やはり俺がボーダーA級部隊隊長をやっているのは間違っている。-改訂版ー (新太朗)
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原作前
比企谷隊 プロフィール


改訂版です。

最初は前作と内容はほとんど同じです。

職場見学が終わるまで変わらないので御了承ください。

更新頑張ります


A級9位 比企谷隊 

 

エンブレム 三本の引っかき傷

隊服 迅の隊服バージョン黒に肩から手にかけての所に白の三本のラインの入った服

 

比企谷八幡(ひきがやはちまん) 16歳 8月8日 総武高校二年生

 

ポジション 隊長 オールラウンダー

 

ボーダー№1 オールラウンダー

 

個人総合5位

 

好きなもの 妹、マックスコーヒー、チームメイト

 

ファミリー 母 妹 猫

 

トリガーセット

 

メイン 弧月 旋空 メテオラ ライトニング

 

サブ  バイパー シールド グラスホッパー バックワーム

 

パラメーター

 

トリオン22 攻撃8 防御・援護7 機動8

技術8 射程6 指揮7 特殊戦術2 トータル68

 

サイドエフェクト 脳機関強化

記憶力上昇や五感のいずれかを一時的に常人の数倍に引き上げることが出来る。

 

第一次大規模侵攻の時に父親を亡くして家計の助けと思い、すぐにボーダーへ入隊を決意する。

三輪とは同期で割と中がいい。ただ、入隊当時は金のために入隊した八幡を(一方的に)毛嫌いしていた。

B級に上がってすぐに幼馴染の浅葱に隊を作らされた。結成時は二人だけだった。

父親同士が古い知り合いで、家族ぐるみで仲が良い。

 

 

羽々斬夜架(はばきりよるか)最弱無敗のバハムートよりパロキャラ

 

15歳 10月10日 総武高校一年生

 

ポジション アタッカー

 

自称八幡の従者

 

好きなもの 弟 八幡の指示に従うこと

 

ファミリー 叔父 叔母 弟

 

トリガーセット

メイン 弧月 旋空 シールド 

 

サブ  カメレオン グラスポッパー シールド バックワーム

 

パラメーター 

トリオン5 攻撃8 防御・支援9 機動8

技術7 射程2 指揮3 特殊戦術2  トータル44

 

第一次大規模侵攻の際に両親を亡くしてしまい、そのショックで一時的に塞ぎこんでしまうがなんとか持ち治したがその時に中二病が覚醒してしまう。

ボーダーに入隊したもの両親の仇を討つためだったが八幡に出会って,それが変わった。

前世で八幡が自分の主だと思い込み、八幡を『主様』と呼び、慕っている。

現在は父親の弟夫婦に引き取られて弟と共に暮らしている。

 

 

朝田詩乃(あさだしの)SAOよりパロキャラ あだ名 シノン

 

15歳 5月10日 普通高校一年生

 

ポジション スナイパー

 

ボーダー №3 スナイパー

 

好きなもの ゲーム、チームメイト、銃

 

ファミリー 祖母 母

 

トリガーセット

 

メイン イーグレット ライトニング シールド アステロイド:拳銃

 

サブ  バックワーム ハウンド;拳銃 シールド 

 

パラメーター

トリオン6 攻撃9 防御・援護7 機動5

技術11 射程12 指揮2 特殊戦術1 トータル53

 

入隊は2年ほど前、それから比企谷隊に誘われるまでソロで他の隊と合同防衛任務に当たっていた。

コミケーションが苦手で人と話すのは、比企谷隊以外では言葉が詰まる。

スナイパーの腕は奈良坂の次にすごい。

ゲーマーで太刀川隊の国近とは、よくゲームをしている。

 

 

姫柊雪菜(ひめらぎゆきな)ストブラよりパロキャラ

 

お嬢様学校中等部三年生 15歳 12月7日

 

ポジション アタッカー 

 

米屋の弟子

 

すきなもの:猫、チームメイト、小物

 

ファミリー 父 母

 

トリガーセット

 

メイン 弧月:槍 旋空 幻踊 シールド

 

サブ スコーピオン ハウンド シールド バックワーム

 

パラメーター

トリオン6 攻撃7 防御・援護8 機動7

技術8 射程2 指揮5 特殊戦術4 トータル47

 

B級に上がった時に浅葱に誘われて比企谷隊に入隊。そこで八幡と知り合いになり、八幡経由で米屋と知り合って弟子となり槍の戦い方を教わっている。

さぼり癖のある八幡を監視しては小言を言っている。猫が好きでよく八幡からカマクラの写真などを貰ったりしている。

 

 

藍羽浅葱(あいばあさぎ) ストブラよりパロキャラ

 

16歳 7月21日 総武高校二年生 

 

ポジション オペレーター

 

八幡の幼馴染

 

好きなもの 犬 チームメイト 八幡

 

ファミリー 父 母 姉

 

パラメーター

トリオン7 機器操作10 情報分析8 

並列処理10 戦術6 指揮5  トータル46

 

サイドエフェクト 強化複数思考処理

頭の中で同時に複数のことを考えることが出来る。

 

八幡の幼馴染で昔からよく妹の小町と一緒に遊んでいた。

八幡のボーダー入隊を知り、自分も入隊するが戦闘は不向きと分かり、オペレーターに転属した。

世界屈指のプログラマーであり、ハッカーでもある。

15歳にしてAIを作るくらいに天才少女。父親は三門市市長をしている。

 

モグワイ

浅葱が作ったAIでその姿はネズミかネコのか何なのかは不明。

比企谷隊を影ながらサポートしている。

 




頑張って職場見学まで持っていきたいです。

よろしくお願いします。


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比企谷隊①

前作を少しだけ書きなおして更新していきます。

では本編をどうぞ。


20XX年 この年最大級の事件が起こった。

 

第1次大規模侵攻

 

近接する異世界、近界(ネイバーフッド)からの侵攻。

 

これに対抗したのが、その後『境界防衛機関(ボーダー)』を設立した集団であった。

彼等はネイバーフッドの武器であるトリガーを駆使して、この侵攻の被害を抑える事に成功したのだった。

 

それから、4年の月日が流れようとしていた。

 

 

四月下旬 警戒区域 北東区画 とある廃ビルの屋上

 

「ふぁ~………………眠い」

 

「何あくびしているんですか比企谷先輩! 今は防衛任務中ですよ。しっかりしてください!」

 

「雪菜。そうは言うがな、上層部の書類整理を手伝って少し寝不足なんだよ……」

 

姫柊雪菜

 

比企谷隊 アタッカーでウチの隊で最年少の中学生だ。

真面目で可愛いことで、ボーダー内に隠れファンが多数存在する。

猫好きでよく家でミーティングをやる際は、比企谷家で飼っている猫のカマクラをずっと撫でて離さない。

 

「何をバカなことを言っているんです……。任務中はしゃきっとしてください。それでも隊長ですか……」

 

「そうは言っても眠気が加速してくるんだからしょうがない。と言うワケでお休み……」

 

「だから寝ないでください! 起きて仕事してください! それと先輩も足を枕代わりに寝ているその人を起こしてださい!」

 

そう、今現在俺達は廃ビルの屋上で任務に当たっていた。

 

「主様? お疲れなら私が見張っていますので睡眠を取ってもいいですよ?」

 

「そんなの駄目ですよ夜架先輩!」

 

羽々斬夜架

 

比企谷隊 アタッカーで学校とボーダーで後輩に当たる中二病全開少女だ。

第一次大規模侵攻の際に両親を亡くし、その時のショックで中二病が覚醒してしまった。その所為か、俺の事を前世から付き従っている主だと思い込んでる。

でも、根はいい奴で美少女なんだけどな……。中二病がそれを台無しにしている。

 

「そろそろしっかりしないと本部長辺りに怒られるわよ」

と話に加わってきたのは自隊のスナイパーのシノンだった。

 

「それもそうだな。しっかりしないとな……見晴らしの方はどうだ、シノン?」

 

朝田詩乃 あだ名はシノン

 

比企谷隊 スナイパーで後輩の女子。

まだ、比企谷隊が俺とオペレーターの二人だけの時に警戒区域に入ってきたのを助けたことがある。

話を聞いたら、いじめにあっていたことがわかったのでボーダーに入らないかとスカウトした。

スナイパーの腕は三番になるほどの実力がある。

 

「問題なし。ゲートも開いてないんですよね、浅葱先輩?」

 

『えぇ、今のところ開いてはないわ。――そう言えば八幡、あんた課題はやった?』

 

「はぁ? 課題ってなんだよ、浅葱?」

と、無線から幼馴染でオペレーターの浅葱の声が話しかけてくる。

 

藍羽浅葱 

 

比企谷隊 オペレーターで俺の幼馴染の少女。

父親同士が知り合いで小さい時からよく遊んでいた。

俺がボーダーに入隊するときも一緒に入隊したが戦闘が不向きでオペレーターに転職した。

小、中、高と同じ学校に通っている。

 

『あんたね……、現国の課題よ。お題が、高校生活を振り返って、だったと思うわ』

 

「マジか!? とりあえず帰ってからだな、それは」

などと、隊のメンバーと話している時、俺は思いもしなかった。まさかこの後、1年前の事故の関係者に次々を出会っていくなんて。

 

 




改訂版の更新頑張っていきたいです。

よろしくお願いします。


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比企谷隊②

5月1日 夜 警戒区域 南区域

 

明日はゴールデンウィークだ。待ちに待ったゴールデンウィークだ。

大事なことなので二回言った。

 

社畜根性で防衛任務を普段通りにこなせば、明日は学校がない。

実にいい響きだ。

家でごろごろしたり、溜め込んだ日朝アニメを消化する絶好の日、とわくわくする考えを巡らせながらふと空を見上げる。

 

「しかしこれは、明日は雨だな……」

そこには一面に雨雲が広がっていた。

 

『みんな、門が開くよ』

そんな折りに、通信が入ってきた。

 

「了解だ。浅葱、敵の数は?」

と比企谷隊オペレーターの浅葱に確認した。

 

 

『モールモッドが21体、バムスターが7体バンダーが9体だよ』

一瞬、返ってきた内容に思考が止まる。

(今日は、トリオン兵のバーゲンセールかよ!)

内心で悪態を吐きながらも指示を出す。

 

「夜架と雪菜はバムスターとバンダーを頼む。モールモッドは、俺とシノンで処理する」

 

「「「了解!!」」」三人の返事を聞いて、俺はシノンと共にモールモッドを相手にするべく、奴等が現れた場所へと目を向ける。

 

「トマホーク」

メテオラ+バイパーの合成弾を作り、それを3×3×3の27分割して一度上に向けて放ち、それを一気に下にいるモールモッドに落とす。

このトマホークの当て方は、隊員の間で『空爆トマホーク』と称されている。

 

これでモールモッドの半分は粉々になったので、シノンの狙撃と俺の弧月とバイパーで残りのモールモッドを手早く片付けた。

それとほぼ同時に夜架と雪菜もトリオン兵をすべて片付けていた。

 

「浅葱、トリオン兵の反応はどうだ?」

出てきたトリオン兵は倒したと思うが、取り残しがいるかもしれないの、そう思い浅葱に確認を頼む。

 

『問題なし、全て倒してあるわ。トリオン兵の反応はないわ』

その通信を聞いて少し気が緩んだ時だった。

 

「八幡。本部からあんたに通信が来ているわよ。繋ぐわね」

 

(本部から? 一体なんの通信だ)

疑問に思っている間に、通信が繋がる。

 

「比企谷隊長、密航者を捕縛せよ」

 

「――――はぁ!?」

 

俺は本部からの通信に困惑していた。

(密航者? 捕縛? その言葉から連想すれば、誰かが近界(ネイバーフッド)にボーダーの許可なく行こうとしてしるのか?)

が、考えても纏まるものでもない、と詳しく聞くことにした。

 

「それはどういうことですか? 詳しい説明をお願いします」

いったいどこの誰がそんな無謀なことやろうとしているんだ?

 

「余り時間がないので、簡潔に説明する。二宮隊鳩原隊員が一般人にトリガーを横流ししていることが判明した。そこで彼女の身柄を確保しようとしたところ、その付近で四つのトリガーの起動を確認し、一つが鳩原隊員のものと一致した。なので、至急彼女の身柄を抑える必要がある。これは重大な隊務違反に相当する。急いで指定座標に向かってくれ」

 

「了解! ただちに向かいます。お前ら、ここ任せてるぞ。いいか?」

 

「はい。主様、お気をつけて」

 

「無茶するんじゃないよ、隊長」

 

「油断はしないと思いますけど、気をつけてください、先輩」

と、夜架とシノンと雪菜からそれぞれ言われた。

 

「あぁ、じゃあ頼んだぞ!」

俺はそう短く返事をした後、グラスホッパーを使い指定座標に向かった跳んだ。

 

 

 

しかし、そこにはもう誰一人としていなかった。そう本部に報告しようと思った時、三人の影が見えた。

 

「……どうやら一足遅かったようだな、比企谷」

 

「はい。そのようですね、風間さん」

 

風間蒼也

 

A級3位 風間隊隊長で、ボーダー№2 アタッカーの大学生の先輩だ。ただ、この人他の大学生と比べると身長が低い。だが小型かつ高性能という言葉がよく似合う人だ。

 

「僕達より早く着いたくせに取り逃がしたんですか? だめな先輩ですね」

 

このくそ生意気な態度で毒を吐いてくるのは、風間隊アタッカーの菊地原士郎。

強化聴覚のサイドエフェクトを持つ男で、風間隊がステルス戦闘のスペシャリストと言われるのは、こいつのおかげと言えた。

 

「おい、菊地原! ……すみません、比企谷先輩」

 

歌川遼

 

風間隊 オールラウンダーでよく出来た後輩だ。過去に何度か飯を奢った事のある人物だ。

菊地原の吐いた毒の処理をよくしている。

 

「……ほぉ。言うじゃないか、菊地原。俺より遅いくせに随分とデカイことが言えるな。遅い分際で」

 

「…………チッ」

 

「聴こえているからな、今の舌打ち。後でズタズタに切り裂くぞ」

と菊地原に喧嘩を売っていると、風間さんが割り込んで来て。

 

「それで比企谷。密航者は全員ゲートの向こうに行ったのか?」

 

「おそらくは。足跡を見つけました。大きさや数から見て最低でも四人はいた事になります。一人は鳩原さんで、残りが不明ですね。靴の大きさから成人男性が少なくとも二人はいたかもしれません」

 

「……そうか。本部への報告はこっちでやっておくから、お前は防衛任務に戻っていいぞ」

 

「そうですか、ありがとうございます。後のことお願いします」

風間さんのその好意に甘えることにして、礼をして俺は防衛地点に戻った。

 

「よぉ、お前ら。ご苦労様」

 

「主様、そちらは終わったのですか?」

 

「あぁ。風間隊が来て、後のことは任せた」

 

「そう。隊長……密航者ってやっぱり、鳩原さんもいたの?」

 

「いや、わからない。俺が現地に着いた時には、もう誰もいなかったからな」

 

「先輩はどう見ますか? 鳩原さんや一緒にゲートの向こうに行った人達のこと」

 

「さぁな、情報が少ないからなんとも言えないな」

 

『八幡はさ、ゲートの向こうに行こうとは思わないの?』

 

「それは今のところはないな。親父の仇は取りたいが、親父を殺した国がどこにあるのかさえ、分かっていないからな。それに小町やお袋がいるしな」

 

『そっか……。まぁ、そうだよね。さて、防衛任務も後少しだししっかりとね、みんな』

 

「「「「了解」」」」

気になる事ではあったが、考えたところで答えが出るわけでもない。だから、意識を切り替えて俺達は任務に集中するのだった。

 

 



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奉仕部入部
比企谷八幡①


ゴールデンウィーク明けの放課後。

 

俺は今、現国で生徒指導の平塚先生に職員室に呼び出されていた。

 

「比企谷……これはいったいなんだ?」

作文用紙を俺へと見せながら、自分はイラついていますよ、と言いたそうな雰囲気を醸し出している平塚先生。

 

「作文用紙ですよね。見ればそんなのわかりますよ。それで、なんですか?」

 

「はぁ……。私が言っているのは作文の内容だ。何だ? 君はリア充に何か怨みでもあるのか?」

 

「そうですね。数に物を言わせて、悪ですら正義に変えてしまう。彼らのやり方はとても嫌いですね」

 

「あれだな。君は性格は捻くれているし、目も魚のように腐っているな」

 

何をいきなり失礼なことを言っているんだ、この教師は。それでもあんた教育者かよ。

 

「それ、とても栄養がありそうですね」

 

「小僧、屁理屈を言っているんじゃない。真面目に聞いているのか?」

 

「小僧って……それは先生の年齢から「黙れ」――で気に入らないと殴りつけるんですか?」

いきなり平塚先生から拳が翔んできた。無論、この程度裁けない訳ない。ボーダーでレイジさんや風間さんとトレーニングをしているので余裕で対処できる。

 

「生徒に暴力とか、教師としてどうなんですか?」

 

「うっ。……それより君は友達はいるのか?」

 

「いますよ。それなりにたくさん」

ボーダーB級以上の隊員とは、隊を作ってから合同で防衛任務に当たっているので組んだことのある隊員とはケータイの番号を交換したりして、たまにランク戦や防衛任務の助っ人として呼ばれている。

 

「比企谷、嘘を吐くな。お前みたいに目の腐った奴に友達がいる訳がない」

 

「平塚先生は――――やっぱりいいです」

 

「なんだ?中途半端に言うな。……それで、彼女はいるのか?」

 

「いえ、いません。あ、でも幼馴染はいます」

 

「比企谷……。そんな嘘を吐かなくてもいいんだぞ。いくらいないからといって、そんな嘘を吐くとは先生悲しいぞ」

 

ウゼェー。何なんだ。この教師は失礼にもほどがあるだろ。そう言う自分には彼氏がいるのかよ」

 

「比企谷、聞こえているぞ。……よし、君は私を傷付けた。そこで奉仕活動を言い渡す。異論、反論などは一切受け付けない」

 

「いや。そんな勝手が許される訳ないですよ。あんたそれでも教師かよ」

 

「いいのか三年で卒業できなくても、いいんだな?」

 

「したければどうぞ。それで教師人生を終わらせたいのなら。それに学年主席をどんな理由で留年させるんです?」

 

「うっ……。と、とにかく、ついてきたまえ」

 

仕方ない。黙って付いていくしかないか。今日は、材木座に呼ばれて新型の試作トリガーの実験に付き合うことになっているが……これは少し遅れるな。一応、電話いれておくか。

 

「……材木座、比企谷だ。今日の実験なんだが、少し遅れるかもしれない」

 

『うむ、どうしたのだ、八幡よ?』

 

「学校の教師に捕まって、一時間ほど遅れる」

 

『うむ。承知したぞ、八幡。出来るだけ早めに来てくれ。説明もしておきたいのだ』

 

「わかった。出来るかぎり、早めに向かう」

返事をしてケータイを仕舞い平塚先生を見てみると、俺を睨みつけていた。

大方、さっさとついて来いとか思っているのだろう。

俺が黙ってついて行くと、しばらくして目的の場所に着いたようだ。連れてこられたのは特別棟にある一つの教室だった。

そこで止まり、そのまま無造作に扉を開けた。

 

そこには、椅子に座って本を読んでいる一人の少女がいた。

 



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雪ノ下雪乃①

その少女は読書をしていただけで、それが何故か絵になっていた。

窓から入ってくるそよ風が髪をなびかせ、そんな光景ですら人を惹き付ける何かがあった。

だが俺には世界一かわいい妹の小町がいるので、特別それ以上に何か感じる事はない。

俺がその光景をただ見ていると、彼女は本を閉じこちら……というか平塚先生を見て溜め息を吐きながら文句を言い出した。

 

「はぁ……、平塚先生。入るときはノックをしてくださいと、何度言えばわかるのですか?」

 

「すまない。……だが、ノックをしても君が返事をしたためしがないじゃないか」

まるで悪びれる様子のない平塚先生。

 

「それは返事をする前に平塚先生が勝手に入ってくるからじゃないですか。……それで、そちらのぬぼーっとした人は誰なんですか?」

 

「今日から、ここの新入部員だ。ほれ、自己紹介をしろ」

 

「……2年F組、比企谷八幡です。――って新入部員って何ですか? 俺は部活には入りませんよ。忙しいんですから」

 

「異論、反論は認めないと言ったはずだ。それに君は腐った目だけでなく、その曲がった根性も直さないと、社会に出て苦労するぞ」

 

「大きなお世話です。人の性格を言う前に先生の性格を直したらどうなんですか? だから結婚できないんですよ」

俺の返しにキレたのか、平塚先生は固めた拳を俺に向けて放ってきた。

 

「……衝撃のファーストブリットーーーーー!!!!」

 

それは、さっき見た攻撃だったので余裕で回避した。そのことに驚いた顔をする平塚先生に向かって、言ってやる。

 

「教師が生徒に暴力ですか? 教師の風上にも置けない最低の教師ですね。

もし今のが当たって、俺が教頭か校長に訴えれば、先生は懲戒免職になっていましたね」

俺はそこまで言って拳を構えた。

 

「……平塚先生、そこまでにしてください。ここで暴力事件を起こさないでください。部活停止になったらどうするつもりですか?」

 

俺の心配ではなく、部室の心配かよ。いい性格しているぜ。もちろん悪い意味で。

 

「それで、彼の性格を社会に出ても大丈夫なようにすればいいわけですか?」

 

「ああ、そうだ。頼めるか?」

 

「お断りします。彼からは、何か卑猥なものを感じます。私の貞操が危険になります」

平塚先生の問いに対して、雪ノ下はキッパリと言い放った。

 

「誰がテメーみたいな性格の悪い女に欲情するか。お前こそ、自分の性格を見直したらどうだ?」

 

「あら、何を言っているの? 私ほど完璧な人間はいないわ」

 

うわぁ……。ナルシストかよ、人間として欠陥だらけだな。

 

「そーですかー。まあ、がんばれ」

 

「何を言っているの。貴方の性格をこれから直していくのよ。私に感謝しなさい」

 

「……ありがとう。では俺はこれで」

適当に返して部室を出ようとすると、平塚先生に肩を掴まれた。

 

「どこに行こうとしている? 君は、これからここで部活動にいそしむのに」

 

「そんなことに時間を割いている暇は俺にないんですよ。バイトがあるので」

 

「だから、嘘を吐くなといっているだろ。それに君の捻くれた性格は直しておかないと社会に出てから苦労するぞ」

 

「大きなお世話です。それに教師が生徒の自由を奪っていいわけないでしょ」

 

「だから「こちらに、居られましたか。主様」」

なおも諦めようとしない平塚先生の言葉に割って入ってきたのは、夜架だった。

 

「夜架? どうしてお前がここに?」

 

「はい、主様。職員室から出てこられるのが見えたものですから、後をつけたら何やらもめている様子でしたので割って入らせてもらいました」

 

「そうか。でも、助かったわ。サンキューな」

 

「いえ、礼には及びません。私の存在意義は主様にあるのですから」

 

「……夜架。その中二設定、ここではやめてくれないか?せめて、先輩呼びにしてくれ」

 

「わかりました。それをお望みとあらば」

突然の横槍に呆然と俺と夜架のやり取りを見ていた二人。そんな中、我に返った平塚先生が口を開く。

 

「比企谷……彼女は一体、何者だ?」

 

「えっと、彼女はバイトで同じ班の娘で名前が……」

 

「羽々斬夜架、一年生です。お見知りおきを」

 

「比企谷君? と言ったかしら。一体、どんな弱味を握って彼女にそんなことをやらせているのかしら? 今すぐに止めないと、警察に通報するわよ」

 

「いや、別に弱味なんか握ってないから。これは彼女のキャラなんだよ」

 

「何を訳の分からないことを言っているの? これは警察の出番ね。大丈夫よ、羽々斬さん。その卑猥な目つきをした男からすぐに助けて上げるから」

と、雪ノ下は一方的に決め付けてきた。それに対して夜架はすぐさま、否定してきた。

 

「我が主がそのようなことを今まで私にしてきたことは一度たりともありません。主様のことを何も知らないのに好き勝手に言うのは止して下さい。それに一年生が二年生の先輩を悪く言うのは、どうかと思いますよ?」

 

「……夜架。雪ノ下は俺と同じで二年なんだよ」

 

「そうでしたか。てっきり、一年なんだと思いました。あのむ「皆まで言わなくていいから!」――そうですか?」

思わず俺は夜架の言葉に割り込んでその言葉を阻止した。

夜架が何故、雪ノ下を一年だと思ったのかは大体分かっている。

言えば、確実に社会から消されるから言わないがおそらく胸を見てそう判断したのだろうと思う。一年の夜架より無いんだからしょうがない。

 

「それより、主様。そろそろ、時間が無くなってきています」

 

「夜架、主呼びに戻ってるぞ。それで時間ってなんのことだ?」

 

「防衛任務の時間ですよ。そろそろ、学校を出た方がよろしいかと。でないと遅刻してしまいます」

 

「マジか!? もう、そんな時間なのか? 不味いな。平塚先生、俺達はこれからバイトがあるのでこれで失礼します。行くぞ、夜架」

 

「はい、主様」

慌てて俺は、夜架を伴って学校を後にした。教室を出る前に二人の顔を見てみたが、唖然として俺達を見ていたように見えた。

 

急いだお陰で、なんとか防衛任務には十分間に合った。

その時に、何故遅れそうになったのかをメンバーに問い詰められて、平塚先生の事や雪ノ下の事を全部話した。

その時のメンバーの顔は相当に不機嫌そうだった。




雪菜の設定を少しいじりました。


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比企谷八幡②

俺こと比企谷八幡は、ボーダー本部内のある場所に向かいながら考え事をしていた。

それは平塚先生と雪ノ下の事だ。

 

(あの二人は間違いなく自己中な人間だ。説得するにしても材料が少なすぎるな。ここは浅葱にでも相談したほうがいいかもしれないな)

考えを纏めていると、目的の場所に着いた。

 

目的の場所とは開発室だ。

今日は、数日前に材木座からお願いされた新型トリガーの実験に付き合うためにここへとやって来た。正直、面倒だなと思っていたが、ギャラが出るそうなので即行で承諾した。

 

「すまん、遅れた。…………材木座?」

小太りで指抜き手袋に総武高の制服の上から白衣を着込んだ男。そんな男が、入り口の俺へと笑いながら話しかけてきた。

 

「なはぁはははっは!! 待ち侘びたぞ、八幡よ! ついにおぬしに最強のトリガーを渡すことが出来、嬉しく思うぞ!!」

 

「……さっさとしろ、材木座」

 

材木座義輝

 

この目の前の男とは、それなりの付き合いになる。っても入隊の同期で、入隊初期は元々のコミュ症で他人とまったく話さない中で話していた数少ない内の一人が、材木座だったと言うだけだ。

この男、トリオン量はそれなりにあるが戦闘がからっきしだめでC級の時に訳のわからないことを叫びながら、弧月を振り回していた。

 

「むっ、そう急かすものではないぞ八幡よ「いいから、説明しろ。弧月でズタズタにするぞ」――……はい。では、こちらをご覧下さい」

 

キャラがぶれぶれだぞ。こいつは平塚先生や雪ノ下とは違うベクトルで疲れる。実験が終わったらすぐに帰って寝よ。

 

「おほん!! ……これが我が作り上げた新しいブレードトリガー! ……その名も『攻撃拡張型ブレード 天月(てんげつ)』だ!」

キャラの復活は早かった。

 

「へぇ、これが」

俺は材木座が差し出した新型ブレードを見た。

形状は両刃の十字剣で刀身が弧月より少し長いといったところか。

 

「さよう。両刃の十字剣をイメージして作り、ついに完成したのだ、最強のトリガーが。すごいであろう!」

 

「ああー、すごいなすごいな(棒)。つか、最強かは置いといて、これ俺で実験する意味あるのか?」

 

「ふむ。実はこのトリガーはトリオンのコントロールが必要故にお主が最適なのだ。他の候補に出水殿や二宮殿もいるが、お二人はシューターである故、ブレードトリガーを使わない。トリオン量やそのコントロールが優れている上にブレード使いとなれば、お主しかおらんのだ」

 

「なるほど、確かに二人はブレードは使わないな……わかった。で、何をすればいいんだ?」

 

「うむ。八幡にはひたすらにソロ戦をやってもらい、定期的にトリガーのデータを提出してもらいたいのだ。無論、八幡なら見事使いこなすだろう…………と思う」

 

「思うってなんだよ! ……これ、使えるのか?」

 

「もちろんだ!! 我の自信作なのだからな!!」

 

「……はぁ、わかったよ。使いこなしてやろうじゃないか。……俺、もう行くわ。じゃあな、材木座」

 

「ふむ。ではさらばなのだ、八幡よ」

 

こうして、俺は材木座と別れて自隊の作戦室に向かった。

まずは防衛任務を優先しないとな。でないと雪菜に小言を言われてしまう。

中三女子に説教される高二男子ってダサすぎだろ……。

作戦室に着いた俺を出迎えたのは夜架だった。

 

「お帰りなさいませ、主様」

 

「……夜架。頼むから、その主呼びを直せとは言わない。でもな、せめて先輩呼びにしてくれ……」

 

「分かりました。主様」

 

「…………もう、諦めたわ。主呼びでいいから……」

そんなやり取りを夜架としていると、浅葱が話に加わってきた。

 

「それにしても八幡。あんた少し機嫌が悪い? 何かあったの?」

 

「分かるのか? そんなこと自分でも分からないのに。スゲーな、浅葱は」

 

「まぁね。一体、何年一緒に居ると思ってんの。それで何があったの?」

浅葱からの再度の問いに、俺は放課後に平塚先生に連れられて奉仕部に行った事やそこに居た雪ノ下の事をそのまま話した。

浅葱もそうだが、隊室にいた他のメンバーも話を聞いてかなり機嫌が悪くなってきていった。あの夜架ですらかなり機嫌が悪くなっている。

両親を亡くして、そんなに表情が変わらかったのに、これはある意味では良い傾向かもしれない。

 

「そんなことがあったんだ……。うん、決めた」

 

「何を決めたんだ、浅葱……?」

 

「私、その奉仕部に入部するわ!」

 

「浅葱、俺は別にその奉仕部に入っている訳ではないんだが……」

 

「そうなの? なら、もう行かなくていいんじゃない?」

 

「そうしたいけど、顧問の平塚先生がな……。あれは絶対に俺を奉仕部に通わせるつもりだから、行かないで済む真っ当な理由がいると思うんだよ」

 

「何それ、入部届もだしてないのに? 部に強制参加させるってそれでも教師なの、平塚先生は? それに、奉仕部って部員は何人なわけ?」

 

「部長の雪ノ下一人。それだけだ」

 

「だったら部の創設は無理でしょ。私も入れば部として活動できるって言えば問題ないと思うけど? それに夜架だって入れれば人数も解決できるしょ?」

そう浅葱に言われて、初めて気がついた。

 

(それもそうか。人数が足りなかったの解決して、その後で抜ける事を考えればいいか)

そんなやり取りをしている間に、時間になったので俺達は防衛任務へと向かうのだった。

俺は防衛任務が終わった後、個人戦のブースに向かっていた。

材木座が作った新しいブレードトリガーを試すためだ。この時間なら誰かしらいるだろうと辺りを見回していると、丁度望んだように俺を呼ぶ声が聞こるのだった。

 

「おーい!! ハッチ!!」



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比企谷八幡VS米屋陽介

防衛任務上がり、ソロ戦のブース知ってる奴でもいないかと辺りを見回していると、後ろからよく聞く声に呼ばれた。

 

「おーい!! ハッチ!!」

俺をそのように呼ぶ人物は一人しかいない。

 

「おう、米屋。久し振りだな」

 

米屋陽介

 

A級三輪隊アタッカーでボーダーでは珍しい槍型のトリガーを使う男だ。ちなみにウチの隊のアタッカー、雪菜の師匠でそれなりに腕が立つ。

周囲からは槍バカなど呼ばれるほど槍使い。

 

雪菜に米屋を紹介したのが俺で、そのおかげで雪菜は短期間で腕を上げて比企谷隊はA級に上がることができたのだ。しかしこの米屋と言う男、戦闘とは違い勉強がてんで出来ない。雪菜の師匠をやるかわりに俺が勉強を見たりしていた。

 

「しかしどうしたんだよ米屋? お前たしか、防衛任務じゃあなったのか?」

 

「それならほんの十分前に終わったとこだぜ」

 

「……報告書は月見さんか古寺にまかせてきたのか?」

 

「おう! 任務中にトリオン兵が出なくて暇してたんでソッコーでブース来てランク戦でもやろうと思ってな。それよりハッチ、お前のそのトリガーなんだ? 見たことないけど新型か?」

 

「ああ、試作の新型ブレードだ。――そうだ米屋、俺と戦わないか? こいつの威力とかを見ておきたいからよ」

 

「いいぜ! 俺もバトル相手が欲しかったところだ。俺は125番に入るわ。ハッチは?」

 

「俺は127にでも入るわ。フィールドはランダムでいいよな? それと時間もないし、一本勝負でいいか?」

 

「もちろんそれでいいぜ。それじゃあ、勝負といこうぜ」

 

 

『比企谷対米屋 一本勝負開始』

音声と共に転送されたフィールドは、市街地A。

俺はすぐさまブレードの天月を起動して、改めてそれを見た。重さは弧月と変わらないが、刀身が十センチほど長く、弧月と違って両面に刃がついてる。片刃でない分これまでとは違った戦い方をしないといけない。

 

米屋は弧月:槍で幻踊を使い、刃先を曲げてくるから避ける際は気を付けないと少しずつトリオン体を削られて、トリオン漏れで負けてしまう。

 

考えを纏めていると、後ろから足音が聞こえてきた。振り向けばすでに、かなり近い距離まで米屋に迫られていた。

 

「いくぜ! 幻踊弧月!!」

 

「――っていきなりかよ!」

俺はすぐさまそれを天月で弾き上げた。……が、刃先が曲がって俺の肩に当たった。そこから米屋が槍の連続で突きを放ってきた。

 

「オラオラ! どんどんいくぞ!」

休む暇なく突いてくる。さすが槍バカと呼ばれるだけはあるな。だんだん捌き切れなくなり、体の数ヵ所に受けた突きで、少しずつトリオンが漏れ出していく。

 

俺は隙をわざと見せて、カウンターで天月を横一文字に斬りつける。その時に天月にトリオンを流し込む。米屋は、槍を縦に構え、更にシールドを重ねてきた。

カウンターに対して更なるカウンターで俺を仕留めるつもりのようだ。

しかし、そうはならなかった。天月が槍とシールドごと米屋を一刀両断したからだ。

 

『トリオン体 活動限界 ベイルアウト』と音声の後に真っ二つになった米屋のトリオン体は光となって飛んで行った。

 

この天月の扱いが難しい理由がわかった気がする。トリオンを流すタイミング、トリオンの量など細かく調整しないと鈍刀にも切れ味抜群の名刀にもなる。

また開発室はとんでもないものを作ったものだ、なんて思っていると、米屋から通信がきた。

 

『おい、ハッチ! 今の何だよ! 槍とシールドを纏めてぶった切ってたぞ!?』

その声は妙にテンションが高かった。

 

「あれが新型ブレードの威力だよ。だけど、トリオンのコントロールが思ったより難しい。これはデータを取って改良していかないと俺以外の人間は使えないな」

 

『マジかよ! そんなに難しいのか? じゃあ、俺にはとてもじゃないが使えないなぁ、残念。――それじゃ、またやろうぜ!!』

 

「わかった、わかった。それじゃまた今度な」

 

 

 

このソロ戦が終わって米屋と共にジュースを飲んでいると、三輪の姿が見えた。向こうもこちらを確認したのか、近付いて来る。

 

「よぉ、三輪。久し振りだな」

三輪秀次

 

A級三輪隊の隊長を務める男で俺とは同期になる。最初の頃は、俺は金の為にボーダーに入隊に対して三輪は、姉の復讐のために入隊したという理由の違いでそりが合わなかった(三輪が一方的に俺を毛嫌いしていた)が、今では普通に話せるほどになっている。

 

 

「久し振りだな比企谷。それとやっと見つけたぞ陽介。宿題もせずにソロ戦なんてやっている場合か。さっさと終わらせろ」

 

「待てよ! 秀次、もう1回だけハッチとランク戦をやらせてくれ!」

 

「ふざけるな、さっさと来い!またな比企谷。行くぞ陽介」

そんなやり取りをしながら三輪は米屋を連れてブースから消えて行った。

 

「ふぁ~……眠い。俺は帰るか」

 

俺は荷物を取りに作戦室向かい、さっきのソロ戦のことを振り返る。次はもっとこいつを使いこなせるように色々考えながら家に帰って、そのまま眠るのだった。    



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雪ノ下雪乃②

米屋とのソロ戦をやった翌日の放課後、俺は教室を出て、浅葱を待っている時に平塚先生に声を掛けられた。

 

「何をしている、比企谷」

 

「人を待っているんですよ」

 

「友達のいないお前が待ち合わせだと? くだらない嘘を吐くな」

 

「別に嘘ではないです。それに、何で先生は俺に友達がいないと勝手に判断するんですか? 先生とは思えない発言ですよ?」

そんな俺の言葉に平塚先生が何か言い返そうとしたその時、浅葱がやってきた。

 

「お待たせ。八幡」

 

「おう。そんなに待っていないから問題ない。それじゃ行くか」

 

「うん。夜架もくるんでしょ?」

 

「あぁ、あいつならくるだろうな」

 

「…………ちょっと待て、比企谷」

 

「なんですか? 平塚先生」

 

「藍羽とは、どんな関係だ……?」

 

「どんな関係って、幼馴染ですけど。それが何か?」

 

「幼馴染だと? だから嘘を吐くんじゃないと言っているだろ」

 

「私は八幡の幼馴染です。それに何で八幡が嘘を言っていると思うんですか? 生徒のことを信じないなんて、教師失格ですね。……行くよ八幡」

 

驚愕といった表情をその顔に張り付けた平塚先生を置いて、俺は浅葱と共に奉仕部の部室に向かった。

俺達は、昨日案内された特別棟の空き教室の扉をノックし、中の人の入室許可を待つ。

 

「…………………………どうぞ」

あまりにも間が長いのでいないのかと思い始めていたその矢先、簡素な返答がきた。正直いない方がよかった。

「……失礼しまーす」

扉を開けて入る。

入間、雪ノ下は驚いた顔を見せて口を開いた。

 

「……まさかまた来るなんて。あなた、もしかして私のストーカー?」

 

「何でお前に好意を持っている前提なんだよ」

雪ノ下は、まるで信じられないものを見るような顔をしている。

 

「あら、そんなの私が可愛いからに決まっているでしょう? ……それより、何で藍羽さんがいるのかしら、比企谷君?」

 

「ナルシストかよ……。それは俺の幼馴染だからだよ」

 

「……比企谷君、貴方に幼馴染がいるわけないでしょう? 嘘を言わないでくれるかしら、とても不快よ」

そんな雪ノ下の言葉に反応したのは浅葱だった。

 

「不快と思うのは勝手だけど、八幡は嘘を言ってはないから」

 

「藍羽さん。貴女はどんな弱味を握られて彼の嘘の幼馴染をやっているのかしら?」

 

「別に弱味なんて握られて無いから。幼馴染なのはホントだから。それにしてもこの奉仕部って何をするところなの?」

 

「……平塚先生から聞いてはいないの?」

 

「いや、俺は聞いていない。説明もなく、ここに連れてこられたからな」

 

「そう。では、クイズをしましょう」

 

「そんなくだらんことよりさっさと教えろ」

バッサリと切り捨てただけで、雪ノ下はまるで親の仇でも睨むような鋭い視線を向けてきた。

 

(この女、自分の思い通りにならないとすぐに機嫌が悪くなるのか? その辺の小学生の方がこいつより大人に見えてくるな……)

などと考えていると、部屋にノックの音が響く。俺から視線を外した雪ノ下が「どうぞ」と短く返答すると、おずおずと一人の女子が入ってきた。

 

「……失礼しま~す。――って何でヒッキーがここにいるの!?」

何だこの女子は。初対面で変なあだ名を付けてるけど俺は引きこもりではない。しかし、初対面にしては見覚えがある女子だ。

 

「呼ばれているのよ、返事くらいできないのかしら? あぁ、ごめんなさい。返事ができないくらい脳が腐っているのね」

雪ノ下の罵倒を無視して、俺は鞄からラノベを取り出し読み始める。同じく浅葱もスマホを弄りだした。

 

「……何とか言ったらどうなの?」

 

「俺はヒッキーって、変なあだ名で呼び合える友人はいないし、そもそも罵倒で人間の性格が直る訳ないだろう」

 

「それよりも、いつまでも入り口にいないで入ってきたらどうかしら? 由比ヶ浜結衣さん」

雪ノ下のその台詞に、由比ヶ浜と呼ばれた女子生徒は驚いていた。

 

「私のこと知ってるの?」

 

「こいつは、全生徒の名前と顔を覚えているんじゃないか?」

 

「でも、貴方のことは知らなかったわ。比企谷君」

冗談まじりに言ってやると、雪ノ下はそう返してきた。

これは絶対に嘘だとわかった。成績優秀の雪ノ下が学年主席の俺のことを知らない訳がない。ちなみに次席は浅葱だ。

まあどうでもいいか、と自分の中で納得している間に、雪ノ下は由は比ヶ浜への対応を始めていた。

 

「それで、由比ヶ浜さん。あなたは一体どのような依頼なのかしら?」

 

「えっと……その……」

由比ヶ浜が歯切れの悪い言葉で俺のことをちらちらと見てくる。見かねたように雪ノ下が由比ヶ浜へと助け船を出す。

 

「……比企谷君、少し部屋から出てってくれるかしら」

疑問系なようでキッパリ言い切る雪ノ下の言葉と同時に、俺の携帯が鳴った。

 

「……ちょっと。電話に出て来るわ」

丁度いいと部屋を出て、相手を確認したら意外な人物――来馬さんだった。

来馬辰也。鈴鳴第一の隊長でガンナーで大学生の人だ。

しかし、何でこの人から電話が? そうは思いつつも、いつまでも待たせるのは悪いかと電話に出る。向こうから聞こえてきたのは、着信表示の通り来馬さんの声だった。

 

『比企谷君、突然で悪いんだけど今夜のウチの防衛任務に加わってくれないかな?』

滅多にない電話に何事かと思ってみれば、合同防衛任務の誘いだった。

 

「分かりました。別にいいですよ」

前は部隊のメンバーが急な予定や体調不良などの場合はよく加わっていたので、特に疑問に思うこともなく了承する。それを聞いて来馬さんのほっとした声が電話越しに聞こえてくる。

 

『よかった。じゃあ、今夜8時からだからよろしくね』

特に不都合もないのでそのまま電話を終わらせ、部室に戻る。すると雪ノ下が立ち上がって一言。

 

「いくわよ。比企谷君」

 

「どこにだよ?」

 

「家庭科室よ」

この時の俺は知らなかった。まさかあんなものを人が作れるのだとは……。

 



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由比ヶ浜結衣①

由比ヶ浜の依頼とは、クッキー作りの手伝いだった。ある人物に感謝を伝えたいとのことだ。

そして今、四人で家庭室にいるんだが由比ヶ浜は、エプロンを着けるだけで苦戦している。この先が思いやれる。

そういえばと、俺は奉仕部の活動についてまったく知らないので雪ノ下に聞いてみた。

 

「なぁ、雪ノ下。奉仕部は、一体どんな活動をしていくんだ?」

 

「……はぁ~、本当に平塚先生から何も聞いてないようね。しかたがないから特別に教えてあげるわ。奉仕部の理念は『釣った魚を与えるのではなく、釣り方を教える』というものよ。その残念な頭でしっかりと理解しなさい」

 

マジで何なんだこの女は?人を怒らせる才能があるんじゃないかと疑いたくなるほどイライラさせる。

「へぇ~そうか。がんばれ(棒)」

と言ったのが不味かったのか、ものすごい目つきで睨んできた。

(はぁ~ホント、気に食わないことがあるとすぐに睨んでくるんだったらその性格を直せよ)

と思っているとエプロンといつまでも格闘している由比ヶ浜に雪ノ下がエプロンを着けてやった。

 

「これくらい一人でしないとこれから先、苦労するわよ」

 

「あ、ありがとう……雪ノ下さん」

 

俺は浅葱の方を見て驚いていた。浅葱もエプロンを着けているからだ。

 

「浅葱。もしかして、お前も作るのか?」

 

「そうよ。出来たら味見、よろしくね」

 

「俺、また病院に行きたくないんだけど……」

 

「もう!!昔のようにはならないわよ!!」

 

俺が何故に浅葱の料理を恐れているかというと、あれは小学生の時、家庭科で調理実習の授業で浅葱が作ったクッキーを食べたからだ。

あの時、浅葱が作ったクッキーを食べて、腹痛になってしまい俺を含めて13人も病院に搬送された。

 

ここで俺はふと思ったことを由比ヶ浜に聞いてみた。

「由比ヶ浜は、料理はどのくらいできるんだ?」

 

「えっと……ママがしてるとこはいつも見ているよ?」

と聞いた時に俺には未来が視えた。俺のサイドエフェクトが警告している。このクッキー作りは失敗すると。

 

「……雪ノ下。今すぐ、クッキーではなく別のものがいいと思うぞ。由比ヶ浜のクッキーは絶対に失敗する。それにクッキー作りに絶対に必要ないものまである。今すぐ止めた方がいい」

と俺の忠告をまったく聞く気がない様子の雪ノ下が、何を意味不明なことを言っているの?という顔で俺を見てきた。

 

「比企谷君。いくらなんでもそんな訳ないじゃないの。さあ、由比ヶ浜さんこの男は無視して、さっそく作っていきましょう」

人の忠告を無視して、由比ヶ浜と料理をしていく雪ノ下。だが料理が終わりに近付くにつれて、雪ノ下の表情が曇っていった。

 

数分後、出来上がった二つの料理に愕然としていた。一つは浅葱が作ったクッキーでもうひとつは由比ヶ浜が作ったクッキーだ。浅葱のクッキーは見た目は普通だったが、由比ヶ浜のクッキーの見た目は、もろホームセンターで売っている木炭である。

 

「すごいな、由比ヶ浜。小麦粉やバターなどから木炭を練成するなんてな。お前、錬金術士になれるぞ。そして二度と料理をするな!!」

 

「いったいどうすればこんな結果になるのかしら?取りあえず、どうすればいいか解決策をさがしましょう」

 

「だから、由比ヶ浜が二度と料理をしないしかないだろう」

 

「もしくは、誰かに作ってもらうとか?」

 

「その二つは最終手段よ」

 

「それの二つで解決しちゃうの?!」

と、俺と浅葱の提案と雪ノ下の考えにいちいちオーバーリアクションで答える由比ヶ浜。

後、お前の声がデカくて、うるさ過ぎる。

 

「……やっぱり、才能がないのかな?」

 

「その言葉は撤回しなさい。そんなことを言う人間は、本当に努力をしてからいいなさい」

とテンションが下がり気味で言うと由比ヶ浜に対して雪ノ下が少し怒り気味に言った。

何が気に入らないのか、今まさに怒っている。

 

「でも、周りのみんなはやっていないしさ」

 

「まず、その考えを改めなさい。周りに合わせては、自分の成長にならないから」

と、ちょっといいことも言うんだなと雪ノ下に驚いていると由比ヶ浜は少し黙ったと思ったら、すごいことを言ってきた。

 

「…………かっこいい!!」

と、マジか?雪ノ下の説教がまったくと効いてない。こんだけ言われて、あんなことが言えるとは筋金入りのバカだ。

と、ふと思ったことがあったので二人に言った。

 

「わざわざ、手作りに拘る必要はないんじゃないか?相手に贈ることが大事だと思うし、それに失敗したものを贈るより市販でも気持ち込めて贈られたら、大抵の男は大喜び間違いないしな」

 

「……貴方でもそんなことが言えるなんて驚いたわ」

 

「……ヒッキーも喜んだりするの?」

 

「いや。俺は喜んだりしないな」

と、俺が言うと肩を落としてがっかりする由比ヶ浜。

 

「……そうだよね。うん、自分なりに考えて何か別のものを贈ることにするね」

と、言って鞄を持って帰っていった。由比ヶ浜、使ったものを片付けて帰れ。

 

 

 

次の日、俺は浅葱と共に奉仕部に居た。まあ、読書には持ってこいの場所かと思ってると部室の扉が開いて、由比ヶ浜が現れた。

 

「やっはろー。ヒッキー、ゆきのん、あいあい」

と無駄に元気なやつだな由比ヶ浜。

どうでもいいが雪ノ下のあだ名がゆきのんか、それで浅葱があいあいってネーミングセンスの欠片もない。

 

「何か用かしら、由比ヶ浜さん?」

 

「あれ、ゆきのんは私のこと嫌いなの?」

 

「違うわ。……ただ苦手なだけよ。あとゆきのんは止めて頂戴」

 

「それ、女子の間じゃ同じ意味だから!!あ、それとこれよかったら」

と雪ノ下にラッピングした袋を渡した。

 

「ヒッキーとあいあいにもあげるね」

と、俺達にも渡したきた。中身を確認したら、昨日の木炭クッキーだったので俺は由比ヶ浜に質問した。

 

「……由比ヶ浜。これ、味見したんだろうな?」

 

「……もちろんだよ?」

と、俺の質問に目を逸らしながら答えている。ってか、なぜ疑問系が付く?これは食べたら絶対に腹を壊すよな。

 

「じゃあ、私はこれで。またね、三人とも」

と、それだけ言って由比ヶ浜は去っていった。

 

「あれで、彼女の問題は解決したのかしら?」

 

「本人が納得しているんだ。これ以上の手助けは、いらんだろうよ」

 

「八幡の言う通りだね。これ以上は手助けする必要はないでしょ」

 

「…………そうね」

と納得がいってない顔している雪ノ下。

俺的には、静かになって読書の続きができて満足だ。

ちなみに浅葱のクッキーは美味しかったが、由比ヶ浜のクッキーはやはり焦げていて不味かったのは言うまでもない。

やはり由比ヶ浜に料理をさせるべきではない。

 

 



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村上鋼

由比ヶ浜の木炭クッキー作り、並びに試食をした夜。

俺は、鈴鳴支部に向かっていた。その理由は鈴鳴第一の隊長の来馬さんから、急遽合同防衛任務の頼みが来たからだ。

支部に向かう前にタイ焼きを鈴鳴第一の人数+俺の分を買って、まだ時間があるので何故、今夜の任務に俺を呼んだのかを聞こうと思った。

ちなみに浅葱や他の女子メンバーは他の隊のオペレーターの女子達と共に女子会をやっている。

よかった。来馬さんからの防衛任務のお誘いがあって。女子会は比企谷隊の作戦室で行われるので、必然的に俺は追い出される。俺、隊長なのに……。解せん。

そんなこんなで鈴鳴支部に着いた。

 

「おじゃましま~す。来馬さん、いますか?」

 

「あ、いらっしゃい比企谷君。今日はごめんね急な頼みを聞いてもらって。よかったらお饅頭があるけど、食べる?」

挨拶をして支部に入ると出迎えてくれたのは、鈴鳴第一隊長の来馬さんだった。

 

「それでしたらタイ焼きを買ってきたんで、食べましょう。……ところで、村上先輩は?」

 

「今、鋼は……」

と来馬さんが言い掛けた時に部屋に入ってきた人物達が挨拶して来た。

 

「あ、比企谷君。いらっしゃい」

と今さんが挨拶して来た。

 

今結花。鈴鳴第一のオペレーターで何かと面倒見がいい人で成績優秀で料理上手で陰ながら鈴鳴第一を支えている大和撫子のような人だ。

 

「あ、比企谷先輩。いらっしゃいです」

と次に挨拶して来たのは、別役だった。

 

別役太一。鈴鳴第一のスナイパーで鈴鳴ムードメーカーの元気ボーイだ。ただ、この別役は相手を思って行動しているんだが、何かと空周りして色々と台無しにしている。

過去に、俺が飲んでいたマッ缶を別役の行動で零してしまいキレそうになったほどだ。その時は来馬さんが謝り、新しいマッ缶を買ってもらい、怒りは何とか収まった。

 

これで、鈴鳴のメンバーは後一人になった。

村上鋼。鈴鳴第一のアタッカーでボーダーナンバー4アタッカーだ。

過去の対戦では7対3で、俺が勝っている。ただ弧月一本での戦いだったら村上先輩の方が上だ。

あの人、今何をやっているんだ?俺がそう考えていると、来馬さんからお願いと荒船さんの話を俺に聞いてきた。

 

「実は、比企谷君にお願いがあるんだ。鋼のことなんだけど、荒船君がアタッカーからスナイパーに転職したのは、知っているかな?」

 

「荒船先輩のことは、知っていますよ。それが何か関係あるんですか?」

 

荒船哲次。B級荒船隊の隊長で、数日前にアタッカーからスナイパーに転職した人だ。本部ではそれなりに接点のある人で、ある計画を荒船先輩と一緒になって進めているところだ。

 

「荒船先輩の転職で何か村上先輩にあったんですか?」

 

「……見て欲しいことがあるからこっちにきてくれないかな?」

と、来馬さんに案内されたのは鈴鳴の倉庫と思われる場所だった。

中を見て見ると、村上先輩が体育座りでガチ泣きしている光景だった。

俺は村上先輩のことについて来馬さんに聞いてみた。

 

「これは、何ですか?……どうして村上先輩は泣いているんですか?」

 

「さっきの荒船君の転職のことで泣いているんだ。鋼は荒船君がアタッカーを止めたのは自分の所為だと言ってるんだ」

 

「…………オレの所為なんだ。……いつもそうなんだ。…………俺が楽しくなっていると、最初からいた人間はいなくなっていくんだ。…………グループの場が壊れるんだ。今回だって、オレは荒船から理論を教わっただけ……本当はやるべき苦労をやっていないんだ。……オレはサイドエフェクトでみんなの努力を盗んでいるだけなんだ……」

 

村上先輩のサイドエフェクトは『強化催眠記憶』と言うもので、体験して眠ることでほば100%自分の経験に反映することが出来る。

俺のサイドエフェクト『脳機関強化』とは近いようで違う。村上先輩は一度眠る必要があるがおれのは、眠る必要はない。

俺のは、起きていても記憶していくし何より脳への負担が大きい。だから俺はマッ缶を飲んで糖分を摂取する必要がある。その所為で中学の時に勉強が出来るボッチと訳のわからない理由でよくいじめられた。

サイドエフェクトを持つ者は日常生活で、結構苦労している人がよくいる。菊地原とか耳がいいからよく陰口が聞こえてきたとか。

 

だが、荒船先輩の転職で村上先輩が凹むのは間違っているような気がする。俺はそのことを村上先輩に言った。

 

「村上先輩。……俺は人から、師匠から業を盗むことが間違っているとは、思いません」

と俺が言うと鈴鳴のメンバー全員が俺の方を見てきた。

 

「どういう意味だ。それは……?」

と聞いてきたので俺なりの師弟関係について説明した。

 

「弟子は師匠から教わり、また、その技術を盗んで強くなっていくものだと思うんですよ。だから村上先輩が荒船先輩の業を盗むということは、自分が強くなるためでしょ。何を落ち込む必要があるんですか」

 

俺の話しを聞いてか少しだけ村上先輩の表情が元に戻った気がした。それにしても、荒船先輩はあの計画のことを言ってないのか?一応説明しておくか。

 

「俺は、なぜ荒船先輩がスナイパーに転職したのか。その理由を知っています」

 

「「「「……………………はぁ!?」」」」

と、俺の言葉に四人の間抜けな声が聞こえた。

 



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荒船哲次

これは俺が入隊してB級に上がって2年くらいたったところだった。荒船先輩と知り合ったのは。

いつも通りに防衛任務をこなして、ソロ戦でポイントでも稼ごうかな?と思っていると後ろから声を掛けられた。

 

「……お前が、ナンバー1オールラウンダーの比企谷八幡か?」

 

「ええ。……そうですが」

いきなり後ろか声を掛けてくるもんだから、危うく噛みそうになった。危ない危ない、笑われるところだった。ボーダーに入ってから、少しコミュ症は治ってきていると思う。八幡はやればできる子なんだ。

 

「それで、あなたは?」

 

「俺は荒船哲次だ」

とそれを聞いて思い出した。B級の部隊でアタッカー1人、スナイパー2人のチームでランク戦で中位にいることまで思い出した。しかし、なんでそんな人が俺を訪ねて来たんだ?

ちなみにこの時、比企谷隊はB級上位にいた。メンバーは俺、浅葱、シノン、夜架の四人で雪菜はまだ、加わってはいない。

 

「少し、話があるんだがいいか?」

と聞いてきたので少し考える。この人も俺を部隊に勧誘でもするのか?俺の部隊は戦闘員は俺だけだった時に俺を部隊に入れたいという勧誘は今までそれなりにあったが全部断ってきた。A級に上がろうとは、思わない。B級でも十分稼げるからだ。

 

「勧誘ですか?」

 

「いや、ちがう。それではなく、別のことだ」

 

「いいですよ。場所を変えましょうか?」

と俺に同意してラウンジに場所を変えた。

 

 

 

 

「じゃあ、改めて自己紹介を。俺は荒船哲次だ。16歳になる。B級荒船隊の隊長をやっている」

 

「えっと、B級比企谷隊隊長の比企谷八幡です。よろしくお願いします。15歳です。それで荒船先輩は、何が目的で俺に会いに来たんですか?」

 

「比企谷は、ナンバー1オールラウンダーなんだよな。パーフェクトオールラウンダーになる気はないのか?」

荒船先輩は、パーフェクトオールラウンダーに興味でもあるのか?でも俺はなろうとは、思わないな。

 

「俺は特になろうとは思わないですね。でもそれは戦術の幅が広がりそうですね。荒船先輩は、目指しているんですか?」

 

「まぁな。玉狛のレイジさんのようになりたいと思って。理論を作っていきたくて、オールラウンダーの比企谷に色々聞きたかったんだ」

 

そういう理由か。まぁ、確かにレイジさんは、強い上に料理が抜群にうまい。たまに、ボーダーの中にいる人で、弱点があるのか?と思わせる人が数人いる。レイジさんも俺の中では、その一人だ。

 

「そう言うことなら、協力してもいいですよ。普段からやっているトレーニングとかでいいならですが」

 

「マジか!?それは助かる。他にも色々と相談に乗ってくれるか?」

 

「構いませんよ。俺が暇な時ならいつでもいいですよ」

 

「あぁ~よかった」

と言うと荒船さんはほっとしたようすだった。そこで俺はどういう計画なのかを荒船先輩に聞いてみた。

 

「まず、荒船先輩がどのような計画なのかを教えてくだい。そこから、俺もトレーニングメニューなど考えていくんで」

 

「そうだな。まず、アタッカーでマスタークラスになったら、次にスナイパーでマスターになって、最後がガンナーでマスターになる予定だ。ここまでで、何か意見はあるか?」

 

「そうですね。それでいいと思います。まずはアタッカートリガーやガンナートリガーを何にするかですね。荒船先輩の理論を基盤に広めることが前提ですから。その辺をしっかり考えて、使いやすいようにしたいですね」

と俺の意見に荒船先輩は、頷いて同意して来た。

 

「たしかにそうだ。特定の一人だけでは意味が無いからな。そこの所もよく練っていかないと。ありがとう、比企谷。だんだん纏まってきた。また意見を聞いてもいいか?」

 

「いいですよ」

 

こうして荒船先輩のパーフェクトオールラウンダー育成理論製作計画は俺の意見を入れつつ完成に近付いていった。

そのことを鈴鳴のメンバーに話し終えると村上先輩が安心したようだった。

 

「……じゃあ、荒船は元々アタッカーからスナイパーになる予定だったんだな」

と村上先輩が泣き止んで、納得した様子だった。

 

「荒船君はすごいことを計画してしていたんだね。今日、比企谷君に来てもらってよかったよ。……鋼、もう大丈夫だよね?」

 

「……すいません。もう、いつも通りです。……ご迷惑かけました」

と頭を下げる村上先輩。それにしても、荒船先輩は何で弟子の村上先輩に何も言わなかったんだろう?まぁ、その辺はまた今度聞いておくか。

 

「さて、みんな。そろそろ時間だから、準備して仕事よ」

と今さんの言葉で気持ちを切り替えて防衛任務に集中しないとなと思いながら、防衛地点に向かった。

 

 

ちなみにその日の村上先輩の動きのキレが段違いだったの言うまでもない。

防衛任務が終わってから本部に村上先輩一緒に行き、そこで荒船先輩と会って、計画のことを荒船先輩が村上先輩に全部話した。

 

 



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戸塚彩加①

由比ヶ浜の木炭クッキー作りから数日たった日のこと。俺が、いつも通り購買でパンを買って誰もいないベストプレイスに行こうとした時、由比ヶ浜が教室を出ようとしていた。その時だった。

 

「結衣~。教室出るんだったら、ついでにジュース買ってきてくんない?」

 

「ごめん……昼休憩終わるまで帰ってこないかも…………」

と、三浦の頼みに由比ヶ浜は、歯切れの悪い言い方で言葉を返す。それが気に入らなかったのか、三浦は少し怒鳴り口調でさらに言葉を続ける。

 

「結衣さ~、このところ付き合い悪いよね。どう言うことなの?」

と、由比ヶ浜に高圧的に言っていた。

俺は、巻き込まれる前に急いで教室を出ることにした。扉を開けた所に雪ノ下がいた。どうしてこいつが教室の前にいるんだ?と思っていると雪ノ下が教室にいる由比ヶ浜に向かって

 

「由比ヶ浜さん。遅れるなら、連絡を入れてくれないかしら?」

 

「ご、ごめん、ゆきのん。ちょっと優美子と話してて……」

 

「ちょっと雪ノ下さん。今、あーしが結衣と話してんだけど。邪魔しないでくんない?」

 

「話し合いをしているようには見えなかったわよ。一方的に怒鳴りつけているようだったわ」

 

「……何?あーしにケンカでも売ってんの?」

 

「生憎と猿と喧嘩をする気はないわ」

と最早、これは言葉の喧嘩だ。巻き込まれる前に教室を出たのは正解のようだ。

未だ教室では、雪ノ下と三浦の大声が聞こえてくる。三浦のいる葉山グループは、カートス1位グループだ。あの連中に目を付けられたら、今後学校生活は最悪なものになること間違いない。

俺はパンを買って、静かに過ごせる場所に移動した。やはり一人がいい。と思う時が少なからずある。隊のメンバーと過ごすのもいいが、一人で過ごしたい時もある。

 

「あれ……ヒッキー?」

と、パンを食べていると後ろから由比ヶ浜の声が聞こえてきたので、振り返るとジュースを二つ持った由比ヶ浜がそこにはいた。

 

「お前……結局、ジュースを買いにパシらされたのか?」

 

「えっ……違うよ。こっちの一本はゆきのんのだよ。ジャンケンで負けたら買いに行くを勝負したんだ。最初は、ゆきのん乗り気じゃなかったんだけど。『負けるのが怖いの?』って言ったら乗ってきて、ジャンケンに勝ったとき、小さくガッツポーズして喜んでたんだ」

 

「……へぇ~あいつ由比ヶ浜の挑発に簡単に乗るほどプライド高いのか」と由比ヶ浜と話していると「あれ?由比ヶ浜さん……?」と見覚えのある女子生徒が話しかけてきた。

 

「あ、さいちゃん。やっはろー」

と由比ヶ浜……。その挨拶はかなりバカっぽい。いや、こいつがバカなのは知ってるけど…………。

 

「あ、比企谷君もこんにちわ。」

と俺に話しかけてきたが、女子の知り合いにはいなかった気がする。

 

「えっと……どちら様ですか?」

 

「はぁー!!ヒッキー、さいちゃんのこと知らないなんて、キモい」

と俺の言葉に由比ヶ浜がいきなり罵倒して来た。

 

「知らないだけで、キモいとはこいつは碌な教育をうけなかったな」

 

「やっぱり、ヒッキーキモい。さいちゃんは、クラスメートだよ。知らないの?」

 

「いや。知らんな、この女子とは面識はないしな」

 

「「…………」」

と二人の沈黙が返ってきた。

 

「ヒッキー、さいちゃんは、男子だよ……」と由比ヶ浜がとんでもない事を言ってきた。

 

(何?!この容姿で男子だと?この見た目なら男子より女子と言った方が納得出来る)と思う。

 

「うん。僕、男子生徒なんだ……」

 

「……すまん。ジャージで判別つかなかったといえ、間違ってすまん」

と俺は戸塚に対して謝罪した。

 

「ううん。でも次は間違えないでね」

となんて心が広いんだ。どこかの毒舌部長とは、ちがうな。

 

 

 

 

昼休みが終わり、午後の授業が始まり教室に戻ると三浦がかなり不機嫌だった。

どうやら、雪ノ下に言い負かされたらしい。その間、教室はある意味地獄だったに違いない。そうして、授業も終わり。俺と浅葱が奉仕部の部室でラノベを読んでいる時だった。部屋の扉が勢いよく開いて、由比ヶ浜が入ってきた。

 

「やっはろー。依頼人を連れてきたよ」

と言うが由比ヶ浜、拉致してきたんじゃないよな?などと考えていると雪ノ下が、由比ヶ浜に呆れながらも由比ヶ浜の立場を言った。

 

「由比ヶ浜さん……「あ、お礼とかいいから。私も奉仕部の一員だしね」……残念だけど、あなたは奉仕部の部員ではないわ。入部届けを貰ってないもの」

 

「え?そうなの。だったら書くよ、何枚でも」

と由比ヶ浜はカバンからルーズリーフを取り出し書き始めた。てか由比ヶ浜、入部届くらい漢字で書けよ。それでよく総武に入学できたな。まさかの裏口入学か?と考えていると由比ヶ浜が部屋の外にいる人物に中へ入るように促していた。

 

「あ、そうだ。さいちゃん、さあ、入って入って」

と入ってきたのは、戸塚だった。戸塚は入るなり周りを見渡し俺と目が合ってほっとしていた。

 

「あ、比企谷君って、奉仕部の部員だったんだね。知らなかったよ」

 

「まぁ、強制入部だけどな。で、戸塚の依頼って何なんだ?」

 

「うん。実は僕がいるテニス部、他の人があまり練習に来ないんだ。だから、部長の僕が強くなれば、もっと他の人も積極的に参加してくれると思うんだ。それで、僕を強くしてほしいんだ」

と戸塚が言うと雪ノ下が由比ヶ浜に少し怒った口調で言った。

 

「由比ヶ浜さん。奉仕部の理念は、釣った魚を与えるのではなく釣り方を教えて自立を促すというものなのよ。貴女がしっかりと説明しないから、戸塚さんをがっかりさせるのよ」

 

「うっ……で、でもゆきのんなら出来ると思って、やっぱり出来ないよね……」

とテンションを下げてまるで雪ノ下を挑発しているかのようだった。

 

「あなたもそんなことを言うのね。……いいわ。その依頼を受けましょう」

とそれに対して雪ノ下は依頼を受けた。完全に由比ヶ浜に乗せられたな。……由比ヶ浜は実は策士なのか?……いや、ないな。

 

「で、トレーニングメニューとか、どうすんだ?やっぱり初めは身体強化だよな?」

 

「とにかく、死ぬまで走って、死ぬまで素振りね。これに限るわ」

と俺の質問に雪ノ下は、とんでもないことを言ってきた。さすがに由比ヶ浜と戸塚も唖然としていた。

 

「……メニューは俺が考えておくわ。雪ノ下のでやったら戸塚や他の部員が練習できなくなる。もう少し、堅実的なメニューを考えろよ」

と言うと戸塚は頷き、雪ノ下は納得してない顔を俺に向けていた。

そんな顔を向けるくらいなら、もっとマトモな練習メニュー考えろよ。

こうして、奉仕部は戸塚のテニス強化依頼をやっていくことになった。

 

 



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戸塚彩加②

戸塚が奉仕部に来た。その翌日の昼休憩に戸塚のテニス強化が始まった。軽い準備運動から始まり、今は雪ノ下が球出しをして戸塚が狙った位置に確実に決めれるようにしている。

俺はというとスマホのネットでテニスの知識を覚えていた。サーブの種類や得点など一般知識では、戸塚の役に立ちそうにないからだ。

それにしても戸塚は、根性があるな。雪ノ下の際どい球出しにもきっちりと対応している。普段からしっかりと練習しているんだと判る。

 

「悪いな、夜架。わざわざこんな事につき合わせて」

 

「構いません、主様。このくらいのこと。しかしながら、何故にムービーを撮っているのですか?これに何の意味があるのですか?」

 

「戸塚のボールを打っている姿を客観的に見るためだ。フォームは自分では見る事が出来ないからな。それはそうとして、夜架。マスター級、おめでとう」

 

「ありがとうございます。これも主様のご指導の賜物です」

 

「そんなことはない。お前の実力だ」

そう、夜架はここ最近、ボーダー本部に行き弧月のポイントを貯めていた。

その理由は夜架がもうすぐ、マスター級になるからだ。そこで俺は夜架に本部でポイントを貯め、マスター級になるまで奉仕部に出なくていいと命令した。

そして、昨日見事にマスター級になった。

 

「これで比企谷隊のマスター級は俺とシノンと夜架になった訳だ。雪菜はもう少し掛かると言ってたっけ」

と、夜架と話していると戸塚が転んでいた。

 

 

 

「うわぁ!?」

 

「さいちゃん大丈夫!?」

と練習していた戸塚が転んだ。由比ヶ浜が心配しているが戸塚は心配を掛けまいとしている。

 

「ケガをして、それが悪化したら練習にならないから。今日は一端此処までにしておいたほうがいいぞ。戸塚」

 

「うん。でももう少しだけ付き合ってくれないかな?比企谷君、由比ヶ浜さん」

と、戸塚が言うので、もう少しだけ練習に付き合うことにした。

 

「あ~テニスやってんじゃん。戸塚、ウチらもやっていいよね?」

と、その時、葉山グループの三浦がやって来て、テニスを自分にもやらせろと言ってきた。これは面倒な事になりそうな予感がした。

 

「えっと、三浦さん。僕達は別に遊んでいるわけじゃないんだ……」

 

「えっ?何。良く聴こえないんだけど」

と、戸塚の声は三浦に聞こえて無い様なので俺は助け舟を出すことにした。

 

「三浦、俺らは生徒会や顧問の先生にちゃんと許可を貰ってやってるんだ。部外者は入らんでくれ。練習の邪魔だ」

 

「はぁ?何言っているんだし、キモいんだけど」

と、いきなり三浦が罵倒してきた。何、今時の女子高生は罵倒が流行ってんのか?それにこいつは知っているんだろうか?部活時間外の備品の使用は校則違反なのを。そもそも正論を言っているのに罵倒とかこいつには常識が欠如してるなと思っていると葉山が提案してきた。

 

「まあまあ。言い争いなんてしないでみんなで仲良くしようじゃないか?どうせならダブルスなんて、どうだろう?」

 

「まぁ、隼人が言うなら」

と、三浦は葉山のいいなりかよ。

 

「戸塚、どうする?追い出すか。戸塚にはその権利があるぞ」

 

「ううん。大丈夫だよ。それに三浦さんは中学の時に全国に行ったことのある人だしいい経験になるかも」

と戸塚は言うが、俺はそう思わない。この女は自己中の塊みたいな女であることは、昨日の雪ノ下とのやり取りで大体判っている。

 

「だったら、テニスがやりたいなら俺と1対1で勝ったら好きに使っていいぞ。負けたら、即刻出てもらうが」

と、俺は三浦にそう言うと三浦は勝ち誇った笑みを向けていた。

 

「そんな事言うんだ。……分かった。負けた時のいい訳を考えたほうがいいよ」

と完全に舐めているな。

 

「すまんな。勝手に決めて」

 

「気にしなくていいよ。比企谷君がさっき言ってくれて少しスカッとしたから」

と、俺は戸塚に謝罪したが戸塚はそれを許してくれた。何て心優しいんだ。まるで慈愛に満ちた天使のようだな。

 

こうして始まった、俺対三浦のテニス対決は思いのほかギャラリーが大勢いた。

俺はボールを三浦に投げ渡した。

 

「レディファーストだ。最初のサーブはそっちからでいいぞ。それとルールなんだが、サーブを2回ずつして先に10点を取ったほうが勝者でいいよな?」

 

「それでいいし。泣いてもしらないから」

と言われてからゲームが始まった。

 

 

三浦はボールを高く上げ、それなりの速度のボールを打ってくる。さすがは、中学の時に全国行っただけのことはあるか。でも今はどうだろうか?三浦がテニス部員だという話しは聞いた事がない。高校ではやっていないんだろうか?

放課後は、葉山達と一緒になって遊び呆けているんだろうと。もしかしたら、ブランクがあるんだろうがテニスの未経験者の俺ではそれがわからない。

 

三浦のサーブ1本目を俺はスルーした。何もせず、指1本ですら動かしていない。その事に三浦は笑いながら俺を見下してきた。

 

「ぷっ。何だし、さっきの威勢はどうしたんだし?がっかりさせないでよね?」

と、周りのギャラリーも一緒になって笑っている。

俺はただ、三浦のサーブを見ていただけだ。最初のサーブ権を向こうに譲ったのには理由がある。俺のサイドエフェクト『脳機関強化』をフルに使うためだ。

俺には、サーブの経験が全くといってない。だから三浦のサーブで覚えようとした。

記憶力の上昇と視覚強化で三浦のサーブをコピーする。

 

その後の三浦のサーブも何もせずに、三浦の体の動きを脳に焼き付けた。そうしていると三浦がまた俺をバカにするようなことを言ってきた。

 

「今なら、謝れば許してあげるし」

 

「…………」

と、俺は三浦の言葉に無視で返す。

三浦はそれが気に入らないらしく、まるで苦虫を潰したような顔をしている。いいぞ、もっと怒れ。すでに俺の手の平の上で踊っているとも知らないで。

 

俺のサーブを三浦は『どうせ、大したことない』と思っているんだろうな。少し気が緩んでいるので、遠慮なくサーブを放つとボールは三浦側のコートに吸い込まれるように決まった。

三浦は対応できずに呆然としている。そして周りのギャラリーも騒がしかったのが急に静まりかえった。三浦が一番信じられないという顔をしている。続く俺の二本目のサーブも同様に三浦は対応できなかった。これで2対2になった。

 

俺と三浦の間には明確な差があった。それは身体能力だ。普段から鍛えている俺に対して三浦はテニスをやめて一年以上経っていると思う。いくらテニス未経験者の俺でも身体能力で勝っている分、アドバンテージがある。そのことに気付いていない三浦は勝てない。

 

次の三浦のサーブに俺はきっちり対応した。さっきとほぼ同じ場所に来たのもあるが、三浦の動きは既に対応が出来るようになっている。

俺のサイドエフェクト『脳機関強化』は周りの隊員は強いと言うがデメリットもある。それは脳を酷使してしまうから、栄養分不足になりがちになる。そこで俺のマイソウルドリンクのマックスコーヒーの出番だ。あれのおかげで脳に十分な糖分を送ることが出来る。

 

そんなこんなで俺と三浦の対決は2対2の同点で幕を開けた。だが三浦気が付くだろうか?この勝負は最初から三浦を嵌めるための罠だということを。

この勝負の結末はすでに決まっている。今から三浦の絶望する顔を見られるのが楽しみだ。

 

 



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戸塚彩加③

俺が奉仕部に(強制)入部してから二度目の依頼がきた。依頼者は同じクラスの戸塚彩加だった。彼女……いや彼の依頼は、テニス部員である自分のレベルアップだった。

その理由があまり練習に来ない部員に積極的に練習に出てもらい部を活気付けたいとの事だそうだ。

まぁ、そういうことらしい。しかし由比ヶ浜の説明不足でややこしい事になっているんだが、それでも雪ノ下の鶴の一声で戸塚のレベルアップに協力することになった。

 

そこまでは、よかったんだが。練習中に乱入者が来たのでさらにややこしい事になってしまった。

葉山グループ。このグループはカースト1位のグループだ。そこの女子生徒の三浦優美子がいきなり『自分もテニスをやらせろ』と言ってきた。

 

そこで、俺は三浦との1対1のテニス対決を提案して葉山の介入を阻止した。何故葉山の介入を阻止する必要があるかと言うと、悪い予感がしたからだ。

 

それに戸塚は今、少しでも練習したほうがいい。こんなくだらないお遊びに付き合う必要は無い。

葉山はダブルスを提案してきたがそれでは戸塚が十分な経験を積むことができない。

だからこそ、俺はダブルスではなく、シングルで三浦との対決を提案した。三浦はすんなりと乗ってきて、葉山は特に反論しなかった。

このことからテニスをしたいのは三浦だけであって、葉山はそれほどしたくはないということだ。

 

俺は三浦とのテニス対決に意識を集中しだした。俺が提案した対決は三浦の方が有利と思う部分が大きい。

要因1:三浦がテニス経験者のところ。したことがある、ないではまったく違う。

体に染み込んでいる、テニスの技術や経験などがあるためだ。

俺には経験がないのでこの差は大きいと言える。

要因2:最初のサーブは三浦が先だったこと。先に10点取ったほうの勝ちなので互いにサーブ権のある時に点を取り合えば、結果的に三浦の勝ちが決まってしまうからだ。

 

この事から三浦は最低限、自分のサーブ権のある時は点を取れば負ける事はない。

例え俺のサーブが強烈で取ることが無理でも、自分のサーブ権のある時に点を取ればいいことだ。

だが、その思惑は崩れ掛けている。俺が三浦のサーブ権のある時に点を取ってしまったからだ。

つまりは、ブレイクだ。だから、三浦は相当に焦っているのが窺える。

 

これ以上の失点は勝利へと遠ざかるからだ。自分のサーブ権の時にしか点が取れないのに失点してしまい三浦に焦りが出始めた。

三浦が2回目の2本目のサーブをしようとしている。ここを落とせば、勝利はほぼないと言ってもいい。もちろん、ここでも俺は点を取らせてもらうが。

 

三浦の2本目のサーブは、1本目のサーブよりコートぎりぎりのラインだった。さすがは、元プレイヤーだけのことはあると感心しているが、もうそのくらいのサーブなら余裕で対応できる。そして俺に点が入って、これで『4対2』で俺の2点リードだ。

 

俺の2回目の1本目のサーブを三浦は相当に警戒していた。威力だけなら三浦のサーブを超えているのだから、それを返して得点にするには難しい。

俺のサーブは威力はあるがコースの打ち分けができないので、ほぼ同じ所に行ってしまうけど威力があるので三浦は返すことが出来ない。

 

俺の2回のサーブが終わり、点数は『6対2』。俺の4点リードで残り4点取れば俺の勝ちが決まる。しかし三浦は、諦めていなかった。

それもそのはずだ。クラスでボッチ、目の腐っている男なんかに負けたら、それこそ恥だ。それ以上に自分のプライドが許さないのだろう。表情は苦虫を潰している顔をしている。

 

 

「今なら、謝れば許してやらんでもないぞ?」

と俺は三浦を挑発するようなことを言った途端に三浦の顔はさらに歪んでいった。まさか、自分が言ったセリフを相手に言われるなんて相当の屈辱だろう。

三浦の顔を見ていると、笑いが込み上げてくる。笑うな俺。ここで笑えば計画が台無しになる。耐えるのだ、この対決の後に待っていることを思えばなんて事無い。

 

そして三浦の3回目のサーブが始まりそうだった。三浦と目線が合う。あ~、あいつ

"あれ"を狙ってるな。分かり易いぞ三浦。その顔は笑みを浮かべている。その事からやつの狙いは、俺の顔面だとすぐに判断できた。なんか、ぶつけたあと『ごめ~ん。わざとじゃないんだ。許して』とか言ってきそうだ。

 

三浦がボールを高く上げラケットを振りかぶると、予想通りボールは俺の顔面に向かって来る。が、分かっていたので素早くに首を左に傾けてボールを回避した。ボールはフェンスに当たり、バウンドしてから俺は三浦を見た。

本人はまさか避けられるとは、思っても無かったらしく驚いていた。『チッ……』と三浦の舌打ちが聞こえてきたので俺はわざとらしく大声で周りに聞こえるよう仕返しに言った。

 

「三浦さ~ん。わざと顔面狙うのはよしてくれないかな~?当たったら痛いしさ~」

と言った途端、ギャラリーがざわつき始めた。

 

「今のわざとか?」「まさか。三浦さん、元テニス部員って聞いた事があるし」「でも、今あいつの顔を横切ったよな?」「たまたまにしても、外しすぎな気がするし」

などが聴こえてきた。

三浦の顔は思惑が外れた上に、まさかそれを利用され自分にダメージを与えられると思ってなかったようだ。これで点数は『7対2』であと3点で俺の勝ちだ。

 

その後の三浦のサーブは今まで通り真っ当のサーブだったので余裕で返して2点こちらに入る。これで『8対2』になった。

三浦は後が無くなってか、戦意喪失になっていた。だが、俺は一切の容赦なしに、これまでのサーブ中で一番の威力で放って、三浦の後ろのフェンスの間に挟まってしまった。

それを見た三浦は完全に青ざめていた。

 

無理もないか。さっきのサーブは今までの比では、ないのだから。そして俺は最後のサーブを放つが、三浦は立ったままで動こうとさえしないので俺の得点になり、結果は『10対2』で終わった。俺の勝ちだ。

立ったままの三浦からラケットを回収して、戸塚の方へ戻った。すぐに戸塚が近寄ってきた。

 

「すごいね!比企谷君ってテニスできたんだね。僕、尊敬しちゃうな~」

 

「そうでもないさ。ただ、運動神経がいいだけだ。戸塚、もうすぐ五時間目が始まるから着替えてきた方がいいぞ」

 

「うん!そうだね。……比企谷君、たまに練習に付き合ってもらっていいかな?」

 

「別にいいぞ」

と返して教室に戻る前に夜架に近づいて確認をした。

 

「ところで、夜架。さっきの出来事、ちゃんと撮ってあるか?」

 

「もちろんです。主様。最初から最後までばっちりと」

 

「そうか。だったら、撮ったものを浅葱に送って、コピーして永久保存の上、バックアップもとるように言っておいてくれ」

 

「承知しました。主様」

 

 

そして教室に戻った俺が見たのは思った通り、お通夜並みの静けさがそこにはあった。三浦はおろか、普段は五月蝿い葉山グループが全員黙っていて教室は異様な静けさになっていた。

静かだ。……普段、騒がしい連中が静かなだけで、こうも過ごし易いとは。

この静けさは1週間近くも続いて、実に過ごし易かった。

 

 



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職場見学
材木座義輝


戸塚のテニス強化依頼が終わり、定期的に練習を見る事になった。そして俺は今、ボーダー本部の開発室に向かっていた。

開発室サブチーフの材木座に呼ばれたからだ。ここで材木座の詳しい説明をした方がいいな。前回は、そんなにしていないことだしな。……えっ?誰に言っているかって?それは、あれだよ。……うん、これを読んでいる人にだよ。

 

材木座義輝。

ボーダー本部開発室のサブチーフで俺や三輪と同期だった男。前に軽く説明したが、こいつは戦闘がまったくと言っていいほどだめでエンジニアに転職した経歴を持っている。

開発室のエンジニアに転職したのは良かったと思う。

 

材木座はトリガーの、それもオプショントリガーの開発が得意で今までに様々なオプショントリガーを作ってきた。

今日もその試作品を試してほしいとの事だ。今度は一体どんなトリガーを作ったのやら、ちょっと楽しみだ。

 

開発室に入ってみると、小太りで指抜き手袋に眼鏡、極めつけは総武の制服の上から白衣を着込んだ男が意味不明のポーズを取り、俺を見るなり大声で訳のわからい事を言ってきた。

 

「ふっふふ……よく来たな比企谷八幡よ!今日はこの剣豪将軍材木座義輝が新たなるトリガーを貴様にくれてやろうではないか!なっははははっははは!」

 

「…………いいから、さっさと説明しろ。でないと弧月でズタズタにするぞ材木座」

と言った途端、キャラ崩壊しながらも説明しだした。

 

「はい、すいません!!では、このトリガーを起動してください」

と言うので、とりあえず受けとって黒いトリガーホルダーを起動してみる事にした。俺の体はホルダーに仕舞われ、トリオン体を形成した。

 

だが、その姿は俺の思い浮かべていた姿ではなく、まったく別物だった。てっきり、比企谷隊のユニホームと思っていたが、その姿は黒い衣装で白い羽織を纏ってしかも足には草履だった。

俺は、その姿に材木座に文句を言ってやった。

 

「材木座、何だこのトリオン体は?お前はふざけているのか!!これじゃあ、ジャ〇プのブ〇ーチの死覇〇じゃねぇか!」

そう、まるでその通りなのだ。戦闘服に和服って無いだろうと思っていると材木座が自信ありげな感じで説明しだした。

 

「何を言うのだ八幡よ!これこそ、真の戦闘服ではないか!それにユニフォームを考えるこちらの身にもなってみよ。……考えるの大変なんだぞ」

と最後の方を小さく言ってきた。

 

「……最後のが本音だな。つうか、パクんなよ。これ、本当に戦えるのか?」

 

「無論!この剣豪将軍材木座義輝に抜かりはないぞ、八幡よ!」

と俺の質問に対して材木座は、ウザイほどに勝ち誇った顔をしていた。それと妙に決め顔で返してきたのが俺をイラつかせた。

と思っていると新しいトリガーについて説明されてないので材木座に説明を求めた。

 

「それで、材木座。新しく試してほしいトリガーは何なんだ?」

 

「ふむ。よくぞ、聞いてくれた!新しいトリガーの名前は『ディード』というのだ」

と無駄にデカイ声で言ってきた。

 

「『ディード』ってのは、ディスクソードの略で合っているか?」

 

「!!!……ふっ。さすがは八幡だな。その通りだ!!」

と、俺の指摘に材木座は驚いた様子だった。なんかその顔を見てるとマジでムカつくんだけど。

 

「まず『ディード』を起動してトリオンキューブを出した後、それを五つに分割して、それが円盤状に変化してバイパーを使うように弾道を決めて放つのだ!」

と材木座から説明を聞いて、それらしくしてみた。

 

「なるほどね」

 

「ふむ。『ディード』はサブの方に入れているので左側になる。他にも弧月、天月専用オプションの高速斬撃の『韋駄天』や瞬間移動の『テレポーター』などが入っている。まず『韋駄天』の説明からしよう。『韋駄天』はバイパーのように弾道と軌道を決めてから行うものだ。普通のトリオン体では考えられない速度を出せるのだ。次に『テレポーター』の説明をするぞ。『テレポーター』は聞いての通り瞬間移動ができる。ただ、移動先は視線の約十数メートル先までだ。視線で移動先がわかってしまうから気をつけるのだぞ。これで説明は以上だ」

 

「大体わかった。ブースにでも行って試してくるわ」

と言って開発室から個人ブースに向かった。いい相手がいるといいんだけどな。

 

ブースに到着してみると、やっぱり目立っていた。それもそのはず、ナンバー1オールラウンダーの俺がこんな奇妙な格好をしていれば、そうなるよな。

壁に手を付いて、俯いていると後ろから聞きなれた声がしてくる。

 

「あら、比企谷君じゃないの。……どうしたのその格好?」

 

「どうも、加古さん。……この格好は気にしないでください」

と声を掛けてきたのは加古さんだった。

 

加古望。A級加古隊隊長でシューターだ。普通の家庭、普通の両親から生まれたセレブ感を出している感覚派レディの美人さんだ。この人の作る世にも奇妙な炒飯をよく色んな人と一緒に食べる事がある。奇抜すぎて驚くほどだ。

この人の拘りで加古隊はイニシャル『K』で揃えている。オペレーターですらそうなのだ。

前に俺を隊に勧誘したが、俺には『K』は使われていないので残念がっていた。

次に加古さんの隣にいる、ツインテールの女の子が挨拶して来た。

 

 

「こんにちは、八幡先輩」

 

「よお、双葉。久し振りだな」

と若干無表情に見えてしまう顔で挨拶して来たのは双葉だった。

 

黒江双葉。加古隊アタッカーで小学生からボーダーにいる女の子で俺の弟子の一人だ。

主に弧月の使い方や足捌きなどを教えている。最年少でA級部隊に所属している天才隊員だ。

入隊時の対ネイバー戦闘訓練では11秒を叩き出し、その卓越した戦闘センスで他の隊員を驚愕させたのは記憶に新しい。

 

 

「八幡先輩。久し振りに特訓を付けてくれませんか?」

 

「そうだな。俺も久々に付けてもいいと思うし、それに試作品の性能なんかを確認しておきたいしな。丁度良いからやるか」

と双葉と話していると加古さんも会話に加わってきた。

 

「なら、私も混ぜてもらってもいいかしら、比企谷君?」

 

「構いませんよ。相手は多い方がいいので」

と俺と双葉と加古さんのソロ戦が始まった。

一人十本勝負で合わせて二十本して、その日は家に帰った。

結果は、双葉とは7勝3敗で勝ち。加古さんは5勝5敗で引き分けた。まだまだ慣れていかないとな。

その後、『韋駄天』のことが気に入ったのか双葉がトリガーに入れたのは、別の話になる。

 



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比企谷八幡③

戸塚のテニス強化依頼から数週間。俺のクラスは前のような騒がしさがあった。

三浦の復活と職場見学のことが話題になっている所為でもある。しかし三浦は以前の元気はなかった。よほど応えたらしい。

 

そして俺は今現在、(独神暴力教師)の平塚先生に呼ばれて職員室に来ている。

平塚先生は俺の職場見学の希望用紙を見て溜め息を漏らしていた。

 

「はぁ~比企谷。これはどういうことだ?なぜ、職場見学の用紙を白紙で出した?」

 

「いまいち、どこかに行こうと思いませんし。それに大学卒業後はバイト先に就職しようと思うので。だったら、行く必要ないと思っただけです」

 

「はぁ~まったく比企谷。君は奉仕部に入って何か影響はなかったのか?」

 

「あるんだとしたら、悪い方向にだと思いますよ」

 

「それは、どういうことだ?」

 

「そのままの意味ですよ。雪ノ下は俺の性格を直すといいながら、罵倒暴言でこちらを傷付けているだけ、それで性格が直ると思っているんですか?生憎と俺はMではないんで、ここ最近ストレスが溜まっているんですよ」

 

「そうか……。君から見た雪ノ下はどんな感じだ」

 

「自分の意見が正論だと思い込んでいる、世間知らずの箱入り娘ですかね?しかも自分の考えを意地でも変えない辺り、たちが悪いです」

 

「そうか。しかし彼女は優秀な人間なんだが。それに世間知らずでは無いと思うし、現実主義者なだけだと思うのだが?」

 

「現実主義者?そんな事はないですよ。あいつほど現実が見えてない奴を初めて見ました。何で、平塚先生はそこまで雪ノ下を気に掛けるんですか?」

 

「彼女は優秀な人間だ。それは周りから浮いてしまう。だから他人との繋がりの大切さを知って欲しいのだ」

 

平塚先生はそう言うが俺は絶対に無理だと思う。

 

「とにかく、用紙の書き直しだ。それと職場見学は三人一組だ。決めておくように」

 

 

 

 

 

平塚先生の説教から解放された俺は、奉仕部に向かっていた。部屋に入ると、由比ヶ浜はおらず雪ノ下がいつも通りに読書をしていた。

読書をしていた雪ノ下が俺に気が付いた。

 

「会わなかったの?」

 

「誰に?」

 

「……そう。なら、いいわ」

 

雪ノ下は勝手に納得した。俺に何の説明もしないのかよ。気になるだろ。

 

俺は前から気になっていた事を雪ノ下に質問してみた。

 

「なぁ、雪ノ下は奉仕部で何がしたいんだ?」

 

「そうね。まだ説明してなかったわね。私は昔から可愛かったら、よく周りからチョッカイをされてね。私が持っていた物がよく盗まれたわ。そんな陰湿な事しか出来ない人達に失望してね。だから決めたのよ。世界ごと人の価値観を変えて理不尽なんて起こらない世界にする。奉仕部はそのための第一歩と言ったところかしら。まぁ、ヒキガエル君には難しすぎて理解できないでしょうけど」

 

雪ノ下は長ったらしい説明と共に最後に罵倒してきた。平塚先生、こいつはやはり世間なんて知らない箱入り娘ですよ。と考えていると部室の扉が勢いよく開き、由比ヶ浜が入って来た。

 

「あー!やっと見つけた!どこにいたの?捜し回ったんだからね。それに聞いて回ったら『比企谷って、誰?』ってみんな言うから大変だったんだからね」

 

元気が有り余っているのか?五月蝿い奴。

 

「探しに行っていたのよ、由比ヶ浜さんが」

 

「その倒置法はいらないだろ。俺は平塚先生に呼び出されてたんだよ。それに二人で探せばもっと早かったのにな?」

 

俺が言った途端、睨み付けてくる雪ノ下。睨むくらいなら、手伝ってやればいいのに。

 

「何で俺を探す必要があるんだよ。俺がどこにいようと俺の勝手だろうに」

 

俺の言葉に由比ヶ浜は黙って涙目になるし、雪ノ下は睨んでくるのでとりあえず謝罪しておいた。

 

「すまん。いいすぎた」

 

「だ、だったらケータイの番号、教えて。また探しに行くの大変だしさ」

 

「赤外線で送るぞ。受け取れ」

 

「うん。ヒッキーのメアドゲット!……やった」

 

小さい声で言っているが俺のメアドでどんだけ喜んでいるんだ?このバカは。

 

「次は私から送るね」

 

由比ヶ浜のメアドを受け取って、それからはいつも通り雪ノ下と俺は読書を由比ヶ浜はスマホいじりをしていた。浅葱は他の女子隊員と女子会をしているし、夜架は本部でソロランク戦をしている。

スマホをいじっていた由比ヶ浜が顔を顰めた。

 

「どうしたの?由比ヶ浜さん」

 

「なんでもないよ。ただ、嫌なメールが来て……」

 

「比企谷君、由比ヶ浜さんに迷惑メール送るのを今すぐ止めなさい。裁判沙汰にしたくなかったら」

 

「なら訴えてみろよ。絶対にお前の負けだけどな」

 

「犯人は皆、そんな事を言うのよ。その発言こそ証拠だわ。そして犯人は『証拠はどこにある?』『大した推理力だ。まるで小説家のようだ』『どうして、俺だけが疑われる』など。最後に『殺人犯と一緒の部屋にいられるか!!』」

 

「……最後のは被害者のセリフだろ。つまりお前は証拠がないだけで裁判に負けるとそう言いたいんだな?さすがは成績優秀の雪ノ下雪乃だけの事はあるな。役に立たない頭脳をお持ちで」

 

ここまで皮肉を言うと雪ノ下は睨み付けるだけで何も言わなかった。だったら、最初から言わなければいいのに。こいつは由比ヶ浜とは違うベクトルでバカだな。

 

「ゆきのん……これはヒッキーとは関係ないと思うよ。クラスの事だしさ」

 

「そうなの?だったら比企谷君は関係ないわね」

と俺を由比ヶ浜とは違うクラス扱いにしやがった。やはりこいつの性格を先に直した方がいいんじゃないか?

 

「そういえばヒッキー。あいあいときりきりは今日は来てないの?」

 

「お前のネーミングセンスは本当にないな。二人はバイトの仲間と女子会をしてる」

 

「へぇー!?可愛いと思うけどな?女子会か、そうなんだ。だったら、喋る人がいないから暇だな~」

 

「勉強でもしたらどうかしら由比ヶ浜さん。中間試験まで日が無いことだしね」

 

「……勉強なんて社会に出て使うことないし、やる意味ないよ」

 

由比ヶ浜の発言に愕然とした。こいつは米屋より駄目かもしれない。よく総武に入れたな?やっぱり裏口か?そもそもなんで総武に入学したの?分けがわからないんですけど。

 

「由比ヶ浜さん。勉強とは自分で意味を見つけ出すものよ。それが意味無いなんて、勉強をして来た人達に失礼よ」

 

「ゆ、ゆきのんは勉強できる人だけど私はそんなに出来ないしさ。……ヒッキーはどうなの?」

 

「俺は学年主席だから、勉強は出来るほうだぞ」

 

「学年出席?ねぇ、ゆきのん学年出席ってなに?」

 

マジか。こいつのバカさ加減は筋金入りだな。由比ヶ浜はアホの子。

 

「由比ヶ浜さん。学年出席ではなくて、学年主席よ。言うならばその学年で一番勉強が出来る人のことよ」

 

「えっ!?ヒッキーって頭がいい人なの?意外かも」

 

「そう言うお前は見たまんまのビッチだな」

 

「はぁ!?ヒッキー何言ってんの私は処女ってなんでもない!てかヒッキーキモい!!」

 

ホント、こいつはすぐ人を罵倒してくるな・・・やはり女子高生の間では、罵倒が流行ってるな。間違いない!

 

「由比ヶ浜さん。別にこの歳で処女であることは恥ではないのよ」

 

誇らしげに言っているが雪ノ下。その発言はどうかと思うぞ。女子的には。

 

「ゆきのんは、少し女子力が低いんじゃない?……うん!ゆきのん、あたしと一緒に勉強会しない?中間に向けて」

 

「勉強会……」

 

その声は嬉しさが混じっていた。まぁ、あいつの性格からして今まで勉強会をしたことが無いのも無理はない。相手を罵倒しまくるのが目に見える。

 

その時に俺のスマホが鳴って、画面を見た時に一瞬、硬直してしまった。電話の相手は二宮さんだった。俺は部屋から出て電話に出た。

 

『出るのが遅いぞ比企谷。話がある。今夜、時間開けておけ』

 

「今夜はシフトがあるので無理ですよ、二宮さん。明日なら時間がありますけど?」

 

『……明日は俺達が無理だ。それなら、明後日ならどうだ?』

 

「明後日なら、大丈夫のはずです」

 

『それなら、場所はエンジェル・ラダー 天使の階段だ。スーツを用意しておけ。それと藍羽も連れてこい。いいな』

 

そこで電話が切れた。二宮さん……俺、スーツ持っていません。

仕方が無い。浅葱にでも相談してみるか?あいつならなんとかしてくれるかもしれない。

しかし、二宮さんからこのタイミングでの相談となるとやはり『鳩原』さんのことか。俺、あんまり喋れないんだけどな。

 

部屋に戻って見ると、雪ノ下と由比ヶ浜が消えていた。どうやら、勉強会には俺は呼ばれなかったらしい。まぁ、いいけど。

由比ヶ浜とやっていたら、教えるだけで時間を消費してしまいそうだ。

 

とりあえず、二宮さんの相談のことを考えないと。最近、イベントがありすぎで精神的に参っているな。はぁ~溜め息が出る。

 



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二宮匡貴

中間試験期間はどの部活も休みなのに奉仕部はそのような事なく、いつも通りにやると雪ノ下の決定を由比ヶ浜経由で聞かされた。

 

二宮さんの電話から二日後の夜。俺は浅葱と一緒にスーツを買いにデパートまで来ていた。スーツを着て来いと二宮さんの指示があったからだ。

今まで、スーツを着る事なんて無かったものだから選び方が分からないので浅葱に付いて来てもらった。浅葱の親父さんは三門市市長でよくスーツを見ているからいいアドバイスがもらえると思ったからだ。

 

「わざわざ悪いな浅葱。スーツ選びに付いて来てもらってありがとな」

 

「気にする必要はないわよ。それに八幡の頼みだしさ。うん、良く似合ってるよ」

と言ってくれたので素直に嬉しい。

 

「後は髪型をオールバックにして伊達メガネを付ければ完成だね。それにしても二宮さんからの呼び出しか……。話ってのは鳩原さんの事だよね。喋って大丈夫なの?」

 

「大丈夫だろ、多分。俺が話せる事なんて限られているし、どちらかと言うとお前に調べさせて俺に推測させようとしているのかもしれないだろ?」

 

俺のサイドエフェクト『脳機関強化』で資料から真相を導き出そうとしていると俺は考えている。

 

俺のサイドエフェクトはそれなりに応用することができる。頼りにされるのはいいけど。相手があの二宮さんだしな……。

スーツを購入して試着室で着替えて、すぐに二宮さんから指定があったバー『エンジェル・ラダー 天使の階』に向かった。

 

ちなみに浅葱もドレスアップしている。うん、似合ってるなドレス。

バーに入って待ち合わせをしている二宮さんを探しているとカウンターの方ですでにお酒を飲んでいた。

 

「どうも、二宮さん」

 

「来たか。比企谷、藍羽」

 

二宮匡貴。B級二宮隊隊長でシューター。ボーダー№1シューターの大学生だ。

マスター級のアタッカーとガンナーを率いる部隊だ。

元々A級の部隊だったがスナイパーの鳩原さんがトリガーの横流し、更には一般人数名と共にネイバーフッドに行ってしまって、二宮隊はB級に降格となってしまった。

 

鳩原さんは隊務規定違反でクビということになっている。詳細は不明で終わってしまった。今日はそのことだとで話があるのだろう。

 

「それで、話ってのは鳩原さんの事でいいんですよね?二宮さん」

 

「そうだ。鳩原があんな事をやるとは思えない。裏で糸を引いている黒幕がいるはずだ……。俺はそいつが誰なのか知りたい。だから、お前らの力を貸せ比企谷、藍羽」

 

「分かりました。あまり期待しないでください」

 

「私もいいですよ。すぐに調べますね。モグワイ」

 

浅葱がスマホを取り出し、自分で作りあげたAIのモグワイを呼び、鳩原さんのことを調べさせた。

 

『了解だ。浅葱嬢ちゃん。鳩原未来が失踪した日の防犯カメラのデータを当たるから少し待ってくれ』

 

「早めにね、モグワイ」

 

しばらくして、モグワイは調べ上げた情報を俺達に見せてきた。

 

『とりあえず、これだけ調べられたぜ。失踪した他の三人の身元も調べておいたぜ』

 

モグワイが見せてきたのは鳩原さんと一緒にゲートの向こうに行ったと思われる三人だった。

 

「この三人が鳩原さんと……、ん?この人は、雨取麟児……」

と言う俺の呟きを二宮さんが聞いて質問してきた。

 

「その男がどうかしたのか?」

 

二宮さんもこの男が気になっているようだった。

 

「この人だけ他の二人と違って家族をネイバーに攫われたり、殺されたりしていないんですよ。だから、ネイバーフッドに行く理由がないんです。そこが気になって……まあ、俺の思い過ごしかもしれませんが……」

 

「その男もそうだが、鳩原と他二人の家からもそれらしき手がかりは発見できてはいない」

 

「その雨取麟児って人が今のところの一番の黒幕候補ね」

 

浅葱は俺も考えていることを言った。まさにその通りだ。この人だけがネイバーフッドに行く理由が無い。

家族は全員が無事で妹がいるのに。全く兄が妹を悲しませるなんて兄として失格もいいところだ。

 

一応、名前だけでも覚えておくか。『雨取千佳』。

近くの中学生で2年生か……それ以外で覚えておく必要があるところはないな。

とりあえず、俺の考えを二宮さんに伝えておくか。

 

「俺の考えは、この雨取麟児が鳩原さんと共謀してトリガーを横流しをして他二名と共に向こう側に行った。……おそらくですが、雨取麟児が向こう側に行ったのは妹のためじゃないかと思います」

 

「なぜだ?」

 

と俺の言葉に二宮さんは不思議がっている。それも無理ないか。

 

「兄は妹のためになら、どんな無茶だって出来るんですよ」

 

俺の答えが二宮さんには理解できないらしく呆然としていた。

 

「さすがはシスコンの八幡ね。ごめんだけど。その気持ち、私にはわからないわ」

 

浅葱は姉がいるだけで、下にはいなかったんだよな。

 

「……そうか。すまなかったな、手間を取らした。ここは俺の奢りだ、好きな物を頼め。俺は先に帰る、じゃあな」

 

そう言い残して、二宮さんはバーから居なくなってしまった。

 

「しかし二宮さんは大変だね。鳩原さんの事を調べるにしても情報が少なすぎるからそんなに詳しくは分からないと思うしね」

 

「まぁそこはあの人次第ってところだな。俺ができるのはここまでだ。下手したら、俺らまでB級降格になりかねないしな。深くは関わるつもりはない」

 

「そうだね。だけど、八幡が決めたことに私は……違うね。私達は隊長の八幡が決めたことに従って行くだけだけど。それに、もし八幡が間違いそうになったら、私たちが全力で正していくから。大丈夫だよ」

 

「浅葱……。お前が男で俺が女だったら、間違いなく惚れてるな。今のセリフ、カッコよすぎだ」

 

「それ、普通は逆だけどね。……じゃあ、私達も帰る?あんまり遅くなると小町ちゃんが心配しそうだしさ」

 

「そうだな。小町が待っている我が家に帰りますか……ん?」

 

ふと、俺はバーカウンターでコップを磨いている女性を見て気が付いたことがあった。

 

「どうしたの?……まさか、あそこにいる女性バーテンダーに見惚れている、なんてことないわよね?」

 

浅葱さんその笑顔は怖いです。目が笑っていないんで。

 

「ち、違うって……ただ、カウンターでコップを磨いている女性。たしか、俺のクラスメートだったはずだ」

 

「そんなことはありえないよ。ここ、未成年は働けないよ。八幡の記憶力を疑うわけじゃないけど間違いないの?」

 

「あぁ。あの青みがかったポニテの女性。たしか名前は……川崎沙希だったと思う」

 

「ふ~ん。まぁ、後で年齢がばれて困るのは彼女自身だし、私達には関係ないから行こっか」

 

「まぁ、そうだな。あんまり、長居するわけにもいかないからな」

 

俺と浅葱はバーを後にした。

まさか、俺が後日またこのバーに来る事になるなんて微塵も思っていなかった。

 

 



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葉山隼人①

今日も学校に登校する時間になってしまった。はぁ~だるい。最近、学校で嫌な視線を感じる時がある。恐らく、葉山グループの誰かだと思う。テニスの一件で相当堪えたはずなのに。しつこいにも程がある。

おそらく、由比ヶ浜か、三浦のどちらかだろうな……。

 

まぁ、それは置いておくとして自転通の後ろに乗っているマイ天使の小町が話を振ってきた。

 

「お兄ちゃん!小町が乗っている時に事故に遭わないでよ。小町まだ病院のお世話になりたくないから」

 

「それなら、後ろに乗らなきゃいいだけだろ。それに俺一人の時は事故に遭ってもいいってことか?今なら『お兄ちゃん。大好き』と言って後ろから抱き付けば、許してもいいぞ」

 

「はぁ~ホント。お兄ちゃんはシスコンだね。皆さんは好きになる人、間違えたんじゃないかな?でも今のは小町的にお兄ちゃんの愛を感じるからポイント高いよ」

 

何そのポイント。今どのくらい貯まっているの?

 

(それにしてもあの事故からもう一年以上経つのか。時間の流れは早いものだな)

って何を爺臭いことを考えているんだ俺は……。

 

去年の入学式当日の朝。俺は新生活に少しだけわくわくして、いつもより早く家を出てしまった。その途中で散歩中の犬が道路に飛び出してしまい、車に轢かれそうになったので、とっさに犬を抱えて車の上をジャンプして、それこそハリウッド映画のような避け方をしたのだが、避けた車の後ろから来ていた車を避けられず轢かれてしまった。

そしてそのまま病院に入院してしまい、約1ヶ月近くも学校を休んでしまった。虚しいボッチライフを送る事になると思っていた。

 

入院中に来たのは小町や浅葱、夜架、シノン、雪菜など比企谷隊のメンバーの他に米屋と三輪を始め、色んな人がお見舞いに来てくれた。

お見舞いに来てくれた人物の中には知らない人もいた。俺を轢いた車の持ち主の顧問弁護士だった。

 

後から知ったが、俺を轢いた車の持ち主はあの雪ノ下建設だった。乗っていたのは娘だったが、事が公になると面倒なことになるので黙っていてくれと弁護士の人に言われた。

 

その代わりに入院費や車の修理費は全額、向こうが持ってくれると言ってきた。

まぁ俺としては入院費や車の修繕費などを持ってもらっては文句も言えない。そもそも事故のことを誰かに言ったりもしない。

 

 

 

「そういえば。お菓子の人とは会った?」

 

「お菓子って何だよ。俺、知らないんだけど?」

 

「お兄ちゃんが助けた犬の飼い主だよ。いいお菓子を持って来てくれたんだよ?」

 

「おい、それ俺食べて無いんだけど?どういうことかな、小町ちゃん?」

 

「えーっと……ごめんね!お兄ちゃん。大好き」

 

俺の怒りを含んだ言葉に小町は俺の背中に笑顔で抱き付いて来た。

 

「くっ……可愛いから許す。だからもっと抱き付いてくるんだ小町!」

 

「はぁ~これだからお兄ちゃんは……。でもお菓子の人も総武って言ってたし学校でお礼を言ってたからさ。……あ、もう学校だ。じゃあね、お兄ちゃん」

 

小町は自転車から降りて学校の中に消えていった。

 

しかし助けた犬の飼い主も同じ学校とはな。でも、誰だ?今までお礼を言われてはいない。もしかして忘れているのか?まぁいいか。今更、事故を蒸し返すことをしようとは思わないしな。

 

 

 

放課後、奉仕部で由比ヶ浜が職場見学のことを聞いてきた。

 

「ヒッキーとあいあいは職場見学、どこに決めたの?」

 

「まぁ俺は無難に出版社とかだな。……もしくは組んでいる人に合わせるかだな」

 

「私は組んでいる人がボーダーに行きたいからボーダーよ」

 

「へぇーヒッキーはそうなんだ。なんか意外だね。あいあいはボーダーか……。ボーダー人気あるからね。ゆきのんはどうなの?」

 

「そうね。私も似た感じかしら。他の人に合わせるかもしれないわ」

 

雪ノ下はそう言うが自分の気に入らない場所だったら絶対に他の人を罵倒してそうだな。

職場見学の話をしていると部屋にノックの音が響いた。

 

 

コンコン

 

 

「どうぞ」

 

「すまない。ここが奉仕部でいいのかな?」

 

雪ノ下が短く入室を促すと入って来た人物……葉山に顔を歪めた。

 

「いやー、テスト前は部活をなかなか抜け出せないんだ。試験中の部活は休みだから、こなしておきたいメニューがあって……それで悪いんだがお願いがあるんだけど……」

 

「能書きはいいわ。早く用件を言ってもらえないかしら葉山隼人君?」

 

入って来た葉山に雪ノ下は完全に貴方を嫌っていますオーラ全開だな。そんなんで依頼をこなせると思っているのか?こいつは……。

 

「あぁ実はこれのことなんだけど……」

葉山は自分のスマホをを見せてきた。その途端、由比ヶ浜は顔を顰める。俺も浅葱も携帯を見るとある人物達に対する悪口が書かれていた。

 

『戸部はカラーギャングの仲間とゲーセンで西校狩り』

『大和は三股している最低の屑野郎』

『大岡はラフプレーで相手校のエース潰し』

 

ようは、チェーンメールか。由比ヶ浜がこの間言っていたのはこれだな。

 

「最近送られるようになって、それからクラスの雰囲気が悪くなっているんだ。それに俺の友人の悪いことを言われるのは腹が立つからな」

 

葉山は分かっていない。姿無き悪意は恐ろしい。嫉妬や憎悪を向ける相手がいないんじゃ曖昧の感情だ。

 

「だから止めたいんだ。あ、でも犯人を捜したいんじゃないんだ。丸く……誰も傷付かない方法を知りたいんだ。頼めるかな?」

 

はぁ~葉山は馬鹿だな。誰も傷付かない方法が本当にあると思っているのか?

 

「つまり事態の収拾を図ればいいのよね?」

 

「ああ、そうだね。出来るかな?」

 

「では、犯人を捜しましょう」

 

「うん。それで……え?なんでそうなるんだい?」

 

「チェーンメール。あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分は顔も名前も出さすに誹謗中傷の限りを尽くす。悪意が拡散するのが悪意とは限らないのがまたタチが悪いのよ。だから、大元を根絶やしにしない限り効果はないわ。ソースは私ね」

 

「実体験かよ……」

 

俺は呆れて言葉が出ない。

 

「とにかく、そんな最低な事をする人間は確実に滅ぼすべきよ。私が犯人を捜して、一言言うわ。その後の事は貴方の裁量に任せるわ。それで構わないかしら?」

 

「……ああ、それでかまわないよ」

 

雪ノ下の勢いに押されて葉山は渋々了承した。

 

「それでそのメールが来るようになったのはいつ頃かしら?」

 

「確か、先週だったかな?そうだよな結衣」

 

「うん。先週から始まったと思う」

 

「先週から……その時にクラスで何かなかったかしら?」

 

「いや、特にそれと言って無かったと思うよ。そうだよな、結衣?」

 

「うん、無いかな?……あ、職場見学のグループ分けがあったよ」

 

「あ!私分かったかも。こういうイベントのグループ分けは後の関係がナイーブになる人がいるから……」

 

由比ヶ浜はそう言うが、正直、俺には分からない世界だ。俺は誰と組んでも後でボッチなるしな。浅葱は別クラスだし。

 

この依頼、また面倒なことになりそうで心配だ。

そもそも、この依頼は奉仕部に頼み来ることか?俺は葉山が何かを隠しているような気がしてならない。それに嫌な予感しかしない。

 



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葉山隼人②

職場見学まで残り数日となったその日に奉仕部に訪れた人物は意外にも葉山だった。

葉山の依頼内容はチェーンメールで友人の悪口を書かれているので事態の収拾をしてくれ。と言うものだ。

と言うものだ。

これ、奉仕部のやることか?そもそも何で葉山は奉仕部に来たんだ?

俺は葉山が何かを隠しているような、そんな気がした。

 

「葉山君はこの中に書かれている三人の内の誰かと行くつもりなのね?」

 

「あぁまだ決めてはないけど。三人の誰かと行く事になるだろうな」

 

葉山が言うがこの時点で俺は犯人に大体の目星を付けていた。

おそらく、誹謗中傷を書かれた三人の内の誰かが犯人の可能性が高い。

 

「あ!あたし、犯人わかったかも」

 

「どういうことかしら?由比ヶ浜さん、説明してくれるかしら」

 

由比ヶ浜でもさすがに分かったのか?それに対して雪ノ下は分からないようだった。そこで由比ヶ浜に説明を求めてきた。お前は分からないのね……。

 

「職場見学はさ三人一組で、一人余っちゃうからさ。残ったその人は結構きついんだと思うんだよね……」

 

「そういうものなの?でもこれではっきりしたわ。犯人はこの三人の内の誰かね」

 

「ま、待ってくれ。幾らなんでもそんなことありえないだろ。だって悪口を書かれたのはこの三人だぜ。あいつらは違うだろう?」

 

雪ノ下の言葉に葉山は否定していたが、俺にはそれが嘘くさかった。

 

(こいつは、もしかして犯人を知っているんじゃないか?)

と思っていると浅葱は小声で俺にあることを提案してきた。

 

「八幡、私がその犯人のアドレスを逆探しようか?」

 

「……やめておけ、浅葱。一応、それ犯罪だしな。そもそも雪ノ下がそんなことを容認するとは思えないし。あいつ無駄に正義感があるからな」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「まぁ、なるようになるだろ……。だから、お前は何もするな。いいな」

 

浅葱との話を終えてから、俺は自分の意見を雪ノ下たちに話した。

 

「バカかお前は。そんなの自分に疑惑の目を向けないためのカモフラージュに決まってるだろうが。まあ、俺だったらあえて軽く書いて一人に罪を擦り付けるけどな」

 

「ヒッキーってすこぶる最低だね!」

 

由比ヶ浜が言うが、普段からキモいと俺を罵倒しているお前も十分最低と思うぞ。

 

「とりあえず、その三人の事を詳しく教えてくれるかしら?」

 

雪ノ下が葉山に三人の事を聞いてきた。

 

「ああ。戸部は俺と同じサッカー部だ。見た目は金髪で悪そうに見えるがムードメーカだな。文化祭や体育祭なんかに積極的に参加している。いい奴だよ」

 

「……騒ぐことしか能のないお調子者、と」

 

雪ノ下のいきなりの罵倒が炸裂した。

悪い方に解釈しているな、こいつは。葉山は絶句している。

 

「どうしたの?続けて」

 

雪ノ下は葉山に促すがお前の言葉に絶句しているんだから、気付けよ。

 

「大和はラグビー部。冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆったりとしたマイペースさとその静かさが安心させてくれるって言うのかな。寡黙で慎重な性格でいい奴だよ」

 

「反応が鈍くて優柔不断、と」

 

雪ノ下は容赦がないな。まぁ俺の時もそうだったけど。

 

「……大岡は野球部だ。人懐っこくていつも誰かの味方をしてくれる気のいい性格だ。人の上下関係にも気を配って礼儀正しい奴だよ」

 

「人の顔を窺う風見鶏、と」

 

ホント、容赦がまったくない。会った事もない人間のことを悪く言うのはこいつの性格が悪いからだな。葉山、ご愁傷様。

俺や由比ヶ浜だけではなく、葉山も完全に黙っている。無理もないか。

 

「誰が犯人でもおかしくわ無いわね。葉山君の話だと参考にならないわ。二人は彼らのことをどう思っているの?」

 

「よく知らないな」

 

「ど、どうって言われても……」

 

俺に関わり合いの無い連中のことなんてわかるわけない。由比ヶ浜は言葉を濁して答えたが駄目だったようで、雪ノ下は俺達二人に頼んできた。

 

「じゃあ調べて貰えるかしら?グループ決めの締め切りは明後日だけから一日猶予があるわ」

 

雪ノ下は言うが由比ヶ浜は顔を俯かせた。

まぁ自分のグループの事を探ることに抵抗があるのだろう。

思ったが雪ノ下。お前は調べないんだな?クラスが違うってだけで、聞き込みくらいしろよ。

自分は指示して終わりかよ。

 

 

 

 

 

そして次の日。俺はあの三人を観察していた。人間観察は俺の十八番だ。

サイドエフェクトのおかげで人間観察しやすい。

すると俺の視界に手を挙げて、挨拶してくる人物がいた。

俺の癒しの第二天使、戸塚である。

 

「おはよう、比企谷君」

 

「おう。何か用か?戸塚」

 

「うん。職場見学のグループってもう決めたのかなって」

 

「いや、まだ決まってない。まあ、余った人と組む事になるかもな。戸塚は組む人決まったのか?」

 

「うん。そうなんだ」

 

(何、だと……。戸塚はもう組む奴がいるのか。できれば戸塚と組みたかったな。一応、誰と組むかだけでも聞いておくか)

戸塚の話を聞いて俺は心の中で驚愕した。

 

「……戸塚は誰と組むんだ?」

 

「比企谷君」

 

「……えっ?!それは、つまり俺と?」

 

「うん、そうだよ。もしかしてもう組む人がいるとか?」

 

「いや!まだ誰とも組んでいないから大歓迎だ!よろしくな彩加」

 

俺は興奮のあまりに戸塚の名前を呼んでしまった。

 

「初めて名前で呼んでくれたね。じゃあ、僕はヒッキーって言った方がいいかな?」

 

「……戸塚。ヒッキーは止めてくれ。俺は引きこもりじゃないからな」

 

「それじゃあ、八幡って呼ぶね!」

 

戸塚は笑いながら俺にそう言ってくれた。

 

(戸塚、お前はまさに天使だな。あぁ~癒されるな。……なんだよ?戸塚との癒しの時間を邪魔するなビッチめが!!)

戸塚に癒されていると由比ヶ浜が俺を睨んできた。そこで俺は思い出した。

 

(あ!すっかり忘れてた。そういえば、例の三人を見るんだった。)

 

例の三人を観察してわかったことがあった。

あの三人は葉山が少しでも抜けると共通の相手がいなくなったことで会話が続かなくなっている。それを見て謎が解けた気がした。

 

 

 

 

放課後、奉仕部部室に全員が集まったところで、説明を始めた。

 

「あの三人なんだが、まず葉山、お前はお前がいない時のあの三人を見た事がないんじゃないか?」

 

「……ああ、見た事はないな」

 

「どういう事かしら?比企谷君」

 

俺の質問に葉山は戸惑いながらも返事をした。

雪ノ下と由比ヶ浜は俺のことをバカにするような目を向けてくる。

お前らにはいい案があるのか、と思っていると雪ノ下が聞いてきた

 

「つまりはだ、三人だけの時は仲良くないんだ。あの三人にとっては葉山は友達だがそれ以外は友達の友達なんだよ」

 

「あーなるほどー。確かに会話を回す人がいないと気まずいもんね~」

 

雪ノ下は友達がいた経験がないので、頭の上に?を浮かべていた。

 

人のことを理解できない、こいつに世界はおろか人を変える事すら出来るはず無いと思っていると雪ノ下が聞いてきた。

 

「それで、解決方法はなんなの?」

 

お前は考えていないのか?それでよく人に説教ができるな。

 

「一応解決策はある。犯人を捜す必要はないし、これ以上揉める必要もない。上手くいけば、あの三人を仲良くさせることができる。知りたいか?」

 

俺の問いに葉山は黙ったまま頷いた。

 

 

 

 

 

グループ分け締め切り当日。後ろの黒板を見てみると、戸部、大和、大岡は三人が同じグループになっていた。

 

「おかげで丸く収まった。助かったよ」

 

葉山が俺のところまで来てそうと言ってきた。

 

「俺は実際になにもしていない。ただ、お前にあの三人と組むなと言っただけだ。お前がいなきゃ、揉める必要が無いからかな」

 

「そうだな。まぁ、これを機会にあいつらが本当の友達になれればいいんだけどな」

 

(こいつは、筋金入りのお人好しではなく、人を信じ過ぎな気がするが別にどうでもいいか)

と思っている。

 

「俺、まだグループが決まってないんだ。入ってもいいかな?」

 

「戸塚にでも聞いてくれ。俺は知らん」

 

葉山が聞いてきたので俺が短く応えた。

 

「僕は全然、構わないよ。僕と八幡と葉山君の三人でいいかな?」

 

「ああ、俺はそれでいいぞ。それで戸塚はどこに行きたいんだ?」

 

「僕、ボーダー本部がいいんだけど。二人はどうかな?」

 

「ボーダー本部か……」

 

戸塚の要望を聞いて俺は少し嫌そうに答えてしまった。

 

「……八幡がいやなら、別のところでもいいよ?」

 

「いや!ボーダー本部でいいぞ」

 

「ホント?よかった。じゃあ、見学先はボーダー本部に決まりだね!」

 

戸塚が俺の言葉を聞いて辞めようとしたが、俺はそれをすぐに取りやめたら、戸塚は嬉しそうに答えてくれた。

 

ちなみに、2年生のほとんどがボーダー本部を見学先に決めているため、下手をしたら俺がボーダー隊員だとばれる可能性がある。

別に隠しておくつもりはないが、ばれたら、それはそれでめんどくさい事になりそうだ。

特に雪ノ下が。

当日は何とか防衛任務を入れるしかないな。上層部とウチの隊のメンバーを説得する必要があるな。特に雪菜の説得には骨が折れそうだ。



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比企谷隊③

葉山からのチェーンメールの一件も無事に終わり、放課後に俺は浅葱と夜架と共にボーダー本部へ向かっていた。

理由は、総武の職場見学の日に防衛任務を入れてもらい職場見学に参加しないようにするためだ。

ちなみに浅葱はどちらでもいいと言ってくれた。夜架は俺の指示に従うとのことだった。未だに主従設定が生きているからな。

 

(あ~でも、戸塚の訓練服は見て見たかったな。……でもしかたがない。あまり、俺がボーダーだと知られたくないしな。特に雪ノ下が知ったら、変な文句とか言ってきそうだし、三浦は三浦で俺の事をバカにしそうだしな)

と、考えていると後ろから声を掛けられた。

 

「八幡?」「比企谷先輩?」

 

俺が後ろを振り返るとそこにいたのは、俺の隊のシノンと雪菜だった。

 

比企谷隊スナイパー 朝田詩乃。あだ名はシノン。

 

ボーダー №3スナイパーの称号を持ち、その狙撃は正確無比。

普段はメガネを掛けているが、トリオン体の時は掛けていない。

本人曰く『メガネを掛けたままだとスコープが覗きづらい』とのこと。

ゲーマーでよくA級1位の太刀川隊オペレーター、国近先輩とゲームをしている。

 

ボーダーに入隊したのは、中学に入ってすぐいじめに遭っており、いじめていた側に警戒区域へ無理矢理入れられて、その時ネイバーに遭遇したところを俺が助けて、その後、自分も何かできないか?と思い入隊したようだ。

 

ただ、人見知りでコミュケーションが苦手でウチの隊以外では俺の妹の小町と国近先輩くらいとしかうまく話せない。

なぜか俺のことを『八幡』と呼び捨てにしている。俺は先輩で隊長なのに。

でも任務中やランク戦の時は『隊長』と言うので、菊地原よりかは生意気ではない。

 

 

比企谷隊アタッカー 姫柊雪菜。

 

ボーダーではあまり使う人間がいない、弧月:槍を使う。ウチのエースだ。

三輪隊の米屋の弟子で槍の扱いは、米屋と同等くらいの実力がある。

比企谷隊では、最年少に当たる。

猫好きでよく家に遊びに来た時は家で飼っている猫のカマクラと遊んでいる。

見た目が可愛いくて、真面目な性格でボーダーにはファンがそれなりにいる。

 

「たしかに、ファンがいるのも納得だな。可愛いし」

 

言うと、浅葱とシノンがごみを見るかの如く目を細めている。夜架は相変わらずいつも通りの笑みを浮かべている。

その一方、雪菜は顔を真っ赤に染めていた。

 

(雪菜の奴、熱でもあるのか?顔が真っ赤だな)

 

考えてもしょうがないので雪菜の額を右手で触り、自分の額には左手を付けて体温を測った。

 

(熱は、ないようだが一応薬くらいは医務室から貰ったほうがいいか?)

 

考えていると雪菜の顔が更に赤く染まった。

 

「って、おい、雪菜!大丈夫か?顔が真っ赤だぞ。具合でも悪いのか?医務室で薬を貰ってきてやろうか?」

 

「え?あ、えっと、その…………」

 

雪菜が何だか壊れたPCのような感じになっている。

 

俺がさらに顔を近付けていくと、いきなり雪菜が俺の手を振り払って走って行った。

俺は呆然として立ち尽くし見ているしかなかった。

 

「浅葱、夜架、シノン。……俺、何か不味いことでもしたのか?」

 

俺はすぐ側にいた浅葱達に聞いてみた。

 

「……あんたは、少しは乙女心を知りなさい」

 

「さすがは主様。雪菜は面白い反応をしますわね」

 

「……あんたは、今すぐ馬に蹴られて死ねばいいのよ」

 

上から浅葱、夜架、シノンの三人の辛口コメントが帰ってきた。夜架は違うが。

 

「いくらなんでも、それはあんまりだろ」

 

 

(いったい何なんだ、雪菜の奴は?本部に走り去っていったし、訳がわからない)

 

俺は少し考えることにしたがいくら考えても答えは出てこなかった。

 

その後、シノンはスナイパーの合同訓練に夜架は個人戦のブースに浅葱は自隊の作戦室に行くとのことで分かれて、俺は説得のために本部長の下に向かった。

総武高がボーダー本部の職場見学日に防衛任務に付くためにも、あの人を説得できるか不安だ。

 

 

 

 

本部長室で、俺は目的の人物に会って話をしてみたが……。

 

「却下だ」

 

一言で断られてしまった。

 

「そうですよね。やっぱり当日はサボるか……」

 

俺は当日サボるための言い訳を考えていた。

 

「比企谷。君は行事に参加するという選択肢はないのか?」

 

「それはないですよ忍田本部長。俺がボーダー隊員と知られたら、変な文句を言ってくる奴がいるので。それに、目立ちたくないですし」

 

 

忍田真史。ボーダー本部本部長。

最前線に立つ戦闘指揮官でボーダー創設時、初期メンバーの一人でA級1位の部隊長の師匠だ。

ボーダーに三つある派閥の一つ『町の平和を守っていこう』派閥、筆頭に居る人だ。

 

「まったく、君は相変わらずだな。それで話は変わるのだが、実は比企谷隊にも訓練生の入隊日に説明役をやってもらいたいと、そういう話があるのだが、どうだろうか?」

 

「それは、嵐山隊のようなことをウチの隊にもしろと?」

 

「まぁ、そうだな。それでどうだ?」

 

「そうですね。他のメンバーと相談してみないと何とも言えません。いつまでに返事をすればいいですか?」

 

「そうだな……。できれば、今年の9月からやってもらいたいと思っている。だから、8月の上旬までには返事を聞かせてくれ」

 

まだ1ヶ月以上あるので、じっくりと考えられるな。

 

「わかりました。それまでには決めておきます。では、失礼します」

 

俺は本部長室を後にした。

 

 

本部長室を出た俺はまっすぐに比企谷隊の作戦室に向かった。

部屋には、誰かがいるだろうと思うからだ。

部屋に入って一番に目に入ってきたのは、机に顔を押し付けている雪菜だった。

 

「お~い、雪菜。そんなに顔を机に押し付けていたら、顔が潰れちまうぞ」

 

注意したのだがそれでも止めなかった。マジで顔が潰れるぞ?

 

「一体、何があったんだよ?」

 

「比企谷先輩の所為です。いきなり、女の子の額に手を付けるなんて、ビックリしました。次からは、事前に言ってください。……いいですね!!」

 

「はい。すいません。……そういえば、何で雪菜は俺を『比企谷先輩』呼びなんだ?他のメンバーは名前呼びなのに?」

 

俺が雪菜に質問すると、また顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「えっ!?……それは、その…………からです」

 

雪菜の言葉は最後の方が小さくて、よく聞こえずらかった。何て言ったの?

