の矢部川。パピヨンも執拗にけん制して盗塁を警戒する。

「(このレベルの代打がいたとは想定外だった。にしてもやべえな)」

 パピヨンが投じると同時に矢部川もスタートを切った。

「初球スチール! なめんじゃねえ!!」

蓮賀も無駄なく2塁へ送球、矢部川は頭から滑り込んだ。

「セーーフ!!」

「ナイスラン矢部川!」

「男だね!!」

 0アウト2塁。風太はバントの構え、パピヨンが投じたのは・・・、

「やべっ! インハイ!」

 慌ててバットを引くがノビのあるストレートが引ききれなかったバットに当たってしまった。力なく上がった打球は蓮賀がつかみ、ワンアウト。

「(よし、これで・・・)」

 安堵した蓮賀だったがすぐさま再び苦しくなる。姫華は必死にパピヨンのボールに食らいつき、粘る。これは蓮賀が危惧していたことの一つ。

 パピヨンのスタミナ不足だ。

 度重なる連戦を最初は銭形とパピヨンで、ここ2試合は秋内とパピヨンで戦ってきた。元々パピヨンはスタミナがある方では無い。打撃、走塁、守備、投球。このいずれもチームを引っ張る彼は練習時間が限られてしまう。そのうえ野手としても出場。だからこそ蓮賀はパピヨンの起用法を守護神に限定しておきたかった。しかし、今日の試合の状況がその判断を焦らせてしまった。

 ただでさえ厳しいこのスタミナ事情にさらに粘られるのは辛い。

「ボール! フォア!」

「よし! よく粘った、姫華!」

 10球投げさせられ、フォアボール。1アウト1、2塁。ここで迎えるのはここまでノーヒット。しかし前の打席でセンターライナーを放った満。

「(理想はゲッツー・・・、最悪2アウト1.2塁になりゃいい!)」

 パピヨンの初球はフォークが抜けてボール。明らかにパピヨンは疲れてきている。

「(頼む、ここは何とか耐えてくれ!)」

「(分かっている。私はこのチームを勝たせるためにここに来たんだ! こんなことで!)」

 パピヨンの投じたボールは球威こそ衰えていなかったがやや真ん中に寄った。

「(やべえ!)」

 満はそれを芯で捉え、弾き返す。会心の当たりだったが矢部兼の守備範囲だった。これで2アウト。

「大―!! 打てー!!」

「負けるなー!」

 打席には4番の竹原。パピヨンはストレートで何とか追い込む。危ないファールも打たれていたがカウント1-2は俄然投手有利。

「(ここで・・・、断ち切る!)」

 パピヨンが投じたのはドロップカーブ、しかしそれはまたしても真ん中に寄ってしまった。

「(大きいのは、必要ない!)」

 竹原は真ん中に入ってきたドロップカーブを軽打する。打球はレフトへ―。

「バックホーム!!」

 秋内が猛チャージしてボールをホームへと転送。さすが投手だけあって好返球が返ってきた。突入してきた矢部川も迷わず3塁を蹴った分、タイミングは際どい。

「(ぜってー止める!!)」

「(絶対に帰って見せるでやんす!)」

 蓮賀はホームを守る門番として、矢部川はずっと磨いてきた自分の武器を最大に発揮するため。2人は互いにこのプレーで負けるわけにはいかなかった。

「「うおおおおお!!!」」

蓮賀は送球を捕球すると矢部川をアウトにすべく手を伸ばす。タイミングは完全にアウトだ。そう確信した蓮賀だったが矢部川はグラウンドの内側から飛びついて手を伸ばした。

 砂埃が舞い、グラウンドが静まり返った。その静寂を破ったのは主審のコール。

「セ―――フ!!!」

「勝ち越し! 勝ち越しです! 代走の矢部川が執念でセーフをもぎ取りました! キャッチャーのタッチをかいくぐる素晴らしい走塁―!!」

「やられたっ・・・」

 聖森はついに大きな1点をもぎ取ったのだった。

 

 そして最終回、聖森学園は再び選手を代える。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。代走しました矢部川くんがそのまま入りセンター。ピッチャー、杉浦くんに代わりまして、桜井夏穂さん。ピッチャー桜井さん。背番号1」

 球場は大きな歓声に包まれた。ここまで度々好投を見せてきた夏穂はその実力とルックスから少しづつ人気を集めていた。そして迎える先頭打者は・・・、蓮賀。

「まだ終わってない! お前を打ち崩してやらあ!!」

 蓮賀は気合を入れて打席に立つ。もうあれこれ考えない。ただ目の前の投手と戦うだけだ。

 その初球、糸を引くような軌道のストレートはミットを大きく鳴らした。

「ストライーク!!」

 スピードガンは138キロを示し、蓮賀は納得する。

「(なぜこの程度の球速を多くの打者が空ぶってきたのか。よくわかったぜ。確かに、球速以上に速く見えるな・・・)」

 続く2球目も振っていくが今度はスライダー。ファールが1塁側へと飛んだ。夏穂は大きく振りかぶり、3球目を投じる。ボールは3球勝負の、ストレート。

「舐めるんじゃねえええ!!」

 蓮賀はタイミングを早めに取って、138キロのタイミングでなく、見た目通りの球速のタイミングでバットを振った。タイミングはバッチリだった。しかしバットに感触は無い。

 夏穂のストレートは、蓮賀のバットの上を通過してミットに収まった。

「ストライーク!! バッターアウト!!」

 わあっ、とスタンドが盛り上がる。蓮賀を打ち取った夏穂のストレート。バックスクリーンに表示された球速は、140キロだった。

 

 パピヨンも三振に切って取り、6番の祝井も追い込んだ。その様子を杉浦はベンチから眺めていた。気づけば夏穂はずっと大きな存在になっていた。

 入学当初。自分を含めて投手は4人。高校野球では少なくても投手は3人はいる。そして自分の同学年の投手は女子。負けるわけないと思っていた。実際、秋はベンチ入りを果たせた。しかし、夏にはその夏穂にベンチ入りの座を奪われた。そして気づけば、投手陣は激しい競争となっていた。ストレートの質で他を圧倒する夏穂、豪速球が武器の白石、投球術で勝負する久米。気づけば置いて行かれていた。そして夏の背番号が決まった後、杉浦はあることを悟った。

 自分では、主役になれない。昔の自分ならそんな事実、認めなかっただろう。だがこのチームで2年半、仲間たちと切磋琢磨した杉浦はこう考えるようになった。

――こいつらと、頂点を目指したい。

 だからこそ、今日の試合の先発を伝えられた時、こう決意した。

――今日の試合、他の奴らを休ませてやる。

 その決意で今日の試合、気合と根性で8回、126球を投げぬいた。明日は投げれないかもしれない。でもそれでも良かった。

 夏穂がカウント2-2からボールを投じる。

――桜井、久米、白石。決勝は任せたぜ・・・!

 

 夏穂のストレートがミットを鳴らし、主審が試合終了を告げた。球場が歓喜と悲鳴で包まれた。

 

 全国高校野球選手権大会 県大会準決勝

くろがね 000001000 1

聖森学園 00000011× 2

 

 

*         *       *       *

 

 試合終了後、整列を終え悔しがる選手がいる中、蓮賀はある人物のもとへと向かった。

「おい、矢部川・・・、だったか」

「? な、なんでやんすか?」

「別に因縁つけようとかそういうんじゃねえよ。・・・なんであの時、“内に”飛んだ?」

 ホームのクロスプレーで滑り込むときは外から回るのが一般的だ。追いタッチとみなされ、セーフになる確率が高いためだ。

「・・・松浪くんが教えてくれたでやんすよ」

「・・・あいつが?」

「やんす。あのとき・・・」

 

――「代走、矢部川行くぞ」

「はい! でやんす」

「ちょっといいか? 矢部川」

「なんでやんすか?」

「もしクロスプレーになりそうになったらな・・・」

「そ、それは怖いでやんす・・・。あの蓮賀くん、怖いでやんすし・・・」

「大丈夫だ。あいつはな・・・、くそ真面目なんだ」

「あれで、でやんすか?」

「ああ、だからあいつはクロスプレーになったら、必ず一回体を引く」

「どうして・・・、あっ、コリジョンルールでやんすか!?」

 コリジョンルールとはキャッチャーとランナーの交錯による負傷を防ぐためのルールで、原則キャッチャーはブロックしてはいけないということになる。

「ああ、さじ加減は審判次第だが・・・、あいつは中学の時から必要以上に守るんだ。だから、かならずあいつは、ベースを開けるために一歩下がる」――

 

「・・・そうか、あいつが・・・」

 そう言って蓮賀は松浪の元へ向かった。

「・・・蓮賀」

「負けんなよ、俺以外・・・、いや俺たち以外に・・・」

「当然だ。頂点取るに決まってんだろ」

「俺は結局、お前に勝てなかった。だが、だからこそ得られたものもあった。・・・だからお前には感謝してるぜ。・・・じゃあな」

「ああ・・・」

そう言って蓮賀は去って行った。

「(金が全てのこの高校で、俺は金じゃどうにもできないことの大事さを知った。信頼、これもそうだが・・・、もうひとつ・・・、“共に何かを目指した仲間”、これだけはいくら金を積んだって得られない。・・・帰るか、仲間のところに)」

 去って行った蓮賀を見送った松浪は言葉にはしなかったが思ったことがあった。

「(蓮賀、お前は強いやつだ、スタメン争いに敗れた後でも必死に打撃を磨いて、外野のスタメンの座を勝ち取った。果たして俺が同じ境遇ならそうできたかわからねえ。・・・だから俺も感謝してる。・・・ありがとうな、蓮賀。)」

 

 かくして聖森学園は決勝への切符を掴んだ。・・・甲子園まで、あと一つ。

 




 気づいたらすごく長くなってました。矢部兼って2013ではキャッチャーなんですけど、登場キャラの都合で矢部的な感じに扱いました。今回は脇役にスポットライト当てた感じでしたね。
 今回のおまけはオリジナル選手である蓮賀と秋内です。その他メンバーは、パワプロアプリとかでもわかると思います。

 蓮賀堅介(れんがけんすけ) (3年) 右/左

 くろがね商業の正捕手で外野もこなす。松浪たちの元チームメイト。自分からスタメンを奪った松浪を強くライバル視していて強く当たりがち。口調の荒さから勘違いされがちだが、非常にまじめで不器用な男。ちなみにやりくり上手で、Kマネーと呼ばれる独自通貨を用いた生活は苦労していないどころかむしろ後輩たちにおごってやる余裕さえあり、慕われている。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 4 C A D B C C  捕C 外C 一E
パワーヒッター 広角打法 チャンス〇 三振 キャッチャー〇 慎重打法 選球眼
強振多用 積極守備

 秋内信(あきうちしん) (3年) 右/右

 くろがね商業のエース。監督やチームメイトから大きな信頼を受けている。
 優しい性格だが強気にインコースを攻めることもしばしば。蓮賀が本音を話せる数少ない男。

 球速    スタ コン
140㎞/h  C  A
 スライダー 3
 シュート  6
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 2 C D C B C C  投C 外D
驚異の切れ味 内角〇 逃げ球 奪三振 変化球中心
流し打ち 盗塁〇 バント〇

 
 次こそもう少し早く更新したいなあ・・・と思います。ではまた次回もお願いします!


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29 いざ! 決戦の舞台へ!

 また遅くなってしまいました(もはや定期)。話を忘れかけている人は読み返してみてください・・・。そんな長くはないはず・・・。


「そうか、あいつらは決勝まで来たか・・・」

「ああ、みたいだな」

「へへっ、やっとだ。リベンジを果たせる!」

「お前、頑張ってきてたしな」

 準決勝第2試合開始前の関明大学附属高校のベンチでは中之島の強い意気込みが語られていた。それに頷くのは副主将になった倉山だ。昨年の準決勝、関明大学附属は聖森学園を圧倒的な力でねじ伏せた。その一方で中之島は夏穂―松浪バッテリーに三振を喫した。その悔しさが中之島という男を変えた。

 先代が甲子園のベスト4で夏を終え、キャプテンに指名されると、今までの他人を見下す態度は影を潜め、積極的に他の選手と練習を共にするようになった。協調性の無かった中之島の変貌はチームを中之島のワンマンチーム化から救い、昨年に劣らぬチームが出来上がった。

「今日の聖ジャスミンに勝って、決勝。そしてあいつらも倒して甲子園だ!」

「ああ。だけどジャスミンも侮れないぜ。あいつら、選手のほとんどは女子選手で、しかもここまでかなりの差をつけて他のチームを退けてきている。・・・激闘第一もやられた」

「へえ・・・、何か仕掛けがあるみてえだな・・・」

 

 そして間もなくプレーボールの時間。夏穂たちはスタンドから決勝の相手が決まる戦いを見守っていた。

「聖ジャスミン・・・か」

「知ってるのか? 夏穂?」

「あれ、トモに話してなかったっけ? 何回かジャスミンのヒロ・・・太刀川っていう選手と知り合ったんだ」

「データを見る限り背番号1、エースってことか」

「みたいだね、どんな球投げるんだろう?」

 聖ジャスミンは激闘第一を破って準決勝に上がってきていた。果たしてどのような戦いを見せるのだろう?

「お、スタメン発表だな」

 

 先攻、聖ジャスミン高校

1番 ショート   東出

2番 セカンド   小山

3番 ライト    美藤

4番 サード    大空

5番 レフト    柳生

6番 キャッチャー 小鷹

7番 ファースト  川星

8番 センター   矢部田

9番 ピッチャー  泊方

 

 後攻、関明大学附属高校

1番 センター   倉山

2番 ショート   権田

3番 セカンド   朝木

4番 サード    中之島

5番 ファースト  山際

6番 レフト    春山

7番 ライト    内崎

8番 ピッチャー  菊地

9番 キャッチャー 住田

 

「ヒロはベンチかー」

「泊方も何回か投げているけど、良さげだぜ」

 

 そして試合開始、先攻は聖ジャスミン。1番の東出が左打席に立つ。東出は聖ジャスミンで唯一の男子選手である。

「東出・・・、どっかで聞いたことあるんだけどな・・・」

「中学の時とか?」

「ああ・・・、あっ。思い出した。でもあいつは確か・・・」

キイイン!!

「打ちました! 先頭の東出、初球をレフト前に弾き返した!」

 スマホから流していたラジオ放送の実況が騒ぐ。お手本のような流し打ち。関明大学附属のエース、菊地は最速147キロの速球と鋭い高速スライダーを武器とする本格派左腕。その外角低めへのストレートをあっさりと打ち返したのだった。続く小山は簡単に送りバントを決める。聖ジャスミンは簡単にチャンスを作って見せた。ここで3番の美藤を迎える。その構えは・・・、

「ノーステップ打法・・・」

「あれはどっちかというとソフトボールの打ち方に近いな・・・」

 菊地は初球は146キロのストレートから入ってきた。美藤はこれをあっさり見送った。菊地は強気にインコースを攻めていくが・・・、

「ふっ!」カッキーン!!

 美藤はインコースのストレートをセンターへと弾き返した。ノーステップ打法は体重移動のためのステップを無くすことで安定感を増し、ミート力を向上する打法。加えてこの美藤という選手の実力もかなりのものであると伺える。

 さらに打席には4番の大空が立つ。

「(これ以上、女に負けてたまるかよっ!!)」

「(バカ! 相手の4番に真っ向勝負はダメだって!)」

 しかしキャッチャー住田のサインに菊地は一向に頷かず、住田はやむなくストレートのサインを出した。

「ミヨちゃんを~、甘く見ちゃだめですよ~」

 すると大空はほんわかした雰囲気からは想像できないほどの豪快なスイングで140キロ後半のストレートを軽々とフェンス前まで持って行った。さらに続く柳生も鋭いスイングで甘く入ったカーブを捉えて走者一掃。この回だけで3点入ったのだった。

 そして1回の裏、マウンドには泊方が上がるが・・・、

「わ、私じゃ無理だよ・・・」

「いいからしっかりしなさい! アンタがしっかりしないと決勝にも行けないの!」

「で、でも・・・、私なんかが・・・」

「私の構えたところに目一杯投げなさい! もっと自信持ちなさい!」

「う、うん・・・」

 えらく弱気な泊方をキャッチャーの小鷹が強気な言葉を投げる。

 そして試合が再開される。そしてその泊方の投球は精密なコントロールで徹底してアウトローを攻めていく。先頭の倉山、続く権田も打ち取っていく。そして3番朝木もあっさり詰まらされてサードゴロに倒れた。

 2回の裏に先頭の中之島は前の回の3人の抑えられ方を見て泊方の投球術を予想する。

「(アウトローにストレートを集めてるように見えて密かにカットボールを混ぜてるな・・・。だが俺のミート力ならどちらにも対応できる!)」

 泊方の初球は再びアウトローへのストレート。中之島はそれを確実にとらえヒットにする。しかし・・・、

「くっ・・・!」

「あのバカッ・・・!」

 続く山際はあっさりと併殺に倒れる。結局突破口にはならなかった。

「(山際のヤロー、早打ちはよせって言ったのによ・・・)」

 以前の中之島なら怒っていただろうが、今の中之島はチームの士気を考えて動ける。

「お前ら! まだ3点だ! ウチの打線ならこんなの無いようなもんだ! 菊地! 次の回、しっかり抑えてくれよ!」

「おう! 任せろ!」

 

「なんだか雰囲気変わったね。中之島」

「ああ、前は俺様系のワンマン野郎だったけど・・・、今のアイツはまさにチームを引っ張る精神的支柱だな」

 一方、始めは弱気だった泊方だったが4回に中之島の2打席目を迎えた時・・・、

「そろそろ捕まえさせてもらうぜ・・・!」

 そう挑発的に泊方を睨んで威圧しようとした中之島だったがマウンド上の泊方を見て、驚愕する。先ほどまでとなんだか雰囲気が違う。

「にゃははは・・・」

「は?」

「にゃははは! 明日音ちゃん! 絶・好・調! 打たれる気しないぞー!! にゃはっ!」

「なんなんだ、こりゃ?」

「明日音はさ、オンオフが激しすぎんのよね・・・、がっかりしたり、ウキウキしたり・・・、まあ見てて飽きないんだけど」

 小鷹は戸惑う中之島に説明する。そして変わったのは雰囲気だけではなかった。

「ぐっ!?」

「ストライク!」

 先ほどとは打って変わってインコースへとストレートが投じられる。そして中之島はインコースのカットボールに詰まらされてショートゴロに打ち取られた。

 一転して攻め方が変わり、内に外に投げ分けられ始め、関明大学附属打線は7回の春山のホームランによる1点に抑えられていた。一方で菊地も序盤以降はピンチを背負うも勝負所はストレートで押し切って無失点で切り抜けていた。

 9回・・・、追い詰められた関明だったが2アウトランナー1,2塁のチャンスを作り打席には中之島を迎えていた。長打が出れば同点、ホームランで逆転の場面。

「ぜってー打つ! こんなところで終わってたまるか!」

「・・・明日音は限界みたいね、カントク!」

「よし、ピッチャー交代だ。太刀川!」

「はいっ!」

 

 ここでエースナンバーを背負った太刀川、ヒロがマウンドに上がった。果たしてどんなピッチングをするのか?

「さあ、行くよ!」

「ついに出てきやがったな。お前を打ってこの試合は俺たちが制する!」

 ヒロはセットポジションから投じたのは・・・、

「ストレートだ!」

「しかも結構速い!」

 

 ミットに突き刺さったストレートの球速は137キロと表示された。

「どこかアイツに似てやがるな・・・」

 中之島は太刀川の球筋を見て、ふと考えた。これは夏穂のストレートとどこか似ていた。

「(球速以上に速く見える・・・、だがアイツだと思えば打てなくはねえ!)」

 続く2球目もインコースにストレートがやってくる。

「(振り遅れるな、球速よりも速く打つ!)」

 タイミングは完璧に捉えた。快音が響き、打球はレフトへ伸びていった、が・・・。

 レフトの柳生の足が止まった。そして打球はグラブに収まった。

「アウト! ゲームセット!」

「(バカな・・・!? 完璧に捉えたはずなのに・・・! ボールが、重い!?)」

 整列を終え、泣き崩れる関明大学附属の面々。その中で中之島はチームメイトに声をかける。

「お前ら! とにかくまずは応援してくれたスタンドに挨拶するぞ!」

 中之島は最後までキャプテンとして役目を果たす。その姿はやはり今までの彼とは別人だった。

 

 結局、聖ジャスミンは関明大学附属を3-1で下し、決勝は聖森学園と聖ジャスミンという共に決勝初進出のチームとなった。決勝は翌日。これを制した方が甲子園へ行ける。

 

 その日の夕方。メンバーのほとんどはグラウンドに戻って軽く体を動かしていた。明日のオーダーも既に伝えられており、各々がベストを尽くすために調整している。

 そんな中、夏穂はバットを振っていた。投げるのは明日に備えてあまり出来ないが素振りをしておくのはできる。それに何かしていないと落ち着かなかった。

「ねえ、トモ」

 夏穂は隣で同じく素振りをする松浪に声を掛けた。

「なんだよ?」

「今日でもしかしたらここで練習できるのも最後かもしれないな、って」

「何言ってんだ。・・・勝って次はここで甲子園に向けて練習する。そうだろ?」

「・・・ん。そうだね」

「へへ、らしくないな。お前が感傷的になるなんて似合わんぜ?」

「失礼な。私だってそういう感情持ち合わせてるよ!」

 気合を示すようにひときわ強く夏穂はバットを振るう。

「勝とうね。明日」

「当然! 負けるつもりなんてねーよ!」

 

 

*       *        *        *

 

 決勝戦当日。天候は気持ちのいい快晴。今日も暑くなりそう。そして球場には意外な人たちがたくさん来ていた。

「! 父さん! 母さん!」

「本当だ! 見に来てくれたの!?」

 なんと、お父さんとお母さんがわざわざ見に来てくれた。

「なんといっても娘たちと息子の晴れ舞台だしな。親として見に来んとな」

「「・・・娘“たち”?」」

「なんだ? 聞いてないのかい?」

「あ! みんなー! ここにいたんだね!」

 すると大声でこっちの方へとパタパタと走ってやってきたのは・・・

「こ、小春!?」

「そのユニフォーム、ジャスミンの!? なんで着てるんだよ!?」

「えへへ、実はね。ウチの野球部にはソフトボール部から何人か参加してて、キャプテン、副キャプテンも兼部してるんだ。で、私もスカウトされたの」

「そ、そうだったんだ・・・」

「まあでも、ウチの野球部の3年生の人たち、ホントに凄いから。私の出る幕無いんだよー」

「なるほど・・・、でも私たちも負ける気は無いから!」

「ああ! ぜってー勝つ!」

「私も先輩たちを甲子園に連れてくために、出れた時はベスト尽くすから!」

 

 また別のところで・・・、

「! 親父! 見に来てくれたんだな・・・」

 松浪の父親も観戦に訪れていた。

「ああ。突然無名校に行くとか言ったときは何考えてるんだと思ったが・・・。ここまで来たんだな」

「・・・ああ。回り道はしたけど。一つ目の夢はそこまで来てる」

「男なら、その夢果たせよ。見守っててやるからな」

「ああ。見とけよ!」

 

 そして聖森学園が集合したところには・・・、

「よう久しぶりだな」

「岩井さん! それに、木寄さんに御林さんも!」

「他のみんなも後から来るそうよ。なんといっても後輩たちが甲子園掛けて戦ってるんだからね」

「みんな、たくましくなったねえ」

 聖森学園の1期生のOB、OGが集まった。両校共にOB・OGは少ないがその分、それぞれの高校の吹奏楽部に加え、他の部活の生徒たちも応援に駆け付けた。

 その他にも関明の中之島や激闘第一の大塔と少豪月、文武の才田や武、くろがねの蓮賀と秋内など、決勝に進んだ2校と死闘を繰り広げた面々。そして多くの高校野球ファンが集い球場は満員となった。そしてその観客の中にはプロのスカウトもいた。

 注目の決勝は満員の夢ヶ咲ドリームフィールドで始まろうとしていた・・・!

 

 

*        *      *        *

 

「いいか、いよいよ甲子園をかけた最後の試合だ。ここまで来た以上は小細工も俺にできることも限られてくる・・・。だからこそ、お前たち全員が持てる力を出し切り、自ら勝利を掴んで来い!」

「「「「おおおおお!!!!」」」」

 榊原監督の言葉に聖森学園の選手全員が強く返事をする。そして間もなくオーダーが発表されようとしていた。

 

「この試合、実況を担当させて頂く、響乃こころです! 互いに女性選手が多く所属しているという両校! 私も非常に気になっていたところ、なんと実況を務めさせていただくことになりました! 解説は元・海東学院高校監督の平野一騎さんに務めて頂きます! よろしくお願いします!」

「よろしく。にしても元気な娘さんだ。よっぽど野球が好きなようだ」

「はいっ! 大好きなんです! というのも私は高校時代から野球部でマネージャーを・・・、って、あっ! すみません! 話がそれてしまいました! これから両校のスタメンの紹介でした! まずは先攻の聖ジャスミン高校! 2年前に野球部が立ちあげられ、ソフトボール部とも協力し、多くの女子選手で構成されているチーム!

 1番、ショート、東出太陽くん! チーム唯一の男子選手! 俊足、巧打、強肩、好守と全てに秀でたオールラウンドプレーヤーでチームを引っ張るキャプテンです!

 2番、セカンド、小山雅さん! 驚異的なバットコントロールと守備範囲を持つ、東出くんとの黄金コンビ!

 3番、ライト、美藤千尋さん! 優れたミート力と勝負強さを兼ね備えた3番打者! 前の二人を塁に出すと非常に厄介です!

 4番、サード、大空美代子さん! 準決勝で剛腕菊地くんからフェンス直撃のツーベースを打つほどのパワーの持ち主!まさしく主砲!

 5番、レフト、柳生鞘花さん! 剣の道に生きる、剣道少女! 鋭いスイングは打球を簡単に外野まで運びます!

 6番、キャッチャー、小鷹美麗さん! 強気のリードで投手を引っ張る司令塔! 勝負強い打撃でも投手を助けます!

 7番、ピッチャー、太刀川広巳さん! 力強い速球を武器とするエース左腕! 準決勝は休養を取って先発を回避し、今日の決勝を迎えました!

 8番、センター、矢部田亜希子さん! 俊足と守備、そしてバントなどの小技が得意な縁の下の力持ちです!

 9番、ファースト、川星ほむらさん! 随所に見せる野球を知り尽くしたプレーが持ち味です!」

「聖ジャスミンは非常にまとまりの強いチーム。その中でも1番の東出の実力は突出している。この試合のキーマンとなるだろうな」

「そうですね! 平野さんのおっしゃる通り、この東出くんは出塁率が非常に高く、塁に出るとかなりの率で得点につながっていますね!

 では、対する後攻、聖森学園高校! こちらも3年前の開校と共に野球部が設立! 昨年も準決勝で惜しくも関明大学附属に敗れましたが着実に力を付けつつあります!

 ではスターティングメンバーの紹介です!

 1番、ショート、梅田風太くん! 聖森の切り込み隊長! 守備でもショートを守り、内野を引っ張ります!

 2番、セカンド、椿姫華さん! 小柄な選手ですがその小技と守備力はチームでもトップクラスです!

 3番、キャッチャー、松浪風太くん! 勝負強い打撃と巧みなリードで投手陣を支える扇の要! プロも注目の超高校級キャッチャー!

 4番、ファースト、竹原大くん! 長打力はチーム随一! 彼の一発は試合の雰囲気をも変えます!

 5番、ライト、空川恵さん! どんなボールでもフルスイングで迎え撃つパワフルガール! 準決勝でもタイムリーを放っています!

 6番、ピッチャー、桜井夏穂さん! ノビのあるストレートが武器の聖森学園のエース! そして打撃も得意でこの試合では6番を打ちます!

 7番、サード、桜井満くん! 夏穂選手の弟でクリーンナップを打つことも多い選手。打順こそ下がっていますがこの打者が下位にいるのは脅威でしょう!

 8番、センター、初芝友也くん! バッティングセンスの光る巧打者! 非常に対応力の高い選手です!

 9番、レフト、久米百合亜さん! 控え投手でもありますが、打撃センスも非凡で本来は上位も打てそうな選手です!」

「聖森学園の方はオーダーをいじってきたようですな。かなり攻撃的なオーダーを組んできておる。こちらは松浪に注目だな。彼のプレー一つ一つは非常にレベルが高い」

「松浪くんはプロ注目の選手ですし、今日は多くのスカウトも見に来ているようです! 観客は超満員! 注目度の高さが伺えます! それではまもなくプレーボールです!」

 

*      *      *      *

 

超満員の球場、試合開始の整列を終えると、わっと歓声が起こる。そんな中マウンドに上がったのは先発投手、夏穂。

「(この試合に勝てば、甲子園)」

 高校球児なら誰もが憧れる場所にあと一つで手が届く。

「(でも緊張とかも無い。むしろ、楽しみだ。こんな最高の舞台で、投げられる!)」

 いわばチームの大一番を託されたのだ。気合が入らない理由が無い。

 夏穂は先頭打者の東出を見据え、審判の試合開始の合図とともに小さく振りかぶる。信頼する捕手、松浪のミット目掛けて最高のストレートを投げ込むために、腕を思いっきり振る!

 このボールで、決戦の火ぶたが切って落とされた!

 




 なんと、決勝戦始まったところで終わってしまいました・・・。決勝だし、なんか派手な演出を! って思って紹介してたら長くなってしまいました。
 次こそ決勝戦スタートです! 今回のおまけは聖森学園の主な選手の選手能力だけ紹介です。(夏穂、松浪は27話で、冷泉は26話で、百合亜と環は25話で紹介してます)

 梅田風太 右/左
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 2 B D B C B B   遊B 二C 三C
走塁○ 盗塁○ 守備職人 ミート多用 積極守備 積極走塁 慎重打法

 竹原大 右/右
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 4 D A D B C C   一C 三E 外F
パワーヒッター 三振 初球○ 打球ノビ○ 走塁△ ローボールヒッター 強振多用

 椿姫華 右/左
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕    守備位置
 2 D E C E A B    二A 遊D
バント○ 走塁○ 守備職人 ヘッドスライディング 送球△ 粘り打ち チャンス△ 慎重打法 積極走塁 積極盗塁

 空川恵 左/左

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕   守備位置
 4 C C C D D D   外D 一
 初球〇 プルヒッター チャンス○ 三振 ハイボールヒッター 送球△ 積極打法 強振多用 ムード○ 

 いよいよ決勝! 次回をお楽しみに!
 



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30 試合開始、立ち塞がる強敵

いよいよ始まります決勝戦!
オーダーは前の話を見返してみてください!


小気味良いミットの音が球場に木霊した。

「ストライークッ!」

夏穂の投じたストレートはいきなり140キロをマーク。これには球場もどよめいた。そして打席に立つ東出も思わず息を飲む。

「これがウチの夏穂だぜ」

「ああ、太刀川にも負けないいい真っ直ぐだ」

「…まさかこんなとこで会うなんてな。シニアの全国大会準優勝チーム、阿左美が丘シニアのキャプテン、東出太陽《ひがしでたいよう》」

「ああ、覚えててくれたんだ」

「決勝も見てたからな、俺たち」

「'夢尾井の知将'に知ってもらえてるのは光栄だね」

「よく言うぜ。…でもなぜお前がこんなところに?」

「それはこっちのセリフだよ。…まあ、今はそんな話してる場合じゃないけどね」

「ああ、そうだな…!」

松浪は夏穂に次のサインを出し、夏穂は頷く。そして投じられたのは再びストレート、それもインローの厳しいコース。だったのだが、

「もらった!」カキーン!!

「「!!」」

そのストレートをジャストで捉え、センター前へ運んだ。

「(あんな簡単に私のストレートを…!)」

「(ちっ、流石と言うべきか…!)」

続く小山は送りバントを決め、1死2塁のチャンス。前の関明大附属と同じパターンだ。

だが松浪は迷うことも躊躇うことも無く手を打った。

「おーっと! 松浪くん。ここで立ち上がりました! どうやら敬遠のようです! 初回にして、3番の美藤さんを歩かせました!」

「ふむ、松浪はどうやらかなり肝が座っておるな」

「どういうことでしょうか? 平野さん?」

「このパターンは前の準決勝の得点パターンと同じ、それ以前の試合でも数多くの点を稼いできたパターン。それを敢えて敬遠という形で崩したのだな。だが、まだ初回で大事な先制点がかかった場面。この策を取るのははっきり言ってハイリスクなのだが…」

「ボール! フォアボール!」

歩かせて1死1,2塁の場面となる。

「(4番の大空はジャスミンにとって貴重な長打が打てる打者だけど、打率に関して言えばこのチームのスタメンでも低い方だ。そして…、)」

「ミヨちゃんに勝負を挑むとは~、いい度胸ですね~?」

と、大空からはほんわかした感じからは考えられない怒りのオーラが見える。

「(力が入ってくれれば儲け物だ! 夏穂! 初球から勝負だ!)」

「(オッケー!)」

夏穂はセットポジションから足を上げて、ボールを投じる。その球種は…、

「ストレート! なめないでくださ…っ!?」

ストレートのようなスピードで来たのは今日初めて投じる高速スライダー。松浪の目論み通りに強振したバットに引っ掛かった。スイングスピード故にそれなりの勢いのあった打球だったが飛んだのはセカンドの姫華の正面。捕るや否や風太に転送し、風太もファーストの竹原へ送球し、ゲッツー完成。あっという間にスリーアウトチェンジとなった。

「これは聖森学園の好プレーです! 初回のピンチ、ゲッツーで切り抜けました!」

 

「よっしゃ! 凌いだぜ!」

「ナイスピー! 夏穂!」

「トモ! 何するつもりなんだって焦ったよ!」

「いや、あいつらは東出、小山でチャンスを作って美藤が返す。この形で多くの得点を上げてたからな。大空の方が打率も低いし。……まあ、確かに博打だったけど」

「博打って、まだ初回でやんすよ!?」

矢部川が松浪を軽く咎めた。しかし松浪はケロッとした様子で答える。

「まだ初回も何も。この作戦に俺はリスクは無いと思ったぜ。点を取られても向こうからしたらいつも通り。だけど点を取れなかったらそれはプランを崩されたことになる。出鼻を挫くってのはこのリスクに見合う成果があるっと俺は思ったまでだ」

「それは……」

「それに、普通にやって勝てるほどこの試合は甘くない。少しでも失敗を恐れたら逆に泥沼だぜ」

「要は失敗しなきゃいいのよねっ!」

「そうだ、俺たちはただベストを尽くすのみ…!」

松浪の言葉に姫華、竹原が頷く。

「わかったでやんす。松浪くんの言葉、信じるでやんすよ!」

「よっしゃ! みんな、ここからガンガン行こー!」

「「「おおおっ!」」」

松浪、夏穂の言葉に全員の緊張がほぐれ、雰囲気も明るくなった。

 

その様子を見ていた東出はマウンドに立つ太刀川に声をかける。

「太刀川! 安心して打たせよう! 今までの守備練の成果、見せるところだ!」

「分かってるよ、東出。アタシもベスト尽くすよ!」

 

「さあ、守ります聖ジャスミンの先発投手は太刀川さん! 球威抜群のストレートにカーブ、シュート、スクリューを操る本格派左腕! 中学からの親友の小鷹さんとの黄金バッテリーです! 一方、聖森学園打線も強打者というより好打者の並ぶ打線! 果たして太刀川さんをどう攻略するのでしょうか!」

 

先頭の打席には1番の風太が立つ。

「なんとしても出塁する!」

「出てくれ! 切り込み隊長!」

「突破口開けー!」

 まず太刀川が投じたのはストレート。それは小鷹のミットに突き刺さる。夏穂のストレートとは異なりその音はズドンッ!! という重い音だった。スピードガンの表示は136キロ。そして・・・、

「(夏穂ほどじゃないけど・・・、このボール。ノビてくるな)」

 太刀川のストレートもまた球速表示以上の体感球速を伴うストレートだった。

「(この梅田は出塁率はそこまでだけど、足が速いから厄介ね・・・。ヒロ! ここはインコースで詰まらせるわ!)」

「(うん!)」

 続くサインに頷き、ボールを投じる。コースは内角。風太はそのストレートにやや遅れるも腕を畳んでコンパクトにミートした。しかし・・・、

「(お、重い!?)」

 ガンッという鈍い音と共にボールは力なく転がった。しかし、これが逆に吉と出た。

「サ、サード!」

「お任せですー!」

 サードの大空が突っ込んできて捕球し1塁へ送球するも、ボールよりも先に風太が1塁に到達し、出塁に成功する。そして続く姫華が送りバント成功。そして迎えるのは・・・、

「さあ! 打席には注目の打者の1人! 松浪くんです! 得点圏打率が非常に高く、この場面でも期待がかかります!」

「ピンチを凌いで同じようなチャンスを作り返したましたな。ここで先制できると聖森に勢いがつくかもしれませんな」

右打席に入った松浪は一旦状況を再確認していた。

「(1アウト2塁。できればここで2、3点欲しい。そのためには…。いや、欲張るな。まず1点だ。ヒット、もしくは最低でも進塁打。相手からしてみれば簡単には打たせたくないはず)」

そして注目の初球…、

「うおっ!?」ズバッ!

「ボール!」

インハイ、しかも当たりそうなコースすれすれのストレート。

「くっ!」バシッ!

さらにもう1球、インハイへのブラッシュボール。小鷹の「踏み込んでくるならぶつける」と言わんばかりの強気のリードにスタンドもざわめく。

「(おうおう、やってくれんじゃねえの…!)」

続く3球目はインコースのボールゾーンからストライクに入るシュート。さらに4球目は再びストレート。これをファールにしてカウント2-2。

「(ここが勝負! ヒロ!思いきって投げなさい!)」

小鷹は次なるサインを出す。太刀川も頷き、ボールを投じる。ボールはアウトコース、そこから逃げながら沈む、スクリューだった。そしてインコースを散々見せられた松浪からは遠く見える、

…はずだったのだが。

「! 踏み込んできた!?」

「この攻めは前の試合で散々やられたからな!」

カッキーン!!

迷わず踏み込んできた松浪はスクリューを上から強く叩き、打ち返した。痛烈な打球は一二塁間を破り、ライト前へ。

「回れ回れー!」

「よっしゃー! 行くぜ!」

三塁コーチャーの田村快は迷わず腕を回す。風太もホームへと迷わず突っ込んでいく。

ライトを守る美藤は打球へと猛チャージを仕掛け捕球、そして、

「私たちの守備を、甘く見ないでもらおうか!」

「ちーちゃん! こっち!」

「ちーちゃんって、言うなあああ!」

美藤は送球を中継に入った小山に繋ぎ、

「ホーム!」

小山は無駄の無い動きでホームへ転送する。

「! 速い!?」

「ホームは踏ませないわ!」

風太は回り込んでホームベースに触れようとするがそれを小鷹のミットが阻んだ。

「アウトー!」

鍛え抜かれた守備連携にスタンドは歓声とため息に包まれる。

「今のアウトにするのか。参ったな」

「力が足りない分、埋める努力してきたしね。…にしても、しれっと2塁にいる君も抜け目無いね」

松浪のぼやきに東出が答える。送球間に松浪は2塁を陥れていた。これでまだ2アウト2塁のチャンスが続く。

打席には4番の竹原。そして待っていたのは初球のストレートだった。

「逃さん!」カッキーーン!!

「「!!」」

 捉えた打球は痛烈に三遊間を破る・・・、

 

と、思われたのだったが。

「抜かせない!」バシッ!

 その打球を東出は驚異的な守備範囲でスライディングキャッチで抑えた。そしてそこからすぐさま立ち上がりノーステップで1塁へ送球した。その送球はまるで矢のような送球。ファーストの川星のミットに吸い込まれるように収まり、

「アウトーー!!!」

 竹原はショートゴロに倒れた。スリーアウトチェンジ。俄然盛り上がったのは聖ジャスミン側のベンチとスタンドだった。

 

「驚異的な守備範囲に凄まじい送球! 東出くん、素晴らしいプレーでした!」

「ふむ、今のは非常に素晴らしい。彼のプレーは本当に1級品ですな」

 

「いい感じで攻めてたんでやんすけど…」

「あっちの守備、想像以上にいいね…」

「みなさん! まだ1回! 点は入ってないんで! しっかり行きましょう!」

「…そうです。まだ始まったばかり…!」

百合亜と白石の言葉を聞いて全員が気を取り直した。

「よーっし! この回も0で行くよー!」

「「「おおっ!」」」

 

2回表の先頭打者は5番の柳生。だが柳生に関して言えば前の試合までに弱点は見えていた。

「むっ…!」カツッ!

「サード!」

「オッケーっす!」

典型的なハイボールヒッター。振りは確かに鋭いが軌道が基本的に強引なダウンスイングであるため、高めに浮いた球は打てても低めに対応するのは難しいはずだ。

「うわっ!?」

続く小鷹にはストレートを続けてからのフルブルームで手玉に取る。さらに7番の太刀川にもストレート、フルブルームのコンビネーションで空振りの三振に抑えた。

「(これが私のボール! ヒロ! どんなもんよ!)」

「(うーん。やられちゃったか。でも負けてられないね!)」

 

太刀川も気合いを入れ直し、2回の表の先頭打者の恵に対して、アウトコースのスクリュー、カーブでカウントを作り、

「たあああ!」ズバーーン!!

「ストライク! バッターアウト!」

「むむ~、これは手強いな~」

インコースに渾身のストレートを投げ込み、空振り三振。さらに6番の夏穂もカーブを続けられた後にストレートの釣り球に空振り三振に倒れる。

そして7番の満が打席に立つ。

「(前の回とは一転して変化球主体。だけどストレートにはかなりの球威がある…。ここは真っ直ぐに絞る!)」

ストレートが武器である以上は必ず投げてくる。そして満の読みは的中した。カーブ、シュート、カーブと変化球を続けたカウント1-2からの4球目。アウトローの真っ直ぐを逃さずに叩く。

「おっと!?」

打球は鋭く、太刀川の足元を抜いてセンターへ。

 

…誰もがそう思ったが、

「うおおお!」バシィィ!

これを阻んだのはまたも東出。今度はダイビングキャッチで打球を掴むと、起き上がってすぐさま送球。満もまたショートゴロに倒れてしまった。

「(今のを捕るのかよ…!?)」

「(満の当たりは普通ならヒットなのに…! シフトも敷かずにアウトにするなんて!)」

 

次の回、8番の矢部田、9番の川星を簡単に打ち取り、ここでトップバッターの東出に回る。

「(最悪出塁されても2アウト…。夏穂思いきって行け!)」

これならジャスミンお得意の得点パターンは封じられた。夏穂はフルブルームとストレート、スライダーを使い分けてカウント2-2とする。そしてアウトローに渾身のストレートを投じた。

「ホームランってのはさ…」

東出はこのストレートには対して、強く踏み込んだ。

「力があれば打てるってもんじゃないのさ!」カッキーン!!

「「なっ…!?」」

その打球の軌道はホームランのそれではない。ただ、真っ直ぐに。弾丸ライナーでバックスクリーンに飛び込んだ。

センターバックスクリーンへの先制ホームラン。

あまりの打球速度に一旦は静かだったスタンドだったがその事実を認識し、一気に沸き上がった。

「(打球を飛ばすのに、必要なのは力だけじゃない。ボールが一番飛ぶような角度で、かつ真芯で捉えれば、力だけに頼らずとも打てる!)」

 

「(はは、やっぱりこいつ化け物だな…)」

松浪だけでなく、聖森のメンバーの誰もが戦慄する。間違いなくこの東出という男は、彼らが戦った中でも、最強クラスだろう。身体能力、野球センス、そして技術は群を抜いていた。

それだけに松浪は思う。

「(でも、お前…。なんで'投手'をやってないんだ…?)」

 

 




いよいよ出て来ました、今のところ最強キャラ、東出太陽。彼はかなり強いです。今回は先に能力をおまけとしてお見せしておきます。

東出太陽 (3年) 右/左
聖ジャスミンの唯一の男子部員にして、キャプテンを務める。非常に穏やかな性格ではあるが、芯は強く、強気な小鷹や美藤にも怯まずに応じる。選手としても、高い対応力と'飛ばす技術'を併せ持ち、俊足、強肩、そして華麗な守備と抜け目が無い。
中学でも松浪たちと同様に活躍していたが彼もまた、'ある理由'でここに来た。

弾 ミ パ 走 肩 守 捕 守備位置
3 S C A S S D 遊S 二S 三S
チャンス◯ ケガしにくさ◯ アベレージヒッター 広角打法 流し打ち メッタ打ち 走塁◯ 盗塁◯ 送球◎ 粘り打ち バント◯ 一球入魂 切り込み隊長 サヨナラ男 気迫ヘッド いぶし銀 守備職人 意外性 エースキラー 連打◯ ローリング打法 情熱エール

盛りだくさん過ぎてすごいですね。この東出、サクスペで作成しました! 次の話でパワナンバーなりを公開しようと思います!
では次回もよろしくお願いします!


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31 迷い、それを超えてここに立つ

サクスペで作ったやつパワナンバー無いじゃん…
パワプロ2018で頑張って夏穂の再現したいところです


カキン! バシッ!

「アウトー!」

「よっし!」

3回表。東出にホームランを浴びた後に小山にもヒットを打たれたが、なんとか美藤はセカンドライナーに打ち取った。しかし、大きな先制点が入ってしまった。

さらに4回…、

「よっ!」シュッ! バシッ!

「アウト!」

「今のも捕るのか…!」

初芝の三遊間の打球も平然と捌かれ、

「今のも…!」

百合亜のボテボテの打球も素手で拾ってそのままランニングスローでアウトにして見せる。

「(ショートを抜ける気がしねえ…! なら…!)」

風太は思いきって引っ張り一二塁間を抜きにかかったが、

「ふっ!」バシッ!

小山がスライディングで捕球し、

「ほむほむ!」

「ナイスキャッチっスよ!」パシッ!

セカンドゴロに倒れてしまう。

「(くそっ、東出の守備範囲が広い分、セカンドが寄ってやがった!)」

一方の夏穂も小鷹にヒットは浴びたが4番からの打順は無失点で切り抜けた。それだけに東出1人にこのゲームを支配されているような雰囲気が漂い始めてきた。

「(やべえ、流れ変えねーと!)」

松浪が少し焦りを感じたその時だった。

カツッ!

「「セーフティー!!」」

先頭打者の姫華が三塁線に転がした。

「ミヨ! 触っちゃダメ!」

「えっ? は、はい!」

チャージを仕掛け処理をしようとした大空だったが小鷹の声に手を引っ込めた。しかし、

「! き、切れない…!?」

打球は線の上でピタリと止まった。

「(バントだけは誰にも負けないくらい練習したもんねっ! …まあ、ここまで上手くいくとは予想外だったけどっ!)」

「姫華! ナイスバント! 」

「これはデカイでやんす!」

完璧なセーフティーバント。これでノーアウトのランナーが出る。ここで迎えたのは松浪。

そしてその初球、

「走ったッス!」

「走らせないわ!」

いきなり姫華はスタートを切った。そしてそれをある程度見越していた小鷹もウエストのサインを要求しており、すぐさま刺しに行こうとした。

…が、

「ちょっと、不用意だった、な!」カキン!

「えっ!? ちょっと!?」

そのウエストボールに無理やり松浪がバットを合わせる。

「(前の試合までを見てて、盗塁警戒のウエストが全部甘かったからな! 狙わせてもらったぜ!)」

打球はセカンドベースに入ろうとしていた小山の元いた定位置に転がり、ライト前へ。これで一気に0アウト、ランナー1、3塁のチャンスが訪れた。

バッターは4番の竹原。

「(ボールの球威、そして東出を始めとした固い守備にここまでやられている…。俺のパワーなら突破口を作れる!)」

「(このバッター。確かにパワーはあるけど、他のバッターに比べれば確実性に欠けるわ。…インコースのストレートを打たせて詰まらせて内野フライ! これがベストね!)」

小鷹はある程度プランを立ててサインを出す。太刀川も頷いてボールを投じる。外角にカーブ、スクリューと変化を集め、カウント1-1。ここで太刀川が投じたのは、

「(インコース真っ直ぐ! 迷わず、打つ!)」

ガキンッ!と鈍い音が響き、打球はフラフラと上がる。

「(よし、打ち取った! …って、あら?)」

計算通りに打ち取ったと確信した小鷹だったが打球はあまり落ちてこず、結局レフトの柳生の元まで飛んだ。そして捕球を確認すると3塁ランナーの姫華は迷わずスタート。返球もカットまでに留まり、聖森学園が同点に追い付いた。

「っしゃー! ナイス竹原!」

「しっかり最低限っ! いい仕事だねえっ!」

「打った身としては犠牲フライ止まりなのが少し複雑だが…」

「それでもナイスでやんすよ!」

しそて続く恵も初球攻撃を仕掛け、外角低めのスクリューに思い切り転がした。打球は三遊間を抜けると思われたが…、

「よっ!」バシッ!

「「「!!」」」

またしても東出がそれを阻む。そして、

「セカンド!」

逆シングルの捕球からジャンピングスローで小山へと転送。そこから1塁は間に合わなかったが、またもヒットを損した。そして続く夏穂も快音は響いたがセンター正面のライナーに倒れた。

 

 

5回表は8番の矢部田からだったが、夏穂の調子もどんどん上がってきた。矢部田、川星をストレートで三振に打ち取り、ここでここまで大当たりの東出を迎える。

「(さっきはヒットOKで行って打たれた。今度は出塁すらさせない!)」

夏穂は初球から切り札を切る。

「! これは…!」

初球に選んだのはフルブルーム。かなりのスピードを保ったまま、変化する魔球。夏穂の磨きあげた最高の変化球だ。

「確かに打ち難いね、これは…」

「さあ、どうする?」

「打つさ、どんなボールにも弱点はある!」

「へへっ、フルブルームの恐ろしさはまだ分かってないみたいだな」

「打って見せるよ…、じゃなきゃこちらに勝ち目は無い」

しかし、続く2球目。東出はここまで打ってきたストレート、その高めのボールに手を出し、空振り。

「!! …なるほどね。そういうことか…!」

フルブルームは高速であり、変化も大きく、切れ味も鋭い。球質が軽いのが難点ではあるが、それを補い余る威力を持つパワーカーブである。夏穂の繊細で器用、しなやか、かつ強い指の力があって初めて投げられる。

単体でもかなりの驚異になるが、さらに恐ろしいのは他の球種とのコンビネーションだ。腕の振りが弛まないので、夏穂の持ち球、ストレート、高速スライダー、チェンジアップとの区別をしにくいこと。これがフルブルームをさらに引き立てている。

「(でも、これを打たなきゃ、勝ち目は…!)」

ここで、3球目に夏穂が投じたのはチェンジアップ。東出は完全にタイミングを外され、スイングは手だけになった。しかし、

「当てる…!」カッ!

泳ぎながらもなんとかバットに当て、打球は力なくショートの前へ、

「やべえ、風太! 勝負かけろ! 間に合わないぞ!」

「うおっ! マジかよ!?」

慌てて風太はチャージをかけてボールを素手で拾い、送球したが東出の足が勝り、セーフ。内野安打となった。

「打ち取ってもヒットにしちゃうか…」

「わりい、夏穂。セーフにしちまった」

「大丈夫! あれも東出くんの武器な訳だし…。この後はしっかり抑えるよ!」

「お、おう!」

続く小山はレフトフライに打ち取り、この回も無失点。とはいえやはり東出の独壇場は続いた。

「(ダメだ…。このままじゃ、あの時と同じだ…。あの時と…)」

 

 

 

――――、話は東出の中学時代に戻る。

小学校でも野球をしていた東出は中学に上がると、地元のチームである阿左美が丘シニアに入団した。阿左美が丘シニアは特別強いチームではなかったが、東出の代にはたまたま優秀な選手が集まった。そして、東出はその中心にいた。

当時は投手と内野手を務めていた東出は投げては中学3年にして144キロをマークしたストレートを武器にし、打っては左右にどんな球も自在に打ち返し、走ってはチームどころか全国トップクラス、陸上部からも声が掛かるほどで、投げないときに守っては巧みなグラブ捌きと驚異的な守備範囲を誇る。つまり、最強の選手だった。

彼を中心に、阿左美が丘シニアは東出の代が3年の年の大会で快進撃。東出が警戒されようとも、他の選手たちも東出に負けじと積んできた努力が実を結び、結果を残す。全国に行ってもその勢いは衰えなかった。

だが注目が集まるほど、東出は納得が行かなかった。取り上げられた記事のほとんどは、

「140キロ超え右腕東出! 投打に大活躍!」

「天才中学生東出、チームを優勝に導くか!」

そこには東出の名前ばかりが取り上げられ、他のチームメイトは申し訳程度の伝えられ方だった。

「…僕の力だけでここまで来たんじゃない…! みんなの力があったから! ここまで来たんだ!」

「でもよー、太陽の力があったからこそ、俺たちも頑張れたんだし、お前のお陰だよ」

「ああ、太陽がいれば負ける気がしないよ」

だが東出はそれが嫌だった。まるで自分がいれば、他のメンバーの努力は無くたって勝ってきたような言われ方が、自分のせいで仲間たちが認められていないような感じがしたのだ。

結局チームは準優勝し、東出はチームメイトと健闘を称えあった。そして、全国津々浦々の高校のスカウトたちが東出と話をしたいと訪ねてきた。その中で東出は比較的実家から近く、強豪で有名であった九里塚(くりつか)商業の練習に体験参加した。豪速球を披露し、ノックで華麗な守備を見せた後で対戦形式の打撃練習に混ざり、打席に立ったときだった。

「うわっ!?」

あわや顔面直撃となりかねない危険なボール。そして、それは1球に留まらず何度かあった。

そして練習終わり。着替え終わった東出は選手たちのある発言に心を痛めた。

――「アイツ、ちょっと上手いからって調子乗りやがって…」

「へっ、どうせメンタルは弱いだろうよ! ウチに来たらちょっと絞めて言うこと聞くようにしてやるぜ!」

「なんなら今日のアレにビビって来なきゃ良いよな~。来たら俺たちの立場が危ういしよお~」―――

 

「…そうか。きっとどこに行っても僕はそう見られるのかな…」

嫌気が差した東出は強豪からの推薦を全て蹴った。でも大好きな野球からは離れたくなかった。

「(そうだ。トレーナーを目指そう。僕の経験を活かせるし、野球に関わっていられる…)」

東出はスポーツ科学系で有名で、かつ自分の中学時代を知る人が少なそうな元・女子高の聖ジャスミン高校に進むことにした。阿左美が丘シニアのメンバーも両親も東出の決意には残念がりながらも納得してくれた。

 

そして、入学してからのことだ。

「本当に女子だらけ…、というか男子は僕だけか」

元・女子高とは聞いていたがここまでとは東出は思っていなかった。そんな時に突然声がかけられた。

「ま、まさか! ほ、本当にあの東出くんッスか!」

「えっ?」

声の主はツインテールが特徴的な、小柄な女子生徒だった。

「えっと、誰?」

「自分は川星ほむらって言うッス! 東出くんはあの、阿左美が丘シニアの東出太陽くんッスね!」

「! 知ってるの?」

「当然ッス! 投げては最速140キロオーバー! 打ってはヒット量産! 守っては…」

「ストップ! ストップ! ちょっとあっちで話そうか!」

マシンガントークを始めたほむらを一旦止めて、人通りの少ないベンチに揃って座った。

「で、なんで僕に声をかけたのさ?」

「実は頼みがあるッス。野球部に入って欲しいッス!」

「野球部? ここには無いはず…」

「作るんッスよ! 新しく! まあ、女子ばっかりッスけど…」

「だとしてもごめんね。僕は野球辞めたんだ」

「ど、どうしてッスか?」

「僕1人のせいで、チームを滅茶苦茶にしちゃいそうでさ。僕の実力は、チームメイトを不幸にするかもしれない。その内、野球が嫌いになりそうで怖いんだ」

「…。では、こっちも事情を話すッス。1人の選手を助けてあげて欲しいッス」

「助けて?」

「彼女はすごい野球が大好きで、この高校の校長は、野球部を作って彼女を迎え入れようとしたッス。だけど部員が足りず、彼女も入学したものの、このままだとソフトボールしかできないッス!」

「転校は、できないの?」

「校長はどうしてもウチでやって欲しいらしくて、野球が無理ならソフトボールを…、っていう約束らしいッス。でも、野球部の部員さえ集まれば…。」

「…わかった。でも、」

「どうしたッス?」

「勝負」

「えっ?」

「1打席勝負だ。僕が勝ったら、この話は無かったことにしてくれ。負けたら…、野球部に入るよ」

「…! 話してみるッス」

 

程なくして、ほむらからはその女子生徒が勝負を受けたことを聞いた。その生徒、太刀川広巳が投手ということで東出は打者として勝負することになった。

「太刀川さん? だったっけ。ルールはシンプルに1打席勝負打球を見て川星さんに…」

「ほむらでいいッス!」

「…ほむらに判断してもらう。フェアに判断してよ?」

「当然ッス。ほむら、野球に嘘はつかないッス」

「う、うん。分かったよ…」

一方のマウンドに立つ太刀川は、非常におとなしいように東出は感じた。

「(野球好きなほむらが本当にそこまで絶賛する投手なのかな…?)」

「プレーボールッス!」

その声で東出は完全に集中する。太刀川やほむらには悪いが、東出は野球をするつもりは無い。

「(この勝負、僕は負けない)」

だが太刀川も雰囲気が変わった。足を上げ、投じた初球に。東出は反応できなかった。

「ストライク、でいいッスね?」

「ああ…、驚いた…」

「…やっぱり。バッターに投げるのって…、楽しい!」

先ほどまでとは打って変わって、太刀川の表情はとても明るかった。続く2球目もストレート。東出はスイングしたが、ファール。

「(こんな投手が…、陽の目も浴びずにいたのか…)」

東出の脳裏には、どんなに活躍しても、自分のせいで注目されることの無かったチームメイトの顔が浮かんだ。彼らが優しかっただけで普通なら九里塚の選手のような考えを持っていたかも知れない。

「(! しまった!)」

余計な考えが東出の集中を邪魔した。3球目もストレート。だが東出の実力は、この集中の乱れにも負けなかった。

カキーーーン!!!

「「あっ…!」」

センター方向に打ち返された打球は外野で弾んだ。

「あはは、負けちゃった…。…でも、東出くん。勝負受けてくれてありがとうね。楽しかった」

その言葉に東出は迷いが生じた。本当に、こんなに野球が大好きな少女から野球を奪って良いのだろうか。でも、自分が野球をすれば、また誰かを不幸にするのかもしれない…。迷った挙げ句。東出は決めた。

「…いや。僕の、負けだ」

「えっ…?」

「今の打球、外野には飛んだけど、多分いいセンターなら追い付いて捕る。センターフライ。だから太刀川さんの勝ちだよ」

「じゃ、じゃあ…!」

「入るよ。野球部に。でもほむら」

「なんッスか?」

「僕は、ショートをやる。太刀川さんがピッチャー、エースだ」

「それで、いいんッスか?」

「構わない。それより…」

「「?」」

「部員、集めなきゃね」

 

こうして、聖ジャスミン野球部は始動した。経験の有無を問わず様々な選手を集め、なんとか部になった。

 

――――――、そして今。

カキーン!

「絶対捕るー!」バシッ!

満の流し打った線際の打球をサードの大空が横っ飛びで掴む。

「はあああああ!」シュッ! バシッ!

「アウト!」

「くっ、これでもダメか!」

起き上がってすぐさま送球し、アウトにする。

続く初芝にはヒットを浴びたが、百合亜のレフト線への打球はレフトの柳生がフェンスを恐れず懸命に追ってダイビングキャッチ。

そして風太の打球はほむらが抑えてスリーアウト。

「(いや、杞憂だな。僕がいなくたって、きっとみんなは戦える!)」

東出はそう確信し、ベンチに戻る。

「よーしっ! みんなナイスプレーだ! 勝ち越し点、取りに行こう!」

「「「おおー!」」」

 

全国高校野球選手権大会 県大会決勝

ジャスミン 00100

聖森学園  00010

(5回裏終了)




東出の回想が思ったより長くなってしまいました…。次はちゃんと試合進めようと思います。今回のおまけは聖森メンバーの能力その2です!

杉浦智也(3年) 右/右
球速  スタ コン
142km/h B  D
 ↑ 2シーム
 ↘️ カーブ 5
↘️ カーブ 2 
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 E C D B E E 投E 外F
 四球 力配分 打たれ強さ○ 根性○ 闘志

田村信 (3年) 右/左
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E B E B E E  三E 一E
 三振 対左投手△ 初球○ プルヒッター 強振多用

初芝友也 (3年) 右/右
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 C C D C D D  外D
 粘り打ち バント○ アベレージヒッター ミート多用

元木久志 (3年) 右/右
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 E D C C D E  外D 三E 一E 捕E
 走塁○ エラー キャッチャー△ 送球○


田中則之 (3年) 右/両
※2年から野手に専念した
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 D E E D B B  三B 遊B 二C 一C 外D 
 調子安定 バント○ 守備職人 慎重打法 

村井綾 (3年) 左/左
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 D F C F C C  外C 一D
看破 チャンス× バント○ 送球△ 盗塁◎ 粘り打ち 選球眼 慎重打法  ミート多用 

次回もよろしくお願いします!


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32 引導、そして終幕

試合の途中で間が開いてしまう失態…。
いよいよ決勝も終盤に突入!



「さあ! いよいよ、1-1のまま試合も後半戦! 果たして両チーム、どんな熱い戦いを見せてくれるのか、私、非常に楽しみです!」

 5回終了後のグラウンド整備を終えて試合が再開された。6回の表の聖ジャスミンの攻撃は3番の美藤から。

「ガンガン飛ばしていくよ!」

シュッ!! ズバーーン!!

「むう・・・!」

 ここに来て夏穂のストレートは凄みを増していく。ミート力に定評のある美藤のバットに掠りもさせず三振を奪う。さらに4番大空にも真っ向勝負を挑み、空振りの三振。柳生にはストレートを3球続けたカウント1-2からフルブルームを投じて空振り三振。ジャスミン側に行きかけた流れをしっかりと引き留めた。

「ナイスピッチ夏穂っ!」

「いやあ、恐れ入ったぜ」

「まだまだ! ここから勝ち越すよ!」

 

 しかし、尻上がりに調子が上がったのは太刀川もであった。

「はあああああ!!!」ズバー―――ン!!

「うわっ!(さっきよりももっとノビてきたっ!?)」

 先頭の姫華は空振りの三振。続く松浪はストレートに詰まらされてセンターフライ。大は一転して投じられたスクリューを引っ掛けてサードゴロに倒れた。

 加速していく夏穂、太刀川の両投手の投げ合いに球場の緊張感も高まっていた。

 

 

「松浪君は前評判通り…。まさかあの東出君にここで出会えるとは嬉しい誤算だったな。野手に転向してるのは驚いたが、あの身体能力をもってすれば十分に通用することは分かる。それに加えて…、」

「どうも影山さん。良い選手はいましたか?」

スタンドでぶつぶつとメモを取っているのはスカウト界隈では有名な男、影山。何人もの名選手をプロへと導いた名スカウトだ。…見た目は明らかに不審者っぽいのだが…。

「ウチのお偉いさん方は将来、チームを背負えるスター候補を見つけてこいと。まあ、中々の重荷を背負わされたわけだ」

「影山さんは今はタイタンズでしたか。確かにあそこは面倒そうだ。OBも偉そうですし…」

「NPBの大御所だから仕方ないな。それより千家(せんけ)くんの方はどうだい?」

千家と呼ばれた男は見た目は40代といったところの、少し年のわりには若く見える。その正体は東都タイタンズと同リーグで永遠のライバルとも言われる夢ヶ咲タイガースのスカウト長に若くして就任した若き名スカウトである。

「ウチも幹部方の頭固くて。スポーツ新聞でも話題のいわゆる虎の恋人ってやつ? それにゾッコンでして。…ただそんな当たって当然みたいなやつだけいかれてもスカウトとしてムカつくんで話はつけてきました」

「ほう?」

「もしウチの監督を納得させられるなら、誰を2位指名候補に推しても構わない、ってね」

「…随分と信頼されているな」

「はあ、外したときは分かってるな?って脅されましたけどね」

影山からすれば驚きしかない。この男は自分の選手を見る目に自分の将来さえ賭けているのだ。

「では、ここにいるのはどうしてだい?」

「いましたよ。俺の目が間違えじゃなけりゃ、いや。間違いなくその選手は成功します」

 

7回の表、ノリにノッてきた夏穂を今度は松浪が上手くリードした。

先頭の6番小鷹に対して、初球からチェンジアップを投じさせた。ストレートにヤマを張ってた小鷹を嘲笑うかのように空振りを奪い、さらに2球目にもチェンジアップ。これにも小鷹はタイミングが合わない。

「(連続チェンジなんて…、バカにしてくれる…!)」

「(お前がリードの上手さを利用してヤマ張ってくるのは分かってんだよ…!)」

続く3球目には高速スライダー。ストレートが来たと判断した小鷹のバットは空を切り、3球三振。

悔しそうにベンチに戻った小鷹に続き太刀川もストレートとチェンジアップに苦しめられ、サードフライに倒れる。そして8番の矢部田もあっさりとセカンドゴロに打ち取った。

 

ベンチからそれを見ていた他の投手陣、スタンドで見守る投手陣はそれぞれの感想を心の中で持っていた。

「(アイツ、あんなにすげーやつだったんだな…)」

「(すごい…。これが夏穂さんの全力…!)」

「(ボ、ボクより男らしいかも…)」

そして、同様にレフトからベンチに戻ってきた百合亜も、

「(いつでも行けるように、とは言われたものの。こんな投げ合いに、割って入れる気がしない…)」

それだけ今日の夏穂は最高の投球をしていた。そう。誰もがそう感じたのだ。

―――桜井夏穂こそ、聖森学園のエースである、と。

 

カキンッ!

7回の裏、先頭の恵はアウトコースへと逃げるカーブを強引に引っ張りヒットにして見せた。

「やった~!」

ここに来て0アウトのランナーが出る。そして夏穂はきっちり送りバントを決めて、1アウトランナー2塁のチャンスとなる。ここで7番の満。前の打席まで積極的に打ちに行っていた満だったがこの打席は冷静に見極めてフォアボールを勝ち取る。初回からフルスロットルで飛ばして来た太刀川には疲労の色が見え隠れしていた。

「(こんなところで崩れる訳には行かない!)」

しかしこのピンチに太刀川がギアを上げた。初芝に対する初球のストレートは序盤以上の球威と勢いでミットに突き刺さる。

「ストライッ!」

「ぐっ…!」

続けて2球目もストレートで追い込まれる。そして3球目に選んだのはまたもストレート。しかもコースはインコースいっぱい。

「ストライク! バッターアウト!」

「(ここでクロスファイヤー…! 手が出ねえ…!)」

2アウトランナー1、2塁で打席には9番の百合亜。

「(絶対に打つ!)」

「(ここは何がなんでも踏ん張る!)はああああ!!」

太刀川も気合いを込めてストレートを投じる。百合亜はそれを芯で捉えた。ネクストバッターズサークルから、このギアを上げた太刀川のストレートにはイメージしてタイミングを合わせていたのが功を奏し、打球は綺麗にセンターへと弾き返された。恵は迷わずホームへと突入する。センターの矢部田の肩ならば帰ってこれるという判断だ。この判断は間違ってなかった。

 

ただし、ひとつ見落としていたとすれば、矢部田は迷わずショートの東出にカットを繋いでいたことだった。矢部田からのボールを受けた東出はホームへと正確で、素早い送球を返した。

「アウトーーー!」

「なんと! またしても、聖森学園は東出くんを中心とした固い守備に得点を阻まれてしまいました!」

実況の響乃がテンションが上がるのと同様にスタンドの観客も好プレーに沸き上がった。

 

「形は良い攻撃だった! あと少しで捕まえられるぞ! しっかり守ってこーぜ!!」

「「「おー!」」」

一度沈みかけた雰囲気だったが松浪の一言で再び元気を取り戻した。

8回の表。夏穂は未だに相手を寄せ付けぬ圧巻の投球を披露する。9番の川星はバットに掠りもせずに三振に倒れた。そして1番、ここまで3安打の東出だったが、

ズバッ!!

「(さっきよりもノビてくる! これに変化を混ぜられるとキツい!)」

カウント1-2。ここまで全てストレート。

「(ストレートを散々見せて、フルブルームか? それともスライダー? チェンジアップ? どれだ…!?)」

ズバーーーン!!

