足したけど2で割らなかった (嘴広鴻)
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足したけど2で割らなかった



 クインクスがアリならこれもアリ?




 

 

 ○月○日

 

 今日の西尾先輩との一件から“あんていく”でお世話になることになった。

 個人的には不本意で無意識での行為の結果とはいえ、芳村さんのおかげでとりあえずは飢えは収まったし、喰種についても教えてくれるとのことなので恩返し代わりのアルバイトとしても頑張ろうと思う。

 それと重要なことを記録するのを兼ねて、この日記を書くことにする。この日記を誰かに見られたら、それこそヒデに見られたら大変なので隠すのを忘れないように気を付けよう。

 まぁ、ヒデが読まないような難しめの本の中に紛れ込ませておけば大丈夫だと思う。

 

 それと何だかんだ言って助けてくれたトーカちゃんにお礼を忘れないようにすること。

 

 

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 ○月×日

 

 今日からあんていくのアルバイトが始まった。喫茶店業務はなかなかに難しい。

 とはいえあんていくで修行を積めば、自宅でも美味しいコーヒーが飲めるので頑張ろうと思う。

 店長のコーヒーに比べるとインスタントはやっぱり美味しくない。こんな身体になってから唯一楽しめる飲み物なので、これから少しは拘っていこうと思う。

 

 それに早く仕事に慣れないとトーカちゃんの機嫌が直らない。

 せめて慣れていない僕でも出来る掃除とかを頑張ろう。

 

 店長から人の食事を取る演技の仕方を教わったけど、しばらくは真似出来そうにない。でも今後のことを考えたら何とか頑張って覚えなきゃ。

 それと二日もコーヒー以外口にしていないのに、まだお腹が空くような感じはない。やはり先日食べたので飢えを抑えられているのだろう。

 飢えを抑えられる角砂糖も貰えたけど、そのうちまたあの飢えの苦しみがやってくるんだろうか?

 

 

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 ○月□日

 

 どういうことなんだろうか? やはり朝は寝ぼけていただけなんだろうか?

 

 今日の朝、味覚が元に戻っていないかと微かな希望を抱いてコーヒーにミルクを入れて飲んでみたら美味しかった……ハズ。

 あまりの衝撃に放心しちゃって、大学に遅れそうになったからと検証を後回しにするんじゃなかった。というか現実逃避してたかも。

 昼に学食で試したらやはり食べられなくて、夜にあんていくの仕事が終わってから試しても駄目だった。

 

 もう一度でいいからハンバーグを食べたい。

 

 

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 ○月△日

 

 朝7時に記入。

 やっぱり昨日のは寝ぼけていたんじゃない。現在進行形でコーヒー牛乳が美味しく飲めている。

 どういうことなんだろうか? 何で昨日の昼と夜は駄目だったんだろうか? 

 今日もあんていくがあるから、仕事が終わったら芳村さんに相談しよう。

 ぬか喜びになっちゃいけないから時間をおいてまたチャレンジ。とりあえず昼食でも試してみよう。

 

 夜9時に記入。

 昼にハンバーグ食べることが出来た。感無量。

 昨日みたく食べられるかどうかわからなかったから、他に誰もいないところで一人で食べるために生協で売っているハンバーガーを買って食べた。食べられた。

 どうせならちゃんとしたモノを食べればよかったと少し後悔もした。

 

 あんていくの仕事が終わった後に店長に相談した。

 とはいえ僕みたいな事例は店長も聞いたことがなかったのでわからないみたいだった。

 だけど味覚が戻ったのだとしても、人の肉が不必要かどうかまではわからないから気を付けるようにと注意してくれた。確かにそうかもしれない。

 

 それと今日、店長に僕の血液を少し渡した。

 何でも20区の喰種の中には人間社会で地位を築いている人もいるのらしいで、その人にお願いして僕の血液を検査してくれるとのこと。

 僕としてもこんな身体になったからには、嘉納総合病院で貰った結果は信用出来なかったのでありがたい。

 

 でもその社会的地位がある20区の喰種の話になったとき、トーカちゃんが嫌な顔というかしょっぱい顔をしてたのはどうしたんだろう?

 

 

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 ○月◇日

 

 今日はあんていくが休みで、大学の授業数も少なかったのでどういう状況になれば喰種の味覚になるのかを検証をしてみた。

 でも理由はまだわからない。

 

 

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 ○月◎日

 

 引き続き検証作業を続行。

 結果としては、身体が疲れているときに食べたら喰種の味覚になるらしいことがわかった。

 思い返せば◇日の昼だって、昼休みの前の授業が体育でマラソンをさせられていたので疲れていた。きっとそのせいで喰種の味覚だったんだろう。

 そして夜はあんていくでトーカちゃんに扱き使われて疲れていたからだと思う。いくら下っ端が働き始めたからと言って、業務用冷蔵庫の下を掃除させるのは勘弁してほしかった。一度冷蔵庫を動かさなきゃいけなかったし。

 

 運動した公園帰りにあんていくによってこのことを話すと、店長は何だか思い当たるような節があるような素振りを見せていた。思い当たるというか納得したという感じかもしれない。

 それと△日にお願いした血液検査が早くも終わったらしいので、月山さんという方が明日にも結果を持ってきてくれるらしい。トーカちゃんがまたしょっぱい顔をしてた。

 

 それと味覚が戻ったことを知った古間さんが新作パスタを夕食にご馳走してくれた。あんていくで古間さんオリジナルメニューを出すのが夢らしい。

 美味しかったけど“魔猿スペシャル”って名前はどうかと思う。

 

 

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 ○月☆日

 

 今日は激動の一日だった。

 

 まず月山さんという方が来ると聞いていたのに、あんていくに来たのは松前さんという女性だった。何故かトーカちゃんがホッとした顔をしてた。

 何でも月山さんという人は月山財閥の御曹司で、松前さんは月山家に仕えている執事とのこと。社会的地位を持っている喰種とは聞いていたけど、流石にそこまで凄いとは思っていなかった。

 

 そして来るはずだった月山さんだけど、何でも渡した僕の血液を昨夜に飲んだせいで二日酔いになっているとのことだった。

 喰種は腐った人間の血を血酒として飲むらしく、飲んだら人間が酒を飲んだときのように酔っぱらうらしい。

 ちなみに僕の血液の味の感想は“濃すぎて無理”らしく、月山さんのお父さんである観母さんが水で割って飲んだらちょうどよかったとのこと。普通の血がワインなら僕の血液はブランデーといったところだろうか?

 

 そして肝心の血液検査の結果なんだけど、Rc値という項目が6000というなかなかの数値が出たらしい。

 一般的にRc値は人間で250~500、喰種で1000~8000という値なので、6000を超える値ともなるとかなりの数値。それこそ喰種同士で共食いを繰り返した“赫者”クラスのRc値に匹敵するらしい。

 僕の身体はどうなっているんだろう?

 

 松前さんが来たのもこのことが関係しているらしかった。

 喰種の強さは基本的にRc値に比例するので、主人である月山さんをそんなかなりのRc値を持つ素性のわからない喰種に会わせるのは危険と考えたようだ。

 失礼ながらと前置きされたけど、喰種から見てもRc値6000という値は警戒にするに越したことはないレベルらしい。喰種にそう思われる僕の身体っていったい何なんだろうか?

 

 そしてここからは僕の身体に対する芳村店長の推論。まず店長から質問されたのだけれど、

 

“人間と喰種の根本的な違いは何か?”

 

 この質問に僕は“人を食べるかどうか”と答え、

 トーカちゃんと松前さんは“赫子の有無”と答えた。

 だけど店長の考えでは“Rc細胞を体内で分泌出来るか否か”だった。

 

 上のRc値に関連するけど、Rc細胞というのは喰種にとって非常に重要だ。というよりRc細胞が足りないと喰種は飢えて狂って最後には死んでしまう。逆にRc細胞さえあれば、1ヶ月ぐらいは絶食しても生きていける。

 そして喰種は人間を食べることによってRc細胞を摂取しているのだけれど、それはつまり人間はRc細胞を体内で分泌しているということでもある。

 何でも人間はRc細胞過剰分泌症という病気になることもあるらしい。

 

 少し話が逸れたので戻すけど、僕は元々は人間だ。そして喰種の臓器を移植されたけど、トーカちゃんの話ではどうやら先ほどの話にあった赫子も一緒に移植されているらしい。西尾先輩を倒した触手みたいなアレだ。

 それらを移植されたから喰種のようになったけど、店長の推論では僕の人間としてのRc細胞を分泌する機能は失っていないんじゃないかとのことだった。

 

 人間はRc細胞を分泌出来るけど、赫子がないから貯蔵は出来ない。

 喰種は赫子があるからRc細胞を貯蔵出来るけど、生成は出来ない。

 そして僕はRc細胞を分泌出来るし貯蔵も出来るんじゃないか、ということだ。理屈としてはあってるかもしれないと思う。

 疲れていたり怪我をした状態で喰種の味覚になるのは、僕の身体がRc細胞を摂取して早く元の状態に戻ろうとする、運動で汗をかいた後は塩分を取りたくなるのと同じような生理的な反応なのかもしれない。

 

 しかし僕は自分のことを半分人間で半分喰種だと思っていたけど、正確に言えばどうやら人間と喰種を足したけど2で割らなかったような存在だったらしい。それでも確かに半分人間で半分喰種だけど。

 というか人間と喰種の良いとこ取り? トーカちゃんがずるいと呟いていたけど反論出来ない。

 

 とはいえ、これはあくまで店長の推論なので、もう少し経過を観察することになった。

 その間に僕は戦い方だけでなく、赫子の使い方を学ぶことになった。Rc細胞を貯めこむ赫包、ひいては赫子を自由に使いこなせるようになっていないと、Rc細胞を貯めこみ過ぎることになるであろう僕には何か不都合があるかもしれないらしい。

 僕としてもまた西尾先輩みたいに害意を持った喰種がいないとも限らないし、Rc細胞を貯めこみ過ぎたあげく赫子を体内に引っ込めなくなったりしたら大変なので是非もなかった。

 学業とアルバイトと訓練と三足の草鞋は大変だけど、これからも頑張ろうと思う。

 

 そして話が終わったら松前さんが僕の血液が欲しいと言ってきた。

 検査装置を改良した後に再検査をするためと最初は言っていたけど怪しい。観母さんが気に入ったからじゃないかというトーカちゃんの質問に答えなかったし。

 とりあえず保留ということで、検査装置改良が終わったらまた話をすることになった。

 

 そして夕食は昨日とは別味の“魔猿スペシャル2”と入見さんが作ったパスタ。お互いに張り合うようにしていたけど、もしかして古間さんと入見さんはライバル関係なんだろうか?

 それに加えて賞味期限が今日までのケーキを店長から貰った。余った食材は店員全員が喰種だった今までは捨てるしかなかったけど、常日頃からそれは勿体ないと思っていたらしい。

 人間の食事を食べられるようになってからは、以前より大食いになっていたので有難く頂いた。

 

 

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 ○月●日

 

 今日の訓練で赫子はアッサリと使えるようになった。

 むしろ赫子を出している方が開放感があるのはマズいのかもしれない。

 

 それと今日は喰種が食べられない店の人間用メニューを一通り味見させられた。食費が浮いて助かるけど、地味に量が多くて辛かった。

 レシピ通りに作って人間の客には出していたけど、味見が出来ないので人間の口に合うかどうかやっぱり不安だったらしい。そんな時に現れた喰種の事情をわかっていて人間の味覚を持つ僕は味見役としてちょうどいいみたいだ。

 

 

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 ○月■日

 

 今日はトーカちゃんが持ってきた料理を食べさせられた。といっても半分はトーカちゃん自身が食べた。驚いたことに普通の人間の食事だ。

 口に合わないだろうに高校の友達(依子ちゃん)が作った料理とのことで捨てる気にはならず、貰ったら今までずっと食べていたらしい。これにはトーカちゃんのことを素直に凄いと思ったし、優しい子だと思った。

 僕にもその優しさを少しでいいから分けて欲しい。

 それはともかくとして、今までは依子ちゃんに感想を求められても“美味しい”としか言えていなかったのを気にかけていたので、僕の食べた感想を依子ちゃんに伝えることにしたらしい。そういうことなら協力したいと思う。

 

 それとトーカちゃんに西尾先輩の一件で僕とヒデを助けてくれたことのお礼を改めて言って、喰種として初めてトーカちゃんに会ったときに酷いことを言ったのを謝った。

 人間の食事を出来ることになった今でこそ、あのときどれだけ酷いことを言ったのかがわかってしまう。2回もトーカちゃんは僕のことを助けてくれたのに。

 トーカちゃんはムスッとしながらも、これからも依子ちゃんの料理を食べて感想を言うことと、勉強を教えることでチャラにして貰えることになった。少し耳も赤くなってた。

 

 何だかんだ言ってトーカちゃんやっぱり優しいし、ヒデが言ってたみたいに可愛いと思えてきた。ウン。

 

 

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 ○月▲日

 

 訓練してたら赫子が1本増えて4本になった。

 思い返せばリゼさんの赫子は4本だった気がするから、これで元に戻ったということかもしれない。

 

 夕食は店長と古間さんと入見さんの新作料理。量が多い。

 そして家に帰ってコーヒーを飲みながら寛いでいたら、月山家執事のマイロさんという人がお裾分けと称して高級食材を大量に置いていった。キャビアの実物とか初めて見た。

 月山財閥ともなると御中元や御歳暮でこういうものが大量に送られて来るのだけれど、やはり喰種なので今までは捨てるしかなかったそうだ。

 マイロさんは“これからは良いお付き合いをお願い致します”と言って帰ったけど、もしかしてこれらを食べて血を寄越せということなんだろうか? そんなに僕の血を気に入ったのか?

 

 

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 ○月★日

 

 あんていくに行くと、松前さんとトーカちゃんが僕の血液の売買交渉をしていた。何でさ?

 そして夕食は店長と古間さんと入見さんとトーカちゃんの新作料理。量が凄く多い。でも皆楽しそうというか面白そうに感想を求めてくるので断りづらい。

 どうやら僕に料理を食べさせて感想を求めるのが一種のブームになってるみたいだ。

 

 ……もしかして皆して僕を太らせて食べようとしてるんじゃ?

 

 

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 ×月○日

 

 トーカちゃんから初めて一本取れた。

 でも腹いせに指折られた。最近のトーカちゃんの僕の扱いはぞんざい過ぎると思う。

 まぁ、その気になれば5秒で治るからいいけど。

 

 それにしても折れた指を治すのに最長で20分か。これ以上回復速度を遅らせるのは難しいのかもしれない。

 怪我が早く治るのはいいけれど、人間と過ごしているときに何かの拍子で怪我をして人間にこの回復速度を見られるのはマズいから、もっと怪我の回復速度を遅らせたいのだけれどそうそう上手く行かない。

 怪我を治さないようにする訓練と称して、トーカちゃんにサンドバックにされるのはいい加減勘弁してほしいんだけどなぁ。

 

 

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 ×月×日

 

 遂に僕の血の販売が決定。でも1000円/mlって流石にぼったくりじゃないでしょうか、トーカちゃん。

 そして定期購入する月山財閥も月山財閥だよ。というか月山財閥の人しか買わないんだけど。

 ちなみに取り分は僕:トーカちゃん:あんていくで6:1:3。交渉役のトーカちゃんと後ろ盾のあんていくだから、取り分としてはこれで適正なのかな?

 まぁ、さすがに大金を家に持ち帰るわけにはいかないし、銀行に預けるのも出所が疑われそうだから、元から僕の取り分のお金はあんていくに預けるつもりだったからちょうどいいかもしれない。

 

 とりあえずは週ごとに100mlのお買い上げ。

 量的に少ないと思ったけど、酒精が強すぎるのであまり量は飲めず、寝かせすぎると癖が強くなり過ぎるらしいので、今後は少量を定期的に購入するとのことだった。美食家(グルメ)なんですね。

 

 それとRc値が遂に1万の大台に乗った。

 僕の身体はどうなるんだろうか? 特に異常はないけど。

 

 

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 ×月□日

 

 これからはトーカちゃんにも僕の血液をあげることになった。

 

 どうやらトーカちゃんは僕から一本取られたのを気にしていたけど、四方さんからは「ちゃんと食事しろ」と言われるだけだったみたいだ。

 トーカちゃんとしても食事をすれば強くなれることはわかっているけど、やはり生きていくためではなく強くなるためだけに食事をするというのは抵抗があるらしい。

 トーカちゃんのその気持ちはわかるし、依子ちゃんのことを知っている僕としては、むしろトーカちゃんがそういう考えをしてくれるのが嬉しい。そういうことならトーカちゃんを応援したい。

 

 だから僕の血液ならトーカちゃんとしても罪悪感を抱かずに摂取出来るだろう。

 どうせ僕の血液の元となっているのは普通の人間の食事だし、Rc細胞量も豊富だから一石二鳥だ。

 

 

 ゴメン。実はそろそろ僕のRc値を減らしたいと思っていたから一石三鳥です。

 

 

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 ×月△日

 

 西尾先輩と再会した。再会したというより共食いされそうになっているところを助けた。

 そして家に送っていったら、どうやら西尾先輩には人間の彼女がいるようだった。しかも西尾先輩の彼女、西野貴未さんは西尾先輩が喰種だということを知っていた。

 これには正直驚いた。

 

 西尾先輩は僕との一件で負った傷が治っておらず、西野貴未さんにどうにかしてほしいと頼まれてしまった。

 あいにく肉の持ち合わせがなかったけど、西野さんが肉を求めて何か仕出かしそうなぐらいに必死な形相だったので、あんていくに火の粉が降りかかってきそうで怖かったから、とりあえず僕の手首を切って血を飲ませておいた。

 みるみるうちに傷が塞がっていくのはいいけど、次第に何だか西尾先輩がビクンビクンと痙攣し始めた。もしかしたら飲ませた血の量が多すぎたのかもしれない。

 安静にするように言っておいて、店長に相談すべくあんていくに向かったけど、あいにくと店長は留守だった。

 

 まぁ、一日ぐらいだったら僕の血でじゅうぶん持つだろう。

 

 

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 ×月◇日

 

 西尾先輩の家に様子を見に行ったら、部屋の中から嬌声が聞こえてきた。

 持ち直した途端にこれかよ、とも思ったけど、彼女がいるのなら仕方がないかもしれない。

 とりあえず何かあったら連絡するようにと、連絡先を記したメモ帳をポストに投函しておいた。

 

 

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 ×月◎日

 

 いつもの床屋で髪を切ったら髪質が変わったと言われた。しかも硬くなっているらしい。

 もしかして髪の毛にもRc細胞が回り始めたのかもしれない。

 

 シャンプーを変えたから、と言い訳をしておいたけど、これ以上硬くなったらマズいかもしれない。

 

 

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 □月○日

 

 今日は久しぶりの激動の日だった。

 

 切っ掛けはヒナミちゃんに頼まれて、お父さんのアサキさんの様子を確認しにいったことだった。

 アサキさんからヒナミちゃん宛に手紙を書いて貰うか、それこそ僕の携帯から電話でもかけて貰えれば少しはヒナミちゃんの慰めになるかもと思い、トーカちゃんと一緒にアサキさんの診療所に向かった。

 

 しかし診療所にいたのはアサキさんだけでなく、CCGの捜査官2人と白スーツを着た喰種がいた。捜査官の叫びでわかったけど、その白スーツはジェイソンと呼ばれる喰種らしい。

 僕たちが診療所に着いたときには既に捜査官と喰種が戦っていて、アサキさんが腹に穴を開けて倒れていた。

 とりあえず捜査官と喰種の戦いを尻目に、物陰に隠れた状態から僕の赫子でアサキさんをフィッシュ。そのままアサキさんを担いでダッシュで逃げた。

 

 アサキさんはかなりの重傷だったようだけど、僕の血を飲ませることで無事復活。でもしばらくは安静にしていた方がいいだろう。

 その後は四方さんに車で迎えに来てもらってあんていくまで帰った。

 

 アサキさんが怪我をしたのは残念だけど、僕たちが偶然間に合ったのは不幸中の幸いだ。

 

 

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 □月×日

 

 僕が悪いのだろうか?

 いいや、僕は悪くない!

 

 今朝、西尾先輩から連絡があった。怪我は治ったらしいけど、相談したいことがあるとのことであんていくで待ち合わせ。

 そして訪れた西尾先輩はまさかのいきなりの土下座。

 いったい何事かと思ったけど、衝撃の事実が発覚。どうやら貴未さんが妊娠したとのことだった。

 おめでとうございます、とは言ったものの、以前にイトリさんから聞いた話によると、このままでは貴未さんのお腹の中にいる胎児は栄養不足で死んでしまう。

 西尾先輩もそのことを知っていたようで、僕に血をわけてくれと頼んできた。

 

 流石に貴未さんに人の肉は食べさせられないようだ。それに対して西尾先輩の怪我をあっという間に治した僕の血なら、貴未さんにそれほど負担をかけずに済むんじゃないかと考えたらしい。

 話を聞くと見捨てるのも心苦しいし、店長とも相談の上でこれからの西尾先輩の食事を含めて、西尾先輩があんていくで働くことを対価に2人を助けることとなった。

 

 それにしてもやけに店長が親身になっていたのが気になる。

 

 まぁ、ここまではいい。問題ない。

 人と喰種のカップルは結構大きな問題かもしれないけど。

 

 問題は貴未さんが妊娠した経緯、というか原因だ。

 何でも怪我を治すために僕の血を飲んでからしばらくすると、西尾先輩は急激にムラムラッとしてきたそうだ。我慢出来ないほどに。そして怪我がある程度治って動けるようになってから翌々日の昼まで貴未さんとベッドイン。

 どうやら逆算するとその日に当ったらしい。

 でもそんなことで文句を言われても困る。助かったんだからいいじゃないかと思ったけど、ふと思い出した。

 

 昨日、アサキさんに僕の血飲ませたじゃん、と。

 

 アサキさんは昨晩から、四方さんが用意した港のコンテナハウスで安静にしていた。

 アサキさんを救出した後、とりあえずはヒナミちゃんには心配をかけさせたくないので、リョーコさんだけに事情を伝えた。

 しかしリョーコさんが様子を見に来た時には既に傷が塞がっていたとはいえ、アサキさんは腹に大穴が開くような傷を負っていた。そこでまず一晩は様子を見ることにしたので、リョーコさんがアサキさんの看病をしている間はトーカちゃんがヒナミちゃんを預かっていた。

 そして夜中に様子を見に行った四方さんの話だと、一晩休めばヒナミちゃんと会えるぐらいには回復しそうとのことなので、今頃トーカちゃんがヒナミちゃんを連れてリョーコさん達に会いに行っているはずだった。

 

 背中に冷や汗がドッと噴き出すのを感じながらも僕は走った。

 

 走って、走って走って、走って走って走って、リョーコさん達がいるコンテナハウスに着いたときに見たのは、ギシギシと揺れながら中からくもぐった声が聞こえてくるコンテナと、そのコンテナの前でお互いに抱きしめ合いながら真っ赤な顔をしてへたり込んでいたトーカちゃんとヒナミちゃんだった。

 何だかそれ以降、トーカちゃんとヒナミちゃんが赤い顔しながら僕をチラチラと見てくる。

 

 僕はこんなことになるだなんて知らなかったんだ。

 間違っているのは僕じゃない。

 

 

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 □月□日

 

 ヒナミちゃんが家出した。

 正確にはアサキさんとリョーコさん達の手から離れて、トーカちゃんの家でお世話になりながらあんていくの手伝いをすることになった。

 アサキさんはCCGの捜査官に顔を見られているので、ヒナミちゃんまで一緒にいるのは危険だ。ほとぼりが冷めるまでは別行動を取るらしい。

 

 身の安全のためだからシカタガナイヨネ。

 

 とりあえずアサキさんは月山財閥のお世話になることになった。

 松前さんに話してみると医者の真似事を出来るような喰種は希少なので望むところらしく、CCGの目に付かないような月山財閥の中での仕事を用意してくれるとのことだった。

 それとそろそろ僕の人柄も掴めてきたので、近いうちに松前さんの主人の月山習さんをあんていくに連れて来るらしい。月山さんが僕と出会ってどう反応するかわからないけど、とりあえずはお互いに顔は覚えておいてほしいとのことだ。

 

 でもそれを聞いたトーカちゃんがしょっぱい顔をしてた。

 僕と目があったら顔を赤くしてそっぽ向いたけど。

 

 

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 □月△日

 

 僕の血が一体どのような効果を発揮するのか調べるために、あんていくの皆に僕の血を飲んでもらった。

 僕の血を飲ませたことのあるトーカちゃん、そして西尾先輩とアサキさんで効果が違ったので、もしかしたら効果に男女差があるのかもしれない。

 試飲してもらう直前に出した新鮮な血と、前日のうちに出して常温保存で腐らせておいた2種類で男女それぞれ試してもらった。

 

 トーカちゃん(新鮮) → 特に変化無し。

 ヒナミちゃん(新鮮) → 特に変化無し。

 入見さん  (腐敗) → 酩酊した。

 古間さん  (新鮮) → トイレに籠って出てこなくなった。

 店長    (腐敗) → ほろ酔い気分。顔が赤くなってた。

 四方さん  (腐敗) → 泥酔してマシンガントークを始めた。

 

 ……四方さんってトーカちゃんの叔父さんだったんだ。トーカちゃんも知らなかったらしくてビックリしてた。

 それと明日出勤する前にトイレの消臭剤を忘れずに買い足しておかないと。予想していたとはいえ古間さんには悪いことをしてしまった。

 

 それにしてもどうやら僕の新鮮な血は男性には飲ませない方がいいみたいだ。あんな悲劇を二度と繰り返してはいけない。僕の血はスッポンの生き血か何かか?

 もしかしたら弟妹が出来るかもしれないと言ったらヒナミちゃんは喜んでいたけど。

 僕自身が僕の血を飲んでも、それが新鮮な物でも腐敗した物でも特に何ともないんだけどなぁ。

 

 

 え、ヒナミちゃんも今度から僕の血を飲むの?

 

 

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 □月◇日

 

 トレッビアーーーンッ!! でエルドラァッーーードッ!!な日々だった。

 

 ……トーカちゃんが苦手な顔してたのがわかった気がする。

 そしてトーカちゃんは相変わらず僕をチラチラ見ながらも、目があったらそっぽ向くことを繰り返している。

 正直、その反応は困る。

 

 それと月山さんは……個性的な人だと思う。ウン。

 トーカちゃんが僕のことを食べようとすんなよ、と揶揄していたけど、月山さんに“いや、彼はちょっと無理”と真剣な顔をして言われた。

 

 そういえば松前さんに昨日実験してわかった僕の血の効果を伝えておいたんだよね。

 月山さんは血酒に弱い上に、何というか自分なりのポリシーを強く持っているような人だから、新鮮な血で前後不覚になるのも腐った血で二日酔いに苦しむのもゴメンなんだろう。

 それに月山さんのお父さんの観母さんが僕の血を気に入っているということだし、金の卵を産むガチョウ……いや、胆汁を搾り取る熊を殺さないのと一緒なのだと思う。でも嬉しくない。自分で書いていて比喩が悪すぎた。

 あと“血抜きしたら食べられるかも”と真剣な顔で検討するのは止めてください、月山さん。

 

 月山さんが何かしそうになったら松前さんに相談することにしよう。

 

 

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 □月◎日

 

 ウタさんから僕用のマスクが完成したとの連絡があったので取りに行った。

 なかなかのパンクなマスクだと思う。

 

 先日のアサキさんをCCGから助け出したときは、マスクがなかったのでとっさに赫子を全身に巻き付けて正体を隠していたのだけれど、これからはこのマスクがあれば大丈夫。

 でも左目ぐらいしか人相がわからないとはいえ、わかる人が見ればわかるかもしれない。トーカちゃんみたくウィッグも付け加えてみようかと思う。

 それにせっかく口の部分が隠れているので、ボイスチェンジャーなんかをつけるのもいいかもしれない。

 

 

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 □月☆日

 

 僕の髪の毛を切ろうとしたら鋏がボロボロになった。いくら100円ショップで売っている工作用の雑な鋏とはいえ、刃が見るからにボロボロになってしまっている。

 床屋に行く前に試してみて良かった。

 

 これから髪の毛の手入れをどうしよう?

 

 

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 □月●日

 

 髪の毛のことを皆に相談してみたところ、喧々囂々の騒ぎの末に店長が赫子で切ってくれることになった。

 皆してそこまで必死にならなくても……。

 

 

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 △月○日

 

 トーカちゃんから鱗赫が生えた。

 え、もしかしてこれも僕のせい? っていうか、もしかしてヒナミちゃんもそのうち生えるの!?

 

 

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 △月×日

 

 今日は危なかった。CCGの捜査官とニアミスをしてしまった。

 しかも□月にアサキさんを襲っていた二人組だ。

 

 事の始まりは、昨日の訓練の最中に突然トーカちゃんから鱗赫が生えてしまったんだけど、その際に鱗赫がトーカちゃんの服が突き破ってしまった。

 それの責任を取れとトーカちゃんの服を買いにショッピングセンターへ行ったところ、あの時の捜査官二人組と鉢合わせしてしまった。

 しばらく何も事件が起こらない平和な日々を過ごしていたせいか、この突然の出来事に僕も流石のトーカちゃんも咄嗟の反応をすることが出来なかった。いや、正確に言うなら知らない振りをすることが出来なかった。

 

 しかし幸いにも鉢合わせした場所が、よりにもよってランジェリーショップの入り口だったので、男性捜査官二人組は思わずビクついてしまった僕達の反応を別の意味で捉えたらしく、

 

「いや、違うんだ。娘の買い物に付き合っているだけなんだ」

「そっ、そうなんだ。俺も…………って、そういえば何で俺もここにいるんだ?」

「待たせたな、二人とも。……ん? どうかしたのか?」

 

 と、何だかCCG捜査官にも複雑な都合があるようなやり取りをしていた。父親と彼氏同伴でランジェリーショップ?

 でもとりあえずあの物々しいコートを着てランジェリーショップに行くのは止した方がいいと思う。

 

 

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 △月□日

 

 出勤したらいきなり赤い顔したトーカちゃんに殴られた。

 昨日、僕を連れてランジェリーショップに入ったところをクラスメイトに見られていたらしい。

 店を選んだのはトーカちゃんなんだから僕は悪くないと思う。

 

 

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 △月△日

 

 依子ちゃんからのトーカちゃんへの料理の差し入れの量が倍に増えた。

 僕と一緒に食べてと言われたらしい。

 

 いや、そもそも以前のも一人暮らしの差し入れにしては量があったんですけど?

 

 

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 △月◇日

 

 私だけじゃ不公平だ、と言いながら、トーカちゃんが僕に羽赫を無理矢理食わせてきた。しかも羽赫といっても攻撃用に硬化させて発射する奴だ。

 トーカちゃんの身体から離れたらあっという間に気化するとはいえ、気化する前はまるでガラスを食べてる気分になる。食べるにしてもせめて付け根の柔らかそうな部分にして欲しい。

 

 

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 ◇月○日

 

 激動の一日再び。

 今日一日でたくさんのことがあったので、まずは箇条書きにして纏めようと思う。

 

①万丈さんがリゼさんの情報を集めにあんていくへ来店。

②万丈さんが“彼女”という言葉に反応して暴れる。

③店内で暴れられるのは困るので取り押さえて地下行きに。

④閉店後、店長が戻ってから話を聞くことに。

⑤トーカちゃんの弟のアヤトくんがテラス戸から来店。暴れる。テラス戸割れた。

⑥トーカちゃんキレる。

⑦ヤモリさん+ニコさん来店。暴れる。テーブル一式壊れた。

(ヤモリさんはアサキさんに怪我させたジェイソン)

⑧トーカちゃんブチギレ。僕も怒った。

⑨トーカちゃんがアヤトくんフルボッコ。

⑩僕がヤモリさんを“半殺し”。ヤモリさん幼児退行?

⑪トーカちゃんマウントポジションに位置取り。

⑫トーカちゃん!ねぇトーカちゃん!!もうアヤトくん意識ないよ!!

⑬3人の財布から現金徴収。弁償には足りない。

⑭トーカちゃんにアオギリの樹からカツアゲしてくるよう命令される。

⑮アヤトくんはトーカちゃんから説教。

⑯万丈さん達を案内人としてこれから殴り込み。

 

 いくら何でもアオギリの樹の拠点に殴りこむのは危ないんじゃないかと反論をしてはみたけど、帰ってきた店長から“ついでにどんな喰種が参加しているか見てきてくれ”と頼まれた。

 どうやら店長はちょうど最近アオギリの樹について調べていたみたいだった。

 

 それにしてもRc値が10万を超えた頃から、皆の僕への扱いがぞんざいになり過ぎていると思う。

 まぁ、CCGからSSSレートの認定をされている店長でさえも僕に勝てなくなったぐらいなんだから、喰種から見ても僕は強いんだろう。僕の血を飲むようになったトーカちゃんが四方さんより強くなったぐらいだし、いろいろと僕の身体は便利すぎると思う。

 でもあまり暴力は好きじゃないんだけどなぁ。

 

 じゃ、とりあえずアオギリの樹に行ってきます。

 

 

 

 アオギリの樹に行ってきた。

 ×日の0時を回っているので×日の日付で書くのがいいのかもしれないけど、わかりやすさ優先で○日の日記に書くことにする。

 

 拠点に到着して幹部の人達に会って早々、タタラさんという人が僕のお腹に貫手をかましてきたけど、僕のお腹を突き破れずに逆にタタラさんの指が折れてた。僕にダメージを与えたいのなら最低でも四方さんの本気の蹴りクラスの攻撃をして欲しい。

 どうやら僕が殴り込みに来たのではなく、ヤモリさん達に連れて来られたのだと思ったようだ。考えてみれば普通はそう思うかもしれない。

 そうじゃなくてヤモリさん達が壊した店の備品を弁償して貰いに来た、それとアヤトくんはトーカちゃんのご機嫌を取るために生贄としてしばらく貸してほしいと言ったら、全身包帯巻きのエトって人が吹き出していた。

 

 しかしそのエトさんと変なマスクをしたノロって人以外の喰種はその言葉に怒ったらしく、タタラさんはブチギレてコメカミに血管を浮き上がらせていた。

 遂にはビン?兄弟という幹部の二人組が襲ってきたけど、でもごめんなさい。例え僕の鱗赫相手に強い尾赫で攻撃されたとしても、今の僕はちょっと身体に力を込めれば大抵の攻撃は防げてしまうんだ。古間さんとも訓練してるし。

 とりあえずビンさん達の気が済むまで攻撃をくらい続けていたけど、身体は無事でも服がボロボロになってしまった。仕返しに少し強めにビンさん達を殴ってしまったけど、死んでいなかったのでセーフ。

 

 その後は少し話をして店の備品代と僕の服代を弁償してもらった。

 タタラさんが赫眼になってまでブチギレていたけど気にしない。仕掛けてきたのはアオギリの方なんだから。

 そしてその時の話の中に、嘉納先生の話題が出てきた。

 

 マズい。あんていくの居心地が良くて、嘉納先生のことすっかり忘れてた。

 

 でも今は別に困ってないんだよね。

 そりゃあ、この身体になった直後は混乱してたけど、普通に食事も出来るようになったし身体能力も凄いことになった。CCGにバレたらそれは流石にマズいけど。

 それと僕はRc細胞を分泌出来るし貯蔵も出来るんじゃないか、という店長の推論を話してみたところ、エトさんが「ないわー」と呆れていた。

 

 まぁ、それはそれとして、思い出してしまったからには嘉納先生のことを調べてみようかと思う。

 エトさんから僕の血液を少しくれたら嘉納先生の情報が手に入ったら教えてくれる、と言われて少し迷ったけど、西尾先輩やアサキさん達のような悲劇が繰り返されてもアレだし、嘉納先生の情報なら松前さんを頼ればいいだろうからとりあえずは断った。

 何故僕の身体をこんな風にしたのかの理由は知りたいし、よくよく考えてみれば僕以外にも嘉納先生によって半喰種にされた人がいるかもしれない。

 それらを知らないふりをして放っておくのはいくら何でも夢見が悪い。

 

 トーカちゃんの勉強やらあんていくの仕事やらで忙しいけど、何とか時間を見つけて調べてみよう。

 

 

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 ◇月×日

 

 あんていくに万丈さん達がいた。

 そういえば昨日アオギリから一緒に戻ったのをすっかり忘れてた。これからは四方さんの手伝いをしながら今後のことを考えていくらしい。

 

 それとアヤトくんもウェイターの格好をして店内の掃除をしてた。万丈さんが笑ってた。

 どうやらトーカちゃんはアヤトくんが割ったテラス戸の代金を働かせて弁償させるようだ。……あの、僕がアオギリから貰って来たお金は? え、迷惑料?

 

 まぁ、文句をつけながらもトーカちゃんはアヤトくんの面倒を熱心に見ているので、離れ離れになっていた弟がすぐに出て行かないようにしているんだろう。

 そういうことなら余計な口を出さずに黙って見てようと思う。

 

 

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 ◇月□日

 

 アヤトくんに四方さんが叔父さんだということを教えたら驚いていた。

 そしてアヤトくんが時給250円で働かさせられていることを知って僕が驚いた。確かに喰種に法律は適用されないし労基なんかないんだけどさ。

 

 ……きっと、離れ離れになっていた弟がすぐに出て行かないようにしているんだろう。

 

 

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 ◇月△日

 

 トーカちゃんとヒナミちゃんがそれぞれ僕の左右の手首に噛みついて血を飲みながら、僕がトーカちゃんの羽赫をガリガリと食べているところを、アヤトくんがボケっとした顔で見ていた。

 確かに事情がわからないと意味不明の行動に見えるだろうなぁ。

 

 とりあえずアヤトくんに僕の身体の事情を話し、トーカちゃんに鱗赫が生えたことを伝えたら益々訳のわからないような顔をしていた。

 まぁ、普通の喰種の常識とはかけ離れているから仕方がないだろう。共食いで赫子を食べたならともかく、血だけ飲んだだけで新たな赫子が生えるなんてのは店長ですら聞いたことがなかったし。

 

 その後、アヤトくんが真剣な顔して「俺でも」と言いかけたけど、トーカちゃんに殴られて止められた。

 きっと「俺でもお前の血を飲めば強くなれるのか」と聞こうとしたのだろう。でも僕の血は男が飲むのにはちょっとした不都合がある。特にヒナミちゃんの前では話すことが出来ないような不都合が。

 だからアヤトくんには僕の血はあげない。

 

 

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 ◇月◇日

 

 アヤトくんがヒナミちゃんに負けて落ち込んでいた。

 

 以前にアサキさんがCCGに襲われたこともあって、最近ヒナミちゃんは僕達との戦闘訓練に参加していた。そして何よりも僕の血を飲んでいるだけあって戦闘技術はともかく身体能力はかなり凄いことになっている。

 アヤトくんに勝ったのも、油断したアヤトくんの想定以上の速さで振るわれた赫子の一撃で終わらせただけだし、きっともう一回戦えば勝つのはアヤトくんだと思う。

 

 思うんだけど、それでも年下の女の子に負けたのが本気でショックだったみたいだ。ポッキリと牙が折れたようで、誰彼構わず噛みつこうとする雰囲気がすっかりとなくなっていた。

 まぁ、強くなるためにアオギリに入ったって言ってたから、この結果は流石に……ねぇ。

 

 

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 ◇月◎日

 

 赤い顔をしたトーカちゃんから、アヤトくんに性教育をして欲しいと頼まれた。

 思わず「ホアッ!?!?」なんて声が出た。

 

 血酒のようにトーカちゃんも腐ってしまったのかと絶望したけど、よくよく聞けば学校に通っていないアヤトくんがソッチ方面のことをちゃんと知っているかどうか不安になったらしい。真面目な話でよかった。

 まぁ、ヒナミちゃんも一緒に暮らしていることだし、何か間違いがあっても困るのでその懸念は正しいと思う。

 

 しかしなんで僕なのか?

 確かに実の姉であるトーカちゃんがそんなこと教えようとしたらアヤトくんは逃げるだろうし、四方さんはこういう時には役に立たない。

 万丈さん……は知識量的に無理だろうし、古間さんは尾赫ということもあって有利な羽赫持ちのアヤトくんは甘く見ているみたいだしなぁ。

 店長なら教えてくれそうだけど、あまり身内の問題を押し付けるのは気が引けるから、ということで僕らしいけど……いや、僕を身内と思ってくれるのは嬉しいんだけどね。

 でも僕もあまりアヤトくんに好かれてないから、ちゃんと聞いてくれるかどうかわからないんだけどなぁ。

 

 

 

 イトリさんがいた!

 

 

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 ◇月☆日

 

 うん。昨日の夜、ベッドの中でアヤトくんの性教育についてどうしようか悩んでいたらイトリさんにお願いすればいいと思いついて、忘れないうちに昨日の日記に書いておいたけどよくよく考えたらマズいな。

 最悪アヤトくんが喰われてしまう。喰種だけど。

 

 でもイトリさんに相談するのは良い考えかもしれない。

 あの人なら笑うだろうけど、言い難い事も誤魔化さずに言ってくれると思う。

 今日の夜にでもイトリさんの店に行ってみよう。

 

 

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 ◇月●日

 

 取り返しのつかないことをしてしまった。トーカちゃんに何て詫びればいいんだろう。

 キッカケはイトリさんの店にアヤトくんのことを相談しに行ったときだ。

 

 ぶっちゃけると、あのニコさんに話を聞かれてしまった。

 

 僕の話を聞いていたニコさんは何故か乗り気になってしまい、ニコさんがアヤトくんに性教育をしてくれると申し出てくれた。

 すごく嬉しそうというか楽しそうというか、僕のせいでヤモリさんがすっかり腑抜けになってしまったので、久々に心が躍ると上機嫌だった。

 

 トーカちゃんに話をしてみます、と言って逃げた僕は弱い。

 いくら店長よりも力が強くなったとはいえ、心が弱かったらどうしようもないんだ。

 

 

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 ◇月■日

 

 ニコさんが早速あんていくに来て、トーカちゃんと話をしていた。

(アヤトくんはコーヒー豆の仕入れで外にお使い)

 その話し合いの結果、トーカちゃんがニコさんに

 

「弟のことをよろしくお願いします」

 

 と頭を下げていた。

 

 それでいいの、トーカちゃん!?

 義妹が義弟になるかもしれないんだよ!?

 

 その様子を見ていた店長も四方さんも古間さんも僕を見てきたけど、僕がトーカちゃんの決定に反対出来るわけないじゃないですか。

 特に四方さん! 叔父なんですから、そんな縋るような必死の形相で僕を見ないで自分で止めてくださいよ!

 

 

 

 ちょっとアオギリの樹に行ってくる!

 

 

 

 駄目だった。アオギリの樹の人たち役に立たない。

 

 そもそもアヤトくんがちゃんと性について知っていれば、ニコさんによる特別授業を受ける必要がなくなるわけだ。

 だからアオギリの中でアヤトくんと猥談したことがある人を探しに行ったのだけれど、誰もアヤトくんとはそういう話をしたことがないそうだった。

 僕以上に友達いないな、アヤトくん!

 

 ちなみにタタラさんもヤモリさんも不在でビン兄弟さんが出てきたのだけれど、僕が行ったら物凄く警戒されてしまった。

 訪れた理由を話したら、最初のほうはふざけているのかと怒り始めたけど、ニコさんの下りを話すとドン引きされて、いくら喰種でもやって良いことと悪いことがあるだろうと怒られた。ここら辺の感性は人間も喰種も一緒らしい。

 もうすぐアヤトくんも借金を返し終わるので、帰ってきたら少し優しくしてあげてください。

 

 それと手土産に持ってきた芳村店長特製のブレンドコーヒー豆をエトさんに渡したけど、何だかエトさんは嬉しそうじゃなかった。

 嬉しくないというより、何とコメントしたら良いか自分でもわからないというような雰囲気を醸し出しでいた。どうしたんだろう?

 

 そして帰ろうとしたらエトさんから「月山財閥に頼り過ぎない方が良い」と忠告された。

 まぁ、わかる。

 月山財閥、というより月山一族としては、もし喰種ということが世間にバレて、CCGと戦争にでもなったときなんかに僕の力を借りたいんだろう。

 松前さんからは月山さんのことをよろしくお願いします、と何度も言われている。いくら僕でも一人では月山財閥が壊れる流れは止められないとはいえ、それでも月山さん一人を逃がすことぐらいなら例えCCG相手でも出来るだろう。

 色々な便宜を図っているのは、もしもの時の保険が目的のはずだ。

 

 でもそれ以外にも、きっと月山さんが結婚して子供を作ろうとしたときに僕の血が必要なのが大きいのかもしれない。西尾先輩と貴未さんの話に松前さんが凄い勢いで喰いついてきたし。

 きっと財閥の後継者確保とは大変なんだろう。

 これでヒナミちゃんに弟妹でも出来たら実績が増えて凄いことになりそうだな。

 

 

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 ◇月▲日

 

 何も出来なかった……。

 

 僕は今、惨劇が起きているであろう部屋の前でこの日記を書いている。

 

 あんていくの仕事が終わった後、トーカちゃんは大事な話があるといってアヤトくんを店の地下に誘った。

 そして地下の空間の中でも行き止まりになっている、小部屋のような場所にアヤトくんを連れて行った。そこで何が待ち受けているかも知らせずに。

 小部屋についたところでアヤトくんと隠れているニコさんを二人きりになるように、僕の赫子を使って部屋を封鎖した。これでアヤトくんが暴れてもこの部屋から出ることは出来ない。

 そして最初のうちは「ごるぱぁっ!」とか打撃音が聞こえてきたけど、今はもう何も聞こえてこない。というか聞きたくなくて赫子の感覚をわざと鈍くしている。

 

 ゴメンよ、アヤトくん。

 僕にはもうこれ以上何も出来ないんだ。

 

 赫子で部屋を封鎖する必要があるのでこうして一人で部屋の前で待っていたのだけれど、いつの間にか店長と古間さんと四方さんが来てくれた。

 何も言わず、ただ側に居てくれているだけだけど、一人で待っている時よりは気が楽になった。なお、トーカちゃんは流石に弟が大人の階段を上る場に立ち会うのは気まずいらしく、今頃家で勉強の真っ最中だ。

 というか四方さん。僕の肩を励ますようにポンと叩きましたけど、僕とあなたの立場って普通逆じゃないですかね?

 

 

 

 

 予定された時間が経過したので部屋の封鎖を解いた。

 ノロノロと意気消沈したアヤトくんが、そして上機嫌なニコさんがルンルン♪と部屋から出てきた。アヤトくんの服装に乱れもなく、特に変な液体が付着しているような汚れもなかったので、念のために用意していたタオルを渡す必要はなさそうだった。

 

 だけど僕たちはアヤトくんに何も言うことが出来なかった。

 店長はアヤトくんの世話?をしてくれたニコさんに労いのコーヒーを入れるために上の店へ、四方さんはアヤトくんから目を逸らし、古間さんはウンウンと頷きながら人生こういうこともあるよね、と呟いている。

 そして僕はただ、トーカちゃんが定めた残りの弁償金が入った封筒を手渡しつつ、「何かあったら力になるよ。君はトーカちゃんのたった一人の弟だからね」と目で語り掛けて元気付けることしか出来なかった。

 

 そしたら殴られた。解せぬ。

 

 

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 ◇月★日

 

 アヤトくんがあんていくから出て行った。僕の渡した封筒を置いてだ。 

 トーカちゃんは何というか……その封筒を抱きしめて「大人になったんだな、アヤト」みたいな慈母のような顔をしていた。あの過程を知らなければトーカちゃんに惚れてしまいそうな、初めて見る大人びた女性の顔だった。

 いや、本当にドキッとした。何が起こったかは忘れたいけど。

 

 それに実を言うとアヤトくんは僕の家にいるんだよね。

 今アオギリに帰ってもニコさんがいるし、あんていくにいたらトーカちゃんのお節介が炸裂するので居場所がないみたいだった。

 ウン。合鍵渡しておくから、ニコさんがアオギリにいる時ぐらいは僕の家に避難してきてもいいよ、アヤトくん。

 

 

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 ◎月○日

 

 ヒナミちゃんに妹が出来たことがわかった。

 今夜はあんていく終了後にお祝いパーティーだ!

 

 

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 ◎月×日

 

 あんていくから帰ろうとしたら、松前さんが路地裏からヌッと現れた。しかも“遂にこの日が来たか”と言わんばかりに覚悟を決めた顔で。

 というよりアサキさんが月山財閥でお世話になっているとはいえ、話聞きつけるの早いですね。これが執事か。

 

 御同道お願いします、と言われたけど、いきなりすぎるので断った。

 松前さんたちの月山家後継者が欲しいという気持ちは今までの付き合いからわかっているけど、それでも月山さん本人の意向もあるし、何よりも子供を作るのには男一人ではどうしようもない。

 相手がいる必要があるが、もし後継者欲しさに女性本人の意向を無視して月山さんに宛がう、なんてことになるのは避けたい。

 

 ……月山さんのことを好きな女性っているのだろうか? もちろん月山さんの性格を理解している人で。

 

 

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 ◎月□日

 

 トーカちゃんに呼び出されたら、そこにはトーカちゃんだけでなく松前さんと、前に会ったことのある月山家執事のカナエさんがいた。

 いたんだけど、カナエさんが女装していた……と思ったらカナエさんは実は女性だったとカミングアウトされた。本名はカレンさん。

 何このいきなりの展開?

 

 どうやら色々な事情があるらしく、その事情はカレンさん個人の過去と密接しているのでここには書かない。

 とりあえず結論としては、月山さんが人生の墓場に入る手伝いをすることになったということだ。トーカちゃんを先に説得されたらどうしようもないじゃないか。

 

 ごめんね月山さん。

 

 

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 ◎月△日

 

 現在、月山家の客室にて日記を書いている。先ほど僕の血を松前さんに渡したところだ。

 渡したなら僕はもう帰ってもいいかと思ったけど、用が終わったら帰っていいよでは月山家の面子が立たないようで、ホテルのスイートルームに匹敵する客室を用意されてしまった。

 食事も人間の食事を用意されており、一晩ゆっくりと泊まって失った血を回復して欲しいとのことだ。

 

 でも何でダブルベッドでトーカちゃんと同室なんですかね?

 この日記をトーカちゃんに見られたらまずいから、肌身離さないようにしないと。

 

 

 

 正直トーカちゃんとの間には微妙な空気が流れていた。だってトーカちゃんが赤い顔をしてコッチをチラチラ見てくるんだ。

 しかも今頃は月山さんがこの館のどこかでカレンさん相手にハッスル中なのはお互いに知っているので、どうしても意識せざるを得なかった。

 でもそんな気まずい時間を過ごしていたら先ほど

 

「フォルテッシモッッッ!!」

 

 という月山さんの叫びが聞こえてきたので、僕もトーカちゃんも一気に気が緩んだ。というかお互いに吹いた。

 でも月山さんの叫びがなかったら人様の家で破廉恥な行為をしでかしていたかもしれない。僕も本気でマズいかなぁ。

 

 

 

 何かまた「フォルテッシシモッッッ!!」って聞こえた。

 2回戦目終了か?

 

 

 

 月山さんうるさい。20~30分置きに叫び声が聞こえてくる。

 トーカちゃんもイラついてきているようだ。

 

 

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 ◎月◇日

 

 結局「フォルテッシシシシシシシモッッッ!!」までいったのかな? そんな音楽記号ないけど。

 朝食を御馳走になり、観母さんと食後のコーヒーを楽しみながら月山さんの昔話を聞いたりした。やはり息子さんが大人になったというのは感慨深いようだった。

 

 そして帰ろうとしたら「カァネェーーーキッ、ケェーーーン!」と叫びながら月山さんが襲い掛かってきた。腰をガクガクいわせながら。

 頑張り過ぎたんですね。お疲れ様でした。

 

 そんな月山さんを怪我をさせないように取り押さえて使用人の人に引き渡したけど、“ああ、習様も大人になったのだな”って感じで微笑ましく見ていて手伝ってくれなかったのが癇に障ったので、腹いせにマイロさんとユウマさんに僕の血を強制的に飲ませた。

 マイロさんは相手がいるかは知らないけど、ユウマさんはアリザさんに引き渡しておいた。

 

 皆して人生の墓場に入るがいい。

 

 

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 ◎月◎日

 

 四方さんから「トーカのことをよろしく頼む」と言われた。

 もしかして一昨日、月山家でトーカちゃんと同室になったのは四方さんの手配ですか?

 

 

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 ☆月○日

 

 どうやら僕が何度も訪れたアオギリの拠点が、これからCCGに攻められるようだった。

 TVでCCGの丸手特等という捜査官が民間人の避難を呼び掛けている。CCGの捜査官が百人単位で動員されていることから、いくらあの拠点でも持ちこたえることは出来ないはずだ。

 トーカちゃんもヒナミちゃんもTVを見ながら心配そうな顔をしている。アヤトくんのことが心配なんだろう。

 

 僕はそんな二人に早めに休むように言ってから、家に帰るからとトーカちゃんの家を後にした。

 帰ろうとする僕にトーカちゃんは何か言いたそうな顔をしていたから、きっと僕が何をしようとしているか気づいていたのだろう。

 でも僕は決めたんだ。

 

 その足であんていくに行くと店長と四方さん、それに古間さんがいた。

 特に打ち合わせをしていなくても店長と四方さんがいるとは思っていたけど、古間さんまでいてくれたのは予想外だった。

 でもその古間さんも「わかっているさ」と言わんばかりにウィンクを一つ。それだけで僕たちは分かり合っていたと思う。

 

 僕はこれからアヤトくんを助けに行く。

 先日、僕の家に泊まった時にアヤトくんはしばらく拠点に来ないように言ったことから、きっとそのときからCCGが攻めてくるのがわかっていたのだろう。

 まったく……素直になれないというかぶっきらぼうなのは本当にトーカちゃんに似ているな。

 

 今でも人間のつもりの僕は、CCGと戦うことには躊躇いがある。それでもアヤトくんは放っては置けない。

 いくら「アイツも大人になったんだから」と言って自由にさせていても、たった一人の弟であるアヤトくんが死んでしまったらトーカちゃんは悲しむ。それは見過ごせない。

 それに何よりも◇月のとき、僕は何も出来なかった。

 あんな悲劇が目の前で二度と起こらないように、あのときから更に訓練を重ねてきた。例え人間と敵対することになったとしても、僕はあんていくの皆を守りたい。

 

 

 何も出来ないのは、もう嫌なんだ……。

 

 

 

 






 原作決め台詞を台無しにところで終わり。続きません。



 それにしてもお久しぶりです。
 ちなみに何で今頃になって東京喰種なんて書いたかというと、キッカケはYouTubeで〝Licht und Schatten”を聞いてハマり、そこからアニメの東京喰種をDVDレンタルしたからです。
 あの白カネキと赫子出したトーカちゃんの画に心惹かれました。

 
 何だかアニメ版は色々言われているようですが、戦闘時の煙が多すぎる以外は楽しめました。それと〝半殺し”を見たかったですかね。そして腹から声出せ。
 あとはヒナミちゃん可愛い! 一番好きなのはトーカちゃんですが。
 トーカちゃんは:reより無印の髪型のほうが好きですかね。

 どうせなら√Aは√Aでも〝√あんていく”にして、全員そこそこ幸せな東京喰種が見たかったです。
 この話では皆幸せです。アヤトくんも実は大人にはなっていませんし。ああ見えてニコさんは常識は持っていると思います。
 持っているだけで使用するかどうかは別ですが。

 ただしCCGは難易度ルナティックに変更。
 有馬VSカネキはネテロVS王みたいなものになりますので、クインケでは決定打にならないので有馬は勝てません。
 最終的にはカネキが

1000(ニコ)引く(×)7(アヤ)引く(×)7(アヤ)引く(×)7(アヤ)引く(×)7(アヤ)引く(×)7(アヤ)はぁぁぁぁぁぁぁ?」

 と覚醒するので大丈夫でしょう。無茶しやがって……。


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CCG難易度ルナティックモード



続きました。




 

 

 

━━━━━金木研━━━━━

 

 

 

「おーおー、アヤトくんもアオギリも頑張ってますねぇ。けどこの戦力差じゃもう持たないか」

「(あの子は……いないのか?)」

「(アヤト、頑張れ)」

「……あの、店長も四方くんも反応してくれません?

 ところでカネキくんは大丈夫かい? こんな殺し合いの現場に見るなんて初めてだろう」

「ええ、普段は地下での訓練だけですし、生死がかかった戦いの経験はアサキさんの一件ぐらいですね」

 

 そのアサキさんの一件もアサキさん引っ掴んで逃げただけだったし、殺し合いは実質これが初めてのようなものだった。

 人間(CCG)に駆逐される喰種。逆に喰種に殺される人間(CCG)。見ているだけで怖気が走る。

 だけどその怖気も現実感があまり感じられない。まるで小説の酷いシーンを読んでいるような、テレビで外国のテロ事件のニュースを見ているような他人事の感覚だった。

 僕はこんな薄情な人間だったんだ。

 

 けどそんな僕でも固唾を飲んで見ているところがある。アヤトくんだ。

 アヤトくんは20人以上の捜査官を相手取って戦っている。その捜査官の中の二人は特等捜査官という地位にある人たちで、入見さんから前に聞いた話だと人間側のバケモノのような人たちらしい。

 流石のアヤトくんもそんな人たちを複数相手するのは無理らしく、最初はかなりの勢いで暴れまわっていたけど次第に劣勢に陥っていた。

 

 それにしてもアオギリの戦力がいくら何でも少な過ぎる気がする。

 タタラさんやエトさんがいないのもそうだけど、以前にあの拠点を訪れたときはもっと喰種がたくさんいたような……。

 

「いや、あれはCCGの選択ミスだろう。

 遠距離で同時に複数人に攻撃出来る羽赫のアヤトくん相手なら、最初からあの特等2人だけで戦っていた方がよかった」

「ですね。あの鎧っぽいクインケを纏った特等2人以外は防御力が足りなかったから、最初は特等2人が周りの連中のガードをしてフォローに回らなきゃいけなかったみたいですし。

 現に余計なのを下がらせたら、あっという間にアヤトくんが不利になりましたしね」

「(……アラタ)」

 

 なるほど。勉強になります。赫子には相性があると聞いているけど、こうして実際に見るとわかりやすい。

 僕の場合だと遠距離攻撃が出来る羽赫以外はあまり関係ないからなぁ。

 動きが遅い甲赫が一番戦いやすいのはセオリー通りなんだけど、相性の悪い尾赫と相性の良い甲赫で攻撃されて傷ついたとしても、治るのにかかる時間は数秒程度しか変わらない。

 というか防御に意識を集中さえしてしまえば、そもそもよっぽどの攻撃じゃない限り僕の身体を傷付けること出来ないしなぁ。

 

 おお、アヤトくんが凄い勢いで吹っ飛ばされた。

 今までのダメージが重なったのか立ち上がることは出来なく、壊された赫子の回復も出来ないようだ。意識はまだあるようだけど完全に戦闘不能状態になっている。

 

「いかんな。そろそろ助けに入らなければ。

 カネキくんは先に行ってアヤトくんを確保してくれ。ここからでは私たちの足だと間に合わない」

「頼むぞ、研」

「はい。わかりました。3人も早めに来てくださいね」

 

 腰の辺りから4本の鱗赫を出し、2本は橋に突き刺しておく。

 ちなみに今いる場所はアオギリの拠点から2kmほど離れた橋の上。そこそこ見晴らしが良いからCCGが陣取っているんじゃないかと思っていたけど、空いていたので僕たちはここから双眼鏡を使ってCCGとアオギリの戦いを見ていた。

 

 あ、行く前にボイスチェンジャー起動させとかないと。

 

 

「行きます」

 

 足を踏み出すと同時に、橋に突き刺した鱗赫に力を入れて爆発させるかのように一気に飛び出す。

 流石に2kmを一足飛びでというわけにはいかないので、橋と拠点の間にある森の木に鱗赫を突き刺し、身体を引っ張るようにして更に加速。

 2本目、3本目、4本目と順に木で加そ……って、うわっ!? 突き刺した木がバッキリ折れた!? 慌てて別の太い木に突き刺し直すけど……ウン、力加減がやっぱりまだわからない。店の地下での訓練しかしていないからなぁ。赫子が4本あってよかった。

 捜査官たちは戦いでアヤトくんによって滅茶苦茶にされた状況を整理し終えたらしく、アヤトくんにトドメを差すつもりなのか特等の1人がクインケを持って動けないアヤトくんに近づいていくけど、ここまで近づいたら僕もあと5秒もしないうちに到着出来る。

 

「篠原! 左だ!」

 

 だけど流石はアオギリの拠点に踏み込むぐらいに訓練された捜査官。僕が木を折ったときに出た音に気が付いたのか、白髪の捜査官がアッサリと接近中の僕に気が付いた。

 でももう遅い。まだ100m近く離れているけど、牽制のためにアヤトくんと近づいている捜査官の間に鱗赫を伸ばす「待ちなさいっ!」……って、アレェ? いきなりアヤトくんたちを見下ろす位置に現れたあの人影は……。

 

「助けに来たわよぉ、ウサギちゃん♪」

 

 ゲェッ!? やっぱりニコさん!?

「ゲェッ!? カマ野郎ッ!?」

 僕の心の叫びと同じことをアヤトくんは叫ぶ。

 

 今も戦っているだろうヤモリさんを放っておいて助けに来るなんて、アヤトくんってば完璧にロックオンされているじゃないか!? ゴメンよ、アヤトくん。あの時に僕の力が足りなかったせいで……。

 でもニコさんが助けに来てくれたのなら僕はいいんじゃないかな? 牽制のためにアヤトくんと捜査官の間に叩きつけた鱗赫をそのまま床に挿して急ブレーキをかける。

 しかしその牽制の一撃のせいで、既にアヤトくんからもニコさんからも捜査官の人たちからも視線を集めてしまっていた。

 

 えーーーっと……、

 

「……じゃ、そういうことで」

「ちょっ!? テメッ!? 来ておいて何処行く気だコラ!」

 

 ニコさんが来るならもう少し待てばよかった。しかし流石に無視してこのまま帰るわけにはいかないか。チクショウ。

 仕方がないのでアヤトくんと捜査官たちの間に降り立つ。

 それにしてもアヤトくんはよく僕のことがわかったな。マスクでほとんど顔は隠れているし、更には白髪のウィッグをつけてボイスチェンジャーを使っているので、僕と判別出来る要素は少ないはずなのに。

 そういえば前にアヤトくんには赫子を見せていたか。ニコさんと二人きりにする際に。ならわかるか。

 

 ああ、そして20人以上の捜査官を相手にしても一歩も引かずに戦っていたアヤトくんが、ニコさん相手だと少しでも距離を取るためにみっともなく這いずってでも逃げようとしている。

 クソッ、アヤトくんにここまでのトラウマを植え付けてしまうなんて、あの時の僕は何て情けなかったんだ。

 

 でも大丈夫。今度はちゃんとCCGからは守ってあげるからね。

 

「アラ、君も来たの? お義兄さんは大変ねぇ。

 ウサギちゃんってばそんなに思われているなんて……アタシ、ちょっぴり嫉妬(ジェラす)しちゃぁう」

 

 でもニコさんの相手は勘弁ね!

 幸いにも僕たちの前方にCCG捜査官たちがいて斜め後方にニコさんがいるので、僕がCCGからアヤトくんを庇うように、そしてアヤトくんがニコさんから僕を庇うように、僕の斜め後方にアヤトくんを逃げないように鱗赫でグルグル巻きにして持ち上げる。

 間違った。アヤトくんがCCGの羽赫クインケで攻撃されないようにだ。

 

「テメッ!? 何でこの位置取り!?

