アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜 (ドラソードP)
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オマケ
人物紹介


2018/2/15 時点


人物紹介

 

プロデューサー

この物語の主人公。生真面目な性格で、日常生活は色々と潔癖。しかし服装のセンスと、異性への接し方だけは絶望的。

コーヒーが好きらしく、事務所の冷蔵庫の中は缶コーヒーで常に埋まっている。

また、東京育ちのクセに謎のツッコミ癖があり、特に幸子といる時は息をするようにツッコんでしまう芸人気質。そのお陰なのか、基本あらゆる発言がネタと化してしまう幸子とは、奇跡的なレベルで会話が噛み合う。

 

高校生の時に見たドキュメンタリーでアイドル業界やプロデューサーという仕事に憧れを抱き、執念と根性だけで本当にプロデューサーになってしまった実力者であり、その一見なんの取り柄もなさそうな見た目からは想像できないほどの、様々なポテンシャルを秘めている。

 

 

輿水 幸子

中学三年生の癖っ毛とジト目がチャームポイントの普通? の少女。

容姿は本人も自負するだけ可愛らしく、学力もそこそこ、そして趣味は勉強やノート清書、と聞こえだけだとただの真面目な美少女。

しかしその本質は極度のナルシスト、甘えん坊、リアクション芸人そのものであり、文面や写真、PVで見るその姿とはあまりにもかけ離れている。

自分の可愛さが世界一、果ては宇宙一であることを証明するためにアイドル業界に足を踏み入れた。

 

因みにプロデューサーを初見で見た時、密かに運命を感じたとか、感じなかったとか。

素直な少女にもまた、誰にも語らぬ本心がありそうだ。

 

 

二宮 飛鳥

闇に飲まれない方の厨二。

髪には日により様々な色のエクステをつけており、冷静沈着、難しい単語等を用いて常に言葉遊びの様に話す、等と要するに厨二病気味の中学二年生の少女。

 

幸子とは同期、そして同い年で、飛鳥の大人びた雰囲気や言動にどうやら幸子は嫉妬している様子。

アイドルになった理由はまだ見ぬ、まだ知らぬ世界を探すためという理由らしく、アイドルの仕事には何だかんだ本気で接していく。

 

 

森久保 乃々

幸子や飛鳥の同期で独特な巻き髪が特徴的なネガティブ美少女。幸子が何故か執着している。

 

簡単に言うと可愛らしい所以外は殆ど幸子の真逆なタイプで、口数は少なく常に自信なさげに話し、彼女の口癖である『むーりぃー』が恐らく彼女の全てを語っているだろう。

実際アイドルなどやる気は無かったらしいが、熱血的な彼女のプロデューサーに猛アプローチされ、さらにアイドルになることを彼女の両親にも喜ばれてしまった為に、辞めると言い出せず、仕方無くアイドルを続けている。

だがそんな彼女も幸子や飛鳥と関わっていくうちに変わっていく……筈だ。

 

 

上司

プロデューサーの上司。

プロデューサーが新入社員の頃から面倒を見ており、プロデューサーがアイドル部門に異動になった後も何だかんだ心配して面倒を見てくれた優しい人。

しかしプロデューサーが入社したての時はかなり厳しい人だったらしく、厳しくも優しく接していたのはプロデューサーへの期待の現れからなのだろうか。

 

 

謎の女神様

気がつくとどこからしか出てくる謎の自称女神。

プロデューサー曰く、何だかどこかで見たことがある気がする人。

まあそれもこれも、見た目が有名モデルの高垣楓に瓜二つな事からだろうか。

 

プロデューサーが困っていたり暇を持て余していたりすると急にどこからか出てきて、寒いダジャレを言った後に助言や何かを渡して消えていく。

 

 

カメラマンさん

アメリカ帰りのカメラマン。

数多の著名人を撮ってきた凄腕で、346プロには常連である。

他には無い斬新な写真や、唯一無二の存在を作ることが彼の生きがいで、その為か幸子はお気に入りである様だ。

アメリカ帰りである為に、テンションが上がってくると英語が言葉の端々に出てきてしまう特殊な体質である。

 

 

トレーナーさん

346プロ専属のトレーナー。

4人姉妹で346プロには常に4人のうちの誰かが居る。

 

ダンストレーニングを受ける機会がよくある幸子は、次女であるベテラントレーナーさんと接する事が多いらしいが、幸子は『あの人は鬼教官』と言っておりその厳しさがよくわかる。

 

城ヶ崎 美嘉

今話題のカリスマJKアイドル。

元は読者モデルで、今はそのセンスや性格、言動から若者、とくに女子高生から人気がある。

妹もアイドルを目指しているようで、いずれ幸子の後輩として会うこともあるかもしれない。

 

その風体や肩書きから、昔ながらのギャルといったイメージを受けるかもしれないが、根は本当に真面目で努力家な、妹思いの優しい子である。

 

幸子のことは、幸子がライブの手伝いに来てくれたときから相当気に入ってくれているようで、彼女にアイドルとしての実力や、自らのカリスマ性を授けるべく暇があると特別レッスン等を開いてくれたりする。

 

川島瑞樹

元地方局アナウンサー、そして今は夢見る乙女、夢を目指して目指せトップアイドル、そんな28歳のお茶目なお姉さんアイドル。

 

その風体と落ち着いた喋り方、経歴などから真面目な人と思われがちだが仲良くなってくるとお酒が大好きなだけなフレンドリーな人。

わかるわが口調。




内容は随時更新していきます。


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カワイイボクのエトセトラ
エトセトラ1 星は輝く日を待ち望む


エトセトラ1

星は輝く日を待ち望む

 

 空は黒。暗闇に包まれている。一色の、黒。まるで今の私に突きつけられた現実の様に、どこまでも黒く。黒より黒い黒。先は見ても見えず、後ろを見ても何も見えず。

 私は白。何色にもなれていない、何者にもなれない白。ただ、そこに存在しているだけ。無でも有でも無い、曖昧な現実。色を持つことができず、ただそこに存在している。

 とある街中の公園で私は遠くを眺めていた。街明かりが遠くで輝いている。それは何の変哲もないただの光。言ってしまえばどこにでもある電球やネオンの光だ。だけど、少し遠く離れるだけでそれは芸術的に感じることができる。そんな街明かりは、道を見失った私の心にとても暖かく光を灯してくれる。星が見えなくなった現代としては、あの街明かりこそが代わりに輝く星明かりのようにも感じられる。

『君……表情が硬すぎるんだよね』

 昼間、言われた言葉が頭の中で何度も、何度も響き渡る。悔しさに、口からはため息が漏れる。そのため息は、その言葉を言った本人に対してではない。事実、その言われた言葉に何も言い返せなかった自分に対してだ。

「私は……」

 演者である以上、何かを求められることは必然だ。何かを求められ、答えることで、初めて私は役者として存在を定義される。それが例え、エキストラのような小さな仕事であったとしても。決して変わることは無い。

「……だとしても」

 独り言が自ら滲み出るように口から漏れ出す。だが、それらは言葉の全てとはならず、断片だけを残して消えてゆく。

『もしかして君、笑えないの?』

 可能性、それは可能性の一つだった。ようやく掴めそうになった可能性。暗闇の中に見えた一筋の光。名前も知られぬエキストラとは違う。私という存在がそこに存在する、一つの可能性。

