Fate/Grand order 虚構黄金都市ウルク (Marydoll)
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誕生、それと王の帰還

姫ギル憑依物
ちょっと不幸そうなギルガメッシュと、いろいろな人の物語

弩級チート軍団による、世界を焦土と化すような大乱闘が今始まるーー!


声が聞こえる。

それは尊大で、鬱屈で、まるで私を断罪するかのように厳かな声。身体中を縛る鎖が、強く引き締められて痛い。自身の身の丈に合わない魂の慟哭に、耳を塞ぎたくなる。叫ぶ。声にはならなくとも、せめて私という存在が消えて無くなったりしないように。喚く。私がここにいる証を、大地に刻みつけるように、宇宙(そら)に映し出すように。嫌だ。嫌だ。消えたくないーー

私の心を焼き尽くす黄金の光から目を反らすように暴れまわる。触れるな。触れないで。私はまだ死にたくない消えたくない。けれど、私を押さえつける鎖はびくともしない。離してほしい。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。誰かーー

誰か助けてーー

 

ーー裁定者よ

 

声が、聞こえる。

それは鷹揚で、悪辣で、まるで私を赦そうとするように優しい声。身体中を縛る鎖が解かれるーーそのまま宙に浮かび上がる私の身体は、服も着ずに産まれたままの姿。自分のものとはもう思えまいきめ細やかな肌、美しい。か細く、けれども何者をも認め、拒み裁定するその白魚の指は、まるで無骨な死神の骨のように見えた。金色の髪がふわりふわりと漂いながら私の鼻腔をくすぐる甘い色を匂わせる。

声が、聞こえて、私は身体を震わせる。止まらない。止められない、だってこんなに怖いのだから。誰が、何処でーーどうしてこんなことをするの?

 

ーー裁定者よ、何を恐れる

 

力を。

ただ目前で私を映し出す、偉大なるそが光を。

何もできない。何をしても変わらない。そんな我が幕を引く声(デウス・エクス・マキナ)を。

私が何をしたというのか。ただ私は日々を生きることを望んでいただけなのに。大それたことなんて少しも望んでいなかったのに。確かに幸せになりたいとは思っていた。もっと綺麗になりたいとも思っていた、もっと賢くなりたいと思っていた。甘いものをいっぱい食べたい。いつか素敵なヒトと結ばれたい。幸せになりたい。幸せ、幸せ、幸せが欲しかっただけなのに。

もう私は、ワタシの顔さえも思い出せない。心配性の母の顔も。気難しい父の顔も。少し意地悪だった兄の顔も。青き日々を共に過ごした友の姿も。初心な初恋も、幼いころの些細な喧嘩も、嬉しさも悲しさも寂しさも何もかもを、私は忘却する。たった今その聖なる光の洗礼によって。

涙も流れない。それは既に私のものではないのだから。穢れなき黄金を濁らせる毒に過ぎないのだから。そのようなもの、裁定者たる『私』には必要ないものだからーー

嗚呼、何てことだろう。

酷いよ。こんなのーー許せない。

 

ーーそれがお前の裁定か?

 

裁定。

そうだ、これが私の思いだ。喉も引き絞って叫ぶーー声にはならない、そうだとしても。これが私の心だ。どれ程美しき黄金の誉れに焼き尽くされようとも、これだけはーーこの想いだけは消せはしない。消させはしない。泥にまみれても汚れることなき華のようにーーその名を決して忘れないように。思い出が記録に変わり、もう遠く白に塗りつぶされてしまったとしても私は。

哀れな潮で(まみ)れる視界のその向こうで、声は満足そうに頷いた。それでこそだと。私に言う。

ーー人を諌めよ。我が愛しき()……

 

私は人を見定めよう。この世界の悪しきも良きも、全てを測り、そしてお前にいつか告げてやるのだ。

私はまだ死んでいない。

私はまだ、生きている。

 

そう、私の名はーー決して消え去りはしない。

私の、ワタシの名前はーー

 

ーーギルガメッシュ(■■)

 

 

 

 

おかしなことを言う子供がいた。

その子は紅い瞳をしていた。いつも蛇のように鋭く、いく先々の物事を見極めんとするように睥睨する子供であった。

その子は美しい声をしていた。この世の全てを赦すように、この世の全てを裁くように、優しく厳かで、まるで己を神であると言うように他者を使役する支配者の顕れであった。

わたしの名前はシャムハト。

そして、何処か歪で、それでいて最初からそうあるべきと産まれてきたかのように麗しい彼女の名はギルガメッシュ。

この広大な国ウルクの次期女王にして、神と人との間を番う、産まれながらに高き視点を有する者。武勇に優れ、智慧に溢れ、才色兼備のその少女は、そしてわたしが予てより教育をしている子でもあった。

本来ならばただ母の役割を代わりに担うだけの任であったはずだというのに、しかしこの娘はわたしにそのような怠慢を許そうとはしなかった。自身の如何を良く知るように、彼女はわたしをまるで恭しき供奉であるかのように扱った。食事の時も、共に森で無聊を慰めている時も、彼女は自身の調子を崩すことはなく、あまつさえわたしにそれを強要する。彼女がわたしに何かを懇願することもなかった。全てが命令。全てが指示で、当然のこと。気付けばわたしも、彼女の手を引くことなく、その後ろを仕えるように歩くようになっていた。

それだけではない。彼女を健康無事に育て、王としての教養を身につけるための教育を施せるようにすることが本来の命令であったというのにーーなんたることか。彼女は誰に強いられることもなく自身で学ぶことを憶えたのだ。好奇心が旺盛な娘であると思ってはいたが、まさか競争に負けて腐り果てた動物の行く末を尋ねてくるなど誰が予想できようか。未だ五つの幼子が、ただ自儘に過ごしていただけのように思われた子供が、生死の有らんことに目を向けて、それを疑問に思うなどということを成せるものか。

視点が違うのだ。

視野もまた尋常ではなかった。

些細で、一見すれば意味なきことであっても、ギルガメッシュはわたしに問いかける。

 

「何故お前はここにいる?」

「……それはどういうことでしょうか?」

 

月を見つめ、肌寒い日、ギルガメッシュは地に堕ちるようにか弱くわたしにそう言った。わたしは今、此処に居る。あなたの側に居るではないか。答えはそれで事足りる。彼女はわたしに言葉遊びを求めている訳ではない。しかし、無意味な回答を求めている訳でも同様にない。

王の問いに、臣下は誠意と崇拝を持ってして答えなければならない。

彼女は、わたしにこう言った。

 

「お前は、自分の産まれた意味を知っているか? 何故このような穢れ多き世界に堕ち、這うように日々を生きるのか。お前は考えたことがあるか?

……シャムハト」

「いいえ、我が姫君。わたしはただ蒙昧にも、我が行く道の足元に罠が無いか、敵は居ないか、恐れ探ることしかできません」

「恐れる? 一体何を?」

「ーー喪失を」

ギルガメッシュはわたしの言葉に肩を小さく竦めて見せた。わたしを愚かだと嘲笑った訳では、ないようであった。これはむしろ、彼女自身を貶める行為であるように思えた。

彼女はわたしに言う、所詮人などその程度であると。

彼女は人を裁定する。

暗闇の中で木々が蠢く。月影は彼女の絹髪を淡く染め上げる。真紅の瞳がこちらを貫く。わたしは困ったように笑うしかなかった。一瞬彼女が涙を流しているのかと思ってしまったから。けれどそれはわたしの勘違いであった。ただ金糸のような髪の毛が一本、ギルガメッシュの頬に張り付いているだけであった。

人と世を裁量するその瞳は、わたしだけでなく、彼女自身をも明瞭に照らし出してしまう。そう、まるで虚構の光に照るあの月のように。

ギルガメッシュはどこか悲しげに呟いた。

 

「人は生きる術を知る。しかし、生きる意味を知る術(・・・・・・)を死するその時さえも知らずに、生涯を終えるーー悲しいことだ」

「………………………」

 

まるでーー

まるで、かつて自分がそうであったかのような言い方をする。ギルガメッシュは手に持っていた赤い果実を徐ろに頬張る。しゃりと音がして、その中からは、外見のみでは及びつかない黄の身が見え隠れする。内と外で、まるで違う有り様を有するそれは、どこか人のよう。

ギルガメッシュは自身が喰んだ果実を手の内で弄びながら、わたしをしとりと見つめて言う。

王の裁定は、まだ終わってなどいないのだから。

 

「だから、私はこの世に産み落とされた。我が眼をもって、我が言葉をもってして、人世に光と、影を落とすために。善と悪に意味を与えるために」

「…………あなたは、己の生きる意味を既に、知っていると?」

「否。これは我が生の意味などではない。その場所は、天上の独善者共に押し付けられた仮初めの依代に過ぎない。私は決して、己の生くる先に意味を見出した訳ではない」

 

それは……それはなんと悲しい話であろうか。常に人の上に立ち、人を率いて、人を滅ぼす。その役目を与えられた彼女に理解者は居らず、そしてこれから先現れることもないだろう。彼女と共にある為には、何より彼女と同じ高さの視点が必要であるのだから。

彼女を諌め、導き、叱り、赦す存在でなければならないのだから。

彼女はこれから孤独の道を歩む。

彼女はこれから、多くに支えられ、多くに敬われ、多くを救い、多くを奪うだろう。けれど、その総てが彼女の本当の姿を知らない。彼ら彼女らにとって、ギルガメッシュは王であり、決して友ではなく、自身たちの理解者ではないのだ。無二の王であっても、無二の人ではないのだから。ただ優秀であれば、ギルガメッシュが王でなくとも気にはするまい。その程度の存在。結局、彼ら彼女らが見るのは王の姿であって、ギルガメッシュの姿ではないのだから。

 

「お前はそれを孤独というだろう。孤高たる我が道を、悲しきものであると嘆くだろう。愚かな女よ」

 

愚かな女。

彼女を数年見守り続けたわたしをして、彼女にとっては母でも友でもなくーーただ愚かな存在でしかないのだ。

それに何を思うことはない。事実わたしの彼女を慮る心は、なにより彼女にとって煩わしいものであろう。孤独で良いのだ。孤高であればいい。彼女は決して飢えていない、憂いていない。認めている。自身の有り様を、裁定者たる彼女が赦していた。

だから、もうわたしに言えることは何もない。

けれど、もしも彼女の心に、何か途方もない悍ましき闇があるのであれば、わたしはそれを嘆かずにはいられない。産まれながらに定められた道を歩く彼女に、わたしが言えることは何もなくとも。出来ることが、ただの一つもないのだとしても。

わたしはギルガメッシュから眼を逸らしたりはしなかった。

贖罪のつもりはない。

ただかくあるべきと叫ぶ、我が心に従うのみ。

ギルガメッシュは、わたしのそんな心情を総て理解した上で、わたしにまた、何度も言って聞かせてきたその言葉を仰せなさる、

溜め息混じりの呼吸が、渦巻きながら星々へと消えていく。

月の光に染められながら、彼女はわたしにこう言ったのであった。

 

「いい加減目を覚ませよ聖娼婦。明日の日は、もう直ぐに上ってくるのだから」

 

ーーなんて、

 

 

 

 

非道い夢を見ていたような気がする。

それはどこか痛みましくて、失意と後悔に塗れた望郷の気持ちのように思えた。

重たい身体に力を入れて、ぐいと起き上がる。寝ぼけ眼を擦って、ぼやける視界を回復する。そこはもう随分と以前からそこで過ごしていたかのように見慣れた自分の部屋であった。

簡素で、なんとなく病室めいた白塗りの壁が目に痛い。うんと大きく伸びをすると、ベッドが慎ましげに抗議してくる。

俺は肩を揉みながら立ち上がり、壁と同じように白色に染められた床に足をつける。しっかりと足場を確認してから、勢いに任せて起き上がった。

そうでもしなければ、またあの悲しい夢の中に誘われてしまいそうだったから。妄執と情景を振り切ってしまわなければ、もう立ち上がることすら出来なくなってしまいそうだったから。

……でも、俺はいったい、どんな夢を見ていたのだろうか。

思い出せない。

夢なんて大体がそんなもので なのだろうけれど、なんでだろうか。

あの見ず知らずの誰かの想いを、俺は忘れてはいけないものであるように思っていた。温かい籠の中で揺られていれば、誰一人として傷つけることはないはずなのに、俺はその他者の傷を共に背負うことになんら躊躇いを感じたりはしなかったのだ。

不思議な心地に、部屋の真ん中でぼうとしていると、ふと扉が開く気配がした。

 

「えっと……先輩?」

「…………マシュ」

 

まだ夢見心地な俺に、マシュは困惑したように問いかけた。その声にはこちらを心配する優しさが含まれている。

こんなに素敵な後輩を何時までも困らせるわけには、いかないよね……

 

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫さ。少し寝ぼけてたみたいだ」

「なら、良いのですが……」

 

心配そうな表情はそのままに、マシュは一応の納得を示してくれる。あつも俺を気遣ってくれる彼女には、感謝してもし尽くせない恩を感じていた。

「それよりも、どうかしたの?」

「あ、はい。ドクターが、先輩を呼んでいるので、私が貴方の元に参上した次第です」

「ロマンが? ということはーー」

「はい先輩……」

 

マシュはやっぱり、申し訳なさそうな表情で、俺にか細くこう言ったのであった。

 

