虹光の真竜 (人形師)
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序章
序章.1


 それは遠い遠い昔の出来事。

 人が、神が、地球が、星々が出来るよりも、宇宙が存在するよりもずっと遠い昔の事。

 世界という存在、概念が現れたと同時に其処に在った存在。

 

 暗い、闇以上の闇の中にポツリと存在していた、世界と同等の存在。

 神をも超越したその存在を人々は呼んだ ―――ドラゴンと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つの洞窟があった。

 ただ巨大なだけの変哲もない洞窟。

 その奥には"ただの"という言葉が一番合わないであろう存在・・・ドラゴンが蜷局を巻いて熟睡していた。

 巨体を覆っている滑らかな鱗は七色の柔らかな魔力光を放ち、頭部の逞しい一角は水晶の様に透き通り輝いていた。この場にキリスト教徒が居たならば信仰を変えてしまうであろう程の美しさと力の権化であった。

 

 そのドラゴンが、ゆっくりと眼を開けた。

 

 空洞に土を踏みしめる音が反響し、それが次第に大きくなる。

 土を踏む音と反響の音の差異がなくなると闇に覆われた空洞から一人の美しい堕天使が現れた。

 

「また寝ていたのね」

 堕天使は困った子供を見るような表情でドラゴンへ言った。

 それは竜へ向ける表情と言葉としては似つかわしくないものだった。

 

「・・・それ以外にすることもない」

 ドラゴンから漏れた音は美しく厳格な姿とは真逆であろう若く中性的な音であった。

 

「空でも飛べばいいじゃない?」

「・・・今自由気儘に空を飛べば面倒になる」

 

 堕天使の提案に少しの間を持たせ返答するドラゴン。

 堕天使はドラゴンの近くに腰を掛け背を預けた。

 

「戦争中だものね。本当に面倒なことだわ」

「・・・貴方がそれを言ってもいいものか・・・」

「私も、アザゼルも、シェムハザもバラキエルだって戦争なんかしたくないわ。友が、愛する人が死に絶えて、勝ったとして何が残るのかしらね。神の様に信仰で生きているわけでもないというのに」

 顔を顰め吐き捨てるように言葉を零す堕天使。

 ドラゴンはただ「やれやれ」といった感じに相槌を打つ。

 

「ねぇ、戦争が終わったら一緒に旅をしましょう」

「・・・急にどうした」

 堕天使の急な提案にドラゴンは思わず頭を上げ、堕天使へと向ける。

 

「だって貴女じっとしてて詰まらないでしょ?だから一緒に旅をしましょう。私が人化の術をかけるから。魔術を使わないで、自分の足で歩いて、色んな景色を見て、美味しいもの食べたりして」

「・・・人の姿で、か」

 

「そ、ドラゴンの時にはちっぽけに見える物も視点を変えれば違うように見えるわ」

「そういうものか・・・貴方と共にならば考えよう・・・」

 ドラゴンの言葉に一つ、クスリと少女の様な笑みを零すと、それ以降は何も言葉を発さずに唯静かにドラゴンへと身体を預けていた。



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序章.2

あ、主人公はドラゴンです


戦争、ただそう呼ばれている神・堕天使・悪魔の三つ巴の戦い。

 人々の信仰によって力を得た神、神によって排泄され、存在をゆがめられた悪魔、神に離反・定められた戒律を良しとしない物達堕天使。

 

 戦争は拮抗していた。神によって生まれ続ける天使。

 生まれた天使の中から、戦争によって様々な思想を得て堕天する者、人と交われる堕天使。

 

 出生率や、戦争における絶対数は少ないながらも魔王一人一人が一騎当千であり、それ以外の悪魔も精鋭と呼べる悪魔達。

 

 だがその拮抗も少しづつであるが崩れかけていた。

 

 長期の戦争により、地上は荒れ果ててしまい、信仰を得られなくなった神。

 聖光が毒となり、一撃が致命傷となりうる悪魔。

 

 長い間続いた拮抗は、少しづつ・・・確実に堕天使側へと傾いていた。

 

