真剣で私に恋しなさい!Another (ag260)
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第一話 日常

ここ、川神市には他とは違った特徴を持つ学園があった。

 

 

その名も『川神学園』

 

 

この川神学園は、それぞれの個性を重んじるための自由な校則とユニークな行事・授業が特徴的で、市内を代表する学園である。

 

しかし、川神学園にはその中でもさらに特徴的な部分があった。

 

それは学園側が生徒同士の『決闘』を許可していることである。

 

『決闘』とはお互いの合意があれば、喧嘩・スポーツ・論戦など、形式を問わずに白黒つけて戦う事が出来る勝負の事を言う。

 

入学時に配られる学園のシンボルが模されたワッペンを付きつけ、相手がその上にワッペンを重ねた場合、決闘が受託されたことになる。

 

この川神市には武家の血を引く家柄が多く、川神学園では元気を余らせた生徒たちが頻繁に決闘を行っていた。

 

 

そう、今この時も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両者準備はいいネ?」

 

「応!」

 

「いつでも!」

 

「それでは、勝負開始ダヨ!」

 

「「おおおおおおおおおお!!」」

 

立会人の教師の号令と同時に、向かい合ってた二人がグラウンドの中央でぶつかった。

 

 

 

 

そんな者たちを学園の屋上から眺める一団が居た。

 

 

「お?こんな昼休みから決闘か」

 

「まぐまぐ…あ、本当…まぐまぐ…そうみたいね」

 

「ワン子、食べ終わってから話しなさい」

 

「ハ、ハーイ」

 

その中でも一番初めにグラウンドの様子に気づいた少年。名前を『直江(なおえ) 大和(やまと)』と言う。

特徴の無い普通の男子学生に見える彼だが、とても要領が良く頭がキレ、仲間内からは『軍師』と呼ばれ頼りにされている男である。

 

ワン子と呼ばれたのは赤みがかった長い茶髪をポニーテールにした活発そうな少女、『川神(かわかみ) 一子(かずこ)』。名前が一子なので通称『ワン子』と仲間には呼ばれている。

 

彼女は『川神』と言う名前の通り、川神学園の学長で武術の総本山と呼ばれる『川神院』の総代『川神 鉄心(てっしん)』の孫娘であり、姉を目標に日夜トレーニングに励んでいる。

 

 

その彼女を諌めたのはショートカットで一子とは対照的に大人しそうな少女、『椎名(しいな) (みやこ)』と言う。一見物静かで大人しそうな彼女だが、

 

「あん♪お弁当のおかずが胸の谷間に落ちちゃったぁ。大和ぉ~、口で取ってぇ?」

 

「お断りします」

 

その発育の良い体を活かし、大和に対し四六時中アピールをする、大和LOVEな乙女であった。

彼女の大和に対する求愛行動は今回の事だけではなく、一日数回の告白は当たり前、果ては朝晩の布団の中に潜り込むという荒技まで成し遂げる猛者である。

 

 

しかし、そんな京の行動にも大和は素っ気なく返す。曰く、『京の真剣な気持ちに軽い気持ちで答える事は出来ない』と言うのが大和の談である。

さらに、『一度でもそれらしき答えを返したら京ENDにまっしぐらになりそうだから』と言うのも大和の談である。

 

他の面子も見慣れた光景らしく、その行動に誰も反応はしていなかった。

 

「やり合ってるのは一年生か?」

 

「そうじゃないかな?この時期だしね」

 

屋上のフェンスから身を乗り出して、グラウンドの様子を除くのは筋骨隆々と言った体格の男『島津(しまづ) 岳人(がくと)』。岳人はその体格通り、ベンチプレス190㎏とパワフルなタフガイであり、大好物は肉汁と言う筋金入りの男である。そしてモテない。

 

そんな岳人に同意を示した少年は『師岡(もろおか) 卓也(たくや)』。通称『モロ』。

 

彼はマンガやアニメに造詣の深い、言うところのオタクである。彼はその華奢な外見通り、大人しい性格をしているのだが、友人や仲間のために真剣で怒る事が出来る熱い一面も持っている。

 

 

「この時期、と言うのはどういう事だ?」

 

卓也の言葉に首を傾げたのは美しい金髪の少女、『クリスティアーネ フリードリヒ』。その容姿、名前からも分かる通り、彼女はドイツから来た留学生である。

彼女は大好物がいなり寿司と言うほどの大の親日家で、日本語も母国語の様に流暢に話す―――のだが、間違った知識がかなり多く、日本にはまだ時代劇の様な江戸文化が多く残っていると勘違いをしたりしている。

 

「ああ、二年から転校してきたクリスは知らないんだっけ。この時期(六月)は入学してから一段落したから、学年内での序列を決めるために血気盛んな一年生同士での決闘が毎年多くなるんだよ」

 

「まあ、お互いの事を良く知るための手合せって面も大きいけどな」

 

「俺様も去年やったなぁ」

 

「アタシも去年はいっぱい決闘したわよ!」

 

「ほう。犬もやったのか」

 

「ええ!二十連勝の記録を打ち立ててやったわ!」

 

一子は自らの戦歴を誇らしげにVサインを掲げる。

 

「まあ、自分がその場に居ればその記録も止まっていただろうな」

 

「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない!」

 

「ならば今自分と勝負するか?」

 

「受けて立つわよ!」

 

「……しょーもない……」

 

ほのぼのしたお昼ご飯の時間から、なぜか一気にバトルモードに突入する二人。

一子とクリスはクリスの転入初日の決闘相手と言う因縁もあってか、何かにつけて勝負をする間柄だ。

しかし、決して仲が悪い訳ではなく、『戦友』と書いて『ライバル』とも『親友』とも読む仲なのだ。

 

 

そんな二人の勝負はもはや日課レベルになっており、内容も単純な手合せの場合もあれば、五十メートル走に走り幅跳び、遂にはカラオケの得点やバッティングセンターでのホームラン数など、もはや『戦友』と言うよりは『遊び相手』と言った方がしっくりくるほどである。

 

 

「ならば勝負の内容は第三者…そうだな、大和に決めてもらうとするか!」

 

「俺か?」

 

いきなり話を振られた大和は弁当を食べている手を止める。

 

「ああ、大和ならば自分と犬フェアに戦える勝負を提案してくれるだろう?」

 

「別に良いけど……そうだな…あっ。良いのがあったぞ」

 

クリスに言われ少し考える素振りをした後、大和はわざとらしく手を打った。

 

「二人の今回の勝負内容は…『ジャンケン』だ!』

 

「「…ジャンケン?」」

 

「ジャンケンってあのグー・チョキ・パーでやるあのジャンケン…よね?」

 

「ああ、そのジャンケンだ」

 

「大和…自分たちの事をバカにしてるのか?そんな運試しのような勝負など」

 

「運だって勝敗を分ける重要な要素だぞ?例えばクリスと誰かが決闘しているときに、突然突風が吹いてクリスの目にゴミが入ったとしよう。その隙を相手が付いてクリスが負けた場合、お前は『今のは運が悪かっただけだ。今の勝負は無効だ』何て言うのか?」

 

「自分は騎士だ!騎士はそんな見苦しい真似はしない!」

 

「そうだろう。それに日本には『勝負は時の運』や『運も実力のうち』って言う諺があるくらいなんだぜ?そう考えれば運だって重要な要素だろ?」

 

「な、なるほど。ならば犬!今回はジャンケンで勝負だ!」

 

「良いわよ!じゃあ、先に五回勝った方の勝ちで良いわね?」

 

「うむ、行くぞ!最初は―――」

 

大和の説得?に応じて、意気揚々とジャンケンを始める二人を見て大和は再び弁当を食べ始めた。

 

(ねぇ大和)

 

ジャンケンをしている二人を尻目に、京は他に聞こえない音量の小声で大和に話しかける。

 

(どうした?)

 

(実際のところ、なんでジャンケンなの?)

 

(面倒だったからな。適当に思いついたジャンケンにそれらしい理由を付けただけだよ)

 

(悪い大和…でもそんな大和も好きっ!)

 

(お友達で)

 

隙あらば告白してくる京にいつものように大和が返事をしていると、グラウンドを見ていた岳人が何かに気づいた。

 

「お?…あれは…」

 

「どうしたのガクト?」

 

「いや、あのグラウンドにいるの…キャップじゃねぇか?」

 

「どれどれ?……あ、ほんとだ」

 

卓也の言葉に大和と京も気になったのか、食事の手を止めフェンスに近寄る。

 

「ああ、あのバンダナはキャップだな」

 

「うん。間違いないね」

 

「周りに他の生徒もたくさんいるな」

 

「なにしてるんだろう…あ、走り出した」

 

 

大和たちの視界から少年が消えて数分後、屋上の扉を勢いよく開け、先程グラウンドに居たバンダナを頭に巻いた少年が現れた。

 

 

「よっしゃああああ!!賭けでぼろ儲けだぜ!」

 

「なんだキャップ。賭けをしてたなら俺様たちも誘ってくれたらよかったのによぉ」

 

「なんだよ。昼飯食う前に誘ったじゃんかよ」

 

「いや、キャップ『なんかグラウンドの方から面白そうな事をやる匂いがするぜ!』って言って飛び出したじゃん」

 

「ちゃんと誘ってるじゃねぇか」

 

「あれで誘ってるつもりだったの!?」

 

皆から『キャップ』と呼ばれているこの少年は『風間(かざま) 翔一(しょういち)』。頭にいつも巻いているバンダナがトレードマークのさわやかな美青年である。

 

彼を含め、今屋上にいる全員は二年F組に所属しており、翔一がリーダーを務めるグループ『風間ファミリー』の一員でもある。さらに、最近転校してきて加入したクリス以外の屋上にいる面子は全員幼馴染の関係にも当たる。

 

「男子たちの間で交わされる『誘っている』の言葉………良い物だっ!」

 

「そんな意味じゃないからね!?変な妄想は止めてよ京!」

 

「お?キャップ戻っていたのか」

 

「ほんとだ。どこ行ってたのよ?」

 

二人でジャンケンをしていたクリスと一子も騒ぎを聞きつけ戻ってきた。

因みにジャンケンの勝敗は、一子に軍配が上がったようである。

 

「おう!グラウンドでやってた決闘でちょっと賭けをな。見ろ!大勝ちしてきたぜ!」

 

翔一は少年のような笑顔を浮かべて、手に持っていた袋を掲げる。

なお、賭けと言っても、この学園内の場合は実際の貨幣ではなく、学食の食券や、近くの商店街で使える商品券などで学校側の公認で行われている。

 

今回の賭けは商店街の商品券だったらしく、その袋の中には商品券が大量に入っていた。

 

 

「これで今日の金曜集会はごちそうだぜ!」

 

翔一の言った『金曜集会』とは彼ら風間ファミリーが金曜日の夜に行う集会の事で、集会と言ってもやる事は土日何か遊ぼうか、からはじまり、夢を語ったり、グチを言ったり、ゲームをしたり、バイトのあまりものをみんなで食べたり等の事である。

 

 

元々は昔、京が家の都合で隣の山梨県に転校してしまうことになり、その彼女が週に1度必ず金曜日の夜に引っ越し先から電車を乗り継いで遊びに来るので(泊まり先は川神院)仲間メンバーも金曜の夜は必ず秘密基地に集まったのが、金曜集会の始まりだった。

 

そしてそれは、京がみんなと同じ川神学園に入学し、新しいファミリーが増えても変わることは無い。

 

 

「さすがキャップ、太っ腹だね!」

 

「自分はいなり寿司が良いぞ!」

 

「俺様は断然ステーキだぜ!」

 

「アタシはハンバーグ!」

 

「ククッ、私は天帝ハバネロカイザードリンクで。大和にも飲ませてあげるね、口移しで」

 

「真剣で死ぬから勘弁してください」

 

 

翔一の持ってきた戦果にみんなではしゃいでいる時。

 

 

パアァァン!!