 だいたいオレはお前が義兄貴(アニキ)だなんて認めてねぇぞ!」

「いや、(まだ)そういう関係じゃないから。

 ホラ、大人しくしてよ。まだ目の前にCCGの人たちがいるんだよ……えーと、ウサギくん」

 

 名前を呼ぶのってマズいよな。ニコさんにならってウサギくんって呼ぼう。

 ニコさんはピエロのマスクを被っているからピエロでいいか。

 

「あらぁん、いいわねぇ。男の子たちが戯れる姿って。

 でも声を機械で変えているのは減点だわぁ。せっかくの君のイイ声が台無しぃ」

 

 ヒエッ!? そ、そんな熱の籠った眼で僕を見ないでください。

 そんなことよりニコさんはアヤトくん受け取ってください。CCGの目の前にいると危ないから。危ないからっ!

 

「オイ待てっ!? 何でオレをカマ野郎に近づけるんだよっ!?」

「い、いや……だからCCGの人たちがいるんだから、君をピエロさんに預けて僕がCCGの人たちの相手をしようかと」

「明らかに近づける意図が違うだろうがっ!! いいから離しやが「……何をしているのかね、君たちは…………あっ(察し)」助けろオッサン!!」

「(アヤト……遂にオレを叔父と呼んでくれるのか)」

 

 あ、店長たちが到着。しかもニコさんの姿を見て状況を察してくれたようだ。とりあえずアヤトくんは四方さんに預けよう。

 四方さんに渡されたアヤトくんは、ニコさんから自らの姿を見えなくするように四方さんの背中にしがみ付きながら隠れる。一方の四方さんは感無量といった感じだ。

 

 だからニコさんはそんな残念そうな顔しないでください。

 

 

 そんな緩い空気が流れていた僕たちと違って、CCGの捜査官たちは店長の姿を見たときから凄いざわめきが起こっていた。

 

「マル……ヤツだ」「うむ」「隻眼の、梟……っ!」「SSSレートの?」「何故ここに?」「しかも魔猿までいるぞ」「もしやヤツがアオギリの……」「あのカラスマスクも……」「先に現れたあの……歯茎?の喰種は……」「それにピエロマスクまで……」「アオギリとピエロは組んでいるのか?」「(それにしてもオカマの喰種っているんだな)」

 

 ちょっと待って。今誰か僕のこと“歯茎”って呼びませんでした? いや、確かにこのマスクは口の部分の歯茎が目立つかもしれないけどさ。

 ウィッグの“白髪”とか眼帯をしているところから“眼帯”や店長みたく“隻眼”って感じに、格好良いとまでは言わないけどせめて聞ける範囲での綽名で呼んでほしいんですけど。

 

「10年前、私の両腕を奪った青年はいないのか」

 

 赫子を仮面のように顔に纏わりつかせているためか、いつもの店長の声とは違う少しくぐもったような声。

 僕の内心の葛藤を余所に、店長がCCGの捜査官に向かって歩き、僕の隣に来る。それだけで捜査官たちに緊張が走るのが見てわかる。

 

「君もだいぶ出世したようだ。あのとき、利き腕を奪うべきだったかな? 君の上司のように。篠原特等」

 

 知り合い? あの変わった髪型をしている捜査官と10年前に会ったことあるんですか。

 でもその篠原さんより、コッチを凄い形相で睨んでいる白髪の中年の捜査官の方が因縁深いようなんですが?

 

「フム。カラスくんと魔猿くんはその子を連れて先に行きなさい。

 そして……そうだな。足止めを兼ねて、君が彼ら捜査官たちと戦ってみるかね? ……歯茎、くん?」

「えっ、僕ですか?」

 

 そして店長までその綽名で僕を呼ぶんですかっ!?

 

「梟さん。それは歯茎には……」

「そうですよ。いくら何でも歯茎くんにはハードル高すぎませんかね?」

「何。彼なら大丈夫だろう。もしものときのために私もついているし、いつかは経験しなければならないことだ」

「OK。わかりましたから歯茎は止めてください。歯茎は」

 

 四方さんに古間さんまで……。

 でもとっさに綽名なんて思いつかないし、それによく考えてみれば僕は普段から眼帯をしているから、眼帯に因んだような綽名は連想されてマズいから店長たちはそう呼んでくれているのかもしれない。

 だけど帰ったら何か良い綽名を考えよう。

 

 それでは、と言ってアヤトくんを連れて立ち去る四方さんと古間さん。そしてニコさんも…………ニコさんはどっかに行かないんですね。チクショウ。

 クッ、目があったら手を振られた。無視するわけにもいかないのでとりあえず頭を下げておいたけど、何だかニコさんに見られながら戦うのって嫌だなぁ。

 何だか腰の辺りにニコさんの視線を感じるんですけど、それはあくまで腰から出ている赫子を見ているだけですよね? 赫子を出すために曝け出している肌の部分なんか見てませんよね?

 助けてトーカちゃん。

 でもトーカちゃんはトーカちゃんで問題集を終わらせて僕が採点しているときとかに、何となしに最近になって6つに割れた僕の腹筋を弄ってきたりするんだよね。待っている間は暇なのか、僕の背中の方に回ってよりかかってきたりもする。

 どう反応したらいいんだ、アレ。見ているヒナミちゃんも真似するし。

 

 

 僕が葛藤している間も、一方のCCG側は慌ただしく動いている。

 店長が姿を現した直後は、漏れ聞こえた会話によると決死隊を殿にして残りはアオギリの殲滅に向かうような感じだったけど、店長が足止めという言葉を口にしたことと、僕が1人でCCGと戦うということでその状況が一変した。

 どうやら店長をこの場で倒すことは無理だとは思っているようだけど、足止めが目的というのならCCG視点初めて相対した僕の戦力評価、及び倒せるものならという条件で僕の討伐が目的に変わり、当初とは違って半分の10人がこの場所に残った。

 

 かといって僕が1人で戦うことについては甘く見ているわけではなく、むしろバリバリに警戒されている。これは僕が、というより店長に対しての警戒が大きいだろう。

 いくら店長が戦闘に参加しないような素振りを見せていても、それが本当かどうかはわからない。

 店長の気が変わって店長が戦いに参加したら、それだけで残った人員が全滅しかねないし、何よりも店長が僕1人で戦わさせるということで僕もそれなりの力を持った喰種として認識されているようだ。

 現に先ほど捜査官の人たちは“SS級配置”という言葉を口にしていた。いきなり上から2番目かぁ。

 

「……1人で、ですか?」

「まぁね」

 

 しかし、結局前に出てきたのは特等2人だけ。どうやらアヤトくんの戦いを踏まえて少数精鋭で挑んでくるようだった。しかも僕と戦おうとしているのは篠原さんだけで、鎧のクインケを纏ったもう1人の特等は店長を監視している。

 もちろん羽赫のクインケを持っている女性……女性、だよね? ガタイが凄くいいけど。まぁ、その人も含めて他の捜査官はいつでも援護に入れるように待機しているようだ。

 防御力の高い篠原さんで様子見をして、隙があれば店長を監視している特等を除いた全員で僕を仕留める、といった作戦だろうか?

 

「待たせちゃったかな、歯茎くん」

 

 だから歯茎は止めて。

 

 篠原さんは纏っている鎧のクインケの他に、おそらく尾赫であろうクインケを手に持っている。僕の鱗赫に対して有効な尾赫のクインケを持っていることも篠原さんが前に出てきた理由の一つだろう。

 亜門と呼ばれていた若くて背の高い(ニコさんが好みそうな)捜査官がしきりに“自分が戦う”と言っていたけど、あいにくと彼が持っているのは甲赫のクインケ。僕の鱗赫とは相性が悪いことを理由に却下されていた。

 

 ……こうして見るとクインケってのは多種多様なんだなぁ。

 というか羽赫のクインケはどうやったらあんな特撮映画に出てきそうな大砲みたくなるんだろうか? 何故“羽”赫があんなゴツイものに? まったくもって不思議だ。

 

「っていうかむしろ君の方がいいのかな? いくら梟が後ろに控えているとはいえ、君1人でこの人数と戦わされようとしているのは?

 後ろでデジカメを準備しようと四苦八苦している梟とピエロに思うところはないのかい?」

「あ、はい。まぁ、捜査官の人と戦うのは初めてで不安なんですけど、梟さんが言い出したのなら大丈夫なんだろうと。

 あの人は結構スパルタですけど、人を見る目はしっかりして…………デジカメ?」

「だからこうするのよぉ」

「……成程。いや、大丈夫。ちゃんと起動出来た」

 

 何やってんですか、店長。

 それ僕の血を月山財閥に売ったお金で買った最新のデジカメじゃないですか。あんていくのメニュー写真撮影用の。

 

「来る前にあの子から君のことが心配だとお願いされていてねぇ。君の初陣だし、記念になるかと思って……。

 あとせっかく買ったこのカメラの動画機能も試してみたいし」

「……やめてくださいよ、恥ずかしい」

「頑張ってねぇん、歯茎くん♪」

 

 あの子って……当然トーカちゃんのことだろうな。トーカちゃんから電話でもあったのか。やっぱり僕の行動はバレバレだったみたいだ。

 でもトーカちゃんのお願いは撮影って意味じゃないと思います。

 

 ああ、白髪の中年の捜査官の人がますます凄い形相にっ……。

 それとニコさんは帰ってください、お願いします。

 

「(敵意も殺意も持っていない? わからん喰種だ。これが初陣ということだし、あの様子だと梟の秘蔵っ子とでも言うべき喰種なのか? それに彼らの会話では先ほどアオギリのウサギという喰種の兄……とは限らんか。ウサギが“認めない”と言っていた)

 ……ま、あとは実際に戦ってみて、かな?」

「篠原」

「ああ、いわっちょは梟を頼む」

「うむ」

「それじゃあ、行くよ」

「はい、よろしくお願いします。なるべく怪我をさせないように気を付けますので」

「はっはっは、そうかいそうかい…………特等ナメんな」

 

 篠原さんのさっきまでの温厚そうな顔が、一気に戦士めいた険しい顔に変わる。

 確かに今の僕のセリフは本職の人に対しては侮辱のようなものだったかな。

 

「すいません。貴方を侮辱するつもりじゃなかったんですが」

「ほざけーーーーっ!!」

 

 僕のフォローにますます激高して飛び掛かってきた篠原さん。鎧のクインケのおかげなのか、重さのある鎧を纏っている人間にしてはとても速い。

 だけど篠原さんは激高しているような声色と違い、目はいたって冷静だ。僕の鱗赫の動きを注視していて、どんな動きに対しても反応出来るように気を付けているのが僕からでもわかる。

 あっという間に距離を詰められるけど、襲い掛かってくる篠原さんに僕は何もしない。

 いや、むしろ篠原さんが握り締めている尾赫クインケに対して僕は自らの首筋を曝け出した。

 

「っ!? はあああーーーっ!!」

 

 そんな僕の様子を訝しがる篠原さんだったけど、ここまで接近しては止めることもできないので、そのまま僕の左の首筋にクインケを振り降ろした。

 特等の地位にある捜査官が使うクインケならば、元となった喰種のレートはおそらくS以上。

 そんな強力なクインケが無防備な首筋に振り下ろされたら、普通の喰種だったら首を刎ねられる。いや、SSSレートの店長だったとしても、いくら何でも無防備で首筋になら致命傷に至るかもしれない。

 

 だけどそんな強力なはずの一撃も、僕に対しては無意味だった。

 バギンッ! そんな音が、決して刃物が出してはいけないような音が辺りに響く。

 

「なあっ!?」

 

 篠原さんの驚きの声。

 それに釣られて首筋に振り下ろされたクインケを見てみると、見事なまでに刃毀れしてしまっている。ポロリ、とクインケの欠片が地面に落ちた。

 対する僕の首は無傷。必殺のはずだった篠原さんの一撃は、僕に対してまったくの無意味な結果に終わっ……あ。

 

「しまった。襟が切れてる」

 

 よくよく見てみると、僕の身体とクインケの間に挟まれた襟が切れてしまっている。

 ウタさんデザインのこの服、結構高いのに。

 

「ぬぅっ!」

 

 攻撃が無意味に終わった篠原さんは僕の側に居るのは危険と判断したんだろう。僕から距離を取ろうとしたけど、流石にそうはいかせない。

 目の前の引かれようとしているクインケを左手で掴む。

 

「くっ!」

 

 僕の手を振り払おうとクインケに力を籠める篠原さんだけど、僕が掴んでいる以上、クインケはそのまま1ミリたりとも動かさせない。

 そのまま両手でクインケを引こうとしている篠原さんと片手でクインケを掴んで離さない僕とで力比べが始まった。しかし直ぐに僕に振るわれて欠けてしまった部分からドンドンとクインケに罅が走っていく。

 罅が走り始めてから数秒もしないうちに、篠原さんのクインケはバキリ! という音を立てて真っ二つに折れてしまった。

 

「うおっ!?」「篠原!!」「特等!!」「馬鹿な!?」「オニヤマダがっ!?」「オニヤマダはSレートのクインケだぞ!」「赫子も使わずに!?」「下がってください、篠原特等!!」「五里っ、待て!!」

 

 ざわめく捜査官の人たち。羽赫クインケを持っている女性は、後退しようとしている篠原さんを援護しようというのかクインケを構えた。

 ……というか女性に“ゴリ”って酷くない? 確かにガタイは女性にしては凄いけどさ。

 セクハラというかパワハラ受けているのかな、あの人? CCGの捜査官は軍人や警察官と似たような業種だから、きっと体育会系の可愛がりとかもあるんだろう。そういうのは好きになれない。

 

「チィッ!」

 

 下がろうとする篠原さんだけど、殺す気で攻撃してきた人をそのまま帰すほど僕はお人好しじゃない。

 鱗赫の1本を伸ばして篠原さんの右足に巻き付けて逃がさないようにし、もう1本を篠原さんがまだ手に持っている折れたクインケに向けて突き刺す……というか勢い的には発射をする。

 人間が反応出来ない音速を超えた一撃は、アッサリとクインケの残った刃の部分を見事に粉砕し、オニヤマダというクインケは柄だけのものなってしまった。

 

「捕まえた」

「ウオオッ!?」

 

 そして篠原さんを右足に巻き付けた鱗赫で逆さ吊りに持ち上げたけど、その光景を見て何だかリゼさんにされたことを思い出してしまった。

 今更ながらよく生きてたなぁ、僕。

 

「確かこうだったかな?」

 

 それはともかくとして、いつまでも篠原さんを持ち上げているわけにはいかないので、あのときのリゼさんみたく篠原さんを……そうだな。あの一番ガタイがよくて受け止められそうな亜門さんという捜査官(ニコさんへの生贄候補)に向けてブン投げた。

 

「篠原さん!」

 

 飛んできた篠原さんを受け止める亜門さん。そこそこの勢いに弱めて投げたとはいえ、亜門さんは篠原さんをガッシリと受け止める。

 店長を凄い形相で睨んでいた白髪の中年捜査官は、篠原さんを受け止めた亜門さんの前に出て僕から庇う。一方のゴリ……羽赫クインケ持ちは時間稼ぎのためか羽赫を発射してきた。

 

 何もしなかったら服に穴が開くか。

 

 鱗赫を平べったく広げて盾にして羽赫を防ぐ。平べったく広げたせいで薄くなったから、もしかしたら突破されるかもと思ったけど、幸いにも僕の鱗赫には傷一つ付くこともなく防ぐことが出来た。

 トーカちゃんの羽赫に比べてクインケはごついけど、威力的にはむしろ劣っているぐらいか。トーカちゃんの羽赫が凄いのか、それともクインケにされた赫子は本来の性能を発揮出来ないのか。そのどちらかな?

 

「おうおう、何てヤツだ。篠原、大丈夫か?」

「あ、ああ。何とか大丈夫だ。しかしオニヤマダが……亜門、ドウジマ借りるぞ」

「はい。俺には真戸さんから頂いたクラもあるので」

 

 よかった。篠原さんは特に怪我をしていないようだ。クインケを壊したときに手首を痛めるかと思ったけど、流石に普段から訓練している人たちは違う。

 そして店長を警戒していたもう1人の特等、いわっちょ?さんが捜査官全員を庇うように僕の前に出る。

 

 追撃をするつもりはないので体勢を立て直して貰おう。

 その間に僕は……この手に残った折れたオニヤマダの刃はどうしよう。返そうかとも思ったけど、強く握り締めているから僕の指紋がベッタリついているな。返すのはマズいか。

 仕方がない。壊そう。

 

 パァン、という音とともに残ったオニヤマダの刃を、先ほどと同じく音速を超えた鱗赫の一撃で粉砕する。

 ここまで粉砕すれば指紋を取ることなんて出来ないだろう。半分近くは風に乗って建物の外に流れていったし。

 

「……嘘だろ、オイ。アレは結構思い出深いモノだったんだけどねぇ」

「篠原さん、今度は俺も」

「馬鹿言うな、亜門。オニヤマダを粉砕した一撃はアラタでも防げそうにないぞ。ボディアーマーしか装備していないお前たちではアレを受けたら終わりだ」

「しかしアレは君だけじゃ無理だろう。余裕のためか梟は全然動きそうにないし、君を殺さないように歯茎も手加減しているようだ。今もこうして私たちの様子を窺うだけに留めている。

 あの強さでは余裕ぶるのはさもありなんといったところで癪だが、私たちを甘く見ているうちに全力で叩くべきだろう。それに先ほどの一撃なら複数の赫子で同時に出せるとは思えん。君一人で戦うよりも、手数で勝負してヤツを集中させずに戦った方がいいかもしれん。

 ま、ヤツらは時間稼ぎと言っていたから撤退しても追撃はないだろうが、私はここに残るぞ」

「わかっているよ、真戸。特等が引くわけにはいかんでしょ。

 頭痛いなぁ。彼の後ろにはまだ梟がいるってのに…………いわっちょ、プロトタイプってどこまでやっていいんだっけ?」

「……無茶する気か?」

「しましょう!」

「うむ、の「お待ちどうさまぁ~♪」……む?」

「什造!?」

 

 何だか僕を置いて捜査官の人たちが決死の覚悟を決めていたら、この場にもう一人乱入者が登場した。

 真戸さんと呼ばれた白髪中年の捜査官とは違ったボサボサの白い髪。縫い目がついている顔。男か女かわからない中性的な顔立ち。まるで捜査官とは思えないふざけた態度。でもどこかで見たような……あ。

 

「バイクで建物に突っ込んだ人?」

「はいぃ~~、そうですよぉ。

 で、君は誰ですかぁ? 他の人たちとは違うっぽいですけどぉ?」

「……いや、まぁ、僕たちはアオギリじゃないですけど。

 あの…………この人も捜査官なんですか?」

「い、一応は……」

 

 捜査官のイメージとは違い過ぎたので篠原さんに問いかけてみたけど、篠原さんも思わずという感じで僕の問いに答えてくれた。目を逸らしながらだけど。

 うーん、CCGはもっと真面目な組織かと思っていたんだけど、嘉納先生といいこの人といい、ちょっと変わった人が多いのかな?

 

「って、アラ? アナタ、ヤモリと戦っていたんじゃないの?」

「ヤモリ? ジェイソンさんですかぁ? 倒しちゃいましたよぉ」

「アラ、そうなの? それは……残念ねぇ」

「篠原さぁ~ん。僕が倒したんですから、約束通り新しいクインケ作ってくださいね?」

「あ、ああ。それよりちょうど良いタイミングで来たな。手伝え、什造」

「はぁ~~い♪」

 

 ……何というか、変わっているなぁ。

 しかし彼がヤモリさんを倒したというのなら甘くは見れない。ヤモリさんはそこそこ強かったはずだ。

 そんなジュウゾウくんとやらに篠原さんがボソボソと話しかけている。流石に小声で話されてしまったら、いくら喰種の聴力とはいえこの距離じゃ聞こえないか。いや、入見さんなら聞こえるかもしれないし、前にトーカちゃんとヒナミちゃんと一緒に見た映画みたいに口の動きを読める喰種もいるかもしれないけど。

 見えている範囲でわかるのは、ジュウゾウくんとやらが持っているのはクインケらしい数本のナイフのみだということぐらい。

 となると、あんな超近接でしか戦えないようなクインケでヤモリさんに勝つということは、身のこなしは下手したら並の喰種以上か?

 

 僕が観察をしている間に、CCGも陣形を変え始めた。

 こうなってしまった以上、思い切って店長のことは完全に無視することに決めたようで、いわっちょさんも篠原さんと一緒に僕に挑んでくるようだ。その少し後ろに亜門さん、白髪の真戸さんと呼ばれていた人、そして平子さんと呼ばれていた人がいて、5人全員が接近戦用のクインケを構えている。

 更にその後ろに羽赫クインケと銃を持っている人が5人。

 ジュウゾウくんは……前衛5人の陰に隠れるようにしている。彼が本命か?

 

 さっきのオニヤマダの僕の首筋への一撃で、僕に生半可な攻撃……いや、強力な攻撃でも無意味ということはわかっているはず。

 となると向こうの狙いは後衛が援護しつつ前衛5人で隙を作るように動いて、最後にジュウゾウくんが喰種でも人間と変わらない弱点である眼球や耳の穴への攻撃……といったところか。最近のトーカちゃんと同じ戦法だな。

 

 ……考えてみればかなり酷くない、トーカちゃん?

 まぁ、そこまでしなきゃ僕にダメージは与えられなくなってるから仕方がないかもしれないけど。どうせ再生するからいいけど。

 

 それとニコさん! ヤモリさんがやられてしまったのなら、遺体を取り返しに行くなりされたらどうですか!?

 恋人の遺体をCCGの人たちに好き勝手にされるのはお嫌でしょう!?

 

「ん? ん~、そぉねぇ。確かにヤモリがやられたのは残念だけど、最近のアタシが一番興味深く思っているのは歯茎くん。君なのよねぇ。

(トーカちゃんに怒られるから手は出さないけど)」

 

 ヒエッ!? な、何かニコさんの気を引けるようなものは…………あ、CCGの人たちの準備が終わったみたいだ。

 なら戦いにかこつけて……って、よくよく見れば真戸さんと亜門さんはアサキさんを襲っていた捜査官じゃないか。そしてランジェリーショップで会ったこともある人でもあるな。

 確か真戸さんの娘さんが亜門さんの恋人だったか。

 流石にそんな相手がいる人をニコさんに差し出すのは心が痛む。他にニコさんが好みそうな人はいないし今回は諦めるか。仕方がない。

 

「行こうか、亜門くん。覚悟を決めたまえ。今まで駆逐してきた雑魚とは違うぞ」

「え、ええ。わかっています。

(おい、歯茎。ピエロを見た後に何故そんな意味深な眼で俺を見た?)」

「(……俺は地味で良かった)」

「さあ、アラタっ!」

「喰いなぁっ!」

 

 そうこうしているうちにCCGの人たちが動き始めた。特に篠原さんといわっちょさんが自らの首の裏に手をやった思ったら、鎧型のクインケがウネウネと動き始める。

 篠原さんたちから肉を喰い千切られているような鈍い音と、それに伴って血の匂いが漂ってくるのが、喰種になってから鋭くなった五感でわかる。

 クインケは喰種の赫子を利用して作られたもの。ということはアレは自らの身体を喰わせている?

 

 ……何というか、そこまでするのか、という気分だ。

 CCGの捜査官という人たちは、そこまで決死の覚悟で喰種を駆逐しているのか。

 

「行くぞぉっ!」

「ああっ!」

 

 だけど僕がそれに付き合う義理はない。

 後衛の人たちが僕に羽赫と銃弾を撃ち出す援護をし始めたら、篠原さんといわっちょさんが僕に向かって走ってくる。そしてその後ろに広がるようにして亜門さんと真戸さんと平子さんが篠原さんたちに追従している。

 前後に重ならないようにしているのは、僕の鱗赫の一撃を警戒しているのだろう。

 

 それに対して僕はまず先ほどと同じように鱗赫を薄く広げて盾にして、羽赫や銃弾を弾く。

 そしてもう1本を9の字型に、9の○の部分を直径10m程の大きさに広げ、それを篠原さんたち2人を○の中心に位置するように床に叩きつけた。

 

「「うおおっ!?」」

 

 鱗赫の一撃は床に大きな穴を開け、○の中心にいた篠原さんたちはそのまま床ごと下の階に落ちていく。

 ハイ、お疲れ様でしたー。篠原さん人形といわっちょさん人形、ボッシュートです。

 

 ……ヒナミちゃんに付き合って以前よりテレビを見るようになってから、随分と変なツッコミ入れるようになったな、僕。

 

 一瞬で最大戦力の特等2人が戦線離脱してしまい動揺が走る捜査官の人たち。

 そして更に僕から見て左手側から真戸さん、右手側から平子さん、そして正面から亜門さんが向かってきていたけど、その間に大きな穴が開いたせいで捜査官の人たちにとって不幸なことに分断される形となった。

 混乱の中でも動けたのは特等2人が戦線離脱しても動揺していなかった真戸さん、そして動揺は多少あるだろうけどそれでも身体を動かせていた平子さんだけだった。こういう人たちは厄介だな。

 しかし亜門さんは特等2人が穴に落ちるのを目の前で目撃した上に、急に目の前に開いた穴に落ちないために急ブレーキをかけざるをえなく、動きが止まってしまっている。

 

 なら次に篠原さんといわっちょさんの次に厄介そうな真戸さんを。

 開けた穴に沿ってまだ10m以上離れていた距離を一足で近づける。ただしさきほどの床への一撃で床が脆くなったらしく、踏み込んだ際に床に罅が走る。これはあまり力を入れると駄目だな。

 

「ぬぅっ!?」

 

 近づいた僕に対して振るわれるクインケ。剣の様な青がかった緑色のクインケに対し、僕は右の拳を真っ向からぶつける。オニヤマダのように真ん中からポッキリと折れたクインケに、さらに左手で手刀を振るって根元部分から折った。

 そしてその勢いに乗ったまま真戸さんの後ろに回り、無防備の背中に蹴りを入れて先程開けた穴に蹴り落とす。

 これで3人「パァンッ!」って、何だっ!?左肩に衝撃が走った。

 僕の後ろにいる後衛からの援護攻撃は全て鱗赫の盾で防いでいるのに何故、と左側に目をやると、平子さんが拳銃を僕に向けていた。穴を挟んで反対側にいた平子さんは近接用クインケによる援護が間に合わないと判断して、腰の裏にでも装備していたのであろう拳銃に持ち替えたのか。

 拳銃の弾ぐらいで防御に集中している僕の肌を突き破ることは出来ないけど、予想外の攻撃に意識を逸らしてしまったせいで、振り向くといつの間にか亜門さんに接近されてしまっていた。

 

 亜門さんが僕の近くに来たために後衛からの援護が止まる。

 亜門さんのクインケはいつの間にか巨大な1本の鉈のようなものが2本になっていた。亜門さんはそのクインケを二刀流にしており、少しの時間差をつけて左右のクインケが僕に向かって振るわれる。

 オニヤマダでも無理だったのにそんな細いクインケじゃ、と思いながらも亜門さんに対峙する。2本のクインケを壊すた「アハァッ♪」ッ!? ジュウゾウくん!?

 亜門さんの腕とクインケの隙間から、刺繍が施された細くて白い腕が見えた。その手はナイフのクインケを持っており、手首のスナップだけで僕の左目に向かって正確に投げつけてきた。

 この距離では回避は不可能。仕方がないので目を瞑って瞼でナイフを防ぐ。

 

 眼球に少しの衝撃。だけど潰れていないので大丈夫。

 

「オオオォォッ!!」

 

 しかし目を瞑ったせいで、亜門さんの攻撃を受け止めることも躱すことも出来ない。

 右肩から左脇腹に向けるはずの袈裟斬り。続けて左脇腹から右脇腹に抜けるはずの横一文字斬り。

 ただしその両撃とも僕の身体を斬ることは出来ず、クインケが折れただけに終わった。いや、服は斬られているか。

 

「これも駄目かッ! チィッ!」

 

 目を開けて反撃開始しようと思ったところ、亜門さんに腹へ回し蹴りを入れられた。ダメージ自体はないけど、蹴りの衝撃で穴から離される形で距離を取らされた。

 更にジュウゾウくんのナイフの投擲が続く。サーカスのナイフ投げのような早業で左右の手で連続で何本も投げつけてくる。両腕で顔は防いでいるけど……ちょっ!? 股間狙うのは止めてよ!

 しかもそれに加えて後衛から更に羽赫クインケと銃弾の嵐。

 

 イタッ! いや、痛くないけど鬱陶しい!!

 ああ、もう! 多人数相手に戦うのがこんなに難しいだなんて!

 

「歯茎ィィーーッッ!!」

「真戸、スマンッ!」

「うむっ!!」

「こ、腰がっ!?」

 

 って、今度は篠原さんといわっちょさんが穴から飛び出してきたぁーーっ!?

 真戸さんを踏み台にでもしたのか!? 穴の中から真戸さんの悲鳴が聞こえたけど!?

 

 クソッ、どうするか!?

 そのままの勢いで真っ正面から僕に襲い掛かってくる亜門さんと篠原さんといわっちょさん。左手側からは赫子の盾で防いでいるけど変わらずに後衛からの援護攻撃。ジュウゾウくんはもうナイフがなくなったのかナイフ投げは止まっている。

 真戸さんは穴の中だし、平子さんは穴を迂回してこちらに来ている真っ最中。

 

 ……一旦退避しよう。

 

 赫子で身体を持ち上げるようにして跳び上がり、穴を挟んで反対側まで一気に跳ぶ。これなら直ぐには追ってこれないだろう。

 

 

「クッ! ……特等、ご無事ですか!?」

「ああ、何とかな。

 しかし何てヤツだ。普通の喰種だったら2回は殺しているよ……」

「うむ!」

 

 予想通り追撃はなかった。僕を警戒しつつ、再び体勢を立て直すことと武器の確認を優先している。

 近接用のクインケは篠原さんといわっちょさん、それと平子さんの持っているのは完全だけど、亜門さんが持っているのは僕に当てた衝撃で半壊している。そのためか亜門さんは悔しそうにしながら銃を受け取って後ろに下がった。

 後衛はもう無視していいな。僕に散々撃ちまくったせいか、弾切れという言葉が飛び交っている。羽赫クインケもエネルギーがもうないらしい。そもそも当たっても痛くすらないけど。

 

 いやしかし、こんな多人数を相手に戦うのは初めてだけど、今まで店の地下でトーカちゃんや四方さんと訓練していたのとはかなり違うというのが分かった。

 僕が普通の喰種だったら、もうとっくに膾斬りにされた上、蜂の巣にされたハリネズミみたいな状態になっていただろう。

 これは店長も実戦の経験を積むように仕向けるわけだ。身体能力で劣る人間が、身体能力の優れた喰種相手にどう戦ってきたのかがよくわかる訓練になった。

 

「苦戦しているようだね、歯茎くん」

 

 そう、僕にとってはあくまでこれは訓練だ。

 その訓練も終わりと判断したのか、店長が僕に声をかけてきた。捜査官の人たちに緊張が走る。

 

「しかし気に病むことはない。初めてにしてはよくやった方だろう」

「……こんなのでよかったんでしょうか?」

「こんなものさ。むしろ初めてなのに完璧を求めるのは贅沢というものだ。

 今日のところは対喰種戦闘のプロであるCCG捜査官に善戦したという結果に満足しなさい。君はまだ若い。強くなるのはゆっくりでいいんだ。

 焦って一足飛びに強くなろうとしたら、いつか足を掬われて失敗してしまうだろう。そうなっては大切な人も守れなくなるよ」

「それも……そうですね」

 

 焦っても仕方がない……か。

 そして大切な人。トーカちゃんやヒナミちゃん、ヒデやあんていくの皆を守る……。

 

「さて、そろそろ彼らも安全な場所に辿り着けたことだろう。私たちもお暇しようか」

「そうですね。それじゃあCCGの皆さん。お疲れ様でした」

 

 ペコリと頭を下げて踵を返すけど、追撃をかけられるような気配はない。

 まぁ、僕が本気を出しておらず、殺さないように配慮していたことは捜査官の人たちもわかっているだろう。そもそも赫子をクインケだけに使っておいて、人に向けて使っていないことからバレバレのはずだ。

 僕としても今回の戦いはいい勉強になった。これからは多人数相手の戦いを想定した訓練もし「ふざけるなぁっ!!」……亜門さんか。

 

「情けをかけたつもりかぁっ!! 何故殺さない!?

 貴様らは……っ、貴様らは喰種だろうっ!! 人を喰らうバケモノなんだろう!!」

 

 店長は沈黙を保っている。

 僕に答えろということだろうか。

 

「……逆に聞きますけど、殺されたいんですか?」

「そうじゃないっ! そうじゃないが…………何で、何でヤツと同じように……っ!」

「“ヤツ”というのが誰かは知りませんけど、勝手に他人と重ねないでください。

 殺す理由がないから殺さないんです」

 

 まぁ、半人間である僕の心情的に“殺さない”じゃなくて“殺したくない”という気持ちの方が強いんだけど、わざわざ言う必要はない。

 僕はただアヤトくんを助けに来ただけなんだから。

 

「正直な話、薄情と思われるかもしれませんけど、僕は僕の身近な人たちが幸せならそれでいいんです。

 もちろん人に殺される喰種も喰種に殺される人も、どちらも悲しいことだとは思います。もしも人も喰種がお互いに殺さず殺されない世界があったら幸せなんだとも思います」

 

 ああ、それは幸せな世界だ。

 今でもよくヒデがあんていくに来て談笑している。最初のうちはヒデのことを警戒していたトーカちゃんもすっかり慣れてしまって、ヒデから僕のことを色々と聞いたりしていることもあるぐらいだ

 だけどそれが出来ているのは、ヒデがあんていくが喰種の店だと知らないから。

 いくら神経が図太いヒデだといっても、流石に相手が喰種だと知ったら今まで通りに振る舞うなんてことは出来ないだろう。

 

 医学の発達した現代なら、もしかしたら人間と喰種の共存は可能かもしれない。

 例えば人間が献血のような形で喰種に血を、Rc細胞を提供するような仕組みを作り出すなんてどうだろう。喰種が提供するのは……優れた身体能力による労働力?

 これだと人間側ばかりに負担があるかもしれないけど、喰種に殺される人間がいなくなり、対喰種に割かれている予算も別なことで使うことが出来る。どうせ献血された血液は消費期限があるのだから、無駄に捨てられている血液の有効利用なんかにもなるだろう。

 

 けど現実には家族を喰種に殺された人間がいる。

 けど現実には家族を人間に殺された喰種がいる。

 

 この長年続いた両者の対立で出来た敵愾心の溝は、綺麗な言葉や理想なんかで埋まるような簡単なものじゃない。

 

「そんな世界になったらいいとは思うけど、どうやったらそんな世界になるのかすら今の僕ではわからない。

 だからせめて身近な人だけでも守りたい。そう思っているだけです」

 

 耳を澄ませばこの場以外の戦闘は終わったらしく、先ほどまであった喧騒はなくなっていた。聞こえるのはCCGの人たちらしき声ばかり。200人程いたはずのアオギリの喰種は全滅したようだ。

 無事だったのは僕たちが助けたアヤトくんだけ。

 

 これがもし、もし攻められたのがアオギリの拠点ではなくあんていくだったら。全滅したのがあんていくの皆だったら。

 そうなったら僕は耐えられないと思う。もしかしたらアヤトくんみたいに人間を憎むかもしれない。

 

 リゼさんの臓器移植を受けて半喰種となってからは、大学などの周りに人間ばかりいる空間にいると疎外感のようなものを感じる時がある。

 この疎外感は僕が勝手に感じているだけのものなんだろうけど、疎外感を感じている時というのは、僕が半喰種なのがバレやしないか、少し力を入れて人にぶつかったら壊れてしまうんじゃないか、そんな色々な考えが頭の中でぐるぐると回る。

 だから最近は落ち着ける場所は自宅かあんていく、それとトーカちゃんの家ぐらいだ。どうも他の場所だと身構えてしまう。

 

 半喰種になってからもう半年以上。

 身体だけではなく、心も変わるのにはじゅうぶんな時間なのかもしれない。

 

 

 僕は、喰種だ。

 

 

 といってもヤモリさんの様な危険な喰種の味方をしようとは思わない。

 散々CCG相手に暴れまわったアヤトくんを助けるのは思いっきり喰種側に味方しているようだけど、アヤトくんには貸し(負い目)があるからだ。ホントごめん。

 これがアヤトくんが一般人を殺そうとしているときに立ち合わせたのなら、流石にアヤトくんと敵対して一般人を守ろうとは思うけど、覚悟を持って喰種を駆逐するCCG捜査官相手なら…………アヤトくんよりの中立、といったところだろうか。

 加勢はしないけどアヤトくんが死にそうになったら助ける、という感じで。

 というか僕を喰種にしたのが元CCGの嘉納先生だし。

 

 まぁ、アヤトくんはトーカちゃんのたった1人の弟だし、そして何よりもニコさんへの防波堤になってくれるかもだしっ!

 ……って、そういえばニコさんがいつの間にかいなくなってるな。

 

「そのガッツポーズは何だぁっ!?」

 

 はっ!? ……しまった。身体が勝手に動いていた。貴方たちを馬鹿にする気はないんです、ホント。

 

「すいません。腰辺りに感じていた視線がなくなってつい……」

「こ、腰?」

「いえ、何でもないです。貞操の危機なんか感じていないです。

 オホンッ! ……あー、ウン。まぁ、アレです。人間にも良い人間がいて悪い人間もいる。喰種にも良い喰種がいて悪い喰種もいる。結局のところ、それに尽きるでしょう。

 もちろん喰種が人間を食べる。だから人間は喰種を駆逐する、ということは誤魔化すことは出来ませんけどね」

 

 具体的な悪い人間は、勝手に人のことを半喰種にする嘉納先生とか嘉納先生とか嘉納先生とか。

 僕はトーカちゃんやヒナミちゃんやあんていくの皆と、嘉納先生のどちらかを選ばないといけなかったとしたら、迷うことなくトーカちゃんたちを選ぶ。

 

 ……覚悟決めて言うことでもないな、コレ。

 うん。それは今は置いておこう。

 

「わかっているんですよ。

 貴方たちをここで見逃したとしても、貴方たちは喰種を駆逐することは止めたりしないでしょう。そうしなければ人間が喰種に喰い殺されていくだけですからね。

 それと同じようにアオギリに手を貸して貴方たちを倒したとしても、アオギリの喰種は人を喰うのをやめたりしないでしょう。喰わなければ死んでしまうし、そもそもアオギリの目的はそういうことですしね。

 人間が牛や豚を食べるように喰種は人を食べる。お互いに正しくてお互いに悪い。お互いに間違っていなくてお互いに良くない。だって命を奪うのは須らくそういうことなんですから」

「…………」

「だから僕は貴方たちを殺したりしません。他の喰種だって生きるために食べる目的以外で人間を殺……失礼、訂正します。他のほとんどの喰種だって生きるために食べる目的以外で人間を殺したりしないでしょう。

 たまに快楽目的で人を殺す喰種もいますし、そもそも人間を食べる時点で共存は不可能っぽいですけど」

「俺たちのことは……どうでもいいというのかっ!?」

「身近な人たちが害されたりしなければ、ですけどね。

 ……亜門さんと仰いましたっけ? あまり喰種は悪くて人間は正しい、という考え方に凝り固まるのは気を付けた方がいいですよ。悪い人間と出会って裏切られでもしたら、それまでの価値観がコロッと反転してしまいますから。

 経験者として忠告しておきます」

「歯茎……お前は、いったい……?」

 

 ……余計なことを言い過ぎたかな?

 でも僕も人間だったころなら、亜門さんみたいな正義感の強い捜査官は頼りになって応援していただろうしな。この人はいわゆる良い人なんだろう。

 そんな人がもし嘉納先生みたいな人と出会ったら……。

 

「オカマさんにオカマでも掘られたりしましたかぁ~?」

 

 ホアッ!?!? 何て恐ろしい発想をっ!?!?

 

「ちょっ!? 什造(ジューゾォー)ッ!?」

「篠原さんと同じ髪型にするよっ!」

「それはヤです」

 

 ジュウゾウくんは絶対に応援しません。

 チクショウ。ニコさんに脅えていたのを見破られたのか。

 もうやだ。あんていく帰る。

 

「(あの鈴屋が真顔で……)」

「(え、何で私の髪型が嫌がらせに?)」

「違いますからねっ! 本当に違いますからねっ!

 そんな不名誉なことを言い触らすようでしたら……」

 

 しかし帰る前に、そんなトーカちゃんの耳に入ったら誤解されるような世迷いごとを言い触らしたりしないように釘を刺さなければ。

 赫子に力を籠めて、捜査官の人たちに凄む。

 

「何という巨大な赫子……」

「わ、わかった。わかったから落ち着け。歯茎」

「コラッ! 挑発するな、什造!」

「歯茎も止めてください」

 

 腰の後ろから生えている4本の鱗赫を四つ編みにして1本に纏め、僕の身体の中を巡っているRc細胞をその1本に注ぎ込むイメージ。

 並の喰種20人分の量を軽く越えるRc細胞を注ぎ込まれて形成された赫子は、優に100mを越える剣となった。

 

 今この場にいる捜査官の人たち以外では、必死に階段を駆け登っている真戸さんの足音が聞こえるだけで、他の人は全員別の建物だ。

 この状況なら遠慮なく、店の地下では試せなかった全力の一撃を初めて振るうことが出来る。

 

 

「こうなります」

 

 

 一息で赫子の剣を振るう。もちろん捜査官の人たちに向けてではなく、目標は彼らが足をつけている建物の屋上の床。

 この大きさともなると流石に音速を越えるような一撃とはいかない。しかしそれでも捜査官の人たちが見てから避けるようなことの出来ない速度で振るわれた剣は、まるで包丁が野菜を斬るかのように僕たちが立っているこの建物を易々と斜めに断ち切る。

 ズン、という何かが斬れた音がして数瞬の後、捜査官の人たちがいる側の建物が30cm程ズルリとズレ落ちた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 脅え。息を飲む。絶句。理解出来ない。怯え。信じられない。驚嘆。何が起こったかわからない。

 捜査官の人たちの表情は、そんな彼らの心情を現していた。

 

 ……あ、真戸さんが建物がズレた衝撃で、バランスを崩して転んだ音がした。

 

「それではこれで失礼します。

 ……別に同性愛が駄目だとか異常だとか言うつもりはありませんが、僕は異性愛者です。忘れないでくださいね」

「お、おう……」

 

 いや、本当に同性愛者だから差別するとかはないですよ。

 ただそういう話題を出されても、ヒデがたまに振ってくる「お前って乳派? それとも尻派?」みたいな猥談ですらどう返していいかわからない僕なので、ろくに親しくもない人から性に関する話題を振られても困るだけなんです。

 

 そもそもそういう踏み込んだ話題は、親しい関係で初めてして良い話題なんです。親しくない人にそういう話題を振っても勘違いが起こるだけなんです。

 考えてもみてください。

 女性に「私のことどう思う?」なんて聞かれたら、それが親しくない女性だったとしても「自分に気があるんじゃないか?」と思ってしまうでしょう。

 それと同じで同性に「俺、実は同性愛者なんだ」って言われたら、例え相手がそういう意図がなかったとしても「自分に気があるからこういう話題を振ってくるのか?」と思ってしまうのは、心理学的にも仕方がないことなんですよ。

 

 だからトーカちゃんに「髪、長いのと短いのどっちがいいと思う?」って聞かれたときに、思わず「僕は今のトーカちゃんの髪型が好きかな」って言ってしまったのも仕方がないことなんです……。

 せめて……せめて「似合っていると思うよ」にしておけば、あんな空気にならなかったのに……。

 

「はいはい。わかったから帰るよ、歯茎くん」

 

 ア、ハイ。何だかこの場所にいるとますます墓穴を掘りそうなので、そうしましょうか。

 CCGの人たちもお疲れ様でしたー。

 

 屋上から跳ぶ店長の後に続く。

 跳ぶ瞬間にチラリと捜査官の人たちを見ても、追ってこようとする気配はない。やはり最後の脅しが聞いたのだろう。

 いや、そもそも人間は屋上からノーロープで跳ぶことなんてしないか。僕もいよいよ喰種の感覚になってきたなぁ。

 それに最後はジュウゾウくんのせいで変な空気になっていたし。

 

 

 屋上から降りると森へ入り、僕たちの行方がわからないように隠れながら進む。

 10分ほど走ってアオギリの拠点が見えなくなり、予め決めておいた合流場所に辿り着いた。

 古間さん……まだ猿のマスクをしているから、あんていくに帰るまでは魔猿さんか。確かに街中だと何処にでも監視カメラがありそうだし、完全に身を隠すまではこのままの格好が安全なんだろう。

 

 それで魔猿さんが合流場所にいたけど、カラスさんとウサギくんはどこにもいなかった。

 おそらくウサギくんが怪我をしていたから、先にカラスさんが連れ帰ったのだろう。

 

「や、お疲れ。歯茎くん。

 どうでした、梟さん? 歯茎くんの初陣は?」

「何、初陣にしては立派だったよ。

 捜査官に手玉に取られてしまった部分はあるが、そういう状況に陥った時に若い喰種にありがちな、自棄になって力押しに頼ったり我を忘れるようなことはなかったからね」

「ホホゥ。それは何より」

「あの、歯茎は止めてほしいんですけど……」

「だったらこの魔猿みたく、カッコイイ通り名でも考えてみたら?

 ちなみに梟さんはCCGがつけたみたいだけど、もう1人の彼女は黒犬、つまりはブラックドーベルが通り名だね。

 何だったらボクが何かカッコイイのを考えてあげようか?」

「結構です」

「それは残念。

 ……で、歯茎くん。CCGと初めてやり合ってみた感想はどうだい?」

 

 やり合った感想。闘り合った感想。殺り合った感想。

 僕が人と……ヒトと敵対した感想。半分人間で半分喰種の僕がヒトと敵対した感想。

 

「……特に、何も。

 予想していた通り……いや、むしろ予想よりも感じませんでした」

「…………大丈夫なのかい?」

「ええ。よく物語の心情で使われる“何も感じなかったことにこそ驚いた”という感じでしょうか。

 もちろん、もし捜査官の人を殺したりしていたら、もっと違った心情だったんでしょうけどね」

「違う。君はそんなことしなくていいんだよ、カネキくん。

 確かに君はもう人の肉を食べたこともある、人間とは違う存在になったかもしれない。だけど今までの人生で培ってきた人間性をわざわざ捨てる必要なんかまったくないのさ」

「……ありがとうございます、魔猿……いえ、古間さん」

「いいっていいって。

 さ、いつまでもここにいても仕方がないですし、さっさと早く帰りましょうか」

 

 ウン。古間さんの恥ずかしげもなく浮いたセリフを言えるところって、こういうときはありがたいと思うな。

 入見さんはこういうセリフ聞くとコメカミ抑えたりしてるけど。

 

「はい、帰りましょう」

「そうだね。早く帰って開店の準備をしなければ」

「……明日、っていうか今日は臨時休業にしません? もう深夜3時ですよ?」

 

 あ、今日は○曜日だから僕も朝からのシフトだ。しかもバイトが終わったら午後から大学、かぁ。

 別に疲れたりはしていないけど、今から寝ても中途半端になるだけだから徹夜かな、今日は。

 

 あんていくに帰ったらコーヒーを淹れさせて貰おうかな。普段飲んでいる深煎りじゃなくて、カフェインが多く取れる浅煎りのアメリカンなんかを。

 ああ、でも僕たちの行動はバレバレだったみたいだから、もしかしたらトーカちゃんが起きていて、僕たちをコーヒーで出迎えてくれるかもしれない。

 

 でもそうだな……トーカちゃん。ウン、トーカちゃんか。

 

 

 

「今はコーヒーを飲むよりも、トーカちゃんの顔が見たいかな」

「ウン?」

 

 

 

 いえ、今日一日の締めの感想ですよ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ……後日談として、店長が胸ポケットに入れたデジカメの録画をストップさせるのを忘れていたせいで、映像がなかったとはいえトーカちゃんに締めの感想を聞かれてしまった。

 しかも一緒に見ていたヒナミちゃんと入見さんにもっ。

 

 

「……べ、別に私の顔ならいくら見ても構わない、けど……」

「お兄ちゃん、ヒナミの顔は~?」

「お互いにわかり合ってるみたいだし、若いっていいわね~♪」

 

 

 ……うわぁ、滅茶苦茶恥ずかしい……。

 思った通りにコーヒーを淹れる準備をして待っててくれたのは嬉しいんだけどね。

 

 

 

 







 悲報。カネキくんの呼称は〝歯茎”となりました。
 続・悲報。ニコさんにロックオンされました。
(ただしカネキくんは知りませんが、トーカちゃんからのブロックがあります。
 え、アヤトくん? ……アヤトくんは1人で頑張れ)

 というわけで続きました。日記形式は1話のみで、この話からは通常の一人称形式で書きます。
 ただし次話がいつ、誰視点になるのかは未定です。気長にお待ちください。

 それとカネキくんが半喰種になって半年以上経過しているので覚悟完了済み。
 けど足したけど2で割らなかったような存在になったせいで、どう人間と喰種に関わっていけばいいかわからなくなったようです。
 ぶっちゃけもうあんていくに頼らなくても生きていけますからね。
 なので身近な人をとりあえず優先することにしました。


 そして原作がいよいよ佳境に突入ですね。
 何だか原作と自分が考えていたネタが思いっきり被ったりしてどうしようかと迷っていますが、とりあえず苦労するのはエトさんなので問題なしということで。


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喰種たちの平和な日常

 

 

 

「はい、次の方ー」

 

 

「どーも、眼帯のお兄さん」

「…………」

「ど、どしたのかにゃ?」

「何やってんですか、エ……高槻先生?」

「にゃっ!? にゃんのことかなカネキケンくん!?」

「語るに落ちてるじゃないですか。

 え? 高槻先生がエ「はーい! カネキュンちょいとこっちおいで! 塩野! ここしばらく任せた!」……うわー、本気でマジなんですか」

「ちょ、ちょいと話し合おうじゃないか!」

 

 

「えっ!? ちょっ、高槻先生ー!?」

 

 

 

 

 

━━━━━西尾錦━━━━━

 

 

 

「月山さんっ! ヒナミちゃんに「私を食べて」とか言わせるなんて何考えてるんですかぁっ!?」

「フハハハハ! 何を勘違いしているのかね、カネキくん!

 僕はただリトルヒナミが、カネキくんと霧島さんがお互いの赫子を生やすぐらいに仲の良いことを羨ましがっていたので、リトルヒナミも霧島さんと同じことをしたらどうだい? とアドヴァイスをしてあげただけじゃあないか!」

「言葉の選択に悪意を感じるのですけれどっ!?」

「そう言われてもアレ以外にどんな表現の方法があったのかね?

 残念ながら僕の拙い表現力では思いつかなくてねぇ」

「よくもまぁ、白々しいセリフを言えますね。

 そんなにカレンさんとの結婚が嫌なんですか?」

「それはない! ……失敬、つい取り乱してしまった。だがね、カネキくん。経緯はどうあれカレンを娶ること自体には不満は持ってない。それだけはハッキリ言っておこう。

 僕が気に病んでいるのはカレンを女性だと気付かなかった自らの不明と、あの日カレンに紳士的とは言い難い扱いをしてしまったことだけさ。

 まぁ、前者については僕の不明だからカネキくんには関係ないが、後者については無関係とは言わせないよ」

「それは観母さんとか松前さんとかカレンさん本人に言ってください。

 言っておきますけど、カレンさんが嫌がるようでしたらあんなことしませんでしたからね。男冥利に尽きるじゃないですか」

「だったら僕も同じセリフを返そうじゃないかね。

 リトルヒナミが嫌がるようなアドヴァイスはしたつもりはないし、リトルヒナミのような可憐な少女にあのようなことを言われるのは男冥利に尽きるのではないかね、カネキクゥン!?」

「ぐっ!? ……そのセリフ、後ろを振り向いても同じこと言えます?」

「は? 後ろ?」

「御曹司……」

「ん? ああ、確かリトルヒナミの御父上のムッシュアサキだったか…………ム、ムッシュアサキ?

 その手にお持ちになられている注射器とペンチは何なのかな? 明らかに我が家の庭には相応しくないと思うのだが……」

「御曹司、あまり思い出したくもなく言い触らしたくもないことですが、私は昔、ヤモリという喰種の手伝いをしていたことがありましてね。カネキくんとトーカちゃんに助けられたときもヤモリが……まぁ、今はそれは置いておきまして。

 そのヤモリというのは拷問が好きな喰種でして」

「ムッシュ!? ムッシュアサキ!?

 雇い主! 僕はムッシュの雇い主!!」

「あいにくですが私の雇い主は貴方ではなく、貴方の御父上です」

 

 

 

 

 ……なーにやってんだ、あのバカどもは?

 確かにあのヒナミがいきなりあんなこと言い出したのには俺でも慌てたから、親父さんが怒るのは無理ないかもしれないけどよぉ。

 でも使用人の目の前でお坊ちゃんを痛めつけようとするか、フツー?

 

「ふわぁ~、車って色んな種類があるんだねぇ」

「ええ、大きさは軽自動車から大型のバンまでは言うまでもなく、ご要望でしたら最近販売され始めた1~2人乗り用の超小型電気自動車のような特殊なものまでご用意出来ます。

 ただ金木様の取得された普通自動車免許ですと、11人乗り以上のマイクロバスのような大きな車は運転することは出来ませんので、そのような運転することの出来ない車のカタログは除いております」

「さ、流石にそこまで大きな車はカネキくんも持て余すんじゃないかしら?」

「でも貴未さんやリョーコさんのもしもの時のことを考えると、お腹の大きな妊婦さんでも楽に乗れるような大きい車の方がいいですよね。

(貴未さんの前だから言わないけど、死体運びのときも大きな車の方が便利だし)」

「それはとてもありがたいわ。最近のお腹の大きさだと何処に行くのも大変で……。

 ホラ、ニシキくんもちゃんと見てよ。もしかしたら私たちもお世話になるのかもしれないのよ」

「お、おう……」

 

 で、女どもは女どもで、向こうのバカどものバカ騒ぎをスルーして和気藹々と車のカタログなんて見てやがるし。

 

 いいのかよ、ヒナミ。父ちゃんと兄ちゃんが酷いことしようとしてんぞ?

 いいんスかね、松前さん。お宅のお坊ちゃんが拷問されようとしてますよ?

 いいんスかね、リョーコさん。ダンナさんが勤め先の御曹司を拷問しようとしてますよ?

 いいのかよ、トーカ。カネキのヤローが明らかに人の心なくしてんぞ?

 そして貴未。お前ってそんな神経図太かったっけ?

 

 定例の……ってわけじゃないけど、月山のヤローの嫁さんが妊娠してから度々行われるようになった月山家庭園でのお茶会。お茶といっても妊婦にカフェインは良くないので、出されるのはもちろんデカフェコーヒー。

 元々は離れて暮らしていたヒナミとリョーコさんたちが会うために行われていたお茶会だったらしいけど、最近は妊婦が増えたせいか俺が貴未に付き合って参加するぐらいにその内容が変わりつつある。

 ま、要するに同世代となる子供のためのコネクション作りだ。

 俺としても自分のガキには何でも話せる友達の1人や2人は作ってやりたい。ただでさえ俺と貴未のガキはハーフっていうハンデがあることだしな。

 その友達が月山のヤローの子供ってのは不安だけど、そこはカレンさんや松前さんとかを信じることにする。あの人たちはマトモだ。

 

 いつもの参加者には月山の嫁さんのカレンさんと、そのお付きのメイドで同じく妊娠中のアリザさんもいるけど、何だかカレンさんはつわりが酷いらしいので大事を取って今日のところは不参加だ。アリザさんはその付き添い。

 それなら中止にした方がいいかもと思ったが、ヒナミもリョーコさんたちに会いたいだろうし、月山家としてもいくら若奥様が寝ているとはいえ客を歓待しないのは恥である、という感じで予定通りにお茶会がスタートした。

 

 ついでに車の免許を取ったカネキのために月山家から車が贈られるらしく、女どもは車のカタログを見てあーでもないこーでもないと騒いでいる。

 こういうところは人間でも喰種でも、女ってのは変わんねーなぁ。

 

 ……あれぇ~、おかしいな?

 今のこの場所では人間の貴未だけが仲間外れのはずなのに、何故か俺だけが感じているこのアウェー感。

 何か向こうの殺伐した空気とこっちのほのぼの空気の対比っておかしくね?

 

 それにしても若奥様が妊娠したってわかったからって、そのお礼に車を一つポンとプレゼントってのは流石は月山財閥だわ。

 

「カ、カネキは何て言ってたんだ?」

「言うも何も、カタログをトーカちゃんにポイと渡して向こうに行ったのはニシキくんも見てたでしょ?」

「あ、いや……そうじゃなくて、車持ったら維持費とか駐車場とかあんだろ。アイツの住んでいるところって、大きな車を駐車出来るような駐車場付いてんのか?

 それに免許取り立てで大きな車を運転するのは難しくねぇかな? 免許取るのは一発で合格出来たって言ってたから、そんな下手じゃないとは思うけどよ」

「あー、そういうことも考えなきゃ駄目かぁ」

「運転のし難さはともかく、何でしたら維持費や駐車場代、それこそ別の住居を用意する費用につきましても月山家で持たせて頂きますが……」

「そ、そこまでするのはカネキが気に病むんじゃないですかね?」

「いえ、待望の次々代の跡継ぎを得ることが出来たという、月山家が金木様から受けた御恩を返すのにはむしろ足りないくらいかと。

 御当主である観母様からも、金木様には最大限の援助をするようにも申し付かっております」

「い、いやぁ……男にとって車ってのは一種のステータスシンボルみたいなもんだから、維持費まで出して貰うとカネキも自分の車って気がしなくて気楽に乗り回せないんじゃないかなぁー……っと。

 自分の金を使ってこそ愛着が沸くってもんですし」

「そうね。確かに男の人ってそういうところはあるわね。

 仕事道具だからニシキくんの言ったこととは少しズレるけど、アサキさんも自分の道具は自分で手入れをしているもの」

「このスポーツカーってカッコイイ……」

 

 うわー、ここまで好意を示されると、逆にカネキも大変だわ。

 確かに月山の家としても喜ぶのはわかるよ。何しろたった1人しかいなかった嫡男に子供が出来たってんだから。

 それに加えて月山のヤローは子供が出来たのを知るとスッカリ人が変わったらしく、美食家(グルメ)としての活動も止めて月山財閥の跡取りしての勉強を精力的に始めたってんだから、そりゃあ親父さんの観母さんとしては歓喜して立役者のカネキを援助しようって気になるわ。

 しかもカネキの協力があれば、これからも子供は増える可能性大なわけだし。

 

 ……棚ボタで俺の大学卒業後の就職も月山財閥系列の会社に内定が決まったから、俺としてもカネキには感謝してるけどな。

 生活費を稼ぐためとはいえ、喰種に関係ないどっかの会社に入って正体がいつバレるかビクビクする必要がなくなったってのは、貴未とこれから生まれてくる子供を守るためには良い環境だ。

 ま、俺のためっていうか、貴未と子供のためにカネキも観母さんに頼んでくれたんだろうけどさ。

 

 それとヒナミ。カネキがスポーツカー乗り回す姿なんて似合わないから止めておいた方がいいぞ。

 血売って儲けてるカネキの収入だったら、よっぽどのスポーツカーでもない限り維持出来んだろうけど。

 

「それと大学に車通学するんだったら、カネキのキャラに合わないような車は止しておいた方がいいな。スポーツカーとか」

「ええ~~」

「我慢しろや、ヒナミ。

 まぁ、草食系キャラのカネキなら軽自動車が一番似合いそうだけど、最近のカネキは髪も以前の坊ちゃん刈りみたいなダセェ髪型じゃなくなって服装も気を遣うようになってるから、大抵の車なら大丈夫じゃね」

「フフン♪」

 

 何でトーカが得意そうな顔すんだよ。

 確かにカネキの服はトーカが選んでるって聞いてっけどよ。

 

「そのせいでカネキって結構大学の女から人気が出てるらしいぞ。永近が言ってた」

「え゛っ!? 何それ聞いてない!?」

「ニシキくん!」

「いや、むしろこれは言っておいた方がいいだろ。

 カネキって最近は明らかに金回りが良くなってるじゃねーか。着ている服も上物だし、(ウチの姉貴もそうだったけど)女ってそういうとこに目敏いからな。

 しかも身体鍛えて男らしくなった上、喫茶店業務の経験のせいか仕草とかも綺麗というかキリキリと動くようになったから、そりゃそこらの女の目にも止まるよ」

「そうねぇ。確かにカネキくんは初めて会った頃よりも大人っぽくなったわよね。

 身長とかは変わっていないみたいだけど、顔つきとかは変わった気がするわ。髪も少し伸ばしたみたいだし」

「うーん、そうかなぁ? ヒナミはお兄ちゃん変わってないと思うけど?」

 

 トーカと同じくヒナミにはゲロ甘だからな、アイツ。

 どうせ初めて会ったころと態度は変えたりしてねぇだろうから、ヒナミは気付きにくいだけだろ。

 

 

「ペンチで、指を……」

「金木くん、ちょっと薔薇園でムカデとかミミズ探してきてくれないかな?」

Calmato(落ち着きたまえ)!! ムカデやミミズで何をする気なのだね!?」

 

 

 ……いや、やっぱカネキ変わったわ。

 喰種に成りたてだった頃のアイツを知っている身としては、あんなことしてるアイツ見てると何か感慨深くなってくるわ。

 というか性格変わり過ぎじゃね?

 

 しっかしそろそろ止めに入った方がいいんだろうか? 月山のヤローを助けに入るのは癪だけど将来の雇い主だし。

 でもそれに何だかんだ言いながらカネキもアサキさんも月山を口で脅してるだけで、まだ実際に傷付けたりしていないんだよな。

 執事の松前さんが止めようとしていないし、そもそも椅子に縛り付けられている月山が本気で抜け出そうとしていないからな。あんなちゃちい束縛だったら、俺たち喰種なら椅子壊してでも簡単に外せるし。

 アレか? いわゆるツッコミ待ちか?

 

 そもそも何で俺は月山のヤローは呼び捨てにしておいて、その使用人の松前さんとかは“さん”付けしてるんだろうか?

 

 

「あ、そうそう。カネキくんの髪といえばトーカちゃん、ハイコレ」

「これがお願いしていたのですか? ありがとうございます」

「ハ? 何スか、そのハサミ?」

「アサキさんが作ったクインケ鋼で出来たハサミよ。これならカネキくんの髪の毛も切れるんじゃないかしら?」

「今はわざわざ赫子を使って切るから、髪の毛切るだけで大事なんですよ。

 これだったら気軽にカネキの髪の毛の手入れを出来るかも……」

「……そっスか」

 

 カネキはいったい何処まで行くんだろうなぁ?

 思わず遠い目をしちまったぞ。

 

 カネキには悪いけどさ。古間さんからカネキが喰種として生きていくことを決めたってのは聞いたけど、やっぱり俺はカネキのことを同じ喰種とは思えんのよ。

 いや、決してアイツのことが嫌いとかじゃねぇよ。

 面と向かっては照れ臭いし最初の出会いが出会いだから言い難いけど、共食いから助けてくれたこととか貴未に血を分けてくれていることとか、アイツには世話になっているし感謝もしている。何かアイツが困っているんだったら手を貸すぐらいにはな。

 

 けど、その……何だ。ぶっちゃけアイツって喰種以上のバケモノじゃん。

 人間がネズミで喰種がネコだとしたらアイツはトラって感じで、明らかに1人だけ人間と喰種とはスケールが違うじゃん。店長とカネキのタイマン訓練見たことあるけど、CCGからSSSレート認定されている店長以上のバケモノだわ。

 もうアイツが“隻眼の王”を名乗ればいいんじゃないかね?

