ガールズ&フリート (栄人)
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おまけ
おまけ「軍艦道のひみつ(民明書房刊)」より抜粋


なんとなく考え付いたのでおまけとして投稿します。読まなくてもよくに支障はありません。


「軍艦道の歴史」

 

 倭寇。中国明代に東シナ海に出没した海賊の総称である。日本人や中国人などで構成されており、西日本にはこの倭寇の拠点となる村が多く築かれた。

 やがて戦国時代に入ると、倭寇の村々でも男たちは戦へと駆り出されることとなる。代わりに船を操り貿易船を襲って生計を立てるようになったのは、村に残った女たちだ。

 江戸時代になると、この女倭寇は「船薙刀」と呼ばれる武術として確立した。船薙刀は瀬戸内海で発展し、いくつもの流派が生まれることとなる。

 この歴史が大きく動いたのは、幕末だ。海防論の高まりとともに船薙刀は注目を集め、沿岸防衛の要として幕府から奨励された。

 かの坂本龍馬を輩出した坂本家も、船薙刀の家系であったという。龍馬は海援隊を設立した際、船薙刀の使い手を商船の警護として重用した。これがブルーマーメイドの始まりだ。

 一方、船薙刀も大きく形を変える。竜馬の妻、お龍は船薙刀に西洋から輸入されたスポーツの概念を取り入れ、近代競技としてこれを確立させた。さらに沿岸防衛の観点から、船薙刀に当時としては最新鋭の大砲や軍艦が導入された。こうして普段から武器に親しむことで、戦時には優れた兵士を養成するという目的から軍艦道はスタートしたのだ。

 

 時代は下って1941年。

 日米交渉妥結によって日米開戦の危機が過ぎると、対米英戦用に大量建造された軍艦が無用の長物となったのだ。これにより軍艦道で使われる軍艦はこの時の(ルールブックではポツダム宣言(国際連合設立に関する世界宣言)発表の1945年8月15日までに建造、もしくは計画されたもの」が主流となった。

 事情は欧州でも同じである。ナチス・ドイツがフランス・東欧占領後、イギリスと講和を結んだため欧州は全体的に戦車・軍艦などの武器が余るようになったのだ。ヒトラー暗殺後のドイツ内乱を経てもなお、武器はだぶつき、それらを使って戦車道・軍艦道が盛んとなっていく。

 

「仲が悪いの? 軍艦道と戦車道」

 

 一言でいうなら、悪い。特に日本は。

 それには、前述の両競技の歴史がある。

 近代武道として確立したのは軍艦道の方が先だ。しかし、その前身となる船薙刀、馬上薙刀となると、江戸時代に確立した船薙刀に比べ、馬上薙刀は平安時代から続く伝統がある。

 そのため双方が双方を「新参者」といい、自分の方が歴史があると主張している。

 また戦車道は陸軍。軍艦道は海軍が支援したため、陸海軍の不仲が競技レベルまで引き継がれているのだ。

 今、戦車道の方がプロリーグ発足、世界大会開催などで乗りに乗っている。軍艦道もこれに続けるのか、これからの活躍に期待だ。

 

「豆知識」

 運動会などで名物となっている騎馬戦。実は騎馬戦は、馬上薙刀と船薙刀が起源である。

 船薙刀は「刀手」「櫂手」「漕手」などから成り立っている。これはそのまま、馬と乗り手に分業する騎馬戦に引き継がれ、馬上薙刀のルールでこれを行うことになったのだ。まさしく両競技の融合した姿が騎馬戦なのだ。

 私たちの身近にも、軍艦道と戦車道はあるだ。

(「軍艦道のひみつ」民明書房刊、軍艦道研究会著より一部抜粋)



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本編
軍艦道始めます!……だけど学校がピンチ!


別シリーズが未完結にもかかわらず息抜きがてら始めてしまいました。いろいろと足りぬところもあると思いますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
ガルパンのキャラは基本出てこない予定です。
ご意見、ご指摘、ご感想などありましたらぜひよろしくお願いいたします。


「横須賀女子海洋学校ですが、事実上貴校の廃校が決定しました」

 春。新入生もいくらか学校に慣れ、校舎に子供たちの声が響く横須賀女子海洋学校。

 そこの校長、宗谷真雪は頭を抱えていた。原因は目の前に置かれた一枚の書類と、たった今言われた一言。。

「まさか……、そんな……」

 真雪は呻く。

『横須賀女子海洋学校と横須賀宇佐マリーン学園の統合計画について』

 書類には、そんな文字が躍っていた。

「何とか撤回できないのでしょうか?」

 真雪は目の前の男、文科省の担当者に懇願する。

「横須賀女子の生徒数は減少の一途を辿っています。にも関わらず、保有する艦船の維持に莫大な費用がかかっている。我々が推し進める学園艦削減の対象に十分当てはまります」

「しかし、うちは100年以上の歴史が」

「歴史は関係ありません」

 担当者は冷たく言い切る。

「ともかく、経営で大きな赤字を出しているこの学校を存続させる理由はないのです」

「……学校経営を黒字化すればよいのですか?」

 真雪が低い声で言った。

「そうですね。そうしていただけるのならば、考え直しますよ」

担当者は鼻で笑う。

「……3年、時間をください。それまでに生徒数を増やし、再びこの学校を蘇らせてみせます」

「そんなことできるんですか? 10年以上赤字経営が続いているここに」

「やってみせます」

 真雪は担当者を見ていなかった。その瞳が注がれているのは、彼の背後、校長室の奥の棚に飾られている一つの古いトロフィー。

『軍艦道全国大会優勝 横須賀女子海洋学校』

トロフィーの台座には、そう刻印されていた。

 

軍艦道。

 

茶道、華道、戦車道と並ぶ女性の嗜みだ。古くはヨーロッパのバイキング、日本の倭寇に由縁するとも言われ、坂本龍馬の妻、お龍の手で近代武道として確立。現代では世界中でスポーツとしても楽しまれている。

そのルールは戦車道とほとんど変わらない。

横須賀女子海洋学校は軍艦道の名門として、昔は日本五大校の一つに数えられていた。

 事情が変わったのは十数年間ほど前。大企業、宇佐財閥が出資する私立学校「横須賀宇佐マリーン学園」が横須賀女子のすぐ近くに設立されたのだ。

 豪華で最新の設備と自由な校風で生徒数をどんどん伸ばし、反比例するように横須賀女子の生徒は減っていった。

 軍艦道でも、マリーン学園が台頭。弱体化していった横須賀女子軍艦道部は部員数減少で休部に追い込まれてしまった。

 そして今日、文科省は横須賀女子を事実上廃校にし、マリーン学園と統合させる計画を通達したのだった。

 

「どうなさるおつもりですか? 校長」

 文科省の担当者が退出するのと入れ替わりに入ってきたのは、教員の古庄だ。

「あら? 聞いてたの?」

「古い扉ですからね、嫌でも聞こえます」

 古庄はわざとらしく肩をすくめた。どうやら聞き耳を立てていたらしい。

「しかし校長、3年で生徒数を増やすなんて、そんなこと」

「出来るわ」

 真雪はキッパリと言い切る。そして一枚の新聞記事を取り出した。

「茨城で実際にあった事例よ」

 ちらりと読んだ古庄は

「これですかぁ?」

 胡散臭げな声を出した。

「あら? 知らないの?」

「しってますよ。知ってますけどうちじゃ無理でしょう。よっぽど珍しいから新聞に乗るぐらいですし」

「他所が出来るならうちでも出来るはずよ! 早速臨時の全校集会を開くわ! 古庄教官、準備を!」

真雪はハツラツと指示を飛ばして、校長室を飛び出した。

「……流石、即断即決・猪突猛進、宗谷流家元宗谷真雪」

静かになった校長室で、古庄は風のごとく出ていった真雪の二つ名(本人に知られてはいけない方)をぼそりと呟いた。

『大洗女子学園の奇跡! 戦車道が学校を救う』という見出しの記事が、ふわりと床に落ちた。

 

宗谷ましろは不幸である。

大体こういうのは本人の悲観だったりするのだが、彼女に関しては身内友人、さらには初対面の人間にさえ同情されるという深刻なレベルだ。

話題の行列に並べば目の前で売り切れ。学校行事はいつも雨。下ろした服はすぐに汚れ、授業参観はなぜか必ず変わり者の次女が来て悪目立ちするという、某ラノベ主人公をかくやという勢いの不幸っぷりである。

そんなましろは今年、解答欄を間違えるという不運に見舞われながらも、念願の横須賀女子海洋学校に入学を果たした。

ましろには夢があった。

今となっては没落した横須賀女子の軍艦道を復活させ、宗谷家が考案した流派、宗谷流の名を再び全国に轟かせるという夢が。

だかそれも、

『我が横須賀女子海洋学校は廃校の危機にあります』

臨時で開かれた全校集会で粉々に砕かれそうになったのだった。

「宗谷さん!? 宗谷さーん!!」

「はっ!?」

 あんまりにあんまりな発表で一瞬意識が飛んだましろ。隣に立っている黒木洋美が心配そうに彼女を支えている。

ましろは目をぱちくりとさせ、茫然と呟いた。

「え、今廃校って……」

「ええ。ほんとうみたいね、宗谷さん。わざわざ校長先生が言うんだもの」

 突然のことに周りもざわざわとざわついている。

『静かに!!』

 真雪がマイク越しに叫んだ。キーンという音割れで、みんな黙り込む。

『私は! この伝統ある学校をなくしたくはありません! そこで、ある約束をしました。こののち3年で学校経営を黒字化すれば廃校を免除してもらうと!』

「「「はあ……」」」

 どう反応すればよいのかわからない生徒たちは曖昧な相槌を打つ。

『そしてっ! 私はある秘策を打つことしました!』

 大きく手を振る真雪。その姿はさながら独裁者のようだ。

『横須賀女子軍艦道を復活させっ! 全国優勝させるのですっ!』

「「「はあっ!?」」」

 今度は、本気で訳が分からないという返事だった。

 

 曰く、茨城のとある学校は戦車道で注目を集め廃校を免れた。ならうちも軍艦道で再び栄光を掴んで注目を浴び、生徒数回復、寄付金アップからの黒字回復を目指そうではないか! という実に単純、安直な計画らしい。

「……うまくいくのか?」

 あまりに非現実的な話に顔を引くつかせるましろ。

「……さあ?」

 普段ましろに追従する洋美もさすがに首を傾げた。

 それにこの計画にはいくつか重大な問題がある。一つは、

『残念ながら、本校軍艦道は休止状態にあります。そこで! 選択授業の一つとして軍艦道過程を復活、履修者は軍艦道部を結成し入部してもらいます! 履修希望者は集会後ここに残ってください!』

 まず人がいないこと。

 自動化によって戦艦から駆逐艦まで1隻30人ほどの人数がいれば事足りるが、それすらも集まらないからこそ休止状態にあるのである。人数を集めるのが難しいのが、軍艦道が戦車道に比べマイナーな理由の一つだ。

 だが、ましろの胸中には少しずつ希望の灯がともり始めていた。

『横須賀女子で軍艦道をする』

 昔からの彼女の夢だった。

 だが横須賀女子の軍艦道が休止していることは知っていたので、その夢も半ば諦めていた。それに今回、学校が後押しで、叶いそうなのだ。初めて、運が自分に味方してくれた気がした。

 

だが、ましろは己の不運レベルを見誤っていたのだった。




登場人物の紹介
宗谷真雪・・・・・・横須賀女子海洋学校の校長。「来島の巴御前」と称される軍艦道の天才で、宗谷流家元。だが「即断即決・猪突猛進」と陰口を叩けれるほど思い付きであれこれやっちゃう人でもある。

古庄薫……軍艦道部の教官。校長によく振り回される。横須賀女子出身で、学校の黄金時代を支えていた。独身である。彼氏もいない。


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軍艦乗ります!……だけど何もなくてピンチ!

「え?」

 ましろはもう一度周りを見回した。

「えっと、1,2,3……」

「……何べん数えても同じだと思うよ、宗谷さん」

 洋美が言うが、ましろはその現実を認めようとしない。

「いや、これは何かの間違いだ。……よし、眼科に行ってみよう、そういえばこの間の眼科検診に引っかかってから行ってなかったし……」

「宗谷さーん」

 ひたすら現実逃避に走るましろの肩を洋美は大きくゆすった。

 だが、ましろがこうなるのも無理はない。全校集会の後、校長の呼びかけに応じてその場に残ったのは、たったの31人。一隻動かすので精いっぱいの人数だ。

 しかも、

「先輩はっ! 2,3年の先輩方はどうした!?」

「2年はもうクラブに入ってる人が多いし、3年生は受験があるから……」

 入学したばっかの一年生だけだった。

 

「やっぱりあまり集まらないわね」

 苦笑いを浮かべつつ、古庄がやってきた。

「まあいいわ。こっちのほうが都合もいいもの」

 そして、周りも見回す。

「軍艦道の教官を務めさせてもらう、古庄です。航海科の生徒は私の授業を受けた人もいるでしょう。私自身も学生時代は軍艦道をやっていました。これから頑張りましょう」

 とまあ、無難にあいさつ。

「さっそくこの中に軍艦道経験者は?」

 古庄が尋ねるが、手をあげる者はいない。

「あれ? 宗谷さんは?」

やれなんだかんだ言っていたましろなら経験があるだろうと思っていた洋美だが、ましろは手を上げる様子はない。

 洋美は首をかしげるが、ましろは顔を真っ赤にして、首をすぼめていた。

「……ルールは完璧なんだけど」

「まあ、最低30人集めるのは大変だもんね……」

 そんな中、

「おや、あなたは?」

 小さく手を上げる少女がいた。

「えっと、昔、小さいときに……」

 少女は恥ずかしそうに声を上げた。

「名前は?」

「岬明乃です。古庄教官」

少女が言う。

ましろはその顔に見覚えがあった。

「あの顔、どっかで……?」

だがすぐに移動が始まってしまい、思い出すことが出来なかった。

「軍艦道に使われる軍艦は、すべて特殊カーボンで内部が守られている。艦橋を始めすべての窓ガラスは超強化対爆ガラスが使用され、大和主砲の45口径46センチ砲による直撃弾を受けても大丈夫なの。砲弾や水雷も軍艦道連盟規定の弱装弾しか使えないから、十分安全よ」

軍艦道のための軍艦があるという埠頭に行く間、入部希望者一同は古庄から軍艦道に関する一通りの説明を受けていた。

「でも、それでしたら決着がつかないのでは?」

上品そうな少女が疑問を口にする。

「安心して、万里小路さん。軍艦道の軍艦には各所に特殊なセンサーが取り付けられているわ。攻撃が命中すると、センサーがそれを検知して、被弾場所や威力に応じて艦に擬似ダメージを与えるの。機関付近に当たれば、機関の速力低下。浸水相当なら該当区域が自動で閉鎖されたりね」

「へぇー」

感心の声が湧いた。

古庄は満足そうに頷いて、さらに説明を続ける。

「一口に軍艦道と言っても、いくつかの種目があるわ。一対一の一騎打ちで行う単艦戦。双方艦隊を組む艦隊戦。それに基本ルールに乗っ取ればそれ以外何でもありの無制限艦隊戦。連盟非公認だけど、潜水艦戦や艦内制圧戦ってのもある」

「でも私たちがするのって」

1人が声を上げる。

「ええそうね、この人数じゃ単艦戦しか出来ないわ」

古庄が言葉を引き継ぐ。

「艦隊戦がしたかったぞなー」

「まあまあ、サトちゃん。また人が入れば出来るかもしれないし」

「あー、それなんだけど……」

古庄は気まずそうに遠くを見つめていた。

「ま、百聞は一見にしかず。見えたわ。あれが我が校唯一の軍艦。陽炎型航洋艦「晴風」よ」

そこにあったのは、たった1隻の古い航洋艦だった。

「あれ?」

「思ったより小さくない?」

「もっとでっかいのかと思ったなー」

皆が口々に期待はずれだという感想を述べる中、

「え、なんで……」

ましろは1人震えていた。

「きょ、教官! 横須賀女子が保有しているのはこの艦だけですか!? 舞風は? 浦風は?それに比叡、あと、戦艦武蔵はっ!?」

続々上がる名前に少し驚いた顔をする古庄。

「よく知ってるわね、宗谷さん。確かに昔はそれらもあったけど」

「昔はって、まさか!」

「ええ、赤字補填のために売却したわ。晴風だけが売れ残って、学校の端っこで係留されてたのよ」

ましろはワナワナと崩れ落ちる。

「そんな、母さん……、これで全国に勝てって言ってるの? 正気じゃない……」

「宗谷さん!? ちょっと大丈夫っ!?」

すっかり腰の砕けたましろに1人慌てる洋美の後ろから声がかけられた。

「えっと、大丈夫? 黒木さん、宗谷さん?」

「あ、はい、ええっと……」

「はい」

彼女が手を差し出す。

己の痴態を見られたましろは赤面しつつも、その手を取って立ち上がった。

「わたし、岬明乃。よろしくね」

彼女が、明乃が言った。

 

 

 

一方その頃。校長室では、発案者である真雪が1人書類と格闘していた。

「連盟への登録と、共済の加入と、あとなにがあったかしら……」

その顔は若干やつれている。

「まさか、残ってたのが晴風しかないなんて、予想外だったわね。もうちょっとあると思ってたんだけど」

古庄や娘のましろが聞いたら激怒しそうなセリフを吐きつつ、真雪はタブレットにとある画面を移す。

長野県軍艦道協会のホームページだった。

「岬明乃。軍艦道中学生全国大会で、史上初めて長野県連合艦隊を勝利に導いたうちの1人にして、重巡洋艦「筑摩」艦長。……これほどの人材が強豪校に引き抜かれずうちに来たのは不思議だけと、彼女がいれば、あるいは」

真雪は拳を固めた。

「勝てる。宇佐マリーン学園に!」

真雪は見落としていた。

確かにホームページの大会成績には全国大会優勝とある。だが、その詳細に、「本大会では決勝での重巡洋艦筑摩以外、1隻の轟沈も出すことなく、・・・・・・」という一文があったことに。



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早速練習です!……だけどみんなバラバラでピンチ!

