はじめまして友人 (ジョキングマン)
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立つ鳥跡に遺すもの

時系列は十巻のアインズ親子会話後ぐらい。創造主との関係が反映されるならこんな展開あってもいいなあなんて。

2016/7/28 一部誤字を修正しました。


 ナザリック地下大墳墓、第二階層。かつては聖堂に足を運ぶ大勢の信徒達の足運びを担い、しかし今や朽ち枯れた木片と不吉な怪音をあげる吊り橋―――という設定だが―――の前に一つの影が不動の姿勢で沈黙していた。

 

 ピンク色の卵を彷彿とさせる凹凸のない頭。黒いクレヨンで乱雑に描きあげたような三つの目と口と思わしき黒穴。纏う軍服は欧州アーコロジー戦争でよく知られる、ネオナチ親衛隊が実際に着込んでいたそれと酷似したものだった。

 

 産毛の一本も見当たらないつるりとした頭に乗っかっている軍帽を深々と被りなおすこの怪人こそ、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者にして至高の四十一人の長、アインズ・ウール・ゴウンが創造した、ただ一人のNPC。

 

 その名はパンドラズ・アクター。宝物殿の領域守護者という役割を与えられていた彼は現在、神とも形容できるアインズが築き上げた英雄モモンの影武者として、ナザリック外での活動を主としていた。

 

「ああ! これから愛しの宝物殿に戻れると思うと、湧き上がるこの歓喜の衝動を抑えずにはいられない。至高の御方々が創造せしマジックアイテムを磨く一時、データクリスタルを仕分けできる快楽の瞬間。私が感じるこの幸福は全て、我が父上のために捧げましょう!」

 

 城塞都市エ・ランテル―――という名前であった国で長期間モモンとして演じ続けていたパンドラズ・アクターは、久しく訪れる至福の一時に想いを馳せて独りでに大振りなアクションをとっている。

 

 どこかでないはずの背筋に寒気を覚えた支配者がいたような気がしたが、それはまた別の話。

 

 予定では、待ち合わせ場所はこの吊り橋の奥で間違いはなかったはず。身振り手振りを一度止め、パンドラズ・アクターはボロ橋の先に見える石造りの巨大な扉へ歩を進めた。

 

 扉の主が普段から見せる、妖艶で可憐な気配とはまるでかけ離れた、無骨とも評せる巨大な扉。この扉の先に、第一~第三階層守護者であるシャルティア・ブラッドフォールンの私室が設けられている。パンドラズ・アクターは彼女から至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を受け取るために、転移門(ゲート)をくぐってこの場所へ姿を見せたのだ。

 

 大袈裟にも聞こえる足音に反応するかのように、ボロ切れた木片から甲高い悲鳴にも似た軋みが上がる。だが実のところ外見はみせかけであり、落ちるようにあらかじめ仕組まれた場所さえ踏み抜かなければデス・ナイトが歩こうとも崩壊することはない造りになっている。故にパンドラズ・アクターは歩みを緩めない。

 

 橋下に(ひし)めく(おびただ)しい亡者たちの呻きを足蹴に、パンドラズ・アクターは扉の前まで辿り着いた。念のため軍服や帽子に乱れやしわがないことを確認し、尺取虫のように長い指を丸めて扉を叩く。

 

 石造りの外見に反して、鳴る音は金属質のもの。そんなことは当の承知だったためなんのリアクションもとらず―――瞬間、それは役者(アクター)としては誤った行動なのではと考えたが―――返事を待つ。

 

 少しして、重厚な音をあげて半開きになった扉の隙間から、彼女のシモベである吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が姿を現した。何者かを確認する手順を省略したということは、主から既に話は通っているのだろうとパンドラズ・アクターは推察する。

 

「これは初めまして、麗しき白亜のお嬢様。私はナザリック地下大墳墓の宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクターと申します! 以後お見知りおきを。本日は、貴女が仕えし主に用あってここへ参りました」

 

「よ、ようこそおいでくださいましたパンドラズ・アクター様。我が主、シャルティア様からお話はお伺いしております。シャルティア様は既に部屋でお待ちしておりますので、僭越(せんえつ)ながら私がご案内させていただきます」

 

 若干ひきつったような笑みと共に歓迎する吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に気付くこともなく、さらにオーバーな御辞儀をもってパンドラズ・アクターは紳士的に対応する。

 

 絶対なる至高の四十一人をまとめ上げる我が創造主、アインズが「そうあれ」と設定してくれた行動に従って何が悪いだろうか。パンドラズ・アクターは誇りともいえるこのアクションを崩すことなく、小気味いい足音をあげて吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の後をついていく。

 

 数多の女の嬌声や淫靡な気配が支配する部屋の空気を仰々しく肩で切って歩く、はにわ顔の軍服怪人。このミスマッチ具合にはさしものエロの権化やギャップ萌え厨二病も「いやさすがにないわ」と口をそろえて手を横に振るだろう。

 

「こちらでございます」

 

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が立ち止まった部屋の前に、パンドラズ・アクターはカツンと踵を揃えて静止した。

 

 三回、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が扉を軽く叩き、パンドラズ・アクターが来訪したことを扉越しの主人に伝える。

 

「入りなんし」

 

 一拍遅れて返って来た返事を確認し、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は扉の取っ手に手をかけ、パンドラズ・アクターを中へ導いた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「こうして顔を合わせるのは二度目でありんすね」

 

「実際にこうやってお話しできる機会は初めてではないでしょうか」

 

 ピンク色の薄いベールが天井から垂れ下り、奥に見えるベッドやその他の物を妖しげに映す部屋の中央にちょこんと置かれた丸いテーブルと小さな椅子が二つ。

 

 その片方に座し、純白の陶器に注がれた紅茶で唇を湿らす少女、シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 シャルティアが妖艶とも可憐とも分け難い笑みで問うと、パンドラズ・アクターは対して表情を動かすことなく―――そもそも彼に表情筋があることが疑問だが―――溌剌(はつらつ)と答えた。

 

「立ち話もなんでしょう、座りなんし」

 

「それではお言葉に甘えて」

 