「勝利は目前だッ!神を!魔王共を打ち取れ!!」

「おいコカビエル!突っ走るんじゃねぇ!」

 黒い髪と紅い目を携えた4対の黒翼の男が味方の士気を煽りながら戦場の中へと仇敵でも見つけたように飛び出していく。

 コカビエルと呼ばれた男の放つ光の槍は天使と悪魔を撃ち抜き、瞬く間に10の敵を滅していた。

 

「アレに何を言っても無駄、あの脳筋は何も考えちゃいないわ」

「うおぉぉ!ティルカナ!?いつから居やがった!!」

「アレが突っ込む前くらい」

 ティルカナと呼ばれたのはドラゴンの洞窟に居た堕天使だった。

 彼女は何でもないだろうという風に黒と金が混ざった髪をしている堕天使に言った。

 

「ったく、何処行ってやがった。戦争中だってのに。お前がグリゴリの最大戦力と言っても過言じゃあ無いんだぜ?」

「あ、そう。私は戦争になんか興味ないし、グリゴリが負けてもいいからさっさと終わってほしいわ。それに魔王を一人を戦闘不能にしたのだからお硬いのは抜きにして頂戴」

「あらまあ冷めてらっしゃいますこと・・・っておいマジか」

 軽口を叩きあっている二人ではあるが、その実グリゴリという組織の3大トップの内二人が並んでいる状況であり、引っ切り無しに迫ってくる敵を2割を男が、8割をティルカナが吹き飛ばしていた。

 

「っち、本当にどんだけ沸いてくるんだよ・・・こちとら少数精鋭だってのに」

「まだ神側が人間を使ってないだけでいい方でしょう。」

 

「あぁ・・・神器か・・・弄りてぇ!!」

「それならば神と和解でもしたらいかがでしょう、か!」

「そいつは断らせて、もらうぜッ!・・・あんなところに居たら頭が狂っちまう」

 

 二人は"何時も通り"軽口を叩き合いながら、"何時も通り"敵を薙ぎ払っていた。

 だが、"何時も通り"ではない事が起こった。

 

虹色の閃光が地表から放たれ、戦場のど真ん中を消し飛ばしたのだ。

 

『・・・私の気が触れぬうちにこの地より去れ・・・この地を荒らすことは何人も許さん』

 

 竜が、ドラゴンがその顎を開いていた。おそらくブレスであろうものが通った道筋には何も残っておらず、余りにも強大な力故か、一部時空が捻子曲がっていた。

 

「ば・・・かな・・・ドラゴンだと・・・何故…こんな場所にいやがる・・・!?」

「アザゼル、軍を撤退させなさい」

 この世の理を超越せしもの、それが目の前に居る事に愕然としているアザゼルに対し、憮然と言い放つティルカナ。

 

「・・・は?あ、あぁ。グリゴリは戦闘行為を即刻中断し本陣へ戻れ!!」

『馬鹿な!!何をほざくかアザゼル!怖気づいたか!我らがドラごあぁぁ!?』

 遠方から魔力に乗せた怒りに満ちた咆哮が聞こえたが、その言葉は最後まで発することなく、一人の堕天使によって止められた。

 

「全軍撤退しなさい。撤退しないものは離反者として、すべからく私が処断します。前線のものはそこの馬鹿を連れて行きなさい」

 その一人の堕天使とはティルカナであり、コカビエルは七本の光鎖によって体を貫かれ雁字搦めにされていた。あまりの情け容赦の無さに前線に立っていた他の堕天使たちは顔を青くしながら次々と撤退する。

 

「私が殿を・・・アザゼル、貴方も下がりなさい」

「・・・わかった」

 有無を言わさぬ目に負けたアザゼルは他の者達同様転移によって本陣へ戻る。

 撤退しているのは堕天使だけでなく、悪魔側もであり、その殆どが撤退を完了していた。

 

 しかし神の陣営は撤退をしておらず悠々と前線へと身を出してくる。

 

『竜、理を背負いしドラゴン・・・ここに来て我の邪魔立てをするか』

『この地を荒らすことは許さん』

 神の言葉に対しては、言う事はないと突き放すように、先と同じ言葉を繰り返し投げ返すドラゴン。

 静かに、だが確かに神は怒りを覚えているのだろう。神の周りを力が巻き始める

 

