安藤物語 (てんぞー)
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Episode 1
Blue Sky Blue - 1


 授業の終わりを告げるベルが鳴り響くのと同時に、デスクの下に押し込んでいたショルダーバッグを取り出し、そこに急いでノート等を押し込んで行く。少しだけ形が歪んでいる気もするが、そこら辺は気にしない事とする。そのままバッグを肩に背負い、教室から出る為に席から立ち上がろうとする。

 

「おーい、明人(アキト)氏!」

 

「ん?」

 

 教室を出ようとしたところで名前を呼ばれた。振り返れば、後ろの席で立ちあがる男の姿が見えた。自分と同じ、大学の友人である西田だ―――若干オタク趣味があって口数が多い為嫌厭されがちだが、付き合ってみると悪くはない奴だ。西田はわざとらしくメガネをワンアクション淹れてクイ、と持ち上げると此方をポーズを決めながら指差してくる。

 

「お前、最近付き合いが悪いな―――彼女か!? 姫サーにでも引っかかった!? それともアレか、俺で内緒でなんか楽しい事をやっているな? んン? 解るぞ……その急ぎ方は何かを楽しみにしている時の急ぎ方だからなぁ!」

 

「バイトだよ、バイト! 馬ー鹿。まぁ、楽しい事に間違いはないんだけどな」

 

「えー、最近、明人氏付き合い悪くない? PSO2でも一緒に遊ばないというか」

 

「あー……」

 

 確かにバイトが楽しすぎてそちらの方を完全に投げっぱなしだったなぁ、と思ってしまった。とはいえ、流石に友人を放置しすぎるのも悪いか、と結論付ける。そこまで考えた所でそうだなぁ、と呟き、良い事を考え付いた―――どうせバイト先でもやる事はPSO2なのだから、一緒に遊んでしまえばいいのではないだろうか? それを思いつき、小さく笑い声を零す。西田が不振がって首を傾げるが、気にする事無く、

 

「んじゃあ四時からイン出来る?」

 

「余裕のよっちゃんすなぁ!」

 

「表現がクッソ古いなぁ……何年前のネタだよそれ……」

 

「んん……しかし二人揃ったのなら久しぶりにTA(タイムアタック)でも回せそうっすな!」

 

「せやの……まぁ、俺は行くから」

 

「おぉ、そうだった。四時な!」

 

 西田が手を振ってくるのを軽く無視しながらデスクを飛び越え、そのまま教室を飛び出す。目指す場所は大学の外へ―――自転車で通学できる距離に住んでいる場所がある為、さっさと駐輪場で自転車を回収し、そのまま全力でペダルを漕いで家へと向かう。道中、他の人にぶつからない様に気を使いながらなるべく全力で自転車の車輪を走らせ、

 

 見慣れた道路を駆け抜ければ十分ほどで住んでいるアパートへと帰宅する。駐輪場に軽いシュートを決める様に自転車から飛び降りて自転車を隙間に捻じ込み、ポケットからキーホルダーの付いた鍵を抜く。自転車がどうなったのかも確認せず、そのままアパート内の階段を駆け上がって行く。エレベーターはあるのはあるのだが、それよりも疲れるが階段をダッシュで駆け上がった方が遥かに速いのだ。だからそうやって階段をダッシュで駆け上がり、三階の自分の部屋の扉を一気に開けて中に入る。

 

 大学の紹介で今、一人暮らしをしているアパートメントだ。部屋はそんなに大きくはない。ダイニングもキッチンもない、男のワンルーム。ただ快適になる様にソファやテレビ、冷蔵庫は運び入れてある。

 

 靴を脱いで部屋に上がり、靴下を脱ぎ捨てて、ショルダーバッグをソファの上に投げ捨てる。ベッドの横へと視線を向ければ大型のデスクにデスクトップPCが設置されてある―――不思議と、そのPCにはルーターなどへとつながるケーブルが存在しない。それに一切気にする事無くマウスを軽く動かし、スリープモードから復帰させながら洗面所へと戻って手を洗う。

 

 それが終わったところでPCの前へと戻る。

 

「さて、さて、バイトをし始めますかねー」

 

 ワイヤレスマウスを動かし、クリックするのはデスクトップに表示されるPSO2のアイコンだ。どうやら修正かアップデートがあったらしく、ランチャーが表示されてからはゲームのアップデートを開始している。ただその受信速度はありえない程に凄まじく、ランチャーのダウンロード表示が出た瞬間には終了していた。それを見てやはり、驚く。

 

「流石()()()()()()様だな……」

 

 アルバイトの内容を思い出し、思わず笑みがこぼれる。エーテル通信、それがこの超高速で通信をPCが行っている正体だった。PSO2のランチャーからゲームにスタート画面へとOPを眺めつつ、進める。なんでもこの世の中には、この世界、地球にはエーテルとかいう粒子が存在するらしい。らしい、とはまだ完全に判明した事ではなく、その研究中だからだ。ともあれ、その研究にかかわっている知り合いがいるおかげで自分は今、こんなボロいバイトが出来る。

 

 エーテルを利用した高速通信、エーテル通信。そのテストをPSO2というゲームを遊びながら行えばいい。バイトの内容はそれだけだった。だがそんなクソの様に軽いバイトの内容と比べ、エーテル通信の恩恵は桁違いだった。ログイン画面でシップを選び、そしてキャラクター選択画面へと移る。そこには明菜(アキナ)と名前の表示された、女のキャラクターが存在している。ENTERを押し込み、選択する前に、

 

 部屋の入口、玄関を、そして窓を確かめる。どれも開いていないし、外からは見えない様になっている―――これで良し、と小さく呟き、キャラの選択を完了する。ゲームスクリーンが青と白の電子の海を泳ぐ様なロード画面へと変更する。

 

 それと同時に世界は一変する。

 

 視界を光が満たしたと思った瞬間、見える光景が一期に変化する。

 

 ―――先ほどまでスクリーンに映るだけの光景が、目の前には広がっていた。

 

 まるで体を失ったかのような浮遊感。その中で電子のトンネルを抜けて行く様な感覚を味わっていた。言葉ではとても言い表せない、そんな不思議な感覚だ。だがそれも長くは続かない。語るなら大よそ五秒程だけ、たったそれだけの時間。それが終わると肉体の重みが帰ってくる。足に感覚が戻り、そして立っている、という肉体の感覚が生まれて来る。

 

 閉じている目をゆっくりと開けば、先ほどまではPCのスクリーンを捉えていた視界が、別の光景を捉える。それは先ほどまでのアパートのワンルームとは違う、広い光景だった。若干暗いのは照明が足りないからではなく、すぐ傍に見えるガラス張りの窓、或いは壁ともいえる物の向こう側に見える光景がそこにあるからだ。正面にがゲート、その左右のガラスの向こう側に見えるのは、

 

 ―――宇宙だ。

 

 星が輝き、そして鋼鉄の船を浮かべ、ひたすら闇を無限に見せる漆黒の宇宙の姿がそこには広がっていた。当たり前だがそこは東京に存在するアパートではない。そもそも地球という星ですらなかった。周りへと視線を向ければSFチックな光景が広がっており、妙にメカメカしいロビーの姿が見える他、機械的な武器を背中に担いだり、誰もいない所を登ったり、踊ったりしている人達の姿が見える。その人たちも美少女が多かったり、明らかに異常なサイズのデブがいたりで、誰もかれもが恰好が実にユニークになっている。

 

 右手を持ち上げて指を動かして拳を握り、同じ動作を左手で繰り返し、指の先まで触覚が通っているのを確かめ、

 

「―――良し」

 

 感触を確かめて漏れる声はもっと高い、男の声ではなく、女の声だった。視線を下へと向ければ胸の盛り上がりが見え、体をくねらせれば足元が見える。磨かれた鉄の床に自分の姿が反射して映し出され、生まれて二十年以上慣れ親しんできた姿とは全く違う、別人の()()姿()がそこには映って見えた。だがそれで問題はなかった。()()()()()()()()なのだから。

 

「ほんと、新技術様々だよな……」

 

 エーテル通信。その超高速回線を通した本命はこのオンラインゲーム、PSO2をフルダイブ―――ゲームの中そのものへと入り込んで遊ぶことが出来る、という事にあった。ただこれは誰にでも出来る事ではないらしく、バイトを持ってきた人物曰く才能、そして資格が必要との事だった。ただ自分には才能が、資格があったらしい。その為、このエーテル通信のテスター、みたいなバイトを紹介された。

 

 正直どうして、とか色々あるが―――遊んでいるだけでお金がもらえるのだから、そういう疑問はどうでもよかった。お金が色々と入用に大学生活で、遊んでお金がもらえるという状況はまさに神の恵みに等しいものだった。そういう事もあり、今は純粋に楽しむ事だけを目的としていた。正直エーテル粒子、通信、その詳しい事を説明されても自分の専門外なので全く意味が解らないのだから。

 

 自分にとって重要なのはVRMMO環境でプレイできる、という事だった。

 

 ―――そうだった。四時から西田と遊ぶ予定だったな。

 

 ゲーム内へとログインした以上、言葉を口から吐けばそれはチャットのログに乗る。不用意な発言はログが残って面倒になるから少しだけ独り言には気を付けつつ、時間を確認する。一直線に帰って来てログインした以上、時間はまだ割と余っていた。少なくとも三十分は余裕で遊べるだけの時間があった。こうなってくるとTA―――つまりはタイムアタッククエストを軽く一人で走ってくるだけの余裕はあるのだが、西田の発言を思い返す限り、一緒にやりたいという事なのだろう。先に終わらすのも可哀想だ。となると適当に四時まで時間を潰すのが賢明だろう。

 

 幸い、時間を潰す手段には事欠かない。

 

 ロビーの端へと視線を向ければビジフォンと呼ばれる端末が設置されている。その横には倉庫用の端末も設置されている。このゲーム、PSO2は基本的にMMORPGのジャンルに入る。ただ多くあるMMOの中でもキャラのクリエイトが非常に凝っており、キャラの動きも非常に多く、他のMMOと比べるとハッキリ言って次元が違うとも表現が出来る。

 

 無論、キャラの表現の方法はクリエイトだけではなくファッションにもある。ビジフォンを使えばプレイヤーが出品している他のアイテム、たとえば武器や服装などを購入することが出来るし、その横の倉庫端末を確認すればなんだかすごい技術で保存されている自分の装備品などを取り出す事が可能となる。

 

 ―――そこらへん、設定色々とあるらしいけどあんまり興味ないんだよなぁ……。

 

 自分にとってPSO2は楽しいゲームだ。特にエーテル通信によってフルダイブが可能になってからは更に楽しいゲームになってしまった。おかげで色々と目覚める物があったのは否定できない。

 

 たとえば美少女になったから似合う服装を着て楽しむとか。

 

 武器を振るったり技を使ったり飛んだりで本来は出来ないアクションを体験するとか。

 

 様々なフィールドへ降りて地球では絶対見る事の出来ない景色を見るとか。

 

 スクリーンで見ていたことを自分の体で体験する―――それはまるで、じゃなくて本当に別の人間になったかのような感覚だった。だからそれに合わせて、深く考える事は止めている―――ゲームなのだから、ロールプレイぐらい当然だろう、と。余り深く考えようとすると頭がパンクしそうになるし、結局のところはゲームだ、深く考える物でもないだろう。楽しめばいいのだ、楽しめば。

 

 とりあえずビジフォンのマイショップで他人の販売しているアイテムを確認する事が出来る―――今着ているポップスコアも2M(200万)でマイショップ経由で購入したものだ、TAをすればそこそこお金は溜まる。装備は現在実装されている装備の中では最高ランクの星13はほとんどないが、最大強化された☆10、11がある為、ユニット(防具)を含めてそこまでは興味はない。となるとファッションやアクセサリー、ある意味装備よりも金のかかる所が気になってくる。

 

「四時市街地緊急野良募集中ー! カウンターからー!」

 

「いれてくださーい!」

 

「おねー」

 

「四時緊急か……」

 

 聞こえてきた会話に思わず言葉を零してしまい、少しだけ恥ずかしく思い、歩を進めてビジフォンの前まで移動する。緊急―――つまりは緊急クエスト、緊急ミッションだ。公式のウェブサイトを見れば突発ではない限り、スケジュールされた緊急を確認する事が出来る。ただ自分の場合、面倒なのでそこらへんあんまりチェックせず、最近は動くのが楽しくて自由にやっている。

 

 が、四時緊急……西田が早めにログインするようだったら一緒にやるのも悪くはない。ガチ勢ならレアドロがクソだから放置してUL(アルティメット)に籠るだろうが、実際に体を動かしてプレイできるようになってからは効率とかは割とどうでもよくなった。

 

 この技術がもっと広まって、正式なものになればいいと思う。そうすればガチとか効率とか、自分の様に割とどうでもよくなると思う。せっかくのゲームなのだから、楽しまなくては損、そうではないだろうか。

 

 まぁ、どうでもいいことだ。

 

 自分はバレたり晒されたりしない事に注意しつつ全力でバイトと言う名の遊びを堪能すればいいのだ。ビジフォンに触れれば、操作方法は既に何度も試しているのだから、すぐにわかる。出現するホロウィンドウに触れて、それをタッチしながら操作する。

 

―――見つけた―――

 

「……?」

 

 呼ばれた気がし、振り返る。が、自分へと向けられた言葉は見つからず、ログにも何も残ってはいない。気のせいだと判断し、ビジフォンへと向き直る。やはり髪型やボイス系はアホの様に値段がインフレしているなぁ、なんて事を考えながら、時間を潰した。




 という訳で久しぶりににEsの方を遊んだので息抜きにこんなものを。現在は☆13が確定で手に入る様になって色々と緩和されてきましたなー、野良のハードルも大分下がった感じだ。てんぞーも割と楽しんでます。エーテルとかの話を聞けば大体何時頃かなぁ、とか話は分かってくるかと思いますが、作内実装状況はEP3中盤な感覚で。

 PSO2、地味に好きなんだよなぁ、キャラクリが楽しくて楽しくて。


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Blue Sky Blue - 2

 ビジフォンを使って気になるアイテムの相場を二十分ほど確認していると、オンにしていたログインアラートが起動し、フレンドがログインしたという事実が伝わってくる。ログを確認すれば”ウェスト”というキャラクターのログイン履歴が存在している。ログイン、予想よりも早かったなぁ、とは思うが、緊急クエストが来ているのであればそれをどっかで見て急いで帰ってきたのかもしれない。ビジフォンで展開していたホロウィンドウを消して、チャットのモードをウィスパーへと変える。相手はもちろんウェストだ。

 

「よ」

 

『ういういー。ログインなうっぴぃ。そっち行くっぴぃ?』

 

「カモンカモン」

 

 短いメッセージのやり取りを終えてチャットを終わらせる。ビジフォンから視線を外してロビーにあるクエスト受付用のカウンターの横、テレポーターの方へと視線を向ければ、男女が動くことなく固まっている姿が数人ほど見える。その後唐突に動き出す姿は偉く不気味だが、自分の様なエーテル通信ではない、通常のPCが相手だと思うと納得できる部分がある。そうやってこのブロックへと転送されてくるPCの姿を眺めていると、見知ったPCが転送されてくる。

 

 愛らしいヒヨコの着ぐるみで姿を完全に隠している存在だった。明らかに周りのSFチックな服装と比べれば浮いているのではあるが、このゲームの、PSO2の看板マスコットとも言われるラッピーという鳥の着ぐるみはそこまでレアな装備ではなく、ネタとして誰かしら所持していたり、無駄にバリエーション豊富だったりする。

 

 ラッピースーツと呼ばれるその着ぐるみの愛好家は割と多い―――西田……ウェストの様に。此方がビジフォンから放れて手を振れば、きゅむきゅむ、と独特の足音を響かせながらウェストがダッシュで近づいてくる。そこでパーティーへの招待が届き、即座にそれを承諾する。チャットのチャンネルをパーティーへと合わせ、パーティーメンバー以外には発言が聞こえない様にフィルタリングする。

 

「ちーっす」

 

「ちーっす。四時緊急と聞いて本気で帰ってきましたっぴぃ」

 

「うーん、大学生のクセしてこいつ……」

 

 それを言ってしまえば自転車で全力ダッシュをカマした自分も人の事が言えないのだが。ともあれ、ラッピーだから語尾はぴぃとかいう安直な考えを実行している狂人と軽く中身の無い話をしつつ、四時から緊急クエストが来ている為、適当なクエストをクエストカウンターでウェストが受注し、

 

 ロビー中央の発着ランチへと進む。

 

 ここ、ゲームだとロビー中央から進むゲートの部分しか見えないが、実際に体を使って動かしているとこの先も存在しているのが解る。歩いて進んで行けば少しずつ下がって行き、その先にランチへと繋がるテレポーターが設置されてあるのだ。それに入れば開いているシップの方へと自動的に転送される。

 

 ゲームだとクエストカウンターで待機するよりも、シップで待機した方が遥かに利便性が高かったりするので先にシップに入って待機するのが普通だったりする。回線の状況次第の話だが、普通にクエストカウンターで受注してクエストへと向かおうとすると、それでラグったりロードに時間がかかったりして面倒なのだ。

 

 逆にシップ内だとパーティーを組んでいる、自分を含めて最大4人までしか表示されない為に動作が軽くなるし、受注してから場所への移動が速いのだ。

 

 ―――この小技、フルダイブだと通じない。

 

 以前、野良のパーティーの際に身を持って知ったのだが、惑星ナベリウスで発生する緊急ミッションを待つ為、惑星ウォパルでシップを待機させてからミッションへと参加した時は、シップがウォパルから放れ、ワープゲートを通してナベリウスへと向かって、そこで漸く自分がクエストに参加できた―――その数分間のロスを経験するハメになったのだ。一緒にその時遊んでいたのはエーテル通信とは全く関係のないPC達、向こうは此方が表示されても動かないロード中の状態に見えていたらしい。

 

 その間、自分はずっとシップ内で待機し、惑星間を移動する様をしっかりと見ていた。

 

 まぁ、何とも不思議なものである。ちなみにクエスト開始後にシップへとテレポーターを使って転送すればちゃんと現地へと到着できるという面白い現象も発生する。

 

 同じゲームを遊んでいるはずなのに、フルダイブと通常環境ではまるでフィルターを一つ、隔てているかのようなチグハグさ、そしてリアリティが存在している。それが遊んでいる自分としては妙に面白く、少しだけメモったり調べたりしている事でもあった。

 

 そんな事もあり、定番のシップ待機はウェスト一人だけが行い、自分はロビーに残った。ゲート横の壁に寄りかかりながらホロウィンドウを表示させ、手持ちの装備とアイテムをかくにんしつつ、パーティーチャットを付けたままにする。

 

『前遊んだ時はアキナはバリバリのFoTeだったのにいつの間にかFiBoでカンストさせてるねぇ……っぴぃ』

 

「FoTeはアレだ、テクカスしてテク連打してれば火力出るし楽だし貢献しやすいから結構好きだったんだよなぁー……ニュマ子だから火力出るし。火力出るし」

 

『野良でも火力なきゃ晒される時代ぴぃ。まぁ、当然なんだけどっぴぃ』

 

「地雷を引いても楽しむ精神がゲームには必要なんだと思うけどなぁ……」

 

『まぁ、そういう意見もごもっともっぴぃ。だけど結局のところゲームというお手頃な環境で無双して自尊心を補給したいのが人間というかガキの考えっぴぃ。自分より劣るやつがいたら口にしなくても気分は良くなるっぴぃ? ただそれが口に出たりイライラしちゃうって人種は多い、それだけっぴぃ。それはそれとして見抜き、いいっすか』

 

「なんでそこだけお前語尾がねぇんだよというかシップから戻ってきてんじゃねぇか……!」

 

 気が付けば目の前にズームアップされたラッピースーツの顔があった。それを両手で押し退けながらシップの方へ、ゲートの中へと押し込む。ゲームとしての性質上、そこまで押し込んでしまえば勝手にシップの方へと転送されてしまう。はぁ、と息を吐きながら時間を確認する。四時まであと十分ほど、時間は残っていた。

 

『酷いっぴぃ……ただ見抜きがしたいだけなのに』

 

「リアルで襲撃にしに行くぞ!」

 

『洒落にならないからマジでやめろ……やめろ。まぁ、冗談はそこまでとする……っぴぃ。今軽く装備見たけど何時の間にヒャッカリョウランの10503を……』

 

「ドゥドゥの討伐は辛かったよ……! まぁ、FiBoでFiメインで使えるDBとなってくると自然と限られるしレアドロ期間があればね……? それにFiBoってかなり動きが楽しいし。ほら、前動画でやってたじゃん? アレはFiFoだったけどさ。テクとPA混ぜながら空中コンボ決め続けてイジめるだけの動画。アレ見て真似してみたら楽しくて楽しくて。偶にサブBrにしてJガして遊んでる」

 

『フレがいつの間にかスーパープレイの道を歩み始めていた件』

 

「空中散歩は楽しいぞー」

 

 装備がそこまでガチガチではないので火力にはそこまで期待できないのが辛い所だが、それでもWIKIとかを見て装備をしっかり吟味、強化しておけばそれなりに火力は出る。趣味構成だとしても一定の役割を果たすことが出来れば文句は言われない。FoTeは確かにお手軽で強いし、テクニックを使うのも派手だから悪くはなかった―――だがアクション要素のあるこのゲームで、ほとんどモーションのないテクニック職を使うのは非常にもったいないと思った。それと比べるとFiBoは良く動く、良く跳ぶ、そして良く飛びもする。

 

 Gu(ガンナー)Fi(ファイター)Bo(バウンサー)といえば簡単に飛び上がって途切れる事のない空中コンボを叩き込めるクラスだ。折角自分の体で動かして遊べるのに、それを選ばない理由がない。

 

 痛覚も存在しないし、派手に接近戦をしても怖くはない―――ゲームなのだから。

 

『お、緊急来たっぴぃ』

 

 ウェストの発言と共にロビーにアナウンスが響く。緊急クエストの発注が行えるようになる。さっそくウェストがクエストを受けたことによってクエスト内容が切り替わる。市街地緊急任務。オーダーされたクエストがそれに切り替わったところでゲートへと入り、その先にあるテレポーターへと向かい、とびこむ。

 

 再び、白と青の電子回廊を抜ける浮遊感とテレポートの感覚を得る。その先で視界が切り替わり、場所は鈍い鋼鉄の色を見せるシップ内へと変わった。直ぐ近くにはドリンクスタンドがあり、シップの先には出撃用の出口がある。ここにウェストの姿がないという事は既に飛び出した後なのだろう、

 

 ドリンクスタンドでサクっとフォトンドリンク―――PA(フォトンアーツ)を使うのに必要な最大PPを上昇させるドリンクを飲み、空っぽになったドリンクの容器を投げ捨てて走る。白い、首裏で二本に分かれて伸びるアクセサリーのないツインテール―――ローゼンロングテール2が動きに合わせて揺れる。それが僅かに首に触れたりはするが、やはりゲームだからか、そこまで触覚は感じない。だからリアルとは変わらない感覚で体を動かせる。体の変化も気になるものではない。

 

 そのまま、シップ後部のゲートへと飛び込む。

 

 再び視界を白と青の世界が包み込む。だがそれも一瞬で、終わると足元は確かな感触を得て、そして鋼の建造物が視界に入ってくる。直ぐ正面へと視線を向ければ、踊るラッピースーツの姿―――つまりはウェストの姿が見える。それを無視して武器のスロットを変更すれば、背中に武器が出現する。装備した飛翔剣(デュアルブレード)であるヒャッカリョウランは片方が桜色、もう片方が白く、その名の通りどこか和風っぽさを感じさせる武器となっている。

 

 メインクラスによって装備できる武器が制限されるこのゲームで、メインクラスとは別に装備できるクラスが設定された武器がある。このヒャッカリョウランもそういう武器の一つになる。

 

「ぴぃ! ぴぃ! ぴぃぃ!! リリーパは殺すっぴぃ」

 

 ホロウィンドウが出現し、マジマジとドアップのウェストのラッピー顔を強調しながらリリーパというマスコット的にライバルポジションに立つ殺人発言を放ったウェストに呆れ、ホロウィンドウを消去する。

 

「無駄にカットイン入れてそんな事を言うなよ……」

 

「いいや、これは大事な事っぴぃ。元々PSO2、そしてアークスのマスコットと言えばラッピーだっぴぃ。だがリリーパとかいう媚びを打っているド畜生共が出現したおかげでいくつかのグッズでリリーパの畜生が販売される様になったっぴぃ。これは許せないっぴぃ」

 

「お前は一体何と戦ってるんだ……」

 

「マスコットとして譲れない戦いがそこにあるっぴぃ……」

 

 ゲームとしてのキャラクターでしか行えない、無駄に小刻みなジャンプでステップを取りながらウェストが振り返り、そのままスタート地点から飛び降りて先へと進む。その背中姿を見送りながら正面へ、その先へと視線を向けた。

 

 そこに広がっているのは破壊された市街地の姿だ。少し進んだ先で道路から染み出す様に出現した黒い靄が少し気持ちの悪い昆虫の姿を取り、その姿を撃退する様にウェストがカード―――タリスを片手にテクニックを放ち始めるのが見える。

 

 市街地緊急任務。それはダーカーと呼ばれる敵性存在がアークス船団―――つまりPCが所属する宇宙船団の市街地へと襲撃してきたので、撃退しろ、という任務の内容になる。正直、そこまで美味しいクエストではない。そもそも自分も、そしてウェストもキャラクター自体はカンストし終わっているし、こんな場所で狙えるレアもたかが知れている。ただそれでも、普通に遊んでいるだけでも割と楽しいのだからしょうがない。

 

 ヒャッカリョウランを背負った状態で前へと走り出し、スタート地点の台地、柵を越える様に走って飛び越え、三メートル程下へと風を感じながら片足で着地、痛みさえも感じずにそのまま前へと向かって走る。無駄にスカートが鉄壁で見られるとか広がりすぎるとか心配する必要もなく、体もまるでスーパーヒーローになったかのような軽快さで進むことが出来る。正面、タリスを投げた所でテクニックを発生させたウェストがそこを中心点に敵を一か所に集め、そのまま爆炎を巻き起こして一纏めに敵を処理する。

 

「やっぱFoTe楽だっぴぃ。ゾンディとラフォするだけのお仕事っぴぃ」

 

「でも個人的にFoやってて一番楽しいのは複合属性のぶっぱした時だと思う」

 

「超解るっぴぃ」

 

 正面、更に宇宙の敵、ダーカーが出現してくる。スイッチ型のスキルを発動させて戦闘準備を一瞬で終わらせつつ、前へと向かって走る。後ろからタリスが飛翔し、それが此方が到達する前に集団の中央で電撃の結界を広げて敵を中心へと吸い寄せる。そうやって敵が集められた中心点へと向かってヒャッカリョウランを両手に持って、PAを発動させる。両手を大きく広げるのと同時に足が大地を離れて滑空し、周囲にフォトンブレードと呼ばれる謎の万能物質、フォトンによって生成された半透明な刃が生成される。

 

 それが暴れる様に自由自在に体に周囲に展開、飛翔し、一か所に固まった集団にそのまま突っ込む。ザクザクとダーカー、その最下級の敵であるダガンにフォトンブレードが突き刺さって行き、グラフィクの破片へと解体して行く。だが難易度が高いだけに、それだけでは倒れない。だからそのままゼロ距離まで接近した所でPAを追加で発動させ、フォトンブレードを丸鋸の様に縦に回転、空へと飛びあがりながら敵を削り、上へとカチ上げる。

 

 更にそこから追撃しようと武器を換えようとして、システム的に表示されたダメージが即死圏に突入しているのを理解して追撃を止める。

 

 そのまま着地し、ダガンも道路の上に落ちるとそのまま黒い霧となって霧散した。

 

「フィーバーしないDBとかどう見ても地雷っぴぃ。あ、パーティー抜けますね」

 

「クラフトまでして武器もユニット(防具)もラッピー統一している貴様にだけは言われたくはない」

 

 フレンドだからこそ許せるやり取りをしながらそのまま奥へと、瓦礫と炎によって崩壊している姿を見せている市街地の奥へ向かって進んで行く。この先、何度かダーカーの邪魔が入るだろうが、それを抜けた先にエリア切り替えが待っている。

 

 そこへと進めばマルチエリア―――最大で12人まで同時に共闘できるエリアになる。クエストはそこへ到着してからが本番だ。




 ドゥドゥのサンドバッグが実装された時、私はそれを最速で入手し、マイルームで飾って殴り続けました……1時間ぐらいな! 最近はB争奪が激戦過ぎてマイルームに戻る時間ないからフランカカフェが溜まり場化しているような。そんなぷそにー。

 基本的に細かい説明はあまり挟まない方針なのでプレイヤーか自分で調べられる人向け。


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Blue Sky Blue - 3

 ダブルセイバーへと武器を切り替える。走りながらPAを発動させ、まっすぐ前へと突っ込んで行きながら体を横へロールする様に、回転しながら突っ込んで行く。そうやってダーカーの背後へと抜けた所で連鎖させる様にPAを発動させ、ダブルセイバーを掲げ、回転させる。それに反応する様に小さな竜巻が発生、すぐ近くにいたダーカーを吸引、そして一纏めにする。そうやって集まったダーカーを追撃する為に武器を飛翔剣へ切り替え、上へと入り上げてから腕を広げ、滑空しながら全て纏めてフォトンブレードで揉みくちゃに切り裂く。

 

 モーションの終わりに入る頃に後ろへと滑る様にエスケープしながらフォトンブレードを射出、それを連続で突き刺しながら落下するダーカーを狙い撃ちに、確実にトドメをさしながら着地する。そこで飛翔剣を戻し、武器を再びダブルセイバーへと戻す。

 

「空コンたのしー」

 

「効率クソ悪いっぴぃ」

 

「楽しいからいいんだよ!」

 

 エーテル通信で接続していないウェストには解らないだろう。ジェットブーツで二段ジャンプをしたり、PAを実際に自分の体で行って素早く動き回るあの感覚―――触覚は薄く、そして弱い。痛みは存在しないし、食べ物にほとんど味はない状態だ。ゲームなのだから当たり前だ。だけど、それでも体を動かして感じる風の感触はリアルで、自分の体を超人の様に動かせるのは何よりも楽しいのだ。それがウェストにはおそらく、一生解らないだろう。

 

 ……まぁ、全裸になれなかったり、この美女ボディを隅々まで確かめることが出来なかったり、やや残念な部分はある。

 

 だがそれを勘定に入れてもこのフルダイブ状況は凄まじく、そして凄い―――文句なんかある訳がない。

 

 迫力のないテクニック職なんてゴミだ、ゴミ。強いけど。

 

「まぁ、でも、空コン楽しいけどエネミーを拘束し続けるから長く遊んでいると文句言われるんだよなぁ、効率落ちるし。ボスとかも浮き上がらせることが出来ればいいんだけどなぁ……」

 

「基本的にボスってのはでかくてスパアマ持ちだから無理っぴぃ」

 

 それだけが残念な所だ。そう思いながら雑魚のダーカーを殲滅し、最初のマップの終わりへと到着する。市街地のマルチエリアへの入口は地下通路風の入口によって繋がっている。ウェストがそこに踏み込もうとする黒い入口に近づいたところで姿が消える―――此方とは違ってフルダイブではないので、アバターが次のエリアへとロードされる為に消える。だが自分は生身で動かしている為、同じたぶんアバターの様な存在なのだろうが、もうちょい歩かなくてはならない。おそらくはエリア2へと到着したであろうウェストを追いかける為にも、自分もライトの壊れた地下通路へと走って入り込む。

 

 破壊された車を避けて、僅かな光が外から差し込む地下通路、そこへと降りて行く。

 

 ―――瞬間、一瞬だけ世界がモノクロに、砂嵐によって視界が乱れた。歩き、進もうとした足が少しだけ止まり、自分の意志で足を止めた。そのまま軽く頬を掻き、

 

「……ラグったのか?」

 

『え、大丈夫っぴぃ?』

 

「たぶん」

 

 まぁ、エーテル通信は未知の技術の塊でもあるのだ、そりゃあ場合によってはラグが発生する事もあるだろう。まぁ、それで動かなくなったら有線に切り替えるから通常のネットゲームに戻ってしまうのだが。しかし緊急中にラグで動きがキツくなるのは困る。そんな事を考えながら再び前へと向かって歩みを進める。マップの構築上、ここは本来映し出されない、何もない暗闇の空間で、向こう側には出口と光が見える―――その先にエリア2が存在する。

 

 だがそこへと向かって進もうとするとまるでラグったかのように世界が進行と停止を繰り返し、砂嵐と共に一瞬でモノクロに世界が切り替わる。妙な不気味さを感じながら、臍の下あたりに嫌な感触を感じる。本当に大丈夫なのか? そう思い始めた所で少しだけ不安になり、走り始める。

 

 ―――一瞬、世界が全てモノクロ、そして完全な砂嵐に染まる。

 

 だがそれが終わって地下通路を抜ければ、そこには先ほどと同じ、ボロボロになった市街地の姿が見える。遠くでは戦闘機が飛行し、チェインガンを発射しながらダーカーの迎撃を行っているのが見える。爆音と悲鳴、そして戦闘の音が辺りから聞こえる―――どうやらちゃんと、エリア2へと到着できたらしい。

 

「うっし、お待たせなんとかラグを抜けたっぽいわ」

 

 言葉を口にする。ウェストの姿を探そうとして、解りやすいラッピースーツ姿が見つからない事に首を傾げる。先へと進んでしまったのだろうか。そう思ってっ右手でログウィンドウを呼び出し、確認する。

 

 そこには見事にパーティーが解散された表示されていた。

 

「切断されているじゃないですかやだー」

 

 どうやらラグが酷かった影響か、ゲームの方から切断されてしまったらしい。タイトル画面に戻り、ゲームからはじかれるまでの間、少しだけ自由がラグの影響か、あるらしい。偶にラグが酷いと切断された状態でゲーム内が一切進行せず、そのままテクスチャーをぶち抜いたり通信せずに動き回ったりすることがあるが、今、どうやらそういう状態へと突入しているらしい。全く酷いラグだ、と嘆くしかなかった。

 

 早くタイトルに戻らないと緊急クエストが終わってしまう。そう思ってもここら辺はどうにもならない―――エーテル通信という未だに良く解ら相技術を使っているし、なんか変になっているのかもしれない。

 

 先ほどから()()()()()()()()()。それの原因かもしれない。

 

「しゃーね、ちょい歩くか」

 

 立ち尽くしていても暇だ。ちょいと歩いて早く戻ってこれる様に祈りながら時間を潰そう。そう思って出た所から前へと向かって歩き始める。そうやって視界に入るのは完全に破壊された市街地の様子だった。ビルは砕かれ、道路はところどころで炎上し、車は建築物に突っ込んだ状態、で人口の空は青かった。市街地緊急任務、それはダーカーに攻め込まれたアークスシップのダーカーを殲滅する、という任務だ。当然ながらアークスは単体で完結しない。

 

 ほかにも多くの一般人が市街地には住んでいるし、船団を動かす為の技術者等も多い。アークスはただ単純に戦うのではなく、そういう市民を守るヒーロー的存在でもある、らしい。ここら辺は()()()()()()()()()()()()()()()()()からちょっと解り辛い所で、設定とかを読まないと詳細は解らないらしい。

 

 つまり説明書もマニュアルも読まない自分の様なタイプの人間には一生解らない。

 

「しっかし暇だなー。歩くだけでも割と楽しいんだけどさ」

 

 武器を振るって動くことが出来ないというのは暇なのではあるが、こんな破壊された市街地、現実では見る事が出来ないだろう。ゲームとして遊ぶとただのグラフィックの塊だが、こうやって実際にフルダイブすると全てがリアルなのだ。見た目者が、感じるものが、そう、今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全てが鮮明に、そしてクリアに感じられるのだ。

 

「―――っ!? えっ? マテ、感じる……?」

 

 近くの炎へと視線を向け、そして其方へと向かって手を伸ばす―――掌に感じるのは熱だった。熱い、そして痛い。素早く手を引きもどしながらもそれを感じることが出来た。そしてそれは今まで、PSO2にフルダイブで遊んでいても感じる事の出来な方、触覚の一部だった。現実と変わりのない感覚の取得に、心はいきなり興奮で湧きあがった。これは凄い、そうとしか言葉が見つからなかった。

 

「……! ……! やべぇよ、マジでエーテル通信やべぇ……!」

 

 切断されたりラグったりしたのはこれが原因だったのだろうか? だとしたら許せるとしか言う他あるまい。ゲームの世界が更にリアルに感じられるようになったのだ―――そりゃあなんか痛いのはちょっと怖いのだが、今まで無痛モードで遊んできた分、割とアクションの怖い部分とかには慣れてきた自信が自分にはあった。今更、ちょっと痛覚や感覚が増えた所で、止まる事はないだろうと思う。

 

 ―――どうせ、これはゲームなのだから。

 

 前へと向かって歩き出す。今のこの状態は良く解らない―――だが自由に動けるなら楽しまなくてはゲームらしくはない。悪いなウェスト、この通信一人用なんだ。心の中でそんなくだらない事を呟きながら炎と瓦礫に染まる市街地を歩き、進んで行く。

 

 歩くたびに靴の裏に道路を踏む感触、砕けて砂利となった道路の感触が感じられる。ポップスコアという露出の多い服装を着ているせいか、肌に前よりも熱を感じる。肌を撫でる風の感触は前よりも強く、そして肌をチリチリと焦がす炎の暑さも僅かにだが感じる。フォトンによって守られているアークスはたとえどんな環境であろうとも、ほとんど自由に動き回ることが出来る。その為、直接炎の中に突っ込みでもしない限り、相当な暑さを感じる事はない。それでも、こうやってリアルの様に物事を感じ取れるのは、

 

 まさに奇跡だった。

 

 ドンドンゲームがリアルに近づいて行く事に軽い感動を覚えつつ、これが世界規模になればきっともっと楽しいんだろう、そんな事を考えていると正面、大きな交差点、そこを横切る様に走る姿が見える。装備もなく、私服姿のNPCが逃げる様に必死な姿で走っている。その後ろから追いかけて来るのはダガン、最弱のダーカーの姿だ。その姿を見て、迷う事無く武器をクラフトによって最大限まで強化された、全クラス適応のジェットブーツへと切り替え、チャージもせずにそのまま蹴りを繰り出す様にテクニックを放った。

 

 ラ・フォイエ、通称ラフォと呼ばれる狙った場所に爆発を発生させる火属性のテクニックが発生する。それによって逃げていた市民とダガンを分ける様に爆炎が舞い上がり、ダガンを吹き飛ばす。その隙に武器を素早くジェットブーツからナックルへと変える。地上で使える高速接近、突撃型のPAが存在する為、素早くステップで踏み込みながらPAを発動させ、フォトンで体を強化しながら一気に前へと突き進む。そのまま市民に襲い掛かろうとしていたダガンを一体殴り倒し、武器をダブルセイバーへと切り替え、敵を吸引する効果のPAで頭上へと一気に集め、そこからヒャッカリョウランを抜き、ヘブンリーカイト―――上空へと切り上げた。

 

 追撃せずにバックステップ、市民を背後に回す様にしながら飛翔剣を構え、正面へと視線を向けた。出現しているのはダガンばかり―――敵ではない。雑魚や小型のエネミーに対する殲滅力の高いダブルセイバーへと再び切り替え、

 

 吸引、纏め、そして火力の高い武器に切り替えて殲滅。

 

 十秒もあればそれで十五ほど存在していたダガンの殲滅も終わる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 振り返る事無く片手をひらひらと振る。ダーカーが消えた影響か、キュイン、という転送音と共に市民が転送されて消える。と、そこまで動いた所で気づく。

 

「あれ……ゲーム動いてる?」

 

 切断されているのならゲームが動かない筈だ。咄嗟の事でいつも通り目の前のダーカーを殲滅してしまったが、ちょっとおかしくないだろうか? パーティー解除、そしてどうやらネットワークからも切断されている様にも思える。

 

 そこまで考えた所で、めんどくさくなってくる。

 

「まぁ、いっか。それよりも楽しいからスタート画面に戻されるまで自由にやろ」

 

 ヒャッカリョウランを背に戻しつつ、周りへと視線を向ける。そこには人の気配も、ダーカーの気配もない。ただ遠くでは銃声と人の声が聞こえる―――まぁ、人のいる方向へと向かって進めば適当にイベントか、それともラグで弾かれるだろう、なんて楽観し、歩き出す。

 

 ―――再び砂嵐とモノクロに世界が染まり、視界の先に白衣を着た女の姿が見えた。

 

 女の姿は道路を進み、そして曲がり、そこで砂嵐とモノクロの世界は消えた。女が消えた方向へと視線を向け、胸を持ち上げる様に腕を組んで支え、そして首を傾げる―――どうしようかなぁ、とか考えたけど腕に触れている胸の感触が柔らかい。これはちょっと感動モノかもしれないなぁ、と一瞬で考えようとしたことを忘却し、

 

「っしゃあ! なんかイベントトリガーかなんかだろ。とりあえず追いかけるか―――そして終わったらデバッグだデバッグ! そう、新たに触覚という感覚が増えたから不備がないようにデバッグせざるを得ないのだ……! ふへへへ」

 

 我ながら馬鹿な事をやっているなぁ、という自覚はあったが、今が楽しいのだからしょうがない。

 

 今は課題も宿題も全部忘れて、ただただこの新しい世界に没頭したかった。




 新世代武器以外は悪いがドロらないでくれないかな!! ドゥドゥ達への怨嗟は募るばかり……。それにしても安藤とシオンの関係っていったい何だったんだろうな。あとなんであんなに時間をぴょんぴょんしたんじゃ~。

 てんぞーの人も割とお手軽火力のFoTeを使ってるけどFiとかでコンボ決める方が好きなのよね。ただやっぱさらされるのは怖いからどうあがいてもノクス鍛えてFoTeに(


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Blue Sky Blue - 4

 散発的にダーカーが出現する。体の感触がリアルになり、重さを感じる。前よりも動かしづらいのは事実だった。だがそのリアリティが更に心を燃え上がらせていた。更に自分の血液に興奮を流し込んでいた。それでも慣れた作業だった。進んで、纏め、そして殲滅する。エルアーダ、カルターゴ、ディカーダ。出現するダーカーの数は増える。だが同時に三十匹出現しようが、MMOにはレベルという暴力、そして慣れ遊んだ経験というPS(プレイヤースキル)が存在する。一度動きを理解してしまえば簡単だ。

 

 ただ纏めて殺戮する、それだけの作業だった。慣れた事だが―――それでも心はワクワクしていた。

 

 白衣の幻影を追いかける様に市街地を進んで行けば、段々と主戦場の方へと進んで行き、出現するダーカーの数と質が上昇するのは感じていた。それに進んでも一切その姿に追い付けるような気がしない白衣の幻影、それはまるで案内するかのように破壊された市街を進んでおり、それを追いかけるのが楽しかった。

 

 今の自分の状況が特殊なんてのは理解している―――そもそもエーテル通信が出現してからそんな事熟知している。だけど深く考える事よりも、楽しむ事、刹那的な快楽に身を投じる事を選んだのだ。間違いなく馬鹿の所業だ。だけど、そこが自分らしいとも思っていた。何よりも特別、という言葉は誰もが好きな言葉だ。今、こうやって、自分の足で走り回ってアークスとして戦っている自分は、きっと、

 

 特別だし―――かっこいい。

 

 

 

 

「大分主戦場の方に入り込んできたな」

 

 エルアーダの頭をジェットブーツの裏で踏み潰しながら呟く。その感触も見た目も遥かにリアルになっている。霧散する姿に生物としての構造が見え、そしてそれがダーカーという生物の気持ち悪さを更に引き出していた。運営も良くこんな気持ちの悪い生物をぽんぽんと生み出せるものだ、と感動さえ覚える。だがそうやって最後のダーカーを殲滅すると正面、ダーカーの出現によってハッキングされていた防壁が解除され、その向こう側へと通じる道が解放される。

 

 回復テクニックのレスタを使わず、回復アイテムである飲料、モノメイトを取り出す。細長いパウチ型のボトルに入ったモノメイトを蓋を指で弾いて取り、そこにあいた穴から緑色の液体を喉の中へと流し込む。触覚が生み出されたのだから味覚はどうなのだろうか、なんて考えからモノメイトを試してみたが、

 

 割と正解だった。

 

 味は割とすっきりしている。色が緑色だからメロンソーダみたいなのか、と思ったが少し甘く、さっぱりとしたレモンウォーターの様な味だった。どちらかと言うとスポーツドリンクっぽかった。ただ飲みやすい、すっごく飲みやすかった。口に入れたと思ったらそのまま喉に滑り込んで活力が満ちるような、そんな感覚だった。まぁ、アークスたちが何時も飲んでいる事を考えれば当たり前だが飲みやすくなっているよな、と感想を抱くしかなかった。

 

 飲み終わってパウチを投げ捨てる。割と味は気に入った。次回はシフデバドリンクを試そう。そんな事を考えながら視線を先へと向ければ、再びモノクロ色の世界に染まるのと同時に、視線の先に白衣姿の幻影―――いや、女が見える。いままでよりもハッキリと、そしてクッキリと見える白衣の女はまるで今まではフィルターを何重に通していたのが撤去されたかのような、そんな明快さがあった。今まではただの幻影だった―――だが今は触れられそう、そんな感想を抱ける程に彼女の存在はしっかりしていた。

 

「我々は―――貴女を―――ずっと―――待っていた」

 

「……」

 

 流石にここまで来るとただのイベント、と笑いで済ますにはいかない。そこまで鈍感であるつもりはない。自分の理解を超えた何かが発生しているのはなんだかんだで理解しつつある。ただそこからは必要以上に深く考えようとはしない。流れに、そして面白そうな方向へと身を任せて、進む。だから正面、白衣の女の次の言葉を待つ。メガネをかけた、清らかな水を思わせる女性は口を開こうとし、再び砂嵐が視界を覆う。

 

 やがて、最初から存在しなかったかのように女の姿は消えてしまった。

 

「消えちまった……ここから俺にどうしろってんだ―――いや、解るんだけどさ」

 

 ()()()()()()()()()()。それだけの話だ。どうせ……ゲームなのだから。それだけの話だ。だけどなぜか、メニュー画面を開き、ログアウトボタンを押そうという気持ちには欠片もなれなかった。だから視線を持ち上げ、周りへと向ける。ゆっくりと先ほどまで白衣の女がいた所へと向かい、立つ。

 

 周囲に見えるのは崩れたビルばかりだ。無理やりビルの中を突っ切るような事も出来そうだが、ゲーム的に考えると見えない壁で弾かれそうだ。結局のところ、ここはどうやら行き止まりだったらしい。あの白衣の女も、一体何がしたかったのだろうか。溜息を吐いて、時間の無駄だったか、と嘆く。ただ主戦場は近くらしいし、走ればまだ緊急が終わる前に間に合うかもしれない……たぶん。

 

 移動するか、そう思った直後ノイズが走る。

 

 砂嵐ではない―――ノイズだ。世界がモノクロに染まるが先ほどの白衣の女の様に優しいものではない。まるで世界が悲鳴を上げる様に歪み、引き裂かれ、そしてそこに無理やり割り込むような、そんな感覚だった。不吉な予感に素早く背後へと視線を向ければ、

 

 モノクロの世界に新たな乱入者が出現していた。

 

 ―――それだけがモノクロを殺す様に暗い色を放っていた。

 

 それは黒かった。全身を黒いコートで包み、そして黒い仮面を被る、紫の髪の存在だった。パっと見た感じ、男か女か、その判別が付き辛い存在だった。ただ間違いないのは、出現と同時に、その存在はダーカー達と同じ、あの不吉な色の黒い霧を纏っていた。ただバチバチとモノクロにスパークしており、それは自分が知っているどのダーカーよりも不吉に見えた。

 

「すげぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、しかし現状のPSO2では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。それがこうやって目の前に立つのを見ると、正直、興味心よりも嫌な予感の方が強くなってくる。

 

 故に武器を最速で入れ替えながら全クラス適応に変えたカタナを装備し、後ろへとバックステップを取りながら即座にガードする。

 

 それと同じタイミングで、モノクロの世界を破壊した仮面のダークファルスがその手に巨大な黒いダブルセイバーを出現させ、一瞬で目の前に踏み込んできた―――カタナによるガードはドンピシャ、Br(ブレイバー)では無い為、ギアの起動はしない。しかし性能上、カタナのジャストガードには無敵が付与されている。

 

「ぐっ―――」

 

 タイミングはちゃんと掴んでいた―――それでも後ろへとガードされたまま吹き飛ばされ、腕に僅かな痺れを感じる。着地しながら武器を即座にナックルへと切り替えれば、相手も同じように黒いナックルへと武器を持ちかえていた。だが此方の方がPA分動きが早い。即座にハートレスインパクトを発動させ、大地を蹴りながら一瞬で体を前へと叩き込む。

 

「―――アキナ……貴様を殺す」

 

 まるでその動きを完全に読まれていたかのように、インパクトの瞬間にスウェーとバックステップによる回避を行われた。体が伸びきっている状態でしまった、と言葉を吐き、硬直を一秒でも早く崩す為のスウェイから武器の切り替えへと入る前に、腹にナックルを叩き込まれた。腹から背中へと衝撃が抜けるのと同時に酸素を吐き出し、痛みが体に発生する。リアルでも感じたことのない痛みに一瞬、完全に頭が空っぽになった。

 

 一瞬だけホワイトアウトした次の瞬間、体が拳で殴り飛ばされながらダブルセイバーを握りなおした仮面のダークファルスが一気に接近するのが見えた。態勢を整え直そうと空中で一回転する、それよりも早く頭上からダブルセイバーを叩きつけられ、体を道路を砕くように叩き付けられる。

 

 痛い―――けどそれよりも生き延びたいという意志が体を動かした。

 

 大地を蹴り横へと転がりながら武器を飛翔剣へと切り替える。踏み込んできたダブルセイバーから逃げる為に全力で横へとスライドしながら右のヒャッカリョウランを側面から振り下ろす。だが見えていたかのようにダブルセイバーの振り上げられた逆の刃を使って受け止め、まるでパルチザンの様に回転させ、此方の刃を弾きながら、

 

「ここで滅べ」

 

 紫のオーラを纏って横薙ぎに、パルチザンのPA―――スライドエンドを放ってきた。

 

 弾かれたままにヒャッカリョウランを手放して武器をPP稼ぎ用にセットしているツインマシンガンへと切り替え、体を後ろへと向かってロールし、正面から放たれるスライドエンドを飛び越えて回避する。だが着地する瞬間、ダブルセイバーを投擲し、それが此方の体へと衝突、痛みと共に体を一気に吹き飛ばしながら瓦礫に突っ込まされた。

 

 痛い―――痛い―――痛い―――。

 

 痛みだ。体中が痛みを感じていた。ネタではなく、真面目に激痛が体を支配していた。一体どれだけダメージを喰らったのか、反射的に確認しようとして、HPが見えない事に気づく。さっき、ダーカーを潰していた時はまだ見えていたのに―――そう思いながら体を動かして、痛みを感じた。感じたことのない、一般人には耐えがたい痛みが体を走る。だがなぜか、

 

 体は動いた。

 

 ―――懐かしさと既知感のある痛みだった。

 

 この光景を、どこかで見たような、そんな感じさえする。

 

「憐れな奴だ貴様は」

 

「おいおい、ゲームなんだから、少しリラックスしようぜ、な? ……って感じでもないよな、うん」

 

 世界が少しずつ、痛みを感じる度にクリアになって行く。まるで生きているようだ。それが自分の感想だった。鈍感を気取るつもりはないし、馬鹿でもない。だから今、自分がなんかおかしな現象に、エーテル通信という言葉だけじゃ説明できない何かに巻き込まれている、というのは察することが出来た。泣きたいし、喚きたい。だけどなぜか目の前、

 

 この仮面の存在を見ていると、そういう気持ちが漏れてこない。歯を食いしばって耐えるべきだと心の何かが熱く訴えかけて来る。だから簡単だ―――馬鹿になる。痛みに鈍感になる。異常という状況に対して鈍感になる。そして正面、神経を凍らせるような殺意に対して鈍感になる。

 

 ―――ほら、そうすれば動ける。

 

 ダブルセイバーが振り下ろされる。

 

 こっそり切り替えていたタリスに合わせ、ミラージュエスケープが発動する―――一瞬だけ透明になり、あらゆる攻撃を透過して回避する。そうやってダブルセイバーを回避しながら仮面のダークファルスの反対側へと回避する。素早くナックルへとそこで切り替え、踏み込みながら拳を振るう。背中越しに突き出されたダブルセイバーでそれをガードされ、その勢いに合わせて体を後ろへと飛ばし、着地しながら取り出したトリメイトを指で弾いて口に咥え、

 

 パウチに歯を突き刺して中の液体を吸い上げる。

 

「ラ―――ウ―――ン―――ドォ―――……2、ファイトッ!」

 

「適応し始めたか。しかし、まだ―――弱い」

 

 トリメイトの残骸を吐き捨てながら湧き上がってくる闘争心と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に任せて武器を一番使い慣れたツインダガーへと切り替え、跳躍からシンフォニックドライブ―――急降下蹴りを放ち、仮面のダークファルスにガードさせる。蹴った瞬間、割り込むように次のPAへと連結させ、反動を殺しながら回転、蹴りと斬撃を混ぜながら連打を浴びせようとする。

 

 しかしそれをあっさりと見破った仮面のダークファルスがピンポイントで武器を弾きながら踏み込み、武器をナックルへと切り替え、

 

「やべっ」

 

 バックハンドスマッシュを決めてきた。

 

 再び激痛と共に体が何度も道路に叩き付けられ、跳ねる様に転がされた。やべぇ、そう思った直後、上から降り落とされるダブルセイバーの姿を視界が捉えた。即座に体を横へと転がし、道路に深々と突き刺さったダブルセイバーの姿を目視し、素早く立ち上がりながらトリメイトを取り出して飲み干す。

 

 着地を決めた瞬間、仮面が武器を飛翔剣へと切り替え―――フォトンではない、黒い刃を無数に浮かべ、それを放ってきた。回避するために横へと跳躍し、口の中に不快な鉄の味が広がるのを感じた。

 

 ―――俺、なにやってるんだろ―――考えるな、考えるな、考えるな―――本能に任せろ。

 

 考えれば考えるほど足が止まる―――だから理性を否定する。ゲームだと、これはゲームだと思い込ませ、頭を鈍感にする。そうすれば少なくとも()()()()()。そして恐怖がなければ体は十全に動く。だからそのまま、生き残る為に動きを作ろうとし、

 

「無駄だ」

 

 それを悉く理解され、見切られ、そしてカウンターを叩き込まれる。痛みを感じながら体は転がされ、トリメイトを飲み、そして生き残る為に全力で走る。が―――届かない。弾き、叩き、切り、叩き、その一つ一つの動作が洗練されている。知ってる、ゲームに登録されているのみのモーションから逸脱したその動きは的確に此方の動きを捉え、殺し、

 

 そして捉えて来る。

 

 故に、結果は解りきったことだった。

 

 何度目かも忘れた吹き飛ばされから復帰し、トリメイトに手を伸ばそうとして―――もう一つも残っていない事に気づく。気が付いた瞬間には遅く、体が重く、熱を感じ、痛みが消えない。脳が焼けそうな程に熱い。

 

 ダブルセイバーが近づき、

 

 ―――ノイズと共にモノクロに世界が染まった。




 【仮面】さんがなんでいるかって? メインストミを遊べ。ちゃんとストミを遊んでいる読者であればここがどの時間軸化解るはずだ……! それはそれとして安藤はマストダイ。

 実際に武器ガチャガチャ切り替えながら戦うと火力安定しないから野良だとやり辛いのよね。


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Blue Sky Blue - 5

―――まだだ、まだ君が倒れるには早すぎる―――

 

 声がした。聞いた事のない、少年の声だった。それは焦ってるようで、しかし、どこか確信を抱いたような、安心した様な、そういう少年の声だった。聞いた事のない少年の声が聞こえるが、視界はノイズとモノクロに完全に染まっており、それ以外の全てが見えなかった。ただ肌に突き刺さるような、そんな殺意の感覚はなく、自分という存在そのものがあやふやな感じがしていた。

 

―――近くて遠い未来で再び会おう、その時を待っている―――

 

 訳の分かる言葉で喋って欲しい。本当に、意味の解らないことばかりだ―――理解しようとしない自分が一番悪いのかもしれないが。だけど仕方がないじゃないか。考えるのは面倒なのだから。人生、ちょっと鈍感で馬鹿の方が楽しい。ゲームを遊ぶならそれぐらいがちょうどいいのだ。脳死プレイ、悪くないと思います―――そのせいで死にかけたような気もするが。ああ、なんだろう、なんといえばいいのだろうか……感想が見つからない。

 

 そう、なんて言えばいいのか、なんて思えばいいのかが解らない。混乱しすぎているのだ。だけどなぜか、一連の流れを通して必要以上に取り乱さない自分を見て、どこかでこうなる事を予感していたのではないかとも、考え始める。

 

 ノイズが走る。世界がグレーに染まる。徐々に、徐々にだが世界がねじ曲がり、そして変わって行く。事実は変わっていない。変わっているのはあるべき場所だ。直感的にそう感じる。そうとしか感じられなかった。なんでそんな事が解るのだろうか。だけど、そう、なぜだろうか。不思議と思い出すのはあの白衣の女性の事だった。あそこへと案内された以上、彼女とあの仮面の存在はグルなんじゃないかと思えそうなのだが、不思議と彼女を疑う気持ちにはなれなかった。それよりも、

 

 彼女に感じたのは―――。

 

 

 

 

From A.P.228 To A.P.238

 

ずっとこの日を待っていた

 

 

 

 

「―――」

 

 一番最初に感じたのは日向の暖かさだった。先ほどまで感じていた人工的な、調整された温度ではなく、日光を浴びて感じる陽射しが体を温めている。背中に感じるのも硬い瓦礫の感触ではなく、しっかりと体を支える大樹の感触だった。緑の匂いが肺を満たし、それがやんわりと痛みを刺激した。

 

「―――い。―――か―――」

 

 頭が若干フラつく。体が痛みを訴えるが、それも徐々に薄れて行く。流石アークス、流石フォトン。なんでもありだぜ、と一人、空しく心の中でツッコミを入れながら少しだけ、目を開けて―――直ぐに閉じる。目の中に入り込んだ光がまぶしく、開けるのが辛い。ぐっ、とうめき声を漏らしながら少しずつ光に慣れる様に、瞬きを繰り返しながら目を開けて行く。眩しい、が、それを遮る様に誰かがいる。

 

「おい―――ぶか?」

 

 口の中を切っているのか、血の味がする。横へと視線を背けてから口の中に溜まった血の塊を唾と共に吐き捨てる。まだまだ痛みが体に残っていて、全身が痛い。だけど痛いという事は痛みを感じられる程度人は生きているという事の証明でもあった。馴れていない痛みという環境なはずなのに、妙に懐かしさ、そして慣れを感じる。

 

「おい、アンタ大丈夫かよ? モノメイト飲めるか?」

 

「ぐ……」

 

 ゆっくりと目を空ければ、正面、黄色い服装……確かブリッツエースだったか、それを着ている童顔の青年が膝を折る様に立っていた。その手にはモノメイトのパウチが握られており、痛みを訴える体を無視しながらそれを受け取り、キャップを噛み千切ってから口の中へと一気にモノメイトの中身をぶちまける。口の中が切れているから痛いかと思ったが、口の中に入り込むのと同時にモノメイトの中に練り込まれたフォトンが傷口の修復を行い、痛みもなくドリンクを飲むことが出来た。

 

 体内にじわり、と広がるフォトンの感覚は言葉では表現しづらかった。ただそれがフォトンなのではあると、言葉では表現できない何かがあった。そしてそこまで来ると大分目が光に慣れて来る。モノメイトを飲んだことで体力や傷口も回復し、立ち上がれる程度には活力が戻っていた。アークスの技術は凄いなぁ、と思いながらゆっくりと、大樹を背に寄りかかる様に立ち上がる。

 

「お、っとっと……支えてもらって悪いね」

 

「いやいや、いいんだよ。というか……その、大丈夫か?」

 

「ちょっと辛い」

 

 活力は戻ってきても全体的に体がぼろぼろだった。割と真面目に早く、休める場所へと移動したいのが本音だった。でも今のこの状況、無駄に考えなくて済むのは幸いだった。あまり、現実とかゲームとかの事に関しては()()()()()()()からだ。畜生、と小さく息を漏らしながら、よろりと両足で立ち上がる。

 

「えーと……ここは……ナベリウスか。となると君はアークスかな」

 

「あ、いや、うん。一応アークス、なのかな? これが採用試験の最後だから」

 

「あー、はいはい。なるほどなるほど。じゃあ君も立派なアークスという事だ。うんうん、やっぱ宇宙のヒーローなら倒れている人を助けずにはいられないよね。俺もそうする」

 

 ふぅ、と息を吐いて心を、そして体を落ち着ける―――ゲームだ、ゲーム。熱くなりすぎるな、もっとフラットに、鈍感になって深く考えない様にして―――自己暗示の様に自分にそう言い聞かせながら武器を装備しようとするが、それに反応してエラーが発生する。即座に正面にホロウィンドウが出現する。

 

『Error―――能力値が足りません。バウンサーというクラスは存在しません。マグの使用許可が下りていないので機能をロックします』

 

「ふぉぁ!?」

 

 驚きのエラー内容だった。何事か、と即座に自分の状況(ステータス)を確認しようとすると、サブクラスに設定していたBoが消滅しており、そしてメインクラスに設定していたFiもレベルが30まで下がり、その状態でキャップが設定されていた。それ以上は経験値を取得しても成長を起こさない、そういう状態へと弱体化されていた。しかもレベルが足りない場合、それを補うためのマグまで装備できないのでいるのだ。嘘だろお前、としか呟くことが出来なかった。

 

 苦労して強化したヒャッカリョウランがゴミとなった瞬間であった。

 

 数M貯め込んでドゥドゥと勝負した日々とは一体なんだったのだ……。モニカスも許さない。

 

「心が折れそう……」

 

「おい、目が死んでるけど本当に大丈夫か……?」

 

 たぶん、と答えながらインベントリの中を軽く探る。現状、持ち込みの装備は全て能力差のせいで装備が出来ない。マグによる補正は装備できないから駄目だし、サブクラスが消えてしまっている以上、完全に駄目になっていた。その代わり、市街地緊急で拾っていたいくつかのゴミ武器であれば装備できる。後で売る為に適度に拾っておいてよかったな、と口に出さずに思いながら、ヴィタTブレイドを装備する。

 

 強化が施されていないクソザコ武器である事実に泣きそうだった。だがそれでも戦える。ヴィタTエッジを両手に握り、両腕を軽く動かし、体を動かす。夏はあるが、十分に動けそうだった。

 

「助かった。アークスの明菜ってんだ、よろしく」

 

「あ、俺アフィン。よろしく……先輩?」

 

「もっと砕けた感じでいいよ。畏まられても困るだけだし。それにアフィンは命の恩人だしな! 割と真面目にメイト全部切らしてピンチだったんわ」

 

 あの仮面のダークファルス相手に。しかもサブのバウンサーが消えたとなるとレスタを使えない様になってしまう。そうなると自己回復手段が本当になくなってしまうから、アフィンに助けられなかったらおそらく原生生物の餌になっていたのではないだろうか。そういう訳で、まじめにこの青年は命の恩人なのだ。

 

「いや……まぁ、うん。お前がそういうならそれでいいよ。俺もなんかアキナとは初めて会った気がしないし……ちょっと待ってて。今教官にどうするか聞いてくるから―――あ、ヒルダさん」

 

 アフィンの声と共にホロウィンドウが出現する。そこに表示されるのは男前、と表現できそうな短いけどふわっつぃた髪の持ち主―――オペーレーターのヒルダだった。自分の知る限り、アークスをサポートするオペレーターの中でも一番経験が豊富な人物で、リーダー格だったはずだ。ホロウィンドウに登場したヒルダが口を開く。

 

『此方の方でも確認した。悪いがアキナにはアフィン候補生と共に最後まで進んでほしい。此方で転送して回収してもいいが、想定外の状況に対処するのもまたアークスに必要な事だ』

 

「りょ、了解しました! ……という訳でよろしく頼むぜ相棒(アキナ)。あ、なんかノリで言っちゃったけど大丈夫?」

 

「問題ない問題ない。こちらこそよろしくな。ただ、まぁ……まだまだ体がアチコチ痛いから足を引っ張るかもしれないし」

 

『終わったらメディカルチェックの準備をしておこう。それでは以上だ』

 

 ホロウィンドウが消失、通信が切れる。ヒルダの顔が見れて少しだけほっとしたのは秘密だ―――少し前までは市街地にいた筈なのに、今ではなぜかナベリウスの森林にいる。その事がどうしても不思議で仕方がない上に、自分では色々と説明できそうになったからだ。原因のアレコレを考えるよりは、流れに任せて進める所まで進んだ方がきっと建設的に違いない。

 

 ―――こういうのを調べるのは、本当に落ち着いた時にやるのだ。今の心境じゃ到底不可能だ。

 

 歩き出す。

 

「ところでどこへ向かうんだ?」

 

「うん? あぁ、うん。この先のエリアにいるウーダンの群れの討伐が俺の試験なんだよ。トラブルが発生した場合はそのトラブルに対処して、その対応とちゃんと動けているのか、それを判断してアークスとしてやっていけるか最終的な通知をするんだって。……もしかして相棒って用意されたサクラとかじゃないよな? こう、トラブルの対処を見る為のなんというか」

 

「いやいやいや、そんな事はないから大丈夫。ちょっくら強いダーカーとタイマンしてたんだけど全く歯が立たなくてな。誰かが逃がしてくれたのか、今の所へと気絶している間に飛ばされたみたいなんだよなぁ……」

 

「うへぇ、ダーカーは嫌だなぁ……でもなぁ、アークスである以上ダーカーとの戦いは避けられないんだよな?」

 

「むしろ対ダーカーの方が遥かに回数多いんじゃないかなぁ……俺とか数えきれない数ぶっ飛ばしてるぞ」

 

 一回の緊急任務で数百はダーカーを殲滅する。特にPSEバーストが発生するとゾンディール等で固めながら無限湧きするダーカーをひたすら虐殺する時間に突入する。これを考慮に入れるとキルスコアは確か数十、数百万単位に突入していたりする筈。少なくとも自分が知っている上位のプレイヤー、つまり廃人クラスの連中は億単位のダーカーをぶち殺していた筈だ。改めてその数を考えると軽くキチガイって領域に突っ込んでいるよなぁ、と思える。ダーカー殺すのライフワークになっているの? って聞きたくなるレベルだ。

 

 森の奥へと向かって進んで行く。

 

 惑星ナベリウスは自然の豊かなエリアだったはずだ。森林エリア、氷雪エリア、遺跡エリア、そして壊世エリアという風にエリアが大きく分けられている。今のいる場所は森林エリアで、出現する原生生物もダーカーも、弱いのばかりしか存在しないエリアとなっている。確かにアークスの適性試験等を行う場合、弱いエネミーしか出現しないこの森林が一番安全だろうな、とは思える。少なくとも特殊な緊急クエストでもない限り、出現するエネミーのレベルは低い。

 

 時折、ガルグリフォンとかいう怪物が現れるが。

 

「ま、気負わず進もう。俺も戦える分には手伝うからな」

 

「ううーん、頼りたいけど頼っていたら試験で落とされそうなんだよなぁ―――」

 

 アフィンがそう呟いた直後、アラームが発生する。聞きなれた緊急通信のアラームへと耳を傾けるのと同時に正面、何もなかった空間に黒い歪みが発生する。その中から出現するのは最弱のダーカーとして有名で、毎回アークスに殺されているダガンだった。だがまだ正式なアークスにすらなていないアフィンにはどうやら恐怖の相手だったらしく、一気にパニックし始める。

 

 それを横で眺めながら笑う。

 

「余裕そうだなぁ!!」

 

「実際余裕っすわ。俺だけじゃなくてアヒンでもいけるぞ」

 

「アヒンってなんだよ!」

 

「負けてアヒンアヒン言わされそうだからアヒン」

 

「畜生、こいつ性格悪いぞ!」

 

「はっはっはっは―――」

 

 正面、ぞろぞろと出現したダーカーを前に、TD(ツインダガー)を両手、逆手に握ってやや前傾姿勢になる様に構える。

 

「ほら―――アークスとダーカーは不倶戴天の敵だぞ? 宇宙のゴミなんだからちょちょいであの世へダンクしてやらないと」

 

「ほんと気楽に言うなぁ、もう!」

 

 そう言ってアフィンもAR(アサルトライフル)を実体化させ、それを構えた。しっかりと訓練を受けているのはその構えがブレていないのを見れば解る。少し怯え、そして情けなさそうだが、それでも見習いアークスだ―――彼も戦える。それを確信しながら、

 

 まだまだ続きそうな、この長い一日の前に立ちはだかるダーカーへと向かった。




 実装状況、及び解放状況はEP1へ。ベータで遊んでいただけにてんぞーとしてはこのころは凄く懐かしい。今はBrが初期からあるけどあの時代はHuFoRaだけで、それぞれに対応するクラスを上げないと上位クラス解放できなかったのよね……。

 ほんとあの頃と比べると超変わったわなぁ、ぷそにーは


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Blue Sky Blue - 6

 踏み込む―――接近しながらダーカーの集団を前にして、ブラッディサラバンドを叩き込む。乱舞する様に振るわれるTDにフォトンの刃が乗り、それが斬撃として飛翔しながらダーカーの姿を切り裂く。それによって僅かに浮かび上がったダーカーを追撃する様に更にブラッディサラバンド、続けてブラッディサラバンド、追撃でブラッディサラバンドを叩き込み、最後にブラッディサラバンドを放つ。

 

 雑魚の殲滅、ツインダガーではこのPAが一番楽で便利なのだ。

 

 合計、五連続のフォトン刃の乱舞がダーカーを正面から強引にねじ伏せる。PPの最大容量はドリンクの効果が継続している事で上昇している―――が、四発目を放てる程上昇しているはずはない。愛用していたユニットのサイキシリーズはレベルが下がったことで装備できなくなり、全て外れてしまっている。

 

 PSO2というゲームではPA、及びテクニックの発動にはPPという数値を消費するシステムになっている。この数値を見るとドリンクで最大値が+20されてはいるが、それでもPPは120、ブラッディサラバンドは一回で30、つまり五回放てばPPが150必要になってくる―――これは少し計算が合わないだろう。とはいえ、目を背けたい現実ではあるが、PSO2が非常にリアル化してしまっている以上、そういう事もあるんだなぁ、と深く考えずに納得するしかない。

 

「ブラサラ空打ち!」

 

「もうダーカーいないよ!! というか相棒つっよ!」

 

「これがレベルの暴力って奴よ―――まぁ、レベルキャップかかったせいで大分弱体化してるんだけどな。あんにゃろ、次会ったら絶対にぶっ飛ばすぜ……! まぁ、それはそれとして、ダーカーは基本的に動きがパターン染みてるからな。上位の個体でも相手をしない限り範囲を攻撃できるPAで纏めてぶっ飛ばすのが一番早いぞ」

 

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

 アフィンに頷きを返し、背にTDを戻しながら歩き出す。生身でオンラインになってから、もっと体が自由に動くようになって、試した事は色々とある。だがそれでも一番解ったのはPA(フォトンアーツ)は便利である、という事実だ。PAとはゲームで言えば必殺技的なポジションであり、火力を出す為のメインウェポンでもあった。それは環境がフルダイブになったところでも変わりはなかった。ただ、PAで発生させるアクション、現象、それらはフォトンを何らかの方法で変換して発現させているようなものらしく、ちょっと頑張った程度じゃ応用も真似も出来ない。

 

 PA発動と、PA発動せずに同じモーションをしたのでは、威力が数倍単位で変わってくる。

 

 頑張ればPAの途中で動きをキャンセルすることぐらいはできるが―――ほとんどプログラミングされた動きを最高の状態で繰り出す、みたいなものだ。動きがパターン化されたダーカー相手には割とこれが良く突き刺さる。流石にあの戦った仮面のダークファルスみたいな存在となると、逆に見切られるからPAを使わない方がいいのかもしれない。

 

「まぁ……アヒンくんRaだろ? だったら基本的には火力よりも支援回りの方が期待されるな。大型のエネミー相手にはWB(ウィークバレット)使って戦闘の効率化、雑魚を相手にするときはトラップ使って引き寄せとかするといいぞ。グラビとかフラッシュとか、割と気軽に使える癖に性能が割と高めだし。あー……後は雑魚用にガンスラの練習とか? アレの射撃PAって割と範囲広いし。まぁ、慣れたらランチャーで砲弾の雨を降らせる作業なんだけど」

 

「アフィンだよ! というか相棒の話って次元が違う様に感じるよ」

 

「いや、最終的にはどんなアークスもこんな感じだろ。最適解を求めるなら」

 

 そう言うが、アフィンは首を傾げている。まぁ、まだアークスになったばかりのアフィンでは少し解り辛い事なのかもしれない。だがゲームとしてのPSO2であれば最適な戦術、クラスの組み合わせ、火力のインフレのさせ方が判明している。その為、このクラスはどう動けばいいのか、そういうのが出揃っているのだ―――まぁ、こうやってリアルになった為、ダメージ表記が消えたり色々とリアルになったりで、完全に知っている通りのPSO2通りにはいかないのだが。

 

 少なくとも血が流れるし、敵も血を流す。それだけは戦闘して解った。

 

「っと、またダーカーか。数が多いな」

 

「う、あんま好きじゃないんだよなぁ……ダーカー……」

 

 アサルトライフルを構えたアフィンがアクションを開始する前に拾い上げた無強化ナックルへと武器を変え、PAで素早く接近しながら素早くダブルセイバーへと切り替え、小型の竜巻で姿を巻き上げながら吸引し、集まってきたところをサイドステップで離れる。瞬間、アフィンのアサルトライフルから放たれた榴弾が集団に直撃し、巻き込んで爆発を起こしダガン達をバラバラに吹き飛ばす。いくら低レベル帯といっても流石に一発で倒せる程ダガンは柔らかいとは思わないのだが、

 

 ―――やはりそこらへん、特にフォトン関連は事情が違いそうだ。

 

 火力計算が狂いそうなのはちょっと辛い。

 

「ほら、アヒンもやれば出来るじゃん」

 

「そりゃあ相棒がそこまで手伝ってくれれば―――ってアヒンで固定し始めてないか?」

 

 はっはっはっは、と笑い声を零して誤魔化す。ダブルセイバーを背後で折りたたむように収納しつつ、正面へと視線を戻す。予想外にダーカーの数が多い。この状況、凄まじく弱体化してレベル30へと落ちてしまったが、それでもオーバーキルレベルの実力者である自分が居なかったらおそらく、アフィンは生存できていないだろう。そういうレベルでのダーカーの多さを感じる。ある意味、自分を見つける事でアフィンは生き残る事に成功したのだ。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「いや、シップに戻ったら少し休みたいな、って」

 

「……大丈夫か?」

 

 アフィンに笑顔を返す。

 

「大丈夫、大丈夫。少なくとも岩熊さん(ロックベアー)三体同時とかでも捌けるぐらいには自信があるからな。美味しいからログベルトでもいいぞ」

 

「あ、うん。これ心配する必要ない奴だ」

 

 呆れるアフィンが先へと進む横で、げらげらと笑い声を零しながら続いて歩く。色々と心配な事は多いが、少なくとも現状、あの【仮面】、とでも呼ぶべきダークファルス、そして市街地で出現する様なキュクロナーダ等の中位ダーカーがいない分、このナベリウスの森林エリアは安全に思える。小型ダーカーであればたとえSH級の個体が出現しようが、30レベでも十分撃退できるのは縛りプレイ動画を見て良く理解している。

 

 ただこれはあくまでもアフィンの試験らしい―――あまり自分が張り切っても評価が悪くなるばかりだろう。その事を思い出し、あまり暴れすぎないようにしないと、と軽く自分に言い聞かせながらレーダーを目で追う。とりあえず、レーダーの範囲内にダーカーの反応はない―――だが此方へと向かって近づいてくるアークスの反応はあった。

 

 正面、視線を向ければ大きな十字路が見える。その反対側には赤毛のアークスが立っているのが見え、此方へと向かって手を振っている。

 

「お、他にもアークスがいた! おーい!!」

 

 アフィンが手を振り上げながら赤毛のアークスへと振り返す―――のと同時に、十字路に大量のダーカーの姿が浮かび上がり始め、赤毛のアークスの背後にもダーカーが出現する。後ろだ、危ない、そう叫ぶ前に超反応を赤毛のアークスは見せた。後ろからダーカーが来るのが見えていたのか、横へとステップを取りながら素早く横へキックを繰り出し、取り出したガンスラッシュの射撃モードで腹下のコアへと精確な射撃を叩き込んだ。

 

「うぉっ、すごっ」

 

「レーダー見てりゃあ奇襲は防げる、アヒンこっちも合流して叩くんだよ!」

 

「りょ、了解! あとアヒンじゃない! アフィンだい!」

 

 若干キレた様に言い返してくるが、そのおかげかアフィンの動きからは緊張の色が薄かった。ガンスラッシュをソードへと切り替えた赤毛のアークスも戦い馴れているのが良く解り、即座に囲んできたダーカーに対してステップを活用したショートダッシュで突破し、外側からPAによって押し込みを始める。それに合流し、攻撃を加え始める頃には既にダーカーの数は半分まで減り、それが完全に消え去るまでには十秒も必要としなかった。

 

 アフィンはともかく、慣れているアークスが余程慢心かレベル違いの所へとやってこない限りは事故は発生しない。つまり、この赤毛のアークスはそれだけ実力のあるアークス、という事だ。片手を上げながら此方へと挨拶してくるアークスへと向かって、此方も片手で挨拶を返す。

 

「よ、お前らの方は大丈夫か? 最終試験で事前にダーカーが出現しない様に掃討されたのにダーカーが出るってんで焦ってクエスト受けてきたんだけど―――」

 

「あ、お疲れ様。こっちが新人な」

 

「あ、あざっす!」

 

「いや、そう固くならなくていいからさ。っと、駄弁ってる場合じゃねぇな。現在生き残っている時点で試験は合格、シップに戻ればその時点でアークスとして認めるって判断らしいぜ」

 

 赤毛のアークスのその言葉に首を傾げ、そして判断する。

 

「……予想以上に状況が悪いのか?」

 

 その言葉に赤毛のアークスは歩き出しながらどうなんだろうな、と答えた。

 

「そういう詳しい話は分かったもんじゃないけど、ただえらく焦っているところを見ると何か想像以上に予想外の事態とぶつかったみたいだな。それに犠牲者も割と多いらしい。俺もさっき、間に合わずにダーカーに呑まれた白髪の女の子を見たしな。……ちっとやるせねぇわ」

 

「……」

 

 頭を少しだけ気まずそうに描いた後、それを振り払う様に赤毛のアークスはダーカーの影響力が届かない範囲へと抜ける為に歩き出した。アフィンも人数が三人に増えたからか、少しだけ怖がる様子を見せなくなり、警戒しながらも前へと向かって進んで行く。殿を受け持つために数歩後ろを歩きながらも、白髪の女の子、という言葉に胸に突き刺さる何かがあった。

 

 誰か、誰かに会わなくてはならない―――。

 

 一体その思いはどこから来たのだろうか。自分には一切解らなかった。だがそれは強い、とても強い感情として心に焼き付いていた。まるで()()()()()()()()()()焼き付いたそれは、いつか、あり得るかもしれない再会を期待する様なもので、自分の感覚を狂わせていた。

 

「―――なんだってんだ……」

 

 本当に、本当におかしな出撃だった。気付けば市街地でソロ、そこで変な女を追いかけて、そしてそこで死にかけて今度はナベリウスに。もし、これでただのエーテル通信で発生した新手のバグかなんかだったらバイトを紹介した所へと乗り込んでマウントパンチを叩き込む。

 

 叩き込むところなのだが―――どこからどう見ても通信とかそういう領域を超えている事態だ。

 

 そもそもからしてエーテル通信という新しい技術を使ったらフルダイブできる、という考え自体がおかしい。だからその時点で何かあっても、何も言えないのだが、

 

「さてはて……どうするかなぁ……今後は……」

 

 そっと、メニューを開いてそこに存在する筈のログアウトのボタンが存在しないのを予想通り確認し、アフィンと赤毛のアークスに聞こえない様に溜息を吐く。出口のテレポーターはもう既に見える場所までやってきていた―――なんともまぁ、長い一日だった。

 

 本当に、本当に―――疲れた。




 もう解るかもしれないけど、主人公の遊んでいたぷそにーにはDFとストリが存在しないのである。という訳でEP1、本格開始しますよ。

 開幕ヒロインちゃん死亡のお知らせと共に。


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In To Blackness - 1

「―――あー、もう、疲れた。マジ無理」

 

 そう言って床に胡坐をかいて座り込む。ポップスコアのスカートを挟むように鋼鉄の床―――マイシップの床に座り込み、赤毛のアークスが此方へと視線を向けてからうわ、と発言して視線をそらす。

 

「おい、スカートの中が丸見えだ! 丸見え!」

 

「金払え」

 

「えぇ……」

 

 見られた程度で何かが減る訳では―――いや、痴女の称号を貰ってしまう。流石にそれは嫌だなぁ、なんて事を考えながら手でめくれ上がったスカートをおろし、ふぅ、と息を吐く。本当に長い一日だった。アフィンは試験終了とアークスに関する報告をホロウィンドウで受けているらしく、少々忙しそうだった。その姿を数秒間眺めてから軽く飛び上がる様に立ち上がり、体を伸ばす。

 

「くぅ―――ふぅー……はぁ、本当に長く、辛い一日だったわ。えーと……俺はこの後メディカルセンターで軽い検査を受けなきゃいけないんだっけ? 検査とかって寸前になって物凄くめんどくさく感じるよな」

 

 特に今からメディカルチェックを行うとなると嫌でも体に関する現実を受け入れなきゃいけなくなりそうだから余計に気が重い。いや、まぁ、ただのゲームじゃないというのは全身が痛い時点でなんとなく察している。だけどそれでも流石に女の体を動かすのは色々とアレだ。今までは考えない様に考えを背けてきたが、実際にこうやって意識し始めると胸がー、スカートがー、マイサンがー、とで色々とガリガリ削れる感覚がある。

 

 それでも三日ぐらい時間をかけてエディットするほどに気合いを入れたキャラクターだけに、この姿には愛着があるのだが。ともあれ、メイト系が全滅している為、ささっと販売機で三種類のメイトを補充し、それに合わせて消耗品をフルセットで補充しておく。そうしている間にアフィンの方も通信を終わらせたのか、よっしゃ、という短い声と共にガッツポーズを取る姿が見える。それを見ていた赤毛のアークスも笑みを浮かべる。

 

「おめでとう、そしてようこそ新たなアークス、なんてな。ここからは更に大変だぜ? 困った事があったら俺か他の先輩共にちゃんと頼れよ? ……っと、そうだ。これ、俺のパートナーカードだ。暇なときだったらいつでも付き合うぜ」

 

 そう言って気前よく赤毛のアークスがパートナーカードを送ってきた。そこに表示されているアークスの名前はゼノだった。クラスはハンター、サブクラスはなし。本当に普通のモブアークス、という感じなのだろうか。ともあれ、人のつながりは宝とも言う、片手でありがとう、と会釈を送りながらシップのテレポーターからアークス船団へと帰還するゼノを見送る。どうやらいつの間にか転送できる範囲まで飛行していたらしく、

 

 シップのガラス張りの窓からは広がる宇宙の景色が見える―――本物の宇宙の景色が。吸い込まれそうな程広がっている闇と星の海に、浮かびあがる複数の船―――船団の姿が見える。アークス船団、この宇宙を彷徨う、星と宇宙の守護者。その住処だ。マイシップは既にテレポーターで船団へと帰還できる距離までやってきている。それを確認した所で、とりあえずアフィンへと視線を向ける。

 

「とりあえずおめでとうアヒン。俺も色々と調べたりチェックがあるから一足先に降りるな」

 

「おう、じゃあな相棒」

 

 アフィンに手を振って一足先にテレポーターに乗って、一瞬の閃光と転送空間を彷徨ってから、見慣れたアークスロビーへと到達する。そうやって到着したアークスロビーで一番最初に目に入ったのは横一列に並んで踊っているアークス達の姿だった。

 

 あぁ、なんか―――安心感覚える。

 

 その集団を見て、一番端へと移動し、そして周りの連中の様に、自分も全く同じ動きで踊り始める。それを見た踊っていたアークス達が此方へと視線を向け、歯を輝かせるスマイルを見せ、更にダンスに熱を入れ始める。そう、アークスに言葉なんて必要はない。踊れば通じ合うのだ……アークスは……。

 

『オペレーターのコフィーです。明菜さんですね? 踊っていないでメディカルセンターでチェックを受けてください。そしてシオンと言う方の上位権限によりサブクラス許可申請試練、マグライセンス授与申請試練、難易度制限解放試練・I、そしてレベル制限解除試練・Iの受諾許可が出ています。更なる飛躍を望むのであれば此方からクライアントオーダーの受諾をお願いします。それでは』

 

 そうだ、メディカルセンターでチェックを受けなくてはならなかったのだ……悲しみを覚えながら踊るのを止めると、横一列に並んで踊っていたアークス達の動きが加速を始めた。それはまるで慰めているかのようで、アークス達の踊りを通した友情を感じさせるものだった。それに応える為にも、自分もとっておきの踊りを―――。

 

『―――メディカルセンターでフィリアさんがお待ちです。は! や! く! お願いしますね?』

 

「うっす」

 

 

 

 

 メディカルセンターでのチェックは簡単なものだった。服を脱いだりして調べるのかと思ったが、そんな事は一切なかった。流石宇宙を旅するアークスの科学技術とでもいうべきか、クラスカウンターの反対側にあるメディカルセンターでフィリアというスタッフに連れられて奥へと進んだら、そこでセンサーを起動させ、体内と体外からフォトンの様子や肉体の状態をチェック、そうやって人体の事を簡単に調べることが出来た。あっけなさすぎるチェックに若干拍子抜けしながらも、それよりも問題だったのはメディカルチェックの結果だった。

 

 メディカルチェックを受け終って、アークスロビーに戻ってきて頭に残るのはフィリアのこの言葉だった。

 

「―――フォトンを抜けて肉体にもダメージが通っているから数日は出撃禁止、か」

 

 コフィーの方でクライアントオーダーが発生したからさっそくレベルキャップを解除したりマグの取得を行おうかと思ったのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。となると数日、少なくとも二日は大人しくクエストに出ず、ここらでぐだぐだする以外に選択肢はないのだろう。軽い溜息を吐きながら、ロビー横、ビジフォンへと接近する。丁度他のアークスも使っていなかったらしく、フリーになっている。

 

 コフィーのクライアントオーダーは後で、許可が出てから請け負うとして、その前に確認したいものがある。

 

 それは―――倉庫だ。

 

 ビジフォンを起動し、倉庫へとアクセスする。そうやって確認する倉庫の中身―――それは見事綺麗に全滅していた。今まで溜めてきたアイテム、ユニット、武器、グッズ、その全てが消失していた。あまりの事態に嘆くよりもさきに頭が完全に理解を拒否し、フリーズした。

 

「ふへ、へへ、ひゃひゃはやひゃ……」

 

「……おい、大丈夫かよアンタ……」

 

「ふひゃひゃひゃははや……」

 

「大丈夫そうじゃないなこれ」

 

 通りすがりのアークスが心配する様な視線を向けて来るが、脳味噌はこの事態に完全に蕩けきっていた。メインウェポン、メインのユニットは何時もインベントリに突っ込んであるからセーフなのだが、他のクラスで使っている武器とかサブウェポンとか全ロストは流石に発狂モノだった。今、ここで叫びながら疾走したい気分だったが、社会的地位までロストしたくはないので、ぐっと抑え、我慢する。我慢し、

 

「お、おい、急に泣き出したぞ」

 

「こういう時は踊るんだな……」

 

「そうか……」

 

 すぐ隣で踊り出したアークス達はもしかしてインド人の血でも流れているんじゃないのか? と思いたくなるが環境、場所、状況問わず踊り出すアークスなのだから慰めで踊るのも割と普通だよな、という事で何とか正気を取り戻す―――ありがとう、アークス音頭。ただプロデューサーの生え際はどうにかしろ。

 

「えーと……幸いメセタは預けず持ち歩いているから自由に出来るのは8Mか……。この様子だとマイルームもリセットされてそうだし先に家具とかパスとかそっちの方を購入しておくかぁ……はぁ……」

 

 倉庫機能を閉じて、マイショップ機能をオンにする。まず最初に相場の確認を行う。WIKIなんて便利なものは存在しないが、逆に此方側の世界のネットサイトにはアクセスできるようになっていた。マイショップのウィンドウを片手に、もう片手に相場を表示するサイトを起動させる。

 

「ん……全体的に星10の希少性が上がって値段もインフレしてるなぁ……あ、いや、全体的に武器の値段がインフレしてるのか。その代わりに服装やアクセサリーのファッション系統の品はデフレ気味、と。お、コラボ系列の髪型とか売られてるのな。しかも安定して200k前後か……安いなぁこれ……」

 

 ありえない値段だった。少なくともゲームだった時はコラボ髪型やボイスは基本的に課金品であり、スクラッチで入手するものだった。復刻は珍しく、一度逃せば手に入れ直すのは絶望的でもあった。その為、基本的にコラボ系列や復刻されていない髪型、アクセサリーは値段がインフレしやすい傾向にあった。特にグラデーションのかかるタイプの髪型、アレは髪にバリエーションを見せる事が出来るという理由で凄まじいインフレを起こしていた。それこそ完成された武器よりも高い、なんてこともあった。

 

 だがこのリアル環境、とでも言うべきPSO2の世界ではゲームと比べて酷いデフレを起こしていた。その原因はなんだろうか―――課金概念が存在しないからだろうか? ゲームじゃない、つまり課金がない、入手手段がありふれている? それとも簡単に入手できるから材料費だけで済むとか? それにしてもコラボ品まで出品されているのは割と嬉しい。欲しいものを軽くチェックしておきつつ、ルームグッズ関連へとアクセスする。

 

「えーと……まずは広い方が良いしリモデLを三個、リビングとベッドルームにゴシックRを二個、んで風呂場とかにモダンBでいいか。お、すげぇ、風呂場設定にバルコニーや窓なしとか選択できるのか。やっぱゲームとリアルは違ってくるなぁ……現状販売されているシーナリーパスは宇宙、森林、凍土、火山、砂漠かぁ……」

 

 少しだけ迷う。シーナリーパスはバルコニーから見える光景を変更させるものであると同時に、マイルームをとなりの部屋から隔離する手段でもある。デフォルトの市街地のままだと隣のマイルームのバルコニーが見えたりする。なので部屋を隔離する意味でも何か欲しい。フィーリングで森林を選ぶ。個人的には海岸や白ノ領域辺りが非常に好みなのだが販売されていない以上、どうとも言えない。ともあれ、

 

 シャワー、風呂、ベッド、ソファ、ジュークボックス、シャンデリア追加してCDを纏めて20種類ぐらい、マイルームを飾るのに合計1Mぐらい消費し、そこで満足した所でここからマイルームの設定が出来ると解り、さっさとマイルームの設定を行う。購入したばかりのパスとテーマ、リモデルを投入し、出現したホロウィンドウに購入された家具の配置を行う。五分ほどそうやってマイルーム関連の作業を続ければ、マイルーム設定は完了する。

 

「ま、こんなもんか」

 

 そんな事を呟いて直ぐ傍のテレポーターの中へと入り、転送先をマイルームに指定する。もう何度目か解らない転送光と浮遊感、それが終わるころにはマイルームの入口、扉前に立っていた。自動認証でロックが外れ、扉が開く。その向こう側にはビジフォンで設定していた通りの、自分の部屋が広がっていた。家具が予想よりも多少高くついたが、それでも快適な生活環境の為なのだから仕方がない、と言い訳しておく。

 

 部屋の奥、バルコニー側の壁にはソファを設置してある。その横にはジュークボックスが設置されており、購入してきたCDをかたっぱしからその中に叩き込む。そのまま蹴りを入れてランダムで音楽を流す。E.G.G.M.A.Nがマイルーム内に流れ始める、イースターイベントの時はこれ、良く聞いたよなぁ、とまだゲームだった頃の思い出を振り返り、

 

 横に倒れる様にソファに沈み込む。

 

「あ―――……」

 

 少し重めの曲がズンズンと体に振動を叩き込んでくる。遠隔操作でそのボリュームを上げて、体に響く感覚を心地よい程度にし、そのままソファの中に沈み込む。やらなくてはならない事はいっぱいあるし、チェックしたいこと、確かめたいことも多くあった。だけど一旦疲れを自覚すると、どうも動きたくなくなってしまう。冷蔵庫がすぐそばにあるのはいいのだが、まだドリンクも食べ物も何も買っていないから完全に空っぽだ。少し勿体ない事をしたなぁ、

 

 そんな事を想いながら目を閉じた。

 

 ともかく―――疲れた。

 

 次、目が覚める時はまたリアルに戻れる様に、そう祈りながら目を閉じた。

 

 そんなわけ、あるはずがないと、心のどこかで確信しながら。




 慣れてないとソファで寝ると首を痛くするんだけどな! という訳で相場状況、マイショ状況は非常にカオスなアレで。お約束? そんな気力は連戦後にはないです。それはそれとしてアークス系の料理には非常ん位興味ある。一体何を食ってるんだろ。

 基本的にEPを追っていく形だけど割とザックリ変えたりするので。特にEP1は序盤はなんというか……うん。なんとも言えない……。


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In To Blackness - 2

 むくり、と目が覚めた。

 

 ソファから上半身を持ち上げ、そのまま数秒間ぼーっとしてからかけっぱなしの音楽に、軽く意識を取り戻す。寝汗と疲労で体がドロドロな感じがする。欠伸を漏らしながらソファから降りる。ネクタイを引っ張り、シャツに手をかけて一気に引っこ抜いて床に脱ぎ捨てる。ブーツも足を揺らして蹴り飛ばす様に壁に叩き付けて脱ぎ捨てて、スカートのホックに指を合わせて床に落とす。そのまま背中に指を回してブラジャーのホックを外し、そしてショーツを蹴り飛ばす様に脱ぎ捨て、シャワーボックスを設置して風呂場に設定した三つ目の部屋へと進む。

 

 欠伸を漏らしながらシャワーボックスへと近づき、水圧と温度を外側のスイッチで調整する。軽く手をシャワーボックス内部へと突っ込み、心地よい熱さがそこにあるのを確かめてから手を抜き、入ろうとしたところで足を止め、横へと視線を向けた。

 

 バルコニー側、そこは設定によって扉が排除されて窓のみとなっており、その窓に反射して自分の姿が映っている。そこに見えるのは裸のローゼンロングテール2の髪型をした女の姿だった。窓に映るその女の姿を見て動きを完全に停止させ、数秒間、動かずに眺め、反射して映るその姿に手を振る。当たり前の様に、反射された姿は振り返してくる。その姿を見てから下、自分の体へと視線を向け、

 

 そっと、両手で顔を覆う。

 

「……どうやって洗うんだろこれ……ビジフォンで調べるか……」

 

 

 

 

 アークスって食事どこでするんだ? と思ったりもしたが、ゲーム内で表示されているショップエリア、カジノエリア、ロビーエリア以外にも行ける場所は多くあった。ただ単純にそれしか表示されていないのはゲームとしての都合だったっぽく、ビジフォンから食べる場所を検索すればアークス向けの超巨大フードコートが存在するのを発見した。当たり前の話だが()()()()()()なのだ。そう、船団という大規模で宇宙を彷徨っているのだから、そこらへんの施設とか充実していない理由がないのだ。

 

 そういう訳で朝、割とショッキングな経験を済ませるとフードコートに顔を出した。凄まじいと表現できるレベルで広く、全部で三階まで存在する、そういう規模のフードコートだった。存在する店舗も凄まじく多く、アークスの場合は割引が利くらしいので、朝から大量のアークスが朝ごはんを食べる為に集結しているのが見える。そして並びながら踊っているのを見るとアークスはいつも通りなんだなぁ、と思えてしまう。