 

「……すまん。もう一度、言ってもらってもいいか?」

 

「恥ずかしいからです!!二度も言わせないでください!!」

 

「お、おう。悪い。でも、怒鳴ることはないんじゃないか?その声の大きさにビックリしたぞ」

 

俺が言うと、雪菜は顔を俯かせてしまった。

 

「その、なんだ。恥ずかしいなら、無理に言うこともないだろう。まぁ言えるようになってからでいいから」

 

「そ、そうですか?わかりました。で、でも頑張って言えるようにはしたいです」

 

「そうか……。まぁ頑張れ雪菜。それで少し話しがあるんだがいいか」

 

俺は忍田本部長から聞かされたことを雪菜に話した。

 

「そうですね。私は別に構いません。でも、先輩の目はどうするんですか?そのままだと、不味いですよね」

 

雪菜は俺の目の事を言っている。たしかに、自分で言うのは何だが、俺の目は濁っているからな。

 

「そのことなら大丈夫だ。メガネを掛ければ、目の濁りは隠せることが分かったからな。説明の時はメガネを掛ければ問題無いと思う」

 

「なるほど……。確かにメガネを掛ければ、隠せますね」

 

俺が言うと雪菜は納得したような表情をしていた。それで納得されるのは少し癪だが、まぁいいか。

 

「他にも話があるんだがいいか?」

 

「はい。何ですか?」

 

「俺がボーダーを職場見学する日、防衛任務を入れるのを認めてくれ」

 

「そんなの無理に決まっています。そもそも、何でボーダー本部の見学にしたんですか?」

 

「それは、組んでいる人がボーダー本部がいいと言っているから……。頼む雪菜!俺は目立ちたくないんだよ」

 

「ボーダーナンバー1オールラウンダーが何を言っているんですか?すでに目立っていますよね?今更な気もしますが……」

 

「クラスメイトにバレたくないんだ……。だから、頼む」

 

「無理です。諦めて、本部の職場見学してください。比企谷先輩」

 

「ですよね~。そういえば、浅葱は?」

 

「浅葱先輩は今はキッチンにいますけど?」

 

比企谷隊の作戦室には冷蔵庫、電子レンジ、そしてキッチンがある。

 

「おい。まさか……浅葱は今、料理しているのか?」

 

「はい。そうです。だから、比企谷先輩も覚悟してください」

 

「俺、まだ死にたくないんだけど……」

 

雪菜と話しているとキッチンから浅葱が顔を出してきた。

 

「なんだ、声がすると思ったら居たんだ八幡。ちょっと待って、すぐに完成するから」

 

そして浅葱が出してきたものを見て俺は驚愕した。出てきたのは炒飯だった。

 

「浅葱。これ、もしかして……」

 

「うん。加古さん直伝の炒飯で、私なりにアレンジをしてみたの。名ずけて『チョコレートサーモン餡かけ炒飯』よ。さぁ召し上がれ」

 

俺と雪菜は目の前の炒飯を見て覚悟を決めた。これは医務室行き確定だな……。

 

「雪菜。生きていたら、また逢おうな……」

 

「比企谷先輩……。私は生きます。だからまたお逢いしましょう」

 

そして、加古さん直伝の浅葱が作った炒飯を食べてから俺の記憶は飛んで、そして医務室のベッドで寝ていた。

浅葱は昔から料理がヘタだったが最近はそうでもないと思っていた。けど、加古さんから炒飯を教わってそれをさらに不味くする才能があるらしい。マジで死に掛けた。



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川崎沙希①

総武高校もテスト期間に入り、テストに向けて追い込みを始めている生徒が何人もいた。

俺は普段からしっかりと勉強をしているので追い込む必要はない。

俺が強制的に入部させられた奉仕部も、テスト期間はやはり空き教室のカギを貸してもらえるはずも無く、結局のところ休みになった。

 

まぁ俺としては、そのその方がいい。毒舌で性格最悪の雪ノ下と会わずに済むし、

アホの子で罵倒しかしてこない由比ヶ浜とも会わずに済む。

なので、俺は浅葱と夜架と共に本屋に足を伸ばし久し振りにラノベを買いあさった。

A級に昇格して固定給料を貰うようになって、今まで以上にお金が入るようになった。

 

 

今日は深夜からの防衛任務があるので外で食べようと思い、小町に連絡したところ相談があるとのことで、サイゼで待ち合わせをすることになった。

その途中でシノンと雪菜と合流してサイゼに向かった。夜の防衛任務の時はほとんど隊のメンバーと小町で外食してから向かうことにしている。

 

店内に入り席を探してしると、ある席にいる三人組が目に入って来た。

戸塚、雪ノ下、由比ヶ浜の三人だった。

雪ノ下が問題を出していた。

 

「では次の問題。普段からよくあることを何と言う?」

 

「あ、わかった。答えは日常根性だね」

 

由比ヶ浜は答えたが、日頃から何を頑張っているんだ?

 

「答えは、日常茶飯事だ。これくらい、間違えるなよ」

 

「え?!あ、ヒッキー!何でここにいるの?」

 

由比ヶ浜の質問の後に向かい側に座っていた戸塚が挨拶してきた。

 

「あ、八幡。こんばんは。八幡も勉強会に呼ばれたの?」

 

「比企谷君を呼んだ覚えはないわ。どうしてここにいるのかしら?」

 

雪ノ下は俺をきつく睨みつけた。

 

「たとえ、呼ばれていてもお前や由比ヶ浜とは、一緒に勉強しねぇよ。どうせ、由比ヶ浜に教えて時間が経過するのがオチだしな」

 

「それじゃ。早くここから消えてくれないかしら?貴方の知り合いだと勘違いされたくないから」

 

雪ノ下は相変わらずだった。戸塚ですら苦笑していた。

 

「言われずとも、そうするさ。人と待ち合わせているからな」

 

「あら、孤独体質の貴方が人と待ち合わせている事なんて有り得ないわ。そのつまらない嘘を早くやめなさい」

 

一体、雪ノ下は俺の何を知っているんだ?

 

「……いいかげんにしてください。貴女は比企谷先輩の何を知って、そのような事が言えるのですか?」

 

「そうよね。そこまで言うのだから、貴女は八幡のことを色々と知っているのね?知らずにそんなことを言うのだったら人として最低ね」

 

今まで黙っていた雪菜とシノンが、雪ノ下に食いかかった。

できれば、最後まで静かなままが良かったんだが仕方がない。

 

「比企谷君。そちらの女性達は一体、誰なのかしら?」

 

完全に上から目線だな、雪ノ下は……。面倒になりそうだったので説明した。

 

「こっちにいるのはバイトで同じ班にいる、朝田詩乃と姫柊雪菜。……シノン、雪菜。そっちにいる可愛いのが戸塚彩加で、団子髪のが由比ヶ浜。それで、黒髪が雪ノ下。以上」

 

俺が説明すると雪ノ下が疑惑の目を向け、由比ヶ浜が叫んできた。

 

「ちょっと、ヒッキー!!何でさいちゃんは名前まで言うのにあたしやゆきのんは苗字だけなの!!」

 

「何でって、俺が知っている下の名前は戸塚だけだし」

 

「目が腐ってきたと思ったら、次は脳までも腐ってきたようね。どう見ても、姫柊さんは中学生。バイトが出来る年齢ではないわ」

 

「お前知らないのか?最近はそんなこともないんだよ。もっと世間のことを知ったらどうだ?箱入りお嬢様?」

 

俺の皮肉を込めたセリフを雪ノ下に送ったら、さらにきつく睨んできた。

睨むしかしてこないなら、最初から相手にしてくるなよな。

その時、後ろから妹の小町の声が聞こえてきた。

 

「あ、お兄ちゃん。やっと見つけたよ。あ、雪菜ちゃん。こんばんは」

 

「お、小町。やっと来たか。……後ろの男子は一体誰なんだ?」

 

小町の後ろにいる男子について聞いてみた。

 

「こっちにいるのは川崎大志君。同じ塾に通っている子でね。今日はお姉さんのことで相談されて、お兄ちゃんにも協力してほいんだ」

 

「もう、頼れるのはお兄さんしかいないんです。どうか、姉ちゃんのこと、お願いします」

 

頭を下げてお願いしてきたが、俺が気になったのは別のことだった。

 

「お前に、お兄さんと呼ばれる筋合いはない。次に俺のことをお兄さんと呼んで見ろ。死ぬほど後悔させてやる」

 

「……何を頑固親父みたいなことを言っているの」

 

俺の言葉に雪ノ下が呆れていた。俺の義弟のことは死活問題だろ。

 

「ところで、お兄ちゃん。この人達、誰?」

 

小町がテーブルに座っている三人に視線を向けた。

 

「そうね……。自己紹介がまだだったわね。初めまして、私は雪ノ下雪乃。奉仕部部長をしているわ。どうぞ、よろしく」

 

「は、初めまして。わ、私は由比ヶ浜結衣って言います。よろしくね……」

 

「僕は、戸塚彩加です。八幡とはクラスメートです」

 

三人が自己紹介していった。由比ヶ浜だけなぜか、いつもの元気がなかったのは気のせいか?

 

「お兄ちゃん!三人ともすごく綺麗で可愛いね!」

 

「……小町。戸塚は、女じゃなくて男だぞ」

 

「……お兄ちゃん。何、言っているの?そんなことある訳ないじゃん。こんなにも可愛いんだしさ。これで男はないよね、雪菜ちゃん、シノンさん」

 

「そうですね。男ではないと思います。すごく綺麗でちょっと嫉妬してしまいます」

 

「そうよね。結構、肌とか白くて綺麗だし……」

 

小町と雪菜、シノンが揃って戸塚を女だと勘違いしている。

 

「えっと……僕、男です。よく、間違えられるけど……」

 

戸塚の言葉を聞いた三人は心底驚いていた。確かに、初見だと戸塚は女に見えてしまうよな。

 

「それで、相談と言うのは小町でじゃなくて、そっちの川崎大志でいいんだな?なら早く話して小町の前から失せろ」

 

「もう、お兄ちゃん。大志君とは『ただのお友達』だよ。塾が同じだけだってば」

 

小町は、お友達の部分だけを敢えて強調して言っている。それ、決まり文句だな。貴方とは恋人関係にはなりません。と、言っているようなものだな。少しだけ哀れに思えてくる。ドンマイ川崎大志。

 

「とりあえず、どこか席に座るか……。話はそれからだ」

 

「……待ちなさい、比企谷君」

 

「何だよ雪ノ下……。お前らは勉強を頑張れよ」

 

「彼のお姉さんは総武の生徒。だから、私にも話を聞かせなさい」

 

俺はこの時、面倒臭いと思っていた。総武の生徒だから自分にも話を聞かせろだと?相変わらず上からだな……。しかしここでヘタに断るとさらに面倒なことになりそうだったので、俺は雪ノ下達の同席を許してしまった。

そこから川崎大志が説明しだした。

 

「俺の姉の名前が川崎沙希っていいます。実は最近、やたら帰りが遅いんです」

 

「川崎さんってあたしと同じクラスだよ。少し、目つきが怖いけど……」

 

由比ヶ浜が説明してきた。たしか、バーで働いていたな……。

 

「遅いって、何時頃に帰ってくるんだよ。お前の姉は」

 

俺は川崎の姉の帰りが何時か聞いた。

 

「朝の五時ごろです」

 

「朝かよ。お前の姉、何かヤバイ仕事でもしているのか?朝帰りは不味いだろ。両親は何か言わないのか?」

 

俺の質問に大志は顔を下に向けて答えてきた。

 

「ウチは両親が共働きで、姉弟も多いので強く言えないんです。姉に言っても、関係ないの一点張りで、もうお手上げなんです」

 

(こいつは、本気で姉のことを心配しているんだな)

 

俺が考えていると雪ノ下が大志に質問しだした。

 

「お姉さんの帰りが遅くなったのはいつ頃からしか?」

 

「えっと、二年になってから帰りが遅くなりだしたと思います。それで俺、心配なんです!」

 

「……二年になってから、つまり比企谷君と同じクラスになってからね」

 

「なるほど。つまりは、俺が学校をやめたら川崎は元通りになる。と、そう言うことだな?それで直らなかったら、とんだ恥だな」

 

俺がそこまで言うと雪ノ下は俺を睨んできた。

 

「大志は真剣に相談しているんだ。つまらない事を言うならもっとマシな案をだしたらどうなんだ?これで成績優秀な雪ノ下雪乃とは呆れて、笑えるな」

 

俺の皮肉が効いたのか、雪ノ下は下唇を強く噛んでいた。

 

(よほど、悔しいと見えるな。バカな奴。)

 

俺は内心笑っていた。

 

「話は大体は理解した。だが、何でそんなに焦っているんだ?」

 

「それは昨日、姉のバイト先だというところから電話がありまして。エンジェル・何とかって言う店からで。エンジェルですよ、聞くからにやばそうな感じですよね!」

 

「それは、お前の思い過ごしだ。そもそもエンジェルだけで判断するには、情報が少ないだろ。……まぁ、わかった。お前の姉がどうして朝帰りをしているか原因を突き止めればいいわけだ」

 

「何とかしてくれるんですか?お兄さん!!」

 

「……だから、お兄さんと呼ぶなと言ったよなと俺は。ただし無事に解決できたら二度と小町に近付くな、いいな」

 

「もう、お兄ちゃん。大志君は『ただのお友達』だってば。でも、小町の事を心配してくれる、お兄ちゃんは小町的にポイント高いよ」

 

「はいはい、高いな。……すまないお前ら、俺は少し遅れるかもしれないから」

 

「わかったわよ。でも、無理はしないでよ」

 

「主様、あまり無理をしないように」

 

「まぁ八幡なら、なんとかしてくれると思うけど、無理せずに」

 

「はい。でも、比企谷先輩もお節介ですね。直接関係がない人のことを気に掛けるなんて。でも、頑張ってください」

 

俺は、浅葱、夜架、シノン、雪菜の応援を受けて、川崎をどう説得するか考えた。

こうして、俺は川崎大志のお願いを小町経由で聞く羽目になった。でも、川崎沙希のバイト先は分かっているので今晩にでも行って見るか。

 



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川崎沙希②

俺は今、二宮さんに呼ばれて来た事のあるバー『エンジェル・ラダー 天使の階』にいる。

何故俺が再びこのバーに来る羽目になったのかと言うと小町の塾の『お友達』、川崎大志からお願いされたからだ。

 

そのお願いとは姉である川崎沙希の更正だ。

一年の時は真面目だったのに二年から急に不良になってしまったらしい。

その理由は大志からの話しで大体が検討がついている。

なので俺は必要と思える資料を川崎に見せるため、ある場所に行き揃えてバーに向かった。

 

そして今、川崎に会うためにバーに来ている。

俺の格好は前回と同じでキッチリとしたスーツに髪をオールバックにして伊達メガネを掛けている。まさか、またこの格好をすることになるとは思いもしなかった。

 

 

「ヒッキー?」「比企谷君?」

 

俺が気合いを入れて、バーに入ろうとした矢先に後ろから声を掛けられた。

それも聞き覚えのある声だ。

 

(あ~れ~可笑しいな……今、後ろから由比ヶ浜と雪ノ下の声が聞こえた気がしたような?……働きすぎでついに幻聴が聞こえ始めたか?)

 

俺が考えているといきなり由比ヶ浜にスーツの襟を掴まれた。

 

「ちょっと、ヒッキー!!なんで無視するんだし!!それにどうしてここにいるの?」

 

由比ヶ浜がいつも通りの大きな声で聞いてきた。マジでうるさい!!

 

(しかし参ったな……ここでこいつらと関わるのは得策じゃない。ここは何とかして乗り切りるか)

 

俺が良い訳を考えていると、雪ノ下がいつもの感じで迫ってきた。

 

「声を掛けられたら、返事くらいしなさい。比企谷君。ああ、ごめんなさい。耳と脳が腐っていたのだったわね。失礼したわ、返事はしなくていいわ」

 

ホント、雪ノ下は人としてなっていないなと思う。平塚先生は気に掛けていたがこいつのこの性格こそ、直すべきだろうに。

 

「スイマセン。一体誰のことを言っているのですか?」

 

俺は営業スマイルをなんとか作り、二人に振り向いて名乗った。

 

「ボクは、『山本武(ヤマモトタケシ)』と言う者ですが……。その『ヒッキー』や『ヒキガヤ』と言う人物とボクは似ているのですか?」

 

俺がそう名乗ったのが効いたようで、二人して驚いた顔をしていた。しかし一人称がボクとはなんだかキャラが違うな。

 

「!!ご、ごめんなさい!人違いでした!行こ、ゆきのん」

 

「えぇ、そうね……」

 

なんとか由比ヶ浜と雪ノ下はそのまま過ぎさった。でも雪ノ下は俺に疑惑の目を向け続けていたが。

 

(ヤべー!!何とか誤魔化すことに成功したな。危なかったがうまく隠せてよかった……)

 

俺は変装していたのがバレたのではないかと内心焦っていた。とりあえずは二人の様子を見ておくか。

 

 

 

バーに入り、カウンター席に座っている二人の近くに間を開けて座った。雪ノ下がどのように川崎を説得するかを見てさらに策を考えておくか。

グラスを磨いている川崎を見つけるや否や雪ノ下が話しかけにいった。

 

「やっと見つけたわ。川崎沙希さん」

 

「……あんたは確か、雪ノ下だっけ?何か用?」

 

雪ノ下は相変わらず高圧的だし、川崎も何だか冷たい感じだ。

 

「貴女の弟さんから話を聞いてね。姉が不良化したものだから心配しているのよ。それで話をしに来たの」

 

雪ノ下はそう言うが、お前勝手に話を聞いただけだろうに。

 

「そう……。でも私はやめる気はないよ。別に遊ぶお金を稼いでいる訳でもいないんだから。他人の家族の事に首を突っ込まないでくれるかな。迷惑なんだけど」

 

「そうはいかないわ。貴女は未成年、本来はここで働くことさえできないはずなのだから。店側も問題だけど、貴女も問題なのよ」

 

「だから何?説教しにきたのなら帰ってくれない。営業妨害だよ」

 

「やー、でも、話してくれないと分からない事だってあるし、力になれるかもしれないしさ。話すだけでも楽になるかも知れないし……」

 

由比ヶ浜はそれとなく言うが、それは理想論だ。

それで川崎の問題が解決するなら弟がすでに解決している。

 

「言ったところで、分かってはくれないよ。あんた達には絶対に分からないよ。力になれるかも?楽になるかも?そう、だったらあんたは、あたしの親が用意できなかったものを用意できるの?あんた達が肩代わりしてくれるの?」

 

「そ、それは……」

 

由比ヶ浜は言葉を濁した。録に考えないで来たのかよ……。アホ共が。

 

「そのくらいにしておきなさい。これ以上、吠えるなら……」

 

雪ノ下が言いだした時に川崎がとんでもない事を言った。

 

「ねぇ、あんたの親って確か、県議会議員なんでしょ。だったら、あたしの言っている事なんて、分からないでしょ?」

 

川崎は周りに聞こえないくらい小さく囁いた。

その時、グラスが倒れる音がしたので横を向いて見ると雪ノ下が唇を強く噛み締めて下を向いていた。

 

「ちょっと!!今はゆきのんの家の事は関係ないじゃん!!」

 

由比ヶ浜はテーブルに手を付き立ち上がり、川崎にいい返した。いや、由比ヶ浜。感情的で他人を説得できると思っているのか?そもそもお前は何しにここにきたんだよ?

 

「なら、あたしの家の事も関係ないでしょ」

 

「帰りましょ、由比ヶ浜さん……」

 

「で、でも、ゆきのん!!このままじゃ……」

 

「川崎さん。覚悟しておくことね……」

 

雪ノ下はさながらヒーローに負けて、棄てセリフを言っている悪役のようだ。雪ノ下達の話が終わったので次は俺の出番だな。

 

 

「次は俺と話をしようぜ、川崎」

 

俺が急に話し掛けたものだから川崎は少し驚いていた。

 

「!!……えっと、あんたは誰なの?」

 

「川崎。お前と同じクラスの比企谷八幡だ。よろしく」

 

「同じクラスだったんだ。それで何?あんたも雪ノ下のようにあたしを説教にでも来た訳?」

 

川崎は俺のことをかなり警戒している。あのアホ共、余計な事をしてくれたな。

 

「いや違う。俺の場合は説教ではなく提案だ」

 

「提案?それってどう意味?」

 

「まずは川崎。お前がバイトを始めた理由からだ。弟の話を聞いて分かったんだが、弟は今年の春から塾に行き始めたんだよな。

だからお前は大学受験のための資金集めをしているんだろ?塾に行くために。ウチの高校は進学校だ。進学の人間が殆んどだ。

そしてお前もな。だから、お前は塾に行くための資金がほしかった。そうだろ?」

 

俺の発言に川崎は明らかに動揺してしていた。図星、これで間違いはない。

 

「そこで俺の提案は『スカラシップ』だ」

 

「……『スカラシップ』って何?」

 

川崎が疑問に思うのも無理ない。塾に行ったことが無いのだろう。

 

「『スカラシップ』ってのは、奨学金。または奨学金を受け取る資格の事だ」

 

「それを使えば、学費とかを気にしなくていいってこと?」

 

「まぁそうだな。つまり、お前はここでバイトをする必要がなくなるってこと」

 

川崎は少し考え込んでいた。それで答えが出たらしい。

 

「そっか。そんな方法があったなんて知らなかったよ……。ありがと、比企谷」

 

「別に気にするな。俺は妹のためにやったに過ぎない。それにあまり家族を悲しませるのは良くないからな。兎に角、川崎。お前は明日からここに来なくていいからな」

 

「でも、いきなりバイトが辞める事なんて出来ないでしょ。辞めるなら一ヶ月前くらいに言ってないと」

 

「あぁそのことなんだが、雪ノ下が明日一番で学校側に言いつけると思うんだわ。そうなると、お前は最悪の場合に停学処分になるかもしれないからな。そうなると、受験どころじゃ無くなるだろ?」

 

「でも、どうするの?雪ノ下の説得でもするの?でもあいつの性格は……」

 

さすがに川崎でも、さっきのやり取りで雪ノ下の性格をある程度理解したようだ。

 

「その辺りは大丈夫だ。この事を何とかしてくれる人物には心当たりがるから」

 

川崎は疑問に思っているだろう。あの雪ノ下を説得できるか分からないのだから。

そして俺はスマホを出して電源を入れた。

 

「モグワイ。いるんだろ?出てこい」

 

俺の呼び掛けに答えるようにスマホの画面にネコなのか、ネズミなのか不明なキャラクターが出来てた。

 

『ケケッ。お呼びかい?八幡の旦那』

 

「話はある程度聞いていただろ?お前はカメラの記録を全て消してこい」

 

『了解。でもよ、カメラはいいとして、他はどうするんだ?消せない記録は必ずあるだろ?そこの嬢ちゃんの履歴書とかよ?』

 

「それ辺は、浅葱の親父さんの力を借りるつもりだ。これくらいなら、あの人の権力でどうにかなりそうだしな」

 

『了解だ。話は俺から浅葱嬢ちゃんに通しておけばいいわけだな?旦那』

 

「そういうことだ。よろしく頼むぜ。モグワイ」

 

俺が頼むとモグワイはスマホの画面からいつの間にか消えていた。

 

「ねぇ。あんた、今の何?」

 

川崎がモグワイについて聞いてきたので俺はそれに答えた。

 

「今のは、俺の幼馴染が作ったAI。つまり、人工知能だよ」

 

「あんたの幼馴染はあんなの作れるの?」

 

「まぁな。それだけすごいってこと。それと川崎、話はついたからお前は明日からここに来る必要はないぞ」

 

「でも、辞めるなら1ヶ月前に言ておかないと無理でしょ……?」

 

「たしかにな。でも、雪ノ下は明日一番に学校側に言うと思うし、そしたら推薦とか狙えないだろ?」

 

「あんたはどうして、あたしのためにそんなにしてくれるの?」

 

「そうだな、強いて言うなら自分で何でも勝手に決めないで少しは家族に相談しろって所かな。俺も昔、似たようなことが有って、その時に妹が失踪したからな」

 

「失踪って、それ大丈夫なの?」

 

「あぁ何とかな……。でも、その時気が付いたんだよ。俺は妹のためにやっていた事が逆に妹を苦しめていたことにな」

 

俺はボーダーに入ってB級に上がってから防衛任務をたくさん入れていたことがあった。そして家に帰ってみると小町がいなくなっていた。

その時は無我夢中で探し回ってやっと見つけた。その時の小町は一人で泣いていた。

理由を聞いたら、家族が皆いなくなったと思って泣いていた。

それ以降、俺は防衛任務の数を減らして小町のことを二度と泣かせないと誓った。

 

「あんたもそれなりに苦労しているんだね……」

 

「まぁな。だから、川崎。お前も少しは家族を頼れば良いんじゃないか?でないとなんのための家族か分からないだろ」

 

「うん。帰ったら、話してみるよ」

 

「そうか。なら、これをお前に渡しておく」

 

俺は鞄からスカラシップに関する資料を川崎に渡した。

 

「ありがと。比企谷」

 

「どういたしまして。じゃあ俺はこれで失礼するな。これから行くところがあるから」

 

俺は川崎にある程度説明してからバーを出てボーダー本部に向かった。



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川崎沙希③

川崎の件が無事に終わり、防衛任務もきっちりとこなして、比企谷隊の作戦室で報告書を書いていたときに俺は気になることがあったので浅葱と夜架に聞いてみた。

 

「浅葱、夜架。前から気になっていたんだけど、お前らって雪ノ下が俺を罵倒した時に特に怒らないよな。それって何か理由があるのか?」

 

「何よ急に……。まぁたしかに雪ノ下さんにはかなりイラついているけど。ただ、そのまま何かを雪ノ下さんに言った所で聞く耳を持たなから、私なりのやり方で一泡吹かせてやるつもりよ」

 

「ちなみにそのやり方って、どんなの?」

 

「それはね……私今雪ノ下建設の株を買い占めているのよ。それで私が大株主になった時に会社の方針に意見して、雪ノ下さんの目の前でドヤ顔をしてやるつもりよ」

 

「ある意味、えげつないな……。流石は浅葱だ。そういう夜架はどうなんだ?」

 

「そうですね。主様に対しての暴言には怒りがないと言えば嘘になります。でもそれ以上に惨めだと思いますね」

 

「まぁ雪ノ下が惨めなのは俺も分かっている。夜架が雪ノ下が惨めだと思うのはどうしてだ?」

 

「それは他者を見下したところで自分が上に立つことはないことや人との繋がりを簡単に捨ててしまうことなどです。人は一人では生きていけませんから」

 

「たしかに雪ノ下が人との繋がりを大切にするとは到底思わないな」

 

「それにどことなく、以前の私に似ているからかもしれません。以前の私は両親の仇を討ちたいと思い、人との繋がりなど邪魔でしかないと考えていました。しかし、主様に会ってそれが変わりました。おかげで様々な人達と知り合うことができました」

 

「そうか。それはよかったな。んじゃ、報告書をさっさとまとめて帰りますか」

 

 

 

俺達は報告書を素早く書いて家に帰り、学校に行く前に仮眠をとることにした。さすがに授業中に寝るのは不味いからな。

朝方近くに家に帰り、数時間だけ仮眠を取って学校に向かっていた。

自転車に乗りながら、昨日の川崎のことを考えていた。

 

(川崎は家族と話をしているだろうか?特に大志とは話したほうがいい。あいつは本気で姉のことを心配していたからな)

 

俺が考えごとをしていると後ろに乗っている小町から驚くべき話がきた。

 

「そういえばお兄ちゃん。お菓子の人と知り合いだったんだね」

 

「……は?お菓子の人って誰のことだよ」

 

「えっ!?誰ってそれは結衣さんのことだよ?」

 

「由比ヶ浜が犬の飼い主でお菓子を持って来た人だと?」

 

「そうだよ?知らなかったの?でも、なんで?」

 

「それは俺が知りたいわ。でも、教えてくれてサンキューな」

 

「いえいえ。これくらい、お兄ちゃんのためだしね。これは小町的にポイントが高いね!」

 

「そうだな。すごく高いわ。それ……」

 

(つまり、あの事故の関係者が同じ部屋にいるってことかよ。気まずすぎだろ。何の罰ゲームだよ。……それにしても、由比ヶ浜はなんで何も言ってこないんだ?

それにあいつが、妙に馴れ馴れしいく変なあだ名で呼んでいたのは俺に気を使ってのことなのか?)

 

俺はいくら考えても何も答えが見えてこなかった。

 

俺は小町を学校に送り届けた後。俺は総武の教室に入って見ると川崎がいた。このところ、遅刻が多く朝に見かけることが余りなかった。

由比ヶ浜が俺と川崎を交互に見てソワソワしていた。

 

間違いなく雪ノ下が川崎がバーで働いていたことを学校側に言ったのだろう。そんな態度を取るくらいなら、最初から関わらなかったら良かったのに……。

その後、普通に授業は行われたが、一時間目が終わってから川崎は生徒指導の平塚先生に連れて行かれた。

 

しかし、二時間目が始まる前には何事も無かったかのように帰ってきた。まぁ当然だろ。

その後は昼まで普段と変わらない風景だった。一点、違いがあるとすれば、由比ヶ浜の視線くらいだろう。

 

昼飯をいつもの人気のない場所で購買で買ったパンを齧り、マッ缶を飲んでいると後ろから声を掛けられた。

 

「……ねぇ」

 

「ん?なんだ、川崎か。何か用か?」

 

「……うん。その、お礼が言いたかったから」

 

「そんなことか?そんなの別にいいぞ。それに俺は昨日の夜はお前になんて会ってないからな」

 

「そうだったね……。あたしもあんたには会ってないよ」

 

まるで、ちょっとした茶番劇だ。しかしこのやり取りには重要な意味がある。

ここで俺と川崎が会っていたことを認めれば、例のバーで川崎が働いていたことの証明になるからだ。

それは流石に不味い。学校は勿論だが雪ノ下に知られれば何を仕出かすか、分かったものではない。

 

「川崎さん。これはどういう事かしら?……」

 

俺と川崎の後ろから雪ノ下の声が聞こえてきたので、振り返って見ると、完全にキレている雪ノ下とオドオドしている由比ヶ浜がいた。

 

「何の事を言ってんの?雪ノ下……」

 

「惚けないで!!貴女は確かにバーでアルバイトをしていたはずなのに今朝方に学校側が確認をしたら、『川崎沙希と言う女性は働いてはいない』と連絡してきたのよ。これはいくら何でも有り得ないことだわ!!」

 

「雪ノ下、一体何の話をしてるの?」

 

「惚けないでと言ってるでしょ!!未成年の貴女がバーでアルバイトをしていた履歴が全て消えているのよ。貴女が何かしたに決まっているわ!!」

 

「だから、あたしはバイトなんてしたことは無いんだってば……」

 

川崎がそう言うと、雪ノ下は顔を歪めていた。

由比ヶ浜は、相変わらずにオドオドしている。

 

「あくまでシラを切るつもりなら、絶対に尻尾を掴んでやるわ。覚えておきなさい!!」

 

雪ノ下はそう言い残して、由比ヶ浜と行ってしまった。

 

「これでいいんでしょ?」

 

「あぁ、上出来だ。学校側にもそう言ったんだろ?モチロン」

 

「あんたの指示だしね。先生もあっさり信じたよ」

 

「それでいい。雪ノ下は躍起になって調べるだろうが、その当たりも抜かり無いはずだしな。仮に真相が分かっても時既に遅しってことだ」

 

「確かにそうだね。それに未成年がバーに来たのが知れたら、困るのは雪ノ下と由比ヶ浜のはずだしね。そう言う、あんたは大丈夫な訳?」

 

「あぁそれに関しては大丈夫だ。俺が行った記録も消してあるからな」

 

「ふ~ん。そうなんだ。それにしても何で雪ノ下はあんな偉そうなことを言ってくるの?」

 

「まぁ人ごと世界を変えるとほざいている奴だからな。その上、ナルシストだし。自分の正義が常に正しいと思っている奴だからな」

 

「そうなの?まぁ、そういう奴には近付きたくはないね。それじゃ、あたしは行くね。改めて、ありがと」

 

「どういたしまして。あまり、家族に心配させるなよ。家族は助け合うものだしな」

 

俺の言葉を聞いた川崎はそのまま、教室に戻って行った。

 

「さってと、俺もそろそろ、戻るとするか……」

 

その後の授業は何事もなく進み、放課後となって奉仕部に言ってみると雪ノ下は未だにキレていた。

そして誰かと電話していた。サイドエフェクトを使って聴覚を強化して聞いてみた。

 

『こちらで調べた結果。川崎沙希と言う女性がバーで働いていたという記録はありませんでした』

 

「そんなはずありません!!確かに彼女はバーで働いていたはずです」

 

『何度言った所で答えは変わりません。それに貴女がバーに行ったほうが問題です。未成年である貴女がバーに行ったことが知れれば、雪ノ下の名に傷が付きます。あまり勝手な事はしないように……』

 

「待ってください!まだ話は終わっていません!!……」

 

雪ノ下と話していた人物は一方的に電話を切ったらしい。声のトーンからして女性だ。それに雪ノ下の名って言っていたから、母親あたりか?

 

「比企谷君。説明しなさい!これはどういうことなのか?」

 

「何の話だよ?」

 

「そう……。貴方もシラを切るのね……いいわ。いつか必ず、証拠を掴んでみせるわ」

 

雪ノ下は意気込んでいたが、戦う相手がまさか自分の親の会社を乗っ取ろうしている大株主だと知った時にはどんな顔になることやら。少し楽しみでもある。

 

そして、明日はボーダー本部で職場見学の日だ。

何か、ありそうで憂鬱になりそうだ。でも策は念のために用意してある。

 



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比企谷八幡④

ボーダー本部。

それはネイバーの第1次大規模侵攻跡地に建設された巨大な建物。

そこにはボーダー隊員のための様々な設備が存在する。

 

今日はその設備などを使えると興奮している生徒が大勢いた。

まぁ、ラノベみたいなことが出来るんだから人気があるのも納得だな。

そして今、壇上で忍田本部長がボーダーについて話していた。

 

「ボーダー本部長、忍田真史だ。君達の入隊を歓迎する。君たちは本日C級隊員……訓練生として入隊するが、三門市、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている。日々研磨し正規隊員を目指して欲しい。君たちと共に戦える日を待っている。私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

忍田本部長のその言葉を聞いて周りがざわつき始めた。

 

嵐山隊。

ボーダーで広報を担当しているA級部隊。

編成はオールラウンダー3人、スナイパー1人。

様々な状況に対応できる部隊と言えるだろう。

五つ星のエンブレムが特徴の赤い隊服を着た四人が現れた。

 

「やあ、みんな!今日の職場見学を案内する嵐山隊隊長の嵐山准だ。よろしく!」

 

嵐山さんの挨拶に女子連中はキャーキャーと騒いでいる。相変わらず爽やかだなあの人。

 

嵐山准。嵐山隊隊長にしてオールラウンダー。

正義感に溢れる広報部隊長だ。

広報というめんどくさい仕事をこなしている凄いイケメンだ。

ただ一般にはあまり知られてないが、かなりのブラコンとシスコンだ。シスコンだけは共感できるな。

 

「これから入隊指導を行う前にボーダーのトリガーについて説明しよう。まずトリガーを起動して換装したら、左手の甲を見て欲しい。数字があるのが分かるだろうか?そのポイントを4000まで溜めるのが正規隊員になるための条件だ」

 

嵐山さんが説明すると、生徒が次々とトリガーを起動してトリオン体に換装し始めた。

 

「まず最初の訓練は対ネイバー戦闘訓練だ。仮想戦闘モードの部屋の中でボーダーの集積データから再現されたネイバーと戦ってもらう」

 

嵐山さんの説明の後に周りの生徒がざわついた。まぁいきなりの戦闘だし無理もないか。

 

(俺の時もやったな、これ。大体のセンスがこれでわかるからな。まあ、訓練の結果が良くても実践で動けないと意味がないけど。これで一分を切ればそこそこ優秀の部類に入るだろう)

 

俺が考えていると、次々と生徒が大型ネイバーに向かって行った。

俺が隅のほうで嵐山さんに見つからないようにしていると一人、俺に近付いてくる人影があった。

 

「てっきり、サボるものかと思っていましたよ。比企谷先輩」

 

「お前は俺をなんだと思っているんだ?木虎」

 

木虎藍。嵐山隊オールラウンダーでエース。

たゆまぬ努力を糧に駆け上がったエースだ。

入隊時はガンナーだったが、トリオン量が少なくそれで戦うのは難しくなり、B級に上がってすぐに対人戦で勝てなくなった。

それで当時俺が戦った人にアドバイスしているというのを何処かで聞き付けて、木虎も俺にアドバイスを求めてきた。

 

隊を作った当時は戦闘員が俺だけだったので個人の隊員と組んだりして防衛任務に当たっていた。まだ嵐山隊に入る前の木虎とも一緒に防衛任務をしたことがある。その時に木虎とは知り合った。

それで木虎にオールラウンダーになることを進めたり、スパイダーのことを教えたりして、まだB級だった嵐山隊に入りA級に上がった。

 

「それは鬼畜のサボり魔……ですかね?」

 

「何だよそれ……。俺は鬼畜でもサボり魔でもないぞ」

 

「それより比企谷先輩。今度、私と戦ってください」

 

「話を急に変えてくるなよ木虎……。そういえば、このところ広報で忙しかったな。わかった。お前の都合にできるだけ合わせるから連絡してくれ」

 

「わかりました。その時はお願いします。負けませんから」

 

「ホント木虎、お前はチャレンジャーだな。んじゃ、そろそろお前は嵐山さんの所に戻ってくれ。お前が近くにいると目立つからな」

 

「わかしました。約束、守ってくださいね」

 

木虎はそう言い残して嵐山さんの下に戻っていった。

訓練を見ていると葉山達が戦っている。

葉山はアステロイドで三浦は弧月か、由比ヶ浜はバイパーだった。由比ヶ浜の弾はまったく当たってない。

 

(素人がバイパーなんて扱いが難しいもの使うなよ……やはり由比ヶ浜はアホの子だな)

 

由比ヶ浜や他の生徒を見ていると雪ノ下の番になっていた。使っていたのは、ボーダーでも珍しい弧月:槍だった。

 

『3号室終了 記録23秒』

 

終了のアナウンスが流れてきた。

部屋から出てきた雪ノ下は俺に近付いてきて、勝ち誇った顔をしている。

 

「あら、比企谷君。貴方はやっていないの?でも、やったとしても私の記録には到底、勝てないでしょうけど」

 

「そうだなー。流石は雪ノ下だなー(棒)」

 

俺の言い方が気にいらなかったようで睨んできた。だったら言わなきゃいいのに、こいつは学習能力皆無なのか?

 

「いや~なかなか、いい記録だね。初めてであそこまでのタイムは出せないからな」

 

「ありがとございます。それで今までの最高記録とは何秒なのでしょうか?」

 

雪ノ下が嵐山さんが質問している。ここに来ても負けず嫌いか?

 

「そうだな。ウチの木虎が9秒。緑川と言う中学生が4秒で、最高記録は2秒だよ。これまで破られたことはないんだ」

 

「2秒、ですか……」

 

雪ノ下が言うのを見て、嵐山さんがフォローした。

 

「しかしこれは訓練の記録であって、実践ではないし記録だけが全てではないから。だから、気にする必要は無いんだよ。……比企谷?」

 

雪ノ下と話していた嵐山さんと目が合ってしまった。嫌な予感がするな……。

 

「なんだ比企谷、来ていたのか?」

 

「どうも、嵐山さん。お疲れ様です……」

 

「……嵐山さん。これとはお知り合いなんですか?」

 

俺を物扱いするとは相変わらずの雪ノ下だった。

 

「あぁ比企谷はA級部隊の隊長を務めている男でさっきの記録の2秒を出したのが比企谷なんだよ」

 

嵐山さんが俺のことを即効でバラしてしまった。

 

「貴方が隊長で2秒を?……ありえないわ」

 

「それなら比企谷。実際やって見てくれ。そうすれば、彼女も納得するだろう」

 

嵐山さんにお願いされたら、断れない。しかたない……。

 

「自分のでいいですかね?」

 

「あぁ構わないぞ。ただ、本気で頼む」

 

俺はトリガーを起動しトリオン体に換装して仮想訓練室に入った。

仮想の大型ネイバーが現れた。俺は左手で鞘を持ち、右手を柄に軽く添えて待っていた。

 

『仮想訓練開始』

 

アナウンスが聞こえてきた瞬間に俺はジャンプをして大型ネイバーを飛び越える前に弱点の目を切った。

 

『1号室終了 記録0.5秒』

 

アナウンスが流れてきて、記録を読み上げた。

 

(まぁ、これくらい当たり前か。2秒を出したのが約4年前だしな……)

 

俺が考えていると、雪ノ下が近付いてきて、とんでもない事を言った。

 

「比企谷君。……いくら何でもズルはよくないわ」

 

「いや。ズルなんてしてないから」

 

「嘘ね。貴方のような人間にあんな記録出せるはずないわ」

 

雪ノ下の声を聞いて、三浦がそれに乗ってきた。

 

「へぇ~、ヒキタニってズルしたんだ~。それでA級に上がったとかクズだし。じゃあ隼人、あーしたちもすぐにA級にあがれるんじゃない?」

 

「ど、どうだろうね。もしかしたら難しいかもしれないよ……」

 

「そんなことないって隼人。どうせ、ズルしてA級に上がったヒキタニが居るんだしあいつの隊はみんな、ズルしているんだよ。それにあんなキモくて冴えない奴がマトモなやり方でA級になれるわけないし!!」

 

三浦はそう言って、周りの人間を巻き込んで笑っていた。だが、俺は特にいい返すこともせず、ただ傍観していた。

 

「どうしていい返さないんですか。比企谷先輩……」

 

木虎がかなり不機嫌になって俺に聞いてきた。

 

「いい返さないってどういう意味だ。木虎?」

 

「比企谷先輩は、今バカにされたんですよ。それを何もしないで悔しくないんですか?」

 

「あぁ、そのことね。別になんとも思ってないけど?」

 

「なんとも思っていないって、どういうことですか!!」

 

「何をそんなに怒っているんだ木虎?別に職場見学の後に三浦が自宅謹慎になるか停学処分になるか退学かもしれないな。だからそんなに怒る必要ないから」

 

俺が言った途端に周りがシーンと静かになった。

 

「そ、それは、どういう意味なんだい?ヒキタニ君」

 

葉山が俺に聞いてきた。そんなことも分からないのか?こいつは……。

 

「どういう意味って、そのままだけど?三浦はボーダー隊員である俺をバカにする発言をした。それを俺が上層部に報告すれば、ボーダーは組織として抗議文を学校側に送る。そうなると、送られてくる原因となったのは三浦の発言だ。ならば、三浦に罰を与えるのは、至極当たり前のことだと思うけど?」

 

「……。頼む!!ヒキタニ君、優美子を許してくれないか。優美子も悪気があったわけじゃないんだ。だから頼む!!」

 

葉山は頭を下げて謝ってきた。だから俺の苗字は『ヒキタニ』ではなく『ヒキガヤ』なんだが…。

 

「隼人…」

 

三浦は葉山の事がまるで自分を助けてくれる王子様にでも見えているのだろうな……。

 

「なるほど。友達のために自分が頭を下げるか。友情があっていいもんだな」

 

「それじゃあ、許してくれるんだね」

 

「あぁ、もちろん。上層部にはきっちりと報告しておくから、安心してくれ」

 

俺は満面の笑みを浮かべて、葉山にそう答えた。

 

「ヒキタニ君。なんで、そうなるんだ?」

 

葉山は信じられないというような顔をしていた。こいつ、わざと俺の名前間違ってないか?

 

「なんでって、それは葉山。お前が間違っているからだ」

 

「ま、間違っているって、どういうことだ?」

 

「分からないのか?それはな、三浦が俺に謝ってないからだよ。そもそも、三浦が暴言を吐いたのになんでお前が謝るんだ?俺にはそれが理解出来ないんだけど」

 

俺が言ったことで葉山は理解したようだった。

友達のためと言いながら、葉山は一人で謝ってきた。この場合は三浦が謝るべきなのに、そうはしなかった。

 

その時、生徒達の後ろからある男の声が聞こえてきた。

 

「何だか、楽しそうなことになっているな比企谷」

 

俺が声のした方に目を向けると、そこには黒いロングコートを着た三人がいた。

 

 



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比企谷VS葉山・三浦①

「なんだか楽しそうだな、比企谷」

 

生徒の後ろから聞きなれた人の声が聞こえてきた。その人は……。

 

「太刀川さん」

 

太刀川慶。A級1位太刀川隊隊長でアタッカー。

ボーダー№1アタッカーで個人総合1位の怪物的な実力者だ。

万能ブレードの弧月を二刀流にした超攻撃型で忍田本部長の弟子。

さらに戦闘狂なことでも知られている。

 

「よぉ、比企谷」

 

「出水」

 

出水公平。太刀川隊シューターであだ名が弾バカ。

高度な戦略と技術を兼ね備えるナチュナル系天才シューター、合成弾の名手でもある。

ボーダー屈指のトリオンを持ち、四種類ある弾を自在に操る男だ。

二宮さんの師匠でもある。その時、二宮さんが出水に頭を下げて弟子入りをしたという話は結構驚いた。

ボーダーの中で親友と言ってもいいくらいの奴だ。

 

「どうも、比企谷先輩」

 

「お荷物君」

 

お荷…じゃなくて唯我尊。太刀川隊ガンナー。

ボーダーのスポンサーの息子でコネでA級に入った経歴を持つ後輩だ。

ただ、こいつは兎に角弱い。A級最弱と言ってもいいくらいに弱い。

 

「酷いです比企谷先輩!僕の名前は唯我尊です!間違えないでください!」

 

「いや、比企谷の言っていることは正しい」

 

「出水先輩も酷い!」

 

「ところで、比企谷。さっき笑い声が聞こえたんだがなんだったんだ?」

 

「あぁ、それはな……」

 

「先輩達!無視しないでください!」

 

俺はこれまでの起こった出来事を掻い摘んで説明した。

俺の仮想訓練のタイムから三浦の暴言などを出水達に詳しく話した。

それを聞いた出水が……。

 

「いや、それはバカだろ。お前が冴えないザコだったらボーダーの9割以上の人間がそうなるぜ。それ言った奴、頭大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないから、あんな発言ができるんだろ。常識ってものが頭から抜け落ちているんだよ。それで出水。お前達は防衛任務終わったのか?」

 

「ああ。ついさっきな」

 

俺と出水が話していると太刀川さんが話しに加わってきた。

 

「比企谷。ちょっと頼みがあるんだが……」

 

「お断りです。他を当たってください」

 

「釣れないこと言うなよ。……頼む比企谷。でないと風間さんにシバかれる!」

 

「大人しくシバかれてください。……いい加減、大学生のレポートを高校生にやらせるの辞めてくださいよ。だから風間さんにシバかれるんじゃないですか……」

 

太刀川さんはよく大学レポートを歳下の知り合いにやらせている。戦闘に関してはずば抜けてすごいのだが、勉強はてんで出来ない。それでよく風間さんにシバかれている。

 

とりあえずは三浦のことだな……。俺は三浦に話し掛けた。

 

「まぁ、俺は鬼ではないし、チャンスをやってもいいかなって思っているわけなんだよ」

 

「チ、チャンスってなに?」

 

三浦は若干涙目になっている。三浦は俺の話を聞きながらビクビクしていた。そんな態度をとる位なら最初から俺を罵倒しなきゃよかったのに……。

 

「それはお前と葉山が俺と戦うことだよ」

 

「……えっ!?それってどう意味だし……?」

 

「このままだと俺の気が収まらないからな。だからお前らと戦いたいんだよ。だから、二人が俺と戦えば、勝敗関係なしに俺は三浦の暴言等を上層部には報告しない。ってのでどうだ?」

 

「そ、それだけで優美子のことを許してくれるのか?」

 

葉山はまだそのことに拘っていたのか?

 

「許す、許さないじゃなくて、ただ俺は報告しない……それだけ」

 

「優美子、受けるべきだ。俺も優美子と一緒に戦うから頑張ろう!」

 

「隼人……。うん、あーし頑張る。ヒキタニのやつなんかに負けない!」

 

「決まったか?それじゃあ、俺のトリガーを決めてくれ」

 

「俺達が決めるのか?何で……?」

 

「ハンデだよ。俺は四年近くトリオン兵やボーダー隊員と戦ってきたからな。すこしでもフェアにするためだ。選びな」

 

(まぁ、ハンデとか言っているけど、そうじゃないんだな、これが)

 

俺が考えていると、三浦と葉山は俺から少し離れた場所に移動して話し合いを始めた。

でもまぁ俺はサイドエフェクトのおかげである程度は会話が聞こえるけどね。

 

 

 

 

「隼人。バイパーなんてどうかな?」

 

「どうしてだ?」

 

「ヒキタニって刀使ってたじゃん。だから使い慣れてないものの方がいいと思うんだよね。それに結衣がかなり難しいって言ってたし」

 

「それでバイパーか……。よし、そうしよう」

 

話し合いが終わったようで葉山が俺に近付いてきて使うトリガーを言ってきた。

 

「ヒキタニ君にはバイパーを使ってほしい」

 

「……バイパーでいいんだな?」

 

「あぁ、それで構わない」

 

「それじゃ、準備するから待っていろ……」

 

俺が準備を始めようとした時にトリガーを渡された。

 

「どうぞ。これを使ってください、比企谷先輩」

 

「おう。サンキュー時枝」

 

時枝充。嵐山隊オールラウンダー。

嵐山さんや木虎を援護したり敵の攻撃をガードしたり、咄嗟の判断力に優れた名サポーターと言える後輩だ。

家でネコを飼っているのでネコなどの話で盛り上がる事が多々ある。

 

「いえ、それで聞きたい事があるんですが、いいですか?」

 

「なんだよ、改まって。俺に答えられることならいいぞ」

 

「じゃあ、比企谷先輩はさきほどの女子生徒が暴言を言うことを予想してたんじゃないんですか?だから何も言わなかった、違いますか?」

 

「……。何を言うのかと思ったら、そんなことか。いくら学校でのデカイ態度がウザイからって、俺がクラスの女子を罠に嵌めてボコボコにするわけないだろ。俺だってそこまで鬼ではないぞ」

 

「間がありましたね。実は考えていたんですね」

 

「……うぐっ……時枝お前、わかってるなら口に出さなくていいから」

 

「やっぱり、比企谷先輩は鬼畜ですね!」

 

「少し黙ってろ、佐鳥……」

 

佐鳥賢。嵐山隊スナイパー。

スナイパーの中でも抜群のセンスを誇る後輩だ。

ツイン狙撃と言う、イーグレット二丁で行う同時狙撃を得意とする後輩で口癖が『見ました?俺のツイン狙撃』だ。

毎度、聞いてくるのでウザくなっている。

 

「それはないですよ、比企谷先輩。鬼畜なのはホントのことなんですし」

 

「わかった。佐鳥、今から俺と十本勝負しようぜ!」

 

俺は笑いながら佐鳥に言った。ある意味、恐怖の笑顔だな……。

 

「い、いや、俺はスナイパーですし、それに比企谷先輩、目が笑ってないですよ。怖すぎです!」

 

「佐鳥、切り裂かれるのか、蜂の巣になるのか、炸裂するのだとどれがいい。嫌いなのを選ばせてやるぞ…」

 

「嫌いなのを選ばせるんですか!?やはり怖すぎです、比企谷先輩!」

 

嵐山隊と話していると周りから視線を感じた。

視線の元は由比ヶ浜だった。大方、俺が哀れなボッチだと思っていたんだろう。

まぁ、実際にクラスじゃボッチだけどな。

 

「それじゃ、準備も整ったし始めるか」

 

「その前に確認させてくれ。俺達が君と戦えば上の人には言わないってことでいいんだよな?」

 

「……あぁ、そうだ。お前ら二人が俺と戦ったら、俺は上層部に報告しないことを約束する」

 

「わかった。始めよう」

 

葉山は納得してブースの個室に向かった。

あの二人はまだ気が付いていない。このゲームは始めから勝てないという事に……。

俺の提案を受け入れたとしても三浦が罰を受けるのは変わらないという事に。

今からあの二人が絶望するのが楽しみだ。

 

……なんか俺、悪役みたいになってきてる。はぁ~、溜め息が出てくる。



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比企谷VS葉山・三浦②

雪ノ下から始まった俺の実力への疑いに乗っかる形で暴言を言ってきた三浦。

そこからの俺対葉山・三浦の対決。

でもこれは俺の想定した流れと言えるだろう。

三浦は戸塚のテニスコートでの一件から俺への復讐を考えていたのは普段の教室での視線で分かっていた。

 

だから俺は策を用意して迎え撃つ準備を進めていた。まぁ使わない事とに越した事はない。

それにこれをやった際に俺は更にクラスでボッチになってしまう恐れがあるからだ。

でも、戸塚がいたな。まぁ少なくとも一人はいるからいいか……。

由比ヶ浜?誰それ?

 

おっと話がなんだかズレたな、とりあえずは葉山と三浦に集中しないとな。

手を抜いてもいいと最初は考えたがそれでは今後も舐められる恐れがあるのですぐにその考えは捨てた。

やはり、完全勝利が一番いいと思う。あの二人……特に三浦はその方がいいな。

そして俺、葉山、三浦の三人はブースに入ってフィールドに転送された。

 

「場所は市街地Aと言ったところか。時間帯は昼間か……。天候は快晴だな、雲一つないな……。まぁ変な設定でなくてよかった」

 

たまにランダムだと暴風とか積雪になったりするからな。その際は動きづらいからな。

まぁなんにしても、勝たないと俺の気が収まらない。さて、潰すとしますか。

未だに葉山と三浦は俺の手のひらの上で踊らされているとは思いもしないだろうに。

 

今回の戦いも俺の手のひらの上で踊っているようなものだ。今回は二人だし、三浦に関してはじっくりと料理したい。

葉山はできるだけ早くに倒しておきたい。

その方が三浦への精神的ダメージがデカイはず、あいつは葉山が居てこそのあのデカイ態度が取れているようなものだしな。

葉山が先に倒されたら、きっとどうしたらいいか分からなくなるはずだ。

 

(まずは、二人の位置確認だな。三浦が近いといいけど……)

 

これからの行動方針を決めてから、俺は耳を地面に付けた。

菊地原ならこんなことしなくても位置くらいすぐに分かるけど。俺はあいつほど耳が良いわけじゃないからな。って俺は忍者かよ!とノリツッコミしたくなるな……。

だから二人が地面を蹴るときに出る振動を聞くことにした。

 

(一人近いな……葉山か、三浦……どっちか確かめないとな……)

 

位置を確認するため、俺はアクション映画さながらの動きで家の屋根から屋根へ飛んでいき近くにいる人物に向けて進んだ。

 

「おっ!近くにいたのは三浦か。バイパー」

 

俺はトリオンキューブを出現させて、それを8分割して三浦の手前に向けて放ち、動きを止めた。そして三浦の正面に回りこんで挑発した。

 

「よぉ、三浦。倒しに来たぞ」

 

「ふん!何が倒しに来たぞだし。アンタなんかあーしと隼人でボコボコにしてやるんだから。……あーしをコケにしたこと後悔させてやるし!」

 

「そうか……。それは楽しみだな。倒せるものなら倒してみろよ」

 

それが戦闘開始の合図かのように三浦は弧月を抜刀して連続で俺に切りかかってきた……が、俺はそれを余裕で回避している。

 

「どうした三浦。さっきから一太刀も当たってないぞ?本気でかかって来いよ」

 

「黙れだし、避けずに当たれだし!!」

 

「いや、避けずに当たれで当たるバカは居ないだろ?……あぁ、そうか。お前がバカだったな。すまん、気が付かなかったわ」

 

俺の挑発に完全に我を忘れたように三浦は怒り狂った。沸点低いな……。

 

「!!黙れだし、ボッチの分際で!!あーしに立て付くなんて生意気なんだし!!いいからとっと死ねー!!」

 

「ホント。バカな奴だよ、三浦」

 

俺は三浦の攻撃を避けて、顔面を殴り飛ばした。思いのほか、飛んでいた。

殴られた三浦は唖然として、こちらを見ていた。まさか殴られるとは思いもしなかったんだろう……。

 

「どうした、ボーっとして。ゲームは始まったばかりだろ?もっと楽しませろよ。でないと、折角用意したのに無駄になるだろ?」

 

俺が三浦に言っていると背後から葉山が現れた。

 

「優美子!!アステロイド!!」

 

葉山は、トリオンキューブをだして、それを8分割して俺に向けて放ってきた。さすがに素人に27分割以上は無理か……。

 

「バイパー」

 

葉山のアステロイドを俺はバイパーを8分割して迎え撃った。

葉山のアステロイドをギリギリまで引き付けてからバイパーを放つ。アステロイドを押しのけてバイパーが葉山に迫っていったが葉山はそれを器用に回避した。さすがサッカー部次期主将だな、運動神経は抜群か……。

 

「よく避けたな葉山。正直、驚いたぞ……」

 

「どうして、君の弾が俺の弾を押しのけたんだい?」

 

葉山が疑問に思うのも無理ないか。

 

「それはな、ボーダーの射撃トリガーでシューターが使う弾の性能を調整することが出来るからだ。10あるパラメーターをそれぞれ、威力、弾速、射程の三つにトリオンを振り分けることが出来るんだよ。お前はおそらく、その三つを均等に振り分けている。対して俺は射程と弾速を2にして威力を6にしているからお前の弾を押しのける事が出来るんだ」

 

葉山は驚愕と言わんばかりの顔をしていた。……滑稽だなその顔。

 

「死ねー!!ヒキタニ!!」

 

葉山に話していると三浦が背後から切りかかってきたので、サイドステップで右に避け三浦の顔面に二回目のパンチを食らわした。ホント、面白いくらいに飛んで行くな……。

 

「葉山、三浦。お前らに言っていないことがあるんだが、聞く気あるか?」

 

「……なんだ?」

 

「お前らは俺がブレードを使ったからアタッカーだと思ってるけど、実は違うんだ」

 

「じゃあ、なんだと言うんだ?君のポジションは?」

 

「オールラウンダーだよ」

 

「オール、ラウンダー?それって嵐山隊の人と同じ……?」

 

「少し違うな。嵐山隊はガンナー型のオールラウンダーだが、俺はシューター型なんだわ。この二つの違いは、射撃トリガーの違いだな。嵐山隊は全員が銃を使うが俺はトリオンキューブを出現させて攻撃する。違いがあればそのくらいか」

 

「も、もしかして、君は……」

 

「お!やっと気が付いたか?俺がバイパーを苦手としていないことに」

 

「そ、そんなのズルだし!!卑怯なことすんなだし!!」

 

三浦がキレてきた。ホント……沸点が低い……。

 

「俺は始まる前に聞いたよな?『それでいいのか?葉山』って、それでズルだの卑怯だの、後からグダグダと文句を言ってくるんじゃねぇよ。だったら、俺か嵐山さんにでも俺のトリガーのことを聞けばいいものを……。だけど、お前ら二人はまったく聞いては来なかった」

 

その事を指摘してやると二人揃って唖然としていた。

俺はさらに二人を絶望させるためにボーダーでの俺の肩書きを教えることにした。

 

「さらに付け加えると、俺はボーダーでナンバー1オールラウンダー、個人総合5位なんだわ。……言っている意味が分からないって顔だな。つまりオールランダーで一番強いってことだ。個人総合はポジションに関係なく個人の実力のことで俺は五本の指に入るほど強いってこと。……わかったか?お二人さん」

 

俺の皮肉を込めた説明を聞いて葉山と三浦は悪い夢でも見ているかのような顔をしていた。

 

「もし、俺に使いにくいトリガーで戦わせたかったらレイガストにするんだったな。使った事がないから、こんなことにはならなかったかもしれないぞ」

 

俺は右手を頭より高く上げてトリオンキューブを出現させた。

その大きさが一・五メートルほどのトリオンキューブを、64分割して構えた。

 

「64発のバイパーの弾だ。……一人辺り32発だな。じゃあな……」

 

ドドドドドドドドンという爆音と砂煙が葉山と三浦の居た所から立ちこめ、それが晴れた時に二人のトリオン体は穴だらけで亀裂が走っていた。

 

『トリオン体活動限界ベイルアウト』

 

音声と共に葉山と三浦は光となって飛んでいった。

俺がブースを出て見ると生徒のほとんどが俺を見て引いているのがわかった。

 

「出水。俺、なんか不味い事したか?」

 

「いや、しただろ。女子の顔面を殴る奴がいるか?」

 

「先に喧嘩を吹っかけてきたのは向こうだし、自業自得だ」

 

「でも、いいのか?」

 

「何が?」

 

「いや、だから。彼女が言ったお前への暴言のことだよ。このままでいいのかなって思ってさ」

 

「あぁ、そのことね。大丈夫だ、出水。三浦の処罰は決定事項だから」

 

「ま、待ってくれ、ヒキタニ君。君は俺達との約束を破る気なのか?」

 

「そんなことはしねぇよ。けど、『俺は』報告しないと言っただけであって他の人……つまり嵐山隊のメンバーは報告するかもしれないぞ?」

 

「ど、どうして嵐山隊の人たちが報告するんだ?」

 

「……今日、嵐山隊は職場見学の説明役だけじゃなくて、監督役でもあるんだよ。……つまり、今日の職場見学のことをまとめて、上層部に報告する義務があるわけだ」

 

「つ、つまり、俺達と君の戦いは全くの無意味だったってことか?だったらなんで、俺達と戦うように提案したんだ?……」

 

「そんなの俺のストレス発散が目的なのと三浦への制裁に決まってるだろ」

 

「制裁だと?君はそのためにクラスメイトを騙してこんなことをしたと言いたいのか。君は最低の人間だ!」

 

「それを言ったら、三浦はどうなるんだよ?プライドを傷つけられただけで、周りを巻き込んで俺を見下していい理由にはならないだろ?」

 

「そ、それは……だけど!君は……」

 

「それにな葉山、俺は別に俺に対しての暴言に関してはなんとも思って無いんだ……。でも、会ったことも無い俺の隊のメンバーを暴言したことに関しては結構怒ってるんだ」

 

「それでも、君のやり方が卑劣だ!!」

 

「はぁ~話にならんな葉山。そもそも三浦は俺に貸しがあるんだぞ」

 

「……貸し?なんだ、それは……?」

 

「テニスコートのことだよ」

 

「え?!なんでそれが?」

 

「あの時、三浦は勝手にラケットを使ったよな?」

 

「で、でも、それは君との対決をするのに必要で……」

 

「だが、使っていいと許可を出した覚えはない。つまり、三浦は許可なく、テニス部の備品を使ったことになる。授業または放課後以外で部の備品を使うには学校と生徒会の許可が必要なんだ。でも三浦は許可を取ってない……その時、校則違反をしたんだよ。それを俺が学校に報告すると三浦の処罰はさらに重くなる」

 

「それは、そうだけど……」

 

「葉山、お前らがここで妥協すれば少しは三浦への処罰は軽くなるかもな。でもそうでないなら……俺は容赦をしない」

 

俺は最後の方の言葉を葉山だけ聞こえるように言った。それの言葉が効いたのか、葉山はそのまま引き下がっていった。

すると葉山と入れ違いで何故か雪ノ下が近付いて来た。……嫌な予感しかしない。

 

「比企谷君。私とも戦いなさい」



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比企谷八幡VS雪ノ下雪乃

「私とも戦いなさい」

 

そう言う雪ノ下に俺は訳が分からなくなっていた。

 

(こいつは何を言っているんだ?さっきのを見て俺に勝てるとでも思っているのか?)

 

「……聞いているのかしら? ……あぁ、耳が腐っていたのだったわね。ごめんなさい。気が付かなかったわ」

 

「……それが人にものを頼む態度かよ。それにさっきの戦いを見て俺に勝てるとでも?」

 

「私がさっきの二人と同じと思わないことね」

「いや、同じだろ。トリガーをたかが数分触っただけのお前と四年もの間戦い続けている俺とじゃあ差がありすぎるんだよ。そんなことも分からないのか、お嬢様?」

 

俺の皮肉が気に障ったのか、雪ノ下は怒った。三浦と同じで沸点が低いな……。

 

「いいから私と戦いなさい!!」

 

「嫌だね。そんな高圧的な態度の奴と戦う気にはなれんな……」

 

「あら、私に負けるのがそんなにも怖いのかしら?」

 

雪ノ下は俺に対抗して挑発してきた。しかし雪ノ下、そんな分かりやすい挑発に乗るほど俺は安くないぞ。

でもこのまま、職場見学の終了まで時間を稼げば戦わずに済むな。

よし、それで行こうと思った矢先に本部では余り聞かない男の声が聞こえてきた。

 

「戦ってやれよ、比企谷」

 

「何でアナタがここにいるんですか?迅さん……」

 

迅悠一。玉狛支部所属のS級隊員。

『未来視』と言うサイドエフェクトを持ち、顔を見た人間の未来を視る事が出来る。

ブラックトリガー『風刃』を持っているが、今までその能力を使って戦ったのを見たことがない。

さらに言うとこの男の趣味が最悪だ。

サイドエフェクトを使い、反撃されても大丈夫な女性の尻を触りまくる変態だ。

そして、いつも持ち歩いているぼんち揚げを片手に持っていた。

 

「……ぼんち揚げ食う?」

 

「いりません。てか、何で本部に居るんですか?また、セクハラをしに来たんですか?少しは自重しないとマジで殺されますよ」

 

「そんなことはしないさ。さっきの質問だけど今朝に今日は本部に行けば面白いものが見れると、俺のサイドエフェクトが言ってたんだ」

 

「ホント、お決まりのセリフですね。もっとレパートリーを増やしたらどうなんですか?いい加減飽きますよ……」

 

「なんだか、今日はいつもに増して目が濁っているぞ比企谷……」

 

俺が迅さんと話していると下の方から声がした。

 

「やっているようだな。はちまん!」

 

「……誰かと思ったら、陽太郎か。久し振りだな」

 

林藤陽太郎。玉狛支部所属の五歳児にして自称最強の隊員。

『動物との意思疎通ができる』サイドエフェクトを持つお子様だ。

比企谷隊の戦闘隊員が俺だけだった時に玉狛第一との合同防衛任務の前に遊びに行ったり、食事などしたり作ったりしたことがある。

 

そしていつも通り、陽太郎は相棒のカピバラの雷神丸に乗っていた。

 

雷神丸。玉狛支部所属のカピバラ。

陽太郎とは常に行動を共にする相棒で玉狛のマスコット的な存在だ。

陽太郎を背に乗せて移動している姿はもうお馴染みの光景だった。

でもこのカピバラは他のカピバラより段違いに動く、カピバラなのに。

 

「どうしてだ!はちまん!」

 

「……何がだよ」

 

「どうして、さいきんはたまこまにあそびにきてくれないのだ!」

 

「あぁ~すまんな。隊を作ったりA級に上がったりして忙しかったんだよ」

 

「そうなのか?また、はちまんのカレーをたべたいぞ」

 

「そんなによかったのか?俺のカレー」

 

「うむ。こなみのカレーよりおいしかったぞ」

 

「……それ、本人の前では絶対に言うなよ。……そうだな、近い内にカレーを作りに行ってやるよ。それでいいだろ?」

 

「うむ。それでいいぞ」

 

陽太郎とカレーの約束をしていると雪ノ下が催促してきた。

 

「もう、いいかしら。早く準備しなさい、比企谷君」

 

「だから、戦わないって言ってるだろ。それともお前は人の意思を無理矢理捻じ曲げてまで自分の要求を貫くつもりか?それでよく人ごと世界を変えるなんて言えるな」

 

「なんですって!!」

 

雪ノ下は周りが驚く位の大声をだした。周りの生徒が驚いていた。

 

「事実だろ?お前は自分の我が儘が叶わずに癇癪を上げているガキなんだよ。それにお前は此間、母親に酷く怒られたばかりだろ?」

 

「どうして、そのことを貴方が知っているのかしら?……あの時の会話を聞いていたのね……。知っていることがあれば全て話しなさい!!」

 

「断る。それに真相を知ったところで、もう遅いしな。そもそも、学生が出来る事を越えているんだぞ、その辺りを疑えよ……。だからお前はバカなんだよ……」

 

「バカなのは、貴方のほうでしょ」

 

「良く言えたな、学年次席にもなれないのに学年主席の俺に」

 

俺がそう言うと雪ノ下は苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。

しかし、と俺は考える。

 

(迅さんが俺に戦えと言うからにはそれに意味があるはずだよな。……よし、ここは迅さんの思惑通りに動いてみるか)

 

「……いいぞ」

 

「……何がいいのかしら?」

 

「だから、戦ってもいいぞと言っているんだ」

 

「さっきは断ったくせに、どういうことかしら?」

 

「気が変わったんだよ。それに自分の実力すら把握出来ていない奴を倒すのは楽だしな。それでお前は俺にどのトリガーを使ってほしいんだ?」

 

「普段から使っている物でいいわ」

 

「……雪ノ下。お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「当たり前でしょ。それ位はわかっているわ。バカにするのも大概にしなさい」

 

「……わかった。ただし、後で文句を言うなよ」

 

「貴方こそ、負けた時の言い訳でも考えておく事ね?」

 

雪ノ下はどこか勝ち誇った顔をしていた。そして、俺と雪ノ下はブースに入り、フィールドに転送された。

 

 

 

「高いビルが所々にあるな。……市街地Bと言ったところか?……しかし、雪ノ下のあの自信はどこから来ているのか、不思議だ……」

 

俺が考えごとをしていると雪ノ下が正面から走ってきた。

 

「おいおい、マジかよ。普通に正面から来る奴がいるか?」

 

さすがの俺も驚きを隠せなった。

普通は実力差が空いているなら奇襲などを仕掛けるのに、雪ノ下はまったくしてこようとはしなかった。

 

「バイ……」

 

俺はバイパーを使おうとして、途中でやめた。

 

(迅さんの思惑にあえて乗っかってみたが、この戦いに何があるのだろうか?)

 

俺は考えて、弧月を抜刀して待ち構えた。

雪ノ下の初撃は俺の頭を狙ったものだった。トリオン体の弱点をしっかりと把握しているな……。

トリオン体の破壊は頭、つまり伝達神経を破壊するか、または心臓に当たるトリオン機関の破壊か、もしくはトリオン漏れでトリオン切れのいずれかだ。

 

雪ノ下はそれを的確に狙っての連続攻撃をしてきた。俺はそれを弧月でしっかりと捌いていく。

しかし、雪ノ下のこの槍捌きはとても素人の動きではなかった。

 

「それにしても、雪ノ下。お前のその槍捌きは誰かに習ったのか?」

 

俺は疑問に思った事を雪ノ下に聞いてみた。だが、それをバカ正直に答えるとも思えないが……。

 

「護身術で槍術を習っているのよ。でもね、私は昔から体力だけがなくて、長続きしなったのよ。でも、トリオン戦闘体なら私の実力を十分に発揮できるわ」

 

雪ノ下はバカ正直に答えたよ。……やはり、バカだ!

 

「……そうか。だったら、体力をつける努力をしろよ。聞いているこちらとしては、ただ言い訳しているように聞こえるからな」

 

「うるさいわね。それより貴方、さっきからなんのつもり?」

 

「何のことだよ……」

 

「……あえて惚けるのね。貴方が先ほどから私に攻撃しないで、ただ攻撃を凌いでいることよ。私を舐めているのかしら?だとしたら、後悔することになるわよ」

 

「安心しろ。お前を決して舐めている訳ではない。そもそも、俺はこの戦いで使うトリガーを弧月だけと決めているからな」

 

「それを舐めていると言っているのよ!」

 

雪ノ下はなんだか、ご機嫌斜めのようだ。

 

「別にお前が普段のトリガーを使えと俺に言ったからって、使うトリガーを決めるのは、俺自身だ。もし、ほかのトリガーを使わせたいなら、俺を本気にしてみろ……できるならな」

 

「……いいでしょう。その舐めた口を二度と利けなくしてあげるわ!!」

 

「いいかげん、ワンパターンなんだよ雪ノ下……」

 

雪ノ下は勢いよく突っ込んできたので俺はあるトリガーを雪ノ下の足元に配置した。

 

故に雪ノ下の槍は、俺に届くことはなかった。

「なっ?!」と声を出して雪ノ下は上に高く飛んでいった。雪ノ下が飛ぶ原因となったのは足元にある青い板のようなものだ。

 

グラスホッパー。空中移動を可能にする、オプショントリガーだ。

 

雪ノ下はそれを踏んで飛んでいったのだ。飛ぶ準備が出来ているならいいが、それを踏まされた人物は対処が遅れてしまう。

ちょっとしたトラップにもなるから便利だ。

俺は雪ノ下からバックステップで距離を取ってから弧月を構えた。

 

「旋空弧月」

 

俺は飛んだ雪ノ下に向けて弧月の専用オプショントリガー『旋空』を使い、斬撃を四回放った。

雪ノ下はその内二回、槍を使って防いだが残り二回を頭と左胸に喰らいトリオン体に亀裂が走った。

 

『トリオン体活動限界ベイルアウト』

 

音声と共にトリオン体が崩れ、雪ノ下は光になって飛んで行った。

それからブースを出て雪ノ下に向かって俺はいいたい事を言った。

 

「わかったか、雪ノ下。これが俺とお前の実力の違いだ……」

 

「……貴方は卑怯な手を使ったわね」

 

俺は首を傾げながら、雪ノ下に訊いてみた。

 

「一体何のことを言っているんだ。お前は?」

 

「貴方はさっき、他のトリガーは使わないと言ったのに使ったじゃない!!これが卑怯以外になんだと言うの!!」

 

「……お前って、ホントにバカだな。そんなの嘘に決まっているだろ……」

 

「嘘、ですって……それこそ、卑怯だわ!!」

 

「……はぁ~。嘘も戦術の一つだと思うけどな……。それに戦っている相手の言葉を真に受ける奴があるか」

 

俺が言うと雪ノ下はそれでも納得がいかない顔をしていた。

 

「納得がいかないって顔をしているな。だがな、雪ノ下。お前はボーダーについて何も分かっていない。俺達、ボーダー隊員は負けられない戦いをしてるんだよ。負ければ全てが終わる……。それを俺達は必死にこの街……三門市を守ってるんだよ。正々堂々な戦いがしたいなら、どこか別の場所でチャンバラごっこでもやってろ」

 

それだけ雪ノ下に言い残して、俺は迅さんに今回の事を聞くことにした。

 

「迅さん。今回の戦いに何の意味があるんですか……?」

 

「あぁ、それな。実は小町ちゃんの事なんだけど。陽太郎、あれを比企谷に渡しな」

 

「うむ。はちまん、これをやる」

 

陽太郎が渡してきたのはMAXコーヒーだった。

 

「……陽太郎が何でマッ缶を?」

 

「まちがって、かった。でも、じんがひつようになるからもっていろっていった」

 

「……そうか。でも、ありがとな。有り難く頂くぜ」

 

俺はその場でマッ缶を一気飲みした。

 

「ぷはぁ~。マッ缶、最高!……ありがとな、陽太郎。カレー、楽しみにしていろ、飛びきり美味しいのを作ってやるからな」

 

「うむ。たのしみにしているぞ!」

 

「それと迅さん。この戦いが小町とどう関わってくるんですか?」

 

「それは玉狛に来た時にな……。陽太郎、そろそろ帰るぞ。ボスの用事もそろそろ終わるそうだからな。それじゃ、またな比企谷。太刀川さん達もね」

 

「次、来る時は連絡しろよ。迅」

 

太刀川さんに挨拶をしてから、迅さんと陽太郎は居なくなった。

そして、職場見学はこうして終わりを告げ、生徒は流れ解散になったが、俺はこの後すぐに任務があったので作戦室で仮眠を取った後に防衛地点に向かった。



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玉狛第一

職場見学が無事に終わった……と言っていいのかわからないが、とりあえずは終わったと思う。

職場見学があった週の日曜日の午後三時すぎ、俺はスーパーに買い物に来ていた。

この後、向かう場所にいる人物との約束を果たすために。

 

「雪菜、他に買うものってあったけ?」

 

「後はお肉だけだと思いますよ?」

 

「夜架って、福神漬けを入れたりするの?」

 

「いえ。私は入れないですね」

 

浅葱と雪菜が買うものを確認し、シノンと夜架は福神漬けの話をしている。

 

今、比企谷隊のメンバー全員でスーパーに居る。

何故、このメンバーで買い物をしているかというと、ある人物との約束を果たすためにカレーの材料を買っている。

 

 

「買うものは後、肉だな。それを買って向かうとするか」

 

「何肉を買うの?八幡」

 

「鶏肉だな。チキンカレーにでもしようかなと思ってるし」

 

「比企谷先輩のチキンカレーですか。隠し味にリンゴを入れるんですよね?」

 

「そうだ。そうすると味が良くなる」

 

メンバーで会話をしつつ、お目当ての品を買い、目的の場所に向かって歩き出した。

 

目的の場所は玉狛支部。

ボーダー最強の部隊がいて、なおかつS級の迅さんも所属している支部だ。

陽太郎との約束で近い内に玉狛に行き、カレーを作ると約束した。

 

玉狛支部の建物は川の上にある。

昔は水の水質を調べる施設だったのをボーダーが買い取り支部に改造したそうだ。

チャイムを鳴らして人が出て来るのを待った。

 

「おっ!いらっしゃ~い、ハチ君。それに皆も」

 

「おう。邪魔するぞ、宇佐美」

 

宇佐美栞。玉狛第一のオペレーター、メガネ女子。

知的にメガネを光らせる名オペレーターと言えるが、『メガネ人口』と言う、謎の人口を増大させることに熱意を燃やしている。

そして玉狛に転属前は風間隊のオペレーターをやっていた。

 

「おっ?おおっ!おおおっ!?ついにハチ君がメガネを掛けているだと!?」

 

そう、宇佐美の言う通り俺は今、メガネを掛けている。

その理由は俺の濁った目を隠すため掛けているのだが……。

 

「やっぱり、変か?俺がメガネを掛けているの……」

 

「うんん。よく似合っているよ、それ。浅葱と選んだかいがあるってもんだね!」

 

「お前と選んだのね……だから、このデザインなんだな……」

 

宇佐美と同じデザインのメガネなのはそう言う理由か。

 

「他の人達は?」

 

「ボスとレイジさん、それに小南は外出中で烏丸君はバイトでもう少ししたら来るかな?迅さんと陽太郎はお昼寝中だよ」

 

(迅さん、お子様とお昼寝とかいいご身分な事で、まぁでも起きていたら碌な事をしないからなあの人)

 

少し考えていると、後ろから声を掛けられた。

 

「いらしてたんですか、比企谷先輩」

 

「おう。邪魔しているぞ烏丸」

 

烏丸京介。玉狛第一オールラウンダー。

宇佐美からはもさもさしたイケメンと言われてる。

どんな状況にも臨機応変に対応できるクールガイで家が貧乏で大家族なのでバイトをいくつか掛け持ちしている家族想いの出来る兄だ。ちなみに五人兄弟だそうだ。

 

「バイトはもう終わったのか?烏丸」

 

「はい。今日はそんなに忙しくなかったので、今日は比企谷先輩のカレーなんですよね?楽しみです」

 

「そうか。ちなみにチキンカレーを作るつもりだ。期待しておけ」

 

烏丸と話し終わってからキッチンに立ち、食材の下ごしらえを始めた。浅葱は宇佐美と共に訓練用のトリオン兵の動きの設定を作っている。シノンは起きてきた迅さんと陽太郎と一緒にゲームをしていて、夜架と雪菜は俺のカレー作りの手伝いをしてくれてる。カレーが出来上がりそうな頃に残りのメンバーが帰ってきた。

 

「おっ!今夜はカレーか?」

 

「そうですよ。林藤さん」

 

林藤匠。玉狛支部支部長。

ボーダー派閥の一つ『ネイバーにもいい奴がいるから仲良くしていこう』の筆頭に居る人で旧ボーダー創設時から居る古株だ。

エンジニアとしての顔を持ち、開発室長と共にランク戦のシステムを構築した。

 

「何か手伝った方がいいか?」

 

「レイジさん。もう少しで出来ますので大丈夫ですよ」

 

木崎レイジ。玉狛第一隊長でパーフェクトオールラウンダー。

アタッカー、ガンナー、スナイパーの三つ全てでマスター級の腕前でボーダーで唯一無二の隊員。荒船先輩の目標にしている人だ。

全般的な戦闘から料理までこなす出来る男で、宇佐美からは落ち着いた筋肉と言われている。

烏丸の師匠で、レイガストとスラスターを使った拳撃で戦うという変わったスタイルをしている。

 

「何で比企谷がここにいるのよ?」

 

「陽太郎との約束でな。カレーを作りにここにいるんだよ、小南」

 

小南桐絵。玉狛第一アタッカー。

双月と呼ばれる斧を使いどんな敵でも一撃粉砕する玉狛第一のエースだ。

素直すぎる性格でよく烏丸に嘘を吐かれ騙されている。

すぐにバレる嘘にすら、騙されてしまう。マジでドンマイ。

アタッカーランキングは上位に入るほどの実力の持ち主で旧ボーダー時代から居る古株と言っていい人物だ。

 

「そうなの?じゃあ何であんただけじゃなく、浅葱達まで居るのよ?」

 

「小南先輩は知らないんですか?比企谷先輩の部隊、比企谷隊は今日から玉狛に転属するからここにいるんですよ」

 

「えっ!?そうなの?迅は知っていたの?」

 

「そんなの当たり前だろ」

 

「じゃあ、宇佐美は?」

 

「もちろん知っているよ」

 

「じゃあ、レイジさんも?」

 

「あぁ、知っているぞ。比企谷隊は玉狛に転属しない事をな」

 

「えっ?!……それって、どういうこと?……とりまる!!」

 

「小南先輩、さっきのは嘘です」

 

「嘘?どこからが……」

 

「もちろん。全部です」

 

「………よくも騙したわねぇぇぇ!!比企谷ぁぁぁ!!!」

 

小南は烏丸ではなく俺の方に飛びかかってきた。何故、俺なんだ?

 

「小南。肉なしカレーになってもいいのか?それでもいいなら飛びかかって来い」

 

「うっ!!……食べた後、覚えておきなさいよ!!」

 

俺の脅しが効いて小南は大人しく椅子に座ってカレーができるのを待っていた。

 

「はぁ~烏丸。お前な、飯を作っている時は嘘を言うなよ。危険だろ、小南が」

 

「すいません、いつも癖で。それに反応が面白いんですよね。小南先輩は」

 

「それに関しては同感だ。でも、ある意味あいつの将来が心配だな……」

 

などと、話しているとカレーは出来上がった。うん。いい出来だ。

 

「男のくせになんでこんなにも料理が上手いのよ」と浅葱が

 

「さすがは主様ですね。とても美味しいです」と夜架が

 

「美味しいですね!比企谷先輩のカレー」と雪菜が

 

「うん。確かに美味しいわね八幡のカレー」とシノンが

 

「うむ。やはり、はちまんのカレーはうまいな」と陽太郎が

 

「確かに美味しいよね~ハチ君のカレー」と宇佐美が

 

「美味しいですよ、比企谷先輩」と烏丸が

 

「腕を上げたな、比企谷」とレイジさんが

 

「ホント、美味しくなったな。比企谷」と林藤さんが

 

「やはり、比企谷のカレーはうまいな」と迅さんが

 

「……なんでここまで美味しいのよ。比企谷のカレーは」と小南が

 

それぞれ、絶賛してくれた。小南はカレーくらいしかできないからな。よほど悔しいらしい。

 

「そうですか、それはよかった。烏丸、余ったら少し持って帰っていいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「そうだ。比企谷達はこれから少し時間いいか?」

 

烏丸と話していると林藤さんが俺達に尋ねてきた。

 

「まぁ今日は防衛任務も終わりましたので、時間はありますけど」

 

「だったら、ここに居る人間でスーパー銭湯でも行かないか?」

 

「俺は別に構いませんけど……。お前らはどうだ?」

 

俺が隊のメンバーに聞いてみた。

 

「私は特に問題ないよ」

 

「私の方も構いません」

 

「私も別に構わない」

 

「私も今日は遅くなると言ってあるので大丈夫です」

 

上から浅葱と夜架とシノンと雪菜は言ってきた。

 

「よし、少し腹を落ち着かせたらみんなで行くか」

 

林藤さんの提案でスーパー銭湯に行く事が決定した。

まぁ男同士での銭湯の光景なんて、誰得だよって思うな。風呂から上がってみると雪菜が妙に落ち込んでいたので理由を聞いてみた。

 

「どうした、雪菜。なんだか元気がないようだけど?」

 

「……実はちょっと自信がなくなって……」

 

「なんの自信が?」

 

「……胸です……」

 

「胸?」

 

「はい……。浅葱先輩は大きいのは分かっていたんですけど。夜架先輩やシノン先輩も大きかったんです。お二人は着痩せしていたんですね……。勝てないと思いました」

 

「そうか……。まぁ元気だせ……」

 

俺は雪菜をフォローしながら頭を撫でた。そうしていると雪菜の顔が風呂に入ってしばらく経つのに赤くなり出してきた。

 

「雪菜。大丈夫か?顔が赤くなっているけど?」

 

「へっ?!だ、大丈夫、です。だから、その……もう少しだけ撫でてもらっても、いいですか?」

 

「まぁ……それくらいなら」

 

俺は雪菜の頭を撫でた。小町にも昔よくこうして撫でたっけ……。それにしてもサラサラした髪だな。手入れをしっかりとしている証拠だな。

しかし、雪菜の頭を撫でていると後ろの方から殺気を感じた。おそらく、振り返れば鬼の形相をしていると思う。浅葱とシノンが……。

 

そんなこんなで風呂から上がった俺達は林藤さんの奢りでジュースを飲む事になった。

俺と浅葱とシノンと小南と宇佐美がコーヒー牛乳で夜架と雪菜とレイジさんが普通の牛乳で林藤さんと迅さんと烏丸と陽太郎がフルーツ牛乳を飲む事になった。

そこで俺は小南にちょっとした嘘を吐いてみた。

 

「小南、知っているか?銭湯などで飲む、正しい牛乳の飲み方を」

 

「何よ、急に。そんなの知っているに決まっているじゃない。左手を腰に添えて斜め45度の角度で一気に飲むことでしょ?もちろん、知っているわ」

 

「さすがだな、小南。だが、知っていたか?その正しい飲み方をしなかった場合に牛乳が炭酸飲料に変わってしまうことを!!」

 

「えっ?!そうなの?初めて知ったわ、それ。とりまる、あんたは知ってたの?」

 

「もちろんですよ。知らなかったんですか?小南先輩」

 

「じゃあ、宇佐美は?」

 

「ちゃんと知ってたよ」

 

「迅。あんたはどうなの?」

 

「そんなの当たり前だろ」

 

「じゃあ、ボスは知っていたの?」

 

「おう。もちろんだぜ」

 

「ボスも知ってたなんて……。レイジさんも?」

 

「あぁもちろん知っているぞ。牛乳がどんなに頑張っても炭酸飲料には成れないことをな」

 

「………えっ?!どういう事?」

 

俺の嘘に小南が首を傾げているので、バラしますか。

 

「小南。さっきのは全部、嘘だ」

 

「嘘?全部?……また!!騙したなぁぁぁー!!!比企谷ぁぁぁー」

 

「まぁ待て、小南。実は俺も騙された側なんだわ」

 

「……どういう事よ?それは……」

 

「だから、お前が騙されないように教えておいたんだよ。この事を」

 

「そうなの?あんたも騙されたなんて……騙した奴は誰よ!!探し出して、もう二度と嘘が言えない身体にしてやるわ!!」

 

小南は完全にやる気だな……いや、殺る気だな。……黙っていたほうがいいな。

 

俺はスーパー銭湯の帰りにボーダーの職場見学で戦った雪ノ下との一戦について迅さんに聞いてみた。

 

「迅さん。どうして、俺と雪ノ下を戦わせる必要が有ったんですか?」

 

「あぁそれな。彼女がそう遠くない内にボーダーに入るかも知れないからだ」

 

「雪ノ下がボーダー?なんでそんなことに?」

 

「まだ、モヤが掛かっていてハッキリとは視えないけど。近い将来に何かがこっちの世界に来るんだよ。それでボーダー隊員は多い方がいいだろ?それに彼女はあの雪ノ下建設のお嬢さんだ。だから彼女の親がボーダーのスポンサーになってくれた方が後々、都合がいいんだよ」

 

「入ってくると思うんですか?あいつが入るとは思えないんですけど」

 

「まぁ今年は入れないけど。来年に入ってくるから、その時になってみないとな」

 

「うげぇー!ホントですか?まぁ入ってきたとしても、返り討ちにしてやりますけど」

 

仮に雪ノ下がボーダーに入隊して俺に挑んできたとしても、入りたての奴じゃ俺に勝てないけどな。でも、必要以上に俺への対抗心を持っているからな。

へし折って、身の程を分からせてやる。

玉狛で作ったカレーを家に持ち帰り、お袋に食べさせてあげた。

高評価だったのは、嬉しかった。




ようやく、改訂版もここまで来ました!!

これからは新章編に入ります。サブタイトルは奉仕部崩壊編(仮)を投稿していきます。

一話目は由比ヶ浜、二話目に雪ノ下、三話以降に比企谷隊のメンバーの話をしていくつもりです。

更新頑張っていくのでよろしくお願いします。


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奉仕部崩壊
由比ヶ浜結衣②


新章 奉仕部崩壊編が始まりました。

今回は由比ヶ浜です。

では本編をどうぞ。


ボーダーの職場見学が終わり、玉狛でのカレー作りの約束を果たして一週間が経過した。

その間に変化したことが三つある。

 

一つ目が比企谷隊の防衛任務のシフト時間の変更だ。

今までは平日は夜が基本的だったが、俺がボーダー隊員だとバレてしまい隠しておく必要がなくなりシフトの時間を昼間にも入れるようになった。

 

二つ目は俺がメガネを掛けるようになったことだ。

これで俺の目の濁りを隠していけるはず。これにより平塚先生の奉仕部への依頼である俺の更生は出来たも同然だ。だからこの一週間は奉仕部に顔を出していない。

 

三つ目がクラスでの俺の存在だ。

これまでは影の薄いボッチだったが、メガネを掛けるようになり、さらにボーダー隊員だということもあってクラスでは存在感がありまくりな状態だ。しかし、それでも俺に話し掛けてくる人間は皆無だ。

と言いたいところだが話し掛けてくる人間が二人はいる。

 

一人目は言わずもがな戸塚だ。

戸塚が奉仕部に依頼した後もたまにテニスの練習に付き合っている。あの笑顔は俺の数少ない癒しの一つだ。戸塚、ナイス笑顔!

 

二人目が意外にも川崎だった。

前にスカラシップのことを伝えてからも度々学校以外で会っている内にそれなりに会話するようになった。しかもボーダーについて詳しく聞いてくることがあるので聞いてみたら、どうやらボーダーに入りたいそうだ。

今度はしっかりと家族と話し合って決めたそうだ。

 

 

 

 

 

 

そして俺は浅葱と夜架と一緒に昼前に総武高校に向かって歩いていた。別に三人揃って遅刻と言うわけでも無い。

約一時間前に防衛任務が終わり、報告書を書き終わってその日はソロ戦でもして時間を潰そうかなと思っていると雪菜に『今から行けばギリギリ午後からの授業に間に合うから行くべきです』と言われてしまい諦めて学校に向かっている。

 

 

「しかし、なんで雪菜はあんなに真面目なのかね……。少しくらいサボってもいいじゃねぇか……」

 

「そんなことを言うから雪菜は学校に行けって言ったのよ」

 

「そうですよ、主様。それに雪菜が真面目なことは隊長である主様のほうが良く知っているのではないですか」

 

「そうだけどな。……あれ?あそこに居るのって綾辻か?おーい!!綾辻!!」

 

 

綾辻遥。A級嵐山隊オペレーター。

広報を担って多忙な嵐山隊をしっかりと支えている者で縦横無尽に立ち回っている四人の隊員をサポートする優等生だ。ちなみに総武高校の生徒会副会長もしている。容姿端麗で総武やボーダー内に多くのファンがいる。

 

 

「あれ、比企谷君?それに浅葱ちゃんに夜架ちゃん。どうしてこんな時間にここにいるの?……まさか、三人揃って遅刻じゃないよね?」

 

「そんなわけあるか……。俺達は一時間くらい前まで防衛任務だったんだよ」

 

「そうなの?でも珍しいね、比企谷隊が平日の昼間に防衛任務って」

 

「まぁな。俺がボーダー隊員だとバレたしな……」

 

「そっか。それにしてもそのメガネ、とてもよく似合っているね」

 

「そうか?これは浅葱と宇佐美の二人が選んだからな。まぁ似合っているならよかったよ」

 

 

綾辻が加わり俺達四人はクラスに着くまでの間、最近の事などを話しながらそれぞれのクラスに向かった。

そして五時間目が始まる前にクラスに着く事ができ、後ろの扉から入るとクラスメイト全員が一斉に俺の方を向いてすぐさま前に向き直した。俺は先生に防衛任務のことを話して席に着いた。

 

クラスに一箇所だけ空いている席がある。それは三浦優美子の席だ。

三浦のボーダー本部で俺に対して言った暴言は嵐山隊の報告書で上層部に伝わり、職場見学が終了してすぐに学校に抗議文が届いた。内容をまとめるとこうなる。

 

『総武高校の生徒である三浦優美子はボーダー隊員である比企谷八幡に対して暴言を吐き、その際に一言も謝罪がなかった。此方としてはそのような生徒がいる総武高校の職場見学の受け入れを今後はしない考えだ』

と、このような抗議文が送られてきて、すぐに三浦は十日間の自宅謹慎が言い渡された。

ちなみに一緒にいた葉山は巻き込まれたとのことでお咎めなしになっている。だが三浦と一緒にいることが多かった葉山の人望はがた落ちしている。サッカー部の次期主将候補から外されたと聞いた。

 

さらに雪ノ下も俺に暴言を浴びせたということが学校に伝わっていた。多分木虎辺りが上層部に報告したと思うな……。

それで雪ノ下も三浦同様に自宅謹慎になるはずだったが、雪ノ下母親が学校に話しを付けて自宅謹慎はなくなったが、反省分を五十枚ほど書かされたそうだ。

そしてこれは噂で聞いたのだが、一人暮らししていた雪ノ下は母親に自宅に強制帰宅させられたそうだ。マジでざまぁー。

 

そして罰を受けた人間がもう一人いる。平塚先生だ。

平塚先生は引率をしないといけない立場にいるのに関わらず、ボーダー本部の喫煙室でタバコを吸っていた。

ボーダー本部にも喫煙室はある。二十歳を超えた人はそれなりにいるのでそう言う場所は存在している。もちろんカメラ付で。さすがにボーダー隊員の大半は未成年だ。

喫煙室でタバコなんて吸っているのがわかった瞬間にクビになってしまう。まぁそんなことをするバカはいないが。

平塚先生は喫煙室でタバコを吸って生徒を引率をしていないことが学校側に知られて減給の上に仕事量が増えたらしい。マジでざまー見ろ。あの独身女教師が。

 

 

 

 

 

その日の授業が終わり鞄にノートなどに入れて、教室を出たところで後ろから由比ヶ浜に声を掛けられた。

 

「ヒッキー……」

 

「ん?なんだ、由比ヶ浜か。なんか用か?」

 

「えっと……その……」

 

「言いにくいことがあるなら場所を変えるか?それならついて来い」

 

 

俺は由比ヶ浜を連れて、お気に入りの場所に向かっていた。浅葱と夜架にはさきに本部に行くように言ってある。

俺のお気に入りの場所は総武からボーダー本部の途中にある喫茶店だ。喫茶店の名前は『末甘(まつかん)』。

気がついていると思うがこの名前はMAXコーヒーを指している。

末甘⇒マッ缶⇒MAXコーヒーと風になっている。

 

この喫茶店のマスターは俺同様にMAXコーヒーをこよなく愛している。メニューにマッ缶を入れるくらいにだ。しかも俺はここの常連だ。

俺と由比ヶ浜はテーブル席に座り、メニューを見ていた。少ししてからマスターが注文を聞きに近付いて来た。

 

「やぁ比企谷君、いらっしゃい。今日のお連れの方は見た事がないね?」

 

「どうも、マスター。こいつはクラスメイトですよ。今日は少し話すのにここを使わしてもらいますね」

 

「別に構わないよ。今日はそんなにお客さんはいないからね。それで注文は?」

 

「そうですね。じゃあいつものでお願いします。由比ヶ浜は?」

 

「えっ?!えっと……じゃあ、同じものを」

 

「承知ししました。少々お待ちを」

 

マスターは準備にカウンターの奥に消えていった。

しかし由比ヶ浜は俺と同じものでホントに良いのか?マスターはもちろん分かっているけど……。

とりあえず、メニューが来るまでに話を付けるか。

 

「それで話があるんだろ?話せよ」

 

「……うん……。ヒッキーはさ、何で奉仕部に来なくなったの?」

 

「それは俺があそこに行く理由がなくなったからだよ」

 

「……理由って何?」

 

「平塚先生は目が腐っているだの性格が捻くれているから社会に出た時に困るだのボッチだから友達を作れだの。そういうところを直すために俺を強引に奉仕部に入れたんだよ。だけどな、もう俺は目は腐ってないし、性格も社会に出ても困らないし、友達に関しては大勢いるし、それに親友と言っていいくらいの奴もいるしな」

 

俺が奉仕部に入れられた経緯を話している間、由比ヶ浜は黙って聞いていた。

俺は一呼吸おいて由比ヶ浜が気にしていることを話した。

 

「それとな由比ヶ浜。俺は別に去年お前の犬を助けた時に出来た怪我をしたことなんて怨んでない」

 

「……ヒッキー、覚えてたの?」

 

「いや、小町から聞いた」

 

「……小町ちゃんから。……そうなんだ……」

 

「お前は事故のことを気に掛けていたんだよな?だから俺に対して妙なあだ名を付けて仲良くしようとしたんだよな。だけどすまんな、変な気を使わして。俺にはたくさんの知り合いがいるし、ボッチなのはクラスの中だけだしな。だからお前が気に掛ける必要はないんだよ」

 

俺が言い終わると由比ヶ浜は涙目になっていた。……何でこいつが泣くんだ?

 

「どの道、事故があろうがなかろうが俺はクラスでボッチになっていただろうし、無理して俺と仲良くしようとするな。迷惑だから」

 

「ヒッキーのバカ!!」

 

由比ヶ浜は一言言ってから店から飛び出して行った。……由比ヶ浜、せめて金くらい出して帰れよ。

由比ヶ浜が店から出てすぐに注文した品が来た。

 

「あれ?比企谷君。さっきの女の子は?」

 

「帰りました。代金は俺が出しておきますから」

 

「そう?じゃあごゆっくり」

 

出てきた品はマッ缶に卵サンドだ。これが俺の頼むいつものメニュー。マスターの卵サンドは甘い。この喫茶店のメニューは大半が甘い。マスターが甘党なのが関係している所為だとも言える。

 

 

そして由比ヶ浜との関係はこれで綺麗さっぱり消えて無くなった。でも俺はこれでいいと思う。お互いにギスギスした気持ちで仲良くなれるはずがない。かつての俺と三輪のように。

サンドイッチを食べて終わってから俺はボーダー本部に向かって歩き出した。この時、俺の気持ちは軽くなった気がした。

 

 




次回はワンニャンショーの話をしていくつもりです。

その際に雪ノ下を出そうと思います。

後、陽乃も出す予定です。

では次回をお楽しみに。


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雪ノ下雪乃③

今回は雪ノ下とあの人物が出てきます。

では本編をどうぞ。


由比ヶ浜との話し合いからしばらくの間、教室の空気もとい葉山グループの活気は以前のものとは比べられないくらい低いものだった。

さらに葉山グループ所属だった、大和と大岡の二人は三浦の謹慎から葉山とは距離を置くようになっていた。

現在の葉山グループのメンバーは葉山、戸部、三浦、海老名、由比ヶ浜の五人になっている。崩壊はしていながこのままだといずれ壊れて無くなるな。

まぁ俺の知ったことではないが。

 

 

 

 

日曜日の深夜から朝方の防衛任務を終えて、自宅へと帰ってきた。

今日は毎年恒例のイベントがある。三門市の大型デパートである、ワンニャンーショーだ。

これには毎年、俺と小町と浅葱の三人で参加している。家で飼っているネコのカマクラをこのイベントで買って以来、毎年行っている。

 

 

 

「ただいま~。今、帰ったぞ~」

 

「……八幡。あんた、何親父風に帰ったぞって言ってんのよ……」

 

「仕方ないだろ……。今朝方トリオン兵が大量に出て来て、疲れたんだからさ……」

 

防衛任務が終わる三十分ほど前に大量のトリオン兵が現れた。俺達なら問題なく処理することが出来るけど、あまりにも数が多かった。

数で押せば勝てると思っているのか?相手は……。

 

浅葱と一緒に比企谷家に帰ると、出迎えてくれたのは妹の小町だった。

 

「お帰り~浅葱お義姉ちゃん~!」

 

小町は浅葱の胸へとダイブした。浅葱は何とかそれを受け止めることに成功した。

 

「おっと……久し振りだね小町。元気にしてた?」

 

「それはモチロン!小町は元気ですよ。浅葱お義姉ちゃん!!」

 

「……いつから、浅葱はお前の姉になった?」

 

「もう、お兄ちゃん。浅葱お義姉ちゃんは家族も同然だよ。これだからごみいちゃんは……」

 

「小町、ごみと兄を一緒にするな。マジで心が折れるから……」

 

「それにこの胸を好き放題揉むことだってできるんだよ?最高じゃん!!」

 

小町は言葉通りに浅葱の胸を揉んでいた。浅葱はいきなりのことで抵抗することを忘れているようだった。

 

「ちょっと、小町。どこ、さわ、って……こら、手つきが、ん、やら、しい、わよ……だから、やめて……」

 

小町は浅葱の胸をこれでもかと揉んでいた。そろそろやばいな……。止めておくか。

 

「小町。そろそろ浅葱の顔を見たほうがいいぞ……」

 

「……へっ?!……あ!」

 

小町が見た浅葱の顔は文字通り鬼の顔をしていた。

 

「…小町!いい加減に……しろ!!」

 

そう言って浅葱は小町の頭を殴って引き離した。殴られた小町は頭を抑えて玄関前をのたうち回った。

 

「痛った~……酷いよ浅葱お義姉ちゃん!殴ることないじゃないですか!おかげでたんこぶが出来ちゃったよ~」

 

「自業自得よ!!いきなり人の胸を触ってくるな。ビックリするでしょ!!」

 

「う~……ごめんなさい……。それよりお兄ちゃん!準備して早く行こうよ?」

 

「しれっと話題を逸らすな……。後、復活早いな……まぁ早く行くか?」

 

 

 

 

 

会場があるデパートまではバスで移動するがその間、俺と浅葱はバスで熟睡していた。さすがに作戦室で仮眠を取っただけでは駄目だった……。

 

「おっ~!この子、毛並みが綺麗だね~。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「そうだな。でも俺的にはこっちがいいかもな。浅葱はどれがいいと思う?」

 

「私はあっちの子かな?」

 

ワンニャンショーの会場に来て、まずは犬のコーナーから見ている。ここでは犬や猫の販売はモチロンのことながらふれあいコーナーも充実している。

 

そんな中、会場で一人だけで犬に話し掛けている人物を見つけてしまった。

その人物とは平塚先生だ。

 

「聞いてくれよ~。最近な、ある生徒の所為で私の仕事量が一気に増えた上に減給になったんだよ……。お前だけだよ……話を聞いてくれて私を励ましてくれるのは……」

 

なんだか、見てはいけいないものを見た気がした。記憶から消しておこう……。

 

「ねぇ八幡。あそこに居るのって、平塚先生だよね?」

 

「浅葱、この世には見てはいけないものがあるんだ……。それに平塚先生は仕事の疲れできっと病んでいるから犬に話し掛けているんだ。そっとして置こう……」

 

「……そうね。そっとして置くに限るね……」

 

平塚先生。早くいい人見つけて結婚した方がいいですよ?でないと行き遅れになってしまいますよ?

 

そして俺はまたしても見つけたくはない人物を見つけてしまった。その人物は雪ノ下だ。

なにやら、案内板を見て迷わず非常階段の方に行ってしまった。このまま、行ってくれと、俺の願いも虚しく打ち砕かれた……。小町によって。

 

「あれ?ねぇお兄ちゃん。あの人って雪乃さんじゃないかな?雪乃さ~ん!!」

 

小町の大声に反応して雪ノ下が俺達の方を見た。その瞬間に雪ノ下の表情は酷く歪んでいった。

俺をまるで親の仇だと思わんばかりに睨んでいる。これには小町でさえも動揺していた。

 

「お、お兄ちゃん……なんだか、雪乃さんの顔。とても怖い……お兄ちゃん、何か雪乃さんにしたの?」

 

「速攻で兄を疑うな。……まぁたしかに雪ノ下があんな顔を向けてくるのはある意味、俺の所為かもしれんけど」

 

「何やったの?お兄ちゃん……」

 

「少し前に総武でボーダーの職場見学があったんだけど。その時に雪ノ下が戦いを挑んできたから、ボコボコにしてやった」

 

「もう!何やってんのさ、お兄ちゃん」

 

「でもね小町。職場見学の際に八幡を罵倒してきたのよ、雪ノ下は」

 

浅葱が小町に軽く説明をした。先に仕掛けてきたのは向こうだし俺は悪くない。

 

「お~い、雪乃ちゃ~ん。どこいるの~」

 

その時雪ノ下を探している人物の声が聞こえてきた。

 

「あっ!やっと見つけたよ雪乃ちゃん。もう、どこ行っていたの?あんまり勝手なことをしないでよ」

 

「姉さん……」

 

驚いた。雪ノ下には姉が居たのか?結構美人だと思うな……。

その時、新たに別の人物の声をかけながら雪ノ下姉に近付いてきた。

 

「陽乃。妹さん見つかった?」

 

「うん。ごめんね~望。探すの手伝ってもらって」

 

「気にしないで。……あら、比企谷君じゃないの」

 

「どうも、加古さん……」

 

現れた人物はなんと加古さんだった。なんでここに居るんだ?この人。

 

「望の知り合いの子?」

 

「えぇ私と同じボーダー隊員よ。それに浅葱ちゃん、久し振りね」

 

「お久し振りです、加古さん」

 

「……でもそっちの子は知らないわ。名前を聞いてもいいかしら?」

 

「初めまして!いつも愚兄がお世話になっています。妹の比企谷小町っていいます」

 

浅葱の挨拶に続いて小町が自己紹介をした。それとな小町。俺のことを愚兄と言うな!

 

「そう、妹さんなのね。少し似ているわね、流石は兄妹」

 

「お兄ちゃん!この人、すごくセレブな感じが伝わってくるよ。こんな人と知り合いなんて、すごいね!!」

 

「小町。加古さんは一般人だからな……」

 

「えっ?!どういう事?それ……」

 

「加古さんは普通の家庭、普通の両親から生まれた人なんだよ。だから俺達と同じ一般人だと言うこと。だからセレブではない」

 

「そうなんだ……。じゃあ隣の人は?」

 

「そっちは雪ノ下建設のお嬢様だよ。だからそっちは本物のセレブだな」

 

「ほへぇ~これが本物のセレブか……。なんか凄いね」

 

小町よ……一体何が凄いのかあやふやだな……。

 

「望。立ち話もなんだし、どこか飲食店にでも入ってお昼でも食べながらでも話さない?」

 

「そうね……。比企谷君達はこの後、大丈夫?」

 

「俺は構いませんけど。……小町と浅葱はどうだ?」

 

「小町は全然いいよ」

 

「私も構わないよ」

 

 

 

 

雪ノ下姉の提案でお昼ご飯を食べながらの自己紹介を始めることになってしまった。未だに雪ノ下は不機嫌なオーラ全開にしている。嫌なら帰ればいいのに……。

 

飲食店に入った俺達はテーブルにそれぞれ座った。

通路から小町、俺、浅葱で、反対の席に加古さん、雪ノ下姉、雪ノ下妹の順番で座っている。

 

「それじゃあ、改めて自己紹介を。私は雪ノ下陽乃。隣に座っている雪乃ちゃんのお姉ちゃんです。よろしくね」

 

「私は加古望。陽乃の友人でボーダーでA級部隊の隊長を務めているわ。よろしくね」

 

「はい!小町はお兄ちゃんの妹で比企谷小町って言います。よろしくお願いします!」

 

小町よ一体、何をお願いするのだ……。なんだか不安しかないな……。

ここは俺も言ったほうがいいのかもしれない。

 

「小町の兄の比企谷八幡です。加古さんと同じくA級部隊の隊長をしています」

 

「私は八幡の幼馴染の藍羽浅葱と言います。ボーダーで比企谷隊のオペレーターをしています」

 

俺に続き浅葱も自己紹介したのに雪ノ下(妹)は一言も喋ってはいない。黙ったまま微動だにしない。

 

「もう!雪乃ちゃん。自己紹介しなきゃだめだよ?ほら、自己紹介」

 

姉の言葉にすら沈黙で返す始末。よくこれで完璧な人間だと言えたものだ……。

そんな沈黙を破ったのは小町だった。

 

「姉妹で買い物なんて仲、良いんですね?」

 

小町の言葉に雪ノ下妹はギロリと言わんばかりの睨みを利かせてきた。気に入らないことがあればすぐに睨み付けることしかしないとか小学生かよ……。

 

「そうじゃないのよ。これが」

 

「どういう事ですか?」

 

雪ノ下姉の言葉に疑問を持った小町が聞いてみた。

 

「最近雪乃ちゃん、学校で問題を起こしてお母さんに酷く怒られたの。それで外出の際には家の者がついて行かないと外にすら出られなくなったのよ」

 

(マジか!?それはザマァ見ろ。普段から高圧的な態度をしているからこうなる)

 

「それで今日はワンニャンショーがあるけど、さすがに誰かが付きっきりだと楽しめないから私と一緒に出掛けることを提案したの。少しでも気が楽になればと思ってね。それで私が望と買い物をして居る間だけ離れてもいいよって言ったの。それで君達はどうしてここに?」

 

「小町達は毎年このイベントに来ているんです。家で飼っているネコをここで買ってから毎年来ているんです」

 

「へぇ~そうなんだ。あ、もうこんな時間だ。私達はそろそろ帰らないといけないからこれで失礼するね。行くよ雪乃ちゃん。またね望」

 

雪ノ下姉は妹を連れて店を後にした。残った俺達は加古さんと少しだけ話をして帰ることにした。

 

「それじゃあ私もこの後任務があるからそろそろ行くわね。浅葱ちゃん今度新作の炒飯を教えて上げるからいらっしゃい。小町ちゃんもまたね」

 

「はい。加古さん楽しみにしています」

 

「はい!またです。加古さん!」

 

加古さんも店を出たので俺たちも出ることにした。最後に加古さんが浅葱に言っていたのは悪い冗談だと思いたい……。

 

(新作か……今度は一体、どんなミスマッチな炒飯が出来るのか。今から不安しかないな……)

 

 

 

 

 

そして数日後に加古さん直伝の新作の炒飯を浅葱は比企谷隊のメンバーに振舞った。

結果は言わずとも分かっていた。激マズだと……。

ちなみに名前は『鮭とイチゴジャムのとろろ炒飯』だ。

一口食べた後、ぱたりと記憶が飛んで、いつの間にか医務室で寝ていた。隣では太刀川さんも寝ていて、かなりうなされていた。どうやら太刀川さんは加古さんの炒飯を食べたらしい。

 

(太刀川さん。ご愁傷様です。お互い長生きしたいですね……)

 

俺は太刀川さんにエールを送った後、再び眠った。




次回は浅葱との買い物(デート?)回にするつもりです。

では次回をお楽しみに。


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藍羽浅葱①

今回は浅葱との買い物回です。

これから一話ずつ比企谷隊のメンバーの話をしていくつもりです。

では本編をどうぞ。


日曜日。

それは俺が一週間の間でもっとも好きな曜日だ。

学校がなく、クラスメイトと会わずに済む。俺は朝からのアニメを見るのが大好きだ。

最近はプリキュアを見るのが防衛任務が無い日曜の朝の過ごし方だ。

 

だがそんな日曜の時間を奪われた。ある人物の所為で……。

 

「あっ!これ前に欲しかったヤツだ。こんな所にあるなんて、さすがは掘り出しものがわんさかあるわね。……これも欲しかったヤツだ」

 

俺の日曜という至福の時間を奪った人物は今現在、買い物をしている。欲しいものを選んでいる。

そして俺は荷物持ちをさせられるのだろうと予想している。

 

「ん?どうしたの八幡?」

 

「……なんでもない」

 

そう俺を買い物の荷物持ちとしてここまで連れて来たのは幼馴染兼比企谷隊のオペレーター、藍羽浅葱だ。

ボーダーでも屈指の実力を持っており、学校の成績は学年次席になるほど優秀な女子だ。

 

「やっぱりアキバは品揃いが違うわね。来て正解だったわ」

 

浅葱の言う通りここは千葉三門市ではなく、東京秋葉原……アキバだ。

何故、俺がアキバに浅葱と来ているのかというと前に頼んだ川崎の件が関わっている。

あの時、浅葱にはカメラなどの記録を消してもらい、親父さんには履歴書などをもみ消すのに力を借りて、そのお礼として俺の出来る範囲でいう事を聞くと言ったら買い物に付き合えとのことだった。

 

しかしと思う……。

 

(今時のJKがアキバでPCパーツを買い漁っているこの光景は……なんか違うよな……?)

 

「何よ、なんか文句であるの?」

 

「まさか。慎んで荷物持ちをやらせていただきますよ……」

 

「なら良し。じゃあ次行くわよ!」

 

(まだ行くのかよ……まぁ俺が頼んだことのお礼だからな。文句なんて言える立場じゃないけど……)

 

その後も浅葱が欲しがっていたPCのパーツを買う為、店を巡り、次々と買っていった。そこでふと疑問に思ったので浅葱に聞いてみた。

 

「そう言えば何でアキバまで来てPCパーツを買ってるんだ?」

 

「実はオペレーターで使っているPCの処理速度が遅いのよ。だから処理速度上げよと思ってね。そのための買い物って訳」

 

「なるほどな。それでアキバか……」

 

「まぁ後で八幡が喜びそうな場所に行ってあげるから楽しみにしててよ」

 

浅葱はそう言うがアキバで俺が楽しめる場所ってどこだ?……本屋か?しかしと思う。

 

(本屋だったら別にアキバじゃなくてもいいはずだし……マジでどこだ?)

 

浅葱のPCパーツを粗方買った後、近くのラーメン店に入りそこで昼食をたべた。腹ごなしに散歩をしてから本屋に立ち寄った。

だが、本屋が浅葱が言う楽しい場所ではなかった。

 

(本屋が違うなら浅葱が言っているのはどこなんだ?)

 

浅葱の案内で来た場所に俺は驚きを隠せ無かった。

 

「着いたよ八幡」

 

「……なるほど、メイドカフェね」

 

浅葱が俺を連れて来たかった場所はなんとメイドカフェだった。訳が分からなくなった。

浅葱と共に店に入ってメイド服の店員の元気な声が俺達を向かえた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様。どうぞ、此方の席に」

 

店員に案内されて席に着いてメニュー表を確認してから注文をして店を見渡してみた。始めて入ったが中々いいデザインだと思っていると浅葱が話しかけてきた。

 

「それで、どう?」

 

「何が……?」

 

「だからメイドカフェに来た感想とか……無いの?」

 

「……感想と言われても特にないな」

 

「そうなの?でも男の人ってメイドが好きでしょ?」

 

「全ての男が好きとは限らないだろ……」

 

「そう言うものなの?…………参考にしようと思ったのに……」

 

浅葱は少しだけガッカリした様子だった。最後の方の言葉が聞こえずらかったが……。何て言ったんだ?

 

「それにしても浅葱はメイドにでも興味があるのか?」

 

「……まぁそんなところかな?」

 

俺の質問に浅葱は言葉を濁していた。どうしたんだ、こいつ?

 

「それよりさ八幡。私ってメイド服、似合うと思う?」

 

「俺はどっちかと言うとファミレスとかのウェイトレスの方が似合うと思うぞ」

 

「どうしてウェイトレスなのよ」

 

「まぁなんとなくだな」

 

「ふ~ん……ウェイトレスね……そう、分かった」

 

浅葱は自分一人で納得している様子なので口を挟まないようにした。

 

「八幡はクラスで今はどうなの?」

 

浅葱とはクラスが違うので興味があるようなのでそれに俺は答えた。

 

「別にボッチなのは変わりない。あ、でも二人ほど話し掛けてくれる奴はいるな」

 

「それって誰?」

 

「一人目は戸塚で二人目は川崎だよ。戸塚はテニスの練習をよく手伝っているし、川崎は例の件以降よく俺に話し掛けてくれるな」

 

「その二人がね……二人だけでもよかったじゃない。少なくともボッチとは言えないでしょ。今の八幡を」

 

「言われて見れば、そうだな」

 

言われて気がつくとはボッチ失格だ……。

そうしていると注文したものが来たので一旦話を終えて食べる事にした。俺が注文したのはチョコパフェで浅葱がパンケーキだ。

俺がパフェを食べていると浅葱から視線を感じたので浅葱を見てみるとすごい目をこちらに向けて来ていた。

 

「えっと……浅葱?何か言いたいなら言っていいぞ……」

 

「じゃあそれ一口ちょうだい」

 

浅葱もパフェが食べたいのか……そこでパフェの器を浅葱に近付けたが食べる気配がまったく無かった。

 

「食べないのか?」

 

「八幡が食べさせてよ」

 

「……えっ、マジで?」

 

浅葱は首を縦に振り、口を開けて待っていた。

 

(これはあ~んをするってことだよな?しかも間接キスをすることになるんだぞ。その辺り分かっているのか浅葱は?)

 

「……川崎さんの件」

 

「うっ……どうぞ……」

 

俺はスプーンで一口掬い浅葱の口にパフェを運んだ。

 

「うん……おいしい。それじゃあ八幡も。はい、あ~ん」

 

浅葱はそう言ってパンケーキをフォークできれいにカットして俺に差し出してくる。ここは食べないと後が怖いな……。

俺は諦めて食べる事にした。

 

「それじゃあ、いただきます。………パンケーキってあんまり食べたこと無かったが中々いけるな」

 

「そうでしょ。食べ終わったら帰るわよ」

 

「買い物はもう済んだのか?」

 

「えぇ欲しい物は全部買えたから問題なし」

 

食事を終えメイドカフェを出た俺達はそのまま駅に向かい、千葉まで帰ることにした。

しばらく電車に揺られているとぽすんと俺の肩に浅葱が頭を乗せてきた。

 

「浅葱?」

 

「……すぅ……すぅ」

 

浅葱は完全に寝ていた。そう言えばと思う。

 

(このところ忙しかったっけ……家の用事にボーダーでの任務も頑張っているし、少しくらい寝かせておくか……)

 

『三門市~三門市~』

電車のアナウンスが聞こえてきたので浅葱を起こそうとした。

 

「浅葱……着いたぞ。お~い浅葱?まだ寝ているのか?仕方ないおんぶして行くか……」

 

寝ている浅葱を背中に背負い駅を出てとりあえず近くのベンチに座らしてからある人に電話をした。

 

『もしもし。久し振りね八幡君』

 

「どうも。ご無沙汰しています。菫さん」

 

藍羽菫(あいばすみれ)。

浅葱の母親で比企谷家とも昔から親しくしてくれている人だ。

第一次大規模侵攻の時、俺の親父が死んだ時に色々とお世話になった。

 

『本当に久し振りね。最後に話したのはいつだったかしら?』

 

「正月にお邪魔した時だったはずです」

 

『もうそんなに経つのね。それで今日はどうして電話してきたの?浅葱と買い物をするとかで秋葉原に行ったんでしょ』

 

「はい、行きましたよ。でも浅葱のヤツが電車で寝ちゃって迎えに来て欲しいんですよ」

 

『そうなの?わかった……あ、ごめんなさい。今家に車が無いの。全部整備に出していて。ごめんだけど、家まで送ってくれないかしら?』

 

車を全部整備に出したとかありえないだろ……でも仕方が無いな。送るか……。

 

「分かりました。家まで送ります」

 

『お願いね。ウチの子』

 

菫さんとの電話を終えて再び浅葱を背中に背負って歩き出す。

しばらくしてから浅葱は起きた。

 

「ん……うん?……あれ?……ここ、どこ……?」

 

浅葱は寝起きで状況が分かっていないらしい。

 

「おう、起きたか?」

 

「えっ、八幡!?どうして……それにどこよ。ここ?」

 

「今、お前の家に向かっている途中だ」

 

「でも、家に電話して車で迎えに来てもらえば……お母さんが居るはずだし……」

 

「あぁそれな……家の車、全部整備に出しているらしい。だから迎えに来るのは無理なんだとよ」

 

「……それはいくらなんでもありえないでしょ」

 

「それから余り動かないでくれ。落としかねない」

 

「えっ?それって……なんで今私、八幡におんぶされているのよ!!」

 

「だから暴れるなって言っているだろ」

 

浅葱はやっと自分がおんぶされていることに気がついた。気付くの遅すぎだ……。

少ししてから落ち着いた浅葱は俺の首を抱きしめるように腕を回してきた。

 

「その……ごめん……」

 

「何がだよ」

 

浅葱のいきなりの謝罪は何に対してなのかさっぱり分からん。

 

「それでさ八幡に聞きたい事があるんだけど、いい?」

 

「答えられることなら、どうぞ」

 

「私の胸を八幡の背中に押し付けている。この状態って結構興奮しない?」

 

「お前はいきなり何を言っているんだ!!」

 

浅葱の問いについ怒鳴って返してしまった。

 

「だって……さっきから押し付けているのに全然反応しないから。実は女に興味がないものかと思ってさ?」

 

「……俺は別にホモでもゲイでも無いんだけど……それに今胸を押し付けない出ください。精神的には結構いっぱいいっぱいなんで……余り動かないでくれると嬉しいんだけど……」

 

「へぇ~そうなんだ~」

 

「あの、浅葱さん。そのニヤニヤ顔やめてもらってもいいですか?なんか凄く怖いんだけど……」

 

俺の今の現状を浅葱に言った瞬間から顔をニヤニヤさせてきた。まるでいたずらっ子が悪巧みを考えてそうな顔をしている。

 

「冗談よ。そんなに怖がらないでよ。あ、ここで降ろしいいよ」

 

「いいのか?まだ家まで距離があるが?」

 

「うん、少し歩いて帰りたいからさ……ここでいいよ」

 

「そうか?じゃあ降ろすぞ」

 

俺は浅葱を降ろしてから持っていた荷物を浅葱に渡した。

 

「ほれ、お前が買ったもの。全部ちゃんとあるか?」

 

「……うん。全部あるよ。それじゃあ、また明日学校でね八幡」

 

「おう。また明日」

 

 

 

 

俺は今日の浅葱との買い物のことを思い出していた。休日は防衛任務やソロ戦の約束が無い限り家でゴロゴロして過ごすのが好きだがたまには少し遠出してみるのも悪くは無いな。

今年の春頃から結構ストレスに悩まされていたからな……特に雪ノ下と平塚先生の二人だが……。

まぁ奉仕部を抜けた今の俺にはあいつらがどうなろうと関係ないけど……これ以上俺を怒らすことをすれば全力で潰しに行くが。

 

そんなことを考えながら家に着いてすぐに小町に今日のことを隅々まで聞かれて精神的にかなり疲れたのはまた別の話だ。

 




次回は夜架回にするつもりです。

その際にオリキャラ(弟)を登場させるつもりです。

では次回をお楽しみに。


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羽々斬夜架①

今回は夜架の弟(オリキャラ)を出します。

では本編をどうぞ。


個人ランク戦。

それは隊員同士が一対一で行う対人戦で相手のポイントを奪い合う戦い。ポイントが多い者からは多く奪え、逆に少ない者からは多くは奪えない。

 

俺こと比企谷八幡は浅葱との買い物をした翌日の放課後にボーダー本部の個人戦が見れる大型スクリーンで、ある二人の戦いをMAXコーヒーを片手に見ていた。

 

一人目は姫柊雪菜。

言わずと知れた比企谷隊のアタッカー。

俺は夜架と共にエースと見ているし、ランク戦ではそれに見合った働きをしてくれて対応力も確りと備わっている。

ただ頑張りすぎることがあるのでそこだけが心配ではあるけど。

 

二人目が米屋陽介。

個人ランク戦で俺がよく戦っている一人で三輪隊のアタッカー。

槍バカと言うあだ名で親しまれている男だ。そして雪菜の師匠でもある。

比企谷隊に入って来たばかりの雪菜にさらに力を付けてもらうために俺が米屋に雪菜の弟子入りを頼んだ。その代わりに勉強を見る羽目になったのだが……まぁ雪菜が力が付くならそれくらいどうってことないと思った。

 

そして今二人は十本勝負中八本目が終了して六対二で米屋が勝っていた。さすがは槍バカと言われるだけのことはあるなと思う。

一方、雪菜の方はまだ固いところが多々あるので今後の課題としてもっと柔軟に戦えるようにしていきたいところだ。

 

何故、俺が個人戦を見ているかというと夜架から頼みを聞いて欲しいと言われて来るのを待っているついでである。

ちなみに他の二人。浅葱とシノンはどこにいるかと言うと、浅葱は加古さんのところで新たな炒飯を習っているところだ。また医務室のお世話になる未来が見えるんだよな。

 

シノンは太刀川隊の作戦室でゲームをして来ると言っていなくなってしまった。シノンは太刀川隊のオペレーターの人とよくゲームをしている。

そんな訳で俺は雪菜と米屋の戦いを見ているというわけだ。

 

(しかし、夜架のやつ遅いな……それにあいつが頼み事とは一体何だろうな?)

 

考えに耽っていると後ろから夜架の声が聞こえてきた。

 

「主様。お待たせしました」

 

「おう。遅かった、な……」

 

後ろに振り返って夜架を見てみると知らない男子と一緒にいた。見た目は何だか戸塚に似ているが明らかに男子だと分かる。

戸塚は見た目から仕草に至るまで女子と勘違いしてしまうが目の前の人物はよく観察してみると男子だと分かる。

 

「夜架。隣のそいつ誰だ?彼氏って訳では無いんだろ?」

 

「はい主様。彼は私の双子の弟で名前を……」

 

「羽々斬鏡夜(はばきりきょうや)っていいます。初めまして比企谷先輩。話は姉の夜架からよく聞かされています。ボーダーでも実力屈指の持ち主で頼りになると人だと」

 

「そ、そうか……まぁ知っていると思うけど一応自己紹介しておくな。比企谷隊隊長の比企谷八幡だ。よろしく」

 

「はい!よろしくお願いします。僕のことは鏡夜と呼んでください」

 

夜架の弟の鏡夜は頭を下げて俺に挨拶してきた。しかし夜架に弟がいることは聞いていたが……言ってはなんだが姉の夜架と違って中二病にはなってはいないようだ。

しかし夜架の奴は弟に俺のことをどう聞かせているのか、そこは聞いておきたい。

 

「それで、わざわざ弟を俺に紹介するだけに来たわけじゃないよな?」

 

「さすがは主様。その通りです。今日は鏡夜の頼みを聞いて欲しいのです」

 

「お前の弟の?……頼みって何だ?」

 

「はい。実は僕はある人の弟子になりたいんですけど……僕はその人とはまったくと言って面識がないのでいきなり弟子にしてもらえるか不安で。それで姉の夜架に話したら比企谷先輩に話してみたらどうだと言われて……」

 

なるほど……、確かに俺はボーダーで顔は広いほうだと思う。だから仲介をして欲しいのか。

 

「話は分かった……俺がお前の弟子になりたい人に紹介すれば良い訳だろ?」

 

「はい。お願いできますか?」

 

「ああ問題ない。それでお前が弟子になりたい人って誰だ?」

 

「はい。それはA級1位太刀川隊の太刀川慶先輩です」

 

鏡夜から聞かせれた人物の名前を聞いて驚愕した。

 

(マジか!?太刀川さんの弟子になりたいなんてな……でも頼まれたからには紹介するしかないな……)

 

俺は太刀川隊のシフトを思い出していた。今日の防衛任務は終わっているはずとだと

 

「それじゃあ、さっそく太刀川隊の作戦室に行くか?今日は確か防衛任務は終わっているはずだしな」

 

「はい!……あれ?比企谷先輩って太刀川隊のシフトを何で知っているんですか?」

 

「ああ、それはな。俺は隊のシフト管理とかをやってんだよ。だから大抵の隊のシフトは把握している」

 

「なるほど」

 

鏡夜は納得しているようなので三人で太刀川隊の作戦室に向かった。

 

 

 

 

俺、夜架、鏡夜の三人で太刀川隊の作戦室に着き、チャイムを鳴らして人が出て来るのを待った。

 

『はい~どちら様~』

 

語尾を伸ばす人は太刀川隊には一人しかいない。

 

「どうも。国近先輩」

 

国近由宇。

太刀川隊のオペレーターの高校三年生の先輩だ。俺の隊のシノンとよくゲームをしているのが実はこの人だ。

ゆるい雰囲気で学業はちょっと微妙なラインの人。前に太刀川さんの大学のレポートを手伝う時に勉強を教えたことがある。

高三の先輩に高二の俺が勉強を教えるって普通は逆のはずなのにと思うんだけど。

 

さらに国近先輩はゲーマーとしても有名で、比企谷隊がまだ俺と浅葱の二人だけだった頃に太刀川隊との合同任務の報告書を太刀川隊の作戦室で書いていると国近先輩にゲームに誘われてやっていたら、十時間近くやる羽目になってしまった。

その後、シノンが入隊してきて国近先輩の相手をしてくれようになったので何とかゲームで疲れることは無くなった。

 

 

『お~比企谷君。今日はどうしたんだい~』

 

「太刀川さんにお願い事がありまして……今居ますかね?」

 

『うん。居るよ~今開けるね~』

 

扉が開いて太刀川隊の作戦室に入ってみると、そこにはシノンがいた。

まあそれは良いとして目的をさっそく果たすとする。そのために部屋の奥へと行ってみるとそこには太刀川さんの他にもう一人いた。

 

「比企谷か……どうした?何か用か」

 

「はい。風間さん」

 

そこには風間さんが居て太刀川さんのレポートが完成されるまでの見張りをしているようだった。

 

「ん?……比企谷!!いい所に来てくれた。頼む!!レポートを完成させるの手伝ってくれ!!」

 

太刀川さんは椅子から勢いよく立ち上がり俺の肩に手を置いて頼みこんできた。

 

「太刀川……高校生の比企谷にレポートを手伝わさせるな。それくらい自分でどうにかしろ」

 

風間さんの怒声はさすがに迫力がある。手伝う前に、俺は目的を果たすとするか。

 

「別に手伝ってもいいですけど、その前に太刀川さんに頼みがあるんですけど。いいですか?」

 

「お前が俺に頼みとはな……どうした?」

 

そこで俺は鏡夜を前に出して太刀川さんに紹介した。

 

「頼みって言うのは俺でじゃなくて、こっちのヤツなんですよ」

 

「そいつ誰だ……?何だか羽々斬にどことなく似てるような気がするが……」

 

「は、初めまして太刀川先輩。僕は羽々斬鏡夜って言います。夜架は僕の姉です」

 

「ああなるほどな。道理で似ていると思ったわ。それでお前が俺に用があるんだよな?」

 

「は、はい。あの、僕を貴方の弟子にしてほしいんです!」

 

「ああそんなことか、別にいいぞ」

 

太刀川さんはすんなりと弟子入りを承諾した。なんか軽いな……。

 

「そうですよね……いきなりこんなこと…………って今なんて言いました?」

 

「だからいいぞって言ったんだよ。弟子にしてもいいぞ」

 

鏡夜は太刀川さんの軽さに驚いていた。まぁそうなるよな……。

 

「だが、その前にレポートを終わらせろ太刀川」

 

「……はい。風間さん」

 

これはしばらくは何も出来そうにないな。一先ず作戦室に戻るか。

 

「それじゃあ太刀川さん鏡夜のことお願いしますね。俺達は作戦室に戻るんで、後のことよろしくお願いします」

 

「ああ任しておけ。強くしてやるよ」

 

「レポートを終わらしてからだがな」

 

「はい……」

 

太刀川さんはやはり風間さんに頭が上がらないようだった。

鏡夜を太刀川隊の作戦室に置いていき、俺と夜架は比企谷隊の作戦室に行き、防衛任務まで休むことにした。

 

 

 

 

作戦室に戻ってみるとまだ誰も居なかった。

浅葱が戻ってくるまでにあの炒飯を食べる覚悟を決めておかないとな。ちゃんとアフターケアを出来るように……。今回は胃薬を持ってきているから何とか大丈夫のはず……多分。そんな浅葱の加古さん炒飯のことを考えていると夜架がマッ缶を出してくれた。

 

「どうぞ。主様」

 

「おう。サンキュー」

 

俺は出されたマッ缶を一気に飲み干した。炒飯のことは一旦置いておくしかないな。なんとでもなれだ。

 

「主様。今日は鏡夜の頼みを聞いてくれましてありがとうございます」

 

「気にする必要はないぞ。俺はただ仲介しただけだしな」

 

「いえ、それでもありがとうございます。主様」

 

頭を下げてお礼を言ってくる夜架に俺はありのままのこと言ったのだがそれでも夜架はお礼を言ってきた。

 

「それで主様。前にした約束を覚えていますか?」

 

「ああ。もちろん覚えているぞ」

 

夜架の言う約束とはマスター級になった時に俺に叶えられる範囲で夜架のお願いを叶えるというものだ。何かご褒美があればやる気も出ると思って言ったのだがここで言うつもりか?