「新たな特異点が発見されました」

 

 

 

「レイシフトの準備はできている。君たちには今直ぐに特異点へ向かってほしい」

 

Dr.ロマンの居場所まで向かうと、 開口一番に彼はそう言った。焦りが透けて見えるその彼らしくない態度に、俺は首を傾げる。ダ・ヴィンチちゃんもその隣で難しそうな顔をしていた。不思議になって、俺は彼に尋ねる。

 

「どうかしたの? なんだか慌ててるみたいだけど」

「慌ててる? そうさ慌ててるんだよ、僕らは」

 

俺はマシュと顔を見合わせる。

 

「何かあったの?」

「………………そうだね。まずはそこから説明しようか」

 

ロマンはふうと息を吐いてから、自信を落ち着けるようにする。けれど話し始めた彼は、やはり焦っていて早口になっていた。

 

「次の特異点は今までとは少し事情が異なるんだ」

 

頷く。

変に口を挟むのは止めておいた方が良い気がしていた。

 

「何せ、特異点が一体何処にあるのか、僕らには全くわからないんだからね」

「場所がわからない?」

「そうさ。時代は分かる、恐らくは古代メソポタミアとか、中国の殷とかそういう、遥か昔の、まだ神がこの世に生きていた頃さ。だからなのか、特異点がどの辺りに発生しているのかわからないんだよ」

 

俺はロマンの説明を聞いて、疑問を抱いていた。だからそう尋ねる。

 

「じゃあ、どうやって特異点を見つけたの?」

「それは……いや、すまない。僕の言い方が悪かったみたいだね」

「……?」

「どういうことですか、ドクター?」

 

ロマンは苛立たしげに頭を掻いてから言う。

 

「特異点は世界全て(・・・・)。僕らに分からないのは、その遥か昔の地球のいったい何処に特異点発生の原因である『聖杯』があるのか、ということだ」

「世界全て……!?」

「そんな……」

「分かるかい? これは異常事態なんだ。特異点が今までのように限定的であればどうとでもできたけれど、こんなに広い範囲で『聖杯』を探すためには、 何度もなんどもレイシフトをして、ひとつひとつ可能性を探って行かなければいけなくなる。だから君たちには今直ぐにでもレイシフトしてそちらに向かってほしいんだよ」

「……わかった」

「……先輩」

 

レイシフトの始動準備が完了したというアナウンスが聞こえた。俺とマシュは急いでレイシフトの範囲サークルの中に滑り込む。

振り返ると、ダ・ヴィンチちゃんがいつに無く真面目な顔をして、俺に

話しかけてきた。

 

「マスターちゃん。今回は、はっきり言って生半可な戦いにはならないよ。何せ世界中が敵になるかもしれないんだから、もしかしたら君たちはたった二人で世界と戦わなければいけないのかもしれないんだ」

「ダ・ヴィンチちゃん……」

「……だから」

 

神妙な表情のダ・ヴィンチちゃんと目を合わせる。彼女は、覚悟を決めたようにして頷いた。

レイシフトの光が最高潮に達する寸前、ダ・ヴィンチちゃんがばっとスカートを翻しながらーー

 

「だからーー今回は僕も行くことにするよ、マスターちゃん」

「………………えーー」

 

ロマンの驚き慌てた顔を目の端に映したのを最後に、俺たちはレイシフトの光に包まれていったーー

 

 

 

目を覚ました 。

怖気が走るような暗がりが目先の総てを覆うような感覚に身を微かに震わせる。心身を縛り付ける理解しがたい鬱悶に強く魂を揺さぶられるような感覚がしていた。星々を一層輝かしく映し出す暗黒の空を、ぼうっとした頭で無為に眺める。風が鼻先を掠めてくすぐったい。土の感触が、なんだか遠くにあるものみたいに感じられる。あまりに壮大な光景に、けれど私の身は重たく鈍い。吐き気すら催すような気配に頭を抱える私に、その声は雲居の遥か上方から聴こえる声が如くに思えた。

 

「目を覚ましたか……雑種」

「ーーーーあ」

 

そこにいたのは黄金であった。

腰あたりで風と踊る髪の毛は美しい金、身に纏う鎧も輝かしい金。端正な顔立ちは、名のある人形師が造形したようで。だからか、そのせいで彼女の鋭い捕食者のような紅の瞳が嫌に輝いて見えて身体が凍りついたように硬直してしまうーーのも一瞬のこと。

身体を跳ね上げて、圧倒的な王気を纏う女から距離をとる。二度三度地を転がり、互いに直ぐには攻勢に出られまい程度の空白を作り出す。

腰についたナイフを抜き取り構えて、戦闘態勢に入る。慎重に慎重に、一つ一つの動作が、相手を刺激しないようにしながら。

……だというのに。

明らかなまでの敵対行動。その意思を感じ取っても、目の前の『王』は揺るがなかった。不敬に怒りを抱くことも、突然向けられた武具に焦りを感じることもなく。むしろ、そんな風に一人児戯に耽るような私を冷めた目で眺めているように思える。よく分からない。なんなのだ、この女はーー

 

「身の程を知らぬ生娘に、用はない。お前は、その易い刃を私に向けて、いったい何をしようというのだ?」

「…………っ」

木々のざわめきに、やっと私は自身の窮しているこの状況そのものが異常であることに気が付いた。

私は『座』で眠っていたはずだ。

なのに、どうしてこのような森の中で気を失っていた?

この女はいったい、何を知っているのだろうか……

 

「山の翁の系譜か。ハサン・サッバーハ。私が知るのは百の貌の暗殺者であるが……お前はいったいどうなのだろうなあ?」

「!?」

 

何故それを?

いや百歩譲って我々ハサンの存在を知っていたとしても、それが直ぐに私の正体に気付く理由にはなり得ないはずなのに。

人の本性。性さえも一目にして見抜く目を持つというのか? この『王』は。

徐ろに一歩目を踏み出した『王』の砂を踏みにじる音を聞いて、はっとする。思わずそれに伴い一歩、後退りしてしまう。情けない話ではあるが、この身は暗殺者。その本領は闇討ちや隠密行動にこそ発揮されるもの。正面から戦闘をする為の技能など、生来の戦士に劣るのは当然のことである。

ーーだが。

人を定むるこの『王』とはいえ、我が身の『毒』を察することはできるものか? 生唾を飲む。

状況も正確に理解できない今、早く現状を脱することが最重要事項であると判断する。情報収集など、後々に幾らでも出来るだろう。特別この『王』と関わり合う必要はない。だからーわ

二歩目を踏み出す『王』に、わたしは瞬間ーー駆け出した。

 

「ッ!」

「…………」

 

この身は英霊。常人には目にも止まるまい速さそれを、やはり『王』は愚かしいものであるかのように俯瞰していた。その遥か高みの視点に身体が竦みそうになりながらも、走り抜けるーー何処から取り出したのか、『王』の左手には美しい白銀の刀が握られていた。尋常ならざる気配。間違いなく宝具ーー!

目前まで迫って、その麗しさ相応に細い頸へナイフを振るうーーだが当然それを遮るように振るわれた剣が、高い音を立ててナイフを弾き飛ばす。

ーーそれでいい。

上方に振るわれたままのその剣では、私の第二撃を避けられはしないーー防御に出られても、それで構わない。

ただ一度。

ただ一度私の身体にさえ触れてしまえば、私の勝ちなのだからーー!

 

「フッ!!」

「…………」

 

身につけた仮面を投げつけるーー『王』は胡乱げな表情でそれを斬り払いそしてーー私は彼女の唇に、自身のそれを重ねる。

ただ手で触れるだけでもよかった。けれど、念を押しておくことが無駄になることは、まあないだろう。私の体液を摂取してしまえば、幻想の隠者さえも滅せるーー私はそのようにして、誰にも触れることなく生きてきたのだから……

だからーーだから。

我が『毒』に斃れたはずの『王』が、私の身体をつかみ地面に叩き落としたことに、意識が大分に遅れてーー気が付いた。

「ーー、がっ、はぁ…………ッ?」

 

なんだ?

何が起こった?

背を無防備に強く打ち付けられて、悶絶しながら『王』を見上げる。冷めた目は変わらず、しかしただ私だけを見つめる彼女の姿は余りに美しくてーー

何か大きな、そう、『運命』が動き出した気配を、私は朦朧とする意識で感じていた。

私が長きに亘り求めてきた存在である『王』は、私を見下ろしながら言う。

 

「この程度の毒で、我が身を滅せると考えたのか? 私を殺すというならば、せめてこれの万倍もってこい。愚か者めが」

「ーーーーっはあ!」

「……だが、確かに私以外には有用な力ではある。これに耐えられる者など、私を除けば『アイツ』か、神か魔王くらいのものだろうよ」

「ーーーーあなっ、たは……?」

 

白銀の剣をーー宝具であるはずの剣を無造作に投げ捨てて、暗殺者などに膝を折り、私の頬を優しく撫でた『我が王』は、愛おしげに、やはり鬱陶しそうに、背反した表情を織り交ぜにしながら私にこう言った。

 

「我が名は『ギルガメッシュ』。これから、私の箱庭を穢す愚か者どもに誅を下す。ついてこい下僕。私がお前をーー導いてやろう」

 

気付けば流れ出ていた涙は、そんな彼女の手を汚していた。それを気にすることなく『我が王』は、私の身体を横抱きにして歩き出す。

初めて触れる人の温もりに包まれて、私は静かに、意識を再び暗がりへと落としていった。

 

我が王の鼻を鳴らす音が、微かに耳に聞こえたような気がしていた……

 

 

 

 

「先輩ッ!」

「これはちょっとマズイっぽいよマスターちゃん!」

 

二人の悲痛そうな声を聴きながらら俺は必死に思考を巡らせていた。

マシュとダ・ヴィンチちゃんを連れてレイシフトした俺たちを迎えたのは、なんとも広大な大地ーーそれと、数百に上ろうかという『泥人形』の軍団であった。

本当に、ダ・ヴィンチちゃんが居てくれて良かったと心から思う。きっとマシュと俺の二人だけだったら、今頃死んでしまっていただろうから。

突然地面から生えるように現れた人形は、なんとなく女性的な姿をしているような気がした。泥で作られているからかぐちゃぐちゃな髪の毛がとても長いからである。一体一体の強さは、たぶんシャドウサーヴァントに遥かに劣る。けれど、その一撃だけでも、最悪即死してしまうほどの力があることは確かであった。

 

「くぅっ……」

「これッ、いつまで出てくんのさ! 幾ら何でも無理ゲーだよ!」

 

先からロマンとも通信が繋がらない。ダ・ヴィンチちゃんは、神秘の色が余りにも強すぎるせいだと言っていたけれど、理由よりも、ロマンの知恵を借りれないことの方が遥かに大問題であった。

マズイーー

本当にマズイ。

一つ殺せば二つ出てくる。

いくら倒してもキリがない。

全然減った気さえしない。

こんなのーー

 

「あぐぅぅッ!?」

「ーーッ、マシュッ!」

 

そしてついに均衡が崩れてしまう。俺のような足手纏いも助長して、マシュが土人形に強く殴り飛ばされるーーそこに数多の泥人形が殺到する。十、二十三十ーー

ダメだ。

ダメだ、マシュ。

ーー助けないと。

 

「ーーちょッ、マスターちゃんッ!?」

 

ダ・ヴィンチちゃんの声が遠くに聞こえる。すべてを振り払うようにして足に力を入れる。腕を振り回す。

駆け出す。

身体に強化の魔術を掛けて、加速する視界の中、ただマシュだけをーー

 

「せんっ、パイっ、?」

「マシュっ!!」

 

鮮明になった視界の中、人形の一つがマシュに大きく腕を振りかぶってみせるーー

ああ、マシュ、マシューー!