このお話では晴風乗員総じてかなりのロースペックとなっております。


横須賀女子海洋学校軍艦道部は活動を再開させた。

古庄が部内幹部を決めた結果、艦長(部長)は岬明乃。副官に宗谷ましろが任ぜられることとなった。

ましろと仲の良かった黒木洋美は機関科だ。ちなみに彼女はましろが艦長出ないことに1人憤っていたが、明乃が軍艦道経験者であることを知りしぶしぶ矛を収めている。

 

 

とまあ、そんなわけで練習をはじめたのだが……。

「機関どうしたぁっ!?」

もはや何度目とも知れぬ機関停止にましろはいらだちを爆発させ伝声管に叫んだ。

『うるせぇ! 聞きゃわかるじゃねぇか、止まったんでぇ!』

自分も十分うるさい機関長、柳原麻侖の怒鳴り声が帰ってくる。ここまでくると、もはや売り言葉に買い言葉だ。

「ええい! 何度止めたら気がすむんだっ! ちゃんと仕事しろっ!」

『ああっ? こっちがさぼってるって言ってんのか!? だったらもうやんねぇ! ほんとに一切仕事しねえからな!』

『ちょっとマロン! 宗谷さんに言い過ぎよ!』

『うるせえ! もう知-らねっ!」

 もうしっちゃかめっちゃかである。

 しかも混乱はここだけにとどまらない。

 

「あのさ、昨日の演習で何発撃ったの?」

 主計科会計長、等松美海に追い詰められているのは水雷長西崎芽衣と、砲雷長立石志摩だ。二人は艦橋窓際にじりじりと後ずさりする。

「えっと、魚雷は7発……」

「…………………」

「あ、タマは50発って」

 ぼそぼそっとつぶやく志摩の言葉を通訳する芽衣。だがそれは単に、美海の血管をぶった切ることなるだけだった。

「何それ! 100パー信じらんないんだけど! あれ一発いくらかかるか知ってるの!?」

「え? さあ……」

「砲弾1ダース五千円! あんたが昨日撃った分だけで約2万833円! 魚雷は一本500円だから3500円! うちの部費は今月五万円でやりくりしなきゃいけないの! この調子で言ったら来週に使い切るからね!100パーセントの確率で!」

 次々と繰り出される数字を前に思わず耳をふさぐ砲雷・水雷コンビ。

その様子を見て、記録員、納沙幸子が苦笑いを浮かべる。

「『たまに撃つ、弾がないのが、玉にきず』って感じですねえ」

 予算不足もまた深刻な問題だった。莫大な経営赤字を抱える学校からの補助など、カモメの涙程度しかない。部員から徴収する部費と、OGから募ったカンパ、連盟からの補助金でぎりぎりの運営をしていた。

「あと次は! 機関科か! あいつら燃料代いくらかさむと思ってんのよ!」

 美海は部費ノート片手に艦橋を飛び出し、現在絶賛戦争中の機関室に突撃していった。

 等松美海。金銭関係に妥協はない。

 

「ぜ、前方から商船接近!」

 美海が去ってすぐに、航海長、知床鈴が悲鳴を上げた。

「え、えっと、とりーかーじ」

 明乃が自信なさげに言うと、鈴も

「と、とりーかーじ」

 おんなじように復唱する。

 なんとなく、見ていて不安になる操舵だった。思い切りがない。

「演習海域まであと十五分です」

 幸子がタブレット端末を見て報告するが

『え? こっちの計測やとあと四十分になっとるぞな』

 海図とにらめっこしていた航海員勝田聡子が伝声管越しにそう伝える。

「あれー? どこか間違ったんですかね?」

「ぞなー?」

 

「晴風、停止しました」

「みたいね」

 晴風の後ろについていた教官船「猿島」の艦橋にいた古庄は大きな、そりゃもう大きなため息を吐いた。晴風艦内の惨状は無線を通じてリアルタイムで古庄の耳にがんがん響いているのだ。

「ほんとに大丈夫かしらねぇ」

 古庄の目は、広い広い大海原の水平線を見つめていた。その眼には生気がこもっていなかった。

 

「練習試合を行います」

 練習後のミーティングで、古庄はさっそくそう告げた。

「練習試合ですか?」

 明乃が首を傾げた。

「ええ。軍艦道の上達にはやはり実戦が一番。そこで今回は、私のつてを使って現役のブルーマーメイドの方にご足労願うことになりました」

「「「おおー」」」

 ブルーマーメイドはいうなれば海の保安官だ。そして、軍艦道社会人チームとして海上自衛隊と肩を並べるほどの軍艦道の強豪でもある。

「しかし……、今の我々にブルーマーメイドチームにかなう実力があるとは思えませんが」

 ましろが手を上げていった。

「ええ。確かにいま、このチームにはそんな実力はありません。しかし試合を通じて軍艦道の楽しさを知ってもらおうと思ったのです。また、現役の選手たちを見て、立ち振る舞いを学んでもらいたいのです」

「おおおー! じゃあブルマーが撃ってるの見れるんだ!」

 芽衣が顔を赤く上気させる。

 横須賀女子は船員を育てるための学校だ。昔、軍艦道強豪校だった時代は、練習航海も軍艦で行っていた。だが予算削減に伴って、燃費と操作性の良い商船に変えられてしまった。ので、実際に軍艦に乗ったことがある生徒も、発砲したことがある生徒も今までいなかったのだ。

「試合は明日行います。しっかり作戦を立ててください」

「「「はい!」」」

大きな返事が響いた。




登場人物の紹介
等松美海……会計長。本編で野間マチコに憧れてたあいつである。部費の取り立てに関しては「地獄の徴税人」「鬼の会計」の異名を持つ。

勝田聡子……松山出身愛媛っ子。ぞなぞなほけほけ娘である。ただ愛媛県民は乗り物の操縦時に性格が変わるといわれており(某県民性漫画参照)この子がどうなるかはいまだ不明である。

 


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練習試合です!……だけど弁天でピンチ!

 練習試合当日。

「本日、天気晴朗なれど波高し」

 見張り員野間マチコが呟く。

 雲一つない快晴だった。場所は房総半島の沖。晴風と猿島、そして黒い船体のブルマー艦「弁天」が停泊していた。

「我が後輩諸君! 今日は精一杯頑張ろうではないか!」

 晴風甲板に立つ弁天艦長、宗谷真冬はがはがはと大笑いして言った。黒いマントに黒い制服。ハッキリ言って変だった。

「あの人、宗谷さんのお姉さん?」

「へぇー、ブルマーなんだ」

「でもちょっと変わってない?」

 ひそひそ話がましろの耳にも入ってくる。

「ああ、もう……。なんでこっちのほうが……」

 ましろは恥ずかしさに震えていた。どうせなら一番上の普通にかっこよく、普通に凛々しいほうの姉が来てくれればよかったのに、と思うが、現実は変えられない。

「おーましろ! 今日はガンバローな―! 真霜ねーさんがましろに会いたいって言って写真抱きしめてチューしてたぞ! たまには電話してやれー」

「もう! 恥さらすなら自分だけにして! 嘘ついて真霜姉さんまで巻き込まないでぇぇ!!」

 こうして、横須賀女子海洋学校とブルーマーメイド有志艦との練習試合が幕明けた。

 

 単艦戦は20キロ四方に設定された試合海域に双方が対角線上に配置され、審判艦の号令により試合開始。射程に接近して砲撃戦を始める、というものだ。

 ちなみに今回、弁天はハンデとして、主力装備である噴進魚雷を使用しないことになっている。

「で、結局どうしますか? 艦長。作戦は結局考えられていませんが……」

 艦橋に戻り、何とか冷静さを取り戻したましろは艦長の明乃に尋ねた。

 昨夜、作戦会議は結局艦橋vs機関室vs会計vs水雷科&砲雷科vs航海科vs主計科という大内乱に発展し、殴り合い寸前で強制お開きとなったのだ。作戦なんぞまるで決まらず深まったのは互いの溝のみ。

 そんなわけで晴風艦内は今、雰囲気最悪であった。

 明乃はしばらく考えて言う。

「と、とりあえず弁天を探して、出会ったら丁字戦法をとって砲撃を始めよう、宗谷さん」

「艦長ー? ていじせんぽーって何?」

 芽衣が首をかしげる。

「座学でやっただろう! 海戦の基本的な戦法だ!」

 ましろが眉をひそめた。明乃が苦笑しながら説明する。

「敵艦の正面に対して自艦を横向きに着けて、使える方の数に差をつける戦法だよ」

「なるほど! そしたら魚雷発射管も砲塔も全部使えるしね」

「ウィ」

 芽衣と志摩が感心して頷いた。

「単艦戦はまさに索敵が勝負です。先に敵を発見し、先に発砲したほうが勝機を得ます」

 幸子がしたり顔で説明した直後、

『弁天発見! 10時の方向! 距離20!!』

 見張り員野間マチコの声が響いた。

「来た!」

 ましろは指示を仰ごうと明乃を見る。だが明乃は、

「…………」

 青い顔で黙ったままだった。

「艦長!」

 ましろがもう一度鋭く言うと、明乃ははじかれたようにハッとして叫ぶ。

「ほ、砲撃よぉーいっ!」

 だが、先手は弁天がとる。

『弁天発砲!』

「回避! おもかーじ一杯!!」

「お、面舵ってどっちだっけ!!??」

「あほっ! 落ち着け! 知床さん!」

 泣きながら一人混乱している鈴にましろが怒鳴ったが、それをかき消す爆発と振動に襲われた。

『右舷甲板着弾!』

『一部区画浸水掃討ダメージッス!』

 被害報告も済まぬ間に、

『こちら電索! 通常魚雷来ます!』

『魚雷航跡確認! 3発!』

 次々あげられる報告を前に恐慌状態になる艦橋。

「え、撃っていい? 撃っちゃった方がいい?」

「回避が先だろう! とにかく舵輪回せぇぇ!!」

「ひぃぃぃぃ」

 だが魚雷は二発命中した。その上むちゃくちゃに回避したせいで、船腹をさらしてしまう。

『機関損傷!』

『浸水区域止まりませーん』

「艦長!! どうしますか!」 

「え、えっと、その……。とにかく回避運動。それから砲撃準』

 言い切らないうちに、弁天から放たれた何発もの砲弾が晴風を襲う。そして、

「あれ?」

 ブレーカーが落ちたように、晴風はその機能を止めた。

「……負けだ」

 ましろが脱力する。

 晴風は白旗を掲げていた。

「砲撃戦開始から、・・・・・・1分と4秒です」

 幸子の声が、すっかり静かになった艦橋に響いた。

 

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 横須賀宇佐マリーン学園。

 この学校は自由と自主、平等を校訓として掲げている。そして己の実力のみがすべてを決める、完全実力主義の学校でもあった。

 その学校で500人以上の生徒が所属する軍艦道部部長はかなりの実力者だ。そして当代部長、ミス・プレシデントこと尾浜場 楽(おばまば らく)は生徒会長をも兼任する、まさに学園最高権力者だった。

「hei、プレシデント、横須賀女子軍艦道に関するdateだよ」

「ご苦労、ミス・マンハッタン」

 プレシデントは礼を言うと、コーヒーをすすった。副部長のミス・マンハッタン(本名、久利都 ひらり)はそのままプレシデントの机の上に座る。

 ここは軍艦道部の部室。通称パールハーバー。学園艦艦橋の埠頭を一望できるところにある、白を基調とした豪華な一室だ。艦長以上の、アメリカ海軍士官服を模した幹部服を着た者しか立ち入ることができない。

プレシデントは資料をパラパラとめくり、小さく噴き出した。

「まったく、やつらが何をしだすかと思えば、まさかこんなしょうもないことだったなんてね」

「ほんと、二流のshipに三流のsailors 。楽勝だね」

 マンハッタンが相槌を打って、プレシデントに聞く。

「で、どうする? プレちゃん。確か一か月後の地区大会、一枠ここと当るよね?」」

「プレちゃんはやめなさい」

 艦隊戦は出場校が少ない分、登録すれば即全国大会へ行ける。しかし単艦戦はそうではない。各地方に出場枠が定められており、それを登録艦数が越す場合は地区大会が開かれるのだ。

 宇佐マリーン軍艦道部は創部以来関東地区の出場枠を独占しており、それは宇佐マリーン生徒の誇りでもあった。

「はーあ。あんな弱小と当るなら、校内戦のほうがよっぽど身なるってのに」

「言葉を慎みなさい、マンハッタン。一瞬の油断が、一生の後悔を生むのよ」

「Sorry,mam。で、どうするの? 徹底的につぶす?」

「……それも趣味が悪いわね。せっかくの同好の士。仲間は多いほうがいいわ。……ミス・ロッキーに任せましょう」

 プレシデントはミス・ロッキーの、今年入学した知名もえかの写真をマンハッタンに渡した。

「Oh,it's interestingね、プレちゃん。幼馴染対決じゃん」

「だからプレちゃんはやめて」

 




登場人物の紹介
宗谷真冬・・・・・・ブルーマーメイド艦、弁天の艦長で、ブルマー軍艦道の司令官でもある。ましろの姉。10人中7人が変人というが残り二人がかっこいいといい、後の一人が熱狂的信者になるという謎のカリスマを持つ。シスコン。

尾浜場楽……宇佐マリーン軍艦道最高司令官にして生徒会長。コードネームはミス・プレシデント。正直このコードネームはどうかと思っている。和食が好き。

久利都ひらり……宇佐マリーン軍艦道副司令。お調子者だがいろいろな面で部長を支える。コードネームはミス・マンハッタン。帰国子女で会話に英語が混じる。プレシデントとは昔からの知り合い。

 なお宇佐マリーンの上記二人が作中本名で呼ばれることは基本ない。


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目に物見せます!……だけど艦長でピンチ!

自分も学生時代にこんなことを言われながら部活やってました……。書きながら当時のトラウマがよみがえってきてつらかったです 笑。


誰も何も言わなかった。学校に戻るまでの間、航行に必要な指示以外の声は誰も一言も発しない。

最悪なんて言葉すら生ぬるい、晴風はそんな空気だった。

 

「えーっと、まああれだ。どんな天才も、名人も最初は初心者だった。今からコツコツ頑張れ!」

学校に着くなり、真冬はそう言って、この雰囲気から逃げ出すようにさっさと出港していった。

「……話があります。全員艦の中に戻りなさい」

黙りこくっている晴風乗員に、古庄は険しい顔で言った。

 

全員が艦内の教室の席に着くのを見て、古庄は口を開いた。

「あなた達には失望しました」

古庄の声は嫌に部屋の中に響く。

「宗谷さん」

「はい」

ましろは唇を噛む。

「あなたはこの艦があなた1人の手で動いていると思っていませんか? 日頃のあなたの態度を見ていて、そんな気がしてなりません。宗谷さん、あなた、軍艦道向いていませんよ」

ましろの目に涙が浮かぶ。

古庄の視線はマロンに移る。

「柳原さん。あなたは気に入らないことがあれば職務を放棄するのですか? 駄々っ子は晴風の機関だけて精一杯です。子供っぽいのは見た目だけにしてください」

「くっ……」

マロンは反論しようと口開けたが、

「やめな、マロン」

洋美に抑えられる。

「それに航海科。ろくに航海できない連中を乗せるほどこの艦は余裕がありません。はっきり言って邪魔です。とっとと降りてください」

「うっぐ……。ご、こべんなざぃ……」

鈴が泣きながら謝る。

古庄はこの調子で次々と生徒達に口撃を向けた。そして、

「岬さん」

「……はい」

「あなたはその頭に被っているものがただの布と革の塊だと思っているのですか? それは横須賀女子の歴代司令官が受け継いできた伝統ある帽子です。何千という人間がそれを被ることを夢みて、結局被れないまま引退していきました」

「わかって、います」

「いいえ。あなたの頭はその帽子を綺麗に被ることしか能がありませんよ。それなら学校に住んでるノラ猫にやらせた方がよっぽどマシでしょうね。突っ立ってるだけなら誰でも出来ます。そんなに軍艦道が嫌なら今すぐ辞めてください」

「……っ! そんなことありませんっ!!」

「言い訳は聞きたくありません」

立ち上がった明乃を古庄は無下に切り捨てる。そして、もう一度全員を見回す。

「これからどうするのか、どうしたいのか。全員でよく話し合ってください。それまで練習はしなくて結構です」

古庄は教室を出て行った。ガン、と閉められたドアが静かな艦内に響いた。

 

「ずいぶん言ってくれたわね。さすが鬼の古庄」

教室をでですぐの角のところで校長、宗谷真雪が壁に寄りかかっていた。

「お聞きだったのですか? 校長」

「ええ、古い扉ですから」

真雪が茶目っ気たっぷりに答える。

「でも大丈夫かしら、あの子達」

「ええ。このぐらいで潰れているのなら、軍艦道なんてこれからやっていけません」

「辞めちゃったりとかしない?」

「試合に負けた後、全員が悔しそうにしていました。少なくとも、負けたくないと思えるまでには、軍艦道に思い入れが生まれているようです。それに、ほら」

古庄が教室を目で刺すと、中から

『なんたってやんでぃ!! あのおばさんがぁぁー!!』

麻侖の怒り狂った声が聞こえてきた。

「あの子達なら、きっと乗り越えますよ」

「でも、それじゃあなたが悪者みたいに・・・・・・」

真雪は顔を曇らしたが、古庄は笑って答えた。

「私1人が悪者になってチームが勝てるなら、喜んでそうしますよ」

 

 

「聞いたかクロっ!? あんのやろ、アタシのこと子供っぽいって、あんこんちくしょう!!」

興奮冷めやらぬ麻侖はガンガン机を叩き江戸っ子口調で怒鳴り散らしている。

「マジなんなの、あいつ。ホント腹たつんだけど」

「コッチの事情も察せって話よね〜。だから彼氏できないのよ」

「100パームカついた! 確かに72パーぐらいこっちが悪いけど」

古庄の悪口大会である。

一方「向いていない」と言われたましろは

「向いて、いない……。私、軍艦道、向いてない……は、ははははは」

魂がフワフワ漏れ出ている。

「うわぁぁぁぁ、私のせいだぁぁー! 私が取り舵と面舵もわからないバカでマヌケでクズだからだぁぁぁ!」

「ノン、ノン」

「大丈夫だって、タマもそう言ってるしさ」

「そうですよ! 一緒に命タマとってやりましょーや!」

鈴はとうとう泣き崩れ、芽衣と志摩、幸子に慰められていた。

麻侖は机の上立ち上がると吠えた。

「おいおいおーい!! 古庄教官にあそこまで言われていいのかー!?」

「いいや! 駄目!」

「ひと泡吹かせましょう!」

何人かが合いの手を打つ。

「てやんでえ!目に物見せてやろーじゃねえか! 絶対勝つぞ! 次の大会!!」

「「「おー!!」」」

「向いて、ない、ははっ……」

ましろは未だ立ち直れていなかった。

そして明乃はただ一人、

「…………」

 苦しそうな顔をして、うつむいていたままだった。



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語り合いましょう!……だけど明乃でピンチ!