 

 ともあれ、こんな場所で食べるのは初めてで、何を食えばいいのか若干困ってしまう。朝の衝撃的な光景を脳内から洗い流す為にも、適当に見廻し、そしてランダムに選んだ場所で朝食のセットを購入した。

 

 ―――その結果、からあげがくっついてきたバターチキンカレーを購入する事になった。

 

 ルゥの中央にバターライスが存在し、その色が黄色い事から多分サフランライス的なアレだと思う。店舗としてそこに存在するという事はまずいという事はないのだろう、チャレンジャー精神でライスを崩してルゥと軽く混ぜ、口の中へと運ぶ―――美味しい。朝からカレーはちょっとヘヴィなんじゃないか? と思ってしまったが良く考えればアークスは体を大量に動かすし、何より今は腹が減っている。

 

 気が付けばあのソファで丸一日熟睡してしまったし、晩御飯、朝ごはんを一緒にしたと思えば丁度いいのかもしれない。このラッピーのカレー屋さん、という店舗の名前をしっかりと脳内に刻み、次回はキングラッピーカレーと言うものにでも挑戦しよう、と硬く心に誓う。

 

「ほむ―――触覚・味覚・聴覚・嗅覚・視覚……全部がちゃんと感じられる、か―――」

 

 五感すべてが機能しているのを自覚し、スプーンを口に咥えたまま、頬杖を付いて考える。バイトを紹介した阿呆曰く、

 

『―――現実とバーチャルの差だって? それはとても簡単だよ。それは()()()()()()、だよ。解りやすく言えばバーチャルはどんなに便利であってもその情報密度では現実へと届かないんだよ。より密度の薄いバーチャルだからこそ僕たちは数値や機器を使って改変、介入することが出来るんだよ。それが現実では通じないのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなんだよ……解るかい? 逆に言えばバーチャルの情報密度を現実と等価の物にすればバーチャルは現実たりえるんだ―――そしてエーテルにはそれを成し遂げる可能性がある―――』

 

「VRMMOの状態で触覚や味覚が不完全だったのはその情報密度が足りなかったから、か? となると五感が全て完全な状態で感じられる今、ここにある情報は現実と等価である―――と言いそうな事だなぁ」

 

 まぁ、正直難しすぎる話だ。ゲームだと鈍感に思い込むのも限界があるし、そろそろ次のステップ―――これはそういうもんだ、と適当に流しておくべきことかもしれない。それはそれとして、このボディを日常生活で扱えばいいのか、そこら辺は割と困っている部分があるからやはり勉強だろうか。ここら辺、ソロで学ぶ以外には怪しいだろうな―――。

 

「女のソロプレイって発言はなんか凄まじく艶めかしいぞ……!?」

 

「朝からなに劇画風に表情作りながらアホな事言ってるんだよ」

 

 よ、という軽い声と共に声の方向へと視線を向ければ、赤毛のアークス―――ゼノの姿がそこにはあった。此方とは違ってゼノの朝食はパンケーキのセットとコーヒーらしく、それを二人分トレイに乗せて運んできていた。対面側を顎で指してくるので、どうぞ、と軽くカレーを前に引き寄せながら答える。

 

「おう、サンキュー。昨日見た感じ割とボロボロだったけどもう大丈夫か?」

 

「一日ぐっすり眠ったからな。まぁ、今日はお休みかなぁ。気が付いたら資産の7割が吹っ飛んでたからちょっと首を吊りにナベリウスへと行きたかったんだけどなぁ……」

 

「なにがあった」

 

 何があったかと言えば―――色々あったとしか言えない。思い出せば思い出すほど鬱になりそうなので、それを忘れる様にカレーを口の中へと運ぼうとすると、ゼノの横に座り込んでくる女性のアークスの姿が見えた。

 

「あ、こら、ゼノ! さっさと進まないでよ! もぉ、一瞬見失っちゃったじゃない!」

 

「悪い悪い、ちょっと知り合いを見つけちまったもんでな。っとそうだ、このすっとろいのがエコーで」

 

「コール・ミー・安藤」

 

「いや、お前の名前はアキナだろ」

 

 教えてないはずなのに―――と思ったが、そう言えばパートナーカードを受け取っていた。ならそれで向こうも此方の情報をチェックできるようになっている筈だし、それで解ったのかもしれない。まぁ、隠す事等欠片っもないのだから別に調べられようとも何も痛くはない、というかガンガン調べて帰り道を教えてほしい。いや、無理なのは解るのだが。

 

 まぁ、痛くもあるが楽しい未知の環境だ―――割と戻らなくてもいいんじゃないかなぁ、とか思っているのも事実だ。

 

 ただの大学生よりはこっちの方が遥かにドラマティックで、楽しいし。

 

「ま、元気そうなのが見れて良かったわ。昨日は息も絶え絶えって様子だったからな……結局どうしてあんなボロボロだったんだ?」

 

「あー、仮面被ったダーカー? そんなのと戦ってたんだけど見切られるわボコられるわぁで惨敗したからなぁ。まぁ、なんかこうきっと素敵な主人公補正というべきもので逃げ切れたし、そこらへんはまぁ、いいんじゃないかなぁ」

 

「ものすっごい適当だなぁ、おい! まぁ、仮面のダーカーか……ちょっと警戒しておくわ」

 

 真面目な性格しているなぁ、とは思うが、同時に面倒見もいいと思った。先輩アークスとしてこういうタイプの人間がいれば、きっと後輩としては頼りに出来るのだろうな、と。そのまま十分ほどゼノとエコーと中身のあるようでない雑談を朝食ついでに行い、先にこちらの方が食べ終わったので運んできたトレイを片づけてフードコートを去る。その凄まじい広さ故、コンプリートするには数年単位でかかりそうだなぁ、と思わざるを得なかった。

 

 ともあれ、食べ終わったところで向かうのはアークスシップ―――ロビーだ。ゲームの頃、自分の知っているPSO2と全く違う事になっているのは、もはや理解している事だった。今日は出撃せず、体を休めながら良く利用する施設を調べておこう、そういう考えだった。ともあれ、まずはアークスロビーに到着し、コフィーの所へと向かう。

 

「あ、アキナさんですね。試練の方のオーダーのデータをいまからお送りします。メディカルセンターの方から今日は絶対に出撃させるな、と念を押されていますので、今日は出撃の許可を出せません。試練の方に挑戦がしたければまた明日、お越しください」

 

「うっす」

 

 コフィーに軽く頭を下げ、クライアントオーダーのデータを受け取り、とりあえず表示されたウィンドウを閉じる。ロビーに中央の方へと視線を向ければまたアークス達が踊っているのが見える。その方向へと向けて踊りを返せば、それでコンタクトが完了する。連中も中々充実したアークス生活を送っているようだ。同じアークスとして嬉しい事だ。踊りで別れを告げ、その足のまま、今度はクラスカウンターへと向かう。

 

 今度調べるのはクラスの状況だ。

 

 此方へと漂着、とでも表現すべき現象が発生してステータスを確かめた所、バウンサーは存在しない、と表示された。そうなってくると非常に恐れた事態が発生している可能性がある。

 

 故にクラスカウンターへと赴き、自分と現在のクラス状況を確認する―――その結果は、予想通り、悲惨の言葉に尽きた。基本クラスであるハンター、レンジャー、そしてフォース。レベル制限がかかっている事からキャップのレベル30までレベルが落ちており、その状態で止まっている。溜めこまれた経験値のオーバーフローなんてものは発生せず、おそらくは制限を解除してもレベル30のまま、再びレベルを上げる必要が出て来るだろう。

 

 だがそれ以上に悲惨だったのは上位、或いは派生扱いされているクラスだった。テクター、ガンナー、そしてファイター。この三つの内二つ、テクターとガンナーはそもそも未取得扱いとなっており、レベルが1、クラスの選択不可能に設定されている。その上でサブクラスに愛用していたバウンサーは存在せず、そして奥の手、()()()()()()()()()()ブレイバーもバウンサー同様、存在しないクラスとして扱われていた。つまり現在使っているクラスであるファイター、そして残りの基本の三クラスを除けば他のクラスは全滅している、という酷い様子だった。

 

 倉庫の中身ロストに続き今度はほぼ初期化―――頭が痛くなってくる状況だった。だがインベントリのヒャッカリョウランとカタナが消えていないあたり、おそらくいつか、ブレイバーとバウンサーが実装されるという事なのだろうとは思う。それが何時かは解らないが、ともあれ、最優先で今はすべてのクラスの取得、レベル制限の解除、そしてレベルのカンストを目指すのが最優先かもしれない。少なくともレベル75で【仮面】と戦って敗北したのだ、今かち合うような事があれば間違いなくミンチにされる。

 

「―――ぐぬぬぬ、なんというか、うーん……まぁ、代償と考えておこう」

 

 歯ぎしりしながら、この面白状況に突入するコストとして支払った、と自分に言い聞かせる。あえて言うなら強くてコンティニュー、そういう類の感じの状況だ。そうやって自分に言い訳して、納得できる言い訳で心を落ち着かせる。今の所、レベルの制限を解除しなければどのクラスになっていても変わりはしない―――クラスはこのままファイターで放置するとして、レベル制限が解除されたら素早くどこかに籠って限界までレベリングというコースだろう。

 

「んじゃ次はショップを見て回るか―――」

 

 アークス向けのショップエリア。それは大魔王ドゥドゥと二代目魔王モニカが存在する地獄のエリア。基本的にそこ以外があまり利用しないのだが、リアル環境となってくるとメンテナンスやクリーニングとか、そういう事で訪れる回数は増えたり、利用者も増える―――と、ビジフォンで調べた。まぁ、装備がほとんど初期化されてしまった今、残りの7Mの内5Mはおそらく装備の強化費用でここ数日中に蒸発するだろうなぁ、とあたりをつけている。

 

 そんな事を考えながらトランスポーターに騎乗し、アークスロビーからショップエリアへと転送を行う。ショップエリア一階部分、中央西側から出現し正面、中央テーブルの前へと視線を向けると、

 

 そこには静かに、目を閉じて佇む白衣の女の姿があった―――。




 アークスならとりあえず踊るという思考。だけどよく考えるとエルダーでも仇花でも暇な待ち時間は踊っているアークスがいるから割とこれで間違っていない気がする。ボス戦の合間に踊る姿はまさしくアークス……そう……アークスの採用試験にはダンス部門があるのだ……。

 なんだかんだで全知ぃぃぃぃだからシオンさんいれば何とかなるという思考。実際正体を考えると色々と介入出来そうよなぁ。


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In To Blackness - 3

 ―――女は黒いメガネと白衣を装着していた。

 

 だがそれ以上に気になるのは彼女の手足だった。透き通る青色はまるで命のある星の海を思わせる物であり、彼女が純粋な人間ではない事を証明していた。彼女はまるで待ちわびていたかのように此方へと視線を向け、静かに此方の事を待っている。その視線を受け、ゆっくりと、彼女の前へと向かって進む。不思議と、恐怖も嫌悪感もなかった。ただ、彼女の存在に感じたのは懐かしさと優しさだった。安心する。それが彼女を見て思った事だった。

 

 その胸には半透明のIDが表示されており、オラクルの言葉でそこには”シオン”と書かれてあった―――つまり、この白衣の女はシオンというらしい。

 

 彼女の前に立ち、足を止める―――空間が少しだけ変質した様な気がする。

 

「―――私達と私はずっとこの時を待っていた」

 

 シオンが口を開いた。

 

「貴女の認識における領域で優位の事象の取得が行われる。優位事象内で行われ、得た物は貴方以外では得られない物となる。貴方が手にする武器は私達と私は知らない。知らない。知りえない未知。だがそれを私と私達はずっと待ち続けていた―――」

 

 シオンが海の腕を前へと出す。そこには光の塊が集まっていた。その動きを理解し、此方も腕を前へと出せば、シオンの手から離れた光の塊が此方の手へと移り―――データとして登録された。自動的にメニューが更新、項目にマターボードという物が追加された。

 

「可能性とは常に不定で不安定で形を成さない見えない武器。しかし優位事象を集め、それを形として形成し必然を成す―――そのものをマターボードという」

 

 シオンの言葉は続く。

 

「私は知らない。私達は知らない。ただ、それが何時かの貴方にとって必然の事象である事は私は知っている―――わたしの名はシオン。私は謝罪する―――」

 

 そこまで言葉を放ち、シオンの姿がノイズと共にかき消えて行き、消滅した。周りへと視線を向けるが、誰も気にする事無く、誰も気づくこともなく歩き、それぞれの目的を果たそうとしていた。まるで最初からシオンなんて存在しなかったような、最初からここでは何も起きていなかったような、そんな態度だった。だがメニューを確認すればそこにはちゃんとマターボードが存在した。頭を掻きながらつぶやく。

 

「……俺の解る言葉で喋ってくれ……」

 

 割と切実に。ただマターボードを確認すると、そこには優位事象の破片、と書かれたものがいくつか存在し、それを保有している存在も書き記されている。そこには様々な指令の様なものがボードに書き込まれており、それをこなす事で事象を集めることが出来る―――らしい。あまり良く解らない。目の前に浮かべたホロウィンドウを見て軽く首を傾げていると、

 

「お、さっきぶりだなアキナ」

 

「ん? あ、ゼノじゃん」

 

 ちっす、と片手で挨拶するとゼノが手を振り返してくる。そしてそのまま、どこかへと歩き去って行く。まるでそれに反応したかのようにマターボードが輝き、そして今まで空位だったスペースに事象が記入された。それを見てなるほど、と呟く。

 

「とりあえずやってみりゃあ解る、か。他にヒントもないし。それにお使いクエストには慣れているし―――RPG的に考えて」

 

 マターボードを確認し直す。その中の大半はエネミーを討伐して指定の物品を回収せよ、というものだった。つまり出撃許可が出ない限りはマターボードを埋める事は出来ないようだ。だがその代わりにいくつかのアークスに対して接触する、という条件の物もあった。それぐらいなら割と簡単に出来るな、と判断する。ともあれ、優位事象とやらが一体何なのかは良く解らないが、それでもあのシオンとかいうミステリアスゴーストが頼んできたのだ。

 

 たぶん、悪い事じゃない。

 

 なぜなら彼女の声にはどこか、必死な感じがあったから。

 

「―――んじゃ、ちゃちゃっと埋めてみるか……」

 

 

 

 

 そこから数時間ほど、アークスシップを駆け巡るハメになった。アークスシップ内の探索、場所の把握、アークスの顔を覚えたりするのには便利と言えば便利ではあったが、それでも全体的に疲れたという事は否定できなかった。だけど、そのおかげでアークスシップ内で埋める事の出来るマターボードの内容は埋めることが出来た。その内容をショップエリアにてシフタドリンクを片手に整理してみる。

 

「―――基本的に聞いた話の内容は昨日の事ばかりだったな……」

 

 走りまわって話す事十人程。その内容はどれも昨日のナベリウスに出現したダーカーの話だった。誰が聞いても先日のダーカーの出現は急すぎる物であり、そして通常で考えるとありえない事だったらしい。

 

 なにせ、事前に最終試験の為にダーカーを排除して、出現しない様に気を使ったのだ。その上でダーカーが該当エリアに出現したのだから、そりゃあ話題にも上るというものだろう。故に話題の方向性は一つ、ダーカーがナベリウスで突然大量発生した事だった。そしてもう一つ、それはナベリウスで犠牲になった人たちの話題だった。数人のアークス候補生たちが犠牲になり、そして無関係な一般人もなぜか死亡していたという報告である。

 

 それとはまた別に、仮面を被った存在も確認されている。

 

 ―――つまり、【仮面】が市街地から追っかけてきているのかもしれないのだ。

 

 そうやって今回の情報を纏め、マターボードを進められるところまで進めてしまうと、脱力する以外の選択肢が自分にはなかった。チェリーソーダの様な味のシフタドリンクを飲みながら、溜息を吐く。座っている場所はショップエリアのステージ近くのベンチ、そこからはアークスシップの市街地が良く見える。アークス達はこの景色を守る為に戦っているんだよなぁ、なんて事を考えながら眺める。

 

「結局のところ、この体もシオンもなんなんだろうなぁ……」

 

 漫画とネットとビジフォン知識で体の事はゴリ押すからそれはそれでいいとして、割と楽しんでいるし―――それとは別にシオン、そしてこの状況に関しては混乱ばかりでどうしようもない。こうやって一人、冷静になって考える時間があるとどうしても嫌な事ばかり考えてしまう。たとえばリアルでの体はどうなっているのか、とか。大学の単位は大丈夫かなぁ、とか。心配するだけ無駄だというのは解っているのだが、考えなければいいと言うのもわかるのだが、

 

 それでもどうしても考えてしまうのは性分というものなのだろう。

 

「ブレイバーもバウンサーもなしなのは戦力的にキツイしなぁ……まぁ、やる事がいっぱいあるのは嬉しい悲鳴でもあるんだけどさ……それでも限度ってもんがあるからなぁ……」

 

 やりがいがあるのは間違いはないし、マターボードの追求というのも事実、楽しい事だ。段々と盛り上がってきているのを肌で感じ取っている。だけどそれとは別に、不安は隠し通せるものではない。どんなに武装して、ユニットを装備しても、それでも心だけは守れない。心だけは鎧を着ることが出来ないのだ。心を守る方法があるとしたら、それはきっと……馬鹿になる事なのだろう。少なくとも、自分はなんでも耐えられるほど心の強い人間だとは思っていない。

 

「―――ここ、いいかしら?」

 

 一人で考えに没入していたせいか、誰かの接近に気付けなかった。はっと、しながら驚いて顔を持ち上げればテラスの入口にハートブレイカー姿のポニーテールの子が立っているのが見えた。その子は対面側の席を指差している。特に占領しているわけでもないのでどうぞ、と短く返答すると、

 

「ありがとう。ふぅー……全く、アイツったら人使いが荒いんだから! もう、自分の足で調査して走り回るのってどれだけめんどくさいのかアイツッたら解っていないのよ―――って貴女に愚痴ってもしょうがないわよね。私はサラ、よろしくね、お姉さん」

 

「お、おう……まぁ、事情は解らないけどお前にしか出来ない事ならそりゃあきっと見込まれている、って事なんだろうな。俺は明菜、よろしく」

 

 手を出して握手する。割と人懐っこい少女だったらしいのか、或いは任務で疲れて愚痴りたいのかは解らないが、対面側に座った彼女は仕事仲間の愚痴を延々と続け始めるのだった。最初は若干引いたりもしたが、やがて誰かとの交流に飢えているような感じを見て、彼女が吐き出す様に言い続ける愚痴を相槌を打ちながら聞いて行く。マターボードに反応がないという事は関係のない人間なのだろうが、マターボードやクエストに関係ある人間だけと交流を持つのもなんか機械的でつまらない。

 

 降って湧いた幸運とでも思って楽しもう、と判断した。

 

 それから一時間ほど、サラの話を聞いていた。彼女もそれだけ話をすると満足したのか、愚痴の数が減っていた。

 

「あーあ、マリアもシャオもどうにかならないかなー。特にマリアよ、マリア。かなりいい加減なんだから……キャストって普通もっと几帳面なタイプなんだけどなぁ……っと悪いわね、なんか私ばかり話を押し付けちゃった感じで。話しやすいからどんどん押し付けちゃったし」

 

「聞いているこっちでも割と楽しい話だったし、そこまで気にすることじゃないよ。それに俺も割と今は暇にしていたしねー。怪我をして今日は出撃出来ないからさ、時間を潰すアテもなくてなぁー……」

 

「あ、そうだったの? だったらもっと早めに言えばいいのに。何といっても私は船団生まれの船団育ちのアークスっ子よ、ちょっとした暇つぶしや遊び場で言えば結構詳しいわよ、私。予算ってどれぐらいあるの?」

 

「あー……DF【不運】(ドゥドゥ)との対決用に5M……500万を残すとして、生活費に100万残して、コスとかアクセに80万……大体遊べるお金は20万かあ?」

 

「うわ、結構お金持ちじゃない貴女。マリアもシャオも滅多にお小遣いくれないのよね。欲しいものがあったら現物で支給するってタイプだし」

 

「いい保護者じゃないか。俺とかショップ覗いててあ、これ欲しいって思ったらソッコで資産蒸発させるからな」

 

「……あぁ、うん。なんかそういうタイプに見えるわね」

 

 おい、と言うとキャー、と言われ返された。そのリアクションに多少苦笑していると、さあ、とサラが言いながら席を立った。

 

「とりあえずナウラ三姉妹の隠し店舗へと行きましょうか! 基本的に場所を公開しない、客への宣伝を行わない、見つけ出した者のみが利用できる秘密のお店よ! 私、前々から行きたかったんだけどお小遣い持たせてくれないからいけなかったのよねー。貴女の財布に余裕があるのならこれはワンホール行けるわね」

 

「俺の奢りかよ! まぁ、いいんだけどさぁ!」

 

 少しだけしんみりとした午後になる―――と思っていたがそんな事はなく、

 

 その日は夜まで、サラと歩き回ったり騒いだりで時間を過ごした。




 サ゛ラ゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ん゛。彼女との時間軸上の最初のエンカウントは10年前の双子襲撃なのである。マトイの事をしっかり覚えていた辺り、サラちゃんそこら辺はかなり義理堅い子だったんだよなぁ、と。

 マリアさんは私生活絶対ズボラだと思うの……。


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In To Blackness - 4

 踏み込み、ブラッディサラバンドの連撃でザウーダンを一瞬で細切れにして解体する。放たれた斬撃は根元にいたザウーダンだけのみならず、その周囲にいたアギニス、ガロンゴを巻き込んで容赦なく殺害した。低レベルの個体だったおかげか、あっさりとブラッディサラバンド一撃で殲滅が完了し、息を吐きながらツインダガーを戻す。周囲へと視線を向けつつレーダーを確認し、そこに原生生物もダーカーも反応がない事を確認してから装備を背に戻した。ユニットをセットで揃え、PP特化で強化してきたため、まだまだPAは連打出来る余裕があった。ただナベリウスでPAを連打する必要のあるエネミーが出てくれば、相当末期とも言える状態だろう。

 

 ともあれ、

 

 討伐されたザウーダンがいた場所へと視線を向ければ、保有しているマターボードが強く反応しているのが見える。マターボードを実体化させ、それを前へと押し出せば、先ほどまでザウーダンが存在していた空間とマターボードが共鳴する。ザウーダンの死体が歪んで消滅し、その代わりに見慣れたアイテムボックスへと変形し、出現する。普通に敵を殺しても出現しなかったアイテムが今はドロップ、或いはマターボードの干渉によって出現する様になった。

 

 それに近づき、触れる。ドロップアイテムである事を示す赤いキューブは触れた瞬間形を変化させてロッド、トワイライトルーンへと変形し、アイテムとしてインベントリ内部に登録されて姿を消した。またそれと同時にマターボードに新たな記述が刻まれた。マターボードを確認すれば指定された物品を回収した事によって優位事象を獲得し、運命に新たな流れを生み出しつつある、と表記されていた。

 

 回収が終わったところでマターボードが拡張され、新たに回収すべき物品の名前が出現する。それを確認し、まだまだナベリウスから離れる事は出来そうにないな、と小さく呟きながらマターボードをしまう。

 

「……次はロックベアか。となるとナベリウスの最終エリアを目指せばいっか」

 

 ここじゃ経験値が全く入らなくて辛い。そんな事を愚痴りながら奥へ―――マターボードを埋める為に歩き出す。

 

 

 

 

 マターボード。それは不思議なものだった。

 

 アフィンと一緒にナベリウスを歩いていた時、ダーカー達は一切ドロップを落とさなかった。その為、リアル化した環境ではエネミーからアイテムを回収できないのだろうか? なんてことも考えていた。だがそれを可能にしたのがマターボードの存在だった。マターボードは何らかの方法で倒したエネミーへと干渉を行い、その()()()()()()()()とでも言うのか、或いは加工したとでも言うのか、ともあれ、不思議な干渉を行ってアイテムをドロップする様になったのだ。

 

 それにマターボードを近づける事でマターボードは空白だった領域に新たな文章が書き込まれ、拡張される。そうやって拡張されたマターボードは新たなアイテムや出会いを指示していた。そうする事でマターボードは徐々にだが、完成を見せ始めていた。少々めんどくさい作業ではあるが、コフィーのクライアントオーダーを消化するついでに体のチェック、アイテム回収等が同時に行えるのは良かった。その為、特に文句はなかった。

 

 何よりも未知を探検するというのは心の踊る事でもあった。シオンの正体は見えてこない。だが彼女はゲームとリアルを繋げるキーパーソンではあった。そして彼女から受け取ったこのマターボードのおかげでゲームの様にドロップという仕様が発生するようになった。

 

 調べた所、基本的に武器の類は工房で依頼するか、素材を持ち込みで依頼したりしなくてはランクの低い装備しか生産されないらしい。その為、星8を超える装備に関しては数が極端に少なくなり、価格のインフレが始まるのだそうだ。そしてメセタに関してはアークスの活躍次第で支給されるらしく、クロト銀行は存在しない。ただそれでも上位のアークスは普通に数日の出撃で数百万を稼げるらしく、頑張ってダーカーを殲滅さえすればお金に困る事はないらしい。

 

 が、装備の獲得が困難であるのは間違いがなく、マターボードによる獲得が可能なのは非常に助かる事だった。倉庫の中身が全て失われて予備の装備がなくなった今、全てのクラスをカンストさせる前にそれぞれのクラス用の装備を集めるところからやり直さなくてはならなかった。しかも装備の潜在覚醒等を考えると最低限、星10はどうにかして獲得しないとこの先、高レベルダーカーやボスとの勝負で火力が足りなくなってくる心配が強い。

 

 ともあれ、マターボードはそんなに悪いものでもなかった。シオンの正体は気になるが、この状況でこういうことが出来るのは間違いなく救いだった―――たとえ彼女がこの状況の元凶だったとしても。

 

 そんな事を考えている内にナベリウス大森林の奥地へと到達する。

 

 コフィーのクライアントオーダーで出撃しているエリアなので、相手のレベルは数値として解析すれば25前後といったところだろう。スキルツリーがリセットされていたのでそれを振りなおし、高レベルのPAをロストせずに持ち込めている自分にとって、このレベルのエネミーはまだまだ雑魚だった。少なくともまだこのレベル帯であれば潜在解放なしの低レア武器でも最大まで強化していれば十分無双出来る領域だ。後はどれだけ弱点を狙って攻撃できるか、という話になる。

 

 そういう練習はまだゲーム環境だった時に何時間もやって慣れている。フルダイブの感覚をリアル環境へとコンバートし、それを適応させればいい。

 

 ナベリウス大森林奥地、ロックベアの領域には巨大な毛むくじゃらの生き物が見える。黒に近いグレーの毛に岩の様な黄色い突起を生やした、二足歩行の巨大な生き物―――その大きさは優に五メートルに届く。大きい、物凄く大きい。現実ではこんな大きな生物と会えない分、そのインパクト、圧迫感は凄まじい。PSO2というゲームはこの手の大型ボスの数が非常に多く、アクション性を含めて、巨大ボス相手に大立ち回りが出来るのを売りにしており、ゲームとしてみるとそこらへんが非常に楽しい。

 

 だがリアルに相手をするとなるとちょっと待て、と言いたくなる。そういう圧迫感がある。

 

 とはいえ、ここら辺は既に乗り越えた部分だ―――攻撃を喰らえば痛いだろうが、それだけだ。

 

「馬鹿野郎、安藤が負けるかよお前。俺は安藤だぞ!」

 

 アークスは宇宙のヒーロー、ダーカーでもない原生生物に負けているわけにはいかないのだ。林道を抜けてロックベアーの領域に踏み込む。それを察知して木々の近くを徘徊していたロックベアが此方に気付き、跳躍し、回転しながら着地、大きく胸をドラミングする様に戦う。名前は岩の熊なのに、その動作はまるでゴリラの様なものであった。そんな奇怪な生物を前に、ツインダガーを抜かずにそのまま歩いて接近、両手をパチパチと叩く。

 

「ヘイヘイヘーイ! カモンカモーン! 熊さん此方手の鳴る方へ―――!」

 

 手を叩き、胸を叩いてこっちへと来いと、そう挑発し、一瞬でキレたロックベアが高く、それこそ一瞬で届くことのできない領域へと飛び上がる。そのまま空中で回転、体を大きく広げてフライングボディプレスを放ってくる。それに合わせて素早くツインダガーを両手に握る、軽く後ろへとバックステップを取りながら二歩目で跳躍、ロックベアが大地に衝突する寸前、両手で体を支え、肘を曲げて飛び上がろうとする。それに合わせてPAを発動させる。シンフォニックドライブ―――つまりは急降下蹴り、体を起き上がらせて飛び上がろうと此方を見ながら狙っていたロックベアの顔面に即座に蹴りが入る。

 

 その痛みが原因か、ロックベアの動きが一瞬鈍った。すかさず蹴りの反動で持ち上がった体を滑り落ちる様に切り裂くフォールノクターンでロックベアの顔面まで戻り、その両目をツインダガーで切り裂いて潰し、ゼロ距離まで密着した所でファセットフォリア、超高速で動き四方八方から連続で斬撃を刻む。

 

 顔面への連撃に耐えきれずロックベアのバランスが一瞬で崩れ、仰向けに倒れる。それに合わせて武器をツインダガーからナックルへと変える。無骨でメカニクルなそれをガツン、と両手を叩き合わせてから拳を二度、気合いを入れる様に空振りし、

 

 ―――倒れたロックベアの顔面前まで落ちてきた。

 

「一撃!」

 

 空中に振動を残し勢いで踏み込み、そのままPA、バックハンドスマッシュ―――名の通り、超強力な裏拳を叩き込む一撃をロックベアの顔面に叩き込んだ―――その顔面が大きく陥没し、突起が砕ける。だがそこで動きを止めず、

 

「二撃! 三撃―――」

 

 顔面に二発、三発と叩き込み、その顔面を完全に砕き、崩壊させ、ハートレスインパクトで反動で後ろに下がった体を前へと押し出し、再びゼロ距離まで接近した所で最後の一撃、再びバックハンドスマッシュをその顔面に叩き込む。

 

「―――フィニッシュ!」

 

 轟音と共にロックベアの頭が砕け散り、死体となったその姿が後ろへと軽く吹き飛ばされて行く。着地し、ナックルに付着した血を払い飛ばしながら消し去り、音を立てて倒れながらもう二度と動くことのないロックベアへと視線を向けた。その死体は残ったまま、まだ消えはしない。だが直ぐに体内に浸食したフォトンによって分解されて消えるだろう。その前にマターボードを取り出し、干渉する。

 

 フォトンによってロックベアの肉体は分解され―――あとに残ったのは巨大な赤いクリスタルだった。見慣れたそれを蹴って破壊すれば、同じように見慣れたメセタやアイテムのドロップアイコンが出現する。その中にはマターボードの指定回収品、そして運のいいことにロックナックルもあった。少々見た目が残念な武器だが、それでもレアリティは星9、つまり性能を考えると悪くはない武器なのだ。見た目が致命的にダサイのだが、

 

 見た目が。

 

「―――ま、こんなもんか。やっぱ前よりもPAが連打できるし、PP概念はどうなってんだろうな……」

 

 ゲームだった頃と比べてフォトンで溢れている、とでも表現するのだろうか? ともかくPAが多く連打出来るというのが今の状況だった。それがどういう法則に基づいたものなのかは自分には良く解らない。だがPSO2というゲームにおいて火力とはPA、及びテクニックによって発揮する物だった。その為、PAが多く発動できるという状況は渡りに船、とも言える事だった。ただやはり、解らないことが多いと不安になるのは間違いのない事だ。

 

 まぁ、何度も自分に言っている事だが、考えてもしょうがない事だ。こういうのは頭をからっぽに、馬鹿になって考えずに身を任せるのが一番だ。答えが出ないものは大抵後で理解できるようになるのだから、その時にしっかりしていればいい。

 

 と、そこで通信が入る。右手を耳に当てて正面へと視線を向ければ、ホロウィンドウにコフィーの姿が見える。

 

『おめでとうございます、アキナさん。先ほどの活躍をモニターして実力が十分である事が証明されました。レベルキャップ、難易度、マグライセンス、全て共に許可が出ました。更なる活躍を期待しています』

 

「うっす」

 

 コフィーからの通信が切れる。息を吐き、これで漸くマグの育成とサブクラスを含めたクラスの育成が行える。どんな状況でも万全に戦えるように、早めにガンナーとテクターも開放し、カンストさせたい所だ。

 

「さて、クマさん倒して……ちょいマタボ増えたか。残った領域も少ないし、後数箇所を生めれば……何かあるのか? まぁ、やってみりゃあ解るか……」

 

 誰にも聞こえない呟きを響かせ、マターボードから視線を外し、マイシップへと帰還する道を行く。

 

 なんだかんだで、アークス生活を満喫しているのは事実だった。




 初めてロックベアーと開始初期時代に戦った時はその大きさと動きにものすっごいビビりました。え、なにあれ、超でかい、倒せるの? マジで? あんなに動いているのに? デカイのに早いいいいいいいという感じに半発狂しながら遊んでましたなぁー。

 なんだかんだでPSO2は超大型ボスや大型ボス相手に自由に動き回って戦うことが出来るんで、それが非常に楽しいなぁ、という感想。仇花、敗者、大和とかすっげぇ興奮するタイプで。


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In To Blackness - 5

「―――優位事象の集束により新たな可能性を示す道が生み出された。私が貴方の信頼を得るのは難しいと解っている。しかしどうか、ナベリウスに行ってほしい」

 

 その言葉と新たなマターボードと共に、シオンの姿は消えた。言いたいことは色々とあった。しかしマターボードは実際便利だし、そのおかげでいくつか武装を手に入れられているのも事実だ。断る理由はない、とは解っている。だから頭を軽く掻き、ふむ、と小さく呟く。まぁ、悩むのは自分らしくない話だ。馬鹿になって、やらかした後で考えればいい。それが今の安藤スタイルだ。マターボードを確認する。

 

「ナベリウスで探索しなきゃロック解除されない、か―――ま、ナベに行ってみますか。アムド嫌いだし」

 

 惑星アムドゥスキア、基本的にゲームだった時代には火山と浮遊大陸と龍祭壇に分かれているが、低レベル帯でお世話になるのは火山だ。個人的にあそこは非常に地形がめんどくさくて嫌いなのだ。見ていて楽しくもないし。それにリアルアークスとなってしまった今、あの溶岩ばかりの地形はクソ熱いのだろうなぁ、としか思えなかった。無駄にシャワーを浴びる回数が増えそうだし、嫌なものは嫌だ。いや、別にシャワーが嫌だという訳ではないが。慣れてしまったらアレじゃね? というアレ的なアレな思考である。

 

 忘れよう。

 

「んじゃ、ナベるか」

 

 マターボードを表示させているウィンドウを消去しつつ、トランスポーターに乗ってアークスロビーに戻る。クエストカウンターを担当しているレベッカにナベリウスへの出撃を求めると、あっさりと許可が返ってくる。まぁ、止める理由なんて存在しないのだから当たり前と言ってしまえば当たり前なのだろう。そういう事で止められる事もなく、マイシップへとゲートを抜けて騎乗する。

 

 現状、他のアークスがマターボードの存在を感知できない以上、誰かを誘うという選択肢はない。

 

 一人でマイシップに乗り込み、窓の外の光景を見る。宇宙を進むアークス船団がゆっくりと宙域を進んでおり、マイシップの正面にワープゲートが出現する。マイシップは其方へと向かって加速し―――一瞬でワープゲートに突入、その向こう側へと抜ける。そうやってマイシップは一瞬でナベリウスの上空へと到着する。ゆっくりと、その大気圏に突入していく中で、

 

「―――」

 

 世界にノイズがはしり、モノクロに染まった。

 

 その中で、ゆっくりとマイシップは下降を続けながらも、自分の正面に見えて来るのは二つの色を持った表示だった。緑色に表示されるのは二つの数値、

 

 一つ目はA.P.238/2/20の2:00、

 

 二つ目はA.P.238/2/20の1:00だった。

 

 まるで選ばれるのを待つかのように浮かび上がるその数字には見覚えがある―――少なくとも二時表記の奴は自分がナベリウスに漂着した時刻だ。証拠を探そうと自分の戦闘ログを調べていた為、それは良く覚えている。だがその下に表示されているのはその漂着の一時間前の出来事、完全に見覚えのない時間帯だった。その二つを見比べて、脳裏にとある言葉を思い出す。

 

『―――俺もさっき、間に合わずにダーカーに飲まれた白髪の女の子を見たしな。……ちっとやるせねぇわ』

 

 誰の言葉だったか―――そうだ、ゼノだ、ゼノの言葉だ。たしかゼノがそう言っていたのだ。あの日、ダーカーの急激な出現によって何人かアークス候補生たちが犠牲になり、そして助けられなかった一般人がいた、と。となるともしかして、そうなのだろうか。本当に()()なのだろうか。震える指でそっと、一時の方に触れる。

 

 その瞬間、ノイズもモノクロも弾けた。世界は元の色を取り戻し、緩やかにマイシップはナベリウスの上空へと到着した。そこで足を完全に停止させ、視線をマイシップ奥、外へと通じるテレポーターへと向けた。もし、マターボードの効果が、機能が、シオンがやらせようとしている事が本物ならば―――これは、今、とんでもない事をしているのかもしれない。

 

 息を飲みながら、覚悟を決めて―――真実を探る為にテレポーターの中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

A.P.238/2/20

 

ずっと明日を待っていた

CALLS FROM THE PAST

 

 

 

 

「さて、と……アヒンの反応がレーダーに出てるな」

 

 先ほどまではロビーでうろうろしていたアフィンの反応がナベリウスの上空にある。物凄い事だが本当に時間を超えたのだろうか? 良く解らない現象を前に、首を傾げる事しか自分には出来なかった。とりあえず、シオンはナベリウスへと向かってくれと言った。だから来た後は―――思う様に行動すればいいのだろう。個人的にはゼノの言った助けられなかった白髪の女の子、と言うのが酷く心の奥で引っかかっている。そこだけが妙にもやもやする……きっとこのもやもやも、彼女を助ければ晴れるに違いない。

 

 そう思い、前へと踏み出す。そこでシップでドリンクを飲むのを忘れていたなぁ、と思い出し、足が止まる。だが今更だ、ナベリウスで突発的にガルグリフォンとエンカウントする様な事がなければドリンクもいらないだろうと判断し、そのまま前へと進む。道は天然のものが出来上がっており、それに沿って進んで行く。

 

 そこにさっそくウーダン、ガルフ、アギニスのおなじみの原生生物が出現してくる―――だがアークス候補生向けのエリアである事を含め、大した力を持っておらず、ダブルセイバーに持ち替えてトルネードダンスで突っ込めばそれだけで簡単に蹴散らすことが出来た。一瞬で撃破された原生生物達がバタバタと倒れて、フォトンによって分解されて消えて行く。侵食核もない雑魚であればこんなものだろう、という感想を抱きながらダブルセイバーをしまい、先へと進む。

 

 その先に特にトラブルの発生とかはなかった。

 

 空は青く、森は緑で溢れ、そして原生生物はクソザコだった。あえて言うならガロンゴだけが面倒だと評価できるが、それ以外は普通のナベリウスだった。少しだけもうちょっと劇的な状況を期待していただけに、拍子抜けだったのは確かだった。だがそれでも文句を口に出さず先へと進めばやがて、見たことのある場所へと到達することが出来た。

 

 そこはゼノと合流し、ダーカーに囲まれたあの十字路だった。今の自分の立ち位置をレーダーで確認し、あぁ、と小さく呟く。出口側から来たのか、と。再びレーダーを確認しながらゼノの話を思い出そうとしたところ、一瞬だけ視界がモノクロに染まり、そしてマターボードが反応を示したような気がする。直観的に東の方向に何かがあるのを感じ取り、其方へと視線を向ける。

 

「―――こっちか?」

 

 その先にはレーザーフェンスによる立ち入り禁止に指定された区域だった。歩いてレーザーフェンスの前まで移動すると、まるで待っていたと言わんばかりにレーザーフェンスが消滅し、先へと進める様に道が開いた。という事はきっと、こっちの方で道は正しいのだろう。そのままレーザーフェンスの向こう側へと向けて歩き始める。その道を阻む者は―――いた。

 

 レーザーフェンスの向こう側へと抜けた所で緊急のアラームが鳴り始める。それはダーカーの出現を告げる緊急通信であり、付近のアークスに対して警戒を伝える物だった。それを聞き入れながらもう既にそんな時間だったのか、と、少しだけ焦りを感じる。一時間だけ早いから、と少し余裕を見せてしまったのがいけないのかもしれない。何せ、ゼノの話の少女はダーカーに呑まれて消えたらしいのだから。

 

 少しだけ進むペースを上げる。やがて正面の獣道にダーカーの姿が見える。アークスシップとのデータリンクを開始し、即座にダーカーの能力の調査を行いはじめつつ、ダブルセイバーに切り替え、トルネードダンスで巻き込みながらその中心でケイオスライザー―――竜巻を発生させてダーカーを吸い上げる。そこで素早くツインダガーへと武器を切り替えてクイックマーチで二回転サマーソルトからの斬撃で追撃する。

 

「硬っ―――」

 

『わわ、レベルが高いですよこのダーカー達!? 具体的に言うと50レベル程!』

 

 ―――市街地のダーカーか……!

 

『と、逃亡推奨です―――そ……に―――援―――』

 

 通信にノイズが混じる。おそらくはダーカーによるジャミングなのだろう。小さく舌打ちしながら考える。

 

 ダーカーの湧きだしと強さ、それに時間軸的にここがあの市街地の直後である事は理解できた。即座にステップでダーカーの背後へと回りながら、二回連続でブラッディサラバンドを放ち、まとまったダーカーを殲滅する。ダーカーの濃度が時間と共に低下しているのは切った手ごたえで解るが、それでもゆっくりしている時間はなかった。更にダガン、ブリアーダの姿が市街地から召喚されてくるのが見えながらも、今のレベルではあまり相手をしたくはない―――無視し、そのまま奥へと向かってダッシュする。

 

 正面、ブリアーダとカルターゴが道をふさぐように出現する。シンフォニックドライブでカルターゴの顔面を踏み、その背後へと向かってフォールノクターンを放って、素早くステップを踏みながら硬直を解除、ダーカー達を背後へと置き去りながら一気に獣道を抜ける。

 

 勘違いされがちだが、ダーカーの足は一部を除けばそこまで早くはない。厄介な短距離転送能力にも限界はあり、そこまでしつこく追いかけて来るものではない。故にアークスが全力がダッシュし続ければ、割とあっさりと置き去る事は出来る。

 

 そういう訳で、ダーカー達を置き去りながらガンガンナベリウスの奥地へと進んで行く。

 

 こうなってくると大分道が途切れて来る―――というかない。まだ開拓途中だったからレーザーフェンスがあったのだろうか。ともあれ、道はなくなってしまった。それでも心にある何かが、こっちだと訴えかけるものがあった。もはやこの状況だ、これ以上悩むことも疑う事もない。すべては心の赴くままに―――直感に全てを委ねて走り続ける。

 

 そうやって走り続けた先、見えてきたものがあった。

 

 それは美しい森の中の広場だった。大樹が存在する、神聖な雰囲気を感じさせる場所だった。そこだけ妙にぽっかりと場所が開いていて、静かに時間を過ごすならこれ以上のない、しかしどこか穢し難い、そういう雰囲気の場所だった。その奥、大樹の前で、目を瞑って倒れている少女の姿が見える。服装は―――見たことがある。ミコトクラスタだ。それに長い、白いツインテールの少女。おそらく彼女がゼノの言っていた、救えなかった少女なのだろうと思う。

 

 その姿にゆっくりと、静かに近づき、膝を折る。生きているかどうかを確認しようとして、口の前の草が息によって小さく揺れているのが見えている―――つまりは眠っている状態だった。少しだけ、安心感を覚え、胸に強い痛みを覚える。

 

「……これが、恋か―――! ……ツッコミもいねぇから一人で遊んでても意味ねぇな」

 

 軽く起こしてみようと揺らすが、起きる気配がない。どうやらかなり深く眠っているらしい。仕方ないのでその体を持ち上げ、背中に背負う。通信の状態は―――まだ悪い。とはいえさっきの通信でメリッタが援軍を送るとかなんとか叫んでいた気がする。

 

「うぉっ、やべぇ、ちょっと真面目に逃げるか」

 

 レーダーを見れば急速に増殖する様にダーカーの反応が加速していた。これは逃げないと駄目だな、と判断した所で眠り姫を背負ったまま、逃亡する為に全力で跳躍、この場を囲んでいる石壁を飛び越えて、道やエリアの概念を無視して全力での逃亡を、ダーカーから逃げる為に開始する。

 

 言葉にする事は出来ない妙な感覚だった。だが背中にいる彼女は、彼女だけは絶対に守らなくてはならない。懐かしさと悔しさと郷愁の入り混じった様な、そんな強い感覚が胸を締め付ける。本当に自分はどうしてしまったのだろうか。どうにかなってしまったのだろうか。その答えはない。だからとりあえずはこの眠り姫を助けて、そして聞き出す為にも、

 

 全力で安全な場所への逃亡を行った―――。




 マトイちゃんと出会ったら一番やりたいことはミコトクラスタの胸部分をピラ、っとやって本当にめくれるのかどうかを確かめる事です。きっとマトイちゃんならどうしたの、とか言って首を傾げてくれる筈……。

 という訳で一回死んだメインヒロインその1(空気)が登場。

 EP2での放置っぷりには驚きましたねぇ……えぇ……。

 ちなみにですが細かくやる事に意味を見いだせないので細かい時間関連は解りやすくしてます。そのままソックリやるならぷそにー遊べって話になるので。


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In To Blackness - 6

 ―――勢い良く扉を開ける。

 

 滑り込むように扉の向こう側へと入り込み、そして大きく腕を広げる。

 

「いらっしゃいませ―――違うな……おかえりなさいませぇ―――こりゃあメイド風だな……クッソ……ここはまるで芸が出来ない芸人の様に普通におかえりとしか言うことが出来ないのかよ……クソ……クソ……」

 

「そこまで芸に拘る必要があるのかな……?」

 

 脱力して腕をぷらーんと降ろしていると、呆れながらも笑っている彼女の姿が見える。少し躊躇する様に彼女はゆっくりとマイルームへと入り込んでくる。ゴシックの部屋を見渡し、ソファ、ポスター、ジュークボックス、暖炉、と、一つずつ家具を見渡して行く。それをひとしきり見渡してからゆっくりと彼女はその長い白髪を揺らしながらえーと、と言葉を置いた。

 

「おじゃま……します?」

 

「今日からここに住むウチの子なんだから図太くただいま、でいいんだよ。という訳でお帰りマトイ」

 

「う、うん」

 

 そう言うと彼女(マトイ)は少し恥ずかしそうにはにかみながら上目遣いに視線を向けて来る。そこで数秒間、頑張る様に言葉を紡ごうとして、

 

「た……ただいま、アキナ」

 

「お兄ちゃんでも安藤でもいいんだよ!」

 

「そこはお姉ちゃんじゃないの……? というか安藤って何?」

 

 困った様な、だけどどこか楽しそうなマトイの表情を見ながら、ちょっとした安心感を心に抱いていた。彼女をササッと部屋の中に入れたら扉を閉めて、そのまま自由に部屋の探索を開始させる。時間がある時にマイルームは更に拡張して色々と増やしたため、更に快適な空間となっているのだが―――それはともかくとして、マトイが若干楽しそうにマイルームの捜索を始めているのは良かった。

 

 その背中姿を眺めながら思い出す―――。

 

 

 

 

「―――バイタルに一切の問題は見当たりません。ですが、その代わりにどうやら記憶喪失なようで……所属、親類、そういう事に関するデータを調べても一切出てきません。現状、記憶喪失の謎の少女としか判断できません」

 

 メディカルセンターに眠り姫(マトイ)を預け、ナースのフィリアから返ってきた言葉がそんなものだった。それこそ頭を抱えそうになる事態だった。それだけならまだいいが、眠り姫を預けた後にシオンを探せば、即座に新しいマターボードを渡してくれた。それも割と渡してくれるのが嬉しそうに見えた感じ、やった事は彼女の希望通りだったらしい。という事は先ほどの時空の改変? おそらくそんな感じの出来事は彼女を、眠り姫を助ける為だったのかもしれない。ただその結果彼女が記憶喪失だったとか、どう判断しろと。

 

 まるでゲームのシナリオの様だ―――いや、実際にゲームではあったのだが。

 

「眠り姫ちゃんの記憶、どうにかならないの?」

 

「一応催眠治療が方法としては確立されていて軽く試してみましたが一切効果がなかったですね。ここまで来ると記憶喪失というよりは消去という方の可能性が高くて……その場合になると逆に思い出させる方が危険なんじゃないかなぁ、と。」

 

 あ、ただ、とフィリアは呟いた。

 

「寝言でアキナさんの名前を呟いていました……何か心当たりあります?」

 

「寝ている間に耳元で自己紹介しまくった」

 

「相手は病人なんだから洗脳染みたことはやめてください!!」

 

 無論、それは嘘だ。咄嗟に思いついた事だし、今まで自分が潜り抜けてきた状況を説明しなくてはならないだろう。何故だか解らないが眠り姫を妙に守りたいという感情が自分の胸に在った。その由来を知る事はないが、それでもなぜか、絶対に手放してはならないという強い気持ちがある。それに、なんだか教えても話したこともないのに名前を呼ばれた、というのはどこかロマンを感じさせるものもあった。故にそこで即座に判断したのだ。

 

「じゃあウチで預かりますわ」

 

「えっ」

 

「いや、だからウチで預かりますわ。保護者なし、立場なし、メセタなし、知り合いなし。だったら見つけた俺がちゃんと最後まで面倒を見なきゃそりゃあ責任の放棄じゃないか? こう見えて割と小金持ちだし、少女の一人を養う程度は割と余裕なんだが―――まぁ、最終的には起きた彼女次第なんだけどな」

 

「うーん……」

 

 そこから数日間、眠り姫―――マトイは検査等でメディカルセンターを抜けることが出来なかった。しかし面会できるようになってからどうするかを質問した所、若干迷うような様子を見せてからマトイは話に乗った。その結果、彼女と一緒の生活が始まる事となった。

 

 

 

 

 そして今、マトイがマイルームを見て回る様に探検している。

 

「色々とあるんだね」

 

「まあな。基本はベッドルームと風呂場を挟むように中央がリビングと遊び場を兼任してるよ。まぁ、それでも若干スペースが足りないからダーツセットとかをベッドルームに設置しちゃったけどな。あとベッド、二つ入れると一気に狭くなるからダブルベッドを二人で共有する形だけど大丈夫だよな?」

 

「あ、うん。私は特に問題ないかな。置いてもらっているから文句も言えないし」

 

 マトイのその言葉にNO、と言葉を放ち、指を横へと振る。いきなりの声にマトイがびっくりしたのか、ビクっと反応を見せた。それがなんだか可愛らしかった、というか小動物チックとでもいうのだから。背が低く、そして互いに髪色が同じ事を考えるとまるでそこは姉妹の様だよなぁ、と客観的に容姿で判断する。

 

「いいか、マトイ。今日からここがお前の家だ―――家って規模にしちゃあ若干狭いような気もするけど。というか三部屋じゃなくて本当は六部屋ぐらい欲しいんだけどまぁ、それは今回オラクルの彼方へと捨てておこう! 俺が拾って、俺が引き取った。そしてマトイはそれをオッケーした。つまりウィー・アー・ファミリー、家族だオーケイ? 俺がお兄ちゃんでマトイが妹だ。家族だからちゃんとかさんとかは必要ない。アイ・アム・安藤。大丈夫?」

 

「むしろそっちの方が大丈夫……? あと安藤って何……?」

 

「それだけ言えるならコミュ不足とかはなさそうだな」

 

「あの、安藤って……」

 

「問題ないな!」

 

 マトイが若干ジト目で此方へと視線を向けて来るが、それを無視して笑う。早くもこのノリに慣れて来たのか、マトイは呆れたような溜息をもらしてから、小さく、楽しそうに笑った。その姿を見て心の中に安堵が広がる。それを感じながらリビングに設置してあるジュークボックスへと近づき、一発蹴りを入れて音楽を流させ始める。そのままその横の冷蔵庫へと移り、その中から一つの箱を取り出す。それを素早くリビングではなく、その外のバルコニーへと運び、そこにあるテーブルの中央に置く。

 

「じゃんじゃじゃーん―――ナウラ三姉妹特製ケーキー。アークス向け、それも戦闘用エリアでしか販売されていない限定チーズケーキ―――マターボードを埋めている時に遭遇したから購入したんだけど一緒に食べようぜ。飲み物は好きに冷蔵庫から取り出して。遠慮とかいらないから」

 

「あ、うん……いいの? 高そうだけど」

 

「いいのいいの、たったの160メセタぽっちだし」

 

「そ、それ高級品だよ!」

 

 基本的に食費は安い。人工的に生み出せるし、量産できるし、何より自然あふれている惑星から大量に食材を調達することが出来るからだ。アークス船団だけではなく、オラクル船団全体から見ても食費は割と安くなっている。一回の食事を外食してそれが2~30メセタで、日本の安いランチ、大体400円辺りとするだろう。このケーキは一つ160メセタ、つまり一回の食費数倍を超える値段を持っている。

 

 それを大量に一気に購入できるのは金銭関係をインフレさせているアークス達ぐらいだろう。

 

 金銭的な格差はアークスと一般人の間では存在する。だがアークスは無敵ではないし、そもそも日常的に命を賭けて戦っている。その分メセタを稼いでいると考えれば割と納得は行くかもしれない。

 

 ちなみにこれは調べた事だが、スケープドールは超貴重品であり、それこそオークションで出品されるクラスのレアアイテムとなっているらしい。一回だけ当人の死を覆す事の出来るアイテムだと考えれば納得の行く値段なのだろうが、それでもスケープドール一個で値段が80Mに到達するのは少々、頭がおかしくなりそうなインフレだった。やはり課金による安価な入手法が存在しない分、そして課金という概念が存在しない分、此方では色々と物品の価値観が変わってきている。

 

「まぁ、お兄ちゃんは結構というか凄いレベルでお金持ちだから気にせず食べていいよ。冷蔵庫の中にはそれぞれを五個ずつ保存してあるし」

 

「えぇ……一個160メセタのケーキなのに……」

 

「金があって贅沢をしないのは間違っているんだよ。アークスによる金銭の大量消費もオラクル船団全体での経済を回すことに必要な事だから、お金を持っている場合はそれを貯めこまずに消費するのが正しいよ……まぁ、そんな真面目な話はいいんだよ! ほら、座れ座れ」

 

 バルコニーのテーブル前の椅子に座り、その反対側を指差す。少し遠慮がちだがマトイは反対側に座る。それに合わせてテーブルの上にラッピーの絵が描かれた皿を二枚召喚し、ナイフで箱の中のチーズケーキを切り分け、それを手掴みでそれぞれの皿の上に乗せ、そのまま手で掴んで食べる。

 

 言葉で表現が出来ないのが惜しい―――それほどまでに、美味しい。千数百円クラスのチーズケーキは伊達じゃなかった。しかしよく考えるとパンプキンパイとかの季節物は300メセタではなかっただろうか? ……今度見かけたら購入しよう、そう心に強く誓う。

 

 おろおろとフォークと探すマトイの姿を観察しながら考える。彼女は明確に160メセタを高い、として認識した。つまり貨幣に関する知識を保有しているという意味でもある。意外と記憶喪失が綺麗に自分自身の処のみを抜かしている辺り、非常に作為的なものを感じる。それに自分の中にあるこの守りたいという気持ちも、一体どこから来ているのだろうか―――それを調べるにはやはり、手元に置くのが一番わかりやすい所だろう。

 

「しっかしあんっむ……人生分からねぇな。俺がCV雨宮〇で安藤やってそれでお()ちゃんやってるんだから……んー、美味しい」

 

「うー……手で食べるのって行儀悪くないかなぁ? うーん……良し! ―――美味しい!」

 

「だろ? 家にいる時は別に他人の目とか行儀とかそういうのを気にしなくていいんだよ―――俺も最近は部屋にいる間は下着姿で徘徊しているし」

 

「それは止めようよ……」

 

「見せる相手がいないんだからいいんだよ! それが我が家ってもんさ」

 

 ともあれ、チーズケーキを食べながら話を続ける。

 

「だけど我が家にタダメシを食う奴を置いておくことはできぬぅ! ―――という訳でマトイには我が家にいる間には洗濯、掃除、後料理を担当してもらおうかと思います! 明日あたりキッチンが運ばれてくるからそれで料理な!」

 

「え、私料理なんて―――」

 

「―――と、言うと思って実は先に話をフィリアさんに通して、俺が出撃中の間は料理教室を開いてくれるってよ」

 

「に、逃げ場がない」

 

 マトイが衝撃的な報告に驚き、完全に動きを停止している姿を見て、小さく笑みを零す。引き取られた時からの一連の流れで、すっかり記憶喪失やら過去無き存在である事を忘れて、焦りまくっているのが見える。この調子である程度仕事を押し付けて忙しくさせれば、不幸な背景なんて簡単に忘れられるだろう。

 

 まぁ、そんな使い古されたヒロインの設定なんて必要ない。ヒーローの条件とはその体だけではなく、その心までをも救ってしまう事だ。そして宇宙のヒーローであるアークスは―――安藤は、きっと誰かの心まで守ってあげられるそれはそれは素敵な事なのだろうと、自分は思っている。だからマトイは助ける。

 

 シオンも助ける。

 

 アフィンも助けるし、

 

 ゼノも助ける。

 

 だが【仮面】、お前は駄目だ。何時かリベンジしてその仮面をはぎ取る。

 

 だけど今は、出撃する日常の中の短い休暇を精一杯味わいたい―――なぜだか解らないが、マトイとこうやって過ごせる時間がとてもとても貴重に思えるのだ―――。




 マトイちゃんがマイルームに住み着きました。あまりに空気でヒロインできてないから出来る様にすりゃあいいんだよ! と言うお話。なんだか設定を見るに安藤が忙しいからフィリアがあずかっていたらしいし、安藤でも預ければいいんだよという結果。

 エプロンマトイちゃん……。


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Vivid But Grey - 1

 はぁ、と息を吐くと目の前の息が白くなってくる。本来ならそれだけの寒さが身に襲い掛かってくるのだが、体は全くその寒さを感じる事はない。服装はアイエフブランドF―――ゲームとのコラボ品のコスチュームではあるが、そのスタイリッシュさから割と高い値段で流通されているのだが、露出が多い。下はホットパンツ、上はタイトにノースリーブと臍だしルック、それに加えてジャケットも軽装。雪の中でこんな格好をしていれば寒いのは当たり前だ。だがフォトンによってその体が保護されているアークスにそんな常識は通じない。たとえそれがアムドゥスキアの溶岩の中だろうと、多少痛いけど戦えるアークスとスーパーフォトンパワーは伊達ではないのだ。

 

 それはともかく、目の前にシップの方から転送された削岩機が設置されている。軽くボタンを何個か押せば、後は自然に削岩機の方が設定されたルーティーン通り起動し、そのドリルを大地に突き刺して起動する。しっかりと削岩機が起動して大地を掘り進んで行くのを確認し、そこから視線を外す。

 

「―――うい、ロジオさん。こっち削岩機C、設置完了しましたわ」

 

『あ、此方でも確認したよ。今データを見ているところだけど本当に面白い場所だね、ナベリウスは』

 

 ホロウィンドウに緑色のナビゲータースーツに眼鏡をかけたぼさぼさ頭のヒューマンの姿が映る。彼はロジオ、ナベリウスの地質の研究を行っている研究者だった。力を借りたい、と周りのアークスに頼んでは断わられている姿に若干哀れさを感じてしまい、こうやってロジオの研究、ナベリウスの地質調査を行っている。

 

 目の前に広がるのは一面銀世界―――ナベリウスの凍土エリアだ。基本のナベリウスエリアを大森林とするなら、ここは第二のエリアだ。凍土は完全に凍り付いてしまったエリアで、出現する原生生物も大森林エリアと比べれば全く違う種になってくる。数百メートル歩くだけで全く違う環境になってくるのだが、ゲーム的に考えれば納得できるだろう。だがこれはゲームではない。リアルな体験だ。その中で急激に環境が変化するというのはありえるのだろうか?

 

 普通はありえない。

 

 つまり、普通じゃない事があるという事だ。設定とかには興味もないから読んだりしていなかったのが非常に惜しい。きっと設定とかを読み漁っていれば今頃、ロジオに地質調査に関するヒントでも与えられたのかもしれない。そんな事を考えながらレーダーを確認すれば、迫ってくるダーカー反応を見れた。振り返り、背中に守る様に削岩機を配置し―――腰の裏から双機銃(ツインマシンガン)を抜く。

 

 H&S25ジャスティス、マターボードから回収した星7ランクのツインマシンガンは威力で言えば大したことのない武器ではある。だが市場価格がインフレしていて武器の入手が難しく、それでいて装備しやすい武器を求めて来るとなると、これぐらいの品がちょうど手頃になってくる。クラフトする様な設備は今の所手に入れるのが難しく無理な為、特化射撃デバイステルクゥを装着し、それで基準を誤魔化している。

 

 だがそれだけの意味はあった。

 

「アディオス」

 

 視界にダガッチャの姿が見えた瞬間、H&S25のトリガー引き、セミオートで弾丸を連射する。銃口から離れた氷の弾丸の様なフォトン弾は一瞬でダガッチャの顔面に衝突し、その顔面に無数の穴を空ける。ダガッチャを構成するダークフォトンが生み出された風穴をふさごうとするが、ばら撒かれるフォトン弾の質と量の前に再生が間に合わず、そのままフォトンに浄化されて消える。

 

 戦闘が完了した所でくるくると軽いガンプレイでツインマシンガンを遊び、それを腰の裏へとしまう。

 

『道中もそうでしたが鮮やかな手際ですねぇ』

 

「宇宙を守る安藤としてこれぐらいは当然、って奴よ」

 

『いえいえ、謙遜しなくてもいいんですよ? ガンナーなんてトリッキーなクラスを使用している者ですからどんな方かと思いましたが、それを扱いきれるだけの腕前があるのは凄いですから』

 

 まぁ、メインはファイターであってガンナーはレベリングの最中なのだが、とは言わない方が良いのだろう。基本であるハンター、フォース、レンジャーは多くのアークスが使用するクラスとなっているのだが、最近知った事実によるとファイター、テクター、ガンナーはマイノリティではなくトリッキーすぎる故に排除、廃絶された部類のクラスらしい。まさかゲームでは大活躍だった派生クラスがこんな扱いを受けているとは考えもしなかった。

 

 だからだろうか、野良でアークスと組むと脳筋プレイばかりなのは。

 

 テクターは一人いると物凄い心強いのに。

 

 背後で削岩機の作業完了を告げる音が響く。その音に振り返り、パネルの操作を始めながら片手でツインマシンガンを片方だけ抜き、着地して踊り始めていたイェーデの頭をぶち抜いた。その無駄なモーションを止めればもう少しマシなんだがなぁ、なんて事を思いながら操作を完了、シップへと削岩機を転送する。

 

「削岩機の全護衛、転送完了しましたぁー」

 

『はい、お疲れ様です。此方でもデータの方は確認しました。これで増々ナベリウスの調査が捗る筈です。なぜ凍土という妙な地帯がこのナベリウスに存在するのか……それを私は解明して見せます!』

 

「応援してますよ」

 

『ありがとうございます。報酬の方は直接口座に振り込んでおきますので!』

 

「いや、別にいい……ってあー……もうメセタ増えてる。これだけで一万メセタってロジオさん結構金持ってるなぁ……ま、養わなきゃいけない妹がいるんだし、貰えるもんは貰っておくか。クロト銀行がないんだし。まぁ、活躍すればそれだけ金が入るとはいえ、即金って訳でもないからなぁ……やっぱスポンサーが欲しいわ……」

 

 スポンサー―――いる所にはいるらしい。これはゼノから聞いた話だが、アークスの活動は物凄く金がかかる。その為、一部アークスは企業等とスポンサー契約を行い、其方方面から金銭を融通していたりするらしい。まぁ、そうなると重くなって動きづらく、本当にアークスかどうかという言葉もある。

 

「ともあれ、何時までも凍土には残りたくないし、シップに戻るか」

 

 振り返り、他にエネミーがいない事を確認する。また出現しつつあるダーカーの姿めがけて再び弾丸をばらまき、ダーカー反応を抑え込んだ瞬間を狙い、簡易テレポーターを使って転移を行うとする―――が、視界に入ったものを見て、その動きを停止する。簡易テレポーターを発動させる前にH&S25を抜き、インフィニティファイアで腕を交差させる様にツインマシンガンを乱射する。瞬間的に出現したダーカーやダーカーに汚染された原生生物達を一気に殲滅しながら、前へと向かって走る。

 

 走りながら口から洩れる息は白く染まり、後ろへと流れて行く。やっぱり冬はこうなるから面白いよな、なんて事を考えながら直ぐに、目標を確認する。走るペースを上げ、口を開く。

 

「おーい!」

 

 前方、見えた黄色のゼルシウス姿の女はまるで此方が聞こえない様に振る舞い、雪原を一人で歩いていた。まるで警戒心を持たないその姿に若干呆れながらも、見逃せないので走るペースをもう少しだけ、追いついたその姿の肩を叩く。

 

「おい、アンタ今日はそっち、ダーカー多いから行かない方が良いぞ。めんどくさいぐらいに湧いてるから」

 

「―――え」

 

 そう言われたゼルシウス姿の女は振り返った。一言で言えば可愛らしい女だった。髪型はラフツインテールGV、つまりはグラデーションで青色から茶色へと変わる珍しい髪色、髪型の女だった。ただその服装のゼルシウスだけはどうにかした方が良いと思う。なんというか―――スケベなのだ、ゼルシウスは。しかも物凄いレベルで。付属パーツが黒のメタルなのだが、それ以外、ボディのパーツは密着型の半透明パーツになっているのだ。しかもこれ、乳首や股間の辺りを少ないメタルパーツで隠す様に配置してある為、非常にスケベなのだ。

 

 そして肌色ゼルシウスという見抜き文化が生まれるぐらいにはスケベなのだ。

 

 隠密密着型服装とか呼ばれているけどスケベ服なのだ。ヤバイレベルで。

 

「貴、女……私が……見え―――」

 

「それはそれとしてちょっと安藤さん的にそのスケベ服はいかんともしがたい感が物凄く物凄く強い。大丈夫? ゼルシウスだよ? 肌色ゼルシウスとかいう文化を作っちゃうアークスだよ? 君、見抜きの的にされちゃうよ? 見抜きいいっすか。あ、だめだ。マイサンがねぇ。おのれシオン。今すぐ……いや返されても割と困る。そうしたらマトイちゃんと一緒にお風呂入れないじゃないですかやだぁー!」

 

「―――」

 

 あ、完全にフリーズしている。だが丁度暇だったのでそのまま話を続行する事にする。周りへと視線を向ければ―――丁度良い所にマルモスの姿があった。軽く調べてみればダークフォトンにもダーカー因子にも浸食されていない、綺麗な個体だった。そのせいか非常に大人しく、近づいても暴れもしない子だった。それで利用し、飛び上がりマルモスの背の上に着地、その上に座る。

 

「いや、丁度良い所に来たよマルモスくん。貴様は最後に殺してやる。それはそれとして、ちょっと聞いてほしいのよそこのアークスちゃん。ゼルシウスの見抜き文化と言うものをよく理解しているか? 奴らなんか少しでもマイサンに引っかかりを覚える物を感じたら数日後にはそれで同人誌を描き始めるレベルでガチだからな、割と真面目に気を付けた方が良い。それはそれとしてウチのマトイ、割とお風呂とか嫌いらしいんだよね。だから俺が投げ込んで面倒を見ないと入りたがらないんだ……こういう場合、どうしたらいいかわからない」

 

「―――」

 

 フリーズ続行。気分的にはPSEバースト延長という感じだった。

 

「それはそれとして君何歳? アークスカード交換しない? どこ住み? アークスッターやってる? 俺の一押しの新人アイドルのクーナちゃんについてちょっと五時間ほどファミレスで語り合わない?」

 

「ま、マイ!」

 

 そう言ったゼルシウス子が腕を振るい、デジタルな記号と共にフォトンのヴェールを纏う。そのまま、その場を離れる様に大きく跳躍し、ゼルシウス子がどこかへと去って行く。その方向は注意した方向とは真逆の方向だ。いや、確かにダーカーがたくさん湧いているから進まない方が良いとは言ったのだが、

 

「流石に逃げ出されるとちょっと心が痛む……一体何が悪かったんだ……なぁ、マルコ」

 

「……」

 

 マルモスへと視線を向けると、知らんがなと言わんばかりのジト目が返ってくる。野生のマルモスのクセして割と芸達者だな、貴様。そんな事を考えながらマルモスの上で胡坐を組み、座る。ふぅ、と息を吐いてゼルシウス子の姿を思い出す。ゲーム時代でもかなりシコリティの高さはあったが、

 

「―――リアルになるとアレはもはや犯罪だな……アイツ……痴女だったのか……俺、リアル痴女との接触なんて初めてでどうすればいいかなんて解らねぇわ……」

 

 元気出せよ、と言わんばかりにマルモスが鼻を伸ばしてくる。それと握手しながら、

 

「お前良い奴だなぁ! じゃあ俺とちょっとクーナちゃんの可愛い所語り合わない?」

 

 そう言った瞬間胴に鼻を叩きつけられ、背中の上から叩き落とされた。顔面から雪の深い所に落下し、顔を持ち上げた先でマルモスが鼻を振りながら逃亡していた。

 

「おい! ちょっと! それはねぇんじぇねーの! おい! そんなにドルオタが嫌か! でもクーナちゃん可愛いんだぞ……アイツ走るスピード上げやがった……!」

 

 マルモスってあんなに早く走れたんだなぁ、なんて事を考えながら再び接近しつつダーカーの反応を確認する。シップに戻るにはダーカーの存在が少々邪魔だ。仕方がない、殲滅してから戻ろう、これもまた経験値になるのだから。

 

 そう思いながら今日もまた、アークスの日常に没入する。




 零番さん零番さん! クーナってアイドル知ってる? 知らない!? 今アークス二挺人気な新人アイドルクーナちゃんを知らない? 知らないの!? クーナちゃんはその笑顔で数多のアークスを魅了してきた……零番さん零番さん! 顔が赤いよ! 零番さん零番さん!!

 イジメか。


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Vivid But Grey - 2

 諸々の処理を終わらせてアークスロビーに到着する。補給やメンテナンスの為にショップエリアへと向かえば、そこでにらみ合うゼノと、そしてもう一人のアークスの姿が見えた。溜息を吐きながらまたやっているよ、と小さく誰にも聞こえない様に呟き、笑みを浮かべる。そう、笑顔だ―――笑顔を忘れてはいけない。誰かが一人、笑って道化を演じればそれだけで割と空気は和めるのだから。ゼノと言い争っているアークスに接近し、

 

 接近した所で背後から膝かっくんをゼノに仕掛ける。

 

「うぉ? おぉぉぉぉ!?」

 

 完全に巨漢のアークス―――ゲッテムハルトに集中してたせいかそれを察知できなかったゼノが膝を折り、そのまま後ろへと向かって倒れそうになり―――大きくバク転を取る事で此方の姿を飛び越え、そのまま背後のベンチに着地する。その姿を見ておぉ、と声を出しながら拍手する。それを見て即座にゼノは正気を取り戻した。

 

「お前……何やってんだよ……」

 

「見て解らないのかよ!! 理性蒸発させてんだよ!!」

 

「おい、こいつ一言目から会話する気が皆無だぞ」

 

「何言ってんだお前。俺は会話する気満々だぞ? そもそも良く考えろ、俺ほどコミュ能力に溢れたアークスもクッソ珍しいぞ。いいか、あそこでこっちをこっそり窺ってるパティとティアを見るんだ。全く興味ありませんからぁ! という感じに断ってるけど超興味津々でこっち見てるから。あ、ほら、今ビクっとしたじゃろ? あの面白姉妹と違って俺は強引ではあるが確実に芸をストレートに会話に叩き込んでいる―――つまり流れとしては全て計算されたもんなんだよ……!」

 

「なお悪いわ!」

 

「というかこっちに流れ弾当てないでよ!! まるで私が痛い子みたいじゃない!!」

 

「え、違うの……?」

 

 ムキィー、と声を上げパティが地団太を踏んでいる。パティとティアはコンビ芸人として結構完成度高いよなぁ、なんて事を思いながらゲッテムハルトへと視線を向ければ、明らかにやる気を削がれた表情を浮かべていた。ゲッテムハルト―――一言でその性格を表すなら戦闘狂だ。ただそう表現するよりは狂気に侵されている、という言葉の方が正しいのだと思う。ともあれ、あまり騒がしい事は好まないはずだ。自分、そしてパティエンティアを会話に巻き込んでしまえば、

 

「チ……クソが。おい、シーナァ!」

 

「はい、ゲッテムハルト様。それでは皆様も」

 

 ぺこり、と従者の様に付き従っていたメルフォンシーナが頭を下げ、駆け足で去って行くゲッテムハルトを追いかける。相変わらず健気な姿を見せているなぁ、と思いつつパティエンティアへと手を振る。二人からサムズアップが返ってくる。巻き込んでしまった事に対して謝ろうかと思ったけど……まぁ、またなんか奢ればそれでいいよな、という事で結論付けた。ともあれ、

 

「おっす、ゼノ。ゲッテムマンはアレ、軽く頭の中やられてるから言い争うだけ無駄だと思うぞ」

 

「あー……解ってはいるんだけどなぁ……こう、アイツを見てると熱くなっちまうんだよなぁ……」

 

「こりゃあエコーが大変なわけだ」

 

 そこでなんでエコーが、と言って首を傾げる辺り、割とゼノはヤバイのかもしれない。本当にエコーの苦労が偲ばれる―――これ、後で拗れないかなぁ、と思ってしまいもする。はぁ、と溜息を吐く。無駄に心配してしまってちょっと疲れてしまった。適当に甘いものを買って帰って、休憩でもしようかなぁ、なんて事を考えた所、あ、そうだ、とゼノの言葉が聞こえた。

 

「なんかお前の事どっかで見たことがあるなぁ……って思ってたんだけどやっと解ったわ。お前、俺の師匠にすっげぇ似てるんだ」

 

「え?」

 

 師匠に? と言葉を反芻する様に呟くとおう、とゼノが頷く。

 

「10年前、まだ俺が訓練生時代の話なんだけどな、レギアスのおっさんに教えてもらいながらもちょっと飽きてきちまってなー、って事で原生生物相手に鍛えてやる! ってノリでちょっとナベリウスに突貫しちまったんだ。だけどあん時の俺はほんと笑えるぐらい弱くてさ、おかげでウーダンの群れに囲まれて絶体絶命! ってところを師匠に助けられたんだよ」

 

 凄かったんだぜ? と自慢する様にゼノが言ってくる。

 

「こう、シュババババ! って出現したと思ったら素手でウーダンを殴り飛ばして、そこからキック、パンチ、素手で投げる! PAなんぞ使わねぇ! 勿体ねぇ! ってな感じに暴れてな、PAも武器も使わずにウーダンの群れを倒しちまうもんだから一発で惚れ込んじまってよ、師匠って呼ばせてもらう事にしたんだわ、名前は教えてくれないし」

 

 なんか嫌な汗が背中に流れ始める。

 

「師匠も割と理性を蒸発させた人でさ、言ってる事の大半は聞き流し推奨なんだけど、割と現場でも大事な事とか、心得とか、そういうのも教えてくれたんだよな。あとそうそう、どのクラスではどう動くべきとかの役割とか。アカデミーとかでも教えない内容が多くてすっげぇ助かったわ。あと妙にドゥドゥさんへのヘイトが高かったな」

 

 そこで二人で揃って強化カウンター、ドゥドゥの方へと視線を向ける。そこでは無名のアークスがドゥドゥと勝負をしている最中で、

 

「素晴らしく運がないな君は」

 

「アァァァァァァ―――!!」

 

 また一人発狂者を生み出していた。執拗にカウンターにヘッドバンギングしていたアークスがまた一人、黒服に両脇を抑えられてそのまま運ばれて行く。やはりドゥドゥ、裏でどっか怖い所と繋がっているのだろうか。二人で数秒間、連れ去られて行くアークスを眺めてから、元の会話に戻る。

 

「うん……まぁ、それで思い出したんだよ、その理性の蒸発っぷりがすげぇ師匠と似てるって。もしかして姉妹かなにかか?」

 

「初耳だよ。俺並に頭のとんだやつがいるって結構恐ろしい事だぞ」

 

「だよなあ」

 

「肯定するなよっ……!」

 

 半ギレで答えると、ゼノが苦笑しながら悪い悪い、と言葉を放つ。その姿からは先ほどのゲッテムハルトとの言い争いの熱は感じない。どうやら少し馬鹿話をしたおかげで落ち着いてきたらしい。それを感じ取ったところで、甘いものが食べたくなってきたので軽くゼノに別れを告げて手を振り、ゼノから離れる。数秒後、走りまわるエコーとすれ違ったので、タイミング的にも丁度良かったのではないか、と思わなくもない。

 

 ふぅ、と息を吐きながらマターボードを取り出し、それを見る。

 

 今の交流もまた必要な事象だったのか、またマターボードに新たな記述が生み出されるのを確認した。マターボードを表示していたホロウィンドウを閉じて、ショップエリア二階、輝石交換カウンター近くのベンチに腰を下ろす。未だにADやEX等のシステムが使用できないレベルの為、このカウンターの利用が出来ないのが少々寂しい―――多分解放されたらその瞬間数日間ノンストップで利用しそうな気がするけど。

 

「それにしてもめんどくせぇなぁ……マターボード。まるで打算があって交流しているような気持になるのが嫌だなぁ」

 

 だけどこれがあるからこそ、マトイを救えたのだ。そこに関しては一切迷いはないし、後悔もないのだ。マトイを救出してから二週間が経過している。マイルームでの生活にも慣れ、そしてフィリアからも簡単な料理を覚えたマトイは毎日、少しずつだが日常になじむように頑張っている。何も知らない少女がそうやって頑張っているのだから、自分が頑張らない訳にもいかない。しかし、マターボードに関しては疑問が多く残る。

 

 これは一体なんだろう、と。

 

 マターボードによる干渉で発生するドロップアイテム。優位事象の獲得による時間遡行による時空改変。その能力は一言で言えばありえない、の一言に尽きる。馬鹿な自分でもこの数々の経験は間違いなくSFを超えてファンタジーの領域、それも奇跡と言える領域にあるものだ。普通じゃない……のはもう解っている事だが、それでもどうなのだろうか、

 

 この先、マターボードを進め続ければ答えが出るのだろうか―――?

 

「―――少し、いいかな?」

 

「ん?」

 

 俯いていた顔を持ち上げれば、正面には白いタイガーピアスを装着したヒューマンの姿があった。若干ボーイッシュな雰囲気を受けるのは髪がツンツンだからだろうか、肉体的にはそこそこフェミニンなのだが、態度がそれを感じさせない物がある。彼女は確か、

 

「えーと……アキさん、だっけ」

 

「最近話題に上がってきたアークスに名前を覚えてもらっているのは光栄だね。実はロジオの紹介で探していた……と言ったら君は信じるかな?」

 

「あーはいはい、なるほどなるほど。お仕事っすね」

 

「うん。そうだ。実はアムドゥスキアの方へ竜族の生態調査を行いに行きたいんだけどどこのアークスも危険だから無理、と同行を許可してくれないんだ。だけどロジオから聞いた君は頼まれごとは大体なんでもやるし、その達成率も高いときたものだ。……となると、頼まない理由がないじゃないか」

 

 ロジオの縁で今度はアムドゥスキアへ生体調査―――まためんどくさい事を頼む人間もいたものだ。アムドゥスキアの地上は火山地帯が多く、そこがクソ熱くて個人的にはめんどくさい。出来れば断りたい所でもあるのだが、残念ながらさっきからマターボードが全力で受けろよ、と超アピールしてきている。という事はこれもまた、優位事象の獲得の為に必要な事なのだろう。

 

「受けるよ。何時を予定しているんですかねぇー」

 

「今すぐ! と、言いたいところだが君の様子を見るからにどうやら日々の激務でお疲れの様だ。改めて此方から連絡を入れるから、早い内にこなしてしまおうか」

 

「うっす、それではその時にまた」

 

「あぁ、さよならだ」

 

 手を振って去って行くアキを見送る。その姿が消えた所で軽く息を吐いて、そしてマターボードを見る。もしかしてこいつ、疫病神の類なのではないのだろうか。実際、マターボードを受け取った直後から大量のイベントに追いかけられるようになってきたし。ただこれを捨てるという選択肢は存在しない。一応、これだけが現状、状況の全てに対するヒントなのだから。

 

「あー……だっる」

 

 こんな姿にまでなって何必死にやってるんだろう、と一瞬だけ考えてしまった。そんな考えが出て来る辺り、少しだけ、疲れているのかもしれない。実際、アークスには決まった休暇とかが存在せず、自由に出撃し、自由に稼いでくることが出来るのだ。連日出撃ばかりでちょっと疲労がたまっているのかもしれない……数日ほど休むか。何もこのオラクルで出来るのはアークス活動ばかりなのではないのだから。

 

「カジノが実装してくれればなぁ……」

 

 数日はカジノに潜っていられるのだが。まぁ、ないものを強請ってもしょうがない。さっさとマイルームへと戻るか、と思ったところでショップエリアをうろつくマトイの姿を発見する。フィリアと並んで歩いている姿を確認する限り、どうやら買い出しに出かけているらしい。これは―――見ないふりをした方が良いのだろう、きっと。じゃあ見なかったことで、と頭の中で処理し、視線を外し、ふぅ、と息を吐く。

 

「……俺も頑張って装備揃えるか」

 

 良い装備をそろえればそれだけ生存率が上がる。ゲームの時の様にアイテムで簡単に復活できる環境ではないし、ロックベアに殴られれば内臓だって破裂しそうな世界だ。フォトンに守られているとはいえ、やはりいいものを揃えれば、それだけ助かる、助けられる確率は上がる。そこまで考えた所で息を吐き、気合いを入れ直す。

 

「―――うっし、頑張りますか!」

 

 帰りを待っている人がいるのだから、元気な姿を見せるのは義務だ。そう意識し、今日もまた宇宙の平和を守る為に立ち上がる。




 安藤は戦うよー今日もー明日もー、昨日に戻ってー。

 なお一部マタボはひたすら面倒と重くて表示したりする予定は皆無。正直飛ばしても問題ねぇんじゃねぇの? というアレな。その変わりにアークスとの交流をぶっこんでいるようなそんな感じの。ところでウルクの身内人事凄まじすぎない……?


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Vivid But Grey - 3

 ―――正面へと向かって全力で走り進みながら魂の底から叫び出す。

 

「透刃マイ! 無杖ライノルト! 俺に力を貸してくれ!」

 

 両手に握る姿のない刃である創世器透刃マイ、そして黒く、そして変幻自在に変形する創世器無杖ライノルト、両手に握り、背中に格納されたそれらは言葉に反応してフォトンの波動を放つ。力強いその後押しに正面、赤と白の存在―――ヴィエル・ヒューナルという名を与えられた最新のダーカーに対して迫る。腹の底から息を全て吐き出す様に叫び、そして一直線に接近する。それに反応する様に大地の全てが結界の様な紋様と紫色の領域に覆われる。それに寸分の狂いもなく反応する。一瞬で空へと浮かび上がりながら一瞬だけジェットブーツを展開する。それで虚空を蹴って更に前へと加速、距離を一気に殺しながらマイへと持ち変える。そのままシンフォニックドライブで肩のコアを一気に踏み潰す。

 

 普通の肉体ではそんな事は行えない―――だが創世器で保護され、強化された極限状態の肉体であれば、話はまた別となる。ヴィエル・ヒューナルのコアを一つ破壊し、その反動で空中へと飛び上がる。振り回されるフロートしている両腕をライノルトへと素早く切り替え、イグナイトパリングで受け止め、素早い反撃の連斬を叩きだす。振るわれた腕を切り返しながら叩きだす。着地と同時にウォンドへとライノルトを変形させ、デスサイス状の刃を振るう。

 

 瞬間、出現した闇弾を真っ二つに切り裂いて粉砕する。空気中に存在するフォトン、そしてダークフォトン、その両方を感じ取って敏感に次の動きを、未来を理解して動く。そしてカウンターを叩き込むように風と雷のテクニックを融合、ザンディオンをライノルトに食わせて振るう。雷を風の翼が広範囲を薙ぎ払う様に放たれ、雷鳴と風の爆撃を無差別に放ちながら戦場を蹂躙する。創世器によって何倍にも強化されたフォトンはそれだけあらゆるダーカーを死滅させる最悪の毒として降臨する。だがその中でヴィエル・ヒューナルは腕を広げ、そして闇の翼を開いた。

 

「マイ―――!」

 

 瞬間、創世器がフォトンを体内から食らい尽した。そしてその結果として姿が完全に消失する。跳躍しながら同時に放たれた闇の翼はしかし、姿が消えたせいか完全には捉えることが出来ず、虚空を薙ぎ払った。それを完全に見切りながらシンフォニックドライブを片腕へと叩き付け、その巨大な片腕を破壊し、そのままライノルトへと持ち替えながらオーバーエンドによる大斬撃を逆側の腕へと叩き込む。

 

「お、お、お、おぉぉ―――」

 

 右手にライノルトを、左手にマイを握り、それを全力で振るう。深淵にもっとも近い存在故にその体が保有するダークフォトンはありえないとしか表現できないレベルになっている。だけど、それでも、それは此方も同じだった。体内に溜めこまれたありえない量のダークフォトン、そして創世器によって何倍にも増幅されたフォトン、それによって相手との質量差は完全に拮抗していた。故にそこからは戦う存在としての質の問題だった。

 

 だからこそ、ライノルトとマイを、魂を燃焼させながら振るう。

 

 一振り一振りすべてに咆哮を乗せながら振るい、一瞬で再生されるコアをまだ砕く、砕く、そして砕く。そうやってヴィエル・ヒューナルという深淵に纏われているダークフォトンを、ダーカー因子を浄化して行く。そうやって削りに削りに削り、持ちうる限りのズルと技術を叩き込んで、

 

 ヴィエル・ヒューナルは漸く動きを止めた。ゆっくりとその体に融合していたアンガ・ファンダージが剥がれ、創世器によって放たれたフォトンの波動に焼かれ、塵一つ残さず焼き尽くされた。口の中に溜まった血を横へと吐き出しながら、アンガ・ファンダージの中から出現した彼女へと視線を向けた。それはあまりにも変わり果てた彼女の姿だった。

 

 【巨躯(エルダー)】を象徴する魚鱗で局部を覆い、

 

 【敗者(ルーサー)】を象徴する翼を両手に、

 

 【若人(アプレンティス)】を象徴する翅を背に纏い、

 

 そして【双子(ダブル)】を象徴する玩具を装着し、

 

 彼女はその両目から血の涙を止まる事もなく流し続けていた。顔を覆うその仮面が剥がれ、素顔が見える。真っ黒に染まった瞳はもはや光を見せておらず、一切の正気を見せていなかった。その証拠に変わり果てた彼女は両手に【敗者】と【双子】を組み合わせた剣を手にしていた。まだ、戦うつもりだった。それだけの力が彼女にはあった。星を砕き、喰らい、そして亡ぼすだけの力が彼女には存在した。だから、膝を折る訳にはいかなかった。口を開き、血の泡と共に咆哮を滾らせる。創世器の二刀流という無茶が体を凄まじい速度で壊していたのは理解していたが―――もはやそれをどうこう思うだけの心は残っていなかった。

 

 刃が振るわれる。それをマイで弾き上げれば正面、完全にフリーになった胴体が見える。

 

 故に、

 

 真っ直ぐ前へと、

 

 彼女を救う(殺す)為に踏み込み、

 

 極悪なパルチザンの姿をしたライノルトを突き刺した、

 

 ―――マトイの胸に。

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 心臓を締め付けるような痛みに目が覚める。上半身を勢い良く起き上がらせて胸を掴み、目を開く。息が荒く、胸が苦しい。両手で胸を強く抑える。その締め付けも痛かったが、それ以上に今、感じていたあの締め付けの方が遥かに苦しかった。まるで心を砕かれるような、そんな痛みだった。息も荒く、一体どうしてしまったのだ、と困惑する。だが同時に今まで見ていた夢の内容を思い出す。酷い夢だった。知らない事ばかりで、だけど、妙にリアリティのある、そんな夢だった。

 

「……」

 

 口に出す事もなく、頭に浮かんだ考えを否定する。そんな馬鹿な事があってたまるものか、と。横へと視線を向ければ、同じベッドにラッピーのパジャマ姿で眠るマトイの様子が見れた。此方が起きている事に気づく事もなく、深い眠りに付いている。その姿を確認すると物凄い安堵感が胸の内に襲い掛かってくる。解らない。何なのだろう、この気持ちは。まるで自分のものではない、誰かの気持ちを流し込まれているような、そんなものだった。

 

 ふと、そこで、自分が涙を流している事に気づく。なんて事だ。情けない。いい大人なのに―――。そんな事を考えながらマトイを起こさない様に静かにベッドから抜け出す。

 

 バルコニーへと通じる扉の向こう側へと視線を向ければ、空は暗く、月が上っている。もちろん、宇宙を漂うアークスシップに昼夜の概念は存在しない。その為、これは人工的に投射されている夜空だ。それでもこれが人々の生活を支える色となっている為、こうやって夜空が存在する。

 

 バルコニーに出る。自分の姿が下着オンリーである事を思い出し、少しだけ肌寒さを感じる。

 

「しっかし俺も慣れたもんだなぁー」

 

 目の前に広がっているのは新しく導入した浮遊大陸のシーナリーだ。その浮遊大陸の台地が今は夜に染まり、幻想的な姿を見せている。ゲーム時代でも好きな光景の一つだった。浮遊大陸、ウォパル海岸、この二つは今まで走りぬいてきたフィールドのなかでも飛び切り気に入っている場所なのは、純粋に見ていて楽しいからだ。だからハルコタンにもウォパルにも行けない現状は、少しだけ辛いものがある……が、それはまだあちらの惑星が平和でもあるという事のだろう。

 

「―――っと、また仕事のこと考えているわ」

 

 小さく笑い声を零しながら、たった一か月で随分とまぁアークス生活に慣れてしまったなぁ、と思う。ここに来た当初は女という体の生理的な部分に驚いたりもしたが、一か月の間に慣れてしまった……まるでどっからか、そんな経験があったかのように。流石にそこまで勘ぐるのはやりすぎなのかもしれない。しかし自分の異常な状況に対する慣れ、平常心、

 

 それは少し、自分にとっても怖い事だった。

 

「俺は……一体……どこに向かってるんだろうなぁ……」

 

 昼間、素面だったら絶対にこんなことをいう事は出来ないだろう。ナベリウスではロジオに頼られて、リリーパではフーリエと一緒にリリーパ探しをした。そしてアムドゥスキアではアキに振り回される形で竜族たちを追いかけてダーカー退治もした。そんな慌ただしい毎日の中で、段々と周りにいるみんなの評価がどんなものなのか、自分でも解ってきている。依頼者として交流を持った人達は俺がしっかりと仕事をする人間だと信頼してくれている。

 

 ゼノやアフィン、同僚のアークス達は頼れる仲間として信頼を抱いてくれているのが解る。ちょっとゲッテムハルトとか、パティエンティアの無鉄砲さとか不安な事はあるけど、それでも仲間に認められているという自覚もある―――たった一か月前までは自分は―――いや、俺はそこに存在すらしていなかったのに。

 

 まるでずっと昔から関わってきたような、そんな親しさを築き上げているような、そんな感覚がある。なんでみんなはこんなにも自分を信じてくれるのだろうか。そして俺は何でこんなにもみんなの期待に応えたいと思っているのだろうか。はたしてこの気持ちは、この努力は、このめげない心は……本当に自分の物なのだろうか? 或いはアキナというアークスの体と全てを俺が奪ってしまったのではないだろうか。

 

「怖い……怖いよ、西田。俺は一体なんなんだろうなぁ……」

 

 こんな事、誰かがいる時には絶対に言えない。だからバルコニーの淵、半身を放り出す様な格好で寄りかかり、浮遊大陸シーナリーを見る。相変わらず美しい光景だと思う。あのアムドゥスキアの空に広がる浮遊大陸の姿を見事に再現している、とも。それを静かに眺めていると妙に酒が飲みたくなってくる。振り返り、冷蔵庫から酒のボトルでも取り出そうかと考えたら、静かに扉が開く音がした。

 

「んー……アキナ……どうしたの……」

 

 当たり前だが、その主はマトイだった。着ぐるみ型の寝間着である為、フードを被っており、その中で眠そうに眼を瞬きながら擦っており、随分可愛らしい姿を見せている。その姿を見て苦笑し、そっと近づいて持ち上げて、そのままベッドの中にマトイを運ぶ。

 

「なんでもないよ。それよりホラ、明日はフィリアさんと料理教室の約束があるんだろ?」

 

「うん……おやすみ……」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 そう言って再びベッドの中へ、マトイを寝かしつけた。マトイが居る所で不安になる姿を見せる事は出来ないなぁ、と小さく心の中で呟く。マトイの登場で一気に酒を飲む気が失せてしまった。だがまだまだ眠気はこない。だから再び外へ、バルコニーに出て、そこにおいてある椅子に座り、背もたれに寄りかかりながら夜空を見上げた。

 

「なぁ、シオンさんよ。一体どこから俺を引っ張ってきたんだ。一体俺に何をして欲しいんだマタボは便利なアイテムをくれるだけで応えてくれないんや……」

 

 当然ながらその言葉に返答はない。だから溜息を吐き、馬鹿な事を言っていないで、さっさと寝るべきかなぁ、と考える。これも全部、さっき見た夢が悪いのだ。なんなんだ、【双子】とか【若人】とか【巨躯】とか。見たことも聞いた事もない。それに創世器とは―――。

 

「―――マイだけなら少し前に聞いたな」

 

 一週間か二週間ぐらい前に確か誰かが―――そう、彼女だ、ゼルシウスの彼女がたしかマイ、と言って姿を消そうとしていた。少なくとも自分が見る限り失敗していたが、姿を消そうとはしていた。つまり彼女が握っていた透明なアレがマイ、創世器というものなのだろうか? という事はあの夢に出てきたものは実在する? 無杖ライノルトも、【若人】とかいう存在も―――ヴィエル・ヒューナルも?

 

 血涙を流すマトイも、か?

 

 ―――冗談じゃない。そんなもの、真実であってたまるものか。

 

「ま、ただの夢かもしれないし囚われすぎるのも良くはないな……」

 

 結局のところ、自分が出来るのは全力で戦う事、そしてマターボードを埋める事だけだ。そのついでにマトイを見張って、自分から離れない様に見ていればいいのだ……そう、そうやってちゃんと守り続けていればいいのだ。たとえアレがどこかの真実かもしれなくても、しっかりと面倒を見ていればそんな事はない。

 

 ……そんな事は、ない……筈、だ。

 

 なぜかそれが言葉に出来なかった。

 

「―――無理にでも寝るか。明日はマターボードの影響でもっかいロジオさんの依頼をやらなきゃいけないし……」

 

 時間を巻き戻す。それで一体何を成し遂げようとしているのか自分には解らない。だけどきっと、必要な事なのだろう。そして自分にしか出来ない事なのだろう。だからやるしかない。

 

 だけど、

 

 ―――この覚悟はどこからきているんだ……?