 

 ウン、仲間だとは思ってるよ。アイツは同じあんていくの仲間だ。そう思っているのは間違いない。

 間違いないけど、たまーにカネキのことを新入りとしか知らないあんていくの客で、馴れ馴れしくカネキに先輩振るというか先達振る喰種がたまにいるんだけど、そういう光景見るたびにヒヤヒヤするんだよ。

 ぶっちゃけアイツ怖い。良いヤツだってのはわかってんだけどよ。

 でも「赫者になれば戦いでも服の心配がなくなるのかな……」とか呟いているのを見ると、明らかに常識が違うんだよね、俺たちと。

 いくら11区で白鳩と戦ったときに服がボロボロになったからって、そのために赫者になろうとすんなや。

 

 ロマのアホは「想像と違ったけど魔王っぽいのもイイ!」とか喜んでいたけどよ。

 そんでロマはそのあとトーカに店の裏へ連れてかれたけど、そこで何があったかは知らん。

 

 

「やあ、皆さん。お揃いですね」

「観母様」

 

 お、御当主様登場。

 松前さんが椅子から立ち上がって挨拶したので、俺たちも立とうとしたら「いやいや、そのままそのまま」と言って自然に俺たちの中に入ってきた。

 ……この人が月山のヤローの親父さんってことが未だに信じられんわ。紳士過ぎじゃね?

 

「特にリョーコさんやキミさんは大事なお身体。礼を尽くしてくれるのはありがたいですが、まずはご自分のお身体とお子さんのことをお考えください」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ普段からカレンがお世話になっております。これからも先達者として彼女にアドバイスを頂けると幸いです。頼りになるウチの松前たちでしても、流石に妊娠となりますと経験者からのアドバイスというものは出来ませんので。

 それと習くんは……まったく、お客様を放っておいて何をしているのかね?」

 

 

「耳の中に、ゲジゲジを……」

「ちなみにゲジゲジの正式名称は“ゲジ”。ムカデに似ているが毒は持っておらずゴキブリとかを食べてくれる益虫だよ」

Pause(待ちたまえ)!! 足が長い! 毒持ってなくとも足がムカデより長いから!!」

 

 

 スルー!? 向こうの惨劇はスルー!?

 月山が次期当主としての勉強を精力的に始めた頃から、月山自身が助力を求めない限り不必要な助けはしないっていう教育方針に切り替えたって聞いていたけど、流石に拷問は見逃さない方がいいんじゃないですかね!?

 

「ウチのカネキとじゃれているだけですよ」

「そう言って頂けるとありがたい。確かに時には殴り合いをすることが出来るような友人は得難いものですからね。

 さて、年寄りが若者の集まりにいつまでも顔を出していたら興醒めでしょう。挨拶も終わりましたので私はこの辺で」

「ご丁寧にありがとうございます」

「はい、金木くんにもよろしくお伝えしてください。松前くん、あとは頼みましたよ」

「こちらこそカネキが挨拶もせずに申し訳ありません」

 

 ……さも当然のようにトーカがカネキの代わりに挨拶してるのもスルーすべきなんだろうか?

 いや、他の誰がカネキの代理になるのかと言われたら困るんだけどよ。

 

 観母さんは去り際に俺の肩をポンと叩いて「ニシキくんもこれからよろしくお願いしますよ」と言って立ち去った。

 その「よろしく」ってのは就職してからのことなんですかね? それともカネキを月山財閥に引き込むよう手ぇ尽くせってことなんですかね?

 

 まぁ、月山財閥がカネキを引き込みたいってのはわかる。

 近いうちに店長が昔所属していた組織ってとこから勧誘が来るとかって聞いてるし、余所に取られたくない月山財閥としては同じ大学に通っている先輩喰種の俺に唾つけた勢いでカネキを引き込みたいんだろう。

 けどアイツはまだ1年生だし、何よりも卒業後はこのまま喫茶店とか開きそうな雰囲気なんだよな。トーカと一緒に。

 貴重な就職先だから便宜図って媚び売っておきたいところだけど、他の組織に取られるってんならともかく、喫茶店やるってことなら応援してやりてぇんだけどなぁ。

 

 

 でもカネキとトーカはこのままでいいんかね? 特にカネキ。

 別にトーカが悪い女ってことじゃないし、世話になってる身でこういうことは言いたくないけど、カネキはトーカに構い過ぎっつーか依存し過ぎだと思うんだが? 何かあればすぐにトーカちゃんトーカちゃんだ。

 半喰種になってアイツも大変なんだと思うけど、行動の基準をトーカに置き過ぎっぽいんだよな。

 多分カネキのヤツ、トーカが言ったら白鳩にだってケンカ売るぞ。現にトーカの弟のために似たようなことしたし。

 

 とはいえリゼがカネキを喰種の世界の入り口に立たせた女なら、トーカがカネキを喰種の世界の中に入らせた女だ。

 そして何よりもカネキはトーカと出会わなければ、空腹を耐えきれずに永近のヤツを喰っていたのかもしれないことを考えると、それは仕方がないかもしれない。

 いや、あのときのことは半分以上俺のせいなんだけど、でも俺のことがなくても肉を喰わなければいつかは飢えて狂っていただろうからな。

 

 今のカネキは人間の食事も取れるからそんな心配はないけど、カネキの話を聞くとどうやら以前味わったあの飢えの苦しみの経験は、今でもカネキの深いトラウマになっているみたいだ。

 むしろ今が飢えに苦しんでいないからこそ、余計にあの地獄のような飢えが怖いのかもしれないな。アレは俺もわざわざ飢えようとは思いたくないぐらい辛いし、それこそ元人間だったカネキにはもっと酷だろう。

 それから助けたのがトーカってんだから、そりゃカネキもトーカに感謝するだろうし、世話になり続けたら情も沸いて惚れもするわな。そこらへんは仕方がない。

 まぁ、だからカネキがトーカにベッタリなのも惚れた弱みと言っちまえばそれで終わりなんだけど、それが将来的にとんでもない爆弾になりそうな悪い予感がするんだよ。ホント。

 

 いやだってさ、カネキがトーカに依存しているっぽいけど、トーカもカネキに依存してるっぽいんだよ。貴未も言ってたから俺の勘違いじゃないと思う。

 ただしトーカがカネキに依存している理由はカネキみたいに深刻な理由あるわけじゃなく、トーカの好みにカネキがど真ん中だったってだけの理由っぽい。

 トーカは弟のアヤトのことがあるから、本人は否定しているけど下の人間の面倒を見たがるタイプだ。ヒナミ相手なんかだと特にそういう傾向が出ている。

 そんでそれとは別に、頼りがいのある男が好き……というより、ありゃファザコンって言葉が一番似合いそうだな。少しの間だけ店で働いていたときのアヤトとの会話を聞いてたら、事あるごとに父さん父さんだったし。

 きっとトーカは父親みたいに頼りがいのある男に甘えたいって欲求持ってるんだろう。普段気を張ってるから余計にだ。

 そしてカネキは普段ポヨヨンとして頼りなさそうだからトーカは自分が面倒見なきゃ、とか思ってそうだけど、何かあったら弟を助けて来たみたいにその強さで頼りがいのある一面を見せるギャップを持っている。

 そんなところがトーカの好みには思いっきりあってるんだろうな。

 

 だけど世話の焼き甲斐があっていざという時には頼れる男が好きって言っちまうと、何だか一歩間違えればトーカがただのダメンズ好きに思えてきた。アイツ将来ヒモとか養いそうじゃね?

 心理学の授業は取ってないから詳しくないけど、共依存とかそんなことになったりしないかね、アイツら?

 だいたいトーカが食事代わりにカネキの血を飲んでいるのは知っているけど、だとしても3日毎なんか頻繁に飲んだりしなくても平気なはずだ。絶対違う意味で飲んでるぞ、トーカのヤツ。

 でもそれっていわゆるカニバ……いや、よそう。きっとあれだ。食事という理由で大手を振ってカネキとスキンシップ出来るのが嬉しいだけだろう。きっとそのはずだ。ヒナミがいないときは手首からじゃなくて首元から血を飲むのもそれの一環だ。

 カネキに羽赫生えたから、トーカの羽赫はもう喰わせなくてもいいはずなのにまだ喰わせ続けているのもそんな理由だ。そうに違いない。

 

 というかカネキはあんだけ献血して大丈夫なんだろうか?

 トーカとヒナミの普段の食事代わり、貴未とリョーコさんとカレンさんとアリザさんの栄養ドリンクとして、更には月山家に売る血酒用といった感じで、週に1リットルを越えて2リットル近く献血してるぞ、アイツ。

 まぁ、ケロッとしているから大丈夫なんだろうが…………ガキが生まれたら、カネキに何か礼をしなきゃな。今は礼をしてもどーせカネキのことだから、貴未と子供を優先してくださいとか言うだろうから今はしないけど。

 でもどういう礼をすればいいのかがわかんねぇ。血売ってるおかげで俺より金持ってるし。

 

 今度、店長に相談してみるかね。

 

 

 

 

 

━━━━━芳村功善(お茶会の1ヶ月前)━━━━━

 

 

 

 カランカラン、と店のドアベルが鳴る。

 

 

「申し訳ありません。もう閉店……芥子か」

「久しぶりだな、功善」

「私を始末しに来たか? 芥子」

「…………カネキケン、はいないよな?」

「やはり彼が目的か。今はいないさ。今頃は家で勉強中だろう。年度末試験が近いからな」

「そうか。ならいい。

 それで……お前を始末? まさか? それならもっと大勢でくるよ。“大勢”でね」

「いや、それでも無理だろう」

「…………ハッキリ言うなよ。何なんだ、アレ? 本当なのか?」

 

 声が震えてるぞ、芥子。しかもいつも口にモノを入れてニチャニチャしてるのに今日はしていない。

 まぁ、私が知っていることの全てを明かしているかもしれないかと思うと、カネキくんが怖いんだろうな。

 

 11区の戦いからもう2ヶ月が過ぎている。

 私が姿を現したことは当初からわかっていたのだろうが、一緒にいたカネキくんの正体に辿り着くまでは思ったより時間がかかったようだ。

 まぁ、Vとしても予想外に過ぎるから仕方がないのだろうな。芥子のあの様子だと月山財閥で行った検査結果なども手に入れているようだが、それが本当かどうか信じ切れていなかったのだろう。

 それが私が肯定したことで信じざるを得なくなったようだが、どちらかというと信じたくはないといった気分なんだろうな。

 

「功善、カネキケンを手に入れたお前はいったい何をする気だ?」

「…………」

「Vに歯向かうつもりか? そんなに妻と娘のことが忘れられないのか?」

「…………」

「悪いことは言わん。止めておけ。

 正直に話せば、確かにカネキケンの力が本物なら我々とて危険だ。

 だが所詮は個人の強さだ。お前のこの喫茶店を含めてもな。どんなにお前らが頑張っても共倒れが精一杯だ」

「…………」

「…………功善」

 

 それはそうだろう。確かにあんていくも一応は組織という形をとっているが、Vに比べたら木っ端に過ぎない。

 カネキくんもその力でVは倒すことは出来たとしても、形振り構わないVの権力を用いた反撃にあったら、その後はヒトの世界から姿を消す未来しか待っていない。

 芥子の言う通り、Vと私たちでは共倒れが限界だろう。

 

 ……カネキくんがいなかったら、その共倒れも無理なんだろうが。

 

「どうする気なんだ、功善?」

 

 芥子が私を注視する。気配を探れば店の外に数人の気配が。

 どんな返答でも即座に戦闘になるとは限らないが、それでも返答次第でVとの関係は決定的な破綻を迎えるだろう。

 

「そう……だな」

「…………」

「芥子、お前が正直に話したからには私も正直に話そう」

「……聞こうじゃないか。遠慮はいらない。(ふる)い仲だろう」

 

 ああ、そうだな。もう何年前になるのだろうか。

 私が芥子の誘いに乗ってVに入ったのも、Vに入って喫茶店に通うぐらい生活に余裕が出来て憂那と出会ったのも、憂那と結ばれてあの子が生まれたのも、もう遠くて古い昔の話だ。

 

 そしてこれからの話は、新しい未来へ繋がる話だ。

 

 

「正直に話せば、私もこうなるとは予想していなかった」

 

 

 芥子の抱いていた緊張感が一気に霧散した。

 いや、私としても本当に悩んでいるんだよ。まさかカネキくんがあんな風になるとは、あんていくに迎え入れた頃には思いもしなかったのだから。

 

「……そ、そうか」

「そもそも鉄骨落下事故からこう繋がるなんて予想出来たヤツなんていないだろう。お前は出来ていたか?」

「出来てたまるか。そもそも鉄骨落下事故を知ったこと自体が、11区の件でカネキケンを知ってからだ」

「だろうな。そして私どころか嘉納という医者ですら予想していなかっただろうな。知っていたらカネキくんを手放したりしなかったはずだ。

 カネキくんをあんていくに引き入れたのは、本当に善意からだ。

 それにカネキくんを使ってVに敵対しようとは思っていない。カネキくんにそんなことはさせられない」

「……ならいい」

「しかしカネキくんが嘉納という医者を探すことは止めたりはしないぞ。不自然だし、彼にはその権利がある。

 そこからVに繋がるかどうかはわからん。嘉納という医者に聞いてくれ」

「ムッ……」

「むしろカネキくんが全てを知ったら、私も憎悪の対象に入るかもしれんぞ。知っていることを全て話していないのは事実だからな。

 サービスだ」

「……頂こう」

 

 芥子にアイスコーヒーを出す。

 今度店で出そうかと検討中の水出しコーヒーだ。抽出に時間がかかるので先着順、もしくは予約が必要な一品だが、出すことになると久しぶりにあんていくに新メニューが加わることになる。

 これもカネキくんのおかげかな。

 

「ほう、美味いな。そのデカい器具で淹れたモノか?」

「ああ、興味は昔からあったのだが、最近ようやく良い器具を手に入れてな。

 色々と試してみて、最近ようやくこれに使うのに最適な豆と水を見つけることが出来た」

「……最近のお前は閉店してからも店に残っていると聞いていて、良からぬことでも企んでいるのではないかと思っていたが、残っていたのはもしかしてコレの実験のためか?

 お前、喫茶店業務を楽しみ過ぎだろう。今度キッチンを丸ごと新しくするとも聞いているぞ」

「流石に耳聡いな」

「カネキケンの血を月山財閥に売って儲けているらしいな。カネキケンを手放さないのはそれが理由じゃないだろうな?」

「何のことやら……ホットでも飲んでみるか?」

「目を逸らすな。

 …………頂こう」

 

 カネキくんを手放さない……か。そんなつもりはないんだがね。

 観母さんもそのようなことを言っていたので、私がカネキくんを囲い込んでいると思われているのかもしれないが、私はカネキくんをこの店に縛り続けるつもりなぞない。

 

 大学を卒業して月山財閥系列の会社に入社するという未来もありだろうし、あんていくでの経験を活かして喫茶店を開くような未来でも応援しよう。

 そもそも大学卒業後もあんていくに就職というのは…………ウン、バイト以上の給料を出すのは難しいな。世知辛いがこの小さな店では古間くんとカヤちゃんだけの給料ならともかく、カネキくんを正社員として雇う金を捻出するのは難しい。

 どうせその場合だとトーカちゃんとセットになるだろうから尚更だ。

 やはりカネキくんが喫茶店をやりたいと言うのなら、あんていく2号店というのが現実的かな。月山財閥というスポンサーもいるし。

 

 となると芥子に一つ釘を刺しておくか。

 

「芥子、私からの(ふる)い友人としてもう一つサービスだ。

 ウチの従業員の霧島董香という女の子のことは知っているな?」

「ン? ああ、資料は見ている」

「彼女を害するのは絶対に止めておけ。同じくヒナミちゃんもだ。

 カネキくんと敵対することになるぞ」

「……どういうことだ?」

「断わっておくが脅しじゃない。同じように私がトーカちゃんを害することになったとしたら、カネキくんはトーカちゃんを守るだろう。それが例えどんな理由であったとしてもな。

 理由は…………まぁ、若いからな。察してやってくれ。ヒナミちゃんの方はカネキくんとトーカちゃんが妹のように可愛がっている」

「ハハッ、そういうことか。了解した。

 別に構わんさ。敵対しているわけでもなく、人に混じって平和に女子高生やってる子供に手を出すほどコッチも暇じゃない」

 

 少しばかり穏やかな時間が流れる。

 しかし話はこれで終わりではないだろう。

 

 こんなことのためだけにわざわざ芥子が私に会いに来るはずが…………カネキくんの重要度を考えたらそうでもないかな?

 だが別の用事もあるはずだ。

 

「功善」

「何だ?」

「単刀直入に言おう。お前の娘を何とかしろ。お前の責任で娘をどうにかするのなら、最終的にこの店でウェイトレスとして雇うことになったとしても構わん。

 その代わりカネキケンをこちらに差し出せ」

 

 そうきたか。要するにエトの命は見逃すからカネキくんをよこせと。

 だがそんな要求を受け入れるわけにはいかない。色んな意味で。

 

「断わる。私に子などいない」

「……譲歩してやってるのがわからんのか?」

「そうではない。

 そもそも藪蛇を突くのは好みではない。言っておくがカネキくんにはRc細胞抑制剤とかは効かんぞ」

「は?」

「正確には“効果を出すためにどれくらいの量が必要かわからん”と言ったところか。

 彼は自分の身体が人間離れを越えて、喰種離れしていくのに悩んでいた時期があってな。知り合いの医者の力を借りて、色々と試したことがあるんだよ。

 これも(ふる)い馴染みとしてのサービスだ。カネキくんと敵対する可能性があることをするのは危険だ。むしろカネキくんは優しい子だから恩で縛るように動いた方がいい」

「…………」

「私に声をかけてきたときのように、普通に勧誘するのなら構わん。機会を設けるぐらいならしてやろう」

「……そ、そうか」

「ちなみにライバルには月山財閥がいるがな。

 カネキくんから聞いた話だと、大学卒業まで待つのはもちろんのことだが、就職したら会長秘書の待遇ということで初年度からの年収一千万越えは確約されたらしい」

「お、おう……」

「ちなみに一千万は手取りでだ。しかも休日も年「待て。わかったから」……お金や待遇だけで済むのなら、その方が手っ取り早くて安全だと思うがね?」

「……先程のカネキケンを差し出せというのは取り下げる。今度会う機会を設けてくれ」

「そろそろ大学の学年度末試験があるから、それが終わってからでいいな?」

「ああ、それは構わん。……待遇のことは上に話してみる」

「声が震えているぞ。

 まぁ、月山財閥に待遇で張り合うのは青天井になりそうで怖いが」

「やかましい。

 ただし功善。娘のことはカネキケンを使ってでも自分の責任で何とかしろ。先程言った条件はコッチの最大限の譲歩だ。それもカネキケンという条件付きでだ」

「……心当たりはないが覚えておこう」

 

 邪魔したな、そう言って芥子は立ち去った。

 

 ……天秤の均衡を保ちたいのならカネキくんのことは放っておいた方がいいぞ、とは言えなかった。カネキくんを天秤の秤に載せたら、天秤自体が壊れそうなんだがね。

 しかし私が言っても信じないだろう。こういうのは実地で体験しないとわかってくれないからな。芥子の胃が破れたりしないように祈るだけにしておこう。

 

 それと歯に衣着せぬ芥子が美味いと言ったなら、この水出しコーヒーは店で出しても問題ないかな?

 

 

 ……エトを、ウェイトレスとしてこの店で雇う、か。

 例えばカネキくんにお願いしてアオギリを殲滅し、エトを私の手元に置く。そしてカネキくんがVに入って活躍すれば、カネキくんもVに好待遇を受けるだろうから、誰も不幸には…………イカンな。甘美な誘惑過ぎる。

 上手く行きそうなところがまた怖い。とても心惹かれてしまうのは否定出来ない。

 エトがいて、古間くんとカヤちゃんと一緒にこの店を切り盛りして、四方くんやウタくんやイトリちゃんが顔を出し、別の場所であんていく2号店を開いたカネキくんとトーカちゃんがバイトをしているヒナミちゃんを連れてたまに苦労話をしにやってくる。

 エトがカネキくんにチョッカイをかけてトーカちゃんと喧嘩を…………とかはないよな?

 

 ああ、でも実現したとしたら、それは何と幸せな未来だろうか。

 そんな穏やかな生活を過ごせたとしたら、憂那もきっと喜んでくれるだろう。

 

 だが誰も不幸にならないというのは違うな。

 何事かを為そうとしているエトは道半ばで挫折してしまうことになる。

 

 ……私はどうしたらいいのかな、憂那?

 不幸になるかもしれないと知りつつ娘を応援すればよいのか、それとも無理矢理にでも手元に置いてこれからの一生をかけて今までの償いをするか。

 Vと敵対するリスクを踏まえてあんていくの皆のことも考えると、答えは間違いなく後者なのだが…………エト。お前はいったい何をしたいのだ?

 もし、もしお前が思うが儘に自らを貫き通そうというのなら、私も思うが儘に動いてもいいのだろうか?

 

 

 

 …………時間はまだある。ゆっくり考えよう。

 出来うるなら、娘もあんていくの皆も幸せになれる道を模索しよう。例えカネキくんを利用することになったとしても……。

 

 ま、彼なら喜んで協力してくれるかな?

 むしろその道を選ばなかった方が怒りそうかな、カネキくんなら。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「ところで何でわかったん?」

「そりゃエトさんとは何度か会ってますから、服が変わっていても匂いと声でわかりますよ。

 というかさっき寝坊したって言ってましたけど、髪ボサボサですしシャワー浴びずに来たでしょう? 言い難いですけど僕ら(喰種)からするとかなり匂ってます。

 それにエトさんのときに着てる服……というか包帯の上のローブって洗濯してます? それと同じ匂いしてますよ」

「うぐおっ!? ア、アッチの服はあんまり……」

「……洗濯したらますますボロボロになりそうですもんね」

「しっかし、カネキュン思ってたより鋭いんだね?」

「カネキュンて…………まぁ、こんな身体になってからですけど。

 ところで高槻先生?」

「にゃ、にゃんだい?」

「今度僕が持ってる先生の著作持ってきますので、それにサイン頂けます?」

「オーキードーキー。取引成立だ」

「先生も僕の素性は知っていますからね。変なことはしませんよ。

 ヤモリさんやアヤトくんみたいには。ヤモリさんやアヤトくんみたいには」

「2回も言わなくていいって。私だってまだ高槻でやることあるんだから。お互い不干渉で行こう。

 あ、電話番号とメルアド交換しようぜー」

「メールだと証拠が残りますから、変なことは電話でお願いします」

 

 

「高槻先生ー! 早くっ! 早く戻ってきてくださいー!」

 

 

 

 

 

 







 原作でも店長をスカウトするぐらい普段から戦力増強してるようなので、Vはこのカネキをスカウトするようです。とはいえ「結論は大学卒業するまで待ってください」で流されますが。
 なのであんていく壊滅フラグは無事に消滅しました。ただしカネキュン担当になった芥子さんの胃は後日破れます。
 それと店長が望むものが現実的に手に届きそうになったので、ちょっとばかり欲張ってしまおうかと悩んでいるようです。

 ただしCCGに加えてアオギリの難易度がルナティック。
 むしろCCGは難易度選択どころかゲームすら出来ない状況になりかねません。

 そして自分の勝手な想像ですが、もし原作でもアオギリやCCGによるあんていく壊滅がなかったら、カネキくんはあんていくにヒデ以上に依存すると思うんですよね。
 なのでウチのカネキくんは“白”でも“闇”でもなく“病み”になりかけてる模様。
 まるで人間であった時と同じようなぬるま湯のような日々だからこそ、どんどん深みに嵌まっていっているようです。逃げようという発想がそもそも思いつきません。


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嘉納先生善人説

 

 

 

「あれ? 来てたんだ、アヤトくん」

「オゥ、邪魔してるぞ、カネキ。

 それとさっき風呂も借りたわ」

「ああ、アオギリの拠点だとお風呂にゆっくり入れないだろうね。そのぐらいは別にいいけど、でも今日はどうしたの?

 ニコさんがまたアオギリに出入りするようにでもなった?」

「ヤなこと思い出させんな。

 ホレ、机の上。エトからの預かりモノだ。外出るって言ったらついでに持ってけって言われたんだよ」

「ん? ああ、エトさんのお薦めの本か。ありがとう、アヤトくん」

「アン? 本なのか、ソレ?

 ったく、そんなんで俺に使いっぱしりなんてさせんじゃねーよ」

「アハハ、それはエトさんに言って欲しいな。

 じゃあ、お礼にコーヒーでも淹れるよ」

「ん、貰うわ。待ってる間は何か……ん? 何だ、このDVD? “ラ○ボー”?」

「ああ、この前レンタルして皆と一緒に見たヤツだね。

 ゲリラ戦のアクションシーンが面白かったよ」

「ふーん……“ゲリラ戦”って何だ?」

「ああ、ゲリラ戦というのはね……」

 

 

 

 

 

━━━━━亜門鋼太郎━━━━━

 

 

 

「やぁ、おはよう。皆」

「うむ、おはよう」

「邪魔するぜぇ」

 

 

「「「「おはようございます」」」」

「おっはよ~ございまぁ~す♪」

 

 

 ……什造ぉっ。いい加減にしろよ、この野郎。

 

 篠原さん、黒岩特等、そして丸手特等が入室なされたので、全員で立って挨拶をする。

 しかし我々のまとめ役である篠原さんだけならともかく、黒岩特等と丸手特等もいらっしゃるとは、もしかすると何か起こったのか?

 

 

 あの11区におけるアオギリの樹拠点の殲滅作戦から3か月が過ぎた。4月に入って人事異動も行われて俺、亜門鋼太郎もSレート喰種である瓶兄弟を駆逐した功績で上等捜査官への昇進となった。

 真戸さんと階級が並んでしまったのでコンビを解消してしまったのは残念だが、新たに真戸さんの娘でもある真戸暁二等捜査官とコンビを組むことになったので、真戸さんから受けた恩をアキラに返すべく奮闘中の毎日だ。

 

 俺とアキラのコンビの捜査対象はあのときに出会った“歯茎”。とはいえあくまで捜査対象であって駆逐対象ではない。

 言い難いことだが、歯茎にはあの有馬特等でも勝つのは難しいのではないかと判断されている。何しろ軒並みクインケの攻撃すら弾くので、流石の有馬特等でも分が悪いだろう。

 といってもあんな強力な喰種を放っておくわけにはいかないので、あのとき俺が歯茎に話しかけても殺されなかったことから、俺なら再び出会っても殺される可能性は低いだろうと考えられ、ヤツが20区にいるとは限らないが俺が歯茎の捜査を行うこととなった。

 あのときの俺は感情的になってしまい、一歩間違えれば隊の全滅を引き起こしかねない行動をとってしまった。その贖罪になればと思い、拒否しても構わないとまで言われたこの任務を受けることにした。

 

 ただしアキラをこの任務に巻き込んでしまったのは心苦しい。

 アオギリ拠点壊滅の波及で騒がしくなっている11区に残って掃除をしている真戸さんの元に、何としてもアキラだけは無事に返さねばならない。

 

 ちなみに俺とアキラが“歯茎”。篠原さんと什造が“大食い”。法寺準特等と政道が“美食家”を捜査しているが、3人の捜査対象全員がまったく姿を現さない。

 歯茎は仕方がないとしても、大食いは去年の○月、美食家は◎月から姿を見せなくなっている。ここまで姿を現さないということで、死亡説も考えられているぐらいだ。

 歯茎もあの日に初めて目撃されて以来姿を現していないが、流石にヤツが死んだとは考えられていない。

 

 

「朝早くからゴメンね、皆。週末はゆっくり休めたかな?

 実は昨日の日曜に緊急の特等会議が開かれたので、それについて皆に知らせることがあってね」

「俺の顔を見ればわかると思うが、あの“歯茎”関連だ。面白くねぇ話ばっかだが、心して聞けよ」

「うむ」

 

 “歯茎”。その言葉が丸手特等の口から出たときからざわめきが起こる。冷静沈着という言葉が最も似合いそうな法寺さんでも驚きの声を上げた。

 あの圧倒的な力を持った喰種。認めたくないことだが、ヤツに俺たちを殺す気があったら為す術もなく俺たちは11区で死んでいただろう。

 しかしあの歯茎はあれ以来姿を見せたことがなかったはず。

 

「よーし、始めるよ。まず一昨日の土曜日、7区にあった喰種レストランの突入作戦があったんだが、そこで歯茎が現れた。

 おかげで突入作戦は失敗。徒労に終わったよ」

「確かその作戦には4区の宇井準特等も応援で参加されていたはずでは……?」

「……ああ、そうだ。死んじゃいねぇが宇井がやられた」

「なっ!?」

 

 あの宇井準特等が? 有馬特等の下で研鑽を積み、若くして準特等まで登り詰めた方が負けるなんて…………いや、あの歯茎相手では宇井準特等でも分が悪いか。

 何せ歯茎は篠原さんと黒岩特等を含めた10人がかりでも敵わなかったのだから……。

 

「話は終わっちゃいねぇぞ。騒ぐのは最後まで聞いてからにしやがれ。とにかくその歯茎だ。

 遅すぎたかもしんねぇが、一昨日の結果を受けてヤツはSSレートからSSSレートに格上げだ。まぁ、レートはそもそも単純な戦闘力だけじゃなくて、他の喰種への影響力なども含めての換算だからな。

 ヤツ単体ではそこまで人への脅威ではないと考えられていたんで、そこら辺は別にSSSレートになったからって対応が変化したりはしねぇ。

 そしてヤツの名称を“ハイセ”、漢字は珈琲の琲に世界の世で“琲世”に変更とする。ハイセの野郎、ご丁寧に自己紹介をしてくれやがった。よっぽど歯茎呼ばわりが嫌だったんだろうな。

 それともう一つ悪い知らせだ。ハイセの赫子は11区のときは鱗赫しか見せなかったが、今回は羽赫も使いやがった」

 

 SSSレート。複数名の特等捜査官によって対処する必要があると判断された喰種が指定されるSSレートの更に上のレート。

 隻眼の梟に続く2体目のSSSレートか。あの強さなら仕方がないと思うが、そうなるとSSSレートの喰種が2体とも組んでいるという、とんでもないことになるぞ。

 しかも歯茎……いや、ハイセか。ハイセが羽赫をも使ったとなると、ますます厄介なことになるな。一撃の攻撃力が高い鱗赫と、瞬発力が高くて遠距離攻撃も出来る羽赫の複合はかなり厄介だ。

 しかし突入作戦で一体何があったんだ?

 

「ここで数少ない良い知らせっつーか不幸中の幸いの知らせだ。突入班に人的損耗はない。

 多少の怪我はあるが、ほとんどがハイセにクインケを壊されただけだ。呉緒みたく赫子も使われずにな」

「痛いところ突くなよ、丸。私も似たようなもんなんだからさ」

「丸手特等、よろしいでしょうか?」

「おう、真戸二等か。何だ?」

「今しがた赫子を使われずにクインケを壊されたと仰いましたが、先程は歯茎が羽赫も使ったとも仰っていました。

 これは歯茎が戦闘以外で羽赫を使ったということでしょうか?」

「イイとこに気が付くね、アッキーラ。ただ歯茎じゃなくてハイセね、ハイセ」

「うむ」

「そうだな。そうじゃなきゃ宇井みてぇになるぞ」

「失礼しました。以後気を付けます。

 しかし宇井準特等みたいに……?」

「ああ、まずは昨日の喰種レストラン突入作戦で何が起こったかの概略を話すぞ。

 篠原じゃ言い難いだろうから俺からな」

 

 暗い話になるはずだろうに、丸手特等がニヒヒと笑う。一方の篠原さんは困惑といった感じだ。

 いったい突入作戦で何があったのだろうか?

 

「ちょっと長くなるからとりあえず聞け。質問は後から受け付ける。

 まず先週の土曜日の19時に、7区の富良上等がかねてから調査中だった喰種レストランに、4区の宇井準特等が率いるチームの応援を入れて突入する予定だった。喰種どもの殲滅と利用客リストなどの情報を集めるのが作戦の主目的だ。

 だがいざ突入時刻が近くなると、レストランの中が騒がしくなった。それで予定を早めて突入を開始したが、レストランの入り口に事前調査ではなかった赫子の防護壁のようなものがあったりして時間がかかった。その壁を壊していざ突入すると、既にレストラン内はハイセによってほぼ壊滅状態になっていた。

 ああ、さっき突入作戦は失敗と言ったが、先を越されて失敗と言った方が正しいな」

 

 歯茎が、ハイセが喰種レストランを壊滅させた?

 仲間割れ……なのか?

 

「ハイセには仲間がいたようだが、11区のときに現れた梟や魔猿じゃねぇ。

 仮面舞踏会に出るときに使いそうなハイソな仮面をつけた黒スーツの集団と、ガスマスクをつけたコートの集団だ。それぞれ5人ぐらいしかその場にはいなかったらしいが、黒服はハイセのことを“ハイセ様”、ガスマスクどもは“ハイセ”か“ハイセさん”と呼んでいたようだから、そいつらは別グループなんだろうな。

 黒スーツどもがレストランの中にあったノートやらパソコンやらを燃やして回って、ガスマスクどもはレストラン会場の他の出入り口を封鎖していたらしい。

 それとハイセが殺った喰種どもは、軒並みハイセのあの赫子の一撃で上半身が粉微塵に吹っ飛ばされてたから、身元の照会もろくに出来やしねぇ。

 おかげで今回の作戦では、ハイセ関連以外の肝心の喰種レストラン関係で得られた情報はゼロに近い」

 

 フム、何らかの証拠隠滅がハイセの目的だったのか? 知り合いがそのレストランの利用者だったとか。

 しかし噂に聞くレストランの客層とハイセでは、人物像が異なる気が……。

 

「で、突入してそんな場面に出くわした宇井たちだが、出くわしたからには放っておくわけにはいかねぇ。三つ巴、というより不本意ながらも“ハイセ対CCG+喰種レストランの客”みたいな状況になったらしい。

 だがアッサリと客の喰種どもは全滅。粘っていた白黒コンビ喰種もいたみたいだが、本気を出したハイセにこれまたアッサリとやられた。

 このときだな。ハイセが羽赫を使ったのは。この白黒コンビはハイセが連れ去ったらしく、ハイセも妙なことを口走っていたらしいので注意が必要かもしれん。

 んで、その後にコッチの捜査官もやられて、ハイセにご丁寧に帰るように言われたんだが、宇井がちょいと頭に血が上ってな。

 そんでまぁ、ハイセがわざわざ「自分のことはハイセと呼んでくれ」と自己紹介をしたんだが、宇井が頑なに歯茎呼ばわりしたもんだからハイセがキレた。

 キレたハイセは宇井の野郎を“篠原の刑”に処した」

 

 ……。

 …………。

 ………………うん? 篠原、の刑……?

 

「簡単に言やぁ、宇井の野郎は篠原と同じ髪型にされたんだよ。

 ハイセが言うには、これからも歯茎呼ばわりするヤツは全員篠原の刑に処するらしい」

「だから何で私の髪型が嫌がらせに……」

「うむ!」

「いわっちょ。それは慰めてんのかい?」

「おいおい、特等が話を遮ってどうすんだよ?

 だからよ、真戸二等。篠原と同じ髪型にされたくなかったら、ヤツのことはちゃんとハイセと呼んだ方がいいぞ」

「……肝に銘じます」

 

 アキラが篠原さんの頭を直視しながら答えた。心なしか声が震えている気がする。流石のアキラも篠原の刑は嫌か。

 うん、そうだよな。女性だものな。されても問題ないと言われた方が困る。

 

「ま、突入作戦結果の概略はそんなところだ。特急で今日の午前中に富良上等からの報告書が上がってくるはずだから、詳しくはそれを見ろ。

 それと宇井に会ったらスルーしてやれ。流石にアレは哀れだ。特等会議に帽子被ったまま参加しやがったが、局長も何も触れなかったぐらいだ」

「はぁ……まったく。人の髪型を嫌がらせの道具にしてくれちゃって……」

「しかもそれが立派に機能してやがるしな」

「僕もそれはイヤですぅ~」

「ちょっ!? 什造(ジューゾォー)ッ!?」

 

 思わず篠原さんから目を背けてしまった。

 ただの短髪の俺が髪型を云々言えるわけではないが、あの中途半端に中央部に髪の毛が残っているモヒカンみたいな髪型は俺もちょっと……。

 

 うん、今度からアイツのことはちゃんとハイセと呼ぼう。

 

 

「丸手さーん」

「会議中だぞ、馬淵ィ」

「いえ、7区の富良上等から報告書が届きましたよ。

 人数分プリントしている真っ最中なんで、もうちょい待ってください」

「お、せっついただけあって早かったな。昼近くになるかと思ったが」

「富良くんには悪いことしたね。お子さんもまだ小さいのに週末の予定全滅させちゃって。

 上の方に私たち3人で富良くんの休暇の上申でもしてあげようか」

「うむ」

「報告書の出来次第だな。悪かったら今日中に出し直しさせてやる。

 なら続けんのは報告書が来てからのほうがいいか。真戸と……あー、滝澤だったか。悪いがコーヒーでも淹れてきてくんねぇかな」

「あ、はい!」

「わかりました」

 

 ム、俺も手伝おうかと思ったが、8人分のコーヒーを淹れるのに3人は多すぎか。なら素直に2人に任せることにしよう。

 今まではそういう下働きは率先して行っていた立場なので、こういう待つ時間はどうも慣れない。上等捜査官になったからには複数人の部下を率いらなければならないことが増えるというのに、このままじゃイカンな。

 アキラにも“ドッシリ構えていろ”と言われたこともあったし、気を付けないと……。

 

 そして什造は少しでいいから動こうとしろ。

 

 

 その後、5分もしないうちに報告書とコーヒーが揃った。

 丸手特等たちも先程の概略以上の情報は持っていなかったようなので、まずは報告書を各自読んでから会議を再開することになった。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………フム、やはり気になるのは、マダムAという喰種の護衛をしていたらしき白黒の喰種コンビか。ハイセがその白黒に対して「僕と同じ!?」と驚愕を露わにして叫んだらしい。

 そして白黒コンビの仮面は、目の部分がそれぞれ片方ずつしか開いていなかったらしい。つまりは……隻眼? それがハイセと白黒の“同じ”部分?

 赫子も似たような鱗赫だったらしいという共通点もあるが、強度は全然違ったらしく、ハイセの一撃で赫子を吹き飛ばされている。しかも羽赫の攻撃で追撃を受け、あっという間に戦闘不能になったのか。

 それを見たハイセが「僕と全然違うじゃないか! え? 赫子の空似?」と騒いだらしいが…………まぁ、ハイセのようなヤツが何人もいないのは幸いだ。

 

 だいたい何なんだ、この写真は?

 まるで大砲を撃ち込まれたように建物の壁には穴が、床にはクレーターがいくつも開いているが、これがハイセの羽赫での攻撃の結果? あいかわらずとんでもないヤツだな。

 田中丸特等のハイアーマインドというクインケなら似たようなことは出来そうだが、ここまでの弾痕があるならおそらく連射性ではハイセの方が上だろう。

 普通のボディアーマーでは防げそうにない。アラタがあってやっと防御出来るかというところだろう。それでもマトモに受けると衝撃だけで吹っ飛びそうだが。

 

 それと……美食家が!? 美食家が既にハイセに駆逐されていたというのか!?

 ……大食いについての記述はないか。

 

 しかしハイセの発言の記録は多いが、CCGが突入してきたのを確認すると自分たちの身元がバレないように仲間に釘を差す発言をしている。

 おかげであまり参考になるような発言は見当たらない……ん、後ろのページに“ハイセ発言集まとめ”?

 

 

『ゲェッ、ピエロの人やっちゃった! 誰だアレ!?』

『…………ウン、僕は何も見なかった……CCG!?』

『おのれCCGめ! ピエロさんの仲間を殺すなんて!』

『スーツさんたちは証拠隠滅急いで! ガスマスクさんたちは客を逃がさないようにしてください!

 それと変なことは口走らないように口は閉じて!』

『ったく、美食家さんのせいでCCGとバッティングするはめになるとは……』

『美食家さん? ……ああ、美食家さんですか。

 フフフ、美食家さんなら墓場にいますよ。きっと彼は今頃奥さんと仲良く寝ているんじゃないですかね?』

『CCGの人たちはもうちょっと待っててくれませんかね。

 あ、柱倒してバリケードにしますから、押し潰されたりしないように注意してくださいね』

『僕と同じ!?』

『チィッ! なら全力で…………って、脆っ!?』

『僕と全然違うじゃないか! え、赫子の空似?』

『あー、どうしよう』

『このままじゃ死んじゃうか。ホラ、僕の血をお飲み……って、あ、やっぱり同じなんだ。いや、でも違うし……双子?』

『仕方がない。放っておくわけにはいかないから連れて帰るか。ガスマスクさーん!』

『あ、お待たせしましたー。

 でも僕たちこれから帰ろうと思うんですけどいいですか?』

『やるんですか? まぁ、訓練代わりになるのでお相手しますけど』

『それと歯茎は止めてください。歯茎は。

 僕の名前は“ハイセ”です。珈琲の琲に世界の世で“琲世”。覚えておいてください』

『だからハイセって……』

『はい、お疲れ様でしたー。

 それでは僕たち帰りますので、CCGの皆さん。このレストランの後始末は申し訳ありませんけど、よろしくお願いします』

『……ハイセ……』

『だからハイセって言っているでしょうがぁっ!』

『宇井さん! 貴方は“篠原の刑だ”!

 スーツさん! シャワールームにカミソリとかあるでしょうから、ソレ持ってきてください!』

『動かないでくださいね。動いたら毛だけじゃなくて皮膚も切れちゃいますよ』

『はい、こんなものでしょう。

 もしこれからも僕のことを歯茎って呼ぶ人がいたら、男女の区別なく篠原の刑に処しますからね。えーっと……ジュウゾウ、くんという子にも釘を刺しておいてください』

『じゃ、これで失礼します』

 

 

 宇井準特等……。

 思わず衝動的に4区の方に向けて敬礼をしたくなったが、会議中なので抑えた。

 

 それにしても……ハイセってこんなヤツだったか? 何だか前のときとイメージが合わない気がするな。

 というかハイセのヤツ、ピエロ殺害の犯人をCCGに擦り付けてやがる。ピエロといえば11区のときにもいたが、あのピエロのことはハイセも苦手そうにしていたからそのせいか? 居合わせたピエロは、おそらくあのときのピエロとは別人なのだろうが。

 そして什造が名指しで釘を刺されているな。11区のときの什造の言葉を根に持っているのか?

 

 そういえば什造が随分と静かだな……。

 

「…………」

 

 コイツ、寝て……はいないか。報告書を読んで頭がパンクしそうになっているだけか。目がグルグルと回っている。

 サボっているわけではないから、とりあえず今は置いておこう。

 

 

「演技……いや、自分でも気づいていないのか?」

「どうしたの、アッキーラ?」

「いえ、報告書で読んだハイセの11区での印象と、今回のハイセの印象がかなり違うと思いまして」

「ああ、それは俺もそう思った」

「実際に言葉を交わした亜門上等がそう思うなら間違いなさそうだな

 今回のハイセは必要以上に自分を強く、CCGを何とも思っていないように見せる演技をしているように感じます」

「宇井との会話はまるっきり挑発だもんね。これで戦闘を避けられるなんてハイセも本心では思っていないだろう」

「はい。しかし11区での遭遇時のハイセの印象は、経験は浅いが基本的に思慮深く冷静な喰種という印象です。そして仲間や弟らしきウサギを守るぐらいに身内思いでもあると。

 それに対して今回のハイセの行動は挑発ではなくむしろ牽制……いや、無意識の威嚇に近いのではないかと」

「『僕は強い。だから僕には関わるな。関わったら篠原の刑だ』……ってことか」

「丸、その篠原の刑って言うの止めない?」

「ハイセに言え、ハイセに」

 

 無意識の威嚇……か。挑発よりは腑に落ちるな。

 推定されているハイセの年齢は20歳前の若者。

 もちろんマスクや変声機で正確な年齢はわからないが、目元に皺がなかったことなどで比較的若い喰種。そして梟の発言内容や前回が初陣という話で人生経験が浅そうなところから、20歳は越えていないのではないかとされている。

 確かにいくら能力があっても、経験の浅い若者なら生死のかかった状況では威嚇の一つも無意識にしてしまうだろう。

 

 しかしやはりマスクや変声機で顔のほとんどが隠されていたのが厄介か。

 現状ではハイセの人物像がイマイチ絞り切れない。

 

「……あー、亜門」

「ハッ、何でしょうか、丸手特等」

「これは言うか言わないか迷ったが、この報告書を読んだから言うことにする。

 ハイセを探るのは構わねぇ。だが戦闘は絶対に避けろ。これは吉時さん、本局局長からの命令でもある」

「局長からの…………はい、承知しました」

「間違えんなよ。確かにお前じゃ勝てねぇってことはある。

 だが甲赫と鱗赫で相性が悪いってこともあるが、そもそもアラタと赤舌っつーSSレートクインケ2つ持った篠原でさえ勝てるとは思ってねぇ。

 勝てるとしたら、それこそ有馬ぐらいだろうよ」

「……ま、そうだろうね。赤舌譲ってくれた法寺には悪いけど」

「いえ、報告書のハイセの記述が事実なら当然の判断かと」

「ああ。だがな、それよりも局長が危惧してんのは、ハイセがこれ以上強くなることだ。

 今回の報告書ではハイセは“訓練”になると言って宇井と戦い始めている。前回のときもアレはまるっきり経験を積むための実戦訓練だろう。

 そして前回では能力的には圧倒的にハイセの方が強かったのに、お前らは連携や遠距離攻撃を活用してハイセをそこそこ苦戦させた。そんで今回はその遠距離攻撃に苦戦したハイセが羽赫を使いやがった。

 なーんか嫌な予感がしねぇか?」

「ハイセは、経験を積めば積むほど強くなる、それも非常識に……ですか」

「ああ、ハイセはあの強さで若い喰種と想定されている。若い分、経験を積んだらそりゃ強くなるだろうよ。

 現時点では対抗策がないのにハイセにこれ以上経験を積まれて強くなられたら、ますます打つ手がなくなっちまう。

 だからよ、亜門。ハイセと戦闘になりそうになったら逃げろ。逃げたとしても俺も篠原も黒岩も、それこそ局長だって笑ったりしねぇ。むしろ新たなハイセの情報を持ち帰ってきただけで勲章モノだ。

 その心根でハイセの捜査に当たれ。わかったな」

「ハッ、承知しました」

 

 ……仕方がないか。

 前回のときは無防備状態のハイセに攻撃しても、壊れたのは俺のクラの方だった。コチラの攻撃が効かないと戦いも何もない。俺が一方的に殺されるだけだ。

 喰種を前にしたら手足をもがれても戦えと真戸さんには教わったが、流石に勝ち目がない戦いに挑むのは蛮勇というものだ。

 

 それにアキラを巻き込むわけにはいかないしな……。

 

「幸いハイセは非好戦的な喰種だ。そのことからも上としては、ハイセよりもアオギリを優先して殲滅する必要があると考えている」

「しかし丸手特等。ハイセがアオギリに協力する可能性は考えなくてよろしいのですか?

 11区ではアオギリのウサギを助けに入ったようですが?」

「あー……仕方がねぇ。オフレコだぞ。決して他で言うんじゃねぇぞ。

 上ではその可能性は低いと考えている。

 というのも前回の11区におけるアオギリの拠点はCCGを誘い込む陽動で、本命は喰種収容所のコクリア襲撃だった。

 だがな、ハイセが元々アオギリへ積極的に協力していれば、200人もの人員をかけて陽動をかける必要はなかったはずなんだ」

「それは何故?」

「11区でハイセが建物を真っ二つに斬っただろう。頭の良い研究員どもの計算によると、そもそもハイセならアレでコクリアの壁もぶった斬ることが出来るらしい。そうされたらコクリアの堅牢の防衛もどうしようもねぇよ。

 そのことからもハイセとアオギリは中立、もしくは消極的な敵対の関係にあると考えている。あのときは本当にウサギを助けに来ただけで、利害が一致しない限りアオギリ自体は助けもしないって感じだな。

 おそらくアオギリには自分の能力を明かしていねぇんじゃねぇかな。

 真面目な話、ハイセが好戦的な喰種だったらこんな悠長に会議している暇なんてねぇよ」

 

 コクリアの防壁を斬る? そんなことが出来る喰種がいるだなんて……。

 しかしあのハイセなら確かに出来るかもしれない。

 

 そしてハイセが非好戦的か。確かにヤツは身近な存在に手を出さなければ、コチラに手を出さないようなことを言っていたな。

 まぁ、話に聞く篠原さんが討伐した腕試しと称して喰種捜査官狩りをしていたオニヤマダなんかに比べたら確かに非好戦的だろう。実際、ハイセが確認されたのは11区のアオギリの拠点と今回の喰種レストランの2回だけだ。

 アレだけの力を持った喰種が好戦的なら、絶対に今までどこかで暴れていたはずだ。

 

 そういう意味ではまだ助かるが……。

 

 

「……それで法寺と滝澤はどうする? 何だか美食家はハイセがやっちゃったみたいだけど?」

「そうですね。しかしそれは事実かわかりませんし、午後にでも件の喰種レストランの様子でも見に行ってみようかと。

 おそらくまだ捜査は続いているでしょうから、新たな発見があったかもしれませんし」

「美食家は妻がいたんですかねぇ?」

「了解。となると後は大食いか。

 ああ、大食いと言えば、以前に話に上った嘉納による喰種化施術を受けた可能性のある“金木研”くんのことなんだけど……」

「あ、篠原さん」

「ん? どうした、亜門?」

「その金木研くんですが、一昨日の土曜日に接触しました」

「は?」

「いえ、ですからその上井大学に通っている、嘉納から移植手術を受けた金木研くん「ちょい待て、亜門」……ハッ」

 

 特等の御三方が微妙な顔をしている。

 な、何かやってしまったか?

 

「あー、実はだね、亜門。日曜の特等会議でその金木研くんの話題が出てね。

 捜査は慎重に、不用意な接触は控えるように釘刺されちゃったの」

「えっ!?」

「若い子の前では言い難いんだけどさ。マスコミにバレたらまずいのよ。

 もし私たちが想定していた、鉄骨落下事故で死んだ彼女が大食いで、その彼女の臓器を金木研くんに移植したのが元CCG解剖医だった嘉納だってのが事実ならさ。

 ただでさえ無断移植手術をしたってだけで嘉納があんだけバッシング受けたんだから、それが元CCG解剖医が喰種の臓器を移植してたなんてことになってみなよ。古巣のウチも吹っ飛んじゃうよ」

「むしろ古巣のウチだからこそ吹っ飛ぶな」

「そっ、それはまぁ……そう、なのでしょうね」

 

 嘉納個人が勝手にやったこと……では確かにすまないだろうな。

 

「そんなわけで金木研くんのことは上の方で、例えば病院の健康診断の結果を上が手を回して手に入れるとか、そういう慎重な捜査をすることになったの」

「おい、亜門。呉緒得意の強権的な取り調べとかしてねぇだろうな?

 もし変な事態になったら、マスコミへの記者会見はお前にやらせっからな」

「い、いえ! そのようなことは決して! 極めて友好的に接触出来ました。

 それに偶然出会っただけですので、取り調べらしい取り調べはしておりません」

「ふーむ……ま、とりあえず土曜日に何があったか聞かせてよ。

 というか何で金木研くんと出会ったのさ?」

「はい。特等方は20区のCCG支局でアルバイトとして働いている永近英良という青年をご存知ですか?」

「ん? ……ああ、あの元気のいい子かい?」

「俺は知らねぇな」

「はい。私もお互いに顔と名前は覚えているぐらいだったのですが、実は永近は金木研くんと同じ上井大学の学生でして」

「そういえば上井大学は20区だったね」

「はい。土曜日に……土曜日にプライベートで○○デパートに買い物に行ったのですが、そのときに永近と一緒にいた金木研くんと出会いました。

 聞いたところによると、2人は小学校の頃からの親友だそうです」

「……思いっきり灯台下暗しじゃねぇかよ」

 

 ええ、俺も永近から聞いたときは驚きましたよ。

 まさか金木研くんに親しい人物がこんな身近にいたなんて……。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「あれー? 亜門さんじゃないですか?」

「ん? ああ、永近じゃないか。偶然だな。そちらは――っ!?」

「コイツは俺のダチでカネキっていいます。

 カネキ、こちらは俺のアルバイト先の亜門さんって人」

「あっ。……はじめまして。

 ヒデ、永近の友人の金木です。どうもヒデがお世話になっているみたいでして」

「オイ、お前は俺のオカンか?」

 

 金木、研。

 政道の報告にあった例の鉄骨落下事故における移植手術の臓器受容者か。

 

 彼は左目を眼帯で覆っている。歯茎とは逆か。

 それに俺の顔を見て驚いた……?

 

「……あ、ああ。亜門鋼太郎だ。

 大学の友人か? 確か永近は……上井大学だったか?」

「あ、政道さんとの会話聞かれてたんですか。

 ええ、コイツも上井です。といってもコイツとの付き合いは小学校の頃からですが」

「はい。ヒデとは昔からの付き合いです。

 どうです? ヒデは真面目にやってます? ヒデは昔からお調子者で……」

「だーかーらー、お前は俺のオカンかっての?」

 

 間違いない。上井大学の金木研。本物だ。まさかこんなところで出会うとは。

 しかも永近の小学校の頃からの友人だと? いったいどんな偶然だというんだ。

 

「ははは、永近はよく働いてくれているよ。大丈夫だ。

 2人は買い物か? 俺が君たちぐらいのときは、こんなデパートは敷居が高くて敬遠してたもんだが……」

「いえいえ、俺たちも普段はこんなところ来ないですよ」

「僕はまぁ……最近ちょくちょくと。

 ただ今日はちょっと、大学の先輩への出産祝いを買おうかと思いまして」

「だ、大学の先輩への出産祝い?」

「ええ、出来ちゃった学生結婚した人なんですけどね。

 出産祝いみたいなモノなら安物をそれぞれ買うより、こういうしっかりしたところで2人で金を出し合って良いモノを買った方がいいかな、と思いまして。

 でも出産祝いなんて初めてですから、何買ったらいいかわかんないんスよね~」

「僕も出産祝いを買うのは初めてだよ」

 

 ……はぁ、話には聞くが、実際に学生で結婚する若者もいるんだなぁ。しかも出来ちゃった結婚。

 俺が卒業したアカデミーでは考えられん。

 

 しかしどうするか? せっかく偶然にも金木研くんと出会えたんだ。俺の顔を見て反応したことも気になるし、少しばかり様子を見てみるか。

 ちょうどいい話題も出ているわけだしな。

 

「……フム、よかったら俺も付き合おうか?

 俺もそんなに経験があるわけではないが、職場の付き合いでそういうのを買ったことはある」

「え、いいんですか?」

「ああ、その代わりと言っては何だが、俺の買い物にも付き合ってくれないか?

 実は今日、俺の元上司の家に招かれていてな。俺が昇進したお祝いをしてくれると言ってくれているのだが、手ぶらで訪れるわけにはいかないので何か手土産をと思っているんだ。一応は候補は決めているが、その中で何を買っていいか迷っていてな」

「え? そういうのことこそ僕たちがお役に立てるとは思えないんですけど……」

「俺に仕事のイロハを教えてくれた方へのお礼だから、少しでも良いモノを贈りたい。

 それと今日の料理を振る舞ってくれるのがその元上司の娘さんでな。娘さんにも手土産を持っていこうと思っているのだが、そちらはまったく思いついていないんだ。

 ……口にするのは恥ずかしいんだが、女性に対する贈り物は経験がなくてな……」

「ああ、なるほど。そういうことですか」

「ならカネキの出番じゃんかよ。トーカちゃんにプレゼントとかしてんだろ」

「お、金木くんは彼女がいるのか?」

「いえ、まだ彼女じゃないですよ」

「かーっ、またそれかよ」

「そうなのか? しかし“まだ”とは?」

「彼女はもうすぐ大学受験なので、勉強の邪魔はしないでおこうと思っていまして。そういうことは受験が終わってからですね。

 ただ彼女が大学に合格出来たなら、僕は合格のお祝いとして、彼女は受験勉強を見てあげた僕へのお礼として、お互いに一つずつ何でも言うことを聞くって約束はしています」

「ほぅ。なかなかロマンチックな約束じゃないか」

 

 うん。彼らの大学の先輩には悪いが、金木くんとその彼女ぐらいに節度を守っている方が好感が持てる。おっと、まだ彼女ではないか。

 どうやら金木くんは真面目な学生らしいな。

 ムードメーカー的な永近とはタイプは違うが、逆にタイプが違うからこそ仲良く出来ているのかもしれん。

 

 ……だから頼むぞ。俺に君を駆逐なんてさせないでくれ。

 流石にもし俺たちの推理通りに鉄骨落下事故で死んだのが“大食い”で、その臓器を君に移植されて君が喰種のようになってしまっていた、なんてことになっていたら気が重い。永近もどれだけ悲しむことか。

 君は人間でいてくれ。

 

「よし、それじゃあ君たちの出産祝いから見ていくか」

「うっす。お願いします。

 あ、ちなみにこれが他の人たちが贈る出産祝いのメモです」

「ベビーカーやベビーベッドみたいな定番な品は既に取られちゃいまして、どうしようか困っていたんですよ。

 最近アルバイト先の喫茶店で出し始めたノンカフェインコーヒーとかも取られちゃってますし……」

「おいおい、あまりハードルを上げてくれるなよ」

 

 フ、半分捜査が入った付き合いだが、若者にこう頼られるのは悪くない。

 いや、俺もまだまだひよっこと言われる年齢なのだが、それでも俺より年下の若者にとっての頼られる先達でありたい。

 金木くんのことは注意して観察するが、これからは上司として出産祝いとか贈る機会もあるだろうし、これも一種の練習として付き合ってみるか。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――その後、金木研くんと永近と一緒に買い物をして、喫茶店で一休みしてから11時前に解散しました。

 極めて友好的に接触出来たと思います」

「……フム、そういうことなら問題ないかな」

 

 フゥ、よかった。知らなかったとはいえ、足を引っ張るような真似は避けたい。

 それに俺に記者会見なんて出来るわけがない!

 

 それとアキラ。何故ニヤニヤ笑っている?

 報告では真戸さんとアキラに贈り物をするようなことは隠して、ただの買い物をしただけと言ったはずだぞ?

 

「……で、どうなんだ? その金木研に気になったことはあるか?」

「喫茶店で一休みしたということだけど?」

「はい。付き合ってくれたお礼として私が代金を出したのですが、金木研くんは喰種が飲めるコーヒーではなく紅茶を注文し、一緒に注文したケーキも食べていました。

 食事している様子を観察しましたが、演技しているようには見えませんでした」

「それは何よりだね。予想が外れたのは残念だけど、むしろこれは外れてくれた方がいい予想だったから。

 じゃあ、金木くんは問題ないのかな?」

「……いえ、いくつか気になった点があります。

 私を見て驚いたような顔をしたこと。ハイセと身長がほぼ同じこと、ハイセと同じく一人称が“僕”のこと。喫茶店でした話によると手術後は以前よりも“大食い”になったとのこと。

 そして私自身も、実際に金木研くんと会ってみたら、以前にも会ったことあるような既視感を感じたことです」

 

 といっても身長と一人称は当てにならない。

 俺を含むあのとき対峙した捜査員の目算ではハイセの身長は170cm弱。これは背の高い中学生でもありえる身長であり、そもそも日本人男子の平均身長も同じくらいなのであまり参考にはならないからだ。

 一人称が“僕”だということも、これはいくらでも変えようがある。

 

「それとハイセはマスクで右目を隠して左目を露わにしていましたが、金木くんは眼帯で左目を隠して右目を露わにしていました。

 眼帯の話題から鉄骨落下事故や移植手術の話にもなったのですが、何でも移植手術後、立ちくらみや欠伸をしたときに起こるブラックアウトが左目の視野で起こりやすくなったそうです。

 眼精疲労をしているとブラックアウトをしやすくなるので車の運転中などはともかく、普段は左目を使わないように眼帯で覆っているそうです」

「うーん、それだけじゃ何とも言えないなぁ」

「……はい。私が言うのも何ですが、怪しいと思えるのは私の感じた既視感だけで、他は偶然の一致だと言われても仕方がないことばかりです。

 手術後は以前より大食いになったということも、リハビリのために以前はしなかった運動をするようになったから、と言われたら、そうなのかとしか言えませんし」

「そもそも普通の食事をとっているみたいだしねぇ」

「つーか俺としてはその金木研の後遺症の方が気になるんだが? もしかしたら脳にダメージが残ってんじゃねぇのか?

 もし金木研が突然死でもしたら、あのときの騒ぎが再燃して今度こそCCGにも飛び火しちまうかもしれねぇ。喰種容疑者とは別の意味で放っておけねぇぞ」

 

 う、丸手特等も世知辛いことを仰るな。

 確かに事故で移植手術が必要なほどの怪我を負ったともなると出血も酷かったのだろうから、金木研くんの症状からするともしかしたら大量出血なんかで脳にダメージが入ったのかもしれない。

 脳へのダメージは厄介だ。丸手特等が仰るように、何ともないように見える人間が突然死する可能性は否定出来ない。

 

 しかしそれが金木研くんへの心配ではなく、CCGへのダメージを心配してということは人としては寂しい話だ。

 大人としては、また組織の人間としては仕方がないのかもしれないが……。

 

「どちらにしろ金木研は無視出来ねぇな。

 鉄骨落下事故の際の嘉納総合病院での受診カルテは手に入れているが、それが本当のことを書いているかはわからねぇからな」

「ま、そだね。金木くんは喰種とは関係ないかもしれないし、CCGの都合というのもあるけど、流石に生死に関わるかもしれないのを放っておくのは不人情でしょう。

 そうだ、亜門。金木くんは嘉納については何か言ってた?」

「はい、体調は問題ないのでもう通院はしていないようですが、嘉納につきましては病院に出勤していないことは知っているそうです。

 ただ『僕を助けたせいで受けたバッシングでそうなったのなら申し訳ない』と言っていましたので、特に嘉納を怪しんでいるということはないようです」

「……そういえばそうか。あんな研究をしていた嘉納が行方不明になっていたから怪しんでいたけど、マスコミによるバッシングで心痛めて失踪したってのはおかしくないか。

 むしろ金木くんの立場なら、普通はそう考えるよね」

「あのときの報道は酷かったですからね」

 

 確かにそうだ。

 無断で臓器を移植するというのは許されることではないが、それがなければ金木研くんが助からなかったとするのなら、嘉納のことを無責任に責めるわけにはいかないだろう。

 嘉納が行ったことは善悪半々で、金木研くんが助かったことでプラスだったといったところか。これで移植手術をしたが金木研くんも助からなかったとなるとマイナスになったのだろうが……。

 

「ですが嘉納の所持している不動産などで不明な点があります。

 いずれにしても嘉納のことも放置するわけにはいかないかと」

「法寺の言う通りだな。2人とも詳しく調べる必要がある。

 だが金木研については上の調査待ちでいいだろう。身元がしっかりしていて所在は掴めているんだし、あまり大騒ぎしていい背景じゃねぇ。上がやってくれるってんなら上に任せようぜ。

 嘉納については……隠し持っている別荘とかで、バッシングで受けた精神的苦痛の療養中とかだと手間が省けるんだがなぁ」

「……自殺でもされてたらどうするよ、丸」

「それはそれで……面倒な事態になりそうだな」

 

 でもそれもありえない話ではない。

 せっかく医師として患者の命を救ったというのに、その結果があのマスコミからのバッシングでは嘉納もやるせないだろう。

 これで金木研くんが未だ療養中だとしたら嘉納も医師としての責任を果たそうとするのだろうが、金木研くんはもうすっかり回復済みだ。もう自分が何をすべきなのか見失ってしまったのかもしれない。

 そういえば嘉納が失踪したのも、金木研くんが退院してしばらくしてからだ。

 金木研くんの経過を見て問題ないと判断し、すっかり医者としての仕事が嫌になっていた嘉納は責任を果たしたとして姿を消した。

 

 ……ウン、ありえそうな話だ。

 CCGではあんな研究を行っていた嘉納だが、親の病院を継ぐことで心境の変化もあったかもしれないしな。

 

 だがもしそうだったら金木研くんに何て言えばいいんだろうか?