 

 

「ごちそうと聞いて美少女登場!」

 

「あ!お姉さま!」

 

「おお、ワン子。愛い奴め」

 

鋭い破裂音と同時にいつの間にか屋上に長い黒髪のグラマラスな美女が立っていた。

 

一子はその美女を見つけると彼女の胸へ飛び込み、またその彼女も一子を受け止め、頭を撫で始める。

 

彼女の名前は『川神(かわかみ) 百代(ももよ)』。一子が姉と呼んだこととその名字から分かる通り、彼女は川神院の娘で既に周りとは別次元の強さを持っており、武道に身を置いている人たちからは『武神』とまで呼ばれ、武道四天王の一角を担っている。

 

そして彼女も風間ファミリーの一員であり、ファミリー内で唯一の上級生となっている。

 

「ね、姉さん。今の音は何だったの?」

 

「ああ、ちょっと音速超えたからな。安心しろ、服は気でガードしたから無事だぞ」

 

ちょっとと言う軽い感覚で音速を簡単に超えるあたり、百代の人間離れした能力が見て取れる。

 

ファミリーのみんなにはもはや慣れた事なのか、全員が呆れた顔をしていた。

 

「聞いたぞキャップ。ぼろ儲けしたんだってな。私も美味しいもの食べたいな~」

 

「モモ先輩はいつも女子たちに美味しいもの貰ってるじゃんかよ」

 

そう。この百代、戦闘力は某サイヤ人並みに高いのに、容姿は誰もが認める程の美少女なのである。その強さのため男子からは敬遠されているが、逆に女子からはものすごくモテるのだ。

 

なので百代はよく女子にご飯をおごってもらったり、差し入れのお菓子などをもらうことが多い。

 

「いや~、女の子たちから貰う物は美味しいんだが、皆お菓子とかそう言う類の物ばっかりで偶にはガッツリ食べたくなる時があるんだよ」

 

「あれ?姉さんこの前バイト紹介してあげたじゃないか。そのバイト代があるんだから…」

 

 

百代はとにかく自分に正直でよく金欠に陥りやすく、お金が厳しくなったら大和にバイトを斡旋してもらっている。

 

「………」

 

「…姉さん。なんで目を逸らすの?……まさか」

 

「…テヘ♪もう全部使っちゃった」

 

「全部使ったぁ!?」

 

因みに大和が百代に紹介したバイトは建設や土方など重労働だが手当の良い物ばかりで、さらに言えば百代は力仕事ならば大の大人の十倍近くの働きが出来るのでバイト代は相当な額になっていたはずだ。

 

「どうやったらあれだけのお金をこの短期間で使い切れるのさ!」

 

「ちょっと女の子たちと遊びに行ったら無くなっちゃったんだよ。不思議な事もあるもんだなぁ」

 

「……姉さん」

 

「おっと、もうお昼休みも終わる時間だな。皆、さらば!」

 

大和の怒りを察知したのか、百代は屋上に来た時と同じように大きな音のみを残して姿を消した。

 

「たっく、今日の集会でこってり絞ってやる」

 

「大和。モモ先輩も言ってたけど、お昼休みもうすぐ終わるよ?」

 

「!?」

 

京の言葉を聞いて大和が時計を確認すると、確かに昼休み終了まで残り十分を切っていた。

 

「マズイ!次の授業はウメ先生の歴史だ!」

 

「そりゃヤバい!俺様あの鞭の餌食だけにはなりたくねぇからな」

 

「全員そうだよ!」

 

各々は食べていた弁当を片し、急いで教室を目指す。

 

「おい!廊下を走っては――――!」

 

「クリスだけ先生の鞭の餌食になってもいいのなら歩くんだな!」

 

「っ!?こ、今回だけだからな!」

 

廊下を走る皆を諌めようとしたクリスも、大和の言葉に妥協し廊下を走る。

そもそも、血気盛んな生徒の多いこの川神学園では、廊下を走った程度で咎める教師や生徒は少数であり、この騒がしさも川神学園では見慣れた光景だった。

 

 

 

 

 

~~二年F組教室~~

 

 

授業開始のチャイムが鳴ると同時に、妙齢の女教師が教室に入ってきた。

 

「起立っ!礼!」

 

それと同時にF組委員長の号令がかかる。

 

「良し!それでは授業を始める」

 

(ふぅ、何とか間に合ったか)

 

昼食を食べた直後に猛ダッシュで教室に駆け込んだ大和は、脇腹に痛みを覚えながらも内心安堵していた。

 

二年F組の担任でもあるこの先生は『小島(こじま) 梅子(うめこ)』。凛とした雰囲気を纏い、二十八と言う年齢を感じさせない彼女は問題児の多い二年F組を取りまとめる女傑で、生徒想いではあるが指導が厳しいとして有名な先生だ。

 

その指導の厳しさは凄まじく、宿題のやり忘れなどはもちろん授業開始と終わりの礼や生活態度に乱れなどがあると、激しい叱責と共に彼女の手にある鞭が唸りを上げて飛んでくるのである。

 

 

「福本!授業中だぞ!起きろ!」

 

「あべし!?」

 

因みにこの鞭打ちの行為、過去問題にもなったのだが、被害者の生徒たちから『良いんです!先生をやめさせないで下さい!ハァハァ』との訴えが殺到したため今もその行為は続けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――む!もうこんな時間か。それでは今日の授業はここまでとする。次の授業は、職員会議で今週は中止となっているので授業が終わり次第、HRに移る」

 

「起立!礼っ!」

 

「こら熊飼!次はHRだと言ったろ!菓子を食べるな!」

 

「ううっ!こ、小腹がすいちゃって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~放課後~

 

「俺はこのまま秘密基地に行くけどみんなはどうするんだ?」

 

「俺はちょっと商店街行って、今日稼いだ商品券でごちそうを買ってくぜ!」

 

「自分はマルさんに用事があるから、少し遅れる予定だ」

 

「アタシもトレーニングしてから行くからちょっと遅れるわ」

 

「俺様は母ちゃんに買い物頼まれちまってな。それが終わったら行くぜ」

 

「僕は演劇部に行くからその後かな。職員会議でも簡単な自主練習はあるみたいでね」

 

「…私も弓道部に寄るから、遅れるかも」

 

「京が弓道部に自分から出る…だと…!?」

 

「その言い方はちょっと傷つく…」

 

大和が京から帰ってきた言葉に驚きを露わにする。他のメンバーも少なかれ京の言葉に驚いているようだった。

 

京は弓道部に所属しており、その腕前は素晴らしく『天下五弓』という弓使いに与えられる最高峰の称号を持つほどだ。

 

「いやしかし、京が自分から部活に出るなどどういった心境の変化だ?」

 

KYのクリスがズバッと聞く。実際京はファミリーの仲間さえいれば、他はどうでもいいと言った閉鎖的な考えが強かったのだ。

 

「…別に。今までも、この先もずっとファミリーのみんなが一番大切なのは変わらないよ。けど、私もそれだけじゃダメかなって思っただけ」

 

「…京」

 

ファミリー内でも京と卓也の二人は閉鎖的な考えが強かったのだが、卓也は最近演劇部に所属し、京もこの通り外に目を向け始めた。

 

そのことを大和は少しさびしく思うと同時に、それ以上にうれしく思っている。その様子はまるで親の様だった。

 

「じゃあ、秘密基地に真っ直ぐ向かうのは俺だけか」

 

「そうみたいだな。まぁ、自分たちも用事がすんだら直ぐに向かうぞ」

 

「じゃあ、一足先に秘密基地で待ってるぜ」

 

 

 

皆と一旦別れ、学校を出て河原を歩き、街の少し外れまで出ると、そこには廃ビルが一棟建っていた。

このビルが大和達が言っていた金曜集会を行う『秘密基地』である。

 

この廃ビルは持ち主のオーナーとの交渉により、大和たちが警備と管理をしており、不良などのたまり場にされないようにする代わりと定期的な掃除を条件に秘密基地として使わせてもらっているのだ。

 

大和はビルの中を迷いなく進み、中腹にある一室に入った。

 

「あっ、大和さん。こんにちは」

 

「まゆっち、こんにちは。もう来てたんだね」

 

大和が部屋の中に入るとそこには緑がかった長い黒髪を二つに結った少女がこちらを振り返っていた。

彼女の名前は『(まゆずみ) 由紀江(ゆきえ)』。

 

彼女も風間ファミリーの一員であり、今までに紹介した大和、翔一、一子、百代、京、クリス、岳人、卓也と由紀江を合わせた九人が風間ファミリーの総員である。

 

由紀江は今年川神学園に入った新入生で一年C組に所属している。しかし一年生とは思えないほどのスタイルを有しており、大和曰く『一年生であんな桃尻を持っているとは、末恐ろしい』と言う事らしい。

 

 

「今ちょうどお茶を淹れてたんですが、大和さんもどうですか?」

 

「貰おうかな。まゆっちの入れるお茶は美味しいしね。今日のお弁当もありがとう。美味しかったよ」

 

「いいいいいいいえ、そそそそんなお礼を言われるほどじゃ!」

 

「ま、まゆっち、落ち着いて」

 

「す、すみません」

 

実は由紀江は成績優秀、文武両道、家事万能、眉目秀麗と非の打ち所が無い様な少女なのだが、対人スキルが著しく低く、なんと川神学園に来るまで友達と呼べる存在が居なかったほどである。

 

友達が居なかった理由は本人の口下手さやら色々あるのだが、特に大きな理由が今由紀江の側に立てかけられている『物』によるところが大きいだろう。

 

その物とは『真剣』である。『マジ』と読むのではなく本物の刀と言う意味の『真剣』だ。もちろんこれは国から帯刀を許可されもっているのだが、普通に考えれば真剣を持っている女子にあまり近づきたくはないだろう。

 

 

『まゆっち、リラックスだって。落ち着いてまゆっちのポテンシャルを発揮するんだ!』

 

「そ、そうですね松風。何事も冷静に取り組まなければ…私、頑張ります!」

 

『その調子だまゆっち!その調子で目指せ友達百人!』

 

「『おー!』」

 

今、喋りだしたのは由紀江が持っている馬の携帯ストラップ『松風』。この松風は由紀江が父からもらった物で、付喪神が宿った――――――――と言う設定らしい。

 

実際は由紀江本人が腹話術で話しており、これは昔、由紀江が友達欲しさの寂しさと欲望から生まれたもので言わば、まゆっちのもう一つの人格と言っても良い物である。

 

 

「松風は今日も絶好調だな」

 

『そうだぜ~。オラは何時でもフルスロットルさ!』

 

「そうか。じゃあ、今度背中に乗せてくれ」

 

『お~っと、大和が乗るのはオラじゃないだろ?』

 

「じゃあ、なにに乗るんだよ?」

 

『そんなの一つに決まってるだろ!大和が乗るのはまゆ――――』

 

「ま、松風!な、なにを言い出すんですか!?」

 

『もごもご…』

 

「…なんなんだ?」

 

突然危ないことを喋りだした松風の口を由紀江が取り押さえる。

 

大和たちファミリーは由紀江のこの行動にもう慣れ、松風を一つの個体として扱っているが、他の人たちにはただの珍行動にしか見えず、それがさらに由紀江の友達が出来ない理由に拍車をかけていた。

 

「あっ、大和にまゆっちもう学校終わったんだね」

 

「クッキー。今日は五時間目で終わりだったからね」

 

大和と由紀江が話していると、扉が開いた。そこに居たのは人ではなく、卵形のロボット『クッキー』。

九鬼財閥と言う世界有数の財閥が作り上げた、お世話ロボットで色々な事があり、今は翔一をマイスターとして仕えている。

 

「そうだったんだ。ジュースが冷えてるけど飲む?」

 

「今はいいや。まゆっちが入れてくれたお茶があるし」

 

「そう?そう言えば他のみんなは?」

 

「ああ、少し遅れるらしいけど、そろそろ―――」

 

「おーす。俺様の登場だぜ」

 

「ごちそういっぱい買ってきたぜ!」

 

そうこうしている内に用事を済ませた岳人と翔一が秘密基地にやってきた。二人の手には商店街で買った食べ物の入った袋が提げられている。

 

「キャップさんに岳人さん。こんにちは」

 

「マイスターにガクト。お疲れ様。ジュースが冷えてるけど飲む?」

 

「おう!俺ポプシコーラな!」

 

「俺様四ツ山サイダー!」

 

「はいはい、………どうぞ」

 

「んぐっ……ぷはぁっ!生き返るぜー!」

 

「ゴクゴクッ……ぷぅっ。やっぱり夏はキンキンに冷えた炭酸に限るな!」

 

「夏本番はこれからだぞ?そんな事して体調崩しても知らないからな」

 

「そんな冷たい飲み物を一気に飲むと体に悪いですよ」

 

「大丈夫だって」

 

「そう!夏には体調を崩してる暇なんかねーぜ!最初から最後まで遊びまくるんだからな!」

 

「キャップ、文脈が訳わからなくなってるから」

 

まぁ、この二人なら体調を崩すなんてそうそうないか。と大和は自分で注意しつつも考えていた。

岳人はその位で体調を崩すような軟な体はしていないし、翔一は持ち前の強運でトラブルを回避するからだ。

 

「まあまあ、確かに一気飲みは良くないよ?ポップコーンがあるからこれでも食べながらゆっくり飲みなよ」

 

「おお!サンキュークッキー!」

 

「しかし、またポップコーンかよ。俺様ポテチとか食いたいぜ」

 

「な、なんだよ!せっかく僕が好意で作ってあげてるのに!そんな事言うと―――」

 

「この剣の錆にしてくれるわ!」

 

 

岳人の言葉にクッキーが切れたかと思うと、いきなりクッキーが卵形から人型の第二形態に変形し、岳人に向かってライトセイバーの様な光る剣を突きつけた。

 

「どわぁっ!?いきなり剣を向けるなよ!」

 

「フフフ。この剣が血を欲している」

 

「まるっきり妖刀じゃねーか!!」

 

「ふん。冗談だ」

 

そう言うとクッキーは再び第一形態の卵型に戻った。このクッキーお世話ロボットと謳っている割にキレやすく、さっきの様に怒ると戦闘型の第二形態に変形するのだ。

 

第二形態(あのすがた)で言われても冗談に聞こえねーよ」

 

「何をやってるんだ?ドアの外までガクトの間抜けな声が響いていたぞ?」

 

「サラリと毒を混ぜんなよモモ先輩!」

 

 

そうこうしている内に用事を済ませたファミリー達が秘密基地に集っていく。

 

そして、

 

 

 

 

 

 

~~夜~~

 

「それじゃ、今から金曜集会を開始するぜー!」

 

「「「「「「「「おーー!」」」」」」」」

 