 言葉通り、カツカツとわざとらしく音を響かせながら椅子の前まで歩き、パンドラズ・アクターはどかっと小さな椅子に座りこむ。曲がりなりにも成人男性並の体格であるパンドラズ・アクターからしてみれば丈に合わない椅子のはずだが、彼はそれに文句を言うどころか膝を組んで優雅にくつろいで見せた。

 

「なるほどねえ…。アルベドやユリから聞いていた通りではありんすが、これほどとは…」

 

「いかがなさいましたか、第一階層から第三階層―――」

 

「いや、何でもないでありんすえ」

 

 台詞が長くなりそうな気がしたシャルティアは途中で遮り、冷めてしまう前に紅茶を飲むように勧める。

 

 二つ返事で了承したパンドラズ・アクターは、きびきびとした動作でカップの取っ手を長い指で器用に掴み、片手で軍帽を被りなおしながら口と思われる穴へ流し込んだ。

 

「おお、この鼻腔をくすぐるような芳醇な香り! それでいて甘すぎず、すっきりとした後味。色味も『紅茶』の名に恥じない、鮮やかな深紅色! 例えるならこれは宝物殿に保管されている黄金が示唆する栄光あるナザリックの甘美な一時に―――」

 

「あー。それで、至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を取りに来たのでありんしょう?」

 

 やっぱり長くなる台詞を再び遮り、シャルティアはここへ訪ねた理由をパンドラズ・アクターに思い出させる。

 

「そうでした! 私が管轄している宝物殿へ戻るため、至高の四十一人が所持していた至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が必要なので受け取りに参りました。この至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)、所持する能力はナザリック地下大墳墓の玉座の間以外の―――」

 

 だめだこりゃ、とシャルティアは早々に匙を投げ捨てた。

 

 アインズがその手で自ら生み出した唯一のNPC、パンドラズ・アクター。その異様な姿を初めて見たのは、シャルティアが何者かの手によりワールドアイテムの効果によって洗脳、アインズに牙を向けたという前代未聞の大事件が解決した後のことだった。

 

 当のシャルティアはアインズの勅命に従い、セバスやソリュシャン、そしてお付きの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を二体ほど侍らせて外界へ出立した時からの記憶がすっぽ抜けてしまっている。次に目を覚ました時の記憶は、アインズと守護者全員が玉座の間にて横たわる自身を見下ろしている光景だった。

 

 その中に一人混じっていた見慣れない者こそが、初めてシャルティアがパンドラズ・アクターの姿を目撃した時だった。

 

 その後は激しい自己嫌悪やら極大の罪悪感やら粉々に砕け散ったプライドやらが折り重なっていたためにあまり覚えていないが、こうして彼と正式に言葉を交わすことはなかったはずだとシャルティアは記憶している。

 

「―――失礼。何やら優れないご様子ですが、何か気に障ってしまいましたか?」

 

「え? ああ、いや、何でもないでありんすよ。お気遣い感謝しんす」

 

 どうやら当時の忌まわしい記憶に顔が強張ってしまっていたようだ。左胸に手を当てこちらを覗き込むパンドラズ・アクターに礼を述べ、口直しに紅茶で濡れた唇を湿らす。

 

 三度話が脱線する前に、シャルティアは本来の要件へと話を戻した。

 

「そうそう、至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)でありんしたね。持ってきなんし」

 

 扉へ一声かけると、既に待機していたのか一体の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が一礼と共に入室する。両手で丁重に持ち運んでいる、上からきめ細かい布が被さった小さな箱のような入れ物に、パンドラズ・アクターは首をぐりんと回して注視する。

 

 片膝を立てて深々と頭を下げながら、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)はその手に収まっている箱をシャルティアに差し出した。シャルティアは愛おしそうにその箱を受け取ると、そのままパンドラズ・アクターへと手を差し出す。

 

「では、失礼」

 

 ピアノでも弾くかのようにパンドラズ・アクターは緩やかに手を伸ばし、布の被さった箱を受け取った。それから爆弾でも解除しているかの如く、慎重かつ丁重に布を取り去り、待ち望んでいた蓋を開けた。

 

 中に入っていたものは見間違えるはずもない、創造主(アインズ)がその指に嵌めるナザリックの象徴。至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)

 

「おお…! この輝き、この紋章。まさに、まさに至高の御方々の象徴にして圧倒的な力の証!」

 

 また途中で遮ってやろうかとシャルティアは口を開いたが、何度も光に照らして感極まるパンドラズ・アクターの姿に開けた唇を苦笑に変えた。

 

 今の今までは役者(アクター)の名の通り芝居がかった口調に動きの目立つ奴だったが、至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)に触れている彼の姿はまるで憧れの物を与えられてはしゃぐ子供のように見えたからだ。

 

 動作や言動はくどくて野暮ったい奴だけど、なんとなく嫌いになれないやつだ。自分でも気づいていないそんな無意識的な感想に、シャルティアの笑みが心なしか和らぐ。

 

 傍に控える吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を目配せ一つで退場させ、シャルティアは指輪に没頭するパンドラズ・アクターへは一つ提案した。

 

「ねえ、パンドラズ・アクター」

 

「おっと、私としたことが興奮していたようで。それでいかがなされましたか、シャルティア嬢」

 

「こうして会えたのも何かの(えにし)。少しお話ししてみるのも、悪くないではありんせんか?」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「だから、なんで分からないでありんすかねえ。ユリのあの凛と澄んだ佇まい、それが顕著に表れた美しい顔立ち、隠しきれない豊満な女体、白く滑らかな肢体。これが分からずして何がエロだよエロって話でありんすよ」

 

「は、はあ」

 

 ぐいっと身を乗り出して力説するシャルティアから距離をとるように、パンドラズ・アクターは思わず後ろにのけぞる。

 

「最近は普通のプレイでも物足りなくなってきたのよねえ。シモベ達の身体もさ、そりゃあいい身体してることは認めんすよ? でも毎日同じ肉ばっかり食べさせられても飽きるっていうじゃない?」

 

 至って真剣な表情で自分の慰み方について語られている状況のパンドラズ・アクターは、いったいなぜこんな破廉恥極まりない話にぶっ飛んでいったのか聡明な頭脳で整理する。

 