 

 答えが出ないまま、次の日がやってくる―――。




 仮面さんが走り抜けてきた道を考えるとほんと報われて欲しい、というか徒花の天罰キャンセルで戦っているのはアレ、安藤ではなく安藤の姿をした【仮面】さんと公式で言われておらぁもう涙が止まらねぇよ。

 卵が先か、鶏が先、それとも安藤が安藤っただけなのか。どうなんだろ。


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Vivid But Grey - 4

「凍土はあんまり好きじゃないんだよな」

 

『そうなんですか?』

 

「歩き方を間違えると靴の中に雪が入り込んでくるからね……少しだけめんどくさい……」

 

『ははは、なんかすいませんね』

 

「いやいや、これもアークスの仕事、アークスの役割。そして安藤としての矜持。頼まれごとは極力断らず全力で成す方針なんですわ」

 

『そういう所、素直に尊敬しますよ』

 

 はぁ、と白い息を吐きながらナベリウス凍土を歩く。先ほど森林エリアを抜けて凍土へと入ったばかりである為、まだまだ入口付近ではある―――とはいえ、ダーカーのレベルは高くはない。日常的にダーカーを皆殺しにしている事もあって、基本クラスはすべてレベル40のカウントストップまで上昇させた。ファイターも無論40レベルまで上昇させた。今は残りのテクターとガンナーをレベル40へと育成中であり、

 

 コフィー曰く異例中の異例ではあるが、全てのクラスを40へと上昇させることが出来たら功績等を無視してレベル制限解除試練Ⅱへの挑戦権を与える、と言われている。どうやらこのリアル環境ではただただレベルを上げればレベル制限解除クエストが出る訳ではなく、実績、功績、信用、それをアークスとして重ねて証明する事によって初めて選考に出されるらしい。少々めんどくさいシステムではあるが、アークスが広い範囲を自由に動き回れる権限を持っている事を考えれば、ある意味納得できる。

 

 レベルだけ高い未熟者を放置して死なせれば、それは損失だ。

 

 しっかりと技量があるのを確認し、アークスとして問題がない事を確認しなくてはならないらしい。ただ自分の場合、レベルの上昇速度が異常とも評価される程早く、逸材として認識されている為に異例として許可が出るらしい。ともあれ、細かい事はあまり理解したくはないのだが、頑張った分評価されているのだ、と考えればいいのだろう。

 

 だからその為にも今回もガンナー装備で凍土へとやってきた。服装も変わらずアイエフブランドで髪型は白のローゼンロングツインテール2、ただ首元にはガンナーらしさを少しだけ意識して、赤いヒーローマフラーを、頭にはプリムヘッドフォン影を装着している。ヘッドフォンの中からは音量をやや小さくし、Conquista Cielaが流れている。なんでこういうコラボ系列のミュージックCDが存在するのかは非常に謎なのだが、個人的には地球産の古い曲が聞けるというだけで非常にうれしいものがあるのでこれはこれで嬉しい。

 

 ヒーローマフラーを揺らしながらリズムに乗り、H&S25のトリガーを引く。放たれたフォトン弾がイェーデを蜂の巣にし、ダーカー因子に汚染された原生生物を浄化、解体する。ガンプレイでツインマシンガンを回転させてバックホルダーにしまいつつ、周りへと正面へと視線を向ける。そこにあるのは二手に分かれる道だった。

 

『ふむ……二手に分かれていますね……ですがどうやら一番奥へと続くのは左のルートみたいです。其方の方へと進みましょうか』

 

拝承(はいしょう)、拝承、と」

 

 左のルートとは前回ロジオの依頼で来た時は通れなかった道だ。その理由は実にシンプルであり、ダーカーの反応が多く、其方の方が危なかったからだ。ソロで活動しているならともかく、ロジオという依頼人が見ており、結果を求めている中で態々危ないルートを選ぶ理由はない。その為、安全な右ルートを通り、行ける所まで進んで地質調査を行ったのだが、今回、マターボードによる時空改変、とでもいうのだろうか。その影響か、ダーカーの姿が今の所は見えていない。その為、左のルートを通る事が出来る―――つまりこの時間、このルートではないと遭遇、助ける事の出来ない何かがあるという事なのだろう。

 

 そういう事もあり、遠慮なく進む。

 

 驚く事に前回ロジオと来た時が嘘かの様にダーカーの姿が少ない。マターボードの影響なのだろうか? それとも時間帯に関係してダーカーが出現していたのだろうか? どちらにせよ、物凄い興味深い話だった。ただその原因を調べるような専門的な知識や技術はない―――自分にあるのはアークスとして戦うだけの知識と技術だ。それ以外は結局のところ、何もできない。

 

「……」

 

 周りへと視線を向け、レーダーを確認する。反応を殺して潜んでいるタイプのエネミーはレーダーに引っかからない為、レーダーだけを信頼していると割と足を取られかねない。その為、しっかり目でも敵の姿がないかどうかを確認するが、妙な事にあまり、敵の存在が見えない―――具体的に言うと侵食された原生生物やダーカーの姿が見えないのだ。楽であると言えば楽でいいのだが、事前にここには大量のダーカーが存在していた、という別時間軸の事実を思い出すと少しだけ不気味に感じる。

 

 と、考えていると、ロジオから通信が入ってくる。

 

『アレ? おかしいですね……』

 

「ありゃ、どうかしました?」

 

 ロジオから返答が返ってくる。

 

『うーんと……これはどう言うべきなのかな……微弱な反応? があるんだよね。生体の様なシグナルの様な……ちょっと判断が難しい所だけど、何か妙なものが埋まっているという事だけは確かだよ。ちょっと気になるし回収に向かってもらってもいいかな?』

 

「拝承ー」

 

 承諾し、更新されたナビゲーションに従って再び移動を始める。敵の出現を警戒しながら歩き進んでいるとロジオがそういえば、と声をかけて来る。

 

『普通、了解、とかって答えると思うけどなんで拝承なんだい?』

 

「え、そっちの方がかっこいいし個性的だからに決まってるじゃないですかーもうー」

 

『あぁ、特に意味はなかったんですね……』

 

 そりゃあ勿論そうだ。だけど中の人がなんというべきか、非常に中身が伴ってない感が強いのだ。残念なことながらそこら辺は自覚しているので、少なくともそういう中身を察されない様に、カモフラージュ目的で割と適当にめちゃくちゃやっているのだ。その方が自分という存在を見られ難いし。ともあれ、ロジオとそうやって道中の会話を続けていれば、アークス任せの身体能力でガンガンと距離は稼げ、

 

 そして一時間もしない間に目的地へと到着する。

 

 

 

 

『おそらくはここら辺です。調査のほどをお願いします』

 

「あいあいさー」

 

 到着したのは良くある行き止まりだった。空は雲に覆われて灰色になっており、静かに雪が降り注いでいる。周辺一帯は凍った岩の壁に囲まれており、深く積もった雪が辺りに見える。ロジオが言うにはこの辺からシグナルが出ているらしく、それを探せとの事だったが、正直、ここから見つけ出すというのは少し大変な労働となる。こういう時はテクターかフォースだったらテクニックで一瞬で溶かして探せるんだろうなぁ、と思ってしまう。

 

 超フォメルギオン放ちたい。

 

「さて、真面目にやるか」

 

 と言ってやはり雪を少しずつ、雪崩が起きない様に吹き飛ばしてゆくのが一番賢いのだろう、とは思う。若干面倒だなぁ、と思いながら足元を軽く蹴ったところで―――硬い感触が底に来た。嘘だろ、と思いながら数歩下がり、先ほどまで立っていた足元の周辺を探せば、そこから金属をのパーツらしきものを見つけた。

 

 雪の様に白く、おそらくは持ち手の様に見える、細長い棒だった。掻き分けた雪の中に埋まっているそれに右手を伸ばし―――掴んだ。妙に手に馴染む金属だった。それを持ち上げ、空へと掲げてみると小さくだが輝いたような、そんな気がした。どこか、どこかで見たような、そんな既知感を脳裏に感じた。だがその答えは出ないとも、どこかで感じるものもあった。その直観を信じてそれ以上考えるのを止める。

 

「ロジオさーん、これどうしますん? んー?」

 

 反応がない。ホロウィンドウを左手のスワイプで生み出し、ロジオへの通信を行おうとするが、それに反応が来ない。おかしいな、と思いながら通信を試みた所で、通信に混じるノイズが一瞬で膨れ上がる。そのノイズの出現の仕方はダーカーによるジャミングと全く一緒の物だった。このタイミングで出現しなくてもいいだろうに、と軽く呆れた所で、

 

 急激なダークフォトンの高まりをフォトンが感知した。ダーカーの出現するレベルを軽く超えるダークフォトンの高まり、それは記憶に新しい現象だった。振り返りながら入口の方へと視線を向ければ、黒い靄が徐々に固まりながら雪原に足跡を生んで近づいてくるのが見えた。やがてそれは一つの形を生み、見覚えのある黒い姿へと変貌する。そうやって登場した黒い姿は一切躊躇せず。

 

「―――それを此方へと寄越せ」

 

「おいおい、市街地で散々暴れたのにごめんなさいの一言も言えないの? なに? お前のお母さんの顔が見てみたいよ。その前にお前の顔が見てみたいけどな!!」

 

 回収したばかりのパーツをマイシップの倉庫へと転送した―――此方は問題なく稼働した。おかげで手元からパーツらしき金属が消え去り、両手がフリーになる。それに合わせて腰の裏のツインマシンガンを抜いて、その銃口を揃って【仮面】へと向けた。その動作に合わせて相手もソード―――コートエッジDを抜いた。

 

「ならもう用はない。貴様はここで死ね」

 

「お前、それしか言えないの? 学校に通った事あんの? 先生から正しいコミュニケーション方法に関して学んだことは―――っ!」

 

 言葉を割る様に【仮面】が飛び込んできた、凄まじい速度で振るうソードはダークフォトンを乗せており、一瞬でオーバーエンドを発動させ、回避した大地を真っ二つに切り裂いていた。しかもそれは衝撃を発生させ、背後にモーゼの如く雪の割いていた。それを見て、一瞬でこの存在相手に勝利するという選択肢を捨てる事にした。即座に思考を切り替えてサイドロール、バックロールと純粋な銃撃を組み合わせた、滞空しながらのスローモーズ、しかし【仮面】から逃れる様に動く。それに的確に反応して接近する【仮面】は素早く範囲の広いPAで薙ぎ払ってくるが、それが此方に触れる事はない。

 

 ―――今回ばかりはガンナーで助かったな……!

 

 なんてことはない、ガンナーというクラスは異常な滞空能力、異常なPP回収能力、そして凄まじい無敵判定の多さを持っている。モーションの9割がスローモーションであるPAメシアタイムはそのスローモーション中は無敵、なんて特徴もある程には優秀だ。

 

 それを利用して、【仮面】の攻撃に対して後手を選び続ける。やる事は簡単だ。見て、ロールして、射撃を続けながら逃げる様に回避する。それだけだ。攻撃はしているが、フォトン弾は【仮面】の纏うダークフォトンのオーラに触れるだけでかき消される、これがダークファルスという存在の領域なのだろう。

 

 とはいえ、

 

 着地した瞬間、足元を狙って此方の態勢を崩そうと動くのは流石対応が早いと言わざるを得ない。サイドロールで滞空時間をごまかし、即座に蹴りで空中へと浮かび上がって逃亡を図り、頭上から射撃を繰り出そうとする。だがもはや弾丸の威力では己を傷つけることが出来ないと悟ったのか、ガードや回避を捨てて【仮面】が踏み込んで来る―――早い。

 

 が、あの時、市街地で見た時程ではない。

 

 だがそれでも―――自分よりも遥かに強い。

 

 回避の動作が間に合わない。蹴りを叩き込むことでコートエッジDを受け流そうとするが、足首に痛みが走る程度で、あまり成果を成さない。歯を食いしばりながら殴り飛ばされ、そのまま岩肌に叩き付けられ、体が落ちて行く。それでも意思は途切れない。即座に武器をツインマシンガンからアサルトライフルへと切り替える。

 

 ―――そして見た。

 

 射撃する。放たれた弾丸を【仮面】は回避せず、直撃した―――結果、【仮面】の体にターゲットマークが浮かび上がる。ウィークバレット、ガチアークスなら御用達の当然の装備。それが命中した所で、【仮面】は何とも思わないのだろう。故に、迷う事無く射撃した。発砲音が雪原に響き渡り、それを無視して【仮面】が走り寄る。

 

 コートエッジDが振り上げられ、

 

「―――捉えました」

 

 言葉が放たれた瞬間に【仮面】が反応しようとする。しかしそれには既に遅すぎた。その背後、アサルトライフルの発砲音に完全に隠れる様に音を殺したゼルシウス姿はその両手に握られている、おそらくは透明な刃を振り下ろしており、そのコースは【仮面】のその首を撥ね飛ばす動きであり、

 

 時間を止めでもしない限り、逃れられはしない。

 

 故に当然の結果として―――【仮面】の首を刃が通した。




 相変わらずめちゃ強い【仮面】安藤。EP1そのままだとエコゼノの出番だったけどあのコンビよりも此方の方が縁多そうなのでゼノさんには残念ながらリストラされてもらいました。エコーはほら、EP2序盤に活躍? 活躍……? するから……。

 神器ガルミラなきゃこんなもん。


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Vivid But Grey - 5

 瞬間、世界がモノクロに染まり―――【仮面】がブレた。

 

 首に突き刺さっていたはずの透明な刃は空を切り、ゼルシウスの彼女の姿が自分の真正面に、障害もなく見える。それはつまり、その間に存在していたはずの【仮面】の姿がそこにない事を証明していた。ありえない。それは確実に当る筈だった状況だった。だから呆けてしまうのもしょうがない事だった―――だけど、

 

 それをまるで理解していたかのように体は動いていた。

 

 事前にトリガーにセットされていたアサルトライフルによって照準は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで未来を予測したかの様に体は自然と、【仮面】が正面から消えた瞬間に引き金を外す様に引いていた―――その先で、天上から閃光が降り注いでくる。かつては環境破壊とまで呼ばれた元最強フォトンアーツの一つ、サテライトカノン。それが出現した【仮面】と重なる様に、ジャストタイミングで命中した。ツインマシンガンでは絶対に真似できない凄まじいフォトン奔流が一瞬で【仮面】の姿を飲み込んで、一瞬だけホワイトアウトさせる。

 

 だが次の瞬間にはコートエッジDが振るわれていた。

 

 内部から漆黒のオーバーエンドがサテライトカノンを完全に消し飛ばした。そうして振り下ろした【仮面】の姿へと向けて、再びアサルトライフルを向け、そして貯め込んだ一撃を放った。

 

「うるせぇ死ね」

 

 エンドアトラクトが放たれる。大砲とも表現されるべき極太のレーザーが【仮面】の正面へ、オーバーエンドを振るった直後の体に直撃する。が、その大半がダークフォトンによって相殺され、無効化されている。だがそれでも十分に閃光と音は稼げた。そうやって生み出された動ける瞬間の中を一瞬で空を泳いでゼルシウスの彼女が進んだ。透明な刃を握り、それを交差させる乱舞させ、回避出来ない様に斬撃を飛ばす。

 

 エンドアトラクトにでさえ反応しなかった【仮面】がそれに反応し、その手のソードでガードする様にしながらブラッディサラバンドをガードし、後ろへと大きく跳躍して距離を作る。そうやって距離を生み出した【仮面】の姿を眺め、素早くゼルシウスの彼女の横へと自分の姿を並べる。

 

「ありがとう、助かった」

 

「本来は別件の任務中でしたが、見なかったフリをするのもそれはそれでどうかと思いますし……ですが、それにしても何者ですか、アレは」

 

「ダークファルス」

 

 率直な返答にゼルシウスの彼女が完全に動きを止めて固まってしまった。しかしその間でも常に警戒を解かず、正面、【仮面】へと視線を向けてその存在を捉えている。彼女の参戦はありがたかった。しかし、それでも状況は絶望的に一言に尽きた。ゲームの頃は解らなかったが、なんでPCではダークファルスには勝てないか、というのを理解した。

 

 ()()()()()()()()のだ。フォトンにはダークフォトンを、ダーカー因子を浄化する力を秘めている。だからアークス達はダーカーと戦うことが出来るし、様々な無茶を実現する事が出来るのだ。だけどダーカー達のボス、ダークファルスと呼ばれる存在は質量の桁が違いすぎる。レベルとかそういう概念以前の問題だ。砂粒で大海を割る事は出来ない。そういう概念的な勝負なのだ、ダークファルスとの戦いは。それが今、フォトンを実際に肌で感じられるようになって思った事だった。ツインマシンガンもサテライトレーザーもエンドアトラクトも全部、相手の質量が違いすぎる結果ダメージとして発生する領域まで敵のダークフォトンを削れていないのだ。

 

 フォトンを強化するか、大量のフォトンを用意するか、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が必要だ。だが現状、それが手元にはない。

 

 【仮面】、ゼルシウスの彼女、そして自分共に誰も一切の動きを起こさない。そのまま数秒間、互いに睨み合っていたところで、【仮面】の方が動きを作った。握っていたコートエッジDを消去し、自然体に戻ったのだ。

 

「―――優位事象の固定化が完了するか……次は殺す……」

 

「うるせぇ死ね」

 

 顔面にエンドアトラクトを叩き込むが、それに動じることなく【仮面】は跳躍し、大きく後ろへと下がり、そのまま二回目の跳躍で石壁の上へと着地し、そこから後ろへと数歩、下がる様に姿を掻き消して去った。そのまま数秒間、レーダーを眺め、ダーカーの反応を確認し続ける。やがて、三十秒経過したあたりから急激にダーカーの反応が消失し始めたことにあのダークファルスが完全に去ったことを理解し、大量の冷や汗を流しながらそのまま、その場へと座り込む。

 

「あー……やばい……真面目にあの世が見えた……」

 

「じゃあなんで最後に挑発したんですか……」

 

「え? これがあるから」

 

 そう言ってインベントリからスケープドールを実体化させ、それをゼルシウスの子へと見せた。スケープドール、それはアークスを死の淵からよみがえらせる事の出来る凄まじい効力のアイテムであり、それ故に複数持ち歩こうとすれば干渉力故に起動しなくなると言われている。死亡直後、体がバラバラでなければ蘇生できる、というレベルの代物なのだからスケープドールの凄さが解る。これに合わせ、インベントリから複数アイテムを取り出し、それを足元に落とす。

 

 フォトンスフィアだ。

 

「抱き付いてこれを爆破させてここら一帯吹き飛ばしながら俺だけスケドで蘇ろうかなぁ、って」

 

「……確かに、あの恐ろしい程の質量を見るとそれ以外の方法が見えてきませんから何も言えませんね」

 

 フォトンスフィアを回収しつつ、改めてゼルシウスの子へと立ち上がってから感謝する。

 

「助けてもらわなきゃ一回死んでた所だわ―――本当に感謝する」

 

「いえ、此方も任務の途中に立ち寄っただけですし―――それよりも……いえ、それでは私は任務に戻らないといけませんので」

 

「あぁ、うん。本当に助かった。ありがとう―――」

 

 こくりと頷くと跳躍し、そして幾何学模様を呼び出してそれを纏い、どこかへと跳び去った。本当に助かった。あの子が居なければ間違いなく一回死んでいたし、スケープドールで復活できる範囲の自爆かどうかさえも分からないので、状況は実は絶体絶命的だったのだ。サブハンターでアイアンウィルをセットしているとはいえ、それだけで耐えきれるようなものでもないし。あぁ、やはりやばかった。本当に彼女が、

 

 透刃マイの持ち主が来なければやばかった。

 

「創世器、か―――」

 

 生きる上では情報が必要不可欠―――少し調べればマイ、透明、その言葉にヒットする物はデータベースに登録されていた。創世器、それは六芒均衡と呼ばれる者達が保有する最強の武装の名前だ。そしてその中には透明な刃である透刃マイの名前もあった。ただデータベースとして閲覧できたのはそこまでだった。名前と姿以上の事はデータベースには存在していなかった、その持ち主の名前や効果も。ただ先ほどの戦闘を見ればどういう効果があるのかはわかる。

 

()()()()()()()()()()()()()、だな」

 

 【仮面】の動きを観察する限り、【仮面】は執拗に透刃マイへと触れる事を避けていた。フォトンによる攻撃はどれだけ喰らっても平気な顔をしていたのに、なのにそれがあのゼルシウスの子が握る透刃マイとなった瞬間、急に攻撃をガード、回避する様になった。つまりアレはダークファルスの命を絶つ事の出来る武装である……と思う。少なくともタダではすまないのはあの反応を見れば解るだろう。

 

 ―――まぁ、解ったところで手に入る方法は不明なのだが。

 

「偶には夢見が悪いのも悪くはないもんだ」

 

 おかげで少しだけ、未来に希望が見えてきた。それにあの【仮面】がしっかりと優位事象と、発言してきた。おそらくアイツもまたマターボードと何らかの関連を持っているのは間違いがないだろう、何せ、オラクルへと飛ばされるときに一番最後に見たのがあの仮面姿だったのだから。まぁ、ここら辺は考え続けると時間が足りなくなってくる。マターボードを呼び出して確認すれば、今の戦闘を生き残ったことによってまた一つ、マターボードが完全に完了された。これによってまた新たなマターボードをシオンから受け取り、次の時間に進むことが出来る。

 

「難儀だなぁ」

 

 楽しいからいいのだが。そんな事を考えていると通信が入ってくる。あぁ、そう言えばダーカーによってジャミングされていたなぁ、なんて事を考えながら通信に応えれば、予想通りロジオの声がホロウィンドウと共に出現した。どうやらかなり心配させてしまったらしく、此方のバイタルチェックを行い始めている。何が起きたのか、それを適度にはぐらかしながら、

 

 また、クエストを終わらせる事に成功した。

 

 

 

 

「―――チ、女狐め」

 

 空間を捻じ曲げ、時空間の位相を破壊し、道を無理やり繋げて生み出す。凍土だった景色は一瞬で植物が存在し。しかし岩の道と遺跡にモノリスを見せるエリアへと変貌している。その最奥、巨大なモノリスの存在する広場へと到達し、そう言葉を仮面の下から吐き出した。もはやマターボードによる時空の改変は始まっており、そして成功してしまった。そうなると、時空間の出来事は時間軸上で観測しても無意味になりつつある。忌々しい、絶望感と憎悪が胸の奥で燃え上がりながらも、それを百パーセントの理性で完全に握りつぶす。ダーカーとしての、ダークファルスとしての本能が心の闇を無限に増幅させる。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。全身を構成するダーカー因子に黙る様に無言で訴え、黙らせる。

 

「時間が……足りない―――」

 

 時間がどこまでも足りない。何度も何度も繰り返し、何度も失敗してそれを実感する。クラリッサのパーツ、その一つ目がアークス側に与えられてしまった。そうなるともはやアキナとクラリッサの間に縁が出来上がってしまった。彼女は絶対にクラリッサのパーツを全て集め、そして再び完成させるだろう。忌々しい事に、最初の優位事象が確定した事により、自分が保持するという事象を上書きされた―――シオンの干渉力の方が遥かに強い。【敗者】から逃れる為に行動を制限していても、それでも全知、フォトナーを呑んだ者。その力はダークファルスとなっても届かない所がある。

 

 こうなってくるとクラリッサの完成、強奪、そして【巨躯】の誕生はほぼ止められない。己も紡がれる事象の傀儡としてその演者を踊る事を強制される。そうしなくてもマターボードの導きによってそう言う出来事だったと時空が改編されるだろう。味方であればあんなにも頼もしいが、敵としてみれば絶望的の一言に尽きる。後出しのジャンケンで勝負され続けているような事だった。故に対等に勝負が出来るのは、

 

 ()()()()()()()()()()()()だ。

 

「【双子】も【若人】もまだ動きだしていない……今のうちに先手を打つか……」

 

 モノリスを見上げる。強大なその中には【巨躯】の反応を強く、感じる。同朋であるダークファルスの反応を感じ取って活性化しているのだろうか。今はまだ目覚められても困る為、ダークフォトン、ダーカー因子共に弱めながら【巨躯】の探知を逃れ、視線を背ける。

 

 そうやって見えた遺跡エリアの空、その青色を見て、青色の髪の女を―――クーナを思い出す。生きている、クーナをだ。彼女の姿を思い出し、懐の中から折れた刃を取り出し、それを握りつぶしながら捨て、空間を歪め、時空を違う惑星へと繋げる様に改変しながら歩き出す。

 

 

 

 

 惑星ナベリウス最奥、遺跡群。

 

 【仮面】が去った後に、そこにはもう何も残っていなかった。

 

 ただ、遺跡の床に昔はマイとも呼ばれていたもうただの壊れただけの刃を残し、

 

 それ以外を一切残さず、消えた。




 やっぱ創世器は別格だったよ。そして【仮面】さんの戦いはこれからだ。

 個人的にオール【仮面】さん視点の物語とか興味あるんだけど何時か来ないかなぁ……。


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Vivid But Grey - 6

 また一人、力を無くすように崩れ落ちた。

 

 その姿はあまりにも憐れだった。限界まで力を振り絞ったかのように息を荒くし、大量の汗を掻き、そしてそれでも悔しさから吐血していた。涙の代わりに血が頬を伝い、下へと向かって流れている。全力、死力、そういう言葉に相応しいとしか表現の出来ない状態だった。そう、男は頑張った。限界を頑張った。それでももう現界で、そしてそれ以上の力はなかった。故にゆっくり、まるでスローモーションで映像が流れて行くように漢は倒れた。それが敗北者としての末路だった。

 

 そしてまた一人、その魔物に敗北する者が増えた。

 

「素晴らしく運がないな、君は。またきたまえ」

 

「あああぁぁぁ―――!! オアァァァァァァ―――!! ホァァオオオアアァァオアオアオアァァアア―――!!」

 

 血涙を流しながら武器の強化に失敗したアークスは煩く発狂していた。カウンターに頭をガンガンと何度も叩き付け、発狂アピールをしていた。それを眺めながら本日は発狂芸術の点数高いな……と、遠巻きに見ている連中で発狂具合を評価する。やがて、うざってぇ、と呟きながらやってきたゲッテムハルトに当身を喰らい、そのままショップエリアの端から市外へと投げ捨てられた。

 

 良くある光景なので誰もそこは気にしない。

 

「相変わらず強化に失敗した奴を見るのは楽しいな」

 

「お前今、すっげぇ酷い事言ってるぞ」

 

 ドゥドゥの前にまた新たなアークスが現れた。だがそのアークスはドゥドゥではなく、もう一人の強化担当であるモニカを頼んだ。その要請に応えて職務がモニカへとバトンタッチされ、アークスのサイフと、そして確率との戦いが始まった。その光景をアフィンと二人で並びながら眺める。モニカに強化を頼んだアークスはどうやら星9武器で強化に挑んでいる。

 

「大成功です大成功です―――あわわ、失敗しちゃいましたぁ……」

 

「アアァァァァァ―――!!!」

 

 数秒後、血涙を流しながら床にヘッドバンギングする姿がまた一人増えた。楽しそうだなぁ、と思いながら眺めていると再びゲッテムハルトが排除してくれる。もしかしてドゥドゥの新しいバイトか何かだろうか彼は。いや、それよりは悪ぶっているけど芯の部分では善人であるという可能性の方が高いだろうなぁ、とは思う。ともあれ、また一人消えたので、今度こそ前に出る。次は自分の番だった。

 

「という訳でドゥドゥさーん、いつものよろしくでー」

 

「ほほう、また来たかね。君は本当にお金を落として行ってくれるから助かるよ」

 

「ファック・ユー。オラ、これとこれを10503にするまで強化で」

 

 そう言ってインベントリの中からルインシャルムを3本、そしてフォシルトリクスを2本取り出した。それをカウンターの上へと叩き付けるとドゥドゥは任せたまえ、と声を残してそれをデータ化、まずは属性の強化を始める。その間にアフィンが武器を指差してくる。

 

「え、アレ、星10武器だよな……? なんでんなもん数本も持ってるんだよ。相棒運が良すぎないか……?」

 

「え、1週間毎日12時間ダーカーを優先的にぶち殺し続けた結果だけど? アイツら中々出てこないから最近夢の中でキュクロナーダ相手にマウント取って殴り続けてる夢を見てるぞ俺」

 

「ごめん、俺が悪かったよ。本当に俺が悪かった」

 

 マターボードが旧来のゲーム仕様としてアイテムのドロップを発生させる所まではいい。だがその可能性はかつてないレベルで絞られていた。それこそソシャゲでガチャを回しているような気分だった。一部優位事象獲得の為に出現するマターボード品はほぼ確定と言っても良い確率で出現してくるが、それが星10へと届く事は今の所ない。その為、自力で殲滅マラソンを開催しないとこういう武器が出てこなくなったのだ。最近、気が付けばひたすらダーカーを探してはぶち殺すからラヴェールというアークスから凄い信頼を受け始めた。ダーカーを殺せればそれだけでいいのかお前。

 

「この一週間で殺したダーカーの数は万を超えるぞお前。PSEバーストを狙って発動させて、出現させやすい地形に誘い込んでひたすらそれを処理し続けるアークスの気持ちがお前には解るの……? 終わりがないんだぞ? ぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺してそれでもぶっ殺すんだぞお前……? マラソンには終わりないんだぞ……あ゛ぁ゛?」

 

「ほんとごめんなさいほんと自分が悪かったからほんと」

 

「光属性の50にし終わったぞ」

 

 流石に属性の強化では失敗の要素がない。属性がマックスになった対ダーカー用の武器を確認し、軽くうなずき、ここから勝負に入る。インベントリの中から強化成功率+20、そして強化リスク軽減を文字通り山ほど取り出し、それをテーブルに叩き付ける。ついでに潜在解放に使うフォトンスフィアもテーブルに叩き付け、ドゥドゥにオーダーを入れる。

 

「10503になるまでガン廻しで」

 

「ふふふ、気持ちの良い仕事が出来そうだよ」

 

「今、目の前で、恐ろしいものを見ている。というかどうやったらこんなに……」

 

「……」

 

 無論、それに答える事は出来ない。最初からインベントリにエクスキューブをガン積みしてあったとか言う事は出来ない。昔、まだクラフトとかがなかった時代の話だが、あの頃はそこそこエクスキューブが貴重だった。だがやがてエクスキューブの数はインフレを起こす。採掘基地防衛戦、その報酬に一度に二十の星10武器がドロップとして出現するようになると、簡単に星10のダブりが発生し、多くのアークスがエクスキューブを保有するようになる。それに加えマガツ討伐の緊急も出現し、更にエクスキューブを大量に所持する方法が出現したのだ。一回の出撃でエクスキューブが二十個、防衛戦は早ければ二周、三周は出来るから平均して四十、六十程度は集めることが出来る。

 

 それを毎日の様に繰り返せば、エクスキューブを五百個ぐらい集めるのは簡単だ。後はそれを大量のリスク軽減と強化成功率と交換すれば良い。此方でも割と高価なリスク軽減をそうやって市場に流す事によって、実は財布は結構温まっている。

 

「いいか、アヒン―――世の中固定値だ。ランダム要素とかいらん。確殺&確殺。それが素敵なんだ……」

 

「固定値信者……!」

 

 カウンターの向こう側へと視線を向ける。そこではドゥドゥが武器の強化を開始していた。成功、成功、成功、失敗、成功、失敗、と、ガンガンアイテムとメセタを消費しながら武器の強化を行っている。メセタがガンガン溶かされて行く音を聞いているとなんだか発狂しそうだが、星11や星12の強化と比べると全然安い。アレを一度経験してしまうとどうも、それ以下の強化が楽に思えてしょうがない。

 

「しっかし相棒ってほんとなんでも使うよな。ほとんどのアークスはずっと一つのクラスなのに……相棒はそこらへん、何でもできるというか……苦手なもんないんじゃないのかって思わせられるわ」

 

「そんなことないぞー? ガンスラ、ワイヤー、タリス、ウォンド、ランチャーにダブセ辺りは割と苦手だからなぁ、俺……そこら辺俺よりも上手く使える奴の事は結構羨ましい」

 

 ゲーム安藤だと全てのクラス、全ての武器をプレイヤーの実力次第ではあるが、どれも十全に使いこなすことが出来た。エーテル通信でダイブしてた時もその感覚の延長だった為、問題はそこまでなかった。だがリアル環境になると体の動き、感覚、それらが違いすぎてちょっと使いづらかったり、あまり好きじゃない武器と言うものはどうしても出て来る。ダブルセイバー辺りは使いこなせば非常に便利だし、使い続けているのだが、それでも苦手だと表現するしかない武器の一つだ。

 

 逆にこっちに来て馴染む武器もある。

 

 ロッド、ソード、ツインダガーがその筆頭だ。残念ながらデュアルブレードとカタナに関しては該当のクラスが存在しない為、使うことが出来ないという非常に残念なことになっている。だがたぶん、感覚的な問題がカタナは一番馴染むんじゃないかなぁ、なんて考えがあったりする。早くブレイバー実装してくれないだろうか、最高火力はあのクラスでしか出せない。あとバウンサー。バウンサーが来ないと空中散歩が出来ない。

 

「バリバリ使ってるのを普通は苦手って言わないんだよッ」

 

「いやいやいや、他の武器と比べて割と鈍ってるよ。特にワイヤーとダブセがちょい苦手なのが非常に辛い感じあるわ。広範囲にダーカーぶち殺すので近接クラスならワイヤーかダブセが一番なんだよな。だけどどっちも苦手なせいかたまーに一、二匹ぐらい纏めきれないんだよなぁ……苦手だから意識して使ってるけどどうしようもねぇ辺りほんと才能ねぇわ」

 

「相棒、ちょっと俺に謝らない?」

 

「えー……。まぁ、俺が強いってのは自覚しているよ。自覚している上で言うけど、俺あんまりズルってのはやってねぇからな? しいて言えばちょっと装備品が手に入りやすいってだけで、後はトラブとかガン積みしてるだけだし―――」

 

 肉体上、そしてシステム上は他のアークスと違いはない。それだけは検査によってチェックされているし、自分でもチェックした。自分の持ち込みのPAも無論、それはアークス船団の方へと公開し、全体と共有してある。その為、自分が持ち込んできたPAは既にアークス全体に広がっている。特に隠す理由はないし、いつの間にか広めた人間がシオンという扱いになっていた限り、あのメガネ女子の正体は全く見えない。

 

 ともあれ、

 

「アークスになった以上、この宇宙を守らなきゃいけないんだ……俺はなあなあでやり続けるつもりはねぇよ? 守りたい家族もいるし、その為には常に全力で休みつつ走るぜ、俺は」

 

 それが己のスタンスの全てだ。結局のところ自分の生活の根幹にあるのはマトイを守る事、という事にある。その気持ちがどこから来ているのかは解らないが、彼女を愛しく思うこの気持ちは嘘ではないと思っている。だからその為に全力でアークスとして頑張っている―――正直、地球の事に関しては今が楽しいし、そこまで深く悩んでいないというのが事実だ。なんだかんだでこちらにも自分の心配や、馬鹿に付き合ってくれる友人がいるのだから、それで結構充実している。

 

 悪いな西田、異世界トリッパーは一人までなんだ。

 

「―――これは中々いい仕事が出来たね」

 

 そんな言葉がカウンターの向こう側から聞こえた。その声に合わせて視線をドゥドゥの方へと向ければ強化値10、属性値50、そして潜在解放状態3、俗にいう10503状態のルインシャルム、そしてフォシルトリクスの姿があった。大きく減ってしまったリスク軽減と成功率強化には少しだけ頭が痛いが、エクスキューブさえ集めれば交換して直ぐにでも入手は可能なのだ―――そこまで重い問題ではない。

 

「全部合わせて267万メセタだよ」

 

「お、予想よりも大分安く済んだ。一括払いで」

 

「またきたまえ」

 

 ルインシャルムとフォシルトリクスを受け取り、それをインベントリの中へと放り込む。それを見ていたアフィンがなぁ、と声をかける。

 

「それって確かダーカーに対して強い武器だよな?」

 

「ん? あぁ、うん。ちょっと大物を想定して今の環境で取ってこれる一番使えそうなのを用意してたんだよ。アヒンも武器はなるべく強いのに切り替えた方が良いぞ。10%攻撃力上がるだけで火力がガラっと変わるからな」

 

「うん、まぁ、そうなんだけどさ……なんか、大丈夫?」

 

 心配してくれるアフィンに対して笑顔とサムズアップで返答する。実際のところ、ダークファルス対策に対ダーカー特効武器を集めている、というのは事実だ。【仮面】との戦いでフォトン弾、つまりは射撃関連の武装はほぼ意味がないと理解できた。だが同時に物理的な法則をある程度守っている、と言うのも確認できた。だとしたら後は対策を練るだけだ。おそらく狙い目は直接攻撃の類、そしてダーカー概念に対する特効武器。

 

 創世器は無理だが、ダーカー特効武器ならそこそこ数が存在する。それを持ち出すしかない。ゲームだったらマイショップで調達は一瞬で終わるが、今のマイショップを見ると少し信じられないレベルでの値段に設定されている。自分で調達して10503に強化する方が遥かに安上がりだろうと思う。

 

 今完成させたこのルインシャルムとフォシルトリクスも、消費した値段の数倍の価格で売れるだろうとは思っている。なにせ、この宇宙でダーカー特効と言うのはすさまじい価値を誇るのだから。

 

「ふぅ、まだ時間があるな―――ドゥドゥと戦って発狂するアークスの姿でも眺めて時間を潰すか」

 

「相棒、性格が最悪だって誰かに言われた事ない?」

 

 アフィンの冷静なツッコミを喰らいながらも、そのまま午後の時間を珍しく何の意味もない遊びで潰した。




 星11の10503を作るのに20m蒸発させた人のアカウントが此方です。あの時代はエリュシオンはElというクラスで呼ばれるレベルで強かったからしょうがなかったんや……エリュシオンの弱体化は見えてたけどそれでも仕方がなかったんや……。


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Vivid But Grey - 7

「―――おー、やっぱ眺めがいいねぇ、ここは」

 

 両足を岩場から突き出た崖の上から降ろし、その先の景色へと視線を向ける。そこに広がっているのは空だった。そう、空、そしてそこには浮かび上がる様に大地が点在している。浮遊大陸、それがこの場所の名前だった。アムドゥスキアの上空に存在する浮遊大陸には美しい色の水晶と、そしてその色を得た竜族が存在している。竜族にも細かな部族による違いも存在し、地上とはまた別のグループがこの空にはいる。だが個人的にそこら辺はどうでもよかった。重要なのはこの景色だった。

 

 空に浮かび上がる、光の粒子に包まれた浮遊大陸。

 

 森林、凍土、火山、遺跡、祭壇、それらはまだある程度地球でも見れる光景だ。だがこれは違う。この景色だけは絶対に地球で見る事の出来ない光景だった。それが今、どこまでもリアルでクリアに広がっているのだ。美しく、そして神秘的な、そんな空に浮かび上がる幻想の大陸―――この風景が好きだった。そして今も、多分、1,2を争うレベルで好きなのだと思う。パラレルエリアを入れれば少し迷うが、それでもここは好きなのだ。純粋にこうやって眺めているだけで時間は過ぎ去って行く。チームとかに所属せず、チームルームを使わなかった自分はこうやってエネミーの出現しない場所へと移動し、そこでこうやってぶらぶら足を降ろしながら浮遊大陸を眺めてたりした。

 

 ―――うん、今も好きだな、この景色。

 

 浮遊大陸を眺めながらそう思った。PSO2と言えば戦闘、強化、アクション、そういう方向性に流れてばかりだが、こういう世界観、グラフィックもまた凄まじく美しい―――今はリアルなのだが、他の人達には余裕をもってこの景色を楽しんでほしいと思う。それを受け入れられるだけで大きく世界観は変わってくると思う。

 

「―――うっし、そろそろ行くか」

 

 体を前へと押して、大地から空へと飛び降りる。その瞬間に背中に背負っているルインシャルムを抜き、ライドスラッシャーを発動させてその上に乗る。即座にフォトンの波を形成し、それに浮かび上がりながら前進、地形を無視して空を進み、反対側の陸地へと着地する。

 

「本日もアークス活動を頑張りますかねぇ。頼むぞ? 超頼むぞ? 祈ってるからなマターボードちゃん……!」

 

 本日のクラスはHuFi、目的は無論マターボードの埋めだった。というか最近の活動はそれがメインになっている。マターボードを無視して活動すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。逆にマターボードを利用すると誰かと会ったり、誰かがトラブってたり、なにかしらのイベントが発動するのだ。このマターボードを利用し続けている中で、段々とだがその意味と機能を理解しつつある。

 

 つまりマターボードとは可能性なのだ。目で見えない縁や可能性、それを引き寄せる為の道具なのだと思う。そしてそれを集める事で優位事象―――つまり可能性の欠片を集めて、固定化させ、それで鍵を生み出すのだ。その鍵が扉が閉められている故に入る事の出来なかった運命のもう一つの道を開くことが出来るのだ。シオンはおそらくそうやって何か、致命的な失敗を回避しようとしているのではないかと思う。

 

 実際、既に同じ展開を3回ぐらいループした経験がある。全く同じ動き、同じ発言、同じ状況の発動には発狂しそうなものがあった。もう二度とそういうのは止めてほしいとは思う反面―――このマターボードを見て、対応できるのは自分一人だけ。きっと、そこに何か意味があったのだと思いたい気持ちもある。が、ともあれ、マターボードを使用しての出撃、何もない訳がない。

 

 そういう覚悟をしながら、浮遊大陸の大地を歩く。

 

 ここにいる多くは竜族であり、アークスに対しては中立的な立場だと言える。中立的と言っても干渉しないから干渉するな、というタイプが大半でありお世辞にも良好な関係とは言えない。まぁ、そこら辺はアキの仕事だろう。自分の仕事ではない。第一、ダークファルス対策を考えなくてはいけないので割と忙しいのだ、こう見えて。

 

 そんな事を考えながら出現したダーカーを一瞬でルインシャルムで両断する。久しぶりに使うソードだが、その感触は悪くなかった。ずしり、と両腕にかかる武器の重みは振るっているという感触を実感させる。これが意外と楽しいのだ。そのままダガンを両断してからステップ、サクリファイスバイトで迫ってきたディカーダの頭にソードを突き刺し、ダークフォトンをフォトンへと変換させ、一時的に力を上昇させる。そのまま、

 

 正面にいるダーカー達をオーバーエンドで一気に一掃する。オーバーエンドによって形成されたフォトン刃を砕けさせながら、ルインシャルムを背に戻す。やはりソードは解りやすいし、使いやすいな、というのが素直な感想だ。重く、強い、シンプルであるが故に使いやすい武器だ。ダブルセイバーが苦手なのはここら辺が原因なのかなぁ、と個人的には思っている。自分が知っている中でダブルセイバー程複雑でめんどくさい武器は存在しない。

 

 ちなみにワイヤードランスもそこに匹敵する。見た目からしてめんどくさいと思う。まぁ、それでもいつか使うかもしれない可能性があるのだから、しっかりと練習しておいて損はない。一応ワイヤードランスも10503のものを持ち込んできている。クラフトさえ解禁されればクラフト10503の赤武器を用意してくるものだが、それが出来ないのが辛い。

 

「そこそこダーカーの反応があるな。軽く絶滅させながら探索すっか」

 

 マターボードはこの浮遊大陸にいる誰かを示している。それに会いに行かなくてはならない。それがなんであるかは解らないが、とりあえずとしては進み続ければ解る事だ。そう思いながら武装をダブルセイバー―――強化されたばかりのフォシルトリクスへと切り替え、テールバインダーの様な形状へと変化させて腰の裏、横で浮かべて待機させる。そのまま、ダーカーの気配を求めて浮遊大陸を歩いて進む。

 

 血気盛んな竜族が時折襲い掛かってくるが、殴り飛ばして冷静になるとそれで落ち着きを見せるので、それもまた、まぁ、特に問題はないともいえる。いつも通りと言ってしまえばいつも通りなのだから。そうやって出来事一つ一つ、時たま発生する(エマージェンシー)トライアルに対応しつつ、アークス業にいつも通り集中する。

 

 

 

 

 浮遊大陸、その浮かび上がる大地を眺めながら歩いていると、やがて耳に聞こえて来るものがあった。耳を澄ませ、集中してみればそれが人の声であるのが解った。美しく、透き通るような声が風に乗せて歌を響かせていた。どこかで聞いた事のある声だっただけに、興味が湧く。歌の聞こえる方へと、邪魔をしない様に音をなるべく殺しながら近づいて行く。

 

 すると、浮遊大陸の中に花畑を見つけることが出来た。その中央にはアムドゥスキアでよく見かけられる遺跡の一部らしい青いキューブが存在し、その上には黄色のゼルシウスを装着した、前、ダークファルスとの戦いで命を助けてくれた彼女の姿を見た。パティエンティアの二人組……いや、パティの話を鵜呑みにするなら、彼女がきっと、最近パティがやけに気にしている始末屋なのだろうとは思う。

 

 だが静かに風に歌を乗せて響かせる彼女の姿は凄く、穏やかだった。それを楽しんでいるのかどうかは素人である自分には解らない。ただ彼女が歌っているその声には、心というべきものが捧げられていた。誰かに届かせたいという気持ちの乗った歌であるのが良く聞こえ、理解できた。歌っている彼女を邪魔する気にはなれず、元々邪魔をするつもりもなく、そのまま浮遊大陸の花畑で歌う彼女を眺め続けた。

 

「―――、―――っ。―――」

 

 まるで一人で歌姫のライブを独占しているような気分だった。彼女も此方へと一度視線を向けた辺り、しっかりと此方の事は認識していたらしいし、そのはずだが、それを一切気にする事無くたっぷり十分間ほど、彼女は歌い続け、しっかりと最後までそれを果たした。終わったところでゆっくりと、小さく拍手しながら近づく。

 

「素敵な歌だったよ。ライブを開くようだったら是非とも呼んで欲しいかな」

 

「もう既……いえ、それよりも人が悪いですね―――いや、悪い人ですね、でしょうか。妙な所で会いますね、貴女とは。貴女も薄々とは私の正体を解っている筈ではないでしょうか?」

 

 彼女のその言葉に腕を広げて肩を揺する。

 

「いやぁ、俺が知っているのはちょっと始末屋風だけど恥ずかしい格好をしているだけのアークスっぽい歌姫ちゃんだよ」

 

「そういう所を悪い人って言うんですよ」

 

 たっぷり、溜息を込めてそう言われてしまった。おかしい、今のはかっこいい! 素敵! と、惚れる場面ではなかったのだろうか。いや、待て、そう言えば今は性別で言えば女だったはずだ。となると失敗するのも当たり前だ。女性と女性では恋愛は成立しないのだ……なんて事だ……これは酷すぎる。あんまりにも酷すぎる。

 

「それにしても貴女という人は本当に不思議ですね。一応人払いと気配断絶を使用している筈なのですが、まるでそれが意味をなさないかのように近づいてきましたし。私が知る以上、そんな事を成し遂げた人は未だかつてあの所長を含めて存在しない筈なんですが」

 

「綺麗な歌が聞こえてきたらそれに引き寄せられただけなんだけどねー。俺としては特に特別な事をやっているつもりはないんだよね、これ」

 

 それに()()()()()()()()()()()()()()。つまりこれは獲得すべき優位事象外の出来事らしい。まぁ、となると純粋なリアルラックだった、という話なのだろう。ドスケベ衣装系美少女とお近づきになれるのは精神的に非常によろしい事だ。これはこれでいい事なのではないだろうか。

 

「記録を見る限りマイの透過も意味を成していないようですし、貴女が事も無げにやった事は凄い事なんですけどね……。この気持ちが伝わらないのは少々残念です……なによりマイを使っても―――」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません。それよりも浮遊大陸へはどのような用事で?」

 

 最後の言葉、それはやや消え入るようで聞こえなかった。しかしそれを気にする必要はないように彼女が振る舞う。そうしている以上、此方も蒸し返すわけにはいかず、そのまま適当に答える。ぶっちゃけた話、マターボードに従って適当にぶらついているだけなのだから、特にコレ、と言った目的は存在しないのだ。だから特に目的はないと告げると、彼女がそうですか、と言葉を吐き、座っていた石の上から降りて立ち上がる。

 

「最近はここらで出現するダーカーも若干の上昇傾向にあるようです……それでは私はこれで―――と、そうでした」

 

 去ろうとしていた体を止め、振り返った。

 

「クローム・ドラゴンという竜をご存知ですか? もし見かけたらその時は―――……全力での、討伐をお願いします。それでは」

 

 そうとだけ言葉を残して彼女は跳躍し、一気に距離を稼いで離脱した。その後ろ姿を眺めて、軽く頭を掻く。

 

「ケツの部分スケベすぎるからゼルシウスは止めた方が良いと思うんだけどなぁ……」

 

 そんな言葉を口にしてみるが、胸の中のもやもやは晴れる様子を見せない。あの始末屋の少女も、彼女も彼女で何かを抱えているようで、実にめんどくさそうだった。たぶんそれも相当()()様に見えた。まぁ、暗部とか言われてしまうと全く何もできなくなるのが困った事なのだが。だから軽く頭を掻く。しかしクローム・ドラゴン、か、と小さく呟く。また珍しい生き物を探しているものだ。そう言えばクローム・ドラゴンは造竜と呼ばれる人工生物って西田辺りが言っていたような、そんな記憶がある。

 

「……ま、マターボードを進めてればその内出会えるだろう」

 

 ふぅ、と息を吐いて、ダーカーの気配のしないこの花畑で軽く休んで行くか、そんな事を考えていると背後の方から近づいてくるアークスの反応があった。これがあるから彼女はさっさと消えてしまったのだろうか? そう思いながら振り返るとゼノ、そしてエコーの姿を見つける。軽く二人の姿へと手を振れば、手を振り返され、そのまま近づいてくる。しかしゼノがエコーを置いて走り寄ってくる辺り、地味にエコーへのダメージが大きそうだ。

 

 女心を少しは理解する努力が出来んのか、あいつは。

 

 という訳で近づいてきたゼノの脛に思いっきり蹴りを入れる。ゼノが突然の事に目を丸くして驚き、そのまま顔面から花畑の中へと倒れて行く。それを見てエコーへとサムズアップを向ければ、エコーも満足そうな表情でサムズアップを返してくる。エコーの想いは割と見ていてわかりやすい。少なくとも俺は応援しているので頑張ってほしい。

 

「俺が何をしたってんだ……」

 

「んー、致命的に空気が読めない感じが悪いのかなぁ……」

 

「……?」

 

「そこで首を傾げるから貴様は駄目なのだ。フラグ管理を完璧にこなしてこそ安藤だぞ」

 

「その安藤ってのはだから何なんだよ」

 

「この宇宙に風穴を開ける者の称号?」

 

「すげぇな安藤!」

 

「いや、なにマジになって信じてるのよ……。ほんとごめんねウチのゼノが……」

 

「大丈夫、安藤だからな」

 

「安藤ってすげぇ!」

 

「それしか言えないの君達!?」

 

 安藤には大体不可能はない。大体は。そんな言葉を放ちながらゼノとエコーと合流する。マターボードの反応を確認する限り、今回のマター回収はこの二人と共に行うらしい。はてさて、どんなことになるやら、なんて思いながら花畑を三人で去って行く。

 

 彼女が歌っていた歌を軽く、口ずさみながら。




 ちょくちょく出現する3位さん。ドラマCDによると安藤にガチ恋するらしいけど、EP1辺りでの接触回数あれだけでそうなるの……? とは若干思う所に。それはそれとしてゼノさんは浮遊大陸で馬に蹴り落とされて落ちて滅べ。


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Vivid But Grey - 8

 ゼノとエコーのコンビは、実力的には悪くはない。ゼノはゼノ自身でハンターというクラスに求められる役割をしっかりと理解しており、攻撃よりもヘイトとガードの方を集中的にやっている。その為、一緒に組んで活動しているとゼノの周りに集中したダーカーや原生生物を狩るだけでいいので、かなり戦闘が楽になる。そしてエコーは本人が主張する通り、支援を得意としている―――というかそれしか能がない。

 

 エコー自身があまり戦闘を得意としておらず、シフタやデバンド等の支援系をばら撒く。メギバースやザンバースも比較的に撒く回数が多いので、割と攻撃支援が安定する。逆に言えばゼノもエコーもそこまで攻撃能力に秀でていない為、メインのアタッカーとなる人間が居なければ戦闘が長期化しやすい、という点がある。エコーがイル・メギドを打つ様になればそれだけで大分改善されると思うのだが、エコー自身、そこまで積極的に攻撃できるような性格をしておらず、メギド系のテクニックも得意なアークスは少ない。メギバースが使えるのはそこそこ凄い事らしい。

 

 やはり得意不得意なしに戦える安藤が凄まじすぎるのだろう。

 

 そんなゼノとエコーだが、自分という前衛が加わる事で戦闘は一気に安定する。ゼノでひきつけ、エコーが切らさない様にバフを撒き、そして集まってきたところをオーバーエンドで軽く薙ぎ払う。フォトンには味方と敵の識別能力が存在する為、フォトンベースの攻撃であれば特にフレンドリーファイアとかを気にしなくていいのが優しい。逆に物理系統の攻撃はしっかりとダメージが入る為、そこはちゃんと気を付けないと恐ろしい事になる。その為、ゼノがヘイトを集めている間は、範囲攻撃はなるべくフォトンに頼った攻撃に編成する。

 

 連携を意識しながら動けば、それほど全体として動くのは難しい話ではない。この一か月、既に何度も野良のアークス達と即興で連携を組んで討伐等を行っている為、調整なんかは済ませてある。そもそもアークスからして即興で連携を組めるように連携マニュアルというべきものが存在する為、人一倍そう言う部分に敏感な所がある。

 

 ともあれ、ゼノとエコーと合流してから、討伐と探索は順調だと言っても良い。

 

「流石だな、先輩風を吹かせたい所だけど戦いに関してまるで教えられる所がねーわ。寧ろ同じハンターなのに俺の方が明らかに劣ってるな」

 

「そりゃあゼノはタンクタイプのハンターで、俺はアタッカータイプというかそれ以外を見てないというか。基本フューリーガン積みで死にそうなのは気合いと根性(アイアンウィル)で耐えて乙女(オートメイト)で殴り殺せばいいって火力重点スタイルだし」

 

「聞けば聞く程体に悪そうだよね。オートメイトって結局なんだろう。個人的に血管に直接流し込んでるイメージがあるけど」

 

「流石に怖いわ」

 

 三人も揃えば一人の時とは違い、道中が一気に華やかになる。やっている事はダーカーの討伐と襲い掛かってくる龍族に対する反撃だけだが、それでも三人もいれば余裕が出て来る。観察し状況を伝える事の出来る人間がオペレーター以外にも一人存在すれば、それだけ自身の行動に集中できるし、何より軽口を叩ける相手がいるのといないのとでは探索の楽しみがまるで違う。

 

 

 

 

「―――それにしても今日は妙に龍族の連中の襲撃が多いな」

 

「そうだな」

 

 掴んだノーディランサの頭を近くの岩盤に何度も叩き付け、それを岩盤に完全に埋めてから動きを停止する。これだけやってればもはや通りすがりのアークスを襲う事もないだろう、そう確信して再び来た道を確認すれば、青白い鱗の龍族たちが地面に突き刺さっていたり、岩に突き刺さっていたり、フォトンのロープで拘束されて浮遊大陸の端からつるされていたり、と、地獄の様な姿を見せている。どれもダーカー因子による汚染を受けていない、クリーンな個体ばかりだが、若い龍族は実力を確かめたり、排他的であるが故に割とアークスへと襲い掛かってくる事が多い。

 

 それが非常にめんどくさい。こうやって心を折っておけば襲われはしないだろう。

 

 逆に気合いが入るならそれはそれで面白いとも思うが。

 

「まぁ、須らく経験値になってもらうから俺的には美味しいんだけどね! 君たちの屍で俺の力が潤う!」

 

「誰が考えたか解らないけど経験値とレベルってまるでゲームの様だよな―――まぁ、強くなっているってのが目に見える分、鍛錬のし甲斐があっていいと思うけどな」

 

「レベルが同じでもアークスによっては天地程の戦力差が出る感じあるけどね」

 

 エコーの言葉にあぁ、と納得する。実際アークスのレベルは現状、75で頭打ちだ。75までレベルが上がると、それ以上はアークスはクラスを成長させられない。それを収めるだけの肉体的な器が、そしてフォトンの技術が足りないらしい。だからアークスの実力とはレベルをカウントストップさせてからが本番だとよく言われる。誰でも苦労して、諦めなければカウントストップには到達できる。問題はそこから、装備や動きに対する技術、それをどこまで数値とは関係のない部分と、直接的な数値が関わる分を上へと持っていけるかだ。

 

「俺の師匠も言ってたな―――強いアークスってのはレベルだけじゃない、って。本当に強いアークスは武器とユニットを常に揃え、そして戦う技術をちゃんと身に着けている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だったっけ? でも確かにそうだよな、一度も振り返らずに背中を任せられる奴って様々な観点から見て信頼出来るって事だろ? まぁ、そこらへんアキナはいいとして、エコーは落第だよな」

 

「正直いつの間にか床ペロしてないか不安で割と俺振り返るわ」

 

「なんで二人揃って私に対してそんなに辛辣なの!?」

 

 あえて言うなら弱すぎる事が問題かなぁ、と、口に出すのを止める。正面へと視線を向ければ浮遊大陸の間に大きなスペースが存在する。流石に跳躍して飛び越えるには広すぎる距離だ。そしてその向こう側に見えるのは見慣れたエリア3―――ゲーム的な言い方をすればボスエリア、探索における終点だ。リアル環境になっても大型エネミーが駐留するエリアは広い孤島状になっている為、この先へと進めばおそらくはボス戦になるのは間違いがないだろう。

 

 何よりマターボードが先へと進むことを促している。

 

「此方アークス・安藤、カタパルトの転送を要請する」

 

『報告は正確に、な。しかし了解した、今其方へとカタパルトを転送する』

 

 こちらの要請を拾ったのはヒルダだった。軽く怒られてしまった、と振り返るゼノが肩を揺すり、エコーが呆れたような表情を浮かべていた。なんだよそのリアクション、と言葉を告げる前に静かにフォトンの光と共にカタパルトが展開された。見た目はただの丸い床だが、軽くその上へと跳躍して踏み乗れば、足元にフォトンによる力場が形成された。それが一気に反動を飲み込み、貯め込み、そして吐き出した。

 

 人体に軽い衝撃と共に凄まじい勢いで反対側の大陸へと向かって射出された。大きく弧線を描きながら空を駆け抜けて行き、軽いトリックを決める様に空中で縦と横に回転、ポーズを決めてからヒーロー着地で反対側の大陸へと無事に到着する。そのまま一歩前へと向かって前転し、ゼノとエコーが着地するスペースを作る。ほどなく、ゼノとエコーも追いついてくる。

 

 残念ながらゲームの様に回復ポッドが設置されている事なんてことはなく、テレポーターも存在しない。その代わり、そのままボスフィールドに似たエリアへと到着する。広く、まるで遺跡があったかのような広い石の足場―――それが浮遊大陸におけるボスの出現するフィールドである。そして同時にマターボードが導く場所でもあった。

 

「ここが一番奥、かな?」

 

「つっても何もないけどな……今回はこれで終わりか?」

 

「え、戻れるの? やったー!」

 

「その調子でほんと良くアークスになれたよな、お前(エコー)

 

 まぁ、エコーは見ていればゼノにくっついてアークスをやっているのが解りやすい。そんなに不安だったらアークス止めて告白して縛っておけばいいのに、とは思うがこれ完全に男の発想だよなぁ、とも思い、どこか安心感を抱く。体に関しては大分慣れたが、頭の中身はまだまだ男のままだったらしい。

 

 ともあれ、マターボードが指示した以上、この程度で終わる筈がない。そんな確信と共に視線をフィールドの方へと向ければ、

 

 ―――虚空から声が聞こえてきた。

 

『アークス達よ、良くぞここまで来てくれました―――私はロのカミツ。故あって姿を見せられず、声のみによる応対となる無礼を詫びる』

 

「わわわ!? え、えーと……ロのカミツだからえーと……」

 

「龍族だな。確かロってのは聞いた事がないけど、声に気品を感じる……結構偉い所の人なんじゃないか?」

 

 ゼノのその言葉に頷く。アキの調査に何度か振り回されているので、その経験を通して龍族の社会に対して軽い知識があるからロのカミツ、或いはロ・カミツという名前は聞き覚えがある気がする。確か龍族の中でもかなり偉い存在だったような、そんな気がする。声しか聞こえ無い為、適当に空を見上げながらロ・カミツに返答する。

 

「えーと……それでその、ロのカミツさんはこの一介の安藤さんに何のご用でしょうか」

 

『感謝を』

 

 ストレートな言葉だった。

 

『旧態を貫く我ら龍族に、一つの楔が貴女によって撃ち込まれた。それ故に貴女に感謝する、アキナ―――』

 

 ロ・カミツのその言葉で思い出すのはアムドゥスキアの火山地帯でひたすらアキに連れまわされた事だった。”名前が近いしいいだろ?”とかいうむちゃくちゃな理論で武装されたアキはまるで人のいう事を聞かず、その助手であるライトをも巻き込み、調査という瞑目で何度もアムドゥスキアの火山地帯へ、龍族の病―――つまりはダーカー因子による汚染除去の為に戦闘を手伝わされたのだ。

 

 龍族はアークスと比べるほどではないが、強い。それこそダーカーを相手にして勝負し、勝利できるレベルで強い。その為、ダーカーの排除にアークスの力を借りず、フォトンを持たないが故にその体内にダーカー因子を貯め込んでしまうのだ。ダーカーの安全な処理を行えるのはアークスのみである。それをアムドゥスキアの龍族達は知らず、病としてダーカー汚染を処理していた。そして排他的な社会構造が影響し、アークスを遠ざけようとするからダーカーの浸食をモロに受けて、悪循環に陥っていた。

 

 それをアキはどうにかしようと体当たりで挑んでいた。

 

「俺よりアキの方に感謝しといてくれ。あっちは凄いその事で心配しているから」

 

『それも理解している。しかし貴女もまたその一人故に、感謝を示したかった』

 

 その感謝は素直に受け取る事にする、しかし、ロ・カミツの言葉にはまだ含まれていないものがあった。ただの感謝の為に態々向こう側から声をかけて来る事なんてまずありえないだろう、という事実だった。そしてそれはどうやらゼノも感じ取った事である様で、

 

「とはいえただ感謝を言う為にここに呼んだわけじゃないんだろ? なぁ、ロのカミツさんよ」

 

「え、違うの?」

 

「お前もうちょっと交渉とかの勉強しような」

 

 エコーの軽いアホの子っぷりに少しだけ癒されつつも、ロ・カミツの言葉は直ぐに返ってきた。

 

『無論、それだけではない。アキナ、貴女には渡したいものがある―――』

 

 ロ・カミツがそう言葉を放った瞬間、空を高速で流星が突き進んで行くのが見えた。素早く視界で捉えたそれがなんであるのかを察知し、背中からルインシャルムをデータリンクしつつ、回転させて目の前の足場へと突き立てる様に出した。ゼノの反応も素早く、戦闘態勢に入るようにスタンスを発動させ、直ぐに庇えるように位置取りを始めていた。エコーもそれに僅かに遅れるが、それでも此方の動きに反応し、シフタとデバンドを発動させ始める。

 

『―――だが、その前に確かめさせてほしい。貴女がそれにたる力を持つのかを』

 

 その言葉と共に流星が大地に落ちてきた。目の前の台地を粉砕しながら大地に突き刺さった姿はそのまま大地を砕く様にその頭を抜き放ち、水晶のように美しく輝くその体を此方へと晒した。データリンクによってアークスシップから解析結果が送られてくる。そうやって表示されるのはクォーツ・ドラゴンの最上位個体だった。

 

『我が名は、コのレラ! ロのカミツ様に、命じられ、いざ、勝負だ、アークス達よ!』

 

「お、可愛らしい声をしてるな。見た目が厳ついから雄かと思ったけど可愛らしいお嬢ちゃんだったか。こりゃあ泣かせない様に倒さなきゃな」

 

「この宇宙最強の安藤たる俺に挑むとはいい度胸だ! その挑戦、受けてやろうじゃないの!」

 

「なんでそこまでやる気満々な上に上から目線なの!?」

 

 無言でエコーにサムズアップを向ければ、エコーが発狂したそうな表情を浮かべていた。リアクションが面白いのでついついからかってしまうのを許してほしい。こう、アフィン並に芸人としての才能を感じている。このまま鍛えればかなり良い所に行けるだろう。

 

 まぁ、その前に、

 

「―――乙ドラ狩りを始めますか」




 もはや乙ドラともTAでもなければエンカウントしなくなったなぁ、と感じ始める今日この頃。結晶シャワーがクソウザいというか強いというか、アレ喰らったらほぼ即死だよなぁ、という懐かしい思い出。コ・レラちゃん声が可愛くて結構好きです。


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Vivid But Grey - 9

 クォーツ・ドラゴン―――コ・レラが吠えてバックステップを取った事を戦闘開始の合図として理解した。それに対して一番早く反応したのはゼノであり、素早くエコーを守れるように後ろへと下がり、ソードを構えていた。それに対して自分が取った行動はその真逆であり、前へと踏みながら刃を後ろへと向ける様にルインシャルムを大地から抜き、前へと向かってギルティブレイク、ソードが保有する最速突進PAでの接近を選ぶ。コ・レラが突撃しようとしたその動きに合わせてギルティブレイクの二連撃の一撃目がその顔面、結晶で覆われた角に叩き付けられる。だが返ってくる感触は固く、鈍い。ダメージの通りが悪い。コ・レラの動きが止まらない。此方のギルティブレイクを無視してそのまま光を翼から放出したコ・レラが瞬間的に加速してくる。

 

「よい―――しょっと!」

 

 ギルティブレイクのモーションを二撃目に入る前にキャンセルし、イグナイトパリングを発動させる。風を纏いながらソードを素早く縦に、フォトンで形成されている剣の腹を見せる様に素早く戻し、正面からの衝突を剣の腹で受けた―――瞬間、フォトンが一瞬だけ、肉体を脅威から完全に守りきり、それを刃へと変換した。放たれた衝撃をそのまま利用し、コ・レラの頭の上、翼の間を抜ける様にイグナイトパリングの乱舞がその背中を削り、背後へと抜けて行く。振り返りながら武器をパルチザンへと切り替える。

 

 パルチザンを片手でぐるぐると回転させながら、背後へと抜けたコ・レラを見る。その視線は既にエコーを捉えている。一番最初に実力のない者から落とそうとしている―――正しい判断だ。だがそれはゼノがいなければ、の場合だ。あの男はエコーを守る事に慣れきっている。だからエコーの守り、そしてヤバイ時のガードは全部彼に丸投げし、

 

 前半の動作を全て投げ出してトリックレイヴで空で一段跳躍しながらパルチザンを回転、コ・レラの背中に突き立てる。逃れようとコ・レラが体を振るいながら光の槍を翼から放ってくる。背中を蹴りながら武器をオールクラスのツインマシンガンへと変更、サイドロールで瞬間的に光の槍を紙一重で回避しつつ、武器をソードへと戻して着地する。

 

 瞬間、コ・レラの角が此方へと向けられていた。

 

「安藤バスタァ……!」

 

「そんなPAねぇからぁ!」

 

 笑いながら武器を変更、パルチザンへと切り替えながら超高速の突進突きであるアサルトバスターでステップよりも早く瞬間的に加速、コ・レラの口から放たれたビームを回避しながらその首の横へと張り付き、寸分の迷いもなく横への強力な薙ぎ払いであるスライドエンドを放つ。大斬撃がパルチザンギアを吸い上げながら放たれる。コ・レラの首周りの結晶がやや砕けるが、致命傷には程遠い。尻尾の薙ぎ払いが来るのが見え、僅かに跳躍してからトリックレイヴ、即座に捻り落としへと移行し、コ・レラの頭にパルチザンを突き刺す様に着地する。しかし、硬い。パルチザンが全く突き刺さらない。

 

「整髪料はなに使ってる? ちょっと髪型整えすぎて硬くなってるよ」

 

『え、ウソ?』

 

「嘘だよ! というかお前龍族だから整髪料使わないだろ!!」

 

 パルチザンからソードへ、サクリファイスバイトをコ・レラの背中に突き刺す。コ・レラから体力を、そしてフォトンを奪って体内のフォトンを活性化させる。瞬間的に自身の肉体を強化しながら、素早く突進し、一気に空へと飛翔したコ・レラを回避する。そのまま床を転がる。

 

「エコー! ナ・メギとか打てない?」

 

「なにそれ」

 

「……」

 

「いや、ほんとすまん」

 

 ハンターが二人もいればバンバンナ・メギドを叩き込むチャンスなのだが、どうやらエコーはその存在すら知らなかったらしい。まぁ、エコーらしいと言えばエコーらしいのだが、流石にちょっと勉強不足ではないか、と思う。その怠慢は何時か不幸を招くのではないか、そう思う。

 

 そんな事を考えている間にフィールドへと向かってコ・レラが加速してくる。その射線を見切って横へと回避すれば、素早くフィールドに足を引っ掛けて、ドリフトする様に方向を捻じ曲げ、Uターンする様な形で切っ先を此方へと向けて、突進してきた。素早くイグナイトパリングで弾き、一瞬だけフォトンの力によって無敵になりながら反撃の斬撃を放つ。だがそれを素早く潜り抜けたコ・レラが再び空へと浮かび上がり、大きく旋回を始める。フィールドの周りを流星の様な残像を残す様な速度で飛行し、バレルロールを披露しながらその背中から光の槍を何重に生み出し、その姿の周りに浮かべる。

 

「マジかぁー……イグパだけじゃ守り切れそうにねぇわこれ」

 

「エコー、お前悪いけどちょっと下がってろ」

 

「う、うん……ごめん……」

 

 流石に足手まといを悟ったのか、エコーが戦線から離脱する様に戦場の端っこへと移動する。流石にそこまで下がったエコーを攻撃する事はコ・レラにもないだろう。少なくとも龍族は戦士だ。そういう卑怯な事を行わないのは確信できる。

 

 コ・レラの周囲に三十を超える光の槍が完成され、旋回を終え、此方へと向かって突進してくる、それを眺めながら、ゼノが前に出る。

 

「うっし、()()の方は俺で削いでみるわ」

 

「んじゃ合わせるぜぃ」

 

「うっし―――マッシブハンター待機ぃ……!」

 

 ハンタークラスが保有する最高峰の防御スキル、それにゼノが火を入れた。そしてそれに合わせる様に最高速に乗ったコ・レラの突進、そして光の槍が一気に正面、逃げ場なく襲い掛かってくる。それに対してゼノの対応は前に出る事だった。光の槍へと突撃する様にイグナイトパリングを発動させ、その斬撃と自分の体で光の槍を受け止める。一瞬で共有情報ログにオートメイトの発動が確認された。

 

 そして、

 

 コ・レラの突撃に正面から、イグナイトパリングの斬撃でぶつかった。

 

 アイアンウィルが発動した、オートメイトが発動した、アイアンウィルが再び発動し、オートメイトが即座に体力を補填し、即座にアイアンウィルが発動する。アイアンウィルとオートメイト、ネバーギブアップの処理が連続してループする様に発生し、それでもゼノはその肉体一つでコ・レラの突撃を喰らい、それに対して生き抜いた。その顔には笑みが浮かんでおり、

 

「師、曰く―――アイアンウィルは気合いと根性がありゃあ発動率100%……!」

 

キチガイの理論だな(リミットブレイク)ぁ!」

 

 ファイター一のキチガイスキルと呼ばれるリミットブレイクを発動させる。瞬間的に体力を大量に奪われる感覚を受けながらも、それも全身がありえない程に活性化するのを感じる。正面、ゼノによって勢いを殺がれたコ・レラがまだ慣性によって前へと突き進んでくるのが見える。それに合わせ、たっぷりとチャージされたライジングエッジによる昇竜撃をコ・レラの顔面に叩き込んだ。

 

 その角の結晶が砕け散るのと同時に上半身が浮かび上がる。フォトンを吸い込むように呼吸しながらソードを片手で握り、そのまま横へと振り回す様に連続で回転を―――ノヴァストライクを発動させる。大きく仰け反ったコ・レラの体がそのまま浮かび上がり、垂直に、天へと視線を向ける様に浮かび上がった。

 

 ライドスラッシャーで一気に接近し、腹に攻撃を叩き込んでからサクリファイスバイトで力を吸い取りながら空中で固定し、ライジングエッジで殴り上げてからツイスターフォールで回転撃をその頭へと叩き込み、そのまま大地へと叩き戻す。着地した所でギルティブレイクを顔面へと打ち込み、素早くスタンコンサイドで顔面を殴り、動きを停止させる。そこから動きを止める事なくライジングエッジ、最後に一回空中へと打ち上げてから、

 

「ソードだと空コン辛いッ! って事でコーンーボー、Finish!」

 

 巨大なフォトン刃を纏ったルインシャルムを横へと薙ぎ払う様に振るい、それで位置を調整してから必殺の振り下ろしを正面、コ・レラへと叩き込む。それを受けて両翼の結晶が砕け散り、両脇の結晶もフォトンの圧力に耐え切れない様に砕け散り、巨体を吹き飛ばしながら遺跡の大地へと姿を叩きつけた。その姿を追いかける様にルインシャルムを大きく回転させ、そして足元の大地に突き刺した。

 

「ゼノー、生きてるー?」

 

「死んでる。すっげぇ死んでる」

 

「ならば良し!」

 

「良しじゃなぁ―――い!! 見てる方がハラハラするわよ! 特にゼノ! 特にゼノ! 後ゼノ!」

 

「おま、ちょ、エコー!」

 

 痴話喧嘩を始めた二人を無視し、ルインシャルムを待機形態に変形させて背中にセットする。それに合わせてコ・レラの方に大丈夫かと確認するが、軽く目を回してるようで、時間さえあれば平気そうだった。結構強く叩き込んだ手前、割と殺していないか不安だったが、他の龍族同様、フォトンではどうやら死なない便利な体らしい。なんともまぁ、うらやましい構造をしているものだと思う。それはそれとして、ゼノが居なかったら最後のラッシュは危なかった気がする―――ここは少々反省点かもしれない。

 

 もっと、もっと強くならなくてはならない。

 

『貴女の力を見せてもらった』

 

「ん、満足いただけたみたいだな」

 

 戦いが終わったのを見計らったロ・カミツの声が響く。その姿は見えない。

 

『コのレラも、大義であった。ゆるゆると休むが良い』

 

 ロ・カミツの言葉にコ・レラは体を起き上がらせると、静かに声へと向かって頭を下げ、そして此方へと視線を向けてきた。

 

『アークス。其方達にも感謝を。久々に、心震える戦いだった』

 

 楽しそうな声でコ・レラはそう言うと、まだ完全には体力が戻ってないのだろうに、少しよろよろとした様子で光のバーナーを吹かせ、そのまま空へと飛翔して去って行った。すぐさま流星となってその姿が消えた所で、ロ・カミツの声が戻ってくる。

 

『我々は忘れない。我々は応える。故に盟約には盟約を。恩義には恩義を。貴女には託したいものがある』

 

 ゼノとエコーの喧騒が止まり、フィールドの中央へと視線を向ける。光が収束し、そこには先ほどまでは存在していなかった白い結晶が出現した。美しい、芸術品とも捉えられそうなその結晶はまるで此方を待ち望むかのように光を発していた。

 

『何時かしら、それはそこにあった。眠る様にただ静かに―――だが最近になり、それは目覚めた。何が原因かは私には解らない。ただ、何かを求めているようだった。そして私は貴女を見て、理解した。それはずっと貴女を待っていたのだ、と』

 

 マターボードを確認する必要もない。右腕を真っ直ぐ前へ、結晶へと向かって伸ばす。それに反応する様に結晶は光り輝き、一瞬の閃光の内にその姿を完全に変化させた。それはナベリウス凍土で拾ったロッド部分に似ている金属を纏っていた。それはリリーパで拾った外装部分に似た白い輝きを持っていた。それはコアを中心に、守る様に白い金属に覆われていた。

 

 これがおそらく最後のパーツ―――刀匠ジグに熱意を叩き込ませる最後のパーツ。

 

『それではアキナ、またいつかどこかで、また会おう。その時を、我々は楽しみに待っている―――』

 

 ロ・カミツはその言葉を最後に、その気配を完全に消失させた。数秒間、最後のパーツを手の中に握って眺め、観察を終えた所でシップの倉庫へとさっさと転送してしまう。なにやら【仮面】もこのパーツを探しているようだし、早めに安全な場所へと退避させておくのが賢いのだろう。ともあれ、これで三つのパーツはすべて揃った。後はこれもジグへと届ければ……きっと、彼なら完成させてくれるだろう。

 

 ついでに再びファーレンシリーズも作成を始めてほしい。アレ、クッソ便利なのだ。手抜きをするには。

 

 いや、それ以外にもこの世界におけるハイレベルのシリーズをセットで揃えられるという利点もあるのだが。

 

 ともあれ、

 

「ふぅー……疲れた。普通のクォーツ・ドラゴンとは勝手が違うから若干焦ったな……結晶シャワーが来なかっただけマシなんだろうけどな」

 

「アレはなぁ、不用意に近づくとカウンターで喰らう時があるから若干怖いんだよなぁ、クォーツ・ドラゴン」

 

 今回はそれを避ける為に連続で攻撃を仕掛ける時はまず頭を殴っていた。基本的にスタンを狙って行けば安全に殴り続けられるし、ゲームと違ってスタン耐性なんてものは存在しないのだから、しっかりと脳味噌を揺さぶってやれば大体の生物はスタンしてくれる―――脳味噌が存在していればの場合だが。

 

 ちなみに角のある生物は割とここら辺狙いやすい。特に角を折るとそれが響きやすいので更に気絶させやすかったりする。ここら辺、仕様よりも()()()的な部分が強い。一流のアークスになる為には実戦だけではない、知識もしっかりと磨かなきゃいけないことが発覚し、実は最近こっそり勉強も始めている。

 

「―――ま、今回はここまでにして切り上げるかぁ! 打ち上げやろうぜ、打ち上げ!」

 

「お、いいなぁ。やっぱ強敵と戦って生還した後は派手に飲みたいよなぁ」

 

「そう言って組んだ時はほぼ毎回打ち上げやってない君ら……?」

 

 エコーの言葉に笑いつつ、これで漸くパーツが全て揃ったのだ―――漸く状況が動きだす。そんな予感があった。




 基本的に衣装に関する言及がなければ前の病者から格好は継続なので未だにヘッドフォンヒロマフアイエフブランドな。割とあの服装好きです。それはそれとして、ぷそにーを一旦ベータで止めて、再び遊び出すきっかけとなったのが乙ドラガンナー空中パンチラ散歩動画だったので乙ドラはなんか懐かしいなぁ、と。


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Fear The Crimson - 1

 ―――アークスとは宇宙のヒーローである。

 

 そして真のヒーローはその体だけではなく、心まで救ってしまうのをヒーローと呼ぶのだ。日常的に戦い続けるのは誰かを守りたいからなのだ。そしてそうやって戦い続け、自分が傷ついている姿を相手に見せる事は決して相手の心を救う行為だと呼ぶことはできない。誰かを救うという事はまず()()()()()という事でもあるのだ。つまり、傷だらけのヒーローに誰かの心を救う事は出来ない。ヒーロー自身が元気で、そして傷のない姿を見せなくてはならない。それでこそ希望として目に映るのだ。

 

 つまり、何の話かと言うと、

 

 ―――今日はマトイとお出かけ、完全にオフな日である。

 

 普段出かける時は動きやすさを考慮してアイエフブランドやポップスコア等の動きやすい格好を装備する事を意識している。個人的にはスカートよりもホットパンツの方の類の方が動きやすいし、そういう事もあってアイエフブランドを着ている方が回数が増えてきている。ゲームだった頃は胸が大きいと服装の胸部分が乳袋みたいに強調されるのがちょっと……という感じではあったが、リアル環境化するとそういう不自然さはなくなる。その為、違和感なく貧乳向けだった服装にも手を伸ばせる様になった。

 

 だが本日は完全なオフだ―――戦ってばかりいるとマトイを心配させるし、彼女を引き取ったという事実と責任が保護者である自分には存在する。その為、定期的に完全にオフな日を作って、丸一日戦闘なし、強化なし、アークス業から放れる日を作っている。精神的には完全にお兄ちゃんなので、お兄ちゃんとしてマトイの面倒を見ている反面、戦いは楽しくてもそれが続くとストレスで倒れそうになってしまいそうで、息抜きという目的もある。真の宇宙のヒーローはちゃんと、他人だけではなく自分の健康管理も行い、無事な姿を見せ続けるのだ。

 

 もはや一種のロールプレイに達しつつあるが、今の人生は最高に楽しいという事実もある為、のめり込んでいるのもまた、事実だ。

 

 そういう事もあって本日はアクセサリー全て解除、服装も完全にオフの日仕様、それもお出かけ用にメトリィ・アシンへと変えてある。マトイの服装も流石にミコトクラスタは色んな意味で目に悪すぎる―――というかアークス達からしても割と視線がヤバイので、着替えとしてハートウォーミングコーデを渡して、それに着替えてある。ミコトクラスタは言葉で表現すると色々とヤバイ。股、太もも、胸のガード、全ての領域において本当にヤバイ。アレで戦闘服らしいのでデザイナーは本当に正気かどうなのかを知りたい。

 

 ともあれ、そうやって二人でお出かけ用の服へと着替えれば、準備は完了する。

 

「マトイー、準備終わったかー?」

 

「うん、今行くよー」

 

 白髪ロリ系美少女ってだけで宝だよなぁ、なんて事を考えながら走り寄ってきたマトイと軽くハイタッチを決め、そのままマイルームを出る。マイルームの外に出て自動ロックが起動し、その先へと進むとテレポーターがある為に、それに乗って移動を開始する。それでどこへと向かうか、と言われるとフードコートのエリアになる。アークスシップは基本的にアークスの為のシップであり、一般的に娯楽と呼ばれるような施設は存在しない為、遊びの実を目的とすると他の大型シップ、一般市民が住んでいるようなところへと移動する方がオススメされる。だがそれには色々と申請やら面倒があるので、そこそこ店舗が存在し、見て回れるフードコートが便利だったりする。

 

 それ以外にもショップエリアもあるし、割とそれで満足は出来る。

 

 そういう訳でマトイと二人でフードコートへと転送してきた。ぶっちゃけた話、生活用品も家具も、大体のものはビジフォンを通して気軽に売買を行えるおかげで、大きな店舗を開く必要が一切ないのだ。なにせ、千を超える商品を簡単に電子的に保存でき、それでいてスペースを取らないビジフォンによる売買と、リアルにスペースを取って店舗で販売する形式、どちらが利便性が高いかを比べれば一目瞭然となる。

 

 それにオラクル船団、アークス船団は宇宙船だ。スペースは拡張しない限りは限られており、拡張するのだって資材とメセタがかかる。その為、大きな店舗を出すよりはビジフォンを通した商売の方が推奨されているのだ。

 

 まぁ、それを入れてもこの世の中には物好きもいて、普通に店を開いていたりするのだが。

 

 そういう所が遊び場だったりするのだ。

 

 テレポーターから出て相変わらず人の多いフードコートを見て、そして隣のマトイへと視線を向ける。どこか見たいものはあるか、と聞くが特にそういうものはないので、歩いてみて回りたい、という返答が返ってくる。相変わらず基本的に省エネな子だと思いつつ、フードコートの探索を二人で進める。本当に迷子になりそうなレベルで広く、ところどころに案内の為に雇われたバイトがいるぐらいには広い。万単位で存在するアークスシップの住人達を支える巨大な厨房だと思えば、それぐらいは当たり前なのかもしれない。故に見て歩いているだけで割と楽しいものは多い。

 

「お、ラッピースーツ、こっちじゃあんまり見ないから久しぶりに見たな」

 

「可愛いね。私、ラッピー可愛いから好きかな」

 

 いつの間にか部屋の中にラッピーグッズが増えてる事からマトイのラッピー好きは解っていた。苦笑しながらラッピースーツが宣伝している方に近寄ろうとすると、今度はリリーパスーツの姿が出現する。どうやらリリーパスーツの方もどこかの宣伝をしているらしく、それを見たラッピースーツが、

 

「チッ……」

 

「ペッ……」

 

 露骨に舌打ちをし、そしてそれに対応する様にリリーパスーツが唾を吐くようなアクションを取った。直後、何が起きるのかしっかりと予測したので、片腕でマトイを持ち上げて別の方向へと視線を動かし、そのまま両手で耳を覆う。直後、ラッピースーツとリリーパスーツが殴り合いをはじめ、他の場所で宣伝をしていたラッピースーツやリリーパスーツが合流、ラッピーvsリリーパ、血まみれのナックルファイトが開始される。この地獄絵図はマトイに見せられないなぁ、と想いながら、軽く振り返る。

 

「何がりー! だよてめぇ! ぶち殺されてぇのかこのげっ歯類! 最近しゃしゃり出てきやがった砂の惑星のゴミ生物がぁ! 鉄くずと一緒に朽ちてろよ! ギルナッチに捕まったまま滅ぶ事すらできねぇのか? あ゛ぁ゛!?」

 

「鳥類のゴミ屑め! なにがきゅいきゅいだよ? 頭沸いてるんじゃねぇの? 戦闘領域であからさまに眠りやがって……なに? 狙ってるの? そうすれば可愛いとでも思ってるの? 馬鹿じゃねぇの? お前らは所詮ダーカーの餌だよ! 宇宙の! ゴミの! クズ共の! エサなんだよぉ!」

 

「殺す」

 

「殺す」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

 あまりにも醜すぎる争いだった。鎮圧に入るアークスをラッピースーツとリリーパスーツが素手で殴り殺している辺り、あの中身のアークスは相当ハイレベルというかカンスト級のベテランアークスではないかと、その動きを見ながら思う。マトイにこんなものは見せられないなぁ、とどんどん乱闘に集まるアークス達の姿を見て思い、

 

 マトイの耳を塞いだまま、その背中を押しながらフードコートから速やかに脱出する。

 

 

 

 

 そうやって結局行き着いたのはショップエリアだった。運良くナウラ三姉妹の出店にもエンカウント出来たため、試作品のアイスクリームを二人分購入し、ショップエリアの三階部分、中央リング、全体を見下ろす事の出来る場所で二人で並んで、ゆっくりとアイスにかじりつく。あまり女の子と外出したりする経験が無い為、こういう時、どういう話題を振っていいのか、最初は困っていた部分もある。だけどそこまで深く考える必要はない、と最近は気づかされている。なんだかんだでマトイとは一緒にお風呂に入るぐらいには仲がいいし、要は家族に対して接する様に接すれば良い、それだけの話だった。

 

 それを意識してからは特にふざけながら話す必要もなくなった。煽ったり、冗談を言ったり、馬鹿をやったりするのはどうやって話せばいいのか解らないのを誤魔化す為の物でもあったりする。相手からそうやってリアクションを引き出せれば会話が続く……その為のコミュニケーション手段でもあるのだ。

 

「この前な、実はスーツじゃない、本物ラッピーをナベリウスで見かけたんだ」

 

「え、本当?」

 

「おう、ほんとほんと。しかもダーカー因子に汚染されていない個体でさ、そういう個体って結構大人しいんだよ。フォトンのおかげというのかな? 特にダーカーに汚染されていない原生生物ってアークスに対して敵対的ではないというか……やや友好的な種が多いんだよネ。リリーパも最初はアークスを怖がっていたりしたけど交流し始めると懐いてきたし」

 

「ねぇ、さっきの―――」

 

「それでな? このラッピーさ、実は黄色くないんだよ」

 

「え、ほんと?」

 

 ほんとほんと、と答えながらフードコートの出来事から話題をそらせて良かったと思った。ラッピーの話は若干危なかったかもしれない。そう思いつつ、マトイに話を続ける。エッグ・ラッピーやフログ・ラッピーの存在を、そしてまた最近出現し始めた超時空エネミーであるニャウの存在を。マスコットの様にしか見えないラッピーやニャウの存在を説明して語ると、マトイがやや目を輝かせ始める。

 

「いいなぁ、アキナだけそういう経験を出来て。私もアークスになれたら見に行けるのかな?」

 

「どうだろうなぁ……アークスも命がけで戦ってるからな。正直マトイにはあんまり危険な事をして欲しくないんだけど……俺がやっているのにお前はダメ、って言うのは卑怯だよな」

 

「うーん……困らせちゃった?」

 

「いや、そんな事は気にしなくていいさ。俺の方が遥かにお兄ちゃんで、そして頼られる事は嬉しい事なんだよ。ガンガン困らせてくれ。その代わりにガンガンからかわせてもらうからな!」

 

 マトイのほっぺを片手でむにむにと弄ると、もう、と少しだけ可愛らしく怒るポーズをとる。小さく笑い声を零しながら解放し、アイスクリームを軽く食べ進める。もしかして今、地球にいた頃よりも充実した生活を送っているんじゃないだろうか、と考えてしまった。体はこうなってしまったし、ダーカーと戦う義務がある。だからよく考えてみよう。

 

 (メセタ)は割と大量にあるし調達は難しくはない。料理も様々な物があって飽きる事はほぼないし、自由に自分の部屋を弄ることが出来る上に一部からは信頼されていて、そして美少女の義理の兄になって今、宇宙を守る為に生きているのだ。

 

 ―――もうこれ地球に帰る事とか考えなくても良くない……?

 

 むしろ地球に帰ろうとする理由がなんだ。両親に会う事だろうか? 息子が娘になりましたよ! とか言った日には多分憤死するだろうから無理だ。それ以外には―――特に理由が思い至らない。

 

 さようなら地球。脳内から帰還という概念が消え去った瞬間だった。地球とかもういらねぇ。

 

「どうしたの?」

 

「ん? いや、ちょっと馬鹿な事を考えていただけだよ―――」

 

 マトイにそう告げて視線を逸らす。その視線の先、そこにいたのは茶髪、ラフツインテールで毛先を青くグラデーションにしている少女の姿だった。どこか既知感を誘う彼女は私服姿にトリリアムマリーを着ており、数秒間、眺めていると彼女が誰であるかを思い出した。

 

 最近売り出された新人アイドルのクーナだ。まだ大型のライブが出来るほど知名度がないややアングラなアイドルではあるが、それでも彼女の歌声を聴いて一発でファンになるという人間は少なくない―――自分もその一人だ。私服姿を見ると彼女もオフなのだろう。オフの日にアイドルに対して話しかけるのはファンとしてのマナーがなっていない。見なかったフリをして視線をそらすのが賢い選択だ。

 

 アキナはクールにアイスを食べ続けるぜ、そう思ってマトイへと視線を戻そうとしたところで、クーナが此方へと視線を向けてきた―――そのまま此方へと手を振り、近づいてきた。

 

「ふぁ!?」

 

「ん、どうしたの?」

 

 マトイが此方のリアクションを見て、それからクーナの存在に気付いた。知り合い、と問われるがそれに答えることが出来ない。その間にクーナは近づいてくる。この場合、どういうリアクションを取ればいいのだろうかと一瞬悩んでしまうが、その前にクーナが挨拶をしてくる。

 

「こんちゃーっす! 元気ー?」

 

「げ、元気っすー」

 

「アキナ、なんか声が震えてるよ」

 

 六芒均衡のヒューイ相手には割と普通に接することが出来たが、芸能人に対する耐性なんてものはない。割と頭の中がしっちゃかめっちゃかになり始めた頃、クーナがふふふ、と少しだけ怪しげに声を溢し、

 

「まだ小さなライブしか開けてないけどライブに何時も来てくれてるのちゃーんとみてるからね。ありがとう。今度は妹さんと一緒に来てね? ばいばーい!」

 

「ば、ばいばーい……」

 

 握手をしてもらい、去って行くクーナの姿に手を振り、サヨナラを告げる。その背中姿を眺めながらマトイが呟く。

 

「アイドルの人……?」

 

「うん、俺の一押しアイドルのクーナちゃん……なんだけど……」

 

 ―――どこかで会った様な、そんな気がする。

 

 どこかの誰かと似たようなフォトンをしているというか……やや言葉で説明しづらい感覚があって困る。とはいえ、クーナのライブには何度か行っているのだし、それが原因なのかもしれない。それに今日は休日だ、あまり難しい事を考えるのは止めようと決め、

 

 そのまま、マトイと休日の残りを楽しんだ。




 3位のアイドル……一体何者なんだ……という日常的なアレ。もっともっと日常的なアレが欲しかった感じだけど全体的にメインストーリーの帰還が短い上に内容詰め込みすぎで……。

 公式のハドレッド関連、出すタイミング間違えてね? アレ?