 そしてその光景を見て頭を抱える堕天使ティルカナ。

 仕えていた神ながら阿呆だ。神は確かに潔白且つ、崇高であろう存在ではあるが、それは危うさの上にギリギリで成り立っているものだ。

 それ故に神がこう暴走することは何度かあった。

 

(今回に限っては・・・まずい、非常にまずい。三大勢力によって戦争が集結するのは構わないですが、それ以外によって集結するのは・・・)

 

『下らん。ドラゴンよ、その言を我が聞き入れる意味が無い・・・』

 その言葉と同時にミカエルとガブリエルがその隣で武器を構える。

 

(あの盲信者共がッ・・・)

 

『そう・・・か・・・』

 少し、ほんの少しだが無機質に宿った淋しげな声が聞こえた。

 そしてその光景を追えたものはどれ程いたか、恐らくはルシファー、ベルゼブブ、ティルカナが少し認知できたであろう。

 

 神を含めた四天使内二体と多くの天使達が吹っ飛ばされるのを。

 比喩ではなく吹っ飛んだのだ。

 殺傷能力はなかったようだが、その体は一瞬で見えなくなり、残された天使も何が起こったかわからず呆けていたが、すぐに次々と消えていった。

 

「・・・あぁ、もう戻ったのね・・・」

 ティルカナが地表を見下ろすと、そこにいたドラゴンは消えようとしており、その柔らかな羽毛に包まれた尾が洞窟へとスルリと入っていくところだった。

 

 ドラゴンがいなくなったことを確認したティルカナは残った悪魔達が全員戻ったのを確認した後、グリゴリの総本山へ・・・・・・戻らずにドラゴンの元へと飛んでいった。

 

 

「全く・・・何故あのような事をしたの?」

『・・・貴方がこの地を美しいと、そう言った』

 洞窟に入るやいなや『怒ってます』雰囲気を振りまきながらティルカナはドラゴンに問う。

 その問にドラゴンは彼女の目を真っ直ぐに見ながら過去ティルカナが言った言葉故にとそう答えた。

 

「・・・?・・・・・・ッ~!」

 ティルカナは一瞬呆けた顔をした後、頬を赤く染め、黒翼を出し洞窟を物凄い勢いで後にした。

 

 

 

『貴方がこの地を美しいと、そう言った』

 その後グリゴリに戻ったティルカナが、自身の目を見つめながら発された言葉を頭の中で反芻させ、顔を真っ赤に染めながら美しい黒と銀の髪をブンブン振り回すという奇行を行う、『冷血戦鬼』と呼ばれるティルカナにグリゴリ全体が驚愕し、アザゼルが『おっおっ?』と煽ろうとしてコカビエルと同じ目にあった。



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序章.3

1章開始までは割りと早足で進みます。


 

「次が本当に最後の戦いになるだろう」

 アザゼルが戦争によって数を減らした円卓の堕天使達に声をかける。

 

「無論・・・我らが勝利によって決着がつく・・・」

 コカビエルが同調するように言葉を発する。

 

「次の戦場が最後となるならば、確かに我らが勝利する可能性が一番高いであろうな」

 エゼクエルが目を閉じながら静かに、熱を持った空間を冷ますように言葉を零す。

 

「戦場には誰が赴くかですが、シェムハザは後方指揮、アザゼルは前衛ですが、前衛の中でも後ろで戦ってください、まぁ体のいい囮です」

「おい!?」

「次いで特攻はコカビエル、貴方と私です」

 ティルカナが指揮者達の担当を割り当てている中、アザゼルがお取り扱いをされたことに対し不服だったのか、声を上げるが13人の指揮者たちに黙殺されてしまった。

 

「ラミエル、アナネルはコカビエルの補佐を、バラキエルは私の補佐をお願いします」

「了解しました」

「承りましたわ」

「心得た」

 