 

「それでお前は俺に何をして欲しいんだ?」

 

「では、そのままソファーに座っていてください」

 

夜架に言われるまま座っていると夜架は俺と少し間を空けて座ったと思ったら頭を俺の太ももに預けてきた。要は膝枕ってやつだ。ただし男女逆だが…。

 

「えっと……夜架?お前が俺にして欲しいことって膝枕なのか?」

 

「はい。一度やってみたかったので。迷惑でしょうか?」

 

「いや。大丈夫だ」

 

そう言いつつ俺は夜架の頭を撫で始めた。

 

「それにしても髪すごく柔らかいな」

 

「ありが、とう…ござ…いま、す………すぅ……すぅ……」

 

夜架の頭を撫でていると眠くなったらしく夜架はそのまま寝てしまったので防衛任務まで寝かせることにした。

そして任務前に浅葱が加古さんから教わった炒飯を振舞ったが今回は当たりを引いたらしく医務室のお世話にはなることはなかった。

 

防衛任務の後で聞いた話だが、鏡夜は太刀川さんと十本勝負をしたところ最後の一本だけ勝つことが出来たらしい。マジですごいな初めて太刀川さんと戦って一本取るとは……。

 




羽々斬鏡夜(はばきりきょうや)夜架の双子の弟 オリキャラ

ポジション アタッカー

太刀川慶に強い憧れを持って弟子入りを八幡の紹介でなる。


トリガーはメインを弧月にするつもりです。詳しいトリガーセットはワートリの原作のB級ランク戦前に明らかにしたいです。

次回はシノン回を書くつもりです。では次回をお楽しみに。


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朝田詩乃①

今回はシノン編です。

では本編をどうぞ。


土曜日。

それは大抵の者にとって休日になる。しかし俺の通う総武高校は違う。

進学校ゆえに土曜日にも授業がある。ただし午前中だけだがそれが終われば部活なりそのまま帰宅する者も大勢いるだろう。俺もその一人だ。

 

夜架の弟の鏡夜を太刀川さんに紹介して弟子入りを果たしてから数日がたった土曜日の昼。

俺は、学校で購買で買ったパンと自販機で買ったマッカンで昼飯を済ました。そして、家に帰る前に俺は一人でデパートにある本屋に寄って新作のラノベをいくつか購入してからしばらくふらついていると私服姿のシノンに出会った。

 

「あ、八幡」

 

「よお、シノン」

 

本部以外でシノンに会うのは任務前に隊のメンバーで食事をする以外では珍しい。とりあえずここで何をしているか聞いてみるかな。

 

「シノンは買い物か?」

 

「うん。新作のゲームをいくつか買った」

 

「さすがはゲーマーシノンだな。ちなみに何を買ったか見ていいか?」

 

「うん。いいよ」

 

シノンは買ったばかりのゲームのパッケージを俺に見せてきた。そして俺はそのゲームのパッケージを見て驚いていた。

何故ならそれには学校の制服を着た少女達が描かれたいたからだ。

 

「……シノンさん?これは俗に言うギャルゲーっていうものでは?」

 

「うん。そうだけど?何か問題あった?」

 

シノンは『え?お前何を言っているの?』って顔をして首を傾げている。そんな顔しないでくれ……俺が何か間違っているような気がしてくるから……。

 

「い、いや。何でもない……」

 

「そう。それで八幡ってこれから暇?」

 

「まあ今日は任務はないし、暇だけど……何かあるのか?」

 

「うん。これからゲーセンにでも行かない?」

 

シノンから誘いとは意外だな。しかしゲーセンか……いいかもな。

 

「いいぞ。ゲーセンなんて久し振りだしな」

 

「分かった。それじゃあ銃ゲーでの協力プレイしたいんだけど……いい?」

 

「ああそれで構わないぞ」

 

俺はシノンと共にゲーセンのある場所まで移動しながら最近のことなどをシノンと話し合った。

その途中で思わぬ人物達に会うとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

「やあヒキタニ君……」

 

「葉山か……」

 

シノンとゲーセンに行く途中で葉山とその連れ達に出会ってしまった。メンバーは戸部に海老名、由比ヶ浜。そして謹慎が解けた三浦の4人が葉山のそばに居た。やはり大和と大岡の二人は居なかった。

由比ヶ浜は俺とは目線すら合わそうとはしなったし、三浦は俺のことを親の仇を見るかのような目つきをしていた。

 

三浦はボーダー本部でのことをまだ根に持っているらしい。元々の原因は自分にあるのにそれを他人の所為にしないと気が収まらないとか……。

何か合っても助ける気すら起こらないな。

 

「こんなところでなんて奇遇だね。ヒキタニ君……」

 

「そうだな葉山。出来れば俺は学校以外でお前らとは会いたくはなかったがな」

 

俺は隠すことなく本音を葉山達に聞かせてやった。葉山は苦虫を潰したような顔をしているし三浦はさらに睨みを強くしてきた。

由比ヶ浜は露骨に視線を下に向けて会話に加わろうとしてこない。

 

「そ、それで君の隣の女性はもしかして彼女なのかな?」

 

周りの空気を強引に変えようとしてシノンの話をする葉山。その言葉を聞いた由比ヶ浜がついに俺と目を合わせた。しかもかなり驚いた顔をしている。

葉山の話の変え方は結構無理があるな。

 

「ヒキタニ君って彼女居たん?知らなかったわー」

 

戸部は相変わらずの喋りだな。イライラする……。

横目でシノンを見てみると何だか嬉しそうにしている。何故に?

 

「あいにくと違う。彼女は俺の隊のメンバーで名前を朝田詩乃って言うんだ。俺達はつき合ってない」

 

俺がはっきりと戸部の言葉を否定するとシノンは不満に満ちた顔でこちらを見ている。そして由比ヶ浜は何故か、ほっとした顔をしていた。何故由比ヶ浜はほっとしているんだ?解せぬ……。

 

「そ、そうなのか?それはすまない」

 

「それじゃあ俺達はもう行くな。じゃあな」

 

俺はすぐさま葉山達から離れたかった。こいつらといると碌なことにならないからだ。

 

「待ってくれ。少しだけ君と話がしたいんだけど……」

 

「俺はしたくはない。じゃあな」

 

「待ってくれ!!ほんの少しでいいから話をさせてくれ!!」

 

葉山は腰を曲げて頭を下げてきた。さすがにこれには答えないといけないよな。

 

「……チッ、わかったよ。少しだけだぞ」

 

「ああ!ありがとう。ヒキタニ君!」

 

未だに俺の苗字を間違えてくる葉山。人の苗字くらい読めるようになれよな。

 

「……八幡。この男殴っていい?」

 

「やめておけ。ボーダー隊員が暴行事件を起こしたとなれば、ただではすまないぞシノン。それに俺は気にしていないからお前も気にするな。いいな?一応隊長命令だ」

 

「……了解」

 

シノンは葉山が俺の苗字を間違えているのに腹を立てて今にも葉山に殴りそうだったが何とか説得して止めることに成功した。が、それでもかなり不機嫌になっている。

とりあえず頭を軽く撫でると顔を少し赤くして機嫌もすこしだけ良くなった。

とりあえず今は葉山との話だな。俺と葉山は少し離れた場所に移動しようとした。

 

「葉山×ヒキタニ。キタァーーーー」

 

急に海老名は叫びながら鼻血を出して三浦に介抱されていた。彼女は腐女子ってヤツなんだな……。できるだけ彼女の近くで男二人になるようなことはしないでおこう。

 

妄想のネタにされかねない。……いや、これ、もうされてるよな。

 

 

 

 

 

「それで話って何だ?できるだけ手短に頼むぞ」

 

「ああ聞きたいのは結衣と何があったかだ」

 

葉山の質問は由比ヶ浜のことだった。そんなことか……。

 

「葉山……由比ヶ浜のことで聞きたいなら直接、本人に聞けばいいだろ。今居るんだし」

 

「それが聞いても『何でもない』の一点張りで駄目なんだ……前に君とどこかに行ったきり、結衣は元気が無いから俺は……」

 

「友達として元気づけたいってことか?葉山」

 

俺の質問に葉山は黙って頷いてきた。俺は喫茶店での由比ヶ浜との話を葉山にするかどうか迷っていた。

 

(あの時の話をこいつに喋れば、葉山は由比ヶ浜を元気付けるために動くかもしれない。だけど、それは面倒事が増えそうな予感がするな……)

 

迷っていたが結局、俺は葉山には話さないことにした。

 

「俺は由比ヶ浜と少し過去話をしただけだ。それ以外は話していない」

 

「……本当にそうなのかい?だったら何で結衣はあんなに……」

 

「それこそ本人に聞けばいいだろ?それともこれ以上グループが壊れるのが嫌か?」

 

「あぁ……俺はあのグループの関係が好きなんだ」

 

葉山としては今の関係維持が最優先らしいが……俺にとってはどうでもいいがな。

 

「そうか。だったら俺に頼るのは間違っているな。仲間内の問題を他人に委ねると碌なことにならないぞ。チェーンメールの時は俺のアドバイスでなんとかなったが、雪ノ下の案をしていたら間違いなくグループは崩壊していたな」

 

「……君の言う通りだよ。俺は彼らとの関係を壊したく……無くしたくはないんだ」

 

葉山の言い方はなんだか過去にも人間関係を壊したことがあるように聞こえてしまう。どちらにしても俺には関係がない。

 

「それでお前はどうする?由比ヶ浜から無理に聞き出すか?俺は何も喋るつもりはない。で、どうする?葉山」

 

葉山は少し考えてから俺を正面から見てから答えをだした。

 

「……俺は、もう二度と壊すわけにはいかないんだ……」

 

葉山は現状維持にするようだ。これで少なくとも俺が面倒事を解決する必要はないようだ。

 

「そうか……まあそうなるよな。だったら俺はこれで行かせてもらう。じゃあな葉山」

 

「ま、待ってくれ。最後に一つだけ答えてくれ」

 

「……いい加減にしてほしんだけどな」

 

「君は奉仕部に行ってないようだけど。それはどうしてなんだ?もしかして、それが結衣の元気の無いことに関係しているんじゃないのか?」

 

葉山の考えは検討外れもいいところだと思う。

 

「それは違うな葉山。そもそも俺は奉仕部部員ではない。そうだな、言うなれば俺は仮入部していたってところか?それに入部届を出してないしな。それにあそこには俺のことを罵倒してくる『人物達』がいるからな」

 

俺の答えが意外だったのか葉山はあ然としていた。それもそうだよな、『人物達』と俺が言ったんだからな。

奉仕部は俺を除けば雪ノ下、由比ヶ浜の二人だけだ。人物達と言う事は二人して俺のことを罵倒していたことになるのだから。

誰が好き好んで自分を罵倒してくる人間達がいる場所に行かなくてはならない。

ボーダーで誰かとランク戦していた方が全然いい。

 

俺は葉山と別れた後、シノンとすぐに合流してからゲーセンに向かった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なの?八幡」

 

シノンは俺のことを気にしてくれているようだ。やはり俺の隊の仲間はいいヤツだ。

 

「そんなに心配するなシノン。今後、俺はあいつらとはあまり関わるつもりはない。……でも心配してくれて、サンキューなシノン」

 

俺はシノンの頭を先ほどと同じように撫でる。シノンは少しだけ嬉しそうに笑っていた。なんだか猫のような感じだな……。

その後、シノンとゲーセンに行って銃ゲーを二人で協力してやったり、シノンの勧めで初めてプリクラをしてみた。二人でラクガキなどして笑った。

葉山達と会って気分は最悪だったが、シノンのおかげでなかなか楽しむことができた。シノンは、また来たいと言っていたので夏休みでも行こうと約束をした。

 

 

 

 

 

俺はこの時、思いもしなった。今後も葉山達と関わっていくことになるとは……。

俺は知る由もなかった。

 




次回は雪菜編です。

できるだけ早めに更新して千葉村編に入りたいです。

では次回をお楽しみに。


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姫柊雪菜①

崩壊編最後は雪菜です。

では本編をどうぞ。


「きゃー見てよ雪菜ちゃん。この子、すごく可愛くない?」

 

「それだったら、こっちの子だって負けてないよ小町ちゃん」

 

俺の妹の小町と自隊のアタッカーの雪菜はお互いに抱えている猫を見せ合っている。

二人が抱えているのは自宅で飼っている猫ではない。

何故ならここは俺や小町の家でも雪菜の自宅でもないからだ。

 

ネコカフェ。

猫と戯れながら飲食を出来る場所だ。

ここに来ることになったきっかけは小町の期末試験の成績がよかったからだ。

 

期末試験が終わってテストが帰ってきた時に小町が『期末試験を頑張った小町にはご褒美があってもいいと思うのです』と言ってきた。

それで俺が『何が欲しいんだ?』と聞いたところ、小町は『ネコカフェに行きたい』と言ったので連れて来たのだがそこには何故か雪菜が居た。

 

雪菜に聞いたところ、小町に誘われて行こうということになったらしい。しかし兄である俺に一声も無いとか俺は小町に嫌われているんだろうか?と考えてしまう。

 

「どうしたの?お兄ちゃん」

 

「いや、なんでもない」

 

小町は俺がボーっとしていたを気にして話しかけてきた。

 

(まさか小町に嫌われていないかと考えていたなんて言えないよな……)

 

しばらく俺も二人と同じく猫とじゃれていた。

しだいに猫が俺の周りに集まってきた。その数……五匹。

その五匹がそれぞれ頭、肩、足などに纏わり付いてきた。猫にモテモテ状態である。

 

「先輩って自宅の猫には好かれないのに、ネコカフェの猫には好かれるんですね」

 

「たしかにカーくんには懐かれないのに、ここの猫ちゃん達には好かれているね」

 

雪菜に小町の言う通り、俺は家で飼っている猫の『カマクラ』にはあまり懐かれていない。一応、俺も飼い主なんだが……未だに俺にはそれほど触らせてはくれない。

まあそれは今はおいて置くか……とりあえずネコカフェを楽しまないとな。

 

「そういえば雪菜はテストどうだったんだ?」

 

雪菜は成績優秀なので余程のことがない限り大丈夫だと思うが念のため聞いてみた。

 

「それについては大丈夫です。比企谷先輩が勉強を見てくれているので問題ありません。そう言う比企谷先輩はどうなんですか?」

 

「もちろん。今回も主席をキープした。小町は今回良かったんだよな?」

 

「うん。小町は今回いい出来だと思うよ。これなら志望校に合格できるって先生が言ってたしね」

 

「へぇーそれはすごいな……ちなみにお前の志望校ってどこ?」

 

「それはお兄ちゃんや浅葱お義姉ちゃんと同じ総武高校だよ。小町の第一志望は総武にしているんだ」

 

小町の志望校に俺は嬉しかった。これでまた小町と一緒の学校に行けるのだから……今の小町の成績なら大丈夫だと思うけど、二学期からは余裕で合格できるように俺も本格的にサポートしないとなと考えていた。

 

「まあ今はネコカフェを楽しめよ。雪菜は兎も角、小町は受験があるんだしな」

 

「小町、了解」

 

小町はまるでボーダー隊員のような返事をしてきた。俺はそれに苦笑で返してしまった。

小町にはあまりボーダーの話をした事が無い。親父が死んで一番悲しんだのは小町だった。特に親父に可愛がられていたのが強く影響していた。

なので俺としてはボーダーの話を極力小町の前ではしないようにしていた。

 

ふと、雪菜の方を見てみると白猫を抱き上げて優しく撫でいた。その表情はとても幸せそうだった。かなりいい笑顔になっている。

 

「比企谷先輩、どうしたんですか?私の顔に何かついていますか?」

 

「いや、何でもない……」

 

「お兄ちゃん。素直に言ったほうがいいと思うよ?」

 

小町は少しだけドスの効いた声で俺に詰め寄ってきた。

 

(怖いわ!!小町。いつの間にそんな声を出せるようになったんだ……お兄ちゃんお前の将来が心配だよ……)

 

小町のドスの効いた声に恐れて俺は少しだけ小町から離れようとしたが、小町は更に距離を詰めてきた。

 

「どうなの?お兄ちゃん?」

 

「いや、あのだな……これは……」

 

「………………………」

 

俺は言葉を濁して逃げようとしたが、小町の無言の圧量に負けてしまい話す事にした。

 

「……実は……雪菜に対して……すごく可愛いな、と思っていました……」

 

「私が、可愛いですか……?」

 

雪菜は顔を赤くして俯いていた。小町は俺を見てニヤニヤしている。

そのニヤニヤ顔、止めろウザい。

 

「いや、俺は普段のしっかりとしたお前を見ているから……その、ギャップで……」

 

俺の説明に雪菜は更に顔を赤くしていた。あいかわらず小町はニヤニヤしていた。

 

「……そう、ですか……私は可愛いですか……」

 

雪菜はぶつぶつ何かを言っているが声が小さくて聞こえずらかった。

 

「えーっと、雪菜?大丈夫なのか?」

 

「えっ?!は、はい。大丈夫です!!」

 

「そうか?あんまり無茶するなよ?」

 

「は、はい!!大丈夫です!!」

 

雪菜を心配していたんだが、大きな声を出す辺り大丈夫だなと思う。

 

「あ、お兄ちゃん。そろそろ時間だし帰ろうよ」

 

「もうそんな時間か?じゃあ帰るか」

 

小町が外を見てから時間を確認すると、すでに五時半を回っていたので家に帰ることにした。

小町の提案で一旦、雪菜を連れて比企谷家に帰ることになった。

家が見えた辺りで小町が俺の方を見てあることを言ってきた。

 

「お兄ちゃん。それじゃあここから雪菜ちゃんを家まで送ってきてね」

 

「いや、何でだよ。タクシーでも呼べばいいだろ?」

 

「……はぁ~これだからごみいちゃんは……」

 

「小町。人をゴミを見るような目で見るな!……分かったよ雪菜を送ってくればいいだろ?」

 

「もう、最初からそうすればいいんだよ。お兄ちゃん」

 

「小町ちゃん?これは、もしかして……」

 

「ファイトだよ雪菜ちゃん。小町は応援しているから」

 

「う、うん。私、頑張るね」

 

小町と雪菜が何を話しているのかは分からないが関わらないでいいか。

 

 

 

 

雪菜を比企谷家から姫柊家まで送る事になったのだが、隣を歩いている雪菜はさっきから何かぶつぶつ呟いている。だが、俺にはサイドエフェクトがあるので例え声が小さくともある程度は聞こえてきてしまう。

 

(雪菜はさっきから自分にガンバレだの当たって砕けだろ等を言っているが何のことだ?)

 

俺は雪菜に対して首を傾げ続けている。そして歩き始めて数分が経った頃、雪菜が話しかけてきた。

 

「あ、あの……は、八幡先輩……」

 

「お、おう。お前が俺の名前を言うなんてな。どうしたんだ?」

 

「いえ、深い意味はありませんけど……私もいい加減名前で呼んだほうがいいかなって思いまして……」

 

「そうか。まあお前がそうしたいならいいんじゃないか?それより顔赤くなってたけど大丈夫か?」

 

「は、はい。大丈夫です。心配掛けてすいません」

 

「ならいいけど。あまり無茶をするなよ。倒れたら元も子も何だからな」

 

俺は雪菜にそう言って頭を撫で始めた。雪菜は嫌がらずにそれを受け入れて嬉しそうに笑っている。本当にいい笑顔をしているな。

 

「そういえば八幡先輩って部活に入っていたんですね。知りませんでした」

 

「……それ、誰から聞いた?」

 

「浅葱先輩にです。たしか…奉仕部って言うんですよね?その部活」

 

「ああそうだ。だけどな、もう俺は行っていないんだ。行く理由が無くなったからな」

 

「行く理由ですか?」

 

雪菜の疑問に俺はこれまでに何が有ったのかを一通り説明した。途中から雪菜の顔は不機嫌になっていった。

 

「なんですか、その雪ノ下って人は先輩は何か悪いことでもしたんですか?それに平塚先生って人もです。生徒の自由を奪うとか教師の風上にも置けない人ですね!」

 

「まあでも、俺は二度と行く事はないからな」

 

「そうですよ。そんな部活行く必要はありません。あ、ここまでいいですよ八幡先輩。もう目の前なので」

 

「そうか?分かった。それじゃあお休み雪菜」

 

「はい!お休みなさい八幡先輩」

 

 

 

 

 

 

雪菜を家の目の前まで送って別れた後、俺はコンビニに寄ってアイスなど買って帰ることにした。

今日は雪菜の少し意外な一面が見れてよかったと思うし、何より俺の事を名前で呼ぶようになったのがよかった。

これからより一層の連携などが出来るからな。

 

(俺の目的のためにもA級1位を目指す。まずは隊としての力を付けていかないとな。何年掛かるか分からないが……必ずやり遂げて見せる)

 

しかしこの時の俺は何年掛かるか分からない計画がまさか年末にある人物との出会いで果たせるとはまったく思ってもいなかった。

 




次回からは千葉村編に入る予定です。

では次回をお楽しみに。


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千葉村
比企谷八幡⑤


今回から千葉村編に入ります。

千葉村に行くのはバイトとして行きます。

では本編をどうぞ。


「書類整理終わりました。忍田本部長」

 

「もうか?さすがに早いな比企谷」

 

学生にとって一年の間で一番長い休みの夏休みが始まって二日ほど経った頃。俺はボーダー本部の本部長室で忍田本部長の書類整理を手伝っていた。

来月八月の上旬にはボーダー入隊のための試験がある。そのため、試験がある前の月はなにかと忙しいので俺は忍田本部長の手伝いをしている。

もちろん、ギャラが少しは出るのでそれなりにやる気はある……多分。

 

「ありがとう比企谷。今日はもういいぞ。お疲れ様」

 

「はい。お疲れ様です忍田本部長。それじゃあ俺はこれで」

 

「比企谷。少し話があるんだがいいか?」

 

「?……はい。構いませんけど」

 

忍田本部長は一枚の紙を俺の差し出してきたので俺はそれを受け取り見た。

 

「千葉村での小学生のキャンプのバイトですか?」

 

「そうだ。やってみないか?それなりにバイト料も出る」

 

「やるのは構いませんけど。……これって大抵はボランティアじゃないんですか?何でバイトを?」

 

正直疑問だった。何故、ボランティアではなくバイトなのか?そもそも今時の学生がボランティアをするとは思えない。

 

「実は最初はボランティアで募集を掛けたのだが、まったく人が集まらなくてな。……それならボランティアではなくバイトにしたほうがいいのではないかと言う意見が有って、急遽バイトに変更したのだよ」

 

「なるほど。大体は分かりました。それで俺に何をしろと?」

 

「比企谷にはバイトのメンバーを集めて欲しい。比企谷はボーダーでは顔が広かったろ?十人くらいは欲しいので頼めないだろうか?」

 

「まあそれはいいですけど……。防衛任務があったら無理ですよね?」

 

「その辺りはこちらで都合を付けるので気にし無くていい。送り迎えもこちらで用意しておくので気にしなくていい」

 

「そうですか分かりました。それでは失礼します。忍田本部長」

 

俺は本部長室を出て個人ランク戦のブースに向かった。俺の隊のメンバーに妹の小町を誘えば五人は確実だし、あのバカ二人なら案外暇してそうだしな。

 

 

 

 

 

個人ブースに行って目的の人物達を見つけたと思ったら、本部ではあまり見かけない人物までそこに居た。

 

「よお出水、米屋。それとお前が本部に居るなんて珍しいな烏丸」

 

「お!ハッチ」

 

「よお比企谷」

 

「こんにちは比企谷先輩」

 

上から米屋、出水、烏丸の順で俺に言葉を返してきた。

 

「烏丸は何で本部に?」

 

「今日はバイト昼過ぎからなので米屋先輩と出水先輩と一緒にランク戦をしていました」

 

「そうか。ところで出水と米屋は八月の初めなんだが暇か?」

 

「何かあるのか?」

 

「ああ。実はこれなんだが……」

 

俺は忍田本部長から貰った千葉村でのバイトの紙を見せた。

 

「へぇーキャンプのバイトか……でもなハッチ、これ無理だ。この日は防衛任務があるからよ」

 

「こっちもだ。悪いけど比企谷、これはパスさせてくれ」

 

「それについては大丈夫だ。忍田本部長が参加するメンバーの任務に都合を付けてくれるから問題なく参加できると思うぞ」

 

俺は忍田本部長から防衛任務がある隊でも参加できるようにしてくれたことを出水と米屋の言うと二人は喜んでいた。

 

「マジか!?だったら俺は参加するぜ。それで出水は?」

 

「だったら俺も参加するぜ。バイトっても小学生にべったり付くわけでもないんだろ?」

 

「ああ、こっちにもある程度の自由時間があるからな。その時は思いっきり遊べるぞ」

 

二人が迷わず参加してくれたのでこれで二名確保だな。出水と米屋が喜んでいると烏丸が俺に聞いてきた。

 

「比企谷先輩。これ俺も参加してもいいですかね?」

 

「烏丸。お前も参加するのか?でもバイトは大丈夫なのか?」

 

「はい。その日程ならバイトは入れてないんで参加できます。それにそのキャンプには俺の妹が参加するので」

 

「そうか。分かったよお前も参加で決まりだな」

 

烏丸の妹が参加するのか。とりあえずこれで三名確保だな。

 

「比企谷。だったら柚宇さんに声掛けてもいいか?」

 

「ああ構わないぞ。お前が参加するからな太刀川隊の国近先輩がいても大丈夫だ」

 

「ならハッチ。秀次を呼んでもいいよな?」

 

「三輪を?……まああいつが参加したいならいいぞ」

 

「よし必ず参加させるからな。そう言えば他には誰が参加するのんだ?ハッチ」

 

「一応小町と俺の隊のメンバーかな?とりあえずはそれだけかな」

 

「朝田ちゃんはインドア派じゃないか?」

 

出水の言う通りシノンはゲーマーゆえに屋外より屋内の方が好きだ。だからこのキャンプには参加しない可能性が高い。

 

「まあそこはあいつ次第だろ。とりあえず必要な物は後でメールしておくから忘れ物するなよ?」

 

 

 

 

その後、出水と米屋は防衛任務に向かい烏丸はバイトに行くため本部を後にした。

俺は比企谷隊のメンバーと小町にメールを送って参加するかしないかを確認したところ、全員が参加することになった。

 

意外だったのがシノンの参加だ。ゲーマーでインドア派のシノンなら参加しないと思ったので驚いた。

その後、出水と米屋から連絡が着て国近先輩と三輪の参加が確定した。

 

 

 

 

この日は防衛任務は無く、そのまま家に帰って夏休みの宿題をすることにした。俺は面倒なことは早めに終わらして後を遊びつくすタイプだ。

そのために七月以内にほとんどの宿題を終わらせておくつもりだ。

去年の夏の終わりに米屋の宿題を手伝わされたいい思い出……なんだろうか?

 

宿題のノルマをこなしてラノベを読んでいると俺のスマホに着信がきた。

 

「……小南?こんな時間に?……はい。もしもし」

 

『あ、比企谷。今、大丈夫?』

 

「大丈夫だけど……どうしたんだよ。こんな夜遅くに電話なんて、なんかあったのか?」

 

『とりまるから聞いてんだけど。あんたキャンプに行くそうじゃない』

 

「ああ。行くけど……小学生の手伝いのバイトだけどな。それがどうした?」

 

『そのキャンプに私も参加させなさい』

 

小南からの電話の内容は例の小学生のキャンプのバイトの件だった。

メンバーは十人くらいと忍田本部長に言われていたがオーバーしてはいけないと言われていないし、問題ないか。

 

「それなら別に構わないぞ人員は少しくらい多くてもいいだろうからな」

 

『あ、それなら陽太郎も参加するから』

 

「はぁ?!何で陽太郎が?」

 

『とりまるがキャンプの話をみんなにしたら自分も連れて行けって駄々をこねてね。それでボスが連れて行ってもいい許可を貰ったのよ』

 

「なるほどな……」

 

陽太郎が駄々をこねる姿が目に浮かぶな。人は結構いるし問題ないだろう。

 

「了解した。まあ誰か一人が側に付いていればいいだろう。それで小南、お前は持って行く物とか分かるか?」

 

『とりまるに聞いたから問題なしよ』

 

「分かった。忍田本部長に参加するメンバーを連絡しておくから当日遅れずに来いよ」

 

『分かってるわよ。それじゃあまたね比企谷』

 

「おう。またな小南」

 

小南との電話を切った後、忍田本部長にキャンプに参加するメンバーを伝えて防衛任務のシフトの変更をやってもらった。

参加するメンバーは俺、小町、浅葱、夜架、シノン、雪菜、出水、国近先輩、米屋、三輪、小南、烏丸、陽太郎の十三人に決まった。

でも陽太郎が来るなら雷神丸も来るから参加するメンバー+一匹と言ったところだろう。

 

小町は二学期から受験に向けて本腰を入れないといけないので夏休みはできるだけ遊ばしてやろうと思っている。

しかしこの時の俺は千葉村でまさかあいつらに会うことになるとは微塵も思っていなかった。

 




次回は千葉村までの移動の話になります。

では次回をお楽しみに。


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比企谷小町①

八月始め。

 

今日は千葉村である小学生のキャンプを手伝うというバイトの日だ。集合場所に向かう前に俺は荷物の最終確認をしていた。

 

「着替えは……よし。水着も大丈夫だな」

 

俺は着替えはもちろんのこと水着など必要な物を確認してから鞄につめていく。

その確認が終わった時にスマホに非通知から電話が掛かってきた。

 

「非通知から?一体誰だ?……はい。もしもし比企谷です」

 

俺は電話の相手の確認のため出ることにした。しかしこの非通知の電話に出る事は間違ったことだと気が付くべきだった。

 

『やっと出たか比企……』

 

俺はすぐさま電話を切った。電話の声で相手は分かった。それは……平塚先生だ。

 

(何で俺の番号を知っているんだ?あの先生は……まさか職権乱用か?教師の風上にもおけないな……)

 

平塚先生はおそらく学校で俺の履歴書から番号を知ったと思われる。良いのかよ?教師が生徒の携帯の番号を見るとか?

 

(でも何か緊急の用事の可能性が…………ないな。あの先生に限って)

 

それはないと俺は確信できる。何故なら………平塚先生だしな。

 

「とりあえず着信拒否にしておかないとな……」

 

電話を切った俺の行動は兎に角早かった。先ほど掛かってきた番号をすぐさま着信拒否にした。これで二度とこの番号からの着信はないはずだ。

 

「どうしたの?お兄ちゃん。何かあったの?」

 

「いや、何でもない。それより準備は大丈夫か?小町」

 

「もちのロンだよ!お兄ちゃん。小町、今からキャンプ楽しみなんだ~!」

 

「そうか。それじゃ行くか」

 

俺はとりあえず集合場所に向かおうした時に今度は小町のスマホに着信がきた。

 

「どうも。こんにちは………今日ですか?すいません。小町とお兄ちゃんはこれからお兄ちゃんのバイトのお手伝いに行くので………いえ、ボーダーのじゃなくて別のことなんですよ。………いえ、気にしないで下さい。それではまた……」

 

「小町。今の誰から?」

 

「結衣さんからだよ」

 

由比ヶ浜からの電話に驚いてしまった。別に俺に掛かってきていないのに……。

 

「はぁ!?由比ヶ浜からだと!?……てか何で由比ヶ浜はお前の番号知っているんだよ?」

 

「それは此間、水着を買いに行った時にデパートで会ってその時に交換しからだよ」

 

「なるほどな……それで由比ヶ浜は何だって?」

 

「あ!それは聞いてなかった。てへっ!」

 

小町は右手を頭に当て、舌を少し出して可愛く誤魔化していた。

うん!可愛いからいいか。そもそもどうでもいいしな。

 

「あ!後、平塚先生って人がお兄ちゃんに何度も電話を掛けているのに繋がらないって怒っていたって、結衣さんが言ってたよ」

 

マジか!?着信拒否にして良かった。何度も掛けてくるなよな……もしかしたら家まで来そうだな。これは早めに家を出た方がいいな。

 

「小町。準備が出来たなら行くぞ」

 

「うん。いつでもいいよ」

 

 

 

 

 

 

小町の準備もいいので俺は小町と家を出て集合場所に急いで向かう。その途中で浅葱、夜架、シノン、雪菜の四人と合流して集合場所に向かった。

俺達が一番かと思い気や出水と国近先輩がすでに来ていた。

 

「よお出水。早いな」

 

「おっ!来たか比企谷。これで来てないのは米屋と三輪と小南と烏丸だけだな」

 

「そうだな。米屋あたり爆睡していて遅れそうだな」

 

「たしかにありそうだな。それ」

 

 

俺が出水と話していると三輪と米屋がやってきた。米屋は欠伸をしていた。起きてすぐにここに向かったな。

 

「よお三輪。遅くなった原因は米屋か?」

 

「ああ、そうだ。陽介の家の前で待っていたんだが一行に出て来ないんで家に上がったら爆睡していたんで叩き起こしてここまで来た」

 

「……それは大変だったな」

 

出水と話していた内容通りになるとはな……行動がある意味読み易いな米屋。

そして三輪、ドンマイ。

 

出発時間も差し迫ってきた時に俺達の前に一台の小型バスが止まった。そのバスの窓が開き、小南が身を乗り出して手を振ってきた。

 

「お~い!!皆~おまたせ~。これに乗っていくから早く乗って乗って!!」

 

全員がバスに乗ったのを確認したからバスは千葉村に向けて発進した。

 

 

 

 

「すまないな比企谷。陽太郎のこと任せて」

 

「別にいいですよ。林藤さん」

 

このバスを運転しているのは玉狛支部の林藤支部長だった。なぜか口にタバコを咥えていたが火は付けてはいなかった。

……まあ未成年の学生がいる前でさすがに吸わないよな。でも平塚先生は普通に吸っていたな。

 

「陽太郎のヤツがどこかに連れて行けって聞かなくてな。そしたら烏丸がキャンプに行くって言うものだから、興味を持ってな。それに小南も行くとなれば自分もってな」

 

「そうだったんですか。まあ俺としては子守くらい別に構いませんけど。帰りも林藤さんが?」

 

「ああ、その予定だ。降ろす場所はさっきの場所でいいか?」

 

「ええ、それで構いません」

 

俺は林藤支部長と帰りのことを話していると小町がいきなり大きな声で全員に聞こえるように話しかけた。

 

「お兄ちゃん!実は小町から一つ重大な発表があります!!」

 

「「「重大な発表?」」」

 

俺、出水、米屋、の三人の言葉が重なってしまった。

しかし小町は何を発表するつもりなんだ?ま、まさか彼氏ができたって言うつもりじゃないだろうな?もしそうならその男を見つけ出して二度と小町に近付かないように『お話』をしないとな。

もちろん、危険なことはしないさ……それで小町に嫌われたら、死んでしまいたいくらいに落ち込むからな。

 

「なんと……小町は九月からボーダーに入隊するのです!!」

 

「マジで!?ボーダー入るのか?小町ちゃん」

 

「入るんなら、俺と戦おうぜ!」

 

出水は驚き、米屋はさっそく戦おうとしているし、気が早すぎる。それに小町を痛めつけたらお前のポイントを根こそぎ奪ってやるぞ米屋。

 

「どお、お兄ちゃん!驚いたでしょ!!」

 

「あ~すまん小町。実は入隊のこと知っているんだ……俺」

 

「……へぇ?……えぇぇぇぇぇ!?!?…なんでお兄ちゃん知ってたの?!お母さんには言わないでって言ってたのに……」

 

小町には俺がボーダー本部で何をしているかを話したことがないからな。無理もないか。

 

「小町には言ってなかったけどな。俺はボーダーで本部長って人の手伝いでよく書類整理をしているから入隊希望の人間の履歴書をよく見てんだよ。それで小町が入隊しようとしていることがわかったんだよ」

 

「なんだ…せっかく驚かせようと黙っていたのにな……」

 

小町は視線を下に向けて本気でがっかりしている。すまんな小町。これくらいじゃ俺は驚かないんだよ。

 

「でも小町、まだ入隊できるとは限らないだろ?」

 

「それは問題無しだよお兄ちゃん。此間、玉狛でトリオン量を測ってもらったら小町はお兄ちゃんくらいのトリオンがあるって栞さんに言われたんだよ」

 

「マジか!?俺と同じくらいとか……スゲーよ小町」

 

こっちの情報は素直に驚いたな。それだけあればいろんな部隊が小町を勧誘しそうだ。

トリオン量は戦う上で相手とのアドバンテージになる。俺は今の所、ボーダー1のトリオン量であるが今後俺以上のヤツが入ってきても可笑しくはないからな。

 

「ところで小町。お前はポジションはどうするんだ?」

 

「それはもちろん!お兄ちゃんと同じオールラウンダーにする予定だよ!」

 

中々、嬉しいことを言ってくれる。オールラウンダーなら色々と教えてやれるからな。小町の入隊が楽しみだ。

その後、米屋と出水が小町と戦う約束をしたりなど話してるしと目的地である千葉村の駐車場に到着した。

 

 

 

「とりあえず今回のキャンプは、ボランティア側の引率者の言うことを守って行動するように。それじゃ俺は帰るから陽太郎のこと、頼んだぞ比企谷」

 

「はい。分かっています。帰りもお願いします」

 

「それじゃお前らしっかりとな」

 

林藤さんはそれだけ言ってバスに乗って三門市まで帰っていった。

俺達はひとまずボランティア側の人達が来るのを待った。どんな人達が来るのか。その人達とうまくやっていけるか……それが不安だ。

 

そして数分後、ボランティア側の人達が乗っていると思われる車が駐車場にやって来た。

車から降りてきた人物達を見て俺はあ然としてしまった。

 

「……え?ヒッキー……?」

 

車から降りてきたのはあの喫茶店で関係を清算したはずの由比ヶ浜だった。

この時点で俺は嫌な予感がした。

 

 

 

 



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比企谷八幡⑥

「……え?ヒッキー……?」

 

千葉村でのキャンプのバイト初日に俺との関係を清算したはずの人物……由比ヶ浜結衣がそこにはいた。

俺が由比ヶ浜に驚いていると由比ヶ浜が降りてきた車からさらに二人の女性が降りてきた。

 

一人目はなんと雪ノ下だった。

最後に会ったのはワンニャンショーの時だったと思うから、一ヶ月以上会ってはいない。……ってか会いたくも無い。

もう付き人なしで一人で出歩けるようになったんだな。

二人目は運転席から出てきた……平塚先生だ。

先生は俺と目が合うともの凄い勢いで俺に詰め寄って来た。その際の顔はもはや般若のようだった……。

 

「比企谷……何故、お前がここに居る?」

 

「それは小学生のキャンプのバイトに来ているからですよ」

 

「……そうか。だったら何で私からの電話に出なかったか……その理由を聞こうじゃないか」

 

平塚先生はそう言ってはいるが、顔は『お前のいい訳なんて聞く気はない』とそんな顔をしている。

だが、俺には秘策がある。俺はスマホを取り出し起動ボタンを押しても画面は暗いままだ。それを平塚先生に見せてこう言った。

 

「すいません。どうやら俺のスマホ……電池切れのようですね」

 

「何?……貸してみろ」

 

平塚先生は強引に俺からスマホを取り上げて電源ボタンを何度も押しているが、一向にスマホは起動する気配すらしない。それもそのはずだ。何故ならスマホのバッテリーは俺が家を出る前にスマホから抜き取ってあるからな。

 

(由比ヶ浜から小町に連絡があったものだから念のため抜いて置いて正解だな。そんなことをしても無駄なのに……さすがに俺のスマホが壊れそうだし回収しないとな)

 

平塚先生はスマホの電源を入れようとかなり強めにボタンを押していて今にも壊れそうなので返してくれるように言った。

 

「そろそろ俺のスマホを返してくれませんか?」

 

「……分かった。ほれ……」

 

「おっと……それと平塚先生は何で俺に電話してきたんですか?」

 

「そんなの奉仕部の合宿にお前を参加させるために決まっているだろ!!」

 

平塚先生は俺のスマホを放り投げてアホなことを言ってきた。俺のことをまだ奉仕部部員と思っているらしい。後、人のスマホを投げるなよ!!まったくこの人は本当に先生なのか、疑問に思う。

その時、雪ノ下が俺のほうに歩いてきた。どうせ罵倒してくるに違いない。

 

「あら、誰かと思ったら卑怯谷君じゃないの。こんなところで会うなんて今日は最悪な日ね。それと後ろの人達をどんな弱味で脅してここまで連れてきたのかしら?貴方達、この男に脅されているなら私が力を貸して上げるわ。この男を社会的に消してあげるから安心しなさい」

 

以前の雪ノ下復活かと思いきや、以前より罵倒が悪化している。完璧な人間とか言っていたのにもはや人として終わっていると言っても文句は言えないな、こいつは。

雪ノ下の罵倒を聞いてボーダー組の全員は顔を歪めて雪ノ下を見ていた。顔は『お前、何言っているんだ?』と言わんばかりの顔をしていた。

そんな雪ノ下に対して小南が言い返した。

 

「比企谷がそんなことするわけないでしょ。何も知らないくせに好き勝手なこと言っているんじゃないわよ。あんたの被害妄想も大概にしなさいよね!」

 

「なんですって!!」

 

小南と雪ノ下は今にも口喧嘩をしそうになっていたので止めに入る。

 

「落ち着け小南。ここで言い争ってなんになるって言うんだよ」

 

「ゆきのんも落ち着いて、ね?」

 

「止めないでよ比企谷!!この女は一発ぶっ飛ばさないと気が済まないのよ!!」

 

「由比ヶ浜さん邪魔しないで!!この人にあの男がどんな卑怯ものか。分からしてやらないと!!」

 

二人の言い争いが激しくなる前に小南は俺が、雪ノ下は由比ヶ浜がそれぞれ押さえた。

小南と雪ノ下の二人を抑えているともう一台の車がやって来た。5~6人は乗れそうなくらいの車だ。

その車から降りてきた男に俺は驚きを隠せ無かった。何故ならその男は俺が会いたくない人物だからだ。男は俺と眼が合うとこちらに近付いてきて挨拶をしてくる。

 

「やあヒキタニ君。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

挨拶してきた人物は葉山だった。

由比ヶ浜、雪ノ下、平塚先生に続いてこの男かよ……嫌な人物とのエンカウント率が異様に高い。もしやと思い、葉山が降りてきた車のほうを見てみるとやはりその人物達はそこに居た。

戸部、海老名、三浦の現葉山グループのメンバーだ。葉山がここに居るのは三浦が罰としてボランティアに参加しているからだろう。

 

三浦がボーダー本部でやらかした事はすでに全ボーダー隊員の耳に入っている。それでも総武の生徒が嫌われていないのはひとえに総武高生徒のボーダー隊員が真面目でいいヤツと知っているからだと思う。

 

運転席から出てきた女性に俺は見覚えがあった。たしか総武の家庭科の先生だったはずだ。車から出てきてすぐにこちらに近付いて来た。

 

「初めましてボーダーから来た皆さん。私は今回、ボランティアの引率を担当することになった総武高校の鶴見です。どうそ、よろしく」

 

こちらに優しく挨拶してきた。平塚先生とは大違いだ。確か鶴見先生って結婚して子どもが居るって聞いたことがあったっけ?

既婚者だから平塚先生と違って心に余裕があるんだな。

 

「どうも、バイトできた。比企谷八幡です」

 

「……君が比企谷君なの?」

 

「?……はい。そうですけど……何か問題でも?」

 

「いえ、そうじゃなくて平塚先生がボランティアで来る子に比企谷って生徒がいるって聞いていたんだけど。時間になっても来なくてしょうがないから行く事にしたのよ」

 

「……そうですか。鶴見先生、俺はボランティアのことなんて一言も聞いてないんですよ。今朝になって電話をしてきたんですよ?それに俺がボーダー隊員だと知っているのにこちらの都合を無視してここに連れてこようとしていたんですよ。平塚先生は……」

 

「……平塚先生。これはどう言うことですか?教師が生徒のプライベートの時間を奪おうとするとはそれでも貴女は教師ですか!!」

 

「い、いえ……比企谷なら大丈夫かと、思いまして……その……」

 

「大丈夫と思いまして……?平塚先生、この事は学校に戻ってから教頭と一緒に話し合いましょう」

 

「……はい」

 

鶴見先生の説教を受けて平塚先生は絶望をしているかのようにうな垂れていた。鶴見先生が俺の方……というより、後ろのメンバーを見ていた。

 

「とりあえず、お互いに自己紹介をお願いできるかしら?」

 

「わかりました。俺は比企谷八幡です。それでこっちにいるのが俺の妹の……」

 

「初めまして、比企谷小町です。よろしくお願いします!」

 

「私は藍羽浅葱です。今日からよろしく」

 

「羽々斬夜架です。よろしくお願いいたします」

 

「姫柊雪菜と申します。よろしくお願いします」

 

「……朝田詩乃です。……よろしく」

 

俺の挨拶に続き小町は元気よく挨拶をし浅葱に続き、夜架が挨拶をし雪菜は丁寧に腰を曲げて挨拶をした。礼儀、正しいなこいつは……。

シノンは少し控え気味に挨拶をした。

 

「比企谷の親友の出水公平だ。よろしく!」

 

「国近柚宇です~。皆、よろしくね~」

 

出水の親友発言に雪ノ下は心底驚いていた。そんなに驚くことか?

国近先輩はいつも通りな感じだな。

 

「三輪秀次だ。よろしく」

 

「ハッチのダチの米屋陽介だ。よろしく!」

 

三輪は少しだけぶっきら棒な感じだし、米屋は米屋でいつもの感じだな。

米屋のダチ発言にまたしても雪ノ下が驚いていた。

 

「烏丸京介です。今日からよろしくお願いします」

 

「小南桐絵よ!よろしくね!」

 

烏丸は丁寧に小南は普段と変わらない態度だった。まあ、そっちのほうが落ち着くな。

こちらの挨拶が終わったことを確認した葉山が一歩前に出てきて挨拶をしてきた。

 

「それじゃ、今度はこっちだね。俺は葉山隼人、よろしく。それであっちにいるのが……」

 

「俺は戸部翔。よろしくっしょー」

 

「三浦優美子。よろしく……」

 

「海老名姫菜です。これは色々とカップリングが楽しめそうな予感!!隼人君と彼らの絡みが……妄想が膨らむ!!ぐ腐腐腐っ……」

 

葉山から始まり海老名までが自己紹介を終えた。

戸部は相変わらずちょっとチャらいな……。

三浦は俺の方を見て、かなり不機嫌になっていた。自業自得だ!バカが!!

海老名の最後の方、何を言ったのかは聞かなかったことにしよう。

 

「由比ヶ浜結衣って言います!みんな、よろしくね!」

 

「私は雪ノ下雪乃よ。よろしく」

 

由比ヶ浜は以前の元気な雰囲気に戻っているし、雪ノ下も以前の毒舌全開になっている。何があった?

 

「これで全員も自己紹介を終えたことだし、荷物を本館に置いて、小学生がいるところまで案内するからついて来てね」

 

俺たちは荷物を置くために鶴見先生について行き、小学生との対面に備えた。

しかし、俺は向こうのメンバーに不安を拭うことができないでいた。



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葉山隼人③

千葉村でのキャンプ初日にまさか、雪ノ下達と出会ってしまうとは自分の日頃の行いが悪いのか、と疑ってしまう。

荷物を置くために本館へ向かっていた俺達だが、千葉村に着いてから何か忘れている気がしていたが、歩いている内にその忘れていたことを思い出した。

 

鶴見先生に陽太郎と雷神丸を紹介するの忘れていた。陽太郎はここに来るまでの道のりで車内ではしゃぎすぎて途中で寝てしまったからすっかり忘れていた。

 

「すいません。鶴見先生、一人と一匹の紹介をしてませんでした」

 

「一人と一匹ってどう言うことなの?比企谷君」

 

「ええ、実はここに来るまでに疲れきって寝てしまって自己紹介が遅れましたがこの子が林藤陽太郎と相棒の雷神丸です」

 

俺は紹介を忘れてしまった陽太郎と雷神丸を紹介した。鶴見先生は雷神丸を見て少し驚いていた。

驚くのも無理もない。ペットでカピパラを飼ってる人はそうはいないだろうからな。

それにしても陽太郎は未だに寝ている。移動中に騒ぎすぎた所為だけど、今は寝かしておくか。

寝る子は育つって言うしな。

 

俺達はとりあえず荷物を本館に置いてから小学生が集まっているグランドに向かって歩いて行った。

まだ陽太郎は寝ていた。

しかし雷神丸はよく陽太郎を乗せて移動できるな。……主人のために懸命に動くカピパラだな。

グランドに向かっている途中で由比ヶ浜が俺に話し掛けてきた。

 

「ヒッキー達ってバイトでここに来てるんだよね?」

 

「「「ぷっ……」」」

 

由比ヶ浜が俺のことを未だにあだ名で呼んで、それがおかしくて、出水、米屋、小南の三人が噴出した。

こいつはいい加減にそのあだ名で呼ぶことをやめないんだろうか?

 

「比企谷、お前って、そんなあだ名で呼ばれているんだな……ぷっ」

 

「ハッチ、そのあだ名はかなり笑えるわ……ぷっぷっ、くくくっ」

 

「はははっははっ、ナイスよ!そのあだ名……ぷっぷっ」

 

出水、米屋、小南の三人は腹を抱えて笑っていた。さすがにこれには俺も我慢ができないでいた。

 

「笑ってるんじゃねえよ!!戦闘バカどもが!!シバキ倒すぞ!!それと由比ヶ浜、何で俺のあだ名が『ヒッキー』なんだよ?」

 

「えっ?だって、比企谷でしょ?だからヒッキーなんだよ?」

 

「それだと小町も『ヒッキー』になるけど?」

 

「何言ってんの?小町ちゃんは小町ちゃんだよ?」

 

由比ヶ浜との会話はこれまでのことでかみ合わないことを知っていたはずなのに……俺はなんてバカなことを聞いてしまったんだ。

 

「すまんな、由比ヶ浜。バカなお前に言ったところで理解できないよな?」

 

「ちょっと!ヒッキー失礼だし!キモい!!」

 

なんだか懐かしい由比ヶ浜の罵倒は俺の心にクリティカルヒットしてHPを半分削っていった。いい加減にこいつとの完全なる決別が必要になるかもな。

そのためにも俺は由比ヶ浜の弱みを調べたほうがいいかもしれない。てかこいつに弱みとかあるんだろうか?謎だ。

 

「しかし中々いいあだ名をつけるな、その子」

 

「マジでシバキ倒すぞ!出水!!」

 

出水達とバカ騒ぎをしていると由比ヶ浜がポツリとつぶやいた。

 

「……いいな……なんだか、楽しそう……」

 

「……なんか言ったか?由比ヶ浜」

 

「えっ?!な、なんでもないよ!それよりもバイトっていくら位出るの?」

 

バイトのことを聞く前に由比ヶ浜は何かを言ったと思うけど、周りの声と由比ヶ浜の声が小さかったために聞き取りずらかった。サイドエフェクトで耳を強化していれば聞こえたがその時はそれほど集中してはいなった。

 

「二泊三日で三万くらいだな」

 

「そんなに出るの?だったら、ヒッキー何か奢ってよ!」

 

「断る。俺が誰かに奢るときは尊敬できる先輩か、もしくは可愛げのある後輩のみだ。同級生には基本的には割り勘だ。それにそれほど親しくもないお前に何で奢らないといけない?冗談じゃない」

 

俺がそうきっぱりと言うと由比ヶ浜は「……そうだよね……ごめん」と言って俺から離れていった。

そんな俺に小南が近づいてきた。

 

「ちょっと、比企谷。いくらなんでも言いすぎじゃない?あの子、泣きそうになっていたじゃないの」

 

「いいんだよ、あれでな……。それにあいつには学校で罵倒されまくったからな。そんな人間と仲良くしようなんて、これぽっちも思わないしな」

 

「そう、あんたがそう言うならこれ以上はなにも言わないわ」

 

小南はそう言ってから俺に何も言わなくなった。

今更、由比ヶ浜との間に『ホンモノ』と呼べる関係が築けるとは思わない。

そんなことを考えていると小学生達が見えてきた。

 

 

 

 

 

小学生が集まっているグランドに来てみると引率の先生方が小学生をある程度並ばしていた。

しかも小学生は隣の人間としゃべり続けていた。それに対して男性教師が腕時計をじっと見ていた。

そのことに気がついた小学生達が段々と静かになって、そして完全に静かになると男性教師が全員に聞こえる声で静かになるまでの時間を言う。

 

「はい!みんなが静かになるまで3分16秒掛かりました。次はもっと早く静かになるようにしましょう!」

 

懐かしいな、と思う。

小学生の時によく先生達が言っていたな。でもこれで次が静かになるのが早くなるとは到底思えないけど。

 

「なあ、比企谷。俺達って一体何をすればいいんだ?」

 

「キャンプの手伝いって言ってたと思うけど?」

 

「うわ……めんど……」

 

「お前は何のためにここに来たんだよ?」

 

出水に呆れながらも、そんなことは気にしない。些細なことだ。

男性教師の説教も終わったところで話が進んだ。

 

「それではこれから3日間、君達の手伝いをしてくれるボランティアのお兄さんに挨拶をしてもらうから……ではお願します」

 

男性教師は俺達に話を振ってくる。だけどボーダー組は動こうとはしない。なぜなら、さきほど、教師は『ボランティア』と言ったのだ。

それなら、『バイト』で来ている俺達は別に挨拶をしなくても問題はない。

そしたら、葉山が自分から前に出て、挨拶を始めた。

 

「初めまして。高校二年生の葉山隼人です。皆さん気軽に声を掛けてください。3日間と短い間ですが、仲良くしてください」

 

葉山の挨拶が終わると小学生達が騒ぎ始めた。主なのは女子だが。キャーキャーと。

すると、俺に近づいてきた小南が話し掛けてくる。

 

「ねぇ比企谷。あいつってなんだか准を残念にした感じに見えるんだけど……」

 

「小南……それは言ってやるな。本人が気にしそうだから……」

 

と言いつつも俺は心の中では小南に賛同していた。葉山には一度、人生のどん底に落ちてほしいとさえ思う。

 

「はい!ありがとうございました。ではオリエンテーリング……スタート!」

 

男性教師がそう言うと、生徒達は我先にグループを作り始めていた。このキャンプが始まる前に班をすでに決めていたようだ。

それにしても、みんな明るい顔をしているな。スクールカーストなるものがまだ確立してないからだろう。そう言うのは大体が中学生になってからだからな。

 

オリエンテーリングというものは指定されたポイントを順に巡っていき、ゴールを目指すものだ。ガチのはコンパスや地図を持って全力疾走で走り回るが、さすがに小学生はそんなことはしない。

小学生は我先にゴールを目指して歩きだした。

すると、葉山グループがうるさく騒ぎ始める。主に戸部と三浦が。

 

「いや~小学生ってマジで若いわー。俺らってもうおじさんじゃね?」

 

「ちょっと戸部。そう言うのやめてよねー。あーしがおばさんみたいじゃん!」

 

はぁ!?お前はおばさんだろ?とは思っても口にはしない。

 

「それで俺達は何をすれば?」

 

烏丸の質問に鶴見先生が答える。

 

「君達にはゴール地点での昼食の準備をしてもらいます。生徒達へのお弁当や飲み物の配膳をお願いするわ。私は平塚先生と先に車で行っているから」

 

「分かりました。それじゃ俺達は小学生より先に着けばいいんですよね?」

 

「ええ、そうよ。でも、気分や体調が悪くなったら無理せずに休むのよ?いいわね」

 

「分かっています。それじゃ俺達も行くか」

 

俺達が出発しようとした時に出水がある提案をしてきた。

 

「比企谷、槍バカ!誰が一番に着くか競争しようぜ!」

 

「お!いいね。負けたヤツはジュース奢りで!」

 

「えぇ~俺も参加させるのか?……ってことでスタート!!」

 

ある意味、フライングとも取れる卑怯な手だ。少し遅れて出水と米屋が走りまじめた。

やる気がないように見せかけてダッシュ。

 

「あ、比企谷!!テメー、汚ねえぞ!!」

 

「待ちやがれ!!ハッチ!!」

 

出水と米屋は叫びながら俺の後を追いかけてくる。普段から鍛えている俺に勝つなんて八万年早い!!八幡だけに。

 

 

 

 

俺は森の間を縫ってかなりの速さで疾走していた。ボーダーの対戦ステージに森林があるのでこれくらいなら余裕でゴールまで行ける。

 

「少し、疲れたな……」

 

さすがに生身では疲れてきたので近くの木に背中を預けた。念のために周りを見渡してみる。

 

「あれは、葉山か……」

 

オリエンテーリングの本来のコースに葉山と小学生の女子五人がいた。だがその内の一人だけが他の四人と距離を置いていた。見るからに孤立していた。

他の四人の小学生は葉山と一緒になってクイズを解いているようだった。葉山が孤立した

子に近づいて話しかけていた。

 

何を話しているかは聞こえないが葉山の性格からして大体は予想できる。たぶん、「皆と一緒に行こう」とかだな。皆仲良くしていないと気がすまないヤツだからな、葉山は。

だけどな、葉山。それじゃ悪手なんだよ。孤立している子を無理にグループに、それもお前がやると周りの子達は「あいつ、生意気」とか「高校生に優しくされて調子の乗ってる」とか言うな、絶対。

 

そんな中途半端な助けは余計にいじめを加速させてしまう。それに本人が助けを求めているかどうかにもよる。求めてもいないのに手を貸すのは大きなお世話と言うものだ。

それに葉山は助けるやり方を間違っている。その子を助けるにはグループから引き離すのが一番いい方法だ。

 

とはいえ、これは小学生の問題だ。高校生の俺達には関係ないと言ってもいい。

 

「よし、休憩終わり」

 

俺はゴールに向けて走り始めた。ゴールまでもう少しだ!!

 



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比企谷八幡⑦

森を駆け抜けて、集合場所に到着した。どうやら、他の奴らはまだ誰も来ていないようだった。

鶴見先生が見えたので指示を聞くために近付く。

平塚先生はと言うと車の側でタバコを吸っていた。結婚願望があるのにタバコを吸うとかないな。子どもを産むにしても身体は健康に越した事は無い。

あれでは嫁の貰い手が無いな。本当に結婚する気があるのだろうか?

 

「比企谷君が一番乗りね。お疲れ様」

 

「……比企谷。まさかトリガーを使ってはないよな?」

 

鶴見先生は俺を労ってくれるのに平塚先生は俺がゴールに一番に着いたものだからトリガーを使ってないか疑ってきた。

これじゃ結婚なんて夢のまた夢だな。

 

「使ってません」

 

「嘘を吐くな。いくらなんでも早すぎる」

 

「だから、使ってません」

 

「平塚先生。ここまで頑張った生徒に対して嘘呼ばわりはなんですか!それが教師のすることですか?」

 

「し、しかしこいつは……」

 

「もういいです。それじゃ比企谷君、お弁当と飲み物の配膳をお願いね」

 

「はい。わかりました」

 

鶴見先生は平塚先生に呆れて、俺に指示をしてきたので配膳の準備に取り掛かった。その時、車から陽太郎と雷神丸が出てきた。

 

「おっ!はちまん。おはよう!」

 

「やっと起きたか陽太郎。よく寝ていたな。キャンプの手伝い、期待しているぞ?」

 

「うむ。まかせろ!おれにかかれば、たいしたことはない!!」

 

陽太郎は胸を張って威張っていた。五歳児の威張りはそれほどイラつかないな。そう思っていると、林から米屋と出水が出てきた。

 

「よっしゃー俺の勝ち!!」

 

「くそっ!!俺の負けか……って比企谷、早っ!!」

 

「よお、遅かったな。ってことで出水の奢りで」

 

競争は出水の負けで終わって、その後に浅葱達も来て、それぞれ休憩しだした。

俺は浅葱にタオルを渡して話掛ける。

 

「よお、お疲れ浅葱。結構汗かいたようだな」

 

「それは、そうでしょ……私はオペレーターだし、そんなに動かないから……」

 

ゴールに着いた浅葱はそれなりの汗をかいて疲れていた。それから俺達は小学生の昼食の準備に取り掛かった。

昼食をある程度食べていると鶴見先生が俺達にあることを頼んできた。

 

「それじゃ今運んでもらったお弁当の他に、デザートに梨を冷やしてあるから皮剥きと配膳に分かれて仕事をしてください」

 

鶴見先生は冷えた梨が入った籠を葉山に渡してきた。

 

「それじゃどう分担しようか?」

 

葉山はどのように分担するか皆に聞いてきた。

 

「料理が出来る奴か、出来ない奴で分かれればいいだろ」

 

俺の提案を葉山は承諾してそれぞれ出来るか、出来ないで分かれた。

料理が出来る側は、俺、小町、浅葱、シノン、雪菜、小南、烏丸、雪ノ下、由比ヶ浜になった。

…………あれ?由比ヶ浜って料理出来たっけ?

出来ない側は、夜架、国近先輩、出水、三輪、米屋、陽太郎、葉山グループになった。

………葉山グループの人間は誰一人として料理が出来ないのかよ……。

 

「それじゃ、こんなものかな?」

 

「まあ、これくらいでいいだろ」

 

葉山の確認に俺はすぐに同意する。

 

そして梨の皮剥き隊は、鶴見先生からナイフやミニまな板、紙皿を受け取り、皮を向き始めた。

しかし、皮むきって、ナイフでやると案外、難しい。ナイフを固定して剥くものを切っていかなければならないからだ。

梨の皮むきに奮闘していると雪ノ下と由比ヶ浜の声が耳に入ってきた。

 

「由比ヶ浜さん。あなた、皮むきはしたことがあるの?」

 

「任せてよ、ゆきのん!!私だって練習してきたんだから!!」

 

そう言ってる由比ヶ浜の方から、皮むきの音が聞こえてきた。

しゅるしゅる……ざく、ざく、しゅるしゅる……ざく、ざく、ざく

…………ん?今、ざくって聞こえたか?

ふと、由比ヶ浜を見てみると、由比ヶ浜の梨は皮はもちろんなのだが、中の果肉までも切り落としていた。

由比ヶ浜の梨は、ボン・キュッ・ボンのナイスボディになっていた。食べられる部分が皮と一緒にゴミ箱の中にあった。ある意味、才能だな。食材を無駄にする。

そして哀れだな、梨よ。お前は誰にも食べられること無く、ゴミ箱行きとはな……。

 

「えっ?……なんでーー!?!?ママがやっているところ、あんなに見たのに?!」

 

(お前は見ていただけかよ!!それは練習したとは言わない!!)

 

と俺が思っていると雪ノ下が由比ヶ浜に説明をし始めた。

 

「由比ヶ浜さん、ナイフは回転させないで固定するのよ。……なぜ、言ったそばからナイフを回転させているのかしら?あなたには、このナイフが梨に見えているの?」

 

と雪ノ下と由比ヶ浜は絶賛百合百合コントの真っ最中なので俺はそれを邪魔せず、ひたすらに梨の皮むきを続けていた。

既に5個の梨の皮むきをしており、均等に切り分けてから皿に盛りつけた。

 

「すごっ!比企谷君って皮むき、上手だね!」

 

急に背後から国近先輩が話しかけてきた。一瞬、ビックリして梨ごと指を切り落としそうになったが、なんとか切り落とさずに済んだ。

 

「まあ、これくらいはできますよ。家では小町と交代で料理をしてましたからね。でも、俺がボーダーで忙しくなってからは外食が多くなりましたから料理をする機会が少なく成りましたね……」

 

「へぇ~そうなんだ~。それにしても料理男子って、結構モテたりするよ?」

 

国近先輩はそう言ってくる。確かにテレビでもモテるとか言っているが実際はどうなんだろうか?そもそも俺の知っている料理男子があまりいない。

レイジさんは……モテていると思うが彼女は居るのだろうか?

 

「終わったお皿ってありますか?」

 

「ああ、これを頼む」

 

烏丸が皿を受け取りにきたので、俺は切り終わった梨が乗った皿を烏丸に渡した。烏丸がそれを小学生に渡した後、すぐに俺の下まで来た。えっ?まさか新しいの寄越せってか?早過ぎるわ!!

しかし、烏丸の目的はまったく違っていた。

 

「比企谷先輩は妹さんの入隊についてどう思っていますか?」

 

烏丸がまさか、小町のことを気に掛けてくれているとは思いもしなかった。

 

「嬉しさ半分に不安が半分ってところかな……」

 

「それはどうしてですか?」

 

「嬉しいことは小町もボーダーに入れば、家計の手助けになるし、戦い方とか色々と教えることが出来るからな。不安は小町の可愛さに手を出す輩がいないか、心配だ!」

 

「そうですか……」

 

烏丸は少しだけ呆れ気味だった。どうせ、シスコンだと考えているに違いない。

 

「でも、一番心配しているのは小町がしっかりと戦えるか、だな……」

 

「それって、どう言う意味ですか?」

 

「俺達の親父はトリオン兵に殺されたからな。それでトラウマになっていないかと心配しているんだ。見た瞬間に昔のことを思い出して畏縮してしまうんじゃないか、とか色々とな……」

 

「比企谷先輩って、ただのシスコンかと思っていましたけど。妹さんのことをしっかりと見ているんですね」

 

「当たり前だろ?何故なら俺は小町の兄だからな!」

 

俺がそう言うと烏丸はましても呆れてしまった。

お前にだって妹がいるから俺の気持ちくらい分かるだろうが!と思っていると、ふと葉山が話し掛けていた女の子達が見えた。

あの四人は葉山と楽しそうに梨を食べていたが、一人だけグループから離れて食べていた。

 

彼女が一人でいるのは、自分の意志でなのか?それとも周りの悪意によるものなのか?

前者なら、それほど問題ではないだろう。自分の意志だから。

後者だったら、周りの人間はかなりの人でなしだ。

 

だが、これは彼女とその周りの問題だから俺は助けようとは思わなかった。

もしこの件に関わって、失敗でもしたら彼女の立場がかなり危なくなるからだ。それで彼女が自殺でもしたら、寝覚めが悪いどころではない。

 

だから俺は極力、彼女には関わろうとは思わないし、その辺りは教師の仕事だ。

それに彼女は助けを求めていない。それなのに助けようと動くのは『大きなお世話』だ。

なので俺は彼女を助ける事は無いだろう。そう思いながら、梨を食べ終えて、午後からのオリエンテーリングに備えた。

 



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鶴見留美①

キャンプの料理って、何?と聞かれたなら、大抵の人間がBBQかカレーと応えるだろう。

それにその二つのどちらかを作らないのはキャンプに来たとはとは言えないだろう。

 

そして、今回は作るのはカレーだ。

カレーは万能の料理と言っても過言ではないと俺は思う。小学生もしくは料理を余りやらない人でも説明通りのやっていけば、失敗することはない。

肉と野菜を適切に切り、煮込んでいって、カレールーを入れてさらに煮込めば、完成する。

さらに隠し味にリンゴ等の食材を入れても問題は無い。だが素人がやってしまうと、とても食えたものでは無いものが完成する。

かつての由比ヶ浜の木炭クッキーのように。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、何とか午後のオリエンテーリングが終わり、晩ご飯の準備に取り掛かった。そしてキャンプの初日の夜のご飯はカレーを作ることになった。

男子は火の準備で、女子は食材の準備を始めてた。

 

(ヤバイな……マジで熱い……そろそろミディアムレアくらいには焼きあがりそうだな……)

 

と、考えながら火を見ていたら、右の頬に冷気を感じたので見てみる。と紙コップを持っている浅葱がいた。

 

「はい、お疲れ。熱かったでしょ?」

 

「おう。サンキュー」

 

俺は浅葱から紙コップを受け取り、一気に飲み干した。氷でキンキンに冷やされた麦茶はとても美味かった。

 

「ヒキタニ君。そろそろ、代わろうか?」

 

俺が麦茶を飲んでいると葉山が現れて交代を申し出てきた。しかし、こいつはいつまで俺の苗字を間違える気だろうか?

でも、俺は葉山に言葉に甘えることにした。

 

「ああ、悪いな。そろそろ、俺自身が焼肉になるとことだったからよ」

 

俺は葉山にうちわを渡してからその場から離れ、近くのベンチに移動してから麦茶を飲んでいると葉山グループの女子二人が騒ぎ始めた。

 

「隼人って、アウトドアすごくうまいね!!」

 

「うんうん。葉山君ってアウトドア、似合ってるよね!」

 

三浦と海老名が葉山を絶賛していた。すると、三浦が俺を見て睨んできた。あいつは俺に対して『何、お前はサボっているんだよ!働け!』とか、思っているな。

それに対して俺は舌を出して、挑発した。三浦はさらに睨みを強くしてきたが、それくらい俺にとってどうってこと無い。

 

「ヒキタニ君が大体のことをやっていてくれたから楽だったよ」

 

葉山、フォローしてくれるのはいいが、いい加減に人の苗字を間違えるのを止めろ。

俺に対しての葉山のフォローは葉山自身の好感度を上げただけだった。

 

「さすが、隼人。ヒキオなんかを庇うなんて、ちょー優しい……」

 

何なんだろう?この差別は……。まあ、世の中ってのは常に理不尽が付きまとってくるからな。

 

「八幡先輩、お疲れ様です。どうぞ」

 

三浦達より一足先に来ていた雪菜が洗顔ペーパーを俺に渡してきてくれた。

 

「おっ!サンキューな。助かったぜ雪菜」

 

俺は洗顔ペーパーを受け取り、軍手を取って顔を拭いた。雪菜の横にいたシノンが話掛けてきた。

 

「いつもはやる気があんまり見られないのに今日はいつになくやる気だね?八幡」

 

「たしかに……いつもの八幡先輩とは違いますね……」

 

「お前らは俺にケンカでも売っているのか?」

 

シノンに続いて雪菜までもが失礼なことを言いやがって、俺だってたまにはやる気を出すってことなんだよ。

すると小町が夜架と小南と共に篭にたくさん盛られた野菜を持って現れた。

そして、三人とも笑っていた。うん、何となく想像は出来る。俺の話だな。

全く、そんなに俺のことが好きなのか?…………うん、それは無いな。俺がモテたことは一度も無いからな。

 

「おい、お前ら、一体何の話をしていたんだ?」

 

俺は夜架と小南に問いかけた。

 

「いえ、主様がボーダーでどうのようなことをしているかなどを少しだけ美化して話しただけです」

 

「別に~比企谷のあること、無いことを言っただけよ」

 

夜架は俺のことを美化したと言うし、小南は無いことまでも言いやがって、俺にケンカでも売っているのか?シノンや雪菜のように。

 

「お前らな……それで小町、一体何を聞いたんだ?」

 

「え?何も聞いてないよ~」

 

小町は白々しく誤魔化してきた。まったく、可愛いから許すか。

 

「とりあえず、カレーを作るぞ。米を炊かないといけなしな」

 

「小町、了解!」

 

俺が言うと小町は敬礼して、肉と野菜を運んで行った。

そんな時、葉山が近付いて来た。

 

「ヒキタニ君、分担はどうする?」

 

「あ?……あ~」

 

分担とは誰が何をするかの係分担の事だろう。肉や野菜を切ったり、米を洗い炊く事を言っているのだろう。俺は味見係を希望したい。

…………ちょっと待てよ。もし由比ヶ浜が野菜を切ることになれば、あの梨のように食べられる箇所が少なくなる可能性がある。

それは絶対に阻止しなくては。

 

「とりあえず、由比ヶ浜は肉や野菜を切る担当には入れないことだな」

 

「……そうだね。とりあえず、希望してそれで手が足りなかったら、そっちを手伝うってことでいいかな?」

 

葉山がそう言うと、全員が自分の好きな担当に向かった。

さて、俺も行って頑張りますか。

 

 

 

 

自分の好きな担当に分れたが、特にケンカすることなく始める事が出来た。米を研ぎ炊き、カレーの下ごしらえの時もハプニング無しで終える事が出来た。

必要最低限の材料しかないので由比ヶ浜が勝手にアレンジをして、カレーが食えないことは無くなって、ほっとしている。

俺は鍋が沸騰したので、カレールーを入れて、コトコト煮込んでいると平塚先生がやってきた。

 

「比企谷。暇なら見回りを手伝ってきたら、どうだ?」

 

「いえ、カレーを煮込んでいないといけないので……」

 

「……気にするな。それくらいなら私でも出来るから、お前は小学生と交流してこい」

 

そう言って平塚先生は、しっしっ、と俺を追い払いカレーを煮込み始めた。

平塚先生は考えが浅はかだな。

自分が小学生と関わりたくなくて、代わりに俺を向かわせるなんてな。

俺も小学生と余り関わりたくないので人気の無い場所を探していると雪ノ下を見つけてしまった。雪ノ下はある場所を見ていた。

雪ノ下の視線を追ってみるとオリエンテーリングでハブられていた少女がいた。

そして、その少女に葉山が話し掛けていた。

 

「鶴見ちゃん、カレーは好き?」

 

それを近くで見ていて、溜め息をつきたくなる。あ、幸せが逃げていくな……。

にしても、葉山。それは完全に悪手だ。

それはボッチに対する接し方ではない。声を掛けるなら、バレないように秘密裏にしなくてはならないからだ。そんなことをしたら下手をすれば、更にその子はいじめられる。

 

葉山は高校生グループの中心的人物だ。そんな人物が動けば葉山グループの人間が動くのは極当たり前のこと。

そして小学生と最も親しい葉山グループが動いたなら、必然的に小学生は動く。そうなればあの少女、鶴見留美は晒し者にされて、いじめを加速させてしまう。

葉山隼人はある意味、天才かもしれない。『人を追い詰める天才』。

しかも本人にはその自覚がまったくと言って無いのがたちが悪い。

 

「……別に、カレーとか興味ないし」

 

鶴見留美はこの状況で一番の最善手を打った。それは、逃げだ。むしろ、逃げることしか出来ない。

そして、鶴見は葉山から離れて行った。そして、俺が向かっていた方向、人気の無い場所に行った。

そして、俺と雪ノ下の大体、間くらいに立って深い溜め息を吐いた。

俺を見ていた由比ヶ浜がこちらに向かって歩いてきた。え?何でこっちに近付いて来るんだ?できるだけ近くには居たくは無いんだが。

 

「……ホント、バカばっかしかいない」

 

少女は小さく、本当に小さく呟いた。それに関しては大いに同意してしまう。

 

「世の中ってのは大概がそんなもんだ。でも、それを早く知れてよかったな」

 

俺がそう言うと、鶴見はこちらを品定めするかのような視線を俺に向けてきた。しかし、その視線はいい気分にはなれないな。

そうしていると雪ノ下が近付いて来た。

 

「あなたも、その大概でしょう?」

 

「確かにそうかもな。でも、あまり俺を舐めるなよ?大概とかその他大勢でも一人になれる逸材だぞ。俺は」

 

「そう、なら尊敬を通り越して軽蔑に値するわね。今度から軽蔑谷君と言った方がいいわね」

 

一々、ケンカを売ってくる奴だな、雪ノ下は。誰かと口ケンカをしていないと落ち着かないんだろうか?それなら陽太郎よりガキだな。

そんなことを考えていると、鶴見が近付いて、口を開いた。

 

「名前」

 

「はぁ?名前がなんだよ?」

 

近付いてきて、一番に名前って、単語だけで何を伝えたいんだ?分からん。

 

「名前、教えて。さっきので伝わるでしょ?」

 

「いや、今ので伝わるほど、俺達は仲良くはないだろ?まあ、俺は比企谷八幡だ。それでお前は鶴見だっけ?」

 

「そう、鶴見留美。あなたは?」

 

「私は雪ノ下雪乃。それで、そっちが由比ヶ浜結衣さん」

 

「よろしくね!留美ちゃん」

 

由比ヶ浜は空気を読んで、何も聞かずに会話に入って来た。

 

「なんだが、そっちの二人はあっちとは何か、違う気がする……」

 

小学生とは言え、主語が曖昧すぎて分かりづらいが、俺と雪ノ下、それと葉山達のことを言っているんだろう。

それに関しては大いに同意するが、俺と雪ノ下を同列にするのは気にいらないな。

 

「私も違うんだ。あの辺りと……」

 

「えっと、違うって、何が?」

 

由比ヶ浜が鶴見に聞くと、彼女は小さな声で答えた。

 

「……みんなガキばっがで。私はうまく立ち回って、たつもりだったけど。めんどくさいから、やめた……」

 

「で、でも小学生の友達って大事だと思うな~……」

 

「そうかな?でも、中学になれば新しい人も来るし。その人と仲良くなればいいじゃん……」

 

由比ヶ浜のフォローはまったくと言っていいほど役には立たなかった。鶴見はどこか、遠くを見る目をしていた。

その目には覚えがあった。昔の俺もしていた、僅かな希望を宿した目だ。

しかし、そんな希望などどこにも無い。

 

「そうはならないわ。その中学校には、今、あなたを省いている人達も来るでしょうから、このままだと何も変わらないわ。例え、新しい人が来たとしても、状況は一緒のままよ」

 

雪ノ下が鶴見の僅かな希望すらバッサリと切り捨ててしまった。小学生相手に容赦がないな。

でも雪ノ下の言っていることは間違ってはいない。

中学に上がったところで、小学生の同級生も一緒に進級するのだから、状況はさほど変わらないだろう。

変わったところで、またも標的にされるのがオチだ。実際問題、状況が変わる事は無い。

 

「やっぱり、そうなのかな……。中学校でも、こんな感じなのかなぁ……」

 

鶴見は小さい声を上げた。俺にはそれが悲鳴のように聞こえた。

それをかき消すように歓声が上がった。距離は10mくらいは離れているのに、そこだけ遥か遠くの出来事に見えた。



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朝田詩乃②

最近、仕事が忙しい!

思いのほか、千葉村編は長くなりそうです。

では本編をどうぞ。


カチャカチャとスプーンと食器が音を立ている。もうすぐ夕食だ。

どこか諦めた表情をして、自分の班に戻っていく鶴見を見送って、俺達はベースキャンプに戻った。

平塚先生が俺から奪って煮込んでいたカレーはいい具合に出来ていた。流石はキャンプのプロと自称するだけのことはあるな。米もいい感じで炊き上がっていた。

 

炊飯所の近くには、木製の長テーブルと2対のベンチがあった。

木製テーブルにカレーを人数分配膳すると、それを賭けての大戦が始まった。

初めに場所を取ったのは雪ノ下だ。迷うことなく一番端の席をゲットした。それに続いて、由比ヶ浜が雪ノ下の隣に座り、さらにその隣に三浦が座った。

 

その正面に葉山、戸部、海老名が座り、別のベンチに小南、烏丸、陽太郎が座り、その正面に三輪、米屋、出水、国近先輩が座った。

続いて、小町、俺、浅葱が座り、その正面に雪菜、夜架、シノンが座って、平塚先生が葉山の隣に座ったのを合図に全員で「いただきます」と言って、カレーを食べ始める。

 

ちなみに鶴見先生は他のキャンプの先生方と食べていた。平塚先生が鶴見先生だけを他の先生と食べるように話していたのを偶然聞いた。

恐らく、監視役である鶴見先生を遠ざけて、羽を伸ばす気だろ。まあ、何かあっても俺に害がなければ、スルーするけどな。

 

しかし、こんなにも大勢で食べるのは久し振りな気がするな。中学以来だろうか?メニューがカレーだからだろうか?そう思っていたら、バカ共が騒ぎ始めた。

 

「槍バカ!俺の福神漬け、取るんじゃねぇ!」

 

「取られる方が悪いんだよ。弾バカ!」

 

出水と米屋が福神漬けでバカ騒ぎをしていた。バカはどこに行こうとバカのままだな。

 

「隙あり!!」

 

バカ二人が騒いでいると、小南が米屋の福神漬けを華麗に奪った。米屋はすぐ様に取り返そうとしたが、すでに福神漬けは小南の口の中に入っていった。

 

「あああ!俺の福神付けをよくも!!小南、俺の福神付けを返せ!!」

 

「取られるあんたが悪いのよ!」

 

小南がそう言うと、米屋はカレーをやけ食いしていた。小南は満足そうに福神漬けを堪能していた。

 

「バカ共が。静かに食べろよ……」

 

「全くだ……」

 

俺が呆れたように言ったことが、三輪に聞こえたらしく、三輪も呆れていた。

ホントに米屋のことで苦労が絶えないな三輪。今度、何か食べに行こうぜ!ただし割り勘で。

 

 

 

 

 

カレーを粗方食べ終わって、食後のティータイムをすることになったので、俺はコーヒーがあったので、それをMAXコーヒーにするため砂糖をこれでもかと言うくらい入れたら、周りの連中にドン引きされてしまった。

え?そんなに引くことか?おいしいのに……。

 

夏の山とは言え、さすがに夜は冷えてきた。小学生達は撤退したので急に静かになると冷たさが、より一層感じてしまう。

小学生は就寝時間だが、パワフル十代の小学生がキャンプに来て、大人しく寝るとは考えにくい。

お菓子を食べたり、枕投げをしたり、怪談話をしたりして、夜を過ごしそうだな。

ちょっと楽しそうだ。

 

ただし、問題が一つある。それは早々に眠ろうとしている子がいることだ。輪に入れなかったことで話す相手がいなかったりして、他の人の迷惑にならないように寝る努力をしている。

俺が少しだけ、鶴見のことを考えていると、由比ヶ浜がぼそっと呟いた。

 

「大丈夫、かな……」

 

「うむ。何か心配事かね?」

 

由比ヶ浜の呟きに平塚先生が反応した。由比ヶ浜が心配しているのは鶴見のことで間違いないな。何が?と聞くまでもない。

ここにいる全員が鶴見の孤立。いや、いじめの事に気付いている。

 

「ちょっと、孤立している子がいたものですから……」

 

平塚先生の問いに答えたのは葉山だ。

 

「あの子、可哀想だよね~」

 

三浦は葉山の言葉に当然のように相槌を打った。こいつは絶対に可哀想だとは思ってねぇな。態度でまる分かりだ。

 

「それは違うぞ、葉山。お前は物事の本質を理解していない。問題にするべきは、悪意によって孤立させられいることだ」

 

「えっと、それって何が違うの?比企谷君」

 

国近先輩が分からず、俺に聞いてきたが、答える前に三輪に言われてしまった。

 

「つまり、一人でいる人間と、そうではない人間がいるということか?」

 

「ああ、三輪の言う通りだ。解決するべきは彼女の孤独ではなく、その周りの環境ってことだ」

 

俺がそう言うと、なるほどな、といった様子になった。そこで平塚先生が俺達に問い掛けてくる

 

「それで君達はどうしたいんだ?」

 

平塚先生に問われて、全員が黙ってしまった。

黙るのは何故か?初めから何もする気は無いからだ。いじめについての話し合いをして、自己満足に浸りたいからだ。

ただ、意見を出し合って『自分はこのようなことをしました』とアピールしたいだけなのだ。

 

だから、俺達が何もしないのは、俺達にはどうする事もできないからだ。何かを変える為の覚悟も力も持っていない。

それを分かっているから、誰も何もしない。

ただ、事実を知っているからには見て見ぬふりは出来ない。だからこそ、憐れみさせてほしい。これはそう言うことなのだ。

ボーダーに所属している俺達だってそうだ。三門市ではネイバー相手に戦うことは出来ても、俺達は所詮、高校生や中学生でしかないのだから。

 

だから憐れみを向けて、可哀想だね、と言って終わるしかない。

ただ、その感情は美しくはあるが、酷く醜い、ただのいい訳にすぎない。これは青春の1ページの出来事に過ぎない。

 

「別に俺は何もする気はないです」

 

「俺も同じく」

 

三輪が関わる気は無いと言ったので、俺もそれに続いた。その言葉はここにいる人間のほとんどを敵に回す言葉だ。

 

「それは、どういう意味かしら?比企谷君」

 

雪ノ下が睨んできたが、その程度では全然怖く無い。

 

「どういう意味もない。そのままの意味だが?……この場で話し合い、解決策を考えて、鶴見を助けるために動くとしよう。それは素晴らしいと思うぞ。でもな、その後はどうするんだ?」

 

鶴見を助けたとして、その後ことを考えなくてはならない。

 

「俺達が鶴見を助けるために動いたところで、本当に鶴見を助ける事が出来ると思っているのか?そんなの無理なのは分かってるだろ?俺達にそんな力はない。

もし、何らかの方法で鶴見を孤独から救うことが出来たとして、それでみんなの輪の中に入って、楽しく過ごすことが出来ると思ってるのか?

仮に救うことが出来たとして、その後で別の誰かが輪から外されて、孤立させられる」

 

人間はそんなにいいようには出来てはいない。

人は特定の人間を省くのが飽きたら、別の誰かを適当に理由を付けて輪から外す。

理由としては、「ウザイから」「反応が面白いから」「調子に乗っているから」など、くだらない理由を作っては人を輪から外す。

そして、飽きたらまた別の人間に標的を変える。また、飽きたら変えるを繰り返す。そうしている内にまた鶴見が標的にされかれない。

 

「輪に戻った鶴見は他の人を省かなければならない。省くのを嫌がれば、また自分が省かれるからな。自分が嫌がる事を他人にする。それが鶴見の幸せか?

それで、本当に鶴見は救われるのか?」

 

「それでも、見殺しにしていい理由にはならないだろ!!」

 

葉山の声は、静かな夜の山に酷く響いた。俺はそれを笑い飛ばしながら答えた。

 

「ハッ!確かにそうだな。お前は正しいかもな。ただ、何度も聞くが俺やお前に何が出来る?俺達が余計な事をした所為でいじめが更に酷くなったら、どうする?

俺達が余計なことをした所為で現状が悪化して、不登校になるかもしれない。お前はどう責任を取るつもりだ?自分達の力不足を理由に、ごめんなさい、の一言で済ますつもりか?無責任にも程があるだろ。

だったら、初めから何もしない方がいいに決まっている」

 

何だか、結構長く喋ったな、俺。

 

「だから、何もしない、と……?」

 

「ああ、そうだ」

 

周りが静かになった。静か過ぎるのが、空気を重くしている気がした。

そんな、静寂を破るかのように葉山が言葉を放った。

 

「それでも……いや、だからこそ、俺は彼女を助けたいんだ!!」

 

葉山のその言葉はラノベやゲームの世界で言えば、カッコイイだろうが、しかし俺にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえない。

 

「そうか。……何かするんだったら、俺抜きでやってくれ」

 

俺はそう言って風呂に向かうため立った。しかし、シノンがそれを止めてきた。

 

「待って、八幡」

 

「何だ?シノン」

 

「……お願い、彼女を助けるために……力を貸して……」

 

シノンは椅子から立ち上がって、頭を下げてきた。意外だな、こいつがここまでするとは……。

 

「お前が助けたいと思うのは、境遇が似ているからか?」

 

「……うん……彼女の気持ちはよく分かるから……私もいじめにあったことがあるから……」

 

シノンは自分の過去を話し始めた。

それは約3年前のことだ。ネイバー大規模侵攻から約1年くらいした頃から中学生を中心に流行ったことがある。

 

それが『度胸試し』だ。

 

ボーダー隊員やトリオン兵に見つからずにどこまで行けるかを競い合っていた。

ホントにくだらない事だ。しかしこれはいじめにも利用されていた。

当時、中学1年生だったシノンこと朝田詩乃はクラスで一人、つまり……ボッチだった。

そんなシノンはクラスの女子からいじめの標的にされた。いつも一人でいることをいいことに、様々なことをシノンにやってきたらしい。

 

そしてついには警戒区域の中にシノンのカバンを置いて、取りに行かせた。その時、トリオン兵が現れて、それを俺が倒したのが俺とシノンとの出会いだった。

その後で、シノンをいじめていた連中を軽く脅……ではないく、話し合って、二度と警戒区域に入らないように約束させて、シノンのいじめを解決した。

ホントに話し合ってだからな。一体、俺は誰に言い訳をしているんだ?

 

まあ、その数ヶ月後にボーダーでシノンと再会するとは思ってもいなかったが。

それにしても、シノンが自分から過去のいじめの事を話すとは思いもしなった。

シノンにとって、トラウマになっているはずなのに……。

それだけ、シノンが本気だということだろう。俺もそれなりにやらないといけないかな。

 

「はちまんは助けないのか?」

 

俺が悩んでいると、陽太郎が側まで来て俺を見ていた。いつの間に!

 

「陽太郎は助けた方がいいと思うか?」

 

「……こまっているなら、助けたい……」

 

「……そっか。……なら、助けてやらないとな」

 

俺の言葉を聞いて、シノンと陽太郎はさっきまで少し凹んでいたのに、今は明るくなった。そんなに期待しないでほしいんだがな……。

 

「とりあえずは、案は考える。だが、それ以外は一切やらないからな」

 

俺は溜め息をつきたくなったが、何とか押し留めて、心の中だけにしておいた。

 

「やっぱり、八幡はなんだかんだで、優しい」

 

「うるせ。言っておくが、考えるだけだからな」

 

シノンは俺が優しいと言うが、俺は別に優しくはない。ただ、隊員のメンタルケアも隊長の仕事だからな。

こうして、俺は鶴見留美のいじめを解決するために動くことにした。



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藍羽浅葱②

日はすでに沈みきり、あたりはすっかりと暗くなっていた。小学生達はキャンプ場の部屋で夜を過ごしているだろう。

俺達は、鶴見留美の孤立問題に対応するべき、話し合いをすることになった。だが、三輪と陽太郎の二人はここにはいない。

三輪はそもそも、この件には関わる気はないことを言っていたし、陽太郎はただ単に眠たくなったからだ。さすがに五歳児が起きているのには限界があったようだ。

 

「平塚先生。この件には奉仕部として、対処しても構いませんよね?」

 

雪ノ下が平塚先生に確認を取るために聞いてきた。てか、奉仕部として対処するんだ。

 

「まあ、そうだな。そもそも、奉仕部の合宿で来たわけだしな。構わないぞ。しかし、彼女は助けを求めたのか?」

 

「……それは、まだ分かりません……」

 

「なら、後は君達でやりたまえ。私は寝る」

 

俺は平塚先生の言葉を聞いて愕然としてしまった。今、この先生は何て言った?

俺はすぐさま、呼びとめる。

 

「ちょっと待ってください。平塚先生」

 

「何だ?比企谷」

 

「今、雪ノ下は奉仕部として動くと言いましたよね?だったら、顧問である先生がこの場からいなくなるのは、不味いのではないですか?」

 

雪ノ下は奉仕部として動くなら、顧問である平塚先生がいなくなるのは非常に不味い。そもそも、学校のいじめ問題に教師が無視するのは問題外だ。

俺が指摘をすると、平塚先生は足を止めてからこちらを見て言った。

 

「私は疲れていて、眠たいんだ!それにその件は君達がやるのだろ?だったら、君達が何とかしたまえ!私は寝る!!」

 

平塚先生は俺に怒鳴りつけるように言って、いなくなってしまった。

生徒の指摘にあそこまでキレるか?普通。

でも、まあ平塚先生との会話はすでに録音済みだけどな。スマホで。

え?何で、バッテリーを抜いたスマホで録音できたかって?それは『俺』のスマホではなく、ボーダーからの『支給品』のスマホだからだ。

これで奉仕部を廃部に追い込むための材料は確保できた。俺のことをまだ奉仕部員だと思っているから、一つここは痛い目を見てもらわなくては気が済まない。

 

無責任な平塚先生のことは一旦おいておくとして、今は鶴見の件だな。

だが、この話し合いは、今はカオスの状態になっている。10分の間に話し合われたことは中身スカスカのものばかりだった。

内容は『鶴見をいかに周りと協調させるか』と言うものだ

 

ハッキリ言って時間の無駄だと思う。しかし、俺は後戻り出来ない。シノンに手伝うと言ったからには、最後までやらないといけない。

俺が考えこんでいると、話し合いはどんどん進んでいった。話しが進んでいくのはいいんだが、それにつれて、葉山グループの連中がアホなことを言い出した。

最初に口火を切ったのは縦ロールこと三浦だ。

 

「つーかさ、あの子って結構可愛いじゃん?だから、他の可愛い子とつるめばよくない?話しかけて仲良くなるじゃん、余裕しょー」

 

「それだわー優美子冴えてる~」

 

「でしょ?あーし冴えてるでしょ!」

 

相変わらず頭のネジが何本か抜けているな。強者の理論が弱者である鶴見に通用するとは思えないな。三浦の意見に賛同する者はほとんどいないだろう。

 

「それは無理じゃない?あの子って見るからに内気そうだし、話し掛けるのはハードルが高いと思うよ?」

 

浅葱が三浦に反対の意見を言った。案の定、浅葱の意見に賛同する人間が多い。

 

「言葉は悪いけど、足がかりを作るって意味なら優美子の意見にも一理あるな。だけど、藍羽さんの言う通り、ハードルが高いかもしれないな」

 

葉山はすぐに三浦の意見をフォローした。しかも適度にフォローしつつも、反対の意見を織り交ぜて言うとは、流石は葉山だな。コミュ力が高いヤツが言うことは違う。

葉山の意見を聞いて、三浦は少しだけ不満がったが、それでも納得して引き下がった。

すると今度は海老名が手を上げて、自信満々な表情をしていた。……嫌な予感がする。

 

「姫菜、何かいい案でも浮かんだのかい?言ってみてくれ」

 

葉山が指名するが、誰とかと思ったら、それは海老名だった。下の名前は姫菜と言うのか。どうでもいいけど。

葉山に指名されて、立ち上がった海老名はメガネの縁を持ち上げて光らせて喋った。

 

「大丈夫だよ。趣味に生きればいいんだよ。趣味に打ち込めば、色々なお店やイベントに行くから、そこで同じ趣味の人を見つけて仲良くなっちゃえば、自分の居場所とか、すぐに見つかるよ。学校だけが全てじゃないって思えば、楽しくなるよ」

 

……驚いた。これまでで最もまともな答えだった。嫌な予感は何かの勘違いだったようだ。今の意見は俺も賛同できる。特に、学校が全てじゃない、ってところがいいな。

俺もボーダーに入ったおかげで親友と呼べる奴や友達だって出来たし、色々な人と関わることが出来たからな。

恐らく、ボーダーに入っていなかったら、俺はボッチの上に根暗だったろう。

海老名は一呼吸すると、まだ続けた。

 

「私はBLで友達がたくさん出来ました!ホモが嫌いな女子なんていない!だから、藍羽さんや小南さん、雪ノ下さんも私と一緒に「優美子、姫菜とお茶を取ってきてくれ……」

 

葉山が素早く話に割って入ると、三浦が海老名の腕を掴んだ。

 

「おっけー、ほら、行くよ。ヒナ」

 

「ああ!まだ布教の途中なのにー!!」

 

海老名は必死に抵抗するが、三浦に頭を叩かれてそのまま引きずられて行った。

この状況で、まさかの布教活動をするとは思いもしなかった。もし、浅葱や小南があっちの道に進んだらと思うとゾッとしてしまう。

よくやった、葉山。一応、褒めておこう。

それからも話は進むが、これと言った案は出てこなかった。

そんな時、米屋があることを言った。

 

「転校するのは?」

 

「無理でしょ。転校なんて簡単にはできないわよ」

 

米屋の案を小南が否定した。それに転校はあまりいい案とは言えない。

すると今度は出水が案を出してきた。

 

「ボーダーに入れるのは?」

 

「でも、親御さんが許しますかね?」

 

出水の提案を烏丸が否定した。確かに親が許さないと入れないが、ボーダーに入れる事は賛同できる。そこで新しく友達を作ればいいわけだしな。

鶴見と歳の近い奴だって、それなりにいる訳だし。

そこからも話し合いで色々な案が出たが、これと言った案は出なかった。

俺はボーダーに鶴見を入れるのが、一番マシな案だと思う。トリオンが少なくともオペレーターをやればいいしな。

そんな中、葉山が一言思いついたように口にした。

 

「……やっぱり、皆が仲良くする方法を考えないとダメか……」

 

「はぁ……」

 

俺は葉山の言葉を聞いた瞬間、思わず溜め息をだしてしまった。葉山にはギロッと睨まれたが、目を逸らす気もなければ、相槌を打つ気にもなれなかった。

俺は葉山の意見を全力で笑う。

 

やはり、葉山はしっかりと理解していない。皆仲良く?それ自体は素晴らしいことだと思う。

しかし、そんなの所詮、理想でしかない。理想だけで人を救うことなんて出来ない。

そんなものはただの枷でしかない。

ホントに皆仲良くできたら、某アニメの皇子は異能を使って命令をすることもなかったろう。

人ってのは、頑張ったって嫌いな奴は嫌いな奴でしかないし、性格が合わない奴だって出てくる。そこで「好きにはなれない」と素直に言えたら、改善の余地があるかもしれない。

だが、感情を押し殺して上辺だけ取り繕えば、やがて無理がくる。

問題は表面化しないと問題にすらならないという怠惰な欺瞞によって成り立った暗黙の了解だ。

だから、俺は葉山の意見を全力で否定しようとした時に、雪ノ下が先に否定した。

 

「そんなことは有り得ないわ。絶対に」

 

雪ノ下、珍しく意見が合うな。と思っていると、三浦がテーブルを叩き付けながら立ち上がって、雪ノ下を睨んだ。てか、手痛くはないんだろうか?

 

「雪ノ下さん?あんたさぁ、そういう事やめなよ」

 

「何のことかしら?」

 

……不味いな。これは獄炎の女王と氷結女帝の構図だな。某アニメの島みたくになってしまう。ってか葉山グループ、早く止めてくれよ。

 

「優美子、やめるんだ」

 

「隼人は黙ってて!!」

 

葉山は止めるが、それすら押しのけてしまう三浦の制圧力によって黙ってしまった。

 

「そういうさぁ、皆で纏まろうとしてんのにさ、空気を壊す事するのやめてくんないかな。話が進まないからさぁ」

 

「……纏まる気がないなら、寝てもいいか?」

 

「八幡、ちょっと黙ってて」

 

「す、すまん……」

 

俺は思ったことが口に出てしまい、それを正面に座っていたシノンにドスの効いた声で注意されてしまった。

しかし、今のは俺が悪かったな。火に油を注ぐような発言だった。

もし三浦に聞かれていたら、ややこしい事になってた。すまん、シノン。

 

「そう、私は別に空気を壊すようなことは言ったつもりはないわ。事実を淡々と述べているだけよ。それに、激情して空気を壊しているのは貴女じゃないかしら?」

 

雪ノ下は更に火に油を注いだ。いや、ぶっかけだな、これは。しかし雪ノ下、お前が空気を読んだことが過去に一度でもあるのか?

 

「あんたさぁ!そういう上から目線をやめろって言ってんの!!」

 

「あら、自分が劣っているという自覚があるから、上から見られているように感じるんじゃないかしら?」

 

「このっ!!」

 

三浦が雪ノ下に殴りかかりそうになった時、淡々としているが、凛とした声が響いた。

 

「あんた達って、ホントにくだらないわね」

 

たたった一言でその場は静まり返った。雪ノ下と三浦の戦争ですら止めてしまうとは、さすがは俺の幼馴染。ある意味、恐ろしい。

ふと、周りを見てみるとボーダー組の連中は顔に緊張が走っていた。この場に陽太郎がいなくてよかった。居たら、泣いてたかもしれない、マジで。

俺達を他所に浅葱は淡々と話し出した。その声はとても恐ろしかった。

 

「私は、鶴見って子を助けるために話し合いをするって聞いたからここにいるんだけど?あなた達のくだらない口喧嘩を聞くためにここにいる訳じゃない。あなた達は私を怒らすためにくだらない事をしているの?」

 

「くだらなくなんか」

 

「うるさい!!」

 

「ひぃ……」

 

三浦が反論しよとしたが、浅葱が発した言葉によって黙らした。怖ッ!!

 

「あなた達は、本当に鶴見って子を救う気があるの?私には本気で救う気があるようには見えない。

救う気があるなら、くだらない口喧嘩して時間を無駄にしないでよ!」

 

ヤバイな。浅葱は結構、キレているな。雪ノ下も三浦も何て、アホなことをしてくれたんだ。

だが、浅葱の言い分も最もだ。言い争いをするなら、鶴見を救う案を考えろよ。

 

「くだらない事で時間を無駄にするなら、私は先に部屋に行ってる。くだらない口喧嘩、とても滑稽だよ?二人とも」

 

浅葱はそう言って椅子から立って、部屋のある方向へ歩き出した。

今がこの場から離れるチャンスかもしれない。浅葱に続いて、俺も椅子から立ち上がって、続こうとしたところ雪ノ下に呼び止められた。

 

「比企谷君、どこに行く気かしら?」

 

「部屋に戻るんだよ。浅葱の言う通り時間の無駄だ。口喧嘩するなら他所で気の済むまでやってくれ。俺の時間は無駄にするほど余ってないんだよ」

 

俺はそう雪ノ下に言って、再び歩き出した。

俺の後ろではボーダー組の連中が会議から抜け出すか、迷っていたが全員が立ち上がって、部屋に向かって歩き出して、残ったのは雪ノ下、由比ヶ浜、葉山、三浦、戸部、海老名の6人だけになった。

 

俺は部屋に戻る途中でシノンには心配するなと言っておいた。

俺の中では、すでにある程度案が纏まっていた。後は鶴見の選択しだいだが。

ふと、天を仰げば、満天の星空がそこにはあった。

 



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比企谷八幡⑧

祝!!お気に入り登録1000人到達!

これからも更新頑張っていきます!



鶴見の孤立問題を解決するための会議は雪ノ下と三浦の口喧嘩を始めたせいで、浅葱がキレ、それをチャンスに強引にお開きにした。

ボーダー組と総武高組の部屋は別々になっていたので、とりあえず部屋に戻って、浅葱があの二人と喧嘩をすることは無いだろう。

 

そもそも高校生同士で仲良く出来ないのに、小学生同士を仲良くできる訳無いだろうに。葉山はこの問題の本質をまったく理解してない。

しかし、シノンと陽太郎に頼まれたからには、鶴見の事は何とかするつもりだ。そのための案も俺の中で纏まっていた。

考え込んでいると、三輪と烏丸が帰ってきた。しかしバカ二人の姿がどこにもなかった。

 

「三輪。バカ共はどうした?」

 

「風呂で遊んでいる。はぁ……」

 

俺は気になったので三輪に聞いてみると、三輪はそう言いながら溜め息を吐いた。幸せが逃げるぞ。

しかし、風呂で遊ぶとかあのバカ共の頭の中は小学生か?少しは大人になれよ。

 

「静かだな、山って……」

 

「そうですね」

 

俺の言葉に烏丸は短く、そう答えた。バカがいないだけで、こんなにも静かなんだな。

俺達が住んでいる三門市は華やか大都会と言えないが、それでも都会と言っていいだろう。

あそこはネイバーが攻めてくるので、日本一物騒な場所だと言える。

それにしても、山がこれほどまでに静かだとは、思わなかった。普段から山には来る事が無いからな。

静かすぎて、怖くなってきたな……。

 

「まあ、静かなのもいいものだ。落ち着く」

 

「バカ共がいないと余計に、な」

 

三輪の言葉に俺はすぐさまに返した。

しばらくの間、俺は三輪と烏丸と雑談していた。三輪は玉狛嫌いだが、実際には迅さんだけが嫌いなだけであって、他のメンバーは特に嫌いという訳ではない。

その時、ドアが勢いよく開きバカ二人が入って来た。

 

「静かに入れ。陽太郎が寝ているんだぞ!」

 

しかし、俺の言葉が二人に届いてはいなかった。しかも二人の手には水鉄砲が握られていた。互いにそれで撃ちあっていた。

 

「これでも食らっていろ!槍バカ」

 

「させるか!」

 

米屋が撃つ前に出水が撃ち、米屋の髪をかなりビショビショに濡らした。それにしても水鉄砲で遊ぶとか小学生か?頼むからもう少しだけ大人になってくれ。

 

「ざまーみやがれ!」

 

「よくもやりやがったな!」

 

「油断しているからそうなるんだよ!」

 

「んだと、こら!」

 

「だから、静かにしろ!!」

 

俺は二人の頭にゲンコツをお見舞いしたやった。二人は頭を押さえて悶え苦しんでいた。

こいつらは、静かにしていられないのか?陽太郎は寝てるのに。

 

「比企谷。布団の準備でもするか?」

 

「そうだな」

 

俺と三輪、烏丸はバカ二人を放置して布団の準備を始めた。布団の準備が終わった頃に出水が話しかけてきた。

 

「そういえば、比企谷」

 

「ん?何だ、出水」

 

「お前って藍羽のこと、どう思っているんだ?」

 

浅葱?何故、急に浅葱の話になるんだ?

 

「いや、どうっていわれてもな……」

 

「いいから教えろよー」

 

「さっさと吐いた方がいいぞ。比企谷」

 

「それは俺も興味がありますね」

 

米屋はともかく、何故か三輪と烏丸までノリノリで聞いてくる。

いや、米屋は分かる。しかし、三輪や烏丸まで乗ってくるとはな……。お前らってそんなキャラだったけ?

それにしても、浅葱、か……。

どう思ってるかって言われてもな。

とりあえず、思い浮かぶのは幼馴染で美人で自隊のオペレーターって事位か?

それにしても、ボーダーのオペレーターって結構レベルが高いよな。スタイルだっていいしな。

思い浮かぶことは色々とあるが……。

 

「……別にただの幼馴染だ」

 

「ホントにそうか~」

 

出水は俺の事を見て、ニヤニヤしていた。その顔は俺をかなりイライラさせていた。

出水の他に米屋の顔もニヤニヤしていた。三輪と烏丸は笑ってはいないが、内心ではニヤニヤしているに違いない。

そんな事を考えていると、トイレに行きたくなったので、部屋から出ることにした。

 

「すまん。ちょっと、トイレに行ってくるわ」

 

「途中で、漏らすなよ?」

 

「誰が漏らすか!!」

 

出水がからかって来るので俺は靴に履き変えて外に出た。

 

 

 

 

 

トイレを済まして、しばらく空を見上げて外を歩いていると、座るのにちょうどいい丸太があったので、そこに座って夜空を眺める。

 

「やっぱり、すげえな……これは」

 

木の間から見えるのは満点の星空だ。都会ならば、街明かりで絶対に見る事はできない美しさがそこにはあった。これを見れただけでも、いい思い出になるだろう。

俺は星空を見上げながら、浅葱のことを考えていた。

 

物心ついた頃から一緒にいて、父親同士が古い知り合いで、家が近いからよく小町も入れた三人で遊んでいたな。

俺と浅葱の関係とは?幼馴染?自隊のオペレーター?どちらも何故か、しっくりこなかった。

俺にとっての藍羽浅葱とは、一体何だろうか?

考えてみるが、これといった答えは見えてこなかった。これ以上はここに居てもしょうがないから、歩き出そうとした時、近くの茂みが音を立てた。

野性の猪でも出たのだろうか?覚悟を決めて、音のした方を見ようとした時、知った声が聞こえてきた。

 

「……八幡。こんな所で何しているの?」

 

「……あ、浅葱、か。……猪かと思ったぞ」

 

「誰が猪よ!!」

 

「す、すまん……」

 

声がしたので振り返ってみると、そこにいたのは先ほどまで考えていた浅葱だった。

猪が居るのではないかと恐怖してたが、浅葱の姿を見てホッとした。

 

「それで、こんな所で何しているの?」

 

「あ、ああ。少し散歩をしてたんだよ。そう言う浅葱はどうしてこんなところに?」

 

「私も散歩していたのよ。少し寝苦しかったから」

 

確かに夏は寝付きづらいからな。散歩して気分を変えるのはいいことだと思う。

 

「それでさ、隣に座ってもいい?」

 

「……ああ。別に構わないぞ」

 

俺は少し横にズレて、浅葱が座れる場所を空けた。そこに浅葱は座ってくる。肩が触れ合っているが、そんなに緊張はしなかった。幼馴染だからな。

これが余り関わりあわない人だったら、緊張していただろうな。

 

「ホント、星が綺麗ね」

 

「……ホントにな。ここでしか、見れないからな」

 

浅葱は夜空を見ながら、そう呟いたので俺もそれに答えた。

葉山みたいなリア充ならば「君の方が比べるまでもなく、綺麗だよ」とか、口が甘くなるセリフをいいそうだな。だが、俺がそんなセリフを言えば、気持ち悪がられるな。きっと。

 

「そういえば八幡って、好きな人とか、いないわけ?」

 

浅葱からいきなりの問いかけだった。

ここで『いない』と答えようとしたが、何故だか脳裏に浅葱の姿が思い浮んだ。

口を開こうとしたが、脳裏に浮かんだ浅葱の姿が消えず、そのまま思考が停止してしまった。

たった『いない』と答えるだけでいいはずなのに、俺の意志とは反対に、口がまったくといって動かなかった。

 

「私にはいるんだ」

 

俺はその言葉を聞いた瞬間、ドクンと心臓が跳ねて、ズシンと身体が重くなった。

 

「そうなのか……?」

 

「うん。そいつは優しくて、すごく頼りになる奴なのよ」

 

俺も好きな人がいれば、いいなと何度か思ったことがある。もしかして、浅葱が好きなのは俺では?と考えたが、それは無いなと結論付けた。

浅葱は美人で気の利いた奴だ。俺なんかより相応しい奴がいるはずだ。

 

「カッコイイだけど、性格が少しだけ難アリなんだよね。そこも含めて、私は好きなんだけど……」

 

俺は浅葱が好きになった奴が誰か聞きたい衝動に駆られたが、口を閉じてしまった。

ここで聞いたところで、どうにかなる訳でも無いだろうに。

それに聞いて、心の傷を作るよりかは聞かずに、今の関係を維持した方がいいに決まっている。

 

ふと、以前葉山に言ったことを思い出した。

今の関係の維持。それは確かに安心出来るだろうが、それ以上に、ちょっとしたことで簡単に壊れてしまう。

だからこそ、俺は聞かない事にした。

恋なんてくだらない。心に傷を作るだけで、いいことなんて無いとさえ思っていたのに。どうして、こんなにも心がざわつくんだ。

 

「八幡。どうしたの?」

 

浅葱に名前を呼ばれて、一度考えるのを止めることにした。

俺の顔を心配そうに覗きこんでいる浅葱の顔を少し見ただけで、俺の顔は熱くなっていく。

傷付いたっていい、決して叶わない恋だとしてもいい。だけどこの気持ちだけは偽りたくない。

認めるしかなかった。俺、比企谷八幡は…………藍羽浅葱と言う少女に恋しているんだということを。

 

「……浅葱。話があるんだがいいか?」

 

「うん。いいけど、何?」

 

ここで言わないときっと後悔することになるかもしれない。だからこそ、この場でハッキリとさせておかないといけない気がした。

 

「浅葱……俺はお前の事が好きだ」

 

 



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藍羽浅葱③

「……え?」

 

浅葱は俺が何を言っているのか分からないで驚いてた。恐らく俺が『いない』か、適当にはぐらかすと思っていたらしい。

浅葱は俺の返答が、完全に予想外だったらしい。自分が思っていた答えとは違っていたらしくかなり動揺していた。

 

「……ご、ごめん……それって、どういう事?」

 

浅葱は本当に動揺していた。そんなに意外だろうか?まあ、確かに普段の俺の事を知っている浅葱からしたら、それは驚くよな。

 

「だ、だから……俺はお前が好きだって言っている……」

 

俺は自分の心を偽らず、正直な気持ちを言った。恐らく、トイレに行く前に出水に言われた事や、さっき浅葱が自分は好きな人がいると言った事に関係している。

浅葱の好きな人が誰だかは知らないが、それでも言葉にして伝えておきたかった。

 

「それで、お前の答えは……って浅葱、お前……大丈夫か?」

 

「……え?何が?」

 

「いや、何がって……お前、泣いているぞ」

 

俺の指摘で浅葱は自分の頬に触れて、ようやく自分が涙を流してしることに気が付いた。俺としても浅葱が何で涙を流しているのかが分からないでいた。

 

「どこか、痛いのか?浅葱」

 

「ち、違う……ただ、嬉しくて、ごめん……」

 

「そうか。……あれ?嬉しいって事はもしかして、お前の好きな人って……」

 

「うん……私の好きな人は八幡。あんたのことよ」

 

俺は浅葱の言葉を理解するのに20秒近くフリーズしてしまった。

浅葱の好きな人は俺で、俺は浅葱が好きで、おれ?訳が分からなくなって来ているな俺。

これはつまり、あれだ……相思相愛という事だろう。

嬉しい反面、これが現実なのか?と疑ってしまいそうになる。

 

「それじゃあ……俺達は今日から、彼氏彼女でいいのか?」

 

「うん……こちらこそ、よろしくね」

 

俺達は正面に向き合っていたが、なんだか告白した所為か顔を合わせらずにいた。

告白する前より、した後の方が緊張するとか情けない。

先ほどまで泣いていた浅葱の顔は笑っていた。

 

「あ!後、八幡にお願いあるんだけど」

 

「何だよ?改まって、お願いって?」

 

浅葱のお願いとは何だろうと思っていると、とんでもない事を言ってきた。

 

「私だけじゃなくて、他の娘の気持ちにも応えてあげてほしいの」

 

「……は?」

 

俺は浅葱が何を言っているのかが分からないでいた。他の娘の気持ちにも応えろってどういう事なんだ?

 

「えっと、浅葱。それはどういう意味なんだ?」

 

「だから、あんたを好きな娘の気持ちにも応えてほしいってことよ」

 

「それはつまり……浅葱以外の女子が俺に好意を持っている、という事か?」

 

「そういう事よ。だから、私だけじゃなくて、他の娘の気持ちに応えて欲しいのよ。私としては、少し複雑だけど。……それでも対等な条件でいたいから」

 

浅葱は一体、何の話をしているんだ?分からん。

 

「応えろとは、つまり……俺はどうすれば?」

 

「……はぁ~つまり告白されたら、あんたの気持ちをぶつければいいの。分かった?」

 

「……了解。できるだけ善処します」

 

「うん!よろしい!」

 

まさか、浅葱の他の女子も俺に好意を寄せているとは、自分でも驚きだ。中学ではそれほど、モテた事がなかったからな。

しかし、気になるな。他に誰がいるんだ?まあ、その内分かるだろう。

 

「そろそろ、戻った方がいいな。送ろうか?」

 

「大丈夫よ。そんなに遠くはないし、すぐに着くから」

 

「そうか、わかった。また明日な」

 

俺は浅葱と別れて、部屋に戻るために歩き始めた。その足取りは心なしか軽いものだった。

浅葱に告白しただけだと言うのに、気持ちとは言葉にしておくものだなと思った。

 

「あ……戻ったら、あいつらに聞かれるな絶対に」

 

トイレに出ただけなのに時間を掛けすぎたと思う。ここは諦めて話すしかないだろうな。

 

 

 

 

 

俺が部屋に戻ってみると、出水、米屋、三輪、烏丸に寝ていたはずの陽太郎がトランプをしていた。陽太郎は煩すぎて起きたのか。

 

「お!やっと戻ってきたか比企谷。漏らしたんじゃないかと話していたんだが、その様子だと、それはなかったようだな」

 

「高2になって漏らすわけないだろ。そんなの社会的に死んだも同然だ」

 

「それもそうだな」

 

出水は笑っているが、さすがに高校生で漏らす奴はいないだろう。

出水との会話に一段落つくと、次に陽太郎が話し掛けてくる。

 

「はちまん」

 

「どうした?」

 

「はちまんはあの子を助けるのか?」

 

陽太郎がいうあの子とは鶴見のことだろう。そのことはすでに考えてあるから問題ない。むしろ、問題なのは雪ノ下や葉山がどう動くかの方だ。余計なことをしないでほしいけどな。

 

「それは大丈夫だぞ、陽太郎。ちゃんと助けるから任せておけ」

 

「うむ。では、たのむぞ」

 

俺が陽太郎との話しを終わらすと、米屋が話しかけてきた。

 

「ハッチもこっちに来て、トランプしようぜ」

 

「お前らな、陽太郎を起こしたな?寝かせてやれよ。まったく」

 

「それは悪かって。起きちゃったんだししかたないだろ?とりあえずババ抜きやろうぜ」

 

「分かったから、もう少し声を抑えろ」

 

トランプをしていたが一番に陽太郎が寝オチして抜けた。その後もトランプをやり続けていると、不意に出水が話しかけてきた。

 

「そういえば、比企谷。お前、さっきのトイレ異様に長かったな?何かあったのか?」

 

「……何でそう思う?」

 

余計なことに気付きやがってと思ってしまった。ボーダーにいる奴は変に勘が鋭い。

 

「まあ、何となくかな?それに今、間が空いたし、何があったか洗いざらい話したほうがいいぞ」

 

「……仕方ねぇ、分かったよ。……実は浅葱に告白した」

 

俺がそう言ったら、四人は驚愕していた。そんなに驚くことだろうか?確かに俺の性格を知っていれば、まさか俺が告白するとは思わないだろうけど。

 

「……比企谷。それはマジか?」

 

「マジだよ。ここで嘘言ってどうすんだよ」

 

「そうか……それでどうなったんだよ?」

 

「まあ……その、付き合うことになった……」

 

俺が告白のことを話すと四人は驚いていた。

 

「マジなんだな!?まさか比企谷が女子に告白するとはな」

 

「すげーじゃんハッチ!」

 

「比企谷、おめでとうと言っておこう」

 

「比企谷先輩、やりますね」

 

上から出水、米屋、三輪、烏丸の順番だ。しかし、こいつらは驚きすぎだ。俺だって思春期の男子だし、彼女くらいほしいと思うことだってある。

 

「そう言うお前らはどうなんだよ?」

 

俺は気になったので四人に聞き返した。正直、こいつらの恋愛事情に興味が沸いてきた。こいつらだって、三輪や烏丸は結構、モテるんじゃないかと思うし、出水や米屋は戦闘バカの部分を除けば、それなりにいい奴らだと思う。

 

「俺はいないかな。今はボーダーでバトっている方が楽しいからな」

 

「国近先輩はどうなんだよ?同じ隊だしよ」

 

「由宇さんはいい人だけど、付き合おうとは思わないな」

 

出水はとりあえず誰かと付き合う気はないらしい。

 

「俺も似た感じだな。女友達は多いけど、その誰かと付き合うことにはならないな」

 

「確かに米屋は戦っているイメージしかない」

 

米屋も出水同様に付き合う気はないらしい。てか、戦いが好きな二人が誰かと付き合うのはイメージが浮かばないな。それは俺もか。

 

「俺もいないな。今はやることがある」

 

「三輪。お前もか?」

 

「ああ。だから、誰かと付き合うことはないな」

 

三輪はネイバーとの戦いに固執しているからな。姉が大規模侵攻の時に亡くなっているから、ネイバーに対しての怨みは誰にも負けていないと思う。

それにこいつは俺と同じでシスコンだからな。姉だけど。それで付き合う気がないのかもしれない。

 

「俺もです。よく女子から物は貰いますけど」

 

「烏丸までもか……お前らはいない訳だな」

 

烏丸までもがいないとは意外だった。もさもさしたイケメンのこいつまでもが彼女がいないなんて、驚きだ。

イケメンだからと言って必ずしも彼女がいるとは、偏見だな。実際に葉山はイケメンだと思うが彼女がいると聞いた事がない。

 

にしても出水、米屋、三輪、烏丸はそれぞれ、自分の恋愛事情を話したのはいいが、こいつらには誰かと付き合う気があるんだろうか?謎だ。

烏丸はバレンタインデーとかでチョコをよく貰いそうだな。そう言えば、俺は小町と浅葱から毎年貰っていたな。

 

その後、寝るまでトランプ大会は終わる事はなかった。陽太郎に気を使い静かに始めた。

明日辺りに鶴見と話した方がいいな。早くにしないとアホどもが動く可能性があるからな。



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比企谷隊④

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

千葉村でやっている小学生のキャンプを手伝うバイト二日目の朝に、俺は山を走り回っていた。

トリオン体は身体を鍛えていた方が動くのが有利になるので、ボーダーに入ってからの日課のようなものだ。

防衛任務がない時は早起きをして、走っているのが日課となっている。

 

一通り汗を出して、朝食の前にシャーワーを浴びて汗を流すことにした。

汗を流している時に昨日のことを思い出した。

夜に浅葱に告白して俺達が恋人になったのはいいのだが、浅葱からのお願いを聞いた時は驚いた。

まさか、俺に好意を持っている人が浅葱以外にもいるとは思いもしなかった。

とりあえず、浅葱の言う通りに好意を寄せてくるなら、しっかりと応えていくつもりだ。あまり、自信はないが……。

 

「比企谷、朝練は終わったのか?」

 

シャワーで浴びて部屋に戻ろうとしていると三輪に出会った。三輪は朝から少しだけ疲れているようだった。

 

「よお、三輪。朝から疲れてるみたいだけど、なんかあったか?」

 

「ああ……陽介の寝相があそこまで酷いとは思っていなくてな……」

 

どうやら、三輪は米屋の寝相に悩まされて疲れているようだった。ドンマイ三輪。

三輪は朝食のために食堂に向かっていたのでそこで別れて、俺は部屋へと向かった。

そして、部屋の中を見て驚いてしまった。出水と米屋、陽太郎の三人が寝ているのはいいが、その寝相が余りにも酷かった。

その三人の酷い寝相の中で烏丸が平然と寝ているのは感服してしまった。

朝食を食べるためにもこの四人を起こすとするか。

 

「お~い。お前ら、朝食の時間だぞ!早くしないと食べる分がなくなるぞ!」

 

俺の言葉に反応して四人が起き始めた。最初に起きたのは烏丸だった。

 

「……おはようございます。比企谷先輩」

 

「よお、烏丸。それにしてもお前、よくこの状態で眠れるな?」

 

「……これくらいなら普段から慣れているんで……」

 

烏丸は5人兄弟の長男だったな、それを聞いて関心してしまった。

烏丸は起きたので、他の3人を起こすことにした。

 

「出水、米屋、陽太郎。そろそろ起きないと朝食がなくなるぞ」

 

「……お~……おはよう、比企谷」

 

「……おはようさん、ハッチ……」

 

「……うむ……おはよう。はちまん……」

 

3人は寝起きでまだ寝ぼけているようだった。これで朝食には間に合うな。

 

「早く着替えろよ?でないと朝食がマジでなくなるぞ」

 

4人が着替えるのを待って、食堂に移動した。そこには女子ボーダー組がすでに集まっていた。

総武高組もすでに全員が集まっていたが、ボーダー組と総武組で席が完全に分かれていた。

それはきっと昨日の話し合いで、互いに相性が悪いことを確認したからだろう。まあ、雪ノ下と三浦の喧嘩に巻き込まれたくないのも影響しているけど。

 

「あ、おはよう八幡」

 

「お、おう。おはよう浅葱」

 

食堂に着くと一番に浅葱が挨拶をしてくれた。昨日の告白で恋人になったのが原因なのか、顔を見た瞬間に熱くなってしまった。

浅葱はそんなに緊張していないように見えたが、若干顔は赤くなっていた。

 

「お兄ちゃん。はい、朝食」

 

「お、サンキュー小町」

 

俺が浅葱と挨拶していると、いつの間にか現れた小町が朝食を持ってきてくれた。お盆にはご飯、味噌汁、鮭のムニエルが乗っており、とても美味しそうだった。

椅子に座って朝食を食べようとした時、葉山グループの様子を見たが、昨日となんら変わってはいなさそうだ。

雪ノ下は平然と朝食を食べていたが、三浦が雪ノ下の事を睨みつけていた。由比ヶ浜はそれを見て、オロオロしている。恐らく昨日の話し合いの後に何かがあったんだろう。俺には関係ないが……。

 

葉山はただ苦笑を浮かべているだけで何もしていない。戸部は何とか空気を和ませようとしていたが空回りしていた。海老名は妄想にしているようで「ぐふふふ……」と笑っていた。何を考えているのかは聞かない方がいいな。

その時、不意に雪ノ下と目が合った。その瞬間に雪ノ下から睨みをつけられた。

恐らくあいつが俺を睨んできたのは、昨日の話し合いでのことが余程気に食わなかったようだ。否定してばかりで、案の一つ出していないに奴がよくあんな態度ができるものだな。

さすがは毒舌お嬢様だな。

 

「朝食を食べているところ悪いが、今日の予定について話す」

 

俺達が朝食を食べていると、平塚先生がプリントを持って説明し始めた。

 

「最初に夜に行う、キャンプファイヤーと肝試しの準備をしてもらう。まずキャンプファイヤーは木の積み上げをしてもらう。肝試しは君達にはお化け役をしてもらって、小学生を脅かしてもらう。それとキャンプファイヤーの準備が終わったら、後は自由にしてくれて構わない。以上だ」

 

キャンプファイヤーと肝試しとは定番のことをやるんだな。

 

「お兄ちゃん!キャンプファイヤーの準備が終わったら、川で遊ぼうよ!」

 

小町がそう言ってきた。俺としても暑いから涼みたいと思っていたし、何より小町の水着が見られるのは、テンションが上がる。

それにしても肝試しで脅かす役か……。俺がやっても大丈夫だろうか?

そう思っていると、出水が俺をからかい始めた。

 

「比企谷。お前はメガネを取れば、それだけで十分脅かすことができるだろ?」

 

「それだったら、三輪も適任だろ?目つき悪いしな。小学生が泣くぞ、絶対に」

 

「喧嘩を売っているのか?比企谷」

 

三輪のドスの効いた声を聞いて少しだけビビってしまった。少しだけだからな。

朝食の後でお化けの衣装を確認した後で、キャンプファイヤーの準備を始めた。

男総出でやったので、そんなに時間は掛からなかった。その時に視線を感じたので、その方向を見てみると、海老名が居て此方を見ていた。

その時の顔は赤く、鼻息が荒かったので、恐らく妄想でもしていたのだろう。……気にしない気にしない。

 

キャンプファイヤーの準備が終わったので水着に着替えて、川に向かって歩いていると出水が話しかけてきた。

 

「にしても比企谷って、結構身体鍛えているんだな?」

 

「まあな、レイジさんと一緒に鍛えてた時期があってな。それからも続けている」

 

「へぇ~そうなのか」

 

川に着くと、すでに三輪、米屋、小南、烏丸、陽太郎が水鉄砲で遊んでいた。昨日の水鉄砲はこの時のためか。

来て居ないのは小町と比企谷隊のメンバーと国近先輩だけだった。

 

「おまたせ~」

 

後ろの方から国近先輩の声が聞こえてきたので振り返ってみると、水着姿の国近先輩がそこにはいた。

オレンジ色のビキニに腰にパレオを巻いた姿はその辺にいる男を悩殺してしまいそうな大きなお山を持っていた。てか、やっぱりスタイルいいな。

横にいた出水が黙っていたので、そっちを見てみると、とんでもない事になっていた。

 

「出水、お前大丈夫か?」

 

「はぁ?何が?」

 

「……鼻血、出ているぞ」

 

「……え?……」

 

出水は俺の指摘で自分の鼻を触ってみると、血が出ている事にやっと気付いた。夏の暑さにやられたか?と思ったが違った。

出水が鼻血を出した原因は夏の暑さでない事はすぐに分かった。出水が鼻血を出した原因は国近先輩だ。

出水は国近先輩の胸を見て、鼻血を出したのだ。お前の気持ちは分かるぞ出水。あんな大きな胸を水着姿で見られただけで幸せな気持ちになる。

 

「出水君、大丈夫?」

 

国近先輩は出水が鼻血を出していたので、心配になって近付いて、出水の顔を覗きこんできたが、それが更なる問題を起こしてしまった。

国近先輩は両手を両肘に付いて、覗き込んでいるので、両腕で自身の腕で胸を横から圧迫するように形になっていて、胸をより強調してしまったのだ。

結果、出水の鼻血は更に酷くなった。

 

「い、出水君!!ホントに大丈夫?!さっきより鼻血が出ているよ?」

 

「だ、大丈夫ですよ、由宇さん。だけど、少し日陰で休んできますね……」

 

出水はそう言って日陰の方に歩いて行った。国近先輩は心底心配していた。しかし、出水が鼻血を出した原因がまさか、自分の胸だと思いもしないだろうな。

出水は日陰の方に向かって移動して、鼻を押さえて血を止め始めた。

 

「出水君、大丈夫かな……?」

 

「しばらくすれば止まるでしょうし、大丈夫ですよ」

 

「そうだね。……出水君!!何かあったら言ってね!!」

 

国近先輩の声が届いたらしく、出水は頷き手を振ってきた。

国近先輩は川で遊んでいる小南達と一緒に水鉄砲で遊び始めた。

しかし、小町と俺の隊のメンバーは何をやっているんだ?いくらなんでも遅すぎる。

 

「お兄ちゃん!!お待たせ!!」

 

「やっと来たか」

 

小町の声がしたので振り返ると、フリルの付いた可愛らしい水着を着ている小町がそこにはいた。隣には雪菜が水色のフリルの付いた水着を着ていた。小町とは色違いでこちらも可愛かった。

 

「八幡先輩、ど、どうですか?」

 

「似合っているな。可愛いぞ」

 

「あ、ありがとうございます。嬉しいです」

 

雪菜はそう言って、そっぽを向いているが顔は赤くなっていた。しかし、国近先輩を見た瞬間に落ち込んでしまった。

 

「……やっぱり、国近さんは大きいですね……どうすれば、あんな大きさに……」

 

「大丈夫だよ雪菜ちゃん。小町達には夢はないけど、希望があるから!!」

 

「希望、ですか?それって、一体?」

 

小町の言葉に雪菜だけでなく、俺までもが疑問に思った。

 

「いい雪菜ちゃん!小町達はまだ中3で、由宇さんは高3だよ。つまり、三年の時間があるんだよ。だから、希望を糧に夢(胸)を膨らませれば、いいんだよ!」

 

「小町ちゃん……うん。そうだよね。私達にはまだ可能性があるんだよね!私、頑張る!!」

 

「その意気だよ。雪菜ちゃん」

 

小町から中々、面白い話が聞けた。まあ、確かに小町の言う通りだ。3年の時間は大きいからな。

 

「しかし、それを言ったら雪ノ下には夢どころか希望すらないな……」

 

俺がそう言った瞬間にどこからか視線を感じたと思ったら、背筋が凍った。すぐに周りを見渡したが俺達以外は誰もいなかった。

 

「今のは一体?……夜架にシノンもやっと来たか」

 

夜架とシノンも水着に着替えて、こちらに歩いてきてた。

夜架は黒色のビキニでボディラインがすらっとして、スタイルは抜群によかった。てか、エロかった。

シノンはライトブルーのビキニだった。シノンもすらっとしていて、スタイルはよかった。

 

「どうですか?主様」

 

「……似合っているかな?八幡」

 

「ああ、二人ともよく似合ってるぞ」

 

二人に聞かれたので素直に褒めたら、夜架とシノンは嬉しそうに顔を少し朱に染めた。俺に褒められたのが、そんなに良かったのだろうか?