 

「ダメで、すッ……先輩っ!」

「マシュっ……」

 

ーーあ。

 

だめっ、だ。

 

間に合わーー

 

 

 

ーーなんてことを言うギルガメッシュの頭を、こつりと小突いた。

不意を打たれたように、驚きに目を丸くし、果実を取りこぼす。その後自分の頭に両手を当てて、何をされたか明確に理解してから上目遣いでこちらを睨みつける。

しかし、長年彼女の癇癪まがいの言葉を聞き、受け止めてきたわたしとしては、その程度のことでは全く揺らぐことはないのである。

 

「貴様っ……なんのつもりだ不敬だぞッ! 王たるわたしの頭を()つなんてッ……身の程を知れ淫売がっ!」

「不敬も何も。わたしは貴方を育てるためにここにいる(・・・・・・・・・・・)のですよ? 口の悪い子供にはしっかりとした言葉遣いを教えてあげなければいけません」

 

わたしの言葉を聞いて、ギルガメッシュはもう訳が分からないと口を開閉する。何かを言いたいけれど、何を言えばいいのか分からない。まるでそう言っているようであった。

しばらく可笑しな表情を繰り返して、両手を膝の上に下ろしたギルガメッシュはどこか気恥ずかしそうにわたしから目を逸らした。頬を仄かに赤く染めて、なんだか所在なさげに首を振っていた。窓の外から、また先までのように月を見つめーーわたしにぽつりと言う。

 

「今日は、月が綺麗だな……シャムハト」

「……ええ、我が姫君。とてもお綺麗ですね」

 

わたしはギルガメッシュの横顔を見つめながら言う。そうやって暫くの時間二人揃って同じようにしていた。

 

ギルガメッシュが喉が渇いたと、また我が儘を言い出すまで、結局何も話すことは、なかったけれど……

 

 

 

 

「聞こえるかい? ギル」

 

「風の音が聞こえるんだ。世界すべてを巡り、またこうして僕たちの背を押す健気な風の声がね」

 

「君とまた遊べるのは、とても嬉しいことだ」

 

「君もそうだろう? だって、君のことは僕が一番分かっているんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「楽しみだね? 楽しみだよ」

 

 

 

「早くここまで来てね、ギル」

 

ーーここに来てはダメだ、ギルっ。

 

 




ちなみにフォウくんが居ないのには原因があります

早くギルガメッシュとエルキドゥの世界を巻き込んだ大乱闘を書きたい(錯乱)

感想待ってます


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再会、それと戯れ

遅くなってすまない
遅くなったくせに、短編などを書いたりしてすまない

とりあえずすまないさんを真似すれば、怒られないで済むとか思ってしまって……本当にすまない(しつこい)

エルキドゥとの再会の話もあります(時系列的には一話時点で既にしてるんですけどね)

姫ギルとエルキドゥの百合百合しい絡みは、途中途中に挟む過去話が主なので、もう暫く待っていてください



とても、とても長い時が経ったように思えた。ギルガメッシュは強く、美しく育ち、わたしの元を去っていった、ただ、わたしの忠義を讃えるだけをして。

彼女の誉れはこの遠い森の深奥にまで聞こえ轟いていた。

貧窮に苦しむ民を一年足らずで救ったーー彼女の指示の元に動けば、耕作は富み、魚は多く取れるようになったーーという。

敵国の軍勢を、一夜にして滅ぼしたーーそして国さえも奪い、従えていったーーという。

ギルガメッシュは確かに王となった。国に尽くし、それ以上に民に尽くされる。そこにあるのは、まさに賢王の姿のみ。

また一人になった時に寂しさを感じなかったと言えば、もちろんそんなはずはなかった。そう答えるしかない。森を散策しようとも、わたしに問いを投げかける彼女はもう居ない。食事を用意したとしても、それを評し、辛辣に口すぼめる彼女はもう居ない。一度他者の温もりを知れば、もうその心地よさを忘れることなんてできない。日差しに身を浸せば太陽を待ち望み、水に体を注げばまだかまだかと雨を待つ。愛おしい子供を望んでしまえば、わたしは何でこの渇きを慰めればいいというのか。

しかし、どこか欠落してしまったような日々に、光明が差したのは、彼女がわたしのところに訪れた日と同様に突然の事。

ーーそれは、泥であった。

 

必死に形を留めようとする泥の人形。幾度となく壊れ、直し、倒れ、起き上がる。まるで手負いのまま逃げる獣のようなその人形を見た時、わたしはまた運命の流転を実感する。

ゆっくりと近づけば『獣』は、わたしの姿にとても驚いたように見えた。まさかこのようなところに人がいるとは思わなかった、と言うように。

本来眼球の収まっているはずの眼孔は穴があり、内に見える眼底さえも綻んでは結実する。口と思しき場所もまた同様に、穴が一つ、下手な小細工のような見える。

必死に『人の形』を取ろうとする『獣』に、わたしは深い慈悲の念を感じていた。

そうか、貴方もまた生きているのか。

 

自身の本来の『カタチ』を失い、なすがままに、有りの侭に生きることを強いられる、彼女のように。

立つことさえも出来まいその足に必死に力を入れても、出来ない。ぐちゃりと泥が落ちて、またゆっくりと重なり合う。

『獣』は、目前に膝をついたわたしにとても驚いているようであった。

その頬に手を添えて、首をこちらに向ける。溢れてしまわぬようにゆっくりと……

 

「わたしを見て」

「ゥォ、ゥヴォォう……」

 

本当に『獣』のように泣くのだな(・・・・・)。どこか悲しげな声に、わたしは『獣』を導くように、罪を知らぬ幼子をあやすように、ゆっくりと問いかける。

 

「わたしの顔は見える?」

「…………ゥォヴ」

「そう。それじゃあ、わたしの顔を真似しなさい。焦ってはいけない。ゆっくりでいいの、わたしはここに居るから」

「……………………」

 

『獣』はわたしの声に、戸惑い、けれど確かに頷いてみせた。

それからゆっくりと(かたち)を整えていく『獣』を眺めーーしばらくして眠りについたのを見て、わたしは『彼女』を抱き抱えて森の奥へと歩を進めて行った。

 

 

 

彼女は、名をエルキドゥと言った。

人の様を取れども、それは泥の人形。神の傀儡であり、彼女はギルガメッシュを留めるため、天より降り立った縛鎖の役割を担うもの。エルキドゥは、わたしに何度もギルガメッシュのことを尋ねてきた。

 

「その子はいったいどんな子なんだい? 貴女の話を聞いても、ただの強がりな子供としか思えないんだけど……」

 

強がりな子供。

わたしが知恵と知識を与えたエルキドゥは、みるみるうちに獣の体を失い、人のように振舞い始めた。そうやって時間を経て、自分という存在を確立し始めた頃から、彼女の姿はまたさらに変貌を遂げていた。初めは私にそっくりであった容姿は、私に比べて幾分スリムにーーそう、まるで凛々しくも美しい男性のように、中性的に変化していった。けれど自我を確立したとしても、その役目を放棄するつもりはないらしい。エルキドゥは、わたしの話からギルガメッシュのことを、ただの強がりだと言う。

釈然としない思いと同時に、成る程そうとも見えるのかと思いもした。強がりな幼子、彼女を表す言葉として最上のものであるのではないかと驚いてしまったくらいだ。

ギルガメッシュは、彼女自身が自覚し、認めているようにーー強い。恐らく、この世の悉くを超越することそれが……可能なほどに。けれど、それ以上に彼女は何かに怯えているようにも見えた。終ぞその真相を確かめることは出来なかったが、確かにわたしにはそう思えたのだ。その怯えが、彼女に強さを追い求めるように駆り立て、責め立てているのではないのかーー或いはそうなのだろう。

 

「そうね、彼女は強かった。そして賢明であった。だからこそ、彼女は不必要にーー有りもしないことにさえ怯えてしまっていたのかもしれない……」

「有りもしないこと?」

「ーー裏切り」

 

エルキドゥは小さく目を見開いた。彼女のことを強がりと称せども、その実力の丈は認めていた。だからこそ、孤高たる姿のみを伝聞されたエルキドゥには、そんなギルガメッシュの姿を想像し難かったのかもしれない。

けれどわたしには分かる。

ギルガメッシュは、わたしを他人として扱おうと躍起になっていた。わたしは彼の供奉であり、従順で使い勝手の良い存在ーーもはやわたしの本来の役割であるはずの、彼女の保護者として認めてさえいなかっただろう。ギルガメッシュの意図の深奥を測ることは、わたしには出来ない。それをするには、わたしの立つ場所が余りにも彼女からかけ離れすぎている。

けれどもーー

 

「エルキドゥ」

「……なんだい?」

「あなたは、天の鎖。ギルガメッシュを抑えるために降り立った存在であることは重々に承知しています、ですがーー」

 

エルキドゥの瞳を見つめる。碧色に照る光の、奥底を覗き込もうとする。それが出来ぬことであると分かっていても、そうせずにはいられない。

きっと、彼女はギルガメッシュと同じーー孤高の存在。遥か高みに位置し、すべてを見下ろし、俯瞰して、人々を裁定する者。その端くれ。そしてだからこそ、彼女ならば、ギルガメッシュの孤独を理解してあげられる。そうで、あるはずなのだ。

 

「あなたはギルガメッシュの縛鎖になることは出来ないでしょう」

「…………………………」

「あなたはきっと、ギルガメッシュの上にも下にも位置しないーーきっと、きっと彼女と共に歩くことのできる唯一の朋友となることができるでしょう」

「……僕に、役目を放棄しろと?」

「いいえーー」

 

首を振り、息を吐く。

「ーー違います。あなたは、彼女と共に在り、彼女を宥め、諌めてーー人の世に縛り付けるため(・・・・・・・・・・・・)の鎖となりなさい。そうしなければ、恐らくは、遅かれ早かれあなたは役目を全うすることが出来なくなるでしょうから……」

「…………君は、僕に何を求めている?」

 

やはり、見抜かれる。

その瞳はーーその昏い輝きは、ギルガメッシュのそれととても良く似ている。孤高たる者の気持ちを、群れなす者どもに理解しろという方が可笑しいのだ。無理難題を押し付けるのは、過ちであろう。

わたしが、ギルガメッシュのために、エルキドゥを利用しようとしていることをーーエルキドゥ自身が既に見抜いているのだ。

 

「これは……もちろんあなたの為でもあります、我が娘よ」

「僕の為で()……ね」

「はい。けれど、そうすれば、あなたの労力のほぼ全てはギルガメッシュに注がれ、彼女に尽くすことと相成るでしょう。けれど、わたしはその役目をあなたに務めてほしい」

「それは、どうして?」

 

どうして、などと尋ねられたとしてもーー答えなど最初から決まり切ったことであった。

黄金を纏う紅の瞳の、その奥で淀む穢らわしき毒ーー彼女自身の傷みを、彼女自身で認め、或いは諦めて、彼女がいつか、それを乗り越えていけるように。

「ーーそれは……」

 

わたしはあなたを利用しよう。神の傀儡よ。

「わたしが、彼女のことをーー」

 

 

 

 

間に合わないタイミングであったはずだったーーしかし、そうはならなかった。

マシュを切り刻まもうと飛び掛った泥の人形たちがーー総て一瞬にして瓦解したのだ。

 

「ーーえ」

「お怪我はありませんか」

 

惚けた俺たちに、美しい声が掛けられた。最初に忘失の最中を脱却したのは、ダ・ヴィンチちゃんであった。俺たちの方に駆けてきた彼女は、俺たちの前に立って杖を構える。それからマシュがハッと大盾を構えて、声の主を見るーー

「大丈夫。わたしは敵ではありませんよ」

 

なんと美しい女性であろうか。俺はせっかく脱却した忘我の中へ、再び舞い戻りそうになってしまう。

黒い髪の毛は質のように艶やか。同じように黒い瞳は、まるでこの世全てを飲み込む麗しき夜が如し。その雰囲気に、俺たちは一瞬で圧し抑えられてしまう。

落ち着いた様子の俺たちに薄く微笑んだ女性は、透き通る水のような声を震わせて、俺たちに言った。

 

「初めましてーーわたしの名前はシャムハト。恐らく、あなた達の味方として、この地に喚ばれた者でしょう」

 

 

 

「つまり、その女神イシュタルが特異点の原因であると、君はそういうのかい?」

「ええ。彼の者の気配を、わたしは確かに感じています。わたしと神イシュタルは、とても深く繋がっている、それ故に」

 

荒地を抜けて、暫く歩いた先に存在した森の中のーーさらにその奥にぽつりと在った湖のほとりに、俺たちは座り込んで話していた。木々が騒めいて、風が轟く。そんな森の中は、あらゆる異端を排斥するように、俺たちに慟哭しているようであった。

シャムハトは、俺たちに微笑みながら話を続ける。

 

「あの人形らも、恐らくは神イシュタルの産み出した贋作でしょう。基を辿れば、余りにも杜撰に過ぎる出来ですから」

「そうーーそう、人形と言えばだよ。君はどうやってあれ程の人形を倒したんだい? 出来れば教えてくれると助かるかな」

 

言わないと信じないぞ、というダ・ヴィンチちゃんの心の声が、俺にも聞こえてきた気がした。そんな、ある種辛辣な彼女の言葉を、シャムハトは気にすることなく答える。

 

「わたしのスキルです。『異端調教』のスキルーー効果は、意思なき者に意思と智慧を与えるもの」

「それは…………」

「あの人形らは、意思なき者として産み出された存在です。それは神の意思によって固定された、無二の概念。故に、そこへ人に比類する意識を植え付けられればーー」

「自己矛盾を起こして、崩れさる?」

 

シャムハトはその通りと鷹揚に頷いてみせた。

ダ・ヴィンチちゃんは、うんうん悩むように首を捻っていた。何処か思うところがあるらしい。

俺は隣の、ずっと黙りきっているマシュをちらりと見てから、シャムハトに問いかける。

 

「その女神さまが何処にいるか、あなたは知っていますか?」

「ええ、存じ上げていますーーですが……」

「……?」

 

シャムハトは笑みを一瞬潜めて、顔に陰を落とした。しかし、それは本当に瞬きの間のことーーシャムハトはまた薄く微笑みながら、続ける。

 

「ですが、今そこに行くのは余り得策ではないかと」

「それは、どうして?」

「神イシュタルのそばには、常にーー」

 

言葉が、途絶えた。

それは、決してシャムハト自身が意図したことではなくーー後方。そちらから獣達が逃げるように森を駆け抜けて、俺たちを気にすることもなく去っていたからであった。何事か、シャムハトを見ると、彼女は驚いたようにーー或いは何かを恐れるように森の向こうを見据えていた。

 

「シャムハト?」

「ーー早過ぎる。まさか、居場所を?