翔一の合図とともに仲間たちの掛け声が秘密基地中に響く。

 

そして、買ってきたごちそうに皆が手を伸ばし始めた。

 

「うめぇー!」

 

「キャップに感謝だね!」

 

「さすが俺たちのキャップだぜ!」

 

目の前のごちそうに舌鼓を打つ翔一、卓也、岳人。

 

 

 

「ほ~ら大和。お姉ちゃんが食べさせてあげようか?」

 

「…姉さん。………ご機嫌とり(こんなこと)しても昼間の件についてはきっちりさせるからね」

 

「ううっ。舎弟が鬼畜だぁ」

 

「じゃあ大和、私が食べさせてあげるよ?」

 

「…京、その料理に付いた赤いソースはなんだ?」

 

「デッドチリソースだけど?」

 

「なんでソースに死を意味する単語が入るんだよ!」

 

「…美味しいのに」

 

「いやそれを美味しく感じるのは京だけだろう」

 

「モモ先輩まで…ひどい」

 

いつも通りのやり取りをする百代、大和、京。

 

 

 

「クリ、今日の勝負(じゃんけん)でアタシの勝ち越しね!」

 

「ぐぬぬ、次は負けないからな!」

 

「お二人は本当に仲がよろしいですね」

 

『オラ、あの二人を見てると何だか和むぜ…』

 

「まゆっちと松風も大概だと思うけど…」

 

ほほえましい光景の一子、クリス、由紀江、クッキー。

 

金曜集会はいつもと同じように始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ」

 

皆で御馳走を食べているとき、大和が呟いた。

 

「二週間後に五連休があるよね」

 

「そう言えばそうだな」

 

大和の言葉に百代が相槌をうつ。

 

「新しいファミリーも増えた事だし、親睦会も含めてどこか旅行に行かない?」

 

「りょ、旅行ですか」

 

「良いじゃないか!自分は京都に行ってみたいぞ!」

 

「えー。俺はエジプトとかの遺跡探検がしたい!」

 

「何でキャップは親睦会で秘境に行きたがるのさ!?」

 

「俺様は海のあるところに行きてーな。それで水着のお姉さま方と…」

 

「……しょーもない」

 

「国内も良いが、海外の姉ちゃんたちを侍らすのも良いな」

 

「アタシは海外より国内が良いわ。英語とか話せないし」

 

みんな旅行に行くことには賛成の意見を述べる。

 

「はいはい。旅行の行先は一旦置いといて、先に考える事があるだろ?」

 

皆が意見を交わし合っているのを大和が止めた。

 

 

「先に考える事?」

 

「旅行に行くための資金だよ。もし、飛行機に乗る様な場所ならそれなりにかかるしな」

 

「資金は個人個人で出すんですか?」

 

「いや、今回の旅行は今から皆でバイトをして、そのバイト代のみを資金にする。その方が結束も強まるし、みんな平等に遊べるからね」

 

「なるほど」

 

「でもそれなら余計先に行先を決めた方が良くないか?」

 

「このメンバーでそんな簡単に行き先が決まるわけないだろ?だったらそのわずかな日数分もバイトに費やした方が効率的だ。資金は多いに越したことは無いしな」

 

「むぅ。それもそうか」

 

「だから今から皆には―――――」

 

 

大和はそう言うと自分のカバンの中から大量のチラシ、冊子を取り出した。

 

 

「資金集めのバイトを決めてもらう!」

 

「おおー。また大量に持ってきたな」

 

大和が取り出したのは求人情報の載っているチラシや冊子だった。

 

 

「俺様は体を使う系の仕事だな」

 

「アタシもそう言うのがいいわ」

 

「なんか面白いバイトないのかー?」

 

「僕はできれば事務関連の方が助かるよ」

 

「わ、私にもできるバイトが在るんでしょうか?」

 

『まゆっちなら何でもできるさ!頑張れ、まゆっちは出来る子!』

 

「自分はバイト、と言うのは初めてだな」

 

「私は大和の世話係のバイトが―――」

 

「そんなのはございません」

 

「けち。……じゃあ、本屋の店番とかで良いや」

 

「大和ぉー。綺麗な姉ちゃんとかと遊べる仕事ないのかー?」

 

「そんなのもございません」

 

「けち。……まぁ、私もまた土方系かなぁ」

 

「競争率が低くてなるべく割のいいバイトのチラシを持ってきたけど、ちゃんと募集要項は確かめてね」

 

 

 

 

 

そして、皆でバイトを探し―――――

 

 

 

 

 

「皆、候補は決まったな?」

 

「おう!」

 

「あぅあぅ。今から緊張します…」

 

「まゆっち、自分も初めてなんだから大丈夫だぞ!」

 

翔一は持ち前の容姿と明るさ、そして脚力を活かした川神市で流行りつつある、自転車タクシーの運転手。

 

クリスと由紀江はお互いがバイト未経験だったので、一緒に売店の売り子をやることになった。

 

「俺様の肉体でガッツリ稼いでやるぜ!」

 

「僕もまゆっち程じゃないけど、緊張するなぁ」

 

「むぅ…。もっと美少女らしい仕事は無いもんかな」

 

岳人と百代はその力を活かし、工事現場へ。卓也はパソコン関係の知識を活かせる事務仕事を選択した。

 

 

「トレーニングの代わりになるし一世紀二章だわ!」

 

「ワン子、それを言うなら一石二鳥」

 

一子は走り込みの鍛錬も兼ね、朝夕の新聞配達。京は宣言通りに書店のレジへ。

 

「大和はバイト何にしたんだ?」

 

「俺は家庭教師だよ」

 

「はぁ~。よく勉強とか教えれるな。俺様教科書開いただけで熱でるぜ」

 

「まあ、教えるのは中学生だからね。そこまで難しい内容じゃないよ」

 

「よーし!それじゃあ、バイト先も決まったことだし、今日は前祝でパーッとやるぞ!」

 

「「「「「「「「おおーー!!」」」」」」」」

 

 

翔一の音頭を皮切りに再びファミリーたちの宴が始まる。その宴は夜が深まっても止むことは無かった。

 

そして――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ―!一番、島津!歌いまーす!」

 

「ワハハハハ、良いぞ良いぞ!」

 

「良いぞー!もっと脱げー!」

 

「あれ?今まゆっちが松風になって無かった?……まあいっか!アハハハハハハ!」

 

岳人が上半身裸になりながらソファーの上に立ち上がり、雑誌をマイク代わりに歌い始めた。クリスもそれを諌めるどころか笑いながら盛り上げる。

 

由紀江は松風との境界線を無くし、一子は笑い転げる。

 

どんちゃん騒ぎと言うのもはばかられるほど、今秘密基地の中は混沌としていた。

 

その原因は冒頭に戻る。

 

 

 

 

「よーし!それじゃあ、バイト先も決まったことだし、今日は前祝やるぞ!」

 

「「「「「「「「おおーー!!」」」」」」」」

 

「そしてなんと――――」

 

「キャップ、まさかそれは?」

 

「そうだぜ大和!『川神水』だ!」

 

翔一が取り出したのは一升瓶に入った『川神水』と呼ばれる川神市特産の湧水で、ただの水なのにお酒みたいに酔える、未成年の味方な水だ。

 

「いつの間に手に入れたんだ?」

 

「商店街の福引で当たったぜ!」

 

「さすがキャップ、なんという豪運」

 

「まあ細かいことはいいだろ!皆でパーッと飲もうぜ!」

 

 

そしてみんなで川神水を飲み始め数時間。

 

「ワハハハハハ!」

 

「アハハハハハ!」

 

皆出来上がっていた。翔一が持ってきた川神水の瓶は、全部空になって床に転がっている。

大和は押さえていたため、正常な判断が出来る程には意識を保っている。

 

因みに

 

「ZZZZZZ…俺は、…風邪だぁ…ZZZZZZ」

 

「ZZZZ……キャップ、感じが違うから……ZZZ」

 

翔一と卓也は早々に酔いつぶれ寝ていた。

 

「モロ、お前も誤変換だから…」

 

そんな大和のツッコミも耳に入ることは無く、二人は再び微睡の中へ沈んでいく。

 

「やぁ~まとぉ~。お姉ちゃんに酌しろ~」

 

「ちょっ!?姉さん!?」

 

「待つんだモモ先輩っ!大和の独占は許さない!」

 

大和に酌をせびりながら、腕に絡みついてくる百代を見て、京も負けじともう片方の腕に絡みつく。

二人とも顔が真っ赤で、酔っている事が分かる。

 

(当たってる!柔らかい塊が当たってるからあああああ!!)

 

必死に煩悩に耐える大和。しかし、さらにそこに

 

「みんな何をやってるんだ!自分も混ぜろー!」

 

「お姉さまズルい!」

 

クリスと一子も加わってきた。

 

(マズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!)

 

「こらー!大和坊!!オラにも構えー!オラはさびしいと死んじゃうんだぞ!」

 

「それはウサギだろって言うか、まゆっち!?松風が出てるから!!」

 

駄目押しとばかりに由紀江も追加される。

 

因みに岳人はその光景にショックを受け、血涙を流しながら気を失った。

 

 

 

今回彼女たちがこのような行動に出たのは、酔っていると言う理由もあるが、それは切っ掛けに過ぎない。

なぜなら、彼女たち全員が『直江 大和』に対し、恋心を持っているからなのだ。

 

由紀江やクリス、一子など、普段は羞恥心の方が上回り、積極的にアピールできない面々も酔いのせいでタガが外れ、このような行動に出たのだ。

 

そんな彼女たちの行動に大和は

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)

 

ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど焦っていた。

 

普段から接触の激しい百代と京に加え、今日はクリス、一子、由紀江まで加わっている。

大和は、常日頃の京のアピールを交わす猛者だが、彼だって思春期真っ盛りの高校生なのだ。

 

この状況で心揺れないはずが無い。

 

 

「そうだ!クッキー!!」

 

「なんだよ大和?」

 

「助けてくれ!」

 

寝てしまった翔一たちに毛布を掛けてあげているクッキーに助けを求める大和。

 

「僕は良くはかんないけど、その状況は一般的には良い物じゃないの?」

 

「酔ってる女の子に手なんか出せるかぁ!!」

 

「しょうがないなぁ……ほら皆、大和が困ってるんだから――――」

 

「「「「「あ゛?」」」」」

 

「―――僕、隣の部屋で省エネモードになって待機してるね」

 

 

大和を助けようとしたクッキーは女性陣の鋭い視線にさらされ、すごすごと退散していく。

 

「クッキイイイイイイ!?」

 

「「「「「大和ぉ(さん)」」」」」

 

自身にかかる吐息に大和は

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~朝~

 

秘密基地の一室には川神水で酔いつぶれた者たちの累々たる屍が転がっていた。

 

そんな中一人起き上がっている者の姿があった。

 

「………俺は……耐えきったぜ…!」

 

ただ一人起き上がっていた大和は、皆の看病(二日酔い)をするためにクッキーを呼び、そのまま倒れ込んだ。

 

そんな大和の様子をクッキーは後に

 

「まるで悟りを開いたかのような穏やかな顔をしていた」

 

と語る。

 

因みに大和以外のファミリーメンバーは皆、その晩の記憶を失っていた。




この作品は作者が書いているもう一つの作品の合間に三日程度で書き上げた物です。
そのため完成度などは低いかもしれません。

更新はもう一つの作品が行き詰ってる時や気分で書き上げるので不定期の亀更新となります。

それでも温かく見守ってくれる方は是非、次話もよろしくお願いします。

誤字脱字の報告は感想の一言へお願いします。


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第二話 労働な日々

更新遅れてスイマセン。
今回も時間のある合間にサッと+深夜テンションで書き上げました。
そのため誤字脱字などがあるかも知れませんが、見つけたら感想に一報お願いします。


ドタバタの金曜集会から二日後の日曜日。

風間ファミリーのみんなは各自が決めたバイトに精を出していた。

 

 

「この問題はこの公式を使ってXに3を代入して…」

「……こうですか?」

「うん。正解だよ」

「やったぁ!」

「じゃあ、次の問題は――――っと、もうこんな時間か」

 

 

家庭教師のバイトをしていた大和は腕時計を見て、短い針が五の数字を指しているのを確かめ、授業を切り上げる。

 

「今日のところはここまでかな。ちゃんと復習しておくんだぞ?」

「はーい」

「良し」

 

素直に返ってくる返事に大和は満足げに頷く。

最初は家庭教師と言うバイトに多少不安を持っていたが、教える子は素直で理解が速く(言ってて悲しいが)一子や岳人、翔一に教えるより何倍も楽だった。

 

「では、今日はこれで失礼します」

「ありがとうね。直江君」

「先生ばいばーい」

 

バイト先の子とその母親に見送られ、家を後にする。

 

「さて、アイツらはちゃんとやってるかな?」

 

大和が他のファミリーの調子を見に行こうと、考えた時

 

「やぁーーまぁーー!!」

 

腰につけた紐からタイヤを引きずった一子が、背後に土煙を立てながら猛然とダッシュをしてきて

 

「とぉーーー!!」

 

ドップラー効果を起こしながら、大和を追い抜いて行った。

 

「……ワン子…だよな?」

 

大和は突然の事に困惑しながらもその場で少し待っていると、一子が再び猛ダッシュで戻ってきて今度はきちんと大和の前で止まった。

 