『言われた指示の通りにできないなら、君にできる仕事はもう無いよ』

 しかし、それはただの可能性だった。私はただ、可能性に食われた。飲み込まれた。消されてしまった。

 期待に応えられず、役割を果たせなかった私は最早役者とは言えない。存在を定義できず、何にも慣れなかった白だ。

「……それは違う」

 いや、私には意志があった。形を持った意志が。ただ存在している訳では無い。意味を持ってそこに存在している。私という、白色という色を確かに持って。

「今はまだ、私は見えない星なのかもしれない」

 今はまだ、無数に存在する星の一つなのかもしれない。

「今はまだ、私に名前は無いのかもしれない」

 今はまだ、誰も私を知らないのかもしれない。

「でも、いつかは名前を貰う」

 いつかは、私という星になる。

 私は、私という存在の強い意志を持ち、私という居場所を掴み取って、夜空に輝く星の一つとなる。

「あと少しで、それが掴める気がする……」

 空に手を伸ばす。そして手を握りしめる。勿論、掴めるのは空気だけだ。星は掴めたりなどしない。ここより遥か遠くにあるのだから、当たり前だ。

「あとはそれを掴むための何か……それだけ……」

 でも、人は宇宙に飛び立った。星に近づく為。星に触れる為。人は宇宙に飛び立った。

「私は諦めない」

 私は白。今はまだ、何色にも慣れぬ白。だけどいつか、私を私として認めてくれる人が現われるはず。

 それは妥協では無い。

 それは呆れてでは無い。

 それは愛ではない。

 

 それは、信頼だ。

 

 私を白色として認めてくれる、信頼だ。

「星層の最高峰へ……」

 私は、白が白色として、星になって輝ける時を待っていた。

 




復帰前のリハビリとして書きました、ちょっとした短編です。この後本編に出てくる予定の人を少しだけ書きました。
多分、この人の担当の方や僕のTwitterを見てくれている方なら誰かは察しがつくと思いますが……そうです、あの御方です。
本編新話はあと少しで投稿できそうです。また、この幸子の話をできるだけ本の形に近くするため、現在本編の書き直しを行っております。
色々待たせてしまって申し訳ありません。あと少しで、自分に溜まった分の何かが爆発すると思います。去年一年間、培われた何かが形になると思います。もうしばらくだけ、時間をください。


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お気に入り100記念 外伝1
第0回 カワイイボク達の初番組


遅くなりました、お気に入り100記念の外伝です。
本編より少し先のお話になるので三人がユニット組んでいたり、半年経っていたり、イマイチ話がわかりにくいかも知れませんが、いずれも本編で詳しくやるのでとりあえずはスルーでお願いします。

追記
ユニット名変えました


第0回 〈舞台裏〉

カワイイボク達の初番組

 

 

これは、アイドルになったばかりの自称・カワイイ少女、輿水幸子とその仲間達の、今から少し後のお話である……

 

 

ここはとあるスタジオ、次の番組の収録のためにスタッフがあちらこちらへと走り回っている。

そしてその控え室にはとあるアイドル三人組が、それぞれ違った思いを秘めながらその時が来るのを待っているのであった。

 

「ふふーん! いよいよですね! 飛鳥さん、乃々さん!」

 

「ああ、僕も来たる時間が待ち遠しくて心臓が高鳴ってきたよ……」

 

「もりくぼは……別に……あ、お菓子いただきます……」

 

このテンション高めのみんな大好きリアクション芸人……失礼、みんな大好きカワイイ系の超絶天使な美少女アイドルこそ輿水幸子だ。

ちなみに『一応』このアイドルグループのリーダである。

 

そしてその隣に座るいかにも如何にもイタイ格好と発言をする厨二病少女は二宮飛鳥。

幸子が天使なのだとしたら彼女は堕天使に当たるのだろうか。

 

さらに隣に座る、自信なさげなネガティヴ系少女は森久保乃々。

幸子や飛鳥と同じく翼はあるとしたらそれは天使や堕天使の翼ではなく、ニワトリの翼だろう。

 

彼女達は今巷で話題のアイドルグループ『カワイイボクとエトセトラ。時々もりくぼ』のメンバーで今日は彼女達の初番組の収録日だ。

 

三人にとって番組に出たりコーナーを貰ったりすることは良くあったが、メインMCに抜擢されたのは今回が初めてな為、幸子達には緊張が走っていた。

 

「本当にボク達に番組を任せて良かったんですかねえ……?」

 

「意外だね、幸子が自分を謙遜するなんて。やはり不安なのかい?」

 

「違いますよ! カワイすぎるボク達なんかに番組を任せたら、それこそカワイ過ぎるって他局から苦情が入るかもしれないじゃないですか!」

 

「まったく、やっぱり君は僕が知る輿水幸子だったよ……心配して損をしたね」

 

「それなら安心してください……もりくぼが居る限りはそんなことにはならないと思いますから」

 

「まーたネガティヴスイッチオンですか乃々さんは! これから番組なんですからもっとしっかりしてください!」

 

「うぅ……帰りたい……」

 

「ダメです!」

 

「知ってます……」

 

どうやら、緊張しているのは飛鳥と乃々だけであるのが正しそうだ。

少女、幸子の前で緊張なんてものはドヤ顔に殺された様だ。

 

「しかしプロデューサーさんも酷いですよねえ……ボク達の晴れ姿を見れる日に急用で来れないなんて」

 

「まあ仕方ない。この世界においてプロデューサーの肉体は一つだけなんだ。むしろ僕達の為に働いてくれていることを褒め称えるべきだ」

 

「ぐ……確かにそうですけど……」

 

「まあ、確かにプロデューサーが居ないと色々と違和感を感じるのもわからなくもないが」

 

部屋では黙々と三人のメイクセットが進められていく。

なお撮影の時間までまだあと少し時間がある。

 

「所で、飛鳥さんや乃々さんはボクのプロデューサーさんのプロデュースにはもう慣れてきましたか?」

 

「まあね、キミのプロデューサーはめんどくさそうにしながらも色々と丁寧にやってくれる」

 

「幸子さんのプロデューサーさんは……乃々のプロデューサーさんより優しくて……無理難題を言ってこないので好きでもないですけど嫌いでもないです」

 

「プロデューサーさんの評価が高いみたいで良かったです! まあ流石はボクのプロデューサーさん、信じていましたよ!」

 

「まったく、キミは本当にプロデューサーが好きなんだな」

 

「だって、ボクを本当にアイドルにしてくれたプロデューサーさんですから!」

 

「そうか……ふっ、まあ考えてみれば確かに、僕達ももう立派なアイドルになれたのか」

 

「もりくぼは……勝手にアイドルにされていた感じですけど」

 

「乃々さんについては……まあ……はい。でもそうですよねえ……ボクは最初から人気者になるつもりではありましたけど、まさか本当になれるだなんて思ってもいませんでしたよ」

 

「ファンも沢山できた、仕事も増え、番組にも出させてもらえ、ある意味僕が見たかった未知のセカイはもう観測できたのかもしれないね……」

 

「本当、ババ抜きをしていた頃が懐かしいですねえ……」

 

彼女達は今までの軌跡を思い出す。

デビューから、出会い、そして真のアイドルになるまでの思い出を……

 

「まあ、ボクから言わせればまだ番組が貰えただけですからね。いずれは伝説のアイドル、いや宇宙一、銀河一のアイドルに……そうしたらプロデューサーさんと……」

 

「すいませーん! カワイイボクとエトセトラさん、そろそろ出番です!」

 