東出の読みは当たらなかった。ここで投じられたのは渾身のストレート。右投手の夏穂から左打者の東出へとクロスファイヤーにあたるコースのストレートにまったく反応出来なかった。

「ナイスボール夏穂!」

「よーし! ツーアウト!」

「(くっ…、手が出るどころか、反応すら出来ないなんて…、素晴らしいボールだった…!)」

ここまで夏穂を捉えていた東出が打ち取られたことが聖ジャスミン側にとってかなりのショックとなった。続く小山もセカンドゴロに倒れる。

「桜井夏穂さん、この回も圧巻の投球! これには俄然、スタンドも盛り上がることでしょう!」

流れが徐々に傾いてきたことに盛り上がる聖森学園。対して徐々に追い詰められる感覚を覚え始めた聖ジャスミン。しかし太刀川はまだ折れなかった。

「絶対、点は、やるもんか!」

疲れはあるはずだがそれを押し殺して投げ続けた。球威の戻ったストレートは聖森の上位打線も苦しめた。

先頭の風太は三振に打ち取ると、続く姫華からも簡単にツーストライクを奪った。しかし…、

「ボール! フォア!」

「よっしっ!」

「おーっと! ここで太刀川さんカウント0-2から4球続けてのボールでフォアボールを出してしまいました!」

慌てて小鷹がマウンドに向かった。

 

 

太刀川の目には慌てた様子の小鷹が駆け寄ってくる姿が見えた。何か聞かれたらこう答えるつもりだった。

――大丈夫だ、と。

だが小鷹とはずっとバッテリーを組んできた仲だ。きっと誤魔化せないだろう。

……自分の左肩はとうに限界であることは。

 

夏穂のいたチームとは違って中学時代の太刀川のチームは投手事情が苦しく、太刀川はエースとして多くの試合に投げていた。

投げて、投げて、また投げて…。そんな日々を送る内に太刀川の肩には異変が起きていた。

――疲労が抜けない。酷いときは痛みが出る。だがチームのみんなには黙っていたし、病院にも行かなかった。誰も、心配させたくなかったから…。しかし、夏の大会が終わってから行った病院でこう言われた。

「相当酷い肩の炎症ですね。なんとか治療で治まる範囲ですが…」

「…投げられなくなるんですか…? 私…」

「いえ、投げられなくは無いです。ですが…、次はありません」

「次…」

「もし、治療が終わってからまたこのようなことになったら…。その時は、もう投手としては野球をすることは叶わないでしょう」

 

このことに小鷹はすぐ気付いた。太刀川が度々、スポーツ専門の病院に言ってる姿を見ていたからだ。そして小鷹は太刀川に進学を決めた聖ジャスミンでソフトボールをやらないかと勧めた。

「嫌だ。私は…、私は野球がしたいの!」

「バカ! そんな肩でピッチャーなんてやったらアンタはすぐ壊れちゃうでしょ!? ソフトボールなら野手としてプレーすれば…」

「私には、野球のピッチャーしか無いの! ソフトボールなんてやるもんか!」

こうして小鷹とも高校に入ってから険悪になったりしたのだが、そんな2人の関係修復に一役買ったのが東出だった。

 

2年の秋頃にソフトボール部部長だった小鷹を説得し、野球部に協力してもらうことを取り付けたのだった。小鷹は小鷹なりに東出に感謝していた。東出やほむらと共に野球を再開した太刀川には以前のような笑顔が戻ったから。だが同時に恐れてもいた。

…再び肩が悲鳴を上げるのではないかと。だからなるべく太刀川の肩に負担をかけないように泊方を投手として見出だしたり、ソフトボールで投手経験のある美藤にも練習してもらったり。

当然、中学時代に豪腕投手として知られていた東出にも。ただ、東出とは1つだけ約束をした。

そうやって、今日まで乗り越えてきたのだが。

 

 

そして、今。遂に太刀川の肩は限界を迎えた。

「ヒロ! あんた…」

「はは…、…タカ。ごめん。もう、ダメみたい」

「…いいや。まだ終わってない。だからヒロ。ベンチに帰りなさい」

「…うん」

ジャスミンの監督がマウンドにやってくる。

「太刀川。しっかり休んでいてくれ」

「はい。でも…」

「ヒロ。安心しなさい。甲子園にはヒロも連れていくわよ。置いてったりしないわ」

「…え?」

「そうッスよ! みんなで行くッスよ! 甲子園!」

「ボクも…、行きたいな。みんなで…」

「きっとあそこでどでかいの打ったら~、気持ち良さそうですね~」

「太刀川、だから君はまだ終わってない。甲子園のために休んでてもらうだけだ」

「東出、みんな…!」

「ねえ、東出。約束。覚えてるわね?」

「…ああ。僕も覚悟を決めたよ」

「「「約束?」」」

「太刀川が本当にピンチになったら…。俺が投げる。そう小鷹と約束したんだ」

「アンタが投げたがってなかったのは知ってる。そこにどんな事情があったかも知ってる。その上で頼んだの」

「いいの? 東出…」

「太刀川にも話したことあったね。僕はピッチャーをやるのが嫌になった。仲間の頑張りを全て無為にしてしまうことが怖くて仕方なかった。ここまで頑張ってきたみんなの努力を全て台無しにするのが…。だけど、もう迷わない。どこまでやれるかわからないけど、やれるだけやってやるさ!」

「…うん。あとは託すよ。みんな、頑張って!」

「ま、ちーちゃんは多分こんな状況で登板できるメンタル持ってないし、明日音は昨日かなり投げてるし。東出くんしかいないッス」

「頑張ってね!東出くん!」

「お願いしますね~」

「期待しないでいてやるから、せめてストライク投げなさいよ!」

「うん、わかってるよ」

太刀川は駆け足でベンチへ戻る。そして、監督が選手交代を告げた。

 

「聖ジャスミン高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの太刀川さんに代わりまして桜井さんが入り、セカンド。セカンドの小山さんがショート。ショートの東出くんがピッチャーに入ります。1番ピッチャー…」

 

「お、驚きました! なんとショートの東出くんがピッチャーに回りました! 太刀川さん、何かアクシデントでもあったんでしょうか…!」

「ふむ、しかし。この東出は中学時代はかなりの投手だったと聞く。なぜ表舞台から姿を消していたかは分からんが…。あの強肩もそれ由来だろう」

 

実況解説と同様にシート変更のアナウンスに球場がどよめく。それは聖森学園側にとってもそうだった。

「小春が出てきた上に、ピッチャーが東出くん…。それにヒロ、どうしたんだろ…」

「何かアクシデントがあったか切り札切ったか…。とにかく、ここは打たねーとな」

そう言って打席に向かった松浪は東出と対峙する。

「さあ、来い!」

「よし…、うおおお!!」

綺麗な投球フォームから繰り出されたのはストレート。しかし、松浪は反応できず、ストライク。

「ちっ…、やっぱり速い!」

「(久々だけど、なんとかいけるか?)」

ガン表示を見ると148キロと出ていた。確かに速い。続く2球目を投じようとしたとき、ランナーの姫華が動いた。

「! 逃げたッス!」

松浪は今度はストレートにバットを出すも空振り。しかし、それがアシストとなって小鷹の送球を遅らせ、盗塁成功。1アウトランナー2塁となった。

「(しまった。無警戒過ぎたか…。だけど追い込んだ…!)」

「(問題はここからね…1塁が空いたから際どいとこで勝負したいけど、東出の球種はカーブとスライダー。決め球になりそうなのはスライダー。カウントは0-2だから余裕があるのはこっち…。強気に行くわよ!)」

3球目は外に逃げるカーブを見逃し、カウント1-2。

「(緩急付けてきたか。次はまたストレートか、何かしらの決め球で打ち取りに来るか…)」

松浪は少し間を置いてから打席へ。一見駆け引きのように見せたが正直まだ迷っていた。

「(…いや、迷ってる場合じゃねーな)」

東出がセットポジションから足を上げ、4球目を投じようとする。

夏穂は自己最長クラスのイニングを投げ、粘りの投球を続けている。大や恵も自分のスイングを貫いて結果を出した。ここで打たなきゃ、何がキャプテンだ。何が知将だ。投じられたボールを瞬時に見極め、決断する。

「(これは、見逃す!)」

ギュルル! ググッ! バシッ!

「ボール!」

「(嘘! 見送った! コースもキレも完璧だったのに!)」

「(はは、やっぱり君は一筋縄じゃ行かないね…)」

「(どうしてこれだけのボール投げれるのに…、お前はピッチャーをやらない…?)」

「「(だが今はとにかく目の前の相手を倒すだけ!)」」

松浪も余計な疑問を払って、東出もまた、開き直って腕を振るった。

唸るような豪速球だったがなんとか松浪はバットに当ててファール。

「(もう私にはお手上げ。あとはアンタと松浪の勝負よ。思い切って投げなさいよ! 全部死んでも止めてやるから!)」

「(そんなこと言われなくても君のことは信頼してるから思い切って投げてるよ)」

東出は腕を振るい、松浪が迎え撃つ。

「うおおおおおお!!」

豪速球に松浪はフルスイングで応じた。

カキイイイイン!!

という快音が響く。東出は振り返らなかった。

スピードガン表示は153キロを示していた。

その打球の行方を見守る観客や選手は静寂に包まれる。

打球を追っていた柳生は途中で追うのを止めて、見送った。そして打球がレフトスタンドで弾むと一気に球場は歓声に包まれた。

「は、入った! 入っちゃいました! ホームランです! 遂に8回! 試合が動きました! 打ったのは聖森学園キャプテンの松浪くん! なんと153キロを計測したストレートを完璧に捉えてレフトスタンドに叩き込みました!」

「うむ! 打った松浪も素晴らしいが急遽マウンドに上がった東出も素晴らしいボールを投げた。だがそれを打った松浪を誉めるしかあるまい」

「これで1-3! 甲子園に大きく近づくホームランとなりました!」

 

歓声に包まれた球場だがジャスミンの選手たちに落胆の色は見えない。

「みんな! ツーアウトよ! ここで切りましょう!」

「サクッとアウトとって反撃ッス!」

「ど、どんと来い!」

「来た球全部捕るよ!」

「ここで締めましょ~!」

東出は頼りになるバックを見て安心する。

「(みんな、内心は不安だろうに元気出して…。負けてなれない、な!)」

打席には一発のある大が立つが、強気に攻めた。初球は内角へのストレート。ガン表示はなんと151キロ。

「(速い…! 松浪はこんな球を打ったのか…!)」

続く2球目には打ち気を読まれカーブで気を逸らされた。3球目の釣り球に反応しなかったが…。

「ぐっ!?」

低めのスライダーには着いていけず、三振を喫した。

「すまん…」

「あのストレートにスライダーまで投げられて、初見で打った松浪くんがおかしいんでやんすよ! それよりしっかり守ってくれでやんす!」

「ああ…! ありがとう…!」

2点リードした聖森が守備に就く。聖森は守備固めとしてサードに田中、センターに露見を起用した。百合亜は万が一のときのリリーフとして守備は残った。

「さあ、最終回! しまってこーぜ!」

「「「おおおっ!!」」」

9回表が始まる。先頭の美藤は気合い十分に打席に入ったが、

「くっ…」

ストレートに未だに振り遅れる。夏穂のストレートがそれだけ終盤にノビて来ている証拠だった。結局フルブルームにバットを合わせられず三振。ワンアウト。

 

「(いける! あと少し・・・!)」

「(厄介な奴は抑えた! あと少しだ・・・!)」

 打席には4番の大空。ここまで全くいいところがない。しかし夏穂は油断せずにボールを投げ込んだ。

「(あ!? まずい・・・!)」

「(こ、これは・・・!)」

「はあああああああ!!!!」カッキーーーン!!

 大空の豪快なフルスイングがボールを捉えた。打球は打った瞬間それとわかる当たり。センターバックスクリーンへと叩き込まれた。

「入りましたーーー!! ホームラン! 大空さんの起死回生の一発で聖ジャスミン、1点差へと詰め寄りました!」

「しまった・・・!」

 夏穂は決して気を抜いたわけでは無い。しかしここまで100球以上全力で投げ込んだ未知の領域。疲労で指が掛かり切らず、浮いてしまった。

カキン!!

「うわっ!?」

 続く柳生に対してもボールは上ずって捉えられた。しかし何とかこれはセンターの露見の守備範囲。2アウトまでこぎつけた。

「(あと一人・・・!)」

「(集中切るな・・・! こいつも危険なバッターだぜ・・・)」

 松浪はボールが浮き始めたことを考慮して変化球から入った。だがまだ高い。

カキーン!!

「ああっ!」

「やべっ!」

 高めのスライダーが曲がらず、レフトへ弾き返された。

「や、やばいでやんす!」

「桜井のやつ、だいぶ来てるな・・・」

「次は夏穂ちゃんの妹の小春ちゃんか・・・」

「でも去年の練習を見に来たときはそれほど打撃は得意そうではなかったでやんす! 守備は上手かったでやんすが・・・」

「・・・小春の最大の武器はそこじゃないんです」

「「「・・・え?」」」

カッ! 「ファール!」

「よし! 追い込んだ!」

「あと1球でやんす!」

カッ! 「ファール!」

カッ! 「ファール!」

・・・

「な、何球投げさせられたでやんすか・・・?」

「かれこれ10球以上・・・、だな」

「小春の最大の武器はあの’カット’です。打てないボールはカットする。それを例えゲッツーがある場面でも、こんな風にアウトになったら終わる場面でも。できてしまう器用さを持つのが小春という選手です」

「今の桜井にこんなカットされたら・・・」

「ボール! フォア!」

「よっし! やった!」

「くっ・・・、小春・・・。腕を上げたね・・・」

「さあ! 聖ジャスミン! 逆転のランナーが出ました! 桜井小春さんが姉の夏穂投手との根競べに勝ちました! 聖ジャスミンはここで代打の切り札、浪風さんが送られました! チャンスと代打の場面に滅法強い選手です!」

「さあ! いくわよ!」

「おっとここで背番号20を付けた村井さんがマウンドに向かうようです! 伝令が送り込まれました!」

 

 

「・・・みんな。監督からはね、今のメンツを代えるつもりは無い、って」

「俺たちでやり抜け、ってことか…」

「当然、なんとかする!」

「そ、それとね。ベンチのみんなが言ってたよ。…飛び出す準備はしておくからって。あと夏穂ちゃん」

「わ、私?」

「ピッチャーのみんながね、頼んだエース! って」

「! …そっか。みんなの代わりにここに立ってるんだもんね…」

「よっしゃ。ここ、耐えきろうぜ!」

「「「「おおおっ!!」」」」

 

「さあ、円陣が散らばってプレー再開! 2アウトながらランナー1、2塁! 長打で逆転のチャンス! 桜井さんは凌げるのか! それとも浪風さんがチャンスをモノにするのか!」

響乃アナのテンションも観客の緊張も最高に高まるなか、その注目はマウンドの夏穂と右打席に入った浪風に集まる。

「(…私は一人じゃない。あの時とは違う。ベンチのみんなも、監督も。私を信じて、任せてくれた!)」

夏穂は松浪のサインに頷き、足を上げ、踏み出し、腕を振るった。会心のストレートがアウトローに決まる。

「ストライッ!」

「…まだこんな力残ってたのね…!」

「全て、ここで出し切る!」

2球目は外に逃げていく高速スライダー。浪風も食らいつき、後ろに飛んでファール。

「くーっ! 捉え損ねたわ!」

「(コイツ、かなりのセンス持ってやがる。…長引くのは良くない。決めに行くぞ!)」

「(うん…!)」

サインはフルブルーム。夏穂は頷いて、3球目を投じる。しかし、

「っ! しまった!?」

「やべっ!」

ボールは手からすっぽ抜けて、バックネットに当たった。運良く跳ね返ってきてくれたが、ランナーは1つずつ進塁し、2、3塁になってしまった。

 

「おっと! 思わぬ形で聖ジャスミン、チャンスが広がり、一打逆転のチャンス!」

「桜井はここまでかなりの球数を投げておる。むしろ、良くぞここまで投げられているものだ」

 

「(…フルブルームはもう使えない、か)」

フルブルームは指先で強力なトップスピンをかけることで投げられる。元々指先が器用かつ強い指の力があってこそのボール。だが今の夏穂は万全の状態とは程遠く、指が言うことを聞いてくれなかった。

松浪はしばらく考え、結論を出す。

「(…もう、これしか無いよな?)」

松浪のサインに夏穂は心の中で笑った。いや、もしかすると実際の表情もそうなっているかもしれない。

「(打たれても怒んないでよ?)」

「(むしろこれ以外打たれたら悔やむだろ?)」

「(ま、そうだよね)」

そのサインに頷き、足を上げる。

これが自分の今日の最後のボールかもしれない。少なくとも出し切るつもりだ。というか、多分無理。

「いっけええええええ!!!」

夏穂と松浪が最後に選んだのは、

 

ど真ん中への全力のストレート。

 

「ま、真ん中!?」

打席の浪風はやや面食らったがとにかくフルスイングで迎え撃った。

みんなが息を呑んで見守り、一瞬の静寂に包まれた球場に響いた音は、

 

ミットにボールが収まる音。そして、

「ストライクッ!! バッターアウト!! ゲームセット!!」

主審のコールが長く、し烈な戦いの、終わりを告げた。

 

「空振り三振! 試合終了!! 互いに甲子園初出場をかけた一戦は、最後まで行き詰まる戦い、そして意地のぶつかり合い、その決着は2-3! 聖森学園が勝利しました!」

「見事! これほどまでに素晴らしい試合を見たのは久しぶりだ! 両チームの健闘に是非とも拍手をしてやって欲しいものだ!」

響乃アナ、平野の両名が賛辞を送り、その頃マウンドには聖森のメンバーが駆け寄っていた。

 

「やった…! 遂に私たち、やったんだ!」

「あははっ! 最高っ! こんなに嬉しいの初めてっ!」

「う、嬉しいのに、涙が出てくるでやんすう!」

「へへっ、成し遂げましたよ! 岩井さん! 御林さん! 木寄さん!」

「最高の気分だよ~!」

「頑張ってきてよかったね! みんな…!」

笑っている者、泣いている者。色々いるが誰もが思うことは1つ。遂に自分達は、夢の舞台に立てる! ということだった。

 

「うう…、ごめん。みんな…」

「芽衣香泣かないで! ボクたちは十分がんばったよ!」

「そうッス! 高校球児は最後まで堂々としてるッス!」

「さ、整列に行くわよ。相手を待たせないように」

「で、でも…」

引き下がる芽衣香に小鷹はボソリと呟いた。

「悔しいのは…、アンタだけじゃないわ…。みんな、悔しいわよ…」

「…!」

「みんな、行こう。整列して、挨拶して、応援団にお礼を言うまで、僕たちは胸を張って行かないと」

 

やがて両チームが整列し、審判が改めて試合終了を告げる。

短くも、激しい戦いはこうして幕を閉じた。

 




少し長くなりましたが、これで県大会編が終了!
いよいよ夏穂達が甲子園に乗り込みます!
少しずつですが更新していくのでよろしくお願いします。( `・ω・´)ノ

今回のおまけはちょっと登場した桜井小春と原作と能力の異なる太刀川です!

桜井小春 右/両 (1年)

夏穂と満の妹。その2人と同様に抜群のセンスの持ち主。本職はソフトボールだが部長の小鷹が野球部へ参加している関係でその実力を見込まれ野球部を兼部。
本人は自覚が無いが、彼女の笑顔には相手を虜にする魔性がある、らしい。また非常にお洒落さんで趣味は服選び。夏穂と満のことは大好きでよく甘えたり、からかったりして遊んでいる。 
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 C F E E D D  捕F 一E 二D 三E 遊D 外E
粘り打ち 流し打ち 走塁○ 守備職人 慎重打法 積極守備 積極盗塁 選球眼


太刀川広巳 左/右 (3年)

聖ジャスミンのエース。普段は引っ込み思案だがマウンドに上がればハイテンションになる。聖ジャスミンで野球が出来ていることを東出を始めとした部員達に感謝しているが、肩の状態から自分の野球人生がもう長くないことを悟っている。
投手としては非常に重いストレートを武器としており、意外とパワータイプ。実は打撃も得意で特にバントは聖ジャスミンで小山と1、2を争う腕前。実はサードをやったことがあるが内野にユーティリティープレーヤーが多いため、投手に専念している。

球速  スタ コン
140km/h B C
↘️カーブ 3
↙️スクリュー 3
⬅️シュート 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 2 D C D C D D  投D
怪物球威 ノビ○ 尻上がり ピンチ○ 打たれ強さ○
バント職人 速球中心

なんとか次はもう少し早く出来るよう努力します…。
では、次回もよろしくお願いします!


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33 夢見た舞台

いよいよ夏穂たちが聖地、甲子園へ!

p.s)おまけの西城の能力、ミスがあったので修正しました。


「みなさん! どーもこんばんはー! 本日より始まりました'激アツ甲子園'! メインMCは私、熱盛宗厚と!」

「パワテレ2年目のアナウンサー、響乃こころでお送りします!」

「そして、スペシャルリポーターは皆さんご存知この人だあ!」

「どうも! 熱盛さんに負けないように熱く行きたい! シューゾ・アツオカが勤めさせて頂きます!」

「夏の甲子園は高校球児の花の舞台! そして一球一球に懸ける全力のプレー! ンンー! 私、想像するだけでも胸が熱くなって参りましたァ!」

「僕も熱い戦いは大好きです! どれだけ練習を積んでも最後に勝敗を分けるのはやはり、ハートの強さ! どれだけ戦いに向かって冷静かつ熱くなれるか! その戦いこそ甲子園の醍醐味!」

「えっと…、熱盛さん? シューゾさん? 熱く語っていただいてるところ悪いんですけど、スタッフさんが押してるから進めて…と」

「おおっと! 失礼しました! では進めさせて頂きます! 各地で甲子園へのキップを賭けた熱戦が繰り広げられ残すところ5校となっています! 響乃ちゃんも確か実況の仕事とリポートしてきたんだよね?」

「はい! 私はある決勝戦を取材してきました! 両チーム共に最近増えてきた女性選手が多く所属するチームで…」

 

* * * *

 

――試合から数日後…、

『突然ごめんね。今日、これから会えないかな?』

夏穂のスマホには太刀川からLINEで連絡が入っていた。夏穂は驚いたがすぐさま連絡を返す。

『今日は練習休みだから大丈夫だよ。場所は?』

『場所は…の喫茶店に…』

大まかな集合場所と時間を決め、夏穂は着替えて向かった。

 

「やあ夏穂、甲子園出場おめでとう」

「ヒ、ヒロ! なんというか…、久しぶり」

「うん。なんだか試合からそんな経ってないのに長く感じるね。とりあえず、お店入ろっか」

喫茶店に入って飲み物を頼んだ後、夏穂は太刀川に聞きたかったことを聞いた

「ねえ、どうしてあの時。マウンドを東出くんに譲ったの?」

「全部話すよ、私の中学からのことも…」

太刀川は中学の時に投げすぎて肩を痛めたこと、高校に入っても細心の注意を払ってきたこと、そして決勝では8回に限界を感じたことを話した。

「そんなことが…」

「でも私は夏穂や聖森のみんなに感謝してるよ。…ありがと、引導渡してくれて」

「え?」

「もしあれ以上投げていたら、私は本当に投げられなくなってた。そうお医者さんが言ってたよ。そりゃ負けたのは悔しいけど、最後の対戦相手が聖森で投げ合えたのが夏穂で良かったよ」

「…そっか。野球、辞めちゃうの?」

「大学でこの状態じゃ無理だよ。…だから私は支える側になりたい」

「支える側?」

「うん。トレーナーでも、コーチでもいい。とにかく野球には関わりたい。それで、私みたいなことになる選手

を少しでも減らしたい」

「あはは、ヒロらしいね。…ねえ、私の話も聞いてもらえるかな? 少し長くなるけど…」

「うん、聞かせて」

それから夏穂は中学ではろくに試合に出してもらえなかったこと。高校を選ぶときも色々あったことを話した。

「ある意味私と…、真逆なんだね」

「そうだね。私の夢は…、いつか本当に性別関係なく、野球が賑わうこと。私みたいな思いをする女の子がいなくなって欲しい。…動機もヒロとそっくりだよ」

「ホントにね! …夏穂、最後に1つお願いがあるんだ」

「? なに?」

「甲子園で、聖森学園の名前を全国に知らしめて欲しい! 甲子園で聖森旋風を起こして欲しい! それがきっと、女性選手の励みになるから! 私も応援しに行くし!」

「ふふ、当たり前! 絶対に、優勝するよ!」

夏穂は太刀川に誓った。2人の夢に向かうためにも。

 

* * * *

 

そして練習が再開されてから数日後、遂に甲子園へと向かうことになった。

「よし、忘れ物は無いな。全員バスには乗ったか?」

「「「「はい!」」」」

「よし、では出発だ」

夏穂たち聖森学園野球部を乗せたバスは甲子園の宿舎に向け出発。そしてそのバスを多くの生徒が夏休み中にも関わらず見送りに来てくれていた。

「がんばってねー!」

「先輩! 頑張って下さい!」

「応援行くからな!」

「「「夏穂さーん! 頑張って下さーい!!」」」

 

「夏穂、人気だな」

「そういうトモこそ、後輩の女の子にすごい応援してもらってたじゃん」

「ぐう、羨ましいでやんす!」

「ぜってー活躍して、ワーキャー言ってもらうぜ!」

「「普通に頑張れよ!」」

 

程無くしてバスは宿舎に到着。翌日から近くのグラウンドで練習し、その翌日には甲子園練習が行われた。

「(ここが甲子園…! 本当に、広い!)」

「(最後にようやく来れたけど…、ここで試合しちまったら地元の市民球場じゃ満足できなさそーだぜ)」

夏穂と松浪を始めとして、それぞれが感想を抱き、そして試合を心待にしていた。

 

甲子園では18人しかベンチ入りできない。そのため、2人がベンチから外れることになるのだが…。

外れたのは19を着けていた田村快都と14を着けていた冷泉だった。代わりに20だった村井が14を着ける。

「にしても冷泉。大会前にケガなんてお前らしくもないなあ」

「うっせ」

「慣れない猛練習なんてするからだぜ」

「! 松浪さん…!」

「そういえばケガした理由はノック受けてる最中に足を捻ったことらしいでやんすね」

「毎日死ぬほど居残りで受けてて、疲労で足が上手く動かなかったんだ」

「そんなことは…!」

「お前の技術は一流だけどよ、まだ体はできてねーんだ。焦りすぎるとお前の選手生命縮めかねないぜ」

「うっ…、は、はい…」

松浪の言葉に返す言葉も見つからない様子の冷泉を見て矢部川はふと言葉を漏らした。

「冷泉のやつ、あんな素直だったでやんすかね?」

「トモは、ウチの練習風景見て変わったんじゃね? って言ってたよ」

「でも冷泉が抜けるのはちょっと痛いでやんすね」

「代わりに俺達が穴埋めしてやるぜ」

「おうよ、最後の夏。俺達が主役だー!」

「そ、そうでやんすね!」

「(…良かった。冷泉もちゃんと受け入れてもらえたんだ)」

盛り上がる3年達を見て、夏穂はひっそりと安心していた。

 

さらに数日後、組み合わせ抽選会が行われた。松浪は後半に引くのでおそらく引いた時点で相手が分かる。

「トモ! 良いクジ引いてね!」

「頼むでやんすよ!」

「あんまし期待すんなって」

松浪が聖森学園が呼ばれたところでクジを引く。引いたのは…、

「対戦相手は…、米田実業!」

「ぎゃー! 名門でやんすー!」

「しかも今年は…」

「…はい。センバツでも話題になったエース、西城さんがいて、アイドル級に人気です…」

「まあ、優勝目指す以上、どうせ当たる相手だ。張り切っていこうぜ!」

 

一方、米田実業は…

「1回戦の相手、聖森学園だってよ」

「おいおい、どこだよそれ! ラッキーだな! なあ西城!」

「おいおい、間違ってもそんなこと、表で言うなよ? 僕らのイメージが悪くなるからな」

「流石、甲子園のアイドルはファン心理を理解してるねえ」

 

それから何日かして開会式も行われ、迎えた大会第3日。いよいよ聖森学園の試合当日。

「遂に来たよ! 試合!」

「さい、気合い入れてくぞ!」

「「「「おおーー!!」」」」」

 

――試合開始前の先攻後攻決めのジャンケンの際に松浪は相手キャプテンの池須賀の言葉を聞いていた。

「お宅、女性選手が多いんだって?」

「ああ、まあな」

「いやー、羨ましーねー。ウチのはいないからさ、やっぱり華があるんだよなあ」

「…そりゃどうも」

しかし、少し声のトーンを変え、小声で松浪に囁くように言った。

「ま、話題作りにしかならないよな。女性選手なんて。そんな連中が主力のアンタらも、アンタらの地区も知れてるねえ」

その一言に松浪が反応する。

「おい、俺をバカにするのは好きにすればいいけどよ。俺のチームメートと、戦ってきた相手をバカにするだけは許さねえぞ」

「おー怖い怖い、そういうのは強い奴が言うからカッコいいの。お前らみたいなザコが言っても何もねーよ」

「…相手を見下すしか出来ないやつに負ける訳ねーじゃん」

「ほー、面白い。じゃあ試合で見せてもらおうかねーか 」――

 

そのような会話が交わされたことを松浪はチームメートに話した。だがそれを聞いて激しく怒りを露にする者はいなかった。

「へへっ、全員冷静だな」

「当然! そういう見方をする人もそうでない人も! 私たちのプレーでびっくりさせちゃうんだから!」

「そーだそーだっ! 私たちの凄さ、思い知らせてやるっ!」

「そのと~り!」

「よし。じゃあ見せてやろうぜ! 聖森! ファイト!」

「「「オオー!!」」」

 

そして試合開始に先立ち、スタメンが発表された。

先攻 聖森学園高校

1番 セカンド 椿

2番 レフト 村井

3番 キャッチャー 松浪

4番 ファースト 竹原

5番 サード 桜井満

6番 ショート 梅田

7番 センター 初芝

8番 ライト 空川

9番 ピッチャー 桜井夏

 

後攻 米田実業高校

1番 センター 松本

2番 セカンド 二宮

3番 サード 相葉

4番 ファースト 池須賀

5番 ピッチャー 西城

6番 ショート 大野

7番 キャッチャー 櫻田

8番 ライト 山口

9番 レフト 小山

 

「どーもみなさん! 実況は私、熱盛宗厚が担当いたします! 聖森は県大会決勝とは大きくオーダーを変えてきました! 私の注目はズバリ! エース桜井夏穂! キュートな見た目から繰り出されるキレッキレのボールからは目が離せません!

一方の米田実業もエース、西城が登場だあ! 爽やかスマイルで多くのファンを魅了するアイドル球児! 彼の投球にスタンドの女性陣はもうメロメロだあ!

さあ間もなくプレーボール!」

 

挨拶の後、審判のコールで試合が開始される。

先頭は今日1番に入った姫華。

「さあっ! いっくよーっ!」

「トップバッターは椿姫華! チーム一小柄ですが、秘めたる闘志は人一倍デカい! さあ、エースの西城にどう立ち向かうのか! 私、非常に楽しみです!」

 

一方の西城。米田実業特有の真っ白なユニフォームを身に付けマウンドに立つ姿は、余裕たっぷり、貫禄のある佇まいだった。

「(女共は力でねじ伏せるとして、問題はあの松浪、竹原辺りか。間違えたらスタンドいかれるからな)」

テンポの良いフォームから初球を投じる。

「(打ってみろよ!)」

無駄の無いフォームから投じられたのはインコースのストレート。そのスピードは…、

「驚きました! 150キロ! くーっ! このストレートがビシッと決まるとバッターは難しくなります!」

「ひゃー、はっやいっ!」

投じられたボールに対する姫華の反応はとても豪速球を投げ込まれたようなリアクションでは無かった。

「「(こいつ…、バカか?)」」

米田実業バッテリーが姫華の反応をどう取るか迷う。続けてストレートを投じ、姫華は見逃す。簡単に2ストライク。

「(なんか不気味だ…。様子見に1球外す…)」

「(そんなのいるかよ、3球勝負だ!)」

櫻田のサインに首を振り、西城はストレートを投じる。

「よっ!」キンッ!

「ファール!」

「…当てたか」

さらにストレートを続けるが姫華はそれもカットした。

「(ストレートに合わせてきてる。ここでカーブだ)」

「(思ったより粘るな。面倒だし、そうしようか)」

5球目にカーブを投じる。しかしそれも姫華はファールにした。

「(スライダー。たぶんこれならいける)」

「(ちっ、こんなやつに投げるなんてな…)」

6球目、西城のウイニングショット、スライダーが真ん中からインコースに曲がってくる。流石の姫華もこれには空を切り、三振に倒れた。

しかし三振に倒れた姫華本人は

さほど悔しがる風には見えず、次の村井と少し会話を交わしてベンチへと戻った。

続く村井。県大会では出場は代走1回のみ。データが無さすぎる。

「(ひとまず外に…)」

「(ストレートだ)」

「(うん。それで)」

初球の外のストレート、ここで村井が仕掛けた。

「! セーフティー!」

慌ててサードの相葉がチャージを仕掛けるが打球は3塁線の僅か外を転がりファール。続く2球目も、

「! まただ!」

「くそっ、しつこい!」

今度は1塁線の外に切れてファール。これで0-2。

そして…、

カッ!「ファール!」

「こいつもかよ…!」

村井もストレートはカットし、粘る。さらにカーブ、フォークは見送られてカウントは2-2。たまらずバッテリーはスライダーを選択。村井も当てることはできず三振。

 

「キャー! 西城くーん! 素敵ー!」

「連続三振よー! さすがー!」

 

スタンドからは西城への黄色い声が飛ぶ。そんな中、松浪が打席に入る。そして、

カキンッ!

「「なっ!?」」

初球のストレートをあっさり打ち返し、レフト前ヒット。

「(これなら東出の方がエグかったぜ!)」

「(初球ストレート待ってたか…。次は4番。長打だけ無しで、変化から入ろう)」

「(オッケー)」

櫻田のサインに頷いて、西城は竹原にボールを投じる。

「(待っていたボール!)」カキーーン!!

「なんだと!?」

西城が投じたのはカーブ。決して高かった訳ではないが、カーブを待っていた竹原からすれば絶好球だった。

打球はぐんぐん伸びていき、そのままレフトスタンドへと飛び込んだ。

「入った、入りました! ホームラーン!! 心を熱くさせてくれる一発!! 聖森学園、先制!」

 

「やった! ナイバッチ、大!」

「出来すぎだぞこのヤロー!」

「雪瀬と松浪の分析おかげだ。…データ通りだったよ」

「だからってホームラン打つお前もお前だっての!」

この試合に向け、聖森学園が準備したことは1つ。西城の対策。しかし、西城も好投手。打つのは容易ではない。そこで…、

「(文武がやったような、'キャッチャー'の分析)」

最近は高校野球でも複数人の投手を用意するチームが多く、その1人1人の対策をするのは大変である。だがレギュラーのキャッチャーは基本1人。その配球傾向、クセを分析し狙い球を絞る。そして、導きだした答えは

『キャッチャーの櫻田は打たれ始めるまではストレート主体。打たれた直後は変化球』というもの。そして持ち球は姫華と村井が粘って炙り出した。選抜の時から増えてはいない。さらにスライダーは打つのは難しいが

フォークとカーブはカウントを取るための球種であるとも判断した。

「(前と同じ。序盤こそミスを恐れず攻める。失敗してもこの後の糧になるし、成功すればアドバンテージ。これが聖森のスタイルだ!)」

その後の満は快音を残すもレフトライナーに倒れてスリーアウト。そしていよいよ夏穂が甲子園のマウンドに上がる。

「(マウンドに立つと分かる。このたくさんの人の視線が、注目が自分に集まっているのが)」

投球練習を終え、打席に立つ松本を見据え投球動作に入る。

「(ヒロと約束した通り…、私は、私たち聖森学園は!)」

磨きあげたフォームから渾身の1球を投じる。

「(全国相手に、暴れてやる!)」

まさに糸を引くような、真っ直ぐなストレートが松浪のミットに突き刺さる。その1球に打席の松本も、米田実業のベンチも、観客も息を呑む。

「ストライークッ!」

「指の掛かったストレート! んんー! こちらもいいボールだあ! ナイスなピッチング!」

スクリーンに表示された球速は138キロ。それに戸惑ったのは松本だった。

「(今のが138だと!? そんな訳無い! こいつはもっとはえーだろ!)」

続く2球目もストレートに空振り。しかし流石は名門のトップバッター。2球でかなり合わせてきた。

「(ガンは気にしねえ。とにかく来た球を…!?)」

3球目も鋭い腕の振りを見てストレートを予測した松本だったが、それを嘲笑うようなチェンジアップが松浪のミットに収まる。

「ストライーク! バッターアウト!」

「ナイスピーです夏穂さん!」

「…ナイスピー」

「白石、そんなんじゃ聞こえないでやんす…」

続く二宮は高速スライダーを初球で打たせセカンドゴロでツーアウト。そして3番の相葉もストレート、チェンジアップ、チェンジアップと裏をかき、三振に抑える。

「さすがーっ! ナイスピー夏穂っ!」

「やるね~」

「甲子園でも躍動してるでやんす!」

「夏穂さん、後ろは任せて飛ばしちゃってください」

「そうだぜ。バテても俺達がなんとかしてやる。思いきって投げてこい!」

「僕も…準備してるんで…」

「オッケー! フルスロットルでいくよ! なんなら最後まで行っちゃうから!」

 

簡単に終わった米田実業の攻撃とは対象的に、聖森学園は攻撃の手を緩めなかった。

先頭の風太はまたしてもストレートを弾き返す。三遊間を抜けるかという当たりをショートが追い付いたが俊足が生きて内野安打に。続く初芝の打席ですかさずスチール。初芝のアシストスイングもあり、盗塁は成功。さらに初芝はきっちり右方向へと転がして1アウト3塁のチャンス。ここで8番の恵。打順は以前よりも下がっているがピッチャーの前の打順ということは彼女でランナーを返し切らないといけない。

「さ~、こ~い!」

「(こんな奴に打たれてたまるかよ!)」

 西城は強気にインコースへのストレートを投じる。恵を非力だと踏んで詰まらせて内野フライを狙ったのだ。だが内角こそ恵の得意コースだった。

「そりゃ~!!」カッキーーン!!

「っ!?」

 振りぬいて弾き返された打球はライト線を破るツーベース。

「とりゃ!」カキン!!

「くそっ!」

 さらに夏穂にも初球のフォークを狙い打たれた西城は動揺した。

「(こいつら! 俺の投げる球見切ってやがるのか!?)」

 まさにその通りなのだがまさかキャッチャーの櫻田の配球が読まれるとは思っていない。自分のボールの質に自信があるがゆえにそれほどキャッチャーのリードに疑問を持ったことがなかったのだ。

 櫻田はここでようやくリードを変えた。ただし変えたといってもストレートの割合を減らしただけだったが・・・。それでは完全に聖森学園は止めきれなかった。

 一方の夏穂はどんどんとペースを上げていく。

 

「三振ー!! 桜井! この回も0に抑えちゃいましたぁ! んんー! 素晴らしいストレート!!」

 高低内外、ストレートと変化球の緩急を駆使して次々三振を奪っていく。

「くそ!! なんだよあいつ!」

「池須賀、落ち着け。熱くなりすぎたら思うつぼだ!」

 米田実業は打てない焦り、リードが広がることによる焦り。その2つが混ざって思うように実力が発揮できない。

 

 そして・・・、

「ストライーク!! バッターアウト!! ゲームセット!!」

「試合、終了です! なんとなんと! 初出場の聖森学園! 好投手西城擁する名門、米田実業を8-0で破り、2回戦に駒を進めましたぁ! なんといっても立役者は、聖森学園エースの桜井でしょう! 米田実業相手に9回14奪三振完封勝利! ひっじょーに素晴らしい投球でした!」

 

「夏穂ナイスピッチング!!」

「想像以上に完璧だったな! リードしてて楽しかったぜ!」

「わ~い! 勝利~!」

 

 攻守にわたって米田実業を圧倒した聖森学園、そして夏穂の名前は瞬く間に、全国に知れ渡ったのだった・・・!

 

 

 




この話は実在の人物、団体、事件とは一切関係ないです。でも米田実業は某あの白い高校がモデルです。
今回のおまけは出番が一瞬で終わった、米田実業の西城と、なんだかんだ紹介してなかった矢部川です。(池須賀は所謂噛ませですね)

西城祐基 (3年) 右/右

名門米田実業のエース。高校生らしくないクールさが人気を呼んだ。その本性はそれほどクールでは無い。池須賀の愚痴の相手によくなることに少々うんざりしている。投手としてはこれといった決め球は無いが全体的にレベルが高い。
球速  スタ コン
151km/h B C
➡️スライダー 4
↘️カーブ 2
⬇️フォーク 2
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 D C D B D D  投D
ピンチ△ クイック◯ ポーカーフェイス 打たれ強さ◯ 速球中心

矢部川昭典 (3年) 右/右

 3年生になった矢部川。激しい外野のポジション争いに1度は心が折れかけたが、夏穂や他のメンバーに励まされたことと、どんな形でもチームの勝利に貢献したいという思いから代走のスペシャリストを目指した。それが実り、盗塁技術と走塁の上手さはチームナンバーワン。ただし、女の子好きはそのまま。

  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
  2 E D B C C D  外C
 内野安打○ 盗塁◎ 走塁○ かく乱 プレッシャーラン バント○ ホーム生還 対左投手△ チャンス△ 調子極端 積極盗塁


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34 伝統と"悪者"

最後の夏編! 様々な相手が現れる!
的な感じで行きたいなー、と思ってます。

追伸!
ごめんなさい! なんだかおかしなことに(後半から来たはずの松浪たちが試合に間に合っていたり)なってたので書き直しました。


「試合終了! 聖森学園! 2回戦も勢いそのままに突破! 3投手で繋いだ完封リレー、なんとも胸が熱くなるリレーでしたァ!」

パワテレの高校野球中継の名実況アナウンサー、熱盛宗厚が試合終了を伝える。

 

初戦から名門の米田実業を破った聖森学園は大きな注目を浴びた。特に元からプロ注目の選手だった松浪、そして完封勝利を挙げた夏穂には大きな関心が寄せられた。

そんな中で迎えた2回戦のマチェット高校戦の先発は杉浦だった。

「えー、桜井じゃないのかー」

「見たかったなー」

「(ちぇっ、分かってるよ。俺は脇役だよ。…けど脇役は脇役らしく、主役のために楽させてやりますか!)」

杉浦は夏穂のように派手ではないが、2種類のカーブとツーシームを巧みに操りマチェット打線を翻弄。なんと6回までノーヒットノーランに抑え込んだ。7回でヒットは浴びたが後続を断ち、7回被安打2四死球2という好投。一方打線は相手先発の鉄砲塚の力強いストレートに苦しめられる。しかしこちらも7回裏に好機が訪れる。四球とヒットのランナーを置いたところで打席には杉浦だったが榊原監督は代打で左の百合亜を送る。百合亜が期待に応えてストレートを上手く流して左中間にタイムリーを放ち、先制。さらに風太の所で投手が左腕の弓場にスイッチすると風太はすかさず送りバントを決めた。そして村井に代わり初芝が代打に送られる。この試合ではスタメンから外れていた初芝は存在感を示すタイムリーを放ち追加点を挙げる。

そして8回は百合亜が抑え、9回は夏穂が締める。終わってみれば4-0の完勝だった。

 

「よっしゃー!3回戦進出!」

「今日のヒーローは杉浦くんと百合亜だね!」

「ノーノー意識するなよって言った傍からこれだもんなー。明らかに緊張してボールの走り悪かったし」

「う、うるせー!」

 

そしてその様子を楽しそうに見ている男たちがいた。

「ふっ、フフフ…。最高だ! まさにあれこそ可憐なる花!」

「おい虹谷…、早くベンチ入りの準備を…」

「ええ、実に可愛らしい。このコにも負けず劣らず素晴らしい方々です」

「強気で元気なオンナっつーのも嫌いじゃねーぜ。ヘヘッ、こりゃあ楽しみだぜ」

「…おーまーえーらー…!」

「「「彼女たちと戦えるのが楽しみだ(ぜ)(ですね)!!!」」」

「彩理さん。やっちゃってください」

「りょーかーい。ほらー、みんなはやくベンチに行かないと…、こうだー!」

「ぐぶへっ!?」

聖森メンバーを眺めていた虹谷と呼ばれた男は彩理さんと呼ばれたマネージャーに強烈なヘッドロック(どうやら本人は飛びついてバグしたつもりらしい)をかまされ意識を刈り取られた。

「ほら、神成と東雲も。こうなりたくなかったら急ぐんだ」

「お、おう…」「わ、分かりました…」

「あら? 誠くーん? 寝ちゃだめだよー?」

「うん、彩理さん。少しやり過ぎだったかもね?」

「むー。だって誠くんがさっきの高校の子達にずっと見とれてるんだものー。彩理さん、嫉妬しちゃうなー」

「まあまあ…」

「ちょ、彩理さん! 天羽さん! お二人も急がないと!」

それを見たもう一人のマネージャー、月影が慌ててメンバーを呼びに来た。

女好きの3人と1人の真面目な男に個性豊かなマネージャー。彼らこそ優勝候補の一角、天空中央高校だった。

 

 

 

「次の相手は? 次の試合の勝者。取材とか受けてる間にもう始まっちまったかな?」

「どことどこ?」

「天空中央高校と一芸大附属高校の試合だな」

「天空中央と言えば毎年甲子園常連の名門でやんす! やっぱり松浪くん、くじ運悪いでやんす!」

「まー、否定はしねー」

「でも一芸大附属一芸高校ってどんなところ?」

「うーん、マジで聞いたこと無いな…」

「こ、今大会が甲子園初出場みたいで…。あまり映像も無ですし…」

氷花によればシードの組のため2回戦からの登場だという。対する天空中央高校は1回戦で赤壁高校を6-1で破っている。

「ご存知の通り、天空中央高校はエースが多彩な変化球に加え、全体的に高い実力のある虹谷さん。打撃と強気のリードがウリの神成さん。走攻守にバランスの取れた東雲さん、そしてこのエリート集団の中でも驚異的なパワーを誇る天羽さん。優勝候補と言われるのも納得ですね…」

「サンキュー氷花。しかしこれは天空中央が勝つかな流石に」

「どちらにせよちゃんと見とかないとね」

 

 

「さァー! 始まりました! 天空中央高校と一芸大付属高校の一戦! 優勝候補と名高い天空中央が貫禄を見せつけるのか!? それとも無名のチャレンジャー、一芸大付属高校が下克上を果たすのか!? 私、早くも胸が熱くなって参りましたァ!」

 

先攻、天空中央高校

1番 ピッチャー 虹谷

2番 ライト 日笠

3番 ショート 東雲

4番 レフト 天羽

5番 キャッチャー 神成

6番 ファースト 雨宮

7番 サード 星野

8番 セカンド 望月

9番 センター 倉木

 

後攻、一芸大付属高校

1番 センター 六上

2番 ショート 守田

3番 ピッチャー 風薙

4番 サード 美留田

5番 ライト 緩井

6番 セカンド 佐部

7番 キャッチャー 白色

8番 レフト 手方

9番 ファースト 伊賀井

 

しかし試合が始まってすぐ予想外の事態が起きた。

――観客のヤジだった。

「おい、お前ら! それでも高校球児かよ!」

「ちゃんとやれー!」

それは一芸大付属へのものだった。一芸大付属はよく見られる、試合前のミーティングや円陣も組まない。

試合前の整列と礼こそやったものの、そのスタイルはさながらプロ野球かもしくは草野球といったところか。

 

そんなヤジの中でも一芸大付属のメンバーは揺らがない。

「よし、みんな。しっかりやれることをやっていこう」

キャプテンである緩井が尖った個性のメンバーに声を掛けた。

「おう! 気にしねーよ、こんなヤジ!」

「俺らができることやるだけだしなー」

「豹! バックは任せえよ! しっかり守ったるからのう!」

「はは、頼みますよ」

至ってマイペースに守備に散っていった。

 

そして試合開始、マウンドには2年生、背番号10を背負った風薙が上がる。そして天空中央のトップバッターは虹谷。投手ではあるもののその俊足はチームナンバーワンである。

「(これだけのヤジにも関わらず落ち着いているようだね。あの2年生投手、なかなかいいメンタルをしているじゃないか)」

1、2球と続けて低めの厳しいコースを突いてきた。そして3球目。

カッ!「くっ…!!」

今度はインハイにシュートを投じられて詰まらされワンアウト。さらに2番の日笠もファーストフライに倒れる。

「なるほど。ヤツも多彩な変化球を投げるみてーだな」

「ああ、ボクには及ばないけどね」

「とかいって簡単に打ち取られたじゃないか…」

現時点で風薙はカーブ、スライダー、フォーク、シュートを投げている。奇しくも虹谷の持つ球種と同じであった。しかし虹谷の言うとおり、キレは確かに良いが完成度で言えば遠く及ばないその変化球を東雲が強烈に弾き返した。

「よしっ、三遊間抜けた!」

「ふっ、流石だね…」

天羽と虹谷が確信したとき、驚くべき事が起きていた。なんとショートが`いた`のだ。

「悪いのう、ここは俺の守備範囲じゃ!」

三遊間を破ったはずの打球をまるで予測したかのように先回りしてショートの守田が捕球、送球も素晴らしく1塁で悠々とアウトにして見せた。

「おーっと抜けたと思われた当たりもショート守田がガッチリ掴んでスリーアウトチェンジ! シフトでも引いていたんでしょうか? 打った東雲、まさにヒットを損した気分でしょう!」

 

「なんつー守備範囲だ…」

松浪には分かった。今のはシフトを引いていた訳ではない。打球が飛んだ時点で既に守田はどこに来るかを予測したのだ。いやむしろ判断したのだろう。

「(でなきゃあの動きには説明がつかねえ。東出とは違う上手さ。いやこっちの方がエグいかもな。)」

よくファインプレーと言われるプレーにも2つある。本来ならヒットになる当たりをギリギリで捕る本当のファインプレー、そしてもう1つは見せかけのファインプレー。

「(スタートが遅れたのを、考えて守備位置を取っていれば問題なく捕れたものをダイブして誤魔化すファインプレーがそれだ。だけど今のはその逆。何気なくアウトにする。本当に守備が上手いやつにしかできないプレーだ!)」

そして1回の裏、マウンドには虹谷が上がる。

「ふっ、ボクの七色の変化球の前に屈するがいいさ…」

そして先頭で左打席に入った六上(りくがみ)への初球…、

カッ!

「…おっと!?」

セーフティーバント。それもサードとピッチャーの間の絶妙なコース。慌てて駆け寄った虹谷が拾うも…、

「は、速い…!」

六上は驚異的な俊足で一塁へ到達していた。

「なんという快速! 絶妙なバントで先頭出塁! さあ、六上! 自慢の足で今大会屈指の右腕、虹谷を掻き回せるのかァ! 私、ひじょーに楽しみです!」

そして守田に対する初球で仕掛けた。

「! 初球スチールとか、舐めんなよ!」

高めのストレートを捕球して2塁へと送球したが、

「セーフ!」

盗塁成功でノーアウトランナー2塁。六上の足だけでピンチを背負ってしまった。

「(悪い、誠。だがコイツでアウト1つ貰っておくぜ)」

「(分かったよ、点をやるわけにはいかないからね)」

しかし続く2球目にもさらに仕掛けてきた。

「! 逃げましたよ!」

「なんだと!?」

六上は2球目にも迷わずスタートを切り、3塁を狙った。

「いい加減にしやがれ!」

捕球した神成は3塁に送球。今度はアウトにして見せた。しかしギリギリのタイミング。

「(今の、ストレートじゃなかったらセーフだったか。ムカつくヤローだぜ…)」

続く守田は三振。そして3番の風薙。どうやらスイッチヒッターらしくここは左打席に入る。

「(彼は良いバッターだというデータがあるけど…、なんだこの雰囲気は…?)」

虹谷は違和感を感じた。風薙からはまるで気迫の類が感じられない。冷静とも異なる異様な雰囲気を持っていた。

「(まあいい。とにかく様子見の変化球から…)」

カッキーーン!!

「えっ?」

難しいコースのシュートを初球から難なく捉えてきた。

しかし打球はレフトの天羽の正面でスリーアウト。そして風薙にはやはり悔しさなどは微塵も見られない。

「(何者なんだ…? 彼は…)」

 

一方、ベンチに帰って来た風薙は他のメンバーの励ましを聞きつつ、緩井からグラブを受け取った。

「この回も頼むよ」

「…緩井さん。持って一巡ですね」

「…そうか。お前が言うならそうなんだろうな」

「ええ、あとこの回。1点は許してください。おそらくあの天羽という選手。別格ですね」

「分かったよ。赤井監督には俺から伝えておく」

「まあやれるようにはやってみます」

「ああ、任せた」

赤井とは一芸大付属に2年前、すなわち緩井たち3年生と時同じくして就任した監督だ。なんでも一芸大付属の監督になるにあたり、自分の眼鏡に敵う選手。決して上手い選手ばかりではなく、彼が可能性を感じた選手を集めたのだった。それが緩井、美留田(びるだ)、六上、守田、白色(はくしき)といった現主力メンバーだ。このメンバーには高校まで野球をしたことがない者もいたうえ、かなり性格に癖のあるメンバーだったが赤井は彼らを甲子園で戦える選手になるまでに鍛え上げたのだった。

「(まあ、ここまでこれたのは風薙や伊賀井、佐部といった掘り出し物が来てくれたのもあるけど…)」

そしてこれまで弱小校だった一芸大付属はこの夏快進撃を見せて、甲子園出場を決めたのだった。

「(ふらりと立ち寄った所で、たまたま草野球に参加して、そこにたまたま居合わせた校長に監督やる気は無いかって誘われて。本当に運命ってのは分からないもんだな」

 

「ボールフォア!」

「あーっと、これはいけません! 風薙、先頭の天羽にフォアボール! ノーアウトからのランナー出しちゃいましたァ!」

「(まあ、これで大ケガはしないかな)」

正直、風薙はこの天羽と勝負する気などさらさら無かった。

「(俺はある程度、彼我の実力差ぐらいは見抜ける。その勘が言ってる。この人は抑えられない、ってね)」

そして神成には低めのスライダーを弾き返された。

「打たれたか…。でもここからは問題ない」

天空中央高校は確かに名門だが虹谷、東雲、神成、そして天羽がすば抜けている一方で他は多少見劣りする

。それでも十分な実力の持ち主達なのだが。風薙にとっては気にする問題では無かった。

「(1点以下ならそれでいいしな…)」

それは決して慢心や手を抜こうとしてるのではなく、今日の相手投手虹谷とこちらの攻撃陣を秤にかけた判断。おそらく何点か取れるはずだ。

続く雨宮には送りバントを決められ、1アウトランナー2、3塁。そして星野の当たりは…、

カキン!

「あーっと、打ち上げたー! しかし犠牲フライには十分です! 天羽、打球を確認してホームに向かいます!」

定位置のセンターフライで3塁ランナーの天羽はホームへと生還。先制したのは天空中央だった。

「先制ー! 天空中央! 幸先良く1点を取りましたァ!」

しかし続く望月はショートゴロに倒れスリーアウト。

「いやあ、本当に1点取られちゃって、すみません」

「いいえ、問題ありません。相手の主なポイントゲッター、天羽と神成の1巡目を1点に抑えられたら十分です。彼らの得点の期待値は平均して2点前後なので。まあもちろん0に越したことは…」

「まあ白色さんのそれは褒め言葉としてもらっときましょうか」

しかし一芸大付属も打者1巡をあっさり抑えられてしまった。実に三振は6個。完全に天空中央のペースだった。

一方の風薙は4回の表。この回はまたも天羽から。

「(少し慎重に勝負してみましょうか…)」

「(分かりました)」

風薙―白色バッテリーは左打者の天羽に対してアウトコースのボールゾーンから入るスライダーを投じた。高さも低めいっぱいのコース。

「うおおおお!!!」カッキーーン!!

「「なに!?」」

しかし天羽はそのボールを完璧に逆方向に掬い上げて見せた。打球は楽々とレフトスタンドへと飛び込んだ。

「入りました! ホームラン!! 難しいボールでしたが容易く打って見せましたァ! ウーン、打たれたピッチャーもショックでしょう!」

「うん、やっぱりアイツは化け物スラッガーだったな。ランナーいなくて良かった。…さて、」

ベンチで見ていた赤井はここで動き、審判に伝えた。

「主審! ピッチャー交代で!」

 

「やっぱ天空つえー!」

「今のバッターエグいわー」

「一芸大、エース温存なんてするからこうなっちゃうんだよなあ」

「虹谷から点取れそうにないし決まったな」

 

スタンドがざわつき始める。出てきた時点であまり良い印象の無かった一芸大付属には逆風のムード。観客が密かに期待しているのは名門天空中央が圧倒的に勝利すること。

そんなムードを緩井は感じ取っていた。

「(僕らはさしずめ、彼らの引き立て役の悪者ってところか。…まあ、こんな扱いは慣れてるさ)」

だが緩井たちは何度もこの逆風を乗り越えここに立っている。世間が求める高校球児のイメージからかけ離れたプレースタイルを持つ者が多い彼らは常に逆風だった。

「(でも僕たちは壊して見せる。古臭い伝統とやらを! ドラマなんて作らない! 例え誉められた形でなくとも…勝つ! 変えられるんだ、変えてくれた人たちがこの前いたのだから)」

緩井は一芸大付属に来たのは赤井監督の誘いが切っ掛けだった。そこに自らが陥っていた境遇、そしてある人物の影響を受けて、決意したのだ。

――誰かが決めた"普通"や"伝統"をぶち壊して甲子園で優勝する、と。

「早川選手が成し遂げたように、僕らもやってみせる!」

 

「一芸大付属高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの風薙君がセカンド、セカンドの佐部君がライト、ライトの緩井君がピッチャーに入ります。3番セカンド風薙君、5番ピッチャー緩井君、6番ライト佐部君。以上に代わります」

「遂に来ました! ここでエースナンバーを背負った緩井がマウンドに上がります! さあ、どんな投球を見せてくれるのでしょうかぁ!」

勢い付きつつある天空中央相手に、一芸大付属のエースでキャプテン、緩井幸治(ゆるいゆきはる)がマウンドに上がった…!




ある意味緩井は夏穂と同類の選手です。彼もまた、早川あおいたち恋々高校による活動とそれによるルール改訂に感銘を受けて自らの進む道を見つけた男です。
今回のおまけは化け物スラッガー天羽と一芸大付属の風薙です。

・天羽秀悟(あまはしゅうご) (3年) 右/左
天空中央の4番打者。驚異的な打撃センスを持つが、普段は至って普通。天空中央の3バカ(無類の女好きの虹谷、神成、東雲)の暴走に終始振り回されているが虹谷の双子の姉である彩理をけしかけることで抑えている。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
4 A S B C C F  外C
アーチスト 広角砲 チャンス○ ローリング打法 強振多用

・風薙豹 (2年) 右/両
一芸大付属で背番号10を背負う。その理由はどこでもある程度守れるから。相手の実力をある程度見極められるため、既に達観してしまっている。天才肌でなんでも出来てしまうため、意図せずして他人を傷つけることもある。実力が測ることのできない緩井たちに興味を持ち、数々の推薦を蹴ってやってきた。
球速 スタ コン
142km/h C C
➡️ スライダー 2
↘️ カーブ 2
⬇️ フォーク 2
⬅️ シュート 2
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 3 C C C C C C  投C 遊C 二C 一C
キレ○ 打たれ強さ○ 低め○ ケガしにくさ○ 対左投手◎ 盗塁○ 走塁○ 送球○ アベレージヒッター 広角打法 流し打ち 内野安打○ 初球○ ローボールヒッター チャンスメーカー

次回もお願いします! 夏穂達の出番少なくてごめんなさい!


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35 磨きあげられた武器を手に

暑すぎて甲子園が心配になる今日この頃
p.s パワター追加しました


「さぁー、マウンドに上がったエースナンバーを背負うサウスポーの緩井! 先頭の神成に対してどのような投球を見せてくれるのでしょうかぁ!」

マウンドに上がった緩井は大きく振りかぶる。そして足を上げ、踏み出す。左腕をしならせてリリース。

 

その瞬間、神成の視界からボールは消えた。

「…なっ!?」

戸惑う神成、しかし次の瞬間。ボールは"落ちて"きた。

ホームベースの少し後ろの方でワンバウンドして白色が捕球。主審も少し判定を迷ったが、

「ス、ストライク!」

「何だと! ワンバンで、んな訳ねーだろ!?」

「…いや、良く見れば今のはストライクゾーンを掠めていた。あの角度でそれをやるのはかなり難しいと思うのだが…」

「…ちっ、冗談じゃねーぜ。ふざけたピッチャーだぜ…」

神成がそんな感想を抱くと同時に天空中央側のスタンドからもヤジが飛ぶ。

「なんだそのふざけた球はー!」

「ボールだろ今の!」

「神成! そいつとっととぶっ潰しちまえー!」

 

超スローボール。通称イーファス。とてつもなく山なりのボールを投じて打者のタイミングを狂わせるボール。最近ではオールスターなどの緊迫していない場面でのパフォーマンスとして見られている。タイミングを狂わせるのが目的でストライクを入れるのが難しいこともあり、実用的に活用する投手はほぼいない。この緩井を除いては。

 

「(いやー、それにしても大した嫌われようだね。こりゃ)」

赤井はベンチでニヤリと笑う。だがその程度で動揺するメンバーじゃないのは分かっている。特に、緩井は。

「(俺は今まで中々の変わり者たちと関わってきたけど、コイツらもそうだ。だけどせっかくの才能を、誰かが決めつけた"普通"を押し付けられて台無しにしかけていた。それを輝かせるために、俺はアイツらを集めたんだ)」

 

緩井は再び振りかぶり、ボールを投じる。今度も再び山なりの超スローボール。そしてそれは再びストライクゾーンを掠めていく。

「ストライク!」

「あのやろー、舐めやがって…」

「(舐めてなんかいないさ…、むしろ僕のフルパワーピッチだよ)」

緩井の3球目、神成も構える。

「(予想外ことがあったとはいえ、コイツのストレートはせいぜい130キロ程度らしいし、打てねー訳が…!?)」

そう、来たのは128キロのストレートだった。普段の神成なら軽々打てたボール。

ただし、それが約60キロ前後のスローボールを2球も見せられた上で、アウトローいっぱいに決められていなければの話だ。

「ストライク! バッターアウト!」

 

「おいおい、神成。なに見逃してるんだよ…」

「…じゃあお前、打ってみろよ。ま、お前にゃ無理だな」

「ないない。"あんな"ピッチャー、簡単さ。イーファスにはビックリしたけど、あんなおふざけするピッチャー、なんともないって」

そう言って打席に向かった雨宮を見送りながら神成は呟いた。

「(打席に立てば分かるぜ。…ヤツの意味わかんねーぐらいの余裕がな…)」

雨宮に対して緩井は初球はアウトローいっぱいのストレートから入った。

「(確かにコントロールは良さげだし、少しノビてきてる。だが打てない球じゃない)」

続く2球目、再びアウトローにボールが来た。

「(続けてストレート? 舐めるな!)」カキン!

完璧に捉えたと思った雨宮だったが打球は代わったセカンドの風薙へ。簡単に捌かれツーアウト。

続く星野は初球から超スローボール。これを振るも空振り。続く2球目はストレートをファール。

「(確かにイーファス後のストレートは厄介だがどちらも張れば当てられなくもない! 投げた瞬間、浮けばイーファス、普通に来ればストレート!)」

3球目、ストレートか超スローボールかを見極めようとした星野。投じられたのは…、

「(来たっ! ストレート…!?)」

ボールは浮かずに真っ直ぐの軌道。ただし、"来ない"。ストレートと同じリリースから投じられるチェンジアップ。ストレートに合わせていたバットは空を切り、三振。この回は天羽が風薙から放ったホームランのみの1点に終わった。

 

「フッ、そんな隠し球がいたのには驚いたけど…」

マウンドに立った虹谷は渾身のストレートを投じて六上から空振りを奪う。

「このボクが投げる限り、君たちに勝利はないさ!」

続く2球目で六上はまたもセーフティーを仕掛ける。

「今度はやらせねー!」

星野がすかさずチャージを仕掛ける。

「…じゃあこっちにやるか!」

六上は今度はファースト側に転がした。雨宮が慌ててボールに駆け寄り、虹谷はファーストカバーへ走る。しかしこれは六上の思う壺だった。

「ファーストが出てきた時点で俺の勝ちだぜー!」

六上が虹谷のカバーよりベース到達。またも内野安打になる。そして…、

「スチール!」

「チクショウが!」

すかさず二盗を許した。さらに六上は2球目で3塁を狙う。

「いい加減にしやがれっ!」

今度はウエストで外した神成が3塁送球。またも三盗失敗に終わった。そして守田は三振。風薙もライトライナーに倒れる。

「(あの1番は何がしてーんだ? バカの一つ覚えみたいに走りまくりやがって…)」

一方の天空中央打線は緩井の前に沈黙。望月はショーフライ、倉木はセカンドゴロ、虹谷はレフトフライ。

5回裏、虹谷は美留田をフォークで三振、緩井はセカンドゴロ、佐部はセンターライナー。

回はいよいよ6回。先頭の日笠をサードフライに打ち取り、東雲はセンターライナー。そして、

「4番、レフト、天羽くん」

天空中央の主砲が打席に立った。緩井は白色と共に配球を考える。

「(ちょっとボールゾーンに外したストレート!)」

緩井がそのコース通りにボールを投じた。

カッキーーン!!

快音を残したがファール。しかし少し間違えればホームランだったと感じさせる打球速度。次に投じたのはチェンジアップ。しかしこれはタイミングが早すぎたのか1塁アルプスへと飛びファール。

「(これは…、参ったな)」

正直打つ手が無いとはこのことだ。どちらにも十二分に対応してくる。

「(打つ手が無くはないけど…)」

「(…ですが、"あれ"はまだ置いておきたいのですが…)」

「(ここで負けたら意味ないよ。…それに、ここで彼を抑えれば。僕を打てなくてイライラし始めた向こうに大きなダメージを与えられる!)」

「(…分かりました。キャプテンを信じましょう)」

白色の出したサインに緩井は頷く。先ほどと同じリリースからボールを投じる。天羽は先ほど星野が立てた対策と同様にボールを待つ。そして天羽は星野と違い、チェンジアップにも対応出来る力がある。

「(! ボールが浮いた…! イーファス!)」

ボールはリリースから一度フワリと浮いた。先ほどの超スローボールの軌道。

…かのように見えたのだが。

「っ!?」

ボールはするすると、緩やかな弧を描き、天羽のインハイあたりからアウトローへと決まった。

「ここでスローカーブ! 見逃し三振です! ピッチャー緩井! まだ武器を隠し持っていましたぁ! くーっ、今の見逃し三振はバッターはさぞ悔しいでしょう!」

しかし6回の裏、虹谷はなおも絶好調。この回も出塁すら許さない。ここまで六上のセーフティー以外はヒットどころか出塁すらさせていない。

「(打線を抑えようと…、ボクが投げている限り、君たちに勝利はない!)」

7回表、緩井に対する2巡目だが天空中央打線は捉え所の無いピッチングに翻弄され続けていた。

そして迎えた7回の裏。ここまで唯一全出塁の六上に回る。天空中央はここで奇策に出た。

 

「内野5人シフト!?」

「もうセーフティーはさせねーってか」

 

「(誠からヒットを打つ力があるならセーフティーなんか続ける必要は無かったはず。こいつには誠の球は打てねえ!)」

神成はメンバーと監督と打ち合わせた上でこのシフトを引いた。レフトの天羽をセカンドベース付近に守らせ、残りの外野手で右中間、左中間を守る。そして内野手は極端な前進守備。なりふり構わず、一芸大付属の攻撃を潰しにかかる。

「さあ、ボクの鮮やかな投球にひれ伏すが良いさ!」

しかし六上は簡単には終わってくれない。

「じゃあ…、こういうのはどうよ!」

虹谷の渾身のストレートを、六上は打席内で打つ前から走り始めながらバットにボールを合わせた。そしてインパクトと同時に凄まじいスピードで塁間を駆ける。

「! 走り打ち!?」

走り打ち。ソフトボールではよく見られる打ち方だが近年ある国の選手が世界大会でそれを武器に活躍し、話題となった打法だ。長打はまるで期待できないものの、足の速さをウリとする選手には武器を生かせる打ち方だ。

打球は高く跳ねてサードの頭上へ。不意を突かれたサードの反応が遅れる。その打球をショート東雲が押さえたが六上は1塁に到達していた。

 

「…この!」

「セーフ!」

無死1塁で迎えた2番の守田。虹谷は執拗に六上に牽制を投じた。リードは2点。だがみすみす1点差にされるランナーを走らせるわけにはいかない。そして神成の捕手としてのプライドもある。ウエストを投じてカウント1-0の2球目。

「逃げたっ!」

「ちっ、この!」

虹谷がシュートを投じたタイミングでスタートされ、またも盗塁成功。0死ランナー2塁。

「(また性懲りもなく3盗する気か…?)」

神成は無いとは言い切れない可能性も考えてサインを出す。

「「アウトローへのストレート!」」

ストレートならば先ほど同様に3塁で刺せる。そう踏んだのだが、

カッキーン!

「なんだとっ!?」

打席の右打者守田が上手くバットを合わせ打球は1、2塁間を抜けた。

「バックホーム!」

「いや、間に合わない! 2つだ!」

虹谷が慌てて叫んだがそれを神成が制して進塁を阻止する。六上は悠々ホームに帰り、ついに1点入った。

「へへっ、確かにええ球やが、来るとこがわかっとりゃー打てんことねーわ!」

「(3盗警戒し過ぎて、最低なリードしちまった…!)」

「(打てなくて雰囲気が悪い中であっさり失点…、これは不味いかもしれないね…。ボクとしたことが不甲斐ない!)」

続く風薙にはカーブを上手く拾われセンター前ヒット。ここで右の打席には4番、美留田。

「ハハハ! ここで一発ぶちかましてやるぜ!」

よく焼けた肌に筋骨隆々の肉体。見るからにパワーヒッターだろう。ただここまでは変化球にまるで合っていない。神成にとっては今日は安全パイといえる。

「(こいつには変化球投げときゃ大丈夫だろ…)」

「(ああ、わかっているさ!)」

虹谷はアウトローへとカーブを投じる。しかし、

「ふんっ!!」カッキーーン!!

「えっ!?」

それを強引に美留田は引っ張って見せた。

「ファール!!」

凄まじい当たりがレフトファールゾーンへと消えていった。

「ちっ、惜しいなあ。でも確かに白色のヤローの言うとおりだったぜ」

「(! まさか、読まれている!? いやそんなことは無いはずだ。アウトコースにシュートを外すぞ!)」

しかし美留田、これにはバット出ず。これで1-1。

「(今の見逃し方の余裕さ。マジで読まれてるのか! …どうする?)」

神成は迷った挙げ句、サインを決める。

「(悪い、誠。お前に任せるぜ…!)」

「ふっ、ボクのボールは打たれないさ。鮮やかに抑えてあげよう!」

投じたのはインハイの真っ直ぐ。

「どらあああああ!!」

美留田の叫びとガキンッ!という鈍い音が響く。

「「(打ち取った!)」」

バッテリーだけでなく、天空中央の誰もがそう思った。レフトの天羽は打球を確認して取りに向かうが、

「ちょっと待て。なんだよこの弾道は…?」

落ちてこない。打球を追う天羽はまもなくフェンスに追い詰められた。そして、

「入った、入りました! ホームラン! 遂に一芸大付属、逆転に成功だぁ!」

「そんなっ…」

「誠のストレートを詰まりながら力で打ち返しやがった…!?」

さらにその後も緩井にツーベースを浴び、佐部にもヒットを打たれる。しかし白色はファーストゴロ、手方は三振に打ち取り打席には伊賀井。

「(この女にはまだ打たれていない…。だが油断するなよ、誠!)」

「(分かっているさ!)」

「…甘い」カキン!