しかし、どうやって……」

「ねえ? どうしたーー」

 

呆然としたような彼女に、もう一度問いかけようとするとーーその必要はないとばかりに、森が大きく震えた。

大地が揺れる。まるで大地震が起こったかのようーーだけど、それは違うとわかる。これはむしろーーまるで、大きな何かが、何度も大地に振り下ろされるような、そんな感じ。

ずん、ずんと、地は幾度となく揺らされた。

シャムハトは、未だ森の闇の何処かしら一点を見つめて、ぽつりと言った。

 

「ーー森の番人フンババ」

「シャムハト?」

「構えてください。でなければ……」

 

シャムハトは、焦ったように、だというのに落ち着いた口調で、俺たちに目を向けた。

彼女は、こう言った。

 

「でなければ、ここで英雄譚はお終いですよーー」

 

影を引き連れて現れたのは、とても巨大な獅子の化け物であった。

マシュが盾を構え、ダ・ヴィンチちゃんが杖を向ける。

勝てないーー

そんな思いを、決して表にださないようにしながらーー

 

 

 

 

声が聞こえた。

淫鬱で、しとりと忌まわしき穢れに塗れたようなーーそれでいて屈託のない声が。

『座』にて安寧の眠りについていた私を叩き起こした下手人に、苛立ちと興味を綯交ぜにしながら目を開く。

ギルガメッシューー

 

何処かで聞いたことのある声ーーいや、私はこの声を確かに知っていた。

目を覚ましなさい、ギルガメッシューー

 

そこは、白亜の宮殿であった。照りつける白色の極光が眼を打つようにさえ思えるほど。身体をゆっくりと起き上がらせると、其処にいたのはーーやはり彼奴であった。

 

「ーーイシュタル」

「嗚呼、ギルガメッシュ。また貴女がワタシの名前を呼んでくれるだなんて、なんて素敵なことなのかしら!」

 

その女は、宮殿の壁に溶け込むような白であった。染み一つない柔肌も髪の毛も、白に近い透き通ったそれ。琥珀色の瞳は妖しく光を漂わせ、身につけた服も、純白の衣。私より高いその視点にある玉座に座り込み、足をばたつかせている。

忌まわしい貌は、いったい何者が創造したのかというほどに美しいーー頰は僅かに紅く染まり、身体を抑え込めぬ激情に震わせていた。腰をくねらせ、腕を組みーー巨峰のような胸を押し上げる。豊満な肢体は、此方を誘惑するように、滴る蜜の香りを匂わせていた。

イシュタルは私の名を呼ぶ。

何度もなんども、確かめるように、焼き付けるように。繰り返し、繰り返しーー

ギルガメッシュ、と。

 

「何のつもりだ?」

「何のつもりだなんてーー決まっているでしょう? ワタシの愛しいギルガメッシュ。貴女をワタシのモノにする為に決まっているわ」

「ーーほう?」

 

淀みなく、疑いもなく。イシュタルは、私が彼女に愛情をもってした返事をすることを、確信していたーー愚かなことである。

 

「私が貴様のものになるとでも?」

「うふふ、良いのよ。貴女が何を言おうとも、何を成そうともーー絶対にワタシのモノになる。当然のことなのだから」

「なにをーー」

 

イシュタルは鬱屈なく、麗しく笑ってーーその細腕を前に差し出した。

其処にあったのは、間違いなく『黄金の杯』。そう、かつての聖杯戦争で、私が目にした奇跡の願望機。

ーー聖杯。

「ーー何故貴様がそれを持っている」

「何故だと思う?」

「…………………………」

 

いや、そもそも。

この場の違和感に、私は今にして気付いたーー魔力が余りに潤沢に過ぎる。かつて現界した時代ではあり得ぬ密度である。そう、それはまるでーー

さらに言えばーー

まずイシュタルが、神の一翼であるこの女が、人世に姿を現せていることも可笑しな話であった。

 

「ワタシと共に来るというならば、これを貴女に与えましょう。これは報酬でもありーーそしてワタシたちの婚姻の証となる」

「…………………………」

 

聖杯。

かの戦争では、数多の時代の英傑が集った。ブリテンの騎士王も、湖の騎士も、輝く貌の槍使いもーーどいつもこいつも、全員揃って愚か者であったけれど……丁度、かつての私と同じように。後悔と失意に塗れた、哀れな幼子のような慟哭と願望を見に宿して今世に顕れ、自分勝手に争いを始める。私も彼らも、同じ穴の狢であった。

成る程、確かにそれは私がかつて望んだ宝物。その美麗も、その神秘も私の宝物庫に加えるにやぶさかでは無い出来であろうーーだが。

 

「ーーあり得ない。私がお前の元に下る? 冗談は休み休み言えよ、愚神が」

「あら? これじゃあ物足りないかしら……だったらそうーー他に何か欲しいものはない?」

 

私の拒絶をもってしても、この女は私のことを諦めるつもりはないようであった。聖杯それのみでは、私が揺らがないと、そう考えたらしい。

何という愚かさであろうか。

神の傲慢さも、今となってはいっそ清々しいほどであった。ここまで自己を見据えることのできない愚かな存在など、人の世をいくら探しても存在するまい、そう思えるほど。

イシュタルは、ゆっくりと玉座から立ち上がりーー階段を下りながら、私の方へと歩み寄ってくる。

欲しいものーーなど。

「私の欲する宝物は既に総て私の物だろう。新たな宝をこのギルガメッシュが望んだとするならば、貴様は対価などを求めずに、ただ私に貢げば良いのだーー頭が高いぞ、イシュタル」

「ふふふ、良いわ。素敵な女王様。けれどこれだけは譲れないのよーー貴女は私のものにするの……これは既に決められたこと」

「私に指図をすると? 阿呆めが、万象は私を食いつぶし、故に私にはそれら総てを喰らい尽くす権利がある。貴様に、私の勅命を諌める術などありはしない」

 

裸足のまま、貼りつくような音を立てながらイシュタルが近づいてくる。立ち上がった私に比べて、少しだけ視点が低いーーそう、それで良い。私と共に、この高みを見るものは、ただこの世に一人であればーー

 

「そう? ならーー彼女だったら(・・・・・・)どうかしら」

「ーーーー」

 

ーー懐かしい雰囲気であった。

その振る舞いは極自然で、最初からその場にいたかのよう。身体全体を覆い尽くす外套に包まれて、萌黄色の髪が踊るように震える。碧色の瞳は此方を優しげに見つめてーーアレはいったい何者だ?

 

「ーーなんだ、貴様は」

「久しぶりだね、ギル。随分長い時が過ぎたみたいだ」

 

我が唯一の朋友ーーエルキドゥの姿を模した何者かは、まるで私と知古の関係であるかのように、私に微笑みかけた。

ーーあり得ない。

あれが、あのような泥人形が、私の友であると、そう言うのか……貴様らはーー

 

「ーー染められたか」

「僕はぼくだよ、ギルガメッシュ」

「愚か者め。どいつもこいつも、たかが神の自儘如きにーー」

「ーーギル」

「…………その名で私を呼ぶか? 蒙昧」

 

あの娼婦と似た雰囲気をした、エルキドゥは、嬉しそうに微笑みながら、此方に向かってくる。イシュタルは気付けば遠くに移動しており、高みより此方を見下ろしていたーー

私はーー

 

「…………ギル?」

「近づくなよ、人形。今日の私は、いつも以上に機嫌が悪い」

「…………いつも機嫌が悪いのは否定しないんだね」

 

私の後方に展開された、黄金の波紋ーー優に百数十。エルキドゥはそれを眺めても、落ち着いた雰囲気をそのままに私に語りかける。

 

「僕を人形と呼んだーーなのに、此処でそれを使うのかい?」

「莫迦が。貴様のことなど知ったことかーーだが、私は彼奴の強さを知ってる。生半な業では及びつかぬ、この私と同等にして無二の友の強さを」

 

身体が光に包まれるーー神秘を存分に纏った、やんごとなき白銀の糸で編み込まれた装束を身につける。

手には我が宝物ーー乖離剣。

私はエルキドゥを睨みつける。

 

「ーー私は此処にいるぞ、エル」

「……分かっているさ、ギルガメッシュ」

 

ーー砲門が、弾けた。

 

 

 

 

なんと幸せなのだろう。

目前の光景に、怪しい笑みが出るのを堪えるのに全力を注いでーー必死になってしまう。

私、メディアがこの地に降り立つと同時のこと。あの娘は私の前に存在していた。

ーーやはりと言うか、なんと美麗なことか。

絹のように靡く金色の髪も、その肢体ひとつひとつにしてもーー何より目を引くのは、その紅の瞳。獲物を前にした蛇のように私を睨みつけ、裁量する支配者の器。常にその様相であったが、あの冬木の街で出会った時よりも遥かに不機嫌そうに眉根を寄せた顔で、彼女は私を睨みつけていた。

草木のたったひとつを探し出すことにさえ多大な労力を必要としそうなほどに寂寞とした荒地に、彼女はあまりなも不釣り合いであった。

 

「…………お久しぶりね、英雄王」

「裏切りの魔女ーーまあ、良い。貴様には、私と共に来てもらうぞーーこれは王の命だ。まさか否むはずもあるまい」

「ーーーーええ、構わないわ」

 

だけど、その美しく輝く玉のような瞳の奥にある、どこか寂しげな光を見てしまえばーー私の独善的な支配者に対する嫌悪感を、彼女に抱くことなど出来るはずもなかった。そう、あの時も結局最後の最後の、聖杯戦争の寸前に至るまで手を出さなかったーー乱入した理由も、また人世の王に相応しい、納得せざるをえない事情によるものであったーー英雄王の、諦念にも似た昏い光を見てしまえば。

かのウルクの王、ギルガメッシュは私を引き連れてーーただ一度も私に振り返ることなく、この場へと引き連れてきた。

ーーのは、まあいい。

なんだ、この素晴らしき空間は。

 

「おい犬。そんなに擦り寄ってくるな擽ったいだろうがーーおい、聞いているのか? おい、おいアサシン」

「ーー我が王」

「おい? 聞こえているのなら離れろーー離れろと言っているだろう」

何処から取り出したのか(まあ当然あの波紋の宝具からなのだろうけれど)ギルガメッシュは黄金の玉座に片肘をついて座ってーーそんな彼女に擦り寄る浅黒い肌の幼げな少女と戯れていた。本人には戯れている気など毛頭なく、あの少女のことを鬱陶しくも愛らしく思っていてーー言葉の通り、少しばかり面倒な犬に絡まれた程度の感覚なのだろうけれど。

犬、或いはアサシンと呼ばれた少女は、その生き様の性質上仕方ないとはいえ、その幼さに見合わない蠱惑的な笑みを浮かべて、ギルガメッシュに擦り寄っている。そんな姿は、見てるこちらも微笑ましく(むしろこちらが倒錯的な感情を抱きかねない)思えるほどーーなのだが、しかしその性質は、山の翁に相応しい巨悪の天使に他ならない。

触れるだけで幻想種ーー神さえも殺しかねない蠱毒の身体。本来、只人ならば触れるだけで即死するほどのその肉体を、ギルガメッシュは無雑作に押し返そうとしている。

はっきり言って、その状況は異常も異常ーーあり得ないにも程がある光景であった。

ギルガメッシュの誉れ高き英知と武勇はーーその神秘は、神の権能にも等しい猛毒すらも下ろしてしまうというのだ。

 

「ーーお姫様」

「なんだ……それと、私のことは王と呼べ。私は姫ではない」

「構わないでしょう? それよりも、完成したわよ」

「ほう?」

 

ギルガメッシュは口を歪めて、私の方へ手を伸ばしてきたーー当然、王たる彼女が、貢ぎ物を献上されるときに腰をあげるはずもなく、私は彼女の元まで歩いて行き、それを直接手渡した。片膝をついて、首を垂れるのも忘れずに。

良しと言う彼女の言葉を待って、私はギルガメッシュの玉座の右後ろ、つまりアサシンの反対側(あたり)に立つ。

ギルガメッシュが手に持つものは、虹色の宝石のついた銀製の指輪。単に銀と呼んでも、その中に内包される神秘はそこらのものとは比べ物にならない一品である。神代で名を馳せた魔女である私をして、今までお目にかかることなどなかったほどのものだ。そんなものを無造作に地に投げ捨てた彼女の感覚は、もう完全に狂っているとしか言えない。その価値を知らないわけではないだろう。ただ、彼女にとっては数あるうちの一つに過ぎないというだけだ。

ギルガメッシュが私に作成を命じたものーーそれは、アサシンの毒の宝具を抑え込むための魔道具であった。ラブラドライトを基盤に、それぞれ調和、堅固などの力を持つ宝石を混ぜ合わせて創り出された道具であり、その価値は作成した私ですら計り知れないほどのものである。魔術の世界において、虹色は最も優れた色と言っても過言ではないーーつまり、この指輪の魔道具『虹霓の悲色』もまた、それに相応しい力を持つということである。

ギルガメッシュもそれを暫く眺めた後に、それをーー私に投げ返した。

 

「ーーーー」

「良くやった、褒めてやろう。それは褒美だ、受け取れ」

「………………………はあ」

 

長い時間をかけて噛み締めた困惑は、結局魔の抜けた返事になって口元を潜り抜けていった。手にした指輪を矯めつ眇めつして、結局自分の薬指につけるという、中々に奇怪な行動に出てしまったのも、恐らくその所為だろう。そんな私を見ることもなく、また波紋の中から彼女はーー私の指にはめられた物と同一のもの(・・・・・)を取り出した。

 

「ーー!」

「おい犬」

「はい、我が王」

「手を出せ。この私自ら貴様の指に嵌めてやろうーー光栄に思え」

「…………ッ!」

 

驚愕に思考が一瞬真っ白に染まった私には、やはりと目を向けることなくギルガメッシュは、取り出したその指輪を彼女の左手の薬指に(・・・・・・)嵌めたーーなんの冗談だ、これは。

 

「………………………え?」

「成る程。確かに毒は抑えられているなーー十分な成果だ。魔女よ、再び褒めて遣わそう。喜べ」

「ーーーー有り難き、幸せ」

 

なんという規格外だーーまさかあの宝物庫には、この世全ての宝物が存在している(・・・・・・・・・・・・・・・)というのか?