「フフーン! 来ましたね、さあ行きますよ、飛鳥さん、乃々さん!」

 

「ああ、分かっている。今こそ時は来た。僕……いや、僕らの力……全世界に刻むつけてやろうか」

 

「行きたくない……映りたくない……カメラマンさん撮らないでください……本当にお願いします……」

 

かくして、少女達は舞台のセットへと足を進めていった。

 

彼女達を待ち構えるのは果たして笑いか、感動か、はたまたスカイダイビングか。

 

「それじゃ、カウントダウンいきまーす! 3、2、1……」

 

「せーの……」

 

『こんにちは! 皆さん! カワイイボク達の番組が始まりますよ! カワすぎて倒れないで下さいねえ……? チャンネルは、そのまま!』

 

 

 

 

 




次回からちゃんとバラエティ番組風に話が進んでいきます。
今回はあくまでも0話、つまりプロローグですのであしからず。


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2016年 11月25日 幸子誕生日特別記念回
カワイイボクへのサプライズ1/3


特別短編

カワイイボクへのサプライズ1/3

 

 

「おはようございまーす、プロデューサーさん!」

 

「やあ、来る頃だと思っていたよ」

 

「何です、飛鳥さんのマネですか?」

 

「むしろこんなことを言うのが飛鳥以外に該当者が居ないと思うが……」

 

俺は作業をやめ、体を向き合っていたデスクの方から幸子の方へ向ける。

 

「今日はなんだか怖いくらいに上機嫌ですねえ、プロデューサーさん」

 

「そうか? 別にいつも通りだぞ」

 

「そうですか、なら良いですけど」

 

そう言うと幸子は荷物を起き、ソファの方に行くといつも通りに座る。

これも幸子なりのルーティーンの様な物なのだろうか。

 

「で、プロデューサーさん。今日の予定はどんな感じですか?」

 

「今日はいつも通り写真撮影やら、雑誌の取材、後は番組の収録だな」

 

「本当に何も変わらず、いつも通りの日程ですねえ……」

 

「まだまだアイドル活動を始めて三ヶ月と少しなんだ、早々簡単に大きな仕事は増えないよ。暫くは日常を楽しんでくれ」

 

日常、か。

 

数ヶ月前には遥か彼方に見えていた今の日常だが、今こうなってみるとそこまで何かが変わった様な気もしない。

結局来た依頼や仕事をこなしながら、いつも通りこの見慣れた事務所で話したり、書類整理なり何なり、とりあえず何かをしているだけだからな。

かといってそれが嫌になることは不思議とないのだが。

 

「あー……そうだ、幸子。今日はちょっと俺の方が忙しくてな、どの仕事にもちょっと一緒に着いていけないかもしれない」

 

「……ま、まあプロデューサーさんはボクの為に仕事をしてくれているんだし、忙しいと言うなら仕方ありませんねえ。ちょっと寂しいですけど」

 

「幸い今日の番組収録は飛鳥や美嘉が居るからな。彼女達のプロデューサーにも連絡しといてあるから、今日の所は現地で何かあったら彼女達やそのプロデューサーに相談してくれ」

 

「ふふーん! わかりました!」

 

幸子は意外とあっさり了承する。

てっきりもう少しごねると思っていたのだが、以外な反応だった。

これは彼女が成長したのか、はたまた俺なんか居なくても仕事はできるという暗示なのか。

まあ間違っても後者ではあって欲しくないな。

 

「所で……そのー……プロデューサーさん……」

 

と、幸子は何故か急にそわそわしながら何かを言いたそうに話しかけてくる。

 

「ん? どうした?」

 

「今日はそのー……ですね、何か特別な日らしいんですよ」

 

「特別な日? なんだ、今日は別に祭日でもないし、クリスマスはあと一ヶ月先だし、何かの記念日か祭日だったか?」

 

「あ……ま、まあなんの日だかはボクも詳しくは知らないので、別に気にしなくて良いですよ! ただ物知りなプロデューサーさんなら何か知っているのかなと」

 

俺は携帯を取り出し今日の記念日について調べる。

しかし書いてあることと言っても特に幸子と関係のありそうな事は無く、俺は首を傾げる。

 

「ま、まあ聞いてみただけです! と、とりあえず今の話は忘れて下さい!」

 

「お、おう……」

 

幸子は何かを必死に伝えてこようとするが、全く分からない。

そこまでして伝えたいことがあるなら素直に言えば良いと思うのだが。

まあそこかが彼女の魅力と言えばそうなのだがな。

最もそれで拗ねられると困るが。

 

「じゃ、じゃあ気を取り直して、最初の仕事は何時からなんです?」

 

「最初の撮影は社内撮影スタジオで十時から、取材はその後続けて十一時から、番組収録は四時から、唯一最後の収録だけが社外だから美嘉や飛鳥と一緒に車で現地まで移動してくれ」

 

「わかりました!」

 

「しかし特別な日か、本当に今日何かあったか……?」

 

「まあ、プロデューサーさんが無いって言うなら無いと思いますよ……」

 

幸子は少し寂しそうな顔をする。

 

「あー……なんだか知らんが悪いな、俺にも思い当たる節が無い」

 

「いや、良いですよ。大したことでもないので」

 

 

 

それから数分が経ち、幸子は撮影の為に部屋を後にした。

 

「あいつに何か悪いことしちまったのかな、俺」

 

俺は部屋の中で一人、幸子の悲しそうな表情の意味を考えていた。

今日はクリスマスには丁度一ヶ月早いし、別に何か約束があった訳でも無かった筈だ。

だがあのテンションの下がりようや落ち込み具合からして、何かあるのだととしたら並大抵の記念日では無いはずだ。

普通そんな記念日を俺が忘れる筈無いと思うのだがな。

 

しかし一体、何の記念日なんだ……

 

 

 

「……なーんちゃってな」

 

俺は溢れそうな笑いを堪えながら携帯を取り出す。

 

「……よし、行ったか」

 

俺はスマホにインストールしてあるグループチャットのアプリを開く。

そして俺は、その中のとあるチャットルームに文章を書き込む。

 

『さてそろそろ時間だ、諸君。これより例の計画の最終フェイズを実行に移す。今降りるなら止めはしない、だがここから先に進めば戻れないぞ? なんちゃってな』

 

と、すぐに俺の発言に反応する様に返信が何件か来る。

まるで待ってましたとでもいった感じで。

 

『幸子P、なんだか突然厨二っぽいかも〜』

 

『まあ、プロデューサーと僕は似た波長を持っているからね。これもまた運命か』

 

『我と同じく瞳持つ者、行き着く先は同じよ!(私達、なんだか似てますからねー)』

 

『ま、まあ厨二関連の話は置いておくとして、本当にみんな良いんだな?』

 

『吐いた唾は飲み込めない、進んだ時は戻せない。ああ、つまりは了承の意だ』

 

『うんうん、アタシはもちのろんで大丈夫』

 

俺は今、とある計画を実行に移すべく動き始めた。

そしてこのチャットルームはその計画への協力者、賛同者による部屋だ。

グループチャットなんてものは始めて使う様な身だが、正直この人数には圧倒される。

 

『とりあえず、みんなの進行具合を聞きたい』

 

『こちら会場本部、私もしまむーもしぶりんも全然問題ないよー!』

 

『こっちの調理班は今、ちゃんと例のブツを作ってるよーん。かなり良いテイストのやつができそうってカーンジ』

 