 

「おまたせ、八幡」

 

「やっと、お前も来たか。浅、葱……」

 

俺は水着を着た浅葱に驚いてしまった。浅葱が着ていたのは白色のビキニで腰にはパレオを巻いていた。

浅葱の水着姿は俺の想像を遥かに超えていた。俺の幼馴染って、こんなに綺麗だったんだと改めて感じた。

 

「ど、どうかな……?」

 

「あ、その……とても綺麗で、似合っているぞ。うん……」

 

「ありがとう……」

 

俺の言葉を聞いて、浅葱は顔をかなり赤く染めていた。恐らく、俺の顔も赤くなってるだろう。

その時、後ろから刺さるような視線を感じたので振り返ってみると、先程のメンバーが俺を睨んでいたが、気にしない事にした。

 

米屋達と一緒になって、水鉄砲での撃ち合いに参加して思いっきり遊んでやった。

一時間経った頃、一度川から上がって体を温めた。冷えすぎると風邪をひいてしまう恐れがあるからだ。

休んでいると、不意に後ろから視線を感じた。しかし俺の後ろは森なので、人がいるとは思えなかった。

だが振り向いてみると、そこには一人の少女。鶴見留美がいた。

 



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鶴見留美②

川で遊んでいた俺の前に現れたのは、俺達がいじめについて話し合っている中心人物の鶴見留美だった。

森から現れたのには驚いたが、一人でいるのは、間違いなくハブられたからだろう。

でなければ、こんなところにはいないからだ。

 

「どうした?鶴見」

 

「…………」

 

森から出てきた鶴見に話し掛けたが、無言で返してきた。

今小学生は確か、俺達と同じで自由時間のはずだったはずだ。

 

「どうして、分かったの?」

 

鶴見が言っているのは、隠れていたはずの自分に気付いたのか、という事だろう。

 

「生憎と俺はボッチ……いや、元ボッチなもんでな。視線には敏感なんだよ」

 

「……そうなんだ……」

 

鶴見は別にどうでもいいような感じで言った。俺は鶴見を見た瞬間にあることに気が付いた。

それは明らかに昨日、別れた時より気力が落ちていた事だ。

 

「それにしてもどうしたんだ?昨日より元気がないようだが?」

 

「……朝、起きたらみんな、部屋から居なかった……」

 

えげつないと思う。起こすこともせずに放置とは状況は思っている以上に深刻だな。葉山は話し合いで解決できると思っているようだが、その根拠はどこにあるのか、一度聞いた方がいいな。

 

「……そうか。それと鶴見に聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「……うん。いいけど、何?」

 

「いじめられるのは嫌か?」

 

「……うん。でも、私もいじめたことがあるから……だから、仕方ないと思う。周りと合わせていたけど、それも何だか疲れたし……」

 

俺が思っている以上に鶴見は元気がなかった。小学生は元気の塊だと思っていたのにな。

俺は昨日、話し合った中で出水が出した案を話すことにした。

 

「だったら、鶴見。お前、ボーダーに入る気はないか?」

 

「……え?……ボーダーって、あのボーダー?」

 

鶴見は驚いていた。確かに年上の高校生からのいきなりの提案だからな。

 

「ああ、そのボーダーだ」

 

「……でも、どうして、私に?」

 

「いじめるのも、いじめられるのも、嫌なんだろ?」

 

「うん……でも、何でそうなるの?」

 

「それはな、昨日の夜に俺達の何人かがお前のいじめの話を始めて、何とか解決しようと、話し合いになってんだが、女子二人が口喧嘩を始めてお開きになったんだが、俺にお前の事を何とかしてくれ、って言っている奴がいてな。

俺としては、余り関わりたくはないんだが、俺としてもいじめをそのままにしたくはないからな」

 

「助けてくれるの……?」

 

「助けはしない。俺がするのは提案だけだ。選ぶのはお前自身だから、どんな結果になっても責任を取らない。その辺はよろしく」

 

鶴見は俺の話を聞いて悩んでいる。別にこのまま何もしないで、標的が変わるまで我慢すれば、いいだけの話だ。

これは鶴見の気持ちの問題なのだ。

一歩進むか、それとも立ち止まるのか、結局のところ、その二つだけなのだ。

 

「……八幡はボーダーなの?」

 

「まあな。これでも部隊の隊長をやっている」

 

A級とかは別に言わなくてもいいだろう。

このキャンプが終わって入隊することになれば、すぐに分かることだしな。

 

「ねぇ、ボーダーって、どうすれば入れるの?」

 

「ボーダーの公式ホームページを見れば、一発で分かるぞ。まあ、鶴見は未成年だから親の許可が必要だな。でも、丁度いいんじゃないか。母親、このキャンプに来てるんだし、この際いじめの事も話した方がいいだろ」

 

鶴見は再び悩みだしたが、すぐに答えを見つけたらしく、先ほどとは違って元気を少しだけ取り戻していた。

 

「うん。お母さんに全部、話すことにする。それでボーダーに入っていいか聞いてみる」

 

「そうか。まあ、決めるのはお前だし、それでいいなら、きちんと母親と話しておけよ」

 

「うん、ありがとう。八幡」

 

先ほどから思ったが、鶴見は年上の俺の事を名前でしかも呼び捨てで呼んでいるのが、気になるが別にいいか。

 

「ヒッキー!!」

 

俺が鶴見と話していると、由比ヶ浜が雪ノ下を連れて、此方にやって来た。二人とも水着だった。

俺のサイドエフェクトが言っている。『面倒な事になるぞ』と。

 

由比ヶ浜はビキニで雪ノ下はワンピースのような水着を着ていた。

しかし由比ヶ浜はいつまで俺の事を『ヒッキー』呼びする気だろうか?一方、雪ノ下は俺の事を睨みつけていた。

相手を睨み付けることしかしないとは、精神年齢は小学生並かもしれないな。

 

「ロリ谷君。小学生に手を出すのは良くないわよ。警察に連絡した方がいいわね」

 

「してみろ。雪ノ下建設の娘が、ただ小学生と話していただけで警察を呼んだ。そんなことになれば、さらに自由がなくなるぞ?」

 

俺に毒舌を放ってきた雪ノ下に反撃した所、苦虫を潰したような顔をしていた。何度見ても飽きないな、その顔は。

 

「ちょ、ちょっとゆきのん。そ、それで、ヒッキーは留美ちゃんと何を話していたの?」

 

「……それをお前らに言う必要があるのか?」

 

「やっぱり、小学生に性犯罪をするつもりなのね。警察が必要だわ」

 

雪ノ下はしつこいにも程があるだろ。そもそも彼女ができた俺が小学生に手を出すと本気で思っているのか?

だとしたら、こいつは筋金入りのバカだな。

 

「……はぁ~何で俺が鶴見に手を出した、前提なんだよ?ホント、バカだな。俺は鶴見にボーダーに入らないか、と提案していただけだ」

 

「……彼女をボーダーに?……それはどういう意味かしら?」

 

ホントに分かっていない様子の雪ノ下は首を傾げてきた。隣の由比ヶ浜も分かってはいなかった。てか、由比ヶ浜にマトモな案が出せるとは思えないが。

 

「別に自分が通っている学校以外で友達を作ってはいけないルールなんてないんだから、ボーダーで作ったっていいだろ?って話だよ。

鶴見がボーダー隊員だと知られれば、いじめをしようなんてする奴はいなくなるから、鶴見も気が楽になるだろうしな。

それにボーダーってのは、町を守る正義のヒーローだ。クラスで人気者になるかもしれないだろ」

 

俺が長々と説明すると雪ノ下が食い下がってきた。

 

「けれど、鶴見さんがそれを本当に望んでいるのかしら?」

 

「それに関しては問題ないぞ。俺の話を聞いて、入るって言ったのは鶴見本人だしな」

 

「うん、そうだよ。私が八幡から話を聞いて、自分で入りたいって言ったの。これなら問題ないでしょ?」

 

鶴見の発言は更に俺の発言を強くするものだった。これなら、雪ノ下といえど文句はないはずだろ。

しかし、雪ノ下はなおも食いかかってきた。マジでしつこい!!

 

「それは……ただの逃げよ。問題を解決した訳でも、解消した事にもならないわ。それでこの子が省かれない保障なんて、どこにもないわ!」

 

「ちょ、ちょっと、ゆきのん。もう、いいじゃん……」

 

「由比ヶ浜さんは少し黙っていて!!」

 

由比ヶ浜は雪ノ下を止めようとしたが、気迫に負けて押し黙ってしまった。

 

「逃げ?それが何だと言うんだ?逃げて悪い訳でもない。それにだ、例え学校で省かれてもボーダーで友達くらい幾らでも作れる。俺がそうなようにな」

 

俺がそう言うと、雪ノ下は苦虫を潰したような顔をしていた。笑えるわーその顔。

精神年齢はホントガキ以下だな。自分が論破されると、すぐに睨みつける事しかしない。

これでよく完璧な人間と自称できたな。

他人を認めず、自分こそが最も正しいと思っている。それこそが、こいつの間違いだ。

この世界のどこにも、完璧にして完全な、寸分すら、間違った事なんてないのにな。

 

「雪ノ下。この際だから、お前に言ってやる。お前は間違いだらけだ」

 

俺は雪ノ下雪乃の全てを否定する事にした。いい加減に、ハッキリさせて方がいい。

 

「私の……私のどこが間違っているのかしら?」

 

「全てだよ。他人の価値観を認めようとせず、強引に自分の意見を押し通そうとする事、そして逃げることすら許容しない、その傲慢さの事とかな。

だから、お前は成長できない……いや、成長しないガキなんだよ」

 

「………………」

 

雪ノ下は今度こそ、完全に沈黙してくれた。こいつが喋ると碌な事がないからな。

 

「ゆ、ゆきのん。もう行こうよ?ヒッキーごめんね。隼人君達には私から解決したって言っておくから」

 

「ああ、そうしてくれ。伝えていないと余計な事をしそうだしな」

 

伝えていないとマジで何をしでかすか、分かったものではない。あのイケメン王子様はな。

 

「それとな、由比ヶ浜。お前が謝る必要はないんだよ。謝るべきは雪ノ下だけだ」

 

「そうかしら?それにこんな人間なんかに謝罪する必要なんて無いわ。むしろ、私と同じ空気を吸っている事に謝罪してほしいわね」

 

雪ノ下が由比ヶ浜と二人で去ろうとした、その時に俺に向かって罵倒してきた。同じ地球に暮らしているのに、どうやって別の空気を吸えと言う気だ?こいつは。

 

「……だったら、吸わなきゃいいはずでしょ?」

 

鶴見がサラッとえげつない事を言った。最近の小学生はえげつなさ過ぎだ。しかも、鶴見が言った事が聞こえたらしく、雪ノ下は鶴見をもの凄い目で睨みつけていた。

今度は鶴見対雪ノ下の戦いが始まりかけていたが、雪ノ下を由比ヶ浜が強引に鶴見から離して行った。

 

「まったく、口が悪いのにも程があるだろ。年上にはできるだけ敬語を使えよ?でないとボーダーですら、友達を作る事なんて出来ないかもしれないぞ?」

 

「うん、分かっている。でも、さっきはあの人が全部悪い。……そうだ、メアド教えて」

 

「え?何で?」

 

「ボーダーについてもっと知りたいから」

 

鶴見が俺のメアド知りたいなんてな。小学生とメアド交換なんて、雪ノ下が聞いたらまた警察を呼ぶとか喚きそうだ。

 

「ああ、構わないぞ。後で教えてやるよ」

 

「うん、分かった。でも、試験に落ちたらどうすればいい?」

 

「その時はオペレーターだな。そっちはトリオン量関係していないしな」

 

「分かった、ありがと」

 

「まあ、気にすんな」

 

「じゃあね、八幡。今度連絡するから」

 

鶴見はそう言ってから、来た道を戻って行った。見た感じ、足取りは軽いように見えた。

俺は鶴見を見送ってから、再び川遊びをボーダー組と一緒になってやった。

その後で、ボーダー組に鶴見の事を話した。シノンと陽太郎は納得してくれた。



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比企谷八幡⑨

昼間、川遊びをしている時に鶴見が現れたので、俺はボーダーに入らないかと鶴見に提案して鶴見はそれを受け入れて、ボーダーに入隊する事になった。

その際に親の説得が必要だが、それは鶴見次第だろうが問題は無いと思う。

 

川遊びを終えて、夕食を食べ終わってからはついに肝試しだ。それぞれが衣装に着替えてから、山道に隠れて小学生を脅かしまくった。

小学生の悲鳴は言っては何だが最高だったのは秘密していた方がいいな。

肝試しも無事に終わり、今はキャンプファイヤーをしている所だ。小学生に混ざってフォークダンスをやっている出水達を少し離れた場所で見ていた。

 

今は小学生達は出し物をやっていた。完成度は余り高くはないが、それでも場を盛り上げるにはいい感じになっている。

ふと、小町や浅葱達と話している鶴見の姿が目に映った。笑いながら楽しそうに会話をしているのを見る限り、母親である鶴見先生と話してボーダー入隊の許可でも貰ったのかもしれない。

そんな時、三輪がジュースを俺に投げ渡してきた。

 

「お前は混ざらないのか?」

 

「俺はああいうのは苦手なんだよ。それに肝試しで散々怖がらせた俺があの中に入れば、小学生が泣く」

 

俺はジュースのフタを開けながら三輪に答えた。

肝試しではメガネを取って、ゾンビのマネをしたのだが、誰よりも怖がれてしまった。今はメガネを掛けているので泣きはしないだろうが、それでも入る気にはなれなかった。

 

「お疲れ様だな」

 

「ん?何がだ?」

 

三輪はどの事を言っているんだ?分からん。

 

「鶴見留美のことだ。正直な所、俺はお前が何もしないのではないかと思ってな」

 

三輪は俺の性格をある程度知っているからこそ、こんな事を言っているのだろうが、さすがにシノンや陽太郎に頼まれたからにはどうにかしてやりたいと思うからな。

 

「別に俺はあいつに提案をしただけだ。それに他の事は何もしていない。ボーダーに入るのは鶴見の決めたことだ」

 

俺は提案してだけで何もしてはいない。鶴見が考え、選び、決めたことだ。自分を助けるために選んだのがこれだ。

他の第三者が決めてはいない。鶴見の意志によって選ばれた未来だ。

 

「それでも、その道を見出したのは他ならぬお前だ」

 

「そうだな。でも、鶴見はこれからだろ?」

 

三輪と話しているとある人物が俺達の会話に入って来た。

 

「楽しんでいるかね?君達」

 

それは平塚先生だ。左手にはビールの缶を持っており、少しだが顔が赤くなっていた。

俺はそれとなく、話す事にした。

 

「それなりには楽しんでいますよ」

 

「そうか。それはなりよりだ。青春は一度しかないから、楽しまないのは損だからな。それではまたな」

 

「その前にいいですか?平塚先生」

 

去ろうとしている平塚先生を俺は呼びとめた。平塚先生は首だけを俺の方に向けた。

 

「何だ?比企谷。できれば手短にしてくれよ?」

 

「明日、帰る前に話しがあります。由比ヶ浜達を送る前に言っておかないといけない事があるんで駐車所に居てください」

 

「それだけかね?ならば、もう行くぞ」

 

平塚先生はそのまま行ってしまった。しかも小学生を引率していた男性教師の所に一直線に向かっていた。恐らく、結婚相手でも見定めているのだろう。

ご愁傷様です。男性教師の方。

 

「ヒキタニ君」

 

平塚先生が去ったと思ったら、今度は葉山が近付いてきた。相変わらず、俺の苗字を間違えてはいるがな。

 

「何の用だ?葉山」

 

「いや、君にお礼が言いたかったんだ。あの子を助けてくれて、ありがとう」

 

葉山はそう言って、頭を下げてきたが、こいつが俺にお礼を言うのは違う気がする。

それにしても由比ヶ浜はちゃんと葉山に伝えたようで安心した。

 

「生憎とお前にお礼を言われる筋合いはない」

 

「はは、そうだよね。でも、一応感謝しているんだ。……やっぱりヒキタニ君は凄いな……」

 

一応って何だよ。喧嘩でも売ってるのか?だったら買うぞ!このヤロー!!と心の中だけにして置おこう。

 

「……何の事だよ?」

 

「……俺には出来ないことをやってしまう所だよ」

 

「別にそんなの凄いことじゃ無いだろ。お前に出来ない事があるように、俺にだって出来ないことはある。誰にだって向き不向きってもんがあんだよ」

 

誰だって完璧ではないし、完全でもいない。人は不完全で未完成の欠陥だらけの人形なのだから。

しかし、俺はそれでいいと思う。完璧じゃないからこそ、完璧に近付こうとするし、未完成だからこそ、完成させたい。

それは人の進化、もしくは成長だと俺は思うからだ。

 

「確かにその通りだよ。自分は自分で他人は他人でしかない。同じに見えるようでもみんな違う。だからこそなんだよ。俺は皆が仲良く出来る方法をとって……いや、探していきたいんだ」

 

「それは一生無理だぜ?中身がスカスカの平和主義者さん」

 

葉山隼人は平和主義者だと言えるだろう。戦う事を考えず、平和の事しか考えない。最善の未来は見えても、最悪の未来を考えることすらしない。

全力を尽くせば、いい結果になると信じて疑わない。ある意味、雪ノ下と並んでタチが悪い。

 

「……自分で言ってなんだけど、こんな理想を持っていても、俺は比企谷……君とは仲良くは出来なさそうだ……」

 

「だろうな。俺だってお前と仲良くなんて、ごめんだ」

 

葉山は言い終わると、すぐさま俺から離れて行き、戸部達の下に向かった。

そのすぐ後に三輪が俺に質問してきた。

 

「比企谷。お前はあれでよかったのか?」

 

「いいも悪いも俺とアイツの関係はこんなもんさ」

 

俺がそっけなく答えると三輪はそれ以上何も聞いてはこなかった。

キャンプファイヤーの近くでは花火をやっていた。三輪は米屋に呼ばれて、花火をやるために米屋達の方に向かって歩いて行った。

しばらくすると花火を一通り楽しんだ浅葱が近付いて隣に座った。

 

「八幡はやらなくていいの?」

 

「俺は見ている方がいい。お前は満足したのか?」

 

「うん。小学生の出し物も中々よかったよ」

 

「そうか。それはよかった」

 

しばらくの沈黙の後で浅葱から話を振ってきた。

 

「八幡ってさ、お盆辺りの夜って何か予定入れている?」

 

「いや、特には無いけど?何かあるのか?」

 

「花火大会」

 

浅葱が短くそう言った。確かに地元である花火大会がお盆辺りにあるんだっけ?

浅葱はその事を言っているんだろう。屋台が色々と出て大いに賑わう三門市の一大イベントだ。

 

「その花火大会がどうしたんだ?」

 

「実はお父さんが久々に八幡に会いたいんだってさ。それで花火大会の日に連れて着てくれって、頼まれたの」

 

俺の親父と浅葱の親父さんは古い知り合いで昔はよく家族で食事に行った事がある。

 

「了解」

 

「うん。お父さんに伝えておくから。会う前に屋台とか、見て回らない?」

 

「だな。そうするか」

 

俺は花火大会に屋台巡りの提案をしてきた浅葱としばらく話していた。俺は鶴見について、浅葱に聞いて見る事にした。

 

「浅葱。鶴見は大丈夫そうだったか?」

 

「留美ちゃん?うん。初めて見た時より全然元気になったよ。それとボーダーではスナイパー志望らしいよ。それを聞いた、シノンが師匠になって色々と教えるんだって、張りきってた」

 

「へぇ~スナイパー志望でシノンが師匠か。楽しみだな」

 

シノンが師匠だと言う事は腕に関してはそれなりになる事は十分予測出来る。トリオン量などは分からないが、それでもB級になって経験を積めば、ランキング上位も狙える。

 

キャンプファイヤーを終えてから風呂に入り、そのまま寝る事になった。前日のように出水と米屋のバカ騒ぎは今夜は起こらなかった。

さすがの二人も川遊びで疲れたらしく、布団に入った途端に寝てしまった。

 

さすがの俺も眠たくなったので、寝ることにした。明日はこのキャンプも終わり、三門市に帰る事になる。

その前に俺はあの人物との決着を着けないといけない。

俺を本気で怒らせた事を後悔させてやる。




次回で千葉村編も終わりです。お楽しみに!


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平塚静

千葉村でのキャンプ三日目の最終日の朝は昨日と余り変わらず走り込みをして、朝食を食べる所までは同じだった。

しかし、今日は特に何かをする訳でもない。

あえて言うならゴミ拾い位だろうか。自分達が出した物は自分達で綺麗にする。だから、朝から全員で泊まっていた旅館やその周辺を手分けして掃除している。

それでも小学生はブツブツと文句を言っていたが、葉山が小学生を上手く誘導して早めに終わる事ができた。

 

「比企谷君。ちょっといい?」

 

「どうしたんですか?鶴見先生」

 

ゴミを分別していると後ろから鶴見先生が話しかけてきた。恐らく、娘の事とボーダー入隊の事だと思う。

子の事を気に掛けない親はいないよな。

 

「私の娘……留美の事を気にしてくれて、ありがとうね」

 

「別に俺はそれ程すごい事はしていませんよ。全部、アイツの選択ですよ」

 

「それでも、ありがとうね。母親なのにあの子がいじめにあっていたなんて、知らなくて……それでも話してくれた時は嬉しかったわ。ボーダーに入りたいと言った時は最初は反対したんだけど、いじめの話や貴方の事を聞いて、それなら大丈夫と思ったからボーダーに入る事を了承したのよ」

 

「そうなんですか。ボーダーに入ってからも少しは気に掛けてやりますよ」

 

「ええ、そうしてくれると助かるわ。それじゃ、比企谷君。忘れ物のないようにね」

 

鶴見先生はそれだけ言って俺から離れて行った。これで鶴見はボーダー入隊の試験を受ける事が出来る。

戦闘員もしくはオペレーターとして、年の近い人間と友達になれば鶴見は孤独では無くなるだろう。

 

 

 

 

 

 

ゴミ掃除の後に集合写真を撮る事になったので、小学生と一緒に並んで撮ったのもあれば、ボーダー組だけで撮ったりした。

写真を撮った後は三門市まで帰るだけだ。俺は今、駐車場より少し離れた場所で平塚先生と対峙していた。

周りには、俺達二人以外いない。

 

「それで、話とはなんだね?」

 

「それはこれですよ」

 

俺はスマホを出して、鶴見のいじめの話をする前の平塚先生の声を聞かせた。平塚先生は首を傾げて、意味が分からないでいた。

 

「これが何だと言うんだ?」

 

「分からないんですか?平塚先生は教師ですよ。それなのに小学生のいじめ問題を放置しておくのはよくないですよね?

それに雪ノ下は奉仕部として動くと言っていたんですよ。それなら顧問である平塚先生がその場にいなかったのは職務放棄と一緒ではないですか?」

 

平塚先生はようやく理解したようで、顔を歪めていた。

その理由がスマホに録音してある平塚先生の声だ。もしこれを学校に提出すれば、学校側は何らかの処罰を平塚先生にしないといけない。

 

「そのスマホを私に寄越せ」

 

「お断りします。いくら生徒と教師と言えど、それが人にものを頼む態度ですか?それにこれを渡したところで、俺に何のメリットも無いですし」

 

「いいから、それを渡せ!!」

 

「うわぁ!!……」

 

平塚先生は俺から強引にスマホを奪い去った。その際に俺は付き飛ばされて、地面に背中から倒れてしまった。

 

「この、この、この」

 

平塚先生は俺から奪ったスマホを何度も足で踏み潰していた。正直、ここまで俺の計画していた通りに動いてくれるとは、平塚先生は感情を何より優先するタイプの人間のようだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……残念だったな、比企谷。これで中のデータは使い物にはならないな!」

 

「……自慢げに言っていますけど、平塚先生。今、自分が何をしたのか、分かっていますか?」

 

平塚先生は首を傾げて、何も分かってはいない様子だった。よくこんなので教師になる事が出来たな。

自分の思い通りにならなければ暴力は振るうし、自分勝手で他人の迷惑なんて考えもしない。だからこそ、俺を完全に怒らしたとも言えるな。

 

「平塚先生は俺のスマホを壊したんですよ?これは器物破損でしょ?」

 

「だからなんだ?君がスマホをたまたま落とした所にたまたま私が通り掛かって踏んでしまった。学生の君より教師の私の方が誰もが信じるだろう」

 

平塚先生のこの自信はどこから来るのか気になるが、今は置いておこう。

 

「確かにそうですね。でも、さっきの先生の行動をムービーに撮っていたとしたら、先生より俺の事を信じると思いますよ」

 

「何を言っている。君のスマホは私が先ほど壊したばかりだろ?」

 

平塚先生の言う通り、スマホは壊れた。ただし、『俺』のではなく『ボーダー』の支給品のスマホだ。

それに俺は一人でここには来ていない。俺は森の方を指差した。

平塚先生は顔をその方向に向けると驚愕した。

 

「藍羽……どうして、ここに?確か車に乗ったはずでは……?」

 

そこには先に車に乗ったと思わせておいた浅葱がいた。

浅葱には俺と平塚先生が駐車場から離れたら、気付かれないように後を着いてきて、ムービーに撮るように指示しておいた。

 

「どうして、ですか?八幡に頼まれたらからですよ。もしかしたら、平塚先生がスマホを壊すかもしれないから、それをムービーに撮っておいてくれって。それにしても平塚先生、貴女の行動は人間として最低ですよ」

 

「ま、待ってくれ!!これには深い訳があるんだ!!」

 

この期に及んで言い逃れをしようとしている平塚先生だが、俺はこれを待っていた。

ここからが俺の腕の見せ所だ。

 

「なら、俺のお願いを聞いてくれません?平塚先生」

 

「お願い、だと?……金か?それとも私の身体か?」

 

この人は何を言っているんだ?はっきり言って、タバコで身体を悪くしている人と身体関係は持ちたくはない!

いくら結婚出来ないからと言って、生徒と関係を持つか、普通?

 

「……違います。俺のお願いは、三つあります。一つ目が俺を二度と奉仕部部員と扱わない事。二つ目が平塚先生の奉仕部顧問を辞める事。三つ目が奉仕部顧問を辞める事を誰にも言わない事。これが俺のお願いです。聞いてもらえますよね?平塚先生」

 

「……比企谷。二つ目と三つ目のは、幾らなんでもやめてはくれないか?別のことなら、何でもするから、頼む!」

 

平塚先生は二つ目、三つ目のお願いをやめるために俺の頭を下げてきた。平塚先生にとって、奉仕部とはかなり大事らしいが、俺のとって奉仕部は目障り以外の何ものでもない。

あそこには、雪ノ下と由比ヶ浜の二人がいる。だからこそ、廃部になれば俺に絡んでこないだろと考えた。

 

「……それは無理ですよ。それに俺のお願いを聞いてくれないと先生は二度と教壇に立つ事は出来なくなりますよ?それでもいいんですか?」

 

「……教師を脅すのか?比企谷……!」

 

平塚先生は俺の事を何だと思っているのかが、何となくだが分かってきた気がした。

それに最初に奉仕部に入るように言った時に進級や卒業などを使って脅してきたのは平塚先生だったはずだが。

 

「脅すなんて、人聞きが悪い事を言わないでください。俺のは『お願い』です。つまり、選択権があるんですよ?でも、脅しには無いでしょ。まあ、聞いてくれないなら俺もそれなりの態度をしないといけないですけど。どうしますか?平塚先生」

 

「っ……!?」

 

丁寧に説明をした所、平塚先生が俺を強く睨み付けてきた。雪ノ下もそうだったが気に入らない事があると睨み付ければ何とかなると思っているのだろうか?

でも、そんな睨みは二宮さんや三輪に比べたら、大した事はない。

 

「睨んでも事態は変わりませんよ?早く決めてください。奉仕部顧問を辞めて教師生活を続けるのか。それとも教師を辞めさせられて、再就職を見つけるのか。二つに一つですよ。どうします?先生」

 

「…………分かった。奉仕部顧問を辞める。……これでいいか?」

 

「はい。今のも一応に録音しました。念のため、二学期になったら奉仕部が廃部になったか確認しますんで、そのつもりでお願いしますね。平塚先生」

 

話し終わると平塚先生はトボトボと車の方に歩いて行った。これでようやく開放されたと言えるだろう。雪ノ下ともこれで関わらずに済む。由比ヶ浜は同じクラスだが、基本教室にいる時は俺に話し掛けないので問題はない。

 

「これで済んだの?八幡」

 

「ああ、サンキューな浅葱。おかげで予定通りだ」

 

平塚先生の事はこれで問題はない。もし、もう一度何かしてくるなら動画で言う事を聞かせればいいしな。

俺が今回、お願いを聞いてもらうために出したのは音声の件だ。スマホを破壊した事には触れていない。

次は更に容赦をしないつもりだ。次は首が飛ぶかもしれないですね平塚先生。

 

 

 

 

 

平塚先生との話を終えて、後は林藤さんが運転する車に乗って三門市まで帰るだけなのだが、車の中はカオスになっていた。

俺を除く全員が爆睡していたのだ。それに俺も流石に疲れたのでもう少ししたら寝るつもりだ。

寝る前に林藤さんに話し掛けられた。

 

「いや~陽太郎の面倒は大変だったろ?比企谷」

 

「そうでもないですよ。俺は懐かれていましたし、雷神丸が結構面倒見ていましたから」

 

ペットに面倒を見てもらう飼い主って、なんだか情けない気がするな。本人には言わないでおこう。

 

「それでもご苦労さん。今は休んでいいぞ。着いたら起こしてやるから」

 

「それじゃお願いします。林藤さん」

 

俺はそう言って寝た。

林藤さんは約束通りに起こしてくれて、俺達は初日に集まっていた場所で解散となり、それぞれ家に向かって歩いて帰った。

キャンプのバイトは多少の問題事があったが、中々楽しめたので良しとしよう。

そして、夏休み間、雪ノ下や葉山グループのメンバーに会うことはなかった。

 

 




今回で千葉村編は終了です。

次回からは夏休み編をしていき、二学期、ボーダー入隊をしてから文化祭に入っていこうかなと考えています。

では次回をお楽しみに!


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夏休み
比企谷八幡⑩


千葉村でのキャンプのバイトは色々あったが無事に終わった。そこで俺は改めて雪ノ下、葉山、平塚先生の三人は俺にとって、『敵』以外の何者でもないことを再確認した。

今後、彼らが俺や俺の周りの人に危害を与えるようなら、その時は一切の躊躇なく絶望のどん底に叩き落としてやるつもりだ。

 

しかし今はそんなことはどうでもいい。

何故なら、俺は今ボーダー本部の開発室のイスに寄りかかり意気消沈していた。

それは何故かと言うと、今朝に妹の小町から『今から家の大掃除をするからお兄ちゃんは邪魔だからお昼までどこか外で時間を潰してきて!』と言われたからだ。

 

「小町……お兄ちゃん、何か変な事でも言ったか……?」

 

そもそも家の大掃除なら一人より二人の方が早く済むのに、小町は何を考えているんだ?兄であるはずの俺ですら分からないことがあるとはな。

 

「八幡よ。さっきから何をブツブツ言っているのだ?」

 

「……黙れ材木座。俺は今、虫の居所が悪いんだよ。今、話し掛けてきたら弧月で三枚に卸すぞ?」

 

「ヒィ!?……お、落ち着くのだ八幡よ。何があったのかは知らないが我に怒りをぶつけるのだけは止めるのだ」

 

材木座は完全に俺の言葉にビビっていた。まあ、これまでの蓄積してきたストレスを何かに向けて発散してやりたかった。

俺は今、開発室でサブチーフの材木座から持たされた試作トリガーを使った感想や使い心地などを説明した。

 

「それで今日はどうしたんだよ?何か発明でもしたのか?材木座」

 

「ふっふっふっふっ……良くぞ聞いてくれた八幡。ついに我は開発に成功したのだ!!トリガースロットが合計で10個セット出来るトリガーを!!」

 

材木座はトリガーを高く上げて俺に見せてきた。トリガースロットは本来メインとサブで4個ずつで合計8個が上限だったが10個とは中々凄いと思わず感心してしまった。

 

「ほぉーそれは凄いな。8個より上はレイジさんのトリガー以外ないからな。そのトリガーは本部の技術で作ったんだよな?」

 

「もちろんだ!本部の技術の全てをつぎ込んだ!そして、これを八幡。おぬしに使ってもらいたい。使った感想を我に報告するがいい!この剣豪将軍材木座義輝に!!」

 

「……スロットの内容は書いておくから、その通りに頼むぞ?」

 

「任せておくがいい!!」

 

こいつの中二病は夜架のとはベクトルが違うから夜架以上に疲れる。今すぐに切り刻んでやりたいが、時間を見てみると昼前だった。そろそろ時間だな。

 

「……それじゃ俺は帰るから、またな材木座」

 

「うむ。さらばだ!我が盟友、八幡よ!」

 

開発室を後にして家に帰る途中で今日は何か忘れている気がしたが、その内思い出すと思って考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

ボーダー本部から家に帰ってみると、家が妙に静なことに疑問を持った。家には小町がいるはずなのに静かすぎる。

 

「……ただいま~小町~居るか~……買い物にでも出ているのか?」

 

俺はとりあえず、居間の扉に手を掛けて開けた。その瞬間に『パンッ!!パンッ!!」と数回の破裂音と長細い紙が俺に乗ってきた。これは何が起こっているのかと居間を見てみるとそこには小町、浅葱、夜架、シノン、雪菜が居た。

 

「これは、一体?何だ?」

 

「お兄ちゃん……」

 

「八幡……」

 

「主様……」

 

「八幡……」

 

「八幡先輩……」

 

「「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」」

 

俺は未だに理解が追い付けていなかったが、とりあえずスマホで日付を確認してみると8月8日になっていた。

 

「……そうか。今日は、俺の誕生日か……すっかり忘れてたな……」

 

俺は自分の誕生日をすっかりと忘れていた。春頃から色々とあった所為だと思うし、何より雪ノ下や由比ヶ浜、平塚先生の言動にストレスを感じて疲れていたのもあるだろう。

 

「お兄ちゃん。自分の誕生日くらい、しっかりと覚えておきなよ。……でも、サプライズ的になったから小町的にはポイント高いよ!これは」

 

「あーそうだな。高い高い」

 

俺は小町の言葉を軽く流していた。しかし、朝から俺を家から追い出したのはこれのためだったのか。

比企谷隊全員いるとはな。ここ、二年くらいでボーダー隊員が増えて色々とやる事があったから、去年はやってなかった気がする。

 

「それにしても、結構頑張ったな……飾り付け」

 

部屋を見渡して見ると紙で作った飾りが綺麗に付けられていた。

さすがに朝からしていただけはあるなと思う。

 

「朝から皆で、作って飾り付けしたんだよ。お兄ちゃんがボーダーに入ってから誕生日に防衛任務入れるから家で盛大にやることがなくなったから、今年は盛大にやろうって浅葱お義姉ちゃんに相談していたんだ」

 

「そう、だったのか……どうりで最近、コソコソしていた訳か。……ありがとな…………やっぱり、こいつらといるのは居心地がいいな……」

 

「何か言った?八幡」

 

「何でもないよ浅葱」

 

危なかった~最後の方の独り言を聞かれていた恥ずかしさに穴に入りたくなるところだった。とりあえず誕生日を楽しむか。

 

「それと八幡。私達から誕生日プレゼントがあるから受け取って」

 

浅葱はプレゼント用のラッピングしてある包みを俺に渡してきた。俺はそれを受け取り包みから出してみた。

 

「これ、俺が欲しかったラノベだな。それにMAXコーヒーも買ってきてくれたのか。ありがとな」

 

「皆で話し合って買ったのよ。それぞれが買うと被るから不味いと思ってね」

 

「まあ、そうだよな」

 

それぞれが買って被ってしまったら、受け取る側も気まずいしな。渡す側は微妙な空気になるし。

まあ、渡す側がまとめて渡してくれば被る事もないな。

 

「プレゼントを渡したし、昼食にしよ」

 

浅葱はそう言って、台所に向かった。そこで俺はある疑問が浮かんだ。

 

「……浅葱の奴、まさか炒飯なんて作っていないだろうな?」

 

浅葱の料理の腕は俺がたまに教えているからそれなりだが、炒飯だけは別だ。何故なら教えているのが加古さんだからだ。

あの人の作る炒飯は独創的で壊滅的ほど不味い。これまでに犠牲になった人は数知れず。

 

「あ、それなら大丈夫ですよ。八幡先輩」

 

俺の疑問に雪菜が答えてくれるようだ。

 

「どうして、大丈夫なんだ?」

 

「飾り付けで時間を掛けたので、昼食はピザのデリバリーにしようと小町ちゃんと話し合っていたので」

 

流石は我が妹、小町だな。浅葱の炒飯の犠牲になった事があるからその辺は計算していたようだ。

 

「お待たせ~『苺と味噌と生クリーム炒飯』出来たわよ」

 

しかし、完璧に計画したであろう小町ですら浅葱の事を少し甘く見ていたようで、炒飯なんて出て来るとは考えていなかったようで、安心しきっていた表情は今は絶望のどん底に叩き落とされた人間の顔をしていた。

夜架、シノン、雪菜も似た様な顔をしていた。俺もそんな顔をしているんだろう。多分。

 

「……やっぱり、こうなるよな……とりあえず全員、覚悟を決めて食べるぞ」

 

浅葱を除く俺達はその炒飯を食べたが、これまた酷いミスマッチな組み合わせで口の中に途轍もない違和感を感じていた。

流石、浅葱だな。炒飯をここまで殺人料理に変えてしまうとはな。炒飯以外はマトモだと言うのにどうしても炒飯だけは激マズにしてしまう。

 

「……とりあえず、胃薬を準備しておいてよかった……」

 

本部からの帰りに薬局によって念のため胃薬を数人分買っておいたのは正解だったようだ。

その後、何とか浅葱特製の炒飯を完食して、ピザ等で口直しをしてからシノンが持ってきたテレビゲームを交代でやって、この日を思いっきり楽しんだ。

こいつらといるのは、何だかんだで落ち着ける。

 

分かりあえる仲間がいるのはいいな、と考えてしまう。

仮に奉仕部でもこんな関係が築けていただろうか?それは無いと確信して言える。

自分の事しか考えず、他人の事を何一つ分かろうとしない雪ノ下。

人の話をまったく聞かず、気持ちだけを他人に押し付けてくる由比ヶ浜。

あの二人とは俺の求める『ホンモノ』と呼べる関係は出来ないだろう。それだけは分かる。

 

だからこそ、俺はこいつらとの関係を守りたいと思う。それを壊そうとしたり、危害を加えるなら、容赦せずに全力で叩き潰す。

 

 

 

 

 

おまけ

ボーダー本部製作試作トリガー(スロット合計10個  メイン5 サブ5)

メイン 天月(試作) 旋空 韋駄天(試作) スコーピオン シールド

 

サブ ディード(試作) バイパー(改) テレポーター(試作) スコーピオン シールド

 

 



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比企谷小町②

俺の誕生日から3日ほど経った8月11日はボーダー入隊試験日だ。

 

「着いたぞ。小町」

 

「ほぇ~ここがそうなんだ」

 

俺は妹の小町と共に入隊試験会場に来ていた。9月が今年最後の入隊日でこれを逃がすと来年の1月になってしまう。

俺としては入隊は早めの方がいい。それに小町のC級の服を見てみたいしな。

 

「それじゃ俺は近くのカフェで待ってるから、頑張ってこい」

 

「うん!分かった。小町、行ってまいります!」

 

小町のトリオン量が俺並なら、まず落ちることはないだろう。基本的に合格のラインはトリオン量が関わってくる。少なかったら、戦うことすら出来ないからな。

そんな事を考えていると、後ろから声を掛けられた。

 

「……比企谷?」

 

聞き覚えのある声だったので振り返って見るとそこに居たのはクラスメイトの川崎沙希だった。夏らしい涼しそうな服装だった。

 

「よお、川崎。お前も試験を受けに来たのか?」

 

「そうだけど。……『お前も』って、あんたが受けに来た訳じゃないよね?」

 

「当たり前だ。俺はすでにA級だぜ。受けに来たのは妹の小町の方だ」

 

「そう。それじゃあたしは行くから」

 

「ああ、またな」

 

川崎も小町同様に試験会場に入って行ったのを確認してから俺は近場のカフェに向かった。

カフェで2時間くらい経った頃に店の扉が開いて、小町が店内を見渡して俺を見つけて手を振って近付いて来た。

 

「お兄ちゃんお待たせ~、試験合格したよ!」

 

「おう、そうか。トリオンを前もって測っていたからな。それにしても川崎も一緒とはな。会場で会ったのか?」

 

「うん会ったよ。後、お兄ちゃんも知っている人が来るから」

 

川崎の他に俺が知っている人間か……誰だろうな。……まあ、来れば分かるか。

そして五分もしない内に店の扉が開いて、入って来た人間を見て驚いた。

 

「戸塚に鶴見先生、それに鶴見か……」

 

入って来たのはクラスメイトの戸塚彩加と鶴見親子だった。小町が言っていた俺の知っている人間はこの三人だったのか。

それにしても鶴見は受ける事を知っていたが、まさか戸塚まで受けるとはな。

俺が忍田本部長の手伝いをした時は見た覚えが無かったから、恐らく8月に志願書を出したのだろう。本来は1ヶ月前くらいに出しておくのだが、親の説得などで時間が掛かり、ギリギリに出す人もいるからな。

 

「あ、八幡久し振りだね、会えて嬉しいよ!」

 

「おう。俺も会えて嬉しいぜ!」

 

相変わらず、戸塚の笑顔は俺を癒してくれるぜ。とりあえず、戸塚は合格したんだろうか?聞いてみないとな。合格してたら、俺が色々と教えてやろう。

 

「それで戸塚は合格したのか?」

 

「それがね……僕、不合格だったんだ……」

 

戸塚の不合格を聞いた瞬間、俺の中で怒りが沸いてきた。何故、戸塚のような可愛い子を合格にしないんだ!上層部は!!

怒りに燃えてもトリオンが少なければ、戦闘員にはなれない。

トリオンが少ない者を戦闘員にした所で何の役に立つのか分かったものではない。

そこで俺は戸塚にある提案をすることにした。

 

「そうなのか。トリオンが少なかったんだろうな。……だったら戸塚、オペレーターになるのはどうだ?」

 

「オペレーター?それって、僕でも出来るのかな?」

 

「ああ。オペレーターは特にトリオンが少なくても出来るからな。それにオペレーターは隊を作るにあたって、必須だからな」

 

「……う~ん……そうだね。僕、オペレーターになるよ」

 

戸塚は少し悩んで、オペレーターになる事を決めた。防衛任務にしろ、ランク戦にしろ、オペレーターが必要だからな。

そんな時、鶴見がある事を俺に聞いてきた。

 

「ねえ、八幡。この女の人は八幡の彼女なの?」

 

「……鶴見。お前に2つ言っておくことがある。1つ、ボーダーに入るにしろ、入らないにしろ、年上には敬語を使え。2つ、戸塚は女ではなく、男だ」

 

「……え?……男の人……?」

 

鶴見は人生の中で一番驚いている様子だった。初見で戸塚を男だと分かるの人はそうそういないだろう。

だからと言ってその驚きようは失礼だ。

 

「うん……よく間違われるけど、僕は男なんだ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「い、いいよ。そんなに気にしていないから……」

 

戸塚。気にしていないように振舞っているが、これは気にしているな。ドンマイ戸塚。

 

「お兄ちゃん。実は小町から重大発表があります!」

 

いきなりの小町から重大発表と聞いて、俺は内心穏やかではなかった。

まさか、彼氏でも作ったとかではないだろうか?だとしたら、その男を小町と付き合った事を後悔させてやる。

 

「小町は沙希さんと留美ちゃんと部隊を作る事にしました!」

 

「……そうなのか?それは、まあ、頑張れ……」

 

「うん!いつかA級に上がって、お兄ちゃんの隊と戦うから待っててね」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

小町の重大発表は川崎と鶴見で部隊を作る事だった。彼氏ではなくて、ホッとした。

しかし、それだと女子だけになってしまい、小町が心配だ。男が後、1人か2人は欲しいが、居るだろうか?

とりあえず、川崎に小町とでいいか聞くか。

 

「川崎は小町と組むのでいいのか?」

 

「うん。B級に上がって、すぐに防衛任務にでられるし、どこかに入れてもらうのも気が引けるから、こっちとしては助かるから」

 

「そうか。鶴見もそうなのか?」

 

「うん。いきなり知らない人達となるより知っている人が居る方がいいから」

 

鶴見も川崎と同じで、どこかに入れてもらうよりは新しく自分達で作るのも有りだろう。

 

「小町。部隊を作るなら戸塚をオペレーターにしたらどうだ?」

 

「彩加さんを?う~ん……そうだね!お願いできますか?彩加さん」

 

部隊を作るならオペレーターは必要だし、出来るだけ知っている人間がいた方がいいしな。

 

「小町ちゃんや川崎さん、それに鶴見ちゃんさえよければ、オペレーターやらしてくれないかな?」

 

「もちろん!小町は大歓迎ですよ!ですよね沙希さん、留美ちゃん」

 

「あたしは全然構わないよ」

 

「私も2人がいいなら、いいですよ」

 

戸塚が小町達と部隊を組む事はこれで決まったな。でも、俺としては後1人くらい入れてもいいと思う。

そこであいつを小町達に紹介してもいいかな。

 

「小町や川崎さえよければ入れてやって欲しい奴が居るんだけど。いいか?」

 

「入れて欲しい奴?って、誰?」

 

「羽々斬鏡夜。夜架の弟で、まだどの部隊にも入っていないんだ。本人は特にどこかの部隊に入る気はないから新しく出来る部隊になら入りやすんじゃないかなと思ってな」

 

「夜架さんの弟さんを?小町は全然いいけど。沙希さんや留美ちゃん、彩加さんはどうですか?」

 

「あたしはいいよ。比企谷が入れて欲しいって言ってることだし、その人ってもうB級なんでしょ?」

 

「ああ、それにそいつは部隊のエースを担える奴だよ」

 

「強い人が居るに越した事はないからね。戸塚はどう思う?」

 

「僕もいいと思うよ。鶴見ちゃんはどう?」

 

「私も皆さんがいいなら、全然構いません」

 

小町や川崎、戸塚、鶴見は鏡夜の事を入れてくれるようだ。早めに鏡夜に聞いておいたほうがいいな。

ここで俺はある事が気になったので小町に聞く事にした。

 

「そういえば、部隊の隊長は誰がやるんだ?小町」

 

「それは、沙希さんにやってもらうつもり」

 

「……え!?あたし?」

 

川崎は小町にいきなり言われて驚いていた。事前に言ってないとそれは驚くよな。

 

「そうですよ。だって、沙希さんは小町達の中で一番年上ですし、小町達を引っ張ってくれそうですし!」

 

「それだったら、比企谷が紹介してくれる人はどうなの?」

 

「鏡夜は高1だ。それにあいつに隊長が務まるとは思えない。あと、隊長とエースは出来れば兼任しない方がいいぞ」

 

川崎としてはいきなり隊長は嫌な様子だった。しかし、隊長とエースは別の方がいい。隊長とエースを兼任している所はある。

俺の隊は夜架と雪菜をエースとして、作戦を考えている。俺はあくまでエースの足止めや3人の援護を中心にしている。

 

「……分かった。隊長を引き受けたよ。……でも戸塚達ははあたしが隊長で良い訳?」

 

川崎は少し考えて、隊長を引き受けた。それでも不安があるようで戸塚に聞いてきた。

 

「僕は全然いいよ。鶴見ちゃんはどうかな?川崎さんが隊長でいい?」

 

「私は構いません。それに私が出来るとは思えないなんで……」

 

戸塚はあっさりと承諾し、鶴見は自分には出来ないと分かっているようだった。小学生には荷が重すぎるからな。

鶴見は生意気なものだから自分がやると言っても可笑しくなかったのに、それは俺の偏見か。

とりあえず、これで新しい部隊『川崎隊』の結成だな。と、言ってもまだ入隊も済んでいないので出来てはいないが。

それでも川崎隊が将来どのようなチームになるか、今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

小町達のB級ランク戦の事を考えていると急に小町がある事を俺に伝えてきた。

 

「そう言えば、お兄ちゃん。試験会場で結衣さん達を見かけたよ」

 

「はぁ?由比ヶ浜達?他には誰が居たのか。覚えているか?」

 

「ほら、千葉村に来ていた人達だよ」

 

「マジか!?」

 

千葉村に来ていたのは他のは葉山、戸部、三浦、海老名、雪ノ下くらいか?

だとしたら、面倒臭い事になるな。

 

「そうか。教えてくれて、サンキューな。小町」

 

「いえいえ。これくらい」

 

とりあえず、入隊日に面倒な事にならないといいんだが。

しかし、俺の願いを神様が聞いてくれない事は昔から知っていたはずなのに、どうしてこんなことを願ったのだろうか。

 



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那須隊

小町のボーダー入隊試験は無事に終わり、その後で川崎と鶴見と隊を組むと聞いた時は驚いたが、小町がいいなら俺からは特に何も言わないことにした。

さらに試験に落ちた戸塚をオペレーターにして、まだどの部隊にも所属していない羽々斬鏡夜をメンバーに予定している。

部隊が出来たら、出来る限りアドバイスをするつもりだ。

 

ただ、問題があるとすれば葉山達の事だろう。まさか、あいつらも入隊を考えていたとは思いもしなかった。

出来れば、本部で会いたくはない。

しかし、俺はA級部隊の隊長だ。どこかの支部にならともかく、会わない事はまず無理だろう。マジで、メンドクサイ。

 

まあ、今はそんな事はおいて置いてあいつらにB級ランク戦中位での勝利を労って差し入れを渡すつもりだ。

あいつらも大分勝ち星を付けてきたから、上位入りも見えてきたと言うものだ。

俺は目的地の作戦室の呼び鈴を鳴らして、返事を待った。

 

『は~い。どちら様でしょうか?』

 

「あー比企谷だけど。今、入っても大丈夫か?」

 

『比企谷先輩!ちょっと、待ってください。今、開けますから』

 

返事が返って来て、すぐに扉は開いた。そこには白い隊服を着た少女がいた。

 

「お久し振りです!比企谷先輩!」

 

「よお、日浦」

 

日浦茜。

B級那須隊のスナイパー。

普段は明るく人なつっこいが、一度泣くと普段からは想像も付かない位に号泣する。

俺の隊だと雪菜と同い年なのと猫が好き所があるのでよく家や作戦室に遊びに来る。

スナイパーの腕はそれ程高くはないが、それでも本人は必死に努力している。

 

「他のメンバーは居るのか?」

 

「はい!次のランク戦のミーティングをしていた所なんで。どうぞ」

 

俺は日浦に案内されて、部屋の中に入った。そこには日浦と同じ隊服を着た少女が2人とオペレーターの服を着た少女が1人居た。

 

「こんにちは。比企谷君」

 

「よっす、那須。身体は調子いいのか?」

 

那須玲。

B級那須隊の隊長でシューター。

俺の弟子の1人でバイパーの事を色々と教えた事がある。バイパーを使わせたら、ボーダーで並ぶ者はそうはいない。

元々はボーダーが行っている病弱な人間をトリオン体で元気にする事は出来ないか?と言う実験に協力している。

シューターの実力は既にマスタークラスなので相当強い。

 

「うん。最近はそれなりに調子はいい方だよ」

 

「そうか。それはよかった」

 

那須の体調の事を聞いて、本人が良いと言っているので大丈夫だろう。

その後で男前風の少女が俺に話しかけてきた。

 

「それで今日はどうしたのよ?比企谷」

 

「ランク戦で上位入りも見えてきた那須隊に差仕入れを持って来たんだよ」

 

熊谷友子。

那須隊アタッカー。

アタッカーだが、ランク戦は那須の守備に回り、近付いてくるアタッカーなどを足止めして、那須に取らせるのが熊谷の戦い方だ。

その為、弧月に十字の鍔が付いているのを両手で使っている。

男前な性格なので男子だけではなく、女子にも結構人気がある。那須隊の頼れる姉貴分だ。

 

「それで何を持ってきてくれたんですか?」

 

「シュークリームとショートケーキだ」

 

志岐小夜子。

那須隊オペレーター。

元は引きこもりで1人暮しの部屋で水と塩昆布で生活しており、熊谷にスカウトされてボーダーに入隊した。

年上の男性が苦手らしいのだが、何故か俺とはすんなりと話せる。志岐に言わせれば、自分と似た雰囲気が俺にはあるらしい。引きこもった事は一度も無いんだが……。

ちなみに那須隊の隊服を考えたのは志岐で、一部男子隊員から賞賛されている。

 

「それじゃ、ここで一息つこうね。比企谷君は紅茶で大丈夫?」

 

「いや、俺は自販でマッ缶を買ってきたから気にすんな」

 

「そう、分かったわ。それじゃ皆、待っていてね」

 

「お手伝いします。那須先輩」

 

紅茶の準備のために那須と日浦は部屋のキッチンに向かった。俺はその間に熊谷と志岐から今回と次回のランク戦について聞いておくか。

 

「今回はどこと戦ったんだ?」

 

「漆間隊と松代隊です。比企谷先輩」

 

俺の質問に志岐はすぐさま答えた。

 

「そうか。とりあえず、B級8位おめでとう。それで次はどことだ?」

 

「ありがとね、比企谷。次は鈴鳴第一と荒船隊よ」

 

俺が8位になった事を祝って、次の対戦相手を聞いた所、今度は熊谷が応えてくれた。

しかし、鈴鳴第一と荒船隊か……。那須隊にキツイ相手かも知れないな。

 

「あの部隊が相手とはな……。でも、どの道避けては通れないからな。作戦とか、まだ考えていないのか?」

 

「まだ、考えてはいないよ。今は反省会をしていた所だからね。比企谷が居ることだし、あんたからも少し意見を言ってほしんだけど。いい?」

 

「別に構わないぞ。今日は特にやる事はないからな」

 

熊谷と話していると那須と日浦がキッチンから戻ってきた。

 

「皆、おまたせ。それじゃ少しお茶にしよう」

 

「比企谷先輩。ケーキ、ありがとうございます!」

 

「おう。しっかりと食べないと大きくはなれないからな」

 

「私は女の子で今は成長期なんです!これから大きくなります」

 

日浦を少しからかってから、俺は那須隊のメンバーと雑談をしながらシュークリームとケーキを食べた。

その後で今回のランク戦の反省点などを何点か言った。

 

 

「とりあえず、今回の反省点はこんなものか?他に質問はあるか?」

 

「うん、大丈夫。ありがとね、比企谷君。そういえば、小町ちゃんが入隊するのよね?」

 

「ああ。仮入隊して、ポイントを貯めているからB級になるのは結構早いと思うぞ」

 

那須がランク戦の反省点の事でお礼を言った後で小町の事に触れてきた。小町と那須隊はかなり仲がいい。

よく那須の家で泊まって色々と話をしているかなら。

 

「比企谷先輩!小町ちゃんが新しく部隊を作ってそこに入るんですよね?」

 

「そうだぞ、日浦。隊長は俺のクラスメイトがやる予定だ。他にも小学生が1人と夜架の弟がそこに入る予定になっている」

 

日浦が小町の事を聞いてきたので、隊長の事やそこに入るメンバーの事を話すと日浦は何だかやる気を更に出している様子だった。

恐らく、小町と戦うことを考えているんだろう。ライバルと考えているのかも知れないが、小町はオールラウンダーを目指している事は黙っおく。

まあ、その内知るだろうからな。

 

「あんたが小町と男を一緒にするのを良く承諾したわね?」

 

「まあ、な……それに夜架の弟だし、それなりに信用しているからな」

 

熊谷は俺が小町と男と一緒に居るのを許可したのを驚いている様で聞いてきた。それに対して俺は思っている事を言った。

那須達と話しているといい時間になったので帰ろうと思った。

 

「そろそろ、俺は帰るから。それじゃな」

 

「あ、比企谷君。ちょっと待ってくれる?」

 

「どうした?」

 

帰ろうとした所で那須に呼び止められた。

 

「帰る前にソロ戦を少しだけ相手してほしんだけど。いいかな?」

 

「ソロ戦か……まあ、その位なら問題ないぞ。十本位してもいいぞ」

 

「ホントに?それじゃお願い。くまちゃん達はどうする?」

 

那須は熊谷隊達にこれからの聞いた。那須は俺がいる時に出来るだけ相手をしてほしいけど、熊谷達は違うからな。

 

「私達は玲がソロ戦している間に次の相手のログを見直しておくから」

 

「はい。那須先輩は比企谷先輩とソロしててください」

 

「データの見直しはこちらでやっておくので」

 

熊谷、日浦、志岐はそれぞれ那須を気づかっていた。俺と那須はあまり本部で時間が合わないので、それを考えているのだろう。

 

「ごめんね、皆……」

 

「玲はしっかりと比企谷から教わりなよ」

 

「うん。それじゃ、比企谷君。行きましょ」

 

「おう。それじゃな、お前ら」

 

俺と那須は個人戦ブースに向かうために那須隊の作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

「「バイパー」」

 

俺は那須との戦いで例の本部で作った試作トリガーを使って戦っていた。

お互いにバイパーを使い、トリオン体を削り合っていた。

 

『トリオン体 戦闘不能 ベイルアウト』

 

先に那須のトリオン体に亀裂が走り、光の塊になって飛んで行った。

 

「はぁ……やっぱり、まだ勝ち越せないね」

 

「まだ、そんな簡単に弟子に負けねぇよ。でも、今回は中々よかったぞ」

 

那須との成績は10本中7勝3敗だ。

それにしてもこいつの成長は中々侮れないと素直に思った。

那須はメインとサブでバイパーを使うので頭の回転は凄まじく早いことは分かっていたが今回で更に早くなったのではないかと思う。

 

「それじゃ那須。後でログを見直しておけよ?」

 

「もちろん。いつか必ず比企谷君に勝ち越して見せるから」

 

「それは面白い。まあ、俺は帰るから那須もあんまり帰るの遅くなるなよ」

 

「うん。くまちゃん達と一緒に帰るから大丈夫よ」

 

「確かにな。熊谷は中々男前だからな」

 

「そんな事を言ってるとくまちゃんが怒るよ」

 

「それは怖いな。じゃあな那須」

 

「うん。またね比企谷君」

 

俺は那須に別れの挨拶をしてから本部を後にした。那須隊はこれから強くなる要素があるのでたまにアドバイスをしていくつもりだ。

 



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比企谷八幡&藍羽浅葱①

八月中旬の今日は浅葱との約束した花火大会の日だ。

この日、比企谷隊は深夜からの防衛任務でトリオン兵と戦っていた。

そして帰ってきたのが朝7時過ぎだったために今はものすごく眠たい……。家に着いて部屋着に着替えてからすぐ様にベッドに横になった。

寝てから約1時間位した頃にスマホに着信が来た。相手は『由比ヶ浜』と表示してあったが、出る気にはなれなかった。

何故なら、相手が由比ヶ浜だからだ。しかし、出ないといつまでも鳴っていそうだな……。

しかたないから出る事にした。

 

「はい。もしもし……」

 

『あ、ヒッキー?』

 

「いえ。違います」

 

俺はすぐに電話を切って寝る事にした。花火大会までに約8時間位あるので寝ておきたかった。

でないと折角、浅葱と出掛けるのに途中で寝むくなったら流石に失礼過ぎる。

今更ながら思う。男女で花火大会に出掛けるとかもはや『デート』だな。まあ、付き合ってるから当たり前なんだが、そう思うとなんだか少し恥ずかしくなる。

そんな事を考えていると、再びスマホが鳴り始めた。もちろん着信相手は由比ヶ浜だ。

……しつこい。朝から電話をしてくるとか、余程俺の安眠を妨害したらしい。

由比ヶ浜の好感度は始めから低かったが、これで更に下がった。

 

「……はい。もしもし……」

 

『ちょっと、ヒッキー!!!何でいきなり切るんだし!!!』

 

予想通り由比ヶ浜は怒っていたが、俺にはそんなの関係ない。なんで朝からこいつの声を聞かないといけない?

 

「……由比ヶ浜。朝から声がデカいんだよ。それとな俺はさっきボーダーから戻ったばかりで眠いんだ。朝から俺を不機嫌にさせるな」

 

『ご、ごめん……知らなかったから……その……」

 

「そんな事はもうどうでもいい。用件を言え」

 

『う、うん……今日さ、花火大会があるでしょ。よかったら、ヒッキーさあたしと行かない?』

 

「行かない」

 

由比ヶ浜の電話の用件は今日の夜にある花火大会の誘いだった。しかし俺はそれに対して『行かないと』と即答した。

それもそのはずだ。今日は浅葱と、その……『デート』なんだからな。

それに何で俺が嫌いな人間とどこかに出掛けないと行けない?

だからこそ、即答で断ったのだ。

 

『ちょ!何でだし!!理由を言うし!!』

 

「今日の花火大会は先約があるんだよ。だから、お前とは行かない」

 

『先約って、誰?』

 

「どうして、それをお前に言わないといけない?理由はなんだ?」

 

『そ、それは、その……き、気になるから』

 

気になるからって理由で教える訳ないだろうに。大方、俺と行く人物が俺と恋中になるか気になっているんだろう。

浅葱とは既に恋人なんだけどな。これは言わないでいいだろう。余計に面倒なことになりそうだし。

 

「理由になっていない。国語勉強し直して来い。じゃあな」

 

『ま、待ってーーー』

 

由比ヶ浜が何か言いかけていたが、俺はそれを無視して電話を切った。この際だから由比ヶ浜の番号を着信拒否に設定した。

これで二度と掛かってはこないだろう。大人しく雪ノ下と2人で行ってろ。

さて、準備の時間まで寝るとしますか。俺の安眠を妨害するものはいないからな。

 

 

 

 

 

俺は午後6時半を過ぎた頃に家を出た。準備はそれ程、掛かってはいない。

財布にスマホ、痒み止めを持っている。これ位ならそれ程荷物にはならない。

今日は家には誰もいない。母ちゃんも小町も。

母ちゃんは俺が浅葱と花火大会に行く事を知ると会社の知り合いと飲みに行くことにしたらしい。小町は那須の家で花火観賞兼お泊まり会をするらしいので今日は家に帰ってこない。

そう言えば、キャリーバックが有ったが小町が忘れたのか?まあ、思い出したら取りに戻るだろう。

 

「そろそろのはずだが……浅葱はもう来てるか……?」

 

俺は花火大会の会場を少し歩いた所にあるコンビニで浅葱を待っていた。浅葱が、当日は一緒に行かずに会場近くで待ち合わせしたいと言ってきたからだ。

人ごみの中に目を向けていると浅葱の姿を見つけた。向こうも俺に気づいたようで手を振って近付いてくる。

 

「お待たせ八幡」

 

「お、おう……」

 

俺は浅葱の姿を見て動揺していた。浅葱の今の姿は浴衣だった。

夏のイベントと言えば、女子は浴衣を着たいものなんだろう。薄緑と紫の二色を中心に所々に桜の花びらが描かれていた。

 

「どうしたのよ?」

 

「い、いや……何でもない」

 

俺が固まっていたので浅葱が心配して近付いて来て顔がアップになった。その顔は軽く化粧がしてあるようで、いつもと印象が違って見えた。

その時、小町が言ったある言葉を思い出していた。小町曰く『女の子の服装は早めに褒めるべき!だよ。お兄ちゃん』と言われた。

 

「その、浴衣……よく似合ってるな」

 

「……あ、ありがとう」

 

浅葱は俺が服装を褒めるとは思っていなかったらしく、少し言葉を詰まらしていた。

 

「早く行こうぜ」

 

「うん。そうだね」

 

俺と浅葱は花火が始めるまで会場に並んでいる屋台を楽しむ事にした。少し歩いていると浅葱が腕を絡めてきた。

 

「お、おい……」

 

「別にいいでしょ?私達は恋人なんだし。それとも嫌だった?」

 

「……そんな事は、ない」

 

「ホント、素直じゃ時があるよね。八幡は」

 

「ほっとけ……」

 

腕を絡めて少し歩いていると知っている人がやっている屋台を見つけたので声を掛けるために近付いた。向こうも俺に気がついたようだった。

 

「よぉーハチじゃないか」

 

「こんばんは。カゲさん」

 

影浦雅人。通称カゲ。

B級影浦隊の隊長でアタッカー。

ボーダー内で度々、暴力事件を起こす問題児だと思われている人だ。

スコーピオンを2つ使った『マンティス』と呼ばれる技を開発した人でもある。攻撃力は高く十分上位に入れるのだが、暴力事件でポイントが失効している。

実家がお好み焼きなのでよく食べに行っていた。

カゲさんは俺と同じMAXコーヒーが好きなのだ。マッ缶を飲んでいる人間が悪い訳がない。

カゲさんも俺と同じくサイドエフェクトを持っている。

『感情受信体質』と呼ばれるものだ。自分に向けられる様々な感情を痛みとして体に受けると言うものだ。

だからこそ、よく暴力事件を起こしているんだろ。

 

「いらっしゃい。ハチ君に藍羽ちゃん」

 

「かげさんの手伝いですか?ゾエさん」

 

北添尋。通称ゾエ。

B級影浦隊のガンナー。

カゲさんとは悪友な間柄だ。昔、カゲさんとは8回ほどタイマン対決の末にお互いに認め合った中だそうだ。

何だか熱血漫画に出て気そうな人達だ。

ランク戦ではグレネードでメテオラを曲斜的に放つ『適当メテオラ』を得意で、それで戦場を混乱されてカゲさんが戦いように援護している。

 

「そうなんだよ~去年に続いてね。カゲが強引だから」

 

「口を動かす暇があるな手を動かせ。ゾエ!!」

 

俺と喋っていた所為でカゲさんに怒られたゾエさんはテキパキと手を動き始めた。お疲れです様です。ゾエさん。

 

「それでハチ。買って行くか?」

 

「そうですね。それじゃおススメを2つ。お願いします」

 

「おう。ちょっと待っていろ。すぐに出してやるからな」

 

そう言ってカゲさんは手慣れた感じで素早く丁寧に作業をこなして、あっと言う間に出来上がった。

 

「ほらよ。2人前お待ちどう様。800円だ」

 

「それじゃこれで」

 

「ちょうどだな。今度、実家の方に食べに来いよ」

 

「分かりました。近いに内に行きます」

 

俺はそう言ってカゲさんからお好み焼きを受け取り、屋台から離れた。

 

「どこか、食べられる場所って有ったっけ?」

 

「それなら有料エリアに行こうよ。お父さんがそこに居るから。ベンチもあるし座って食べられるよ」

 

食べられる場所を浅葱に聞いた所、『有料エリア』で食べようと言ってきた。ここからそれなりに離れているので今から歩いていけば、花火が始まる前には着けるだろう。

 

「そうだな。だったら、他にも何か買って行こうぜ」

 

俺の提案に浅葱は頷き、同意してくれた。から揚げやリンゴ飴などを買ってから浅葱と有料エリアに向かって歩い行った。

知り合いに会うかと思ったが、そんな事はなかったようだ。

そもそも知り合いって言ってもほとんどがボーダー隊員だから防衛任務で会う事の方が低いか。

 

「……由比ヶ浜……?」

 

有料エリアに向かう途中で朝に俺を花火大会に誘って来た由比ヶ浜の姿を見つけた。向こうは俺には気付いてはいない様で、そのまま過ぎ去った。

一瞬、由比ヶ浜とは気が付かなかった。髪を下ろして浴衣を着ていたからだ。

しかし、由比ヶ浜は1人で来たのだろうか?雪ノ下か葉山グループ辺りと来たものかと思っていたが、後ろを振り返って見てもやはり1人だ。

 

「八幡、どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

俺が後ろを振り返るものだから浅葱が不思議に思ったらしく、俺に聞いてきたが適当にはぐらかした。

花火が始める前に有料エリアに着いた方がいいなと思ったので、再び歩き始めた。



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比企谷八幡&藍羽浅葱②

三門市で八月中旬に行われる花火大会に、俺は千葉村で晴れて恋人になった浅葱と来ていた。

元々は浅葱の親父さんが俺に久し振りに会いたいと言った事が始まりだ。浅葱の親父さんは三門市の市長を勤めているために中々時間が合わないのだ。

花火が始まる前に少し挨拶をしておきたかった。浅葱に告白して付き合っている事はまだ誰にも言っていない。

この際だから言った方がいいと思う。昔から家族ぐるみの付き合いがあるとは言え黙っていると、後々何か問題が起こると対応しずらいからだ。

 

「八幡。入っていいってさ」

 

「おう。分かった」

 

俺が考え込んでいると、浅葱が有料エリアの警備員の人にあらかじめ用意していた入場証明書を見せてから入る事にした。

そこにはいくつもの長椅子があり、5人位は十分座る事が出来る長さがある。

とりあえず座って、買ってきたお好み焼きなどを食べようとした。

 

「う~ん。やっぱり影浦先輩のお好み焼きは美味しいわね」

 

「だな。お好み焼きはカゲさんの所が一番だな」

 

俺と浅葱はカゲさんがやっていた屋台から買ったお好み焼きを食べていた。やはりと言うか、カゲさんのお好み焼きはハズレがない。

それもそうだろう実家で散々作っているんだから。

 

「浅葱。それに八幡君もすでに来ていたのか」

 

「あ、お父さん」

 

お好み焼きを食べていると俺と浅葱の事を呼ぶ声が聞こえてきた。そちら方向を見てみるとヤクザ風の容姿をした男性の人と女性が居た。

女性の方は浅葱の母親の菫さんだ。男性の方は浅葱の父親の仙斎(せんさい)さんだ。

仙斎さんは見た目はヤクザと間違いそうになるが、三門市の市長をしている。物心が付いた時に見た時は泣いたのは良く覚えている。

 

「どうも、仙斎さん。ご無沙汰しています」

 

「そんなに硬くなるなよ八幡君。君はアイツの忘れ形見だからな。困った事があれば遠慮なく言ってくれ。力になるから」

 

仙斎さんは俺の親父と古い仲で昔から良くしてくれた。どのような仲なのかは知らないが、見た目とは裏腹にいい人だ。

4年前の大規模侵攻の時も母ちゃんや小町の事をよくしてくれた。

 

「お母さんと小町ちゃんは元気にやっているかな?」

 

「はい。今はもう元気にやっています。昔のようにはいきませんけど……」

 

仙斎さんが2人の事を聞いてきたので、元気な事を言った。それでも母ちゃんも小町も以前のような元気はない。親父が亡くなった事は2人共相当応えたらしい。

俺はそれ程だった。理由は親父は小学生に上がった小町を猫可愛がりしていた所為で俺にはそんなに構わなくなったからだ。

だから、俺はそんな親父に愛想がなかったかもしれない。

 

「……比企谷君?」

 

俺が家族の事を考えているとどこかで聞いた事がある女性の声が聞こえたきた。

声がした方に振り向いて見るとそこに居たのは雪ノ下雪乃の姉である雪ノ下陽乃だった。綺麗に浴衣を着こなしている。

 

「……どうも、雪ノ下さん」

 

「こんな所で会うなんて奇遇だね」

 

「そうですね……」

 

まさか、こんな所で雪ノ下さんに会うとは思いもしなかった。しかし、この人は何でここに居るんだろうか?とても女子大生が1人で居るような場所では無い気がする。

そんな時に仙斎さんが雪ノ下に話しかけた。

 

「これは雪ノ下建設のお嬢さん。今日はお父上の代理で?」

 

「はい。藍羽市長。父は多忙なため、私が代理で来ました。それで藍羽市長と比企谷君の関係を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、もちろん。彼の父親と私が親友の間柄でね。昔から家族ぐるみの付き合いがあるんだよ」

 

「そうだったんですか。質問に答えてくださいまして、ありがとうございます」

 

「何のこれくらい、全然構いませんよ」

 

2人の会話を聞いていて、これが大人の会話と言うものなんだなと思った。それにしても雪ノ下さんは父親の代わりにここに来たのか。

社長令嬢は中々に大変なんだなと考えてしまった。

 

 

 

 

 

仙斎さんと雪ノ下さんの会話が終わった頃に花火が打ち上がり始めた。夜空に様々の色を咲かせた。

まさか、今年は浅葱が彼女になって見る事になるとは思いもしなかった。

と、なんだかキャラ違いな事を考えているといつの間にか花火は終わっていた。何だかあっという間に終わってしまった。

 

「花火も終わったし帰るか。家まで送って行くぜ」

 

「うん。ありがと」

 

「あ、八幡君。今晩、浅葱を八幡君の家に泊めて欲しいんだけど。いいかしら?」

 

俺はとりあえず浅葱を家まで送る事にしたのだが、そこに菫さんが入ってきて、とんでもない事を言ってきた。

 

「……えっと、それはどういう事ですか?」

 

「今夜は私も夫も家に帰れるか分からないのよ。それで浅葱を1人家に居させるのはさすがに心配で。だから八幡君の家に止めて欲しいのよ」

 

「それだったら、どこかホテルにでも止めた方がいいのでは?」

 

「それは無理なのよ。浅葱の着替えはすでに八幡君の家に送ってあるから」

 

なんで菫さんはとんでも無い事をさらりと言ってるんだ。そういえば、家にキャリーバックが有った事を思い出した。

あれは浅葱の着替えだったのか。家を出る前に小町に確認しておくのだった。しかしすでに時遅しと言うものだ。

 

「……分かりました」

 

「それじゃお願いね」

 

俺は反論する事を諦めた。昔からこの人には勝てない気がするからだ。

それにしても浅葱はさっきから黙っているけど、大丈夫なんだろうか?今夜は小町も母ちゃんも帰って来ないから俺と浅葱だけになる。

しかし、大丈夫だろうか?年頃の男女2人が他に人もいない家に居るというのは?

 

「でも、大丈夫なんですか?俺の家に泊めても?」

 

「大丈夫よ。だって、2人は付き合っているんだから」

 

「……俺、話しましたか?」

 

「いいえ。でも2人の態度を見れば分かるわ」

 

菫さんにはどうやら隠し事は無駄らしい。まあ、勝てる気がしないからなこの人には。

俺と浅葱は仙斎さんと菫さんに見送られて会場を出て、比企谷家に向かうことになった

 

「比企谷君。よかったら、駐車場まで一緒にどう?」

 

「……浅葱しだいですけど」

 

「私は別に構わないけど」

 

家に帰ろうとした時に雪ノ下さんが話し掛けて、駐車場まで一緒に行く事になった。正直な所、この人は嫌いではないが苦手な部類に入る。

駐車場に着くとそこには黒色のハイヤーが1台が止まっていた。この辺りでハイヤーを乗り回すのは雪ノ下家位なものだろう。

俺はハイヤーを前から後ろまでまじまじと見てしまった。

 

「そんなに見ても傷なんか見つからないよ?」

 

「……それもそうでしょ。1年前の事故の傷を残しておくほどバカではないでしょ?雪ノ下建設は」

 

このハイヤーを見たが傷はすっかり無くなっていた。新車のように傷一つ無かった。

しかもご丁寧にナンバープレートを変えていた。徹底しているな、これは。

 

「もしかして、雪乃ちゃんから聞いてないの?」

 

「言うわけないですよ。あいつが自分の不利になるような事をね」

 

雪ノ下雪乃とはそう言う人間だ。他人を信じずに自分こそが絶対の正義だと疑わない。

人間とは誰かと何かしら繋がっている。だが、雪ノ下雪乃は繋がりは不要と思っている。だから、あいつは強くなく弱い。

雪ノ下がボーダーに入ったら、ポイントを簡単に奪える相手になるに違いない。

 

「……なんか余計な事を言っちゃたからな?私」

 

「そんな事はないです。これは雪ノ下……あなたの妹の問題だと思いますから。だから、姉である貴女が気にする必要はありません」

 

雪ノ下さんは自分が余計な事をしたと思っているようだが俺はそうは思わない。どの道、入院中に弁護士が来た時からある程度は調べていた。

来た弁護士は『葉山』と名乗った。そこから事務所を調べたら雪ノ下建設の顧問弁護士をしている事まで分かった。

だから、あの車には雪ノ下の人間が乗っている事はすぐに分かった。

 

「……『何が貴方の事は知らないわよ』だよ。嘘付きめ……」

 

奉仕部に行っていた頃、雪ノ下は俺に『貴方の事は知らないわ』と言った事があったが、もしかしたら雪ノ下は俺が事故の被害者である事を顔を合わせた時点で分かっていたかも知れない。

だが、今更そんなのどうでもいい。俺が雪ノ下に関わらなければいいだけの話だ。

俺と雪ノ下雪乃との関係は終わる所か始まってすらいない。



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比企谷八幡&藍羽浅葱③

三門市で行われた花火大会は何事もなく無事に終わる事が出来たと言えるだろう。

だか、その帰りはもはや最悪と言ってもいい位だ。理由は約1年と少し前に俺を轢いた車に出会ったからだ。

そして浅葱に事故の関係者を知られたことだろう。

浅葱はまさか奉仕部に関係者が居たとは思ってもいなかったはずだ。あの事故に雪ノ下が関わっていたと知った時の顔は酷く歪んでいた。

事故に関しては浅葱を含めて比企谷隊のメンバーは殆ど何も知らない。てか、何もするなと俺が言ってあった。

 

「……八幡はさ、知ってたの?」

 

「……何がだよ」

 

帰り道で会場からここまで黙っていた浅葱が話しかけてきた。惚けているが俺は浅葱が何を聞いてきているのかは大体想像出来る。

 

「……去年の春にあんたが車に轢かれた事故に雪ノ下さんが関わっている事よ。それも加害者だったなんて……」

 

「正確には雪ノ下は乗っていただけで運転していたのは別の人だけどな。それにあれは俺が道路に飛び出しただけで、雪ノ下は加害者と言うわけではない」

 

高校に入ってもいない奴がハイヤーなんて高級車を運転できるはずもない。そもそも俺が車に轢かれる原因は別にあるのだが、それは言わない方がいいな。

 

「それでも雪ノ下さんの八幡に対しての態度は余りにも酷いわよ。乗っていただけかもしれないけど。だからこそ、それ相応の態度があってもいいんじゃないの!!」

 

浅葱は今までの雪ノ下の態度が余程気に入らない様子だ。まあ、俺もあいつの態度には何度キレ掛けたけど。

しかし今度はそんな事もない。放課後に奉仕部へ行く理由はないし、行く事を強要していた平塚先生は黙らす事が出来た。

学校では雪ノ下とはクラスが違うので教室で会うことはない。

 

「まあ、悪く言うなとは言わないけど。ほどほどにしておけよ」

 

「でも!!……八幡は怒らないの!?」

 

「あいつに怒った所で俺に何かいい事でもあるのか?ないだろ。それに勉強と運動で俺は雪ノ下に勝っているからな。それであいつの悔しい顔を見られるのは結構楽しいぞ」

 

「……八幡って、ホントSよね……」

 

浅葱は俺がSだと言うがそんなにSだろうか?まあ、別にいいか。

そんな事を話している内に比企谷家に着いた。話しているとあっと言う間だな。

 

「どうする?先に風呂に入っていいぞ」

 

「私は後でいいわよ。八幡が先に入りなよ」

 

「そうか。分かった、それじゃ先に入るわ」

 

家に着いたので浅葱に風呂を勧めたが、自分は後でいいと言ったので先に俺が入らしてもらうことにした。

夜とはいえ夏だけあって、少し汗をかいてしまった。早めに洗い流したかった。

 

 

 

 

 

風呂は花火大会に行く前に沸かしておいた。最近は温泉の元を入れての入浴が比企谷家のブームだ。少々年寄り臭い事だな、これは。

しかしこれは中々に気持ちがいいのでやめられない。今日はどれにしようと考える前に髪を洗うことにした。

入る前には頭と身体をしっかり洗ってから入るようにしている。まあ、今夜は浅葱が入るから普段より力を入れて洗っている。

『ガラガラ』と風呂場の扉が開いたのでその方を見てみると全裸の浅葱の姿が目に入ってきた。

俺は咄嗟に手で顔を覆った。泡の付いている手でだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁーーーー!!泡が目に入ったーーー!!」

 

当然と言えば当然ではある。だが、それよりも重大な事がある。浅葱が俺が入っている風呂にやってきたのだ。これは由々しき事態だ。

 

「ちょっと、八幡!!あんた何をやってんのよ!!」

 

「それはこっちのセリフだ!!何で入ってきた!?俺が入っているのは分かっていただろうに!!」

 

「背中でも流してあげよかなと思ってね」

 

俺は浅葱が何を言っているのかが分からなかった。それだったら服を脱ぐ必要はないのではないか?何が狙いなんだ?

浅葱はシャワーの温度を調節して髪と手に付いた泡を洗い流した。

 

「……一体どうしたんだよ。浅葱?」

 

「……ごめん。ちょっと、事故の事聞いてから落ち着かないんだよね」

 

浅葱に何でこんな事をしたのを聞いてみる事にした。返ってきた答えに驚いた。

事故の事は浅葱が気にする必要はないんだが、俺の事を思ってくれているからこそ落ち着かないんだろう。

でも、一緒に風呂に入るのはどこか間違っている気がする。

 

「それに付き合っているのに八幡は全然、私を求めて来ないし……」

 

「いや、俺達は付き合い出してそんなに時間が経ってないだろ?そんな中で手を出したら、身体目当てみたいで嫌なんだよ」

 

「……そっか……」

 

浅葱は少し納得してくれたようだった。その後すぐに浅葱は俺の背中に抱き付いて来た。それもかなり強い力で抱きついてきた。

浅葱の胸が俺の背中に押し当てられている。胸は温かく柔らかくマシュマロのような弾力があった。

 

「あ、浅葱?ど、どうしたんだよ?」

 

あまりの事に動揺がハンパない。想像してくれ。幼馴染で胸が大きい美少女に背中から抱き着かれたらどうなってしまうか?そんなのは決まりきっている。

 

「……ちょっと!八幡。あんた鼻血、出ているけど。大丈夫!?」

 

そう浅葱の言う通りに俺は今、絶賛鼻血が出ている。この状況で鼻血が出ない男はいないと断言してもいい。出ない男はゲイもしくはホモだと言っていい。

 

「……こんな状況で鼻血が出ない方が可笑しいわ」

 

「それは私に興奮してくれたってことよね?」

 

「そうだよ。頼むから離れてくれ。……でないと理性が崩壊しそうだ」

 

「……そっか、そうだよね……だったら八幡。今夜、私をあんたの女にして!!」

 

「……………」

 

俺は浅葱の言った事に絶句してしまった。今、こいつはなんて言った?女にして?それはそのままの意味でいいんだろうか?

 

「浅葱。それはそのままの意味と受け取っていいんだな?」

 

「……うん……」

 

俺の問いに浅葱は頷き背中から離れた。俺は後ろに振り返り、浅葱の顔を正面から見た。

浅葱の顔は赤く涙目になっており、俺は目の前の少女を自分だけのものにしたいと思ってしまった。

 

「……ホントにいいんだな?浅葱」

 

「……うん。私を八幡のものにして……」

 

「でも、避妊とか大丈夫なのか?」

 

「それなら服と一緒に薬があったから大丈夫よ」

 

菫さんは迅さんと同じく未来視のサイドエフェクトでも持っているんだろうか?

てか、この展開は間違いなく菫さんが描いた事なんだろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった。浅葱と男女の一夜を過ごしてしまった。浅葱の懇願でやってしまったが俺としてはそれほど後悔はしていない。

責任を取れと言われれば取るつもりだ。それ位の覚悟をしてから行為をやったからだ。

しかしながら理性が壊れてしまうとは自分でも驚いている。やはり相性が良かったんだろうか?

 

「……俺、やってしまったな……」

 

朝方までやっていた気がするがあんまり覚えてはいない。今の時間は昼過ぎだ。

今日は防衛任務があるがそれは深夜からなので時間は十分あるので家を出る前に部屋の片付けなどが出来る。

部屋には臭いが篭っているので換気をしておきたかった。

 

「……すぅ……すぅ……すぅ……」

 

浅葱は俺の左腕を枕にして熟睡していた。昨日からの行為によるものが大きいだろう。

しかし寝息をする度に胸が揺れて、非常にけしからん!

それにしても人生とは何があるか分からないな。俺が浅葱とこんな関係になるとは思いもしなかった。

 

『中々熱い夜だったな、旦那』

 

「モグワイか……覗きとはいい趣味とは言えないぞ?AIネズミが」

 

考え込んでいると浅葱製作のAIのモグワイが話しかけてきた。しかも昨日の事を見ていたらしい。いつからだ?

 

『断っておくが、撮れって言ってきたのはお嬢だぜ?旦那との既成事実で縛り付けておくつもりらしいぞ。モテる男は辛いな、旦那』

 

「あんまり、からかうな。今だって実感ないんだからよ。俺が浅葱とこんな関係になるなんてな」

 

『お嬢は旦那とのこんな関係にずっと憧れていたようだったぜ。まあ、俺様からはおめでとう、とだけ言っておこう。ケケッ』

 

モグワイはそう言って話し掛けてこなくなった。どうやら引っ込んだらしい。まったく余計な事を言い残して行きやがって、あのネズミは……。

 

「こんな関係を望んでいたのはお前だけじゃないんだぜ。俺も……」

 

「……お兄ちゃん?もうお昼過ぎているのにまだ寝ているの?小町的にポイント低いよ。入るね」

 

部屋の片付けをしようかなと思っていると扉から小町の声が聞こえてきた。お泊まり会から帰ってきたようだった。

しかし今の俺の部屋の状況を見られるのは非常に不味い!ここは何とか誤魔化さないとな。

 

「……すまん小町。今起きた所なんだ、起こしてくれてサンキューな」

 

「いえいえ、これ位なんのそのだよお兄ちゃん。それより部屋に入るね」

 

小町は俺の返事を待たずに扉を開けてきた。俺の急いで浅葱を布団で覆い隠した。

 

「……お兄ちゃん、何してるの?」

 

「いや、これは、その……お前が急に入ってくるものだから、ビックリしてだな……」

 

今の俺は布団から首だけをだしている状態だ。小町は近付いてくる感じはないのでこのまま乗り切れると思っていたが、現実はそう甘くはなかった。

 

「……あぁぁぁ!!八幡、あんたは私を布団で窒息させる気!?それに…暑い…のよ……」

 

「…………」

 

「……あちゃ~……」

 

浅葱は布団から勢いよく起き上がってしまった。しかも全裸でだ。

その際に部屋の入り口に立っていた小町と目が合ってしまった。小町は絶句しているし、俺は手を頭に押し付けて後悔していた。

こんな事になるなら早めに起きて片付けをしておくのだった、と。

 

「……こ……」

 

「「こ?」」

 

小町は何かを言いかけているが、きっと碌な事ではないな。

 

「これで心置きなく『浅葱お義姉ちゃん』って言えるね!!それと今日はお母さんに言って、晩ご飯は赤飯してもらわないと。それじゃお2人さん、続きをどうぞ。小町はお邪魔なので、これで」

 

「「…………」」

 

小町はそう言い残して勢いよく部屋から出て行った。俺と浅葱は何も言わずにぼう然としていた。

ある意味最悪の展開だったが、知られてしまったものはしょうがないと諦めることにした。

 

「……とりあえず、浅葱。シャワーでも浴びた方がいいな、お互いに少し臭いしな」

 

「……そうね。一緒に入る?」

 

「……それは遠慮しておく。またしてしまいそうだから。先に浴びてこいよ」

 

「……それじゃ、お先に」

 

浅葱は着替えを持って風呂場に向かって行った。俺はそれを見送ってから着替えの準備をして浅葱が出た後にすぐ入れる準備をした。

俺がシャワーを浴びた後で浅葱と一緒に小町に色々と聞かれてので喋ってしまった。

その日の晩ご飯は小町の希望で赤飯になったのは言うまでもない。



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比企谷小町③

浅葱との関係が小町と母ちゃんに知られてしまい、その日の晩ご飯は赤飯でお祝いされてしまった。

その際に母ちゃんはガチ泣きで嬉しそうにしていた。てか、泣きすぎだ!!

そんな家族にバレて祝って貰う事になった、俺と浅葱の関係を比企谷隊の他の3人にも早めに言いたいが、中々切り出すことが出来ずにいる。

とりあえずは夏休み中には言う事にした。

 

そして今日は小町が正式入隊まで仮入隊してポイントを稼いでいる事だろう。今日の防衛任務も何事もなく終わったので小町にアドバイスをしてやろうと思っている。

前々から雪菜が色々と教えているので俺が教える事は殆んど無いかもしれないけどな。

 

「小町はちゃんと出来てるか?」

 

俺はC級ブースに来て、小町が今どの位の実力を持っているかを確かめにきた。

ブースに入るとC級隊員が何人かが俺の方を見ていた。まあ、A級隊員が今更C級ブースに何の用だと思っているのだろう。

もしくは先に来ていた雪菜と同じ隊服なので見ているだけかもしれないが。

しかし、目立ってしょうがないな、これは。比企谷隊の隊服の色は黒色だから白い服のC級の中では人目を惹くな。

 

「あ、比企谷……」

 

「よお、川崎」

 

小町の様子を見にきて、川崎に出会った。川崎も仮入隊して正式入隊までにポイントを稼ぎに来ているようだった。

 

「川崎もポイントを稼ぎに来たのか?」

 

「う、うん。今日は塾に行く日じゃないから。それに早いとこB級になっておきたいから……比企谷はどうしてここに?」

 

「小町の様子を少し見に来たんだよ」

 

「そう言えば、あんたと同じ服の子と話してるの見たけど。知り合い?」

 

「それは雪菜だな。そいつは俺の隊のアタッカーだよ」

 

「そっか……」

 

川崎と少し話していると個人ブースから小町と雪菜が話をしながら歩いているのが見えた。

 

「あ!お兄ちゃん~それに沙希さん~!……2人は何で一緒に?」

 

小町は俺と川崎が一緒にいるのが気になっているようで聞いてきた。それにしてもさっきから雪菜が俺を見る目が鋭くまるで剣のようだった。

俺、何かしたかな?

 

「川崎とはさっき会って少し話してただけだ」

 

「そうなんだ……あ、雪菜ちゃん。この人は小町がチームを組む人で隊長をしてくれる。川崎沙希さんだよ」

 

「この人がそうなんだ。あ、初めまして比企谷隊アタッカーの姫柊雪菜です」

 

小町は川崎を紹介してから雪菜も名乗って、頭を下げて挨拶をした。さすがは雪菜だな。礼儀正しい。

 

「は、初めまして、川崎沙希、です……」

 

雪菜とは対象的に川崎は結構緊張している様子だった。まあ、しかたないよな。クラスじゃ川崎はボッチだったし。

それにしても歳下相手に緊張しすぎだろうに……。

 

「沙希さんも小町と同じで入隊するまでポイント貯めに来たんですよね?」

 

「まあ、そんなところかな……訓練は一通り終わった所かな」

 

「でしたら沙希さん。よかったら、小町とソロ戦しませんか?」

 

「ソロ戦を……」

 

小町の提案に川崎は悩んでいる様子だった。訓練もいいがB級に上がればソロ戦もそうだが、チームで行うB級ランク戦がある。

ボーダー隊員はトリオン兵より隊員同士での戦いの方が多い。

 

「やった方がいいぞ。どの道、B級に上がればソロ戦でポイントを稼ぐ事の方が多くなるからな」

 

「まあ、比企谷が言うなら……それじゃお願い」

 

「はい!それじゃ雪菜ちゃんとお兄ちゃんも入れて4人で替わりばんこでソロ戦開始だー!!」

 

うん?小町は今、何と言った?俺の聞き間違いじゃないよな?

 

「……俺もやるのか?」

 

「当たり前じゃん!この4人の中で一番強いお兄ちゃんにも相手してもらって、小町の実力が雪菜ちゃんの特訓でどの程度付いたのか知りたいしさ」

 

俺としてもそれは知りたかった。この所、雪菜が小町に色々と教えていたからな。

 

「いいぞ。相手になってやるよ小町。ただし加減はしないぞ?」

 

「望む所だよ!お兄ちゃん!!小町の全力を以て倒してみせる!!」

 

小町は多分、カッコ良くポーズを決めているが、俺からすれば材木座を思い出すから辞めて欲しかった。

小町には加減はしないと言ったが、俺が小町相手に加減するに決まっている。小町が傷付くのは、例えトリオン体でも見たくは無いからな。

 

「……ただしお兄ちゃん。相手が小町だからと言って手を抜いたら、もう二度と口を聞いてあげないからね」

 

「え!?……マジで……?」

 

「マジだよ!」

 

俺は小町の言葉に前のめりに倒れて両手を床に付いてショックを受けていた。俺が小町相手に手加減したら二度と口を聞いてもらえないだと……それは最早この世の終わりと言ってもいい位の事だ。俺にとってはだが……。

 

「……分かった……手は抜かない……」

 

「うんうん。それじゃ行くよー!」

 

こうして俺と小町の初のソロ戦が始まった。小町はC級トリガーなので俺は弧月一本で戦う事にした。そうしないと対等ではないからだ。

 

 

 

 

 

「それじゃ行くよ。お兄ちゃん!!」

 

「ああ、かかってこい!」

 

転送されて小町は俺にスコーピオンを出して切りかかってきたが、俺はそれを弧月で受け流してカウンターで小町の首を切りつけたが、小町は体を捻り回避した。

 

「中々やるな。小町」

 

「えっへん!!雪菜ちゃんとの特訓はすごかったんだからね!!」

 

小町を見れば雪菜の特訓は相当のものだったのは分かる。動きにそれなりのキレがあるからだ。

これは舐めては掛かれないなと思わせされる。

だが、素人の動きだ。それでも短い期間でこれほどの動きをするとは驚いた。

俺としても小町が相手でも全力で当たるつもりだ。それは大人げなかったと思うが、手を抜いて小町に口を聞いてもらえなくなるよりかはマシだ。

 

「だろうな。雪菜は真面目だからな……特訓でも手を抜かないと思うからな」

 

「うん……ホント、厳しかったよ……」

 

あの小町が少しだけ元気が無くなっている様子から雪菜の特訓を思い出しているのだろう。

よほど酷だったんだろうな。顔が少しだけ青ざめている所を見ると雪菜のスパルタ具合が軽く想像出来る。小町、よく頑張ったな……今度好きなものを食べに行こうな。

 

「よく頑張ったな、小町」

 

「うん。小町、すごく頑張ったんだから……」

 

これは軽いトラウマになってるな……。ソロ戦が終わったら何かいいものでも食べに連れて行こう。

小町と軽く話した後の攻防はそれは凄かった。小町はそれなりに運動神経は良い方なのでトリオン体での戦闘が向いているようだ。

 

それに小町は直感型だと俺は思う。普段は計算して入る感じはあるが、戦闘の場合は自身の直感に頼った戦い方をしている。

俺の攻撃をギリギリで回避するなどから見ても小町は直感型だ。

ちなみに俺は計算型だ。戦うイメージを固めてから相手に攻撃を仕掛ける。直感型はアタッカーに多く。計算型はシューターなどが多い。

 

俺と小町の成績は10本中10勝0敗で俺の勝ちで終わった。ブースから出て小町は近くの椅子に座り込んでだらけていた。

さすがにやりすぎたか?

 

「お兄ちゃん強すぎ……小町全然歯が立たなかったよ……」

 

「まあ、経験の差ってヤツだな。俺が見た感じ筋は中々良かったからしっかりと経験を積めば、俺に追いつくのも夢ではないな」

 

「お兄ちゃん!それ、ホント!?」

 

「ホントだ。だけど、俺だって強くなるから追いつかせないけどな」

 

「小町的にそっちの方がよりやる気が出るよ。お兄ちゃんを超えて見せるからね」

 

小町との戦闘の後でアドバイスをした所、やる気をもの凄く出したのはよかった。やり過ぎて入隊前に辞める事になれば、さすがに俺としても申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「それじゃ次は沙希さんの番ですね」

 

「う、うん。よろしく比企谷」

 

「おう。そういえば、川崎はソロ戦ははじめてだったな」

 

川崎は訓練は一通りしたと言っていたが、ソロ戦はした事があるんだろうか?

 

「まあ、仮入隊してからは訓練しかしていないしソロ戦は初めて」

 

「そうか。まあ、落ち着いてと言っても無理かもしれんが自分のペースで戦ってみろ」

 

「分かった。やってみる」

 

川崎としても緊張している様子だ。ガチガチでは自身の実力は出せないからな。ここは落ち着かないと駄目だと俺が思ったからだ。

 



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川崎沙希④

小町が仮入隊でどの位の実力を付けたかを知りたいのとアドバイスなどを言うためにC級ブースに来たのだが、そこで川崎と出会ってソロ戦をする事になるとは思いもしなかった。

でも、小町と組むから将来的にアドバイスなどを言うかもしれないのでここである程度は知っておいてもいいだろうと思う。

川崎のメイントリガーは俺と同じで『弧月』だ。万能型のブレードだから使う隊員は多いのでそれほど珍しくはない。

 

とりあえずは小町と同じで10本勝負をする事にした。

転送されて俺と川崎は弧月を抜刀して構えていた。俺は右手だけで持ち、川崎は両手で持っている。何処となくだが、剣道の構えをしているように見える。

恐らく剣道の本とかを参考にしているのだろう。

 

「それじゃ川崎、お前の実力見せてもらうぜ」

 

「行くよ比企谷」

 

川崎からの連続攻撃を捌ききって確信した。予想通り、川崎は剣道の動きを参考にして戦っている。

俺からすれば『綺麗な戦い』だ。これは職場見学の時の雪ノ下に近いと言っていい。

雪ノ下のは護身術の一環で槍術を習ったと言っていたからこそ、雪ノ下の戦いは『見せる戦い』だった。

実際に刃の付いたもので戦うわけにはいかないからそう見えるだけかも知れないが、俺としては、もう少しだけ型に嵌らない戦いをした方がいいと思う。

 

「川崎。もう少し踏み込んで切りかかった方がいいぞ」

 

「……分かった。やってみる」

 

川崎は俺のアドバイスを聞いてさっきよりも踏み込んで切りかかってきた。素直にアドバイスを聞いてくれるのは有り難い。

これが雪ノ下や由比ヶ浜だったら、俺に罵倒を浴びせたり、こっちの指示を無視するのが容易に想像出来る。

 

「川崎は俺と同じように片手で弧月を使ってみたらどうだ?」

 

「……片手で?どうして?」

 

「俺が見た感じ川崎は片手で弧月を使って、空いている手でガンナーかシューターのどちらかを入れて戦った方が合ってると思うからぞ。まあ、俺としてはだけどな。決めるのは川崎自身だ」

 

俺は川崎の戦い方に少し違和感を感じたのでそれを言ってみた。トリガーの内容を決めるのは川崎の自由だし、俺が強制するものじゃない。

自分に合ったトリガーと戦い方で戦った方が十分に実力を発揮できると言うものだ。

 

「……ガンナーか、シューターか……」

 

さっそく川崎は考えているようだが、自分が今何をしているのか忘れているな。考えるのは今はやめて戦いに集中してもらわないとな。

そもそも俺がアドバイスが原因だけど……。

 

「川崎。とりあえずは考えるのは後にして、俺との戦いに集中してくれ」

 

「……え?……あ、ごめん」

 

とりあえず川崎を現実に連れ戻せてよかった。すると川崎はさっきの俺のアドバイスを聞いてか、片手で弧月を構え直していた。

聞いてすぐにやるとか早すぎだろ……。川崎自身がいいと思うならそれでいいんだけど。

 

「川崎。俺のアドバイスを聞いてくれるのは嬉しいが、だからと言って常に片手持ちでなくてもいいんだぞ。状況に応じて両手、片手持ちに切り替えるようにする。その事を気に掛けてくれ」

 

「……分かった。やってみる」

 

川崎は両手、片手で弧月を持ち替えて攻撃したり、防御した。大分、自分の戦い方が見つかってきたのではないのかと思う。

川崎の状況把握能力は高い。

その証拠に川崎は攻撃の時は片手持ちにしている。片手だと両手より少しだけ距離を伸ばせる。

そして防御の時には両手持ちにしている。両手ならしっかりと持ち応える事ができる。

 

俺は何で小町が川崎を隊長にしたか、分かった気がする。小町は分かっていたのかもしれない。

川崎なら隊長を務める事ができると。

 

「だんだん動きはよくなっているが、まだ固い所があるからその辺りを意識して攻撃や防御してみろ」

 

「分かった。やってみるけど……」

 

「すぐにやれとは言わない。けど、B級に上がってソロ戦し始めるとそこを突かれて負け続けるかもしれないからな。慣れていけばで良いんだよ。今はコツコツとやっていくしかないからな」

 

「……アドバイス、ありがとう比企谷。あたしなりにやってみる」

 

川崎は自分の戦い方がある程度……と言ってもまだ形にすらなっていないが、その原型はイメージが出来ているようだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ~さっきの戦いや職場見学の戦いを見ていたけど。比企谷って強すぎ……」

 

川崎は初のソロ戦を終えてソファーに座って先ほどの俺との戦いを思い出して、愚痴っていた。

戦績は10本中9勝1引き分けに終わった。

最後の1本を引き分けに持ち込まれたのは正直驚いた。それまでアドバイスをしてきたが、川崎はそれを聞くたびに的確に直していき、最後を引き分けにした。

 

「最後のは良かったと思うぞ。俺は」

 

「……でも、1本も勝てなかった。1勝位はしたかったから……次は絶対に1本獲ってみせるから」

 

川崎はよほど悔しかったようですでに次の戦いの事を言っている。負けず嫌いなんだな川崎は。

 

「だったら沙希さん。お兄ちゃんの弟子になったら、どうですか?」

 

「「はぁ?」」

 

俺と川崎の言葉が被った。てか、小町は何を言ってやがる。川崎まで弟子にしたら、周りからの視線が恐ろしい事になる。特に男子から。

それに比企谷隊は周りから『八幡ハーレム』なんて言われているんだぞ。

那須と双葉はボーダーではそれなりに人気があるので、これ以上何かを言われたくない。

 

「いや、小町。俺はこれ以上弟子は取らないと決めていてだな……」

 

「……お兄ちゃん。今すぐ沙希さんを弟子にしないと明日からトマトだらけのご飯になるよ?」

 

「喜んで弟子を取らしていただきます!」

 

「うんうん。素直なお兄ちゃんは小町大好きだよ」

 

小町からの川崎を弟子にしろとおど……では、なく……お願いされては仕方ないな。

それにトマトだらけのご飯は食べたくはない。俺は大のトマト嫌いなんだからな。

 

「ちょっと、小町!」

 

「沙希さんだって、早く強くなりたいですよね?」

 

「そ、それは確かにそうだけど……でも、良いの?なんか勝手に決めてるけど……」

 

「ですよね。それにお兄ちゃんにはもう2人弟子がいますし、1人位なら問題無いですよ」

 

小町よ……お兄ちゃんの意思を無視しないでくれ。……でも、今更1人位なら別にいいか。

 

「……まあ、俺の弟子になるか、ならないかは川崎次第だから……お前が決めろよ」

 

「……それじゃ、よろしくお願いします」

 

川崎は俺の弟子になることを決めたようで、頭を下げてきた。どこぞの毒舌社長令嬢もこれ位に礼儀正しければ、いいんだがな。

まあ、無理か。あいつの性格は死んでも直らないだろう。

 

「とりあえずはもうワンセット、やっておくか?」

 

「よろしくお願いします」

 

「……川崎。頼むから敬語はよしてくれ。同級生に敬語使われると無性にムズムズする」

 

「分かった。それじゃお願い」

 

「おう。了解」

 

川崎に敬語で頼まれた時、無性に嫌な感じがした。歳下ならいいんだが、同級生に敬語を使われると落ち着かない。

でも、雪ノ下には是非とも敬語で頭を下げさせたいと思っている。

きっとその時の顔は屈辱に歪んでいるに違いない。考えただけで笑えてくる。

おっと、今は川崎に色々とアドバイスを言ってやらないとな。

 

「そう言えば、川崎はB級に上がったらポジションはどうするんだ?」

 

「ポジションか……オールラウンダー、かな……」

 

川崎は小町と同じくオールラウンダーと決めたようだった。まあ、弧月を使うからアタッカーかオールラウンダーのどちらかだろうと思っていた。

オールラウンダーでメインが同じ弧月なら小町よりかは教え易いから丁度いいか。

こうして俺は川崎沙希を3人目の弟子として迎えることになった。

今度、那須や双葉と顔合わせ位しても良いかもな。

 

「……とりあえず今日はこんなもんだろ。何か他に聞いておきたい事とかあるか?」

 

川崎とのソロ戦を終えて、戦績は俺の10勝で俺が完勝した。そして俺はアドバイスを言った後に川崎は雪菜ともソロ戦をした。

戦績は惨敗で終わってしまった。まあ、俺から1引き分けしたのは俺が少し油断していたのが原因だからな。

その点、雪菜はどんな相手だろうと油断せずに全力で挑む。それが雪菜のいいところだ。

 

「……B級に上がったら、他にもいくつかトリガーを選べるって聞いたから、比企谷のお薦めのトリガーってある?」

 

「……川崎に合ったトリガー、か。ハウンドなんかお薦めだな」

 

「その、ハウンドってどんなトリガーなの?」

 

「追尾弾って言ってな。真っ直ぐに飛ばずに相手をある程度追いかけるんだよ。中々使いやすいと俺は思うから入れた方がいいな」

 

「……ハウンド、ね。ありがとう比企谷」

 

川崎にはハウンドを薦めたが俺は使ってないんだよな。どちらかと言えばバイパーの方が使いやすい。

川崎がB級に上がった時に聞いてくれば、アドバイスしてやればいいか。

それにしても小町の様子を見に来たら、3人目の弟子ができるとはな。これ以上は増やしたくはない。増やすとしても後1人位だ。

 



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羽々斬夜架②

水族館はリア充の巣窟だ。

小学生の時に俺はクソ親父からそう教わった。

その理由がリア充のデートでは定番の場所で男女のイチャイチャを金を払って見ないといけない?とクソ親父がそんなことを言っていた。

だが、本当の理由を俺は知っている。息子の俺のために貴重な休日を使いたく無かったからだ。

小町が『行きたい』と言えば、それこそ日本一、いや世界一の水族館に連れて行きかねなかった。

 

だからなのか、そんなクソ親父に洗脳されたか。俺は水族館が嫌いになっていた。まあ、彼女や一緒に行く友人が居ないなら別にいいかなと思っていた。

しかし彼女なんて出来るわけないと思っていたが幼馴染の浅葱と恋仲になるとは人生何があるか分かったものではないな思える。

だが俺は今浅葱とは違う女性と水族館に来ている。恋人がいるのにお前は何をしているんだ!と言われて仕方ないが、こればかりは申し訳ないと思っている。

 

「見ましたか今の?凄い高さまで飛びましたよ。イルカってあんなにも高く飛ぶんですね」

 

「……まあ、イルカの泳ぐ速さはだいたいが時速6~15kmって言われているからな。確か小型のイルカで時速55kmで泳ぐ事が出来たはずだ……」

 

「物知りですね。『八幡先輩』」

 

「そうでもない。……しっかし今更だけど、その呼び方が正しいんだが、お前が言うと何か違和感があるな……」

 

「ふふっ……確かに自分でも変な感じがしますが、そもそもは八幡先輩が始めに言ったじゃないですか。ここでは『先輩呼び』にしろと」

 

確かにそうだ。ボーダーでは夜架の中二病は周知の事実なので、それ程問題ではないんだが、公共の場所だと問題だ。

ボーダー基地や学校でもある程度は許せる。まあ、学校じゃ俺はあんまり人と関わろうとしないからそんな周りに人はいないからな。

でも公共の場所ではさすがに駄目だ。夜架が俺の事を『主様』呼びした時には周りからの視線で俺の心のHPをゴリゴリと削っていく。

 

「……はぁ~俺は何でここにいるんだろうか……」

 

俺が夜架と水族館に行く事になったかと言うと母ちゃんが原因だ。

水族館に行く予定だった仕事の同僚が急に行けなくなり、母ちゃんがチケットを貰って俺に渡してきたのだ。

 

『浅葱ちゃんと水族館デートでもしてきたら?』と言って渡してきたが、その日に限って浅葱は家の用事で都合が合わなかった。

それでシノンと行こうかなと思ったが、国近先輩とゲームをしていると言ってきたので誘うのはよした方がいいと思い誘わなかった。

そこで雪菜を誘おうと思ったが、小町と川崎のソロ戦の相手をするので丁寧に断れてしまった。

だから、残った夜架を誘うことにした。

そして俺と夜架は水族館に来てイルカショーを見ていた。ショーは中々の迫力だった。

 

「私としてはあ……八幡先輩に誘っていただけただけで嬉しいですよ」

 

俺の事を『主様』と呼びかけた夜架だったが、何とか言い直した。まあ、夜架は自称俺の従者だからな。俺からの命令は絶対に守り通そうとするから大丈夫だろう。

 

「……俺としても誘った訳だし、そう言って貰えて安心したよ……」

 

「だった八幡先輩も楽しまないといけませんよ?……それに私としても八幡先輩を独り占め出来るので、この日を思う存分に楽しもうと考えています」

 

夜架の言う通りだな。一先ずは楽しむ事を考えないと夜架に失礼だし、チケットをくれた母ちゃんにも悪いからな。

 

「水族館に来るのは久し振りだな。夜架はどうなんだ?」

 

「私も久し振りです。小学校の時に来たのが最後だったはずですから」

 

やはり夜架も久し振りだったようだ。ここ3~4年辺りはボーダーでの防衛任務やランク戦で余り遊んだ覚えがないな。

そもそも俺はボッチだった訳だしな。

 

「それにしても今日の服は何だかいつものお前からは全然想像出来ないな……」

 

「そうでしょうか?私だって、こういう服くらい着ますよ」

 

俺が指摘した夜架の服は黒いフリルの付いたゴスロリ服だ。夏にはあまり似合っているとは思えない。だが、夜架が着ていると何気に似合っていた。

そもそも暑くはないんだろうか?一応に生地は薄くはある様だが、見てるこちらとしては暑く感じてしまう。

しかし不思議だ。いつもの見慣れた夜架とは違う服装や髪型だけで印象がガラッと変わるのもなのだな。

そんな事を考えているとイルカショーは終わった。

 

「ショーは終わったし、見て回るか」

 

「そうですね。時間はたっぷりとありますから」

 

ショーを見終わった俺と夜架は水族館を色々と見て回ったが、俺はいつもと違う夜架に内心ドキドキしていた。

夜架は『黙っていれば美人』と言うヤツだ。

だが、中二病がそれを台無しにしているが、俺としては個性的で良いと思う。

雪ノ下だったら『それは逃げよ!』とか言いそうだと簡単に想像できてしまう。

でも、夜架にとって『中二病』とは現実逃避であるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

夜架は約4年前の大規模侵攻の時に目の前で両親が殺されたのだ。そんな彼女は現実からは逃げ出した。

それが『中二病』だ。

それか三輪のように復讐に燃えるのもまた一つの手だと俺は少しだけ思う。

 

「……どうかしましたか?」

 

考え事をしていると夜架が少し不安そうな顔をしていた。考え事をしていたとは言えないな。適当に誤魔化しておくか。

 

「……いや、ちょっとな……」

 

「そうですか?何かあれば言ってください。私はいつでも主様の手足として動く覚悟がありますので」

 

「……そう言うのはいいから……それと夜架、呼び方が戻っているぞ」

 

「ふふっ……これは私とした事が……うっかりしていました」

 

そう言う夜架の顔はどこか楽しそうな、それでいて俺の事をからかっているようだった。さっきまで考えていた事がバカバカしく思えてきた。

 

「……はぁ~お前な……」

 

「せっかく水族館に来ているのですから余り余計な事は考えずに楽しみましょう」

 

それは確かに夜架の言う通りだ。来たのだから楽しまずに帰れない。

 

「あ、ペンギンがいますよ」

 

「ペンギンか……」

 

「どうかしましたか?八幡先輩」

 

「いや、少しペンギンを見て思い出した事があってな……くだらない事だから気にしないでくれ……」

 

ペンギンを見てつい思い出してしまった。中学時代に昼休憩に図書室に通い詰めていて、図書室の本を読破してしまった。

我ながらボッチライフを満喫していたな……あの頃は。

 

「そう言われると余計に気になります。ぜひ聞かせてください」

 

「……そこまで言うなら、でも本当にくだらないからな。……ラテン語でペンギンの事を肥満と言うんだ……」

 

「なるほど。確かに少し肥満気味の体形をしていなくはないですね。勉強になります」

 

夜架は検討違いな事を言っている。普通の女子はそんな事を言わないだろう。

例えば「もう~余計な事を言うから気分が最悪!」とか「ペンギンを見る度にそれを思い出して、もうペンギンが見れないじゃん!」などを言いそうなものだが?

そう言えば、夜架は『中二病』だったな。それでは他の女子とは違うはずだ。

そもそも俺が一般的な女子を知らないもの原因か……。

 

 

 

 

 

水族館を一通り楽しんだ俺達は軽く昼食を摂ってから本や服など数点買ったが、意外だったのが、夜架の私服センスが抜群によかった。

 

「ここまででいいですよ」

 

「いいのか?もう少し送ったっていいんだぞ?」

 

「はい。ここまで十分ですし、これ以上ですと主様の家から遠ざかりますか」

 

買い物を終えて夜架を家まで送っていたのだが、その途中で夜架が言ってきた。俺としては家の前で送ってもよかったんだが、本人がいいと言っているので深くは言わない。

 

「……そうか。分かった。気を付けてな」

 

「はい。では、またです。八幡先輩、少しいいですか?」

 

「うん?何だ……ん!?……」

 

俺の目に夜架の顔がドアップで映り込んできた。てか、今俺夜架にキスされているのか?何で?

 

「……ご馳走様でした。主様」

 

「……お前、今……」

 

「はい、キスをしました。主様、私は貴方が好きです。例え浅葱先輩と付き合っていても私はこの気持ちを伝えておきたかったのです」

 

「……そうか。俺なりにそれには応えていくつもりだ」

 

「その言葉を聞けただけで十分です。主様」

 

もうすでにいつもの感じに戻ってしまった夜架を見送った俺も家への道を歩いていた。

今日は中々良い日になったと心の底から思えた。

夜架からのキスには驚いたが、彼女からあんな事をするようになったと喜ぶべきか?彼女が居るのに他の女の子と出掛けた事を後悔するべきか。

俺は家に着くまでにその答えを見つけることが出来ないでいた。

 

ベッドに横になり今日の事を思い出していた。夜架の表情が最初に会った頃より大分柔らかくなってきたと思うと今日は出掛けて良かったと言える。

これからも彼女が今日みたいな顔を出来ると良いなと俺は思っている。だからこそ俺はしっかりしないといけないと思い、気を引き締めた。

 



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朝田詩乃③

夜架との水族館でのデートと言っていいのかは分からないが、お互いに楽しめたので満足している。

夏休みも折り返しに差し掛かり、新学期に向けての準備などを始めないといけない。

それに去年の今頃に出水と米屋の夏休みの課題を手伝ったからそろそろ来ても可笑しくはない。

あいつらは課題を早めに終わらせる気はないんだろうか?その方が楽なのに。

 

そんな事を考えていたが、すぐ考えるのを止めた。別の事を考えていると撃ち抜かれかねない。

シノンに。

俺は比企谷隊の作戦室のトレーニングルームでライトニングを持って特訓に汗を出している。と言うかトリオン体なので汗は出ないが、冷汗が出そうになっていた。

その理由がシノンに夜架と水族館に行った事を誰かから聞いたらしく、今日は色々と聞かれた。

その際のシノンの顔は無表情でゴミでも見るような目をしていた。かなり怖かったです。マジで、恐ろしかった。

 

その事を許してもらう代わりにトレーニングに付き合わされている。と言ってもシノンにはあまり必要はないと思うけど。

何故なら彼女はすでに『ボーダー ナンバー3 スナイパー』の称号を持っているのだから、けれどシノンはそれで納得するような性格ではない。

自分が納得するまでとことんやる。それが朝田詩乃という少女だ。

 

 

 

 

 

「さてと、どこにいるのか……」

 

俺はライトニングを手に周りのビル群を見てシノンが居そうな場所を見定めていると、背中を預けている建物が撃ち抜かれた。

遅れて『パァーーーン』と発射音が聞こえてきた。

 

「マジか!?ここは不味いな」

 

すぐに場所移動を開始した。今の狙撃は予測して撃ってきたものだろう。このトレーニングにレーダーは使えないので相手の正確な位置は分からないはずなのだが、シノンは自分の今までに積んできたスナイパーとしての勘で俺がいる場所にある程度狙いを付けているようだ。

味方だったら頼もしいが、敵になるとこれほど厄介なヤツはいないだろう。

 

「……モグワイ。今のはどの位の距離からの狙撃だ?」

 

『今のは976mの距離だぜ。旦那』

 

「976!?どんだけ、長距離な狙撃だよ」

 

『シノンお嬢が使っているスナイパーライフルが良いのとお嬢の腕だからこその距離だな。ケケッ』

 

モグワイの言う通りだ。シノンのスナイパーとしての腕はボーダーで超一流なので問題ないと思うが、そもそもボーダーのスナイパーライフルで今の距離を狙うのは無理がある。

 

3つあるライフルはトリオン量に応じて性能が違っている。

大抵の隊員が使っている『イーグレット』は射程重視で威力や弾速もそれなりに高い汎用型だ。

俺も使ってる『ライトニング』は弾速がずば抜けて速く命中させやすいのが特徴だ。俺がこれを使っているのは自分のトリオン量や狙撃の腕が高くないのでそれをライフルの性能でカバーしようと考えたからだ。

最後に対トリオン兵用の大型ライフル『アイビス』。これはトリオン量が高いほど威力が増していくが、ランク戦では大きすぎるためか、使う隊員はいない。

 

しかしシノンが今使っているのはこの3つのスナイパーライフルのどれにも当てはまらない。

開発室が作った第4のスナイパーライフル『バリスタ』だ。

大きさはイーグレットとアイビスの丁度中間位の大きさだ。このライフルは3つのスナイパーライフルの性能を合わせた物だ。

 

少し前に材木座から試作品を渡されていたが、使わないで放置されていたのをシノンが見つけて使わせて欲しいと言ってきたので使わせている。

俺としても本職のスナイパーに使ってもらった方がよりいいデータが取れると思ったからだ。

しかし俺が思っていたよりライフルの性能は高かったらしく予想外にも俺は追い詰められていた。

 

「……おいおい、マジかよ……」

 

先ほどの狙撃は俺の炙り出すためだったのか。それの思惑に見事に嵌りシノンに左胸を撃ち抜かれてしまった。

ほんと、いい腕をしているなシノンは。

 

 

 

 

 

トレーニングが終わった後、俺はソファーで横になっていた。流石に5回連続のトレーニングは疲れる。

身体の方はトリオン体で疲れる事はないが、精神的に疲れる。

しばらくするとシノンがトレーニング室から出てきた。その後に続き2人ほど出てきた。

 

「あ、比企谷先輩。お疲れ様です」

 

「……ああ、お前もな日浦」

 

1人目は那須隊のスナイパーの日浦だ。

日浦が何故ここに居るのかと言うと、小町と雪菜を待っているからだ。3人でプールに行く約束をしているそうなので、2人の特訓が終わるまで暇だから俺とシノンの特訓に参加したのだ。

 

「……ハチ先輩。お疲れ……」

 

「お疲れさん。絵馬」

 

絵馬ユズル

影浦隊スナイパー

スナイパーの腕は高く中学生隊員の中ではトップの個人ポイントを持っている。天性の射撃を武器にチーム戦で敵の足止めや味方の退路の確保などで活躍している。

射撃の訓練では的に☆マークを作るなど遊びをしている。

そして二宮隊の元スナイパー鳩原さんの弟子である。

 

鳩原さんが失踪した時には落ち込んでいたので気晴らしに俺とシノンがしていた特訓に誘った。

それからしばらくは落ち込んでいたが今は大分落ち着いてきた。

 

「シノン、絵馬、日浦。何か飲むか?」

 

「私はオレンジで」

 

「……俺もそれで」

 

「私もオレンジでお願いします」

 

シノン、絵馬、日浦はオレンジジュースでいいようなのでコップを用意して注ぎ3人にそれぞれ配った。

しばらくしていると部屋の扉が開いて2人が入ってきた。

 

「お待たせ~茜ちゃん!」

 

「ごめん茜ちゃん。少し遅れて」

 

小町と雪菜は特訓が終わって帰ってきた。小町は元気一杯でなりよりだ。雪菜は遅れた事を申し分けなさそうな顔をして謝っていた。

 

「ううん、全然だよ。それじゃ行こうよ」

 

「そうだね。それじゃお兄ちゃん。小町達はこれからプールに行ってくるから」

 

「おう。楽しんでこい」

 

俺は小町と雪菜と日浦を見送った。今更だがナンパとか大丈夫なんだろうか?心配になってきたな……。

俺も付いて行った方がよかっただろうか?

 

「……それじゃ俺も行くね」

 

「そうか。またな絵馬。そうだ、聞きたい事があるんだがいいか?」

 

「何?ハチ先輩」

 

帰る絵馬を引き止めて俺はある事が聞きたかった。絵馬にとってはあまり聞かれたくないことかも知れないがな。

 

「……鳩原さんの事をお前はどう思う?」

 

「…………師匠が上層部に干されたのは分からないけど。俺じゃどうする事も出来ないから……」

 

絵馬は鳩原さんの事を思っているが、所詮子供では出来る事なんて限られている。それに深く関わるとクビにされかれない。

そうしたら会う事も調べる事も出来なくなってしまう。

俺は絵馬をそのまま見送る事にした。今の俺が出来ることが何なのか分からないのもそうだが、ボーダーをクビになったら、家計を苦しめる事になってしまう。

A級に上がって固定給を貰っているんだ。今更手放したくはなかった。すまんな絵馬。

 

「……八幡は鳩原さんの事、そんなに気に掛けているの?八幡も行きたかったの?ネイバーフッドに……」

 

「……すまんなシノン。それは俺の中で整理が付いてないんだ。また今度にでも話すよ……」

 

「……分かった。もう何も聞かない」

 

シノンが鳩原さんの事を聞いてきたが、俺はそれに対して答える事をしなかった。

俺がネイバーフットに行きたい理由と鳩原さんがネイバーフッドに行った理由が同じとは限らない。

それに俺がシノンに話さなかった理由は余りいい話ではないからだ。

 

「俺は帰るけど、シノンは?」

 

「私も帰る」

 

防衛任務も無いし、特に誰かとランク戦をする約束もないので帰る事にした。出水や米屋は今は防衛任務中だからだ。

こういう気分の時は気晴らしにランク戦でもしているが、いい相手がいないのでしかたない。

 

「……帰る前に八幡に伝えたい事がある」

 

「何だよ。急に……ん!?……」

 

シノンが伝えたいことがあると言われて顔を向けると視界にシノンの顔がドアップで見えた。

……え!?俺、今シノンにキスされているのか?彼女が居るのにキスとか……浅葱は出来るだけ応えてやって、と言われたがモテた試しが無い俺にとってはハードルが高い。

 

「……浅葱先輩と付き合っているのは知っているけど、どうしても自分の気持ちを伝えたかった」

 

夜架に続いてシノンにまで告白されるとは俺のモテ期が来たんだろうか?いや、流石にそれはないよな……?

でも、こうして女子に何度も告白されるとはそう思わずにはいられない。

 

「……シノン。お前の気持ちは伝わった。でも、俺はすぐに応える事が出来ないけど。それでもいいか?」

 

「うん。それでもいい。私が伝えたかっただけだから」

 

俺は聞きたかった事を質問して見ることにした。答えてくれるだろうか?

 

「シノン。一つ聞いてもいいか?」

 

「何?」

 

「どうして俺を好きになったんだ?」

 

「昔助けられた時に八幡がヒーローに見えて憧れていたけど、いつの間にか好きになっていた」

 

シノンから来た答えを聞いていて何だか恥ずかしくなっていた。ヒーローとは恥ずかしすぎるけど、悪い気分ではないな。

しっかりと自分の気持ちを決めようと思う。そんな日だった。



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姫柊雪菜②

夏休みも中旬を過ぎて下旬に入り、もうすぐ新学期が始めるので夏休みの生活を改めてしっかりとしていかないと気を引き締めていた。

課題等は7月の内に終わらせているので焦る必要はどこにもない。

去年は米屋の課題を三輪隊と一緒になってやったのはよく覚えている。途中で寝た米屋を叩き起こして徹夜させた。

 

俺は今、姫柊家の雪菜の部屋に来ていた。それは何故かと言うとある事が起きたからだ。

 

「ほら、さっさと服を脱ぐんだ。雪菜」

 

「で、でも……恥ずかしい、です……」

 

「そんな事を言っている場合か?お前が脱がないんだったら俺が無理にでも脱がすぞ」

 

「うぅ~……やっぱり八幡先輩は鬼畜の変態です……」

 

「どうしてそうなる……」

 

俺は服を脱がない雪菜と格闘していた。早くしない取り返しがつかない事態になってしまう。それだけは避けないといけない。

 

「俺だってホントは嫌だ。だけどな、今頼れるのは俺しか居ないだろ?いい加減覚悟を決めてくれ」

 

「……わ、分かりました。でも、変な事をしたら浅葱先輩に言いつけますから!」

 

「……それは、恐ろしい未来が待っているな……」

 

もし雪菜が浅葱にない事まで言ったら、どんな事をされるか容易に想像出来る。幼馴染で今は彼女だからな。ここは雪菜の機嫌を取っていかないとな。

 

「そ、それじゃ……脱ぎますね……よ、余計な所まで見ないで下さいね!」

 

「分かっているって」

 

雪菜はこれでもかと確認をしてから服を脱ぎ始めた。改めて思うがこの状況を第3者が見たら、どう思うだろうか?

中三女子に服を脱ぐように言う高二男子は最早変態と言われても文句は言えない。だが、服を脱がないと出来ないのだから、ここは大目に見て欲しい。

 

「それじゃ、始めるぞ」

 

「は、はい。その、お手柔らかにお願いします……」

 

「善処する。だけど、俺も久し振りだしな。加減を間違いたらすまん」

 

「小町ちゃんにはした事はないんですか?」

 

「この所はした覚えがないな」

 

小学生の時に1、2回やった事は覚えているが、殆どは親父がしていた気がする。それも有給を使ってまでしていた。今更だが親父はアホ過ぎた。

そんな事を考えていると、雪菜が服を脱ぎ終えたので始める事にした。

 

「それじゃ始めるぞ。何か嫌な事があれば言ってくれ」

 

「はい。分かりました。お願いします。……ひぃ!?……」

 

「だ、大丈夫か?どこか変な所でも……」

 

「いえ、少し驚いただけなので、続けてください」

 

「そうか?それじゃ続けるぞ」

 

それから俺は続けるんだが、その度に雪菜が「あぁ…ひぃ……」などの喘ぎ声を言うもんだから気恥ずかしくなっていく。

早く終わせないと俺の理性が持たない。雪菜の背中の汗拭きを。

え?エロい展開とでも思ったか?残念だったな。雪菜の背中を俺が濡れタオルで汗を拭いていただけの事だったんだよ。

 

「それにしてもプールに行って疲れて帰ってきて、クーラーを点けたまま寝て風邪を引くとかアホと言われても文句を言えないぞ?雪菜」

 

「し、しかたがないじゃないですか!!楽しかったんですから……」

 

「いや、別に怒っているわけではないんだが……体調管理はしっかりとな?」

 

「……はい……」

 

しっかり者の雪菜にしてはやってしまった、としか言えないな。俺は雪菜の背中や手が届きにくい場所など汗を拭いて綺麗にしていた。

 

「……それにしても綺麗な肌しているな……」

 

雪菜の身体を拭いている時に思ってしまった。白く肌理細かい身体だと。

不意に雪菜が顔を手で覆ってしまった。何があった?

 

「どうした?雪菜」

 

「…………八幡先輩。出来れば思っている事は口に出さないでください……恥ずかしいです……」

 

「俺、声に出てた?」

 

「……はい……」

 

しまった!!無意識に思っている事を口にしていたか?でも褒めたのに恥ずかしがる必要はないと思うのだが?何がいけないんだろうか?