「ごめんごめん。行きすぎちゃった」

「やっぱりワン子か。そっちのバイトは新聞配達だったよな?」

「うん。朝に配達が終わって暇だったから自主トレしてたのよ!大和は家庭教師終わったの?」

「ああ、ついさっきな。これから他の皆の様子を見て回ろうと思ってたんだが、暇ならワン子も来るか?」

「行く!」

 

大和はじゃあ、行くかと言うと、前に歩かず一子の引いていたタイヤに腰を下した。

一子の方もそれを咎めることなく、むしろ大和がしっかり乗っているか確認までしている。

 

「しっかり掴まったわね?最初はどこに行くの?」

「まずは商店街かな」

「商店街って言うと、京にまゆっち、クリがバイトしてるんだっけ?」

「ああ、クリスとまゆっちはバイト未経験者だからな。何かあったらフォローもしとかないと」

「分かったわ。それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

元気な掛け声とともに一子は走り出す。その速度は人一人とタイヤを引きずってるとは思えない程軽快である。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

「とーちゃーく!」

「お疲れさん」

「クリスたちはいるかしら?」

「この時間なら、店先で売り子してると思うが――――お、いたいた」

 

大和たちが辺りを見渡すと、店先に商品の『川神まんじゅう』を積んだ長机の前に白いフリルの付いたエプロンを着たクリスと由紀江が立って客引きをしていた。

 

「川神まんじゅういかがですかー!」

「い、いかかですかー」

 

クリスは物怖じしない性格が幸いし、人生初のバイトだと言うのに大きな声で通行人に呼びかけている。

由紀江も多少緊張しているものの、以外にもしっかりと呼びかけが出来ていた。

 

「クリス、まゆっちお疲れ様」

「やっほークリ、まゆっち」

「おお、大和に犬じゃないか!」

「大和さんに一子さん。どうしたんですか?」

「二人はバイト未経験だったろ?その様子見をちょっとね」

「そうだったのか。安心しろ!自分もまゆっちもちゃんとやってるぞ!」

「確かにまゆっちもしっかり声出してたわね」

 

 

一子が驚いたように言う。しかし、これには大和も同意見だった。

由紀江は人と会話するのが苦手で、人前に出ると緊張してしまう性格である。

そんな彼女が売り子のバイトをしっかりとこなしていると言う点は、失礼だが少し意外だった。

 

だが、なぜ彼女がしっかりできていたかと言う答えは直ぐに彼女の口から聞けた。

 

「は、はい。その、えっと―――」

『クリ吉が隣にいるからなー』

「ま、松風!?」

「「ああ…」」

 

 

由紀江が言いづらそうにしていた先を松風が続ける。

その言葉に大和と一子は納得したようにうなずいた。

 

「そうかそうか!そんなに自分は頼りになるか!」

 

クリス本人は前向きに勘違いをしているようだが、松風が言った本当の意味は『おっちょこちょい(クリス)が隣にいるから自分がしっかりしなければいけない』と言うものであり、大和たちもそう理解している。

実際はクリスが頼りになるどころか、その真逆の意味を持つ言葉だった。

 

「まあ、何にせよクリもまゆっちもしっかりやれているようで良かったわ」

「フフーフ、犬に心配されずとも自分は商売が得意なんだ」

「…違う世界線の武器商人が混じってない?」

 

バイト中だと言うのにも関わらず、いつも通りのやり取りを始めるクリスと一子。

そんな二人に聞こえないよう、由紀江は大和に小声で話しかけた。

 

(あ、あの大和さん)

(どうしたのまゆっち?)

(実は数時間ほど前からこの辺りに私たちを監視する気配が…)

(なんだって?)

 

由紀江の言葉に大和は眉をひそめた。

 

実は由紀江は伊達や酔狂で真剣を帯刀しているわけでは無く、それに見合った実力の持ち主なのである。

『武神』と呼ばれる百代と同じく武道四天王の一角を担っており、刀の腕前はもちろん先程の会話の通り、気配探知までもお手の物だ。

 

そんな彼女が忠告をするという事は、かなり危ない人物がこちらを監視しているのかもしれない。

大和はそう考え、すぐに最高戦力(ももよ)に連絡を入れようと動いた。

 

(じゃあ、姉さんに連絡をしといたほうが―――)

(ま、待ってください。その必要はないと思います)

(……どういう事?)

(監視している人たちはおそらく、ドイツ軍の方々です)

(ドイツ軍って―――ああ)

 

ドイツ軍と聞いて大和はなぜ監視されているか、その理由を悟った。

 

実はクリスの父『フランク・フリードリヒ』は、ドイツ軍の中将である。それと同時にものすごく娘を溺愛する親バカであり、フランク曰く『娘に手を出すのならば第三次世界大戦を覚悟しろ』とのことである。

 

そんなフランクは中将と言う地位を利用し、クリスのために特殊部隊すら動かす程だ。

おそらく今回の監視しているドイツ軍も初めてのバイトを心配したフランクが配備させたものだろう。

 

 

(ど、どうしましょうか?)

(こちらに危害を加えることは無いんだし、ほっといても良いんじゃないかな?)

(で、ですがこの近辺に三十人ほどいるんですけど…)

(…あの親バカは)

 

大和は由紀江から監視している軍の人数を聞いて天を仰いだ。

日本にドイツ軍が大人数で展開してると知られれば、国家間の問題になる。ましてやこの川神には世界有数の大財閥『九鬼』の最重要人物が複数人いるのだ。下手な事をすれば九鬼を守護する百代級の怪物従者が動く可能性もある。

そんな事になればこのあたり一帯は更地に変わってしまうだろう。

それを危惧して由紀江は大和に相談したのだ。

 

 

(…しょうがない俺から話をつけておくよ)

(で、でしたら私も一緒に)

(まゆっちはバイト中でしょ)

(で、ですが危険です!)

(大丈夫だよ。ドイツ軍って事はあの人が居るはずだから)

(確かに気配はありますけど…)

(なら大丈夫だよ。あの人はちゃんと話を聞いてくれるから)

(…分かりました。でも危なくなったら大きな声を上げてくださいね。すぐに向かいますから)

(ありがと、まゆっち)

(お気をつけて)

 

 

大和は横目で一子とクリスが会話に熱中しているのを確認し、コソコソとその場を抜け、裏の路地に入った。

 

「この辺で良いかな?おーいマルさーん!」

「気づかれていましたか」

「うおっ!?」

 

いきなり大和の背後に、長い赤髪に左目に眼帯をして軍服を着こんだ女性が現れた。

彼女の名前は『マルギッテ・エーベルバッハ』。マルギッテはフランクの部下のドイツ軍人であり、クリスの姉の様な存在でもある。

彼女は21と言う年齢だが、フランクによってクリスの監視と己自身の修行のために川神学園の二年S組に在籍している。

 

「い、いきなり背後に現れないでよ。ビックリするからさ」

「我々に気付いていたのではないのですか?」

「気づいてたのはまゆっちだけだよ。俺は教えてもらっただけ」

「ふむ。訓練した兵士たちの気配を読み取るとは…。黛由紀江、さすがは武道四天王の一人といった所でしょうか」

「それで、この辺にいる人たちってやっぱりクリスのため?」

「ええ、中将殿のご命令です。初めての社会体験をするクリスお嬢様に万が一のことが無いようにと」

「それでも、さすがに30人は多すぎでしょ」

「…こちらの作戦人数までも知られていましたか……それも黛由紀江が?」

「うん。まゆっちがそう言ってたけど」

「兵士たちの存在だけではなく、その正確な人数までも把握するとは…」

 

 

苦々しそうに表情をゆがめるマルギッテ。プライドの高い彼女からしたら、自分を含めた精鋭が簡単に気配を察知されたことが悔しいのだろう。

 

 

「それでさマルさん。このあたりにいるドイツ軍の人たちなんだけど、何とかならない?」

「それは退却させろ、と言う意味ですか?」

「まあ、端的に言えば」

「直江大和。貴方一人の意見でドイツ軍が動くことは無いと知りなさい」

「でもこのままだと九鬼が動くかもしれないよ?」

「む……」

「さすがにクリスのすぐ側で戦闘は避けたよね?」

「……少し待ちなさい」

 

ドイツ軍も九鬼と事を構えるのは控えたいのか、大和の言葉を聞いて少し考え込むと懐から携帯の様な端末を取り出した。

そのまま端末を操作し、大和に背を向けると小さな声で会話を始めた。

数分後、話が終わったのか端末を懐に戻し、再び大和に向き直る。

 

「中将殿の許可が下りました。今から我々は最低要員を残し退却します」

「ありがとうマルさん!」

「あなたの為ではありません。全てはクリスお嬢様の事を想っての事と知りなさい」

「テンプレツンデレ台詞を言うマルさん可愛いぃ!」

「な、直江大和!!」

「じゃあ、ありがとうマルさん!」

 

顔をカッと赤くしたマルギッテを背に大和はさっさと一子たちの元へ走って戻っていく。

 

「……まったく」

 

走りゆく大和の背を見る彼女の視線は、弟を見る姉の様な眼差しであり、しかしその中には姉が弟には向けない感情の類までもが混じっていた。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

ドイツ軍と話をつけ、戻ると由紀江が小走りで駆けよってきた。

 

「あ!大和さん。大丈夫でしたか?」

「ああ、向こうも最低限の人数だけ残して退いてくれるって言ってたし、もう大丈夫だと思うよ」

「それも大事ですけど、私が心配してるのは大和さんのお体の方です」

『ドイツ軍に一人でナシをつけに行くなんて、危なっかしくてオラ冷や冷やしたぜ~』

 

松風は冷やかす風に言うが、かなり心配させたことが分かる。

 

「ゴメン、心配かけさせちゃったみたいで。でもこの通り、怪我一つないから」

 

大和は両手を広げて自身の無事をアピールする。

 

「心配してくれてありがとう」

「は、はうぅ…」

 

そのまま由紀江の頭を撫でると、由紀江は顔を赤くしてすこし目をトロンとさせた。

あまり知られていないが、大和のなでなでは想像を絶する気持ち良さがある。

 

日々、飲んだくれ英雄や美少女武神などに頭を撫でることを要求され、気持ちよくないとお仕置き(物理)が待っているため、自然と大和のなでなでは気持ち良くなっていったのだ。

 

今ではそのなでなでに元気犬娘やお昼寝お姉さんも魅了されているほどである。

あがり症の気があり、ボディタッチなどが苦手な由紀江はその不意打ちのなでなでによって完全に思考停止してしまった。

 

「あー!大和どこ行ってたのよ!」

「心配したんだぞ!」

 

そんな時、一子とクリスの二人が大きな声を上げながら近づいてきた。

どうやら大和が離れている間に居なくなったことに気づき、探してくれていたようだ。

 

「ごめんごめん、ちょっとトイレにな」

「そう言うのは一言声をかけてから、行くものだぞ」

「分かったよ」

「ところで、大和。まゆっちはどうしたの?」

「え?」

 

一子に言われ大和が隣にいる由紀江の様子を見ると、いまだに思考停止(フリーズ)から回復しておらず、顔を赤らめたままボーっとしている由紀江が居た。

 

「おーい?」

 

異変に気付いた大和が由紀江の眼前で手を振ると、由紀江はようやく思考停止から回復した。

 

「……ホァ!?や、大和さん!?あの、その……はうぅ」

 

が、回復直後に大和の顔が眼前にあり、再び羞恥心から真っ赤になって思考停止してしまった。

 

「ま、まゆっち?」

「熱でもあるのかしら?」

「初めてのバイトで思ったより疲れたのかもしれないな」

 

見当違いの事を話し合う一子とクリス。大和は由紀江が思考停止(こうなった)理由に心当たりがあったが、それを言うと他の女性二名が騒ぎ出すと思い、黙っていることにした。

 

「二人はまだ他のみんなの所へ行くのだろう?」

「ああ」

「そうね」

「じゃあ、まゆっちの事は自分にまかせて二人は次の場所に行くと良い」

「でも、大丈夫か?」

「自分にまかせろ!もうすぐ人通りも少なくなる時間帯になるし平気だ!」

 

自らの胸を叩いて任せろと主張するクリス。

 

「じゃあ、まゆっちの事頼んだわよ。クリ」

「何かあったらすぐに携帯に連絡するんだぞ」

「ああ、任せておけ!」

 

周辺には最低限の人数だがドイツ軍が残っているはずだし、由紀江もじきに復活するだろう。

そう考え、大和は多少の不安はあったが、クリスに任せ次の仲間の所へ行くことにした。

 

因みに部下にクリスの働きっぷりを撮影させていた親バカ中将は、この時の映像を見て「感動した!」と某首相の様なセリフを言い、トラックいっぱいのクマのぬいぐるみを送ってきてひと騒動あったのはまた別の話だったりする。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

クリスと由紀江のバイト先の次に大和たちが向かったのは同じく商店街にある川神書店だった。

その本屋は(おもむき)がある、悪く言えばボロい店構えで少年漫画等の学生層が読む様な本はあまり扱って無いが、発行部数が少ない珍しい本やマニアックな専門書などが置いてあるので一部の根強い顧客を抱える本屋だ。

 

大和自身もこの川神書店を贔屓にしており、大和が自室で飼い愛情を注いでいるヤドカリの飼育本などはここで買っている。

 