 優しそうな青年だったから、絶対に心を痛めてしまうだろうな。

 

 

「ま、それもお前らが嘉納を見つければいいってだけのことだ。

 金木研のことは上に任せておけばいい。もしお前らの推理通り、本当に嘉納が人間の喰種化の実験をしていたとしても、そもそも金木研は関係ないかもしれないしな。

 よし、それじゃあ…………いや、やっぱりちょい待て。

 ……よし、亜門。永近ってアルバイトにもう一度会って、永近経由で金木研が嘉納の行方を知っているかどうかの再確認だけしておけ。金木研には直接接触しなくていい」

「もう一度ですか?」

「ああ、ただし無茶はしなくていい。

 そうだな。嘉納が昔CCGに勤務していたことと、嘉納が病院に出勤していないだけでなく失踪していることまでは言っていい。それで俺の名前を使っていいから、CCGの嘉納の知り合いが音信不通になっていることを心配していた、って風に話してみろ。

 嘉納がマトモな医者なら金木研には連絡先を知らせているかもしれねぇ。逆にマトモじゃなかったら金木研も知らないだろうからな」

 

 なるほど。確かに嘉納がマトモな医者だったらその可能性はある。

 嘉納としても、言い方は悪いがバッシングの原因となった金木研くんのことは気にしているだろう。

 

「わかりました。永近に聞いてみます」

「おし、頼むわ。それじゃあ今度こそ解散。各自捜査に移れ!」

 

 全員で敬礼をして退室する。

 特等方はまだ残って話し合いをするようだ。

 

「そういえば有馬の野郎、珍しく昨日の特等会議にちゃんと出席したよな?」

「そうだね。それに随分とハイセのことに興味を示してたよね」

「うむ」

 

 ……有馬特等か。有馬特等ならハイセに勝てるのだろうか?

 CCG最強の有馬特等なら勝てると思いたいが、やはりクインケの攻撃力不足がネックか……そういえばあの人、傘で喰種を駆逐したって噂があったな。だったら有馬特等ならもしかして……いや、考えるのはよそう。考えても詮のないことだ。

 そんなことを考える暇があったら、それこそ有馬特等がハイセに勝てるような情報を集めるのが俺のすべきことだ。

 

 

「鋼太郎くん。私と滝澤くんは会議で言った通り、午後にでも件の喰種レストランに赴こうと思っているのですが、鋼太郎くんたちも同行しますか?」

「はい。お願いします。

 新たな手掛かりが見つかっているかどうかわかりませんが、ハイセの行った戦闘跡は確認しておきたいですので」

「わかりました。それでは昼食後に」

「はい、それでは。

 アキラ。俺はまず永近に会って丸手特等からの伝言……と言えばいいのかな? 先程の嘉納についてのことを聞いてくるが……」

「なら私は……いや、私も同行しよう。永近とは会ったことはあるはずだが、そんなマジマジと顔を見ていたわけではないので人相があやふやだ。金木研の親しい人物というのなら、顔を覚えておいて損はあるまい。

 しかし意外だな?」

「何がだ?」

「いや、亜門上等なら、上の事情に関わらず金木研に直接会いに行くか、それこそ身柄を抑えるような気がしていたのだが?

 “倫理”で“(喰種)”は潰せません……とか言ってな」

「ぐっ!? ……感情的になってしまい、チームを全滅の危機に晒してしまったんだ。少しは慎重にもなる」

 

 ま、真戸さんか? アキラに話したのは?

 今でもそのことについては間違っているとは思っていないが、しかしそもそも金木研くんが嘉納の喰種化施術を受けていたとしても、それでは彼は加害者ではなく被害者だろう。少なくとも金木研くんが鉄骨落下事故まで人間であったことは確実なのだからな。

 もし彼が喰種となって人を殺していたりしたらそれはもう駆逐するしかないだろうが、彼は普通の人間の食事をとっていたから大丈夫のはずだ。アレは演技をしていたようには見えなかった。

 

 ……ふむ、金木研くんのことを少しまとめてみようか。問題になるのは

 

 ①喰種化施術を行われたのか否か

 ②受けていたとして、彼の身体に異常をもたらしているか否か

 ③人を殺したり食べたりしているか否か

 

 の3点だろう。

 

 ①は、施術を行われていなかったら俺たちの推理が間違っていたというだけで、話はそこで終わりだ。

 これが一番望ましい仮定だな。誰も不幸になる人間がいない。

 

 ②は、施術を行われていたとしても、それが即座に金木研くんが喰種になっているとは結び付くわけではない。施術を行われたとしても、特に金木研くんの身体に異常をもたらしておらず、普通に生活出来ていることもありえる。

 CCG捜査官の立場としては言い難いことだが、喰種は人間に紛れることが出来るぐらい人間にソックリだ。確か以前に読んだ何かの論文で、喰種はホモサピエンスの亜種だとしている学説も見た覚えがある。それだけの近縁種なら、臓器移植も問題なく出来るのかもしれない。

 まぁ、俺は移植を受けなければ死ぬという状況だったとしても喰種の臓器を移植されるのはゴメンだが、もし副作用もなく移植が可能なら喰種のような存在にも少しは価値が出てくるのかもしれん。俺はゴメンだが。

 

 ③は、②とほぼ同じだな。施術を受けて身体が喰種のようになり、人の肉しか食べられなくなっていたとしたら…………ウン、そうであれば金木研くんには悪いが駆逐するしかあるまい。

 もしそうだとしたら、金木研くんは人に害するバケモノになったのと同じだ。悪は駆逐せねばなるまい。

 これでもし人の肉しか食べられなくなっていたとしても、即座にCCGに出頭して事情を話すなりしていたとするなら情状酌量の余地はあった。今までのような生活は送らせてはやれないがコクリアのような場所で余生を過ごしてもらう、という風に済ませることも出来たのだろうが、もう鉄骨落下事故から1年近く経っている。

 人の肉しか食べられなくなっていたら、もう既に食べた経験はあるだろう。それでは許すことは出来ない。

 

 …………マスコミにバレたら本当にマズいな、コレ。

 金木研くんが人を殺していたりしても、結局の原因は元CCG解剖医だった嘉納であることは間違いないんだ。CCGが無関係だと言い張ることは出来ない。

 嘉納の受けたバッシング以上の批判がCCGに浴びせかけられるだろう。

 

 ウン、やはり①で止まってほしいな。それなら誰も不幸になる人間はいない。

 ③まで行くのは絶対にやめてくれ。それが無理なら②で、せめて②で止まってくれ。頼むから。

 

 

「……それに何より、彼のような青年がそんな不幸な目にあっているとは考えたくないしな」

「どうした? 独り言か?」

「ああ、俺たちの推理が外れてくれたらいいな、と思っただけだ。今回だけは特にな。什造の境遇でさえマスコミにバレたらバッシ……待て、什造はどうした? もしかして会議室で寝て……まぁ、会議室には特等方がいらっしゃるからいいか。

 それよりも永近は…………お、いたいた。おーい、永近」

「あ、お疲れさまっす、亜門さん」

 

 什造のことは今は忘れよう、ウン。

 今は先程の丸手特……って、おい? 待て、永近。何故アキラを見てニヤリと笑った!?

 

「土曜日はありがとうございました。おかげで先輩も喜んでくれましたよ」

「……お、おお、そうか。それなら何よりだ」

「亜門さんはどうでした?

 元上司の方や、その元上司の娘さんって方は喜んでくださいました?」

「あっ……ああ、まぁな」

「……ほほぅ?」

 

 な、永近ァーーーーッ!? 何故よりにもよってアキラの前でそれを言う!?

 元上司とその娘さんって、明らかに真戸さんとアキラのことだってわかるじゃないか!?

 

 ……お、おかしい。俺の背中には目はついていないはずなのに、何故かアキラがニヤリと笑ったのが感じ取れてしまう。

 

 い、いや。知られて困ることではないから別にいいはずだ。

 会議のときに真戸さんやアキラのことに言及しなかったのは。それは金木研くんに関係しなかったからであって、別に意図的に隠したわけではない。

 そもそもアキラにはもう既にプレゼントは渡しているのだから、俺がプレゼントをどこかで購入したのはわかっているはずだ。いや、どこかで購入しなければそもそも渡せないので、購入したこと自体は隠すことでも何でもない。

 

 ……その、はずだ。

 

「……って、アレェ? アキラさんが使っている櫛って、もしかして○○デパートで買ったヤツですかぁ?」

「ん? いや、これは貰い物でな。どこで買ったのかは聞いていない」

「って、ちょっと待て2人ともぉっ!?」

 

 何だそのワザとらしい会話は!?

 アキラも何で櫛で今髪を整える必要があるっ!? 永近も何で目敏くソレを見つけるんだっ!?

 

「いきなりどうしたんですかぁ、亜門さん?」

「そうだぞ、亜門上等。何を大声を出している?」

「よ、よし、わかった。永近、少し話し合おう」

「え? 話し合うって何をですかぁ?」

「そうだぞ、亜門上等。いったい何を言いだすんだ?」

「お前らわかってて言ってるだろ!

 いいから! ちょっとコッチ来い、永近!」

「ちょっ!? 襟首掴まないでくださいよぉ~」

「そうだぞ、亜門上等。パワハラに値するぞ?」

「いいから2人とも少し黙れ。そして永近はコッチ来い!」

 

 それとアキラはそのニヤリとした笑いをやめろぉ!

 

 永近を引っ張り、廊下の角を曲がってアキラから見えない位置まで移動する。

 落ち着け。まずは落ち着こう。別にアキラにプレゼントをしたとしても、別に隠すことではないし、知られても困ることではないんだ。

 

「……だから落ち着こうじゃないか」

「俺は落ち着いてますけど?」

「やかましい!

 ……どういうことだ、永近? 土曜日の買い物が何故アキラへのプレゼントだとわかった?

 …………いや、別に隠したわけではないし、そもそも隠す必要のあるものじゃないんだがな」

「まったまたぁ。じゃあ何でそんなに焦ってるんです?」

「焦ってなどいない!

 俺はただどうしてわかったかを知りたいだけなんだ。もちろん別に知られても困るわけじゃないんだがな」

「ならそんなに必死にならなくてもいいんじゃ……あ、いえ。何でもないっス。

 いやね。あのあとカネキが前に亜門さんを見たことあるって言ってたんですよ」

「カネキって……金木研くんが、か? 何故いきなり金木くんが出てくる?」

「いえいえ、カネキが去年の△月に、亜門さんがとある女性とそのお父さんと一緒に、××デパートのランジェリーショップにいたのを見たんですって。カネキから聞いた女性の髪型とか人相なら、その女性ってアキラさんのことでしょ?

 女性と女性のお父さんと一緒にそんなところに行くぐらいだから、そりゃ親しくお付き合いしてるってわかりますよ」

 

 ……去年の△月……××デパート……ランジェリーィィイイーーーーショップゥッ!?

 お、思い出した。確かに去年の△月、××デパートのラン……あの、その店に真戸さんとアキラと一緒に行った覚えがある!

 いやでもちょっと待てっ! あのときはそういう意味で一緒に行ったわけではない!

 

「ち、違うんだ。捜査していた喰種容疑者があの店に勤めていたんだ。

 俺と真戸さんだけでは様子を見にあんな店に行くのは不自然だから、真戸さんがアキラに手伝いを頼んで……って、あ゛あ゛ああぁぁーーっっ!?」

 

 あのとき俺と真戸さんを見て驚いたカップル!?

 

 お、思い出したぁっ!!

 喰種容疑者にアキラが話しかけても即座に暴れることがないことを確認してから店外に出ようとしたときに、店から出てきた俺と真戸さんを見て驚いていたカップルの片割れが金木研くんだっ!! 思い返せばあのときの青年も眼帯もしていたし間違いない!! 

 真戸さんは娘のアキラの買い物の付き合いって言い訳が出来たけど、俺は咄嗟に言い訳が思い付かなくて挙動不審になってしまった覚えがある。

 喰種容疑者との会話を終えたアキラが来てくれたから事なきを得たが、ランジェリーショップから男2人で出てきた挙動不審な人物…………そりゃそんな印象的な不審人物の顔は覚えているよな。そして俺の顔をまた見たら驚くよな。

 

 俺の方も金木研くんの顔に既視感を感じたのは当然だ。

 確かアキラはあのとき金木研くんとは俺と真戸さんを挟んだ位置にいたから、おそらく顔を見ていなかったのだろう。

 くっ、既にコンビを解消してしまったので、あまり真戸さんに頼らないようにしようとしていたのが仇となってしまった。真戸さんだったら金木研くんの顔覚えていただろうに……。

 

「そんな大声を上げてどうした、亜門上等?」

「アキラっ!? いや、ちょっと待ってくれ! ……ア、アキラ? 去年の△月に、××デパートに行ったことは覚えているか?」

「何だいきなり? 去年の△月の××デパートといえば……ああ、覚えているも何も私と亜門上等が初めて会ったときのことではないか」

「そうそう! そのときだ!」

「流石の私も、会った初めての日にランジェリーショップに連れて行かれたのは驚い「ちょっと待っ「フォアァッ!?」……ん?」おや、滝澤。どうした?」

 

 誤解される言い回しでそこまで言わなくてもいい、そう言おうとしたら、俺たちの背後から滝澤らしき奇声が聞こえた。

 後ろを振り返ってみてみると、そこにいたのは驚いた顔をした滝澤だけではなく、さっきまで会議室で一緒に会議をしていた篠原さん、黒磐特等、丸手特等、法寺さんもいた。

 

「へぇ~?」

「うむ」

「呉緒も親だってわけか」

「あ、亜門さんがアキラと……」

「……な、何故皆さんここに?」

「いや、あれだけ大きな叫び声を出されたら、何事かと思って見に来ますよ」

 

 アッ、ハイ。ごもっともです法寺さん。

 それで皆さん、もしかしてアキラのランジェリーショップ云々の発言を聞かれていたのでしょうか?

 

「ウン、まぁ……式には呼んでよ」

「うむ!」

「春だわなぁ」

「おめでとうございます」

「お、お幸せにぃーーっ!!」

 

 ちょっ、待っ!? 納得した顔でどこ行くんですか特等方も法寺さんも! いきなり何を言いだすんですか!? 式って何の式ですか!?

 そして何故政道が動揺して走り去る! 政道ちょっと待てっ! 政道ォ!? 政道ォォォーーー!?!?

 

「ハハハ、いきなりすぎて何やら事情が掴めないが、大騒ぎになってしまったな、亜門上等?」

「やっぱ女の人って怖いっすわー」

 

 そこで暢気にしている元凶2人! この騒ぎの始末をどうつけるつもりだぁっ!?

 ……いや、元凶の元凶は俺なんだが。

 

 ええい、呆然としている暇はない。

 会議で特等方に言ってしまった金木研くんへの既視感云々についての訂正をしなければ。

 だからまずは永近に先程の丸手特等の伝言を伝えたあとに、特等方を追いかけて何故金木研くんの顔に既視感を感じたのかの説明を……説明、を…………ラ、ランジェリーショップ云々についても言わなきゃ駄目、なのか?

 

 だ、だが訂正を早めにしなければ、金木研くんに迷惑をかけてしまうことになるかもしれん。

 だから……だから言わなければっ! これが未熟な俺への罰なんだっ!!

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「本局が襲撃を受けただとぉっ!? どういうことだ、馬淵!?」

「ハイ、アオギリのウサギらしき喰種が監視カメラに確認されてます」

「あのハイセが助けに来たヤツか!? ハイセがいなかったら死んでた分際で、本局狙うとは太ぇ野郎だな!

 被害は!? 何人やられた!?」

「怪我人はゼロですね。

 というか1人で職員用駐車場にコッソリ現れて、車を壊してまわっただけみたいです」

「は?」

「あ、置いてあった丸手さんの新しいバイクも壊されたみたいっすよ。

 というか車はエンジンのあるフロント部を羽赫で串刺しにされたのがほとんどですけど、流石にバイクでは羽赫に耐えられなかったみたいでガソリンに引火して爆発炎上したそうっす」

「え? ……おい、ちょ? え? ……マジか?」

「マジっす。

 この場合って修理に保険効くんですかねぇ?」

 

 

 

 







 バイク壊さなきゃ(使命感)

 あんていく殲滅戦がなくなってしまったので、ここで丸手さんのバイクをもう一度壊しておきます。結局:reでは一度も壊れなかったですよね。残念。
 でもアレですよね。11区の戦いで壊れたバイクの替えが中古バイクということは、保険が下りなかったってことですよね。
 まぁ、わざわざ鉄火場に乗ってきて壊れたんだから、保険会社としても保険金を出すわけにはいかないでしょう。丸手さんの自業自得デス。

 それと宇井さんの被害も、あんていく殲滅戦がなくなったその余波です。
宇井「篠原さん 貴方のせいで 髪の毛が」
篠原「待ってくれ 私のせいに しないでよ」
 あの髪型といい、手入れをしているだろう髭といい、篠原さんは身嗜みにも気を遣う大人ですよね。

 そしてカネキュンのせいでアヤトくんがゲリラ戦の概念を覚えてしまったようです。
 喰種の一番厄介なところって、武器を持たずに歩き回れることですよね。ゲリラ戦とか絶対に大得意じゃないですか。



観母「習クンの汚点は消さなきゃね」

 多分、観母さんは一番怖いタイプだと思います。人の好さそうな顔をして平然と人間オークションに参加してましたし。
 書いててなんですがこういうことガチでやりそう。

 カネキはカネキで喰種レストランの客を庇う理由もないし、月山の情報経由であんていくのことがバレるのが怖い。
 それにそもそも噂に聞く喰種レストランの客のような喰種なら、人としても喰種としても百害あって一利なしだし、何よりも命を奪う行為も慣れなきゃいけないかな? というか放っておいて、ヒデとか依子ちゃんとかが偶然ターゲットにされて殺されたら嫌だし、ってノリです。
 でもサンドバッグメンタルといえど、やっぱり殲滅後はちょっと凹みました。
 それと流石に歯茎は可哀想だったのでハイセに変更。


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だからもう足すなってばよ

 

 

 

「ん? ……カネキの携帯鳴ってる? でもアイツもう店出ちゃったし……“高槻先生”? 大学の先生か?

 ……仕方がない、私が出るか。もしも『やっほー、元気だったかいカネキュン! 愛しのエトさんだよ~♪』…………ア゛ア゛ン?」

『あれ? これカネキュンの携帯だよね? 君はいったい誰さね?』

「アンタこそいったい誰だよ?」

 

 

 

 

 

「入見さん、カフェラテ1つお願「カネキくん、今すぐ更衣室に行きなさい」……は?」

「いいから!」

「え? いや、今は多分トーカちゃんが着替え中じゃ……?」

「早くなさい! 間に合わなくなっても知らないわよ!」

 

 

 

 

 

━━━━━霧島アヤト━━━━━

 

 

 

「……で、四方のオッサン、何でヒナミまで連れて来たんだよ?」

「わからん。トーカがヒナミも連れてけと急に言い出した」

 

 俺も姉貴から電話でヒナミが来ることは聞いていたけど、これから行くところは敵なのかもしれない嘉納っつー医者のところだぞ。

 そんなところにヒナミを連れて行こうとするなんて何考えてんだ、あのバカ姉貴は。

 

「……大丈夫なのかよ?」

「ヒナミは強い。安心しろ」

「そりゃ身に染みてわかってるよ」

「かーっ、駄目だねぇ。トーカちゃんは。

 そんなにカネキュンのことが気になるなら、ちゃんヒナに任せずに自分がついてきたらよかったのにさ」

「トーカは模試だ。研も学業が優先と言っている。

 それにヒナミは耳がいい。こういう場所では研よりも役に立つかもしれん。

 アヤト、いざというときは俺がヒナミを守ることになっているが、お前も気にかけておいてくれ」

「……覚えとく」

 

 そりゃ……まぁ、ヒナミは知らない仲じゃないし、何かあったら助けてやるよ。ヒナミに何かあったら姉貴が煩そうだしよ。

 つか敵がいたらカネキだけ突っ込ませて、俺たちは見物してるって形になるからな。そんな必要もなさそうだけど。

 

 それより随分とエトが姉貴に突っかかってねぇか?

 というか何でエトが姉貴のこと知ってんだよ。俺はエトどころかタタラさんにも姉貴のことは話してねぇぞ。

 

「それでアヤト…………最近、どうなんだ?」

「あ、何がだよ?」

「いや、怪我とかしていないのか?」

「新入りが増えたせいで白鳩と戦う暇なんてそんなになかったよ。白鳩の本局に襲撃かましたぐらいだな」

「そうか、なら……うん? …………いや、待て。本局に襲撃? どういうことだ?」

「(まるで息子と会話出来ない仕事中毒のサラリーマンみたいだねぇ)」

 

 11区のアオギリ拠点を囮にしたコクリア襲撃後、仲間に引き入れた喰種にアオギリのことを教えたりなんだりで忙しい日が続いた頃、カネキから連絡があった。

 カネキからの情報であんていく……っつーかカネキとアオギリの合同で、ずっと探していたカネキに喰種化施術を行った嘉納という医師が隠れ住んでいる安久邸に踏み込むことになった。

 あんていくからはカネキ、四方、ヒナミ。

 アオギリからは俺、エト、ナキ、その子分のガギグゲ2人。それに鯱っつーオッサン。

 そしてカネキが喰種レストランで捕まえたっていう、カネキと同じ喰種化施術を受けたクロナとナシロの白黒姉妹が、この安久邸前にいる全員だ。

 

 白黒姉妹は簀巻きにされてガギグゲに担がれているけどな。

 そんで肝心のカネキと、リゼの親父っていう鯱のオッサンなんだけど、

 

(カイ)ッ! 蛇意(ジャイ)ッ!」

「いい加減しつっこいですねぇっ!」

「それはコッチのセリフだ、小僧!」

 

 何か知らねーけどカネキと戦ってる。

 安久邸前で現地集合して中へ入ろうとしたら、鯱のオッサンが「小僧! 少し手合わせをせいっ!」とか叫んでカネキにいきなり襲い掛かった。

 戦況としては、カネキが一発も鯱のオッサンに当てられていなくて一方的に鯱のオッサンから殴られまくっているが、カネキにはそれが全然効いてないから延々と戦いが続いている。

 もう20分以上続いてるぞ、オイ。

 

 最初はその戦闘を興味深く見てたけど途中で飽きたのか野生動物捕まえて遊んでるヒナミとナキとか、カネキと鯱のオッサンの戦いを見てウンウン頷いている四方のオッサンとか、そもそもいきなり戦い始めんなやとか、お前らちょっとは集団行動ってのを覚えろと言いたくなってくる状況だ。

 というか四方のオッサンがこっちをチラチラ見てきてウゼェ。何か思い付いたかのようにボソボソと話しかけてくるし。

 

「ナキさん、これがヤマカガシだよー。図鑑で見たことある。毒持ってる蛇なんだって」

「俺はチョウチョ捕まえたぜー」

「……それチョウチョじゃなくてガだよ」

「あ? この形はどう見てもチョウチョだろーがよー」

 

 ……ヒナミは楽しそうでいいなぁ。

 まぁ、東京のど真ん中に隠れ住んでいると、こういう自然溢れた場所は珍しいのか。

 それとヒナミとナキは捕まえるの逆だろう、普通。

 

 

「アヤトくんは鯱さんに勝てる?」

「……わかんね」

 

 エトに聞かれたので茶ぁ濁したけど、悔しいがありゃ無理だな。

 聞いた話だと鯱のオッサンは人間に混じって暮らしていた時に武術を学んでいたらしく、それを喰種の身体能力で十全に使ってやがる。

 俺は羽赫で鯱のオッサンは尾赫っていう有利さはあるけど、あれだと鯱のオッサンに赫子無しでも負けちまいそうだ。俺も赫子の使い方やケンカのやり方だけじゃなくて、ちゃんとした武術も勉強してみるか?

 そういえばカネキの部屋に格闘技の本があったような……。

 

「……ヒナミにもそろそろ組み手をさせるか」

「は? ヒナミに? ……まだ早いんじゃねぇの?」

「トーカと同じことを言うな、アヤト。だがお前らが月山と戦ったときの年齢と変わらないぞ」

「いや、まぁ……そうだろうけど、ヒナミには……」

「トーカと研もだが、お前もヒナミには甘いな。

 お前らにも教えた赫子の使い方の訓練をヒナミにしようとしたが、トーカと研が凄い勢いで反対したし……」

「ハァッ!? 赫子の使い方の訓練って、俺らのことをボコったあの訓練のことか!?

 そりゃ姉貴も反対するだろうよ!」

「…………」

「あ。……あー、いや……姉貴と……カネキはヒナミに甘いから、よ。

 それにヒナミはもう赫子使えるから、必要ねぇんじゃねーのか?」

「(()いなぁ、アヤトくん)

 子育ては大変だねぇ。ま、ちゃんヒナは可愛いから、カネキュンとトーカちゃんの気持ちもわかるけどさ。

 それよりもさぁカネキューン! 鯱さーん! 屋敷に入りたいからそろそろ終わらせてくんないかなぁ?」

「この小僧に言え! いくら打っても効いておらん!」

「それはコッチのセリフです! 一発でも当てたら勝てるのに……」

()ゥッ!? ……(フン)、なら避けぬから当ててみせい!」

「じゃ、遠慮なく」

「ぬぐおおぉぉっっ!?」

 

 今、鯱のオッサンの腕からボキャって凄い音がした。

 カネキの血を飲んだヒナミが凄かったことからカネキも身体能力は凄いと思っていたけど、喰種としても段違いだな。ガードした鯱のオッサンの両腕がボッキリ折れてやがる。

 あの筋肉の塊みたいな鯱のオッサンの腕がああなるってことは、俺が受けたら腕が吹っ飛びそうだな。

 

「はい、僕の勝ちです。

 両腕が折れたその状態なら、僕の攻撃を躱し続けるのはもう無理でしょう。あとはもう怪我が治りきる前に畳みかけるだけです」

()()ぅぅ……」

「はいはい終了終了。鯱さんもじゅうぶんカネキュンの強さはわかったでしょ」

「……(フン)、よかろう」

「それは何よりです。それとエトさん、喰種として動いてるときはハイセと呼んでください」

「オッケー。それじゃハイセクン。鯱さん復活するまで最後の打ち合わせでもしてよっか。

 確認だけど、嘉納はアオギリでもらっていいんだよね?」

 

 鯱のオッサン……か。白鳩の連中からSSレートで手配されているオッサンでも、アッサリとカネキに負けちまった。

 まぁ、カネキはヤモリのヤローにもアッサリ勝ってたし、ビデオで見たけど11区の戦いで俺が勝てなかった白鳩連中を相手に余裕だったからある程度は強いってわかってたけど、目の前で見るとカネキの強さってワケわかんねーな。

 さっきの鯱のオッサンとの戦いでも、最初は鯱のオッサンが有利に進めていた。というかカネキは殴られるがままで、反撃はしていたけど全て避けられるかいなされるかして一方的にボコられていた。

 戦いの立ち回り自体はそんな優れているわけじゃねぇが、鯱のオッサンにいくらボコられても平然としているカネキのタフさは半端ねぇな。

 でもカネキの動き自体も遅いってわけじゃないし、アレはどちらかというと躱し続けた鯱のオッサンが凄いのか。

 

「はい、構いませんよ。

 嘉納先生に聞きたいことはありますが、僕が嘉納先生の身柄を確保してもその後はどうしたらいいかわかりません。人殺しはするつもりありませんし、解放しようにも僕のことがCCGとかにバレるのは困りますからね。

 ただしこのクロナちゃんやナシロちゃんみたいに自ら望んで喰種化施術を受けるならともかく、僕みたいに勝手に人間を半喰種にするのは禁止です」

「うん、オッケーオッケー」

「というかクロナちゃんとナシロちゃんから聞きましたけど、1200人もの人間に施術を行って成功したのが僕とクロナちゃんとナシロちゃんの3人だけって、嘉納先生って馬鹿なんじゃないですかね?

 普通そこまで失敗したら方法が間違ってるって思いません? どれだけ無駄なことしてんですか、あの先生は?

 1200人もの人間集める手間かけるぐらいなら、新たな方法を模索した方が効率いいと思うんですけど」

「改めて言われるとそうだよね。せめて失敗が10人目かそこらで一旦中止して、別の方法を模索した方が絶対効率はいいよねー。

 勉強や研究は出来るおバカさんなのかね? 一応、成功事例があるからには技術は持ってるんだろうけどさ」

「巻き込まれた僕としてはたまったものじゃないんですが」

「アハハ、ハイセクンも大変だねぇ。まぁ、私らはそんなことしないから信じてほしいなー。

 ……で、リゼさんのことなんだけど?」

()んっ!?」

「鯱さんは唸ったりしてないで早く傷治してよ。いつまで経っても屋敷の中に入れないじゃない。

 リゼさんもアオギリに……というか鯱さんに渡すってことでいいのかな?」

「ええ、まぁ。正直な話、リゼさんには今でも思うところはあることはあるんですが、もうあれから一年近く経っていますからね。いい加減、吹っ切らないと駄目でしょう。

 というかクロナちゃんとナシロちゃんに聞くまでは、リゼさんが生きてたなんて思ってもいませんでしたし。

 ああ、リゼさんを渡すのは、ちゃんと鯱さんがリゼさんを監督するって条件付きですけど」

「わかっておるわ、小僧!」

 

 ……ふーん、カネキのヤツ、本当にリゼってのはどうでもよさそうだな。

 姉貴はカネキがリゼのことをどう思っているかって意味でリゼのことを気にしているみたいだけど、これなら別に姉貴が心配することねーんじゃねぇの?

 

 つーか俺にそんなことで電話してくんなや。俺は別に姉貴とカネキが付き合おうが別れようがどうでもいいんだよ。

 

 ま、聞いた話だと、カネキはリゼとデートしたのがキッカケで半喰種になったってことだけど、普通だったらそりゃそんな女だとどうでもよくなるわな。

 むしろ俺だったら、そんな敵対するようなことしてきたような舐め腐りやがった女なら殺すわ。そういう意味じゃカネキは甘ちゃんだよ、やっぱり。

 

 姉貴の悪口言ったらすっげぇ怒るくせに。

 

「ウンウン、ここまでは事前の取り決め通りだね。

 んで、決め忘れてたけどさぁ、この白黒姉妹はどうすんの?」

「「ひゃいっ!?」」

「……嘉納先生と一緒にアオギリで預かってくれません?」

「ハイセクン、それは押し付けって言わなぁい?

 嘉納もリゼさんも白黒姉妹もアオギリがもらうって言ったら聞こえがいいけど、ハイセクンにとってはいらないけど放置も出来ないのをウチに押し付けてるだけじゃん」

「いや、でもエトさんたちって嘉納先生欲しがってたじゃないですか。クロナちゃんとナシロちゃんはその成功例ですよ?」

「ハイセクンハイセクン、さっきまで嘉納を馬鹿にしくさってた自分の発言を忘れたのかね? 流石に私らも施術成功率が1%未満だとは思っていなかったよ。

 白黒姉妹から得た情報をコッチに回してくれた上に、抜け駆けせずにこの場所に誘ってくれたのはありがたいけどさ。ハイセクンはウチに押し付けたらそれで終わりだけど、ウチはこれから嘉納や白黒姉妹の面倒みなきゃいけないんだけどね?

 もちろんハイセクンとの約束だから、勝手に逃がしたり処分したりはしないけど、その分だけ面倒が増えるんだよ。

 だから貸し一つ、ってことでどうかな?」

「……あんまり大きいのは駄目ですからね」

「オッケーオッケー。大丈夫だよ、ハイセクンの事情は配慮するからさ」

「ハァ、月山財閥といいVといいアオギリといい、何であんていくみたいな素直な組織が他にないんですかね?」

「……ちょい待ち。今なんつった?」

「あ、エトさん。鯱さんの身体治ったみたいですよ」

「ウム、甘く見るでないわ」

「待って。話まだ終わってない」

「いや、月山財閥にしてもVにしても、どちらにしろ大学卒業まで待ってもらうことになってます。ですのでまだ組織に入ってないから、詳しいことは何も聞いていないですよ。

 とりあえずVとは喰種レストランのときみたいに何処かと敵対する行動をとるときは事前に知らせる代わりに、VがCCGに潜り込ませているスパイを使って僕の情報がCCGに広がらないように手配してもらう取引をしてますけどね。

 それでも正式なことは大学卒業後です。

 ああ、何か喰種レストランのときはVのスパイが勝手に入り込んでいたらしく、実は僕がその人のこともやってしまったっぽいですけど、事前に襲撃を申告していたので遺恨無しで解決しました」

「「…………お兄ちゃん」」

「いや、まぁ……クロナちゃんとナシロちゃんから聞いたCCGの正体が本当だったら、どうしようかなと迷ってはいますけどね。

 ですからアオギリの人たちとここに来ることは伝えてませんし」

「そういう問題だけじゃないんだけどね。

 ねぇ、この件終わったらゆっくりといろんな話でもしなぁい? 私としては、鯱さんをアッサリ倒せるようなハイセクンとは仲良くしたいと思っているしさ。

 というかRc値どのくらいになったん? 前聞いた話だと君はRc細胞の分泌と貯蔵が出来るって話だけど、あの事故から1年近く経っているわけだし、もうかなり増えたんじゃない? そろそろ1万ぐらいは超えた?」

「あ、いや。実は今まで月山財閥で検査してもらってたんですけど、6桁超えたせいで改良した検査装置でもカウンターストップするようになっちゃって正確な値はわからないんですよ。

 だから100万以上は確実かな?」

「……にゃんだって?」

「おら、いつまで話してんだよ。鯱のオッサンが治ったんならさっさと行くぞ」

「うん、そうだね、アヤトくん」

「いや待って。今の聞き捨てならないことだから。桁が2つ違うってどういうことさカネキュン!?

 ウチにも! アオギリにもCCGの協力者いるから! だからVと月山財閥だけじゃなくてウチも就職先の候補に入れてよ!」

「だからハイセって……」

 

 うるせぇなぁ、エトのヤツ。この件終わったら話し合うってんだから、そのとき話せよ。

 それよりも屋敷の中入ろうぜ。さっさと入らなきゃ、さっきウサギ捕まえてきたヒナミが今度はイノシシとか捕ってきそうなんだよ。ヒナミってあんなにお転婆だったか?

 というかナキのヤロー、軒先に作られた鳥の巣捕りに屋敷の壁よじ登ってやがる。

 

 お前ら少しは団体行動をしやがれや。

 それとヒナミはその耳掴んで持ってるウサギを逃がしてやれ。可哀想だから。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 安久邸に入り、白黒姉妹の案内で屋敷の地下に入った。

 そこはまるで映画とかに出てきそうな研究所みたいな場所で、どうやら嘉納という医師はここで喰種化施術の研究をしているというのは本当みたいだった。

 

「上の邸宅も広かったですけど、地下の部分も随分と広いですね。

 クロナちゃんにナシロちゃん、2人がここに住んでいたときから地下にこんな空間はあったの?」

「……さ、さあ?」「知らない」

「色々と裏事情があるんだよハイセクン。まぁ、詳しい話はこの件が終わってから2人でゆっくりと「待って」ん? どしたのちゃんヒナ?」

「水の中に何かいる……」

 

 そう言って、ヒナミは目を閉じて耳を澄ませるように、俺たちの横に流れている水路を顔を向けた。

 あいにく通路の電灯が少ないので辺りが暗く、水も透明じゃないので喰種の視力をもってしても水中は見通せない。だがカネキや四方のオッサンの話によるとヒナミの知覚能力は喰種の中でもズバ抜けて高いそうなので、ヒナミの気のせいだと無視するわけにはいかない。

 現にカネキが1人で水路に近寄りながら、俺たちには後ろに下がるようなジェスチャーをして鱗赫を出し「何だー? 魚とかいんのか?」ってナキィィィーーーーッ!? ちょっ!? テメッ!? 何してやがんだテメェはぁっ!?

 今ヒナミが水の中に何かいるって言ったばかりだろうがっ! それで何で水路に近寄って覗き込もうとするんだテメェは!?

 

「……アヤトくん」

 

 カネキが溜息つきながら俺にそう言ってきたけど、俺っ!? ナキの面倒見るの俺なの!?

 いや、確かにカネキたちが見るのは筋が違うし、エトが注意してもナキは聞きそうにないから俺しかいないかもしれないけどよ!

 ってガギグゲ! お前らも水路に近寄ろうとすんな! せめて白黒降ろしてから行けや!

 

 どうしようかと迷っていたら、カネキがまた溜息をつきながら鱗赫を伸ばし、水路に近づこうとしていたガギグゲに鱗赫を巻き付けて引っ張ってヒナミの側に避難させた。いや、ワリィ。

 そして次にナキの身体に鱗赫を巻き付けて引っ張ろうとした瞬間、

 

「ナキさん! 下がって!」

「ああん?」

「はぷ」

「おわっ!?」

「ナキさん!」

 

 ヒナミの叫びにナキが反応して振り向いた瞬間、水の中から全身に毛がなくて妙に身体がブクブクに膨らんだ人間?が飛び出してきた。いや、赫子っぽいものが背中に見えるから喰種か、コイツは?

 幸いカネキの鱗赫がナキの盾となってナキは無事に後退出来た。

 その代わりにカネキの鱗赫がその変な喰種?に掴まれたがカネキの鱗赫は引っ張られてもビクともせず、ただカネキの鱗赫を掴んでう゛ーう゛ー唸っているだけだった。

 あ、鱗赫に齧りついたけど、逆に歯が折れた。

 

「クロナちゃんにナシロちゃん?」

「ひゃいっ!?」「な……何、お兄ちゃん?」

「これは何? 嘉納先生の仕業?」

「う、うん……」「施術の失敗作……」

「……僕も、もしかしたらこんなのに……?」

 

 うげ、これが例の喰種化施術で失敗した人間の成れの果て?

 う゛ーう゛ー唸りながらカネキの鱗赫に齧りついたり引っ張ったり叩いたりしている知性の感じられないナマモノが元人間? 嘉納って医師は何考えてやがんだ?

 

「こんなのを1200人も……」

 

 ……カネキが落ち込んでいる。

 まぁ、自分も一歩間違えればこうなってたかもしれないってわかったら、そりゃ落ち込むか。

 俺たち喰種は人間を喰う存在だから、人間から見たら俺たちも嘉納も変わらないのかもしれない。だけどいくら何でも、こんなナマモノを作るようなヤツとは同一視されたくねーな。

 

「……エトさん。嘉納先生を引き渡すって約束、もしかしたら反故にするかもしれません。先に謝っておきます」

「それはズルいんじゃないかね……って言いたいところだけど、まぁ、この場所に誘ってくれたのはハイセ君の善意だからね。アオギリに面倒を押し付けようって意味が大きくても。

 でも君は嘉納を、人間を殺せるのかい?」

「それは……」

「あんまりお姉さんを舐めないようにね。やっぱり君はまだまだ人間だよ。

 ハイセクン、君は泰然としているというか達観している振りをしているだけだ。君自身はそんな自覚はないだろうけど、ちょっと観察してれば僕は強いんだぞ凄いんだぞ、って余裕ぶって周りを威嚇してるだけに過ぎないって簡単にわかるよ。

 きっとあんていくで長く働いている間に喰種が人を殺すことをスルーしようとしすぎてたんじゃないかな。それが今の光景を見て、スルーしていたことに対する罪悪感がドッと噴き出してきたって感じ」

「……かもしれませんね。喰種レストランで喰種を自分の意志で殺したときよりも衝撃を受けました。

 喰種として生きることに吹っ切れたつもりでも、どこか目を逸らしていた部分があったのかもしれません」

「……は? おい、カ……ハイセ?」

「何? ウサギくん?」

「いや、俺はアヤトでいいよ。別に隠してねーし。

 それよりハイセ。お前、確か今年で20歳だよな?」

「そうだけど?」

「“お姉さん”って……エトってハイセより年上だったのか?」

「ん? そだよー、ハイセクンより少しばかりババァさね」

 

 ……背ぇ低いからずっと年下だと思ってた。

 でもそういえば俺がアオギリに入ったときからエトはいたけど、思い返せばエトは背伸びたりしてねぇな。

 

「ババァ……もうクリスマスの人が年下の男のことを“キュン”付け?」

「ちょ!? やめろ。冗談抜かしてそういうこと言うのやめろ。

 ハイセクンったら私のこと敬愛してるんじゃなかったの!?」

「いや、出会いが出会いだったものですから、エトさんと敬愛している先生は別物です」

「このコートと包帯を脱げばいいのかにゃ? でも残念。包帯の下は裸なんでここじゃ脱げないんだよ。見たいんだったら2人きりのときにね」

「うわ、ますます業が深い。というかヒナミちゃんの教育に悪いことは言わないでください」

「オイ、ババァのエトちゃん。そんなんいいから、この変なのどーすんだ?」

「殺すぞナキさん。

 ……元人間みたいだけど、これは元には戻せないだろうね。治せるんだったらわざわざ嘉納も1200人もの人間を集める必要ないし。

 ナキさん、やっちゃっていいよ」

「おうよ!」

 

 ナキが赫子で失敗作を貫く。

 すると失敗作の背中から赫子が生え、それが失敗作の身体に絡みついてゴリゴリと肉と骨を喰い漁るかのような音が聞こえ始めた。

 赫子が独りでに動く……気持ち悪ぃな。いくら失敗作とはいえこんなもの作るなんて、嘉納って医師は本当に何を考えてやがんだ。

 

「……キッツイなぁ、これ。確かにエトさんが言う通り、目を逸らしていたことを直視させられた気分だ」

「お兄ちゃん……」

「研……」

「クロナちゃんとナシロちゃんはずっと嘉納先生と一緒にいて平気だったの? ずっとこういうの見ていたんでしょう?」

「わ、私たちは……」「だってパパが……」

「そんなこと考えもしなかった、って感じかな? 嘉納先生は口が上手そうな人だったし、ご両親のこともあって嘉納先生のいいように誘導されていたのか。

 ……嘉納先生と会ったとき、どんな顔すればいいんだろう」

「とりあえず問答無用で殺すのはやめてね。

 ハイセクンもちゃんヒナの前ではそういうの見せたくないでしょ」

「まぁ……そうですけどね。

 まずは嘉納先生に会ってからにしますか。クロナちゃんとナシロちゃん、次はどっち?」

「あ……しばらくはこのまま真っ直ぐ……」「多分、パパはここより下の階に……」

 

 まだ地下があんのかよ。どんだけ広いんだ、この場所は。

 嘉納はいったいどうやってこんな場所を……いや、違うか。ここは元々白黒姉妹が住んでた安久邸だ。嘉納が建てた家じゃない。

 となると嘉納がここに潜む前からこんな人間の喰種化実験を行っていた施設だったってことか。安久ってのはいったいどういうヤツなんだ? 安久個人がこんな施設を作ったのか?

 

 くそっ! カネキが白黒姉妹から聞きだしたことはエトもタタラさんも知っているはずなのに、俺には何も言ってこねぇ。俺は何も知らなくていいってことかよ。

 鯱のオッサンはリゼを助け出せればいいって感じだから気にしてないだろうし、ナキは馬鹿だから気にしてないんだろうけど、俺もそれらと同列に並べられるってのはムカつくぞ。特にナキと並べられんのは。

 

 ……カネキの部屋にあった参考書で、少しは勉強してみるか?

 しかし姉貴みたいに学校行ってなかったツケが今更響いてくるとか……。

 

 

 

 その後、白黒姉妹の案内で10分ほど歩いたら一際大きな部屋についた。……10分も歩くって、どんだけ広いんだよ、ここ。

 部屋の壁にはどうやら失敗作が入っているようなカプセルがズラリと並び、部屋の中央には天井まで届く柱があって、その柱の少し広がっている根元は空洞になっているみたいで中に女がいるのが見える。

 

「……リゼ」

 

 鯱のオッサンの呟きが聞こえた。あれがリゼ?

 本当に生きて……んのか? 全然動かねぇけど。

 

「久しぶりだね、カネキくん。退院してから一度も病院に検診に来てくれなかったけど、こうして会えて嬉しいよ。

 出来ればゆっくり話をしたかった」

「嘉納……先生」

 

 柱の根元の段になっているところに男が1人。アレが嘉納か。

 何か胡散臭い顔をしたオッサンだな。

 

「ここまで辿りついたということは、今更いろいろ隠しだてする必要もないのだろうね。しかもアオギリと一緒に行動しているとは思いもよらなかったよ。これなら一緒にアオギリに行こうと誘いやすい。

 君が退院してからのことはよくわからないが、そうやってアオギリと一緒に行動してクロとシロも捕まっているということは、今では強力な喰種にも引けを取らないということだろう。

 君は私の最高の成功品だよ、カネキくん」

「最高も何も、成功率0.25%の施術に拘っている人に言われても嬉しくないですね。

 それにそういう風に話すってことは、あなたは本当に僕のことがわかっていない。知らぬは本人ばかりなりとは言いますが、事を起こした黒幕にしては知らなさすぎる。

 というか年頃の女性を全裸で監禁するとかムッツリ中年か、アンタは?」

「……手厳しいね。

(ピエロの彼がいなくなってしまってから、すっかり外の情報に疎くなってしまったのは事実だが)

 しかし私は「とりあえず鯱さん。壊さない程度に関節技とかキメちゃってください」……私の話は聞かなくてもいいのかね?」

「いや、まずはここに来た目的を果たしてからと思いまして。喰種化施術をした患者のカルテとかありますよね? それ出してください。僕の分だけ除きますので。

 嘉納先生のことはCCGも探しているみたいなので、喰種化施術と僕は無関係ということにしておきたいんですよ。

 それとすいませんけど、ヒナミちゃんとエトさんでリゼさんの救助お願いしていいですか? 同じ女性ですし」

「うん、わかった!」「ま、いいよ~」

「ちょっ! カネキくん、私は「(フン)!」あっ、痛っ!? ア、アオギリの諸君! 私はだねっ!」

愚娘(ぐじょう)が世話になったようだな、藪医者!」

「はいはい、後でゆっくり話を聞きますので。

 これだけ広いなら監視カメラを管理するモニタールームとかありそうですね。何処です?」

「うーん、ごめんね。嘉納先生。

 あなたより興味深いモノを見つけちゃったんだよねー」

 

 鯱のオッサンに関節技を決められている嘉納。

 ウン、今ちょっとスカッとしてる。

 

 何なんだ、嘉納のさっきのあのエラそうな態度。

 アオギリに入りたいみたいなこと言ってたけど、成功率0.25%の施術しか出来ないヤブ医者の癖にエラそうにしてんじゃねーよ。馬鹿が。

 

 

 

 

 

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「法寺さん! 他人の名義で購入させた嘉納の不動産を見つけました!」

「何ですって!? よくやってくれました、滝澤くん」

「へへへ、俺だって真戸の背中を追っているだけじゃないですよ」

「ええ、その意気です。これからも頑張ってください。

 篠原特等たちに連絡を。皆の都合がつき次第、その不動産に行きましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 

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「しっかしまぁ…………嘉納先生って暇人なんですか?」

「な、何でそうなるのかね?」

「成功率0.25%の実験にいつまでも拘っているからですよ。

 しかもそのうちの一例はテストケースの僕だから、成功させようと思って成功出来たのはクロナちゃんとナシロちゃんの2人だけじゃないですか。

 よくここまで無駄な時間を過ごせましたね?」

「ねぇねぇ、鯱さん。

 私、筋○バスターって見てみたい」

(フヌ)? どういう技だ、娘?」

「お、ちゃんヒナはマンガも読むのかい? ○肉バスターなら私も知ってるよ。

 まずは相手を逆さに持ち上げて「ま、待ってくれ。せめてカネキくんと話をさせてくれ」……私も一度くらいは実際に見てみたかったのにぃ」

 

 ……そういえば姉貴が、カネキがヒナミにゲームでもマンガでも何でも買い与えちゃって困るって言ってたな。

 まぁ、ヒナミもあんていくでの手伝いはしてるみたいだけど、人間の中学生が学校に行くような時間は手伝わせることが出来ないから平日の昼間は暇で仕方がないらしいけどよ。

 

「嘉納先生、これで僕のカルテは全部ですか?」

「あ、ああ。そうだよ。ここでは私1人で研究をしていたのだから、わざわざ別の場所に資料を用意するような手間はかけたりしない。

 病院でのカルテは私が一般的な値に書き換えていたから、これを処分すればCCGがあの事故の件で君を怪しめるような証拠はなくなる」

「後は四方さんがクロナちゃんとナシロちゃんと一緒に向かったモニタールームの監視カメラのデータを全部消せば終わりか。

 それじゃエトさん。筋肉○スターの説明の続きをどうぞ」

「ま、待ってくれ! 流石にもう無理だ……」

「大丈夫大丈夫。無理というのはですね、途中で止めてしまうから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」

「((ブラック)お兄ちゃん……)」

 

 カネキのヤツ、静かに怒ってんなぁ。

 っていうか鯱のオッサンがまた本当に絶妙な感じで嘉納を痛めつけてやがる。

 

 ま、怒るのは無理もねぇよな。

 そもそも鉄骨落下事故からの1年ぐらいで1200人に喰種化施術を行ったってことは、だいたい1日に3~4人のペースで施術を行ったってことになるぞ。

 きっとその施術も10分や20分で終わるもんじゃねぇだろう。施術1回につき1時間ちょっとと仮定すると、1日に4時間の施術を毎日のペースで休みなしに続けたってことになるのか、この嘉納ってオッサンは。別の意味で凄ぇな。

 でもそんな数撃ちゃ当たる方式で実験を繰り返していたのに、成功例が最初のカネキを含めてたったの3例。そんな無駄な時間過ごすぐらいだったら、カネキが言ってたようにさっさと別の方法を探せって話になるよな。

 勉強の出来る馬鹿ってのはこういうオッサンのことを言うのか? というか人間の癖によくそんな施術行う体力あったな。案外このオッサンは自分自身にも喰種化施術行ってんじゃねぇの?

 

 それと思い出した。

 嘉納のあの胡散臭い顔をどっかで見た覚えがあると思ったら、親父がいなくなったときに俺と姉貴を白鳩に通報した佐藤のババァに似てるんだ。

 あの「私は清く正しい善人ですよ」って心の底から思ってる顔。嘉納は自分は世間から悪だと言われる存在だと認識しているとか言っていたけど、ぜってぇ自分ではそんなこと思ってないぞ。

 ああ、思い出したら腹立ってきた。クソババァが。

 

 しかしこんなオッサンをアオギリに入れて何かメリットあんのかよ?

 少なくとも俺は、0.25%の成功確率にかけて実験体の人間を生きたまま攫ってくるなんてメンドクサイことはしたくねーぞ。

 それに例え成功しても、それがカネキみたいなヤツになったらアオギリがソイツに壊滅させられるんじゃねーの?

 

 

「ところで何です? この大きな……冷蔵庫?」

「……ぁ、ぁぅ……」

「黙ってないで答えてください。篠原の刑に処しますよ?」

「た、頼むから少し休ませて……」

 

 何その不穏な刑の名前?

 篠原って、11区で戦った特等捜査官の名前だよな?

 

「そ、その冷蔵庫には、昨日リゼちゃんから摘出した赫胞が保管してある」

「ふーん…………うわ、こうして見るとグロテスク」

 

 カネキが冷蔵庫を開けてみると、そこには赫胞が4つ並べられていた。

 おーおー、よくこんなにリゼも取られたもんだ。というか背中に繋がっていたケーブルで栄養補給をされていたみたいだけど、よく1200もの数をリゼは再生出来たな。

 リゼの赫子が再生力の高い鱗赫ってのを差し引いても、リゼの赫子が特別性ってのは本当みたいだな。タタラさんがリゼの赫子持ちに拘ってたのもある意味当然か。

 

「おお、まだ動いてる。

 ……嘉納先生?」

「何だね、カネキくん?」

「どうして人間に喰種の赫子を移植して半喰種を作るんですか?」

「いや、さっきも言っただろう。歪んだ鳥籠を壊すためにだよ」

「あ、いえ。目的としてではなく、何故その手段を選んだのか、という意味です」

「それはだね。人間と喰種を混ぜることで雑種強勢を強制的に引き起こし、より強力な喰種を作るためだよ」

「つまり嘉納先生の目的は強力な喰種の作成であって、人間の喰種化はあくまで手段でしかなかったわけですか。

 そのために1200人もの命を無駄に……喰種を強い喰種に改造するとかじゃ駄目だったんですか? それこそ赫胞をこんなに量産出来るなら、人間ではなく喰種に移植するとか」

「それは無理だよ、カネキくん。赫子には相性というものがあるのは知っているかね?」

「軽い羽赫は防御の固い甲赫に弱くて、動きの遅い甲赫は一撃が強い鱗赫に弱い、とかですよね」

「うむ。だがそれは戦闘のスタイルに限ったことではなく、赫子から分泌されるRc細胞が弱点となる赫子に対して特別有効な毒になるからでもある。むしろソチラの方が大きいかな。

 リゼちゃんの赫子は鱗赫。カネキくんが戦ったことがあるかどうかは知らないが、甲赫で負わされた傷よりも尾赫で負わされた傷の方が治りが遅かったことはないかな?」

「数秒程度の違いですけど、前はありました」

「数秒? ……まぁ、要するに喰種は互いに毒を持っているようなものなので、どうやら赫胞の移植をすると拒否反応が起きるようなんだよ。それが例え羽赫と鱗赫みたいな相性が普通の赫子同士でも、それこそ鱗赫同士でもね。

 たまに赫子を2種持っている喰種がいるが、それはかなり珍しい生来のものだ。両親の相性がよっぽどよかったのだろうね」

「だってさ、ヒナミちゃん」

「うん! お父さんとお母さん仲良いもん!」

 

 え? ヒナミって2種持ち?

 ……前のとき、甲赫だけで吹っ飛ばされて終わった俺の立場って……。

 

「ん? もしかしてこの子が?」

「実は僕も羽赫増えましたけど」

「ほぅ、そうなのかね…………ウン……ウン? カネキくん、共食いをしたのかい?

 確かにたくさん共食いをすれば赫胞が増えることもある。それこそ赫者になるぐらいね。おそらく消化器官を通してRc細胞を吸収すれば、毒性は気にしてなくてもよいのだろう」

「共食い……と言うのかな、アレは?

 まぁ、それは置いておいて、なら量産したリゼさんの赫胞を人間に移植させたりしないで、他の喰種に食べさせ続けたらいいんじゃないですか? それこそリゼさんの鱗赫だけでなく、羽赫も甲赫も尾赫も揃えて4種の赫子を食べさせ続けるとか。

 というかRc細胞壁を増殖させたことといい、リゼさんの赫胞を量産したことといい、これ利用すれば喰種が人間を襲って喰わなくてもよくなるんじゃ?」

「もちろんそういう研究もしているよ。強力な喰種を作っても、栄養が足りずにその力を発揮出来なかったら宝の持ち腐れだからね」

「目的はどうあれ少しだけ嘉納先生を見直しました。むしろそういう研究だけしましょうよ」

「ただそうなったとしても、CCGが喰種を駆逐しようとするのは止めないと思うがね?」

「……それもそうですね。

 あ、それじゃあ鱗赫を持っている人が、自分の鱗赫を増やすのとかはどうでしょうか。例えばこんな風に……」

 

 グチュグチュグチュグチュグチュグチュ!

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 …………カ、カネキがリゼの赫胞を自分の腰に当てたら、赫胞がまるで意思を持ってるかのようにカネキの身体の中へ潜り込みやがった。

 カネキも冗談のつもりだったんだろう。目ぇ見開いて驚いている。

 え、何アレ? 気持ち悪い。

 

「り……鱗赫の喰種に鱗赫を増やしたとしてもあまり意味はない、と思うのだが…………カネキくん、君の身体はいったいどうなっているのかね?」

「いや、むしろ嘉納先生こそリゼさんの赫胞に何したんですか? 今のはいったい何が起こったんですか?

 え? 僕の身体どうなってます?」

「普通に切除して取り出しただけ……なんだが。

 あー……と、何だね? 例えばだが、戦いの際に切断された赫子でも、Rc細胞が崩壊する前に切断面をくっつけるとそのままRc細胞同士が結びつき直すことがある。

 それと同じ作用で、リゼちゃんの赫胞がカネキくんに移植した赫胞を自らと同じものと認識して自然にくっついた……とか、なのかな? 今起こった現象は?」

 

 ああ、なるほど。カネキの赫子は元々はリゼの赫子だもんな。

 切れた腕がまたくっつくみたいに、離れた赫胞が同じように元の身体と勘違いしたカネキの身体の中に戻ろうとしたってことか?

 

 だったらさっきの話じゃないけど、自分の赫子なら増やせんのか。

 種類が違う赫子を増やせた方が戦いのときの選択肢は増えるけど、別に今までと同じ赫子でも増えればそれに越したことはない。カネキの鱗赫みたいに本数が多かったら、それだけ手数を増やすことが出来るしな。

 それにもし羽赫を別の位置に、それこそ鱗赫が出る腰の部分とかに増やせたら攻撃手段がもっと増えることになる。

 流石にケツに羽赫を生やすのは嫌だけど、腰の裏や肩甲骨の裏に羽赫を増…………ケツに増やせばクソカマ野郎対策に……いや、でも腰でじゅうぶんか……。

 

「うわ、本当に増えてる」

「Rc細胞値が100万超えとか身体に当てただけで赫胞が増えるとか、ハイセクンはいったいどこまで突き進むのかね、本当に?」

「待ちたまえ。100万って何だね?」

 

 カネキが鱗赫を出すと、4本だった鱗赫が5本になっていた。本当に増えてやがる。そのうちの1本がさっき潜り込んだ奴なのか、それだけがやけに細い鱗赫だ。

 ……すっげぇなぁ。ある意味で。

 

 これを利用すれば俺も…………ああ、でも最初に自分の赫胞を取られるのは嫌だな。

 しかもその後に、リゼの入ってたカプセルみたいなのに入って赫胞の回復を待って、回復したら今度は先に切り取った赫胞を移植し直す必要があるから、あの嘉納ってオッサンに無防備な姿で改造手術受けるようなモンか。

 うーん、それには抵抗があるけど、でもちょっとこの研究に興味出てきた。

 

 まぁ、そういうこと出来んなら、嘉納のオッサンをアオギリに置いてやってもいいか。

 

 

「……せっかくだから、残りの3本も貰っておくか」

 

 

 オイ、やめろバカカネキ。

 ますますとんでもないことになるじゃねーか、お前。

 

 

 

 

 

━━━━━芳村エト━━━━━

 

 

 

「たっだいまー、タタラさん、ノロさん」

「お帰り、エト。

 ……随分とご機嫌だな? その様子だと成果があったのか。アヤトたちは?」

「ウン、すっごく大きなものが。

 アヤトくんは嘉納先生と白黒姉妹を当座の住居に案内中。ナキさんたちはここについてすぐどっか行っちゃった」

「ホゥ。嘉納たちは使えるのか?」

「いや、戦力という意味では使えないかな。施術成功率も0.25%ってとんでもなく低い数値だから、これから新しいのをポンポン増やせるわけじゃないみたいだし。

 だから嘉納先生にはちょっと別の研究をしてもらおうと思ってね。そっちが実現したら戦力は増えるかもしれないし、成功率も高いと思う。

 でも私が見つけたのは嘉納先生じゃない方なんだよねー、ウフフ」

「……カネキ、ケンのことか? あの甘ちゃんが使えるとは思えないが?

 お前は気に入っているようだが、自分の身体のこともろくに考えていなかった馬鹿だぞ。アレでは芳村の盆栽がいいところだろう」

「うーん、それが盆栽というか、とんでもなさすぎるせいで放置するしかなくて放置してるというか…………ウン、アレだ。庭に植えちゃって手遅れになったミントだね、彼。

 それにタタラさん。まだ前の事を根に持ってんの?」

 

 カネキュンの腹に貫手かましたら逆にタタラさんの指折れちゃったときのこと。しかもその後にカツアゲされちゃったのも余計にキてるのかね?

 

「……そんなわけない」

「ならいいけど。でもカネキュン、本当に強くなってたよ。

 鯱さんに勝ったし」

「鯱に? そういえば鯱は何処に?」

「ああ、鯱さんなら6区に里帰り中。コクリア出てから帰ってないからね。舎弟に顔見せて指示出したら戻ってくるって。リゼさんが追われているせいでアオギリに来るしか選択肢がないから、別に一度帰ってもいいよって言っといた。

 というか鯱さんなんかよりもカネキュンだよ、カネキュン。私じゃカネキュンに勝てないかな。むしろ鯱さんの方が勝率あるかも」

 

 鯱さんに良いように殴られまくってたから、戦闘技術というか立ち回りはまだまだ甘い。

 まぁ、訓練はしているようだから、今のところ技術は上の下ってとこかね。雑魚には余裕で勝てるけど、鯱さんみたいな上の上には負けちゃう感じ。

 だけどあの一撃で鯱さんの両腕を折る攻撃力と、鯱さんに20分以上殴られても平然としているタフネスは驚異の一言。リゼさんの赫子を持っていることや、今までに聞いた話を総合すると回復力も半端ないみたいだし。

 私の場合だと本気出すときは赫者になって大きくならなきゃいけないから、鯱さんみたく躱し続けるというのは難しい。だから私だと下手したら力勝負であっという間にヤラレちゃうかもしれないから、攻撃を躱しやすい鯱さんの方が戦えそう。

 

 というかRc細胞値が100万以上って何なのさ?

 

「タタラさんは、自分のRc細胞値がいくつなのか知ってる?」

「いや、測定したことはないが……」

「カネキュンは100万以上なんだってさ。もう“ばっ!!!!”って言いながら手を上げたら地面が吹っ飛びそうな感じだねぇ」

「…………は?」

「おお、タタラさんのそんなポケッとした顔、初めて見たよ」

「何ソレ? 本当なのか?」

「嘘つくにしても、ここまで荒唐無稽な嘘はつかないと思うよ。

 現に衰弱してたリゼさんにカネキュンの血を少し飲ませただけであっという間に回復したし」

 

 流石にずっと監禁されていたせいで、顔色が元に戻っても動けなかった……というか回復して疲れたのか、助け出してからずっと寝てたけど。

 でもアレ本当っぽいなぁ。それならカネキュンのあの戦闘能力にも説明がつくしね。

 前例のない、とてつもないRc細胞値を持った隻眼の喰種。

 

 これは……。

 

「ついに次の王、見つけちゃったかな?」

「あの甘ちゃんをか……」

「気に入らない?」

「それは向こうに言え。あの甘さでは、向こうこそがアオギリを良く思っていないだろう」

「そうなんだよねー。それが問題なんだよ。ヤモリさんとアヤトくんがあんていくで暴れちゃったから、アオギリに対する好感度が低いんだよねー。

 タタラさんなんか名指しで『次何かしてきたら2つに割れてる顎を4つにする』って言われてたよ」

「フン、Rc細胞値がいくら高かろうとそう負けたり…………顎って何だ?」

「ま、アオギリの中で例外はトーカちゃんの弟のアヤトくんと、敬愛されている私ぐらいかな?」

「…………(顎?)」

「黙ってないで何か言ってよ。

 でも本当にどうしようかな? 力尽くでっていうのは無理っぽいし、トーカちゃんやあんていくに手出したら怒りそう」

 

 だから私たちではなく、CCGに手を出させる?