「「っ!?」」

先程まで1つも打てる気配の無かった伊賀井にアウトハイのボール球をライトに弾き返される。さらに1点を失った。

 

「さすが鈴葉(すずは、伊賀井の下の名前)。こういう時だけは打つな」

赤井はニヤリと笑う。この回の攻撃こそ一芸大付属の真骨頂。

「(緩井の相手を手玉に取るピッチングが流れを呼び、六上が足で崩し、守田は任されたことをしっかりこなし、美留田は自慢のパワーで空気を変えた。そして鈴葉の練習じゃてんでダメだけど本番では必ず結果を残す集中力に白色の異常なまでのデータ理論。アイツらが失いかけていたり、台無しにされかけていた実力を磨いた結果だ)」

 

そして9回。スコアは5-2。ここまで緩井から放ったヒットは神成と東雲の1本のみ。フォアボールは0。先頭は天羽。

「天羽ー! 打ってくれー!」

緩井は天羽に対して超スローボールを投じる。タイミングが合わず、空振り。そして2球目のスローカーブを引っかけファール。そして3球目。

ズバンッ!「ストライク! バッターアウト!」

「ぐっ…!」

インコースの真っ直ぐに空振り三振。球速こそ129キロだったが完全に振り遅れた。

「ストレート!」カツッ!

神成はフルスイングするも打球に力は無くサードゴロでツーアウト。天羽、神成の両名を打ち取られた天空中央にもう反撃の力は残っていなかった。雨宮はスローカーブを打ち上げ、ピッチャーフライに倒れてゲームセット。あっさりとした幕切れとなった。

「試合終了です! なんと一芸大付属! 初出場ながら優勝候補とも目されていた天空中央を下しました! 天空中央、足元を掬われてしまいましたぁ!」

 

「やあ、一芸大付属の諸君」

虹谷は試合終了後に一芸大付属メンバーの元に訪れた。

「虹谷か。どうしたんだい」

「ふっ、ボクたち天空中央を倒したんだ。良い試合だった。ボクたちの分も是非とも勝ち上がってくれ」

「保証は出来ない。けど、努力するよ。負けたチームのことを忘れたことはない。そっちも…、手強かったよ」

「…それはありがとう。では頑張ってくれたまえ」

「ああ…」

虹谷は去っていった。

「夏が終わったのに、案外普通だったな? アイツ」

六上の疑問に緩井が答えた。

「…いや、あれは強がりだよ、きっと。虹谷はキャプテンだ。周りに悟られないようにしてる。きっと悔しくて仕方がないのに、ね」

 

天空中央のメンバーの元に帰って来た虹谷は周りに声をかけていた。

「みんな、暗い顔なんかするもんじゃないさ! 確かにボクらは敗れた。しかし! 天空中央の名前を背負う以上、人前、特にレディたちの前でで弱気な姿勢を見せちゃいけないのさ! さあ! 胸を張って帰ろうじゃないか!」

「「お、おう!」」

多くの部員が引き上げていくなか、天羽は虹谷を見て彩理に話しかけた。

「彩理さん、虹谷って強いんだね。本当、スゴいヤツだよ…」

「うん…、そう、ね…」

だが彩理は知っていた。誰も見ていなかったところで、おそらく虹谷自身はそのつもりだったのだろうが、見つからないように虹谷が涙を流し、悔しがる姿を。だが誰よりも悔しくて仕方がないだろうに、虹谷は落ち込む部員たちを励ましていた。

彼は、虹谷は最後まで、天空中央高校"キャプテン"で居続けたのだった。

 

 

* * * *

 

 

「…」

「…」

宿舎のミーティング用に設けられた部屋に早めに足を運んで翌日に控えた一芸大付属戦のオーダーを考えているのは榊原監督と花崎コーチだった。

「データを見返したがかなり尖ったチーム、それでいて統率は執れている…。コーチ、どう思う?」

「正直手強いですね。怖いもの知らずな所もあってメンタルも強そうです。天空中央相手にリードを許しながらもプレッシャーをかけ続けて逆転したというのが物語っています」

「流動的な外野と先発をどうするか…」

「夏穂もここから休みのスパンが減ることを考えると、優勝を目指すならあまり無理はさせたくないですが…」

「しかし負けたら終わりな以上、出し惜しみしすぎるのも良くない…。難しいところだ」

「監督、こういうのは…」

「…ふむ、悪くないな。だが次の一芸大付属は天空中央を倒した実力を持っている。その策は秘策という形で置いておこう。本人には話を通しておいてくれ」

「わかりました。では次の試合は…」

「ああ、先発は桜井で行く」

 

* * * * *

 

「…い、以上が一芸大付属の試合の映像です。注目度が低かったのもあって県大会最初の方は映像が無かったんですけど…」

「いや十分だ。個性的なチーム故に特徴も分かりやすいし」

「は、はい。では改めて一芸大付属の選手の特徴を確認していきます。打順は天空中央戦の時のものですけど、細かいポジション以外は県大会から大きく変更しているところはないのでおそらくこの通りだと思われます」

氷花は普段は内気で人見知りなため人前で話すのは苦手だが、データを説明するときや試合中の集中している中ではスラスラと話したり、堂々としている。

「まず1番の六上さん。天空中央戦ではその俊足を活かして天空中央バッテリーにプレッシャーをかけ続けました。単に盗塁も厄介ですけど、それを警戒したことによる高めの速球を後続に打たれるなど出塁するだけで脅威となります。幸い、出塁率は高くありません」

「1試合で3盗塁。隙あらば三盗も狙うから注意だな」

「はい。続いて2番の守田さん。この人は打順がよく代わりますけど…、打撃よりも注意すべきはその守備力ですね。驚異的な守備範囲に加えて正確な送球、情報によると捕手を含めた全ポジションを完璧にこなすそうです。」

「打撃はどうなの? 3打席目は上手く打っていたけど…」

「はい、夏穂さんのおっしゃる通り。先の試合ではヒットは放ちましたがあれは六上さんのサポートがあった上でのヒットでしたので他の打者よりは警戒度は低いです。それでも甘い球は逃してくれないので注意が必要です。」

「なるほどね…」

「そして風薙くん。この選手は2年生です。彼もまた投手と内野の両方をこなすユーティリティープレーヤーです。というより一芸大付属は選手層の都合で複数ポジションをこなす選手がほとんどですね」

「風薙はどっちかっていうと打者としての方が警戒すべきだな。長打も率も稼げるタイプだしな」

「そして主砲の美留田さん。圧倒的なパワーを誇り、多少ずれたりボール球だったとしても力で持っていってしまいます。そして白色さんは相手の裏をかき続けるリードとそれを活かした読み打ちで高いアベレージを誇っています。そして緩井さんは打者としては突出したものは無いですけど中々の勝負強さを持っています。そして伊賀井さんは普段の打率などはそれほどなんですが終盤やチャンスでは高い集中力を見せるため警戒すべきです。野手は以上です」

「クセのある選手が多いね」

「はい、確かに各選手弱点はあるんですがそれを補えるぐらいの長所を持っています。投手陣は緩井さんと風薙くんがメインですね。一応、2年生の控え投手で一場くんという投手がいますが登板はここまでありません」

「控え野手も何人かいるみたいだけど、そいつらも極端に一分野に強い傾向があるな。代打専門の八木、代走専門の福地、強肩の蔵本。こいつらはたまに出てくるらしい」

「とにかく天空中央を倒した力のある相手、しっかり戦って勝とう!」

「あっ、俺のセリフとりやがって…。まあいいや。とにかく次も全力で勝ちに行くぞ!」

「「「おお!!」」」




いよいよ次で聖森学園VS一芸大付属の幕が上がります!
今回のおまけは個性派集団一芸大付属から美留田と六上を紹介します!

・美留田剛(びるだつよし) (3年) 右/右
赤井が集めたメンバーの一人。筋トレとプロテイン、そして自分の肉体をこよなく愛する。見せるためだけではなく、実用的に鍛え上げられたそのパワーは本物。口調は荒いがみんなの兄貴分で副キャプテンも勤める。率は悪く、パワー以外はさっぱりだが開き直りの潔さとヤマを張り続ける度胸を赤井から評価されている。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 4 F S E D F F  一F 三F
パワーヒッター ケガしにくさ○ 高速チャージ ムード○ 悪球打ち 併殺 扇風機 調子極端 強振多用

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・六上俊(りくがみしゅん) (3年) 左/左
赤井が集めたメンバーの一人。中学までは陸上部をやっていたが赤井に誘われ野球を始める。まともなバッティングよりも出塁する術と出塁してから相手を撹乱する術を叩き込まれている。走り打ちやセーフティーは2年でモノにしてしまうなどたかい適応力を持つ。やんちゃでポジティブだが影で努力するタイプ。
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 E F S E D F  外D 一F
電光石火 ケガしにくさ○ バント○ 内野安打○ 積極盗塁 積極守備

【挿絵表示】


次回もよろしくお願いします!


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36 はみ出しもの

一芸大付属とか得々農業高校とかのパワプロネーミング大好き


「気温も高い中ですが! それに負けないくらい! 熱く! 実況をお届けさせて頂きます! 熱盛です! さあ、今日の試合で勝てばいよいよベスト8! 一芸大付属と聖森学園、互いに初出場ながら名門を下して勝ち上がってきたチーム! スターティングメンバーも発表され、まもなく試合開始です!」

 

先攻、聖森学園高校

1番 ショート 梅田

2番 レフト 元木

3番 キャッチャー 松浪

4番 ファースト 竹原

5番 ライト 空川

6番 ピッチャー 桜井夏

7番 サード 桜井満

8番 センター 初芝

9番 セカンド 椿

 

後攻、一芸大付属高校

1番 センター 六上

2番 ショート 守田

3番 セカンド 風薙

4番 サード 美留田

5番 ライト 緩井

6番 ファースト 白色

7番 レフト 佐部

8番 ピッチャー 伊賀井

9番 キャッチャー 島

 

「緩井じゃないんだ…」

「データでは伊賀井さんは一度も登板してきません」

「まだ隠し玉がいやがったのか…!」

「とにかく! みんな、頑張ろー!」

「「「うおおおお!」」」

その頃、一芸大付属側ベンチでは…、

「おいおい赤井さん! 大丈夫かよ!? 先発鈴葉で!」

「そうっすよねー。鈴葉、公式戦初登板っしょ?」

美留田と佐部が赤井に尋ねた。

「まあ案ずるな。アイツは"やる時はやれる子"だ。だから心配ない。それより桜井のデータは頭に入ってるか?」

「来た球を打つ!」

「…うん、まあ。美留田はそれでいいや」

「ストレートメインだけどあんまり気を取られるとハイスラとかチェンジ、あとなんだっけ、フルブルーム? にやられる」

「さすが佐部。よく覚えてたな」

「存在感無いけど、記憶力はあるんで」

「ほー。さて、そろそろかな。よし、お前ら、聞け!」

普通なら円陣を組むところだが赤井はメンバーを声が聞こえる範囲に集めただけ。

「はっきり言って今日の相手も強敵だ。だが俺たちのやることは1つ! 分かってるな?」

一芸大付属メンバー全員が笑って頷く。赤井もニヤリと笑って続けた。

「"持ち味"。全力で出してこい! イロモノでも何でもいい。個性発揮してこい。磨いてきたものを、一芸だけでもいい! 見せつけてこい!」

「「「おおおお!!」」」

 

そして試合開始。先頭の六上に対して松浪は通常のバントシフトをひく。

「(走り打ちしても越せないな…。なら早速セーフティーすっか!)」

夏穂の初球に対して六上は初球から仕掛けた。

「やっぱり初球セーフティー!」

「まずいでやんす!」

しかし夏穂は動じない。

「やれるもんなら、やってみなよ!」

「げっ!?」

夏穂が投じたのはインハイへのストレート。

「だがそれぐらいならできる!」

六上は出塁するためにセーフティーは毎日欠かさず練習してきた。そして当然相手がやってくるであろうインハイへのストレートもしっかりこなしていた。

だが夏穂のストレートはその上を行った。

カッ!

「な、なんだと…?」

バントした打球は高々と上がり、キャッチャーファールフライ。バント失敗だ。

「思ったより手元でぐっと来る。気をつけろよ、モリ」

「分かっとる。しっかり打っちゃる!」

しかし元々守田は打撃は不得手だった。初球、2球目とストレートに振り遅れ、3球目にチェンジアップを投じられあっさり三振。そして迎えるのは…、

「(風薙。かなり厄介な打者だな)」

「(多分速球押し。次の美留田さんが打てるか分からないけどとりあえずヒットでつなぐか…)」

松浪が出したのは左打席に入った風薙から最も遠いコース、アウトロー。夏穂の糸を引くようなストレートが松浪のミットへと一直線、…だったのだが、

「ふっ!」カキーーン!!

「っ!」

上手くバットのヘッドを遅らせた流し打ち、痛烈な当たりが飛んだ。

「オッケイ!」

しかし飛んだ先にはサードの満。なんとか体で止めて素早く一塁へ転送しアウト。初回は三者凡退だ。

「ナイス満!」

「ねーちゃん、どんどん打たせてきてくれ!」

「全く頼もしい弟だよ!」

盛り上がるベンチを尻目に松浪は打ち取られた風薙を見た。

「(三遊間抜いたつもりだったんだけど、振り遅れた? 想定以上にあのピッチャーのボールが手元で来てたな…)」

「(不気味だぜ、あいつ…。打ち取られたのに打ち取った気がしない。…次はもっと考えないとな…)」

 

そして1回の裏。打席には風太。そしてマウンドには伊賀井。

「(今まで登板無しの伊賀井、それに加えて正捕手の白色もファーストにして、控えのキャッチャーを出してる。何が狙いだ…?)」

マウンドの伊賀井は振りかぶって初球を投じる。決して綺麗なフォームではないが、目一杯腕を振るってきた。

「!」

来たのはストレート。構えた島のミットへと収まった。

「ストライク!」

「(…お、遅い!? なんの変哲もないストレート? しかも…)」

電光掲示板の表示は121キロ。スタンドがざわめき始める。

「おいおい、あれがピッチャーって本気か?」

「何点入るかわかったもんじゃねーなー!」

続く2球目、風太は様子を見たがこれも何の仕掛けもないストレート。

「(マジで意味が分からねえ。こいつをわざわざ先発させたのは何でだ…?)」

続く3球目…、

「っ!」

「えっ?」

ボールはあらぬ方向へ。どうやらすっぽ抜けたようだ。4球目はベース手前で叩きつけ、これでカウント2-2。

ここで島がマウンドに向かった。

 

「ご、ごめんなさい。島さん」

「構わん構わん。そんなことより、なんやお前。らしくないで?」

「…」

「緊張するタチやないし…、もっと自信持つんや。お前はやればできる子や」

「それは…」

「それに多少の暴投でも、どんなえげつない球投げても、全部止めたる。俺はキャッチャーの練習ばっかししてきとんのや。打つのはさっぱりやけど、フレーミングとか、体を張って止めるのは絶対の自信がある。俺を信じて投げてくれや」

「…わかった。ありがと、島さん」

「礼は抑えてから言うんや。頼むで、こっから!」

「…うんっ…!」

 

島が戻ってきてプレー再開。伊賀井の投球にざわつく観客の声は気にせず、伊賀井は自分の世界に入る。

「(…集中だ。今は、本番。やれることを全力で…!)」

 

伊賀井の僅かな雰囲気の変化に風太も気づく。

「(何か…、来る!)」

再び腕が目一杯振るわれ、ボールが投じられる。

1、2球目のようなストレート。風太は迷わず打ちに行った。ストレートと確信したからだ。

 

だがボールは、消えた。

「なっ…!?」

風太も信じられないといった顔でボールの収まったミットを見た。そして伊賀井が投じたとんでもない魔球に、スタンドはまた別の意味でざわめく。

「なんだ今の!?」

「ストレートと思ったらすげー変化した!」

「まさかあいつ魔球使いか!?」

ベンチから見ていた赤井は満足げに頷く。

「(やっぱり。あいつならいけると思ったが…、これほどとはな)」

メンタルの強さを買って勧めた投手兼任だったがどうやら大成功だった。そして共に教えた魔球。

「(腕を振り切り、全力のストレートと途中まで似たような軌道。そして急激に変化する。特に名前は決めてなかったけど…)」

伊賀井はそのボールに自分で名前を付けた。戦う相手から自分と大切な仲間を守る為の剣、"スズハブレード"と名付けた。

「(絶対に打たせない。ここは…、この野球部は、初めて私に居場所をくれたから…!)」

 

続く2番の元木にはスズハブレードを連発。遅いとはいえ120キロ前後でランダムに大きく曲がるボールは打者にとっては当てることすら難しい。捕るのも難しいはずだが島は全力で体を張って止めていた。

「ストライク! バッターアウト!」

「っしゃあ! ナイスボールや!」

 

「こりゃあ、難儀な球だな…」

「試合での鈴葉を止めれるヤツはおらん。いくらお前みたいな好打者でも無理や」

「そうだな。俺はこういう、データが当てにならない相手は苦手だ。ヤマすら張れないじゃねーか」

伊賀井のスズハブレードを見極めようとしてみた松浪だったが追い込まれた所で諦めた。

「(こいつは無理だな。言うならばナックル…。だがスピードが違う。魔球ってのはこういうのを言うんだな…)」

ナックルボール。現代の魔球と呼ばれるボール。特殊な握り方、特殊なリリースで投じることでボールの回転を殺して投げる。無回転のボールは空気抵抗をもろに受けて不規則にゆれる。投げた本人にもどこにいくかは分からない。捕手にも高い捕球技術が求められる。

そして4球目のスズハブレードを空振り、松浪も三振に倒れる。当たる気配すらなかった。

「鈴葉! やるじゃん!」

「三者連続三振とは恐れ入った!」

「やるじゃねえかあ!」

「…えへへ、ありがと…」

俄然盛り上がる一芸大付属ベンチ。

だがこの好投で、夏穂の闘争心に火が付いた。

ズバッッッ!!!

「ストライクッ!」

「うおお!?」

「(さっきよりボールが走ってる…。気合い入ってんな…!)」

冴え渡る直球とチェンジアップのコンビネーションで美留田を三振に打ち取ると、続く緩井には打たせてレフトフライに打ち取る。白色には初球のストレートに張られてミートされるも手元で差し込んでファーストゴロに打ち取った。

「よっし!」

「夏穂! ナイスピッチ!」

「(このストレート、数字には表れない厄介さですね…。ですがこちらも厄介さでは負けてませんよ…!)」

 

白色の考えた通り、聖森学園の前には伊賀井が立ち塞がった。竹原も三振。恵がファーストゴロ。そして夏穂はピッチャーゴロ。驚異的な威力を発揮するスズハブレードに手も足も出なかった。

「ひゃー、とんでもないボール!」

「夏穂、お前ストレート打ち損じたろ!」

「あれは…、急にストレート来てビックリしちゃって…」

「ほらほらっ! ちゃちゃっと守って、また攻撃の回にするよっ!」

姫華に促されてマウンドに向かった夏穂はスライダーで佐部を打ち取ると…、

「そりゃっ!」

「うっ…!?」

8番の伊賀井にはフルブルームを決め球に三振を奪う。

「(お返し!)」

「(あんなの…無理…)」

続く島も三振に打ち取って夏穂は打者一巡をパーフェクトに抑えた。しかしその裏は伊賀井も聖森の下位打線を三者凡退に抑え、こちらもパーフェクト。

 

4回表は六上から。

「さて、そろそろ出塁しねーとな!」

「させないもんね!」

夏穂が投じたのはフルブルーム、六上はセーフティーを仕掛けようとしたが当たらない。

「ぐぬ…、なんつー変化球だよ…!」

その後はストレートを打ちに行くも空振りの三振に倒れる。守田はセカンドゴロ。そして風薙を迎える。

「(さて、こいつは今度はどうするか)」

「(ここは思い切ってフルブルームを…!)」

「(いや、それは悪手だ。こいつを確実に抑えられるとしたら初見のフルブルームしかない。ここは真っ直ぐとチェンジアップ、スライダーで勝負だ)」

「(さて、フルブルームとやらはオレに投げてくれるかな? 一度どんなものか見てみたいな)」

夏穂と松浪のバッテリーがあれこれ悩む中、呑気なことを考える風薙。

夏穂はストレート、チェンジアップでカウント1-1、ストレートでファールを打たせる。

「(そろそろ来るか…?)」

「(こいつ、まさかフルブルームを待ってるのか?

…、いやここはスライダーで勝負だ)」

「(コクッ)」

松浪のサインに夏穂は頷いて、3球目を投じる。夏穂のストレートと同じようなリリースから繰り出されるスライダーは始めはストレートと勘違いする打者もいる。

「(これはストレートか…、いや違う。スライダー!)」

しかし風薙は咄嗟にバットの軌道を変えて強引に打ち返した。打球は一二塁間を破るライト前ヒット。

「あれをヒットにするのか…」

「ひゃー、すごいね…」

そして打席には4番の美留田。

「(こいつは球種絞って振りきってくる。ここはチェンジアップ。思い切り腕振れ!)」

夏穂は松浪のサイン通りに腕を振り切ってチェンジアップを投じる。ストレートを待っていた美留田は豪快に空振り。

「ちっ! チェンジアップか!」

「(次も…、チェンジアップだ)」

「(よーしっ…)」

タイミングさえ合ってしまえば絶好球となるチェンジアップを続けて投じるのはかなり勇気がいるのだが、夏穂と松浪の信頼関係がそれを後押しする。

「くっ!?」

美留田はまたも空振り。やはりストレート待ちのようだ。そして1球を外角に外すと美留田は反応するがスイングはしなかった。

「「(ここで決める!)」」

勝負の4球目、バッテリーが選択したのは再びチェンジアップ。

「なっ…!? クソがああああ!」

タイミングを完全に外された美留田だったが、ギリギリで踏ん張り、ほぼ腕の力のみでバットを振った。

キイイイイン!

「嘘っ!?」

「なんつーヤローだ!」

快音を残した打球だったがこれは元木の守備範囲でレフトフライ。スリーアウトでチェンジだ。

 

カッ!

「しまった…!」

4回裏の先頭打者の風太は何球か粘ったものの打ち上げてしまい1アウト。ここで打席には元木が立つ。

「(今日は久々にスタメン…、監督の期待に応えるためにも、控えのメンバーの為にも! 一矢報いてやるぜ…!)」

打席に立つ元木の顔はいつもと違った。普段の女子大好きの3バカとは別の顔。

そんな元木に対し、伊賀井はインコースのストレートで攻める。元木は積極的に打ちに行くもファール。

「(さっきとは違うな…スイングの気迫が。…ここは慎重に行くか!)」

キャッチャーの島は伊賀井にサインを出す。

投じられたのはスズハブレード。直球に近い速度から変化する魔球に元木は対応できず空振り。

「(まだだ…、簡単に終わるかよ!)」

続けざまのスズハブレードに元木は食らい付く。次も、そのまた次も。当てるのに必死なその姿は決してカッコいいものではない。普段の元木なら嫌がるだろう。それでも元木は魔球に食らい付く。

「こいつ…、しつこい…!」

伊賀井もこの元木の粘りに苦しむ。そして何度かボールを挟んでカウントは3-2。実に10球も投げさせた。

そして11球目…、

「!あっ…」

「ぐおっ!?」

伊賀井の手からボールはすっぽ抜けて元木に直撃する。

「ご、ごめんなさい…」

「い、いや。大丈夫だ。俺、丈夫だし」

1アウトランナー1塁で打席には松浪。しかしここで伊賀井が突然乱れ始める。

「ボール、フォア!」

「くっ…」

ランナーが1,2塁となって打席には大。

伊賀井は頬を伝う汗を拭う。

「こんなところで…、私は負けたくない…!」

 

 

伊賀井鈴葉は幼い頃から他の子とは少し違っていた。何をやるにも、少し遅い。努力はしているが、まるで出来ない。周りにはよく笑われていた。小さい頃からやってきた野球もずっと試合に出ることは叶わず、ベンチを暖め続ける日々だった。チームメートからも馬鹿にされていた。

迎えた小学校最後の試合。最後の最後に代打としてチャンスの場面で出場した伊賀井は…、

 

ホームランを打ったのだ。練習ですらまともに外野を越えたこともなかったのに、だ。中学に進んでも野球は続けたが、やはり練習ではダメダメだった。だが紅白戦と最後の試合のたった1打席では結果を残した。

野球はもう止めようかと思っていたが、最後まで親身になって指導してくれたコーチからこう言われた。

―――お前の力を、引き出してくれるかも知れない人がいる。野球、やりたいならそこに行くといい。―――

その言葉を信じて、一芸大付属にやって来た。ここには彼女を笑う者はいなかった。練習で失敗しても、次上手くやろうと励ましてくれ、伊賀井のことを信じてくれていた。そして試合で結果を出せば自分のことのように喜んでくれる仲間がいた。この時伊賀井は決意した。このチームのために自分の全てを懸ける、と。

 

「(緩井さん、美留田さん、白色さん、六上さん、守田さん、島さん、豹くん、佐部くん…、そして赤井監督。その人たちみんなのためにも…!)」

既に握力は落ちてきた。だがこの竹原にここで打たれる訳にはいかない。

「打たれる…、もんか!」

伊賀井は渾身の1球を投じる。しかしそのスズハブレードは今までほどの変化は見せなかった。

「くっ!」

しかし大はその気迫と思い切り振られた腕につられてストレートを打つつもりでスイング。若干芯を外された形だが大も振り切った。

4番の意地だ。

カッキーーン!

打球は左中間へと飛んだ。

「抜けさせねえ!」

六上が快足を飛ばして回り込みボールを抑えたがスタート良く飛び出していた松浪は一気に三塁を回ろうとしていた。

「モリ! 任せた!」

六上はカットに入った守田へと中継を繋ぐ。ホームへ突入した松浪をホームで殺すべく、守田は渾身の送球を見せた。

「行かしてたまるかあ!」

素早く、正確な送球。そして…、

「このっ!」

「通すか!」

コリジョンルールに抵触しない、ギリギリの位置かつランナーを最もアウトにしやすい場所で島は送球を受け松浪をタッチしアウト。

「(こいつ…、完璧なホーム死守だ!)」

1点入ったがこれで2アウトランナー2塁。ここで赤井が動く。

「主審! ピッチャー交代!」

そしてそれを受けて、エースナンバーを背負った男がライトからマウンドに向かう。

「緩井さん…、ごめんなさい…。私…」

「鈴葉。よく頑張った。誰もお前を責めやしないさ。だから泣くな」

「で、でも…」

「やられたなら、やり返せばいい。君には出来る力がある。だから、またここからスタートするよ!」

「う、うう…。…はい!」

鈴葉は涙を拭ってライトの守備へと向かう。レフトだった佐部がサードへ、サードの美留田がファーストに、ファーストの白色がキャッチャーで、島に代わって手方がレフトに入った。そしてマウンドには緩井。

「ついに来やがったぜ…!」

「あいつを打ち崩さなきゃね…!」

 

一方、一芸大付属ベンチ。交代になった島はキャッチャーに入る白色のレガースを着けるのを手伝っていた。

「あとは頼むで白色!」

「はい。…島くん」

「なんや?」

「…ありがとうございました。私ではきっと、あのスズハブレードは捕れなかった。あなたのお陰で、伊賀井さんをマウンドに送り出せたー」

「なんや白色、らしくないやんけ」

「私だって感謝ぐらいしますよ」

「…せやな、頑張ってこい!」

「ええ!」

白色がグランドに行った後、ポツリと島は呟いた。

「(頼んだで。白色。正捕手は…、お前やからな…!)」




甲子園、素晴らしかったですね!
こっちも負けないように頑張らなくては…!
今回のおまけは伊賀井と白色です!

・伊賀井鈴葉(いがいすずは) (2年) 右/右
一芸大付属高校野球部2年生の中でも赤井が一目置く少女。基本的に口数は少なく、人と関わるのは苦手だが、実は感情豊かであり、誰もが認める努力家。普段の動きは鈍く結果は出ないが、試合の中、特にここ一番の場面や誰かのためであれば、驚異的な集中力を発揮し、幾多の奇跡を起こしてきた。部内では先輩たちから可愛がられている。

球速 スタ コン
125km/h D E
⬆️ツーシーム
⬇️スズハブレード 5
⬇️ナックル 3
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 F E D E D E  投D 一E 外E
クイック○ ケガしにくさ○ キレ○ リリース○ 力配分
チャンス○ プルヒッター 粘り打ち 内野安打○ チャンスメーカー 逆境○ ローボールヒッター 意外性 ホーム突入 ダメ押し 悪球打ち
人気者 強振多用 積極盗塁 積極走塁 変化球中心 テンポ○

【挿絵表示】



・白色秀(はくしきしゅう) (3年) 右/左
一芸大付属の司令塔。データ至上主義でリアリスト。データにブレが出ないように感情を持ち込むことを嫌う。ただしそれは野球に向き合う姿勢のみであり、口では素直に言わないが自分が出来ないことを出来るチームメイトに感謝の気持ちを抱いている。打つときにもデータを生かして読み打ちするが、打率が低いが当たれば飛ぶ美留田に狙い球を教えることも多い。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 B E F D C D  捕C 一E
キャッチャー◎ アベレージヒッター 逆境○ ローボールヒッター 対エース○ 対変化球○ ミート多用 慎重打法

【挿絵表示】


遂に緩井が聖森に立ちはだかります! 次もまたよろしくお願いします!


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37 '今'の自分



p.s 白石の変化球、修正しました。すいません!


「さあマウンドに立ったのは! 天空中央の強力打線を手玉に取り、チームを勝利に導いたエース緩井が上がります! 今日はどんな投球を見せてくれるのか、ワタクシ、ひじょーっに! 楽しみです!」

4回裏2アウトランナー2塁、打席に恵を迎えたところで緩井にスイッチした。

「(緩急を見せられれば見せられるほど、こっちは不利になるもんね~、狙うなら初球~!)」

緩井がセットポジションからボールを投じる。恵は初球にどんな球にもフルスイングでぶつかるつもりだった。

 

…だがそれは緩井の予想の範囲だった。

「うわっ!?」

思い切り踏み込んだ恵に投じられたのは、超スローボール。恵は慌ててスイングを止めるが超スローボールはストライクゾーンを通過した。

「ストライクッ!」

「(しまった…!)」

完全に打ち気を読まれていた。そして2球目…、

「っ…!」

クイックのフォームから投じられたのは緩いチェンジアップ。これにはタイミングが合わずスイングすら出来ない。

完全に恵は緩井のペースに嵌まってしまった。

「(そろそろ速いのが来る? そう思わせてまたチェンジアップ? あ~、も~、分かんないよ~!)」

恵が完全にペースを掴まれた中、投じられた3球目。アウトローいっぱいにストレートが決まる。

「ストライク! バッターアウト!」

恵は見逃しの三振。しかも全く手が出なかった。

これは聖森ベンチにもショックが大きかった。

「(思いっきりのいい恵が自分のスイングが出来ないなんて…)」

「(天空中央を抑えたのは偶々なんかじゃないでやんすね…)」

「(こいつは…、今までに戦ったことの無いタイプたな…。厄介だぜ…!)」

 

「うりゃあああ!」

ズバーーン!!

そんな雰囲気を振り払うかの如く、夏穂は腕を振った。

緩井、白色、佐部に真っ向勝負を挑み三振、ショートゴロ、ファーストファールフライ。

「(私が打たれなければ、負けない!)」

「(緩井が変えかけた雰囲気をなんとか断ち切った! だけど、アイツを打ち崩さねーことには…、な)」

5回裏、打席に立った夏穂だが緩井のスローカーブ2球を捉えられず、ストレートで空振りの三振。満は初球の速球を引っかけてセカンドゴロ。初芝はチェンジアップを上手く拾ったがセンター六上が快足を飛ばしてセンターライナーに打ち取った。

「くそっ、今の捕られるのか!」

「俺の足は盗塁のためだけじゃねえぜ!」

5回終了後のグランド整備。高校野球の試合の多くがここで流れが変わるとも言われる。

聖森学園のベンチでは円陣が組まれていた。

「先制したまでは良かった。だが…、流れは掴めきれていない。あのエースが出て来てから流れは持っていかれつつある。ここからが踏ん張りどころだ」

「みんな。次の1点だ。それがこの試合を大きく左右する!」

「「「おおっ!」」」

 

「? 夏穂さん、キャッチボールいいんですか? そろそろ整備、終わりますよ?」

百合亜が夏穂に肩を冷やさないようにキャッチボールの相手を申し出た。しかし夏穂は少ししてから反応した。

「…えっ? ああ、うん。大丈夫大丈夫! そこまで長い時間経ってないから! ありがと」

「そうですか、ならいいんですけど…」

 

「整備、ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

「よっしゃ、守備で流れ取るぞ!」

「「「おおお!!」」」

 

グランドへと守備に向かう。その背中、夏穂を見送った百合亜は違和感を覚えていた。

「(夏穂さん、どこかおかしい…? いや、見た感じは元気そのもの…。でも、嫌な予感がするな…)」

百合亜のそんな心配を他所に、夏穂は6回もパーフェクトに抑える。そして甲子園球場は奇妙なムードに包まれ始める。

夏穂のパーフェクト、すなわち完全試合への期待。かつて甲子園を騒がせた女性投手、早川あおいさえも成し遂げられなかったどころか達成した投手そのものが非常に少ない大記録。そしてそれを可能にしてしまいそうな夏穂の投球。一芸大付属にとってまたも逆風のムードとなった。

だが緩井は至ってマイペースに投げ続けていた。姫華にヒットこそ浴びたが梅田をサードフライに打ち取り、さらに元木には緩急を使い分けた投球術で三振。

そして打席に松浪を迎える。

「(さて、一番の要注意人物の松浪か。どう抑えるかな…)」

「(姫華は上手くチェンジアップを運んだ。突破口が無いわけじゃない…!)」

両チームのキャプテン同士の対決。その初球に緩井が投じたのは、

「! イーファスか…!」

意表を突く超スローボール。松浪はタイミングが合わずスイングすら出来なかった、が。

「走ってるぞ! ランナー!」

「なんだって!?」

超スローボールを見た瞬間に姫華はディレイドスチールを決めた。ボールが遅く、キャッチャーの白色もそれほど強肩ではないことを踏まえた盗塁だった。

「一塁ランナー、走っちゃっていました! これで2アウトランナー2塁! 1打で点差を広げるチャンス、これは非常に熱い!」

実況の熱盛もヒートアップするなか緩井は2球目、突然のクイックでストレートを投じた。

「ちっ! 合わせ辛い!」

「追い込んだ…!」

カウント0-2。緩井は3球勝負のつもりだった。白色のサインに2度ほど首を振って、ボールを決める。

「(…少しでもここからプレッシャーをかければ、遅い球の選択肢は取りづらくなるはずっ!)」

姫華は大きなリードを取って走る姿勢を見せていた。松浪もそれを見て速いボール主体で待っていた。

緩井が始動する。足を大きく上げたのを見て姫華はスタートした。緩井の意識は完全に打者に向いた。思い切り腕を振って投じられたのは…、

「! これは…!?」

リリースして、すぐさま視界から消えた。だがボールは緩やかな弧を描いて、ミットに収まった。

「ストライク! バッターアウト!」

「スローカーブ…!」

この状況で不用意に遅い球を投げれば、バットに当てられてスタートしたランナーに帰られる可能性が高かった。だが緩井はそれを選び、抑えた。自分の投球に、このボールで絶対に仕留めるという自信がなせる技だろう。

「(しまった…、勝手に決めつけちまった! よりにもよって見逃し三振か…!)」

松浪は悔やむがもう遅かった。しかし夏穂は松浪に声をかけた。

「トモ! 何落ち込んでるのさ! まだ勝ってるんだから、元気出して守備行くよ!」

「…ああ! そうだな!」

夏穂は随分頼もしくなったもんだ、とキャッチャー道具を着けながら松浪は考える。

「0に抑えれば、負けはない。ここからあと3イニング!」

 

7回表、一芸大は円陣を組まず、ベンチ前に集まっていた。そのメンバーに赤井は一言だけ伝えた。

「この緊迫した場面、この試合展開。苦しいのは追っかけられている向こうの方だ。…勝つぞ!」

「「「おおおお!!!」」」

その言葉に一芸大付属メンバーは強く答える。

先頭は六上。

「何がなんでも、ぜってー出てやる!」

先ほど以上に気合いを見せる六上に夏穂が投じたのはインコースへのストレート。六上はこの大会で初めて見せたフルスイングで応じた。

ゴッ!という鈍い音と共に打球はフラフラと上がった。

「まずい! バント警戒で守備が前に…!」

松浪が危惧した通り、打球を姫華が必死に追ったが姫華と恵の間にポトリと落ちた。完全試合は阻止された上に、遂に六上が出塁する。

続く守田に対して夏穂はボールが先行した。そしてカウント2-1からバントを決められ1アウト2塁。打席には風薙。

「踏ん張りどころだぜ! 夏穂!」

「当然っ!」

初球に高速スライダーで見逃しを取る。もう1球投じたがボール、そしてカウント1-1から渾身のストレートを投じた。

「! ど真ん中!?」

「くっ!」

思わぬ絶好球に流石の風薙も面食らい、降り遅れのファールになる。

「(…あぶねえ…、気を付けてくれよ…!)」

「(ごめんごめん…、次は決めるよ…!)」

カウント1-2からの4球目、

「いっけええええ!」

夏穂は思い切り腕を振った。

「(ストレート! いやこれはまさか!)」

聞いていた話を頼りに風薙はフルブルームと予想し、バットを合わせる。だが、想像以上のキレ、球威だった。

カツッ! と引っかけた音がなる。ボテボテのファーストゴロ。大が拾い、カバーへと走る夏穂へとボールをトスした。

風薙は全力で走った。それと同時に不思議と色々なことが思い浮かんだ。

 

いつからだろう、周りと違うと気づいたのは。

いつからだろう、何でもすぐ出来るようになることに気づいてしまったのは。

いつからだろう、何も楽しくなくなってしまったのは。

いつからだろう…、

 

周りの友人、友人だった人たちが離れていくようになったのは。

 

ボールが夏穂へと渡り、競走になった。

 

なんとなく練習をして、なんとなく試合に出て、多くの高校から誘いが来て、適当に決めようかと思っていた時、たまたま昼寝をしていた川原で見かけたのが緩井だった。

川原の野球場で草野球の試合が行われていた。その時の片方のチームで投手を務めていたのが緩井。後で聞いた話では実践感覚を養うために出ていたのだとか。

ボールは遅い。実力は大したことないと判断したがまるで打たれない。そんな時に緩井とは逆のチームから声がかかった。

「そこのボウズ! こいつがさっき守備のときに足を捻ったみてーでよお! ちょっと助っ人やってくれねーか!?」

面倒な話だったが、あの遅い投手がなぜ打てないのかが気になって代打で出たのだった。

結果は凡退。初めての経験だった。そして同時に考えた。この人と野球をすれば自分の退屈な人生を変えてくれるのでは…。

そして試合終わりに緩井に尋ねたのだった。

「オレに、あなたと一緒に野球させてくれませんか?」

これが全ての始まりだった…。

 

 

「(このままでは間に合わない! だけど…)」

いつもならここで全力疾走を止めるだろう。というかしている時点で珍しいのだが。

「(ここでセーフになって、後ろに繋ぐ…!)

うおおおお!!!」

今まで闘志をむき出しにすることなどなかった風薙が1塁へとヘッドスライディング。しかし、わずかに夏穂の方が早かった。

「アウト!」

結果はファーストゴロ。これで2アウト3塁。だが風薙が見せた全力のプレーは一芸大付属のメンバーに何か伝わるものがあった。

次の打者、美留田もそうだ。

「なあ、緩井」

「? なんだい?」

「俺はよぉ、風薙のことをいけすかねえ奴だと思ってたんだ。俺らと違って、あいつは何でも上手くやる。必死に磨いた1つの分野でさえもアイツに脅かされる。でも本人はそのことに何も思っちゃいねぇ…」

「風薙は…、天才だよ。ウチにはもったいないくらいに」

「でもアイツにも、ちゃんと心があったんだな。今のプレー、その思いは伝わった」

戻ってきた風薙に美留田は話しかける。

「風薙、お前の気迫。無駄にはしねぇぜ…」

「美留田さん…、…期待してますよ」

「おう、見てろ。この美留田という男の生き様をよぉ!」

 

打席には美留田。松浪は少々複雑な心境でリードを考える。

「(風薙よりはアンパイだ。だけど間違えたとき恐ろしいのはこっちだ、油断せず行くぞ…!)」

「(うん…!)」

初球、高速スライダーがアウトローに決まる。美留田は空振り。

「ちぃっ…!」

「(やべぇ…、なんつースイングスピードだ…!)」

続けてアウトローに高速スライダー。今度も空振り。簡単に2ストライク。

「(簡単に追い込めた! だけどこいつ、なんか不気味なんだよな…)」

「(…くそが、目で追っても追い付かねえ…。だが簡単に終わるわけにはいかないんだよ…!)」

美留田は一度打席を外してから、大きく深呼吸。そして打席に入って夏穂を見据え…、

ニヤリと、歯を見せて笑った。

「(笑ってる…?)」

「(こいつの余裕はどこから来てんだ…?

慎重に行こう。フルブルーム。こいつなら当てられない!)」

夏穂はサインに頷き、投球動作に入る。

ベンチの赤井は美留田の様子を見て不敵に笑った。

「…監督。何が面白いんです?」

風薙の疑問に赤井は答えた。

「なに、アイツが歯を見せてニヤッとしたときはな…、アイツが何かに覚悟決めたときの顔だ。1つに掛ける、まさに一芸スピリットってやつだ」

赤井は改めて言い切った。

「美留田剛、アイツはおそらくこの野球部で最もウチの高校のモットーにふさわしい男だ」

 

美留田剛は一芸大付属では貴重な野球経験者だ。ただし、中学の頃の美留田は今と見た目は程遠かった。全く打てない自分の技術の無さを補うために始めたのが筋トレ。それが今の美留田の原点。

「美留田、残念だったな~。あと一本出てれば…」

「逆転のチャンスでレフトフライか~」

「よし、ならもっと筋トレして次はホームラン打ってやるぜ!」

だが美留田は技術的な問題から目を遠ざけてしまっていた。結果が出ないと筋トレに走り、技術は何一つ向上しないまま。結果を最後まで出すことなく引退した。

だがそんな美留田に赤井は声を掛けた。

「君、筋トレには随分こだわってるんだね」

「うっす! 俺にはそれしかねーっすから!」

「…でもそれだけじゃダメなことも分かってるだろう?」

「それは…」

「ウチへ来ないか? そのスタイル、俺は変えろとは言わないよ」

「えっ…?」

「ただやるならとことんやるんだ。迷うな。信じろ。それで負けたら終わりぐらいの気持ちで…」

美留田は一芸大付属に入学し、誰よりも筋トレに励む。そこに赤井は才能を見出だしていた。

「(美留田の本当の才能は恵まれたフィジカルだけじゃない。何か一つを信じ、突き進むメンタル。それがアイツの最大の才能だ)」

 

それは努力に留まらない。例えそれが、常識からすればあり得ないことでも、だ。

「うおおおおらあああ!!!!」 ガキッッ!!!

美留田はボールはタイミングを計る程度にしか見ず、'アウトロー付近'を狙ってフルスイングしたのだ。

ボールを見ず、コース目掛けてバットを振る超大博打。しかしそこに迷いは無かった。

フルブルームに常識はずれのゾーン打ちで応じた美留田の打球はジャストミートぜずバットで擦った分、強烈なスピンがかかりライト線へと切れていく。

「これは~、ちょっと無理~!」

そして打球はポトリと恵の前に落ちた。六上が帰り、同点となった。

思わぬ同点劇に一芸大付属のアルプスは盛り上がる。

「夏穂! まだ同点だ! ここで止めるぞ!」

「う、うん…!」

しかし続く緩井に投じた夏穂のストレートは先ほどよりも甘く入ってしまう。

カキーン!

「あっ…!」

これで2アウトランナー1、2塁。

ここで夏穂に異変が起きた。松浪がタイムを取ってマウンドに向かおうとしたときにフラッ、とよろめいた。

松浪、そして榊原はこれを見逃さなかった。

「! 夏穂!?」

「主審! タイムを!」

慌てて駆け寄るメンバー。

「だ、大丈夫…、まだ…」

「…とてもそうは見えねえよ、いつからだ?」

「さっき、急に…」

「熱中症、か?」

「そう、なのかな…。分かんない…」

今日はかなり蒸し暑い。前の日に軽く夕立があったこともあって湿度は高く、今日は取り分け気温も高いと天気予報で言っていた。

さらには強力な一芸大付属打線に初回から飛ばして来た上に、細心の注意も払って投げてきた。そして無意識の内に持ってしまったパーフェクトへの意識。これらによって精神的にも体力的にもかなりの疲労が来ていたのだろう。そこに自身のウイニングショットのひとつ、フルブルームをタイムリーヒットにされたことがさらに追い討ちをかけた。

「桜井、交代だ。これ以上無理させるわけにはいかん」

榊原の言葉に夏穂は珍しく強く食って掛かった。

「私はまだ…!」

「その状態のお前を投げさせる訳にはいかない。そしてそれで勝てるような相手ではない」

「それは…」

厳しい顔をしていた榊原だったがふと顔を緩める。

「分かっている。最後の夏をかけた戦いで降りたくないことはな。もしこの試合を落としたら俺のことを好きなように文句を言ってくれても構わん。だがこの試合は必ず取る。…そしてエースとして、副キャプテンとして。後を継ぐ選手たちを信じてくれないか?」

「信じる…」

夏穂は若干朦朧としつつある中でマウンドに集まった仲間を、ベンチで見守る仲間を、スタンドで応援してくれているみんなを見渡し、決意する。

「…信じ、ます! …みんな、任せたよ…!」

運ばれてきた担架に乗せられ、ベンチへ下がる夏穂。そしてブルペンからマウンドに向かったのは…、

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、桜井さんに代わりまして、白石くん。ピッチャー白石くん。背番号、13」

 

「…ここが甲子園…」

白石は正直中学までまともに野球をしてこなかった自分がここに立てるとは思っていなかった。

「(普段ならもっと楽しめたけど…、状況が状況だ…。それに…)」

「白石、サインはこれで行こう。…あとアウト1つ。苦しい場面だがとりあえず取るぞ」

「はい」

松浪が戻っていくのを見ながら考える。

「(夏穂さんはベンチ裏に運ばれる前にも笑っていた。…でもあんなに弱々しい笑顔は初めて見た…)」

チームで野球をしてこなかった白石にはエースの重責とかは分からない。だが分かっていることはそれがおそらく苦しく、思いということ。

「(それでもあの人は笑ってた。いつだって…。)」

自分が苦しいときもチームが苦しいときにチームを引っ張るのがエースの務め。だがその重責が夏穂に異変をもたらした。

白石はまっすぐと松浪のミットを見つめ、覚悟を決めた。

「(俺は…、必ず抑える! 夏穂さんの笑顔を…、守るんだ…!)」

あの笑顔に何度も救われてきた。本人は気づいてないだろうがもはや夏穂に惚れているようなものかもしれない。

「行くぞっ…!」

 

スタンドで見守る花崎コーチはマウンドに上がった白石を見つめる。その横でベンチ入りできなかった美田村が不安そうにしていた。

「白石くん、大丈夫かな…」

「大丈夫よ。あの子は…、白石くんは'天性のリリーフエース'だから」

「天性のリリーフエース?」

「先発だといつもエンジンかかるの遅いんだけど、だ誰かの後を継ぐときの白石くんは先発するときの何倍も集中してる。仲間が作った試合を絶対に壊さない、っていう魂。それがあの子の強みね」

 

ズドーーン!!!

白石の投じた1球目で、甲子園にはざわつきが生まれた。夏穂の降板に落胆した様子だったスタンドが息を吹き返す。

「(これは…、聞いてませんよ…!)」

スコアボードに表示された球速はなんと、149キロ。自己最速を、ここで叩き出した。

さらに2球目、今度は148キロ。マグレではない。確実に、白石は成長していた。続けてきた地道なトレーニング、憧れの投手の動画を何度も見返し築き上げたフォーム。その全てが、今ここで結実する。

「マウンドに上がった白石! なんと2年生ながら140キロ台後半連発! 白色をあっさり追い込んだぁ!」

「(最速146キロと聞いていましたが…、しかしフォークもある。ここで来ますか…!)」

「(まっすぐ勝負だ! 来い! 白石!)」

3球目もストレート。白色は手が出ず見逃し三振。そして球速は、

「で、出たーっ!! 150キロ! この2年生白石。一体どこまで我々を驚かせるのでしょうか!」

熱盛もこれには大騒ぎだ。

一気に沸き立つ聖森学園のスタンド。そして盛り上がる聖森メンバー。

「エースが抜けた穴はみんなで埋める! 行くぞ!」

「「「おおおっ!!」」」

だがそれは追い付いた一芸大付属も同じだ。

「さあ、追い付いた! ここから一気に相手を食ってやろう!」

「「「っしゃあ!!」」」

聖森学園と一芸大付属の激戦はいよいよ終盤に突入しようとしていた…!

 

全国高校野球選手権大会 3回戦

一芸大付 0000001 1

聖森学園 000100 1

(7回表終了)




今回のおまけ、要望に答えて白石と満でいきます!久々にこの二人を紹介する気がする…。

○白石和真(2年) 右/右
2年生の速球派投手。苦手だった連係プレーや基礎練習を真面目にこなし、着実に成長。夏穂や百合亜に隠れがちだか立派な投手になった。スマホのアプリなどを使いこなし練習に活かすなど意外な一面も持つ。
好きな食べ物はカレー。嫌いな食べ物は納豆。物静かだが話しかけると普通に話してくれる。

球速   スタ コン
150km/h  D  E
⬇️フォーク 4
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 3 E C D C E F  投E 
 ノビ○ ピンチ○ 奪三振 緊急登板○ 速球中心
 広角打法 エラー 強振多用 

○桜井満(2年) 右/左
野手転向した満。逆方向への意識が強い中距離打者に成長。投手出身だけあってバント処理などは強い気持ちで前に出る。
夏穂からよく可愛がられているが嬉しい一方で恥ずかしく思っている。そしてそれを見た友人たちからは羨ましがられている。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
 3 C C D D D E  三D 一E 外E 
粘り打ち 流し打ち 高速チャージ 連打〇 窮地〇 慎重打法 積極守備

次回もよろしくお願いします! また、感想などもよければどうぞ。可能な限り返信させてもらいます!


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38 ここにいる意味

物凄く遅くなりすみません!
その分少し長くなりましたが…、ペースは守らないといけませんね…


守田堅の守備の上手さは中学のときから群を抜いていた。そして彼自身も守備は大好きだった。だが度が過ぎたのか、バッティングを疎かにしてまで全ての守備位置の守備の練習に取り組み始めた。端から見れば勝手な行動。だがそれを見た赤井は理解していた。

「(アイツは自分が何が苦手で何が得意か。そういう引き際を理解してるし、何より自分の得意分野は絶対に負けないという根性。その全てが俺の求めていた選手だ…)」

守田には確かに打撃センスは無い。だがずっと磨き上げてきた、'コース、球種、バッターのスイングの特徴、金属音…、それらの要素から打球の飛び位置を予測する力'。それを磨くなら中途半端な打撃練習は必要ない。彼の打撃が取る点よりも彼の守備で防ぐ点の方が多いはずだ。だから赤井は守田の打撃練習だけには指示は出さなかった。とはいえ打ちたい気持ちは守田にもある。ボールが見えなくなった夜には素振りは欠かさなかった…。

 

カキーン!!

「(間に合うべ!)」

緩井の速球を捉えた竹原の打球は二遊間を破るセンター前ヒット…、になるはずだった。それを守田はグラブの先で横っ飛びで掴んだ。そこからは無駄の無い動きで立ち上がって1塁へ正確に送球。

「アウトー! ショートの守田、熱いプレーを見せます! 熱盛、こういうの大好きです!」

「(今のもアウトにしちゃうのか~)」

ここから緩井に対しての2巡目。5番の恵が打席に立つ。

「(さっきは…、スローボール、チェンジアップ、ストレート。今度はしっかり…)」

待って打とう、と思った恵だが首を振ってその考えを振り払う。

「(ダメダメ! 私の信条だけは絶対に破らない!)」

恵を見据えて白色は思考を巡らせる。

「(先程は打ち気を読んで手玉に取りました。今度は様子を見てくるはずです)」

白色のサインに頷き緩井が投じたのはアウトローへの速球。

「せいやーー!!」カキン!!

「なんと!?」

恵は迷わず踏み込んでフルスイング、快音を鳴らした。

「くっ!?」

打球は鋭く緩井の横を抜けていった。

誰もがセンター前ヒットだと思った。しかしその時風薙はすでに動いていた。

「(これは間に合わない…。…いや、いける!!)」

「風薙のやつ、飛び付きやがった!?」

美留田だけでなく一芸大付属の面々の誰もが驚いた。風薙は普段は無理をしたり果敢に挑んだりはしない。必ず無理の無いプレーをしていたからだ。

風薙は飛び込んで打球を掴むとすぐさま起き上がって一塁へ転送しアウトにして見せた。

「風薙、やるやないか!」

「あはは、なんとなくの気まぐれですよ」

続いて白石が打席に入るが緩井の緩急に苦しめられていた。

その頃ベンチでは…、

「うーん? 捉えたと思ったんだけどなあ~?」

「…空川。お前もか?」

「ん~。大くんも?」

「ああ…。捉えたつもりだったが少し上を叩いたか…?」

「ストレートが少し沈んだのかな~?」

「確かに俺もストレートと思って打ちに行ったんですけど、上手く捉えられなかったですね」

その会話に満も加わった。それを聞いた松浪は疑問を感じた。

「(沈むようなストレートの質だったか…? むしろ手元でノビてくる、夏穂と似た質のストレート。でなけりゃ120~130キロで手が出ないわけが無い…)」

 

その時白石は緩井の2球目のチェンジアップをファール、速球も真後ろに飛ぶファールを打ってカウント1-2。

「(ストレートに合わせて、遅いのにはしっかり溜めて打つ…!)」

基本的な事だが白石はこれを愚直に守って今の3年が抜ければクリーンナップを任されるであろうレベルの打撃を身に付けている。

そんな白石に緩井が投じた4球目。真ん中高めへの速球だった。

「(これは…、もらった!)」

白石はフルスイングで応じる。しかし先ほどタイミングバッチリだった速球にやや降り遅れた。打球はライトへ飛んだが、伊賀井が落下地点に入って捕球しスリーアウト。

この打ち取られ方に松浪は緩井の'速球'の秘密に1つの仮定を立てた。

「おそらくだが…、緩井の速球はただの速球じゃない…! これが当たってたら、俺たちがここまで苦しめられたのも納得だ…!」

 

8回の表。続投の白石は先頭の佐部にオールストレートで三振を奪う。

「えぐい球投げるなー、あいつ」

「…ドンマイ。仇はとる」

「おう、頼むぜ」

佐部は伊賀井と同じく2年生。伊賀井のマイペースな性格に付いていける数少ない人材だ。伊賀井はここまでノーヒットなのにどこにそんな自信があるのかは分からないが…、

「(ま、あいつがやる、っていうならできるでしょ)」

白石、松浪バッテリーはここまでヒットの無い伊賀井への組み立てを考えていた。

「(ここまでノーヒットとはいえ、前の試合でも終盤に力を発揮してる。特に接戦だといい結果を残しがちだ。ストレートで強気にインコース攻めるぞ!)」

「(コクッ)」

白石が投じたのはインハイへのストレート。しかし伊賀井は打ちに行った。そして…、

「ていっ!!」キイイイン!

「! さっきとは別人みてーなスイング!?」

コンパクトに腕を折り畳んで、最短距離でグリップを持ってきた鋭いスイング。スイングスピードはさほどだったが真芯でボールを捉えた。

打球はレフト線へと飛び、その間に伊賀井は一気に2塁を陥れた。そして赤井監督はここで動く。

「一芸大付属高校、選手の交代をお知らせします。セカンドランナーの伊賀井さんに代わりまして、福地くん。背番号16。バッター、手方くんに代わりまして八木くん。背番号13。」

「よっしゃあ!」

「いくぜっ!」

代打の切り札八木。県大会では代打成功率5割を誇る。

そして代走のスペシャリスト、福地。終盤に猛威を振るうとっておきだ。

「(初球ストレート。高めはダメだ。コースアバウトでいいから低く来い!)」

松浪のサインに頷き白石は渾身のストレートを投げ込んだ。コースは文句なしのアウトロー。

「そりゃあ!」カッ!

「うおっ!?」

「ファール!」

打球はバックネットに突き刺さった。

「(148キロのストレートを初球で代打でバッチリ合わせてきやがった! 大した集中力だぜ!)」

松浪は白石にフォークを要求する。これで迷わせて仕留めるつもりだったが、白石は首を振った。ストレートで勝負したい、というところだろう。

「(お前がそこまで言うのは珍しいな。…分かった、ストレートで行こう!)」

白石が投じたのはインハイへのストレート。変化球も頭に入っていた八木はストレートに手を出すが打球は後ろに飛んでファール。

「またストレート…!」

「(流石にフォーク。頼むぜ?)」

「(これで仕留めて見せます…!)」

白石が投じたフォークボールはやや外寄りの真ん中から低めへと落ちる。八木はタイミングは外されていたが意地で食らいついた。

「うおお!」カキン!

「っ!」

打球は強く跳ねて、白石の横を通過。センターへと抜けそうになったがそれを姫華が阻んだ。全力で走り込み、小さな体を伸ばして掴み取る。

「椿! 投げろ!」

竹原が呼ぶが元々姫華は送球に難がある。不安定なこの体勢からでは恐らく間に合わない。

「(ここからじゃ、私のスローイングじゃ無理…っ!)」

送球難を自分で認めた上で、下級生の頃からずっと守備練習は誰よりも受けた来た。セカンドに限れば一芸大付属の守田にも引けば取らないつもりだ。だが男女の力の差は大きい。小柄な姫華にはセカンドからの送球がいっぱいいっぱいだ。

 

姫華はこのボールを掴む直前の一瞬に、あることを思い出した。

――甲子園に行く前のグラウンドにて姫華はある人物にアドバイスを求めていた。それはケガした直後の冷泉だった。

「送球のコツ、ですか?」

「うんっ。悔しいけど、私の送球はこの野球部でもかなり低いレベル。そのことは十分理解してる。でもみんなの代表としてグラウンドに立つ以上はそんな言い訳できないっ」

「どうして俺なんすか?」

「冷泉の守備は私の見たセカンドで一番上手いと思ったし、中学での経験が違う。そう思ったからっ」

冷泉はしばらく考え込んで、松葉杖をつきながらできる範囲で説明を始めた。

「簡単な対策としてはワンバン送球っすね」

「ワンバン送球…」

「確かにセカンドからワンバンで投げるのは見栄えは良くないかもしれないっすけど、無理にノーバンで投げるよりは送球ミスは減ります。…まあ、足場が悪いとファーストの腕前にかかってきますけど…」

「そうかその手が…」

「でももうひとつ、先輩達だからこそ出来るやり方。あるじゃないっすか」

「えっ?」

「俺もここに来てから初めて考えられるようになりました。でもこれが出来るのは…」

「出来るのはっ?」

「…'相手を信頼する'こと。それが必要っすね」――

「! これだっ…!」

姫華は閃く。そして自分が閃くことなら…、

「風太っ!」

1年間共に戦ってきた相棒…、風太も閃くはずだ!

姫華は崩れた体勢は直さずにすぐさまグラブトスをセカンドベース付近に上げた。見ていた誰もが驚く行動。だがそれを風太は理解して走り込む。

「よっしゃ! 待ってたぜ!」

風太はそれを掴み捕って流れるように1塁へと送球した。東出には肩の強さでは及ばないが、正確さと捕ってからの速さでは負けていないと自負している。風太の送球は八木の1塁到達よりも早く竹原のミットへと届いた。

「アウトーーー!!!」

スタンドから巻き起こる歓声。姫華と風太はハイタッチを交わした。

「素晴らしい連携! 呼吸ぴったりのこのプレーは熱盛を熱くさせてくれましたぁ! これで2アウトランナー3塁!」

ここで打席には六上。当然内野は前進。内野安打は許さないシフトだ。

そして148キロのストレートに思い切り空振り。このボールを打つことは六上にとってかなりの重労働だ。

「(俺じゃこのボールは打てねえ…。だったら、やることはただひとつ…!)」

磨き続けた技術を、身につけた力を。ここで見せなければどうするというのか。

「勝負だ、このやろー!!!」

「! セーフティー!?」

0-2と追い込まれた3球目のフォークを強引にバントで捉えた。打球は転々とサード前へと転がった。

「駆け抜ける!!」

「くっ!」

白石は慌てて駆け寄りボールを拾い上げ、すぐさま送球体勢に入り、全力で腕を振った。

「今だっ!」

それを見てすぐさま3塁の福地は俊足を生かして、ホームを狙いスタートしようとした。しかし、

「!? 福地、戻れ!」

「えっ!?」

1塁に送球したはずの白石はこちらに向かい送球していた。

「しまっ…!?」

慌てて戻るが間に合わない。

「アウトー!」

福地、そして一芸大付属の作戦は悪くなかった。次がバッティングに難のある守田で、打席には走るだけで相手の注意を引ける六上。通常なら六上の2アウトからのスリーバントという奇策に驚くはずだ。アウト1つで終わることが六上を1塁でアウトにするという考えに固執させやすい。それを踏まえた赤井の奇策だった。

「…こいつは…、誤算だったな」

大胆かつ狡猾な、勝負どころの博打に赤井は敗れた。それは白石の不気味なまでの冷静さ。

「(とても1年半前までは素人だったとは思えないくらいに落ち着いてプレーしてやがる。アウトに出来ないと思ったら迷わず引いて次のプレーを考える。簡単なことじゃねえけど…。成長したな、白石。)」

ベンチに戻ってチームメートに讃えられる白石を見て松浪は感じた。百合亜や満のように目立つようなところばかりではない。すぐには分からないようなところの成長が分かるのは先輩として喜ばしいことだ。

 

そして8回の裏。満の一打か松浪に大きなヒントを与えた。

カキーン!!

「なっ!?」

緩井の速球を狙い、確実にミートしに行った満の打球は痛烈なゴロになった。しかし…、

「おっと!」

サードの佐部がしっかり押さえてサードゴロに打ち取った。佐部は派手では無いがエラーは少ない守備に加えて進塁打もきっちり打てる優秀な選手だ。この打球にも安定した守備を見せた。

初芝も速球を捉えるもセカンドライナー。

そしてラストバッターの姫華。初球のスローカーブは見逃しボール。次のストレートは見逃してストライク。そしてまたも速い球が来る。

「(今度は捉えるっ!)」

先ほどのストレートのタイミングを利用してボールを上から叩く。しかしボールは後ろに飛んだ。

「ファール!」

「? あれ?」

姫華は首をひねる。今のは捉えたつもりだったのだが。若干ずれていた。当てることに関しては自信があるだけに姫華は疑問を持った。

そして次のチェンジアップでタイミングを外されて三振に倒れる。しかし松浪はその姫華の反応、そしてその時に姫華が感じた違和感を聞き、自分の仮説に確信を持った。

「(間違いない。緩井の速球攻略はこれだ!)」

 

いよいよ9回表。白石は守田を三振に打ち取り、打席に風薙を迎えた。

「(出塁してチャンスを作る。それが俺の仕事…!)」

単なる速球派ならば風薙の得意な相手だ。コースに逆らわず、低く打ち返せばいい。

「ふっ!」カキン!!

アウトローに決まったストレートを迷わず振り抜く。打球は三遊間を抜ける、はずだったが。

「くっ!」バシッ!

「なにっ!?」

本来なら三遊間の位置に守っていたのはサードの満。

そのまま転送されてサードゴロ。

「(しまった…誘導された…!)」

どうしても出塁したいが故に厳しいコースは逆らわずに、一番ヒットになりやすい、打ちやすいコースに打った。しかしそれは読まれていた。'風薙ならばこのコースはこう打てる'と相手に信頼された抑えられ方。

そして美留田はフォークに手を出した後に高めのストレートに空振り三振に倒れる。白石のストレートが走っているからこそ出来る配球だった。

「くそっ、すまねえ!」

「気にするな。しっかり守っていこう!」

 

9回裏、先頭は風太。ベンチを出る前に松浪から助言をもらっていた。

「(もしそれが本当なら…、それを見つけた将知に回るこの回で決めねえと!)」

初球のチェンジアップはカットし、迎えた2球目に速球。

「(来たっ!)」

風太は松浪の助言通りバットの芯の少し根っこ側で捉える意識でバットを振り抜いた。

カキン!!

快音とまでは行かないが、打球は中々の速度で三遊間へと飛んだ。

「させんぞ!」

抜けそうな打球に守田がなんとか追い付き、一塁へと送球。しかし流石にこれは風太の足が勝り内野安打。さらに続く元木も同様に打ち返してレフト前ヒット。

「どうやら…、カラクリがばれたかな?」

「かもしれませんね…。露骨に速球狙いのようです」

松浪はマウンドに集まった緩井と白色を見据えて、考えを整理した。

「(緩井のボールは緩急を生かして速い球をより速く、遅い球をより遅く見せて戦ってる。1球目でさえ、自分の持ち球を意識させることでタイミングを合わせ辛くしている。だけど一番の罠は…、速球がストレートのみじゃないことだ。)」

何人かの選手が感じた'ずれる'感覚。タイミングのせいかと思っていたが姫華の証言で確信した。

「ストレートとカットボール。この2種類を投げ分けてたな。しかもかなり高速のカットボールだ」

緩井の持ち球はストレート、チェンジアップ、スローカーブに超スローボール。そしてカットボールも持っていたのだ。姫華が同じ速球でタイミングがずれていたのはノビてくるストレートに対し、さほどノビないカットボールの感覚のズレだった。

「さて、そろそろ決めさせてもらうぜ」

 

一方で緩井はマウンドに集まった仲間たちに決意を告げていた。

「みんな、すまない。今まではあらゆる方法で相手をかわしてきたけど、もうネタ切れだ。お手上げだよ」

「へっ、逆に今までよく誤魔化してこれたなあ!」

「まったくですよ」

「そうッスね!」

諦めの言葉を口にしたというのに随分と元気な仲間に緩井が面食らってると風薙が口を出した。

「緩井さん。まだ終わってません。それに…、やるなら後悔しない方法を選びましょうよ。自分が一番納得できる方法で、向こうのキャプテンに挑んでください」

「そうだぜ。おめーの100%。見せてやれよ!」

「飛んできたら俺たちが守りますから」

「せやぞ! しかと守ったるから、ドンと打たしてこい!」

「…みんな。…分かった。やろう。守備、頼むよ!」

「「「「しゃあ!!」」」」

 

緩井はまっすぐと松浪を見据える。おそらく聖森で一番の打者であるだろう。だが逆に抑えれば、流れは来る。

「行くぞっ…、松浪!」

「来いよ、緩井」

緩井はセットポジションから全力でボールを投げる。初球はインコースへのストレート。

「くっ!」

スピンのかかった素晴らしいストレートがインローに決まり、松浪は手が出ない。

「(もしコイツが…、150。いや、140中盤投げられたら。世代ナンバーワンになっててもおかしくない!)」

130キロのストレートさえも速く見せる投球術、ほとんど投げ間違いの無いコントロール、未だに衰えぬスタミナ。いや、球速が無いからこそ磨いてきたのだろうか。

「っりゃ!」

「くそっ!」ズドン!

インハイのストレートに今度は空振り。追い込まれた。

「(やっぱりコイツ、手強い!)」

「まだだ…。ここからが勝負…!」

 

――初めて野球を見たのはテレビだった。小学生の頃、いつも見ていたアニメの時間帯にやっていた中継をたまたま見たのだ。その時にピッチャーが豪速球で次々と三振を奪っていく姿は野球に詳しくなかった緩井少年の目にもかっこよく映った。

「僕も、あんな風になりたい!」

いつかテレビで見たピッチャー見たいになりたい。そう願って野球を続けた。

だが非情な現実が突きつけられたのは中学の時。

「緩井。お前はピッチャーに向いてないよ。打撃も良いし、足も速い。外野かファーストにでもコンバートしないか?」

監督から伝えられた言葉。だが緩井にとってはピッチャーこそが野球をやる生き甲斐だった。それを受け入れられるほど緩井はまだ精神的に強くなかった。

「嫌です! 僕は、ピッチャーがやりたいんです!」

練習は続けたが緩井が中学で投手をやることはなかった。

引退してからもその未練は晴らせず、大人の草野球に混じって投手をやっていた。どの相手チームも、打ち頃だ、遅すぎて相手にならない、と笑いながら試合に臨み、次々と負けていった。その活躍を耳にして声をかけてきたのが赤井だった。

「やあ、君。中学生なんだって?」

「…ええ。クラブチームでは投手はやらせてもらえなかったので」

「確かに球速は無い」

「はっきり言うんですね」

「だがそれ以外は中学生離れしている。緩急の使い方なんか最高だ」

「…初めてです。そんな誉められたの」

「抑えられるならどんな形でも良いんだ。俺はそういう奴を探してるんだ」

「え?」

「1つの欠点だけで他の個性を見られない。お前みたいな奴をね。俺は赤井九郎。次の春から一芸大付属高校ってとこで監督をやることになってる。俺と革命を起こしてみないか?」

茶色いコートと羽根つき帽子をかぶった髭面の男の言葉は、緩井の心を動かすのには十分な魅力だった。

「…やります。あなたの野望に、協力させてもらえませんか?」

そして集まった個性的な面々。まとめるのは大変だったが、秘めたる思いは同じ。

――いつか見返して見せる。

尖った個性の雑草軍団は、数多の強敵を倒し、甲子園までやって来た。ゴールは見えてきた。ここで負けるわけにはいかない…!――

 

「ふっ!」

「うおっ!」

ストレートと同じ腕の振りからのチェンジアップ。松浪はなんとかカット。さらにスローカーブは低く、見極められる。外から入るカットボールはカットされた。そして外へのチェンジアップは見逃しボール。

「(体重移動の仕方が独特だ! さっきスローカーブを見せた以上、打てる手は限られてる!)」

緩井は白色とサインの交換。白色のサインに緩井は驚く。

「(いいのかい? それで)」

「(私にはお手上げですよ。あとはあなたと彼の勝負です)」

緩井は足を上げて勝負球を投げる。勝負球はストレート。松浪は全力で迎え撃った。

「うおお!」キィン!