「お邪魔しまーす!」

「失礼します」

 

此処でバイトをしている京の様子を見るため、店に入った二人を出迎えたのは、

 

「お帰りなさいませ!ご主人様!」

 

満面の笑みの京だった。

いや、それだけなら問題は無いのだが、問題なのは京が大和に向かって言った台詞とその格好だ。

京の格好はこの本屋の店構えとは全く似合わない、所謂メイド服だった。

 

「み、京!?」

「な、なんでそんな格好してるのよ!?」

 

バイト募集のチラシにそんなことは記載されていなかったが、万が一店側に強要されているのならば厳重な抗議をしなければと大和が考えていると、京本人の口から真相が語られた。

 

「さっき着替えた」

「は?」

「な、なんで?」

「大和に見てもらうためだよ?」

 

何を当たり前のことを聞くんだ、と言うような京の様子に大和は軽い頭痛を覚えた。

が、そうなるとまた別の疑問が頭に浮かんだ。

 

「…京、さっき着替えたとか言ったよな?」

「うん」

「俺、今から行くなんて連絡してないよな?」

「アタシもしてないわよ?」

 

じゃあ、なぜ来るのが分かったのか?そんな疑問が頭をよぎり京の方を見ると、京はまたも事も無げにさらっと、

 

「大和の匂いがしたから」

 

と言った。

その発言に大和は戦慄を覚え、たびたび犬と揶揄される一子ですら軽く引いたと言う。

 

「それで大和、ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」

「それは新婚さんのセリフであって決してメイドが言うセリフじゃないから。それとどれもお断りします」

「ちぇ」

 

因みにこの時、ご飯を選べば『私を食べて!』となり、お風呂を選べば『私が隅々まで洗ってあげる!』となる。最後のわ・た・しを選んだ場合も言わずもがなである。

 

「冗談はいい加減にして着替えてこい」

「はーい」

「ちゃんと店の裏で着替えろよ」

「チッ」

「やっぱりここで着替えようとしてたか」

 

大和に考えを見抜かれ、京は大人しく店の裏へ戻っていく。

その時、店の店長とすれ違ったのか、

 

「ば、バッキャロー!何て格好で出歩いてんでぇ!ご近所様に勘違いされたらどうすんだ!?」

 

焦った様な怒鳴り声が聞こえた。

しばらくするとその声の主が店の裏側から現れる。

 

「たっく、最近の若ぇのは何考えてるのかわかんねぇな」

 

愚痴りながら出てきたのは頭に手ぬぐいを巻いた江戸っ子口調の男性でこの店の店長でもある。

この店長は大和たち『風間ファミリー』の面々を小さいころから知っており、特にキャップは店長と仲が良く普段はこの川神書店でバイトをしている。

 

「こんにちわ、店長」

「こんにちわ!」

「おう、何だ客かと思ったらお前たちか。今日はバンダナは居ねぇのか?」

「キャップなら今日は自転車タクシーの運転手してますよ」

「じゃあ、凄いスピードで爆走するってぇ噂の自転車タクシーはもしかして…」

「間違いなくキャップだね…」

「事故とか起こさないと良いけど」

「キャップの幸運値なら大丈夫だろ」

「それもそうね」

 

大和が言う様に翔一は幸運を超えた豪運の持ち主でその効力は、当たり付きのお菓子を買えばおなか一杯になるまで当たり続け、人生ゲーム等の運を必要とするゲームでは必ず一位になるほどだ。

 

「それで、今日は何の用だ?」

「京の様子を見にちょっと」

「ああ、ちゃんと真面目に仕事やってくれてたぜ。ただちょっと愛想が悪かったがな」

「ククッ。愛想を良くするほど客が来ないと言う事実に着目するべき」

「うるせぇー!余計なお世話だ、バッキャロー!」

 

着替え終わった京が戻ってくると同時に店長に向かって毒を吐く。

店長も気にはしているのか、怒鳴ってはいるが顔を苦そうにしかめている。

 

 

「ったく。おう、今日はもうそのまま上がっても良いぞ」

「…本当に客が?」

「バッキャロー!もうこの時間からは商店街も人通りが少なくなるんだよ!」

「なんだ」

「縁起でもない事言うんじゃねぇってんだ」

 

京の辛口な言葉にいつもなら諌めるはずの大和や一子は何も言わずに苦笑を漏らしている。

なぜなら、それが京と店長の平常運転だからだ。

 

読書家でもある京は、休日などに良くこの書店に訪れ立ち読みをする。

店長は立ち読みに対し文句は言うが、追い出したりすることは無く、新刊や京が好みそうな本が入荷されればそれを伝えたりもする。

それに京も気に入ればちゃんと本を買うのだ。

 

悪態をつきあうが、なんだかんだで仲のいい二人だった。

 

「店長、お邪魔しました」

「お邪魔しましたー」

「お疲れ様でーす」

「おう!今度は客として来てくれよ!」

 

 

別れのあいさつを交わし、京を伴って本屋を後にした大和たち。

外に出ると、日の出ている時間が長くなってきた時期と言えど薄暗くなっており、商店街は店長の言うとおり人通りも疎らになっていた。

 

この時間帯ならば他のメンバーはもう仕事を終わらせているかもしれない。

そう思いまず連絡を取ろうと大和が携帯を取り出した瞬間

 

『りんりん ベルを鳴らして♪とんとん ドアをたたいて♪』

 

ちょうど大和の携帯が鳴り始めた。

 

「おっと、…キャップからだ」

「バイトが終わった報告じゃない?」

「そうかもな。…はい、もしもし?」

『おう!大和か?こちらキャップ!』

「うん。どうしたのキャップ?」

『きゃ、キャップ!?自転車こいでる途中に電話しないでよ!?』

『父様、マルさん先立つ不孝をお許しください…』

『ク、クリスさん!?気をしっかり!』

「キャップ!?もしかして今運転中!?」

『その通り!超特急で秘密基地に向かうから安心してくれ!』

「何一つ安心できる要素が無いんだけど!?」

『ちょ!?ストップ!前から暴走族がバイクで向かってきてるんだけど!』

『今の俺は風!止まるなんてことはしないぜ!』

『『『わあああああああああああ!!?』』』

「ま、まってキャップ!キャップ!?………駄目だ、切れてる」

「なんか、最後にクリたちの悲鳴が聞こえたんだけど…」

「ご愁傷様…」

「…とりあえず、俺らも秘密基地に向かうか」

 

モロたちに心の中で冥福を送り、大和たちは商店街から秘密基地に向かうため脚を向けた。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「もう!キャップのせいでひどい目に遭ったよ!」

「なんだよー、みんな無事だったんだから良いじゃねーか」

「けがは無かったが…」

「すごく体力を消耗した気分です…」

 

大和たちが秘密基地に着くと、卓也が翔一に先程の事を抗議しているところだった。

付き合いの長い卓也は翔一の奇行にも慣れており、比較的早くに回復できたのだが、ファミリーに入ったばかりのクリスと由紀江はいまだに奥のソファーでぐったりとしている。

 

「モロ、キャップ。お疲れさま」

「大和、京にワン子も。そっちもバイト終わったんだね」

「ああ、そっちはバイトどうだったんだ?」

「一応、ちゃんと仕事はこなしてきたよ。やっぱり緊張はしたけどね」

「俺はすごい楽しかったぜ!スピード上げると客が大きな声で喜んでくれてよ!」

「それって悲鳴だったんじゃ…」

 

実際に翔一の運転を体験している卓也が渇いた笑いをうかべる。

 

「おーい。美少女がかえって来たぞー」

「おーす。って全員いるのか」

 

すると、バイトが終わったのか百代と岳人がそろって秘密基地に入ってきた。

 

「姉さん、ガクトお疲れ様」

「疲れたぞー、姉を癒せー」

「ちょ、姉さん!――――ん?」

「ん?どうした?」

「いや、なんでもないや。それよりも離れてよ」

「ちぇー。釣れない弟だな」

 

入って来て早々、百代は大和に絡みだす。

大和の制止で渋々と言って風に離れるが、その後ぐったりとしているクリスと由紀江を見つけるとニヤリとした笑みを浮かべ、手をワキワキと動かしながらソファに近づいて行った。

 

「姉さん、ほどほどにね」

「ハハハ…ガクト達は隣町の工事現場だったよね?」

「おう!俺様の肉体を磨くいいトレーニングにもなったぜ!」

「こんな時間までかかるなんてけっこう大きい現場だったのか?」

 

大和の疑問はもっともだった。

大人の数倍の力を持つ岳人に加え、大人の数十倍以上もの力を持つ百代まで居たのだ。

 

重い荷物の運搬はもちろん、地面に穴を掘るなど重機類が必要な作業も百代には素手で行える簡単な作業だ。

よっぽど広い敷地の現場ですらない限り、半日も経たずに終わってしまうだろう。

大和がそう聞くと岳人は苦い顔をしながら

 

「それが聞いてくれよ。仕事自体は早く終わったんだが、休憩中にした町の噂話で盛り上がっちまってな」

「噂話?」

「ああ。そしたらなんか現場裏の山にも出るって話になったんだよ」

「出るって…」

「もちろんコレだよ、コ・レ!」

 

そう言いながら岳人は両手をだらんとしながら手の甲を相手に突きだすような、いわゆるお化けのポーズをしてみせた。

 

「でもよ、その話をした途端モモ先輩が…」

「あぁ。姉さんそっち系はダメだからね」

 

実は百代は世界最高クラスの戦闘力を持つ『武神』と呼ばれる存在ながらも、お化けや幽霊など魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類が苦手と言う女の子らしい弱点を持っていた。

もっとも、なぜ苦手かと言えば『己の拳が効かないから』と言う豪快な答えなのだが。

 

「もしかしてモモ先輩とガクトが遅れた理由って…」

「モモ先輩が噂話聞いてパニック起こしちまってな。作業の終わった工事現場にでかい大穴あけちまってそれを埋めてたんだよ…」

「それは…ご愁傷様」

「チクショー!他の現場員は『お前の連れがやったんだからお前がやれ』って押し付けるし、モモ先輩も穴あけたらそのまま居なくなるし!俺様一人であの穴埋めるの大変だったんだぞ!」

「た、大変だったんだね」

「モロぉ!俺様の事を分かってくれるのはお前だけだぜ!卓代ちゃんになって癒してくれぇ!」

「絶対に嫌だから!サラリと変な願望言わないでよ!」

「最初は嫌々ながらも、そのうちまんざらでも無くなって行って…良い!」

「『良い!』じゃないよ京!誰も好き好んで女装なんてしないから!」

 

 

ギャーギャーと騒ぎ始めた面子を尻目に、大和はクリスと由紀江にちょっかいを出し始めていた姉貴分に声をかけた。

 

 

「姉さん。何やってるのさ」

「私の前であんな話する方が悪い」

「それはいいとしても、なんで穴開けたらどっか行っちゃったのさ。姉さんなら穴埋めるぐらい簡単でしょ?」

「そ、それは…」

 

大和の言葉に対し露骨に目を逸らす百代。

大和はその態度を見てさらに追及を強めた。

 

「それに、ガクト一人残してこんな時間まで何してたのさ?」

「…ぷ、プライベートの詮索はマナー違反だぞ」

「姉さん?」

「………」

「まさか姉さん………。ガクト、ちょっと良い?」

「おう、いいぜ」

「さっき姉さんと一緒に帰ってきたみたいだけど、どこで会ったの?」

「モモ先輩とか?えーっと、確か現場からの帰り道に前の方に歩いてたから声かけたんだよ」

「現場の方から…。と言う事は姉さんは隣町の方で何かをしてたって事か」

 

大和の呟きに百代の肩が一瞬ピクリと跳ねる。それを見た大和は己の推測を確信へと変えた。

 

「姉さん…もしかして隣町で女の子遊んでたんじゃないの?」

「な、なにを根拠に!」

「さっき姉さんに絡みつかれた時、微かに香水の匂いがしたんだ。姉さんはそんなの付けないでしょ?」

「うっ…」

「正直に白状するなら減刑の余地はあるけど?」

「しょ、証拠はないだろ!」

「確かに証拠はないよ……俺にはね」

「ほ、ほら。なら―――」

「でもね。証拠は姉さん自身がもってるんだよ」

「私が?」

「ガクト、確か工事現場のバイトは日払いだったよね?」

「!?」

「ああ、そう言えば金はどうすんだ?俺様が持っとけば良いのか?」

「いや、念のため金庫か何かに入れておこう。金庫は明日にでも俺が用意するから一応あずかっとくよ」

「おう。じゃあ、これが今日の分な」

「はい、確かに」

 

大和は岳人から給料袋を預かると、ニッコリとした笑顔を百代に向ける。

しかし顔は完璧なまでの笑顔なのに、その背後にはどこかの奇妙な冒険をするスタ〇ド使いの様な擬音が視えそうだった。

 

「ひ、ひいぃ。大和がドSな時の笑顔してるぅ」

「俺様、あの顔の大和には近づきたくねぇぜ」

「俺もだぜ」

「アタシだって」

「ガクト、キャップ、ワン子の三人はちゃんと勉強してればあの顔を見ずに済むと思うんだけど…」

 

ひそひそと話し合うメンバーを余所に大和は百代に手を差し出す。

 