『僕達の企画班も問題は生じていない。今の所順調だ』

 

『ああ、各自順調そうで何よりだ。俺の方もこれから行動を開始する。そうだ、何か足りない資材とか連絡は無いか?』

 

『私の方は大丈夫!』

 

『アタシの方も平気』

 

『僕の方も問題ない』

 

『こっちも大丈夫』

 

『わかった。皆忙しい中本当にありがとう。俺としても皆の協力がなかったらここまでの規模の物なんて、恐らく実現できなかったと思う』

 

『良いの良いの、気にしないで。アイドル、辛いことも楽しいことも助け合いだからさ!』

 

『今宵は同胞の生誕した日を、盛大に祝おうぞ!!(幸子ちゃんの誕生日、みんなでたくさん祝ってあげましょう!)』

 

『サプライズで誕生日会だなんて、そう言うのロックで嫌いじゃないよ!』

 

『まーたりーなチャンはロックロックって……まあでも誰かの為のお祝いはみくも大賛成にゃ!』

 

『ありがとう……みんなのその優しい言葉で俺泣きそうだよ。みんな天使か』

 

『天使だなんて……その言葉は幸子ちゃんにとっといてあげて』

 

『そりゃそうだな。俺が幸子以外の人に天使や可愛いって言っているのを知られたらどうなるかわからないからな』

 

『それねー』

 

『わかる』

 

『その光景が目に浮かぶ』

 

全く俺も幸子も、本当に良い子達と出会えた物だな。

このチャットルームの文章を見ているだけで、様々な思い出が蘇りなんだか本当に涙が出てくる。

 

『まあとりあえずこちらも朝の書類整理等が一段落したら会場の方に合流する。なるべく早く合流するからすまんが本部班は待っていてくれ』

 

『あいさ! 了解しました! さっちーのプロデューサーの方も頑張ってね〜』

 

『ああ、繰り返ししなるが本当にありがとう』

 

俺はスマホをしまう。

 

 

 

そう、俺が先程から話をしていた

チャットルームの名前、それは

 

 

『輿水幸子誕生日会(仮)』

 

 

今日は俺のたった一人の担当アイドル、輿水幸子の誕生日である。

無論そんなことは最初から分かっていた。

全く、演技をするのもなかなか大変な物だな。

 

 

事の発端は先週辺りだったか、飛鳥や乃々、志希との何気ない会話だった。

俺が幸子の誕生日が近いと言うとみんなで幸子の誕生日会をやろうと言う話になったのだ。

 

で、最初はその三人と美嘉辺りの数人でこじんまりとやる予定だったのだがどこからか話が漏れ、気が付けばシンデレラプロジェクトのアイドルや、他事務所のアイドルを巻き込んで話が大きくなっていた。

 

協力者は飛鳥や乃々は勿論、シンデレラプロジェクトのメンバーや美嘉、志希、その他彼女達のプロデューサー、そしてまさかのアイドル部門の部長までもが協力してくれるとの話だ。

 

何故幸子一人の為にそこまでの話になってしまったのかは俺は良く分からないが、一説によると美嘉が起因なのだとか。

美嘉から美嘉の妹である莉嘉に、莉嘉からシンデレラプロジェクトのメンバーに、そうしてその話が大きくなっていく段階で部長の耳に入り、今回の誕生日パーティーの開催許可が出たらしい。

 

また、部長としてもまだ発足したばかりの346プロで最近になり急激にアイドルの数も増えてきたので、ここらで交流会の様なものを開きたいと思っていたらしく、丁度都合が良かったとの話だ。

要するに、今回のこれは幸子の誕生日会とは言っているが実質346プロアイドル部門全体のちょっとしたイベントみたいな物も含んでいる。

まあそれは各自ここまでやる気も上がる訳だな。

 

ともかく、まさか幸子一人のためにこんな話になるとは俺も全く思っていなかった。

結局なんだかんだ言って幸子を祝ってくれる人達が沢山いたりして、幸子もなんだかんだ愛されているんだなと思う。

……まあ、一部志希の様なただパーティをして盛り上がりたいだけの人種も居るが。

 

 

因みに今回の誕生日パーティは各自、先週辺りから空き時間を見つけてコツコツと準備をしてきていた。

 

ニュージェネレーションの三人を筆頭とした誕生日会場の整備、セッティングや全体の指揮をする誕生日会本部。

志希や乃々、その他料理のできるアイドル達による調理班。

アスタリスクの二人や、蘭子、美嘉達による誕生日パーティを盛り上げる為の企画を考え、準備をする企画班。

以上三つの班が中心となり動いている。

 

これだけ聞くとまるで高校の文化祭か何かみたいだ。

俺も数年前まではやっていた身だから、なんだかこういうのは懐かしい様な気がする。

 

なお今回の話は幸子の耳には入らない様に徹底して貰っている。

まあいつも幸子には振り回されているからな、たまには良い意味でも悪い意味でもちょっとびっくりさせてやろうという事だ。

全く俺ってば性格悪いな。

 

 

 

という訳で、こうしている間にもパソコンのメール確認、本日のお知らせの確認、書類整理をなれた動作で終わらせた。

今日は幸子の誕生日会をやるとはいえ、ちゃんとプロデューサーとしての最低限の仕事はあるからな。

そこの辺りは区切りを付けていかなければ。

 

 

 

さて、ここからはいよいよ俺の方も本格的に幸子誕生日会の準備に取り掛かる。

一応俺はこの計画の最高責任者でもあるからな。

 

朝の仕事を終え部屋を出た俺は会場であり、企画本部であるシンデレラプロジェクトの部屋へすぐに向かった。

扉を開けて部屋に入ると、こちらに気がついた未央が近寄ってくる。

 

「あっ、さっちーのプロデューサー! そっちの方は片付いたの?」

 

「ああ、もう仕事は全て終わった」

 

俺は部屋を見渡す。

なんだかちょっと早めのクリスマスのような感じで、様々な電飾や折り紙で作った飾り物等が沢山ある。

 

「凄いな、これ。未央達だけでやったのか?」

 

「そうだよ、みんなで頑張ったんだから! まあ流石に高いところの飾り物とかは私達のプロデューサーに頼んだけどね」

 

「なんだ、今回の企画は未央達のプロデューサーまで手伝ってくれてるのか」

 

「うん、まあね! プロデューサーはあんな感じで基本無口な人だけど、結構根は良い人だから」

 

どうやらこれは後日、様々な所にお礼を持って回らなければ行けなさそうだな。

特に未央達のプロデューサーには前にも世話になったし、機会があったら色々ちゃんと話をしたい物だ。

 

「という訳で見ているだけってのもアレだし、とりあえず何か俺にできることはあるか?」

 

「あ、それじゃあこの飾り付けをあの辺に……後、それが終わったら今度は……」

 

 

 

俺は未央に指示された通りに部屋に飾り付けをしていく。

 

話によるとこの飾りは殆ど手作りだそうで、凸レーションやキャンディーアイランドのメンバーが中心になって作ってくれたとか。

彼女達が楽しそうに飾りを作っている姿が想像できる。

 

しかし仕事の合間だけで良く作れた物だな。

まあ彼女達は俺と幸子の様な個人プロデュースではなく、団体のユニットや一つのプロジェクトととして活動をしているから人数的にも時間的にも多少余裕があるのか。

 

「……よし、とりあえずこっちの方は指示通り全部飾り付けは終えておいたよ」

 