(最初は普通に、そう至って普通に会話をしていたはず。アルベド嬢がどうだとか、アウラ嬢がどうだとか、アインズ様は素晴らしい誠その通りでございますだとか。そうだ、そこからアインズ様の白磁のごとく肢体はこの世の美の結晶という話になり……)

 

 見かけ上はのぺっとしたはにわ顔のままだが、その内なる表情ではこの事態をどう収めるか一人百面相しているところだった。

 

「ちょっと聞いてるでありんすかパンドラズ・アクター?」

 

「え、ええ勿論ですとも。誠に素晴らしいことですな!」

 

「でしょう? あの人間の小娘はもったいなかったでありんすなあ。ナザリックを冒した哀れな侵入者とはいえ、アインズ様に頼み込めばあれをペットとして飼う権利をいただけたかしら」

 

「人間を、ですか。ちなみにペットとして飼うとは、具体的にどのような―――」

 

 そこまで口にしてパンドラズ・アクターは(はた)と口を閉ざす。彼の聡明な頭脳がそう予見したのか、それとも根源的な何かが囁いたのか。このまま全てを口に出したらまずいという予感が背中を走った。

 

 しかし時すでに遅し。情欲にまみれた瞳をとろんととろつかせ、真っ赤な舌で淫靡に舌なめずりした変態吸血鬼の姿がそこにあった。というか発情したシャルティアだった。

 

「そりゃあもう、まずは妾の持ってる○○をあの小娘の○○に挿れて従順になるまで調教してそのあとは骨の髄まで溶かす勢いで舐めて絡めてもみしごいて○○してそのまま○○を○○に―――」

 

「いけない! それ以上はいけないシャルティア嬢! おそらく淑女が口にしていい範囲を超えてしまっている! アウラ嬢に叱られますよ!」

 

 今にも下腹部に手を伸ばしそうなシャルティアを大振りな動作で制したパンドラズ・アクターは、割と初めの方からアウトだったんじゃないだろうかという一人ツッコミがよぎりながらもどうにかこうにか話をずらそうと試行錯誤する。

 

 なぜこの場に関係のないはずの第六階層守護者の片割れの名前が出たのか少し気になったが、それも追々整理することにした。

 

「そ、それよりシャルティア嬢。先ほどいただいた紅茶は非常に甘美でした! よろしければ、もう一杯いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「勿論いいでありんすえ」

 

 パンパン、とシャルティアはその場で二回手を叩く。すると、即座に二体の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が扉から姿を現し、ほのかな湯気を放つ紅茶の入ったカップを二杯分用意した。

 

 一体はそのまま空になったカップを下げ、もう一体は腰かけるシャルティアの横につく。

 

 さてどうしたものかとかっこつけながら紅茶をすするパンドラズ・アクターの目の前で、同じように紅茶に口づけながらシャルティアは再びエロについて雄弁と語りだした。

 

 空いた片手で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の胸を揉みしだきながら。

 

「ぶふっ」

 

「ちょっと、汚いでありんしょうが! まさかお前ら、何か変なものを―――」

 

「い、いや違、げほっ! 違うのですシャルティア嬢。彼女達は何も悪くげほっ」

 

 大袈裟なのか本当に詰まったのか、激しく咳き込みながらも主の激怒に触れかけた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の無実を主張する。

 

 恐怖と怯えが入り混じった表情だった吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、パンドラズ・アクターの助け舟があってか涙目になりながらもほっと安心した顔を浮かべている。

 

(いや、でも胸揉まれていますけど?)

 

 こんなことになった最大の原因は現在進行形で執行中である。シャルティアの掌に合わせて張り出した胸は形をぐにぐにと変え、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)も先ほどの感情はどこへやら、ほんのりと顔を赤らめて吐息も荒くなってきている。

 

「大丈夫でありんすか? 肺にでも紅茶が入ったみたいでありんすが」

 

「え、ええ。御心配には及びません」

 

 あれには触れない方がいいだろう、とパンドラズ・アクターの頭脳はそういう結論に達した。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「長々と引き留める形になって申し訳ありんす。本来は宝物殿へ戻るところを妾が気まぐれに誘ってしまったばっかりに」

 

「いえいえ、とんでもございません。貴重な一時を過ごさせていただき、私としても感謝しきれない感情がこの身体を巡ります!」

 

 その巡った感情が迸っているせいなのか、片足を軸にして落ち着きなくぐるぐる回りながらパンドラズ・アクターは高らかに述べる。

 

 最後まで慣れることのなかった芝居かかった口調にお付きの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)共々微妙な顔になるが、瞬時に淑女のような美しい笑みを浮かべながらドレスの端をつまみ、シャルティアは可愛らしく一礼する。

 

「それでは御機嫌よう、パンドラズ・アクター。貴方の更なる活躍を願って」

 

 回ることをぴたりと止めたパンドラズ・アクターは、その軍服に相応しい見事なまでの敬礼で返―――そうとして、左胸に手を添えて紳士的に一礼し返した。

 

「こちらこそ、Viel Glück(ごきげんよう)シャルティア嬢。貴女のますますな活躍を願って」

 

「「―――ナザリックに栄光あれ」」

 

 最後に両者が口をそろえたと同時に、至高の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)の力でパンドラズ・アクターの姿がその場から掻き消えた。

 

 騒々しくて慣れない訪問者の姿が消え、シャルティアは軽く息をつく。

 

 アインズがただ一体として創造されたNPCは、なんとも言えない強烈なキャラクターという印象が強かった。というか強すぎた。それでも内側から溢れ出る守護者特有の気配とアインズより与えられた千差万別の能力に、シャルティアは同じ百レベルNPCとしての認識を強く意識する。

 

 ところで後半の方は話に花が咲きヒートアップしすぎてあんまり記憶が定かではないが、恍惚の表情でとろけていたシモベと何かをあきらめたように見えなくもない領域守護者の姿を見る限り何事もなく終わったのだろう。

 

 話に浸るのもそこそこに、シャルティアは転移門(ゲート)の管理のために再び仕事に戻る。お付きのシモベに後片付けを命じ、軽くのびをしてパンドラズ・アクターの立っていた場所をもう一度だけ振り返った。

 

「ま、なんだかんだ面白い奴でありんしたな」

 

 機会が会えば、もう一度お茶に誘うのも悪くない。

 