「ほら、姉さんの分も預かっとくよ」

「わ、私はちゃんと自分で管理しとくから」

「姉さんが管理したら一日でなくなっちゃうでしょ。ほら早く。それとも出せない理由があるの?」

「そ、それは…」

「それは?」

「うう…」

 

百代は観念したのか、唸りながらも給料袋を大和に手渡す。

大和はそれを受け取り、中身を見ると一層笑みを深めた。

 

「ガクトの分と比べると半分もないみたいだけど?」

「……」

「女の子と遊ぶときに使ったんだね?」

「…はい」

「なんで使っちゃったのさ」

「しょ、しょうがないだろ!それしか手持ちが無かったんだから!」

「開き直らないの!」

「…スイマセン」

「なんか浮気を見つけた妻と夫みたいになってるぜ」

「給料日に遊んできちゃった夫と叱る奥さんにも見えるわね」

「どっちにしろ配役の性別が逆なんだけどね…」

「この分は旅行中の姉さんの自由行動費から引いとくからね」

「そ、それだけは!」

「姉さんが自分で使ったんでしょ!」

「あァんまりだァ~!」

 

 

 

「まゆっち、自分が寝てる間に何があったんだ?」

「わ、私もいま目が覚めた所なので、何が何だか…。京さん何があったんですか?」

「……しょーもないこと」

 

そうして百代の慟哭をBGMに日曜の夜は深けて行った。

ちなみに、百代は一子と一緒に朝の新聞配達を手伝うことによって大和に許してもらった。

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

平日も放課後バイトに精を出しつつ、三日後の水曜日。運よくファミリー全員が秘密基地に集まっていた。

 

「皆、ちょっと良い?」

 

お菓子を食べたり、漫画を読んだり、ゲームで遊んだりなどいつもの様に過ごしている皆に対し、大和は声をかけた。

その声に反応し、皆は各々の行為をいったん中止して大和の声に耳を傾けた。

 

「そろそろ、旅行先を決めないと駄目でしょ?」

「おー。そう言えば決めてなかったな」

「忘れてたのかよキャップ…」

「そう言うガクトだって今朝僕に『まだ、旅行先って決まって無かったよな!?』とか慌てて確認してたじゃん」

「も、モロ!それは言わないでくれって!」

「はいはい!そんな話より、まずは行き先を決めるよ!」

 

大和が手を叩きながら場を仕切る。

 

 

「みんなの意見を聞いてるとキリがないからね。俺が何か所かに絞ってきたからその中から決める形で良い?」

「おう!良いぜ!」

 

大和の言葉に翔一が同意する。他のメンバーも同じなようで異を唱える者はいなかった。

 

「まず、予算的に国外は厳しいから国内旅行になるね。で、国内から何か所かピックアップしたんだけど…」

 

そう言って大和は三枚のパンフレットを取り出し、机に広げた。

 

「北海道、京都、沖縄。この三か所が良いんじゃないかなって」

「良いんじゃない?アタシまだ何処も行ったこと無いわ」

「一応パンフレット持ってきたから、それを見て自分が行きたい場所を一つ決めてくれ。後で多数決で決めるから」

「俺様も行ったこと無いからなぁ。結構迷うぜ」

「そうだね。どこも楽しそうだし」

「自分も迷うな。日本はどこも素晴らしい土地だからな」

「友人と旅行の相談…。夢にまで見ていた光景が今目の前に…っ!」

『オラ、涙で前が見えねぇ!』

「遺跡とか未開のジャングルとか無いのか?」

「私はかわいこちゃんが居ればそれでいいんだが」

「ねえ大和、部屋割りは―――」

「男女別だ」

「部屋割り――」

「男女別」

「…ちぇ」

 

 

そしてパンフレットを眺める事、数分。

 

 

「そろそろ決まったか?」

「おう!」

「大分悩んだけどね」

「じゃあ、一斉に行きたい場所のパンフレットに指を指す。良いね?」

「OK!」

「じゃあ、行くよ?いっせーのー…」

「「「「「「「「「せっ!」」」」」」」」」

 

 

北海道希望者 一子・京

 

「熊と戦えると思ったのになぁ…」

「寒かったなら大和の布団にもぐりこめたのに…」

 

京都希望者 クリス・岳人・卓也

 

「くっ!大和丸夢日記に出てくる越後屋が見たかった…」

「舞妓さんと仲良くなれると思ったのによぉ…」

「みんな理由がちょっとおかしくない!?」

 

沖縄希望者 百代・翔一・由紀江・大和

 

「フフフ、南国の果実たちをいただくとしようか」

「よっしゃ―!海底遺跡とか発見してやるぜ!」

「お、沖縄ですよ松風!」

『華麗に砂浜を駆けるぜ~!』

「一回で綺麗に決まったな」

 

多数決の結果、四人が指した沖縄に行先が決定した。

決定した途端に皆は沖縄のどこで遊ぶかなどを話し始める。

そんな中、百代は何かを思い出したかのような表情で大和に話しかけてきた。

 

「なあ、大和」

「なに、姉さん?」

「旅館なんだが…」

「その辺は俺が予算を踏まえて、ちゃんと予約しとくけど?」

「いや、そうじゃ無くて。確かウチの門下生の身内に沖縄で民宿をやってる人が居たと思うんだが、頼めば普通より安く泊まれると思うぞ?」

「それはありがたいけど、良いの?」

「たぶん大丈夫だろ。じじいの顔の広さはこういう時に使わなくちゃな」

 

 

「ぶぇっくし!!」

「総代、風邪ですカ?生徒に移さないよう気を付けてくださいヨ」

「ううむ。どこかのぎゃる達がワシの噂でもしとるのかのぉ?」

 

 

「じゃあ、お願いするよ」

「ああ。OKだったら夜にメールで知らせるからな」

「うん」

 

大和と百代が話し終えると、見計らっていたかのようにが話しかけてきた。

 

「大和!沖縄に行ったらダイビングがしたいぜ!」

「俺様はビーチに繰り出してぇな」

「タコスとか沖縄そばとかも美味しそうね!」

「自分は世界遺産の首里城に行ってみたいぞ」

「はいはい!分かったから!一応、三泊四日の予定だからそこそこは周れると思うけど、いい機会だから今の内に簡単な予定立てちゃおうか。モロ」

「ネットで検索だね。任せてよ」

「とりあえず行きたい場所の候補が―――」

 

大和はカバンから一枚のルーズリーフを取り出し、そこに観光候補地を書き込んでいく。

 

・ダイビング

・ビーチ

・グルメ関係

・首里城

・美ら海水族館

・その他観光名所

 

 

「っと。こんな感じかな?モロ、川神から沖縄までの時間って分かるか?」

「ちょっと待って………川神空港から最速で二時間ってとこかな」

「二時間か…。それなら昼前に川神を出ても初日はそんなに行動できないな。空港から近い観光名所を周るって感じになるか」

「空港から近い名所ね……それなら首里城とかがあるね」

「なら、初日はその辺の観光って感じかな。二日目には美ら海水族館に行くとして、近くにビーチとか無い?」

「美ら海水族館の周辺ね…あった!。泳げるビーチがあるよ」

「良し。じゃあ、三日目にダイビングとグルメ関係。最終日には観光やお土産を買うなりしようか。細かい所は後々煮詰めるとして、今はこんな感じかな?」

 

とりあえず簡単な予定を大和が組み上げると、翔一が大和と肩を組む。

 

「さっすが俺たちの軍師様だぜ!頼りになるな!」

「普通はリーダーであるキャップの仕事なんだけどね」

「俺にそう言うのは無理だ!」

「そんな言い切る事じゃないよ…」

 

翔一の清々しい宣言に苦笑いしながらも、大和は内心この翔一と言う男に頼られているのが嬉しかった。

 

「見つめ合う二人、そのまま二人は禁断の愛を!」

「無いから」

「そんな事よりも、行先も決まった!予定も立てた!あとはバイトを頑張るだけだぜ!」

「「「「「「「「「おぉー!!」」」」」」」」」

 

夕暮れの秘密基地にメンバーたちの大きな声が響き渡っていった。

 

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

それから風間ファミリーの面々は各々のバイトに精を出し、ついに旅行前日。

 

「ふぅ。今日でバイトも終わりか」

 

大和は最後のバイトを終え、貰った給料を金庫に入れるべく(百代の騒動があった後、大和が小型の金庫を用意し、秘密基地に設置した)秘密基地に向かっていた。

その時、大和の携帯にメールの受信を知らせる振動が走った。

 

「ん?…モロからか」

『これから秘密基地に来る?もうみんな帰っちゃって秘密基地に誰も居なくなるから、良ければ僕が金庫を持って大和の所へ行くけど』

「そうなのか。じゃあ…『ああ、お願い。商店街のモスドナルドで待ってるよ』―――送信っと」

 

メールを送ると、大和はそのまま待ち合わせ場所へ足を向ける。

モスドナルドに入るとまだ卓也は来てないらしく、大和は適当な座席に座り卓也を待つことにした。

 

 

数分ほど待っていると携帯に卓也から電話がかかってきた。

何かあったのかと不審に思いつつも大和は電話に出る。

 

「もしもし?どうした―――」

『やや、大和!?大変なんだよ!!』

「わっ!?お、落ち着けよモロ」

『あ、ご、ゴメン。ってそうじゃない!大変なんだよ!お金が!』

「お金?旅行用の資金の事か?」

『そう!そのお金が、盗まれちゃったんだよ!!』

「な、なにいいい!?」

 

モスドナルドの店内に大和の叫び声が響き渡る。

どうやら川神に吹き荒れる騒動と言う名の旋風は、大和たちを簡単に旅行には行かせてくれないらしい。




前回の更新から大分時間がかかってしまいました。申し訳ございません。
今回の話は前回投降時に感想で空行が多いとのご指摘をもらったので、少し構成を変えてみました。
一話の様な構成の方が良い、と思った方がいらっしゃればぜひ感想に一報ください。
それでは、次回の更新も遅れるとは思いますが、よろしくお願いします。


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第三話 出撃風間ファミリー

ストーリーを完全オリジナルで考えるのは楽しいんですけど、大分時間が掛かっちゃう作者です。


卓也からの電話で旅行用の資金が盗まれたと分かってから、大和はファミリー全員に緊急招集をかけた。

そして今、大和の連絡から三十分とかからず秘密基地にはファミリー全員(+クッキー)が集まっていた。

 

 

「みんな集まったね。状況はもう知っていると思うけど、旅行資金が奪われた」

 

全員がそろった頃合いを見て、大和が話を切り出す。

その言葉を聞いて、盗まれた場にいた卓也は責任からか、顔を悲しげに歪ませた。

 

「ゴメン、みんな。僕のせいで…」

「何を言う!悪いのはモロではなく、その盗人どもだろう!」

「そうですよモロさん!」

『あんま自分を責めんなよ、モロボーイ』

 

そんな卓也をクリスと由紀江、松風がフォローする。

ファミリーに入って日は浅いが、仲間に対する気持ちは他のみんなとなんら遜色は無い二人である。

 

 

「…ありがとう。クリス、まゆっち」

『オラも忘れんなー』

「ご、ゴメン。松風にももちろん感謝してるよ」

 

クリスたちのおかげで暗かった卓也に笑顔が戻る。

大和は場の雰囲気が柔らかくなったのを察し、話を切り出した。

 

「それじゃ状況を整理しよう。盗まれたものは俺たちが貯めた旅行資金。盗まれた場所は秘密基地から商店街に向かう道の途中。此処まではいいね」

 

大和がみんなを見渡すと全員が頷く。

 

「良し。次は盗んだ犯人なんだけど、モロどんな奴だったか覚えてるか?」

「うん。ええと、盗んだ奴は四人居て、全員が赤いごてごてしたバイクに乗ってたよ」

「そいつらの顔やバイクのナンバープレートとかは見てないか?」

「ゴメン。顔はヘルメットで隠れてて、ナンバーも見ようとしたんだけど全員剥がしてて見れなかったんだ」

「……用意周到なやつらだね」

「ますます許せないわね!」

 

計画性と常習性を覗かせる犯人たちに怒りを見せる京と一子。

 

「クソ!手がかりはねぇのかよ!」

「いやガクト。今のは十分に手がかりだぜ」

 

悔しがる岳人に大和はそういってのけた。

 

「顔やナンバーを隠してるって事は計画性と常習性があるって事だ。それにバイクもモロの話だとかなり改造してる。そんなバイクを使い捨てにするとは考えにくい。おそらく同じバイクで何回かやってるはずだ」

 

そう言うと大和は携帯を取り出し、何かを調べ始めた。

 

「…ビンゴ!ネットの掲示板にここ最近同じようなバイクに引ったくりにあったって書き込みが数件あった!クッキーこの辺の地図出せるか?」

「任せてよ!」

 

 

クッキーは目から光を放ち、前に合ったホワイトボード上に川神周辺の地図を映し出した。

大和はその地図上へネットで被害があった場所に目印を書いていく。

 

「これは…歪ですが円形になってますね」

 

由紀江の言葉通り、地図上に記された目印は川神のある場所を中心に歪ながらも円形に並んでいた。

 

 

「ああ、そしてその中心が奴らの拠点のはずだ」

「この場所は、親不孝通りか?」

 