 横須賀女子海洋学校は他の多くの学校がそうであるように、全寮制をとる。そして軍艦道部のメンバーは晴風艦内にそれぞれ自室を持っていた。

 そして人数の関係上、ましろは艦長の明乃以外で唯一1人部屋である。ましろはこの降ってわいたような特権を存分に生かし、周りには秘密にしておいた趣味のぬいぐるみたちを持ち込んではあちこちに飾っていた。

「ああー、かわいいなー、ボコは」

 最近のお気に入りのぬいぐるみに顔をうずめ、本日受けた「お前、軍艦道に向かない」という傷を癒そうとする。

「……私、やっぱ向かないのかな……」

 ふと冷静になり、ベットの上に倒れこんた。

 正直自覚はあった。自分一人だけ頭に血が上り、周りを置いて行っていたのではないか、という風にも思っていた。でも、

「そのぐらいじゃ、あきらめきれない……」

 もう何年も前からの夢だ。一度言われたぐらいで、はいそうですかと止められるわけがない。

「私だって、ボコみたいにボコられても戦ってやる……」

 キャラクターコンセプトで傷だらけのボコボコにされているぬいぐるみのクマを、ぎゅっと抱きしめた。

 その時、部屋のドアがノックされた。

「ひゃあっ!?」

 ましろは飛び上がり、急いでぬいぐるみコレクションをカーテンで隠す。

「ど、どなたですか?」

「岬です。……遅くにごめんね、宗谷さん」

 ましろはドアを開けた。

 

 明乃は艦長の帽子をもって立っていた。ましろは彼女を部屋の中に招き入れ、使っていなかった椅子を一つ差し出し、自分も座る。

「どうしたんですか? 艦長」

「うん、実はね。私、部をやめようと思ってるの。それで宗谷さんに部長を代わってもらえないかなって」

「…………」

「やっぱり私には向いていないなって。でも宗谷さんなら」

「岬さん」

ましろは早口で喋る明乃を制した。

「あなた、去年の中学生全国大会、長野県連合艦隊の艦長の1人として参加していましたよね?」

「……どうして?」

「母が教えてくれたんです。期待の新星が入ってくれたって」

「そう、でも今は関係ないでしょ?」

明乃は目を伏せていた。

「いいえ。あります」

ましろは明乃と対照的に、真っ直ぐ明乃を見つめる。

「なぜあなたは、軍艦道のなかった横須賀女子に入学し、そこでさらに、復活した軍艦道を始めたんですか?」

「…………、宗谷さん」

「なんですか?」

「宗谷さんは、軍艦道、好き?」

「はい」

 ましろは即答する。

「でも、艦長。今は私の質問に」

「なんで?」

 明乃はましろの抗議を遮った。ましろは声を荒げそうになるが、明乃の真剣な目を見てそれを飲み込む。

「……軍艦道は、チーム戦です」

 ましろはしかたなく話し始めた。

「立った一隻の艦を動かすのにも、たくさんの仲間が協力しなければなりません。乗員の気持ちが一つになることで、はじめて艦は一つの生き物みたいに動けるんです。それが、すごくかっこよく感じて……」

 ましろの脳裏に、かつての姉たちの雄姿が思い浮かぶ。

「ねえさんたちは、とても優秀な選手でした。横須賀女子の黄金時代を支えていたメンバーです。そんな姿を昔から見ていたからこそ、私も軍艦道に憧れたんでしょう」

「でも、中学ではやってなかったんだよね?」

「神奈川には中学生のクラブチームがなかったんです。宇佐マリーンの中等部に入るしか軍艦道ができなくて……。私は絶対に横須賀女子にはいるって決めてたから、今までできなかったんです」

 明乃が初めてほほ笑んだ。

「そうなんだ」

「ええ」

 ましろの表情もつられて緩む。そして、あることを思いついて、ましろは明乃に頼み込んだ。

「よかったら、話、聞かせてもらえませんか?」

「え?」

 明乃は面を食らったような顔になる。

「姉や母以外から軍艦道に関する話を聞くことがなくて。ぜひ経験者から話を聞きたいんです!」

「え、えっと……それは」

「お願いします!」

 困ったように瞳を泳がせていた明乃だが、しばらくして口を開いた。

「じゃあ、全国大会の初戦の話とか……」

「ぜひっ!」

 ましろは身を乗り出した。

 それから二人はいろいろなことを話した。軍艦道のこと。好きな艦。家族や地元の話。ただ友達の話だけは、明乃が拒んだためできなかった。

 

 夜もだいぶ過ぎた。就寝時間はとっくの昔に過ぎている。起きているのがばれないように部屋の電気は消して、机上のライトスタンドだけがお互いを照らしていた。

 だいたいの話題を話しつくしてしまい、二人の間に沈黙が下りる。

「ねえ、艦長」

「なあに? 宗谷さん」

「もう一度、お聞きしてもいいですか?」

「…………うん」

「なぜあなたは、この学校に入ったんですか? 何があったんですか?」

「実は、ね……」

 



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在りし日の思い出です!……だけど幼馴染みでピンチ!

軍艦道中学生全国大会は大波乱の決勝を迎えていた。優勝確実と目された横須賀宇佐マリーン学園中等部艦隊の相手は、なんと初出場の長野県連合艦隊。

しかも長野は予選からここまで一隻の轟沈も大破も出しておらず、このまま優勝すれば日本の近代軍艦道始まって以来の偉業となる。

そんなわけで、今年の中学生大会は例年以上の盛り上がりと注目を集めていた。

「いよいよ決勝だね、モカちゃん」

「そうだね、ミケちゃん」

知名もえかと岬明乃は軍艦が並ぶ波止場に並んで、海を眺めていた。

「大丈夫! 私たちなら勝てるよ。何たって私たち!」

明乃が飛び上がった。

「軍艦道で世界一になるんだもんね!」

「うん!」

ともかもにっこりと微笑み、2人はハイタッチを交わした。

 

 

海戦の設計士艦隊(デザイナー・フリート)

この大会を通して長野県チームについた異名だ。

その名の通り、彼女たちはまるで初弾から決着弾まで、展開の全てをコントロールするかのような試合を行う。中学生とは思えない、一糸乱れぬ艦隊運動。精確な射撃。それでいて奇をてらわない戦法は、在りし日の宗谷流を思い起こさせた。

そして決勝。夜戦だった。暗闇の中、お互いはなんとか相手を補足し、砲撃戦を始める。

宇佐マリーンは火力を活かして激しい砲撃を行った。その餌食になったのは、

 

 明乃率いる重巡洋艦「筑摩」ではなく、もえかの乗る旗艦、戦艦「信濃」だった。艦と艦隊の頭脳である艦橋へ直撃弾を食らったのだ。

 

「信濃艦橋被弾!」

 見張り員からあげられた報告に、明乃は耳を疑った。

「戦隊司令部はっ!?」

「応答しません! 信濃艦長も!」

 明乃は双眼鏡をのぞく。もえかは艦隊司令として信濃に乗っていた。信濃艦長が無事なら指揮は彼女に引き継がれるはずだが、信濃の被害がわからない。

 そうしているうちに、信濃に集中砲火が浴びせられる。

 明乃は直感的に命じた。

「おもーかーじっ! 信濃と敵艦隊の間に入って!それに探照灯照射!」

「正気ですか!? 艦長!」

夜戦で探照灯を使えばこちらがまるわかりだ。撃ってくださいと言っているものである。

「信濃がやられたら、戦力的にこっちが不利になる。急いで!」

 筑摩は敵艦隊と信濃の間に割り込んだ。そして強力なサーチライトで相手を照らす。

「こーげき始めっ!」

筑摩の砲塔が火を噴く。が、1対多数の状況。筑摩は格好の的となり、集中砲火を浴びる。

「機関停止!」

「第3砲塔破壊されました!」

「とにかく撃ち続けて! 信濃の戦線離脱を支援!」

明乃は伝声管に叫ぶ。

「信濃離脱しません!」

だが帰ってきたのはそんなセリフだった。

「なんで!?」

もしかしたら、操舵そのものが不可能なのかもしれない。しかしそうなればほぼ間違いなく白旗が上がるはずだが、信濃にそれは掲げられていない。

 

そして、

「白旗、上がりました。我々の負けです」

「……そう」

明乃は制帽を取ると、床に座り込んだ。

この瞬間、史上初の無轟沈優勝は消え去ったのだ。

そして信濃は何事もなく動き出し、長野艦隊と宇佐マリーン艦隊は砲撃を交わしながら筑摩を置いて進んでいった。

 

 

長野は優勝した。

他に大破や中破が出たものの、筑摩以外の轟沈はなかった。これは長野の奇跡として長く語り継がれることとなる。

「ごめんね、モカちゃん。筑摩が沈んでなければ……」

「いいんだよ、ミケちゃん。これだって十分すごいことなんだから!」

もえかはにっこり笑って明乃の手を取る。

「だから気にしないで、ミケちゃん」

「そういえば、大丈夫だったの? あの砲撃」

明乃は尋ねる。あの艦橋への直撃弾は、結局大きな被害はなかった。通信ができなかったのも、一時的な機械の不具合だったらしい。

「うん、でも筑摩が出なかったら危なかったよ、ありがとう」

もえかのその一言で、明乃の肩の力がほっと抜けた。

あの犠牲は無駄ではなかった。それがわかっただけでもやもやとした気持ちが吹き飛んだ。

 

はずだったのに。

 

「本当にさー、なんなんだろうね、筑摩」

試合会場の更衣室に入った明乃が聞いたのは、そんな言葉だった。

明乃はとっさに足を止め、ついたての所で身を潜める。

「そうそう。艦橋に命中弾来たぐらいでうちらの前に出てきてさ、邪魔で砲撃できないっての」

話しているのは信濃の砲術士だ。

「まあまあ、そう言いなさんなって」

そう言ってとりなしたのは信濃砲術長。

「あれ作戦だから」

「作戦?」

明乃の身がこわばる。

作戦? そんなことは聞いてないのに……。

「艦橋が砲撃された時にさ、とっさに筑摩と通信を切ったんだよ。そうすれば、バカの明乃なら早とちりして離脱支援で私らの前に出るでしょ? 探照灯つけて。宇佐マリーンの連中が探照灯照らした艦をほっとくわけないし。そうすれば筑摩が砲撃されている間に他の艦は状況を立て直せるし、相手の砲弾も消費させられる。いやー、流石モカだね、あの一瞬であそこまで考えられるんだから」

「ちなみにそれ、明乃は知ってたの?」

「言うわけないじゃん。あいつ、『海の仲間は家族だから〜』とか言ってるし、こんな生け贄作戦教えたら反対して面倒くさいし」

明乃は息を飲んだ。

「そんな、ウソだ……」

そうつぶやいて、更衣室から飛び出す。

廊下を走っていると、もえかがいた。

「ミケちゃん? どうかした?」

「ねえ! 私たちを囮にしたってほんとなの!?」

もえかの顔がわかりやすく凍りついた。

「私に何も言わないで? そんなに面倒だったの?」

「違う! 聞いて、ミケちゃんっ!!」

「生け贄にしたことはいいんだよ。でも、そんなに信用してもらえなかったのかな? 私……」

「違う!」

「……ごめんね、……も、……知名さん」

明乃は、後ろで何かを言うもえかを半ば無視して走り去った。

それから、もえかと口を聞くことはなくなった。

 

季節は過ぎ、各々進学先を決め始めた。明乃たち長野連合艦隊の艦長級には全員横須賀宇佐マリーン学園から推薦入学の案内が来た。誰もが知る軍艦道の名門だ。ほとんどはそれを受けたが、明乃は軍艦道のない横須賀女子海洋学校を受験し、入学したのだった。

 

「こんな所かな。私の話は」

明乃は遠い目をしていた。たった数ヶ月前前のことなのに、はるか昔のことのように話していた。

「だから、これ以上軍艦道を続けることが辛いの。わかって、くれた?」

明乃は小さい子を諭す様にましろを見たが、

「いいえ、全く」

ましろは首を横に振った。

「やっぱり艦長は、私の最初の質問に答えていません。なんでこの学校に入学したんですか? 学校なんて他にたくさんあるのに」

「それは、船員になりたくて」

「では、校長があの話をした時に、なんであの場に残ったんですか?」

「………………」

明乃は押し黙った。

あの日、校長が臨時集会で廃校の危機と軍艦道復活を訴えた日。それは決して強制ではなかった。

「やりたい人は残りなさい」

校長はそう呼びかけ、それに答えたのが今の晴風乗員31人だ。明乃も含めて。

黙りこくる明乃に、ましろはそっと囁いた。

「好きなんでしょう。軍艦道」

「好き………?」

「はい。きっと、艦長は軍艦道が大好きなんですよ。辛いって思っていても、無意識で求めてしまうぐらい」

「……確かに、そうかもしれない」

明乃は懐かしそうに笑った。

軍艦道から離れて、自分の中にぽっかり穴が空いてしまった気がしていた。

潮風を感じるたびに、船の汽笛を聞くたびに、航海実習で舵輪を握るたびに、暮らしのあちこちに軍艦道の面影が潜んでいて、明乃の意識を引きずり込んだ。

離れれば離れるだけ、またあの艦橋に立ちたいと思ってしまう。だから、ほとんど無意識的に、明乃は軍艦道を選んでいたのだろう。

「私、軍艦道が大好きだったんだね」

明乃の瞳から、涙が一筋溢れた。

「気づきましたか? 艦長」

ましろは微笑む。

「あなたがやりたいと思っているのなら、何を遠慮する必要があるんですか。辞めるなんて言わないでください」

「……ありがとう」

明乃は、司令官の制帽を愛おしそうに抱く。

「もう一度、頑張ってみるよ」

「よろしくお願いします、艦長」

 

「ところで、同い年なんだから敬語はやめてほしいな、シロちゃん」

「シロちゃんっ!? いや、そこはしっかりしなくては」

「せめて練習以外は。どう?」

「……わかりました」

「ほら! まただよ、シロちゃん」

「わかった。岬さん。これからよろしくね」

「うん! あ」

「どうしたの?」

「どうしよう、消灯時間結構すぎちゃってるよ。見つかっちゃったら……」

「はぁ、泊まってく?」

「! ありがとう、シロちゃん」

 




登場人物の紹介
知名もえか……明乃の幼馴染み。昨年の長野艦隊司令を務め、「東郷元帥の生まれ変わり」と称された。現在宇佐マリーン軍艦道に在籍している。


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試合に向けて頑張ります!……だけど練習でピンチ!