 いや、カネキュンの話だとVとある程度の話がついているはず。多少のことじゃ揉み消される。

 しかも今のカネキュンのメンタルだと、CCGと敵対するぐらいならあんていくの連中を守りながら身を隠す方を選ぶ気がするし、現にそれだけの力はある。月山財閥でも同様。

 それに結局私が仕組んだことがバレたら、カネキュンと敵対することは避けられない。

 

「となると、王様から砂糖みたいに甘ぁーいカネキュンを説得してもらう、というのはどうかな?」

「……ああ、なるほどな。あの甘ちゃんなら王の境遇を知れば何らかの思いを抱くだろう。

 それにちょうどいい。ついでにカネキケンの実力を確かめるいい機会にもなる」

「お、いいねぇ。王様に頼んでちょっと戦ってもらおうか。

 もしカネキュンが王様に勝てたら、それこそ彼こそが“隻眼の王”に相応しいことの証明ともなるしさ」

 

 そんじゃ電話でデェトの予定でも取り付けますかね。

 いいねぇいいねぇ。何だか久しぶりに楽しくなってきたよ、カネキュン♪

 

 ピのパのポ、と……あ、もしかしたらまた今度もトーカちゃんが電話に出てくるかにゃ? トーカちゃんはアヤトくんのお姉さんだし、カネキュンとも仲が良いから私も仲良くしたいんだけどなー、ウフフ。

 

 

 

「フンフフーーン♪ さぁーて『も』あ、ヤッホー! カネキューン、今日はお疲れさまー。愛しのエトさんでっすよー」

『…………』

「ん? どうしたのかにゃ? カネキュ『エ、エト……?』ってホアアァァッッ!? おっ、おおおっ、おおおっとーーさんっ!?!?」

「プッ」

 

 しまった! この展開は予想していなかった!

 

 というか笑うなタタラさん!

 いや、でも確かにそういえばトーカちゃんが電話に出る可能性があるなら、おとうさんが出る可能性も普通にあるよね!?

 

『エト……』

「アー……アハハハハ、カ……カネキュンの携帯に電話、したんだけどさー?」

『確かにこれはカネキくんの携帯だが……エト、すまない。カネキくんから聞いてはいたが、もう25歳にもなるのに“カネキュン”なんて……』

「ちょ、やめろ」

『すまない。私がお前を捨てたばかりにそんな……25歳なのに年下の男の子に“キュン”付けしたり語尾を“にゃ”にしたり全裸包帯をファッションにしたりするようになるなんて…………すまない。本当にすまなかった』

「プフッ!」

『アオギリのことはともかくお前がそんな女性に育ったなんて、憂那に何て詫びれば…………ノロイは、ノロイはいったいどんな育て方を……?』

「すまない、功善。無理だった」

「っっ!?!? ノロが喋っただとっ!?」

「いい加減にしろっ、オッサンども!!」

 

 

 やめろぉっ! タタラさんも頬をひくつかせてんなっ! しかもノロさんの久々の発言がそれかよっ!?

 おとうさんも私に対して謝るのも罪悪感を抱くのも勝手にすればいいけど、そういう理由でガチ凹みすんのはマジでやめろぉぉっっ!!

 

 いや、演技だから! 本当の私はもっとお淑やかだから!

 今のはカネキュン用の明るくてファンキーで美人小説家な高槻泉先生としての顔だから!

 

 だからガチ泣きすんな! こっちが泣くぞ!

 女に年齢のこと思い出させんなぁっ! 最近アヤトくんとかカネキュンとかちゃんヒナ見てたら、そろそろキツイかなと思い始めてきてたんだから!

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「おお、アヤト。

 お前が帰ってきたってことは、ナキのアニキも帰ってきてるのか?」

「承正か。ナキなら一緒に戻ったぞ。けど今どこにいるか知らねぇ。

 それとこのオッサン、嘉納っていうんだが、人間だけどアオギリに入ることになったから殺して喰ったりすんなよ。白スーツの連中全員によく言っておけ」

「人間が? 変わったことも…………うん?」

「よ、よろしく頼むよ。後ろの2人はクロナとナシロという」

「…………」

「…………な、何かな?」

「……いや、変わった髪型をしてるなと思っただけだ」

「それはカネキくんに言ってくれ」

「カネキ? ヤモリのアニキに勝ったという男のことか?」

「(私たちは篠原の刑に処されなくてよかったね、シロ)」

「(そうだね、クロ)」

 

 

 

 

 

 







 エトさんにじゅうごさい……のはずですよね。re:で27歳ですから。
 うん、こんなん書いたけどまだ若い若い。それにヒナミちゃん相手には自分でババァを自称してネタにしてますから平気平気、うん。

 そしてカネキュンはニコさん画のたたらっちが印象に残っているようです。


エト「特技は喰種化施術とありますが?」
嘉納「はい。喰種化施術です」
エト「喰種化施術の成功率は何%ですか?」
嘉納「0.25%です」
エト「え、0.25%?」

 煽りとか抜きで考えて、何で嘉納先生はアオギリに入れたんでしょうか?
 こういうツッコミは無粋だとわかってはいるのですが、どうしても考えてしまいます。


 53万ネタは散々感想で使われてしまっていたので、カネキュンを更に強化することにしました。『作者は悪くない。』
 パワーが有り余り過ぎて自分でもコントロール出来ないのが共通点Deathヨ。


 それとタッキーは残念でした。
 意識不明の重体まで追い込んだとはいえ白黒姉妹を喰種レストランで確保していたので、カネキュンたちの方が一歩早かったようです。
 けど白滝にはならなくてよくなったんで勘弁しておくれ。


 しかし原作が佳境に入ったせいで自分の考えた設定と違う原作設定が出てくるんじゃないかと、最新号を見るたびにガクブルしてます。
 二次創作で捏造設定タブを入れているとはいえ、やはりなるべく原作に沿うようにしたいですからね。

 ただしウチのカネキュンは除く。


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天然ボケと芸人ボケ

 

 

 

「すまない、エト……すまない、憂那……」

『あー、もう! いい加減にし……え、何さねタタラさん? …………ええ~、しなきゃ駄目?

 ハァ、わかったよ。あーっと…………おとーさん?』

「……な、何だね、エト?」

『お願いがあるんだけど聞いてくれるー?

 聞いてくれたらこれからも“おとうさん”って呼んであげる』

「そ、そうしてくれるのなら嬉しいが、それよりも25歳なのに年下の男の子に“キュン”付けしたり語尾を“にゃ”にしたり全裸包帯をファッションにしたりするのをやめてくれ!

 私は憂那にっ、憂那に何て詫びれば……」

『……ソッチかよ。ハイハイ、わかった。わかりましたよー。

 えーっと、それで頼みたいことは『しかし改めて聞くと酷いな、エトの行動は』タタラさんうっさいわ!』

 

 

 

 

 

 

━━━━━金木研━━━━━

 

 

 

 安久邸から帰還後、あんていくに戻って店長に安久邸で起こったことの報告と、今後のことについての相談をした。

 おそらく今回の証拠隠滅とVによる手配を含めて、これでCCGからの追及は気にしなくともよくなると思う。あとは健康診断や公共機関にたまにあるRcゲートに気を付けさえすれば、人として穏やかに暮らしていけるんじゃないかな。

 

 ちなみにヒナミちゃんは先に四方さんにトーカちゃんの家まで送ってもらった。

 安久邸ではヒナミちゃんにはショッキングな光景があったから、トーカちゃんにフォローをして貰えるようにメールを出しておいたので、今頃ゆっくり休んでいると思う。

 でもヒナミちゃんはああ見えて芯は強い娘だから、意外と大丈夫そうかもしれない。

 

 そして店長への報告と相談が終わったあとに、最近は証拠隠滅のための外出が多くてあんていくにあまり出れていないことを店長に詫びた。

 もうすぐ貴未さんの出産予定日なので西尾先輩はしばらくは店に出れなくなってしまう上に、トーカちゃんの受験勉強も本格化するところだったので、何とか西尾先輩が育児休暇をとるまえに一連の証拠隠滅が終わってよかった。

 これでようやく僕も本格的に店に出ることが出来る。

 ロマさんが新しくバイトで入ったけどまだまだ仕事に慣れていないし、僕も大学があるのでフル出勤するわけにはいかないけど、それでもトーカちゃんと西尾先輩が抜けても大丈夫なぐらいの人手は確保出来るだろう。

 

 そして相談が終わったあとに休憩を兼ねて、コーヒーを淹れる腕が鈍っていないかどうかを店長に確認してもらうために店に降りてコーヒーを淹れたんだけど、コーヒーを淹れて上の階に戻ったら店長が部屋に置いておいた僕の携帯を握り締めて咽び泣いていたのは驚いた。

 そういえば事態の報告をしたときに、同行したエトさんの行動を話したときにも顔色を悪くしていたなぁ。エトさんのことをやけに聞いてきたし。

 落ち着いた店長から勝手に電話を取ったことを謝られて、店長とエトさんの関係を聞かされたけど…………うん、まぁ、ご愁傷さまです。

 そりゃ生き別れの娘さんからの電話がかかってきたら、思わず出たくなるでしょうね。

 

「――とまぁ、エトさんは表では高槻泉という作家で活躍されてますよ。

 明日にでも僕の持ってる先生の著作を持って来ましょうか?」

「ありがとう、カネキくん。お借りするよ。

 しかしエトがあの有名な高槻泉だったとは驚いた。それなら経済的には不自由していないだろうから安心出来たが、そこまで経済的に余裕があると逆に悪い遊びをしていないだろうか心配になってくるな。

 それこそ、それこそホスト遊びのようなことをっ!」

「……ど、どうなんでしょうかね?」

 

 とりあえずコーヒーどうぞ。

 店長の咽び泣きが収まってよかったけど、まだまだエトさんの奇行には心を痛めているみたいだった。

 まぁ、気持ちはわかりますけどねぇ。

 

 それにしても店長が荒れてるなぁ。そんなにエトさんのことがショックだったのかな?

 でもエトさんをからかった僕が言うのは何ですけど、今の時代の25歳ぐらいならああいう行動しても別におかしいというわけではないとは思いますよ。

 だから店長もそう落胆されなくてもよいのでは?

 

「カネキくん、想像してみなさい。

 25歳になったヒナミちゃんが年下の男の子に“キュン”付けして呼んでいる姿を。語尾に“にゃ”をつけたり全裸に包帯というファッションをしている姿を。

 そんなことしてたら、もしかしたら悪い遊びを覚えているんじゃないかと考えてしまうんじゃないかい?」

「ヒナミちゃんはそんなことしません」

「思考停止しないで、さあ!」

「いやいやいやいやいやいや! そんなこと想像させないでください!」

「それが現実に起きてるのが私なんだよ……」

 

 お、おおおっおおお落ちおお落ち着け、僕! あの純粋なヒナミちゃんがそんなことするわけないだろう!

 そうだ。エトさんには悪いけど、ヒナミちゃんにはリョーコさんもアサキさんもトーカちゃんも僕もついているので、そんな悪い遊びなんて覚えたりしません。

 ウチのヒナミちゃんに限って!

 

 ……いや、でも純粋なヒナミちゃんのことだからこそ、騙されてしまうことなんかはあるかもしれない。

 それこそ新学期になってから大学で、昔ニュースにもなったいわゆるスーパー○リーのようなよからぬサークルや、サークルの皮を被ったカルト宗教団体とかからのサークル勧誘についての注意喚起があった。

 ヒナミちゃんはそういう人間の悪意には慣れていないから、今から注意をしておいた方がいいかもしれないな。

 

 ヒナミちゃんもトーカちゃんに影響されたのか学校に行ってみたいって言ってたからなぁ。そのためか最近は読書だけでなく、数学や理科社会の勉強も頑張っているし。

 まぁ、中学・高校は今から準備しても間に合わないから、もし学校に行くとしても大検を受けて大学生から始めるとかになるだろう。トーカちゃんが持ってる上井大学のパンフレットとか興味深そうに見てたことだし。

 でも海千山千の悪者がいるそんな大学生の中にヒナミちゃんを放り込むのは……というか、トーカちゃんもそういう意味では危ないな。トーカちゃんも根は素直だから。

 

 上井大学はマンモス校だから、そういう不埒者もいるかもしれない。

 ……一般の人間相手には喰種としての力を振るったりしないと心に決めてた僕だけど、トーカちゃんが入学する前によからぬ団体を探して潰しておくか? 喰種がやったことにすれば……いや、そうしたら大学にCCGを介入させることになるかもしれないな。

 トーカちゃんについては僕がついていればいいか。

 だけどもしものときのことを考えるとアレだな。証拠隠滅が終わったのでハイセとして動くのはもうないと思っていたけど、最悪の場合はどうやらもう一度マスクを被らないといけないのかもしれない。

 まぁ、人殺しはしないから大丈夫大丈夫。でも今の話とはあまり関係ないけど、中学生の頃に史記を読んだ覚えがあるなぁ。史記の作者が受けた刑罰って何だっけかなぁ?

 

 ……ウン、ヒデに頼んでそういう悪徳サークルを調べておいてもらおうか。

 

 

「今更私があの子に何かを言える立場ではないのはわかっている。

 だがアオギリのような組織を作ったのはともかく、まさか25にもなってそんな年甲斐もないことをしているなんて……」

「入見さん、帰っててよかったですね」

 

 聞かれたら絶対不機嫌になると思います。入見さんは今年で……いや、考えるのはやめておこう。

 それとエトさんも血酒じゃない酒は飲めないんだから、わざわざそういうホストクラブみたいなところにはいかないと思いますが?

 ああ、でも確かにエトさんのあのノリだったら嵌まるかどうかは別として、ホストクラブみたいなところに行く機会があったら楽しんで遊びそうかな? 嵌まるというよりホスト弄り回して楽しみそう。

 

 というか僕としては、エトさんが店長の娘さんということの方が驚きです。

 店長と高槻先生では顔はあまり似ていないから母親似? それと匂いではわからなかったけど、それは男女の差と年齢の差があるからかな?

 現にヒナミちゃんとリョーコさんは似ている匂いだけど、アサキさんとヒナミちゃんでは臭いはかなり違うし。エトさんはお母さん、憂那さん似ということなのだろうか。

 

 喰種になって五感が鋭くなったのはいいことだけど、あまり五感に頼り過ぎてしまうと思わぬ落とし穴に嵌まってしまいそうで怖いな。今後は気を付けよう。

 

「……それでだね、カネキくん」

「どうかしました?」

「いや、エトのことなんだが……ちょっと困ることを頼まれてしまって……」

「はぁ?」

「それが私一人ではどうにも出来ないことなので、いったいどうしようかと思ってね」

「……もしかして、僕になら出来ることですか?」

「出来たらでいいんだがね。

 すまない。カネキくんは私たち父娘については関係ないというのに」

「いえいえ、店長にはお世話になっていますから。僕が出来ることでしたら構いませんよ。

 でも出来ることと出来ないことがあります。元人間としてアオギリに参加するようなことは出来ませんし」

「いや、そこまでは言われていない。

 その……何だね。エトが今度カネキくんと会いたいらしいんだが……」

「ん? それは安久邸で言われましたね。僕のRc細胞値が100万越えたと伝えたときに。

 エトさんは凄く驚いてましたよ」

「ああ、そのことはちょっと学のある喰種は驚くだろうね」

「なるほど。エトさんは僕の身体について聞きたいんですか」

 

 僕の身体は食事をすればするほどRc細胞値が増えていくからなぁ。

 しかも時間が経つにつれて、僕の身体がヒトの肉を食べれば1ヶ月は持たせられる省エネの喰種の身体に慣れてきた上に、人間としての身体がRc細胞を分泌するのに慣れたせいか、食事のRc細胞への変換効率が向上してきたみたいだし。

 

 オリーブオイルを1瓶一気飲みした翌日にRc細胞値が1万近く増えてたのは皆で笑っちゃったな。1kcal=1Rc細胞値の増加なのか?

 でも人間の摂取カロリーとRc細胞値を考えたらそのぐらいになるのかもしれない。

 確か人間の1日の摂取カロリーが約2000kcalで、基礎代謝で消費するのが約1500kcal。この肉体を維持する基礎代謝のカロリー内で一般の人間の250~500というRc細胞値も賄っているんだから、下手をしたら1kcal≦1Rc細胞値になるかもしれないな。

 

 とはいえオリーブオイル1瓶は気持ち悪くなったから流石にもう飲まないけどさ。

 だからRc細胞値を増やすとしたら、カロリーの高いアイスクリームとかが適しているかな。油単体とか砂糖単体はもう勘弁。

 

「そういうことでしたら、別にエトさんに会うのは構いませんが……」

「いいのかい? ……2人っきりでということなんだが?」

「あ、すいません。お疲れさまでしたー」

「ま、待ってくれ! カネキくんとの仲を取り持ったら、エトは私を父と認めてきちんと更生して真面目に生きてくれると……」

 

 ちょっ!? エトさんそれズルくないですか!? お世話になっている店長にそんなこと言われたら断りにくいじゃないですか!

 というかしがみつかないでください、店長!

 帰らして! トーカちゃんとヒナミちゃんが待っている家に帰らしてください! これからトーカちゃんの模試の結果を聞きに行かなきゃいけないんですよ!

 

「わかってる! カネキくんとトーカちゃんの関係はわかっている! だが私を父と認めてくれるということだけならともかく、エトが真面目に生きてくれるという未来がかかっているんだ!

 それにソッチ方面での話をするためではないと思うから!」

「じゃあ、どういう意味で2人っきりで会いたいと言ってきてるんですか!?」

「電話ではおそらくタタラだと思われる声がしていた! あくまでアオギリ関連としての面会希望だと思う!」

「は? タタラさんが?」

「ああ、タタラらしき声で『ちょうどいい。芳村に取り成すように頼め』と聞こえた。その後にエトから君と2人っきりで会いたいと言ってきてね……。

 噂に聞くタタラの性格ならソッチ方面でエトに指示を出したりしないだろう。最悪でアオギリに勧誘されるぐらいじゃないかな」

 

 あの真面目なタタラさんがか。それなら確かにエトさんのおふざけに付き合ったりはしなさそうだな。

 それに僕と2人っきり、つまり僕1人で来いということなら、騙し討ちというわけでもなさそうだ。

 僕1人ならば逆に動きやすい。もし騙し討ちを企んでいるのなら、むしろ足手まといになりうるヒナミちゃんや万丈さんたちも連れて来いと言うだろう。

 

「それにエトはカネキくんと2人っきりで会わせてくれとは言っていたが、それ以外のことは何も言っていなかった。

 いや、私としてはトーカちゃんのことがなければ、カネキくんならエトを任せられると思っているのは確かなんだが……」

「そういうこと言われると困るんですけど……」

「あの子の事情が事情だからね。カネキくんの他にあの子と似た立場に立てるとしたら……ニシキくんのお子さんぐらいになるのかな。

 とはいえもうすぐ生まれてくる子供には両親であるニシキくんと貴未さんが揃っているし、そもそも赤ん坊にエトの仲間になってくれとは言えないよ」

 

 ……そういえばエトさんというかアオギリには、西尾先輩のお子さんのことは伝えてないよな。アヤトくんも西尾先輩の彼女が妊娠してることはあんていくで働いていたときに耳に挟んでいたとしても、貴未さんが人間だということまでは知らないはずだ。

 それをエトさんに伝えたらどういう反応をするんだろうか?

 まぁ、西尾先輩たちの意向が第一だから、僕から伝えることはしない方がいいだろう。

 エトさんもアヤトくんもアオギリの一員であることには変わりないんだし。

 

「待ち合わせ場所や日時については、また後日にでも電話で伝えると言っていた。

 もちろんカネキくんの判断が優先だ。だから私からはこうやって頭を下げてお願いすることしか出来ない。カネキくん、出来ればエトと会ってやってくれないか…………2人きりで」

「会うのはいいんですけど、2人きりというのが……まぁ、日時や待ち合わせ場所を聞いて判断するということでいいですか?

 この場での返事は“前向きに考えておきます”ということで」

 

 トーカちゃんの下校時刻に合わせて、下校ルートにある喫茶店とか指定されたら困りますし。

 いや、そんなことじゃないと思うんですけどね。でもエトさんならからかい目的でしてきそうな気もします。

 

「トーカちゃんが学校に行っている平日の昼間に、20区以外の場所でなら……」

「ああ、もちろんだ。

 何だったらトーカちゃんには仕事を頼んでおくか、もしくはカネキくんは私からの頼みごとをこなしているということにしておけばいいだろう。

 会うのはカネキくんだけでも、途中まで同行してサポート出来るように四方くん……には流石にコレは頼めないか。古間くんかカヤちゃんにサポートしてもらえないか頼んでみよう」

「その方が安全ですね」

 

 人目のつく場所で会うんだったら問題はないだろうし、ここで考え込んでいても仕方がない。

 やはりエトさんからの電話で判断するしかないか。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ……で、待ち合わせ場所が24区か。

 24区の中へこんなに奥深く入り込んだのは初めてだ。いつもは店の地下の広間で訓練するだけだったからなぁ。

 

 こんなところで会うのには僕だけじゃなくて店長も難色を示していたけど、喰種関連についての話だから一般の人間がいるような喫茶店なんかではもちろん話せない。

 そして新しいアオギリの拠点もあまり組織外の喰種を入らせたくない上に、エトさんのプライベートにも関わることだから余人の混じらない場所にしたい、と言われてしまったので仕方がない。

 それに最悪の場合、戦闘になることを考えたら一般人がいない場所で、尚且つCCGにも嗅ぎ付けられない場所といったら、確かに24区は適当な場所ではある。

 むしろアオギリの拠点じゃなかっただけ、僕に配慮してくれているということなのだろうか。

 

 とはいえ訪れるのが初めての場所なので不安はある。

 まぁ、待ち合わせ場所までの24区の地図をもらったので道に迷うことはない。

 問題は24区に住んでいる喰種との遭遇による偶発的戦闘があるかもしれないことと、Rc細胞壁で帰りの道が変わったりしないだろうかという不安があることか。

 

 しかし予め喰種払いは済んでいたのか喰種とは出会わないし、帰りの道が変わったとしても最悪は天井を掘り進んで地上に出ればいいだけだ。時間はかかるかもしれないけど、僕なら出来る。

 なので古間さんの同行は断った。

 古間さんの強さならなら足手まといになったりしないということはわかっているけど、最悪は羽赫を乱射しまくって逃げるので同士討ちになることを避けるためにも僕1人の方が身軽だ。

 

 だけど人目のつかない場所ということの不安は残っているとはいえ、そもそもアオギリに僕と争う理由は今のところないはずなんだよな。

 いや、タタラさん辺りが僕のことを目障りとは思っているかもしれないけど、安久邸でエトさんに少し力を見せたことだし、僕と争うメリットよりもデメリットの方が大きいと理解しているだろう。

 そういう意味では危険はないとは思うけど、今のアオギリには嘉納先生がいるからなぁ。あの人が何か企んでいるっていうのはありえるだろうか?

 でも嘉納先生もアオギリに入ったばかりなので影響力はあまりないだろうから、僕をリゼさんの代わりの素体にするとかを企んでいるわけでもないだろう。いや、企んでいるかもしれないけど、まだ実行には移せないだろう、が正しいか。

 

 

 ……リゼさん、か。

 僕とデートした人で、僕を喰い殺そうとした喰種で、僕がこんな身体になった原因を作った1人。リゼさんに襲われたときの恐怖はまだ覚えている。

 でも実際に会っても、思ったより何とも……怖いとも憎いとも思わなかった。

 1年も前の話だし、僕も無意識のうちに吹っ切れていたのかもしれないなぁ。いや、それ以上にリゼさんが以前のリゼさんと重ならないぐらいに衰弱してたのが一番の原因だろうけど。

 最初見たとき別人かと思ったぐらいに変わり果ててたからなぁ。メガネもしてなかったし。

 

 だけど次にリゼさんに会うときは、どんな顔して会えばいいのかがわからなくて困る。今度、鯱さんのお店に招かれているんだけど、どうしよう?

 リゼさん自体がこの1年間の監禁生活のせいで記憶が不安定というか朦朧としているらしく、事故の直前に会った僕のことは全然覚えていないらしい。もう僕としても彼女のことを初対面の人として扱った方がいいんだろうか?

 ただリゼさんは11区で暮らしていた時代のことはうっすらと覚えているらしいので、万丈さんのことは何となくわかるらしいから、万丈さんが喜んでいたので万丈さんを応援すればいいかな。

 その方が色々と面倒事が少なくなるし。

 

 それにしても1年間。あれから1年かぁ。あれからいろいろあったなぁ。

 改めて考えてみると、もう何て言うか1年前に比べたら感覚や価値観のズレが大きすぎる。

 例えば安久邸で戦った鯱さん。戦ったとき、頭では鯱さんの一撃一撃が人間相手なら致命傷になる攻撃とわかっていても、実際に感じた恐怖は小学生の頃にやったドッジボールの球が当たるぐらいのものでしかなかった。

 1年前の僕なら、あの凄い威圧感の鯱さんと相対しただけで尻込みをしていただろうに、

 

 そしてその少しのダメージも、僕の身体ならあっという間に治ってしまう。

 トーカちゃんと一緒に訓練を始めた頃は痛みに慣れていなくて喚いていたけど、痛みに慣れたと思ったら今度はRc細胞値が増えすぎたせいで怪我自体をしなくなった。

 そのせいか明らかに鈍感になってきている気がするので、大学なんかの周りが人間ばかりの場所では気を付けているけど、この1年は本当にいろいろあったなぁ。

 

 

 こんな身体になった直後は絶望しか感じられなかったけど、不幸中の幸いでトーカちゃんや店長たちと出会うことが出来た。

 そして何よりもクロナちゃんとナシロちゃんとは違って、人間の食事を食べることが出来たのが一番の幸運だろう。

 2回しか、しかもそのうちの1回は無意識でしか食べたことがないヒトの肉だけど、やっぱり今でも…………いや、今だからこそ食べたくない。もし大怪我をしてヒトの肉を食べなきゃいけなくなったときは、今では食べられるかどうかわからない。

 Rc細胞値は100万越えても上昇し続けているみたいだから、僕の身体にこれ以上の変化がなければいいんだけど、僕の身体はいったいどこまでいくのかな。

 

 でもヒトの肉を食べる云々以上に、最近のトーカちゃんが羽赫だけじゃなくて、自分の血を僕に飲ませようとしてくるのはどうしたらいいんだろう?

 僕の血を首元から飲み終わった後に、赤い顔して「……私のも、飲む?」なんて言いながら自分の服をはだけて首元を近づけられたりすると、僕の我慢もいい加減に効かなくなるんだけどっ!

 トーカちゃんの大学入学合否がわかるまであと半年以上。何とかそれまで我慢しなきゃ。

 

 それに結局、月山さんのせいでヒナミちゃんの甲赫も齧ることになっちゃったしなぁ。

 うぅ、喰種として強くなったとしても、やっぱり人間としては優柔不断なところは変わらないままだ。

 

 しかし結局ヒナミちゃんの甲赫を齧ることになったのは、アヤトくんに何て言えばいいんだろうか。

 安久邸での様子を見る限り、アヤトくんてヒナミちゃんのこと意識しているよなぁ。一時期トーカちゃんとヒナミちゃんとアヤトくんの3人で暮らしていたから、そのときから意識し始めたのかな?

 トーカちゃんもヒナミちゃんならアヤトくんを…………逆か、アヤトくんならヒナミちゃんを任せることが出来ると思っているみたいだし、ちょっとした反抗期のせいでアオギリに入っている以外は言うことはないだろう。

 何だかんだでアヤトくんはトーカちゃんやヒナミちゃんには甘いし、エトさんにお使い頼まれてもグチグチ文句言うだけでお使いするし、根が素直なんだよね、アヤトくんって。

 だけど最近のアヤトくんは疲れてるような感じがするんだよなぁ。新入りがたくさん入って大変って言ってたから、さながら中間管理職のような苦労をしているんだろう。若いのに大変だ。

 しかも新しく嘉納先生もアオギリに入ったんだから尚更かな。

 

 それに嘉納先生のことはアレで本当によかったんだろうか。

 人殺しをしないと決めているので嘉納先生を殺すわけにはいかないし、僕が殺さずにアオギリに殺してもらったらOKというわけにはいかない。

 先日知り合ったCCGの亜門さんの反応からすると、CCGも嘉納先生を捜しているみたいなので人間の嘉納先生なんだから人間の法で裁いてもらうのが一番良いとは思うけど、生きたまま嘉納先生をCCGにつきだしたら僕が半喰種とバレてしまうのでそれは駄目だ。

 だから結局はアオギリに任せることにしたんだけど、1200人ものヒトを喰種化施術で殺した嘉納先生は、その仕出かした所業に対する罰を受けていないとしか思えない。

 もし僕のことがCCGにバレたら遠慮なく嘉納先生もCCGに放り込んだ上に、マスコミにも所業をバラして死刑になるように仕向けるんだけど、流石に今の生活を失ってまで行う気にはまだなれていない。

 とりあえずアオギリで喰種がヒトを食べなくても生きていけるような方法を模索するようにと言っておいたけど、結局は時間稼ぎのようなものでしかないしな。嘉納先生をどうするか、早いところ決めておかないと。

 喰種レストランの客や従業員は殺したのに嘉納先生は殺してはいけない、って考えはおかしいってのはわかってはいるんだけど、やはり元人間としては殺人の踏ん切りがつかない。

 

 

 って駄目だ駄目だ。

 いくら僕の足音が響く以外は物音一つしないほど静かな場所を、かれこれ30分ぐらい歩き続けているせいで集中力が切れてきてしまっているとはいえ、ここは敵地とまではいかなくとも危険地帯には変わりはないんだから、物思いに耽って周りへの警戒を怠ってたら駄目だ。

 もうすぐ、地図によればこの通路を曲がった先にある広場が待ち合わせ場所だ。集中し直さないと。

 

 ……。

 …………。

 ………………ウン、大丈夫。

 

 エトさんは……いるのかどうかはわからないけど、30秒ほど耳を澄まして広場の様子を窺ってみても大勢で待ち伏せをされているとかはないようだ。

 入見さんやヒナミちゃんに比べると格段に落ちるとはいえ人間のときよりは感覚が鋭くなっているので、ちょっとまだ遠いからハッキリとはわからないけど、話し声はしてないし大人数がいるような気配もないことぐらいは僕でもわかる。

 というかあの2人が凄すぎるんだよなぁ。

 

 初めてくる場所なので辿りつくまで余裕を見て行動したため、待ち合わせの時刻まであと10分ほどある。

 だけどいつまでも様子を窺っているだけじゃどうしようもない。

 エトさんが先に来てるかどうかはわからないけど、まずは待ち合わせ場所に行くべきだろう。もちろん罠の可能性は十分に考慮して、慎重に進もう。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

 

 

 

 

 

「ん?」

「有馬……貴将?」

 

 

 

 広場に辿り着いてみると、出たのは鬼でもなく蛇でもなく死神だった。

 

 は? 事態の展開がいきなり過ぎてワケがわからない。

 そして彼の足元には見慣れた赤いローブの人影が、エトさんが倒れ伏している。

 

「最悪だ……」

 

 有馬貴将のことは店長と四方さんたちから聞いている。

 CCGの死神と言われている、店長の両腕を奪った無敗の喰種捜査官。トーカちゃんのお母さんの仇。そして僕でも勝てないかもしれない相手。

 彼とは決して戦うな。戦うとしても店長や四方さんか誰かが一緒にいるときにしろと、繰り返し注意されている。

 彼は白髪が増えているようだけど、見せられた写真の通りの顔だ。見間違えようがない。

 

 店長よりも、11区で戦った篠原特等たちよりも強い僕だけど、それでも無敵というわけじゃない。

 弱点だってある、というより残っている。

 例えば11区の戦いでジュウゾウくんが狙ってきたように、喰種でも鍛えようがない眼球や耳穴を通して脳を破壊されることだ。もしかしたら僕の回復力なら脳すらも回復出来るかもしれないけど、流石に怖くて試したことはない。

 そして有馬貴将はその弱点を的確に突くことの出来る技量を持っているだろう捜査官。決して侮れる相手じゃない。

 

 確か有馬貴将の仕事の一つとして、この24区の探索があると聞いている。

 よりにもよって、その探索にかち合ってしまったのか。

 

「そのマスク。君が歯……イセか」

 

 有馬貴将が僕を見て呟いた。

 喰種レストランで宇井さんに名乗ったからか、僕のことは知っているようだ。それと何て言いかけたんですかね?

 

 

 しかしどうするか。

 

 ……逃げるか? 有馬貴将は様子を窺ってくるだけで、僕に近づこうとはしていない。

 百戦錬磨の店長が僕では勝てないかもしれないと言っていたんだ。こんなところで危険を冒す必要はない。

 いくら有馬貴将が強いといっても、彼はあくまで人間だ。僕なら脇目も振らずに撤退すれば確実に逃げられる。

 

 だけどこの場にはもう1人、エトさんがいる。店長の娘であるエトさんが。

 店長のためにも彼女を置いて逃げるわけにはいかない。死んでいたとしても、せめて遺体だけは店長に届けなきゃ。

 いや、それならまずはエトさんの生死だけでも確かめるのが先か。

 

 相変わらず有馬貴将は近づいてこないので、意識を集中して耳を澄ませる。静かな場所でこの近距離ならば、僕の聴覚でも集中すればエトさんの心臓の音ぐらいは拾えるはずだ。

 エトさんの心音は……聞こえる。大丈夫だ。彼女はまだ生きている。

 この場で聞こえる心音は3つ。僕とエトさんと有馬貴将の3人分のみ。伏兵はいないようだから、エトさんを助ければ逃げ……ん?

 

「心音が3つ? 有馬貴将、あなた1人なんですか?」

「……それが、どうかしたか?」「…………」

 

 あれ? おかしくないか?

 有馬貴将は1人でここにいたのか? 聞いた話だと有馬貴将は0番隊という精鋭部隊の隊長をしているってことだけど、そんな彼が危険な24区に1人で足を運ぶのか?

 

 それに辺りを見渡してみても戦いがあったような跡はない。

 だけどエトさんはCCGにSSSレートで手配されている“隻眼の梟”だぞ。

 僕は実際にエトさんの戦っている姿を見たことがあるわけじゃないけど、周りに被害を出さずにSSSレートの彼女に勝ったとでもいうのか? しかもエトさんは店長と同じ羽赫のはずだから、遠距離攻撃が出来るのにその攻撃跡もない?

 

「そのうえ血の臭いもしない?」

「(あ)」「(やっべ。カネキュンの感覚の鋭さ忘れてた)」

 

 ちょっと待って。今エトさんの心音が跳ね上がったのは何でなんですかね?

 

 いや、おかしくないか? エトさんの反応もおかしいけど、血の臭いがしないのもおかしくないか?

 有馬貴将は右手に槍のようなクインケを、そして左手にはクインケを収納しているであろうトランクを持っている。

 でも今手に持っている槍のようなクインケでエトさんを倒したというのなら、絶対に出血とかはあるはずだ。それなのに血の臭いがしない?

 

 そもそも数分前から戦っているような音はしていなかったはず。いくら僕がここに来る途中で距離が離れていたとはいえ、この静かな空間では戦闘音があったら響くはずだ。

 となると戦いが終わっていたのに有馬貴将はエトさんを殺さずに、傍でずっと立っていただけということなのか? それはいくらなんでもおかしいだろう。

 

 っていうかエトさん、意識ありますよね?

 

「…………」

「…………」「…………」

「…………」

「…………」「…………」

 

 しばらく睨み合いが続いていると、おもむろに有馬貴将が動き出した。

 左手に持っていたトランクを開けて、新たなクインケを装備した。

 そのクインケの形状はパッと見だとまるで西洋のレイピアのようだけど、ただのレイピアではなく握りはライフル銃の持ち手のように湾曲していて大きなナックルガードがついている。そして一番の違いは刃の部分が根元から4つに分かれていることだろう。

 それで何をするかと注視していると、4つに分かれた刃の先端中心がバチバチと光り始め、まるで雷の玉のようなものが出現した。アレは剣ではなくてライフルなのか!?

 

 そして有馬貴将はその雷球を僕に……ではなく、エトさんに放った。

 

「…………」「ビバラッ!?!?(ちょっ!? おまっ!?)」

 

 雷球に撃たれたエトさんの身体がビクンビクンと痙攣して跳ねた。

 悲鳴もあげたことだし、エトさんが生きてることは確定だな。

 

 それにしても何だか、エトさんを攻撃した有馬貴将が少し得意げな顔をしているような気がするのは僕の目の錯覚だろうか?

 というかもしかして、あれでエトさんを倒したから血の臭いがしなくて当然だとでも言いたいのだろうか? でもそれは逆効果でしかないんだけど……。

 

「あの……それだと血の臭いじゃなくて、肉の焼ける匂いがしてくるんですけど?」

「…………」「(ま、前から思ってたけどコイツ天然かよ……)」

 

 いや、そこで不思議そうな顔してエトさんの方を振り向いたら駄目でしょ。

 でも何だかエトさんが焼けた匂いを良い匂いだと思ってしまうのは僕が喰種だからなのだろうか? 近いうちにヒデを誘ってビッグガール……いや、焼き肉でも食べに行きたくなってきた。

 

 まぁ、現実逃避はこれぐらいにしておこうか。

 それにしてもどういうこと? 有馬貴将は敵じゃないのか? もしかしてエトさんが言ってた、アオギリのCCGの協力者って有馬貴将のこと?

 

「遠隔起動」「(ちょっ!?!? もうやめいっ!!)」

 

 次は有馬貴将の右手に持ってた槍のクインケの先端が分離し、独りでに動き出してエトさんのお腹を突き刺した。

 遠隔起動って呟いていたし、クインケってのはいろんなことがデキルンダナー。

 

「ウン、もう帰っていいですかね?」

「……君は、待ち合わせ場所(ここ)から帰れない」

「いや、もう無理。というかお前演技下手過ぎ」

 

 あ、エトさん。お疲れさまでーす。

 何だか漫才で忙しそうだから、僕は帰りますね。

 

 

 

 

 

━━━━━霧島董香━━━━━

 

 

 

「トーカちゃん、今日は何だか不機嫌だね?」

「え? ……別にそんなことないけど」

 

 学校の図書館で依子と一緒に勉強中、勉強が一息ついたところで依子が急にそんなことを言い出した。

 

「ふーん、彼氏さんと何かあったの?」

「だからアイツはまだ彼氏じゃないってば」

「はいはい。トーカちゃんは素直じゃないんだからぁ」

 

 そんな風に依子は微笑みながら私の文句を横に流す。

 うー、依子にカネキを改めて紹介したのは失敗だったかな。ちゃんと依子にはカネキとの関係について話はしておいたはずなのに、事あるごとにこうやってカネキのことを話題に出してくる。

 いくら学校の図書館でした勉強会で遅くなったとはいえ、カネキを呼び出して車で送らせるんじゃなかったわ。

 でも私一人ならともかく依子も一緒にいたから仕方がない。今日はカネキが帰るのが何時になるかわからないって言ってたから、この勉強会は早めに終わらせないと。

 

 ……いや、私もちょっと自慢したい気持ちがあったのは否定しないけどさ。せっかくカネキが車持ったんだし……。

 

「でも今のトーカちゃんは逆に素直だったのかな?」

「え、何でさ??」

「トーカちゃん、さっき“まだ”彼氏じゃないって言ってたよ」

「……あー、あくまでケジメの問題だけで、お互い別に隠してるわけでも否定しているわけでもないから」

 

 まぁ、私もカネキも面と向かって口に出したことはないんだけどね。

 

「わー、いいなぁ、トーカちゃん。羨ましい。

 でもそうだよねぇ。一緒の大学に通えるようになるまでって聞いてなきゃ、トーカちゃんとカネキさんの仲で恋人じゃないって言われても信じないもん。

 そういえばこの前の日曜日、カネキさんと腕組んで歩いてたでしょ?」

「色恋にかまけると落ちるよ、霧島さん」

「田畑うッさい。女子の会話にいきなり横から入ってくんじゃねーよ」

 

 相変わらずネガティブな言葉を吐くヤローだな。

 だいたい、それだから“まだ”彼氏じゃないって言ったんだろうが。

 

「でもこの調子なら、トーカちゃんも上井大学は大丈夫なんじゃない?

 理数はほぼ満点だし、苦手な古文も順調に伸びてるでしょ」

「だといいんだけどねぇ。

 ま、あと半年以上あるから何とかなればいいんだけど」

「古文はカネキさんに見てもらってるんでしょ?」

「アイツは文系だからね」

「……トーカちゃん、ホントに変わったねぇ。去年までならカネキさんのことで今みたいなこと言うと怒ったのに」

「フン、あれだけ言われたら慣れるって。

 それにまぁ……カネキとの仲が進展したのは、今年になってからだし」

 

 本格的に意識し始めちゃったのは、☆月にカネキがアヤトを助けてきてくれたからだけどね。

 私のためにアヤトを助けてきてくれたり、疲れたときに私の顔を見たいって言ってくれたりしたら、その……やっぱりね。うん。

 いや、今だから言えるけど、それより前からカネキが気になってたことは否定出来ないんだけどさ。

 

 でもそれこそ去年の△月にカネキを連れて××デパートのランジェリーショップに行ったのを目撃された件は、依子に関わらずクラスの女子全員に大騒ぎされたんだから。

 入見さんにもからかわれたけど、女ってのは人間も喰種も変わらずにこういう話大好きだよな。まったく。

 そりゃ改めて考えると、大騒ぎするようなことだったんだけどさ。

 あのときは私もカネキに対する遠慮がなくなってたというか、距離感が近すぎて逆にわからなくなってたというか、今から考えるとちょっと恥ずかしくなるんだけどね。

 

 それにあのときは本当にお金を出させただけであって、別に下着を選ばさせたとかそういうことはまだしてなかったから! 今でもしてない!

 ……まぁ、今度水着買いに行くときにカネキに選ばせようかな、なんて思ってるけど。

 

 

「でも本当に今日はどうしたの? 顔に出てるよ?」

「……そうかな?」

「うん。カネキさんとケンカして不機嫌になったとかじゃなくて、うーん……何かに納得出来ないって顔してるかな」

 

 納得出来ない……か。

 依子の言ってることは合ってるといえば合ってるかな? というか私はそんなに顔に出やすいかな?

 

「……まぁ、ちょっとね」

「私でよかったら相談に乗るけど、私じゃ役に立たないかな? もちろん愚痴を聞くだけでもいいけど」

「うーん、そういう問題じゃないのよ。

 今頃カネキがさぁ、女と会ってんのよ」

「え゛? カネキさん浮気!?」

「違う違う……と思う。少なくともカネキはそういうつもりはないの。相手はどうかは知らないけど」

「どゆこと?」

「えーっとね、私もまとめきれてないから事実だけ言うと、アルバイト先の店長の生き別れの娘さんと会ってんのよ、今頃」

「はい?」

「詳しいことは言えないけど、店長は事情があって昔に赤ん坊の娘さんを手離さなきゃいけなくなったことがあったんだって。

 そして店長は別れても娘さんのことをずっと思っていたけど、10年ぐらい前に娘さんの行方がわかっても会わせる顔がないって感じで、大きくなった娘さんも娘さんで店長の行方は知ってたけど自分を捨てた父親に会いたくないって感じだったらしいのよ」

「お、おう……」

「で、最近になってカネキと店長の娘さんがひょんなことで知り合っていたんだけど、娘さんがカネキにかけた電話に店長が出ちゃってさ。

 そのときに何やかんやあった会話のせいで、カネキが店長と娘さんが再会する仲介をすることになってんだけど……」

「…………」

「私、どうしたらいいと思う?」

「ゴメン。わかんない」

 

 だよねー。私もわかんなくて困ってんだもん。

 

 店長の娘。芳村愛支。喰種と人間のハーフ。アオギリのエト。カネキと同じ隻眼の喰種。高槻泉。カネキお気に入りの作家。ヒナミもお気に入りの作家。

 私は高槻泉の本は読んでなくて、エトとはちょっと電話で話したことあるぐらいだけど、やっぱりどうも気にくわない。

 だいたい何がカネキュンよ。年考えろっつーのよ。

 

 ……でもなぁ、あんまり私も他人のこと言える立場じゃないし、エトの事情とか聞いちゃうとエトに対してどうすればいいかホントわかんないのよね。

 エトがアオギリ所属ってことも、私も弟のアヤトが所属してるからどうこう言える立場じゃないしさ。

 店長の娘なのに店長のことを恨んでるっぽいのも元々の原因は店長にあるわけだし、傍からするとせっかく生きてんだから仲良くすりゃいーのにとか思っちゃうけど、そう上手くはいかないことぐらいはわかる。

 カネキにチョッカイかけてくるのも……まぁ、エトのハーフで隻眼の喰種という立場からすると、多少事情が違ったとしてもカネキが唯一の同類として気にかけるのは仕方がないとも思う。

 

 なーんかエトが企んでいそうなのが気にかかるしムカつくけど、お世話になっている店長のことを考えると、カネキにエトと会うなとか再会の仲介するなとかは言えないのよねぇ。

 カネキのことを信じてないわけじゃないけど、エトは高槻泉っていうカネキお気に入りの小説家だっていうし、そもそもカネキがエトに靡く云々じゃなくて、エトがカネキにチョッカイかけてくるのがやっぱりムカつく。

 

 ……ハァ、どーしよ。

 エト、古間さん辺りで妥協してくれないかなぁ?

 

「何考えてるかわからないけど、とりあえず今考えてることは駄目だと思うよ、トーカちゃん」

「え、何でよ?」

「今のトーカちゃん、テストでヤマを外したときに投げやりになったときの顔してたもん」 

「うん、無理だとはわかってるんだけどさ。

 でも古間さんも悪い人じゃないんだよ。ウザいけど」

「何の話してるの?」

 

 ゴメン、自分でもわかんない。

 というか、そんなに顔に出るのかな、私?

 

 いや、別にアヤトでもいいんだけど、ヒナミがアヤトのことをどう思っているのかまだわかんないのよねぇ。アヤトは明らかにヒナミのことを意識してるっぽいんだけど。

 世間から隠れ住んでいるせいで年齢より子供っぽいヒナミのことだから、アヤトのことはお友達って感じに思ってそうだけど、それはまだ恋愛とかを知らないからだろうし。それが大人になるにつれてどう変化していくことやら。

 もしヒナミが義妹になってくれるなら嬉しいし、アヤトならヒナミを任せてもいいと思ってる。アヤトには教育は必要だし、真面目に働いてもらうけど。

 そもそもアヤトとエトは10歳ぐらい離れてんのか。じゃあエトは駄目だな、うん。ザマァ。

 

 ……カネキから頼んでもらって、警備員とかでいいから月山財閥の仕事をアヤトに回してもらうかな?

 でもそれだとカネキにばっかり頼んじゃうことになるから、アヤトには自力で仕事見つけさせて根性を見せてもらうぐらいしないと、ヒナミのことは任せられないか。

 

「えーっと、それで店長さんの娘さんだけど、トーカちゃんはどうしたいの?」

「それがわかんなくて困ってんのよ。

 まぁ、カネキにチョッカイかけてこないんなら、店長と娘さんが仲直り出来れば良いとは思うけど」

「え? カネキさんとその娘さんってどういう関係なの?」

「ちょっとした知り合いっつーか、その娘さん作家やっててさ。カネキはその人の作品のファンなの。

 まぁ、その娘さん本人のことは「いや、中身を知ったらちょっと……」って引いてたから、心配することじゃないとはわかってんだけどねー」

「……問題アリな人?」

「どうだろ? カネキは「作家という職業は変な人が多いから」って言ってたから、変人ってのが合ってんじゃないの?

 私も一回だけ電話で話したことあるけど、テンションの高さに引いたし」

「……う、うーん。トーカちゃんが何を気にしているのかわかんないな。

 そういうことならカネキさんを信じて待ってればいいと思うけど……」

「わかってる。それはわかってんのよ。

 さっき依子も言ってたでしょ。事情は理解は出来ても納得が出来ないだけ」

「ああ、要するに拗ねてるんだ。トーカちゃんカーワイイ!

 ホラホラ、私の作ったチョコクッキー食べる?」

「いらない」

「ええ~、まだダイエット中なの? 身体壊しちゃうよ」

「別に平気だって。むしろ受験勉強のせいで運動不足だし、夜食を食べたりしてカロリーオーバーしちゃってんだから。

 成績も上がったことだし、夏休みになったら勉強の息抜きも兼ねて、ご褒美にカネキが海かプールに連れて行ってくれるって言うからそれまでは節制するの」

「んもう、すっかり恋する乙女さんなんだから。

(というか“ご褒美”って単語が自然に口から出てくるのが凄いなぁ)」

 

 ……このダイエット中って言い訳は使えるなぁ。カネキがいるからこそなんだろうけど、依子が納得してアッサリ引いてくれる。

 依子には悪いけど普通の食事を食べるのはやっぱりツラいし、無理に断って悲しそうな顔させんのも嫌だからちょうどいいや。

 

 それにカネキを信じて待つ、か。

 うん、私もわかってるんだけどね。わかってるんだけど納得出来ないものは納得出来ないのよ。

 雑誌の高槻泉の特集で彼女の写真を見たけど年上の美人って感じで、カネキの好みのストライクというか猫の皮被ったリゼに似てる感じがしてて、何か嫌な感じすんのよね。

 外面は良くても、電話で話した感じだと中身はカネキの好みから外れてそうというか、イトリさんと同じカネキが苦手そうなタイプだったから別にソッチの意味での心配はしてないけどさ。

 

 むしろ雑誌の写真みたく真面目にしてたら美人に見えるのに、あのテンションの高さで台無しになってもったいないとすら思えてくる。

 まぁ、カネキの気を引きたかったら精々頑張れば……というか、あのテンションで頑張れば頑張るほどカネキが引きそう。頑張ればカネキが引いて、頑張らなかったらカネキとの接点がなくなる。

 うん、エトは詰んでるな。だから好きにしたらいいんじゃない。

 

 でもカネキにチョッカイかけられるのはムカつくことには変わりない。

 うー、やっぱり大学入学してからのことを、お互いに口に出してないのが不安の原因なのかな。でも大学に合格したらお互いに言うことを1個ずつ聞くって約束してあるから、念を押してがっつくような真似をするのは恥ずかしいし。

 それとも私からじゃなくて、ヒナミから何か言ってもらおうかなー。

 

 

 

 

 

「というか図書館で恋バナするのはやめてくれないかな。耳に毒だから。フフフ……」

「お、おう……」

「あ、ゴメンね」

 

 ……悪い、田畑。でもそんな世の中に絶望したような顔すんなよ。 

 ホラ、きっとお前でも良い大学に入れば女が寄ってくるからさ。きっと。

 

 でもその髪型とメガネは何とかした方がいいと思うぞ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「たーだいまー」

「おかえりなさい、お姉ちゃん」

「おかえり、トーカちゃん」

 

 あ、カネキ。来てたんだ。

 今日は24区でエトと会ってきたみたいだけ……何コレ?

 

「カネキ、このトランクって……」

「うん、クインケ。

 というかトーカちゃんのお母さんの形見」

 

 は? 私のお母さん?

 それに何だかカネキから肉が焼けたような良い匂いがしてくるんだけど、24区でいったい何があったのよ!?

 

 

「有馬さんはアレだね。今の僕じゃ正攻法だと勝てないね」

「有馬って誰!? 本気で何があったの!?!?」

 

 

 まさか白鳩の有馬ってヤツじゃないよね!?

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「はい、コチラはカネキュンの師匠をしてくれることになった鯱さんです」

「ウムッ!! 功善と共に貴様の修行を本格的に見ることになった!!

 愚娘が世話になった礼だっ!!」

「ハ、ハァ……」

「まだまだカネキュンの戦闘技術は未熟だからね。アイツも時間があったら来てくれるようだから修行に励むように。赫子の使い方は私が教えるね。

 それとカネキュン、これノロさんの尾赫」

「ハ? え、コレどうしろと?」

「喰え。そして生やせ」

「何を!? というかノロさんは大丈夫なんですか?」

「おかわりもいいぞ。

 まぁ、大丈夫大丈夫。今頃、嘉納先生製の再生槽に入って養生してるから。

 それとカネキュンはトーカちゃんの羽赫にちゃんヒナの甲赫、そしてリゼさんの鱗赫って感じに赫子3種は持ってるけど、まだ尾赫は持ってないでしょ」

「そういう問題じゃないです」

「ノロさん、赫子で食事出来んだよね。人間の食事できるカネキュンがノロさんの赫子手に入れたら、いったいどうなるのか興味あるなー。

 ……あ、女の子の尾赫の方がよかった?」

「そういう問題でもないです」

「フム、実はノロさんはああ見えて女性で……」

「嘘つくな。店長からノロイさんのことは聞いてますから」

 

 

 







 ヤモリの拷問を受けていない上に、リゼの幻覚は当物語開始前の馬糞先輩との一件以来見てませんので、リゼのことはあっさりとスルーです。
 吹っ切れてたのが半分、触らぬ何とやらが半分。
 色々と思うことはあるけれど今更蒸し返してもどうにもならないし、それにスルーしなかったらトーカちゃんが怒りそうだから仕方がないか、ぐらいの感じでしょうか。サンドバッグメンタル。
 嘉納先生についても原作まで苦しむことがなかったので、現在の生活とか人殺しになることとかを考えたら、まぁ、こんな感じに先送りしました。

 そして天然ボケと芸人ボケでは下手な演技しか出来ませんでした。
 有馬さんは黙ってさえいれば秘密を周りに悟らせないことは出来るけど、自分から積極的に演技して騙そうとしたらあっという間にボロが出るタイプだと勝手に思っています。

 それにしてもトーカちゃんは原作ではカネキとの付き合いは2ヶ月ぐらいだったのに、1人でもアオギリの拠点に乗り込んで助け出そうとしたり:Reまでの2年間をひたすら待ち続けたりと、かなり一途(怖い)ですよね。
 ……YGの精神科医による人物分析見れてないんですよねぇ。カネキとトーカよりも健全という月山習の分析を是非見てみたいと思っているのですが。


 それと今日から2週間ほど出張なので、しばらく更新や誤字修正対応などは出来ません。


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天然ボケと芸人ボケと苦労人

 

 

 

「じゃ、これから3人で乗り込むわけだけど、先に1つだけ言っておく。

 お前は余計なこと喋んな」

「…………」

「……いや、そんな切なさそう目で僕を見ないでくださいよ」

 

 

 

 

 

━━━━━亜門鋼太郎━━━━━

 

 

 

「しかしまさか、安久邸の地下にあんな空間があったとはな……」

「ああ、いったいどうやって嘉納はあんな研究施設を手に入れたのやら?」

 

 政道が見つけた、嘉納が所持していた他人名義の隠し不動産。安久邸。

 何かあると思い、篠原さんを筆頭に喰種捜査官の複数チームで踏み込んだが、あいにくとそのときは放棄された屋敷を探索しただけで終わってしまい、得るものがなかった。

 しかし什造がその野性的なと形容すればいいかわからない感覚で、地下室の更に地下に別の空間があることを突き止めた。

 とはいえその日は地下に何があるか検査することの出来る超音波検査装置等は持ち合わせていなかったので、その区の管轄のCCG支局に調査を依頼し、屋敷の徹底調査をしてもらった。

 

 その結果、屋敷の地下に広大な研究施設とその入り口を発見。

 そして今日、調査を頼んだ支局からの要請を受けて、クインケで武装した俺たちも改めて現場に足を踏み入れたのだが、あいにくと嘉納の姿は見えずもぬけの殻だった。

 しかし研究施設や処分されなかった資料を調査したところ、どうやらあの研究施設で人間を喰種にする“人工喰種”の研究を行っていたのではないかと思われる形跡が残っていた。

 

 ……いや、しかしそもそも安久邸地下の施設は嘉納が用意したものなのか?

 あんな巨大な研究施設を個人で用意出来るとは思えない。あの屋敷は他人名義で嘉納が手に入れたものだとされているが、もしかしたら嘉納さえもカモフラージュに使われている可能性も残っている。

 やはり嘉納の捜索はまだ続ける必要があるな。

 安久邸に残って調査を続けている篠原さんや法寺さんが、新たな手掛かりを見つけてくれればよいのだが……。

 

「それにしても、安久か……」

「確か亜門上等は面識があるのだったな?」

「ああ、一等時代にアカデミー候補生たちへ講演に行った際に話をしたことがある。女性でも立派な捜査官になれるかと聞かれたな。

 書斎に残してあった写真に写された少女2人が、おそらく安久クロナとナシロだろう。面影がある」

「フム」

「そういえば、講演の際にアキラの母上の話題も出たぞ。

 28で準特等になったことを教えたら感服していたよ」

「それは何ともこそばゆいな……おや、何やら騒がしいな?」

 

 本当だ。報告のために20区支局に到着したところだが、何やら入り口付近がざわついている。

 いったい何があった……って?

 

「あ、有馬特等!?」

「……ああ、亜門。アキラ。久しぶり」

「お久しぶりです、有馬特等」

 

 まさか有馬特等がいらっしゃるとは思わなかった。受付付近にいた職員が騒いでいるわけだ。

 それにしても何故有馬特等がここに? まさか20区で強力な喰種でも出現したのか?

 

 ん? だが有馬特等の服装がCCGの制服やコートなどではなく、スラックスとノーネクタイのシャツという感じで私服を着ていらっしゃるようだ。

 もしかして近くに来たから寄っただけ、とかなのか?

 

「あれ? 亜門さん、お久しぶりです」

「か、金木くんじゃないか? いったいどうしてここに?」

 

 名前を呼ばれたので誰かと思えば金木くんが、そしてもう1人背の低い女性が有馬特等と一緒にいた。有馬特等がいらっしゃることに気を取られ過ぎてしまって、同行者がいることに気がつかなかった。

 しかしそれが嘉納から臓器の移植手術を受けた金木くんか。俺の顔を見てホッとしたような顔をしたがどうしたんだ?

 それにもう1人の彼女はいったい……?

 

「……高槻、泉?」

「およ、お姉さん私のこと御存じ?」

「知り合いか、アキラ?」

「面識はない。だが10代のときに書いた“拝啓カフカ”で50万部のベストセラーを達成した文壇の逸材……でいらっしゃいますね?」

「そう言われると恥ずかしいッスけどねー」

 

 有馬特等と金木くんと作家の高槻泉?

 わ、わからん。いったいどういう組み合わせだ? いったい何があったんだ?

 

「あ、有馬特等。彼らをいったい何故支局へ……?」

「……彼が喰種容疑者で、彼女がその情報提供者だから……かな?」

「「は?」」

「あ、あの有馬さん。それだと僕が誤解されちゃうと思うんですけど?」

「ねぇねぇ、写真撮っていいスか?」

 

 ちょっと待ってください、有馬特等。金木くんへの捜査は慎重に行うことになっていたのでは?

 あ、だけど有馬特等は普段24区のモグラ叩きなどをしていらっしゃるから、有馬特等へは篠原さんたちに通達された内容が伝わっていなかったりするのか?

 それと撮影は控えてください。

 

「ここで話すのも迷惑だろうから、とりあえず中に入ろうか。

 亜門、アキラ。どちらかでいいから同席してくれないか」

「そ、それは構いませんが……」

「ウン。じゃ、行こうか、高槻さん、カネキくん」

「おお~、これがCCGッスかァ」

「高槻先生、少し落ち着いてくださいよ」

 

 え!? 金木くんをRc検査ゲートに通らせるのですか!?

 ちょ、ちょっと待ってください! 金木くんを検査出来るのはいいんですけど、もしまかり間違って反応してしまったら!

 しかも嘉納が人工喰種の研究をしていた施設を発見したばかりで、それが知られてしまったらCCGにも大ダメージが! 記者会見が!! ちょっ、有馬特等!? あ、ああーーっ…………って、あれ? 何も起こらない?

 

 ……フゥ、よかった。寿命が縮んだ。

 目の前で金木くんがRc検査ゲートを通ったが、ゲートが鳴ったりとかはしていない。となると、やはり金木くんは嘉納によって人工喰種などにはされていないようだな。

 いや、よかった。これで心の荷が1つ降りた。

 これは久しぶりの朗報だな。後ほど篠原さんたちへも伝えなければ。

 

「亜門上等、安久邸の報告書の作成は私が行おう。

 金木研くんのためにも、君が同席した方がいいと思う」

「あ、ああ。それもそうだな」

 

 確かにな。今、目の前でRc検査ゲートを通った金木くんだが、一緒に食事をとったことを証言出来る俺が同席した方がいいだろう。

 しかし有馬特等たち3人の後姿を見ると、いったいどういう組み合わせなのかわからんな。金木くんが喰種容疑者で、高槻泉がその情報提供者ということだが、いったい何があったんだ?

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「上井大学のオカルト研究会、ですか……?」

「ええ、そのオカ研のホームページの活動報告で、このカネキュンが喰種の臓器を移植されたせいで喰種になったんじゃないかって話が載ってましてね。

 もちろんカネキュンの実名とかは載っていなかったのですが、調べたところ無断臓器移植された上井大学の学生などの条件が当てはまるのがカネキュンだけだったんでわかったんですよ」

「ちょっと待ってくださいよ、高槻先生。それじゃますます誤解されるでしょう。

 亜門さん、僕も高槻先生に言われてオカ研のホームページを見ましたが、追加調査でその疑惑は晴れてますよ。

 そもそもその喰種疑惑というのは事故直後、しばらく食事をろくに食べていなかったことが疑われる原因になってみたいなんですけど、今は普通に食べられますから」

「そ、そうだよな。一緒に喫茶店に入ったことがあるからわかっているさ」

 

 あ、危ないところだった。民間人でもそこまで推理する人間がいたのか。

 これでもし本当に金木くんが人工喰種にされていたら、情報規制が間にあわずに大騒ぎになるところだったぞ。

 

「……それに金木くんは先程Rc検査ゲートを通っていたし、別に誤解なんてしないさ。

 大丈夫。君を喰種となんて思ったりしないぞ」

「え? 何でそんな言い聞かせるように……?」

「ほぅほぅ? Rc検査ゲートとな?

 いや実はカネキュンに喰種かどうかと聞いたのは、次回作を喰種モノにしようと思っていましてね。その取材をしているうちにカネキュンのことに辿り着いたわけでして。

 出来ればCCGの捜査官からも話を伺いたいんですけど?」

「しゅ、取材につきましては後に回してください。

 しかし何故、有馬特等が2人を支局までお連れなさったのですか?」

「いや、偶然居合わせたから……」

「は?」

「……あの、まず僕から説明していいですか?

 天然ボケと芸人ボケの人たちの話では、いつまで経っても堂々巡りになってしまいそうなんですけど……」

 

 どっちが天然でどっちが芸人なんだ、と聞いてみたいが、それを聞いたらどちらにしろ上司をボケと認めたと受け止められそうなので抑えた。

 まぁ、以前に会ったときから金木くんは頭が回ることはわかっている。まずは彼の話を聞いてみるとするか。

 

 というか、やけに疲れた顔してないか、金木くん?

 今まで2人と一緒だったみたいだが、そんなに疲れたのか?

 

 

「まず僕と高槻先生との関係は、僕が高槻先生のファンですね。近場でサイン会が開かれるなら、それに行くぐらいにはファンです。

 今日の午前にそのサイン会がありまして」

「もー、水臭いなカネキュンったら。

 付け加えるなら、私もサイン会とかに来てくれる熱心なファンのカネキュンのことは以前から知ってました。少し話してみると私の作品を読み込んでくれているってのがわかったんで、よく来てくれるカネキュンの名前と顔は覚えていたんですよ。

 まさか上井のオカ研に載ってた喰種容疑者が、私の読者とは思ってもいませんでしたけどね。

 それで先日出版した“吊るしビトのマクガフィン”も相当読み込んでくれていましてね。あ、有馬さん。有馬さんもさっき“吊るしビトのマクガフィン”を読んでくれてたみたいですけど、私の“塩とアヘン”は読んでもらえてます?」

「一応は」

「ほぅほぅ。それでは“吊るしビトのマクガフィン”に出てくるオオタ キミオ看守長が、“塩とアヘン”に出てくるタニザキ捜査官の叔父だって気づきました? カネキュンは気づきましたよ」

「? そうなの?」

「え、ええ。家族構成と会話を見返したら、時系列が一致していたので……」

「へぇ、今度読み返してみるよ」

「有馬特等も高槻さんのファンなのですか……?」

「……どうだろう?」

 

 え、違うんですか?