 

「その、すまん」

 

「謝られると何だかムカつきます……」

 

「どうしろと言うんだよ……」

 

褒めたら恥ずかしいと言うし、謝ればムカつかれてし、乙女心は複雑だな……。

 

「そう言えば両親はどうしたんだよ?居ないのか?」

 

「両親は今は旅行中ですよ。今頃温泉にでも浸かっているんじゃないですか」

 

「一人娘を置いて旅行とはいい気なもんだな」

 

「違います!私が2人にプレゼントしたんです!感謝の気持ちを込めて!!」

 

「そ、そうなのか。すまん。言いすぎた……」

 

両親が居ないのは雪菜が旅行をプレゼントしたからだったのか。それにしてもいい娘さんに育っていますよ。

 

「……これは将来いいお嫁さんになるな」

 

性格は少し真面目だが優しいし、料理も大抵は作れる。なりより美少女だから将来はそうとうな美人になるのは分かりきっている。

 

「だから!思っている事を口にしないでくさい!!私が恥ずかしいんで!!!」

 

「……また、口にしていたか……」

 

とりあえず、話を逸らした方がいいな、これは。

 

「雪菜。腹へっていないか?軽く昼食でも作るから食べるか?」

 

「……昼食はまだです。でも、今はそんなに食欲がなくて……」

 

「まあ、風邪だしな。でも何か食べた方がいいだろ。そうめんでも食べたらどうだ?あれなら食べ易いだろ?」

 

「……お願いしても、いいんですか?」

 

「ああ、任せておけ。それじゃ買い物に行ってくるから大人しくしておけよ?」

 

「……先輩。いくらなんでも子供扱いしすぎです……」

 

さすがにやり過ぎたか?でもこれ位言っておけば大丈夫だろう。俺は買い物のため外に出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風邪を引いた雪菜と俺の昼食のため近くのスーパーに買い物に来た。食欲のない雪菜のために軽めの昼食としてそうめんにした。

あれなら食べ易いし作るのにもそんなに手間はかからない。食後のデザートに桃缶でも買うことにした。

他にも熱冷ましシートなど買った。

 

「あら、比企谷君じゃない」

 

「ん?……どうも、月見さん」

 

買い物をしていると後ろから声を掛けられたので、振り返って見るとそこに居たのは月見さんだった。

 

月見蓮。

A級三輪隊オペレーター。

指揮、戦術能力が高く三輪隊を支えている熟練オペレーターだ。A級隊員に弟子が数人いて、部隊からも信頼の厚い凄い人だ。

 

「比企谷君も買い物?」

 

「はい。雪菜が風邪を引いたもので、その看病に。そう言う月見さんは?」

 

「私は昨日の防衛任務の後にお腹を壊した太刀川君のお見舞いに」

 

太刀川さんがお腹を壊した事を月見さんから聞いた俺はその原因がすぐに分かった。

間違いなく加古さんの特製炒飯を食べた所為だろ。

もしかしたら俺も太刀川さんと同じ末路を辿ってたかもしてない。

あのハズレ炒飯は浅葱だけで十分だ。いや、浅葱もいい加減、炒飯を上手くなってもらいたい。

 

「比企谷君。大丈夫?顔が青いけど……」

 

「……いえ、少し不味い料理の事を思いだしていただけです……太刀川さんにお大事にと伝えておいてください」

 

「ええ、伝えておくわね。それじゃまたね」

 

月見さんはそう言ってスーパーを出て行った。俺も早く買い物を終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫柊家に戻ってきた俺はさっそく昼食の準備に取り掛かった。まあ、麺を茹でるだけなのでそんなに手間はかからないから楽だ。

さすがに風邪を引いているので雪菜は大人しく待っていたようだ。そこまで子供ではないか。

 

「お待たせ。昼食作ってきたぞ」

 

「すいません先輩。お客さんなのに……」

 

「病人が何を言っている。お前は早く風邪を治せよ」

 

「はい。分かっています」

 

見た感じ雪菜の体調は大分良くなっているようだ。これなら明日辺りには元気になっている事だろう。一先ずは安心できる。

 

「……八幡先輩に聞きたい事があるんですけど、いいですか?」

 

「聞きたい事?何だ。俺に答えられるなら、いいけど」

 

「それじゃ……浅葱先輩とはどの程度進んだんですか?」

 

「……ぶっ!!?……」

 

雪菜の質問に思わず吹き出してしまったが、何とか手で口に有る物は吐き出さずに済んだが、まさか浅葱との関係の事を聞いてくるとは思いもしなかった。

 

「だ、大丈夫ですか?八幡先輩」

 

「ごほっ、ごほっ……すまん。ビックリな質問だったもので驚いただけだ……でも何でそんな事を聞いて来るんだ?」

 

「それは、その……最近のお2人の様子が気になると言うか……」

 

流石に雪菜も気が付いていたか。ここは正直に話した方がいいな。

 

「ああ、俺と浅葱は付き合っているよ。すまんな、今まで黙っていて」

 

「いえ、これで私も覚悟を決めました。……八幡先輩。私は先輩の事が好きです。もう浅葱先輩と付き合っていても、この想いを伝えないと後悔すると後悔してしまう私がいると思いまして、だから先輩の気持ちを教えてください」

 

これは雪菜の本音だ。俺も答えなくてはいけない。よし八幡よ。男を見せてみろ!!

 

「お前の気持ちは正直嬉しいよ。でも、俺はすでに付き合っているけど……それでもお前の気持ちは受け取った。……雪菜はいいのか?俺はこの時点で三股掛けている最低の男だぞ?」

 

「はい。まあ、最低だと思いますけど。それでも先輩は素敵な人ですから好きになったんです。だから、もう後悔はしません」

 

雪菜の強い瞳を見て、俺は彼女の覚悟は生半可なものではない事を悟った。だからこそ俺も覚悟を決めた。

 

「そうか。分かったよ。その、これからよろしくな」

 

「はい。こちらこそ、不束者ですがお願いします」

 

雪菜は頭を下げてきた。礼儀正しいのにもほどがある。でも、そこが雪菜のいい所でもあるんだけどな。

雪菜の風邪も良くなってきたので、俺は帰る事にした。

 

「それじゃ俺は帰るよ。お大事に雪菜」

 

「はい。先輩、帰る前に一つお願いを聞いてくれますか?」

 

「うん?何だ」

 

「……キ、キス……してください……」

 

「…………ぐはっ!?!……」

 

雪菜のお願いに思わず吐血してしまった。あの美少女の雪菜から上目遣いでお願いされたら、可愛さのあまり吐血してしまう。

 

「だ、大丈夫ですか!?先輩、無理しているんじゃ……」

 

「だ、大丈夫だ。何も問題ない。……その、いいのか?」

 

「はい……お願いします……」

 

俺が肩に触れるとビクッ!と驚いてたが目を閉じて俺を受け入れよとしていた。

そして俺は雪菜にキスをした。これで3人目だな、彼女以外の女の子とキスをするのは……。

それでも雪菜の唇はもの凄く柔からかった。

 

「…………はぅ………」

 

キスをした後に雪菜が顔を更に真っ赤にして気絶してしまった。雪菜には刺激が強すぎたのかもしれない。

余り長いしても悪いので雪菜を寝かせて、そのまま俺は自宅に戻る事にした。

 

「ハクシュン!?……風邪でも引いたか?まあ、その内治るだろう」

 

少し風邪っぽい気がしたが、そのまま家に向かって歩いて帰った。

 



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比企谷隊⑤

夏休みが終わるまで10日を過ぎたその日に俺は風邪を引いてしまった。

 

「……ゴホッゴホッ……これは、雪菜の風邪が移ったな……」

 

雪菜にお願いされてしてしまったが、その時に風邪が移ったと思う。風邪を引いた病人とキスをするものではないなと痛感していた。

幸いに防衛任務は明日の夜なのでそれまでになんとか治しておきたい。

A級で固定給があるとは言え、撃破したトリオン兵の数で貰える給料を手放したくはない。老後の事を考えて貯金をしておきたかった。てか、すでに老後の事を考えている俺って、相当老けた考えをしているな。

まずは寝て、体力回復だ。その後で何か食べるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あさだぞ!おきろー!」

 

「おきろー!」

 

「へぶっ!?!?」

 

気持ちよく寝ているといきなりお腹の上に衝撃が走った。原因は俺の布団の上で暴れている2人の子供の所為だ。

 

「……後5分……寝かしてくれ……」

 

「だーめー!あさごはん!」

 

「あさごはん」

 

駄目か……しかたがない。ここは起きるしかないのか。防衛任務がない夏休みなのに早起きをしないといけないんだろうか?はぁ……、もう少し寝たかった。

静かになったので布団を出て見ると2人の子供はどこにも居なかった。

 

「ようやく静かになったか…………ん?今の子供達って誰だ?それにこの部屋は一体?」

 

俺は布団から出て違和感に気付いた。比企谷家にあんな小さな子供は居なかったはずだし、そもそもこの部屋は俺の自室で無くなっていた。

とりあえず部屋から出て誰かに会ってどう言う状況なのかを確認しないと問題だ。

 

部屋を出て、俺が居るのが1階ではないとすぐに分かった。下に降りる階段が在るからだ。下から複数人の声が聞こえてきた。まずは人に会う事が先決だな。

1階に降りて声が聞こえてきた部屋の扉を開けて見ると4人の女性がいた。年齢は20代後半位だと思う。

 

「おこしてきたよ~」

 

「おこしてきた~」

 

「偉いね。それじゃご飯にするから椅子に座って待っててね」

 

「「は~い」」

 

キッチンで料理をしていた女性が子供2人を褒めて椅子に座るように促して俺と目が合うと近付いてきた。

 

「まったく、父親になったんだからシャキッとしなさいよね」

 

「……え?……浅葱?」

 

「そうだけど。何?自分の嫁くらい覚えてられないの?」

 

俺の目の前にいる女性はなんと浅葱だった。しかし可笑しい。浅葱はまだ10代のはずなのに目の前にいるのはどう見ても20代は過ぎているように見える。

大人になっているからだろうか、凄く綺麗になっている。美少女から美女にクラスチェンジしたようだ。

それよりもまずは確かめないといけない事がある。

 

「浅葱。今日は何年の何月だ?」

 

「どうしたのよ。急に?頭でも打って寝ぼけてるの?今日は20〇×年の八月よ」

 

それは俺が高2から約10年以上経った日付だった。寝ている間に未来にタイムスリップでもしたんだろうか?

考え込んでいると1人の女性が近付いて来た。

 

「大丈夫ですか?旦那様」

 

「え……?夜架?」

 

「はい。夜架ですが、どうかなさいましたか?」

 

「いや、多分大丈夫じゃないな……」

 

近付いて来た女性はなんと夜架だった。10年以上経って大人になって、こちらも浅葱同様に綺麗になっていた。マジで、美人だ。

 

「どうしたのよ?八幡。頭をどこかで打ったの?」

 

「そうですね。今朝はなんだか変ですね。大丈夫ですか八幡さん」

 

「……シノン、雪菜……か?」

 

「そうだけど」

 

「はい。そうですよ」

 

大人になった浅葱と夜架と話していると更に2人加わってきた。しかもシノンと雪菜とは思いもしなった。2人とも綺麗になっていた。てか、何で比企谷隊がここに全員いるんだ?

それに気になっている事が別にある。それは夜架とシノンの足元に子供、雪菜が抱えている赤ん坊がいることだ。浅葱の言う事を聞いて椅子に座っている子供も一体何なんだ?

 

「すまん。聞いてもいいか?その子供達って一体……」

 

「結婚した私達と八幡との間に生まれた子供に決まっているじゃない。ホントどうしたのよ?自分の子供の事を忘れるとか。今日はどうしたの?」

 

「……いやいや、重婚は日本では出来ないだろ……」

 

俺は浅葱の言った事を理解出来ないでいた。俺が浅葱達と結婚!?しかも子供が出来ているとか、信じられないな。

でも、どの子も少し俺に似ている部分がある。立っているアホ毛とか、その辺りだ。

 

「ホント大丈夫なの?明日にでも病院にでも行った方がいいんじゃないの。それに今は日本でも重婚して大丈夫なのよ。少子高齢化の対策として日本政府が一夫多妻制を可決して、もう7、8年位経ったわよ」

 

「……そうだったっけ……?」

 

俺は浅葱からの衝撃発言に頭が付いていかなかった。俺のサイドエフェクトで処理速度を上げたが、それでも追いつかなかった。

 

「とりあえず、朝食を食べてよね。片付かないから」

 

「わ、分かった。それじゃ、いただきます……」

 

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 

考えるのを一先ず後にして朝食を食べる事にして、周りを観察することにした。

俺を起こしに来た子供2人が恐らく俺と浅葱との間に生まれたのだろう。しかも双子とは結構似ている。アホ毛の部分が特に……。

次に夜架の隣に居る子供に目を向けてみた。夜架譲りのサラサラした髪にツンと立つアホ毛がある可愛らしい女の子だ。まるで人形のように見えた。

続いてシノンが世話をしている子を見てみた。髪型はある程度母親似なところが見られるが、やはりアホ毛がるのは俺の血を継いでいるからだろう。この子も言うまでもなく可愛かった。

最後に雪菜が抱えている赤ん坊を見たが、アホ毛はまだなかった。だが、いずれ成長していけば、現れるだろう。言うまでもなくこの子も可愛かった。

 

「それじゃ、朝食を食べたことだし八幡は早く着替えなさいよ」

 

「着替える?なんで?」

 

「……なんでって、あんた本部長の仕事があるでしょ?ほら、服は掛けてあるから」

 

「お、おう。分かった。……え?!俺が本部長?!」

 

朝食を食べ終わったので、一息出来るからと思っていると浅葱から衝撃の発言に驚いて固まってしまった。

俺はまだ、ボーダーに居て本部長をしているとは思いもしなかった。そもそもよく引き受けたな俺。

浅葱の言う、掛けてある服は黒いスーツだった。二宮隊の隊服を思い出すな。ある意味コスプレ感があったからな、あの隊服は。

 

「そ、それじゃいってきます」

 

「あ、ちょっと待って八幡。ネクタイが少し曲がっているからそこに立ってて」

 

浅葱は俺の前に立ってネクタイを直し始めた。改めて近くで浅葱を見ると大人の魅力で更に綺麗になったと思うし、それに胸が一回り大きくなっている。どこまで大きくなるんだ?

ネクタイが直ったので改めて行くために玄関に向かった。

 

「それじゃ、行って来る」

 

「うん。いってらっしゃい八幡」

 

「行ってらっしゃいませ。旦那様」

 

「がんばって、八幡」

 

「しっかりですよ。八幡さん」

 

浅葱、夜架、シノン、雪菜にそれぞれ送られて玄関を開けた瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると始めに映ってきたのは馴染みのある比企谷家の俺の自室の天井だった。

 

「……夢オチか……まあ、そうだと思っていたけどな……」

 

それでも中々いい夢が見れたと思う。まあ冷静に考えれば、一夫多妻はないな……。

そんな事を考えていると部屋の扉が開いて誰かが入って来た。

 

「あ、ようやく起きましたか。八幡先輩」

 

「……雪菜か……どうして俺の家に?いや、そもそもお前のその格好は何だ?」

 

部屋に入って来たのは雪菜だったが、今の彼女の格好が気になってしょうがなかった。

彼女の格好はナース服を着ていてナースキャップもしっかりと被っていた。

 

「えっと、その……似合いませんか?」

 

「いや、似合わないと言うか……寧ろ似合い過ぎる位だ」

 

「そうですか……良かった……」

 

雪菜にナース服の事を褒めた途端、雪菜は顔赤く染めて照れていた。可愛いな。

 

「そう言えば、雪菜だけなのか?来ているのは?」

 

「いえ、皆さん来て居ますよ」

 

「え?全員、来ているのか?」

 

「はい。そうですよ」

 

雪菜だけかと一応聞いてみたが、まさか比企谷隊全員集合とはな……。

その時、またしても部屋の扉が開いたので、目を向けて見ると3人のナースがそこには居た。

浅葱、夜架、シノンの3人も雪菜同様にナース服を着て登場してきた。

 

「………………」

 

俺はあまりの状況に絶句してしまった。この後、どのように対応していけばいいんだろうか?気になる事から聞いて見るか。

 

「お前らはどうして、ナース服を着ているんだ?」

 

「そ、それは八幡、あんたを看病しに来たのよ!」

 

俺の質問に浅葱は答えてくれたが、その顔は恥ずかしさを隠して居るように見えた。恥ずかしいなら着なければいいのにとは言わないでおいた方がいいな。

 

「八幡と連絡が取れないと浅葱先輩から連絡が来て、皆で様子を見に来た」

 

「それはすまんな。でも、何でナース服を?」

 

俺の家に来たのはそう理由だったのか。しかし答えたくれたシノンもナース服を着て居るとは意外だった。着そうにないのに。

 

「小町さんが言っていましたよ。『お兄ちゃんはコスプレ萌えだから何か着て看病すればポイント高いですよ!』と」

 

小町め!余計な事を言ってくれたな!!それにしても夜架の小町のマネはかなり完成度が高いな。無駄に。

 

「やっぱり、迷惑でしたか……」

 

「いや、そんな事はない。来てくれて、ありがとな」

 

雪菜の申し訳ない顔をみたら、迷惑だとは口が裂けても言えない。

それにしても全員がまさか、ナース服を着るとは思いもしなかったが、これはこれでいい夢だなと幸せな気持ちになるな。

 

「それじゃさっき看病のために作った炒飯があるから食べてよ」

 

そう言って浅葱は出してきた炒飯は何故か緑色をしていた。恐ろしくて何の食材を使っているのか聞けない。

 

「……ちなみにこれは何炒飯なんだ?」

 

「これはね『風邪もすぐ治るスタミナ炒飯』よ。ほら、冷めない内に食べてよ」

 

一口スプーンで掬って俺の口に運んできたが、内心はこれを食べたら風邪は治るかも知れないが、腹痛を起こす未来が待っているんだろうな。

3人に視線を向けて見ると、3人が合掌していた。すでに俺のためにしているとはな。

俺は覚悟を決めて一口食べた。

 

「……グハッ!?!?」

 

浅葱の炒飯の不味さにはある程度耐性が付いたと思っていたが、これは今までに食べた事のない不味さだった。

風邪は何故かこの激マズ炒飯を食べたら思いのほか治ったが、2日ほど腹痛で寝込む事になってしまった。

流石は浅葱の炒飯だ。期待を裏切らない不味さだった。

 

 




後2、3回更新してから新学期(新章)に入ろうと思います。

これからもどうぞ。読んで下さい。


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川崎隊

夏休みも後一週間ほどになってきた。新学期が始まるのは憂鬱だが、それでも楽しみな事がある。

それは小町のボーダー入隊だ。これは楽しみでしょうがないが、まだ日がある。

それに比企谷隊は今年から嵐山隊と共にC級の入隊日のレクリエーションを担当する事になっているので大変だ。

それに葉山達が入隊してくるので、絶対に俺に絡んできそうなので、どう対応してやろうかと今は考え中だ。

どうして今年はこんなにも大変な事が続くのだろうか?普段の行いが原因だろうか?

しかしそれはないと思う。学校で授業は真面目に受けているし、防衛任務もしっかりとこなしているのに。

 

「それで、鏡夜。こっちにいるのがお前に紹介したい連中だ」

 

俺は今、自宅で夜架の弟の鏡夜にとある人物達を紹介しようとしていた。その人物達とは、川崎沙希、鶴見留美、戸塚彩加、そして比企谷小町の4人だ。

今年中には出来るであろう新設部隊『川崎隊』の顔合わせをした方がいいと小町が言っていたので、こうして集まってもらった。

 

「そうですか。比企谷先輩が前に言っていた人達ですね。皆さん、始めまして羽々斬鏡夜と言います。これからよろしくお願いします」

 

「えっと、隊長をやる事になった、川崎沙希、です。よろしく……」

 

「僕は戸塚彩加。オペレーターをするからよろしくね」

 

「小町は比企谷小町です。オールラウンダーをやります。よろしくお願いします!」

 

「……鶴見留美。スナイパー……」

 

鏡夜から始まった自己紹介は一応成功したと思う。まあ、今日が初対面だし、緊張しているのも無理はないが、これからコミュニケーションを取っていけば大丈夫だろう。

この隊にはムードメーカーと言ってもいい小町がいるので心配はそれほどしていない。

 

「とりあえず、自己紹介が終わったしB級ランク戦の話や何か質問でもしてみたらどうだ?鏡夜は何かあるか」

 

何となく間が空いたので話を振った。俺が話を振るとはな……こう言う場合小町がしてくれるといいんだがな。

 

「そうですね。男が僕1人なので彼女達と仲良くしていけるか、少し不安ですね」

 

「……あー鏡夜。男はお前だけじゃないんだよ」

 

「え?……そうなんですか?それだとしたら誰が?」

 

「戸塚は男なんだよ」

 

「……え!?!?……そうなんですか!?」

 

初見で戸塚を男だと見分けるのは無理がある。大抵の人間には戸塚は女に見えてしまうからな。

それにしても戸塚はよく女と間違われるな……肌は白いし一人称が『僕』だからな。

女性でたまに一人称が『僕』で通している人がいるからな。だから間違えるのだろうか?

 

「……ははは……うん。僕は男なんだ……」

 

「す、すいません!全然気づかいないで!!」

 

鏡夜は戸塚に対して思いっきり頭を下げて謝っていた。もはや頭が床にめり込んで行く勢いだ。鏡夜、それ以上は家の床が抜けそうだから止めてくれ。

 

「気にしなくていいよ。よく言われるから……」

 

声のトーンが最後の方がかなり低くなっていた。戸塚は最近気にし出したようだ。俺が始めに間違え出した時からだろうか?誰もが戸塚を女と間違えるようになったのは。

 

「ほ、他に何か聞きたい事はないか?」

 

無駄だと思うが、話題を無理に変えて何とかこの場の空気を変えないと不味い事になるかもしれない。

 

「だったら、いくつか聞きたい事があるんだけど。羽々斬に」

 

「あ、僕の事は鏡夜で結構ですよ。姉の夜架と言い間違ってしまうとややこしいので」

 

川崎が助け舟を出してくれた。助かった……と思う。これで戸塚が持ち直してくれば、いいんだがな。

 

「それじゃ、鏡夜は隊長をやるつもりはないわけ?」

 

「隊長ですか?僕は他の人に的確に指示を出せませんし、それに僕は前衛タイプですから、指示を聞いて行動するのが性にあっています。なので、隊長をやるつもりはありません。すいません」

 

「そっか……はぁ~じゃあ、あたしがやるしかないか……」

 

川崎は念のために鏡夜に隊長をやるかを聞いてみたらしいが、結果は駄目だった。夜架も指示を出すのは苦手って言っていたっけ。

双子姉弟で、そう言う所は似るのだろうか?

 

「それじゃ、えっと……鏡夜のポジションとメイントリガーを教えてくれる。作戦とか考える時に参考にしたから」

 

「はい。僕のポジションはアタッカーでメインは弧月です。川崎さん達のも聞いてもいいですか?B級に上がったらどのポジションになるとか、メインも気になりますから」

 

「まあ、そうだよね。あたしのポジションはオールラウンダーでメインは弧月を使うつもりだから。サブにはシュータートリガーを入れるつもり」

 

「小町はポジションは沙希さんと同じでオールラウンダーでメインはスコーピオンでシュータートリガーを入れます」

 

「私のポジションはスナイパー。メインはイーグレットにするつもり」

 

鏡夜が川崎達にポジションやトリガーは何にするのかを聞いてきた。川崎、小町、鶴見がそれぞれ答える。

これだと川崎隊の編成はオールラウンダー2人、アタッカー1人、スナイパー1人となる。俺から見ても川崎隊は偏った編成ではないので連携をしっかりとしていけば、B級ランク戦でも十分戦っていけると思う。

 

「そうですか。教えてくれてありがとうございます。作戦とか考えるのはあまり得意ではないですけど、頑張っていきたいです。皆さん、これからよろしくお願いします」

 

「えっと、その、こちらこそよろしく」

 

「皆さん!頑張ってA級目指しましょう!」

 

「うん。がんばる」

 

「うん。僕はオペレーターとして皆を支えていくから」

 

鏡夜が改めて、川崎達に頭を下げて挨拶をした。鏡夜は礼儀正しいな。

川崎、小町、鶴見、戸塚が鏡夜に続いて改めて挨拶をしていた。

 

「話し合いは終わった?」

 

台所から浅葱が顔を出してきた。時間を見てみると、昼食の時間まで経っていた。腹が減ってきたと思ったら、もうこんな時間だった。

 

「ああ、ある程度の話終わった。浅葱は何か作っていたのか?」

 

「うん。加古さんから新しく教わった炒飯を作っていた所よ」

 

俺はそれを聞いて全身から嫌な汗が出てきた。それに小町も顔が青ざめているのが見て分かる。

鏡夜、川崎、鶴見、戸塚はまだ食べた事がないからこれから始まる地獄が分かってはいない顔をしていた。

 

「藍羽の料理って、どの程度なの?比企谷」

 

「……炒飯以外は一般的なレベルだが、炒飯だけは最早この世の食べ物とは言えない代物だ。だから、気を付けて食べろ。最悪、腹を壊して2、3日寝込む事になるかもしれないからな……」

 

「そんなにヤバイの?藍羽の料理は……」

 

浅葱の料理の腕を川崎が聞いてきたので、俺は率直に話した。途端、川崎だけではなく鶴見や戸塚の顔は引きつっていた。

ホントに何故浅葱の料理で炒飯だけは美味しくならないだろうか?こればかりは不思議でしょうがない。

 

「……ちなみに浅葱。今日の炒飯は何なんだ?」

 

「今日のは『とろろとチョコレートの炒飯』よ。皆、遠慮しないで食べてね」

 

俺は浅葱の満面の笑みに断る事は出来ずに食べる事にした。川崎達は食べるか迷っていた。まあ、気持ちは痛いほど分かるぞ。

こんな炒飯は今まで見た事がないからな。

 

「お前ら、俺が責任を持って食べるから無理して食べなくていいぞ」

 

俺が助け舟を出したが、全員が顔を横に振り、浅葱の特製炒飯を食べ始めた。食べて少し経った頃に全員の顔が青くなってきた。

浅葱の炒飯の恐ろしさが今になってきたようだった。

念のために胃薬をストックしておいて正解だったようだ。これからも胃薬はストックしていた方がいいな。

そんな事を思いながら俺と川崎隊のメンバーは腹を壊した。

 



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嵐山隊

川崎達と共に食べた浅葱の特製炒飯で腹を壊したが胃薬のおかげで、そんなに寝込む事もなかったのは幸いだったと言えるだろう。

そして夏休みは後2日で終わってしまう。こうして見ると短い気がしないでもない。

新学期の準備はすでに終わっているので、焦る事はないが、それでも忙しい奴が俺の目の前に居る。

 

「早くしないと新学期が始まってしまうぞ?米屋」

 

「だぁー!!分かってるって!!だから、こうしてがんばっているんだろう。……なぁハッチ?ここの式ってこれで合ってるか?」

 

「ここは前のページの公式を当てはめるんだよ」

 

「おお……なるほどな!……よっしゃー!これで何とか終わったぜ。サンキューハッチ。これで怒られずに済むぜ」

 

「だったら、次からはそうならないために頑張れよ……って米屋!」

 

「またな、ハッチ」

 

米屋はそれだけ言ってボーダーの比企谷隊の作戦室から出て行った。あいつは勉強を何だと思っているんだか……。

 

「八幡。米屋君は帰ったの?」

 

「ああ、米屋は帰ったし、少し弟子の様子でも見てくるわ」

 

「何を言ってんのよ。これから嵐山隊と9月の入隊日の打ち合わせがあるの忘れたの?」

 

米屋の勉強を見ていて、浅葱に言われるまですっかり忘れていた。

俺が防衛任務が無くランク戦の約束もしていない中、こうして本部に来ているのは米屋の勉強を見るだけではないく、9月の入隊日の打ち合わせをするために来ていたのだった。

 

「……八幡。あんた、やっぱ忘れてたんだ?」

 

「ま、まさか。俺のサイドエフェクトを持ってすれば、予定を忘れるわけないだろ……」

 

「ふ~ん……まあ、そう言うことにしといてあげる」

 

浅葱の冷たい目は身も心も凍りそうだった。ヤバかったな……話題を変えないと。

 

「嵐山さん達がここに来るんだっけ?」

 

「そうよ。まあ、私達はサポートに入る感じだって、遥に聞いたら今日の打ち合わせは誰がどこのサポートに入るかを確認するだけだそうよ」

 

「そっか……それなら良かった」

 

嵐山隊みたいに前に出て説明するのだったら、意地でも休んでいたからな。

そんな時に呼び鈴が鳴った。嵐山さん達が来たのだろう。

話を早くに終わらせて家に帰りたい。

 

「来たみたいだから出て来るわ」

 

浅葱は扉の方に歩いていき、嵐山さん達をで迎えていた。

 

「比企谷どうした?ぐったりしているようだが……」

 

「さっきまで米屋の夏休みの課題を見ていたんですよ。終わったと思ったら嵐山隊と入隊日の打ち合わせがあった事を思い出して、打ち合わせが始めるまで休んでるんですよ……」

 

「そうだったのか。だが、来たからにはしっかりしてくれよ?」

 

「分かっていますよ、それ位……」

 

嵐山さんに言われて俺は身体を起こして、打ち合わせを始めようとした時に嵐山隊ではない人物が現れた。

 

「久し振りだな、比企谷」

 

「お久し振りです。東さん」

 

東春秋。

B級東隊隊長にしてスナイパー。

ボーダー初のスナイパーで豊富な戦闘経験で培われた狙撃技術はボーダーでも一流だ。戦術と指揮に優れていて、数多くの隊員を師事した事のある人物だ。

人望が厚く切れ者だ。

俺も前にランク戦について色々と教えてもらった事がある。

 

それにしても何で東さんが嵐山隊と一緒に来たのだろうか?そこで少し考えて思い出した。

 

「……そう言えば、東さんも嵐山隊と一緒に入隊日の説明をするんでしたっけ?」

 

「ああ、そう言うことだからよろしくな。それにしても比企谷が引き受けるとは思わなかったがな」

 

「俺も受けた自分を殴りに行きたいですよ……」

 

東さんとそんな話していると浅葱が全員に紅茶とお菓子を出してきたので、打ち合わせを始める事にした。

入隊日の大雑把な説明を嵐山さんが始めた。

 

「それじゃ当日のアタッカー・シューター担当は俺と充と木虎、比企谷と羽々斬と姫柊の6人でスナイパーの担当が東さんと賢と朝田の3人にしてもらう。比企谷、ここまでに何か質問はあるか?」

 

「いえ、これと言ってないですね。あるとすれば、次回にでも聞きます。初めてですし、まずはやってみないと分からない事もありますから」

 

「そうか、分かった。だが、分からない事があればすぐに聞いてくれ」

 

「はい。その時は聞きます」

 

やっぱり嵐山さんは凄く丁寧で頼りになる。本当に分からない事があれば、聞きに行こう。

 

「賢、充、木虎はどうだ?」

 

「大丈夫ですよ、嵐山さん。もう何度もしているんですから」

 

「俺も大丈夫です。心配はありません」

 

「私も何も心配いりません」

 

佐鳥、時枝、木虎はもう何度もしているだけあって、余裕な気持ちでいるようだ。

俺なんて今から緊張しているのに……。

 

「東さんはどうですか?」

 

「俺の方もなんの問題もない」

 

「それじゃ、打ち合わせはこれで終わりという事で」

 

嵐山さんが最後に東さんに聞いたが、問題ないと東さんが言ったので、打ち合わせを終わる事にした。

俺としては新学期が来ないでほしいが、入隊日は来て欲しい。

新学期になれば、面倒な連中と顔を合わせないといけないからな。葉山とか由比ヶ浜とか雪ノ下など顔も会わせたくはない。

 

「それじゃ、俺は先に失礼する。またな、比企谷」

 

「はい。お疲れ様です、東さん」

 

新学期の事を考えていると東さんが先に退室したが、嵐山隊は何故か残ったままだった。え?何で今も居るの?

 

「比企谷は次のA級ランク戦はどうするんだ?」

 

「それはどう言う意味ですか?」

 

俺は嵐山さんの質問の意味が分からないでいた。どうも何も勝ちに行くに決まっている。

 

「比企谷はB級に上がりたての頃は参加していなかったろ?だからA級になってもそうなのかと思ってな」

 

「なるほど、そう言うことですか。今回はそんな事はないですよ。俺は一応遠征を目指していますから。他のやつにはまだ確認していないんで、分かりませんけど」

 

「そうか。戦う事になれば、手は抜かないからな」

 

「望む所ですよ、嵐山さん」

 

俺は嵐山さんがここに残った理由が分かった。嵐山さんは確認をしたかったのだ。

ここは一つ宣戦布告でもしてた方がいいいかな。

 

「嵐山隊より上に行く予定なんで、覚悟していてくだいよ。嵐山さん」

 

「それは楽しみだな」

 

嵐山さんは少し笑いながらそう言ったので向こうのやる気も十分なようだ。

 

「それじゃ俺達はこれで失礼しよう。そろそろ時間だしな」

 

「何かあるんですか?」

 

「雑誌の取材があるんだ」

 

嵐山さんが時間を気にしていたので、気になって聞いてみたら雑誌の取材だそうだ。メディアに出ているとこういった事が増えるんだろうな。

 

「それじゃね、浅葱ちゃん。文化祭もよろしくね」

 

「うん。それは大丈夫だから。防衛任務の時間帯は放課後に入れてないから」

 

「何の話だ?」

 

綾辻が浅葱と文化祭の事を話していたので、何の事か聞いてみた。

 

「文化祭の実行委員の事よ。遥によかったら出てくれないかって言われてね」

 

「浅葱ちゃんが居てくれたら、文化祭のホームページの事とかいいようにしてくれそうだから。比企谷君もよかったら、実行委員になる?」

 

「いや、全力で遠慮する」

 

綾辻が俺にも文化祭実行委員を進めてきたが、すぐに俺は遠慮した。誰が好き好んで、あんな面倒な事をしないといけない。

新学期になったら、決める事になるだろうが、俺はやるつもりはない。

 

「……ホント、比企谷君らしいね。それじゃ、またね」

 

「おう。またな綾辻」

 

綾辻は即答してきた俺に少し呆れていた。仕方ないだろ、実行委員って面倒な気がするし。

 

「失礼します。比企谷先輩」

 

「ああ、当日はよろしくな時枝」

 

時枝は中々、可愛げがある後輩だからかよくジュースを奢っている。

 

「藍羽先輩、よろしくお願いしますね~」

 

「はいはい。またね佐鳥君」

 

佐鳥はこう言う所がちょっとウザいな。普段から妙にテンションが高いからな。

 

「それでは比企谷先輩、藍羽先輩。当日はお願いしますね」

 

「ああ、分かっているって、木虎」

 

「またね、木虎ちゃん」

 

木虎は生真面目だからか態度が堅い気がするんだよな。まあ、そこがあいつの良い所でもあるんだけどな。

嵐山隊が全員出て行き、また浅葱と2人に戻った。

後で夜架、シノン、雪菜の3人に今日の打ち合わせの事を話しておかないとな。

 

「そうだ、八幡。これ9月の防衛任務のシフト時間の予定なんだけど、一応見ておいて」

 

「ああ、分かった。……平日は朝や昼には終わるようにして放課後に間に合うようにしているんだよな」

 

「うん、そうよ。夜架達にはもう言ってあるから」

 

「前と違って今は時間を気にしなくてもいいからな」

 

職場見学の前は基本平日は放課後にして、朝や昼は避けていたからな。けど、今は俺がボーダー隊員だとバレてしまったからそんな事も無くなった。

 

「それで八幡は大丈夫?」

 

「ああ、これで別にいいぞ。その辺りは浅葱任せだしな」

 

比企谷隊の防衛任務のシフトは浅葱が決めていた。と言っても俺の都合に合わせてくれていたからな。

 

「なら、問題はないわね。それじゃよろしくね」

 

「ああ、それじゃ俺は弟子の様子でも見て来るけど。浅葱はどうする?」

 

「私は少しする事があるからまだここに居るわ」

 

「そうか。だったら、こっちが終わったら寄るから一緒に帰ろうぜ。途中まで送るからよ」

 

「うん、分かった。待っているから」

 

俺は比企谷隊の作戦室を出てC級ブースに向かって歩き出した。

もうすぐ、夏休みが終わり二学期が始まる。

ボーダー入隊、文化祭、A級ランク戦、修学旅行、今上げるとしたらこの位だろう。

 

特にA級ランク戦では是非、上位に食い込みたいと思っている。遠征の事は考えているが、今回は見送ろうと思う。

比企谷隊の練度を考えたら、今回は無理だ。それでも目標としてはA級4位だ。

そんな事を考えているとC級ブースが見えてきたので考えるのを一旦止めて小町と川崎の戦い方について考え出した。

 




これで今年の更新は終わりです。

予定としては来年元日に更新しようと思います。

出来れば来年も是非読んで下さい。

では良い年末を。


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ボーダー入隊
葉山隼人④


皆さん、明けましておめでとうがざいます。

今年もどうぞ、よろしくお願いします。

今回から新章です。では、どうぞ。


9月1日

始まった。ああ、始まってしまった。

もう少しだけ夏休みが長ければ……と何度思ったことか。

 

「もう少しだけ夏休みが長ければな……」

 

「八幡。あんたは何をバカな事を言っているのよ。あんまり長いとだらけるだけでしょ。ホント、そう言う所は変わらないわね……」

 

「そう言ってもよ。9月はまだ暑いから10月まで休みにすればいいのに……」

 

「ふふっ……」

 

浅葱は俺の発言に呆れていた。長い付き合いで俺の性格を熟知しているからなのだろうが、もう少し優しくして欲しかった。

そんな俺と浅葱の会話を夜架は口元を隠しながら笑っていた。そんなに可笑しい事だろうか?

 

「それにしても今月は忙しくなるな。何かあれば言ってくれよ、浅葱」

 

「うん、分かっているわ。それに文化祭は生徒会も加わるし遅れる事はないと思うから」

 

俺達は自分達のクラスに行く前に職員室に寄って9月の防衛任務のシフト表のコピーを担任教師に渡して教室に向かう事にした。

 

「久し振りだな、比企谷」

 

「よお、奈良坂」

 

奈良坂透。

A級三輪隊スナイパー。

正確無比の狙撃が得意な堅実派のスナイパーでボーダー №2 スナイパーの称号を持つ男で射撃訓練では毎回1位をとり続けている。

ちなみに那須隊のスナイパー、日浦の師匠で隊長の那須とは従姉弟になる。日浦が奈良坂の弟子になれたのは那須が頼んだからだろう。

そして三輪隊で米屋に頭を悩まされている。お互いに頑張ろうな。

 

「おはよう。奈良坂君」

 

「おはようございます。奈良坂先輩」

 

「藍羽と羽々斬か。2人ともおはよう」

 

浅葱と夜架も奈良坂と挨拶を交わした。そこで俺はある事を奈良坂に聞いて見る事にした。

 

「奈良坂は文化祭の実行委員になったりするのか?」

 

「いや、俺はなるつもりはない。一応、塾があるから、あまり遅くまで残れないしな」

 

奈良坂は塾に通っているからな。こいつはこいつで大変だ……。

 

「比企谷と奈良坂か……」

 

俺と奈良坂が話していると奈良坂の後ろから声が聞こえてきたので見てみると見知った奴がいた。

 

「辻か、久し振りだな」

 

「よお、辻。久し振り」

 

辻新之助。

B級二宮隊アタッカー。

活路を切り開くアタッカーで援護能力はボーダーでも出水、時枝に並んで屈指の名アシストな男だが、ある致命的な弱点がある。

 

「おはよう。辻君」

 

「おはようございます。辻先輩」

 

「お、おは、よう……」

 

浅葱と夜架が挨拶をしてきたのだが、辻は目を合わせないようにしていた。

辻の弱点は女性が苦手なのだ。女性恐怖症程ではないが、苦手なのだ。だから、女性とはあまり目を合わせないようにしている。

 

「辻……いい加減になれろよ」

 

「いや、無理だ。これだけはどうしても」

 

辻がまともに話せるのは自分の隊のオペレーターの女性だけなのだ。

俺ですら嫌でも慣れたのにな。大丈夫なんだろうか?こいつの将来は。

 

「やあ、ヒキタニ君。おはよう」

 

辻の後ろから葉山が俺に朝の挨拶をしてきたが、相変わらず苗字を間違えたままだった。

よく見たら葉山の後ろには『今の』葉山グループのメンツが揃っていた。

葉山、戸部、三浦、海老名、由比ヶ浜の5人が。

 

「おい、比企谷の苗字を「いい、奈良坂」……比企谷?」

 

俺は奈良坂が葉山に文句を言うのを遮って葉山の目の前に移動した。俺の後ろでは浅葱と夜架の顔をちらっと見たが、かなり怒っていた。恐ろしいな、あの顔は。

 

「それで葉山。俺に何か用か?」

 

「用って程でもないよ。ただ、クラスメイトに挨拶をしただけだ」

 

「……挨拶、ね……今まで挨拶をしてこなったのにな。俺としては何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうんだよ……。その辺り、どうなんだ?」

 

「どう何だと言われても……だから、ただの挨拶だけど……」

 

「そうか、なら安心だな。俺はてっきりボーダーに入った時のために媚でも売っているものかと勘繰ってしまった。すまんな葉山」

 

「ちょっと!!あんた、さっきから聞いていれば、何様なんだし!!」

 

よほど俺の言葉が気に入らなかったのか、三浦が激怒してきた。しかも1階の職員室の前でだ。

何事かと、生徒が集まってきたし職員室から何人か教師が出てきた。

 

「おい、どうしたんだ?さっきの大きな声は。何があった?」

 

職員室から出てきた教師が俺達に聞いてきた。ここは三浦に恥をかいてもらうか。

 

「いえ、クラスメイトと話していたらいきなり大声で怒鳴られたんですよ。そんなに怒る事があった訳でもないんですけど。高校生にもなったのに落ち着きがないなと周りに……葉山に迷惑を掛けますよ?三浦さん」

 

「……っ……!!!」

 

三浦は顔を歪めていた。自分の行動で葉山の評価が下がる事がようやく分かったようだった。

三浦の歪んだ顔を見れたので、そろそろ行くか。どうせ、教室で会うわけだしな。

 

「それじゃ葉山、教室で」

 

「……ああ、教室で……」

 

俺達は教室に向かって歩き出した。後ろをチラッと見て、葉山達を見たがぼう然としていた。特に戸部、海老名、由比ヶ浜の3人が。

 

 

 

 

 

 

「それにしても中々容赦がないな。比企谷」

 

「そうか?だけど、悪いのは向こうだぞ。それにあいつは俺の事を目の仇にしているからな。これ位しておかないとまた文句を言ってきそうだし」

 

葉山達から離れた所で奈良坂が話しかけてきた。先程の三浦へ嫌がらせの事を言っているようだった。

 

「確か職場見学の件だっけか?三浦が比企谷に暴言を吐いたのは」

 

「正確には三浦は俺を罵倒して、暴言を言ったのは雪ノ下だけどな」

 

奈良坂が職場見学の事を思い出して、三浦の事を言ったが、少しだけ違ったので俺が訂正しておいた。

 

「あ、俺ちょっとトイレに行ってくるわ。浅葱、夜架、放課後にな」

 

「うん。放課後にね」

 

「はい。放課後にお会いしましょう」

 

「奈良坂、辻もまたな」

 

「ああ、またな」

 

「それじゃな」

 

俺はトイレに向かうために浅葱、夜架、奈良坂、辻と別れてトイレに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

トイレから教室に着くと中が妙に騒がしかった。入って見るとその訳はすぐにわかった。

葉山の周りに女子が集まっていた。

 

「葉山君。ボーダー入るって、ホント?」

 

「ああ、なんとか試験に合格してね」

 

「そうなんだ~。葉山君ならすぐにA級隊員になれるよ!」

 

「それは分からないけど、出来るだけ努力するよ」

 

葉山とその周りに居る女子の会話が聞こえてきた。それにしても女子が葉山の周りに居るのに三浦が何かを言うかと思っていたが、意外に大人しかった。借りてきた猫のようだった。

しかし葉山程度がすぐにA級に上がれるわけないだろうに、葉山と話していた女子はボーダーの事をまるで分かってはいないようだ。

 

「……まるで分かっていないな……」

 

キーコン!カーコン!

 

俺の独り言は呼び鈴と同時だったため、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

この日の授業も何事もなく無事に終わる事が出来た。え?放課後まで飛ばしすぎだ?授業なんて誰が気にするんだ?そういう事で飛ばした。

しかし授業中に俺の事を見ていた由比ヶ浜の視線が鬱陶しかった。

 

「ヒキタニ君。少し話があるんだが、いいかな?」

 

「……無理だ。俺はこれから防衛任務がある」

 

「ちょっと、ヒキオ!隼人が話があるって言ってんのよ。あんたは黙って話を聞くし!」

 

教室を出ようとした所、葉山に呼び止められたが、話をする気は俺に無いのでそのまま行こうとしたら三浦に大声で俺に黙って聞けてと言ってきた。

そもそも俺に黙っていろと言って葉山だけが話していいとは我が儘がすぎるな。

 

「……俺はこれからボーダーで防衛任務があるんだ。話なら別に明日でもいいだろ?こっちの都合を考えないで、一方的に話し掛けてこないでほしいんだが」

 

「それはすまいね。でも早めに聞いておきたいんだ。結衣の事で」

 

葉山は由比ヶ浜が俺に向ける視線の事に気が付いていたようだ。まあ、仲のいいグループだから夏休みの間に会っていても可笑しくはない。

 

「由比ヶ浜なら千葉村以降会っていないが……」

 

ホントは花火大会の日に見かけたが、それ以降は特に連絡してこなくなった。これは言わなくていいだろう。

 

「ああ。その事は結衣から聞いたら知っているけど、聞きたいのはもっと別の事なんだ。場所を替えたいんだが、いいかな?」

 

「……お前の話は他の誰かに聞かれたら不味い事なのか?」

 

話をするだけなら教室でも十分なはずだ。なのに葉山は場所移動をしようとしていた。

 

「ああ。だから2人だけで話がしたい」

 

それを聞いて三浦は自分も話に加わるものと思っていたようで心底驚いていた。

由比ヶ浜は今にも泣きそうな顔をしていた。

海老名は顔を赤く「グ腐腐ッ……」と不気味に笑っていた。

戸部に関しては何が起こっているのか理解していなかった。

 

「……分かった。ただ、俺は防衛任務があるから場所は俺が選ばせてもらう。文句はないよな?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

葉山の了承を得て、教室を出た所で浅葱と夜架がいた。俺を待っていたようだった。

 

「あ、やっと出てきたわね。いつまで時間掛けてるのよ」

 

「お待ちしていました。主様」

 

「二人ともすまん。俺はこれから葉山と少し話してくるから先に行ってくれるか。そんなに時間は掛からないと思うから」

 

「……大丈夫なの?あいつと2人きりで……」

 

「浅葱先輩の言う通りです。ここは私達のどちらかを」

 

「いや、2人とも付いて来なくていいから……」

 

俺が葉山と2人で話す事を言った途端に浅葱はあからさまに心配してくるし、夜架は付いて来ようとしてくる。

何がそんなに心配なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を出て向かった先は俺の行きつけの喫茶店だ。由比ヶ浜ともここで話したので丁度いいと思ったからだ。

浅葱と夜架は何とか説得して先に本部に向かうようにした。説得はかなり苦労した。

 

「それで、話ってのは何だ?」

 

「夏休み、と言うか花火大会の日に結衣が誘ったのに君は断ったと聞いてね。断った理由を聞きたいんだ」

 

「理由もなにも浅葱と行く約束をしていたからそっちを優先しただけだけど」

 

「……ちょっと待ってくれ。君と藍羽さんはどういった関係なんだ?」

 

「どんなって……それをお前に言う必要は無いだろ」

 

俺が浅葱と付き合っている事は言う必要はないと思う。しかし葉山は話してくれるものと思っていたようで、俺が言わないのが信じられないと言わんばかりな顔をしていた。

 

「……どうしても言ってはくれないのか?……」

 

「ああ、これは俺のプライベートな事だしな……それともお前は他人のプライベートにまでズカズカと入って来ていちゃもんを付けるのか?」

 

「……それは確かにそうだけど……」

 

「なら俺はもう行くけど、お前はどうする?」

 

「……俺はもう少しだけ、ここに居るよ」

 

「そうか。それじゃ、またな」

 

俺はそのまま店を出る事にしたが、葉山は残るようだった。それにしても俺が浅葱と付き合っている事はまだ他の人には知られない方がいいな。

それに来週はついに入隊日だ。嵐山隊のサポートと言えど大丈夫か、今から心配になってきた。

まあ、なるようになるだろう。

 

 

 




次回の更新は少しだけ間が空きます。

正月とか忙しいのですいません。

出来る限り早く更新していきたいです。

どうか、今年も読んでいって下さい。

では、また。


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比企谷隊⑥

更新、遅くなってしまって申し訳ありません!

正月初めは何かと仕事が忙しく、そしてあまり筆が進まなかったのも原因だと思います。

しかし今日からは出来る限り定期更新していきたいです。

どうぞ。よろしくお願いします。

では、どうぞ。


新学期が始まって一週間が過ぎて、今日はついにC級訓練生の入隊日だ。

ついにこの日がやって来た。小町のボーダー入隊が。

 

「ボーダー本部長、忍田真史だ。君達の入隊を歓迎する。君達は訓練生として入隊するが、三門市を……人類の未来は君達の双肩に掛かっている。日々研磨し正規隊員を目指して欲しい。私達は君達と一緒に戦える日を待っている。私からはこれで以上だ。後の説明は嵐山隊ならびに比企谷隊に一任する」

 

忍田本部長は敬礼をした後、訓練生が騒ぎ出した。職場見学を思い出す。碌な思い出ではなかったな。

赤い隊服に五つの星が描かれたエンブレムの4人と黒い隊服に三本の傷痕のような模様が描かれたエンブレムの4人が現れた。そしてオペレーターの服を着た女子2人。

 

「やあ、みんな!今日の入隊指導を担当する嵐山隊の嵐山准だ。よろしく」

 

嵐山さんは相変わらず人気があるな。キャーキャーと女子が騒ぎ出している。

それに綾辻、時枝、佐鳥、木虎の嵐山さん以外のメンバーもそれなりに容姿が良かったりするので人気がある。ホント、凄いな嵐山隊。

 

そして俺達……比企谷隊を見て騒がしくなってきた。特に男子が。

まあ、浅葱のスタイルいいから男が視線を向けるのも頷ける。

夜架は少しミステリアスな雰囲気があるし浅葱には劣るが、それでもスタイルがいい。

シノンは無愛想な顔をしているが、十分な美少女と言える。

最後に雪菜だが、顔が小さくて可愛い。

 

嵐山隊が女子に人気なら比企谷隊は男子に人気がある事が分かる。もしや上層部の狙いはコレなのだろうか?とちょっと考えてしまう。

 

「それじゃ入隊指導をする前にトリガーについて説明しよう。トリガーを起動して換装したら左手の甲を見て欲しい。数字があるのが分かるだろうか。その数字を4000まで上がるのが正規隊員になる条件だ。頑張って上げてくれ。それと彼の紹介をしないとな。比企谷、自己紹介を」

 

「……え?俺がやるんですか?」

 

「当たり前です。私達と違ってメディアに出ていない比企谷隊を知らないですから。早くしてください、比企谷先輩」

 

嵐山さんから自己紹介をしてくれと言われた時、少し考え事していたので不意を付かれてしまった。サポートと聞いていたので、自己紹介はしないでいいものと思っていた。

そして木虎に少し怒られてしまった。これらな受けるべきではなかったと後悔する。

 

「……はぁ~A級9位比企谷隊隊長、比企谷八幡だ。それで俺の隣がオペレーターの藍羽浅葱。アタッカー羽々斬夜架。スナイパー朝田詩乃。もう1人のアタッカー姫柊雪菜。この5人が比企谷隊のメンバーだ。何か質問があれば、ある程度なら答えるから」

 

自己紹介をした質問があるかを聞いた所、手を上げたのが居たので俺は手を向けて質問を言ってくれと促した。

 

「早く強くなる方法って、在ったりしますか?」

 

「あ~……一応にはある」

 

「その方法って何ですか?」

 

質問してきた奴だけではなく他のC級も嵐山隊も俺に注目している。質問なんて聞くんじゃなかった。

 

「……師匠を持つことだ。師匠から技を教わったりそれを盗んで、自分のものにしていく。経験面はしかたがないが、それでも技などは自分のものに出来る。これはあくまで俺の持論だから、そんなに深く考えなくていいから」

 

俺に質問してきたC級隊員はどうやら納得してくれたようで、ぶつぶつと何か考えていているようだった。

 

「それじゃそろそろアタッカー、ガンナー組とスナイパー組に分かれようか」

 

ナイス!嵐山さん。これ以上質問されたら緊張で変な事を言いそうだった。

 

「スナイパー組の子は俺に付いて来てね」

 

佐鳥が手を上げてスナイパー志望の隊員を連れて移動しようとしていた。移動する中に鶴見の姿が見えた。千葉村で見た暗い顔はしていなったので心配はいらないだろう。

 

「それじゃ隊長。私はあっちだから」

 

「ああ、しっかりな」

 

「隊長も、ね」

 

シノンはスナイパーの指導のため佐鳥と移動を始めた。こちらも移動するので気持ちを少し切り替えていこうと思った。

 

「こちらも移動するから付いて来てくれ」

 

 

 

 

 

嵐山さんを先頭に俺達はある場所に移動した。移動した場所は職場見学でもやった対ネイバー戦闘訓練だ。

 

「まず最初の訓練はこれだ。対ネイバー戦闘訓練。仮想戦闘モードの部屋の中で集積されたデータから再現されたネイバーと戦ってもらう」

 

嵐山さんの説明で周りが騒ぎ始めた。職場見学の時とまったく同じ流れだな。

まあ、これで大抵の事が分かるからな、これはこれで重要だよな。

 

「では、始めは比企谷に戦ってもらうから。よく見て置くように」

 

……ん?嵐山さんは今、俺に戦ってもらうって言ったか?

 

「……嵐山さん。やんないと駄目ですか?」

 

「ああ、しっかりとな。あ、それとアタッカー、シュータートリガーの2つで戦ってくれ」

 

やらないと駄目か。夜架か雪菜でもいい気がするが、何故か2人が真剣な眼差しを俺に向けてきている。

これは期待しているのか?俺に期待しないで欲しいのだが……。

俺は諦めて仮想訓練室に入って始まるのを待った。職場見学と同じように弧月を抜かずに軽く触れているだけだ。

 

『仮想訓練開始』

 

アナウンスと同時にジャンプして大型ネイバーの頭を飛び越えた。もちろん、飛び超える前に弱点の目を切ってだ。

 

『1号室終了 記録0.4秒』

 

終了のアナウンスが俺の記録を読み上げた。職場見学の時より0.1秒タイムが縮んだ。

そしてすぐに2体目の大型トリオン兵が現れた。

 

「バイパー」

 

俺は弧月を鞘にしまって、シュータートリガーのバイパーを起動した。トリオンキューブを27分割して放った。

ただし、直接ネイバーを狙うのは芸がないと思い、壁や天井に向かってバイパーを放った。弾丸トリガーが壁などに当たれば、それで終わってしまう。

だが、バイパーは跳弾した。まるでスーパーボールのように天井や壁に当たって4~5回ほど撥ね続けた。

まあ、実際には弾は跳弾したのではなく壁や天井に当たる前に軌道変更しているだけだ。最終的にはトリオン兵の目に全弾命中した。

 

『スーパーボール』

ボーダーでも出来る奴が殆んどいない俺が作ったバイパーの技だ。弾速と射程にトリオンをつぎ込んでやる遊びだ。

やるとしても狭い場所でないと出来ないし、そもそもやろうとする奴がいない。

俺が仮想訓練室から出て見るとC級隊員が引いていた。何故?

 

「お、お兄ちゃん!!今の何?!シュータートリガーってあんな事も出来るの?!さっきの他にも出来る人って居るの?!!」

 

小町が興奮して俺の両肩を掴んで前後に揺らしながら大声で聞いてきた。中々、いい妹ボイスだ。流石は俺の癒しの天使だけの事はあるな、小町。

 

「とりあえず、落ち着け小町。説明してやるから……まず最初の質問だが、あれは『スーパーボール』って言う技だ。2つ目だが、あんな事が出来るのはシュータートリガーでもバイパーだけだ。それで最後の質問だが、トリガーにバイパーを入れている奴で言うと出水位だ」

 

「そうなの?玲さんは?」

 

「那須はトリオンが足らなくて今の半分位なら出来ると思うぞ?」

 

「玲さんでも今の半分なんだ……」

 

「それと何でC級は全員が引いているんだ?」

 

これが疑問だった。引くような事はしていないと思うのだが、何故か引かれていた。

 

「そんなのさっきの見せられたら、素人からしたらどん引きものだよ!お兄ちゃん」

 

「え?マジで?」

 

「マジだよ。小町だって引いているもん」

 

小町の口からまさかの真実が告げられた!!……って何を俺は少し大げさに思っているんだろうか。

 

「嵐山さん。俺がやった事ってそんなに引くことですかね?」

 

「う~ん……まあ、ボーダーでも出来る人間はそうはいないかな。俺もあれはやり過ぎだと思っている」

 

まさか嵐山さんも引いているとは思いもしなかった。まあ、俺も滅多にやらない技だけどもそんなに引く程か?

 

「そうだったのか……俺の中では遊びだったんだけどな」

 

「あれを遊びって言えるのはお兄ちゃん位だよ」

 

「そうか……次はもっと手を抜いてやった方がいいな……」

 

初めての事や緊張でとんでもない事をしていまったんだな俺は……。来年やるとしてももっと上手くやろうと心に固く誓いを立てた俺であった。

 

「ヒキタニ君、少しいいかい?」

 




読んでくれておりがとうございます。

これから更新頻度が落ちるのですいません。

ハイスクールの方を更新していこうと思うので出来ればハイスクールの方も読んで下さい。

では、次回にお会いしましょう。


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比企谷八幡⑪

「ヒキタニ君、少しいいかな?」

 

C級のために仮想訓練室で戦って、小町の質問攻めにあったがなんとか乗り越える事出来た。

しかし『スーパーボール』をしたのは間違っていたようだ。やってみた所、C級隊員に引かれてしまった。

小町にも引かれたのは八幡にとって大ダメージだ。HPの半分を持っていかれてしまった。

……って俺は何をやっているんだか……。

 

「ヒキタニ君。ちょっといいかな?」

 

ああ……ホント、何で俺はこの仕事を受けてしまったんだか……。

 

「お兄ちゃん!」

 

「どうした?小町。お前も早く戦ってこいよ。そういえば、今のポイントってどの位だ?」

 

「小町は2590だよ。それで沙希さんが2230位で、留美ちゃんが2450位だよ」

 

川崎と鶴見も順調なようだな。まあ、川崎は俺が鶴見はシノンが師匠をしているからな。順調なら問題ないか。

 

「そうか。それなら十月下旬までに部隊を作る事が出来るかもな」

 

「ホント!!お兄ちゃん!」

 

「ああ、九月は文化祭の準備とかで忙しくて無理かもしれないけど、十月は特に行事はないから十分可能性はあるぞ」

 

九月は総武高校で文化祭があるので無理だが、それが終われば修学旅行まで特に何もないのでポイントを稼ぐ事が出来るからな。修学旅行前には出来るだろう。

 

「……ヒキタニ君……もういいかな?」

 

「それじゃお兄ちゃん、小町も行ってくるね」

 

「おう、頑張ってこい。でも落ち着いてやれ。戦いは冷静でやらないとすぐに足元を掬われるな」

 

「小町。了解!」

 

小町は敬礼して仮想訓練室に並んで自分の順番を待っていた。俺は他のC級の様子でも見ておくかな。

 

「ヒキタニ君!!」

 

さっきから俺の近くで大声を出している人物が俺の肩を思いっきり掴んだ。『絶対に離さないぞ』と言わんばかりに強くだ。

 

「……何か用か?葉山」

 

「どうして、今まで無視したんだ……!」

 

「え?俺って呼ばれていたのか?気付かなかったなー」

 

我ながら棒読みにならないようにしたいな。

 

「な!?……ヒキタニ君!!君は―――!?!?」

 

葉山は俺を強引に振り向かせようとしたが、それを夜架と雪菜によって止められた。しかも夜架と雪菜は弧月を葉山に首にギリギリ当たらないように添えていた。

 

「これ以上、主様の苗字をわざと間違えるようなら……その首、ここで切り落としますよ?」

 

「八幡先輩は優しいから怒りませんけど。私達は怒っているんですよ」

 

夜架がこれ程怒りを露にした事は今までなかったから、ちょっと新鮮だな。って俺は何を考えているんだ。

雪菜も夜架に負けない位怒っている。自分の武器を誰かに向けるなんて、あの雪菜からは想像もつかなかった。

そもそも俺はそんなに優しくないからな、雪菜。

 

「夜架、雪菜。2人ともそこまでにしておきなさいよ」

 

浅葱がすかさず止めに入った。流石は比企谷隊の姉的ポジションな事だけはあるな。

 

「そいつはまだC級でしょ。B級に上がったら個人戦でボコボコしてポイント枯渇させてやりなさい」

 

俺の期待を斜め上を行く発言だった!浅葱も完全にお怒りのようだ。まあ、俺も逆の立場なら怒っていたかもしれない。

自分の恋人の苗字をわざと間違っていたら、それはキレるよな。

 

「まあ、3人とも落ち着け……俺はそんなに気にしていないから。とりあえずお前らは向こうの様子でも見てきてくれ」

 

夜架と雪菜が葉山に切りかかる前に2人を引き離す事にしたが、浅葱を含めた3人が葉山の事をもの凄い怖い顔で睨んでいた。

これが三浦の耳に入れば俺に文句を言ってきそうだな……学校に行きたくなくなった。

 

「……それで葉山、俺に何の用だ?」

 

「ああ、君に頼みがあるんだ……」

 

「頼み?お前が俺に?……一応聞いてやるから言ってみろよ」

 

「俺を君の弟子にしてくれ!!」

 

「あ、あたしも!あたしもヒッキーの弟子になりたい!!」

 

葉山が俺に頼み事をしてくると思ったら弟子入りかよ……しかも近くで聞いていた由比ヶ浜も弟子入りしようとしてくる始末だ。てか近くに居たんだな、由比ヶ浜。

 

「どっちとも却下だ」

 

「ちょっ!?何でだし!理由を言うし!!」

 

「……結衣の言う通りだ。どうしてなんだ?」

 

こいつらは自分達が何を言っているのか理解しているのか?一々説明しないといけないのが面倒だ。

 

「……分からないのか?だから無理なんだよ……」

 

「そんなの理由になってないし!!」

 

「ああ、それだけじゃ納得がいかない。しっかり説明してくれ、ヒキタニ君」

 

こいつらは絶対に手を引かないらしい。だから俺はこいつらが嫌いだ。

 

「何か面白そうな話しているね?比企谷君」

 

「……雪ノ下さん。貴女も受けていたんですね」

 

俺の目の前に現れたの雪ノ下雪乃の姉で加古さんの友人の雪ノ下陽乃さんだ。これまた面倒な人が現れたな。この人も試験受けて合格していたのか。

 

「あれ?小町ちゃんから聞いていなかったの?」

 

「小町から由比ヶ浜達としか聞いていなかったので……それであいつは……貴女の妹は受けなかったんですか?」

 

姉や由比ヶ浜が受けているのにあの女が受けないはずがない。だけど、周りを一通り見てみたが姿は見えなった。

 

「それが雪乃ちゃんは落ちたんだよね。その後で、試験官の所にどうして自分が落ちたのかを聞いたら、試験官の人が『君は周りとの協調性がない。そんな人間をボーダーに入れるわけにはいかない』って言われちゃってね。もうそれからはかなり不機嫌であの顔は笑っちゃったよ」

 

雪ノ下は余程笑える顔をしていたんだな。それなら見て見たかったな。

そこで俺が『どうだ?お前がバカにしていた俺より協調性がないと言われた感想は?』とバカにしてやりたかった。

 

「それで雪ノ下さんも俺に何か用ですか?」

 

「隼人達の話が少し聞こえてきてね。私も比企谷君の弟子にしてほしいな~って思ってさ」

 

また厄介な……ここは断るのが無難だよな。

 

「俺よりも加古さんの弟子になったらどうですか?友人なんでしょ?」

 

「その事なら入隊前に相談したらポジションを聞かれてね。私はオールラウンダーって言ったら、望が『それだったら、比企谷君がいいわよ。彼、№1 オールラウンダーだから私より彼に弟子入りした方がいいわ』って言っていたんだ~」

 

加古さんは俺に面倒事を押し付けるきか?そんなのゴメンだ。しかし何かいい回避方法はないだろうかと考え込んでいると、ふと川崎が見えた。

その時、ある事を思いついた。弟子入りを回避してその上川崎のポイントが溜まる方法が浮かんだ。

 

「……分かりました。ただし俺の弟子になるには条件があります。それをクリアしてからです」

 

「ふ~ん……条件、ね。それでその条件って?」

 

「俺には3人の弟子がいます。その3人の誰でもいいんで一ヶ月以内に百本中六十勝以上が俺に弟子入りする条件です。ただし一日同じ人間は1回までです」

 

「……つまり、その日の内に同じ弟子の子と戦う事は出来ないって事だね」

 

「流石に理解が早いですね、雪ノ下さん」

 

「えっと……どう言う事ですか?」

 

雪ノ下さんはすぐに分かったのに何で由比ヶ浜はまったくと言って理解出来ないんだ?これでよく総武高に入学できたな。

 

「つまり、ガハマちゃん。例えば私が比企谷君の弟子一号と今日戦ったら今日はもうその子とは戦う事が出来ないって事なの。だから、戦うとしたら弟子二号と三号としか戦えないの。分かった?」

 

「は、はい……多分………分かりました!!」

 

雪ノ下さんが分かり易く説明したのにそれでも分からないようだった由比ヶ浜は。

本当にどうやって進学校である総武高に入学したんだよ。後、多分を小声で言うくらいならはっきり言えよ。

 

「もし一ヶ月以内に六十勝以上できなったら?」

 

「その時はリセットで最初からだ。それと言っておくが俺の弟子はそれなりに強いぞ。入りたてのお前らじゃ勝てないと思うけどな」

 

「そんなのやってみないと分からないじゃん!!絶対ヒッキーの弟子になってやるんだから!!」

 

由比ヶ浜はやる気十分だが、気力だけで勝てる程ボーダー隊員は弱くはない。それをこいつは分かっているのか?

それに由比ヶ浜が先ほど言った『やってみないと分からない』と言う言葉は俺は嫌いだ。自分の力も相手の実力もまったく理解していないバカの発言だ。

あ、由比ヶ浜はバカだった。すっかり忘れていた。

 

「それで比企谷君。君の弟子の名前を聞かせてよ。私達は誰も知らないしさ」

 

「分かりました。まずB級那須隊隊長那須玲。A級加古隊アタッカー黒江双葉。C級川崎沙希。以上が俺の弟子の名前ですよ」

 

「え?サキサキはヒッキーの弟子なの?!じゃああたしも弟子にしてよ!」

 

「川崎の弟子入りは小町におど……お願いされたからだ。俺は出来ればこれ以上弟子は増やしたくないんだ。弟子になりたかったらさっき言った条件をクリアすることだな」

 

由比ヶ浜にそれだけ言い残して俺はその場を離れた。これ以上居たら他にも何か言ってきそうだったからだ。

 

 

 

 

 

俺は葉山達から離れた後、仮想訓練室を見てあ然としていた。中で戦っている隊員が他の誰よりも苦戦していたからだ。

しかも時間切れで終了して出てきたのを見てまたしても驚いた。

あの訓練で時間切れを始めてみたからだ。それもメインがレイガストも驚いた。

 

『モグワイ。あの訓練生の経歴を見てくれるか?』

 

『どうしたんだ?旦那。あのメガネが気になるのか?』

 

『ああ、どうも気になってな。あいつのトリオン量は平均より低い。でなければ仮想トリオン兵にダメージを与えられないのはおかしい』

 

俺は先ほど仮想訓練を時間切れで終わってしまった人物をモグワイに調べるように言った。それも通信で誰にも聞かれないようにしてだ。

あいつのトリオン量はあまりにも低い。あれで試験に合格出来たとは思えない。

 

『了解だ。ちょっと待ってくれ。…………見つけたぜ。名前はミクモオサム。十五の中坊だな。こいつは……一回落ちて推薦で入隊しているな』

 

『推薦?誰がそんな事をしたんだ?』

 

『推薦者の名前は迅悠一になっているな。ケケッ』

 

「……マジか……」

 

思わず声にでしまった。周りを見渡したが誰にも聞かれてはいないな。

それにしてもまさか迅さんがあいつの推薦者とはこれはまた驚いた。それと同時に嫌な予感がした。あの人が何の理由もなくあんなトリオン量が少ない奴をボーダーに……それも推薦まで使って入れただ?

あの人の事だから暗躍しているんだろうな。関わりたくないな。

 

とりあえず、他のC級の様子を見る事にした。あいつの事は気になるが迅さんが絡んでいるのにここにいないという事はまだ迅さんは動かない事かもしれない。

しばらくは様子見だな。と俺は結論付ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし俺はこの時、気付くべきだった。あのミクモオサムと言う少年が鳩原さんの失踪に関わっている事に。

もっと注意しておくべきだった。あいつは迅さんが推薦までしてボーダーに入れた事に。迅さんが関わっていたので俺は関わりたくない一心で目を背けていた。

この事がまさか近い将来、俺にとっても重大な事になるとはこの時俺は知るよしもなかった。



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比企谷八幡VS木虎藍

九月のボーダー入隊のレクリエーションは大方何事もなく終わりつつあった。

まあ、途中で葉山、由比ヶ浜、雪ノ下さんが俺に弟子入りを希望してきたが、俺は弟子にしたくはないためにある策を講じた。

それは3人目の弟子である川崎に3人を相手して貰う事だ。

 

俺が出した弟子になるための条件は一ヶ月以内に3人の弟子から百本中六十勝以上する事にした。

葉山、由比ヶ浜、雪ノ下さんはまだ、C級隊員だから俺の弟子になるには川崎に相手してもらわないといけない。

もちろん、正規隊員である那須や双葉とはフリー対戦をすれば、戦う事も出来る。

だが那須と双葉が葉山と由比ヶ浜が俺の名前を間違えたり、変なあだ名で呼んだら2人は多分相手にしないと思う。勘だが。

 

 

 

 

 

「皆、一通り訓練をしたと思う。これからC級個人ブースの説明をしたいと思う。俺にまた付いてきてくれ」

 

今度は個人ブースに移動を始めた。どちらかと言えばブースでの対戦でポイントを得た方が訓練で貯めるより個人戦の方が早く貯まる。

しかし葉山、由比ヶ浜、雪ノ下さんの事も気になるが、それと同じ位ミクモオサムという人物も気になる。

迅さんとどのような関係なのか気になるが、今はいいだろう。

 

「さて、着いたぞ。ここがC級個人戦ブースだ」

 

俺が考え込んでいると目的の場所に到着したようだ。ここに来るのも久し振りだな。

 

「それじゃ木虎と比企谷の2人に実演してもらう。2人とも準備してくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「……え?やんないとだめですか?嵐山さん」

 

木虎はすんなり答えたが俺は正直やりたくはなかった。だって面倒だし。

 

「確か総武高校の職場見学の時に木虎と戦う約束をしたらしいじゃないか。今まで戦ってないだろ?」

 

確かに嵐山さんの言う通りだ。俺は職場見学の時に木虎と戦う約束をした。そしてこれまで時間が合わなかったのも事実だ。

合わせようとしたが、メディア露出している嵐山隊に時間に合うようにするのは中々出来ないでいた。

 

「……分かりました。約束ですから」

 

流石に約束を破るわけにはいかないので、木虎と戦う事にした。ホント、何でレクリエーションなんて受けたんだろうな。

 

「フィールドはランダムで一本勝負でいいか?木虎」

 

「はい。時間も限られていますし、こっちはそれで構いません。それでは比企谷先輩、よろしくお願いします」

 

「ああ、こっちこそな。始めるか」

 

俺と木虎は個室に移動して転送を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職場見学の時に木虎とした約束をまさかC級入隊日にする事になるとはいい事なのだが、流石にC級隊員が見ていると思うと緊張してきた。

 

「場所は……よりにもよって工業地区かよ……」

 

このマップは不味い。数あるマップの中でも開けた場所が少なく、逆に狭く入り組んだ場所が多い。

そうなると木虎にとってこれ程戦い易い場所はないだろう。見つけるまでに時間が掛かりすぎてしまうとワイヤーを張り巡られて俺にとって不利な戦いをしないといけない。

 

「まずは……トマホーク」

 

俺は合成弾のトマホークを作りそれを4分割して近くの建物の影に向かって放った。

派手な爆発音と黒い煙が立ち込めてきた。

建物を壊し開けた場所を作っていく。これで木虎のワイヤーを回避できるはずだ。

 

 

 

 

 

 

トマホークを放ちながら走り回っているのに未だに木虎の姿を捉えられていない。これは俺が誘われているのか?これまでの木虎の戦い方とは類似するものはない。

新しい戦法か?それだとしたら準備が終わるまで待ってから仕掛けた方がいいのか?

悩んでもしょうがないので少し開けた場所に出た瞬間に左側にハンドガンを構えている木虎が目入ってきた。

 

「っ!シールド!」

 

何とかシールドで防いでサイドステップで右に飛んで木虎と距離を作ろうとした。

しかしそれは間違っていた。

 

「なっ!?!?」

 

足に何かに当たりバランスを崩して倒れてしまった。木虎は好機と思わばかりにハンドガンで俺を狙ってきたが、態勢を整えてなんとか避ける事が出来た。

そして足に当たったのは間違いなく木虎のスパイダーだ。

 

『スパイダー』

ワイヤートリガーでトリオンキューブの両端に角が付いたもので少ないトリオンで使う事が出来る。

メテオラと組んで爆発するトラップにする事もできる。

 

「バイパー!」

 

撃たれるだけにならないためにもこちらも反撃をしないといけないのでバイパーを27分割して木虎に向けて放った。

しかし態勢が崩れている状態ではそんなに狙えないのが一般的な隊員だ。しかもバイパーだと尚更だ。

だが、俺の場合違うと言っておこう。

 

俺のサイドエフェクトの『脳機関強化』は他の脳系統のサイドエフェクトとは違い、集中力次第で脳に送られてくる情報量が違う。周りがスローモーションに見えたりする。

だから態勢を崩していても相手さえ見えていれば狙う事が可能だ。

 

しかしデメリットもちゃんとある。集中しすぎて送られてくる情報量を処理することが出来ずに脳がパンク寸前になって鼻血を出して倒れてしまう事だ。だから集中しすぎないように注意をしないといけない。

おっと今は木虎との戦いに集中しないとな。木虎に失礼だな。

 

「比企谷先輩。『今日は』勝たせてもらいます」

 

「生憎だな、木虎。『今日も』勝たせるつもりはない」

 

これまでの木虎の平均的な戦績は十本中八勝二敗と言う具合だ。だからこそ木虎としては勝ちたいだろうが、俺も勝ちを譲る気は更々ない。

今の木虎はと言うと空中に立っていた。実際には張り巡らしたワイヤーの上に立っているだけだ。

目を凝らして見ないと空中に立ったように見える。

 

「それにしても上手くなってきたな」

 

「比企谷先輩にはその辺り感謝しています。けれど、今は勝たせてもらいます!」

 

「だから、譲る気はない!」

 

木虎はスコーピオンを足から出して俺に斬りかかってきた。俺も負けじと弧月で応戦するが、周りにあるワイヤーの所為で上手く動く事が出来ない。

 

「くっ!バイパー!」

 

「……どこを狙っているんですか?」

 

何とか突破口と開こうとしてバイパーを放った。しかし木虎には当たる所か一発も掠りはしなった。

狙いは木虎ではなくワイヤーの方だ。細いワイヤーを狙うのは無理でもワイヤーの角を狙うのは簡単だ。

建物で凹んでいる場所を狙えばいい。そこにワイヤーの角がある。

 

「っ!させません!」

 

木虎は俺の狙いに気付いてからの行動は早かった。使えなくなったワイヤーの代わりの新しいワイヤーをすぐに張り巡らした。

もちろん俺への攻撃もしっかりとしている。そこは流石と思う。

ワイヤーを狙ったのは少しでも俺への注意を逸らすのが目的だ。

 

「旋空弧月」

 

俺は周りの建物の柱に向けて旋空を数回放った。建物は柱を失くして重さで崩れた。

崩れて俺と木虎の周りには砂埃が立ち込めていた。視界ゼロ状態。

だけど、俺には木虎のいる位置がある程度分かっている。サイドエフェクトで相手の行動をある程度先読みする事が出来る。

迅さんのように『未来』が見えるわけではないが、俺の行動で相手を誘導するのは可能だ。

だからこそ木虎の位置は俺にはある程度分かる。

 

「悪いな、木虎」

 

俺は一瞬、動きの止まった木虎の首を弧月で横に一刀両断した。

 

『伝達系破損 ベイルアウト』

 

木虎のトリオン体は崩れて飛んでいった。

一先ずこれで入隊日のレクリエーションは終わったも同然だ。はぁ~……報告書さえ書けば帰れる。

 

 

 

 

 

個室から出て見ると木虎は負けて悔しがっていた。嵐山さんはかなり満足そうな顔をしていた。

 

「今見たようにA級の隊員同士の個人戦はあれ程のものになる。皆も実力を付けてぜひA級昇格を目指してくれ」

 

「一通り終わったらラウンジで休憩してもいいから。身体はトリオン体で疲れないけど、精神的には疲れているから気を付けてね」

 

嵐山さんはC級に無茶な事を言うな……でもそれは頑張り次第と言った所だろう。

そして時枝がラウンジでの休憩を進めた。確かにトリオン体では疲れたりしないが、精神的には疲れる。

休憩は大事だからな、俺も戦ったのでマッ缶で糖分補給をしないとやっていけない。

C級がラウンジに移動を始めた時に木虎が俺に近付いて来た。

 

「……今回は勝てると思っていました」

 

「だろうな。でも俺はいいと思うぞ。まあ、次は十本勝負までしてやるよ」

 

「はい。その時はお願いします」

 

木虎はそれだけ言って離れていった。相変わらず負けず嫌いだなあいつは。まあ、それが木虎らしいと思う。

そう言えば、小町と川崎はしっかりやっているだろうか。休憩ついでに聞いて見るか。

そう思っていると目的の人物達を見つける事が出来た。しかも葉山達と一緒にいた。

 

「小町、川崎。お疲れ」

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

「……比企谷。あんた、よくも面倒な事を押し付けたね」

 

小町と川崎に近付いてみると川崎からもの凄い怖い顔で睨まれた。怖っ!!

 

「な、何の事ですか?川崎さん」

 

「……目を逸らして敬語になってるよ……葉山達があたしから百本中六十勝以上したら比企谷の弟子になれるって言てきたの。それでさっきまで戦っていたんだよ」

 

どうやら葉山達は全部喋ったようだ。余計な事をしてくれたな。

 

「そ、それでまずは誰と戦ったんだ?」

 

「話を変えたね……まあ、いいけど。まず葉山から戦って十本中八勝二敗で、次に由比ヶ浜とで、最後に雪ノ下のお姉さんと」

 

「そうか。でも川崎としても挑んでくる奴がいた方がいいだろ?わざわざ相手を探す手間が省けるしさ」

 

「確かにそうだけど……次からあたしを巻き込むんだったら話して。いきなりあの3人が来てビックリしたんだから」

 

これは気を付けないとな。川崎の怒りが小町経由で来たら、もう俺では対応できない。それにしても葉山の事と言うかこの場合は葉山グループの事で気になっていた事があったので葉山に聞いて見る事にした。

 

「葉山。試験を受けたのはお前のグループで由比ヶ浜とお前だけなのか?」

 

「え?……いや、優美子と姫菜も受けたんだけど、2人とも落ちてね。でも戸部は合格したんだ」

 

海老名と三浦も受けていたのか。三浦に関しては受かると思っていたのだろうか?だとしたらバカと言うしかないな。

しかし海老名が落ちたのはどうしてだろうか?もしかして戸塚と同じくトリオン量だろうか?

戸部までも受けていたとはな……正直どうでもいいな。

まあ、別にいいか。俺には関係ない事だしな。

こうして嵐山隊と合同のC級入隊日のレクリエーションは無事に終わる事が出来た。出来れば次回も何の問題なく終えたい。

 

そう言えば文化祭の実行委員を決めるのって何時だっけ?その内思い出すだろう。

これでC級入隊のレクリエーションは終わった。



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文化祭
比企谷八幡⑫


これから文化祭編に入ります。

八幡は文化祭実行委員になりません。

しかしなんらかの形で関わる予定です。

では、どうぞ。



ボーダーC級入隊日のレクリエーションは無事に終わったとは言いがたい……俺的には。

それは葉山、由比ヶ浜、そして雪ノ下の姉の雪ノ下陽乃さんが俺に弟子入りをお願いしてきたからだ。

 

最近、川崎を弟子にしたばかりなのに……だからしばらくは絶対に弟子は持つつもりはない。

なので弟子入りにある条件をだした。その条件は俺の3人の弟子―――那須玲、黒江双葉、川崎沙希から一ヶ月以内に百本中六十勝以上しろと言うものだ。

これならしばらくは何とかなるだろう。問題を川崎に丸投げしたのは悪いと思うよ。ホントに悪いと土下座で謝ってもいいとさえ思っている。

 

後で川崎から聞いた話によると葉山達と戦った戦績は由比ヶ浜が十勝で完勝した。雪ノ下さんが六勝三敗一引き分けで勝ったようだ。

どういう訳か何故か戸部までもが川崎に挑んできたそうだ。十勝で完勝だったそうだ。

まさか戸部まで俺の弟子になりたいとか……もう、あの連中に関わりたくない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどう言う事ですか?平塚先生……」

 

朝方の防衛任務を終えて学校に着いてみるとギリギリ朝のSHRが終わっていたが、問題はそこでは無い。

黒板に文化祭実行委員『比企谷八幡』と書かれていた。

 

「説明が必要かね?」

 

「……ええ、もちろん。納得のいく説明をお願いしますよ……」

 

俺が低い声で話し掛けたが、平塚先生は何の悪びれもないかのような態度を取っていた。何だこの教師は?

 

「もう次の授業が始まろうとしているのにまだ決めずにグダグダとやっていたんだ。それにSHRに比企谷が居なかったのでお前にしておいた。まあ、頑張れ」

 

「……平塚先生。俺は防衛任務があるんですよ。無理ですよ」

 

「君のシフト表には放課後は入っていなかったぞ」

 

……あ、しまった!そう言えば、浅葱の奴が放課後に防衛任務を入れないようにしてないんだった。

これでは防衛任務を理由に逃げる事が出来ない。考えろ、俺……何かないか。

この独身暴力アラサーを黙られるには…………ん?待てよ。あれが使えるな。

 

「……平塚先生。いくら教師だからと言って横暴すぎませんか?」

 

「何を言っている。学校では教師が法だ。君は大人しく従っていればいいんだよ」

 

「そうですか。それが本音ですか。だったら、こっちにも考えがありますよ……」

 

俺はスマホにある動画を消音にして他の生徒には見えないようにして平塚先生に見せた。

 

「……っ!?!?」

 

平塚先生は予想通りに驚いていた。俺が見せているのは千葉村最終日に平塚先生が俺を突き飛ばしてスマホを踏みつけている動画だ。録画していて良かったぜ。

 

「……比企谷。それはもう話し合った事ではないか」

 

「可笑しいですね?あの時は音声だけで動画についてはまったく触れてませんよ?」

 

千葉村で平塚先生をおど……お願いした際に出したのは音声だけで動画については触れてない。

俺と平塚先生の話を聞いていた生徒は何の事か分からずにいた。

 

「どうします?あんまり長引くと他の生徒が気にしますよ。それに一時間目は現国ですし、最初の数分で決めれば大丈夫ですよ。ね?平塚先生」

 

「……っ!?……分かった。皆も少し待っていてくれ。準備してくる」

 

平塚先生は教室から出て行った。そして俺はと言うと自分の机に着いて授業の準備を始めた。椅子に座ってから視線を感じたのでその方向を見てみると由比ヶ浜が俺の事を見て、いや睨んでいた。……何で睨まれているんだ?俺。

 

 

 

 

 

平塚先生が教室から出てから約十分が経った頃に教室の扉が開いて息を切らした平塚先生が入って来た。手には使い捨てたと思う大きめの茶封筒が二つあった。

くじでも引かせるつもりなのだろうか?まあ、何か仕掛けてくるならたたき……じゃなくて『お願い』をするまでだ。

 

「はぁ…はぁ…すまないな……待たせた。では引くがいい!比企谷!!」

 

平塚先生は二つある内の一つを俺の目の前に持って来た。しかしこれは可笑しい。

平塚先生がこんなにも素直に俺の言う事を聞くとは考えにくい。罠だな、これは。

 

「分かりました。それじゃ引きますね……」

 

俺は出された茶封筒から『三枚』の紙切れを取り出した。

 

「比企谷。引きすぎだ!!余計に引いた分は戻せ!」

 

平塚先生の慌てようからこれは絶対に何かあると思い、何枚か余分に引いたのだが当たりだった様だ。

俺は引いた紙切れを開いて何が書いてあるかすぐに確認した。

 

「……平塚先生。これはどう言う事ですか?可笑しいですよね?」

 

俺が引いた紙切れには全て『文化祭実行委員』と書かれていた。これは可笑しい。

封筒が男女で別れているなら一枚以上あるのは可笑しい。

この場合、『文化祭実行委員』と書かれた紙切れは一枚しかないと可笑しいのだ。同じ封筒に三枚も出て来るのはどう考えてもあり得ない。

 

「ふっ……平塚先生の考えって浅いですね」

 

俺は思わず平塚先生の事を鼻で笑ってしまった。今更だが、笑うのは不味かったな。

平塚先生は肩を震わして耐えてた。

 

「……衝撃のファーストブリット!!!」

 

「ぐはっ!?!?」

 

我慢の限界だったのか平塚先生はあろう事か生徒である俺に手を上げてしまった。マジで腹パンは痛い……。

 

「調子に乗るなよ!!比企谷!」

 

怒らしたのは俺なので悪いと思うが、だからと言って生徒に手を上げるのは不味いだろ。しかも大勢の生徒が見ている前で、やる事ではない。

 

「平塚先生!いくらなんでもやりすぎです!八幡、大丈夫?」

 

「……ああ、助かったぜ。戸塚」

 

平塚先生に腹パンされて蹲っていると戸塚が心配して俺に近寄ってきてくれた。流石は俺の癒しの天使なだけはあるな。

 

「ホント、大丈夫なの?比企谷」

 

「ああ、多分。……悪いが手を貸してくれ。川崎」

 

戸塚の次に俺に寄ってきたのは川崎だった。手を貸して貰って何とか立つ事が出来た。未だに殴られたダメージがある。どんだけの力で生徒を殴ったんだよ、平塚先生は。

 

「……どうします?平塚先生。他の生徒が見ている中で俺を殴りましたね。俺もさっきの言葉は悪いと思います。それについては謝ります。すいません」

 

「………………」

 

俺は平塚先生に頭を下げて謝罪した。平塚先生は無言だったが、これで平塚先生も謝らないと平塚先生だけが悪者になってしまう。

 

「……私も悪かった。委員決めは公平にする……君達もすまないが順番に引いてくれるか」

 

平塚先生もようやく観念したようで今度こそ公平にくじを引かせてくれるようだ。

こうして俺は平塚先生から腹パンを食らう事にはなったが、文化祭実行委員を何とか回避する事が出来た。

 

 

 

 

 

「それじゃ出席番号順に引いていってね」

 

現国の授業は一時くじ引き大会になった。今はクラスの日直が仕切っている。平塚先生がするより安心出来る。

俺は引いた紙切れを日直に渡した。

 

「ほらよ」

 

「えっと……実行委員じゃないね」

 

「よし!!」

 

俺は小さくガッツポーズをして喜んだ。これで文化祭実行委員なんて面倒な事をしないですむ。

次々とくじを引いていき全員が引き終わった。俺のクラスの実行委員は誰だ?

 

「えぇ~うち無理ぃ。誰か代わって~お願い~」

 

「まあまあ、相摸さん。くじで決まった事だし言いたい事は分かるよ。でも相模さんならやってくれるって俺は思うからさ頑張ってやってみてくれないかな」

 

「……まあ、葉山君がそう言うなら……うち、がんばってみる」

 

このクラスの女子は相模南と言う生徒で男子は『元』葉山グループに居た大岡だった。

男子は大岡なんだな。

葉山が職場見学の前に言っていたな。大岡は人懐っこくて誰の味方もしてくれる気のいい奴で上下関係に気を配って礼儀正しい、と。

 

それに引き換え相模と言う女子は大丈夫なんだろうか?葉山に乗せられていたが、まあ俺としては無事に文化祭さえ出来れば何の問題もない。

それにしても葉山は相模の事を知っているのだろうか?説得していたようだが?

そこは俺が気にする事もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、俺は知る事になる。相模南がどれ程無能なのかを嫌と言うほどに……



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海老名姫菜

二学期が始まり。ボーダーのC級入隊は問題が一つあった程度でそれ以外は何の問題はなった。

そして次に待っていたのは総武高校の文化祭だ。

その文化祭の実行委員を決めるくじで平塚先生が不正をして俺を実行委員にしようとした。

俺がその事で平塚先生を怒らして殴られたが、なんとか俺は文化祭実行委員になるのを回避する事が出来た。うん、ホント良かったよ。

 

実行委員になったのは『元』葉山グループの大岡と相模と言うちょっとギャル風な女子だ。

最初はブツブツ文句を言っていたが、葉山に説得させられて落ち着いた。

そして俺のクラスの出し物は『演劇』になった。演目は『星の王子様』だ。

いくつかの題目の中から多数決で決まった。作品は世界的に有名だし、何より役がそんなに多くないので、俺はいいと思う。

 

 

 

 

 

その日の放課後に文化祭実行委員の2人を除くクラス全員で決めているのだが、仕切っているのは葉山と海老名の2人だ。

演目である『星の王子様』は彼女が上げたものだ。

演目が決まった瞬間に俺の事を見て少しだけ笑っていたので、どこか嫌な予感がして寒気があった。

 

いつの間にか彼女が用意してプロットをクラス全員に配っていた。男子も女子も始めはそれなりに騒いでいたが、読み進めていくにつれて静かになってきた。

俺は彼女が用意した無駄に凝った設定を読んでいく度に目眩がしてきた。

海老名は夏休みから頑張って考えて書いていたようだ。本気でこの内容の演劇をするつもりらしい。やば過ぎるぞ、あの女は!!

 

クラスの空気は地球の重力より重たくなっていた。こんな時は由比ヶ浜が空気を読んでくれないかと期待していたが、由比ヶ浜は何もせずに終わった。何やってんだ、由比ヶ浜は!

 

「こんなものかな?聞くんだけど、何か質問や改善点などはないか?」

 

葉山は一応聞いているが、聞くまでもない。改善点しかないぞ、このプロット。マシな部分が一つもないとか酷すぎる。

そんな中1人の女子が手を上げた。勇者の登場だ!

 

「これって、女子はでないの?」

 

「え?何で出さなきゃいけないの?」

 

海老名はキョトンとした顔をして目からは光が消えていた。その表情には『貴女は何をバカな事を言っているの?』と書いてあった。

 

「…………」

 

手を上げていた女子は無言で座り二度と口を開く事は無かった。勇者が一撃だと!?海老名は腐った女子かと思っていたが、腐った神なのかもしれない。

俺の認識が甘かったようだ。

 

「これ公序良俗は大丈夫なの?」

 

他の生徒から質問がきた。まあ、確かにそこは重大だよな。これは大丈夫なのか?マジで。

 

「もちろん。全年齢だから大丈夫だよ!」

 

駄目だ……。クラスの中で腐女子趣味に一定以上理解できる人達は首を縦に振り頷いているし、それ以外のノーマルは何がなんだか分からず困惑ぎみだしな。

それはそうなるよ。他にどんな反応すればいいんだよ!そもそもこれキャストにもよるが、客層が限られるか偏るな、絶対に。

 

「俺はいいと思うべー!こういった方が面白くてウケるわー!!皆もフツーの劇よりいいって思ってるっしょー?」

 

「確かに今までとは違う劇になって面白いかも知れないな」

 

クラスの空気とは反対に戸部が騒ぎ出して、葉山が戸部をフォローしていた。

それでかクラスが考え出した。確かに高二の男子が奇抜な格好で愛を語るコントなんて今まで見た事がないし内容が気になって見に来る人間が多そうだ。

 

「うんうん。こんな方向性もありだと思うし、それにガチガチなものは文化祭で出せないし。私もそれ位の区別はつくから!」

 

…………ん?ちょっと待てよ。あれで大分部は自重したと言うのか?!もし、もしも彼女が本気をだしたら……一体どんな未来が待っていると言うんだ!

 

「とりあえずはキャラの設定は無視して、笑いの要素とかを強くしていくって事で、皆いいかな?」

 

あの葉山に対して反対意見なんて出るわけがない。文化祭の出し物としては妥当な所と言った感じだろうか?

そう思っていると、拍手が教室になり響いた。

 

「それじゃ次はスタッフとキャストを決めないとな」

 

まだ続くのかよ……早く帰りたいんだがな。

 

「それはもう決まっているよ」

 

海老名が黒板にスラスラと書き始めた。もうこの時から嫌な予感しかしない……。

 

監督・演出・脚本 海老名姫菜

 

製作進行 由比ヶ浜結衣

 

宣伝広報 三浦優美子

 

王子様 葉山隼人

 

ぼく 比企谷八幡

 

次々と配役が決まっていった。

役が決まる度に男子から「それだけは嫌だー!」とか「その役だけはやめてくれー!!」や「……もういっそ殺してくれ……」と教室から断末魔が響き渡った。最後の奴には同情してしまうな。

もう収拾がつかない地獄になりつつあった。

 

葉山も名前が書かれた瞬間から固まり、女子からはキャーキャーと騒がれた。確かに葉山なら集客出来るだろう。だけどなどうして葉山の相手役が俺なんだ?!

戸塚なら喜んだろうが、葉山とか……この世は地獄しかないのか!!

 

「無理だからな……」

 

「え?!葉山×ヒキタニは薄い本ならマストバイなんだよ!!いや、もしくはマストゲイかも」

 

……マジで、何を言っているんだ?この腐女子は。

 

「考えてもみてよ!やさぐれた感じの飛行士を王子様が純真無垢な言葉で巧みに攻める。これが、これこそがこの作品の魅力でしょ?!」

 

それは確実に間違っているし、怒るぞフランス人が。

 

「俺だってクラスの出し物は成功せさたいし準備だって頑張りたいけど、ボーダーでやらないといけない事があるんだよ」

 

もっともらしい言い訳を言ったが、実際にはそんな事はない。ただ、役が嫌で逃げたいだけだ。

 

「そっか……それは残念だね。分かった!だったら配役を少し考え直した方がいいね。王子役とぼく役を」

 

海老名が新しい配役を黒板に書き直し始めた。

 

王子様 戸塚彩加

 

ぼく 葉山隼人

 

「俺はどうあっても出ないといけないんだな……」

 

「もちろん!それにそのやさぐれた感じいいよ~!」

 

ノリノリだな、この腐女子は。だけど、王子役が戸塚なのは大いに賛成だ。戸塚が王子役なら俺はぼく役で出てもいい位だ。

戸塚本人はキョトンと固まっていた。その顔はレアでいいな。

 

「でも、これ僕でいいの?」

 

「もちろん!すごく合っていると思うよ」

 

「そ、そうかな?そう言われると嬉しいな。じゃあ僕は役になれるように頑張るよ!」

 

「だったら原作読んだ方が理解出来ると思うし貸してあげようか?」

 

「ホントに?ありがとう」

 

戸塚はまるで花が咲いたような笑顔を見せてくれた。ホントいい笑顔だな。

どうして俺はあんな嘘を吐いたんだ!こんな事になるんだったら言うんじゃなかった。

そんな俺の担当は何故か衣装担当になってしまった。まあ、役よりは数倍マシだ。

 

「まあ、そんなわけでよろしくな。川崎」

 

「こっちこそ、よろしく。比企谷」

 

俺は同じく衣装担当になった川崎と言葉を交わしていた。

 

「サキサキにヒキタニ君。これ、衣装のデザイン画だからよろしくね!」

 

これからどうしようかと考えていると海老名が衣装のデザインが書かれたノートを持って来た。ホント、用意がいい事で……。

もしかしたら夏休みからクラスメイトに根回しをしていたのかもしれない。

ならば、演目が『星の王子様』にすんなり決まったのも納得だな。

 

「サキサキ、言うな!」

 

「……比企谷だ」

 

俺と川崎の反論に耳を貸す事無く海老名はさっさと葉山達の所に行ってしまった。こちらとしてもその方がいいかもしれない。

まずは自分の仕事をきっちりしていかないとな。

 

「とりあえず、何からすればいいんだ?俺達は」

 

「……まずは2人の身体の寸法を測ってからじゃないと始められない。少し余裕を持たせないと当日サイズが合わないかも……」

 

「川崎……かなり詳しいな。服を作る趣味なのか?」

 

「趣味って程でもないよ。ただ、妹のためにたまに作っているだけ……」

 

だから川崎は衣装担当なのかなんとなく分かった気がした。

 

「ん?だったら海老名はお前が服を作れるってどこで知ったんだ?」

 

「……それは夏休みの時に妹と買い物した時の葉山達に街で偶然会って少し話した時に……」

 

なるほど、そういう事だったのか。まあ、それなら知っていても可笑しくはないな。

 

「戸塚。サイズ測るから来てくれるか?」

 

「うん。今行くね」

 

海老名と話していた戸塚を呼んで身体のサイズを測った。次に葉山や他の役のサイズも測り、それから川崎や他の衣装担当のメンバーと共に金や生地の相談をしてから今日は終わった。

こうしていると文化祭が近いと思う。

 



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藍羽浅葱④

文化祭の準備が始まって一週間が過ぎた。この所、大勢の生徒が最終下校時間ギリギリまで残って頑張っていた。

こういった行事は面倒だからやりたくはないが、しかし出席日数に関わってくるのでしかたなくやる他ない、と諦めている。

 

文化祭の準備が始まって一つ気になる事がある。

それは文化祭実行委員の相模が何故か教室でうろうろしている事だ。委員会の方はいいのだろうか?と始めの方は思っていたが、今はそんな事もない。

何かあれば、それは相模の責任だからだ。それに浅葱からは特になにも言ってこないので多分、大丈夫なのだろう。

 

文化祭の準備が始まる前に浅葱には何かあれば相談してくれ、と言ってあるが、心配していないと言えば嘘になる。

本当は凄く心配している。けれど、向こうから言ってこない限り俺からは何もするつもりはない。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。主様」

 

「おはよう。夜架」

 

学校に着いて靴を履き替えている時に夜架が挨拶してきたので俺も挨拶を返した。

 

「今日は浅葱先輩は一緒ではないのですか?」

 

「まあ、な。今日は途中で会わなかったな……寝坊とは思えないし……」

 

いつも浅葱とは学校に行く道の途中で会って向かっていたのに今日は会わなかった。何か事件にでも巻き込まれたかと考えたが、それは無いと言える。

もしもそんな事になっていれば、モグワイから俺に連絡してくるからだ。

 

「あ、噂をすればなんとやらですね。浅葱先輩が来られたようですよ」

 

夜架の言う通りに浅葱がやって来たが、何か様子が変だ。ふらふらと覚束ない歩き方をしている。

あれでは他の生徒に当たってしまう。本当にどうしたんだ?

 

「おい、浅葱。大丈夫か?」

 

「……八幡?」

 

「……本当にどうした?浅葱」

 

「ごめん……もう無理……」

 

浅葱は糸が切れたように倒れかけたので、とっさに浅葱の身体に手を伸ばして抱え込み、床に倒れるのを阻止した。

一体どうしたんだ?!これはどう見ても異常だろ。

 

「お、おい!浅葱!おい、しっかりしろ!」

 

「浅葱先輩!しっかりしてください。ここで寝たら凍え死にます!」

 

「……夜架。ここで雪山で遭難した登山家のようなセリフを言わないでくれ。シリアスな感じが台無しだ……」

 

「すみません、主様。一度言ってみたかったもので。つい」

 

ちゃめっけがあるな夜架は……ってそんな事を考えている場合ではない!

 

「保健室に連れて行くから鞄を頼む!」

 

「はい!分かりました」

 

俺は浅葱を抱えて夜架に鞄を任せて保健室に向かって走った。廊下は走るなと言うが今は緊急事態なので大目に見て欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……あれ、ここって……?」

 

「ようやく起きたか。浅葱」

 

「……え?八幡!」

 

昼休憩に浅葱の様子を見に保健室を訪れたと同時に浅葱は目を覚ました。見た限りは大丈夫そうだな、ホッと安心出来る。

 

「お前、朝来た時に倒れたんだぞ。覚えていないのか?」

 

「倒れてから……あ、そう言えば八幡を見かけた事までは覚えてるけど……そこからないわ……」

 

浅葱は今朝の事までは覚えているようだな。しかし何があったんだ?

 

「浅葱……一体何があったんだ?お前が倒れるなんて」

 

「……平塚先生の事もあるから八幡には実行委員に関わらせたくない……」

 

俺が平塚先生によって強引に実行委員にされそうになった事を比企谷隊のメンバーに話した。

その時は夜架、シノン、雪菜の3人も居て聞き終わった時の顔は怒りが爆発しそうな感じだった。浅葱は眉間に皺を寄せてキレ掛けていた。顔はまるで修羅を思わせた。

 

「……まあ、お前の気持ちは嬉しいけど、前に言ったよな。何かあれば言ってくれって。確かに実行委員になるのは嫌だぜ。でもお前が倒れる位なら関わらせろ」

 

「……ごめん。八幡の言う通りね……何があったか、全部話すね」

 

俺の気持ちは浅葱に届いたようで、何があったか話してくるようだ。それにしても何があったら浅葱が倒れる事になるんだ?

 

「初日の実行委員会はそれぞれの担当を決める事になって、実行委員長に相模さんって女子がなって彼女の仕切りで始める事になったのよ。それで二日目に雪ノ下さんが副委員長になってからそこそこいいペースで作業は進んでいったのよ」

 

「相模が委員長なのはいいとして、雪ノ下が副委員長なのか……何で?」

 

「確か相模さんが雪ノ下さんに頼んだらしいわよ」

 

雪ノ下が相模の頼みを聞いたのか?でもどうしてなのかが分からない。仮に依頼されたとしても奉仕部は廃部になったはずだ。

……まさか廃部になってから新しく部活を作ったのか?なら潔く平塚先生が顧問を辞めるのを承諾したのも頷ける。

 

「……ホント、教師かよ。あのクソ女が……!!」

 

「……は、八幡?」

 

「いや、何でもない……続けてくれ」

 

ついうっかり言ってしまった。流石にクソ女は言い過ぎたな、反省反省。

 

「う、うん。雪ノ下さんが副委員長になって指示するようになってから凄い早いペースで仕事が進んで各部署に余裕が出来てきて、これなら最終日はクラスの方に顔が出せるんじゃないかって事になったのよ」

 

これまでの話を聞く限りでは特に大変な事は起こっていないようだが、続きを聞いてみよう。

 

「それで三日目の作業をしようとした時に雪ノ下さんのお姉さんが来ていて、姉妹で睨み合っていたのよ」

 

「……何があったんだ、それ?それにしても何で雪ノ下さんがここに来たんだ?」

 

姉妹で何を睨み合っていたんだか?もしや雪ノ下姉妹は百合なのか?人の趣味趣向はそれぞれと思うが、流石に姉妹ではどうかと思う。

 

「雪ノ下さんのお姉さんがここのOGなんだって、それで生徒会長が助っ人に呼んだのよ」

 

「それでどうしたら睨み合いをする事になるんだ?」

 

「さあ?姉妹仲が悪いのかも」

 

「浅葱は仲が悪かったりするのか?」

 

「う~ん……私のとこはあれほど悪くはないかな」

 

浅葱の姉は今は外国の大学に留学中で日本にはいない。昔、俺と小町とよく遊んでくれた。

浅葱とは最近、メールのやりとりをしているらしい。

 

「話が逸れたな……それで雪ノ下姉妹の睨み合いからどうしてお前が倒れる事になるんだ?」

 

「そうだったわね。雪ノ下先輩が来た日に相模さんがクラスの方を少し手伝って遅く来たのよ」

 

それは可笑しい。これまで相模はクラスの演劇を手伝ってはいない。クラスに居ても誰かと話しているだけで、手伝う素振りすらしてはいない。

 

「つくづくいい加減な女だな……相模は。それで?」

 

「うん。遅れて来た相模さんに雪ノ下先輩が『実行委員も文化祭を楽しまないとね』って言ったのよ。それを相模さんがどう解釈したのか、他の委員に『クラスの方に顔を出してもいい』って言ったものだから次の日から来る人が急に減って他の部署の仕事が私の所もに来るようになって仕事量が増えて、それで寝不足になって……」

 

「倒れた訳か……何をやっているんだ?困っているなら言えばいいのに……そもそも教師は止めなかったのか?相模の暴走を」

 

「タイミングが悪い事にその時は教師が誰も居なかったのよ。それから来る人が少なくなっていって……」

 

浅葱は浅葱で仕事のやり過ぎで寝不足になって倒れて、相模は雪ノ下さんに乗せられて何をやっているんだ?

しかもクラスに顔を出してもろくに手伝いもしないで、ただ取り巻きと話しているだけで邪魔としか言えない。

 

「ごめん……でも平塚先生が実行委員の監督をしているから……あの先生の事だからまた八幡をいいように利用しそうじゃないかと思って、嫌だったから」

 

「まあ、確かに千葉村の事があるかな……」

 

平塚先生は千葉村のボランティアの要員として俺を借りだそうとしていた。俺の予定をガン無視してだ。

それを知っていたら平塚先生にいい印象は持たないよな。それは先生が悪い。

 

「……結局、関わる事になるのか……浅葱、今日から実行委員の仕事手伝うよ」

 

「え?で、でも平塚先生がいるのよ?嫌じゃないの?」

 

「……どちらかと言えば、嫌だな。でもこのままだとお前がまた倒れそうだし……それに文化祭の開催自体が出来るかどうか怪しいだろ?」

 

浅葱は俺の事を結構心配していたが、俺としても文化祭はしたいし準備をして開催出来ませんでした。なんて事にはしたくない。

 

「まあ、確かにそうだけど……クラスの方はいいの?」

 

「俺の担当は衣装で、もう殆んど出来ているから問題ないと思う。だから少しは俺の事を頼ってくれ」

 

「うん。分かった……それじゃお願いね」

 

これでもう浅葱が倒れる事はないだろう。海老名に許可を貰った方がいいだろうな。

 

「おう。放課後すぐに行くように監督に了承してもらうからよ」

 

「監督?八幡のクラスって何をするの?」

 

「……え、演劇をな……」

 

「へーそうなんだ」

 

俺としては知られて欲しくなかった。演劇は『星の王子様』だけど、内容をアレンジして、腐女子受けにしている。

全年齢対象だけど、一般人から見たら酷いものだろう。

 

「そ、それじゃ放課後にな浅葱」

 

「ごめんだけど、よろしく」

 

深く聞いてくる前に切り上げて教室に戻る事にした。これ以上ここに居たら劇の内容を聞かれそうと思った。

浅葱が腐女子になったら全力で凹んでしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になってクラスは文化祭の出し物の準備を始めた。相模はチャイムが鳴ると教室を出て行った。どこかで少し時間を潰してすぐに教室に戻ってくるだろう。

俺は話を付けないとな。

 

「海老名……さん。ちょっといいか?」

 

「うん?どうかしたのヒキタニ君」

 

ホント何で俺の事を『ヒキタニ』って言うかな。『ヒキガヤ』と読むのに……。今は気にしてる場合ではないな。

 

「クラスの準備は大方出来ているから実行委員の方を手伝ってきてもいいか?」

 

「実行委員の方を?何で?」

 

「実行委員が仕事が上手い具合に進んでいないようなんだ。それで助っ人に呼ばれてな。それにこのままだと文化祭が出来ないかもしれないんだ」

 

これは浅葱に聞いた限り微妙なラインだ。それに出来ないとなれば困るのは彼女だ。

 

「え?!そうなの?それは困るよ。折角、ここまで準備してきたのに……ヒキタニ君が助っ人で手伝えば間に合うの?」

 

「今は、なんとも言えない。まだ手伝ってないから実行委員の現状を知らないからな」

 

「そんな~……でもヒキタニ君の担当はいいの?」

 

「俺の担当は衣装だからもう出来ているから問題ないと思うけど」

 

「そっか……それじゃいいかな。こっちで何かあれば、戻ってきてくれるならいいよ」

 

よし、監督の許可は貰ったから大丈夫と思い俺は教室出た。入れ違いで相模が教室に入って行った。

あいつは今日も実行委員の仕事をサボリか……もしこのままの状態が続けば文化祭は開催出来ないかもしれない。

そうならないためにも実行委員の手伝いはしっかりとしないとな。そう思い少し早歩きで会議室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは酷いな……」

 




来週は一回休んでハイスクールの方を更新します。

再来週に更新しますので、お楽しみに。


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相模南

「これは酷いな……」

 

それが俺が文化祭実行委員が作業しているであろう会議室を見た瞬間の一言だ。

作業している人間が十数人しかなった。

一学年十クラスあるので2人ずつだしたとして一学年で20人で三学年で約60人になるはずだ。

それに生徒会も居るのでそれ以上の人数になっていなければならなにのにあまりにも人が居なかった。浅葱が倒れるのも頷ける。

 

実行委員の仕事の量に浅葱が倒れてしまった。そこで俺は関わりたくはなかった文化祭実行委員の手伝いをする事にした。

また浅葱が倒れてしまったら彼氏として心配してしまうと言う話ではない。

だからこそ放課後に海老名に許可を貰い、実行委員の手伝いに来たまでは大丈夫と思っていたが、状況は俺の想像を遥かに超えていた。

 

「あ、比企谷君」

 

「よお、綾辻」

 

入ってすぐに綾辻と会ったが、顔を見たら目の下に隈が出来ていた。綾辻も相当寝不足なのは一目瞭然だな。

 

「……綾辻も倒れる事になれば、一大事だな。色々と」

 

「あはは……まあ、倒れないように頑張っているんだけどね……流石に仕事量が多くて睡眠時間を削っていかないと文化祭が開催出来ないかもしれいから……」

 

「だからって倒れたら参加する以前の問題だろうに……」

 

それこそ綾辻が倒れでもしたら大問題だ。楽しい文化祭が楽しくなくなってしまう。

だからこそ俺は来たくは無かった文化祭実行委員の所まで来たのだ。

今年は小町が来ると言っていたので台無しにしたくはない。

 

「それで俺は何をしたらいいんだ?綾辻」

 

「そうだね。浅葱ちゃんの所を手伝ってあげて、私の倍近くの仕事をしているから」

 

「了解、倒れないほどに頑張るかな」

 

綾辻の指示にしたがって、浅葱の所を手伝う事にしたが、浅葱は綾辻の倍近い仕事をしているとはな。

それは倒れるのも無理はないな。

 

「浅葱、大丈夫か?」

 

「八幡……来てくれたんだ……」

 

「そう約束したと思うけど。俺は何をすればいい?」

 

「それじゃ、そっちの書類を整理してくれる?多分、不備がないと思うけど一応見てくれる?終わったのは遥に渡してくれればいいから」

 

「分かった。こっちのね……」

 

浅葱に指示された書類を見た瞬間、俺のやる気がガグッと急降下してしまった。

この量の仕事を浅葱はしていたのか?人1人が出来る量を軽く超えているのだ。

 

「まあ、やるしかないか……」

 

まずは書類の分別をしないといけない。このままじゃ何がなんの書類なのかさっぱり分からない。

 

「比企谷君。あなたはここで何をしているのかしら?」

 

「……雪ノ下か……何って見て分からないのか?書類の整理だよ」

 

書類の整理をしていると雪ノ下が俺に話しかけてきた。どうせ、お得意の毒舌を繰り出すだろうとしているのが容易に想像出来る。

雪ノ下の頭の半分以上は他者への罵倒で占めれていると言われれば納得してしまう。

そもそも自分の仕事はいいのか?雪ノ下。

 

「そう言う事を言っているのではないわ。……それでは質問を変えるわ、実行委員でもない貴方がどうしてここに居るの?」

 

「……どこぞの実行委員長の暴走を止められなかった副委員の無能を見に来たのと、その無能の所為で倒れた人間のフォローだよ」

 

「無能ですって……!!」

 

「あれ?俺は別に雪ノ下とは言っていないんだがな?自覚が有ったのか?驚きだな」

 

「ッ……!!」

 

雪ノ下は顔を酷く歪ませている。ああ、その顔を見れるのは中々いい気分だな。

それより仕事をしろよ、雪ノ下。

 

「あれ?比企谷ちゃん」

 

「あ、比企谷君だ」

 

「犬飼先輩に氷見か、どうも」

 

俺が書類整理をしていると二宮隊の2人の隊員と出会った。

 

犬飼澄晴。

二宮隊ガンナー。

飄々とした人だが精確無比のマスター級のガンナーだ。

人懐っこい性格で二宮隊のバランサーを担うだけでなく、高い技術で隊の勝利に大きく貢献している。

 

氷見亜季。

二宮隊オペレーター。

ランク戦では味方が成果を上げても喜んだりはしないが、優れた洞察力を持っており戦況を冷静に分析して的確に味方に伝える。

前は『超』が付くほどの人見知りだったのだが、鳩原さんのアドバイスにより一瞬で直った事もある。鳩原さん……マジで、スゲー!

 

「2人とも実行委員だったんですね?」

 

「まぁね。さっきまで氷見ちゃんとトイレ休憩していた所なんだ。詰め込みすぎるのもよくないからね」

 

「そう言う比企谷君はどうして、ここに?」

 

「俺は浅葱の助っ人で、来たんです。それにしてもここを見た時は聞いていたより酷い事に驚きましたよ……」

 

実行委員の数が足りていない。これではとてもではないが、文化祭を開催出来るかどうかの話ではない。

出来ない可能性の方が高い。実行委員長と副委員長はどちらも無能すぎる。

 

元を正せば、雪ノ下さんが相模に余計な事を言わなければこんな事にはならなかったのだが、それはもう過ぎた事だ。グダグダ言ってもしょうがない。

 

「まあ、皆……実行委員長ちゃんの決定に乗っただけなんだけどね……」

 

「そうですか……」

 

犬飼先輩は周りの空いた席を見ながら残念がっているようだった。

実行委員の殆どの人間がくじ等で嫌々決められたんだろうな。でなければこんな事にはなってはいない。

 

「ごめ~ん。クラスのほうで時間掛かっちゃってさ~」

 

犬飼先輩と俺が話していると妙にテンションの高い相模が入って来た。どうせ、クラスの方でもろくに仕事していない癖に!など思うだけにしておく。

言えば、面倒くさい事になるに決まっている。

 

「…………」

 

一瞬、相模が俺の方を見た気がしたが、すぐに視線を雪ノ下に向けたので分からなかった。

しかし何で今日はここに来たんだ?殆どサボっていたのに?

 

「相模さん。ちょうどよかったわ、そこの書類に目を通して判子を押しておいてちょうだい」

 

「オッケー。これだね。ほい、ほい」

 

相模は雪ノ下から指示された書類の一枚目をざっくり見た後、判子を押した。

そして二枚以降は見る事無く判子だけを押していた。

 

「…………」

 

俺は相模の仕事ぶりに絶句してしまった。実行委員長は相模のはずなのに副委員長の雪ノ下から指示を聞くだけでも駄目なのに書類はろくに見ずに判子は押す。

そんなのは小学生でも出来る仕事だ。

 

「やあ、ヒキタニ君。調子はどうだい?」

 

「……葉山。どうしてお前が、ここに?」

 

相模の仕事ぶりを見ているといつの間にか現れたのが、葉山だった。

本当にどうして、こいつがここに居るんだ?

 

「君と同じ理由だよ。クラスの方は大分、形になってきたし俺もセリフは覚えて特にする事がないから手伝いにきたんだよ」

 

「……そうか。まあ、それはありがたいな……」

 

人手は1人でも多い方がいい。でなければ、文化祭を開催することすら出来ない。

 

「あ!葉山く~ん。来てくれたんだ。うちの仕事手伝って~」

 

「うん。今、行くよ。それじゃヒキタニ君、また」

 

何となくだが、相模が実行委員の仕事をするようになったのか分かった気がする。

あいつも葉山に好意を持ってる訳だな。だから少しでも葉山にいい所を見せたくて来て仕事をする気になった訳だ。

しかも葉山に手伝ってもらって距離を詰めつつ自分の仕事量を減らす。

まさに一石二鳥の策だな。相模にしては考えたな、無能委員長の癖に。

 

「……まあ、別にいいか……綾辻。こっちの書類は全部問題ないぞ」

 

「うん。ありがとう、比企谷君。おかげで今日は早く帰れそうだよ」

 

「……『今日は』?じゃあ、いつもは早くは帰れないのか?」

 

「え?う、うん……まあ、ギリギリまで残ったりするかな……」

 

だから綾辻も隈を作っていたんだな。

それにしても相模もそうだが、副委員長の雪ノ下もまた無能だ。相模をしっかりと制御していれば、このような事はならなかったかもしれないのに……。

 

「比企谷君。こっちの書類は大丈夫だった?」

 

「ああ、問題なかったぞ。氷見」

 

「よかった。それで、比企谷君から見て文化祭って出来ると思う?」

 

書類を確認しにきた氷見から質問がきたが、そんなのは見るに明らかだ。

 

「……正直、俺はここまで人手が足りて居ないとは思わなかったからな。8:2って所かな……」

 

「ちなみにどっちが8なの?」

 

「それはもちろん、文化祭が出来ない方だよ」

 

人は足りてない、委員長、副委員長はどちらも無能と言ってもいい位の人物だ。そんな中でも文化祭の準備が着実に出来ているのは生徒会と残っている人達がひとえに頑張っているからだろう。

でなければ、ここまで来るのは無理だったと思う。

俺の意見を氷見に言った所、なんだか落ち込んで居るように見える

 

「……そんな……がんばって誘ったのに……」

 

「……烏丸と文化祭デート出来なくて、残念だな氷見」

 

「うん。誘う事が出来ても文化祭が開催出来ないんだったら……って、ちょっと待って比企谷君。どうして、私が烏丸君を誘った事を知っているの?」

 

「あ、やっぱり鳥丸を誘ったんだ」

 

「~~~~~!?!?!」

 

俺が氷見にカマを掛けた所、見事にそれに掛かりつい喋ってしまった氷見は顔を茹でタコのように真っ赤にしている。

氷見の赤面は中々レアが高いな、写真に収めて烏丸辺りに見せてやりたかったな。

 

「お、お願いだから誰にも言わないでよ!比企谷君」

 

「分かっている。でも糖分が減って喋ってちゃうかもな~」

 

「な!?…… 後で比企谷君がいつも飲んでいるの奢るから……」

 

「まあ、それで手を打ちますか……この状況をなんとかしないとホントに文化祭なんて出来ないぞ」

 

文化祭実行委員の現状ではとても日程が足りない。残りの日で準備を終わらせるにはもっと人手が必要になる。

これはもう諦めた方がいいかもしれない。文化祭開催を。

 

綾辻は早く帰れると言ったが、結局他の部署を手伝っている内に最終下校時間になってしまった。

それでも今日の浅葱の仕事量を大分減らせたので良かったと思う。あいつに倒れられたら色々と困るし心配してしまう。

これは明日からも手伝った方がいいかもしれないと思い防衛任務のため浅葱とボーダーに向かって歩いた。

 



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相模南②

それは文化祭実行委員になった浅葱が倒れてので俺が実行委員の仕事を手伝った次の日に起った出来事だ。

比企谷隊の深夜からの防衛任務を終えて会議室に俺は浅葱と共に会議室に向かっていた。

 

「ごめん、八幡。今日も手伝ってくれて……」

 

「気にするな。俺個人としても文化祭が開催出来ない方がいいんだが、クラスや他に頑張っている奴を見て俺もちょっとはやる気を出そうかなって思っているかな」

 

「ホント、八幡らしいね。まあ、今日もよろしくね」

 

「ああ、程ほどに頑張るかな……」

 

浅葱と話していると会議室が見えたので話を一旦止めて、俺が会議室の扉を開こうとした所、中が妙に騒がしかった。

何か問題でもあったのか?

会議室に入ったがその問題なのか分からなかった。ここは氷見に聞いた方がいいな。

 

「氷見。何かあったのか?」

 

「あ、比企谷君に浅葱ちゃん。2人共防衛任務お疲れ様」

 

「うん。ありがと、亜季。それで、どうしたの?」

 

浅葱が氷見に騒ぎの原因を聞いた。

 

「それが……雪ノ下さんが風邪で今日学校を休んで仕事が溜まっているんだよ」

 

「……雪ノ下さんが?それ不味くない」

 

浅葱の質問に氷見が答えてくれて、この騒ぎの原因が分かった。

これまで雪ノ下に仕事の管理を任せていたツケがこんな事になるとは予想はある程度していたが、まさかここまでとはな。

風邪で休んだという事だが、それは体調管理が出来ていないという事だ。

 

一学期に雪ノ下は俺に自分は完璧超人だのと言っていたが、体調管理も出来ない奴が完璧とは言いがたい。

風邪が直ったらその事を指摘して悔しがっている雪ノ下の顔を拝んでやろう。

 

「そういえば、生徒会長はどうしたんだ?氷見」

 

「確か会長はスローガンの事で外部から問い合わせが来たからそっちに掛かりっきりになっているよ」

 

まあ、生徒会長がサボったり、風邪を引いたりしてはいないんだな。それなら安心だな。

 

 

 

 

 

「ヒキタニ君」

 

俺が仕事をして暫くしてから葉山に呼ばれた。こいつはいつになったら俺の苗字をワザと言い間違えないのだろうか?ここで言うのは、止めた方がいいな。

 

「……なんだ?葉山。俺は仕事をしていて忙しいんだが?」

 

「それは分かっている。いや、そうではなくて雪乃ちゃんのお見舞いに行かないのか?結衣はもう行ったぞ」

 

こいつは本気で言っているんだろうか?だとしたら小南ではないが一発殴った方がいいだろうか?いや、B級に上がった時にソロ戦でボコった方がいいな。

こいつを滅多打ちにした上でポイントを奪えるからな。この怒りはその時まで取っておこう。

 

「……だから?それで俺にも行けと?ふざけんな。何で俺があの女のために時間を割いてお見舞いにいかないといけない?もしかして奉仕部員だからか?だったら残念だな、葉山。奉仕部はもう廃部になっている。俺があいつのお見舞いに行く理由はどこにもない!分かったら、俺の仕事の邪魔だけはするな」

 

「………………」

 

俺は葉山に言いたい事を言って書類作業に戻った。

ふと視線を感じたのでその方を見てみると葉山が俺をもの凄い顔で睨みつけていた。

それに俺にお見舞いに行けと言うが、だったら自分が行けばいいのに。

睨み付けている暇が有るなら作業をしろ、葉山。

 

この日も最終下校時間まで作業をした。時々、葉山が俺を睨みつけてきたが、大した問題ではないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、文化祭実行委員会はスローガン決めで集まっていた。

スローガンにいちゃもんが付いたからだ。

 

『面白い?面白すぎる!潮風が聞こえますよ。総武高校!!』

 

……確かにこれではいちゃもんが付くのも頷ける。パクリも大概にしろ言いたくなる。

まあ、当然と言えば当然却下されてしまった。そのため急遽委員会の人間を招集したのだ。

オブサーバーして葉山と雪ノ下さんが出席した。浅葱の要望で俺も出る破目になった。

会議が始まっていないのをいい事に全員が誰かと喋っていた。

秩序があったものではないのはこの現状を見れば一目瞭然だ。

 

「相模さん、雪ノ下さん、みんな集まったみたいだし始めよっか」

 

生徒会長が友人と話していた相模を見兼ねて声を掛けた。その際、相模は舌打ちをしたように見えた。

 

「それでは実行委員会を始めます。議題は文化祭のスローガンについてです。何か意見やアイディアはないですか?」

 

アイディアを求められても始めからやる気のない連中にそれは無理難題に等しい。

 

「いきなりの発表は難しいだろうし、紙に書いてもらうと言うのはどうでしょうか?」

 

見るに見兼ねて葉山がアイディアを出した。葉山らしいな。

 

「うんうん。さすが葉山君だね。じゃあ紙の準備して」

 

相模は命令するだけで特に動こうとはしない。流石無能委員長!

各自紙が回って来てそれぞれが書き始めて、暫くして回収されてホワイトボードに書かれていった。

 

『友情・努力・勝利』

 

……どこの週刊ジャ〇プだ。パクリのもいい加減にしろ!そもそも最後の勝利って何に勝利する気だ?

 

『ONE FOR ALL』

 

「俺、ああいうのいいなと思うな」

 

葉山にはあれが御気に召したようだ。俺はそうは思わないがな。

 

「1人は皆の為に、か……皆が1人の為に何かしてくれるとは限らないだろ」

 

「そんな事はないさ。絶対にね。それに俺は信じているから」

 

「そうかよ……」

 

葉山と話していると相模がいきなり立ち上がって自分が考えたスローガンを書いた。

 

「それじゃあ最後に。うちから『~絆~友に助け合う文化祭』っていうのどうかな?」

 

「………ぷっ……」

 

相模のスローガンを聞いた途端、吹き出しそうになったので急いで手で口を塞ぎ顔を相模に見え無いように逸らした。

幸い相模はこちらを見ていなかった。良かった~もし見られていたらいちゃもん付けてきたかもしれない。

 

俺が相模のスローガンで吹き出しかけたのはサボリ組みの象徴みたいな奴が助け合うなんて言うスローガンを考えたからだ。

まだ、真面目に出ている奴が出したなら吹き出す事もなかっただろうが出したのがあの相模なのだ。それは吹き出してします。

 

周りを見てみると真面目組みは相模を始めサボリ組みの連中を睨み付けていた。

サボリ宣言をだしたお前が誰を助けたんだよ?相模?

 

『千葉の名物、踊りと祭り!!同じあほなら踊らにゃ sing a song!!』

 

話し合いの結果、このスローガンになってしまったが、これでは総武高の文化祭ではなく千葉のスローガンになっている。

まあ、決めたのは俺ではないし文句はないが、大丈夫なのか?これで。

 

「スローガンは決まったし、みんなお疲れさまでした~」

 

スローガンが決まったと同時に相模がそう言って会議室から出ていった。それに便乗してサボリ組みが次々と会議室から出ていった。

召集されたのに下校時間まで作業をして帰るのが普通だろ?こんなので今年の文化祭は大丈夫か?本気で心配してします。

 

「……チッ……」

 

サボリ組が会議室から出て行くのを見ていた真面目組みの誰かが舌打ちをした。

気持ちは分からないでもないが……もう文化祭、潰れた方がいいかもしれない。

 

「……はぁ~ホント、大丈夫か?今年の文化祭……」

 

ガラにも無く心配してしまう。そんな中、氷見は真面目に作業を始めた。

よくやる気になれるな……あ、そうか。烏丸との文化祭デートのために頑張っているんだったか……。

 

「氷見はよくこんな状況になってもやる気になれるな?俺なんてもうやる気すらないのに……」

 

「それが普通なんだよ。……それでも私は文化祭が開催して欲しいから……折角、頑張って誘ったのに、無駄にしたくないから」

 

「烏丸とのラブラブ文化祭デートな」

 

「うん。……ってラブラブなんて!そんな事、思っていないから!!」

 

「でも、デートは否定しないんだな?氷見」

 

「……///////」

 

氷見は俺の指摘に顔を真っ赤にしてから両手で覆い隠した。やっぱり普段クールな奴ほどからかった時の反応が面白い。

 

「……ちょっと、本気でも出してみるかな……」

 

個人的な意見を言えば、こんなグダグダな実行委員がやる文化祭なんていっその事、潰れてくれれば清々しただろうが、そんな事もなくなった。

前まで人見知りで引っ込み思案な氷見が好意を寄せている烏丸を自分から誘ったのだ。

人の恋を邪魔する気など毛ほどもない……むしろ応援したくなる。

 

だからこそなのか、今日は前よりもやる気になっていた。なんとしても文化祭を成功させたい。

例え、相模がどんな事になろうとしてもだ。




来週はハイスクールを更新するので一回休みます。

再来週をお楽しみに。


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綾辻遥

スローガンを決めた翌日、俺は弁当を二つ持って浅葱と昼飯を食べるために中庭に向かうために教室を出た。浅葱は連日の実行委員の仕事で休む暇がないとの事なので、リフレッシュを兼ねて俺が弁当を作って一緒に食べようと提案した。

その時の浅葱は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。あれは中々面白い顔だったな……写真に取れば良かった。

 

「ヒッキー!ちょっと来るし!!」

 

「おい、由比ヶ浜。俺はこれから弁当を食べる所なんだよ。邪魔すんな」

 

「いいから!ヒッキーは黙ってて!!」

 

浅葱と昼飯を食べるために教室を出た所で由比ヶ浜がいきなり俺の腕を掴んで歩き出した。この由比ヶ浜の声のトーンからこれは人の話を聞かないモードだな。度々あるよな、これ。

 

 

 

 

 

俺が由比ヶ浜に連れて来られたのは校舎裏だった。

あれ?もしかして俺、由比ヶ浜からカツアゲにあうのだろうか?だったら浅葱に助けを求めた方がいいか?と考えていると頬を膨らまして由比ヶ浜が俺に向かって言い放った。

 

「あたし、ヒッキーにすっごく怒っているんだからね!!」

 

「……俺、お前を怒らすような事したか?」

 

「ゆきのんの事だよ!どうしてゆきのんが倒れたのになんでお見舞いに来なかったの?あたしは行ったんだよ!」

 

どうしてここで雪ノ下が出て来るんだ?分からないな?

 

「何を言うかと思ったら……そんな事か……」

 

「そんな事って……!!ゆきのんが倒れたんだよ!なんとも思わなかったの?」

 

「ああ。何も思わなかったが?約束があるからもう俺は行くな」

 

俺にとって雪ノ下が倒れた所で痛くも痒くもない。あんな女の顔を見なくて清々する。そもそも俺が嫌いな人間を助けないといけないだろうか?

苦手な人を助けるのはまあ妥協出来るが、嫌いな人間は何が起ろうとも絶対に助けるつもりはない。

 

「待つし!話はまだ終わってないし!!」

 

「……いい加減にしろよ、由比ヶ浜。そもそも倒れる原因を作ったのは雪ノ下自身だ。それに体調管理すら出来ないのに無理をするから倒れるんだ。それとな由比ヶ浜、お前は怒る相手を間違えているんだよ」

 

「え?怒る、相手……?」

 

ホント、こいつのバカさ加減には呆れて物が言えないな。殴りてぇ……。

 

「相模だよ。あいつが暴走して無責任な事を言って雪ノ下が倒れたんだぞ?俺ではなく相模に文句を言うなり怒るなりする事だろ?なのにお前は俺に言ってきた。それはどうしてだ?」

 

「そ、それは……」

 

「ああ、つまりあれか?クラスで人気者の相模を教室で責めたら不味いからクラスでぼっちの俺をこうして校舎裏まで連れてきて責めたてるのか?由比ヶ浜ってそう言う人間だったんだ~ショックだな~」

 

俺としてはそれでも一向に構わない。どの道、由比ヶ浜は雪ノ下、葉山、三浦と同じく俺の中で最低の人間の部類に当て嵌まっているのだから。

 

「ち、違う……違うよ!あたしはそんなつもりで言ったわけじゃ……」

 

「それとな由比ヶ浜。お前はこの前の実行委員会の状況を見たのか?相模がサボリ宣言を出した所為で1人辺りの仕事量が本来の3~5倍に膨れ上がって、浅葱が倒れたんだ。それで雪ノ下がいない中、更に1人いなくなってみろ?もう手の付けられない状況になっていたかもしれないんだぞ。文句を言うんだったらお前にはあったのか?現状を打開する策が?」

 

「そ、それは……ないけど……」

 

こいつはホントにどうしょうもない奴だ。イライラしてきた。

 

「……ないなら、俺にお前の不満をぶつけて来るな。それにお前はクラスで何をしているんだよ?」

 

「……製作進行を……」

 

「それは知っている。それを具体的に言えっているんだよ。どうなんだ?」

 

「………………」

 

由比ヶ浜は黙ってしまった。こいつには呆れっぱなしだな。俺にあれだけの文句、不満を言ってきた癖に自分は何もしてませんってか?

由比ヶ浜は雪ノ下を大切に思っているか、疑問だな……雪ノ下とは所詮はお友達ごっこだったのかもしれないな。

 

「話は終わったようだし俺はもう行くな」

 

由比ヶ浜の返事を待たずに俺は浅葱が待っている場所に歩き出した。後ろでは由比ヶ浜がその場にへたり込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、浅葱」

 

「私も今来たところだから気にしなくていいわ」

 

「こんにちは、比企谷君」

 

「よお、綾辻」

 

浅葱と待ち合わせていた場所に来て見るとそこには綾辻までいた。あれ?綾辻と食べる約束していたっけ?