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Fear The Crimson - 2

 ―――アークスシップ市街地を歩いている。

 

 普段は緊急クエストなんかじゃないと訪れない市街地だが、アークス、そしてアークスシップで生活している一般人に対しては基本的に通行自由となっているのだから、いつでも訪れることが出来たりするのだ。基本的に生活に必要な事や物は全部市街地に訪れずとも調達することが出来る。その為、アークスが市街地へと行く事はほとんどないらしい。住んでいれば別の話だが、大抵のアークスはもらったマイルームから出勤する方が遥かに便利なので、アークスになったらそっちへと引っ越して生活している。その為、市街地にいるのはアークス以外の人達が多かったりする。

 

 そんな市街地を今は歩いていた。

 

 市街地襲撃中は道路の中央を思いっきり走り回っているのだが、こうやって平和な時に歩いていると、見えて来る風景はSFチックな未来の都市の姿だ。SFチックなアパートにマンション、道路に触れず浮かび上がって走る車、信号の代わりにオートマイズされたバリアによって歩道と車線を確保している。その為、相当頭がおかしなやつが頭がおかしい事をやっていない限り、事故というものは発生せず、かなりのスローライフが展開されている。

 

 オラクル船団の誇る謎の技術力のおかげでこの船団は自給率が異常に高いし、フォトンのおかげで大体万能でもある。そのせいか、一般市民は特に不満を抱くような事はないし、アークス達もアークス達でかなり満足したハンティングライフを送っている。その為緊急時に見た破壊された市街とは違い、今、ここは凄まじく大人しい、平和な姿を見せている。整備されており、子供も笑って歩いている辺り、本当にダーカーさえいなければ安全で平和な場所なんだなぁ、と思う。

 

 その反面、この光景を守るのはアークスの義務であるという事を意識させられる。

 

 一番守りたいのはその他大勢ではなく、たった一人の家族だ。だけど、それでも、宇宙のヒーローなのだから、手の届く範囲では救えるだけ救わなくてはならないのもまた事実だ。そしてマターボードはおそらく、その救いたい一人を救う為の道具なのではないか、と思っている。

 

 ―――マトイを、遠回りしながらもきっと、これは彼女を救うための旅で、そしてマターボードはきっと道具なのだ。

 

 そうじゃなければあんな夢見ないし、彼女を助けようとも思わなかっただろう―――。

 

 まぁ、そんな事はともあれ、本日はマトイがフィリアの所へとお料理教室でいないため、前々からリサーチしていた場所へとやってきていた。ホロウィンドウで市街地の地図を確認しつつ、ドンドン先へと進んで行く。最初は大通りなどを進んでいたが、やがて進んで行く道はもっと細い、入り組んだ道へと変わって行く。此方の方は市街地緊急でも見ない場所だ―――というか市街地緊急だと基本的にドームを目指す形になるから、それ以外はあんまり観光してないよなぁ、と思い出す。

 

 とはいえ、特別用事でもなければあまり此方へ来ることはない―――今回はその内、やや特別な部類に入る。その為、少しだけ高揚しているのが解る。

 

 まだ時間は昼間だが、今日という日を楽しみにしていた為、足は止まらない。そのまま市街地の入り組んだ裏路地を進んで行き、やがて、下へと続く階段を見つける。マップ表示の為につけていたホロウィンドウを消し、周りを確認してから階段を下りて行く。その先にあるのは鋼鉄製でもバリアでもない()()()()()だ。機能的に悪いという理由で木造の建築は生活ではほとんど目撃せず、相当な拘りがないと見ない物でもある。だが元地球人としてはやはり扉は木だよな、という事もあり、この時点で好感度は上がっていた。

 

 扉のノブを握って向こう側へと覗き込めば、全体的に暗い空間が見えて来る。その中には本当に数は少ないが、数人、アークスらしい姿が見える。だが其方に対しては特に興味を抱くこともなく、流れて来るジャズの音に耳を傾けながら素早く店内へと入る。かたり、と小さな音を立てて閉まる扉を横目に、カウンター席の方へと視線を向ける。そこには静かにグラスを磨くバーテンダーの姿が見えた。ワクワクドキドキと、心が躍り出すのを実感しながら静かにカウンター席へと移動し、そこに座る。

 

 カウンターの向こう側にいるバーテンダーはどうやらニューマンだったらしく、そのやや尖がった耳が特徴的だ。眼帯によって片目が隠されている為、残った片目でこちらを見ると、静かにグラスを磨くのを止め、そして此方を数秒間眺め―――それから出す酒を吟味し始める。

 

 そう、酒だ。

 

 お酒だ。

 

 マトイとの共同生活をしていて困る事がある―――それは酒なのだ。酒が飲めない。リビングの一部にバーカウンターやジュークボックスを設置しているのを見れば解る様に、自分はお酒大好き人間だ。とはいえ、ガブガブ飲むタイプではなく、静かに味を楽しむちょっと大人なタイプである。そもそもの発端は地球にいる時―――中学の家族旅行の時、ラスベガスで父親にバーに連れていかれた事が始まりなのだが、それ以来、酒というものの魔力に囚われてしまったのだ。

 

 此方へと来て最初は忙しくて飲むだけの時間はなかった。だが次にマトイが登場して流石に彼女に悪影響は与えたくはない、とこうやって外にちびちび飲みに来ているのだ―――あまり酒臭いと嫌われそうだし、そこら辺はしっかりと気にしながら。

 

 そうやって今回やってきたこのバーは所謂隠れた名店、という奴であり、誰かの紹介がない限りは見つけることが出来ないという少しめんどくさい仕様の店であり、普通に検索した程度では見つからないタイプなのだ。だがその代わりに独自ルートでこの宇宙に存在する様々な酒を持っているという話であり、地球では飲む事の出来ない、その未知なる味を求めてこうやって今日はやってきた。

 

 ここら辺に住んでいたから知っていたと言うアフィンには後日感謝としてレベリングに付き合わせてやろう―――なに、たったの九時間PSEバーストを連打し続けるだけの遊びだ。安藤なら誰だって潜り抜ける遊びだからきっと、アフィンだってできる筈だ、たぶん。

 

 そんな事を考えている内に、目の前にグラスとボトルが運ばれてきた。グラスに注がれた酒の色は澄んだ深い、深海の様な色をしていた。ボトルのラベルを確認するとその酒の名前はTear of Vopar、つまりウォパルの涙という酒らしい。未だにアークス達の出撃先にウォパルが存在しないなか、なぜウォパル産の酒があるのか、その入手ルートが少し不安に思えて来るが、ここのバーテンダーは客に合った物を選ぶ人物らしいし、それを信じて、深海色の酒を口へと運ぶ。

 

「―――」

 

 キツイ、喉が焼けるようなキツさを感じる。しかし、まるでそのキツさを否定するかのように簡単に喉を取って行き、その後に残るのは爽快感だった。それを言葉として表現するのは難しいが、アルコールで脳を叩かれたような感覚がするのに、それをしつこく感じない―――これが、宇宙の世界の酒。異文化というレベルではない。完全な未知であった。ヤバイ、これはハマる。

 

 そんな此方の考えを完全に理解したのか、満足そうに微笑をバーテンダーは浮かべると、そのままグラス磨きの作業へと戻る。もう既に一口目で満足感が凄い。これがプロの仕事か、そう感心しながら再びグラスをゆっくりと口へと運び、少しだけ飲む。休日はここへと足を運びたくなるなぁ、そんな事を考えながら軽く店内を見回す。

 

 全体的に暗く、そして上品な印象を受ける。ジャズは奥の方に設置してある少々古い、アンティークのレコードプレイヤーから流れており、バー全体の雰囲気を盛り上げるのに一躍買っていた。そこから視線を逸らしてあたりへと視線を向ければ、周辺にいるアークス達の姿を見えて来る。その中に女の姿は―――ない。さすがに自分だけかぁ、なんてちょっとがっかりしつつ、バーの片隅、一人で静かに酒を飲む白い姿を見つける。

 

 白いロニア・シリーズのボディにレギア・シリーズのヘッドを装備した、老成した雰囲気のキャストだった。その鋼鉄の体にはいくつもの小さな傷が刻まれており、数多くの戦いを切り抜けてきた事を証明していた。アークスであれば、誰もが知っているだろう、三英雄の一人―――レギアスの姿を。自分も設定周りは興味が無い為、地球人時代は完全にNPC扱いで偶に思い出す程度だっただろう。だがニューマンとなってこっちで暮らし、偶にフィールドでヒューイとばったり遭遇したりするようになり、他の六芒均衡にも興味を持った。三英雄、つまりは六芒均衡と呼ばれる最強のアークス六人組、その一を司るのがレギアスだ。

 

 六芒均衡の中でも一番忙しく、滅多に目撃される事のない人物だと言われているが、まさかこんなところで休日を過ごしているとは思いもしなかった。此方もあの日のクーナ同様に、見なかったフリにしておこう。そう思ってグラスを握り、口へと運ぶ。飲んだ後で口の中に感じるアルコールの感覚を楽しみ、久しぶりに酒を呑めているという事実を楽しむ。

 

 まぁ、こんな休日も悪くはないよなぁ、とは思う。誰かと騒がしくやるのもいいのだが、毎日そればかりだと流石に馬鹿騒ぎに疲れてしまう。だからこんな静かな一時を―――そう思っていた時、

 

 ―――視界の端、入口の近くで黒い靄が出現するのが見えた。

 

 反射的に武器を抜いていた。片手でツインマシンガンを握り、そして反射的に形成されつつあった黒い靄へ―――即ちダーカーの姿へとフォトンの弾丸を叩き込んでいた。そのアクションと全く同時にアサルトライフル、ランチャー、ガンスラッシュによる射撃が開始され、形成されるはずだった十を超えるダーカーが完全に形成される前にフォトンに浄化されて粉微塵に消え去った。ダーカーが消え去ったところで緊急任務の開始を告げるアラートが鳴り響き始める。

 

 溜息を吐きバーテンダーへと視線を向けた。

 

「ボトルキープでお願いします」

 

「また来るぜ」

 

「俺達のオアシスを穢そうとは許せねぇなぁ」

 

「やれやれ―――」

 

 ツインマシンガンを消しながら武器をツインダガーへと変更、カウンター席から立ち上がって扉を開ける。その向こう側で待ち構えていたディカーダが大きく腕の鉤爪を振るいながら飛び込んでくる。それに対してこちらが行動を取るよりも早く、白い閃光が一瞬で天井、床、扉の縁を蹴って三連続に残像を残さず加速し、そのままディカーダを真っ二つに切断した。そのまま正面へと加速して姿を消し、階段の先、視界から消えた所で斬撃の音を響かせた。走って追いつけば、そこにはレギアス、そして上半身と下半身が完全に切断された二十を超えるディカーダとプレディカーダの姿があった。

 

「―――ダーカー共め。よほど命がいらないと見える」

 

 そう呟きながら少し離れた位置にいるブリアーダに対して斬撃を下から掬い上げる様に放った―――おそらくはハトウリンドウなのだが、それよりもはるかに斬撃は強く、そして長く、二十メートル程離れていた距離を無視してブリアーダを一撃で真っ二つにした。そうやって見せる三英雄が一、レギアスの手に握られているのは()()()()()()()()()だった。そしてそれが今、レギアスの扱いに耐え切れず、破裂して砕け散った。もはやガラクタとなったアルバカタナを捨て去りながら、レギアスが新たにアルバカタナを抜いていた。

 

「やっぱカタナはかっこいいなぁー……」

 

 素直に羨ましい。ブレイバークラスが存在しない以上、現在、カタナを装備することが出来ないのだ。いや全クラス対応のカタナならできるかもしれないが、それにしたってPAが発動できないのでとてもじゃないが戦力にならない。と、そんな事を考えながらもバーから出てきたアークス達と連携し、サクっと目の前、路地裏に入り込んできたダーカーを殲滅する。どうやら全員、そこそこのベテランらしく、動きにエコーが持つような迷いや考えが存在しない。ほとんどオートにダーカーを狙い、攻撃、回避しながら仲間へと繋げている。かなり動きやすい、それが数秒間、共闘した感想だった。

 

「ふむ……さて、この面々は見た所固まって動く必要もなさそうだの。各自散開しダーカーを見つけ次第殲滅せよ……それとだ、ほれぃ」

 

 レギアスが此方を手招きし、新しく抜いてきたものがあった―――それは新しいアルバカタナだった。

 

「目を見た感じ、使えるようだな? ……それに私の教え子よりは今の段階で既に動けそうだな。ならば受け取っておきたまえ。本当はもう少し時間がかかる話ではあったが、将来有望そうな者に投資をするのも―――」

 

 そこでレギアスが一旦言葉を区切る。素早くアルバカタナをまた新しく抜き去り、跳躍し、すぐ近くの壁を蹴った―――おそらくはアサギリレンダンで一気に加速し、路地裏の出口に出現したダークラグネへと一気に接近する。此方へとダークラグネの視線は向けられており、次の行動は見えていた。回避するためにレギアスに遅れて大地を蹴るが、その間に既にダークラグネに接敵していたレギアスがカンランキキョウによる回転切りでダークラグネの前足を切断、そのままサクラエンドでXの字を深く、ダークラグネの顔面に刻み込んだ。

 

「―――先達の役目であろう。いかんな。年のせいかつい説教臭くなってしまう。さらばだ若きアークスよ、次に会う時を楽しみにしているぞ」

 

 そう言うとアルバカタナを押し付けるだけ押し付けて、レギアスは再び大地を蹴って跳躍した。これはブレイバー解禁のお言葉なのだろうか? まぁ、それはそれとして、非常にいいものが見れた、と、アルバカタナをしまいながら思う。

 

 アレが六芒均衡。

 

 最強のアークス達の称号。

 

「あの領域を目指すのは燃えるな……が、さて、ホリデーを邪魔された怒りをダーカーに叩きつけるか」

 

 言葉を吐き、他のアークス達がやったように大地を強く蹴り、一気に跳躍し、ビルの壁を足場にして飛ぶ。そのまま市街地へと一気に飛び出す。市街地緊急任務を拝承しながら、

 

 宇宙のゴミ掃除を開始する。




 やっぱり強いよ六芒均衡。アークス連中最強クラスで創世器を持っているという事はまぁ、それなりの実力とチートであるという事で一つ、

 あきなちゃん の きゅうじつ


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Fear The Crimson - 3

「イィィィィッヤッホォォォォォオオオ―――!!」

 

 崩壊した市街地を一台のバイクが爆走している。そのハンドルを握っているのはバイクを持ち出してきた野良のアークスだった。その後ろ、タンデムしているのが己であり―――座る事はなく、立ったまま、ツインマシンガンを両手にひたすらフォトン弾をマシンガンの名に恥じない速度と数でばら撒き、市街地をうろついているダーカーを発見次第、レベルと強化された武器の攻撃力という暴力でPAを叩き込むことなく見つけた瞬間にミンチにして駆逐する。

 

「ノってるなぁ姐御よォ!!」

 

「決まってんだろ!! ダーカーの駆除とかクッソめんどくせぇ上に酒飲んで来てるんだからテンション上げなきゃやってられねぇよ!! オラァ! お前は死ね! お前も死ね! そこのお前も死ね! お前も! お前も! 黙って死ね!!」

 

 ヒャッハー、と二人で叫びながらダーカーの姿が見えた瞬間に弾を叩き込んで殺す。崩れた道路を爆走して行っている為、非常に不安定となっているが、それでも素早く市街地を回りながらダーカーを殲滅できる分、非常に便利な状況だった。ただその奇行が先ほどからダーカーの琴線に触れてしまったのか、後ろ、通ってきた道の方へと視線を向ければ、ゼッシュレイダが甲羅に籠ったロケットモードで追いかけてきているのが見えた。その進路上にある廃棄された車や瓦礫を体当たりで粉砕しながら止まる事なく進んでいる姿を見る限り、普通の攻撃じゃ止められないだろうなぁ、と判断する。

 

「えー、此方宇宙最強の安藤アキナさん。オペレーターさん、オペレーターさん、今後ろから追いかけてきているあのゼッシュレイダの解析をお願いしまーす」

 

『あわわわわわわ―――』

 

「メリッタァ!!!」

 

「誰か新人の教育しっかりしろよ」

 

「ほんそれ。まぁいいや。ちょっとゼッシュさんと戯れて来る」

 

「あいよォ! いってらっしゃィ!」

 

 バイクの後部座席から飛び降りながら武器をツインダガーへと切り替える。大きく跳躍し、道路を粉砕しながら転がってくるゼッシュレイダへと視線を向ける。その姿を確認し、空中でリミットブレイクを発動させる。そしてしっかりと着地点を計算し、ロックオン、狙い穿つ様にシンフォニックドライブを放つ。急降下しながら放つ蹴りを真っ直ぐ体を高速落下させながらゼッシュレイダ―――巨大な亀型ダーカー、その頭を引っ込めた場所へと的確に叩き込み、足の先をその中へと抉りこみ、捻る。その痛みに反応してゼッシュレイダが体を横へと弾け、ビルへと突っ込む。

 

 そこで体は跳ねる。それに合わせて此方もシンフォニックドライブの蹴り返しの反動で体を持ち上げている。武器は既にツインマシンガンへと切り替えてある。そのままデッドアプローチで空中で突進、体当たりでゼッシュレイダをビルとの間に挟むように体を動かし、ゼロ距離でメシアタイムを発動させる。スローモーションに変化する動きの中で弾丸に慣性が溜めこまれる。それがゆっくりとした動きと共にゼッシュレイダの体に突き刺さり、痛みに回転を停止させた。

 

「あたっくちゃーんす」

 

 蹴り上げ、高度を確保しながらツインダガーでひっくり返るゼッシュレイダの胸のコアに蹴りを叩き込み、フォールノクターンで急降下、高度を合わせたらファセットフォリアで瞬間的に残像を残しながら滅多切りにし、コアの直上で高速斬撃を解除したらそのままそこで逆様になり、ツインマシンガンに切り替えて回転しながら弾丸の雨を―――バレットスコールを叩き込んでコアに穴を空けて、貫通させた。

 

 そこからバレルロールを二回、ゼッシュレイダの横に着地し、回転させながらツインマシンガンを腰の裏へとしまう。それと同時にゼッシュレイダがフォトンによって浄化され、その姿が分解される。ノーダメージでパーフェクトだな、と静かに自分の動きを採点し、出現した赤箱から装備品を回収、視線を市街地へと戻す。

 

「結構派手にぶっ壊れてんなぁー……」

 

 周りを見れば完全に破壊された市街地の姿が目に付く。辺りには焦げ付いた匂いが溢れている。数時間前にここを歩いていた事を思い出す。その時は人の姿は多くとも、それでも静かでややSFチックながらもいい雰囲気の場所だった。それがこうも破壊され切った姿を見せられると、少々辛いものがある。だがダーカーの襲撃に関してはどうにもならない。それは技術者とアークスシップ自体の問題なのだから。アークスが出来るのは目に見えるダーカーを潰すことぐらいだ。

 

「ふぅー……リミブレのクール切れたし移動すっか」

 

 息を吐き、移動を再開する。破壊された市街地にはあまりいい記憶が……ない―――なにせ、あの【仮面】とエンカウントし、ボコボコに敗北したのがアークスシップの市街地なのだから。今度こそは勝つ、と自信をもって言いたい所だが、現状、勝つどころかダメージを発生させる事すら怪しいというのが事実だ。どれだけレベルを上げて、武器を強化しても、専用の対策がないとどうにもならないという事だった。

 

 と、そこでダーカーが出現してくる。ツインマシンガンを抜き、撃ち殺そうとした瞬間、レーダーに素早く接近してくる姿を感知する。攻撃へと移行する前に素早く後ろへと跳躍すれば、それと入れ替わる様に大跳躍から着地する姿があった。その白く、そして禍々しくも細長い姿はその巨大な爪で抉る様にダーカーを切り裂き、尻尾の一撃で蹂躙し、そして咆哮を轟かせた。

 

「クロドラ……!」

 

 白い竜―――クローム・ドラゴンの姿が登場した。しかしアークスと戦っていたのか、その姿は妙に弱弱しい、いや、部位が破壊され切っている様に見える。静かにツインマシンガンを構え直した所で、クローム・ドラゴンは此方から視線を外し、跳躍する。ビルの側面を蹴り上げて更に高く飛び上がり、そして市街地のさらに奥へ―――まるでダーカーを求めているかのように飛び回っていた。その姿を眺め、軽く頭を掻いて呟く。

 

「一体なんだってんだ……」

 

 クローム・ドラゴンはアークスの敵、龍の姿をしたダーカーの様な存在であると記憶している。だからアークスを見かけたら普通はそのまま襲い掛かってくるものだが、それよりもダーカーの方が憎い、という感じがした。どうしたものか、そう思いもするが、現状、あの特異な動きをしたクローム・ドラゴンを追いかけない理由もない。放っておくわけにもいかないし、アレを次のターゲットにするか。そう決断し、さっそく追いかけようとしたところで、足を止める。クローム・ドラゴンを追いかけようとした方向から聞こえて来るものがあった。まだ風に乗る様に、かすかではあるが、それは、

 

「―――歌、か? なんかごちゃごちゃし始めてきたな……だけどこの声は……」

 

 あの始末屋の女の子の物だよな、と思う。こんな場所で歌う神経を疑いはするが、同時にクローム・ドラゴンは歌声の方へと向かっていた―――と、普通に考えれば、歌声に釣られたという事なのだろうとは思う。そんな事がありえるのだろうか? 答えはともあれ、アークスとして、ダーカーを討つ任務は常にそこに存在している。ダーカーを全て殺すか撤退に追い込まない限りはこのアークスシップは使えなくなってしまう。それは避けないといけない。潤沢にリソースがあると言っても、リソースとは消費し続けるものなのだから。

 

 明確に目標を持った今、ゆっくりやっている必要はない。走り、前へと向かっていっきに進み始める。武器もダブルセイバーへと変えて殲滅力を高め、出現してくるダーカーを片っ端から殲滅しながら進むことにする。出現してくるダーカーの大半はナベリウスを思い出させる虫型のダーカーが多くなっている、と言うよりナベリウス産のダーカーがほとんどとなっている。ナベリウスからアークスシップはかなりの距離があるのに、一体どうやってダーカー達は潜り込んできているのだろうか?

 

 そんな事を考えながら段々と、歌声に近づいてくる。

 

 と、歌声が唐突に途切れる。その代わりにクローム・ドラゴンのものらしき咆哮が空中に轟く。空間をビリビリと振るわせるその咆哮を耳にしつつ、もう少し急いだ方が良いのかもしれない、そう判断して更に移動のペースを上げようとしたところで―――アラームが鳴り響く。アラームと共に前方。道を塞ぐようにシャッターが出現する。出現するシャッターに対してそれを飛び越えようと決意し、跳躍する為にシャッターを蹴ろうとする。だがその直前で赤い、バリアの様な障壁が出現し、シャッターを足場にするために蹴る前に、その一歩手前で動きを止められる。

 

「チ……あんまし良い予感がしないってのに―――」

 

 ツインマシンガンへと武器を切り替え、素早く振り返る。隊列を組んだかのように横一列に並ぶカルターゴの姿が見える。出現したカルターゴは一斉に正面へと向かって頭上からレーザーを放ってくる。バレルロールで前転する様にそれを回避しながら、デッドアプローチで一気に加速、カルターゴの集団の背後へと抜けた所で素早くエルダーリベリオンに連続バースト射撃を放ち、カルターゴの頭の裏のコアに弾を叩き込んで破壊する。カルターゴが消えて着地し、これでシャッターが解除される、そう思ったのも、束の間、大地を揺らす様な衝撃を受けて、ゆっくりと背後へと視線を向ければ、其方には新たなダーカーの姿が、

 

 巨大なアリの様な、クモの様なダーカー―――ダークラグネの姿があった。明確に敵意と殺意を此方に対して向けているダークラグネは明らかに逃がさない、という意志を此方へと向けていた。あっさりとレギアスが解体していたダーカーではあるが、本来はボス格として設定されている存在だ。インフレが進んでいるトップ環境では雑魚の扱いを受けるが、一撃で足を切り飛ばすとか普通は無理だ。

 

 普通は。つまりあのレギアスが異常すぎる―――いや、強すぎるのだ。

 

 とはいえ、あの姿に憧れるものがあるのも事実だ。

 

「―――まぁ、さっさとぶっ殺して始末屋ちゃんを探すか」

 

 ダークラグネが咆哮を上げながら前足、鎌の様なそれを大きく広げる。それを素早く跳躍して飛び越え、迷う事無く右の前大足へと向かってシンフォニックドライブを叩き込む。その反動で体を上へと飛び上がらせながら、今の蹴りで足に罅を入れられなかったことに舌打ちする。かなり硬いようで、上位の個体に思える。軽く舌打ちしながら再びフォールノクターンからのファセットフォリア、そしてメシアタイムと、慣れた連携をダークラグネの攻撃を回避しながら叩き込んでその右足をまずは一つ、砕いた。

 

 それに合わせてダークラグネの体が倒れて来る。一気に背中へと跳躍して回り込み、バレットスコールを容赦なく首裏のコアへと叩き込む。破壊した足は一本、ダークラグネの復帰は早い。だが一度でもこの位置を確保してしまえば、ダークラグネの討伐はもはや作業になる。

 

 首裏の巨大なコアから離れない様にバレットスコールを何重にも叩き込み、そうやって位置を維持しながらズレる場合はシンフォニックドライブを叩き込み、素早く離れそうなダークラグネを追尾する。ファセットフォリアで微調整し、そして再びバレットスコールをコアに叩きこむ。

 

 二分も経過すれば狩り馴れた相手だ、レギアスの様に瞬殺と呼べる領域は無理だが、ダークラグネの処理を完了させる。巨体が倒れて赤箱を残す姿を確認し、周りへと視線を向ける。新たにダーカーが出現しないのを確認しつつ、赤箱から素早く装備品を回収、そのままシャッターへと向かう―――ダーカーのハッキングが終わっても制御はロックされたままだった。舌打ちしながら跳躍、壁を蹴ってもう一度跳躍し、シャッターを飛び越える。

 

 その向こう側に、巨大なドームの姿を見た。

 

「っと、時間を食っちまったな」

 

 反対側に着地、服装をアイエフブランドへと切り変えながら急いで走り始める。あの歌声が聞こえてこない上にクローム・ドラゴンの咆哮も聞こえてこない。つまり戦闘は終了している可能性が高い訳だが―――それでも走る。何かが出来るかもしれないし、ここまで来たら確認しないのもどこか気持ち悪いだろう。

 

 

 

 

その時まではまだ理解していなかった―――色々な事を。

 

 

 

 

 走り、出現してくる小型ダーカーを軽く蹴散らしながらそのままドームの入口を抜けて中に入る。そのまま通路を抜けて、小部屋に設置されているテレポーターを発見、それを利用して体をそれが繋げている場所へ―――即ちドーム中央内部へと転送する。

 

 

 

 

故にこの時、初めて自覚したのだ。

 

 

 

 

 そして、そこで見た。血だまりに倒れるゼルシウス姿の青髪の少女の姿を。

 

 彼女に手を伸ばす様に倒れる、悲哀の表情のクローム・ドラゴンの姿を。

 

 

 

 

A.P.238/3/31

 

最初の決別

 

 

 

 

 その光景を見て初めて、自分が今まで何のために戦ってきていたのかを自覚し、そして同時に、マターボードが何のために存在しているのかを自覚した。あと数分―――それだけの領域の話だった。それはギリギリ手に届く範囲だった。だけど、零れ落ちてしまった。故に、強く、そして強く理解したのだ。

 

 彼女はたぶん、()()()()()()()()()のだ、と。

 

 それを理解―――した。




 安藤が安藤になる決意をしたようです。つまりガチ勢降臨という事で一つ。ダーカー襲撃と最初の訣別を複合化した今回のお話であったとさ。

 クーナちゃん死亡って事で。


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Fear The Crimson - 4

A.P.238/3()/()1()2()

 

 

 

 

「―――また会いましたね」

 

 ナベリウスの大森林を歩き進んでると、青髪にゼルシウスの始末屋の姿を発見した。片手を上げて会釈を返すと、向こうも此方へと歩み寄ってくる。表情の変化に乏しい彼女ではあるが、その雰囲気は少しだけ、此方の存在を楽しんでいる様にも、そう感じられた。だからこちらはちゃんと、彼女に対して笑顔を返した。

 

「始末屋ちゃんちーっす」

 

「相変わらず挨拶が軽いですし……妙に会いますね。いえ、貴女の背景がクリーンで、別に追いかけて来ているわけでもないのはちゃんと調べているんですけど、こうやって話せば話すほどもっと不思議になるというか……不思議の塊の様な人物ですよね、貴女は」

 

「そんなトンデモ生物の様な言い方はちょっとだけ心が傷つくぜ……」

 

「傷つく程柔な神経を持っているようには到底見えませんよ?」

 

 そう言って始末屋の彼女は、小さく、本当に見逃してしまいそうな程小さくではあるが、笑い声を零した。その笑う姿を目撃し、自分がやっている事、やろうとしている事に間違いはない、という事を確信した。だからこちらも彼女の笑い声に合わせて少しだけコミカルに肩を振って、酷いよ、と言わんばかりの表情を作る。それを見ていた彼女はやれやれ、と息を吐いた。

 

「ですが貴女は本当に不思議な生物だと自覚してくださいよ? 私は本来時空を歪めて存在そのものを希薄にして透過しているんです。それ故に人々の記憶からすら段々と薄れて行くのが私の運命―――な、筈なんですけどね。なぜか貴女にはそれが通じませんし、私を忘れないどころか積極的にかまってしまいますし、マイを受け取った時はあらゆる人々の記憶から消え去って、最後は自分の体さえも消え去る……そんな最期を覚悟していたんですけどね」

 

 どうやら、と彼女は言う。

 

「貴女が生きている限りは忘れられる事はなさそうです」

 

 そこで浮かべた彼女の笑みは儚かった。さっきみたいに小さい笑みではなく、自分へと向けられた笑みだった。ただ、それはあまりにも儚く、そして希望を見出す事の出来ない笑みだった。あえてその笑みを説明するのであれば、彼女は()()()()()()()()()()()、と表現すべきなのだろうか。或いは希望を見ても()()()()()()()()()()と表現すべきなのだろうか。或いはそれこそが闇に所属する彼女の宿命なのかもしれない。アークスをひそかに始末するが故に、自分が真っ当な道を、そして終わりを迎える事は出来ない、そう信じているのかもしれない。だから、彼女の頭を衝動的に撫でた。

 

「―――安心しろ。俺は絶対に忘れないし、どんなに隠れていても絶対に見つけ出して嫌になるぐらい構ってやる。何せここにいるお兄ちゃんは安藤なんだぜ? 俺に不可能はない! まぁ、見てな―――この宇宙(運命)()風穴を開けて(ぶっ壊して)やるから」

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしいので頭を撫でるのは止めてください。それに何ですかお兄ちゃんや安藤って。相変わらず話す事が支離滅裂というべきか……」

 

 呆れたような表情を始末屋が浮かべ、しかしそれは()()()()()()()()()()()()()()()事でもあった。だからそうやってわずかにでも表情を変化できる姿を見せて、少しだけ安心し、そしてまた一つ、彼女という存在を理解する事が出来たように感じる。だけど、まだだ、まだ足りない。まだまだこの宇宙(運命)から抜け出すためのピースが足りない。

 

「それでは私はそろそろ任務の方に戻ります……ハドレッドを早く見つけなくては―――」

 

 こちらの手を頭から剥がした始末屋は跳躍し、ナベリウスの森の中へと姿を消した。その姿を見送ってから振り返り、テレポーターを出現させ、なるべく早く、マイシップ、そしてアークスッシップへと帰還を急ぐ。

 

 

 

 

―――時空が―――歪む―――。

 

 

 

 

 アークスロビーに帰還した所で真っ直ぐメディカルセンターへと向かい、そしてエナジードリンクを注文する。それをケースの中から取り出したフィリアが近寄り、エナジードリンクを手渡ししてくる。

 

「あの、大丈夫? 少し鬼気迫る、って感じの表情をしているから」

 

「ん? 大丈夫大丈夫。ちょっと市街地のダーカー共がヤンチャのし過ぎでブチ切れてるってだけだから」

 

 手刀でエナジードリンクの蓋部分を切り飛ばし、それを顔にぶっかける様に飲み干しながらホロウィンドウを表示させ、今の時間軸を確認する。今はA.P.238/3()/()3()1()、元の時間軸だ。そして時間帯は市街地緊急任務発生中、あのドームで始末屋の死体を確認してからまだ二十分しか経過していない。元の時間軸にいるのを確認し、そしてマターボードを確認する。

 

 彼女の死体を確認して戻ってきて、それでマターボードが生成された。

 

 だからきっと、これは今、やるべき事なのだ。

 

 この胸の情熱が体を突き動かす様に。

 

「ドリンクありがと。マトイちゃんに今日は遅れたらごめんって言っておいて」

 

「あぁ、うん。それはいいんだけど……大丈夫かしら?」

 

 フィリアの言葉にサムズアップで返答しながらそのまま、階段を飛び越えてクエストカウンターへと移動する。そこでカウンターで働いているクエストガイドに即座に新たな任務の発注を行う。

 

「はい、アキナ様出撃ですね―――ってアレ? この十分間での出撃回数が時間を重ねる様に十回重なっていますね……おかしいですねぇ、バグでしょうか? とりあえず出撃記録を修正して、っと……ハイ、申請を受理しました。出撃どうぞ!」

 

 サンキュ、とクエストカウンターに言葉を投げながら走り、そのままアークスシップへと、再び彼女と会い、埋められていないピースを埋める為に活動する。再び時空が歪む感覚とモノクロに世界が染まって行く事でマターボードが優位事象獲得の為に事象の改変を行っているのが理解できた。おそらく、事象に介入するのに、干渉するのに、獲得するのに時間軸は関係ない。平等にどの時間軸にも入り込んで干渉を可能とするのがマターボードなのだろう。

 

 だが、あの子の死んだ姿が脳裏に焼き付いている、離れない。アレを見てしまった以上、自分に休むという概念は存在しなかった。少し前まではちゃんと話し合えていたのに―――それが死んでいるなんて事、許せるものか。救う、絶対に救うのだ。殺してでも救う。そしてこのふざけた宇宙に風穴をぶち抜いてやるのだ。

 

 それでこそ、漸くヒーローだと名乗れるのだから。

 

 

 

 

 

A.P.238/3/13

 

 

 

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―――A.P.238/3/17

 

 

 

 

「―――もしかして最近私の事を尾行していませんか? 違います? ……ですよね、どう見ても貴女にはそういう器用な真似は出来そうに見えませんし……それよりも大丈夫ですか、少し疲れている様にも思えますが」

 

 浮遊大陸で再び始末屋を発見した―――ここ数回、マターボードで探索している時、浮遊大陸で彼女と会う回数が増えている。市街地でクローム・ドラゴンと相打ちになるように死んでいた姿を見るに、やはりクローム・ドラゴンを探していたのだろうと思う。ただそれに関して深く考えるのよりも先に、始末屋に対して大丈夫大丈夫、と手を振りながら遠くに見える龍族にツインマシンガンでヘッドショットを決めた。

 

「ね?」

 

「いや、ね? じゃありませんよ。なんか本当にもう見ていないと色々とやらかしそうな人ですね、貴女は―――」

 

 そこで始末屋が言い淀む。どうしたのか、と首を捻り、補給用の携帯食料に齧りつきながら聞いてみる。呆れた視線を返しながらも、そうですね、と言葉を置いてくる。

 

「いえ、昔を思い出していたんです。私が裏の仕事をこなしているのは知っていますよね? その機関の名前を虚空機関(ヴォイド)と呼びます。私は元々その研究部の方で始末屋として作られ、育て上げられた被験体なのですが―――その、少し恥ずかしい話ですけど私にも幼い時がありまして、貴女を見ていたらそのころを少しだけ思い出してしまって」

 

「それ、暗に俺がガキみたいだって喧嘩売ってない?」

 

「違いますよ。ただ……昔、騒がしくやっていた時期もありまして……あの頃にはもう戻れないんだなぁ、と。ハドレッドはなんで―――」

 

 小さくハドレッド、と呟いた所で意図しない発言だったらしく、ハっとした表情で此方へと視線を向けて来る。

 

「と、すいません。少々湿っぽくなってしまいました。それでは私は裏切り者を粛正しないといけないのでこれで。くれぐれも私の事は誰にも言わない様に―――」

 

 そう言って始末屋は再び走り去って行った。焦っている、と言うよりは恥ずかしくなって逃げた、という言葉の方が適切なのかもしれない。だが彼女と会話を繰り返してきた事で段々とだが、見えていなかった事実が見え始めてきた。時空の歪みがタイムスリップから通常の時間軸へと体をはじき出しそうな、そんな感覚の中、自分の感覚をしっかりと捉え、強制的に排除されない様にこらえながらも今得た情報を脳内で整理する。

 

 新しいキーワードは虚空機関(ヴォイド)とハドレッドだ。

 

 まず間違いなく彼女に命令を出しているのは虚空機関(ヴォイド)だろうと判断する。パティエンティアが偶に噂しているアークスの黒い組織、始末屋を抱える組織とはおそらくこれの事だろうとは思う。そしてそこに所属する始末屋である彼女は裏切り者を粛正する為にこうやってあのクローム・ドラゴンを探し回っているのだろう。そして彼女の”なんで”、という発言を聞く限り、おそらくはあのクローム・ドラゴンがハドレッドという存在なのだろう。

 

 ―――始末屋の最期を思い出す。

 

 彼女は一体どうやって死んでいただろうか?

 

 彼女の表情にあったのは怒りと驚きだった気がする。それに比べてクローム・ドラゴン、暫定的にハドレッドと呼ぶ事にするあの個体が抱いていた表情は深い後悔と悲しみ、悲哀の表情が死んでもなお、強い感情として残留し、フォトンをざわめつかせていた気がする。その事実から死んだ時の状況を考える。

 

 始末屋はハドレッドに対して怒りと驚きを抱いて殺しに向かった、だがハドレッドは彼女と戦う事、殺す事を悲しんだ―――?

 

「……駄目だ、ピースが足りない。まだまだ判断が付かない。次だ―――次のマターへと進んでもっと情報を集めなきゃ駄目だ」

 

 明らかに情報が足りていなかった。何故ハドレッドと始末屋があんな決着を迎えてしまったのか、そして()()()()()()()()()()()()()()()を自分で調べて、そして確かめなくてはならない。次のマターは先ほどと同様、この浮遊大陸にあると、マターボードが反応している。時間軸を泳ぐように移動し、マターボードが反応を示す時間軸に到着する。ハッピーエンド以外は絶対に認めない、そう思いながら一歩目を踏み出そうとしたところで、

 

 急に、眠気が襲い掛かってくる。

 

 ―――それはまるで圧縮された時間分の疲労と眠気が襲い掛かってくるようなもので、

 

「ぐっ……連続行使は……非推奨かぁ。シオンさん、マニュアルぐらい書いてほしかった……ぁー……」

 

 その奇襲に耐えられず、一歩目を踏み出した所で過労で倒れた。

 

 一瞬で世界が黒く染まり、意識がそこで途切れた。




 走るよー時空をこえてー安藤はーマタボー苦行だよー。安藤の歌。

 という訳でクーナ&ハドレッドイベント、エルダー復活前に完全に動かしました。お前公式でヒロインな上にCDでは恋する乙女扱いなんだからしっかりとヒロインしろよな!

 なおヒロインは死ぬ事が条件です。


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Fear The Crimson - 5

 眠気が徐々に溶けて行く感覚の中、少しずつだが視界と意識が回復してくるのを感じた。マターボードによる時間遡行を連続で行うとあんなデメリットがあるのか、と、少しだけ感情任せに突撃してしまった自分の未熟さを恥じる。ゆっくりと目を空ければ、視界に入ってくるのは黄色だった。数秒間、無言のままそれを眺めていて、それがゼルシウスの色である事を理解した。一体何事だろうか、そう思いながら徐々にクリアになって行く意識の中で、耳に聞こえてくるものがあった。

 

 胸が邪魔で顔は見えないが、どうやら彼女は―――始末屋は歌を歌っているらしく、その歌声が聞こえていた。そして姿勢からして今、自分は彼女に膝枕されているらしい。一瞬、ゼルシウスのひざ部分ってメタルパーツではなかったっけ? と思ったが、そう言えばあのメタルの下はボディと同じクリアパーツだったなぁ、と思い出す。という事は態々外してくれたのだろうか。とりあえずゼルシウスに包まれた始末屋の胸が激しくシコいのでこれはどうしようもないな、と思う。ただ悲しい事にこの身は女の物だ。息子センサーが作動しない深い悲しみを受ける。

 

 シコリティセンサーだけ作動する不具合を本当にどうにかして欲しい。

 

 ともあれ、始末屋が歌ってくれているのにいきなり起き上がっておはよう、をするのも芸がない。それにいい機会だし、そのまま、歌声に耳を傾ける事にする。だがしかし、視線はどうしてもバストへと向けられる。サイズはそこまで大きい訳ではないが、形はかなりいい感じしている。と、そこでバストを見ながら思い出した。そういえばバストサイズや形の調整、キャラメイクってかなり難しかったよなぁ、と。

 

 PSO2というゲームのキャラメイキングは細かすぎるというレベルで調整が出来る。普通のネットゲームでは色やサイズ程度の調整だが、形や輪郭、痒い所まで手が届く、というレベルで調整を行えるのだ。それも首の長さや細さなんてところまで弄ることが出来るのだから、おそらくPSO2以上にキャラメイキングにこだわったゲームは存在しないだろうとは思う。そんな自分も初期はそれなりに適当に作った訳だが、これがエーテル通信によってリアルダイブになると、適当の作成だと体のバランスが悪くて転びそうになったりすることがあった為、

 

 本当に数日、ネットで体型やバランス、そのほかにもプロポーションに関して調べて、グラビア雑誌やモデルの雑誌を購入し、それを調べながらエステを何往復もして、漸く完成されたのが今の自分の姿だ。間違いなく美人、美女の類に入ると思うのだが、それが自分の体となると―――こう、そこまでなんか気が抜けるとでも表現するのか、やはり美女、美少女を見て愛でるのが一番だよなぁ、と思う。

 

 うむ―――揉みたい。

 

 だがそんな事を考えながら同時に、尻も揉みたい、という欲望がムクムクと胸の内に湧き上がってくる。そう、確かに胸もいいだろう。だが良く思い出せ、ゼルシウスという格好を。尻の中央部分が金属パーツによって分断されるような形でクリア部分が左右に分かれている様な格好をしているのだが―――あの部分は、こう、綺麗に両手で掴める形をしているとは思わないだろうか? 自分で着た分には特に思う事はないが、誰か、それも美少女が着ているのを見ると無性に興奮する。どうやら心はまだ健全な男子大学生らしい。

 

 ちょいと覚悟は固まってきたが。

 

 まぁ、それはそれとして彼女の響かせる歌はやはり、静かで綺麗だった。印象的なのはどこか感情移入されている事ではなく、それよりもボイストレーニング、明らかに訓練された歌唱力を持っている事だった。カラオケ慣れした学生と、カラオケに行った事ない学生、日常的にボイストレーニングをしている学生、この三つを並べると、彼女の声は明らかにボイストレーニングをしている人間の歌唱力だった。実際に知り合いに一人そう言うのがいるから知っている―――地球時代の話だが。

 

 彼女が本当にただの始末屋ならこれだけの美声とちゃんとした声量を持っているのがおかしいのだ。そこまで考えた所で再び視線を正面―――つまりは胸の方へと向ける。相変わらずこのゼルシウスの素材は謎にエロいけど何で出来ているのだろうか、と考えさせられる。がなんだろうか、この姿を見ていると何か思い出すものがある。なんだっただろうか、数秒間、それだけを歌声に耳を傾けながら考え、待て、と思う。

 

 ―――この胸のサイズと形はどこかで見たことがあるぞ……!

 

 あと少し、思い出そうとすれば思い出せそうな、そんな気がした。が、その前に、静かな、足音が聞こえてきた。始末屋の歌声が響く中で、頭を動かさず、眠っているフリを続けたまま、視線を動かす。砂浜が視界に映り、その向こう側に見えるのは石壁であり、そこから上へと視線を持って行けば空が青く―――輝くオーロラの姿が見えた。砂浜、そしてオーロラ、それで大体今の位置を割り出す事に成功する。だがそんな事を考える事よりも早く、足音は大きくなる。

 

 やがて、石壁の上に立つ白い龍の姿が見えた。鋭利な体を持つ白い龍、クローム・ドラゴン―――出現したクローム・ドラゴンは特に吠える事も敵意を見せる事もなく、恐ろしい程に静かな姿を見せていた。それはまるで今、この砂浜に流れている始末屋の美声に聞き惚れている様な姿だった。だがその歌声も唐突に終わりを告げる。

 

「っ、ハドレッド―――」

 

 始末屋の声が漏れた。あぁ、やはり、このクローム・ドラゴンがハドレッドなのか、そう思いながら立ち上がろうとする始末屋の腕を握り、立ち上がるのを止めた。驚いたような表情を浮かべ、その視線が此方へと向けられる。だからその視線に応える様に、静かに歌を続けろ、とハンドサインを出す。

 

「―――……」

 

 始末屋の彼女はそのサインに驚き、ハドレッドへと視線を向けた。石壁の上から見下ろす様に両手足を乗せるクローム・ドラゴンの姿はまるで歌の続きを待っているかのようだった。その姿を見て、意を決すかのように再び彼女が歌い始める。それを聞いて、流石にこれ以上膝を占領しているのも悪いか、と静かに体を横へとズラし、抜ける。

 

 自分という邪魔なものが減ったせいか、更に歌声に声量が籠る。彼女が響かせる歌は静かな歌だった。ただ聞いていると心が安らぎ、落ち着いて行く様な、そういう歌だった。立ち上がり、背後へと視線を向ければそこにはパラレルエリア”入江”の海が広がっていた。

 

 そう、ここはパラレルエリア。隔離された秘密の場所。

 

 空をオーロラが覆い、そして空に浮かぶ海が目の前には広がっている。特殊な座標故に狙って到達する事の出来ない場所。人工ではなく自然に生み出された神秘。その中心で心を込める様に始末屋は歌い、そしてハドレッドは動く事もなく、静かに、安らぐような表情で聞き惚れていた。

 

 ―――とてもだけど凶悪なクローム・ドラゴンの様には見えないよなぁ……。

 

 歌い、そしてその歌に見入る龍の姿を見る。その瞳にはダーカーに汚染された生物とは違う、明確な理性の色があった。だからなんだ、という話でもあるが―――いや、これ以上は直接彼女から話を聞かないと解らないだろう。そう結論するしかなく、

 

 そのまま静かに六分間、流れる水の音をBGMに、ダーカーも原生生物もいないこの秘密の入江で始末屋の歌に聞き入った。それが終わり、ゆっくりと伏せていた目を始末屋が開けた。それに対応する様にハドレッドは静かに、時空を歪ませて、そしてどこか、別の場所へと消え去って行った。その姿が完全に消え去ってから数秒間、ハドレッドがいた場所を眺め続ける彼女の姿を静かに見守る。ハドレッドに対して向ける視線には様々なものを感じられた。

 

 怒り、困惑、悲しみ、驚愕―――複雑すぎて言葉に表現するのが難しい、だが、

 

「元々ハドレッドと私は姉弟だったんです。と言っても明確に血縁関係がある訳ではなく、交流のあった被験体のグループという形でした。私が研究部で始末屋となるべく育て上げられた被験体である様に、ハドレッドもクローム・ドラゴンという生み出された種族―――研究部からは造龍と呼ばれる存在でした」

 

 ぽつぽつと、此方から声をかけるまでもなく、彼女は語りだした。

 

「アークスの代わりの存在を、或いは類似の存在を生み出すとかいう実験らしく、ハドレッドは生まれてきた個体でも特に強い個体だったらしいんです。ですがそれに反して寂しがり屋で、そして何時も私に歌をせがんできていたんですよ……そう、その時はいつもさっきの様に歌ってあげてたんです、子守唄の様に静かだけど、安らげそうなのを……」

 

 そうやって喋っている彼女の姿、声、プロポーションを見て、一体誰と似ているのかを、思い出した。

 

「ですがハドレッドは裏切りました。研究室を襲撃、そして多数の同族と共に施設から脱走したそうです。……ハドレッドは組織を……虚空機関を裏切りました。裏切り者の粛清は始末屋である私の仕事、役割―――私はハドレッドを消さないといけません」

 

 その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。明らかにそこには納得からほど遠い彼女の感情がそこにはあった。だから答え合わせをする様に、自分の中で固まりつつあった確信を言葉にすることにした。

 

「それで本当にいいのか、()()()ちゃん」

 

「……少し、歌いすぎちゃいましたか」

 

「いや、決定打は胸のサイズ」

 

「……」

 

 始末屋(クーナ)の視線がゼルシウスに包まれた胸元へと向けられ、そしてそれから此方の胸へと向けられた。当たり前だが男は基本大艦巨砲主義だ。でかすぎるのは気持ちが悪いから適切なサイズと言うものもあるが、此方はそれなりのサイズをしている。つまりクーナのよりは大きい。それを見せつける様に腕を組んで持ち上げる。その瞬間、一瞬、ほんの一瞬だけクーナの表情にヒビが入った様な気がした。

 

「まぁ、安心しろよ。歌って踊る始末屋ちゃんからしたら大きい方がめんどくさいだろうからな」

 

「そ、そうですね。大きい方が動くときに体を持っていかれるらしいですし、控えめの方があまり視線を集めないからそこまで気持ち悪くもないですし―――」

 

「まぁ、それでも大きい事は愉悦を感じさせる要素なんだけどな。やっぱ勝ってるってのは気持ちがいいわ」

 

「もしかして煽ってます?」

 

「うん」

 

 率直な返答にクーナが呆れたような表情を浮かべ、溜息を吐いていた。しかしこの勢いに流されてか、完全にアイドルのクーナと同一人物である事を否定していない。となると、まだ半信半疑だったが本当に当人だったのか。毎回ライブに参加しているファンからしたら今までやってきた行いに対して少し恐ろしくなってきたのだが。ライブではキレッキレのヲタ芸も披露してしまっているし―――どうしよう。

 

「アキナさん」

 

 クーナが真面目なトーンで声をかけて来る。

 

「なんで……ハドレッドは虚空機関を裏切ったんでしょうか」

 

 その言葉に与えられる答えは一つ。

 

「さあ? クーナちゃんが知らないのに俺が知る訳ないじゃねぇか。ただ俺が見た感じ、意味もなく暴れて暴走している様な奴には見えなかったぞ。なんか理由でもあるんじゃねぇか?」

 

「理由……、ですか」

 

 クーナはその言葉を呟くとやや俯き、そして考え込むように黙ってしまった。その姿を眺めつつ此方も思考に耽る。新しい情報が一気に入ってきて、そしてクーナの正体、そしてハドレッドの正体が見えてきた。ハドレッドの裏切り者という立場、そしてクーナの始末屋という立場、それがぶつかった結果ハドレッドとクーナが死亡するのはありえる話だろう。

 

 だが普通、死ぬのは一方だ。それにハドレッドのあの様子を見るからして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。だからハドレッドとクーナ、その両方が死んでいるという未来は絶対におかしいのだ―――そうなるとあと一つ、ピースが足りない。いや、ピースが足りないのではなく、話に含まれていない誰かがいる。

 

 おそらくは虚空機関関連、或いはダークファルス―――あの【仮面】野郎だ。確か閲覧したダークファルスのデータの中にはダーカーの召喚能力も存在していたはずだ。そうじゃなければあんな大量のダーカー、しかもダークラグネやゼッシュレイダ等の大型までがアークスシップに侵入できるわけがない。

 

 だからたぶん、あのドームでの戦い、クーナとハドレッドが戦って―――たぶんクーナが勝利したのだ。そしてその後で【仮面】か、別の誰かがクーナを殺した、と考える。そう考えるとやはり、何かが抜けている様にも感じる。ただ情報はこれでほぼ出揃っているような気もする。ハドレッドと話す事が出来ればそれで大分解決する様な気もするが、ダーカーと同じ移動能力を持ったクローム・ドラゴンを探すのは自分には無理だ。

 

「―――と、そうでした。そう言えば浮遊大陸で倒れていた所を見つけてここへと運んできたのですが、大丈夫でしたか?」

 

「ん? あぁ、ごめんごめん。ちょっと無理しちゃったみたいで。もう大丈夫だよ。膝枕までして貰っちゃったし」

 

「まさか膝枕している間に胸を計測されてそこから身バレするとは一切思っていませんでしたけど……本当に、とんでもないですね、貴女は」

 

 そう言ってクーナは小さく微笑んだ。

 

「ですが、あまり嫌いではありません」

 

 やはり、笑うと可愛いと思った。彼女には笑っていてほしい。だからこそあの市街地強襲―――あの悲劇を成立させない様に、頑張らなきゃいけないのだ。そう思っていると小さく、マターボードが完成の通知が自分にのみ伝わる。

 

 A.P.238/3/31、あのダーカー襲撃に運命を切り開く新たな未知()が生まれた。それを理解し、自分のやっている事は決して無駄でも間違ってもいないと確信し、息を吐き、

 

「うーっし! せっかく入江に来たんだ、泳ぐぞぉ―――!」

 

「そうですか、では私はこれで」

 

「だが逃がさん。お前も俺と遊ぶんだよぉ!」

 

 嫌がるクーナを無視し、その姿を掴んで入江の海の中へと放り投げ込みながら、この先も、これからも、理不尽な運命ときっと自分は対峙し、そして戦い続けるのだろうと、

 

 そんな日常が続くのだろう、と、感じた。

 

 それでも安藤は諦めない。




 パラレルの入江はガチで綺麗なので1回でいいから描写6にして行ってみたい。ただ狙って行ける訳でもないからなぁ、パラレルは……温泉と入江パラレルまた行きたいなぁ……。

 という訳で誰が誰を殺したの?


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Fear The Crimson - 6

 入り江でたっぷりと泳いで遊び通してから、再びアークスシップへと戻ってきた。時間軸は本来の物へと戻っており、3/31に戻っている。たっぷり遊んで時間を消費したおかげか、体に眠気やダルさといったものはない。その代わりに時間は二時間ほど経過してしまっている。割と遊んでしまったな、という感触はあるものの、そのおかげでリフレッシュできたという事実もある。マターボードによる時間遡行もデメリットというか負荷が存在する事もはっきりと確認できたし、そこまで悪いとは思わない―――とりあえずがむしゃらに行動するのはやめて、反省しよう。考える為に頭があるのだ、と自分に言い聞かせる。

 

 ともあれ、その無茶のおかげでこの二時間と三十分でクーナに新たな運命を見つけることが出来たのだ―――市街地へと再び出撃し、クーナとハドレッドの死の事実を今度こそ見つけ出さなくてはならない。とはいえ、やはり連続でマターボードが体に悪い事は自覚してからすぐさまにクエストカウンターに向かわず、ロビー奥のクラスカウンター前のベンチエリアへと移動し、そこでベンチに座り込む。そこで数秒間、何もせず、ベンチに座り込んで動きを止める。何も考えず、息を吐き、そのまま目を閉じる。

 

 ―――虚空機関、か。

 

 だが頭の中は休むどころか回っていた。

 

 虚空機関、おそらくそこが黒幕だとは思う。初期の頃のクーナの活動はハドレッドを追いかけて粛清する事だったが、それがまるで成功していない事からハドレッドの逃亡力の高さが窺えるだろう。だが最近になってハドレッドはクーナに補足されるだけではなく、その姿を見せる様になって来た―――まるで終わらせて欲しがっている様に。本当にハドレッドは裏切って脱走したのだろうか? 或いは()()()()()()()()()()()のではないだろうか……?

 

 そこらへん、情報を入手できるのはそれこそ虚空機関に所属しているクーナだけだ、自分で調べる事は出来ない。悲しい話だ。そう思いながらベンチから起き上がり、息を吐く。だけどその代わり、実働という面においては無敵に近い力を発揮できる。そしてそれしか出来ないのなら、それをしっかりと貫き通したいとも思っている。だからそうする事にする。

 

「うっし、考えタイム終了。考えるのはマタボに任せるわ。やりたい事と成すべき事を見据えてちゃんとそれをクリアすればええねん、俺は」

 

 そこまで頭が良い訳でもないのだから、考えるだけ無駄だ。やれることをやる、それだけで大体いいのだ。そう判断したと所で、そろそろクラスをもっと殲滅力の高いものへと変えるか、と判断する。直ぐ前にあるクラスカウンターへと移動し、そこでクラスの変更願いを出す―――まだ市街地緊急任務が発生している事もあり、即座に了承が出る。セットしておいたマイセットへと完全に武装を切り替え、クラスとスキルツリーのセットを終わらせる。

 

 ついでに、法撃マグのテルクゥをセットし、完全に完了する。

 

 マグは装着しているアークスが少なく、全く見ないので妙な関心を集めない様に普段は装着していないのだが、万全を期す為にも今回ばかりは装着する。それをテルクゥ自身が喜んでいるのか、空中を跳ねる様にジャンプすると、肩の上で浮かび、待機してくれる。

 

 クラスはFoTe、スキルツリーは属性特化―――武器はそれぞれ属性別にロッドを用意している為、ブレイバーのクラスでカタナが使えない今、最大火力はこれで叩きだすことが出来る。ついでに服装も変更しておく。動きやすさと近接戦闘を意識していたアイエフブランドから、魔法使いっぽさの強いルシェスタイル・レプカを。ただし、アクセサリーも完全に切り替えてリンナハット、そして眼帯を装着し、どこかで見たことのある魔法使いスタイルになる。なお眼帯で視界が制限される事はなく、視界は眼帯を透過してみることが出来る。本当にファッションなだけの眼帯だ。

 

「さて、準備完了だな―――行くか」

 

 これでクーナを助け、ついでにハドレッドも助ける。そう考えて踏み出そうとしたところで、メディカルセンターから自分を引き留める、呼ぶ声が聞こえた。振り返りながらそちらの方へと視線を向ければ、そこには見慣れた白いミコトクラスタの姿があった―――マトイだった。その手には長方形の包みが握られていた。

 

「あのね、今忙しくてゆっくりしている暇がないけどお腹がすきそうだし……って思ってお弁当を用意してた来たんだけど余計だったかな?」

 

「いや、超助かる、一段落したら食べるわ。ありがとうよ。今、色々と危ないからちゃんとフィリアの言う事を聞いて待ってるんだぞ?」

 

「うん。貴女の事待ってるね」

 

 本当にマトイはいい子だなぁ、なんて事を思いながら弁当箱を受け取り、一時的にそれをインベントリ(圧縮空間)に保管する。最後に一度だけ振り返りながら手を振ってから、そのまままっすぐミッションカウンターへと向かい、素早く市街地緊急任務を受諾する。どうやら二時間経過した所でまだダーカーの殲滅は完了していないらしい。実に厄介な所だ。だが残念ながら、自分が参加した所で掃討は完了しないだろう。

 

 なにせ、これから時間を遡って襲撃開始直後の時間軸に移動するのだから。

 

「頼んだぜ―――マターボード、お前が俺の最強の武器なんだからな」

 

 呟き、モノクロ色に世界を染め上げ、時間遡行を開始する。いつも通りゲートを抜けてマイシップに搭乗する。モノクロ色だった世界の中で、マイシップの外を見る。そこで完全崩壊した姿を見せているアークスシップの一つが巻き戻るかのように無事な姿を見せ始め、小規模な爆破と共に色を取り戻す。徐々にアークスシップ―――市街地に近づき、転送範囲まで到着する。マイシップ先頭部、テレポーターの前まで来ると、再び世界がモノクロ色に染まり、マターボードによる干渉が始まる。

 

 そこで、ホロウィンドウが出現する。そこには可能な転移先が表示され、まず最初に表示されたのは秘密の酒場だった。だがその下、マターボードの干渉により、新たなエリアが追加される。市街地中央区と表示される。マターボードによって刻まれた新たな分岐、それを逃すわけもなく、迷う事無く転送先をそちらに設定し、

 

 テレポーターの中へと飛び込んだ。

 

 慣れ親しんだ転送の感覚を抜けた先で、足は硬い鋼鉄の感触を得た。転送されたのはビルの屋上だったらしい。そこからは良く市街地の状況が見える。軽く市街地全体をそこから見渡し―――そして探していた姿を、つまりは始末屋クーナの姿を発見することが出来た。ハドレッドの姿はないが、時間通りに進むのであればハドレッドもいずれ出現するだろう。とりあえずはクーナを一人にしてはいけない。それを認識した所で疾走を開始する。

 

 ビルの中央から全力で走り―――そして跳躍する。背中のマントが揺れ、頭の帽子が脱げそうになる。それを左手で押さえながら右手で赤いロッドを握る。そのまま、フォトンをロッドの中へと、己の一部を扱う様に通してゆき、そしてそれを雷属性へと変換させ、テクニックとして表現する。イル・ゾンデ、テクニックには珍しい突進型のテクニック、それを使って高度を維持したまま空を疾走する。雷を纏って突進するテクニックであるだけに、地上を移動するよりも遥かに早く、そして此方を見て近寄ってくるブリアーダも手軽に轢き殺せる為、物凄く便利に進める。

 

 そのまま、クーナのいる場所まで、地形を軽く無視しながら直進し、頭上に到着した所でロッドを闇属性のに切り替え、今度はイル・メギド―――闇の腕を放ち、周囲のダーカーを追尾しながら握り潰すテクニックを放つ。襲い掛かってくるダーカーに対して両手にある透明な刃で応戦していたクーナが突然の援護射撃に驚き、その頭上、落ちて来る此方の姿に驚く。

 

「……ほんとまともな登場をしませんね、貴女は」

 

「これで俺バウンサーだったらガストでもっと面白い登場してたから将来的に覚悟しておけよ!」

 

「なんですかバウンサーって……」

 

 その内実装されるといいなぁ、と思いながら、クーナは肩を揺らし、先へと進むように歩き始めた。そこに置いて行く様な動作がない分、此方の存在を認め、そして共に来ることを了承しているのだと勝手に判断する。クーナの直ぐ横に追い付き、イル・メギドで適当にサーチしつつダーカーをぶっ殺しながら、前へと進む。

 

「実はあの後、機関の命令に対して疑問を覚えたので軽く調査をしたんです……その結果、どうやらハドレッドの脱走の前にハドレッドがとある実験に参加していた、という記録を見つける事が出来ました―――おそらくそれがハドレッドの暴走、そして脱走に関する真実なのでしょうが、完全に真実という訳でもなさそうでして」

 

「じゃあ……?」

 

「はい、後はハドレッド本人から聞き出そうかと―――今までダーカー反応の濃い地域に優先的に出現し、殲滅しては去って行くのを確認しています。ですからおそらくこの状況、この混乱の中で出現しない理由がありません。……だから後は私が歌えば、おそらくそれに釣られて出てくるはずです」

 

「なるほどなぁ」

 

「所で人の話を聞いているようで真顔でイル・メギドを乱射するの止めません?」

 

「条件反射でつい……」

 

 応えながらイル・メギドをもう一度放つ。ロッドの先端から離れた黒い腕が大地を這うダーカーを薙ぎ払い、そして空中に浮かぶダーカーを掴んで叩き落とし、一撃で雑魚を掃討する。消費するPPが非常に多い事が難点なテクニックであるが、そこがこのオラクル環境へと変化してからは大幅に改善されている為十連続で放ったところで疲労を感じる事はなく、その為他のテクニックを放つよりも、ひたすらイル・メギドを放った方が雑魚の掃討は楽なのだ。それこそ純粋に雑魚に対する殲滅力であれば他のクラスを二歩も三歩も置いて先に出るレベルで。

 

 仮にイル・メギド一発で殲滅できる範囲の強さであれば、他のクラスは必要なくなる。そういうレベルの殲滅力をイル・メギドは持っている。その為、一時的に他のクラスを駆逐し、セイメイキカミと呼ばれる闇属性強化タリスを投げてイル・メギドを放つだけのゲーム化した時代もあった―――たぶん、此方ではそんな時代は来ないのだろうが。

 

「ですけど貴女は本当に唐突に出現しますね」

 

「まぁ、安藤だからな」

 

「だから安藤って何ですか」

 

 そうだなぁ、とイル・メギドでやはりダーカーを殲滅しながら答える。安藤とは安藤優、つまりはエンドクレジットに登場するAnd Youから来ているのだ。つまり、安藤とは即ちプレイヤーの事を示す言葉ではあるが、それと同時に、個人的なものだが安藤とは別の意味を持っていると思う。

 

「ヒーローだ」

 

 その言葉にクーナは首を傾げる。

 

「ヒーロー、ですか」

 

「然り! 安藤とは即ちヒーロー! ご都合主義を気合いと根性で呼び寄せ、ガチと効率と廃課金でしっかりと準備をし、そしてそこにクソみたいなシナリオやプロットを見つけたら問答無用で数で囲んでフルボッコのリンチにする、絶対無敵、最強のヒーローだよ。嫌いなものは涙と! 傷つく人達と! 鬱シナリオ!」

 

 拳を前に突き出し、ポーズをとる。

 

「そこにクソみたいな宇宙(シナリオ)があれば真っ先に飛び込んで風穴をぶち抜いて(破壊して)やるのさ! それが安藤という生物の生態である! それはそれとしてこれは歓迎のフォメルギオンだ! 死ねぇ!」

 

 ロッドを上へと蹴り上げ、左手に闇を、右手に炎を束ね、それを目の前で握りしめる様に融合させ、そのままそれを前へと突き出す。炎と闇が融合された複合テクニックがビームの様に正面へと向けられて一気に放たれ、直線状に並んでいたダーカーを蒸発させ、それをそのまま横へ薙ぎ払う様に振るい、そのアクションに従って展開されていたダーカーを殲滅する。落ちてきたロッドをキャッチしながら背に戻し、額の汗をぬぐう。

 

「ふぅー……ダーカーをぶっ殺すと腹が減るなぁ」

 

「大体解ってきました。あまり考えずに発言してますね?」

 

「うん」

 

「うん、そんな気はしてました。大体貴女という人を理解するぐらいには一緒にいるんですよね……一応始末屋なんですけど……」

 

 気にするな、とサムズアップを向ける。そして視線を奥、アークスシップの中央付近に存在するドームへと向ける。今のフォメルギオンで軽くダーカーを消し飛ばしたおかげで、正面にダーカーの姿もダーカー反応も完全になくなった。怖いのはまたダークラグネやゼッシュレイダが襲い掛かってくることだが―――現在、クーナと一緒に行動しているのだ、ここで分断されるなんてこともないだろう。その気になればビルを登って進めばいいのだし。

 

 ともあれ、

 

 ―――そろそろ、存在するかもしれない見えない第三者を警戒し始める。

 

 フォメルギオンは”魅せ札”だ。複合テクニックはそのほかにもザンディオン、そしてバーランツィオンが存在する。特にダーカーに対して属性的に有効なバーランツィオンに関してはダークファルス、【仮面】を相手にする時まで取っておきたい所だが―――果たして、アイツが知らないとは思えない。

 

 まぁ、難しい事は後だ。どうせ自分は反射神経の男だ。

 

 突撃して、そして鬱シナリオを蹂躙してやればいいのだ。

 

 安藤がいる限り―――そんなくだらない事で宇宙に流れる涙を増やさせてたまるか。




 マトイちゃんが空気かと思った? 差入れだよ!! EP時点だと日常の象徴っぽいからほいほい危険な部分で出現されても困るという話。ふと、心が荒れてたら現われてほしいという感じ。駄目だ、便利すぎる。殺して心を荒ませなきゃ。

 それはそれとして複合テクはどれもかっけぇから好きだわ。


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Fear The Crimson - 7

 ダーカーの数は確かに異様と言える程に多かったが、それに反してトラブルに見舞われる事はなかった。ダーカーとの遭遇自体が一般人に対してはトラブルかもしれないが、アークスにとっては普通の出来事だ。そしてそれ以上の事が発生していない以上、トラブルは特に発生しなかった、としか表現する事は出来なかった。現状用意できる本気―――つまりはFoTeによるイル・メギドの殲滅によってドームへまではほとんど蹂躙する様にダーカーを突破することが出来た。その為、少々フォトンを消費したこと以外には自分に被害はなく、そしてクーナも体力をほぼ万全の状態まで残してドーム前へと到着することが出来た。

 

 レーダーを確認し、そして目でも確認するが、ドームの周囲にはダーカー以外の姿が見えない―――こんな都市部、この状況、その中心地に当たり前だがア-クス以外の人間がいる訳がない。故に人影を見かけたらある程度警戒はするとしていたが、それでも人の姿や気配はなく、問題なくドームの中へと侵入することが出来た。そこからそのまま安藤であれば誰もが慣れた小部屋からのテレポーターを使い、小部屋からドームの広場へと移動する。

 

 転送されたドームの広場は多少破壊されていてダーカーの姿が見えた―――しかし、イル・メギドを三発ほど放てば直ぐにダーカーの姿なんてなくなる。そうやってドーム内の平和を確保した所で、軽くロッドを回転させながらその柄で床を叩く。

 

「―――うっし、まぁ、こんなもんだろ。後は歌うなりポールダンス始めるなり好きにするがいい。この安藤様がどんなことが起ころうがそれを確実に通しちゃる。どんなクソ野郎が現れようとぶっ飛ばすし、邪魔をする奴はぶっ飛ばすし、ダークファルスが出てきても出来る範囲でぶっ飛ばしてみるというかダークファルスだけはお願いだからまだ来ないで対抗策ないのォ!」

 

 聖剣が必要とか専用対策が必要なクソエネミーは滅べばいいと思う。そう思いながら叫ぶが、反応はクーナからしか来ない。隠れている敵の姿を察知する事も出来ないし、本当に敵がいるのかどうか、怪しくなってきた。

 

「えー……と、その……それではスピーカーを通してこの一帯に歌声が通るようにします。この騒ぎでダーカーの数ですから、傾向的に見てハドレッドがいないはずがありません。ですのでその間ダーカーが出現するようでしたら―――」

 

「うい、任せろ。小型なら大体イル・メギしてるだけで終わるしな」

 

「本当に優秀ですよね、人格さえ無視すれば……」

 

「おい? 今ストレートに頭がおかしいと言わなかったか?」

 

「ストレートには言ってませんよ。それよりも自分に関してよく理解しているじゃないですか」

 

「人生の勝ち負けの基準があるとしたらそれは笑えているか否か、って事で決めているからな! 安藤としてこの宇宙の覇者として君臨する為にはまず笑顔を忘れてはならない。だが同時に真の安藤とは自分だけではなくそこにいるだけで他者も笑顔にしてしまうという事だ―――ちなみにこの活動はその一環だ」

 

 そう告げるとクーナは一瞬だけキョトンとする。だから教える。

 

「全部終わって満足する結果になったら笑え。俺は身近な人物が笑えていないと満足できない病気なんでな」

 

「本当におかしな人ですね―――……」

 

 その続きの言葉は呟きで小さく、聞こえず、そのままクーナはドーム中央へ、ホロウィンドウを広げてスピーカーをハッキング、その制御を奪って自身の音声を拡声する様に切り替えた。それでハドレッドが訪れる事を確信している。そしてそれが現実になるであろう事を自分はしっかりと覚えている。

 

 ここからが勝負だ。

 

 貼り付けていた笑みを消し、リンナハットを少しだけ深く被りながら、集中力を増す。肩の上にいるマグもいつでもフォトンブラストを発動できるように待機させながら、レーダーや視覚だけではなく、第六感を使って侵入者の存在を探る。絶対に存在するはずなのだ、そうでなければあのクーナとハドレッドの死は説明できないのだから。何時の間にこんな、プロフェッショナルの様な技術ができる様に自分はなったんだろうか……そんな事を疑問に思いながらも、ここで生きて行く以上、それは必須の技術で、答えはなくても使うしかない物だった。だから静かに、歌い始めたクーナの声に耳を傾けた。

 

 再びクーナの歌声が響き始め、鋭敏化されたフォトンが敏感に近づいてくるダーカーの気配を察知する。小型に続くように大型のダーカーが急激に此方へと、クーナの歌へと集まり始めていた。一体どういうことだ、と、そう思いながらも、条件反射で即座にマグ―――テルクゥに溜めこまれた力を解放する。

 

「フォトンブラスト―――ケートス・プロイ」

 

 言葉に従う様に閃光に包まれたテルクゥがその姿を白く輝く魚の様な幻獣へと変化させる。空間を泳ぐように漂うケートス・プロイはフォトンの波動をその体から放ち、急速的に空間に存在するフォトンの吸収率、回復率を超加速させる。その中で、壁から染み出る様に小型のダーカーの姿が見えた。迷う事無くイル・メギドを三発、ノータイムで放つ。一瞬で出現した黒い腕が小型ダーカー群を喰らって握りつぶす。ケートス・プロイによる超回復の影響もあってフォトンは全く減る感覚を見せない。少しだけテンションが上がってきた。左半身を前に、ロッドを突き出し、そして空から落ちてきた強大なダーカー―――ダークラグネを前に、

 

「イ」

 

 ノータイムで隕石の様な炎の塊が落下してダークラグネの右前脚を叩き砕いた。

 

「ル」

 

 二発目の隕石がノータイムで落ちてきた。今度はダークラグネの左後ろ脚を砕き、アンバランスに傷つけられたダークラグネの姿が倒れる。

 

「フォ」

 

 三発目の隕石が放たれた。ダークラグネの尻の部分をつぶし、大穴をそこに生み出した。

 

「イエ!」

 

 四発目の隕石が落ちてきた。ケートス・プロイによって強化されたフォトン量を一気に詰め込んだ隕石は巨大化し、頭上からダークラグネに降り注ぎ、そのまま首裏のコアを破壊しながら貫通、胴体と頭を一撃で分断させて殺した。

 

「これはフォイエではない……イル・フォイエだ―――とか言ってる場合じゃないな。ワラワラ湧いて出やがるわ」

 

 四連イル・フォイエとかいう遊びで割と楽しい気分だったが、ダークラグネの死骸を潰す様に新たにダーカー達が出現する。こんなラッシュ、前回には存在していなかったような気がする―――いや、クーナが単独で処理していたのだろうか? そんな事を考えながら再びイル・メギドを放つ。一気にダーカーをそれで滅ぼしつつ、後ろへとバックステップで距離を取り、空を飛ぶ鳥型ダーカーにサザンを叩きつけ、一瞬でミンチにしながら殺す。

 

 雑魚は所詮雑魚だ。ケートス・プロイというフォトンをブーストする手段があり、それにイル・メギドという対多数の対抗手段が存在し、相手がそこまで耐久力に優れていないダーカーの場合、一方的に殲滅できる。伊達や酔狂で防衛戦でメインウェポンとして暴力を振るってきたテクニックではないのだ。

 

 蹂躙、蹂躙、そして蹂躙。どんなに数が多くてもゴルドラーダ並の体力と厄介さがない場合、ソロであろうともイル・メギドの乱射を止める事が出来ない。何よりも、

 

「―――!」

 

 クーナの歌声に応える様に、空にクローム・ドラゴンの―――おそらくはハドレッドの咆哮が響いた。来たか、と小さく呟いた次の瞬間にはドームの天井部分、開いているその場所から角に黄色い布を巻いたクローム・ドラゴンが飛び込んできた。そうやって登場したハドレッドはまず最初に憎悪のこもった瞳をダーカーへと向けた。

 

「ハドレッド!!」

 

 クーナが歌を止めてその名前を呼ぶ。だがハドレッドはクーナへと振り返らず、その大きな腕を振るって爪で一気にダーカーを薙ぎ払い、蹂躙し始めた。それは明確な憎悪の動きであり、何よりも歪に感じられるものが、ハドレッドの様子を冷静に見ていると解る。ハドレッドがダーカーを相手に暴れ始めたので後ろへと数歩下がり、クーナの近くへと移動しながら、感じ取った事を呟く。

 

「ない」

 

「何が、ですか」

 

「フォトンを全然感じない」

 

 それが安藤としての特権なのか、或いはニューマンというフォトンの扱いにたけた種族だから感じ取れる事なのかは解らない。だがこうやって、戦いの中で暴れるハドレッドの姿を見て、ダーカーを消滅させる姿を見る。そうやって暴れるハドレッドの体には驚くほどにフォトンの反応がない。クローム・ドラゴンがクーナの言うとおりにアークスの龍バージョンの様な存在であれば、フォトンは必須の筈なのだ。フォトン以外でダークフォトン、及びダーカー因子を浄化する事は出来ない。

 

 故にフォトンを持たぬ者がダーカーを倒せばそれが蓄積し、やがて浸食される。

 

 それがアムドゥスキアで発生していた”龍の病”の正体だった。

 

 だからハドレッドの体内にフォトンを感じないのはおかしなことだった。そして、フォトン以上に歪だったのは、ハドレッドの体内から感じる徹底的な気持ち悪さだった。

 

「なんだこいつ。体内にどんだけダーカー因子を貯め込んでるんだ。明らかにフォトンで浄化できてねぇぞ。普通これだけダーカー因子を貯め込む前に体のフォトンがそれを拒否って動けなくなるはずなのに―――」

 

「……」

 

 クーナの方へと視線を向ければ、どこか、理解したかのような、そんな表情を浮かべていた。どうやら彼女は真実へと至るピースを集めきったらしい。ただそれを自分が理解する必要は―――ないのだろう、聞き出すのもちょっと空気を読めない、というものだろう。故に一歩後ろへと下がって、ハドレッドを見つめるクーナの姿を守る事にする。主人公は彼女だ、自分ではない。だから少し後ろに下がって、

 

 ダーカーを殲滅し終わったクーナとハドレッドの姿を眺める事にする。向き合ったハドレッドとクーナは無言で対峙する。おそらくはもう、二人きりにしても大丈夫だろうとは思う―――この時点でハドレッドが暴走でもしない限り、クーナと戦うような理由が見つからないからだ。だからクーナとハドレッドから視線を外し、意識を外側へと向ける。

 

「―――」

 

 クーナが何かをハドレッドへと聞いている。だがそれには耳を傾けず、外へ、この場を邪魔するかもしれない存在を求めて、探る。レーダーなんてものは時空を歪めれば簡単にだますことが出来るし、ダーカーの突然の出現も直前まではレーダーに映らない。だから何よりも自分の勘と経験を根拠に、周辺へと警戒を向ける。おそらく、襲撃するならこのタイミングだろうとは考えて。

 

 だがそのまま、数分間、何も起きない。

 

 ただクーナがハドレッドへと言葉を投げ、そして答えを得る。それだけだった。

 

 やがてハドレッドはあの入江の時の様に暴れる事はなく、静かにクーナの前から去って行った。ハドレッドの姿が完全に消える時までしっかりと警戒を続けるが、クーナを殺した犯人らしき存在の存在どころか気配すら出現する事はなかった。予想以上に平和に終わったことに少々困惑を感じつつも、無事に終わったことに安堵を感じる。

 

 クーナが生きている。それだけでも十分な成果だ。もはやダーカー出現の気配もないし―――どうやら、市街地の襲撃も終了したらしい。結局、この襲撃全体は一体なんだったのだろうか、全体的に謎を残しながら終了してしまった。

 

 クーナが此方へと振り返る。

 

「ありがとうございます。今回、ハドレッドと話せたことで色々と解った事があります……ただ、少しだけ、整理する時間を貰ってもいいですか? 強引にですけど手伝ってもらってアキナさんには知る権利がありますけど……」

 

「俺の心とか常に余裕で満ち溢れてるからクーナちゃんが落ち着いたら連絡を入れればいいよ。ほら、これ」

 

 ホロウィンドウからアークスカードをクーナへと転送する。そこにはマイルームのナンバーと、個人用のメールのアドレスが書き込まれている。それを受け取ったクーナはありがとうござます、と頭を下げる。

 

「後一回……たぶん、後一回だけ、手伝って貰う事になると思います」

 

「いいよ、気にするな。存分に頼れ。一緒に肩を並べて戦ったんだし俺達もう友達だろ? 入江でも一方的にだけど遊んだし!」

 

 サムズアップをクーナへと向けて返答する。彼女がどう思っているかは知らないが、個人的には立場を抜きにした友人であると思っている。肩を並べて戦友、一緒に遊んで友達。世の中、そんなもんじゃないだろうかと思う。その言葉にクーナは驚いたような眼を見開く。

 

「そう……です、ね。……そうですね。友達ですか。裏で働いてきた以上そんなものは生まれないと思っていましたが……ふふ、本当に不思議な人ですね。だから……きっと、近い内に此方から連絡を入れて頼ります。その時はどうか、お願いします」

 

「任せろ。いつでも君の顔に笑顔を。安藤です」

 

 ―――これで市街地での戦いは終わった。

 

 だがまだ、クーナとハドレッドを巡る物語の一幕は終わっていない。次にクーナに呼びだされる時がおそらく最後になるだろうという予感が、自分の中に存在していた。




 まだあとちょっとだけ続くんだよ(クーナちゃん編

 と言っても後は浮遊大陸で終わりなんじゃが。それはそれとして、やっぱり早めに終わらせた方が全体的にスッキリするなぁ、という感想。


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Violet Tears - 1

「すまんな! クラリッサを盗まれちまったわ!! はっはっはっはっは!」

 

 無言でジグ―――刀匠のキャストの腹に拳を叩き込んで床にノックダウンさせた。黒いキャストの姿が床に沈み、無言で腹を抱えながら蹲るその姿を見て、豚を見るような視線をジグへと向けながら口を開く。

 

「弁明を聞こう」

 

「まぁ、待て、待つんじゃ」

 

 ジグが腹を抱えながら立ち上がった。言い訳タイムに入るらしく、凄まじいまでに足を震えさせながら立ち上がる。若干内股になっている辺りが面白い―――キャストでも内股になったりするんだなぁ、と思った。ともあれ、ジグの弁明に耳を傾ける。

 

「先ほど市街地での襲撃があったじゃろ? アークスではないから儂も避難しなくてはならない。という訳でクラリッサを置いて一時的に避難してたんじゃが……なんか帰ってきたら消えてたわ!」

 

「ちなみにクラリッサの保管方法は」

 

「ん? テンション任せで三徹してそれをテーブルの中央で浮かべて酒を飲みながら飾ってたから保管なんぞしてないわ」

 

 無言の腹パンがジグを襲う。小さい呻き声を零しながらジグが再び床に倒れる。養豚場で処刑される豚を眺めるような慈悲深い視線をジグへと向けつつ、拳を合わせ、それで音を何度か響かせる。周囲にいるアークスが怖がって離れて行くが、それを一切気にする事無く、そのまま、ジグへと視線を向ける。

 

「辞世の句をどうぞ」

 

「まぁ、待て。ダーカーの襲撃なんぞ来るとは流石に思わんじゃろ……? じゃろ……?」

 

「だけど創世器だぞ創世器! アレは創世器級の物になるっていったじゃん!!」

 

「せやな」

 

 立ち上がったジグの腹にもう一発叩き込んで床に転がす。本気で一瞬だけ殺意が湧き上がったが、これでも現環境最強の刀匠であることに間違いはないのだ。これ以上老人に対するむち打ちは止めておくか、と思いながらも静かに舌打ちをする。クラリッサ―――それは集めてきた三つのパーツをジグに渡す事によって判明した武器の名前だった。当初の予想通り、アレは三つに分割された武器であり、くすぶっていたジグはそれを見る事によって失っていた情熱を取り戻した。

 

 それまでに複雑で、凶悪で、そして珍しい物だったらしい。完全に修復されればそれこそ創世器へと届くと、創世器のメンテナンスを定期的に行っているらしいジグ本人の口から聞く事が出来た。そして修復されたクラリッサはロッドになるらしい―――つまりニューマンという自分の種族の力を最大限の形で発揮する事の出来る武器だ。現状、ブレイバーとバウンサーが存在しない以上、最強火力はフォースとテクターで属性ツリーを最大限まで強化して放つ複合テクニックだ。

 

 特にバーランツィオン、光属性の複合テクニックは光属性が苦手なダーカーに対しては即死級とも表現できる大ダメージを叩き込むことが出来る。クラリッサという創世器級のロッドが存在すれば、おそらくはダークファルスの特殊防壁を突破する事も出来るだろうとは考えている。少なくとも、漸く【仮面】に対する対抗策が生まれるのだ。ちなみにフォメルギオンが魅せ札なのは属性的な問題で警戒心を薄くさせる意味がある―――誰に対する魅せ札かは知らないが。

 

 たぶんそうやって警戒しているとかっこいい。

 

「はぁー……ダークファルスに対する対抗策が早々に潰えるとかどうしようかなぁ……」

 

「なんじゃ、面白そうな事を呟きおって。ほれ、儂にちょっと話してみよ」

 

「今ジグ爺さんの信用がストップ安なんだけど。飾らず倉庫にでも突っ込んでおけばおそらくパクられなかったんですけどねぇー」

 

「さあ、話そう! 話そう! 事情を話してみよう!」

 

 必死になって自分を株を上げようとする老キャストの姿を見て苦笑しながら、他の誰にも―――それこそマトイにも話せない事を、相談する事にする。現状、ジグは完全な間抜けではあるが味方であるのはハッキリしているし、何より六芒均衡から創世器のメンテナンスを任されているという事は信用に値する実績だった。どこか抜けているが、その知識と技術に関しては他の技術者では決して及ばない領域にあるのだから、相談する価値はあると思った。一応回りにアークスがあまりいないのを確認してから話し始める。と言ってもその内容は多くはない。

 

 ダークファルス【仮面】という存在を確認している事。それを既に報告している事。何度か遭遇している事。戦った経験がある事―――そして自分の持っている武器では一切恐れず、創世器級の武器に対して明らかな回避動作、忌避の動きを見せた事を。明確に此方の動きを理解し、見切っているという点とダークファルスとしての質量を抜きにすれば、【仮面】と自分の間の力量差はそこまで大きくはないと思っているのだ。それこそスケープドールがあれば一回自殺覚悟で相打ち出来るのではないかと思うぐらいには。

 

 ともあれ、ダークファルスに対する対抗手段がほぼ存在せず、またエンカウントしたら今度こそ死ねるという点をジグに告げた。それを受けてふむ、とジグは呟く。

 

「そうじゃの―――【仮面】というダークファルスの話は初めて聞いたが、ダークファルスという存在が普通の武器ではどうあがいても傷つけられぬという話であれば実際に資料と記録として閲覧した事があるの。明確に判明しているのは六芒均衡が保有する創世器、それが発生させる特殊な波長がダークファルスの持つ力を削いで、フォトンによる浄化効率を凄まじく引き上げる様に出来ている」

 

 ジグはそこで言葉を区切る。

 

「儂はそれを聞いて、実際に創世器を手に取った時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様な気がしてならんかったの。創世器という武器のあらゆる機能がダーカーを殺す為だけに存在し、ダークファルスの力を削ぐ機能まで備わっている。故に儂は創世器はフォトナーがダークファルスの出現を予想して用意したものだと思っておる」

 

「フォトナー?」

 

 聞きなれない単語だった。聞き返すとそうじゃの、とジグが言葉を置く。

 

「儂もあまり詳しい事は知らん。だがかつての宇宙の支配者だったらしい。そして儂らの技術の大半もフォトナーによって生み出されたものとかなんとか……。創世器もフォトナーによって生み出された物が故に儂もその名に関しては少しだけ知っている。とはいえ、この程度なんじゃが」

 

 そこでジグがともあれ、と言葉を区切る。

 

「お主がクラリッサを欲していた理由はダークファルスに対する対抗策としてか……」

 

「うん……サテカぶっ放して無傷で出てきたのを見た時本能的にこれは超あかんなぁ、と思った。専用対策必須って時点で生物としてクソ・オブ・クソじゃね? とも思ったわ。ダーカー殺すべし、ダークファルス滅ぶべし」

 

「殺意高いのう! まぁ、気分は解らなくもない。しかし、そうか、ダークファルス対策か……ふむ、簡易的ではあるが儂の方で用意できなくもないぞ?」

 

「えっ」

 

 ジグの意外すぎる言葉に目を剥く。ジグは此方のリアクションを楽しむように小さく笑い声を零すと、言葉を続ける。

 

「ぶっちゃけた話、儂、創世器作れる」

 

「クッソポンコツなクセしてすげぇなジグ爺さん」

 

「ポンコツは余計じゃ。まぁ、と言ってもクラリッサの修復でその内部構造を見てある程度その機構に対して理解を得られたからなんじゃけどな。ラビュリスだと外装ばかりで内部構造に関してはお手上げじゃったから、バラバラに解体されているクラリッサはいい研究材料にもなったわ。おかげで前々から作成を考えておったが情熱とやる気と腰痛の問題で着手できなかった儂特製のファーレンシリーズの開発に手を出せそうじゃ」

 

 ―――ファーレンシリーズ。それはPSO2に存在するプレイヤー専用と説明文に書いてあるシリーズの事である。いくらか面倒な手順が存在するが、運要素なしで星11ユニットと武器をセットで入手することが出来る為、レベル60からの初心者向け入門防具と言われている。

 

 現状、星10でさえレアで、星11や12が幻と呼べるようなレベルで珍しく、マイショップどころかオークションでさえ見かけない状況において、ファーレンシリーズが手に入るのはかなり悪くない事だった。ユニットはサイキシリーズを揃えているからファーレンのユニットはそこまで欲しいとは思わないのだが、武器とセットで装備する事によってファーレンシリーズはかなり高い能力を発揮する事が出来る。

 

 ジグが自信ありげにふっふっふ、と腕を組みながら笑みを零す。

 

「お主の様にまんべんなく得意で万能な奴には作る物に困るんじゃがの、だからあえてそこまで突き抜けず、妥協した範囲でなら色々と用意できるそうじゃの。クラリッサの件はお主専用にファーレンを創り上げるからそれで許してくれぃ」

 

「まぁ、反省してるならそこまで言わないけどさ……」

 

「なぁに、安心せい。ファーレンには儂の考えたダークファルスへの対抗策を仕込んでおこう。それでなら満足じゃろ? クラリッサを弄ったおかげか妙にこう、モチベーション? 的なもので胸が溢れていてのう。ふむ。こうやって話していたらむくむくと胸の内でまた欲求が上がってきたな―――ちょっと工房行ってくる。じゃあの」

 

 そう告げると既に老人のクセして、足元からブースターを噴射しながら軽快なダッシュと跳躍で植木を飛び越えて行き、そのまま工房へと向かう為にテレポーターへと突っ込んで行った。アレで本当に老人かよ、と疑いたくなってくる。下手すりゃエコーよりも元気じゃないか、アレ。というかエコーが動かなさすぎなのだが。

 

 そんな事を考えていると、

 

「―――トゥッ!」

 

 空から馬鹿が落ちてきた。

 

 華麗に空中で回転を決めながら着地したのは青い髪をツンツンに逆立てた男のアークス―――その衣装、ヒーローズクォーターには六芒星を象ったエンブレムが刻まれている。即ち、六芒均衡の所属。

 

「この俺、疾風のヒューイ、参上ッッ!」

 

「ヒューイさん、二つ名とか称号って自分で言うとすっげぇダサく感じますよ。あと疾風ってなんか中ボス臭い……」

 

「本当かっ! じゃあこれからはポーズを決めた後に相手側に名乗らせよう! 称号もそれ採用でッ!」

 

 この人頭、大丈夫なのだろうか、と思わず心配したくなるこの人こそが六芒均衡の六、ヒューイ。六芒均衡という身分の中で一番気さくで、付き合いやすく、そしてもっとも精力的にフィールドで困ったアークスを助けている為に一番人気の高い六芒均衡でもある。ただし本人だけではなく全員がこう認識している。

 

 頭の良い馬鹿だ、と。

 

 そして馬鹿であると。

 

 たぶん、話していて一番楽しいタイプの人物でもある。

 

 そんなヒューイだが、割と日常的に惑星を変えてアークスの姿を探し回っている為、ほぼ毎日フィールドに降り立つ自分ともエンカウント率が高く、そこそこ交流があったりする。他の六芒均衡が総じてあまり認識されていない中、この男だけは知名度がかなり高かったりするのだ。

 

「うん? ジグ殿に創世器のメンテナンスとチェックを頼もうと思っていたのだが、いずこへと行ったか知らないか?」

 

「情熱を取り戻したからスキップしながら工房へと突撃してった」

 

「時に職人の情熱は見ている者をドン引きさせるなぁ!」

 

「大体みんなヒューイさんにドン引きッスよ」

 

「マジかァ!」

 

「マジッスよォ!」

 

「じゃあもう少し落ち着くか」

 

「そこで素に戻るのか……」

 

 唐突なマジレスと素に戻ったヒューイに対して困惑が隠せない。というかそのタイミングで戻るのか、と、ある意味芸人すぎるヒューイの存在に戦慄していると仕方ない、とヒューイが軽く肩を揺らしながら去ろうとし―――足を止めた。そうだった、と振り返りながら此方へと視線を向けて来る。

 

「最近、ところどころで嫌なフォトンの流れを感じる。なんというか表現は出来ないが―――そう、嫌な予感とも言う奴かもしれないな。最初見かけた時とは違い、遥かに強く、そして驚くほどの成長を遂げた君に対しては余計な言葉かもしれない。しかし、気を張っておきたまえ、不測の事態でこそ我々アークスが輝くのだから。それではさらばだ!」

 

 そう言うと笑い声を残しながらヒューイが跳躍し、市街地の方へと飛び降りて行く。

 

「いやなフォトンの流れ、か……ヒューイさん、フォトンに関してはニューマン以上に敏感な部分あるからなぁ……」

 

 人が困っているフォトンがする、とか言って実際に困っている人を見つけ出すレベルなのだ。そこらへん、割と信用してもいいかもしれないとも思っている。だからヒューイの言葉を胸に刻みつつ、いましばらくはシオンがマターボードを更新してくれるのと、クーナからの連絡を待つしかない。

 

 それまでは、短いが休暇だ。




 六芒均衡の中での愛されるバカ、ヒューイ。初期の頃からめっちゃクチャキャラが経っている上に動きがフリーダム。お前、特に縛り説かないんだからダークファルス戦で顔を出せよォ! と思う。

 短い休暇ですよ(グラインダー握りながら


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Violet Tears - 2

「あー……やる気でねぇ……」

 

 最近、暇さえあれば出撃しまくっていた事、そして時間改変とマターボードの乱用による同一時間軸による同時連続出撃がデータだけの状態で発見されてしまった。しかもちゃんとフィジカルの方にもそれが反映されてしまったため、オペレーターのベテラン、統括的立場にいるヒルダからしばらくは出撃禁止であると言われてしまい、アークス業に励むことが出来なくなってしまったのだ。レベルが全て60超えて、元々持ち込んでいた武装の大半、そしてクラフトサイキユニットも装備できるようになった。これで大体の状況―――それこそダークファルス以外―――相手ならどんな相手であろうと戦える自信はある。XH級のエネミーだけはやや不安が残るが、それでも火力に関しては及第点だ。

 

 六芒均衡のレギアスからハンタークラスでのカタナの使用許可も出た。カタナコンバットとかが存在しないのがカタナ構成としては非情に痛い所だから使ってはいないのだが、それでもカタナのPAが解禁された意味は大きい―――だがそれも出撃禁止で体を動かせないと腐るだけだ。

 

 出撃禁止で部屋の中でゴロゴロしているのもしまりが悪く、こうやってアークスシップ、ショップエリアの三階ベンチでぐだぐだしていた。結局やる事はぐだぐだごろごろなのだから、あんまり変わらない気がする。

 

「マトイも最近俺に厳しいしなぁー……反抗期かなぁー……」

 

 いや、反抗期というよりはフィリアと交流しているから健康管理とか栄養バランスとかそっち方面を気にし始めてオカン力が上がってきたというか、最大のオカンを俺は今、育て始めているというか、なんというか―――まぁ、花嫁修業だと思えばいいよな、マトイの。……という結論に達する。しかし花嫁修業か。性別が女である以上、自分もそこらへんを考えなくてはならないのだろうか?