やや差し込まれぎみながらバットは振り抜いた。打球はセカンド後方。

「捕って見せる!」

風薙は全力でバック。無駄の無い走りからジャンプ。しかし、届かない。

「ぐっ!?」

「落ちる!」

セカンドランナーの風太は風薙が捕れなかったのを見るや否やスタートを切る。

「バックホーム!」

白色が呼んだときには風太は三塁を回ろうとしていた。六上が落ちたボールを拾い、ホームまで直接返す。

「(間に合え!)」

「(帰らせる訳にはいきません!)」

際どいクロスプレーとなり、主審のコールまでに生じた一瞬の時間が選手たちにとっては時が止まったように感じていた。それを破ったのは主審の、

 

腕を広げるジェスチャーだった。

「セーフ!!」

この瞬間、聖森学園のメンバーは喜びを爆発させた。風太と松浪の元に集まり褒め称えた。

そして一芸大付属のメンバーはしばらく立ち尽くし、呆然としていたが緩井は声を出し、仲間を引っ張った。

「…行こう。試合は終わった。…整列だよ」

 

挨拶が終わり、緩井の元に松浪が歩み寄ってきた。

「今日はありがとうな。…お前みたいな投手。見たこと無かった。…すげえやつだったよ、お前」

「…負ければ意味無いさ。君たちが勝ったんだよ。胸を張ってくれ。…そして願わくば僕らの分まで勝ち抜いて欲しい」

「当たり前だ」

「あのピッチャーの女の子にはお大事に、と伝えといてくれ。…あと最高のストレートだった、と。」

「あいよ。あいつも喜ぶよ」

「じゃあ、僕らはこれで」

緩井は飄々とした様子でグラウンドを去ろうとする。

「(僕らの革命は、終わった。敗者は去るのみ。こんなすごい球場で野球ができただけでも良かったかな…)」

するとスタンドから様々な声が聞こえた。

「面白い野球を見せてくれて、ありがとなー!」

「ハラハラする試合、ありがとー!」

 

一芸大付属を褒め称える声。試合前や途中はヤジもあったのだが…。

「(まったく。見てる人たちは…、勝手だよなあ…)」

ベンチ裏に引っ込んだ緩井だがその時に悔しさが込み上げてきた。

「僕が、もっと良いピッチャーだったら…!」

「ソイツはちげーぜ、緩井」

声の主は美留田だった。 それに守田、六上、白色も続く。

「俺らみたいなカブキ者どもがこの野球の聖地に来れたのは、緩井がみんなをまとめてくれたからじゃ」

「そうだよ。それに他のやつより遅い球で同等以上に戦えるんだから、緩井はすげーピッチャーさ!」

「まあリードは大変でしたがね」

「…」

「だからよ、緩井。そう僻むなよ。オメーは俺たちの誇りなんだぜ」

「…そうか。ありがとう、みんな」

「それより緩井! 風薙たちが大変なんだよ!」

「そうです。2年生のメンバーがらしくないほどに落ち込んで大変なんですよ」

「ええ…。また難儀な…」

「よっしゃ、励ましに行ってやっか!」

「おー、行こーぜ!」

そう言って緩井と白色を美留田と六上が引っ張っていく。

「(そういうみんなにも、僕は助けられたんだ。…本当に、ありがとう)」

緩井は心の中で感謝の思いを述べる。そして初めて力不足を感じたという風薙やまた泣き出してしまった伊賀井を励ましに行くのだった。

 

* * * * *

 

「みんな、お見舞いありがとね。もう大丈夫!」

「まったく心配かけさせやがって!」

「でも無事でよかったねっ!」

「そ~だよね~。良かった良かった~」

試合から数日して、退院してある程度軽い運動をした夏穂は次の試合のベンチ入りは認められた。

「監督は先発は大事を取って控えるようにってさ」

「でも確か次の相手って…」

姫華の言葉でそれを思い出した夏穂はハッとする。そして松浪はそれに応じた。

「ああ。次の相手は、恋恋高校だ」




長かった一芸大付属編が終了し、次は夏穂が因縁のある恋恋高校です!
今回のおまけは守田と、遂に緩井が登場です。緩井はパワナンバーも置いておきます。また一芸大付属はパワプロ2018でアップロードします。よかったら使ってみてください。

○緩井幸治(ゆるいゆきはる) (3年) 左/左
一芸大付属高校キャプテンかつエース。弱小だった野球部を監督の赤井と共に甲子園に導いた。性格は至って温厚。だが内に秘めたる思いは非常に強く、意外と頑固。中学時代は身体能力の高さを買われ、外野をやっていた。球速だけには恵まれず、血の滲むような努力の末コントロールとスタミナ、相手打者に違和感を植え付けたり、スタミナを節約したりする投球術を身に付けた。趣味は釣り。好きな食べ物は米系の料理全般。

球速 スタ コン
130km/h A A
⬆️ 超スローボール
⬅️ カットボール 4
↙️ スローカーブ 4
⬇️ チェンジアップ 4
 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 D D A D E E  投E 一F 外F
ピンチ○ 打たれ強さ○ ノビ◎ 変幻自在 リリース○ 威圧感 回またぎ○ 力配分
チャンス○ 大番狂わせ 積極盗塁 積極走塁

○守田堅(もりたけん) (3年) 右/右
一芸大付属の守備の要。言葉に変な訛りがあるがよく分からない。どこでもかなり上手く守れるがキャッチャーのリードは苦手。ここぞというときは打つこともあるが大体三振かゲッツーなのであまり期待されていない。
地味に風薙とはよく話している。

弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
2 F D D B S B 全てS
チャンス○ キャッチャー△ 盗塁△ 送球◎ 逆境○ ローボールヒッター 守備職人 三振 併殺 選球眼

ペースを守りたい、とは言いましたがこれからしばらく忙しくなるのでまた遅くなるかもしれませんが必ず更新するつもりなので、その時はまたよろしくお願いします!

緩井のパワナンバーと一芸大付属高校のパワナンバーです。
良かったら使ってみてください!
緩井幸治→13900 90218 67832
一芸大付属→23300 20070 32696
※ちょっと修正しました


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39 幻影に囚われて

ストックした分を少しずつ出していくためペースがちょっとあれですが…、ご了承下さい…。


いよいよ準々決勝。聖森学園は設立、創部4年目にして甲子園ベスト8という既に好成績。次第に周りからの注目はより大きなものとなった。

元々ドラフト候補として名前の挙がっていた松浪はドラフト1位候補とまで言われるようになった。そして快進撃を続けるチームを支える夏穂を中心とした投手陣は相手からの警戒の的であった。

そして次の相手は恋恋高校。かつての女性選手のパイオニア、現在もプロで活躍を続ける早川あおいの出身校。それ以降は聖森学園よりも女性選手の参加を推し進め、今では部員全員が女性選手の精鋭部隊となった。

しかし夏穂は知っている。それが新たに就任した木菱監督による軍隊のような野球部となっていることを。夏穂はあのときの自分の、そして助言をくれた伊月さんの判断が正しかったことを証明するために今日は特に勝ちたいと思っている。

「(なのに先発できないとは…。もどかしいなあ…)」

前に倒れたこともあり、今日は先発は回避した。だが負けられないトーナメント戦なので終盤の勝負所では登板させる、とのことだった。

「(でも大丈夫。みんながきっと、勝利に導いてくれるはず!)」

 

「さあ、今日の注目カード! ここまで快進撃を続け、旋風を巻き起こす聖森学園高校! そして対するは、女性選手参加の先駆け、原点となる恋恋高校! 今大会も高い組織力で勝ち上がってきました! さあ、まもなくスタメン発表です!」

 

先攻、聖森学園

1番 ショート 梅田

2番 セカンド 椿

3番 キャッチャー 松浪

4番 ファースト 竹原

5番 ライト 空川

6番 ピッチャー 杉浦

7番 サード 桜井満

8番 レフト 初芝

9番 センター 露見

 

後攻、恋恋高校

1番 センター 相見

2番 ショート 佐々木

3番 サード 夢城和

4番 ライト 新垣

5番 ファースト 米倉

6番 レフト 土屋

7番 セカンド 有村

8番 キャッチャー 広瀬

9番 ピッチャー 譲原

 

「試合前に俺から言うことは特にはない。普段通りやって、実力を発揮してこい。 …では、松浪」

「はい。さて、相手のデータだが…。繋ぎのバッティングを徹底してくる。4番の新垣でさえホームランは無い。その代わり1~8番まで抜け目がない打線だ。そしてエースの譲原(ゆずりはら)だが…」

「独特の高速シンカー…、いわゆる'マリンボール'の使い手の右のアンダースローの投手、だよね…」

譲原はその投球スタイルと茶髪ながらおさげにした髪型から'あおい2世'とも呼ばれている。

「ああ。マリンボール以外の球種をどれだけあれを打ち崩せるかにかかってるぜ。…よし、今日も勝つぞ!」

「「「おおお!!」」」

 

一方の恋恋高校側のベンチ…、

「いい? あなたたち。向こうのような中途半端な女性選手推進の野球部など、私たちの完璧な野球で叩き潰しなさい。認められるためには結果を出すしかないのよ」

「「「はい!」」」

そして監督の話の後、先発の譲原はベンチでグラブのヒモを結び直すある選手に声をかけた。

「優花。悪いわね。今日も私が先発で。まあ、1番背負ってるのは私だし、当然だけど?」

優花、と呼ばれたのは夢城優花。スタメンで呼ばれた夢城和花(のどか)の姉で、背番号11を背負う投手である。優花はその譲原の方をチラリと見やるが、また結び直しの作業に戻り、そのまま答えた。

「そうね。頑張りなさいよ。…まあ、監督に媚売って手にした1番がそんなに誇らしく思えるメンタルがあるなら大丈夫なんじゃない?」

「! なんですって…! 私をバカにしてるの!?」

「してないわよ? あくまでも私がそんな監督にへつらって出してもらうくらいなら自分のスタイルで確かな実力を磨きたいと思ってるだけだから」

「ふん。あんたに出番なんかないわ。私のマリンボールは誰にも打てないんだから」

「ずいぶんな自信ね」

「ええ。なにせ、'私の'最高の武器なんだから。あ、そろそろ整列ね。行くわよ」

「そうね」

促され優花も整列するためにベンチ前に出る。その中であることを思っていた。

「('私の'、ね。よくもまあ、人の真似事を自分のモノと言い切れるわね。そのメンタルだけは評価するわ)」

「? 姉さん。どうかしましたか?」

「いいえ、何でもないわ。和花」

「そうですか。…姉さん、いつでも行けるように準備の方をお願いしますね」

「あら、どうしてかしら?」

「大声では言えませんが…、譲原さんが打たれることは想像に難くありません。なので…」

「和花、あなたサラッと酷いこと言うのね」

「? あくまでも予測ですが、確率は高いかと」

「ふっ、そうね。あなたはそういう子だったわ」

 

「さあ、まもなくプレーボール! マウンドには恋恋高校のエース、譲原美咲! かつてのエース、早川あおいと同様にアンダースローからのマリンボールを武器とする技巧派右腕! その巧みな投球で聖森学園を翻弄できるのか!?」

1回表の先頭打者は風太。狙うのは初球。

「(マリンボールを決め球にされると厄介だ。早めに仕掛ける!)」

譲原の初球から振りにいく。

カキン!

「えっ!」

初球、風太はアウトローに入ってくるスライダーを難なく捉えた。打球はセンターへと抜ける。さらに続く姫華もインコースに入ってきたスライダーを捉える。

「ちょっと!?」

「(マリンボールが決め球なら、カウント稼ぎではスライダーだよねっ!)」

打球はライト前に転がり風太は三塁を狙う。ライトが前に来ているは知っているが自分の足なら行けると踏んで狙った。しかし、

「ボール、カットまで繋いで!」

「低く行くよ!」

「オッケー! 行くよ和花!」

ライトからセカンド、セカンドからサードへと無駄の無い中継プレーがつながった。

「アウトー!」

「マジかよ…!」

風太は三塁でアウト。走塁死ではあるがこればっかりは相手の連携を褒めるべきだろう。

「譲原さん。ワンアウトです」

「ええ、ありがと」

「お礼は新垣さんと有村さんに言ってください。それと同じ打たれ方は繰り返さないでください」

「え…、ちょっ…」

ボールを譲原に渡しに来た和花だったが言いたいことを言うとさっさと自分のポジションに帰っていった。

「(…好き勝手言われてるけど、あの娘の言うとおりね…。よし…!)」

続く松浪への初球。譲原はキャッチャー広瀬のサインに首を振る。そして次も首を振る。そしてまた次も。広瀬が慌ててサインを出し直し、それに譲原は頷いた。

「(出し惜しみなんて、できる相手じゃないよね!)」

譲原が投じたボールはかなりのスピードで松浪のインコースへ食い込む。そこからさらにスピードを落とすことなく沈んだ。

「ボール!」

「くっ、振らないか!」

「(振らなかったんじゃねえ。振っても当たる気はしねえ。これがマリンボールか…)」

続いてアウトローのストレートでストライクを取られ、スライダーをファールにしてカウントは1-2。

「っ!」シュッ!

アンダースロー特有の少し浮き上がる軌道。そこから沈むマリンボールと踏んで見逃す松浪だったが、

「ストライク! バッターアウト!」

「ストレートか…!」

続く竹原もマリンボールに空振りの三振に倒れ、初回は無得点に終わった。ストレートと独特の軌道を描くマリンボール。さらにアンダースローという類をあまり見ない投げ方は相当に苦しめられるかもしれない。

 

「うおおらああ!!」

対する杉浦も気合いが入っていた。エースである夏穂が先発回避、代わりを任された3年生として不甲斐ない投球をするわけにはいかない。

初球から2種類のカーブを使い分けてカウントを稼ぐ。しかし恋恋の1番打者は手強い。

「(相見ライラ。ナイジェリア人の父を持つハーフで高い身体能力を誇るらしい左打者。足の速さを生かすためにバットに当てる技術を磨いてて、特にカットは…)」

カッ!

「ファール!」

「こいつ、しぶてえなあ!」

カーブ、ツーシーム、大きなカーブ、カーブと全てカット。

「さあ、まだまだ粘るヨ!」

「先頭出したくないぞ! 根負けするなよ、スギ!」

「おうよ!」

8球目。松浪のサインに頷いた杉浦は相見のインコースに渾身のストレートを投げ込んだ。相見は振り遅れると予想しカットしにかかった。

「ストライク! バッターアウト!」

「しゃ!」

バットには当たらず三振。続く佐々木は相見に情報を聞く。

「どうだったの?」

「いヤ~、もっと荒いピッチャーかと思ったケド、あの成りでコントロール良さそーだネ」

「球種は?」

「カーブとツーシーム。あ、だけどカーブは2つあるヨ」

「ん、わかったわ」

しかし佐々木はカーブを見せられた後にストレートに詰まらされ打ち取られた。そして3番の夢城和もツーシームをショートゴロにしてしまいスリーアウト。杉浦も上々の立ち上がりを見せた。

ここからは投手戦。譲原は丁寧に低めにボールを集め、マリンボールを惜しみ無く投じていく。杉浦は小さなカーブ、ツーシームを見せ球に大きなカーブ、ストレートで打ち取っていく。

 

気づけば互いに5回まで0行進。しかし6回に聖森はチャンスを作る。先頭の露見が出塁するとすかさず風太が送り、1アウト2塁のチャンスを掴む。

カキン!

「くっ!」

「よしっ! 抜けたっ!」

姫華は真ん中低めのカーブをピッチャー返し。打球は二遊間を破りセンター前へ。

「! ストップ! 露見ちゃん、ストップ!」

「え? は、はい!」

三塁を回ってホームに向かおうとした露見を三塁コーチャーの村井が普段出さない大声で止めた。するとセンターの相見から素早く、正確な送球が返ってきており、それをファーストがカット。それを見て二塁を狙おうとした姫華も慌てて一塁へと戻った。

「…やっぱり、センターの相見さんの肩は恋恋の中でも群を抜いてるし、中継プレーも早い…」

「行ってたら刺されてましたね…。ナイス判断です、村井さん」

しかしこれで1アウト1、3塁のチャンスとなり、打席にはチャンスに強い松浪を迎える。

「そろそろスギに援護点やんねーとな…!」

「(ここで打たれてたまるもんか! 絶対抑える!)」

初球はカーブが外れボール。外に逃げるスライダーで空振りを取ると、続くマリンボールは見逃されボール。次のインローへのストレートには手が出ずストライク。

これで2-2の並行カウント。

「決める!」シュッ!

「! マリンボールかっ!」

ストレートが頭をよぎり、松浪は手を出してしまうが止まらない。それに気付いた松浪はとにかくボールに食らいついた。

カッ!「ファール!」

「ふー、助かった…」

「(まずいな…、美咲のマリンボールが初回ほどキレてない…。ここはこれで行きたいけど、納得するかな?)」

譲原とバッテリーを組んできた広瀬は譲原がマリンボールに強く拘ってるのを知っている。それだけにここでこのサインに納得してくれるか不安だった。

「(コクッ)」

「(…? あれ、頷いた?)」

驚くほどあっさりと譲原は頷いた。

「(私だって鈴奈(広瀬の名前)を信用してるんだから! そのサインに全力で応じる!)」

「(オーケー。全力で来なさい!)」

譲原は渾身の一球を投じた。そのコースは、早川あおいがマリンボールと同じくらい武器にしていた、サブマリンならではの必殺のボール。

「「(インハイへのストレート!!)」」

サブマリン特有の浮き上がる軌道で内角の真ん中から高めのゾーンへ食い込んでくるボール。

「っ!!」

しかし松浪も、プロから注目を浴びるほどの好打者。マリンボールがキレていないのを見たときからストレートを待っていた。だが見たことのない軌道にアジャストできない。

カキン!

打球はフラフラとレフトの定位置まで飛んだ。そして捕るのを見て露見がスタートを切った。レフトの土谷からショートの佐々木へと流れるように中継を繋ぐが間に合わずホームイン。遂に聖森が先制した。

「遂に先制した!」

「さすがトモ! やるねぇ!」

 

「あれ、打つんだ。参ったね…」

「美咲、ツーアウトだよ。ここで切ろう」

「オーケー!」

しかしマリンボールがやはり思うようにキレず、竹原には芯で捉えられる。打球は左中間に落ちる。相見が俊足を飛ばして抑えるがこれで2アウト1、3塁のピンチ。

ここで5番の恵。

「ここで打つよ~!」

「ふぅ…、まだまだ、これから…!」

初球、アウトローへのストレートでストライクを稼ぐ。もう一度ストレートを投じるがインローのボールは外れる。さらにアウトローのスライダーも見逃されボール。

「(美咲! 踏ん張って!)」

「(分かってる! こんなところで…!)」

自分はエースナンバーを背負っている。かつて早川あおいも背負った恋恋のエースナンバー。それに相応しくあるためにここで打たれるわけにはいかない。

「っ!」

譲原はインハイへとストレートを投じる。浮き上がる軌道のストレート。しかし恵は高めはストレート一本に絞っていた。

 

―――よくする話だ。

「なんでみんなはこの野球部に来たの?」

聖森学園の女子部員たちにとっては入部した後や、合宿の時などのよく上がる話題。

'自分の力を試したい'、'ここの設備が一番良い'…、色々あったが、

「甲子園に行きたい!」

と言った夏穂の他に甲子園を口にした部員がいた。

それが空川恵だった。その理由を聞いて誰もが少しポカンとして、それから'恵らしいや'と笑った。

その理由は…、恵の夢。――――

 

「甲子園で、大きなアーチを描いてみたいな~って、思ったんだ~」

 

 

カッキーーン!!!

「「やばっ!?」」

インハイへとノビるストレートにフルスイングで応じた。恵のフルスイングの原点、お手本はプロで活躍するある選手のもの。体全体の力を全てボールに伝える、豪快なフォロースルーを生むフルスイング。

そして風も味方する。甲子園球場特有のライトポール際でボールを運ぶ風。その風に乗った打球はポールの根っこギリギリに当たり、グラウンドに戻ってきた。

「ホームラン! ホームランです! 聖森学園の5番打者、空川の豪快なフルスイングで打ち返したボールは! なんとライトポールに当たるスリーランホームラン! …ん? な、なんと! 熱盛の手元の資料に寄りますと! 甲子園大会での女性選手のホームランは史上初ッ! 歴史的瞬間となるホームランでしたァ!」

実況の熱盛もますますヒートアップ。これで4-0と聖森学園が大きくリードした。

しかしまだ木菱監督は動かず。続く杉浦はフォアボール、満にはセンター前ヒットを浴び、初芝にまたしてもフォアボール。再び満塁のピンチを背負ってしまう。

「くっ…、てやっ!」

「! マリンボール!?」カキン!

しかし露見をマリンボールでショートゴロに打ち取り、追加点は許さなかった。

6回裏は杉浦が、7回表は譲原が苦しみながらも粘る。そして7回裏。先頭は夢城和花。チェンジ直後の打席へと向かう前に和花は譲原に声をかけていた。

「譲原さん」

「…な、なに?」

「譲原さんは聖森にもっと早く捕まってしまう…、私は試合前はそう思ってました」

「え、ちょ、あんたね…」

淡々と失礼なことを言ってのける和花にツッコミを入れようとした譲原だったが和花は続けた。

「ですが訂正します。あなたはそんな投手ではなかった。まさにエースナンバーを背負うに相応しいほど…。…謝罪の意味も込めて、この打席。必ず結果を出します」

「和花…」

「きっとお姉様も、同じ意見のはずです」

そして打席に立った和花。ストレートとツーシームで簡単に追い込まれたがカウント1-2から投じられた大きなカーブを狙い打つ。

キイイン!!

「マジかよ!?」

「あのカーブをわざわざ狙い打つとは大したもんだな!」

松浪が毒づくのも束の間、続く新垣、米倉にもヒットが飛び出し、米倉の当たりで一気に和花が生還。あっさりと1点を返された。

「チクショー、めちゃくちゃ打つじゃねえか!」

「これが恋恋の打線が長打が少ないのに恐れられる理由だな」

恋恋最大の特徴は'欲張らない打線'。決して長打は無理して狙うことはなく、確実にボールを捉える。特に中盤以降は相手の得意球をしっかり見極めて捉えていく。この打線の中でも和花、新垣についてはずば抜けたミート力を持つためこの両名は今の杉浦のカーブのような相手の決め球さえも捉えられる。そしてこれは相手にとって嫌な印象を与える。

「(3連打…、その内の2本はスギの大きいカーブを捉えて来た…。まさかあれを狙われてるのか…?)」

「(人の決め球ポンポン打ちやがって…! 自信なくすぜチクショーが!)」

カキン!

「なっ!」

松浪が大きいカーブを狙われてると感じ、代わりに出したツーシームを土屋が捉え、これで2点目。バッテリーはもはや何を狙われているのか分からなくなった。

さらに続く有村には粘られた末にフォアボールを出してしまった。

「行けるか? スギ」

「ああ…、まだ大丈夫だ」

慌ただしくなるブルペンを見て杉浦はふう、とため息をつく。

「情けねえぜ。まったくよ」

「…そう卑下すんな。お前も良いピッチャーだ。俺が保証する」

「…おう。リードは頼むぜ、相棒」

「任せな!」

尚もノーアウト満塁。差は2点。打席には有村。

「うおおお!!」

杉浦は気合いを入れ直し、ストレートを投じる。フォアボール後に際どいコース。有村は見逃したがストライクの判定。

「(うっそ! フォアボール怖くないの!?)」

さらに小さなカーブもコーナーに決めこれで2ストライク。

杉浦は女子部員の多いこの野球部で数少ないパワー型のプレースタイルに徹してきた。それこそがこのチームで輝く手段だと思って選んだ道だ。だが松浪は試合で杉浦のボールを受けるうちにある考えに至った。

「(スギは本来、技巧派タイプの投手かも知れねえ。前は強く投げようとしてコントロールがバラついてたけど、長いイニングを投げようと脱力して投げてる内に良い感覚を掴んだんだな)」

カーブとツーシームを内外に投げ分けられるようになったのはそれによる大きな成長だ。

「うおらっ!」

「くっ!」

ストレートを見せられた後に大きなカーブを投じて有村を三振に打ち取る。

ここで木菱監督が動いた。

 

これは少し前の出来事。反撃の気運が高まる恋恋側。木菱監督は打撃は不得手な譲原に代打を出すつもりでいた。

「宮崎。準備はできてるわね?」

「はい…。ですが監督。優花も…」

「夢城姉は使わないわ。次はあなたよ」

「監督。優花の実力はみんな知ってます。監督が優花を嫌ってることも知ってます! でも、それでも優花を…」

「あなたが行くつもりがないなら構わないわ。橋本。代わりに準備を…」

「私からもお願いします!」

木菱の前にそう言って出てきたのは譲原だった。

「監督…。本当は優花の方が実力は上なのに。それでも私を起用したのは、優花が監督に逆らったことを未だに引きずってるからですよね!」

「譲原…! 何を…!」

「あれは…、入部して半年立った頃でしたよね…」

 

――――2年前、恋恋高校に入学した1年で頭角を現していたのは2人の投手。譲原と夢城優花だ。譲原は右、優花は左。どちらもサイドハンドからのシンカー、スクリューを得意とする投手。

その年の秋。そんな2人に木菱が声をかけた。

「あなたたち2人をわざわざ呼んだのには理由があるわ。これを見なさい」

見せられたのは甲子園で躍動するおさげのサブマリン投手…、早川あおいだった。

「この早川が書き残した野球ノートにはね。後輩のためにと、早川の魔球、マリンボールの投げ方が記してあるわ」

「マリンボール…!」

「それで、私たちを呼んだ理由はなんです?」

対称的な反応を示す2人に木菱は提案をした。

「近年、女子選手が増える中、その先駈けである恋恋高校は遅れを取りつつあるの。それを打開するにはただ結果を残すだけではダメ。何か象徴が必要よ」

「象徴…?」

「そう。つまり、'あおい2世'。と言ったところかしら」

「あおい2世…!」

「監督、単刀直入にお願いします」

「あなたたちにはアンダースローに転向して、マリンボールを習得してもらうわ。もちろんそれが出来ればエースの座は確約してもいいわ」

「下らない。私はやりません」

「何ですって?」

「人の真似をしてまで掴もうとは思いません。私はとにかく腕を磨きたいんです。…失礼します」

そう言って優花は帰ってしまった。

「木菱監督。それをマスターすれば、私はエースに…?」

「ええ、約束するわ…」

その日から譲原はアンダースローに転向、1年の猛特訓の末、本家ほどでは無いものの、強力なマリンボールを手にした。

約束通りエースナンバーを手にした譲原。マリンボールを武器に甲子園まで勝ち上がったが…、どことなく心は晴れなかった。――――

 

「'あおい2世'。それになることを受け入れなかっただけで、優花の実力を認めながらも使わないなんて。そんなのおかしいです!」

「監督の指示に逆らったのは事実でしょう。あなたも逆らうなら…」

「監督、いいですか」

そこに渦中の優花がやってくる。

「宮崎、橋本。本当に私にマウンドを譲るつもり?」

「ええ。私はあなたの実力を知ってる」

「私もです。優花さんの方が良いに決まってます」

「あなたたち、勝手なことを…!」

「認められるには結果を出すしかない。監督、そう仰られましたよね?」

「…!」

「ならば結果を出して見せるわ」

「…好きになさい」

木菱は諦めて譲原に出す代打を告げに行く。

 

「恋恋高校選手の交代をお知らせします。バッター、譲原さんに代わりまして、石原さん。背番号13」

代打の切り札、石原が告げられる。勝負強い左打者でストレートに強いというデータがある厄介な打者だ。

そしてここで榊原監督も動いた。

「主審! ピッチャー交代!」

ブルペンへと伝令が走り、それを聞いた次の投手がマウンドへと駆けていく。

「くそー、1アウト満塁で降板とは情けねー」

「いや、十分投げてくれたぜ。あとは後ろに任せな」

「…ああ、任せるぜ。後はよろしくな!」

杉浦とハイタッチを交わし、マウンドに上がったのは…、

 

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー杉浦くんに代わりまして、久米さん。背番号10」

 

 




どうも自分の傾向としてクズなキャラはとことんクズになるという風潮があるみたいです。流石にバカ過ぎることしてるときがあるので気を付けないと…。
今回のおまけは'あおい2世'の譲原です。またリクエストがあればできるだけ答えるようにしようと思うので感想のところにでも出して下さい!

○譲原美咲(ゆずりはらみさき) (3年) 右/右
恋恋高校のエース。夢城優花に対しては上から物を言うことがあるが、自分を貫き通すストイックな優花のことは尊敬している。
特技はUFOキャッチャー。余談だがあおいとは違って料理は得意らしい。

 球速    スタ コン 
128km/h C B
➡️ スライダー 2
↘️ カーブ 3
↙️ マリンボール 4
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
1 F F D C E F 投E
低め○ ノビ○ クイック○ 変化球中心

更新が遅くなるかもですが、次もまたお願いします!      


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40 人知を尽くして

対恋恋の続きです。話を忘れたという方はどうぞ読み返したりしてください。間空いてしまってるので…


「ここから続く左2人。頼むぜ百合亜」

「はい、杉浦さんの頑張りを無駄にはしません」

「相手の特徴は頭に入ってるな?」

「でもリードするのは松浪さんですよ」

「リードの意図は汲んでもらわねーとな」

「なるほど。それなら問題ありません」

「オーケー。じゃ、行こーぜ」

「はい!」

2点リードとはいえ、7回裏の1アウト満塁のピンチでリリーフした百合亜。バッターは代打の左打者、石原。逆方向への打球を得意としている。

「(左打者を打ち取ることを期待されて送られた以上、絶対にその役割をはたしてみせる!)」

初球、出所の見えにくいフォームからボールを投じる。低めのボールに対して石原は初球から振っていく。

投じたのはガゲロウストレート…、改め'カゲロウボール'。「こんなに曲がるならストレートを名乗るのはおこがましいですよね」とは、百合亜自身の弁だ。本人いわく、まだ発展途上のボール。県大会から甲子園の間にさらに改良を加えた結果…、

「! 落ちた!?」

石原も驚きの声を上げる。そして松浪も体を張ってボールを止めた。カゲロウボールとなった百合亜のムービングはさらに切れ味を増した。ただし…、

「(曲がる向きは制御不能になっちゃったけどね…)」

相変わらず自分は不器用だな、と百合亜は自分自身に苦笑する。とにかく1ストライク。そして、

「っ!」

「うわっ!」

低めへと落ちるスライダーで空振りを奪う。もう一度アウトコースへのスライダーは外れ、インコースへのスライダーはカットされる。

「(3球もスライダーが来た…! そろそろ…)」

「ったあ!」

「まずい!?」

またしてもスライダー。石原のバットは空を切り、三振。聖森側のスタンドがワッと盛り上がる。

「ツーアウトだ! まだ集中切らすなよ!」

「はいっ!」

ここで恋恋屈指の好打者、相見。

「ワタシ、別にサウスポー苦手じゃないヨ!」

「(確かに苦手にはしてないが、初見の百合亜、対右に比べれば多少は悪い対左打率を考えれば、スギよりは打ち取りやすい!)」

その初球、カゲロウボールから入る。が、

キン!「ファール!」

「ワオ! 曲がったネー!」

「カゲロウボールを、初見で…!」

身体能力に加え、反射神経や動体視力もかなりのものだ。そこに高いミート力。厄介な打者である。

カゲロウボールを見逃され、これで1-1。

「さあ、そろそろ打つヨー!」

「このっ!」

百合亜が投じたのは、

「おっト!?」

サークルチェンジ。完全にタイミングを外し、追い込んだ。ここまでは百合亜のペースだ。

カキン!「ファール!」

「(今のを当てるの!?)」

4球目に投じたアウトコースいっぱいのスライダーはカットされる。

「(今のはこれ以上無いコースだったけど…、こいつ。マジで厄介だぜ!)」

「(ぐっ…)」

徐々に打つ手が減っていく。低めのカゲロウボールは今度はファールラインギリギリの3塁側へのファール。さらにサークルチェンジは見逃されカウントは2-2。

「(もうチェンジも対応し始めた! やべーな…!)」

「何を投げても、合わせられる…!」

真綿で首を絞められるように、じわじわと追い詰められていく。

「…タイム」

松浪は一度タイムを取って、マウンドに向かう。内野手も集まろうとするが松浪はそれを止める。

「(百合亜と2人で話をさせてくれ)」

「(りょーかいっ!)」

「(任せたぜ!)」

 

「どうするか、ですか?」

「ま、それもあるけど…」

「何を投げても少しずつ合わされて、カゲロウも、スライダーも、チェンジも…」

「えらく弱気だな…。まだあるだろ? 投げてないボール」

「え?」

「あるじゃねーか。もう1つ。それは…」

「あ…。でもそれは…」

「大丈夫だ。俺がリードするんだぜ? 打たれたら、全部の責任背負ってやる。…もう負けるときのマウンドには立ちたくないんだろ? そんな弱気で、どうすんだよ!」

「…!」

少し陰っていた百合亜の目に再び闘志が戻ってくる。そしてグラブを外し、両手で自分の頬をバシッ、と叩き、

「ありがとうございます。お陰で目が覚めました。…絶対に抑えます!」

「おう。ここで食い止めるぜ?」

「はいっ!」

 

プレー再開。2アウトランナー満塁、カウント2-2。

「なんかさっきと目が違うネ」

「ああ。勝つのは…、俺達だ!」

「ワタシたちも、負けないヨ!」

再開後の初球は、低めへのカゲロウボール。しかし先ほどとはキレが段違いだ。

「おっト!?」

なんとか相見はバットに当てた。さっきまではアジャストしてたがここまでキレているとそれは難しくなる。

「(…これだ)」

「(了解です!)」

百合亜は全力で腕を振り、ボールを投じる。そのボールは…、

「! インコース!?」

突然のインコースへの、'フォーシーム'。確かにノビや速度ではベンチ入りした4人の中でも他の3人には及ばない。だが百合亜のフォーシームストレートは、厳しいところを狙えるコントロールがある。

インローいっぱいのストレートに、相見は手が出ない。

「ボールッ!」

しかし判定はボール。渾身の1球に見逃し三振だと思っていた聖森側の面々は、ため息をもらす。これで3-2。しかし、この1球は相見に迷いを生じさせた。

「(危なかったヨ…! そんなに速くない、って話だったのニ…! )」

今の球は思ったよりもノビてきた。

そして運命の9球目。ランナーはオートスタート。フォアボールでもデッドボールでも点が入る。

「行けえ!!」

百合亜が投じたボールは真ん中へ。甘めのコースに来たボールに相見は打ちに行く。しかし頭にはキレの増したカゲロウボールとインコースへのストレートがちらつく。

「うっ! スライダー!?」

左打者のアウトローへのスライダー。奇しくも追い込んだ時に最初に投じて、対応されたボールで相見から空振りを奪い、三振に切って取った。

一気に沸き立つ聖森側のスタンド。

そしていつもはクールな百合亜も控えめにガッツポーズして見せた。

「ナイスピー! 百合亜!」

「サンキューな、久米!」

「よく投げきってくれたな!」

「はいっ! …松浪さんのお陰ですよ」

「ちげーよ。投げきったお前の手柄だ」

「でも…」

「俺がリードする以上、打たれたら俺の責任。抑えたのはピッチャーの手柄だ。成し遂げたのはお前自信なんだからな。…それにまだ終わってねえぜ」

「はい。この試合、必ず勝ちましょう…!」

 

「先程代打で出ました、石原さんに代わりまして、夢城優花さんが入りピッチャー。9番、ピッチャー、夢城優花さん。背番号10」

8回表のマウンドには鋭い目付きのサウスポー、夢城優花が上がる。投球練習を見た限りはサイドハンド。

「遅いな…」

「ハエでも止まるんでやんすかね?」

スピードガンの表示は110キロが出るか出ないか。そのレベルである。

「(でも恋恋の背番号を背負ってるんだから、何か理由があるはず…!)」

夏穂は自身の準備を始めつつ考えていた。

先頭は風太。左打者の風太にとっては厄介な相手かもしれない。その初球…、

ズバッ!「ストライク!」

「(緩井よりさらに遅い…。だけど今のコースは厳しい)」

アウトローいっぱいに107キロのストレートが決まる。そして2球目はインローにボールゾーンから入るスライダー。これもギリギリのコースにストライク。さらにチェンジアップを投じられこれはカットする。

「(上手くタイミング合わせられねーし、変化も遅い割りにキレが良い! 打ちにくいぜ、これ!)」

しかし4球目は真ん中へと入ってくる。あまりに甘いボールに面食らうが迷わず打ちに行く風太。

「なっ!?」

「ストライク! バッターアウト!」

ボールはバットの下を潜り抜けるように沈んで行った。まさしくこれが夢城優花の得意球、スクリュー。

「どうだったっ!?」

「遅い。けど、その遅さを絶妙な緩急とコントロール、変化球で逆に活用してる。緩井とおんなじくらい、面倒な相手だぜ」

「りょーかいっ。ありがとっ!」

2番の姫華が打席に立つが、姫華は思い切りバッターボックス内の前に立った。

「あら。思いきったことするのね」

「こっちも点が欲しいからっ。打たせてもらうよっ!」

「そう…。でも生憎、こっちも点を取られたくないの。だから…」

優花はキャッチャーのサインに頷き、投じる。

「ここは大人しくしててもらうわ!」

投じられたのはスクリュー。初見では対応できず、姫華は空振り。続いてアウトローへのスライダー。しかしこれはやや外れボール。

そして3球目、

「わわっ!?」

突然ストレートが姫華の顔の近くを掠めていった。失投のように見えるがコントロールの良い優花にしては珍しいボールだが…、

「(今の、絶対わざとだっ!)」

慌てた素振りも見せない優花を見て姫華は確信する。となると次はアウトコースへのスライダーか、ストレートだろうか。

「ふっ!」ズバッ!

「うっ…!?」

踏み込もうとした姫華の胸元にストレートが掠めていく。思わず身を引いてしまったがストライク。

「(この期に及んでそんな安直な配球はしないわよ)」

「(うー、逆手に取られたっ!)」

これでカウントは2-2。そしてまたしてもブラッシュボールが飛んでくる。

「っ!」

「ボール!」

今度は姫華は大きなリアクションは取らず少し頭をよけただけ。これでカウント3-2。

「(内を3球も続けた…。そろそろ外…。いや、また内に来る…!?)」

クレバーな投手相手に駆け引きをするのは得策ではないが、姫華は的を絞る。

「(なにも考えず、インコース待ち! 外は見逃す! 三振オッケー、運が良ければフォアボール!)」

優花が投じた6球目は姫華の読み通り、インコース。

「(もらった!)」

ここぞとばかりにバットを振り抜いたが感触は無い。ボールはミットに収まっていた。

「(ボールゾーンに落ちるスクリュー…! フルカウントからボール球投げてくるなんてっ!)」

見逃されればフォアボールだったが、バッターがそれはないだろうと思って手を出してくるギリギリのコースに投げてきた優花の度胸とコントロールを誉めるしかない。

そして打席には松浪。優花も一度セットを外し、ロージンに手を伸ばす。

間を取り直した優花の初球。

カキーン!!「ファール!」

「…流石ね」

「ちょっと早かったか?」

初球右打者の松浪のインコースから入ってくるスクリュー。初見でなかなか打てるものでは無いはずだが苦もなく対応してきた松浪。打球こそ三塁線の外へと切れていったが打球は鋭かった。2球目は外へのストレートが外れ、次いでインコースへのストレートもボール。

「(こいつ、やるなあ。内外を目一杯使って様子を見てくる。どれも手を出そうか迷うぐらいのとこだぜ)」

そして4球目。

「っ!」

「! 高い!」

優花のチェンジアップが高く浮いてきた。失投の少ない優花の数少ない失投は捉えたい。

カキーン!!

松浪の鋭いスイングがボールを捉え、弾き返した。高々と上がった打球にスタンドは沸き立つ。しかし打球は徐々に失速し、追いかけていた相見のグラブに収まった。

「しまった…! やられた!」

失速する打球、感触から松浪は自分の過ちに気づいた。あのチェンジアップ。失投などではない。優花が相手が失投だと力んで打つことを想定した上での狙って投げたコース。それに松浪はまんまとかかってしまった。

「(だけど俺の仕事は打つだけじゃねえ。しっかりと守らねえと!)」

松浪は失敗を忘れはしないが引きずらない。その失敗を糧に次なる躍進への踏み台にしていく。それを成すのは強靭なメンタルだろう。

「さあ、あと2イニング! しっかり守ろうぜ!」

「「「おおっ!!」」」

 

8回裏、恋恋は2番から始まる好打順。百合亜は先頭の左打者佐々木をスライダーでサードゴロに打ち取る。しかしここで右の打席には好打者、夢城和花。

「あと2点。何がなんでも…、出塁します」

「(闘志は感じられるけど、こいつのプレースタイルは至って冷静…。厄介な相手だな…)」

松浪は百合亜に初球は外から入るスライダーを要求。しかし要求よりも真ん中に入り、松浪は慌てたが和花は見逃してストライク。

「(ちょっとヒヤッとしたけど…、次は…)」

百合亜の2球目はカゲロウボール。

「っ!」

和花は外角低めへと変化したカゲロウボールに食らいつく。打球はやや高く跳ねて一二塁間へ。打ち取った当たりだが飛んだ位置が微妙なところ。竹原が手を伸ばして捕ろうとするも、打球はミットの先に当たった。

「しまった…!?」

その打球を慌てて姫華が拾うが当然間に合わない。記録はファーストのエラーとなった。

「すまん…」

「大丈夫です。絶対点は取られませんから!」

「(大が少し出過ぎたな…。とは言えあのコースだと姫華でもギリギリだろうし、仕方ねえな…)」

だが松浪と百合亜はしっかりと切り替えていた。1アウトランナー1塁。

「えいっ!」

「くっ…!」

制御の難しくなったカゲロウボールを低く集めて新垣はファーストゴロに打ち取った。しかしその間にランナーの和花は2塁へ。迎えるのは5番の米倉。先ほども杉浦のカーブを捉えたチャンスに強い右打者。この打者に対しても百合亜は強気に攻めていく。

初球からインローへクロスファイヤーのフォーシームを投げ込む。さらにインコースへボールとなるスライダーを投じて米倉に内を意識させた。そこからアウトローにカゲロウボールを投じ、空振りを奪って追い込んだ。

そして5球目に投じたのはサークルチェンジ。

「! チェンジアップ!」カッ!

タイミングは外されたが、それでも米倉はなんとかバットに当て、打球はやや高く跳ねて百合亜の頭上へ。百合亜は咄嗟にジャンプして捕り、1塁へ送球。ピンチにはなったが冷静に抑えて見せた。

 

カキン!

「流石にやるわね…」

先頭の竹原にスライダーを上手く拾われレフト前ヒットを浴び、さらに恵にはしっかり送りバントを決められる。

ここで榊原監督が動く。

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。バッター、久米さんに代わりまして、雪瀬さん。背番号、12」

「聖森学園、ここで代打策! 打撃にも定評のある久米に代えて、この夏初出場となる雪瀬を送り出しましたァ! さあ、どんなバッティングを見せてくれるのでしょうかァ!」

 

「(き、緊張する…!)」

打席に向かう前、ベンチから出た氷花の内心は穏やかでは無かった。自分の実力は分かっている。正捕手がチームの要である松浪である以上、出番は多くない。そして氷花の一番の悩みは…、

「(私は、完全に伸び悩んでいる…)」

入部した時はその捕球技術などを認められ、その世代の正捕手とも目されていたが、氷花の今の評価は守備面は認められているものの、肩と打撃の弱さが足を引っ張り、同期で内野手から捕手の練習も始めている池野は肩が強く、打撃も良い。他の部員からは氷花のリードや敵チームの研究に対する姿勢は大きな信頼を寄せられている。しかし、それだけでは正捕手になれるわけではないだろう。

「雪瀬」

その氷花に榊原監督は声をかけた。

「気負う必要はない。やれることをやってこい」

「え…」

「そうよ、氷花」

交代するため戻ってきた百合亜も助言する。

「あの投手に対して、私よりもあなたの方が打つ可能性が高い。そう監督が考えた代打なんだから、自信もって行っておいでよ」

「う、うん!」

そして氷花は打席に向かう。

「久米。悔しくはないのか?」

「悔しくないかと言われれば、否定はしません」

榊原の問いに百合亜は飄々と答える。

「でも私は、彼女の方が打つと思います」

 

「初出場の代打。しかも2年生…。よく分からないわね」

しかし少なくとも代打で出てきたのだから何かしらの策があるのだろうと優花は察していた。

「(これでいこう)」

「(わかったわ)」

広瀬のサインに優花は頷き、インローへのスライダーを投じる。氷花はスイングし、空振り。

「(ストレート狙い…?)」

「(大丈夫、体は動いてる…!)」

初球から振ってきた姿勢に色々と勘ぐる広瀬、一方でそれよりも自分のパフォーマンスに問題がないことにホッとした氷花。

「(思い出すんだ…、このキャッチャーのリードを、相手投手の特徴を…)」

氷花は松浪のように奇抜なリードは得意とはしていない。彼女のリードは初対面の人とは力を発揮しないもの。組む投手の性格や投げたがるボールの傾向を理解した上で…、

'その投手にあった最適のリードを当てはめる'。

中学生の頃からずっと続けてきた配球の研究は彼女の知識に莫大な配球パターンを刻み込んだ。だがその知識を活かすのにはもうひとつ必要なものがある。

それは'自信'。この打席はそれを、百合亜が与えてくれた。

「(ストレートを狙ってたバッター、強気な投手、軟投派…!) ここだ!」

カキーン!

「なっ!?」

「っ!?」

ストレート狙いの打者が変化球を空振りした後は広瀬はかなりの確率で高めに釣り球がくる。氷花は敢えてそれに乗った。打球はサード後方にポトリと落ちるヒットとなりこれでランナー1、3塁。

「やった…!」

「ナイスバッチ氷花!」

すぐさま代走に矢部川が送られ、打席には満。その初球…、

「! スクイズ!」

「よしっ、転がせた!」

スライダーをきっちりと転がしスクイズ成功。1点を追加する。しかし続く初芝はサードライナーに倒れ、スリーアウト。

 

そして最終回のマウンドには夏穂が上がる。榊原は夏穂が万全でないことはわかってはいるが本人のみならず他の部員からも「最後には夏穂を」との声が上がっていたことを尊重し、マウンドに送り込んだ。

するとスタンドからは大きな歓声が上がる。

「まるでアイドルみてーだな、こりゃ…」

球場の雰囲気に松浪も苦笑する。だが夏穂の雰囲気はいつも通り、マウンドの外の朗らかな夏穂とは別人、それでいてそのマウンドを楽しむような雰囲気。これなら心配いらないだろう。

ズバーーン!!

「ううっ!?」

先頭の土屋は手も足も出ない。ストレート、ストレート、スライダーで簡単に打ち取られる。続く有村もチェンジアップを引っかけてセカンドゴロに倒れる。

そして…、

カキン!

「ああっ…!」

2アウトで打席に立った広瀬もストレートを打ち上げてしまい、ショートフライに倒れ、呆気ない幕切れとなった。

 

「…」

「行くわよ、譲原。試合終了よ」

「…あんたは、悔しくないの?」

打順が回っても代打が出るためベンチにいた優花はベンチから動かなかった譲原に声をかけ、そう問われた。

「これで、終わりなのよ。私たちの、高校野球は…」

「何事もいつか終わるわ。永遠に続くものなんて無いもの」

「…」

「終わりがあるから、そこまで全力で頑張るの。私は少なくともベストは尽くしたわ。まあ、結果は見ての通りだけどね。だけど私は後悔はしてないわ」

「そう…。さすが、あんたらしいわ…」

「…まあ、でも…」

優花は涙を拭ったりしながら整列に向かうチームメイトを見つめて、ふと言葉をこぼした。

「今日で終わると思うと、少し寂しいわね」

「!」

譲原は、優花のその言葉に少なからず驚いた。優花にも、そういう感情があり、今見せたような寂しそうな顔もするのだと。

「そろそろ叱られるわよ。急ぎましょう」

「…そうね。行きましょうか」

 

 

全国高校野球選手権大会 準々決勝

聖森学園 000004001 5

恋  恋 000000200 2

 

 

* * * * *

 

「…」

「夏穂、なんだよ。そんなにボーッとして」

「…ん? ああ、トモか」

宿舎の外で夜風に当たっていた夏穂の元にやって来たのは松浪だった。

「いやー、今部屋ではね、百合亜が語りまくってるの」

「へー、あの百合亜が?」

「うん。なんでもお気に入りの、というか憧れてるプロ野球選手がいて、今日のスポーツニュースでその選手の特集組まれてて、その良さを今は氷花と環に話してるの」

「あいつの憧れって誰だよ?」

「夢ヶ咲の菱本、って言ってたよ」

「ああ、確か'球界最弱のクローザー'と揶揄されてた…」

「でも、すごいピッチャーだけどね?」

「最初はそうは見えなかったからな~」

その菱本とは夢ヶ咲タイガースのクローザー。クローザーとしては珍しくサウスポーでかつ軟投派。百合亜と同じくムービングの使い手であるため、百合亜は憧れてるのだとか。本人が熱弁していたという。

「おっと、話が逸れたな。で、夏穂はここで何してたんだ?」

「んー。百合亜から逃げてきて、ついでにここで考え事してたんだよね」

「何を?」

「あと2つ。なんだよね」

「…そうだな」

「ここまで来れたら、行かないとね。優勝まで」

「当たり前だ。先輩たちに、俺たちの勇姿、見せてやろうぜ!」

「うん!」

 

* * * * * *

 

「さて! いずれの試合もひっじょーっに! 熱い戦いでしたァ! ではでは、響乃ちゃん。締めの方、よろしく!」

「さて、明日は休養日。そして明後日からは残すところあと4校となった準決勝! 私たちもこの熱さに負けないリポートをしていきたいと思います! それでは、熱盛さん! シューゾさん! せーのっ!」

「「「アディオース!!」」」

 

残ったのは僅か4校。最後まで勝ち残れるのは1校のみ。栄冠は誰の手に掴まれるのだろうか…。

 

 




恋恋編終了です。百合亜は向上心の塊が故に大会期間中に変化球の改良を試みてしまうという、困ったちゃんみたいになってしまいましたね…。あと久しぶりに氷花の出番来ました! どうしてもキャッチャーの控えは出しづらい…。
あと夢城姉妹はパワプロアプリで突然出て来てビックリした記憶が。姉の優花の能力はリアルで良いと思います(110キロ、左のサイド、制球タイプ)。アンダーで138キロ投げるあおいよりリアルだと思います。
今回のおまけは氷花です。

○雪瀬氷花 (2年) 右/右
聖森学園の2番手捕手。高い捕球技術と投手に気分良く投げさせるリードがウリ。攻撃面は非力な上に足が遅い。徹底した読み打ちで打つときは打つが打たないときはとことん打たない。非常に研究熱心で相手のクセを見つけるのはだいたい氷花である。配球パターンを覚える記憶力も凄まじく、その記憶力はテストの暗記科目などにも活きており、野球部内の神経衰弱では最強の座に君臨する。
好きな食べ物はスープやシチューなどの体が暖まるもので、ミントが苦手。趣味はかわいい動物の動画を見ることとチェスや将棋などのボードゲーム(オセロのように勝ち筋が決まっているものでは同じ趣味の松浪よりも強い)

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 1 D E E E B A   捕B 一E
 キャッチャー○ 固め打ち 送球△ 意外性 ケガしにくさ○ 慎重打法 ミート多用

実に28パートぶりの紹介となったので長めの紹介にしました!
では、次回もよろしくお願いいたします!


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41 キズナ、紡ぐ

いよいよ準決勝です!

p.s おかしかった部分を修正しました


「鳴響高校! 10年ぶりの甲子園でベスト4進出!」

「初出場ながら旋風起こす聖森学園! 」

これは人気野球雑誌'週刊パワスポ'の高校野球コーナーの見出しだ。

 

某スポーツニュースにて…、

「では今日の特集は高校野球! ワイバーンズで30年間投手を務めた山佐さんの解説です。お願いします!」

「はい。まず聖森学園。創部僅か4年目、今の3年生が2期生という驚きの躍進を果たした高校ですね。要となるのが主に3番を打つキャッチャーの松浪くん。広角に打ち分ける技術と勝負強さ、さらに4人のタイプの異なる投手を引っ張る強気のリード。どれをとっても超高校級の選手ですね」

「聖森は投手陣の良さも話題になってますね?」

「はい。2年生ながら150キロのストレートを投じる白石くん、技巧派サウスポーの久米さん、安定した投球が光る杉浦くん。そして、エースの桜井夏穂さん。特にこの桜井さんは素晴らしい! 打者の反応からして球速以上に見えるであろうストレート、高いレベルの変化球を操り、さらにコントロールも抜群。さらに彼女が投げればチームの雰囲気すら変えられる存在ですね」

「この4投手を監督の榊原監督が上手く継投させてますもんね」

「そして他の野手陣もレベルが高いです。俊足巧打の梅田くん、小技の得意な椿さん、長打力のある竹原くん、空川さん。加えて下位打線も様々なタイプの選手がいて、抜け目がありません」

「では対戦相手の鳴響高校。どう思われますか?」

「そうですね。鳴響高校ですが、吹奏楽で有名なのはご存じかと思います。野球部はここ数年は低迷していましたが今年は粒ぞろいの選手が揃ってますね」

「なるほど」

「はい。野手は攻守に優れたショートの大越くん、外野手の志藤さん。そして今、プロ野球から注目度急上昇中なのがセカンドの宇多くん。類い稀な打撃センスと内野をまとめるキャプテンシー、守備範囲の広さと確実性を兼ね備えた守備。かなりの選手ですね」

「ここまでもたくさんのファインプレーを産み出してますもんね!」

「そして投手、エースは技巧派左腕の伊能くん。緩急自在の投球がウリですね。テンポなども変えて相手打者を翻弄する技術に長けています。」

「では続いて、準決勝のもう1カード…」

 

* * * *

 

「さあ、休養日を挟んでいよいよ準決勝ッ! 今日も、 熱く! お送りして参ります! 熱盛ですっ!」

「おはようございますっ! 響乃こころです! まず本日の第一試合! 10年ぶりの出場からその時以来の決勝進出を狙う鳴響高校、そして対するは初出場初優勝を狙う聖森学園高校! さあ、まもなくスタメン発表です!」

 

先攻、鳴響高校

1番 センター 矢部岡

2番 ライト 志藤

3番 セカンド 宇多

4番 ショート 大越

5番 ファースト 箱崎

6番 レフト 星野

7番 ピッチャー 伊能

8番 サード 平井

9番 キャッチャー 浜崎

 

後攻、聖森学園高校

1番 ショート 梅田

2番 キャッチャー 松浪

3番 サード 桜井満

4番 ファースト 竹原

5番 ライト 空川

6番 ピッチャー 桜井夏

7番 レフト 久米

8番 センター 初芝

9番 セカンド 椿

 

鳴響高校のスタメンはここまでほぼ変化はない。一方の聖森はジグザグ打線を組みつつ、出塁率の高い松浪を2番に、レフトには軟投派に強さを見せる久米が抜擢された。

 

そして両チームが整列し、挨拶が終わる。そしてマウンドには夏穂が上がり、聖森側のスタンドのみならずあちらこちらから歓声が上がる。しかしそれを掻き消すかのように鳴響高校側のスタンドからは圧倒的な迫力の演奏が鳴り響く。コンクールでも度々入賞を果たす鳴響高校の名門吹奏楽部だ。その圧倒的かつ綺麗に揃った音色は聖森への声援に包まれたスタンドを飲み込んだ。

「すっごい応援…!」

「応援の力は侮れねーな…!」

「これじゃまるでアウェーだよ~」

 

そんな異様な雰囲気の中、プレーボールがかかる。

「せいっ!」

「やんすっ!?」

初球からインコースのストレート。ボールとなったが右打席の矢部岡は思わず体を引いてしまう。そして2球目もインコースにストレートを投げ込みこれでカウントは1-1。

「っ!」

3球目は外角へのチェンジアップ。矢部岡は完全に泳がされたスイングとなりボテボテのサードゴロ。俊足の矢部岡だったが満の素早い送球もあり、アウト。

「2番、ライト、志藤さん。背番号9」

ここで警戒する打者の一人、志藤玲美(しどうれみ)。左投げ左打ちの外野手。鳴響唯一の女子選手でもある。

「(こいつは走攻守に抜け目がない。いい選手だぜ…)」

「(そうだね。でも、負けないよ!)」

初球、インコースにボールゾーンから入る高速スライダーでカウントを取る。さらにインハイのストレート、ボール球だったが少なからずバッターの目に焼き付いたはず。3球目に投じたのはチェンジアップ。ブレーキの効いた外角低めへのボールにタイミングを外されかけた志藤だったが、上手く溜めを作って逆方向へと打ち返した。

カキーン!

「うわっ!?」

「今のに合わせるかよ!?」

続いて右打席に入った宇多には外を狙ったスライダーが甘く入った所を捉えられライト前へ。その間に志藤は三塁を陥れ1アウトランナー1、3塁のピンチとなる。

鳴響スタンドの応援の声がますます大きくなる。

「すっごい迫力…!」

「(少なからずこっちの集中力は削がれてるみてーだな…! ここから踏ん張れよ!)」

打席には4番の大越。スイッチヒッターだが長打力のある打者だ。ここでは左打席に入った。

「(外野フライ打たれると厄介だがここは中間守備でできれば0点で切り抜けたい!)」

聖森は中間守備のシフトを取る。そして夏穂が投じた初球は低めへのフルブルーム。

「っ!」

想定より低くワンバウンドしたが大越はスイングし、空振り。松浪が体を張ってボールを止めたが、さりげなく宇多はディレイドスチールを決めてきた。これで1アウト2、3塁。

「ちっ、走られちまったか」

「切り替えて守ろう!」

松浪は内野を前進、外野も定位置より前に守らせる。

「(長打だけは避けてえ。となると低めに…。いや、低めのストレートならオーバーを打つだけの力持ってるバッターだ。…となると)」

松浪のサインに夏穂は頷く。

「(相手の応援に惑わされちゃダメ…! 集中!)」

出されたのは再度低めへのフルブルーム。今度こそ要求通りのコース。しかし大越は意外な策に出た。

「えっ…、スクイズ!?」

「なっ!?」

いかに捉えるのが難しいフルブルームでもバントなら話は別だ。大越はしっかりと3塁側へ転がした。

「くっ、姉ちゃん! 任せろ!」

チャージをかけた満がボールを拾い上げすぐさま1塁へ送球。しかしその直後に松浪はあることに気付いた。

「! 大! バックホーム!」

「な、なにっ!?」

2塁から早めのスタートを切っていた宇多は迷わず3塁を蹴ってホームへと突入していた。竹原はバッターランナーと被るため少しグランドの内側に寄ってから慌ててホームへと返球した。際どいタイミングだったが宇多は松浪のタッチを掻い潜り2点目のホームを踏んだ。

「な、なんとー!? 先制は鳴響! 初回からツーランスクイズ! セカンドランナーの宇多が迷わずホームに突っ込んでいましたァ! いやー、素晴らしい走塁。熱盛こういうの大ッ好きですッ!」

 

「お見事な走塁です、先生!」

「うん、ありがとう。…ところで志藤さん、その'先生'っての止めてくれないかな?」

「いえっ! 先生は先生です! スランプになっていた私を救ってくださったアドバイスの恩は忘れることなどできません!」

「そ、そうか」

宇多としては気付いたことを言ってみただけなのだったのだが、ここまで敬われるとは思わなかった。

「と、とにかく。好投手の桜井から初回に2点取れたのは大きい。こっちは必死に食らいつくしかないからね」

「そうですね!」

「バントはなんとか出来たが、打つとなると難しいだろうしな」

 

「(バッターに集中し過ぎた…!)」

聖森メンバーはどこか浮き足立っている。夏穂は段々と頭が熱くなってきているのが分かっていた。だが…、

「(…いや。ここで熱くなってもなにもない! 腕はしっかり振って、最後までボールに意識を傾ける!)」

2アウトランナー無しとなって5番の箱崎を左打席に迎えるが、夏穂は気持ちをりっかり切り替えて勝負を挑んだ。

「えいっ!」

「おらああ!!」

箱崎はインローに来たストレートに豪快に空振り。スイングはかなり力強い。

「オッケー夏穂! 良いところ来てるぞ!」

2球目のストレート、インハイのボールだったが箱崎はバットに合わせる。

「(ストレートに合わせてきたな。ここでもう1回見せとくか…?)」

「(オッケー!)」

夏穂はサインに頷き、フルブルームを投じる。

「!? 何だよこれ!」

箱崎は驚きながらもなんとかバットに当て、ファール。

「! フルブルームにいきなり合わせた!?」

「良い目をしてんな!」

フルブルームを初見でスイングして当ててきたのはこの箱崎が初めてだ。

 

「さすが箱崎。あれを初見でバットに当てたか」

「うむ。さすがはボクシング経験者だな」

宇多と大越はベンチで感想を述べる。箱崎は父親の影響でボクシングのトレーニングを積んでいた。今でもノックで打球が来ないときはシャドーボクシングをしている。それで身につけた動体視力は力強いスイングと相まって箱崎を2年生ながらクリーンナップを支える強打者にした。しかしチェンジアップにはタイミングが合わず三振。

「さあ、守備しっかり行こう!」

宇多はナインに呼び掛け守備に向かう。鳴響の先発投手はエース、伊能。変化球主体の投球を得意とする左腕。そして聖森の先頭打者は風太。

カッキーン!!

「おっと!?」

「(緩急利かしてくる奴には初球攻撃!)」

初球は低めいっぱいの難しいコースのストレートだったが風太は積極的に打ちに行く。打球はレフト線ギリギリに落ち、一気に2塁を陥れる。

ここで迎えるのは今日2番に座る松浪。

「(取られた分は、取り返す!)」カキーン!

カーブでストライクを取られた後のSFFを捉えて右中間に弾き返す。あっという間に風太が帰り、タイムリーツーベースとなった。続く満はライトへとフライを打ち上げて松浪は進塁。竹原の内野ゴロの間に生還し同点とする。その後、恵が出塁するも夏穂はレフトライナーに倒れスリーアウト。

「(松浪を除けばプロレベルとも言える打者はいない。だけど右打ち、ゴロゴー、狙い球の絞り方…。そういった決まりごとを徹底して守ってるな、聖森は)」

ベンチへと戻る宇多はそう考えた。投手力に注目されがちな聖森学園だが、それは攻撃の卒の無さにも理由がある。ホームランを打ったり、怒濤の連打は少ない。その代わりに多いのは進塁打、犠飛といったケースバッティング。多くのケースバッティングの手札を持つことで相手にノーアウトでランナーを出したくないプレッシャーを与えている。

「(とは言えまだ試合は始まったばかりだ…! ここから…)」

と考えていた矢先。

「ストライク! バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」

星野、伊能、平井の三人は三振、一ゴロ、三振と抑え込まれる。2回裏は久米がヒットで出塁するも無得点に終わり、伊能も流れを持っていかれぬように奮闘するが、夏穂はここから加速し始めた。

ズバッッ!!!

「ストライク!! バッターアウト!」

「さ、さっきより速くなってるでやんす!?」

浜崎、矢部岡を連続三振に切って取る。さらに先ほどヒットの志藤にはフルブルームでカウントを稼ぐと決め球にはアウトローいっぱいのストレート。

「! しまった…!」

球速差の少ないフルブルームとストレートに翻弄された志藤は見逃しの三振に倒れる。その裏の回、

カッキーーン!!

「まずい…」

若干甘く入ったサークルチェンジを松浪は逃さなかった。真芯で捉えられた打球は軽々とレフトスタンドを越えていった。

「入りました! ホームランッ! 女房役の松浪がエース桜井の好投に応える特大の勝ち越しアーチ! 豪快な一発でしたァ!」

これには実況の熱盛もヒートアップ。しかしその後は続かず1点止まり。

反撃に出たい鳴響だったが…、

「ストライク! バッターアウト!」

「チクショーがっ!!」

4回表は宇多、大越、箱崎とクリーンナップが三者連続三振に倒れる。続く5回も星野がセカンドゴロの後に伊能、平井は連続三振。一方の伊能も松浪のホームラン以降は粘りを見せ、5回を乗り切った。

 

ここまで5回打者17人に対して三振を11個。アウト15個の内の11個なので凄まじいペースだ。だが松浪は一芸大付属戦のこともあるため、夏穂を心配していた。

「夏穂、無理してないよな?」

「ん? うん、大丈夫。今日はあと10イニングは投げれるね!」

「そうか。ま、本当に無理してる様子はねーし、いけそうだな」

「夏穂、絶好調だねっ!」

「エヘヘ、姫華は打球来なくて暇そうだもんね」

「なっ! そんなことないやいっ!」

 

その後も夏穂は快投を続ける。6回も浜崎、矢部岡から三振。志藤はセンターライナーに打ち取った。6回裏、再び松浪からの打順。

カキーン!

「このバッテリーに好き放題されてるな、これ!」

宇多が嘆く通り、松浪は今日このライト前ヒットで猛打賞。雲行きの怪しくなりつつあるが、鳴響にも意地がある。

続く竹原の痛烈な一二塁間の当たりを宇多は飛び付いて捕った。

「清亮!」

膝をついた体勢のまま、カバーに入った大越に転送。さらに大越が一塁へ転送しゲッツー成立。さらに、

「とりゃ~!!」カキーーン!!

空川の引っ張りこんだ右中間の打球、抜けるかと思われたがライト志藤が俊足を飛ばし、ジャンプしてボールを掴んだ。なんとか耐え抜いた形だが流れは取り返せたとは言えない。

 

鳴響側のアルプススタンド。徐々に追い詰められる鳴響野球部を心配する吹奏楽部のメンバーがいた。その顧問であるのが神成拓斗。元野球部のOBで前回甲子園出場時のメンバーである。ちなみに天空中央の神成とは従兄弟の関係だ。

「先生…、野球部のみんな大丈夫ですかね?」

「そうですよ。このままじゃ…」

不安がる部員たちに向け、指揮棒を握る神成は声をかけた。

「俺たちにできるのは、信じてやること。そして…、全力でその思いを演奏として奏でることだ。…次の回の演奏でアレをやるぞ」

「! 分かりました!」

吹奏楽部部員たちは楽譜のページをめくり始める。神成も指揮棒を上げ、指示を出す。

「やるぞ。'鳴響のキズナ'! 俺たちの思いを、今戦っているあいつらに届けるんだ!」

「「「「はいっ!」」」」

'鳴響のキズナ'。鳴響高校吹奏楽部が野球部の試合で度々披露してきたオリジナルの楽曲。名門の吹奏楽部が奏でるそれは高校野球ファンの間で話題となっていた。

 

鳴響高校野球部と共に戦う吹奏楽部の思いが勝利を呼ぶといわれる、勝利への希望となる曲。そして対戦相手からはこう呼ばれていた。

 

――'魔曲'と。




鳴響サクセスってなんか王道な感じがしてアプリのサクセスの中でもかなり好きな方です。ちゃんと野球してるし。あとメンツが良い人ばっかりだし(伊能、大越、志藤、音吹、神成先生)。箱崎は大越とコンボある所属無しイベキャラなので助っ人になってもらいました。
今回のおまけは鳴響高校キャプテン、宇多です。

○宇多響(うた ひびき) (3年) 右/右
鳴響高校野球部のキャプテン。10年前に甲子園に出場した鳴響高校に憧れ入部したが、すっかり寂れてしまった野球部に失望しつつも、矢部岡、志藤、音吹と共に吹奏楽部顧問の神成の協力を得て野球部を立て直した。
伊能や大越、志藤、マネージャーの音吹などの吹奏楽部と兼部している面々から慕われているなど非常に人望のある男。
部室で伊能や音吹と様々な楽器(宇多は簡単な楽器)でセッションすることが密かな楽しみ。
選手としては盗塁はあまりしないが隙を見つければすかさず走る。ベースランニングの速さは一級品。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 B C A C B S  二B 遊C 外D
チャンス○ 対左投手○ アベレージヒッター 走塁◎ 内野安打○ 守備職人 積極走塁 慎重盗塁   

次回もよろしくお願いします!


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42 精神的支柱

急ごうとしていたら年越ししてしまいました。明けましておめでとうございます。
鳴響後半戦です。


甲子園に鳴り響く'鳴響のキズナ'。この曲が流れ始めると鳴響の面々はスタンドの方を見た。そこにいるのは過酷なスケジュールの合間を塗って応援に駆けつけた吹奏楽部、その誰もが野球部の勝利を信じている。

そして宇多はメンバーに呼び掛けた。

「まだスタンドのみんなは諦めていない。その思いを乗せて応援してくれている。…俺たちが諦めていいなんてこと、ある訳無いよな?」

「そうです! 日頃の恩はプレーで返しましょう!」

「あんな綺麗な色の応援をしてくれるんだ。僕らも色鮮やかに返してあげないと」

「うむ! ワシらの力を、見せてやろう!」

「「「おおおっ!」」」

 

 

7回の表、守備についた聖森のメンバーだが明らかに相手の雰囲気が違うことに気付いた。

「(さっきまでとは目の色が違うな。応援も一層熱を帯びてきてるし、この回は気を引き締めていかねーと!)」

バシバシとミットを叩き、自分を鼓舞する松浪。

この回の先頭は宇多。塁に出すと非常に厄介だ。その初球…、

サッ!