いやそれよりも。なんの迷いもなくそれを相手の薬指に嵌めたことの方が驚愕である。もしかしたら、その情報を知らないーーいや、十年もかの時代に現界しておいて、その程度の知識を彼女が手に入れないはずもない。つまりーーわざと?

 

「双方、報酬はくれてやったぞ。それ相応の働きはしてもらおうーーメディア」

 

名前で、呼んだ。

私は返答する。

ギルガメッシュは毅然と私に命令する。

 

「お前はこの地にいる総て存在を監視しろ。特にエルキドゥーー萌黄色の女には力を注げ。あれと見えるとなれば此方も相応の用意がいる」

 

自分の髪の毛をくるくると指で弄りながら、彼女は続ける。

 

「そして、あの『バカ狐』と手を組んでーーかの番人を討ち果たせ。手段は問わん。必要とあらば投資してやる。求めるのは効率ではなく結果だ。多少の散財は許してやろう、王の器だ」

 

バカ狐ーーまあ、確かに少しばかり頭がよろしくないように見えるのは確かだが、それ以上に彼女の力の強さは確かなことである。繊細さにかけては私の方が上であると自信を持って言えるが、一度総力戦になってしまえば私では太刀打ちできないであろうーー特に、神代たるこの時代の、その中でもとりわけ神秘の濃いこの地ならば。

ギルガメッシュはさらに続ける。

 

「ーーあとはあの聖娼婦だ。あれに関しては基本的に放置しておけ。ああいう手合いは泳がせておいたほうが良い結果を運び込むものだ。だが殺すには惜しい人材でもある。その時にのみ手を貸してやれーー犬」」

「はい、我が王」

「お前には最大にして最重要の役割(・・・・・・・・・・・)を課す。逆に言えば、それ以外のことは特にしなくていい。寧ろするなーー不満があるか」

「いいえ、はい」

「だとしても、お前はこの場においては余りにも力不足だ。一定量は正攻法を取らざるをえない状況下で、お前の暗殺者としての活用法はやはり『それ』以外には存在するまいよ」

「はい、我が王」

「不満は」

「微塵も」

「ならば良い」

 

ギルガメッシュはアサシンにそう確認すると、玉座から立ち上がり、森の闇のさらに向こうを見つめて言う。

 

「行くぞーー凱旋だ」

 

さんざめくような白い服が、花びらみたいに風に靡いた。

私はそんな王の背に、一抹の不安と確かな信頼感を感じていた。

王は歩き出す。

私たちとその後ろについて、歩き出した。

そう、戦いはこれからである。負けは許されず、またそのようなことはありえない。

何故なら彼女は英雄王。誉れ高き最後の王にして、人世を統べる唯一の支配者。その道を阻むものは、神であろうが悪魔であろうが、関係なく薙ぎ倒していくのだからーー

 

 

しかし、あの服ーー

どう見てもウエディングドレスなのだがーー如何だろうか?

 

 




やんごとなき白銀の糸で編み込まれた装束ーーそう、その名はウエディングドレスッ!!!

因みに、ギルガメッシュの初めての相手はエルキドゥということになっていますーーふたなりって怖いよね。もはや神の怒りだよ。バベルの塔だよ。

この作品では、自身を人の形に象るためにシャムハトを利用したけれど、その後に調整が入って原作エルキドゥのようになったという設定にしてあります。
拙者のイメージでは、シャムハトは戦神館の辰宮百合香の黒髪バージョンですね。髪の毛等の色は一応イシュタルと対比させているつもりです。

バカ狐…………一体何者なんだ?

感想と評価待ってます





前書きが長くてすまない(ボソッ


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蹂躙、それと暁光

めちゃくちゃ時間を食ったけれど、受験間近だから仕方ないよね!

今回はもうばっとぶった切ったので短いです。
後百合もあんまないです。


森の番人フンババーー

シャムハトの呟いた名に心の内で思いはせる。

唐突に現れた獅子の怪物は、俺たちを補足すると同時に悲鳴のような雄叫びを上げた。金切り声にも似た擦り切れるような声は、森を圧迫し、俺たちの思考を削ぎ落とそうとする。

最初に動いたのはーー多分シャムハトであった。

一歩前に出た彼女は、金切り声の向こう側で何事かをつぶやきーーすると、森の木々たちが急速成長して蔓を伸ばし、フンババを押さえつける鎖の役割を果たし始めたのだ。

異端調教のスキル。

意思なきものに意思を与えるそのスキルは、超広範囲の森のあらゆる木々を操ることさえできるというのか。悲鳴はさらに切迫感を増して、フンババが体を震わせるーー木々が総て引きちぎられた。

 

「やはり甘いですかねえ」

「そんなこと言ってる場合かい!?」

 

少し呆れたような口調のシャムハトの間の抜けた言葉に、ダ・ヴィンチちゃんはフンババに負けないような大声で返した。もはや怒号にも近いそれに、けれどシャムハトはただ笑うだけで返す。

 

「先輩、指示を」

「マシュ…………」

 

気付けば俺のそばにいたマシュがそう言う。けれどーー

 

「ーーーーーー」

「先輩?」

「ーーーーシャムハト!!」

 

沈黙。

迷いに迷った末に、俺の取った行動はーーシャムハトを頼ることであった。

俺たちには、圧倒的にあの怪物の情報が足りない。どこが欠点か、どこが危険か、何が有効か、いったい何をすべきなのか。

それらを判別する方法は皆無で、それに時間を費やす余裕もまた皆無。

フンババを眺めて立ち尽くしたようなシャムハトに大声で問いかけた。

 

「そうですね」

「シャムハト」

「ーーーー時間を稼いでください。或いは『彼女』であれば……」

「かのーーーー時間、時間だ時間を稼ごう! ダ・ヴィンチちゃんとシャムハトは可能な限りフンババの足止めを! マシュは俺を守って!」

「了解です、先輩!」

「了解マスターちゃん!」

 

態勢を立て直す。

シャムハトの操る木々が、先の何倍にもなってフンババに襲いかかる。ダ・ヴィンチちゃんは杖を振るい、フンババの足を攻撃する。マシュは俺の側で大盾を構えて、万事に対応できるように気を張り巡らせた。

戦いが始まるーー

ただ、シャムハトの言う『彼女』の存在を信じたーー盛大な負け戦であった。

 

 

 

「君はいったい何者かな?」

「名乗るほどのものではない」

 

「そう……じゃあどうしてここに?」

「頼まれごとをされただけだ」

「頼まれごとーーギルガメッシュからかな?」

「そう。彼女からの依頼ーーいや、命令だ。お前を足止めしろ、とな」

 

「ふーん。ギルも焦っているのかーーいや、準備をしているの、かな?」

「それに対する答えを俺は有していない。悪いが本人に聞いてくれ」

 

「本人に聞けってね……足止めをするんじゃなかったのかい? ーー施しの英雄」

 

 

 

 

シャムハトの言葉の意味を正しく理解することが出来たのは、僕がギルガメッシュと相対するのと同時のことであった。まるで痛みを堪えるかのようにしかめられた顔は、不機嫌さを感じさせる。それが誤解や勘違いであったとしても、会う人総てをそのように睨んでいたというならばーーなるほど確かに尾ひれのついた大層な伝聞がなされて当然のことであろう。

蛇のような瞳は紅。降り立つ黄昏のような金色の髪はーー僕にはどこか燻んでいるように見えて仕方がなかった。

僕を一瞥したギルガメッシュは、ふんと鼻を鳴らして言う。

 

「人形風情がーーシャムハトめ、一体どういうつもりだ」

 

人形。

確かに今、彼女は僕にそう言った。なんという明察。一目見ただけで僕の有り様の本質を見抜いたというのか、この女は。

 

「初めましてかな、ギルガメッシュ」

「初対面には思えんがな。その忌々しい面は、あの淫売を基に作り出したものかーー型作りから盛大に失敗しているんじゃあないか、泥人形」

「彼女には良くしてもらったよ。君のことも、彼女から教えてもらったんだけどねーーまさか、ここまでとは思わなかったよ」

「傀儡の身で私を裁定するか、泥人形。あの女がお前に何を吹き込んだかは知らないが、高々一人の阿呆に踊らされるその様は哀れ極まりないーー」

 

そう、本当にこれほどとは思っていなかった。これほどまでにーー酷いとは思っていなかったのだ、僕は。

シャムハトは僕にギルガメッシュが如何に美しく優れ、強き者であるかを懇切丁寧に言い聞かせた。それは僕が彼女のことを過小評価して、痛いしっぺ返しを喰らわないようにするためなのだろうと思っていた。実際、彼女が僕をギルガメッシュの為に利用し尽くそうとしていたのは目に見えてわかったことだ。だから、過分な評価であろうことを鑑みても、それ相応の何かしらが存在するのだと、ぼくはおもっていたのだーーだというのに。

箱を開けてみれば、これである。

立ち振る舞いは確かに強者のそれだ。万象が彼女に平伏してしまいそうなほどに巨大な威圧感ーーそれが虚像となり、彼女の本来の姿を偽りのものにしてしまっているのだ。影が大きければ、猫でも虎に見えてしまうだろう。蛇は龍に見えるしーー或いは人も神に思えることがあるかもしれない。

シャムハトの必要以上に誇張されたであろう賞賛の言葉の意味を、僕は察した。彼女は僕に、ギルガメッシュと初めて見えたその時にーーたぶん、拍子抜けして欲しかったのだろう。そうやって虚像と実像の違いを明確に見つめて、その上で僕に、ギルガメッシュの良しと悪しを推し量れと、そう言っていたのだろう。

僕がギルガメッシュという一人の裁定者のーーただの一人の少女の脆さにこうして気付いてしまったのだから、彼女のやり方はある意味では正しかったのだろうけれど。

「ギルガメッシュ」

「ーーなんだ人形。私の言葉を遮るとはいい度胸だな」

「君はーー」

 

なんていう顔をするのだろうか。

彼女のか細い肢体から、目を離すことができない。

まるで今から太陽に焼かされに行くかのように苦しげで、眩いものに痛めつけられたように歪められた顔は、どこを取っても脆弱に見えて仕方がない。今にも泣いてしまいそうな顔をしているのだ。苦しそうだ。辛い、痛いーー助けてほしい。まるで心がそう、僕に訴えかけているかのようなその瞳は、虚ろ。

シャムハトの言っていたことの一端が、なんとなく理解できたような気がしていた。

だけど、その役割を僕に任せようとする彼女の考えは全くもって理解できなかったーーだからこそ。

僕はーーワタシはそれを知りたいと思った。

どうしてそんな、親から逸れてしまった幼子のような顔をするのかーーワタシがまず、理解しよう。その上でシャムハトのーーそしてギルガメッシュの言葉の深奥を知ろう。

ギルガメッシュ。

きっと貴女はーー

 

「ーー僕は君の過ちを正そう」

 

孤独の中に、生きるべきではないのだからーー

 

 

 

 

敗北の予感だけがそこにあった。

シャムハトの操る数多の手管も、ダ・ヴィンチちゃんの放つ光弾も、かの獅子を傷つけるには能わなかった。それに反して、俺たちを殺めんとーーいや、あしらおうとする前足は、一撃で大地に大穴を開け、木々の悉くを薙ぎ払った。

根本的にスペックが違う。

遥か太古の、神秘に満ち溢れた時代の賢者であるシャムハトであっても敵わない。

人類を新たな舞台まで引き上げた箱舟の奏者である万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチをしても推し量れない。

そう、それは災害。

神の怒り。

人の為す過程も結末も、想いも余韻も、気にとめることなく滅ぼさんとする天災の顕れ。

たぶん、俺の思った弱気なそれは仕方のないことだと言えよう。

これは確実に、『人』には勝つことができないーー討ち果たすことが出来ない、排斥できない世の条理。当然の結末。

ほら、だからーー

 

「ーーーーーー」

「冗ッ……談っだろっ!?」

「先輩ッ……!」

 

それは吐息だ。

突如現れた羽虫への、鬱陶しさが表れた、ただの溜息だったのかもしれない。そんな微風のような吐息でーー森が焼却された(・・・・・)