 

「遥がここにいるのは、八幡に相談があるんだって」

 

「綾辻が俺に相談って……どうせ文化祭の事だろ?」

 

「……うん。このままだと文化祭が開催出来ないって思って……」

 

「そう思っている時点で出来ないと分かっているんだろ?綾辻は」

 

綾辻の思っている事は分かる。人手不足で仕事が溜まり各部署があまり機能していない。

綾辻が俺にこうして相談に来たのは恐らく浅葱辺りから千葉村の事でも聞いたのだろう。

浅葱と綾辻はたまに女子会を他数人の女子と共に開いているからそこで聞いたのだろう。

 

「……流石にそう思うよね……でも私は無事に開催したい」

 

「……そうか。だったら文化祭を無事に開催するために俺が今、思いつく打開策は二つある」

 

「二つもあるの?!」

 

綾辻は俺が打開策を二つもある事に驚いていた。そんなに驚くことか?

これは綾辻が聞いたら二つの内一つは否定されるかもしれない。

 

「まず、一つ目は相模を実行委員長から除外して真面目に参加している人間から新しい実行委員長を選ぶ事」

 

「ちょ、ちょっと待って……それって相模さんを……」

 

綾辻は俺の意図を理解して相模の心配をしていた。綾辻は言ってはなんだがお人良しだな。

 

「相模をこのまま委員長にしていても百害あって一利なしだ。邪魔な相模を排除して相模のサボリ宣言で来なくなった連中を生徒会で呼びかけて招集する。綾辻も相模が委員長のままだと文化祭が開催出来ないと分かっているんだろ?」

 

「それは……そうだけど。浅葱ちゃんも同じ気持ち?」

 

「まあ、今のままだと文化祭を開催する事は難しいし、それに他の人がやってくれるならいけると思うから」

 

綾辻は俺の案を聞いて理解はしても納得は出来ないようだ。浅葱としてもこのまま相模が実行委員長をしているより他の委員にやらした方がいいと思っているようだ。

 

「でも、今更実行委員長の変更はちょっと無理かもしれない……それで二つ目は?」

 

実行委員長の変更は無理なのか……それは仕方ない。二つ目は綾辻でも受け入れ易いだろう。

 

「二つ目は生徒会権限で各クラスのルーム長に手伝ってくれるように頼む事」

 

「そっか、その手があったね……」

 

綾辻は俺の提案に納得していた。まあ、一つ目よりは全然受け入れ易いからな。

 

「そう言えば、去年の卒業式は生徒会がルーム長を召集したんだっけ?文化祭でも同じように生徒会がルーム長を召集すればいいって事だよね?」

 

「よく覚えていたな、浅葱」

 

浅葱が去年の卒業式の事を思い出して、ルーム長が集められた事を思い出したようだ。

去年の俺のクラスからもルーム長が集められたのをなんとなく俺は覚えていた。

 

「……でもクラスの方は大丈夫なの?」

 

「文化祭まで一週間を切っているんだ。準備が終わっているクラスもあると思うし、終わっていなくても手が空いている人間はいるだろ?現に俺は手伝っているだろ」

 

綾辻はクラスの方を心配しているようだが、もちろん対策を考えてある。

俺のクラスのルーム長は劇に出るが、他のクラスは飲食店や展示物の所があったはずだから、そこは準備は殆んど終わってもいいから人は集まるはずだ。

 

「……もし召集を断ったら?」

 

「その時はこれを見せればいい」

 

俺は実行委員の関係している用紙のコピーを綾辻に渡した。記録を付けていた奴は真面目組みで良かったと心の奥から思うな。

 

「これって……議事録……?」

 

「それはコピーだ。それには今まで誰が参加したか欠席したかが分かる出席表とどうしてこうなったかが一目瞭然で分かる議事録と今の所、終わっている事と何をするべきかを詳細に書かれた記録用紙だ」

 

記録雑務をしていた奴はいい仕事しているぜ。これが無かったら流石に俺でも解決策を見つける事は出来ないでいただろう。

綾辻はまじまじと用紙を見て考え込んでいたのでもう一押しだ。

 

「これをルーム長に見せれば、全員とはいかないがそれなりの人数が集まると思うぞ。彼らだってここまで準備してきたのに文化祭を中止にさせたくないだろうからな」

 

「そうだね……これなら来てくれるかもしれないね。私は二番目の策が一番いいと思うからそれを会長に言ってみるね」

 

「そうか……まあ、綾辻がそう言うならいいけど。でも相模に関しては俺に任せてくれないか?あいつだけは許しておけないから」

 

綾辻は二番目の策の『ルーム長に手伝ってもらう』に決めたようだ。そこで俺はサボリの元凶である相模に関して綾辻に任せてもらえないか聞いた。

あいつの所為で浅葱が倒れる事になったんだ。文化祭を楽しく過ごせると思うなよ、相模!!

 

「相模さんの事を?……比企谷君って最近、迅さんに似てきたって浅葱ちゃんが言っていたけど……ホント、似ているね」

 

綾辻の奴は失礼に程があるだろう。俺が迅さんに似てきている訳ないだろうに。

でも、暗躍しているのか?俺。

確かに相模をどう追い詰めるか考えてるけど、だからって迅さんに似ているのはあまりに酷い。

 

「……八幡。あんた、悪い顔と難しい顔になっているわよ」

 

「……え?マジ?!」

 

浅葱に言われたが、そんなに悪い顔と難しい顔をしていただろうか?まあ、いいか。

 

「はは……」

 

綾辻は苦笑いをしているのはちょっとイラッとしてしまった。

だが、これで実行委員の人手不足はなんとかなりそうだ。

 



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相模南③

浅葱、綾辻との昼飯を食べた時に綾辻から文化祭の実行委員の事で相談を受けた。

このままでは文化祭を開催出来ないので、その打開策を聞きに来たので俺は二つの策を綾辻に言った。

 

一つ目がサボリの元凶たる相模の排除。

だが、これは受けいれられないと否定されてしまった。今更、実行委員長の変更は流石に無理なようだ。

 

そこで二つ目が各クラスのルーム長に手伝ってもらう事だ。

去年の卒業式にルーム長に生徒会から手伝いを呼びかけて卒業式を準備をした。これなら人手不足は何とかなるので、文化祭を開催出来ると思う。

 

一応、三つ目があったが、これは言わなかった。

三つ目は文化祭開催を諦める事だからだ。流石に楽しみにしていた連中も居たので綾辻には言わなかった。

綾辻も生徒会の一員として頑張ってきたので、ここで諦めろとは言えない。だから言わなかった。

 

そして綾辻はさっそく俺の二つ目の案を生徒会長と話し合って実行に移して今日の放課後からルーム長に手伝ってもらうようだ。

それならなんとか文化祭を開催出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業が終わり、それぞれが文化祭の準備に取り掛かろうとしていた。俺は今日も会議室で実行委員の手伝いだ。

 

「おっと、そうだ。ルーム長はこの後、生徒会室に来るように、と生徒会長が言っていたぞ」

 

俺のクラスの担当の教師が最後にそう言って教室を出て行った。流石は綾辻だな、もう生徒会長と話を付けたんだな。

ルーム長は首を傾げながら生徒会室に向かって教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

限界だ……ああ、駄目かもしれない。脳の糖分が枯渇している。働く事が出来ない位、俺の脳は糖分が不足していた。その所為か目が濁っているのが分かる。

『最近は濁っていないね!』と小町に言われていたのに……。

今、会議室には真面目組みと生徒会役員と俺だけしかいない。人数にして13人。

 

しかもこんな時に限って犬飼先輩と氷見は防衛任務でまだ来ていない。

氷見にためにも頑張ろうとしていたが、俺もサボリたくなってきた。そんな事を考えていると、会議室の扉が開いて大勢の人が入って来た。

 

会議室に入って来た人は各クラスのルーム長の人達だ。人数は20以上だ。

彼らがどうしてここに来たのかを知らない真面目組みと雪ノ下はあまりの出来事にぼう然としていた。

そんな中、俺の知っている人物が近付いて来た。

 

「よお、比企谷。今日は一段と目が濁って見えるな」

 

「……荒船先輩!来てくれて、ありがとうございます!」

 

俺の所に来てくれたのは、パーフェクトオールラウンダー育成計画を一緒に練っている荒船先輩だった。この人が来てくれたなら心強い。

思わず椅子から立って腰を曲げてお辞儀をしていしまった。

 

「まあ、お前から頼まれたからな。それで俺は何をすればいい?」

 

「それじゃこっちの書類をお願いします」

 

「分かった。任せておけ」

 

流石は荒船先輩だ、頼りになりすぎる。他のルーム長の人達も手が足りていない所を手伝っていた。

 

「あれ?人が大勢いるね?」

 

「ホントですね?」

 

助っ人のルーム長の人達と作業をしていると防衛任務を終えて犬飼先輩と氷見が会議室に入って来た。これは説明が必要だな。

 

「お疲れ様です。犬飼先輩、氷見」

 

「比企谷ちゃん。彼らって誰?」

 

「彼らは各クラスのルーム長ですよ。生徒会が助っ人に呼んだんですよ」

 

「へぇーそうなんだ。なら今日から少しは楽が出来そうだね」

 

俺が説明し終わったら犬飼先輩は自分の作業に入った。俺も彼らのおかげでだいぶ楽が出来そうだ。

 

「すいませ~ん。クラスの方に出てって、遅れました~」

 

俺達が作業をしていると相模がやってきた。会議室にいる真面目組みとルーム長の人達が相模を一度睨み付けてから作業に戻った。

 

「あれ?うち、何かしました?」

 

自覚がないのはある意味タチが悪い。睨まれた事を何一つ理解していない相模。

由比ヶ浜と仲良く出来るのではないかと思う。似た者同士だ、由比ヶ浜と相模は。

 

「相模さん。これらに目を通しておいてくれるかしら?」

 

「OK。ほい、ほい」

 

雪ノ下から仕事を貰いろくに目を通さずに判子を押している相模。このまま楽をして文化祭を楽しめると思うなよ。

 

「荒船先輩、犬飼先輩。ちょっといいですか?」

 

「どうした?比企谷」

 

「ん?何、比企谷ちゃん」

 

俺は相模を懲らしめるために二人の先輩を呼んだ。覚悟しろよ、相模。

浅葱を倒れさせたのは不味かったな。しっかりと委員長として仕事をしていれば、まだ救えたがお前は救う事すら出来ないバカだ。

 

「実はお二人にお願いしたい事があるんです」

 

「俺達は何をすればいいんだ?」

 

俺は荒船先輩と犬飼先輩に相模を少し懲らしめる策を話した。

 

「……比企谷。正直、やりたくはないが……少しは懲らしめた方がいいな」

 

「任せてよ、比企谷ちゃん。あの委員長ちゃんは懲らしめた方がいいよね」

 

二人の先輩は俺の頼みを受けてくれた。まあ、今までの相模の行動を聞けば動いてくれると信じていたがな。

さっそく犬飼先輩が動いてくれた。

 

「委員長ちゃん~この前、頼んでおいた書類に判子押してくれた?」

 

「し、書類ですか?えっと……」

 

「え?まだなの?あれ喫茶店関係の書類で保健所に出さないといけないものだから早めにって頼んでおいたよね?」

 

「す、すいません!すぐにしますから……」

 

流石の相模も年上の先輩には強く気になれないからな。それにしても犬飼先輩はいい仕事をしてくる。

相模は相当焦っているな。毎日来ていれば慌てる事も無かっただろうに。

 

「委員長。これもまだ判子が無いんだが?どうなっているんだ。期限ぎりぎりだぞ」

 

「は、はい。すぐに押しますから」

 

「早くしてくれ。でないと文句を言ってくる奴が出るかも知れないからな」

 

「……はい」

 

荒船先輩達と相模のやり取りは俺から見て姑が嫁をイジメているように見えなくもない。まあ、散々サボっていたんだ。

仕事をサボった相模が悪いからしかたがない。だから相模がこの後、どんな仕打ちを受けようが俺には関係ない。

 

「……すいません……ここどうすればいいんでしょうか?」

 

「……ちっ……ここはこうするんだよ」

 

あの荒船先輩が舌打ちをしたよ。まあ、するのは無理もない。

サボリまくっている相模が今更、ちゃんと仕事が出来るはずもない。簡単な仕事ですらサボっていた相模には手こずってしまう。

荒船先輩は舌打ちをしたが、それでも相模に説明していた。

 

「……あれで実行委員長とかありえないな」

 

「サボっていたんだ。そのツケが回ってきたんだろ。荒船も可哀相にな」

 

「実行委員長は別の奴の方が良かったんじゃないのか?」

 

「ホント、それな!こっちにだってやる事あるのに……!!」

 

「あの子の所為で文化祭が台無しになる所だったよね?今年は大丈夫なの?」

 

真面目組の3年の方々は今にも爆発しそうだった。それにしてもどうして今日に限ってきたんだよ相模。来なかったら不満が膨れる事はなかったのに……。

まあ、この事態を招いたのは相模自身で、自業自得なので俺には関係ないが。

 

「比企谷。これで良かったのか?」

 

「ええ。ありがとうございます、荒船先輩。これで相模は懲りてサボる事はなくなるでしょう。まあ、またサボってもより自分の立場を悪くするだけなので、こっちには害はないと思いますよ」

 

「そうか。だが、大丈夫か?あいつ後で何をするか分からないぞ?」

 

荒船先輩は相模の精神面の事を心配していた。確かにあの手のタイプは何をするか分からない。

サボリ宣言を出した張本人だ。もしかしたら自分の仕事を放棄するかもしれない。

現在進行系で相模は精神的に追い詰められている。それは盛大に特に3年の先輩にだ。

 

「まあ、一応保険を掛けておくんで大丈夫でしょう。その辺りは俺に任せておいてください」

 

「そうだな……じゃあ頼んだぞ、比企谷」

 

荒船先輩は俺にそう言って自分の作業に戻った。仮にもし俺が相模のように責められたら間違いなく逃げ出していただろう。だからこそ保険を掛けていた方が安全かもしれない。

まあ、あって困るような事もないだろう。

 

「えっと……相模の仕事は1日目の挨拶に2日目の挨拶と総評と最優賞ならびに地域賞の発表か……『保険』を掛けるなら集計結果だな……」

 

俺は文化祭当日の相模の仕事を確認したが、思ったより少なかった。

そして俺は賞などの集計結果に保険を掛ける事にしたが、今は無理なので諦めた。

集計は当日、会議室に詰めている人が入れ代わり立ち代わりで行うらしい。

 

「モグワイ。仕事だ」

 

『やっと出番か?ケケッ』

 

俺はスマホを起動してAIの『モグワイ』を呼び出した。

賞の集計結果はパソコンに入力してから発表なのでこいつが居ればもしもの事が起っても大丈夫だろう。

 

「文化祭当日、お前はこのパソコンに入って集計結果をまとめていつでも見られるようにしといてくれ」

 

『了解だぜ。まかせておきな、旦那。ケケッ』

 

モグワイに指示したのでこれで集計結果が紛失しても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モグワイに指示してから大分時間が経って、最終下校時間になった。作業は昨日より大幅に進む事が出来た。

油断は出来ないが、それでも文化祭開催には問題は無い。

 

「今日はありがとうございました。荒船先輩」

 

「いや、気にするな。明日も手伝いに来られるからよろしくな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

俺は荒船先輩にお礼を言って学校を後にした。もうすぐ文化祭だ。

保険を掛けたので例え相模が何かしても問題はないが、それでも警戒はしていた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。八幡、文化祭終わった後に打ち上げをやらないって遥と話しているんだけど。どうかな?」

 

「打ち上げ?クラスの方じゃなく、ボーダー関係者でか?」

 

「そう」

 

学校から帰る途中で浅葱が文化祭の打ち上げの話をしてきた。クラスの方は出る気しないし、いいか。

 

「ああ、俺は構わないぞ。で、どこでやるんだ?」

 

「影浦先輩の実家で。良かったら八幡の方から連絡してくれない」

 

「分かった。連絡しておく」

 

カゲさんのお好み焼きは絶品だからな。あれにハズレはない。

俺はさっそく電話して聞いて見る事にした。

 

 

 

 

 

『おう。どうした、ハチ』

 

「どうも、カゲさん。実は俺の高校で文化祭があるんですけど、その日に打ち上げをしたいんです。カゲさんの家のお好み焼き屋でしたいんですけど、いいですか?」

 

『ああ、構わないぞ。だったら2階を貸しきりにしておくからよ』

 

「ありがとうございます。それじゃ当日に」

 

俺はそう言って電話を切って文化祭をどう乗り切るか考えていた。

 

 

 



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比企谷八幡&藍羽浅葱④

カーテンで光を遮られた体育館に集まった生徒の声が響き渡っている。時間を確認してみると開始5分を切っていた。

しばらくしているとステージの方からカウントダウンを数える声が聞こえてきたのでそろそろ開始だな。

 

『5…4…3…2…1…』

 

カウントダウンが終わったと同時にステージが一斉に光り出した。

 

『お前らー!文化しているかー?!』

 

「「「うおおおお!!」」」

 

生徒会長のマイクの声に生徒達が声を上げた。体育館で叫ぶので耳に来る。

 

『千葉の名物、踊らにゃー?!』

 

「「「シンガッソー!!!」」」

 

叫び声の後にステージの上ではパフォーマンスが始まった。てか、文化しているってどういう意味だよ?

これはあれか?リア充にしか分からない言語なのか。だとしたら俺には理解出来ないな。

学校生活は今年の春からある教師の所為で最悪と言ってもいい位だからな。

 

『それでは相模実行委員長よりご挨拶です』

 

俺が少し後ろ向きな事を考えてるとパフォーマンスがいつの間にか終わって、生徒会長が上手袖に相模を呼び込んだ。

ステージの上に立つ相模の表情はガチガチに固まっていた。まあ、無理もない。

誰だって全校生徒と来賓の人達を前に緊張しない奴はいないだろう。いや、嵐山さんなら出来るかもしれない。

 

「はーーーーー!!」

 

ガチガチの相模がマイクを持ち、一言放った瞬間に『キーーーン!』とハウリングが起ってしまった。相模にとって最悪なタイミングだ。

先程の相模の行動に体育館の中は笑いが起った。俺が思う限り悪意は無い事と分かるが、相模がこれをどう捉えているかは容易に想像出来る。

 

相模の視線が下に下がっているので、相当恥ずかしがっているな。真面目に実行委員長をしていれば少しは助けたやったものを……ホント、救ってやる価値はないな。

 

『で、では気を取り直しまして、相模委員長、どうぞ』

 

流石の生徒会長も不安でしょうがないのかフォローに回る事にしたらしい。

生徒会長の声で再起動して、相模はポケットからカンペを取り出したが、あっさり落してしまった。

 

またしても群集から笑いが起った。てか、初めからカンペを出す奴がいるか?普通は頭の中に覚えて、最終手段として使うのが当たり前なのにな。

カンペがあればスムーズに言えるかと思っていたが、相模はそれでも途中で噛むし、つっかえながらも進めた。

たかが挨拶でここまで手こずるとは思いもしなかった。

 

こんな事なら色々と仕込んで相模を精神的に追い詰めてから綾辻辺りを委員長にすれば良かったぜ。仕事は他人任せ、自分はろくに何もしない相模を実行委員長にするべきではなかった。

そもそも教師陣がしっかりと監督していれば良かったのに教師は何をやっているんだか。

 

「ぷっ……あんな惨めな姿晒して、情け無いな」

 

「自業自得だろ。他人任せで自分の役割もろくにこなせない奴だからな」

 

「エンディングセレモニーもこれじゃ見るまでもないな……」

 

近くから実行委員を手伝ってくれた人達の相模に対しての陰口が聞こえてきた。彼らの気持ちは俺にも十分理解出来る。

 

「がんばっがんばっ!!」

 

「しっかりーー!」

 

陰口も聞こえてきたが、相模を応援する声も聞こえてきたのは先程の笑い?がお客さんにウケたおかげだろう。

ぼんやりと考えていると相模の挨拶が終わり、次々とプログラムが進行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オープニングセレモニーが終わり、俺は自分のクラスの前で浅葱が来るのを待っていた。

浅葱から一緒に文化祭を回ろうと言ってきた、待ち合わせに俺のクラスを指名してきた。なのでさっきから来るのを待っている。

 

「八幡。お待たせ」

 

「おう、浅葱。それでどこから行く?」

 

「初めは八幡のクラスよ」

 

そう言って浅葱は俺のクラスを指差した。……え?マジか?!

 

「え、あ、その……浅葱。別のクラスにしないか?ほら夜架のクラスがなんだか面白そうだしさ!そうしよう」

 

「……やっぱり、何か隠しているよね八幡。私に言えない事?」

 

「そ、そう言う訳ではないけど……頼む!ここだけは辞めてくれ」

 

ここは絶対に浅葱を説得して離れたいと不味い事になる。浅葱が腐女子にでもなったら彼氏として今後、どう接して行けばいいんだ!

ここは土下座でもして阻止しないといけない。

 

「それじゃ行くわよ!」

 

これから土下座をしようとした所、浅葱に腕を掴まれて教室に入らされてしまった。これはもう、見るしかないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劇が終わり11時半になろうとしていた。役になりきっていた戸塚には癒されるな。流石は俺の癒しの天使だけの事はあるな。

今度から戸塚の事はトツカエルと呼んでみたい。

 

「それにしても八幡があれ程、止めるから内容が相当ドロドロしていると思ったけど、そうでもなかったわね」

 

「ああ、それは俺も驚いた。途中から実行委員の方ばかり出ていたから内容がまともになっていた事に気がつかなかったな」

 

恐らく葉山辺りが修正したのだろう。たまには良い仕事をするな、葉山。たまには。

 

「これからどうする?少し早いけど、昼飯にするか?」

 

「そうね。でもちょっと待って。私トイレに行って来るから」

 

「分かった。何か適当に買っておくわ」

 

「うん。それじゃ行って来るわね」

 

浅葱はトイレに行き俺はとりあえず昼飯を買いに行く事にした。

 

「ヒッキー!」

 

昼飯を買いに行こうとしたら、由比ヶ浜に呼び止められた。面倒だな、こいつ。

 

「俺に何か用か?由比ヶ浜」

 

「えっと……ヒッキーってさ、明日暇?」

 

由比ヶ浜が俺を呼び止めた理由がなんとなく分かった。二日目の一般公開の明日、一緒に回ろうとかその辺りだろう。誰がお前と回るか!

 

「明日は浅葱と回る予定だから無理だ」

 

「どうして、あいあいと回るの?」

 

「ちょっと前に約束していたからな」

 

もちろん、そんな約束をした覚えはないが、自然と浅葱と回るように行動してしまった。これは由比ヶ浜に対しての言い訳だ。

絶対にこいつとは文化祭を回るつもりはない。

 

「そ、そうなんだ……じゃあ、一緒に回っていい?」

 

「いや、なんで三人で回らないといけないんだよ?お前と一緒に回って何になるんだよ?」

 

「えっと、その……みんなで回った方が楽しい、みたいな?」

 

由比ヶ浜と回って楽しい訳ない。あまり長引かせると面倒だな。ここは実行委員を言い訳に使うか。

 

「俺は実行委員の浅葱と少しやる事があるんだ。だから無理だ」

 

「そ、そうなの?」

 

「そんなに誰かと回りたいんだったら雪ノ下でも誘ってみろよ。お前ならきっと喜ぶぞ。それじゃな」

 

「ま、待って、ヒッキー!」

 

俺は由比ヶ浜の呼び止めたが、その前に走ってその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレから戻ってきた浅葱と合流してから昼食に荒船先輩のクラスがやっている模擬店に寄ってサンドイッチやから揚げなどを買って中庭で食べた。

 

「ご馳走様。じゃあ私は遥と明日の打ち合わせがあるから」

 

「おう。頑張れ」

 

そう言って浅葱は綾辻と明日の確認をするらしく昼食を食べてすぐに会議室に向かった。

 

「……ここに居たのね、比企谷君」

 

「……雪ノ下か。副委員長のお前がこんな所で油を売っていていいのか?明日の準備があるんじゃないのか?」

 

浅葱がいなくなって入れ代わるかのように雪ノ下がやって来た。こいつから俺の所に来るとはな。これまでの傾向からどうせ毒舌を繰り出すに違いない。聞き流そうと心の中で決めた。

 

「城廻先輩から聞いたわ。貴方がルーム長を召集する案を綾辻さんに言ったそうね?」

 

「その前に一ついいか?」

 

「何?」

 

「城廻先輩って、誰?」

 

「……貴方、本気で言っているの?」

 

「そうだが?何か不味い事でも聞いたのか?」

 

雪ノ下は信じられないと言わんばかりの顔をしていた。不味い事でも聞いたか、俺。

 

「……生徒会長よ。城廻めぐり生徒会長。貴方、それでもここの生徒?」

 

「生憎とボーダーの関係者でもないし、卒業したら会う事もない先輩の名前を覚える気にはなれないな」

 

「……はぁ~」

 

俺がそう言うと雪ノ下は頭を抑えて溜め息を出した。溜め息を出す程か?

 

「……話が逸れたわね。それで何を企んでいるのかしら?」

 

「唐突だな。でも聞きたい事はなんとなく分かる」

 

雪ノ下は俺の行動が気に入らないらしい。自分がどうする事も出来ない状況を二度もどうにかしてしまった俺が。

 

「まあ、お前のやり方で文化祭が潰れたらここに来る小町ががっかりするかもしれないからな。あ、でも文化祭が潰れてお前の悔しがる顔を見るのも良かったかもしれないな」

 

「……っ!!」

 

余程、俺の皮肉が効いたらしく雪ノ下は俺を強く睨み付けてきた。まったく恐くないな。

そもそも睨み付けて来る時点で自分が間違っていると俺に言っているようなものだ。

そろそろ時間だな、教室に戻るか。

 

「それじゃ最後に忠告だ。自分が出来もしない依頼は受けない方がいいぞ」

 

「……どうして貴方が知っているのかしら?」

 

「……やっぱり奉仕部を新しく作ったようだな」

 

「…………」

 

俺の思った通り廃部してから新しく作ったようだ。まったくふざけた性格しているなあの独身暴力教師は!

雪ノ下はまだ黙って俺を睨みつけ続けている。そろそろマジで行くか。

 

「まあ、頑張れよ。文化祭が終わってもお前には仕事があるんだからな。相模の依頼を受けたんだ。相模がヘマしないようにしっかりと支えてやれよ副委員長?」

 

俺は雪ノ下に言いたい事を言えて少しスッキリした気分で居た。なんにしても文化祭初日は終わった。

明日は今日以上に騒がしくなるだろう。

 



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比企谷八幡⑬

総武高校文化祭『総武祭』の二日目が始まった。一般公開の今日は校外から大勢のお客さんが来ていた。

生徒の保護者、他校の生徒、OGの人達などで校内は賑わっていた。

浅葱は午後から実行委員の仕事があるので午前までしか一緒に居る事が出来ないのでその間、楽しもうと思う。

 

そこで初めに夜架のクラスに行く事にした。パンフレットを見る限り夜架のクラスは喫茶店になっていた。

名前が『アニマル茶屋』となっていた。アニマル?何となくだが、どんなものか想像出来るな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、これが『アニマル茶屋』か」

 

「はい。主様」

 

『茶屋』と言うだけあって教室の壁には山が描かれていた。食べ物や飲み物を運ぶ子は全て『割烹着』を着て、その上頭に『イヌ耳』を付けていた。もしくは『ネコ耳』を付けていた。

 

「……なあ、夜架。聞いてもいいか?」

 

「はい。なんなりと」

 

「……『割烹着』を着ているのは『茶屋』だからと分かるかが、どうして夜架は『イヌ耳』を付けているんだ?」

 

「はい。それはですね、最初は『喫茶店』だったのですが、それではつまらないと言う意見がありまして、そこで『喫茶店』ではなくいっそ『茶屋』にしてはどうだろうと意見がでてきまして……」

 

夜架は一呼吸置いて続けた。

 

「……しかしそれではインパクトに欠けるので、そこに更に『耳』をつけてはどうだろうと意見がでまして最終的にこうなってしまったのです」

 

「……うん。説明ありがとうよ夜架」

 

「いえ、この程度問題ありません」

 

夜架の説明を聞いて少し頭痛がしてきた。文化祭準備の妙なテンションでこうなったんだろう。でなければ、ここまでのものにはならなかったろう。

配膳係の生徒はどことなく顔が赤く見えた。間違いなく恥ずかしいんだろう。

 

「それにしてもやっぱり黒髪に和服は結構合っているな」

 

「それじゃ八幡。私は似合っていないって事?」

 

夜架の服装について素直な感想を言った所、浅葱が不機嫌気味に俺に聞いてきた。

夏に着ていた浴衣の事を言っているんだろう。そんなに不機嫌になる事か?

 

「いや、浅葱の浴衣姿も似合っていたし、俺は好きだな」

 

「そ、そう?まあ、八幡がそう言うなら間違いないと思うけど」

 

さっきの不機嫌はどこにいったのやら?少しだけ機嫌が良くなった。

 

俺は浅葱と少し早い昼飯をこの『茶屋』で食べたが、中々美味しかった。

メニューはそんなに多くは無かったが、充実したものだった。

 

「それじゃ八幡。私は閉会式の打ち合わせとか集計をしないといけないからここで」

 

「おう。頑張れよ浅葱」

 

浅葱は会議室に向かい閉会式の時に発表する賞の集計をする事なので昼飯を食べてすぐに分かれた。

俺は一人になったので一人適当に他の模擬店巡りでもしようかと思ってまずは二年の教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年の教室がフロアに到着して看板に『喫茶店』と書かれていたので、夜架のクラスとどの程度違うのか比較するために入る事にした。

 

「あ!比企谷君。いらっしゃい」

 

「よう三上」

 

三上歌歩。

風間隊二代目オペレーター。

宇佐美の後任にオペレーターでかなりの凄腕で風間隊の戦闘をサポートしている。下の兄弟が多いためか面倒見がよく女性隊員から結構慕われている。

高二の女子にしては少し身長が低いので隊長の風間さん同様に『小型で高性能』と言ってもいい人物だ。

 

「三上のクラスは普通の『喫茶店』なんだな……むしろ俺的にはこっちの方が落ち着くな」

 

「?普通じゃない喫茶店ってどんなのよ?」

 

「ああ、実は……」

 

俺は三上に案内された椅子に座ると夜架のクラスの『喫茶店』について三上に説明した。話を聞いた三上は少し苦笑していた。

 

「……その喫茶店は凄く斬新だね……」

 

「ああ、行ってみて凄く驚いたな……あ、卵サンドとコーヒー頼む。それと砂糖は出来るだけ多めに頼む」

 

「うん、分かった。でもあんまり比企谷君のために砂糖は使えないからね」

 

「ああ、もちろん。分かっている」

 

三上は俺の注文を聞いてから五分後には頼んだものが出てきた。

 

「それじゃごゆっくり。あ、そうだ。比企谷君は打ち上げ行く?」

 

「ああ、行くけど。三上はどうなんだ?行くのか?」

 

「うん、行くよ。他にも奈良坂君や辻君も来るって」

 

奈良坂や辻も来るのか。てか辻は大丈夫なんだろうか?まあ、別にいいか。

 

「あ、比企谷先輩」

 

「ん?烏丸と氷見か。お前らもこの店に来たんだな」

 

三上と打ち上げの話をしていると玉狛のもさもさしたイケメンこと烏丸京介が氷見を連れて現れた。しかし烏丸と氷見の距離が妙に離れていた。

 

「はい。氷見先輩に誘って貰って色々見て回ってお腹も空いてきたのでそろそろ昼食にと思いまして」

 

「色々と見て回ったら腹空くからな。で、どこ回ったんだ?」

 

「比企谷先輩のクラスの劇を見たり三年の喫茶店などに行きましたかね」

 

「……俺のクラスに行ったのね……」

 

まさか烏丸と氷見が俺のクラスの劇を見ていたとはな。氷見、腐っていないよな?大丈夫か?

それにしても烏丸と氷見の距離がさっきから気になるな。からかうついでに氷見の手助けでもしてやるか。

 

「せっかく文化祭に来たんだ。写真でも撮ってやるよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

烏丸に写真を撮ってやろうと言った途端、氷見の顔が赤くなった。分かり易いな。

他人の恋愛を邪魔する気などないし、これと言ったアドバイスが出来る訳でもないので俺に出来るのはある程度の手助けをしてやる事ぐらいだろう。

俺はスマホを取り出してカメラモードにして烏丸と氷見に向けた。

 

「……氷見。もう少し近付けないか?離れすぎだ」

 

「で、でもこれ以上は……は、恥ずかしい……」

 

鳩原さんのアドバイスである程度の人見知りは克服出来ても好意を寄せている相手では駄目らしい。しかたない。

 

「じゃあ、俺が指示するからその通りに動け。いいな」

 

「う、うん。頑張る」

 

氷見はガチガチに緊張していた。これで将来的に大丈夫だろうか?そこは頑張れ氷見。

 

「んじゃ並んで……烏丸はそのまま……氷見はもう少し右に……あ、そこで止まってくれ。それじゃいくぞ?」

 

パシャリ

 

一枚を撮ったので、本格的に氷見をからかうか。

 

「あ、折角だから手でも握ってみたらどうだ?」

 

「ひ、比企谷君……そ、それはちょっと……」

 

俺の提案に氷見は顔を赤くして自分の手を見た。それで想像したのか更に赤くした。

 

「折角撮るんだからもう少し見栄えがいい方がいいだろ?烏丸」

 

「そうですね。氷見先輩がいいなら俺は構いませんけど」

 

「そ、それじゃお願いします!」

 

脳がオーバーヒートでもしたか?氷見が烏丸に敬語を使っているよ。

 

「それじゃ失礼します」

 

烏丸は固まっている氷見の手に自分の手を絡めた。俗に言う『恋人繋ぎ』だ。

氷見が烏丸が恋人繋ぎをしたと分かった途端に顔が今まで以上に赤くなったしまった。氷見は大丈夫だろうか?顔が沸騰して倒れたりしないだろうか?

 

「はい。チーズ」

 

パシャリ

 

早めに撮ってやらないと氷見が昇天しまいそうだな。写真を撮っても氷見は固まったままだった。

 

「データの方は後で送っておくから。時間取らしたな」

 

「いえ、それじゃ氷見先輩。行きましょうか」

 

「……はい」

 

烏丸は顔を真っ赤にした氷見を連れて空いている席に向かった。

丁度、俺が頼んだ物が来たのでそれを食べてからこれからどうしようか等考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三上のクラスを出た俺は一先ず三年のクラスに行って見る事にした。荒船先輩や犬飼先輩のクラスはどのような出し物か気になったからだ。

向かっている途中で氷見から『写真の事は内緒で』とメールが来た。

もしあの写真が烏丸に好意を寄せている人間の目に入れば、氷見がどんな目に会うか分からないからな。

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

「お、小町。それと雪菜」

 

「こんにちは。八幡先輩」

 

適当に回っていると小町と雪菜がやってきた。二人とも制服だ。

 

「良かった。お兄ちゃんと会えたよ。あれ?浅葱お義姉ちゃんは?」

 

「浅葱は実行委員の仕事があるから結構前に別れたよ」

 

「そうなんだ。折角、から……どんな風にイチャついているのか見たかったのにな~」

 

イチャついているのか見たかったと言っているが小町よ。今、『から……』と言っていたが、からかうつもりだったのか?妹と言えど油断出来ないな。

 

「そうだ。お兄ちゃん!これから小町達と回らない?」

 

「もちろん。回るに決まっているだろ!」

 

「……ホント、シスコンですね」

 

小町が一緒に回ろうと言ってきたので即答したら雪菜にシスコンと言われてしまった。

まあ、今更だと思うな。

 

「それで行きたい所はあるか?」

 

「う~ん……そうだ!小町。お兄ちゃんのクラスに行きたい!」

 

「それなら私も」

 

小町と雪菜が俺のクラスに行きたいと言ってきた。俺としてはあれを二度見るのは正直嫌だが、小町のお願いを無下には出来ない。

 

「……どうしても俺のクラスじゃないと駄目か?」

 

「もちろんだよ!雪菜ちゃんも楽しみにしていたんだから!」

 

「……それとも八幡先輩には何か見せたくない理由でもあるんですか?」

 

小町はテンション高めでいいが、雪菜は俺の事をジト目で見て来る。見せたくない理由?

そんなの若干BL受けだからだよ。雪菜もそうだが、小町が腐女子になったらもう生きてはいけない。

 

しかし説明した所で二人が納得してくれるとは限らない。ここは見てもらうしかないと思い、俺のクラスに向かって劇を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごくいい劇だったね!雪菜ちゃん」

 

「うん。戸塚さんの演技力がすごく良かった。それにしても八幡先輩が見せたくない理由が分からなかったですね?」

 

劇を見た後、小町と雪菜は少しだけテンション高めだった。雪菜は俺の劇を見せたくない理由を考えたが、分からず首を傾げていた。

まさか理由が二人が腐女子にしたくなったからなんて言えるはずもない。

まあ二人が腐女子にならなかったのは良かった。

 

「あ、もうこんな時間だ。それじゃあ小町達はもう帰るね。お兄ちゃん」

 

「それでは失礼します。八幡先輩」

 

「ああ、二人とも気を付けて帰れよ」

 

二人は劇を見た後、すぐに帰った。俺も閉会式があるので体育館に向かう事した。

他にも向かっている生徒がいるから少し遠回りをしてから行く事にした。人ごみって、面倒だからな。

 

「……あれは、相模?何であいつあんな所に?」

 

俺が体育館に向かって歩いているとある生徒を見つけた。それは取りまきを誰一人連れていない相模だった。

もうすぐ閉会式が始まるのに何をしているんだ?

 

まあ、別に関係ないかサボるなら相模の責任だしな。精々、後悔しないように行動しろよ相模。

相模の事を無視して俺は体育館に向かって歩き出した。

 



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相模南④

文化祭のエンディングセレモニーがもうすぐなので校舎には殆んど人はいなかった。

それにしても相模は屋上に向かっていた気がしたが、閉会式に出ないつもりか?

まあ、それで怒られるのは相模だから俺の知った事ではないが、文化祭を台無しにするつもりなら俺が用意した『保険』を使うだけだ。

 

その『保険』を使えば、恐らくエンディングセレモニーは問題なく行えるはずだ。

使ったら相模は学校ではデカイ態度は取れないだろう。三浦といい、何で俺のクラスには女王気質な奴が二人もいるんだろうか?一人で十分だ。

 

「あ、川崎」

 

「……比企谷」

 

体育館に向かっていると川崎と出会った。まだ、校舎に人が居たよ。

しかし、何でここに居るんだ?

 

「川崎は体育館に向かわないのか?」

 

「……あたし、人ごみが苦手だからギリギリに着こうかなと思って、そう言う比企谷は?」

 

「俺も似た理由だな。遅く行っても間に合えば問題ないかな」

 

とりあえず、俺は川崎と体育館に向かって歩き出した。ふと川崎にボーダーの事を聞いて見る事にした。

 

「川崎はまだC級なのか?」

 

「……うん。でももう少しでB級に上がれるからトリガーの内容について相談したいんだけど、いい?」

 

「ああ、別に構わないぞ」

 

川崎はもう少しでB級か。ちなみに小町と鶴見はすでにB級になっている。

これで川崎隊は隊長の川崎を残すだけか。B級ランク戦ではどんな戦いをするのか楽しみだ。

 

これは小町から聞いた事だが、葉山、由比ヶ浜、戸部はまだまだB級に上がるのは無理らしい。

雪ノ下さんはすでにB級になったとか。中々、やるな。あの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館に着いてみるとエンディングセレモニーの前の有志団体のステージだった。しかも大トリには葉山グループのバンドだった。

メンバーは葉山、三浦、海老名、由比ヶ浜、戸部と名前が分からない女子一名の六人だった。てか葉山ってギター出来たんだな。 

 

三浦と名前が分からない女子の二人がどことなく睨み合っていた。睨む暇があるならしっかりやれよ。

そんな二人を由比ヶ浜と海老名がサポートしていた。

 

「比企谷君」

 

「ん?氷見か」

 

葉山達のバンドを見ていると氷見が近付いて来た。その顔はまだ少し赤かった。

 

「例の写真の事は誰にも言わないでよ」

 

「もちろん、分かっている」

 

氷見と烏丸のツーショットが知れ渡ればどんな争いが始まるか想像したくはない。

氷見は実行委員が集まっている場所に向かって行った。

 

「八幡!」

 

「どうしたんだよ浅葱。何か問題でも起こったのか?」

 

「相模さん見なかった?」

 

浅葱が急いでこっちに来て相模の事を聞いてきた。どうも実行委員は所在を知らないらしい。見かけた事を教えておくか。

 

「相模ならさっき見かけたぞ」

 

「どこで?!」

 

「昇降口の近くで……20分前位だな。もしかしてまだ来ていないのか?」

 

「そうなのよ。どこに居るのよ」

 

ああ、やっぱり逃げたか。予想通りだな。『保険』を準備していて正解だったな。

一応、綾辻にメールでもしておくか。

 

「探すの手伝おうか?浅葱」

 

「……生徒会と実行委員が数人探しているからいいわ。ありがとうね八幡」

 

探すのを手伝おうとしたが、浅葱はいらないと言ってきた。そしてすぐに浅葱は体育館を出て校舎の方に走って行った。

そろそろ閉会式が始まる時刻のはずなのに相模が来ている様子がない。

しばらくして舞台袖から綾辻がマイクを持って出てきた。

 

『実行委員の方で少し問題が発生してしまい、閉会式はもうしばらくお持ちくだい』

 

綾辻が出てきたと思ったら頭を下げてきて、閉会式が遅れる事を言った。

つまり相模はまだ来ていないのか。つくづく無能委員長だな。

 

『つきましては繋ぎとして有志団体の演奏をお楽しみください』

 

綾辻が舞台袖に下がったと同時に葉山達が出てきて演奏を始めた。これは相模を探し出して連れてくるまでの時間稼ぎなのだろう。

それにしても葉山って、ギター上手いな。イケメンで運動できるって、どこのラノベ主人公だよ。

 

「……大丈夫なのか?」

 

「何がよ?比企谷」

 

「いや、何でもない」

 

独り言を川崎に聞かれて、恥ずかしい!!俺が心配しているのは浅葱が探しに行って大分時間が経過しているという事だ。

 

「モグワイ。浅葱のスマホの現在位置は?」

 

『お嬢は今、校舎を移動中だぜ。ケケッ』

 

「そうか……」

 

浅葱の事が心配でモグワイにスマホのGPSの位置情報から現在位置を聞いたらまだ校舎の方にいるようだ。

 

「相模の位置は流石に分からないよな?」

 

『旦那、流石にそれは分からないぜ。あの嬢ちゃんがスマホの電源を落しているからな。ケケッ』

 

「そうだよな……」

 

流石のモグワイもスマホの電源が落ちていたら探すものも探せない。それにしても生徒会も実行委員もたった一人のためによくやるよな。

逃げ出した無能を探す暇があったら代役でも立てて閉会式をすればいいのに。

 

生徒の中には閉会式を始めない実行委員に苛立ちを感じている人間は少なからずいるはずだ。

いくら葉山が繋ぎをしたところで10分持てばいいほうか。居場所も分からない人間を探して説得するのに10分ではとてもじゃないが時間が少ない。

 

葉山達の演奏が終わってしまったが、それでも相模が出て来る気配はない。

その代わりに雪ノ下が葉山と入れ代わりで出てきた。雪ノ下の他に由比ヶ浜、生徒会長の城廻先輩と雪ノ下さんに平塚先生まで居た。

今度は彼女達が演奏を始めた。

 

しばらくして俺のスマホが振るえたので見てみると綾辻からのメールだった。

内容は

 

『メールを返すのを遅くなって、ゴメンね。比企谷君から集計結果を送って貰ったんだけど、雪ノ下さんの判断でぎりぎりまで相模さんを待つ事になって、今探してる最中なの』

 

と結構長めのメールが返って着た。綾辻も大変だな。

雪ノ下はあくで相模が来ると思っているらしいな。ホントに来ると思っているのか?雪ノ下は。

 

そして雪ノ下達の演奏は終わってしまった。体育館には拍手喝采で雪ノ下達の演奏を称えていた。

由比ヶ浜がヴォーカルだったが、途中で雪ノ下までもが歌っていたからな。歌詞くらいしっかり覚えろよ、由比ヶ浜。

 

雪ノ下達が舞台袖に帰っていき、その数分後に雪ノ下が再び出てきた。今度は一人だけで、マイクを持っていた。

どうやら閉会式を始めるようだ。本来の閉会式から約30分も経っていた。

 

『大変長らくお待ちしました。これより閉会式を始めたいと思います。本来なら挨拶は相模実行委員長なのですが、彼女は体調不良のため、代理として私が務めさせてもらいます』

 

雪ノ下はまず遅れた事を謝罪してから閉会式を始めると言った。相模は体調不良ということにしたようだ。

雪ノ下は表情に出してはいないだろうが、相当悔しいだろうな。

相模は奉仕部に依頼したと思う。恐らく『文化祭実行委員での自分のサポート』でも依頼したのだろう。

でなければ、雪ノ下がいきなり副委員長になるわけない。

 

『……ではまず地域賞から発票していきます』

 

そう言って雪ノ下は次々と各部門の上位を発票していった。体育館の居る全員が雪ノ下の発表していく姿に見惚れてる気がした。

まあ、高二であそこまで凛々しい姿で壇上に立っているからな。相模とは大違いだ。

 

しかも雪ノ下の奴、一度もカンペらしきものを出さなかった。

賞などの内容を全て暗記したのか?まあ、俺もそれくらい『サイドエフェクト』があるから楽勝だけどな。

 

『……以上を持ちまして第〇×回総武祭を終了いたします。皆様、お疲れさまでした』

 

これで漸く文化祭も終わりか。終わってみると呆気ないものだな。

来賓は帰り、生徒は教室に一度集まってから方付けをしてから帰れる。

 

「それにしても何で、終わりの挨拶は雪ノ下さんだったのかな?」

 

「それが実行委員長の相模さんが閉会式直前で逃げたらしいよ」

 

「え?それって、マジ?!」

 

「マジで!ホント情け無いよね。最初は頼りないだけかと思ったけど、最後は逃げ出すんだもんね」

 

「あれでよく実行委員長しようなんて思ったよね」

 

体育館から教室も戻る途中で耳を周りに傾けて見ると相模の悪口が聞こえてきた。それだけではない。

相模が逃げ出した事がどこからか漏れてそれが拡散している。

 

正直、俺が何かするまでもなかったな。相模のこれからの学校生活は一変する事間違いない。

それも悪い方に。

 

「……まさに後の祭りだな」

 

「……相模さんの事を言っているの?比企谷」

 

「まあ、な。これであいつの学校生活は地獄になるだろうな」

 

「でもそれって、相模さんの責任でしょ?」

 

「ああ、あいつの責任だ」

 

今回の事は相模が実行委員での『サボリ』発言が原因だ。それがなかったら少なくともこんな事にはならなかっただろう。

それに副委員長の雪ノ下がしっかりと注意していない事や教師側(平塚先生)からも何も言わなかった事が大きいだろう。

 

相模は誰かに勧められてではなく自分から実行委員長になったのだ。なら責任位自分で取ってもらわないと駄目だろう。

教師側にもなにかしらのペナルティーがあるだろう。

 

多少の問題はあったが、なんとか閉会式を終える事が出来た。まあ、相模があれから姿を見せることはなかった。

来週学校に来た時、どんな事になるかなど言わなくても分かる。

 



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雪ノ下陽乃

閉会式が終わったが、学生はまだ終わっていない。文化祭の片付けまでが文化祭なのだ。

そんな中生徒の間ではサボリを公認した相模やそれを注意しなかった雪ノ下、実行委員にまともに出て居ない平塚先生の悪口を言っている人間が段々増えてきた。

この三人に関しては自業自得なのでザマァ見ろと思っていると雪ノ下さんが俺に近付いて来た。

 

「ひゃっはろー!比企谷君♪」

 

「……どうも」

 

「もう!元気がないぞ。青少年!」

 

この人のテンションは絡みずらいな。これはあくまで俺の気持ちだから他の人からすれば接し易いのかもしれない。

それにしても由比ヶ浜と似た挨拶をしてきたよ。思わずバカと言いかけてしまった。

 

「……それで何か用ですか?雪ノ下さん」

 

「もう!陽乃かお義姉さんと言ってもいいんだよ」

 

「生憎とあいつと結婚する予定はありません。それに俺、もう彼女いますし」

 

「……へぇ……」

 

俺が彼女が居ると言った途端、周りの温度が五℃位下がった気がした。雪ノ下さんの眼力は周りの温度を下げる力があるのか?

マジで怖い……!!

 

「それでさ、比企谷君に聞きたい事があるんだけど」

 

「聞きたい事ですか?……何を聞きたいんですか?」

 

俺は一応警戒した。この人はどことなく警戒していないとまともに話す事が出来ないと思うからだ。

てか、さっきからこの人の目が怖い。二宮さんや三輪の睨みつけとは違う。

 

「比企谷君はさぁ、実行委員長ちゃんを見つけに行かなかったの?」

 

「俺は実行委員じゃないですから。それに見つけたとして相模が俺の説得で行くとは限らないでしょ」

 

「確かにそうだね!もし君が見つけられて説得するならどんな事を言うのかな?」

 

「もし……なんてそんなくだらない事を一々聞いて来ないで下さい。過ぎ去った事をグチグチと……雪ノ下さんって、思った以上に面倒臭い性格していますね」

 

雪ノ下さんは俺の言葉が相当気に入らないようで睨んできたよ。ホント、姉妹だな。

 

「次は俺からいいですか?」

 

「ん?何かな?」

 

「貴女は何がしたかったんですか?」

 

「……質問の意図が分からないな~」

 

はぐらかしてきたよ、この人。でも気にせずに行くか。

 

「文化祭の手伝いで来たと聞きましたが、貴女が相模に余計な事を言わなければ、準備は実行委員だけで何とかなったはずなんですよ。だから俺は貴女が何をしたいのか知りたいんですよ」

 

相模が自分勝手にこの人の言葉を解釈して招いて結果だが、元を正せばこの人の一言から始まったと言ってもいい。その所為で浅葱が倒れたんだ。

俺にはそれを聞く権利がある。

 

「……そうだね。強いて言うなら雪乃ちゃんの成長を促したかった、かな」

 

「雪ノ下の成長ですか?あいつが成長するとは思えませんけど?」

 

「そうかな?最近は成長しようとしているみたいだけど?それに雪乃ちゃんって、昔から私がやってきた事ばかりしたがるんだよね。対抗意識ってやつ?」

 

「……その為に焚き付けた?……と言う事ですか?」

 

「そうだよ♪」

 

雪ノ下さんはまるで自分は悪くないみたいに話している。まあ、実際にこの人は直接的には悪くはない。

この人の言葉を自分の都合のいいものに変えた相模が悪い。

 

だが、元凶はこの人に間違いない。しかし在校生ではなく卒業生だから今更学校から強くは注意できない。

俺は雪ノ下さんの話を聞いて一つ違和感を覚えた。

 

「雪ノ下の成長と貴女は言っていますけど、俺にはそうは聞こえませんね」

 

「……へぇ……面白い事を言うね、君は。続けて」

 

「俺から見た貴女は妹をからかって遊んでいるだけの子供だ。自分が面白ければ、それでいいと考えて周りに掛かる迷惑なんて考えてない。それもそのはずだ。だって貴女は卒業生だ。……つまり部外者だ。例え何があったとしても責任は取らないでいい位置にいる」

 

「…………」

 

俺の話を聞いた雪ノ下さんは黙っていた。図星だったのかまだ一言も言ってこない。

この沈黙が妙に怖く感じた。

 

「……お姉さん、カンのいいガキは嫌いなんだよね」

 

「まあ、そうでしょうね。貴女は自分の思い通りに行かない事を許さない。そういうイメージがありましたから。でも、それは『本当』の貴女ではない」

 

「……年下の癖に言うね。それでどうするの?私を断罪でもする?」

 

どこか不気味な笑みを浮かべる雪ノ下。内心、ビビりながら俺はこの人にある提案をしようとした。

 

「違います。俺は提案をしたいだけです」

 

「提案?私に?ホント、君は変わっているね。それでどんな提案なの?」

 

「今、浅葱が雪ノ下建設の株を買っているんです。少しずつ」

 

「へぇ……それは知らなかったな。それでどうするの?大株主にでもなって会社でも乗っ取るの?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「……え……?」

 

俺の肯定に雪ノ下さんは呆気に取られてしまったようで、驚いて固まってしまった。

この人でもこんな表情するんだな。

 

「話を戻します。俺の提案は『俺達』で雪ノ下建設を乗っ取らないか、と言うものです。まあ、この事を貴女の両親に言っても構いませんけど。でも協力してくれるなら俺は貴女に『自由』を取り戻してあげましょう」

 

「ッ?!……君に私の何が分かると言うの?」

 

雪ノ下さんは俺を親の仇を睨むように目を向けてきた。でも俺にそれが少しだけ悲しそうに見えた。

 

「さあ?何も分かってないのかもしれませんよ。でも貴女が自分の事を偽っている事位なら分かりますよ」

 

「…………ふふっ……ホント、こんな事で笑ったのは初めてかもしれないね」

 

「そうですか?俺としては素が出ている今の貴女の方が好きですね」

 

俺がそう言うと雪ノ下さんは顔を赤くして、これでもかと言う位に驚いていた。

 

「ッ!?………君はそう言うの素で言っちゃう所がいいよ。お姉さんそれがとっても好きだよ。それで私は何をすればいいのかな?」

 

「まずは情報操作と言った所ですかね。こっちの動きがバレると色々と厄介ですから。貴女の両親と妹に悟らせない様にしてください」

 

「分かったよ。でも雪乃ちゃんはあんまりお母さんと話さないから大丈夫だと思うよ。お父さんも今は次の議員選挙のための準備で忙しいと思うから問題はお母さんかな?」

 

雪ノ下家って、家族とあまり話さないんだな。それは好都合だな、あいつが知ったらグチグチと文句を言ってきそうだ。

問題は母親なのか。まあ、この姉妹を産んだ母親だ。一筋縄ではいかないか。

 

「そうですか。だったら少しずつバレないようにした方がいいですね」

 

「その辺りは任せてよ。こっちで上手くやっておくからさ」

 

「じゃあ、任せます」

 

とりあえずこの人と協力関係を作る事が出来たので良かった。それにしてもさっきからこの人の表情はいい感じだな。

 

「あ、そうだ。協力するにあたって私からお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

「お願いですか?内容によります」

 

この人が俺に何を頼む気なんだ?むしろこっちがお願いしたいくらいだ。

 

「私を弟子にしてほしいんだよね」

 

「それには俺の出した条件を無視してですか?」

 

「うん。そうだよ」

 

雪ノ下さんのお願いが俺の弟子入りとは、正直意外だな。まだ、B級に上がったばかりだし俺の3人の弟子とまだ戦っていないはずだ。この人はまずB級になる事を優先した。

 

しかし葉山と由比ヶ浜、戸部は川崎との戦いを優先してB級になるのを後回しにしている。

戸部はともかく葉山と由比ヶ浜は俺の弟子になりたいようだ。俺の弟子になった所でいいことはないと思うが?

 

「……貴女はどうして俺の弟子になろうと思ったんですか?」

 

「それは君が面白そうだからだよ。でも今は楽しいからね。君は私を見てくれている。私をただ一人の人間として、ね」

 

「……なるほど、分かりました。弟子にしてもいいですよ」

 

「ホント!?やったね!」

 

折角、味方に引き込めたのにわざわざ突き放すわけにはいかない。だが、葉山や由比ヶ浜にこの人を条件を無視して弟子にしたら何か言って気そうだな。

 

「……ただし、今は弟子ではなく教え子と言う事にしておいてください。条件を無視したとなればうるさい連中がいるんで」

 

「OK!正式な弟子になりたいなら条件をクリアーしろって事だよね?」

 

「ええ、そうです。まあ、俺は結構スパルタなので付いてこれますか?」

 

「お姉さんを挑発しているのかな?でもそう言うの嫌いじゃないよ」

 

この人は笑っていた。心底楽しむように笑顔で。

 

「そうですか。まあ、頑張ってください」

 

「うん。それじゃまたね♪」

 

雪ノ下さんは俺に手を振って体育館を出ていった。その後ろ姿は何だか重い荷物を降ろしたように軽く見えた。

俺も面白いように頑張らないとな。

 

「……八幡。今、雪ノ下さんのお姉さんと何を話していたの?」

 

「あの人には協力者になってもらっただけだ」

 

「……大丈夫なの?協力者にして?」

 

浅葱は雪ノ下さんの事をあまりいい目では見れないらしい。まあ、相模の暴走の原因だからな。警戒するのも分かる。

 

「大丈夫だよ。あの人は自分の『自由』のために協力してくれるからな。信頼は出来なくても信用は出来る。それで今、どの位だ?」

 

「ふ~ん。八幡が良いなら良いけど。今はだいたい半分くらいかな?来年の二月頃には準備万端になるわ」

 

「そうか」

 

浅葱が言うんだから間違いない。俺が雪ノ下建設の『大株主』だと知った時の雪ノ下の屈辱に歪んだ顔を見られるわけか。それは最高に楽しみだ。

 

「それじゃ、私実行委員の方に戻るわね」

 

「ああ、それじゃな」

 

浅葱はそう言って実行委員が集まっている場所に向かって行った。俺も方付けを再開していたら、戸塚と川崎が近付いてきた。

 

「あ!八幡」

 

「お、戸塚。劇、お疲れ様。見たけど、すごく良かったぞ」

 

「ホント!?僕も八幡に褒められて嬉しいよ」

 

戸塚は俺の笑顔を俺に向けてきた。流石はトツカエルだな。

この笑顔を見れただけで、人生はバラ色に見えてくるな。流石に大げさか?

 

「そうだ、戸塚と川崎って、この後時間あるか?」

 

「何かあるの?八幡」

 

「ああ、総武高のボーダーメンバーで打ち上げしないかって事になっているんだ。二人も参加しないか?」

 

まだC級でも川崎は俺の弟子だし戸塚もすでにオペレーターとして準備しているので参加するのに問題はないはずだ。

 

「ごめん!八幡。僕、クラスの方に出て欲しいって海老名さんに言われてるんだ。だから、参加出来ないんだ」

 

「そうか。なら仕方ないな……」

 

くそ!あの腐女子が!余計な事をしてくれたな。折角、戸塚と食事が出来ると思ったのに!

 

「川崎は?」

 

「あたしは参加する。それで打ち上げって、どこに行くの?」

 

「俺の知り合いのお好み焼き屋。味は保証する」

 

「そう。場所が分からないからあんたに付いて行っていい?」

 

「ああ、分かった」

 

川崎は参加するが戸塚が参加しないとはな。まあ、仕方ないか。

とりあえず文化祭の幕は下りた。



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比企谷八幡⑭

文化祭は終わり片付けも完了して俺は今、カゲさんの実家のお好み焼き屋に向かっていた。夜架と川崎の三人で。

浅葱、綾辻、氷見、犬飼先輩の四人は実行委員の確認で少し遅れると言ってきたので、とりあえず三人で向かう事にした。

 

他にもメンバーが居るらしいが、俺は把握していない。把握していない理由は俺がカゲさんの実家のお好み焼き屋の2階を貸しきりにして貰ったのを誰かから聞いた米屋が自分も混ぜろと言ってきて、とりあえず参加したい人間がいれば勝手に来てくれと事になってしまったので、把握していないのだ。

 

学校から店に向かう途中で川崎のトリガーについての質問に答えていった。

川崎は弧月メインでハウンドがサブのオールラウンダーになるようだ。他にもBランク戦の戦い方など様々なことを聞いてきたので丁寧に答えた。

そうしている内に店に着いた。

 

「……ここが比企谷の言っていた人の店?」

 

「まあ、な。カゲさんって言って、結構怖いんだけど、根はいい人だから。だけど、サイドエフェクトの所為で色々と大変なんだよな」

 

「その人のサイドエフェクトって、何?」

 

「『感情受信体質』って言うもので相手からの『敵意』や『悪意』を痛みとして身体に受けるものだ」

 

「そんなのがあるんだ」

 

川崎はサイドエフェクトに結構興味があるようだ。まあ、持っている奴はそれなりにトリオン量があるからな。

そう言えば、小町のトリオン量は俺並だと前に言っていたが、サイドエフェクトはあるんだろうか?

 

サイドフェクトを持っていなくともトリオン量が多い奴は居るからな。出水とか二宮さんとかな。

まあ、今は打ち上げだな。

 

「こんにちは~」

 

「おう。来たか、ハチ」

 

店に入ってみるとカゲさんが出迎えてくれた。お好み焼きを焼いている姿はカッコよく決まていた。

 

「……こんにちは」

 

「こんにちは。影浦先輩」

 

俺に続き川崎と夜架が挨拶をした。するとカゲさんが川崎の方を見た。

 

「おい、ハチ。誰だ?その女は」

 

「俺の三人目の弟子ですよ」

 

「ああ、そいつが言っていた奴か。2階にはもう何人か来ているぞ。後で注文聞きに行くからよ」

 

「分かりました。夜架、川崎。こっちだ」

 

俺は2階に続く階段に二人を誘導して上がって行った。それにしても一体何人来ているんだ?

米屋の事だから大人数いると思った方がいいな。

 

「お!やっと来たか。ハッチ」

 

「よお、米屋。それにしても結構連れてきたな」

 

2階には結構な大人数がいた。

米屋、三輪、奈良坂、古寺、出水、唯我、那須、熊谷、宇佐美、小南、烏丸、三上、歌川、菊地原、荒船先輩など総武の生徒も居れば他校の生徒も居た。

それに後から合流する浅葱、綾辻、氷見、犬飼先輩なども居るからこれは相当の大人数だな。

俺が周りを見ていると意外な人物達が挨拶してきた。

 

「どうも、比企谷先輩」

 

「こんにちは、比企谷先輩」

 

「うお、古寺。それとお前が来ているとはな、ちょっと意外だな染井」

 

古寺章平。

A級三輪隊スナイパー。

三輪隊の二人目のスナイパー。戦況解析に長けている分析型のスナイパー。

奈良坂と比べるとまだまだ発展途上だが、それでも高度な射撃技術を持っている。

 

染井華。

B級香取隊オペレーター。

香取隊の指令棟を務めているメガネ女子。常に手袋をしているのは第一次大規模侵攻の時に親友を助ける際に出来たものであまり人には見せたくないものらしい。

暴走しがちな隊長をよく支えているオペレーターだ。

 

「はい。私は歌川君に誘われてまして、行ってもいいかなと思いましたので」

 

「そうか。最近はお前の所の隊長はどうなんだ?」

 

「まあまあですかね……」

 

「そうか。お前も大変だな……」

 

「慣れていますから」

 

ホント逞しい女子だよな、染井は。真面目系女子でも雪ノ下とは大違いだな。

いや染井と雪ノ下を比べるのは失礼だな。染井に対して。

染井はそのまま夜架の近くに行った。クラスが同じだからそれなりに話すと夜架が言っていたな。古寺は歌川達の方に行った。

しばらくしてから米屋が近付いて来た。

 

「早く注文しようぜ、ハッチ」

 

「そう、はしゃぐな。まったく、貸しきりだからいいものを……」

 

「そう言えばまだ来ていない連中は何しているんだ?」

 

「実行委員は片付けの確認とか色々あるんだよ。最後の方で問題が起こったからな」

 

「問題?」

 

「後で話してやるよ」

 

米屋が首を傾げてきたがとりあえず俺は席に座ることした。席は那須と熊谷の向かいの席が空いていたのでそこにした。

席には奥から熊谷、那須、小南と言う順番座っていた。向かいの奥に川崎でその隣が俺と言う具合に座った。俺の空いている隣は浅葱が座る予定だ。

座るついでに川崎の事を紹介しておくか。

 

「よお。那須、熊谷、小南」

 

「こんにちは、比企谷君」

 

「久し振り、比企谷」

 

「おそいじゃないの、比企谷」

 

那須、熊谷、小南の順に俺に返してきた。見た感じ那須の体調は良さそうだ。

顔色もいいな。

 

「今日は調子よさそうだな、那須」

 

「うん。ここ最近はよくなっているの。それで隣のが比企谷君が言っていた私の妹弟子の子?」

 

「ああ、そうだ。川崎、こっちお前の姉弟子の那須」

 

「始めまして那須玲です。よろしくね川崎さん」

 

「えっと、川崎沙希です。よろしくお願いします」

 

「そんなに敬語でもなくてもいいよ。同い年だから」

 

那須に敬語を使っている川崎に気を利かせてくれる那須。ホント、那須の性格が温厚で助かったな。

それから那須と川崎は話し合っていた。打ち解けたようで良かった。

そうしていると実行委員組がやってきた。

 

「おまたせ~みんな~」

 

「お待たせ。八幡」

 

犬飼先輩に続き浅葱も入って来て浅葱は俺の隣に座ってきた。綾辻も氷見も来たので俺達はカゲさんに注文する事にした。

俺は浅葱にある事を聞いてみた。

 

「それで浅葱。相模はあの後、実行委員の集まりには来たのか?」

 

「……結局、来てはいないわ。体調不良で帰ったみたい。まあ、その所為で監督役の平塚先生は教頭先生に酷く怒られていたんだけどね」

 

相模の逃げが平塚先生を苦しめる事になるとはな。ある意味、逃げた相模に感謝したいくらいだ。

しかし平塚先生って、今年結構問題を起こしているからな。そろそろ教員免許停止させられるんじゃないだろうか?それは俺にとって願ってもないことだ。

あの独身暴力教師がいなくなれば、俺の高校生活は安泰と言える。

 

「なあ、ハッチ。さっきの問題って何なんだよ?」

 

「ああ、実はな……」

 

米屋に聞かれて、俺は文化祭の準備からあった事を包み隠さずに話した。

相模が卒業生の言葉を自分に都合がいいように解釈して、サボリを公認して危うく文化祭が開催出来ない所まで行ったなど。

 

それを聞いていた総武以外の連中が顔を険しくしていた。あの那須ですら結構怒っているようだった。

小南に関しては激怒していた。

 

「なんなのよ!その相模って、女は!!そいつは今どこにいるのよ。私が一発殴ってやるわ!!」

 

「……いや、小南。流石にそれは不味いだろ。それに今は家に居ると思うぞ」

 

小南の怒りはもっともだが、それでも過ぎた事をグチグチと言ってもしょうがない。今は打ち上げを楽しまないとな。

小南が怒っていると注文したお好み焼きが来た。

 

「小南、いつまでも怒ってないで食べたらどうだ?」

 

「言われなくても食べるわよ!!」

 

小南はお好み焼きをやけ食いしそうな勢いで食べていた。そんな食べ方では喉に詰まりそうだな。

 

「桐絵。そんな食べ方だと喉に詰まるわよ」

 

「浅葱!次から何かあれば私に言いなさい!!力になるから!」

 

「うん。ありがと、桐絵」

 

浅葱は小南にお礼を言った。この二人は親友と言っても良いくらいの関係だ。

まあ、小南の機嫌もよくなって良かった。これ以上ここで暴れられては敵わない。

 

「あ、八幡。修学旅行の事なんだけど」

 

「ん?修学旅行がどうしたんだ?」

 

「三日目の自由時間、一緒に色々回らない?」

 

「それ位、別に構わないぞ」

 

「うん、ありがとね」

 

浅葱が修学旅行の話をしてきたと思ったら三日目の自由時間に一緒に回らないかと誘ってきたので即答した。

俺としても浅葱と回ろうとしていたので、全然良かった。

 

それに由比ヶ浜が文化祭と同様に誘ってきそうな予感がするので、その対策があった方がいいと思う。

総武祭のボーダー関係者だけの打ち上げは盛り上がり米屋が歌い出したりなどのバカ騒ぎがあったが、俺は十分楽しめる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに総武祭で問題を起こした相模は一週間程学校を体調不良で休んだ。

そして学校に来た相模を待っていたのは、クラス全体での『無視』だ。文化祭で色々とやらかして最後に逃げ出した奴を受け入れるほど現実は甘くなかった。

 

取り巻き二人ですら相模を無視した。そして相模はボッチに降格してしまった。

おめでとう!相模。お前は今日からボッチの仲間入りだ。

今、クラスいや学校で相模に近付こうとする輩は誰一人として居ない。

 

それと文化祭終了と同時に雪ノ下に関してのある噂が流れた。

『雪ノ下が相模の暴走を止めずにその暴走を利用して自分の有能さをアピールした』

と言う噂が学校全体に流れた。その所為もあって、雪ノ下の立場は前よりも悪くなって来ていた。

 

俺としては笑いが止まらなかった。自分の事を完璧だと豪語してた奴が悔しがっている顔を想像しただけで笑える。

恐らくだがこの噂を流したのは雪ノ下陽乃さんな気がする。

 

この噂が母親の耳に入れば、間違いなく雪ノ下は再教育されるだろう。そして母親も娘の再教育に関わるので俺と雪ノ下さん……いや陽乃さんが計画している『乗っ取り計画』の事がバレる事はないだろう。

 

本当に恐ろしいなあの人は。目的のためだったら妹すら犠牲にしてしまうとはな。

だけど、これで時間が稼げるからいいか。

 

それともう一人自業自得な人がいる。平塚先生だ。

文化祭実行委員の監督役なのにまったく出ていない事が校長と教頭にバレてしまって、減給処分になってしまったとか。

ただでさえ、これまでの事で給料減らされたのに『トドメ』と言わんばかりに減らされてしまったのだ。

 

それの所為かこの所、生徒によく怒鳴り散らしているとか。あの人の教師生活がもう終わっていると言ってもいいな。

近い内に俺が『トドメ』を刺した方がいいかもしれない。

 

だが、その前に文化祭の次のイベントである2年生の修学旅行がある。『トドメ』はその後でもいいだろう。

イベントは楽しまないとな。

 




次回の更新は少し間が長くなります。

早めに更新しますので、読んでやってください。

では、次回に。


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修学旅行
葉山隊&雪ノ下隊


更新遅くなってしまってすいません!

最近、仕事が忙しく残業の日々で疲れていまして、更新が出来ずにすいません。

更新頑張るのでよろしくお願いします。




文化祭が終わり、総武の2年生は十一月にある修学旅行の話題で持ちきりになっていてクラスメイトはどこか浮かれていた。俺も浮かれている一人なのだ。

修学旅行三日目の自由時間にどこに行くか等の事は浅葱が考えると言う事なので俺は何も考えていない。

それは彼氏としていいのか?と思ったのだが、浅葱が『私に任せておいて』と言ってきたのでそれなら別にいいかなと口を挟まない事にした。

 

そして修学旅行が後一週間ほどに迫っている。そんな日に俺は忍田本部長に呼ばれていた。

俺の横に居る少年とセットでだ。

 

「ねえ、ハチ先輩。オレ達、何か不味い事でもしたかな?」

 

「さあな。俺も心当たりが無いからな。お前なら心当たりがあるんじゃないかと思ったんだがな。緑川」

 

緑川駿。

A級草壁隊アタッカー。

中学生でありながらA級部隊のエースを担っている期待の隊員だ。

対ネイバー戦闘訓練で4秒を叩き出した天然系実力派のアタッカーだ。実力と才能を兼ね備えた後輩だ。

かつてネイバーに襲われそうな所を迅さんに助けられてからと言うもの迅さんのファンになっている。

 

あの暗躍大好き人間の何処がいいのかは俺に分からない。昔、緑川がB級に上がってすぐに俺にソロ戦を挑んできた。

緑川が上がって来た時にたまたまブースに俺がいて丁度いいと思って挑んできたらしい。

その時、俺は緑川をボコボコにしてやった。それ以来、妙に懐かれてしまった。

 

「そんな事、言ったって分かんないよ~」

 

「……行ってみれば、分かるか。……そう言えば、何でお前は残ったんだ?」

 

A級の草壁隊と片桐隊はつい先日、他県にスカウト遠征に出発した。しかし何故か緑川だけが残っていた。

俺はそれがどうも気になっていた。俺、気になります!……って、俺は何をやっているだ?まったく……。

 

「遠征に行く前に迅さんが言っていたんだ~。『緑川、お前は残れ。そうすれば、面白い事があるぞと俺のサイドエフェクトが言っている』って」

 

「……迅さんがそんな事を……」

 

あの人がサイドエフェクトを持ち出すとロクな事が起こりそうで嫌だな。警戒は必要だな。

 

「お前は防衛任務はどうするんだ?」

 

「しばらくの間は他の隊に混ざってやるよ」

 

「そうなのか……」

 

他の隊と言っているが、どこの隊に入れるのだろうか?もしかして忍田本部長がこれから言うのか?

だとしたら俺は必要ないような気がするが?まあ、行ってみれば分かることだな。

俺は緑川と本部長室に少しだけ早く歩いて向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷隊隊長比企谷八幡ならびに草壁隊隊員緑川駿。ただいま到着しました」

 

『入りたまえ』

 

「はい」

 

忍田本部長の許可が出たので、俺と緑川は本部長室に入った。

 

「やあ、比企谷君、緑川君」

 

「唐沢さん?」

 

唐沢克己。

民間組織ボーダーの資金調達を一手に担う営業部長だ。

冷静に物事を把握し、ネゴシエーションに類まれな才持つ人だ。昔、ラグビーをしていたと聞いた事がある。

 

「何で唐沢さんが?」

 

「何、忍田本部長に頼んで君達二人を呼んだのは俺だよ」

 

「どうして俺達を?」

 

「君達二人にやってもらいたい事があるんだ」

 

唐沢さんが俺と緑川を忍田本部長を通してやってもらいたい事とは一体何だ?

 

「先日、新に三つの部隊が出来たんだ。川崎隊、雪ノ下隊、葉山隊がね。それで二人には雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務に加わってもらおうと思ってね」

 

「……どうして俺と緑川なんですか?そもそもどうしてその二部隊に俺達を加えるんですか?」

 

「まあ、当然聞きたいよね。雪ノ下隊の隊長の雪ノ下陽乃君は雪ノ下建設の社長令嬢だ。彼女のご機嫌を取ってボーダーへの出資金を上げてもらいたいってのが、君達二人にやってもらいたい事。もちろん、拒否してもいいよ。その判断は君達に任せる」

 

唐沢さんが言っているのはようは『接待』と言う事だろう。お嬢様のご機嫌を取りボーダーへの資金を増やして貰うという事だ。

それに誰だって、命懸けとは言わないが戦っている以上タダと言う訳にはいかない。

 

「緑川はどうする?」

 

「オレは別にいいよ。ハチ先輩は?」

 

「……まあ、俺もいいか。……お受けします」

 

「ありがとう、二人とも。それじゃさそっく明日からよろしく。それと比企谷隊の防衛任務は君抜きでしてもらうようになるから」

 

まあ、そうなるよな。元々、比企谷隊の戦いは俺が単騎で他の三人が連携で相手を倒すから俺が抜けても問題はないだろう。

 

「分かりました。それじゃ失礼します」

 

「失礼します」

 

俺と緑川は本部長室を後にした。それにしても厄介な事になりそうだな。

 

「そう言えば、ハチ先輩ってさっきの部隊の事知ってたの?」

 

「……まあな。あの二部隊のメンバーは俺の高校のクラスメイトと卒業した先輩がいるからな」

 

「ふ~ん……あ、そうだ!久々にソロ戦の相手してよ。ハチ先輩」

 

「ああ、いいぞ。とりあえず十本でいいよな?」

 

「OK。それじゃ早く行こうよ」

 

俺と緑川はソロ戦のブースに向かった。正直、あの部隊との防衛任務は面倒な事になりそうだが、仕方ない。

なるようになるだろう。

 

ちなみに緑川との十本勝負は俺の9勝1敗で勝った。その後で、緑川がもう十本してくれと言うのでした所、8勝2敗と言う結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日、葉山隊と雪ノ下隊の合同防衛任務に加わる時がついに来た。俺と緑川は防衛地点もすでに来ており待っていた。

 

「ひゃっはろー比企谷君♪」

 

「……どうも、雪ノ下さん」

 

来て俺に挨拶をしてきた陽乃さん。一応弟子にしたがそれは隠しているので下手に名前で呼ぶと葉山や由比ヶ浜に怪しまれるので苗字で呼んだ。

 

「あ、ヒッキー!やっはろー!」

 

「やあ、ヒキタニ君。今日はよろしく」

 

「ヒキタニ君~よろしくべ~」

 

陽乃さんに続き由比ヶ浜、葉山、戸部が挨拶をしてきた。相変わらず葉山は俺の苗字を間違っている。戸部も葉山同様に間違っているが、指摘はしない。

面倒だからだ。それに注意した所で直すとは到底思えない。

 

「……ああ、よろしく」

 

「ハチ先輩、こいつら……」

 

「いい、気にするな」

 

緑川がさっそく葉山達の俺の呼び方が気に食わなかった様だったが、俺が止めた。関わると面倒な事になる。

そう言えば、葉山隊や雪ノ下隊のオペレーターは誰なんだ?

 

「……雪ノ下隊と葉山隊のオペレーターって、誰なんですか?」

 

「雪ノ下隊はめぐりで葉山隊が海老名?って子だよ」

 

「そうですか……」

 

俺が聞いた所、陽乃さんが答えてくれた。めぐりって、うちの生徒会長かよ!?それで葉山隊は海老名ね……どうせ、今頃良からぬ事を考えていそうだな。

 

「ねぇヒッキー。その子は誰なの?」

 

「……こいつは草壁隊の緑川駿。俺と同様にしばらくの間、雪ノ下隊と葉山隊の防衛任務に加わる事になった奴だよ」

 

「へぇ~そうなんだ。じゃあ、ミドりんだね!」

 

由比ヶ浜のネーミングセンスは壊滅的だな。あの緑川が顔をもの凄く嫌そうにしていた。分かるぞ、緑川。

 

「そう言えば、比企谷君の所は誰がオペレーターをしているの?」

 

「俺と緑川のオペレーターは『モグワイ』がするんで気にしなくていいですよ」

 

「『モグワイ』?」

 

陽乃さんが首を傾げてきた。そうか、この人は知らないのか。一応教えておくか。

 

「『モグワイ』ってのは俺の隊のオペレーターが作った『AI』ですよ」

 

「『AI』作ちゃったの!?凄いね!君の隊のオペレーター」

 

「まあ、あいつは凄いですからね」

 

陽乃さんは『モグワイ』が『AI』だと分かると声を出して驚いていた。

 

『旦那!ゲートが開くぞ。バムスターが3、モールモッド6だ』

 

「分かった。それじゃ頑張って倒してくれ」

 

『モグワイ』からゲートが開いたと伝えてきたので、俺は葉山達に向かってエールを送った。葉山、由比ヶ浜、戸部はキョトンした顔をしていた。

 

「え?ヒッキーは倒さないの?倒さないとお給料貰えないんじゃないの?」

 

「それはB級だけだ。A級は固定給があるからそんなに倒す事は要らないんだよ」

 

「ず、ずるい!?何でA級だけネイバー倒さないで貰えるの!?」

 

ホント、由比ヶ浜はバカだな。これでよく総武とボーダーの試験合格出来たな。

 

「文句があるなら俺じゃなくて上層部に言え。例え言った所で聞き入れてはくれないだろうがな」

 

「うっ……」

 

由比ヶ浜は言葉を詰まらせた。こいつのバカは例え世界がひっくり返っても治る事はないだろう。

 

「お~い!皆、もう終わったよ~」

 

由比ヶ浜達がぼう然としていると陽乃さんが一人で全部倒してしまった。流石に早いな。まあ、教えたかいがあると言うものだ。

 

「は、陽乃さん……一人で倒しちゃったんですか?」

 

「そうだよ、ガハマちゃん。これ位、出来ないと比企谷君の弟子になれないよ?」

 

「が、がんばります!!」

 

俺は少しホッとした。陽乃さんが余計な事を言うんじゃないかと心配していたが、そんな事もなかった。

それからゲートは開く事はなく今日の防衛任務が終わりかけた時に葉山が俺に近付いて来た。嫌な予感がする。

 

「ヒキタニ君、少しいいかな?」

 

「今はまだ防衛任務中だ。私語は慎め葉山」

 

「それはすまない。だけど、相談したい事があるんだ。話を聞いてくれないかな?」

 

ここで断ってもいいが、後で面倒な事になりそうだ。千葉村での鶴見の事があるから話だけでも聞いておかないといざと言う時に動けないからな。

 

「……分かった。後で、比企谷隊の作戦室に来い。そこで聞いてやる」

 

「ありがとう。恩にきるよ」

 

葉山はそう言って俺から離れて戸部と少し話を始めた。しばらくして戸部がガッツポーズをとっていたが気にしない事にした。

そして雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務は無事に終わった。

 




来週は更新出来ません。

すいません。でも、再来週からは更新していきますので、よろしくお願いします。


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戸部翔

雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務に参加する事になったが、正直メンド臭かった。

陽乃さんはまだ、いい。

だが、残りが問題だ。葉山、由比ヶ浜、戸部の三人が。

由比ヶ浜に関しては文句しか言っていない。あいつの文句に付き合っていたら他にもグチグチと文句を言いかねない。

 

それにしても防衛任務の最後の方に葉山から相談があると言っていたが、一体なんだろうか?

戸部がガッツポーズを取っていたのと関係がある気がするな。それはそれは面倒な事だな。だが、俺の知らない所で何かが起ころうとしているなら話だけも聞いて置いたほうがまだマシだろう。

 

「それにしても隼人の相談ってなんだろうね?比企谷君」

 

「それはこれから聞くんですよ。陽乃さん」

 

防衛任務が終わって報告書を書き終わって葉山達が来るまでどう時間を潰そうと考えていると陽乃さんが来て、「暇だから構って!」とまるで幼い子供のような理由でやって来た。

ちなみに緑川はソロ戦をしにブースに行った。出水と米屋が来て居るらしい。俺も誘われたが、葉山の相談があるので後で向かうと言っておいた。

 

それにしてもこの人が隠れ弟子になってからよく俺に絡んで来る。まあ、真面目に俺の話を聞くし俺が指摘した問題点は出来るだけ直そうとするから素直でいい。

これが由比ヶ浜だと「え?どう言う意味?ヒッキーキモッ!」と何度も聞き返しては罵倒して気そうなのは容易に想像出来る。アホだからな由比ヶ浜は。

 

ピンポーン!

 

呼び鈴が鳴ったので葉山が来たようだ。俺は扉を開けて葉山を中に入れた。

 

「やあ、待たせてすまないね、ヒキタニ君」

 

「いいから入れよ。葉山」

 

「ああ、それじゃお邪魔します。ほら戸部も」

 

「お邪魔しますべ~」

 

葉山に続いて戸部が入ってきた。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。話だけ聞いて早く追い出さないとな。

 

「お、隼人だ。ひゃはろー」

 

「ど、どうして陽乃さんがここに?」

 

「私は比企谷君にトリガーの事で相談に来たんだけど?」

 

「…………ッ!!」

 

葉山が俺を強く睨み付けてきた。俺が何をした?この人が居ると不味いのか?

 

「……陽乃さんが居るなんて俺は聞いていないぞ。比企谷……!!」

 

「ああ、言っていないからな。それとも何か、この人が居ると相談出来ないなんて言わないよな?だったらお引き取り願おうか」

 

俺は葉山の後ろの扉を指差した。葉山は戸部の顔を見てから俺に向き直した。

 

「……いや、相談に乗ってくれ……頼む……」

 

「そうか。とりあえず座れ」

 

葉山は頭を下げてきた。それから葉山と戸部はそれぞれ椅子に座った。俺の隣が陽乃さんで俺の正面に葉山、その隣に戸部が座った。

 

「それで相談って何だ?戸部が居るが関係しているのか?」

 

「ああ、ほら戸部」

 

「隼人く~ん。ヒキタニ君に相談するのかべ~」

 

「そうだ。彼ならきっといい方法を見つけてくれると思うからね」

 

葉山は俺に一体何を期待しているか分からないが、そう言うのは辞めてもらいたい。

 

「それで相談って何だよ?早く話せよ」

 

「すまない。戸部、早くした方がいい。ヒキタニ君の機嫌を損ねるのは不味い」

 

「隼人君がそう言うなら……実は俺、修学旅行で海老名さんに告白しようと思っているんだべ~だから振られないように協力して欲しいんだべ!!」

 

「…………え?」

 

俺は戸部が言っている事が分からなかった。告白?誰が誰に?

 

「比企谷君。フリーズしていないで答えてあげなくちゃね」

 

「……あ、はい。……ちょっと待て、相談する相手を間違っているだろ」

 

陽乃さんに声を掛けられて戻ってきたが、戸部もそうだが葉山も相談する相手を間違えている。俺が恋愛経験豊富に見えるのか?

これまでの人生で彼氏彼女として付き合った事があるのは浅葱だけなんだぞ!

 

確かに俺の隊の他のメンバーに逆告白された。それで四股ってそれははたから見たら最低な男だろ。

そんな俺に恋愛相談とか間違っているだろ。

 

「でも君の隊は君以外は皆、女性だから慣れていると思ったんだけど?」

 

「……確かにそれなりには慣れているとは思うが、それと告白を手伝えって話が違いすぎているだろ!そもそも修学旅行で告白とか黒歴史を作るようなものだろ。失敗したらどうするんだ?」

 

「そうならないために協力して欲しいんだべ~」

 

戸部はこう言うが、こいつは分かっていない。告白が100%成功するなんてそれは相思相愛でなければありえない。

それが分からないと言う事は無いと思うが、戸部の表情を見て分かる。これは分かっていない顔だ。

 

「……それだったら奉仕部に行ったらどうだ?あそこの自称完璧超人部長ならきっと俺なんかより凄い解決策を教えてくれるだろう」

 

「……奉仕部にはもう行ったよ。でも、他の人の意見も聞いた方がいいと思ってね」

 

奉仕部には行ったのか。でも葉山の顔を見る限り良い答えは得られなかったようだ。

俺はふと隣に座っている人を見た。この人はモテそうだしそれなりに恋愛経験がありそうだな。

 

「雪ノ下さんはどうなんですか?告白くらい何十回も受けた事あるでしょ?」

 

「比企谷君、一つ訂正があるよ。何十回じゃなくて何百回だよ♪」

 

「……マジですか?」

 

「マジだよ♪ちなみに高校生の時ね」

 

陽乃さんの一言に信じられないと思った。告白された回数が三桁にいっている人なんているんだな。

 

「……ちなみに告白して来た人達は?」

 

「もれなく全員振ってやったけど?」

 

「さいですか……」

 

陽乃さんは振った人の事なんて覚えていないだろうな。振ったと言った顔はもの凄くいい笑顔だからだ。

振られた人に黙祷を捧げたい。無事に成仏してくれ。……死んでいないか。

 

「雪ノ下さんから何かアドバイスはないですか?」

 

「当たって粉砕しろ?」

 

「当たって砕けろと言いたいんですか?後、それアドバイスじゃないです……」

 

陽乃さんってもしかしなくてもまともな恋愛していないじゃないだろうか?まあ、社長令嬢だしな。その辺り見ていなかったな。

葉山も戸部も陽乃さんの話を聞いて引いていた。

 

「ちなみに戸部は修学旅行のどこで告白するつもりなんだ?」

 

「三日目のホテルにある林道で告白するつもりだべ~あそこなら雰囲気バッチリだべ」

 

三日目のホテルの林道か。そう言えば、修学旅行の『旅の友』にあったな。

それにしてもどうして戸部は修学旅行で告白なんてしようと思ったんだ?下手をしたら黒歴史を作るだけじゃなく、その後のグループでの付き合い方だって大きく変わってくるのにな。

 

こんな事になる位だったらやっぱり話を聞くんじゃなかった。100%成功する告白を手伝えって、それどんなギャルゲーだよ。

そう言えば、前にシノンが俺に貸してくれたゲームがギャルゲーだったな。

あれは中々楽しめた。けど、リアルとゲームは違う。

 

「そう言えば、三浦はこの事知っているのか?」

 

「……いや優美子は知らないよ」

 

「え?知らないのか?」

 

葉山グループと言えば三浦優美子と言っても過言ではない。あの女王がこんな事黙っている訳ない。それで葉山に聞いてみたら知らないと言ってきた。

三浦が知らないと言ってきた葉山に疑問を持った。

 

「やっぱり相談する相手を間違えたな。俺じゃなくて三浦に相談するべきだったな。それとこの話は無かった事にしてくれ。他人の恋愛事情に首を突っ込みたくないからな」

 

「ま、待ってくれ!頼む、ヒキタニ君!!君にしか頼れないんだ!」

 

「俺からもお願いしやっす!ヒキタニ君が良いって隼人君も言っているし力を貸してくれだべ!」

 

葉山と戸部は俺に頭を下げてきた。それにしてもさっきから俺の苗字を間違いすぎだ。ケンカを売っているのか?

それが人にものを頼む態度かよ。ここは一先ず帰した方がいいな。

 

「……とりあえず、今は帰れ。受けるかどうかはもう少しだけ待ってくれ。何か策があれば伝えておくから」

 

「ああ、よろしく頼むよ。ヒキタニ君」

 

「それじゃよろしくっす!ヒキタニ君」

 

葉山と戸部は頭を下げてから部屋から出て行った。ようやく鬱陶しい奴らが出て行ったよ。

 

「それで、比企谷君はどんな策を考えているのかな?」

 

「何も考えていませんよ。それどころか俺は協力する気すらありませんから」

 

「へぇ~そっか。まあ、絶対協力するなんて言っていないしね」

 

俺が葉山に協力する気が無い事を伝えると陽乃さんはそれ程興味を示さなかった。

 

「……興味なさげですね?知り合いなんでしょ?」

 

「知り合いって言うか幼馴染だけどね。それに隼人って詰まんないんだよね。まあ、それに比べて比企谷君は数千倍面白いけどね♪」

 

「それはどうも……あんまり嬉しくないですね」

 

「ホント、比企谷君って、つれないよね。でもお姉さんとしてはそっちの方がいいよ」

 

この人は何を言っているんだ?それに死んだクソ親父から美人には気を付けろと散々言われてきたからな、幼稚園の時に。

幼稚園のガキに何を教えているんだよ、あの親父は。

 

「俺はソロ戦して帰りますけど、陽乃さんはどうしますか?」

 

「私は帰るね。あんまり遅いとお母さんが勘付きそうだからね」

 

「そうですね。その辺りは任せているんで俺からは何も言いません」

 

俺と陽乃さんの『計画』は順調に進んでいる。気付かれた様子は無いので予定通りにいきそうだな。もう少しで雪ノ下の悔しがる顔が見られるな。

 

「うん。それじゃ、またね。比企谷君」

 

「ええ、また。それと次来る時は事前に連絡してください」

 

「気が向いたらね~」

 

部屋から出て行く陽乃さんはする気はないと言わんばかりな表情をしていた。ホント、もう少しあの性格を何とかして欲しいな。

……無理か。妹が死んでも直らなそうな性格しているからな。

 

とりあえず俺はブースに行って出水達とソロ戦をして帰るかな。それにしても葉山は相談する相手を本当に間違えたな。

俺は最初から協力する気などない。あのグループが壊れるなら大歓迎だ。

 

「……ヒキタニ君」

 

俺がブースに向かう途中で後ろから声がしたので振り向いてみるとそこには海老名姫菜がいた。

 



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海老名姫菜②

葉山隊と雪ノ下隊の防衛任務の時に葉山から相談があると言ってきたので話だけ聞く事にしたのだが、これまた面倒な事になってしまった。

相談と言うのが『戸部が修学旅行で海老名に告白するから失敗しないように協力してくれ』というものだった。

 

それを聞いた瞬間、俺は葉山と戸部の事をアホかと思った。そもそも相思相愛でない限り告白が100%成功する訳がない。

葉山も戸部はそれがまったくと言っていいほど、分かっていない。

 

それに可笑しな事がある。葉山がどうして戸部の告白の協力者に俺を選んだか、それが気になってしょうがない。

俺が恋愛豊富に見えたんだろうか?それだったら万年モテ期の葉山の方が比べるまでも無くいいに決まっている。

 

それだと言うのに戸部を俺の所まで連れてきて相談させた。葉山グループの事だから部外者である俺に相談に来たのがどうしても疑問だった。

しかも今日、二人目の相談者が俺の目の前に居る。

 

出水や米屋とソロ戦でポイントでも稼ごうかなとブースに向かっていると後ろから声を掛けられたので振り向いて見るとそこには戸部が告白しようとしている人物である、海老名姫菜が居た。

 

一先ず俺はブースではなくラウンジで話を聞く事にした。今更比企谷隊の作戦室で聞くのは面倒臭かった。

俺の正面に座った海老名は視線を少し下に向けているだけで話してこなかった。

 

「……なあ、話す気が無いならもう行ってもいいか?」

 

「ま、待って!……その、戸部っちの事なんだけど……」

 

やっぱりかと俺は思った。葉山と戸部が帰った後に狙ったように現れたからそうではないかと思っていたが、本当に当たるとはな。

どう言ったらいいのか……素直に俺の所に来て相談してきた事を言った方がいいのか?

言うか。その方がいいだろう。

 

「ああ、戸部なら葉山と一緒に俺の所にきて相談してきたよ。『修学旅行で告白するから失敗しないように協力してくれ』ってな。返事は一応、保留にしてあるけど、俺は協力する気は最初から無い」

 

「ど、どうして?」

 

「だって、俺の何のメリットがあるんだ?それに失敗した時に俺に責任を押し付けられそうだしな。だから断るつもりだ」

 

「そっか……そうだよね、やっぱり……」

 

どこか沈んだような表情を見せてくる奴だな。そんなに構ってほしいのか?生憎と俺にはもう彼女がいるし、それに好意を寄せて来る女子がいるからな。

 

それにしても葉山といい、海老名といい。グループの問題なのにどうして部外者である俺に相談しようと思ったんだ?

もしかして千葉村での事を知っているからか?俺が鶴見に提案したような案を求めているのか?

 

「……ホント、都合のいい奴だと思われているんだな、俺」

 

「そ、そんな事、思っていなよ!!」

 

「どうだか?だったらどうして俺の所に来た?それに海老名は戸部が自分に告白する事を知っているから俺に相談に来たんだよな?でなきゃわざわざ来ないよな」

 

「それは……」

 

海老名は下に視線を下げた。さっきからこれだ。

話が進まないなからいい加減にして欲しいな。ホント、どうして俺のクラスメイトは面倒な奴が多いんだろうか?

 

「それはともかく葉山や三浦に相談しなかったのか?」

 

「葉山君には相談したけど、優美子にはまだ……」

 

「葉山に相談したのに何もしなかったのか?」

 

「……その、あんまり乗り気じゃなくて……」

 

三浦には相談して無くて葉山にはしたが、あまり乗り気ではない。もしかして俺の所に来たのはこれの所為か?

自分一人では対処出来ないから俺を巻き込んだ?

 

「だったら告白を受けてやれよ。なるようになるだろう」

 

「で、でも!それすると今のグループが……」

 

もし仮に戸部の告白を海老名が受けて付き合うようになれば葉山グループの関係は激変する。グループの付き合いが減っていきグループの崩壊に繋がる。

それが嫌で俺を頼ってきた。どうして総武には自己中ヤローが多いんだろうか。

 

それに葉山は自分達のグループの問題を他の人間である俺に丸投げしないで欲しいな。これは断る方が吉なのか?いや、これを上手く利用した方がいいな。

 

「……俺の出す条件を呑めるなら戸部の告白阻止を考えてやっていい」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ、本当だ」

 

俺が何とかしてやると言うと海老名は先程の悲しげな表情から一変して安心して様な表情をしていた。

だからって、安心しすぎだと思うがな。

 

「……条件だが、俺の名字を二度と間違えない事とこれからはグループの問題に俺を関わらせない事だ。この二つが守れるならなんとかしてもいい」

 

「……うん、分かった。もし……守らなかったら……?」

 

「もう、その心配か?守れなかったら三浦に二人が戸部の告白の事で俺に相談にきた事を言う。三浦からしたらどうして自分ではなくグループ外の人間に相談して自分に相談しないのかと迫るだろうな。そうなれば葉山と海老名の二人から裏切られたと思って、そのままグループは崩壊するだろうな」

 

「…………」

 

海老名はその場面を想像したのか表情を強張らせて震え出した。まあ、あの三浦が裏切られて黙っているはずがない。

信頼しているグループのメンバー二人がまさか自分をおとし……ではなく散々やられた男に相談したとなればこれまでの関係は完全に壊れてしまう。

 

葉山も海老名の二人もそれだけは避けたいはずだ。三浦が裏切られて離れたとなれば誰も葉山と海老名を信頼しなくなってしまう。

そうなれば二人揃ってボッチになるからな。リア充の二人からしたらボッチ人生は最悪なものだろう。

 

「戸部の告白阻止の方法はしてくるまでに考えておくから海老名はいつも通りにしてくれればいい。断っておくが、葉山達に一切喋らないでくれよ。喋ったら三浦に全部話すから」

 

「……うん。分かった……ヒキタ……比企谷君」

 

海老名はそう言ってラウンジから出て行った。俺はその後ろ姿を見てから後ろの席を見た。

 

「……よお、盗み聞きとは趣味がいいとは言えないぞ。お前ら」

 

「うげ!?」

 

「バレた!?」

 

「あちゃ~バレた」

 

そこに居たのは出水、米屋、緑川の三人バカだった。

 

「それで、お前ら何でここに居るんだよ?」

 

「ハッチが来ないから探していたらメガネ女子と何か話しているのが見えたな。これは面白い事になると思って盗み聞きしてたんだ」

 

米屋があっさり俺の質問に答えた。それにしても来ないからって盗み聞きはよくないと思うぞ、お前ら。

 

「それで比企谷、さっきの女の子と何を話していたんだよ。もしかして恋愛相談か?」

 

出水はニヤケ顔でこっちを見てきた。聞いていたのに今更聞いてくるな。しかも米屋も緑川もニヤケ顔をしているのが、妙にイラつくな。

 

「……実はな……」

 

俺は三人に全部話した。

葉山から戸部の修学旅行での告白の手伝いと海老名からの告白阻止のお願いを。

最初に出水が俺に話しかけた。

 

「なんだか、面倒臭い事になったな。比企谷」

 

「まあな。でもこれを利用しない訳にはいかないからな」

 

「で?何か案はあるのか?」

 

「ああ、二つある。一つ目は俺が戸部が告白する前に海老名に嘘告白して『今は誰とも付き合う気はない』と彼女が言えば戸部は今は告白する事はないだろう」

 

「でもよ、そんな事したら藍羽がキレるじゃないか?」

 

「……ああ、だからこれはやらない」

 

出水の言う通り、嘘告白なんてしたら浅葱がどれだけ怒るか。想像しただけで震えが止まらない。

だから嘘告白は絶対にしない。

 

「だったらどうするんだよ?ハッチ」

 

「だから二つ目だな」

 

次に米屋が聞いてきたので二つ目を聞かせる事にした。

 

「戸部が告白するのは三日目のホテルの林道だ。そこで告白する前に俺が電話して海老名が『今は趣味を優先したいから』と戸部に聞かせれば、告白を先送りにするだろう」

 

「おおぉ~なるほどな!」

 

米屋は声を上げて感心した。これなら海老名が告白を断らないし戸部も告白を修学旅行でする事もないだろう。

 

「でも、ハチ先輩。修学旅行の後で告白した時はどうするの?」

 

「その時は知らん!」

 

とりあえずは海老名の頼みを聞くだけだ。そうすれば俺に関わることはないからな。戸部が再び告白しようが俺には関係ない。

そのために条件にグループ関係を関わらせないと言ったのだから。

 

「ふ~ん……それじゃハチ先輩!ソロ戦しようよ!」

 

「ああ、そうだな。最近は文化祭で忙しかったからな。出水と米屋はどうするんだ?」

 

「久々に比企谷と戦いたいしな」

 

「ハッチと戦うのは楽しいからな。四人で総当りしようぜ!」

 

出水も米屋もまだ戦うらしい。俺としてもポイント稼げるから大勢でも全然いいけどな。

そう言えば、俺は葉山達が使うメイントリガーの事知らないな。まあ、別にいいか。

 

「あ!ヒッキー!いた!!」

 

四人でブースに向かっていると目の前から由比ヶ浜が大声で近付いて来た。いい加減、その『ヒッキー』呼びを辞めてほしい。

と、言っても聞きはしないだろう。何故なら由比ヶ浜だから。

それにしても出水達は腹を抑えて笑いを堪えていた。笑うなら思いっきり笑え!中途半端に笑われると逆にイラつく!

 

「……何の用だ?由比ヶ浜」

 

「え、えっと……その、ヒッキーに相談があるんだけど、いい?」

 

このパターンは戸部と海老名の事に違いない。どうしてどいつもこいつも俺に相談してくる?

俺は相談役ではないぞ!ここはすぐに離れないとな。

 

「いや、無理だ。これから出水達とソロ戦をするし、それが終わったら家に帰るからな」

 

「そ、それじゃソロ戦が終わって家に帰る前に聞いてよ」

 

「嫌だ!他を当たれ」

 

「なんでだし!?」

 

まったくこれだよ。断ればすぐに怒鳴り散らしてくる。

 

「どうして相談にのらなかっただけで怒鳴るんだ?それに相談なら葉山達にでもしたらどうなんだ?」

 

「そ、それは……」

 

由比ヶ浜は急に口篭もったという事は戸部と海老名の告白の事だと確定だな。

逃げるが吉だな。

 

「俺達は忙しいから、それじゃ!」

 

「あ、待ってよ!?」

 

俺は出水達とその場を逃げるように後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもあれで良かったのか?比企谷」

 

「良いんだよ。あいつは面倒事ばかり起こすからな。それよりも早くやるぞ」

 

「よしゃー!今日こそはハッチに勝ちこしてやるぜ!」

 

「オレだって負けないからね!」

 

由比ヶ浜から逃げてブースで四人で総当りを始めた。後で聞いたが、由比ヶ浜はあれから俺を探していたが、結局諦めて帰ったらしい。

ちなみに総当りは俺が勝って終わった。

 

楽しいはずの修学旅行がなんだか楽しみではなくなって来ている。それもこれも葉山グループの所為だ。

これを利用してなんとか俺の事を二度と頼らない様にしておきたい。

 



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比企谷八幡⑮

祝!改訂版更新1年!

これからも頑張って更新しますので。

修学旅行の行き先は少し変えました。

では、どうぞ。


出水、米屋、緑川の三人とのソロ戦総当りを終えて家に帰った俺はさっそく修学旅行の準備を始めた。と言ってもそんなに荷物が必要ないのですぐに終わった。

数日分の着替えに洗面用具、金位だろう。念のために移動中に時間が潰せるゲームを持って行っておくか。

 

「お兄ちゃん!小町からこれを渡しておくね!」

 

準備が終わり寝ようかと思っていると小町が話し掛けてきて紙切れを渡してきた。

そこには……『小町 おすすめお土産リスト ベスト3!』と書かれていた。

 

第3位 生八つ橋 飛びきり美味しいのを!

 

第2位 ねこまたん地方限定ver 雪菜ちゃん分も!

 

第1位 発表は番組の後半で!

 

と書かれていた。それにしても1位は番組の後半って……どこのクイズ番組だ!?

 

「……で結局、何を買ってくればいいんだよ?」

 

「ちっちっ……第1位はお金じゃ買えないんだよ」

 

小町は人差し指を左右に振ってもったいぶった。その態度がイラッとさせるが小町だから許す!

 

「第1位のお土産は……お兄ちゃんと浅葱お義姉ちゃんのイチャイチャ甘~い思い出だよ!」

 

イチャイチャ甘いって……確かに三日目の自由行動では浅葱と色々と回るつもりだが、それを聞きたいとはなんて兄思いな妹なんだ!

少しあざといがそこが可愛い!

 

「ああ、帰ったら砂糖を吐きそうな位聞かせてやるよ」

 

「……え?そ、そこまでは聞きたくないかな……ははっは……」

 

小町がどん引きしてしまった。そこまで引かれるとは……思いもしなかった。

 

「それじゃ小町。お風呂は入ってから寝るね。おやすみお兄ちゃん」

 

「おう。お休み小町」

 

小町はそう言って部屋から出て行き風呂に向かって行った。俺はそろそろ寝るか。

出水達とのソロ戦総当りは流石に精神的に疲れた。まあ半分以上疲れた原因は別にあるんだがな。

だが、これで葉山達とは距離を取る事が出来るだろう。それが少しだけ楽しみでもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行当日は東京駅に集合なので電車でそこまで向かう。駅に着くともうすでに総武の生徒で混んでいた。

平日の朝早くとは流石は日本の首都だけの事はあるな。

 

「そう言えば浅葱。三日目の自由行動で回る場所はまだ内緒なのか?」

 

「まあね。行ってからのお楽しみって事よ」

 

「分かった。期待しておく」

 

「うん。任せておいて」

 

まだ時間があったので浅葱に三日目に周る場所を聞いたが答えてはくれなかった。それはそれで少し不安だが、浅葱が練った計画だから大丈夫だろう。

俺は三日目の戸部の海老名への告白まで精々楽しもうと考えている。

 

あんなリア充グループに楽しい修学旅行を台無しにさせてたまるか。中学の時は行っていないからな。ネイバーの第一次大規模侵攻の復興や親父など色々とやる事があって行っていないからせめて高校では行って楽しみたい。

 

「あ、八幡!」

 

「おう。戸塚、おはよう」

 

「うん。おはよう」

 

駅に着いて戸塚が笑顔で声掛けてくれた。これを聞いてだけで疲れが吹っ飛ぶぜ!と考えていると足が滅茶苦茶痛い!

 

「いででっ!?」

 

「……ふん!」

 

痛いと思ったら浅葱が俺の足を思いっきり踏んでいた。しかもぐりぐりと踏みつけていた。あれって地味に痛いから辞めてほしい。

 

「ふふっ……久しいな八幡よ。我が盟友よ!」

 

「……いつから俺はお前の盟友になったんだ?いい加減にしないとシバくぞ。材木座」

 

俺が足を浅葱に踏まれていると材木座が近付いて来た。こいつの中二病は色々と面倒だが、葉山達に比べたらマシな方だ。

てか、こいつは修学旅行中でも制服白衣なんだな。ブレたりブレなかったりこいつの事は未だに……いや、一生分かりたくは無い!

 

「それで何か用か?無いならさっさと視界から消えてくれ」

 

「ひ、酷いではないか!?我と八幡は共にあの試練を乗り越えた仲ではないか!」

 

「お前にとっては試練かもしれないが俺にとっては試練じゃないからな。それで何だよ?」

 

「うむ。実は新たなトリガーを作ったので試してもらいたいのだ」

 

材木座が新しいトリガーを作ったのか。それで一々来ないで貰いたい。

俺の楽しい修学旅行を台無しにするのは葉山達かと思ったら思わぬ伏兵だな、こいつは。

 

「分かった。帰ったら試してやるよ。ちなにみどんなのを作ったのだ?」

 

「聞いて驚くが良い!!新に打撃系とブレイド系のトリガーを作ったのだ!!」

 

「声がデカイ!!」

 

どうしてこいつの声はデカイいんだ……。帰ったらこいつで新しいトリガーを試してやろう。どんな事になるか楽しみだ。

それにしても打撃系とはな。今あるのはレイガストだけだったか?

正確にはあれは打撃ではなく盾として使うのがフツーなんだよな。打撃として使っているのはレイジさんくらいだしな。まあ、いいか。

 

そしてもう一つがブレイド系か。天月を強化したものか?まあ、俺としては打撃よりブレイドの方がいいんだけどな。

帰って試すのが楽しみだ。

新しいトリガーについて材木座から詳しい説明は帰ってから聞くとして今は修学旅行に集中して方がいいな。

三日目の夜には海老名と戸部の事をなんとかしないといけないんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

材木座から試作トリガーの事を聞いて約30分、俺は今、新幹線の中に居る。車両でクラス分けしているので浅葱は別の車両に移った。

俺は窓側から外をぼんやりと眺めていた。そんな時に葉山グループが俺の横を通り過ぎた。

 

通り過ぎた時に葉山と目が合って、葉山は俺を凄い剣幕で睨んできた。結局、俺は戸部の海老名への告白の手伝いを断ると伝えてから葉山は俺を睨み出した。

そもそも戸部の告白を成功させるより海老名の告白阻止を成功させた方が俺のメリットが大きい。

断っただけで睨まれるのは間違っているし、それなら自分でどうにかしろと言いたくなる。

まあ、そんな事を言ったら由比ヶ浜と三浦が何を言ってくるか分からないから何も言わないがな。

 

「あーし、窓側に座りたいんだけど」

 

新幹線の中でも女王さまである三浦は威張り散らしている。相模がボッチになってから更に勢いづいている。

 

「じゃあ、あたし達は通路だね。姫菜はどっちにする?」

 

「う~ん……結衣は通路と窓側、どっちが攻めでどっちが受けだと思う?私はね―――」

 

海老名は相変わらず、BL趣味全開だった。そんな彼女に告白して恋仲になれると本当に思っているのか。戸部は?

これはあれか?恋は盲目というやつか?だとしたらご愁傷様だな、戸部。

お前の告白はやっぱり100%成功はしない。

 

それにしても葉山以外に気になっているのが由比ヶ浜だ。あいつは戸部が海老名に告白しようと知っているんだよな?

それとも知っているから俺に相談に来たのか?ホント、葉山グループは俺の事を都合よく使おうとしているな。

 

由比ヶ浜の事だから二人を恋仲にしようとしそうだな。まあ言ってはなんだが、由比ヶ浜程度の頭で二人を付き合わせる事は出来ないだろ。

それに由比ヶ浜の事だから雪ノ下も巻き込んでいるだろ。

 

仮に雪ノ下がこの件に関わっているとしても雪ノ下は別のクラスだから三日目以外は会う事が無いのにどうするつもりだろうか?

この件で俺が何もせずに由比ヶ浜と雪ノ下が失敗したら葉山グループは崩壊するな。

 

「……なら、何もしない方がいいのか?でもな……」

 

「どうかしたの?八幡」

 

「いや、何でもないんだ。戸塚」

 

「そう?でも何かあったら言ってね。いつでも相談に乗るよ!」

 

つい独り言を言ってしまって、隣に座っている戸塚に聞かれたが、俺の事を心配してくれるなんて……流石は俺の癒しの天使、トツカエルだぜ。

その言葉を聞けただけで、俺の心は救われるぜ!戸塚。

 

「結衣も姫菜も早く座んなよ」

 

「う、うん。……戸部っちがそっちに座ったから……」

 

「じゃあ、結衣はそこに座りなよ。私はこっちに座るから」

 

「ちょっと姫菜!?か、勝手に決めないでよ!」

 

三浦に急かされて由比ヶ浜と海老名は座ろうとして由比ヶ浜は何とか海老名を戸部の前にしようとしたが、海老名がそうはさせなかった。

座席を回転させて向かい合わせにしたまで良かったが、上手い様に事は運ばせてはくれなかった。

 

葉山、戸部、相模の三人が並び、その正面の窓側から三浦、由比ヶ浜、海老名の順番になった。てか相模が葉山グループに居るよ。

元居たグループはもうないからとしても何故?葉山グループにいるんだ?

 

……ああ、これは葉山が動いたのか。ボッチになった相模を自分のグループに入れたのか。メンバーは二人ほどいなくなったからな。

メンバー補充っと言った所か。それにしても葉山が相模と離れては意味が無いと思うがな。

三浦がさっきからご機嫌斜めで相模をチラチラ見ているので、大方相模が葉山を狙わないように牽制でもしているんだろ。ご苦労様。

 

「戸塚、川崎。もう少し前の座席に行こうぜ」

 

「うん。いいよ」

 

「……別に構わないけど」

 

俺は戸塚と川崎を連れて葉山達とは離れた座席に座った。これで何かあっても巻き込まれないだろう。川崎に戦い方のレクチャーでもするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川崎は近接メインで戦うからシュータートリガーはやっぱりハウンドがいいな」

 

「……ハウンドなら狙いは大雑把でもいいんでしょ?」

 

「まあな。ある程度だけどな。……これで川崎のトリガーのセットするものが決まったな」

 

「……うん。ありがと、比企谷。あたし一人だったらまだ悩んでいたかも」

 

新幹線が出発して約1時間弱。俺は川崎の戦い方から話を聞いて俺が川崎に合ったトリガーを薦めていた。

これで後は経験を積んで行けば強くなれるだろう。細かい調整は本人がやると言っていたので俺がするのはここまでだ。

 

そう言えば、葉山や由比ヶ浜のメイントリガーは何だろう?由比ヶ浜の事だから俺の弟子になる事を考えずに選びそうだな。

まあ、その時はそれを理由に弟子入りを断ればいいしな。

 

それから戸塚とも色々と話した。オペレーターにはどのような技能が必要とか俺が知っているだけの事を戸塚に教えた。

もっと詳しい事は浅葱に聞いてくれと言った。

 

東京から京都まで時間があったので少しだけ寝る事にした。これから葉山達に迷惑を掛けられるから少しでも体力は残しておきたかった。

まあ、何かあるとすれば三日目の夜なので特に心配していない。

そして俺は意識を手放した。

 



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戸部翔②

修学旅行初日の前半は移動が殆んどだ。千葉から東京駅に行きそこから京都駅に向かう。

新幹線で数時間程度の移動になる。その間に俺は前から川崎から相談されていたトリガーの内容について話す事にした。

ある程度、内容が決まったので着くまで俺は寝る事にした。葉山達の面倒事についてもある程度は考えているので三日目の夜までのんびり楽しもうと考えている。

 

「八……幡……八幡」

 

「ん?戸塚?どうした?」

 

寝ていると戸塚が肩を揺らして起こしてくれた。もう着いたのか?

 

「後、十分位で着くから起こしたんだけど。迷惑だったかな?」

 

「いや、そんな事はない。ありがとな、戸塚」

 

「うん。どういたしまして」

 

戸塚は笑顔でそう言ってくれた。ああ、まさに癒しの天使トツカエルだぜ。

 

「!?」

 

俺が戸塚の笑顔に癒されていると『ぞくり』と背中に悪寒が走った。葉山達の方に視線だけ向けたが葉山達ではない事はすぐに分かった。

葉山達はそれぞれワイワイ騒いでいたからだ。この車両で一番騒がしかった。

 

「どうしたの?八幡」

 

「な、何でもないから気にしなくていい」

 

「そう?それじゃあ降りる準備しないとね」

 

戸塚を初めに次々と生徒達が降りる準備を始めた。それにしてもさっきの悪寒は結局なんだったんだ?

……まさか、戸塚を狙った誰かが俺に向けた殺気か?だとしても俺の癒しの天使の戸塚は誰にも渡さないぞ!

 

そんな考えていると京都駅に着いて生徒が外に出始めたので俺もそれに続いて外出た。ここからは京都の名所めぐりを始める事になる。

最初は確か清水寺だったかな?他にも五重塔とか金閣寺や銀閣寺などを回るようになっていたな。

 

京都駅を出るとすでにバスがいつでも出発出来るように待っていた。生徒は自分のクラスのバスに乗り込んでいた。

俺も自分のクラスのバスに乗り込んだ。

 

「時間が押しているから早く席に着け。……それじゃあ出発するぞ」

 

平塚先生がそう言うとバスは駅を出て清水寺に向かった。市街地を抜け広い駐車場にバスは停車した。どうやら目的地に着いたらしい。ここからは徒歩での移動だ。

石段を上がり門をくぐり見えてきたの京都の町並みだ。資料写真ではなく高い所からの見える光景の存在感に感動に似た感情を感じながら写真を何枚か撮った。

中々上手く撮れたな。帰ったら小町に見せてやらないとな。

 

「凄い光景だね!八幡」

 

「そうだな。実物の迫力は凄まじいな」

 

戸塚は興奮気味に聞いてきた。戸塚でなくともこの光景を見れば誰だって興奮してまう。

正直、ここまで凄いとは思わなかった。ここが京都で屈指の名所なのも頷ける。

 

「これ!マジでヤバいっしょ!写真!みんなで写真撮るしかないべー」

 

「ちょっと、落ち着けよ。戸部」

 

「でもでも隼人君!この景色は凄すぎだべー!!」

 

すぐ側で戸部がはしゃいでいた。興奮するのは分かるが、もう少し静かにしてもらえないものだろうか。周りには俺達以外の観光客がいるのにな。まあ、あのグループが静かになる時なんてあんまり無いか。

 

「あ、そうだ。八幡、僕達も写真撮ろうよ」

 

「おう。いいぞ」

 

「川崎さんも一緒に撮ろうよ」

 

「……いいの?」

 

「うん。八幡もいいよね?」

 

「ああ、いいぞ」

 

戸塚も写真を撮ろうと言うので撮る事にすると近くにいた、川崎を誘った。川崎は少し照れ臭そうにしていたが、それでも写真に入ったきた。

俺達は交代で写真を撮ったが、葉山達は相模にやらしていた。まあ、ボッチ扱いされるよりマシだろう。

 

「時間もあんまりないし出来るだけ周ろうぜ。戸塚、川崎」

 

「うん。そうだね」

 

「……うん」

 

俺達はバスに乗って次の目的地である金閣寺と銀閣寺に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の目的地に着いた俺達の目の前には黄金に輝く金閣寺があった。一度全焼したが復旧して元の姿を取り戻した。

金閣寺は外国人にかなり人気のようで外国人が多くいるように見えた。

 

「金だべ!金!隼人君!!金ぴかだべ!?」

 

「戸部。興奮するのは分かるが、もう少し声を抑えろよ。周りの人達の迷惑になるだろ」

 

「ご、ごめんだべ……」

 

寺一つであんなにも興奮するとは、まあ分からなくも無いがあそこまで大きい声は出さないな。悪目立ちもいい所だ。

そんな葉山達は無視に限るな。変な目で見られたくないからな。

 

「銀じゃない?!」

 

金閣寺の次は銀閣寺だ。由比ヶ浜は銀閣寺が銀じゃない事にショックを受けていた。由比ヶ浜は銀閣寺の成り立ちを知らないのか?……知らないと言うより忘れているな、あいつ。

金閣寺よりかは見栄えしないが、一応撮っておくか。

それからバスに乗って次の目的地に向かった。バスの中で由比ヶ浜は未だに銀閣寺の事を引きずっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は清水寺だ。ここに来たなら絶対に行っておくべき場所がある。それは地主神社だ。

この神社は恋愛成就で有名で願う参拝客で混んでいた。清水寺に来たならここは外せないとクラスの連中が言っていたのを聞いたので俺も来てみたかった。

 

クラスの大半がここに居た。特に恋占いの石に興味があるようで、多くの女子が集まっていた。

恋占いの石とは離れた位置にある石の間を目を瞑り到達出来れば、その恋は叶うと言うものだ。よくよく見ると由比ヶ浜と三浦もやっていた。

 

そんな恋占いの石の列に戸部の姿があった。勇敢なのかバカなのか分からないな。普段はチャラいのに今回の告白はそれだけ本気と言う事なのだろう。

応援してやりたいと思うが、葉山グループでなく自分の意思で俺の所まで来たなら手伝ってもよかったが、そうではないのでしない。

 

「戸部っち!少し右にズレているよ!」

 

「み、右!?」

 

戸部の番になってやっていると少しズレてきていたのか由比ヶ浜が大声でサポートしていた。戸部は由比ヶ浜の指示を聞いてズレを直した。

 

「戸部!右じゃなくて左だし!」

 

「ひ、左!?どっちなんだべ!?」

 

由比ヶ浜の次は三浦が戸部に指示を出していた。由比ヶ浜が右と言うのに三浦が左だと言うものだから戸部はどちらの指示が正しいのか分からなくなっていた。

それでも戸部は何とか渡りきる事が出来た。

 

戸部の恋占いの石渡りを見た俺達はおみくじをする事にした。こっちは恋占いの石よりかは混んではなかったのですんなりとする事が出来た。しかも大吉で少しテンションが上がった。

戸塚と川崎もそれぞれ引いて特にがっかりしていないからいい結果なのだろう。

 

「戸塚と川崎はどうだった?」

 

「僕は大吉だったよ。川崎さんは?」

 

「……あたしも大吉」

 

三人揃って大吉とはな。運がかなり強いって事なのだろうな。

 

「見てよ、隼人君!大吉だべー!!これは絶対成功するべー!」

 

「分かったから少し落ち着け戸部。周りに他の人も居るんだから」

 

「戸部!声、うるさいし!!」

 

おみくじが三人揃って大吉に少し興奮していると葉山達の声が聞こえてきた。戸部は大吉でかなり興奮していた。高校生になって大吉一つであそこまで興奮出来るとはな。

葉山は戸部を落ち着かせようとして三浦はうるさいと戸部を黙らした。

 

海老名と由比ヶ浜の二人が俺に視線を向けてきた。海老名は戸部の告白をどう止めるのかを心配していて、由比ヶ浜は俺に戸部の告白の協力して欲しいのだろう。

誰が手伝うものか。それに手伝えば雪ノ下が俺を罵倒してきそうだし、早めに離れた方がいいな。

 

「戸塚と川崎は次、周りたい場所あるか?」

 

「そうだね。あ、だったら僕、音羽の滝に行ってみたいんだけど、八幡と川崎さんどうかな?」

 

「戸塚が行きたいなら俺は全然いいぞ。川崎は?」

 

「……あたしはそれで別にいいけど」

 

戸塚が行ってみたいという音羽の滝に行く事にした。あそこは確か学問・恋愛・健康の願いが叶うパワースポットと有名で特に女性に人気が高い。

俺と戸塚、川崎は地主神社を後にして拝観順路に従って音羽の滝へ歩いて行った。見ると物凄い並んでいた。

流石に人気があるな。それでも早く捌けているので俺達の順番はすぐにきた。

 

「戸塚と川崎はどれを飲むんだ?」

 

「僕は健康かな?健康は大事だと思うから」

 

「……あたしは長寿かな。出来るだけ長生きしたいしさ」

 

「八幡はどれを飲むの?」

 

「俺は戸塚と同じ健康だな。やっぱり大事だからな」

 

「そうだよね!」

 

俺と戸塚は健康で川崎は長寿を選んで飲んだ。少し冷たくて飲み易いとは思うが、まあこれを飲んだ所で健康が保証されるわけでもない。

ようは気持ちが大事だろう。だが、ジンクスは必要だろ。

 

「隼人君!この水、飲み易いしょ!いくらでも飲めるべ~」

 

「戸部。飲んだら他の人に譲るんだ。まだ並んでいる人がいるんだぞ」

 

「戸部!さっさと行くし!」

 

「優美子!?」

 

音羽の滝で健康の水を飲んで移動した時に後ろから戸部の大声が聞こえたきた。近くにいなくて良かった。

あれは恥ずかしいな。現に由比ヶ浜は恥ずかしいのか俯いている。

三浦が戸部を引っ張って移動していた。

 

「葉山君達、なんか大変そうだね」

 

「まあ、そうかもな」

 

戸塚は戸部を見ながら苦笑いをしていた。俺もなんとなくだが、分かる。

戸部は海老名に必死にアピールしていた。まあ、三日目の夜までに好感度は上げておきたいのだろう。

だが、海老名は戸部の告白を受ける気がないので、無意味な事だ。

 

海老名が戸部を振る事を分かっている俺は笑いを堪えるので必死だった。戸部が振られたらそのままグループ崩壊に直結しているからな。

俺が告白を阻止しなかったら、きっと俺の望む最高な結果になるが、今回は一先ず置いておく。

海老名さえ俺に関わって来なくなれば、自然と葉山達も俺に関わっては来ないだろう。そうなれば俺のストレスも少しは和らぐと言うものだ。

 

清水寺の参拝を終えて今日はすぐにホテルに向かった。初日は殆んどが移動で疲れている生徒がそれなりにいた。

まあ、無事に初日が終わって安心した。戸部が予定を繰り上げて告白しないかったのもあるな。

 

だが、気は抜けない。それに問題は他にもある。

奉仕部の二人だ。雪ノ下と由比ヶ浜が今後、どのような動きを見せるかが、俺の行動を左右する。

特に別のクラスの雪ノ下には要注意して置かないといけない。あいつはあいつで何かしでかすか分からないからな。

 

ちなみに音羽の滝に平塚先生も並んでいた。飲んだ水はもちろん、恋愛だ。あの性格と歳で結婚出来るとは思えない。俺は哀れみの目で平塚先生を見て笑いを必死に堪えていた。

平塚先生はいつか結婚詐欺に引っ掛かりそうだな。例え騙されてもいいから少しでもいい夢を見れたらいいな。

その時は盛大に笑ってやるけどな!



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葉山隼人⑤

修学旅行1日目が終了したと言ってもまだ終わってはいない。これからホテルでの夕食を食べて風呂に入って寝る事になっている。

だが、修学旅行という行事ですんなり寝る学生はそうはいないだろう。

定番ではトランプやウノなどをしてから誰が好きだとかの言い合いが始まるのが予想できる。面倒な事に俺の部屋割りでは戸塚の他に葉山と戸部と一緒の部屋になって居る。

出来るなら回避しておきたい。

 

どうして自分の好きな人間の名前を他の人間に言わないといけないのか。それで言わないとノリが悪いと言われてしまう。

どうして言わないだけでノリが悪いと言われなければならないのか。俺はどうしても分からない。

それにしても夕食は豪華だったと思う。流石は修学旅行で泊まるホテルだと感じた。

それに戸塚の隣で食べれたのは良かったな。戸塚は幸せそうな笑顔で食べていたからな。

見ているこっちも幸せになっているようだな。

 

おっと、戸塚の幸せ顔の事は一先ず置いておくとして、今は比企谷隊のメンバーと小町のお土産を買っておくか。

有り難い事に全員、女子だから小物が好きだと思うから1日目に買って特に荷物にはならない。

それにここにしかない物がある。それは雪菜が好きなゆるキャラの「ネコまたん祇園ver」があるのだ。

雪菜からお土産には是非買って欲しいと頼まれた。しかも凄い迫力の顔でだ。

今まで見たことない雪菜の顔に内心驚きつつも買う事にした。

 

小町と浅葱に買うものは決まっているが、夜架とシノンに買うものはまだ決まっていない。あの二人と来たら「主様、八幡が買ってくれるなら何でもいい」と言ってきたのだ。

その何でもいいって、買うものに困るだろ!まあ、何かキーホルダーかもしくは櫛と簪でも買っておくかな。

 

「……ヒキタニ君。少しいいかな?」

 

「葉山か。無理だな。今はお土産選びで忙しいから後にしろ」

 

お土産を見ていると後ろから葉山が話しかけてきた。どうせ、戸部の件で来たんだろう。面倒な男だよ、こいつは。

 

「……お土産は別に今じゃなくていいだろ。こっちの方が大事なんだから」

 

「それはお前にとってはだろ?俺にはどうでもいい事だ。お前のグループが壊れようが壊れまいが、な」

 

「!?き、君は!本気で言っているのか!!」

 

葉山が俺の胸ぐらを掴んできた。海老名が見たら鼻血を出して喜びそうな場面だな。

居なくて良かった。

それにしても葉山が大声を出すものだから周りにいた生徒や一般客の人達がこっちを見ているじゃないか。

 

「場所を考えたらどうだ?」

 

「……すまない。だが、君の言い方が悪いと思うが?」

 

「事実だからな。それで本題をさっさと言ったらどうだ?」

 

俺は葉山にさっさと本題を言えと促した。どうせ、戸部の件だろ。

 

「それでね、こっちの方が可愛いと思うんだけど。ゆきのんはどう思う?」

 

「……ええ、そうね。確かに可愛いと思うけれど、大きい荷物だから最終日に買った方がいいわよ」

 

葉山の話を聞こうとしたら近くから由比ヶ浜と雪ノ下の声が聞こえてきた。由比ヶ浜が雪ノ下にお土産の事で話していた。

ここでカチ会うと雪ノ下は俺を罵倒してきそうだな。

 

「ヒキタニ君、こっちに来てくれ」

 

「お、おい。葉山?」

 

雪ノ下と由比ヶ浜の声が聞こえてきたら、葉山がいきなり引っ張られて二人から距離を空けた。どうしたんだ、葉山の奴は?

雪ノ下達に相談に行ったはずなのにどうして離れる必要があるんだ?

 

「どうした、葉山。お前が雪ノ下はともかく、由比ヶ浜まで離れる必要はないと思うが?」

 

「うん。そうなんだけど……奉仕部に一度、相談に行ったから君と居るのを見られると少し困るんだよ。それに雪ノ下さんはもうこの件にヒキタニ君が関わっていると知っているから……」

 

「……ああ、なる程な」

 

この件に俺が関わってるのが、余程嫌らしいな雪ノ下の奴は。もしかして戸部の依頼を受けたのは葉山が俺に相談すると聞いたからか?だとしたらこの上なく迷惑な話だな。

 

「今は雪ノ下達の現状を知りたいからこのまま盗み聞きをするぞ」

 

「……ああ、分かったよ」

 

葉山は盗み聞きを渋々了承したが、顔は納得してはいなかった。まあ、どうでもいいが、もしバレたら葉山に責任転嫁しておこう。

 

「それで戸部君の依頼の進み具合はどうかしら?私はクラスが違うからあんまり手伝えからごめんなさいね。由比ヶ浜さん」

 

「うんん。気にしないでゆきのん。依頼はあんまり進んでいないかな?姫菜は戸部っちの事、少し避けているような気がするんだよね」

 

気がするのではなく、完全に避けているんだよ!そんな事にも気が付かないのか?進み具合が少し気になって聞いていたが、聞く必要はなかったな。

バカの雪ノ下とアホの由比ヶ浜、この二人に恋愛相談したのが間違っていたな戸部。

それに恋愛経験が無い者が的確なアドバイスが出来るわけが無い。

 

「で、でも三日目は自由行動だしさ、ゆきのんも手伝ってくれるから何とかなるんじゃないかな?」

 

「……そうね。三日目が勝負と言った所かしら。だったら私達で最大限のサポートをしないといけないわね」

 

「うん!……ねぇゆきのん。やっぱりヒッキーに手伝ってもらうのはダメなの?」

 

「……由比ヶ浜さん。あの男の事はもう言わないと言ったはずよ。あんな卑怯者に手伝ってもらわなくても私達だけで十分依頼くらい出来るわ!」

 

由比ヶ浜が俺の名前を言った瞬間、雪ノ下の顔が面白いくらいに歪めたな。これはどんな事をして戸部の依頼を成功させるのか見てやりたいが、そんな事よりも俺の方が優先させてもらうがな。

 

「それと由比ヶ浜さん。あの男は『今』の奉仕部の部員ではないわ。それに私ならあの男が居なくても依頼を全て完遂する事は簡単なのだから不要な存在よ。それに由比ヶ浜さんもあの男に自分の有能性を示してくはないの?」

 

「そ、それは示したいよ!ヒッキーをぎゃふんと言わしてやるんだから!」

 

俺が由比ヶ浜にぎゃふんと言わされる事は一生ないだろうな。雪ノ下は自分が有能だと思っているようだが、まったく違う。

ポンコツのガラクタがいいところだろう。それが分かっていないのがたちが悪い上に始末に困る。

しばらくしてから二人は離れて行った。葉山はしばらくの間、険しい顔をしていた。

今回の件で一番もの分かりのいい奴は葉山だろう。

だが、そんな葉山は特に動こうとしないのが問題だ。

 

「それでお前はこれからどうすんだ?まさか何も考えてない。とか言わないよな?」

 

「……俺は時間ぎりぎりまで戸部を説得するよ」

 

「戸部がお前の話を聞いて、『しゃあねべ~、隼人君が言うなら納得するだべ~』とでも言うのを期待しているのか?」

 

「……戸部のものまね、意外に上手いな」

 

葉山の一言にイラッとしてしまった。戸部のものまねなんてするんじゃなかったな。

それにしても葉山は説得すると言うが、そう簡単に済めばいいがな。戸部は本気で告白しようとしている。

そして相手の海老名はその告白に応える気はない。そんなんで雪ノ下と由比ヶ浜は上手く行くと思っているのか?