 

 男相手に恋愛をする事を考える。

 

 ―――結論、気持ち悪さばかりで考えられない。

 

 女相手に恋愛をする事を考える。

 

 ―――結論、恋愛対象として見れない。

 

 うーむ、難しい話だ。まぁ、恋愛は義務ではないのだ。そして恋愛とかよりも美少女ときゃっきゃうふふしているのが現状は一番楽しい―――それよりもアークスとして戦っている瞬間が一番楽しいという部分もある。どうやらやや戦闘狂らしい部分が自分の中にはあるみたいだ。いや、そうでもなきゃ連日出撃続きなんて無理だろう。間違いなくバトルジャンキーの類だ。うむ……恋愛とかよりもやはり戦いが楽しい。

 

 体を駆け巡るフォトンの感覚、全力で大地を疾走出来る体の力強さ、現代の地球ではありえない武装と技術に触れられる事、そして明確に才能があったわけでもない自分が社会に対して貢献し、そして誰かの生活の為に、笑顔の為に役立っているという充足感。

 

 普通の大学生ならまず無理な体験ばかりがここでは行え、感じられる。それに夢中なのが原因か、ちょっと恋愛とか、そういう方面は正直ピン、と来ない部分もある―――まぁ、元から恋愛に関してはそこまで興味を持ったことがないのが原因かもしれないが。まぁ、まだ此方へと来てから二か月も経過していないのだから色々と考えすぎなのかもしれないが。

 

 と、そこまで考えた所で、たったそれだけの期間で物凄い馴染んでいるよなぁ、とは思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様な気がする。体の違い、生活の違いだって一週間もすれば特に驚くこともなく、戸惑う事もなく出来る様になった。そこに特にストレスを感じる事も興奮を感じる事もない。最初は状況そのものに対して混乱しているから特に違和感を感じず受け入れてしまったのかと思ったが、そうじゃない。考えれば考えるほど、自分のこの体に対して心が()()()()()()()()()という点があるのだ。

 

「―――時間遡行、か」

 

 時間遡行―――即ち時間を遡るという能力。それはある意味、理から逸脱した行為であり、自然との対極にある行いだ。それはほぼ確実にシオンと、そしてそのマターボードのおかげで発生している。彼女の力でこれは発生している。だがSFやファンタジーもので時間遡行が関わるモノは()()()()()()()()()()が多いのだ。

 

 基本的にシナリオというものは()()()()()()()()のだ。山も谷もない人生は平凡であり平和ではあるが、物語としては四流にすら届かない。起伏があってこそ物語は成立するのだ。だから時間関係のSF小説はお決まりとして一回は失敗してそして時間を撒き戻したとか、やり直す為に巻き戻った結果バタフライエフェクトが発生した、とか、そういう風に実は既に時間による改変が行われていた、というのがお決まりのパターンである。

 

 その事実やヒントが読者に対して表示されない限りは改変前か改変済みか把握のしようがないのだから当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが、いい感じにテンプレートとなっている。

 

 ここで問題なのは自分が()()()()()()()()()()()という事実であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。これが初めてなのか、それともこれはン千回繰り返された時間軸なのか、それとも時間遡行によって改変された結果の時間軸なのか、時間遡行だけを行っている者からすれば確認する方法がない。ただ、自分の感覚を信じれば、

 

 たぶん()()()()()()()()()()という感じだ。妙な慣れ、存在しないはずの経験、鍛えた覚えのない技術、そして胸の内に広がる感情と思い。それはまるで他人の物の様で、何よりも自分の中に馴染む物の様に感じる。テンプレ的に考えれば―――こう―――。

 

 

 

 

「おーいー」

 

「んあっ……?」

 

 目の前で振られている手にぼんやりとしていた視線に焦点を合わせる。頭を軽く左右へと振ってから目頭を軽く指で揉み、正面へと視線を向ければ、覗き込んでくるように顔を近づける少女の姿が見えた。焦点が段々と合わさり、その姿は見たことのある人物―――茶髪の、アイドルのクーナである事が理解できた。

 

「うぉっ、クーナじゃん」

 

「こんちはー、って大丈夫? なんか魂が抜けたみたいにぼーっとしてたよ? お仕事の方を頑張りすぎてない?」

 

「うーん……少し働きすぎてるから今強制的に休みなんだよねぇー……」

 

 なんだっけ……何かを考えていた気がするのだが―――まぁ、忘れてしまったのなら大したことではないのだろう。もう一度だけ明るく頭を左右へと振るって眠気を飛ばして意識を呼び戻した。うっし、と自分の意識に活を入れる。それだけで大分頭が働くようになってきた。

 

「って、アレ、クーナちゃん何やってるの。お仕事?」

 

「オフだよ、オ・フ! まぁ、私も一応アイドルだからね? たまーにはちょーっと休日を貰っていないと怪しいというか顔が見える範囲で休日を取っている姿を見せていないと周りの人にブラック環境で働いていると思われちゃうから」

 

「まぁ、実際は違う意味でドブラックなんだが」

 

 虚空機関、裏切り者の粛正とかを行っている組織がブラックじゃない訳がない。だがそんな事を欠片も表情にクーナは見せなかった。そしてその代わりにと、はにかむような笑みを見せてくれる。

 

「まぁ、いろんな意味でそうなんですけど―――あ、いや、そうなんだけど! それよりも貴女は今暇? ここに事務所(ヴォイド)から休日用に貰った映画のチケットがあるんだけど……一人じゃ味気ないし一緒にどうかな?」

 

 少しだけクーナの頬が赤い―――こういう経験がないのだろうなぁ、とは容易に想像が出来た。考えてみれば幼少のころから虚空機関で検体として、粛正者として、始末屋として活動し、訓練していたらしいのだ。今更一般人……とは少し呼べないが、そういう類の振る舞いには経験が浅いのだろう。そう思うとなんだかクーナが更に可愛く見えてきた。

 

「勿論ご一緒させてもらうわ―――給料はクーナの方が多くもらってそうだしそっちのオゴリでなぁ!」

 

「まって、そっちの方がもっとメセタ貰ってるでしょー、もう!」

 

「悪いな、昨日800万をドゥドゥに奉納してきたんだ」

 

「それを聞いて私生活が不安になってきた……」

 

 そこら辺は大丈夫だ。アークス用の活動資金と、生活用のメセタとは別に管理している。マトイを養わないといけないのだし、お金が入ったらその何割かを生活費として貯金し、残ったのをアークス活動用に使っているのだ。こう見えて割と生活の方ではお金が余って余ってしょうがないのだ。マトイが本格的に料理を頑張っているし、もうちょっといい料理器具を購入してあげた方が良いのだろうか。あとできたらもっといい部屋に引越したい所だ。

 

 ただ引っ越し、割と難しい、という話は聞くからそこら辺はどうなのだろうか。

 

 そんな事を考えながらも、クーナに誘われて映画館へと向かう事になった―――リアルにアクションをしている環境だったり、映像なんて簡単に入手できる時代だし、そこらへんの産業が生きているのには少しだけ、驚いた。何せカジノすら存在していないのだ、遊び系の文化は大体死滅しているものだと思っていた。少なくともアークスにとっては。

 

 

 

 

 そうやってクーナに連れてこられた映画館で見るのはアニメーションの映画だった。内容は四十年前の、ダークファルス【巨躯(エルダー)】と呼ばれるダークファルス、そしてそれを倒した三英雄であるレギアス、カスラ、そしてクラリスクレイス。このアニメーション映画によればカスラもクラリスクレイスも代替わりしており、クラリスクレイスによれば既に三代目になっているのだとか。そういえば、三英雄は襲名制度だったなぁ、という事を思い出す。

 

 映画の内容はシンプルで、三英雄を筆頭としたアークス達が協力して、アークスシップに匹敵する巨体を持つ【巨躯】と戦い、そしてそれを撃退する内容だった。ちょっとしたロマンスが混じっていたりはしたが、だが大体の内容としてはアークスが宇宙の脅威に対して立ち向かい、そして見事滅ぼす事に成功した、という内容だった。久しぶりに見る映画だったが、割と楽しめて、思わず二人で食べるポップコーンが進んでしまった。最近では体を動かしてばかりだったし、こういう娯楽があるのならもう少し真面目に遊び場を探すのも悪くないかもしれない、そんな内容だった。

 

 映画を見ながらクーナは小さな声で、此方にのみ聞こえる様に呟いてきた。

 

「私ね、今度映画のお仕事を貰うかもしれないんだ」

 

 クーナは話を続けた。

 

「私の上司にちょっとセンスが五段階評価で0な奴がいるんだけど―――ソイツのせいでね、私、アイドルなんて始める様になったんだ。最初は何で私が、とか。意味なんてあるの? どうせヤラセで注目を浴びるんだとも思ったの。だけどね、全然そんな事はなかった」

 

 楽しかった、とクーナは言った。

 

「基本的にほら……誰も笑顔にさせられない事やってるでしょ? だから歌って踊って笑顔を振りまいて……それで見ているみんなが笑顔になってくれるのを見ると少しだけ、自分が生きてきた事に意味を見いだせたの。闇から闇へ、そうばかり思ってたのにそんな事もなかった。それに仕事も最初は事務所(ヴォイド)が引っ張ってきたけど、途中からは完全に私とマネージャーと実力で引っ張ってきてるんだよ?」

 

 だからね、

 

「貴女に感謝してるんだ。きっと、私がこうやって人並みの幸せ、楽しさを一人じゃなく誰かと共有出来ているのは貴女のおかげだから。あとついでにクソダサセンスな上司にもほんの少ーし、少ーしだけ、こんな私でも誰かを笑顔にさせられるという事を教えてくれたから感謝してもいいかもしれない」

 

 ありがとう、横でポップコーンを片手に、クーナはそう言った。

 

 

 

 

 こんなにも当たり前だと思える休日が当たり前じゃない人も、世の中には―――いるのだ。マトイはそもそもその世界に受け入れられる事もなく消えそうで、クーナはその世界を海の下から眺める様に、引き上げられなきゃ眺め続けるだけだった。

 

 探せばそれもそれなりに増えて来るかもしれない……まるで異世界の様だ。そう思ったところで実際にここは異世界だった、と、思い出す。

 

 あの頃、ネットゲームを遊んでいた大学生の時と、たった数か月しか経過していないのに、物凄く世界は変わってしまった、と思う。これからの流れは全く見えてこないし、何のために自分があるのかはわからない。それでも、

 

 出来る事だけは解っていた。

 

 ―――クーナと映画館へと出かけてから一週間後、

 

 ハドレッドを見つけたらしく、彼が浮遊大陸の奥地で待っている、とクーナは告げた。

 

 (ハドレッド)を終わらせる。彼女はそれを決意し―――見届けてほしい、そう自分に願った。




 風邪っぽく調子悪いので更新遅れ。

 という訳で、クーナ編クライマックスも近いという事で


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Violet Tears - 3

 マイシップが徐々に宇宙空間からアムドゥスキアの上空へと移動して行くのがマイシップの窓から見えて来る。フォトンドリンクを片手に、それを呑みながら少しずつ下降して行く様子を眺め、小さいアラート音に情報の更新が入ったのを確認する。手元に転送されてきたファイルを確認すれば新たな座標軸が表示されており、それをマイシップに入力する。それに従い、マイシップが移動する。飲み終わった空っぽの容器をダストビンにシュートしながら、軽く息を吐き、

 

 そして背中に背負った二刀の刃を抜く。忍刀みたいに細く、短い、見た目は頼りなさそうな実体刀の様に見えるが―――その実は環境でもトップの攻撃力を誇る武器、ニレンカムイだ。PSO2というゲームは上位の武器のほとんどには潜在能力が設定されており、ドゥドゥに賄賂を送る事によってそれを覚醒、運用することが出来る。ニレンカムイの潜在能力は【暗心舞踏】、PPが半分以下の場合に攻撃力が飛躍的に上昇するという潜在能力であり、フォトンアーツを連打すれば簡単にPPを蒸発させることが出来るゲームの仕様上、恐ろしい程に使いやすく、威力の出る武器だった。

 

 そのアホみたいな使いやすさはオラクル環境に変化しても変わらない。過剰ともいえるフォトンの量を体に感じ、ほぼ無制限にフォトンアーツを放つ事が出来る。だが逆にそれを体から追い出す様にすれば、体内のフォトン量を調節する事も出来る。それで無理やり【暗心舞踏】を発動させることが出来るのは既に確認済みだ。特殊能力も追加されている所謂完成品のこのニレンカムイはまだゲーム時代だった頃にマイシヨップで数百万で購入したものだ―――これをこっちで売り払おうとしたらマイショップでは無理で、おそらくオークションでも多額の金額が設定されるだろうなぁ、とは思う。

 

 武器回りの環境の変化には驚きつつも、これは本気装備とも言える武器だ。星11が伝説級とも認識されそうな現在のオラクルの武装環境においてニレンカムイを持ち出せば、いらない注目を浴びる事になるから持ち出す事はなかったのだが―――今回ばかりは事情が違った。

 

 マイシップがやがてアムドゥスキアの上空で停止し、テレポーターが解禁される。セットされた座標に対する入口が開き、今日はヘッドフォンなし、ヒーローマフラーとアイエフブランドのみの姿でそのまま、ニレンカムイを背負ったままテレポーターの中へと飛び込む。落下する様な浮遊感にはもう慣れきっており、最初は感じた違和感はもうない。一瞬の転送と共に体はしっかりと大地を感じ取る様に着地し、

 

 アムドゥスキア上空、浮遊大陸へと到達する。

 

 正面に広がる浮遊する大地の奥に見えるのは、神殿の様な空間だった。青い幾何学模様の刻まれたキューブが形を作る神殿の様な、遺跡の様な空間が見え、遠くにそこに近寄ろうとしない龍族の姿が見える。いや……近づこうとし、躊躇する姿だろうか。その姿を見てから横へと視線を向ければ、いつの間にか、音もなく、虚空から滲み出すように出現する、ゼルシウス姿の彼女が―――クーナがいた。

 

「今日は私の為にありがとうございます―――ハドレッドはこの先、龍族達にとっては神聖とも言われる場所、龍祭壇の一部を占領する形で居すわっている……いいえ、此方を待っています。聡い子なのでたぶん覚悟も理解もしているんです……終わりが近い事を」

 

 そこでクーナは言葉を区切り、歩き出す。

 

「行きましょう。あの子を終わらせに……」

 

「あいよ」

 

 流石に今日ばかりは茶化す気にはなれなかった。クーナを先頭に、浮遊大陸を進んで行く。覚悟を決めた様子で前に進むクーナの後ろ姿を見て、ハドレッドを終わらせるという言葉が本気であるのが理解できた。そこに自分の存在が必要かどうかは―――まぁ、呼ばれたからには必要なのだろう。気持ちは解らなくもない。何か、大きなことを成すとき、人生の分岐点に立った時、その時は妙に不安で、誰かの存在を感じたくなる。

 

 つまりはそういう事なのだろう。

 

 ややピリピリした雰囲気のクーナが一緒にいるせいか、龍族は出現せず、ダーカーの気配は一切ない―――或いはハドレッドが既に全て喰らってしまったのかもしれない。少々珍しい、完全に平和な浮遊大陸エリアの姿がここにはあった。特に会話をすることもなく、無言で奥へ、龍祭壇へと向かって進んで行く。

 

 そうやって歩き続けて十分程、沈黙に耐え切れなくなったのか、クーナの方から切り出してきた。

 

「―――聞かないんですか? どうなったか、とか」

 

 振り返る事無く問われてきた言葉に対してそうだなぁ、と言葉を置き、返答する。

 

「まぁ、興味はある。それに知りたいとも思っている。そうじゃなきゃここまで手伝ったり付いてこないし―――」

 

 だけどそれとは別に、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()な。俺達の付き合いはそんなに長くはない。だけど俺はクーナを友達だと思っているし、自惚れじゃなきゃそう思われていると思ってる。だとしたら俺とお前で立場は対等だろ? 始末屋だとかアークスだとか実力とか、そう言うのを抜きとして友人として対等な立場だろ? ―――だったら頭ごなしに教えろ、関わらせてくれ、解決させてくれ、って突っ込んでくのは間違いだろそりゃあ」

 

 そりゃあ市街地のドームの件ではとてもだが耐えられない―――というか突っ込んでいなきゃクーナが死んでいた事だから自分から踏み込んだ。だけどそれとは別に、基本的に他人の意見を尊重する事にしているし、自分が強いから、特別だから、アークスだから、年上だから、とか、そんな理由で誰かを下に見たりするのは嫌だと思っている。

 

 我は我、彼は彼。しかし、同時に同じ一人である。

 

 故に一人と一人、我らは対等である―――それだけの話だ。

 

「まぁ、困って困って余裕がないけど助けの声を出さない―――って時は流石にこっちを向けよぉ! って顔面掴んでこっちに向けさせるけどさ。そうでもなきゃ俺、待つぜ? クーナも割と今は張りつめているけど()()()()()()()()()()だろ? だったら納得した時に話してくれるだろうし、それを待つさ」

 

 まぁ、その代わりに、

 

「俺がどうしようもなく困った時とかは容赦なく助けてくれ。俺、かっこつけて助けを呼ばないから」

 

 クーナはその言葉を聞きながら足を止めて、少しだけ、呆けたような表情を浮かべていた。しかし、直ぐにその表情は崩れて何かを言おうとして、そして小さな、呆れたような表情へと変わる。溜息を吐きながら此方を見て、

 

「なんというか……私生活が心配になってくるレベルでどこか適当ですね」

 

「あ゛ぁ゛!? こう見えても俺はマイルームでは家事を一切やらない怠け者の兄ちゃんなんだぞ!! ―――アレ、反論できてねぇや。チ、仕方がないなぁ……今回は負けた事にしておこうか」

 

 そう答えるとクーナがジト目を此方へと向けてきた。少しだけふざけすぎたかな? なんて事を考えたが、溜息を吐きながら振り返るクーナの姿、小さくだがそこには笑みの姿が見えた。笑えるならまだいい。大丈夫だろうそう思いながら歩き出せば、前よりは空気は幾分かやわらぎ、そしてクーナの声が聞こえて来る。

 

「実は私、実験体に選ばれていたそうなんです」

 

 そう切り出した。

 

「透刃マイ―――創世器であるこれを扱える人間は本当に少ないらしく、虚空機関内で実際に振るえる人間は私一人でした。ですから私はそこまで酷い実験に巻き込まれる事はなかったんですが……そんな私に対して実験の手が伸びて来たらしいです。その内容もシンプルなものでダーカー因子の投入による人為的な肉体の強化、半ダークファルス状態とも呼べる人間の生成らしいです」

 

 横へと視線を向ければ風に乗って飛翔するクォーツ・ドラゴンの姿が見えた。煌めきながら飛行するその姿が此方を見て僅かに光ったような気がする―――もしかしてコ・レラなのかもしれない、そんな事を考えながら段々と浮遊大陸の大地の感触から、硬く冷たい遺跡の感触へと変わって行く足場を進んで行く。

 

「こうやって私を見れば解るかもしれませんけど、私がその実験の対象になる事はありませんでした―――ですがその代わりにハドレッドが庇うように実験の対象となりました。後は大体想像できると思います」

 

 ハドレッドの体内のダーカー因子を感知できる為、そして今までの物語の流れを見ていれば大体察せる事だ。ハドレッドの実験は失敗した。大量のダーカー因子を宿したハドレッドは暴走、そして研究所を脱走した。それに便乗して多くのクローム・ドラゴンが脱走し、クローム・ドラゴンはアークスの敵となった。事情を一切知らされていなかったクーナはそのまま、ハドレッドが裏切りものとのみ知らされ、その始末を実行しようとしていた。

 

 最初から最後まで虚空機関の掌の上で踊らされていたのだ、クーナは。

 

 ―――ドームでハドレッドと共倒れしていたクーナの姿を思い出すと、やはり、あの時クーナが死んでいた理由は虚空機関のように思える。貴重な創世器の使い手を実験材料に使おうとするのは少し、理解できない行動だ。そしてハドレッドの失敗を見れば()()()()()()()()()というのも解る事だ。なのに、クーナという貴重な検体を利用しようとしたのだ。やはり、虚空機関はあらゆる意味できな臭い。

 

「ハドレッド……本当なら助けてあげたかったんですけどね……もう、アークスに何度も襲われて、追い詰められて、それで限界みたいなんです。たとえここで何らかの奇跡があってダーカー因子を取り除く事が出来ても―――」

 

「―――アークスの敵としてクローム・ドラゴンという種族が登録されてしまっているから結局襲われてしまう、か」

 

「えぇ、ですから、ハドレッドを私が―――終わらせます」

 

 もはやそれ以外にハドレッドに道は残されていなかった。たとえ時間を撒き戻しても、虚空機関からハドレッドとクーナの二人を連れ出したとしても、救う事は出来ないのだろう。裏切り者として始末屋に追われる日々が始まるのだから。だからクーナを生かす為にはこれが最善で、そしてハドレッドを救う方法は()()()()()のだ。なんともまぁ、歯がゆい話だ。無敵最強のご都合主義―――安藤をめざし、なろうとしても世の中、どうにもならないことがある。

 

 クーナにとってハドレッドは家族だった。彼女を支える存在だった―――それを救いたいとただの友人が願うのは果たして傲慢な事なのだろうか……? それを口にすることはなかった。ただクーナの口から零れて来る言葉に耳を傾けて、そして前へと進む事だけを続けた。

 

 やがて浮遊大陸の土の大地は終わる。

 

 そしてその代わりに遺跡の大地へと足元は変わる。龍族の気配はここに来ると激減し、生体反応も最奥に待ち受けるハドレッド以外は自分とクーナ、二人分しか残らなかった。進んで行くたびに今までは静かだったが、音が響く材質なのか、やけに足音が反響して奥まで届いている様な、そんな場所だった。

 

 ゲーム時代に何度も訪れた龍祭壇だったはずなのに、状況も、目的も変わってくるとなぜこうも心境が変わってくるのだろうか……そんな事を思いながら、長い、長い通路を歩いて抜けて行く。段々とハドレッドに近づいて行くにつれ、高まって行くダーカー因子を肌で感じ始める。ダークファルスには届かない脅威だが、それでも並のアークスからすれば絶望的なレベルだろうとは思う。それを感じ取りながら先へと進んで行けば、

 

 やがて最奥へ、邪魔される事無く到着する。

 

 一際広く、大きい部屋だった。青いキューブ状の石に囲まれており、逃げ場が入口以外に一切存在しない、そういう場所だった。クーナと横に並んで中に入れば、この空間に似つかわしくない白く、鋭利な、刺々しい体を持った造龍の姿が見えた。

 

 広間の中央で、静かに待ち受ける様に目を閉じ、その角に黄色い布を巻いた、ハドレッドの姿がそこにはあった。




 今回は短め、本番は次回からという事で。

 安藤さんの許せないものナンバーワンは涙らしい。


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Violet Tears - 4

 ハドレッドがゆっくりとその眼を開けた。

 

 ―――そこには理性の色が一欠けらも残されていなかった。

 

 今、この瞬間、クーナと出会うこの最後の瞬間の為に、ハドレッドは残るフォトンを全てその理性の確保へと回していたのだろう。ハドレッドの瞳がクーナと此方を捉え、そしてそれと同時に敵意がその全身を覆って行く。殺意が視線を通して滲み出し、その身に宿ったダーカー因子と浄化しきれていないダークフォトンが高まって行く。もはやハドレッドにクーナの弟としての、彼女を守ろうとした誇り高さは見えず。そこに見えるのは()()()()()()()()()()()()だった。大きく背を仰け反らしながらクローム・ドラゴンが殺意の咆哮を龍祭壇に響かせる。その声に乗ったダークフォトンが大気を揺るがしながら直接衝撃波となって体を揺さぶりにくる。それに対して体内のフォトンを練り、それで体への影響を抵抗(レジスト)しながら抜けて、静かにニレンカムイを両手に握る。

 

 同じように、色も形も存在しない透明な刃―――創世器・透刃マイをクーナは抜いた。

 

「……馬鹿……馬鹿だよ、あんたは―――」

 

 そこでクーナは言葉を区切り、その眼に力を入れた。持ち上げた左手に一瞬だけ、六枚の花弁を象った様なエンブレムが出現し、淡い光となって消えた。直後、マイを両手で握り、前傾姿勢で構えるクーナの姿が見えた。振り返る事無く、クーナは言葉を告げる。

 

「これより……目標を、始末……します。アキナさん、力を貸してください」

 

 喉の奥底から捻り出す様な、苦しみの混じった声。或いは始末屋として徹しないとハドレッドと向き合うことが出来ないのかもしれない。家族と向き合い、そして本気で殺さなくてはならないその心境―――とてもだが共有出来るものではない。その苦しみは同じ苦しみを味わった人間にしか出来ない。だから、部外者であり、一人の友人として出来る事は、

 

「あいよ」

 

 軽く答え―――少しでもハッピーエンドに到達できるように、全力でぶちかますだけだ。

 

 ハドレッドの咆哮が終わるのと同時にその巨体が凄まじい素早さで跳躍し、両手を掲げながら引き裂くように飛びついてくる。それをクーナは横へと跳躍する様に回避し―――自分は一切回避する事なく、前へと向かって踏み込んだ。体内のフォトンを一気に吐き出し、【暗心舞踏】が発動する領域へと自分を追い込む。それと同時にフォトンアーツ・レイジングワルツで下から切り上げる様に飛び込んでくるハドレッドに顎下へと潜り込む。

 

そぉら(リミットブレイク)

 

 顎下を切り上げながらよこへと逸れる様に跳躍、発動したリミットブレイクと 【暗心舞踏】に任せた肉体とフォトンの強化を練り合わせ、そのまま下へと抜けて行くように地面に両手を叩きつけるハドレッドの脳天にシンフォニックドライブで急降下の追撃を叩き込む。だが生物としての質量が違い、それで頭を床に叩き付ける事は出来ない。

 

 反動で体を後ろへと蹴り飛ばし、距離を取りながら一瞬で出現したクーナが透刃を振るう。恐ろしい程に気配も動きも感じさせずに振るわれた刃はフォトンアーツでもなんでもなく、ただの斬撃、或いは暗殺の技と言っても良い技術だった。だがたったそれだけで、

 

 一振り、それでハドレッドの背に在った黒い両翼の内、左のそれが半ばから切断された。切断した動きそのまま、反対側へと着地するとクーナがフォトンと気配を抑え込み、マイの機能を使う事無くそのまま姿をハドレッドの動きによって巻き上げられた埃に紛れる―――今の動き、そして創世器の理不尽さ、アレで狙われると思うと正直、恐怖を感じる。

 

 だがそんな事を感じ取るよりも早く、大地を大きく薙ぎ払う様に両腕が体とともに振るわれる。あまりクーナの方を心配する余裕はないなぁ、と考えながら空中で横へ一回転、小さく滞空して落下までの時間を稼ぎ―――フォールノクターンを放つ。素早く着地しながら前へとステップを取ってハドレッドへと接近する。片目でこちらを捉えた造龍が此方を攻撃する為に尻尾を振るってくる、それを跳躍で回避した瞬間を狙って体全体でのタックルが迫ってくる。

 

「と―――」

 

 が、素早く全クラスツインマシンガンへと武器は切り替えてあり、サイドロールでギリギリ、突き出た棘に服を少しだけ切らせながらも反対側へと抜ける様に回避し、着地する。そのまま武器を再びニレンカムイへと戻す。大きく跳躍すれば足元を腕が薙ぎ払った。

 

 そして同時に咆哮。ハドレッドの体へと視線を向ければ、その体に裂傷がいくつか刻まれているのが見えた。何時の間にそれが刻まれたかは解らないが、間違いなくクーナが成したのだろう。これ、自分はいらないのではないだろうか。そう思った直後、ハドレッドのダーカー因子の高まりを感じる。素早く大地に着地しながら大きくバックステップを取る。ハドレッドも大きく後方へと跳躍し、そして咆哮を響かせる―――音が反響し、部屋に満ちていた埃が全て払われる。

 

 それに合わせ、床を突き破って杭が出現した。

 

 的確に自分と―――おそらくはクーナを殺す様に突き出た杭を横にステップを取って回避しようとすれば、それを待ち受けたかのように足元から赤い杭が突き出してくる。素早くシンフォニックドライブの加速を使って回避し、背後で杭が出現する音が聞こえる。その音と共に正面へと向ければ、床全体が赤く染まっており、どこからでも杭は出現できる状態にあった―――自分が知っているクローム・ドラゴンよりもこれは遥かに凶悪だ。

 

 ―――まぁ、突っ込む以外ないんだけどな。

 

 空中でステップを踏んで加速だけで動きを止めつつ、そのまま正面、ハドレッドへと向かって疾走する。それを理解してかハドレッドが空中へと浮き上がり、八に届く杭を空中に出現させる。その全てが接近を狙う此方へと向けられて―――即座に発射された。おそらくは見えづらいクーナよりも動きが派手で見やすい此方を狙っているのだろう。

 

 いや、

 

 ―――本能的にクーナへと攻撃をすることを忌避していると、考えた方が夢があるじゃないか。

 

「いてもいなくても一緒―――だなんて言われたくないし、良い所を見せようじゃないの」

 

 透刃マイでの凄まじい切断力を見せるクーナの動きには負けたくはない。そんな小さいプライドを抱きつつも正面、発射された杭へと向かって跳躍し、

 

 射出された杭を踏んだ。そしてそれを踏み台にしながら跳躍、続けざまに射出され、連続で放たれる杭を足場に、跳躍から跳躍、それを繰り返しながら一気にハドレッドへと接近する。ダークフォトンの塊だった杭を踏んだことで多少、体内のフォトンが削れ、痛みが足の裏から中心に体に広がる。だけどそんな事よりも昔、こんな風にビルからビルへと飛び移って移動出来たらかっこよかったなぁ、なんて考えた自分の事を思い出し、小さく笑い声を零す。

 

さて、と(フューリースタンス)

 

 最後の杭を蹴りながら跳躍し、体が滞空する。横向きになりながら、緩く回転する様にハドレッドよりも高い位置へと跳躍している。見下ろす様にハドレッドへと視線を向けてから、素早くクーナを探し、その姿を見つける。ゼルシウスが隠密性に優れているというのは最初、眉唾物だったが本当だったらしく、今、彼女を見ようとすると僅かにぼやけて完全に見ることが出来ない。驚異の技術力だなぁ、と思いながら、体が横向きに徐々に落下をはじめ、

 

んじゃあ(リミットブレイク)そろそろ(デッドラインスレイヤー)―――本気で落とすか(クレイジービート)

 

 フォールノクターンで一気に落下を開始する。速度を乗せて双小剣を削る様にハドレッドの顔面へと突き刺し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。顔面に二線の斬撃を刻んでからクイックマーチ、蹴り上げながら回転して高度を稼ぎ、顔面を超強化された蹴りで上へと叩き上げる。杭の射出の状態が終わった直後、硬直している瞬間を狙った一撃は的確にハドレッドの動きを拘束し、その顔面を砕いた。

 

 しかし、終わらない。

 

 そのまま動きを止める事なくワイルドラプソディによる回転斬撃を放ち、斬って押し出しながら距離を生み、生まれた距離をシンフォニックドライブで縮め、蹴り出しながら自分を上空へと蹴りだす。構図は再びハドレッドが下、そして自分が上という図解に帰還した。ハドレッドの姿は僅かながら落下しているが、それも一秒にも満たない連撃からの高速連携、ほとんど高度に変化はない。そして―――フォトンアーツによって程よくフォトンを減らした今からが本番だ(【暗心舞踏】)

 

「真の安藤は一度打ち上げた敵を完全に破壊しつくすまで落とさない―――なんてな」

 

 ここは現実(オラクル)。ここは現実(地球)じゃない。だから、ここではゲームという仕様では決して出来なかったことが出来る。

 

 たとえば、巨体を蹴り上げる、とか。

 

 ―――故に一切の慢心、躊躇、そして保身を投げ捨てて破壊のループに入る。

 

 フォールノクターン、クイックマーチ、ワイルドラプソディ、そしてシンフォニックドライブ。ゲーム環境であれば連続で繰り出せるフォトンアーツは都合により切り替えない限りは三つまで、四つを組み合わせたコンボは相当変態的な腕前がない限りは難しい。だがその制限がここには、オラクルには存在しない。その為、そんな制限を無視し、そしてフォトンの量を調節、体力とフォトンを吐き出して常に【暗心舞踏】とリミットブレイクを維持しながらループした攻撃をハドレッドの体に叩き込んで行く。

 

 最初は顔面を破壊する。次のループで腕を蹴り壊す。次のループで逆の腕を斬り砕き、顔面を蹴り上げる。次のループでは位置を調整して背中の逆の羽を使えない様に破壊しつくし、落下する寸前に腹に正面から斬撃を纏ったニレンカムイを振るう―――ブラッディサラバンド、そのフォトンアーツを持って最後の攻撃を完了させる。

 

 着地した時には知識上、破壊できるクローム・ドラゴンの全部位が尻尾を除き、完全に破壊され切っていた。その衝撃がハドレッドには凄まじい物だったらしく、まともに着地さえできず、そのまま転がる様に床にハドレッドが倒れ込んだ。

 

 狙い穿つ様に無明の斬撃が放たれた。色もフォトンさえも感じさせない最高峰の武器はその使い手(クーナ)によって音もなく振るわれ、尻尾を一閃で切断し、流れるような動作でそのまま足の腱を切断し、手首も同様に解体し、そして、

 

 そのまま、首に深い斬撃を刻んだ。

 

 熱したナイフでバターを割くように透明なマイの刃はハドレッドの首に沈み込み、そして動けず、抵抗も出来ないハドレッドの頸動脈を切断した。おそらくは、頸動脈なのだろう。結果として大量の血を噴出し、それが一気に龍祭壇の床を濡らしているのだから。本来であればダークフォトンかフォトンによって即座に治療される傷ではあるが、

 

 それはまるで阻害されるかのように、致命傷となって残っていた。

 

「ほんと……馬鹿だよ……かっこつけちゃって……」

 

「……」

 

 ニレンカムイを降ろし、視線をクーナへと向けた。もはやクーナも構えてはいなかった。ハドレッドの死は確定していた。それを悟ったからか、或いはそれで正気を取り戻したのか、倒れ、動かなくなったハドレッドの目には穏やかな理性の色が戻ってきていた。

 

「そんな事しなくていいのに。私もいつかは闇に消される立場なのに……」

 

 始末屋になり切れていない、アイドルの彼女との狭間の様な、今の彼女の心境の様に揺れている、そんな言葉づかいだった。そう言いながらクーナは涙をぽろぽろと、流していた。それを見て、ハドレッドが小さく笑みを浮かべていた。ハドレッドの表情にあるのは、やり遂げた男の表情に、自分には見えた。それを見てしまい、自分には何も言えない。だから、振り返り、一人と一体の家族へと背を向けた。

 

 ―――これ以上は野暮という奴だろうなぁ……。

 

 そのまま、何も告げる事もなく、龍祭壇の入口へと向けて歩き始めた。後ろからすすり泣くクーナの泣き声と、そして宥めるように響く、低いハドレッドの声が聞こえて来る。それを耳にしながらどうしようもないやるせなさが胸の中に溢れていた。

 

 それを抱えたまま、会話が聞こえない広間の外、一本道まで戻ってくる。

 

 そこで適当なキューブを椅子代わりに座りこみ、ニレンカムイを仕舞った。

 

「……どうしようもねぇなぁ、虚空機関」

 

 もし、今回の事件、そこに明確な黒幕を定義するとすれば―――それは間違いなく虚空機関の存在になるだろう。犠牲を強いる―――いや、涙を強いるやり方は許せない。たとえその技術が全体の発展の為になる事だったとしても、涙を流し、それが正当化される事に正義は存在しない。存在できない。だから、虚空機関は明確な悪だ、少なくとも自分にとっては。

 

 とはいえ、そう考えても自分がどうにかできる訳ではないのだが。ただ、今回の件を忘れず、ハドレッドとクーナと同じような存在を―――。

 

「―――永遠のencoreか……」

 

 話し声は聞こえないが、歌声は響いてくる距離だったらしい。前にクーナに永遠のencoreと教えられた歌、それをレクイエム代わりにハドレッドへとクーナが送っているらしい。それに耳を傾けながら、小さく溜息を吐く。

 

 これじゃあハッピーエンディングからはほど遠い。

 

 ご都合主義のスーパーヒーローは到底名乗れない。

 

「なぁ、シオンさんよ……無敵のマターボードでもこれはどうにかならなかったのか……?」

 

 空に向かって呟いてみる。だがマターボードの反応はなく、当然の様にシオンからの返答はなかった。この死、だけは、どうあがいても覆せなかった。あのドームでのクーナの死は覆せても、それでもハドレッドが死ぬ事は必要だったかのように、時は流れる。

 

 一度はその死を覆したことだけに、

 

 無性に悔しく、

 

 強く噛んだ唇から血の味がした。




 クーナ編おしまい。基本的に細かい部分や戦闘面の変化は存在しますが、大筋は公式ストーリーから逸脱しない様になってますの。ここがおかしい、ここの順番は変えるべきとか、そう思ったところを修正しつつ、結果として公式と変わらない、という感じになるかと。

 まぁ、ここまで読んでれば大体解る事だけどネ!

 という訳でEP1も終わりが見えてきましたな


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The Garnet Sky - 1

「あ゛―――……」

 

「凄いやる気のない声出してるね」

 

 マイルームのソファでごろごろ転がっていると、そんな声がマトイから向けられてきた。視線を彼女へと向ければ、私服の上からエプロンを装着し、掃除機を片手にリビングを掃除しているマトイの姿が見える。そうやって掃除する姿にも見慣れたなぁ、とここ最近は思うようになった。最初は家事をしてくれる女の子って見ているだけでいいよな、と思ったりもしたが、それが日常的に続くと割と飽きる。

 

 つまり、普通になってしまった。悲しい。とはいえ、家賃が払えない、特に何か技能がある訳でもないマトイからすればこれが家賃や生活費替わりになっている為、しっかりと家事をやっているのが解る。頑張っているもんだし、家事が壊滅的な身としては非常に助かっているのだが、ドンドンオカン属性の強化を感じる。その内、マトイから自分に対する遠慮が完全になくなりそうだ。

 

「それにしてもこの前連れて行ってくれたライブ、お客さんがいっぱいいて、凄かったね。アイドルの人もすごいキラキラしててまるで別の世界の人だったみたい」

 

 マトイのその言葉に小さく笑い声を零しながら、欠伸を漏らす。眠気を誘っているのは決して今が平和でやる事がないだけではなく、つい最近のライブで新しい持ち歌として追加された永遠のencore、それのオルゴールをライブで本人から抽選で貰う事に成功したからだ―――まぁ、おそらくはどっかで抽選に操作が入ったような気もするが。その優しいメロディを聞いていると、少しずつ眠くなってくる。ハドレッドが安らかに眠れたのも納得の行くメロディだ。

 

 まぁ、それとは別にハドレッドが遺した武器もあるし―――あまり役に立たなかった身としてはちょっと、報酬の貰いすぎではないかと思いつつもある。が、損得で動くのは友情ではない。もっとそれは衝動的なものだと思っている。だからそこらへん、あまり深く考えてはいけないのだろうなぁ、と思っている。

 

 ふぁぁーあ、と軽く欠伸を漏らしながらソファに横たわったまま眠ってしまおうかと思った時、マイルーム内にベルの音が響いた。外からの来客を告げるベルの音だ。対応がめんどくさいなぁ、なんて事を考えながら音声モードだけでホロウィンドウを作り出して、そこに素早く返答する。

 

「牛乳は間に合ってます」

 

『おい! 牛乳じゃねぇよ!』

 

「新聞も間に合ってます」

 

『新聞でもねぇよ!』

 

「じゃあ宗教……? でもこの間噴水に沈めて来たばかりだし……」

 

『お前何やってんの……?』

 

 声が普通にゼノの物だったので、扉のロックを解除して中に入れる。まだ扉だけは手つかずで、普通の、そのまま鉄のオートドアなので、それが横へとスライドする様に開き、向こう側にいたゼノ姿が見える。よぉ、と片手を上げて挨拶してくるゼノに対してこちらも起き上がる事無く片手を持ち上げて返答を返す。それを見ていたゼノが呆れたような表情を返す。

 

「いや、お前、もうちょっとなんか態度はないのか……あ、こんにちわマトイちゃん」

 

「はい、こんにちわゼノさん。出来たら隣の部屋には入らないで貰えると助かります―――アキナさんが脱ぎ散らかしたのをまだ片づけ終ってないので」

 

「ほんとお前には勿体ないな、この子!」

 

 俺もそう思う、と、そう答えながら軽く欠伸を漏らしながら起き上がり、ソファに足を組むように座りなおす。部屋の中は大体下着姿で何時もごろごろしているのだが、今日はちゃんと服を着ていてよかったなぁ、なんて事を考えながらもう一度だけ欠伸を漏らし、

 

「んでどうしたんだよゼノさん」

 

「あぁ、そうだそうだ……なんかお前の相手をしようとすると毎回本題からそれて行く様な気がするんだよなぁ……ってそうじゃなかった。お前、ナベリウスの遺跡エリアに行ったことあるか?」

 

「あるー」

 

 じゃあ話は早いな、とゼノが言う。

 

「近い内にちょっとエコーに度胸をつけてやろうと思ってな。ちょっと遺跡の方でゼッシュレイダの相手でもさせようと思うんだけど……ほら、俺一人だと守ってばっかりだし火力足りねぇだろ? お前、普段はファイターとかばっかりだけど、フォースとかも得意だって聞くし……ここは一丁、アイツに手本を見せてくれねぇかなぁ、って」

 

 態々それを頼むために直接顔を見せに来たのだろうか。いや、ゼノの人の好さだ、きっと本当にこの頼みごとをするためにここへ直接来たのだろう。いまどき―――というか現状、現在のオラクル船団の環境だと通信機能が非常に発達している為、こうやって直接会いに来なくたってホログラムやホロウィンドウでの映像付の通信を行う事だってできる筈だ。となると、律儀にも頼むために礼儀としてこうやって直接を顔を見せに来たのだろう。

 

 本当に人が好い。

 

「いっすよ」

 

「マジか! 凄い助かるぜ。レンジャーは出来てもフォースの適性がないからなぁ、俺は……どうしても戦い方とかを教えられないんだわ。明日……じゃ早すぎるか。じゃあ明後日頼むわ。大丈夫だよな?」

 

 無言でサムズアップをゼノへと送り、了承する。本当に助かった、今度何かを奢るから、と言質を取ってからゼノは帰って行った。その姿が出て行ったのを確認してから再びぐったり、とソファの中に沈み込む。これで睡眠再開できるなぁ、なんて事を考えていると正面、今度はゼノの代わりにマトイの姿が見えた。

 

「ソファ動かして掃除するからちょっと退いてくれないかな」

 

「えー……」

 

「えいっしょ」

 

「ぐわぁー」

 

 文句を言おうとした瞬間にはソファから引っ張り落とされていた。少し前の発言を訂正しなくてはならない。もう既にこの子の中からは遠慮という概念が消え去っていたらしい。床に転がっている此方の姿をマトイが掃除機で退け、と突っついてくる。もう少し愛情のあるやり方はないのだろうかこの子、と思いながらも現状、こうやって手放しで遠慮なく振る舞えるのは自分だけの特権―――そう思ったらなんだか許せてしまう不思議がある。仕方がない、と立ち上がり、呟く。

 

「おでかけ?」

 

「ベッドで寝る!!」

 

「うーん、普段は有能なのになんでこういう時だけまるでダメ人間になるんだろ……」

 

 休日は思いっきり体を甘やかすと決めているのだ。その為にも既にナウラのケーキ屋でアイスクリームケーキを購入し、それを冷蔵庫に叩き込んである。後は適当におやつの時間になったらお茶と共にそれを食べるだけである。自分で言うのもアレだが、割とそこらへんの金は腐るほどあるので、生活はかなり良い所のお嬢様みたいな領域に突っ込みつつある。まぁ、毎日宇宙を守る為に命を賭けているのだから危険手当が出てこれぐらいはある意味当然なのかもしれないが。

 

 それはそれとして、ここしばらくはクーナ関係でずっと走りっぱなしだった事、そしてハドレッドの結末を迎えた事によって今まで緊張した空気が抜けた、完全に駄目な状態へと突入している。ゼノと遺跡へと向かう時にまでは復活しておく予定になったが、それまではぐだぐだうだうだと、ダメ人間力を今のうちに発散させておきたい。

 

「ふぅ―――……」

 

 息を吐きながら真っ直ぐ、顔面からベッドに倒れ込む。枕の柔らかさを顔面で感じつつ、ベッドの柔らかさを体で堪能する。そうやってベッドに沈み込んでいると直ぐに眠気が襲いかかってくるが―――そう簡単には眠りに落ちる事はない。目は閉じていても、常に意識の一部はまるで警戒を続けるように覚醒を続けたままだった。眠っていても直ぐに反応し、そして飛び起きる事の出来る状態だ。

 

 そんな、慣れてしまった自分が少しだけ嫌だ。なんだか思いっきり本来の自分から外れてしまったような、そんな気がする。今更地球に戻れたとしても、多分元の生活に馴染めないような、そんな不安さえもある。それにこういう事に慣れきってしまうと普通の日常に馴染めなくなってしまう、そんな予感があった。

 

 戦えば戦うほどどこからか経験と技術を引き出す。ハドレッドとの戦いはそうだった。少なくとも見様見真似で攻撃を足場に跳躍して接近、なんて事が出来る訳がない。アレは明らかに何十、何百と想定と練習を繰り返してきて初めてできる芸当だ。それをまるで何の準備もなしに成功させるのは()()()()()のだ。だけどそれを成功させてしまった。だから少し、怖くもある。このまま戦い続ければきっと同じような事が起き、そしてドンドン戦いに対して最適化していくのかもしれない。

 

 そうしたら行きつく先は戦いが日常な、救いようのない始末なのではないだろうか。

 

 今でさえ割と戦うのが楽しいのだから、これはちょっと危険な兆候だと思ってる。まぁ、答えが得られないし、自分に選択肢が存在しない以上はウダウダ言っててもしょうがなく、戦い続けること以外に選択肢が存在しないのだが。アークスである以上、生活の為に戦う事は必須であり、また同時にオラクル船団の守護と宇宙の平和の為に戦い続ける事は義務でもあるのだ。アークスである以上、それは避けられない始末。

 

 そもそもからして自分に他の道はないのだ―――今更アークスを止めるという選択肢が取れる訳でもない。

 

 止められたとしても、多くの縁を繋いでしまった今、自分からアークスを止めるのは少し……無理だ。もう自分は十分すぎる程に此方側にズブズブ浸かってしまったのだから。

 

「―――ふぅー……」

 

 考えを止める。駄目だ、どうしても考えてしまう。無駄に何かに熱中し、何かに集中しないと、どうしても考えてしまうのだ。この世界の事とか、自分の事とか、多く残されている謎の事とか。そしてそれらは答えの出ない事であり、考えれば考えるほど、ドツボにはまって行く様な、そんな気さえする。だけどそれでも余裕が出来るとそういうことを考えてしまうのだ―――だからなるべく忙しくあろうとはしているのだ。

 

 でもこういう休日、休みの時、嫌でも考えてしまうのだ。ここは本当に現実なのだろうか? 自分はもしかしてプレイヤーに操作されている哀れな演者ではないのだろうか? 果たして真実とは―――等。深く考えてしまえばそれこそ発狂してしまいそうな、そんな気さえするのだ。だから出来る事ならなるべく考えたくはない……のだが、どうしても考えてしまう。

 

 これはもはや病気だ、としか言えない。

 

「あー……あー……」

 

「もう、そんなに唸ってどうしたの」

 

 顔を枕に埋めながら低い声で唸っていると、直ぐ近くからマトイの声が聞こえて来る。そう言えば掃除機の音がしないなぁ、と思ったが此方へと来たのか。どうしようかなぁ、どう答えるべきかなぁ、と思っていると、背中にマトイの重みを感じ、いい感じの圧を背中に感じ始める。

 

「あ、凄い。背中がばっきばきに硬い」

 

「そりゃぁ、もう、毎日この体で宇宙の塵共と格闘戦を繰り広げているからね……」

 

 そう答えながらマッサージしてくれるのか、背中から手が肩の方へと動いて行き、そこで肩を押す様に揉み始めてくれる。やや力が足りなく感じるが、それでも純粋にマトイの好意は嬉しいし、十分に気持ちよく感じる。あぁ、と声を零しながら枕に顔を生めて、マトイのマッサージを堪能していると、背中からマトイの声がする。

 

「ねぇ、大丈夫? 無理してない?」

 

「どぉーしたぁー……」

 

「ううん、ただちょっと心配になっただけ。最近無理してない? 大丈夫?」

 

「そんな事ないよー……―――まぁ、無理はしてないし辛くもないけど少しだけ疲れてる感じかな。まぁ、数時間も休めばいつも通りに戻るさ」

 

「ん……そう? じゃあ大丈夫だね。貴女はそういう事、嘘をつかないし」

 

 良く解っているなぁ、とは思うが一緒に生活しているんだから解ってくるか、とも思う。本当にいい拾いものだったなぁ、と、そう思うが、

 

 同時に、マトイに関してはこれで終わりではない、と思う。

 

 態々時間を飛び越えてまで助けたのだから、記憶喪失の彼女の過去には自分の想像もつかない物が待ち受けているのだろう、と。まぁ、その時はその時である。今は、

 

「あぁ、もうちょい右右……あぁー……そこそこ……極楽極楽……」

 

「ふふ」

 

 あと少し、再起動するまで。このぬるま湯に浸かっていたい。




 空は赤く燃ゆる(これから

 という訳でEP終盤、みなさんおなじみ経験値の塊であるあの方の復活と討伐のお話始まりますよー。サクっと日常と内心を吐露したらさあ、出撃だぞアークス、貴様らに日常なんてものはないのだ。


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The Garnet Sky - 2

「はぁーい! という訳で点呼しまぁ―――っす! いーちぃ!」

 

「二ー」

 

「三……ってこれやる必要あるの?」

 

「ない」

 

「じゃあさっきまでのテンションはなんなのよ―――!」

 

 そうやって叫ぶ、エコーの姿がある。ここは遺跡エリア―――ナベリウスの中でも一番奥に存在し、それなりに実力のあるアークスではないと侵入する事が許されないエリアだ。間違いなくエコーはそれだけの実力がないが、ゼノの事を考えればセットで許可が出たのだろうとは思う。ともあれ、ここには自分、ゼノ、そしてエコーの三人が揃っている。目的はエコーの特訓……というよりは教習だ。フォースとして相も変わらずお粗末すぎるエコーをどうにかしようという試みだ。実際、一人のアークスとして見ても支援しか行えないフォースとか産廃を超える生物だ。しかもそれでシフタとデバンドしかやらないとかちょっと控えめに言っても終わってる。

 

「と、いう訳でアークスとして完全に終わってるエコーをどうにかしよう、という事で講師として呼ばれたアキナさんである。ゼっさんに頼まれなきゃ教えるなんてクッソめんどくさい事絶対にやらないんだから感謝した方がいいよ。ホントマジで」

 

 その言葉にエコーが少し、拗ねる様に言葉を吐く。

 

「でも私、別に強くなりたくなんて……」

 

 すかさず、ゼノが言葉を挟み込む。

 

「いいや、エコー。お前は強くならなきゃいけない。俺は決して万能って訳じゃないし、何時までもお前を守っていられるって訳でもない。それにアークスになったからにはダーカーを倒す()()が存在している。言っておくけど俺達が様々な施設で割引されたり、サービスを貰っているのはダーカーと戦って宇宙の平和を守っているからなんだぜ?」

 

 ゼノがいったん言葉を区切り、

 

「強くなくてもいい、俺と一緒にいて俺の支援をしてりゃあそれでダーカーはどうにかなる……ってお前、流石にそれは”アークスになって美味しい蜜を吸おう”って考えている連中と全く変わらないんだぜ? 今までは自主的な行動に任せようと考えて来たけど、流石にアークスシップにまで襲撃があったしな。これ以上は待ってられねぇ。ってなわけでそろそろ真面目にアークスとしての義務を果たせ」

 

 じゃなければ、とゼノが言葉を置く。

 

「―――アークスを止めろ」

 

「やればいいんでしょやれば! そこまで言われたら私だって引けないわよ!」

 

 拳を握って掲げるエコーから視線をゼノへと向ける。その視線を受けてゼノは軽く肩を揺らしている。ゼノもどうやら長くは続かない、一過性の物だと思っているみたいだ。エコーのアークスとしてのモチベーションも基本的にはゼノと一緒という所がベースの為、あまり身に付かないだろうなぁ、とは思っている。とはいえ、流石に一部のテクニックしか知らないとか言うのは許せないレベルの話だ。

 

 機会があるので、みっちり詰め込ませていただこう。

 

「つーわけで、フォースも! テクターも! ハンターも! レンジャーも! ファイターも! ガンナーもできちゃう超万能アークスのアキナお兄さんが頭が憐れなエコーちゃんにラッピーでも解るレベルのフォース初級講座を行ってやろう!」

 

「今のは喧嘩を売ってるってのは良く解った」

 

 エコーに笑顔を返しながらセイメイキカミを抜き、タリスを上へ投擲、即座にイル・メギドをチャージしてそれを放った。それがこの先、草むらの中に潜んでいる存在を自動的にサーチしながら握りつぶす姿から視線を外し、エコーへと視線を向ける。

 

「はい、という事で今のテクニックが、フォースが殲滅チートとか言われている原因。真面目にこれを最初に開発した人は天才とか言われている超愛され系テクニック、イル・メギドちゃんだ!」

 

「え、ずっとこのテンションなの……?」

 

 エコーの横の座標空間をロックし、ギリギリ彼女に当たらない様にラ・フォイエを放つ。爆発の音と衝撃がエコーを僅かに揺らす。

 

「講義を続けるけどいいね……?」

 

「は、はい」

 

 うし、と言葉を置く。若干引いてるゼノの事は無視する。

 

「―――イル・メギドを見りゃあ解るが、テクニックはそれぞれ大きく特徴が違う。便利なのがあればクッソ使いづらいのもある。だからテクニックは全部記憶する必要はない。効率の良いもの、威力の高いもの、そして使いやすいものを覚えておくのが基本だ。イル・メギド―――通称イルメギだけど、これはその最たる一つだ。これを対多の殲滅戦で使わないフォースは出来損ない以前に寄生扱いとか、そういうレベルで重要なテクニックな」

 

「だってよエコー」

 

「うっさいわね!」

 

 反省の態度がなってないのでイル・フォイエを横に叩き込んでエコーを黙らせる。

 

「という訳で初心者向けフォース講座ァ! クソザコフォースへと送る使いやすい攻撃テクニックゥ! オススメナンバーワンは間違いなくイルメギィ! 適当にぶっぱするだけで相手を巻き込める! 勝手にサーチする! コスパ優秀! クソみたいにぶっ壊れた性能で火力を求めない限りはもうお前でいいんじゃねぇの? ってレベルでクソ優秀! 出現したその瞬間から8割のテクニックを過去の存在にして恨まれまくった負の遺産だぁ!」

 

 なお当然の如く運営に弱体化修正を喰らったが、オラクルにそんなものはない。

 

「次にお馴染みラ・フォイエ! 空間座標を指定して法撃できるだけじゃなくて対象ロックで打つ事も出来る! 相手が明らかに時空の壁をぶち破るような頭のおかしい速度じゃなければほぼ確実に当たる上に威力も非常に安定している! 優秀! とりあえずラフォ連打すればダメージは稼げるから頭が悪くても大丈夫! ただし属性を確認せずに連打する奴は一回床を舐めてろ!」

 

 ゾンディールからのラ・フォイエは割と使いやすい、解りやすいコンボだ。特にタリスの場合はやりやすい。

 

「そして最後はイル・グランツだッ! オラ、はよ死ねぇ!」

 

 素早く武器をロッドへと切り替え、その先端を真っ直ぐ、此方へと向かってくるダーカーへと向け、そして素早くチャージされたテクニックを放った。イル・グランツ、それは複数にばらける光の弾丸が相手を追尾しながら連弾するというテクニックである。威力はそこそこ、だが、

 

「こいつは凄い。まず光属性だ。ダーカー、僕ダーカー。光属性大っ嫌い、滅べ。という事でまず光属性である時点でイル・グランツの勝利は約束されてしまった。だがそれ以上に混乱の付与率が体感だけど高い。というか見れば解るけど連続でぶつかって行くから弾幕を張るのにも使える上に追尾性能が高く、相手を混乱へと導くことが出来ればそれだけで大きく戦力を削れる事になる。凍結とかもそうだけど一部の状態異常はほんと優秀だ。意識して使うよりもこのテクの追加効果で出たらラッキーだ、って考えて打つといい。マジでいい。期待は裏切られるものだからな……ドゥドゥ……」

 

「相変わらずドゥドゥを憎んでるのな」

 

 むしろ恨んでいないアークスはいないんじゃないだろうか。まぁ、状態異常に関しては防衛戦とかだと積極的に狙いたかったり、そう言う状況もない事はない。とはいえ、やはり期待するものではないというのが個人的な意見だ。

 

「クソザコ初心者フォースのエコーちゃんに教えてやろう。この三つのテクニックを使うのは割と普通を超えて当たり前なんだ。得意不得意とかの領域があるなら、訓練してそれを乗り越えようとするもんなんだよ……普通はな……だから……うん、ぶっちゃけ覚えようとするどころか名前すら知らんかったって状況はその……非常にリアクションに困るといいますか、なんといいますか……」

 

「なんでそこで急にマジ顔のガチトーンなのよォ!!」

 

 エコーが想像を超えてクソザコだったという事実がある、それだけなのだ。割と真面目に現役アークスからしてエコーの状態は酷すぎるの言葉に尽きるのだ。シフタとデバンドをバラまいて、後は相手の属性を確認せずにゾンデのみをぶっ放す。そりゃあもうフォース失格と言われてもしょうがないレベルの話だ。ぶっちゃけた話、コ・レラの攻撃を完全に受けきったゼノと全くと言っていいほど釣り合っていない。エコーはそれに気付いているのだろうか。

 

 いや、多分気づいてはいないのだろう。間違いなく気づいていないだろう。

 

 これは、エコーとゼノの恋は絶望的なんじゃ―――。

 

 

 

 

 そんなわけでフォース講座初級編を軽く実践してみせる。と言ってもやってみせるのはイル・メギドによる蹂躙ばかりなのだが。だがそれでもエコーは大きく口を開けて、イル・メギドが魅せる暴力に驚いていた。イル・メギド一撃で蹂躙できるレベル帯であれば、本当にそれだけでエネミーを排除できるのだから、一時期最強のテクニックと呼ばれたのは決して伊達ではないのだ。ゼノが壁をする必要なんてなく、テクニックによる補助も必要なく、最高の火力による暴力、それで全てを解決しながら遺跡エリアの奥へ、

 

 ゼッシュレイダのいるエリアへと突入する。ドロップ品目的で通いなれているだけに、実家の様な安心感を見慣れた広場に感じつつ、奥にいるゼッシュレイダへとロッドの先端を突きつけながらエコーへのレクチャーを開始する。まだまだゼッシュレイダの索敵範囲外なので、此方へと襲い掛かってくるような姿は見せない。

 

「んじゃ、今日はフォースによる対ボス戦闘方法を続けてレクチャーしよう!」

 

「テンション高いな」

 

 テンション高くしないと誰かに教えるとか恥ずかしくて出来ないのだ。ともあれ、

 

「―――とりあえず、テク職ってのは属性を武器にして戦うもんだから、まず事前に戦う、殴りつける前に相手の弱点属性を把握するのが大事だ。たとえばゼッシュレイダ、亀っぽい姿から予想出来る様に弱点はダーカーとしての光属性、そして亀っぽさの雷属性だ。つまりグランツ系統とゾンデ系統の相性がバッチリなわけだ。この時点でゼッシュに使うテクニックは2属性に絞り込める」

 

 そして、

 

「今度は攻撃方法を選別する。ゼッシュレイダを見て相手はどういうタイプのダーカーだ? まず大型であるのは確実だけど―――それ以上に良く動き回る上に広範囲を薙ぎ払う手段を持っている。コアは普段は隠されている胸の中に一つ、そして大体露出している額にもう一つだ。ビジフォンのライブラリを閲覧すればゼッシュレイダの攻撃パターンを大体閲覧することが出来るから、狙って討伐する時は事前に調査しておくことをお勧めする」

 

「ごめん、内容が前半と違って割かし真面目で戸惑いを隠せない」

 

「殴り飛ばすぞ」

 

 半ギレながら答えるとエコーがごめんごめん、と謝ってくる。溜息を吐きながら話を続ける。

 

「ゼッシュレイダのコアは高い位置にあるから基本的にゾンデ系統とは相性が悪い。ゾンデそのままだったら額のコアを狙う事も出来るけど……ぶっちゃけ、そこまで威力は高くない。こうなってくると追尾性能があるイル・メギド、もしくは上空にタリスを投げてそこからラ・グランツで狙撃するって手段もある。ちなみに後者は割と難易度高いからあまりお勧めしない」

 

 チラリ、と振り返る。ゼッシュレイダが此方へと視線を向けていた。

 

 軽く手を振ってみたら振り返しながら吠えられた。

 

「ちなみに今回は飛ばしたけど個人的にはイル・バータも割と楽しいテクニックだと思う。同じ相手に対して連続で使用する事によって威力が段階的に上昇して行くテクニック……楽しくない……? こう……これはイルバではない……真・イルバだ……! みたいな感じで」

 

「いや、そうじゃなくてこっちにゼッシュレイダ向かってる―――!!」

 

 解ってる解ってる、と軽く手をひらひら振りながら振り返る。甲羅の中に閉じこもったゼッシュレイダがブースターを吹かせながらこちらへと向かって真っ直ぐ突っ込んできた。それを確認しながら真っ直ぐ、ゼッシュレイダの存在を正面に捉え、ロッドを炎属性の物に切り替えながら蹴り上げた。左手に炎を、右手に闇を凝縮させ、

 

 それを胸元で融合させた。このゼッシュレイダの個体はそこまでレベルが高くはない。つまり、

 

「―――ちなみにフォース上級になればこんな事も出来る……!」

 

 そのまま、正面から迫ってくるゼッシュレイダにフォメルギオンを叩き込む。炎と融合した闇の波動が渦巻きながら一直線に正面へと向かって突き進み、そのままゼッシュレイダの体を貫通、そのままそれを縦に振るえば、フォメルギオンの発動が終了するのと同時に縦に両断されたゼッシュレイダの姿が自分たちの両脇を抜けて背後へと、霧散して消えて行く。

 

「……すごっ」

 

「と、まぁ、こんな風に複合属性テクも使えるんだよなぁ。という訳で本日の講義終了! 宿題は次回までに一つでもいいから新しいテクニックの習得って事で」

 

 落ちてきたロッドをキャッチしながらポーズを決めれば、やりすぎだとゼノからは評価を貰った。

 

 解せない、一体何が悪かったのだろうか―――。




 フォメルギオンがなんかバニシングバスターみたいで個人的に気に入っている感。ザンディオンは光の翼を。もっと複合テク増えないかなぁ、とは思うけど難しいんだろうなぁ、と。

 結局、ストミにおけるエコーの存在の必要性がいまだに解らない謎。


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The Garnet Sky - 3

 逆に自信を無くすわ。

 

 そんな言葉を残してとぼとぼとエコーはマイシップへと去って行った。ゼノと共に転送されて消えるエコーの姿を眺め、えぇ、と言葉を吐いた。

 

「エコーさんめんどくさすぎやしない……?」

 

「まぁ、元からアークス活動に対するモチベーション皆無だからな、アイツ。アークスってのは基本的にいつ死んでもいいって考えが無きゃまともにやってられないからなぁ、アイツにはそう言う潔さとかがないんだよなぁ」

 

「うーん……」

 

 まぁ、言ってしまえばアークスは宇宙の掃除屋。ダーカーという存在に対してはフォトンがあっても、不測の事態は大いに発生する。その為、アークスには常に死ぬ可能性が付きまとうものであり、その覚悟が必須だと言われている。その対価として様々なサービスの恩恵にあずかれるのだ。だがそこまで真剣にアークスという職業に関して考えている人間は多くはない。一部のキチガイアークスやプロアークス、そして安藤が凄まじい勢いでダーカーをぶち殺しているのだから、自分達はなあなあでやればいい……そう思っている層は大きい。エコーもどちらかというと其方の側だ。

 

「まぁ、俺がしつこく言ってやればアイツも変わるだろ。本当はアークスを止めさせる事が最善なんだけど……アイツ、そこだけは譲ろうとしねぇからな」

 

 ゼノにはゼノの事情が、そしてエコーにはエコーの事情があるのだろう。そしてそれが多分ゼノがレンジャーではなくハンターをやっている理由にもなっている。そこらへん、聞き出すだけの勇気が自分にはない為、曖昧に肩を振って手を広げてとぼける事しか出来ない。まぁ、そこら辺はエコーと付き合いの長いゼノが勝手にどうにかしてくれるだろうとは思っている。まぁ、ともあれ、これで自分の本日の講義は終了した。

 

「もうちょい体動かしてから帰ろうかな……」

 

「ん? あぁ、今のじゃやり足りないのか」

 

「流石ゼノパイセン、良く解ってらっしゃる」

 

 エコーのレベルに合わせて暴れたせいか、若干不完全燃焼なのは事実だった。そもそもXH帯に入れば複合テクニック一撃で昇天する大型ダーカーなんて存在しない。痛手にはなるも、流石にあんな風に真っ二つになったりはしない―――つまりはそういうレベルの相手をしていたのだ。解りやすいから別にいいのだが。

 

 ともあれ、レーダーを確認すれば近くにアークスの姿がいるのも確認できる。向かうのが遺跡エリアの奥地らしいし、それに自分も便乗して軽く暴れてくればいいだろうと判断する。なんだかんだでダーカーを大量虐殺しなきゃ納得できない辺り、自分もアークスとして大分頭のおかしい方に流れているなぁ、とは思わなくもない。まぁ、それで生活が守られるのだから別に問題はないのだが。ともあれ、

 

 それをゼノに告げると、

 

「んじゃ、俺もいっちょ付き合うとしますか。今回頼んだのは俺だしな」

 

「人が好すぎて心配になってくるレベル」

 

 本当にこの人って大丈夫なのだろうか、不安になってくるレベルで人が好い。まぁ、それで自分が困る訳ではないのだが……ゼノの実力を考えるとそこまで心配するものでもないし、この結果、エコーが拗ねたとしてそれは結局ゼノが悪いので、自分には過失がないな、と気づいた時点でオーケイを出す事にした。

 

 

 

 

 その結果、こうなるとは予想すらしなかった。

 

 目の前ではゼノを睨むような視線を巨漢が―――ゲッテムハルトが向けているのが見える。ゼノもそれを受け取りながら睨みをゲッテムハルトに返しており、ゲッテムハルトの後方に控えるように立っている髪で目を隠した緑髪の少女、メルフォンシーナがその成り行きを見守っていた。なんてことはない、合流しようとした相手が偶然にもゲッテムハルトだった、という事なだけだ。しかしゲッテムハルトとゼノ、二人の関係はまさに水と油と表現するのに相応しく、

 

「おぉぃ、ゼノぉ、お前がこんなところで何をしてんだよ……あの雑魚を見てなくていいのか? あぁ? 見てない所で勝手におっちぬんじゃねぇか?」

 

 ゲッテムハルトの言葉になるほど、と頷き、ちょっとブリっ子風に声に出して翻訳する。

 

「わぁい、ゼノっちだ! ねぇ、エコーたんはどこぉ? あのクソザコフォースモドキエセアークスナメクジは見てないと今にも死にそうでちょーっとゲッテムんは不安なのぉー! 一緒にいなくて大丈夫ぅ?」

 

 ゼノとメルフォンシーナが直後、吹き出し、そしてゲッテムハルトがナックルを装着して迷う事無くハートレスインパクトを叩き込んできた。選択するフォトンアーツのガチっぷりに若干戦慄しながらミラージュエスケープで綺麗に回避し、ゲッテムハルトの攻撃から逃げる。

 

「殴り殺すぞテメェ……!」

 

「殴った後で言うもんじゃねぇだろそれ!! やめろ……ガチPAで接近しつつ殴ってくるの止めろォ!! エスケあるけど回避地味に辛いんだよォ! 止めろよぉ!!」

 

「すげぇなテメェ、初めてダーカーやゼノよりもぶっ殺してェ相手が出来たからなァ……!」

 

 ゲッテムハルトの目が割と真面目に殺しに来ているので、必死に逃げ回りながら謝り始める。それでもしばらくは殺しに来ていたので、ゼノとメルフォンシーナが仲裁に入って、漸くゲッテムハルトが血走った眼を引っ込めながら冷静さを取り戻してくれる。もうちょっと心の余裕があるタイプかと思ったが、そうでもなかったらしい。

 

 ―――いや、今日は機嫌が悪いだけだろうか。

 

 しかしそうやってゲッテムハルトの落ち着きを取り戻せば、軽く睨まれても、向こうは向こうで何か思う事があったらしく、先へと進もうとしていた足を止め、此方へと、自分とゼノへと改めて視線を向けてきていた。

 

「―――そうだな、それがいいかもしれねェな。オイ、さっきのは水に流してやるからちょっとついて来い。ゼノのクソはともかく、テメェはかなりヤるからな、いても問題ないだろう」

 

「あぁ?」

 

「パイセンもゲッテム君の事にだけ関しては妙に沸点低いな」

 

 未だにゼノがゲッテムハルトへとキレ気味に視線を向けている為、二人の過去がやや気になってくるが―――まぁ、自分には関係のない事だなぁ、と諦め、先へと歩き出したゲッテムハルトをどうするか考え……追いかける事にする。ゼノもその事には異論がなかったらしく、少しムスっとしながらも先に歩き出したゲッテムハルトを追いかける。しばらく無言でゲッテムハルトの後を歩くが、直ぐにゼノがそれに耐えきれず、口を開いた。

 

「で、どこに行くんだよ」

 

「黙って歩く事すら出来ねェのか? ……チ、ここの奥に特別大きな獲物がいやがる。今回の目的はそいつだ。俺一人で相手しようかと思ったけど……観客がいた方が盛り上がりそうだからな」

 

「俺達は観客扱いかよ」

 

 具体的な相手の名前が出ていない。とはいえ、遺跡エリアでゲッテムハルトが満足する様な大物は存在したっけ? と首を捻るしかない。何度かコラボでナイトギアが出現したりしたのは覚えているが、それ以外に何か特別なエネミーが出現した記憶は……特にない。それともアレだろうか、ナベリウスの壊世区域のエネミーでも出現したのだろうか。アルティメット級のエネミーはかなり凶悪だし。特にアークスの攻撃を学習して耐性を増やすアンガ・ファンダージ、アレがこの環境で出現し始めたら相当ヤバイものだと思っている。

 

 アンガ・ファンダージであればレアが狙えるし、いいかもなぁ、とちょっと思い始める。

 

「……へっへっへ」

 

「?」

 

 ゼノが首を傾げるが、そう言えばまだアルティメット―――壊世区域がこの世界のナベリウスには出現していなかったなぁ、と思い出す。アルティメット、それは高難易度エリアの事を示し、本来とはまるで違う環境に変貌した惑星の姿と、そしてそれに適応した生物の姿が見れるのだが、こいつらが酷く強い。しかも弱点属性は変わってる。アルティメット実装直後は本当に酷い地獄絵図が繰り広げられていた。

 

 それに加担していたのがアンガ・ファンダージの存在だ。飛行し、広い範囲に攻撃し、それでいて耐性を学習する上に第二形態まで存在する。実装直後は絶叫と悲鳴をプレイヤーの間に呼び起こすダーカーだった。ちなみに自分はあのダーカーが割と好きだ。戦闘中に何度も変形して攻撃するし、アルティメットで戦える個体は強いから緊張感があるし、

 

 ダークファルスの存在が実装されていなかったゲーム時代、ダークファルスに一番近いボス的存在は? となるとアンガ・ファンダージだったからだ。それにアンガ・ファンダージ戦はBGMも非常にいい。ドロップからは星13の武器の素材も狙えたことだし、此方でも会うことが出来るのなら積極的に殺しに行きたい相手だった。

 

 そんな事を考えながら道中、即興の四人パーティーで進んで行く。

 

 ハンターであるゼノがターゲットを取り、多少硬い個体はゲッテムハルトが殴り殺し、そして自分とメルフォンシーナが雑魚をテクニックで纏めて処理する。即興ながら割と組み合わせは悪くなかった。エコーなんかとは違い、メルフォンシーナはまともなテクニック職―――テクターだった。使用するテクニックはザン系を中心にしているが、しっかりとテクニックを使う上でのポイントは理解しており、こっちがロッドからタリスに切り替え、ゾンディールによる寄せ集めに動きを切り替えても効率を落とす様な真似はしなかった。

 

 シフタとデバンドもむやみやたらにかけず、戦闘の終了時に延長する様に意識してやっている為、戦闘が非常に捗る―――理想的なテクターだった。

 

 ゲッテムハルトもゲッテムハルトであまり観察した事はなかったので解らなかったが、言動とは裏腹に、戦い方は堅実で、そして普通に強かった。

 

 此方みたいにリミットブレイクには手を出さず、ワイズスタンスとブレイブスタンスに特化したファイターらしく、ステップで位置を調整しつつスタンスを素早くスイッチ、ハートレスインパクトでスタンスを合わせながら的確にコアを殴りぬいて破壊するスタイルのスイッチファイターだった。メルフォンシーナと組んでいるのを意識している為か、バックハンドスマッシュの様な吹き飛ばしの大きいフォトンアーツは使わず、素早く殴り、そして体を動かす事の出来る巨漢に似合わないスピードファイターっぷりを見せてくれた。

 

 逆に言い換えるとそれは()()()()()()()()()()でもあるのだが。敵を一体でも多く、そして確実に殺す為に必要なのは捨身になる事ではなく、冷静に、そして的確に対処する事だ。ゲッテムハルトの言動で勘違いしそうになるが、事、ダーカーと相対して戦う時、普段のキレっぷりからは想像できないレベルの落ち着きを見せ、的確にコアのみを狙って抉りぬいている。もはやその作業染みた破壊作業には執念すら感じさせるものがあった。

 

 間違いなく、性格抜きの実力を見るなら上位のアークスとしては相応しい実力者だった。

 

 それだけに普段の狂犬っぷりが残念、とも言える。

 

 

 

 

「―――ヤるなぁ、テメェ」

 

 奥へと向かって進みながら、足を止める事無くゲッテムハルトがそう言った。

 

「お前が誰かを褒めるとか珍しいもんもあったな」

 

 ゼノにうるさい、と答えながら足は進み、徐々にだがゲッテムハルトの目指す目的地が見えてきた。今行く道の先、そこに見えるのは広場、そしてその先にある巨大なモニュメントの姿だった。ひときわ大きいそれは遺跡エリアであればどこからでも見れる程に巨大であり、そして注目を集める存在である。ゲーム時代は一説ではアレがナベリウスのダーカーを製造しているのではないか、なんて噂もあったが。

 

「俺は嬉しいぜェ、テメェの様なイカレた奴が増えるのは。宇宙の塵屑共処理する奴が増えるだけじゃねぇ。倒しごたえのある奴が増えるってのはいいもんだ。俺が強くなるためのいい経験値になる訳だからな―――だけど今日だけは勘弁してやる。その理由が解るか?」

 

「星13をゲットした?」

 

「テメェの事は話してねぇ」

 

「空気読もうぜ」

 

「流石に今のは……」

 

 少しだけ空気を軽くしようとしたら集中砲撃を喰らった。どうやらそう言うのが通らない状況らしい。モニュメントの前、広場に到着し、振り返ってくるゲッテムハルトの姿に対してさあ、と軽く肩を揺すって返答すれば、そうだろう、と低く笑うゲッテムハルトの声が聞こえた。

 

「教えてやるよここには―――」

 

 ゲッテムハルトは背後のモニュメントを振り返りながら指差し、

 

「―――ダークファルスが眠ってるんだよ」

 

 その一言でここ数日で一番嫌な予感が走る感覚を得た。ほぼ直感的に脳裏に浮かんだ言葉は、

 

 ()()()の一言だった。




 ゲッテムくん、ツンデレだからしょうがないね。それはそれとしてEP1の終わりも見えてきたというか。安藤は安藤だからね、宇宙の平和を守らないと……!

 さて、何人死ぬかな。


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The Garnet Sky - 4

「―――俺はずっと思ってた。ただダーカーをぶっ殺すだけじゃダメだってな。それだけじゃあ俺の復讐は完遂されねェ。だけどな、いるじゃねぇかよ……ダーカー共にも親玉って奴がなァ!」

 

「それでダークファルスを倒すって考え付いたのか。それはいいけどお前馬鹿だよな、ダークファルスってアレ、何十年も前に倒されてるじゃんかよ」

 

「馬鹿はテメェだよゼノ。ダークファルスは倒されてなんかいねぇ。当時の三英雄じゃ封印するのが限界だったらしいぜ。そしてそれを封じた場所がここ、ナベリウスだ。お前ら違和感を感じたことはないのかよ。無駄に軽視されるクセに見回りの多いナベリウスという惑星、いきなり凍土へと突入する環境、そして出所不明のダーカーの存在。それは全部コイツがここで眠ってるからなんだよ」

 

 本能的にコレはヤバイ流れだと察知する。ゼノとゲッテムハルトが言い争っている間に静かにセイメイキカミを抜き、こっそりと前へと進んだゲッテムハルトへとロックをかけようとする。だがそれよりも早くゲッテムハルトの横に出現し、そして白亜のロッドを此方へと向ける存在がいた。メルフォンシーナだ。

 

「動かないでください」

 

 そう言って彼女が此方を狙っている事よりも、その手に握られているロッドの方がショックだった。何せ、その手に握られているロッドは自分が宇宙を時間を捻じ曲げながら走り回って集め、そして修復を頼んだものなのだから。

 

「おい、それ俺のクラリッサァ!!」

 

「すみません……ですがダークファルスの復活にはこれが必要なんです」

 

 そう言ってメルフォンシーナはクラリッサを引き寄せ、ゲッテムハルトの背後へと周り、それを浮かべた。

 

()()()()()()()? だったか? あのいけすかねぇ野郎はそう呼んでいたな……まぁ、こいつがあればダークファルスを呼び出す事も封印する事も、戦う事も出来るって話らしいしな。悪いが借りるぜ」

 

「おい、馬鹿、止めろ。マジ止めろ。ダークファルスってのは次元が違う生物だ。()()()()()()()()()()()()()()()、生物としてのステージが違いすぎる。マジで戦うとかそういう段階を超える生き物だから止めろ」

 

 セイメイキカミを構えれば、同じようにゲッテムハルトが拳を構えた。それを見ていたゼノが、言葉を放つ。

 

「……マジなのか?」

 

 探る様に、だけどゲッテムハルトの良心を信じたがるように、ゼノが放った言葉はあっさりと砕かれた。短い笑い声と共にゲッテムハルトの返答は返ってきた。

 

「あァ? 冗談でやる訳がねえだろゼノよォ……オラ、お前も喜べよ。ダークファルスをぶっ殺す事の出来る機会が巡ってきたんだぜ? お前だって大事な奴を亡くしてるんだろ? ダーカーの襲撃でよォ! いい機会じゃねぇか、復讐したいとは思わねぇのか?」

 

 駄目だ、と思った。少しだけゼノは困惑するが、即座に此方と同じ結論に至ったようで、ソードを抜いて構えた。もはやゲッテムハルトは主張を切り替えるつもりがないように見えるし、実際それを曲げるような事はしないだろう―――つまり、どうあがいてもぶつかるより他はない。この場で、唯一ダークファルスと相対し、そして戦った事があるから理解している。ダークファルスは生物として定義するのは間違っている。

 

 アレはもはや災害とか天災とか、そういう類の現象の様なものだ。人類で打倒する事が想定されていない。

 

 ―――それに、ゲッテムハルトが漏らした()()()()()()()()というのも気になる。明らかに入れ知恵したクソ野郎がいるように思える。それを踏まえ、

 

「ゲッテムハルトをはったおして連れ戻すぞ!」

 

「あぁ、まだちっと混乱してるけどヤベェって事だけは良く理解出来たわ。本気でいかせて貰うわ」

 

「くっくっくっく―――いい戦意じゃねぇか。オラ、シーナァ! さっさと儀式を進めろ! ……終わる前に止められればいいなぁ?」

 

 ゲッテムハルトがそう言葉を吐き、狂笑を浮かべながらナックルを構えるのを見て、一瞬で脳内を戦闘用に切り替え、迷う事無くセイメイキカミを投げる事無く、そのまま振るった。チャージして待機させておいたテクニックが発動し、空間座標を指定して発動されるテクニック―――ラ・フォイエが発動する。目標はゲッテムハルトではない、

 

 クラリッサだ。復活の儀式の為に棒立ちになっているクラリッサ、そしてメルフォンシーナを狙う様に放たれたラ・フォイエはしかし座標にて発動する前にゲッテムハルトが間に割り込み、そしてフォトンによって座標に干渉し、乱した。結果、クラリッサを破壊するはずだった一撃は見事に逸れて横の空間を爆破するに留まった。

 

「チ―――」

 

「発想は悪くねぇが賢しいテメエならそうやると思ったぜ!」

 

「意外と評価されているらしいな、良かったじゃねぇか」

 

「嬉しくなぁ―――い!」

 

 クラリッサの破壊に失敗するのと同時にソードの突進フォトンアーツ、ギルティブレイクでゼノが一気にゲッテムハルトに接近した。素早く振るわれるソードの攻撃にゲッテムハルトは片手で弾くように斜めに殴りながら踏み込み、ゼノを押し出す様に拳を叩き込んでくる。その動きに合わせ横へと此方がステップを取り、再びクラリッサを目標に捉える。一番早く、そして正確に破壊を行えるテクニックはラ・フォイエだ。故に今度はチャージする事もなく放とうとするが、

 

「おいおい、無視するのは悲しいじゃねぇかよォ、オイ」

 

 ゼノを押し出した状態から射線を重ね、テクニックを真っ直ぐ放てない様にカバーリングに入る。

 

 ―――ヤベェ、普通に強い。

 

 道中での戦いでもそうだったが、ゲッテムハルトの戦いの基本はすべてのアークスが共通して行う共通規格の戦闘スタイルを堅実に固めたものだ。その為、隙が少なく、生存性の高いスタイルとなっている。簡単に言えば崩し辛いとも表現できる。特にファイターというクラスは他のクラスと比べて足回りが強い。細かいステップが得意な為、ハンターの様な大雑把で範囲の広いガードは出来なくても、

 

 一人に集中するならば、とても堅牢な壁として立ちはだかれる。

 

「テッメ―――」

 

「おいおい、あの雑魚を守りすぎたせいで殴り方を忘れちまったか?」

 

 ゲッテムハルトがゼノを挑発する―――だがその言葉は間違ってはいない。ゼノは守りに特化しすぎている。本来の適性がハンターではない以上、特化させない限りはハンターの運用は難しかったのかもしれない。それでエコーを守る為に防御特化にして……その結果、攻撃力をロストしている。しかし、

 

 あんまり状況は良くないな、と判断する。それを理解してか、ゼノを押し出す様に拳を繰り出してから笑い声を響かせる。

 

「解るぜェ、解るぜお前の考えてる事がよォ……。光と闇はチャージが重いから使えねえ、風は軽すぎて話にならねぇ、雷はこの状況じゃ使いにくい。となると氷でこちらの動きを固めるか、炎でガード出来ないぐらいに焼き払うかの二択になってくるよなァ? ―――シーナを攻撃できるってならそれでもいいんだけどなァ!」

 

「賢いキチガイとかほんと反則」

 

 メルフォンシーナを纏めて攻撃できる程振り切れていれば―――まだ楽だったのだろうなぁ、と思う。だがゲッテムハルトの言葉は事実だ。これだから対人戦にテクニックは向かないと思う。どうあがいても接近されて詰むのだ。そう考えながらラ・フォイエを苦し紛れに放つが、ゲッテムハルトに即座にガードされる。その隙を狙ってゼノが抜けようとするが、やはりそれもゲッテムハルトが即座にカバーリングに入り、即座にゼノを押し出す。

 

 鉄壁とは言えないが、それでもゲッテムハルトの庇う動きは練度が高かった。それは()()()()()()()()()()とでも表現するべき動きだった。いや、実際そうなのだろう。そうでなければメルフォンシーナが無事じゃない。厄介だと思いながらも、頭の中で容赦のスイッチを一段階切らす。今まではしまっていたマグ・テルクゥを呼び出し、火力を増強する。

 

「ケートス―――」

 

「させるかよォ!」

 

 フォトンブラストを発動させようとすれば素早くゲッテムハルトがハートレスインパクトで接近してくる。ゼノよりも此方の方が脅威度が高いとの判断だろう。素早く此方へと殴り掛かってくるゲッテムハルトの動きに対して即座に発動をキャンセル、ミラージュエスケープで姿を一瞬だけ消失させて回避動作に入る。その姿は透過されて目視出来ない筈だが、闘争の嗅覚か、ゲッテムハルトはしっかりと逃げる此方の姿を追いかけていた。

 

 ナックルが迫る。ロッドを回転させ、パルチザンの様に振るってガードする。だがそう言う風に使う事を想定されていないロッドが衝撃を通し、体が後ろへと押し出される。舌打ちしながら衝撃を逃そうと体をズラすが、狂笑を浮かべたゲッテムハルトはそれを逃がさない様に隙の大きいフォトンアーツを使わず、そのままステップで踏み込みながら的確にテクニックを使わせまいと素殴りしてくる。非常に厄介な話だが、

 

 コイツ、かなり対人戦に慣れている。

 

「チィ!!」

 

「クハハハハ、甘ちゃんのお前なら見捨てる事は出来ねェよなァ……?」

 

 舌打ちしながらゼノがカバーに入る為に接近し、ソードを割り込ませて来る。ありがたい話ではあるが、クラリッサの破壊に走って貰った方が遥かに助かった。だがゼノの性格上、それは仕方がないと諦めるしかなかった。だがゼノが来たおかげで一発、テクニックを差し込むだけの余裕が出来た。ゲッテムハルトは片腕でソードを殴り払いつつ、片目を常に此方へと向けている。どんなテクニックでも対処してみせる、という意識の現れだ。だったら、

 

「こいつでどうだ―――!」

 

 後ろへとバックステップ、跳躍する様に距離を取りながら真正面、メルフォンシーナを射線から外すように、クラリッサだけを狙う様に斜めにテクニックをぶち込めるように移動し、片手に炎を、もう片手に闇を集める。最短でチャージ作業を完了させ、そのまま、持っているフォトンを注ぎ込んで一気にそれを融合させて叩きだす。

 

「フォメル、ギオンッ―――!」

 

「隠し玉を持ってたかテメェッ!」

 

 素早くゼノを殴り飛ばしたゲッテムハルトが体をクラリッサとフォメルギオンの間へと投げ出し、両腕を交差させる様にナックルでフォメルギオンを止める為のガードに入った。それを見た瞬間、

 

全力全壊(フォトンフレア)ってなぁ!」

 

「ガッ―――」

 

「ゲッテムハルト様!」

 

 瞬間的に強化されたフォメルギオンの波動がゲッテムハルトを殴り飛ばし、クラリッサに直撃する。闇と炎の属性が白いその姿を穢そうとして―――その体に触れる前に、まるで分解される様にフォトンへと変換され、そして消え去った。呆然としながら着地し、止めようのないクラリッサの姿へと視線を向けた。

 

「嘘……だろ……?」

 

「……どうやら俺の勝ちの様だなァ?」

 

「クソ、ゲッテムハルトお前!」

 

 勝ち誇るゲッテムハルトの横で、フォメルギオンを傷一つ負う事無く乗り切ったクラリッサは回転を始める。それに合わせる様に一気にダークフォトン、ダーカー因子が加速的に上がり始めて行く。もはや流れは止められない。

 

 未だかつて感じたことがないレベルでのダークフォトンの高まり、そしてその奔流がクラリッサを通してメルフォンシーナへと注ぎ込まれて行く。その姿を見て狂喜するゲッテムハルトが笑い声を響かせる。

 

「復活だ! 復活しやがるぞ、ダークファルスがなァ! ぶっ殺す! ぶっ殺してやる! この時をずっと待ってたんだからよォ!」

 

「ゲッテムハルト……お前、本当に救えないな……」

 

「憐れんでる場合じゃねぇぞゼノ! オイ! クソ、ネタでも挟みたいのに余裕がねぇなぁ!」

 

 クラリッサを妨害できないかと再びラ・フォイエを放つ―――が、クラリッサが再びそれを無効化し、ダークファルスの復活へと向けたダークフォトンの高まりは加速する。それはメルフォンシーナへと注ぎ込まれ―――一気に急転する。

 

 メルフォンシーナを器に注ぎ込まれるはずだったダークフォトン、ダーカー因子は一気にその矛先を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそのままゲッテムハルトを飲み込み、凄まじい奔流でその姿を包んだ。

 

「がッ!? テメェ、ふざけるな! 俺を依代にするつもりかァ!? ぶっ殺す! ぶっ殺してやるぞ! ダァァ―――カァァ―――!!」

 

 メルフォンシーナが倒れる。だがダークフォトンの集中は止まらない。転送妨害に通信妨害が発生し、もはや自分にも、ゼノにも、出来る事は何一つとして存在しなかった。




 最初の絶望がそうやって出現する。仮にも創世器、簡単にぶっ壊せるわけないだろ? という事で。

 次回、クソゲー。


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The Garnet Sky - 5

 ゲッテムハルトの怨嗟と殺意が絶叫と共に響き渡った。そしてそれが消えれば、

 

 出現するのは黒い姿だった。黒い、見たことのない衣装に包まれた巨漢、オールバックの髪型をした褐色の男だった。見たことのない、男だ。しかし、その紫色の髪色だけは見たことがあった。そう、あのダークファルス【仮面】と全く同じ色の髪だった。だがそんな共通点は必要なかった。ただそこにいる、それだけで全細胞が、体中のフォトンが叫んでいるのが理解できた。コイツだ、コイツがダークファルスだ、と。あの【仮面】とは格が違う。こいつこそが本当のダークファルスだ、と。そう本能が、フォトンが荒れ狂う様に叫んでいた。

 

 事実、出現してから指を一本すら動かせずにいた。目を伏した立ち尽くすダークファルスの存在はそれだけで威圧感に溢れていた。言葉も視線も必要がない。ただただ、そこに強大な質量が存在していると、そう自覚させられる存在だった。これがダークファルスだった。これこそがダークファルスだ。生物として表現する事も烏滸がましい。やはりゲッテムハルトは馬鹿だ―――勝てる訳がない、こんなバグの塊に。

 

 どうするべきか、足を動かせ、どうやれば生き残れる、足を動かすべきだ、生き残る可能性はどれぐらいある、足を今動かさなくては死ぬ―――そう考えている間にゆっくりとだが、巨漢のダークファルスは目を開いた。その視線は自分と、そしてゼノへと向けられた。

 

 ―――動かなきゃ死ぬ。

 

 直感的にそう感じ、セイメイキカミを投擲した。それは賭けだった。成功するかどうかなんて解らない。だが開始で戸惑っていたら間違いなく殺されるだけ。それを覚悟し、セイメイキカミを投げながら祈った。動くな、慢心しろ、興味を持ってくれ。行動を待ってくれ。投擲されたセイメイキカミはダークファルスの顔の横を抜けて行く。

 

 ―――慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ。慢心しろ―――!

 

 祈りが通じたのかどうかは別として―――笑みを浮かべたダークファルスは行動を起こさなかった。心の中で祈りが通じたことを神に感謝しつつ、セイメイキカミが背後に抜けた所でゾンディールを発動させ、即座に切る。

 

「むっ―――」

 

 ダークファルスの体はそれに引き寄せられることはなかった。だがその代わりに、その奥にあったものはゾンディールに引っかかり、中央へと向かって吸い寄せられ、キャンセルされたが為に慣性に任せて此方へとダークファルスの頭上を越えて飛んでくる。細長いそれを片手でキャッチし、即座に光と氷属性のテクニックを発動、それをフォトンフレアで強化しながらテルクゥにフォトンブラストでケートス・プロイを発動させ、全身全霊、用意できるだけのフォトンをありったけ用意し、そして片手で握ったそれに、

 

 ―――クラリッサに全力で注ぎ込んだ。

 

「フゥ―――」

 

「ほぉ……?」

 

「―――バァァァランツィィオオオオ―――ン―――!」

 

 踏み込みながら凍った光の剣をクラリッサに纏い、光の刃を全力で踏み込みながらダークファルスの急所―――首へと叩き込んだ。その肉体はゲッテムハルトの物だが、彼のフォトンは感じられず、感じられるのはダークファルスとしての圧倒的存在感だけ。もはや余裕なんて概念は消し飛んでいた。殺す、殺せないと死ぬ。それだけがこの場における真実だった。故に踏み込みながら一本にまとめたバーランツィオンの刃を全力で振りぬいた。それが一瞬で人間を殺すのを超えて蒸発させるのに十分すぎるほどの威力を出すのを見て、安心は生まれるどころか不安が増していた。

 

「クククク―――」

 

 首を裂かれても、笑い声を零すダークファルスの姿がそこにあったからだ。血の代わりにダークフォトンの霧をバラ撒くその姿はもはや人として説明する事は出来ない存在で、そこに立っているだけで恐怖と絶望が心の中に入り込んできていた。だけどそれでも止まる訳にはいかなかった。何よりも、ここにはゼノとメルフォンシーナがいた。ゼノは既にメルフォンシーナを確保する動きに入ってくれている。ありがとう。動いてくれてありがとう。感謝しながらも、

 

 まだマトイとクーナに会いたいんだ。死ねないのだ。

 

「落ちろォ―――!」

 

 二撃目、三撃目を叩き込む。それが創世器であるクラリッサの恩恵なのか、フォトンは途切れるどころか普段の数倍と言える量で体に漲り、バーランツィオンが本来を超える威力を発揮している。そしてその上でダークファルスという存在にダメージを発生させる事に成功している。それだけでも凄まじい成果だろう。だけど、それでも、

 

 力が足りない。数が足りない。大海に壺一つ分の毒を混ぜようとも大海に影響はない。解り切った結果だったはずなのに、

 

「良き闘争心である。故に返礼である。我が名と共に刻み耐えてみよ」

 

 バーランツィオンではどうあがいても殺しきれなかった。そしてそれに対してダークファルスが拳を握り、それを振るってくる。テレフォンパンチ、つまりは見えている攻撃だ。避けられる。故にいつも通り、反射的に回避を取る為にギリギリを見極め、タイミングを合わせてミラージュエスケープ、無敵の混じった回避動作で回避に入る。これなら拳を受けない、と、

 

 ―――が、悪寒を感じる。

 

 本能的な恐怖に従ってクラリッサを引き寄せ、盾の代わりに前に出し、両手で押さえていた、ミラージュエスケープの最中であろうと構わずに。

 

「―――我が名はダークファルス【巨躯(エルダー)】」

 

 拳が迫った。慣れた回避方法は無敵時間を冷静に見極めた、的確に回避するというスタイル、それがテクニック職としては当然の方法だからだ。だが、今、この瞬間、その方法を間違えたという絶対的な事実に気づいてしまった。あぁ、これはヤバイな、と走馬灯が頭の奥で巡り始めるのを気合いで無視し、冷静な思考を取り戻す―――いや、こんな、絶望の淵にあるからこそ、冷静さを取り戻した。ある意味後がない、これ以上は悪くはなれない。そんな極限の状態だからこそ、

 

 なにかがぶちり、と千切れたような気がした。

 

 ―――高速でレスタを発動させながら素早く圧縮空間からトリメイトを取り出し、手を使う事無く口の前へとそれを転送させた。口に咥えた瞬間が、残された時間の最後だった。【巨躯】の放った拳は的確に此方の姿を捉え、無敵なんて設定は知らないと言わんばかりにミラージュエスケープを貫通し、そして防御に回したクラリッサに届いた。そしてその衝撃はクラリッサに耐えられても、それを支える両腕には不可能だった。

 

 まず最初にクラリッサを支える両腕が粉砕される。血管が千切れ、皮膚がズタズタになって剥がれながらレスタによる数瞬遅れの回復で治癒と破壊を断続的に高速で繰り返す。だが握力は一瞬で消え失せ、手の中からクラリッサははじけ飛ぶ。拳の動きはそこで()()()()()が、その衝撃は終わらなかった。

 

 その衝撃を表現するとしたら、()だ。星の様な質量が人の形をしてぶつかってきた。トラックぶつかってミンチとか、そういう領域を逸脱していた。拳のその衝撃だけで死を確信した―――事実、一瞬で心臓が破裂する様な痛みを感じた。一瞬でモニターされているバイタル値が0へと突入し、意識だけを残して肉体が吹き飛ばされる。手足は完全に砕けきってもバラバラにならないのはフォトンが最後の仕事を果たしているのだろう。そしてそのおかげで()()()()()()()()。死にながらも意識は残る。

 

 故に、殴り飛ばされながら、

 

 スケープドールが砕け散って、蘇生が開始される。

 

 衝撃は残ったまま、体が殴り飛ばされ、大地に叩き付けられ、小型のモニュメントを粉砕する様に投げ出され、それでも勢いは消えない。残された衝撃に肉体が破壊されながら、スケープドールが死から生の状態へと肉体を引きもどす為に無理矢理フォトンの活性化と治癒を行い、再生と破壊のペースを等速へと追い込む。死すら覆す最強の蘇生手段スケープドールを持って漸く、死に辛いという状況へと復帰できる。その中で必死に口に咥えたトリメイトのパウチを噛み千切って飲み込み、レスタを発動して無理矢理肉体とフォトンを回復させる。

 

 剥き出しになった神経に直接針金を打ち込んで電気を流したような、剥き出しの激痛が体を流れる。それを血を吐いて気道を確保し、酸素を求める様に荒々しく呼吸し、何度も大地に叩き付けられ、体を跳ねながら―――漸く、体の動きが停止する。

 

 再生途中にある両腕と足は変な湯気を発しながら急速に再生を行い、血を零しすぎたのか、視界が真っ赤に染まっている。だが生きている。生き延びる事に成功した。

 

 生きている―――なら次がある。

 

「おぉぉぉぉ―――アァァァァァ―――! らぁぁぁ―――!!」

 

 咆哮を響かせながら無理矢理体を起き上がらせる。全身から血が吹き出し、ふらっと倒れそうになる。それを無理やり無視して体を絶たせながら、トリメイトを三つ一気に取り出し、袋を噛み千切ってその中身を喉の中へと流し込む。激痛は消えない。だがそれでも肉体は既に損傷に勝って再生を始めていた。

 

 普通はトリメイトを三つも呑み込めば過剰回復で肉体が爆発するらしいが、これぐらいで今回は足りないぐらいだったらしい。もう一度トリメイトを飲んで、そしてレスタとシフタとデバンドを発動させようと圧縮空間からロッドを抜こうとして、

 

 折れたロッドが出現した事に舌打ちをした。確認すると持ち込み武器は()()()()()()()()()()。たった一撃、ヒットすらしていない。寸前で止められただけの一撃―――それだけでこんなにもボロボロだった。本気でもなく、寝起きの戯れだったと思う。なのにこのざまだ。

 

「ゼノ、シーナ―――」

 

 残された二人をどうにか、絶対に助け出さないと駄目だ。自分で勝てないならゼノもメルフォンシーナも絶対に勝てない。スケープドールがあっても生き延びるイメージが見えない。勝てる事を想定した様な存在じゃない。これがゲームだったら即座に運営に修正を頼むレベルの出来事だが、これはゲームじゃない。

 

「―――マターボードで時間を戻しても助けられる自信はない」

 

 いや、そもそも時間を撒き戻す事を前提に考えて行動すること自体が間違っているのだ。現在は現在だ、後でどうにかなるかもしれない、なんて思考で考えて行動している限り勝利は絶対にこない。あの化け物は絶対に殺し、二人を助けなくてはならない。

 

「おえっ―――」

 

 内臓をひっくり返す様な感覚と共に血反吐を吐き出す。倒れそうになる体を根性で支え、レスタを唱える。直後、周囲でダーカー因子の高まりに呼応してダーカーの姿が出現するのが見えた。正面、ディカーダが出現する。その姿が踏み込んでくる前に跳び込んで逆に此方から踏み込み、拳を腹に中に叩き込んで貫通させ、そのまま内部ラ・フォイエを放ち、体内から爆発させる。

 

「武器がなくても俺は強いぞオラ……マトイが家で待ってんだ、無事……とはいかないけど、帰らなきゃならないんでな。早く死んで新しい武器を落として【巨躯】への道を開けろ雑魚共」

 

 そんな人の言葉が理解できるはずもない。ケートス・プロイから一気に殲滅しようかとマグを確認し―――テルクゥが破損していて実行不可能だと気付く。舌打ちをするつもりで血反吐をまた新しく吐き出しながらイル・メギドを放つ。

 

「レスタやトリメイトでもどうしようもねぇダメージか―――怖いなぁ」

 

 一撃では殲滅しきれない。もう一撃イル・メギドを放ち、ダーカーを殲滅する。フォトンフレアのスイッチを入れるほどの体力も残っていない。もう一度トリメイトに手を出そうとするが、手が震えて、口へとそれを運ぶことが出来ない。あの時、【仮面】にボッコボコにされた時よりもダメージがヤバイ。これが死ぬという感覚なのだろうか、そう思いながらも最後の矜持だけで意識は保っていた。

 

「あー……やばい。マトイに会いてぇ」

 

 ふら、っとする体に力を込めようとして、それをするだけの血液が足りない事に気が付いた。やべぇ、と思いながら体は後ろへと向かって倒れて行く。ここで倒れたらダーカーに喰われるなぁ、

 

 そう考えながらも、視界の中に入ってきたのはポニーテールの少女の姿だった。

 

 その姿を見て、まだツキはある、それを確信し、素直に倒れる事にした。




 惑星パンチ!