 わざわざ休日にサイン会に行かれるのに?

 

「ヒッデェ。私のサイン会来てくれたのにファンではないとな?」

「いや、作品は面白いと思うけど、カネキくんみたくサイン会に行くまではしない」

「ん? じゃあ何で今日はサイン会に来てくれたんですかい?」

「本屋入ったらサイン会をやってるみたいだったから、せっかくなので並んでみた」

「……もしかして、サイン会開かれる時間が1時間ズレてたら並んでくれてなかったり?」

「…………10分、かな?」

「ガクゥッ!」

 

 ハ、ハハハ……うーん、落ち込んでる高槻先生には悪いが俺からは何とも言えんな。

 そうだな。俺も休日に特に決まった用事がなかった状態で、面白い本と思った作者のサイン会が開かれていたのなら、せっかくの機会なので並んでもいいと思うが、それがもし開始時刻が1時間も後だったら並ばずに次の場所に向かっていただろう。

 10分……確かにそれぐらいだな。有馬特等と同じで俺も10分ぐらいが限度だ。

 

「そ、それで話を戻しますけど、有馬さんがサイン会に並んでいたのは覚えています。というか僕の前に並んでいました。白髪が特徴的な方だったので覚えてます。

 そしてサイン会のときに、高槻先生から話があるからサイン会終了後に少し残ってくれと言われました。

 サイン会終了後に高槻先生と合流して話をするために本屋の近くにあった喫茶店に入ったんですけど、そこに有馬さんがいらっしゃいました」

「うん、本を読んでた」

「その前のサイン会で購入した“吊るしビトのマクガフィン”をですね。

 それで喫茶店でお茶しながら僕と高槻先生が話していたんですけど、有馬さんは僕たちの隣のテーブルに座っていらっしゃいました。

 そして高槻先生が次回作に喰種モノを考えているという話から、上井大学のオカルト研究会に繋がって『君は喰種なのかい?』聞かれてしまいまして。

 そうしたら隣のテーブルにいた有馬さんが不思議そうな顔して僕たちを見てきたので、有馬さんにどうかしましたかと尋ねたら、喰種捜査官だと自己紹介されたんですよ」

「流石にあの話題には反応してしまった。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね」

「いえ、小さな店だったので会話は筒抜けでしたでしょうしね。

 高槻先生にそんな質問をされた直後に、喰種捜査官が隣のテーブルに座っていたのがわかったときは驚きましたよ」

 

 ああ、なるほど。それは有馬特等じゃなくても、喰種捜査官なら誰でも反応してしまいますね。

 しかし高槻さんも危ないな。もし本当に金木くんが喰種だったらどうするつもりだったんだろう?

 

「いや~、流石にそこまで考えなしじゃないッスよ。

 ホラ、喰種って人間しか食べないって言われているじゃないですか。カネキュンがコーヒー飲んだの確認して、喰種じゃないなとわかったから聞いたんですよ」

「喰種はコーヒー飲みます」

「は?」

「いえ、ですから喰種はコーヒーだけは飲めます」

「……そうなんですか、有馬さん?」

「そうだよ」

「はい。ですので危険ですから喰種と思わ「ちょい待ち! 次回作に喰種モノ書こうと思ってからCCGのパンフレットとかも見ましたけど、そんなこと載っていませんでしたよ!」……まぁ、一般には知られていないですね」

「そ、そういうことこそ一般に知らせるべきだと思うんですけどぉ~。

 ああもう、構想やり直しだぁ」

 

 ご、ご愁傷さまです。

 

 確かに広報では民間人に喰種の危険を知らしめるために、喰種のことは“ヒトの肉を喰らうことでしか生きながらえることが出来ない人類にとっての天敵”と紹介している。そのせいで高槻さんのように勘違いをする人が出てくるのか。

 これは少し考えどころだな。広報に相談してみるか。

 

 しかし、今の広報が間違っているわけではない。

 喰種はコーヒーを飲むことは出来るが、コーヒーだけで生きることは出来ない。絶対的に喰種はヒトの肉を食べることでしか生きながらえることが出来ない存在なのだ。

 

「ああ~、要するに人間に例えると、コーヒーだけじゃカロリーが補給出来ないって感じですかね?」

「そうですね。そのニュアンスが一番近いと思います」

「ほぅほぅなるほどなるほど。

 ちなみにコーヒーは煎り具合や挽き方で飲めたり飲めなかったりします? コーヒー豆自体は食べること出来たりします? 水は飲めます?」

「で、ですのでそういう取材は後でまとめてでお願いします。

 それで有馬特等。この2人をここに連れて来たのは、金木くんにRc検査ゲートを通ってもらうためなのですか?」

「うん」

「ええ。僕がその場でケーキを食べていたので有馬さんには喰種じゃないとわかって頂けてましたけど、話の内容からすると今後も僕が誤解されそうだったので、一度検査を受けてハッキリさせた方がいいと提案してくださったんです」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 確かに今の金木くんの状態で放置するのはマズいな。

 

「……何だったら後日、CCGが認可した医療機関に行ってくれれば詳しい血液検査をしてもらえるように話を通しておこうか?」

「え? 僕そこまでしなきゃ駄目なんですか、有馬さん?」

「俺はいらないと思う」

「え、ええ、そうですね。普通の食事が出来て、Rc検査ゲートを通っても何もないなら、確かにそこまでする必要はないかもしれません。

 ですが金木くんが安心するために検査を受けるのはアリだと思います。それに詳しい診断書があれば、次に誤解されても大丈夫でしょうし」

「捏造した診断書と思われたりしませんかね?」

「……俺の名刺を渡しておこう。

 もし喰種捜査官とかに疑いをかけられたとしても、俺に連絡してくれたらいいから」

「いいんですか?」

「乗り掛かった舟だし、こんなので疑われるのは流石に可哀想だ」

 

 あ、有馬特等の名刺!? レアだ!

 イカン。少し金木くんを羨ましいと思ってしまった。俺にも政道のようなミーハーなところがあるのかもしれん。

 

 しかしこの様子だと、有馬特等も金木くんについての捜査は慎重に行うことなっているのをご存じなのかもしれないな。

 だが慎重な捜査を行うためとはいえ、金木くんをこのまま放置しておけば上井大学のオカルト研究会が推理したように金木くんに疑いを持つ人間が現れるかもしれない。それで騒ぎになってしまったら、CCGを邪推してくる人間が出てくることになるだろう。

 それを防ぐため、まずは金木くんの疑いをしっかり晴らしておくべきだと、おそらく有馬特等はお考えになられたのだろう。

 

 嘉納が良からぬことを企んでいそうなのは事実だしな。

 

 しかし、とりあえずこれで金木くん関連については安心出来た。

 もちろん嘉納の捜索は必要だが、人間が喰種に変えられるなんて実例が発見されなかっただけ良しとしておくべきだろう。

 

「……私にはくれないの?」

「…………どうぞ」

「ありがとうございまーす!」

「た、高槻さん! 有馬特等はお忙しい方です!

 私の名刺もお渡ししますので、もし何かありましたら有馬特等の前に私にご連絡ください!」

「へいへい。わかりましたよ」

「くれぐれもお願いしますよっ!

 ああ、それと金木くんにも渡しておこう。すまないが、金木くんも有馬特等に連絡する前にこの20区の支局に電話をかけて、俺かもしくは俺のパートナーのアキラ、先程の女性に相談してくれ。彼女にも話は通しておく。

 何かあったなら、出来る限り力になろう」

「はい、ありがとうございます。

 ……アキラさんって、もしかしてお世話になった上司の娘さんって方ですか?」

「ぐおっ!?」

 

 し、しまった! 有馬特等と高槻さんのせいで、デパートの一件をすっかり忘れていた!

 金木くんとアキラをなるべく接触させないようにしないと…………いや、別に何かあるというわけではないんだが。

 

 

 

「ハイハイ。じゃあこれでカネキュンのことは解決したということで、さっき約束した取材お願いします」

 

 ぐっ、さっきは安請け合いをしてしまったか。

 そもそも金木くんを疑う話になったのは、高槻さんが原因だと思うんだが……。

 

「き、機密に関わらないことでしたら」

「えーっと、亜門鋼太郎……上等捜査官さんですね。

 あれ? そういえば亜門さん、さっきから有馬さんのこと特等って呼んでますけど、特等って一番偉い人じゃありませんでしたっけ? 有馬さんおいくつ?」

「29だけど」

「あれまぁ、お若い。29で特等捜査官って普通なんですか?」

「いえ、それはありません。

 捜査官の階級は上から特等、準特等、上等、一等、二等、三等の6階級に分かれていますが、一等捜査官で現役を終える方も珍しくないです」

「ほぅほぅ、それじゃ有馬さんは超エリートってヤツですな。

 でもそれだと上等捜査官の亜門さんもエリートってことですかね。亜門さんはおいくつですか?」

「……27です」

「亜門はアカデミーの首席卒業だったんだよね」

「あ、有馬特等!」

「おお! その話を詳しくお願いします!」

 

 くっ、有馬特等が隣にいらっしゃるから邪険に出来ん。

 しかしこの2人に挟まれるのがこんなに疲れるものだとは。グイグイ押してくる高槻さんと、それを止めるでもなく平然としていらっしゃる有馬特等。

 金木くんが疲れた顔してたワケがわかったよ。

 

 ハァ、でも仕方がないか。

 彼女のおかげで金木くんの疑いが完璧に晴らすことが出来たんだから、そのお礼として高槻さんが満足するまで付き合うか。

 それに高槻さんは著名な作家だ。そんな彼女の次回作が喰種モノを書くというのなら、先程のコーヒーのような喰種に関する正しくない知識を広められたりすると後々困ることになるかもしれない。ある程度は問題ない範囲で取材に答えるべきだろう。

 何より有馬特等も引き続き同席して頂けるようだから、CCG的にマズい事柄を聞かれたら有馬特等が止めてくださるだろうしな。

 

「あ、茶柱」

 

 ……金木くん。俺に高槻さんを押し付けてホッとした顔してないで、少しは高槻さんを宥めてはくれないかな?

 いや、さっきまでは君がこの2人に挟まれて苦労していたんだろうが……。

 

 

 

「それとカネキュンが言ってたアキラさんという方とのご関係について……」

「黙秘します」

 

 

 

 それは勘弁してくれ……。

 

 

 

 

 

―――――取材中―――――

 

 

 

 

 

「そんな人間いねーよっ!

 亜門さん、有馬さんが上司だからって、有馬さんの功績を大袈裟に言い過ぎてませんかねぇっ!?」

「そ、そう思われてしまうかもしれませんが事実なのです!」

「すいません、亜門さん。僕もちょっと信じられません」

「……そんなに俺って変かな、亜門?」

 

 !? ま、待ってください! そんな答えにくい質問をしないでください、有馬特等!

 ……いや、でも傘で喰種を駆逐したのは人間離れしていると思ってしまいますけど。

 

 

 

 

 

―――――取材中―――――

 

 

 

 

 

「……フゥ」

「おや、随分と疲れた表情をしているな、亜門上等。

 結局どういうことだったのだ?」

「ああ、アキラか。

 高槻泉の次回作の主人公は、有馬特等がモデルになるらしいぞ」

「ハ?」

 

 

 

 ただし主人公は純粋な人間ではなく、人間と喰種の間に生まれた半人間の青年。もう1人の主人公が手術によって人工喰種とされてしまった元人間の少年。

 そしてヒロインは人間と喰種の間に生まれた半喰種の少女。

 

『プッ、少女(25才)ですか?』

『ハイカラだな』

『ケンカ売ってんなら買うぞ、アンタら』

 

 人間として育ちながらも自らの出生について悩みを持ち続ける半人間の青年だが、同じような生まれでありながら半喰種としてしか生きられない少女と偶然に出会い、お互いの境遇を知ることで心を通わせていく。

 だが半喰種の少女は半人間の青年に憧れながらも、人間として生きていけている青年に対して、少女本人すらも気づかないうちに憎しみも抱いていくこととなる。

 そんなある日、突然現れる元人間である人工喰種の少年。

 青年は己より人間に近くて離れている少年に何を思うのか。少女は己より喰種に近くて離れている少年に何を思うのか。

 

 人として一緒に生きてくれと少女に願う青年。喰種として一緒に生きてくれと少女に願う少年。少女は自らと同じだが違ってもいる青年と、自らと違うが同じでもある少年の2人から同時に求められ、心が揺れ動いてしまう。

 自らを必要としながらも正反対のことを願ってくる2人に対して、少女はいったいどのような答えを出すのか。

 

『フィクションですものね』

『フィクションだものな』

『よーし、表出ろや』

 

 そして少し優しくされただけで少年に恋をしてしまった喰種のチョロイン少女(すぐ死にます)。

 処女作“拝啓カフカ”で50万部のベストセラーを達成した高槻泉の初となる、種族の壁を乗り越えた壮大なラブロマンス。

 

『よーし、表出ましょうか、高槻先生』

『嫉妬か』

『わ、割れるっ! 頭割れちゃうっ!』

 

 

 

 あなたは、真実の愛を知る。

 

 

 

「――という感じになるらしい」

 

 俺も主人公の青年の部下として出るらしいが、何だか気恥ずかしいな。

 

 しかしあの3人は気が合うみたいだ。3人とも読書家らしいので、俺には理解出来ないネタで盛り上がっていたようだった。

 有馬特等の捜査官としてではない、個人としての一面を見てしまった気がする。他の捜査官に知られたら羨ましがられるかもしれん。

 

「ほぅ、それはそれは。

 だが私に新作の内容を言っていいのか?」

「いや、まだ確定したというわけではないようだしな。あくまで現段階での構想らしい。

 ついでに言うと取材はまだ終わってない。休憩中だ」

「しかし人間と喰種の間に生まれた半人間……か。そのように書かれて有馬特等は平気なのか?」

「『フィクションだからな』で泰然と終わらせていたよ。

 ちなみに金木くんは『喰種を吸血鬼とかに変えても問題なさそうですよね』とか言ってたな。そのせいか高槻さんが不貞腐れてしまったが」

「そこは有馬特等らしいと言えば有馬特等らしいか」

 

 人間と喰種の間に生まれた半人間と半喰種という概念も、あまりそう言い触らしてほしいモノではないんだがな。いや、そういう存在が生まれるかどうかすら都市伝説の類で、実際にあるかどうかはわからんのだが。

 それに人工喰種は嘉納のことを考えるとこれも世の中に出してほしくない概念だが、あまり否定し過ぎると逆に怪しまれてしまうかもしれん。人工喰種も実現出来るのかどうかはわからんがな。

 しかしそもそも人工喰種って、要するに高槻先生は上井大学のオカ研のネタをパク…………いや、金木くんも言っていたが、人間と喰種のハーフという概念も人工喰種という概念も、喰種の部分を吸血鬼なんかに変えれば使い古されたネタというか、ある意味では王道な物語の登場人物の設定だ。

 あまり人間と喰種が分かり合えるような描写がある作品は書いてほしくないが、そう目くじら立てることではないのかもしれん。

 

 それに事実は小説より奇なりとも言うが、事実をそのまま書いて、一般人に有馬特等のことが喰種捜査官の標準と思われるのも困るしなぁ。そういう設定にでもしないと有馬特等の凄さを読者に納得してもらえない、と言われたのでどうしようもなかったぞ。

 ま、最終的には出版社を通して発売前に有馬特等が内容を検閲することになったので、有馬特等が良ければそれでいいんじゃないかな。

 検閲でお忙しい有馬特等の手を煩わせることになるのは気にかかるが、有馬特等ご自身が何気に自分が主人公となる小説に興味を持たれているようだったし。

 有馬特等もああいうところをお持ちなんだな。

 

 そして色々と話をしていたところ、高槻さんが頭を押さえながら「くっはぁー! ノッてきたノッてきた!」と叫びながら、手帳に長い書き込みを始めてしまった。

 一度今までのまとめをするらしく少し時間を欲しいと言われたので、金木くんもトイレに行きたいということから休憩に入ることとなったんだが、金木くんも言ってたが作家というのは変人が多いってのは本当のようだ。

 

「それで金木くんはどうだった? 問題はないということでいいのか?」

「ああ、アキラもさっき見ただろう。Rc検査ゲートも通って何もなかった。

 それにさっきもお茶を飲んでいたし、有馬特等もここに来る前にケーキを食べるところを目撃されていたとのことなので、これで金木くんはシロだと見なしていいだろう。

 CCGが認可した医療機関で血液検査をしてもらえれば更に確定的になるが、以前の会議のときに話した大学の先輩の奥さんの出産予定日が来週らしい。そのときに車を出したりする手伝いの約束をしている上に大学もバイトもあるので、今日を除いたらしばらくは忙しくなるそうだ。

 だから落ち着いたら検査に行くかもしれないとは言ってくれたが……」

「そこまでする必要あるとは思えんが……」

「まぁ、有馬特等も仰っていたが、俺も正直ないと思う。

 とはいえ嘉納の捜索は続ける必要はあるが、これで憂いが1つ消えた。喜ばしいことだろう」

「それもそうだな。ここは素直に被害者がいなかったことを幸いと思おう。

 それで、その金木くんはどうした? トイレか?」

「給湯室でコーヒーを淹れている」

「ハ? 来客にコーヒーを淹れさせているのか?」

 

 俺に言うな。日本茶を3杯飲んだ高槻さんが次はコーヒーを飲みたくなったらしく、コーヒーが名物の喫茶店でアルバイトしている金木くんに淹れるように言い出したんだよ。 

 俺としても喫茶店仕込みのコーヒーの淹れ方をすると、普段飲んでいるコーヒーメーカーで淹れたコーヒーとは味がどこまで変わるのか少し興味があるのだがな。有馬特等も金木くんのコーヒーに興味を持たれたようだし。

 

「金木くんも快く引き受けてくれたよ。高槻さんを俺に押し付けてからは暇だったんじゃないかな。

 というか高槻さんの質問攻めにあって疲れてるんだ。アキラまで質問攻めしてくるのは勘弁してくれ」

「ああ、スマンな。緊急に対処すべきことがないというのなら、取材が終わってからにしよう。

 それと安久邸の報告書はメールで亜門上等に送っておいた」

「わかった。確認次第、問題なければ俺から篠原さんたちへも送っておく。

 それではな」

 

 ハァ、アキラが俺たちチームに与えられている部屋に戻ってしまったが、何だったらアキラにも高槻さんの取材を受けてもらった方がよかっただろうか。

 高槻さんとしても女性の喰種捜査官の存在は気になるだろうし、何よりも俺1人ではもう高槻さんの相手は限界だ。高槻さんというか、高槻さんと有馬特等2人の相手はだな。

 何気に有馬特等が火に燃料を注ぐというか、所々で高槻さんをヒートアップさせる発言をなさってしまっている。だから元有馬班だったアキラがいてくれたら、少しはフォローしてもらえるかもしれないのに。

 

 天然ボケと芸人ボケか。言いえて妙な……いや、何を考えているんだ俺は! 危うく上官批判をするところだった。

 ……でもアレだな。いつまでも有馬特等と高槻さんを2人きりで放置しておくわけにはいかない。早めに応接室に戻るとするか。

 

 

 やれやれ、取材はあと何時間続くのやら。

 

 

 

 

 

━━━━━芥子━━━━━

 

 

 

「――そうか。それはよかった。

 私たちとしても君の役に立てて嬉しいよ、カネキくん」

『いえいえ、僕の方こそ本当にありがとうございました、芥子さん。これで今後はCCGに疑われることなく過ごすことが出来るようになりました。

 それにしてもVって本当に凄いんですね。僕のRc細胞パターンを検査から除外するように、CCGに入り込んでいるスパイの人が細工することが出来るなんて。

 いやー、月山財閥系列の会社で持ってたRc検査ゲートで事前に試していたとはいえ、流石にCCGの支局に入り込んでゲートを通ったときは心臓がバクバク鳴ってましたよ。しかも僕の隣に有名な有馬貴将特等捜査官がいましたので、生きた心地がしませんでした』

「ハハハ、カネキくんも意外と大胆だ。

 それでどうだい。Vに来る気になったかな?」

『今日のことでかなりグラつきました。給料は月山財閥の方がいいんですけど、やっぱり安全が第一かな、とも思いますし。

 あの…………それでなんですが、もし僕がVに入ったとしたら、もう何人かのRc細胞パターンを検査から除外するように細工してもらうことって出来ますかね?』

「もちろん可能だとも。君がVに来てくれるのならそういうことも考えよう。

 ただしそこまでいくと報酬を先払いするというわけにはいかない。あくまでカネキくんがVに入ってくれてからの話になるがね」

『わ、わかりました。Vのことを真剣に考えさせて頂きます』

「ああ、楽しみに待っているよ」

『はい。それでは失礼します』

 

 フッ、落ちたな、カネキケン。

 これなら大学卒業後はVに来ることが確定だ。

 

 功善から聞いたカネキの性格からして、給料よりも身の安全を求めるのはわかっていた。しかも自らだけではなく、先程要求してきたように恋人の安全も確保出来るというのなら迷うこともないだろう。

 功善は良い忠告をしてくれた。やはり遠回しに霧島董香から攻めていったのが決め手だったな。

 

 

「今の電話……カネキくん、ですか?」

「貴将か。お前も良くやってくれたな」

「いえ、今日のことは本当に偶然でしたので」

 

 報告を聞いたときは何事かと思ったが、良い方向に進んだのなら偶然でも何でも構わんさ。

 

 しかしカネキを勧誘するときに、貴将のことを話さなくて結果的に正解だったな。

 実のところカネキをVに勧誘するためとはいえ、CCGの内部にまでVの手が入り込んでいるかのようにカネキに教えたのは、カネキがCCGや世間にVのことをバラすのではないかという懸念を抱くことでもあった。

 なのであくまでスパイを潜り込ませている程度に匂わせるだけに留めておいた。

 

 まぁ、元よりカネキがVのことをバラすというのは状況的にも性格的にありえないとは思っているが、それでもカネキは元は軟弱な大学生だからな。ましてや今でもVとCCGの真実の姿を知ったらどう行動するかはわからない。

 だが今回のことでVのことを隠した状態で貴将とカネキの面識が出来たので、もしカネキが今後CCGにVのことをバラそうとしても打ち明ける先は貴将になるはずだ。

 これでもしバラそうとしたのなら貴将がカネキを始末すればいいことになる。瓢箪から駒というか、偶然というものは時に嬉しい結果をもたらしてくれるものだ。

 

 それにしても、上井大学に在籍していた二福が生きていたらカネキの動向をさりげなく窺わさせたり、連絡役を任せることが出来ただろうに。二福のヤツめ、アッサリと喰種レストランでカネキに殺されおって。

 カネキの実力を確認するために喰種レストランに行こうとした二福を強く止めなかったせいでもあるが、二福もあれだけ自信満々で喰種レストランに行ったのだから情報の1つでも持ち帰ればよかったのに、あの役立たずめが。

 

「フン、とりあえずこれでカネキは手に入ることになるだろう。

 功善にさせていたような仕事をさせることは出来んし、カネキの性格を考えると最悪は飼い殺しにするだけになるかもしれんが、それでも敵対する可能性を残しておくよりはマシだろう。

 それにカネキの功善に対する恩義を利用すれば、おそらくアオギリの殲滅には利用出来るだろうからな」

「はい」

「それで貴将、カネキと会ったようだが、見た感じどうだ? お前ならカネキに勝てるか?」

「……難しいかと」

「チッ、カネキはそこまで強いのか」

「いえ、真っ正面から戦えばおそらく勝てます。問題はカネキくんの戦意の無さです。

 クインケを持っていない私に対しても常に人間の高槻さんを間に挟んで行動するようにしており、私のことを警戒していたのがわかりました。今日、あの場で私が仕掛けたとしたら、おそらく人間の高槻さんを盾にして逃走したでしょう。

 それにカネキくんの身体能力を考えると、人間の盾が無くとも逃げに徹せられると仕留め切ることは出来ないかと」

 

 ああ、そういうことか。臆病な小僧を相手にするというのは、強気な喰種を相手にするのとは違った問題があるということか。

 しかも臆病なだけでなく、ある程度は頭も回るのが厄介だな。

 貴将がCCGの捜査官であるという立場上、邪魔だとはいえ白昼堂々に人間を殺すことは出来ん。一緒にいた高槻という小説家を盾にして逃げるというのは効果的な方法だ。

 

 しかし人間を盾にするとは何気に外道だな、カネキケン。

 まぁ、貴将がVということを知らないので、貴将が人間の高槻を殺すことはないから安心だと踏んでいるのだろうがな。

 

 ――そういえば高槻といえば、

 

「何でも高槻泉は喰種モノを次回作にすると聞いたが?」

「はい、私が主人公です」

「お、おう……」

「主役です」

「いや、ソッチは聞いていない」

 

 な、何だ? 自分を主役のモデルにした小説が出るのがそんなに嬉しいのか?

 貴将のことは昔から知っているが、未だによくわからんところがあるな。いつも真顔で表情が変化しないし。

 

「そ、それはもういい。CCGで対処すると聞いているからな。

 それで貴将、お前から見たカネキはどうだった? カネキの強さはともかく、処分する必要はあると思うか?」

「……今のところはないと思いますし、むしろカネキくんの情報が本当ならば半端な手出しをする方が危険かと。それともし処分するのならVとして陰で行うのではなく、CCGが総力を挙げて行うべきだと思います。

 それに今日少し話をしましたが、彼の性格的にVの深いところまで知るとVに対して嫌悪感を持つかと」

 

 チッ、生温い小僧め。それでいて力だけは持っているから扱いが難しい。

 

 だがそんな小僧を処分するために、VにもCCGにも余計な被害を出すわけにはいかん。やはり基本は放置しておいて、その間に功善の言う通りに飴を与えておいて貸しを作っておくのが上策か。

 あのカネキの力を有効活用出来ないのは勿体ないが、カネキ自体がそもそもはイレギュラーな存在だ。処分出来るならしてもよいし、手に入るとしても過剰な期待はせずに何かの役に立ったら儲けもの、程度と考えておくべきだろうな。

 どうせカネキに与える飴は、Rc検査ゲートを誤魔化すなどの小さいモノばかりだ。それくらいのものなら惜しみなく安売りしても構うまい。

 

「わかった。カネキケンは放置。様子見だ。

 貴将、お前は片手間程度で構わんからカネキと親交を深めておけ。もしカネキがVについてCCGに相談しようとしたら、お前が相談先になるぐらいにな」

「わかりました。連絡先は交換していますので、何らかの理由を付けて連絡を取り合ってみます。

 それではラボに行く予定がありますので私はこれで」

「ああ、ご苦労だったな。

 しかしラボに用事とは、問題ごとでも起きたのか?」

「先日の24区探索の際にナルカミが壊れた……というより崩壊しました」

「崩壊?」

「羽赫のクインケですし、かれこれ10年近く使っていましたので仕方がないかと。そのナルカミの代わりになるクインケの製造を相談しに行く予定です。

 それでは失礼します」

 

 ……相変わらず愛想のないヤツだ。

 ま、二福みたくヘラヘラしているよりはマシだがな。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「あれー、有馬さんが難しそうな本読んでるー」

「コラ、ハイル」

「……ハイルに郡か」

「何読んでるんですかー?」

「カフカの短編集。メル友に勧められたんだ」

「へぇー、そうなん……は?」

「メ、メル友? 有馬さんにメル友?」

「ああ、メル友だ」

 

 

 

 

 







 ネロ祭が忙ゲフゲフンッ!! ……失礼。仕事が忙しくて更新が遅れました。



 それにしても有馬特等は休日でも仕事熱心な人ですね。

 しかし有馬さんとペルソナ4の主人公が重なってしまって困ります。
 声優同じだし眼鏡だし髪型似てるし顔も似てるし転校生だし天然だしと、共通点が多いと思うんですよ、この2人。

宇井「何やってん……ですかぁっ!?」
伊丙「有馬さんったらせくしぃー」
有馬「ハイカラだろ?」

 なので酔った有馬さんがシャツ肌蹴てダーツする可能性が微レ存。


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隻眼の王

 

 

 

「うーん、これは……」

「おや、宇井準特等。何を唸っているんだい?」

「きょ、局長!? いえ、実は有馬さんから例の小説のチェックを頼まれてまして……」

「ん? あの高槻泉が書くという、貴将が主人公で半人間って設定の?

 貴将のヤツめ。自分がチェックするから、と言ってきたから許可を出したのだが、君に押し付けたのか?」

「あっ、いえ。流石の有馬さんも小説のチェックなんか初めてだから、念のためということで私が再チェックを頼まれたんです。それに私もどういう話か興味がありましたし。

 それと半人間は例の金木くんが止めたらしいですよ。流石にパクリはマズいだろうと」

「フッ、確かにパクリはマズいな」

「まぁ、設定が二転三転しているみたいなので、最終的にどうなるかはわからないみたいですが……。

 それよりも主人公の上司、つまり和修局長にあたる人物の描写がちょっと……」

「ほう、私の描写が? いったいどんな人物に書かれているのかね?」

「釣竿を持ちながらバスケとサッカーのボール両方を同時にドリブルして走り去る変な人物に描写されてます。

 何なんですかね、コレ? 高槻泉が何を思って局長をこんな変態に書いたのかわからないですよ」

「…………」

「……え?」

「…………変態、かね?」

「ど、どうかしましたか、局長?」

 

 

 

 

 

━━━━━安久クロナ━━━━━

 

 

 

 アオギリの樹。

 “力によって弱い喰種や人間を支配する”という思想を持っている好戦的な喰種集団。

 普通の喰種なら避けるCCGにも怯まずに敵対していて、去年には喰種収容所のコクリアを襲撃して多数の強力な喰種を解放して傘下に加えるなど、積極的に東京で勢力を広げている。

 おそらく東京23区内では一番の規模と強さを誇る喰種集団だろう。

 

 パパと私とナシロも先日から、そのアオギリに所属することとなった。

 実を言うと、入った当初は人間と半喰種の私たちでは排斥されるのではないか、それどころか危害を加えられるのではないかと密かに不安だったけど、入っても拍子抜けするほど特に何もなかった。

 

 本当に何もなかった。

 

 排斥されるわけではないけど、歓迎されるわけでもない。誰かが訪ねてくるわけでもなく、私たちも誰かを訪ねるわけでもない。たまに廊下で喰種とすれ違うことがあっても、ほとんどの喰種は私たちを一瞥してそれっきり。

 タタラさんやエトさんなんかはよくパパに会いに来て話をしているけど、そのパパ自体が研究室に閉じ籠り気味。

 たまに外に出てきても、お兄ちゃんに出された宿題が難しいのでなかなかやりたい研究する暇が出来ないと愚痴っているので、パパはパパで忙しいみたいだった。

 だからアオギリに入った当初の私たちは自主訓練をするか、たまにあんていくに遊びに行くついでのお兄ちゃんへのメッセンジャーぐらいしかすることがなかった。

 

 ……私たちは何のためにアオギリに入ったんだろう。

 

 パパとママを殺したCCGに復讐をするためにも、以前はパパの言うことを聞いていれば安心出来ていた。それが私とナシロの目的に一番近道だと信じていたし、信じられていた。

 だけどお兄ちゃんと出会って叩きのめされてからは、どうも安心出来ない。どこか心が宙ぶらりんでフワフワしている。

 やっぱりエトさんやお兄ちゃんの言った通り、パパ(嘉納)が私たちを見ていないということに気付いてしまったからだろうか。今では何をしたらいいのかがわからない。

 

 ……何で半喰種なんかになっちゃったんだろう。

 

 でも私たちが迷っていたとしても、周りは目的のために動いている。アオギリもCCGもVも、そしてお兄ちゃんも。

 私たちは一応はアオギリ所属で、パパの手伝いぐらいしか仕事をしていなかったために、しばらくしたらタタラさんから仕事を言い渡されたりもするようにもなった。だからニートじゃない。

 とはいえ仕事といってもCCGとの戦いに駆り出されるというわけではなく、人間としての知識やCCGに関する情報など、喰種からするとなかなか手に入らない情報を提供するのが主な仕事だった。

 

 でもナキさんに勉強を教える先生役は無理。

 お兄ちゃんがタタラさんにアドバイスしたらしく、今の私たちは主に喰種相手に先生の真似事をしている。しているんだけど、やっぱりナキさんに勉強を教える先生役は無理。

 アヤトくんぐらいに物分かりが良かったり、承正さんみたく自発的に漢字ドリルをやってくれるぐらいに熱心だったら教える気力も沸いてくるけど、ナキさんは同じ日本語で会話出来ていないんじゃないかってぐらいに話が通じないから無理。

 人間と喰種の違い以前の問題だよ、アレ。

 そもそもタタラさんですら「ナキは……気長に教えてやってくれ」って言葉を濁す感じだったから、最初から諦めてるっぽいんだけどね。

 

 私たちはこのまま喰種の先生役として終わるのかな、と嘆いていた。

 だってせっかく……と言っていいかわからないけど、半喰種になったのにやってることは教師役。これじゃ何のために半喰種になったのかわからない。

 せめてお兄ちゃんみたく人間の食べ物を食べることが出来るならまだ気晴らしなんかも出来たのだろうけど、半喰種となった私達が食べられるのは人間の肉のみ。

 ホント何で半喰種なんかになっちゃったんだろうかと思ってしまう。

 

 そんな鬱屈したアオギリでの生活を送っていたある日、

 

 

「それでは今日から僕が二代目隻眼の王ってことでお願いしますね」

 

 

 カネキのお兄ちゃんがアオギリを乗っ取った。

 乗っ取ったというか、主な幹部を叩きのめしてアオギリをそっくりそのまま傘下に収めたというか。“力によって弱い喰種や人間を支配する”というアオギリの思想としても完膚無いほど叩きのめされてしまった。

 

 それとなんかエトさんがトーカちゃんと向こうでキャットファイト繰り広げている。

 一応、最初はエトさんが赫者になってトーカちゃんと激闘を繰り広げていたんだけど、お兄ちゃんたちの戦いに注目して目を逸らしてたら、いつの間にか髪の毛を掴み合うようなキャットファイトに移行していた。

 今のところはトーカちゃんがマウントポジションを取っているので優勢みたい。赫者となったエトさん相手にも有利に戦っていたけど、エトさんもトーカちゃんも同じ羽赫のはず。それなのに赫者じゃないトーカちゃんの方が強いのは、やっぱりお兄ちゃんの血を常飲してるからなのかな?

 

 それにしても、やっぱりお兄ちゃんは強い。今回の戦いでも本気を出していなかったようにしか見えない。

 SSレートのタタラさんにノロさん、鯱さんを筆頭に、Sレートのナキさん率いる白スーツチーム、同じくSレートで最近加入したミザさん率いる刃という喰種集団。

 それにアヤトくんなんかも含めたそうそうたるメンバーでお兄ちゃんと戦ったけど、お兄ちゃんにかすり傷一つ負わせることも出来ずにアッサリと全滅させられた。

 

 甲赫の赫者のタタラさんは、開幕と同時にお兄ちゃんの強力な鱗赫の一撃で倒された。

 アオギリの中でも飛び抜けた再生力を持っていたノロさんは、再生する端からお兄ちゃんの尾赫で喰われ続けてしまって、遂には再生出来なくなってギブアップ。

 安久の家でお兄ちゃん相手に卓越した戦闘技術で有利な戦いをしていた鯱さんは、逃げられないぐらい広げられたお兄ちゃんの甲赫のスタンプでペシャンコにされた。

 ナキさんやミザさん、アヤトくんたちは一斉に挑んだけどお兄ちゃんの羽赫の散弾で薙ぎ払われて終了。

 

 しかもお兄ちゃんがちゃんと手加減したらしく、あれだけの戦いで死人が出ていないという、ぐうの音も出ない程の負けを喫している。

 まぁ、手加減間違ったのか、死にそうになってるヒトは多いけど。

 でもそのおかげで、戦闘に参加しなかったその他大勢の喰種はお兄ちゃんに挑む気概も見せずに、ただ怯えているだけの状態になっている。

 

 周りの喰種の視線が痛い。きっとお兄ちゃんと私たちの関係を知っている喰種の視線だろう。

 私とナシロを見て「アイツらもあんなバケモノなのか」とザワついているけど、私たちはあんなお兄ちゃんみたいなバケモノじゃないから! アオギリの中でならおそらく上の下ぐらいの強さだから!

 

 

 あ、遂にトーカちゃんがエトさんに勝ったみたい。トーカちゃんが「ッシャア! 約束守れよ!」って叫んでる。何の約束かな……って、どうせお兄ちゃんに関することだよね。

 しかしそっかー、SSSレートのエトさんに勝っちゃうんだぁ、トーカちゃんて。

 

 ……お兄ちゃんは何であんなになったんだろ?

 パパはあくまでテストヘッドのつもりでお兄ちゃんに喰種化施術をしたって言ってたのに、そのテストヘッドのお兄ちゃんだけが成功品じゃん。どうせなら私たちもお兄ちゃんみたくしてよ。

 

 そもそも4種の赫子持ちって何なのさ? しかも赫子4種全てが強力過ぎるって。

 いくら相性の良い甲赫とはいえ赫者のタタラさんを一撃で倒したリゼさんの鱗赫。私たちも同じものを持っているはずだけど、威力に限っては全くの別物。

 アヤトくんやナキさん達を薙ぎ払ったトーカちゃんの羽赫も強力だし、喰種としても異常な再生力を持つノロさんを再生出来なくなるぐらいに端から喰い続けていった尾赫。というか尾赫はノロさんのなんだよね。

 そして地味に一番厄介なのはヒナミちゃんの甲赫。

 あの戦闘技術に優れた鯱さんを、戦闘技術なんて関係ねぇと言わんばかりに直径50mぐらいに広げた甲赫のスタンプで強引に叩き潰した。アレはいくら身体能力に優れた喰種だったとしても、こんな開けた場所じゃ避けられない。

 言い触らしたら駄目って言われてるけど、聞いた話だとCCGの白い死神と言われている有馬特等もアオギリの先代隻眼の王も同じ方法で倒したらしいし。

 技を超えた純粋な強さ。それがパワー。

 しかもお兄ちゃん本人が強いだけでなくて、お兄ちゃんの血を飲んでいるトーカちゃんがSSSレート以上の力を手に入れることが出来るみたいな反則も出来るみたいだし。

 

 

「でも予想はしていたけど…………弱いな、アンタたち」

 

 

 ……お兄ちゃんグレた?

 

 グレたというか、最近のお兄ちゃんは初めて会ったときよりもドンドンやさぐれてきている感じがする!

 エトさんと店長さんと鯱さんたちによる訓練ってそんなに辛かったのかな?

 

 やっぱり私としては、初めて会ったころの優しいお兄ちゃんの方がいいなー。

 いや、最初に会ったときは敵同士で私とナシロは鎧袖一触で負けたんだけど、それでも私たちを殺さずにいてくれて、それどころか自分の血を飲ませて治療までしてくれた。

 あのときはもう瀕死で意識も途切れ途切れの状態だったけど、とても温かい液体が喉を通ったと思ったら身体がスゥッと楽になったのは覚えている。その後に怪我が急激に修復したせいで激痛が走ったのも覚えているけど。

 

 でも何だかんだいってパパのやっていたことを知った後でも、お兄ちゃんは私とナシロには優しくしてくれている。

 あんていくに遊びに行ったらコーヒーを御馳走してくれたり、アオギリ拠点に来てエトさんとの話し合いが終わったあとにお土産を持って私たちに会いに来てくれたり、来るたびにパパを篠原の刑に処すけど私たちには何もしなかったりと、色々と気を使ってくれている。

 何だかもうお兄ちゃんと仲良くなった後だと、どうにもパパのことが胡散臭く感じられてきちゃってるんだよね。

 まぁ、どうせお兄ちゃんとパパが敵対することになったとしたら、パパに勝ち目なんてあるわけないからお兄ちゃんの味方をするってことはナシロと一緒に決めているけど。

 

 

「ごちゃごちゃうるせえんだよ」

 

 

 喰種たちの喧騒がピタリと止まる。お兄ちゃんの出した殺気でガクガクと震えている喰種もいるぐらいだ。

 これでもう、アオギリの樹は完璧にお兄ちゃんの支配下に置かれることが決まった。

 

 私たちとしてもお兄ちゃんがトップだった方が使い捨てにされる心配もなくなるだろうから都合が良いけどさ。

 お兄ちゃんから恨まれているパパは不都合かもしれないけど、それはパパの自業自得ということでお願いします。私とナシロは嘉納とは関係ありませんです。ハイ。

 

「クロナちゃん、バケツを。それとナシロちゃんは水を持ってきて」

「「は、はいぃぃ!?」」

 

 ますます注目されてしまうから今のお兄ちゃんにはあまり近づきたくなかったけど、名指しで呼ばれてしまったので私はお兄ちゃんから戦いの前に預かっていたバケツを、ナシロは普通の市販されている2リットルの水が入ったペットボトル1ケースを持ってお兄ちゃんに近づく。

 最初に預かったときからこれは何に使うのかと不思議に思っていたけど、私からバケツを受け取ったお兄ちゃんはいきなり手刀で自分の左手首を切り裂き、流れ出る血をバケツに注ぎ始めた。

 コーヒーカップの半分にも満たない血を注ぐと、今度はナシロからペットボトルを受け取って水をバケツに注いでいく。ちなみに血を注ぎ終わったら手首の傷は一瞬で治った。

 バケツの中で出来たのは1ケース12本、計24リットルの水と0.1リットルにも満たないだろうお兄ちゃんの血が混ざりあった液体。普通、100倍以上の水で血を薄めたら血の色なんか薄まってほぼ透明になるはずだろうに、何故かバケツの中の液体はまだうっすらと赤く見えている。

 

「じゃあ、怪我したヒトはこれを飲んでください

 このぐらい薄めたら男の人が飲んでも大丈夫みたいだから」

 

 ……ヒトに飲ませても大丈夫なヤツなの、コレ?

 あ、でもそもそも私たちは薄めていないお兄ちゃんの血を飲んだことあるんだから、この薄めたヤツでも普通に大丈夫だよね。

 だけどあのときの私たちや普段のトーカちゃんみたく直で飲むのよりも、バケツに入ったこれを飲む方がハードル高い気がするのは気のせいかな?

 

「タタラさん」

「……何だ? 新たな王よ」

「しばらくは引き続きアオギリの取りまとめをお願いします。エトさんから今後の方針は聞いていらっしゃるでしょうから、それに従ってアオギリを運営してください。

 念押ししておきますが、アオギリ構成員の食料については僕が何とかします。今後は人間を襲ったりしないように」

「…………承知した」

「それでは後は任せます。僕は嘉納先生のところに顔を出しますので。

 クロナちゃん、ナシロちゃんは一緒についてきて。トーカちゃんは…………アヤトくんの傍にいる? それともその前に血飲む?」

「ん、そうする」

 

 そう言ってお兄ちゃんがシャツの第一、第二ボタンを外していく。

 そしてお兄ちゃんに近づいたトーカちゃんは、まず先程切って血がついたままのお兄ちゃんの左手首を手に取って、ペロペロと舐めて綺麗にしていく。

 手首についていた血を全て舐めとったと思ったら、次に晒されたお兄ちゃんの首元にカプリと噛みついて血を飲み始めた。

 

 ……いや、エトさんとの戦いで流石にトーカちゃんも少なくない傷を負ったから、それを治すためなんだってわかってるけど、よりにもよってこんなアオギリのメンバーの目の前でやる?

 エトさんとした約束ってのもどうせお兄ちゃん関連なんだろうし、明らかにトーカちゃんはお兄ちゃんは自分のモノだって周りに見せつけているよね。

 

 お兄ちゃんはお兄ちゃんで「髪の毛乱れてるよ」なんて言いながら、首元に噛みついて血を飲んでいるトーカちゃんの髪を手櫛で優しく整える。

 ……何か羨ましい。というか何かエロい。トーカちゃんがたまにお兄ちゃんの鎖骨に垂れる血を舐めとるのが何かエロイ。

 お兄ちゃんは私たちに優しくはしてくれるけど、ああいうスキンシップのような真似は絶対してくれない…………じゃない。しようとはしない。

 

 でもトーカちゃん、やっぱり羨ましいなぁ。

 こんな半喰種の身体になった私たちだけど、別に色恋に興味がないわけじゃない。ああいうバカップルに憧れてしまうのは女の子として仕方がないことだと思う。

 でも私たちは半喰種。今更人間とは恋仲になんかなれないだろうし、喰種相手に恋愛する気も起きてはこない。

 というかアオギリの喰種は個性的過ぎ。一番常識的なのは、最近加入したミザさんじゃないかな。

 

 ハァ、トーカちゃんがいなかったらお兄ちゃんにアタックしていたかもしれないけど、流石にあの二人の仲に割って入ろうとは思えないし、そもそも割って入れるような仲とも思えない。

 

「逆に考えるんだ。王様なら愛人がいてもいいと考えハウッ!?」

「約束守れって言ったよな?」

 

 あ、エトさんのお腹にトーカちゃんの羽赫が突き刺さった。

 

 そもそも半喰種になる前からイイ男の人なんて周りにいなかったからなぁ。怜なんか特に駄目でしょ、アレ。

 昔、アカデミーに講義に来てくれた亜門さんは大人の男って感じがしてカッコイイと思ったけど、お兄ちゃんから聞いた話だと恋人いるみたいだし、亜門さんはその育ちの境遇上、半喰種になった私たちなんか駆逐の対象としか見れないだろうけどね。

 このままだと私たちは一生独身かなぁ。

 

「……最近の私の扱い、いい加減酷くね?」

 

 ま、それでも私たちはエトさんよりはマシか。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「フム。エトさんから随分とアタックをされているようだが、カネキくんは彼女のことは好みではないのかね?」

「微妙です。天然と人工の違いがあれど、同じ半喰種ということからエトさんのことを気にかけているのは否定しないですし、エトさんのお父さんの店長にはお世話になってますので。

 ……でも、そもそもエトさんは僕のことを本気で好きってわけじゃないと思うんですよねぇ」

 

 それは私もそう思った。

 エトさんはお兄ちゃんがアオギリの拠点に来るたびにチョッカイをかけてるけど、そのチョッカイのかけ方がどう考えても小学生レベルにしか思えない拙さなんだよね。

 何というか……お兄ちゃんと恋愛関係になりたいというよりも、ただ単に構ってほしいからチョッカイかけて反応を窺っている。もしくはあくまでからかっているだけで失敗することわかっていると言わんばかりのチョッカイと言えばいいのだろうか。

 多分だけど、逆にお兄ちゃんがエトさんに迫ったりしたら、エトさんは顔を真っ赤にして狼狽すると思う。

 まさに好きな子を虐める小学生レベル。

 

「まぁ、エトさんの境遇上、天然と人工の違いはあれど、同じく半喰種の僕のことは気にかかっているんでしょうね。

 しかもその僕がエトさんの悲願を達成するのに不可欠の存在ならば、余計に僕のことを意識せざるをえないんでしょう」

「はい、お兄ちゃん。コーヒーとケーキです。といってもケーキはお兄ちゃんからの頂き物ですけど」

「ああ、ありがとう、クロナちゃん」

「? 私にはケーキはないのかな、クロ?」

「ない」

 

 これが最後のケーキだもん。お客様で今日からこのアオギリのトップに立ったお兄ちゃんに優先して出すのが当然でしょ。

 それにこのチーズケーキ自体だって、お兄ちゃんが先週ここに来た時にお土産として持ってきてくれたケーキだよ。こんな賞味期限ギリギリになっても、研究にかまけて食べてなかったパパが悪い。生クリームを使っているケーキだったらとっくにゴミ箱行きだよ。

 

「やれやれ。最近のクロシロは反抗期のようだ。カネキくんからも何か言ってやってくれないかね」

「なんで僕がアナタみたいなゴミ助けなきゃいけないんですか?」

「……ハ、ハハハ、相変わらず私には辛辣だね」

「何度でも言いますけど、僕を半喰種にしたこと忘れたわけじゃありませんよ。

 ただ元人間としてアナタみたいなゴミであろうと人殺しにはなりたくないのと、今のところ役に立っているから殺していないだけです。

 もし研究というアナタ唯一の利用価値がなくなったら、まずはナッツクラッカーさんに引き渡しますからね」

「ちょっ!? それだけは勘弁してくれ」

「言ってて僕もキュッとなりました」

 

 ナッツクラッカーさん? 先週お兄ちゃんが叩きのめしたとかで、連れて来た喰種たちの誰かのこと?

 でも何で強いお兄ちゃんが微妙な顔をしてるの? それにキュッて何?

 

「エトさんからのアドバイスでしてね。アナタはただの危険なマッドサイエンティストとして扱います。

 利用価値があったら生かす。利用価値がなくなったら処分する。研究出来なくなるのが嫌だったら、余計なことを考えずに僕が望む研究のみをしていてください。

 アナタの心情を慮ったりする気はありません。それがアナタとの一番良い付き合い方でしょうから」

「……変わったね、カネキくん。病院で入院していたころとは雲泥の差だ」

「今が泥で昔が雲ですか。

 まぁ、地獄の特訓でアレだけ転がされたら泥まみれになるのは当然か」

 

 ど、どれだけ酷い特訓だったの!?

 お兄ちゃんの目が死んでるよぉ。

 

 それとパパとの付き合い方はそれで正解だと私も思う。

 

「うィ~~~す。カネキュンお待たへ。

 いやー、トーカちゃんヤベーわ。まさか負けるとは思ってなかった。この調子じゃもしかしたらちゃんヒナにも負けちゃうかねぇ。しかも変な約束させられちゃったし。

 あ、クロナちゃん、私にもコーヒー頂戴」

「はい」

「本格的な戦闘訓練を受けていないヒナミちゃんは無理でしょう。でもアヤトくんになら勝てるかな?

 それとトーカちゃんとの約束って何なんですか? トーカちゃんに聞いてもはぐらかされるんですけど」

「それ聞くとまたアヤトくんが落ち込みそうだね。それと約束の内容は秘密。だけどバカップル死ね。

 まぁ、それはいいや。んで、話はどこまで進んでんのさね?」

「いえ、本格的な話はエトさんが来てからと思いまして。

 それじゃあ嘉納先生、報告をお願いします」

「ウム」

 

 お兄ちゃんの声を受けて、パパが研究室に置いてある巨大なガラスケースに近づく。

 そして照明をつけてガラスケースの中を明るく照らした。

 

「長々と説明するのは好まないだろうから簡単に言うと、現段階では実に順調な生育状況だよ。

 このRc細胞合成赫子とも言うべき、カネキくんの体内で合成された新式赫子。もこ○ちくんと佐藤くんは」

 

 ガラスケースの中にいたのは人間でもなく喰種でもない、エトさんの赫子とノロさんの赫子が合わさったような合成獣(キメラ)というべき物体だった。

 もちろんちゃんと生きてます。

 

「も、もこ…………ちょいカネキュン。何でそんな名前にしたんよ?」

「いや、月山財閥の伝手で、トルコからの安いオリーブオイルを大量に仕入れることが出来たんで……」

「ちなみに佐藤くんの方は食事が砂糖だからだね」

「それより増えてません? 僕が渡した赫子は1……匹? 体? ソレは何て数え方したらいいかわかんないですけど、渡したのは1つだけだったはずですが?」

 

 エトさんがもこみ○くんたちを見て呆れながら呟く。

 ガラスケースの中にいる物体は名状しがたきというか形容しがたきというか、とてもグロテスクな形状をしている。むしろ現在進行形でその形をうねって変化させているけど。

 一番近いと思われる生き物はヒドラ。

 ただしヒドラと言ってもギリシャ神話に出てくる多頭の蛇のことではなくて、現実に存在しているクラゲやイソギンチャクの仲間のヒドラの方だ。

 

 とはいえあくまで近いというだけであって、見た目はやはり違いがある。

 色はどす黒いというか赤黒い。何本もの触手が枝分かれしているけど、特に本体というか根元の部分らしき箇所はなく、箇所によって細かったり太かったり、太い触手から更に細い触手が生えている個所もある。

 そして一番の特徴は、全身のアチラコチラから生えている口だろう。その口からタンクに入ったオリーブオイルを飲み、砂糖を喰らっている。

 あと何かたまにその口から笑い声がしたり独り言を喋ってるのが怖い。

 

「ポッ。この子たちが私とカネキュンの間に生まれた子」

「半分以上はノロさんですけどね。それと分離赫子とかの色んな赫子。

 むしろ僕の要素が全然ないから、エトさんとノロさんの間に生まれた子って方があってるんじゃ?」

「流石に育ての親とそーいう仲になる気はないかなー」

「カネキくんの無性生殖が一番近くないかい?

 それとカネキくんの要素は人間の食べ物を食べられて、Rc細胞を体内で合成出来るということがあるじゃないか。

 といっても、それがカネキくんの喰種としての最大の要素だが」

 

 何でこのヒトたち、アレを前にして普通に話せるんだろ?

 私は見てるだけでSAN値が削られそうなんだけど。

 

「再生速度も良好だ。半分にしてもちゃんと食事をとらせれば、Rc細胞値までは無理だが3日もあれば元の大きさまで身体は回復出来る。

 というか最初にカネキくんから貰ったのはも○みちくんだけだが、半分に切ったらヒトデみたいに2つに無事に別れたのには驚いたね。なので急遽、増えた方を佐藤くんとして、準備しておいた砂糖を食べさせて育成させることにしたんだよ。

 これからは効率のいい食物の選定の実験を進めるつもりだ」

「やっぱ私やカネキュンみたく1日じゃ無理か」

「無茶言わないでくれ。それに言ったがRc細胞値の回復までは無理だ。あくまで身体のガワを治しただけだ。

 君たちだって体内にRc細胞が貯蔵しているからこそ尋常ではない速度で身体を再生出来るが、例え身体を回復させることが出来ても減ったRc細胞までは回復しないだろう?

 それと可能な再生回数と寿命についてはまだ不明だ。これらの研究には時間が必要だからね」

「で、肝心なことですけど、食べても大丈夫なんですか? 特に男のヒトは?」

「……ナキくんは大丈夫だったよ」

 

 ナキさんにコレ食べさせたの!?

 パパはニッコリ笑ってるけど、絶対に本人には知らせてないでしょ!!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――くしちろくじゅうさん! くはしちじゅうに! くくはちじゅういちぃっ!」

「ナ、ナキが九九を言えただとぉっ!?

 何か変なモノでも喰ったんじゃないのか!?」

「お見事です! ナキのアニキ!」

「これで九九は完璧ですね!」

「へへっ、どーよ。ミザ、承正、ホオグロ!

 いやー、なーんか最近頭が冴えてきてんだよなぁっ!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「赫子の大きさは“Rc細胞の数(素質)”、赫子の形は“想像力(知性)”。エトさんの言葉だったか。

 ○こみちくんたちを見る限り、やはりカネキくんは素晴らしい。雑種強勢などという言葉では表せることが出来ない凄さだ」

「……実を言うと、教えた私もここまで上手く行くとは思わんかったけどさ」

「っ!? 上手く行くと思わない方法を試すために、アオギリ所属の喰種の赫子とか有馬さんから横流ししてもらったクインケをあんなに喰わせたんですか?」

「カ、カネキュンの覚えが良かったからダヨ。上手く行ったんだからいいじゃん」

「というか、何でカネキくんは喰えば喰うほど強くなるのかね? しかも赫子の特性もちゃんと使用出来るし……」

「……確かにこれで喰種の食事につきましては目途がつきましたけどね。

 ああ、タタラさんにも言いましたけど、前みたいに人間を狩ってきたりしないでくださいよ」

 

 喰種と人間が分かり合えない最大の原因。

 それは喰種は人間を喰らうことでしか生きられないということなんだけど、アッサリとその原因の解決法が見つかってしまった。

 もちろん分かり合えない物理的な原因が解決したからといって、今までの喰種と人間の殺し殺されていた関係では直ぐに心情的に分かり合えるわけではない。

 だけどこれは大きな一歩だろう。

 

「となると次は…………資金か。

 高槻先生って年収いくらです?」

「フォアッ!? い、いくら私が売れっ子作家でも、流石にこれだけの喰種を養うだけのお金はないよ!

 しかも計画だとカネキュンが大学卒業するまでに東京のほぼ全ての喰種を引き入れるんでしょ? この子たちを量産すれば食料についてかかる費用は少なくなりそうだけど、他にも必要なものはたくさんある。

 私だけの稼ぎじゃムリムリ」

「じゃあ、やっぱりある程度は喰種の数を減らす“選別”が必要ですか。

 人間オークションを開いている連中なんかはどうせ仲間に引き入れることは出来ないでしょうから、そのうち資金稼ぎを兼ねてビッグマダムあたりでも狩るとして…………和修家はどうでしょうかね?」

「裏金は当然持ってるだろうね。アイツが調査してくれているけど、あまり当てにしない方がいいと思う。

 それよりも月山財閥はどうよ?」

「お世話になってるから、あまりご迷惑はかけたくないんですけどね。

 でも最終段階になったら月山家が喰種の集団だとバレる可能性が高いから、そこら辺も何とかしないと……」

 

 ……どうしよう。お兄ちゃんたちが具体的に凄い計画を話し合っちゃってるよ。

 もちろんCCGとその裏に隠れている連中を叩き潰す計画なんだから賛同するけど、それよりも話し合っている時のお兄ちゃんが怖い。

 カネキのお兄ちゃんじゃなくてハイセとしての顔をしている。あのアオギリの皆をまるでそこらの虫を潰すときかのように作業的に薙ぎ払ったときの冷酷で容赦がなくて、人間も喰種も何とも思っていないかのようにしか見えないハイセ。

 

 最近のお兄ちゃんは何だか怖い。

 いや、普段のあんていくで働いているようなときは、今まで通りに優しくて人の好いお兄ちゃんだ。それは変わらない。

 けれどマスクとウィッグを付けて、ハイセとして行動しているお兄ちゃんはどんどん冷たい眼をするようになっていった。赤い赫眼なのに、睨まれただけで凍えてしまいそうな無機質な眼。

 訓練が酷いこともあるのだろうけど、エトさんたちと企てている計画も関係していると思う。

 

 お兄ちゃんは元人間の、現半喰種…………半、喰種? まぁ、それに近……いモノだ。きっと。

 いや、それはともかくとして、少なくとも元人間。

 

 喰種に襲われて半死半生になって、

 人間に喰種化施術をされて半喰種となって、

 飢えに襲われているところを喰種に助けられて、

 半喰種だけど人間の食事も取れることがわかって、

 それでもただの人間の身体にも未練があって、

 だけど最終的に喰種以上のバケモノになってしまった。

 

「ところで話は変わるが、新組織の名前はどうするのかね?

 “あんていく”でも“アオギリの樹”でも誤解を招くと思うのだが……」

「あ、そっか。それも必要ですね」

「私に良い考えがある。新組織の名前は“全てを照らす光”とい「言わせねぇよ」ギニャッ!? わ、割れるっ! 頭割れちゃうっ!」

 

 まぁ、そんなわけで普通の人間にも普通の喰種にもなれないお兄ちゃんは、どうやら人間と喰種の争いを一時的にも止めるような計画を企んでいるみたいだった。

 お兄ちゃんとしては小さい頃からの親友は人間。だけどお兄ちゃんを半喰種にした仇人も人間。

 お兄ちゃんを襲って食べようとしたのは喰種だけど、その後に助けてくれた恩人兼恋人は喰種。アルバイト先の雇い主も同僚も喰種。

 

 お兄ちゃんには人間にも喰種にも恩人と仇人がいる。そして私たちと違って自らこの血塗られた世界に足を踏み込んだわけじゃない。

 だから人間と喰種の争いから目を瞑って耳を塞いで、大切なヒトだけを守っていく暮らしをしていく権利をお兄ちゃんは持っていると思う。

 

 だけどお兄ちゃんはそれを選ばなかった。

 確かにお兄ちゃんの性格からすると人間と喰種の争いを見過ごすことが出来ないだろう。そして何の因果かその争いに一石を投じるだけの力をお兄ちゃんは持っていた。

 もしお兄ちゃんが私たちと同じくらいの強さの半喰種だったら、今みたいにアオギリを傘下に収めたり人間と喰種の関係に一石を投じるようなことなんて思いつきもしなかったんじゃないかと思う。

 

 ……お兄ちゃんの運命が激動的過ぎる。

 私たちは両親をCCGに殺されて不幸のどん底にいたような気持ちになっていたけど、お兄ちゃんには一歩も二歩も劣るわ、コレ。

 しかも“最終的に”じゃないよね。まだ発展途中だよね、きっと。

 

 

「あ、もしもし价子さんですか?