「あ、りょうかーい! ありがとう!」

 

「むしろお礼を言いたいのはこちらの方だ。わざわざ他部署のアイドルの為にここまで盛大にやって貰ってるんだからさ」

 

「いやいや、私達も今回のこの準備とかを通して仲を深められたからさ。お互い様って感じだね!」

 

「そうか。俺としても何か貢献できていたのならならこちらとしても嬉しい」

 

俺はソファに座る。

しかし、この部屋のソファはなんだか俺達の部屋のソファより座り心地が良い。

部屋に置かれているものも上質で少し羨ましいものだ。

 

「それにしてもさっちーとプロデューサーって前から思っていたんだけど、今回みたいに誕生日を祝ってあげたり、凄く仲良いよね。もしかしてアイドルとプロデューサーが仲良くなる秘訣とかがあるの?」

 

「あ、私も聞きたいです! まだ私達のプロデューサーさんとは出会って一ヶ月位しか経っていないので参考にしたいです!」

 

「私も……ちょっと気になるかも」

 

話を聞きつけて卯月や凛も集まってきた。

そして気が付くと三人はテーブルを跨いだ向こう側にあるもう一つのソファに並んで座っていた。

 

「プロデューサーとアイドルが仲良くする秘訣、ねえ……言うほど俺と幸子は仲良さそうか?」

 

「はい! いつも一緒に居て、楽しそうにお話をしていて、なんだか仕事上での関係と言うより仲の良いお友達みたいです!」

 

「うんうん! わかる。お互い気を使っていないというか、立場の壁を超えた信頼関係みたいな物ができているよね!」

 

彼女達に言われ、普段の俺と幸子の掛け合いを思い出してみる。

だが彼女達が絶賛するほど変わった点も特に無く、お互い普通に素で接しているだけにしか思えない。

 

「なんだろうな、別に俺の方が何か意識をして接しているというより、むしろ幸子の方から積極的に来ている感じだからな……」

 

「なるほど、アイドルの方からプロデューサーに積極的にアピールする……」

 

「お、しぶりん真面目にメモなんてしちゃって〜……」

 

「ああ、あんまり俺の言うことを過信するなよ? うちの場合は俺と幸子が特殊過ぎるだけだから」

 

未だに幸子の本心は読めないからな。

俺に対して好意を抱いているのか、俺のプロデューサーという職業に好意を抱いているのか、はたまた彼女は好意を向けているつもりでは無くあれで素なのか、四ヵ月近く彼女と接してきた俺でも正直まだわからない。

 

「しかし、秘訣だなんてやっぱり思い当たらんなあ……別に俺達は何も考えず、お互い普段通り普通に接しているだけだし……」

 

「その普通が私達には難しいんだよね。たしかに、私達のプロデューサーは真面目で私達の為にちゃんと仕事をしてくれる人なんだけど、真面目すぎるというか、まだ高い壁を超えられないというか……」

 

「まあそれが本来のプロデューサーとアイドルの姿なのかもしれないけど、やっぱりさっちーとプロデューサーのやり取りを見ていると楽しそうだよな〜って私も思うね」

 

「楽しそう……か。そう言ってもらえると幸子と上手くやれているみたいで安心するよ」

 

他人からの言葉程信頼できるものは無い。

いくら俺が幸子と上手くいっているように感じても、それは俺個人の感想だからな。

今の未央の言葉に少し俺はほっとする。

 

「よし、分かった。じゃあそんな君たちにちょっとした先輩として、まあアドバイスや秘訣になるかは分からないが一つ助言をしよう」

 

「おっ、それじゃあちゃんと聞かないと」

 

と三人は姿勢を正し真面目な顔付きになってこちらをじっと見てくる。

 

「ああ、そんな大した話じゃないから改まらなくて良いぞ?」

 

「いやいや、師匠のありがたい言葉なので」

 

「そうか、では」

 

俺はコホンと咳払いをする。

彼女達が真面目に聞く体制に入っているせいか、自然とこちらも姿勢を正してしまう。

 

「休める時は休んどけ、かな」

 

「えっ? それだけ」

 

「まあな。やっぱりアイドルとしての仕事も大切だが、時にはプロデューサーや他のメンバーと……例えばババ抜きやボードゲームでも良い、そんな物をやって息抜きをするのも必要だと思う。案外お互いに仕事以外の素が見えて、プロデューサーとも仲良くなれるかもよ?」

 

「へぇ……実際アイドルと仲が良いプロデューサーに言われると至って普通の事でも謎の説得力があるなあ……」

 

三人は顔を合わせ何かを小声で話しあっている。

どうやら俺の一言が良い何かになった様だな。

 

「そうそう、ただし罰ゲームを付けるのは辞めておけ。何故とは言わないがあまり良くない事になるからな。思わぬ恥をかくぞ」

 

「ははーっ、師匠のありがたいお言葉、参考にさせていただきます」

 

「後は休日にプロデューサーが良いと言うなら仕事関係抜きで一緒に出かけてみるとか……」

 

と、未央達と話していた所携帯に突然電話がかかってきた。

 

「悪い、ちょっと電話だ」

 

「はいはーい、私達はお気になさらず〜」

 

俺は電話をかけてきた相手の名前を見る。

どうやらかけてきた相手は志希の様だ。

 

『あー、もしもし? プロデューサー元気〜?』

 

「なんだ志希か。何かあったのか?」

 

『まあねー。今お祝い用ケーキのサンプルが何個か出来たからちょっとプロデューサーカモンってカーンジ?』

 

「ああ、了解。てかサンプルが何個かってことは何パターンか作ったってことか?」

 

『まーそうだね。皆が色々提案してくれたからさ、プロデューサーにそれぞれ食べてもらって一番良かったヤツを採用するから』

 

「あー……一応聞いておくがどんなケーキなんだ?」

 

『ふっふっふ……それは来てからのお楽しみ〜。大丈夫、多分食べて死ぬような奴は多分ないから』

 

「食べて死ぬようなやつは無いってそれどういう……」

 

『じゃっなるべく早く来てね〜』

 

と、志希は通話を一方的に切ってしまった。

 

「あー……どう? 向こうは順調そうだった?」

 

「まあ……あれが平常運転と言えば、そうなのか?」

 

「あはは……なんだかしきにゃん達の方も色々楽しそうだね」

 

気になるワードは少しあったが、ともかく早めに一度行った方が良さそうだな。

 

「すまない、ちょっと一度調理班の方に行ってくるからここを空ける。こっちの方は引き続き三人共頼んだ」

 

「はい! 島村卯月、頑張ります!」

 

「了解、任されたよ」

 

「任されました、さっちーP隊長! なーんちゃって!」

 

「さっちーP隊長って……ま、まあ分かった。それじゃあ行ってくる」

 

「行ってらっしゃーい!」

 

こうして俺はシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームを後にし、調理室へと向かった。

正直昼時も近いし腹も減っていたし、色々と一石二鳥になりそうだな。

 

 

 

 

 

 




補足

現状本編より後になる為新登場人物として、シンデレラプロジェクト、志希、ありす、楓さん、川島さんが新たに居る。

シンデレラプロジェクトのプロデューサーは勿論武内Pであり、今後本編にて絡む予定。
またシンデレラプロジェクトのメンバーと幸子のプロデューサーはとある件で既に知り合っており仲良しという設定