 まぁ、ダークファルスって凄まじいダークフォトンとダーカー因子を圧縮して詰め込んだ存在らしいし、質量的に考えると今まで削った量も考えて、ダーカー何万匹分なんだろう……? と考えるとパンチ一発でミンチなりそうだなぁ、と。皆ァ! スケドは持ったかァ!

 という訳でEP1もクライマックスな事で。


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The Garnet Sky - 6

 短く意識を失っていたのだと気づかされる。目を開きながら世界を認識し始めれば、見えて来るの鋼の天井だった。多少のだるさは感じるが、それでもそこまで痛みはない。上半身を持ち上げれば、自分がマイシップ内の壁に寄りかかる様に座っていた事を認識し、その正面、反対側、連絡を取る様にホロウィンドウを広げる黒いハートブレイカー姿のポニーテールの少女を見た。えーと、なんだっけか、と微妙に混濁する意識で考え、血が足りねぇ、と結論し、そしてあぁ、と呟く。

 

「サラちゃんか……」

 

「あ、起きた? ボロボロだったから無理矢理マイシップまで引きずってきたけど大丈夫?」

 

 どうだろうなぁ、と呟きながら体を起き上がらせる。関節がベキボキ、と音を鳴らしながら体が持ち上がる。そうやって確認する自分の姿はありていに言って酷いありさまだった。服はぼろぼろで、乾いた血が顔や服に張り付いており、戦場帰りだと言われても信じられるような姿になっている。だが倒れる前、意識を失う前に感じていた死にそうな感覚はなかった。見れば簡易的にではあるが、包帯が巻かれていた。

 

「出来る範囲で応急処置は施したんだけど大丈夫だったかしら?」

 

「いや、超助かる。ぶっちゃけ一回死んだ感覚はあったからな、だけどそれよりも―――」

 

「あぁ、うん。なんとなく言いたいことは解るから後ろ、見るといいわよ」

 

 サラが背後へと指差してくるので、其方へと視線を向ける。その先にあるのはマイシップの窓であり、宇宙空間が見える。その先に広がっているのは惑星ナベリウスの姿で、そして竜巻がナベリウスの地表を喰らい、纏めあがりながら一つの巨大な姿を生み出してゆく姿だった。宇宙へと近づけば近づく程紫色に染まって行く甲殻の様な姿は見方を変えれば鱗の様にも、そしてダーカーの姿の様にさえ見える。

 

「アークスシップからアークス全体に緊急連絡が入ったわ―――ダークファルス【巨躯】の封印が解除された、蘇った、ってね」

 

「夢でしたー! ……って訳にもいかない、か……サラちゃん、俺以外には―――」

 

「私が見つけられたのはすまないけど貴女だけよ、ごめんなさい」

 

「いや、いいんだ。俺が生き残ったって事はあの二人もきっと生き残ってる可能性があるさ―――」

 

 そうじゃなければシオンを殴ってでもマターボードを生成させて、殺してでも救いに行けばいいのだ。ハッピーエンドである事を絶対に諦めない、それが安藤である証明なのだから。だからふぅ、と息を吐いて、まだ痛む体を安らげる為にも床に座り込み、そして新しくトリメイトを取り出してそれを飲む。傷ついた体に回復薬が染み込み、細胞を再生させて行くのが解る。果たしてこんな生活を続けてたら寿命はどれぐらいになるのだろうか。

 

 そう思った直後、マイシップがワープに突入し、ナベリウスから離れて一気にアークスシップの停泊している宙域へと離脱した。どうやらダークファルスの妨害範囲から脱出したらしい。これで一応はダークファルスから離れる事は出来たが―――これで終わりという訳ではあるまい。

 

 あのダークファルスの事だ、まず、間違いなくアークスシップを狙ってくる。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫―――うん、大丈夫。ただアレはぶち殺す」

 

「大丈夫じゃなさそう……」

 

 それだけは心に誓っていた事だった。絶対にぶち殺す。許さない、お前の存在その物を否定しやる。まさかここまで殺意をたった一つの対象に対して向けることが出来るなんて、いままでは思いもしなかった。ある意味新しい世界観を開いたような感覚だった。そんな此方の様子を心配してサラは視線を向けて来るが、サムズアップを向けて力瘤を見せている間にマイシップはあっさりとアークスシップへと帰還を果たす。ふぅ、と息を吐きながら先に出口を目指す。

 

「ありがと、そんじゃ」

 

「あ……うん……」

 

 サラに振り返る事無く手を振りながらそのままマイシップのテレポーターに入り込み、転送光と共にアークスシップへと帰還する。そうやって帰還したアークスシップは慌ただしくアークスや職員たちが走り回る姿が見えていた。

 

『―――ウスにてダークファルス【巨躯】の存在を確認、現在巨大化しながらゆっくりと此方へと向かっ―――』

 

 最後まで鳴り響くアナウンスに耳を傾ける事無く、さて、と呟く。口の中が若干ムカムカする。軽く唾を口の中で纏めて吐き出してみればまだ血が出てた。それを見てまず、最初にやる事を決めた。ゆっくりと、アークスロビー横の転送装置に入り込んで移動先を指定する。一瞬の転送を終わらせて到着するのは既に何度も訪れたことのある場所、

 

 フードコートだ。ダークファルスの出現を受けてか、閑古鳥が鳴きそうな勢いで閑散としており、店主達やバイトの姿以外には誰の姿も見えなくなっていた。軽く辺りを見渡せば、懐かしいラーメン屋の様な屋台を発見する。軽く匂いを嗅げば、やはりそこからはラーメンの匂いがする。こういう文化はどこから来ているのだろうかなぁ、と思いつつ、

 

 暖簾を潜り、木のベンチに座る。

 

「いらっしゃ―――おいおい、姉ちゃん、ボロボロだぞ。メシ食う前に一旦部屋に戻った方がいいぞ……?」

 

 店主の心配する様な言葉を無視し、壁に飾ってあるメニューを確認し、口を開く。

 

「ラーメン大盛りで。あとギョーザ二皿。チャーハン大盛りで」

 

「お、おう……大丈夫か……? 色んな意味で」

 

 いいからはよメシを寄越せ、と視線で訴えれば、店主とバイトの子が不承不承ながらオーダー通りの物を用意し始める。進んだオラクルの科学技術の恩恵もあって、ラーメンの前にギョーザの方が出来上がり、二皿一気に目の前に並ぶ。それに軽く醤油をぶっかけ、箸で三個纏めて掴んで口の中へと放り込み、ほとんど飲み込むような形で食べ、そのペースのまま二皿を空にする。

 

「ギョーザ三皿追加で。あともうちょい血が付きそうな感じでよろしく頼むわ」

 

 その言葉にギョっとした表情を店主が浮かべた。そして空になった皿へと視線を向け、そして小さく、呟いた。

 

「へへへ……―――魔物がきやがったな……! おい、本腰を入れろ。俺達じゃ手が足りないかもしれないぞ!」

 

「は、はいオヤジ! が、頑張ります! という訳でチャーハンお待ちしました!」

 

 目の前に大盛りのチャーハンが置かれる。そこにレンゲを二つ持ち出し、それをブルドーザーの様に口の中へと流し込んで行けば、直ぐにラーメンがやってくる。チャーハンを口の中に流し込んでから食べ終わったらその皿を横に放置し、ラーメンを口の中に注ぎ込む。はふはふ、とスープと麺の熱さに格闘しつつ、片方のレンゲを箸へと持ち替え、ギョーザにやったように一気に掴んでそれを口の中へと流し込む。普段は全く食べない量、ギャグとしか表現のしようのない量なのだが、今日に限っては過剰どころか足りないと断言するレベルだった。

 

 新しくやってきたギョーザを口の中に叩き込みながら、肉体が血液を求めているのを感じた。だがそれ以上に肉体がダークファルスの一撃によって急速に失い、そしてトリメイトなどによって一時的に補填したフォトンを完全に補充する為に、食事を求めていた。所詮はレスタもトリメイトも応急処置、その場での回復でしかない。時間が経過すれば一時的に補給したフォトンは薄れる。その場をしのぐ事は出来る。だが今、あの時補充した分と、自然回復だけではどうにもフォトンが足りず、血液が足りない。

 

 だから体が肉を求めていた。

 

 ―――故に食う。

 

 冗談としか思えない勢い、量を口の中に叩き込んで行く。やがて此方の食べるペースが屋台のキャパシティを上回ってきたのか、横からカレーライスが投げ込まれてきた。視線をそちらへと向ければ、ラッピーの着ぐるみをしたどっかの店の店主がサムズアップを向けており、それを蹴り飛ばしながらやってきたリリーパがステーキを運んできた。運ばれてきたそれを目の前に置き、片手にスプーンを、もう片手にフォークを装備し、その亜種二刀流で二つを同時に口の中へと運んでゆき、飲み込むように食べていく。

 

「増援だ! 増援を呼べ! 鍋が空になっちまった!」

 

「フードコートの魔王の誕生だなこれは……!」

 

「うるせぇ、肉を寄越せ、肉を。特にレバー」

 

「ヒャア! 金蔓だぁ―――!」

 

 目の前にどんどん運ばれてくる料理を一方的に、ほとんど作業的に平らげながら、少しずつだが自分の体の中に血が巡り始めるのと、フォトンが戻り始めるのを感じる。それでも食べる事はやめずに、食べ終わった料理の皿を横へとタワーを創る様に重ねて行く。ドンドンと積み重なってタワーを形成して行く中でも、まだ肉体がフォトンを求めているのを感じた。それが原因なのか、食べても食べてもフォトンへと分解、還元されて行く感覚ばかりでまるで腹に溜まるような気がしない。これは後日太りそうだなぁ、なんて事を考えながらも食べる事だけは止められなかった。

 

「な、なんて女だ……からあげを口に入れたらレモンに齧りついてやがる……!」

 

「それよりも今スパゲティを一皿丸ごとフォーク二本で纏めて一口で食ったぞ」

 

「もはや液体系と麺類は一口で終わらせるペースだな」

 

 体の中にフォトンが満ちて来ると大分速度が上がってくる。体に引っかかっていた倦怠感もなくなって行き、だるさや痛みというものが引いて行く。その代わりに体の芯から活力を感じはじめ、ここらへんで漸く料理の味が分かり始める。既に自分の周りには空になったどんぶりやボウル、皿によるタワーが完成されており、投げる様にその上に空になったのを重ね、タワーを完成させる。

 

 そして、目の前にあったハンバーグを口の中へと押し込んでからコップの中の水を飲みほし、それを台に叩き付ける。

 

「ごちそうさまぁ―――! げふぅー」

 

 ふぅ、息を吐きながら腹を撫でる―――と言ってもその大半がフォトンに還元されてしまっている為、そこまでお腹いっぱい、という感覚はないのだが。ただ周りには死屍累々とした姿が並んでいる為、これ以上は食べない方がいいだろうなぁ、というのと活力の回復は果たしたから、という判断から食べ終わったのだ。

 

 それに何より、

 

「―――探したぞ」

 

「ちーっす」

 

 軽く体を捻りながら後ろへと視線を向ければ、そこにはヒーローズクォーターの―――いや、六芒均衡の中で最も有名であり、精力的に活動している男、ヒューイの姿が見えた。その視線は周りの死屍累々とした店主達の姿から此方へと向けられた。

 

「かなり食べたようだな」

 

「体内の血とフォトン全部吐き出しましたからなぁー。いやぁ、ダークファルスってマジ次元が違いますわ」

 

「となると君は本当にダークファルスと一戦を繰り広げ、生き延びたという事なんだな」

 

「いえーす」

 

 サムズアップをヒューイへと向ける。だが此方の様にふざけるような様子をヒューイは見せない。珍しく素でもない、ガチの様子だった。それだけに今回の、ダークファルスの襲撃という事に対して真剣に向き合っているのだろうとは解る。

 

「単刀直入に聞こう、どう思う?」

 

 そうですなぁ、と言葉を置く。

 

「どう、と言われても、まぁ、曖昧すぎて判断しづらい感じですけど。まぁ、ダークファルスを倒せるの? って質問でしたらまず間違いなくノー、としか答えられませんわ。アレは生物で対抗する事を想定した様な存在じゃありませんわ、いや、マジで。殴られてそれで即死しましたもん。スケドあってもそれで追いつかないもんだからマジでヤバイって」

 

 だからと言って、

 

「このままアークスシップで迎撃に回って、まぁ、十中八九シップ沈められるかなぁ、って。主砲って奴のデータ前見ましたけど、アレでもたぶん無理っすな。たぶん惑星を問答無用で吹っ飛ばすような火力がなければ無理かなぁ、って。まぁ、それにしたってそのクラスを浄化するだけのフォトンがなきゃ再復活しそうですけどなぁ!」

 

 げらげらと笑う。アレは無理だ。不可能だ。専用のメタ対策、そっれも理不尽で概念的なレベルの物を用意しないとどうにもならない。そういう類の生物だった。創世器があればダメージは通ると楽観してもいられない。創世器さえあれば勝てるんじゃないか? と考えていた自分が馬鹿らしい話だ。ほんと、もうそういう風に油断しない―――絶対にだ。

 

「君のフォトンはだけど自信満々に輝いている―――それこそもう負けない、と言わんばかり」

 

 然り、と頷く。

 

「ダークファルスを倒す事は()()()()()()()()()()()()()()()―――これ、たぶんあの場にいた俺だからこそ解る事なんですよねー。という訳で、ヒューイさんや」

 

 ヒューイと、そして周りの視線を集め、考えを整理する時間を与える為に一拍間を置いてから続きを話す。

 

「―――決戦って言葉には素敵すぎる響きを感じません?」

 

 その後告げる考えと、そして内容に、ヒューイは言葉を失った。




 ガーネットスカイ。つまり緋色の空。壊世区域の空の色は……まぁ、どっちかというとピンクなんだけど。という訳で大食いは気合いを入れる為の儀式とか言いつつ次回、

 お風呂回!


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The Garnet Sky - 7

「たーだーいーまー」

 

「おかえり……ってわわ、どうしたの? ぼろぼろだし真っ赤だよ!?」

 

「ん……? あっ」

 

 マイルームの扉を開き、そしてマトイに指摘されて漸く自分がダークファルスに殴られてから一切着替えや掃除の類をしていない事を思い出してしまった。ぶっちゃけ、アークス全体がそれどころではない状況で忙しいから仕方がない、と言ってしまえば仕方がないのだが、姿に割と気を使っている安藤としてこれはファッション安藤失格なのではないだろうか? 等というくだらない考えが刹那で思いついた。安藤という言葉の万能っぷりには驚くしかない。

 

「あー……大丈夫大丈夫、メシ食って元気になったし。という訳で俺は―――」

 

「ダメ。まず何をするにしても最初はお風呂だからね」

 

 めっ、と言いながら人差し指を此方に近づき、突きつけて来る。それで怒っている姿をアピールしているつもりなのだろうか、上目づかいで若干睨んでいるのは解っているが、ベースが可愛すぎる為にもはや完全に可愛いだけだった。マトイに怒っている姿とか、泣いている姿とかはつくづく似合わないよなぁ、と思ったところで、同時にこの子には心情的に勝てないなぁ、とも思ってしまった。だから両手を持ち上げる。

 

「はいはい、俺の負けですよーだ」

 

「うん、宜しい。それじゃあ早く汚れを落としてね」

 

 汚れというよりは血なのだが、まぁ、フォトンクリーナーを使えば簡単に血を服から剥がせるし、修復自体も一瞬で終わるからそう心配する事じゃない。まぁ、それでも体の汚れは別だ。普段はフォトンに保護されているから平気だが、今回は【巨躯】パンチで一回、昇天してしまっている。その為、フォトンによる防護や加護が完全に剥がれている為、この惨状だ。素直にマトイのいう事を聞くこととして、さっさとマイルームにご帰還する。

 

 そのまま風呂場へと向かいながらアイエフブランドの上着を脱ぎ捨て、別パーツの腕部分を脱ぎ投げて、そして既にボロボロで最低限の役割しか果たしてないトップスを脱ぎ捨て、ホットパンツを蹴り飛ばし、そして靴も脱ぎ捨てる。

 

「相変わらず脱ぎ散らし方が汚い」

 

「……安藤だからな!」

 

「なんでも安藤と言えば許されるわけじゃないんだよ……?」

 

「ヒャッホォゥ!」

 

「あ、逃げた」

 

 説教なんざ付き合ってられるか、と体で表現する様に下着を蹴り脱ぎながらそのまま風呂場へと突撃する。そのまま風呂の中へと突撃しようかと思ったが、予想外に血で髪が凝り固まっていたり、体が泥だらけだった。そういえば数えるのが面倒になるぐらい地面をバウンドしていた事を思い出し、改めて生き延びたことを実感する。そう、生き延びたのだ、あの化け物を相手に―――あんな気まぐれは二度とないだろうなぁ、と思う。

 

 それでも勝てなきゃ死ぬだけなのだが。

 

 そんな事を考えながらシャワーの設定を終わらせてお湯を流す。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

 暖かい湯って気持ちいいなぁ、皮膚に引っ付いていた泥と汗と血の塊が湯に流されて排水溝の中へと消えて行く。湯気によって悪くなって行く視界の中で、無言でそれを眺めながら考えを全て頭の中から追い出し、呆然と、動くこともなく、そのままじっと何もせずに立ち尽くす。

 

「……」

 

 ただただ流れる湯の感触を体で感じ取り、シャンプーに手を伸ばす。なんだったか、終わったらリンスを使え、だったっけ。確かマトイにそこらへんの知識を教えられた気がするが―――めんどくさい。そのまま普通に髪を洗う事にする。無心のままわしゃわしゃといつも通り髪を洗えば、泥の塊や血の塊が髪に引っかかっているのが解り、もう少しだけシャンプーの量を増やして、少しだけ丁寧に汚れを落とす事にする。とりあえず鏡に映っている分、髪が綺麗になったっぽいのを確認してからお湯で泡を流し、自分の体を見る。血と泥の姿は見れない……ボディソープとか一々使うのめんどくせぇよなぁ、とだけ考え、

 

 シャワーを切って湯船に浸かる。

 

 バスタブの名前はなんだったか―――調べるのがめんどくさい。ただ花弁が浮かんでるから確かエレガントバスタブか、そんな感じだった気がする……まぁ、そんな細かい事はさておき、体をどっぷりと肩まで浴槽の中に沈めて、足を真っ直ぐ伸ばす―――それぐらい風呂は広い。浮かんでいる花弁を湯ごと手で掬って持ち上げてみて、それをそのまま下へと流す。無言でそれを眺めてからゆっくり、肺の底から吐き出す様に息を全部吐く。

 

「ふぅー……生きて戻れたかぁ……」

 

 肺の中に新鮮な空気を送り込みながら、こうやって今、生きていられる幸運を噛み締める。とはいえ、あまりにも運が良すぎると()()()()()()()()()()()と考えてしまいそうだが。マターボードがあるから特別……なんて考えを持っていたらいつか本当に死にそうだからあんまりそういう風に考えたくはない。謙虚、謙虚でいるぐらいがちょうどいいのだ。

 

「んー……傷が増えたな」

 

 湯船の中から足を伸ばして持ち上げる。突き出された白く、細い、女の足はパっと見、すべすべしていて綺麗の様に見えるが、顔を近づけてみれば目立たないレベルでたくさんの傷が刻まれている。特に本日の一件で刻まれた新しい傷跡は治らなかったらしく、裂傷の痕がしっかりと足に残されている。たぶん殴り飛ばされた時、転がっている間に切ったのだと思う。逆側の足、手、と確認するが今日の一戦で新しく刻まれた傷跡が多い。なまじフォトンが足りなかっただけに、そのまま残されてしまうのだろう。

 

「―――システム的なもんはとことん信用ならない相手、か」

 

 ゲーム的な信頼は全て捨てたうえで相対しなくてはダークファルスの相手は務まりそうになかった。いや、それでさえどうにかなるかなんて不明だった。勝率が0の相手と命を賭けて勝負、なんて事は人生で初めての経験だった。当たり前だ、地球の頃はただの学生だったのだから。なぜオラクルに、こんな女の体で、自分は命を賭けて戦っているのだろうか―――。

 

「―――あ、やっぱり髪を上げてない。もぅ」

 

「ん、マトイか」

 

 一緒に風呂に入る気満々なのか、服を着ていない全裸のマトイが風呂場に入ってきた。既にこうやって一緒に風呂に入るのは一度や二度の事じゃないから別に驚きはしないのだが、こうやってマトイが隠す事もなく裸姿を見せて、一緒に風呂に入ろうとするのを見る度に自分が女である事を自覚して、少しだけ心が痛い。裸だ! やったぜ! ……と喜べなくなり、普通に対処する様になったこの感覚も女のそれに近い。ドンドン元の自分からズレているなぁ、と感じるも、あまりそこに恐怖は感じない。

 

「ほら、もっと前に詰めて。髪を上げるから」

 

「えー……めんどい……」

 

「ダメ」

 

 シャワーでまずは汗を流すマトイの押しの強い言葉に少しだけ笑う。最初の頃はただの流されるだけのオドオドとした被害者だった。だがそんな子も日常生活を続けている内にこんな押しが強くなってしまった。あの時からあまり時間が経過していないのに、こんなにも簡単に人は変われるのだ、自分の起きた変化も、まぁ、そんなものなんだろうなぁ、という気持ちだった。まぁ、こういう事は考えるだけ無駄だというのも良く理解しているから、あまり深く考えない事にする。その時の状況、勢いで考えなんてものは変わるのだから。

 

 とか考えている内にマトイがシャワーを終わらせて近寄ってくる。入る場所を作る為に前の方へと進めば、後ろの方から入り込んでくる。髪を上げるとか言ってたし、これでいいのかなぁ、と思ったが正解だったらしい。サクサクと風呂の中に入ってきたマトイがそのまま後ろから湯に浸かって広がっていた髪を集め、水を切りながらそれを纏めて行く。慣れているその動作に流石中身まで完璧に女の子だなぁ、と評価するしかなかった。

 

「もぉ、駄目だよ? 髪の毛を浸けっ放しにすると痛むし、重くなるし、乾かす時が凄く大変なんだよ?」

 

「えー、軽く乾かしたらそのまま放置でいいじゃん」

 

「それで濡れた床を掃除するの私なんだよ……? 本当にアキナってデコボコだよね。服とかアクセサリーには気を遣ったりしてるのに、それが美容とかになった途端に無頓着になるというか……まるで男の人みたい」

 

 元男だからそこらへんの知識や経験があやふやなのだ、と言い訳したい所だが、このオラクルの中でそう言って信じてくれる人間はおそらくシオンだけなのだろうと思う―――いや、待て、そもそもシオンは人間なのかアレ? 手足が宇宙になってるし、人間として表現するには些か無理がある気がする。という事は人間で信じてくれそうな人物がいない事になる。

 

 ……まぁ、もう、別にどうでもいいことなのだが。

 

「はい、出来た」

 

「お?」

 

 ホロウィンドウでミラーを生み出し、それで横から頭の裏を見れば、白い長髪が一纏めにされており、アップに固定されていた。器用だなぁ、と思うしかなかった。こういう細かい作業が自分は苦手だ。

 

「さんきゅさんきゅー……あー……気持ちいいー……」

 

「あわわわ、こっちに寄りかからないでよー」

 

「ふはははー、潰れろ潰れろー」

 

 後ろへと寄りかかり、浴槽と背中でマトイを軽くだが押しつぶす様に寄りかかる。焦った様な声をしているが、実際はそこまで焦ってはいないだろう。少しだけ楽しんでいる色が声にあるのが解る。だからそれを理解してこちらも少し遊ぶように振る舞える。ただ後ろで少しだけはしゃぐようだった声がマトイから消え、

 

「どうした?」

 

「うん……背中に傷が……」

 

「あー……今日は派手にやらかしたからなぁ」

 

 さっさと向き合う様に位置を入れ替えておくべきだったかなぁ、と思いつつマトイに寄りかかるのを止めて、距離を開ける。背中に暖かい指の感触を感じ、少しだけくすぐったさを感じる。その指先が震えているように感じる。

 

「ねぇ、アキナ……本当に大丈夫? 今ダークファルスが来ているんだよね? ここにいるって事は出撃しないんだよね……?」

 

 不安そうな、しかし肯定して欲しいという意志が見える声で、マトイが此方へと言葉を送った。少しだけ、申し訳なく感じ、よっと、声を零しながら湯船の中で反対側へと向き直り、浴槽の反対側からマトイへと視線を正面から向ける。

 

「残念ながらダークファルスは来る。俺が帰ってきた時点であと6時間ほどで到着……だからあと5時間もあればオラクル船団に到達するんじゃないかな、アイツ。……俺も特攻野郎(キチガイ代表)(アークス)チーム連中とダークファルスを殴りに行く予定だから、残念ながら一緒にいてやることは出来ないんだ、悪いな」

 

 マトイが返答に顔を伏せて黙った。本当に可愛い奴だなぁ、なんて思いながら両手でマトイの頬を挟んで、タコの口になる様に潰した。

 

「ぶにゅ」

 

「なんて顔をしてやがる」

 

「それ、今貴女がやったんだよ?」

 

 そうでなくてもだ、と言葉を置く。だからいいか、と言葉を置く。両手を解放して、同意をマトイから得る。だから最後に一度だけいいか、と言葉を置いた。

 

「―――俺はアークスだ」

 

「うん」

 

「俺は戦う義務がある」

 

「うん」

 

「俺達アークスは様々な特権の代わりにダーカーと戦わなきゃいけない」

 

「うん」

 

「ダーカーと戦う為に俺達アークスが存在する」

 

「うん」

 

「俺達が戦う事で多くの人が救われる」

 

「うん」

 

「俺達が戦わなきゃ大勢死ぬ」

 

「うん」

 

「―――だけどな、そんな事は別にどうだっていいんだよ」

 

「……え……」

 

 マトイの困惑した様な言葉に詰め寄り、笑顔を浮かべたまま、額をこつん、と軽く合わせ、目を閉じる。

 

「いいか、マトイ。俺は知らない誰かの為に戦うんじゃない。俺がアークスとして戦っているのはそれが楽しいからって理由は確かにある。体を動かすのは楽しいし、フォトンを操るのは凄いし、俺は強いから皆俺を尊敬してくれる。俺が戦う事でみんなが俺を必要としてくれる。だからアークスってのは楽しいんだ」

 

 だけどな?

 

「それ以上に俺が今、アークスとして、ダークファルスを戦おうとするのは俺の日常の為なんだよ」

 

「日……常……」

 

 そうだ、日常の為だ。

 

「アヒンの野郎は何時も必死に家族を探しているからそれを手伝わなきゃいけない。コフィーさんには何時もお世話になってるから元気でいてほしい。オーザとマールーの二人には仲好くなってほしい。ロジオさんには研究が上手く行ってほしい。フーリエにはまたリリーパとの交流がある。ゼノニキには世話になったお礼をしなきゃいけない。クソザコエコーは鍛えなきゃいけない。ゲッテムハルトの馬鹿は正気に戻してやらないといけない。シーナちゃんはお尻ぺんぺんして反省させなきゃならない。クーナとはまた、遊びに行って色々と教えてあげたいし―――マトイ、君を守りたいんだ」

 

 この宇宙全体を守りたいのではない。

 

「知らない数百万の誰かじゃなくて、知っているただ一人を俺は助けたいんだ。全部終わらせて、帰ってきた所にお前が笑顔でいてくれれば、それだけで俺は頑張れるんだよ」

 

「……そんな言葉、卑怯だよ……そう言われたら何も言えないよ……」

 

 額を離し、サムズアップを向ける。

 

「第一俺を誰だと思ってやがる―――安藤だぜ? 負ける事はあっても最後の最後で勝つのはこの俺だ」

 

 その言葉を受け、マトイの目の端には涙があるが、それでも笑顔は戻り、

 

「―――うん! だから絶対に帰ってきてね。私、貴女を信じてるから」

 

 声が戻ってきた。その表情と言葉だけで力が湧いてくるのだから、覚悟が決まるのだから、

 

 自分とは、何とも簡単な生き物だと思う。




 次回、特攻野郎Aチーム!!

 Aは安藤、アークス、阿呆と読む!!! イカレたキチガイ共を紹介するぜ……次回な!!

 というわけで次回は出撃準備という事で。


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The Garnet Sky - 8

 ―――髪型を変える。

 

 ツートーン色設定が可能なRINAヘアーへと髪型を変更すれば、即座に変更が採用され、白髪に毛先が赤く変化するグラデーションのかかったセミロングヘアーへと髪型が変わる。それに合わせ服も着替える。アイエフブランドとは全く違う、未来的な意図の服装、全身が白く、そこに黒と金によるラインと装飾の入った服装、複雑なつくりをしており、細かい複数のパーツに分かれている為、普通に着ることの難しい衣装だ。自動装着機能で装備をセットする様に装着すれば、フォトンの光と共に下着姿から選んだ服装に包まれる。

 

 SFと獣を融合した、露出が少な目の衣装、胸元が僅かに開いており、スカートというよりは前垂れと後ろ垂れで股間部を隠している。頭には最後に服装のイメージ元となった獣を象徴する様に狐耳のギアパーツを頭へと装着し、今回ばかりはボロボロになってほとんど布きれ状態となってしまったヒーローマフラーを外し、着替えを完了する。ヴァリアントヴィクセン、セットとなるヘッドギア、そして髪型はツートーン対応のRINAヘアー。ヴァリアントヴィクセン自体が装飾が多く、尻尾の様なマフラーパーツが複数存在する為、これ以上のアクセサリーの類は必要としない。

 

 これで着替えは完了する。リビングの壁へと向かい、壁に飾ってある一本のカタナへと視線を向ける。金の装飾が施された黒に蒼い絵柄の鞘、鍔も金で、柄の持ち手には蒼い布が巻かれてある、美しい芸術品の様なカタナだ。壁にかかっているそれを手に取り、刃を鞘から抜けば花の絵柄が刀身に描かれているのが見える。

 

「―――力を借りるぜスサノショウハ(ハドレッド)

 

 クーナとハドレッドの戦いの結末、ハドレッドはクーナによって送られた後に残されていたものがこのカタナだったらしい。ファイタークラスであるクーナはカタナを使えず、そしてこれはおそらく自分の為に残されたものだと言ってクーナはこれを、ハドレッドの形見をくれた。確かに、スサノショウハはクローム・ドラゴンが落とす星11武器であり、汎用カタナとしては高ランクの逸品である。何より()()()()()()()()()()()()()()というのが他の汎用カタナとは大きな違いだ。その潜在能力もフューリースタンスの強化である為、HuBrでも使いやすいのが特徴だ。

 

 だがブレイバーが存在しないこの状況、ハンターでのカタナフォトンアーツが使用可能とされている状況で、ハンターでも装備できるカタナを入手できたのはもはや運命さえ感じられる事だった。或いはこれはハドレッドが引き寄せた運命への抵抗なのかもしれない、と、自分ではそう判断する事にした。

 

 レギアスが出したハンターでのカタナのフォトンアーツ使用許可――使用制限解除とは、ある種無理矢理な行動でもある。それぞれのクラスでフォトンアーツが制限されるのは武器内臓のフォトンリアクター、アークスのクラス別フォトン波長、それらの相性を考慮し、アークスに対して負担をかけない為の処理だ。無論、それを解除すればチャレンジャーの様にあらゆる制限を無視してすべてのテクニックやフォトンアーツを行使する事だってできる。だがそれは肉体の耐えられる範疇ではなく、

 

 大幅な体力の低下、フォトン出力の低下、そういうデメリットが付きまとう。

 

 そんな状況で、ハンタークラスに適合するモノが狙わずに、転がり込むように入手できたのだ―――やはり、運命を感じずにはいられない。

 

「なぁ、どうなんだろうな……ハドレッド?」

 

 スサノショウハを腰の裏に装着し、

 

 ユニット、クラフトされたサイキシリーズが装着されているのを確認し、全ての準備を完了させる。スケープドールの補充はこの状況では無理だったため、ハーフドールしかもう手元にはない。持ち込めるバフアイテムを全て圧縮空間(インベントリ)に用意しており、サブウェポンや回復アイテム、その他すべての道具も持った。ダークファルス【巨躯】と戦う為の全ての個人としての準備がここに、完了された。

 

 武器、ユニット、アイテム、その全てが完了され、時間も少しずつだが迫っている。リビングルームの中央で立ち尽くし、軽く息を吐く―――何時からこんなにも簡単に恐怖を克服することが出来る様になったのだろうか。はたして何時からこんなにも情熱を燃やすことが出来るようになったのだろうか。はたして何時から―――こんなにも、誰かを強く守りたいと思えるようになったのだろうか。不思議だ、不思議な気分だ―――だが悪くはない。

 

 振り返り、片手で緩く敬礼をしながら笑みをマトイへと向ける。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 くるり、とそのまま回転して正面へと向き直り、振り返る事無くそのままマイルームの外へと、アークスロビーへと向かう為に転送装置に乗り込む。

 

 

 

 

 アークスロビーはかつてない程忙しい姿を見せていた。カウンターの前では多くのアークスが出撃の為にオーダー受け取って出撃し、オラクル船団全体の統率と防備の為に走り回っていた。それを横目にクラスカウンターでさっくりとクラスの変更とスキルツリーの変更を行い、決戦に向けての最後の準備を終わらせる。それを終えて振り返り、クラスカウンター前の待機エリア、円状に設置されているベンチの方へと視線を向ければ、そこには腰に創世器である破拳ワルフラーンを待機させたヒューイの姿を見て。此方同様、ヒューイも肩の上にマグを浮かばせている辺り、戦闘に対して本気で準備をしてきた、というのが見える。片手を上げて挨拶すれば、向こうも手を上げて挨拶を返してくる。

 

「カタナか……レギアスが使っているのを見るが、他のアークスが使うのを見るのは初めてだな」

 

「こいつでなきゃ本気が出せないから早い所カタナ専用のクラスを実装して欲しい所で」

 

「中々難しい話だな。クラスとして実装するには実績と需要が必要になってくるからな……まぁ、今回君が頑張って成果を出すことが出来れば、それが評価されてカタナを扱うクラスが広まったりするかもしれないな」

 

 そこまで行ったところで、ヒューイが此方を見た―――というより服装を認識したのだろう。

 

「普段はもっと違う服装だった気がするが……着替えて気合いを入れ直した、という事か」

 

「これが決戦用の服装って事なんで」

 

 ヴァリアントヴィクセンはお気に入りの衣装だ。マグの見た目をテルクゥに設定しているのを見れば解るかもしれないが、狐系のキャラは割と好きなのだ。ヴァリアントヴィクセンという衣装は狐とSFを融合した様な衣装である上に、必要以上の露出を行わない、非常にファッショナブルな衣装だと思っている。動いていて栄えるというのも理由の一つだが、気合いを入れる時は大体この衣装で暴れまわっているのが自分の趣味だ―――実装直後のボスとかイベントはこれで乗り込んでいたのが懐かしいなぁ、と思い出していると、此方へと歩いて近づいてくる集団が見えて来る。

 

「おーい、こっちこっちー」

 

「ん? 彼らが君が勧めた―――」

 

 近寄ってくるアークス達の姿を見て、ヒューイが動きを完全に停止する。その姿を無視しながら近づいてきたアークス達とハイタッチを決める。軽くスキャンを行えば解るが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。全員が全員、キチガイと呼べる数のダーカーを殺戮しており、それでいて平気な顔をしているサイコパス連中である。なお一部は見たことのない顔だが、其方はヒューイが集めた者たちだろう。

 

 自分とヒューイを含め、ここに十二人のアークスが揃った。なので、まず全員揃ったところで、

 

「イエーイ! 諸君ダークファルスぶっ殺したいー?」

 

 声を放った。それに反応して全員が顔を合わせ、

 

「ぶっ殺してぇ―――!!」

 

 咆哮の様な声がアークスロビーに響いた。良し、いい感じだなこれ、と思いながらおいマテ、との声が横からする。其方へと視線を向ければやはりヒューイがいる。

 

「なんだこれは」

 

「【巨躯】戦に呼んだマイ・フレンズ」

 

「マテ、アレはなんだ」

 

 ヒューイがそう言って一人目に指をさす。その先にいるのはカテドラルヴェールを装着した、顔がブラックホールの様な、おそらく生物学上は女性キャストとして表現するブルマ姿のアークスだった。未だに自分でも自信が持てないが、多分彼女はアークスだ。

 

「アイリさん」

 

「Eトラトラトラトラトラトラ」

 

「発狂してないか?」

 

「割といつもの事です」

 

 二人で微妙に揺れながらEトラと無限に発言し続けるアイリを数秒間眺め続けてから、ヒューイから疲れたような声が出て来る。

 

「えぇ……」

 

「じゃあ続けてマイ・フレンズの自己紹介に回りましょうか。フードコートで拳がいい感じだったんでスカウトしたラッピーくんとリリーパくん」

 

「ラッピーとかいうクソ鳥死なないかなぁ……りー」

 

「リリーパという宇宙の害虫をダークファルスを殺すついでに始末できると聞いて」

 

「その二人のトモダチのニャウくん」

 

「リリーパもダーカーもラッピーも所詮は劣等種ニャウ。この宇宙の真の優勢種はニャウと決まっているんだニャウ」

 

 その言葉にリリーパが笑い、ラッピーが唾を吐き捨てた。反応する様にニャウがガンを二人へと送り、それを傍で見てたトナカイスーツが全体へと向けて両手を持ち上げて中指を突き立てた。

 

「あの中指突き立ててる素敵なトナカイスーツが黒雪くんで、その横にいるカイ・レプカの子がおそらく連れてきた面子の中で一番まともなイオンちゃん。あそこで(キャスト)以外はすべて下等種族だって断言している黒い箱がアルワズくん。全員、連絡を取ったら是非とも参加するってついてきたエリートキチガイだよ」

 

「着ぐるみ勢が殴り合いを始めているがいいのか?」

 

「うん」

 

 リリーパスーツがニャウスーツを後ろから羽交い絞めにし、ラッピースーツがニャウの腹に執拗にボディブローを叩き込み始めた。ニャウスーツの口からリアルに嗚咽が聞こえ始めるが、それでもラッピーもリリーパも動きを止めず、そのままニャウから完全に力が消え去ったところで解放し、床に倒した。それを見ていたアイリがムーンアトマイザーをニャウの口の中へと押し込み、起き上がってきたニャウをラッピーとリリーパが二人掛かりで再びイジメ始める。

 

「劣等種が止めろニャル! 劣等種がニャウ! 劣等種の分際でニャウ!」

 

「りー!」

 

「きゅいきゅい!」

 

「声だけは可愛いのになんだこの地獄絵図は」

 

 ヒューイがそんな事を言っている間に再びニャウが蘇生の必要な状態に突入したが、当然のムーンアトマイザーが投入された。ニャウの無限地獄はまだ終わらないらしい。ヒューイがこの世の地獄を目撃してしまったような表情を浮かべているので、彼の代わりに作戦を説明する。

 

「えー、ヒューイさんがメンタル・リセットを必要としているので司会と進行を担当させて貰うアキナさんです。どうぞよろしくお願いします」

 

「わぁーい!」

 

 拍手と喝采が返ってくる。ありがとう、ありがとう、と返答しながら頭を下げ、

 

「えー……これから君達はダークファルス【巨躯】と戦ってもらいます。ここにいる十二人はその決戦に挑む面子です」

 

 ヒューイ曰く、動ける六芒均衡はヒューイのみだったらしいので、ヒューイ以外は全員、普通のアークスだ。普通と言ってもキリングスコアが最上位に突入していたり、異常に恐怖を感じなかったり、サイコパス一歩手前の、そういうキチガイアークスばかりだ。

 

 キチガオ・オブ・キチガイ、アークスキチガイ代表、ここにいる連中は色んな意味でそういう連中ばかりだ。

 

「えー、話し合った結果、”迎撃に回ったらシップ沈むわ”って発覚したので、”沈む前にぶっ殺しにいかね?”って発想に至りました。ですが、ダーカー反応が強すぎて僕らダークファルスの前まで転送できません!!」

 

 ダーカー反応が強いと通信、転送等の機能が大幅に制限される。それがダークファルスなんていう凶悪な存在になると、文字通り制限ではなく封印レベルとなってくる。その為、ダークファルスに決戦を挑みたければアークスシップを沈められる覚悟で迎撃に回らなくてはならない。だがそれでは被害が多すぎる。ならどうするべきか?

 

 答えは簡単である。

 

 此方から出向けばいいのだ。

 

 物理的に。

 

 というかそうじゃない限り()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「えー、これから皆さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ちなみに相手も馬鹿じゃないので当然の様に迎撃してきます。なので戦闘用プラットホームにはアークス用のカタパルトも設置されています。なのでプラットホームを大量に射出、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カイ・レプカの少女、イオンの手が上げられる。

 

「はーい、帰り道はどうなるんですか?」

 

「ない。殺さなきゃない。殺すか撃退したら帰れます。みなさん、残業を覚悟しましょう」

 

 アルワズが手を上げた。

 

「はい、そこの箱」

 

「アークス本営からの支援はあるのか?」

 

「後方で俺達以外のアークスが全員迎撃に出撃するからそれ以外はない」

 

 ヒューイが連れて来たであろうアークスが手を上げた。

 

「はい、そこ」

 

「ニャウが泡を吹いてるんだが」

 

「ムーン口に突っ込んどいて。他に質問は? ない? マジで? ならばよろしい、君らは栄えあるエリートアークス(キチガイ)としてこの場に集められた。生存の可能性は勝利以外には存在しない。勝算は特にない! では諸君、やる気あるかな?」

 

 咆哮の様な声が返ってきた。ピクリとも動かないニャウの事がやや心配だが、なぁに、プラットフォームに投げ込めば嫌でも動き出すだろう―――生存本能で。

 

「それでは諸君、出撃だ! 特攻野郎Aチーム出撃ィ!」

 

 ヒャッハー、と叫びながら皆でゲートへと向かい始める中、一人だけ残ったヒューイを見る為に振り返れば胃を押さえながら呟く姿が見れた。

 

「本当に勝てるかどうかいい感じに怪しくなってきたな……!」




 前回シリアスだったのでその反動で。

 イカレた協力者を紹介するぜ!! というお話。一部キャラクターは現役安藤にご協力いただきました、本番はたぶん次回からだけど。

 次回、真打・アークマの野望。それとは別にエルダー戦BGMかそんな感じのを次回は推奨。


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Clear Void - 1

 ジジジ、と音が鳴る。付けた音声チャンネルから音声が流れ込んでくる。何やらこの状況でアイドルがライブを行うらしい。肝の据わったいい女もいるもんだ、なんて考えながら振り返る。そこではラッピーとリリーパがニャウの両耳を掴んで引っ張りながら引きずっていた。既にアルワズが口の中にムーンアトマイザーを十個詰め込んでいるのに、ニャウは目を覚ます事無く沈黙を保ったままだった。これ、本当に生きているのか? と若干疑い出すヒューイに対してニャウもニャウでプロのアークスだから大丈夫だろう、と落ち着かせる。

 

 アークスロビーのゲート先の転移装置から宇宙空間に浮かべてある作戦用プラットホームの射出ランチへと到着する。既に立っている場所は真空空間だ。だがフォトンの加護があるアークスには真空空間であろうとなかろうと、そんなものは関係なく活動することが出来る―――アークスなのだから当然だ。十二人全員が最初のプラットホームへと到着し、立った所でホロウィンドウが出現する―――オペレーター統括のヒルダの姿だ。

 

『聞こえているか? これより作戦行動を開始する……目標はダークファルス【巨躯(エルダー)】だ。四十年前に悪夢を見せつけ、その上で討伐が不可能と判断されて封印された存在だ……全く、一体どこの馬鹿が事実を捻じ曲げたのだ、封印されているという事実さえ把握していればまだ対処のしようはあったものを……いや、馬鹿さ加減では今からやる事は変わらんか……なぁ、ヒューイ?』

 

「そうは言わないでくれヒルダ。合理的に考えれば事実、これ以外に選択肢はないだろうと思う」

 

 ヒューイが此方へと視線を向ける為、頷きを返す。

 

 ―――ダークファルス【巨躯】は闘争を求めている。本人が闘争を求めていると発言しているし、強行偵察を行ったアークスからも【巨躯】が闘争を求めているという声を聴いている為、それがほぼ確定の事実として扱われている。それでいて【巨躯】は()()事も把握している。創世器をつかえたアークスを確実に殺すチャンスだったのに、良い闘争心を見せたという理由でワンパンチだけで終わらせたのだ。それさえ解っていれば簡単だ。【巨躯】は()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 つまり勝ち負けではない。良く戦ったか否か。それがダークファルス【巨躯】という存在が最も重視する事なのだ。まるで戦闘狂だったゲッテムハルトの性格の一部が反映されているかのような性格だった。だがこの際、それは非常に都合がよかった。何せ、ダークファルスという存在はどうあがいても殺害不可能に思えた。だけど【巨躯】に関しては殺害できなくても退くだろう、それ相応の戦いを見せる事さえできれば。

 

 だからこそ少数精鋭で一気に攻め込む。そして【巨躯】に満足してもらい、退かせるのだ。

 

『これよりダークファルス【巨躯】に接近戦を行う。一部アークスには既に宙域に浮かべたプラットホームの上で防衛戦を行って貰っている。現在確認した事実によれば【巨躯】はその体から眷属と呼ばれるダーカーを生み出し、防衛に回るアークス達との戦闘を行っている。奴の体積、質量はそれこそ惑星クラス程あるが、眷属を生成して撃退する度にそれは減少している―――現在二千人を超えるアークスを動員し、【巨躯】の質量低下を狙っている。おそらく到達する頃にはもう少し小さくなってくれているだろう』

 

 ヒルダの言葉が一旦そこで途切れる。その代わりにプラットホームがガコン、と音を立てて揺れる。アークスシップとドッキングしていたプラットホームが切り離された。フォトンによる疑似ラインが形成され、カタパルト射出の為のタメに入る。プラットホームが軋むような音を鳴らし始める中で、ラッピーの声が響く。

 

「おい、ニャウの奴ガチで起きないぞ。おい、起きろ!! 起きろよ!!」

 

『今から貴様ら全員をプラットホームと共に射出、転送妨害領域に入る頃には合計で百を超えるプラットホームを射出する。どれにもあらかじめ移動用カタパルトを設置している。当然、妨害は予想されるが、それを伝って移動しない限りはまず戦いにすらならない。諸君らの健闘が我々の明日を決める』

 

「リー! リー!」

 

「ミィーミミミミッミミィーッミー」

 

「おい、リリーパとアイリが発狂し始めたぞ」

 

「もう駄目だ……おしまいだ……」

 

「作戦開始前からパーティー崩壊が始まったぞ!!」

 

『生きて帰れ。私からはもはやそれしか言えん』

 

「ヒルダァ! 待て、ヒルダ! そんな状況ではない! 今いい事を言っているかもしれないがそんな状況ではないのだこっちは!」

 

「流石にカタパルトで射出したら起きるんじゃないかしらぁ?」

 

「お、採用」

 

『……健闘を祈る』

 

「ヒルダァ―――!」

 

 ヒューイの叫び声と共にプラットホームがカタパルトによって射出された。凄まじい慣性と衝撃が一瞬だけ発生し、フォトンの力によって無効化される。だがその勢いでプラットホームは射出され、高速で宇宙空間の飛翔を開始する。それと同時にアークスシップから大量のプラットホームが―――足場が射出され、前方に道を、そして戦場を生み出す様に展開される。その奥で巨大なダーカーの姿が、それこそ全長70kmを超えるアークスシップよりも巨大なダークファルス【巨躯】の姿が見える。複数の腕を大きく広げ、待ち構える様に動きを停止して待っているのが見える。

 

「うーす、それじゃあ行くぞ?」

 

「こっちは準備いいっきゅ」

 

「私は誰かの首を絞めたいと思っていた」

 

「ニャウの首でも絞めてて」

 

「君達はニャウになんか恨みでもあるのかい!?」

 

「ニャウは箱じゃないからな―――つまりは下等種族だ。何をされてもおかしくはない」

 

「混沌極まってきたなこれ……」

 

 そう言っている間にリリーパとラッピーで足場先端のカタパルト装置までニャウの両耳を引っ張って運ぶことを完了させる。皆が眺めている中、ラッピーがニャウの両足を掴み、リリーパがニャウの両耳を掴んだ。そこで二人はブランコを揺らす様に大きくニャウの姿を揺らし始め、

 

「行くぞ? 1、2、リー! だからな?」

 

「そこまでアピールするとはどこまでも必死さが見えるなぁ、っきゅ。1,2、きゅ! ね」

 

 リリーパとラッピーがニャウの足と耳を握りつぶす勢いで手に力を入れるのを見た。そして二人が互いに睨み合って数秒後、声を合わせ、

 

「1……2の―――(りー/きゅ)!」

 

 リリーパとラッピーがニャウを投げて、ニャウの姿がカタパルト装置にヒットした。カタパルト装置にヒットしたニャウはそのままラグドールの様にぐにゃぐにゃと体を転がしながらカタパルト装置によって射出された勢いのまま、無重力空間なので下へ向かって落下し始める事もなく、そのまま真っ直ぐダークファルス【巨躯】の頭の上を飛び越えて、その背後を抜けて、宇宙の彼方へと去って行った。

 

「……ニャ、ニャウは超時空エネミーだから……」

 

「そ、そうだよな、超時空なら大丈夫だよな……」

 

「だけどアイツスーツだぜ……?」

 

「……」

 

 再び宇宙へと視線を向けた。ニャウからの通信も、反応も、リアクションも一切なかった。ただ超時空型マスコットが宇宙の彼方へと射出された、という事実だけがその場には残っていた。誰もが無言、発生してしまった事件に対して言葉も見つからず、何もする事無く立ち尽くしていた。開幕から十二人が十一人に減ったとか、アレ絶対死んだんじゃね? とか言葉を放つ事は出来なかった。事件発生の状況があまりにも気まずすぎて、誰も言葉に出来ていないので、無言でまだつながっている音声チャンネルのボリュームを上げた。

 

『―――皆ー! こんな時だけど私の声を聴いてくれてありがとうー!』

 

 ―――クーナの声だった。

 

『こんな時、こんな状況なのに、なんで歌うの? ライブなんてするの? 皆、そう思っていると思うの。だけどね、違うの。()()()()()()()()()()()()()。アークスの皆は今、ダークファルスと戦っている。スタッフの皆は今、アークスや市民の皆を一人でも多く助ける為に働いている。私のとてもとても大事な友達も……親友も今、最前線で戦おうとしているの!』

 

 だから、

 

『私は歌わなくちゃいけないの! ここが私の戦場! これこそ私のやるべき事! 諦めないで、悲観しないで、絶望しないで―――だって私はそうじゃないから! 逃げない、諦めない、私は歌い続ける! 私の親友がそうしている様に……ここで、歌って声を届けるの、それがきっと、心に光を灯してくれるから。だから明るく、楽しく、そして鮮烈に! Our Fighting、行ってみよ―――!』

 

 ボイスチャンネルからクーナの声と歌が流れ始める。通信妨害はまだ入っていないらしく、十分に彼女の声は聞こえて来る。

 

「クーナちゃん、だっけ? これが終わったら彼女めっちゃ売れるだろうなぁ……んじゃお先に」

 

 そう言って特攻野郎が一人、カタパルトに飛び乗って射出された。

 

「負けられない戦いになるリー……」

 

「そうねー、っきゅ」

 

「 ミィーミミミミッミミィーッミー」

 

「あ、凄い、ブレてない」

 

「ある意味安心できる」

 

「んじゃ、行きますか」

 

「GO! GO! ―――GO!」

 

 各々に声を漏らし、発破をかけあいながら―――カタパルトを踏んで、体を次のプラットホームへと向けて射出した。宇宙、真空という空間である為に一切の抵抗感は感じず、風にヴァリアントヴィクセンのマフラーが揺れる事はなく、そのまま一直線に、一切の減速を行う事もなくプラットホームの上へと、スライドする様に着地する。そうやってプラットホームに着地するのと同時に、【巨躯】の意識が、視線が此方へと向けられるような気がした。

 

「―――来るぞォ」

 

『我が眷属よ、汝らの力を示して見せよ!』

 

 叫び声と【巨躯】の声が宇宙に響くのは同時だった。その体から甲殻が分離し、巨大な腕の様な存在が電車の様に連結して接近してくる。他のプラットホームを見ればそれが四つに分かれて自立行動するのが見える。近くのアークスとのデータリンクが完了し、弱点属性の表示が開始される。出現する属性は雷と光属性。

 

「一瞬頼む!」

 

「リー!」

 

 リリーパの叫び声と共にゾンディールがタリスによって放たれ、即座にラッピーによるゾンディール起爆が発生する。それに真正面から突っ込むように触れた【巨躯】の腕―――本部命名ファルス・アームは強制的に感電し、ショックの状態へと突入する。その結果を見るまでもなく全力で疾走していたヒューイが両手に、燃えるような炎のフォトンを纏った朱い鋼拳―――破拳ワルフラーンを振り上げた。

 

「ワ、ル、フ、ラーン!」

 

 叫び声と共にヒューイの右ストレートが放たれた。四体の連結されたファルス・アームに真正面から叩き込まれた拳はその顔面らしき指に穴を、関節を砕き、その勢いを一切殺す事無く胴体を突き破って内側から手首らしき部分に見えるコアを穿ち、その背後にあるファルス・アームまで届き、それをも貫通し、そして更に連続で残りのファルス・アームをも貫通し、

 

 四体のファルス・アームを一撃で粉砕した。着地したヒューイを見る事もなく、散開されているカタパルトを足で蹴って、次のプラットホームへと向けて全力で体を射出する。

 

「思った程眷属は硬くはないぞ! 俺みたいに正面からやるのであれば少し難しくなるかもしれないが、ここにいる皆のレベルで手首のコアを的確に穿てばおそらく一撃で破壊できる。諸君、最低限の交戦で真っ直ぐ、最短ルートを進むんだ」

 

「―――了解ッ!」

 

 言葉の響きを返しながら次のプラットホームへと着地する。射出されたプラットホームは数百存在し、最初から防衛戦の為に浮かべられたものも含め、このアークスシップ周辺宙域にはかなりの数がプラットホームが浮かべられている。その為、全員がバラバラに分かれながらも、最短ルートを模索して前へと向かって走っている。それを己も迷う事無く行っている。新しいプラットホームに着地した瞬間、着地の勢いを殺さない様にそのまま前転し、体を前に押し出しながら全力で走る。

 

 そうすれば正面、ファルス・アームと戦闘している一団が見える。

 

「邪魔だッ―――」

 

 フューリースタンスを発動させ、フォトンアーツを発動させる。体が一瞬で加速を得て、あらゆる物質を透過し、ファルス・アームの存在をも透過してその背後へと出現し、そこで透過を解除しながら真横へ、薙ぎ払う様にスサノショウハを振りぬいた。グレンテッセン、カタナのフォトンアーツでも最高クラスのそれを迷う事無く放ち、背後のコアからファルス・アームを両断、その死体を蹴りながら自分の体をカタパルトへと向かって蹴り出し、応援と声援を背に一気に次のプラットホームへと体を飛ばし、そして着地する。

 

「アサギリキャンセル……久しぶりだけど―――」

 

 正面、赤いエネルギーの球体が迫ってくるのを目視し、素早くアサギリレンダンを発動する。このフォトンアーツは一直線に瞬間移動しながらその間は無敵、それが抜けた先で乱切りを行うというフォトンアーツなのだが、この斬撃部分はステップ等で解除できる為、高速移動手段として利用できる。カタナを握って戦うのは非常に久しぶりである為、それが出来るかどうかは不安だったが―――体はあっさりとその不安を超えてくれた。

 

 一瞬で加速しながら背後で爆発を感じ、足元が砕けて行く。だがそれよりも早く次のカタパルトを踏んで体を飛ばし、宇宙空間へと飛び上がる。浮かび上がった状態、両腕を広げた【巨躯】の体からまたたくさんのファルス・アームが生み出され、迎撃活動中のアークスの下へと向かうのが見える。今、自分が着地しようとしているプラットホームもその一つだった。既に防衛戦を展開している先客(アークス)がいるようだ。着地しながら視線を次のカタパルトへと向け、それからファルス・アームと先客へと向ける。

 

 戦っているのは―――黒いボディのアークマだった。ソードを両手で握り、それをファルス・アームの頭に突き刺し、

 

「飲み干してくれ俺のソードを、【巨躯】ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!」

 

 叫びながら軽く白目になっている凄まじい生物だった。アレはガチキチ超えてサイコパスの領域に入る才能を感じ取る。一瞬、走るのを止めて、凄いポテンシャルを感じるアークマへと視線を向ける。

 

「君、【巨躯】をどう思う?」

 

 その質問にアークマは動きを止めて、ソードを抜いて、【巨躯】へと視線を向けてから、極めて真面目な声で答えた。

 

「あの巨大な異形ボディを組み敷いてレイプしたいです」

 

「お前の様な理想的なキチガイこそが十二人目に相応しい。【巨躯】戦最前席のチケットをくれてやろう! さあ、カタパルトへと利用して【巨躯】の前まで移動するんだ!」

 

「貴女が女神か―――今こそわが愛を叶える時! あ、でも俺異形専門なので勘違いしないでほしいクマー。それではマイラヴへと……!」

 

 アークマが凄まじい速度で宇宙空間を抜けて行く。その姿を眺めながら数秒遅れで、自分も通信をパーティーの仲間に入れる。未だに通信妨害は入っていない―――というよりは【巨躯】に通信妨害を入れるつもりがないらしく、まだ通信が生きている。おかげで今も必死に歌っているクーナの声が聞こえて来る。

 

「という事で皆、クソザコ超時空エネミーの事は忘れて新しいキチガイを歓迎しよう」

 

『アキナ君、そろそろ俺の脳がパンクしそうなのだが』

 

「理解しようとするのがいけないんじゃないですかねー」

 

 答えながらカタパルトを踏む。大きく跳躍しながら此方の姿を狙う様にファルス・アームが狙ってくるのが見える。故に空中でリミットブレイクを起動する。ふぅ、と息を吐きながらグレンテッセンを発動する。正面から突進するところだったファルス・アームの背部コアを一閃、切り裂かれたその死体を蹴って、そのまま宇宙空間を彷徨っている、移動している最中のファルス・アームへと着地する。

 

「二―――」

 

 走る、背部へと回り込んでバツの字を描くようにカタナを振るうフォトンアーツ、サクラエンドで四等分に切り裂いてまた死体を蹴る。

 

「三! こっちの方が早ぇ―――」

 

 ファルス・アームを更に見つけ、足場にして切りながら宇宙空間を跳躍して進んで行く。

 

「四、五、六―――」

 

 段々とテンションが上がってきた。自分の中でも割とこの状況を楽しんできているというのが理解できた。だがそれ以上に親友の声援を受けて、そして家族を待たせているという事が、最大のモチベーションとなって背中を全力で押している。だから軽く笑い声を漏らしながらファルス・アームとプラットホームを足場に、蹴り、そして斬り殺しながら連続で跳躍して移動を繰り返す。

 

 そのまま、最後に強くカタパルトを蹴り飛ばし、大跳躍を行い、

 

 膝を曲げ、巨大なプラットホームに両足で着地した。直ぐ正面にはサイズを大きく減らしても、それでも今まで見たどのエネミーよりも巨大としか表現の出来ない、甲殻を纏った怪物の姿が―――ダークファルス【巨躯】の姿があった。禍々しいフォトンを纏ったダーカーの親玉はしかし、闘争心とは別に嬉々をその全身から放っていた。

 

 追っていた膝を伸ばし、立ち上がる。

 

 それと同時に到達する姿が増える。

 

 黒いヴォグルスのキャストが鋼鉄の音を響かせながら着地した。

 

 黄色いラッピーがロッドを片手にフォトンを操りながら音もなくゆっくりと降下した。

 

 見た目はふざけているとしか評価できないカテドラルヴェールのブルマ姿が傷一つもなく、ライフルを片手に着地する。

 

 トナカイスーツが無言で武器を抜いた。アークマがソードを抜いた。老ハンターがツインマシンガンを抜いた。若手のホープがパルチザンを抜いた。カリ・レプカの少女が目に闘志を宿して着地した。キャストが、ニューマンが、ヒューマンが、種族や主義主張、そういう物をこの瞬間だけは誰もが捨て去り、一斉に武器を抜いた。全員、握っている武器は最低で星11、オラクルでは幻とも呼べる珍しさの武器を最大限強化した物を握っており。それと同じレベルで強化されたユニットを装着している。

 

 誰一人として傷を受けたような姿はなく、

 

 誰一人として慢心する様な姿は見せず、

 

 誰一人として先走りするような姿は見せず、

 

 誰一人として、恐怖する様な姿は見せない。

 

『―――面白い、面白いぞ烏合―――!』

 

 ダークファルス【巨躯】が心底楽しむような声を放つ。そう言い放った【巨躯】が四本の腕を広げ、二本の腕で腹のコアを守る様に塞いだ。それはおそらく、此方を敵として認識し、そして戦う為の準備でもあったのだろう。

 

「さて」

 

「おう」

 

「んじゃ」

 

「それではー」

 

「うん」

 

「リー!」

 

「きゅいきゅい」

 

「フハハハ!」

 

「ミィーミィーミィー」

 

 色々とそこはあるが、意志は一貫している。

 

「―――やりますか」

 

 おう、うん、はい、様々な返答が宇宙に響いた。そうやって誰もがその瞬間、意識を完全に戦闘の物へと切り替えた。

 

 ―――十二人で挑む決戦が開始される。




 12人で挑む決戦。という訳で前哨戦終了、本番はここから。

 さて、何人生き延びるんでしょうなー。という訳で引き続きエルダー戦の曲かなんか流しておくといい雰囲気なので。


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Clear Void - 2

『良き滾る闘争よ―――!』

 

「作戦はただ一つ!」

 

「ぶち殺せ……!」

 

 言葉と共に一斉に全てが動き出した。連携を意識しながら細かい動きを追いかける余裕がないのは事実だ。その認識通り、【巨躯】の笑い声が響く中で、その巨大な複腕が一斉に叩き付けられるように振り下ろされてきた。逃げ場がないように叩き付けて来る一撃は足場の上で戦っている限りは逃げ場がないのは事実だった。だがその程度で諦めるほどの雑魚をここに集めたつもりはない。

 

 近接職は全員、一斉に踏み込んだ。

 

 テクニック職や後衛職はさっそくフィールドから飛び降りた。

 

 自身も前へと一気に飛び込み、スサノショウハを抜いた。張り付くようにツキミサザンカで【巨躯】の表面をなぞる様に刃を振るう。飛び上がりながら放った一撃はその巨体に刃を沈め、そして確かにその体を切り裂く事に成功した。だがそこで行動を止めず、更に素早く二連撃ツキミサザンカを連結させ、一気に宙に浮かび上がり、そのまま体を蹴って振り下ろされる腕の反対側へと跳躍した。空中で逆様になりながら振り下ろされた腕の先を見る。

 

 振り下ろされた二本の腕は足場を叩き付け、そのまま足場を真っ二つに砕いていた。だがその周囲にはいくつもの破壊された足場の残骸が浮かんでおり、それを足場に後衛職は一時退避していた。それだけではなく、後方からアークス本部からの支援なのか、新たに足場が高速で射出され、此方へと向かっていた。足場の破壊に関しては悩む必要はなさそうだ、そう思いながら逆様にサクラエンドを放ち、ゲッカザクロで自分を打ち払おうとした腕を急降下斬撃を食らわせながら回避する。

 

 刃を納刀しつつ、言葉を吐く。

 

「思ったよりも通る―――」

 

「それだけ質量が増えすぎたという事だろう」

 

 新しく飛来してきた足場の上に着地しながら、その言葉に頷く。今のダークファルス【巨躯】は巨大だ。ナベリウスの地表を喰らって、更に小惑星の類を吸収して己の体積にしている。だがそれが急造である分、ダーカー因子やダークフォトンによる浸食が完全ではないのかもしれない。その為、創世器でもない武器でも削れる―――或いはワルフラーンがすぐそばにあるのが原因かもしれない。ともあれ、今はボーナスタイムだ。

 

「邪魔な腕からぶっ壊すきゅい」

 

「リー!」

 

「リーリーうるせぇんだよぶっ殺すぞ!」

 

 口うるさくしているが、それでも飛来してくるタリスがゾンディールとザンバースを多重に展開する。即座に足場内であればどこでもザンバースが発動できるように展開しつつ、【巨躯】の攻撃に合わせてショックの準備をしていた。それを横目、体をやや前傾にして一気に踏み込んだ。真っ直ぐ、正面からストレートを放ってくる【巨躯】の腕をアサギリレンダンのキャンセルステップで紙一重で回避しつつ、素早くサクラエンドを伸びきった腕を横から斬撃を通す。スサノショウハの刃がざっくりと腕の中に沈み込むのを見て、腕が薙ぎ払おうとする動きを見て、ツキミザサンカの跳躍で上へと逃げながら、下へと向き直す。そのまま素早く納刀し、フォトンを刃に込める。ハトウリンドウによる斬撃を波のように放つ。真下へと放たれた斬撃が振るわれる二本の腕を貫通するが切断には至らない。

 

 そう思った瞬間、ターゲットマーカーが二本の腕に出現した。それと同時にオーバーエンド、シンフォニックドライブ、そしてアサルトバスターが狙い穿ったように腕へと突き刺さり、着地の前に此方も素早く居合の要領でハトウリンドウを放った。フォトンアーツを一瞬で大量に受けた二本の腕が耐え切れず、そのまま内側から爆散する様に砕けた。

 

「―――倒せなくはないな」

 

「おう」

 

『いいぞいいぞ―――』

 

 アークスの声に反応する様に【巨躯】の嬉しそうな声が響く。変態め、とののしる事はおそらく誰にもできない。ここにいるアークス達の変態性も割と高性能な上に、本気で戦っても倒しきれなさそうな、そんな強大な敵が目の前にいるのだから。アークスなんて生き物、それも最上位の領域に突っ込んだのは全員キチガイの様なものだ。レベル75なんて毎日戦って、戦って、

 

 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って、自分よりも強い奴を探して戦って、それで漸く到達できるゴールの一つだ。馬鹿気たような回数を戦い続け、馬鹿気たような数を倒して、そして気の遠くなるような苦労を重ねて、そしてアホみたいな金額を装備に溶かす。

 

 そうやって最上位の、最上級のアークスは生まれて来る。だからここにいる連中は全員()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 これが、楽しくない訳がない。顔を見なくても解る。誰もがこの状況で笑っているであろう事を。

 

「くるぞ―――」

 

 【巨躯】が残された右腕、解放されている二本を一気に拳として振るってくる。素早くその着弾点を各々がデータリンクも行わず、気配と経験から算出し、最低限の回避だけを行い、ギリギリで回避した所を素早く武器とフォトンアーツによる全力の攻撃に入る。攻撃が振り下ろされた直後には既にウィークバレットによる弱体化付与が完了しており、そこに狙いすます様に、グレンテッセンとスライドエンドで斬撃を交差させる。腕を一本、その根元から切り裂き、切り離された腕が再利用出来ない様に追撃が切り離された腕へと刻まれる。エルダーリベリオン、エンドアトラクト、オーバーエンド、高威力のフォトンアーツが一瞬で呼吸を合わせて叩き込まれ、フォトンが断続的に注ぎ込まれ、

 

 浄化される。また一本、【巨躯】の腕が塵となって砕け散る。

 

「あと一本……!」

 

「一気に絞めるきゅーい。しかしこいつ、光と雷以外の属性が極端に極まってて通らないきゅい」

 

 腕を引こうとする【巨躯】の動きに合わせてゾンディールが起爆された。腕を引こうとして動きに【巨躯】の腕が引っかかり、ショックフィールドに感電する。まるで本体の意思とは関係なく、腕のみが力尽きたように感電しながら足場の上へと倒れ、足場に罅を刻みながら動きを停止する。即座に生み出されたウィークバレットによる弱点に、一秒もかからずアークス達の高威力フォトンアーツが群がる。作業染みた速度で一瞬で腕を解体し、ショックが切れる前に攻撃に使用していた腕を全て破壊する事に成功した。そこで足場が耐え切れずに粉々に砕け、一瞬で全員が動き、姿を散らばせる。

 

「早く黒光りマッチョの【巨躯】ちゃん組み敷きたい……ハァハァ」

 

「あの腰をカクカクさせてるアークマだけサイコパスの領域に片足を踏み込んでない?」

 

「アレを片足で済ませるのか……」

 

 フルで表現したら規制されかねないからな、と言葉を誰かが放つとあぁ、という声が響いてきた。とんでもない逸材が野良に存在していたぜ、なんて事を話している間に、足場の残骸から離れた【巨躯】が笑い声を零しながら、ゆっくりとその姿を一回り小さくした―――その代わりに【巨躯】の姿が変化した。背中には爬虫類の様な翼が二本の腕と共に出現した。更に砕かれたはずの腕を四本再生し、更に一対の腕を出現させた。その上、腹を守る様に組んでいた腕を解除し、それを大きく広げた。

 

 その姿を眺めながらリリーパとラッピーによって追加されるシフタとデバンドを受ける。

 

「二、四、六、八……全部で十本か。さっきの二倍以上で来るかぁー」

 

「安心しろ―――ダーカーは箱じゃない。つまり下等種族だ。勝てる」

 

「本当にここにいる連中はブレんな。まぁ、その分安心できるからいいのだ」

 

 五対、総十本の腕を大きく広げた【巨躯】の姿は材料に吸収した素材を利用しているせいか、その姿は縮小していた。だがそれはつまり、浸食の進んでいる部位を晒すという行為でもあり、【巨躯】が強化されているという状況に対する証拠であった。事実として宇宙に笑い声を響かせる【巨躯】が頭上でダークフォトンと氷を融合させた隕石を生み出していた。直撃―――しなくとも、その周囲にいればその冷気によってバラバラにされるだろうなぁ、というのは見てわかった。じゃあ話は簡単だ。

 

 回避しながら切り込め。

 

『応えよ深淵、万象破砕のその力を―――』

 

 赤白い隕石が投擲された。その動作で全員が着地点を即座に察知し、察知した瞬間にはクラスに関係なく、最大速度で一気に宇宙空間を跳躍して行く。破壊された足場を蹴って一気に前へ、【巨躯】の残骸や破壊された足場の残骸は多い。それを足場に蹴って、体を更に加速させながら隕石を回避し、一気に体を飛ばしてゆく。

 

「ヒャッホォ―――!!」

 

「ワッフー!」

 

「アオォォォ―――!」

 

「別に吠えなきゃいけないルールってのはないんだぞ……?」

 

 誰かがそう言った瞬間、一様に無言になって跳躍を繰り返す。お前ら本当にノリがいいな、なんて事を思いながら隕石の三発目を飛び越えて回避する。それを見た【巨躯】が三対の腕で隕石を三つ一瞬で精製し、逃げ場を潰す様に三角形にそれを展開し、放ってきた。その姿を目視した瞬間、一瞬で前へと飛び出す姿があった。

 

「六芒を名乗るのであれば、このぐらいやって見せないとその名が泣くわ!」

 

 飛びだしたヒューイがフォトンの熱量を上昇させた破拳ワルフラーンを振るった。宇宙空間に空間を揺るがす様な震動を発生させ、熱量をそれと共に叩き込んだ。それに反応する様に隕石がゆがみ、消え去る様に蒸発して砕けた。そうやって完全に障害が抜けきったところで、新たな足場が後方から凄まじい速度で登場し、そのまま【巨躯】の腹に突進、突撃して動きを停止する。

 

 その足場に即座に飛び移り、近接戦を続行する。

 

『我が眷属よ、ここへ―――全力で潰すのみ……!』

 

「全力じゃなくていいからね!」

 

「首を絞めたい」

 

「アッアッアッァツ」

 

「こいつらの発言どうにかならないの……?」

 

 なってたらこうはならない。そんな事を考えながら素早く前進する。直後、頭上から雨の様に大量のファルス・アームが降り注いでくる。それに合わせる様に【巨躯】が両側から足場の上の逃げ場をなくすように四本の腕を展開し、両側から絞めようと腕を振るう。更にそれに合わせ、最上段の腕からはレーザーが発射され、後衛を狙う様に一直線に放たれていた。先ほどまでの戦いが穏やかに思えるレベルで一気に攻撃が苛烈化した。クソ、と思いながらも楽しいと思えてしまう自分が嫌になりそうだ。だが反応は早い。

 

 ショックだけは通じる。

 

 解析された耐性のおかげで頭上でゾンディールが起爆させられ、ファルス・アームの動きが制限された。合わせる様に振るわれた挟み込みによる攻撃を跳躍して回避し、ファルス・アームを斬り殺しながら素早く切り裂き、自分はそのまま上へと向かって―――邪魔なレーザーを放つ腕へと向かって跳躍する。

 

「―――ケートス・プロイ!」

 

 叫ぶのと同時にテルクゥがフォトンブラストを発動させ、光と共に形態を変更させる。宇宙空間を泳ぐ魚となってフォトンの波動を降り注ぎながら急速に空間のフォトン密度と濃度を上昇させ、フォトンの超回復状態へと突入させる。スサノショウハをケートス・プロイの背に乗って抜いて、両手握りで構える。青いフォトンの刃が刀身を覆う様に形成され、そのリーチが数段延長される。溢れるフォトンを刀身と体に滾らせながら、ケートス・プロイをレーザーを放つ腕へと、迎撃行動をかいくぐらせながら接近し、

 

「カザンナデシコ―――零式」

 

 刃を振り下ろした。腕の掌に設置されていたコアを貫通し、そのままその腕を真っ二つに首まで切り裂き、刃を横へと抜いて真っ二つの状態から掌を半分に切り取った。そのまま動きを止めずに攻撃の反動で体を後ろへと押し出し、素早く居合でハトウリンドウによる斬撃派を繰り出す。追撃によって放たれたそれが残った掌のもう方半分を斬り飛ばし、レーザー腕を片方破壊する事に成功する―――残された手首から先が連動する様に砕け散った。

 

 空中で宙返りを取りながら素早くケートス・プロイが足場となって着地させてくれる。そのまま下の足場まで姿を運んで、そこでフォトンブラストが解除される。だがケートス・プロイが解除されるのと同時に今度は別の誰かがフォトンブラスト、ケートス・プロイを終了直後に発動させ、ケートス・プロイによるフォトン活性効果を更に延長させる。

 

 ―――ここが勝負所、誰もがそう認識しているという事だろう。

 

 一発でも喰らえば即死する状況下、ミスは許されない。故に最初から最後までパーフェクトゲームを維持し続けなければいけない。それを理解し、行動に移し、そしてそれを理解するからこそ【巨躯】も笑い声と共にさらに攻撃を強化する。無くなったレーザー腕の分の攻撃密度を補強する様に小規模の隕石を生成し、それをファルス・アームと共に降り注がせて来る。

 

『愚鈍、浅薄、脆弱、無為、弁えよ』

 

 さらに余った腕による連続での衝撃波による攻撃が追加される。足場の上はほとんど地獄として表現するには相応しすぎる光景が繰り広げられていた。しかし、足場から逃れようとすれば狙い撃ちにされ、即座に殺されるというのも事実だった。

 

 故にこの狭い戦場で、僅かに存在する空間を縫いぬけならがら【巨躯】の攻撃手段を破壊する必要があった。

 

「破拳ワルフラーン、今こそ応えろ……!」

 

 突き出されてくる腕をヒューイがスウェイで横へと回避し、その両腕を燃え上がらせながらバックハンドスマッシュを放った。それによって腕を衝撃が貫通し、大穴を開けてから即座に粉砕し、宇宙の彼方へと手首から先を吹き飛ばした。それによって僅かな隙間が発生した。今まで攻撃の手を緩めていたラッピーとリリーパ、そしてレンジャーが素早くその隙間に割り込んでくる。ザンバース、メギバース、そして起爆ゾンディールが結界の様に発生し、その隙間を狙いすましたかのように隕石が落ちて来る。

 

「おとといきやがれ―――!」

 

 それにグレンテッセンをキャンセルした高速移動で割り込みながら、スサノショウハの鞘で殴りつけた。ジャストガードを発動させ、隕石が砕け散る前にカタナによるカウンターを発動させ、隕石を真っ二つに切り裂き、それを空いた空間の横へと分けてぶつける。冷気が体に侵入してくる感覚を即座にかけられたアンティで振り払いつつも、今の感触で理解する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 一体何が影響しているのかは解らないが、ナベリウスの遺跡で喰らった時程の恐怖が今の攻撃にはなかった。或いは体積が増えたための結果かと思っていたが、そうじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()様に、思えた。ほぼ直感的な感覚だったが、本能がそうであると訴えていた―――そして今の所、この本能と直感は裏切った事がない。だからその言葉を信じる。

 

 だから前に飛び出す。

 

 迎撃する様な衝撃波をカタナによるジャストガードを発動させて乗り切る―――死んでいない。つまり、無敵という概念が通るレベルにまでこのダークファルスが弱体化しているという証拠だった。なぜ? と問う余裕は今の自分には存在していなかった。ただ重要なのは、これで()()()()()()()()()()()()という事実だけだった。

 

「―――延長分いくよー! ケートス・プロイ!」

 

「誰も攻撃型フォトンブラスト持ってこない件」

 

「フォトン補充の方がほら、便利だし……」

 

 リミットブレイクを発動させる。長時間の戦闘とブレイバー以外のクラスでフォトンアーツを連続で使い続けている影響か、普段よりもごっそりと体力を奪われたような感覚がある。だが火事場に入った今、凄まじいレベルでのフォトンと能力の強化が入った事だけは理解できた。それを支援する様にシフタとデバンドが延長され、ザンバースが全体に広がる。専業テクターのいる安心感はやはりすごいなぁ、と思いつつ振り下ろされたハンマーの様な腕をカタナのジャストガードで受ける。そのままカウンターからサクラエンドへと連携し、グレンテッセンで透過しながらその反対側へ―――コアの前へと到達する。

 

「気合いと根性と殺戮の零式……!」

 

 カザンナデシコ零式を素早くコアに叩き込んだ。並のダーカーならこれだけで跡形すら残さず消し飛ぶだけの火力が存在している一撃だったが、斬撃を叩き込まれた【巨躯】のコアは攻撃を受けた瞬間から完全再生を果たしていた。だがその為にダークフォトン、そして【巨躯】のその巨大な本体の体を利用したのは見えた。つまりコアへの攻撃がその体積を削る、最大の方法だった。

 

「ミー」

 

 気の抜けるような声と共に、コアにウィークバレットが突き刺さった。腕が砕け散るような音が響き、重量感のある金属の体がシンフォニックドライブをコアへと叩き込んでいた。戦場は依然混沌としているが、だがそれに負ける程柔なアークスではない。

 

 状況は本体や腕の妨害を突破しつつ、コアへと到達しつつあった。

 

 殺す―――そう思った直後、コアに光が募った。

 

『―――耐えてみせよ、破滅の一撃』

 

「コアレェェザァァァ―――!!」

 

 叫び声を放つのと同時に、全力で跳躍した。他の皆がどうしたのかはわからない。だがギリギリで退避するのと同時に、コアから極大のレーザーが足場全体を薙ぎ払う様に放たれた。一瞬で足場を飲み込んで極太のレーザーは足場を氷結させ、それをそんまま砕けさせた。コアへとあっけなく近づけさせたのはトラップだった、と気づきながら仲間のバイタルを素早くチェックする―――さすがキチガイエリート共、一人として欠けてはいない。数人、ダメージを受け始めているが、致命傷には届いていないし、テクターとフォースが回復と治療を行っている為、即座に完全回復するだろう。

 

 新たな足場が此方へと向かって射出されるのを確認しながら、ゲッカザクロによる急降下斬撃をその体表を切り裂きながら行う。僅かにだが沈んだ刃はそのまま【巨躯】の体に罅を生み出す。コアに刃を沈ませ、蹴りながら刃を抜いて納刀し、コアが再生されて行くが僅かに残る【巨躯】の罅を見る。

 

「奴も限界が近い―――この戦いを終わらせるぞッ!」

 

 ヒューイの言葉に闘志が宿る。新たに到達した足場が【巨躯】の胴体に衝突し、その上に着地しながら素早くサクラエンドをコアへと叩き込む。その動きにハートレスインパクトで一気に接近したヒューイが混じり、拳が振るわれた。流石ダーカーを殺す為の兵器、創世器、その一撃は一撃でコアに穴をぶち抜いた。それを【巨躯】は再生し始める。

 

 だがここまでくれば、完全にアークス達のターンになる。

 

 未だにフォトンブラストを発動させていない仲間が一斉にフォトンブラストを発動させた。ダークフォトンによって、ダーカー因子によって完全に支配されていた領域にフォトンの風が吹き始める。急激なフォトン濃度の上昇による影響なのか、【巨躯】の動きが鈍る。その隙を逃すほど甘いアークスは存在せず、

 

 一瞬で腕が三本破壊され、コアへのルートが開通される。

 

「今こそトナカイ神の力を見せる時……!」

 

「お前喋れたの!?」

 

 トナカイスーツが決着直前にリリーパとラッピーに喧嘩を売り始めるのを耳にしながら、戦闘がラストスパートへと向けて一気に加速される。ヒューイの拳がコアを何度も何度も貫通し、それを修復する為に【巨躯】の超再生が開始される。だがそれを阻むように散開したアークス達が腕を破壊し、再生されようとするそれを根元に攻撃して邪魔する。

 

 フォトンブラストによって高まったフォトンを肉体に溢れさせながら、全力の攻撃を【巨躯】へと、そのコアへと叩き込み、

 

 ハトウリンドウが貫通する様に、コアを抜けた。

 

 ―――その傷跡は再生しなかった。

 

 そのダメージを受けるのと共に、【巨躯】の動きが完全に停止した。着地し、後ろへとバックステップを取りながら警戒を続ける中、徐々に【巨躯】の姿が揺れるのが見え始める。最初は惑星規模の大きさがあった【巨躯】の姿も、もはやそこまでの大きさは存在せず、激戦の中で削りに削られていた。その威容を眺めていると、宇宙にその声が響いた。

 

『―――真に良き滾る闘争であった―――』

 

 その言葉と共に【巨躯】の体が崩れ始めた。

 

 ダーカー因子によって染まっていたその肉体はぼろぼろと崩れ始め、崩れた所からフォトンによって浄化されながら消え去って行く。ゆっくりと、後ろへお倒れて行くに【巨躯】の姿が消失して行く。その姿を誰もが無言のまま眺め続ける。徐々に、徐々に崩れて行く【巨躯】の姿の中から、人より一回り大きくしたような、そんな怪物の姿が出現したが、そのまま時空の歪みへと消え去り、それ以外の全ては最初から存在しなかったように、完全に崩れて消え去った。

 

 【巨躯】の姿が消失してから数分間、誰も動かず、誰もしゃべる事無く、その場で立ち尽くしていた。

 

 やがて、通信が入ってきた。

 

『―――ダーカー反応の消滅を確認。我々の勝利だ。帰ってきたら宴だ、ヒーロー共』

 

 ヒルダの声が終わるのと同時に、大量の通信が発生し、ホロウィンドウが出現する。爆発する様な歓声と共に感謝の言葉と笑い声が響く。それを耳にして、それで漸く、

 

「あぁ……勝ったのか、俺ら」

 

「ニャウが宇宙の星になった時はどうなるかと思ったわ」

 

「すまない、【巨躯】ちゃんを捕まえられなかったんだが……俺のこのリビドーをどうすればいいんだ」

 

「トナカイ最高ォォォ―――!!」

 

「所詮は下等種族、勝てる道理なんてなかった」

 

「マスコット争いにトナカイが参戦か……雑魚め……りー……」

 

「いやぁ、強かったですねー! 三回ぐらい床舐めちゃいました」

 

 好き勝手発言している全体を眺めてヒューイが腕を組みながら頷く。

 

「うむ―――色々言いたい事はあるがこの混沌を見ているとどうでもよくなるな!」

 

「ほんそれ」

 

 戦いの後で物凄いグダグダし始めてしまったが、

 

 ―――これにてダークファルス【巨躯(エルダー)】、()退()完了だった。




 という訳でニャウは星になった。

 アークスシップは砕け! フィールドは滅び! ダークファルスは撃退された!

 だけどキチガイとサイコパスは滅びなかった……!


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Clear Void - 3

 大樽の中には並々と透明な液体が注がれてある。それを両側からアルワズと共に抑え、持ち上げ、そしてジョッキを片手に笑っているヒューイの頭に一気に零す。大樽の中身―――酒が一気に繰り返されて、ヒューイが頭から酒に濡れ、びっくりとした表情を浮かべる。だがその直後、今度は此方が頭から酒を被るハメになる。後ろへと振り向けばボトルを勢いよく振って酒を水鉄砲の様に放っていたリリーパの姿が見え、それを見て笑い声を零し、酒にびしょ濡れなったヒューイも笑い声を零した。

 

 場所は変わってフードコートの一角にある予約制のパーティー用スペース。ここは、

 

「祝勝会じゃああぁぁぁ―――!!」

 

 その叫び声と共にアークマが柵を飛び越えて市街地へとイン・ザ・スカイし始めた。絶叫する様な咆哮する様な声が響き、カタパルトで射出されてしまったニャウを除く最終決戦の参加者全員がここには揃っていた。ニャウに関してだけは未だに宇宙を捜索中である為、アークスシップにすら帰還していない。だがアレも一応プロアークスなのだ、流れ弾でも喰らわない限り生き残っているだろう、というのは全員の見解だった。だが今はそんな事よりも、【巨躯】撃退のテンションのまま、完全に打ち上げモードへと突入していた。

 

 あのヒューイでさえ、悩むのを止め、テンションのままに酒を飲んで、そしてそれをかけあっているのだから、この場にいる者達のテンションが伝わってくるだろう。ダークファルス【巨躯】との戦い、それはたとえどんなに態度をふざけさせようとも、絶望的で、そして希望の見えない戦いであったことに変わりはなかった。それに対してニャウを射出した以外は犠牲なしで勝利したんだから、これではしゃがなきゃ馬鹿みたいな話だ。

 

「―――」

 

 とはいえ、悩みはある。ビールに濡れてびしょびしょになって、体を思いっきり振るって今は白と赤いグラデーションのセミショートヘアーを振るい、ビールの滴を盛大に飛ばしながらまだ無事なビアサーバーからジョッキにビールを注ぎ、適当なベンチで足を組みながら座る。

 

「……生き残れたかぁ」

 

 不思議だった。そう、不思議だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。だがその考えと裏腹に、【巨躯】はあっさりとボロボロになって撤退してしまった。この戦いの全体の死傷者は混乱の中で怪我をした者、そして全裸で料理をしていた馬鹿を含めて合計で300人程度だったらしい。明らかにダークファルスという惑星、或いは宇宙規模の敵が引き起こした自体としては()()()()()()()()のだ。

 

 明らかに、【巨躯】は弱体化していた。アレは必殺技があるとか、そういうタイプの生物じゃない。存在そのものが必殺、生物アンチとも呼べるような、そんな存在だった。掠れば致命傷、当たったら即死。そういう考えで対処しなくてはならない総力戦クラスの相手、だからこそ40年前、レギアス達は討伐が出来ずに封印という手段でダークファルスを抑え込んだのだ、それも多大な犠牲を払って。だけど今はどうだろうか?

 

 たった300人でダークファルスを撤退に追い込むという摩訶不思議な事態に追い込まれている。

 

 明らかに()()があったとしか表現することが出来ない。言葉として表現するのがやや難しいが、説明するとすれば―――そう、TRPGが一番しっくりくると思う。データの存在しないエネミーは討伐出来ない。なぜなら討伐するべきデータが存在しないからだ。だけどデータを与えれば回避や命中、HPが設定されるから手段を選ばなければ倒すことが出来るようになる。どんなに数値がカンストしていても、データがある限りは死の概念が発生するからだ。

 

 だから自分が【巨躯】に感じた違和感はそういう類のものだった。データのなかった無敵な存在がデータを保有する様になった。そういう感覚だった。

 

 丁度良い―――ジョッキの中のビールに口をつけながら、アルコールで脳を働かせる。飲みすぎはハイになるからダメだが、適度に飲む程度なら割と脳を働かせるのに使える。特にフォトンによってアルコールをある程度分解できる芸を習得した今、これぐらいなら余裕だ。つまり今のはしゃぎっぷりは酔ってもなんでもない素なのだが、全員、割とそういうテンションだから許そう。

 

 ラッピーがリリーパをビールサーバーの中に沈める姿を見ながらそう思う。

 

 ―――さて、冷静に考えれば時系列順的に【巨躯】への干渉チャンスは自分がワンパンで殴り飛ばされてから、そして【巨躯】が宇宙へと解き放たれるその時間までの間だ。その時あのナベリウスにいたのは誰だろうか? 六芒均衡のマリアが警邏活動で歩き回っているのは記憶にある。それ以外はゼノとメルフォンシーナ―――メルフォンシーナもゼノも、両方とも行方不明扱いだからたぶん違う。となればマリアの線が濃厚になってくるが、マリアはヒューイの言葉を聞くに脳筋族の可能性が高い。創世器で殴るには強いらしいが、弱体化とか考えるタイプではなさそうだ。

 

 ……そうなると俺が殴られてから誰かが【巨躯】に接触したという事になるよな?

 

 ピンポイントに狙ってそんな現場に出くわせる存在は自分が知る中、()()()()()()()()()

 

「―――犯人は未来の俺か? ありえなくはない」

 

 創世器以外にダークファルスへの攻撃手段を入手した俺が、或いはシオンからダークファルスを弱体化する手段をマターボードの様に受け取って、それで俺が戦いで死なない様に、アークスシップへの被害が発生しない様に接触、弱体化させてから逃亡した……と、考えられる。後はどうだろう、【仮面】が復活した【巨躯】から力を奪った、という線も考えられる。だがそっちはそっちでないだろうなぁ、というのが個人的な見解だ。

 

 なにせ、未だにあの【巨躯】絶対ぶっ殺す、と今でも自分が考え続けているぐらいだ。手段があるなら絶対にカチコム。未来の俺というか今の俺でもやりかねない。【巨躯】は舐めてくれた態度を清算させないと気が済まないのだ。【仮面】なんぞにそんな機会はやらん。俺が相手だ。

 

 ゲッテムハルトの癖に生意気だ。

 

 まぁ、その時にはついでにゼノとメルフォンシーナも拾っておこう―――何でもかんでもマターボード前提で考えたら失敗しそうなのでこれ以上考えるのは止めよう。

 

 そこまで判断した所で、爆音がスペースに響いた。驚きながらそちらへと視線を向ければ、壁に上半身をめり込ませたラッピーの姿があった。何事かと思えばタルラッピーを構えたリリーパがどうやらそこからラッピーを射出したらしい。おいマテ、とリリーパを止める声がする。

 

「それはニャウの持ちネタだろ!!」

 

「アイツ帰ってくるか不明だろ!!」

 

「惜しい芸人を殺しちまったもんだ……」

 

「ついに殺人を認めやがったぞこいつ!」

 

「フォトンがある限りは宇宙でも生きてるからァ!」

 

 なおフォトンが切れたら普通に死ぬのでニャウの命は何時気が付き、どれだけフォトンをロケット噴射の様に放出できるかで決まる。しかし口の中に十個を超えるムーンアトマイザーを叩き込んでいた事だし、死んだり生き返ったりを繰り返せばいつかアークスシップに戻ってこれるのではないだろうか。まぁ、アークスシップも移動中だから合流できるとは限らないのだが。

 

「君らはニャウに辛辣だな―――だがそれもいい!!」

 

「お、ヒューイさんもいい感じに壊れてきた」

 

 ワルフラーンを装備しながらヒューイがテーブルの上でポーズを決める。普通なら止める所だろう。だが今、この場には、心底馬鹿としか表現する事の出来ない連中しか存在しない。その為、ファンファーレと口笛しか跳んで行かない。それに嫉妬を燃やしたテンガロンハットのアークスがテーブルの上へと移動し、ヒューイから視線を奪う様にそのまま三十センチ程浮かび、両手を広げる様にポーズを決めながら服を爆散させてパンツ一枚に変貌する。

 

「目立つとは! こういう事を! 言うんだ! 小僧……!」

 

「無駄に良い渋い声で言いやがるぞアイツ……!」

 

 具体的に言うとジョージな声だが。この世界、声の切り替えは不可能なのだが、どこかで聞いた事のある声とかのアークスをちょくちょく見かけるもんだからあまり、望郷というか驚きというか、そういう類のものを感じない。そう言えばクーナの声もどちらかというとどっかで聞いた事のある声だったなぁ、と今更ながら思ったところで、

 

「ワルフラーン!」

 

 そう叫びながら天に拳を―――ワルフラーンを掲げる。ワルフラーンから嫌そうな光が炎と共に溢れ、それに反応してヒューイの服が焼け消えて、ブーメランパンツ一丁の姿へと変貌した。それを見てジョージ声テンガロンハットのアークスが驚愕の表情を浮かべた。

 

「創世器のこんな扱い、長年の活動でも見たことがないぞ……!」

 

「私もこんな使い方は初めてだぁ―――!」

 

 どうやらヒューイには酒を飲むという経験が圧倒的に不足していたのが原因か、完全にアルコールによって思考力が壊れていた。こっそりとこの光景を何度も激写しながらすぐさまコピーを取り、この場にいる全員に即座に送信してバックアップを確保していると、急激にテーブルの上でポーズ勝負を決めていたほぼ裸のアークスの恥二名が白目を剥きながらそのまま仰向けに倒れた。その姿の後ろに見えるのは三人のキャストの姿だった。

 

「キャスト千年王国樹立の為にィ!!」

 

「Eトラトラトラトラトラ」

 

「ベペペペポポポオムニュニュニュニュニュニュ」

 

「キャ、キャストセ、千年王国樹立の為に樹立するゥ!」

 

「Eトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラ」

 

「馬鹿をバグらせた馬鹿ちょっと表に出ろ馬鹿」

 

 アイリが執拗にヒューイにライフルの射撃で死体蹴りを続行しつつ、その横で完全にバグりきったキャストが二体、言動を飛ばしまくりながら動きをループさせていた―――つまりほぼ裸でポーズを決めていたアークスの恥二名を射撃して気絶させるという行為のループだった。

 

 つまり三人で二人をひたすら射撃し続けていた。射撃される度にビクビク跳ねる二人の姿をしばらく眺めていると、会場への入口が開いた。

 

「―――地獄から還ってきたニャウ……!」

 

「貴様は―――」

 

「―――死ねぇ……!」

 

「ニャォッ!?」

 

 宇宙空間を全力で泳いで帰ってきたのか、ぼろぼろだったニャウが帰還したが、会場へと入ってきた瞬間、両側からラッピーとリリーパが息の合ったクロスボンバーを決め、そのまま床に落とした。お前ら家族でも殺されたの、と言わんばかりのヘイトを向けていた。流石にそろそろニャウがかわいそうだと思いつつあるが、それよりも壁をよじ登って復帰してきたアークマがそのまま壁から飛び降りて市街地へとダイブした奇行の方が気になる。すまないニャウ、お前はアークマ以下だ。

 

「あ゛ぁ゛……クッソ楽しいなぁ……もうちょいこういう集まりがあればいいんだけどなぁ……」

 

 誰かが酒を飲みながらそう呟いた。それに誰かが続いた。

 

「そうだよなぁ、基本的に俺ら個人で完結してるからな」

 

 強いアークスは別に固定でチームを組む必要はないからだ。最上位、レベルが上限を迎えたアークスはまさに一人で軍隊の如き結果を発揮してくれる。誰とどんな場所で組もうが、変わりはしない。だからこういう集まりが起きる事も全くない。

 

「でもなぁ、楽しかったよなぁー……」

 

「またこういう集まりに参加したいよな……」

 

「別にガチじゃなくてもいいからさ、こういう風に集まって馬鹿したいよね」

 

 そうだそうだ、と声が上がってくる。集まってるのはキチガイ代表。固定を組もうとしても誰も近寄らない恐怖の象徴の中の爪弾き者共。

 

「少しエキセントリックって程度でビビりすぎなんだよ!」

 

「24時間耐久マラソンしただけだろ!」

 

「ダーカーをキャンプシップに連れ戻しただけなのに!」

 

「反省したくなーい!」

 

 げらげらと馬鹿みたいな、下品な笑い声が響き、ミィーミミミー、という鳴き声と共にアークスの恥二名に射撃が行われ続けてた。いい感じに混沌極まってるなぁ、と思いつつ言葉を零す。

 

「俺らでチーム組まね?」

 

「……最強最悪のチームになるな……」

 

「クソみたいなキチガイ代表を集めたチーム……興味あります」

 

「飲み会の連絡しやすいしいいなぁ、それ」

 

「ノルマがないなら」

 

「全裸で出撃許可くれるなら」

 

「マスコットをラッピーにしていいなら入ってやるきゅ」

 

「りー!」

 

「お前ら絶対殺すニャウ。末代まで呪い続けるから覚悟しろよニャウ」

 

 

 

 

 ―――後日、

 

 こうやって六芒均衡のレギアスでさえ匙を圧し折って投げ捨てるチームが結成された。痴態を脅迫材料にされたヒューイも不名誉ながら強制参加となってしまった最悪のチーム、

 

 その結成を以って、

 

 ダークファルスとの戦いの第一章は終わりを迎えた―――。

 

                                 End of Episode 1……




 これでEP1おしまい! 最悪のチーム結成おめでとう!