円の中心を見て岳人が呟く。

確かに円形の中心には川神市内のある通り、通称『親不孝通り』と呼ばれる場所があった。

親不孝通りとは川神の不良たちが集まる通りで、治安はとても悪く地元の人もめったに近づかない場所である。

 

 

「良し!場所が分かったのなら後は成敗するのみ!」

「でも、親不孝通りっていってもかなり広いよ。どうやって犯人たちの場所を特定するの?」

「そ、それは…」

 

猪突猛進に突っ走ろうとするクリスに京が冷静に歯止めをかける。

そんなクリスを見て一子はやれやれと大げさなボディランゲージをした。

 

「まったく、クリは考えなしなんだから」

「むぅ…ならば犬。お前には考えがあるのか?」

「もちろんよ!居場所が分からなければいろんな人に聞き込みをすればいいのよ!」

「あ、あの、一子さん。そんな事をすれば相手にこちらの動きを察知される危険性が…」

「……あ」

「ぷっ。犬、やはりお前も考えなしだったようだな」

「す、少しは考えてる分クリよりマシよ!」

「なにを!?」

 

 

考えを由紀江に簡単に論破された一子にクリスがけしかけ、二人はいつもの喧嘩のような雰囲気になる。

普通ならば、いつもの事だからと流すが今回は状況が違う。

大和は強く机をたたき、場の雰囲気をぴしゃりと締める。

 

 

「喧嘩は後で。OK?」

「「は、はい…」」

 

一子もクリスも自分に非がある事が分かっているため、素直に静かになる。

そんな雰囲気の中、京が脱線した話を戻し切り出した。

 

「でも実際、居場所の特定はどうするの?」

「それに関してもあてはある。要は犯人たちの居場所を知っている可能性が高く、どちらかと言えば自分たちの味方をしてくれる人物に聞けばいい」

「確かにそうだけどよ大和、そんな都合の良い奴が居んのか?」

「おいおいガクト、忘れたのかよ。親不孝通りの事に詳しくて、俺たちの味方をしてくれそうな人が身近にいるだろ」

「そんな奴………」

 

 

「「「「「「「「あ!」」」」」」」」」

 

その瞬間全員の頭の中にある一人の男の顔が浮かんだ。

 

「そうか、ゲンか!」

「確かにゲンさんなら裏事情にも詳しいもんね」

 

岳人と卓也の言う『ゲン』と言う人物は本名を『(みなもと) 忠勝(ただかつ)』と言う大和や京と同じ、寮に住む住人の一人だ。

彼も大和たちと同じく川神学園の二年F組に属している。

 

彼は養父の手伝いとして代行業と呼ばれる、いわゆる『何でも屋』をしているため色々な知識と技術を持っており、仕事上の関係で親不孝通りなどの川神の裏部分にも詳しいのだ。

 

大和はすでに忠勝に対し、事件の内容と犯人を追っている理由をまとめたメールを送っており、今はその返事を待ている最中だった。

 

 

そして数分後。

大和の携帯にメールの返信を知らせる振動が走った。

 

「来た!ゲンさんからだ」

 

大和は携帯を取り出すと、素早く文章に目を通す。

そこには簡単な前書きと、犯人たちの活動拠点と思われる住所が書かれていた。

 

「クッキーこの場所に何があるか分かるか?」

「待って。今検索してみるね……………分かった!その住所には使われてない空倉庫があるよ!」

「空倉庫か…。不良のたまり場としてはありきたりなところだな」

 

大和がそこまで言うと、今まで黙っていた翔一が音を立てながら勢い良く立ち上がった。

 

 

「よーし!敵の居場所は割れた!後は俺たちファミリーに手を出した事を後悔させるだけだ!」

 

翔一の言葉にその場に居る全員が力強く頷く。

 

 

「皆行くぞ!風間ファミリー出動だぜ!!」

「「「「「「「「「おおおぉぉぉ!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

親不孝通りのある空倉庫内。此処は今、数十名の不良がアジトとして使っていた。

 

「おい、今日の成果はどのくらいだ?」

 

その倉庫の奥に積み上げられた台の上に座っているリーダー格の男が前にいる一人に尋ねる。

 

「今日は五~六万ってとこだな」

「…少ねぇな」

「しょうがないだろ。これ以上やると九鬼の目に留まっちまう」

「チッ」

「まぁ、そんな腐るな。今日はさらに良いもんも手に入れたんだよ」

「あぁ?」

「これだよ」

 

男はそう言うと、小型の金庫を取り出した。

それは紛れもなく、卓也から盗んだみんなの旅行資金の入った金庫だった。

 

「金庫か?」

「ああ、今日引っ手くった奴のカバンの中に入ってたんだよ。盗った奴の慌てぶりから、結構な額入ってると思うぜ」

「そりゃいい。開けれねぇのか?」

「暗証番号と鍵がかかってやがる。俺らじゃ無理だな」

「近くの鍵屋じゃ足がつく。面倒だが県外で開けるか。俺のバイクに積んどきな」

「あいよ」

 

 

金庫を持ってきた部下にそう言うと、リーダー格の男は中に入っている額を想像したのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

その時だった。

 

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

倉庫の重厚な引き戸を勢いよく開けながら一人の美女、百代が入ってきた。

 

「な、何だテメェ!?」

 

いきなりの来訪者に中にいた男達が騒ぎ出す。

百代はそんな男たちにうんざりしたような顔を向けながら用件を切り出した。

 

「お前たちが今日ひったくりをした奴の身内だよ。それを返してもらう」

「おいおい姉ちゃん。それマジで言ってんのかよ」

「ここがチーム『烈怒牛(レッドブル)』の本拠地ってわかってんのか?」

「おい待てよ、良く見りゃすごい美人じゃん」

「へへ。こりゃ、いい獲物だぜ」

 

現れた百代を扉の近くにいた男達数人が囲む。

男たちはこれから力の無い女一人を好きなようにできると、ゲスな表情を浮かべている。

 

だが、彼らは気付くべきだった。

百代が現れた時に開けられた扉は大きく重く、さらに錆びていたこともあって大の男数人がかりでやっと開けられる物だったと言う事を。

そして百代がそれを家のふすまでも開けるかのごとく、簡単に開けたことに。

 

 

「大人しくしてりゃ、痛い目には―――」

「ふん!」

 

正面にいた男が百代の体に触れようとした瞬間、男は百代の強烈なアッパーカットにより天井にめり込んでいた。

 

「このアマ!何しやがった!?」

「なにって、ちょっと翼を授けただけじゃないか」

「そんなんで天井に埋まってたまるか!?」

「バカにしやがって、やっちまえ!」

 

 

百代の物言いにキレた男たちは一斉に襲い掛かる。

 

 

「学習しないやつらだ。川神流!『神風の術』!」

 

百代は技により周囲に竜巻を発生させる。

襲ってきた男たちはその竜巻により巻き上げられ、最初の一人と同じく全員天井にめり込むことになった。

 

「な、何だこの女!?」

「いったいどんな手品使いやがったんだ!?」

「落ち着け!相手は一人だ、全員でやっちまえ!」

 

 

騒ぐ男たちをリーダー格の男が一喝する。

リーダーの一声で落ち着きを取り戻した不良たちは、手にナイフやバット、鉄パイプなどを持って百代に突貫する。

 

「おいお前」

 

迫る男たちを前に百代は冷静にリーダー格の男に話しかける。

 

「なんだ、今更命乞いか?」

「違う。お前、私が一人だと言ったな」

「それがどうした!」

「残念。はずれだ」

「あ?」

 

百代が言葉を発した次の瞬間、その脇を二つの影が走った。

 

二つの影はそのまま迫る男たちに向かい、そして

 

「一番槍!川神一子、参上!!」

「正義の騎士!クリスティアーネ・フリードリヒ、推参!!」

 

その二つの影、一子とクリスは手に持ったそれぞれの愛用武器、薙刀とレイピアで先頭集団を吹き飛ばした。

 

 

「盗んだお金は帰してもらうわよ!」

「盗人猛々しいとはまさに貴様たちの事!神妙にしろ!」

「な、何なんだよこの女たちは!?」

「マズイ、逃げろぉ!」

 

 

先頭集団を吹き飛ばした二人の勢いは止まらず、次々と不良共を蹴散らしていく。

その様子を見ていた後続集団は、敵わないと見るや蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ始める。

 

 

 

 

 

 

大和はそんな様子を離れたビルの屋上から双眼鏡を使って見ていた。

 

「ここまでは予想通りだな。と、すればそろそろ。モロ!」

「OK!京たちに連絡だね」

 

大和は倉庫の様子を窺いながら、隣にいる卓也に合図を送る。

卓也は大和からの合図を見ると、直ぐに他のメンバーに連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

「モロからの連絡……居たっ」

 

卓也から連絡を受けた一人、京は大和たちとは別のビルの屋上から倉庫を見つめていた。

常人ならば双眼鏡などを使う距離だが、『天下五弓』の称号を持つ京の目は肉眼でしっかりと倉庫の窓から逃げ出す不良たちを捕えていた。

 

「…逃がさない」

「な、なんだ!?」

「ぎゃぁ!」

 

京が連続で放った矢は逃げ出す男たちの急所を的確に突き、次々とその意識を刈り取っていく。

数十秒後、そこには京の弓技によって意識を失った男たちの山が出来上がっていた。

 

「任務完了…」

 

動かなくなった不良たちを確認し、京はどこからともなく『10 GREAT』と書かれた赤い看板の様な物をかざした。

 

 

 

そして京が敵を倒していた同時期、ちょうど反対側でも卓也から連絡を受け取った者が逃げ出してきた不良たちの前に立ちふさがっていた。

 

「何だコイツ!?」

「ろ、ロボットだと!?」

 

立ち塞がっていたのは九鬼が造ったご奉仕ロボ、その第二形態、いわゆる戦闘形態のクッキーだった。

 

「武器を捨て投降するのならば、痛い目には合わずに済むぞ」

「何を訳分からねぇことを!スクラップにしてやるぜ!」

 

 

戦闘にいた男がクッキーの言葉に激昂し、鉄パイプをクッキーに向かって全力で振り下ろした。

ガキィィン!と金属がぶつかり合う、甲高い音が辺りに響く。

 

そして次の瞬間、崩れ落ちたのは鉄パイプを振り下ろした男の方だった。

 

「ギャアアァァ!な、何だコイツ!?」

「ふん。その程度の攻撃では、私のボディに傷一つ付けることは出来ん」

 

 

男は自分の手首を抑えながら転げまわる。

それもそのはず。クッキーの身体の硬度が高すぎるせいで、振り下ろした鉄パイプの衝撃がほとんど手首に帰ってきたのだ。軽くても捻挫か、もしかすれば骨が折れているだろう。

 

「貴様らの様な輩は我が剣を見るに値すらしない!喰らえ!クッキービィィィィム!!」

 

 

クッキーが技名を叫ぶと、その身体から収束されたオレンジ色のエネルギービームが発射された。

ビームは大きな衝撃波を伴いながら進み、逃げ出してきていた不良たちをまとめて吹き飛ばす。

 

ビームが通り過ぎた後、そこに動く者は居なくなっていた。

クッキーはスキャンで全員が気を失っているのを確認すると、卵形の第一形態に戻る。

 

「まったく。これに懲りたら、もう悪さなんてしないことだね」

 

 

 

 

 

左右の窓から逃げた者たちが全滅したと分かった残りの者はパニックになっていた。

 

「クソ!なんなんだコイツら!」

「正面も左右も駄目だ!逃げらんねぇぞ!?」

「裏口だ!裏口のバイクで逃げろ!」

 

パニックに陥ってる一人が叫んだ、裏口から逃げろと言う言葉で魅かれる様に残っていた不良たちは裏口へと向かっていく。

 

だが、もちろんそこにも逃亡を阻止する刺客が軍師の手によって配置されていた。

 

「はぁ…はぁ…。ば、バイクだ!これに乗れば!」

 

裏口から一番に飛び出してきた男が、並べて止めてあるバイクの一台に跨る。

男は素早くエンジンをかけ、急いで発進させようとするが、男の意に反しバイクは全く進まない。

 

「な、なんでだ!?」

「そりゃ、俺様が持ち上げてるからな」

「は?…なぁ!?」

 

男はパニックで気づかなかったようだが、実は男がバイクに乗った瞬間に岳人が男ごとバイクをその自慢のパワーで持ち上げていたのだった。

 

「そして喰らえ!俺様のパワーを!」

 

岳人はそのまま男のが乗ったバイクを、他のバイクに向かって投げつける。

バイク自身の重量と、岳人のパワーが加わったそれを受けた他のバイクは、何台かが走行不可能の状態にまで傷ついた。

 

「チクショオ!ここまでコケにされて黙ってられるか!」

「ああ!やってやんぜ!」

 

開き直った何人かの男たちが、岳人に殴りかかった。

岳人はそれを避けようともせず、その身体に拳や蹴りを受ける。

だが、日常的に武士娘たちから強烈な攻撃を食らう事の多い岳人にとって、喧嘩で鳴らした程度の奴等の攻撃などダメージの内に入ることは無かった。

 

「邪魔だぁ!ハンサムラリアァァット!」

「ぐばら!?」

「グギャ!」

 

殴りかかってきた男たちを力任せのラリアットで吹き飛ばす。

しかしその間隙をぬって数台の無事だったバイクが岳人の横を通り過ぎて行った。

 