 自分でもどこから湧いて出たのかわからないぐらい機嫌のいいシャルティアは、鼻歌交じりで今宵の新鮮な慰め方を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 




~後日~

(∵)「父上! 折り入って相談がございます」
▼皿▼「う、うむ? どうした、遠慮せずに言ってみよ」
(∵)「淑女の乳房が激しくもみしだかれている光景を見ても動じないようになりたいのですが」
▼皿▼「は?」


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至高の御方

なんとなしに書いてみたお話し。続いてるっちゃ続いてます


 その日、ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラはいつもとはまるで違う環境の場所にいた。

 

 その環境というのは、彼女が守護する領域や勅命に従って赴いている樹海や大森林ではなく、数多の亡者の呻きや生者への恨みつらみが、そのまま肌に突き刺さるかと思えるほど重苦しい雰囲気に包まれた、ナザリック地下大墳墓の第二階層である。

 

「ようこそおいでくださいましたアウラ様。シャルティア様は既にお部屋でお待ちになっております。僭越ながら---」

 

「あー、いいよ分かるから」

 

 この階層を含め第三階層まで守護している階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンの私室の大扉を叩いていたアウラは、姿を見せた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の言葉を制して部屋の中に入り込む。

 

 仕事の休憩中にもかかわらず彼女がここを訪れた理由。それは、他ならぬシャルティアから「お茶でも飲もう」と誘ってきたからだ。

 

 シャルティアとはよく口喧嘩を繰り広げる仲ではあるが、別に嫌いというわけでもない。お茶会自体はアルベドも合わせて何回か開いているし、色々と盛り上がって結構楽しい。

 

 シャルティアの部屋でお茶会をしたこともあったため、そこまでも道順を記憶していたアウラはシャルティアのシモベの案内もなしに迷わず部屋へと向かう。

 

「相変わらずすごい部屋だなあ」

 

 部屋中を覆う薄く笑う女の声、淫靡に木霊する嬌声。天井から垂れ下る薄いピンクのカーテンがそれらをさらに妖しく演出させている。あちこちでは何体かの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が座り込み、精巧な人形のように沈黙しながらアウラへ頭を下げる。

 

 正直言って、アウラはこの部屋をあまり好ましいとは思えない。

 

 当然この部屋は至高の御方が創造されたものだから、そのような悪感情は不敬の極みだということを重々承知している。アウラ自身、至高の四十一人---ぶくぶく茶釜により創造されたNPCとしての忠誠心といつもぶつかり合い、何とも形容しがたい複雑な感情を抱くのだ。

 

 しかし例えるなら、弟の部屋に入ったら所狭しとエロゲーのキャラポスターが貼ってあるのを見てしまったような、そんな微妙な気持ちがアウラの心に広がっていく。

 

「こんな気持ちを抱くなんていけないとは分かってるのに…。でも何で、こんなにも変な感じになるのかな」

 

 もし仮に、アルベドがこんな凄まじい部屋に住んでいたとしてもすんなりとのみ込めるだろう。

 

 だけどそこにシャルティアを当てはめてしまうと、やはり複雑な気持ちになってしまう。無性に叱りたくなるようなそんな感じだ。

 

 自分でも分からない感情の出どころに悶々としていると、シャルティアが待機している部屋が見えてくる。

 

「当分の課題はここへの苦手感を無くすことかなあ…。まあそれは後で考えよう」

 

 扉の横で待機していた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)がアウラの到着に気づき頭を下げる。そして部屋の主に一声かけようとしたが、自分でやると断って扉を数回叩いた。

 

「シャルティアー! 来たよー!」

 

 溌剌(はつらつ)とした呼びかけに、しかし応答はない。

 

 むしろ、少し耳を傾けてみれば何やら話し合っているような声が中から漏れてきている。順当に考えればいつも通りアルベドか、珍しいところで言えば戦闘メイド(プレアデス)の誰が声をかけられて先に入室したのだろう。

 

「アルベドもいるのー? 入るよー」

 

 中にいるらしいことは確認したので、アウラは返事を待つことなく部屋の扉を開いた。

 

 

「---鳴かぬなら、Bis die Krähen(鳴くまで待とう)ホトトギス!」

 

「鳴かぬなら、イかせてやろう(・・・・・・・)ホトトギス!」

 

「……は?」

 

 扉を開けた先にいたのは、特撮モノのポーズを取りながら意味不明なことを言ってキメている変態吸血鬼と厨二はにわの姿だった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 まんまるな形をした机を囲むように椅子に腰かける、三つの人影。

 

 一人は快活な少年と見紛う少女の闇妖精(ダークエルフ)、一人はゴスロリ衣装に身を包んだやけに胸のでかい真祖の吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)。そしてもう一人が、欧州アーコロジー戦争で有名なネオナチ親衛隊の軍服を着こんだ二重の影(ドッペルゲンガー)

 

 子ども二人と大人体格一人が同じ机を共にしているという奇妙な光景の中、軍服の怪人パンドラズ・アクターが突然すくっと立ち上がりアウラに向き直る。

 

「改めまして、そこの少年!」

 

「はあ?」

 

「玉座の間にて一度お会いしましたが、このように話す機会は初めてかと! しかし流石は闇妖精(ダークエルフ)、幼子ながらも既に完成されしその美貌は、まさに彫刻家が永年求め造り上げたどの彫刻も美しく---」

 

「ちょ、ちょっと待って。まずあんた---」

 

「ああ! しかし惜しむべくはその蠱惑的な美貌を持ちながらも紳士としての性を持って生まれたこと! もしこれが淑女たる性であったならば、そこらの秘宝にも勝る美しさと妖しさを兼ね備えた究極の---」

 

「だから誰なのよあんた! あとあたしは女だから!」

 

 無駄にビブラートを効かせて高らかに笑うパンドラズ・アクターと、そのぶっちぎりハイテンションについていけず翻弄されまくるアウラ。その成り行きを黙って紅茶を口づけていたシャルティアはカップを皿に置く。

 

「パンドラズ・アクター。紳士たるもの忘れてはならないものがあるでありんしょう?」

 

「おや、私としたことがつい浮かれてしまっていたようで。アマリリスのように美しく、輝かんばかりの美貌につい---」

 