「伝統墨守 百発百中。宗谷流を語る上で欠かせない言葉だ」

ましろは黒板の前に立ち、乗員たちに向けて喋っていた。

今艦内の教室で開かれているのは、これからの練習方針を決めるブリーディングだ。

「その心は?」

納沙幸子が首をかしげ、ましろがそれに答える。

「海戦の基本を忠実に守り、その練度を極限まで高めることで一発の砲弾も外さないようになる。とまあ、こんな意味」

「ほぉ〜」

一同から感心の声が上がった。

「何だか勝てそうな気がするぞな」

「本当だね」

「ただ、宗谷流には大きな弱点がある」

ましろは険しい顔で教室内を見回す。

「海戦の基本を守るがゆえに、相手に動きを読まれやすいということだ。そのため、宗谷流を扱うには先読みされてもなお勝利できる圧倒的練度と武力が必要になる」

「どっちもないね、うち」

身も蓋もない声が上がった。

これこそが宗谷流、ひいては横須賀女子軍艦道が廃れた最大の要因だ。この学校は宗谷流を貫く練度を維持できなかったのである。

「じゃあ今からやっても意味ないじゃん……」

 一気にみんなのテンションが下がる。そんな時、明乃が立ち上がった。

「いいや、そんなこともないよ」

「艦長? でも試合まで二週間しかないのにできるわけないじゃん」

「ううん。基本を抑えることは重要だもん。これから二週間は、自分の仕事に専念しよう。一応メニューを作ってきたから、大変かもしれないけど反復練習を続けるの。そうすれば、何とか形にはなるはずだから!」

 

 そして、横須賀女子の猛特訓が始まった。

 

 航海科。

 航海長知床鈴はなぜかグラウンドの端っこのソフトボール用バッターボックスに立っていた。仁王立ちで。

 ソフト用ヘルメットをかぶり、ほどんど泣いている瞳で見つめる先、マウンドにあるのはこれまたソフト部から借りたバッティングマシン。

「取り舵取り舵面舵取り舵!」

 日焼けした航海科の少女、内田まゆみがそう叫びながらソフトボール(ウレタン製)を次々発射した。

「取り舵取り舵面舵取り舵っ!!」

 鈴は復唱しながらそのボールを左左右左と避ける。

「まだまだ!! 面舵取り舵面舵取り舵取り舵取り舵面舵取り舵っ!」

「ええっ!? 面舵取り舵おもうぎゃっ!!」

 ボールが鈴の顔面に直撃する。

「この練習、効果あるんかいな?」

「さあ?」

 横で見ていた勝田聡子と山下秀子は二人して顔をかしげていた。

 

 野間マチコは停泊中の晴風のマストのてっぺんに立っていた。

「敵艦発見!大型漁船4小型船2 七時の方向 距離二二。南西から北東に航行中。目測七ノット!」

 すぐさま、艦橋の上で電測員、宇田恵が双眼鏡を覗いて確認する。

「ひぃ、ふう、みい……。惜しい! 小型船は3だ!」

「ああ!! まただ! もう一回!」

 マチコが空にほえる。東京湾に入る船を相手に見張りの練習をしているのだ。

「はいはい、付き合ってあげるわよ、マッチ」

 恵もやれやれという風に首を振る。

「にしてもよく見えるわねぇ、あんなの」

 双眼鏡をのぞいてもなお豆粒ぐらいの漁船をとらえるマチコに、1人感心しているのだった。

 

 機関科。

「ぎりぎりまで粘れぇ!!」

 麻侖はヤバげな音を立てている機関を前に愛用の鉢巻きをたたきつけた。

「ちょっとマロン! もう限界よ!」

「もうちょっとだクロちゃん! もうちょっとでこのお転婆娘のちょうどいい出力がわかる気がするんでぃ!」

「そのまえに私たちが蒸し焼きになるよぉ!」

 機関員、若草麗央が叫び、

「ちょっとまじむりぃ!」

「死ぬ! 死んじゃう!!」

「吹き飛んじゃう! バルブ吹き飛んじゃうからぁ!」

 伊勢桜良、駿河瑠奈、広田空の悲鳴が機関室にこだましたのだった。

 

砲雷科。

「戦闘。左砲雷撃戦、方位角右30度」

「装填よぉーし! 射撃準備よぉーし!」

「魚雷発射管全射線発射よぉーいよしっ!」

「攻撃始め! 目標大和艦首!」

「照準点大和艦首! てーっ!!」

「て」

 

「19秒77です! 初めて20秒切りました!」

ストップウォッチを手にした幸子は嬉しそうに飛び上がった。これは、下命からどれだけ早く攻撃を始められるか、という練習だ。

ただ記録を出した当人達はまだ不満なようで、

「ちょっと発射遅くない?」

と、照準担当小笠原光が、発射担当日置順子に指摘し、

「それを言うなら旋回が遅いんだもん」

と、順子も順子で、旋回担当武田美千留のせいにし、

「はぁ? 照準つけるの遅いからじゃん。私だけのせいじゃないし!」

と、光に罪をなすりつける。

狭い射撃指揮所内で三つ巴の争いが繰り広げられようとしたその時、

『ノン、ノン』

砲術長立石志摩が伝声管を通して割って入り、

『みんな、すごくいい』

「砲術長がっ! タマ砲術長が3分節以上の言葉を我々にっ!!」

「しかも褒めてくれた!!」

「よっしゃー! もっと頑張ってもっと砲術長のお声を!!」

このたった一言で、一気団結が深まったのだった。

砲術科。志摩大好きっ娘の巣窟である。

ちなみに水雷科の方は、

「あああーっ!! 本物っ!! 本物の魚雷うーちーたーいーっ!!」

こんな感じで興奮した芽依を

「はいはい、あともう少しでみみちゃんの許可下りるから我慢ねー」

「そうそう。四股踏みの稽古だって大事なんだから」

松永理都子と、姫路果代子の2人がなだめているのだった。

 

主計科。

「私たち、なにやってるのかな」

「マグネット作りだ」

燃え尽きたように給養員、伊良子美柑が言うと、呆れたように衛生長、鏑木美波が返事をした。そう、2人は現在マグネット作りの内職を行っているのだ。

「ダンボール一杯に作っても千円なんて〜」

美柑が嘆きの声を上げた。

「仕方がない。我々の仕事は予算の確保だ。そして私とあなたはこれしかすることができないのだからな」

衛生長の鏑木美波はマグネットを作る手を休まず言う。

「私もバイトの方に行きたかったのに! カレー作りたかったのにっ!!」

美柑は拳をふるって訴えるが、

「諦めろ。アルバイトの募集枠は3つで、お前はそれに落ちたのだから」

「な〜ん〜で〜な〜の〜」

「さあ?」

そもそも12歳で働けない美波は顔も上げずにそういうだけだった。

 

その頃、その「合格した」等松美海、杵崎あかね、ほまれは、

「横須賀海軍カレーチーズトッピングでお待ちのお客様ー!」

「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ」

「申し訳ありませんが、当店では、横須賀カレーサンバのサービスは行っておりません」

横須賀女子学園艦にあるカレー専門店「海軍壱番屋」で働いているのだった。

 

 

そして、多くの者の思いを乗せて、

 

軍艦道全国大会単艦戦、関東地区予選大会が始まる。

 




一応出せるだけの晴風乗員たちを出してみました。
出てこれていない人たちはまた次回ということに……。


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いよいよ試合です!……だけどホノルルでピンチ!

「さあ! 始まりました、軍艦道全国大会単艦戦関東地区予選大会! 今日の対戦カードはなんと!! 横須賀女子海洋学校と、横須賀宇佐マリーン学園っ! 10年ぶりに復活した名門横須賀女子と、創部以来負けなしの宇佐マリーンの対決!! 実況は私! 宇佐マリーン放送部の、美野里響子が務めさせていただきます!! 現在両チーム共最後のミーティングの最中だそうです! 試合開始までしばらくお待ちください!」

メガフロートをベースに海上に設置された特別観覧席には、多くの観客が詰め掛けていた。と言ってもほとんどが宇佐マリーンの生徒だ。

「「「USA! USA! USA!」」」

彼らは校名を連呼し、校旗を掲げて興奮状態にあるようだ。

観客が見つめる先には、審判艦「八丈」を挟むようにして、晴風、そしてその二倍近くある宇佐マリーンの軍艦が接舷していた。

 

晴風の教室。晴風乗員達は、緊張した面持ちでブリーディングを行っていた。

「ココちゃん、宇佐が出してきた艦は?」

明乃が尋ねると、幸子はすでに用意していたらしい資料をプロジェクターに映し出す。

「今回対決するのは、アメリカ海軍が使用したブルックリン級軽巡洋艦「ホノルル」です」

「巡洋艦……」

「はい。全長185.4メートル。最大速力33.6ノット。15.2センチ3連装砲5基15門。12.7センチ単装砲8門。さらに4センチ4連装機関砲が4基16門。ついでに、舷側装甲127ミリに甲板装甲が51ミリです」

「何それエゲツなっ!?」

芽衣が首を絞められたような声を出した。

「え? 晴風って確か……」

「全長118.5メートル。武装は12.7センチ連装砲3基に、4連装魚雷発射器が2つね」

「少なっ!! そして小さっ!!」

そんな声が室内から上がる。

「うちが優っているのは、アレを除けば速力と機動力ぐらいか……」

ましろも険しい顔で目を伏せた。

「今回、宇佐が単艦戦で登録したのは全て巡洋艦以上ですね。宇佐の基本ドクトリンは『相手の10倍の戦力をぶつける』ですから」

幸子の説明に、みな諦めたようなため息をついた。

「みんな、ちょっとだけいいかな?」

この中で声をあげたのは、やはり艦長の明乃だった。

「実は作戦があるの」

 

 明乃による作戦の説明が終わると、

「なるほどね~」

「なんか勝てそうな気がしてきた」

「これならいけるぞなっ!」

 急に雰囲気が盛り上がってきた。

 ただましろは1人頭を抱えていた。

「なんて単純な……。こんなにうまくいくわけないのに」 

「違うよ、シロちゃん」

 明乃が笑う。

「勝手にうまくいくんじゃない。私たちがうまくいかせられるように頑張るんだよっ!」

「私たちが、頑張る?」

「そう。勝利はそれを求める人にだけやってくるの。だから、そのために全力で戦わなくちゃ!」

「艦長……」

 ましろは尊敬の目で明乃を見つめる。

「あ、ちょっとクサかったかな?」

 明乃は照れ臭そうにほほ笑んだ。

「それで、作戦名はどうするの?」

 芽衣が尋ねた。

「え、作戦名?」

 明乃が戸惑っていると、麻侖も声を上げる。

「おう! なんか景気いいの一発頼むぜ!」

「作戦名か……。考えたことなかったな」

 明乃はしばらく考え込み、

「シロちゃん、なんかいいのある?」

「私ですかっ!?」

 突然降られたましろは大声を上げた。そして、

「そうですね……。横須賀女子の復活を願って……。『横一号作戦』は?」

「「「…………」」」

「え、あれ?」

「ダサい」

「古臭い」

「なんかいやー」

 ましろ発案「横一号作戦」ボロックソにぶった切られたのだった。

「いいとおもうのにな……。やっぱ私古いのかな……」

 メンタルをやられたましろは影をしょって机に伏してしまった。周りはそんなことまるで気にせず話し合いを進めていく。

「はいっ!! 私から提案があります!」

「なあに? ココちゃん」

 元気良く手を上げた幸子はすくっと立ち上がる。

「この作戦、私は少し聞いただけで思いついてしまいました……。もはやこれ以外にふさわしい名前はない、そう、確信しとるんじゃ……」

「ええっと、それは?」

 呉方言が混じりつつある幸子に、若干慄きつつ明乃が先を促すと、幸子は拳を握りしめた。

「『仁義なき作戦』じゃいっ!!」

「仁義なき作戦?」

「おうっ!

『アニキぃ、昔の馴染みですやんか、堪忍してくだせぇ』

『いんや、いくらお前さんの頼みでも聞けねぇんじゃ。こりゃ儂のけじめじゃけえの』

『いくら何でもやりすぎじゃぁ。アニキには赤い血ぃがかよおってないんか!』

『おうよ、儂の血はお前さんが儂を獏集会に売った時にぜぇーんぶ抜けてしもうたわ。いまのわしゃ、あんときの恨みを晴らすためならなんじゃってするけえの」

『堪忍じゃぁ! 許してくだせぇ!!』

 みたいな感じの雰囲気の作戦なのでぴったりだと思うんですが」

 幸子迫真の一人芝居にすっかり毒気を抜かれた晴風乗員30人。

「え、そんな雰囲気だっけ?」

「まあ、手段を選ばないってとこはあってるような?」

「えっと……。じゃあこれでいい?」

 明乃が聞くが、特に反論もなかった。

 こうして横須賀女子の作戦名は『仁義なき作戦』に決定したのであった。

 

「ほかに何か言っておきたいことはある?」

「はい! はい! あたしたちから渡したいものがあるっす!」

 勢いよく叫んだのは、ベレー帽をかぶった応急員の青木百々。

さらに、彼女と仲の良い応急長、和住媛萌に電信員、八木鶫、加えて水測員の万理小路楓がともに立ち上がる。

 楓はその腕の中に大きな段ボール箱を抱えていた。

「えーっとっすね。みなさん!」

 教卓の後ろに立つと、百々が口を開く。

「なんと! 今回! 我が横須賀女子の勝利を願って! リストバンドを制作したっす!」

「「「おお~!!」」」

 百々が意気揚々と段ボールから取り出したのは、水色のリストバンドだ。

 一面には太陽と波、海鳥をイメージした晴風の艦章。

 もう一面には深紅を基調とした横須賀女子海洋学校の校章。

「すっごい! 超本格的じゃん!」

「100パー高級そうなんだけどどうしたの!?」

「百々がデザインして、百々んちの洋服屋さんでつくってもらったのよ。まりこーが一部資金提供してくれて。しかもつぐちゃんの祈祷つき!」

 媛萌が高らかに言った。八木鶫の実家は諏訪神社という神社なのだ。青木百々はテーラー青木という服飾店の娘で、万理小路楓の家は、言わずもがなかなりの大金持ちである。

「で、ヒメちゃんは何かしたの?」

誰かが聞くとヒメは明後日の方角を向いて乾いた笑いを浮かべた。

「わ、私は企画立案担当ってことで~」

「何言ってるんっすか? それがなかったら実現しなかったっすよ」

「そうですよ、ヒメさん」

モモと楓がとりなした。

 

「みなさん」

ドアが開いた。 入ってきたのは古庄だ。空気が一瞬凍りつく。

古庄はそれに気づいて、ふふっと吹き出した。

「嫌われたものね、私も」

「そ、そんなことは」

明乃は弁明するが、古庄はそれを笑顔で制した。

「もうすぐ開会式が始まります。準備をしておいてください」

「はい」

「それと、みなさん」

古庄は室内を見回した。

「あそこからここまで変わることができるなんて、正直思ってもみませんでした。あの時の言葉、ここで取り消させてもらうわ」

「教官……」

「精一杯戦ってきなさい。あなた達は栄光ある横須賀女子海洋学校の生徒で、名誉ある軍艦道部員で、誇りある晴風の乗員です。頑張って」

「「「はいっ!!」」」

 

横須賀宇佐マリーン学園、軽巡洋艦ホノルルの内部は、すでに楽勝ムードが漂っていた。

ただ一人、艦長のもえか、ミス・ロッキーだけが、険しい顔をしている。

「キャプテン! 何そんな顔してるのよ?」

ホノルルの副長ハリウッドがヘラヘラともえかに近寄った。

「うちと相手じゃ戦力差は歴然じゃない! そんな顔しなくっても大丈夫よ。シュミレーションじゃ100パーセント私たちの勝利だったじゃない」

「ごめん、ハリウッド。あなたがそう言った瞬間に一気に雲行きが怪しくなっちゃうから」

「キャプテンひどい」

海戦は、お互いの艦の性能が如実に現れる。

砲の強力な方が、装甲の分厚い方が勝利するのだ。戦車道の試合と違い、奇襲や地形を利用した攻撃が行えない分、その差が戦術で覆ることはほとんどない。

その方式を当てはめるなら、ホノルルは当然晴風に勝利できる。

もし負ければ、それはもえかの責任問題に発展するだろう。艦長の資格は確実に剥奪される。

ただもえかの胸を焦がしているのは、そんなことではなかった。

「ミケちゃん……」

試合相手の、晴風艦長にして、幼馴染みにして、裏切ってしまった親友の名が、口から溢れる。

「キャプテン、まだ緊張してるの? オッケーこうしましょう。この試合に勝ったら新しくできたカフェに行きましょ。もちろん貸し切って、みんなで祝勝パーティをするの! 男子も誘ってね。キャプテンならいい奴捕まえられるわよ」

「だからそういうこと言うの止めて」

もえかはハリウッドを黙らせつつ、試合の行く末を案じるのだった。




登場人物の紹介
ハリウッド……ホノルル副長。当然コードネームである。洋画が大好きで喋り方まで影響を受けている。一級フラグ建築士。


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各員奮励努力しましょう!……だけどもえかでピンチ!