残ったのは太陽のような熱量と紅蓮、そして灰燼それだけ。

俺たちを狙い定めたわけではないーーだから生きている。

けれど。

けれど次は違う。

獅子の赤黒い瞳、それが俺の困惑と恐怖と失意の心根を燃やし尽くさんと穿ち抜いた。

吊り上がった喉が急速に引き締められたーー叫び声は余りにも悲痛に過ぎた。

シャムハトの呟きが、ぽとりと灰の上に流れ落ちた。

 

「全く……我が教え子ながら、よくこのような化け物とーー」

「令呪を持って命じるッッ!!!」

 

俺の眼の前に躍り出たのは、愛しい後輩のか細い身体。ちらりと覗き見れた桃色の瞳には、恐怖の暗色が掛かっていた。

歯を食いしばって力を込める。

軋み上がる肢体ーー

振り上げられた大盾ーー

大きく肩が上昇して、

 

「俺たちを守れッッッ!」

「仮想宝具、擬似展開ーー」

 

瞬間。

余りにも重たい質量を伴って、太陽が爆ぜた。

 

人理の礎(ロォォド・カルデアス)ッッッ!!!」

 

包み込む、炎の具現。

それは多分、ただの吐息であるはずなのに、総てを滅ぼす死を纏った風。

展開された宝具にびしりと傷が生まれる。光が散り、俺たちの頬を掠めて消えるーー耐えられない。

 

「ーー馬鹿にすんなヨッ!!!」

 

マシュの宝具がーー

人理の盾が、崩れ去る寸前。

ダ・ヴィンチちゃんが叫んだ。

杖を振る。

現れたのは、幾重にも重ねられたオーロラの光。

その金剛の障壁は俺たちを護る盾に絡みつき、眩い輝きを放った。

 

「万能たるレオナルド・ダ・ヴィンチ

特性のおもちゃさっ!!! 因みにあと107個あるけどッ!!??」

 

叫ぶ、唸るーー

果たしてーー障壁は大きな音を立てて砕け散った。

「ーーーーーーーー」

 

なんて呆気のない。

マシュの宝具と、ダ・ヴィンチちゃんの保護を物ともせずに俺たちに襲いかかる紅蓮はーーもう止めようもなかった。

咄嗟に呆然と身体を後ろに傾けたマシュを抱きしめて包み込むーー

きっとーー間違いなく意味のない行為であろうけれど。

マシュが俺の肩を強く掴んだのを何処か遠くで感じながら、最後に見上げたのはーー

 

迫り来る熱ーー

 

そして紅の流星、それと紫紺の光であったーー

 

 

 

 

なんて馬鹿げたーー

その『光』を遠巻きに眺めていた私の感想は、ただそれに尽きた。

森の番人フンババ、など。

化物の中の化物だ。

私の仕える王たるギルガメッシュをして苦戦したと伝えられる獅子の魔獣。

その吐息は途方もない熱量の塊。森の番人でありながら、その森林を壊し尽くす矛盾した神の悪戯。

そんな馬鹿げたーー

そう巫山戯た存在は今。

私の眼の前でーー

 

大きくその身体を吹き飛ばされて(・・・・・・・・・・・・)大地の彼方へと消えていった。

 

ふと目を向けた先には、目を白黒させる人理の守護者ーー少年と少女。

不可思議な様相の女は、驚きに目を丸めそしてーー

黒に塗れた聖娼婦は、私の眼をしっかりと捉えて言う。

 

ーー彼女に宜しく、お伝えください。

 

ーー全く、本当に……

馬鹿げた話であったーー

 

 

 

 

呆れたように息を吐く魔女の視線の先には居たのは、紅の髪を風に流されて、毅然と立つ女であった。

我が王ギルガメッシュに、私の『お守り』を命じられたらしい彼女は私の方をちらりと見たあとに、思案げに顎に手を当ててふんと鼻を鳴らした。

それを傍目に、私は件の紅の女を見つめていた。

赫色の槍を両手に持ち、吹き飛ばされたーー今しがた己の吹き飛ばした魔獣の行く末を睨むようにする彼女は一体ーー

 

「ーー死の国の女王、スカサハ」

「…………?」

「それが彼女の正体よ」

 

死の国の女王ーー知っている。

かの猛犬クー・フリンを育て上げた不死の魔女。神殺しの槍使い。

まさかこのような地で目にすることになるとはーー

 

「あの聖娼婦サマも私に気づいていたようだけれどーー気に食わないわ」

「…………というと?」

「あちらの女王サマは、最初から私が介入する前提で行動していたのよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 本当に巫山戯た話だわ」

 

本当に不機嫌そうに自分の髪を擽る魔女は、今度こそ私に向き直って言う。その手には虹色に光る宝石。

 

「移動するわ。お姫様の言っていた『馬鹿狐』に会いにね。貴女も、当然だけれど、着いてきなさい」

 

言外に文句はないなと詰問するような雰囲気を感じたが、もちろん否むはずもない。今この瞬間、彼女の言葉は王の勅命にも等しいのだから。

私は一つ頷き、彼女の元に近づく。

手を虚空で振るった魔女は、最後に私の耳を擽ってからーー

 

共々に紫紺の光(・・・・)の中に包まれていった。

 

 

 




もう宣言するけれど、次はマシュとぐだ子の百合を書き上げます。

短編だと書きたいことだけ詰め込めばいいから簡単だし、何よりあの自分で読み返した後に悶絶したくなるぐだ子の独自がいっそ心地よくなってーー

と言うことでまた失礼します。

出来れば早い再開をば!


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望郷、それと談笑

イシュタルがfgoで出てきたことで書きにくくなったこの小説も、もう吹っ切れて独自設定を押し通します。

文字数が少ないけれどご勘弁を。


木々が薙ぎ払われる。

天が赫く染まる。

ギルガメッシュの撃ち出す数千の宝物の乱撃を、変容した僕の泥たちが迎撃する。

遂に七日七晩を戦い続けた僕たちは、恐らく、とうの昔に限界を超越していたはずだった。

覗く紅の瞳を迎える。

僅かな喜色と、未知への戸惑い__恐怖で彩られた彼女の(まなこ)は、僕のそれを穿つように睨みつけていた。

分かるのだ。

そう__僕ならば、分かるのだ。

君の寂寞。

君の諦観。

その理由(わけ)と、その終焉の由を、僕は確かに知っているのだ。

孤独であれば良い。

孤高であれば良い。

けれど決して、君は__

 

「なんだ____」

「________?」

「________そういう……ことだったの……」

 

宝物の煌めきが尾を引いて途絶えた。夜の星々が爛々と空を染め上げていた。

ギルガメッシュは、片手に握る黄金の斧をぶらさげるようにして__僕を見つめていた。

 

「……君の自慢の宝も、とうとう底を尽きたのかな?」

「__阿呆め。私の宝物庫には、いまやこの世の総てが納められている。お前一人に、人の世を背負う力などあるものか」

「それは____」

 

きっと、君も同じことだろうに。

目を閉ざして感傷に浸る様子のギルガメッシュは、長い溜息を吐く。吐息が、白く空へと登っていく。僕はそんな彼女を、ふと沸いた穏やかな気持ちで眺めていた。

永劫続くかのような諍いの、終わりの気配を感じていた。

開いた宝玉のそれを空へと向けて、彼女は手を伸ばした__高く、高くへと。

「……………………………………」

「…………………お前の忠言、聞き受けた」

「____そうかい」

「ああ…………あの淫売にも伝えておけ__忠信、大儀であった」

 

背を向け歩き出した、彼女を、僕はいつまでも見つめていた。

いつまでも、いつまでも__

 

 

 

 

「……いつまで、そうやって見ているつもりなんだ」

「君がその仕事を終わらせるまで、かな」

 

山積みになった各所からの嘆願書を矯めつ眇めつ読み進めていくギルガメッシュの、小さな躯をとりとめもなく眺めながら、僕は窓の格子にもたれ掛かっていた。

人並み外れた知性と先見の眼からなる優れた治世は、それ故に、国を治めることに関して一切の余念がないものであった。

つまり、端的に言えば暴君の治世である。禍根が在るなら根絶やしに、芽吹きかけの胡乱な種は、早いうちに摘んでおく。

ギルガメッシュは常に正しい。

けれど、決して人道を介すことを第一に考えたような施政ではなかった__むしろ、遥か高くに座し、広く大地を見通すその瞳が臨む世界は、常に人の在り方を何処までも俯瞰していた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「街を歩くと感謝の言葉が絶えないよ。僕のおかげで、君の治世が穏やかになったんだってさ」

「…………」

「人の行き交いも随分と興隆してきたらしいじゃないか。昔よりも賑やかになったって、皆そう言ってる」

「…………」

「この果物も、市井を見聞しているだけで貰えるんだよね。断るのもなんだし、いつも受け取っちゃうんだけど」

「…………」

 

もっとも、それはつい最近までのお話。民の嘆願書を一枚一枚丁寧に目を通しては、思索を巡らす彼女の髪の毛が、猫の尾のように左右に揺れるのを数刻も見ていた僕は、ギルガメッシュの明確な変化の良し悪しを図ろうとしていた。

民の為に、と言えば聞こえは良いけれど。

これはどちらかといえば……

 

「____おい、聞いているのか」

 

横合にぶつけられた細かな言葉の礫に、一瞬面食らった。

気付けば僕の隣で、窓枠に腰掛けていた彼女の眼が、僕の瞳と同じ位置に座していた。

じととした、責めるような、推し量るような__どこか遠慮気味な彼女の麗な視線にたじろぐ。

 

「…………あぁ、どうしたんだい?」

「……私の職務を見届けるために、そこにいたんじゃなかったのか、お前は」

そんなギルガメッシュに、僕は台の上に積み重ねられていた書類の山が、右の側から左の方へ移動しているのを見つけた。彼女の足から腹の半ばほどまであるそれらを、まさか半日もせずに処理するとは驚きであった。

視線を揺らすと、そんな僕から目を離さずに大人しく座るギルガメッシュの姿が嫌が応にも視界に入る。

__なんといえばいいのか。

 

「凄いね。こんなに早く終わるなんて思ってなかったよ」

 

戸惑いをそのまま音に乗せたら、皮肉を言ったようにしか聞こえないのはどうしてだろうか。

けれどギルガメッシュは、数秒の間目元に陰を作ってから言う。

 

「…………ありがと」

「____え、あ、うん」

 

頬を仄かに赤く染めて、彼女は僕に感謝の言葉を述べた。それから少し早足に執務室の扉へと向かっていく。

どこか弾むような彼女の足取り、いつもより大振りに見えるような気のする両腕、それから肩口に振り返って、僕が後を追いかけるのを待つような仕草。

疑念は、たった今確信に変わった。

 

この娘、存外に好感の具合がわかりやすいぞ……と。

 

 

 

「お主らの探している聖杯は、この地に二つ存在する」

 

かつて、小さな特異点で出会った女性は、俺たちに眼を向けることなくそう言った。

遥か遠方で狼煙を上げる巨大な火山を()めつけながら、師匠は続けざまに言う。

「尤も、片方はそもそもからして何者かの所有物であるようだな。其方の方には、魔術王は関与していないと見ていい」

「魔術王の関与しない聖杯……そんなものがこの地に?」

「その通り。つまり、問題なのは其方よりも」

「神イシュタルの有する、もう一つの聖杯……でしょうか」

 

シャムハトの言葉に、師匠は今度こそこちらに眼を向けて、鷹揚に頷く。

獅子の怪物を文字通り叩き出した彼女は、俺たちを引き連れて生き残った瑣末な森林の名残の下まで移動していた。

灰燼のみが地を覆う世界は、耐え難きその荘厳の余韻を刻み込まれていた。辺りを見渡せば、未だに消えない炎の揺らめきが月の光をその身に受けて青く輝いていた。

「一度、殺したんだがな」

 

師匠のそんな言葉に、俺は彼女に向き直った。

 

「聖杯に接続している間は、不死のそれに近いらしい。戦のために祀られていた神ではないのだろうが、死なぬというのはそれだけで厄介極まりない」

「聖杯、というものはそれ程までに優れた器なのですね」

「お主の主君も所有しているのだろう? 英雄王の宝物庫には、万能無知の聖杯程度(・・)のものならば納められていても可笑しくはなかろう」

「ええ、わたしはそれを見たことはないのですが。曰く、万能の杯であると聞かされています」

「つまりはそういうことだ。この地にある聖杯、もう片方は英雄王ギルガメッシュの所有しているものだ」

 

ギルガメッシュ、その言葉を聞いて驚いたのはマシュとダ・ヴィンチちゃんの二人だった。

 

「ギルガメッシュ! かの王が今この地に現界しているというのかい!?」

「ああ、どうやら独自に動いているらしい」

「既にお会いになったのですか? その、英雄王ギルガメッシュに」

 

マシュの言葉に、彼女は首を振るった。

 

「いや、だが____見えている(・・・・・)、という話だ」

「見えている……成る程、高ランクの千里眼スキルは、この世の遍くをも見通すんだったね」

 

何者かを思い起こすように呟いたダ・ヴィンチちゃんは、続けて師匠に問い掛けた。

 

「じゃあ、目下の目標はその王様に謁見を願うことになるのかな?」

「いいや、それは__」

「恐らく、得策ではないと思いますよ」

 

師匠の言を引き継いで、シャムハトが答えた。どこか遠くを見据えたような黒い瞳に、惹きつけられる。

 

「それはまた、どうして?」

「端的に言うと__感じませんか?