「お、お世辞なんていいからさ!」

 

 女性としてここまで徹底的に褒められ慣れていないアウラは、健康的な褐色の顔を長い耳先まで真っ赤に染めてしまう。

 

「私はナザリック地下大墳墓、宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクター。以前、こちらのシャルティア嬢が復活される際に同席させていただいたのですが」

 

「パンドラ……ああ、いたいた!」

 

 忘れるはずもない大事件とその終幕。玉座の間で行われたシャルティア復活の際、軍服にはにわ顔という一際浮いた姿がいたことを思い出す。

 

 その時はアインズが、自身の作った領域守護者という極最低限の紹介しかしていなかったので、パンドラズ・アクターの姿はその後のシャルティアに対する記憶に塗りつぶされかけていた。

 

 おまけにあの時、パンドラズ・アクターは終始無言を貫いていた気がする。もし、あの場で目の前のようにオーバーに動き回って芝居臭くしゃべっていれば、いやがおうにも記憶に盛大なインパクトを残しているはずなのだが。

 

「あんた、玉座の間にいた時はやけに大人しくしていた気がしたけど……」

 

「それは! あの時は我が創造主であるアインズ様から遣わされた命令に従って、愚劣ながら玉座の間の飾りとしての役割をひたすら演じさせていただいたのでございます!」

 

「分かったから近い! 近いよ!」

 

 ずいっと眼前まで迫ってくる三つ穴の顔をアウラは手で押しのける。これだけ激しく動いてもずれることのない帽子は流石のものだ。

 

 ちなみに、その時アインズが出した命令というのは「(俺の喋って動く黒歴史をあまり見られたくないから)お前はできる限り大人しくしていろ」といったニュアンスだったのだが、アルベドやデミウルゴスに匹敵する叡智を間違った方向へ全力で働かせるパンドラズ・アクターの前ではごらんの有様である。

 

 一通り自己紹介を終えたパンドラズ・アクターはどかっと席に座り込み、慣れた足付きで片膝を組んでカップに手を伸ばす。

 

「あっ、あたしも名乗らなくっちゃね。知ってるとは思うけど、あたしはアウラ・ベラ・フィオーラ。弟のマーレと一緒に第六階層守護者を務めさせていただいてるよ」

 

「ブルー・プラネット様がお創りになられた、宝物殿の至宝の輝きにも匹敵する満天の星空が素晴らしい階層でしたね。それらの光に照らされて夜の闇に妖しく光る木々たちの姿もまた魅力的であり---」

 

 またもや単独ミュージカルを繰り広げるパンドラズ・アクターに、アウラはため息をついてシャルティアに視線を移す。

 

「ねえシャルティア。なんであれと一緒にいたの?」

 

「前に一度、機会があって少し話してみたでありんす。するとこれがなかなか楽しかったから、もう一度誘ってみたんでありんすよ。せっかくだから、おんしの反応も見たかったでありんすえ」

 

 最早あれの奇行に慣れていたのか、シャルティアはパンドラズ・アクターの動作に眉一つ動かすことなく余裕の態度を見せていた。

 

「あれはあれで、いやそのまんま面白い奴でありんすよ。それに意外と話の分かる奴でありんす」

 

「話の分かる奴ねえ…。それであんなポーズと前口上まで盛り上がっていたの?」

 

「ぶふっ!」

 

 意地悪く口の端を吊り上げてみせたアウラに、シャルティアは余裕の表情を崩して口に含んでいた紅茶を吹き出してしまう。

 

 というよりも、なんとか余裕の顔と紅茶で抑え込んでいた羞恥心が一気に噴き出したというべきか。

 

「あ、あれはその、アインズ様とペロロンチーノ様が前に話していたお話しを元にちょっと試してみたかっただけで…」

 

 

 ---戦隊モノの女の子ってさ、なんとも言えないエロスを感じない? 溢れ出る活気というか。

 

 ---俺はそれよりも敵役とかでたまにいる死霊遣いに惹かれましたねえ。あと軍人キャラとか。

 

 ---ああいいっすね~。その死霊遣いが骨とかボロ布とかできわどい恰好してる女の子だったら最高。

 

 ---ペロロンさん…。

 

 ---今では有名な戦隊モノですけど、実はそれよりも仮面ライダーの方が年代的に最初に放映されていたんですよ。その起源はもう二百年以上前に遡って---

 

 ---まずいたっちさんが特撮モノ語りだした! ていうかいつの間にここに!?

 

 

 あくる日、おぼろげながらも自室で耳にしたそんな至高の御方々の会話を思い出し、口元をハンカチで拭いながらシャルティアは反論する。

 

 しかし、それを聞いたアウラの笑みはさらに楽しそうに歪む。

 

「へ~。じゃあもっとやっても大丈夫だよね~。なんてったって、至高の御方達が話されていた会話なんだし」

 

「うっ!?」

 

 にんまりと三日月のような口で笑うアウラにシャルティアは言葉が詰まる。

 

 心なしかアウラの背後には、ピンク色の卑猥な形をしたスライムがこれからどういびり倒そうかと悪魔の笑いをあげているような幻影が見えた。

 

 そして自分の背後にも創造主たる翼人(バードマン)の気配を感じ---ものの見事にジャパニーズ土下座を決めている爆撃の翼王の幻影が見えた気がしたので、シャルティアは力とは別の圧倒的な格差みたいなものをひしひしと痛感した。

 

「おや! 先ほどの続きですかシャルティア嬢。いいですとも! 私が記憶するありとあらゆる決め台詞の中からぴったりの言葉を今見つけま---」

 

「お前はちょっと黙っておくれなんし!」

 

 一番の原因というべきか、シャルティアに柄にもない変なポーズと前口上を決めさせていたパンドラズ・アクターは全く恥じらいも見せずに喜々と躍る。

 

 そしておかしなことに、こんなはにわ怪人の背後にも楽し気に語る我らが支配者の姿を幻視してしまう。(ひとえ)に言って共通点などまるで見当たらないので、これこそまさに幻覚だろう。

 

 羞恥な姿を見られて悶絶するシャルティアと、それを見て愉快そうに笑うアウラ。

 

 だが、パンドラズ・アクターが続けて放ったひと言によって事態は急変する。

 