『今、両校の選手が審判艦『八丈』後部甲板に整列しました。なおこの試合は主審を神奈川県軍艦道協会理事、宗谷真霜、副審は平賀冴が務めます!!』

 美野里響子の声がスピーカーを通して響き渡った。

 主審を務める真霜は選手たちの前に立っていた。

「ただいまより、横須賀女子海洋学校『晴風』と横須賀宇佐マリーン学園『ホノルル』による単艦戦を行います。なおこの試合は日本軍艦道連盟の定める公式規則にのっとって行われるものとします。スポーツマンシップにのっとって気持ちの良い試合をしましょう。気をつけ! 礼っ!」

「「「お願いしますっ!」」」

 

 

 あいさつの後、お互いの生徒たちが自分たちの艦に戻る中、

「み、ミケちゃんっ!!」

 明乃を引き留める声がした。

「…………」

 明乃は立ち止まる。自分のことをこの名で呼ぶのは、ここには一人しかいない。

「もかちゃん……」

 振り返ると、群青色の将校服に身を包んだ知名もえかが立っていた。

「えっと、その……。元気だった? ミケちゃん」

「うん、もかちゃんも……」

 明乃は震えそうになる声を必死で抑える。無意識に明乃は後ずさっていた。

 もえかはそんな明乃に駆け寄る。

「あ、あの、がんばろうね! 試合!」

「艦長! こんなところにいたんですか!?」

 気まずい空気を切り裂いたのはましろだった。

「まったく、他のみんなはもう乗り込んでますよ! 艦長が遅れるなんて、まったく」

 そういってましろは明乃の腕をとるとそのまま明乃を引っ張ってずんずんと行ってしまう。

「ミケちゃんっ!」

 もえかは叫んだ。

 だがそれに振り返ったのは、

「…………」

 ましろだった。

 明らかに敵意をにじませた顔でもえかをにらみ、そして何も言わずに明乃を連れて晴風のタラップを登っていった。 

「ミケちゃん……」

 あのまま彼女を呼び止めて、自分はなんて言葉をかけるつもりだったんだろう。そんな問いがもえかの胸に広がる。

「ヘーイ! キャプテン! もしかしてあの子がキャプテンの元ガールフレンド? とってもプリチーね」

「黙って」

「ふぎゃっ!?」

 ひたすら空気の読めないハリウッドのみぞうちにひじ打ちをくらわせると、もえかは制帽を深くかぶり直して晴風に背を向けた。

 ただひたすらの後悔と、こんな状況になってもなお言い訳をしてしまう自分の醜い心を軽蔑しながら。

 

――――――

 

「被弾っ!!」

 あの日あの時。戦艦信濃艦橋に立っていたもえかは、あまりの衝撃に倒れ込んでしまった。

「被弾箇所! 艦橋直下!」

「被害微小! 戦闘に問題ありません!」

「通信装置に若干の異常! 大丈夫です、すぐに復旧できます!」

 優秀な艦橋要員たちが矢継ぎ早に報告を上げる。どうやら、大したことはないらしい。もえかは立ち上がり、戦闘指揮に戻ろうとする、が。

「艦長! 筑摩が艦隊を乱してこちらへ!」

「どういうこと!?」

 夜戦のためよく見えないが、信濃と敵艦隊の間に影が躍り出ているのがわかった。

「艦橋がやられたと思ってるんじゃ……」

「筑摩に発光信号! 至急陣形に戻るように!」

 このままじゃ筑摩が狙われる。そう思いもえかは指示を飛ばした。しかし、

「待ってください、艦長」

 これに副長が異を唱えたのだった。

「このまま筑摩をおとりにしましょう」

「何言ってるの!」

 もえかは怒鳴った。長野艦隊は、決して人を犠牲にした勝負をしない。これはもえかが心に誓っていたことだった。何よりこんな事、筑摩艦長の明乃が認めるはずがない。

 それでも副長は、意見を曲げなかった。

「現在我が方は敵の火力に押され陣形が乱れつつあります! これでは我々の得意とする戦法が崩されてしまうんですよ! 今なら筑摩一隻の犠牲で陣形を整え直せます!」

「でも……」

「負けてもいいんですかっ!?」

 もえかの心が動いた。

 長野県初の快挙。前例のない結成3年目で決勝進出。絶対女王宇佐マリーンの牙城を崩せるか。

 いろいろな言葉が脳裏をつら着く。

 地元の期待。家族や親類、友人たちの応援。何より故郷を背負っているという思い。

「わかった」

 大丈夫。ミケちゃんならわかってくれる。

「発光信号で前後の艦に指示。……筑摩には、わからないように」

 なぜ筑摩への通信をしなかったのかは、もえか自身分からなかった。ただ失念していたのか、自分にも明乃の説得が面倒だという思いがあったか。

 ただはっきりしているのは、このもえかの行為は明乃の自分に対する信頼を深く傷つけたこと。そして名誉ある勝利と引き換えにかけがえのない親友を失ったこと。この二つだけだ。

 

――――――

晴風は順調に航海を始めた。

「……大丈夫でしたか? 艦長」

 晴風の艦橋に入ったましろは、そっぽを向いたまま明乃に尋ねた。

「うん……。ありがとう、シロちゃん」

 明乃は少しだけ寂しそうに答える。

「いえ、試合前に体調を崩されても困るので」

「あれ? シロ顔真っ赤ジャーン」

「うるさい西崎さん! 余計なことを言うなっ! あと宗谷さんもしくは副長とよべっ!」

 にやにやしている芽衣をましろは叩いた。

「たしか、向こうの艦長は岬艦長のお知り合いなんですよね?」

 二人の事情を知らない幸子は無邪気にそう聞いた。

「う、うん。なんだか久しぶりに会えた気がして、ちょっと動転しちゃんて」

 明乃は明るく答えた。芽衣はさらにちょっかいをかけるように、

「お、これはあれ? シロにライバル登場?」

「なんのだ」

「さあねぇ~」

 そう言ってわざとらしく口笛を吹く。

 こんなやり取りが何十分か続いて、

「あ、あの~。もうすぐ試合開始ポイントです」

 鈴が遠慮がちに報告した。

「ありがとう、鈴ちゃん。つぐちゃん、『八丈』に通信お願い」

『りょうかーい』

 電信員八木鶫は、審判艦に通信を入れる。そしてしばらくして、

『ニイタカヤマノボレ!!』

 鶫の声が伝声管を通して晴風に響いた。

「ニイタカヤマノボレ」は軍艦道において試合開始を合図する通信文だ。この通信が届いた瞬間、すべての戦闘行動が許可される。

明乃は腕を振り上げた。

「おーもかーじ、30度よーそろー! 両舷原速前進!」

「おーもかーじっ!」

 晴風の機関がうなりを上げた。

 そして明乃はましろの方を振り向く。

「シロちゃん、Z旗を上げて」

「Z旗ですかっ!?・・・・・・わかりました」

 普通なら絶対にあげない旗、Z旗。ましろは他の乗員にこれを伝えるべく、伝声管に向かって声を張り上げた。

「Z旗掲揚っ!」

 明乃もましろの声に続け、この旗に込められた意味を読み上げる。

「我が校の興廃この一戦にあり! 各員一層奮励努力せよっ!!」

 軍艦道におけるZ旗とは、艦隊戦決勝において掲げられる、いわば絶対に負けられない試合の前に士気を高めるための旗だ。

 普通単艦戦、それも地区予選であげられるものではない。だが、この試合は横須賀女子にとって文字通り興廃をかけた一戦なのだ。

「『仁義なき作戦』発動!!」

「「「了解!!」」」

 艦橋から、機関室から、射撃指揮所から、明乃に答える声がする。

 「晴風」は乗員31人の思いを乗せ、大海原に航跡を描くのだった。



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仁義なき作戦です!……だけど晴風でピンチ!

 試合開始から一時間が経過した。時刻は午後二時。

 軽巡洋艦『ホノルル』はちょっとしたパニック状態に陥っていた。

「なんで……、晴風がどこにもいないの」

 もえかは茫然とつぶやいた。

 そう、ホノルルはいまだ試合相手の晴風の姿を捕捉できないでいたのだ。

「何考えてんのよ、晴風は」

 ハリウッドもいらだつ。

 単艦戦における試合海域は20キロメートル四方であり、環境さえ整えば試合開始時点で相手の艦を見ることができる。

 今日はそれほど視界がよくないため、視認できるのはせいぜい5キロほどだが、それでも広いとは言えない海域を晴風はなぜか逃げ回っているのだ。

「どーする? キャプテン」

 ハリウッドが尋ねる。

「……どうしても目視じゃ限界がある。レーダーを中心に索敵。それと、両舷微速前進(スローアヘッツー)!」

「ホワイ? なんでまた。晴風探さないの?」

「晴風の足の速さじゃ、追いつくのには限界がある。でも逆に、狭い海域をうろつくんだったらここで待ち伏せをしておいた方が出会う確率も高いでしょ」

「オッケー。さっすがキャプテン。頼りになるね」

「あと、魚雷の奇襲に気をつけよう。水測に指示して」

「イエス、キャップ」

 対晴風戦において、最も警戒すべきなのは雷撃だ。

 戦車道にける日本戦車は、やれ紙装甲だのなんだの言われているが、日本軍艦は世界の四強に数えられるほどの高性能を誇る。

 特に晴風もその名を連ねる陽炎型駆逐艦の雷撃性能は、競技で使用が認められている軍艦の中ではトップレベルだ。

 だからこそ、ホノルルは魚雷回避の練習を中心に行ってきた。そのうえ水測機器は大変優秀なアメリカ製を使用している。

 また日本軍艦はその性能を個人の技量に頼る面が大きい。素人集団の横須賀女子では晴風本来の性能を出し切ることはできない、というのがミーティングを重ねた宇佐マリーンの出した結論だった。

 それでも。

 最大の懸念材料(岬明乃)が、どこまでその真価を発揮するのかがわからないままだ。

「ミケちゃん……。一体何をするつもりなの……?」

 もえかは小さく問いかけた。

 

 晴風発見の報がレーダー員からもたらされたのは、待ち伏せを始めてから30分ほど過ぎたころだった。

「晴風発見。十一時の方向。距離二二。南東から北西に向かって航行中」

両舷全速前進(フルアヘッツー)! 面舵30度よーそろー!(スターボード30 ミジップ)!」

 ホノルル左側から右側へと横切ろうとしている晴風と平行になるように、もえかは艦を進める。

「晴風発砲!」

「落ち着いて! まだ晴風の主砲からは射程外だから!」

 晴風の主砲、12・7センチ砲の射程は約18000メートル。一方ホノルルの主砲は約24000メートル。砲の射程では圧倒的にこちらが上だ。

「戦闘よーい! 戦闘左砲戦。目標300度距離二〇、晴風! 砲位角右一二〇度!」

「射撃よーいよし! 全砲門オッケーだよ!」

 砲術長からの報告を聞き、もえかは腕を振り下ろした。

「攻撃始めっ!」

「Fire!!」

 ホノルルの砲塔が火を噴いた。

「着弾・・・・・・今っ!」

 双眼鏡を覗いていたハリウッドが叫ぶと同時に、晴風の周囲に水柱が上がった。

「ちっ。命中弾なし!」

 舌打ちをするハリウッド。

「攻撃続けて」

 もえかは短く指示を出す。が、頭の中には別の考えが浮かんでいた。

 おかしい。もうとっくに、相手の魚雷射程に入っているのに、なんで攻撃してこないんだろう。

「晴風、再び発砲!」

「回避!」

 それにさっきから無意味だと分かっているはずの砲戦を仕掛けてきている。

「距離一八まで接近!」

「この距離を維持! 砲撃の手を緩めないで!」

「イエス!」

「やるね、向こうの操舵手。見事な回避運動よ」

 ハリウッドが悔しそうに賞賛を口にした。

 晴風はその機動力を活かしてジグザグに航行しており、ホノルルの砲撃を交わしている。

 その時、思いもよらぬことが起きた。

「は、晴風が接近してきます! しかも全速力で!!」

 突如艦首をこちらに向けた晴風が猛スピードでつっこんできたのだ。

「なに? 自殺でもしに来たのっ!?」

 ハリウッドが困惑する。他の船員も同様だ。

「近づいてきたなら好都合! 斉射続けて! ここで一気に片をつけるっ!」

「休むな!! fire!!」

 確実に晴風にダメージは与えられている。

 命中まで行かなくても、至近弾の影響で大きく揺れる晴風を見て、もえかはそう確信する。けれども胸中の不安を払しょくすることができない。

「晴風との距離、一五まで接近! は、発砲! これは……」

「どうしたの!?」

「発煙弾です!」

「発煙弾!?」

 もえかは驚愕した。

 晴風の第一砲塔からは、確かにピンク色の煙が発射され、ホノルルの前を横切っていった。視界が遮られる。

「ま、まさか!!」

 ある一つの考えに思い至った。

 このままでは、負ける。

「おーもかーじっ一杯! 全速でここから離脱っ!」

「はあ!? どうしたのキャプテン!」

「とにかく急いで!」

 晴風の発砲音が聞こえる。こうしている間にも、次々と発煙弾を撃ち込んでいるのだろう。

「見はり! 状況を」

「視界〇! 何も見えません……」

 もえかは歯ぎしりをした。

「なるほど、これなら魚雷の航跡も見えないわね」

 もえかの考えを読み取ったハリウッドが感心して頷いた。

「だけどキャプテン、こっちのソナーは優秀じゃない。全速で言ったとしても魚雷の音を漏らすことはないわよ」

「ううん。あるの。ソナーを潰す方法が、一つだけ」

 短期決戦にかけた自分の負けだ。あそこまで接近されなければこの手は使えなかったのに。

 激しい後悔に襲われたもえかの耳に曇った、爆発音が届いた。

「こちらソナーです~。つ、潰されました~」

「レアリ―!?」

 ハリウッドが怒鳴った。

「爆雷を使われたの」

 もえかは悔しさで手を握りしめて、ポツリと言った。

「爆雷? あれは対潜兵器じゃない! 単艦戦で使うなんて聞いたことない!」

「ソナーは超音波を出して水中の状況を読み取る。爆雷なんかで水中爆発を起こされれば、その性能を発揮できない。そして次に来るのは……」

「魚雷……」

 ハリウッドは歯を食いしばった。

 もはや耳目潰された状態だ。晴風がどこにいて、どこからどれだけの魚雷を撃ってくるのか皆目見当がつかない。

「……とーりかーじ一杯!!」

 これは賭けだ。

 

 

「岬艦長。爆雷投下完了しました」

 ましろの報告を聞き、明乃は手を握りしめた。次の一手ですべてが決まる。これで失敗すれば、もはや後がない。

「とーりかーじ! 右水雷戦! 魚雷発射よーい! ……」

「どこに撃つ? 艦長」 

 緊張した面持ちで芽衣が聞く。

 ホノルルが右に回避するのか、左か、回避せず直進するのか。

「目標!」

 これは賭けだ。

「ホノルル左舷側! 120度!」

「発射用意よし!」

「てっぇぇぇぇぇぇ!!!」

 芽衣の号令がこだましいた。

 8発の魚雷が次々吐き出される。

 

 この賭けに勝ったのは、

 

「魚雷命中!!」

 明乃(晴風)だった。

 

 

「ホノルル! 轟沈判定確認!! よって横須賀女子海洋学校『晴風』の勝利っ!!!」

 

 

 

 第64回軍艦道全国大会は、大波乱の幕開けを迎えた。

 

――――――――――――

 

 晴風とホノルルが死闘を演じていた、ちょうどそのころ。

 

 九州西方、熊本沖300キロの海域。

 

「艦長。あと半日もすれば、黒森峰の学園艦と合流できます」

「そうか、ご苦労。ミーナ」

 

 ヴィルヘルムスハーフェン校所属ドイッチェランド級装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」は大海原に白い航跡を描きながら進んでいたのだった。

 

 




やっとミーナさんを出せました。
これからちょくちょくガルパン本家様に登場した学校を出せたらなーと考えています。


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思いはちゃんと伝えましょう!……だけど宇佐マリーンでピンチ!