彼女(・・)は今、とても怒っているみたいなので」

 

怒っているってどういうこと?

そんな俺の言葉は、多分彼女には届かなかったのだろうと思う。

__突如、その場に降り注いだ濁流が、きっとその声を掻き消してしまったに違いないのだから。

 

 

 

 

守りに入るつもりで構築した魔術の式を霧散させる。隣にいる彼女もむむと唸った後に、手にした護符を懐に仕舞い込んだ。

そも、かの女王がいる時点で取り分けこれといった心配をしていたわけではなかった。結局行動を先んじたのは彼女ではなかったとはいえ(・・・・・・・・・・・・)、そうでなくとも大事に至ることはなかったであろう。

横合いからの介入の痕跡は、エーテルの塵とかした花弁の香りだけであった。

 

「随分お淑やかなお守りですねぇ、護衛としては及第点といったところでございましょうが」

「逆に言うならば、死なれては困るけれど甘えられても困る……そう考えているのかもしれないわ」

 

狐の耳をぴくりぴくりと震えさせ、四尾のそれ(・・・・・)を妖しげに蠢かす。着崩された着物は、豊満な肢体をこれでもかと主張していた。

「むふふ、彼方にもかなりのイケ魂が居るようですが……やはり、あの女王サマの方が見ていて可愛らしくて、非常にそそりますねぇ……じゅるり」

「あなた……あまり不敬を働くと斬首どころでは済まないわよ。ただでさえ神性の輩を嫌っているようだし」

「それは困りますぅ! 先っちょだけでも味見しなければ、この玉藻! 大人しく座に帰ることなど出来るはずがありませんッ!」

「私が言うのもあれだけれど、相手を選びなさいよ……こんな状況で」

 

そそる、そそらないの話に関しては心底同意するのだけれど、如何せん我欲にまみれたこの女の姿を見ると、同列に扱われたくない気持ちが勝るようであった。自制が効いている、とも言える。

 

「そもそも私、彼女には仕えているのではなく協力しているだけでございますし? 玉藻はー、対価にー、ほんのちょびっとだけぇー、ぐへへ」

「……………」

 

あの愛らしい躯が、己の手の内で乱れる姿を想像するだけで涎が溢れ落ちそうなのも同意するが、やはりこの女と同種に見られるのは勘弁願いたいものであった。

 

「愛玩動物としては私、かなりの自負がございまして。大は小を兼ねるとも言いますし、私ならば完全無欠にあの娘をどっろどろのぬっちゃぬちゃにして差し上げることも出来ましょう」

「嫌なところに共通点を見出すのはやめてあげなさいよ」

「いえいえ、真のサディストこそが真のマゾヒズムを理解しているのでございますれば、また逆も然り! 真のマゾヒストこそが高品質のサディズムを提供できる唯一の供給源なのでございます」

「仮にも英雄王ギルガメッシュを被虐趣味の変態の一員みたいに言うのはどうなのかしら……」

 

結局のところ、反論に窮している時点で、私にも多少の納得の感はあるというか、丸め込まれた()があるらしいが。

神威を垂れ流しにしている彼女の姿を呆れたように眺めていた。ここまで残念な女神はそうは居ないのではないだろうか。此方側の神々は、荘厳の気配を取り繕うことに関しては完璧であったように思われるけれど……

と、ふと気配が後方降り立つのを感じて振り返った。

 

「____メディア様」

「あら、おかえりなさいアサシン。それで、お姫様はなんと言っているのかしら?」

「__放っておけ、今は時期ではない……と」

「了解したわ」

 

彼女の耳筋を撫でてから、先よりも五歩ほど後ずさりした狐の姿に嘆息する。

じとと睨めつけると、女は心外そうに息を漏らして首を振るった。

 

「致し方ないでしょう? 獣の本能がびんびんになり響いていますし」

「指輪をつけているから、毒は完全に抑えられているわよ」

「血清があるから毒を飲め、と言われても困惑するほかありませんが?」

「解毒されているから触ってみなさいな、とそう言っているだけなのだけれど?」

「つーか、獣の本能どころか 神様の啓示的にもアウトなんですけど(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、その身体」

 

首をかしげるアサシンの姿を一瞥してから、私はもう一度深く溜息をついた。

____獅子の怪物を討ち果たすよりも、『お守り』の方が遥かに苦労しそうなのは、流石にどうかと、思うのだけれど……

 

 




文系の大学って、夏休み暇とか言ってたのうそかよ。

やること多くて死にそうだわ。

ライダー・イシュタルも完走できるかわかんないし……


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土塊、それと黄昏


シノアリスはニーアコラボしてるけど、fgoも月姫コラボして良いのよ?


 

目前を覆った巨大な影は、心地よい花の匂いと共に霧散していた__いや違う。霧散したのではなく一箇所に集合していったのだ(・・・・・・・・・・・・・)

歪に形を変えて表れた人の型に、師匠は二歩、俺たちの前に立った。

「______嗚呼、ここであなたが……」

 

シャムハトの喘ぐような声に、返事をしたのは、正に目の前の泥の塊であった。

 

「久しぶりだね、シャムハト」

「ええ、お久しぶりです。我が娘よ」

「________」

 

すぐ隣で、ダ・ヴィンチちゃんが息を呑むのを耳にした。握り締められた杖が、手甲の軋む様子をぎりぎりと音にしていた。半身をマシュの大盾に隠して、俺は彼女たちの様子をどうすることもできずに、ただ浅ましくも伺い立てることしか出来ないでいた。

 

「聖娼婦シャムハトの子____まさか、『彼』がエンキドゥなのか……?」

「ギルガメッシュ叙事詩に描かれる、かの王の、ただ一人の盟友……なんて強大な気配なのでしょうか…………」

 

二人が溢した言葉に、応えるのは灰燼が風に煽られる細やかな騒めきだけであった。

二人の会話は、単調なままに続いていた。

 

「あなたが神イシュタルの許へ下るとは思いもしませんでした」

「まさか。僕があんな女に屈服するとでも思っているのかい?」

首を振るう。

萌黄色の髪の毛が、灰の影を撒き散らした。

師匠が、ぴくと身体を揺らしたのを感じた。その横顔を、斜め後方から見つめる。そんな俺の視線を感じ取ったか、彼女はこちらに振り向いて、赫い瞳で穿ち抜くようにしてから、また前方へと向きなおった。

____違和感があった。

何処か、尋常ではない気配を肌で感じていた__汗がゆったりと額を流れて落ちていくのを、感じていた__

「一時的な同盟関係さ。協力するに値する面倒な事態が解決すれば、あれは直ぐに殺してしまおうと__」

「それは今は関係のないことでしょう」

 

____声が、凍えるようであった。

 

「シャム……ハト…………?」

 

驚きに、彼女の名前を呼んだ。

今まで、慈愛の影で俺たちを包み込んでくれていたシャムハトの姿は、一切存在していなかった。

俺はああと、目を瞬かせた。

違和感__何処か、現実味のない感覚の正体を遅まきながら悟った。

 

「あなたとイシュタル(・・・・・)との間柄など、わたしには関係ない」

 

シャムハトの気配が、強くつよく、燃え立つように大きくなっていた。

マシュが、ダ・ヴィンチちゃんが後ずさった。

かつて、何処かの特異点で、聖女の写し身がそうであったように__

またシャムハトもそうであったのだ(・・・・・・・・)

つまり、今の彼女のそれを__

 

「____よくも彼女を、裏切ってくれましたね(・・・・・・・・・・)、この人形風情が」

 

____憤怒と、呼ぶのであろう……と。

 

 

 

 

「求婚された?」

「…………………………あぁ」

「それはまた、面妖な話じゃないか。おめでとうと、そう言えばいいのかな?」

「…………………………面妖なことを」

 

本当に参っているのか、ギルガメッシュは額に手を当てて、僕に身体を預けてきた。右腕に感じる肉感や熱がもぞもぞと僕の身を(まさぐ)るように蠢いた。

夕景が、彼女の金の髪を鮮烈に染め上げていた。遠方の潮騒が、時間に押されて、ぽつりぽつりと海に産まれる星の影を揺らしていた。闇夜を引き連れる、穏やかな黄昏の行進を二人で眺めていた。

安寧が、僕らの狭くて深い溝を埋めていくようであった。

 

「……イシュタル、ね。いつも君を弄り倒してはいなくなるあの変な女神様のことだろう?」

「あぁ、そうだよ。まったく……」

 

彼女は身体を傾かせて、そのまま僕の膝へと頭を収めた。

投げ出された金布を掬いとって、口付ける。

擽った気に身体を捩ったギルガメッシュは、目を閉ざした喉を鳴らした。

「それで?」

「……断るに決まっているだろう。神と人とが、交わることなど決してないんだから。あれが望んでいるのは、私という人格ではないだろう」

「それだけじゃあ、ないだろう?」

「…………………………もう、彼奴らに何かを奪われるのは………………いやだ」

「…………………………そっか」

 

与えられることで定められた彼女の行く末は、或いは奪われてしまった数多の選択肢の残骸によって造られているのかもしれなかった。

穏やかで、ありふれていて、窮屈で不自由で__けれど、何よりも輝いていて。暗闇を意識してしまえば、もうその瞳には痛ましい光の姿は、ゆるやかに綻んだ、彼女自身が紡いできた憧憬の在り処に違いなかった。

選ぶということは、つまり何かを捨てることと同義なのだ。

ならば、そうやって選択の権利を生来有することなく、今まで生きてきた彼女は__きっと、どれほどの重荷であっても、どのような重責であっても捨てることなどできずに、こうやって苦しんできたのだろう。

「______僕は」

「…………………………?」

 

ギルガメッシュが、微かに瞼を揺らした。紅色の星が、潮の中で泳いでいるのが見えた。

それは誰に取っても、遠く高く__触れられざる、彼女の深い傷跡から流れる血の尊さであった。

 

「人の営みを、僕は君のすぐ側で見てきたんだ__たぶん、君と同じ場所から、ね」

「…………エルキドゥ」

「孤独であっても、孤高であっても構わない」

「…………………………」

「けれど決して、君は__」

 

ついに、彼女はその瞳を晒した__流れ落ちた雫は、頬を伝って金糸のような髪の毛を掠めるように消えていった。

「君は、それを受け入れたりすべきではないんだよ」

「…………………………わからない」

「分からないなんてこと、あるもんか。君は知っているはずだよ__僕はそれを、知っている。だって、僕は君と同じ場所に立って、君と同じ景色を見てきたんだから」

 

ギルガメッシュは首を振るった。

僕は彼女を起き上がらせる。

目を閉ざして、耳を塞げば傷つくことなんてないだろう。けれど、君はそれをしなかった

なんて高潔で、なんて嘆かわしい。

彼女は知るべきことを知り、為すべきことを為して__そして、何かを喪っていったのだ。

 

「暗黒を恐れるならば火を起こせばいい。獣を恐れるならば武器を持てばいい__独りであることを嫌うならば、君は誰でも良い、君という人間を望み愛する何者かを欲するべきだったんだよ」

「そんな人、いない……」

「いるさ。ほら____涙を拭いて」

 

ギルガメッシュは乱雑に目元を擦った。

 

「君の瞳には、いったい何が視えているんだい?」

「________エルキドゥ」

「…………なんだい?」

 

彼女は、ぐっと息を呑んだ。

それから力なく笑みを浮かべて、乾き切った声で僕に言った。

 

「あなたは本当に、ずるい人なのね」

 

__不意に、二人の影が重なって地面へと倒れこんで行った。

 

 

 

 

「うっわ、喧嘩売りに行きましたよ」

「勝算は____そんなことにまで思考を巡らせているようには見えないわね」

 

能面のままに、腕を振り上げた女のそれに合図されて__空から巨大な岩石が雲居を裂いて現われた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「__隕石が軌道を変えて地球に降ってきた、という訳でもないですよね」

「というよりも、遥か上空で唐突に出来上がったようにも見えるわ」

「つーことは……なんでございましょう?」

「『異端調教』のスキル、だったかしら……」

「意思なきものに、意思を与えるスキル。つまり?」

「さあ? まあ、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

素材には、困っていないようだし。

「こわいこわい。何が琴線にふれたのかなんて私には、一切分かりませんけどね、あんなの相手にするのはごめんこうむります」

「私だって嫌よ」

 

カッとなってやってしまった、では済まないでしょうしね。

 

 

 

 

「オレは、どうすれば良い?」

 

「何もしなくて良い……少なくとも、今はまだ」

 

「だが、『アレ』をどうにかできるような者は、あの場にはいないように思えるが?」

 

「ふん。一度死合ったというのに、まさかわからないとは言うまいな、施しの英雄」

 

「__いや、今のは確かに失言だったな。許せ、言い直そう」

 

「『アレ』をどうにかするなるば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前はどう考えているのだ____英雄王」

「違いない……だが此処は私の箱庭だぞ?」

 

「____いや、成る程。そうか」

 

「私の領土が壊れて、消えて無くなってしまいったと言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「________止めなさい、シャムハト」

 

空気を引き裂き、大地を揺るがすような砂塵の塊は、そんな静粛な言葉によってその気配を殺されてしまっていた。

「____あら?」

「私の巫女が、私の世界を壊そうとするなんて……赦されないわよ」

「あなたは……」

 