「あ、あいつ等!仲間を囮にしやがったな!」

「ヨッシャア!このまま逃げ切って―――ん?」

 

男たちがバイクで岳人の横を駆け抜けた先、薄暗い道路の真ん中に刀を携えた一人の少女、黛由紀江が立っていた。

 

「お、女!?」

「退け!轢いちまうぞ!」

「…………」

 

迫り来るバイクを前に由紀江は刀を構えたまま動かない。

 

「黛由紀江、参ります」

「もうどうなっても知らねぇかんな!」

 

男たちは前にたたずむ由紀江に真っ直ぐ突っ込む。

それに対し由紀江は、あくまで冷静に力を溜めている。その姿は普段の姿とは違い、四天王の名に恥じない風格を漂わせていた。

 

「ハアァァァ!」

 

由紀江が気合の入った声を上げた次の瞬間、男たちが走らせていたバイクは一台残らずバラバラに切り裂かれていた。

乗っていたバイクが急に切り裂かれ、男たちは勢いよく前方に投げ出される。

地面にぶつかった時の衝撃で全員行動不能になったのか、うめき声は聞こえるが逃げ出そうとする者は居なかった。

 

「やりましたね松風」

『ナイスファイトだったぜまゆっち!』

 

 

 

「お、姉さんから連絡だ」

「モモ先輩?」

「ああ、制圧完了したから来いってさ」

「了解。他のみんなにも連絡入れとくね」

 

そして、大和と卓也が離れたビルの屋上から不良たちの居た倉庫に入るとそこには翔一を除いたファミリーの面々と死屍累々とした不良共の山が積みあがっていた。

 

「うわぁ。これまた凄いな」

「だね。けど、こんな光景に慣れてきた自分にも驚きだよ」

「あ、大和!アタシいっぱい倒したわよ!褒めて褒めて!」

 

大和の姿を確認した一子が元気よく駆け寄ってくる。

 

「おお。よくやったなワン子、偉いぞ」

「クウゥ~ン」

 

大和に頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める一子。

その姿はまるで本物の犬とその飼い主の様であった。

 

ひとしきり一子を撫で終えると、大和は周りを見渡しある事に気づいた。

 

「あれ?キャップが居ないけど…モロ?」

「おかしいな。ちゃんとメールは送ったはずなんだけど…」

「心配すんなよモロ!キャップに連絡がつかなくなる事なんていつもの事だろ?」

 

 

眉を寄せ心配そうにする卓也に対し、岳人は笑いながら言った。

実際、大の冒険好きである翔一は連休や土日を利用して一人旅に出ることが良くあり、その間三日ほど連絡が無いことも良くあるのだ。

 

「まぁ、確かにキャップの心配は無用だろうね。それよりも早く俺たちの金庫を取り返そう」

「そう言うが弟よ。その金庫はいったいどこにあるんだ?」

「パッと見た感じこの倉庫にはお金を置いておけそうな部屋や金庫は無いから、多分リーダー格のバイクに積んであるんじゃないかな?」

「バイクはどれが誰のだか分からんな。…仕方ない。面倒だが、一つずつしらみつぶしに探すか」

 

今後の方針が決まり、全員がバイクを調べるため裏口に向かおうとしたその時。

 

「ヒャッハー!この瞬間を待ってたんだァ!」

「うわ!?」

 

大和の背後に積まれていた不良たちの山の中からリーダー格の男が飛び出し、大和の裏に周ってその首筋にナイフを突きつけた。

どうやら武道家ではなく一般人だったので、百代や由紀江の気の探知にも引っかからず、人の山に隠れていたためにクッキーのスキャンからも身を隠せていたらしい。

 

 

「動くんじゃねぇ!コイツがどうなっても良いのか!?」

「や、大和!」

「てめぇ、卑怯な真似を!」

「うるせぇ!黙ってろ!」

 

 

怒鳴って手元が狂ったのかナイフの刃が当たり、大和の首筋に赤い線をつけた。

それを見た卓也と岳人は歯噛みしながらも声を抑える。

 

 

大和も恐怖からか大量の冷や汗を額に掻いていた。

最もその恐怖の対象は、ナイフを突きつけている男ではなく。

 

「「「「「…………(ゴゴゴゴゴゴゴゴ)」」」」」

(ヤバいヤバいヤバい!)

 

目の前にいる五人の剣呑な表情をしている女性に対してだが。

 

(なんでこの男も俺を人質にしたんだよ!?普通、人質にするならか弱いモロだろ!)

「なんか今すごく馬鹿にされた気がするんだけど…」

 

大和が首筋のナイフに気を付けながらチラリと女性陣を見ると、女性陣はそれぞれの武器(百代は拳だが)を構えていた。

その瞳は怒りに燃え、もはや殺気すら素人の大和にも分かるほど醸し出している。

しかし、パニックを起こしている男は気が付かないのか、ただ喚き散らしているだけだった。

 

(考えろ俺!もしこのままの状況を放っておいたら、この男の命が危ない!)

 

普段ならば、いくら不良共とは言え鍛えてもいない人に対し武士娘たちはその全力を振るうことは無い。

だが、今は事情が違う。

 

大和と言う思い人を人質に取られ、怒りによって冷静さを欠いた彼女らは躊躇なく男に攻撃を仕掛けるだろう。

そんな攻撃をこの男がまともに喰らえば良くて重傷、下手をすればその命すら危うい。

 

別段、大和自身は不良の男がどんな重傷を負おうと関係ないのだが、万が一の事が男の身に起きてしまえば彼女たちの将来に大きな壁を作ってしまう。

大和は何としてでもそれだけは避けたかった。

 

(冷静になれ!この状況から抜け出す方法を考えろ!)

 

大和は凶器を急所に突きつけられている、と言う状況にもかかわらず必死に頭を回転させる。

が、

 

(…駄目だ!どう考えても穏便に済まない。このままじゃ…)

 

 

 

 

「へへへ、テメェら全員このナイフで切り刻んでやるぜ!」

 

男がそんな笑いを上げた次の瞬間

 

「ほう。遺言はそれだけか?」

「…へ?」

 

さっきまで離れた場所にいた筈の百代が男の眼前に立っていた。

 

「て、テメェ!?コイツがどうなっても―――」

「ふん」

 

男は慌てて大和にナイフを突きつけようとする。

が、百代が軽い声と共にナイフに向かってデコピンの動作をした瞬間、そのナイフは根元から折れ、刀身は消失してしまった。

 

「良いの―――は?」

「さて、武器は無くなったぞ?それに―――」

「人質、大和さんも返していただきました」

 

さらに、男が百代に気を取られている隙に、男の腕から由紀江が大和を奪い返していた。

 

「ひ、ひぃ!?」

「おっと!」

「どこへ行くんだ!」

「…絶対に逃がさない」

 

堪らず男は逃げ出そうとしたが左右と後ろを一子、クリス、京に封じられ逃げ場をなくしてしまった。

逃げ場を無くし、男の顔が青ざめる。

 

「さて、よくも私の弟分に傷をつけてくれたな。五体満足でここから出られると思うなよ」

「ひ、ヒイィィィッ!?」

「待って!姉さん!」

 

百代が怒りのままに拳を振り上げたその時だった。

 

「イイイヤッホオオオオオオ!!」

「「「「「え?」」」」」

 

男の叫び声が倉庫内に響く。

それも、大和たちが良く知った男の声だ。

 

「きゃ、キャップ!?」

 

その声の主、翔一は裏口の上部に取り付けられている窓をぶち抜きながら、自身の原付ごと跳び入ってきた。

 

「な、なん――ぎゃあああああああああ!!」

「よおっと!皆待たせたな!」

 

突然の登場に全員が呆然としてる中、翔一は原付ごと着地した。

 

「さあ!敵のリーダーは何処だ!やっぱりリーダーの相手はリーダーであるこの俺がやんないとな!」

「………」

「おう大和!敵は何処だ?」

「…あー、キャップ?」

「ん?」

「あそこ」

 

大和が指を指す先には降ってきた翔一とその原付に激突され、ボロボロになっている男が居た。

 

「ああ!?誰だよ、やっつけたの!俺の相手だろ!」

「いや、やっつけたのはキャップ自身なんだけど…」

「へ?俺まだなんもやってねーぞ?」

「まぁ、とにかくキャップが倒したし、そのおかげでいろいろと助かったよ。ありがとう」

「お、おう」

 

身に覚えのないことを言われ翔一は首を傾げる。

だが、実際翔一が乱入してくれたおかげで先程まで女性陣が纏っていたピリピリした雰囲気が霧散したのは確かだった。

 

 

「………良く分からねぇが、俺が倒したんなら結果オーライ!」

 

さすが俺だぜ!と意気揚々とする翔一にファミリー全員が生暖かい目を向ける中、そんな事よりもと大和が話を切り出す。

 

 

「おう、どうした大和?」

「…なんで上から降ってきたの?」

 

大和の言葉に他の全員もそう思っていたのか、全員が首を縦に振る。

そしてその問いに対する翔一の答えは、実に単純で翔一らしいものだった。

 

「だって、その方がカッコいいだろ?」

「……はぁ、なんていうか」

「なんともキャップらしい、だろ?」

「お?クリスも中々分かってきたじゃないか」

「フフン、当然だ。自分は常に成長するのだ!」

「ククク。じゃあ、早く家事スキルも成長しないとね」

『もう手伝わされるのは勘弁だぜー?』

「うっ。そ、それは…」

 

 

 

京と松風の指摘に言葉が詰まるクリス。

そんないつも通りの日常風景の中で皆が笑っているその時

 

「む?」

 

急に百代がその表情を変えた。

 

「どうしたの姉さん?」

「この気……」

「誰か来たの?」

 

そう言って大和が正面の扉に目を向けた瞬間、その人物は現れた。

 

「よぉ。また派手にやったな」

「ヒゲ先生。来てくれんだ」

 

現れたのは髭を生やした中年の男性『宇佐美(うさみ) 巨人(きょじん)』だった。

彼は大和たちの通う川神学園で『人間学』と言う授業を受け持っている教師である。

そして彼は忠勝の養父でもあり、代行業者として様々な依頼をこなしていたりもする。

 

「や、大和さんが呼んだのですか?」

「うん。ゲンさんにメールを送った時、後処理をやってもらおうと一緒にね。警察に頼むと色々と後面倒だからさ」

「ったく。中年使いの荒い奴だよ…」

「まぁまぁ、今度またウメ先生の情報もってくからさ」

 

何故ここで大和たちの担任である梅子の話が出るかと言うと、宇佐美が彼女に惚れているからと言う実に簡単な事だからだ。

もっとも、積極的に行われる宇佐美のアピールは梅子に気づかれること無く空回りで終わる事がほとんどだが。

 

「…しかたねぇなぁ」

 

口ではめんどくさがりつつも了承してくれたのか、宇佐美は意識の無い不良たちをテキパキと縛り上げてゆく。

 

「ほれ、ここはオジサンがやっとくからお前たちは自分の金取り返してさっさと帰りな。そろそろ通報するからよ」

「分かった。ありがとヒゲ先生」

「ちゃんと情報は頼むぞ?」

「任せといてよ」

 

 

宇佐美に促され、ファミリー一同はバイクの止めてある裏口へ出る。

しかし、そこには大量のバイクが置かれており、個人のバイクの特定は困難そうに見えた。

 

「うえ~。この中から探すのかよ」

「…さすがに数が多い」

 

置かれているバイクの数を見て、岳人と京が辟易とした声を上げる。

 

「仕方ないよ。こればっかりは地道に「あったぞおお!」―――へ?」

 

地道にやって行かなきゃ、と言おうとした大和の声にかぶせる様に翔一の声が響く。

驚いて大和がそちらを振り向くと、そこには確かに大和が用意した金庫を掲げる翔一が居た。

 

「きゃ、キャップ、もう見つけたの!?」

「おう!これで合ってるよな?」

「……うん、シリアルナンバーも一緒だから間違いない」

「もしかしてキャップはどのバイクに積まれてたのか知ってたの?」

 

あまりにも早い金庫の発見に卓也がそんな疑問を口にした。

 

「いや?てきとーに開けてみたら見つけただけだぜ!」

「さ、さすがとしか言葉が出ないな」

「これがキャップクオリティね」

 

数あるバイクの中から適当に一台選び、見事当てた翔一の運命力にクリスと一子の二人もただ感心するのみだった。

 

「良し!目的の物は回収した!帰るぞ皆、明日は沖縄だああ!!」

「「「「「「「「おおおおおおぉぉ!!」」」」」」」」」

 

 

目的の物を取り返し、明日の旅行を楽しみに意気揚々と引き揚げていく風間ファミリーの面々。

 

その後、今回の騒ぎで荷造りが出来ていなかった者たちのドタバタや、宇佐美が不良たちの小さい組織とは言え、犯罪グループを摘発したとして警察から謝礼をもらっていたことを旅先で知ったなどの出来事はまた別の話である。

 

そして、旅行先の沖縄でも武士娘を中心に繰り広げられる騒動もまた別の話である。




投稿が大分時間が経ってしまいスイマセン。
元々の遅筆に加え、オリジナルストーリーを考えるとどうしても遅くなってしまいますね。

次回の構想は出来ているので次話はもう少し早く更新できるのではないかと思います。
A3早く出ないかな…。


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