そもそも予定をがっつり繰り上げた結果の為ほぼ独立した話として見てもらっても構わないかと


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カワイイボクへのサプライズ2/3

特別短編

カワイイボクへのサプライズ2/3

 

 

俺は扉を開け調理室に入る。

部屋には普段あまり見慣れない、エプロン姿の志希とありす、乃々がそこにはいた。

 

「あ、プロデューサー来た」

 

「お疲れ様です、幸子さんのプロデューサーさん」

 

「あの〜……はい」

 

「おう、みんなこそ調理お疲れさん。で、ケーキはどんな感じなんだ?」

 

俺は調理台の上を見る。

するとそこにはかろうじてケーキとわかる代物が一つと、名状し難い何かが二つ置かれていた。

 

「……いや待て、この品々は一体何なんだ。どうしてこうなったのか説明を要求したい」

 

「あーそれ? 物体も何も全部ケーキだよ〜?」

 

俺は調理台の上に乗ったその志希曰くケーキを、近くに寄って更に注意深く見てみる。

 

「えーっとまあ早速説明すると〜、左からありすちゃんが作ったイチゴマシマシなストロベリーイチゴケーキ、あたしが作ったタバスコ+アルファな地獄の釜ケーキ、そしてもう一つあたしが作った研究は爆発だ! な錬成ケーキ」

 

まず左のストロベリーイチゴケーキ。

普通ケーキに使うイチゴと言ったら上に乗せる十個程度だと思うのだが、見た限り中にも沢山詰め込まれており、恐らく表面の色からして生クリームにもイチゴが混ぜられていると予想される。

 

「……一応聞くが、このケーキを作る許可を出したのは誰だ?」

 

「あたしだよーん。何かありすちゃんがイチゴが好きだからイチゴ多めにしたケーキ作りたいって言うからさ、多めにした。あたしも〜イチゴ好きだし?」

 

ちょっと、と言える量では明らかに無い。

俺が見た限りだとケーキよりイチゴの割合の方が明らかに多い。

別に食べられはするだろうが、くど過ぎて三口も食べたら飽きるだろう。

 

「プロデューサーさん……ダメでしょうか?」

 

「まあ、これは食べられなくはないだろうが……」

 

俺は次に、イチゴケーキからその隣にある真っ赤に染まったケーキの様な何かに目を向ける。

 

「それねー。あたし、タバスコとか好きだからそれを使って作ってみたんだけど」

 

「なんでそうなんだよ!! どんなに好きでも普通ケーキにタバスコぶっかける発想にはならないだろ!!」

 

「え〜、ダメ? まあダメなら仕方ないし、後でしきちゃん一人で食べます〜」

 

全く、天才の頭の中はどうなっているのか凡人の俺には理解に苦しむ。

天才の脳は一般人のそれとは明らかに違う点があると聞くが、どうやらそれは正解のようだ。

彼女がまさにそれを体現している。

 

「……まあ感想はこんな感じか。とりあえずタバスコは流石にダメだから、ストロベリーイチゴケーキはギリギリOKとして、流石にこれ一つだけだと人によってはくどいだろうから、今からもう一つ位まともなケーキを作って貰えないか?」

 

「あー……プロデューサー? ケーキならそこにもう一つあるじゃんアゼルバイジャン?」

 

「……いや、だからタバスコはダメだって」

 

「そうじゃなくて、タバスコケーキの横のヤツ」

 

俺は白を切る。

志希は必死にタバスコケーキの横にあるケーキの形をしていないドロドロの何かをケーキだと指さすが、俺はそんな物見えない。

 

「……俺にはまあギリギリケーキに見えるのも含めると、二つしかケーキは無いように見えるんだが?」

 

「美味しいよー? それ。見た目はアレだけど〜、ちゃんと材料は計算してケーキの味がする物を錬成したからね。多分成分的に合法の範囲内だと思う」

 

「……もう嫌だ、この子」

 

ぶっ飛んでる。

明らかに俺や俺達凡人には理解ができない域にだ。

これを志希以外の人間がケーキだと言ったのならば俺はプロデューサーを辞めても良い、そこまで言い切れる程その俺の前に置かれた物体は明らかにケーキでは無い邪気を放っていた。

 

「一応乃々ちゃんには実験で食べてもらったけどまあ今の所何もないし、美味しいから大丈夫だよ〜」

 

「いくらかな子の真似をしたってこれは……待て、もう乃々にこれを食わせたのか!?」

 

「うん」

 

俺は乃々の方に駆け寄る。

 

「乃々、体調の方とかに異常は無いか?」

 

「まあ……見た目はアレですけど……一応志希さんが言う通り味的には普通のケーキ……? でしたし。目をつぶってすぐに飲み込めば……」

 

「ほらほら〜、乃々ちゃんだって大丈夫って言ってるじゃん、プロデューサーも一口食べてみたら?」

 

と、志希は言っているが、その志希がケーキと言い張る物が置いてある辺りには、明らかにヤバそうなドクロや、びっくりマークが書かれた薬品の瓶やフラスコが置かれている。

 

「……いや、俺は遠慮しておく」

 

先程脳の造りが違うと言った、撤回しよう。そもそも彼女は俺と同じ種族では無い。

俺が人間なのだとしたら彼女はヒト科、一ノ瀬志希というまた違った生物なのかもしれない。

 

「さあ、どうする? プロデューサー」

 

「さあ、どうする? プロデューサ、じゃねーよ!! こんなの幸子に食わせられるか!!」

 

「にゃーっはっはっはー!!」

 

志希はまるでマッドサイエンティストか何かの様に笑っている。

背景が雷雨なら完璧な構図だと思うのだがな。

 

「この状況、どうするか……」

 

俺は時計を見て時刻を確認した。

針は昼の一時を指している。

 

「……今材料はどれ位残っている」

 

「えーっと……ここにある生地と冷蔵庫にある生地、イチゴがあとケーキ一つ分と生クリームの材料が少しかな〜。他にも色々あるから調べとく価値はあるかも。でもそれがどうしたの?」

 

「分かった、今から俺がこの調理班の指揮をとる」

 

「へっ? プロデューサーが?」

 

もう志希には任せておけん。

何かよからぬ事が起きる前に、俺が直々に調理場に出ることにした。

 

「別に良いけど……でも他の班の仕事とかは大丈夫なの〜?」

 

「他の班の方はもう大方仕事は終わっている。それにあの謎の物体で死者が出るよりはマシだ」

 

俺は上着を脱ぐ。

 

「とりあえず俺の分のエプロン等のセットはあるか?」

 

「あるよ〜。あたし達が来てるのも隣の部屋から持ってきた物だし」

 

「分かった。じゃあ取ってくるから少し待っていてくれ」

 

「あいあいさ〜」

 

 

 

俺は隣から調理用の衣服一色を持ってきて身につけた。

突然の俺の行動にありすや乃々は驚いた表情でこちらを見ている。

 

「にゃはは〜、プロデューサー意外と女子力高いねえ」

 

「まあ昔、俺の妹にこういうのを良く付き合わされたからな」

 

俺はエプロンの紐を絞める。

そして手を洗い調理室のホワイトボードの前に立つ。

 

「さて、ブリーフィングだ。これから『まとも』なケーキを作る。それに当たってここに居る三人には俺の指示に従い、役割を分担して作業に当たってほしい」

 

俺はホワイトボードにケーキの調理過程と担当、材料の配分等を書いていく。

 