空から、降り立ったの少女を表すならば____純白、と。

いっそ、穢れをその身に受けるためだけに、そのような姿をしているのではないかと、勘繰りたくなるほどの不自然さであった。

不躾な世界の空白は、一歩一歩シャムハトに歩み寄っていく____師匠が、二槍を回転させた。俺は、身動ぎさえもすることが出来なかった。

 

「どうして来たんだい?」

「____ワタシ」

 

琥珀色の瞳が、此方を詰るように舐めとった。

けれど、興味無さげに髪をくるりくるりと弄びながら、エルキドゥの言葉に対して少女は言う。

 

「これでも、嘘は嫌いなのよ?」

「__今までの行い総てを、冗句の内に済ませるのは難しいと思うけれど?」

「ふふ、言うのね。でも、事実よ。ワタシはあの娘に、昔言ったの……この世界は、生きる人間の手によって滅ぼされる運命にあるんだって」

「それが?」

「だから、ね……だめでしょう? 『死人』の手で世界が終焉してしまったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「………………………はあ、これだからお前たちは」

少女は____イシュタルは、微笑みながら言う。

 

「だって、これでも私神様なんだもの」

 

彼女が、この特異点で俺たちが討ち果たすべき『敵』であった。

 

 

 

 

「私は憶えているがな、彼奴が幼い頃の私に__手を繋ぐだけでも子供が出来るから男とは手を繋ぐなよ、と言ったことを」

 

「…………………………いや、恐らくそれは本気だったのではないか?」

 

 

 





マテリアルが更新されました____的な。

流行りな感じで言うならば、神代のバーサーカー『シャムハト』みたいな感じになるのかなとか。

いばらちゃんを愛でるのに忙しくて構ってあげられなくてイシュタルちゃんごめんねー(棒

あと水着ガチャの10連で並み居る美少女を差し置いて現界しやがったウラドのバーサーカーお前だけは絶対に許さないからな(怒


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暗躍、それと悋気


能登が結婚したショックで更新が遅れてしまった(大嘘)


冷たい瞳が、また此方を向いた時には、既に俺たちの態勢は整っていた。

いつでも戦える__マシュの陰に隠れて、ダ・ヴィンチちゃんやシャムハト、師匠の力に頼らざるを得ない弱い俺でも、けれどこの場から逃げようという考えは毛頭存在しなかった。

それは長い旅路で培った自信と、なによりも『男』としての矜持があったからだった。

『彼女』が俺を守ろうとしているのに、俺がその覚悟に応えないわけにはいかないのだから。

 

「…………それにしても」

 

乾いた声だった。

独り言つようにして__事実、俺たちに向けての言葉ではなかったのだろうけれど__女神は空気を弾いた。冷ややかな視線は未だに此方を穿つように、しかし焦点が定まっていないように、俺たちの方を向いていた。それはまるで、風景の一部に眼を凝らすようであった。灰色に塗れた景色に、意識の丈を注がなければいけないほどに、イシュタルは俺たちへの興味が薄かったのだ。

マシュが身動ぎするのをぼんやりとした視界の端で捉えた。ダ・ヴィンチちゃんが、彼女の肩を優しげに撫で、慰めた。モノのように扱われる、というのは、彼女には少し堪える体験であろう。

イシュタルに応えたのは、落ち着いたように俺たちのそばまで歩み寄ってくるシャムハトだった。

 

「どうかなさいましたか、神イシュタル」

「ふふ、取り繕う必要はないのよ。無礼と言わないわ。ワタシはこれでも、あなたには感謝しているんだから」

 

シャムハトは眉根を潜めて、イシュタルに振り返った。気に障った、というよりはそもそもイシュタルの言動に理解が及ばなかった、というように。

くすりと笑みを浮かべたイシュタルに、言葉をぶつけたのは、彼女の後方で胡乱げに肩を潜めた萌黄色の『彼』だった。

 

「お前にそんな『機能』が存在していたなんて驚きだよ。嘘はつかないんじゃなかったのかい」

「嘘ではないわ。ホントのこと。あの娘を、あんな風に育てられるなんて、ワタシには出来ないもの」

「お前はそもそも、ナニにも慈愛を与えることなんてできないだろうに……」

 

エルキドゥの辛辣な言葉にも、ただ首を竦めるだけであった。女神というには、少しばかり人間味に溢れた仕草に感じられた。

「当然ね。神が人に感じ入るのは愛ではなく嘆きよ。慈悲を持って、ワタシたちは人を慰めるの__そうでなければ……ふふ、うっかり壊してしまうもの」

「その無遠慮さが、『彼女』に嫌われる理由だろうに」

「失礼なこと。嫌われてなんかないわ。ただ、恐れられているだけ」

 

イシュタルの微笑みに、シャムハトは幾ばくか陰を感じる声音で問いかけた。

 

「…………それで?」

「そこの人間に伝えておきなさい。あなたはワタシの巫女なんだから」

「____彼には関係のない話です」「そうかしら? ならば、なおのこと伝えておくべきね」

 

なんのことか。

そう尋ねるよりも先に、イシュタルは言った。

 

「____この世界は、それが手を出さずとも、勝手に消滅するわ。所詮ただの、痴話喧嘩なのだから……ね?」

 

 

 

 

「痴話喧嘩で国を破壊するのは、如何なものかと愚考しますが、王よ」

「貴様は一々差し出がましい女郎だな、シドゥリ」

「それが私の役目ですので」

 

玉座に腰掛ける僕の膝で、ギルガメッシュは欠伸をした。猫のように伸びをしてから、静かに喉を鳴らす。

あの女神の祭祀である女の言葉を右から左、左から右と聞き流しながら、彼女は僕の肩に頭を擦り付けていた。

彼女の甘えたがりは、かねてより片鱗を見せていたけれども、まさかただ一夜を経るだけで、これ程露骨になるとは、誰もが思いもしないことであっただろうか。呆れたように目を細める女に、ギルガメッシュは唇を突き出して、己の言い分(言い訳ともいうけれど)を主張する。

 

「そもそもあれは痴話喧嘩などではない。痴れ者に誅を下さんとする、私の責務だ」

「口先だけの言葉は、いずれ貴女の信ずるものさえ疎かにするものですよ。はっきりとこう仰ればよろしい。『恥ずかしさのあまり、思わず手が出てしまった、初心にすぎる私の責任だ』」

「…………あそこは、もとより取り壊した後に、再興を図る予定の区域だ」

「廃墟の群れを更地にするのが貴女のいう『取り壊し』なるものであるならば、私から言うことはありませんが」

「……………………私は悪くない」

「善きか悪しきかを問うているわけではありませんが」

「…………………………………………うるさい」

 

悪気はなくとも、悪い気はしていたのか、徐々に勢いを失していくギルガメッシュは、最後に一言だけ萎む言葉尻を引き絞ってから、また僕の首筋に顔を埋めた。

思い返してみれば、僕としても、やりすぎたのではないかという思いがあったため、彼女の擁護をすることはなかった。

実際として、聴衆の面前で頭を撫でられたのが恥ずかしくて街を破壊したのだ、と説かれても、納得する人間の方が少ないのではないだろうか。

 

「ただでさえ国の存亡が掛かっているこの時期に、あまり粗相をなさらぬようにお願いしたいものですね____エルキドゥ殿」

「…………えぇ?」

 

完全に傍観に徹していた最中に、突然声をかけられて、頓狂な返事をしてしまう。女はそんな僕に、溜め息を堪えるように肩を揺らしてから、続けて言う。

 

「朋友にしても、恋仲にしても、貴女が王と共にあるというならばこその話です。宥めるのならばともかく、煽り立てるのであれば、些か以上に問題であるかと」

「黙っていればシドゥリよ、随分な物言いではないか」

「そのまま暫くお静かに願えますか。後が支えておりますので」

 

ギルガメッシュがぐっと、堪える様を抱きすくめた躯から察する。傍若無人を気取るギルガメッシュも、毅然とした彼女の物言いには押されている。

その上、事実、報告に赴いた兵士たちが今か今かと待ちわびる様子を、彼女の背後に臨むためか、口を閉ざして大人しくすることを選んだようだった__尤も、彼女の存在が胡乱ならば、その場から除けば良いものを、ギルガメッシュも、彼女のような趣の者を相手にするのは苦手らしい。必要ならば恐れと権威よりも実益と信念を重視する彼女の有り様には、さしものギルガメッシュも、多少の忖度は許してしまうようだった。

道理に叶えども、常に正義であることが出来るとは限らないということを知るその女は、小さくため息をついてから、かぶりを振る。

 

「それでは、私はこの辺りで。そもそも我が神の言伝を済ませたならば、慎ましやかに退散するつもりでしたので」

「慎ましやか……?」

「随分好き勝手に言っていた気がするがな……」

「それでは」

 

何か言いたげであった女は、けれど一切を呑み込んでから出口へと向かう。ギルガメッシュは、その背中をじとりと見つめて、はあと息をつく。

そんなありふれた日常が、終わりを迎えるまで、幾ばくも時間は残されていなかったけれど。

僕は、ギルガメッシュの髪の毛を撫でつけながら、猫のように身をよじらせる彼女の薫りを、噛み締めていた。

イシュタルがこの国を攻めて来る、四日前の出来事であった。

 

 

 

 

「いやはや、困ったこまった。年寄りをここまで働かせるなんて、あの女王様も人使いの荒いものだ、まったく」

 

「私のことを最初から勘定に入れて物事を進めようとするのは、まあ妥当といえば妥当かな。私も、こんなつまらない寄り道のせいで、バッドエンドになっちゃうのは本望ではないからね」

 

「あとは君の気力次第だよ、ギルガメッシュ__ふふ、それとも◼︎◼︎と呼ぶべきかな」

 

「君の物語も、この幻想の都から見届けるとしよう。悪くは思わないでくれよ、覗き見るのも夢魔の特権のようなものなんだからね」

 

 

 

壮大な連邦を遠巻きに眺めてから、ギルガメッシュは小さく舌打ちをした。それから苛立つ様相を隠すこともなく、私を胡乱げな視線で射抜く。

 

「お前は、つい数刻前の命さえも憶えていられないような愚かな女であったか? 魔女めが」

「あら、監視も対策も万全の状態で執行されているわ。貴女ならば解っていることでしょう?」

 

ギルガメッシュは鼻を鳴らし、また山々を望み始めた。しかし、先とは違い、次に睨めつけるのは高くたかくへと上り詰める噴煙を撒き散らす、巨大な火山の__そこに聳え立つ神殿の方であった。

彼女が思うのは、かの神か、それともかの『盟友』か。

とはいえど、為さねばならぬことは変わらぬ以上は__結局、どちらも討ち倒さねばならぬというのならば、その感傷はきっと余計なものであるのだろう。

ギルガメッシュの痛ましい躯を嘆きながら、そのような冷徹な思考を為してしまう己の陰鬱さには少しばかり悲しみを抱かざるを得ないが、死した今となってはそれこそ無駄な感傷である。

 

「………………」

「………………どうぞ?」

「仮にも太陽の神格たるあのバカさえも、犬の躯を嫌ったというならば、私の策も無謀とは言えまい。はっきり言わせてもらうが、イシュタルなど私にとっては障害にすらなり得ない。最も警戒すべきは、あの泥人形だ」

「ええ、そう」

「仮にもエルの遺骸を擁した機能を有するならば、間違いなく私に匹敵する。あの施しめであっても時間稼ぎがやっとであろう」

「…………そう」

 

彼女の慧眼を疑うことは勿論ない。しかしそれにしても、だ。いちいち物事の規模が私の想定を容易に超越してくるせいで、彼女の言葉にどうにも引っかかりを覚えないのである。端的に言えば、理解不能である。

とりあえず、ギルガメッシュとエンキドゥが、かの施しの英雄よりもはるかに強いと、つまりはそういうことであろうか。

 

「まあ、良い。まずはつまらぬ余興を終わらせる。抜かりなくやれよ、裏切りの魔女」

 

私たちに求める余興とやらのハードルが高すぎることに、多分気づいてないないあたり、ある意味信用の証なのであろうが。

無茶を強いられるこちらとしてはたまったものではないのだ。

 

 

 

 

「これは少し困りましたねえ。形振り構わず、とはまさにコレのことでしょうか?」

 

「獣を狩るのはこれでも得意でね。まずはその醜い皮を剥ぐことにしたよ、太陽の顕れ」

 

「あらあら、自虐も過ぎれば哀れなものですねぇ。その醜い『身』を、他人の『側』で取り繕った獣風情が、私によくもまあそのような口を聞けたもの」

「それに、君なら死んだところでギルも怒りはしないだろう? 神性の輩をそばに置いておくだなんて、形振り構わずというなら君達の方こそだろう」

 

「…………本当に哀れな人形だこと。その頭蓋、あの娘に見せる必要もありません__その泥に塗れた醜悪な亡魂、妾の威光で焼き尽くすこととしよう。さあ、言祝ごうか、その儚い命の躍動も…………なんたる無様であろうか、とな」

 

「それが、慈悲……それとも嘆き、かな。どいつもこいつも、本当に自分勝手なことだね、ギルガメッシュ」

 

 





一年ぶりに更新したと思えば短い上に中身もない文章を書く作者がいるらしい。

ところでいつになったらマーリン復刻するん?


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