「!? セーフティー!」

初球の高速スライダーを一塁側に転がしてきた。線際の打球にチャージをかけた竹原のすぐ横を宇多は駆け抜けていく。竹原はボールを拾い上げすぐさま一塁へ送球した。

「うおおお!!」

「わわっ!」

「む…、すまん!」

宇多は頭から滑り込む。そしてカバーに入った姫華だったが竹原の送球がやや高く浮いてしまった。結果はセーフで記録は内野安打。立ち上がった宇多はベンチに向かって拳を突き出した。さらに続く大越の打球はピッチャー返し。

「! しまった!」

「ちょ、おいっ…!?」

打球を追ってセカンドベース付近に来た風太の思惑とは裏腹に、ピッチャー返しに反応した夏穂がボールをグラブで弾いてしまった。打球は転々とショートの定位置付近へと転がる。タイミング良くスタートを切っていた宇多は一気に三塁を陥れた。

「おおっーと、聖森学園! 不運な当たりも重なり、ノーアウトランナー1、3塁の大ピンチ! 点差は1点! 鳴響高校、ここで追い付くか!」

演奏される'鳴響のキズナ'、そしてそれに応えるようにチャンスを掴んだ宇多と大越。今まで数多くの逆転劇を生んだ'魔曲'は球場をも呑み込んだ。響き渡るメロディーに合わせるように手拍子が始まるスタンド。もはや聖森学園側のアルプス以外全てが鳴響のドラマチックな逆転劇を期待している。

「ま、ますます応援が大きく…っ!?」

「チクショー、球場全体が敵みてーだ!」

「ま、まるで地鳴りしてるみたいだ…」

それぞれ応援に圧倒される姫華、風太、満。

「(くそっ、こっちの集中が乱されてやがる!)」

毒づく松浪だが、強いメンタルを持つ松浪でさえもやや気圧されるこの雰囲気に耐えられるほど聖森メンバーのメンタルは強くはない。ここまで来たメンバーとはいえ、一介の高校生に過ぎないのだ。

「くっ!」

夏穂が左打席に入った箱崎に投じたストレートはやや甘く入ってしまう。

「オラア!!」

甘く入ったとはいえ、手元でグッとノビる夏穂のストレートに差し込まれた箱崎。しかし夏穂のストレートには球質が軽いという弱点がある。芯で捉えられれば差し込んでも危険だった。

キイイイン!

痛烈な当たりがサードの満を襲う。

「あっ…!」

体で止めにいった満だったが打球はグラブの縁に当たってしまい大きく後ろへ跳ねた。

「オーマイガッ! サードの桜井満、ここで痛恨のエラー! 強襲ヒットとも取れる当たりだったが、記録はエラーです! これで鳴響高校、同点です! そして尚もノーアウトランナー1、2塁!」

風太の素早いカバーで進塁こそ免れたがピンチは続く。

 

「鳴響! 鳴響!」

見えてきた逆転劇にさらに沸くスタンド。聖森の応援団も声を出しているが、4万人の観衆のほとんどが鳴響を応援する中ではその声はかき消されてしまう。

6番の星野はきっきりとバントを決めて1アウト2、3塁。ここで7番の伊能。今日はノーヒットだが甲子園での打率は4割を越えている。この状況では非常に厄介なアベレージヒッターだ。

松浪はタイムを取ってマウンドに向かう。内野手も集まった。榊原監督は動かない。今のところはブルペンで白石が準備をしているが…、

「(ここで白石を送り込んでも相手に『エースを引きずり下ろした』と勢いを与えるだけの可能性もある。ここの流れ、雰囲気さえ振り払うのがエースの役目。…そしてあいつなら、あいつたちならやってのけるはずだ)」

榊原はそう考えながらマウンドに集まる選手たちを見守った。

 

「ここはバッテリーに任せる…って言ってたよ」

「そうか。サンキュー、村井」

村井は普段はおどおどしていることは多いが逆に周りが慌てるような状況では意外と冷静である。それを買われてピンチの時の伝令を任されている。

「伊能も好打者だ。歩かせて満塁策を取るか、バッター勝負か。…初回みたいにスクイズもあり得る。4番にさせてくるほどだしな」

「しっかしよぉ…、魔曲っつーのはマジみてーだな。一発で流れが変わったみてーだ」

「…風太。あまり言うものでは無いと思うぞ。…将知、歩かせて満塁にすればさらに相手が勢い付くかも知れん」

「それは否めねー。監督からの指示は俺たちの意思次第ってことだからな…」

「勝負」

「ん? なんだ? 夏穂」

「勝負しよう。逃げずに、バッター勝負!」

夏穂は明確に自分の意思を述べた。

「満塁策は逃げじゃないことは分かってる。でも相手もそうしてくると考えてるはず。だったら、相手の予想しない状況、ここで勝負して、切り抜ける!」

「…自信は?」

「ある!」

「…エースがそこまで言うなら、俺たちも覚悟決めるしかないな」

「そうだねっ! 夏穂、信じてるよっ!」

「抜かれそうになっても死ぬ気で、死んでも止めてやらぁ!」

「姉ちゃん、俺も今度は捕るから!」

「よっしゃ、分かった。勝負だ。0に抑えるぞ!!」

「「「おおおっ!!!」」」

 

内野陣はそれぞれの位置に戻ってプレー再開。

夏穂は球場に響き渡る応援を余所に集中し直す。

「(今の私に必要なことは)」

自分の手に握られたボールと、サインを出し終えバシバシとミットを叩く松浪。そしてその前に立つバッターの伊能。それらを見つめてから、セットポジションに入る。

「(周りがどんな状況であっても、ピッチャーの私が出来ることはただ1つ)」

足を上げ、踏み出し、溜めた力全てをボールに伝える。

「(キャッチャーの構えるミットに、最高の球を、投げるだけだっ!!)」

ズバッッ!!!

「「!!」」

「ストライクッ!」

松浪の構えたアウトローに渾身のストレートが投げ込まれた。

「(球速、ノビ、コントロール。どれをとっても最高のストレート…!)」

松浪はこの状況でさらに輝きを増すエースに思わず笑みが溢れる。

続く2球目、鳴響側が仕掛けた。

「スクイズッ!」

「今度はさせねー!」

三塁ランナーがスタートし、伊能もバントの構え。それを見や否や大と満は猛チャージを仕掛ける。

「たぁっ!」

「うっ…!?」

しかし夏穂は怯まない。渾身のストレートは伊能のインハイを襲う。転がそうと試みる伊能だったがボールはバットを掠め、後方に飛んでファール。

「(想像以上にノビてきたね…)」

奇襲に失敗した伊能は苦笑する。追い込んだ夏穂が投じたのは決め球のフルブルームではなく、ストレート。今度はインローに決められたストレートに伊能は反応できず見逃しの三振。続く平井にもストレートを続けて投じ、追い込んだタイミングでブレーキの効いたチェンジアップ。平井は手も足も出ず空振りの三振に倒れた。

「連続三振ッー!! エース桜井! 追い付かれはしましたがその後は鳴響に傾きかけた流れを断ち切りましたッ!!」

カキーン!

流れを自ら呼び戻したエースはその打棒でもチームを鼓舞した。夏穂は伊能のスローカーブに上手く反応し、右中間へと弾き返しツーベースとすると続く百合亜もライト前ヒットで1、3塁とする。ここで榊原が動き、百合亜の代走に矢部川を送った。そして打席には初芝を迎える。

「(桜井が引き寄せた流れ! 掴むにはここしかない!)」カキン!

「ッ!」

アウトコースへと逃げるサークルチェンジを捉え、ライト線を破るタイムリーを放つ。

「矢部川くん! 行けるよ!」

「任せるでやんす!」

その間に矢部川は一気にホームを狙った。

「志藤さん!」

「はいっ! まだ諦める訳には、いきません!」

クッションボールを処理した志藤はカットに入った宇多へ素早く繋ぐ。

「間に合えっ!」

無駄の無い中継プレーで矢部川の生還の阻止を試みた。

「うおお、でやんす!」

「帰させねぇ!」

浜崎のタッチと矢部川の決死のヘッドスライディングが交錯する。主審の判断はセーフだった。

「セーフ! セーフです! 聖森学園! 貴重な2点を追加、勝ち越しだァ!」

さらにその後、姫華の送りバントと風太の内野ゴロの間に初芝が生還しさらに1点が追加された。

 

そして鳴響の前には夏穂が最後まで立ち塞がった。8回も浜崎の代打の安室、矢部岡を三振に打ち取る。志藤にはチェンジアップを上手く合わされヒットを許すが、宇多はストレートで圧倒し、最後はフルブルームを振らせて三振に打ち取る。

8回裏の攻撃は無得点に終わったが、9回表には先頭の大越、続く箱崎からもさらに質の上がったストレートとフルブルームのコンビネーションで三振を奪い、星野もストレートの釣り球を振らせて三振。最終回にも三者連続三振を奪う圧巻のピッチングで捩じ伏せた。

「試合、終了ですッ! 先制した聖森学園に鳴響も粘り強く戦いましたが、最後は桜井がエースの貫禄を見せたましたァ!」

 

「ナイスゲーム。本当に強かったよ」

「そっちこそ。最後まで誰も諦めずにいて、気が抜けなかったぜ。7回は冷や冷やしたし」

「あそこで取りきれなかったのがこっちの敗因さ。…そっちのエースにやられたよ」

「でも一歩間違えていたら負けてたのはこっちだったよ」

「まあ、負けは負けさ。あと1試合、俺たちの分も勝ってテッペン取ってくれよ」

「ああ、当然だぜ!」

 

「あの桜井さん!」

「? 志藤さん、だよね?」

「はい! 同じ女子選手として、最後の試合で対戦できて良かったです! 是非とも決勝戦も頑張ってください!」

「うん! …ん? 最後?」

「はい、私も3年生で引退なので」

「え、じゃあ宇多くんに敬語なのは…」

「母が厳しいので、私は基本的には敬語で話すことが多いんです。先生にも堅苦しいから敬語じゃなくて良い、って言われたんですけど…」

「先生?」

「宇多さんのことです! 先生は私がスランプのときに…」

「志藤さん! 話すとややこしいからその辺で! じゃ、聖森のみんな。頑張ってくれ!」

「ちょっ、先生! 引っ張らないでくだ…」

そういって鳴響の面々は引き上げていった。

「あはは…、面白い人たちだね」

「ああ。そしてあいつらの分も負けられないな」

「遂にあと1つ! みんな、頑張ろう!」

「「「おおおおっ!!」」」

「って、おいそれ俺のセリフだぞ!」

 

全国高校野球選手権大会 準決勝

鳴  響 200000100 3

聖森学園 20100030x 6

 

* * * * *

 

「ふむ…。素晴らしい試合だった」

スタンドにて真夏であるにも関わらず真っ黒な服と帽子をかぶっていたのはスカウトの影山だ。彼がマークしていたのは県大会からずっと目をつけていた松浪だった。

「やあ影山さん。よくそんな格好でいれますねえ。首尾はどうです?」

「千家くんか。松浪くんはやはり頭1つ抜けているな。まさに攻守の要だ。宇多くんも下位指名かもしれないが十分にプロレベルだったな。そして桜井夏穂くん。いやはや驚いたよ。まさか18奪三振完投とは…」

「球速はMAX140キロほどですけど、それを補えるだけのノビ、コントロール、変化球がありますからね。同じ女子選手で言えば鳴響の志藤もなかなかだったと思います」

「ふむ。良い目の付け所じゃないか。2年生では久米くん、箱崎くんも楽しみな素材だったな」

「次も注目選手のいるカードでしょう? 影山さんが中学時代から追ってるふたりが来ますよ」

「そうだな。シニアでベスト4の十三村(とみむら)くんと、シニアで優勝した'中学最強右腕'と呼ばれた笠根(かさね)くん…。しかし二人とも中学時代とは別人だな」

「別人?」

「二人とも色々あったのさ。…そろそろ始まるぞ」

「そうみたいですね。ご一緒させて頂いても?」

「構わんよ」

「そりゃどうも」

 

* * * * *

 

「さあ、間もなく準決勝第2試合! 分校から今年の春に高校として復活した開拓高校! 元々属していた混黒高校を破り甲子園出場、破竹の勢いで鉄砂高校、あかつき大附属といった常連校を破り準決勝までやって参りましたァ! さあ、一方の対戦相手はパワフル第二高校! こちらは久しぶりの甲子園出場、そして同じように覇堂高校や湯けむり高校などを破り勢いに乗って準決勝へとコマを進めて来ました! さあ、先ほど勝利した聖森学園の待つ決勝戦に勝ち進むのはどちらのチームなのか!」

「はいっ! 熱盛さん、長文お疲れさまでした!」

「響乃ちゃん…、ちょっと一回落ち着くから場を繋いどいてちょうだい!」

「は、はいっ! では両チームの注目選手を解説の元・西強大学監督の八木さんにお聞きしたいと思います!」

「どうも。両チームともにエースが柱となってきたチームじゃな。先発である十三村と笠根がこの試合の行方を左右するじゃろう。じゃがどちらもワンマンチームでもない。良い試合になると期待しておるよ。」

 

* * * * *

 

「よう、笠根。久々だな。中学の時は挑むことすら叶わなかったけど、今日は勝つのは俺たちだ!」

「…えっと、確か…十三村だったっけ。今日はよろしく。…それじゃ」

意気込む十三村に対して笠根はどこか落ち着かない様子で足早にベンチへと戻っていく。

「…? 笠根ってあんなに腰が低かったか? もっと高圧的な奴だったと思うけど」

「ちょっとキャプテン。はやくみんなを集めてちょうだい。因縁がある相手なのは分かるけど…」

「ああ、すぐ行くよ」

十三村はベンチ前に全員を集めてミーティングを行う。

「よし、みんな。準決勝まで来たけどやることは変わらない。目の前の相手に全力でぶつかるのみだ。俺たちに負けたやつらの分まで、戦い抜こう!」

「「「おおっ!」」」

 

「…中学、か。やっぱり'前のオレ'はすごかったんだな」

「そりゃあそうですよ。先輩がいれば甲子園出場どころか優勝も…、あっ。すみません…」

「いやそう言われても仕方ないさ」

「でも'今の先輩'でなければ他の皆さんは付いてこなかったも思います」

「聖人くんはどっちの方が良かった?」

「それは分からないです。けどここまで来れたのは間違いなく今の先輩のお陰ですよ」

「じゃあ、この試合も勝って決勝に行こうか!」

「はいっ!」

 

先攻 開拓高校

1番 センター 軽井

2番 セカンド 宇佐美

3番 ライト 沖田

4番 ファースト 御影

5番 サード 広畑

6番 キャッチャー 詰井

7番 ピッチャー 十三村

8番 ショート 杉田

9番 レフト 下山

 

後攻 パワフル第二高校

1番 ライト 多目口

2番 センター 矢部中

3番 サード 長島

4番 ショート 萬

5番 キャッチャー 諏訪野

6番 ピッチャー 笠根

7番 ファースト 石原

8番 レフト 野村

9番 セカンド 関根

 

決勝をかけた、もうひとつの戦いが始まろうとしていた…!

 

 




無事に決勝に進んだ聖森学園。次回はその対戦相手となるもうひとつのカードの勝者を決める戦いです。
開拓、混黒が出てきましたが一応このお話ではパワポケに出てくるような超能力や裏の世界は無い世界線なので安心(?)してください。
今回の選手紹介はありませんが、希望などがあれば次回以降にねじ込んででも紹介しようと思います。
次回もよろしくお願いします!


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43 目指す場所は

少し遅くなりすみません!
準決勝第2試合は開拓とパワフル第二の一戦です!



先攻 開拓高校

 

1番 センター 軽井

2番 セカンド 宇佐美

3番 ライト 沖田

4番 ファースト 御影

5番 サード 広畑

6番 キャッチャー 詰井

7番 ピッチャー 十三村

8番 ショート 杉田

9番 レフト 下山

 

 

 

後攻 パワフル第二高校

 

1番 ライト 多目口

2番 センター 矢部中

3番 サード 長島

4番 ショート 萬

5番 キャッチャー 諏訪野

6番 ピッチャー 笠根

7番 ファースト 石原

8番 レフト 野村

9番 セカンド 関根

 

「1番、センター、軽井くん」

打席には開拓の1番打者、軽井。足が速く、そうは見えないがここ1番では高い集中力を見せる右打者。

「(様子見していきましょう。まずはこれで)」

「(オッケー!)」

笠根はサインに頷き、初球を投じる。右のスリークオーターから繰り出されたのはスライダー。曲がりは大きくないが確実にコーナーを突いた。

「ストライク!」

続く2球目はシュート、これも大きな変化をするわけではないが難しいコースに決まって簡単に追い込んだ。

ストレートを1球外して4球目、軽井はアウトコースのボールに手を出したがボールは鋭く沈み、空振り。

「ストライク! バッターアウト!」

「SFFか…!」

「よしっ…!」

続いて右打席に入った宇佐美もシュートを打たせてセカンドゴロ。沖田にはスライダーを捉えられたがライトライナーに打ち取ってスリーアウト。上々の滑り出しだった。

 

「(笠根の奴、中学のときとは全然違う投球スタイルだな。もっと速球で押してたと思うけど)」

十三村の知る笠根という投手は速球と高速シュートを武器に相手打者を捩じ伏せるパワーピッチャーだった。だがこの試合の笠根は変化球を軸にした軟投派なスタイルだった。

「(もっとも、俺も中学の時と一緒かと聞かれれば違うけどな…)」

対してマウンドに上がる十三村。笠根は中学で日本一になったが、この十三村も笠根に敗れはしたが中学でベスト4の選手だ。コアな野球ファンならそのどちらの名前も知っていただろうが、笠根が高校2年の夏まで活躍していたことが知られているのに対して、十三村はこの高校3年まで表舞台には名前すら上がらなかった。そして笠根も昨秋から今夏にかけては待ってたくと言って良いほど名前は上がらなかった。

そしてこの波乱の高校生活を送った二人がこの試合の行方を左右することになる。

 

十三村は左打席に入った1番の多目口に対してインコースのストレートで勝負する。開拓には優秀なマネージャーがおり、彼女の分析はチームメイトからの信頼も厚い。十三村もマネージャーのデータを参考に相棒の詰井と配球を組み立てている。

「うっ!?」

「ストライク、ツー!」

「(多目口は1年ながらチーム1の快足。だが経験が浅いのか内外、緩急の使い分けに弱い!)」

データ通りに多目口はインコースの真っ直ぐを見せられた後にアウトコースのフォークに空振りの三振。続く2番の矢部中にはフォークとストレートでカウントを整えると得意球のカーブを打たせてサードゴロに打ち取る。3番の長島にもカーブを見せた後にストレートで詰まらせてセカンドゴロに打ち取った。

2回表、開拓は4番の御影から。開拓の打者は詰井を除いて全員が右打者という極端な打線であり、右投手の笠根としては少し楽である。しかし、御影に対してアウトコースからのシュートで入ったところを、しっかりライト方向を狙って打ち返され、ライト前ヒット。

続く広畑は不満げな顔をしながらもしっかりバントを決めてきた。ここで6番の詰井を迎える。

「(開拓の打者は粒揃いだけど、強豪校ほどではない。ただ軽井、詰井、十三村は取り分けチャンスに強い。そして他の打者は彼らに回そうと全力で向かってくる)」

1つの目標に向かって全員が意思を統一して行動する。それが開拓最大の魅力だ。

「(最悪歩かせてオーケーです。慎重に行きましょう)」

「(分かった…!)」

初球、低めのボールゾーンへ落ちるSFFから入る。このボールに詰井は打って出た。

カキン!

「なっ!?」

低めのボール球を無理矢理捉えた打球は一塁線を破り、御影は悠々ホームイン。詰井もスタンディングダブルとした。タイムリーツーベース。

「(今の打つのか…! 躊躇い無く初球狙ってきやがった!)」

さらに続く十三村を歩かせて尚も1アウト1、2塁。打席の杉田はチャンスに弱いが続く下山は走攻守にバランスの取れたバッター。繋ぎの9番であるため危険が無いとは言い切れない。

「さて、どうしたもんかな…」

笠根は2回にして迎えたピンチに苦笑いを浮かべる。

 

――(ハッ。なんだお前、その程度でよくここまで来れたなあ?)――

 

「!?」

笠根は何か聞こえた気がしたが誰も声をかけてきた様子はない。

 

――(お前、'笠根宗介'を名乗っておいてそのザマかよ。対して曲がらねースライダーとシュートとSFFで騙し騙しやってるだけのヤツが、'俺'の名前名乗るなんてよお…)――

 

「(これは、まさか…!)」

 

――(代われよ…。いや、'元通り'に戻ればいい。なら俺がそいつらブッ倒して、なんなら決勝も勝ってやるぜ)――

 

「(うるさい…)」

 

――(ああ?)――

 

「(オレは、オレだ…! 今日ここまで、戦ってここまで来たのはオレだ! 邪魔するな!)」

 

笠根はバントの構えをしていた杉田の胸元へシュートを投じた。

「え? うわっ!?」

胸元を抉るようなシュートにバットを引くも間に合わない。

バットに当たり、フワリと浮いた打球は諏訪野が掴みツーアウト。続く下山もSFFを打たせてセカンドゴロに打ち取った。

「(オレは'あいつ'とは違う。みんなで甲子園を制覇するんだ…!)」

 

意気込む笠根の気持ちとは裏腹に、パワフル第二打線は開拓のエース、十三村の前に沈黙していた。チーム内でも指折りの実力を持つ萬、諏訪野をそれぞれフォーク、カーブで打ち取ると、続く笠根もカーブの後のストレートに詰まらされサードゴロに打ち取られた。

「詰まってましたけど、手とか痺れてないですか?」

「ああ、問題ないよ」

心配して声をかけてきた諏訪野と守備に向かう途中で会話を交わす。

「あのカーブ…、ただのカーブではなくナックルカーブですね。軌道が見慣れているカーブとは違います」

「かなりブレーキの効いたカーブだし、厄介だなあ」

ナックルカーブとはカーブの一種。ナックルという名前が付いているが実際は人差し指を曲げて握るところがナックルと似ているからという理由だけであり、変化そのものはカーブと大差は無い。ただしリリースの時に指から抜きやすく、制御出来るようになれば腕をしっかり振ってもブレーキの効いたカーブを投げられる。その点ではこの十三村のナックルカーブはかなり手強いボールである。

 

その後も緊迫した投手戦が続き、試合は5回まで進んだ。毎回ピンチを背負いながら要所を締める笠根とパワフル第二を全く寄せ付けない十三村の戦い。

1点差の5回の表は早くも3巡目となる開拓の攻撃。

カキン!

「くっ!」

先頭の軽井にセンター前ヒットを浴び、またも出塁を許した。続く宇佐美はしっかり送ってまたもピンチの場面。打席には3番の沖田。

「よし…、ガッポガッポになれる、プロになるためのアピールだ…!」

「(何を言ってるのか分かりませんがこの人は見た目と裏腹に身体能力は高い! 笠根さん、耐えてください!)」

沖田は家庭の事情のため始めは部活をしていなかったが十三村たちのサポートもあり、今は野球部員として選手をやっている。プロになれば家庭を助けられる、という軽井たちの冗談を真に受けて過剰な練習をやるなど無茶はしているがその身体能力は十三村にスカウトされただけあって非常に高く、バランスの取れた万能外野手である。

「(我慢だ! 粘っていれば味方が点を取ってくれる!)」

笠根は要求通りのコースへ狙ってスライダーを投じた。しかし、高さは良かったがコースがやや真ん中に寄ってしまった。

キイン!

沖田はそれに反応し、芯で捉えた。その痛烈な打球は一直線に…、

「あっ…!?」

投げ終わった体勢の笠根の頭部に直撃した。

ゴッ! という鈍い音ともに打球を受けた笠根は崩れ落ちる。

「笠根さん!?」

「おいっ! しっかりしやがれ!」

その後の打球は萬が拾い上げてランナー1、3塁でランナーは塁に留まった。慌てて駆け寄るパワフル第二の面々。

 

頭に打球を受けた瞬間、笠根の頭には様々なことがよぎった。

「(まずい…、倒れる…!)」

――(へっ、丁度いいや。お前、オレと代われよ)――

「(なん、だと…?)」

――(情けないお前の代わりにオレが奴等を捩じ伏せてやらあ! お前は寝てろ)――

「(くそっ、やめ…)」

ここで'今まで投げていた'笠根の意識は途切れた。もう一人の…、'1年前以前'の笠根が、代わりに出てこようとしていた。

 

 

笠根は1年前の夏、2年生ながらレギュラーの座を掴み、大会でも3年生を差し置いて活躍していた。しかし思わぬところから飛んで来たボールが頭を直撃し、意識を失い病院へ搬送。チームもその穴を埋められず敗退した。大事には至らなかった笠根だが事故のダメージが残り、記憶喪失になったうえに野球の実力も失った。

かつての笠根は実力はあったが傲慢そのものでチームメイトを見下していた。記憶を失った笠根にとっては知らないことだったが周りからすれば笠根が記憶を失い別人になったことなど関係なく、距離を置かれた。

だが笠根は地道な努力を重ね、チームメイトを説得し、信頼を得た。その結果が甲子園準決勝まで来たという成果に現れている。

 

「笠根さん! 大丈夫ですか!」

「返事を…」

「…ったく、ピーピーうっせえな…」

「「「!?」」」

笠根はムクリと起き上がる。若干頭は痛むが大した問題では無い。

「おい。何ボサッとしてんだよ。早く守備位置戻れよ」

「まさか笠根さん。記憶が戻って…」

「ああ。随分と情けねー姿を見せてたみてーだが…。これで元通りだ。ほら早く戻れよ」

「「「…」」」

諏訪野以外の野手は黙って守備に就いた。

「笠根さん…」

「どうした聖人。お前も戻れよ」

「…分かりました」

諏訪野も何か言いたげだったが守備位置へ戻った。

 

「開拓高校、十三村、か」

打席に立つ御影を見つつ、相手ベンチにいる十三村をチラリと見る笠根。強豪校の混黒に行ったと聞いていたが、なぜ無名の開拓高校にいるのか。そんな疑問も沸いたがそんなことはどうでもよかった。

「(オレは中学でテッペン獲ったんだ。だがそんなものは些細なこと。甲子園のテッペンを獲ってこそ、オレを'最強'たらしめるんだ…)」

'中学最強右腕'から'最強投手'へ。そのためにはこんなところで負けるわけにはいかない。

「行くぜ…、オラァ!」

プレー再開後に笠根が投じたのはインコースへのストレート。

「くっ!」

球速そのものはここまでと変わらず140キロ中盤だったが、ここまでとは段違いのボールのキレに御影はやや体を引いた。

 

「今のは…、まさか!」

「どうしました、影山さん?」

スタンドで試合を観戦していた影山は驚きを隠せない。

「あの強気でキレ味抜群のボール。まさしく、記憶を失う前の笠根くんだ…!」

 

その後、カウントは1-2となり御影は追い込まれる。

「(外野フライでいい! もう1点取ればかなり楽になる!)」

しかしそんな御影の思惑を読んだ笠根には通用しなかった。

「そらよっ!」

「ぐあっ!?」

インコースへと食い込んできたのは高速シュート。これこそまさしくかつての笠根が得意としていたボール。

鈍い音が響き、打球はピッチャー前へ。笠根はすぐさま2塁へ送球。萬がそれを1塁に転送しゲッツー。あっさりとピンチを切り抜けた。

「萬」

「な、なんだよ」

記憶が戻ったという笠根に声をかけられ萬は身構えた。

「カバー遅いんだよ。前よりはマシだけどな」

「っ!」

厳しい言葉が飛び、萬は少し頭に血が上ったが…、

「(…待てよ? なんだ、この違和感は…?)」

 

5回裏、パワフル第二は5番の諏訪野から。諏訪野はしつこく粘ってフォアボールを選び出塁。打席には6番の笠根。

先程とは雰囲気の違う笠根に十三村は気づいた。

「(何かは分からないけど、あの笠根は中学の時と笠根に近い! これは気を付けていかないと…!)」

警戒しながら入った十三村だったがその認識は甘かった。

カキーーン!

「あっ!」

「単調なんだよ。様子見の時はアウトロー、とかな!」

アウトローのストレートを真芯で捉え、逆方向のライトスタンドポール際に放り込んだ。逆転ツーランとなる。

ホームインの後、キャッチャーの詰井が話しかけた。

「なあ、笠根」

「? なんだよ、お前」

「ちょっと気になっただけだよ。さっきらお前、雰囲気が変わった。まるで'別人'みたいに。プレーにもキレが出てるし。…でもお前の周りはどうだ? なんだか縮こまってないか?」

「ああ? チームの他の奴等がなんだって言うんだ? オレの力があればどんな相手にも負けない。オレは'最強'になるんだ。周りなんぞ関係ねえ」

「オレはお前そっくりなヤツを知ってるよ。そいつは確かに野球は上手いけど、誰も付いてこなかった。そして試合に負けた」

「何が言いたいんだ?」

「この試合が始まったときはそんなの感じなかったけど、今のお前からはそう感じたよ」

「ふん、そんなヤツと一緒にすんじゃねえ。ムダ話はこれまでだ」

笠根はベンチへと戻っていく。詰井は、お節介だったか、と考えながら再びマスクをかぶる。

「(あるチームに1人のずば抜けた選手が現れたら…、そのチームにはおそらく2つの結末がある。1つはその実力者を中心にまとまるチーム、そしてもう1つはそいつに頼りきる…、いわゆる'ワンマンチーム')」

その別れ道はきっと些細なことが理由になる。これはいくつかのそんな状況を目にし、そして自分自身も体験したことに基づく詰井の持論だ。

「(だがそれは外から言っても変わらない。チームメイトがなんとかしないといけないんだ)」

開拓こそ、混黒から転校してきた十三村と時にはぶつかり、時には励まし合ってチームを作り上げてきた。そして今がある。

「(だから、俺たちのチームが強いことを示すためには、お前には負けられない!)」

詰井は強くミットを叩く。

「十三村! まだまだここから! しっかり頼むぜ!」

「! おう!」

 

それぞれのプライドと信念をかけて、負けられない戦いは後半戦に入ろうとしていた…!

 

全国高校野球選手権大会 準決勝

開拓     01000

パワフル第二 00002 (5回裏途中)

 

 




遂に夏穂たち主人公チームが出ない話になってしまいました。出番0になってしまうとは少し想定外でした…。

今回もおまけは無しとなります。では次回もよろしくお願いします!


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44 思いを1つに

今回は本当に遅くなってしまいました。試合途中のところはあんまり開けたくなかったんですけど…


――「Y中学から来ました! 十三村です! ポジションはピッチャーです!」

「同じくY中学から来た雨崎です。ポジションはキャッチャーです」

「Y中学のシニアって去年準優勝したところか?」

「おいおい、大物が来やがったのか!」

「俺、ポジション被ってんだよなあ~」

強豪校である混黒高校の新入部員挨拶。昨夏に準優勝に輝いたチームのメンバーであり、幼馴染の十三村、雨崎、餅田は期待の新戦力だった。

1年生ながら140キロオーバーのストレートとキレのあるカーブを投げる十三村、強打のキャッチャーの雨崎、高い完成度を誇る技巧派投手の餅田。初日から実力を見せつけ早くも夏からベンチ入りどころかスタメン候補とまで言われるようになった。

 

あの事件が起きるまでは――

 

ククッ! バシッ!

「ストライクッ! バッターアウト!」

笠根に逆転ツーランを浴びた十三村だが後続の打者は打ち取ってスリーアウト。ナックルカーブを効果的に使い、笠根以外にはまだまともに打たれていない。

「悪い。単調過ぎた」

「詰井はまだキャッチャー経験が少ないからこれくらい仕方ないさ。それよりここからは1点も許されないし、逆転し返さなきゃいけない。気を引き締めていこう」

「よしっ! 広畑! 一発かましてこいよ!」

「言われなくても!」

気合いを入れ打席に入った広畑。一見、お調子者のような広畑だがそのセンスは開拓のメンバー随一だ。やや自信過剰なところもあるが。

「(こいつの武器は高速シュート! そしてこいつは球数も増えてきてるし、早めにケリを付けたいはずだ!)」

広畑は初球インコースにヤマを張った。そして、

「オラァ!」

「(来た! インコースのシュート!)」

自分の完璧な読みを自分で誉めながらフルスイングでボールを捉えた。快音を残した打球はレフト後方へ。

「よっしゃあ! …あれ?」

走り出した広畑だったが打球はみるみる失速し、少しバックしたレフトのグラブに収まった。

「へっ。そこは打ってもお前程度じゃあそこが限界だぜ」

この笠根の投球の真髄はインコースの出し入れである。球威のあるストレートと高速シュートをボール1個分出し入れできるコントロールこそ笠根の最大の武器。荒っぽいイメージに反してその投球はクレバーそのものである。結局この回の開拓はランナーは出せずに終わってしまう。一方の十三村も上位打線をきっちり3人で抑え、試合は7回へと突入した。

「(球数も多い。あのヤローが無駄に投げたせいだな…)」

「か、笠根!」

「あん?」

マウンドに向かう準備をしていた笠根を呼び止めたのはキャプテンを任されている土中だった。

「お前が疲れても後ろにはオレも、青木もいる! だから思いきって…」

「お前らなんかに俺の代わりが務まるって? ふざけるんじゃねえ!」

笠根は土中に詰め寄るとその胸ぐらを掴んだ。ベンチの奥の方のため外からは見えないが、見つかれば一大事だ。

「お前、俺が記憶を無くしたのをいいことに、随分と、調子乗ってたみてーじゃねーか?」

「そ、それは…」

「記憶を無くした後の俺の性格、見たろ? いいか。あれがきっと俺の'本来の'性格なんだよ。お前らが嫌ってた俺の性格はな、お前らみたいなやつの下らない嫉妬なんかで歪んだんだ。なのに記憶を無くした俺には粋がって強く当たりやがって…」

土中を突き放すと笠根は周りに言い放った。

「お前らが俺に嫉妬する暇があったら、練習してりゃ良かったんだよ! そうすれば俺の性格が歪むことも…」

「…笠根。お前の言いたいことはよく分かった」

荒れる笠根に近づいてきたのは萬だった。

「なんだよ萬」

「俺も中学の頃、記憶を無くしたことがある。お前は知ってるだろ?」

「そういやそんな話してたな。記憶を無くした俺に」

「正直お前とは関わりたくなかった。記憶を無くして手探りを続けるお前が、昔の俺と重なってな」

「それがどうした」

「だがお前はその手探りのままでバラバラだったウチの野球部を立て直した。ひたむきに練習してたお前を見たから、俺はそのお前に手を貸したんだ」

「…」

「それにお前。記憶が戻ってから、俺のプレーにケチ付けてきたな。…だけど前のお前なら俺のことを罵るだけだったはずだ。でもお前はこう言った。『前よりマシだった』ってな。これはお前なりの褒め方だろ?」

「違う! それはお前のプレーが遅すぎたから…」

「…分からないならはっきり言ってやる。お前の記憶が戻ったかどうかなんて正直どうでもいい。お前の本当の人格はどっちなのかもどうでもいい! ただ俺たちは、記憶のどうこうに関わらず、'笠根'と野球部全員でテッペン目指したいんだよ! 」

「っ!」

「それが記憶を無くし、それでも前だけ向いて戦ってきた、そんなお前に冷たく当たって、誰よりも過去を引きずり続けていた俺たちにできる唯一の贖罪だ」

「…」

笠根は拳を強く握りしめたが、やがて目を閉じて考え込んだ。

 

――「おい、お前」

「どうしたんだい? 最強になるためそのままでいるんじゃなかったのかい?」

「性格が歪んじまったオレと記憶を失ってまっすぐなお前。どっちが本当の'笠根宗介'なんだろうな?」

「そんなの分からない。けど…」

「けど?」

「今ここにいる'笠根宗介'という人間は、オレと、お前。その両方がいてこそ、ここに立ってる」

「そうかよ。…分かった。お前に、俺を託す」

「!」

「だが完全に入れ替わるんじゃねえ。俺とお前。2人で1人。'最強'になるんだよ…!」

「…そう、か。ならこの試合、なおさら負けられない。そして決勝も勝って優勝するんだ!」――

 

再び笠根が目を開いたとき、笠根は再び別人となった。

「すまない、みんな」

「結局お前はどっちなんだよ」

「そうですよ。記憶が戻ったり戻らなかったりで性格まで変わってちゃリードするのも大変ですよ」

「お、怒ってないのか…?」

恐る恐る尋ねた土中に笠根は再び語気を強めた。

「怒ってるに決まってるだろ!」

「ひぃ!?」

「…なんてね。でも勝手にオレの限界を決めないでくれよ。オレはまだまだ元気さ! とにかく、まだまだ試合はここからだ! みんな、行くぞ!」

「「「おおおっ!!」」」

 

7回表、開拓の攻撃は8番の杉田から。あくまでベンチからの感覚なので分からないが詰井は明らかに雰囲気が変わったのを感じた。

「(なんだか揉めてるように見えたけど、今はそう険悪には見えない。むしろより1つになった)」

ズバーン!

「ストライーク!」

「(笠根の雰囲気も元に戻ったみたいだ。けどボールは記憶を無くしたらしい状態のまま…)」

笠根とパワフル第二のメンバーにどのようなやり取りがあったのかは分からない。だが試合で決着をつける以上は言葉ではなく野球で語るしかない。

「よく分からんが、もっと手強そうになったぞ」

「詰井も分かるかい? あの笠根はきっと厄介だ。1人で戦うことを止めたワンマンプレイヤーほど怖いものは無い…!」

 

カキン!

ストレートを捉えた杉田の打球は三遊間を破るかと思われた。しかし、

「っ! うおお!」

ショートの萬が飛び付き、すぐさま立ち上がって1塁へ送球しアウトにして見せる。

「ナイス萬!」

「ふん。これくらい当然だ」

小太りの体からは想像のつかないキレの動きのプレーに杉田は舌を巻いた。続く下山はヒットを放ち、軽井は送りバント。しかし、

「あっ!」

処理に走ってきたサードの長島がエラー。オールセーフとなった。

「悪い、笠根…」

「気にするなよ。次からミスしなきゃ大丈夫だ。それより次もビビらず来いよ!」

「! お、おう! 任せろ!」

仲間のミスにも逆に鼓舞してみせる笠根。仲間と戦うことを知った天才は、さらに体に力が漲るように感じた。ここからは宇佐美、沖田と好打者が並ぶ。だが笠根には負ける気は起こらなかった。

「っ!」ズバッ!

「くっ…!」

宇佐美のインコースを強気に攻める。しかし宇佐美も巧みなバットコントロールで各球種を捌いていく。

「(スラ、SFF、シュート。一通りカットされたか…!)」

カウントは2-2。しかし緩急をつけたり、空振りを取りやすい大きな変化球が無いためここまでアジャストされると投げる球が無くなってしまう。

――「シュートはもっと思い切り腕を振り抜くんだよ!」

「えっ?」

「コントロールしようとして腕の振りが鈍くなってんだよ。もっと思い切り振り抜け! ぶつけるつもりぐらいでな!」

「ぶつけるって…」

「バカ野郎! そう意識して投げろってことだ! それに腕を振れば必然的にボールは全てキレが増す。力むんじゃねえ、動きを鋭くするんだよ! それと…」

「…それは難しいかもだけど、分かった。やってみよう!」――

 

「(もしも俺たちが2つの人格に分かれてしまったなら、今は再び1つになるとき!)」

ボールを握る手に力を込める。

「(俺のSFF、アイツの高速シュート。この2つの魂を、1つに…!)」

一人の体に秘められた二人分の夢と闘志。それが1つになった時、気持ちの強さで負けるわけにはいかない。

「うおおおっっ!!」

チームみんなで、自分個人でも'最強'になるために。

「! なんだこのボールは!?」

「この軌道は、まさか!」

軌道は途中までSFFのそれだったが、ただ落ちるのではなく鋭くシュートした。それはかつての笠根の高速シュートのごとき鋭さだった。

宇佐美は果敢にバットを出したが空を切った。そして諏訪野は全力で体で止めた。

「ストライクッ! バッターアウト!」

宇佐美を三振に打ち取ると、諏訪野はサイン確認のために一人マウンドに向かった。

「ナイスボールです! けど投げるなら予め言っておいて欲しいですね!」

「ごめんよ、聖人くん」

「ところで、今のはなんというボールですか?」

「名前か…。無我夢中でSFFの握りのまま、高速シュートの投げ方で投げたからな…。よし決めた! 今の俺と、記憶を失う前のの俺、二人の力の結晶…、'デュアリズム'、かな?」

「まあ、少し変わった名前だけど、いいでしょう。サインはこれで。張り切っていきましょう!」

「ああ!」

続く沖田にもスライダーとシュートで揺さぶりをかけ、

「ぐっ!?」ズバン!

「ストライク! バッターアウト!」

追い込んだところで新たな決め球、デュアリズムが決まり2者連続三振となりスリーアウト。傾きかけた流れは再び引き戻された。

 

しかし十三村も譲らない。

「これ以上点をやる訳にはいかない!」

7回裏、萬、諏訪野を打ち取ると、ここで笠根を打席に迎える。

「ここで試合を決めてやる…!」

「させる訳無いだろ? それに…」

振りかぶった十三村は豪快に腕を振るう。キレのあるストレートがコーナーに決まる。

「あんなボールを見せられて、こっちも黙っちゃいられないな!」

十三村はさらに力を込めたストレートを投じる。

「(くっ…、流石に速い!)」

中学で4強だったチームのエースの内、松浪のいた夢尾井シニアの多和は軟投派だったが残りの3人、Y中シニアの十三村、阿左美が丘シニアの東出、そして蓬莱シニアの笠根。この3人はビッグ3と呼ばれていた。この中で最も球速に優れていたのは東出、ナンバーワンと言われたのは笠根だった。だが十三村も規格外の存在であることには変わりはない。球速では笠根を上回っていたし、変化球のキレで言えば東出を凌ぐ。

「これで、決める!」

「っ!」

そして最も厄介なのがこのボールだった。ナックルカーブ、分かっていても捉えられなかった。結局この回も三者凡退。あのホームラン以降は点が入る気配がない。

 

8回の開拓の攻撃。御影はデュアリズムを捉えられずファーストゴロに倒れ、広畑もデュアリズムに手も足も出ず三振。ここで6番の詰井を迎える。

「(このままじゃまずいな。あのデュアリズムとやらをどうにかしないと…)」

笠根は初球からデュアリズムを投じる。詰井は空振り。見たこともない軌道に加えてかなりキレがある。だがこれを何とかしない限り勝ち目は無い。

「(…これを打つのは難しいな。それでも何とか…!)」

ストレートが1球外れた後、投じられたのはスライダー。外から入ってくるそれを詰井は迎え撃つがジャストミート出来ずファール。しかし、これに詰井は違和感を覚えた。

「(? 思ったより曲がらなかったか?)」

次もストレートが外れ、これでカウントは2-2。そして笠根が決めに来た。

「! デュアリズムか!」

スライダーとは比べ物にならないキレで襲い来るボールに詰井は食らいつきファールにする。

「当たった…!」

「(こいつ、もう対応し始めてる…!)」

プレーが再開した後、諏訪野のサインに頷き、笠根はデュアリズムを投じた。しかしこれもファールにされる。

「(一度目線を変えさせましょう。アウトコースから低めにスライダー。ボールで、なんならワンバンオッケーです)」

「(よしっ…!)」

額の汗を拭い、投球フォームに入り、ボールを投じる。左打者の詰井からすれば鋭く外に逃げながら落ちていくデュアリズムを見た後に外から入ってくるスライダーがくれば対応は難しいはずだ。ところが笠根が投じたスライダーは要求よりも真ん中へと来てしまった。しかし高さは要求通り、ここから曲がれば上手くいけば振ってくれるかもしれない。

 

しかしそんな諏訪野の甘い考えは打ち砕かれた。

カキーーーン!!!

「打ったー! 詰井が捉えた打球は弾丸ライナーでライトスタンドへと飛び込んだー!! 女房役がエースの好投に答える同点アーチだァ!!」

結論から言えば、スライダーは曲がらなかった。完全な失投。コースは真ん中、高さは悪くなかったが曲がり損ねのスライダーほどの絶好球は無い。そして詰井はそれを逃さなかった。チームの中でも長い経験を積んできた選手である詰井の集中力がこの結果を導いたのだ。

「くそっ…。…いや、まだだ。まだ同点じゃないか…!」

ホームランを打たれしばらくうちひしがれていた笠根だがすぐさま気を取り直した。

「こんなところで、ここまで来て終われるかよっ!!」

ズバッ!!

「ストライク! バッターアウト!」

続く十三村は三振に打ち取った。しかし同点にすることに成功した開拓は俄然盛り上がっていた。それに呼応するように十三村は下位打線を迎える8回裏も三者凡退に切って取る。150キロに達しようかというストレートをインコースにバシバシと決められていては並の打者には打てない。

そして試合は9回裏に突入した。だが笠根も、十三村も、譲る気配は無い。

「うおらぁ!」ズバーン!!

疲れの色が見え始めた笠根だったが開拓の下位打線の杉田、下山をデュアリズムで簡単に打ち取ると続く軽井も簡単に追い込んだ。

「! しまった、ストレート!?」

そして軽井にはデュアリズムを意識させた上で外角にストレートを決めて見逃しの三振に打ち取った。

一方の十三村。こちらも疲労があるのは間違いないはずだがそれでもボールのキレに衰えは見えない。

多目口をストレートで三振に打ち取ると矢部中にはスライダーを引っかけさせてサードゴロに打ち取る。

「そりゃ!」カキーーン!

「っ!」

しかし3番の長島にスライダーを捉えられツーベースとされた。ツーアウトとは言え迎えたサヨナラのチャンスに勢い付くパワフル第二のスタンド。しかしこの状況でもマウンドに立つ男、十三村は楽しそうに笑った。

「(やっぱり、野球は楽しいなあ。こんな状況で言うことしゃないかもしれないけど)」

ここで迎えるのは4番の萬。ベンチの村田監督からは好きにやれ、といえジェスチャーが飛ぶ。おそらく敬遠して塁を埋めるか否かの判断の事だろう。

「(そんなの決まってる。答えは…)」

セットポジションから豪快に腕を振り、詰井の構えるミットにストレートを投げ込んだ。

「(勝負一択だ!)」

この判断は一見、十三村が勝負を優先したように見えるだろう。だがこの判断に至った根拠にも裏付けがある。マネージャーである木村のデータだ。萬は長打力に優れ、打率も悪くない。だが続く諏訪野はかなりの打率を誇る。そして塁上の長島はそれなりに足が速い。外野を越されようと越されまいと、肩が弱いわけではないが特別強くも無い開拓の外野手を踏まえれば萬勝負のほうが合理的だと判断したのだ。

ストレート、スライダー、フォーク。持ち球とカウントを惜しみ無く使い、カウント2-2で追い込んだ。

「(来るか…、ナックルカーブ!)」

萬は元よりそれほど熱い性格ではないが曲がりなりにも四番打者。この状況で燃えない方がおかしいだろう。

「うおおおっ!!」

そして十三村が投じたのは、渾身のストレートだった。

「くっ!」ズバーン!!

「ストライク! バッターアウト!!」

マウンドで十三村が吼える。そして悔しげにベンチへと戻る萬。

「みんな、すまん」

「萬、気にするなよ。それより、どうやら俺たちが相手にしてるのは想像以上に化け物みたいだな」

笠根が見ていたのは、電光掲示板に表示された数字、'151キロ'という、9回にしてマークされた十三村の球速だった。

ついに試合は延長戦にもつれ込んだ。笠根は先頭の宇佐美をショートゴロに打ち取り、続く沖田を迎える。しかし、ここで笠根のボールに異変が生じた。

「ボール!」

「くそっ!」

簡単に追い込んだ後にストレートが外れ、デュアリズムも叩きつけてしまった。そしてさらに、

「うわっ!」

「わ、悪い!」

今度は抜け球が沖田を襲いデッドボールに。

「ふっ!」カッキーン!

「しまった!」

続く御影にはスライダーが甘く入り、1アウトランナー1、2塁のピンチを迎える。

「うおらっ!」

だがこんなところで折れるわけにはいかない。笠根は広畑に対して低めに集めるのを止めて、力の限り威力のあるボールを投じた。球威の増したストレートに押された広畑だったがきっちりと1塁側へ転がし進塁打になった。ここで迎えるのは先ほどホームランの詰井。

「おっと、ここで諏訪野が立ち上がって、詰井を歩かせます。バッテリー、満塁策を選びましたァ!」

2アウトながら満塁。ここで迎えるのはここまでノーヒットの十三村。今日2打点の詰井よりこちらの方がリスクは少ないと踏んだのだ。

笠根は力を振り絞って十三村との勝負に挑んだ。その初球に選んだのはデュアリズムだった。

 

開拓の注目度が甲子園に来るまで低かったこともあり、開拓のデータは少ない。だが実はこんなデータがある。

開拓高校の予選1回戦、先行高校戦で2点ビハインドの8回に満塁から逆転ホームランを放ち、続く高校キングとの1戦でも満塁から走者一掃の一打を放った。

そこから県内では、'恐怖の満塁男'と言われた打者が、十三村であるということを、この試合を見る者の多くが知らなかったのだ。

カッキーーン!!!

「なっ…!」

決してデュアリズムが曲がらなかったわけでもない。キレも悪くなかった。高さも間違えなかった。それでも十三村の集中力がそれを上回ったのだった。

「入った、入っちゃいました! ホーーームラーーーーン!!!! 延長戦に突入したこの試合の、流れを変える豪快なアーチ!! 私も、胸が熱くなって参りましたァ!!!」

興奮冷めやらぬ球場。笠根はただただ味方にもみくちゃにされる十三村を眺めていた。

 

――なあ。俺たちはひょっとしたらああいうのに…――

「それは…、言わない約束だ。ここまで来れたのも、パワフル第二のみんなのお陰なんだ。それにまだ諦める訳にはいかないんだ…!」

監督が投手の交代を告げる。それに関しては文句は言えない。エースの責任を果たせなかったのは自分だ。

「…笠根、ナイスピッチングだった」

「土中、後は頼むよ。…すまない」

「! 笠根…、ああ。任せろ。1人ぐらい一瞬で終わらせてやる!」

土中がレフトの野村に代わって入り、リリーフすることになった。打撃の良い笠根はレフトに入る。

土中は自慢の変化球、ラッカセイバーと名付けたナックルで杉田から三振を奪いスリーアウト。

しかし、衰えを見せない豪腕から4点を奪う余力はパワフル第二に残されてはいなかった。

 

「ストライク! バッターアウト、ゲームセット!」

諏訪野から三振、笠根はヒットを放ったが後続を三振に切って取り、開拓高校が勝利をもぎ取った。だが笠根の顔はどこか清々しかった。確かに敗れた。だがここまで来れたことは、このチームが本当はどれだけ良いチームだったかの証明となった。

「(周りに迷惑を掛けてばかりだった。そんな俺に、俺たちにできる罪滅ぼしは、誰かに希望を与え続けることだ、きっと…)」

こうして、パワフル第二高校と、そこで数奇な高校生活を送った男の戦いは、終わった。

 

 

* * * * *

 

「エースの劇的満塁弾! 笠根は力投も力尽く」

そんな見出しのネットニュースを見て夏穂はスマホのニュースアプリを閉じた。

「すごい試合だったね」

「うん~、まさにエース同士の戦い~、って、感じ~」

「最後の十三村のホームランも凄かったねっ! でも、こっちのエースも負けてないでしょっ!」

「うんうん~、夏穂と私たちならどんな相手でも負けないよ~」

恵と姫華はそれぞれ試合の感想を言い合っていたがしばらくして時計を見て気づいた。

「そろそろミーティングだね~。ミーティング部屋に行かないと~」

「そうだね、行こっ! 」

「あ、うん!」

 

 

「以上が決勝の相手、開拓高校の簡単なデータだ。では松浪、雪瀬。説明を」

「はい。今日、パワフル第二を下して決勝進出を決めた開拓高校は悪く言えばワンマンチームだ。エースの十三村の出来が勝敗に関わってくる、と言っても良いくらいに十三村が柱となっている」

「…ですが、それを開拓高校のメンバーも理解して各選手が動いています。打線の方はまず軽井さん、宇佐美さん、沖田さんの出塁率の高さは要注意ですね」

「そんでもって、御影と広畑には長打力がある。下位打線も杉田はそこまでだけど下山は優れたオールラウンダー。そして最も警戒すべきは十三村と詰井だな。十三村はチャンスに強いし、詰井は打つと決めたらボール球でも躊躇わず打ってくるから気を付けねーと」

「そして投手陣ですが…、まず十三村さんは最速150キロを越えるストレートに高い完成度のスライダー、フォーク、そして決め球のナックルカーブ、そして延長戦も投げ抜くスタミナ。おそらくこれまでの対戦相手の投手の中でも最高クラスの投手でしょう。控え投手には豪速球とフォークが武器の澄原さん、SFFが武器の鈴木さんがいますが…」

「す、澄原ってあの…!?」

「え、ええ?」

「氷花たちは知らねーわな。その通り。俺たちが1年の時にやり合った海底分校の澄原だ。どういう訳かはわかんねーが、開拓の2番手投手を務めてる」

「と、とにかく。選手の特徴はこんな感じです」

「さて、細かいデータだけど…」

 

 

ミーティングも終わり、各々はそれぞれの形で明日を迎える準備をした。

 

ブンッ! ブンッ!

「おお、大! こんなところにいたのか!」

「風太か。それにトモも」

「部屋にいねーからどうせバットでも振ってるんだろ、って思ってな」

「…覚えているか、トモ。ここに来ると決めた日を」

「ああ。二人とも、俺のワガママに着いてきてくれたんだ。それはずっと感謝してる」

「なーに言ってんだよ! ここでの経験があるから今の俺たちがいる。それに最後に決断したのは自分自身だぜ? 俺たちの勝手で付いてきたんだよ」

「ああ。それに明日でここに来た意味、その答えを出せる。…だか、俺はもう答えは決まっている」

「俺もだぜ?」

「「ここに来て、正解だった」」

「お前ら…、へへっ。ともかく、明日で泣いても笑っても終わりだ。ガキの頃からずっと一緒にやってきた集大成…、見せてやろうぜ!」

「おう!」

「ああ…!」

 

 

「あ~、綾ちゃん。こんなところにいたんだ~」

「? 恵ちゃん、どうしたの? こんな時間に…」

恵が訪ねたのはミーティング後にも部屋に残って投手の映像をチェックしていた村井の元だった。

「まだ映像見返してたの~?」

「おや、そこにいるのは恵ちゃんでやんすか?」

「あ~、矢部川くんもいたんだ~。何してるの~?」

「オイラも映像のチェックでやんす!」

「私たちはきっと明日もベンチスタートだと思うし…、出るとすれば終盤の代走の時だと思うの…」

「オイラたちには失敗は許されないでやんす! たった1度、あるかないかの出番のためでも、投手のクセ、守備の動き、外野の肩…、代走出された塁からホームに帰るのに必要な情報は何でも見つけるでやんす!」

「…うん。私も。こういうことぐらいしか、貢献出来ないだろうから…。出来る準備はやっておこうと思って…」

「矢部川くん、綾ちゃん…」

「もちろん、スタメンで出るに越したことは無いでやんす。でもみんながみんながヒーローにはなれないでやんす。だからスタメンで出るメンバーを少しでもアシストして上げるのがオイラたちベンチの仕事でやんす」

「私たちがまだ下級生ならこんなことを考えてちゃいけないんだろうけど、もう次が最後だもん…」

「オイラたちだけじゃないでやんす。元木くんだって、『あったら困るけど、松浪と氷花ちゃんが怪我したら誰がマスク被るんだよ!』って、毎日キャッチャーについての本を読んだり、あっちこっちのポジションのノック受けてるでやんすし、田中くんも考えうるポジションは全部練習してるでやんす。田村くんもずっとバットを振り込んでるでやんす」

「そっか~、…」

恵は本当は村井に用があってきたのだ。だがベンチを暖める試合が続く彼ら、彼女らはみんな、それぞれの役割を自覚して、それを全うするための努力を積んでいる。恵が持ってきた用はその覚悟を聞いた後では打ち明けにくかった。

「…恵ちゃん、らしくないよ。そんな迷ったような顔…。何か、用事があってきたんでしょ?」

「えっ、えっと~」

村井はいつもオドオドしている。しかし、人の目を伺うクセがあるが故に、人の感情の機微にもすぐ気づく。

「あはは~、敵わないな~」

「…いつもまっすぐ突き進む恵ちゃんでいてほしいから、遠慮しないでなんでも聞いてよ」

「うん。実は、お願いがあってね~、…」

 

 

「…ねーちゃん、やっぱりここにいたか」

「あれ? 満?」

満は宿舎の近くのベンチで夜空を眺める夏穂を見つけた。

「昔から夜空見るの好きだよな。別に星が見えるわけでも無いのに」

「うーん。星が見えるに越したことはないけど…、ちらほら見えるのも嫌いじゃないかな」

「ふーん、どうして?」

「なんとなくだよ」

「そっか…。聞いた? 父さんと母さん、それに小春も来るってさ」

「おお、そりゃ頑張らないとね…!」

「そうだよな!」

「次も抑えて、みんなでテッペン取るよ!」

「…」

満は何か言いたそうにしたが、口にしなかった。それには夏穂も気づかなかった。

「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。体冷やさないようにな」

「心配してくれるの? 優しいな~!」

「うっせ」

満はその場を後にした。それを見届けた夏穂は1つ大きなため息をつく。

「(明日で、泣いても笑っても最後になる)」

正直なところ、夏穂は怖かった。いつもは明るい夏穂が他人に、家族にもあまり見せない、弱気な夏穂がそこにいた。

「(相手はきっと強い。でも、私が抑えれば、みんなが点を取ってくれる…! 今日みたいに…!)」

今日の自分、特に7回のピンチを切り抜けた投球。夏穂もスポーツ科学や心理学に無知なわけではないし、そうでなくても知っている。おそらくあれは…、

「(超集中状態…、いわゆる'ゾーン'ってものだよね…)」

ゾーン、とは『リラックスしながらも凄まじい集中がができている』、『全てが自分の思う通りにいく』、といった、心と体の一致した無我の境地とも言える状態であり、その競技に本気で没頭できなければ至れない境地である。鳴響戦での夏穂は'魔曲'さえも振り払える境地に達していた。

「(とはいえ、狙って入れるようなものじゃないのは分かってる。それでも私はベストを尽くさなきゃ…!)」

それは、エースナンバーを与えられた者の覚悟。投手のみの代表ではなく、チームを代表する者として、それに相応しいパフォーマンスをしなくてはいけない。

「(みんなと野球が出来るのも明日が最後! 絶対に負けられない!)」

 

夏穂の元を去った後の満もまた、ため息をついていた。

「(ねーちゃん。俺は誤魔化せねーぞ。きっと何言ってもはぐらかすんだろーけど、あれは相当力入ってる)」

もちろん気合いを入れるのは良いことだ。だが…、

「(ねーちゃん、あんまり1人で背負い込むなよ…!)」

 

 

「彩ちゃん、ストレッチ付き合ってくれてありがとっ!」

「いいよ、いいよ。これが仕事だもん」

ミーティング後、姫華は彩香の部屋を訪ねてストレッチを手伝ってもらっていた。

「いやー、試合が続くと疲れが取れにくくなってさっ! 最後の試合、全力でグランドを駆け抜けるためにも万全の準備しないとねっ!」

朗らかに笑う姫華を見て、彩香は意を決して尋ねた。

「姫華ちゃん」

「ん? どしたの?」

「それで…、'そんな足'で本当にグランドを駆け回れるの?」

彩香は別に責めるつもりで聞いたわけでは無い。ただ姫華が仲間である自分達に遠慮してることが、納得行かなかっただけであった。

「ど、どうして?」

「1つは前の試合。送りバント、したでしょ? あの時、一塁ベースをちゃんと踏んでた? ビデオを見返してて初めて気づいたけど…。そしてもう1つ、さっきの屈伸運動、明らかに左足に力が入ってなかったの」

「…。流石、トレーナー見習い、だね…」

彩香の指摘の通りだった。鳴響戦での最終打席の送りバント。自分も生きようとセーフティー気味に一塁側に転がし、投内連携が乱れるのを狙って一塁を全力で駆け抜けた。しかし、カバーに入った伊能とぶつかりそうになったため咄嗟に走るコースを変えた。その結果、ベースを踏み損ね、姫華の足には違和感が残った。試合中はなんともなかったが徐々に悪化、疲れがある、といって彩香にストレッチを依頼していたのだ。

「でもっ、それでも私は! 夏穂たちピッチャーの後ろを、全力で守ってあげたい! 例え、明日の試合でこの足が動かなくなっても! それでもっ…!」

「バカなこと言わないで!」

「っ!」

彩香が珍しく語気を荒げ、涙を流しながら覚悟を語った姫華は戸惑った。

「動かなくなっても? そんなこと軽々しく言わないで! 姫華ちゃん、木寄さんが練習後に送球練習してる人たちを見て、どんな顔してたか、知ってるの?」

「そ、それは…」

彩香は忘れもしない。大怪我の後、練習に復帰したものの以前のように送球は満足に出来ず打撃に集中した木寄が、チームメイトの送球練習を見て、顔に悔しさを滲ませていたのを…。

「怪我したら、一生後悔するんだよ…!」

「それは…、分かってる。…でもっ、明日の試合に出れなかったら同じくらい後悔する! ずっと夢見てたんだ…、一緒に戦ってきた仲間と、甲子園で、優勝を喜ぶんだって…!」

姫華の悲痛な覚悟を聞いた彩香は考え込み、そして救急箱からあるものを取り出した。

「彩香ちゃん、それ…」

「本当は、オススメしないんだけど…。姫華ちゃんの気持ちもよく分かった。これなら明日一日くらいならどうにかなる…、はず」

「い、いいの?」

「その代わり、無理だと感じたら、すぐ言って。こっちからそれが分かるようであれば、監督とコーチに伝えて下がってもらう」

「…元々、無茶言ってるのは分かってる。だからそれでいい。お願いするねっ!」

「うん。私も、みんなが喜ぶ姿、楽しみにしてるから…!」

 

姫華と彩香は明日の対策を準備し始めていた。その会話をドア越しに聞いていた人物がいた。

「(…まったく、しょうがない娘たち…。でもまあ、仕方ないか。指導者としては失格だろうけど)」

話を聞いていた人物…、花崎コーチは監督の番号の表示されたスマホの画面を切り、その場を後にした。

 

 

各々がそれぞれ覚悟を決め、決意を新たにし、そして出来るだけの準備をして、いよいよ当日を迎えた。

 

甲子園球場は12:00からのプレーボールにも関わらず、朝早くから多くの人が詰めかけ、すぐさま満員御礼となった。

逆境から這い上がったかつての天才と、新時代を切り開かんとするニューヒーローの戦い。話題性は十分であり、高校野球ファン以外からの注目度も高い。

 

そして、いよいよ、全国4000を越える高校の頂点を決める戦いが、最後の2校によって行われる…。

 

 

 




キリが悪くなり長くなってしまいました。長かった聖森メンバーの戦いも次の試合がラストとなります。

開拓のストーリーはパワポケで一番好きなのでラスボスとして、主人公には本作屈指の強キャラとした立ちはだかってもらいます。
今回のおまけはパワフル第二の笠根です。

○笠根宗介(かさねそうすけ)(3年) 右/右
パワフル第二のエース。中学時代は最強投手と呼ばれていた。あることがきっかけで記憶を失い、それまでの行動も災いして野球部での居場所を失いかけたが、本来の性格であるひたむきな性格による努力が実を結び、エースに返り咲いた。打球を受けたことがきっかけでかつての記憶も戻ってきたが、互いに理解しあうことで1つの人格となった。
選手としてはコントロールを武器にスライダー、シュートで左右の揺さぶりをかけ、SFFベースのオリジナル変化球、'デュアリズム'で打ち取る投球スタイル。
球速    スタ コン 
146km/h  B  A
➡️ スライダー 2
⬅️ シュート 3
⬇️ デュアリズム 5
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
3 E B C C D D  投D 外F
リリース○ 内角○ キレ○ パワーヒッター プルヒッター 強振多用 変化球中心

次回もよろしくお願いします!


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45 栄冠を目指して

今回は懐かしい人たちが出てきます!