そもそも雪ノ下達は海老名の気持ちを考えていない。そんなのでは振られるのは目に見えている。

 

「……それで君はどうする予定なんだい?戸部の告白をどう成功させるつもりなんだい?」

 

「そもそも俺は告白を成功せさようとは思っていない」

 

「……だったら、君は何をするつもりなんだい?」

 

「それをお前に話すとでも思っているのか?」

 

「…………」

 

俺がそう言うと葉山黙って凄い顔で睨み付けてきた。ホント、そういう事をする辺り、お前と雪ノ下は同類だと思うよ。

 

「まあ、なんにしても三日目に全てが決まるからそれまで大人しくしていろって所だな」

 

「……やっぱり君とは仲良く出来ないな」

 

「それに関しては同感だな。俺もお前とは仲良くしたくない」

 

誰が好き好んで、こんなイケメンリア充と仲良くしないといけない。それに所詮、葉山グループは俺から見たらただの上面だけのグループだ。

だからグループではない俺に恋愛相談に来たのがいい証拠だ。

 

「……俺はもう行くよ」

 

「そうか。まあ、『今回』の件でお前のグループを壊そうとはしないさ。だからお前は戸部の説得でもしていろ」

 

「!?……そうさせてもらうよ」

 

葉山は最後に俺を睨め付けて去って行った。ホント、面倒だな奴だな。

どうしてあんな奴の周りに人が集まるんだろか?所詮、人は見た目と言った所か。

 

「……まあ、今更気にしてもしょうがないか」

 

「何がしょうがないの?」

 

「うお!?……びっくりした。浅葱か、驚かすなよ」

 

後ろから浅葱の声がしたと驚いてしまった。まったく驚かさないで欲しいな。

 

「さっきの葉山君でしょ?何を話していたの?話してくれるよね?」

 

「お、おう……」

 

浅葱の笑っていない笑顔に恐怖を感じながら俺はこれまでの経緯を話した。浅葱は途中からもの凄く険しい顔になってしまった。

 

「……はぁ~どうして私達に一言相談しても良かったと思うけど?その辺は反省しているの?八幡」

 

「はい。……この比企谷八幡、深く反省しております。次からは相談しますので許していただけないでしょうか?」

 

「次は無いからね」

 

「はい」

 

お土産コーナーから少し離れたイスの上に正座させられて浅葱から説教を長々といわれてしまった。ホント、顔が怖かった……!!

次は本当に報告した方がいいな、これは。

 

「それで八幡は海老名さんの要望を叶えるのよね?」

 

「ああ、それを条件に俺の要望を言ったからな。利用出来るものは利用しないと」

 

「まあ、聞いたし私に手伝える事があったら遠慮しないで言ってね」

 

「ああ、分かっている」

 

俺がそう言うと浅葱は自分の当てられた部屋に向かって歩き出した。俺も早めに戻って寝て英気を養った方がいいな。

その前にお土産をある程度決めておかないとな。

葉山は面倒臭かったが、どうせ何も出来ないまま修学旅行を終える事になるだろうな。

それはそれで少し楽しみでもある。雪ノ下同様に何も出来ない者の顔を拝めるからな。

三日目が楽しみだな。



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平塚静②

修学旅行二日目の朝のホテルの朝食は昨日の夕食と同じで豪華なものだった。それにしても昨日の葉山は何がしたかったんだ?

奉仕部に依頼したなら俺の所にわざわざ来なくてもいいだろうにな。

しかも葉山が俺にも相談すると雪ノ下に言ったものだからあいつもかなりやる気になっているし、由比ヶ浜も何故かやる気になっている。

 

それが少し……いや大いに不安だ。雪ノ下達が余計な事をしないか心配になってきた。

まあ、もしそんな事になれば俺の方で軌道修正してやれば大丈夫だと思うが、三日目の夜前までなら問題ないが、戸部が告白する時に何かしないか釘をさせればいいが、そんな都合よくあいつの動きを縛るネタはないか。

 

「あ!見てよ、八幡。小鹿が居るよ。小さくて可愛いね」

 

「そうだな。餌でもやってみるか?」

 

「うん。そうだね。餌売り場はあっちだね」

 

今は葉山と雪ノ下の事は考えないようにするか。せっかく戸塚があんなに楽しそうなにしているのに俺だけが暗い事なんか考えている時ではないな。

どうせ、三日目の夜には決まるのだか、今気にしていなくてもいいだろう。

修学旅行二日目に来ているのは奈良の大仏で有名な東大寺に来ていた。鹿でも有名なので他の生徒も餌をやったり、撫でたり写真を撮ったりしている。

 

俺は戸塚に便乗して撫でたりしたり、一緒に写真を撮ったりしている。

戸塚と小鹿のツーショットはいい。中々いい画になっているし、俺としても大満足だな。

川崎も鹿に恐る恐る触っていた。まあ、始めて触るものって抵抗があるからな。

 

「やべっしょ!?鹿だべ!隼人君。周り鹿しかいないべー!」

 

「見れば分かるから、少し落ち着け。戸部」

 

「戸部!うるさいし!!」

 

近くでは葉山グループがいつものように戸部のバカデカイ声が届いていた。それを三浦が怒鳴り黙らせる。

三浦の声にビビって鹿が葉山達から離れて行ってしまった。

 

「……ごめん、隼人。あーしの所為で……」

 

「いいよ。気にしなくて。ほら向こうで餌やりをやろう」

 

「……うん」

 

葉山の対応はいつも通りだな。優しき勇者的な?よくやれるよな、あんな事を。

 

「どうかしたの?八幡」

 

「……いや何でもない。戸塚と鹿のツーショット写真もう一枚いいか?」

 

「うん。いいよ」

 

俺は葉山達の事は気にしないで写真を撮りまくった。小町へのお土産に色々と見せてやりたいからな。

小町と言えば、受験生のあいつに合格祈願のお守りを買っておきたいと思っていたところなんだよな。

最近、成績もだいぶ上がってきたので総武への合格も夢ではなくなってきているから近い内にご褒美を考えておかないとな。

年内か正月にでもどこかに比企谷隊のメンバーを連れてどこかに行きたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東大寺の次に訪れたのが法隆寺だった。五重塔が有名な場所で仏教寺院において最も重要な建物とされていて、高さは約31.5メートルで、日本最古の五重塔として知られている。

 

「五重塔って、写真で見るよりやっぱり大きいね。八幡」

 

「そうだな。俺も驚いているよ……ホント、デッカいな」

 

見上げる五重塔は清水寺に負けないくらいの迫力があった。よく昔の人間はこれを作れたな。

まったく凄まじい建築テクだな、これは。

 

「川崎さんも凄いと思う?」

 

「……うん。それは凄く思うよ」

 

川崎も凄く驚いている様子だった。記念に何枚か写真に撮っておくか。

 

「……チッ!…………そろそろホテルに向かうからバスに乗っておくように!」

 

平塚先生が生徒達にバスに乗るように促していた。てか、俺を睨み付けてから舌打ちしたよ、あの先生は。

教師として生徒を睨み付けて舌打ちとか最低だな。まあ、分かりきっていたけれどな。

生徒を乗せたバスは二日目のホテルに向けて出発した。資料で見たけれど、二日目のホテルも中々にいいホテルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに着いてから夕食を摂ってからは自由行動だった。俺は入浴時間までの間、ホテルの周りでも散歩しようかと思ってホテルを出ると、少し離れた所に平塚先生が居た。

あの先生、何をしているんだ?

物影で見ていると私服姿の雪ノ下がやってきた。どこかに出掛けるのか?

ここは俺のサイドエフェクトで会話を聞いてみるか。もう少し近付かないと会話が聞こえないな。

 

「……雪ノ下。それで最近、奉仕部の方はどうだ?」

 

「……あの男が居なくなって平和ですね」

 

元々、俺の平和を奪ったのはお前らだろうに何を言っている。あの女の性格は俺以上に曲がっているな。

それを自覚していないし、自分自身を見てもいない。なのに自分の事を『完璧超人』と自称出来る辺り厨二病より痛い。

 

「……そうだな。比企谷が奉仕部に入って来たばかりに私の給料は減らされるし先生としての信頼が無くなったのだ。忌々しい……!!」

 

「まったくあの男さえ居なければ今までの依頼も迅速に済んだものを……余計な事ばかりして、あの男ほど邪魔な人間はいませんよ」

 

好き勝手言ってくれるよな、あの二人はよ。そもそも俺を奉仕部に入れたのは平塚先生だったはずだが?しかも強引に。

それに雪ノ下よ。お前が依頼に対してまともな案を出した事があったか?

 

由比ヶ浜のクッキー作りに戸塚のテニス強化、川崎のバイトや千葉村での鶴見のいじめなどの依頼の時にお前は依頼をこなそうとせずにただ自己満足を満たしたかっただけじゃないか。

自分の優秀さをアピールしたかっただけだ。そんな奴が世界を変えるとか笑えるな。

 

「そうだな。比企谷さえいなければ、私の教師人生は順風満帆だったはずなのに……!!雪ノ下、これから少し時間あるか?」

 

「……ありますけど、何かあるんですか?」

 

「この近くに美味いラーメン屋があるからそこに食べに行かないか?そこで比企谷を総武からどう追い出すかを話し合わないか?」

 

「ええ、構いません。とても有意義な時間になりそうですね」

 

俺は平塚先生と雪ノ下がラーメン屋に向かうためにタクシーを捕まえるまでじっと動かずに静かに二人が遠ざかるのを待った。

 

「…………」

 

しかし本人が話しを聞いているとは夢にも思わないだろうな、あの二人は。

それにしても俺にとってはいい事を聞けた。雪ノ下や平塚先生が俺を総武から追い出す前に対策が立てられる。

 

平塚先生に関しては教師人生を終わらせるか。そうすれば、奉仕部の顧問はいなくなり今度こそ廃部になるだろう。

しかし一つ問題がある。どんな話をするか店の中に入らないと聞こえない。

近付けば、間違いなく気付かれる恐れがある。

 

「……あれ?八幡」

 

「お、浅葱。どうしたんだ?こんな所に」

 

平塚先生と雪ノ下の二人の話をどう聞くか悩んでいると浅葱が現れた。こいつは丁度いい。

ここは一つ浅葱に相談してみるか。

 

「私のクラスは今日は入浴時間が一番早かったから少し散歩してたら八幡を見かけてから声をかけたのよ」

 

「そうだったのか」

 

「それで八幡はここで何していたのよ」

 

「ああ、実は……」

 

俺は浅葱にここで何をしていたのかを全て話した。雪ノ下と平塚先生が俺の事を好き勝手に言っていた事や俺を総武から追い出す計画を二人で練っている事を話した。

 

「―――って、事があったんだが……」

 

「……そう。あの二人がそんな事をね。それで八幡はこれからどうするの?」

 

話を聞いた浅葱は最早、般若のように顔が怖かった……!!でも今回はちゃんと報告したし相談だってしたぞ。

 

「そうだな。話を聞かないと対策は取れないからな……」

 

「せめて平塚先生か雪ノ下さんのスマホの番号さえ分かれば、そこからウィルスを送り込めるのに……」

 

「……今、お前とんでもない事言ったぞ」

 

それにしても浅葱がさっき言った事に何かが引っ掛かっていた。あ、思い出した。

 

「平塚先生の番号なら俺、分かるぞ」

 

「え?ホント?!」

 

「ああ、千葉村に行く前に俺に掛けてきたんだ。まだその番号は残してある」

 

「だったら行けるわね!モグワイ」

 

浅葱は自作したAIの『モグワイ』を呼び出した。なるほど、モグワイに侵入させるのか。

 

『なんだい?お嬢。旦那との夜のラブラブデートはもういいのかい?』

 

「いちいち一言余計なのよ!それよりも平塚先生のスマホに侵入して追跡アプリを仕掛けておいて」

 

モグワイは現れてそうそうに浅葱をからかった。自立型AIとはいえ人間みたいだな。

それにしても女子高生とは思えない言葉だな。長い付き合いだから今更気にする必要もないか。

 

『了解だ。そっちは俺様に任せて、お嬢は旦那とのデートを楽しみなよ?ケケッ』

 

「だから余計なお世話よ!」

 

浅葱が文句を言う前にモグワイは画面から消えた。俺のスマホに現れてまたすぐに消えた。

平塚先生の番号を確認したんだろう。それにしても浅葱はさっきからそわそわしているな?

時間も時間だしそろそろ部屋に戻った方がいいな。

 

「浅葱。そろそろ部屋に戻った方がいいぞ。時間が迫っているからな」

 

「……そうね。後はモグワイがやってくれるからいいわね」

 

今頃、モグワイが平塚先生のスマホから会話を聞いているだろう。明日にでも確認して対策を考えておくか。

それにしても雪ノ下と平塚先生はバカだな。俺に下手に関わらなければ良かったものの。自分から関わってくるとはな。

 

ここは一つ完膚なきまでに潰しておきますか。二度と俺に関わる事のないように。

平塚先生には『トドメ』を刺しておくか。

千葉村で経験したから懲りたのもかと思っていたが、俺の考えが甘かった。潰すなら徹底的に完膚なきまでにしなければ相手は何度でも立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日の朝、朝食を食べる前にモグワイから雪ノ下と平塚先生の計画を聞いて、絶句してしまった。内容は雪ノ下が俺に話があると特別棟の奉仕部の部室に呼び出し平塚先生が俺を殴り気絶させて、警察に「雪ノ下が比企谷に襲われそうになったので仕方なく殴って助けた」と説明するらしい。

 

それで俺を強姦未遂に仕立て上げようとしているらしい。そうなれば俺の学校での立場やボーダーでの居場所すら無くなってしまう。

冗談では無い!人の人生を台無しにしようとしているんだ。修学旅行が終わったら覚悟しておけよ、クソ女共!!

 



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比企谷八幡&藍羽浅葱⑤

ついに来た。修学旅行三日目だ。

昨日の夜に雪ノ下と平塚先生が俺を総武から追い出そうと計画しているのを偶然聞いてしまった。

その事を浅葱に言ったら『モグワイ』を使って平塚先生のスマホに潜り込んで盗聴した。

別にウィルスを送っていないので多分大丈夫だろう。まあ、バレないなら問題ないだろう。

問題なのは二人が俺を追い出す作戦として俺の強姦未遂で立場や居場所を失くすと言うものだ。

これをモグワイから聞いた時は怒りと呆れの二つを感じた。俺に下手に関わると面倒な事になるのは分かっていないのだろうか?

 

この強姦未遂を防ぐには俺が雪ノ下の呼び出しに行かなければそれでいい。だが、もし平塚先生に呼ばれて生徒指導室のような密室空間に入れられたらそれは非常に不味い。

だからこそ、俺を強姦未遂にされる前に二人を潰そうと決めた。

そこで俺は朝食前にある人物に電話をした。雪ノ下、平塚先生の二人をどうにかしてくれそうな俺の『協力者』に。

 

『やっはろー♪比企谷君』

 

「どうも陽乃さん。朝からすいません」

 

そう俺の電話の相手は雪ノ下陽乃さんだ。雪ノ下の姉で元平塚先生の教え子のこの人ならどうにか出来そうと思ったので電話した。

 

『いいよ。気にしないで。それで?朝から私に電話をしてきたのは雪乃ちゃん関係かな?』

 

「はい。そうです。実は……」

 

俺は雪ノ下と平塚先生が俺を総武から追い出そうとしている事を全て話した。陽乃さんは最後まで黙って聞いていた。

雪ノ下建設の乗っ取りのために妹を犠牲にしたのにその妹が俺に関わろうとしているからな。

それに陽乃さんとしても俺がいなくなっては会社の乗っ取りが出来なくなってしまう。それはこの人の望む所では無いだろう。

せっかく、自分の望みが叶いそうなのにそれが妹の所為で台無しにされては困るだろう。

 

『……ふ~ん。雪乃ちゃんと静ちゃんがね……最近の雪乃ちゃんは詰まらないと思っていたけど、とことん詰まらなくなっちゃたな。いいよ、雪乃ちゃんの事はこっちでやっておくね。それで静ちゃんに関しては比企谷君がするの?』

 

「ええ、あっちから仕掛けて来る前に潰します。それに俺は前に忠告したはずなんですけど、それを無視したからにはそれなりの罰を受けてもらいますよ。それじゃ雪ノ下……貴女の妹の事は任せるんで。後で会話の録音を送っておくんで、自由に使ってください」

 

『OK♪出所を聞かれても適当にはぐらかしておくから君からだってのは分からないと思うよ』

 

「そうですね。その方がいいでしょう。それじゃお願いしますね。では」

 

俺は電話を切って朝食を摂るために部屋を出た。これで一先ず大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行の三日目は大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン。通称USJに来ている。

三日目の今日一日、総武の生徒はここで過ごす事になっている。

それにしても流石はUSJだなと思う。平日と言っても大勢の人で溢れていた。浅葱と今日は色々と周る予定だが、俺はどう周るのかまったく聞いていない。

浅葱の事だから心配する必要はないな。だが、他の事が心配だ。

葉山グループと雪ノ下の行動が不安でしかたない。戸部は今日の夜に告白するために出来る限り好感度を上げておきたいはずだから結構アピールして来ると思うし、周りもそれに協力するだろう。

俺が動くのは告白の直前だからそれまで特に行動する必要はどこにもない。あるとすれば、雪ノ下と由比ヶ浜辺りが余計な事をしないか見ておく事くらいだろう。

 

USJに着いて自由に移った時に由比ヶ浜と葉山の二人が周りをキョロキョロしていたので俺を見つけよとしたのだろう。二人に見つかると面倒な事になりそうだと予感がした。

朝食の間、ずっと俺の方を見ていたからだ。海老名が俺と葉山を交互に見て鼻を押さえながら笑っていたのを見て背筋がゾックとした。

だから急いで浅葱と合流しようとその場から離れた。どうしてグループの問題に入ってもない人間を巻き込もうとするのかが分からないな。

とりあえず俺は浅葱との合流場所に向かった。合流場所については事前に話し合っていたのですぐに見つける事が出来た。

 

「悪い待たせた。浅葱」

 

「そんなに待っていないから気にしなくていいわよ。八幡」

 

「それで、どこから周るんだ?」

 

「まずはジュラシック・パークの絶叫系に行くわよ!」

 

まずはジュラシック・パークか。しかも絶叫系とは王道だけど、浅葱が考えた通りに回るか。どう回ればいいかちゃんと考えてありそうだからな。

そもそも最初から絶叫系なのが浅葱らしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の俺の状態は非常に参っていた。ベンチに座り気分を落ち着かせていた。浅葱に付き合って絶叫系を乗りまくった。

流石に気分が悪くなった俺に対して浅葱はまだまだ余裕が見られた。

一体、どこにその元気を隠し持っていたのか知りたいくらいだと思ってしまう。

 

「もうなさけないわね。いつもトリオン兵相手に暴れている癖に」

 

「……トリオン兵は簡単な行動パターンがあるから対処しやすいけど、ジェットコースターはそうはいかないだろ?コースは分かっても何本も乗ったら疲れる。そういう浅葱はまだ、余裕だな?」

 

「もう三回はいけるわよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

ここ暫くは絶叫系には乗りたくないと言うのが本音だが、ここでもう乗りたくないと言ったら浅葱が悲しみそうだからな。少しは我慢しておくか。

 

「……次はどれに乗るんだ?」

 

「大丈夫?別に無理しなくていいけど……」

 

「いや、無理はしていない。小町に思い出を聞かせてやらないといけないからな」

 

正直な所、結構限界が近いのだが……頑張るしかない!

 

「そう?だったら、遠慮はしないわよ!次も絶叫系に乗るわよ!」

 

「……了解」

 

ここを乗り越えて行くしかないようだ。頑張れ俺!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶叫系アトラクション巡りを終えて俺と浅葱は少し早めの昼食を摂っていた。少し気分は優れないが、ここは無理をしてでも食べておかないと午後から持たない。

浅葱はアトラクションに満足したようで、げっそりしている俺とは対照的に生き生きしていた。

 

「……それで午後一番はどこに乗るんだ?」

 

「一時間くらいは歩くわよ。このままだと吐くわよ、八幡」

 

「……それは嫌だな」

 

「でしょ?それにお土産を見ておきたいしね」

 

浅葱の言う通りだ。飯を食べてすぐに絶叫系に乗れば間違いなく吐く。しかも公衆の面全で、盛大に吐くだろう。そんな事は絶対に回避しておきたい。

確かに少し時間を置いた方がいいな。それに小町や雪菜、夜架、シノンにお袋や出来るだけボーダー関係者にお土産を買っておきたい。

買うとしたら忍田本部長と太刀川隊と嵐山隊、那須隊に川崎隊くらいだろうか?後は浅葱の両親にも何か俺から買っておくか。

昔からお世話になっているし、親父が亡くなってからは更になったからな。

 

「八幡。お土産はどれを買うか決めた?」

 

「ああ、ある程度はな。小さいのは買って、大きいのは帰りに買う事にするわ。荷物になるからな」

 

「まあ、そうよね。それじゃあ、次行くわよ」

 

「ああ」

 

「あ、ヒッキー!」

 

浅葱と食後の休憩がてらお土産を見ていると由比ヶ浜に出会ってしまった。その後ろには葉山グループと雪ノ下がいた。

雪ノ下、葉山、三浦は俺と顔を合った瞬間、三人とも俺を睨み付けてきた。

ホント、分かり易いなこの三人は。唯一戸部だけが何故葉山達が俺を睨み付けているのかが分かっていなかった。

いい奴とは思わない。俺の名字を間違えている時点で仲良くはなれない事は明白だ。

 

「…………」

 

俺は浅葱を連れてこの場から逃げるように立ち去ろうとした。関わる事は面倒だし戸部の件に巻き込まれそうな予感がした。

 

「無視すんなし!!」

 

「うげぇ?!」

 

立ち去ろうとしたら由比ヶ浜に制服の襟を掴まれた。地味に苦しいな。

 

「ちょっと?!由比ヶ浜さん。八幡にいきなりなにすんのよ!」

 

「ヒッキーが無視すんのが悪いんだし!!」

 

浅葱が俺と由比ヶ浜の間に割って入って来た。そして由比ヶ浜は俺が悪いと言ってくる始末だ。

 

「……由比ヶ浜さん。前から言おうと思ったのだけど、八幡の事を『ヒッキー』って言うの辞めてくれないかな」

 

「だ、だって……ヒッキーはヒッキーだし……」

 

「八幡と由比ヶ浜さんはそんなに親しくないのに初めて会った時からそう呼んでいたんでしょ?」

 

由比ヶ浜はいきなり俺の事を『ヒッキー』呼びしていたからな。それから何かあるたびに『キモい!』と罵倒していたな。

 

「はっきり言って八幡は貴女の言葉で傷付いているのよ。だからもう二度とそのあだ名で呼ばないで。呼ばれる人の気持ち考えた事がある?」

 

「…………」

 

由比ヶ浜はついに黙ってしまったよ。まあ、由比ヶ浜はこういう奴だからな。それにしても葉山がさっきから何も言ってこないな?必死に三浦を止めている。

ああ、なるほどな。葉山が何も言えないのではなく、何も言わないのか。

ここで割って入れば葉山自身も俺の名字をワザと間違っている事を指摘されてしまう。流石にそんな事になれば葉山は他人の名字をワザと間違えていると自分で言っているようなものだ。

 

「……貴女、さっきから聞いていれば好き勝手に言ってくれるわね。流石に低俗な男といるだけあるわね」

 

「……その低俗な男って、八幡の事?そう言えば雪ノ下さんにも言いたい事が「はい。そこまで!」―――八幡?!」

 

俺は雪ノ下に喧嘩を売ろうとした浅葱に割って入ってその場から連れ出した。店の中でこれ以上騒いだら悪目立ちしてしまう。

浅葱と雪ノ下は水と油ではなく炎とガソリンだ。近付けると危険だ。

 

「ちょっと、八幡。どうして言い返さないのよ!」

 

「とりあえず落ち着け。あの場で騒ぎを起こせば碌な事にならない。それに雪ノ下には『計画』の事を知られたくない」

 

あのまま喧嘩になっていたら浅葱がうっかり喋ってしまう可能性があった。そうなれば折角練った『計画』が台無しになってしまう。

それに修学旅行が終わった後に雪ノ下と平塚先生の計画を阻止するのにも情報は渡したくない。

待っていろ。雪ノ下と平塚先生、二人が俺に仕掛けて来るならこっちにだって考えがあるぞ。



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海老名姫菜&戸部翔

これで修学旅行編は終わりです。

では、どうぞ。


修学旅行三日目の夜になった。USJでは浅葱が雪ノ下と喧嘩しそうだったので割り込んで止めた。あそこで止めていなかったら大事になっていた。そうなれば平塚先生によって都合のいいようになっていたかもしれない。

例えば俺が雪ノ下に罵倒して暴力を振ったと、そうなれば停学もしくは退学になっていただろう。

だからこそ、あの場で逃げてやり過ごすしかなかった。だが、それが良かったと思う。

 

そしてついに運命の時が来た!っと言っても俺には運命でもなんでもないのだがな。だが、戸部や海老名にとっては人生の分岐点と言っても過言ではない。

俺は少し離れた所にいる葉山達を見ていた。向こうからは俺には気付かないが、俺にとっては話だけを聞くなら問題ない距離だ。

俺の側には浅葱がいる。戸部の告白阻止に協力してもらうためにここにいる。

浅葱には葉山達の声が聞こえないので俺が教える事にしている。

 

「やべーちょー緊張したきたべー!」

 

「少し落ち着け戸部。……戸部、話が……」

 

「ん?なんだべさ?隼人君?」

 

「……いや、やっぱり何でもない」

 

葉山は言いかけて口を閉ざした。言いたい事があるなら言えばいいのにな。

表面だけ気にしている葉山にとっては戸部との関係は本音を言える仲ではないようだ。

 

「結衣~俺、大丈夫だべ?!」

 

「だ、大丈夫だよ!…………多分。この三日でたくさんアピールしてきたんだし、姫菜もきっと戸部っちの思いに答えてくれるよ!…………多分」

 

「そうだべか?……そうだべな!よっしゃー!やってやるだべ!」

 

由比ヶ浜の根拠のない言葉に踊らされている戸部がある意味、可愛そうに見えてきた。もし俺が止めなかったら無様に振られて由比ヶ浜に当たりそうだな。

それを葉山が止めて、ややこしくなりそうだな。

 

「……ねぇ八幡。彼ら何を話しているの?」

 

「ああ、実は……」

 

俺は先程の由比ヶ浜と戸部のやり取りを浅葱に言った。その途端、浅葱の由比ヶ浜を見る目が変わった。恐らく哀れんでいるんだろう。

それにしてもやっぱり三浦の姿が見えないな。戸部の告白の事を知らないのか?

だけどそれはありえないと思う。葉山グループの女王的位置にいる三浦が戸部の告白の事を知らないのはやっぱり可笑しい。

葉山が意図的に隠しているか。もしくは本当に気付いていないかのどちらかだろう。

まあ、今更気にする必要も無いな。

 

「八幡。作戦の確認なんだけど」

 

「ああ、作戦は戸部の告白前に浅葱が海老名のスマホに電話をして彼女が『今は恋愛より趣味を優先したいから恋愛はまだ先でいいかな』と海老名が少し大きめの声で言うから掛けたらすぐに切ってくれ」

 

「了解。それにしてもグループの問題を八幡に頼るなんてどうかしているわよ……!!」

 

浅葱はやっぱり怒っているな。葉山って、ある意味人を怒らせる天才だな。

そうしている内に海老名がやって来た。本人の顔はどこか暗くこれから何があるのかを察しているようだった。

 

「あのさ……」

 

「うん……」

 

戸部は今まさに告白をしようと勇気を振り絞ろうとした。

 

「浅葱、今だ」

 

「分かったわ」

 

俺は浅葱に指示を出して海老名に電話を入れさした。ピピピと着信音が聞こえて海老名は電話に出た。

 

「ごめんね戸部っち。もしもし?」

 

海老名は戸部に断って電話に出た。これで作戦終了だ。後は海老名の一人芝居をしてもらえば、上手くいく。

 

「え?!ホントに買っといてくれたの?!ありがとね!私今、修学旅行で大阪に居るからイベントとか参加出来なかったから朝子に頼んで良かったよ!」

 

空想のキャラの名前を出すとは演技が上手いな。将来役者でいけるんじゃないか?それにしても朝子って……浅葱を少しもじったのか?

感心していると海老名は話し出す。

 

「え?それじゃ彼氏がいつまで経っても出来ないよって、それは朝子もでしょ?私は今はいいの!今はBL一筋なんだから!とりあえずBLに冷めるまでは誰かと付き合う気はないかな。朝子も似たようなもんでしょ?」

 

海老名が話しているのを聞いて戸部は肩を落としている。葉山達はポカンとしている。全員、無様にマヌケ顔だな。

これが俺が立てた作戦だ。趣味を利用して誰とも付き合わない宣言をさせる作戦だ。戸部、お前の覚悟を踏みにじってすまない。まあ振られるのを防いだんだ感謝してもらいたいね。

 

「それはともかく。私もモノを手に入れたから帰ったら一緒に見よ!私、まだ全然見てないから!うん、うん分かった!またね!」

 

そう言って海老名は電話を切り、戸部に向き直した。何事も無かったような顔をしていた。

 

「ごめんね戸部っち。話の腰を折っちゃって」

 

「あ、いやー別にいいべ!」

 

「そう?それで話って何?」

 

海老名がそう話すと戸部は焦りながらもどうにか返すか迷っていた。

 

「あ、いや~その……結衣や隼人君達が遅いから知らないかって聞こうと思ったんだべー!」

 

戸部は適当な言い訳をする。まあ当然か。今告白しても振られるのは目に見えているしな。いずれアタックするにしても当分先だろう。

これで海老名との約束は果した。二度と俺の名字を間違える事はないだろう。

少し考えていると海老名は先にホテルの方に歩いて行った。戸部はしばらく空を見上げていた。葉山達が戸部に近付いて来た。

葉山お得意の慰めるのだろう。どんなセリフを言うか大体分かるな。

 

「……戸部」

 

「大丈夫だべさ!隼人君!……今回は告白出来なかったけれど、次はちゃんとしてみせるべー!」

 

「そ、そうか。頑張れ、応援している」

 

「そ、そうだね。今回は出来なかったけれど、次はきっと上手くいくよ。戸部っち」

 

葉山はやっぱり予想通りだな。それにしても由比ヶ浜の根拠のない言葉はもう少しどうにかした方がいいな。……無理か!

しばらくしてから葉山達もホテルに戻った。

 

「……俺らはどうする?このまますぐに戻ると葉山達と鉢合わせになるな」

 

「だったら少しここを歩いて帰らない?」

 

「そうだな。そうするか」

 

俺は浅葱の提案に乗りしばらく遠回りをしてホテルに戻った。林道のシュチュエーションはバッチリで雰囲気があった。

 

「冬休みには小町ちゃんと隊のメンバーでどこか泊まりがけで出掛けたいわね」

 

「そうだな。小町に受験前の息抜きをさせてやりたいしな」

 

小町は総武に受かるためにここ最近、勉強を頑張っている。この調子なら十分総武は合格圏内に入る。

だけど、詰めすぎは良くないから息抜きはさせてやりたい。

 

「温泉なんて、どうかな?」

 

「温泉か……いいかもな。帰ったらどこにするか計画を練っておくか」

 

「そうね」

 

俺と浅葱は並んで林道を歩いていた。それしてもなんだか熟年夫婦のようだな。いや夫婦って、早すぎだろう。

確かに浅葱は「最高!」って言ってもいいくらいの彼女だ。

俺の事を理解してくる上に罵倒なんてしてこない。素晴らしい女性だ。どこぞの奉仕部部長やアホの子とは比べるまでもない。

とりあえず、これで海老名との約束は果した。もし向こうが俺の名字をワザと間違えるようならこれまでの経緯を三浦に話すだけだ。

そうなれば葉山グループは空中分解は免れない。まあ、俺としては分解して欲しいが。

俺は浅葱と共にホテルに戻った。葉山達と鉢合わせにならないように注意して自分の部屋に戻り寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行最終日と言っても今日はただ帰るだけだ。そして今は新幹線を待つ僅かな時間だ。

俺の荷物は少ない。昨日の内にホテルで家に配達するように手配した。生徒達の殆んどがホームで新幹線を待ってる。

 

「はろはろ〜お待たせしちゃったかな?」

 

俺がぼんやりしていると海老名がやって来た。少しだけテンションが修学旅行前に戻った気がした。

ここ、2、3日はテンションが低かった気がしたからだ。

 

「お礼をさ……言っておこうと思ってね」

 

「別にいい。俺は約束を果した。次、俺の名字を間違えるようなら全部三浦に話すからな。次からは自分で戸部をなんとかしろよ。他人の恋愛事情にはもう二度と関わるつもりはないからな」

 

「うん。もちろん!今回はありがとう。助かっちゃったよ」

 

安堵したように笑っている。よく笑っていられるな?

 

「戸部はダメな奴?だがいい奴だと……思わないな。俺の名字を間違っているのを気付いていないからな。いつか戸部と付き合ったりしないのか?」

 

そんな事を思わず口にしてしまった。まあ、実際にダメでゴミだからな、戸部は。

 

「無理だよ。私は腐ってるから誰かと付き合っても上手くいきっこないもん」

 

「……なるほどな、それは仕方ない」

 

「……そう、しょうがない。誰にも理解できないし、理解されたくもない。だから上手く付き合っていけないの。あ、でも比企谷君となら上手く付き合えるかもね。どう、私と付き合わない?」

 

そんな事を言ってくるが冗談だろ?笑えないな。

 

「それこそないな。俺はもう浅葱と付き合っている。海老名とは付き合うつもりはない」

 

俺がそう口にすると海老名は目を見開く。

 

「比企谷君はやっぱり藍羽さんと付き合ってるの?いつから?」

 

「ああ、そうだ。付き合い出したのは千葉村からだな……何だ?文句があるのか?」

 

そう聞くとどこか暗い目を俺に向けてくる。向けた所で大した事はない。

 

「ううん、あんな依頼を受けてくれた比企谷君に私が文句を言う資格なんてあるわけないよ。でもそっかぁ……藍羽さんかぁ…………結衣じゃないんだぁ」

 

うん?どうして由比ヶ浜の名前が出てくるんだ?まあ、別にいいか。

 

「もう話は終わりか?なら俺はもう行く」

 

「あ、うん」

 

海老名は何かを言いたそうだったが呼び止めなかったのでその場から離れた。

ぶらぶらと歩いていると浅葱の姿を見つけた。

 

「あ、八幡!」

 

やっぱり俺の恋人は浅葱だな。俺の事を理解してくれいる。

海老名は誰からも理解されたくないとか言っていたが、それはそれで寂しいだろ。人は誰かに理解させたい部分が必ずあるはずだ。

 

「よう、どうした?」

 

「そこで『ねこまたん』の限定物があったわよ」

 

「マジか?!雪菜のために買っておくか」

 

俺はすぐさま「ねこまたん」がある場所に浅葱と共に向かった。途中で浅葱が腕を組んできたのでそのまま2人で歩き出した。

修学旅行では色々あったが俺にとっては最高の修学旅行だ。隣には大切な恋人もいるし。この思い出は一生忘れないだろう。

 





次の更新は9月11日に更新する予定です。すいません。

次回はネイバーフット遠征訓練の話をしようと思います。

では、次回に。


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ネイバー遠征
材木座義輝②


どうも。

こっちの更新は久し振りです。

新章のネイバー遠征編です。

では、どうぞ。


修学旅行が終わって家に帰った俺は荷物を片付ける前にベットに直行した。正直なところ帰りの新幹線の中で戸塚と川崎の二人とトランプをしたりしたのもあるが、やっぱり旅行と言うものはどうしても疲れてしまう。

だからベットの直行した。荷物などは明日にでも整理すればいいだろう。

 

「おはよ~!!お兄ちゃん!!!」

 

「ぐはっ?!」

 

気持ちよく寝ていたらいきなり腹の上から衝撃が落ちてきた。誰だ!人が気持ちよく寝ていたのに起こすのは?!

いや、そもそも俺をこんな起こし方をする人間は一人しかいない。小町だ。

 

「こ、小町……お前、こんな起こし方をしていたらお兄ちゃん、病院のお世話になるから次からは辞めてくれ」

 

「ええぇ……もう!せっかく、可愛い小町が起こしてあげたのに寝起きの言葉がそれなの?!もっと、こうないの?『流石は小町だな!お兄ちゃん、小町の兄で良かったぜ!』とか?」

 

「いや、こんな起こし方をする妹にそんな言葉は出ない……」

 

まったく朝から酷い目にあったな。だが、小町がやれば可愛いから許すほか無い!それにしても久し振りに小町に会ったな。

暫く振りだからだろうか?小町が心なしか前より可愛く見えてしまう。

いかんな。将来、ネイバー遠征に行く予定の俺としてはたった数日で小町の事を愛おしく思うとはな。

 

これから出来るだけ小町がいなくても大丈夫にしていかなくては、遠征など行けない。だが、小町と離れたくない!!!

世界一可愛い小町と離れたくない!!クソ、一体どうすればいいんだ?

そんな事を考えていると小町が手を差し出してきた。なんだ、この手は?

 

「……お手?」

 

「違う!!お土産だってば!」

 

「ああ、そうか。ちょっと待ていろ」

 

俺は旅行鞄を開けて買ってきたお土産の袋を小町に渡した。お土産リストにあった物の一つの「ねこまたん祇園ver」だ。

 

「おお、やっぱり可愛いな!ありがとね。お兄ちゃん!」

 

「おう。喜んでもらえて俺も嬉しいぜ!」

 

小町が喜んでもらってよかったぜ。それに小町の笑顔が見れて疲れも吹き飛ぶと言うものだ!夜架やシノン、雪菜にもお土産を渡さないとな。

 

「それじゃそろそろ出るか」

 

「お兄ちゃん。どこか出掛けるの?」

 

「ちょっと本部にな」

 

「今日って防衛任務あったの?」

 

今日は比企谷隊の防衛任務はあるが、俺は今は雪ノ下隊と葉山隊と合同防衛任務に着いている事は小町は知らない。そもそも教えていないからな。

 

「俺、今は別の隊の防衛任務に加わっているんだ。だから別行動中なんだ」

 

「へぇ~そうなんだ。それじゃいってらしゃい、お兄ちゃん!」

 

「おう。そう言えば、川崎隊は今日の夜だっけ?」

 

「うん。そうだよ。あ、今日お母さんが夜、同僚の人と飲んでくるから泊まって帰るってさ」

 

夜、小町も母ちゃんもいないのか。だったら俺は本部で寝るか。

 

「そうか。小町、今日の晩飯いらないから」

 

「そう?わかった!あ、カーくんのご飯用意しとかないと!」

 

小町はカマクラのご飯の準備のために下に降りて行った。俺も行く準備をしないとな。忍田本部長、太刀川隊、嵐山隊、那須隊にお土産を渡しておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーダー本部に着いて、まずは忍田本部長にお土産の生八つ橋を渡した。上層部の人達と食べるだろう。

その次に太刀川隊に寄ったが、防衛任務中だったので国近先輩に渡しておいた。まあ、喧嘩する事は無いだろう。唯我がいじられるだけで。

嵐山隊は広報の仕事が入っていたので後日にする事にした。那須隊は日浦がスナイパーの指導を奈良坂に教わっていたので、後で渡す事にした。

 

一先ず、俺は開発室に行く事にした。材木座から新型トリガーを見せたいと催促があったからだ。

そうもあるが、俺としても新型トリガーどんなものなのか気になっている。ブレード型と打撃型と聞いている。早く見てみたいな。

 

開発室に入ってみるとやっぱり材木座はいつもの白衣を制服の上に着ていて、指抜きグローブもしっかりとしていた。

こいつの格好を見るたびに思う。暑くないのか?と言った所で変えるわけでもないので言わないが。

 

「ふっふっふっ……漸く来たな。我が相棒にしてライバルよ……!!」

 

「……相棒なのかライバルなのかはっきりしろよ。材木座」

 

「何を言う?!かつて地獄の試練を乗り越えたではないか?!」

 

「……お前の言う、地獄の試練とはC級の時の訓練の事か?だったらお前は乗り越えてないだろ」

 

「そ、それは……」

 

材木座は視線を逸らして下手な口笛をした。まったく吹けていないのが、イラつかせてくれる。

出来ないならやらなければいいものを……。

 

「それで、新型のトリガーはどこだ?」

 

「ふむ。これだ!!!」

 

材木座はテーブルの上の『剣』を手を使って指した。見た目は『天月』より長かった。これは『野太刀』と『チェーンソー』を合わせたような剣と言った方が分かり易いな。材木座が言うにはスイッチを押せば刃が回るらしい。削り斬るというのがこのトリガーのコンセプトだそうだ。

その『野太刀』を持ってみたが、見た目ほど重くはなかった。

 

「……重くはないな」

 

「うむ。持ち易いように軽量化してあるのだ!凄いであろう!!我を大いに褒めるがいい!!!」

 

「……ちょっと、黙っていろ。材木座」

 

「ひぃ……?!」

 

材木座があまりにもうるさかったので本気で睨んだら材木座はガチで怯えていた。俺の気にするところではないな。

それにしてもやっぱり見た目ほど重くはないので振りますのには丁度いいか。

俺はもう一つのトリガーの方をみた。思いっきり見た目は『ハンマー』だった。これが打撃型の新型トリガーか。

 

「それで材木座。そっちのが打撃の方か?」

 

「う、うむ。そうだ!名を『超振動撃破DXスーパーハンマー』だ!!」

 

「……『超』が付いているのに『スーパー』とか、後DXってなんだよ?」

 

こいつのネーミングセンスは由比ヶ浜と似ているな。妙に覚えにくい。

 

「ネーミングは我が今、書いている小説に出てくるものにしている。その方が我が覚え易いからな!!」

 

「……そんな理由だったのか。それでブレードの方の名前は無いのか?」

 

「まだ無いのだ。八幡が名付けてもよいぞ!」

 

ブレードの方は名前がまだ無いのか。材木座から名付けてもいいと言われたが、なんと名付けようか?

弧月に天月と名が付いているからここは『月』をつけた方がカッコいいか。

 

「……そうだな。だったら『牙月』で決まりだな」

 

「うむ。『牙月』か。流石は八幡だ!我には負けるがいい名であるな!」

 

材木座の一言にキレそうになったが、なんとか押さえ込んだ。一々、付き合っていたらこっちの身が持たない。

 

「それではさっそく名称を登録してトリガーを例の試作トリガーにセットしておくぞ」

 

「……ん?ちょっと待て、材木座。あれは確かもうトリガースロットがいっぱいだったはずだろ?どれか抜かないとセット出来ないはずだろ?」

 

「ふふっふ……その心配には及ばないぞ!八幡。あのトリガーはこれまでの研究の成果で更に二つトリガースロットを付け加える事が出来たのだ!!八幡の心配する事は何もない!!!」

 

トリガースロットを更に二つ追加するとはな、やるな材木座。ちょっとは褒めてもいいと思うぞ。

 

「それなら材木座。空いた一つに『エスクード』をセットしてくれ」

 

「『エスクード』だな?承知した。しばし待たれよ!」

 

材木座はこう言う仕事は意外に早いんだよな。出来たらソロ戦でもするか。

 

「それじゃさっそく試してくるか」

 

「それなら我が相手になってやろうではないか。八幡よ」

 

「……え?マジで?」

 

「我は大マジだ!!」

 

材木座の一言に一瞬、呆けてしまった。材木座が試作トリガーの相手をしてやるだと?!これは少し面白くなってきたな。

 

「……ホントにいいんだな?お前のその出ている腹がスリムになるまで削り落しても文句はないな」

 

「……は、八幡?じょ、冗談ですよね……?」

 

俺はただ、何も言わずに笑顔で材木座に答えた。材木座の口調が丁寧になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と材木座は開発室にあるトレーニングルームに入った。ステージは市街地Aになった。天候は快晴だし時間は昼になっている。

先に仕掛けてきたのは材木座からだった。

 

「行くぞ!!八幡よ!!超スーパー振動グランドインパクト!!!」

 

「技名がややこしいんだよ!シールド!」

 

材木座が振り下ろしたハンマーは俺のシールドをいとも簡単に粉砕した。材木座はハンマーを振り下ろすと同時にスラスターで勢いを付けていた。

それであの威力は納得だなと思ってしまう。これは負けてられないな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新型トリガーは中々に使い心地は良かったし、材木座を切りまくったのでそれなりに楽しかった。

この日はとりあえず試作トリガーを試したので、帰る事にした。

 

「お、比企谷。ちょうどいい所に」

 

「うげぇ……迅さん」

 

帰る所に現れたのは尻フェチで『未来視』のサイドエフェクトを持つ迅さんだった。てかなんで本部に居るんだ?この人。

 

「そう嫌そうな顔をするなよ。それで比企谷に頼み事があるから今から来てくれ。MAXコーヒー奢るからよ」

 

正直、嫌な予感がするがマッ缶を驕ってくれるなら聞いてもいいか。俺は迅さんの後に付いて行った。

 

「それで俺に頼みってなんですか?迅さん」

 

「ネイバー遠征の訓練を俺と組んでしてくれ」

 

「……え?」

 

俺は迅さんの一言に思わず驚いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『牙月』

大型試作ブレードトリガー。

『野太刀』と『チェーンソー』を合わせた剣。弧月、真月と違いオプショントリガーは使えないが、その分破壊力がどのブレードより高い。

 

『超振動撃破DXスーパーハンマー』

試作打撃トリガー。

材木座が自分の趣味全開で製作したトリガー。レイガストのオプショントリガーの『スラスター』と組み合わせる事が可能でその事により一撃の破壊力が高い。



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太刀川隊

材木座を相手に新型試作トリガーを試したが、中々にいい仕上がりだったと思う。あいつのウザいテンションがもう少しどうにかなれば、いいんだがな。

材木座をボッコって遊んだので帰ろうかと思っていたら本部ではあまり見かけない迅さんに呼び止められた。

なんでも近々ネイバーフット遠征に行く部隊の訓練に俺も参加してくれと頼まれた。

 

雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務はしばらく無いので参加してもいいと思ったので参加する事にした。

最初は驚いたが、俺としてもこれはいい経験になると思うし遠征部隊の実力を見ておく事は次のA級ランク戦の参考に出来るからだ。

 

そして最初は太刀川隊が相手だという事だ。俺が思うにボーダーの部隊の中でもかなり火力がある部隊だ。若干一名お荷物がいるが、それでもA級一位の座についているのだから凄いと言うほかない。

そんな太刀川隊が相手と聞いて展開がなんとなく予想出来る。太刀川さんが一番に迅さんに斬りに掛かるだろうな。ライバルだからな、あの二人。

 

だったら俺は出水と唯我の相手でもしているか。迅さんと太刀川さんの戦いに巻き込まれるのはゴメンだ。

だから俺は例え太刀川さんと会っても迅さんの方へ誘導するだけだ。そして最初に出来るだけ唯我を先に倒しておきたい。

唯我は弱いが出水と一緒に攻めてきたら対応しずらい。それに弱いから倒し易いからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「市街地Aか……しかし天候が暴風とはな。これからどうするか」

 

ステージは市街地Aで天候が最悪の暴風とかやりずらいな。雨や風の所為で動きが鈍くなるし一度跳んでしまうと、そこを狙われてしまう。

迅さんと合流するか、それとも単騎で進むかの二択だからな。……単騎で進むか。

 

「……あ、唯我」

 

「ひ、比企谷先輩?!」

 

しばらく歩いていると唯我を発見した。唯我は完全にビビっていた。

 

「とりあえず、くたばれ!バイパー!!」

 

「し、シールド!」

 

俺はバイパーを27分割して唯我に発射した。唯我はシールドで防ごうとしたが、それでは不正解だ。何故なら……俺のバイパーはシールドを避けるように弾道入力しているからギリギリまで近付けてからシールドで防がないと防げない。

 

「し、しま―――」

 

「―――シールド!」

 

唯我にバイパーが当たりそうな所で出水がシールドを唯我の側面に展開して代わりに防いだ。出水が来る前に唯我は仕留めておきたかったんだがな。そう簡単にはいかないか。

 

「唯我!比企谷のバイパーはギリギリで防げって言っただろうが!」

 

「す、すいません!出水先輩!」

 

唯我はビビリながらも出水に謝っていた。出水と唯我が合流したのは仕方ないが、なら二人まとめて倒すだけだ。

 

「バイパー!」

 

「アステロイド!」

 

俺のバイパーに対して出水はアステロイドを広範囲に向けて発射した。広範囲に発射した事もあって俺のバイパーの殆んどを打ち落とした。

俺のバイパーは射程と弾速にトリオンを注いでいるために威力は低い。だからこそ、シールドで防ぐ前にある程度、弾数を減らしておいた方がいい。

 

「ちっ!?……だったら!ディード!バイパー!」

 

俺はディードを起動して分割せずに一枚の円盤として打ち出した。狙いはもちろん、唯我だ。出水はバイパーで足止めを忘れていない。

 

「ッ?!アステロイド!!」

 

出水は唯我を守ろうとアステロイドを放つがもう遅かった。まさにディードが唯我の首を切ろうとした。

しかし唯我の首が飛ぶ事は無かった。

 

「―――旋空弧月」

 

「……はぁ?」

 

ディードが旋空弧月によって破壊された。旋空を放ったのは言うまでもない、太刀川さんだ。迅さんが相手してと思ったらどうしてここに?

 

「……念のために聞きますけど、太刀川さん。迅さんはどうしたんですか?」

 

「迅なら倒したぜ」

 

「……マジかよ」

 

太刀川さんの言う事が信じられないとは言わない。だが、あの迅さんがこんなにもあっさりやられるか?今回の訓練では迅さんはブラックトリガーの『風刃』を持ってきてるからだ。

ノーマルトリガーとブラックトリガーでは性能が段違いはずなのに迅さんが太刀川さんにあっさりやられるのか?

あっさりやられたのには理由があるのか?……流石にあの人の思考を読むのは俺でも難しい。

 

とりあえず、理由はどうあれ気持ちを切り替えて出水と太刀川さんを相手にしないとな。唯我はすでにどこかに隠れた。後で斬りに行くか。

俺は新しいブレードトリガーの『牙月』を出して構えた。出水は警戒してたが、太刀川さんはギラギラと目を輝かしていた。

 

「比企谷。それ、新しいトリガーか?」

 

「ええ、そうですよ。名前は『牙月』って言います。削り斬る剣と言った所ですよ」

 

「そうか。……それ、楽しめそうだな」

 

太刀川さんは凄いいい顔している。戦闘狂だと改めて思い知らされるな、この人。

俺は『牙月』を腰に添えるように横に構えた。一撃必殺で仕留めると太刀川さんに思い込ませる。

それで本当の狙いは出水だ。太刀川さんを仕留めると見せかけて出水を先に倒す。出水の援護ありの太刀川さんを相手にして勝てる気がしないからだ。

 

先に仕掛けてきたのは太刀川さんからだった。出水は後ろでいつでも撃てる構えをしていた。俺は構えたまま動こうとしなかった。

太刀川さんを出来るだけ引き寄せてから仕掛けないと出水を倒す事が出来ない。

 

「エスクード!!」

 

「な?!」

 

エスクードを太刀川さんの足元から出現させて太刀川さんを押し上げた。試作トリガーではなく俺の専用のトリガーだとグラスホッパーでする所だが、太刀川さんはグラスホッパーを入れているから効果はない。

 

だが、今回はエスクードだ。下からせり出て来るのには対応が出来なかったようだ。

しかも本来は横にするのが普通なのだが、今回は縦にしている。なので出水の姿はしっかりと見える。

 

「テレポーター!」

 

俺はテレポーターを起動して一瞬で出水の目の前に現れた。そのまま『牙月』を出水に目掛けて振り下ろした。

 

「チッ?!シールド!!」

 

出水は舌打ちしながもシールドを二枚重ねして牙月を防ごうとしたが、俺は牙月のスイッチを押して刃を回し始めた。

牙月は出水のシールドガリガリと削りついにはシールドを破壊して、そのまま出水を真っ二つにした。

 

『トリオン体活動限界!ベイルアウト!』

 

出水のトリオン体は崩れ飛んで行った。それにしても流石は牙月だな。シールドを削り斬るなんて事が出来るなんてな。

 

「旋空弧月!!」

 

「エスクード!!」

 

太刀川さんが間髪入れずに旋空弧月を放ってきたが、俺はエスクードで防いだ。シールドだったらこうはいかない。

太刀川さんの旋空は他と一味違うからな。俺のシールドでもそう簡単に防げない。

 

「そうでないとな!比企谷!!」

 

「まったく!戦闘狂は相手にするのは面倒ですね!!」

 

俺は牙月を、太刀川さんは弧月を、それぞれの得物をぶつけた。その度に火花を散らした。こっちは一刀だが、太刀川さんは二刀で向こうの方が小さく立ちまわれるので押されつつあった。

それに俺は牙月を使い始めて間もないのに比べて太刀川さんは弧月を使い慣れている。この差は大きい

 

徐々にトリオン体に無数の傷ができ始めてしまった。そこからトリオンが漏れ出してきた。このままではいずれトリオン漏れで終わってしまう。

俺は一つの賭けに出る事にした。一先ず太刀川さんから距離を取った。

 

「エスクード!」

 

エスクードで互いの姿を隠した。俺は牙月を肩に置くように構えた。エスクードが消えた時が勝負だ。太刀川さんがこのまま正面から突っ込んでくれば、振り下ろして決める事が出来るが、左右のどちらかに廻ってしまうと俺の負けだ。

そしてエスクードが消えて、太刀川さんは真っ正面から突っ込んで来た!賭けは俺の勝ちだ!

 

俺は牙月を太刀川さんに振り下ろした。このまま削り斬れば勝てる!と思っていたら太刀川さんは弧月の内一本で牙月を受け流し、もう一本の弧月で俺の喉を突き刺してきた。

すでに時遅しだった。思いっきり振り降ろしたので回避も防御も間に合わずに終わってしまった。

 

『トリオン体伝達神経破損!ベイルアウト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太刀川さんに斬られた俺の目に見えたのは部屋の天井だった。それと少し固いベットの感触だ。どうにもベイルアウト後のこのベットは嫌だ。

もう少し柔らかいものにしては貰えないだろうか?ベットの上から落ちて、その衝撃が伝わってくるのがどうにも嫌な気分を二割増しにしてしまっている。

 

「どうぞ、主様。MAXコーヒーでございますわ」

 

「おう。サンキューな、夜架」

 

そうそうこれが俺の心を小町や戸塚以外で癒してくれる。この絶妙な甘さが身体全体に染み渡る。

…………ん?あれ?俺はこれを誰に渡させたんだ?横を見てると夜架が立っていた。

 

「?!……夜架。いつからそこに立っていた?」

 

「主様が落ちてくる少し前ですわ」

 

「……そうか。マッ缶、ありがとな」

 

「いえいえ、これくらい構いません。それに私は主様にお礼を言いたかったので」

 

「お礼?」

 

俺は夜架からお礼を言われる事をしたかな?覚えがないな。すると夜架は一本の簪を持ち出した。それは俺が修学旅行で買って夜架にあげた物だ。

 

「どうして簪を私に?」

 

「ああ、それはな。夜架って、髪が長いから何か留めるものがあったら便利かなって思ってな」

 

「そうですか。ありがとうございますわ、主様。では、私はこれで」

 

「そうか。またな」

 

夜架は満足したかのように部屋から出て行った。俺は次の隊の相手のため少しでも休んでおくか。

 

 



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風間隊

ネイバー遠征の訓練の二回目の相手はステルス戦闘のスペシャリストの風間隊だ。隊員全員が透明になる事が出来るトリガー『カメレオン』を入れている。

特に隊長の風間さんはボーダー№2アタッカーで強敵だ。それに風間隊は3人の連携が一番の売りだ。3人が合流する前に一人だけでも仕留めておきたかった。

だが、現実はやっぱり甘くはなかった。終わったらまたマッ缶を飲まないとな。その理由と言うのが、迅さんが開始そうそう風間隊の連携にやられてしまったのだ。

今回、どうしたんだ?迅さん!やられぱなしではないか。

『未来視』のサイドエフェクトはどうした?!未来を視てある程度は攻撃を回避出来るだろうに!!

 

その所為で俺は今、風間隊の3人を相手にしている。今回は『牙月』を使っていない。あれだけ大きい剣を風間隊相手に振り回せない。

だから俺も今回は『スコーピオン』を使っている。あまり使わないし軽い剣は俺にあまり合っていない。

そう言った理由や風間隊の連携、更に迅さんが早い段階でやられたしまった事もあり、俺は風間隊にいいように料理されようとしていた。

ここは絶対に俺が喰らいついてやるつもりだ。簡単にはいかないと思うが、それでもだ。

 

「どうした?比企谷。動きが鈍いぞ!」

 

「ご忠告、どうも!風間さん!!」

 

スコーピオンの扱いに関しては向こうが長けているから長期戦なればなるほど、こちらが防戦一方になってくる。

そうなる前になんとかしておきたいが、そう上手くはいかない。

 

「どうしたんですか?比企谷先輩。あんまり使っていないトリガーを使うから僕らに押されるんですよ。これからは自重してください。だから目が腐っているんですよ」

 

「ホント、こんな時でもケンカ腰だな!菊地原!!」

 

物理攻撃しながら精神攻撃もしてくる菊地原は本当に面倒だな!その上、風間さんとの息の合った攻撃がじりじりと俺のトリオン体に傷を付け始めている。

今は小さいので漏れ出すトリオンは多くは無いので大丈夫だと思うが、いずれトリオン切れで終わってしまう。

 

「メテオラ」

 

「ッ?!シールド!!」

 

風間さんと菊地原の攻撃の合間に歌川がシュータートリガーで攻撃してくる。歌川は今回、シューターでの援護に回るようだ。

だが、俺が隙を見せれば間違いなく近接で攻めてくるだろう。だから油断は出来ない。

そもそも迅さんがかなり早い段階でやられたのが痛い。どうしてあの人はすんなりやられてんだ?

ブラックトリガー『風刃』と迅さんのサイドエフェクトを使えば、そう簡単に風間隊にやられる事は無いはずだ。

『未来視』なんて破格なサイドエフェクトなのだから攻撃の回避は簡単に出来ても可笑しくないのに迅さんはやられた。

 

「俺達と戦っているのに考え事か?比企谷」

 

「……すいませんね。でも戦いながら別の事を考える事が出来るんで、つい」

 

風間さんの連続攻撃をなんとか捌ききった。スコーピオンはまだ使い慣れていないからやりにくい。

 

「慣れない事するから比企谷隊はいつまで経ってもA級9位なんですよ」

 

「比企谷隊が9位なのは上がったばかりだからだ!そこは関係ないだろ!!」

 

「すいません!比企谷先輩。後で菊地原には言っておくので」

 

菊地原はいつも通りムカつくな。歌川は相変わらず菊地原の事で苦労しているな。後でジュースでも奢っておいてやるか。

それしてもこの状況を打開しないと負けてしまう。それに何もしないでやられるのはもっと嫌だ!ここはアレをやるか。

 

「これでもくらえ!!」

 

俺は手に持っていたスコーピオンを消して手を地面に付けた。そこから無数のスコーピオンが出て風間さんと菊地原に向かった。

地面や壁からスコーピオンが出る技『モール・クロー』とスコーピオンを枝分かれさせ技『ブランチ・ブレード』の合わせ技で名前は決まっていないが、付けるなら『ブランチ・クロー』と言った所だろう。

 

「シールド!」

 

「そんなの当たりませんよ」

 

風間さんはシールドで、菊地原は身体を捻る事で避けた。そもそも防がれる事や避ける事が前提で攻撃したからな。俺の狙いは歌川だ。

まず風間さんと菊地原を引き離せば、歌川は間違いなく俺を攻撃してくる。そこが狙いだ。

 

「アステロイド」

 

「そうはさせん!」

 

アステロイドを放つ歌川に俺はスコーピオンを鞭のようにして歌川の首を切断した。カゲさん考案の『マンティス』を上手く扱えて良かったぜ。前にカゲさんにコツを聞いて少しずつ練習していたんだよな。

 

『トリオン体伝達系切断!ベイルアウト!』

 

「……ッ!?」

 

これで歌川は始末できた。と思っていると風間さんに右腕を切り落とされた。反撃しようとしたが、菊地原が足を切りにきていたのでとっさ後ろに跳んで回避した。

 

「もう一度くらえ!!」

 

俺はもう一度、『ブランチ・クロー』で攻撃したが、二人は回避と同時に姿を消した。『ステルス』を使ったな。

それにしても回避のタイミングが凄く良かったな。

 

「……攻撃がワンパターンなんですよ。だから僕らに負けるんですよ」

 

「少しは言葉にトゲを無くしたらどうだな、菊地原。バイパー!」

 

上からスコーピオンを振り下ろしてきた菊地原に俺はバイパーをお見舞いした。てか、こいつは言葉のトゲを無くす気は無いのか?!

 

「シールド。比企谷先輩の攻撃の対策はしてあります」

 

「そいつはどうだか」

 

菊地原は半円球状のシールドですっぽり自分を覆った。これで五方向を同時に防ぐ事が出来る。だが、俺のバイパーは曲がる事なく菊地原のシールド貫通して、トリオン体に穴を開けた。

 

「なんで……?!」

 

「対策の対策だ。少しはトゲを無くしてこい」

 

『トリオン体活動限界!ベイルアウト!』

 

さっきのバイパーは射程短めで威力最大に設定した。それで菊地原のシールドでは防げずにトリオン体に穴を開けた。菊地原の驚いた顔が見れたのは良かったな。

菊地原は威力が低いと思い少し薄くなるが広い範囲を防げるようにシールドを展開したが、それが逆にやられる原因になるとは思ってもいなかっただろう。

 

「流石だな比企谷。3対1だったのにもう俺しかいないか」

 

「……そうですね。風間さんも倒してみせましょうか?」

 

「そう上手くいくか?」

 

風間さんも俺も笑っていた。だが、俺は内心笑っていなかった。

俺のトリオン体は今までの戦闘で無数の傷があり、そこからトリオンが漏れ出していたし、右腕は切られて無いからな。その所為で左右のバランスが少し取りにくい。

それに加えて風間さんはほぼ無傷だからな……。

 

「来ないならこっちから行くぞ!」

 

「くっ!?マンティス!」

 

風間さんから仕掛けてきたが、近接戦はこっちが不利だからマンティスで中距離戦で対応しなければ、こっちがやられてしまう。

風間さんはこちらの攻撃を避けると同時にカメレオンで姿を消した。

 

「………………え?」

 

俺は目を瞑り耳を澄ませて足音を聞こうとした時、肩に何か重い物が乗り掛かり、それを確認する暇もなくスコーピオンが肩からトリオン供給機関を貫いた。

 

『トリオン供給機関破損!ベイルアウト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いた時には天井を見ていた。やられたと思った。

風間さんはカメレオンを使うと同時に跳んで俺の肩に乗り足ブレードで肩から心臓―――トリオン供給機関を破壊した。

流石は風間さんだな。これで風間隊との訓練は終わった。

 

「……腹が減ったしラウンジで何か食べるか」

 

俺は腹が減ったのでラウンジ何か食べるために移動した。何を食べようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、八幡」

 

「……久し振り、八幡」

 

「シノンとルミルミか」

 

ラウンジで何か食べようと来てみると、そこには比企谷隊のスナイパーのシノンとその弟子のルミルミがいた。

こうして見ると少し似ているな。姉妹と間違えないが、従姉妹と言ったくらいか?

 

「ルミルミ言うな!!」

 

「八幡。留美が嫌がっている」

 

「……その、すまん」

 

つい鶴見の事をあだ名で呼んでしまった。本人はこの呼び方は嫌いらしい。

鶴見の声にラウンジにいる隊員が一斉こっちを見ている。悪目立ちしてしまったな。俺はシノンにある席を指差した。

シノンは頷き料理を持ってその席に向かった。俺も料理を取ってから席に向かった。

 

「八幡はさっきまで何していたの?」

 

「ネイバー遠征の部隊の特訓相手を迅さんとしていたんだ」

 

「……迅さんと」

 

シノンが質問してきたので俺は隠さず答えた。まあ、隠す必要はないからな。

そして迅さんの名前を聞いた途端、もの凄く嫌な顔になった。前に迅さんのセクハラにあう所だったからな。

そもそも女性で迅さんを好きな人はいないだろ。男でも好きな奴はいない。

 

「それで、八幡。私達が遠征へ行けるの?」

 

「まあ、そうだな。五分五分って所かな。まだ太刀川隊と風間隊としか戦ってないけれどな。きつい所もあるが、俺の見込みでは次の遠征までになんとかなりそうだな」

 

「……そう。わかった。それまでに腕を更に磨いてく」

 

シノンは気合い十分なようだ。他はどうか知らないが、今度しっかり聞いてみるか。

 

「ねぇ八幡。遠征って、何?」

 

「鶴見。年上には『さん』か『先輩』をつけろ。組織にいる以上、目上には気を使え」

 

「……八幡、先輩」

 

うん。よろしいな鶴見は。まあ呼び捨てにするようならソロ戦でボコボコしていたな。無理だな。鶴見はスナイパーだから出来ないな。

 

「遠征って言うのはこことは違う世界に行くことだよ。第一次侵攻で攫われた人達の捜索や他の世界の事を調べたりする事だよ」

 

「……そう。シノン師匠や八幡……先輩も行くんですか?」

 

「いや、俺達は今回は行かない。行くとすれば次回以降だな。まだやる事があるかな」

 

「ふ~ん。そうなんだ」

 

鶴見は興味なさそうな態度だった。まだ小学生だから遠征と言ってもピンと来ないよな。

それから俺達は食事を満喫した。

シノンと鶴見はもう少しだけ訓練してから帰るらしい。俺は次ぎの対戦相手に備えて少し仮眠する事にした。

次は冬島隊だ。気を更に引き締めないとな。



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冬島隊

ボーダーの部隊には様々特徴がある。バランスの取れた部隊から偏った部隊などがある。

比企谷隊はアタッカーが2、オールラウンダーが1、スナイパーが1と言う具合で自分で言うのもなんだが、バランスは良い方だと自負している。

そして偏っているもしくは独特な部隊がある。

その一つが冬島隊だ。メンバーはスナイパーが1、トラッパーが1と直接攻撃出来るのがスナイパーしかいないという変わった部隊だ。

 

今回のネイバー遠征の3部隊の一つで訓練の最後の相手だ。戦闘員が二人だけでA級2位になっているのは本当に凄いと思う。

いずれ比企谷隊が遠征に行くにも倒さないといけない部隊だ。

だから遠征の訓練相手に俺を誘ってくれた迅さんには一応感謝はしている。だが、今回も太刀川隊と風間隊のような事にならないか心配だ。

 

「お、比企谷じゃないか」

 

「当真さん。どうも」

 

訓練室に向かっていると当真さんが声を掛けてきた。この人の髪型は相変わらずだな。

色んな意味で凄い。

 

当真勇。

冬島隊スナイパー。

型にはまらない自由な感覚型凄腕スナイパーで遊び心を忘れない自由な隊員だが、それでも№1スナイパーに君臨してる。

そしてトレードマーク髪型がリーゼントが今日も決まっているな。

 

「今日はよろしくな」

 

「こっちもいつか戦うから今から勉強させてもらいますから……そう言えば……」

 

「おっさんなら寝不足でまだ寝ている」

 

俺が周り見て当真さんが察してくれて答えてくれた。当真さんが言うおっさんとは冬島隊の隊長の冬島慎次さんの事だ。

 

冬島慎次。

冬島隊隊長でトラッパー。

元エンジニアで頭脳派のトラッパーだ。学生が多い隊員の中で数少ない学生ではない大人だ。よく他の隊の部屋で麻雀をしている。

そんな人だが、上層部からの信頼は厚い。

 

冬島隊のオペレーターの真木理佐がいるが、あまり話した事は無い。腕は良いらしい。

俺は当真さんと訓練室に向かって歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の訓練ステージは市街地Aになった。狙撃するには邪魔になるものは殆んど無い。高い建物がいくつかあり、そこそこ狙い易い。

この訓練では俺は試作トリガーではなく、普段から使っているノーマルトリガーを使う事にした。

その最大の理由がバックワームとライトニングがあるからだ。

試作トリガーには入れていないのでレーダーで位置がバレバレになる。スナイパーしか攻撃手段がない冬島隊に位置情報が伝わるのは出来る限り避けておきたかった。

 

「……二人しかいないから向こうの位置を探るのは一苦労だな」

 

向こうが見つけてくれればいいが、それだと狙われ放題だからな。自分は見つからないようにして、隠れている相手を探さないとな。

そう思って動いた瞬間、何かが頬を掠った。そして何が掠ったのかはすぐに分かった。

当真さんの狙撃だ!

 

「?!……もう見つかったのか?!」

 

俺は撃ってきた方向から当真さんの位置を確認してすぐ移動した。スナイパーの基本は1、2発ごとに位置を移動するというものだ。

だから当真さんはもう先程の場所にはいない。次の狙撃位置に向かっているか、着いている事だろう。

建物に隠れて周りを見て次に移動して狙撃するならどこだ?と考えている間に2発目が左足に当たった。

 

「……チッ!グラスホッパー!」

 

俺はバックワームを解除して、グラスホッパーを起動してその場から離れた。それでも弾丸は俺を追ってきた。

なんとか建物の影に隠れてやり過ごしたが、左足をやられて機動力が落ちた。

流石は№1スナイパーだなと思い知らされる。こっちがどこに居るかなんて把握している

こっちが向こうを確認した時にはやられているな。しかも当真さんは超長距離狙撃をしてくるからな。

 

「それにしても迅さんはどこにいるんだ?」

 

今回に関してはすぐにやられていないので大丈夫かと思うが、これまでの事があるから不安でしょうがない。

俺はゆっくり建物の影から顔を少しずつ出して周りを確認しようとしたら弾丸が顔スレスレを横切った。

 

「危なっ?!……それにしてもかなり離れていると思うのによく当ててくるな」

 

当真さんの狙撃の腕は誰から見ても凄いと思うだろう。伊達にボーダー№1スナイパーではないからな。

当真さんは後回しにして、先に冬島さんを倒しておいた方がいいな。

 

「……え?」

 

俺が建物の影から身を出した瞬間、左肩を撃ち抜かれた。一瞬、驚きで動きを止めたが、すぐに意識を入れ替えその場から移動して別の建物の影に逃げ込んだ。

俺はバックアームを解除してライトニングを出した。

 

「……一発勝負だな」

 

左足に続き左肩までやられた。次にどこを狙ってくるか大体、わかった。当真さんは射撃で遊ぶ癖があるからな。

俺としてはここは何としても一矢報いたい気持ちだ。

俺は建物の影から出た。するとすぐに弾丸が俺の正面から左目を貫通した。俺はライトニングを構えて引き金を引いた。

 

「……これでも食らえ!!」

 

ライトニングの弾丸は吸い込まれるように飛んでいった。そして俺のトリオン体は崩壊した。

 

『伝達脳破損!ベイルアウト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで三度目となる固いベットへのダイブだ。この固さは改善するべきだと強く思う。

試しに上層部に言ってみるか?

最後のライトニングの弾が当たったかは俺には分からないが、当たったと思う。俺は起き上がって訓練室を出た。

 

「お、比企谷」

 

「当真さん。お疲れ様です」

 

訓練室を出たら当真さんと出くわした。聞いて見るか、俺の最後の攻撃がどうなったのか。

 

「当真さん。聞いてもいいですか?俺の最後の攻撃は当たりました?」

 

「ああ、あれか。肩に当たった。よく当てたな」

 

「……まぐれ当たりですよ。自分でも少し驚いています」

 

あれは正直、当たったのはまぐれだ。当たっていない可能性の方が高かった。

俺と当真さんの距離はかなり離れていたはずだ。それで当たったのは運が良かった。

 

「比企谷は遠征を狙っているのか?」

 

「ええ、次辺り狙ってみようかと」

 

俺としては遠征に行ってみたいが、小町と離れるのはかなり辛い!!だが、遠征には行きたい。

ここは頑張るしかない!!

 

「そう言えば、今回の遠征はどういう予定なんですか?」

 

「特に戦うわけでもないからな。未知のトリガーを手に入れる事が主な目的だな」

 

未知のトリガーか。俺が使っている試作トリガーも様々なネイバーフットの技術が詰まっている。

そう言えば、材木座の奴が試作トリガーの使った感想を自分が書いた小説と共に聞かせてくれって、言っていたな。

あいつの心がズタズタになるまで小説の批評を言ってやるか。安心して逝け材木座。

 

「比企谷はこれから何か予定あるのか?」

 

「試作トリガーの報告書を書かないといけないんですよ。何かあるんですか?」

 

「ああ、せっかくだから比企谷を麻雀に誘うかと思ったんだがな」

 

麻雀か。ルールはある程度分かるが、辞めておこう。

 

「すいません当真さん。遠慮しておきます」

 

「そうか。またな」

 

当真さんはそれだけ言って行ってしまった。俺も早く作戦室に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当真さんと少し話してから俺は比企谷隊の作戦室に向かった。流石に疲れたので比企谷隊の作戦室で仮眠をしようと思ったからだ。

作戦室に入るとそこには小町と雪菜の二人が楽しそうに話していた。

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

「こんにちは。八幡先輩」

 

「おう。小町に雪菜はここで何やっているんだ?」

 

現在の比企谷隊と川崎隊の防衛任務はもう終わって結構な時間が経っていた。この二人、ここで何をしているんだ?

 

「雪菜ちゃんと一緒にお兄ちゃんを待っていたんだよ。雪菜ちゃんがお兄ちゃんに修学旅行でのお土産にお礼が言いたいんだって!」

 

「そうか。お礼は別に構わないんだがな」

 

「いえ!そういう訳にはいきません!」

 

雪菜は立ち上がり俺の目の前まできた。近い近い!!ヤバイ、少しシャンプーの香りが漂ってくる。いい匂いだ。

俺、雪菜が近付くと匂いを嗅ぐ癖がついているな。流石に止めないと何か言われそうだな。

 

「折角、八幡先輩が買ってくれたのにお礼も何も言わないなんて、できるはずも無いじゃないですか!」

 

「そ、そうだな……」

 

「それで、ケーキを作ってきたので良かったら食べてください」

 

雪菜は冷蔵庫からケーキを3人分出した。流石女の子だな、かなり綺麗に出来ているな。

いや、女の子だからと言って全てがそうではないな。特に由比ヶ浜が……。

もしあいつがケーキを作ったらケーキとは言えないものが出来そうだな、断言できる。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「はい。召し上がれ」

 

「小町もいただくね!」

 

俺と小町は雪菜が用意してくれたケーキを一口、口に運んだ。食べて分かった。

 

「こ、これは……マッ缶の味がするだと……?!」

 

「はい。八幡先輩が好きなMAXコーヒーを入れてみました。一応味見はしたんですけど、どうですか?」

 

「ああ、最高だ!もう一皿貰ってもいいか?」

 

「はい。良かったら私の分を食べてください」

 

雪菜は自分の皿を俺に差し出した。このケーキ、本当に最高だ。マッ缶を使っているのがポイントが高いな!

雪菜の分もぺろりと平らげてしまった。

 

「……ご馳走様。美味しかったぞ、雪菜」

 

「うん!さすが、雪菜ちゃん!!」

 

「お粗末様です。八幡先輩はこの後、何かありますか?」

 

なんか今日はそれを聞かれるの二度目だな。

 

「俺はこれから遠征部隊との戦闘のレポートを書かないといけないんだ。何かあるのか?」

 

「はい。実は今日……」

 

「雪菜ちゃんがこれから家に泊まりに来るからお兄ちゃんに知らせておこうと思って!」

 

ああ、そう言うことね。まあ、小町が寂しく無いなら別にいい。

 

「分かった。でも俺はここから直接、学校に行くから帰ったらすぐに戸締りをしておけよ」

 

「うん!わかっているよ!それじゃ、がんばってね!お兄ちゃん!」

 

「それじゃ失礼します。八幡先輩」

 

小町と雪菜は作戦室から出て行った。俺は二人が出たのを見送って、レポートを書き始めた。そっちはすぐに終わった。

しかし俺の目の前には材木座から預かった奴の書いた小説の紙の束がある。

こいつを読んでから仮眠でも取るか。結局、俺が読み終わったのは学校に行く2時間前だった。

 

 




次回からワートリの原作に入ります。

仕事が忙しくてしばらく更新出来るかどうか分かりません。

11月になれば仕事が落ち着くので更新出来ると思います。

それでは。


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ネイバー現る
空閑遊真


一ヶ月ぶりの更新です。

出来る限り定期更新していきたいです。

では、どうぞ。


迅さんに誘われたボーダーでのネイバー遠征組みとの訓練は無事に終わった。俺としては次の遠征を狙っているので、A級トップ3と戦えたのはかなりの収穫だった。

情報は自分なりに集めていたが、やっぱり直接戦うとデータと少し差異があった。

これを修正して次回の遠征選抜試験に臨みたいと思っている。

 

「……ふぁ~……それにしても眠い……」

 

遠征部隊との戦闘と試作トリガーのレポートを書いたり、材木座が書いた小説を読んだりした所為で寝不足だ。

材木座の小説は表現がかなり下手なので内容がイマイチ頭に入ってこなかった。あれで小説家を目指そうとか言えたな。

まあ、材木座にはこれでもかと言うくらいに批評しておいたからな。落ち込んでいるあいつを見るとくだらない小説をよく最後まで読んだ自分を褒めたくなる。

 

俺は久し振りに自転車で学校に向かっていた。ここ最近はずっと歩いていたからな。信号が赤で青になるの待っていると、視界の隅に『白』が現れた。

最初は犬かと思ったが違った。その『白』は人だった。

三門第三中学の制服を着た男子だった。それにしても髪が中学で全部白に染まるとかどうなっているんだ?

もしかして外国人なのか?そんな事を考えているとそいつが信号が赤なのに横断歩道を歩こうとした。

こいつはアホか!!俺はすぐにそいつの肩を掴んで止めた。車が通っていなくて良かった。

 

「何?おれ急いでいるんだけど」

 

「いや、急いでいるのはなんとなくだが分かる。でもな、信号無視はするなよ。死ぬぞ」

 

「……?……ああ、『赤』は止まれだった」

 

白髪のチビはどうして自分が止められたのか分かっていなかったようだ。信号どころか『赤』が止まれだと分かっていなかった。

どんな国に住んでいたんだよ?信号機がないとかサバンナか?

まあ、それは置いておくとして、これからどうするかだな。このまま放っておくと事故に遭いそうだな。仕方ない、送るか。

 

「後ろに乗れ。送ってやる」

 

「……いいのか?送ってくれて」

 

「このままお前を放置しておくと事故に遭いそうだからな。そんな事になると後味が悪いからな」

 

「お前じゃないよ、ユーマだよ。空閑遊真。……それにしても『それ』倒れたりしないよな?」

 

空閑って言うのか。空閑は俺が乗っている自転車を指差していた。自転車も見たこと無いのか?ホント、どこから来たんだよ。

 

「安心しろ。余程の事が無い限り倒れる事は無い」

 

「そうか。それじゃ頼む」

 

空閑は自転車の後ろに跨った。それにしても改めて見ると背が異様に低いな。ホントに中学生か?

 

「それじゃ行くぞ」

 

「おお?!走っている!走っている!こんな転びそうな乗り物なのに」

 

「肩に手を置いてくれ。バランスを崩して落ちるかもしれないからな」

 

「うむ。こうか?」

 

空閑は手を肩に置いてきた。俺は自転車を走らせて空閑の目的地である第三中学に向けて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、目的地の三門第三中学校に着いた。空閑は自転車から降りて頭を下げてきた。

 

「ありがとう。おれだけだったら時間に間に合わなかった」

 

「それはどういたしまして。それとな空閑、年上には敬語を使って、『さん』か『先輩』を付けろ。それが出来ないと上下関係で苦労するぞ」

 

「うむ。そうか。だが、おれは先輩の名前を知らないぞ?」

 

そう言えば、まだ名乗ってなかった。ここだけの出会いだから別にいいと思うが、向こうは名乗ったからな。俺も名乗っておくか。

 

「……比企谷だ。比企谷八幡」

 

「そうか。はちまん先輩」

 

「……お前もいきなり名前かよ。まあ、『先輩』を付けているからいいか」

 

鶴見といい、空閑といい、どうして年下は俺の事を名前で呼ぶんだ?俺って、名前が呼び易い人間なのか?

 

「改めて、ありがとう。はちまん先輩」

 

「ああ。もう信号は無視するなよ。それとその黒い指輪は取った方がいいぞ。学校じゃそういうアクセサリーは没収されるからな」

 

「そうなのか?それは困った」

 

俺が空閑の黒い指輪の事を指摘すると困ったような顔した。大切なものなのか?

 

「外すと何か不味いのか?それ」

 

「外せないんだ。それにこれは親父の形見なんだ」

 

親父の形見か。教師にそう言った所で信じてはもらえないだろうな。

 

「だったらその指輪は魔除けの指輪とでも言ってみろ。効くかどうかは分からないが、少しは没収するのを躊躇うだろう」

 

「そうか。ならそう言ってみる」

 

時間を確認したら結構経っていた。今からだと一時間目の途中になってしまうな。

ボーダーを言い訳にしよう。よし、そうしよう。

 

「それじゃな空閑」

 

「うむ。またな、はちまん先輩」

 

俺は空閑に別れを言って、総武高に向けて自転車をこぎ出した。

 

「……はちまん先輩はいい人だったな」

 

『そうだな、ユーマ。兎に角、早く学校に入ろう』

 

「そうだな。レプリカ」

 

後ろから空閑が誰かと会話していたので振り返ってみたが、そこには空閑以外誰も居なかった。

あれ?空閑が誰かと話していたように聞こえたんだがな。気のせいか?

まあ、いいか。急いで総武高に向かわないとな。

この時、空閑と話していた人物が誰なのかを知ったのはもう少し後の事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空閑を三門第三中学に送り届けていたら俺が総武高に着いたのが一時間目の丁度、中ほどだった。

俺は前の方のドアから教室に入った。入れば、注目されるのだから前からだろうと後ろだろうと関係ないが、やっぱり注目されるのは嫌だ!

 

「……すいません。ボーダー関係で遅れました」

 

「そうか。それじゃ席に着いてくれ。途中だけど、大丈夫か」

 

「はい。大丈夫です。確か現国は平塚先生だったと思うのですが?」

 

今は現国なのに平塚先生ではなく、別の先生がしていた。

 

「……平塚先生は諸事情で教師を辞めてしまったんだ」

 

「そうだったんですか。答えてくれてありがとうございます。席に着きます」

 

まあ、平塚先生が教師を辞めたのは知っていたんだけどな。俺が平塚先生と雪ノ下が計画していた「強姦未遂」を仕掛けようとしていた事を教育委員会に密告したからだ。

すぐに教育委員会は平塚先生を調査して「強姦未遂」を計画していた事が事実だと判明して教員免許を剥奪されて、総武高を辞めさせられた。

今まで様々な問題を起こした平塚先生を総武高に留めておくとPTAなどから苦情が来そうだったからだ。

学校側は平塚先生を辞めさせるより、自分から辞めた事にした。その方が印象がまるで違う。

 

「……これで少しは平和になるな」

 

平塚先生が居ないだけで俺の平穏は安泰だ。俺が奉仕部に行く前の状態に戻っていないな。あの時とは違う事がある。

俺がボーダー隊員だとバレている事だ。まあ、それでも積極的に話しかけようとして来る人間は少ない。

まあ、それで困った事にはならないから別に構わない。

それから何事も無く午前の授業は終わった。ただ、由比ヶ浜と葉山が俺をたまにチラ見してきていたが、無視した。どうせ、昼休憩になったら向こうからやってくるだろう。ほら来た。

 

「……ヒキタニ君。少し話がある一緒に来てくれないか?」

 

「『来てくれないか』?……『来い』の間違いだろ?葉山。まだ、飯を食べてないんだ。飯を食べてからじゃ駄目か?」

 

「今すぐ、話しておかないといけない事だ。時間は取らせないつもりだ」

 

クラスメイト全員が俺と葉山を見ている。そして海老名が鼻を押さえながら悶えていた。生憎とお前好みの展開にはならいぞ。海老名!!

何について話すかは大体予想がつくから別にいいか。

 

「……わかった。それでお前の気が済むなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は葉山について行き校舎裏に来た。あれ?以前にも似たような事があったな。あの時は由比ヶ浜だったな。

校舎裏に着いてすぐ葉山は俺を睨み付けて来た。

 

「……平塚先生が辞めたのは君が関わっているんじゃないのかい?」

 

「……はぁ~葉山。何でもかんでも俺の所為にするなよな」

 

「だが!平塚先生が急に辞めるなんて可笑しいだろ?それに雪ノ下さんが今日から2週間ほど、自宅謹慎になっているんだ。この二つが無関係だとは思えない。君は何か知っているんじゃないのか!!」

 

葉山の大声は周りによく響いた。まあ、葉山ごときの怒鳴り声で臆したりはしない。そもそも俺には葉山の怒りがまったく理解出来なかった。

平塚先生が教師を辞めようが雪ノ下が自宅謹慎なろうが、葉山には関係の無い事のはずだ。

 

「それで?葉山は俺から仮に真実を聞いたとしてそれを全部信じられるのか?」

 

「……真実だと!?やっぱり君が!!」

 

「仮にって言っただろうが!話は最後まで聞け!!」

 

葉山は何か言いたそうにしたが、言葉を飲み込んだ。漸く聞く気になったか。

 

「葉山。お前には雪ノ下雪乃と平塚静の悪意を聞く勇気があるか?」

 

「……二人の悪意?君は何を言っているんだ?雪ノ下さんや平塚先生が人に悪意を向けるわけないだろ!」

 

こいつの自信はどこから来ているのか知り……たくはないな。俺はスマホを操作して録音した二人の声を聞かせた。

 

『……それで平塚先生。具体的はどうやって、あの愚図谷君を学校から追い出すのですか?』

 

『初めに雪ノ下が比企谷を奉仕部の部室に呼び出す。そこに奴を私が殴って気絶させて、警察に連絡して「雪ノ下が襲われかけていたので殴って気絶させた」と私が警察に説明する』

 

『……なるほど、彼に「強姦未遂」を装うのですね?そうすれば、彼は学校どころかボーダーにすら居られなくなる。私は葉山弁護士に頼んで彼の罪が重くなるように掛け合ってみます』

 

『ああ、そうしてくれ。これで我々の平和が来ると言うものだ』

 

『ええ、本当にそうですね。あの男ほどこの世界にいらないゴミはありません』

 

ホント、聞いていると人格を疑いたくなる内容だな。平塚せ……じゃなく平塚静はあれでも教師なのか?雪ノ下は自称『完璧超人』と言っておきながら器の小さい人間だな。

 

「……そんな、雪乃ちゃんが……嘘だ!そんな事、ありえない!!」

 

葉山はどうあっても認めないらしい。まあ、無理もないか。

 

「嘘じゃない。これが人の本当の悪意だよ。葉山」

 

「き、君が声を録音して編集したんじゃないのか!!」

 

「……どうして俺がそんな事をしないといけない?」

 

まあ、葉山が簡単に認めるとは思っていないがな。そもそも葉山はある事に気がついていない。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!……もしこれが本当にあった会話なら君はこの声をどうやって録音したんだい?近くにいないと声は録音できないはずだ!まさか、君は……」

 

「やっと気がついたか。でもな葉山、それを知って周りに言うと、お前は録音した内容を知られる事になるんだぞ?それでもいいのか?」

 

「そ、それは……」

 

雪ノ下家と学校側が折角、穏便にした事を公けにしては周りの無駄の努力になってしまう。葉山はそれに気がついたのか、それ以上俺に追求してこなかった。葉山らしい賢い選択だと思うな。

それにどう足掻いても全ては手遅れなんだよ、葉山。

葉山は俺を睨んでから教室に戻って行った。俺は悔しそうにしている葉山を見てから教室に戻った。

 

 



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雪ノ下陽乃②

葉山から校舎裏に行き、そこで雪ノ下雪乃と平塚静の事を聞かれたので俺は修学旅行で録音した二人の会話を聞かせた。

葉山は認めようとしなかったが、それをどう録音したのかなどの事を強く追求してこなかった。

それをしてしまうと、録音の内容を周りに知られてしまって、折角、雪ノ下家と学校側が穏便にした事を台無しにしてしまうと気が付いた葉山は俺に追求したくても出来ないのだ。

 

それからの授業は特に何もなかった。葉山は俺の事を見てこなかったが、由比ヶ浜がウザいくらいにチラ見してきた。

そして放課後となり俺はすぐに教室を出た。今日は夜に葉山隊、雪ノ下隊の合同防衛任務がある。その前に陽乃さんとソロ戦をする事になっている。

廊下をしばらく歩いていると腕を誰かに捕まれた。振り返って見ると、そこには由比ヶ浜がいた。

 

「……何のようだ?由比ヶ浜」

 

「平塚先生が辞めて、ゆきのんは……自宅禁止?なって奉仕部はどうなちゃうの?」

 

「俺の知った事ではないな。それと自宅禁止ではなく自宅謹慎だ。じゃあな」

 

「ま、待ってよ!ヒッキー!!」

 

俺は由比ヶ浜の制止の声を振り切ってボーダー本部に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーダー本部に着いた俺は早速、個人ブースに向かった。そこにはすでに陽乃さんが待っていた。

なので、すぐにソロ戦を始めた。

 

「ハウンド!」

 

「バイパー」

 

陽乃さんはハウンドを使ってきてので、俺はバイパーでそれを相殺して、弧月を槍のように投擲して陽乃さんの眉間に見事、刺さった。

 

『伝達脳破損!ベイルアウト!』

 

 

 

 

それから俺は陽乃さんと十戦八勝一敗一引き分けという戦績になった。正直、陽乃さんが俺から短期間で一敗に持ち込まれるとは思ってもいなかった。

それに一引き分けはかなり際どかった。もしかしたら二敗になっても可笑しくはなかった。

 

「ああ!!どうして比企谷君に勝てないの!?比企谷君、君まさか……チートツール使っている?!」

 

「生憎とテレビゲームではないのでチートツールは使えません。それくらい分かっているでしょ?」

 

「でも!でも!強過ぎだよ!!」

 

「俺はもう四年くらいになりますからね。入りたての陽乃さんに、簡単に勝ちは譲りませんよ」

 

陽乃さんは大学生で頭がそれなりに回るとしても俺はこれまで四年間で積み上げてきたものがある。

いくらなんでもそれは簡単にはひっくり返らない。

 

「そう言えば、雪ノ下……貴女の妹は自宅謹慎だそうですね。やっぱり母親ですか?」

 

「うん♪そうだよ。お母さんに例の録音を聞かせたんだ。と、言ってもお母さんのケータイに匿名で送ったから送り主は不明だよ。あ、そうだ。浅葱ちゃんにお礼、言っておいて」

 

「……浅葱に協力してもらっていたんですね。いつの間に浅葱と仲良くなったんですか?」

 

陽乃さんに匿名で母親に例の録音を送るのは難しいだろ。なら出来る人間に協力してもらうのが、手だろう。

しかも浅葱は雪ノ下雪乃の事を嫌っているから喜んで協力したのだろう。

 

「そう言えば、学校で何かあった?」

 

「……どうしてそう思うんですか?」

 

「いつも以上に気だるいオーラが漂っているよ」

 

そんなオーラを出していたとはな。てか、陽乃さんは人のオーラが見えるのか?

 

「……まあ、ちょっと葉山に絡まれまして……」

 

「ふ~ん。隼人がね……雪乃ちゃんの事でしょ?」

 

「それと平塚、静の事もですけど、例の録音を聞かせらかなり動揺していましたよ」

 

「だろうね~隼人は雪乃ちゃんにゾッコンだから」

 

え?葉山って、雪ノ下の事が好きなのか?マジか?!

 

「……あんな性格が最悪な人間をよく好きになりますね」

 

「そうだね。しかも小さい時からだからもう十年近く片思い中だと思うよ?」

 

「……十年も同じ相手を思うのは少しロマンチックだと思いますけど、人物が台無しにしていますね。あ、これ良かったらどうぞ」

 

「ありがとね、比企谷君」

 

俺は疲れて陽乃さんに「MAXコーヒー」を渡した。ようは布教活動だ。素晴らしいMAXコーヒーの良さを色々な人に知って欲しい。

陽乃さんは一口、飲むと……

 

「―――ぶぅぅぅぅぅ?!何これ?!甘い!兎に角、甘い!!比企谷君!これ何!?」

 

吹き出してMAXコーヒーを持っている手を俺に付き出してきた。吹くほどか?

 

「何って、『MAXコーヒー』ですよ。俺の心のオアシスにして、俺のサイドエフェクトを十全に使うための飲み物です」

 

「比企谷君は普段から甘い……いや、甘過ぎるコーヒーを飲んでいるの?!」

 

「まあ、そうですね。多い日で5本ほど飲みますかね」

 

陽乃さんは俺がMAXコーヒーの飲んだ本数を言うとぼう然となってしまった。

 

「それは幾らなんでも飲み過ぎだよ……」

 

「そうですか?」

 

飲み過ぎなのだろうか?だけど、今まで誰にも止めらた事がないんだよな。小町や浅葱はもちろん、比企谷隊のメンバーにも止められた記憶はない。

それどころか、比企谷隊のメンバーは全員、『MAXコーヒー』を飲んでいる。

 

「……あ、比企谷君。そろそろ時間だからまた後でね」

 

「ええ、また後で」

 

そろそろ雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務なので俺は陽乃さんと別れて一度、比企谷隊の作戦室に寄ってから防衛地点に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛地点にはすでに葉山隊に雪ノ下隊、緑川がすでに居た。葉山と由比ヶ浜は俺が到着すると睨んできた。もちろん、スルーした。

関わると面倒になるのは目に見えるからな。例え話掛けてきても答えないようにしないとな。

 

ウウ――――――――!!

 

サイレンが鳴った。今日はどこだ?

 

『旦那!ゲートが発生したぞ。座標誘導誤差7.66だ。これは面倒な位置だな……』

 

モグワイが座標を押してくれたが面倒?どういう事だ?

 

「どこが面倒なんだ?モグワイ」

 

『現れたのがここと三輪隊の丁度中間なんだ』

 

「それは面倒だな。緑川、俺が対応してくれるからここを少し頼む」

 

「了解~ハチ先輩。久々にソロ戦やろうよ」

 

「ああ、これが終わったらな」

 

俺は緑川に防衛地点や葉山隊や雪ノ下隊の事を頼んで『ゲート』に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が『ゲート』の発生地点に着いてみるとすでにトリオン兵は倒されていた。少し離れた所に人影が見えた。

ライトニングで確認して見ると中学生が数人見えた。

 

「モグワイ。三輪隊に連絡を。中学生数名が警戒区域にいるから対応を頼むと」

 

『了解だ。……連絡したぜ』

 

俺は倒されたトリオン兵を見て違和感を覚えた。この場には俺しかいないのにこのトリオン兵は誰が倒したんだ?

 

「……比企谷か」

 

「お、ハッチー」

 

「三輪と米屋か」

 

トリオン兵を見ていると三輪と米屋がやってきた。あれ?俺より後?

 

「スゲーなハッチー。このトリオン兵、粉々じゃん」

 

「……いや、俺は倒していない。てっきり俺はお前らのどっちかだと思ったんだが?」

 

「俺達は比企谷より後にここに着いたんだ。お前より早く倒せるわけないだろ」

 

それもそうか。ならこいつを倒したのは誰だ?

 

「レイジさんじゃないのか?これくらい出来るだろ?」

 

「米屋。今日は、玉狛第一は非番だ。だからレイジさんが倒すのは無理だ」

 

「だったらよ。こいつは誰が倒したんだ?」

 

米屋は自分が思った疑問を口にしたが、ここに答えられる人間などいない。

 

「とりあえず、連絡しておくか。モグワイ。回収班に連絡と材木座にこのトリオン兵の解析をしろと俺が言っていたと」

 

『了解だぜ。…………連絡したぜ、旦那』

 

これでいいな。俺はトリオン兵の全体を見渡した。それにしてもこいつは妙な倒され方をしているな。

まるで上から殴られたような。そんな感じだ。

ボーダーでこんな倒し方をする隊員はいない。仮にレイジさんでもないだろう。

 

「……まさかネイバーか……!」

 

三輪が怖い顔していた。姉を第一侵攻で亡くしているからな。ネイバーへの敵対心が誰よりも大きいだろ。

回収班が来たので俺は防衛地点に戻った。それからは特に何事もなく任務は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛任務が終わった俺は緑川とのソロ戦をした後、開発部の材木座に会いに行っている。あの倒されてトリオン兵の事を聞くためだ。

それと何故か陽乃さんが付いて来ている。どうして?

 

「……陽乃さん。俺に付いて来ても面白いものは見られませんよ」

 

「いいからいいから。私も気になっているからさ」

 

「まあ、いいか」

 

開発部の部屋に入ると材木座がもの凄い面倒なポーズをとっていた。こいつの格好でこれほどウザいポーズは無いだろう。

 

「うむ。良くぞ来られた我が戦友と雪ノ下女史よ!」

 

「……さっさとあの誰が倒したのかが不明なトリオン兵について話せ。でないと弧月でその贅肉を切り取るぞ」

 

「ひぃ?!……ま、まあ待つのだ!八幡よ。そう慌てるものでは無いぞ」

 

早く説明していれば、いいものを。陽乃さんが材木座を見ていた。一応、紹介しておくか。

 

「陽乃さん。こいつは俺と一応、同期の材木座。戦いが出来ずに戦闘から技術・開発部に変えた奴です。覚えなくていいですから」

 

「ひ、酷いではないか!八幡!!我と絆を蔑ろにするものではないぞ!」

 

「……さっさと説明するか俺のソロ戦の相手として地獄を見るか、嫌いな方を選ばしてやるぞ。どっちがいい?」

 

「わ、分かったからそう怒るものではないぞ。おほっん!!八幡よ結論から言うとだな、あのトリオン兵はボーダーのトリガーで倒されたものではない」

 

やっぱりか。トリオン体を破壊するには同じトリオン体でないと出来ない。ボーダーのトリガーで無いなら考えられるのは他のトリガー。

つまりこことは違うネイバーフットからやってきたネイバーの仕業と言う事だ。

 

「……サンキューな。材木座」

 

「礼など不要だ!八幡。我と仲ではないか!」

 

「……そうだな。ならしっかり仕事しろ」

 

俺は開発部の部屋から出て比企谷隊の作戦室に向かう事にした。仮眠して学校に行こう。

 

「ねえ比企谷君。ボーダー以外のトリガーって、さ。ネイバーが倒してって事だよね」

 

「……ええ。それとこれはあまり喋らないようにお願いしますよ」

 

「うん。分かったよ。それじゃね、比企谷君」

 

陽乃さんと別れた俺はあのトリオン兵の気にしていたが、比企谷隊の作戦室に着いた時には何も心配ないと思っていた。

しかしこの時、すでに大規模侵攻の準備が始まっていた事に俺を含めて大勢の人が知る由も無い。

 



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比企谷八幡⑯

俺は昨夜の誰が倒したのか分からないトリオン兵の事を学校に向かいながら考えていた。材木座はボーダーではないトリガーで倒されたと言っていた。

なら倒したのはネイバーと言う事だろう。そうなるとそのネイバーの目的は?

倒すからには何らかの目的があるはずだ。無いなら態々、自分の首を締めるような事はしないだろう。

いや、もしかしたら底無しのお人好しか単なるバカという可能性もある。

 

ウウ――――――!!

 

俺が考え事に集中してるとサイレンが鳴り響いた。俺はすでに警戒区域の外だったの単に聞き間違いと思っていた。

だが、そうではなかった。

 

『旦那!ゲートがすぐ側で開くぞ!』

 

「モグワイ?どういう事だよ?ゲート誘導装置があるんだから……」

 

モグワイの知らせに俺は思わず絶句してしまった。俺の目の前に黒い球体のようなものが現れたのだ。そこからモルーモッドが二体程出てきた。

トリオン兵が現れたならボーダー隊員がやる事は一つだ。

 

「トリガーオン!」

 

俺がトリオン体に換装したらモルーモッドは俺に一直線に突っ込んで来た。市街地が近いので周りへの被害を最小限に抑えないとな。

まあ、俺ならそれくらいさほど難しい事もない。

 

「バイパー」

 

トリオンキューブを8分割して放った。それぞれ4発ずつに分けて二体のモルーモッドに当てた。もちろん、弱点の口の中にある『目』にピンポイントでだ。

 

「こちら比企谷。本部、応答願います」

 

『こちら忍田だ。比企谷、先程のゲートは警戒区域外で発生した事になっているが?トリオン兵は?』

 

「それならもう倒しました。回収班の手配をお願いします。一般人には見られていません」

 

『そうか。それは良くやった。それとそことは違うところで同じようにゲート誘導装置の範囲では無いところでトリオン兵が出てな。丁度、非番の隊員がいてすぐに処理する事ができた』

 

「そうですか。それで原因は?装置の故障なんでしょうか?」

 

『それはまだ分からない。もしかしたら誘導装置に穴があるのかもしれない。開発部が今、原因の特定を始めている。またこのような事が起るかもしれない。比企谷、十分注意してくれ』

 

「分かりました。では……」

 

原因はまだ分からないか。だったらこの二体のモルーモッドが特別仕様なのか?あまりそうは見えないが?

確かゲートを開くには相当量のトリオンが必要だったはずだ。このモルーモッドの内臓トリオンで開くにはトリオンが足りないな。

仮に開けたとして、それだけでトリオン切れになってしまう。

 

「……ゲートを開いたのは別のトリオン兵か?だとしても……」

 

例えバンダーかバムスターくらい大きくともトリオン切れを起こすはずだ。そもそもトリオン兵がトリオンをどう補給するかが問題だ。

人を襲って奪うわけにはいかないよな?謎だらけだな。

情報が少ない今、考えても仕方ない。学校に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が教室に着いて周りを見渡したが、いつも通りの光景だった。他の生徒はイレギュラーゲートの事は知らないようだ。

いつもの日常だとつくづく思う。ただ、葉山と由比ヶ浜が俺が教室に入ってからずっと俺を見てきている。

嫌だ嫌だ。あの連中の頭の中は常に自分達にとって都合がいいように出来ているのだろう。

早く放課後にならないだろうか?本部でソロ戦でもしたい。そんな事を考えていると俺のスマホが鳴った。

相手は忍田本部長だった。もしかして『イレギュラーゲート』の事か?

 

「はい。比企谷です」

 

『忍田だ。すまない比企谷。例のゲートの事で聞きたい事があるから至急、本部まで来てくれ』

 

「はい。分かりました」

 

俺は電話を切って、すぐに本部に行く準備をした。

 

「ヒキタニ君」

 

「ヒッキー……」

 

「……葉山、由比ヶ浜」

 

俺が本部に行こうとしたら、葉山と由比ヶ浜が声を掛けてきた。葉山の表情から面倒な話をしようとしているな。

由比ヶ浜は付き添いみたいなものだろう。オロオロしているしな。他の葉山グループは蚊帳の外状態でこっちを見ていた。

特に三浦が凄い顔で睨んできている。三浦に向かって舌を出して挑発した。

暴れる三浦を海老名が必死になって止めている。頑張れ。

 

「それで、何の用だ?」

 

「……この間の話の続きをしたいんだ」

 

「する必要があるとは思えないがな」

 

どんなに俺達が話し合ったところで事実は変わらないし、現状の問題は何も解決しない。その事を分かっているのか?葉山は。

 

「……俺はあると思っている」

 

「あ、あたしもさ……ヒッキーと話したい事があるから……その……」

 

「……話なら歩きながらでもいいよな?本部で少しやっておかないといけない事があるから。いいよな?」

 

「ああ。もちろんだよ」

 

「う、うん!」

 

葉山と由比ヶ浜は頷き、俺達は教室を出た。その後で三浦が何やら騒いでいたがスルーした。だって、面倒だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………………」」」

 

俺、葉山、由比ヶ浜は特に何も喋ることなくボーダー本部に近付いていた。話があるとか言っていたのに何も喋らないとかこいつらは何がしたいんだ?

まあ、別にそうでも俺は構わないけどな。こいつらが喋らないなら聞く必要はないからな。

 

ウウ―――――!!

 

『旦那。またゲートが開くぞ』

 

「またか?」

 

警戒区域に入ろうとした所でサイレンが鳴って、モグワイがゲートが開く事を教えてきた。それしても今日で二回目だぞ?まったく原因は一体何なんだ?

しかもゲートが俺達の目の前に現れた。

 

「な?!どうして、ゲートがここに?」

 

「え?どうしてなの隼人君」

 

「分からない。ヒキタ―――」

 

「トリガーオン!」

 

俺は葉山が話しかけてくる前に換装して弧月を抜刀して、そのまま『目』に突き刺した。どうやら、今回はこの一体だけのようだ。

目撃者は俺達以外はいない。本部に連絡しないとな。

 

「こちら比企谷。本部、応答願います。イレギュラーゲートが出現しました」

 

『こちら忍田だ。比企谷、よくやってくれた。またしてもイレギュラーゲートが開いてしまった』

 

「やはり原因は不明ですか?」

 

『ああ。調査が行われているが、特定には至っていない。回収班を向かわした』

 

「分かりました。それでは……」

 

葉山と由比ヶ浜はぼう然とした表情でこっちを見ていた。こいつらトリオン体に換装すらしていないとか、それでもボーダー隊員かよ。

 

「ヒキタニ君。さっきのは一体?」

 

「あれはイレギュラーゲートだよ。今日の朝からどうも警戒区域以外でゲートが開いている。誘導装置の故障なのか特殊なトリオン兵を使っているのか、原因は分かっていない。お前らこの事は外に漏らすなよ。特に由比ヶ浜」

 

「な、なんであたしだけ?!」

 

由比ヶ浜はこっちに詰め寄ってきた。当たり前のだろ。

 

「お前はお喋りだろ?雪ノ下にでも話しそうだしな」

 

「は、話さないし!ゆきのんにだって絶対に喋ったりしないもん!」

 

もん!って、今時のJKが言う事か?まあ、別にいいか。本部に行ったら報告書とか書かないとな。

そんな事を考えていると人影が近付いて来た。

 

「主様」

 

「隊長」

 

「八幡先輩」

 

「お前ら……」

 

近付いて来たのは比企谷隊の面々だった。そう言えば、今日はこの近くが防衛地点だった。

 

「イレギュラーゲートが開いたと聞いて来たのですが、流石は主様ですわ。もう倒されたのですね」

 

「まあな。出てすぐに刺し倒したからな」

 

夜架が俺に近付いてきたので、すぐに倒した事を軽く説明した。シノンと雪菜はトリオン兵を見ていた。

 

「隊長。このトリオン兵がゲートを開けたの?」

 

「……どうだろうな?その辺は俺には分からない」

 

シノンはトリオン兵をマジマジと観察していた。するとトリオン兵を見ていた雪菜が近付いて来た。

 

「そう言えば、八幡先輩。鬼怒田室長が八幡先輩が来たら『開発室まで来てくれ』と言っていました」

 

「そうか。……分かった」

 

俺は葉山と由比ヶ浜の方を向いた。

 

「そういう訳だから俺はこれから開発室に行ってくるから話はまた今度な」

 

「……ああ、これでは話せないからな」

 

「……え?で、でも……」

 

葉山は割り切っているようだが、由比ヶ浜はそうは無かった。そもそも俺は二人の話を初めから聞く気は無かった。

何か理由を作って逃げるつもりだった。

 

「結衣。こんな状態だしさ。ヒキタニ君もまた今度と言っているから後日にゆっくり話をしよう」

 

「……うん」

 

葉山に説得されて由比ヶ浜は諦めたようだ。由比ヶ浜は妙なところでしつこいからな。

それはさて置き、俺は本部の開発室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本部の開発室に入ってみるとそこは地獄と化していた。研究員の人達がうな垂れていた。材木座もだ。

 

「ようやく来たか。比企谷」

 

「どうも、鬼怒田さん」

 

鬼怒田本吉。

本部開発室長で恰幅の良い体形をしている人だ。いつも偉そうにしているが、ゲート誘導システムの開発、本部基礎システムの構築、ノーマルトリガーの量産など、態度相応の功績を挙げている。

 

「……スタッフが全員、うな垂れているのは例のイレギュラーゲートが原因ですか?」

 

「まあ、そうだな。それで比企谷に聞きたい事がある。お前が倒したトリオン兵でどこか気になった事はないか?」

 

あのトリオン兵で気になった事と言ってもな。あんまりそんなのは無かったな。

 

「いえ、これと言ってないですね」

 

「そうか。まったく厄介な事だ」

 

「原因はまだ分かっていないんですか?」

 

「ああ。ゲート誘導装置はなんの問題もない。だと言うのにだ!!」

 

鬼怒田さんは相当、怒っているな。

 

「おっと、忘れる所だった。比企谷、後で指令室に来いと指令が言っていたぞ」

 

「え?……俺、何か不味い事でもしましたか?」

 

「そうではない。今後の対応について話すそうだ。早く行って来い」

 

何だ、怒られる訳ではないのか。びっくりした。いや、別に怒られる事をしたとは思っていないぞ。うん、ホントに。

 

「それじゃ、失礼します。鬼怒田さん」

 

俺は開発室を出て指令室に向かい歩き出した。それにしても俺に話とは何なんだ?

それに指令って、顔が怖いんだよな。

 



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比企谷隊⑦

俺、比企谷八幡は今、ボーダー本部で一番行きたくない場所に向かっている。鬼怒田さんから聞かされた時は間違いであって欲しいとさえ思った。

でも仕方ない。所詮、俺は組織の一部だ。上からの命令には逆らえない。

向かう先は指令室だ。俺がボーダー本部で行きたくない場所、ベスト3の一つだ。

 

3位 二宮隊作戦室。

 

2位 葉山隊作戦室。

 

1位 指令室。

 

俺がボーダー本部で行きたくない場所ランキングだ。二宮隊はまだ、いい。葉山隊は絶対行きたくは無い!

それにしても指令が俺に何のようだろうか?

行きたくない。帰りたい。寝たい。

 

「……八幡。さっきから扉の前で何しているのよ?」

 

「え?浅葱に夜架、シノン、雪菜。どうしてお前らここに?」

 

俺が指令室の扉の前で行ったり来たりしていると浅葱、夜架、シノン、雪菜の比企谷隊のメンバーが勢揃いしていた。

しかしどうしてこいつらがここに居るんだ?

 

「八幡先輩と合流して指令室まで来てくれって、忍田本部長から連絡がありまして」

 

雪菜が俺の疑問に答えてくれた。それにしても忍田本部長が。

 

「それじゃ、シノンと雪菜は八幡が逃げないように両サイドをしっかり固めておいて」

 

「分かった」

 

「はい。しっかり確保しています」

 

「……え?なんで俺、腕を掴まれているんだ?」

 

浅葱の指示でシノンと雪菜が俺の腕をしっかりと掴んで離さなかった。

 

「それは主様が良く分かっておいでなのでは?」

 

夜架がニコやかな顔を向けてくる。頼むから助けて!!

 

「それじゃ行くわよ。……比企谷隊、全員揃いました」

 

『入りたまえ』

 

浅葱が全員、揃った事を言うと中から忍田本部長の声が聞こえてきた。入りたくない!!

指令室には唐沢さんもいた。そして他に二人ほど居た。

一人は根付さんだ。

 

根付栄蔵。

メディア対策室長。痩身でたれ目で鼻の大きな人だ。あらゆるメディアに対応し、ボーダーの印象向上と問題の処理・隠蔽に奔走している。ボーダーに否定的な人が少ないのはこの人のおかげだろう。

 

そしてもう一人が城戸司令だ。相変わらず、顔が怖い。

 

城戸正宗。

ボーダー本部司令で最高司令官。ボーダーのトップに立つ人物で左眉辺りに残った大きな傷が特徴の人だ。

ボーダーのルール、防衛計画、巨大基地建設などを発案・主導してきた厳格な人物で近界民を激しく憎悪している。

そしてボーダー最大の派閥の筆頭がこの人だ。

 

「比企谷隊。ご苦労」

 

城戸指令の声って、どこか威圧しているようで嫌なんだよな。用件だけ聞いて帰りたい。

 

「……それでどうして俺達、比企谷隊を呼んだんですか?」

 

「その説明は忍田本部長から」

 

城戸指令が忍田本部長を見て言ってきた。早く帰りたい。

 

「比企谷隊長や他の隊員が対処した、イレギュラーゲートの事についてだ。今現在も技術部が全力で原因を探しているが分かっていない。これ以上、イレギュラーゲートが開けば、流石に隠し切れない。そこでA級隊員の何名かにはに街のパトロールをしてもらう事になった」

 

なるほど、被害が起る前に処理するれば、いくらでもいい訳が出来ると言う事だな。根付さんでも限界はあるからな。

 

「……そのパトロールに俺達も参加しろと言う事ですか?」

 

「そうだ。今すぐにでもだ」

 

忍田本部長の顔が事態が重い事を物語っていた。すぐに動いた方がいいな。

 

「分かりまた。それで雪ノ下隊と葉山隊の合同防衛任務はどうなるのでしょうか?」

 

「こちらが最優先だ。それはしばらくいい」

 

「分かりました。比企谷隊、すぐに行動に移ります」

 

俺達は指令室からすぐに出た。だって、あの空気が耐えられないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指令室から出た俺達は一先ず比企谷隊の作戦室に集まった。これからの行動を決めるためだ。

 

「それで?八幡は何か考えがあるの?」

 

浅葱が俺に聞いてくると夜架、シノン、雪菜が俺を一斉に見てきた。

 

「……情報が少ないからな。とりあえず浅葱、今までイレギュラーゲートが開いた場所を見せてくれるか?」

 

「うん。ちょっと待って。モグワイ」

 

『あいよ』

 

浅葱に言われてモグワイは今まで開いたイレギュラーゲートが開いた場所を表示した。人口密集地域に近い場所が多いな。

これでよく人的被害がなかったな。近くにボーダー隊員が居てくれて良かったな。

 

「……とりあえず、二人一組でパトロールをしよう」

 

「別れるの?」

 

浅葱が夜架、シノン、雪菜を代表してか俺に聞いてきた。

 

「ああ、固まっていても意味ないしな。それにイレギュラーゲートから出てきたトリオン兵は一体か二体ぐらいだから二手になっても大丈夫だろ」

 

「確かにこのメンバーなら行けるわね。それどんなふうに二手に別れるの?」

 

「俺と夜架もしくは俺と雪菜、シノンと夜架もしくはシノンと雪菜だな」

 

「どうして、そのメンバー編成なの?」

 

浅葱、夜架、シノン、雪菜はこの編成が分からず首を傾げていた。

 

「近接と遠距離の二人にしたんだ。俺はライトニングを持っているからシノンと組むと夜架と雪菜は遠距離に対応できないだろ?」

 

俺に説明に四人は納得してくれたようだ。まず、夜架か雪菜のどちらかと組むかだな。

 

「それじゃ八幡は夜架と雪菜のどっちと組むの?」

 

「それなら先に雪菜からで構いませんわ」

 

俺が答える前に夜架が答えた。あれ?先に夜架だと思ったのだが?譲るのか、珍しいな。

それじゃ最初は雪菜からだな。

 

「それじゃ雪菜。最初は俺と組んでパトロールをするからよろしくな」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

雪菜は元気がいいな、若さを感じるな。てか、俺も若いだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は雪菜と組んで街をパトロールする事にした。一先ず、今まで開いたイレギュラーゲートの場所を見て回る事にした。

 

「この先がイレギュラーゲートが開いた場所ですね」

 

「……この先か」

 

これで俺が対処した以外のイレギュラーゲートで周った事になる。

 

「……八幡先輩は今回のイレギュラーゲートの原因はなんだと思いますか?」

 

「そうだな……」

 

イレギュラーゲートが開いた場所を周っていると雪菜が原因について聞いてきた。正直、情報が少なくて分からないが、いくつか候補はあるんだよな。

それでも話しておくか。

 

「……俺は今回の原因は三つほど思い浮かぶな」

 

「三つ?!そんなに思い浮かぶんですか?」

 

雪菜は俺が三つも原因が浮かぶのが信じられないような顔をしていた。

 

「ああ。一つ目が、ゲート誘導装置を回避する何らかの『穴』を敵が見つけた事。二つ目が、こっちの世界でゲートを開く装置がある事。三つ目がボーダーに裏切り者がいる事。……まあ、これくらいか?今、思い浮かぶのは……」

 

「一つ目は無いですよね?技術部が調査して何もなかったんですから。二つ目は……無いとは思えませんけど、ゲートを開くとなれば大量のトリオンが必要ですからそれをどう確保するかによりますね。三つ目はあるなら大問題ですよ!?」

 

「まあ、そうだな。一つ目と三つ目が無いとして、二つ目に絞って考えると、一番の問題はトリオンの補給なんだよな」

 

トリオンが補給出来なければ、ゲートを開く事は出来ない。それにトリオン兵自体も活動できない。

その補給の問題をどう解決するかだよな。技術部ではない俺にはさっぱりだな。

 

「それでこの後どうします?イレギュラーゲートが開いた場所は回りましたけど?」

 

「そうだな。しばらくはぶらぶら街を歩いてみるか。そしたら夜架とシノンと交代しよう」

 

「はい!」

 

それから俺と雪菜は街をぶらぶらと歩いた。学生を見かけるのが、多くなってきた。そろそろ下校時間だな。

 

「八幡先輩。聞いてもいいですか?」

 

「何を?」

 

ふと、雪菜がいつになく真剣な顔で俺を見てきた。

 

「どうしてあの二人と居たんですか?」

 

「あの二人?」

 

ああ、葉山と由比ヶ浜の事か。まったく名前を言わないから誰だか分からなかった。それしてもなんだか機嫌が悪いのは気のせいか?

 

「葉山が俺に話があるとかで話をしようという事になってな。でも俺は忍田本部長に呼び出されたから本部で話そうという事になったんだよ。ちなみに由比ヶ浜はただの付き添いだ」

 

「そうだったんですね。安心しました。浅葱先輩から修学旅行の事を聞いていたので、また何か面倒事を押し付けられたものかと思いましたよ」

 

そんな事を思っていたのか。流石にあんな事は二度とゴメンだ!!他人の恋愛事情で人生終わりにはしたくはないからな。

 

「大丈夫だ。あんな頼みは一度だけだ。二度目は無い!」

 

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 

心底安心したような表情を見せる雪菜。そんなに信用がなかったんだろうか?俺。

 

「……俺って実は信用が無いのか?」

 

「信用はないかもしれませんね。でも信頼はしているんで安心してください」

 

「まあ、それでよしとするか」

 

いまいち、納得出来ないがな。それにしても今の所、イレギュラーゲートが開く様子が無いな。

やっぱりトリオンをどこかで補給しているのか?それに一つ気になっている事がある。今までのイレギュラーゲートはボーダー隊員が近くに居たから被害が最小限に抑える事が出来ている。

しかし本当にそうなのか?たまたま近くにボーダーが居たから?いくらなんでも都合が良くないだろうか?

 

「……どうしたんですか?八幡先輩」

 

「……え?何が?」

 

「先程から話し掛けても全然応えてくれませんでしたよ」

 

「それはすまん。ちょっと考え事で頭がいっぱいだった」

 

「何を考えていたんですか?」

 

仮説だが、一応話しておくか。

 

「今までのイレギュラーゲートは近くにボーダー隊員が居たから被害を最小限に抑える事が出来ている」

 

「はい。そうです。それが?」

 

「もしその逆だったらどうだ」

 

「どう言う事ですか?」

 

雪菜は分かっていないようで首を傾げた。ちょっと仕草が可愛いな。

 

「つまりイレギュラーゲートが開いた最大の要因はボーダー隊員だって事だよ。たまたまゲートが開いた所に居たんじゃなく、そこに居たからゲートは開いたんだよ」

 

俺の話を聞いた雪菜が少し考えて、そして絶句してしまった。まだ仮説の段階なんだけどな。

その時だった。俺のスマホが鳴った。発信者は浅葱だった。

 

「はい。もしもし」

 

『八幡!イレギュラーゲートが開いたわよ!!場所は三門第三中学校!』

 

浅葱が言った場所は数日前に空閑を送った場所だった。

 



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三雲修

祝!!お気に入り2000件超え!!

ついにお気に入り2000件超えました!

嬉しいです。これからも読んでいって下さい。


俺と雪菜は浅葱から連絡を貰い、三門第三中学へ向かっていた。俺はグラスホッパーをトリガーに入れたので、到着までそう時間は掛からない。

雪菜はしっかりと俺の後を付いてきている。そして目的の場所が見えてきた。

 

「雪菜。もうすぐだぞ!」

 

「はい!」

 

「浅葱。現れたトリオン兵の数は?」

 

『モールモッドが3体よ』

 

3体か。今回はこれまでのイレギュラーゲートと違い、数がいるな。これまでは1体、よくても2体だからだ。

3体も現れたのはこれまでで始めてだろう。

 

「雪菜。俺が後衛を務めるからお前が前衛だ。いいな?」

 

「はい!大丈夫です!」

 

「よし!」

 

三門第三中学の到着すると校庭は逃げている生徒で溢れていた。外から確認しただけでも2体居た。

最後の1体は屋内か?だとしたら厄介だな。早めに始末しないとな。

 

「雪菜!」

 

「はい!」

 

俺はライトニングを出して、モールモッドの足元に向けて撃った。直接当てなかったのはライトニングの威力ではモールモッドにダメージは与えられないからだ。

それどころか、兆弾して一般人に当たる可能性があるからだ。

モールモッドは俺と雪菜に気が付いて、こちらに向かってもうスピードで突っ込んで来た。

雪菜は槍を構えて、モールモッドのタックルをジャンプで回避して、上から槍を突きたてた。モールモッドはそれで活動を停止した。

 

「流石だな、雪菜」

 

「いえ、それよりも他は?」

 

「壁に張り付いてるのが1体と後は学校の中だな」

 

俺が壁に貼り付いているモールモッドを剝がそうとしたら、いきなりモールモッドが落ちてきた。

俺はそのモールモッドに近付いた。モールモッドにはレイガストが突き刺さっていた。

 

「……一体誰が?……浅葱、残りは?」

 

『そ、それが……』

 

「どうした?」

 

『反応がもうないの』

 

「え?ない?もう倒されているという事か?」

 

『多分そうだと思う。活動しているトリオン兵の反応はもうないわ』

 

誰がトリオン兵を?ボーダー隊員がいたのか?謎だな。

 

「八幡先輩。どうします?この後……」

 

「そうだな……念のため、周辺警戒だな。浅葱、夜架とシノンをこっちに来るように言ってくれ」

 

『それならもう言ってあるわ。もう少ししたら到着すると思うわ』

 

夜架とシノンが来たら、ここのトリオン兵でも調べられるだけ調べてみるか。そんな事を考えていると学校の玄関の方が少し騒がしかった。

メガネを掛けた男子生徒が白髪の男子生徒に肩を貸して出てきた。

てか、白髪の男子は空閑じゃないか。そう言えば、メガネの男子は確かC級の三雲だったか?訓練で手こずっていたから覚えている。

話を聞いてみるか。

 

「……また会ったな、空閑」

 

「おお、はちまん先輩。ひさしぶり」

 

こいつはなんと言うかマイペースだな。俺は三雲の方を向いた。

 

「トリオン兵を倒したのはお前か?」

 

「は、はい。そうです」

 

「……C級のボーダー本部以外でのトリガーの使用は禁止されている……が、今回は仕方ないだろ。お前が戦わなかったら人が死んでいたかもしれないからな。でも本部で説明しないといけないな」

 

「はい。分かっています……」

 

仕方ないとは言え、少し同情してしまうな。頑張れ三雲。

 

「オサムがひらりと身をかわすとすばやく相手の背後をとって一刀両断!」

 

いつのまにか空閑が周りの生徒に三雲がどうトリオン兵を倒したのかを身体を使って説明していた。

 

「返す刀でもう一匹を串刺しに!」

 

「おお~!」

 

「プロの動きだね!」

 

生徒達は感心していた。だが、俺はそうは思わなかった。入隊日の訓練で三雲は訓練用のトリオン兵に手こずっていたのを見たからだ。

そんな三雲がモールモッドを串刺しに出来るだろうか?

答えは無理だ。なら周りに話している空閑が嘘を付いている事になる。

もしそうなら空閑はどうしてそんな嘘を付くのかが分からない?まあ、俺が気にする事では無いだろう。

その時だった。三つの影が近付いて来た。

 

「これは……もう終わっている……!?どうなっているんだ……!?」

 

「嵐山隊。現着しました」

 

三つの影は嵐山さん、時枝、木虎の嵐山隊だった。一人足りないって?気のせいだろ。嵐山隊が防衛地点から一番近かったのだろう。

 

「嵐山隊だ……!」

 

「A級隊員だ!」

 

ボーダーの顔だけあって誰もが知っているな。嵐山さんが周りを見渡して俺と目が合った。すると一直線に近付いてきた。

 

「比企谷。トリオン兵を倒したのはお前か?」

 

「違いますよ。三体の内一体は雪菜が倒しましたが、残りの二体はそこにいる三雲が倒したんですよ」

 

俺は見雲を指差した。嵐山さんは三雲に近付いた。

 

「君か……?」

 

「C級隊員の三雲修です。他の隊員を待っていたら間に合わないと思ったので……自分の判断でやりました」

 

「C級隊員……!?」

 

「C級……!?」

 

三雲がC級だと言うと嵐山さんと木虎は驚いていた。まあ、驚くよな。C級がモードレッドを二体も倒したのだからな。

 

「…………?」

 

周りの生徒は三雲が何をしたのかを分かっていなかった。ボーダーの事は知っていてもボーダーのルールまでは知らないよな。

 

「…………」

 

三雲は視線を下にして怒られる覚悟を決めて黙って待っていた。しかし嵐山さんは三雲の肩に手を乗せた。

 

「そうだったのか!よくやってくれた!!」

 

「…………え?」

 

三雲はいきなり嵐山さんに褒められたのがどうしてなのか分かっていなかった。

 

「君がいなかったら犠牲者が出たかもしれない!うちの弟と妹もこの学校の生徒なんだ!」

 

そうこの学校には嵐山さんの弟と妹がいる。この人は家族を守る為にボーダーに入隊したからな。

第一に家族だからな。

嵐山さんは生徒の中から弟と妹を見つけたようだ。二人に駆けて行った。

 

「うお~~~~っ!副!佐補!」

 

「うわっ!兄ちゃん!」

 

嵐山さんは二人に抱き着いて頬ずりをした。流石はブラコン&シスコンだな。

 

「心配したんだぞ~~~!!」

 

「ぎゃ―――!やめろ―――!」

 

嵐山さんの弟と妹は兄を必死に引き剥がそうと暴れていた。

 

「八幡先輩と嵐山さんって似ていますよね」

 

「いや、雪菜。俺はあそこまで酷くはないぞ」

 

雪菜はいきなり何を言ってくるんだ。俺がするわけ無いだろ。

 

「小町ちゃんにしないんですか?」

 

「するわけ無いだろ!したら嫌われるだろ!!」

 

「……やっぱりシスコンですね」

 

どことなく呆れている雪菜。酷過ぎるだろ、そのため息は!!

その時だった。新に二つの影が俺達の前に降りてきた。

 

「お待たせしましたわ。主様」

 

「……お待たせ。隊長」

 

「来たか。夜架、シノン」

 

二つの影は夜架とシノンだった。これで比企谷隊集合だな。

 

「嵐山さん。兄弟とのスキンシップはその辺で」

 

「ああ、すまない。いやしかし凄いな」

 

嵐山さんは倒されたモールモッドを改めて見た。見事に一撃で仕留められているな。

 

「殆んど一撃じゃないか!しかもC級トリガーで……こんなの正規隊員でも中々出来ないぞ!」

 

「いえ、そんな……」

 

「いえいえ、そんな」

 

どうして空閑が謙遜するんだ?もしかして倒したのは空閑なのか?もしかしてトリガーを持っているのか?

そんな事を考えていると嵐山さんがモールモッドを見てから木虎の方を向いた。

 

「お前なら出来るか?木虎」

 

すると木虎はスコーピオンでモールモッドを細切れにした。そこまでしなくていいと思うが、あえて言わない。

言えば、それなりに面倒な事になりそうだからだ。

 

「出来ますけど。私はC級トリガーで戦うような馬鹿な真似はしません」

 

どこか三雲を威圧するようなに木虎は言うな。三雲にライバル意識を持っているのか?

 

「そもそもC級隊員は訓練生……訓練以外でのトリガー使用は許可されていません。彼がしたのは明確なルール違反です、嵐山さん先輩。違反者を褒めるような事はしないでください」

 

やっぱりどこか三雲を威圧している?何て言うか木虎らしくないな。

 

「訓練生……?」

 

「違反者……?」

 

木虎が三雲の事を訓練生だの違反者だのいうものだから周りの生徒達が騒ぎ出した。

 

「確かにルール違反ではあるが結果として市民の命を救ったのだから……」

 

「そうです!」

 

「三雲先輩は俺達を助けてくれたんです!」

 

嵐山さんに続いて三雲を守るように生徒達が声を出した。だが、三雲は顔色が悪かった。どうしたんだ?