「他の人達は各自自由に動いてください」

「大雑把だなおい!?」

「そもそもバカスカ死が飛び交っていて転移やら何やらでゴチャゴチャになるんですから、最初から"ある程度"決めるくらいでいいんですよ」

 

 アザゼルのツッコミに対してティルカナがいつもの如く軽く返していると周りが呆れ混じりのため息が溢れる。

 

「貴方達は本当に緊張感のない・・・」

「二人に何言っても無駄無駄~、それじゃ私は部下に伝えてくるから~」

 一人が立ち上がると次々と俺も私もと席を立つ。

 円卓の間に二人だけになるとアザゼルがゆっくりと口を開いた

 

「・・・ティルカナ。グリゴリは勝てると思うか」

「そうですね・・・恐らく勝てるのでは?神の力も初期とは比べ物にならないほど落ち込んでいますし、悪魔側も魔王を数人失っています。神に勝たれるのは勘弁願いたいでしょうが、我々が勝つ分には悪魔側も納得・・・とまではいかないでしょうが、妥協するのでは」

 ティルカナは自分が思っていることをそのまま語るとアザゼルが大きく息を吐きながら背もたれに寄りかかる。

 

「実際、神のヘイトは恐ろしく高い。悪魔側も率先して狙っているし、俺達だってそうだ。だから変に心配する必要なんざ無い筈なんだが・・・な」

「何か気になることでも?」

「・・・いや、ざわざわとした感覚が収まらねぇんだ。この感覚はよく当たるから質が悪い・・・」

 アザゼルが顔を顰め、吐き捨てる。

 ティルカナはそれを見て少し考えた後に口を開いた

 

「もし私が死んだら水晶の森に捨てといてくださいね?」

「縁起でもねぇこと言うな!!」

 ティルカナの言葉にいつものようにツッコミを入れると溜息一つと含み笑いを一つ、席を立ったアザゼルはそのまま部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多の光の槍が、消滅の魔力が、天を飲むこむほどの豪炎が、戦場を満たしていた。

 致命傷を食らった者達が地へと落ちていく。

 

 「本物の地獄より地獄かもしれませんね」

 そう呟いたティルカナ自身もその地獄を形成している一人であった。

 彼女の周囲の地表には天使と悪魔の死体がうず高く積み上がっていた。

 

「カナエル」

 ティルカナはその言葉にピクリと反応するとその方向へと顔を向けた。

 そこには戦装束を身にまとった四天使の一人、ミカエルが剣を持ち佇んでいた。

 

「はて、そのような"物"は存じ上げませんが」

「我らが父」

「相も変わらずの盲信、ご馳走様です。ですがその思想は私には反吐の出る物ですので、その口を閉じていただけますか?」

 ミカエルの言葉に聞きたくもないとばかりに言葉をかぶせ、ミカエルを睨みつけるティルカナ。

 

「・・・そうですか。ならば致し方ありません。貴方は私が此処で討たせてもらいましょう」

「戦場で言う冗談ほど寒いものはないわ・・・身の程を弁えなさい。人々から敬愛されて気でも狂った?」

 ティルカナのその言葉に対する返答は言葉ではなく剣による斬撃だった。

 危なげもなく光を纏わせた手で受け止めるティルカナ

 

「おお、怖いですね。神の使いとは思えぬ形相ですよミカエル」

「黙りなさい」

「何度も言うようですが、私は心を無として生み出されました、その無を有にしたのはアザゼルですし、私を創りだしたのは貴方の大好きな神様ではありませんか。私に何かを言うのではなくアザゼルや神にどうぞ」

 ティルカナの煽りにしか聞こえぬ言葉はミカエルの琴線に的確に触れたようであり、ミカエルは表面には出さないものの歯が軋むほどに噛み締めていた。

 

「さて、バラキエルの方も片付いたようですし、こちらも終わりにしましょう」

「ッ!ガブリエル!?」

 ミカエルが振り向くとそこにはボロボロになったガブリエルと多少傷は付いているが余裕のあるバラキエルが居た。

 