「さてさて、およそ3週間! 高校球児たちの甲子園での熱い戦いをお届けしてきたこの'激アツ甲子園'もいよいよ明日が最後ッ! 全国4000超の出場校の中で残ったのはたった2校!」

「エース十三村くんを中心に団結し勝ち上がってきた開拓高校! 新時代を切り拓く、新たな野球を見せる聖森学園! 果たしてどちらが頂点を取るのでしょうか! では、明日も心に響く、熱い戦いをお送りします!」

「「では、アディオーース!!」」

夏の甲子園大会の間の人気番組、'激アツ甲子園'。パワテレの名物アナウンサー熱盛宗厚と期待の若手アナウンサー、響乃こころがMCを勤めており、高校野球専門で開催期間中は毎日放送される。

それぞれ歩んできた道のりが特異な開拓高校と聖森学園は初出場ということもあり、初戦から注目されていた。そしてそれぞれに、いわゆる'大衆受け'する要素があった。

一度は強豪野球部にいたが追い出され、その後に当時まだ分校だった開拓高校に転校し、この夏に見事リベンジを果たした十三村を擁する開拓高校。

創部わずか4年、苦い経験を糧に成長し、並みいる強敵を破って勝ち上がってきた聖森学園。

どちらも苦難を乗り越えて強豪相手に勝ち上がってきたという、いわゆる'英雄'的な存在。

そしてより俗っぽいことを言えば、両チームのエースが容姿に恵まれているということも、メディアがこぞって報じ、野球ファン以外からも注目を集めている要因である。

開拓の十三村はメディアの言葉を借りれば'イケメンエース'とのこと。実際、彼がかつて在籍した混黒高校を去った際には残念がった生徒もいたうえに、当時の開拓分校に移った際にも彼に興味を持ったため野球部の様子を覗いていた生徒もいたという逸話があるほどであった。

一方、聖森学園の方で容姿の話をすればまず挙がるのが夏穂であった。学校内でもその容姿と男女分け隔てなく接する明るく快活な性格が相まって男女通じての人気者である。噂では非公式のファンクラブが存在するという。

そして往年の野球ファンはこうした話題に「試合内容で盛り上がれよ」とツッコむが、どういう形であれ夏の甲子園の決勝戦に注目が集まる以上は仕方ないか、と受け入れている。

 

そして、そんな愚痴を溢す野球ファンはこんなところにもいた。

「まったく。イケメンだー、とか、かわいいー、とか! 今は関係無いッス! 決勝戦ッスよ! 甲子園の!」

「はいはい、ほむほむ。分かったから落ち着きなさい」

「落ち着いてられるかッス! 試合前に解説者さんがしてくれる貴重な解説の時間をしょうもない特集で潰されるのが納得いかないッス!」

「うふふ、今日のほむほむ、キレッキレですね~」

甲子園へと向かうバスで'前日入り'しようとしている女子高生のグループ。それは聖森学園が県大会決勝戦で死闘を繰り広げた聖ジャスミン高校の元・野球部員たちである。ここには主要メンバーの中で予定を確保出来ていた、小鷹、川星、東出、太刀川、浪風、大空、矢部田、小山。前日入りなのは川星のゴリ押しに皆が負けて決まった。ちなみに美藤、泊方は夏休みの補習に捕まっているため置いてこられた。

スマホで様々なスポーツニュースを梯子して見た内容に文句を付け荒ぶるほむらを横目にため息をついているのは東出だった。

「ほむらちゃん、元気だね…」

「ずっと楽しみにしてたしね。『実際戦って、負けて、自信が確信に変わったッス! ほむらたちに勝った聖森学園はきっと優勝するッス!』…って」

「あはは、似てる似てる。無理やり、某選手の名言使おうとしておかしなセリフになってたしね」

「それに…、私も楽しみなんだ」

東出と会話を交わすのは、その決勝戦で夏穂と投げ合った太刀川。決勝戦で負った左肩の負傷は最悪の事態は免れた。しかし太刀川は高校で野球から手を引き、大学では自分のような悲劇を繰り返さないためにトレーナーを志すと決めていた。

「夏穂が最高の舞台でどんなピッチングを見せてくれるのか…、それが楽しみ!」

「そうだな。頑張ってほしいもんだ」

「あ、東出君! 同じ速球投手としての立場からの十三村君の話を聞きたいッス!」

「え、ええ? 僕はショート…」

「中学まで大エースで、高校でも153キロ投げた人が何言ってるんスか! ヒロぴー、席代わるッス!」

「え? うわっ、ちょっと!? 危ないよ!?」

「み、みんな、小型バス貸しきってるとは言えもう少し静かにするだべよ…」

 

 

そして当日、甲子園には大量のファンが押し寄せた。開門後数十分で満員通知が出た。なんとか入ることに成功した一団の中にも聖森学園と深い関わりを持つものたちがいた。

「ふう。なんとか入れたね」

「ふっ。私の計算通りでしたね。開門8時間前から並べば入れました」

「バカ野郎! 行きつけのジムの知り合いのオヤジが親切でワゴンに乗せてくれたからこの時間に来れたんだろーが! 電車じゃ来れなかったぞ!」

「そもそも、早すぎだったじゃん…。着いた時点でなぜかマイクロバスで来てた女子集団しかいなかったし…」

「こまけーことはいーじゃねーの! それよか、俺たちに勝ったあいつらの勇姿、しかとこの目で見届けてやろーぜ!」

「守田の言うとおり、見届けようよ。日本一を決める戦い、できれば…、僕らに勝った聖森に勝って欲しいけど…」

一芸大附属の面々も甲子園を訪れていた。引退しても喧嘩をするのはいつも通り、だが高校から遠く離れた甲子園までわざわざ一緒に来るのだから結局は仲が良いんだよな、というのが緩井の見解である。

 

聖ジャスミンや一芸大附属のメンバーのように甲子園まで来るのはごく一部だが…、甲子園の頂点を目指した多くの選手たちもそれぞれの形で見守っていた。

 

「…お、そろそろだ。西城さん! 始まりますよ! もうすぐ!」

「…ん? ああ、そういや今日が決勝か」

「にしても、まさか俺らの初戦の相手が決勝行くチームだったとは意外でしたねえ」

「そう、だな…」

ここは米田実業グランド。西城は既に引退しているが、プロ入り又は名門として知られている米田大学野球部、どちらかに進むことを見据えて自主トレ中であった。

「(くだらない慢心が招いた結果…、それもあったかもれないが、こいつらは、強い。それは実際に戦った俺たちだから分かる。たがらこそ、簡単に負けるんじゃねーぞ…!)」

 

 

「で、どうしてあなが私の部屋にいるのかしら?」

「別に良いじゃない。一緒にエースの座争った仲でしょ?」

恋恋高校の元・野球部員、夢城優花の自宅の部屋に押し掛けてきたのは同じく恋恋の元・野球部員の譲原だった。

「どうせあなたのことだから、この決勝を見届けるつもりでしょ?」

「入試勉強があるからそこまでしっかり見るつもりはないわ」

「ながら勉強なんて捗らないわよ。下手な嘘ついちゃって…」

「…仕方ないわね。終わったらさっさと帰りなさいよ」

「はいはい。あ、クッキー作ってきたから。食べて良いわよ」

「…そう。なら、紅茶を淹れてくるわ」

「あれ、意外。もてなしてくれるんだ?」

「貰うものには対価を差し出す。貰いっぱなしは気に入らないの」

こんな何気ないやり取りが出来るくらいには関係はマシになったものだ、と譲原は考えていた。そして紅茶を淹れて戻ってきた優花に譲原は尋ねた。

「ところでどっちに勝って欲しい? やっぱり聖森?」

「どっちでもいいわ」

「むー。素っ気ない答えね」

「ただ…、私たちに勝ったんだから、私たちが負けたことが恥ずかしくなるような不甲斐ない試合だけはしてほしくないわね」

「! …ふふっ、そうね」

 

――試合前…、聖森学園側ベンチでは榊原監督による最後の試合前ミーティングが行われていた。

「いいか、この試合がこのチームで戦うラストゲームだ。三年生、この試合でお前たちの高校野球生活は終わりとなる。…後悔だけは、必ずするな。ミスしても構わん。後悔しない挑戦を、しっかりやってこい!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

「そして、二年生。三年生の背中を目に焼き付けてこい。偉大な先輩たちの背中をな…。そして、逆に三年生の記憶に刻み込んでやれ。共に戦ってきた自分たちの存在を!」

「「「はいっ!!」」」

「よし、松浪。締めは頼んだ」

「うっす! …みんな。この夏の甲子園の決勝の舞台、立てる奴ってのはな、毎年2チーム、18人ずつしかいないんだ。たったの36人だ。日本中の高校球児たちが夢見て、挑んで、届かなかった場所だ。その舞台に、俺たちは立てる! そして全国の、この舞台を目指した奴らに見せてやろうぜ…!」

松浪は改めて自分のことを指差し、みんなを見渡して言った。

「俺たちは、'最高のチーム'だってことをな!」

「「「「おおおおっっ!!」」」」

 

 

一方の開拓高校ベンチ…、

「えーっと、…よし、十三村! 後は任せたぜっ!」

「ム、ムラッチ? ここまで来てそれ?」

「仕方ねーだろ! まわりのスゲーやつに引っ張られて甲子園優勝しただけの俺にゃお前らみてーに、自分の力でここまで来れたスゲー奴らにかける言葉なんてねーんだよ!」

「!」

「お前ら、ここまで来ちゃったんだぜ? 自信持ってやりゃあ、なんとかなるぜ。俺でも甲子園優勝メンバーの一員になれたんだからさ」

「…」

「あーあ、ムラッチのせいで緊張感が台無しだぜ!」

「軽井の言うとおり、やっぱ俺らにこういう堅苦しい雰囲気は似合わねーな!」

「ちょっと詰井くんまで…」

「大丈夫だぜ、マネージャー! お前のことも、日本一のマネージャーにしてみせるからよ!」

「!」

「みんな、好き勝手言っちゃって…。俺からもひとつ。…みんな、俺のワガママに付き合ってもらって、すまなかった! 本当に、感謝してる!」

「おいおい、感謝してるのはこっちの方だぜ、キャプテン! 俺は中学の時一回も勝てなかったお前とこうやって一緒に野球ができるなんて思ってもなかったしな!」

「そうそう。キャプテン来てくれなかったら、今みたいに野球を全力で楽しめてなかったし」

「俺も。キャプテンのおかげで、野球とちゃんと向き合えたし、何より上手くなれた!」

「みんな…」

「だから、ここにいるのは、お前のためなんかじゃないぜ。みんな、やりたいから集まったんだ。感謝される謂れはないぜ」

「詰井…、…よし。じゃあ、この試合、最高の試合にしよう!」

「「「「しゃぁ!!」」」」

 

試合開始30分前、満員となった甲子園に両校のスターティングオーダーが発表された。

 

先攻、開拓高校

1番 センター 軽井 紀矢

2番 セカンド 宇佐美 保

3番 ファースト 御影 京一

4番 キャッチャー 詰井 理人

5番 レフト 十三村 賢人

6番 ピッチャー 澄原 広海

7番 サード 広畑 完治

8番 ライト 沖田 淳

9番 ショート 杉田 祐樹

 

後攻、聖森学園高校

1番 ショート 梅田 風太

2番 レフト 久米 百合亜

3番 キャッチャー 松浪 将知

4番 ファースト 竹原 大

5番 ライト 空川 恵

6番 ピッチャー 桜井 夏穂

7番 サード 桜井 満

8番 センター 初芝 友也

9番 セカンド 椿 姫華

 

両校共に打線やポジションを準決勝から組み替えてきた。

開拓高校は先発投手もエースの十三村ではなく、背番号10を背負った女性左腕、澄原が務める。また、打順も詰井、十三村という開拓高校屈指の好打者をクリーンナップに並べてきた。

一方の聖森学園は、ポジションはそのままに打線を大きく組み替えてきた。どこからでも点を取りに行ける、と榊原が考えた攻撃的オーダー。左腕の澄原の先発が予想外だったこともあり、いきなり左打者二人を左腕に挑ませることになったが二人とも対応力の高さは折り紙付き、問題ないという判断だ。

 

そして両校の選手たちがベンチの前に整列し、主審の合図を今か今かと待っている。

互いの才能、努力、チームワーク、経験、覚悟。その全てをぶつけ合う戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。

「集合ッ!!」

主審の掛け声で両校の選手は飛び出し、主審の元、ホームベース付近で整列する。

「「「「「お願いします!!!」」」」」

挨拶をし、守備へと向かう聖森学園と先攻のためベンチへと引き返す開拓高校。球場は試合開始を待ちわびていたスタンドを埋め尽くす観客の拍手に包まれた。

大観衆の中、マウンドに上がったのは聖森学園のエース、夏穂。

投球練習を終え、松浪が野手に呼び掛ける。

「さあ、初回っ! 締まっていこう!」

「「「おおっ!」」」

打席には開拓高校の先頭打者、軽井が右打席に入り、主審が試合開始を告げる。

「プレイボール!!」

球場が再び歓声に包まれる。そんな中、夏穂は小さく振りかぶり足を少し捻り気味に上げ、まっすぐホームに向かって飛び出すような勢いで踏み出す。体重を乗せきって腕を思い切り振るう。指先で最後までボールを押し込み、投じられたボールが松浪のミットに突き刺さる。

「ストライクッ!!」

たった1球のストライクに驚くほどスタンドが沸く。そんな不思議な雰囲気の中、夏穂はさらに気持ちを高める。

「(これだけの大舞台、注目を浴びて投げられる機会はそうそう無いと思う。だからこそ!)」

緊張が無いかと言われれば嘘になる。だがここに立つ以上、エースとして、三年生として、堂々としていないといけない。

「(行くよ…! この試合、最後を飾る試合は負けたくない!)」

 




過去登場組の会話でほぼ終わってしまいました…。本格的に試合に突入するのは次以降となります。
今回はおまけは無しとなります。次回もよろしくお願いします!


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46 背負う重み

すいまんせん、本当に遅くなってしまいました。まさか1ヶ月空くとは…


「ストライクッ! バッターアウト!」

開拓高校の先頭打者、軽井は高めのストレートに手を出し空振りの三振に倒れる。さらに続く宇佐美には高速スライダーとチェンジアップでカウントを整え、またしても高めへのストレートで空振り三振を奪う。

「よしっ!」

「夏穂! ボール高いぞ! 低く抑えてけ!」

「あ、うん!」

3番の御影に対しては初球にチェンジアップから入りボール。そして2球目、松浪のアウトローへの要求に対し夏穂が投じたのはアウトハイへのストレート。

「っ!」カキーン!!

「恵!」

「オーライ、オーラーイ!」

高く上がった打球だったが、若干差し込まれたのか打球はライトの定位置よりやや後ろで恵が捕球。簡単にスリーアウトを取ってみせた。

「夏穂。最後のもそうだけど、コースはいいけど高さが甘いぜ。まだ相手の目が追い付いてないからなんとかなってるけどよ…」

「それは…、うん。分かってるよ」

 

「さあ、切り込み隊長! 頼むでやんすよ!」

「おう、任しとけ!」

相手の攻撃を3人で凌いだ聖森学園の攻撃。先頭打者は風太。そして相手投手の澄原とはおよそ2年ぶりの再戦となる。

「…いくよ」

澄原は女性投手ではあるが夏穂とは違い、その体格は男子にも見劣りしないほどしっかりしている。そしてそこから繰り出されるストレートは…、

「ぐっ…!」

「ファール!」

太刀川にも負けず劣らず重い。かつて岩井ら強打者を擁した聖森打線を一人で投げ抜いた実力はやはり本物であった。

追い込まれた風太に投じられたのは澄原の決め球、フォークボールだった。

「ボール!」

「あぶねっ…!」

しかしこれには風太はスイングをなんとか止めた。事前に知っていたからこそなんとか止められた。

続く5球目、風太から最も遠いアウトコースに速球がやって来た。

「(なんとか流し打って…!?)」

追っ付けてレフト方向へ打ち返そうとした風太の目論みは容易く破られた。投じられたのは高速スライダー。澄原が自身の直球とフォークをより活かすべく習得した取って置きの切り札である。

「ストライクッ! バッターアウト!」

左投手の澄原から左打者の風太の外へと逃げていくスライダーは捉えられなかった。

続いて打席に入るのは百合亜。百合亜自身は澄原とは初対戦なため、データのみでしか知らなかった。そのためストレートかフォーク、どちらに絞るか…、などを考えていたのだが。

「(高速スライダーもある、となるとこの投手を打ち崩す難易度は変わってくる…)」

持ち前の振り子打法で構え、初球を待ち構える。

「…ふん!」ズバン!!

「ストラーイク!!」

「(むむー、難しいコースに…)」

冷静な風を装ってはいるが、素晴らしい質のストレートに百合亜は多少舌を巻いていた。

「(インコースに投げてきた。次は外? 外にスライダーか、内にもう一度ストレートか。…うん、私ならそのどっちか、かな)」

澄原が投じる2球目をヤマを張りながら迎え撃つ。やって来たのはインコース。

「(ここは引っ張る…!)」

しかし投じられていたのは高速スライダーだった。芯で捉えるには至らず、セカンドゴロに倒れた。

「百合亜までああも簡単に打ち取られるとなると…、結構難儀だな…」

松浪は苦笑しながら打席へ向かう。2年ぶりの対戦、その間にこちらが成長したのと同じかそれ以上向こうも成長していることは分かっていた。とは言え…、

「(高速スライダーとは、また厄介な代物を…)」

速球が武器である澄原の持ち球はかつてはフォークのみであった。習得してくるとすれば緩急を付けるためのチェンジアップやカーブ。もしくはこの高速スライダーやSFF、カットボールなどの速い変化球だろうと松浪は考えていた。

「(緩急を付ける球種の方がまだ対応しやすかったんだけどな…)」

澄原の初球、クロスファイヤーの形でインコースにストレートが決まり、松浪は見逃してストライク。

続く2球目は真ん中低めのフォークを空振りしてしまい、あっさり追い込まれた。そして外角にストレートが外れてカウント1-2。

「(もっかいフォークか? それともスライダーか? …このまま簡単に攻撃が終わるのは良くねぇ…!)」

澄原が大きく振りかぶって投じた4球目はストレート、それもインコースへと投じられた。

「なめんじゃ、ねえ!」

独特の体重移動をするフォームで打っている松浪は緩急やスピードボールには滅法強い。インコースに投じられた球威抜群のストレートにも振り負けずに引っ張り、レフトへと弾き返した。

「オッケー! オッケー!」

しかし打球はレフトの十三村の真っ正面。少々ぎこちない動きではあったがしっかりとフライを捕球しスリーアウト。1回は互いに3人で終わる形となった。

 

「ふう、ちょっと焦ったなあ」

「意外となんとかなるもんだろ?」

「ムラッチ…、簡単に言いますね…」

この決勝戦で十三村の先発を回避させ、レフトを守るよう指示したのはこのムラッチこと村田監督である。彼はかつて全国制覇を成し遂げたチームのレギュラーだったらしい。とはいえ、'とんでもない同期'と'化け物みたいな後輩'のおかげで自分は何もしていない、と主張しており、実際開拓高校の部員への技術的なアドバイスは野球経験豊富な十三村が行っている。とはいえ、基礎体力の重要性を伝えたり(山の中でのランニングの際は驚異的な体力を披露した)、遠征費の寄付の呼び掛けなど、野球部に欠かせない存在であることは部員の誰もが認めており、的外れなアドバイスのようで要点を捉えたアドバイスを送ることも少なくない。

「俺、ピッチャー以外はろくに守れないって言ったじゃないですか」

「お前のセンスを持ってすりゃ最低限は出来るぜ。…それに、お前にはまだ無理はさせられない。そうだろ?」

「決勝戦なんですよ?」

「澄原を信用してないのかよ?」

「そういう訳では…」

「相手は強い。この試合に勝つことじゃなくて、どう投げきらなきゃいけないか、なんて考えてるピッチャーで勝てる相手じゃないんだぜ? それに、怪我明けのお前に無理させるわけにゃいかないんだよ。俺も指導者の端くれだからさ。日程が今までで一番つまってるしよ」

「っ…!」

十三村は一度、大怪我をしている。高校1年の夏の直前、'あの事件'によるものだった。復帰は不可能だと判断され、当時混黒高校の分校だった開拓分校への転校を余儀なくされた。血の滲むようなリハビリで奇跡的に復活は果たしたものの、無茶をすれば彼の体に残った爆弾はいつ再発するかは分からない。

「安心しな。5回を目処にお前を出そうかと考えてる。展開次第だけどな。だから心の準備、頼むぜ?」

「…! はいっ!」

 

カッキーン!!

『あーっと、この回の先頭打者の詰井! 高めのストレートを綺麗にレフト方向へ流し打ち、出塁しましたァ!』

先頭打者の詰井が出塁、打席には今日はまずバットに期待のかかる十三村。

「まずはこっちで一仕事だな!」

「(夏穂のボールがまだ全体的に高い! ここまで勝ち上がって来た相手にこの高さはそう通用するもんじゃない…!)」

しかし十三村にもストレートが高く浮いた。それを十三村は逃さず捉えた。

「やばっ!?」

「捕れるっ!」

痛烈に右中間へと抜けようかというその打球を姫華が小さな体を目一杯伸ばしたジャンピングキャッチ。着地は上手く行かずに転びそうになったが、受け身をなんとか取り、ボールは離していなかった。

『こ、れ、は! セカンドの椿! 胸が熱くなるようなスーパープレー!! 小さな体に秘めるガッツはとてつもなく大きいのでしょう! これでワンアウト!』

「ありがと、姫華!」

「これくらい、問題ないよっ!」

姫華のファインプレーと続く澄原を打ち取ったことで落ち着いたように見えた夏穂だったが、またしてもストレートが不用意に浮いてしまう。

カッキーン!

「くっ!」

インコースを狙って浮いたストレートを広畑はコンパクトに腕を畳んで引っ張った。調子乗りではあるがセンスだけなら開拓高校で一二を争う男の一打で夏穂はツーアウトながら1、3塁のピンチを迎えた。

「(ぐっ…、何かが、何かがおかしい! 思い出せ、あの時の感覚を…!)」

夏穂が思い浮かべるのは鳴響戦での魔曲さえ振り切った快刀乱麻の投球。あれができればこの程度のピンチなど怖くないはずだ。打席には沖田を迎えた。元はクリーンナップも打てる好打者である。初球は高速スライダーがボールゾーンから曲がってストライクに。続く2球目のフルブルームは外角に少し外れた。3球目は松浪はインコースにストレートを要求したが、高く浮いて外れてボール。

「(真ん中に要求しても浮くから、インハイ狙うために試してみたけど、これは…)」

夏穂の武器の1つである'高い制球力'は今のところすっかり成りを潜めている。特にストレートはコースこそ合ってても高さが酷い有り様だった。

4球目のサインはチェンジアップ。上手くタイミングを外して空振りを奪い、追い込んだ。

決め球に選んだのはフルブルーム、しかしボールはまたしても松浪の構えたコースより高く浮いた。

カッキーン!!

「しまっ…!?」

いくらフルブルームとはいえ、高く浮いてしまえば本来のキレは無くなってしまう。捉えられた打球は左中間を抜けて行き、その間にランナーが全員生還して2点の先制を許した。

続く杉田は高めのストレートで詰まらせてセカンドフライに打ち取ってスリーアウト。しかし大きな先制点を許してしまった。

 

ベンチに帰ってから、ドリンクを受け取り体を休める間も夏穂の頭の中には疑問符が付きまとっていた。

 

――なぜ? なぜ、いつものように投げられない?

なぜ、ボールは浮いてしまう?

あの時の…、鳴響戦での披露したような自分はどこに行ってしまった?――

 

カッキーーーン!!!!

そんな思考の海に沈んでいた夏穂を呼び戻したのは今日一番の快音だった。

『これは会心の当たりィィ!! 入りました! ホームラーーーーンッッ!!! レフトの十三村も始めから追うことも無く、打球を見送りましたァ! 聖森学園の4番、竹原の特大の一発で点差は1点! 試合の行方はわからなくなって参りましたァ!』

「竹原くん、ナイバッチでやんす!」

「大、やっぱお前は大したやつだぜ!」

「ああ、ここから反撃するぞ…!」

 

反撃のムードの高まった聖森だったが恵はライトライナー、夏穂は三振、満はライト前ヒットで出塁したが初芝がセカンドゴロに倒れてスリーアウト。澄原はこの回を最小失点で凌いだ。

3回表、この回の開拓高校の攻撃は早くも2巡目、1番の軽井から。

 

「ボール、フォア!」

「っ…!」

「(くそっ、先頭出しちまったか…! 夏穂…)」

夏穂は軽井に対してストレートから入った。ストライクを取ったものの高さは高く、松浪は高速スライダーでカウントを稼ぎに行った。しかし、続けざまに外れてカウントが2-1になってからもストレートが高めに外れ、最後は高速スライダーがワンバウンドし、フォアボールとなったのだ。

続く宇佐美はバントの構え。満が前にジワジワと進み、夏穂が投げたタイミングでチャージを仕掛けた。

しかし宇佐美はバントの構えを引き、強引にインコースのストレートを引っ張った。

「バ、バスター!」

打球は満の横を抜けてレフト線を転々と転がり、その間にツーベースヒットとなった。またしてもノーアウトでランナー2、3塁というピンチを背負ってしまう。

「(ここでクリーンナップ…、夏穂がこの調子な以上、苦しいな)」

エースとはいえ、いつも絶好調でいるのも難しい話であるのは分かっている。だがエースだからこそ、この大舞台ではしっかりと立っていてもらいたいという気持ちも松浪にはあった。

「(あいつが本調子になるまで、サポート出来ることはしてやるか!)」

ピッチャーが苦しいなら助けてやるのはキャッチャーの務め。松浪は自らが知将たる所以を見せてやると意気込みサインを出す。

打席に立つ3番、御影に対して初球に投じたのはチェンジアップだった。

「!」

「(初球は見てくる、と思ってた通りだ。どうせ次は…!)」

続くサインに頷き、夏穂が投球動作に移る。投じたのはストレート、しかしコースは外れている。いや、外した。スクイズを警戒したのと、御影の反応を窺うためだ。

「(ストレートに反応はした。スクイズは無いとは言い切れねーけど、この様子なら…)」

想定しうるパターンを、相手打者には悟られないようにできるだけ素早く思い浮かべてまとめる。そして投手を待たせないように素早くサインを出す。

「(さあ、来い!)」

3球目は内角に食い込む軌道から真ん中へと曲がる高速スライダー。高さは甘かったが、御影の意識が外に向いていたため見逃された。これでカウントは1-2。

そして4球目…、

「やっ!」

「うおっ…!」

最後に投じたのはインハイへのストレート。やや高かったが釣り球として御影に空振りを取らせたのだ。その前の高速スライダーが御影に手を出させて繋がった。

「よしっ、まずワンアウトだ!」

松浪はひとまずホッとした。だがまだ油断は出来ない。ここで打席には4番の詰井。先ほどはレフトへと打たれている。インコースを攻めたい所だが今日の調子ではどこまでやれるか。

「(…これで。なんとかカウントを稼ぐ…!)」

初球に選んだのはフルブルーム。またしても真ん中へと入ってきたがしっかりと変化はしていたお陰か、詰井の頭に無かったのかは分からないが見逃してストライク。チェンジアップがワンバウンドになって外れた後に高速スライダーでストライクを取ってカウントは1-2と追い込んだ。

「(ここだ、勝負球…!)」

最後に出したのはインコースへのストレート。左打者の詰井にはクロスファイヤーの角度で入るはず。夏穂がセットポジションからボールを投じる。

しかしボールはやや浮いた。しかしこれは松浪の想定内だった。今日の調子ならここで高めに外れる可能性も十分あった。だからこそ次なる手として外から入るスライダー、タイミングを外すチェンジアップ…、などと考えていた。

 

そう、'ここまでは'松浪の想定内だったのだ。ただその想定を崩したのは打者の詰井。インハイ、それも顔の高さのストレートを強引に弾き返したのだ。

「「なっ…!?」」

弾き返された打球は右中間へ。ランナー二人は悠々ホームイン、打った詰井もスライディングせず2塁到達。これで4-1となった。

 

「ボール、フォア!」

「っー!」

続く十三村にもフォアボールを与え、1アウトランナー1、2塁のピンチとなった。

聖森学園側の誰もが驚いていた。かつてこれほどまで夏穂が苦しめられる状況があっただろうか。そしてさらに聖森学園側のアルプススタンドを驚かせたのは、榊原監督だった。

 

「(まさかこんな場面で使うことになるとはな…、花崎と話していたサブプラン。だが勝つためには…、桜井の力が必要になるはずだ。それに最後の夏の3年ならそう思うはずだ。)」

榊原はベンチを出て主審に交代の意思を告げた。

「主審、選手の交代をお願いします」

 

「聖森学園高校、シートの変更を行います。レフトの久米さんがピッチャー、ピッチャーの桜井さんがレフト。2番、ピッチャー…」

交代がアナウンスされ、百合亜と夏穂がグローブを変えるため戻ってくる。

「久米。ここは必ず踏ん張ってくれ。難しいことを言ってるかと思うが」

「はい、期待に必ず答えて見せます…!」

「桜井。まだお前の力が必要なときが来るはずだ。いつでも行けるように気は引き締めておけ」

「は、はい…!」

 

一方で夏穂は一応自前の投手用グラブでもやるつもりだったがドリンクを飲むために戻ってきたのだが、その時村井が声をかけてきた。

「夏穂ちゃん。はい、これ」

「これ…、村井ちゃんの…」

「結構柔らかくしてるし、長さもあるから外野フライ取も捕りやすいはずだよ」

「綾ちゃん…、」

「まだ負けた訳じゃない。それに夏穂ちゃんもまだ引っ込んだ訳じゃないから、諦めちゃダメだよ…!」

「…そうだね。それに…、まだ諦めた訳じゃないよ。このままじゃ終われない!」

 

そして二人がフィールドに戻り、百合亜が投球練習を終えて試合が再開される。1アウトランナー1、2塁で打席には澄原。

 

聖森学園と開拓高校の決勝戦は聖森のエース、夏穂が早くも降板するという思わぬ展開となっていた…!

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

開  拓 022 4

聖森学園 01 1

(3回途中)

 




決勝戦にして調子の上がらない夏穂がイニング途中降板、ここでレフト百合亜がマウンドに向かうというところで続きは次回ということになります。
今回のおまけは開拓高校から二人(原作と能力や設定変えてるため)、詰井と澄原です。

○詰井理人(3年) 右/左
開拓高校の数少ない硬式経験者。本人は凡人と自称しているが、彼が天才と称する十三村の支えに少しでもなれるように練習に手は抜かない。非常に純粋で十三村の良き理解者。ある事情によりこの3年の春にキャッチャーにコンバートしたが、元はピッチャー(そのためピッチャーは出来るが一時期より実力は落ちている)。
球速    スタ コン 
144km/h  C  E
↘️ カーブ 3
⬇️ フォーク 3
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
3 B C D C C D  投C 捕C 外E
逃げ球 対強打者○ 悪球打ち チャンス○ キャッチャー○ 対エース○

○澄原広海 (3年) 左/左
元・海底分校のエース。こちらもある事情で開拓高校へとやって来た。男女共に惹き付けるカリスマは健在。非常に大柄な女性投手で、口調は無愛想だが男気溢れる性格。過去に聖森と対戦したときからは、新たに高速スライダーを習得しており幅を広げている。
球速  スタ コン
140km/h B  C
⬅️ Hスライダー 3
⬇️ フォーク 4

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 D C D C C C  投C
ピンチ○ 打たれ強さ○ 重い球 球持ち○

次回もよろしくお願いします! あともう少しお付き合いください!




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47 マウンドに立つ覚悟

前回から1ヶ月空きましたが、今回は百合亜がリリーフしたところからです。


3回途中、3点ビハインド、1アウトランナー1、2塁でリリーフ。バッターは左打者の澄原。女性選手ではあるが開拓高校の中でも高い野球センスを持った選手、打撃にも非凡なものがある。

「(しんどい場面だけど…、嫌いでもないね。こういうパターン)」

ピンチでのリリーフ、それを喜んで引き受けるピッチャーも多くはないと百合亜は思っているが、当の百合亜自身は大好きとまでは言わないが悪くは思っていない。

「(それだけ信頼されている…、これ以上点差を開かせない、もしくは試合を壊さないように送り込まれる。そう考えると、悪い気分じゃないよね)」

松浪のサインに頷き、初球をリリースの出所の見辛いフォームから投じる。

『初球はストライク! リリーフした久米、レフトからの緊急登板ですが初球からキレッキレのスライダー! ストレートを狙っていたのか、打席の澄原は豪快に空振り! さあ、ワンストライク!』

試合開始から未だにテンションマックスの熱盛もさらにテンションを上げた。その様子に辟易しながらも解説で名監督として知られる八木が答えた。

『外野からのリリーフ、しかもピンチと厳しい状況だったが、この初球をしっかりとコースに、しかも変化球を決めたのは素晴らしい。いつでもマウンドに行ける…、リリーフ投手の鑑じゃのう』

続く2球目は一瞬真ん中へと来るように見えた。が、ボールは打ちに来た澄原のバットの下を潜ってミットに収まった。

『ムービングファストでしょうか!? 空振りするほど大きな曲がりを見せた速球で追い込みましたァ! さあ、熱盛としてはここで決め球でビシッと決めて欲しいところッ!』

松浪のサインはアウトコースへのストレート。しかし百合亜は首を振り、別のボールを要求した。その様子を見た松浪もニヤリと笑いサインを変える。それには百合亜も頷き、3球目を投じる。

「!」

澄原は投じられたボールがスライダーだと気付いた。初球に空振りしたのとほぼ同じコース。今度こそレフトへと弾き返すべくスイングを敢行した。しかしバットがそのボールを捉えることは無かった。

「ストライク! バッターアウト!」

『三振ーーッッ!! マウンドに上がったばかりの久米! 絶妙なコースにスライダーを投じて三球三振を奪いましたァ!』

『追い込まれた以上、あのコースは手を出さざるを得ん。追い込んだ時点で勝負はあったのう…』

 

「(よくもまあ、俺の構えたコースにここまで投げてくれるもんだよ)」

今の打席で澄原が空振りしたのはボールゾーンへと逃げるスライダー。初球に空振りしたスライダーよりボール1個から1.5個分だけ外に外してあった。サインを出したのは松浪だが、とはいえそれ通りに投げきった百合亜は立派なものである。

「やっぱり、持ってるヤツにはチャンスで回ってくるんだぜ! 俺みたいにな!」

打席には6番の広畑。巡ってきたチャンスに気合いを入れて打席に入ってきた。

松浪の出すサインに頷き、百合亜は初球を投じる。打ち気を出す広畑だったが投じられたサークルチェンジにタイミングを外され大きく空振った。2球目も外角へと逃げるサークルチェンジを投じるがこちらは広畑がすんでの所でバットを止めボール。3球目に選択したのはフォーシームのストレート。これが広畑の胸元を抉るように向かってきた。

「うおっ!?」

広畑は思わずのけ反った。遅い球を見せられた後ということもあり、いくら130キロ前後とは言え、胸元スレスレに投じられた分だけ広畑の目にはこのストレートが焼き付いた。

 

「ふっ!」

「…くそっ、追い込まれた…!」

4球目は百合亜が右打者相手に得意とする外のボールゾーンから入ってくるスライダーでカウントを稼ぐ。これで2-2の平行カウント。

「ここで決める!」

追い込んでからの5球目、決め球としてカゲロウボールを投じる。大きく曲がるムービングファストであるカゲロウボールを捉えるのは容易では無かったが広畑はなんとかバットに当てた。しかし打球は力無く転がり、百合亜自らが捕球し、一塁へ転送。難なくアウトとし、スリーアウト。夏穂の残したランナーを一人も返さぬ好リリーフを見せた。

「ナイスリリーフ百合亜!」

「いえ…、松浪さんのリードのお陰です」

「とにかく逆転しましょう!」

「まあ、まずは追い付くことからだな!」

 

3回裏、先頭は8番打者の初芝。初球のボールとなるフォークは見送って、続く高速スライダーを捉えるも打球はショートの杉田のミットに収まりワンアウト。9番の姫華はストレートに力負けしサードフライに倒れる。

 

「っし!」

風太はストレートを上手く流し打ち、レフト前へと運んだ。しかし続く百合亜はレフトライナーに倒れ、この回も無得点に終わった。

 

4回の表の開拓高校の攻撃。ここからは右打者が続くが百合亜は外のボールゾーンから入ってくるスライダーを有効に使ってカウントを稼ぎ、内外のストレート、カゲロウボールを駆使して沖田、杉田、そして3巡目に入った軽井を打ち取った。

4回裏、表でテンポ良く守り、作ったリズムを掴みたい聖森学園だったが先頭の松浪がショートゴロに倒れ、先ほどホームランを放った竹原も三振に倒れてあっさりツーアウトに。

打席には5番の恵を迎えた。

カッキーーン!!

「「!!」」

初球、強気にインコースを突いたストレートを恵が豪快に振り抜いた。しかし打球は1塁側アルプスに飛び込むファール。この当たりを見た詰井は守備陣を既に取っていた引っ張り警戒の形をさらに強める。データ的にも恵の打球はライト方向に飛ぶ。典型的なプルヒッターだからだ。

「(どんなシフトが引かれようと、私は自分のスイング、変えないよ~!)」

その次の低めへのフォークは空振り、外へ外れるスライダー、続くフォークは見逃してカウントは2-2。詰井はアウトローへのストレートを要求した。澄原もそれに従ってボールを投じ、恵はフルスイングで応えた。

ガッッ!! と打球は鈍い音を響かせピッチャーのやや3塁側へと飛んだ。しかしバットの先で擦った打球は特殊なスピンがかかり、マウンドの打者から見て左側で跳ねると3塁側へと向きを変えた。この不規則な打球にサードの広畑が突進、グラブで掬い上げすぐさま1塁へと送る。打った恵は全力で1塁へと向かい頭から飛び込んだ。

「セーフ! セーフ!」

『空川! 鈍い当たりでしたが全力疾走が功を奏しましたァ! 記録は内野安打! これでツーアウトランナー1塁!』

「ふーっ、なんとかヒット! カッコ悪いけど~」

「大丈夫でやんすよ、一生懸命走ってカッコ悪いヤツなんていないでやんす!」

1塁ランナーコーチを務める矢部川からの賛辞に礼を言いつつ、リードを取る。打席には6番の夏穂。

 

――「盗塁のコツ?」

昨夜、相手投手の研究を居残りでしていた村井と矢部川の元に向かった恵が村井たちに頼んだのは盗塁等の次の塁を狙う動きで何を考えているか。細かい技術的な助言を求めるのは感覚派の恵にしては珍しい事だった。

「明日の試合~、1つの進塁が、きっと大事になる。少しでも、二人の極意を教えて欲しいんだ~」

もちろん簡単では無いことは恵も百も承知だ。だがそれでも聞きたかった。ここ一番の終盤の代走を成功させてきた足のスペシャリストの話を…。

「…正直、今からここで話す内容だけじゃ、理解できないと思う」

「綾ちゃんに同意でやんす。…簡単に真似されてもそれはそれで悔しいでやんすし…」

「うん~、分かってる。でも明日は、絶対勝ちたい。お願い! 何か、ほんの少しでもいいから! 虫の良い話かも知れないけど…!」

「…顔上げてよ、恵ちゃん。…分かった、教えられることなら、私たちで良ければ教えるよ。恵ちゃんが、あんなに迷った顔して頼みに来てくれたんだもの…」

「そうでやんすね! オイラたちが師匠として教えてあげるでやんす! でもやるからには厳しく行くでやんすよ!」

「二人とも…! ありがとう~!」

 

それから恵は時間の許す限り、矢部川と村井に教えを請うた。クセを叩き込み、スタートのタイミング、リードの幅…、可能な限りアドバイスを受けた。――

 

「(とは言え、一回も実践は出来てないし~、出来るか分かんない。けど…)」

自分のことを、自分が信じてやらなくて誰が信じるのか。恵の信念はそこにあった。

「(覚悟を決めるよ~、空川恵! 行くぞ~!)」

澄原が何度かこちらを目で牽制し、足を上げた。左投手の澄原は足を上げてからも一塁側に踏み出せば牽制できる。だが何度も研究した甲斐があって恵は見抜いた。

 

ほんの少し、体がホーム側に傾いていることを。

 

ダッ!!

「! ランナー、逃げたぞ!」

ファーストの御影が叫ぶ。夏穂はストレートを見逃し、詰井は2塁へと送球するが間に合わない。澄原のフォームが`完全に盗まれた`スタート。

「(アドバイス通り!)」

「(まさかぶっつけ本番で決めるとは、さすが恵ちゃんでやんす!)」

「(恵ちゃんの思いっきりの良さが、盗塁のアドバイスを受けたことでさらに自信を着けて、完璧なスタートを生んだんだね…、私には真似できないかな…)」

師匠二人の想像を越えた恵の盗塁でツーアウトながらランナー2塁のチャンスを迎えた。打席に立つ夏穂の手にも力が入る。

「(不甲斐ない投球をした。でも私はまだ引っ込んで無い。つまり、まだエースとして役割を果たさなきゃいけない! そのためにも…、)」

澄原の投じた高速スライダーとストレートになんとか食らいつきファールにする。続く4球目は外れてカウント1-2からの5球目、夏穂は勝負に出た。

「(エースは、戦う姿勢を見せる! そして狙うのは…!)」

相手投手の決め球、澄原のフォークボールだ。

カキーン!

「!」

『打ちましたー! 打球はレフト前へと落ちる! それを見てセカンドランナーの空川、一気にホームイーン!! 桜井夏穂、バッターとしてまず意地を見せましたァ!』

「(ピッチャーがここぞって時に投げる決め球、打たれて一番悔しいのも決め球! あのピッチャーなら…、澄原なら必ず投げてくるって思ってた!)」

同じピッチャーとして、その気持ちはよく分かる。決め球は自分の力の象徴であり、ここぞの場面で投げる切り札であり、投手としての心の柱であるのだ。

 

打席には満が向かう。ここでもう1点取れればこの試合はますます分からなくなるだろう。

「…っ!」

澄原はしばらく手の中のボールを見つめていたがツバのようなものを吐き捨てると再び気合いの入ったボールを投じ、

ズバーーン!!

「ぐっ…!?」

「ストライク! バッターアウト!」

『三振ーー!! 2点と差を縮めた聖森でしたが、後続続かずッ! しかし、試合は面白くなって参りました!』

満は澄原の気合いの入ったボールの前に空振り三振に打ち取られた。

 

5回表、マウンドに向かった百合亜はマウンドにあるものを見つけた。

「…これは?」

「どうしたの、百合亜?」

その様子を見てレフトへ向かおうとしていた夏穂が声をかけた。

「何かマウンド付近に落ちてたんです。これは…、白い石?」

見るとそこには白い石のようなものが落ちていた。普通こんなものはグランドに落ちていることはない。そこで夏穂は先ほどの澄原の行動を思い出す。

「…これは、石じゃない。歯だよ、あの澄原の」

「歯…!? どういうことですか!?」

「きっと…、折れたんだ。悔しさで歯を食いしばりすぎて…」

「…あの人、女性なんですよね?」

「うん。…でもそうである前に、澄原は一人の女性である前に、ここのマウンドに立つ以上は一人の投手なんだ…! 私たちだって、そうだ…!」

「それが、あの人なりの覚悟、ってことでしょうか」

「おそらく、ね」

「夏穂! 早く守備に行け! 始まっちまうだろ!」

「ああっ! ごめん!」

松浪にどやされ、慌てて夏穂はレフトへと走っていく。だが夏穂の心中でも、百合亜の心中でも、二人は同じことを考えていた。

「「(相手の覚悟がとれほどか分かった以上、こっちも負けてられない!)」」

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

 

開  拓 0220 |4

 

聖森学園 0101 |2

 

(4回裏終了)




心情描写が多くなった分、試合が進みませんでした…。できるだけ早く次をお届けできればなあ、と思ってます。
今回はおまけは無しです。次回もよろしくお願いします!


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48 乾坤一擲

また1ヶ月空いてしまった…。決勝戦も中盤に突入です!

★学校紹介
・聖森学園高校
私立でつい最近創立されたばかり。新しいスポーツ文化の振興がモットーであり、女子選手の参加が認められた高校野球の他にもeスポーツ部やカバディ部など他の学校ではあまり見られない多くの部活がある。設備もそれなりに整っているため、名門校から声が掛からなかった選手が集まっている。

・開拓高校
かつて経営難に陥り混黒高校の分校となったが、混黒高校の圧政紛いの経営に苦しめられていた。そんな中で生徒たちが外部と協力してその実態を世間に広め、厄介事を嫌った混黒高校からこの春から独立することとなった。授業の中で野菜を作って地元で販売するというところまで行っている。


5回表、先頭は2番の宇佐美。器用な右打者であるゆえに左の軟投派である百合亜の天敵である。

バッテリーは出し惜しみすること無く初球からカゲロウボールを使っていく。

「ストライク!」

「なるほど、これが…」

宇佐美は特徴を探ろうとしたが、変化、落差の大きいムービングファストとなるとなかなか厄介だ。

続く2球目はサークルチェンジ。緩急を付けてカウントを稼ぐ。もう追い込まれてしまったが宇佐美は開拓高校の選手の中でも最も三振率が低い。ここからが真骨頂だ。

「ファール!」

インコースへのフォーシームはファールに、外に逃げるカゲロウボールは見逃して、さらにスライダーがすっぽ抜けたのか外に大きく外れてカウントは2-2。

「(来た! あのムービング!)」

暴れるように動くカゲロウボールに対し、宇佐美はとにかくバットに当てた。打球は一塁のファールゾーンへと飛びファール。

「(さすが、当ててきた…。でも当てるのに必死、この勝負はもらう!)」

続けて投じたインコースへのスライダーはカットかれ、さらにカゲロウボールを投じたがまたもファール。

「(こいつ、やるなあ。百合亜の球も悪くないがこいつの技術もかなりのもんだ。でもここらで仕留めるぜ)」

サインに頷き、百合亜が投じたのは、

「くっ!?」

インローのストレート、いわゆるクロスファイヤー。変化球とカゲロウボールに対応しようとしていた宇佐美のタイミングを外し、振り遅れで空振りを奪った。

さらに続く御影にはカゲロウボールを引っかけさせてセカンドゴロに打ち取った。

そして打席には開拓高校の中でもかなりの要注意打者である詰井。しかし左同士の対戦であることもあって百合亜が有利となる。

初球からアウトコースいっぱいにフォーシームを決め、1つボールを挟んでからカゲロウボールを低めに決めてカウント1-2と追い込んだ。ここでバッテリーは勝負を決めにかかった。選んだのはスライダー、アウトコースへと逃げていくようなコースで投じた。

「っ!」

ここで詰井は外角を打ちに思い切り踏み込んだ。目一杯腕を伸ばしたスイングでボールをバットの先で捉えた。鈍い音が響き打球は力無くサードへ。これを満が無難に捌いてスリーアウト。

「ナイスピッチ、久米!」

「いいじゃん、流れはまだこっちだぜ!」

「…はい、ドリンク」

「うん、ありがと、白石」

ムードの良くなってきた聖森、一方で松浪はひとつ大きく息をついた。

「(さっきのは三振狙いで行ったんだが…、コースは完璧、少しだけ高さが真ん中に寄ったけど…。それでもあの詰井って左バッター、当ててきやがった。こりゃ次以もしんどいぜ)」

詰井は悪球打ちであり、ミート力も兼ね備えている。おそらく自分が打てるコースなら手を出してくるのだろう。どれでも手を出してくる、と勝手に思い込んでボールゾーンで釣っても簡単には手を出してこない。見極めるところは見極めてくる、厄介な悪球打ちだ。

 

試合は5回の裏、ここでもう1点、出来れば同点にしておきたい聖森学園。この回は8番の初芝から。

キンッ!

「ファール!」

「(くーっ、本当に球威あるなあ! こいつのストレート! 長打はそう簡単には打てねえ。となると…、)」

初球のストレートをファールにし、その後のフォークを見送ってボール、続くストレートで追い込まれた初芝は狙い球を考える。カウント1-2から投じられたストレートもファールにし、バッテリーは少し長めのサイン交換。そして5球目が投じられる。

そのボールはインコースのストライクゾーンからさらに内へと食い込む高速スライダー。見逃せばボールのコースだったが初芝は打って出た。

「このっ!」

「こいつ、打ちやがった!?」

捕手の詰井が驚くのも無理はない。自分自身も悪球打ちだが初芝の場合はその打ち方からとんでもなかったからだ。

インコースへと食い込んできたスライダーに対し、バットを持つ腕を完全に折り畳んで体に密着させ、体ごと回転するようにしてスイングした。捉えた打球は会心の当たりでは無かったがフラフラとサードの後方へと飛んでポテンヒットとなった。

「よっしゃ!」

「あんなコース、どうやって打ったの…?」

「体の近くに来たから、とっさにガーッ! って巻き込む感じで打っただけだぜ。練習すれば誰でもできるよ」

「(…感覚派の初芝くんらしい…)」

疑問をぶつけた村井だったが初芝の回答に謎が深まるだけだった。初芝も他のメンバーに埋もれてはいるがバットコントロールという点では全国レベルでも高い位置にいる。ただし本人は感覚で打っているため他人には説明できないそうだが。

 

初芝が出塁し、ノーアウトのランナーが出る。

カンッ!

「ナイスバント~!」

「さっすが姫華! 職人だね!」

9番の姫華はここできっちり送り、1アウト2塁のチャンスを作る。ここで先ほどヒットの風太。バッテリーの攻めも慎重になったが、風太は冷静に見極めてフォアボールを選んだ。

『おっとここで同点のランナーが出ました! 打席に迎えるはレフトでスタメン、途中からマウンドに上がったいる久米! さー、ここで熱く燃え上がれるか!?』

 

百合亜はここまでセカンドゴロとレフトライナー。澄原の力強いストレートの前に自分の打撃は出来ていない。

「(ここでなんとか1点取らないといけない!)」

振り子打法で構え、狙い球を絞る。前の打者に対して澄原は低めのフォークを上手く決められずにフォアボールを出した。ならば狙うのは高速スライダーかストレート。

「(来た球を、強く叩く!)」

澄原がセットポジションからボールを投じる。百合亜も迎え撃とうと動き始める。

投じられたのはインコース、百合亜は1,2塁間を狙い引っ張りにかかった。そうなればチャンス拡大、あわよくば1点返せるだろう。

 

投じられたのが`フォーク`でなければ。

 

「っ!?」

その打撃センスが故に、バットに当ててしまった。打球はやや高く弾んでファーストへ。御影が前進して捕球し、2塁へ転送。開拓高校でも屈指の強肩でもある御影の送球は風太を2塁で封殺。カバーに入った杉田がそれを1塁へと転送した。しかし百合亜の全力疾走も功を奏して1塁はセーフ。これで2アウトランナー1,3塁に。

 

 

そしてここで榊原監督が動いた。

「元木、村井に伝えてくれ。代走だ」

「分かりました!」

 

「ファーストランナー、久米さんに代わりまして、村井さん。ファーストランナーは村井さん。背番号14」

『おっと、ここで好投していた久米に代えて代走です! 代走は村井! 聖森の走塁のスペシャリストです! さあ、続くバッターの松浪のバッティングで帰ってこられるか?』

 

「(さあ、村井。お前にできる最高のパフォーマンス、限られた状況で見せてくれ!)」

澄原は代走に出てきた女子選手、村井を目で牽制していた。現在2アウト、バッター勝負でも良いだろうが…、

「(松浪はチャンスに滅法強い。引っ張りのホームランのイメージが強いし、どのコースでも無理矢理引っ張ってくる。走らせてしまえばヒット1本で同点。詰井の肩もランナーのケア無しで良いほど強肩ではない。となると警戒しなきゃいけないか…!)」

あまり走らせたくないのは詰井も同様らしいが、カウントを悪くするわけにもいかない。澄原はセットポジションに入るが、視界には走ってやるぞと言わんばかりにリードを取る村井が入った。普段のおとなしい姿とはまるで別人の、大胆なリード。

「ふんっ!」

一度牽制を挟むが、頭から戻ってセーフ。そして再び大きくリードを取る。好投していた投手を代えてまで出した代走なのだから向こうの監督も走らせたいはず。だがそれまでにバッターが追い込まれてしまえば本末転倒だ。仕掛けてくるならワンストライク取れるまでだろう。

澄原が投じた瞬間、村井はスタートを切った。ボールは外角ボールゾーンのストレート。詰井は2塁に投げる素振りを見せたが、よく見ると村井はスタートを切った後、1塁へと戻っていた。

「(なるほどそう来たか)」

一連の流れを見て澄原は理解した。これは走ることよりも澄原の集中を乱す策である。走られてもここで打ち取れば問題ない。しかしパスボールのリスクもあるため不用意に低めへとフォークを投じるのは危険だ。

「(随分と…、厄介なやつを出してくれたな…)」

 

「(単純な足の速さだけなら、久米と村井にあまり差は無い。だが…、自分の役割を自分なりに突き詰めて、代走という役目を自分の武器にしたのが村井。代走だからといって盗塁するだけなのではない。塁上にいることで得点に繋がる仕事、それをアイツはできる!)」

ここまで好投していた百合亜に対して代走を送ったのは端から見れば博打なのは榊原も理解している。それでも榊原は村井が一試合であるかないかのワンプレーに注いできた努力に賭けたのだ。

打者はここからクリーンナップ、バッター集中で行きたいだろうが、村井は同点のランナーだ。ワンヒットで帰られる可能性のある2塁に行かせたくないだろう。

「さあ…、あとは松浪、竹原。お前たちの仕事だ…!」

 

カウントは1ボール。澄原と詰井はサインの交換をする。投げるボールは決まった。

「(ここで打たれる訳にはいかない…!)」

澄原は夏穂たちも知ってた通り、かつては海底分校にいた。本校であった混黒高校の野球部に入るという話を踏みにじられ、校長、理事長に対して抗議した結果だった。

そこで混黒高校野球部に挑むために臨んだ分校トーナメント。ここで勝てば混黒高校体育祭で野球部と試合が出来る。自分の力を証明できる、そう考えていた。

結果は分校トーナメント決勝で開拓(当時は分校)に敗れ、その野望は散った。しかしその後十三村から、開拓の力になって欲しいと頼まれた。

当時は断った。自分のワガママで立ち上げた海底分校野球部、それを放り出して、自分を慕って着いてきてくれた部員を見捨てて、自分だけが表舞台を目指すなどもっての他だった。

だがその提案は本当は海底分校野球部の部員たちが、十三村に打診したという。

――姉さん(澄原のこと)はこんなところで終わっていい人じゃない。羽ばたけるところで羽ばたいて欲しい―

澄原が応じなければボイコットする、とまで言われ、澄原は開拓に移った。ここにいるのは、開拓高校だけではなく、海底分校の部員の思いも背負って戦っている。

 

「(私は、私を信じてくれた仲間のために、投げる!)」

澄原が気迫を込めて投じたのはインハイへのストレート。松浪はタイミングがやや遅れた。それでもバットは止めなかった。

「俺が引っ張るだけだと…、思うんじゃねえ!」

強引には行かず、されど鋭くバットを振り抜いた松浪の打球は甲高い金属音と共に一塁後方へと飛んだ。

「しまった…!」

打球はライトの前に落ちるタイムリーヒット。松浪が今日までずっと練習してきた逆方向への柔らかいバッティング、それが生んだ結果であった。この当たりで一塁ランナーの村井は一気に三塁へ。2アウトランナー1,3塁の状況を継続した。

 

「主審、ピッチャー交代で。下山、レフト行ってくれ!」

ここで開拓高校の監督の村田も動いた。本当はこの回まで澄原で、万全の状態で十三村を行かせてやりたかったが、このまま追い付かれるのも良くはない。もっと言えば、気合いの入っていた十三村を先発にしてやりたかったが…、

「(アイツは将来がある。例えここで叩かれても、無理させるわけにはいかねーんだ)」

十三村のケガが完治したのは分かっている。だが1度負ったケガとはそう簡単に縁は切れない。それにまだ体の出来上がっていない高校生の十三村に無理はさせられない。その上での先発澄原という判断。村田は適当なようでその実、開拓高校の選手たちのことをよく理解し、彼らのために動いているのだ。そして選手層の薄い開拓の残りメンバーを考えれば監督の仕事はほぼ終わり、あとは選手たちに任せるだけだ、と村田は考えていた。

 

「十三村、すまないね」

「なーに、ここからは任せてくれよ。このチームで優勝するんだ!」

「ああ、後は任せたよ」

「十三村、サインはいつも通りだな」

「おう! さあ、しっかり守ろうぜ!」

「「「おおお!!!」」」

 

開拓高校はレフトの十三村がピッチャーに、澄原の代わりには下山が入り、レフトの守備に着いた。

 

打席には竹原。マウンドに上がったのはエースであり、開拓の精神的支柱である十三村。最速150キロを越えるストレートにスライダー、フォーク、そしてナックルカーブ。ケガ明けであることは開拓のメンバー以外は知らないことであるため、終盤まで衰え知らずのスタミナを誇る、そういう投手だと捉えられている。

「(ここで来たか。こいつを打たねば、俺たちに勝ちは無い!)」

投球練習を終えた十三村と打席の竹原が相対した。同点打を狙う四番と、同点は阻止したいエースの対決。

「(代わり鼻の、初球を狙う!)」

「(打てるもんなら打ってみやがれ!)」

初球に十三村が投じたのはインコースへのストレート。球威のあるストレートにも負けず竹原もバットを振り抜き、快音が響いた。

 

痛烈な当たりとなった打球だったがショートの真正面へと飛んだ。

「っ! あっ…!?」

 

甲子園には魔物がいる、かつて誰かがそう言った。甲子園で試合を行う球児たちには観客からの、県の代表としての、チームメイトの中から選ばれた者としての責任感やプレッシャーがのし掛かり、普段ではなんでもない打球をミスすることがある。特に僅差、終盤で起こるそれを`甲子園の魔物` と揶揄されている…。

 

決して簡単な打球という訳では無かった。杉田はチームメイトも認める守備の名手だ。だが自信不足なのかプレッシャーに弱く、ここぞというときに結果を出せないこともしばしばあった。十三村たちと野球をする中で徐々に自信は着けていたが、それでも守備で時折起こるミスはあまり減らなかった。

 

『あーっと! ここでやってしまったー!? 竹原の放った痛烈な打球、ショート杉田の真正面でしたが、痛恨のファンブル! 2塁転送も間に合わず、オールセーフ! 思わぬ形で聖森学園、同点に追い付きましたー!!』

記録はショートのエラー。同点になり、なおも2アウトランナー1、2塁となった。

「ご、ごめん。こんな時に…」

「ま、杉田で無理ならウチのやつは誰も捕れねーし、仕方ねーな」

「おい詰井、俺なら捕れるぞ!」

「外野するのもおっかなびっくりだったエース様が何言ってんだよ。とりあえず、まだ負けてる訳じゃねえし、さっさとこの回終わらせて、攻撃で勝ち越そーぜ」

「相手ピッチャー代わるし、狙い目だもんな。という訳で杉田。十三村と詰井もこう言ってるし、切り替えて守ろーぜ」

「み、御影…」

「1番ダメなのはグダグダ引き摺ることだ。大丈夫さ、杉田はウチで1番守備が上手い。この試合はもうミスらねーさ」

「あ、ああ!」

「よっし、ここで切るぞ!」

「「「「おおっ!」」」」

十三村、詰井、御影に励まされ守備へと戻る杉田。さて、とこちらも気持ちを切り替えた十三村は今度は左打席の恵と相対した。

「(このままの流れで~、一気に勝ち越すよ~!)」

「(やっぱ緊急登板じゃ難しーな…、変化球がまだ調整出来てねえ)」

「(なら、ボールでいい。ここにフォークだ)」

十三村はサインに頷き、アウトローにフォークを投じた。しかし若干真ん中に寄ってしまった。高さは間違ってないから大丈夫なはずだが…、

カキーーン!

「もらいっ~!」

「うおっ!?」

またも痛烈な当たりが足元を抜けていった。恵は悪球打ち、多少のボール球でもフルスイングで強引に打つバッターだ。

十三村の足元を襲い、そのままセンターへと抜けるかと思われたその打球、ここに杉田が飛び付いた。

「セカンド!」

飛び付いて捕球したあとにすぐさま2塁のベースカバーに入った宇佐美へとグラブトス。2塁封殺のファインプレーで勝ち越しは許さなかった。

「ふー、なんとか同点止まりだ。サンキュー杉田。抜けたかと思ったよ」

「いやいや、それよりさっきの捕ってればこんなことには…」

「おいおい杉田、終わったこと言っても仕方ねーだろ? 安心しろ。この広畑様がスカッと勝ち越し決めてやるからよ!」

「広畑が打つかはともかく、また勝ち越せばいいだけだろ? なあ、詰井」

「十三村の言うとおり、あとは勝ち越して、守る。それで日本一だ!」

「うん、わかった。切り替えてしっかりするよ!」

 

「なんとか5回終わるまでに追い付けたな。恵の当たりも悪くなかったんだけどな…」

ベンチに引き返してきた松浪は防具を着けながらここまでの試合を振り返っていた。

「澄原を引きずり下ろしたものの、エースが出てきたし、ここからは追加点は難しくなるかもね」

「夏穂の言うとおりだな。あの十三村ってやつは何度も逆境に打ち勝ってきてる。メンタルの強さは相当のもんだ」

「あ、あちらの投手層はあまり厚くないです。あの十三村さんは最後まで投げるでしょうし、あの人を打ち崩さないと、私たちに勝利はありませんね…」

「ああ。だからこそ、何がなんでも打つ。その先にある栄冠を掴むためにもな」

「よく言ったぜ、大。さあ、ここからはまたイーブンのスタートだ。勝つぞ!」

「「「「おおおっっ!!」」」」

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

開  拓 02200 |4

聖森学園 01012 |4

(5回裏終了)




試合が全然進められなかった…。ようやく開拓のエース、十三村が出てきました。パワポケ13やったことがある人なら澄原の強さはよく知ってると思います。このお話ではここでお役ごめんです。ちなみにパワポケ13では澄原が開拓で先発することはサクセス中ではありません(起用法リリーフエースを持っているため、また先発は必ず主人公か詰井)。
今回のおまけは開拓のエース、十三村です。

◯十三村賢人(とみむらけんと) (3年) 右/右
開拓高校のエースでキャプテン。かつては強豪の混黒高校に在籍。とある事件をきっかけに大怪我を負い、紆余曲折があって開拓に転校。不屈の闘志で怪我を乗り越え、様々な仲間と開拓高校の独立を果たした。男女共に惹き付ける澄原以上に高いカリスマ性の持ち主。
選手としては豪速球に加え、衰え知らずのスタミナを持ち、決め球のナックルカーブを初めとして3つの高いレベルの球種を投げ分ける本格派右腕。打者としても一発の魅力があり、特に満塁の場面では滅法強い。
球速    スタ コン 
152km/h  A  D
➡️スライダー 4
↘️ナックルカーブ 5
⬇️フォーク 4  
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
3 E C C B C C  投C
ピンチ◯ 対左打者◯ 打たれ強さ◯ キレ◯ 内無双
チャンス◎ 恐怖の満塁男 パワーヒッター 強振多用 人気者

次回も1ヶ月以内に更新できるように頑張ります。次回もよろしくお願いします!


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49 Not Alone

ちょっと遅くなりました。
今回は少し長めです!


「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。先ほど代走いたしました村井さんに代わりまして白石君が入りピッチャー。2番、ピッチャー、白石君。背番号11」

グランド整備を終え、6回表を迎えた夏の甲子園決勝。マウンドには前の回に百合亜に代走を出した関係で白石がリリーフした。

『さあ同点に追い付き、この回はゼロで行きたい聖森学園! マウンドにはこちらも2年生、MAX150キロの豪腕の白石! さァ、どんな投球を見せてくれるのでしょーか!?』

 

打席には5番の十三村。気合い十分で打席に入った。

「(流れがこっちへと来つつある…、ここを凌いで一気に勝ち越す流れを呼び込みたい!)」

白石もまた表情には出さないが静かに闘志を燃やしていた。そして投球モーションに入り、初球を投じた…!

 

 

「ボール! フォア!」

「くっ…!?」

結論から言えば、白石の十三村に対する結果はストレートのフォアボールだった。初球のストレートは148キロを計測しながらも大きく外れ、次も外に外れる。そして今度はホームベースに叩きつけ、最後も外に僅かに外れた。

「(白石のやつ、明らかに力んでる!)」

続く打者は澄原に代わって途中出場の下山。かつては十三村と同じく混黒高校に在籍していた万能の外野手だ。

松浪は力みを取るためにフォークを要求した。

「(パスボールとワイルドピッチにだけはぜってーしねー! 思いっきり来い!)」

白石はそのサインに頷き、フォークを投じた。しかし余計な力が抜けきらず、ボールはまたもホームベース付近で叩きつけられた。

「くそっ! 逸らすかよ!」

難しいボールだったが松浪は体で止めてランナーの進塁は許さない。だが肝心の白石の状態は改善されず、次のストレートも外に外れた。

「(これが継投の怖いところ。調子がみんな良いとはかぎらねぇ。…こうなりゃ物は試しだ)

主審、タイムを」

松浪は一旦タイムを取りマウンドへ向かう。

「白石、力みすぎ。全然腕しなってないし、体カチカチじゃねーの」

「それは…」

「ストレートがダメ、フォークもダメ。…でも、あともうひとつ、試してみる価値はあると思わねーか?」

「! ですけど、あれは…」

「なーに、大丈夫だ。`ちょっと指ずらして真ん中めがけて腕振れば`な。少なくともこの1球は絶対に打てない」

「真ん中に…」

「ああ、絶対に大丈夫だ。俺を…、`知将`を信じてみろよ」

 

 

松浪がポジションへ戻り試合再開。下山は松浪の方をチラリと見た後にマウンドへ向き直る。

「(僕は人の3倍練習してきた。十三村…、彼に追い付くため! だから君達が何を企もうと…、打ち砕いて見せる!)」

白石がセットポジションからボールを投じた。ボールは真ん中へとやって来る。

「(彼はストレートかフォークの二択! フォークは決まらない以上、ストレート一本待ち…!)」

下山は打ちに行ったがボールは僅かにスライドした。

「(カ、カットボール!?)」

決して鋭い変化では無かった。ナチュラルのスライダー程度の代物だったが、下山は芯をずらされる。

しかし打球は弱く三遊間に転がり、満が捌いてバッターランナーはアウトにした。1アウト2塁、一打出れば再び勝ち越しを許すピンチとなった。

そして…、ここで再び榊原監督が動いた。それに気付いた松浪もマウンドへと向かう。

「白石、ここまでだ。…交代だ」

「…こんな調子なんです。仕方ありません…」

リリーフを告げられた杉浦がマウンドにやってくる。白石はボールを託してベンチへと戻ろうとした。

「白石」

「…はい」

「…忘れるなよ。今日…、いや、この甲子園で感じたこと。短いイニングだったかもしれないけど、抑えられた喜びも、勝つための使命感も、納得できなかった悔しさも。お前はここで終わるんじゃないからな、俺たちと違って」

「!…はい!」

白石は駆け足でベンチへと引き下がる。

「さて、ここからは俺達3年の仕事だな」

「苦しい所だけど行けるか?」

「ダメなら負ける、抑えれば勝つチャンスはある。分かりやすくて結構だぜ」

「おし、じゃあ頼むぜ」

 

バッターは7番の広畑。お調子者の広畑だが、杉浦の持ち球が2種類のカーブとツーシームということは頭に入れている。

「(こうもあっさり代えたのは驚いたが…、だが俺は打つだけだ! さぁ、来いよ!)」

杉浦は松浪のサインに頷き、初球を投じる。武器である大きく割れるカーブだ。広畑は一瞬体の方に来たボールに身を引きかけたがボールは真ん中低めへと決まる。これで1ストライク。さらに2球目も大きく割れるカーブ、しかしこれはワンバウンドしてボールになる。そして小さなカーブをアウトローに決めてカウントは1-2。

「(ここで来るか…? ストレート!)」

「(遊び球は無し! 杉浦、これで決めようぜ!)」

杉浦がサインに従って投げたのは低めへのカーブ…、`小さい`方だ。

「! クソがっ!」

読みが外れた広畑だが強引にバットを振っていった。ジャストミートとはいかないが打球は正面に弾き返す。

「っと!」

杉浦はとっさにグラブを出したが、運悪くグラブの先に当たってしまい打球の向きが変わる。打球は一二塁間の方へ。

「わわっ!?」

打球に反応し、杉浦の後ろに走り込んできた姫華は逆を突かれ、竹原が慌ててフォローに走る。杉浦もそれを見や否やファーストベースカバーに走った。

「うおおお!!!」

広畑も必死の全力疾走。竹原が杉浦へとボールを送るが判定は僅かに広畑が早かった。

「セーフ!!」

「へっ、見たか! ちょっとカッコ悪かったが…」

「ふー、ついてねーなぁ…」

杉浦もこれには苦笑いするしかない。一瞬手を出さずに姫華に任せることも考えたが、万が一抜けたら点が入るという考え、そしてピッチャーの本能が手を出させてしまった。

1アウト1、3塁。バッターは沖田。松浪はやや考え込んだ後に前進守備を指示した。1点もやりたくない。中間守備でゲッツーを取りに行けるし、2点目以降を絶対に取られたくない、という考えもあったが…、

「(十三村から1点奪うのも大変だからな。ここは勝負かけるぜ…!)」

松浪は杉浦に低く来い、とジェスチャーで伝える。杉浦もセットポジションから投球モーションに入る。

初球は低めへのツーシーム、これは見逃してストライク。続いて外角にストレートが外れてボール、続いてインコースにツーシームを決め追い込んだ。

「うおらぁ!」

バッテリーが追い込んでから選択したのはアウトローへの大きいカーブ、しかし…

「(やべっ! 内に入った!)」

ここまで慎重に投げてきた杉浦のボールはやや真ん中へと寄ってしまった。

「うおおっ!」カキンッ!

ややタイミングを外された沖田だったがカーブを上手く掬い上げた。打球はレフトの定位置まで飛んだ。

「タッチアップ! 夏穂!」

「オッケー!」

しっかり助走をつけてから捕球し、カットの風太まで送球を繋いだ。しかし十三村も平均以上の足の速さがあった。定位置のフライならば余裕のホームインとなる。

『勝ち越しー! 開拓高校! ここで犠牲フライで貴重な1点をもぎ取ったァ! しかし、これでツーアウト! 聖森学園、ここを最小失点で凌げるかァ!』

杉浦としては後輩の作ったピンチをゼロで凌いでやりたかったのだが…、

「(過ぎたことは仕方がない、野球に減点はねーからな。とにかくこれ以上は打たせねぇ!)」

続く打者、杉田に対しても強気にインコースを攻め、最後は外角にカーブを落として空振りの三振を奪った。

 

6回の裏、一点を追いかける聖森学園の攻撃は6番の夏穂から。

「さて…、打つ方もやるらしいな! 全力で行くぜっ!」

「さあ…来いっ!」

十三村は大きく振りかぶり、ボールを投じる。

ズドッ!

「わお!」

 初球からインコースに151キロのストレートが決まる。

「やっぱり速い・・・、けど負けない!」

 2球目の外角へ逃げるスライダーは見逃してボールに、3球目のインコースへのストレートは打っていったが後ろに飛んでファール。続く外角へのストレートにも食らいついてファールにする

「思ったより、粘るな…! だがこれで終わりだ!」

「!!」

 豪快な腕の振りから投じられたのはナックルカーブ、腕の振りの速さと相まってバッターからすれば強烈なブレーキがかかるように見えるボールだ。夏穂は当てに行かずフルスイングで応じたが当たることは叶わず三振に倒れた。

続いて打席に立つのは弟の満。ここも十三村はインコースを攻めた。初球はインコースへのフォーク、満はストレートを狙って振って行ったが空振り、2球目に続けられたフォークは見逃した。さらにインハイにストレートも外れてカウント2-1。しかしこの内角攻めにも満は怯まなかった。この後のアウトローの149キロの真っ直ぐに逆らわず合わせてレフト前へと運んだ。

「いいぞー、満ー!」

「続けよ初芝!」

ここで先ほど反撃の狼煙となるヒットを放った初芝。しかしその積極性を逆手に取られ、ボールゾーンに逃げるフォークとスライダーを振らされる。決して選球眼は悪い訳では無いが、そのミート力が故に多少のボールでも前の打席のようにヒットにすることもある一方でボールに逃げる変化球の空振りが多いのも初芝の特徴だった。そして追い込まれてからインコースに150キロのストレートを決められ見逃しの三振、これでツーアウトとなった。

「9番、セカンド、椿さん」

ツーアウトである以上、送りバントは出来ない。なんとしても後続へ繋ぐことが必要となる。

「(とはいえ…、私が十三村からまともにヒットを打つのは至難の技…)」

150キロ超のストレートにキレのある多彩な変化球。攻略法も限られてくる。

「(となると私にできるのはっ…!)」

初球のインコースへのストレートにフルスイングで応じた。振り遅れてはいたが十三村は「ほう?」と驚く。

「(全体的に長打の少ない聖森の中でも1番小柄で長打が少ない。それでもフルスイングしてきたとは…)」

詰井のサインに頷き、十三村は2球目を投じる。アウトローへのボール球、そのときの姫華の反応で十三村は確信した。

「(一瞬バットを持つ左手が離れた。セーフティの構えをしようとして止めたな)」

初球にフルスイングを見せてからセーフティバントを仕掛けるのは基本の作戦。詰井は十三村のサインに応じて内野に指示を出す。

「(サードが前に来たっ…! セーフティ警戒ってところかな?)」

姫華は守備位置を確認した上で次の一手を考える。そしてそれを行動に移した。

『おっとここで打席の椿、ツーアウトですが始めからバントの構えッ! 一体何を仕掛けてくるのかァ!?』

「(バスター打法か? スイングまでの動きが最小限になるから不振の打者がたまにやると聞くけど…)」

詰井はその動きに色々と考えを巡らせた後にサインを出し、十三村もそれに従いボールを投じる。

ボールはインハイへのストレート。バントするにしても打つにしても難しいコース、姫華はバットを引いて見送った。カウント1-2、これで追い込んだ形になる。

十三村が決め球に選んだのは膝元へのストレート。右投手の十三村から左打者の姫華へクロスファイヤーとなるコース。サイン通りに投じられたボールに姫華はなんとかバットを当ててファールに。構えはバントの構えからではなく、普段通りの重心の低い独特の打撃フォームに戻しており、咄嗟の反応でファールにした。続いて投じられたボールゾーンへ落ちるフォークは見逃し、外角へのストレートも姫華はカットした。そして外のボールゾーンから曲げるスライダーは僅かに外れてフルカウントとなった。

十三村はそこからストレートを内外に1球ずつ投じたがどちらも辛くもカットされる。

「(こいつ…、しぶといぞ…!)」

さらにナックルカーブも体勢を崩しながらもカットされた。

「ボール! フォア!」

「くっそ…!」

力を入れて投じたストレートは外に外れてフォアボール。姫華の粘り勝ちだった。元々フォアボールが少なくない投手である十三村だがここまで粘られた末のフォアボールは少なからずダメージはあった。

「だが、そう簡単に、崩れてたまるかよ!」

しかし十三村も甲子園決勝まで勝ち上がってきた投手。打順が先頭に戻り、回ってきた巧打者の風太に対し、ストレート勝負に出る。細かいコースを狙うより自慢の力勝負。そしてカウント2-2、ストレートを4球続けた後にフォークを落として三振を奪いピンチを切り抜けた。

「くっ…、あのストレート見せられて、ナックルカーブ警戒の中でフォーク…! やられたぜ」

いいようにやられた風太は悔しさを滲ませる。

 

いよいよ試合は終盤の7回表、開拓高校は1番の軽井から始まる好打順。対する杉浦はこの回も強気の投球を続けた。

大きなカーブ2球で追い込むと小さなカーブも低めに集めてファールを打たせる。途中まで似た軌道の2つのカーブは続けることでも威力を発揮するのだ。ワンバウンドするような大きなカーブを投じた後にインコースへツーシーム。これで軽井を詰まらせてサードゴロに打ち取る。2番の宇佐美にはレフト前ヒットを浴びたが、3番の御影には低めのツーシームを打たせてセカンドゴロゲッツー、実質3人で攻撃を終了させた。

「ナイスピー杉浦!」

「ツーシーム、いい感じに決まってるね! レフト前が来たときは怖かったけど!」

「おう、そのあとは狙い通りだぜ」

1点ビハインドだが決してムードは悪くない。そんな中…、

カキンッ!!