 ちょっとトーカちゃんのお父さん助けるためにCCGラボ襲撃したいんですけど構いませんかね?」

『ファッ!? ちょ、ちょっと待て!!』

 

 

 そしてそんな激動過ぎる運命も何のそのと言わんばかりに突き進むお兄ちゃん。

 うん。タタラさん辺りには、パパと一緒にいたときみたいに思考停止していると言われるかもしれないけど、とりあえずお兄ちゃんについていこうと思う。

 そうすれば安全でしょ。

 

 

 

 

 

━━━━━霧島董香━━━━━

 

 

 

「皆して、僕のことバケモノみたいに言う……」

 

 

 仕方ねぇじゃん。

 

 せめてもの情けとして、その言葉だけは口に出さないでおいた。

 

 今日、アオギリを〆た。これでカネキは喰種からも東京内で一番強い喰種と認識されたはず。

 でもSSSレートのエトに勝てたんだから、下手したら私が2番目か? それもカネキの血のおかげなんだろうけどよ。

 

 まぁ、アオギリの拠点から帰ってきてカネキの家で一服していたら、その東京内で一番強い喰種のはずのカネキが弱音を吐いて甘えてきた。

 こうなるとコイツはめんどくせーんだよなぁ。ヒナミのことは入見さんにお願いしてあるけど、アオギリとケンカしに行くって言って出たから心配してるだろうな。早めに顔を出さないと。

 

 いや、そもそも私たちあんていくの喰種はカネキのトンデモに慣れているから平気だけど、アオギリの喰種は慣れてないんだしさ。

 それに初めてアオギリの拠点にカネキを殴り込みに行かせたときに瓶兄弟って奴らと少し戦ったって聞いていたけど、当時の拠点にいた喰種は白鳩による殲滅作戦でほとんどが死んでいる。ミザ率いる“刃”みたく、今日初めてカネキの力を知ったって喰種がほとんどだったんだろう。

 だからカネキの強さに脅えるのは仕方がないと思う。

 

 ……まあ、エト倒した私もちょっと引かれていたけど、カネキよりはマシだったし。

 

「あー、はいはい。そんなに凹むなよ」

 

 カネキの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 今の私は正座していて、カネキは膝枕の変形というか私のお腹に頭を突っ込むように抱き着いてきているので、カネキの頭をいじりやすい。

 ……一時期は髪の毛が硬くなって大変だったけど、今はかなり落ち着いているよな。

 エトが言っていた赫子の大きさは“Rc細胞の数(素質)”、赫子の形は“想像力(知性)”という言葉だけど、どうやら髪の毛にRc細胞がまわらないように想像するのも同じように効果があるみたいだった。

 

 って、コラ。深呼吸すんな。しかも鼻で。

 いくらシャワーを浴びたばかりとはいえ、流石にこの状況だとそれは恥ずかしい。

 

「そんなに嫌なら……別に止めてもいいよ」

 

 人間と喰種の争いを止める計画。

 止めると言っても世界中で一斉に永遠に、というわけじゃなくて、とりあえず東京内で一時的に、というだけだけど。

 

 カネキの人間の食料からRc細胞に変換出来る特性のおかげで、お金さえあればある程度の数の喰種は人間を襲わなくても生きていけることになった。もちろんまだ検証は必要みたいだけど。

 だからまずカネキがアオギリを〆たみたいに東京23区の喰種を支配下に置いて、その後に24区も支配下に入れたら喰種全員が24区内に引き篭もる、という身も蓋もない消極的な計画を考えている。

 それだけだとCCGは喰種殲滅の手を緩めないだろうけど、そこはCCGの裏にいるVの存在と、元CCG解剖医の嘉納に半喰種にされたカネキの存在を世間にバラすことで人間社会に大きな衝撃を与え、そこから何とかなしくずしに休戦みたいな状況へもっていこうとするみたいだった。

 

 将来的には自治区のような広大な土地を山の中にでも貰って、人間と喰種のわだかまりがなくなるまで“余所は余所、ウチはウチ”の精神で共存するのを目指す。

 だけどまずはお互いに冷静になることを第一とするらしい。

 わだかまりが強く残っている状態で最初っから地上の土地に喰種を集めると、空からのミサイル攻撃とかで一網打尽にされそうだから当分の間は地下に引き篭もる。カネキが化学兵器とか細菌兵器とか核兵器とか難しいことを言ってたな。

 

 とりあえずVとカネキのことを世間にバラすだけでCCGは動けなくなるはず。

 バラした後にカネキの力を世間に見せつけるために、コクリアやCCG本局へ襲撃も考えているみたいだけど、でもこの計画は矢面に立つカネキへの負担が重過ぎる。

 今でもあんていくと大学と訓練と三足の草鞋で大変だったのに、これからは隻眼の王業務も加わることになる。

 そして世間にカネキの事情をバラすことで、カネキが人間からいったいどんな目で見られるのかわからない。

 裏切り者と思われるのか。人喰いのバケモノと思われるのか。それとも人間と喰種の間に立つものと思われるのか。

 

 

「……ねぇ、トーカちゃん」

「ん?」

「トーカちゃんのご両親のことだけど、やっぱり有馬さんは許せない?」

 

 ……有馬貴将、か。

 私のお母さんを殺した喰種捜査官。店長とも戦ったこともあって、店長の両腕を奪った捜査官でもある。

 そして喰種と人間との間に生まれた半人間であり、陰でエトと手を組んでいた先代隻眼の王。実際にアオギリのリーダーとして活動したことはないらしいけど、それでもCCGを裏で操っているVに対してはエトと組んでいると聞いている。

 ってか一番強い捜査官が裏切り者ってガバガバじゃねーか、CCG。

 

 私は有馬とは会ったことはない。

 何度かカネキの特訓場所に顔を出したことはあるけど、有馬が特訓場所に来ること自体は珍しいらしいし、おそらく私のことを避けているのか会うのは大抵は鯱のオッサンだけだ。

 ただし避けているのは有馬じゃなくて、きっとカネキや店長が私と有馬を会わせないように調整しているんだと思う。

 多分だけど四方さんは有馬と会ったことがあると思う。一時期あんていくに顔を見せなくなったことがあって、顔を見せたと思ったら不機嫌で身体には治りかけの怪我があった。返り討ちにされたんかな?

 

 チラリと部屋の片隅に目をやると、そこにはお母さんの赫子を使って作られたクインケ“ナルカミ”がトランクに収まった状態で置いてある。

 私の事情を知った有馬がCCGには壊れたことにして返してくれたって聞いたけど、どうやらその事情を教えたのがエトらしい。

 計画を止めてもいいと思ってしまうのも、何だかエトの思い通りに踊らされているような気がするからだ。

 カネキがエトや有馬と組むことを決めたのも、人間と喰種の間に立って少しでも不幸な目にあう人間と喰種を減らそうとしているのも、結局は自惚れかもしれないけど私のためなんだと思う。

 

「思うところはある。今は落ち着いているけど、実際に有馬と会ったらどうなるかはわかんない」

「うん」

「でもそれ以上にお前が心配だ。

 別に霧島の家と有馬の確執で計画を止めたりはしなくていいし、逆に計画を進めなくてもいい」

 

 ただでさえ今でも潰れそうなのに。

 ヒナミなんかの前では顔に出さないけど、今みたいにカネキの家で2人っきりになったときはこうやって甘えてくる。

 遠慮がなくなったのか、それとも余裕がなくなったのか。前者だったら……まぁ、嬉しいけど、後者だったら心配だ。

 

「私はどっちでもいい」

「うん」

「確かに不幸な目にあう人間や喰種がいなくなればいいとも思うけど、今みたいに皆で一緒にいられるのならそれでもいい」

「うん」

「酷い女と思うかもしれないけど、顔も知らない人間や喰種たちよりも、あんていくの皆やお前の方が大事だ」

「うん。僕もだよ」

「計画だと、お前が大学卒業と同時に世間にVとお前のことをバラすんだろ」

「……トーカちゃんが大学卒業するまで待ってもいいけど」

「いや、それはマズいだろ」

 

 いくら私が自分勝手な方だとはいえ、計画の準備が出来たのに不幸な目にあう人間や喰種を放っておいて大学に通うのはしたくないぞ。

 それにそれだとカネキが一時的にとはいえ、Vに就職しちゃうことになっちゃうだろ。

 まぁ、そもそもカネキが大学卒業するまでの2年ぐらいで、全24区の東京中の喰種を支配下に置くってのが難易度高いと思うんだけどさ。

 

 でも、カネキはそれでいいの?

 世間にバラしたら、もうカネキは人間として生きていけなくなるよ。

 今でさえ私たちと縁を切れば、ちゃんと人間社会に紛れ込んで生活していける。というより私たちと一緒にいるから、未だにカネキは喰種の世界に足を踏み入れている。

 

 少し前までは、カネキの強さが羨ましかった。

 あの強さが私にあれば、お母さんもお父さんもいなくなったりしなかった。アヤトのことも守れたから今でも一緒にいれたと思う。

 だけどカネキがあの強さを持っていなかったらエトに目を付けられることもなく、こんな大それた計画なんか立てなかったはずだ。

 あの強ささえ持っていなくて、アオギリなんかなくて、CCGなんかいなかったら、きっと私たちは喫茶店でも開いて過ごしていったんだと思う。そんなありえたかもしれない未来も捨て難い。

 

 だけどカネキはそれを選ばなかった。

 誰かを助けることが出来る強さを持っていたから、誰かを助けることを選んだ。もしかしたら最後には避けえない破滅が待っているかもしれない道を。

 ニシキに言われたことだけど、私がカネキを喰種の世界に引き込んだ。

 だから責任を取るため、ってわけじゃないけど、ここまで来たならずっとカネキに付き合うよ。ううん、付き合わせて。

 

 

「Vには月山財閥のことはバレてるから、月山さんたちにも迷惑がかかる」

「今のうちに影武者とかを用意しておくみたいだけどな。それにちゃんと速攻でVを攻めて証拠隠滅する準備もしてるんだろ。

 月山のヤローはどうでもいいけど、カナエさんたちは何とかして助けないとな」

「世間にバラしたら、あんていくも閉めなきゃいけない」

「店長は理解してくれてんだろ。入見さんも古間さんも」

「依子ちゃんにも知られる」

「……依子、は」

 

 どう思うんだろう、依子は。

 やっぱり騙してたって怒るかな?

 

『い、今まで差し入れしててゴメンね。嫌がらせのつもりはなかったんだけど……』

 

 依子だったら案外こんなもんかな?

 

『ゴメン。トーカちゃんのことよりも、カネキさんの境遇の方が驚いちゃった。

 っていうかトーカちゃんってば、いったいどこの恋愛小説のヒロインなのっ!?』

 

 ……いや、依子ならむしろこうだな。

 カネキの境遇のインパクトが凄すぎるからなぁ。私のことは霞むか。

 

『せっかく上井に受かったのに、もったいないことするんだね、霧島さん』

 

 田畑うッさい。女子の会話にいきなり横から入ってくんじゃねーよ。

 ってか田畑ってマジでこんなこと言いそう。

 フンッ、顔もガタイも学力も服もお金も車も持ってる物が全部上のカネキを見て自信喪失してた癖に。

 

「よし、今度クラスの連中と勉強会するからまた教師役して。ついでに差し入れ持ってきて」

「何でさ?」

「見せびらかすから」

「いや、僕が言いたいのは話の前後が…………まぁ、いっか。気分転換も必要だしね」

「そうそう。それと来週の休みは付き合えよ。水着買いに行くから」

「う、うーん……難易度高いなぁ」

「いいだろ、別に。もう何年かしたら、自由に外を出歩けなくなるかもしれないんだし」

「……それもそうだね。トーカちゃん、海の他に何かある? 自由に、というか戸籍があるうちにやっておきたいこと。

 大学に入学してからになるけど、スキーとか温泉とか海外旅行……は流石に無理かな?」

 

 うん。未来のことはどうなるかわからないけど、Vのおかげでしばらくは平穏だってわかってるんだ。

 その間くらいは色んなことして楽しんで、思い出をたくさん作ろう。

 

 それと戸籍があるうちにしか出来ないことか。

 私も車の運転してみたいから、大学に入ったら免許を取っ…………こ、戸籍があるうちに、か……。

 

 

「……あ、あのさ……」

「うん?」

「こ、戸籍があるうちに、さ……」

「うん」

「婚姻届けって出して……みたい、かな?」

「うんうん…………うん!?!?」

 

 

 ガバッ、と起き上がろうとしたカネキの頭を、思わず掴んでまた私の太ももに押し付けた。そしてそのままカネキの背中へ倒れこんで抱き着いてカネキの身体をロックする。

 コラ、ジタバタ暴れんな!

 

 言っておいてなんだけど、今の私の顔を見られるのはマズいから! 顔めっちゃ熱いから!!

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「バカップル滅びろ」

「どしたの、お姉ちゃん?」

「いや、何か電波届いた。もこみ○くんたちの側にいるせいかな?」

「そんなことあるわけ…………ないよね?

 でもそんなことよりもこ○ちくんたちへのエサやり手伝ってよ」

「私は昨日やったじゃん。今日はナシロの番でしょ」

「でも最近のも○みちくんたち怖いんだよ。

 タンクへエサ追加しにガラスケースの中に入ったら、ジッとコッチを見つめてるような気がするんだよ」

「ああ、まるで隙を窺ってるみたいだよね」

「気付いてたの!?

 う~~、食べられそうで怖いよ。エサやりは今日から2人でやらない? 2人なら襲い掛かられても平気でしょ」

「えー、だけど当番は私から始めたんだからさぁ、せめて今日だけでもナシロ1人でやりなよ」

「でもぉ『ナニモシナイヨ』…………おおぅ。遂に人語を解し始めた」

「ナシロ、ガンバ!」

「お、お姉ちゃ「おや、クロシロ。何をしているんだい?」…………よし!」

「だね」

「ど、どうかしたのかね?」

「ね~え~、パ~パ~?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、イイカナ?」

「待ちたまえ。笑顔が怖いぞ、2人とも」

「おい、黒白姉妹。ちょっと数学でわかんねぇとこ「アヤトくんも来た!」「これで助かったね!」……オイ、何で俺をそんな眼で見る?」

 

 

 







 地雷を踏んだ宇井さん。
 後日、単独で24区に特攻させられます。

 カネキュンが蟻……じゃない、隻眼の王になったことですし、とりあえずそろそろ完結させます。
 この作品のカネキュンの数少ない不幸は、かっこいいことをするだけの強さを持ってしまったことでしょうか。

 だけど死ねるかどうかは別です。
 むしろ原作でIXAで脳味噌ブッ刺されても生きてたんだから、ウチのカネキュンなら頭吹っ飛んでも大丈夫そうですな。そこまでするかは決めてませんが。


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「よぉ、カネキ。お互い大学卒業おめでとさん」

「やぁ、ヒデ。就職先見つけれなくてご愁傷様」

「言うなよっ。それだけは言うなよっ……」

「去年の春頃、4年になったばっかの時にCCGに就職決まったって言ってなかったっけ?」

「あー、それがよぉー。

 上の人に気に入られて推薦してくれることになってたんだけど、近頃の喰種の活動沈静化とかで採用人数を削ったらしいんだよ。

 おかげで8月に就職取り消しになっちまってさー」

「へぇ、そういうことだったんだ」

「知ってるか? 今年に入ってからだと、東京都内の喰種による捕食事件はゼロだぜ。

 そりゃ採用人数も渋るわなぁ」

「……い、いいことじゃないか」

「そりゃそうだけどよー。丸手さんにも謝られたけど、それで就職なくしたのはキツいぜ。

 おかげで就職活動遅れて結局見つかんなかったし……」

「それならちょうど良かった。

 ねぇ、ヒデ。喫茶店業務に興味ないかい?」

「就職先紹介してくれんのか!? いや、この際はバイト先でも構わな…………ん? オイ、カネキ?」

「何さ?」

「何で左手の薬指に指輪つけてんの?」

「あーっと……まぁ、今日呼び出したのは、それを含めて話したいことがあったわけで…………ねぇ、ヒデ。

 実は僕、喰種になっちゃってさ」

「知ってた。

 ンなこといーからさっさと指輪はどういうことか教えろや、コラ」

「えっ?」

 

 

 

 

 

━━━━━篠原幸紀━━━━━

 

 

 

「19区を完塞。これで1区から19区までの完塞が終了しました。

 残る喰種たちは20区から23区。そして24区にいるだけ…………のはずです」

 

 

 特等捜査官会議で和修政準特等捜査官が19区完塞の報告を終えた。

 本来は特等会議なので準特等である和修政捜査官は参加権はないが、19区の完塞を終えたことの報告と、それ以前に宇井が準特等時代から特等会議に参加権を持っていたので今更だ。

 しかし私も含めてだが、19区の完塞という朗報を聞いても出席者の顔色が優れない。

 

「ご苦労、和修準特等…………と言いたいところだが、今回も結局アオギリは出てこなかったか。

 いや、19区の完塞自体は喜ばしい。よくやってくれた」

「ハッ」

「となると次は20区だが、篠原特等。20区の様子は相変わらずかね?」

「はい。喰種の影も形も見当たりません。

 ここ1年以上、喰種による捕食死亡者もいなければ喰種に遭遇した人間もいないことから、やはり20区にも喰種はいないのではないかと……」

「……フム、やはりか。喰種たちはいったいどこに消えたのやら。

 昨日、コクリア付近に怪しい人影が出没したとの報告があったので、それが喰種なら何を企んでいるのかわかったものではないがな」

 

 出席者の顔色が優れない理由がこれだ。

 喰種たちがいなくなっている。

 

 それだけ見たら喜ばしいことなんだけれど、私たちCCGが駆逐したからいなくなったというわけではなく、2年ほど前から急激に東京都内の喰種による捕食事件や遭遇事件が減っていった。

 活動の活発化が警戒されていたアオギリの樹も同様に姿を消しており、ここ最近であった一番大きな喰種駆逐作戦で去年の“ビッグマダム駆逐作戦”ぐらいだ。アレも失敗に終わったがな。

 それに伴いCCG捜査官の殉職者も減っており、今年に入ってから3か月以上経ったが今年の東京都内の捜査官の殉職者は未だにゼロ。

 

 喰種がいなくなり、被害者がゼロになり、捜査官の殉職者もいなくなる。

 やはりそれだけ見たら喜ばしいことなんだけれど、その理由がわからないのが不気味で仕方がない。

 

「東京23区から脱出したのかとも考えたが、23区外はもちろん名古屋や大阪などの大都市も含め、近隣の小さな町でも特に喰種による捕食死亡者が増えているという話は出ていない」

「となると喰種同士の抗争の結果……ですかね?」

「だとしても捕食死亡者がゼロになったりはしないでしょう、丸」

「ええ、例え24区に喰種が逃げ込んだとしても、結局は喰種は人間を捕食しなければ生きていけません。

 喰種による被害者がゼロになったということが不可解ですわ」

「安浦レディの仰る通りですな」

 

 いったいどういうことなのか。

 確かに喰種は人間を一度喰いさえすれば1ヶ月程度は持つ。

 しかし逆に言えば1年に10度は捕食しなければならないということでもある。

 

 CCGによって喰種の駆逐が行われていたとはいえ、東京都内に住んでいたはずの喰種は1000や2000どころじゃないはずだ。

 それなのにここ数ヶ月の捕食被害者がゼロ。東京以外の都市における被害は変わらないことから、喰種が東京都内のCCGからの追及を避けるために他の都市に移り住んだというわけでもない。

 何度も言うが被害者がゼロだということは喜ばしいのだが…………いや、日本国内の他の都市ではなく、もしかしたら海外か?

 アオギリ幹部のタタラのように、海外から日本に来た喰種も存在している。それなら逆に喰種対策に手をかけられない東南アジアなどの発展途上国ならば、CCGとの争いで鍛えられたアオギリなら敵無しだろう。

 となると、ドイツなどの先進国だけではなく、発展途上国との連携も考えなければいけないか……。

 

「……これは、捜査官の間で噂になっていることなんですが……」

「噂ァ? 根拠もないただの噂だってのか、宇井?」

「え、ええ……」

「まぁまぁ、丸手特等。それで宇井特等、どういう噂なのかね?」

「はい。口にするのも憚るようなことなんですが、何でも喰種どもは……24区で人間牧場を作っていると噂が……」

「何と!? それが事実なら許し難いことだよ、宇井ボォーイッ!!」

「いえっ、ですから噂でして……」

「だが、それなら捕食被害者がゼロってことも納得がいっちまうなぁ」

 

 人間牧場。要するに私らが鶏や牛豚を畜産しているように、喰種どもが人間を育てて喰っているということか。何と悍ましい。

 しかし確かにそれが事実なら、喰種が姿を現さなくなったことも喰種の捕食被害者がゼロになったことも説明がつく。

 私が討伐したオニヤマダのように好戦的な喰種もいるが、そうでない喰種も存在している。

 いや、そもそも喰種が人間の中に紛れている最大の理由は、人間を捕食するためだ。だが人間を襲う必要が無くなったのなら、私たちCCGに駆逐される危険性を冒してまで人間に紛れて生活しようとは思わないのだろう。

 

 ……そういえばハイセなんかも非好戦的な喰種だったな。

 ヤツはアラタ移送車襲撃事件以降は姿を見せていないが、ヤツが喰種同士の抗争など死んだとは思えないので、おそらくまだこの東京のどこかで生きているのだろう。

 

 アレは一昨々年の暑くなり始めた頃だったか。

 その頃、1区にあるCCGラボで電気系統などの細かいところで老朽化した部分が多く見つかった。

 建物そのものは問題なかったがラボでは貴重な生体部品を扱っているし、研究のためにアラタを含めた生きた喰種も何体か置いていたので、もし電気系統の異常による停電が原因で不測の事態が起こった場合、尋常ではない被害が発生することが予想された。

 そのため局長の判断で、研究などは一時的にストップしてしまうが喰種をコクリアに移し、その間に大々的な建物の補修を行うこととなった。

 まぁ、チョコチョコと騙し騙し使うよりも、ラボのような重要拠点は一気に補修を行った方がいいと私も思う。

 地行博士なんかはこれを機にネット回線などを最新のものに替えようとしていたのを覚えている。

 

 そして私たちがアラタのコクリアへの輸送を命じられた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 深夜2時。他に車が全く走っていない静かな高速道路を走る3台の車。

 先導車に法寺と滝澤、真ん中のアラタを乗せた護送車内に亜門とアキラ、そして後続車には私と什造。

 アラタはRc抑制剤を打ち込んだ上で拘束具でグルグル巻きにしており、顔もアイマスクや耳栓などをしていたので抵抗される恐れはなかった。

 いや、私が捕獲してから長い期間クインケ“アラタ”を作るための道具とされて、そもそもあの時は反抗する気概もなかったのだろう。

 輸送途中に喰種から襲撃されることも考慮し、一般車両に被害を及ぼさないために深夜の輸送となったが、それも相まって什造がブーブー眠たがってたぐらいで途中までは落ち着いて輸送作戦を行えていた。

 しかし今から考えると、いくら目立たないようにするためとはいえ3台で行動したのは間違っていたかもしれない。

 

 ……とはいえハイセ相手では3台でも30台でも結局は同じことだったか。

 

 襲撃が行われたのはラボとコクリアのちょうど中間地点にあたる高速道路上。

 しかも立体交差点があり、私たちが進んでいた道路の真上に別の道路があった地点。

 襲撃された当初はいつの間にハイセが現れたのかわからなかったのだが、おそらくハイセは真上の道路から飛び降りてきたんだろう。

 しかし正確なところはわからない。何せいきなり先手を取られてしまい、車を走行中、何かが車に当たった音がしたと思ったら、いきなりフロントガラスに見えていた視界が1m程上昇した。

 後からわかったことだが、走行中の車3台を赫子で持ち上げて停止させるという、とんでもないことをハイセが仕出かしたからだ。

 

「わぁっ!?」

「うおおっっ!? 何だ!?

 法寺、亜門! 状況は!?」

『こちら亜門! 護送車内はまだ大丈夫です!』

『法寺です。篠原さん、ハイセです』

「何っ!? チッ、車から出るぞ什造!

 護送車運転手は応援の要請を!」

『はいっ!』

 

 車のドアを開けて外に飛び出す。什造は軽業師のように綺麗に着地していたが、私は受け身を取りつつ転がりながら着地した。

 そして目に入ったのは、車を持ち上げている赫子。

 しかし最初はその赫子がハイセの赫子だとはわからなかった。何しろ赫子にはところどころに口と眼がついており、口からは呻き声のような音が発せられていたのだが、以前に見たハイセの赫子とは似ても似つかないものだった。

 赫子の先は私たちが向かっていた進行方向先に伸びており、それを辿って前に進むとそこにはハイセが1人立っていた。

 

「うわああぁぁっっ!?」

「滝澤くん!?」

 

 滝澤の悲鳴が響き渡る。

 法寺たちが乗っていた先導車のところまで辿りつくと、ようやく事態が飲み込めた。

 ハイセは普通乗用車である先導車と後続車をそれぞれ1本の赫子で、そして真ん中を走っていた護送車を2本の赫子で持ち上げていたのがわかったのだが、それとは別の赫子で滝澤を捕まえていたのだった。

 車の外に出たところを狙われたか!

 

「マサミチィーー、大丈夫ですかぁーー!?」

政道(セイドウ)だバカヤロォーー!!」

「……余裕ありますね、ジュウゾウくんも……セイドウマサミチさんも?」

 

 滝澤は鱗赫で身体を拘束されてはいるが、どうやらまだ怪我らしい怪我はしていないようだ。

 ハイセが呆れた顔で什造と言い争っている滝澤を見上げていた。

 だが安心出来ない。滝澤は無事だとはいえ、ハイセは滝澤を盾として自らの身体の前にかざしている。法寺が羽赫クインケでハイセを狙っていたが、滝澤に当たる恐れがあるので撃てていない。

 

 ヴィィーーーーン!

 

 そして何故か響き渡る機械の駆動音。何の音かと思えば、ハイセの左手にはバリカンが握られていた。

 あのバリカンってもしかして…………いや、それよりも危惧すべきなのは、

 

「鱗赫が5本だと!?」

 

 以前、ハイセと戦ったときは鱗赫の数は4本だったはず。喰種レストランでは羽赫を新たに使ったと聞いていたが、鱗赫も増えているのか。

 そしてその鱗赫も以前とは様変わりしており、異様な威圧感を放っている。

 1年にも満たない間で、いったいハイセはどこまで変わったというんだ。

 

「違いますよー、ハイセ。マサミチの名字はタッキーです」

「タ、タッキー・マサミチさん? いや、マサミチ・タッキーさんですか?」

「違ェよ!!」

 

 緊張感持ってくれないかな、キミタチ。

 

「ハイセェェーーッッ!!」

「えーっと…………亜門さんでしたっけ?」

 

 護送車から飛び出してきた亜門も私たちに並ぶ。

 前衛として私、亜門。中衛に什造。後衛に羽赫クインケを持った法寺。そして私たちの横にアキラが車を持っているハイセの赫子を警戒するために陣取った。

 それを見たハイセは「フム」と一言呟き、伸ばしていた鱗赫に何らかの動きを見せた。

 出来れば鱗赫が何をしてるのかを見たかったが、ハイセ本人から目を離すのは危険なのでアキラに任せた。少しすると後ろで何か重いモノを置くような音がして、車を持ち上げていたハイセの鱗赫が腰へと戻っていく。

 

「アキラ?」

「はい。車が3台ともひっくり返された状態にされました。アレではハイセの赫子が無くとも車は動けません。

 護送車運転手は無事です」

「そうか。わかった。

 アキラは中衛に。時間を稼ぐぞ」

「はい」

「アキラ、俺の後ろに」

 

 これで私たちの逃げる手段がなくなった。走って逃げてもハイセの足の速さでは追いつかれてしまう。

 私と法寺は自分たちで車を運転していたので、ハイセと対峙していない人間は護送車を運転していた局員のみ。しかし彼1人では車を元に戻せないし、そもそもアラタを放って逃げるわけにはいかない。

 いや、そもそもハイセがここに姿を見せたということは、アラタが目的ということか?

 

「どうも、亜門さん。ジュウゾウくんと篠原さんもお久しぶりです。残りの人はタッキーさん含めて初めてですね。

 そちらのオールバックの人は……もしかして中国の喰種組織、赤舌連(チーシャーリェン)を殲滅したっていう法寺さんですか?」

「ええ、そうですよ、ハイセ」

「ああ、なるほど。タタラさんから聞いた風貌そのものですね」

「タタラとは知り合いですか?」

「ケンカ売られたので、2つに割れてたアゴを4つにしてあげました」

「(ア、アゴ? 2つ?)」

「(割れてるのか?)」

「(やはりハイセとアオギリは友好関係でないのか)」

「(彼の仮面の下はそういう……)」

「しかしタタラさんが言ってたみたいに“ヤクザ組織に勤めてるインテリ弁護士顔”って、そこはかとなく合ってますね」

「…………」

「あはー「ちょっと黙ってような」ムグゥ?」

 

 ほ、法寺? 何か静かに怒ってないか?

 でもキレてハイセに挑んだりするなよ。時間稼ぎのためにもヤツのお喋りに付き合うんだぞ。

 

 それと什造が何か言いかけたんで、慌てて口を塞いだ。

 スマン、什造。今だけは黙っていてくれ。

 

「で、そちらの女性は?

 以前、見かけたゴリって呼ばれてた女性とは違うみたいですが…………でも、そもそも女性をゴリって呼ぶの酷くないですかね?

 やっぱりCCGは軍隊と似たようなもんでしょうから、やっぱりそういうイジメもあるんですか? 先月、自衛隊でイジメによる自殺事件ありましたよね?」

 

 ? 何のことだ?

 五里を名字で呼ぶのが酷い?

 

「……あっ!? ハ、ハイセ」

「何でしょうか、え~と、アキラ……さん?」

「私は真戸だ。真戸暁。

 それよりハイセ。五里は普通に名字だ。アダ名じゃない。五里霧中の五里だ」

「ゴリムチュウのゴリ…………漢数字の五に、里芋の里?」

「それだ。決してゴリラのゴリじゃないぞ」

「…………あっ!」

 

 そういうことかよ! た、確かに五里は女性にしてはガタイがいいが……も、もしかして五里自身も嫌がってたりしてたのか?

 そういえばウチのチビたちの通っている学校でもイジメ事件があったよな。確か加害者は被害者の名字をもじって変なアダ名で呼ぶというくだらないイジメをしていたようだったが…………無事に帰ったら、五里はそういうこと気にするかどうかをいわっちょに確認してみるか。

 

 しかし……ちょっと違和感を感じたな。今のハイセのセリフ。

 

「ゲフゲフンッ!! ま、まぁ、それは置いておきまして……。

 あ、あー……真戸、さん……ん? マド? もしかしてお父…………お祖父さんも捜査官をしてます?」

「? ……い、いや、キミが11区で戦った捜査官のことを言っているのなら私の父だ。祖父ではない。

 老けて見えるかもしれないが、まだ父は40代だぞ」

「えっ?」

 

 ハイセ、不思議そうな顔をしているのは真戸とアキラが親子で似ていないことか? それとも真戸が40代だったことか?

 まぁ、確かに私と真戸が並ぶと、真戸の方が年食ってるように見えるけどさ。

 

 いやしかし、とにかく時間を稼がなければ。

 11区の時はいわっちょたちもいたのにハイセには敵わなかったんだから、今のこの状態では勝ち目なんてあるわけがない。

 応援が来ても勝てるかどうかわからないが、それでも今の状態よりはマシだ。

 今の地点なら近場の支局から応援が来るとしても……最低20分はかかるか。くそ、高速道路を通っていたのが裏目に出ているな。

 

「何の用かな、ハイセくん?

 キミはアオギリの連中と違って、あまり好戦的な喰種ではないと思っていたんだけどねぇ」

「ええ、まぁ。今回はアオギリとは関係ありません。

 ……いや、情報の出所がアオギリだから、関係なくはないのかな?」

「情報、だと?」

「はい。さっきも言った通り、アオギリにケンカ売られて返り討ちにしたことあるんですよ。

 で、それの貸しとして、ちょっとばかり情報を押し売りされてしまいまして。ソレを確認するために来たんですけど…………その車で運んでるのはアラタさん、でいいんですかね?」

 

 ハイセが指差したのは護送車。

 答えることは出来ないが、自分でもその答えないということがそのまま返答になってしまうことがわかる。

 

「…………」

「沈黙は肯定と受け取ります。……ハァ、やっぱりかぁ。逆にアオギリに借りを作っちゃったか……。

 あー、それじゃあアラタさんとタッキーさんを交換して貰えません?」

「ハイセ、キミが人質に取ってる人間の名前はタッキーではなく滝澤だ」

「え? ジュウゾウくんってば……まぁ、いいや。そんなことは」

「(そんなことって言うなよ)」

「じゃあアラタさんと滝澤さんを交換で」

 

 アラタ輸送の情報源がアオギリ? どこから情報が漏れたんだ?

 いや、それを考えるのはここを切り抜けてからだ。

 しかし滝澤が人質に取られている上に、そもそもハイセに対抗する戦力が足りていない。どうしろというのだ、この状況!

 

 ……だがCCGの威信にかけてアラタをそう簡単に渡すわけにはいかん。

 幸いにもハイセは11区のときと同じく、コチラへの殺意は感じられない。何とか口八丁で少しでも時間を……。

 

「……何で、アラタを奪いに来たのか聞いてもいいかな?」

「奪いに、って言葉は適当じゃありませんね。アラタさんは貴方たちのモノじゃないでしょう。

 助けに来たんですよ」

「ああ、そうかい。じゃあ、何でアラタを助けに来たんだい?」

「……えー、まぁ、その…………うん。何と言いますか…………将来的に、その何です? 僕のお義父さん、になる人なので……」

「ハァ?」

 

 お父さん? いや、“なる”だから義理の父か。

 もしかしてアラタの娘とかと付き合っているということか?

 

「よ、予想外の返答だったよ。

 ……お、おめでとう?」

「あ、ありがとうございます?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……いや、実はお互いにハッキリと口に出してるわけじゃないんですけどね。

 けど僕としましては、やはり彼女に対して良いところの一つは見せたいと言いますか、誠意を見せたいと言いますか、彼女が喜んでくれたら嬉しいと言いますか……」

「あ、うん」

「CCGの方々にご迷惑おかけしちゃうってのはわかってても、アオギリからこんな情報聞いちゃったから来ざるをえなかったんですよ。

 ……何で滝澤さんそんな睨むんですか?」

「何でもねぇよっ!」

「…………あっ。大丈夫ですよ。きっと滝澤さんにも彼女が出来ますって」

「ウルセェよっ! 俺に彼女がいないってこと前提で話すんじゃねぇ!!」

 

 だから緊張感持ってよ、キミタチ。

 滝澤も滝澤でそんな状況でハイセに噛みつくようなことするな。

 

 しかしマズいな。これなら11区のときのように訓練とかの理由の方が助かった。

 今言った理由が本当ならば、アラタを助けだすまでハイセは絶対に引かないぞ。

 

 クソッ、アオギリめ。我々とハイセを争わせる気か。

 先程のハイセの言葉からすると、やはりハイセとアオギリは消極的敵対といった感じの関係なんだろう。正確には積極的敵対から、ハイセの力を知ったことで消極的敵対になったという感じか。

 おそらくアオギリとしてもハイセのあの力は脅威のはず。なので積極的敵対している我々とハイセを争わせて、我々の力を削げれば良し、ハイセの力を削げれば更に良しってところなんだろうな。

 

「……悪いけど、そう簡単に頷くわけにはいかないね。

 アラタを渡せばキミが何もせずに帰ってくれるとは思えない。何しろ将来のお義父さんを我々は捕まえていたのだからね」

「それは信じてもらうしかないですね。

 でもそれは現時点で僕が会話しているってことが証明になりませんか? 僕がその気になれば貴方たちを皆殺しにしてアラタさんを助け出せることもわかっているでしょう?」

「……アオギリがここを監視しているってことはないかい?

 キミがアラタを連れて行ったあと、立ち往生している我々を始末しにくるとか?」

「え? あー、それは考えてませんでした。それでしたらアラタさんを渡してくれたら、車も元に戻し…………あ、いや、やっぱもういいです。

 滝澤さんお返ししますね」

「え? って、あ゛あ゛ああぁぁーーーーっ! 篠原特等! 後ろ!」

 

 アッサリと滝澤を捕まえていた赫子を私たちの方に寄こしたので呆気に取られてしまったが、先程までハイセと面と向っていた滝澤が私たちの方を振り向いた途端そう叫んだ。

 その言葉に反応して後ろを振り返ってみると、50mぐらい離れたところに大きな荷物を担いで走り去る人影が見えた。

 

 ……って、待て! アレは荷物じゃなくて、拘束具でグルグル巻きにされていたアラタだ!

 ハイセに気を取られているうちに奪われていたのか!?

 

「しまった! アラタが!?」

「貴様は陽動か、ハイセッ!」

「そりゃ1人で来たりしませんよ。戦うだけならともかく、アラタさんの救助が目的なんですから。

 それでは僕も失礼しますね」

「待て「うわあぁぁ!?」くっ!」

 

 ハイセが身を翻したところを追撃しようとした亜門だが、ハイセからパスされた滝澤を受け止めるために足を止めざるを得なかった。

 そのままハイセは法寺の羽赫クインケによる攻撃を物ともせず高架下に飛び降り、アラタを連れ去った人影も100mぐらい私たちから離れたところで同じく高架下に飛び降りた。流石に私たちでは高架下に飛び降りて追撃というわけにはいかない。

 飛び降りたときにアラタを担いだ人影の顔部分が見えたが、鳥のようなマスクをしていたために人相はわからない。しかしあの鳥のマスクには見覚えがある。確か11区の戦いのときに梟が“カラスくん”と呼んでいた喰種だったか。

 

 くっ、ハイセを追うかアラタを追うか迷ったが、その迷いが致命的な遅さを……いや、どうせ無理か。

 どちらにしろハイセを追っても返り討ちにされただろうし、アラタを追うためにハイセに背を向けるのは無謀だ。ハイセが現れた時点で我々の負けは決まっていたということか。

 

「完敗、だな」

「篠原さん……」

「いいんだ、法寺。これは私の責任だ」

 

 まいったな。まんまとやられてしまった。

 局長に何て詫びればよいのか。アラタを奪われ、ハイセを取り逃がしたのは私の責任だが、局長が周囲の反対を押し切ってラボの改修工事を決断したことが原因とも繋がりかねない。

 私1人の責任で収まればい「あ、すいません。車を元に戻し忘れました」…………いいから帰れよ、歯茎。

 

「あ゛? 僕のことを歯茎って言ったら…………しまった!? 篠原さんは篠原の刑に処せれない!?」

 

 

 だから帰れ、歯茎。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ウン、思い出しただけで腹が立ってくる。

 次にハイセと会ったときこそ、その貼り付けたような笑顔に赤舌をぶち込んで……やれればいいなぁ。

 何とかして私のミスを庇って頂いた局長の恩に報いたいところだが、ハイセに勝てるとは思わないし、そもそもハイセ自体がアレから姿を見せたことはない。

 

 いや、そういえば“ビッグマダム駆逐作戦”が失敗したのは、喰種同士の抗争か何かはわからないが、ビッグマダムが先に始末されてしまったことが最大の原因だ。

 お零れ程度の喰種しか駆逐出来なかったあの作戦は、2年前の喰種レストランが壊滅したときと同じくハイセがやったと予想されている。

 そういうことではハイセと出会う機会はあるだろう。

 

 ……倒す方法見つかってないがな!

 

 それとあの時に感じた違和感だが、今から考えると何でハイセが“里芋”なんて知ってたんだろう?

 アイツ、喰種だろ。里芋はじゃが芋よりマイナーだし、喰種がわざわざ文字の例として取り上げるにはおかしい気がするな。

 もしかして東北出身か、アイツ?

 

「――では、23区内の完塞が終了次第、24区の探索を本格的に力を入れることにする」

「ま、そうでしょうなぁ。

 流石に残りの20区から23区を放っておいて、いきなり24区に攻め込むのは危険でしょう。

 そういえば宇井ボォーイ、最近の24区の動静はどうなのかね? 有馬特等と一緒に潜っているんだろう?」

「24区も喰種の姿は全く見えません。

 ですがRc細胞壁の活動が活発化しているのか、1日でルートが滅茶苦茶になることが多々あります」

 

 おっと、イカンイカン。今は会議に集中しなければ。

 

 しかし24区の探索か。

 局員の殉職者が減って喜んでいたが、24区の奥深くに踏み込むとなるとそうもいかなくなる。

 それに24区にならハイセがいるかもしれんし、何よりも24区の喰種を駆逐したとなると東京からほぼ全ての喰種を駆逐出来たことと同じだ。

 何とかして成功させなければな。

 

 什造も根気強く説教を続けてきたためか、最近になってようやく他人の痛みがわかるようになってくれた。付き合ってくれた亜門やアッキーラには感謝だな。

 まぁ、喰種との戦いがないことに不満を持っているみたいだったが、これで什造もヤル気を出してくれるだろう。

 最近はお菓子を食べてばっかりだったからなぁ、アイツ。

 

「そういえば今回も有馬特等は出席なされていないのですか?

 コクリア監獄長は昨日の怪しい人影が出没した件で、コクリアの警戒に当たっていると聞きましたが」

「フン、相変わらず有馬特等は好きに行動されているようだ」

「それが何か、和修準特等?」

「まぁまぁ、宇井特等、和修準特等。

 それに今日の貴将は無断欠席じゃないぞ。ちゃんと事前に出席出来ない旨を伝えられていた。何しろ今日は高槻泉の小説の発売記念記者会見に出るのだからな。

 それこそ記者会見は11時からだから、もうそろそろ始まるな。

 ちなみにこれが今日発売されるはずの高槻泉の著作だ」

 

 局長が得意げにブックカバーがかけられた本を私たちに見せた。

 いや、見せたというより見せびらかすといった感じだな。

 

「へぇ、局長のところにも届いたんですかい?

 有馬にしては珍しい気配りをしやがりましたね」

「ということは丸手特等にもか?

 ああ、昨日帰宅したら宅配便で届いていてな。今日の11時にこの本が発売されるからそれまでは秘密にしておくように、との貴将の手紙も同封されていてね」

「私もです」「私もですわ」「同じく私にも」「ウム」

「……私だけじゃなかったのか。

 おや、篠原特等には届かなかったのかね?」

「ハハハ、届くには届いたんですが、妻に取られちゃいまして読めてないんですよ……」

「…………そんなことのために特等会議を欠席ですか」

 

 和修準特等には届かなかったのかな?

 まぁ、有馬のことだから嫌がらせとかではなくて、ただ単に和修準特等の家の住所を知らなかったから、みたいなオチなんだろうが。

 もしくは眼中にないって感じかな?

 

「それにしてもあんな本を出版させて良かったのですか?」

「ん? 何か問題となるような描写があったかな、安浦特等?

 まだ完成版全ては読めていないが、3ヶ月前ぐらいの最終チェックの際には特に問題なかったはずだがね」

「その……和修局長をモデルにしていると思われる人物に思うところがありましたわ」

「(有馬さん! 何故局長をランニングシャツと縦縞トランクスで爆走する人物にしたんですか!? そういうのやめたんじゃなかったんですか!?)」

「……宇井特等、顔色が優れないようだが?」

「い、いえいえ! それに喰種を美化するような描写があったかな、と」

「ああ、確かにそういう描写があったな。

 だが恋愛モノなんだし、そう目くじら立てなくても良い範疇だと思ったのだがね」

 

 ウーム、私はまだ読めていないんだから、ネタバレするのは止めてほしいんだが……。

 しかしどんな内容なんだろうなぁ。

 有馬が主人公で、脇役として亜門やアッキーラ、それに例の金木くんも出てくるとは聞いているけど、カミさんは夜更かししてまで読んでいたみたいだからきっと面白いんだろう。

 今日、なるべく早く帰って読んでみるとするかな。きっと亜門やアッキーラたちも読みたいと思っているだろうしね。

 

「恋愛モノ……ですか?

 確かに恋愛描写はありましたね。私もあんな恋愛をしたかっ……いえ、それはともかく、局長がよろしいと判断されたのでしたら構いませんが……」

「安浦レディ、いったい何が問題なのですかね?

 いや、実は私は読んでしまったら内容を言い触らしてしまいそうだから、まだその本は封を開けてもいないのですよ」

「そんなに気にすることではないと思うんだけどねぇ。

 そもそも“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”というタイトルからして、もう真面目に読む人はいないだろう」

「……ハ?」「局長?」「ウム?」

「どうかしたのかね?」

「そんなタイトルでしたっけ?」

 

 はて? 封を開けてすぐカミさんに取られてしまったからマジマジと表紙を見たわけではないが、確かタイトルは……“何とかのブレイブ”だったか?

 少なくともそんな“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”みたいな長ったらしいタイトルではなかったはずだが?

 

 というか何じゃい、そのヘンテコなタイトルは?

 

「局長、ちょっとその本貸して頂いてもよろしいですか?」

「あ、ああ。構わないが……しかしどういうことだ?」

「いわっちょはもう読んだのかい?」

「ウム、だが読んだのは“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”ではなく“王のビレイグ”だったはずだが……?」

「ああ、そんなタイトルだったね」

「有馬さんが送る本を間違ったのでしょうか?

 確か今日は“王のビレイグ”の他にも、同じ翔英社の作品が発売されるはずですから……」

「しかし安浦特等、この“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”も著者が高槻泉ですよ。

 ……2作品同時発売、とかでしょうか?」

 

 宇井が局長から本を受け取りブックカバーを外すと、中から出てきたのはピンク色というかパステルカラーというか、若い女の子が好みそうな色調をしているカバーがかけられた本があった。

 確かにタイトルは“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”で、作者名は高槻泉となっている。

 

 しかしいわっちょや宇井の言葉が本当なら、彼らに送られてきたのは“王のビレイグ”。

 これはいったいどういうことなのだ?

 

「……とりあえず、テレビつけてみたらどうですかい?

 確か記者会見がテレビ中継されるって話でしょう?」

「あ、なるほど」

「それもそうだな」

「私は退室してもよろしいですか?

 こんなことに時間を使っている暇などありません」

 

 せっかくの特等会議がグデグデになりかけている。

 まったく……有馬のヤツめ。

 

 しかし和修準特等も不機嫌に退室を求めているが、やはり局長とは似ていないなぁ。

 もう少し気を抜けばいいのに。どうも丸も和修準特等のことは気に入らないらしく、よく愚痴を吐かれてしまう。

 確かに和修準特等がドイツで振るった手腕は局員の死傷者が多発したと聞くが、日本に来てからは喰種が出ないせいで地味な仕事を愚痴らずに続けているんだから、もう少し成長を見守ってもいいと思うんだけどねぇ。

 

 そして宇井がテレビをつけると、高槻泉の記者会見の中継が映された。

 ちょうど今から始まるらしく高槻泉と有馬、そしてあの金木研くんが壇上に上がって記者会見の席につくところだった。

 

 それと同時にドアがノックされた音が室内に響き渡る。

 

「うん、特等会議中に?

 誰だ、入れ」

『――こんなにも大勢の前で話をするのは“黒山羊の卵”以来でしょうか――』

「しっかし、有馬のヤツがテレビに映ってるってのは、どうにも違和感しか感じねぇなぁ」

「ウム」

「金木ボーイか。昨年の区対抗草野球大会に有馬特等が助っ人として連れて来て以来会ってないな。

 今年の大会には来てくれるだろうか? 何としても昨年打たれたホームランの借りを返したいのだがねぇ……」

「失礼します」

「平子先輩? それに……あんていくのマスター?」

 

 記者会見が始まると同時に会議室に人が入ってきた。

 宇井の言葉を聞いて振り向いてみると確かにそこには平子が、そしてもう1人初老の男性がいる。

 

 顔に見覚えはないが……ハテ? 何だか既視感が?

 どこかで会ったかな?

 

「……何の用だね、平子上等?」

「平子先輩、どうしてあんていくのマスターをこんなところに?」

『――それは文字通り作家生命、“高槻泉”個人のいのちをかけたものとなります――』

「ソチラの御仁は知り合いかね、宇井ボーイ?」

「え、ええ。有馬さんに連れられてよく行く喫茶店のマスターで…………先輩、その服装は?」

 

 いったいどうしたのかと思えば、局長がやけに厳しい顔をして平子を睨んでいる。

 確かに部外者をわざわざ特等会議に連れて来たのは好ましいことではないが、平子が理由もなくそう迂闊なことをするとは思えん。

 

 局長に睨まれている平子は……いや、待て。

 どうして平子は0番隊がいつも着ている戦闘時にも使えるコートを着ている? どうして平子はクインケを仕舞っているトランクを持っている?

 思わず椅子から腰を浮かしてしまったが、特等会議にクインケなぞ持ち込んでいないのでどうすることも出来ない。

 

 そんな慌てている私たちを尻目に、平子はコートの内ポケットからゴソゴソと何か白いモノを取り出し――――

 

 

『私は“半喰種”です』

 

『私は“半人間”です』

 

『僕は“人工喰種”です』

 

「辞めます」

 

 

 テレビに映っている人間も含め、四者四様の言葉が室内に響き渡った。

 

 って、平子が取り出したのは辞表じゃないか!? しかも「辞めます」って、もしかして後輩の宇井は特等になったのに自分は上等のままだったり、宇井の更に後輩のはずの伊丙と地位が並んだことが嫌になったりしたのか!?

 た、確かに嫌になっても無理ないかもしれないが、私は推薦する機会があれば、平子の昇進は常に推薦し続けていたぞ!

 だから早まったことをしたりせず、私やいわっちょが何とかするから早まる…………待て。今、有馬は何と言った? 高槻泉と金木研も何と言った?

 

 テレビを見やると、有馬はいつも通りの澄ました顔をしてテレビに映ったままだったが、高槻泉は右眼、金木研は左眼が白目部分が黒く、黒目部分が赤くなる赫眼に変化していた。

 しかも金木研が手に持っているのはハイセのマスクだとっ!?

 

「有馬さんっ!?」

「まさかあの本は事実だとっ!?」

「ウムッ!?」

『――そして今ここに、人間と喰種の共存を目指す組織“:re”の設立を宣言致します――』

 

 いわっちょと宇井と安浦さんの3人が、“王のビレイグ”を読んだ3人が叫ぶ。

 それと同時に平子は机に辞表を置いてからクインケを展開して私たちに刃を向けて牽制し、平子と一緒に入ってきた初老の男性の身体が盛り上がり、まるで赫者のように姿を変え始め―――――“隻眼の梟”としての正体を現した。

 

 しかも平子の持っているクインケが異様だ。

 一見すると今まで平子が持っていた[ナゴミ1/3]に似ているが、刀身部分に人間の口のようなものがついており、しかもその口が呼吸しているかのように閉じたり開いたり動いている。

 まるで生きているかのようなクインケだ。

 

「今頃、伊丙たち0番隊が手分けして白日庭と和修邸に襲撃をかけています」

 

 そう言って平子は取り出した拳銃を局長に向けた。

 隻眼の梟は暴れたりせずに局長の一挙手一投足を見張っている。

 

「同じく主だったVの拠点も:reの面々が襲撃をかけている頃だろう」

「…………」

「きょ、局長? まさか“王のビレイグ”の内容が事実だとでもいうのですか?」

「ど、どういうことだね、宇井ボーイ!? 安浦レディ!?

 “王のビレイグ”を読んでいない私たちにもわかるように説明してくれ給えっ!?」

「か、簡単に説明しますと“王のビレイグ”とは、主人公が所属している対喰種組織の裏の顔が悪の組織であり、その悪の組織によって人工喰種にされた元人間の隻眼の喰種“名無き”が王として喰種を率いて、人間と喰種の間に生まれた半人間の主人公と手を組んで世界に反旗を翻す英雄劇です」

「付け加えるならビレイグとは北欧神話のオーディンの別称で、意味は“片目を欠く者”。

 そして……悪の組織は実は喰種が操っている、という設定でしたわ」

「ウム」

「まぁ、詳しいことは今テレビで娘が説明するよ」

 

 隻眼の梟の言葉がTVに映っている高槻泉に聞こえていたわけではないだろうが、高槻泉が再び話し始めた。

 

 自らの生い立ち。有馬の生い立ち、金木研が人工喰種となった経緯。

 CCGに挑んだこと。アオギリの樹を作ったこと。戦いの末に有馬と手を組んだこと。金木研の発見。奇跡ともいえる金木研の人工喰種としての力。

 そして金木研を喰種に希望を与える“隻眼の王”としようと画策し、遂にはアオギリの樹や有馬すら超える人工喰種として鍛え上げたこと。

 その鍛え上げた力を以って金木研がアオギリの樹を掌握し、新しく“:re”という人間と喰種の共存を目指す組織を設立したこと。東京23区内ほぼ全ての喰種を支配下に置き、24区も支配下に置いたことで喰種を24区に集めたこと。

 昨今の喰種被害者数が激減しているのはこれが理由のこと。

 

 次々と信じられないようなことを話し続けていく。

 しかしまさか、そんな馬鹿な事が……クソッ、エイプリルフールは明日だぞ!

 

『――それと“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”、略して“喰愛”という小説も書いてネット小説として放流しましたのでよろしくお願いします』

『えっ? 何ソレ聞いてない』

『いんや、トーカちゃんとの約束でさ。カネキュンとトーカちゃんの日常をちょっとね……』

『待って。お願いですから待ってください』

『もう遅い。放流“しました”と私は言った』

『……おぅふ――』

 

 金木研が崩れ落ちた。

 というか“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”も結局は高槻泉の作品なのか。

 

『――ああ、だけどCCGの局長に発送した“喰愛”はダミー用で、それも私が書いたものですがネットに放流したのとは別物ですので、今CCG局長が持っている本はそれ一冊のみのプレミアモノですね。

 読みたい人がいらっしゃいましたら、CCG局長から強奪してください――』

 

 オイ、やめろぉ!

 高槻泉の影響力でそんなこと言うな!

 

 いや、まぁ、そんなことよりもだ。

 もし今の高槻泉の言葉が本当なら、CCGは裏からVという喰種組織に操られており、そしてその黒幕は和修家ということに……いや、まさか。そんな馬鹿な事があってたまるか。

 

 局長の言葉が聞きたかった。そんなことはない、と言って欲しかった。

 だが局長は相変わらず平子と梟を厳しい顔で睨んでいるだけだ。

 テレビでは高槻泉の発言が続いている。そして高槻泉の隣に座っている有馬貴将はいつも通りの顔をして、高槻泉の言葉を否定することもなく佇んでいる。

 そう、あの有馬貴将が高槻泉の言葉を肯定している。ということは……だ。

 

 

「……そうか。高槻泉がお前の娘か、功善」

 

 

 何、だと……?

 今の言葉は事実なのか? しっかりと局長の言葉が耳に入ったはずなのに、脳がその言葉を認識するのを拒否している感じがする。

 だが局長が梟たちの言葉を否定しないということは局長は…………喰種。そして和修家も……。

 何てことだ。私たちはいったい今まで何のために戦ってきたんだ。

 

 チラリと横を見てみると、いわっちょを始めとした皆も呆然としている。

 和修準特等は怒りながらも青い顔をしているが、局長が喰種ならば彼も……。

 

「……こんなことをしてどうするつもりだ、功善?

 こんな長年保ってきた均衡を崩すような真似をして……」

「大したことじゃない。今まで放っておいてしまった娘のワガママに付き合うだけさ。

 まぁ、周りの皆を巻き込んでしまったのは心苦しいが、その皆が予想以上にも乗り気だったのでね。心置きなく娘の味方をすることが出来る。

 しかし責任逃れのつもりはないが、今の私は脇役だ。あくまで主役は娘やカネキくんたち若者『――それと喰愛の外伝として、私の父母の馴れ初めから別れを描いたエピソードも同時に――』…………えっ? 何ソレ聞いてない」

「……そ、そうか。お前の監視はしていたが、監視をする相手を間違ったか。金木研を甘く見てしまったようだな。上手く物事が進み過ぎていることに疑問を持つべきだったか。

 しかし解せないのは平子上等だな。理由はどうあれ、君がしていることは喰種対策法に触れているぞ」

 

 喰種対策法。

 喰種と知っていながら匿ったり庇った人間も処罰対象となり、刑罰は人間の犯罪者を匿うよりずっと重いものとされ、死刑判決が下された判例もあるぐらいだ。

 平子がそれを知らないはずがない。知ってて尚、梟と組んでこのようなことをするということは、平子も覚悟の上のことだということはわかる。

 

「何故こんなことに付き合っている? そこまでするとは君は貴将の何なんだね?」

 

 だがしかし、せめて私たちに相談して欲しかったと思うのは私の傲慢なのだろうか……。

 そんな想いを胸に抱くも、平子はいつもと変わらない表情をしながら口を開く。

 

 

 

「ただの部下です」

 

 

 

 そしてパァン! という銃声が室内に響いた。

 

 

 

「パパッッ!?!?」

「えっ?」「和修準特等?」「ま、政?」「パ、パパ?」

 

 

 ……別の意味で驚いたぞ、オイ。

 

 

 

 

 

━━━━━黒磐武臣━━━━━

 

 

 

「そ、そんな……カネキさん?」

「大丈夫か、小坂?」

 

 小坂の顔色が悪い。

 確かに今テレビで流された内容は、CCGに勤めている自分にしても衝撃的なものだった。

 

 休日に小学校時代の同級生の小坂と偶然再会したので、近況報告を兼ねて喫茶店で茶を飲んでいた途中、小坂がスマホを取り出してテレビを見たいと言い出した。

 何でも親友の恋人がテレビに出るらしく、しかもそれが局でも噂になっていた有名な高槻泉の書く有馬特等が主人公の作品の発表記者会見ということだったので、自分も興味深く小坂のスマホで会見のテレビ中継を見ていたら、とんでもない内容が白日の下に晒されてしまった。

 まさかCCGの裏にそんな組織が……。

 有馬特等が否定していなかったということは事実なのだろうか?

 

 急いで局に戻り事実関係を確認したいところだが、こんな状態の小坂を放っておくわけにはいかない。

 

「しっかりしろ、小坂。

 さっきのカネキさんというのは確かに小坂の親友の恋人で間違いないんだな?」

「……う、うん。間違いないよ。私、何度も会ったことあるもん。

 クラスの皆と一緒に勉強を教えてもらったり、遅くなったときに車でトーカちゃんと一緒に家まで送ってもらったりしたこともあるし……」

 

 先程、高槻泉が言ったことが正しいのなら、金木研さんは人間から喰種にされてしまった人工喰種。

 そして金木研さんの恋人は金木研さんが人工喰種にされてしまった直後、彼の身体が喰種として馴染まずに苦しんでいたところを助けてもらったのがキッカケで縁を深めていった喰種。

 というか高槻泉が書いた“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”はカネキュンとトーカちゃんの日常を書いたものと言っていたから、小坂の親友のトーカちゃんと金木研さんの恋人のトーカちゃんは同一人物なのは間違いないだろう。

 

 しかし小坂の親友が喰種?

 この小坂の様子だと親友が喰種だとは知らなかったみたいだが、喰種捜査官としては……この状態はどうするべきなんだろうか?

 

 今の会見のせいで社会が荒れることになるだろう。

 少しでも金木研さんとトーカちゃんのことを調べるために、小坂に2人の詳しいことを聞くべきだろうか?

 しかし今のショックを受けている小坂にそういうことを聞くのは酷だろうし、そもそも隠されていたようだから小坂は何も知らないだろう。だからひとまず小坂を家に送ってから局に…………いや、待て。それはマズいか。

 

 小坂の高校の同級生には、小坂とトーカちゃんが親友ということを知っている人間がたくさんいるだろう。

 もしこの会見を見てパニックになった人から不確定な噂が広まり、小坂までもが喰種と噂されてしまったらとんでもないことになりかねない。

 ここはやはり保護も兼ねて、小坂を最寄りの支局に連れて行くべきだな。

 

 

「小坂、言い難いんだが話を聞かせてくれるか?

 喫茶店じゃマズいからCCGの支局で」

「え?」

「頼む、小坂。それが君のためにもなるんだ」

「……うん。わかった。

 でもトーカちゃん、何でこんなことに…………あ、トーカちゃんからメール来てた」

「!? どういう内容なんだ?」

「えーっと…………え、何コレ?」

 

 

 

 

 

 

 

  結婚しました。

 

      金木 研

         董香

 

 

 

 

 

 

 ……うん? あ、添付ファイルに今日付けで役所に提出したらしき婚姻届けの写真が。

 

 

 







 原作で新たな事実が発覚する前に投稿しなきゃ(必死)
 この話は原作100話の時点での情報を持って書いています。


 それにしても平子さんが一気に主役に?
 でも「辞めます」は絶対に書きたかったです。

 あとは後日談を書いて終わりです。
 原作とはかなり違う道を辿ることになりますが、とりあえず“黒山羊”って組織名はカネキュンに相応しくないと思いますので組織名は“:re”に。
 ただし“王”ではなく、restartなどの“再び”の方の意味です。

 Re:ゼロから始める人間との関係。

 ……それとてっきり政はカモフラージュ用の養子とかだと予想していたんですがねぇ。
 となると政が行っていたドイツの方もグルでしょうかね。
 でもよくよく考えますと:re4巻の巻末4コママンガの「御飯を犬死にさせる気か!」の“犬死に”って表現が伏線っぽいですね。

 というか今更ですがいわっちょさんが書きづらいです。
 もう「ウム」さえ言わしときゃいいか。


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後日談

 

 

 

「久しぶり、依子」

「うん、そうだね」

「ハ、ハハハ……ゴメンね。今まで騙していて。

 けど嘘って思われるかもしれないけど、私は依子のことはホントに友達だと思ってた。その……喰種にこんなこと言われても迷惑かもしれないけどさ」

「ううん、そんなことないよ。(喰愛読んだし)私、トーカちゃんのこと信じる」

「……あ、ありがとう、依子」

「だから、これから私の言うことも信じてくれる?」

「うん! 依子の言うことなら何だって信じるよ!」

 

 

 

 

 

「田畑くん、彼女出来たって」

「それは嘘だろ」

 

 

 

 

 

━━━━━亜門鋼太郎━━━━━

 

 

 

 3月31日

 高槻泉(本名:芳村愛支)、有馬貴将、金木研の3人によってCCG史上最大かつ存在意義を問われるスキャンダルが全国に生放送で暴露された。

 記者会見終了後、3人は忽然と姿を消す。

 

 同時刻にCCG本局、白日庭、和修邸、及び東京都内数十箇所で:reによる襲撃事件が発生。

 CCG本局で開かれていた特等会議を襲撃した平子上等捜査官と不殺の梟は、和修吉時CCG局長並びに和修政准特等捜査官を捕縛。その場に居合わせた篠原特等捜査官らに引き渡したのちに逃走。

 白日庭、和修邸を襲撃した0番隊隊員は、白日庭のいわゆる半人間の子供たちを誘拐(実際は救助)。和修邸の主だった人間を捕縛し、拘束した状態でCCG本局へ投げ込んで(比喩表現ではなく)から逃走。

 東京都内数十箇所で発生した戦闘は、不殺の梟が話したVの拠点におけるVと:reの構成員の戦闘と思われる。詳細は調査中。

 

 未曽有のこの事態に丸手特等が局長代理となって事態の処理に当たるが、:re設立宣言会見を視聴していた日本全国の視聴者から様々な問い合わせが殺到。

 内容は抗議の声が半分。あの会見は事実なのかの確認が半分。

 事態を重く見た日本政府による警察法に基づく緊急事態の布告がなされ、CCGは警察の管理下に入る。丸手局長代理が積極的に警察を呼び込んだという噂がある。

 3月31日はこれ以降、事態の把握で終わる。

 

 

 4月1日

 金木研が屋外で行われていた朝の情報番組のお天気コーナーに乱入。

 喰種収容所コクリア襲撃を宣言し、その場から徒歩でコクリアに出発。

 

 3時間後、コクリアに到着した金木研によるコクリア襲撃が開始される。

 コクリア警備員、並びに急遽駆け付けた喰種捜査官が防衛を試みたが、金木研単独に打ち破られる。高槻泉(隻眼の梟)も合流していたが戦闘には参加しなかった模様。

 死者こそ出なかったが骨折程度の重傷者多数。田中丸特等捜査官、鉢川准特等捜査官らが篠原の刑に処される。ついでにコクリアに乗り付けた丸手局長代理のバイクも戦いの余波で壊される。

 

「騙すようなことをしてすいませんでした、亜門さん」

「……くっ、殺せ!」

「はい! “くっころ”頂き「言わせるかぁっっ!!」ってカネキュン待っギニャアーーーッ!?!?」

「な、何なんだ?」

「鋼太郎、お前は知らなくていい」

「アキラは知っ「知るな」……わ、わかった」

 

 コクリアを破壊されてしまい、収容していた全ての喰種を解放されてしまったが、金木研が生存していた喰種全てを率いて24区へ撤退したために今のところ東京都内の喰種捕食被害者は増加していない。

 撤退する際に独自の行動をとろうとしたせいで、金木研によって“粛清”された喰種が数体いる模様。

 これら全てはマスコミのカメラによって撮影されていたが、テレビ局の自主判断によって大部分は放映されず。ただし民間人による携帯電話のカメラによる撮影も行われており、映像がネットに出回ってしまっている。

 なお、篠原の刑に処された田中丸特等捜査官、鉢川准特等捜査官らの姿は夜のニュースで放映された。篠原の刑が全国区に広がった。

 

 一連の騒ぎが世界各国にも広がり始め、日本のCCGに相当する機関の捜査が行われている模様。特に和修とクインケを共同開発したドイツでの騒ぎが酷いらしい。

 それと結局“くっころ”とは何だったのだろうか?