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Interlude
Resting In Green - 1


 ―――スサノショウハの刃を抜いた。

 

 アサギリレンダンで高速接近し、動きをキャンセルしながらツキミサザンカで斬撃を飛び上がりながら食らわし、頂点に達した所でカンランキキョウによる360度、八方への回転斬撃を放つ。正面、ロックベアの弱点である顔面をそれで削りながら素早くサクラエンドを追撃で繰り出し、削った顔面を完全にバツの字に抉り、トドメにゲッケザクロを繰り出して急降下と共にバツの字に縦一閃の斬撃を追加し、着地と共に再びカンランキキョウを繰り出す―――円状の斬撃が繰り出される動きと共に、集まっていたウーダンが一掃される。

 

『あららら、これも突破されちゃいますかー。レベルあげてるんですけどね』

 

『カタナは私の方が長く使っているんだけどなー……』

 

『ではでは、これはどうでしょうかー?』

 

『アレ、それ、数字おかしくない?』

 

 サイレンの音が鳴り響くのと同時に広い、平坦なフィールドが点滅し始める。虚空からうっすらとナベリウス森林の鳥形エネミー、アギニスが飛翔する様に登場し、フィールド外からファングパンサーとファングバンシーの二体の夫婦豹が出現する。点滅する床はマス状に区分けされており、それによって点滅する床では電撃が流れている。なるほど、触れてしまえば確かに感電するだろう。痛いのではなく、辛い―――動きを止められる事が。

 

『さて、どうしますかー?』

 

 答えは簡単だ―――着地しなければいいだけだ。

 

 ファング夫妻が低く声を唸らせながら警戒してくるが、そんな事もお構いなしに接近してくるのが雑魚のアギニスだ。それを利用させてもらい、前へと向かって跳躍し、アギニスと高度を合わせてからグレンテッセンによる裏周りと斬撃でアギニスを横に一閃する。そうやって真っ二つに裂かれたアギニスの姿を見送りながら再びグレンテッセンで影となり、一瞬ですれ違いながらグレンテッセンを素早く叩き込んで、

 

『うわ、空から落ちずに戦ってるよあの子』

 

「これぞ奥義、八艘()()―――なんつってな」

 

 やっている事はファルス・アーム相手にやった事を着地せず繰り返すだけだ。アギニスの間の距離が短い為、グレンテッセンによる斬撃の反動、そして込められるフォトンの量だけで十分に空中を移動する事が出来る。その為、一回も足を地につける必要なんて存在せず、動作のキャンセルを含めて連撃すれば、もはや疾走しながら斬撃を繰り出しているという状況に近い。それほどまでにグレンテッセンというフォトンアーツは単純に()()()()()()()のだ。故に空に浮かび上がっていた、飛翔していたアギニス計八体、その全てがグレンテッセンの餌食となって床に落ちて消える。だがそこからそのままファング夫妻へと刀で接近せず、スサノショウハを鞘の中に納刀しつつ腰裏へと戻し、

 

 黒と紫色の、ハンドバッグの様な形をした金属を代わりに握る。

 

「起きろ()()()()()

 

 刀匠ジグがたった一人の為に作った専用の武器、ファーレンシリーズ。創世器の様なぶっ飛んだ能力はない。だがそれでも明菜というアークスの為だけに生み出された専用のシリーズ武器。ハンドバッグ型の格納姿から展開され、紫色の半透明のフォトンウィングが展開、強弓(バレットボウ)、ファーレンフレインがその姿を展開した。ゲーム環境では最終的に性能は微妙の一言で纏められたファーレンシリーズ。入門用と言われ、サイキシリーズを入手すればもう必要がないともされていた。だがそれは誤りだ。

 

 馴染む―――手に物凄く良く馴染む。水平に構え、グリップを握る手がブレず、滑らない。弦を引こうとする指に弦が吸い付き、それを引く動作にストレスを一切感じない。ゼロからのオーダーメイド。アキナというアークスの為だけに作ったセット運用を想定した武装。それがファーレンシリーズ。ジグは創世器のメンテナンスを何度もしていると言ったし、構造を完全ではないが理解しつつあるとも言っていた。だから創世器に近いものを将来生み出せるようになるとも言っていた。それを断言できるオラクル最高の刀匠が大衆の為ではなく、たった一人の為に心血を注いで生み出したのがこれ、ファーレンシリーズだ。

 

 弱い訳がない。動作一つ一つが洗練されて行く様な感触を覚える。爪弾きチェイスアローを放った虚空に矢を格納しつつ素早くフォトンを矢と体と共に射出、矢による加速を体に与え、体を射出する。カミカゼアロー、そのフォトンアーツで弓そのものをファングバンサーの頭に突き刺し、蹴り飛ばす様に体を打ち上げる。直後、ファングバンシーが此方を狙って前足を振るってくる。それに合わせ格納された一発のチェイスアローが発動、振り払おうとしたファングバンシーの前足をチェイスアローが穿った。

 

 瞬間、素早くスサノショウハへと武器を切り替え、ゲッカザクロで降下しながら斬撃を繰り出し、グレンテッセンで背後へと移動しながらファングバンサーの後ろ足を両方とも同時に破壊する。その衝撃にファングバンサーが動きを止めた瞬間に武器をファーレンフレインへと帰還させ、チェイスアローを爪弾きで三連射、最大の状態まで格納させた所で弓を引き、此方へと跳びかかってくるファングバンシーの顔面に一撃、フォトンの矢を叩き込んだ。

 

「グルッ!?」

 

 だがダメージはない。それにファングバンシーがやや驚いたような表情をしながらそのまま跳びかかってくる。その動きを素早くスサノショウハを手元へと引き寄せながらジャストガードによって防御し、カウンターで斬撃を衝撃波と共に返し、それで前足を両方とも貫通する様に破壊し、一瞬だけファングバンシーの動きを停止させる。ファングバンサーが後ろ脚をやや引きずりながら振り返ったところで遅い。

 

 ファーレンフレインへと武器を切り替えながら蹴りで上昇し、間髪入れずにラストネメシス―――超強力な一矢を叩き込んだ。ファングバンシーの顔面へと格納されていたチェイスアローが追い付くように命中し、カタナでのカウンターから始まった一連のダメージに顔面の矢が―――バニッシュアローが限界を超えた。

 

 ―――膨れ上がったバニッシュアローが弾けるのと同時に蓄積された衝撃を再現する。

 

 全く同じダメージが繰り返されたファングバンシーはただダメージを再現されたのではない。一連の攻撃を軽減される事無く()()()()()()()受けた。それがバニッシュアローというフォトンアーツの性質。一撃一撃は弱くとも、それを束ねれば強力になるという事例を体現したフォトンアーツ―――ただし、今回はそれぞれが高威力であった。そしてそれを全く同じタイミング、融合して放てばどうなるのか?

 

 消し飛んだファングバンシーの頭が全ての答えだった。流石にファングバンサーも番の頭がはじけ飛ぶ姿を目撃するのは初めてだったのか、こっちへと振り返ったところで完全に動きを停止してしまった。その瞬間に着地するまでもなくバニッシュアロウを爪弾きで素早く放ち、そのままカミカゼアロウで接近、強力な弓による一撃を加えてからスサノショウハへ、やや後ろへと体を蹴りだしつつ居合を鞘から滑らせ、ハトウリンドウを放った。真正面に放たれた斬撃にバニッシュアロウが反応、カミカゼアロウとその威力を融合させて破裂、ファングバンシー程ではないがその頭が消し飛んだ。

 

 スサノショウハを一回転させながら納刀し、腰の裏へと収納する。再びファーレンフレインを抜いてチェイスアローを三連で爪弾いて格納させつつ、空へと―――ヴァーチャルバトルルームに映し出される人工の空へと向けた。

 

「カリン、アザナミ、こんなもんでいいか?」

 

『よしよしよし、とてもよしです! いやぁー、途中で設定をミスしてしまった時にはどうしようかと思いましたけど、流石レギアスさんのオススメなだけありますね、この程度まるで問題ないと言わんばかりの素晴らしい実力ですうー』

 

『明らかに手が滑ったってレベルじゃなかったクセによう言うわ。あ、ごめんアキナちゃん。VRでのデータ取りは終わり、戻ってきてもいいよ』

 

「ういさー」

 

 体を大きく伸ばしながらもう存在しないファングバンシーとファングバンサーを思い出す。感覚的にレベル70は硬かったなぁ、と。今回のデータ取りでは無理をせず40前後の相手をするはずだったのに、何が手を滑らせる、だ。どうやらエクストリームでお馴染み、オペレーターのカリンのマッド具合はリアルになったオラクルでも変わらないらしい。安心する様な、そうじゃないような。そんな事を考えながら切り上げることにした。

 

 ―――ブレイバー新設用のカタナ、バレットボウのデータ取りを。

 

 

 

 

「いよっ、流石ダークファルスを追い返した英雄さん! 戦う姿はまるで次元が違うってしか表現できないねー、このこのー。一体どうすればそんな風に戦えるようになるんだか、お姉さんはほんと不思議でしょうがないよ」

 

 そう言って赤髪、ジェンダーピラート姿のアークスが近づき、ドリンクの入ったボトルを此方へと胸を軽く叩くように渡してきた。小さく笑い声を零しながら彼女、ブレイバークラスの新設の為に今、一番力を入れているアークス、アザナミに答える。

 

「んー、俺の場合は全く参考にならないから聞かない方が良いよ」

 

「えー……そうなの?」

 

「俺の場合どちらかと言うと()()()()()()()だけだからな」

 

「ん? つまりどういうこと?」

 

 アザナミが全く理解していない風な様子に隠す事もなく笑うと、少しだけ頬を膨らませて怒ってくるので、逃げる様にドリンクを飲みながら横のオペレータ室へと移動する。VRルーム付きのオペレーター室にはアークス研修制服姿の、桃色の髪をしたオペレーターがいるのが見える。彼女こそがゲーム時代は数多くのアークスにヘイトを向けられるオペレーターその人、カリンだ。ただでさえ面倒なエクストリームクエストの中、調整ミスと言って難易度を上げたり、最近ではVR再現でダークファルスのデータを叩き込んできたり、と凄まじい殺意を見せるマッドサイエンティストだ。

 

 とはいえ、VR空間での戦闘や調整に関しては彼女が一番という事実もある。その為、彼女以外にこの施設を任せられる人物がいないのも確かだ。ともあれ、

 

「データの方はどんな感じ?」

 

「すっごい集まってますよー。ビンビンきてますねー。アキナさんだけじゃないですけど、本当にトップに立つ一部のアークスの方々は本当に同じ種族なのかどうかを疑いたくなる動きを見せますが、アキナさんはその中でもトップに立つ存在ですねー。カタナを使ったのはこの間の出撃が初めて、バレットボウも刀匠ジグの逸品であっても握ったばかりなのにここまでキチガイの様に使いまわせる人はいませんよ」

 

「あぁ、そう言えばダークファルス戦を見た師匠(レギアス)が動きに凄い驚いたって……」

 

 ゲーム時代にカタナとバレットボウは最高火力を出す為の本気武装として活躍していたのだから、火力が出せたり動けて当然なのだが―――という理由とは別に、最近、自分でもこの異常な動きや技術力の高さに関してはある種の憶測を立てている。

 

 つまりは時間軸のズレと完成度の話だ。

 

 明菜というアークスの完成された姿が未来には存在する。そしてマターボードという時間軸に干渉する道具を通してその経験や技術が現在へとループされる様にフィードバックされているのだ。現代から過去に干渉するという事は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性を孕む事でもある。自分はこれ、()()()()()()()()()()と思っているのだ。だからやっている事は簡単だ。

 

 戦えば戦うほど成長するのではない。

 

 戦えば戦うほど、アキナは明菜という完成されたアークスに近付いているのだ。だから凄いのは自分ではなく、凄いのは()()()()()だと思う事にしている。

 

 つまり俺、凄い。流石安藤。

 

「ですけどそのおかげで新クラス・ブレイバーの設立は近そうですよ! いやぁ、新しいモルモットがエクストリームに挑みそうで実に楽しみです」

 

「今隠す事無くモルモットって言いやがったなこいつ……! でも武器作る為の魔石はここでしか精製出来ないから通う必要あるんだよなぁ……」

 

「意識の高いアークスは本当にいいモルモットさんですねー」

 

 エクストリームは本当に地獄だぜ。

 

 そんな事を考えながらダークファルス【巨躯】の撃退から一週間が経過した。

 

 未だにダーカーの姿は出現するが、ダークファルスのリベンジなんてことはなかった。

 

 アザナミに頭を下げられてブレイバークラスの設立なんてものに奔走しつつ、アークスシップはあの混乱から回復しつつあった。そしてそのさなか、ダークファルスを撃退したという事実からオラクル船団全体がややお祭り状態へと突入しており、

 

 消化するべきマターボードがなく、

 

 戦うべきダークファルスは見えない、

 

 ちょっとした作業だけがある……短い、休暇に入っていた。




 という訳でEP1終わったので幕間タイム。ブレイバーはこの時期にデータ取りと運用実験を始めたんだろうなぁ、ってのとエルダー戦でカタナ活躍したんだから良い宣伝だったよなぁ、ってのも。とりあえずアザナミさんインストール。

 戦技大会……? 知らない子ですね……。


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Resting In Green - 2

 ―――四月中旬。

 

 ダークファルスの撃退を行った事でオラクル船団はやや熱狂に包まれていた。何と言ってしまえばいいのか、勝てるぞ、勝てるぞ! という根拠のない自信が参加していなかった人間にも芽吹いてしまった、とも言うべきなのだろうか。オラクル船団全体がダークファルスという存在をやや軽視しがちである状態になっている。まぁ、それもしょうがないと言ってしまえばそうだろう。少なくとも前線で戦っていたアークスは【巨躯】の威圧感を感じ、それが伊達や酔狂ではなく必殺の存在である事を理解していたが、前線に出てこない人間は違う。そこらへん、後ろにいる連中が勝手を言うのは何時も一緒だ。

 

 とはいえ、そのおかげかどうか、アークス志望やアークス全体の意識の活性化が今は凄い、という話をヒューイから聞いたりもした。なんといっても宇宙の危機を退けたという言葉は嘘ではないのだ。地球の頃、911事件で消防士がスポットライトを浴びたように、今、ここではアークスが活躍した事によってアークスに対する期待が上がっているのだ。そもそもからしてアークスが大きな活躍をしたのは四十年前、【巨躯】の封印以来の出来事となるのだ―――そりゃあ盛り上がりもするだろう。

 

 なにせ、四十年という時間は長い。四十年もあれば前線にいる人間を一新する事だってできる。【巨躯】が討伐されたという風に情報は書き換わっていたし、情報封鎖されていた事を考えれば長い間、盛り上がるような話題がなかったのだ……日常的にダーカーを倒して宇宙を救っていると言ってもピンとくるアークスは少ないだろう。だがダークファルスという目に見える親玉と戦って勝利すれば、今までの戦いがどういう物かを理解する事も出来る、つまりはそういう事なのだ。

 

 そしてそのダークファルスを相手に最前線で戦い続けた十二人の噂はすぐにアークスシップ、オラクル船団に広がった。

 

 ―――そのキチガイの様な所業と共に。

 

 

 

 

「おい、アレってまさか……」

 

「あぁ……」

 

「出たよ……」

 

「……」

 

 最近、アークスシップ、それも人の多い所を歩くこんな風に遠巻きに向けられる視線が多くなった。腫物、というよりはアイドルの様な扱いに近いのは自分が美女の容姿をしているからなのかもしれない。ただ向けられる視線はちやほやする様なものではなく、やや恐怖混じりの畏怖の様な視線が多い気がした。いや、その理由も解っている。十二人というありえない少人数で【巨躯】とかいう惑星規模の敵を追い払ったのだ、

 

 そりゃあ見た目はどうあれ、中身がそれと一緒とは認められないだろう。

 

「ふふ、ファーレン、実にいい仕事じゃないか」

 

「どうも、またジグ爺さんから新しくファーレン納品して貰ったら10503しにくるんで」

 

「クラフトで自分に適応させる事は多くあれど、設計から全て個人の為に作成されたシリーズというものは未だに存在しない……強化をするときももはやプランが目の前に広げられているようで強化のし甲斐を全く感じんよ。だがそれ以上に作ったジグ老の魂と言いうべきものはしっかり感じるものだ。大切にしたまえ。こういう武具はいざという時に数値が異常に高いものよりも信用できる」

 

「そこら辺は使っていて実感してるんでどーも」

 

 ドゥドゥに軽く感謝をしながら強化カウンターから放れる。ジグから納品されたファーレンは今の所で全部四つ、ユニットは後回しにして、需要の高い新型のバレットボウとカタナを優先的に作成してもらったのだ。この二つは特に最近のブレイバー新設の為のデータ取りで活躍してくれている。スサノショウハとは属性が違う為、状況に応じて使い分ける事も出来るから競合する事もない―――いい話だ。

 

 そんな事を考えながら、周囲から向けられる視線に少しだけ居心地の悪さを感じてしまう。軽く頭の後ろを掻きながらファーレンを圧縮空間へと格納すればその視線も減る。やはり、少しだけ悪目立ちしすぎているのかもしれないなぁ、と考える。

 

 視線から逃れる様に歩きながら六芒均衡に関して考える。

 

 アークスの最大戦力と言われる六芒均衡、その実力はまあ若いヒューイを見れば大体察しが付く。ヒューイレベルで平均、そしてそのヒューイで強いと言うのがマリア、強すぎると評価するのがレギアスだ。六芒均衡という名は決して、安くはない。だけどその名に反してメディアや公共の場でのその姿の露出率は低いと言える。明らかに表に出現する頻度が低いのだ。あの実力なのだからもっと派手に動き回っていていいのだとは思うが、

 

 こうやって良くも悪くも注目を浴びるようになると、その気持ちが解る。

 

 レベルという表現にレベル上限の存在はアークスの能力を数値的に管理しつつ、突き出しすぎない様に管理する為のシステムでもある。だがレベルというシステムはあくまでも数値的に管理できる部分を管理するシステムでしかない。技術とかフォトンとかは数値に出来ない領域だ。そして一般的に突き抜けている、キチガイ、化け物と評価できるアークス、或いは六芒均衡という存在はそういう管理されている領域外を突き抜けているのが基本だ。無論、それは簡単な事ではない。戦えば強くなることが出来た今までのシステムから踏み出す事だ。

 

 だがフォトンアーツ等による()が完成されている中であえて踏み出すのは逆に弱体化を呼びかねない事でもある。だから多くのアークスはそこから踏み出す事無く、基本の動きの延長戦を維持している。そこから抜け出すのに必要なのは才覚ではなく、()()()()()()()()()()()だ。だから、抜きんで入ているアークスとは少し独特な連中ばかりになる。

 

 だから良くも悪くも強い者は注目を、そして様々な感情を集める―――この視線が嫌だからほとんどの六芒均衡は姿を露出しないのだろうか。こういうのが嫌だからヒューイはお気楽お助けマンの仮面を被って走り回っているのだろうか、こうやって注目を浴びる身分になると少しだけ、周りの視線や考え方が気になってくる所ではある。

 

 まぁ、変わらない連中は変わらないのだが。

 

 それに個人的に心配なのは自分の事ではなく、完全に身内なマトイの事だ。マイルームとメディカルセンターの往復が基本的な生活となっているあの子だが、流石に身内がこういう視線を受けて、それでその言葉か何かを彼女が聞いてしまった場合、なにか、こう、良くある流れで怒鳴ったり怒ったり庇おうとしないか心配である。そのままソリッドブックルートへ―――というのはファンタジーじゃないのだからありえないか。

 

 だが、まぁ、今の状況がファンタジーと言ってしまえばファンタジーだ。これ以上ある訳がない……とも言い切れないのが辛い。

 

 そこまで考えた所で、何シリアスになってるんだか、と軽く自虐の息を吐いてから歩き出す。特にそれに文句的なんてものはない。ただ、アークスシップという場所、その状況がちょっと気になっただけである。本日は完全なオフ日なので服装はメトリィ・アシンで、目的もなくぶらぶらと歩き回る事にしてみる。

 

 ショップエリアでまず目に入るのはショップエリア中央のモニュメント、四月の春仕様でデコレートされている巨大なフログラッピーがそこには存在する。リリーパスーツの集団が時折破壊工作を仕掛け、それをラッピースーツの集団が防衛戦を繰り広げるのをここ数日は何度も目撃しており、そろそろこれレギアスキレるんじゃねぇの? という話は何度も聞いてる。

 

 そこから視線を外し、ステージの方へと視線を移す。其方は今はアイドルの姿もイベントも何もない事から非常に大人しい、或いは寂しい状況となっている。一応、このショップエリア前のステージエリアがアークスシップ内で一般コンサートを行う時の準トップステージ扱いされているらしく、ここでステージをすることが出来れば、アイドルとしてはメジャーとして扱っても良い領域だそうだ。

 

 なお超大型ライブ用の専用シップが存在する為、大体のアーティストの目標はそのシップを借り切ってライブをする事だろう―――アイドルとしてのクーナもそこらへんを目標に頑張っている、と前言っていたのを思い出す。クーナは―――なんというか、やはり始末屋よりはアイドルをやっている方が彼女らしく思えるのだが、同時にアイドルとしてのクーナで作る喋り方は完全にクーナらしくはないとも感じる。

 

「始末屋クーちゃんもアレはアレで可愛いもんだからなぁ……」

 

 本人に聞かれたら間違いなく暗殺されるであろう事を呟きながら、ショップエリアに背を向けて二回へと上がる階段を上る。ショップエリア二階部分にあるのは魔石や輝石交換カウンター、そしてエステだ。

 

 ゲーム時代は凄まじい勢いでエステに居すわっていたなぁ、とエステの前で足を止めながら思い出す。ゲームで言うEP1、EP2時代はエステ以外でのアクセサリーの装備、髪型の変更が出来なかった為、キャラクターの姿を変えるのに一々エステへと突貫しなくてはならないクソ面倒な仕様だった。EP3辺りで確か自由にアクセサリーの変更や位置の調整アップデートが入ってさらにコスプレやキチガイレイヤーの数が増えたような気がする。

 

 まぁ、ここでは正直使わない機能だ。体を弄るつもりはないし、そんな事も出来ない。このエステで出来るのは本当に美容に関するケアと髪色の変更程度の事だ。体型そのものを変化する様な大事は流石にゲームではないと無理らしい。エステとかまるで気にしたことないなぁ、と、店員がウィンクを向けて来るので愛想笑いを浮かべ、逃げる様にそのまま階段を上ってショプエリアの最上階へと移動する。

 

 ここは休憩、展望エリアなので人の姿は割と少ない―――なにせ、転送装置でマイルームへと直ぐに帰ることが出来るのだから、態々休憩エリアを使う必要なんてないのだ。そこに設置されているベンチに足を組んで座り、軽く息を吐く。

 

「―――なんかクッソ普通な休日になってるなぁ……」

 

 そう思った直後、フログラッピー像がゆっくりと倒れて行くのを目撃した。関わるのも嫌なので、無言でそれを視界から外し、ロビーの方へと逃げるか、そう思って立ち上がったところでメールが到着していた。メールを開き、確認する内容は、

 

「チームの参加者希望かー……」

 

 それも一人とか二人ではなく、十人とか、二十人とか、そういう規模での参加者希望だった。一応集まりは完全にキチガイオンリーという凄まじい状況だが、チームの実力を見ると一日で数百、数千単位のダーカーをジェノサイドしたうえでダークファルスを撃退したチームだ。所属できればそれはそれで美味しいよなぁ、とは思うもの、チームをもうちょい広げて色々と便利機能はほしいよなぁ、とも思う。

 

 じゃあアレしかないな、と突如、宴の発想に思い至る。

 

 やや憂鬱な午後ではあったが、悪巧みを考え付いた途端、一気にテンションが上がってくる。

 

 ―――明日が楽しみだ。




 幕間だしちょい短め展開だけど自重捨てるから別にいいかなぁ、って……。

 次回、地獄絵図。


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Resting In Green - 3

 ―――風によって砂が舞い上がる。

 

 正面、視線を向ければ大量のアークス達が存在している。男、女、キャスト、ニューマン、ヒューマン―――種族、年齢、性別の一切関係なく三十を超えるアークス達がここには集結していた。その前に面接用のデスクを置き、そしてその後ろに面接で使うようなパイプ椅子を設置し、そこに自分は居た。正面、アークス達の背後に広がっているのは一つの、基地の姿であり、その向こう側に広がっているのは砂漠だった。

 

「えー、皆さん長らくお待たせしました。本日はチーム特攻野郎Aチームの面接へとお越しまことにありがとうございます。俺達のチームに参加してやるぜ! って生粋のキチガイがこれほど多く存在するとは俺も涙で前が見えません。比喩や誇張抜きでこのチームにはキチガイしか存在していませんので、ここに入りたがる君達も確実にキチガイです。えぇ、甘い蜜を吸うぜへっへっへ……とか思っている君達もそれが出来ると考えている時点で残念ながらキチガイです。ようこそ地獄へ―――ようこそリリーパ第一採掘基地へ、ここが君達の試験会場(地獄)だ」

 

 アークス達から怒声とブーイングがやってくる。まあまあ、落ち着けよ、と片手で拡声器を握ったまま、アークス達を落ち着ける。

 

「今貴方達キチガイ候補生達はこう考えている……なんだここ? なんでここにいるんだ? なんなんだこの場所は……? 面接ってなんだよ……! と……」

 

「そうだよ!」

 

「じゃあまずは本日の審査員からの紹介に入ります」

 

「面接で審査員!? 面接ならば面接官ではないのか!?」

 

 今の鋭いツッコミを入れたアークスのツッコミの切れ味いいな、心の中で評価を上昇させつつ、横に座っている人物を示す。何時も通りのツンツンヘアースタイルが特徴的なアークスの中のアークス―――つまりはヒューイが半分死んだような眼で座っている。

 

「こちら我らがチーム、特攻野郎Aチームのチームマスター、六芒均衡のヒューイさん! 酒に酔わせて前後不覚になっている間に皆で騙してチームマスターにしたぞ!」

 

「助けて」

 

 そしてその反対側、ヒューイから見て中心に座っている自分の反対側、つまりは自分の横に座っている、ミラセリアを着ているアークスではない、アイドルの姿を見せる。

 

「個人的な親交を持つアイドルのクーナちゃんだぁぁ―――! 俺が呼びたいから呼んだ! 面接とは特にクソ程の関係もない!」

 

「はぁーい、皆ー! クーナでーす! 今日はみんなの頑張る姿が見れるって聞いて来たよー!」

 

 アークス達の歓声が天元突破する様な勢いで第一採掘基地に響いた。アイドルをチョイ見せすれば士気上がるだろうなぁ、と思ったがあまりにもチョロすぎるその姿に逆に不安になってきた。ともあれ、拡声器を通して静まれ、静まれ、と叫んで湧き立つアークス達を一気に静かにさせる。大人しくなったところでレーダーマップを広げる。

 

 その半分が赤く―――つまりはダーカー反応によって染まっている。

 

「えー、最近レギアスさんと話す機会があってちょっとダーカーを無限に虐殺できる場所がない? って聞いたら採掘基地がレッドでマジレッドで超ヤバイって話があったので、いままではチームメンバーで独占していたこの最高の狩場ですが、思い切って本日の面接会場に開放しようかと思います。ここで戦う時はサイクルを決めておかないと八時間程ノンストップでダーカー殺し続けても戦いが一切終わらないという凄まじい場所なので、ダーカー素材ウッハウッハで星10武器とかがゴミに見える勢いで手に入ります」

 

 とか言っている間にダーカーの群れ―――ウェーブが文字通り波のように襲い掛かってきた。採掘基地へと黒いじゅうたんとなって襲い掛かってくる姿へと向かって、ヒャッハーと叫びながらチームメンバーたちが突っ込んで行く姿が見える。そのまま、正面、黒いじゅうたんにのみ込まれたかのように見えて、その内側からゾンディールやワイヤードランスのフォトンアーツで纏め、一気に撃滅しながら一定のラインからの侵入を完全に阻んでいた。それこそ採掘基地の敷地内に侵入させない勢いでだ。

 

「えー……賢い君達なら既に察しているかもしれません。君達の面接はダーカーくんたちを虐殺する事です」

 

「ふ―――ざ―――け―――るなぁ……!」

 

 受けれるだけ受けておこう、という層が一気に怒りで爆発する。あんなダーカーの大群に勝てるわけがない、死ぬしかないだろう、と怒りを爆発させる。まぁ、一般的にそういう風には見えるよなぁ、と前線で無双しているチームメンバーの姿を眺めながら思う。フォトンアーツの合間にアクションを混ぜてかなりふざけているが、今回襲撃しているダーカーはどうやらレベルが低いらしく、遊び六割でも余裕そうにしてる。

 

「ちなみに割と真面目な話、レギアスさんから真面目にアークスやってない奴は容赦なくダーカーの餌にしていいと許可を取っていますので―――」

 

 パチン、と指をスナップさせる。それに反応する様にラッピースーツとリリーパスーツが出現する。しかも今日は面接という事で二人もスペシャルな姿をしていた。

 

 なんとマジキチで有名なお月見リリーパ、そして顔面を完全に隠してお前、前が見えてるの? と言いたくなるエグ・ラッピースーツ姿となっていた。そんな二人の間には面接という事で気合いの入ったセレモ・ニャウスーツの姿があり、ラッピーとリリーパで葬式の様な雰囲気でニャウを引っ張っており、

 

 その正面にカタパルトが出現した。

 

 ラッピーとリリーパがニャウを投げ、カタパルトに弾かれたニャウは気絶したままの状態であの決戦の時の様に、ダーカーへと向かって一切動くことなく射出されて姿が消えた。その姿を眺めていたラッピーとリリーパがハイタッチを決めてからクロスカウンターを浴びせ、よろめいたところでカタパルトを踏んで吹き飛ばされた。ニャウの後を追う様に消え去った着ぐるみたちの姿をその場にいる全員が大人しく眺めていると、やがてミィーミッミー、とバグ音声を全身から流し出すキャストが出現し、その場で踊り始める。

 

「あのようになります」

 

「いやだあぁぁぁ―――!!」

 

「助け、助けてぇ! 助けてぇ!」

 

「う、うわぁぁ!!」

 

 一気に面接会場が地獄へと突入した。クーナのニコニコとしたアイドル笑みと、死んだ魚の様な目を浮かべるヒューイに挟まれた状態、テーブルの上で腕を組み、その上に顎を乗せ、叫喚するアークス達の姿を眺め、数秒間、じっくりと無言で眺め続ける。やがて、眺め続けるのにも飽きてきたので指をスナップさせれば、それに反応する様にラッピーとリリーパが逃げ惑うアークスの集団へと突っ込んで行き、そいつらを威嚇する様に外側から暇な連中の射撃が始まる。

 

 ある意味予想した通りの展開が始まった。悲鳴が響く採掘基地の中で、静かにホロウィンドウを表示させながら一人一人、射殺されて倒れて行くアークスをチェックし、採点を開始する。自分から敵の方へと突っ込んで行くアークスのポイントを上げ、逆にリリーパやラッピーをぶち殺そうとするアークスには大量加点する。冷静に動きを観察していると、気絶したアークスからカタパルトで最前線へと射出され始める。マシンガンの様に空を舞い、ダーカーの群れの中へと叩き込まれて行く憐れな犠牲者たちの姿を見て、幸運を祈る。ただやはり、中には奇声を上げながら跳び込んで行く蛮族も存在する。我がチームに欲しい人材だなあ、とマーキングする。

 

「……何のためにここに来たんだろう」

 

「いやぁ、面接にボスが顔を出すのはいいプレッシャーの与え方ですし」

 

「じゃあ私の存在意味は?」

 

「俺が嬉しい」

 

「……そろそろ本格的に遠慮を無くした方が良いのではないか、これは」

 

 ヒューイの声に今更? と思いつつも、採掘基地で発生している戦闘へと視線を向ける。

 

 採掘基地防衛戦―――それはPSO2時代に存在したコンテンツのひとつだ。襲撃を受けている採掘基地をダーカーから守り切れ、という緊急クエストだ。実装された当初はまさに地獄の一言に尽きた。パターンが解らない、相手の数が今までに見ないレベルで凄まじい、そして何よりもゴルドラーダというダーカーは適切に処理しないと自爆までしてくる。大型ダーカーも連続で出現し、最上位難易度は生半可な装備や腕前で来るんじゃない、と言われる程に最初は過激だったクエストだ。

 

 防衛、絶望と新しいのが出現する度に難度は上がるし、ハードルも上がるが、プロアークスと安藤達は瞬く間に情報を共有し、メタを張りながらしっかりと防衛するのだからそういう来るな、とかはナリをひそめた。しかし採掘基地:絶望は今でも失敗をする事があるレベルで難易度が高い―――そういう高難易度コンテンツのひとつだが、

 

 これ、実力を測ったりアークスに連携とかを確認させるのに使えるんじゃね? と思って引っ張り出したのだ。

 

「しかしよくこんなのを知っていたなお前……というかレギアスとのコネクションに驚かされたぞ」

 

「レギアスお爺さんとは飲み仲間だからね」

 

「ほんと謎のつながりを持っているなぁ!」

 

 ヒューイの視線がチラチラクーナの方へと向かっているのは絶対に見逃さない。これ、後でネット報で情報拡散してやろうか、と考えつつ、最近のレギアスとの付き合いを考える―――と言っても基本的にビジネスライクなものだ。【巨躯】戦でカタナを使って大きく暴れたのが見られたからカタナが使えるってのはバレているし、そのついでにアザナミの相手もなんだかんだで任されている。そこまで関係は悪くはない筈なのだが、

 

 ―――なにか、どこかで警戒されているような気がする。

 

 明確に言葉で伝わる物ではない、どこか探られている、と言うよりは見られている、という感覚に近い。まぁ、シオンの件然り、マターボード然り、俺が安藤である事実然り、怪しい点なんて腐るほど存在するから仕方ないといえば仕方がないのだが―――と、そういえばアイドルとプライベートで友人なんだから更にトンデモだよなぁ、と追加する。

 

 ―――……あれ、怪しくない点が少ない。

 

「キャスト千年王国に栄光アレェ―――!」

 

 海パン一枚に頭に馬の被り物を被ったアルワズを見て、またバグってるなぁ、アイツ、と冷静にダーカーではなくアークス達を狙って襲撃する姿を眺めながら、どうしたもんかなぁ、と採点だけは真面目に進める。

 

「これで少しでもこのチームの実態が広がってくれれば頭のおかしい奴しか残らなくて楽しいんだけどなぁ……」

 

「なぁ、思ったんだが完全にチームが君の私物化されていないか? 名目上一応俺がチームマスターなんだが」

 

「だってヒューイさん手綱握れてないじゃん」

 

「どうやって握るんだ」

 

「―――手綱、握る方法あると思うの……?」

 

「帰る」

 

 お疲れ様でしたー、とクーナと二人でシップへと帰って行くヒューイに向かって手を振る。ヒューイに関しては嘘でもなんでもなく、本当に時間を無駄にしただけだった。六芒均衡という忙しいポジションの中で、時間をこんな風にドブに捨てさせてしまった――が、誠に申し訳ないとは欠片も思っていない。アークス最強のヒーローのイメージをいつか奪う為に今のうちにヒューイのイメージを崩さなくてはならないのだ。

 

「皆ー! ビブラスが出たよー! 頑張ってー!」

 

 絶叫とクーナに応援された歓喜の声が採掘基地に響く。カタパルト射出されてもまだ士気が折れないのはやっぱりクーナがこうやって応援しているからなんだろうなぁ、と思いながら眺めつつ、

 

「実はあと3グループこれを繰り返す予定なんだよなぁー」

 

「流石にそこまでは時間が……」

 

「素、素!」

 

「おぉっとぉ! いけないいけない、ごめんねー、流石にそこまで時間は取れないかなぁー?」

 

 思わず素を晒したクーナにアイドル業ってのも大変そうだなぁ、と思いつつ、海パンのキャストに

空へと打ち上げられるビブラスの姿を見て、あまりの酷い光景に同情を覚える。

 

 こうして、

 

 後に誰もが悪夢としか語る事の出来なかった入団試験が始まった。




 と言う訳でEP2と言えば採掘基地が徐々にアップを始めたような、そうでもないような時期。レギアスは仕事が減って嬉しそうです。それはそれとしてお前ら良い空気吸ってるな。感想の安藤も割と安藤してる。


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Resting In Green - 4

「……惑星、ウォパル……か。うーん、どうすっかなぁー。まぁ、まだ探索許可が出てないって事はいいんだろうけど、探索基地防衛まで既にこっそりと始まってるしなぁ。Brも近日実装って感じだし、ついにエピソード2までオラクルの時間が進んできたかぁー……感慨深いわぁ」

 

 広げていたホロウィンドウにはアークスの調査領域として近い内に水の惑星であるウォパルを解禁するという事が最新のアークスニュースネットワークに書かれてあった。今までアークスたちが活動できる場所は惑星ナベリウス、惑星アムドゥスキア、そして惑星リリーパだ。ファンタシースターオンライン2というゲームはこの三つの惑星を冒険し、既存の六つのクラスで戦っていたのが確かエピソード1だった……気がする。

 

 何分、昔の事過ぎて詳しい事は思い出せない。だがこの惑星ウォパルが追加される大型アップデートによってブレイバーというクラスが追加され、それによってカタナ、バレットボウという二種類のインフレバランスブレイカークソ武器がついに追加された。そう、ブレイバーはクソクラスだった。ブレイバーは、というよりは武器の性能が。弓を持ってとりあえずカミカゼ。PAのシュンカシュンラン実装後はシュンカンシュンランを押すだけのゲームとかいう世紀末時代を生みだしてしまった、ある意味罪深いアップデートだった。

 

 ウォパルという単語を聞かされると嫌でもあの世紀末時代を思い出す。そういえば採掘基地防衛って話になると全てを過去にした最強の武器にしてクラス、エリュシオンくんの事を思い出させる。結局、シュンカオンラインもエリュシオン無双も運営によるアップデートとHDDバーストという悪しきお祭りによって消え去った。エピソード2は本当にカオスな時代だったなぁ、と思い出す。サテライトカノンが出たのはこの時代だったっけ? もっと後の時代だったっけ? あまり思い出せない。

 

 ……まぁ、先のアップデート内容なんて覚えていてもしょうがない。メインストーリーなんてものが存在しなかったPSO2というゲームと、このオラクルを巡るダーカーの活動や陰謀、それらの要素がない時点で先読みをどれだけしようとしても無駄なのだから。だから、考えるのはとりあえず止める。思い出に浸る程度だ。

 

「あー……世紀末始まっちゃうー……」

 

 ロビーにいるアークスがカタナしか持ち歩かない地獄絵図が始まる……!

 

「アキナ、どうしたの……?」

 

「いや、ちょっと世紀末に燃えるアークスロビーを幻視してた。XXXX年! アークスはブレイバーの炎に包まれた! あらゆるクラスを駆逐し、ブレイバーというクソクラスが君臨する! カタナを抜いてシュンカランラーン! 弓を抜いてカミカゼキーック! キーック! 弓いねぇ! 俺が矢になる事がバレットボウだったんだよぉ! とかいうロビーを幻視してた」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

「最近マトイちゃんが慣れてきたからリアクションが薄いのがちょっと寂しいなぁ……」

 

 マイルーム、自室のソファにそう言って笑いながら体を沈める。ふかふかのソファは体を沈めると包み込むような感触を返してくる。。このソファ、地味にお気に入りである。一日中この中に沈んでだらっとしていてもいいよなぁ、なんて事を考えつつ、私服姿にエプロンを装着しているマトイの姿を見つけた。もうすっかり家事をしている姿が似合ってしまっている彼女だが、記憶の発掘や身元の判明に関しては一向に進んでいない。

 

 だがぶっちゃけ、欠片も申し訳なく思っていない。というかもう完全にウチの子。既にデータベースを確認して、マトイの親戚筋、血縁関係が存在しないのは確認済みなのだ―――もうこれ、養子縁組でウチの子扱いでいいんじゃねぇかなぁ、と最近はフィリアと相談が進んでいる。幸い、マトイも自分も髪の色は一緒なのだ。ぶっちゃけ普通にそのまま姉妹扱いされている。何たる不覚。誰一人としてお兄ちゃんと認識してくれない。

 

「マトイー、俺ってお兄ちゃんだよね?」

 

「そうだね」

 

「やだ、凄い淡泊……」

 

「毎回反応してると疲れちゃうばかりだって流石に覚えるよー、もぉー」

 

 そう言うとマトイは数秒ほど此方を眺めてから、えい、と言葉を置いてソファに座り込んでいる此方の股の間に座り込んできた。ぽふん、と音を立てながらソファが揺れ、体が収まった。おや、と思っていると、マトイが幸せそうに表情を破顔させながら背中を預けてきた。それを押しのける理由もないので、そのまま受け入れる。

 

「どうした? 急に甘えん坊さんになっちゃって」

 

「うんとね……駄目かな?」

 

「いや、別にいいんだけど」

 

「うんじゃあこのままで」

 

 そう言うとマトイは上機嫌に体を此方へと預けてきた。……小さい体をしているなぁ、と思ったが、良く考えれば自分の身長もそこまでマトイと変わらないんだよなぁ、と思い出す。まだ安藤になる前は180はあったのだが、今では本当に体だけはただの女だ。身長だってギリ160あるぐらいだ。マトイとの身長差は3㎝程度、ギリギリ此方が勝っているという感じだなぁ、と苦笑してしまう。まぁ、これでも年上の矜持と言えるものが一応あるのだが。それはそれとして、

 

「何か嬉しそうだな」

 

「うん……ほら、少し前まではアキナはずっと忙しそうに走り回ってたでしょ? その上戻ってくると物凄いボロボロになっている時もあるし、前、血まみれのボロボロになって帰った時は心臓が止まっちゃうかと思った。だけどこうやって、最近は怪我をしないし、出撃の頻度も減って平和になったなぁ、ってのが解るから嬉しいの」

 

 うん、とマトイは呟く。

 

「……解らないんだ。私が昔、どういう人で、何を望んで、何をしていたのを。だけどね? たぶんこんな、なんでもない日常が本当は欲しかったんじゃないかな、って最近思っているの。ダークファルスの話題が上がる度に胸がドキリ、としてどうしようもない不安が胸に湧き上がってくるの。そして何かしなきゃ、って気持ちが溢れ出してくる。……だけどダークファルスを追い払ったし、今は凄く平和だから、そのおかげか毎日が楽しくてしょうがないの」

 

 そう言っておかしいよね? というマトイの頭を軽く撫でる。この子の過去の事が解ればいいんだけどなぁ、とは思うのだが……ここまで探して、待っていてもマトイが思い出す事はない。ここまで来ると、もはや思い出さない方がある意味安全か、それが正しいのかもしれない、と思えなくもないのだ。何度か繰り返す検査の結果、マトイはニューマンすらも超えるフォトンへの親和性、干渉能力を持っていた。無論、それをマトイが知ったらアークスになる、とでも言いだしかねないから自分が黙っている。とはいえ、記録に残らず凄まじいフォトン適正―――あんまり、まともな過去があるようには思えない。

 

 場合によってクーナの様な経歴を持っているかもしれない。

 

「……マトイは昔の事を思い出したい?」

 

「うーん……どうなんだろ? 思い出したほうがいいかもしれないんだろうけど……今は……いいかな。ううん、たぶんこのままが良いと思う」

 

「ん、それじゃあそれでいっか、我が妹よ……!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 わぁい、と後ろから抱きしめる。マトイがそれに応えてキャッキャ言いながら体を揺らしている。やっぱり、ただの女の子でいられるのが一番幸せだよね、と思う。無理して思い出す必要もないだろう。フィリア……或いはシオンに頼んで、本当に兄妹設定にでも変えて貰おうかと思う。そうすればちゃんと、本当の意味でマトイに居場所を作る事も出来るだろうと思う。

 

 ……新たな波乱に対して備える必要もあるが。

 

 惑星ウォパルは新しいアップデートと共に登場した惑星だった。それはメインストーリーのないPSO2では関係のない話だったが、物語には()()が存在する。エピソード1に該当する時代は【巨躯】の撃退によって終息したように思える。だからきっと、今、ここにある時間はそれが終わってから次の波乱が始めるまでの休息だと思っている。ウォパルという新しい惑星での活動が許可されることになれば、まず間違いなく新しいマターボードがシオンの手によって生成される。

 

 そんな予感が―――いや、確信がある。第一、【巨躯】を討伐してからシオンを見かけていないし、あの【仮面】でさえ最近はめっきりと見かけていない。アレ程殺意を撒き散らしながら暴れ回っていたクセに、急に姿を見せなくなった。アークスの間でも目撃証言が現在は存在しない……その事実には不安を正直覚える。

 

「アキナ?」

 

「いや、実は新しく水の惑星のウォパルってのが探索許可が降りそうでさ、そこ、水の惑星って言われるぐらいにはほとんどが海で出来ているぐらいなんだよ……マトイ、海は見た事ないだろ?」

 

「うーん、映像だけかなぁ?」

 

「だよなぁ……俺が知っている場所の中でも最も美しい場所の一つだよ。地平線に夕日がかかり、オレンジ色に染まる世界とか見ているだけで飽きないぞ。それにアレだ、海だからな。水着に着替えてから泳いで遊ぶだけでも割と遊び続けられる」

 

 俺もPSO2時代は良くウォパルへと意味もなく遊びに行ってた記憶がある。リアルだと絶対無理だが、エーテル通信によるダイブ状況であれば手頃に海へと遊びに行く事も出来たのだ。そこで泳いだりはしゃいだりと、任務そっちのけで遊んでた覚えがある。まぁ、エーテル通信を利用したフルダイブはまだどこかシステマチックな部分があった。薄皮一枚、フィルターを重ねた様な状態だ。だがそれももうなくなった。触覚、嗅覚、味覚、その全てが完全なリアルとなっている。

 

「いいなぁ……私もアークスになれたらいくのになぁ」

 

「アークスになっちゃうと家が一瞬で汚部屋になって行くような気がするんだよなぁ……」

 

「それ、自覚しているなら少しはどうにかしよう?」

 

 部屋の片づけとか苦手だし……とか言い訳しながらも、本音で言えば自分もまた、家に帰ってきたらマトイがいる、という事に完全になれてしまったのだという事実がある。もはや、マトイなしで生活する事を考えるのはちょっと難しいかもしれない……いや、無理だろう。もう完全にこの娘に愛着が湧いているし、猫かわいがりしちゃっているし。自分も、まぁ、良くもこんな風に今の環境に馴染んだというものだ……。

 

 そんな事を呟いていると、メッセージコールが入ってくる。何事だろうか? と思いながらいいかな? とマトイへと視線を向け、許可を貰う。

 

「はいはーい、此方全宇宙最強のアークス安藤でーす」

 

『失礼、これはアキナのメッセージコードだと聞いていたのだが……ん? ちゃんと繋がったようだな―――いや、待て、その格好は何だ』

 

 前にマトイを座らせ、ソファに沈み込む様に座っている自分の姿を見る―――髪型は纏めているのが面倒なのでバラして放置しているし、服を着ているのも面倒なので、室内で何をしていない時は最近、もっぱら下着姿だ。メッセージコールに表示されるレギアスの映像は困ったような表情を浮かべ、そして片手で顔を抑えた。

 

『もう少しまともな格好を出来んのか……』

 

「いやぁ、室内のプライベートタイムだし、ぶっちゃけ枯れたおじいさん相手なら別にみられても平気だし……若い子だったら漏れなく見せてから罰金するけど」

 

『ヒューイが急速に老け込んで行く理由がこれか……』

 

 ヒューイはアレだ、頑張ろうとするのがいけないか。いわゆる努力の方向音痴だ―――キチガイ的な意味で。自制心とかを投げ掃えれば疲れる事はないんだろうなぁ、とは思っているが、それもまたヒューイの良さなので、これからもずっと胃痛で苦しんでほしい。それがきっと六芒均衡として、ヒューイが唯一出来る事なのだから。それはそれとして、

 

「何の用っすか」

 

『いや、数日中にブレイバークラスの発表を行おうかと思っている。だから今まで使えなかったブレイバークラスの解禁許可を出そうと思ってな』

 

「あ、これは丁寧にどうも」

 

『それと同時にウォパルへの探索許可も下りるだろう……休むのはいいが、本分を忘れるんじゃないぞ?』

 

「いや、解ってますって」

 

『ふむ……』

 

 そう呟くレギアスは一瞬だけ、マトイへと視線を向けたような気がする。キャストという完全なポーカーフェイスが成立する種族である為、何のための視線かは解らなかったが、それも一瞬だけで終わり、じゃあの、という言葉と共にラインが切れた。まぁ、丁度話題に出ていただけ、タイムリーだったなぁ、とは思わなくもない。

 

「ま、近々活動再開って奴だな」

 

「最近やっとのんびり出来る様になったと思ってたのになぁ」

 

「宇宙の平和に休みなんざねぇんだ。ちゃんと毎日帰ってきてるんだし、収入も必要だから我慢しようね?」

 

「はぁーい……ふふふ」

 

 互いに笑い合いながら壁に掛けてあるテレビを付けて、適当に時間を過ごす。

 

 こういう時間がずっと続けばいいのに……そう思うも、ダーカーがいる限り、それが不可能であるのは理解していた。




 面接? 9割落ちたよ! 愛かった1割はヒューイへの精神的ダイレクトアタックとなった。

 という訳で次回からEP、環境破壊! インフレ! らんらーん、容易くダメージ! 新クラスEl! 懐かしい時代だったなぁ……。


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Episode 2
Velvet Breeze - 1


 ウォパルの探索許可が降りた。その理由は惑星ウォパルに置いて高いダーカー反応を発見できたからだと言われている。ダーカー排除の為に、アークスたちはウォパルへの探索を他の惑星での活動と平行しつつ進める事を望まれていた。【巨躯】の襲来等で一時的にアークスの数は減ったが、しかし、【巨躯】の撃退を見た人々はアークスになって戦う事に対して憧れを覚えた。かつて、地球であった災害現場で救助活動を行っていた消防士が憧れられるのと同じ現象だ。その為、手が回らなくなるなんて事は心配する必要がなかった。一定以上の成果を出していなければ行けないウォパル探索だが、【巨躯】の撃退という歴史に残る偉業を成したアークスの一人である自分には無論、あっさりと探索許可が出た。それを受けてまずやる事は、

 

 ―――ショップエリアへと向かう事だった。

 

 そこには当然の様に白衣姿の女の姿があった。

 

「……シオン」

 

「貴女が、来るのを……待っていた」

 

 それは今までの彼女と比べれば酷くはっきりした言葉だった。難しい言葉や複雑な言い回しをせずに、解りやすく言葉が耳に染み込んでくる。今までの彼女のスタイルとは大きく違う言葉遣いに、多少驚きを隠しながらははーん、ついに人的コミュニケーション方法を覚えたな、こやつめ、と結論する事にした。そう考えている間に、シオンが片手を浮かべた。そこには小さく圧縮された長方形のマターボードが浮かんでいた。此方が差し出す様に手を伸ばせば、マターボードはゆっくりと浮遊して此方の手の中に納まり、消えた。

 

「惑星ウォパルの登場によって新たな事象がマターボードに刻まれた。そこにはあらゆる闇の痕跡が残されている。留意せよ、敵は決してダーカーだけではない。深淵を嘲笑う者が手ぐすねを引いて待っている。……時間は、そう多く残されてはいない。故に貴女に謝罪する。私の縁者よ……呼び出してしまった事を謝罪する。貴女に背負わせるような事をさせて申し訳ない」

 

「そりゃあ勘違いだぜ、シオンちゃん」

 

 チッチッチ、と指を振る。だいばくはつ! とか発動しないだろうか。ともあれ、

 

「俺はオラクルへと来れて良かったよ。確かに辛い事も悲しい事もある。だけど同時に楽しい事だっていっぱいある。ここに呼んでくれた事を俺は恨んでいないよ―――たとえ、俺が俺じゃなくなりつつあっても、その程度は気にしないさ。なんてたって安藤だからな」

 

 安藤は宇宙を救うからな! と笑いながら腕を組む。それを見てシオンがニッコリとほほ笑む―――なんだ、ちゃんと笑えるじゃねぇか。その姿を見て少しだけ安心した直後、シオンの姿が消えた。ん? と首を傾げたのは一瞬、背後から足音が聞こえた。

 

「―――あぁ、成程。君はずっとそこにいたんだね」

 

 振り返りながら声の主を見た。そして一目見て解った。こいつは変態だ。キザったらしい髪型の白髪、腹の形が良く見える白い服装、眼の横に入ったタトゥー、そして何よりも陶酔するようなネットリとした声。お前が変態じゃなくて誰が変態なんだよ、という妙な安心感がそこにはあった。だが、それとは別に、頭の奥でこいつとは関わってはいけない、という警報が鳴り響いていた。

 

「あぁ、シオン! シオン! あと少しだ! 最初は君の居場所さえも解らなかった! だけど今では君の気配を感じるよ! あと少し……あと少しで君へと手が伸びる。そうすれば一つになって真の全知を目指そう!」

 

「関わっちゃあかん奴だこれ……」

 

 関わるだけ無駄に感じるので、そっと気配を殺してゆっくりと変態が立っている場所から離れて行く。キチガイは多いけど、純粋な変態もまた珍しいなぁ、と思いつつ、自分の世界に染まっている変態を置いて、テレポーターに乗る。

 

 さっさとあの変態を忘れてウォパルのマターボード回収しちゃおう、と。

 

 

 

 

 露骨にシオンが嫌な表情を浮かべ、そしてシオン狂いの変態がショップに出没した事実を完全に脳内から押し出しつつ、クエストカウンターで受注を終わらせ、何時も通りマイシップに乗り込み、そして海の惑星であるウォパルへと迷う事無く向かった。本日は目的がマターボード埋めという事もあって、同行者は一切いない状態である。マイシップの窓から眺めるウォパルの景色は美しく、こんな景色を地球にいる間にも見たかったぜ、と軽く悔しく思う。マイシップがウォパル圏内に入った所で、

 

 ―――迷う事無くテレポーターの中へと跳びこんだ。

 

 一瞬の転送光と共に足元は柔らかい砂地を踏み、そして波によってサンダルに海水がかかってくる。明るい陽射しが照り付ける様に照らしながら、海風によって涼しい風を全身で感じる事が出来た。

 

「海だぁ―――!! ヒャッホ―――! わはぁ―――!」

 

 浅瀬に跳びこんでばしゃばしゃと足で水面を蹴りあげる。フォトンの加護がある為、濡れようと思えば濡れられるし、濡れたくないと思えば水分を弾く事も出来る―――流石フォトン、なんでもないぜ。だから今はこうやって海の冷たさを感じながら上がった時は水滴を弾き飛ばすなんて事も出来るのだ。それはもう、ナベリウスの川で体験済みの事だった。なので一切遠慮する事無く海の浅瀬で水を蹴り飛ばし、中に舞い上がる水滴が陽光を反射してきらきらと輝く姿を見て、堪能する。そしてそのまま、海の中へと背中からドボン、と倒れ込み、ぷかぷかと浮かび上がる。

 

「あー……極楽極楽……」

 

 やっぱ海は良いなぁ、と浮かびながら思う。だが同時に、マトイにこれを見せられない事に軽い寂しさを覚える。今の所、アークスシップ内部以外ではマトイの歩ける場所が少なく、そうなると必然的にこの海を見せる事が出来ない……それは残念だ。

 

「あぁ、いや……そういえばチームルームにリゾート風ウォパルルームがあったな。チムルムをウォパルにしてからマトイを連れて行けばいいか」

 

 今は遊べるから、という理由でチームルームの姿は森の遊び場になっていたりする。流行っている遊びはキャスト帝国~下等種族は兎跳びでコースクリアだ~、とかニャウの放流とか、そう言う感じのバイオレンスでクレイジーな遊びが流行っている。まぁ、連中はキチガイだけど人間愛を持っているし、何よりも年下には優しいから問題ないだろ。

 

 あぁ、幸せな時間だなぁ、と思う。こうやって自然に囲まれてゆっくりするのは結構好きだ。マトイをどうにかして連れてこられないかなぁ、と頭を捻っていると、

 

「あ―――! あんたこんな所で何をやってるのよー!」

 

「ん?」

 

 頭を持ち上げて海岸の方へと視線を向ける。すると海岸には見慣れない服装のエコーの姿があり―――その背にはソードが背負われていた。その横には見た事のない、原住生物の様な存在も一緒であり、なんというか、実にアンバランスな姿を見せている。

 

「おー、エコーじゃん」

 

「おー、エコーじゃん……じゃないわよ! ここ、一応ダーカー出没区域よ!? 何呑気に海水浴楽しんでるの!? しかもその格好!!」

 

「ん?」

 

 体を起き上がらせながら自分の姿を見る。それは一般的に言えば水着、と呼ばれる服装だ。青いビキニタイプに腰にはフレアパレオを撒きつけており、頭の上には麦わら帽子まで装着している―――完全に安藤サマーverとでも言える姿だった。これは地球でのエーテル通信時代、ウォパルでゆっくり時間を過ごす時に自分が決めていたコーデだ。それを見せつけるとエコーが呆れたような表情を返してくる。が、まぁ、安心しろ、と言葉を置く。

 

「【巨躯】を殴り返した影響か、一定以下の雑魚ダーカーとか浸食されている原生生物とか、ビビってるのか自分から探しに行くか気配を殺さない限り近寄らなくなってきたんだよな、流石に50とか60レベになると殺しに来るんだけど、ここらって基本的にレベル低いだろ? だからこうやっていても特に襲ってこないどころかビビって逃げるんだよなぁ……」

 

「完全に死神やな」

 

「本当にアークスかどうか疑わしくなってきたわね!」

 

 それを言うな。自分でも時折、俺ってなんだろう? と思わなくもないのだから。ともあれ、とりあえず浅瀬から浜辺へと水を弾きながら戻り、軽く体を振るう。その様子をエコーが無言で眺めている。

 

「……強くて、性格が良くて、スタイルも良い。その欠片の才能をこっちに寄越しなさいよー」

 

「安藤キメてるとイロモノになるか美形になるかの二ルートしか許されないからね。安藤だからしょうがない。つかそんな事より見た目が二人? 揃って面白いんだけどなにやってんだ」

 

「あぁ、聞いてくれんか姉ちゃん。このポンコツ嬢ちゃん、人の話を全くきかんのや」

 

「ほほう」

 

 巻貝の触手みたいな生物はカブラカンと言うらしい。なんでも相方を探しているのだが、その肝心の相方探しの最中で、エコーに見つかってしまったとか。そのエコーもエコーでかなり強引にだったら手伝う、と恩の押し売りを始めてしまい、カブラカンは小さい為、それから逃げられずにいる。ただこのエコーとカブラカンのどこか騒がしいコンビは見ていて楽しいものがある……いや、言葉を変えよう。エコーとゼノのコンビを見ているのを思い出す。

 

 エコーがどこか、ゼノの面影を求めてハンターというクラスに手を出した事、そしておぼろげにながら事情を知らずとも、何かを投影しているのをカブラカンも見えているのだろう。ま、しゃーねーわな、と言葉を置く。

 

「しかたがねぇ。この宇宙最強のアークスたる安藤が今日は手伝ってやろうじゃねぇか」

 

 麦わら帽子をサングラスへと変えて頭に装着しながら今までは消していたスサノショウハを抜き去り、腰のアタッチポイントへと装着した。それを見ていたカブラカンが首を傾げながら、視線エコーの方へと向けた。

 

「嬢ちゃんお払い箱やな」

 

「そりゃあ私が勝ってる要素欠片もないけどぉ―――!! というかなんで私の呼び方お嬢ちゃんであっちが姉ちゃんなの!?」

 

「えっ……言ってもええんか……?」

 

「むきぃー!!」

 

 このコンビは面白くなりそうだなぁ、と苦笑しながらエコーとカブラカンに並び、威圧するような気配をなるべく顰めながらウォパルの海岸を三人で歩き始める。

 

「カマロッツだっけ? を探しているんだよな」

 

「そうやで。突然いなくなるもんやからいったいどこへ行ったもんか解らへんのや」

 

「まぁ、今日は軽く海岸探して、それで海岸に気配がなかったら深海かねぇ……」

 

「あー……あっちは物騒やからあまり近づかんとちゃう?」

 

「まぁ、一応な」

 

「私なしで話が進んでる……!」

 

 エコーの言葉に苦笑する。正直な所、エコーは色々とアークスとしては粗が多いから放っておくのが心配という事実もあるのだ。このまま、この二人で放置しておくというのは選択肢としてはない―――そう思った直後、レーダーに敵の姿が映る。

 

「お、私の―――」

 

 アプルクス―――ウォパルに存在する原住生物で砂の中に潜りながら移動する事の出来るエネミーであり、数が少なくなると仲間を呼ぶという特徴を持っている、面倒な相手だ。故にグレンテッセンのキャンセル移動で一瞬でアプルクスの群れの中に突入し、そのままカンランキキョウで薙ぎ払って群れを丸ごとまとめて真っ二つに断った。音もなくアプルクスを処理しつつ、スサノショウハを鞘の中へと戻す。ウォパルでの試運転、スサノショウハ(ハドレッド)の調子は悪くはないらしい。ブレイバークラスも問題なく稼働している。

 

「おっと、スタンススイッチ入れ忘れてた。気を付けよ」

 

「私の存在価値って……」

 

「まぁ、世の中比べるのが間違いっちゅー連中もおるし? 姉ちゃんと比べるには問題がありすぎるんやないか」

 

「冷静に分析しないでよー! もぉー! 次は私に任せなさいよ! ゼノがいなくたって私だって戦えるってところを見せてやるんだから!」

 

 ソードを持ち上げながらウガー、と叫んで勇むエコーは先へと進もうとしたところで透明だったウォパルの原生種の姿に足を躓け、転び、そのまま顔面から砂浜にダイブする。その光景をカブラカンと共に並んで眺め、視線を合わせて軽く肩を振る。これはほんとどうしようもなく才能ねぇな……と。

 

「あ、こらこら。前やったみたいにハンターでの戦い方を教えるからさ……」

 

「別に急がなくたってえんやで?」

 

「急に優しくなるのが心に痛い」

 

 エコー、才能がないくせに無駄に頑張るからなぁ、と苦笑する。エコーはアークスとして最も必要な、最後の一線を乗り越える狂気を持っていないのが悪いのだ。いや、平和に生きるには必要のない技能であるのは間違いがないのだが……やはり、アークスには向いていない。

 

 苦笑しながら、ウォパルの海岸探索を進める。




 ウォパルは個人的に好きなエリアの一つになる。チムルムもウォパルにしてビーチから眺めているのが結構好きだったり。マトイちゃんには是非とも海を見せてあげたかった……。


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Velvet Breeze - 2

 ―――踏み込みのステップ。

 

 ステップから抜刀。サイドドロール、振り抜き、グレンテッセン。カンランキキョウ、ステップ。アサギリレンダン、キャンセル、シュンカシュンラン、ステップ、グレンテッセン、キャンセル、グレンテッセン、キャンセル、テッセン、キャンセル、テッセン、キャンセル、キャンセル、キャンセル、キャンセル、

 

「―――誰も! この! 安藤に! 追いつけないのだぁ! フゥーハハハァー!」

 

「すごっ……残像残しながら反復横跳びしてる」

 

「絵面がアホみたいなのにそれで敵が消えて行く辺りほんと生物かどうか疑うな」

 

 グレンテッセンはゲーム時代だとPAスロットに全て入れて押しっぱなしにする事でクソ煩い反復横跳びを開始する。それはグレンテッセンというPAが二段階の動きで構成されるPAだからだ。一段階目が移動と通り抜けによる威力の低い突進であり、そこから繋がる二段目の攻撃で第斬撃を放つ―――この二段目がメインのダメージソースであり、一段目と二段目の間はPAのキャンセルチャンスである。つまりPA入力ボタンを押しっぱなしにする事でグレンテッセンの高速移動部分のみでPAを終了、新たにグレンテッセンを繰り出す。終わる時は振り返っているので元の方向へと向かって移動しながら振り返る。

 

 ボタンを押しっぱなしにする事でクソ煩い反復横跳びが成立するのだ。

 

「ヴェェェェェェェェェ」

 

「クソ煩いんだけど」

 

「だけど見てみいや。通り過ぎて行く間に敵が真っ二つに切れて行くで」

 

 ちなみにだが最近、この世界のPAは完全にゲーム通りやらなくてもいいという事や、ある程度カスタマイズできるという事を理解して、軽くだが持っているPAはカスタマイズさせて貰っている。とは言うものの、自分が知っている元の形から大きく変えるような事はしない。使い、慣れ親しんだ型から動きを大きく変えると逆にフレームや無敵時間の管理で狂うからだ。グレンテッセンの突進をちょっと疾走居合にしている、その程度の調整だ。

 

 だって体でぶつかるの痛いし。

 

「うっし、試運転は悪くないな」

 

 足を止めてスサノショウハを鞘の中へと戻しつつ、それと入れ替える様にファーレンフレインを抜く。待機状態ではまるでアタッシュケースの様な形状をしているファーレンフレインを左手でハンドル部分を握り、そのまま、振り返ってエコーとカブラカンを見た。

 

「うっし、大分満足した。砂浜の上でも滑る事なく戦えるし、問題ないや。ここから先はエコーが無双していいよ」

 

「いや、嬢ちゃんにはどうあがいても無理やからね姉ちゃんが戦い続けてもええんやで」

 

「うん……じゃないわよ! 私だって戦えるわよ!」

 

 がー! とエコーがカブラカンに言い返しながら背中からソードを抜き、それを掲げる。正直、見ていて心配でしかない。カブラカンと視線を合わせ、軽く肩を揺らしてから前へと進むエコーを追いかける。その先でウォパルに出現する原生生物―――海王種とエンカウントし、正面から戦い始める。

 

「あーあーあーあー……」

 

「あ、やっぱ戦い方があかんのか?」

 

「いや、なんというか、うーん」

 

 エコーが海王種の中心へと進むとウォークライで一気にヘイトを集め、そこから敵を集める様にしながらソードで薙ぎ払い、戦い始める。ぶっちゃけた話、戦い方そのものは悪くはないのだ。ハンターとしての基本的な立ち回りが出来ている。だがその根本的な動きはエコーのものではないのだ。どこか、見た事のある動きをなぞる様に繰り出しているのだ。そのせいでエコーの動きがどこかチグハグに見える。

 

「アレ、今行方不明になってる奴の戦い方の真似でなぁ」

 

「あぁ、そらあかんわ」

 

 ゼノ―――【巨躯】復活以来、その姿は目撃していない。世間的にはMIA扱いされており、それはほぼ、死亡と同じ扱いだ。だからエコーも、心の中ではどこかでゼノは死んでいるのだと思っているのだろう。だけど同時に、エコーはその事実で闇に飲まれなかった。自分がどれだけゼノを頼りにしていたのか、というのを自覚し……それでハンターに転向した、というところだろう。自分がゼノの分も頑張らなくてはならない、という意識があるのだろう。

 

 まぁ、ぶっちゃけゼノが死んだとは到底思っていないのだが自分は。

 

 マターボード使えばクーナみたいに助けられるだろうし、この安藤があれだけ身近な人物を助けない理由がないよな? というのが主な理由である。時空の流れ的な場合によっちゃあ、素で未来の安藤によって助けられたゼノがどっかで生きている可能性だってある。

 

 ……そう思ったほうが、色々と優しい。

 

「ま、自分には合わないって気づいたらやり方を正すだろ」

 

「それ、ワイに付き合えって暗に言ってへんか?」

 

 テヘ、と可愛らしく舌を出して頭を叩いてみるが、カブラカンにはウケが悪かった。そうか、だってお前種族違うもんな……。そんな事を考えている内に、前線の方から悲鳴が聞こえる。いつの間にかエコーがオルグブランと呼ばれる怪獣の様な姿をした、中型の原生生物に追いかけられていた。

 

 しかも二匹同時に。

 

 お前、今目を離していたの数分もなかったぞ、という軽い驚愕と呆れをエコーに抱いた。

 

「あの、ちょっ、やっぱり一人は辛いかなぁー! 助けて欲しいかなぁ、って! あ、やっぱり助けてくれないかな!?」

 

「どうしたんすかエコー先輩。先輩のかっこいい所を見せてくださいよ」

 

「煽ってないで助けて―――!」

 

「見てて飽きへん嬢ちゃんやなぁー」

 

 ほんとそれな。そう答えながらファーレンフレインを展開する。広げられる事で弓へと変形したファーレンに弦は存在しない―――目に見える形では。紫のフォトンウィングの間に目に見えない力場が存在し、それが弦となっている。爪弾きでチェイスアローを素早く三連射しつつ格納空間からファーレンフレイス用の矢を取り出し、それを番えた。迷う事無くフォトンを込めながら放たれたラストネメシスが穿たれ、エコーを追いかけていたオルグブランの顔面に命中し、そのまま頭を吹き飛ばしてフォトンによってその肉体を残す事無く分解し、消滅させた。

 

「チェイスは余計だったな」

 

 オルグブランが足を止めながら此方を見て、再び確かめる様に此方を見てから迷う事無く海の方へと向かってダイブし、逃げようとする。だが逃亡しようとするオルグブランからはダーカー因子を感じる。既に軽くだがダーカーによって浸食を受けている個体らしい―――逃がす訳にはいかない。番える矢にフォトンを流し込み、それを分裂させるように五本の矢へと増やす。それを同時に追尾させるように放つ、マスターシュートのPAを打つ。バラバラの軌道で放たれるフォトンの矢が海へと跳びこんだオルグブランを追尾し、その首や頭へと狙いすます様に突き刺さり、そのままフォトンによる浄化を行う。今度のオルグブランは体が消えず、気絶した状態のまま、海へとぷかー、っと浮かび上がった。深刻なレベルでの浸食を受けていなかったようだ。

 

「……良し、ここらはこんなもんだろ」

 

 レーダーを確かめれば原生生物の反応はあっても、ダーカーの反応はもうこの付近にはなかった。まぁ、区画としては一番ダーカーの浸食が弱いエリアだし、簡単に掃除できるのは当然と言えば当然かもしれない。ファーレンフレインを箱型へと戻しながらうーし、と背負う。エコー、大丈夫かー? と軽く手を振るが、エコーの反応は薄く、ソードを大地へと突き刺してそれに寄りかかっていた。

 

「はぁ……あたしって才能ないのかなぁ」

 

「どこをどう見たら才能があるって思うんだよ。アークス舐めすぎじゃね」

 

 言葉の暴力にエコーががくり、と膝を付く。当然ながらエコーに才能なんてものはない。そんなもの見りゃあ解る。本当に才能があるってのは六芒均衡のヒューイとか、後はクーナとか、そういう連中を示す言葉だ。はっきり言って自分にも才能はない。自分がここまで恐ろしく強いのは才能というよりは……どこか、完成された絵へ自分が近づいている、そういう強制力をどこかに感じるからだ。お世辞にも天才だとは言えない。自分は強いだけだ。それだけ。

 

「だけど才能がある、ないでアークスをやるのは別の話だろ? 才能あるなしの話でアークスやってんなら六芒以外はアークスやってないだろ」

 

「……うん、そうだね。そうだよ! 私だってゼノがいなくたってちゃんとやれるって事を証明するんだから! ……ってちょっと待って! 私今後輩に思いっきり諭されてる! ねぇ、これちょっとおかしくない!?」

 

 エコーがポンコツだからおかしくないんだよなぁ……素質は悪くはないのだ、素質は。ただやる気とセンスの問題だ。そしてセンスとは生まれつきの物の様に思えるが、それは違う。バトルセンスとは戦いの中で磨かれ、知覚して行くものだ。自分の場合はそれが何故か完全に磨き上げられた理想の状態に到達している。エコーのそれは一切磨かれておらず放置されている。そういう問題なのだ。だから後はエコーも方向性を与えてちゃんとやる気を出してくれれば……という話だ。

 

「ま、ここらへんからダーカーの気配は消えたし、俺はもうちょい強いのがいる所潜ってくるわ」

 

「あぁ、うん。お疲れさん。私はもうちょっとこいつに付き合うわ」

 

「やめてくれーな……やめてくれーな……」

 

「なんで声がガチなのよー!」

 

 吠えるエコーと憂鬱そうなカブラカンの姿を見て苦笑し、ゼノがいなくても大丈夫そうだな、と思いながら背を向け、テレポーターを投げて一旦マイシップへと帰還し、そこからウォオパルの危険度の高いエリアへと転送設定を変更する。その時もマターボードを取り出し、マターボードが反応するエリアに設定するのを忘れない。それが終わった所で再びテレポーターに飛び込み、ウォパルに転送する。

 

 転送した先のウォパルの空は黒く染まっていた―――夜になっている。

 

 なんだったか……ウォパルはなんかの実験の影響で昼夜の変化が物凄い速度で行われる、と公式の設定で書いてあった気がする。このウォパルもそうなのか? そんな実験をしそうなのは自分が思い浮かぶ限りでは虚数機関の連中しか思いつかないが。

 

「こっちはあっちこっちダーカーの反応が酷いな」

 

 エコーがいたら確実に邪魔になってたな。そう思いながらファーレンフレインを展開しながら歩き出す。正面、奥のエリアへと続く大岩が道を邪魔している。ラストネメシスで一気に吹き飛ばそうかと思ったその瞬間、

 

 ―――背後から気配を感じた。

 

 素早く横へとステップを取って回避すれば、閃光が放たれ、正面の大岩を粉砕していた。振り返りながら叫ぶ。

 

「おい! 何しやがるんだ危ないだろ! フォトンの力でFFしないからって怖いもんは怖いんだぞ!!」

 

「……」

 

 振り返りながら見たのは一人のアークスの姿だった。それは自分も知っているアークスで、気が弱く、アークスには向いていないと自分でも良く解っているアークス……テオドールだった。どこか、虚ろな表情を浮かべていたテオドールは此方の声で正気に戻ると、あっ、と小さな声を零した。

 

「アキナ……さん……? えっと、すいません、本当にごめんなさい……」

 

「あ、いや、俺も良くテクニックの中で光り輝く俺! とかやって遊んでるからいいんだけどさ……なんつーか、大丈夫かお前? まるで幽霊みたいな顔をしてるぞ」

 

 テオドールにそう告げると、青年は自分の顔に触れ、自嘲するような呟きを漏らした。実の所、テオドールとはそこまで交流のあるアークスという訳ではない。だけどこうやって顔面蒼白の所を見てしまうと、色々と不安になってしまう。テオドールはそう言われて顔を触れると息を吐く。

 

「そう、ですね。これじゃあウルクに心配させちゃいますね……あぁ、でも彼女はもういないんだった……そうだ、そうだ! ダーカーに襲われて彼女はもういないんだ! ダーカー……!」

 

 沈んでいた姿から一転、ダーカーへの憎しみがフォトンを通して伝わってくる。そんなテオドールの姿に近づき、その背中を思いっきり叩く。バシン、と夜空に音を響かせながらテオドールの帽子がズレ、テオドールが驚く様に声を漏らした。

 

「ヘイ、テオドールボーイ! 折角同じエリア出会ったんだからちょい一緒にここら回ろうぜぇ。俺も新型の武器を実地で試したいからなぁ、付き合せられる生贄が欲しかったんだよぉ!」

 

「今完全に生贄って……」

 

「この安藤と共にクエストに挑める事を誉とするんだな! 行くぞテオドールマン! 出撃だ!」

 

「あ、ちょ、待ってください! 引っ張らないでくださいよー」

 

 このまま、テオドールを放置しておくんは危険だと直感的なナニカが呟いていた。とはいえ、自分に出来る事はほとんど何もなさそうだった―――故に気晴らしにテオドールを引きずりながら、ダーカーの殲滅作業に誘った。

 

 だが、そこで見れたのはダーカーに凄まじい憎悪を向けるテオドールの姿ばかりだった。




 故人を思って前に進もうとするエコーと、全く進めていないテオドール。EP2最初のストクエはそういう意味のタイトルだったりする。

 それはそれとして、テッセン弄った事があるのなら誰だってテッセン反復横跳びで遊んだと思うの。ロックせずに適当に押しているだけで突撃し続けるアレ、地味に楽しい。


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Velvet Breeze - 3

「―――ふぅ、とりあえずウォパルでぶん回したぞ」

 

「おぉ―――うぉっ、なんじゃこりゃ!? 記録されているだけでも数千はダーカーを狩っておるな……なにやっとんじゃお主は……」

 

 ファーレンフレインをアークスシップ、ショッピングエリアのジグへと渡す。格納状態のそれを受け取ったジグはすぐさまパラメーターやステータスのチェックを行うと、ウォパルで討伐してきたダーカーの数を見て軽く驚いている。とはいえ、これぐらいのダーカーをデイリーで討伐するのは安藤としてはそこまで不思議な事ではない。まぁ、安藤としては。他のアークスがこれぐらい戦っているかどうかに関しては秘密である。何せ、ゲーム時代の数倍の数ダーカーは出現し、その数倍は簡単に雑魚ダーカーは殺せるから、殺戮のペースが以前より上がっているのだ。まぁ、そういう理由もあってダーカーの殺戮ペースは上がっている。

 

「それ、まぁ、久しぶりにボウ握ると楽しくてなぁ、ついついレーダーに出てくる反応を片っ端から殺って、ナウラの出張ケーキ屋さんでティータイムを過ごしたら再びジェノサイドマラソン再開するから……マスターシュート、ほんと便利だよね。逃げて行くダーカーを地獄の果てまで追いかけてぶっ飛ばしてくれるもん」

 

「一応自己修復機能は載せてあるんじゃが、もうちょっとそこらへんの機能を強くするか。フォトン消費が上がるけど大丈夫……じゃな!」

 

「うん!」

 

 最近、益々フォトンへの親和性、というか理解が進んでいるような気がする。ジグにファーレンを預け乍らも、空いた掌の上で白い光を生みだす―――フォトンの光だ。本当ならアークスシップ内でこんなフォトンの使い方は出来ないらしいのだが、何故だか自分にはこんな事も出来てしまう―――いや、これは自分だけじゃなくてマトイもそうなのだが。実はマイルームでフォトンを使ってマトイとキャッチボールやっている時にアフィンにバレて、お前ら何やってるの!? という状況から普通は出来ない、と発覚してしまったのだ。

 

 ……一体、どこに俺は突き進んでいるのだろうか。

 

――私の縁者――

 

「……」

 

「ふむ……それ以外に関しては予測の範囲内じゃのう。やはりファーレンシリーズは現段階で儂が作れる武器の中で、お主を対象にするならもっとも汎用性に優れた傑作じゃな……もっと性能をとがらせて、もっとなにかに特化させるなら新たな何かを生み出せそうじゃが……ううむ、インスピレーションが足りんな。複合兵装とかちょっと考えておるんじゃが材料が足りんしなあ……」

 

「ま、爺さんの整備と発明には助けられているから、新作には期待しているぜ。またなんかテストする必要があったら呼んでくれ」

 

「うむ、勿論じゃ。それじゃあの」

 

 軽いチェックの終わったファーレンフレインを受け取りながらそれをインベントリの中へと戻し、ショッピングエリアへと戻って行く―――ウォパルから戻って既に服装はオフ用のメトリィアシンへと着替えてある。楽な格好の状態で、そのまま部屋に戻る気分でもないのでショッピングエリアに設置してあるベンチの一つに座り、ふぅ、と息を吐く。

 

「……また、しばらくは騒がしくなりそうだな」

 

 マターボードを取り出しながら確認する。エコーとの遭遇、そしてテオドールとの遭遇の後にもウォパルをひたすらマラソンしていた結果、一枚目のマターボードはあっさりと埋まり、その役割をはたして新たなマターボードを自動的に更新する様に生み出した。前まではシオンが手渡ししてくれていたのだが、相当あの熱烈変態ストーカーの事が苦手らしい、自動的に手元へと届いて来た。……まぁ、それはいいのだ。

 

 だがマターボードは騒乱の象徴でもある。これがあるという事は()()()が起こるという事の証明でもある。使い続けてきた自分には解る。このマターボードは強い時空の力が満ち溢れている。まるで無理矢理道筋を捻じ曲げているようだった。本来発生する筈のない出来事でさえ、引き起こしている。

 

 ……だがそれも一概に悪い、とは言えない。【巨躯】出現での出来事でシップが一つ沈んだのも事実だし、だけど【巨躯】という存在を撃退する事に成功したというミラクルを成してきた事も事実だ。きっと、クーナの死でさえ本来は正しいのだと思う。マトイも、きっとマターボードの力なしでは生きてはいないだろう。そう考えると色々と複雑だ。しかもまだシオンはマターボードを此方に送り続けている。

 

 ―――彼女の目的はなんなのだろうか……? それが自分には良く解らない。

 

「あ、いたいた。見つけたぞアキナくん」

 

「ん? おや、アキセンセじゃないっすか」

 

 龍族の生態に首ったけな女研究員であり、同時にアークス資格を取っているアキが片手をあげながら此方へと近づいてきた。今日はどうやら、何時ものオトモ兼犠牲者のライトくんの姿が近くに見られない。ついに入院したかな? ―――胃痛で。そんな事を考えながらアキに片手で挨拶を返した。

 

「いやぁ、【巨躯】討伐の英雄だからもっと、こう、人が変わったんじゃないかと思ったけどまるで変わらないね、キミは」

 

「まぁ、寧ろ俺を変えられるほどのイベントって奴にはちょっと興味あるよ。こう見えてカレーうどんのシミよりもしつこく濃い性格をしていると自負していますからなぁ……! と、馬鹿話はさておき、アキセンセが来るって事は―――」

 

「あぁ、勿論調査さ! なんでも最近、アムドゥスキアの奥地ではダーカーの数が増えているらしい。彼らの話を聞きに行くついでにちょっとダーカーの掃除を行おうと思ってね……こういう話は、君は好きなんじゃないかな?」

 

「あぁ、ども。そこらへんの話は一切断らないつもりなんで」

 

「良し! それじゃあ改めて私の方からスケジューリングして予定を送ろう!」

 

 テンションを上げたアキが背中を向けて走り去って行く。うーん、本当に龍族の事となるとまるでテンションが違うなぁ、と思いつつベンチに深く座り込む。数か月前であればここら辺をゼノとゲッテムハルトが歩き回っていたんだがなぁ、と思い出す。あの二人、顔を合わせる度に衝突して今にも殴り合いそうだったなぁ、とか。ゼノとエコーは互いに引っ張り合っていたなぁ、とか。ゲッテムハルトがドゥドゥ被害者の会を殴って黙らせていたなぁ、とか。そんな事を思い出す。

 

「意外と俺も寂しがってんだな……」

 

 賑やかだったからなぁ、と思い出す。やっぱいなくなると寂しいわ、と。泣く程じゃないけどちょっとだけ……会いたいなぁ、とは思う。だけどこの数倍、或いは数十倍の寂しさをエコーやテオドールは味わっている訳だ―――そりゃあ大変だよなと思う。俺もマトイが急に姿を消したら、なんて事を考えたら、うん。

 

「―――アークスシップを沈めてしまうかもしれない……!」

 

「い、いきなり物騒な事を言うわね、お姉さん……!」

 

「ん?」

 

 聞き覚えのある声に視線を少しだけ持ち上げてみれば、正面にはここ最近、全く視なかったポニテール姿の女の子が見えた―――サラだ。お、と答えながら片手を上げれば、サラも手を振り返してくる。隣に座って良い? と聞いてくるので横を叩く。

 

「ありがと、なんか黄昏ていたけど……なんか失敗した?」

 

「え、この俺が失敗するの……?」

 

「うわっ、凄い自信の塊……流石ダークファルス撃退の英雄ね」

 

「もっと褒めろ……もっと褒めろ……! ―――何せ世間様じゃダークファルス撃退の英雄ってよりえっ……何アイツの動き……人間してない……とかそういう系統の話ばかりで誰もちやほやしてくれないからね……。俺だって……少し、褒められたいに決まっている……うん、ごめん。嘘ついた。少しというかかなり褒められたい」

 

「うーん、この全く変わらないクオリティ」

 

 はっはっは、と笑いながら頬を掻く。まぁ、人間そう簡単に変わるもんじゃないと思う。少なくとも人生を変える様な衝撃に出会う事の方が稀だ。人間とは変化の生き物だ。だから徐々に、徐々に変わって行くのがその中で劇的な変化を与える出来事はそう多くはない……ぶっちゃけた話、これからもダークファルスとの戦いはやってくるような予感しかしない。

 

 だったら一度の撃退で自惚れる暇なんてない。というか死ぬ。

 

「……まぁ、知り合いの姿がなくなっちゃったからな。それを思うとちょっと寂しいって気持ちが出てくるのさ。つっても安藤さんに喪に降すとかいう概念はないからな! やられたら10倍返しで殴り殺す! 目に見えたダーカーはミンチ! ……という訳で」

 

「いや、訳で、と言われても困るんだけど……ふふふ、お姉さんは本当に変わらないのね」

 

「それが安藤の良い所だからな」

 

 笑いながら思う―――きっと自分はあのシオンでもどうしようもない、そんな事の為に呼び出されたのだ。その為の最終兵器なのだ、きっと。そうじゃなければこの異常に動ける体も、適応する精神も、そして怒涛の展開も説明が付かない。だけど……まぁ、それでもいいと思っているのも事実だった。別に、後悔はないのだ。少し両親に申し訳ないと思う事もある。だがそれを差し引いても、こっちに来てからの人生は楽しい。

 

 捨てる事が出来ない程に重いものが今は多すぎる。戻ろうとは考えられない。だから、

 

「困った事があったらとりあえず俺に言えよ。とりあえずダークファルスぐらいまでだったら解決してみるから。場合によっちゃあヒューイさんを生贄に捧げて」

 

「六芒均衡の犠牲担当……!」

 

 すまんなヒューイ、お前が一番手頃なんだ、なんて茶番をサラを相手にやって、笑う。

 

「ヒューイさんリアクションが一々面白いし偶に素に戻る所がなんとも言えなくて、ネタだって解ってても付き合ってくれる付き合いの良さあるし、あの人ほんと六芒均衡の犠牲担当だよ。レギアスの爺さんはそれとなく付き合いが良いんだよなぁ。ノリは良くないけど誘うと意外と付き合ってくれるというか。まぁ、お酒飲む時なんだけど。他の六芒はどうなんだろ」

 

「意外と交友関係がスゴイのね……と、思ったけど立場が立場だし当然なのか……な?」

 

「どうだろう? 特別かもしれないけど、あんまり自分が特別だとは思いこみたくはないな。そういう自惚れってなんか、こう、格好悪いし」

 

「格好悪い」

 

「いいか―――俺の中にある基準なんて格好いいか悪いかどうかぐらいだからな」

 

 あとはマトイに対して俺が胸を張って生きていられるかどうか、という事だろう。まぁ、俺の判断基準なんてそれぐらいでいい。深く悩むのも馬鹿らしい。そう……深く考えるのも馬鹿馬鹿しい話だ。過去の事は過去の事、これからの事はこれからの事だ。変えられない過去はどうしようもないが……変えられるかもしれない過去はそこに存在するのだ。だったらその時が来るまで、浸ってないで爪を研いで待っていればいいのだ。

 

 それだけの話……何時も通りの話だ。

 

「なんだか気晴らしに付き合わせちゃったみたいだな」

 

「ううん、良いのよ……あっ、でもそうね。少しでも申し訳なく思っているなら今度、付き合ってくれないかしら?」

 

「どこに?」

 

「龍祭壇」

 

「……ん? 聞き間違いかな?」

 

「龍・祭・壇」

 

 語尾にハートが見える様な言い方でサラが言いきった。畜生、マトイにはないあざとさが憎い。可愛いぞこいつ。そう思いながら言葉を選ぼうと少し悩む。龍祭壇とはアムドゥスキアにあるエリアの一つだ―――その中でも一番難易度が高い所だ。龍族にとって神聖なエリアであり、また同時に迷路の様に入り組んでいて非常に面倒なエリアでもある。空に浮かんでいる龍祭壇は浮遊するブロックによって構成されており、これがまた面倒なギミックによって探索を阻んでいる。

 

 安藤、マラソンするのが面倒なマップランキングに入るエリアである。

 

「俺、あそこ嫌いなんだよなぁ……」

 

「駄目?」

 

 首を傾げながら言われると物凄く困る。それにサラの誘いはなにか、裏を感じさせるものがある。はぁ、と溜息を吐きながら仕方がないか、と苦笑する。

 

「ありがとう! 絶対に損はさせないから!」

 

「お、おう」

 

 両手を握られ、それを上下に振られながら笑顔でサラはそう言い切ると、それじゃあ、と楽しみにしていると言葉を残して消えて行く。その背中姿を眺め乍らうーん、と呟く。

 

「押しの強いタイプに弱いなぁ、俺」

 

 つまりは九割方マトイの話なのだが。最近ではぐいぐいと押し込んでくるから力関係逆転して来ているよなぁ、と思う。まぁ、それだけ生活的になったとも言えるから、それはそれでいいんだが―――まぁ、いいや。

 

 勢いよくベンチから立ち上がる。

 

「休憩終わり! うっし、ウォパルもう1周してくるか!」

 

 安藤の戦いに終わりはないのだ。




 安藤、サラちゃんにデートの約束を付ける。

 安藤だって人間。偶に悩む振りをして実はダーカーを殺す事しか考えていない。あと偶にアークスを見ながらあいつからはどんなドロが出るんだろうか……とか考えてる。


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Velvet Breeze - 4

 龍祭壇。

 

 マップは綺麗なんだが、浮遊大陸ともども唐突な落下トラップが存在するせいで素早く移動したいときとか移動を中断させられて戦闘強制されるからあんまり好きじゃないんだよなぁ、あのマップ。いや、シーナリーとしては優秀なんで好きなんだが。マップの仕組みが嫌いというか。Eトラ強制されるのをどうにかして欲しい。まぁ、でもアレ空中で落下しないPAとか使えば普通に飛行して超えられるからそれで良いんだが。でもなぁ、微妙に高低差があるの鬱陶しいんだよなー。

 

 そんなこんなで龍祭壇行きが確定してしまったのだが、ここに問題がある。

 

 そう、アキとサラで同じ日、同じ時間にお仕事がブッキングしてしまったのだ。

 

「どっちに行けばいんだかなー」

 

 と、呟いた所で、砂嵐が発生する、視界がモノクロ色に染まり、目の前の浮かび上がったホロウィンドウの中にあったアキのスケジュールが消えた。

 

「ふーむ……こっちのが大事って事か?」

 

 今の砂嵐は時間改変の痕跡だ。アレが出てきたって事は時間軸に対する干渉がシオンの方からあった、という事だろう。となるとアキからの依頼はそもそも最初からなかった事として処理されているだろう。申し訳ないとは思うけど、シオンがこうしてきた以上は何らかの意味があるはずだ。

 

「となるとサラちゃんとのデートかな」

 

 シオンの推しはサラちゃんだった―――!