『ヒットー! 2番に入っているリリーフの杉浦! 甘く入ったスライダーを逃さずライト前に弾き返したーッ!』

杉浦がヒットを放ち、ノーアウトのランナーが出る。松浪が打席に向かう中、榊原監督は再び決断する。

「主審、代走で1塁ランナーに矢部川です」

 

「聖森学園、選手の交代をお知らせします。ファーストランナー、杉浦くんに代わりまして矢部川くん。背番号17」

聖森の代走の切り札、矢部川が告げられた。これは2つのことを示していた。

 

「まず聖森はここで絶対に同点にするつもりだね、なんなら逆転狙いだ」

「そうですね、それにもうひとつ…」

「もうひとつ…? なんだそりゃ?」

スタンドで観戦していた緩井たち一芸大附属のメンバー、緩井と白色はこの采配に意図に気付いた。

「代走を出されたのは杉浦、既に聖森の投手登録されてる投手は久米、白石、杉浦が引っ込んだことになる」

「そうか…、ってことは…!」

「そう。隠し球がいるなら別だけど、残った投手は桜井ただ一人…!」

 

「さあ、何としても生還してやるでやんすよ!」

再び好投してきた投手への代走、本当に勝負の一手を取った聖森学園としてはここで逆転、最低でも同点にしておきたい。

「ここを抑えれば確実に勝ちに近づく! だが…」

1塁には聖森が誇る走塁のスペシャリスト矢部川、打席には聖森の最強打者松浪。ノーアウトなのも辛い。

「(走られると一打同点、しかもチャンスに強い松浪! ここは走らせないぜ!)」

サインはウエスト、十三村も執拗に牽制を挟む。そしてボールを投じた。

 

だが矢部川のスタートは完璧だった。

「おいおい、マジかよ!」

ウエストを捕球して2塁へ送球しかし、タイミングは明らかにセーフ。コースは悪くなかったし、十三村もクイックは速かった。だがそれでも矢部川の執念が勝った。

「(牽制のクセ、回数、クイックの時間、全部ビデオを穴が開くほど見てきたでやんす! 全ては、この1回のスチールのためでやんす!)」

詰井はしばし考え、立ち上がった。

『おーっと? ここで敬遠、歩かせましたァ!これでノーアウトランナー1、2塁! 打席には4番の竹原!』

 

「……」

打席に入る竹原。この状況が示す意味は…。

「(俺の方が打ち取りやすい、か。まあそう思われても仕方はない)」

ここまでの成績でいえば松浪の方が遥かに好成績だ。だが自分も4番としてここに立つ意地がある。

「必ず…打つ」

「へへっ、いいねえ、の本気の目。やっぱり勝負ってのは…」

十三村はセットポジションからボールを投じる。より一層、ギアを上げて。

「そうでなくっちゃなぁ!!」

凄まじいボールがミットに突き刺さる。だが同時に竹原も気迫を込めたスイングで応え、スタンドがどよめく。電光掲示板には152キロと表示されていた。

「(ここに来てギアを上げたか、流石だ)」

「(タイミングは合わせてきやがった、ボールがもう一個か二個下だったら行かれてたな!)」

外へとスライダーを外し、再びインコースのストレートで勝負を挑む十三村、これを竹原はファールにしカウントは1-2。

十三村が選択したのはナックルカーブ、これがアウトローいっぱいに決まる…、そう思われたが、

「このぉ!!!」

踏み込んだ竹原はバットをフルスイング、強引に引っ張り打球はサードの広畑が飛び付くも届かず、レフトへと抜けた。

「抜けた!!」

「回れ矢部川! 行けるぞ!」

「フルスロットルで行くでやんす!」

躊躇わずに矢部川は三塁を回る、レフト下山は素早いチャージをかけ、ホームへと返球する。

そのボールはノーバウンドで詰井が構えるミットに吸い込まれた。

「!!」

ズザザッッ!!!!

回り込むことなく、まっすぐ最速でホームに突っ込んだ。判定は…、

 

「アウトーー!!!」

 

『オーマイガッ!! アウト、アウトです! 矢部川、快足を飛ばしてホームを狙いましたが、ここはレフト下山の好返球に阻まれ、痛恨の走塁死!』

矢部川のスタートは広畑がライナーで直接捕るのではという迷いで1歩だけ遅れた。そしてその遅れが命取りとなった。

「も、申し訳ないでやんす…」

「あれをアウトにされたなら仕方ねーぜ」

「…相手の送球、良いのは知ってたけどあそこまで正確だったとはね…」

送球の間に松浪と竹原は進塁し、1アウト2、3塁の形を作った。そして打席には恵を迎えた。

初球のナックルカーブを空振りし、迎えた2球面だった。

「! ランナー走った! スクイズだ!」

広畑が叫ぶ。松浪と竹原がスタートを切り、恵は高めのストレートにバントで合わせた。

「返させねー!!」

ピッチャーとサード間に転がった打球を十三村は素手で掴み、倒れこみながらも詰井へとボールを送った。またも際どい判定になったが主審の腕は、再び上がった。

「アウトー!!!」

歓声と悲鳴に包まれる甲子園球場。恵の決死のスクイズも失敗に終わった。

「(うう~、ボールの勢い、殺しきれてなかったよ~!)」

咄嗟に十三村が投げた高めのストレート、その勢いを完全には殺しきれなかった結果、十三村が捕れる範囲に転がしてしまった。これでツーアウト1、3塁、打席には6番の夏穂を迎えた。

「(あと一個アウト取れば、相手の反撃のムードを吹っ飛ばせる! 今の二つがアウトになったのはデカい!)」

あとはこのバッターボックスを打ち取ってスリーアウトにすればいい。十三村は詰井のサインに頷き、ストレートを投じた。

「ふっ!」

カッキーーン!

「な…!?」

十三村も詰井もプロの野球選手ではない。何度も修羅場は潜ってきたがまだ高校生、心のどこかに油断があった。竹原のヒット、恵のスクイズがホームでアウトになったツーアウトになったとき、`この回はこれで凌げた、ゼロで行ける`と。詰井は安易にアウトローへのストレートを要求し、十三村は球威を出そうと力を入れ、ボールは少し浮いた。

そして夏穂は逆らわずに流し打ったのだ。

『打球はライト前で弾んでヒットだーーー!!! 桜井夏穂! ここで起死回生の同点タイムリー!! この回、よく凌いできた開拓でしたがここで追い付かれたーー!!』

「やったー! 同点!」

夏穂はベンチに向けてガッツポーズ、ベンチもスタンドもエースの一打に俄然盛り上がった。

「(やっちまった…! ツーアウトになって、安心しちまったのか…!)」

十三村は自分達の安直な配球を悔やむがもう遅かった。夏穂が積極的に打ってくるバッターなのはデータでも分かっていたのに、だ。

「(いやまだだ。ここで切る! まだ同点、負けたわけじゃ無い!)」

先ほどヒットを放った満にはナックルカーブを続け、ストレートで空振りの三振を奪いスリーアウト。

しかしこの回、大きな1点が入った。そして…、

 

「聖森学園、選手の交代をお知らせします。先ほど代走いたしました矢部川君がそのまま入りレフト。レフトの桜井さんがピッチャー。2番、レフト、矢部川君。6番、ピッチャー、桜井さん」

マウンドには一度は3回途中で降板した夏穂が立つ。投球練習を受けた限り、調子は降板前より良くなってると松浪は感じた。サイン確認を兼ねてマウンドに向かう。

「調子良くなってるな、打ってご機嫌になったか?」

「ふふっ、それもあるけどさ…。大事なこと思い出したんだ」

「なんだ?」

「この試合が、みんなでやれる最後の試合…、こんな情けない形で終わらせられない。それに」

夏穂は一度ベンチ、スタンドを見て、再び松浪に向き直る。

「楽しまなきゃ。それを思い出したんだ。野球って楽しいものでしょ?」

「…そうだよな。よし、ここから思いっきり楽しませてもらおうぜ! 」

「うん!」

松浪は持ち場へと戻ろうとしたが、振り替えって一言だけ残していった。

「やっぱりお前は笑ってる方がいいぜ。`試合終了まで勝利の女神でいてくれよ。笑顔でさ`」

「…、トモ。しょうもないことばっかり覚えてんだね」

あれは入部してすぐの紅白戦、打ち込まれて落ち込んでいたとき、

――「そーだよ。ピッチャーはポーカーフェイスな奴と感情を出してく奴がいる。俺はどっちもそれぞれ良さがある。お前は後者・・・、特に打ち取った時に見せた笑顔みりゃ、味方は盛り上がると思う。」

 

「でも、そういうやつが落ち込んだらチームにその負の感情が伝わっちまう。そいつはよくないことだ。」

 

「だから、試合が終わるまで勝利の女神でいてくれよ。笑顔でさ」――

 

夏穂は笑って、振り返って守備の方を見て叫んだ。

「みんな、楽しんでいこう!!!」

野手陣は突然の掛け声に驚いたが、またそっちも笑って応えた。

「姉ちゃん、ガンガン打たせてきていいぜ!」

「俺のとこにも打たしてこい!」

「絶対に後ろには行かせないからっ!」

「…俺もしっかり捕ってやる!」

 

夏穂はその声を聞いて、バッターに向き直る。打席には詰井。夏穂から2安打を放っている。

「(さあ来い夏穂、さっきのお前とは違うことを見せてやろうぜ!)」

夏穂は頷き、振りかぶる。

「(今日の試合、自分が絶対に抑える。そう思っていた)」

満が心配していた通り、夏穂は一人で背負い込もうとしていた。エースとして…、チームを勝たせないといけないと。その思いはいつもの夏穂の野球を、マウンドを楽しむ気持ちを押し潰した。

何度も繰り返してきた投球フォームから、リリースの瞬間、全てを込める。

「行っけーー!!!」

ただ真っ直ぐに、美しい軌道のストレートが松浪の構えたミットに突き刺さる。

「ストライークッ!!」

「(これは…! さっきとは別人!)」

文句のつけようの無い、完璧なストレートが決まる。

「ナイスボール!!」

松浪の返球を受け取り、次のボールを投じる。今度は詰井も打ちに行くが、同じアウトローのストレートにバットは空を切った。

簡単に追い込み3球目、

「(私一人なら負けていた。でも、みんながここまで繋いでくれた!)」

マウンドに立つのはピッチャー一人だ、だが、

「(私は、ピッチャーは、孤独じゃない! みんなで勝つんだ!)」

投じたのはインハイへのストレート、詰井は果敢に打ちに行ったが、ここもバットは空を切った。

『三振ーー!!! ここまで好調の詰井から、ストレート3つで三振を奪いました、これこそ聖森学園のエース、桜井夏穂だーーッ!!』

 

「十三村、序盤のアイツの印象は忘れた方がいい。…いや、これが`本当の桜井夏穂`だな」

「へへっ、上等だ。これでこそ、最高の舞台の試合ってもんだぜ!」

 

にらみ合う両校のエース、球場のボルテージも取って取られての接戦に高まりつつあった。

「さてと、さっきのタイムリーの借り、ここで返させてもらおうか!」

「その借り、借りたままでいいよ! 何ならここで打ち取られるオマケもつけてあげる!」

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

 

開  拓 022 001 0 |5

 

聖森学園 010 120 1 |5

 

(8回表途中)

 

 




ようやく主人公が主人公してきました。
いよいよ決勝戦も終盤、終わりが見えてきました。あともう少し、お付き合いください…!


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50 遠くに見える頂

またまた大幅に遅くなってしまいました。8月中更新のつもりだったんですが…

いよいよ甲子園決勝、決着のときです!


「ふっ!」

「このっ…!」

夏穂が投じた初球のインハイへのストレートに十三村もフルスイングで応じた。打球は後ろに飛んでいきファールになった。

先制を許し、追い付き、またリードされても再び同点にするという展開でやって来た8回表。先頭の詰井をストレートで三振に取って1アウトランナー無し。

打席には十三村。1打席目はセカンドライナーだったが当たりは完璧に捉えていた。しかし、

「(詰井の言ってた通り、初回の時とは別人だ。ここから打ち崩すとなるとなかなか骨が折れそうだ…)」

2球目は外へと逃げる高速スライダー。ストレートと思いスイングするもバットは空を切った。

「(変化もキレてるな。追い込まれたか…)」

3球目、ボールはインハイへ。

「(舐めるなよ…! 打つ!)」

インハイのストレートを引っ張りに行くが、ボールは鋭いスピンを伴って急激に手元で沈んだ。

「っ!!」

「ストライクッ! バッターアウト!!」

『三振ーーッ!! ここで決まりました!! 伝家の宝刀フルブルーム! これだけストレートが走っていると、効果的でしょう! 素晴らしいピッチングだァ!』

続く下山も高速スライダーとチェンジアップを見せられ、ストレートを警戒する中でのフルブルームの前にピッチャーゴロに倒れスリーアウト。

 

「夏穂! ナイスピッチッ!」

「最初からやっとっけってんだ!」

「夏穂さん、ドリンクです」

「タオルもあります…」

三者凡退に打ち取り、駆け足でベンチに戻ってきた夏穂をベンチは暖かく迎えた。

「(やっぱり夏穂が抑えると、ベンチの雰囲気が変わる。なんというか、コイツの持つ何らかの力なんだろうな)」

「よっしゃ、このまま一気に勝ち越すぜ!」

「そうでやんす! 行くでやんすよ!」

「塁出ろよ! 初芝…」

ズドンッッ!!!

 

「ストライクッ!! バッターアウト!!」

先頭打者は初芝だったが、スライダー、フォークの後にインコースへのストレートで空振り三振。

十三村もまたここでギアを上げた。

「盛り上がってるみたいだけどよ…、まだこっちが負けてる訳じゃないぜ?」

 

「…ま、簡単に打たせてくれるような奴じゃないよな」

闘志全開になった十三村を見て松浪もまた笑う。

「よしっ、みんな! ここからは意地と気合いの戦いだ! 折れた方が負けだ…、絶対に勝つぞ!!」

「「「おおおっっ!!」」」

 

ズバン!

「っ…!」

初芝が三振の後、打席には姫華が入ったが威力を増したストレートの前に手が出ない。そしてカウント1-2と追い込まれた。

「(ここは…、一か八かッ…!)」

ナックルカーブをファールしたのを挟んでからの5球目、インコースへのストレートに対してバットを横に寝かせた。

「後は、全力で一塁に走る!」

「ここでセーフティか! 面白ぇ!」

姫華はボールを一塁側に転がした。一般的に一塁から遠い三塁側の方が決まりやすいと思われがちだが、一塁側に転がし、ファーストに捕らせることで内野連携の隙やミスを狙うのも意外と成功率が高いのだ。

狙い通り、ボールはチャージをかけた御影に渡る。

「御影! ロングトスでいい!」

「絶対生き残って見せるっ!」

十三村の要求通り、なるべく捕りやすい位置に御影はトスを放った。そして姫華も果敢に頭から滑り込んだ。

 

「アウトーー!!!」

早かったのは御影と十三村の連携だった。これでツーアウトとなる。

だか中々起き上がらない姫華にベンチでスコアブックを付ける彩香は小さく息を呑んだ。

 

彩香が姫華に施した`トレーナー失格の施術`。それは彩香が祖父から学んだ、特殊なテーピング技術だった。

――「…よし、これで大丈夫。多分痛みはしないか、かなり和らいだはずだよ」

「すごいっ! 全然痛くないっ!」

「テーピングの巻き方を工夫して、上手く痛覚を抑えてるの。ただトレーナーとしては最悪の施術だけどね」

「頼んだのは私だよ。そんなワガママに付き合ってくれたのは…、本当に悪いと思ってる…」

姫華は少し申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに笑顔になって言った。

「絶対に、最高のプレーをしてみせるからっ!」

「…無茶しない範囲でね? その時は監督に頼んで止めてもらうから…」――

 

しかししばらくすると姫華は起き上がり、土を払ってから戻ってきた。

「いやー、狙いは悪くなかったと思うんだけどなー! あともうちょっとっ!」

「狙いは良かったでやんすよ!」

「ああ、相手も慌ててたしな!」

その後風太もセカンドゴロに打ち取られスリーアウト。姫華はグラブを持って守備に就こうとした。

「椿」

その時、榊原が姫華を呼び止めた。

「はい?」

「この回も、行けるか?」

「っ!」

この一言で、姫華は全てを察した。榊原も伊達に監督を務めていない。自分の教え子の異変ぐらいはすぐに気づいていた。

「行けますっ! 私は、この試合で出しきってきます!」

「…そうか、なら、行ってこい」

「…ありがとう、ございます…っ!」

姫華はセカンドへとダッシュで向かう。

「監督、気づいていらしたんですね…」

「ああ、昨日の原因のプレーの時点でな」

「なら、なぜ…?」

「アイツがこの先も野球をやるというなら俺は全力で止めた。だがアイツは高校までで野球は止めると、大会が始まる前に俺に伝えてきた。椿がこの試合、この最後の夏にどれだけの意気込みで臨んでいるかも知っている。それにこんなところで止まれ、といって止まるやつではない。…俺もつくづく、指導者として、ダメな奴だな」

 

ズバッ!!

『ここも空振り三振ーー!!! 広畑、フルブルームに全くタイミングが合いません!』

「くそっ…!」

続く沖田は高速スライダーを上手く打ち返して出塁。そしてここで開拓が仕掛けた。

「走ったぞ!」

杉田の打席の初球で沖田がスタートを切る。

「させるかよっ!」

しかしここで松浪の鉄砲肩が炸裂。沖田の二盗を阻止して見せた。そして杉田もセカンドゴロに打ち取り、あっさりと9回表が終わった。そしてサヨナラの可能性がある9回裏に突入する。

「バッター、矢部川君に代わりまして田村君。バッター田村君。背番号15」

 

「っしゃあす!」

田村は気合い十分で打席に向かう。

「(この大会、ほとんど打席には立ってないし、データが少ない。どう攻めるかな)」

「(泣いても笑っても最後の試合…、そして巡ってきた打席。絶対に打ってやる!)」

相手投手は大会屈指の好投手、打つのは簡単ではない。おそらく控えに過ぎない自分にとっては10回立って1度打てれば良い方だろう。

「(だがそんなことは関係ない! この日のため、このたった1度あるかないかの打席に俺は懸けてやってきた! その全てを、ここで出す!!)」

去年、憧れであり越えるべき目標だった岩井に聞いたアドバイス。それをただ愚直に実行する。

 

――大抵のピッチャーは初球が甘い。それを逃さないのが良いバッターって奴なんだよ――

 

カキーーーン!!!!

「なにっ!?」

インコースに151キロのストレートを投じた十三村は驚きの声を上げる。初球で自分のストレートを引っ張られた。

「行けっ…!」

誰もがその打球の行方を固唾を飲んで見守った。

田村の思いを乗せた打球は高く舞い上がり、ぐんぐんとスタンドへ伸びていく。

 

 

しかしライトの沖田が必死に追いかけて、ジャンピングキャッチでフェンス前で掴み取った。

 

 

『あーーーっと!! これは惜しい! あともう一伸びしていれば劇的なサヨナラホームランでしたが、惜しくも届かず! 十三村、これは命拾いしましたァ!!』

『今はたまたま風が逆でしたな。ついさっきまではライトポールへと巻く形の風だったのだが…。こればっかりは十三村にツキがありましたな。だが代打の田村も素晴らしいバッティングだった』

あわやサヨナラだった当たりに実況の熱盛と解説の元・海東学院高校監督の平野もやや興奮を隠せない。

 

十三村はボールを受け取り、汗を拭いながら一つ大きく息をついた。

「(下手したら、今ので終わってた。)」

これまで積み上げてきた練習も、勝利も、そして敗れていった者達の思いも、ひょっとしたら今のワンプレーで全て崩されていたかもしれない。

「(だけど、この緊張感こそ、この全てを懸けたやり取りこそ、俺が野球に惹かれた理由だ!)」

 

田村が悔しそうにベンチへと引き返し、打席には松浪が向かった。

「(決して甘い球じゃなかったけど、田村のやつ惜しかったな。負けてられないぜ…!)」

より気合いをいれて松浪も打席に入った。

「もうこっから打たれる訳にはいかないからな、お前は120%の力でねじ伏せる!」

こちらも気合いを入れ直した十三村。投じた初球はアウトローへと決まる150キロのストレート。これは見逃してストライク。続く2球目で打ちに行った松浪だったがここでバッテリーが選択したのはナックルカーブ。

「くっ!?」

これにはバットは空を切る。一番の武器の変化をここで使ってきたが、この配球は3つの変化球を高いレベルで投げ分ける十三村であるから輝くもの。フォーク、スライダー、そしてストレートも決め球になるし、カウントが0-2な以上ボール球で釣られるかもしれない。

「(さあ…、何で来る?)」

十三村が選択したのはストレート、それもインコース。松浪は体を引いて避ける。ボールとなったがこれは次以降の配球への布石となるリードだ。そのことはキャッチャーをしている松浪からすればよく分かる。

「(とはいえインコースに140後半のストレート見せられると分かってても体は引けちまうけどな)」

そして4球目、ボールは低めに来た。松浪は打ちに行くが途中で気づいた。

「ちっ、フォークか!」

気づいてもバットを止めることは出来なかった。ボールはホームベース手前でストンと落ち、詰井も逸らすこと無く捕球し空振り三振となった。

「(内外の揺さぶりを意識させた上での低めへのフォークボール、やられたぜ)」

 

松浪が空振りの三振に倒れ、打席には4番の竹原が向かう。

『ツーアウトとなりましたが、打席には一発のある4番の竹原! マウンドの十三村にとっては一瞬たりとも気は抜けません! さー、両者ともここで熱く燃え上がれ!!』

先ほどの十三村と松浪の対決はキャプテン同士の対決、今度のこの対戦はエースの意地と主砲の意地のぶつかり合いとなる。

初球、アウトローへと148キロのストレートが決まる。これは竹原も手が出せず見逃してストライク。続くフォークボールは見逃してボール。カウント1-1となって3球目、

「うおらっ!!」

「ぐっ…!!」

149キロのストレートが竹原のインハイを襲う。これに竹原はフルスイングで応じてファールとし、これでカウントは1-2に。

「(コントロールミスして打たれればその時点で負け!

…いいぜ、最高に気分が乗ってきた!)」

詰井のサインに頷き、十三村は4球目を投じる。選んだのは決め球、ナックルカーブ。

「(さぁ、回れ!!)」

自慢の決め球はやや外角寄りの真ん中から鋭く落ちる、理想の軌道だ。並みの打者ならば掠りもせずに三振となるだろう。だが竹原はこれに食らいついた。限界まで腕を伸ばして膝を着きながらもこのボールをカットして見せた。

「ファール!」

「へぇ…、今のを当てるのか。やるなぁ…!」

「…なんとか、首の皮一枚繋がったな…」

詰井がサインを出し、投じられた十三村の5球目。サインは外へのストレート、ボールで構わない、という位置に構えられたコース。しかし十三村の投じたストレートはやや内に入りストライクゾーンへと入ってきた。

「やべっ!?」

「逃さん!!」カキン!!

変化球を張っていた竹原だったがアウトコースのストレートに咄嗟に反応し、逆らわずに流し打った。打球は一二塁間を破るヒットとなる。

「よっしゃー! 大、ナイスバッチ!」

「さすが4番!!」

聖森ベンチも3人で終わらぬ攻撃になっとことで盛り上がる。

「十三村、大丈夫か?」

「ああ、まだまだいけるぞ。詰井、しっかりリード頼むぜ?」

「おう、任せとけ!」

 

「お願いしま~す!!」

打席には恵が立つ。ここまで4打数1安打。とはいえ内野安打の一本。

「(どのコースでも強引に引っ張ってくる。躊躇わず踏み込んで来るし、スイングも迷いが無い。ここは敢えて…)」

詰井のサインはインコースへのストレート。十三村も頷きボールを投じる。

「むっ!」

思わず恵は体を引いたが判定はストライク。内角いっぱいのコースだった。

「(次はこれで…!!)」

十三村が詰井のサインに応じて投じた2球目、インローへと沈むナックルカーブ。

「絶対に、打つ!!」

体勢は崩しながらも信条のフルスイングは貫いた。

カキーン!!

「なにっ!?」

先ほどの竹原のときとは違う。今度は失投ではないボールを捉えられた。打球は一二塁間を破ってライト前へ。

「しゃーー!!!」

恵はベンチに向かって拳を突き上げる。

「ナイバッチ恵ーー!!」

「いける、いけるでやんすよー!!」

 

2アウトながらランナー1、2塁とサヨナラのチャンス。この場面に球場は大きな盛り上がりを見せる。そしてその中で打席に向かうのは…、

「6番、ピッチャー、桜井夏穂さん」

ここまでに2本のタイムリーを放った夏穂。そしてピッチングも再登板して以降は絶好調。スタンドからもここで決めるのではと期待がかかる。

「夏穂って良いところで回るんだよな」

「ここで決めたらいわゆるスターってやつでやんすね」

「美味しいところ持っていっちまえ、夏穂!」

 

「さて、もう打たれる訳にはいかないな」

「ここで、一気に決める!」

再び迎えたエース同士の対決。その初球で球場がどよめいた。

 

『初球、打席の桜井夏穂は豪快な空振り!! 驚きました、ここでマークしたのは十三村の自己最速タイの152キロ!! これは、ひっじょーに熱い対決です!』

 

「…化け物め」

「その点に関しては俺も同意するよ」

ふと溢した夏穂の軽口に詰井も笑いながら同意する。詰井も十三村のことは只者ではないと中学で対戦したときから感じていた。不思議な縁でチームメイトとなり、ケガをして力が落ちたときは少しガッカリしていたものだったが、それでも十三村は這い上がってくると信じていたし、実際に這い上がってきた。そして自分を切り捨てた混黒高校に逆襲を果たし、日本一の座に届くところまでやって来た。

 

いや、自分達もまとめてここまで連れてきたのだ。

「(俺は子供が生まれたら自慢してやるぜ、こんなスゲーやつとバッテリー組んでたんだぜ! ってな!)」

 

フォークを見逃してカウント1-1、十三村が3球目を投じる。しかし外角低めに構えたミットを狙ったストレートが浮いた。

「(やべっ!?)」

カッキーーン!

外角のストレートを流し打った打球はライト線を襲った。打球は右打者の流し打ち特有の軌道で切れてファールになる。

「くーっ! 切れちゃったか!」

「(今のも危なかったな…、だが追い込んだ!)」

4球目、低めに投じられたフォークもなんとかバットに当ててファール。5球目のインハイへのストレートもフルスイングでファールに。

「(さあ、どこでナックルカーブが来る…?)」

夏穂にフルブルームがあるなら十三村にはナックルカーブがある。独特の軌道と変化量を併せ持つそれは反応ではヒットは打てない。しかし十三村にはハイレベルなフォーク、スライダーもある。

「(ここは、山張るしかない!)」

6球目、十三村が投じたのは全力のストレート。そして夏穂が山を張ったのもストレート。

「(もらった!!―)」

夏穂渾身のフルスイングは、惜しくも空を切った。

ズバッ!!

「ストライク!! バッターアウト!!」

スタンドからは溜め息と歓声の両方が木霊する。読みは当たっていた。ここぞの場面でストレート勝負をかけてくることまでは。

ただ夏穂の予想を上回る、152キロのストレートが高めに決まった。

「(分かってても打てないとはね…)」

相手からすれば夏穂のストレートもその部類なのだが、夏穂自身にとっては中々しない経験だった。夏穂はベンチに引き返しながらも味方を鼓舞した。

「ごめんみんな! 次絶対抑えるから! それから1点取りに行こう!」

「当然でやんす! さあ、守備に着く人ゴーゴーでやんす!」

「行ってきます!」

「お、露見! 緊張するなよ!」

「しませんよ! 元木さんと一緒にしないでくださいよー!」

「俺だってしねーし!」

「まあ元木の場合は緊張しなくてもポカやらかすもんな」

「な!? 田村、てめーっ!」

「と、とにかくしっかり守ってきてくれでやんす!」

ベンチメンバーも出場メンバーをしっかりと盛り上げていく。

 

そして遂に夏の頂点を懸けた決勝戦は延長戦に突入する…!

 

* * * * *

 

延長10回表、開拓高校は1番の軽井からの攻撃。だが立ち塞がるのは十三村のボールを見てさらに闘志漲る夏穂。大きくはない体を目一杯使ったフォームから繰り出すストレートがアウトローに決まる。

「おいおい、ここに来てこれかよ…!」

このボールを見た軽井も苦笑してしまう。夏穂はストレートを続けてカウント1-2と追い込むとインコースへのチェンジアップを投じて軽井から三振を奪う。続く宇佐美にはインコースを強気に責めてセンターフライに打ち取る。

ズバッッ!!

「ストライク! バッターアウト!!」

「そりゃ打てねーぜ…」

高速スライダー、チェンジアップのコンビネーションで追い込まれてからアウトローいっぱいにストレートを決められ見逃し三振に倒れた御影は思わず呟く。

「よっしゃ!」

「ナイスピー夏穂!」

3人で相手の攻撃を終わらせサヨナラ勝ちを目指す攻撃に繋げる。

 

しかし10回裏の先頭の満がナックルカーブで三振に打ち取られると、初芝もキャッチャーフライに倒れ簡単にツーアウト。ラストバッターの姫華もストレート4球で空振りの三振に打ち取られる。

「むーっ! 掠りもしなかったっ!」

「あの化け物ピッチャー早く何とかしねぇとな!」

 

『なんという熱いエース同士の投げ合いッ!! 均衡を破り、栄冠を掴み取るのはどちらのチームなのか!?』

実況の熱盛もヒートアップする中、試合は11回に突入する。この回の夏穂は先頭で詰井を迎えた。

「もう打たせないから…!」

「アイツにはテッペン取って欲しいんだよ…、だからここで打つ!」

夏穂が投じた初球はいきなりのフルブルーム。詰井は膝元へと鋭く沈み込んで来たこのボールに空振り。そして松浪は2球目にもフルブルームを要求し、これは外れてボールとなる。

「(えらく警戒してきたな…、ここまでされると逆に球種が絞り辛いな)」

決め球であるフルブルームを続けてきたリードの意図を推し量りながら詰井は打席に入り直す。カウント1-1からインハイへとストレートが投じられ、詰井はこれをファールとする。そして4球目、

「! チェンジアップか!」

アウトコースへと投じられたチェンジアップを強引に引っ張ってしまい詰井はライトフライに倒れる。

 

「こうなりゃ自分で決めてやるか!」

ここで打席には十三村を迎える。ランナーはいないが一発のある打者。細心の注意が必要だ。その初球、十三村はストレート一本に絞ったフルスイング。しかし投じられたチェンジアップに全くタイミングが合わずに空振り。しかしこの豪快なフルスイングは観客をどよめかせた。ここで十三村がホームランでも打とうものなら一躍この夏の甲子園の主人公となるだろう。バッテリーは一度インハイにストレートを見せた上でアウトコースに高速スライダーを決める。セオリー通りでありながら最も効果的な配球。これで追い込むことに成功する。しかし十三村もさっきはああは言っていたがスタンドプレーに走る選手ではない。繋ぐべき場面では繋いでくるのでここではそっちの注意も必要だ。バッテリーが選択したのはアウトコースへのフルブルーム。十三村も真ん中付近に来た球に反応しスイングしにかかった、しかしその真ん中付近から必殺の魔球がアウトローへと沈む。

「っ!!」

「ボール!」

「…くそ、止めたか!」

松浪も思わず口に出してしまったが十三村のバットはギリギリ止まってノースイング。松浪としてはこれで決めたかったが…、

「(スピード、コース、高さ。空振り三振取りに行くなら文句無しだったんだけど、これ以上となると難しいな)」

並行カウント、まだ1球ボールが使えることをポジティブに捉えたいがフォアボールは流れ的によろしくない。できればここで決めたいのだが、先ほどのボールが良すぎた分、決めあぐねる松浪。手探りでサインを出す内にあるサインで夏穂が強く頷いた。

「(なるほどな、お前が投げたいってなら賛成だ!)」

サインの交換を終え、夏穂がモーションに入る。

「さあ、来いよっ!!」

十三村も気合い十分で迎え撃つ。

 

 

投じられたのは、

インハイへのストレート。

「くっ!? こんにゃろー!!」

十三村はフルスイングで迎撃、

 

しかしバットは空を切った。

『三振ーー!! マウンドの桜井夏穂! 先ほどのお返しと言わんばかりにストレートで三振を奪いましたァ!! エース同士の意地のぶつかり合い、非常に! 熱いものを感じます!!!』

 

続いて打席に立つ広畑。初球のストレートは何とかファールにし、その打撃センスの高さを見せる。

「このままここで、終わってたまるかよぉ…! 俺はあの日、野球に懸けるって決めたんだ…!」

広畑は一度中学までやっていた野球を高校ではやっていなかった。

`もっとカッコいいことがしたい`

そう考えていたが、十三村にハッパをかけられ目が覚めた。張っていた虚勢も、嘘をついてまで守ったちっぽけなプライドも捨てたからこそ広畑はここに立っている。

「(口が裂けてもアイツらには言わねえが、アイツらには感謝してる! それをここで見せてやる!!)」

夏穂のアウトコースへの高速スライダー。それを持ち前の引っ張りの技術で強引に引っ張り快音を響かせた。

キィィィン!!

「っ!!」

「行っけーー!!」

打球は痛烈なライナーとなってレフト線を襲う。

 

しかし予めレフト線に寄っていた守備から入った露見が無駄のない動きで打球に追い付きランニングキャッチ、レフトライナーで打ち取った。

「さすが露見! 良いところいたなぁ!」

「引っ張りがちのバッターだし、詰めといて正解でした。」

「にしても難なく捕ってたでやんす! スゲーでやんす!」

「そうでしょうそうでしょう、本当に上手い外野手はしれっとやってのけるんです!」

「そういうの自分で言うな!」

こうして11回表も0に終わった。迎える11回の裏、聖森学園は1番の風太からの攻撃。

 

「このっ…!」

先頭で打席に入った風太だったが未だに衰えぬストレートに圧され、カウント1-2と追い込まれたところで外角のゾーンにフォークを落とされた。必死に腕を伸ばして何とかバットに当てることには成功したが当たりはボテボテの内野ゴロとなる。

「ちっ、やべぇ…!!」

しかしこのボテボテの当たりが功を奏したのか、打球は緩やかに十三村と広畑の間に転がった。そして十三村が素手で拾って一塁へ送るも風太の足が勝りセーフ。ノーアウトでサヨナラのランナーが出た。

『梅田! ここは足でもぎ取った内野安打! さあ、このランナーが帰るとたちまちサヨナラ! さあ、気迫と気迫のぶつかり合い、制するのはどちらのチームなのかァ!?』

打席には守備から入った露見が立つ。榊原監督から出たサインは送りバント。露見は始めからバントの構えを取る。当然、開拓高校の守備陣も絶対にやらせないとばかりにバントシフトを敷いた。

そしてその初球、投じられたのはインハイへのストレート。

「くっ…!!」

左打席に入っている露見は胸元に投じられたボールをなんとか転がした。しかし打球は殺しきれず、サードと共にチャージをかけてきたファーストの御影が捕球した。

「行かせるかよっ!」

そして御影は強肩を活かしセカンドへ送球、風太のスタートも悪いわけではなかったが、露見のバントはあまり勢いを殺しきれなかったこともあり、アウトの判定が下された。

「よっしゃ! サンキュー御影!」

「おう。十三村、ワンアウトだぜ」

2塁封殺の際にカバーに入った杉田が送球出来なかったため露見はセーフとなり、 1アウトランナー1塁で打席には3番の松浪を迎えた。

「(コイツに得点圏で回すかどうか、それだけで聖森の得点率は大きく変わってくる。あとはここでどう抑えるかだ)」

詰井としてはもし今のバントが決まっていれば敬遠する心積もりだったのだが、バントは失敗となりランナーが入れ替わっただけ。ゲッツーなら最高だが、一つずつアウトを重ねていくことが最も重要だ。幸い、露見の足はさほど速くはない。

初球に十三村が投じたのはアウトローへのスライダー、松浪も打ちに行ったがこれはファールとなり1ストライク。続く2球目はナックルカーブが外角低めに外れてボールとなる。

「(アイツ、まだまだボールはキレてるな…)」

松浪も感心すると同時に十三村もまた聖森学園の打線に舌を巻いていた。

「(飛び抜けた打者はいない、ただ各選手が出来ることを自他共に理解している。だからこそどこからでもチャンスを作ろうとありとあらゆる策を打ってくる。)」

ただその中で数少ないずば抜けた打力を誇る松浪、ここは最大の注意を払わねばわならない。

だがこんな相手と戦えること、この舞台に立てたことは幸せに思わないといけない。

「(2年前は、ここまで来れるとは予想してなかったからな…)」

 

2年前、混黒高校野球部期待の新入生として、親友の雨崎と餅田と共に入部した十三村は早々に実力を見せつけ夏にはレギュラーではないかと部内でも噂されていた。しかしそんなある日、事件は起きた。

先輩から道具の片付けを指示されていた十三村はその最中に崩れてきた器材の下敷きになってしまい大怪我を負う。それでも懸命のリハビリの末、順調に回復していた十三村だったが復帰がいつになるか分からない上に元の実力を取り戻せる保証が無いと考えた混黒高校校長から分校行きを指示され、開拓分校へと転校した。

本校とは全く異なる環境に嫌気が差し、一度は野球から離れようとしたがそれでも野球を好きな気持ちには嘘をつけず、気長な治療とリハビリによりケガは完治、混黒に戻る選択肢もあった。それでも十三村は共に励んできた開拓のメンバーと分校からの脱却と甲子園を目指す道を選んだ。

 

今思えば、あの経験全てが今の自分を作ったのだろう。当たり前に感じていたもの、今の自分の下にあった犠牲、そして再び選手として戻ってこられた有り難さ…、

「(選手に戻れなかったアイツの分まで、俺は選手を全うする!!)」

自分と同じようにケガにより開拓へと移ってきて、共に励まし合ってきた大切な存在との約束も胸に秘め、セットポジションから投じたのは渾身のストレート。未だに球威の衰えぬボールが唸りをあげる。

 

 

次に響いた音はミットの音ではなく、

 

甲高い金属音だった。

 

 

 

真ん中低めのストレートを振り抜いて捉えた打球は、高々と舞い上がる。

 

十三村はゆっくりと振り返った。

 

長くピッチャーとしてやって来た十三村にはすぐに分かった。

 

 

「――終わった、か」

 

 

打球はバックスクリーンへと飛び込み、それを見届けた松浪が1塁を回ったところで拳を突き上げると、球場は爆発したような歓声に包まれた。

 

『なんと、なんとなんとなんとォォ!! サヨナラ、サヨナラです!! 聖森学園主将の松浪!! 試合を決める、バックスクリーンへの、豪快なサヨナラホームラーーーーンッッ!!! こんなことがあって良いんでしょうかアア!! 最高に熱い試合、劇的な幕切れとなりましたァァ!!』

ダイヤモンドを1周して帰って来た松浪を聖森学園の面々は手荒く祝福した。

「てめー、またおいしいところ持ってきやがって!」

「風太くんと同じ意見でやんす!」

「俺も今回ばかりは見過ごせん…!」

「そうだそうだっ! ずるいぞキャプテンッ!」

「ずるーい!!」

「痛っ!? 痛い、痛い! お前ら! なんでヒーローがどつかれてんだ!」

 

「それはトモがいつもそんなだからだよ!」

「な、夏穂まで…」

「…まあでも、ナイスバッティング!」

「…おう! 当たり前だ…ってうわっ!?」

夏穂の言葉で再びチームメイトから手荒い祝福を受ける松浪。一部は嬉しさのあまり泣いてるが皆が笑顔だった。

 

一方の開拓ナイン、こちらは誰にも涙は無く、むしろ晴れやかだった。ただ一人、十三村だけは打球が消えていったバックスクリーンを見つめた後、歓喜の輪を作っている聖森の面々を見つめていた。

 

「(ごめんな、麻美。日本一になる、その約束は守れなかった)」

麻美とは混黒高校以来からの知り合いで、彼女もまたケガで開拓へとやって来た。十三村とは違い、ケガは治ることはなく、何度か衝突もしたがそれでも互いに過去を乗り越えると誓い、甲子園出場、そして日本一になると約束したのだが…、

 

「十三村」

その十三村の元に詰井を始めとしたメンバーが集まってきた。

「みんな…、ごめんな。打たれちまった」

「何言ってんだよ十三村、お前がいなきゃ俺たちはこんなところ来れなかったぜ?」

「そうそう、キャプテンが助言してくれたから今俺は自分に自信を持ってプレーできてるんだ」

「詰井、杉田…」

「俺も十三村ちゃんが来なきゃ、こんなに真剣に野球に取り組めなかった」

「軽井…」

「お前に野球部に誘われてなかったら俺のカッコいい姿を見せることも出来なかったしな!」

「広畑…、お前はいつも通りだな」

「だろ? 少なくとも俺は悔しく無い訳じゃないが、楽しかったのは事実だぜ」

「広畑がそこまで言うとはな。…とにかく、十三村。目標の無かった俺たちに、道を示してくれたのはお前だぜ? お前が全力で挑んで負けたなら謝る必要なんてないだろ?」

「そうか…ありがとう、みんな。…さてと、とにかく相手も待ってくれてるし、整列しようか」

 

「ああ、そんでわざわざあんな田舎から応援に来てくれた人たちに挨拶しねーとな」

「最後まで自信持って、胸張って去ろう!」

 

死闘を演じた2校が整列し、挨拶すると再び甲子園は拍手と歓声に包まれた。

 

聖森学園は創部4年目にして甲子園初出場初優勝という快挙を成し遂げ、この夏の甲子園大会は幕を閉じた。

 

そして夏穂とその最高の仲間たちはそれぞれの道を歩むことになるのだった。

 

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

 

開  拓 022 001 000 00 |5 

聖森学園 010 120 100 02X|7

 

 




長きに渡った松浪、夏穂世代の戦いも無事終わりました。メインとしてはここまでになるんですが、次回以降、後日談的エピソードがあるのでもう少しだけ続きます。もう少しだけお付き合いください!

今回のおまけは3年生たちの最終的な能力とかのまとめです! 何人かが超強化されてますけどね。

◯桜井夏穂(3年) 右/右
甲子園優勝投手となった聖森学園の(元)エース。憧れの早川あおいに続く史上2人目の女性選手の優勝投手と言われるようになるが本人はいつかこの区切りが無くなることを望んでいる。周りを不安にさせることを嫌い、明るく振る舞う。誰よりも責任感、使命感が強く、それが甲子園決勝での集中を乱す原因となった。
改めて選手としての特徴は体のしなりを活かしたフォームからきれいなスピンを効かせた球速以上に見えるストレートを武器とする一方、制球と緩急、オリジナル変化球のフルブルームを用いた技巧派の投球スタイルが持ち味。打撃でも三振は多いがチャンスでの集中力と初球から狙う積極性には定評がある。以前は気迫全開の投球だったが少し落ち着いて投げるようになった。

球速    スタ コン 
143km/h  C  A  
 ⇒Hスライダー 3
 ⇘フルブルーム 5
 ⇓チェンジアップ 3
  弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置 
  3 D D D D C C  投C 外E
 怪童(ノビ◎の上位互換) ピンチ○ 球持ち○ ケガしにくさ◎ 奪三振 緩急◯ 軽い球 速球中心  
 初球○ ムード○ 三振 積極打法 積極守備 人気者

◯松浪将知(3年) 右/右
聖森学園全国制覇の立役者と言われる扇の要。打者の嫌がる配球と投手の武器を最大限生かすリードは他校から最大の警戒を受けていた。
普段は相手を茶化したり、ふざけたりすることが多いが、ここぞという時には頼りになるため、チームメイトからはキチンと信頼されている。
選手としては前述した巧みなリード、強肩、堅守を兼ね備え、長打力と得点圏打率もある超高校級キャッチャー。強く引っ張る打撃と巧みに流し打つスタイルを分けられるようになった。

 弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
 3 C B D B B A  捕B 一E 三E 外E
チャンス○ 送球◎ プルヒッター 芸術的流し打ち キャッチャー◎ サヨナラ男 盗塁△ 選球眼 強振多用 調子安定 人気者 積極盗塁

◯梅田風太(3年) 右/左
聖森学園の(元)リードオフマン。見た目は少しチャラめだが野球への熱意は本物。走攻守のいずれも高いレベルでこなす。セカンドの姫華との息の合った連係プレーは血の滲むような練習の賜物。

弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
2 B C B C B B 遊B 一D ニC 三C
盗塁◯ 走塁◯ 逆境◯ 守備職人 エース◯ ダメ押し ミート多用 慎重打法 積極走塁 積極守備

◯竹原大(3年) 右/右
不振の時期の方が長かったが最後までチームの主砲としての役割を全うした。基本的に物静かで不満を周りに漏らすことも少ないため一人で悩みがち。
選手としては典型的なホームランバッター、思い切りの良さが出たときのスイングの方が率も高いという傾向があった。意外と守備が上手い。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
4 D A D B C B 一C 三E 外E
パワーヒッター アウトコースヒッター 三振 強振多用 慎重打法 慎重盗塁 チームプレイ◯

◯椿姫華(3年) 右/左
小さな体でフィールドを駆け回り続けた守備職人。自分の悩みをチームメイトの協力も得て、解決とは行かずとも克服してきた。恵や矢部川と共にチームを鼓舞し続けた。
選手としては広い守備範囲と巧みな小技を武器としており、縁の下の力持ち的な役割を果たした。

弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
2 C E C E A A ニA 一C 遊C
チャンス△ ケガしにくさ◯ 走塁◯ 送球△ 気迫ヘッド 守備職人 バント職人 ムード◯ 粘り打ち 慎重打法 積極走塁 積極守備 積極盗塁

◯空川恵(3年) 左/左
聖森学園の(元)副キャプテン。ムードメーカー的でのんびりした性格とは裏腹に内心では結果を出せなかったときには焦りを感じたりもしていたがそれでも自分を貫き通せる強さを持つ。
選手としては全力プレーがモットーで、いつでもフルスイングできることが強み。高い走塁意識や果敢な守備も見せる。決勝戦目前で矢部川たちから伝授された盗塁の極意を実践して完璧にモノにするセンスの高さも光る。

弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
4 C C C D D D  外D 一E
 プルヒッター チャンス○ 電光石火(盗塁◎の上位互換) 三振 ハイボールヒッター 初球◯ 内野安打◯ 悪球打ち 積極打法 強振多用 ムード○ 人気者

以上です! みんな強くなりました。夏穂、松浪、姫華、恵に関しては金特まで持って…。

そしてこの聖森学園、パワプロで再現しました!
選手そのものはサクスペやパワプロ2018(2019年版じゃない方)で作ったのでアップできませんが、チームはアップロードしました。良ければ使ってみてください。おまけで冷泉も収録しております。あとプロ入り年数等がちょっと変になってますが作ったモードがバラバラなためです。
チームのパワナンバー:23900 40040 00663
では次回もよろしくおねがいします!


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夏穂と終わりの後の物語
51 ゴールの向こう側


めちゃくちゃ遅くなりました。そしておそらく50話(甲子園決勝完結)の話はTwitterとかで報告忘れてたので未読の方はそちらからどうぞ!

では今回は最後の夏の戦いを終えた夏穂たちの"その後"のお話です。


聖森学園の初出場初優勝で幕を閉じた夏の甲子園からはや1ヶ月ほど。3年生は野球部を引退し、それぞれ次のステージに向け歩み始めていた。

 

松浪はトレーニングのために野球部のグラウンドにやって来ていた。

「おう、頑張ってるな。調子はどうだ? 満」

「あ、松浪さん。今日は取材とかいいんですか?」

「ああ、久々に混ぜてもらうぜ。キャプテン!」

新たに始動したチームのキャプテンに指名されたのは満だった。これは松浪のみでなく、監督、他の3年生、そして百合亜や白石ら2年生からも支持された。松浪曰く、「投手、野手の苦楽を知っててかつ、周りを引っ張れるとすればコイツしかいない」とのこと。

 

「秋大会も間もなく始まるし、先輩たちに恥じないようなチームにします!」

「お、さすが私の弟! 期待してるよ!」

「あ、ねーちゃん! 来たのか!」

松浪と満の元に現れたのは夏穂。夏穂も今後の進路を見据え、トレーニングを積んでいた。

「私も練習参加しようと思って」

「あ、夏穂さん。いらしてたんですね」

やって来た夏穂に続き、百合亜もやってきた。

「百合亜。投手陣はどう?」

「エースナンバーは白石に譲りましたが…、まだ負けたつもりはありません、そして試合になれば皆で0に抑えます!」

「おおー、頼もしいねー!」

「そうだ、ねーちゃん。1回戦の相手結構速球派らしくて、出来れば実践打撃投げて欲しいんだけど…」

「ちょうどいいや! 私もバッター相手に投げたかったんだ! トモ! 久々に組んで実践やろう!」

 

全国制覇を成し遂げ、その決勝戦でサヨナラホームランを放った松浪はそれまでの実績もあって一躍その年のドラフト1位候補となった。何より一番の騒ぎとなったのは大会終了後、人気球団のタイタンズが次のスター候補として松浪の1位指名を名言したのだ。長きにわたり正捕手であった阿藤に代わる捕手が中々現れずポスト阿藤となりえる逸材として指名するとのことだった。

今年は高校生が豊作であると言われており、甲子園を騒がせた選手から県大会で散った隠れた名選手まで指名されると予想されている。

 

その一方で、夏穂には指名するかもしれない、という球団はいくつかあったが、明確に指名する意思を示した球団は無かった。甲子園での活躍はあったがやはりネックとなったのは女性選手という点。早川あおいフィーバー以降、毎年数名の選手が指名されたが頭角を表せたのは幕浜マリナーズの早川、浜須賀ブルースターズの六道、東北仙城イーグルスの橘、といった数名に限られる。入ったときの注目度は高くなりがち、しかし鳴り物入りで入れば期待外れだった時の失望が大きいため、どこの球団も指名を控えやすかった。

夏穂はプロ志望届けの提出を考えていたが、監督の榊原やコーチの花崎からは他の進路も勧められていた。

 

所と時は変わって別の日の授業終わりの教室、恵と姫華、夏穂が話をしていた。

「姫華、リハビリは順調そうだね」

「うん、まーねっ! 松葉杖もすぐ取れたし、もう来週には体育には出れるって!」

「野球はもう辞めるの?」

「まー、高校までって、決めてたしね。進路も考えたし」

「ファッション系の専門学校だっけ?」

「そうっ! そのための受験勉強もしてるし!」

「私も~、勉強してるよ~」

「恵は栄養士目指すんだっけ?」

「そう~、いつかは料理を仕事にするんだ~」

野球部を引退した3年生はそれぞれ受験勉強を始めている。風太と竹原、初芝、そして杉浦は近い内に大学の野球部や独立リーグのセレクションを受けるという話だった。他のメンバーは今は受験勉強、就職活動にそれぞれ励んでいる。

「(そっか、私だけか…。ハッキリと行き先が決まってないのは…)」

夏穂の本音としては更なる高み、プロ野球へと行きたい。しかし指名される保証は無い。一方でいくつかの大学の野球部から推薦が来てるという話も榊原からあった。

「(私は、どうすればいいんだろう?)」

 

* * * * *

 

悩める夏穂のスマホにメッセージが届いた。送り主は聖ジャスミンの太刀川、甲子園直前で会って以降は直接の面会は無かったがこういった連絡アプリでのやり取りはちょくちょく行っていた。

『やっほー。進路は決まりそう?』

太刀川は夏穂の良き相談相手の一人だ。以前からよく会って話しはしたりしていたが、互いに全力で甲子園を懸けて投げ合い、互いに健闘を讃え合って今では腹を割って話せるほどの親友となっている。一昔前のヤンキー物の漫画でいう、拳で語り合って結果的に理解し合うみたいなものだろうか、と夏穂は感じている。

「まだ決まらない、迷ってるところだよ、…と」

夏穂は返信のメッセージを送る。するとすぐさま返事が来た。

『今、時間大丈夫?』

「え、うん。構わないけど…、っと」

そう返すや否や、スマホに着信が入った。電話で相手は太刀川だった。

「もしもし? まさか電話かけてくるとは思わなかったよ」

『うん…、まあメッセージより自分の言葉の方が伝えやすいかなって。進路、迷ってるんだって?』

「まあね。正直なところ、私は行けるところまで行きたい。なんならプロに行ける可能性があるなら…、目標にしてきたあおいさんに近づけるなら、そうしたいと思ってる。…けど今時、色んな事がネットニュースでも伝わってきてさ。甲子園優勝して、プロからも注目はされてるみたいだけど…」

『私も、もしかしたらその手のコラム読んだかも』

「女性選手は成功例が少ない。あおいさん以降、毎年どこかしらが指名して年に1人か2人はプロ入りしてる。けどこの6年間で大成したと言えるのは現状ではマリナーズのあおいさん、キャットハンズの橘みずきさんとブルースターズの六道さんぐらい。あとは数年の内に退団してる選手がほとんど…。厳しい世界だって、監督からもそう言われたよ。野球を続けるなら大学からも声がかかってるし、独立リーグからも話があるらしいし、野球以外の選択肢だってある、そうも言われたよ」

『…確かに厳しいかもしれないね。でも夏穂はどうしたいか、さっき自分で言ってたじゃないか』

「え?」

『夏穂の中では行けるところまで行きたい、始めにそう言ってたよ。なら答えは出てる、悩むまでもないよ!』

「それは…」

『夏穂にはそれを出来る力もある。無責任かもしれないけど、私の知ってる桜井夏穂なら、甲子園大会の前に言ってた夢、叶えられるよ!』

「夢…」

―――私の夢は…、いつか本当に性別関係なく、野球が賑わうこと。私みたいな思いをする女の子がいなくなって欲しい。――

「…そう言えば、言ってたね。確かに夢を叶える近道の1つかもしれないね! …私、決めたよ。志望届け、出してみる! 選ばれなかったら…それはその時考える!」

『夏穂ならそうこなくっちゃ! …あ、プロ目指すなら、サイン第1号は私がもらっていい?』

「えーどうしよっかなー?」

『ひっどーい! 背中押したのは私なのに!』

「あはは、考えとくよ。まずはなれるかも分からないから、志望届け出すだけだから」

 

* * * * *

 

その後、夏穂はプロ志望届けを提出。地元の新聞やローカルニュースなどで少し取り上げられ、スポーツ新聞の端の方に小さく書かれた程度のニュースだったがこの記事を読んで喜んでいたのが何人かいた。

「甲子園優勝の女性投手、プロ志望届け提出! か。これは楽しみだね」

そう言って新聞を読んでいたのは早川あおい。現在マリナーズの勝利の方程式"幕浜の防波堤"の一角を担う中継ぎ投手だ。プロ野球史上初の女性選手であり、彼女とそのチームメイトの活躍によって現在の高校野球、ひいては夏穂たち後続の女性選手の参加につながっている。ちなみに今シーズンで6年目を迎え、成績も今シーズンはキャリアハイを超えそうなペースの成績を記録している。

「早川、そろそろアップ始めるぞ。…ん? その記事、例の優勝投手か」

「あ、船越さん。そうです、ボクも県大会で話題になってたときから注目はしてたんですけどね。…まあ、母校は負けちゃいましたけど」

「ああ、恋恋にも勝ってたな。…それで、どんな気持ちだ?」

「え?」

「お前の勇気ある行動が、高校野球界を変えた。そしてお前の、早川あおいの後を追って何人も甲子園、プロ野球を目指している。お前がずっと願ってきたことだろう?」

「…そうですね、少しずつ理想に近づきつつあります。でもまだまだ壁はあります。現に、プロの壁にぶつかった選手もたくさんいますし…。とはいえ、勝負の世界、厳しいものなのはみんな同じで、まずは同じ土俵に立ててることは進歩だと思いますよ。それと…」

あおいは立ち上がって荷物を持つ。

「ボクはまだまだ先駆者でいないと、ボクのこと応援してくれるファンのためにも…! 行きましょう、船越さん!」

「おう、まだまだ優勝争いしてるんだ。気合い入れて行こーぜ!」

 

* * * * *

 

「お、そろそろ始まるね」

「さて、新チームはどんなもんかなっと」

場所は県営の野球場。夏穂や松浪、加えて恵や姫華などのOB、OGたちは休日を利用して秋季大会の応援にやって来ていた。

「監督も面白いオーダー組んでるな」

「1年生もちらほらいるもんねっ!」

 

聖森学園高校、スターティングメンバー

1番 ショート 冷泉

2番 ファースト 久米

3番 ピッチャー 白石

4番 サード 桜井

5番 レフト 大森

6番 センター 露見

7番 セカンド 田村

8番 ライト 内海

9番 キャッチャー 雪瀬

 

再びショートに戻った冷泉が1番、そして甲子園経験組で2~4番を構成している。そして大森は元々サードだが満の定着と打撃面の成長によりレフトへとコンバートされている。そして内海は1年生ながら背番号9を背負う。

「内海…、確か内海由羅(うつみゆら)だっけ? 自己紹介で面白いこと言ってたやつか。確か…、『希望ポジションはピッチャー! 中学まで外野手でしたけど、バッティング苦手なんで高校から投手やりたいと思います!』って言ってたな」

「その時こだわりの強い百合亜ちゃんが一瞬ムッって顔してたよね~」

「その後入部してから私たちの引退までずっと基礎練習ばっかりしてたよね。よく秋でスタメン取れたなぁ…」

 

試合が始まるとスタンドがにわかにざわつき始める。

マウンドに上がったのは夏の甲子園で少ない出番ながら150キロをマークするなどインパクトを残した白石。おそらく偵察であろう他校の生徒もカメラを構えていた。

「…この番号を背負うからには、無様な姿は見せられない!」

今日の対戦相手、山ノ宮高校は中堅校だがこの白石のストレートには手も足も出なかった。ストレート主体の投球の前に3者連続三振を奪う白石。一方の山ノ宮の先発、真鍋も140キロ台のストレートを武器とする速球派。負けじと経験豊富な聖森の上位打線を抑え込んだ。

しかし白石の圧倒的な投球に気圧され始めた山ノ宮。4回、ここまでパーフェクトの真鍋から冷泉がヒット、さらに久米がエンドランを決めチャンス到来。さらに白石がストレートを左中間に弾き返し先制に成功、0死2,3塁で打席に満を迎えた。

「良いところで満に回ってきた!」

「高校でやってた練習試合でも感じたけど、4番でキャプテンになってから自覚が芽生えたんだろうな。夏の時よりどっしり構えてる雰囲気があるぜ」

松浪のその言葉通り、満は夏までは相手投手に気圧されることが多々あったが、キャプテンと4番というチームの柱となる位置任され、良い意味で自信を付けた。そしてそれは精神面の成長、期待に応えるべく技術面でも練習を積んで大きく成長した。

カッキーーン!!!

「よっしゃ!」

「これは行ったねっ!」

「すごーい! あっさりビックイニングだ~!」

不用意に外角に取りに来たストレートをしっかりと芯で捉えた上で逆らわずにレフト方向へと流し打ってホームランとした。この成長に驚きと感動を隠せないのが姉である夏穂だった。

「ホントに…、立派になっちゃって…」

「お前はオカンかよ」

「姉だよ!」

「わかってるよ!」

この後もコツコツと点を重ね、6回裏終了時点で9-0と大量リードを奪った聖森。6回の表には背番号10を背負った美田村が登板、パームとスローカーブを駆使した緩急自在の投球で白石の速球を見ていた山ノ宮打線を翻弄。そして7回のマウンドには…、

「ピッチャーの美田村君に代わりまして川井くんが入り、ライト。ライトの内海さんがピッチャーに入ります。」

「え、由羅がピッチャー!?」

「ブルペンで投げてるとこも見たことないな。ってことは投げ始めたのはつい最近…」

この内海という選手、入部して4ヶ月は基礎練習を徹底して行い、3年引退後にようやく投げ込みやバッティング、走塁練習などを始めたのだが、監督である榊原をも驚かすレベルのセンスを見せつけたのだ。良くも悪くも独創的なプレーを次々繰り出す。そのセンスは久米や冷泉に匹敵するだろうと榊原は感じ取ったのだ。

「ふふふ、まさかこんな早くデビューする日が来るとは! さあ、いきますよ!」

その内海の投球スタイルとは…、

ズバッ!!

「ストライク!」

「!! アンダースロー!?」

「しかも体が軟らかいのか、かなり沈みこんで投げてるな。球速は120キロも出てないだろうけど、あの軌道じゃかなり打ちにくいだろうな」

内海はカットボール、高速シンカーを武器に打たせて取ってあっさりと、1回シャットアウト。

「いえいっ!! これが私、内海由羅の実力ですよ!」

「…はしゃぎ過ぎ。あともうちょっと落ち着いて投げなさい」

「痛っ!? ちょ、百合亜さん! 無言で連続チョップするのはやめてほしくてそれに顔が、というか目が怖い! せっかくのかわいいお顔が台無しですよ、って痛たたたっ!!??」

「百合亜は今日投げられなくてストレス溜まってるんだよね?」

「ちょっと環! 余計なこと言わないの!」

「わー!? ケンカしちゃダメだよー!?」

 

「あはは、意外と百合亜って負けず嫌いだからね…」

「感情が表に出やすくなるぐらいアイツらには心許してるってことだな」

「さてっ! 後輩たちに活躍を讃えに行こうかっ!」

「行こう行こ~う!」

 

その後も新生・聖森学園は快進撃を続けるのだがそれはまた別のどこかで語られるのかもしれない…

 

 

* * * * *

 

そして月日は流れて10月中旬…、

ある日のスポーツニュースには特集が組まれていた。

『ドラフト会議直前大予想!! 注目のあの選手はどのチームに!?』

そこではプロのOBであるキャスター達が各々の予想を並べていた。

「なんといっても今年は高校生が豊作ですね! 投手では天空中央高校の虹谷、覇堂高校の木場、そして野手ではこちらも空中央高校の天羽、瞬英高校の才賀、そして既にタイタンズが1位指名を明言している聖森学園の松浪! これらの選手がドラフト1位を占めるかもしれません! 大学生では特に投手が…」

当事者である夏穂は自分の名前が注目選手として出ないことに、分かってはいたが少しガッカリしつつ、各チームの現有戦力からのドラフト展望を流し見ていたのだが…、

「そしてもうひとつ注目なのが、期限ギリギリでプロ志望届を提出した女性選手、十六夜瑠奈選手ですね」

「! 十六夜、瑠奈?」

夏穂は初耳だったのだが、番組の司会のアナウンサーが話を進めていった。

「この十六夜瑠奈選手、異色の経歴を持っているんですね。中学ではソフトボールで日本一に、高校では甲子園出場は叶いませんでしたが、その後に独立リーグ、アマゾネスに入団するとその実力とルックスもあって一躍人気選手になりますが2年目終了時に退団、その後1年間はチームに属すことなく活動を続け、今年はなんとNPB入りを目指すとのこと。この人からも目が離せませんね!」

「なるほど…、色んな人がいるんだねぇ…」

とにかく今は他人のことを考えている場合ではない。明日、自分の運命が決まるのだ。…とは言ってもできるのは待つことだけなのだが…、

「寝よっか、明日はきっとバタバタするだろうし」

そうして夏穂はベッドに入るのだった。

 

そして翌日、授業も終わった木曜日の放課後。

普段ならグラウンドで練習してる野球部員たちも今日は部室に集まっていた。

「この机、どこに置きますか?」

「それはもうちょい壁に寄せてくれ。そんな広い部室じゃないし、あとテレビはもっと見やすいところに…」

部室はバタバタと慌ただしかった。指揮しているのは満と百合亜。

「松浪さんはドラフト1位は確実。だから体育館で記者さんをたくさん入れてるんだって。そっちには監督と部長の芦原先生、校長先生が松浪さんと一緒に並んで座るんだって。で、この部室で…」

「姉ちゃんのためのスペース作ったわけだ。幸いテレビはあるし、パワテレのネット放送をテレビで映せるように白石が準備してくれた」

「さすが白石、この手の知識に強いのは助かるわね」

「ねえ、環? いつまで目隠しすればいいの?」

「大丈夫です。私の手を離さずに付いてきてもらえれば…、はい、着きましたよ!」

「もう、一体何のつもり…、って部室!? しかもこれは…!」

露見に目隠し付きで連れてこられた夏穂は飾られた部室、そして待ち構えていた元チームメートたちを見て驚いた。

「夏穂のために、現役のみんなが準備してくれたんだってっ!」

「私たちは呼ばれただけだよ~」

「トモの方にも行ってやりたかったんだけどよ、あっちはあっちで大変そうだしな」

「だからまずは夏穂、お前の指名を待とう…、ということになった訳だ」

風太と大も松浪の元へ行きたかったのだが、取材が忙しそうとのことだった。

「監督と部長さんは松浪くんの方に行ってしまってるから、私があなたの指名を見届けるわ」

「花崎コーチ…、みんな、選ばれるかも分からない私のために…」

「夏穂さん、大丈夫ですよ。きっと夏穂さんなら選ばれますよ。根拠は無いですけど」

「百合亜が根拠なく何か言うの、珍しいね。でも、なんだか少し気が楽になったかな。まあ、待つだけだしね」

「そうですね、呼ばれるときは呼ばれますし、そうじゃないときはそうなります」

「うわー、きびしー」

 

ガヤガヤとした感じのままいよいよドラフト会議が始まる17時を迎えた。部室も少し静まり返る。

 

そして迎えた、ドラフト1位発表のとき。

『第一巡選択希望選手、阪戸バッファローズ、木場嵐士、投手、覇堂高校』

「バッファローズは木場さんか…」

「いつも社会人とか大卒投手指名が多かったんだけどな」

百合亜と満がそれぞれ感想を口にする。

『第一巡選択希望選手、シャイニングスワローズ、雲海和也、投手、星英スポーツ』

「あんまり聞いたこと無い選手だな」

「社会人の選手ね、即戦力ってことかしら」

『第一巡選択希望選手、幕浜マリナーズ、十六夜瑠奈、投手、アマゾネス』

「(!! 十六夜瑠奈! まさかドラフト1位とは…!)」

これには流石に夏穂も驚きを隠せない。それだけ評価が高かったのは驚きだった。その後、中部ワイバーンズは虹谷を、東北仙城イーグルスも虹谷、夢ヶ咲タイガースは大学生の内野手、中窪を指名。そして続く北海ノーザンフォックスが指名したのは…、

「第一巡選択希望選手、北海ノーザンフォックス、東出太陽、内野手、聖ジャスミン高校」

「!!」

「これは…」

「サプライズ指名…ね。粟山(あわやま)監督の好きそうなことだわ」

粟山監督とは北海ノーザンフォックスの監督、現役時代はお世辞にも結果を出したとは言えなかったがコーチ就任後から着々と結果を残し監督に就任、様々な名選手を育て上げ、また前例の無いような起用なども積極的に行う個性派の監督である。

その後に浜須賀ブルースターズは木場を指名。迎えたキャットハンズの指名は…、

『第一巡選択希望選手、キャットハンズ、松浪将知、捕手、聖森学園高校』

「ま、松浪さん呼ばれたぞ!」

「遂にアイツやりやがったな!」

「出来れば同じ場所に居合わせたかったが…」

松浪の指名に盛り上がる部員たち、夏穂も少しホッとしていた。そして頑張パワフルズは木場、猪狩カイザースは虹谷を、タイタンズは宣言通りに松浪を指名。そしてこの時点で雲海、十六夜、東出、中窪の交渉権が決定。抽選の結果、虹谷はワイバーンズに、木場はバッファローズ、そして松浪はタイタンズに決まった。その後もいわゆる"外れ1位"が次々呼ばれるも夏穂の名前は呼ばれず、通常の地上波放送はここで終了した。

「このあたりは流石パワテレといったところね」

「毎日どこかしらの試合を試合終了まで生放送してるぐらいだからな」

そして2位指名が始まった。今シーズン下位だったチームからウェーバー方式で指名されていく。

「(雑誌とかの情報だと私は呼ばれるのが微妙なライン、まだここでは…)」

『第二巡選択希望選手、夢ヶ咲タイガース、桜井夏穂、投手、聖森学園高校』

「…え?」

「い、今…」

「夏穂の名前が…」

「呼ばれた…っ!?」

あまりに突然の出来事で、理解が追い付かない者が何人かいたが、それでもみんなの感情は爆発した。

「「「「夏穂(さん)もプロ入りだーーーー!!!」」」」

どこからとなくクラッカーを持ち出した者、とにかくバンザイをする者、とりあえず近くの誰かと握手したりする者、色々いたがただ一人、夏穂だけはまだ今一つ状況を飲み込めてなかった。

「え? わ、私? 私が、2位指名?」

「凄いよ夏穂っ! 呼ばれちゃったじゃんこんなに早くっ!」

「さ~、みんなで胴上げだ~!!」

「め、恵さん!? それは多分後でやるやつ…」

 

 

この後のことは夏穂はよく覚えていない。胴上げされたり、今までに無いくらい記者に囲まれたり、写真を取られたりインタビューされたり…、

だが間違いないのはこの日、夏穂の歩む道にプロの世界という新たな戦うべき舞台が出来たということだった。




ここまで書いてて驚きました。終わりませんでした。実は後少しだけ続くんです。できるなら綺麗にまとめたいですからね…、せっかく50話以上やってきたので。

という訳で次回に続きます。まさかのアフターストーリー2話目突入です。出来るだけ早く上げたいですが、年内を目処に頑張ります!
今回のおまけはアフターストーリーにして新登場の後輩キャラ、内海です。

◯内海由羅(うつみゆら) (1年) 左/左
聖森学園期待のルーキー。入部時の自己紹介で高校からやったことの無いピッチャーを始めることを宣言したある意味大物。非常に柔軟な体と持ち前のセンスで短期間でメキメキと上達。遂には秋でレギュラーの座に付き、アンダースローのリリーフピッチャーも務める。怖いもの知らずでお調子者、そして独創的なプレーを連発するので味方も彼女のプレーには驚かせれ続けている。百合亜に懐いているがよく怒られている。
球速    スタ コン 
120km/h  E  E
⬅️カットボール 3
↘️高速シンカー 3
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
2 F E D E C C 投C 一C 外C
ケガしにくさ◎ ピンチ◯ 打たれ強さ◯ クイック△ 逃げ球 球持ち◯ シュート回転 チャンス◯ 三振 ローボールヒッター 強振多様 速球中心


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52 それぞれの道

年を跨いだ上に気づけば2月…。失踪してた訳じゃありません。いまいち纏めきれてませんでした。前の話も忘れかけかもしれませんが、続きをどうぞ!