「まず志希はその薬品の調合関連での技術を生かして、材料の正確な分量をやってもらいたい。無論タバスコと化学薬品は禁止だ」

 

「タバスコと薬品禁止は残念だけど、まあプロデューサー直々のご指名とあらば、志希ちゃん頑張っちゃうよ〜」

 

「ありすと乃々はトッピングやデコレーションを頼んだ。あ、イチゴは適量でな」

 

「わかりました。イチゴは適量ですね」

 

「あの〜……はい」

 

「宜しい、良い返事だ」

 

何だか俺の中で変なスイッチが入ってしまった様だ。

自分でもいつも以上にやる気になっているのがわかる。

 

「何かプロデューサーがプロデューサーみたいな事してる〜」

 

「言われてみると、これも『ケーキ』のプロデュースだな。確かにいつもよりプロデューサーらしいことをしているといえばそうか」

 

いつもは幸子のプロデュースをしているというより、漫才か何かをやっているような感じだからな。

ある意味、始めての真面目なプロデュースか。

 

「まあ、それじゃあケーキの作成を開始するぞ。各自、手を洗ったらホワイトボードに書かれている順序でやってくれ。なお分からないことがあったらすぐに俺に聞くように。くれぐれもまた錬成とかはやめてくれな?」

 

「はーい、しきちゃん了解しました〜」

 

 

 

という訳で俺の指揮の元ケーキの制作は開始された。

始まってみると三人共真面目な表情をして取り組んでおり、今回は流石にケーキならざるものはできないだろうと思った。

ある意味安心だな。

 

 

と、作業開始から暫く経った頃か、俺がケーキに生クリームを塗っていると志希が話しかけてきた。

 

「てかさー、プロデューサー」

 

「なんだ? 志希」

 

「プロデューサーは、なんでわざわざそこまでして幸子ちゃんの為にケーキを作ってあげるの? まー、別にあたし達は手伝うのは構わないんだけど、ちょっと気になったってカンジ」

 

「そうだな……俺がケーキの制作にわざわざ本気になる理由か」

 

俺は暫く考えた後答える。

 

「自分のアイドルの誕生日にうまいケーキの一つも食わしてあげられないで、担当プロデューサーなどとは言えないだろ?」

 

「自分のアイドルの誕生日にうまいケーキの一つも……にゃはーん、なるほどね〜」

 

「それに皆にやらせっきりで自分は見ているだけってのが嫌いな性でね、要するにでしゃばりなんだよ俺は」

 

実際今回はみんなのおんぶに抱っこになってしまっている点が多かったからな、部屋の飾り付けと言いケーキの制作といい。

どちらかと言うとじっとしている事ができない人間な俺にとってはそんな状況が耐えられ無いのだ。

 

「どうだ、疑問は晴れたか? 科学者の卵さん」

 

「今はあたしはもうアイドル。まあプロデューサーがそれだけ幸子ちゃんの為に本気だってのは分かった。そこまで気にかけてもらえて、ちょっぴり幸子ちゃんが羨ましく感じたけど」

 

「何だ? じゃあ今度俺の担当になって幸子とユニットでも組むか?」

 

「遠慮しておくー。プロデューサー色々頑固で潔癖そうだから失踪できなさそうだし」

 

「そうか。まあ俺も担当になるか? なんてふざけて聞いてみたが実際、幸子だけで手一杯だしな。幸子に加えて志希の担当とかコピーロボットでも欲しくなるよ」

 

「それなら今度晶葉博士にでも頼んで見る? 多分あの子なら作れそう」

 

「そうか、じゃあ頼んでおこうかな」

 

 

 

さて、そんな雑談も終わりそれから黙々と制作は続けられていった。

志希も流石に今回は真面目に作業に取り組んでおり、恐らくもうケーキならざるものができることも無いだろう。

 

 

 

そして制作開始から二時間と少し、ついにケーキは完成した。

 

「素晴らしい、最高の成果じゃないか」

 

「perfect! この比率、この円、この完璧な見た目! プロデューサーが言う通りまさに最高のケーキだね〜!」

 

志希は完成を喜び飛んだり跳ねたりしている。

他のふたりも満足げな顔をしており、まさに完璧なケーキが出来上がったと俺も確信する。

 

「あれ、この上のトッピングは誰が作ったんだ?」

 

と、ケーキの上に乗っかっているチョコを見ると『輿水幸子ちゃん、15歳の誕生日おめでとう!!』と書かれており、更にその周りには小さな可愛い飾り付けがしてある。

 

「その……もりくぼですけど……」

 

乃々が小さい声で答える。

 

「普段幸子さんには色々お世話になっているというか……迷惑をかけていますから……あ、一応全部食べられ……ます」

 

乃々は俺の顔を見て心配そうに反応を待っている。

 

「ありがとうな、乃々」

 

「えっ……! あっ……もりくぼはやれって言われたことやっただけですから」

 

乃々は突然褒められたことに驚き、声を上げ俯いてしまった。

よく見ると俯いている顔が真っ赤だ。

 

「乃々ちゃん照れちゃって可愛い〜」

 

「あうぅ……」

 

こうしてケーキを作り終えた俺達は、とりあえず一旦調理器具を片付けた。

そして全員で調理室のテーブルを囲むようにして座る。

 

「とりあえずみんな長時間お疲れ様。みんな頑張ってくれたしとりあえず試食も込めて、あのケーキの小さい奴をみんなの分作っておいたんだが……みんな食べるか?」

 

「へぇ気が利くねえ、プロデューサー。それじゃあ最後にみんなでそれでも食べる?」

 

「良いですね、私も食べたいです」

 

「えーっと……じゃあ食べます」

 

俺は冷蔵庫の中から四つの小さなショートケーキを取り出し、テーブルに並べていく。

 

「よし、それじゃあ頂きます」

 

「いただきまーす!」

 

「頂きます」

 

「い……いただき……ます」

 

俺達は早速ケーキを口に入れる。

途端に口の中に広がる甘さに皆声を上げる。

 

「おいしーい!! フレーバーも最高で、甘さも絶妙。これケーキ屋さんのケーキと同じか、それ以上に美味しいかも!」

 

「確かに……美味しいですね。これなら幸子さんにも胸を張って渡せそうです」

 

「……おいしい」

 

乃々が珍しく見せた笑顔に俺も少しほっこりする。

どうやら、ケーキの制作は大成功の様だな。

それに俺も自分で食べて、我ながら最高のデキだと思った。

 

「まさに、俺達四人が化学変化を起こして生まれた奇跡の品だな」

 

「ちょっとちょっとプロデューサー、あたしのセリフ取らないでよ〜!」

 

テーブルを囲んだ四人の笑い声が調理室に響き渡る。

まあ、また今度違った機会の時にこういったことをやりたいものだな。

 

勿論、その時は幸子も入れてな。

 

 

 

「さて、俺の方はやることも終わったし一旦部屋に帰るかな。夜に向けて英気も養って起きたいし」

 

「りょうかーい。じゃ、また後で〜」

 

「お疲れ様です、プロデューサーさん」

 

「このあとも……えーっと……頑張ってください」

 

「ああ。じゃあ失礼するよ」

 

 

 

こうして俺は調理室を後にして、一旦事務所に戻ることにした。

 

と、部屋に帰る途中美嘉から電話がかかってきた。

個人的に連絡がかかってくるということはやはり緊急の要件か何かなのだろうか。

 

「あーもしもし? どうした、何かあったか?」

 