 

 

 4月2日

 和修の捜査がひとまず終了。和修一族が喰種だったことが確認された。

 政府やマスコミからの追及が激しいため、丸手局長代理による現時点での状況説明の説明記者会見が行われる。

 

 そして金木研が会見終了間際になって会見場に乱入。

 :reは明日からしばらく大人しくしているので、その間に全CCG局員の喰種検査、並びにVの捜査と東京以外の都市の喰種被害発生の警戒を要望。

 

「大半の局員の方々は真面目に働いていた人間ですので、日本国民の皆さんはそんなに責めないで上げてください。

 というか捜査の邪魔」

 

 と、よりにもよって金木研からCCGへのフォローが入る。

 この日から少しだけCCGへの抗議の数が減少。ただし抗議の質は上昇した模様。

 

 

 4月2日

 全CCG局員の喰種検査を行おうとするが、和修が正体を隠すために利用していたRc検査ゲートは信用出来ないため、いったいどの検査方法を使用して喰種判断をするか混迷する。

 血液検査は結果が出るまで時間がかかるし、何よりも検査機関の人間が和修及びVの手先の可能性があるために、検査を行ってもその結果が信用出来ない状況に陥った。

 CCGラボの地行博士に新しい検査方法の発明を依頼しようともしたが、その地行博士がVの人間だった場合どうするのか、などの問題が噴出。

 局員の間で疑心暗鬼に陥る状態になった。

 

 

 4月3日

 金木研から電話があり、簡易的な喰種判断方法が伝えられる。

 検査方法は鼻を塞いだ状態で蒸留水にそれぞれスクロース、塩化ナトリウム、酒石酸、カフェイン、グルタミン酸ナトリウムを溶かしたものを飲み、その内容を当てるという、いわゆる甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の鋭敏さを試験する5味識別試験だった。

 確かに嗅覚を塞いだ状態でならば、人間とは違う味覚の喰種ではこの検査に合格出来ないだろうと納得するも、富良上等が煙草を吸っているせいか危うく落ちかけた。禁煙を決意したらしい。

 宇井特等も落ちかけた。

 

 とはいえこの検査でも完璧には安心出来ないので、CCGラボで大至急新たな検査方法を模索することになった。

 東京中の喰種は活動停止しているため、アキラのような研究に適性のある捜査官が集められる。どうせCCGは開店休業状態で暇だしな。

 

 

 4月4日

 引き続きCCG局員、並びに主だった公務員の喰種検査を実施。

 検査方法を公開したところ、民間でも自発的に行われた模様。

 

 10時に翔英社から“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ 外伝”の書籍化が発表される。

 その30分後に不殺の梟による翔英社襲撃が行われるも、何故か予め居合わせた隻眼の梟によって防衛される。

 

「あっれぇ~~!? どぉーしたのさぁっ、おっと~~うさんっ!?」

「恥ずかしいっ! いくら何でもそれは恥ずかしい!」

「いい加減にしろアンタら」

「ホラ、帰りますよ、店長」

「すいません、お邪魔しました」

 

 結局、騒ぎを聞いて駆け付けた金木研によって両梟は撃沈。遅れて駆け付けた魔猿と黒犬に担がれて引き取られていった。

 

 そして13時に再び翔英社から“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”の書籍化が発表される。ついでに有志が英訳したのもネットに広まった。仏、独訳なども順調に進んでいる模様。

 その5分後に金木研による翔英社襲撃が行われ、高槻泉の担当編集者でもあった塩野瞬二氏が篠原の刑に処される。

 

 篠原の刑が世界各国に広がった。

 

 

 4月5日

 金木研が“隻眼の王”として、3月31日に襲撃した和修邸、白日庭、V拠点から持ち出した資料を持ってCCG本局を訪問。

 現在、丸手局長代理が日本政府及び警察関係者と共に応対中。

 その間に同行してきた“王妃”と、その王妃が人間に紛れて生活していた折に親交を持った人間、CCGで保護をしていた小坂依子嬢との会談を要望される。

 条件付きで受託。

 

 会談時は王妃、小坂依子嬢ともに護衛は2人まで。残りの人員は別室で監視カメラを通して経過を見守ることに。

 CCGは黒磐武臣二等捜査官、瓜江久生二等捜査官を小坂依子嬢の護衛として同席させる。

 王妃の護衛は白と黒の喰種。女性と思われるが仮面をしているため詳細は不明。

 

 

 今頃、丸手局長代理たちは金木くんと言葉でやり合ってるんだろうなぁ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「私は丸手局長代理の護衛の五里二等捜査官だ、金木研くん」

「は、はい……」

「ちなみに五里は五里霧中の五里で、決してゴリラのゴリではない」

「いや、あの……ホントすいませんでした。勘弁してください」

「じゃあ始めるか、金木研くんよぉ」

「チッ、やりますね、丸手局長代理」

「あんま大人舐めんなよ、ボーズ

(このために黒磐から借りてきたんだし)」

「……ヒデの就職取り消した癖に」

「いや、永近についてはホントすまんかった……って、それも元はと言えばお前さんのせいじゃねーかよ!

 っつかバイク弁償しやがれ、この野郎!」

「バイク? 何のことですか?」

「(……申し訳ありません。丸手局長代理。実はエメリオの流れ弾が……)」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『ええ~、信じてくれないのぉ~~?』

『いや、だって…………田畑だよ。あの田畑だよ!?』

『(即答だったな)』

『(喰種風情が……)』

『(田畑ってどんだけ?)』

『(そこまで酷いと逆に興味あるね)』

『カネキさんとメールの付き合いがあって、カネキさんのアドバイスを参考にしたら出来たんだって。今日、トーカちゃんと会うことをメールで教えたら、トーカちゃん経由でカネキさんにお礼をしておいてだってさ。

 そういえばトーカちゃんもカネキさんも電話番号とメルアド消しちゃったんだね』

『……マジかよ。ありえねー。

 つかカネキそんなことしてたんだ』

『え? トーカちゃんってばまだカネキさんのこと名前で呼んでないの?』

『えっ? ……ああ、いや、そういうわけじゃないんだけでね。でもその……だってまだ慣れてないし、それに何か恥ずかしいし……。

 あとメルアドとかはこんな騒ぎを起こしたから流石にね。イタズラ電話やメールが来ても困るし。

 ……その、落ち着いたら新しい電話番号とメルアド教えるよ』

 

 

 こうして小坂さんと話しているのを見ていると、王妃である彼女も普通の女子大生という感じだな。現に金木くんと一緒に上井大学に通っていたようだし。

 いや、そもそもあの王妃ってあんていくでウェイトレスをしていた娘だったはずだ。アキラと一緒に何度かあんていくに行ったことがあったが、金木くんと一緒にいたのを見た覚えがあるぞ。

 

 ……しかしあんていくか。あそこの店員が喰種だなんて思いもしなかった。

 俺だけじゃなくアキラ、それと有馬特等と一緒にあんていくに行ったことがある宇井特等や、区対抗草野球大会で金木くんと一緒に野球をした田中丸特等たちも気付かなかったから、俺だけが特別鈍いというわけではないようだ。

 それに有馬特等を始めとする、0番隊の子供たち。彼らが半人間だとは思いもしなかった。

 人間と喰種の間に生まれ、それでも喰種としてではなく人間として生まれた彼らは、普通の人間に比べて寿命が短く、30歳ぐらいまでしか生きられないという。

 彼らも金木くんについて一緒に24区に行ってしまったのだが、喰種たちと一緒に過ごしていても大丈夫なのだろうか?

 

 

「メロンパン()()()()」「久しぶりに食べる生野菜美味しい」「24区だと備蓄の冷凍野菜しかないからねー」「それか缶詰」「帰りにいろいろ買って帰ろうよ」「ケーキ!」「どうせなら野菜育ててみる?」「え、地下で? モヤシぐらいしか無理じゃない」「嘉納に任せればいいっしょ」「そんなことより夕飯どうする? 私寿司食べたい」「あー、生魚いいねぇ」「どうせカネキさんお金持ってるんだから、回ってないのを……」

 

 

 ……意外と大丈夫そうだな、コイツら。

 護衛として0番隊が来たときは驚いたが、今までと変わりがないようで何よりだ。宇井特等は頭を抱えておられたが。

 まぁ、袂を分かってからまだ1週間だし、話からすると2年ぐらい前から:reと組んでいたらしいから、そうそう態度が変わったりはしないのだろう。

 

「入見おばちゃん、コーヒーおかわりください」

「誰がおばちゃんかぁっ!?」

「……ハイル、相変わらずだな君は」

「郡センパイも相変わらず不機嫌そうですねぇ」

 

 金木くんから渡された資料をずっと睨むようにして見ていた宇井特等が伊丙上等に話しかけるが、やっぱり彼女も変わっていない。

 変わってないことに安心すればいいのか、それとも少しは変わってくれればよかったのにと嘆けばいいのか。どっちがいいのだろうか。

 

 王妃と小坂さんの監視を別室で行っているのはCCGは俺と宇井特等、そして富良上等。そして:reは伊丙上等と元0番隊の4人と喰種1人が立ち会っている。

 それとこの喰種も見覚えがある。確か王妃と一緒にあんていくでウェイトレスをしていた女性だ。

 元同僚という関係から王妃の護衛をしているのか? さっきは王妃のことを“トーカ”と呼び捨てにしていたから、王妃を呼び捨てに出来るぐらい親しいのか、それとも王妃自体はそれほど力を持っていないのかのどちらかか。

 “喰愛”見た限りだと、両方って感じだろうか?

 

「いやー、さっき説明したように郡センパイは宇井ホープの御曹司で、富良上等は奥さんとお子さんがいますでしょ?

 平子上等みたいに:reについたら最悪死刑もありえるんですから、お二人には声かけないって決めたのは有馬さんですんで、私に当たらないでくださいよー」

「それを言われちゃ辛いな」

「フン……で、どうなんだ? 金木研がさっき聞きたいことはハイルたちに聞けと言っていたが、ちゃんと質問には答えてくれるのか?」

「もう資料読み終わったんですか? まぁ、別にいいですけど、今は食べるのに忙しいんで入見おばちゃんお願いします。

 次はクリームパン~♪」

 

 ホントに変わってないなぁ、伊丙上等は。

 まぁ、彼らの会話を聞いていたところ、24区で過ごしたこの1週間はこの一連の騒ぎに対する警戒態勢を敷いていたこともあって、ほとんど非常食やレトルト食品を食べて過ごしていたそうだ。

 そして約一週間振りに地上に出てきたので、ついでにということでCCGに来る前に好きな食べ物を買い込んできたらしい。

 

 ……流石に有馬特等はここへはいらっしゃらないのか。

 

「くっ! いったいCCGはこの子たちにどういう教育を……。

 まぁ、いいわ。質問があるのなら答えるけど?」

「…………」

「……宇井、そう意固地になるなよ。何にせよ今は情報が必要だろ。今頃は丸手局長代理が金木研から話を聞いているだろうが、彼以外からも情報の裏付けをとる必要がある。

 彼女は敵対しようとせずに、話をする気持ちは持ってくれているんだから、まずは話を聞いてみようぜ。

 少なくともお互いに、Vとやらに良いように踊らされるのはゴメンだって考えは共通してるんだしな」

「……そう、ですね」

「そう言ってくれて助かるわ。コッチとしても、今この場で面倒事を起こすのはゴメンだもの」

「なぁに。喰種とこうやって話すのは初めてじゃないからな。

 あ、俺にもコーヒーくれや、ウェイトレスさん」

「はい。少々お待ちく…………何を言わせるのよ」

 

 骨の髄までウェイトレスが染み付いていたのか、反射的に客商売の顔が覗けた喰種……いや、入見さんと呼ぶべきかな、ここは。

 入見さんは持ち込んだ魔法瓶から紙コップにコーヒーを注いで伊丙上等に渡し、新たな紙コップにコーヒーを注いで少し迷ってから富良上等に渡してきたので、富良上等はそれを受け取る。

 ちなみにこのコーヒーは金木くん謹製のモノらしい。

 

「悪いね」

「……変わった捜査官ね。平然と喰種から渡されたコーヒーを飲むなんて」

「さっきも言ったように喰種とこうやって話すのは初めてじゃないんだ。高校の同級生に喰種がいたんでね。

 それに有馬のヤツと一緒にあんていくに行ったことがあるから、アンタから渡されたコーヒーを飲むのは今更だ」

「有馬さんと富良上等の出会いのヤツですか。

 でも話だと有馬さんがほとんどやって、富良上等はトドメ刺しただけじゃありませんでしたっけ?」

「お前さんは黙っとけ、伊丙」

「そういうこともあるわよね。はい、どうぞ」

「……どうも」

 

 仏頂面の宇井特等もコーヒーを受け取り、俺にもコーヒーを差し出されたので受け取る。

 まぁ、0番隊の彼らみたくしょうもないことを駄弁るまでは砕けないでいいが、この場では殺し合わないんだから少しは緊張感が解れた方がいいだろう。

 それに確かに富良上等が言ったように、俺もあんていくに何度も行った身なので喰種から渡されたコーヒーなんて今更だ。宇井特等もそれがわかっていたからコーヒーを受け取られたのだろう。

 

「それで? 何を聞きたいのかしら?」

「……まず改めて確認だ。この資料は確かなのか?

 特に24区では人間牧場などはなく、金木研によって喰種の食料が供給されているというのは?」

「だいたいあってるわ。“王のビレイグ”や“喰愛”も含めてね。

 それと人間牧場って何かしらソレ? 24区にあるのは…………えっと、何て言うのかしら、アレは……赫子、牧場……? …………赫子?」

「も〇こみちくんとかはもう赫子とはまったくの別モンですよねぇ」

 

 赫子牧場。金木くんが生み出した、金木くんと同様に人間の食物を食べてRc細胞に変換出来る赫子か。

 それさえあれば、確かに人間を喰わずとも喰種は暮らしていけるだろう。

 

「でも“だいたい”って何だよ?」

「まずVの資料は私たちが作ったものじゃないから、資料が正しいかどうかはこれからの調査待ちってことよ。この一週間で少しは調べられたけど、流石に全部調べるのは無理よ。

 でもだいたいは有馬や0番隊のこの子たちの証言通りだったから“だいたい”ってこと。流石に最強の喰種捜査官でもコッソリ隠れながらではVの奥深くまでは探れなかったみたいね」

「ああ、なるほど。

 “王のビレイグ”や“喰愛”は?」

「そりゃ小説なんだから多少は脚色してるわよ。“王のビレイグ”のヒロインと、そのヒロインのモデルになったのは外面はともかく内面は似ても似つかないし。

 “喰愛”は……どうなのかしらねぇ? あの子たち、あんなにお互いに想いを伝えられるような性格してたかしら?

 だいたいあっていることはあっているけど、傍から見てたら最初のうちはじれったいったらありゃしなかったのよ……」

「え? カネキュンとトーカちゃんのバカップルがですかぁ?」

「そうなのよ、ハイル。

 今でこそ他人の目を気にせずにいちゃついているけど、付き合いだした初めは特にトーカが恥ずかしがっていて、あんな話のような感じじゃなかったわ。

 それと和修元局長に送られた方の“喰愛”の中身は知らないわね。むしろカネキくんが知りたがっているぐらいなんだけど、今日の交渉で引き渡しを要求するんじゃないかしら?」

 

 “喰愛”……か。

 あのネット小説の方を読んだ限りでは王妃の金木董香、旧姓霧島董香が人間に好意的じゃなかったら、金木くんは人間の敵になってたかもしれないんだよな。彼は嘉納に、人間によって人工喰種にされたのだから、そうなってしまっても仕方がないかもしれないのだが。

 となるとその霧島董香を人間に好意的にした小坂さんは、何気に東京の人間の救世主ということか。

 少なくとも霧島董香と小坂さんが仲良くならなかったら、今みたいに東京の喰種被害者がゼロになるって事態にはならなかっただろう。

 小坂さんに感謝すべきなのか、これは。

 

 ……というか伊丙上等が隻眼の王をカネキュン呼ばわりして、王妃をちゃん付けで呼ぶのっていいのだろうか?

 

「それに“喰愛”だとカネキくんがトーカにベタ惚れで、トーカとずっと一緒にいるためにこの騒ぎを引き起こしたって感じだけど、どっちかっていうとトーカの方がカネキくんにベタ惚れじゃないかしらね。

 もちろんカネキくんもトーカのことは大事にしてるけど、多分トーカはカネキくんに別れ話持ち込まれたら「お願いだから捨てないで」って泣いて縋るわね。カネキくんは逆にトーカの幸せを祈って黙って身を引くタイプ。

 “喰愛”についてはカネキくんノータッチみたいだったから、きっとトーカの見栄が影響してるんだろうけど」

 

 なるほどなぁ。

 “喰愛”によると、あんていくは喰種が開いていた喫茶店で、20区の喰種のまとめ役もやっていた。そして生きた人間は襲わずに、自殺した人間などを喰うようにしていたようだ。

 流石に自殺者の肉だけで20区に住んでいる喰種の食料全ては賄えないので、喰種に襲われる人間を減らすことは出来てもなくすことは出来なかったが、それでも傘下の喰種には“1ヶ月に1人まで”という取り決めを作っていた。

 元から20区の喰種被害者が他の区より少なかったのは、あんていくが他の喰種も統制していたからだろう。

 そしてそんな人間を喰いながらも殺さずに、CCGにも駆逐されない束の間の平穏の日々を過ごしていたら、金木研という元人間の人工喰種というイレギュラーが20区に現れた。

 金木研は“大喰い”に襲われたが、偶然“大喰い”ごと鉄骨落下事故に巻き込まれて重傷を負い、“大喰い”は死亡。

 そして担ぎ込まれた嘉納総合病院で、元CCGの解剖医であった嘉納によって喰種化施術を行われてしまう。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……お腹痛い」

(フン)ッ!! 調子に乗って喰い過ぎるからだッ!!

 いくらここでは食料には困らんからとはいえ、最近の貴様は自堕落が過ぎるぞッ!!」

「あと頭も痛い」

「いや、それは普通の赫子の血からではない、小僧(カネキ)の血から作った血酒をストレートで飲むからだろう。

 アレはもう儂でも水で割らんと無理だ」

「だってせっかく抽選に当たって手に入れたんですもの」

「当てたのは儂だッ!!」

 

 

 

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 病院で目が覚めた金木研は“大喰い”のことは夢だったのではないかと思う……いや、思い込もうとしたが、その頃には既に身体が人工喰種となっており、人間の食事を受け付けなくなってしまっていた。

 退院後も空腹に悩み、遂には家でジッとしていることも出来ずに夜の街を彷徨い歩いた。だが自分が道行く人間に食欲を抱いてしまっていることに気付いてしまい、人間を襲わないよう離れるために人気のない方へ進んでいくと、とても良い匂いが漂ってくるのに気付いた。

 自分でも食べられるものがあるかもしれないと希望を抱き近づいてみると、そこにいたのは喰種と喰種によって殺された人間の死体。

 人間の死体の匂いに釣られてしまったことにショックを受けるが、その場にいた喰種からは仲間だと思われ人間の肉を分け与えられそうになる。意外と優しいな、カズオって喰種。

 拒否しようにもショックを受けた上に空腹が限界に達していた身体は動かない。もしかするとあのままでは人間の肉を喰らっていたかもしれなかった。

 だがそこにもう1人の喰種が突然現れ、喰い場を荒らしたということで、人間の肉を分け与えてくれようとした喰種を殺してしまう。……カズオっ、成仏しろよ。

 そして金木研も殺されそうになったが、あんていくの一員として20区の治安を保つためにパトロールしていた霧島董香に助けられる……というのが金木くんと霧島董香の出会いだ。

 

 何というか、随分とバイオレンスな出会いだな。

 

 その後、霧島董香にあんていくを紹介され、店長をしていた不殺の梟と出会う。

 喰種の臓器を移植されたことによって生まれた人工喰種というイレギュラーだが、不殺の梟は過去に人間の女性と愛し合い儲けたが事情があって手離した自らの娘のことを重ねたのか、とても金木研に親切にしてくれる。

 とりあえず飢えを抑えるために人間の肉を渡されたが、金木研は飢えていても人間の肉を喰う踏ん切りがつかなかった。ただし喰種はコーヒーだけは飲めることを教えてもらったので、気休め程度に空腹を紛らわすことが出来るようになった。

 そして久しぶりに大学に顔を出した金木研だが、親友と帰宅中に口封じを企んだ先日襲ってきた喰種に再び襲われてしまい、親友も気絶させられて自分は重傷を負った。

 喰種は腹いせに、親友を金木研の目の前で喰おうとする。だがそれを許すことが出来ない金木研は、無我夢中で赫子を使って喰種を倒す。

 無事に親友を助け出すことは出来た。しかし腹を突き破られるぐらいの怪我を負った金木研は、それまでの空腹も相まって遂に限界に達してしまい、我を失って親友を喰らってしまいそうになった。

 

 だが再び霧島董香がその場に現れ、金木研を叩きのめして親友を助ける。いや、助けてくれた。

 あんていくに運び込まれた金木研は、眠っている間に人間の肉を喰わされる。起きてそのことに気付いた金木研だったが、人間の肉を喰うことで飢えが治まった自分はもう喰種となってしまったことを理解し、もう人間の世界には戻れず、喰種の世界にも行くことは出来ない孤独な半端者だと絶望する。

 ……そりゃ苦しいだろう。もう少しで親友を喰い殺そうとしてしまったのだから。

 そして絶望するに金木研に、不殺の梟は“君は喰種と人間の2つの世界に居場所を持てる唯一の存在”と励まし、喰種の世界を知ってもらうためにもあんていくに勧誘する。

 

 これが“喰愛”の第一章。金木くんが喰種の世界に入り込むキッカケを描いた章だ。

 

 

 ……確かにこの出会い方なら、金木くんが霧島董香に惚れるのは無理もあるまい。

 自分だけじゃなくて親友の命すら救ってくれたのだし。俺ですら金木くんの親友、つまり永近が助かったということは素直に喜ばしく思うのだしな。

 

 まぁ、第一章の最後にオチがあって、飢えが治まった金木くんは普通の人間の食事を取れるようになったんだよな。

 何でも人工喰種になったことで、Rc細胞を分泌出来るし貯蔵も出来る人間と喰種を足したけど2で割らなかったようなイイとこどりの存在になっていたらしい。

 あれだけ人間の肉を喰うことに葛藤していたのにアッサリと人間の食事が取れるようになるなんて、大喰いに狙われることといい喰種の食事に居合わせるといい、金木くんって運悪過ぎないか?

 

 でもそのおかげで人間の食料を喰種の食料に変換出来てるんだから、不幸中の幸いと思った方がいいんだろうな。

 

「そういや金木研のRc細胞値が100万以上って本当なのか? むしろ嘘だと言って欲しいんだが……」

「本当よ。

(もこ〇ちくんとか分離している赫子やクインケも合わせたら1億越えるかもしんないけど)」

「マジかよ。

 いや、それだったら金木研の強さに納得いくんだけどよ……」

「有馬さんに勝てるわけだ」

「反則ですよねぇ。クインケでいくら攻撃しても堪えないんですもん。

 カネキュンに辛うじて効くクインケは、コレみたいなカネキュンの赫子から作ったクインケだけですし」

「平子先輩が持っていたのと同じクインケ?

 ……そうか。それは金木研の赫子から作られたのか」

「私のコレはクインケ[ケン―ツルギ38]です。あと持ってきてるのは[ケン―ヨロイ9]ですね」

 

 伊丙上等がトランクから取り出したのは、一見するとよくあるプレーンタイプの剣型の尾赫クインケ。しかしそのクインケの刀身には人間の口のようなものがついており、しかもその口が呼吸しているかのように閉じたり開いたり動いている。

 アラタを奪われたときに見た金木くんの赫子ソックリだ。

 名前から察するに“ケン”ってのが金木研の“研”のことで、“ツルギ”だとか“ヨロイ”ってのはクインケの形態のことだろうか。“剣”と“鎧”。

 しかし鎧ってことは……赫者のクインケか? しかもナンバーの分母がないということは、数は無制限で量産可能ということなのだろうか?

 

 ……相変わらず反則だよなぁ。

 

「フフフー、凄いっしょ。

 しかもコレ、Rc保存剤とかもいらないメンテナンスフリーですし、ご飯食べさせたら自動で破損が治ってくれるんですよぉ。

 ねぇ、ケンちゃん?」

「ウン!」

「ッ!?」「喋った!?」

「(やっぱ私ら喰種でも慣れないわね、このクインケ。赫子使うより消耗ないから便利なんだけど……)」

「……そんなに身体が変化して、よく金木研は今まで世間にバレなかったな?」

「普通に人間の食事を食べてれば、まさか喰種だなんて思われないわよ」

 

 永近は金木くんの変化に何となく思うところはあったらしいが、日が経つにつれて今まで通りの金木くんに戻っていったので、事故のショックで少しおかしくなっていたのが元に戻っていったのだろうと納得したらしい。

 気付かなくても仕方あるまい。まさか親友がそんなことになっているなんて思いもしないだろう。

 というかそんなこと言ったら、対喰種の専門家であるのにあんていくに何度も行った俺たちや、区対抗草野球大会で一緒に野球した捜査官の誰もが金木くんの本当の姿に気付けなかったんだから、永近を責めるわけにはいかない。

 そもそも草野球大会の時に、一緒に弁当喰ってた彼が喰種だなんて誰も考えついたり出来るわけがない。

 

「あ、そういえば“喰愛”の第二章で捏造というか、明らかに事実と違うところはあったわね」

「“美食家(グルメ)”編で?」

 

 “喰愛”は複数の章から成り立っている。

 第一章の“出会い”編から第二章の“美食家(グルメ)”編、第三章の“修行”編、第四章の“アオギリ(にカチコミ)”編……と続いていて、そして章と章の間に入っている金木くんと霧島董香の甘ったるい恋バナを書いた間章の“日常”編から出来ている。

 というか全て合わせると“日常”編が一番長い。そういえば政道は“喰愛”読んでてイラついていたなぁ。

 それと確か第二章の“美食家(グルメ)”編は共食いすら行う20区の疎まれ者、美食家(グルメ)とあだ名される喰種が、人間とも喰種とも違う臭いを漂わせる金木研に興味を持ち、金木くんを喰おうと付け狙う話だったんだが……。

 

「どこら辺がだ?」

「ホラ、あの章では最終的には美食家(グルメ)にカネキくんが攫われたけど、間一髪でトーカに助け出されるってことになるでしょ。

 大まかにはその通りなんだけど…………カネキくん、美食家(グルメ)に捕まったときに、服をハサミで切られて上半身裸にされて身体を撫で回されたみたいよ」

「おおぅ……」

「それは……災難な」

「トーカが駆け付けるのが数秒遅かったら汗を“味見”されてたとか何とか……マズい、言ってるだけで鳥肌立ってきたわ」

「金木研に心底同情するわ」

「私も流石にそれは……」

「ああ、だからカネキュンって偏食性の喰種とか食い意地張った喰種にはキツいんですね。

 先日も勝手に外に出ようとしたトルソーを粛清してましたし」

「あの件でトーカに頼りっぱなしだった自分が不甲斐ないと思ったのか、その後の修業を一生懸命やるようになったんだけどね」

 

 それは金木くんも美食家(グルメ)殺すだろうな。そして第三章の“修行”編で必死こいて修行するだろう。

 霧島董香も本当のこと書かないな。

 

 ……ということは、金木研が喰種の完全な味方じゃないのは美食家(グルメ)のおかげ?

 素直に喜べんな、オイ。

 

 

 

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「やぁ、今24区に到着しックシッッ!!」

「お待ちしておりました、習様。若奥様方も心配なされておりました。

 しかし風邪ですか? 24区の通路は寒いですし、空気も淀んでいますので……」

「ああ、いや。大丈夫だよ、松前。

 パパは予定通り、もう少し地上の様子を観察してから合流する。

 今のところ僕たち月山家が喰種ということはバレていないようだ。Vの構成員がCCGに捕まっているから、そこからの自供でいずれ疑われてしまうだろうけど、カネキくんの用意してくれた身代わり用赫子で誤魔化せるはずだ。

 一度誤魔化すことが出来たら、屋敷に再び戻れるのも遠いことではないだろう」

「……カネキさんの赫子って本当に便利ですね。カネキさんが傍にいないと複雑な動作は出来ないようですが、まさか身体を変化させてソックリな身代わりまで出来るとは……」

「ムッシュHysyの協力があってこそらしいけどねぇ」

 

 

 

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「ま、(一般人のカネキくんとトーカへの好感度を上げるためのウソ話は)そんなところよ」

「随分と波乱万丈な人生送っているなぁ、金木研は」

「ワガママかもしれないけど、初めて会ったころの初々しいカネキくんが懐かしいわ。今はもうスッカリと捻くれた大人になっちゃって……。

 言っておくけど、さっきのこと言い触らしたらカネキくんに篠原の刑に処されるからね」

「(……過去の悪夢がっ)」

 

 宇井特等の顔色が悪い。

 うん……まぁ、わざわざ言い触らす必要なんてないだろう。

 

「……となると、金木研が今後取りうる展開についても“喰愛”の通りってわけか?」

「厄介な。停戦に応じなければ東京の喰種の統制を緩めるなんて、まるで脅迫じゃないか」

「だって他に取りうる手がないんだもの。

 それに人間にしても喰種にしても、これだけの真実を目の当たりにしながら争い続けようとするのなら、もうカネキくんとしても面倒見切れないわよ。

 私たちは私たちで引き篭もるから、アナタたちはアナタたちで好きにしたら?」

 

 金木くんはこれから東京都民、ひいては日本国民に“妥協”させようとしている。

 

 現在、東京では金木くんが東京の喰種を従えているために、喰種の捕食事件はまったく起きていない。そしてCCGの信頼が揺らいでいる状態だ。

 そんな状況でCCGが:reの提案する停戦に応じずに喰種の駆逐を続けていくというのなら、:reは現在の喰種の統制を緩めて離反したい喰種は自由にさせる、つまり東京都内に再び喰種を解き放つらしい。

 先月までならCCGは強権的に喰種の駆逐を進められただろうが、国民からの不信感を持たれており、そもそもの喰種捜査官の辞職者が増えている今のCCGにはそんな力はない。少なくとも和修とVの件を終わらすまでは停戦に応じざるを得ないだろう。

 しかし和修とVの件を終わらせてから喰種の駆逐を再開しようにも、それは再び東京都民が:reから解き放たれた喰種の被害に遭うことを意味している。少なくとも今のように被害者をゼロにすることは絶対に出来ない。

 だがそんなことは東京都民が許さないだろう。何しろ不手際を起こしたCCGのせいでゼロだった喰種被害者が増えるのだから、面子のために東京都民を犠牲にしたと捉えられかねない。

 

 そして東京の喰種被害ゼロが続くと、他の都市が不満を持ち始めるはずだ。何で東京ばかり被害者がいないんだ、と。

 それに対して金木くんは他都市への:re構成員の派遣、現地喰種の鎮圧・引き取りを提案している。金木くんの提案に乗れば喰種被害者が限りなく少なくなるのだから、その魅力に抗えるところは少ないだろう。

 今はその実績作りの期間というわけか。

 

 いや、実績は既にもう出来てる。東京都内の喰種捕食被害者をゼロにするというやり方で。

 だから今は世間に知らしめるための期間だな。

 

「この手の何がいやらしいかって、ターゲットをCCGから日本国民全般にしたことだよな。

 感情を抜きにして理屈だけを考えれば、この提案を受け入れるメリットがデカ過ぎて、この提案を拒否したときのデメリットがデカ過ぎる。喰種被害に遭っていない一般人なら、これからの被害がなくなるのならそれでいいと賛成するだろうよ。

 そうなると俺らも一応は公務員だから、国民様の言うことは聞かなきゃならん」

「問題があるとするなら、カネキくん1人いなくなったらそれだけでどうしようもなくなるってことなのよね。

 けどCCGがこの状況でカネキくんを殺すことなんて無理でしょう?」

 

 ……ま、そうだろうな。

 金木くんは元はと言えばCCGの被害者だ。

 そもそも和修やVが喰種だったのだから、この争いはある意味では喰種同士の争いともいえるものだが、結局のところ俺たちが良いように利用されていたことには変わりない。

 そんな俺たちがこの状況で喰種被害者が増えるのを承知で金木くんを殺そうなんて企んだら、国民から総スカンにされるぞ。

 

「そもそも実力的にカネキュンに勝つの無理ですよね。というかCCGと:reが協力しても、カネキュン1人に勝てないんじゃないですか?

 世論的にも実力的にもカネキュンの存在が抑止力になってて、ぶっちゃけ喰種って足手纏いというかカネキュンにおんぶにだっこっしょ。何しろ食料も電力もカネキュン任せなんだし」

「そんな身も蓋もないこと言わないでちょうだい、ハイル。

 私たちだって、カネキくん1人に押し付けてるのを気にしてるんだから……」

「でも便利ですよねぇ。赫子でナルカミみたいに発電出来るなんて」

 

 電力まで金木くんが作ってるのか。ここまでくると何でもアリだな、彼は。

 

「……真面目な話、もしこの話が決裂することになったとしても絶対にトーカに危害を加えない方がいいわよ。せめてカネキくんを倒してからにしなさい。

 さもなければ東京が火の海になるわよ」

「は? その火の海って表現は何だよ?」

「ああ、カネキュンってタタラっちみたいに火吹けますよ」

「あの子、元々は文系なんだけど赫子の修業をしているうちに理系の勉強もしたらしくて『炭素と水素と酸素から燃焼物、可燃ガスや油脂は合成出来ますね』とか言い出したのよ。

 それ以上は怖くて詳しい話は聞いてないけど」

 

 炭素と水素と酸素…………元は炭水化物か?

 まぁ、石油だって結局はその炭素と水素で出来ているんだしな。Rc細胞を体内で作れるのなら、そういうのも作れるのかもしれん。

 

 ……アレ? 金木くんに対しては常識がおかしくなっていないか、俺?

 

「本当に何でもアリだな、金木研は。

 ……そういえば喰種は、金木研に従うのに抵抗はないのか? 彼は元人間だろう?」

「普通の喰種からしたらそもそも逆らえない存在だし、従ってればCCGに脅えなくて済む。何かあったらカネキくんが矢面に立つのが決まっているから、逃げるにしてもカネキくんに何かあったらでいいと考えているのが多いわね。カネキくんもそれを推奨しているし。

 カネキくんとトーカの関係からして、カネキくんが喰種を裏切るとは思われていないしね。

 私たち付き合いが長い喰種にしたら……それこそ私たち喰種が同情するレベルの境遇でしょ、あの子。応援したくなっちゃうわよ。

 まぁ、大抵の喰種は“王がそう言うのなら”で納得しているわ。

 ハイルたち0番隊の子にしてみても生い立ちを知られても:reなら迫害されたりしないし、:reで長生きの出来る治療方法を模索することが出来るわ。そして何よりも有馬貴将がこの道を選んだのだから、皆それに従っているみたいね」

「有馬か。アイツは今何してんだ?」

「さっき言った身体の治療と延命の研究。あとは本読んだり好き勝手してるわ。

 今日、ここに来る前だって、死んだ目をしたエトを自転車の前籠に載せてサイクリングに出掛けたわよ」

「……(E)(T)を?」

E()T()を」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「風が気持ちいいな、E()T()

「……少しでもお前に期待を抱いた私がバカだった」

「元気なさそうだから、気分転換になるかと思ったんだが……」

「お前、本読み飽きて映画に手ぇ出し始めただろう?」

「よくわかったな」

「柄にもなく抱いてしまった私のトキメキ返せ、コンチクショウ」

 

「……店長、ノロさん。何で娘さんをストーカーしてんですか?」

「古、古間くん!? いや、エトが心配で……」

「…………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 いやしかし、あの有馬特等が女をデートに誘う光景なんて想像出来ないな。

 もしかしたら有馬特等自身満更じゃないのかもしれん。有馬特等はエトとは古くから手を組んでいたという話だし、半人間と半喰種同士で思うところもあるのだろう。

 

「ま、暇なんでしょうね。治療のために嘉納から激しい運動は禁じられているから」

「嘉納? 金木研を人工喰種にしたっていう?」

「嘉納については資料にも書いてありましたよ、富良さん。

 本来なら殺しても足りないぐらいのマッドサイエンティストだが、有馬さんたち半人間の治療のために生かしている、と。

 こう言っては何だけれど、よく金木研は嘉納を許したな? 嘉納が再び良からぬことを企んじゃないかという不安はないのか?」

「許してなんかいないわよ。

 嘉納が研究施設の灯りを増やしてくれってカネキくんに頼んだときなんか、カネキくんの返答は嘉納の研究資料を燃やして『どうです。明るくなったでしょう』とかだったし……」

 

 ……金木くん。

 

「キレてんな、金木研」

「しかも陰湿」

「とりあえず嘉納は厳しく監視しているから大丈夫よ。ちゃんと照明も後から増やしてあげてたしね。

 ああ、カネキくんが言うとは思うけど、CCGから監視員を出したいっていうのなら歓迎するし、CCGラボで半人間治療の研究を行うのなら嘉納を引き渡しても構わないそうよ。

 嘉納としてもタマを全て無くすのは避けたいだろうから大人しくしてるだろうし」

 

 タマ? タマって……いや、聞くのはよそう。

 何か聞いたら後悔する気がしてきた。

 

「もう残り一つしかないもの。きっと無くさないために必死になるわ」

 

 言うな。それ以上言うな。

 

「とはいえこの子たち0番隊の延命治療には嘉納が必要みたいだから、引き渡すにしても処刑するのはまだ待ってほしいのよ。

 ……実は同僚にも人間と喰種のカップルがいるんだけど、その子たちの間に生まれたのが半喰種じゃなくて半人間だったしね……」

「いるのか?」

「ええ。だから0番隊の子たちのことは他人事じゃないわ。

 半人間の延命治療に全力で協力するのは有馬や0番隊との取引だけでなく:reとしての意思よ」

 

 0番隊の子供たちのような仕組まれた子供ではなく、話からすると普通に愛し合って出来た人間と喰種のカップルということか。

 ……やはり喰種は人間社会に思った以上に浸透しているのだな。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ニシキくん、掃除の邪魔。暇なら保育室に子供連れてって、お友だちと遊ばせてきてちょうだい」

「えっ? 俺、今朝までずっとVの資料とにらめっこしてたんだけど…………いや、何でもないです。行ってきます」

「この時間ならアサキさんとリョーコさんたちもいるだろうから、何かあったらリョーコさんを頼ってね」

「へいへい、わかりましたよ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 何というか、完璧に後手に回ってしまっているな。

 :reは全てを知った上で行動しているが、CCGはまず事実が事実であるかどうかの確認をしてからじゃないと行動出来ない。

 和修に踊らさられていたというのが痛いなぁ。

 

「残っている問題点は……やっぱり今までの喰種の被害者のことかしらねぇ。

 そのことに関してはもう、時間が経つのを待つしかないとカネキくんは言っていたわ」

「ああ、資料にもそう書いてあったな。

 被害者を減らす活動をしながら最低でも10年。出来れば2、3世代ぐらいは関りを持たずにほとぼりが冷めるのを待つ、と」

「小倉みたいな喰種研究家を利用すれば喰種の人権のようなものも早く確保出来るんでしょうけど、そんなことしてもお互いの確執は深まるだけ。いえ、表面に出せないようになる分、もっとドロドロな関係になるわ。

 そうなると喰種を狙ったテロとかも発生するだろうから、やはり人間と喰種のお互いに必要なのは時間だとカネキくんは考えているわ。早まって社会に混乱をもたらすのはカネキくんの本意じゃないしね」

 

 気の長い、そして辛抱強い話だ。

 金木くんは人工喰種になるまでは、あくまで普通の大学生だったと聞いていたんだが、よくもまぁそこまで考えられるものだな。

 不意に得た力に溺れるわけでもなく、その力を使って人間と喰種両方にとって出来るだけ妥協し合える道を探っている。

 いったい金木くんは何を思ってこの道を選んだんだろうか。

 

「そういえば、金木研の叔母一家について何か聞いているか?

 騒ぎになってたから今はCCGで保護してるんだが……」

「…………」

「ん?」

「ど、どうかしたのか?」

「いや、その……カネキくん、その叔母一家とは仲が悪いらしくて、トーカと結婚したことも伝えてないらしいのよ。

 多分だけど、あまり触れない方がいいと思「お待たせしました。トーカちゃんたちの様子はどうですか?」うっ……と、あの子たちは…………って、何やってるのかしら、あの子たち?」

 

 うお、びっくりした。

 話し合いがもう終わったのか、金木くんと丸手局長代理がモニタールームに入ってきた。

 しかし叔母一家のことはどうするべきだろうか。入見さんの顔色からすると……どうせ丸手局長代理が話してるだろうから、わざわざ下っ端の俺たちが触れることじゃないな、ウン。

 

 その丸手局長代理の顔色は良くもなく悪くもなくだが、どことなくスッキリしたような顔をしている。

 まぁ、丸手局長代理はこの一週間、局長代理としてCCGへの批判の矢面に立ちながら先行きが見えない不安と戦っていたのだから、金木くんと話し合うことで少しでも未来への展望が見えただろうから気が楽になったのだろう。

 

 その未来への展望が、良いものなのか悪いものなのかはわからないが。

 

『へぇ~、小学校の時の同級生……』

『う、うん……』

『ほぅほぅ、仲良かったんだぁ?』

『しかも大人になってからの偶然の再会とな?』

 

 しかし入見さんの言葉に反応してモニターに目をやると王妃と小坂さん、それに王妃の護衛2人が部屋の隅に集まってしゃがみ込み、小坂さんの護衛として配置した黒磐二等捜査官をチラチラ見ながらヒソヒソ話をしている。

 人間でも喰種でも、女は全員姦しいのは変わらないみたいだ。

 

「丸手さん、話し合いの方は?」

「ああ、まぁ……仕方がねぇだろう。少なくともこの騒ぎがひと段落するまでは:reの休戦を受け入れるさ。

 あくまで俺の責任でな」

「しかし……」

「いや、いいんだ。吉時さんとは若い頃から組んでいたし、有馬に至ってはヤツがガキの頃から面倒を見ていた。

 それなのに俺は今まで何も気付けていなかった。その結果が今のこの有様だ。誰かが責任を取らなきゃいけないのなら、俺が取るのが筋ってもんだろ。

 まさか吉時さんや有馬たちに全部おっ被せて、俺たちは素知らぬ顔をするってわけにゃいかねぇからな。

 ま、そもそも断れるような状況じゃねぇしよ」

 

 寂しそうに丸手局長代理が笑う。

 この数日でスッカリと老け込んだ感のある丸手局長代理だが、その眼には覚悟の光のようなものが見えて眼力だけは失っていない。

 

 それにしても“仕方がない”か。

 今のCCGを現したような言葉だな。

 

 :reとの、喰種との関係をどうするかは、既にCCGではなく日本政府に主導権を握られている。

 東京以外の都市では喰種被害はまだ続いているのでCCGの解散などはありえないだろうが、和修が仕切っていたときのような日本の国の一機関でありながら独自性を保つようなことは出来ないだろう。

 だから俺たち下っ端はともかくとして、上の人間は総入れ替えか、もしくは政府から派遣された人員が仕切るって形になるだろう。それに東京以外の都市のCCG支局はどうなるのかはわからない。

 

 まぁ、今までが独自的過ぎる組織だったと言われたらそれまでなんだが……。

 

「大変そうですねぇ、丸手局長代理」

「お前さんが言うなよ、金木くん。

 ……いや、お前さんが一番の被害者で、騙されていたとはいえ俺たちCCGの責任の方が大きいってのはわかってんだがな」

「それはそうでしょうがっ……!」

「まぁまぁ、宇井さん。

 とりあえず僕も元人間として、人間の利益にもなるような未来を作っていきたいって思ってます。そこだけは信用して頂けないでしょうか?」

「大変だな、金木くんよぉ。お前さんが選んだのは間違いなく茨の道だぞ。もうここまで大きな騒動になったなら、お前さんの一生をかけても終わらない一大事だ。それこそ歴史の教科書に載ってもおかしくねぇぞ。

 まったく……20歳そこそこのガキが、何でそんな道を行こうと思ったんだか。そしてこれからどんな道を行こうとしてるんだ、お前さんはよ?」

「何ででしょうね。僕としても不思議です。

 でも何の因果かこんな身体になってしまって、何かを変えられる力を手に入れてしまったのだから、いいことでもわるいことでも何でもいいから皆のためになるようなことをして

 

 かっこよくいきたい。

 

 そう、思ってます」

 

 

 そう言う金木くんは、去年の野球大会の時に会ったときと変わらない顔をしている。変わらない顔で笑っている。

 それも無理して笑っているとかじゃなくて、もう覚悟を決めた上で吹っ切ったような笑顔だ。ただの英雄願望……というわけじゃなさそうだな。

 丸手局長代理も言ったが、20歳そこそこの青年がよくここまで覚悟を決めれたものだな。

 

 ……俺も、覚悟を決めるか。

 

 

「金木くん、君と少し話をしたい。

 聞きたいんだ、君の物語(はなし)を」

 

 

 

 

 

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 俺の突然の申し出も、金木くんは快く受け入れてくれた。金木くんとしても、一般の捜査官から話を聞きたいと思っていたそうだ。

 丸手局長代理も黙認という形で見送ってくれた。まぁ、当然のことながら善意だけというわけでもなく、少しでも金木くんたちの情報を求めているのだろう。後日に何かしら報告をする必要があるな。

 そしてCCG局内で個人的な話をするわけにもいかないので、場所を元あんていく、金木くんが人工喰種になってから勤めていた喫茶店に移すことになった。

 

 あんていくはあの会見での暴露以降、怖いもの見たさの野次馬が結構来ていたそうだ。

 といっても金木くんたちはあんていくに戻ったりせずに24区で暮らしていたので彼らが見ていたわけではなく、戻ってこないとは思っているが一応ということであんていくを監視していた捜査官からの話だ。

 鍵もかけられていたので、ここ一週間は誰も出入りしなかった店なのに、あんていくに入ったら暖かい空気が流れていた。

 

 

「就職先が……就職先がなかったんですよ、亜門さん」

「お、おう……。

 その、何だ。就職取り消しの際は力になれなくてすまなかったな、永近」

 

 

 暖かい空気だったが、何だか湿っていたな。

 

 空気が暖かいと思ったら普通にエアコンが作動しており、何かと思えば以前にCCGでアルバイトをしていた永近が、他数人と一緒に開店準備らしきものををしていた。

 どういうことかと問い質してみたら、どうやら永近がこの店を引き継ぐことになったらしいが…………ウン、あの時は本当にすまなかった、永近。

 大学4年生の8月に就職取り消しになった永近のことは流石に気の毒と思ったのだが、CCG一本でやってきた俺には他業種への推薦の伝手なんかなかったし、何よりも時期が悪過ぎた。

 俺だけじゃなくアキラや政道や篠原さん、そして責任を感じた当時の丸手特等の伝手を当たって唯一見つけた就職先は、田中丸特等のご実家のお寺だったという有様だったしな。

 当然というか、順当に永近は断ってきたが、誰も責める人はいなかった。

 

 でもまぁ……あんていく(ここ)に就職決まって良かったじゃないか、永近。

 

 しかし違うんだ、永近。

 聞きたいのはお前の就職残酷物語(はなし)じゃないんだ。

 

 永近、もし仮にお前があんていく(ここ)を辞めても、皆がお前を採用しようとしないだろう。

 ……そのうえで無茶な頼みをしたい――。

 どうか嘆くな。(心苦しくて)聞きたくないんだ、お前の就職残酷物語(はなし)を。

 

「しかし永近。お前は本当によくあんていく(ここ)をやっていこうと思ったな。

 下手をしたらお前も:reの一員と思われるぞ」

「無職に比べたら何てことないっスよ。

 それに喰愛があれだけ出回ってんなら、カネキから離れようと近くにいようと変わんないでしょうしね。

 あ、それと店長さんが24区で新しくあんていくを開くそうなので、ここの店名は“あんていく”から“:re”に変更です」

 

 ……それもそうか。

 喰愛に出てきた金木くんの親友については名前も出ず、序盤に出番があるだけの脇役だったが、それでも親友が永近だということはわかる人にはわかるだろうし、調べれば簡単に永近のことに辿り着けるだろう。

 金木くんが永近にここを譲ったのも、永近を守るためという意味もあるのだろうな。

 

 そして新しい店名が“:re”か。本当にここを:reの出先場所にするつもりか?

 

「コーヒーだ」

「あ、ありがとうございます。平子上等」

 

 あの……何故ここに平子上等が? そして何故ウェイターを?

 まぁ、店員に喰種を使ったりしないようなので、それに関してはホッとした。

 

「24区はすることがなくて退屈でな

 一応、24区と地上を繋ぐ通路の番人のようなことはしているが……」

「あー、私もここでウェイトレスやろーかなー」

「ハイル先輩がウェイトレス?」

「似合わなーい」

「盗み食いしてクビになると思う」

「でも確かに暇だよねー。脱走者なんてほとんどいないんだしさー」

「コラコラ、0番隊の君たちは身体の治療があるだろう。

 さ、君たちにもコーヒーとケーキを持ってきたよ」

「あ、ありがとうございまーす、アラタさん」

 

 あれだけ局内で食べていたのにまだ食べるのか、0番隊の彼らは……ウン? アラタ? 金木くんの義父の!?

 

「親父ー、ブリ大根の鍋吹いてるぞ」

「えっ!? 火止めてくれ、アヤト!

 それじゃあ皆さん、ごゆっくり。ヒナミちゃん、あとよろしくね」

「はーい」

 

 や、やっぱり喰種もここで雇う気なのか?

 喰種がやっている喫茶店。あの会見を見た一般人なら、怖いもの見たさで訪れそうだな。

 ここまで大っぴらにしているということは、おそらく丸手局長代理に話を通しているのだろうが、この:reが今後何らかの騒ぎの火種になりそうだ。

 

 というかブリ大根って何なんだっ!?

 いや、喰種が人間の食事を作ることはあんていくでもしていたことだろうから変ではないが、喫茶店でブリ大根はおかしいだろう!?

 

 

「お待たせしました、亜門さん」

「!? あ、ああ……大丈夫だ」

 

 どうツッコもうか迷っているうちに、24区に電話をかけるために席を外していた金木くんが戻ってきた。

 

「それでお話があるということでしたが……“神父”さんのことですか?」

「……やはり知っているのか」

 

 “神父”。ドナート・ポルポラ。

 孤児だった俺の育ての親であり、同時に同じ孤児院で育った兄弟たちを喰い殺した仇でもある。

 ヤツは金木くんがコクリアを襲撃したときに解放され、24区へ行ったはずだ。ヤツが何しているのかは確かに気になるところだが……。

 

「多分、今頃は食事をしているんじゃないですかね」

「食事?」

「ええ、コクリアにいた喰種たちは現在の状況を理解出来ていませんから、放っておくと24区から脱走してしまうことも考えられます。

 なので現在の状況を、24区で大人しく暮らしていたら飢えることはないと手っ取り早く理解してもらえるように、まずは:reの力を体験してもらっているんです。

 まぁ、ぶっちゃけしばらくの間は喰っちゃ寝してもらってるだけですが」

「ああ、なるほど」

「それでも外に出たいという人には『もう喰いたくないです』と言ってもらえるまで食事を続けてもらいますけどね。

 何しろ食料は沢山あることですし」

 

 ニッコリ笑いながら言っているが、それは拷問というヤツじゃないのか?

 

「ドナートさんが気になるのでしたら、今度24区へ来てみますか?

 丸手さんとも話したんですが、今度CCGの視察を受け入れる話が持ち上がっていますので、その視察メンバーに入ってもらえれば24区に来ることは出来ますよ」

「そ、それはっ!?」

 

 そこまで話が進んでいるのか。

 確かに戦うにしろ和解するにしろ、:reの情報が少しでも欲しいということは変わらない。それを見越してのことだろうが、そこまで踏み込んで丸手局長代理の進退は大丈夫なのだろうか?

 いや、金木くんとの会談は日本政府と警察の人間が同席していたんだ。むしろ喰種のことなど何もわからない連中が了承したのかもしれんな。

 

 それに24区か。正直な話、興味というか24区がどういうことになっているか知りたい気持ちはある。

 俺は今まで喰種を“悪”だと捉えていたが、あの会見で暴露された事実、半人間や半喰種、人工喰種や和修のことを知った今では、喰種を単純な悪だとは捉えきれなくなった。

 少なくとも目の前にいる青年を人工喰種にしたのは人間なのだから。

 

「……わかった。もしそんな話が出たら立候補することにするよ。

 ところで24区はどうなんだ? いったい喰種たちは地下で何をやっているんだ?」

「真面目に暮らしています……と言いたいところですが、ほとんどの喰種はニートです」

「ニ、ニート?」

「いや、ですから地下に仕事なんかありませんし、そもそも仕事ができるような教育を受けていないのがほとんどなので、本を読んだりネットをしたりDVDを見たりして暇を潰しています。

 もちろんこれから何とかしようとは思っていますけどねぇ」

「それは……大変だな」

「喰種に教育を受けさせようにも、教師役を出来る喰種を育てることから始めないといけないんですよ。元から教師役を出来るような教養がある喰種は、既に:reの組織運営に携わっている喰種ばかりですしねぇ。

 それこそ東京中の喰種を24区に集めきれたのが今年に入ってからですから、今は集めた喰種を把握するために戸籍を作ったり、その喰種が出来ることを確認したりする:reの土台作りの真っ最中なんです」

「本当に大変だなぁ」

「一応、少数ですが教育を受けさせている喰種もいますけど、やっぱり他人に教えるまでになるのは年単位で時間が必要です。

 内職関係のアルバイトをさせようにも、卸先が見つからないので作って終わりということになりかねませんから出来ません。

 やはりさっさと休戦にならないとこちらとしてもそうそう物事を進められないので、僕としても切実に休戦が早く決まって欲しいんですが……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「おおっしぃっ! 遂に100点取ったぞーっ!

 ミザのババァは何点よ!?」

「ナキに…………負けた?」

「おっ、ガギにグゲは惜しかったな。98点か」

「ガゴッ」「グアッ」

「コイツ等にも負けたっ!?」

「騒がしいぞ、ミザ」

「タタラッ! お前は何点だった!?」

「……今の俺は教師役だ。

 今日作成分の戸籍チェックがあるから俺はもういく」

「おい待て、目を逸らすな! 何故そんなに急いで教室から出ていく!?」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それと24区に行ったら隻眼の梟に会ってみなければな。

 アキラの母上を、呉緒さんの奥様を殺した喰種……いや、人間と喰種の間に生まれた半喰種。俺も会ったことがある高槻泉。本名は芳村愛支。

 彼女の生い立ちには同情すべき点が多々あるし、和修のことを考えると単純に彼女を責めて終わり、というわけにいかないことはわかっている。

 だが、やはり俺にとってはアキラの母上を、呉緒さんの奥様を殺した喰種だ。それがどんな理由であろうとも。

 

 あの会見の後、呉緒さんの憔悴ぶりは酷いものだった。

 いや、会見直後は和修のことを問い質そうと本局へ突撃するところだったんだ。

 何とか俺とアキラで抑えつけ、丸手特等が局長代理となって真相究明にあたるということになったのでいったんは引いてくれたが、落ち着いたら逆に一気に気が沈み込んでしまったようだ。

 ここ1週間はろくに食事も取らず、奥様の写真を手に取って見つめたり、ボーっとしている有様だ。

 アキラも当初はショックを受けていたが、あの呉緒さんの有様を見て自分が頑張らなければと思ったのか、精力的に新たな喰種判別方法の研究に力を入れている。

 しかしどちらかというと、アレは何かに打ち込んでいないと気が持たないので研究に没頭しているだけだろう。

 

 隻眼の梟と真戸一家の関係をどうするか。今の状況では復讐を続行することなんて出来ないだろう。

 だが、復讐を諦めたらアキラと呉緒さんの無念はどうすればいいのか。俺ではどうすればいいかわからないし、きっとアキラと呉緒さんもどうすればいいのか途方に暮れているだろう。

 今日、アキラの家で呉緒さんも含めて食事をする予定なので、この金木くんとの会話を伝えることでアキラたちにも何らかの思うところが出来ればいいのだが……。

 

「それでこちらからも聞きたいんですが、実際に今まで現場で喰種と戦っていた捜査官の方々の様子はどうなんでしょうか?

 丸手さんの話では辞職者が急増しているとか……」

「あ、ああ……俺の知っている捜査官も何人か辞めている。

 辞めるのは家族持ちが特に多いな」

「こう言っては何でしょうが、きっと馬鹿らしくなったんじゃないでしょうか」

「馬鹿らしい、か」

 

 確かにそうかもしれない。

 今まで命をかけて戦ってきたのに、本当のところは和修の、喰種の掌の上で良いように踊らされていただけだ。

 そんなことでは、これからも命をかけて戦うなんて馬鹿らしく思えてしまうかもしれないだろう。

 

「僕が言うとアレですが、僕としてはあまりCCGに力を落としてほしくないんですよね。

 東京はともかく、他の都市ではまだまだ喰種の被害者が出ていますので」

「地方ではあまり辞職者は出ていないから安心してくれ」

「“喰愛”にも書かれていましたが、理想は:reとCCGが協力して地方にいる喰種を鎮圧・引き取りをして、とにかくこれ以上の双方の死人を出したくないと思っています。

 人間と喰種が分かり合うのはそれからですね。

 ……そう考えると“喰愛”を勝手に執筆された事に対しての文句がつけにくいんですよねぇ。僕が会見とか開いて説明しようとしていたことが、娯楽のような形で人間にも喰種にも広まっていますから。

 現に数は少ないですが、既に東京外の関東圏の喰種が:reに保護を求め始めてきています。あ、丸手さんには通達済みですよ」

 

 :reの戦力が増強される、と考えたらあまり良くないかもしれないが、地方の喰種被害者が減るということは望ましいことだ。

 ……が、こう考えること自体が:reの、金木くんの思い通りになっている気しかしないぞ。

 

 そして“喰愛”はやっぱり勝手に書かれたものなのか。

 まぁ、確かに金木くんはプライベートを切り売りするようなタイプじゃないからなぁ。

 

「……だって不安だったんだもん。エトとか白黒姉妹とか変な目でまだカネキを見てるし……」

「私たちは」「ノーコメント」

「だ、大丈夫だよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんはお姉ちゃんを裏切ったりしないよ」

「俺はカネキに同情するけどなぁ。姉貴も馬鹿なこと仕出かしたもんだ」

「(アンタだってヒナミが今でもカネキにベッタリなの気にしてる癖に)」

「別にトーカちゃんには怒ったりしてないよ。どうせエトさんに良いように言い包められたんでしょ」

 

 ……仲が良いな。彼らが笑いあっている姿を見ていると、まるで人間みたいのように見えてくる。

 人間みたいだからこそ、金木くんは喰種に情が移ってこんなことをしたのだろうか。

 

 わかっている。こうなったからにはわかっている。

 喰種は人を喰らうバケモノのような単純な悪ではなく、俺たち人間と同じような存在なのだと。

「人間にも良い人間がいて悪い人間もいる。喰種にも良い喰種がいて悪い喰種もいる。結局のところ、それに尽きるでしょう」

 金木くんと初めて会ったときに言われた言葉だ。

 嘉納のような人間を勝手に人工喰種にする外道。人間に残虐な行為をして喜ぶジェイソンや、人間をオークションにかけて売り買いするビッグマダムのような喰種。

 だが良い人間はもちろんいるし、あんていくのような人間と共生しようとしていた喰種もいる。

 だから結局のところ、金木くんの言う通りにそれに尽きるんだ。

 

 金木くんは他にも「人と喰種がお互いに殺さず殺されない世界があったら幸せなんだとも思います」とも言っていたな。

 あの時は何を都合のいいことを言っているんだと思ったが、ここまで来ると少なくとも金木くんの想いだけは認めなければならないだろう。

 もちろん兄弟たちを喰い殺したドナートのことや、アキラの母上を殺した隻眼の梟のような、認めることの出来ない喰種はいる。

 

 だが……金木くんの言っているように、時間が経つのを待つのもいいかもしれないな。

 いや、そうでもしないと、本当にどうしていいかがわからない。

 一歩間違えれば再び人間と喰種の生存戦争が始まり、お互いにこれまで以上の死者が出ることになるだろう。そんな未来に繋がる道を選ぶより、人任せになってしまうが金木くん。信じて待つというのも手だ。

 少なくとも金木くんは人間と喰種の両方のことを良く知っており、人間と喰種の和解を目指していることだけは確かなのだろうだから。

 

「(いや、むしろエトに対する牽制のためにエトに書かせたというか……ま、勘違いしているならそのままにしておこっと)」

「(トーカちゃんも図太くなったよね)」「(それよりもエトさんの信頼度が相変わらず低くて笑える)」

 

 しかし何だか白黒姉妹と呼ばれていた喰種の声に聞き覚えがあるような……?

 

「あとやっぱり“喰愛”の僕って美化されているように思えて、どうにも気恥ずかしいんですよねぇ」

「ハハハ、そうなのかい」

「確かに前半部分はともかくとして、後半になるとカネキにしては描写がキリッとしてきたよな。

 あ、そういえば亜門さんこそどうなんですか? アキラさんとの関係は進展したんですか?」

「ちょっ!? 永近ぁっ!?」

 

 何故ここで聞く!?

 そして白黒姉妹の喰種はコッチを注目する!? というか店内なんだから仮面外せばいいだろうに!

 ああ、0番隊の連中も面白そうな顔をしてコッチを見てくるし。

 

 こ、これは何か話さなければならない流れなのか……?

 

「まぁまぁ、皆。落ち着きなよ」

「か、金木くん……」

「まずはコーヒーの補給をしてから聞くことにしようよ」

 

 金木くんに裏切られたっ!?

 いや、確かにそろそろ結論を出さなければいけないと思ってはいるんだが……。

 最近の仕事の無さのせいで暇を持て余し、よくアキラの家に食事を御馳走になりに行ったりしているし、他人から俺たちがどう見られているかぐらいは理解している。

 

 だ、だが……そ、そうだ! やはりこんな状況下では休戦するかしないかだけでもハッキリしないと結論を出すにも出せないんだ!

 

「そろそろアヤトもヒナミのこと結論出せよ」

「あ、姉貴っ!?」

「お姉ちゃんっ!?」

「ハハハ、アヤトくん。24区に戻ったら訓練室で少し話をしようか」

 

 どう答えるか迷っていたら、王妃の言葉で話が逸れてくれた。

 どうやらアヤトと呼ばれた青年は王妃の弟で、金木くんと王妃を兄・姉と呼んでいるヒナミという少女と浅からぬ関係らしい。

 というか赫眼になるな、金木くん。

 

 

 ふと永近の方を見ると、彼らの一員として笑い合っている。

 人間である永近が、喰種の彼らと、半人間の0番隊の彼らと。ここには半喰種はいないが、高槻泉がいたら同じく笑い合っていただろう。むしろ散々に引っ掻き回していただろうな、彼女なら。

 

 金木くんが目指している世界とは、このような光景がそこかしらで見られる世界ということなのかもしれない。

 昔の俺なら戯言として切って捨てていたが…………笑い合っている彼らの姿を見ていると、こんな世界も悪くはないと思ってしまう。

 

 まだまだ人間と喰種の怨恨の垣根は存在している。

 だが、金木くんを信じて少しばかり様子を見ることにしよう。

 

 

 ……それに俺の心情はともかくとして、他に方法ないものな。

 

 

 

 







 長らくお待たせいたしました。
 これにて“足したけど2で割らなかった”は完結となります。
 お話自体は前話で完結していましたけど、まぁ、こういう都合の良い世界があってもいいんじゃないかな、と思って書きました。亜門さんが何だかマイルド。宇井さんもハイルと有馬が死んでないのでマイルド。
 いつの間にかハーメルン内の“東京喰種”カテゴリではお気に入り登録数順でも総合評価順でも一番になって驚きましたが、やはり皆様も少しは平和な東京喰種の世界が見たかったのでしょうか。
 こんな作品でも楽しんで頂けたら幸いです。

 ちょうど10話で終了です。
 ピエロとかはもう知らん。ウタさんは相変わらずマスク屋営んでいて、イトリさんは喰種が24区に引っ込んだせいで客が激減したのをカネキュンに文句つけて、ドナートは『もう喰いたくないです』と言うまでもこ〇ちくんが自発的に口の中に突っ込んでいって、ロマは…………アレ? トーカちゃんに店の裏に連れて行かれてから行方不明?
 什造は篠原さんの苦労のおかげで良い子になってんじゃないですかね。政道は妹に先を越されて凹んでいる頃でしょうか。

 ……ホントご都合主義だったなぁ。


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