「知り合いではありますが、戦場でのよそ見は如何なものかと」

「な」

 ミカエルは何かを言う前に地表にたたきつけられた。

 ティルカナのオーラが込められた拳がミカエルへ叩きこまれたのだ。

 その衝撃は周囲にいた下級天使を巻き込み、バラキエルでさえ青い顔をしながら障壁を使い防いでいた。

 

「ふむ・・・仕留め損なったようですね」

「・・・容赦がないな・・・」

「ええ、彼自身はそこまで嫌いではないのですが、たまに無性にイラつくので」

「そうか、コカビエルもあと少しで合流する。補佐を悪魔側に回したようだから邪魔はないだろう」

 バラキエルの言葉に一つ頷くと同時、ティルカナの胸に一つの魔法陣が浮かび上がる

 

「バラキエル!!」

 バラキエルはティルカナの叫びを正しく受け取り、一息にティルカナから大きく離れた。

 

「っぐ・・・あ゛・・・」

『ティルカナ!おい!どうした!?』

 胸元を強く押さえつけているティルカナの異常を悟ったのかアザゼルが通信で声を掛ける。

 

 だがその声にティルカナは応えることなく、胸を押さえつけながら前を向き睨みつける。

 その先には毒々しいまでの神々しさを纏った、神が居た。

 

「あぁ・・・本ッッ当に胸糞悪い糞爺ですね」

『そうか?危険がある物なら首輪を付けておくものだ。実際に役に立っただろう』

 

「魂の、崩壊・・・ですか」

『無に還す、だ』

 

 憎々しいと目を向けるティルカナを余所に神は顔色一つ変えずに感慨もなくただティルカナを見ていた。

 

『無粋、いや、戦場でこの言葉こそ無粋か』

 飛来した光の槍は神の障壁に阻まれ砕け散る。荒々しいまでの光の槍はコカビエルの物であり、当の本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

『さて、せめてもの慈悲だ。楽に逝かせてやろう』

「っは・・・そんな、慈悲・・・糞食らえ、です・・・」

 ティルカナは光の柱に飲まれた。

 その力は神の名にふわさしい程の神聖さと残酷さを持った光の暴力、神側の天使でさえもその光景から目を背けるものや、顔を青くするものがいた。

 その光景にそれは一瞬ではあったが、戦場が止まった。

 

「ティルカナ!!」

 光の柱が消え去った場所には地すらなかったが、ティルカナはまだそこにあった。

 そう、“あった”という言葉が適切だろう程に原型を留めてはいなかった。

 

 その四肢は完全に消滅し、腹部の半ばから無くなり、右胸も大きく抉れ首が半分以上無くなってしまっていた。

 

 一瞬止まった時も動き出し、再び激化した戦場、コカビエルやバラキエル、魔王たちを筆頭に神を中心とした三つ巴の激戦が発生し、グリゴリ幹部たちはその激戦からティルカナとアザゼルを守る。

 

 

「ああ糞ッ!こんな時ぐらい外れたっていいだろうがッ!!死ぬんじゃねぇカナエル!おい!」

 

『・・・な、  まえ   。」

 微か、虫の息という言葉そのものであろう声がアザゼルの耳に聞こえてきた。

 

「・・・ティルカナ・・・死ぬな」

『  し・・・だ  と、き  や・・・そく」 

 

「おい、冗談じゃねぇぞ!んな約束守らせんな・・・クソッ!」

 アザゼルは得意である治癒系の術式を全力で使用しても、体の崩壊が止まらない。

 急速に強大であった筈のティルカナの魂がボロボロと零れ落ちていく。

 

 戦争の最終段階に入り、止まらないであろう歯車は、またしても止められた。

 

 悪魔・堕天使・天使・神、関係なく時が止まった。

 

『・・・堕天使、その人を渡して』

「・・・ドラゴン?何故だ、何故此処に・・・」

『その人を、渡して』

「・・・・・・・・・」

 突如として戦場に現れたドラゴン、そしてティルカナを要求した。

 アザゼルはその言葉を聞き、『何故?』という思いと『ドラゴンなら』という思いが湧いた。

 手の中でボロリと体が一欠片、また一欠片落ちてゆくティルカナを一度強く抱きしめるとドラゴンへと差し出した。

 