「もちろんアウラ嬢もご一緒に。至高の御方々が話されていた会話をもっと深く知り、よりアインズ様の役に立てるように学ばなければ!」

 

「……え”っ?」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「そこで右足を軸に体重を乗せて大きく回転」

 

「こ、こう?」

 

「もっとです!」

 

 そんなこんなでアウラは、パンドラズ・アクター直々にオーバーなアクションをもっての決めポーズをご指導願うこととなってしまった。

 

 シャルティアはといえば、あれだけ恥ずかしがってた割にいざポーズをとりはじめると妙にノリがいい。パンドラズ・アクターには周囲の生物を強制的に狂騒状態にでもするのだろうかとくだらないことを考える。

 

 冷静に考えれば、百レベルでありマジックアイテムで様々な状態異常を無効化している自分達にそんなものが効くはずないのだが、そんな馬鹿なことを思ってしまうくらいおかしな雰囲気だ。というかお茶会とは何だったのか。

 

「ふふん。アウラったら、この程度のバランス感覚もとれないでありんすか?」

 

「何よ。あんただってさっきすっころんで胸ずれてたじゃないのさ」

 

「うっ」

 

 横転した際に胸のふくらみが縦に並ぶという不気味な光景を作り出したシャルティアはばつの悪そうな顔で視線を逸らす。

 

「ところでさ、パンドラズ・アクター」

 

「何でしょう」

 

 呼び掛けられた声にパンドラズ・アクターは大袈裟な動作で振り向き、肩で羽織るように来ている軍服をなびかせる。

 

「あんたってさ、至高の御方々の御姿に変身できるんだよね」

 

「はい。アインズ様より賜ったこの能力は私の誇りであり、全てです。私がこの能力を持っているのではなく、この能力のために私が生み出されたのだと言い換えても過言ではありません」

 

「じゃあ---」

 

 そこまで口を開きかけ、アウラは桃色の薄い唇を閉ざす。口にしようとした言葉の意味をもう一度頭の中でかみ砕き、そしていたずらに笑った。

 

「ごめん。なんでもないや!」

 

「そうですか」

 

 パンドラズ・アクターもそれ以上追及することはしない。軍帽を深くかぶり直し、大きく身をひるがえして新しいポーズの決め具合を確認する作業に戻った。

 

 ごまかすような笑いを浮かべるアウラの傍にシャルティアが近づく。

 

「同じこと、考えたでありんすね」

 

「……シャルティアもそう考えたんだ」

 

 パンドラズ・アクターが保有する能力。それは至高の四十一人の姿、そして能力を模倣することができるという強大なものだった。オリジナルの八十パーセントまでしか再現できないとはいえ、スタイルも武器も何もかもが違う四十一もの姿になれるそれはまさに千差万別。偉大なる支配者がその手で創造されたものに相応しい、無限の可能性を秘めた名役者(アクター)

 

 同時に、それは姿を消してしまった至高の四十人に形だけでも会えるのではないかという淡い希望をアウラは考えた。何も告げずに去っていた至高の御方々に---自分やマーレを創造した、ぶくぶく茶釜に。

 

 けれど、とアウラはパンドラズ・アクターに目線を移す。

 

「姿かたちがそっくりだとしても、やっぱり違うんだよね」

 

 たとえパンドラズ・アクターがぶくぶく茶釜に姿を変えても、全盛期のあの装備をつけていたとしても。そこにいるのはやっぱりパンドラズ・アクターなのであって、ぶくぶく茶釜ではないのだ。

 

 至高の御方の似姿といってもよほどのことがない限り、シモベであるNPC達が至高の四十一人を間違えるはずがない。まして、それが自分の造物主たる存在ならば尚のことだ。むしろ本物でないくせに真似事を、と激怒に駆られてそいつを殺してしまうかもしれない。

 

 どれだけ本物に精巧な贋作だとしても、後に残るものは虚しさだけ。シャルティアもそれに気づいていたからこそ、パンドラズ・アクターの能力を知っていてもそんなことを頼むことはなかったのだろう。短くうなずいたシャルティアは、懐かしむように遠くを見つめる。

 

「妾も何度思いんしたことか。ペロロンチーノ様の御姿をとってもらって、もう一度呼び掛けてほしいと。また妾の前にその雄大な御姿をお見せしてほしいと」 

 

 でも違う、とシャルティアは続ける。

 

「それではきっとダメなんでありんしょうね。本物のペロロンチーノ様でなければ、きっとこの気持ちは埋められない」

 

 だが、パンドラズ・アクターはどのような理由をもってあの能力を授けられたのだろう。

 

 単純に考えれば、至高の御方々の戦力が一人分増えるという目的での軍力強化が妥当だろう。絶対なる力を持つ御方の一人が倍になるというだけで、非常に多様性に富む。ワールド・チャンピオンのたっちみー、ワールド・ディザスターのウルベルドに変身すれば、八割の力とはいえその脅威は果てしないものとなる。

 

 そんな汎用性に富む能力を持ちながら彼に与えられた役職は「領域守護者」。それも厳重に侵入者対策を施している宝物殿の領域守護者である。アインズ・ウール・ゴウンが蓄えてきた歴史そのものを守護する番人となれば、確かに圧倒的な力を託されることにも納得がいく。

 

 しかし、至高の四十一人の中には正面切っての戦闘が不得手な役職もいた。暗殺を得意とし、代償として一対一のPVPではそれを活かしきれない弐式炎雷などがそのもっとも足る例だろう。

 

 にもかかわらず、パンドラズ・アクターはしっかりと彼らに変身できる。ぶくぶく茶釜のようなずば抜けたヘイト管理の盾役(タンク)もいなければ、同じように前衛としてヘイトを分散しあう武人武御雷もいない。彼女らの役割を果たそうとするなら、結局はパンドラズ・アクター自身が姿を変えなければならない。

 

 宝物殿を守護する最終防衛ラインにしては、どこか歪なのだ。そこを守護するためというよりは、もっと別の理由があってその能力を詰め込まれたかのような。

 

「いかがなさいましたか?」

 

「どわっ!?」

 

 ハッと顔をあげると、視界いっぱいに広がるはにわ顔。アウラは思わずのけぞってしりもちをついてしまう。

 