 晴風とホノルルが審判艦「八丈」と合流したころには、あたりはすっかり夕焼けに包まれていた。双方は八丈にに接舷し、乗員たちが下りてくる。

「ごわがっだよぉぉぉぉぉぉぉ。ごごぢゃぁぁぁんっ!!!」

「見事な回避運動でしたよ、知床さん」

「見た? 見た? あたしの見事な魚雷斉射っ! やっぱ本物の魚雷って最高だぜぇぇ!」

「よかった……」

 勝利に酔う晴風乗員とは対照的に、

「「「…………」」」

 ホノルルの乗員は、葬式会場にでもいるような空気だった。

 

 

「おー。ま、しょーがないよ。キャプテン」

 ハリウッドがもえかの肩をバンとたたく。

「あたしも一緒に怒られに行くからさ。ミス・プレシデントも悪魔じゃないわよ」

「ハリウッド……」

「それよりさ、讃えてあげな。私らに勝ったあいつらをさ。そんで次は絶対叩き潰してやりましょう」

 もえかは涙をたたえた瞳でハリウッドを見上げた。

「うん、ありがとう」

 ハリウッドは笑った。

「いいってことよっ!」

 もえかはまっすぐ正面を、晴風の乗員に囲まれている明乃を見据え、足を踏み出した。

 

 もえかが近づいていることに気付き、晴風クルーたちは自然と静かになった。

 ましろが顔を引き締め、明乃の一歩前に出る。

「……お疲れ様です、知名艦長。何かご用ですか?」

「お疲れさまです。宗谷副長」

 ましろから向けられる不信感や敵意のこもった視線に、萌香の体は自然と固くなる。だが、その表情は、医師と反してとても穏やかだった。

「晴風の戦い、とても見事でした。全国大会でも頑張ってくださいね。それと、……岬艦長と、少しお話してもよろしいですか?」

 ましろはちらりと後ろを振り返った。しかしましろが何かを言う前に、明乃はもえかのまえに進み出る。

「もかちゃん……」

「おめでとう、ミケちゃん。本当に、ミケちゃんはすごいよ」

 素直な賞賛が自然と口から出てきた。

「ありがとう、もかちゃん」

「本当に頑張ってね! 全国には、中学とは比べ物にならないぐらい強豪がそろってるから!」

「わかってる。でも、絶対に勝つよ」

 ここで会話が途切れた。

 何かが挟まったようなやり取り。言いようのない気持ち悪さをもえかは感じていた。

 自分はこれから先、大親友だった明乃と話すときに、いつもこんな思いをしなくてはいけないのだろうか? そう思った時、もえかの体は勝手に動いた。

「ミケちゃんっ!!」

 もえかは明乃の腕をつかんだ。

「あの、ね……。私、なんて言ったらいいかわからないの。でも、・・・・・・もう、いや……」

「もかちゃん?」

 もえかの体が震え、目から大粒の涙があふれてきた。

「ごめんね!! 本当にごめんねっ!! 謝って済むような話じゃないのは分かってる!! でもごめんね! ごめんねミケちゃん!!」

「も、もかちゃん!?」

「私がばかだったの! 全部私が悪いの! でも、もう耐えられない!!! ミケちゃんと、こんな関係のまま終わっちゃうなんて絶対に嫌なのっ!!私のせいなのに! 自業自得なのに! でもいやっ!!」

「私も……、私だって嫌だよ、もかちゃんっ!」

 明乃はもえかを抱き寄せた。

 八丈の甲板に、二人の少女の泣き声が響き渡った。

 

 試合から一日が立った。

 横須賀宇佐マリーン学園。学園艦艦橋、軍艦道部部室(パールハーバー)

 もえかとハリウッドは直立不動でこの部屋の真ん中にいた。目の前には執務机に座るプレシデントと横に立つマンハッタン。二人とも険しい顔で、もえかたちを見つめていた。

「まずこれ、今朝のnews paper」

 マンハッタンが投げたスポーツ新聞。見出しには、「宇佐、まさかの敗北!? 横須賀女子奇跡の一勝!」とあった。

「……本当に、申し訳ありませんでした」

 もえかは頭を下げる。

「OG会からはどういうことだって電話がすごくてさ。腹立って、回線引き抜いちゃったぐらいだよ」

 ここで初めて、マンハッタンが笑った。プレシデントも顔を緩めた。

「顔をあげなさい、ロッキー。私は勝敗に関してあなたたちを責める気はないわ。マンハッタンもね」

「え?」

「勝負というのは、その字にあるように必ず勝者と敗者が存在する。関東で私たちが敗者に回ったことがなかったのは、単に私たち上回る相手がいなかっただけのこと。今回横須賀女子が勝ち上がったことは、軍艦道界全体から見ればとても喜ぶべきことよ」

 マンハッタンも机の上に座って言った。

「ま、今回負けて、関東の出場枠総なめ記録は終わっちゃったけどさ。うちらはそんな小さなことにはこだわらない! ってことよ、二人とも」

「……ありがとうございます。ミス・プレシデント、ミス・マンハッタン」

「ありがとうございます!」

 もえかとハリウッドの二人は再び頭を下げた。

 プレシデントは満足げに頷く。

「もちろん、体裁上おとがめなしというわけにもいかないわ。まずロッキー、あなたは艦長の職務を解任します。また一兵卒として、一から学び直しなさい」

「わかりました」

「それから……」

 プレシデントがハリウッドへの処分を言い渡そうとした時、

「失礼します」

 執務室のドアが乱暴に開かれた。

「……何かしら、プレーリー。大事な用の最中だったのだけれでも」

 プレシデントは顔をしかめて、闖入してきた少女の名を呼ぶ。

「今日は、軍艦道部のプレーリーではなく、生徒会副会長、布田奈留として参りました!」

 プレーリーはそう名乗ると、複雑な編み込みがなされた長髪をなびかせてプレシデントの前まで歩み出る。

「先ほど、生徒総会にて、軍艦道部所属知名もえかの退部決議がなされたため、部長たるあなたに勧告に参った次第であります」

 




<登場人物の紹介>
プレーリー・・・・・・本名、布田奈留。一年生ながら生徒会副会長にして軍艦道部でもエースの一人として君臨する。扇動がうまい。ちなみにプレーリーとはアメリカ東部の大平原のこと。彼女の体型を言い表したものではないかと陰でささやかれている。


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プレーリー対軍艦道部です!……だけどみんなの意思でピンチ!

 プレーリーは一枚の紙を机にたたきつけた。

『退部勧告 航海科一年B組 知名もえかに対し、軍艦道部からの退部を勧告する。本勧告より七日以内に退部がなされない場合、知名もえか、軍艦道部両者に対し追加制裁を下すものとする。横須賀宇佐マリーン学園生徒会』

「プレーリー!!! これはどういうことだよ!」

 マンハッタンはプレーリーの胸ぐらをつかみ上げた。

「ごらんのとおり、退部勧告書です」

 プレーリーは顔色一つ変えずに言った。

「プレーリー。私も生徒会長、尾浜場楽として言うわ。なぜ生徒会長のサイン欄のところにあなたのサインがあるのかしら? 少なくともこの件、私は何も聞いていなかったのだけれども」

 プレシデントはあくまで冷静に問う。プレーリーもまた、淡々と説明した。

「昨日の試合の後、我が校の輝かしい記録に泥を塗った知名に対し処分を求める声が全校的に高まりました。そこで、生徒会規約第二十七条に基づき学級委員長会が臨時招集されたのです。その時点で会長は軍艦道部長としての職務が多忙であったため、規約十二条の規定にある通り、私が会長職務を代行させていただきました」

「なるほど、それで?」

「学級委員長会は知名への退部勧告を全会一致で発議。すぐに規約第二十一条により臨時生徒総会が開催されました。といっても、電子上でのことですが。そして、出席人数の過半数が本決議に賛成したため、退部勧告が正式に決議され、ここに報告に参った次第であります」

「Sit!! こんなことが許されると思ってんの!? 会長と副会長が一切知らされないまま総会を開くなんて!」

「おや? 電子投票システムと連絡システムに不備があったみたいですね。システム科に伝えておきましょう」

「……了解したわ。下がりなさい、プレーリー」

「何言ってんのさ! プレちゃん! こんなこと認める気なの!?」

「……総会で過半数を得たのならば、私は従わざるを得ないわ。会長といえども、部長といえどもね」

「賢明です。では、ここにサインを」

 プレシデントは書類にペンを走らせた。プレーリーはどれを確認し、もえかの方を振り返る。

「残念ねぇ、ロッキー。あんたはもう、二度とこの学校で軍艦道をできないのよぉ」

 勝ち誇ったかのように、プレーリーは笑った。

「お前……」

 ハリウッドは今にも飛びかからん勢いだが、その手首を、もえかが握りしめていた。

「まったく。軽巡洋艦を与えられておきながら駆逐艦にやられるなんて、情けなくて宇佐マリーン生の風上にも置けないわねぇ。昨年あなたに負けた私がなさけなくって嫌になるわ」

「お前! まだ去年の決勝引きずってんの!? 試合終われば敵も皆仲間ってのがうちの伝統でしょっ!」

 ハリウッドが吠えた。

「黙れハリウッド。中学からの外部生であるあんたに言われなくないわ」

 プレーリーがハリウッドをにらみつける。

「とにかく、サインは頂きました。それでは私はこれで。そして知名さん、『you are fired(お前はクビだ)』」

 高らかに笑いながらそういって、プレーリーは優雅に一礼をしてから部屋を出ていった。

「ガッデムっ!!」

 マンハッタンは叫びながら執務机を思い切り蹴り飛ばした。

「やめなさい、マンハッタン」

「プレちゃん!! なんであんな奴放っておくのさ! 今すぐ首に!」

「無理よ。彼女の背後には、この学校の生徒たちの意思がある。私たちの考えが甘かったようね。思いのほか、この学校は勝利になれ過ぎていた」

「バカだ。バカばっかだよ……。負けたぐらいで辞めさせられるんだったら、誰も勝負をしなくなる。保身に走れば、その先にあるのは組織の弱体化だけ……。どうする? ロッキー。姉妹高のサンダース大付属校にでも転校しちゃう? 多少融通は効くよ? あそこは軍艦道やってないけど、ロッキーなら新しく創部してやってけそうだし」

 そうつぶやきながら、マンハッタンはその場にへたり込んだ。

「寄られた期待の分だけ、失望もまた大きくなる、ね。どうやら私は、逸材を潰した人間としてこの部に名前を刻みそうだわ」

 プレシデントも苦笑しながら深く椅子に倒れ込んだ。

 もえかの顔がゆがむ。

「本当に、申し訳ありません……。私が負けなければ……」

「ロッキーだけのせいじゃないわ! 艦の敗北は乗員全員の責任よ! あたしこそ、油断してしまったんだし……」

「何度でも言ってあげるわ、ロッキー、ハリウッド。私は勝敗であなたたちを責めるような真似は絶対にしない」

 プレシデントは少し怒ったように言った。

「大丈夫。何とかするわ。せっかく苦労してスカウトしたあなただもの。またここで軍艦道ができるように計らって見せるわ。だから、それまで。……はい、これ」

 プレシデントが机の引き出しから取り出したのは、一枚の茶封筒だった。

「これは……」

「オー、マイガット」

 それを見たもえかとハリウッドは目を見開く。

「これを受けるか受けないかはあなた次第よ。でも、そういう手段もある、という事を頭に入れておいて」

 もえかはまっすぐプレシデントを見つめた。

「お願いします」

「キャップっ!?」

 驚くハリウッドをしり目に、プレシデントも不敵にほほ笑んだ。

「そう言うと思ったわ」

 

 

「By the way,プレちゃん」

 もえかとハリウッドが去った後、マンハッタンが口を開いた。

「何? あとプレちゃんはよして」

「いや、なんでプレちゃんてあんなにロッキーのこと気にかけるのかなって思ってさ」

「……二年後、何があるかは知ってる?」

「……Would cup。たしか、イギリス開催だったよね?」

「ええ。長らく低迷してる日本軍艦道復活がかかった、大切な大会よ。彼女は、知名もえかはこの先日本を率いる重要な逸材となる可能性がある。私の勘がそう言ってるのよ。ごめんなさいね、適当で」

「……ううん。プレシデントの勘なら当たるでしょ。でも、なんであそこに?」

「あそこなら、変なしがらみにとらわれずにあの子の自由にできる。信頼できる友人と環境に囲まれた最適な学校だもの」

 そう言いながら、プレシデントは生徒会長の決済印を書類に押した。

 それはもえかの、横須賀女子海洋学校への短期転校に関する手続きだった。

 



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新しい仲間たちです!……だけど本選でピンチ!

 関東地区予選会の熱狂が冷めやらぬまま、一週間が過ぎようとしていた。

 今日も今日とて、晴風は全国大会本選に向けた演習を行っている。

 今は演習も終わり、学校に帰還している最中だ。日もすっかり傾いている。

「いやぁ~、あたしたちもすっかり有名人だよね」

 西崎芽衣が照れくさそうに言った。というのも、晴風の横を一隻の和菓子屋船が『横須賀女子 全国進出おめでとう!!』という横断幕を掲げてすれ違ったからである。晴風も信号旗を掲げてお礼を言った。

 若干有頂天になっている芽衣に、

「あ、あの和菓子屋さんは杵崎さんのご実家ですね」

 幸子が少し言いにくそうに指摘する。

「なんだ、身内じゃーん」

「でも、普段は千葉の外房で営業なさってるんですって。わざわざここまで出て来て下さったんですよ!」

「え!? マジで!?」

「しかし……、少しは注目を集めるようになりましたね、艦長」

 ましろはそんなやり取りを見つめながら、少し満足にほほ笑んだ。

「うん。他のクラスメイトの子たちにも声をかけてもらえるようになったし、横須賀市の広報誌にも載せてもらえたし!」

 明乃が嬉しそうに答えた。

「入部希望者もちらほらですが来ているみたいですよ! といっても、船がないのでどうしようもありませんが……」

 幸子の言うとおり、あの試合以降、入部したいといっている生徒が徐々に増えているらしいのだが、晴風が割と定員いっぱいであり少し待ってもらっている状態なのだ。

「新しい艦、買わないのかなぁ?」

「厳しいな、うちの予算じゃ晴風の維持管理だけでも精いっぱいだし」

「そんな~」

 鈴の願望をましろは叩き潰す。

 そんなこんなしているうちに、横須賀女子が見えてきたのだが、

『艦長、所属不明の軍艦が一隻、うちのふ頭に入っています』

 マチコからの報告が入った。

「所属不明?」

 それを聞いた艦橋要員一同が首をかしげる。

「校旗や学校ナンバーは入ってる?」

 明乃が尋ねるが、

『いいえ。所属を示すものは、何も』

 帰ってきたのは否定だった。

「もしかして、新しく買ったとか?」

「そんな馬鹿な」

「何も聞いてないんですけどねぇ」

 不審に思いながらも、帰らないわけにはいかないので、晴風はそのまま正体不明艦の隣に入港した。

 横から不明艦を眺める。全長は晴風と同じぐらい。晴風と同じぐらいの単装砲が計五門。

「これは……。まさか」

「わかるの? シロちゃん」

「ええ。恐らく、アメリカのフレッチャー級駆逐艦かと。艦名についてはわかりかねます。フレッチャー級は170隻以上建造されたので」

 その時、フレッチャー級から何人かの人間が降りてきた。

 一人は横須賀女子校長、宗谷真雪。

 後ろには宇佐マリーン軍艦道の司令官、プレシデント。続くように副官であるマンハッタン。

 そしてその後ろには

「もかちゃんっ!?」

 横須賀女子の制服を着たもえかがいた。

 

 明乃はタラップを転がるように降りる。

「もかちゃん!? どうしたの、その服!?」

「うん、実はね……」

「艦長!! 勝手に飛びださないでください!!」

 ましろたち他の乗員も、続々と降りてきた。

 そして全員がそろったのを見計らって、もえかは頭を下げた。

「今日から横須賀女子でお世話になることになりました。知名もえかです。よろしくお願いします」

「「「ええええぇぇぇっ!!!!????」」」

 31人の絶叫がこだまする。そこに、ハリウッドが文句を言いながら降りてきた。

「キャプテーン、先に挨拶するなんてひどいじゃない」

「あ、ごめん、ハリウッド。晴風のみんなが揃ってたから、つい」

「ま、いいわ。ハーイ、晴風のみんな。私はハリウッド。年は16。好物はママのミートパイで、特技は砲戦かな?自慢じゃないけどダンスパーティでペアに困ったことはないわ。これからよろしく」

「「「…………」」」

「ねえ、キャップ。晴風ノリ悪いんじゃない? 私滑ったみたいになってるんだけど」

「見たいじゃなくて滑ってるんだよ。いきなりあのノリについて行けるわけないしょ」

 何とも言えない空気が場に漂う。

「えーと、つまり、その……」

 明乃が全員の気持ちを代弁する。

「どういうこと?」

 

「なるほど、そんなことが」

「ええ、納得してもらえたかしら? 宗谷ましろさん」

「はい。事情は理解できました。尾浜場先輩」

「プレシデントでいいわ」

 場所を晴風内の教室に移し、プレシデントからこの事態の説明が行われた。

「大変だったんだね、もかちゃん」

「ううん。こんな事全然」

「すでに天候に関しては宗谷校長からの許諾もいただいてるわ。私から言うのもおかしな話だけど、彼女たちをお願いね」

 プレシデントが言う。しかし、ましろは渋い顔をして後ろを振り返った。

「お願いと言われましても……」

 そこにいるのは、もえか・ハリウッドに加え、

「キャプテンといっしょの艦に乗りたいんです!」

「キャップと一緒にどこまでも!」

「キャプテン・ロッキーについていきたいんです!」

 一緒に転校してきた二十人近い宇佐マリーン生。

「この人数が、一気にうちに?」

「ええ、宗谷さん。みなさんロッキーのカリスマ性に充てられてしまったみたいね。みんなホノルルに乗っていた子たちよ」

 プレシデントはまるで人ごとのように笑った。

 一方の晴風側。芽衣、鈴、志摩も浮ついたように語り合う、

「いやー、一気に部員増えちゃったねー。うちも二軍とか作っちゃう?」

「そんなことしたら、私二軍落ちだよ~」

「楽しい……」

「楽しいわけあるかぁァァァぁっ!!」

 なんだか和気あいあいと受け入れる雰囲気になっていた晴風クルーに、ましろは怒鳴った。

「見聞を広げるとかなんだといわれたが、単に体の言いスパイじゃないか!! 短期転校ということはいつかは宇佐マリーンに戻るんだぞ!」

「あ、そうか」

「それにだ!! うちには晴風一隻しかない! この人数を裁けるほどの余裕はないぞ!」

「…………」

 ましろの一喝で、場が静まる。

「たしかに、うちの練習法とか盗まれるかもしんないしね」

「宇佐に持ってかれるのは嫌だなあ」

 さっきまでと態度が急転する。

「みんな……」

 明乃は不安そうに瞳を曇らせた。

「それにっ!」

 ましろはキッと、もえかをにらんだ。

 その時、

「あまり見くびらないでくださるかしら?」 

 プレシデントの凛とした声が、この空気を切り裂いた。

「こんなに堂々とスパイを派遣するまでもなく、我々はすでに情報を掴んでいるのよ? マンハッタン」

「はいはーい」

 プレシデントは後ろに控えていたマンハッタンに自分の手帳を渡した。

「まず……、野間マチコちゃん。どう? 東京湾に入る船ずっと数えてて、昨日はとうとう全問正解だったらしいじゃん」

「ど、どこでそれをっ!?」

「次に柳原麻侖ちゃん。すごいね、晴風の高温高圧缶の適性蒸気圧を自分で見つけたんだ。38 kgf/cm²らしいね?」

「なななななななんでおめえが知ってんでぃっ!?」

「そして宗谷ましろちゃん」

「……なんでしょう」

「かわいいよね、ボコ」

「ぎゃああああああああ!」

 秘密が次々と暴かれ戦慄する一同。

 プレシデントはその様子を楽しそうに見つめ、口を開いた。

「先の予選では我が方の油断もあり、ここまでの情報を得ていませんでしたが、これからはそうはいきませんよ? 我がIMF(マリーン学園情報科Fクラス)の諜報力をもってすればこれぐらいは余裕です。彼女たちに頼るまでもありません」