「アザゼルッ!?」

「俺には・・・どうすることもできない・・・魂が壊れてしまっているんだッお前なら、理を身に宿すドラゴンならどうにかできないか!?」

 

『・・・・・・』

 ドラゴンはアザゼルへと見向きもせずにティルカナへと目をやり、その体を修復していく・・・ドラゴンの血肉によって。

 

「・・・な、んで?どうしてここ、に」

『・・・粉々になった魂を繋ぐ、我慢して』

 周囲の目には見えないがドラゴンは少しずつティルカナの散った魂を修復していく。

 その際の激痛は通常であればのたうち回り、自ら死を望むほどの苦痛であるが、ティルカナは悲鳴を一つも上げず、だがその顔は青色を通り越して死者のように真白になっていた。

 

「ね、え・・・何してるの?やめ、て!」

『・・・・・・』

 

 行為を行われているティルカナが急に暴れだし、アザゼルたちは警戒するが、行動を起こせなかった。ドラゴンはアザゼルの望みであるティルカナの肉体修復を行い、魂の修復をしているであろう現状、迂闊に何かをすることはできなかった。

 

「やめなさい!!だ、れか!止めて!!お願い!」

 ドラゴンはティルカナの粉々になった魂を修復していく。

 物というものは創りだすことは難しく、壊すことはそれより簡単であり、修復することが一番難しいとされている。それが修復不可能となった物なら尚更である。

 それはドラゴンとて同じであり、こと、現状ではその莫大な力だけではどうにもならなかった。

 だからこそドラゴンは―――

 

「やめ・・・」

『私は、長い時間を過ごしました』

 

『あまりに長い、長すぎる時間。擦り切れ、壊れそうになった精神を、自らの手で同胞を作ることによって埋めようとしました』

 

『彼らは私は父と、母と呼ぶことはあっても、私を友と呼ぶことは、なかった』

 

『すべてのものが小さく、くすんで見えていた世界を変えたのは貴方でした』

 

『私の力を恐れず、私に語りかけ、私を友と呼んでくれた』

 

『とても、幸せ』

 

『貴方が死んだら悲しい。そして何よりも恐ろしい。あの色の無い世界が』

 

『だから、ごめんなさい。きっと怒るでしょう。でも、ごめんなさい。もう一人は耐えられない』

 

『ごめんなさい。貴方と・・・旅をできない』

 

「・・・もうやめて・・・お願いだから」

 

―――己の強き魂を粉々に砕き、ティルカナの魂の修復剤にした。

 

『ごめんなさい』

 

 ティルカナとドラゴンが光の柱に飲み込まれる。

 神が放ったその攻撃は通常であればドラゴンの膨大な力と存在によって掠り傷さえ負わないだろう。

 だがドラゴンのその身は深く抉れ、血を流していた。

 

「・・・っ!、ぇぐ・・・」

『ごめんなさい・・・あぁ、そうだ。貴方の名前を教えて』

 体が傷つこうと何一つ変わることなくティルカナへと声を投げかける。

 

「ティル、カナ」

『ティルカナ、ティルカナ・・・さよなら愛しいティルカナ。私は貴方を愛していた、きっと、恐らく。私は心が良くわからないから、合っているかわからないけれど』

「・・・いかないで」

 

 彼女の言葉をかき消すかのように光の柱が再度二人を消し去ろうと飲み込む。

「あ」

 彼女は光の中でも苦しむ素振りすら見えない。彼女は

 

「ああ」

 彼女は光のなかでも傷一つつかなかった。彼女は

 

「ああAaあああああああアアアああああああああああああAAAああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアあああああああああvああああああああAAAあああああアアアああああああああああああああああああああvああああああああああああああああああああああああAAAあああアアアあああああAあああああああああアアアああああAAAあああああAaあああああああああアアアああああああああAaあああああああvああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアあああああああああああああアアアああああああああああああああああアアアああああああああああああAAAあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAああああああああああ!!!」

 

 慟哭にすらなっていない獣のような咆哮が戦場を揺らした。

 

 

 

 



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