「おっと、驚かせてしまいましたね。これは失礼、お手をどうぞ」

 

 仰々しい動作で非礼を詫び、パンドラズ・アクターは尺取虫のように細長い四本の指を差し出す。差し出された手を見てぼうっと呆けていたアウラは、慌ててその手をとって立ち上がった。

 

「ご、ごめんね。ありがと、ちょっと考え事してただけだから」

 

「あらあらアウラ、何でありんすか今のは? さながら王子に手を取られて先導されるお姫様みたいでありんすよ? その割にはずいぶんちびっこいこと」

 

「うっさいシャルティア!」

 

 隙あらばなじってくるシャルティアとそれに噛みつくアウラ。

 

 今にもとびかかりそうな二人に、故意か偶然かタイミングを崩すようにしてパンドラズ・アクターが会話に割り込んでくる。

 

「さて、お二方。今しがた私が練りに練った決めポーズの方が決定いたしました。よろしければ、私の指示通りに動いてくれると非常に様になりますので!」

 

「うげっ、そうだった」

 

「わかったでありんすよ。で、妾達にどうしろと?」

 

 苦い顔をするアウラに対し、シャルティアは小慣れしてきたのか既にいくつかポーズらしきものをとっている。そのやる気を見てか、パンドラズ・アクターの言葉にもますます熱がこもった。

 

「ではシャルティア嬢はここへ! アウラ嬢はシャルティア嬢から一・三メートルほど離れたところで向かい合って待機してください」

 

 指定されたポイントへと移動するシャルティア。そして彼女と向かい合うように指示されたアウラは、すれ違いざま舌を出してシャルティアを挑発しながらポイントにつく。

 

 当然、向かい合うわけだからシャルティアの額に浮かぶ青筋がしっかりと見える。しかし、彼女が何か言うよりも早くパンドラズ・アクターの声が木霊する。

 

「それではシャルティア嬢、アウラ嬢。今からそこで言い争ってください」

 

「えっ?」

 

 間の抜けたその返答はどちらの口から洩れたのだろう。もしかしたら二人揃って出たのかもしれない。それほど唐突に告げられ、二人はその言葉の真意を理解しようと頭を悩ませる。

 

「あの、パンドラズ・アクター。言い争うって---」

 

「そうです。二人で言い争うのです。あっ、その場から動いてはいけませんよ! その位置がベストなのです」

 

「そんなこと言われても、というか言われてから言い争うのってなんだか変な感じでありんす」

 

「おや、そうでしたか? 先程のようにふるまってくださるだけでよろしいのですが」

 

 痛いところだが、二人は何かと揉める仲だ。片方が何かをすればもう片方がそれを笑い、そしてそのまま口喧嘩に発展する。別に本心から互いに嫌っているわけではないので所詮じゃれごとの類には過ぎないが、それでも言い争うのはしょっちゅうのことだ。

 

 だからといって、いざ言い争ってくださいと言われて即座にできるほど二人は器用ではない。どんなくだらないことでも何かしら理由があってそうなっているのであって、理由もなしではそれはただの貶し合いみたいなものなのだ。

 

「……そういえばおんし、さっき妾に向かって舌出したでありんしたね」

 

 ---つまり、どんな些細なことでも最終的には発展できるのがこの二人のすごいところなのだ。

 

「な、なによ。最初に馬鹿にしてきたのはあんたの方でしょ」

 

「目の前で起こったことを語り部として口に出して何が悪いんでありんすか?」

 

「いつからそんな役職とったのさ! へん、自分の一部すら偽っている語り部の話なんか偽物の作り話だらけに間違いないね」

 

「胸の話は今関係ないでしょうが!」

 

「あたしは見たまんまのことを言っただけよ」

 

「おのれええ! 張る胸ないくせにほざいたなあ!」

 

「あと数十年もしたらあんたなんか泣いて謝らせるくらいすごくなるんだからねー!」

 

 気が付けば始まり、そして際限なくヒートアップしていく舌戦。アウラが、シャルティアが、両方が、いつもいじり倒しているところなのにそこを付け込まれて反撃していく。主に胸の話になるとその白熱ぶりは三割増しになるとか。

 

 今にも一歩踏み出しそうになって---そこで二人は、自分たちはパンドラズ・アクターに指示されてこんなことをしているのだということを思い出す。視線が思わずパンドラズ・アクターのいる方へと向いた。

 

 そして、二人は同時に息を飲む。

 

 そこにパンドラズ・アクターの姿はなかった。彼が立っていた場所には軍服も帽子も影も形もなく、代わりにそこに佇んでいたのは---偉大なる支配者だった。全身を神器級(ゴッズ)アイテムで包み、下等な生き物であれば恐怖にのたうち、悶え死ぬような重厚なオーラを放つそれは、眼窩の奥に揺らめく一対の炎でシャルティアとアウラを見据えている。 

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者にして、至高の四十一人のまとめ役。「死の支配者」アインズ・ウール・ゴウンの姿がそこにあった。

 

「アインズ様!?」

 

 醜態を見られた二人はすぐさま謝罪すべく(こうべ)を垂れようとして---違和感に動きを止める。

 

 目の前の、シャルティア風に言うなら白磁の輝きを持つそれは紛れもなくアインズ・ウール・ゴウンの姿をしている。しかし何かがおかしい。あのアインズからは至高の御方特有の圧倒的な強者の気配が感じられない。同時に胸の中をいっぱいに埋め尽くす至福と忠義心も、目の前のアインズに対して一切湧いてこないのだ。

 

 困惑で固まっていた二人が正解にたどり着く前に、アインズが第一声を放つ。 

 

「驚かさせてしまい誠に申し訳ございません。察しの通り、私はパンドラズ・アクターです」

 

 声色もしっかりとアインズなだけに、そのオーバーで畏まった口調がより一層異彩を醸し出す。そして出された答えに二人は愕然とした。

 

 一瞬とはいえ、自分たちが至高の御方か否かを見抜くことができなかった。それは自分たちが未熟故か、それともパンドラズ・アクターの擬態能力が完璧すぎるためか。後者の割合もあるのだろうが、二人にとっては前者との重みが違いすぎたのだ。

 