 

「……人命を救ったのは評価を値します。けれど、ここで彼を許せば他のC級隊員にも同じような違反をする人間が現れます」

 

まあ、出ないとは言えないよな。お調子者が今まで出てこなかったのはしっかりとルールがあったからだ。

 

「実力不足の隊員がヒーロー気取りで現場に出れば、いずれ深刻なトラブルを招くのは火を見るより明らかです」

 

木虎はビシッと三雲を指差した。

 

「他のC級隊員に示しをつけるため、ボーダーの規律を守るため、彼はルールに則って処罰されるべきべきです」

 

「……おまえ、遅れてきたのになんでそんなにえらそうなの?」

 

木虎のいう事は正しいのだろうが、それを決めるのは上層部だと思うけどな。そう思っていると空閑が口を挟んできた。

 

「……誰?あなた」

 

「『オサムに助けられた人間だよ』」

 

「おい!空閑!」

 

助けられてではなく助けたの間違いではないだろうか?そんな空閑を三雲が止めようとしたが、空閑は気にせず続けた。

 

「日本だと人を助けるのにだれかの許可がいるのか?」

 

「……それはもちろん個人の自由よ、ただし『トリガーを使わない』ならの話だけど。トリガーを使うのならボーダーの許可が必要よ。当然でしょ?トリガーはボーダーのものなのだから」

 

木虎の言う通りだが、正確には異世界の技術が元なんだよな。

 

「なに言ってんだ?トリガーは元々『ネイバー』のもんだろ」

 

「あなたは一体何を言っているの?」

 

木虎が空閑に若干ビビッているな。

 

「おまえらはいちいち『ネイバー』の許可とってトリガーを使っているのか?」

 

「あ……あなた、ボーダーの活動を否定する気!?」

 

「……てかいうか。おまえ、オサムがほめられるのが気にくわないだけだろ?」

 

「なっ……!?」

 

木虎の反応を見る限り空閑の言う通りなのだろ。分かり易いな木虎。

 

「何を言っているの!?わっ……私はただ組織の規律の話を―――」

 

「ふーん。おまえ……つまんないウソつくね」

 

空閑は木虎に少し怖いと思わせる顔で言い放った。

 



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比企谷隊⑧

「おまえ、つまんないウソつくね」

 

空閑の一言に木虎はまるでお化けでも見ているような表情をしていた。そんなに恐ろしいか?

それよりも俺は空閑の一言が気になる。

空閑は木虎の言葉に『つまんないウソつくね』と言ったのだ。どうして空閑には木虎の言葉がウソだと分かるのか。

それについてはだいたい、予想が付く。サイドエフェクトだ。

能力は『相手の嘘を見抜く』サイドエフェクトだろう。とりあえず、空閑と木虎を早く離した方がいいな。

 

「嵐山さん。後は俺達がやっておくんで大丈夫ですよ」

 

「そうか?それじゃ任せた。時枝、木虎、撤収するぞ」

 

嵐山隊が撤収準備を始めた。すると木虎が俺に近付いてきた。

 

「比企谷先輩。彼……三雲君を監視してください。本部には私が連行しますので」

 

「別に三雲は逃げたりしないだろ?監視しておく必要が無いと思うが?」

 

「それでもです!お願いしますよ!!」

 

そう言って木虎は嵐山さん達と撤収した。ホント、面倒だな。

とりあえず、今はここの事態の収拾だ。教師に指示しておくか。

 

「先生方は生徒を体育館に誘導してください!その後で生徒の確認と怪我などしていないかを見てください」

 

「は、はい!生徒は体育館に!!」

 

俺の指示を聞いて先生方の行動は迅速だった。早めにトリオン兵を倒されたのと嵐山隊が来た事で冷静になったのだろう。

そうだ。体育館に行く前に三雲に話を聞いてみるか。

 

「三雲。ちょっといいか?」

 

「は、はい!」

 

急に俺に呼ばれたので少し緊張した表情をしていた。

 

「……お前はもし今日と同じ事が起ったら同じようにトリガーを使うか?」

 

「……使うと思います」

 

「それはどうしてだ?木虎の言う通り、ヒーローにでもなりたかったのか?」

 

「……いえ、違います。僕は弱いですし、それに僕が戦うのはそれが僕にしか出来ないことだと思うからです」

 

三雲がヒーロー気取りになる事は無いな。むしろ貧乏くじを引きそうな奴だな。

 

「……そうか。引き止めて悪かったな。もう行っていいぞ」

 

「は、はい」

 

三雲は空閑と体育館に向かった。俺は夜架、シノン、雪菜の方を向いて指示を出した。

 

「これから校舎の中を確認する。安全が確認出来次第、生徒と教師を全員家に帰ってもらう。何か質問は?」

 

「ありませんわ。主様」

 

「……私もない」

 

「いいえ、ありません」

 

「よし!行動開始!」

 

「「「了解」」」

 

3人はそれぞれ散って校舎の安全確認を始めた。俺は3体目のモールモッドがいると思う階に向かった。

モールモッドが倒された階に着いた。その階だけが一番酷い有様になっていた。

 

「……やっぱりな」

 

三雲が倒したと思われるモードモッドは鋭い得物で斬られたような後を残していた。三雲が使っていたのはレイガストだ。

アレのブレードモードの切れ味はそれ程無い。なのにこのモールモッドには『鋭過ぎる』跡があった。

トリオンを調整すれば出来ないとは思えないが、入隊したての三雲にそんな芸当が出来るとは到底思えない。

 

『主様。こちら確認終わりましたわ』

 

『……こっちも終わった』

 

『私の方も終わりました』

 

「そうか。浅葱、トリオン兵の反応は無いよな?」

 

3人から安全の確認が終わったと連絡があったので最後に浅葱に確認を取った。

 

『うん。大丈夫よ。レーダーには一つも反応はないわ』

 

「そうか。生徒と教師を帰宅させる。浅葱は引き続きレーダーを頼む。3人は学校から全員が出るまで待機しておいてくれ」

 

『『『『了解!』』』』

 

俺は全員に指示を出して体育館にいる先生方に安全確認が終わったので生徒を帰して大丈夫だということを伝えた。

生徒達は帰る準備を整えて次々と帰路についた。

俺は校門付近で生徒が帰るの見ていた。一応、木虎から三雲を監視しておくように言われたからな。

三雲が空閑と一緒に歩いていた。それにしても校門の外が少し騒がしいな。有名人が着ているのか?

 

「……ホント、真面目だな」

 

校門の外にいたのは木虎だった。しかも写真を撮られていた。木虎は微妙にポーズをとっていた。

見た感じ生徒はもう8割方学校から出たな。

 

「夜架、シノン、雪菜。後、10分くらいしたら校内を見て回って誰もいないか最終確認をするぞ」

 

『『『了解』』』

 

俺は3人に指示を出した。もう少しすれば学校には誰もいなくなる。

そしたら一度、本部に戻った方がいいかもしれないな。三雲は逃げる様子は見られなかったからな。

 

「……そろそろ頃合いか。これより校内の確認を行う」

 

『『『了解』』』』

 

そろそろ10分経ちそうだったので、校内に誰も残っていないかを4人で散策した。そして誰も残ってはいないのを確認した。

と、言っても教師が確認したのを確認しただけだ。

 

「よし、確認終了」

 

『八幡!大変!!』

 

確認が終わったので本部に戻ろうとした時に浅葱から連絡がきた。その声は焦っていた。どうしたんだ?

 

「どうした?何かあったのか?」

 

『イレギュラーゲートがまた開いたのよ!しかも新型よ!』

 

「新型!?それでそいつはどこに?」

 

『街の方に居るわ!木虎ちゃんが対応しているみたい!』

 

「分かった。すぐに向かう」

 

俺は3人を連れて新型トリオン兵が出現したと言う場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は現場に到着した。そこで自分の目を疑う光景を見にした。トリオン兵が飛んでいたのだ。

 

「……トリオン兵が空を飛んでいるな」

 

「……ええ、飛んでいますわ」

 

「……凄い」

 

「……って、のんびり見ている場合ですか!?八幡先輩、指示を」

 

雪菜の的確なツッコミで意識をトリオン兵に向けた。魚に似て非なるトリオン兵は優雅に空を飛んでいた。

 

「あれは……?」

 

一瞬、トリオン兵の上で赤い何かが動いたのが見えた。気のせいか?

 

「比企谷先輩!」

 

「はちまん先輩」

 

「三雲……空閑……」

 

俺に声を掛けてきたのは木虎と一緒に本部に向かっているはずの三雲だった。てか、何で空閑がいるんだ?

それと木虎がいないという事はさっきの赤いのは木虎か。

 

「木虎はあのトリオン兵の所だな?三雲」

 

「はい。そうです」

 

木虎と言っても新型が相手では何かあったら不味いな。と言っても周辺の住民の避難もしておかないと後で、色々と言われそうだな。

 

「仕方ないな。三雲、周辺の住民の避難誘導をしろ。念のためトリガーを使え」

 

「え?で、でも流石に……」

 

三雲も流石に一日に二度も本部以外でトリガーを使うのは気が引けるか。

 

「俺が許可したと言ってもいい。それにボーダーが住民ほったらかして行くわけにもいかないだろ。三雲、お前が避難誘導をしろ。いいな?」

 

「……は、はい!トリガーオン!!」

 

三雲はトリガーを起動して避難誘導をしに行った。

 

「空閑はシェルターに避難しておけよ」

 

「うむ。そうだな。それじゃはちまん先輩」

 

空閑はマイペースだな。とりあえず、切り替えて被害が大きくなる前に仕留めるか。

そんな事を考えて新型のトリオン兵を見てみると人口密集地に何かを落した。そして爆発した。

あいつ、空爆するのか!?

 

「シノン!狙撃で出来る限り下に落ちる前に破壊しろ!夜架は木虎の援護で上からあのトリオン兵を落せ!雪菜は俺とシノンが撃ち漏らした爆弾を処理する!何か質問は?」

 

「「「ありません!」」」

 

「よし!掛かるぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

俺達はすぐに行動した。シノンは高い建物で狙撃態勢で投下されている爆弾を撃ち落したが、それで数が多くて全部は無理だった。

夜架はグラスホッパーで飛んでいるトリオン兵の上で戦っているであろう木虎の援護に行った。

俺と雪菜はシノンが撃ち漏らした爆弾を処理しにトリオン兵の下に回り込んだ。

 

「「旋空弧月!」」

 

俺と雪菜は旋空で爆弾を破壊した。新型の空飛ぶトリオン兵は円を描くように飛んでいた。そして奴が爆弾を落す所は人が集まっている場所だけのようだ。

川の上には一つも落さなかった。それどころかトリオン兵自体が落ちているような?

 

「夜架、そっちの具合はどうだ?」

 

『それが主様。このトリオン兵、落ちているようなのです』

 

「はぁ!?落ちているだと!?だったら口の中の目を破壊しろ!」

 

『出来ませんの。口を閉じてしまって!このままだと街に落ちてしますわ』

 

冗談ではない。大量の爆弾を積んでいるあいつが落ちて爆発した時には街の被害が尋常では済まないぞ。

その時だった、新型トリオン兵の身体に鎖のようなものが伸びている事に。しかもそれが引っ張っている事に。

雪菜が俺に鎖について聞いてきた。

 

「八幡先輩。あれは?」

 

「分からない。でも利用させてもらうか。夜架、上からトリオン兵の羽を切り落とせ。それでそいつは落ちる!」

 

『はい』

 

「切ったらすぐに木虎と一緒に退避しろ」

 

『分かりましたわ』

 

俺はトリオン兵の上で戦っている夜架に指示を出した。羽さえ破壊すればもう飛ぶ事は出来ないはずだ。

俺の予想通りにトリオン兵は羽を失って、鎖に引っ張られるまま川に吸い込まれていった。

 

「シールド。各員、衝撃に備えろ!」

 

トリオン兵が川に落ちて数秒後、大きめの水柱が立った。そしてその衝撃波が俺達を襲った。

その爆発の衝撃波は凄まじいものだった。これが街に落ちて爆発していれば第一次大規模侵攻とは言わないが、それくらいにはなっていかもしれない。

それにしてもあの鎖は一体何だったんだ?

 

「八幡先輩。あの鎖は何だったんですか?」

 

「……俺にも分からん。少なくとも『敵』ではないだろ。まずは状況確認だ。行くぞ、雪菜」

 

「はい!」

 

一端、鎖については置いておくとして今回の被害を把握しておくか。空閑はちゃんとシェルターに避難したのか?

しかしこの時の俺はまさか鎖と空閑が関係しているとまったく知らなかった。



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ボーダー上層部

イレギャラーゲートから出てきた新型の空飛ぶトリオン兵は謎の鎖のおかげで街への被害は最小限で済んだ。

あの鎖を使ってトリオン兵を川に落した奴が何者なのかは分からないが少なくとも敵では無いと思う。

それはさて置き、俺と雪菜は夜架とシノン、木虎と合流した。避難誘導を任せた三雲のもとに向かった。

シェルターの入り口で三雲を見つけた。見つけたはいいが、何故か周りの人達に賞賛されていた。

 

「ありがとう。あんたがいたおかげで助かったよ」

 

「ホント、そうだよ。ありがとね」

 

「ありがとね。本当にボーダーの人は凄いよ」

 

等と次々と街の人達は三雲に言っていた。三雲は褒められて照れ臭そうにしていた。あいつもそれなりに頑張ったのだからこれくらはいいだろう。

 

「ふざけるな!何が助かっただ!さっきの攻撃で家が壊れたんだぞ!」

 

「そうよ。ボーダーは何をしているの!?」

 

「こっちは大怪我をしたんだぞ。そもそもどうして街にネイバーが出るんだ」

 

褒めた次は非難の声が上がった。無理もない事だ。ボーダーがいながら街に被害をだしてしまったのだから。

すると木虎が三雲の前に出た。

 

「ネイバーによる新手の攻撃です。詳しくは近々ボーダーから発表があると思うます。損害の補償に関する話はその時に」

 

街の人達はどこか納得してなかったが、渋々散っていた。俺は三雲に近付いた。

 

「ご苦労さんだったな。三雲」

 

「い、いえ。僕は……」

 

「お前が避難誘導してくれたから人的被害は最小限に抑えられた。そこは誇っていいと思うぞ」

 

今回の三雲の働きは賞賛できるものだろう。こいつの働きがなかったら人が死んでいたかも知れない。

そう考えてしまうと目覚めが悪くなる。

 

「そうだぞオサム。オサムはよくやった」

 

「空閑……」

 

いつの間にか空閑そこにいた。いつの間に来たんだ?まあ、それはさて置き、街の人達の護衛を付けた方がいいな。

 

「夜架、シノン、雪菜。お前らは街の人達を避難所まで護衛してくれ。俺は本部に戻って今回の事を報告してくるから」

 

「「「了解!」」」

 

3人に指示して俺は木虎、三雲と共に本部に向かった。一先ずこれで終わったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本部に戻った俺は忍田本部長に報告書を出して、戻ったと連絡が来た夜架、シノン、雪菜の3人と合流しようとした。

その時だった。あの男と出会ってしまったのは……。

 

「待っていたぜ。比企谷」

 

「うげぇ……迅さん」

 

本部でこの人と会うなんて、どうせ面倒な事になりそうだな。てか、さっき待っていたぜと言わなかったか?迅さん。

 

「そう嫌そうな顔するよ。俺、城戸さんに呼ばれているんだ。比企谷、付いて着てくれ」

 

「え?どうしてですか?」

 

「いや~『比企谷も連れて言った方がいい』って俺のサイドエフェクトが言っているんだ」

 

出たよ。迅さんのお決まりのセリフ。それを聞いたらもはや嫌な予感しかしない。

 

「……どうしてもですか?」

 

「どうしてもだ。それじゃ行こうか」

 

俺は迅さんに捕まり、そのまま指令室に連れて行かれた。行きたくは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迅さんに連れられて指令室に向かっていると俺と迅さんの前をある人物が箱に入った資料を運んでいた。

迅さんはその人物の尻を触った。

 

「ぎゃっ!……迅君!」

 

「やー沢村さん。今日もお美しい」

 

沢村響子。

ボーダー本部長補佐で迅のセクハラに悩まされる女性だ。忍田本部長に好意を寄せているが、任務優先のために隠し続けている。

元隊員でアタッカーだったが、現在は本部運営に転属し、防衛任務での経験を活かし現場隊員へのサポートを行っている。

 

「最低!最悪!セクハラは犯罪よ!両手が塞がっている所が狙うなんて!比企谷君、居るなら止めてよ!」

 

「……いや~この人を止めると後で面倒な事になりそうなので、沢村さんが犠牲になってもらおうと思いまして……すいません」

 

「謝るくらいなら止めて!」

 

そうは言うがボーダーで迅さん以上に面倒な人はいないからな。この人がやる事に一々相手にしていたらきりがない。

 

「まあまあ」

 

迅さんは沢村さんが持っていた箱を代わりに持った。

 

「お詫びにこれ持つよ。沢村さんも『上』行くでしょ?」

 

「…………その程度ですむかっ!」

 

「あだっ!?」

 

沢村さんは迅さんの足を思いっきり蹴った。是非、俺の分も蹴ってやってください。

迅さんと沢村さんの後を俺は少しだけ距離をおいて指令室まで付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迅悠一。お召しにより参上しました」

 

迅さんはそう言って会議室に入った。それなりに人がいた。

城戸指令、忍田本部長、鬼怒田開発室長、根付メディア室長、唐沢営業部長、林藤支部長に何故か三輪の姿までもがあった。そして三雲もいた。

それにしても木戸指令と三輪が並ぶと怖さ四割増しだな。怖い。

 

「おっ!君は?」

 

「あ……三雲です」

 

「ミクモ君ね。俺、迅。よろしく」

 

会議室に入るなり迅さんは三雲に話しかけた。迅さんの様子を見るに三雲とは初対面なのか?

でも迅さんは推薦までして三雲をボーダーに入れたんだぞ?なのに初対面なわけがない。どういう事なんだ?

 

「さっきぶりだな三雲」

 

「どうも。比企谷先輩」

 

「お前、迅さんと知り合いじゃないのか?」

 

「えっと……前に警戒区域に入った時に助けてもらった事があるだけです」

 

「そうか……」

 

迅さん。民間人の記憶処理していないのか!?後で問題になったりしないよな?巻き込まれないか心配だ。

 

「揃ったな。では本題に入ろう。昨日から開いているイレギュラーゲートの対応策についてだ」

 

城戸指令がそう切り出した。そもそも俺は必要ない気がするんだが?もう出られる空気ではないな。諦めるか。

 

「待ってください。まだ三雲君の処分に結論が出ていない」

 

城戸指令がイレギャラーゲートの話をしようとしたら忍田本部長が三雲の処分で待ったを出した。

てか、三雲の処分まだ出ていなかったのか。

 

「クビだよクビ。重大な隊務規定違反、それを『一日に二度』だぞ?」

 

「……あの~鬼怒田さん。ちょっといいですか?」

 

「なんだ?比企谷」

 

鬼怒田さんがまだ俺のした報告を知っていていないので一応言っておくか。

 

「三雲の二度目のトリガー使用は俺……自分が許可しました」

 

「何!?」

 

「……比企谷隊長。説明を」

 

鬼怒田さんが驚き、城戸指令からは説明を求められた。もしかしたら迅さんはこうなる事が分かっていたから俺を連れてきたのだろ。

 

「……はい。今回の新型トリオン兵は飛行する今までに見た事がないものでした。嵐山隊の木虎だけでは対処が難しいと思い、比企谷隊全員で当たりました。そうすると住民の避難などが出来なくなってしまいます。それで訓練生の三雲に住民の避難誘導を頼みました」

 

「……そうか。その事は報告書には?」

 

「もちろん。書いています」

 

「……なるほど」

 

城戸指令は顔の傷を触りながら俺を見ていた。いや、少し睨んでいるように見えるな。怖っ!?

 

「だが!一回目は隊務規定違反なのは変わらない!」

 

「それに他のC級隊員にマネされても問題ですし、市民に『ボーダーは緩い』と思われたら困りますしねぇ」

 

鬼怒田さんはテーブルに手を叩き付けて、根付さんは市民への対応を口にした。市民の信頼があってこそだからだな。ボーダーは。

 

「そもそもコイツのようなルールを守れないやつを『炙り出す』ためにC級にもトリガーを持たせとるんだ。バカが見つかった。処分する。それだけの話だ」

 

鬼怒田さん。ばっさりするようだな。俺も流石に上層部には逆らえないからな。

 

「おお、すごい言われようだな」

 

「…………」

 

三雲があれだけ言われているのに迅さんは助ける素振すら見せないな。三雲をボーダーに入れたのは迅さんだよな?じゃあ、どうして助けない?

 

「私は処分に反対だ。三雲君は市民の命を救っている」

 

「ですが、ネイバーを倒したのは木虎君と比企谷隊なのでしょう?」

 

「その木虎が三雲君の救助活動の功績が大きいと報告している」

 

迅さんの代わりに忍田本部長が三雲を庇っている。迅さんはやっぱり助ける気がない様に見える。

それにしてもあの木虎が三雲の事を評価しているとはちょっと驚きだ。

 

「さらに比企谷隊と嵐山隊の報告に寄れば三門第三中学校を襲ったネイバーを単独で撃退している。隊務規定違反とはいえ、緊急時にこれだけ動ける人間は貴重だ。彼を処分するよりB級に昇格させてその能力を発揮してもらう方が有意義だと思うが?」

 

「……本部長の言う事には一理ある……が、ボーダーのルールを守れない人間は私の組織にはいらない」

 

忍田本部長の三雲を庇うような言葉を城戸指令はばっさりと言い放った。

 

「三雲君。もし今日と同じような事が起こったら君はどうする?」

 

「……!それは…………目の前で人が襲われていたら……やっぱり助けに行くと思います」

 

城戸指令の質問に三雲は少し考えてから答えた。その答えを聞く限り、正義感が強いのか、ただのバカなのかどっちか分からないな。

でもこれはいい機会かもしれないな。迅さんがどういう訳で三雲をボーダーに入れたのか。しっかりと見ておくか。

 




来年の更新は1月8日の予定です。

未定ですけど、来年から更新速度が遅くなる可能性があるので。

出来る限り更新していくのでよろしくどうぞ。

では良い御年を


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ボーダー上層部②

少し遅いですが、新年明けましておめでとうございます。

今年もどうぞ。よろしくお願いします。



三門第三中学校に開いた際に訓練生の三雲がトリガーを使用してトリオン兵を倒した件とその後すぐに開いて出てきた飛行型のトリオン兵の攻撃から市民を避難させるために三雲は二度目のトリガーを使用した。

と、言っても二度目は俺が許可した事を言ったが、一度目が許可なしだったので流石に俺でも上手い良い訳が思いつかない。

上層部が集まった会議室はなんとも言いがたい重たい空気になっていた。

 

「三雲君の話はもう良いでしょう。今はイレギュラーゲートをどうするかです!」

 

三雲の話が決着する前に根付さんがイレギュラーゲートの話に切り替えた。根付さんとしてもメディアへの対応をしないといけないからな。

 

「先程の爆発で分かっているだけでも10人くらいが死亡。重軽傷者は比企谷隊のおかげで50人くらいに……建物への被害も少なくすんでいる。ですが、これは第一次ネイバー侵攻以来の大惨事ですよ!」

 

流石に死亡者が出てしまったか。俺とシノンだけで落されている爆弾を全て破壊する事は出来ないからな。

これをメディアが相当叩いてくるな。

 

「このままでは三門市を去る人間も増えるでしょう。被害者への補償も大変な額になりますよ。ねえ唐沢さん」

 

「いや、金集めは私の仕事ですから言ってもらえれば必要なだけ引っ張ってきますよ」

 

根付さんに話掛けられた唐沢さんはそれなりの仕事をしてきているので問題ないかのように言っているが、大丈夫なのだろうか?

 

「しかし今日みたいな被害が続くと流石にスポンサーも手を引くかもしれませね。開発部長」

 

「……それは言われんでも分かっている。しかし開発部総出でもイレギャラーゲートの原因が掴めんのだ」

 

今だ、イレギャラーゲートの原因は分からないのか。そう言えば、イレギャラーゲートが開くようになって材木座からくだらん小説が来なくなったな。

まあ、俺としてはそれは有り難いがな。それでもイレギャラーゲートの原因は早めに見つかった方がいいな。

 

「今はトリオン障壁でゲートを強制封鎖しているが……それも後、46時間しか持たん。それまでにどうにかせんと……」

 

……後、46時間が限界か。二日ない中で原因を特定して排除しないとダメか。

それにしても迅さんは会議そっちのけでスマホで何か見ているな?何を見ているんだ?

 

「……で、お前が呼ばれたわけだ。やれるか?迅」

 

「もちろんです。実力派エリートですから」

 

林藤支部長に言われて迅さんは明るい笑顔で答えた。迅さんの明るい笑顔が妙に腹立たしいな!!おい!

 

「……どうにかなるのかね!?」

 

「任せてください。イレギャラーゲートの原因を見つければいいんでしょ?」

 

迅さんは自信満々に根付さんに言ってきた。流石だと思う反面、何を考えているのかが分からないから面倒だ。

すると迅さんは三雲の横に立ち、肩に手を置いた。

 

「その代わりと言っちゃなんですけど、彼の処分は俺に任せてもらえませんか?」

 

「……彼が関わっていると言う事か?」

 

「はい。俺のサイドエフェクトがそう言っています」

 

迅さんは城戸指令に毎度お馴染みのセリフを言ったよ。だけど、城戸指令は……

 

「……いいだろう。好きにやれ」

 

「城戸指令……!?」

 

「解散だ。次回の会議は明日の21時よりとする」

 

城戸指令は誰の反論も出させないまま会議は終了した。やっと終わったよ。

時間も時間だし今夜は作戦室で仮眠でもするか。イレギュラーゲートの所為でここ二、三日は本部に詰めていないといけにようだしな。

 

「比企谷隊長。ちょっと、いいか?」

 

「……はい。何ですか?忍田本部長」

 

部屋を出ようとしたら忍田本部長に呼びとめられてしまった。何だろうか?

 

「君は今回のイレギュラーゲートをどう思う?」

 

「……どう思うとは?」

 

「直感でいい。聞かせてくれないか?」

 

忍田本部長としても出来る限りの事はしたいという事なのだろう。

 

「……分かりました。今回のイレギュラーゲートですけど、その全てがボーダー隊員がいる側で開いています。その事から『隊員』と『ゲート』には何かしらの関係があると思います」

 

「関係が?それは一体何だと思う?」

 

「そこはなんとも言えないですけど、1、2回なら怪しいとは思いませんけど。これまで開いたイレギャラーゲート全ての側にボーダー隊員が居ると言うのは怪しいと思います」

 

「……『隊員』と『ゲート』とには何かしらの関係があるか……一応、鬼怒田室長に言っておこう。呼び止めてすまなかったな」

 

「いえ、自分はこれで……」

 

俺は今度こそ、部屋をでようとした。その際にちらっと迅さんを見た。

何やらスマホを根付さんに見せてあれやこれや話していた。まあ、俺には関係無いと思うしいいか。

 

「……作戦室に戻るか」

 

「ちょっと待ってくれ。比企谷」

 

部屋を出てすぐに迅さんに呼び止められてしまった。今度は迅さんかよ、一体何の用だよ、この人は。

 

「……何ですか?迅さん」

 

「そう不機嫌そうな顔をするなよ。目が濁るぞ?」

 

「余計なお世話です。それに今はメガネで隠しているんで問題ありません」

 

まったく何なんだ?用がないなら早く行きたいんだがな。

 

「それで何ですか?わざわざ呼び止めて」

 

「ああ、実は頼みがあってな」

 

「頼み?迅さんが俺にですか?」

 

怪しいな。あの迅さんが俺に頼みとか、怪しさありまくりだな。まあ、何か知らないが聞くだけ聞いておくか。

 

「……それで俺に何をさせる気ですか?まさか上層部と戦えって言わないですよね?」

 

「ああ、そうだ。と、言っても最初に戦うのは太刀川さん達だと思うけど」

 

「…………はぁ!?……迅さん。冗談ですよね?」

 

「いや、マジ」

 

「…………」

 

開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。目の前の人物は何を言っているのか、俺には理解出来なかった。

組織のトップに立つ人物達にケンカを売ろうとしているのだ。迅さんは……。

 

「……迅さん。良い病院の脳内科を見つけてきますんで、じっとしていてください」

 

「いや!別に頭はどこも可笑しくはないから。上層部と戦う事はこれからのボーダーにとって大事な事なんだよ」

 

「……具体的にも聞いていいですか?」

 

正直な所、迅さんにこの手の説明を求めても答えてくれない場合が殆んどだ。迅さんは少し考える素振を見せた。

 

「そうだな……ボーダーの戦力強化と言った所かな」

 

「……戦力強化、ですか?それは近い内に大きな戦いがあると見ていんですか?」

 

「ああ。それと前に比企谷に言った、欲しい物が手に入るぜ」

 

そう言えば、前に迅さんが言っていたな。随分前だったから忘れ掛けていた。

 

「……なるほど。これでようやく分かりましたよ。どうして迅さんが俺を遠征部隊の訓練に参加させたのかが」

 

「流石、比企谷だな。察しが良くて助かるぜ」

 

迅さんがどうして俺を遠征部隊との訓練に参加させたのかが、今日ようやく分かった。つまりあの戦いはこの時のための予行練習と言った所だろう。

A級部隊の戦術はある程度、頭に入ってはいるが実際に闘ってみるのではまったく違う。

 

「……ホント、迅さんって性格悪いですよね。ある意味、捻くれている俺より」

 

「褒めてもぼんち揚げしかあげる物がないけど、食べるか?」

 

「……いえ、褒めてませんし皮肉ですから。でも戴きます……」

 

俺は迅さんからぼんち揚げを袋ごと貰った。ぼんち揚げは好きだ。ボリボリと食べるのがいい。

 

「それじゃ俺からはこれを……」

 

俺は上着のポケットに入れておいたMAXコーヒーを迅さんと三雲に渡した。

 

「あ、ありがとうございます。比企谷先輩」

 

「メガネ君、気をつけろ。このコーヒーはもの凄く甘いぞ」

 

「甘いんですか?」

 

「ああ、メガネ君が想像している十倍は甘い」

 

「じゅ、十倍……」

 

三雲は迅さんの言葉に驚愕していた。何故?そんな顔をする?分からん。

 

「では、迅さん。今度こそ俺はこれで……」

 

「ああ、またな」

 

「お疲れ様です」

 

俺は迅さんと三雲の二人から別れて比企谷隊の作戦室に向かった。今夜はそこで仮眠をしてから学校に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、八幡。お帰り」

 

「え?浅葱!?」

 

俺が比企谷隊の作戦室に入ってみると何と浅葱がいた。しかもエプロンを着て料理していた。

まさか、炒飯を作ってはいないだろうか?

 

「お帰りなさい。八幡先輩」

 

「雪菜。お前も残っていたのか?」

 

「私だけじゃありませんよ。夜架先輩にシノン先輩もいます」

 

雪菜は部屋の奥を指差したので見てみるとそこには夜架とシノンが格ゲーをしていた。

 

「どうしてまだ本部に居るんだ?防衛任務はとっくに終わっているだろ?」

 

「八幡を待っていたのよ。最近、他の隊の防衛任務で時間が合わなかったから今日は皆で一緒に帰ろうって思ってね」

 

俺の疑問に浅葱があっさりと答えてくれた。なんかちょっと嬉しいな。

 

「八幡。お腹空いていない?」

 

「まだ食べていないからな」

 

「夜食を作ったから皆で食べるわよ」

 

そう言って浅葱はキッチンに戻って行った。まさか新作の炒飯を食べさせる気ではないだろうか?

胃薬、あったかな?

 

「大丈夫ですよ。八幡先輩」

 

「……何が大丈夫なんだ?雪菜」

 

「浅葱先輩が作ったのは炒飯ではなくてサンドイッチですから」

 

「そうか。それは大丈夫だな」

 

炒飯ではなくて良かった。俺達は浅葱の作ったサンドイッチを食べてから毛布を出してそれぞれ仮眠を取る事にした。

流石に時間が時間だったので、全員で作戦室に泊まる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン!

 

比企谷隊の作戦室で仮眠をしていたら部屋の呼び鈴が鳴ったので眠い中、訪問者を確認した。

 

「一体誰だよ?こんな朝早くから……」

 

「よお、比企谷。おはようさん」

 

扉を開けてみるとそこには昨日会ったばかりの男がぼんち揚げを片手に持って挨拶してきた。どうしてこんな朝早くから来たんだ!アンタは!!

 

 



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迅悠一

更新が遅くてすいません。

色々と面倒事が立て込んでいて更新が遅くなりました。

更新回数が減ると思いますけど、頑張って行くのでこれからも読んでいってください。


イレギュラーゲート。C級隊員三雲修のボーダー外でのトリガーの無断使用。

この二つの件は玉狛のS級隊員の迅悠一で発言で会議はすんなりと終わった。迅さんはある程度は検討が付いているのだろうか?

そして会議が終わった時に俺は迅さんに上層部と戦うから力を貸してくれと言ってきた。それを聞いた時、『この人頭大丈夫か?』と本気で心配してしまった。

どうにも上層部と戦う事がボーダーの戦力強化に繋がるらしい。

 

その『鍵』を握っているのが三雲修だ。迅さんが推薦してまでボーダーに入隊させた人物がどのように関わっているのかはこれから分かるだろう。

そして会議が終わって比企谷隊の作戦室で寝ていた所、翌日の朝早くから訪問者が現れた。しかも嫌な人物だ。

 

「いや~外が寒くて凍え死ぬところだったぜ」

 

「……そうですか。ても、ここでなくてもいいと思うんですけど?迅さん」

 

朝早く比企谷隊を訪れたのはセクハラ常習犯……ではなくボーダーで二人しか居ないブラックトリガー持ちの迅さんだ。『ブラック』繋がりで砂糖もミルクもないブラックコーヒーを指し出した。

 

「……なんだか今、失礼な事を考えなかったか?」

 

「気のせいですよ。セクハラ野郎」

 

「やっぱりそんな事を考えていたのか!?」

 

「そんな事はどうでもいいで、本題に入ってください。追い出されますよ?主にウチの女子達に……」

 

「……え?」

 

比企谷隊の特に浅葱とシノンの迅さんを見る目が怖い!!以前、セクハラされた経験があるからな、あの二人は。

夜架と雪菜にはない。夜架はそう簡単に背後は取らせないからだ。雪菜の場合は本気で捕まるから迅さんはやらないらしい。

 

「……迅さん。もう一度、やるなら容赦はしませんから」

 

「……迅さん。次やったら頭を撃ち抜くから」

 

浅葱とシノンがギラついた目で迅さんを睨め付けていた。流石の迅さんも少し震えていた。これは怖いよな。

てか、シノンに関してはトリオン体に換装してイーグレッドを構えているし!?

 

「とりあえず、落ち着けな二人とも。それでいい加減、話してくれませんか?」

 

「……あ、ああ。実はこれからメガネ君と合流してイレギュラーゲートの原因を知っている人物に会う事になっているんだ」

 

「イレギュラーゲートの原因が分かったんですか!?」

 

それは嬉しいな。24時間、常に警戒していたから気が緩む時がないから少しずつストレスが溜まっていた所だ。

それにしても誰が原因を知っているんだ?

 

「ああ。だから昼から大掃除をするから本部に居てくれよ。いつでも出られる様にな」

 

「分かりました」

 

「それじゃ俺はメガネ君に会いにいかないといけないから。またな……あ、それと比企谷の試作トリガーを少し調整しておいた方がいいぞ」

 

そう言って迅さんは比企谷隊の作戦室から出て行った。ブラックコーヒーをしっかり飲んでいた。

 

「……はぁ~ようやく出て行ってくれたわ」

 

「……うん。次は撃ち抜く……」

 

浅葱とシノンの目が怖いな。目が腐って見える俺が言うのはどうかと思うけどな。

 

「でも誰なんですかね?イレギュラーゲートの原因を見つけた人って?」

 

「だよな?でもボーダーの人間では無いだろ」

 

雪菜の質問はもっともだ。それに対して俺はボーダーの人間ではないと応えた。もしボーダーの人間ならとっくに報告してそうだからだ。

迅さんが動く必要は無い。つまりボーダーの人間ではないと思った。

 

「一応、解散して昼前に集合って事で」

 

「分かったわ」

 

「承知しましたわ。主様」

 

「……うん。分かった」

 

「はい。分かりました」

 

4人はそれぞれ帰路についた。だが、俺は帰らなかった。開発室に行って試作トリガーを材木座に少し調整してもらうためだ。

早めに終わらせよう。でないとくだらない小説を読まされる。

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……よく来たな我が盟友よ!!」

 

開発室に入ると材木座がまたワケの分からないポーズを取っていた。今すぐ弧月で三枚に下ろしたい。

 

「さっさと試作トリガーの調整をしろ。でないとお前の小説をネットに晒すぞ?」

 

「ま、待つのだ!八幡よ!!や、奴らは容赦がないのだ!?ネットに晒されたら我、死んじゃう!!」

 

「それが嫌だったらさっさとしろ」

 

「わ、分かったから晒すのだけはやめて!!」

 

材木座は超特級で作業を始めた。よほどネットに自分の小説を晒されるのが嫌のようだ。

これは使えるな。今度、材木座をおど……頼みをする時はこいつの小説をネットに晒す準備をしておかないとな。

それから10分くらいでトリガーの調節は終わった。迅さんがこれを調整しておけと言っていたのでこれを近々、使うのだろう。

そう言えば、もうそろそろだな遠征隊が戻ってくるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迅さんが比企谷隊の作戦室から出て行ってから約2時間が経った頃、ついにイレギュラーゲートの原因が判明したようだった。

俺の予想通り原因はやはりトリオン兵だったようだ。それも小型の偵察用トリオン兵『ラッド』と言う名前らしい。

俺は開発室から作戦室に戻ってきた。他のメンバーはまだ来ていないのだろうか?

 

「……ただいま」

 

「あ、八幡。おかえり」

 

「浅葱。もう来てたのか?」

 

出迎えてくれたのは浅葱だった。ホットMAXコーヒーを差し出してきたので飲んだ。暖まるな。

 

「他のメンバーは?」

 

「まだ来ていないわ。私が一番」

 

「そうか。ホット、サンキューな」

 

「そう言えば、八幡。命令は聞いた?」

 

「ああ。迅さんが言っていた大掃除の命令書だよな?」

 

「そう。それ!それと今回のイレギュラーゲートの原因はトリオン兵だって。これ画像ね」

 

浅葱が見せてくれたトリオン兵の画像を見た。見た目はもろ虫だな。コイツが原因か。

俺はいつでも出撃出来るように準備だけでもしておくか。それから約30分で他のメンバーは集まった。

 

「それにしてもこんな小さいのが数千とか徹夜確定だな……」

 

「まあ、それだけでイレギュラーゲートの問題を解決出来るんだから易いものでしょ?」

 

「確かに……そろそろ時間だな。浅葱、よろしく」

 

「ええ。それじゃ行ってらっしゃい」

 

そしてトリオン兵『ラッド』をボーダー隊員総出で駆除に当たる事になった。攻撃力を持たない小型だがレイダーで判明した数が数千体いるらしい。

そのため回収要員としてC級隊員にも召集が掛かった。

 

「八幡先輩。聞いてもいいですか?」

 

「どうした?雪菜」

 

駆除する担当の地区に移動中、雪菜が聞いてきた。なんだろうか?

 

「今回、C級隊員も参加するとの事ですけど。必要なんでしょうか?」

 

「それは必要だろ。倒した後、一体誰が回収すると思っているんだ?今いるA級とB級だけだと回収だけで数日は掛かる。だけど、C級も加えれば半日あれば全部回収出来るだろ」

 

「なるほど。確かにそうですね。回収が大変ですもんね」

 

雪菜はどうやら納得したようだ。今回の作戦でC級の外でのトリガー使用が見直されるだろうな。それが良いのか、悪いのかはまだ分からない。

今後、大規模侵攻があればC級に避難誘導させてA,B級は戦闘に専念出来るだろうな。

 

「ここが俺達の担当地区だな。雪菜、そろそろ準備しろ」

 

「はい!」

 

俺達比企谷隊の担当地区に到着した。夜架もシノンも準備は大丈夫そうだな。

 

「浅葱。C級はどうなんだ?」

 

『C級隊員も準備は大丈夫よ。倒した所から回収の指示を出すから』

 

「分かった。それじゃ始めるか。夜架、シノン、雪菜。やるぞ」

 

「はい。主様」

 

「了解。隊長」

 

「はい。先輩」

 

ボーダー総出の小型トリオン兵『ラッド』の駆除が始まった。流石にボーダー隊員総出でやっているだけあって順調に『ラッド』を駆除出来ていた。

夜架、シノン、雪菜の三人も順調に倒していっていた。

しかし『ラッド』は小型で今までにこれほど小さいトリオン兵を倒した事がなかったのか、数が少なくなってくると素早いので見つけ難いので大変だった。

 

「バイパー」

 

『C級隊員はラッドの残骸の回収を。座標は送るので確認して』

 

8×8×8の512のバイパーの弾で俺は『ラッド』を次々と命中させた。動きを先読みしているので外れる事はあまりない。

浅葱の指示を聞いてC級隊員が次々と俺達が倒した『ラッド』を回収していく。

それにしても数が多いとは聞いていたが、本当に多いな。

 

「お前ら大丈夫か?」

 

「はい。問題ありませんわ、主様」

 

「うん。大丈夫よ」

 

「これくらいなんて事ありません」

 

俺の気遣いは無用だったようだ。このペースなら朝方には終わりそうな勢いだった。一応、駆除の様子はテレビに中継されていた。

まあ、映っているのは嵐山隊だけだけどな。頑張れ嵐山隊。

 

「もう少しだ。もうひと頑張りしますか」

 

「はい。主様」

 

「……もう少し」

 

「頑張りましょう」

 

それから朝方まで駆除は続いた。トリオン体だから体力は大丈夫だが、精神面が疲労しているな。

 

『よーし。作戦終了だ。みんな、よくやってくれた。お疲れさん』

 

迅さんからの終了の通信が入った。ようやく通常運転に戻るな。家に帰って思いっきり寝たい。

でも現実は甘くはなかった。報告書を書かなくてはいけない。

しかも俺は隊長なので隊員のを見直してから提出しないといけないのでMAXコーヒーを20本まとめ買いしてそれを飲みながら報告書を書いた。

 



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迅悠一②

イレギュラーゲートの原因だったトリオン兵の『ラッド』の駆除をボーダー隊員総出で行ったおかげで朝方までに片付ける事が出来た。

A、B級の活躍もあったが、俺は今回の作戦で一番頑張ったのはC級だと思う。数千体のラッドの残骸を回収したからだ。

これまでのトリオン兵は大きいのと数が少なかったからよかったからな。

これでイレギュラーゲートに悩まされる事は無くなり通常運行に戻った。それとC級の外での活動の見直しがあって、今後大規模侵攻などの場合のみにC級隊員の外でのトリガー使用が認められた。

 

少しずつだが、ボーダーは変わってきているのかもしれないな。変わってきていると言えば、『変える』事に拘っていた雪ノ下はどうしているだろうか?

実際のところ、あの女がこのままでいるとは微塵も思っていない。何かしらのアクションはあると覚悟している。

それに平塚静もだ。あの独身暴力駄目人間も雪ノ下と同様に何か仕掛けてくるかもしれない。

一応、用心はしている。浅葱に頼んであの人の事は監視してもらっている。今は就職活動と結婚活動の両方で忙しいらしい。

まあ、今は気にしなくても大丈夫だろ。おっと、迅さんと待ち合わせをしているんだった。

 

『ラッド』の駆除が終わって報告書を提出した後、迅さんから連絡が着て合流してくれと言ってきた。

なので俺は今、迅さんの指定されたビルに向かって歩いていた。

どうして待ち合わせの場所がビルの屋上なのか謎だがもう疑問も思わないようにした。どうせ迅さんにはぐらかせてしまうからだ。

そんな事を考えていると目的のビルに到着した。階段を上がって屋上に出た。

 

「お、比企谷。こっちだこっちだ!」

 

「……迅さん」

 

迅さんはある方向を見てぼんち揚げを食べていた。ぼんち揚げを俺に指し出してきたので俺はそれをボリボリ食べ始めた。

 

「それで?ここに何があるんですか?」

 

「ここには何もないけど?」

 

「何も無いのかよ……」

 

ならここを待ち合わせの場所に指定していする必要はなかったと思うが?すると迅さんはある場所を指差した。

そこは廃駅だった。名前は確か……弓手駅?だったような気がするな。

俺はそこに人影を見たのでサイドエフェクトで視力を上げてその人影を見た。そこには三雲と空閑、それと雨取千佳の姿があった。

 

「なんで雨取千佳が……」

 

「何だ比企谷。あのおかっぱの女の子の事、知っているのか?」

 

「……ええ、まあ。鳩原さんの失踪の件に関わっている一般人の身内ですよ」

 

「へぇ~そうか」

 

それにしてもどうして雨取が三雲と空閑と一緒に居るんだ?しばらく観察していると雨取の目の前に巨大なトリオンキューブが出現した。デカッ!?

何だ、あれは?

しばらく観察していると三人に近付く人影が二つあった。

 

「……ん?三輪と米屋……?どうしてあの二人が?」

 

「城戸さんからの命令で遊真を殺しに来たんだよ」

 

「……なるほど。三輪と米屋は空閑に返り討ちに遭うんですか?」

 

「よく分かったな?」

 

「迅さんがここでじっとしているからですよ。空閑と会っている貴方が空閑のこの『未来』を見ていない筈が無い。そう考えただけです」

 

迅さんは相手の顔さえ見れば、その人間の未来が見える。逆に顔が見えないと未来は見えない。迅さんは空閑とはすでに会っているはずだからこの『未来』が見えていたはずだ。

それにしても三輪と米屋が居ると言う事は奈良坂と古寺も近くに居るな。

 

「……あ、居た」

 

少し離れたビルの屋上に奈良坂と古寺の姿を捉えた。二人はまだ撃ってはいなかった。俺は迅さんの方を向いた。

 

「……それでいつあそこに行くつもりですか?」

 

「まだ行かない。終わり辺りかな?」

 

「そうですか……」

 

再び駅に目を向けると空閑が黒い服に換装した。あれが空閑のトリガーか、格好良いな!黒色で宇宙服みたいでちょっと中二心が刺激されるな。

三雲は雨取と離れた。するとそれが開始の合図かのように米屋が空閑に不意打ちをしかけたが、空閑は簡単に避けたがそれでは米屋の槍は回避し切れていない。

空閑の首からトリオンが漏れ出した。

 

「初見で米屋の槍は避け切れなかったか……」

 

それにしても流石は三輪隊だな。連携が抜群だ。三輪か米屋のどちらかが常に空閑の背後を取っている。

それに上に大きく跳べば、奈良坂と古寺の狙撃が待っている。これは思わずいい勉強になるな。

比企谷隊はまだこれほどの連携は取れないからな。個人の強さが目立つから連携でお互いにカバー出来るようになれば、負けない無しになるだろう。

 

「……なんとなく分かってきましたよ」

 

「うん?何が分かったんだ?比企谷」

 

「貴方が三雲を推薦までして入隊させたのか、ですよ。迅さんは三雲と出会った時に三雲が空閑……ネイバーと出会って友好な関係を築く事を見たんですね?」

 

三雲をボーダーに居させれる理由はずばり空閑だ。あのお人好しが空閑と友好的な関係を築く事を見越して居させたのだ。

この後の展開も大体、読めてきたな。

 

「つまり迅さん。貴方は空閑をボーダーに入隊させるために三雲の肩を持つんですね?」

 

「まあ、それもあるかな?」

 

「……他にも理由があるんですか……?まあ、今はいいですよ。いずれ分かる事ですし」

 

「まあ、そういう事だよ。そろそろ奈良坂達の所に行くかな。あ、比企谷は付いて来なくていいから。まだ秀次達に俺と比企谷が繋がっている事を知られたくないかな」

 

なるほど。今後のために俺達の関係は秘密と言った所か。まあ、別にいいけど。

 

「とりあえず比企谷は玉狛に行ってくれ。今後の話とかしたいからさ」

 

「分かりました。もう少し見てから玉狛に行きます」

 

「あ、それと玉狛に行く前にどら焼きを全員分買っておいてくれないか?」

 

「分かりましたよ。貸しにしておきます」

 

「菓子だけに、な」

 

……この人をマジで殴りたい。寒いオヤジギャグを聞きたくて言ったわけでは無い!!迅さんはすぐに奈良坂と小寺が居るビルに向かった。

俺は空閑と三輪達の戦闘を見る事にした。

三輪が空閑に『鉛弾』を撃った。あのトリガーは重りにトリオンを結構使っているから射程があまり無い。

だから当てるなら相手の近付かないと当たらない。

 

「……ヤバイだろ、これは……」

 

『鉛弾』を喰らった空閑はついに膝をついた。それを好機と思ってか三輪と米屋が同時に仕掛けた。

だが、空閑は特に焦っている様子は見れなかった。それどころか空閑は笑っていた。

あれは勝機見い出した者の笑みだ。

空閑の目の前に円が何重に描かれたものが出たと思ったらそこから黒い弾丸のようなものが三輪と米屋に直撃した。

 

「……あれはまさか……」

 

三輪と米屋に直撃したのは『鉛弾』だった。どうして空閑のトリガーに『鉛弾』が?ボーダーと同じトリガーを持っていたのか?

だとしたら最初に使っても良かった筈だ。なら使わなかった?

 

「……使えなかった……?三輪のを受けて使えるようになった?」

 

だとすると空閑のトリガーは相手から受けたトリガーの能力をコピーする事が出来るものか?しかも威力は空閑本人の思いのままか。

敵なら厄介だが、味方なら心強いな。

『鉛弾』を返された三輪達の前に迅さんが現れた。何か話していると三輪はベイルアウトした。米屋と奈良坂と古寺は徒歩で本部まで帰るようだった。

迅さんは三雲、雨取、空閑を連れて玉狛に向かうようだな。それにしても雨取も一緒のようだな。

 

「俺も玉狛に行くか。あ、でもその前にどら焼きを買っておかないとな」

 

迅さんに言われたどら焼きを買うために俺はビルを降りて良い所のどら焼きの店に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どら焼きを買った俺はすぐに玉狛に向かった。迅さんはもう帰ってるだろうか?とりあえず入るか。チャイムを押した。

 

「は~い。ちょっと待ってくださいね。……あれ?ハチ君、いらっしゃい」

 

「よお、宇佐美」

 

出迎えてくれたのは宇佐美だった。

 

「迅さんは?」

 

「迅さんはまだ帰っていないけど?」

 

「……そうか。それとこれ」

 

俺は紙袋を宇佐美に渡した。宇佐美はさっそく袋の中身を見た。

 

「おお~!これは良い所のどら焼きだね」

 

「迅さんに言われて買ってきた」

 

「そうなんだ。まあ、とりあえず上がってよ」

 

「ああ。そうさせてもらう」

 

外で待つのはこの時季は辛いからな。俺は上着からマッ缶を宇佐美に渡した。

 

「宇佐美。これ、暖めてもらえるか?」

 

「うん。いいよ」

 

「よお、はちまん。ひさしぶりだな」

 

足元から声がると思ったらそこには陽太郎と雷神丸が居た。

 

「ああ。久し振りだな陽太郎。雷神丸も……そうだ。雷神丸にはこれがあったんだった」

 

俺はどら焼きとは別に買ったニンジンを雷神丸に与えた。雷神丸はニンジンを美味しそうに食べ始めた。

 

「はちまん!!どうしておれのぶんはないんだ!?」

 

「どら焼きを買ってきたから後で食べろ」

 

「どらやきか……いいだろう。あるならいい」

 

陽太郎は雷神丸とどこかに行ってしまった。ホント、あのコンビは憎めないな。

俺は暖まったマッ缶を飲みながら迅さんの帰りを待った。そして迅さんが三雲達を連れて帰ってきたのはすでに日が沈み夜になった時だった。

小町に連絡しておかないとな。

それと三輪はどうしているだろうか?



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玉狛支部

ネイバーである空閑遊真をボーダーに引き入れるために迅さんは三雲の肩を持っていた。三雲と空閑が友好的な関係を築けば、空閑をボーダーに入れる事が出来る。

そして他に分かった事がある。イレギュラーゲートの原因を迅さんが見つける事が出来たのは空閑の存在が大きいだろう。

あれは迅さんが見つけた訳ではなく空閑が見つけて三雲経由で知ったのだろう。まあ、おかげでイレギュラーゲートを解決出来たのだから。

 

それにしても迅さんはどうして空閑を三輪隊と戦わせたのだろうか?これも後に必要になってくるのだろう。

空閑と三輪隊の戦いを見た俺は迅さんと今後の話をするために玉狛支部を訪れていた。迅さんに言われた通りどら焼きを人数分買ってだ。

そして迅さんは空閑と三雲と雨取の三人を連れて玉狛支部に帰ってきた。

 

「よお、お前ら」

 

「え?ひ、比企谷先輩!?」

 

「おっ……はちまん先輩」

 

「……えっと……誰ですか?」

 

玉狛支部に来た三人に声を掛けたら三雲は俺がここにいる事に驚いた。空閑は毎度マイペースだな。雨取はまったく知らない俺に首を傾げていた。

すると迅さんが俺の近くまで来て肩に手を置いた。

 

「千佳ちゃん。彼は比企谷八幡と言って自分より年下の女の子のお願いは絶対断らない男だから何かあれば頼るといいよ」

 

「おい!コラ!!人をロリコン扱いはやめろ!セクハラ常習犯が!!せめてシスコンにしろ!!」

 

いきなりこの人は何を言うんだ!?お返しにセクハラ野郎だと言っておいた。三雲と雨取が苦笑している。空閑はロリコンの意味が分からずに首を傾げていた。

 

「シスコンならいいんですか!?」

 

「……ロリコン?シスコン?……とは?」

 

三雲は俺のシスコンにしろと言ったらツッコミを入れて来た。ツッコミ担当でも狙っているのか?

空閑はシスコンの意味が分からず首を傾げていた。

 

「まあまあ、立ち話なんだし座ってよ。ハチ君が良い所のどら焼き買ってきたから」

 

宇佐美が気を利かせてくれて俺が買ってきたどら焼きを出してきた。いつの間にか陽太郎が空閑のどら焼きに手を伸ばしていた。まだ食い足りなかったのか?

もうすぐ夕食だと言うのに食べられなくなるぞ陽太郎。

 

「こら!陽太郎!あんたは自分のを食べたじゃん!」

 

「あまいなしおりちゃん一つだけでまんぞくするおとこだとおもったらおおまちがいだぜ」

 

陽太郎は妙に格好付けていた。てか、人のどら焼きに手を出すなよ。

 

「おぶっ……!?」

 

空閑はそんな陽太郎にチョップを繰り出し陽太郎は思わず涙目になっていた。

 

「悪いなちびすけ。おれはこのどらやきと言うやつに興味がある」

 

「ぶぐぐ……おれのどらやき……」

 

陽太郎が悔しそうにしていると雨取が自分のどら焼きを陽太郎に差し出した。

 

「良かったら私の食べて良いよ」

 

「おおっ……!!きみかわいいねけっこんしてあげてもいいよ」

 

「えっ!?結婚……!?」

 

雨取は陽太郎の結婚発言に引いていた。てか、五歳児が結婚とかどこで覚えた?そもそも早過ぎて出来ないからな陽太郎。

 

「おれとけっこんすればらいじん丸のおなかさわりほうだいだよ。けっこうきもちいい」

 

陽太郎は自分の相棒を持ち出してきた。いいのか?当の雷神丸はいつも通りボーとしていた。

 

「こう。ゴロンってやって…………」

 

「……出来ていないぞ。陽太郎」

 

陽太郎は雷神丸を横にしよとしていたが、雷神丸はまったくと言って動こうとはしなかった。代わりに空閑がやるとすんなり横に倒れた。

陽太郎はその事にショックを受けていた。

 

「なんて言うかここは……本部とは全然雰囲気が違いますね……」

 

「まあ、玉狛は特殊だからな」

 

三雲はこれまでのやり取りを見て本部とは違う事を感じていた。本部はもう少しピリピリしているからな。

 

「まあ、そうだね。ウチはスタッフ10人しか居ないちっちゃ基地だからねー」

 

宇佐美はどこか軽い感じで三雲に言った。マジで軽いな。

 

「でもはっきり言って強いよ」

 

「玉狛は強いだろ。実際に……」

 

「!」

 

三雲はどこか驚いたような顔をしたいた。

 

「ウチは防衛隊員は迅さん以外に3人しか居ないけど、みんなA級レベルのできる人だよ」

 

パーフェクトオールラウンダーの隊長にその弟子とボーダー最大火力のアタッカーと言うチームだからな。

 

「玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!」

 

宇佐美は実力派と言うと三雲は唾を飲み込み驚いているようだった。

 

「君もウチ入る?メガネ人口増やそうぜ!」

 

「……増やすのも大概にしろよ?宇佐美」

 

「分かっているって!」

 

ホント、分かっているのか?宇佐美の奴は?まあ、それは三雲の問題だから俺には関係無いけど。

すると今まで黙って話を聞いていた雨取が手を上げていた。

 

「あの……さっきあの迅さん……が言っていたんですけど、宇佐美さんも『むこう』の世界に行った事あるんですか?」

 

「うん。あるよ。1回だけだけど」

 

雨取はネイバーフットに興味があるようだな。兄が居るかもしれないからな。それは気になるよな。

てか、宇佐美の奴すんなりボーダーの機密を喋っているんだけど、止めた方がいいだろうか?

まあ、別にいいか。

 

「じゃあ……その『むこう』の世界に行く人ってどういうふうに決めているんですか?」

 

「それはねーA級隊員の中から選抜試験で選ぶんだよね。大体はチーム単位で選ばれるからアタシも付いて行くんだけど」

 

その試験に次は比企谷隊が参加するんだよな。急に緊張してきたな。

 

「A級隊員……。……って、やっぱり凄いんですね……」

 

「400人のC級に100人のB級のさらに上だからね。そりゃツワモノ揃いだよ」

 

やっぱり試験とかネイバーフットの事とか兄の事が気になるんだな。てか、兄が妹を置いてどこかに行くとか兄の風上にも置けない奴だな。

話が一区切り付くと同時に今まで消えていた迅さんが現れた。

 

「よう3人とも。親御さんには連絡して今日はウチに泊まっていけ。ここなら本部の人達も追って来ないし空き部屋もたくさんある。比企谷もついでに泊まって行けよ」

 

「俺もですか?」

 

「小町ちゃんに連絡しておいたから」

 

「な、何だと!?」

 

俺は驚きが隠せなかった。あの迅さんが妙に優しい。これはあれか?後でとんでもない無茶な頼みを聞かされるのでは無いだろうか?

 

「そんなに驚くなよ比企谷。それと宇佐美、面倒見てやって」

 

「了解!」

 

宇佐美はビシッと敬礼をした。それにしても早く寝たい。

 

「遊真とメガネ君。来てくれ。ウチのボスが会いたいって」

 

「は、はい!」

 

「うむ。わかった」

 

三雲と空閑は迅さんに連れられて上の部屋に向かった。と思ったが急に迅さんが引き返してきた。どうしたんだ?

 

「比企谷に会わせたい人がいるんだった」

 

「……会わせたい人?」

 

一体誰だろうか?もしかして今から会いに行けとか言わないよな?迅さん

 

「それではレプリカ先生、お願いします」

 

《ああ。心得た》

 

どこかで聞き覚えのある声がしたと思ったら俺の視界に宙に浮く黒い物体が入って来た。な、何だ……これ!?

 

《初めまして私はレプリカだ》

 

「こ、これはどうも比企谷です……」

 

「それじゃ後、よろしく」

 

迅さんは上の部屋に向かった。どうしろと言うんだ!?これ。

 

「それじゃ千佳ちゃん。私達は向こうで話そうか?」

 

「は、はい!」

 

宇佐美に助けてもらおうとか思ったが、雨取を連れて別の部屋に移動してしまった。それにしても気まずいな。

とりあえず自己紹介した方が良いのか?元ボッチとは言え何者か分からないのにどう自己紹介したらいいんだよ!!

 

《では、改めて。初めまして私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ》

 

「……お目付け役?」

 

《そうだ。こちらとむこうで常識が違うのでユーマにアドバイスを送るのが私の役目だ》

 

「なるほど……あ、じゃあこちらも改めて……ボーダーA級比企谷隊隊長の比企谷八幡だ。よろしく」

 

《ああ。よろしく頼む》

 

何だか妙な感じだな。聞いてみるか。

 

「えっと、レプリカ?……は一体何なんだ?」

 

《私は自律型トリオン兵だ》

 

「自律型か……ネイバーフットには凄いのを作る奴がいるんだな」

 

《ちなみに私を作ったのはユーマの父のユーゴだ》

 

空閑の親父さんか。どんな人なんだ?気になるな。

 

「ん?親父さんと『こっち』に来ていないのか?」

 

《ああ、来ていない。ユーゴはすでに死んでいる》

 

「……死んでいるのか」

 

《正確に言えば、ユーマのブラックトリガーになっている》

 

空閑のブラックトリガーの核は自分の父親か。ちょっと興味があるな。

 

「聞いてもいいか?空閑の過去を」

 

《少し長くなるが?それでも構わないか?》

 

「今夜はここに泊まるから問題ない」

 

《そうか。では話そう。ユーマの過去を》

 

レプリカが話す前に俺は玉狛支部の空き部屋に移動した。誰に聞かれるわけでもなかったがなんとなくそうした方がいいと思ったからだ。

今夜は眠る時間が少なくなりそうだな。それと面倒な事になりそうだなと思った。

それと後で小町に連絡して迅さんが何を言ったか、聞いておかないと。余計な事は言っていないよな?あのセクハラ常習犯は。



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レプリカ

玉狛支部で迅さんから自律型トリオン兵「レプリカ」を紹介された。正直、驚いた。ネイバーフットにこんな凄いトリオン兵を作る人物が居る事に。

それに驚いたのはそれだけでは無い。レプリカを作ったのが空閑の親父さんでしかもその人は空閑のブラックトリガーになっていたからだ。

そして俺は空閑の過去に興味があったのでレプリカに聞いてみたら教えてくれるとの事だ。

 

「空閑はどう言った理由でこっちの世界に来たんだ?」

 

《ユーマのブラックトリガーは父であるユーゴが瀕死のユーマを救うために自身を核にしたのだ。ユーマはブラックトリガーから父を元に戻せないか、その方法を探しに来たのだ》

 

「そんな理由が……」

 

それからレプリカは空閑の過去を聞かせてくれた。約4年にとあるネイバーフットの戦争に関わっていた空閑親子。

戦争ってのはイマイチ、ピンとこないが凄い事に関わっていたんだな。

そんな中ある出来事が起ったそうだ。空閑親子が味方した側の腕利き兵士が奇襲を受けて殺されたそうだ。

 

その事に何か思う所があった空閑の親父さんは空閑に戦場に出るなと言ったが空閑はそれを守らずに出てしまってそこで何者かに瀕死重傷を負わされてしまった。

そこに空閑の親父さんが現れて自分の命を使って息子の命を取り止めたが、自分はそこで亡くなった。

 

そして空閑は親父さんが持っていたサイドエフェクトを受け継いだそうだ。つまり元々空閑のサイドエフェクトは親父さんのだったんだな。

それにしてもサイドエフェクトが受け継げられるとは驚きだ。

 

「それから空閑はどうしてんだ?」

 

《ユーマはそのまま戦争が終わるまで戦った。それでやる事が無くなったのでそれで生前ユーゴが言っていた「ボーダー」と言う組織がある世界に行こうと私が提案したのだ。そこならブラックトリガーになってしまったユーゴを元に戻す方法があるかもしれないと思ったからだ》

 

「なるほどな……だが、流石にボーダーでも無理だろ」

 

俺はブラックトリガーについて詳しくは知らない。トリガーの核となるのは大量のトリオンを持った人物でその人物の全てのトリオンを注がないとブラックトリガーは作れないと言う事くらいしか知らない。

ブラックトリガーになった人間を元に戻す方法は無いと言ってもいいかもしれない。全てのトリオンを注ぐわけだし、それはつまり自分の命を注ぐと言う事だろう。

 

《こちらの世界でも無理なのか?》

 

「100%とは言わないが、俺は元に戻す方法があるとは思えない。ボーダーの上層部だとか開発部ならそれなりに分かると思うけど……」

 

《そうか。ありがとうハチマン。この後、どうするかはユーマが決める事だ》

 

空閑はこの後、どうするのだろう?父親を元に戻せ無いと分かったら?この世界で生活するつもりだろうか?

でもボーダーの城戸派が居るからな。あそこの派閥をどうにかしないとまともに生活はでき無いだろう。

 

「おっ……こっちも話は終わったようだな」

 

「迅さん。こっちもって事は空閑の話も終わったんですね」

 

いつの間にか迅さんが現れた。空閑の話が終わったって事は空閑はどうするんだ?

 

「ああ。遊真はメガネ君と千佳ちゃんとチームを組む事になったんだ。それでこれから俺達の方も話を詰めて行こうか」

 

「分かりましたよ。それにしても三雲があの二人とチームを……」

 

B級ランク戦に参加したら空閑は一気に注目されるだろうな。三バカが戦いそうだな。まあ、それまで楽しみしておくか。

 

「遊真がボーダーに問題なく入るにはどうしたらいいと思う?比企谷」

 

「俺に丸投げですか?迅さん」

 

「いや~比企谷なら俺以上に凄い案を出しそうだからさ」

 

ホント、この人は。一度全力で殴りたい。覚悟してろよ。

 

「……一応、レプリカと話している時に考えて起きましたよ」

 

「流石、比企谷だな。それでどんな作戦だ?」

 

「その前に迅さんに聞きたい事があります」

 

「ん?聞きたい事ってなんだ?」

 

「一番の問題はやっぱりブラックトリガーです。『風刃』を本部に預ける事は出来ますか?」

 

聞いた事がある。迅さんが使っているブラックトリガー『風刃』は迅さんの師匠の形見だそうだ。

すると迅さんは『風刃』をテーブルの上に置いた。

 

「ああ。こいつが原因になるなら俺は喜んで手放すつもりだ」

 

「……すんなりですね?師匠の形見だと聞いていたんですけど」

 

「最上さんもボーダー同士で争う事を望んではいないからな」

 

「そうですか。ならカードとしては行けますね。もう少し手札は欲しい所ですけど……遠征部隊が戻ってくるまで予定ではもう二、三日と言った所ですね」

 

もう少し時間があれば何か上層部の気を引ける情報を用意出来たと思うが、流石に無いよな。

 

《ハチマン。私も協力されてくれ》

 

「レプリカ」

 

迅さんと話しているとレプリカが話に加わってきた。

 

「協力って……何かあるのか?」

 

《私の中にあるデータにはユーゴが目と足で調べたネイバーフットの地図がある。これは使え無いだろうか?》

 

そんな物があるのか!?それなら行けるかもしれない。その空閑の親父さんが調べてきたものか。一応、どれだけか見てみるか。

 

「レプリカ。すまないがそのデータを見せてもらっていいか?」

 

《ああ。構わない》

 

俺は宇佐美から使っていないPCを借りてレプリカのデータを移した。そこにあったデータは膨大であった。これ程のデータを調べたのか?空閑の親父さんは!

これは凄いのを軽く超えている。これがあれば鬼怒田さんは説得出来るな。

 

《どうだろうか?役に立てそうか?》

 

「……立てるなんてものでは無い。これで上層部の一人は確実に説得出来る。そう言えば、レプリカって他に出来る事とか無いのか?」

 

《他に出来る事か?トリオン兵の解析など複製を作る事が出来る》

 

解析に複製か。ならあれを複製出来るのだおろうか?

 

「……なら此間、駆除した『ラッド』を何体か複製出来るか?」

 

《出来る》

 

するとレプリカは机の上に黒色の『ラッド』を作ってみせた。ここまで再現できるのか。あれ?でもこれ大丈夫なのだろうか?

 

「この『ラッド』が見たものってのは……」

 

《全て私の中に記録される。他には送信される事は無い》

 

「これは使えるな」

 

「比企谷。悪い顔になっているな。いけそうか?」

 

「ええ。それと悪い顔は余計です」

 

そんなに悪い顔をしていただろうか?自分じゃあ分からないからな。

 

「聞かせてくれるか?お前の作戦を」

 

「ええ。まず迅さんが本部から玉狛までの最短ルートの途中で待ち構えてください」

 

「最短ルートの途中にな」

 

太刀川さんや風間さんなら空閑のブラックトリガーの能力を知ったらすぐにでも行動するはずだ。時間を与えれば与えるほど空閑が有利になるからな。

そのため短時間で決めないといけない。だからこそ、あの人はすぐに攻めてくる。

 

「それと比企谷。忍田さんに協力してもらえるようにしてもらうか。太刀川さん達と戦う際には嵐山隊がこっちに協力してくれるから」

 

「嵐山隊が……それなら比企谷隊も加われば十分、勝機がありますね」

 

向こうの戦力は太刀川隊に冬島隊と風間隊、三輪隊と言った所だろう。こっちの戦力は迅さんに嵐山隊と比企谷隊だ。

玉狛第一には念のため残ってもらうとして、こんな所だろう。

 

「迅さんの相手は太刀川さんと風間隊になるでしょうね。当真先輩は俺か嵐山隊に来るでしょう」

 

「比企谷はどうして当真がそっちに行くと思うんだ?」

 

「当真先輩はスナイパーとしてプライド持っていますから『未来予知』で当たらない迅さんより俺たちの方に来ると思っただけです。三輪は……俺の方に来そうですね。裏切者だとか言って……」

 

「確かにそうだな」

 

ネイバー関係で三輪は容赦が無いからな。まあ、作戦としてはこんな所だろう。

 

「レプリカは『ラッド』で俺達の戦闘を録画しておいてくれ」

 

《了解した》

 

俺達の戦闘シーンで根付さんを説得する。流石に隠しきれるとは思えない。そうなれば、アンチボーダー派を勢いを付けてしまう。

そうなれば今の上層部はボーダーには居られ無いだろう。

 

「迅さんは今の上層部の人達を追い出さそうとはしないんですか?」

 

「いや。そんな事は無い。あの人達を追い出したら俺も追い出されかねないから」

 

そんな理由なのか?だとしたらこの人は真っ先にクビにした方がいいな。

 

「それに遊真やメガネ君は将来、城戸さんの役に立つからな」

 

「……あの二人が?」

 

空閑や三雲が城戸指令の何の役に立つんだ?まあ、深くは聞かないでおこう。

 

「それじゃ下に降りるか。これから宇佐美が遊真達にボーダーの事を説明するから比企谷も先輩としてアドバイスを頼むぞ」

 

「……えぇ~」

 

「そう言うなって、ほら行くぞ」

 

迅さんに強引に立たされて下に連れて行かれた。とりあえず帰ってたら比企谷隊のメンバーに色々と話しておかないとな。

あいつらは納得してくれるだろうか?まあ、頑張ってみますか。

 



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玉狛支部②

迅さんとレプリカと一緒になって空閑をボーダーに入隊されるにはどうしたらいいかを話し合った。色々と話し合った結果、迅さんはブラックトリガー「風刃」を本部に預ける事にした。

それで済めばいいと思うが、そうはいかない。預けたところで入隊させなかったら意味が無い。そこで俺は上層部と取引をする事を考えた。

三輪隊だけでは負けてしまったので次はもっと大勢の精鋭で来るはずだ。だが、今のボーダーにはA級は半分しかいない上、城戸派もそうおいそれと部隊を動かす事が出来ない。

 

通常業務を疎かにして街に被害でも出したら城戸指令は今の立場にいる事が出来なくなってしまう。上層部としても城戸指令としてもそれだけは避けたいはずだ。

だからA級部隊を送って来ない。下手にB級を送るわけにはいかない。B級なら空閑には勝て無い所か空閑のブラックトリガーの能力でコピーされて戦いを不利にしてしまう。

だからこそ送って来ない。

 

だが、あいつが来ないのはどうしてだろうか?迅さんが空閑に味方しているから三輪隊の次は来ると思ったんだが?

まあ、来ないならそれに越した事は無い。俺は玉狛支部のキッチンで朝食を作りながらそんな事を考えていた。

 

《おはよう。ハチマン》

 

「レプリカ?おはようさん」

 

朝食を作っているとレプリカが挨拶をして来た。妙に礼儀正しいな、こいつは。ウチのAIとは大違いだ。一言、余計なんだよなモグワイは。

 

《それにしても料理をしながら考え事か?ハチマン》

 

「ん?まあ、な。城戸指令達がどうして天羽を送って来ないのか気になってな」

 

《アモウ?とは一体誰だ?》

 

「ボーダーに居る迅さん以外のもう一人のブラックトリガー使いだよ」

 

天羽月彦。

ブラックトリガーを持つS級隊員でオールラウンダー。迅さんを上回る戦闘力を持つとされるが、素行やトリガーの使用時の外見に問題があるらしく、戦線に出そうとした際はメディア対策室長の根付さんが顔を曇らせたとか。

確かサイドエフェクトが敵に関する何らかの情報を色として認識するものだったはずだ。

本部に三バカがいない時に偶にランク戦する。もちろんノーマルトリガーでだ。

 

《そのアモウが来ないのが気になるのか?確かにユーマのブラックトリガーを奪いに来るなら同じブラックトリガー使いでないと相手になら無いなからな》

 

「ああ。でも天羽のブラックトリガーって聞いた話だと火力が高過ぎて後処理が面倒なんだよな。玉狛を吹き飛ばしたら周りへの説明が大変だからな」

 

ホント、送ってこなくて良かったよ。ブラックトリガーと真っ正面から戦う気なってないからな。

 

「おっ!旨そうな匂いがすると思ったら比企谷が朝食を作っていたのか」

 

「どうも迅さん」

 

レプリカと話して暫くすると迅さんが現れた。その後ろには三雲、空閑、雨取に宇佐美と林藤支部長、陽太郎に雷神丸が居た。

てか、この支部に居る人間が勢揃いしたよ。

 

「おはようございます比企谷先輩」

 

「おはようはちまん先輩」

 

「えっと……お、おはようございます比企谷さん」

 

「おはよう!ハチ君」

 

「朝食は比企谷が作ってくれたのか?美味そうだな」

 

「……う~む。うまそうだ~……ぐぅ……」

 

三雲、空閑、雨取はしっかりとしているな。宇佐美と林藤支部長はいつも通りだが、陽太郎がまだ眠たそうだ。朝食食べそこねるぞ?

 

「朝食を食べた後は修君と遊真君と千佳ちゃんにはアタシとハチ君がボーダーについて教えておげるから」

 

「え?俺も教えるのかよ?」

 

「現役の隊長が居れば三人もよりボーダーの事を知ってもらえるからね」

 

宇佐美はそう言うが俺が必要か?まあ、いいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終わった俺達は玉狛の少し広い部屋に居た。居るのは俺と迅さん、宇佐美、三雲、空閑、雨取に寝ている陽太郎と雷神丸だ。

部屋にはホワイトボードがあり宇佐美の説明の準備は万全だった。

 

「さて諸君!」

 

ばっちり準備が整った所で宇佐美はメガネを上げて今まさに説明を始めようとしていた。一瞬、メガネが光ったのは気のせいだろうか?

 

「諸君はこれからA級を目指す。そのためには……もうB級になっている修君を除く千佳ちゃんと遊真君の二人にB級に上がってもらわなければならない!それは何故か!」

 

宇佐美はホワイトボードに書いたピラミッドの真ん中の「B級」と書いた所を叩いて空閑達に注目させた。

 

「まずはB級……正規隊員にならないと防衛任務にもA級に上がるための『ランク戦』にも参加出来ないのだ!」

 

「『ランク戦』……?」

 

「そう『ランク戦』……ではその説明をハチ君よろしく!」

 

「いきなり振るなよ」

 

空閑が聞き慣れない言葉にいきなり俺が説明する事になった。最後まで説明しろよ宇佐美。

 

「はちまん先輩。『ランク戦』とは?」

 

「……隊員がB級からA級に上がるには防衛任務の成績とボーダー隊員同士の模擬戦で勝たなくてはならない。それが通称『ランク戦』だ」

 

「さらに同じクラスの中で競い合って強い人間が『上』に行くってわけ」

 

俺の説明に宇佐美が続けた。説明するなら最初からして欲しかったな。

 

「うむ。つまりおれがB級になるにはC級の奴らを蹴散らせばいいわけだな。それいつからやるの?今から?」

 

空閑は自信満々だな。三輪隊との戦闘を見ていれば、納得してしまうな。

 

「流石に今からでは無い。それに空閑はまだ入隊していないから本部に行けば蜂の巣になるな」

 

空閑が本部に一歩でも近付けば城戸派の隊員に攻撃されるのは目に見えている。

 

「まずボーダー本部の『正式入隊日』ってのが年に三回ほどあってC級はその日に一斉にデビューする事になっている」

 

「うむ。なるほど」

 

「その日を迎えるまで空閑は訓練もランク戦も参加する事が出来ない」

 

「え~~~~……」

 

空閑は不満らしい。もしかしたら空閑は案外、戦闘狂なのか?そうでなくとも戦う事が好きなのかもしれない。三バカと少し近いか?

 

「そう慌てるなよ遊真。お前はボーダーのトリガーに慣れる時間がいるだろ。ランク戦ではお前のブラックトリガーは使え無いぞ」

 

「ふむ……?なんで?本部の人に狙われるから?」

 

「それもあるけど。ブラックトリガーは強過ぎるから自動的に『S級扱い』になってランク戦から外されるんだ。メガネ君と千佳ちゃんと組めなくて寂しくなるぞ」

 

「ふむ……そうなのか。使わんとこ」

 

まあ、ランク戦でブラックトリガーを使えば上層部は空閑を殺す大義名分を得てしまうからな。

 

「千佳ちゃんはどうしよっか?オペレーターか戦闘員か……」

 

「そりゃもちろん戦闘員でしょ。あんだけトリオン凄いんだから」

 

宇佐美が雨取のポジションを聞こうとしたら空閑が即答した。それにトリオンが凄い?もしかして駅の時に見た巨大なトリオンキューブの事か?

もしかしてあれが雨取のトリオン量なのか?だとしたら遠くから見ていた俺にも十分わかる大きさだったぞ。

 

「それにこの先ネイバーに狙われた時のためにもチカは戦えるようになった方がいいだろう」

 

「千佳ちゃんってそんなに凄いの?」

 

「見たらビビる」

 

確かに近くで見たわけでは無いがあれはビビるな。凄い大きさだったな。

 

「私も……自分で戦えるようになりたいです」

 

「なら戦闘員で決まりだね!じゃあ次はポジションを決めよっか」

 

「ポジション……?」

 

宇佐美が俺を見てきた。すると自然と全員が俺を見てきた。

 

「……ポジションってのは戦闘員の戦う距離で分けられるんだ。近接の『アタッカー』中距離の『ガンナー』と『シューター』長距離の『スナイパー』と言った具合だ。それで雨取としてはどこのポジションをやるかだな」

 

「それで千佳ちゃんどれが合っているかって話だけど……千佳ちゃん、運動神経はいい方?足は速い?」

 

「いえ。あまり……」

 

「数学は得意?」

 

「成績は普通……です」

 

宇佐美は次々と雨取に質問していった。俺が思うに雨取はアタッカーには向いていないなと思う。トリオン量が凄いならガンナーかシューターが良いかも知れない。

もしくはスナイパーだな。アイビスで撃ったらどんな事になるのか想像できないな。

 

「チームスポーツも経験無しかーう~ん……」

 

「すいません。……取り柄がなくて……」

 

「えっ?ううん大丈夫だよー参考にしているだけだから」

 

雨取はすっかり落ち込んでいるな。

 

「千佳は足は早く無いですけど、マラソンとか長距離はけっこう早いです」

 

「おっ持久力アリね」

 

落ち込んでいる雨取の代わりに三雲が雨取の事を答え始めた。

 

「それに我慢強いし真面目だしコツコツとした地味な作業が得意だし集中力もあります。あと、意外と身体が柔らかいです」

 

「おおっー……!」

 

空閑は驚いているが俺は気になっている事がある。……どうして三雲は雨取の事を詳しく知っているんだ?雨取の兄が三雲の家庭教師をやっていたからそれで詳しく知ったのだろうか?

それにしても知り過ぎているような気がするが、気にしないでおこう。

 

「ふんふん、なるほど……よし、わかった!」

 

得意げにメガネの位置を直した。またメガネが光ったような気がした。

 

「わたくしめの分析の結果、千佳ちゃんに一番合うポジションは……」

 

「スナイパーだな」

 

「スナイパーしかないな」

 

宇佐美が言う前に迅さんと俺が答えてしまった。宇佐美があまりにももったいぶるものだからつい言ってしまった。

 

「あー!!迅さん!!ハチ君!!アタシが言いたかったのに!なんで言っちゃうのもー!」

 

「はっはっはっお前がもったいぶるから」

 

「……いや、宇佐美があまりにももったいぶるからつい」

 

迅さんも俺も宇佐美のセリフを取った事を謝る気は無い。こう言うのはもっと早くに言えってもんだ。

その時だった。部屋の扉が勢いよく開き一人の少女が涙目になりながら入って来た。

 

「あたしの分のどら焼きがない!!」

 

 

 

 



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比企谷隊⑦

「あたしの分のどら焼きが無い!!!」

 

涙目で入って来たのは玉狛第一のアタッカーの小南だった。そうとう不機嫌だった。そう言えば、どら焼きは一応買ってきたんだが空閑と三雲と雨取が食べたので無くなったのだ。

 

「さてはまたお前か!?お前が食べたのか!?」

 

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく……」

 

「お前だなーーー!?」

 

小南は寝ていた陽太郎の足を掴み逆さまに持ち上げた。小南、それ以上してしまうと陽太郎が大変な事になるから降ろした方が良いぞ。

一応、言っておくか。

 

「小南、お前の分のどら焼きはこっちの三人の腹の中だよ」

 

「はぁ!?」

 

「今度、来る時買ってきてやるから」

 

「あたしは今食べたいの!!」

 

「―――なんだなんだ騒がしいな小南」

 

「いつもどおりじゃないですか?」

 

部屋に入って来たのは玉狛第一の隊長のレイジさんと同じく玉狛第一のオールラウンダーの烏丸だった。

そうか防衛任務が終わったのか。

 

「……おっ……この三人が迅さんが言っていた新人ですか?」

 

「新人……!?」

 

烏丸は部屋に居た空閑達に視線を向けた。小南はなんだか不機嫌だな?まだどら焼きの事を引きずっているのか?

 

「あたしそんな話聞いてないわよ!?なんでウチに新人なんか来るわけ!?迅!!」

 

小南は相変わらず迅さんの事を呼び捨てにしているな。まあ、人によってはちゃんと敬語を使うからな小南は。

なんだか鶴見と似ているな。言ったら師弟の二人に蜂の巣にされるな。

 

「まだ言っていなかったけど、実は……こっちの白髪の子は俺の弟なんだ。それで反対側のメガネの子が従兄弟で真ん中の女の子が比企谷の従兄妹なんだ」

 

「えっ!?そうなの?」

 

……迅さんの言った嘘を完全に信じているよ小南は。どこを見たら納得するんだよ。レイジさんと烏丸は?マークな顔をしているし三雲はかなりビックリしていた。

それはそうだ。いきなり従兄妹発言だからな。

 

「迅に弟や従兄弟がいたんだ……!とりまる。あんた知っていた!?」

 

「もちろんですよ。小南先輩は知らなかったんですか?」

 

烏丸は迅さんの嘘に乗るようだな。こいつの小南からかいもよくやるよな。飽きないのか?いや、騙される小南のリアクションを見ていれば飽きも来ないか。

 

「言われて見れば迅に似ているような……こっちのメガネはそんなに似ていないわね。でも女の子は比企谷に似ているわね。アホ毛がそっくりだし!」

 

小南は迅さんと空閑を見て比べて納得したよ。三雲の場合は疑っているようだが、信じているんだろうな。後、雨取と俺は従兄妹では無い!

どうしてこうも簡単に信じてしまうのだろうか?小南は……。

 

「レイジさんは知ってたの!?」

 

「ああ。迅が一人っ子だって事を」

 

「……!?」

 

小南はまだ気が付いて無いらしい。本気でこいつの将来が心配だ。教えておくか。

 

「小南。さっき迅さんが言ったのは全部嘘だよ」

 

「嘘!?全部って……え?全部!?だ、騙したの!?」

 

「いやー信じるとは流石小南」

 

迅さんは笑っているが小南はキレるかもしれないな。

 

「このすぐ騙されちゃう子が小南桐絵17歳。こっちのもさもさした男前が烏丸京介16歳。それでこっちの落ち着いた筋肉が木崎レイジ21歳」

 

「どもうもさもさした男前です。よろしく」

 

「落ち着いた筋肉……?それ人間か?」

 

もさもさした男前でいいのか?烏丸。落ち着いた筋肉って、確かに人間なんだろうか?落ち着いたと言う事は落ち着かない筋肉もあるのだろうか?

さて、俺はそろそろ帰るか。

 

「迅さん。俺はそろそろ帰ります」

 

「そうか。例の件よろしくな」

 

「ええ。分かっています」

 

「そう言えば、どうして比企谷がここに居るのよ」

 

帰ろうとしたら小南がそんな事を聞いてきた。俺が答えようとしたが迅さんが先に答えてしまった。

 

「今日から比企谷隊は玉狛第二としてやって行くんだよ」

 

「そうなの!?だったら比企谷は今日からあたしの後輩みたいなもんよね?」

 

どうして俺が小南の後輩になるのかが分からないが本当の事を言っておいた方が早めに。てか、頭が由比ヶ浜とは言わないが残念な奴だ、小南。

 

「後輩にはならない。それに玉狛に移籍するつもりは無いから。さっきのはまた迅さんの嘘だぞ。小南」

 

「え?ま、また騙したの!?」

 

「ホント、小南はすぐに騙されるな」

 

笑い事では無いぞ迅さん!怒りで小南はプルプルと震えている。早めに帰ろう。

 

「それじゃ三雲、空閑、雨取。頑張れよ」

 

「は、はい。比企谷先輩」

 

「またなはちまん先輩」

 

「はい。比企谷さん」

 

俺は玉狛から出る前に三人にエールを送っておいた。あいつらが大変なのはこれからだし俺としては応援してやりたい。

まあ、その前にやらないといけない事がいくつかある。

 

「もしもし浅葱。ちょっと話したい事があるんだが、時間あるか?」

 

玉駒から出てすぐに俺は浅葱に連絡した。迅さんの手伝いをする事を話しておかないと後が怖い。修学旅行で散々、説教されたからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合い場は比企谷家した。流石にボーダー本部で話せない内容だからな。喫茶店と考えたが誰が聞いているのか分からないので辞めた。

 

「どうしてお前らも……」

 

俺は浅葱だけに連絡したのが何故か比企谷隊の他のメンバーも居た。どうやら俺が浅葱に連絡した時に全員居たらしくどうせならと浅葱が連れてきたのだ。

 

「それで?八幡は今回、どんな無茶をする気なの?」

 

「……いや、無茶では……無いと思うけど」

 

「それじゃ最初から最後まできっちり説明してよね?」

 

浅葱の笑顔が怖い!?まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だな。俺は覚悟を決めて浅葱達に全部を話した。

空閑がネイバーだという事と空閑をボーダーに入れるために迅さんと一緒になって上層部と戦う事など全部話した。浅葱達は最後まで黙って聞いてくれた。

 

「……なるほどね。迅さんは普段は信じられないけど、予知については信じられるからね」

 

「出来れば、この事は黙っていて欲しいんだけど……」

 

「はぁ!?八幡、こんな事を黙っていられる訳がないでしょ!」

 

「はい。おっしゃる通りです」

 

こんなに怒っているのは修学旅行以来だな。俺の彼女はマジで恐ろしい!それに夜架はまあ、怒っているのか分からないがシノンと雪菜は怒っている。

だって、顔が怖いから!!

 

「だからその話、私達も乗るから」

 

「え?でももしかしたら降格、最悪はボーダーを辞めさられるかもしれないんだぞ。俺の単独行動にしておけば、この隊は最悪守れるし……」

 

「八幡がいなくなったこの隊になんて価値なんて無いわよ。八幡が居てこそ比企谷隊でしようが!」

 

なんか凄く嬉しいな。涙が出て気そうだな。

 

「いいのかそっちの三人は?」

 

「はい。主様と居られないならボーダーを辞めても構いませんわ」

 

「……八幡と居るの楽しいし、いなくなるならボーダー辞めた方がいいかな」

 

「八幡先輩と同じ部隊だからこそいいんですよ。いなくなったら意味がありません」

 

本当に凄く嬉しいな。俺はこいつらの事を考えたつもりだったが、俺の自己満足だったんだな。話して良かった。

 

「それでこれからどうするの?」

 

「とりあえずは遠征組みが戻ってくるまで城戸派は動かないだろうな。よくて監視と言った所だろ」

 

「それじゃ問題は戻って来てからね。それについてもちゃんと考えているんでしょ?八幡」

 

ホント、浅葱は何でもお見通しだな。

 

「遠征組が戻ってきたらすぐに玉狛に向かうはずだ」

 

「はっきりと言うわね」

 

「太刀川さんや風間さんが空閑のブラックトリガーの能力を知れば、コピーされる前に倒そうとするからな」

 

俺はそれから玉狛で考えた作戦を全員に説明した。嵐山隊も協力してくれるから十分に勝算がある事も伝えた。

俺達は更に作戦を詰める事にした。

 

「戦う場所は慎重に選ばないとな」

 

「ならここがいいんじゃないの?」

 

浅葱が見せてきた地図の場所は大きめの公園と高いマンションがある場所だった。ここなら狙撃出来るし拓けているから大人数での戦闘が可能だ。

 

「今はとりあえず、こんなものだろう。後は遠征組が帰って来てからだな」

 

「遠征組みの帰還が分かり次第、モグワイから皆に伝えるようにするから」

 

これで準備は終わりだ。遠征組みが帰ってくるまで何事もなく過ごせればいいが、大丈夫だよな?

 

「八幡先輩。第三中学校で会った白髪の子がネイバーだったんですね」

 

「ああ。そうだ」

 

雪菜は中学校で出会った空閑の事を思い出していたようだ。

 

「ちなみに空閑は雪菜と同い年だからな」

 

「え?そうなんですか?てっきり年下かと……」

 

あの身長なら雪菜でも年下と思っても不思議では無いな。夜架とシノンに聞いてみるか。

 

「夜架とシノンは迅さんの手伝いでネイバーをボーダーに入隊させる事になったが二人はどう思う?」

 

「私は主様の指示に従うだけです。確かにネイバーの事は許せ無いと思いますけど、それはそれ、これはこれですわ」

 

「私も夜架と同じかな……それにネイバーに特に恨みはないから」

 

二人はこんな事を思っていたのか。ちょっと意外だな。浅葱と雪菜にも聞いてみるか。

 

「浅葱と雪菜はどうなんだ?」

 

「私は特にかな?恨みは無いから大丈夫よ」

 

「私もですかね。それにこのメンバーでいるのが楽しいですから!」

 

俺はもっとこいつらの事を信頼するべきだった。よし!帰って寝よ。

 

 

 



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生徒会選挙
一色いろは


久しぶりの更新です!!

気がつくともう半年も更新していませんでした!

ハイスクールの方や俺ガイルのR18の方ばかり更新していました。

でも感想で更新して欲しいとあったのでなんとか頑張ってモチベーションを回復させました(微弱)。

では、生徒会選挙編です。どうぞ。


迅さんの手伝いでネイバーである空閑をボーダーに入隊させるために色々と作戦を練った。それから俺は比企谷隊の他のメンバーにこの事を話した。

正直、止められるかと思ったがあいつらは嫌な顔一つせずに俺に協力すると言ってきた。この時、俺は自分で思っているほどあいつらの事を信頼していないんだと気付いてしまった。

だからこれからはもっとあいつらの事を信頼して行こうと思う。

 

次の日、俺は学校で授業を受けていた。作戦は練ったが遠征部隊が帰って来ない事には何も出来ない。だからこうして学校で授業を受けている。

迅さんが作戦の下準備をしてくれているので俺は楽が出来ている。

遠征部隊がこっちに帰ってくるのが早くて3日、遅くとも5日と言ったところだろう。遠征部隊の隊員の戦い方はしっかりと頭に入っているので十分臨機応変に対応出来るから大丈夫だろ。

 

それにしては平和だ。『ラッド』を駆除してからはこれと言って事件は起ってはいない。学校だってそうだ。

平塚静は居なくなり奉仕部は廃部、それによって雪ノ下と会う事は無いのであいつの毒舌を聞かずに済んでいる。

そもそも奉仕部以外で俺が雪ノ下と会った事は今まで殆んど無い。だから奉仕部さえ無くなれば会う事は無い!

 

まあ、クラスでは由比ヶ浜や葉山の視線が気になること以外、特に無いからな。後、三浦がたまに俺の方を見て不機嫌な顔をしてくる。

そんな顔をしたと事で怖くも何とも無い。まあ、三浦のアホ面を見られて少し愉快な気分になるから笑いを堪えるのが大変だ。

 

昼休憩になったので俺は教室を出てある場所に向かおうと席を立った。ある場所とは俺が見つけた学校で人気の無い静かな場所だ。

そこで浅葱と合流して弁当を貰って食べている。まあ、浅葱は炒飯以外は凄く美味しいので楽しみだ。

しかしどうして炒飯だけはあれほど不味くなるのだろうか?謎だ?

 

「八幡」

 

「浅葱」

 

教室を出ようと扉を開けた、そこには浅葱が居た。あれ?あの場所で集合すればいいのにどうして俺の居る教室まで来ているんだ?

 

「こんにちは。比企谷君」

 

「綾辻?どうしてお前が?」

 

浅葱の隣に綾辻が居た。それにしても少し顔色が悪いのか?良い色をしているとは見えなかった。どうしたんだ?

 

「綾辻はどうしたんだ?顔色が悪そうだが?」

 

「うん。八幡に相談したい事があるんだって」

 

「相談?もしかして恋愛相談って言わないよな?」

 

俺がそう言うと教室に残っていた男子が一斉に俺の方を……ではなく綾辻の方を見た。ホント、分かり易いな。

まあ、総武高校の生徒会副会長にしてボーダーの顔である嵐山隊のオペレーターで性格もいいとくれば、大抵の男子は綾辻に好意を寄せるだろうからな。

 

「私の事じゃなくて後輩の事なんだ……」

 

「後輩?……後輩が告ってきたのか?」

 

「だから恋愛相談じゃないから!」

 

どやら綾辻の相談は恋愛関係ではないらしな。それを聞いて男子達はどこかホッとしていた。だったら綾辻の相談って何だ?

 

「それでその相談って何だよ」

 

「えっと……ここじゃ何だしどこか別の場所でどうかな?今なら生徒会が使えるから」

 

「まあ、そこでいいか。浅葱は?」

 

「別に構わないけど」

 

いつまでも教室の扉の前で話しているのも何だから俺と浅葱と綾辻は生徒会室に向かった。本当なら別の場所で食べたかったがこの際、気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に入って昼飯を食べる事にした。昼休憩は限られているからな。それにしても浅葱の手作り弁当は美味しいな。

甘めの出し巻き卵に冷めても美味しいから揚げ、少しピリ辛のきんぴらと味のバランスが実に素晴らしい!

俺は何をグルメレポーターみたいにしているんだ?

 

「……それで綾辻の相談って何だ?」

 

「うん。その前にこれを見て欲しいの」

 

綾辻が俺に渡してきたのは『生徒会長推薦者』と書かれており名前が『一色いろは』と記入されていた。女子生徒か?名前からして。

 

「これが?一体何なんだ?」

 

「これは実はいじめなの……」

 

「いじめ?これが……」

 

「うん……実はこの一色いろはさんって生徒会長になりたくてなったわけじゃないの。クラスの子が勝手に推薦させたの」

 

マジかよ!?でも綾辻がいる生徒会が本人確認をしていないなんて、ありえるのか?生徒会長はどこかぬけているような人だかしてもだ。

 

「本人確認とかしなかったのか?てか、生徒会選挙の担当って誰?」

 

「本人確認は私達が修学旅行の間に強引にしたみたいなんだ。担当は平塚先生だよ。先生が辞めて次の担当はまだ決まっていないの」

 

大丈夫かよ、この学校は!?てか、あの独身暴力女元教師はろくな事をしないな!職場見学にしろ夏休みのボランティアにしろ文化祭は殆んど何もしていたいし修学旅行では人の事を嵌めようとする。

教師以前に人間として駄目だろ。

 

「この一色の担任に相談しなかったのか?」

 

「相談はしたそうなんだけど、全然話を聞いてくれないようで……」

 

一色の担任も大概だな!!この学校にはまともな先生は居ないのか?教師も問題だが、生徒も問題があるな。いじめに生徒会選挙を使おうとかバカとしか思えない。

 

「それに比企谷君も少し関係があるの。推薦人のところの名前を見てくれない」

 

「推薦人?」

 

俺は綾辻の言う通り推薦人の名前を見ていくと『羽々斬夜架』と書かれていた。おい!夜架。お前、何クラスのいじめに加担しているんだよ!!

これは確かに俺にも無関係だとは言えないな。だが、あの夜架がいじめに加担したとは到底思えない。

 

「……後で夜架に話を聞いてみるか。それで綾辻はどうしたいんだ?」

 

「え?私?」

 

「ああ。一色を生徒会長にしたくないのか生徒会長にしたいのか。どっちだ?」

 

このまま一色が生徒会長になってもいいのか。それとも生徒会長にしたくなのか。そのどっちかでやる事が決まる。

 

「私は一色さんに決めてもらいたいかな。やっぱり最後は彼女の気持ちが大切だと思うから」

 

「まあ、そうだよな。とりあえず、本人から話を聞きたいんだけど。大丈夫そうか?」

 

「うん。大丈夫だと思うよ。放課後に生徒会室に来てもらうね」

 

「ああ。夜架にも来てもらうか」

 

クラスメイトの夜架に聞けば更に詳しく知る事が出来るかもしれないな。どういった理由で一色がいじめの標的になったのか、知らないとどうしようも出来ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後となり俺は生徒会室に向かった。その前に夜架に連絡しておかないとな。

 

『はい、主様。何かごようでしょうか?』

 

「ああ……」

 

電話をしたら僅か一秒で出てくれたよ。まあ、必ず出てくれるとは思ってはいたがそれにしては早いな。

 

「……これから時間、大丈夫か?」

 

『はい。問題ありませんわ』

 

「なら生徒会室に来てくれないか?」

 

『生徒会室ですね?分かりましたわ』

 

俺は生徒会室に向かった。浅葱にはボーダーで遠征部隊が帰ってくる日に防衛任務が入らないように細工してもらっている。

防衛任務の最中に帰ってきたら折角の作戦が台無しになってしまうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ比企谷君、夜架ちゃん。こっちが一色いろはさん。一色さん、彼が比企谷君で今回、一色さんの事で相談に乗ってくれた」

 

「初めまして~一色いろはで~す」

 

生徒会室に入り綾辻が一色を俺に紹介してきたが、この態度はイラッとしてしまうな。なんて言うか男を手玉に取る小悪魔系女子だな、こいつは。

男子には好かれても女子には嫌われるタイプだな。初対面の俺でもすぐに分かった。

 

「……比企谷だ」

 

「ありがと~ございま~す。先輩が相談に乗ってもらえてホントによかったで~す」

 

「……一色がいじめに遭うのがよく分かるな」

 

「いじめなんて~そんなの遭っているわけないじゃないですか~」

 

こいつの喋りは一々イラッとするな。

 

「綾辻。これはこいつの性格をどうにかしないともう駄目だろ……」

 

「あははっは……」

 

綾辻は苦笑いしている。まずは夜架に聞いてみるか。

 

「夜架はどうして一色を生徒会長に推薦するための推薦人に名前を書いたんだ?」

 

「クラスの人から一色さんが生徒会長になりたがっていると聞きましたのと私は特に興味が無かったので書きました」

 

「なるほど……」

 

やっぱり夜架は知らずにいじめに加担していたんだな。それにしてもどうしたものか。このままだと夜架がいじめに加担していた事になる。

そうなればボーダーのイメージによく無いと根付さんに何か言われるかもしれない。それは俺としても嫌だな。

 

「一色としてはどうしたいんだ?生徒会長をやらないのか?」

 

「わたし~来年、ボーダーに入隊しようかな~って思っているんですよ~だから生徒会長は出来ないんですよ~」

 

「ボーダーに入隊ね……理由を聞いてもいいか?」

 

「理由は~恥ずかしいから嫌です~」

 

ホント、イラッとするな。でもそうなると別の奴でも探した方がいいのか?でも探して見つかるならすでに綾辻辺りが見つけてそうだな。

 

「綾辻が会長になるってのは流石に無理か?」

 

「私が?無理だよ。副会長なら兎も角、会長だとオペレーターの仕事に支障が出てしまうかもしれないし……」

 

綾辻がやるのは無理か。かと言って俺もやりたくは無い。方法は二つくらいだな。

 

一つ目は一色にやる気を出させて生徒会長をやってもう事。

二つ目は一色でない奴に生徒会長をしてもう事。

 

思いつくのはこれくらいだ。これはこれで大変だ。

一つ目は一色にやる気を出させるのだが、ボーダーに入隊したがっているこいつをどう説得すればいいのかまったく思いつかない。

二つ目は生徒会長をしてもいい奴をどう生徒の中から探せばいいのか分からん。生徒会長は色々と面倒だからな。

そんな事を考えていると生徒会室の扉が勢いよく開いた。

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

 

 

 




久々に読んでくれてありがとうございます。

次回の更新は出来る限り早めにします。

では、また。


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一色いろは②

「話は聞かせてもらったわ!」

 

そう言って生徒会室の扉を勢いよく開けたのはなんと雪ノ下だった。どうしてこいつがここに居るんだ?

それに『話は聞かせてもらったわ』って、思いっきり盗み聞きしていたのかよ。そもそもどうして雪ノ下が一色の問題を知ったんだ?

もしかして教室に居た誰か……てか、由比ヶ浜か葉山の二人のどちらかが雪ノ下に教えた可能性があるな。

 

「一色いろはさん。貴女の問題は私、雪ノ下雪乃が無事に解決してあげるわ!」

 

「ホントですか!?ありがとうございます。雪ノ下先輩!」

 

一色は雪ノ下に頭を下げてお礼を言った。その時だった、雪ノ下と視線が合った時に雪ノ下が俺の事を鼻で笑っている様に見えた。

こいつは俺にケンカでも売っているのか?例え売ってきたとしても買う気は無いけどな。

 

「ええ。私に考えがあるわ。そこの無能谷君なんか必要はないわ。だから安心してね一色さん」

 

「はい!お願いしますね雪ノ下先輩」

 

「そう言う事だから貴方は引っ込んでいなさい引き篭り谷君」

 

雪ノ下はそれだけ言って生徒会室から出て行った。ホント、雪ノ下は単純だな。ある意味、小南以上に騙されるかもしれないな。

 

「はぁ~これで一安心ですね……それじゃ私はこれで」

 

「ちょっと待ってくれ一色」

 

「はい?何ですか?」

 

「このままだとお前、いじめがエスカレートするぞ」

 

「……はぁ?」

 

一色はまったく分かっていなかった。だろうと思ったよ、一色って見るからにバカっぽいからな。

 

「どう言う事なの?比企谷君?」

 

「だから一色が生徒会長にさせらたのはクラスでのいじめだろ?」

 

「うん。そうだね……」

 

綾辻は認めたくは無いが認めてしまった。いじめがあると。

 

「そいつらからしたら一色が生徒会選挙で落選したそれをネタにさらにいじめる可能性があるんだよ。例えば……『一色さん。折角、推薦したのに落選とかありねなくな~い』とか『まあ、一色さんじゃ推薦しても生徒会長にはなれないよね~』などと言われるかもしれないだろ?」

 

「……た、確かにそうですね。あ……このまま雪ノ下先輩が当選したら……」

 

一色はようやく気が付いたようだな。このまま雪ノ下が生徒会長にでもなれば自分へのいじめがさらにエスカレートする事を。

てか、いじめられていると自覚はしていたんだな。ややこしいな。

 

「ど、どうすれば、いいんですか!?」

 

「別に何もしなくてもいいだろ」

 

「……え?」

 

一色も雪ノ下に負けず劣らずのアホ顔だな。この手の顔は見てて飽きない。だってみるからに面白いから。

 

「た、助けてくれないんですか!?」

 

「俺は綾辻から相談があるから話を聞いてだけで誰かを助けるなんて一言も言っていない。そもそもこうなったのもお前が原因だろ?なら自分が頼りにしてる先輩にでも頼れよ。俺は夜架がいじめに加担しているかどうか知りたかっただけだから。自分から加担していないと分かったからにはもう関わりたくない」

 

「そんな……」

 

一色は希望から絶望へと落された人間のように顔を曇らせた。まあ、夜架が自分の意思でいじめをしていたなら何とかしたかもしれないが、そもそも夜架がいじめなんてする訳が無いか。

 

「それじゃ綾辻。俺達はもう行くから」

 

「うん、ごめんね。……比企谷君。我がままだって事は分かっているよ。一色さんを助けてくれないかな?」

 

「助ける?それは出来ないな。一色からは助けを求める気持ちが無い。そんな人間を助けてやる義理は無い」

 

一色いろはと言う人間は弱いキャラを演じている。容姿や言葉使いで男を手玉に取って楽しているタイプだ。そんな人間を助けてやる理由も義理も俺には無い。

 

「八幡ってホント、素直じゃないよね?」

 

「何がだよ、浅葱?」

 

「もしあの一年生が『助けて』って言ってきたら助けるんでしょ?」

 

「……言ってくればな」

 

「ホント、捻デレ」

 

「ち、違うからな!!」

 

昼食を食べ終わって教室に戻ろうとした時に浅葱が妙な事を言ってきた。俺にはあの一年を助ける義理はない。

でも手を貸さない理由もない。問題は彼女の態度だけだ。あれを改めるなら手を貸すだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、学校に行ってみると生徒会選挙を急遽する事になったと聞いた。雪ノ下が生徒会長に立候補したため雪ノ下と一色のどちらが生徒会長にするか選ぶ必要が出てきたためだ。どちらが生徒会長になろうが俺の知った事では無い。それに今の所、一色に軍配が僅かだが上がっている。

その理由が雪ノ下が今までやってきた事が原因だ。

 

職場見学でボーダー隊員への暴言、文化祭での委員長の暴走を止め無かった事、この二つが雪ノ下にの評価を下げている。

そして今、雪ノ下には『自己管理が出来ない自己チュー女』これが雪ノ下に張られているレッテルだ。

 

理由は二つ。

一つ目は一年からの反感を買っている。これに関しては葉山と三浦も同様に反感を買っている。

何故なら来年、自分達はボーダーの職場見学が出来ないからだ。まあ、出来なくも無いが人数が制限されたので学年全員は行けない。

 

そして二つ目が文化祭だ。委員長の相模の暴走の所為で委員会の一人一人の仕事量が増えて浅葱が倒れた。ついでに雪ノ下も倒れた。

それで危うく文化祭の中止になる所だった。相模の暴走を止められたなかった副委員長の雪ノ下の評価は密かに下がった。

 

この事から全学年から雪ノ下を選ぶとは思えない。だが、かと言って一年の一色を選ぶのは不安があるから多分、雪ノ下を選ぶと思う。

俺の勝手な想像だけどな。どう転ぶかはまだ分からない。

もし一色がこのまま動かなかったら雪ノ下が生徒会長になるだろう。それを良しとするかどうかだな。

 

「ヒキタニ君……」

 

「ヒッキー……」

 

「はぁ……」

 

昼休憩になったので昼飯を食べようかと思ったら葉山と由比ヶ浜がなんかやって来た。しかも困ったような顔をしている。

これは修学旅行の時と同じだから面倒事だとすぐ分かる。嫌だ嫌だ。

 

「……これから昼飯って時に来るなよ。お前ら俺を餓死させたいのか?」

 

「いや、そんなつもりは……」

 

「そ、そうだよ!それに一食くらい食べなくたって菓子?しないよ」

 

「結衣。餓死だから……」

 

どうしてこうも間違えるかな由比ヶ浜は。自宅謹慎を自宅禁止と間違えるし、総武は進学校だったはずなんだがな。

やはり裏口入学なのだろうか?まあ、別にいいか。

 

「それで?何の用だよ」

 

「雪ノ下さんを止めるのを手伝って欲しいんだ」

 

「雪ノ下を?生徒会長になるやつか?」

 

「ああ、そうだ」

 

雪ノ下が生徒会長になるのとこいつらに何の関係があるんだ?ほぼ、無関係だと思うが?何かしらの深い訳でもあるのか?

 

「雪ノ下が生徒会長になったら何か不味いのか?」

 

「だって!ゆきのん、来年にはボーダーに入隊するんだよ。生徒会長をやっていたらB級になるのが遅くなるじゃん!!」

 

雪ノ下が入隊?あいつって確か他人との協調性が無いとかで入隊出来なかったはずだが?まあ、雪ノ下が入隊出来る理由には心当たりがある。

 

金だ。

 

雪ノ下の親は雪ノ下建設の社長だ。つまり金持ちと言う事だ。ボーダー隊員だって人間だ。生きていくためには金が必要だ。

ではその金をボーダーが用意しようとしたらそうとう苦労する。それにボーダーだって色々と作っていかないと戦えない。

トリガーや訓練施設など必要なものは多い。

 

だからスポンサーは大事にされる。太刀川隊の唯我がそうだ。大企業の社長の息子と言う事でA級部隊に入れろと言う事で上層部は太刀川隊に唯我を入れた。

実際、唯我が居ようが居まいが太刀川隊は機能するからな。

前に唐沢さんから聞いた事がある。陽乃さんの入隊と同時に雪ノ下建設がスポンサーになったと。さらに妹も入隊させてより金を出させようとしているのだろう。

金の力は偉大だからな。

 

正直、雪ノ下が生徒会長になってボーダーに入隊しようが俺の知った事では無い。B級に上がるのが遅れる?知らん!

生徒会長とのかけ持ちで何が悪い?それは俺の問題ではなくて雪ノ下本人の問題だ。俺に振ってくるな。

 

「……で?俺に何をしろと?」

 

「雪ノ下さんを説得して欲しいんだ。俺達だけでは聞いてもらえ無いと思うから」

 

「なら俺じゃあ駄目だろ。あいつが俺の話を聞くと思うか?俺を見た瞬間に罵倒するのがオチだ。他を当たれ」

 

すんなりと想像出来てしまうんだよな。雪ノ下が俺を見た瞬間に罵倒するのが手に取るようにわかる。

そんな奴を説得するだけ無駄だ。

 

「で、でも……!!」

 

「……八幡。ちょっといいかな?」

 

「戸塚?」

 

由比ヶ浜が何か言おうとした時、タイミングよく戸塚が現れてくれた。ナイスだ!戸塚。流石は癒しの天使だけの事はあるな。いや、それは今は関係無いか。

 

「どうしたんだ?戸塚」

 

「うん。八幡を訪ねて一年の子が来ているよ」

 

「俺を?一年が?」

 

はて?一体誰だ?夜架か?いや、夜架なら来る前には必ず連絡してくるはずだ。なら誰だ?行ってみれば分かる事か。

 

「……どうも比企谷先輩」

 

「一色か」

 

待っていた一年は一色いろはだった。それにしても昨日とはまるで違う態度に見えるな。心境の変化か?

 

「お願いします。助けてください、比企谷先輩」

 

「いいぞ」

 

「…………え?いいんですか!?」

 

こいつは頼みに来た癖に何を驚いているんだ?

 

「俺が気に入らなかったのはお前の媚を売っている様な態度だ。しっかりと頼んでくれば、まあ……手を貸さないでもいな」

 

「そ、そうですか…………良かった」

 

一色はさきほどまで暗い顔をしていたのに少し明るい顔になっていた。うん、雪菜の方が可愛いしスタイルもいい。

 

「あれ?いろはじゃないか」

 

いつの間にか俺の背後に回っていた葉山が一色を名前で呼んだ。一色と葉山は知り合いなのか?

 



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一色いろは③

「あれ?いろはじゃないか」

 

「は、葉山先輩!?」

 

俺の後ろから話しかけてきた葉山に一色は驚いていた。あれ?葉山、今一色の事を名前で呼ばなかったか?二人は知り合いなのか?

 

「葉山は一色の事を知っているのか?」

 

「ああ。いろははサッカー部のマネジャーをしていたんだよ」

 

「はい!……でも今は『元』マネジャーですよ」

 

「そうなのか?頑張っていたのだから続ければ良かったのに……」

 

葉山がそう言うなら一色はマネジャーを頑張っていたのにどうしてサッカー部を辞めたんだ?

それに一色は葉山と話していると妙にテンションが高いな?もしかして一色がサッカー部のマネジャーを辞めたのもボーダーに入りたいのも葉山が目的なのか?

まさかそうは思えない……とは言えないな。一色は生徒会長になりたくないと言っていたのもボーダーに入った際に葉山との時間が減ってしまうからか?

 

「それでいろはがどうしてここに?」

 

「はい!比企谷先輩に助けてもらおうと思って来ました!!」

 

「……助けに?それは一体?」

 

俺が考えている間に一色のアホがペラペラと喋りやがった!!口や態度が軽い女は嫌いだな。さて、どうしたのもか?

待てよ。この際、葉山も巻き込むか?修学旅行の件もあるしそうするか。

 

「生徒会長の件だよ。一色が来たのは」

 

「……生徒会長?それは一体?」

 

「放課後に話さないか?ここで立ち話もなんだからよ」

 

「……分かった。そうした方がいいか。いろはもそれでいいか?」

 

「はい!もちろんです!葉山先輩!!」

 

ホント、葉山が相手だとテンション高いな一色は。

とりあえず一色の件に葉山を巻き込めた!何かあれば、葉山の所為にしておくか。葉山も知り合いの後輩が助けを求めれば嫌とは答えられないだろう。

もし俺に押し付けるようなら修学旅行の事を三浦と戸部にバラすぞとおど……じゃなくて言えばいいか。

俺はその後、浅葱と一緒に昼食を取った。うん、炒飯じゃなければ浅葱の料理は不味くは無い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後となり俺と葉山と一色は学校を出て俺のお気に入りの喫茶店に向かった。あそこならじっくりと話す事が出来る。

それに店なら誰かが入ってくればすぐに分かる。

 

「それじゃまず葉山」

 

「うん?何だい、ヒキタニ君」

 

「……雪ノ下に生徒会室に行くように言ったのはお前か?それとも由比ヶ浜か?」

 

「…………何の事だい?どうしていきなり雪ノ下さんが出て来るんだい?」

 

相変わらず、俺の事を「ヒキタニ」呼びした葉山にある質問をぶつけた。それは一色の事を綾辻から聞いた時にどうして雪ノ下が聞いていたのかだ。

たまたま生徒会室の前を通りかかった?だとしたらタイミングがバッチリだった。

あれは誰かからのタレ込みがあったに違いない。だとしたら言ったのはクラスに居た人間の誰かだが、雪ノ下と接点がある人間は葉山か由比ヶ浜のどちらかだ。

 

葉山は白を切っているが、間違いなく葉山か由比ヶ浜のどちらかと睨んでいる。それに葉山にはさっき、結構長い間があった。

あれは動揺していると言う事だ。ならもう一押しと言った所か?

 

「……今、素直に話すなら俺の弟子になる条件の勝率を二十五……いや二十勝までならおまけをやるけど?つまりお前は四十勝すればいいって事だよ」

 

「そ、それは…………」

 

葉山は渋っているが、かなりの良い条件だ。本来なら百戦中六十勝しなければならないのを僅か四十勝で弟子入り出来るのだからな。

だが、それを呑むと言う事は由比ヶ浜を裏切ると言う事だ。そうなれば、後で何を言われるか分からない。

 

「先輩達はさっきから何について話しているんですか?」

 

「葉山が俺の弟子になるための条件だよ」

 

「弟子ですか?」

 

一色は首を傾げた。知らないなら一応教えておくか。葉山はまだ悩んでいる様だしな。

 

「ボーダーじゃあ師弟関係を結ぶ事なんてそう珍しくも無い。強くなるために強い人間から技を盗む事だってする。まあ、スポーツだって強くなるために上の者から学んだりするからな」

 

「確かにそうですね」

 

「葉山はボーダーに入隊して日が浅い。だから俺に弟子入りして少しでも早く強くなりたいんだよ」

 

「そうなんですね」

 

一色はなんとなくだが納得したようだ。それにしても葉山はまだ悩んでいた。悩んでいる時点で葉山が言ったに違いない。

それにしてもどうして葉山は雪ノ下に言ったんだ?葉山にメリットなんて無いと思うが?

いや待てよ。確か陽乃さんが葉山は雪ノ下の事が好きだと言っていたような?もしかしたら雪ノ下の好感度を上げるために言ったのか?

 

副会長の綾辻がわざわざ俺に頼みに来たなら何か面倒事の可能性が高い。それを解決する事で自分が有能だと知らしめたいのかもしれないな。

まったく面倒な女だな、雪ノ下は。

だが、雪ノ下の思い通りにはするつもりは無い。どこまでも無能だと思い知らしめてやる。

 

「……ヒキタニ君。さっきのは本当なのか?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

「…………君の言う通りだよ。綾辻さんが君を訪ねてきたからそれを雪乃ちゃ……雪ノ下さんに教えたんだ。結衣経由で」

 

まあ、そうだよな。葉山の事を嫌っている雪ノ下が素直に嫌っている人間の言う事を信じるわけがない。よし!葉山と由比ヶ浜は絶対に弟子にはしない。

 

「それでいろはの生徒会長の件と言うのは?」

 

「実は一色、クラスメイトの女子からいじめられていてな」

 

「な!?それはホントなのか!?いろは?」

 

「ちょっ!?比企谷先輩!?」

 

一色は俺を睨め付けてきた。どうせ、生徒会長の件で話す事になるのにな。

 

「いじめの事を話さないと先には進めないだろう。それとも葉山には知られると不味いのか?」

 

「……そう言うわけではありませんけど……」

 

一色は葉山の顔をチラチラと見ていた。やっぱり何かあるのか?だけど、一色と葉山の間に何があろうが俺の知った事ではない。

 

「それで、いろはが受けているいじめって、具体的にはどんなのだい?」

 

「一色を生徒会長にしようとしているんだ。本人にはなる気がないのにだ」

 

「それは……」

 

葉山は考え始めた。こいつが何を考えているかその内容は大体、想像出来る。それは一色に生徒会長をやってもらえないかと言う事だろう。

葉山の目的が雪ノ下の生徒会長になる事の阻止なら一色が生徒会長になった方がいいと考えて要るだろう。

生徒会長とボーダー隊員の両立は難しい。オペレーターくらいなら大丈夫と思うが、戦闘員なら絶対に無理だろう。

 

「……いろは。君が生徒会長をしてはもらえないだろうか?」

 

「葉山先輩?それってどういう事ですか?」

 

「そ、それは……」

 

葉山が視線を俺に向けてきた。ここで俺に助けを求めるのか?ホント、よく考えてからものは言えよな。

まあ、別に構わないけどな。一つ貸しにしておいてやるよ、葉山。

 

「……一色が生徒会長になった方がメリットが大きいと言う事だよ」

 

「そのメリットって何ですか?」

 

「まず履歴書に生徒会長をしたとかいてもらえる事、次に一色を推薦したバカ共を見返せる事」

 

「一つ目はわかります。二つ目はどう言う事ですか?」

 

一色は一つ目は分かったようだが、二つ目は分かっていないようだ。てか、葉山も分かっていなかった。だって、首を傾げていたからだ。

 

「つまり一色が生徒会長に就任した時に推薦した女子達に笑顔で『みんな、私は推薦してくれてありがとね♪』告げるっていう具合にな。いじめで一色を生徒会長にしようとした連中からしたら悔しいだろうよ。なんたって、いじめで推薦したのに本当になってしまうんだからな」

 

「……なるほど。それは悔しいですね」

 

一色は分かってくれたようだ。すると少し考えているようだった。

 

「でもそれって私が生徒会長にならないとダメですよね?私、生徒会長にはなりたくなんですよね……」

 

「いろは。なりたくないのは分かったよ。それでも頼むよ、なってくれないか?」

 

「葉山先輩……」

 

葉山は一色に頭を下げていた。一色からしても葉山が頭を下げるのが余程、驚きなようだ。葉山からしても後輩に頭を下げただけで自分の目的を果せるなら易いものか。

 

「一色が生徒会長になれば、クラスの女子連中を見返せる。まあ、一年で生徒会長ってのも大変だよな」

 

「……はい。あまり自信はありません」

 

「そこは大丈夫だろう。困ったら葉山が助けてくれるしな」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ、ヒキタニ君。どうして俺が?」

 

いきなり振られて葉山は動揺しているが、俺には関係ない。それにこれは最初から考えていた。もしも一色が何か手伝って欲しいと言ってきてもやりたくは無い。

だからこそ、代わりにやってくれる人物が必要だった。葉山は一色と親しい仲のようだし問題ないと思う。

 

「え?もしかして葉山、お前……頭を下げて頼んでおいて後は知らん振りを決めるつもりだったのか?それはあまりにも無責任じゃないか?一色もそう思うよな?」

 

「え?……た、確かにそうですね。葉山先輩は私がやりたくも無い生徒会長をやらせようとしているのですから何か手伝ってもらわないと私は生徒会長はやりたくありません!」

 

一色は俺の考えを読んで乗ってきた。一色は葉山に好意を寄せている。ボーダーに入りたいのも葉山が関係している。

だが、ボーダーに入らなくても葉山との距離を縮められるなら別に何でもいいのだろう。なので一色は乗ってきた。

 

「わ、分かったよ。俺で手伝える事があれば、手伝うよ」

 

「ありがとうございます!!葉山先輩!!」

 

一色は満面の笑みを見せた。やる気が出てよかったぜ。

これで明日を待つばかりだ。明日の放課後に急遽、生徒会長選挙をする事になった。俺も念のために仕込みをしておくか。

話が終わったので俺は帰ったが、葉山と一色はもう少しお茶して帰るそうだ。

後、数日で遠征部隊が帰ってるな。なるようになるだろう。

 



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一色いろは④

ついに明日、ワールドトリガー最新刊発売!

ワートリはジャンプからS.Qに変わるが連載するには変わりない。

頑張って更新していこうと思う。

では、そうぞ。


葉山と一色との話し合いの次の日、急遽生徒会選挙をする事になった。それは生徒会長に雪ノ下が立候補したからだ。

候補が二人のため選挙をする事になった。雪ノ下が立候補しなければ一色が生徒会長になっていた。まったく迷惑な話だ。

ちなみに生徒会長以外の役職はもう決まっていた。まあ、生徒会で一番面倒なのが生徒会長だから誰もやりたがらないからな。

 

ついでに言うと綾辻は前回の生徒会に続き副会長をするらしい。まあ、ボーダーの『顔』である嵐山隊のオペレーターは他とは仕事量が違うからな。

だから生徒会長をしながらは無理だそうだ。オペレーターで無理なら戦闘隊員ではなおの事、無理だ。

 

それはさて置き、一色を生徒会長にするため雪ノ下を落選させるために下準備をしておくか。念には念をしておかないとな。

やる事は簡単だ。これまで雪ノ下がやらかした失態を全生徒にバラせばいい。とは言え職場見学での事や文化祭の事はもう知っている生徒が大半なので他の事をだ。

 

例えば未成年でバーに行った事や夏休みで行ったボランティアで小学生のいじめの問題に勝手に奉仕部の依頼として乗り出そうとした事、修学旅行で出来もしない恋愛相談で危うく人間関係に大きな溝を作ろうとした事など……上げたらキリが無い。

それだけの事を雪ノ下はやって来たのだ。いや何もしなかったと言った方がいいかもしれない。

 

さて、そろそろ始めるか。雪ノ下を落選させるか!!

 

「浅葱。それで準備は?」

 

「バッチリよ!いつでも行けるわ」

 

俺は浅葱に頼み、雪ノ下のこれまでの事をSNSなど総武高校の生徒がよく使う掲示板などに書き込んでもらった。

これで大方の準備は完了した。もう一押ししておくか。

俺は三年の教室に向かった。犬飼先輩と荒船先輩に会うためだ。二人に頼み一色に票を入れてもらおうとしている。

 

「犬飼先輩、荒船先輩。ちょっといいですか?」

 

「あれ?比企谷ちゃん。どうしたの?」

 

「どうした?比企谷」

 

今日、この二人の部隊は夜が防衛任務だから良かった。

 

「実は今日の生徒会長選挙で1年の一色いろはと言う生徒に票を入れていただきたいんです」

 

「1年の一色いろはって子に?別にいいけど」

 

「まあ、3年で……雪ノ下に入れる奴は少ないからな」

 

そうだよな。文化祭でやらかした事だしな。それはこっちとしても都合がいいな。

 

「そうですか、分かりました。ありがとうございます」

 

「またね比企谷ちゃん」

 

「またな比企谷」

 

俺は二人にお礼を言って3年の教室を後にした。次に向かったのは1年の教室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総武1年でボーダー関係者はそこそこ居る。まず夜架に染井、歌川、菊地原、古寺と、とりあえずはこれ位か。

その内、歌川と菊地原は遠征で今は居ない。古寺は防衛任務中のはずなので居ない。そこで俺は染井の居る教室に向かった。

ちょうどいい事に染井が教室から出てきた。

 

「染井。ちょっといいか?」

 

「比企谷先輩?どうしたんですか?」

 

「聞きたい事があってな。一色いろはって知っているか?」

 

「……一色さんですか?」

 

染井は少し考える素振を見せた。流石に分からないかもしれない。

 

「……確か今日の生徒会選挙の一人で隣のクラスの人だったと思いますけど。一色さんの何を聞きたいんですか?」

 

「ああ。一色ってどの位、人気があるんだ?」

 

「……男子には可愛いとそれなりに話題になっていて、女子には葉山先輩を狙っているって噂になっていてあまり好まれてはいないですね」

 

一色が葉山を狙っているって1年ではそれなりに知られていたんだな。だからこそ、それを面白く無いと思っていた女子達が一色を生徒会長に推薦したのか。

一色の自業自得とはこれは酷いな。

 

「そうか。ありがとな染井、助かった。助かったついでに一色に票を入れてくれないか?」

 

「それは構いません。一色さんか雪ノ下先輩のどちらに入れた所で私にはそれほど関係ないので」

 

「……まあ、大抵の生徒はそうだよな。知り合いにも一色に票を入れてもらえないか聞いてもらえないか?」

 

「いいですよ」

 

俺は染井と別れて2年の教室に戻る事にした。これで下準備は完了だ。後は選挙の結果を待つばかりだ。

楽しみだな、雪ノ下がどんな顔をするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後になり全生徒は体育館に集まった。この時季、体育館の床は冷たい。それは他の生徒も思っていた。

 

「……ああ~床、冷たいな~」

 

「そうだよな。早く終わってくれないかな?」

 

「それでお前はどっちに入れるんだよ」

 

「もちろん一色さんだよ」

 

「お前も?」

 

「それりゃそうなるよ。文化祭で委員長の暴走を止められなかったんだぜ?それなら一色さんの方がいい。それに一色さんってクラスメイトから推薦されたらしいんだよ。それってそれだけ人気って事だろ」

 

「だよな!他も一色さんに入れるようだし、これはもう結果が見えただろ」

 

一色と雪ノ下の事を話しているのが聞こえた。人気は一色の方が上だろ。さっき話していた奴も一色に入れるようだし問題は無いな。

そう言えば、雪ノ下は生徒会長になるにあって何もしていない。自分が選ばれるだろうと思っているんだろ。

まあ、そっちの方がこちらとしては都合がいいな。

 

そしていると一色と雪ノ下が壇上に上がってきた。一色はどこか不安げな表情をしていたが、こちらを見た瞬間に一気に明るい表情になった。

葉山でも見つけたのか?

一方、雪ノ下は自信に溢れた……いやあれは傲慢な王のような顔をしていた。自分が生徒会長に選ばれると本気で思っているらしい。

本気で雪ノ下が哀れに思えてきた。そんな事を考えていると壇上に上がった雪ノ下と視線があった。

 

俺と視線が合った途端、顔を歪めて睨んできた。ホント、睨んだ所で俺が怯えるとでも思っているのか?だとしたらバカだな。

周りの生徒はいきなり雪ノ下の表情が険しくなった途端、ざわつき始めた。

 

「お、おい……雪ノ下はどうしたんだよ。顔、怖いんだけど……」

 

「あ、ああ。あれが視線で人を殺せるってやつだな。目を合わせない方がいいな」

 

「怖っ!?マジでどうしたんよ……」

 

「どうしたの雪ノ下さんは?やっぱり雪ノ下さんに入れるの辞めようかな……」

 

俺への睨みがまさかの出来事を起こしてしまった。残念だな雪ノ下、折角票を入れてくれる生徒が居たのに。

そうしている内に二人の演説が始まった。

 

『初めましてみなさん。1年の一色いろはと言います。私はクラスのみんなから推薦で生徒会長になることになりました。最初は不安でした。ですけど、私の周りには私を支えてくれる人達が居る事を知りました。ですので精一杯、生徒会長を務めたいと思いますので、清き一票をどうぞお願いします』

 

一色にしては中々の演説だったな。生徒達からは拍手が起こった。それに一色のやつ、『クラスのみんなから推薦で』と言った。

それは他のクラスからしたら一色いろはという生徒は絶大な人気者と言う事だ。そして一色のクラスメイト……特に一色を推薦をしようと女子からしたら面白くない展開だろ。

なんせ元々、やる気が無かったのに今では自分から生徒会長になろうとしているのだから。

 

『皆さん。2年の雪ノ下雪乃です。私はそこの一色いろはさんがいじめられていると知りました。人の悪意によって今、生徒会長にさせれているので、私が生徒会長になった暁にはこの学校からいじめを撲滅したいと考えています。どうか、清き一票を』

 

雪ノ下はそれだけ言って壇上から降りた。少しの沈黙から生徒達は一色のクラスを見た。ホント、雪ノ下って予想外な事を平然としてのけるよな。

折角、一色のいじめを隠していたのにそれをバラすんだからな。教師達も色々と話しているのが見える。

一色の担任と思える教師を中心に話していた。

 

まさか一色の推薦がいじめだと分かっていなかったんだから。それにいじめがあると表ざたになれば学校としても死活問題だ。

いじめがある学校に態々、自分の子供を預ける親はいない。だから学校は必死になって隠す。それを雪ノ下は全生徒が居る前で堂々と喋ってしまった。

すると一色がまた壇上に上がってマイクを取った。

 

『みなさん!!私は確かに雪ノ下先輩の言う通り、いじめの一環で生徒会長に推薦されました。ですけど、私は考えました。私を推薦した人達を見返して後悔させてやろう!と。ですのでみなさんは私が可哀相とかそんな事を考えずに投票してください!!』

 

一色の発言にザワついていた生徒達が静まり返った。今の言葉は俺が一色に前に言った事だ。推薦した連中を見返してやろうと。

それから予定通り投票が行われた。学校側としては中止にしたかったが一色のやる気に関心したようだった。

そして選挙の結果が次の日に発表になった。

 

事前に下準備をしたといえ、結果は俺の予想を遥かに超えるもだった。それはと言うと一色に入れらた票はなんと、全生徒の97%だった。

これには驚いた。80%位は超えるだろうと思っていたらまさか97%だとは思わなかった。

これで一色が生徒会長になり雪ノ下は落選した。

一色はクラスの自分を推薦したいじめの主犯を見返す事が出来た。その時の一色のざまぁ見ろと言わんばかりの顔は推薦した女子達に苦虫を潰したような顔にさせた。

そして俺は雪ノ下の敗北に塗れた顔を見る事が出来たので満足した。

まあ、こうして生徒会選挙は終わった。落選ざまぁ雪ノ下!!!



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