「朝日監督! 即戦力を狙ったドラフトにする、と言っておいてこの指名で良かったんですか? とてもそうは見えないんですが…」

ここは夢ヶ咲タイガースの本拠地内の監督室。球団職員と首脳陣、そしてスカウトが集まってドラフト会議の結果について話し合っていた。

「俺としては納得できるドラフトをしたつもりですが、何か気に入らない点がおありで?」

「そりゃ文句があるという訳ではないけどねぇ…」

 

朝日は何か言いたげなスタッフ…、というよりタイガースの持ち会社の幹部の見るからに苦言を呈したがっている顔見てやれやれと内心息をついた。

「(幹部どもはアイツを獲れコイツを指名しろとうるさく言うくせに、こっちの要望には対して金を出してくれない。だから今回は現場の独断で指名していったんだが…)」

「朝日監督、まず1位についてだね。なぜ松浪や虹谷などの高校生に行かなかったんだい? 彼らなら即戦力になりえるはずだし、話題性もあると思うんだが」

「お言葉ですが…、高卒の投手がいきなりローテーションを守れるか、さらにたった一人しか出られないキャッチャーをいきなり任せられるか、となると今年の目玉の彼らでも簡単ではないでしょう。高校生とプロには明確に高い壁があります」

「それにしても大学生の内野手と言うのは…」

「中窪こそ即戦力の内野手だと俺は思いますがね。海東学院大学に一般生として入部して2軍から這い上がり、3年の秋、4年の春の2シーズンで首位打者、最多打点、ベストナイン、MVPを獲得し、さらに全国大会でも打率8割をマークして日本一に貢献…。豊作と言われる高校生の影に隠れてはいますが、彼はここ数年と比較してもナンバーワンの大学生だと思いますが」

毅然とした態度で理由を並べた朝日の剣幕に気圧された球団幹部は多少納得は行ってないようだが次の話題に移った。

「…分かったよ。では、次は2名。2位の桜井と5位の志藤、この女性選手二人の指名はどういうつもりだ。ウチは女性選手など受け持ったことは…」

「前例が無いなら作ればいいでしょう。そんな後手後手だからトラックマン(数値計測システム)の導入も他球団より遅れたんですよ。まあ、確かに寮の設備の改装などはお願いすることになりますが…」

「まー、その辺りは注目されてる以上、蔑ろにできんが…、だが本当に大丈夫かね? 女性選手は…」

「俺は女性選手だから指名したのではありません。桜井という投手と、志藤という外野手を指名したんです」

「それに、高卒は即戦力は難しいとさっき君は言ったじゃないか」

「この二人を含めた今年のドラフト、チームのニーズに合わせて決めたものです。俺は必要と感じたまでです」

「…やれやれ。君は監督に就任したときはもっと素直な男だと思ってたんだが…。まあいい、結果を出して見せると君は就任時から言ってきていたね。来年が3年目だ。そろそろその結果とやら、出してもらいたいねえ。では、私はこれで」

そう言うと幹部は監督室を後にした。幹部が出ていった後、朝日は深いため息をついた。

「結果、ねえ。10年も5、6位が定位置だったチームを2年でAクラスを争えるチームにまでしたってのに、随分酷い言われようだな」

朝日の愚痴にヘッドコーチである岩辺が応える。

「1年目こそ5位だったものの、今年はリーグ最終戦までもつれ込んでの4位、0.5ゲーム差でCSは逃したものの、来年にはAクラス入りも夢ではない…、ってとこなんですがね」

「…今に見てろよ、数字と金しか見ない幹部どもめ。現場を知る者の眼力ってやつを見せてやる。なんせ…」

朝日はドラフトの指名選手の一覧に再び目を通した。

 

ドラフト会議 交渉権獲得選手

1位 中窪 翔一 内野手 海東学院大学

2位 桜井 夏穂 投 手 聖森学園高校

3位 吉永 晴久 投 手 独立リーグ、ガッチリーズ

4位 園原 洋介 投 手 黒龍館大学

5位 志藤 玲美 外野手 鳴響高校

6位 奥居 紀明 外野手 バス停前高校

7位 向井 孝四郎 内野手 慶塩専修大学

 

「俺と千家、両方の意見が合った選手ばかりを指名したんだ。俺たちの選手見る目、これだけは自信を持って誇れるからな」

 

現・夢ヶ咲タイガース監督、朝日輝政。元ノーザンフォックスで投手として活躍し、FAでタイガースに移籍。派手さは無いがクレバーな投球で現役17年を大怪我無く勤めきった後、解説者などを経て一昨年のシーズン終了後から監督に。監督就任後は球団の保守的な体質を改善すべく半ば強引に改革を進めてきた。そして千家も選手見る目を買われている男。若くしてスカウト長に任命されたのも朝日が強く推したからである。この二人の意見が合うということは必ず輝く何かがあるということだ、と朝日は自信を持っている。

「さて、来年辺りで蒔いた種を収穫していきますか…!」

 

* * * * *

 

ドラフトから2ヶ月ほどが経ち、各チームのルーキー達の入団会見が行われていた。そのニュースはオフシーズンの野球ファンの数少ない楽しみである。

夏穂はネットニュースでその手のニュースを見ていた。夏穂は対戦経験のある選手達の行き先もチェックしていた。一度は互いの全てを懸けて戦ったのだ。どうしても気になったのだった。

まず聖森学園でプロ入りしたのは松浪と夏穂の二人。松浪はタイタンズ1位、夏穂はタイガース2位。上位指名二人、しかも高校初のプロ入りというのもあってしばらく学校は大騒ぎだった。

県大会で当たった中で指名されたのは戦国工業の常磐田がノーザンフォックスから6位指名、聖ジャスミンの東出もノーザンフォックス1位といったところか。

甲子園で戦った中では鳴響から宇多がワイバーンズ4位指名、志藤がタイガース5位指名だった。そして開拓からは十三村はスワローズから2位指名を受けた。

 

一方、その頃…、

「納得いかないなぁ、十三村が2位指名だなんて…」

「おいおいユウキ。そんなの愚痴ったって仕方ないだろ? それよりお前なんでプロ志望届出さなかったんだよ」

十三村の自宅で話をしているのは雨崎優輝。元・混黒高校の正捕手で天才スラッガーである。県大会決勝で中学、そして高校でも一時期はチームメイトだった十三村との因縁の対決で敗れ、甲子園は逃した。しかしその打撃センスは折り紙つきでドラフト上位指名間違いなしとも言われていたが…

「ははは、君に負けたからね。もう一度一から鍛え直すことにしたんだ。大学に行くよ。それからでも君と戦うのは遅くない」

「…そうか。お前が決めたなら仕方ないな」

「それより君の方こそ本当にドラフト1位じゃなくて悔しくないのかい?」

「仕方ないさ。大ケガしてたことがリスクだったらしい。でも…、プロに入れば順位なんて関係ないさ。活躍しなきゃドラ1だろうと育成出身だろうと生きていけない世界なんだからな。それにユウキが来るまでに俺も腕を上げなきゃな」

「なるほど…、十三村らしいね。俺も追い付いて…、いやいつか追い越して見せるさ」

 

* * * * *

 

夏穂はというと、入団会見に望んでいた。ルーキー達が一同に会し、ユニフォーム姿と背番号がお披露目となる。ちなみに夏穂の背番号は29。夏穂はなかなかいい番号が貰えたのではないかと考えている。もちろん会見でもっとも注目を浴びたのはドラフト1位の中窪。背番号も7と一桁を貰っている。ちなみに夏穂と再会し改めて意気投合した志藤は背番号52、下位指名ながら無名校からのプロ入りとなり注目された奥居は背番号91となった。ユニフォームを着て、ルーキー全員で集合写真を撮っている中で夏穂はより実感した。

「(私、遂にプロ野球選手になったんだ! でもここがゴールじゃなくて、ここからがまたスタート…! 頑張るぞ!!)」

 

* * * * *

 

それからは何度も取材を受けたり、他の生徒たちからサインを求められたり、終業式で全校生徒の前で表彰されたりと、いつもよりバタバタとした年末を過ごし、迎えた年明け。

「はーっ! やっとゆっくり出来るよー! 取材とか、学校でのイベントとか色々ありすぎだよー!」

「おい、ねーちゃん! 自主トレ行くぞ!」

実家のリビングで好き放題ダラダラしようと目論んでいた夏穂の元にはスポーツウェアを着こんだ満が。

「ええっ! 今日ぐらいゆっくりしようよ!? 年末に録り溜めた番組見ようかと…」

「俺も小春も年明けからちょっとしたら練習始まるし、何よりねーちゃんはプロ野球選手! 今月末から合同自主トレだろ!」

「それに夏穂おねーちゃん、大晦日にも似たようなこと言ってたよー! ほら、着替えて着替えて!」

「ぎゃー! やめて小春! 着替える! 自分で着替えるから!」

こうして夏穂のダラダラタイムは実現すること無く終わった。

 

「よーし、まだまだ飛ばせるよ!」

「くそっ、やっぱり体力あるな!」

「二人とも、待ってよー!!」

そして3人でランニングに出かけたのだが、やはり夏穂の持久力は大したもので満と小春に大きく差を付けていた。

「(とは言っても満はなんだかんだ食らい付いてきてる…。前ならもっと突き離せたのに…)」

満は主将として臨んだ秋大会で見事地方大会へ進出、聖森学園は白石、久米の2枚看板に美田村、内海が控える高い投手力を武器に勝ち上がり、地方大会ベスト4。今はセンバツの候補として連絡を待つばかりである。この秋大会を通じて満は打率6割をマーク。オフシーズンはフィジカル強化に力を入れてるらしく、夏よりも一回り大きくなった印象だ。

一方の小春、夏以降は大きく戦力ダウンした聖ジャスミンで野球部に専念。持ち前の技の打撃で活躍したがチームは県大会ベスト8止まり。今は夏に向けて地力を固めている段階だ。

「(二人とも、立派になってきたなぁ…)」

「? ねーちゃん、どうしたんだよ?」

「ん? いや、別に。満はセンバツ行けるかもしれないんだよね?」

「まあ運が良けりゃな」

「私たちは行けなかったからなぁ」

「それよりねーちゃんももうすぐ新人合同自主トレだろ?」

「うん。それが終わったら春季キャンプ。…もう学校に行けるのもあと少しか」

「ウチのみんなの希望なんだぜ? 松浪さんとねーちゃんは。頑張ってきなよ!」

「ふふ、分かってるよ!」

「ねー、二人ともー、疲れたから帰ろーよー!」

「お、もうこんな時間か。ダウンしながら帰ろっか!」

「「おおー!」」

桜井家の3人もそれぞれの道を進む。…夏穂たちの父親が夏穂が2月から遠征に行くことを知って驚愕した(今更)のはまた別の話。

 

* * * * *

 

その後、聖森学園野球部は無事センバツの代表として選ばれたとの連絡をもらい、満たちは2期連続出場を果たした。

そしてまもなく自主トレ、キャンプに向かう夏穂と松浪はクラスメートに一足早い別れを告げることとなった。…この時、夏穂が二人にそれぞれ渡された寄せ書き(クラスメートと野球部のメンバーからの2枚ずつ)を貰って感動のあまり大号泣したのはしばらく松浪からイジられるネタとなったのだが。

程なくして二人はそれぞれ自主トレに出向くことになり、夏穂はタイガース2軍施設、夢ヶ咲セカンドパークに。松浪はタイタンズ2軍施設、タイタンズ球場へと向かった。

 

夢ヶ咲セカンドパーク。夢ヶ咲タイガースの2軍施設、とは言っても近年育成に力を入れる監督の方針に従い最近になって再整備が進んでおり、1軍選手も調整に利用するほどに設備は整っている。聖森も高校としては新しく設備もそれなりに揃っていたがそこはやはりプロの球団の施設。様々なトレーニング機器にデータ分析設備、そして綺麗なグラウンドには夏穂も目を丸くした。

「やあルーキー諸君。俺は2軍監督を勤めている島辺(しまべ)だ。そしてこちらが…」

「どうも。1軍監督をさせてもらっている、朝日だ。まずは指名を受け、我が球団に来てくれたことに感謝する。共に優勝、そしてファンを喜ばせることを目標に励みたいと思う。君たちも是非その力を貸してくれ」

「「「はいっ!!」」」

「よし、良い返事だ。…そうだな、まずはそれぞれ自己紹介と行こうか。名前、出身チーム、ポジション、そしてアピールポイントとあとは自由! 学生っぽいやり方だが、まずはドラ1から!」

「はいっ! 海東学院大学から来ました、中窪翔一!! ポジションはセカンド! 自分の長所は打撃、そした内野全ポジションをこなせる守備力です! 開幕1軍、いや、スタメンに名を連ねて見せます!」

「ふむ、大きく出たな! だがそういう気持ちでいるのは悪くないぞ!」

中窪翔一、海東学院大学で野球推薦ではない一般入学組から努力で這い上がり、4年時にはキャプテンを勤めて春秋の2期連続優勝に大いに貢献した。最大の武器はその打撃、一発の魅力もありながら確実性もある。例年なら競合間違い無しの即戦力大学生野手である。

「じゃあ、次!」

「はい! 聖森学園高校から来ました、桜井夏穂です! ポジションはピッチャー! 私の持ち味はストレートです! どんな形でもチームの勝利に貢献して見せます!」

「おう、期待してるぞ! さあ、どんどん行け!」

「ガッチリーズ出身、吉永晴久! ポジションはピッチャー! バッターに自分の打撃をさせない投球に自信があります! プロの世界でもガンガン打ち取っていきます!」

吉永晴久、独立リーグのガッチリーズという堅守で有名なチームから指名された。高校も南港埠洛水産という伝統的に堅守を誇るチームでエースを務めてきた。チームの堅守を最大限に生かす、カットボールとツーシーム主体で低めに集める投球が持ち味の右腕である。

「黒龍館出身、園原洋介! ポジションは投手! 気合いと根性なら今年のルーキー、いや他の選手にも負けないつもりッス!! 押忍!!」

園原洋介、強豪の黒龍館大学から指名された投手。左腕でありながらMAX152キロを誇る。一方で変化球と制球に課題が残り、4位指名となった。

「鳴響高校から来ました志藤玲美です! ポジションは外野手、母の教えである強く、可憐に、慎ましくプレーしたいと思います!」

志藤玲美、鳴響高校で夏穂とは甲子園でも対戦経験のある女性外野手。巧みなバットコントロール、俊足、堅守と三拍子揃った選手である。

「奥居紀明、バス停前高校から来ました! 技術的にはまだまだですけど、いずれは絶対にスター選手になってみせます!」

奥居紀明、初戦負けの常連だったバス停前高校でエースで4番として県大会ベスト8まで導いた。投手としてはMAX145キロのストレート、打っては最後の夏に4試合で打率7割5分、ホームラン4本を記録している。タイガースは外野手として指名、育成する方針で本人も納得している。

「慶塩専修から来ました、向井孝四郎です! プロの世界に入ったからにはドラフトの順位に関係なく、1軍の座を奪い取って見せます!」

向井孝四郎、こちらも強豪の慶塩専修大学で3番打者として活躍。確実性にはやや欠けるが長打力には光るものがある。3年までは投手だったことを考えると伸び代に期待がかかる打者。

 

「よし、じゃあ自己紹介も済んだところでアップを始めてくれ! くれぐれもケガのないように、入念にな! アピールしたい気持ちは分かるがまずは春季キャンプに向けて体を作ってくれ!」

「「「「はいっ!」」」」

 

こうして新人合同自主トレがスタートした。

各々がキャッチボール、ティー打撃、走り込みなどを行っているところを朝日はじっと見つめていた。

「朝日、どうだい? 自分の目を信じて選んだルーキーたちは?」

「島辺さんこそ、どう思いますか?」

「そうだな、まず中窪。ありゃ即1軍で良さそうだ。スイングの鋭さ、ありゃあ大学生レベルじゃねえなぁ。そんで桜井だったか、あのピッチャーの女の子。キャッチボールだけでも肩肘がかなり柔らかいのが分かる。あれだけしならせりゃ良い球投げられるわけだ。」

「桜井、吉永も1軍で勝負させても面白いかもしれませんね」

「あと外野手の女の子も中々完成度は高そうだが…、鍛え甲斐がありそうなのは園原、奥居、向井だな。あいつら、上手く行けば大化けするぜ?」

「そこは俺たち首脳陣の腕の見せ所でしょう。…まあ、今年は新しい試みもキャンプでしますから、それも踏まえてルーキーたちにも早めに自分の力を発揮できるよう調整してもらいたいですね」

 

* * * * *

 

新人合同自主トレはあっという間に終わりを迎えた。投手陣は全員ブルペンで投げ込み、野手陣もかなり本格的に調整したようだ。というのも…

「キャンプ初日にいきなり紅白戦…、ルーキー・中堅以上チームと若手チームの対戦だそうですが…」

「玲美ちゃんたちももう打撃投手の人に投げてもらって打ってたんだってね。私たちも1イニングは投げるそうだよ」

ルーキーたちに故障者はおらず、全員が紅白戦に参加する運びとなった。キャンプ地へ向かう飛行機で並んで座った夏穂と志藤はその紅白戦の話をしていた。

「しかし初日からサバイバル紅白戦とはね…」

「なんでも、1・2軍関係なくホテルは同じで、グラウンドだけが違うそうです。他の球団よりも入れ替えが激しいのもそれが理由だそうですよ」

「厳しいんだね~、まあ私たちルーキーにもチャンスがあるからには頑張らないとね!」

「そうですね! 頑張りましょう!」

そして夏穂たち、夢ヶ咲タイガースはキャンプイン。多くのファンが注目する中、1軍の練習場となるグラウンドでは早速サバイバル紅白戦が始まろうとしていた。

紅組、若手チーム

1番 ショート 畔上

2番 ファースト 唐沢

3番 指名打者 増川

4番 サード 橋元

5番 ライト 井村

6番 センター 江村

7番 セカンド 伊沢

8番 レフト 馬場

9番 キャッチャー 竹沢

先発投手 春日井

 

白組、ルーキー、中堅以上チーム

1番 セカンド 中窪

2番 センター 志藤

3番 ライト 正津

4番 指名打者 長谷

5番 ファースト C.ベッケス

6番 サード 向井

7番 キャッチャー 城

8番 ショート 金森

9番 レフト 奥居

先発投手 甲賀

 

「うわぁ…、去年1軍で活躍されてた方々も出てますね…」

「あっちもこっちもテレビで見てた人たち…、まあ当たり前だけど…」

夏穂と志藤も想像以上にガチのメンバーに驚きを隠せない。まず若手チーム、畔上は昨シーズンに全試合出場を果たしたショート。5年目23歳とまだ若く「虎のプリンス」と呼ばれタイガース女性ファンの一番人気である。そしてキャッチャー竹沢も昨シーズンに自己最多となる96試合に出場、売り出し中の若手キャッチャーである。

そして何よりの驚きは白組。4番に座る長谷は13年目32歳のシーズンを迎えるベテラン外野手。1年目から1軍で活躍し、首位打者1回、最多打点3回という超一流選手。選手からも慕われており、グッズの売り上げも6年連続1位と超人気選手でもある。加えて2年目のシーズンを迎える助っ人ベッケス、昨シーズンは前半戦に打率3割、ホームラン12本と活躍したが死球を受けた際に負傷し、残りシーズンを棒に振った。今シーズンこそは、と奮起している。そして先発はタイガースのエース甲賀。右のサイドハンドから繰り出す、右打者の内を抉り、左打者からは逃げていくシュートが武器の投手。今シーズンが9年目、8年間で70勝を積み上げたエースである。

ルーキー投手陣は中継ぎ待機、若手相手とはいえプロで初めての登板なので結果にこだわらなくて良い、と首脳陣からは言われているが…。

「やるからには、抑えたいよね!」

「私も何とか打ってみせます!」

そして紅白戦が始まった。先攻は若手チーム、マウンドにはいきなりエースの甲賀が上がった。

「タイガースのエース甲賀さん…、どんなピッチングするんだろ…!」

その甲賀は先頭の右打者、畔上に対しアウトローのストレートから入る。スピードガンは140キロと表示されてるがこの時期としてはかなり仕上がってると言えるだろう。そこから外に逃げるスライダー、チェンジアップなどを駆使し畔上を追い込んだ。そして…、

「…っ!」

カウント2-2からの6球目、一瞬真ん中へのストレートに見えたボールだったが畔上のスイングを掻い潜るように膝元へと食い込んだ。空振りの三振、スタンドの観客もワッと沸いた。

「(凄い。空振りを奪えるレベルのシュートを投げる上に、それを右対右の対決でバッチリ決める…。調整段階でこのレベル、やっぱりプロは凄い…!)」

甲賀は続く唐沢、増川も打ち取って三者凡退。攻守が入れ替わりマウンドには大卒3年目の左腕、春日井が上がる。春日井は180後半の長身から投げ下ろす角度あるストレートが最大の武器であり、昨シーズンは3勝。今シーズンこそローテーション定着を狙う。

『1番、セカンド、中窪。背番号7』

期待のルーキーの初の打席にスタンドのファンも沸き上がる。即戦力と称される中窪にとって1軍でも通用するストレートを投げる春日井はどれくらい通用するかの指標とする最高の相手である。

春日井は大きく振りかぶってから自慢のストレートを投じる。

カーーーン!!!

球場にいきなり響いた快音、打球はかなりの速度でセンターの前で弾んだ。

「ほう…、春日井のストレートを初見でしっかり弾き返したか。まあ明らかにストレートを張っていたが」

ストレートが武器の春日井に対してそのストレートを初球から狙い打つ。ルーキーながら強気な打撃に朝日監督も笑みを浮かべた。

「っ! 速い…!」

続いて打席に立った志藤だったが春日井の力強いストレートに圧されていた。

「(球速だけなら甲子園でも同じぐらいの人はいましたが…、質が圧倒的に高い。それに、私は木製バットにはまだ対応できてない…)」

高卒の選手が一番プロで苦しむと言われているのが木製バットへの対応である。高校野球で主に使用されるのは金属バット、経済面での理由の方が大きいのだが飛び方も全然違う。多少芯を外されても飛ぶ金属バットに対して木製バットは芯を外すと飛ばない、もしくは折られてしまう。高卒で期待されたスラッガーが大成できるかはここに懸かってくる。

「あっ…!」

ストレートにタイミングを合わせようと思うあまり、投じられたチェンジアップに反応できず志藤は三振に倒れる。

その後正津がゲッツーに倒れ、得点ならず。2回には向井が打席に立ったものの三振。3回には若手チームは2番手として高卒3年目、鈴貝がマウンドに上がった。逢坂翔陽高校で春夏連覇、4球団競合の末入団し、1年目から5勝、昨シーズンも9勝と次期エースと期待されている。その鈴貝からヒットを放ったのはなんと奥居だった。2球目のストレートを見事流し打ち、ライト前ヒットとなった。

「奥居さん、やりますね。あのスピードボールを打ち返すなんて…」

「ホントに、すごいね!」

その後の試合は鈴貝から長谷、ベッケスの連続長打でルーキー・中堅以上チームが先制、しかしルーキー・中堅チームの2番手、吉永が3回からマウンドに上がるが自慢のコントロールは鳴りを潜め、フォアボールから連打を浴び1失点。2イニング目には落ち着いたのか持ち前の打たせて取るピッチングを披露し無失点に凌いだ。後を受けた3番手園原。投球練習からスピードガンは146キロをマークするなどスタンドを沸かせた。だったのだが…、

「ボール、フォアボール!」

速いは速いのだが、まともにストライクが入らず。暴投もあったりの4つのフォアボール。途中内野フライで1つアウトを取ったもの、タイムリーも浴びて既に3失点。しかしここで開き直ったのか真ん中目掛けて力強いストレートを投じ始め、球威で押してその後はゼロに抑えた。2イニング目もフォアボールから甘く入った変化球を捉えられ1点失うが、後続は断って2回4失点。課題はハッキリとしていた。

そしていよいよ夏穂の出番がやって来た。ブルペンで準備を終えた夏穂は気合い十分でマウンドに向かう。

「よーし、行くかー!」

『白組、ピッチャー、園原に代わりまして、桜井。背番号29』

「頑張れよー!」「夏穂ちゃーん! ファイトー!」「期待してるぞー!」

アナウンスされると同時に期待のこもった暖かい声援を受け、夏穂は投球練習を終えて打者と向かい合う。

「(さあ行くぞ…! これが私の、デビュー戦だ!)」

 

 

 




「俺たちの冒険はこれからだぜ!」みたいな締め方になってますが、なんとまだ終わりません。まさかエピローグ的な話に3話以上(次で終わる保証もなし)かかってしまうとは…。
少しプロの世界に触れてから終わろうとしたのに、ここに来て新キャラが増える一方。何としてもキレイに終わらせなければ…、ここまで読んでくれた方々にも悪いので…。
今回のおまけはプロ入りしたメンツの能力を。注意してもらいたいのは夏穂たちの能力はここでは"プロ基準"となってます。弱くなってるように見えるけど気にしないでください。

◯桜井夏穂 (高卒ルーキー、ドラフト2位) 右/右
夢だったプロ野球選手になった夏穂。首脳陣からは柔軟な肩肘を生かしたキレのあるストレートとコントロール、そして物怖じしないメンタルを評価されている。大成した選手の少ない女性選手のため評価は分かれているが、朝日監督は高く買っている。尊敬する選手は早川あおい。
球速    スタ コン 
143km/h   E  C
➡️ Hスライダー 1
↘️ フルブルーム(パワーカーブ) 3
⬇️ チェンジアップ 2
ピンチ◯ ノビ◎ 球持ち◯ 軽い球 ケガしにくさ◎

◯志藤玲美 (高卒ルーキー、ドラフト5位) 左/左
先生(本人がいっているだけ、鳴響高校の宇多響を指す)に勧められプロ入りを目指し、見事指名される。野球部と吹奏楽部を兼部していた。が、野球センスには恵まれている一方で音楽の才能はゼロに等しい。女性野手の成功例は少ないため夏穂よりも評価が割れている。夏穂とは性格は逆だが気が合うようだ。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
1 D F C E C D  外C
走塁◯ 守備職人

◯中窪翔一 (大卒ルーキー、ドラフト1位) 右/右
プロ養成学校とも呼ばれる海東学院大学に推薦ではなく一般枠で入学、長い2軍での下積みを経て1軍でキャプテンにまで登り詰めた男。『素振りと守備練は裏切らない』を信条にしている。彼の打撃はセンスだけではなく、努力で培ったものである。趣味は野球ゲームで、ここでも配球の勉強するなどかなり野球に対しては貪欲である。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
3 C C E C C C  一E ニC 三D 遊E
初球◯ 粘り打ち アベレージヒッター

◯吉永晴久 (社会人ルーキー、ドラフト3位) 右/右
独立リーグからプロ入りを果たした投手。契約金はどうするか、という取材での質問に、貯金しますと即答する手堅い男。だが性格は結構フランクであり、他のルーキーとも打ち解けている。趣味はビリヤード。
球速    スタ コン
145km/h   D C
⬆️ ツーシーム
➡️ カットボール 4
↘️ スラーブ 2
打たれ強さ◯ クイック◯ 一発 シュート回転

◯園原洋介 (大卒ルーキー、ドラフト4位) 左/左
荒削りな大卒投手。投げるボールは素晴らしいが荒削り過ぎて中々指名されなかった。豪快過ぎる性格であり、志藤は彼に対しては接し方が分からないそうだ。意外なことに料理が得意らしい。
球速    スタ コン
152km/h D G
⬅️ スライダー 2
⬇️ フォーク 2
ピンチ◯ ノビ◯ 四球 クイック△ 乱調 調子極端

◯奥居紀明 (高卒ルーキー、ドラフト6位) 右/右
無名の高校を率いて勝ち上がり注目を浴びた。その実力は指導者がいなかったため我流で身につけたようであり、その荒削りな才能は無限の可能性を秘めている、とは担当スカウトの千家の評価。お調子者でスター選手になってモテモテになることを夢見ている。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
2 E D D D D E  外D
(特殊能力なし)

◯向井孝四郎 (大卒ルーキー、ドラフト7位) 右/左
慶塩専修大学からプロ入りした内野手。3年までは二刀流をしていたが野手に専念し、打撃に磨きがかかった。実績が少ないため注目度は今一つだったがパンチのある打撃は魅力。素振りが好きな練習であり、中窪と気が合うらしい。趣味は釣り。
弾 ミ パ 走 肩 守 捕  守備位置
3 F C D B F F  三F 一F 外F
三振 プルヒッター 送球◯

続きも頑張って早い内に形にしたいと思います…!
感想などもよろしくお願いします!




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53 新しい世界へ!

大変騒がしい世の中ですが、そんな中ようやく完成しました。2カ月近く空いてしまいましたが…


夏穂たちルーキーが動き出すのとほぼ同時期…、

 

場所はアメリカ。こちらでは夢を目指すアマチュアの選手たちがこぞってトライアウトに参加していた。メジャーリーグはルーキーリーグ、1A、2A、3Aと傘下に多くのチームを抱えている。このトライアウトで合格すればルーキーリーグからスタートし、遠いメジャーリーグの舞台を目指すことになる。とはいえこのトライアウトそのものも狭き門であるのだが。 

「レッドエンジェルズもダメだったか。なかなか上手くいかないもんだなぁ」

「おいおい、おかしいだろ? なんで実践試験で6人を完璧に抑えたお前が落ちるんだよ?」

ここに遥々日本からトライアウトに挑む一人の男、そしてその付き添いの男がいた。愚痴を言ってるのは付き添いの方だ。

「僕はベストを尽くした。だからダメだったら仕方ないさ。結果より内容を見られてたんだろうさ」

「でもよお、わざわざアメリカまで来て成果無しで帰るのかよ?」

「確かに美留田の親戚のおじさんにお世話になってまで結果が無いのはちょっと申し訳ないけど…」

「あ、町男の叔父貴が呼んでるぜ。次の場所に移動するってよ。明日はセイクリッズのトライアウトだったな」

「そうだったね。今度こそ合格することを祈ろう」

彼は緩井、昨夏の甲子園では優勝候補筆頭の天空中央高校を破り、惜しくも聖森学園に敗れた一芸大附属のエース。そして付き添いは同じく一芸大附属で主砲だった美留田。

緩井は引退後もプロ入りを目指し練習に参加、プロ志望届けを提出。しかしどこからも声はかからず。…いや、厳密には声はかかった。タイタンズからの育成指名、ただしその身体能力を見込んで野手としての指名だった。緩井は迷わずその誘いを断った。投手にこだわる緩井らしい、と監督の赤井は笑っていたが。その後、独立リーグなどから声がかかったりしたがそれも野手としてだったため断り、美留田が親戚のおじを頼って渡米することを聞きつけそれに着いてきたのだ。そしてここまで3球団のトライアウトを受けいずれも不合格。打たれたわけではないので恐らく理由は…

「やっぱり遅すぎる、かな」

「とはいえやれる限りのトレーニングはしたんだろ? だったら持ち合わせでやるしかねぇよ」

緩井は高校生離れしたコントロールと緩急自在、そして熟練のマウンド捌きを誇る。唯一の欠点である球速の無さを補うための努力だが…。

「やっぱり130キロ台前半じゃ限度があるか」

「らしくねぇこと言いやがって…。だが確かに何事にも限界はあるかもしれねぇが。ま、チャンスがある内はチャレンジしようぜ!」

 

その翌日、トライアウト会場となるセイクリッズのキャンプ地のサブグラウンド。遠投で少々評価を落としながらも実践テストに進んだ緩井は同じテスト生のバッターと対戦していた。

自慢の緩急で130キロのストレートさえ振り遅れさせる投球術に球団の試験官も感心していたが…

「ふむ、あの日本人。面白いピッチングするじゃないか」

「確かに、だがあのスピードではな…」

試験官たちは興味を示しながらもリストの名前の欄の不合格にチェックマークを付けようとしていた。

「ん? なんだ? あのピッチャー、不合格にするのかい?」

試験官の後ろから一人の男が現れた。

「え? あ、あなたはミスタージェイソン! どうしてここに!?」

「そりゃ、ダイヤの原石を探しに来たのさ! どこに転がってるか分からないからな! なぁ、あの日本人。不合格にするなら、俺のところに預からせてくれないか?」

 

「ここもダメ、か。」

「ポテンヒット1本、落ちるような内容ではないと思うがな…」

緩井はやはり不合格。いよいよ受けるところも無くなってきたため決断が迫られてきた。

「そろそろ日本に帰らなきゃいけないかもな…」

「ああ…、だがここまでチャレンジしたんだ。恥ずべきことじゃねえよ」

「そこのジャパニーズ! ちょっといいかい?」

流石にショックを受けつつあった緩井と美留田の前に一人の男が現れた。

「えっと、あなたは…、球団の関係者?」

「てか、日本語上手すぎないか!?」

「おっと、自己紹介がまだだったな。コイツを受け取ってくれ!」

そういって男が差し出したのは名刺。英語だったが緩井もある程度は読める。

「えっと、GJベースボールアカデミー責任者、ゴーワン・ジェイソン…、ゴーワン・ジェイソン!?」

「え、有名人なのか?」

「ゆ、有名人も何もこの人は…、世界最速171キロをマークしたメジャーリーグの伝説のサウスポー、ゴーワン・ジェイソンさん! どうしてこんなところに!?」

ゴーワン・ジェイソン。メジャーリーグでセイクリッズ一筋19年。4年目にメジャーデビューしてから9年は先発として94勝を積み上げ、引退までの7年間は守護神として189セーブをマークした。最大の武器は170キロ超のストレートと鋭く曲がるスライダー。全盛期の頃から常々「100マイル(160キロ)投げられなくなったら俺は辞める。100マイルを超えられないストレートを投げるゴーワン・ジェイソンなんかファンに見せられない」と豪語しており、平均球速が100マイルを切った年に本当に引退して話題となった。

「知ってくれてるとは嬉しいね。さて、本題に入らせてもらおう。君をスカウトしたいんだ。」

「スカウト…?」

「ああ、俺の開設したベースボールアカデミー、GJベースボールアカデミー。そこに君を招待したい。それだけの才能を君には感じたのさ」

「俺をですか?」

「ああ、一度見てもらいたいんだ。それから答えを聞かせてくれないか?」 

 

* * * * *

 

ゴーワンの熱意に押され、緩井はGJベースボールアカデミーへとやって来た。保護者として美留田のおじ、美留田町男が美留田と共に付いてきてくれている。そこにあった光景は…、

「これは…!」

「まるでうちの高校みてーだな!」

多くの選手が自分のやりたい練習をしている。延々とフリー打撃をする選手、ノックを受ける選手、トレーニングをし続ける選手、とにかく自信がある分野を磨き続けてるのだろうか、みんな楽しそうに練習に取り組んでいる。

「コイツらはウチのセカンドランカーズ…、日本で言うところの1年生みたいなもんだ。とにかく長所を磨く。もちろん万能を目指すやつもいるが大多数はまず自分だけの武器を磨いてる。次はこっちだ」

そしてもうひとつのグラウンドに移動するとそこにはさらに洗練された動きの選手たちがいた。

「これはすごい…!」

「ほとんどプロみたいなプレーしてやがる!」

「自信を付けたやつらは次にここで弱点の解消にトライする。平均レベルまでとは行かなくても、最低限はこなせるようにな。こいつらはファーストランカーズ。ここで認められたやつは満を持してメジャー球団に売り込みをかけに行くんだ」

「なるほど…」

「うーんと、おい! バレル! ちょっと来てくれ!」

ゴーワンに呼ばれて一人の選手がやって来た。

「なんだいミスター? おっと、そっちのジャパニーズは?」

「テスト生だ。少しばかり相手になってくれないか? お前にとってもいい経験になるはずだ」

「オーケーミスター。 で、アンタ名前は?」

バレルは英語だが極力分かりやすく緩井へと話を振ってくれた。どうやら配慮の出来る男のようだ。

「緩井、だ。よろしく。…テストですか?」

「ああ、君にとっても良い経験になるぜ」

「わかりました、やらせてもらいます!」

「と言うわけだ。バレル、頼んだぜ?」

「オーケー、どんなボール見られるか、楽しみにしてるぜ!」

 

そしてアップを済ませた緩井は打席に立つバレルと向き合う。右打者で非常にガタイが大きく、どう見てもパワーヒッターだろう。

キャッチャーとのサイン交換の後、緩井は振りかぶってからボールを投じる。128キロの速球がアウトローに決まる。

「エクセレント!! 素晴らしいアウトローへのファストボールだ!!」

緩井の完璧なコントロールにゴーワンも喝采を送る。

「遅すぎて手が出なかったぜ! 次はスタンドだぜ?」

「やれるもんなら、やってみなよ!」

次に投じたのはスローカーブ。これもアウトローにバッチリと決まり、バレルは戸惑ったように見逃した。

「ほう、面白いなお前!」

一球速球を外してカウント1-2から4球目、ストレートと全く同じリリースからチェンジアップが投じられる。

「おっと!?」

しかしバレルの方が上手だっだ。タイミングを外されながらも腕の力だけでスイング、なんとかカットしてみせた。

「今のをカットしてくるか」

「今の、お前のウイニングショットだろ? さあ、どの球でもかかってこい。打ち返してやるぜ!」

緩井はキャッチャーとのサイン交換を終え、再び振りかぶる。撒き餌は十分に撒いた。本命はむしろこっちだ。

「ふっ!」

「なんだファストボールか…! って何だと!?」

速球、ただし先ほどのストレートに偽装したカットボールとは違う。正真正銘のフォーシームだ。それがやや立ち遅れたバレルのインローを襲う。

「くっ、こんのぉぉぉ!!」

「なっ…!?」

完全に差し込まれたタイミングだったがバレルは強引にバットをフルスイングで振り抜いた。鈍いバットの音を残し、打球はライト前へと落ちた。

「ふぅ…、やるなお前! まさかのあのスピードのファストボールに振り遅れることになるとはな!」

「いや…、君も大したもんだよ。あのコース、あれだけ差し込まれて打ち返せるのは日本人にはいないさ」

緩井とバレルは互いの健闘を讃え合う。

「どーだいユルイ。ウチの選手は」

「素晴らしいです。バレルから感じられる打撃への自信。あれが高いパフォーマンスに繋がってる…」

「そうだろ? …さて、ここから本題に入りたい。ユルイ、君もウチのアカデミーで学ばないか?」

「俺が、ですか?」

「ユルイの卓越したコンビネーションピッチング、素晴らしい。エクセレントだったよ。あの芸術的な投球ならウチに入ってもすぐにファーストランカーズからだ」

「ですけど俺のストレートは…」

「分かっているさ。あれだけの投球術を身に付けてるのだから、今までトレーニングしてこなかった訳ではないだろう。だがウチの課題克服トレーニングのメソッドを、日本のものと同じとは思わないでもらいたい」

「え…?」

「ここにはVDBからドライブライン、その他フィジカル強化メソッド。メジャーリーグの中でもまだ普及しきっていない最新鋭のトレーニング設備が整ってる。お前の今までのトレーニングを凌駕する結果をもたらすはずさ!」

「それは…、でもお金とか。俺はまだ高校出たところなので…」

「その心配はいらない。この設備…、というかこのアカデミーの運営費はほとんどが俺のポケットマネーさ。アカデミーの生徒は寮も食費も道具も支給してるのさ」

「ええ…!?」

「もちろん、俺についてくれているスポンサーからもある程度は出ているけどな!」

ゴーワンのアメリカらしいスケールの大きさに驚いているとバレルも口を挟んだ。

「ユルイ、ここのアカデミーに入るにはな。ミスターにスカウトされないと入れないんだぜ? ミスターが将来性を感じた選手に投資してくれるんだ」

「将来性を…」

「ああ。そして俺たちはいずれメジャーリーグの舞台で活躍して見せる。そしてその時に、俺たちはGJベースボールアカデミーで育ったんだ! って言ってやるのさ! それが一番の恩返しさ!」

「ハッハッハ! バレル、嬉しいこと言ってくれるじゃないか! …ユルイ、君はベースボールが好きかい?」

「…はい」

「ここで成長すれば、メジャーリーグでもNPBでも好きな世界で暴れてくれて良いんだぜ? 見返してやろうぜ、君をこれまで評価してこなかった奴らを、君の可能性に気づけなかったことを後悔させてやろうぜ!」

熱く語るゴーワンの瞳、そして熱意。緩井はそこに自分の恩師でもある赤井監督の姿が重なって見えた。

 

最後のチャンス、決して楽な道のりではないことも分かる。それでも緩井は、誰よりも、ピッチャーだった。 

 

ーーマウンドに立って、あらゆるバッターを抑えたい。その可能性があるなら、そこに賭けてみたい…!ーー 

 

「ゴーワンさん。ここで、このアカデミーで、俺を鍛えてもらえませんか!」

「その言葉を待ってたぜユルイ!! よーし、ならば早速チームメイトに紹介しないとな!! ヘイ、エブリワン!! 俺たちのアカデミーにクールでエクセレントなニューカマーの登場だぜ!!」

 

かくして緩井はGJベースボールアカデミーに入学、メジャーリーグ最速の男の指導のもと、最新鋭のトレーニングと体作りに取り組むことになった。数奇な道を歩む男の生きざまは…いつかどこかで語られるのかもしれない。

 

* * * * * 

 

場所は戻ってきて日本。夢ヶ咲タイガースの春季キャンプのオープニングとなる紅白戦。ルーキーたちがプロの洗練を浴びるなか、ついに7回。夏穂がマウンドに上がった。

「(観客自体は甲子園の方が多かった。けど…)」

なんといっても相手はプロ、というか自分もそうなのだが。これまでとは緊張の度合いが違う。高校野球とはまた違った緊張感が夏穂を襲う。

投球練習を終え、打席には途中から入った5年目の内野手、福島。長打力に定評のある右打者だ。当たり前の話ではあるが、高校生とは打席での雰囲気が違う。そして向こうは決して夏穂を舐めてかかってこない。福島自身も1軍生き残りのためにはルーキーに後れを取るわけには行かないのだ。

「…行きます!!」

キャッチャーのサインに頷き、投球動作に入る。サインはアウトローへのストレート。夏穂らしさを示すためには持ってこいの配球だ。

「…ふっ!!」

ズバッ!!

「ストライクッ!」

スピードガンの表示そのものは134キロ、プロとしては遅い部類だろう。ただその美しい軌道にはスタンドのファン、そしてベンチで見守る首脳陣や選手にも同じ感想を抱かせた。

 

――もっと速かったのではないか――

 

福島もへぇ、といった様子で見送った。物怖じの無い腕の振り、最後まで指のかかりきった、柔軟な腕から繰り出される球持ちの良いストレート。スピードガン以上に速く感じさせる要素が揃っている。

「(だがこっちも大人しくやられる訳にはいかねぇんだよ…!)」

続くストレートを福島はバックネットに当たるファールを打った。早くもタイミングは合わせてきたようだ。

「(さすが…、プロともなればすぐに対応してくる…!)」

ならば、と夏穂が投じたのは必殺の魔球、フルブルーム。高速で曲がるパワーカーブに福島のバットは空を切った。

「おおおっ!」

「すげー! 良い球投げるじゃん!」

「甲子園優勝投手は伊達じゃねぇな!」

スタンドもルーキーの好投に盛り上がる。続く3番に入った猪俣は高速スライダーを引っかけさせてサードゴロ、同じく途中出場の本間も三振に打ち取る。

「ほう、やっぱり俺の目に狂いはなかったかな」

「相手はファームにいることの多いメンツとは言え、あれだけ物怖じせず投げられれば合格点ですね」

夏穂の快投に笑みを浮かべるのは朝日監督、そしてヘッドコーチの岩辺だ。

「ま、次の回も凌げれば、だけどな。…それにしてもアイツが抑えると盛り上がるな」

「見た目にも華がありますし、投げっぷりも良い。テンポも良いのでリズムを作ってくれそうですね」

 

攻撃の方はあっという間に終わり、8回表の守備。

「紅組、選手の交代をお知らせします。バッター、増川に代わりまして、大友。背番号31」

この代打のコールにスタンドからはどよめきが起きる。

大友隆介、6年目で強肩と強打を誇る右投げ左打ちの外野手。ルーキー時代から試合出場を重ね、3年目には一時期4番を任されるほどに成長。しかし4年目のシーズン中にケガで離脱。5年目のシーズン中にも指の骨折などで長期離脱とケガに悩まされている。だが本来の実力を発揮すれば不動のセンター候補である、と評価されている。

 

この場面での代打は昨年の8月以来の実践の場となる。夏穂にとっても強敵であった。

「大友、初実践の相手、ルーキーピッチャーの中なら一番調子良さげだぜ?」

打席に立つ大友に声をかけたのは途中からキャッチャーに入ったベテランの佐川だ。

「そうみたいですね。だけどこれぐらい打てなきゃ、ここから開幕スタメン取るなんてサラサラ無理っしょ…!」

「…ま、そうだな。だがこっちも大事なルーキーのリード任されてんだ。打たせるわけにはいかんのよ」

佐川は夏穂へとサインを出し、夏穂は頷いて投球動作に入る。サインはインローへの高速スライダー。思いきりの良いリリースから投じられたスライダーは佐川の構えたコースにしっかりと投じられ、判定はストライク。次もスライダー、今度は外から入ってくる軌道だったが外れてボール。そして3球目…、

「! これは…!」

投じられたのはストレート。今度は右投げの夏穂から左打者の大友へクロスファイヤーの角度で入ってくるインハイのストレートだった。大友はこれには手が出ずストライク。これでカウントは1-2と追い込まれた。

「(ストレートと変化球、どちらもリリースはほとんど同じ…、球速こそ無いが質でカバー出来てるし判断しづらい。やるじゃないかルーキー…!)」

追い込んでからバッテリーが選択したのは決め球フルブルーム。高さはバッチリ、ストレートに近いスピードでアウトコースから真ん中低めのボールゾーンへと沈む空振り三振を狙うコース。

「ちっ!!」

しかし大友も流石だった。このフルブルームに反応し、なんとかバットに当ててファールにして見せた。

「(うっそー・・・、今の当てるの!? 完璧なコースだったのに・・・!)」

「(大友の動体視力はウチのチーム、いや球界でもトップクラス。とはいえ今のコースを当てられるとなると、リードするのも大変だな・・・)」

 佐川は次なるサインを出し、夏穂もそれに頷く。サインはアウトローへのストレート。夏穂が最も得意とするボールだ。

「行けっ・・・!!」

抜群に指にかかったストレートが投じられた。そのストレートは鋭いバックスピンがきれいにかかり、球速以上の印象を見るものに与えた。まさに理想的なフォーシーム。

—―ただひとつ、ボール1個分高く、ボール半個分内に入ったことを除けば—―

「っ!!」

カ――――ンッ!!

大友の振りぬいたバットから快音が響く。完璧に弾き返された打球はきれいなアーチを描いてバックスクリーンへと飛び込んだ。

「おおお!! 流石大友だぜーー!!」

「やっぱり本調子になればセンターのレギュラーはアイツだよなあ!」

悠々とダイヤモンドを一周する大友を夏穂は呆然と見つめた。

「(ほんの少し、力んだ分甘くなった。それだけで・・・!)」

「桜井、まあ今のは事故みたいなもんだ。気にすんな。確かに気持ち甘く入って持って行かれたが、ありゃ大友をほめるべきだ。良いボールは来てるし、切り替えていけよ!」

夏穂を気遣ってマウンドへやってきた佐川が声を掛けた。

「は、はい! 次から切り替えていきます!」

「おう、その意気だ。この回、最少失点で行こうぜ」

ある程度言葉を交わして持ち場に戻る佐川だが、長年の経験から夏穂の状態にある程度見当がついていた。

「(うーん、思ったよりダメージが来てたな。良いボールが来てた、って言ったのは逆効果だったかもしれない。1イニング目にスイスイ言った分、2イニング目の先頭に一発かまされたのはちょっと痛いな・・・)」

佐川が懸念してるのはこの失投・・・、と言っても失投というほど失投ではないのだが、これを引きずることだ。自信のあるボールを打たれたという事実は少なからず影響があるかもしれない。 

 

カキーン!!

「くっ・・・!」

続く前原にもヒットを浴び、途中から入っている福井はライトフライに打ち取るが同じく途中出場の木原にツーベースを浴び、ランナーの生還を許してしまった。その後の2アウトまでこぎつけるもランナー2,3塁のピンチとなった。

「はあ・・・、やっと2アウト。何としてもここで切る・・・!」

「(ここまで打たれたのはストレート。最初ほどの勢いはない。ばてたわけじゃないと思うが・・・。ただここは変化球で躱す方が得策だな・・・!)」

打席にはこちらも途中出場の左打者、門脇。打撃に秀でた若手内野手だ。甘い球なら容赦なくスタンドに持っていくだろう。バッテリーは初球にスライダーを外から入れた。門脇はこれを悠々と見逃したが、この反応だけでベテランの佐川には狙いが手に取るように分かる。

「(露骨なまっすぐ待ち。そりゃ前のバッター達が気分よく打ってるんだ。アピールしたい立場としては自分も打ちたいよな…!)」

佐川は1度インコースにボール球のストレートを見せ、3球目でチェンジアップを要求。そして…

「(思いっきり腕振れ。真ん中でも構わねえよ…!)」

「(!! はいっ…!)」

夏穂はサイン通り、チェンジアップをコントロール度外視でストライクゾーンへと投げ込んだ。

「うわっ…!?」

門脇は豪快に空振り。これで追い込んだ。

「(さて…、門脇の特徴として追い込まれるとボールを引き付けて対応するようになる。コイツの武器のひとつはこの粘り強さだ。…だがここで勝負かけるぜ)」

佐川は夏穂にサインを出す。サインは、ストレート。

「(これも甘くてもいい、だが思い切り腕だけは降ってこい!)」

投げ込まれたストレートは門脇のインコースへと突き進む。だが高さは打ち頃のほぼ真ん中。

「もらった!」

門脇は待ってましたとばかりに引き付けて対応、芯で確実に捉えに行った。

カーーン!!

「くっ!?」

打ち返されたことに夏穂は一瞬動揺した。だが佐川はこの時点で確信した。

「よし、よく投げきったな」

打球は力無く上がり、セカンドの中窪のグラブに収まった。

「今の一球、良かったな」

「ええ、この回は少し捕まりましたが…それでも吉永と並んで内容は悪くなかったですね。どうします、ルーキーたちの1軍2軍の分け方」

夏穂の投球にある程度納得した様子の朝日監督に岩辺へッドコーチが尋ねた。

「そうだな…、中窪は1軍で決まりだな。次点で吉永と桜井だが、この二人はもう少し2軍で経験を積ませる」

 

「すいません! 点差広げられちゃいました!」

現在、7-5と紅組がリード。と言っても白組の得点のほとんどはベテランたちの働きによるもの。そして8回裏の攻撃は紅組のマウンドに上がっている若手のリリーバー韮野が好投し、三者凡退となった。

「…あれ? 9回は誰が投げるんだろ?」

「夏穂さんは2イニングの予定なので、もう交代ですよね…?」

ルーキーたちが疑問に思っているとベンチの裏から一人の男がやってきた。

「まったく。いくらルーキーたちに緊張させんためとはいえ、ワイだけ別のところでアップからブルペン入りまで…。まあ、テストされる側やから文句は言えんけどな」

その男はそのままマウンドへと向かってベンチを出ると、スタンドのファンもどよめいた。

「おいおい、なんでワイバーンズのユニフォーム着たやつがここに?」

「あれ誰だっけ? なんか見覚えあるんだけど…」

「ああ! あいつだよ! 阿畑! 阿畑やすし! 去年確か中部をクビになってた!」

 

阿畑やすし。昨シーズンまでは中部ワイバーンズに所属していた投手。高校時代は代名詞でもあるアバタボールと自称するオリジナルのナックルを武器に後にプロ入りする二宮、当時2年生の猪狩守を擁するあかつき大附属を苦しめた。そしてその時注目を集め、ドラフト5位でプロ入りしたのだ。だがプロ入り後は先発と中継ぎどっち付かずの不安定な投球が続き、6年目のオフについに戦力外通告を受けたのだ。

「(…ほんま、こんなことになるなんてな。とにかく、ここで結果出さなあかん…!)」

合同トライアウトを受験するも声は中々かからず、ワイバーンズからは球団スタッフとしての椅子は用意していると伝えられていたが、阿畑は現役にこだわった。まだやれる、アバタボールを完成させるまでユニフォームを脱ぐわけにはいかない。だが同時に守るべき家族もいた。そんな狭間で揺れる阿畑に声をかけたのが朝日監督だった。 

 

リリーフした阿畑は若干の異様な雰囲気の中、投球練習を終えて打者と対峙する。先頭の畔上に対しては初球からインコースへのシュート、そして外角へのスライダーを投じて追い込んだ。そして最後はカーブを打ち上げさせてワンアウト。簡単に打ち取った阿畑だが見ていた人の多くが同じ感想を持った。なぜ得意のアバタボールを使わないのか…?

 

ーー「はい、もしもし、阿畑です!」

 

『もしもし。私、夢ヶ咲タイガース監督の朝日と申します』

「タ、タイガースの朝日監督…!?」

『阿畑くん、まだどこからも声はかかってない…かな?』

「ええ、はい。もう年も明けたってのにどこからも話は無いですね…。独立リーグからはいくつかあるんですけどね」

『そうか…。阿畑くん。2月の頭、その時までに実戦で投げられる状態に仕上げられるか?』

「!! もちろん、チャンス頂けるんでしたらなんぼでも調整します!!」

『…もし、アバタボールを諦めろ、と言っても君はそれに従えるかな?』

「…っ!!」

『君はアバタボールとやらにこだわり過ぎている。高校時代から君のことは見させてもらっていたが、変化球の研究をしているか中で、他の球種も投げられないことは無いんだろう?』

「それは…」

『ナックルは確かに強力だ。だが先発でそれ一本でやっていくレベルには、アバタボールは至っていない。そして安定感の求められる中継ぎでナックルという不確定要素の大きな球種は使う側も難しいのさ』

「せやから、アバタボールは封印して、他ので勝負せえ、ってことですか…」

『チャンスは1イニングか2イニングの予定だ。そこで内容もそうだが結果も見る。どうかな?』

「…行かせてもらいます。そのテスト、受けさせてください!」ーー 

 

続く唐沢もシュートを引っかけさせて打ち取りツーアウト。阿畑は1ヶ月で磨きをかけたシュート、スライダー、カーブにある程度の手応えは感じていた。元々変化球の研究に余念の無かった阿畑にとってこれらの球種は投げられないことは無かった。だがそれよりもアバタボールという自分だけの魔球を完成させたかった、それが阿畑の目標であり、夢だったのだ。

打席には先ほどホームランの大友。インコースのスライダーをファールにし、カーブで追い込んだ後のストレートもファール。

「(なんや、寂しいやないか…!)」

アバタボールが無くとも、経験で磨かれたコントロールと投球術、そして球種。これでもある程度は戦える。だが…、

「(おそらくコイツには打たれる。こんなその場凌ぎじゃアカン。コイツ打ち取るには…、コレしかない!)」

阿畑は大きく深呼吸して、ボールを握る。封印しろとは言われながらも改良を重ね続けてきた、魔球アバタボールの握りを。キャッチャーの佐川のサインに何度か首を振ってサインを引き出した。

(「(見といてくださいよ、朝日監督! これが、男・阿畑の生きざま! ワイは打たれたくないんや!!)」

 

アバタボール。その最大の特徴は通常のナックルよりも大幅に速いことに加えて、そのリリースの特異性である。通常ナックルというものは指を折り曲げた独特の握りで、ボールを投げる際には腕を振るというよりも押し出すような感覚で投げる。そうやって極力投げるときのバックスピンを抑えつつ、指を開いてボールにトップスピンをかけることでスピンを打ち消して無回転のボールを投じることを可能としている。こうして無回転で投じられたボールは空気抵抗をモロに受けて、不規則な変化や揺れを生じる。阿畑は何度も研究を重ねた結果、ストレート等と同様の通常のリリースでナックル、アバタボールを投げられるようになったのだ。つまり、リリースで判別がつかないためにストレートとのコンビネーションという通常のナックルでは不可能な運用を可能としている。

 

阿畑が投じたアバタボールは大友のバットを潜り抜け空振り。そしてその不規則な変化も佐川はなんとか捕球、見事に空振りの三振で打ち取った。

「へへっ…、やっぱコイツ投げんとスッキリせんわ…!」

守っていた野手とグラブを合わせながらベンチに戻ってきた阿畑を待ち構えていたのは、ここまでバックネットの方で見守っていた朝日監督だった。

「すんません、朝日さん。やっぱりワイはコイツと戦わなアカンみたいですわ」

「…ふっ。合格だよ、阿畑。明日からは、ウチのユニフォームを用意して練習に参加してもらおう」

「え? でもアバタボールは封印する約束…」

「俺はお前に気づいてほしかったのさ。お前の仕事は何なのか。それは完璧なボールを投げることじゃない。抑えることだ」

「抑えること…」

「お前は大友との対戦で、これしかないと思ってアバタボールを選んだんだろう? それだよ、ピッチャーの本来あるべき姿だ」

「…そうか。ワイはいつの間にか目的がすりかわっとったんやな。…これからは抑えられる投手、目指していきますわ!」

「ああ、俺は戦力と見込んで呼んだんだからな」 

 

「よっしゃ、阿畑さんが持ってきてくれた流れに乗って反撃だ!」

「「「おおお!!!」」」

向井の言葉にルーキー達が奮起する。

だがその雰囲気を打ち消したのは観客のどよめきだった。

「おい、マジか…!」

「これ、紅白戦だぞ!?」

「アピールとかいらないだろお前!」

どよめきの原因は紅組のマウンドに上がったピッチャー。

『紅組のピッチャー、韮野に代わりまして、菱本。ピッチャー、菱本。背番号97』

「おいおい、こっちはテストやってのに、アイツは調整登板…、えらい差開けられたなぁ…」

「あ、そっか。阿畑さんと菱本さんはあおいさんや猪狩守さんの1つ上の世代だ!」

菱本優希也。夢ヶ咲タイガースでクローザーを務める左投手。夏穂の後輩である百合亜の憧れの投手であり、クローザーとしては珍しく、コントロールと多彩な変化球、そしてムービングファストを武器とする軟投派である。阿畑と同世代、だが高校時代はほとんど無名。しかし最後の夏に、猪狩守擁するあきつきを最も苦しめた男、として有名になりドラフト6位でタイガースに入団した。昨年はクローザーながら82登板という鉄腕ぶりを発揮した。

 

「で、でもきっと調整登板だぜ! オイラたちでも付け入る隙は…」

「そのことなんだがな、アイツはマジだぜ。ルーキーたちに洗礼浴びさせてやる、って気合い入ってたし…」

朝日監督がそういうと同時に

ズバーーン!!

菱本のストレートがミットを小気味良く鳴らす。そのストレートは144キロと表示されている。菱本の自己最速が146キロなのを考えると…、

「アイツは毎年キャンプで万全の調子に仕上げてそれを1年キープする。今日もバチバチだぞ」

「ま、マジかぁ…」

そう言いながらも先頭打者として9番の奥居が向かう。

「(打ってやるぜ…。ガチで来てくれるってならそれを打ってアピールしてやる!)」

そう思った奥居への菱本の初球はクロスファイヤーのストレート。左腕から投じられたストレートが右打席の奥居のインコースを突いた。そして奥居は思わずのけ反ってしまった。

「ストライクッ!!」

「(ッ! マジかよ、一瞬当たるかと思ったら内角ギリギリ…!?)」

菱本はマウンド上ではプレートの1塁側を踏み、踏み出す右足はさらに1塁側、所謂インステップで投じてくる。その角度は左打者にとっては背中側からボールが来る感覚となる。右打者からは入って来るような感覚で

見易い、打ちやすいと言われがちだが…

「(内角ギリギリを突かれるとどうしてもその軌道が焼き付いて恐怖心に繋がる…!)」

続く2球目はインコースに意識が行った奥居を嘲笑うかのような外角のボールゾーンから入って来るスライダー。菱本の武器の1つ、横滑りのスライダーだ。あっさりと追い込まれた奥居は一旦考えをリセットする。

「(落ち着けオイラ! あれこれ迷ったら負けだ! 来た球を打つ!)」

迷いの無くなった奥居の面構えを見て菱本は笑みを浮かべる。そして投球動作に入り、ボールを投じる。しかしそのボールは真ん中へとやってくるストレート。

「(! 真ん中、失投か!? もらった!)」

奥居は躊躇わずにフルスイングで応じ、バットから快音が響いた。しかし打球はワンバウンドしてから菱本のグラブに収まっていた。

「え? あれ!?」

奥居はピッチャーゴロに倒れワンアウト。そしてここでスタンドのファンが再びざわつき始める。

「こりゃ見ものだな! ゴールデンルーキーと守護神の一騎討ちだ!」

「案外中窪が打ったりしてな!」

「いやー、無理だろ! 菱本ってクローザーなのに100イニング近く投げて防御率1点代だぜ? 簡単には打てねえよ!」

打席には1番の中窪、今日はここまで2安打して実力を見せつけている。

「チームを代表する投手とやれるのは貴重な機会です。絶対打ってやりますよ…!」

「へぇ…、俺から打つってかゴールデンルーキー。…悪いけどお前らルーキーに厳しさ教えるのが…」

サインを交換した菱本がボールを投じる。

「俺の役割なんでね!」

投じられたのは外角低めのストレート。中窪は初球から狙って仕留めに行ったが打球は後ろへとゴロで飛んでファール。

「(ボールの上を叩いた…? そうか、今のがムービングファスト…!)」

菱本はクローザーだが150キロのストレートも分かっていても打てないような絶対的なウイニングショットも無い。持ち球は140キロ台中盤のストレートに横滑りのスライダー、スローカーブ、ムービングファスト、そして…

バシッ!!

「ストライク、ツー!」

「くっ!? 今のが…!?」

バットをするりと避けるように沈むスクリューボール。これを磨きあげられたコントロールで操るのが菱本の投球スタイル。さらに、

「(ランナーがいなくてもクイックを使い分けてくる。それだけじゃない、この人の投球フォームは常にコンマ単位で変わる…!)」

2段モーションかそうでないか、足をゆっくり上げるのかサッと上げるのか、そうした細かい変化で打者を惑わせながらも抜群の安定感のあるパフォーマンスを発揮する。それが菱本という投手である。

低めに外れたスローカーブを見逃してカウントは1-2。中窪はスクリューに警戒しながら全球種に対応すべく待ち構える。

「行くぜっ…!」

「さぁ、来い…!」

菱本が投じた4球目は外角低めへのストレート。中窪は一度見た軌道だとスイングする。 

 

しかしバットは空を切った。

「ストライクッ! バッターアウト!」

「なっ…!?」

中窪は困惑する。ストレートが加速したように見えたのだ。ジャストミートはせずとも空振りはするはずはないと踏んでいた中窪にとってはそう感じたのだ。

「初球、お前が見たのは回転の乱雑な"動くストレート"、つまりムービングファストだ。俺のは意図的に回転をずらして投げてるから当然スピードも所謂ノビってやつも劣る。最後に投げたのはフォーシーム。一般的なストレートってやつだ。こっちは回転とかこだわってるからな。同じストレートと思わない方が良いぜ…!」

「…手厳しいですね、本気も本気じゃないですか」

「当たり前だ、打たれてもあんまり気にするタイプじゃないけど、抑えるときはビシッと抑えるのが仕事なんでね」

中窪も三振に倒れて2番の志藤が打席に入る。

「玲美ちゃん! 頑張れー!」

「あー、あの娘には悪いけど、多分無理やで」

「え!?」

「あの菱本な、高校最後の夏は県大会決勝で負けとるんやけど…、その大会中に左バッターからヒット打たれてないねん」

「…ええ!?」

「元は左キラーとして有名になったんや、今でも左は滅法得意。あの娘にはちょい難しすぎる相手やな」

阿畑がそう言うと同時に志藤はスライダーを2つ、その後に内角低めへとスクリューを落とされ空振りの三振。そして紅白戦は終了した。

 

* * * * * 

 

「結局1軍合流は中窪さんだけだね」

「そうですね、あの人だけはスバ抜けてましたし…」

紅白戦の翌日、1軍2軍の振り分けが発表された。ルーキーからは中窪のみが1軍合流となった。夏穂も志藤も2軍キャンプだった。

「とにかく、今日から1軍目指して頑張ろう!!」

「ええ、頑張りましょう!!」

「オイラもやるぜー!!」

「奥居くん、いたの!?」

「ひどくねーか、それ!?」

 

そうこうして向かった2軍のキャンプ用の野球場、早めに向かったルーキー組だが先客がいた。

「あれは…、ひ、菱本さん!?」

「…ん? ああ、確かお前らは新人の」

「どうしたんッスか!? まさかケガですか!?」

「違う違う。俺はマイペース調整なんだ。ここ2,3年それなりに結果出して、やりやすいようにやっていいってさ」

「な、なるほど…」

「突然だけどさ、お前ら、目標あるか?」

「え? それはまず1軍に…」

「そんなちっさいのじゃないよ。もってデカイ目標だ」

「え、えっと…」

「オイラはスターになることです!!」

答えに困る夏穂と志藤をよそに奥居は即答する。

「まあそれでもいいけど、もっと具体的にさ。例えば…、アイツには絶対に負けない! …とか」

「アイツ…?」

「俺たちの世代はな、『喰われた世代』なんだ。スワローズの二宮とか阿畑もそうだったし、いい選手はたくさんいた。だけどな…」

菱本はどこか寂しそうに笑って続けた。

「猪狩守、山口賢、大西=ハリソン=筋金、そして百瀬幸大と早川あおい…、所謂『猪狩・百瀬世代』。アイツらの多くが2年から活躍して俺たちの世代は霞んじまった。俺はギリギリ引っ掛かった形でプロ入りした。…皮肉にも当時2年の猪狩守擁するあかつきにあと一歩まで迫ったことで有名になったおかげでな。」

猪狩守、名門あかつき大附属で1年からレギュラーを務めた投打に優れた左腕、山口は大学に帝王実業、帝王大学でフォークボールを武器にエースに君臨した右腕、大西はアンドロメダ高校という当時無名だった高校から現れた速球、変化球共に高い実力を持つ左腕。そして早川あおいは夏穂の憧れの投手、恋恋高校でエースだったアンダースローの女性選手、そして百瀬は同じく恋恋高校で早川あおいとバッテリーを組んでいた、そして世代屈指のスラッガーである。現在はパワフルズで内野手にコンバートして活躍している

「じゃあ菱本さんが負けたくないってのは…」

「猪狩・百瀬世代だけには負けねえ! ってやってきたのさ、俺は。…まあ今はとにかくファンの期待に応えることが一番だけどな。でも、プロとしてやる以上は誰かに勝ちたいって目標は必須だと思うぜ? ライバル、ってやつさ」

「ライバル、かぁ~」

「わ、私もあまりそういうのは意識したこと無いですね…」

奥居と志藤が悩んでいるのと同時に夏穂も考える。負けたくない選手…、ライバル…

「います、ライバル。向こうはどう思ってるか知りませんけど…」

「ほう、そりゃ良いことだ。片思いだっていい、頑張れる原動力になるならな」

「はい、いつか、勝ってみせます。それに、他に目標もありますし…」

「良いじゃないか、次々叶えちまいな。なんかお前なら出来そうな気がするよ…、っと。そろそろアップ始めないとな、お前らもしっかりやるんだぜ?」

「「「はいっ!」」」

 

練習の準備へ向かう中、夏穂はある人物を2人思い浮かべた。

「(まずはトモ! 対戦した暁には絶対に三振とってやる! 打たせてあげないもんね! …それから、あおいさん。いつか超えてみせます! それから野球をやってる女の子たちに、勇気を与えられる存在になってみせる!)」

夏穂のプロ野球選手として道はここからがスタート。

この先にどんな壁が待ち受けているとしても、彼女はこれまでそうしてきたように、新たな自分の力を手に入れて乗り越えていくだろう。仲間、ライバル、そして自分自身と共に夏穂は突き進んでいく!




ここまで読んでくださった方も、この話だけ読んでくださった方もありがとうございました。
最後ということで書きたいこと、出したいキャラを出していきました。そのためとても長くなりましたが…。
一応この作品は完結という形となります。まだまだ全てのことを書ききれてないと思いますが、思いつきで始めたことをここまで形にできたのは良い経験になったと思います。

では最後に改めて、ありがとうございました!
感想の方にコメントいただけたらできるだけお答えしたいと思ってるので、気軽にどうぞ!
また、何か書く機会があれば頑張ろうと思います。


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