「---なんでこんなことさせたか、説明してくれる」

 

 アウラは鋭い眼差しをアインズの姿をとったパンドラズ・アクターに突き刺す。向かい側のシャルティアもまた、氷のような冷たく鋭い殺気を含んだ視線をぶつけていた。

 

 自分たちがパンドラズ・アクターの擬態能力を一瞬で看破できるかどうか、という実験目的で行われたのならば、無論非は認める。その非があまりにも重罪過ぎて、自分自身にむかっ腹がたってしょうがないくらいにだ。

 

 そして、それを試すためによりにもよって至高の御方---アインズ・ウール・ゴウンの姿を模倣したことが二人の鼻についた。パンドラズ・アクターは他ならぬアインズによって創造された存在だし、外装データが登録しているからその能力を使おうが勝手ではある。しかし、だからといってこのような戯言に至高の御方の御姿を使うとはどういう頭をしているのだろうか。

 

 返答次第では、アインズが生み出したシモベでも不敬に対する意識を覚えさせなければいけない。無言でそう結論づけた二人へ、パンドラズ・アクターは態度を全く変えずに述べた。 

 

「だから、言ったじゃないですか。これこそが、私たちで今行える最高の決めポーズなんです」

 

 二人の片眉が吊り上がった。一体何を言っているんだと、問い詰める寸前にパンドラズ・アクターの言葉が続く。

 

「シャルティア嬢はペロロンチーノ様のお役、アウラ嬢はぶくぶく茶釜様のお役。そして愚息パンドラズ・アクターは、誠に不敬で勝手ながらアインズ様のお役を代人させていただきました」

 

 突然放たれた二人の創造主の名前に細まった瞳がはっと開いた。

 

「ペロロンチーノ様、ぶくぶく茶釜様。お二方はよく喧嘩をされていたと我が主アインズ様より伺ったことがございます。そして自分はその喧嘩の仲裁役としてよく駆り出された、とも」

 

 ぐにゃり、とアインズの姿が粘土のように溶け崩れ、軍服姿の二重の影(ドッペルゲンガー)が再び姿を現す。

 

「そして此度集ったメンバーは、それぞれを創造主に持つ者たち。ならば、とれるポーズなど一つに決まっています。至高の御方々に造られし我々がそれをとらずに、一体誰がその光景を決めポーズとして役割を担っていけますか!」

 

 元の姿に戻ったパンドラズ・アクターは、天を仰ぎ両手を翼のように大きく広げる。天井から差し込む淫靡なピンクの光さえ、今の彼にはスポットライトで明るく飾り照らしているように見える。

 

 憤怒の表情はどこへやら、二人はパンドラズ・アクターが放った言葉を頭の中で復唱する。少しして、おずおずとシャルティアが疑問を投げかけた。

 

「でも、妾達が至高の御方の真似事などそれこそ不敬に値するのではありんしょうか? 妾達はシモベ。至高の御方々と同じ行動をとってしまっては---」

 

「シャルティア嬢、それは違います。おっしゃる通り我らは至高の御方々に生み出されし忠実なシモベ。なればこそ、我々はもっと知らなくてはならないのです。偉大なる至高の御方々の、その一片を! いつかまた至高の御方々がお戻りになられた時に、無知である己を責めるお二方の姿を私は見たくないのです」

 

「至高の御方々を、知る……?」

 

 アウラはそこで思う。自分は創造主であるぶくぶく茶釜のことをどれくらい知っているのだろうか。自分たちを生み出し、可愛がり、そして去ってしまったぶくぶく茶釜は、自分たちの見えないところではどのようなことをしていたのだろうか。 

 

 霞がかった遠い記憶に張り付いた、ペロロンチーノと何かでもめ合う創造主の背中を眺めていた時のことを思い出す。だが、その揉め事の主な仲裁役がアインズということは今まで過ごしてきて初めて知ったことだ。

 

 同じように、ぶくぶく茶釜の未だ知らぬ部分があるのではないのだろうか。例えばそう、いつか彼女が話していた「せいゆう」なる職業のこと。そして彼女たちが度々口にしていた「りある」という---

 

「さて! お二方にも十分ご理解いただけたと存じます。ですが改めて、至高の御方であるアインズ様の似姿を一声なしにとってしまったことを謝罪させていただきたい!」

 

 カツン、という音で思考の海から脱却する。見ればパンドラズ・アクターは踵をぴったりと揃えて縦一文字で姿勢を正し、そのまま直角九十度に腰を折り曲げて二人に頭を下げた。それでもずれない軍帽は流石というべきか。

 

「ちょ、何も頭を下げなくたっていいよ! あたしも少し気が早かった、ごめんね」

 

「そうでありんす。妾達は同じナザリックの祝福を受けし者。頭を上げてくんなまし」

 

「おお…。情けをいただきありがとうございます」

 

 もう一度深々と頭を下げ、パンドラズ・アクターはぶわっと軍服をたなびかせる。

 

「それでは次のポーズ行ってみましょう! 次は、ペロロンチーノ様が緻密に秘匿していた「えろげえ」なるものを看破した時のぶくぶく茶釜様の決めポーズで行きましょう!」

 

「ペロロンチーノ様が全力で隠していたもの!? ペロロンチーノ様が秘匿したその「えろげえ」というものを知るにも、至高の御方々をもっと知る必要があるというわけでありんすね…。アウラ、張り切っていくでありんすよ!」

 

「もちろん! パンドラズ・アクター、あたしは次どうすればいい?」

 

 

 

 ---その後、「購入したエロゲに姉の声が入っていて絶望に打ちひしがれる弟をひたすら嘲笑する姉」というポーズをとった結果、耐えきれず逆ギレしたシャルティアの反撃によって割と本気で喧嘩腰になったのを必死になだめるパンドラズ・アクターの姿があったのだが、それを見たものは当事者とお付きの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)一人だけだった。

 

 

 

 

 

 




~あくる日の至高の御方々~

ぶくぶく茶釜「ほら遠慮せずに耳穴かっぽじって聴きなさいよ。あ~ん、そこはだめぇ~」
ペロロンチーノ「ヤメロォ!!」ドゴォ
モモンガ「やめろペロロン落ち着けぇ!」ピピピピピ


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