 

 と、単純な話ではないだろう。龍祭壇というエリアは設定の都合上、アムドゥスキアでかなり重要な意味を持った場所だ。態々そんな場所に行くのだから普通の用事ではないだろう。

 

 軽く肩を揺らし、溜息を吐いて装備を確認する。ブレイバー用の装備も問題はなし。何があっても良い様にちゃんと準備をして、

 

「行きますかー」

 

 今日も安藤は宇宙を救う為に行く。

 

 

 

 

 指定された日時、場所に龍祭壇に到着すれば既にそこにはサラの姿があり、此方が手を上げながら挨拶をするとサラが手を振り返してくる。

 

「あ、来た来た。もう気づいてるとは思うけど、今回は実際に私の為というよりは……」

 

「なんか別の目的があるんだろう?」

 

 その言葉にサラは少しだけ驚いてから、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「ごめんなさい、今まで騙す様な形で接触してて」

 

「あー、俺自身は実際、楽しく話せたもんだしそこまで気にしてはいないぜ? それにほら」

 

 申し訳なさそうにしているサラの手を取り握手する。

 

「これで仲直り! オーケイ?」

 

「……もう、本当に何でもないかのように言うんだから」

 

 握手をしたサラはそれに少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべたが、ちゃんと握手を交わし、手をほどくと素早く振り返って龍祭壇の奥の方へと視線を向けた。その頬はちょっとだけ赤くなっていうような気もした。

 

「さ、行きましょ。実はあまり時間がないの。まぁ、あいつを待たせるぐらいなら私は別に構わないんだけど……」

 

「つまりは待ち人か。成程成程ー? そいつに会いに来たのか、俺は」

 

「あ、ごめん、言ってなかったわね。そうよ、この奥で合わせたい奴がいるの」

 

 シオンが時間改変をしてまで会うべきだと推奨してくる人物―――まぁ、間違いなく普通の存在ではないよなぁ、とサラと共に龍祭壇のマップを進みながら考える。そもそもシオンからしてまず間違いなく真っ当な存在じゃないし。あー、でもなー、シオンって名前、PSO2の設定かなにかで見たことがある気がするんだよなぁ。あんまりそこら辺の設定細かく覚えないタイプなだけにちょっともったいない事したなぁ、なんて思っている。

 

 と、ダーカー浸食を受けている龍族の姿が出現する。

 

 とはいえ、ここら辺の竜は強くない。スサノショウハであれば一撃で倒せる範囲のエネミーだ。アサギリレンダンで一気に接近しながら斬撃を叩き込み、素早くステップキャンセルで行動を止めて落下すれば一瞬で薙ぎ払いつつ移動できる。カタナのPA、使ってみれば解るけど相変わらず性能がぶっ壊れている。

 

「何度見ても本当に意味不明な動きをするわよね」

 

 着地した所でサラが小走りで追いついてくる。その言葉に対してうーん、と唸りながら首を傾げる。

 

「俺のこれはなんというか、用意された型とPAをもっとも合理的に運用しているだけだからなぁ……」

 

「いや、普通はそうならないでしょ」

 

「どうだろうなぁ」

 

 俺は元々PSO2のシステムから動きを学んでいるし、フレンドたちはゲームシステムそのまんまだ。動きの精度で言えばNPCや完全にシステムだったらフレンドたちの動きの方がはっきりとしていて完璧だっただろう。俺はそれをゲーム上の肉体で完全再現する為にそこそこ練習したし、苦労もした。とはいえこのムーヴがそこまでぶっ飛んでいるか? と問われると首を傾げる。

 

 だって安藤ってこれぐらい当然やるしなぁ……。

 

 それにダークファルスなんて惑星級の戦闘力を持った怪物が存在するんだから、最低限ぶっ飛んだレベルで戦闘力を発揮する事が出来ない限り即死してしまう……という事実を、少し前に死ぬほど実感した。今度は負けられない。負けたくはない。安藤が倒れたら一体誰がこの宇宙を掬うんだって話だ。

 

 というか俺が全力で時間を撒き戻して走り回らなきゃ死んでいる奴らが多すぎる。

 

 ……いや、だからシオンが俺を呼んだんだろう。

 

「ま、俺は安藤だからな。強いのはある意味当然っちゃ当然なのさ。強くならなきゃ、勝てるようにならなきゃ誰も救えないからな」

 

 わっはっはっは、と笑っているとサラは少し呆れたような、しかしどことなくほっとしたような表情を浮かべている。先導するように一歩だけ前に出て横を歩きつつも、歩調を合わせてくる。

 

「結局貴女って、そのベクトルが全部誰かを助ける、って方向に向いてるのね」

 

「まあな、安藤だからな」

 

 両手を腰にやり、

 

「おっと」

 

「わっ―――」

 

 床が抜ける。龍祭壇の固有ギミックだ。四角形のプレート状の床が抜け、下に落ちる。そしてその落ちた場所が落とし穴として機能して落ちてきた相手を龍族やダーカーたちが狩場にしてくるという悪辣極まりないギミックだ。ただ、まぁ、ここを良く周回していた安藤は無論、これを回避する方法を知っている。なので足元が抜けるな、と確信した瞬間にはサラの服を掴み、そのまま片手でアサギリレンダンを放つ。アサギリレンダンというPAは横方向に素早く移動する能力を持つ他、単純に滞空能力が高い。

 

 これが安藤によるトラップ回避方法だ。

 

 落ちるんだったら越えればええやん。

 

 これが何がひどいって、トラップの癖に脱出可能だし、脱出不可能なバリアがある訳でもない。なので落下を開始するか、そもそもプレートの上を移動する時は滞空PAを使って移動すれば普通にギミック無視で飛び越えて行けるのだ。

 

 という訳で片手でサラを掴んでトラップを無視。そのまま反対側に着地したら弓を取り出し、上から下に溜まっている竜を討伐する。遠距離用の武装を持ち込んでいなかったらしいサラは直ぐ横からその様子を眺めているようで、ちょっとだけ引いているようにも感じられた。

 

「こんな戦い方もするんだ?」

 

「安全策を取ってな。後単純に狭くてめんどくさい」

 

「貴女ってどっちかというと綺麗に戦うタイプかと思ってたんだけど……」

 

「そうかぁ? 俺は寧ろ手段選ばないタイプだぞー。コアも弱点も狙って効率の良い戦闘手段選んで殲滅するタイプかなー」

 

 最終的にどれだけ火力を出せるか、って所に行き着くからね。MMOって奴は。だからPSO2で遊んでいる安藤ってのは大体DPSを詰める為に弱点属性合わせてコアをのみ殴るって感じが多かった。そういう意味じゃ相手に合わせて属性を切り替えられるFoTeが強かったなぁ、と思う。まぁ、Br実装以降はカタナのぶっ壊れ性能でカタナがワントップを張る環境―――あぁ、いや、途中でエリュシオンの登場によって環境更に壊れたっけ?

 

 まぁ、この感じだとナーフされる理由なんて存在しないし……たぶんナーフ前の性能で出現するんだろうなぁ……エリュシオン。

 

 握ってるだけでもう固有のクラスにジョブチェンジしたと言われる火力を叩き出す武器。

 

 アレ、マジで実在したらどうなんだろう。

 

「良し、殲滅完了。そんじゃ奥に行くか。誰が待っているのかは知らないけど」

 

「あいつ曰く”これは必要な出会い”だ、って話だけど。まぁ、私にはよくわからないわ。そういう話はあいつに任せるわ」

 

「うーん、マターボードの穴埋めの事かなー? それともまた別の要素か? もうちょっとこの世が解りやすくなってくれれば俺も楽なんだけどなー」

 

 腕を組み、首を傾げながらサラと共に龍祭壇の奥へと向かい。フォトンで満ちるこの地はそれだけではなく、他にも何か、神秘的な物が渦巻いているように感じられる。この奥で待っているという事はこの環境が必要な存在なのだろうか? それとも単純に人が入ってこれない場所だからここで会おうと思ったのか?

 

 まぁ、どっちにしろ会えば解るだろう。

 

「あ、今度は防衛機構?」

 

 視線の先に閉ざされた障壁とその横に展開される六機の防衛装置を見かける。回転しながら此方を感知すると迎撃の為に射撃し始めてくる上に強風で近づけないように押し出してくる。

 

「これがあるから龍祭壇は屈指のクソマップって言われるんだよ」

 

「あ、あははは……」

 

 何も言えないサラを横に、龍祭壇の奥へと向かう為に無駄にイライラさせられるギミックとトラップを越えて進んで行く。

 

 

 

 

「や、良く来た―――何か、疲れているようだね?」

 

「あんたも私を通してずっと状況を把握してたでしょシャオ!」

 

 龍祭壇、不思議な青色の浮遊石に構築された神聖な地。その奥にまでやってくると浮遊する石の上に一人の少年が座っていた。まるで宇宙を切り取って服の形にしたようなそれを着た少年は、蒼海を思わせる様な髪の色をしており、どことなく知っている人に似たような気配をしていた。

 

 サラの言葉にあははは、と曖昧に宙の少年、シャオは笑った。

 

「だからこそ、ここには虚数機関(ヴォイド)の目だって届かないのさ」

 

 そう言うと少年は軽々と10メートル以上の距離を飛び降り、大地に着地した。軽く挨拶をするように手を上げながら近づいてくる。

 

「それじゃあ改めて―――僕はシャオ。何時もシオンがお世話になっているね」

 

 少年はそう告げると姿を消し、今度は横に出現した。転移とかミラージュエスケープとかそういう技術ではなく、全く異質な……それこそシオンが唐突に出現し消える様な、そんな力でシャオは移動してきた。その事に少なからず驚きながらも横へと視線を向ける。

 

「僕は……そうだなぁ……シオンの弟って言えば良いかな? 表現としては一番それが正しいと思う」

 

 で、と横のシャオへと視線を合わせながら胸を持ち上げるように腕を組む。

 

「そのシオンの弟がこんなストレステストの地で俺に何の用かな」

 

「あぁ、それに関してはごめんなさい。君をわざわざここに呼び出したのはここでもないとルーサーに気づかれずに行動する事が出来ないからなんだ。解るよね、ルーサー?」

 

 ルーサー、ルーサー―――あぁ、アレだ。

 

「偶にショップエリアでこう―――」

 

 腕を自分の体に巻いて、くねくねしながら真似する。

 

「あぁ、シオンシオンシオン! ボクのシオン! あぁ、シオン! シオ―――ン! ってシオンいないのに悶えてるあの糞ダサセンスの」

 

「中々ヤバイなルーサー……」

 

「アイツそんな事してるの……」

 

 サラとシャオが敵らしき存在の痴態にやや引いている。まぁ、誰だってあんなものを目撃すりゃあ引くでしょ。

 

「ああいう変態、出来るなら関わりたくはないんだけど……話を聞いている感じ、無視できる相手って訳じゃないんだな」

 

 その言葉にシャオが頷いた。

 

「君はもう既に気づいているかもしれないけど……今のアークスは正常な状態ではないんだ。ルーサー、彼の傀儡に等しいんだ。だけどシオンが最後の壁としてルーサーを阻んでいる。そのおかげでアークスは今、ギリギリの所で組織としての形を保っていられる。それがなければ既にルーサーが全てを握って終わらせている」

 

 腕を組みなおし、真面目にシャオの話に耳を傾ける。話の内容は思っていたよりも遥かにシリアスな内容だった。まぁ、アークス活動していて偶に消されそうになる人の話や、アークスを始末する始末人の話も聞いている。いや、というか本人から色々と過去の事も聞いている。少なくともそういう事をする為のアークス船団ではない筈だ。となると、それがある様に歪めた存在があるという訳で、

 

「それがルーサーか」

 

「うん。そして彼はシオンを狙っている。僕の目的はそのシオンを助ける事だ。だけどそのシオンも限界が近い。彼女の言葉、段々と解りやすくなってきているの解るかな? 意味が通っている事に。彼女は理解されない事で自分を守っていたんだ」

 

「だけど解るようになってきた……そして完全に理解できるように普通に喋る様になったらルーサーに掌握されてしまう、と」

 

「そういう事。もう、猶予と呼べるものはあんまりないんだ。だから動かせるものは僕もサラも含めて、全て動かす必要があるんだ―――勿論、貴女も」

 

 シャオという少年の言葉、表情、そこには見せない必死さというものが見えていた。なんとなくだがこの少年の言葉が本物であるようには感じられる。視線をサラへと向ければ、サラが頷きを返してきた。

 

「嘘のように思える話だけど、現状のアークスは虚数機関が好き勝手やっていてその出来事をまるで察知も理解できずに運営されているわ。いいえ、違うわね。アークスの活動の一部が知らず知らずに虚数機関の利益になる様に運営されている、かしら。こいつ、こんな姿だから信用できなさそうだけど言っている事は本当よ」

 

「サラー?」

 

「何よ、本当の事じゃない」

 

 睨み合うサラとシャオのコンビは姉弟の様にも見えるが……話している内容が内容だ。あまり茶化せる雰囲気でもない。両手を腰にやり、それで、というポーズを取る。

 

「この安藤に一体何を期待しているんだ?」

 

 その言葉にシャオはサラと睨み合っていた視線を外し、此方へと視線を戻した。

 

「結末を変える事」

 

 結末―――時間改変―――マターボード。

 

 運命を変える力。今まで俺とシオンしか理解し、運用できなかった力。それがこの少年、シャオにも理解できるようだった。

 

「このまま時が進めばアークスは……いや、この宇宙は最悪の状態に突入してしまう。だからアークスを正常な状態に戻す為に、この宇宙を救う為に、そして何よりもシオンを助ける為に。僕は貴女の……明菜さんの力を借りたい。貴女にしかできない事があるから」

 

「俺にしかできない事、か」

 

 マトイ。

 

 クーナ。

 

 俺は時を超える事で今まで救えなかった誰かを救ってきた。そしてそれをシャオは理解している。だから同じように、シオンを救う事を求めてきている。ただし痕は、これまでとはスケールが違う。個人を救うのではなくこのアークスという全体を救うつもりなのだから。

 

「無論、いきなりこんな事を言われても貴女が困惑するであろう事は承知している。だから一つ、証拠を提示させて欲しい。僕と貴女なら、結末を変えられるという事を」

 

 そう告げるとシャオは此方に手を向けてくる。何かの干渉を行っているのだろうが、良く見たホロウィンドウ等を通した制限の解除等ではない。不意に感じるのは自分の体内のフォトンの活性化だった。そして自分という存在、その器が広がって行く感じ。自分の中に眠っている力が目覚めたような、元々そこにあったものが活性化したような、そんな感覚だった。

 

「……これで良し、と。これで今、君は結末を変える為の力を得た。いや、元々持っていたものだし目覚めた、と言った方が正しいかな?」

 

「どうだろ? なんか変わったって感じはしないが」

 

 手を持ち上げ、指先を眺めてから逆の手も見てみたりする。とりあえず、見た目に変化はないみたいだ。

 

「これで君はあの日、ダークファルスが復活した日に失ったしまった者を……その結末を変える資格を得た筈だ」

 

 その言葉に視線を自分の体からシャオへと向ける。

 

「勿論、何もかもをひっくり返す事は不可能だ。だけどバレないように、その結末を少し変える程度なら……何も問題はない」

 

 ピピ、という音と共にマターボードが更新された音がする。確認すればナベリウスの遺跡地帯に新たな時間軸が誕生しているのが確認できた。これはシオンではなく、シャオが追加したものだった。

 

「これまでは貴女がシオンに導かれ無意識的にやってきた事……今度は僕が導き、貴女が意識的に使うんだ。そうする事で少しずつ、全てを騙して結末を変えることが出来るようになる。ちっぽけな一歩だけど、これから僕たちが行う事に対する大きな一歩になる筈なんだ」

 

 シャオがそこまで言うと、サラが口をはさんでくる。

 

「シャオ、そろそろ時間」

 

「もう? 早いなー」

 

 シャオは頭を軽く掻くと、視線を合わせてくる。

 

「言葉は足りないし、証拠も示しきれていないと思う。信じる信じないは貴女に任せるよ」

 

 でも、

 

「僕は信じてるよ」

 

 それだけ告げると一瞬の光が辺りを満たし、そしてシャオとサラの姿が次の瞬間には消えた。消え去った姿を軽く辺りを見渡して探してみるが、当然の様に存在しない。先ほどまでそこに存在していた痕跡と一緒に。まるで白昼夢を見ていたかのような気持ちになるが、

 

 手の中にあるマターボードはそのまま、新たな時間軸―――シオンの導きではないものがそこにあった。

 

「あの日の後悔か、上等じゃねぇか」

 

 マターボードを戻しつつテレパイプを取り出し、キャンプシップへと戻りながら次にするべき事を決める。

 

 いい加減、俺も色々と勉強するべき頃なのだろう。




 安藤に復帰した故な!!


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Velvet Breeze - 5

 市街地にやって来た。

 

 浮かべているホロウィンドウには目的地が入力されており、自動的にそこまでナビゲートしてくれるから割と移動周りは楽なんだが、この市街地が曲者だ。何度もダーカーの襲撃を受けた影響で城砦化しているし、ダーカー対策に迷路みたいな構造がどんどん増えてマップデータなしで入り込めばすぐに迷子になってしまうような構造をしている。デザイナーは一体何を考えてこんなもんを作ったんだ? と思うが、まあ、ダーカー想定だよなぁ……と思うと納得できる。

 

 ともあれ、迷路じみた市街地を抜けて路地の方でひっそりと電飾のぶら下がっている工房の入り口を見つける。目的地に到着したところでナビゲーションを終了し、扉を開ける。

 

「おーい、ジグ爺さんー、来たぞー!」

 

「おー、来たか来たか」

 

 工房に到着すると、奥の方から黒い箱―――じゃなくてキャスト、刀匠ジグが姿を現した。

 

「こっちじゃよ」

 

「お邪魔するぜー」

 

 工房の奥、普通であれば入る事の出来ないカウンターの向こう側へと飛び越えて入る。そしてそのままジグの工房の中へと進んで行く。求めているものはここにある―――というかこの工房そのものが今回の目的だったりする。ジグが普段利用している工房区画とは別区画にはゲーム画面で見慣れていたコンソールがいくつか並んでいる。

 

「おー、あるあるじゃん! これだよこれ!」

 

 目の前にあるコンソールを叩きながら起動し、マイルームにある端末と繋げる。そこから毎ルームのコンソール端末にあるデータを此方へとダウンロードし、データのアップデートを行う。俺の予測が正しければシオンがそこらへん、配慮してくれている筈なので―――良し、ダウンロードが完了した。ホロウィンドウからコンソールを弄り、

 

 クラフトシステムを起動させる。

 

 そう、俺は今ジグの工房へとクラフトの為に来ていた。

 

 テクニックカスタマイズ。システムとして存在するそれは自分が習得するテクニックを好みに調整し、強化するシステムだ。俺はあんまり手を出していない概念だったが、それでもテクニックを使った戦闘を詰めるなら必要な要素でもあった。正直、【巨躯】を相手にするなら詰められる所は詰めておきたい気持ちがある。

 

「さーて、と。カスタマイズシステムを付けて……良し良し、閃光のグランツとかあるな。後は試行回数か」

 

「ほうほう」

 

 テクニックカスタマイズの項目を設定しながら圧縮空間から持ち込んできたPAフラグメント999個などを取り出しつつ準備を進めていると後ろから覗き込んでいるジグが興味深げに作業を見守っている。それをとりあえずは無視しながらこっちもテクニックの強化改造を行う。やり方は―――あぁ、体が覚えているという奴だ。ネタに軽く触った程度だったが、実行しようとすると自然と体が覚えているように素材などを用意して準備に取り掛かる。クラフトコンソールやテックビルダーの力を借りるが、重要な部分は手作業だ。存在するテクニックのデータを取り出しつつ素材を触媒に、既にあるテクニックのデータを改ざん、調整する。

 

 とはいえ既に一つの完成形に到達しているのがこのテクニックというもののデータだ。長居間研究と開発を重ねて今の形に、バランスに調整されているのだ。その上からパッチを作成し、アップデートするのがテクニックカスタマイズというものだと思えば良い。そのパッチの作成は元が複雑であればある程困難だ。そしてテクニックとは術式そのものが一種のパズルだ。正直、それを改造するというのはかなり難しく、

 

 だからこそ完成されたカスタマイズディスクにはムラがある。

 

「とりあえず1個目……180%上昇にチャージ0.2秒か……没」

 

 これだけでもだいぶ強くなるが、閃光のグランツは最大威力+300%、チャージ時間追加0.05秒が理想値だ。テクニックカスタマイズはメリットとデメリットがどうしても同居してしまう。だがどっちも振れ幅はランダムであり、作成するならなるべくメリットが高く、デメリットが低いものが良い。それを見ると今作成した奴は没だ、没。

 

「成程、元のテクニックを改造する為のカスタマイズディスクを作っているんじゃな?」

 

「そうそう。まだアークスが単独で購入できるクラフト用機材が存在しないからなぁ。流石にこればかりは誰か持ってるやつに使わせて貰わないとどうしようもねぇわ……はい、没」

 

 156%の0.15秒。強化倍率低すぎる。最低でも+280%はないと作成するだけの意味がない。

 

「没、没没没没没没……」

 

 倍率の所が一番振れ幅が大きい。正直チャージ追加0.2秒でもほぼ誤差レベルと言えるので別の280%よりも高い攻撃強化倍率が出ればその時点でストップしても良いとは思っているんだが、やっぱりテクカスは難しい。少しずつ倍率を上げているが、それでもまだまだ200%にも届かない。

 

「ふむ、見たところ威力を上げる代わりに充填速度を落としているようじゃな?」

 

「そうそう。理想は+300%とチャージ追加0.05秒。理論理想値らしいけど流石にこの領域には……」

 

「ちょっと見せてみろ」

 

 ジグが楽しそうに言うもんだからコンソールの前から退くと、ジグがPAフラグメントを受け取り、それを使って閃光のグランツのレシピを確認し、作業を実行する。此方よりも遥かに慣れた様子でPAカスタマイズの作業を行うと、一つのカスタマイズディスクを完成させた。

 

「んー、256%に0.1秒か。流石に苦手分野じゃこんなもんかの」

 

「え……は、はああ―――!? 俺がこの数字出す為に何百PAフラグ溶かしたと思ってんのぉ!?」

 

「ま、本職じゃしの」

 

 ピースサインを浮かべてくる爺キャストが地味にウザい。だが問題はそうじゃないのだ。この爺、あっさりとテクカスの優良調整を行っているのだ。全安藤がキレて暴れ出すぞこれは。

 

「ほれ、次の素材を寄こさんか。こんなのクラリッサの調整に比べりゃあ簡単じゃしな。コツもつかめたし、何をしたいのか言えば儂が調整するぞ」

 

「ジグ爺さん、あんた神か」

 

「ただの刀匠じゃよ、ほれ」

 

「じゃあ任せた!」

 

「ほいほい」

 

 ジグに閃光レシピを任せれば10分もせずに+300%の+0.05秒が完成された。完成したカスタマイズディスクを震える両手で掴みながら掲げる。これ、ゲーム時代にマーケットに流せば数千万という値段で取引される神の逸品だぞ……。

 

「ふぉぉぉぉ……」

 

「そこまで喜ばれるのも中々悪くはないが聊か暇な作業じゃの……というかこれ、何のためにやるんじゃ?」

 

 ジグのその言葉にえ、と声を零す。

 

「復活した【巨躯】をボコる為の備えとして」

 

「さあ、次のレシピを出すと良いぞ! 儂が今日は手伝ってやろう」

 

 あ、クラリッサパクられた事まだ気にしてる。そうだよな、あそこでクラリッサをパクられたから【巨躯】が復活しちゃったんだもんなぁ。まぁ、それを言っちゃうとクラリッサの部品を集めてきた俺も俺でアウトなんだが。ただ、まぁ、【巨躯】復活の流れをシオンが誘導したってなると、あの復活は必要な事だったのかもしれないなぁ……なんて思う所もある。

 

 まあ、安藤ってあんまり考えるの得意じゃないし。そういうのは得意そうな奴に任せるわ。

 

「えーと、閃光イルグラ、幾多ラバ、シフデバもカスタムは必須だしなぁ……可能なら零式ラメギも用意したいな」

 

「まぁ、ええじゃろ。今日は特別に全部やってうやろう。ファーレンとかで普段から世話になっているしの」

 

「話がわっかるー!」

 

 思いがけないヘルプの影響でテクニックカスタマイズは予定よりも遥かに安く、そして良い結果で終わりそうだった。

 

 

 

 

 ジグの工房を後にする頃には大量のカスタマイズディスクが出来上がっていた。ジグが理想値ディスクを作ってくれるおかげでテクニックメインの戦闘を行う時に必要とするパーツは大幅に強化された。その上で軽く指導して貰って、テクニックカスタマイズやPAカスタマイズのコツとでも言えるべきものを伝授してもらった。まぁ、技術的な部分でかなりプロフェッショナルな領域だからどうあがいてもムラが出てしまうのだが、それでも割とマシな物にはなったと思う。

 

 そんな訳で大量のディスクが出来上がった訳だが、テクニックカスタマイズの概念が存在しない今、+200%の閃光グランツであっても神器クラスでの貴重品になりえる。ちょっと怖いかなぁ、なんては思っているけどビジフォンで流したらどれぐらいの値段で売れるんだろうか、なんて事を考えてしまう。テクニックで火力を詰める場合は必須の概念だし。その手の専門家なら貯蓄吹っ飛ばすんじゃないかなぁ、なんて思ったりもしている。

 

「よーし、これで準備は良いな。マトイも待たせてるし一旦家に帰るかー……なんか近場に土産の買えそうなところはあったっけ」

 

 ネットへとアクセスして近くになんか、美味しいもんでも売っているお店がないかを検索しつつ歩く。同時にマップを開いて大通りへと向かいながら、アークスシップへと戻る為のテレポーターを探す事にする。ここにきてしばらくしたが、人間とは正直なもんで便利であれば直ぐに適応して慣れてしまうもんだ。俺もすっかりテレポーターを使った宇宙での生活に慣れている。

 

 正直もう、アークス以外の生活に戻れるような気はしないんだよなぁ。天職というか、肌に合うというか。なんというか……本能的な部分でフィットしている感じがある。

 

「んー、ベーカリーがあるか。じゃあなんか菓子パンでも買って帰るかー?」

 

 女の子の味覚というか、昔よりも甘いものには目がない様になってしまった。そう言う所も地味に性別が変わった所の影響だろうか? 後地味に服装とかも色々と気にするようになった部分も増えてきたし。

 

 意識していない部分で大分女性らしくなってきたか俺も……?

 

 まぁ、どうでもええか。

 

 今の生活が楽しいのだから、割と細かい事は丸めて投げ捨てている。それ以上に考えなきゃならん事は結構あるし。

 

 主にこの宇宙と我が家の平和に関する事なのだが。

 

 と、どうでもいい事を考えながら歩いていると、此方へと向けられる視線に気づき、振り返る前に声が聞こえた。

 

「おーい、アキナセンパイ」

 

「お?」

 

 名前を呼ばれた事に振り返れば、小柄なデューマンが此方に軽く手を振りながら歩いてくる姿が見えた。つい先日、惑星ウォパルの海岸でバルロドス超火力殺害チャレンジというアークスの戯れを実行する為に海岸探索任務をマラソンしている時に出会った新人アークスの子だ。攻撃力が高く、防御力が低いという種族的特徴を持つデューマンの子は新しく設立されたクラス、ブレイバーのアークスでもある。

 

 つまり彼女―――イオからすればアークスとしての先輩であり、ブレイバーとしての先輩でもある。

 

「よっ、イオちゃん。アークスが市街地に来るのなんて珍しいな」

 

「それを言えばセンパイだってそうだろ? 俺はまあ、家族がこっちのほうに居るからな。休日ぐらいは顔を見せようと思ってさ」

 

「おー、偉い偉い」

 

「あ、こら、頭を軽々と撫でるなー! クソぉ……」

 

 偉い偉いと笑いながら頭を撫でるとぷるぷると僅かに震えながらイオが顔を真っ赤にしている。いやあ、やっぱり年下の後輩属性って悪くないなぁ、と思いながら頭から手を退けると直ぐにイオが逃げるように背を向けてしまった。

 

「悪い、ちょっと可愛かったからさ」

 

「俺が可愛いとか止めてくれよ、そんな事」

 

「俺からするとイオちゃんは十分可愛いと思うんだけどなぁ……」

 

 完全にそっぽを向いたイオが何かに堪える様に拳を握っている。その様子に軽く肩を揺らして息を吐く。

 

「悪かった、って。そんじゃ俺はマトイが待ってるから、行くな」

 

「あ、うん。……センパイもまたな」

 

 イオに手を振って別れを告げながらベーカリーを目指して歩き出す。シャオは今のアークスが正常な状態にはない、って話はしてた。つまりイオみたいな新たなアークスがルーサーの全知チャレンジの犠牲になる可能性もあるという訳か。いや、そもそもデューマンという種族そのものがその手の実験の結果として生まれた種族じゃなかったっけ?

 

「なんだかなぁ」

 

 シオンもシオンで自分の考えを徹底して言わないし。シャオも割と自分の都合をぶっ放してくるし。それでも俺がやらなきゃいけないって事は解っているんだが。

 

「なんだかなぁ……自分の意思以外のもんに背中を押されてる気がするってのはあんまり心地よくないなぁ」

 

 戦場へと押し出されているような気もするんだが……それはそれとして、ゼノの事は助けに行かなくちゃいけないのも事実だ。となると結局はシオンとシャオに付き合う必要がある。結局、どこからどこまでが連中の思惑に乗ったもんか解りもしないが、

 

「通り合えず宇宙を救うかぁー」

 

 それが安藤であり、アークスのお仕事なのだから。




 テクカスがないと火力塵とかいう現環境あまりにも辛いでしょ。テクカスで準備整えるだけで2000万吹っ飛ぶの面白すぎる。


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Velvet Breeze - 6

 今日も今日とてフラグ立てと伏線回収と未来と過去に向けてアークス活動。俺ほどアークス業に本気で取り組んでいる勤勉な奴もおらんのじゃないだろうか? まあ、安藤だしマラソンとハムは基本だしゃーないしゃーない。という訳で今日もアークスシップへとやってきた。探し人は多分ショップエリアに居るからテレポーターを使って真っ先にそっちへと向かえばいいんだろうが、とりあえずアークスシップにやってきたらゲートエリアを確認するのはアークスの本能みたいなもんだ。ここにいるとまぁ、頭のおかしいもんが目撃できる。

 

 そんな訳で今日もやってきましたアークスシップ、ゲートエリア。今日目撃する見事なアークスは?

 

「キョェェェェェアアアアアアアアア」

 

「2メートルサイズのパンダの頭ベイブレードか……」

 

 2メートルほどの大きさのパンダの頭だけがそこで超回転しながら目からビームを放っていた。何を言っているか解らないだろう。俺も何を見ているのか良く解っていない。だが解るのはあのパンダヘッドがベイブレード中であるという事だ。アークスの姿は自由だ。その姿の自由さ、新たな世界観をここに目撃したような気がする。静かにホロウィンドウ表示からグッジョブをジャイアントパンダヘッドの姿へと送り、サムズアップを向けると増々回転速度を上げて近くのニャウをビームで焼き始めた。

 

 良し!

 

「止めろニャウ! 下等生物が止めるニャウ! 糞が止めるニャウ!」

 

 ニャウの怨嗟の声を無視してテレポーターに乗り込み、そこからショップエリアの上層部へと移動する。開けて明るいショップエリアにやってくると、ショップエリア上部、中央の上にかかる円型通路の奥へとやってくる。そこに、ショップエリアを見渡せる場所に彼女、クーナはいた。緑色のアイドル風の衣装に茶から青へと変じるツートーンのグラデ風髪。愛嬌のある笑みを浮かべる彼女はこっちが手を振りながら近づくのを見ると、少し驚いたような表情を浮かべ、

 

「え、ちゃんと見つからないようにしている筈なんだけどなぁ……なーんて、貴女に言っても無駄だよね」

 

「まあな!」

 

 近づいてから軽く胸を張るとクーナに腹を突かれて息を吐き出してしまい、そのまま軽くよろめく。ちょっとー、と声を出すと笑い声を返される。

 

「ふふ、ごめんごめん。でも元気そうで良かった。最近虚数機関が貴女の事を調べまわっているからちょっと心配したのよ?」

 

「虚数機関が?」

 

 ルーサーが所長を修める、アークスの闇にある組織。それが俺のことを調べている、とクーナが言っている。確かクーナは虚数機関出身の始末屋ちゃんだった筈だ。彼女の耳には虚数機関の話が入り込んで来るのは解っていたが、そこから俺の事が詮索されているというのはちょっとした驚きだった。あの変態男、俺のことを調べているのか。いや、でもある意味当然か。

 

「俺がシオンの存在に一番近いからそのとっかかりに俺を調べてるのか……」

 

「シオン……ってマザーシップ・シオンの事? 確か普段は存在が隠蔽されていて誰も入ることが出来ないようになっているって話だけど」

 

「マザーシップ……」

 

 シオン、マザーシップと同じ名前? いや、SF的に考えるとマザーシップの名前がシオンならシオンがマザーシップの制御AIとかそういう感じの存在だろ。俺はこういうのを予習しているから詳しいんだ。となるとルーサーはまだ完全にマザーシップを占拠できてない? 制御できてない? アークスが無事なのはシオン=マザーシップが無事だから?

 

 ルーサーがシオンを手にする事はマザーシップの陥落という意味。

 

 つまりアークス船団そのものの敗北……?

 

 ……もしかして俺、思っていた以上にヤバイ案件なのでは?

 

 となると割と真面目にシオンの解放を望むシャオの正体が見えてこない。ただシャオの目的が間違いなくアークスの為であるというのは理解できる。となるとかなり状況が切迫しているのが解ってくる。うーん、もしかしてアークスって意外とヤバイ状況にあったのかこれ。いや、でもまぁ、EP3からEP4までPSO2のサービス続いてたしな……。いや、アレゲームでこっちリアルじゃん。参考になら……ならないとは言えないんだよなぁ。

 

「どうしたの? 百面相なんて浮かべちゃって」

 

「いやぁ、シオン大好きクラブ会長(ルーサー)の不快な面を思い出したり忘れたりしてた」

 

「あぁ、造形は良いけどセンスが宇宙一ダサいから見た目の全てを台無しにしてる感じあるよね」

 

「それそれ。最近アークスにもルーサーブーム来てて、ルーサーの真似する奴が増えてきてるよ―――ほら」

 

 円形通路から下へと視線を向ければ、ショップエリア、普段シオンが待ち合わせする時に来る場所、ルーサーがたびたび虚空に向かってシオンが居るのを確認するように話しかける場所、しかしシオンがいないので完全に虚空と向かって喋っているやばい奴を演出している場所、そこにアークスが集まりながらルーサーごっこをしていた。具体的に言うとルーサーと同じ服を着ながらルーサーと同じポーズを決めて遊んでいた。それをしばらくクーナは眺めてから視線を戻した。

 

「やっぱり私アークスって良く解らないかなっ!」

 

「アレはアークスの中でも特に特殊な部類ですから考えるだけ無駄だと思いますよ……えぇ、アキナさんと同じように、ですね」

 

「流石の俺もアレと同じジャンル扱いしないでくれ。俺はもうちょっとまともな格好するぞ! ほら!」

 

 フリルパーカーOu、ショートデニムBaに目隠しツインロングというオーソドックスだけでカジュアルで見た目の良い恰好をしている。アクティブな自分にもちゃんと似合っていると自覚してのコーディネイトなんだぞ。ジャイアントパンダなんかと一緒にされても困る。

 

 と、そこで新しく話しかけてきた人物がいるのに気づいた。長い耳はニューマンである事を示し、特徴的な帽子を被ったその男の存在は知っている筈だ。男の姿を確認するようにえーと、と声を零し、

 

「三栄養のカス!」

 

「……惜しいですね。三英雄のカスラです。いや、本当に音だけなら惜しいんですけど。もしかしてわざと言いませんでした?」

 

「ううん? あたしがそういう風に教えた!」

 

「クーナ……貴女は最近割と良い性格をしてきましたね。彼女の影響ですか」

 

 カスラの言葉に両手を広げて無罪をアピールするが、まぁ、ちょっと無理があるかなぁ……なんて事は思わなくもない。だって間違いなく彼女の人生に色々とボンバーをかましたのは俺なのだから。特にハドレッド関係で。

 

「それよりも三英雄の一角がこんな所で宇宙一の安藤と宇宙一のアイドル相手になんの用かな」

 

 カスラ―――あまり、強い様には見えないが油断のならない相手であるのはその気配というか、フォトンから感じ取れる。ただ害意みたいなものは全く感じないから警戒する程ではない。でもなぁ、なんというかどことなくルーサーに近いもんを感じるんだよなぁ。

 

 と、此方の質問にカスラはあぁ、と言葉を零す。

 

「いえ、興味深い話をしていたので。虚数機関とアキナさんのお話をされていたので」

 

「お、安藤大人気。三英雄にもやっぱり一目置かれちゃうかー、凄いなー、あこがれちゃうなー」

 

「自分に憧れるの?」

 

 クーナの言葉にサムズアップを向ける。まぁ、安藤を超える存在は安藤だけだしね? 必然的に俺が最強なので俺が一番憧れを向けるべき相手なのは確定的に明らか……と、まぁ、そんな茶番を挟むもカスラの視線はブレない。この人、あんまりこの手のジョークで流されないタイプか。うーん、面倒なタイプだなぁ。

 

「アキナさん、貴女の事を色々と調べましたよ。どこで生まれ、どこで育ち、何を学び、成績は、そして活動も」

 

「うげぇ」

 

 そんなもん、存在しない。

 

 俺はオラクルの人間じゃないから。だがその手のデータ、痕跡が存在するという事は……まぁ、たぶんシオンが何かしらやってくれたんだろう。これも対ルーサーに対する工作なのだろうか? どちらにしろオラクルに過去なんてものを俺は持たないんだから、この手の追及がなくなる過去の捏造は助かるのだが。

 

「ですがどうにも解らないんです。貴女は模範的なアークスとして活動していますが、ありえない程に物事が貴女を中心に渦巻いています。クラリッサの発見、ダークファルスの復活現場に居合わせた事実、その討伐、そして今度はルーサーにも」

 

 真剣な視線を向けられ、手を広げ肩を揺らす。

 

「何者ですか、って聞きたそうにしてるけどそんなもん俺が知りたいわ。俺はただの安藤なんだから」

 

 そうだ、俺が一番知りたい。俺は何者で、どうしてここにいて、どうやってここにきて、そしてシオンがどうして俺を選んだのか。他にも大量のガチPSO2プレイヤーはいたはずだ。それこそ廃人と呼べる様な奴だっている。その中、このオラクルへとアバター本人となってやって来たのは俺一人だ。おかげで世にも珍しい女体化経験なんてものまでしているし、俺の声は今ではCV雨〇天そのものだ。お陰で人生が楽しい事になっているのは間違いがないんだが。

 

「俺が何なのか、俺も是非とも知りたい所だからミスター僕全知にシオンから聞き出す事が出来たら是非とも俺にも教えてくれ」

 

「成程、まともに話し合うつもりはなさそうですね」

 

「いや、たぶん彼女本気でそう言ってると思うよ」

 

 クーナの言葉にカスラが視線をクーナへと向けてから、視線をてへりこポーズをしている此方へと向け、やれやれと頭を横に振った。

 

「理解するのが難しそうな人です」

 

「まぁ、俺もこの大宇宙のごとき広い心を持っているからな。逆説的に言うと宇宙を包み込めるだけの気合と根性がないと俺という存在には耐えられな。カスラ君はそこらへん大丈夫? 体細いし肉ちゃんと食べてる? 肉を食わないと筋肉つかないぞ。もっと肉を食え肉を。他人の金で食う肉は美味しいぞ」

 

 カスラの視線がクーナへと再び向けられた。

 

「いつもこんな感じですか?」

 

「大体そうよ。でも話してみればちゃんと筋が通ってるのは解るわよ」

 

「……そうですか……? いえ、まぁ、良いでしょう。この話をすればルーサーの面白そうな顔も見れそうですし」

 

 カスラが下へ、ルーサー祭りを開催しているアークス達へと視線を向け、頷いた。

 

「アレもついでに報告しておけば迷惑行為も減るでしょう」

 

「アークスの数が減らなければいいな」

 

 そうだろうなぁ、と3人で俯いて考える。でもルーサーだしなぁ……私怨で消すかもなぁ……どうだろう……そこまで馬鹿じゃないだろ流石に……?

 

「だけど全知になれば常に脳内に自分のコスプレして全知って叫んでるアークスの存在を知覚するんだからそれに比べれば100倍マシでは」

 

「一理ありますね」

 

「生きるの辛くないのかな」

 

 3人で再び俯いて考える。もしかして全知になるのも考え物なのかもしれない。

 

 その後、誰もルーサーの事は好きではないし、憧れないし、ダサいという共通認識に至って少しだけ俺達はカスラと仲良くなった。

 

 やっぱり人気ないんだな、あの変態。




 ちなみにジャイアントパンダは先日ロビーで実物を見た。


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Purple Tinge - 1

「さーて……そろそろ運命を変えてやりますか」

 

 ゲートエリア、カウンター前に立つと軽く指を一本立たせながら横切る。

 

「レベッカ、ナベ遺跡までチケット1枚宜しく」

 

「了解しました、お気をつけてアキナさん」

 

 手をひらひらと振りながらゲートエリアからキャンプシップへと乗り込むためのポートへと向う。横切ったカウンターではミッションの受注管理を行っているレベッカが遺跡探索のミッションを設定してくれている。ホロウィンドウを通して此方に設定が行われた通知がやってくる。受け取ったものを消してキャンプシップへと向かう所で、ノイズが走る。

 

 視界の全てが黒く塗りつぶされる。

 

 砂嵐が走る様な中で、それでも自分の居場所を見失う事なく前へと向かって進み続ける。

 

『やあ、君ならその選択肢を選んでくれると思っていたよ』

 

 返答はしない。危険なポジションにいるのは前会ったときになんとなく把握しているし。アークスシップ内部では常にルーサーの盗聴の可能性がある。特にシオンとのつながりがある俺に対してのルーサーの警戒度は一番高いだろうと思えるし。だから聞こえないふりをするし、普通にそのまま歩いている。

 

『……それじゃあ改変を始めようか。あらゆる誘いを断ってサラの下へ』

 

 砂嵐が消滅する。何事もなかったように真っすぐ―――キャンプシップへ。

 

 

 

 

 行く場所は解る。

 

 だがそれは既に終わった出来事。今行っても何もない。だがシャオは言った。俺にはその力がある。唯一無二の時間遡行の力が。シオンの導きなしでも俺はそれを使えるのだと。だから干渉する。意識して時間を捻じ曲げる。キャンプシップから降りて降り立つナベリウスの地は確かに、ダークファルスが復活した後の巨大なオベリスクの存在しない時間軸だった。

 

 だが時間遡行を行い、歩き始めればナベリウスの景色が変化する。見慣れたモノクロの砂嵐は古いテレビのチャンネルを切り替えようとしたときに出てくる物に似ているような気さえする。だがそうやって時間軸のチャンネルを合わせればナベリウスに現在の時間軸では存在しない筈の建造物が出現する。

 

 巨大なオベリスクだ。

 

 ナベリウスの遺跡地帯、【巨躯】復活と共に消えた筈のオベリスクはまだそこにあった。それはつまり、時間軸を遡ったという事であり、シオンが示した導きから外れたという事でもある。じじじっ、と時空が安定して行くのと同時に本来は、或いは過去ではナベリウスの探索に付き合った人たちが通り過ぎて行く。シオンの導きによって出会うべき、出会っていた人たちだ。だけどそれらの全てを無視して進んだ先に、

 

 待っているように立つ二つの姿が見えた。一つはサラの姿であり、もう一人はあまり見慣れないキャストの姿だ。とはいえ、ナベリウスで探索をしている時に一度であったことのある人物であり、肩にパルチザンを担ぎながらへぇ、と声を零す。

 

「アンタは……そうかい、選ばれたのはアンタかい」

 

「本当に時間通りドンピシャね……シャオの言う通りだけど」

 

「よっ、歴史を変えに来たぜ」

 

 片手をあげて挨拶する。少なからずキャストの女性―――六芒のマリア、そしてサラの表情には驚きがあった。それ以上にサラには数日前に見た気まずさの様なものが表情に見られる。

だからそれを見て、手を振った。

 

「気にすんな。説明も謝罪も未来で受けたから。その気持ちは今じゃなくてそっちの未来の俺に取っておいてくれ。今日はそういう事じゃなくてどうにかする為に来たんだし」

 

「……うん、解ったわ。そうするわね」

 

 サラがこの場では言いたい事を飲み込んだ事にほっとしつつ、マリアがで、と声を零した。

 

「仲良くするのも良いけど六芒の二たるアタシを好きに使ってくれるんだ。なんでアタシをこんな所に連れてきたのか説明して貰うよ」

 

 マリアの言葉にサラは頭を振る。

 

「悪いけど私はシャオにこの時間、この場所に居れば歴史を変えに最強の援軍が来てくれるって言われただけだから解らないわよ」

 

 サラがそう言うと、マリアの視線が此方へと突き刺さる。

 

「言っておくけど、感じからしてダークファルスは既に復活しているよ。そうなった以上封印する前の状態に戻すのは不可能だ。アルマももういないしね」

 

「あぁ、それはダメらしいわよ。シャオが言うにはルーサーが表舞台に出てくるには【巨躯】の復活が必要不可欠なんだって」

 

「ふーん……となると出来る事は更に限られてくるけど?」

 

 まあ、俺がやろうとしている事なんて決まっている。そもそもからして、復活した【巨躯】が宇宙に上がってからは過去の俺が何とかしている。だからアークスシップを襲撃するダークファルスの事に関しては何も考える必要がないし、その封印や撃破に関する事も忘れても良い。じゃあこの時間軸で残された心残りとはなんだ、って話になる。

 

「救出だよ、救出。この時間軸、ゼノが復活直後の【巨躯】相手に時間稼ぎしてるんだよ。確かシーナちゃんもおいてけぼりかな? 未来だとどっちもMIAになってる」

 

「成程、戦闘中のアークスの救出か……【巨躯】を撃破しろ、だなんて言われたらどついてやったが救出ぐらいならやってやれない事もないね」

 

 そう言うとマリアがいや、待て、と呟く。

 

「この状況をルーサーが把握しているとして、戻らないアークスが居れば自動的に死亡と判断する。ルーサーも細かい所までは確認しないだろうし、そうなれば奴が把握しないアークスが2人分増えるって事か……成程、シャオの思惑が見えてきたね」

 

「まあ、シャオの思惑が何だろうといいさ。俺個人の心残りの解消と【巨躯】にリターンマッチを挑ませて貰う……として、サラちゃんサラちゃん」

 

「ん? 何?」

 

 手をちょいちょいとやってこっちへ来てくれと示すと、ちょっと自分のフォトンを探知する―――あぁ、うん。あった。ちょうど【巨躯】パンチ喰らって吹っ飛んだ所らしい。凄まじい土煙と轟音、破砕の音がナベリウスを貫いて遺跡を破壊しながら吹っ飛ばしている。いやあ、アレマジで痛かったんだよなぁ……。

 

「今殴り飛ばされたの、この時間軸の俺。一発受けただけでスケド吹っ飛ぶレベルで瀕死になって必死にトリメイト飲んでも全く効果がないぐらいぐちゃぐちゃになっちゃってさぁ。そん時助けに来てくれたのサラちゃんなんだよね」

 

「そういう事は早く言いなさいよ馬鹿! それじゃあ私は私の仕事をしてくるから!!」

 

 こうやって俺は助けられたんやなぁ、と必死に走り出すサラの後ろ姿を見送り、マリアへと視線を戻す。

 

「それじゃあやりましょうか」

 

「どうやらやる気は十分の様だね。どれだけできるかどうかは実際の現場で見せてもらうよ」

 

「うーっす」

 

「……本当に大丈夫かねぇ」

 

 マリアと二人、並んでナベリウス遺跡地帯を歩く。既にダークファルス復活の気配を受けてダーカーが活発化しており、前へと進もうとすれば【巨躯】眷属のダーカーが虚空から出現し始める。それを目視するとマリアが舌打ちをする。

 

「面倒だね」

 

「じゃ、無視して進んじゃおう」

 

 本日のクラスはFoBr、スサノショウハはFoでも装備の出来る優秀な汎用カタナ。これでならロッドとカタナ、最高戦闘力を発揮できる二種類の武器を切り替えながら戦うことが出来る。瞬間火力ならFoのが上だが、立ち回りはどうしてもカタナの方が優秀だ。そういう意味でもFoBrというステータスのかみ合わない組み合わせは決戦向けの組み合わせかもしれない。という訳でスサノショウハを手に取るのと同時にイル・ゾンデを発動する。雷を纏って加速しながらダーカーを振り切るように、すれ違いざまに纏った雷で感電させて足止めさせつつ一気に加速し、進行する。テクニックメインの時はこのイル・ゾンデを使った移動が一番早く、効率が良い。特にフォトンを無尽蔵に消費出来る安藤ボディだからこそ、無限にイル・ゾンデを連打して高速移動する事だって出来る。

 

 無論、これはソロ向けの移動方法だ。誰かと一緒に移動する場合、パートナーを置いてけぼりにするというデメリットがあるが、

 

 マリアは六芒均衡だ。

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を意味する。

 

「へぇ、少しはやるみたいじゃないか」

 

 跳躍したマリアは地形やらダーカーを無視し、その全てを飛び越えながらダーカーたちの背後へと回り込んだ。イル・ゾンデで此方が稼いできた距離を一気に詰めてきた。

 

「それずるくない?」

 

「何を言ってるんだ、アンタもコツさえつかめば簡単に出来るでしょうが」

 

「マジでぇ? 練習するかなぁ……」

 

 地味にヒューイが空飛んでたりするの羨ましかったんだよなぁ。あぁ、でも超跳躍してイル・ゾンデ連打すれば高度落とさずに移動できるし、それでもいいのでは? それにPPが実質的に無限だから別に休まずに移動し続けられるし。

 

 試しに跳躍、近くにあるオベリスクを蹴って2段ジャンプ。そこから空中で地形を無視しながらイル・ゾンデをしてみる。

 

 滅茶苦茶快適だった。

 

「ふっふー! マリアさん遅いと置いてっちゃうぜ―――!」

 

「ひよっこが言うじゃないか」

 

 ダーカーが大量に背後から出現する。だがダークファルスという強大な存在がある限り、ダーカーなんて無限に出現するのも同然だ。となると一々雑魚の相手をしていてもきりがないのは理解できる。故に自分も、マリアも出現するダーカーを全て無視しながらナベリウスの奥へと、

 

 あの日、あの時の後悔を拭う為にも突き進んで行く。

 

 その果てで見つけるのは、

 

 ダークファルスと戦う、ゼノの姿だった。

 

 その周辺には大量に破壊されつくした武器の姿があった。ガンスラッシュ、パルチザン、ワイヤードランス、ソード。ハンターというクラスが使用可能な武器の数々が片っ端から破壊され、最後に握られているであろう武器も、その手の中で粉々になっていた。ゼノは片膝を大地に突き、荒く息を吐きながらその背後にシーナを置き、だけど完全には倒れる事なく立っていた。その姿はまさに満身創痍、無事な所がない程に自分の血で赤く染まっている。だがそれでも折れていない。ハンターというクラスの頑丈さか。或いは直撃でなくても即死できるという事実を理解してか。ゼノは生き延びるための立ち回りを意識していたようだった。

 

 そしてそのおかげで今まで生き残れた。

 

 ゼノの正面には黒い衣服に褐色肌の【巨躯】がある。

 

 その正面へと向かって、マリアと同時に言葉もなく飛び掛かる。

 

「むっ」

 

 スサノショウハとヴィタパルチザンを手に、、同時にゼノの頭上を越える様に【巨躯】の正面に叩き込む。交差するように放たれた一撃を【巨躯】が正面から受け、立ち留まる。やはり化け物じみたスペックに単純な物理的な干渉は通じない。そのまま【巨躯】が何らかのアクションを起こす前に自分の力で後ろへと吹っ飛び、下がりながらゼノを掴んで後ろへと滑った。同じようにマリアが気絶しているシーナを抱えている。

 

「あぁ……アキナ? お前さっき……」

 

「考えている場合じゃないだろうゼノ坊!」

 

「そうそう」

 

「いや、だってうおっ」

 

 【巨躯】との距離が開いた所でゼノを落とし、マリアがホロウィンドウを叩いて強制的にゼノ、シーナを転移させる。これで戦場からゼノとシーナの存在が消え、残されたのは俺とマリア、俺、そしてダークファルス【巨躯】。

 

 その漆黒の姿は此方の姿を捉えると、闘争心を燃やす様な笑みを浮かべ、拳を握った。

 

「貴様は……舞い戻ったか。良いぞ、我をもっと楽しませてみろアークスよ」

 

「はっ! 久しいねぇ、【巨躯】。少し見ないうちに大分人に寄せた姿になっているじゃないか。アタシたちに負けて猿真似でも始めたとみえる」

 

「その気配、気迫は……あぁ、覚えがあるぞ、貴様には! 思い出せるぞ、40年前の出来事を。素晴らしき闘争であった。互いに死力を尽くし、そして果てる。この上なく満たされる思いであった」

 

「そりゃあ40年も無様に封印されてりゃあそれしか思い出がないだろう、可哀そうな奴だな」

 

 言葉と共に腰のスサノショウハに手を置く様に構える。何時でも抜刀、戦闘が出来るように構え、【巨躯】の動きに対して対応する。【巨躯】、強大な敵だ。だが何故だろうか―――前、この時間軸で相対したほどの絶望感がない。というよりも、【巨躯】と対面した瞬間から体に力が沸き上がってくる気がする。解らないが、普段よりも調子が良い。今ならそれこそダークファルスと戦えるぐらいには、体に力が漲るのを感じる。

 

「【巨躯】の前でも威勢は良いみたいだね」

 

「マリアさんこそ調子は宜しいみたいで」

 

「は、一度ぶっ叩いている相手なんだ。今更尻込みする訳もないだろ」

 

 そらそうだ、とマリアの言葉に笑い、警戒心を全開に【巨躯】を睨む。相手は楽しむ様に腕を回すと笑い声を上げた。それと共に【巨躯】の姿が赤いフォトン光に飲み込まれた。その姿は人の姿から一瞬で変質し、重圧な甲殻を纏ったような異形の人型へと姿を変貌させる。まだゲッテムハルトの姿をしていた【巨躯】の姿から、あの宇宙空間で見たような姿とも違う……或いは、地上で戦う為の小型戦闘形態へ。

 

 その姿を見て、マリアへと視線を向ける。

 

「ごめん、私アレ知らない」

 

 え。お前そんな変身できたの……? こわ……。

 

「知らなくても何とかするんだよ! 行くよ!」

 

 【巨躯】へのリベンジが、ここに始まる。




 深く考えなくても単体で惑星滅ぼす存在と生身で戦うのってやばいと思うんですけど(名推理


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Purple Tinge - 2

 戦闘の始まりは此方の動きが先だった。

 

 ハトウリンドウからのアサギリレンダンで斬撃を放ちながら高速移動で一気に【巨躯】の戦闘形態へと向かって接近した。当然の様に正面から斬撃を浴びせられる【巨躯】は攻撃を受けても揺らぎすらしない。斬撃による高速移動の中で、緩い動きでターゲットを取る様な事をせずに、移動に入った姿を狙ったテレフォンパンチが【巨躯】から飛んでくる。それはどこかで見たことのある、そして経験のした事のある死だった。拳が振りぬかれる瞬間には既に【巨躯】の背面へと抜けているが、拳は遠慮なく振りぬかれ、

 

 地面が吹き飛んだ。

 

 忘れてはならない。

 

 ダークファルスとは()()()()()()()()()()()()()()()なのだという事実を。それこそこいつが単騎であってもアークスシップへと向かって突撃すれば、アークスシップを貫通してその反対側へと突き抜けて何もかも破壊しながら戦える……そういうレベルの生物だ、ダークファルスは。正しく宇宙の破壊者、宇宙の悪魔。人類の敵。それが拳を振るえばどうなる?

 

 当然、その直線状にあるものが全て吹き飛ぶ。消し飛ぶ。粉砕される。当然と言えば当然だ。それが生物として別次元であるという事の証明なのだから。

 

 だから【巨躯】の拳はその正面にある大地を吹き飛ばし、粉々にした。正面に居れば致死のダメージは免れないという事を証明するように。だから当然の様に俺は回避するし、

 

 そしてマリアも、当然回避していた。

 

 正面に繰り出される破壊を横へと跳躍して回避しながらパルチザンを振るい首に一撃。急所と顔面に斬撃を受けながらも動じないダークファルスの姿は不気味の一言に尽きる。だが元々相手が質量で怪物的であるのは理解している。理解していて戦いを挑んだのだ。

 

 だから攻撃を続行する。

 

 ダークファルスの拳が振るわれる。連続で遠慮なく四方へと放たれる拳は放たれるたびに土砂を消し飛ばしながら空間を殴りつけ、その先端が音の壁を破って障害物を吹き飛ばす。一瞬でも体の動きを止めればその瞬間には全身を持っていかれる。その感覚は既に既知だった。故にやる事は簡単。

 

 常に動き続けて【巨躯】の攻撃を受けないように立ち回りながら斬撃を叩き込み続ける。

 

 故に移動は全てアサギリレンダンの瞬間加速をキャンセルする事を利用し、瞬間加速からステップの無敵、スライドしながら高度を上げて落としてジグザグに上下と左右に移動を繰り返しながらハトウリンドウによる連続斬撃波を何度も叩き込んで【巨躯】の体に波状の斬撃を浴びせ続ける。

 

 10、20、30と一瞬で叩き込む斬撃を増やしてゆくのは素早く抜刀して納刀する。ブレイバースタイルの抜刀術に体が完全に追いついている、戦闘中でありながら成長して適応している。ダークファルスという星を殺しを相手に真正面から戦っている状況に適応するように肉体と精神と技術が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 加速、加速、そして更に加速。

 

「フハハハ、良いぞ」

 

 加速しつつ斬撃を繰り出し、マリアと位置を交代するように交差するように斬撃に斬撃を重ねて回避する。常に流動し、射線を重ねないように挟み込んで動きながら【巨躯】の全身に、そしてその露出しているコアを重点的に狙う様に斬撃を重ねて行く。だがその全てを【巨躯】は全身で受け止めていながら一切怯まない。既に並のダーカーであれば消滅、ダークラグネなどの巨大なダーカーであっても細切れになっているだけの火力は叩き込んでいる。

 

 既に死んでいる筈なのだ、ダーカーが相手だったら。

 

 だがこいつは沈まない。まずまずテンションのボルテージを上げて行く様に、此方が斬撃に斬撃を重ねれば重ねる程燃え上がる様に【巨躯】は赤いオーラを纏い、拳を加速させて行く。既にここにあった戦闘の残骸は全部消し飛んでいる。新しく剥き出しになった大地、そして元は遺跡だったもの。その新しい残骸を足場に着地し、その瞬間を狙う様に振るわれてきた拳を残像だけ残して回避しながらすれ違いざまにサクラエンドを叩き込む。交差させるX字の斬撃を首に叩き込み、切れ込みを生み出し、しかし傷口は圧倒的なダークファルスの質量に飲まれて塞がって行く。

 

「キリがねぇこいつ……!」

 

「これでも40年前と比べればまだマシさ!」

 

 マリアと同時に、【巨躯】を挟み込む様に着地する。パルチザンが火を噴き、マリアの手の中で壊れる。

 

「チ……流石に普通の武器じゃ持たないか。しっかしアンタもどうやら本調子って訳じゃないみたいだねぇ? これなら場合によっちゃここで殺れるかもしれないか……そうすれば今アークスを取り巻く状況も多少はマシになるだろう?」

 

 マリアの挑発に【巨躯】が不敵な笑みを浮かべる。いや、実際に表情を動かしているかどうかは戦闘形態では全く解らないのだが、誘っているようにも、求めているようにも見える。だが【巨躯】もマリアも、まだまだ本気じゃないのは見て取れる。まだまだギアは上がる、上げれる。なら俺も当然の様にそのステージに立たないとここでは話にならない。

 

 マリアが、手を天に掲げた。

 

「ならここで勝負所と行くか! 潰えろ、閻斧ラビュリス!」

 

 マリアの手に収まる様に空から武器が落ちてきた。凄まじいまでのエネルギーと破壊力を秘めた美しいそれは一つの斧だった。ただし斧というにはバラバラすぎる。柄と刀身が繋がっていない。その代わりに中央にコアらしき光が存在し、それが不規則に煌めく美しいパズルの様な斧の刃を纏めていた。ダークファルスにも通じる、殺傷兵器―――創世器、それがマリアの手の中に納まった。

 

 故に俺もそれを真似る。

 

 安藤だし、出来るだろ! のノリで。

 

「リターンマッチの時間だ! 来い、クラリッサ」

 

 スサノショウハを持たぬ手を振るい、その中に転移するようにクラリッサの姿が戻ってきた。そう言えばワンパンで吹っ飛ばされた時クラリッサを失くしたのはこの時間軸だったが、そうか。未来の俺が回収しているから一時的に紛失していたのだ。

 

 というかこの瞬間まで大体クラリッサの事忘れてたわ。

 

 納得しながら振るい、カタナとロッドの二刀流スタイル―――は、無理なのでクラリッサへと武器を持ち換えて【巨躯】へと照準を合わせる。

 

「アンタそれは―――いや、だからシャオが寄こしたって訳か。行けるね?」

 

「当然」

 

 こっちは最初からぼっこぼこにするつもりでここにきているんだ―――遠慮なんてない。準備が整った瞬間には飛び出す。クラリッサとスサノショウハを素早く切り替えながら移動と攻撃を行う。アサギリレンダンでの斬撃接近からイル・ゾンデでの雷撃移動、素早く接近からの距離を取り、【巨躯】の攻撃を誘いながらラ・グランツを放つ。

 

 それを【巨躯】が避けた。僅かに体をずらしながら拳を振り上げる姿はどことなくゲッテムハルトの姿に似ている―――いや、このダークファルスは依り代となっているゲッテムハルトの方から戦闘技術を吸収して今、運用を開始したのだ。ラ・グランツというテクニックはビーム上の光を一定時間滞空させるように置くテクニック。その特性上、相手の動きを予測して置かないと意味がない。つまり回避されるようでは意味のないテクニックでもあるのだが、

 

「おや、アタシを忘れるとは良い度胸じゃないか」

 

 横からぶち込んでくるラビュリスのスイングが【巨躯】の姿に叩き込まれ、無理矢理ラ・グランツの光の中へと叩き込まれる。貫通する閃光の中に明確に【巨躯】の肉体が焼かれ始める。それは創世器なしで戦っている時とは違い、明確にダメージがその肉体に発生しているという事を証明する事でもある。だが吹き飛ばされてもなお【巨躯】の勢いは止まらず、

 

 真っすぐ正面、光を突き抜けながら拳を叩き込みに来る。

 

 だからスサノショウハを抜いた。

 

「―――な?」

 

 【巨躯】が眼前、繰り出した拳の破壊が()()()()()()()()()()()()()()()()事実を受け入れるしかなかった。完全なる防御のタイミング、拳が繰り出され、最高のインパクトが乗る瞬間に押し出されたカタナとその鞘は拳と衝突し、存在する筈だった衝撃を完全に殺して0にする。残されたのはその余波で、それが横と背面を抜けて拡散しながら空間を破壊する画―――俺には一つも届かない。

 

 そしてカウンター。

 

 ジャストガードからのカウンター斬撃が【巨躯】の顔面を貫通し、背面へと抜ける。そこからクラリッサへと切り替えながらイル・グランツによる散弾光弾を叩き込みながら素早くアサギリレンダンで離脱する。

 

 カタナからロッド、ロッドからカタナ、素早くスイッチさせるように切り替えながら戦うテクニックは実際のPSO2でも存在する小技だ。実際、アサギリレンダンの方が移動速度として早いと言われるクラスは全クラスカタナを装備してアサギリレンダンを連打して移動する事が多い。

 

 今やっているのはその発展型だ。

 

 リアルな戦闘に応用した、戦闘機動。アサギリレンダンによる加速と離脱を繰り返しながらクラリッサに切り替え、イル・グランツという光の散弾をばらまきながら収束させてあてるテクニックを乱射する事だ。このテクニックの良い事はホーミング機能がある為にやや狙いが雑でも狙った場所へと向かって誘導されることだ。

 

 そしてそうやって連続で動きを作れば、【巨躯】が即座に復帰し、マリアがラビュリスで追撃に入る。

 

「はは! クラリッサを握るだけはあるじゃないか!」

 

「お褒めに預かり光栄!」

 

「良いぞ、我が闘争心をそのまま満たすが良い……!」

 

 横から放たれるラビュリスの衝撃に【巨躯】の体が砕かれる。だがそれを気にすることなく【巨躯】が踏み込みながら音速を越える拳を向けてくる。スサノショウハでJガを行えばシステマチックにそれが無効化され、殺人的な衝撃波だけが体をバラバラにしに来る。それそのものはラビュリスが重力操作で一瞬で圧殺し、Jガからのカウンターで無敵の状態を維持しながらイル・ゾンデで感電させつつイル・グランツを体に叩き込み、距離を開けながらラ・グランツを設置する事で牽制と次の手へと繋げる。

 

 【巨躯】が動く。拳が握られる。背中から羽の様にオーラが放たれる。拳が虚空を殴る様にオーラの波動が放たれる。マリア諸共薙ぎ払う一撃はラビュリスが抑え込む。狙いづらい瞬間はグランツ、定点テクニック。指定した場所へと絶対に突き刺さるテクニックは視界から外れても絶対に届くきわめて便利なテクニックだ。

 

 これが通常のグランツであれば威力はさほど期待できないが、このグランツはテクニックカスタマイズで極限まで強化されている。

 

 ならばその威力は最高クラスのテクニックに届く。素早くチャージして放ち、アサギリレンダンで【巨躯】の周りを攪乱するように移動しながら常に場所を変え、ターゲットをずらしながら戦闘を続ける。一瞬でも足を止めながら戦えば【巨躯】の連続攻撃が来る。今まではテレフォンパンチの連続だったが、既に両拳で連続で暴れまわる様に放っている。

 

 少しでもラビュリスが重力操作による衝撃波の押し殺しを解除すれば、それこそ戦う事が出来なくなるレベルで。

 

 だから【巨躯】の狙いを完全に定めさせない為にテクニックを連打しながら動き、回避する。

 

「フ―――オオオオオオ―――!」

 

 吠えながら飛び上がった【巨躯】が空中でスラスターの様にオーラを吹かし、地上へと向かって急降下してくる。即座にラ・グランツを着地点に向けて放ちながらカタナへと切り替えて蹴りを正面から受け止め―――体がそのまま重量で押しつぶされそうになる。

 

「世話が焼けるねぇ……!」

 

 【巨躯】の重量が軽くなった。ラビュリスによる援護が来た。だがそれは同時に衝撃を殺せないという事でもあり、無理矢理サ・フォイエの炎を纏った高速移動を使って爆炎と共に衝撃を突き抜けながら回避を行う。その瞬間を逃さぬよう、

 

 【巨躯】がシミターの様な剣を抜いた。

 

 凄まじい力を纏ったそれはオーラの剣を具現化し―――アークスにはオーバーエンドと認識されるPAに酷似した動きで薙ぎ払ってきた。

 

 Jガ、カウンター、イル・グランツ、ラ・グランツ。ステップ。

 

 オーバーエンド、ナックル、衝撃波、急降下脚。

 

 Jガ。

 

「貴様―――」

 

 スサノショウハ、クラリッサ、スサノショウハと息を切らせながらも切り替えてテクニックとPAを交互に放って【巨躯】を攪乱し、此方へとヘイトが向かった瞬間にマリアがラビュリスを振り落とし重力波と共に【巨躯】の体を砕く。

 

 【巨躯】が加速する。明確にステップを踏みこみ、破壊する為の拳を振るい、大地に足を叩きつけて破壊の柱を生み出すと自分を中心に螺旋を描く様に放つ。自分の身を守りながら周辺を破壊し、攻撃する為の手段は攻防ともに隙がなく、接近の起点を潰すように放たれる。ラビュリスでさえ潰しきれないほどの力が放たれるも、その軌道さえ見えてしまえば簡単だ。

 

 合間をアサギリレンダンで抜けながらクラリッサでラ・グランツを放ち、光の柱を置いたらイル・グランツによる火力を叩き込む。移動速度の遅いテクニックではあるが、ゼロ距離から放てば全く問題はない。顔面に片手で握ったクラリッサの光弾をぶち込みながら離脱する。後を追う様に振るわれる連撃は確実に此方を捉える様に飛んでくる。確実にそのヘイトは俺に対して集中している。

 

 だけど、まぁ、

 

 シャオが引き出してくれた力のおかげか。

 

 ()()()調()()()()()

 

 それこそ最初は無敵とかそういうのを一切無視して貫通して放たれたダークファルスの寸止めパンチ、それを超える勢いと殺意で繰り出される連撃、周辺の地形を粉砕しながら生存を一切許さない闘争。その全てを繰り出されても、元々備えていたスキル、能力、対ダーカー用にアークスが磨き上げたシステム。

 

 無効化される筈のそれが今、ここでは完全に機能していた。

 

 なら話は一気に簡単になる。タイミングを間違えず、戦術を維持し、欲張らず、しかし攻撃チャンスでは確実に効きの良いクラリッサでのテクニックを叩き込み続ける。【巨躯】の攻撃は全てが解りやすく、合わせやすい。踏み込みと始点のタイミングでスサノショウハを構えればジャストガードを簡単にとらえる。それで攻撃を無効化すればカウンターが入り、クラリッサに切り替え、

 

 再び零距離からイル・グランツを叩き込む。

 

「ぐおっ、貴様、アークス……!」

 

「オラオラ、どうした【巨躯】ちゃん。随分とお行儀が良いじゃねぇか」

 

 テクニックを受けてついに後ろへと押し出される【巨躯】の姿が膝をつく。瞬間、複合テクニック、バーランツィオンを起動する。光と氷の剣を生み出すと足を止めた【巨躯】へと連撃を叩き込む為に一気に加速して腕を振り上げる。同時上から押しつぶすようにマリアが飛び上がりながらラビュリスを振り上げる。

 

 必殺の一撃、地上と空から同時に放たれるそれを膝をついた【巨躯】は回避しようと大地を踏みしめ、亀裂を生んで土砂を巻き上げる。だが打ち付ける土砂をその瞬間は必要経費と割り切って無視し、体力を削られながら【巨躯】へたどり着く。

 

 ―――必殺が、【巨躯】に叩き込まれる。




 なお今も昔も安藤たちは無敵になって殴って殴られそうなら無敵で回避してとか言うのを繰り返している。無敵が通る時点でダークファルスは玩具になってしまったのだ……悲しいなぁ。

 皆はもう原初の闇をクリアして安藤の生身宇宙遊泳&大気圏生身突入経験したかな!


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Purple Tinge - 3

 ―――衝撃。

 

 正面、視線を向ければマリアと同時に【巨躯】へと放たれたはずの攻撃は防がれていた。

 

 新たな乱入者によって。

 

「てめぇ、仮面野郎……!」

 

「……」

 

 ソードとパルチザンを同時に抜いていたダークファルス、【仮面】はマリアの攻撃も、俺の攻撃も同時にその武器で受け止めていた。そしてそれをそのまま、ダークファルスという人外の膂力で弾き飛ばす。

 

「ぐっ、お前―――」

 

「そんな言葉を吐く余裕がお前にはあるのか?」

 

「げ」

 

 言葉と共に【仮面】がパルチザンを消し、ソードで一気に接近してきた。それをクラリッサで受け止める様に叩きつけた。衝撃を生み出しながらもソードとクラリッサが拮抗し、【仮面】の動きが停止する。その仮面に包まれた顔に睨むような視線を向ければ、仮面の下からも似たような視線を向けられる気配を感じた。どことなく、怒りと憎しみを感じる気配を。

 

「未熟」

 

 弾かれる。カタナへと切り替えて即座に距離を取る。マリアへと視線を向ければ立ち上がろうとする【巨躯】に追撃を叩き込もうとする姿が見える。それを支援するように此方もハトウリンドウを放とうとし、その動きを同時に妨害するように【仮面】がツインマシンガンを何時の間にかソードから切り替え、握っていた。両腕を広げる様に引かれたツインマシンガンの銃口はただの弾丸ではなく、圧縮されたフォトンの弾丸をまるで波動の塊の様に連射してはなってくる。即座に避け切れない事を理解してカタナでジャストガードを取りに行く。

 

 攻撃に触れ、無敵化し、カウンターの斬撃を放ちながらステップ移動を行う。

 

 瞬間、正面から手裏剣の様に放たれたタリスが迫っているのが見えた。

 

「なんだよ、その使い方はっ……!」

 

 吐き出すように【仮面】の変態的すぎる武器の使い方に息を吐きながらカタナコンバットを起動させ、無理矢理攻撃を空かしながら即座に納刀による衝撃波を【仮面】と【巨躯】に叩きこむ。放たれた攻撃は二体のダークファルスを貫くが、

 

 倒すダメージには程遠すぎる。1撃もコンボを叩き込めていないのに、フィニッシュ技に持ち込んでもただの牽制やエスケープ手段にしかならない。舌打ちしながら即座に戦闘を続行する為にクラリッサを抜く。【仮面】の相手をまともにする必要はない。重要なのは【巨躯】の方だ。

 

 だというのに、まるで解っているように【仮面】が接近してくる。切り替えられるソードを叩きつけてくるのを、此方はクラリッサで受け止めて鍔ぜり合う。歯を食いしばりながら後ろの方へ、マリアと【巨躯】の戦いを盗み見る。

 

 ―――ラビュリスが変色していた。

 

 【巨躯】を拘束する筈の重力制御は機能せず、拳がマリアを砕かんと振るわれていた。だが最初に見せていた全てを圧倒するような破壊力はそこにはなく、前よりも弱っているのは確かだった。アレを倒すのなら今がチャンスだ。

 

 だというのに、【仮面】がぴったりと此方をマークし、一歩も前へと進めないように道を塞いでた。クラリッサでなんとか拮抗しながらも、言葉を吐き出す。

 

「そこを退け仮面野郎……!」

 

「……」

 

 力を籠めてから一瞬で力を抜き、生まれたたわみに隙間を見出して抜け出そうとする―――だがそれよりも早く【仮面】がそれを見抜いた。接近された。更に密着するように接近されると武器はツインマシンガンへと切り替わり、ゼロ距離からの射撃で体が一気に吹き飛ばされる。痛みに血反吐を吐きながらもトリメイトを蹴り出して口で掴み、パック諸共噛みちぎって中身を啜る。クラリッサを地面に突き刺して体の動きを止め、奥へと視線を向けた。

 

「マリア!」

 

「こっちも限界だよ! ラビュリスが故障しやがった!」

 

「マジ……マジで? 故障するもんなの?」

 

「使いが荒いとね!」

 

 やべぇじゃん、クラリッサ壊しそうじゃん俺。大丈夫? ねぇ? 大丈夫クラリッサ?

 

 ミシミシ言ってない?

 

 ……良し。

 

「そおらぁ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからもっと違う動き、違う技術が必要だ。クラリッサを握りながら振るい、それで気合を入れてみれば何とか斬撃を放つことが出来た。それに【仮面】が舌打ちを打つと回避、回避した先で【巨躯】が斬撃を拳で砕いてカウンターに大地を薙ぎ払ってきた。それによって巻き上がった土砂をすり抜ける様にステップで回避し、再び接近してくる【仮面】と武器をぶつけ合い、弾き、ステップで回り込む様に動こうとして横へと蹴り飛ばされる。

 

 中空で受け身を取って位置を正せば、マリアが【巨躯】に弾かれるのが見える。創世器の機能がダウンしたせいか、一気に劣勢に追い込まれているように見える。グランツを放ってエルダーの攻撃を縛ろうとして放ち【巨躯】に突き刺さるのと同時に【仮面】が向けた手のひらから放たれた気弾に殴打されて吹き飛ぶ。

 

 全身を滅多打ちにされ、近くのモノリスに叩きつけられるも、【仮面】の背後で【巨躯】が戦闘形態を解くのが見えた。前まで見せていた星を破壊する程の威容は既にそこにはなく、ゲッテムハルトを依り代とした姿が露出している。その姿を見せた【巨躯】は頭を片手で抑えながら呻く。

 

「足りぬ……足りぬぞぉ……!」

 

 クラリッサを構え、【仮面】の動きに対応するように即座に態勢を整えながら【巨躯】へと視線を向ける。戦う前はあれほど脅威に感じた姿も、今では倒せそうなラインにまで落ちている。いや、マリアの使っているラビュリスが落ちたから微妙かもしれない。だがぎりぎり、何とか一人で勝機の見えるラインまで弱体化している。正直な話、【巨躯】がフォトンによる浄化攻撃であそこまで弱体化するとは思えない。やはり、シャオにあの時何かダークファルスに対する対抗策を仕込まれた……いや、目覚めさせられたのだろうか?

 

「おぉ、そうか……貴様、貴様か」

 

 ふらつく【巨躯】が片手で顔を抑えながら、怒りの形相を此方へと向け、此方へと指を差し向けた。

 

「貴様が我が力を喰らっているのか……!」

 

「知るか死ね!」

 

 ノータイムでグランツを放とうとすれば気弾からタリスの斬撃がテクニックのチャージを妨害した。ち、と吐き捨てながら横へと飛べばその瞬間をマリアが狙う。一気に接近した姿は【巨躯】を捉えようとするも、動きの悪い創世器では【巨躯】への有効度は薄く、その表面に攻撃を浅く叩き込むだけで動きを停止、そのまま創世器諸共殴り飛ばされ、モノリスを貫通しながら吹き飛んだ。

 

「マリアッ!」

 

『頑丈さには自信があるから気にするな!』

 

 即座に通信で生存の報告を受けながらクラリッサで攻撃を迎撃し、足を止めて構える。正面に陣取る【仮面】は【巨躯】を庇う様に立ち、進路と行動を阻止する。まったく突破できそうにない気配を感じていれば【巨躯】が視線を、ナベリウスの奥へと、遺跡の中に立つ巨大なオベリスクへと向けた。

 

「おぉ、、我が力……我が体よ、そこにあったか―――」

 

「馬鹿止めろ!」

 

「アルマの成果を―――!」

 

 瓦礫を吹き飛ばしながらマリアが【巨躯】へと切りかかる同時にノータイムで複合テクニックを跳躍しようとする【巨躯】へと照準する。だが即座に割り込んでくるツインマシンガンが精密な射撃でクラリッサとラビュリスの始点を潰し、行動を不発に落としながらソードへと武器を切り替える。斬撃を放ってマリアを下がらせながら気弾を此方へと放ち、それを回避する為に下がれば位置をマリアと共に纏められてしまう。

 

「チぃ、【巨躯】の封印が破られるか!」

 

 【仮面】が立ちはだかる背後で、誰に邪魔される事もなく【巨躯】が聳え立つオベリスクに衝突し―――そのまま、融合するように溶け込んだ。直後、ナベリウスそのものがダークファルスの復活に震える様に鳴動し始める。

 

「……」

 

 それを確認するだけして【仮面】は背を向け、虚空にゲートを生み出すとその中へと消え去って行く。悔しいが、完全に仕事を果たされた形だった。

 

「クソ、仮面野郎め……本当にどうしようもねぇなアイツ」

 

「奴、動きが完全にアークスの体術をベースとしたもんだけど、レギアスやあたしよりも遥かに洗練されて……いや、考えるのは後か」

 

 やれやれと手を上げて肩を振る。その間にもオベリスクは崩壊し、その中からダークファルス【巨躯】、宇宙で見たあの姿が出現し始める。ナベリウスの大地を纏いながら巨大化する姿はまさに星を亡ぼす災厄の名に相応しいだろう。だが―――やはり、最初に感じたような絶対的な絶望はそこにはなかった。【巨躯】は力を食われたと言っていた。

 

 俺に?

 

「考えるのは後だよ。目的は達成してんだ。さっさと戻るよ」

 

「あいよ」

 

 まぁ、考えるのは後でも出来る。そう判断してマリアに従い、転移して脱出する事にする。テレパイプとは違う、緊急時の撤退用コマンドでマリアと共に一瞬でナベリウスの大地からキャンプシップの中へと戻ってくる。

 

 一瞬の転移光、そして帰還。視界がもとに戻ればキャンプシップ内部、壁によりかかる様に座り込むゼノ、まだ眠るシーナ、そしてそれを治療し終えたサラの姿が見えた。漸くダークファルスから逃れられたのだという安心感に安堵の息を吐きながら片手をあげて挨拶をする。

 

「お帰り―――ってすごいぼろぼろじゃない! 大丈夫?」

 

「ダークファルス相手に無傷で帰ってくると思ってたのかいサラ? そんな訳はないだろ」

 

「ただいまただいま。あーっはっはっは、いやあ、途中までは上手く行ってたんだけどなあ?」

 

 視線をマリアへと向ければマリアがラビュリスを持ち上げ、その様子をしかめっ面で眺めていた。

 

「【巨躯】の奴だけならここで落としてアークスの今後をどうにか良い方向に持っていけたかもしれないが、そこにもう1体ダークファルスが混じられるとどうしようもなくなるね。全く、なんだいアイツは……チ、10年ぶりにジグの所に顔を出すかねぇ、これは」

 

 それこそお手上げだ。両手を持ち上げてアピールする。

 

「ま、ダークファルス二体相手に生き延びただけで良しとしようぜ。いや、マジで。【巨躯】一体でも十分体がミンチにできるから」

 

「本当に戦って無事だったのね……」

 

 サラは此方を良く見る様に近づいてきて回り込んでくる。クラリッサを一回転させてから肩に担ぎ、大丈夫だと片手でアピールしながら腕を回す。今回は【巨躯】からは無傷だが、【仮面】から結構痛いのを何発も喰らってしまったが―――まあ、そこまで重いダメージではないと思う。少なくとも【巨躯】にワンパンされたような全身破裂のダメージはない。これぐらいなら戻る前に軽く風呂に入って着替えればマトイも誤魔化せるだろう。

 

 と、そこでキャンプシップで休んでいたゼノが呻きながら額を抑え、立ち上がるのが見えた。

 

「あー、すまねぇ。世話を焼かせたな」

 

「気にすんな。置いてった事は俺の後悔だったしな」

 

 その言葉にゼノは首を傾げたが、唯一現象を理解できているサラだけが神妙に頷く。

 

「貴女はこうやって今まで人を救ってきたのね」

 

「こうしなきゃ救えなかったんだよ。ドイツもこいつも目を離した隙にいつの間にか死んでいるからな」

 

 やれやれだべ、と腕を広げて困ったアピールをするとサラが軽く笑い声を零すが、マリアがラビュリスを仕舞いながら喝を入れてくる。

 

「遊んでるのは良いけど、そんな余裕はないよ。【巨躯】が完全に復活したんだ」

 

 キャンプシップの外へと視線を向ければ、ナベリウスの大地をその地盤ごと引きはがしながら小型の都市サイズまで巨大化した【巨躯】が更に巨大化しながら宇宙へと上がって行くのが見えた。近いうちにアイツはそれこそアークスシップに匹敵するサイズにまで巨大化し、アークス船団に襲い掛かってくるだろう。

 

 まぁ、ニャウを宇宙の彼方へと射出しながら俺達が勝利したんだが?

 

「まあ、それに関してはそっちの時間軸の俺に頼ってくれ。歴史通りに進むなら俺と愉快な仲間達によって何とかなる筈だから」

 

「ふーん……ま、それがどこまで信用できるかどうかは解らないけど、ならこの混乱はルーサーの目を潜り抜けるチャンスでもあるね」

 

 そう言うとマリアが視線をゼノへと向ける。視線を受けたゼノが頷く。

 

「道楽じみたハンターの真似事をしている場合じゃない、か」

 

「言わんでも解るか」

 

「ま、流石にここまで足を引っ張っちゃな」

 

 そこまで言ってからゼノは一度口を閉ざし、それからマリアに頭を下げた。

 

「姐さんすまねぇ! 改めて俺の事を鍛え直して欲しい! このままじゃダメだ、誰も守れねぇしエコーに合わせる顔もねぇ!」

 

 ゼノの姿を見てマリアが腕を組む。少しだけ悩むような様子を見せてから、

 

「……この混乱、未帰還なら間違いなく死んだとして処理される、か。良いだろう、ただし少しでも文句を言うのなら止めるよ」

 

「ありがてぇ! ……で、そんな訳だアキナ」

 

 ゼノが視線を此方へと向け、頭を下げてくる。

 

「この礼は必ず、必ず返す。だからアイツの事を頼む。俺のことも……」

 

「あいあい、解ってる解ってる。この安藤に任せなさーい。まぁ、なんだかんだでエコーも元気にやってるしな」

 

「まるで未来を見てきたかのように言うんだな」

 

 苦笑するゼノ言葉にサムズアップを向ければ、小さくモノクロのノイズが空間に走った。サラが頷きながらシャオとの通信を止めた。

 

「どうやら時間みたいね。今回は本当に助かったわ、ありがとう……後ごめん」

 

 サラの謝罪を笑いながら流し、手を振ればモノクロのノイズが砂嵐となり、視界が白と黒に染まる。

 

 そして次の瞬間にはサラもゼノもマリアもシーナもいない、自分だけのキャンプシップへと戻ってくる。窓から外の様子を見ればナベリウス遺跡地帯の様子が見える。【巨躯】の姿は存在せず、【巨躯】を封印していたオベリスクの存在もない。元の時間軸に帰還した証拠でもある。

 

 そこまで確認し、背中をキャンプシップの窓に預け、溜息を吐く。

 

 手の中には未だにクラリッサが残っている……ちゃんと、あの時間軸から持ってこれたらしい。

 

「どーしたもんか」

 

 最終的には【巨躯】も【仮面】も倒さなきゃならない。だが今の状態だとまだ、倒せる気がしない。もっと力が必要だ。だが武器もユニットもクラスも詰めれる所は限界まで詰めている。

 

「どーしたもんかなぁ」

 

 惑星を亡ぼす様な怪物は一体だけではないのだ。それが複数存在し、しかも同時に襲い掛かってくる事さえある。今の戦い、【仮面】が本気じゃなかったからどうにかなったのだ。もしアイツまで【巨躯】みたいな戦闘形態になっていたら……たぶん、マリアも俺も死んでいただろうと思う。

 

「思ってたよりもヤバイな、オラクル宇宙」

 

 PSO2時代に戻りたいなぁ、と呟くものの、意外と心の籠っていない言葉に驚く。

 

 どれだけ危険があって怖かろうが、それでもこの宇宙を守る日常をどうやら俺は、好きらしい。

 

 たとえその日常には星を亡ぼす様な怪物との戦いがあったとしても、だ。




 Hr【仮面】さん♡


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Under The Blue - 1

 過去改変から数日が経過した。お出かけは控えて活動していたが、どうやらゼノの事を探す姿や、生存が確認されているような様子はなかった。その代わりに一度サラとアークスシップでエンカウントし、それとなくゼノが頑張っているという事を伝えられた。つまりは過去改変の完了、成功を意味していた。俺はちゃんとゼノとシーナを救い出すことが出来たらしい。歴史を改変し、時間を遡行するこの安藤の力、こうやって誰かの力になることが出来るのであれば素晴らしい物なのだろうとは思うが、好き勝手過去を改変した果てに待つものが何か……というのを考えると、恐ろしいものもある。とはいえ、これを活用しなければアークスがとっくに終わっているのも事実だ。

 

 これがなきゃ、死んでいる人が多すぎる。

 

 だからまぁ、今はデメリットがあるとしてそれに目を瞑る事にした。そもそも何か余裕みたいなもんがダークファルス相手にある訳でもないし。詰めれる所は詰めないと勝てる勝負も勝てなくなってしまう。

 

 という訳で、軽く様子見をして数日後、そろそろ何時も通りのアークス業に戻るか、と判断する。とりあえずアザナミと俺の活躍もあり、新しいクラスであるブレイバーもそこそこアークスの間では広がってきていた。おかげでカタナやバレットボウを背負うアークスの数も他のクラス程度には増えてきた。まぁ、普段から俺がカタナを使い、レギアスがカタナユーザーだと知ればミーハーなアークスは手を出そうとするだろう。そう言う訳でブレイバークラスは徐々に浸透し始め、今日も今日とてマイショップの監視とドゥドゥに武器のOP関係の調整でショップエリアに通わなくてはならない。

 

 だというのに。

 

 アークス活動を再開しようとした所で、

 

 その場所には、アークスの姿も店員の姿もなかった。普段であればOPの継承に失敗して発狂する馬鹿の姿や、暇つぶしにうろついているような奴の姿があるはずの場所だ。だというのにまるで人払いをされたかのように誰もそこにはおらず、

 

 シオン、そしてルーサーの姿だけがそこにあった。

 

 ゆっくりと、なんとなく音を殺すようにテレポーターからシオンの前へと移動すれば、ルーサーがシオンへと話しかける声が聞こえてくる。その視線はシオンへと向いておらず、背中をシオンに向ける形だった。だけど確実に、その意識は見えない筈のシオンを捉えていた。

 

「もう、無駄な事は止めないかシオン。君にそういう足掻きは似合わないよ。アークスも、オラクルも今では完全に僕の手の内だ。いい加減にしないか?」

 

 シオンの視線は此方へと向けられる。

 

「かつて私に、無駄なものはないと教えてくれた男がいた。それが彼であった」

 

「もう無駄さ、シオン。これまでは君の解析に時間をかけてきた……だが漸く、君の存在を感じられる程に結果は出た。そして後少し……後少しで完全に君にまで手が届く。そうすればあぁ、今度こそ全知をこの手にすることが出来る。そう、全知記録(アカシックレコード)が僕の手に……!」

 

「全知に価値はない。真の未来は私と私たちの知る外側にある。故に私は思う。その未来を創れるのは貴女だけだと」

 

 シオンは明確にルーサーを拒絶していた―――だがそこには嫌悪感があるのではなく、どことない同情の感情があった。嫌悪感からの拒絶ではなく、哀れむような、そんなものをルーサーに対してシオンは抱いていたのだ。その感情に腕を組み、首を傾げる。ここまでしてくるルーサーを憎んでいないシオンの姿にはちょっと、違和感があった。だけどそれをはっきりと確認する前にルーサーは振り返り、俺の姿を捉えた。

 

「ま……いいさ。所詮は時間の問題。近いうちに問題の全ては解決される。それに最近は何やら面白い催しが開かれているみたいだしね」

 

 シオンを一瞥しながら彼女の横を抜けたルーサーは、此方の横までやってくると一旦足を止める。

 

「そう、長い人生には時折刺激も必要だ―――たとえその結果が解り切ったものでもね? それじゃあ精々頑張りたまえ」

 

 こちらを見るだけ見てからルーサーは去って行く。テレポーターを使う必要もなく転移する姿は今のアークスを支配する大ボスに相応しい貫禄と恐ろしさを兼ね備えている。だがあのルーサー、その奥底から感じられたものはつい最近感じられた気配でもある。【巨躯】や【仮面】に近い感覚……そう、ダークファルスに似た、そんな気配をルーサーの奥の方から感じられた。だけどアイツ、アークス船団に居るよなぁ? アークス船団に居てマジでダークファルスなら既にレギアスかマリアにぶっ殺されてそうなものだが。

 

 マリアとレギアスのダーカーに対する殺意マジですげぇからな。俺も人の事言えたもんじゃないけど。

 

 純戦闘部門、戦いたくないアークスランキングに入ってた時はちょっと泣いた。

 

 ちなみに不純・戦闘部門もあって、こっちはネタ的な意味や恰好で絶対に戦いたくないアークス達がランクインしてた。堂々の1位はドゥドゥ。攻撃に当たったら強化値とOPを1個消すとか言われてるし当然だろ。

 

「私と私たちは信じている。この世に無駄な物はない、と」

 

 シオンが手を差し出す。その上で輝く新たなマターボードを受け取り、登録する。ホロウィンドウにウォパル海底区域の探索許可が出たのを確認し、視線をシオンへと戻す。

 

「彼は人でありながら人である事を超越し、人である事を諦めてしまった。故に彼は刺激を求める。長く生きる事にそれこそが必要であると、人らしく」

 

「だけどその遊び心が隙になる、って奴か」

 

 その言葉にシオンが頷いた。

 

「彼の目はアークスとオラクル全体に及ぶ。だが彼は細かい見落としをする。小さな出来事の一つ一つを興味がないと切り捨てるだろう。そこに希望がある。貴女が、紡ぐ希望が……」

 

 そう言葉を残すとシオンは静かにノイズと共に消え去った。再びルーサー到達までの時間を稼ぐ為に自閉モードにでも入ったのだろうか? まぁ、どっちにしろ海底探索の許可が出来たのだ。次はこっちへと向かって調査をして欲しいって事なんだろう。

 

「うーむ、良く寝たなぁ」

 

「さぁ、仕事に戻るぞ」

 

「おーい、アキナ何やってんだー」

 

「お散歩!」

 

 シオンとルーサーが去るとそれまで不自然に去っていたアークスや店員たちが戻ってきた。自分たちがそこにいなかったことにはまるで違和感を抱いておらず、自然と本来の居場所へと戻ってきていた。

 

「催眠か洗脳でも出来るのかアイツは」

 

 もしルーサーが本当に催眠か洗脳でアークス達を、オラクルの人たちを操れるのであれば。そうであればもう、本当に……完全にこのオラクルを支配していると言えるだろう。

 

 まぁ、オラクル全体が敵に回っても俺の方が強いから勝つんだが?

 

 ジャスガとステップ回避が入る時点で安藤の勝利は約束されてるんだよなぁ! 安藤vs安藤? 精神攻撃で先に精神ダメージ喰らった方が負ける。今のうちに罵倒のバリエーション増やしておくか……。

 

「ついに徘徊始めたかあの全自動ダーカー殲滅廃人」

 

 無言でクラリッサを呼び寄せてからラ・グランツを叩き込んだ。アークスシップにはリミッター? そんなもの安藤の気合の前では無意味だ無意味。いや、マジであるらしいけど俺もマトイもシップのリミッターガン無視できる事は既に確認済みなので、無視して馬鹿を言ったやつを処刑してから頷く。

 

「良し! さーて、海底探索解放されたしそっちに向かうか」

 

 宇宙は脅かされているし未来は割と絶望的だが、今日もアークス日和だ。

 

 

 

 

 惑星ウォパルには全部で3エリア存在している。

 

 一つは海岸エリア。時間の流れがおかしく朝、昼、夜の時間が凄まじい速度で駆け抜けて行くのがこのエリアだ。ここは既に解放されているし、何度もエコーやカブラカンに付き合って探索している。ちょっとビーチで遊んだりもした。やっぱ海で遊ぶのって楽しいんだよなぁ。

 

 そして二つ目がここ、海底。

 

 到着するここはウォパルの海の底。光源は不自然に発光する周囲の岩や施設、そしてフォトンによるアークス支援用のライト。ウォパルの水底にあるのだから水で満ちている―――という訳ではなく、マップを見る限り水中のある陸続きの洞窟という形の方が正しいらしい。青、青、青、しかし深い青に囲まれたこの海底の洞窟にはちゃんと酸素が通っており、人が最近まで活動していた痕跡もある。

 

 ここの探索の許可を出したのがシオンであるという事は、このエリアに関わっていたのはルーサーなのだろう。

 

 確認してみればアークス全体に海底探索の許可が出ている辺り、ルーサーに対する目くらましも含まれているのだろう。一応、ダークファルスを警戒してクラスをFoBrという形でクラリッサを抜ける様に備えつつ、海底の地を歩き始め様とすれば早速オペレーターの方から通信が入ってくる。

 

『アキナ、聞こえているか。直ぐ傍でダーカーの出現予兆を観測した。規模は中型だが、これまでウォパルで確認されていないダーカーが出現するようだ。気を付けろ』

 

「サンキュー、ヒルダさん」

 

 スサノショウハを抜いて一回転させてから納刀すれば、正面にダーカーが転移してくるのが見える。出現するのは何段もの鉄のプレートを重ねたような姿をしたダーカーの姿だ。金と黒と赤色のダーカーはPSO2時代にも出現した相手、デコル・マリューダだ。上部に付属するクローで引き裂いてくるダーカーなのだが、

 

 まぁ、レア種含めてこいつに困らされた事ってマジでないんだよな……。

 

 滅茶苦茶弱いし。

 

 という訳で取る行動はシンプルだ。まだここは海底エリアの入り口付近である事もあってダーカーの強さはさほどでもない(N程度)のだ。アサギリレンダンで一気に接近しながらハトウリンドウで斬撃を放てば、斬撃の波によってデコル・マリューダの胴体が一気に三つ粉砕して、上のパーツが落ちてくる。

 

 そもそもからして頭の上の弱点となるコアが露出している相手なのだ。ここまでやらずとも別に良いのだが、解りやすい手本として胴体を砕いた。

 

 そこから跳躍、シュンカシュンランというトップにぶっ壊れたブレイバー最強のPAを使って頭の上のコアに斬撃を叩き込んで行く。その間にデコル・マリューダは抵抗するように足の下でクローをぶんぶんと振り回すが当然、それが届くような事はない。こいつにもジャンプ系の攻撃があるにはある。だが行動が解りやすい上に回避も簡単だ。それに、低ランクのデコル・マリューダなのだから、

 

「これで終わり、っと!」

 

 サクラエンドによるXの字の斬撃を放つ。交差するように放たれた斬撃にデコル・マリューダが浄化され、消滅する。その姿が消えた所で着地しながらスサノショウハを鞘の中へと戻す。

 

「ま、無敵の安藤様にかかればこんなもんよ」

 

『対象の消滅を確認、良い成果だ。引き続き頼むぞ』

 

「了解、了解。これぐらいなら軽いもんさ」

 

 手をひらひらと振りながらヒルダとの通信が切れる。他のオペレーターたちと比べると割と硬いというか、真面目な人だよなぁ、ヒルダは。とはいえ、それはベテランであり長年アークスという存在を見守ってきたオペレーターとしての経歴が乗った上での態度だ。新人やまだ未熟なオペレーターたちと違ったしっかりとして、どっしりと構えたその声とオペレートには安心感を覚えるものがある。

 

 そうだ、彼女たちの声がこのアークスミッション中に一番よく聞く声なんだ。

 

 お耳の恋人とはよく言ったもんだ。

 

「さーて……割とダーカー反応は多いな」

 

 海底にはいくつもの施設と遺跡が存在しており、また同時にダーカーが徘徊している。ゲーム時代は深く考えていなかったが、良く良く考えてみるとこんな海の底までデコル・マリューダサイズのダーカーが徘徊したり、出現するのもおかしいだろう。だってこの海底にはそこまで大型のダーカーを必要とする様な原生生物が存在しないのだから。

 

「となると護衛にでも置かれてるのかねぇ」

 

 まぁ、どっちにしろアサギリレンダンしながら移動するからエネミーの類は全部切り刻みつつ進むが。

 

「さー、やるぞやるぞ」

 

 今日も宇宙の平和の為にやるぞー。




 皆はもうラスター使ったかな? クラスの背景説明もなく、推進するNPCもなく、説明もなしに唐突に使用許可の出る謎のクラス。

 安藤が「あ、ひらめいた」で編み出した説まである。


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