「優秀な諜報員がいてね。仮名・Eさんとでもしとくけど」

 マンハッタンも手帳を返しながら言う。

「ですから、一時のことかもしれませんが、彼女たちのこと、よろしくお願いします。あなた方の仲間として、受け入れてやってくれませんか?」

 プレシデントとマンハッタンが深く頭を下げた。

「や、やめてください!!」

 明乃が慌てて言う。

「そうです! 私のせいなんです! あたしのためにそんな……」

 もえかも二人に駆け寄った。

「お願いできますか? 岬さん」

「もちろんです」

 明乃はまっすぐプレシデントを見据える。

「もともと、私とももかちゃんは親友でしたし。別にチームに所属してたとしても、みんな軍艦道を一緒にやってきた仲間たちですから」

「『海の仲間は家族だから』ね」

「え?」

「いいえ、何でもないわ」

 プレシデントは明乃に手を差し出す。

「協力感謝します。岬艦長」

「尽力いたします。ミス・プレシデント」

 二人は固く握手を交わした。

「そうそう、ここに来るまでに乗ってきたあのフレッチャー級駆逐艦、あなた方に差し上げるわ」

「ええ?」

「名前も、好きなようにつけてもらって結構よ」

「え、いや、でもそんな」

 あんまりに突然な申し出に狼狽する明乃。

「いいのよ、元々未経験者の練習用に所有してたのだけれど、最近新入部員があまり入らなかったからずっと遊んでたの。ここで有効に使われた方があの娘も喜ぶわ」

 プレシデントがほほ笑む。

 明乃は少し困ったように周囲の様子をうかがって、

「……わかりました。大切に使わせてもらいます」

「おお!! じゃあうちもとうとう二隻体制に!? 部員も倍に!?」

「マジ120パーやばいんだけど!!」

「っしゃ!! 祭りだ!! 歓迎祭でぇい!!」

「あ! こらちょっとまて!! おちつけっ!!」

 

 こうして、知名もえか以下22人が新たに入部し、宇佐マリーンからフレッチャー級駆逐艦一隻が寄贈された。この船は明乃によって「有明」と命名されたのだった。

 

 再び数日が過ぎた。

 宇佐マリーンからの転校組はあっという間に晴風メンバーと馴染み、受け入れられた。ただひとり、ましろだけがいまだにもえかを訝しんでいるが。

「……シロちゃん、どうしたらもかちゃんと仲良くしてくれるのかな?」

「それをなぜ私に聞く? 艦長」

 医務机の前で不服そうな顔をしながら塩ココアをすすったのは、

「ごめんね、美波さん」

 船医、鏑木美波である。

「わたしが変なこと言っちゃたから、シロちゃんはまだ……」

「宗谷副長も強情だからな。当人同士の関係が修復されてるのになぜ副長が腹を立ててるのか、理解に苦しむ……、というわけでもないが」

「え?」

「だが、これはもはや副長と知名もえかの問題だ。君子危うきに近づかず。よほどでない限り口出ししない方がいい」

「でも……」

「……『有明』の意味を教えてやろう」

「美波さんが提案してくれたんだもんね。この名前。そうえば理由は聞いてなかったな」

 美波はくるりと椅子を回転させ、明乃と対面した。

「夜明け」

 ぽつりと言う。

「これが、今回の出来事が、私たちにとっての夜明けになればと思ったんだ」

「そうなんだ……」

「夜が明けた後、その日を良いものにできるかは当人の努力次第だがな。知名もえかも宗谷ましろも十分理解しているだろう」

「そっか」

 明乃は立ち上がった。

「ありがとう、美波さん。話聞いてもらって」

「聞くだけならいつでもいいぞ」

 その時、伝声管を通じて幸子の声が艦内に響き渡った。

『本戦一回戦の対戦相手が決まりました! 沿海高校のマクシム・ゴーリキー級軽巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」です』

『沿海高校……、だと?』

 弱弱しいましろの声が後ろからかすかに聞こえたのだった。




ちなみに艦隊戦のエントリー期間は終わっているので横女艦隊(駆逐艦二隻)の出番はもうちょっと先です。
〜登場艦の紹介〜
有明……全長114.7メートル。最大速35ノット。武装は38口径5インチ砲5門。40ミリ対空砲4門。20ミリ対空砲4門。21インチ魚雷発射管10門。爆雷軌条2基。軍艦道初心者用としてポピュラーな艦である。


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黒森峰です!……だけど戦車道でピンチ!

ガルパン本家様のキャラ初登場です。なおこのお話はみほ達が三年生になった年に進行しています。


「ウィルヘルムスハーフェン校の皆さん、ようこそ! 我が黒森峰女学園へ! 私は黒森峰軍艦道総統、東出瑞穂です!」

 黒髪ショートの女性、東出瑞穂は満面の笑みと大げさな身振りでアドミラルシュペーの乗組員を迎えた。

「うむ。出迎え感謝する。私はシュペー艦長で今回の日本留学団団長、テオ・クロイツェルだこれから一年間、よろしく頼む」

 テオは小さな体で尊大に腕を組む。

「同じく副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクじゃ。ミーナでよいぞ」

「よろしくお願いします、テオ艦長、ミーナ副長」

 瑞穂はニコニコして二人の手を握る。そして急に怖い顔となって、後ろを振り向いた。

「おい、貴様も挨拶しろ。日本の恥を見せる気か」

「うるさいわね、あんたが前に突っ立ってるからでしょ」

 後ろにいた人物は瑞穂を押しのける。

「どうも、黒森峰戦車道隊長、逸見エリカです」

「戦車道か。頼まれた部品ならちょうど陸揚げしているところだ」

 テオがシュペーから運び出されている大きな木箱を顎で指した。

「輸送協力、感謝します」

 エリカが軽く頭を下げる。

「貴様も思い知っただろう、軍艦の偉大さをな。戦車では物資の輸送などできん」

 得意満面に言い放つ瑞穂に、エリカは冷たく言い放った。

「そこで優劣をつけるなんて、あなたバカじゃないの?」

「ぐはっ」

「仲、悪いのか?」

 ミーナが恐る恐る尋ねると、

「「ええ」」

 エリカと瑞穂は息ぴったりに肯定した。

 

 瑞穂は腕を振り上げて力説する。

「そもそも軍艦道と戦車道は不倶戴天の仇敵! あやつらは後から入ってきた新参者のくせにデカい顔をしている生意気ものなのです! 海洋大国日本で!!」

「ロクな成果もあげられず凋落していった競技が何言ってるのよ! 人気がある方が盛り上がるに決まってるでしょ!」

「深刻じゃのう……。ヨーロッパはそんなこともないのに」

「お国柄だな」

 ミーナとテオは顔を見合わせる。

 

 ヨーロッパではどちらも女性の近代武道として双方協力して競技の普及に励んでいる。両競技を並行して行う「上陸戦」も盛んだ。

「去年ノルマンディーで開催された上陸戦は最高だったな。全欧選手権でもあそこまでは盛り上がらん。なあ、ミーナ」

「ええ、艦長。ヨーロッパ中の学校が集まりましたからね。負けてしもうたのもええ思い出です」

「今年はシチリアだったな。参加できんのが残念だ」

「日本でもやりませんかね?」

「無理だろ」

 二の前でぎゃーぎゃー言い争ってる戦車道隊長と軍艦道司令。これが日本戦車道と日本軍艦道の縮図である。

 

「だいたい準決勝にも残ったことがない弱小部が大きな口をたたかないでほしいわね」

 エリカは爆弾を放った。瑞穂の青筋がぴきっと音を立てる。

「貴様……。言ってはならんことを」

「事実を言ったまでよ」

「ふふ、ふっふっふ。わーっははははははは!! 弱小部。なるほど弱小か。だが!! その汚名も去年でおしまいだぁ!!」

 瑞穂はエリカの鼻先に人差し指を向けた。

「貴様ら戦車道が二年連続で優勝を逃しているこの隙に!! 我らが全国制覇し黒森峰に軍艦道ありと知らしめてやるのだぁ!!!」

「どうやって?」

 一人盛り上がっている瑞穂に、エリカは極めて冷淡に、仕方なしという風に聞く。

「ここにいるウィルヘルムスハーフェン校の二人は! 全欧選手権で優勝経験があるほどの強豪選手! この二人をすでに黒森峰代表として全国大会にエントリーしてある! そうすればもはや優勝は我が物!! 宇佐マリーンも呉海洋女学校も敵ではない!!」

「……あんた、プライドはないの? 留学生に勝ってもらっていいの? ドイツの威を借るフィンランドじゃない(注・「虎の威を借る狐」と同じ意味。詳しくは「継続戦争」で検索)」

「いい! 勝利こそすべてだっ! 優勝さえすれば予算折衝で貴様らと比べられ生徒会に嫌味を言われることも無くなる! 装備更新、新艦購入、部員数増加だって夢ではない!!」

「…………。せいぜい頑張りなさい」

 エリカはあきれを全く隠そうとしなかった。

「おお。吠えずらを掻くがいい!!」

 瑞穂はそれに気づかず豪快に笑うのだった。

 

「不安じゃ」

「ミーナ黙っとけ。あ、そうだ、土産がある。ぜひ受け取ってくれ」

 テオが思い出したように足元に置いてあった紙袋を取り出した。

「それはわざわざ……。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 瑞穂とエリカがそれぞれ礼を言って、テオのお土産、外国語の描かれた缶詰を受け取った。

 その瞬間、ミーナの顔がゆがむ。

【て、テオ!! あれほど持ってくるなと言ったじゃろ!!】  

 思わずドイツ語で、しかもプライベートモードで叫んだ。

【? うまいからいいじゃないか。日本じゃ手に入りずらいと聞いてな、箱ごと持ってきたんだ】

 テオもドイツ語である。

【なんてことをっ!! 武器輸出三原則に抵触するぞ!! 凶器集合準備罪違反だ!!】

【日本の法律じゃないか、どっちも。関係ない】

「なんていってるんだ? 二人とも」

「さあ?」

 ドイツ語の分からない瑞穂とエリカはテオとミーナの会話など分かるはずがない。だから缶詰に書かれている言葉がスェーデン語であることも、その意味が「シュールストレミング」であることも、それが世界一臭い缶詰とうたわれていることも、まったく知る由がなかったのだった。

 

 また、不用意に缶詰を開けたせいで黒森峰の戦車倉庫と黒森峰保有軍艦「アドミラル・ヒッパー」食堂が一時閉鎖されたのは別の話である。

 

 

「艦長! テオ艦長! 全国大会一回戦の組み合わせが出ました。我々の相手はアマルダ学院の重巡「カナリアス」です!」

「そうか。何分でやれる? ミーナ」

「会敵後十五分で」

 

 黒森峰女学園から出場した「アドミラル・グラーフ・シュペー」は今年の全国大会の台風の目となりつつあった。

 

――――――

 

「ねえココちゃん。他校の組み合わせはどうなってる?」

 明乃と幸子はプリントアウトしたトーナメント表を眺めていた。

「ええ。戦艦を主力艦とする学校だけで言うと……、白草農水高校「リットリオ」が継続高校「イルマリネン」と当っています。私たちが一回戦で勝ったらこのどちらかと当りますね。呉海洋女学校「大和」に、聖グロリアーナ「プリンス・オブ・ウェールズ」、それに宇佐マリーン「アイオワ」は表の反対側にいるので決勝まで当たりません。逆に東舞鶴女子の「陸奥」がこちら側にいます」

「ってことは」

「決勝に上がる前に、当たるかもしれません」

「……。いや、今は目の前の試合に集中しよう」

「そうですね。沿海高校は目立った経歴こそありませんが、私たちにとっては強敵です」

『艦長!! 岬かんちょーっ!! 「有明」との試合形式練習の準備が終わりましたよ!!』

「あ、宗谷さんが呼んでますよ、艦長」

「うん! ありがとう、ココちゃん!」

「いいえ! 記録員としての本望です!」

 

 

 

 




登場人物の紹介
テオ・クロイツェル……シュペー艦長。尊大な口調で話す幼児体型。ミーナとは昔からの親友である。好物はシュールストレミングにサルミアッキ。ちなみに日本語は『0800ダヨ! 総員整列!』という往年のコント番組で覚えた。

ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク
 シュペー副長。ナイスな体型。テオとは昔馴染み。日本食は苦手である。日本語は仁義がない感じの映画で覚えたので、呉方言が混じる。

東出瑞穂……黒森峰軍艦道総統。興奮すると大げさな身振り手振りを繰り出す。やたら大げさにものを言い、いつも怒鳴ってるみたいな口調で話す。戦車道は天敵。黒森峰を軍艦道で染め上げるという野望を持っているが、達成される見込みはない。


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沿海高校戦です!……だけどニジェーリカとサリンカでピンチ!

オリキャラを……、出し過ぎた……。


 全国大会一回戦。横須賀女子海洋学校対沿海高等学校の試合は、日本海山陰沖で行われようとしていた。

「では、改めて試合相手の説明をさせてもらいますね。もうなんどもやってきましたが」

 そう前置きして、幸子はスクリーンにスライドを映し出した。

「沿海高校は青森県大湊を母港とする学校です。生徒数は少なく、軍艦道でも目立った成績は残していません。でも、学校を上げて軍艦道を支援しているので、一回戦から大いに盛り上がっています。

 使用している軍艦はおもにソ連製。今回対戦するマクシム・ゴーリキー級軽巡「ラーザリ・カガーノヴィチ」が主力です。武装は18センチ三連装砲が3基9門。8,5センチ高角砲8基に、機関砲が16。それに三連装魚雷発射管2基です。主砲射程は約38000メートル。発射速度は毎分5,5発。最大速力32ノット。舷側装甲70mmで、うちの砲なら距離3000まで寄れば抜けます」

「それってだいぶ厳しいんじゃ……」

「ホノルルと違って雷撃の危険があるのが厄介だな」

 ましろは腕を組む。

「やっぱり私たちには最初の作戦しかない」

「雷撃ですか?」

「うん。試合開始とともに、相手の後ろに回り込む。カガーノヴィチの三連装砲は後部甲板には一基しかないから、正面よりはやりやすい。だから、執拗に後ろに着けて、チャンスを見て魚雷を撃ち込む。名付けて……、」

「カマシ作戦ですよね!!」

 作戦名考案者、幸子が目を輝かせた。

「カマシってどういう意味?」

「脅す、とかそんな感じらしいよ。後ろから脅すんだって」

「へー」

 明乃はもう一度みんなの方を向いた。

「とにかく、カマシ作戦を遂行しよう!」

「「「おおー!」」」

 

 試合前の挨拶は、鳥取港で行われた。

 代表として前に出た明乃とましろと対面したのは、

「--------。-----------、----------」

「『我は沿海高校司令官(ツァーリ)ニジェーリカである。横須賀女子よ。本日はよろしく頼む』と、ツァーリは申しております」

「横須賀女子の艦長、岬です」

「私は副司令、サリンカです。どうか、お見知りおきを」

「えっと……。よろしく、お願いします。副長の宗谷です」

「-----、----------。-----------」

「『おお、あの名門宗谷のものか。これは光栄である』と、ツァーリ・ニジェーリカは申しております」

「……こちらこそ」

 ましろと明乃は困惑を隠せないまま、ニジェーリカとサリンカを見つめていた。

 サリンカはまあいい。機関長麻掄と同じぐらい小柄だが、ニコニコと柔らかい笑顔で応対している。気になるのは、そのサリンカの後ろに隠れるようにしている高身長の少女、ニジェーリカである。

 何かもぞもぞとしゃべっているようだが、何を言っているのかはわからない。そんな彼女の言葉を、サリンカが伝声しているのだ。

 あんなに偉そうなことを言っているくせに、ニジェーリカは、大きな体を必死にちぢこませてサリンカの後ろに隠れようとしていた。

「あの、ニジェーリカさんは?」

 明乃が聞くと、サリンカはいとおしそうにニジェーリカの頭を撫でた。

「申し訳ありません。ツァーリは極度の人見知りで。初対面の方を前にすると、こうなってしまうのです」

「その人見知りの彼女があんな尊大な言葉を?」

 ましろは表情がひきつったまま首をかしげるが、サリンカはさも当然という風に頷いた。

「ええ。私はツァーリのお言葉をそのままお伝えしているだけなので」

「「そうですか……」」

 こういわれれば、二人は納得するしかないのだった。

 

――――――

 

 主審の号令とともに、晴風とカガーノヴィチが港から離れていく。鳥取砂丘に設営された特設観覧席の巨大スクリーンには、飛行船から撮影された艦の様子が映し出されていた。

「キャップはどー思う? 晴風、勝てると思う?」

 客席にいたハリウッドは、隣のもえかを見た。もえかはスクリーンから目をそらさずに答える。

「カガーノヴィチは、ホノルルよりも火力や装甲の面で劣ってる。沿海高校自体、その戦法は正面突破でごくありふれたものだから、可能性は十分にあると思う」

「じゃ、安心してみてられるわね」

「だといいけど……」

「あら? こんなところにいたの?」

 突然、二人に声がかけられた。驚いて振り返ると、校長の宗谷真雪が立っていた。

 もえかとハリウッドは立ち上がろうとして真雪に制される。

「そのままでいいわ。それにしても、二人は晴風には乗らないの?」

「はい。私たちは有明の乗員なので」

「あら、もったいない」

 もえかの返答に真雪は顔をしかめた。

「晴風が執る作戦は知ってる?」

「すみません、校長。私たちも聞かされてなくて」

「そうなの? はぁ、せっかくいい選手がいるっていうのに、これじゃあ宝の持ち腐れね」

 作戦を知らされていないのも、晴風に乗ったことがないのも、すべて……。

「ましろのせいでしょ?」

 真雪が核心をついてきた。

「…………。『私の助けを借りることは、絶対にない』と、言われてしまいました」

 もえかは曖昧にほほ笑む。真雪も呆れたように笑った。

「あの子もね、頑固だし意地っ張りだし。高校生にもなった困ったものだわ」

「はぁ……」

「あなたはどう思ってる? 知名さん」

 突然の質問に、もえかは固まる。

「……私が、悪いんです。だから、宗谷さんのことは仕方がないかなって」

「自分に自信がないところがあなたの悪いところよ」

 真雪は人差し指でもえかの額を軽くたたいた。

「でもちょーっと問題だよねー。軍艦道って連携第一だっていうのにさ」

「ハリウッド! 失礼でしょ!」

 ざっくばらんに言い放ったハリウッドをもえかはたしなめたが、真雪はむしろ爆笑した。

「うふふふふっ! ほんとっ、その通りよ! よく言ってくれたわ」

 ハリウッドの肩をバンバン叩き。

「親の私が言うのもおかしいけど、あの子は聡い子なの。さっきも言ったけど、頑固で意地っ張りなだけで」

「はい……」

「このままではいけないって、ましろも気づいているわ。あとはきっかけだけ。なにかあれば、きっと、ね」

 三人の目は、航跡を描いて進む晴風に注がれた。

 

――――――

 

「宇佐マリーンの司令ともあろう人間が一回戦の観戦とはな」

 ミス・プレシデントがその声を聴いたとき、思わず身体を固くした。

 だがそれを相手に悟られぬよう、落ち着いて言い返す。

「……そのままその台詞をお返しするわ。聖グロリアーナのホーキンズ提督?」

 聖グロリアーナ女学院軍艦道の提督、ホーキンズは犬歯を見せて凶暴そうに笑った。

「別にこんなちんけな試合を見に来たわけじゃねえさ。てめぇに話があったんだよ、プレシデント」

「あら? 何かしら?」

 プレシデントが首をかしげると、ホーキンズはいら立ちを隠さずにじり寄る。

「とぼけんじゃねえ。うちと宇佐マリーンの取り決め、破棄するってどういうことだ?」

「日本語がお分かりなら理解できるでしょう。そのままの意味よ。来年度以降、宇佐マリーンと聖グロで関東の単艦戦出場枠を融通しあう協定は取り消す。うちは枠いっぱいまで選手登録を行うので、全国に行きたければ力ずくで奪いなさい、ということよ」

「ふざけてんのか?」

「『聖グロの不良集団』相手にふざけるほど、私は肝が据わっていないわ」

 ホーキンズは何も言わず、懐から取り出した拳銃をプレシデントの頭に突き付けた。17世紀に使用されていた年代物の拳銃だ。

「あいにくあたしらは『不良』じゃねえ、『海賊』なんだ。お望み通り力ずくで行かせてもらうぜ」

「あら? その割に脇が甘いのね」

 ホーキングは自分の脇腹に硬いものを感じた。それは一発で人間など粉々になってしまうような大口径の回転式拳銃だった。

「ちっ。相変わらずだな」

「あなたこそ」

 お互いに拳銃を向けあい、緊迫した空気が漂う。

「考えを変える気は?」

「ないわ」

 二人は同時に、引き金を引いた。  

 

「なにやってんの、プレちゃん」

「なにしてんだ、提督」

 

 宇佐マリーンと聖グロの副官は、銃口から星条旗とユニオンジャックを出したオモチャの銃を持っている己の上官を見て呆れるしかないのだった。

 

「よくできてんじゃねえか! プレシデント」

「あなたのだって。一瞬本物かと思ったわ」

「ばーか。そんなわけねえだろ」

「一瞬って言ったでしょっ! 一瞬だけよ」

 二人して大盛り上がりするなか、そのテンションについていけないマンハッタンと、聖グロ提督付き副官ドレークは頭を抱える。

「会うたびに謎のシリアスモードいれるの止めてくんないかなぁ。周りのお客さん引いてるじゃん」

「いや、面目ねえ。うちのバカ提督が」

「いや、プレちゃんもこういうの好きだし……」

 

「あー、そんでさ、話し戻すけど」

 そんな副官ズをしり目に、さっきとは一転和やかなモードでホーキンズは繰り出した。

「やっぱダメ? 何だったらあの横須賀女子も巻き込んでやってもいいぜ。うちの枠を譲ってもいいし」

「ごめんなさいね。もう決めたことなの。このままじゃだめだって思って」

 実は、宇佐マリーンが持っていた「関東地区の全国大会出場枠独占」は、あくまで「宇佐マリーンが出場登録していた艦がすべて出場した」という意味に過ぎなかったのだ。

 関東には聖グロリアーナ女学院という古参の強豪校があった。優勝経験すらある名門であり、普通なら、予選で宇佐と聖グロは死闘を演じるはずだった。しかし、地区予選での消耗を嫌った両校は艦の登録を調整しあうことで予選会を避けてきたのだ。

 プレシデントの意思は変わらないと読み取り、ホーキンズはため息交じりに空を仰ぐ。

「はぁ、ま、別にいいけどよ。楽にとはいかなくなるが、一枠二枠は確保できるだろうし。ただ横須賀女子には災難じゃねえか? 駆逐艦で単艦戦にでるなんざ、聞いたことがねえし、うちもそのつもりはない。あいつらが当たる相手は格上ばっかになるぞ」

「艦種で優劣は決められないのよ、ホーキンズ」

 

――――――――

 

「ツァーリ。オプリチニクの配置は完了しました。作戦は予定通り進んでいます」

「―----、―---。……--、―---------?」

「……もはや、我々には手段を選んでいる余裕はありません。何としても、勝たなくてはいけないのです」

「―-、―----。―----」

「安心してください。絶対にばれません。もしばれても、全責任は私が」

「―-----!!」

「……ありがたきお言葉。このサリンカ、全力を尽くさせていただきます。我が沿海高校の、栄光を遺すのために」

 カガーノヴィチは進む。

 沿海高校と横須賀女子海洋学校の戦いが、幕明けようとしていた。




登場人物の紹介
 
ニジェーリカ……沿海高校軍艦道の司令官。白いコートをいつも着用している。極度の人見知りで、いつも黒い長髪で顔を隠すか、サリンカの後ろに隠れている。もぞもぞとしゃべるためその言葉はサリンカによって伝えられているが、実際彼女があの喋り方なのかは不明。

サリンカ……沿海高校副官。ニジェーリカの保護者でもあり、純粋に指揮官としても尊敬している。ニコニコ柔和な笑みで、とても人当たりが良いが、しれっと怖いことを言ったりもする。

沿海高校・・・・・・青森県大湊を母港にする学校。とても小規模だが生徒同士の中はよい。同じ県内のプラウダ高校とは、なぜか昔から対立している。ちなみに継続高校とはもっと仲が悪い。プラウダのことを「赤校」と呼ぶが、これは両校合同運動会でプラウダが赤組、沿海が白組だから。

ホーキンズ……聖グロ軍艦道提督。口も悪いし態度も悪い荒れくれもの。だが、別に不良というわけではないらしい。プレシデントとは友達。ちなみに聖グロ軍艦道の制服は伝統的に海賊スタイルである。男口調だが、女性である。

ドレーク……ホーキンズの部下。苦労人ポジションである。


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カマシ作戦です!……だけど見破られてピンチ!

 カマシ作戦。40キロ四方に設定された試合海域の境界ギリギリを通ってカガーノヴィチの後ろへと回り込もうという作戦だ。巡洋艦「ラーザリ・カガーノヴィチ」の砲は艦首に二つ、艦尾に一つ。法の数が少ない方から攻めた方がやりやすいだろうという趣旨である。

 

「なるほどねー。単艦戦は百八十度反転して海域の真ん中で会敵するのがセオリーだし、後ろは普通警戒しないもんねー」

 

 ハリウッドが感心する。

 

 作戦を聞いていないはずの彼女がなぜそれを知っているのかというと、海上に設置された大型スクリーンのおかげだ。

 

 CGで簡単に示された艦の位置。上空の飛行船から撮影されたそれぞれの空撮映像に。しかも、艦橋に設置されたカメラ映像も映し出されている。

 

「キャップ、結構はっきり映るんだね、艦橋。声まではっきり撮ってるし」

 

「うん。軍艦道は、こういう映像でも使わないと試合の経過が単調でつまらないって言われちゃうし、それに違反行為の監視の目的もあるんだよ。スクリーンにはないけど通信室にも監視カメラがあるの」

 

「へぇ~」

 

 そのとき、もえかはカガーノヴィチの異変に気付いた。

 

「どうした? キャップ」

 

「……今、カガーノヴィチの艦長が取り舵270度の指示を出した」

 

「270!? 180じゃなくて? 反転しないの!?」

 

「晴風の作戦を、・・・・・・読み切ってる」

 

 

 最初に異変に気付いたのは、見張り員のマチコだった。

 

『カガーノヴィチ発見! ……正面向いてます!!』

 

「正面だとっ!?」

 

 それを聞いたましろは、驚いて双眼鏡をのぞいた。そして息をのむ。

 

「艦長……。カガーノヴィチは本艦に向けて接近中!」

 

「なんで!? 作戦が漏れてってことっ!?」

 

 芽衣が叫ぶ。明乃の指示は素早かった。

 

「第4戦速! おもーかーじ180度、よーそろー! ひとまず距離を取って!」

 

「おもーかーじっ!………180度!」

 

「もどぉせぇっ!」

 

「も、もどーせー!」

 

 晴風が回航している間にも、カガーノヴィチは接近していた。

 

『カガーノヴィチ発砲!……着弾、今っ!』

 

 晴風のやや後方で水柱が上がり、轟音と衝撃が襲う。

 

 幸子はすばやく端末を操り、カガーノヴィチのデータを呼び出す。

 

「カガーノヴィチの主砲である3連装速射砲は設計上3門斉射しかできません。威力は97キロの砲弾を37キロ先まで届かせることができます。散布界が広いのがせめてもの救いですが……」

 

 ましろも険しい顔で幸子に続く。

 

「あれの最高速度は確か、36・5ノット。うちの37ノットと大差ない……」

 

 その時、伝声管から麻侖の怒鳴り声が響いた。

 

『機関はあんまり持てねえ! この速度出し続けたら30分でぶっ壊れちまうよぉ!』

 

「だが速度を下げたらすぐに追いつかれるぞ!」

 

「……第3戦速まで落として。沿海高校の射撃命中率はあまり高くないから、一定の距離さえ空いていればそんなに恐れる物じゃない。麻侖ちゃん、それでどれだけ持つ?」

 

『持って四、五十分ってとこでい。無茶な動かし方しなければの話だけど』

 

「ありがとう、じゃあそれで」

 

 明乃はそういって、ちらりと上の方を見つめた。

 

「……鈴ちゃん、少しだけ右に曲がって、すぐに左旋回してほしいんだけど、できる?」

 

「ええっ!? う、うん。……たぶん」

 

「魚雷は……、ここじゃつかえない……。タマちゃん、戦闘左砲戦。全門斉射よぉーいっ!」

 

「うぃ」

 

「魚雷を使わないんですか? 砲撃にはまだ少し距離があると思いますが……」

 

「うん。カガーノヴィチの装甲は距離を詰めれば晴風でも抜けるから。シロちゃん、上から、カガーノヴィチの動きをよく見ていてほしいの」

 

「……わかりました」

 

 明乃はましろの問いにはっきりとは答えなかった。ましろは少し不満だったが、大人しく艦長の指示に従う。

 

 艦橋の上にある覗き戸から顔を出し、後ろに着けるカガーノヴィチを見つめた。

 

「おもーかーじっ! 一杯!……とーりかーじっ270度!! よーそろーっ」

 

 右に曲がっていた船体が急速な左回転で大きく揺れる。駆逐艦ならではの小回りの良さだ。

 

 これなら、カガーノヴィチのすきをつけたかもしれない、とましろは確信したのだが、

 

「こーげき始『カガーノヴィチ発砲!!』

 

 晴風の砲が火を噴くより先に、相手の砲弾がこちらを襲ってきた。

 

「回避っ!!」

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ」

 

 カガーノヴィチに対して横を向けようとしていた晴風は、あわてて右へ、先ほどと同じ平行の向きに戻るとする。

 

 しかし、いくら小回りが利くとはいえ、弾速にかなうはずがない。晴風を強い衝撃と轟音が襲った。

 

『こ、後部甲板被弾!!……いえ、弾がかすめたみたいですっ!』

 

 マチコの慌てた声が聞こえる。晴風の後部から黒煙が上がっていた。

 

「被害報告!! みんな、大丈夫!?」

 

 明乃は伝声管に飛びついた。

 

『機関、何とか無事でい……』

 

『こちら射撃管制! 三番砲故障したみたいです!』

 

『青木っす! いまからダメコン向かいます!!』

 

「ひとまずは大丈夫みたいですね」

 

 幸子がタブレットに被害をまとめ、安堵する。戦闘不能になるようなダメージではなかったようだ。

 

「……艦長」

 

 ましろが、神妙な面持ちで降りてきた。明乃はその顔を見てすぐに、

 

「痛たたっ!」

 

 足を抑えてうずくまった。幸子が慌てて駆け寄る

 

「艦長!? 大丈夫ですか!」

 

「うん、さっきの砲撃で、ちょっと足をくじちゃったみたい」

 

「美波さんのところに行きましょう! さ、私につかまって」

 

「ううん、シロちゃんにお願いしようかな」

 

「…………」

 

 頼むこむように自分を見上げる明乃を、ましろは拒否できなかった。

 

「え、でも艦長と副官が同時に不在だなんて」

 

「いや、私が連れていく」

 

 ましろは幸子からひったくるように明乃をおんぶする。

 

「被害がはっきり判明するまでとりあえず今のままの進路と速度を維持。砲撃があったら、とにかく回避して」

 

「私はすぐに戻る。それまで、少し頼んだ」

 

 二人はそういって艦橋から出ていった。

 

「シロの奴、いつもなら絶対反対するのに。変なの」

 

 芽衣は眉をひそめた。

 

 

「気づいた?」

 

 ましろの背中にいる明乃は彼女の耳元で小さくささやく。ましろは正面を向いたまま答えた。

 

「……晴風が右に旋回した時から、カガーノヴィチの砲位角は左に回ってた。……艦橋での会話が、向こうにもれている可能性が高い、と思う」

 

「私もそう思う。たぶん、艦橋のカメラからだと思う」

 

「でも、試合中は外部との連絡は禁止されてるはず。スマホは持ち込めないし、通信室も監視されてる。……いったいどうやって」

 

 通信関係に関しては、軍艦道のルールは徹底されている。通信機器は試合中持ち込むことはできないし、艦隊戦では盗聴も禁止だ。幸子のタブレットも、通信機能は切られており、試合後に審判によってチェックされる。

 

 二人がわざわざ艦橋から出たのも、艦橋内が盗聴されている可能性が高いからだ。

 

「……ラジオ、だと思う」

 

「ラジオ!?」

 

「うん。スピーカーと、後簡単な装置さえあれば、アンテナは艦のものを利用してラジオ電波を受信できる。見張り員がこっそり聞く分にはたぶんばれないし、ポジション的に、先読みをするような指示を出しても変には見えないから」

 

 ましろはとっさに上を見た。もちろん、そこには天井しか見えないが、自分たちの情報を流している電波が漂っているような気がした。

 

「……でも、証拠がない。証拠がないから、審判に訴えられない」

 

 ましろは悲痛な顔で言う。

 

「うん。この状態で相手の不正を訴えても、逆にこっちが名誉棄損で失格になるかもしれない」

 

 軍艦道では、試合相手や審判への侮辱も違反行為の対象だ。このせいで、確定的な証拠があるわけでもないのに、相手が不正をしていると訴えることはできないのである。

 

「……どうする? 岬さん」

 

「私は、いったん美波さんのところに行って、人を集めて探ってみようと思う。けがをしたことにしちゃったし……。あと、もし試合状況を電波で流してるんだとしたら……」

 

「会場から、でしょう?」

 

「うん。この試合は、ネット中継されてないから。観客席のスクリーンが見えるところに協力者がいるはず」

 

 それを聞いて、ましろは意を決した。

 

「……私に、一つだけ考えがある」

 

「……もしかして、シロちゃん」

 

「大丈夫、岬さん。ルールに反することはしないから」

 

「……わかった。お願い、シロちゃん」

 

「了解です、艦長」

 

 明乃は自分の帽子を、ましろにかぶせた。

 

 ましろは明乃を背負ったまま、小さく敬礼をした。

 

 ちなみに、明乃は別にけがをしたわけではないのでいつまでも負ぶっている必要はなかったのだが、二人がそれに気づいたのは医務室の前に到着してからであった。



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