『それがさ、ちょいと問題が出てきたっていうかさ』

 

「また問題か……?」

 

『あれ、またってことはもしかして他の班でも何かあったの?』

 

「……調理班の方でちょっとな。それ関係で色々手伝っていた。で、他の班でもってことはそっちでも何かあったのか?」

 

『いや、まあちょっと企画班の方でとある二人の意見が割れて、とりあえず今ので察してくれたと思うけどアスタリスクがまた解散した』

 

「ああ良かった、それ位なら予定を変えるほどじゃないし大丈夫だろ。数十分位放っておけばどうせまた再結成されるだろうから」

 

普通の人なら全く意味がわからない話だろう。

何事もなくさらっと解散だの再結成だの、正直俺もよくわからん。

 

『オーケー、分かった。あとそうそう、飛鳥ちゃんから伝言があるんだけど……』

 

「何と言っていた?」

 

『幸子のエスコートは任せたまえ。彼女は無事、予定時間に会場に送り届ける、パーティの準備は万全か? だって』

 

「あいつらしいな……まあわかった。じゃあ俺からは幸子のエスコート、頼んだって伝えておいてくれ」

 

『オーケー! 了解。じゃあとりあえず後少ししたらアタシ達は仕事の方に行くから、幸子ちゃんの方は任せてね〜』

 

「ああ、頼んだ」

 

 

 

その後、何も問題は起きずに誕生日の準備は順調に進んだ。

とりあえず誕生日会用のケーキも無事に完成したし、部屋の飾り付けの方も終わったし、主要なことは大方終わった。

アスタリスクの方も無事再結成された様で俺としてもホッとした面もある。

 

さて、準備は整ったし後は幸子が仕事から帰ってくるのを待つだけだ。

時刻は三時四十五分を回り予定時刻がいよいよそこまで迫って来る。

 

早くサプライズに幸子が驚く姿を見てみたいものだな。




補足

志希は今後もメインメンバーとして出てくる。

ありすちゃんが少しイチゴキチ寄り

プロデューサーは料理上手

タバスコケーキ実際に作った人居ると聞いたことが……




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カワイイボクへのサプライズ3/3

特別短編

カワイイボクへのサプライズ3/3

 

部屋に帰ってきた俺は冷蔵庫からコーヒーの缶を一つ取り出し、デスクの前に座る。

朝から会場の準備や調理をやってきた為に少し疲れた。

 

俺はパソコンのスリープモードを解除し、メール等が届いていないか確認する。

だが俺や幸子への連絡や仕事の依頼なども特に無く、パソコンのメールには朝から特に変化は無かった。

 

「まあ、そんなに甘くは無いよな……」

 

俺は再びパソコンをスリープ状態にする。そして画面を閉じると再び席を立ち、ソファに腰掛ける。

 

と、棚に飾られた写真立てが目に入った。

その写真立てには幸子の初ライブの時に撮った写真が飾られている。

 

「約、四か月前か……」

 

幸子と出会ったのは今から約四か月前だ。

 

元々就職はプロデューサー志望だった俺は二十歳の時、346プロの新人プロデューサー募集の広告を見て試験を受けた。

そして見事試験にも合格し、346プロに入社することができた。

だが入社はなんなく出来たものの、入ってみればプロデューサーのプの字もない雑用に近い毎日で、そのまま三年間が経過する。

 

そんなある日、俺は上司に呼び出されようやくアイドルを任される事になった。そのアイドルこそが幸子、輿水幸子だった。

 

最初こそあの幸子のキャラには色々驚かされ戸惑った点もあったが、何日も彼女と接していくうちにお互いに信頼関係も生まれ、そしてついには小規模ながらライブも経験した。

それにその過程で飛鳥や乃々、美嘉や志希、楓さん、川島さん、そしてシンデレラプロジェクトのメンバー等沢山の人とも知り合い、仲良くなった。

 

ある意味今日の賑やかな誕生日会を開催出来ているのも、そんな数多の出会いのおかげか。

 

「そういや楓さんや川島さんはどうしているんだろうな……」

 

そういえば今回の誕生日会の話では楓さんや川島さんを全く聞きも見もしなかった。

確かにまだ二人ともアイドルになりたてで俺達との繋がりはまだ浅いが、せっかくの誕生日会だし楓さん達にも声をかけてみるか。

俺は携帯を取り出し楓さんに連絡する。

 

『はーい、こちら高垣楓です〜』

 

「あー楓さん? 今どこに居ます?」

 

と聞きつつも、奥で多数の話し声が聞こえる辺りから居酒屋に居るのは確定的に明らかだった。

こんな夕方早くから飲み会とは何かやっているのだろうか。

 

『はい、今私は今日誕生日の川島さんの誕生日会を居酒屋でやっているといいますか……』

 

……なるほど、つまりはいつもの川島会か。把握した。

 

「あれ、それじゃあそっちも誕生日会なんですか?」

 

『あら? そっちも、ということはプロデューサーさんの方ももしかして』

 

「はい、こっちの方は幸子の誕生日会を夕方の五時過ぎ位から開催する予定で、もしお暇なら参加するか聞くために電話をしたのですが……」

 

『せっかくのお誘いでありがたいですが、私達の方はもうお酒が入ってしまっていますし、私達のことは気にせず幸子ちゃんの誕生日をお祝いしてあげてください』

 

「ああ、わかりました。じゃあ自分の方の要件はそれだけですので、川島さんには誕生日おめでとうって伝えてください」

 

『ふふっ、伝言承りました。じゃあ私達からも、幸子ちゃんに誕生日おめでとうと伝えておいてください』

 

「いやいや、ありがとうございます。じゃあ飲み会、楽しんでください。お疲れ様でした〜」

 

『はい〜』

 

電話が切れる。

しかし同じ日に川島さんも誕生日とは、面白い物だな。

 

「……さて、もう少し時間があるな」

 

俺は再びソファを立ち、再びデスクに向かった。

 

「……本当はでかい仕事を持ってきて彼女に誕生日最高の贈り物としてプレゼントあげたいんだけどな……」

 

俺の呟きが部屋に小さく響く。

 

 

 

それから時間は流れ、時計はそろそろ五時を指す。

そろそろ幸子が帰ってくる時間だ。

 

 

 

「さあ、行くか」

 

 

 

部屋を出た俺は再び会場であるシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームへ再び向かう。

部屋に入ると企画班のメンバーや調理班のメンバーも合流しており、皆幸子が仕事から帰ってくるのを待っていた。

 

「おっ、プロデューサーおかえり!」

 

「ああ、みんなただいま」

 

部屋の中央には容器に入れられたケーキがスタンバイされており、更にみんなクラッカーを持って既に幸子を受け入れられる状態を作っていた。

 

「一応こっちは準備万端だし、後はさっちーが来るのを待つだけだけど……」

 

「ああ、俺もだ。あとは幸子と美嘉、飛鳥の三人が来れば役者が揃うな」

 

外も徐々に暗くなってきており、いよいよかと心臓が高鳴ってくる。

この部屋を見た幸子がどんな顔をして驚くか楽しみだ。

 

「……あー! でも準備万端とは言いつつやっぱり落ち着かないよ! 何か気を紛らわす事ができるものない!?」

 

「気を紛らわすって言ったってなあ……」

 

未央に限らずなんだか皆そわそわしている。

無論俺も落ち着かず、同じ所を行ったり来たりしている。

 

まあそりゃそうか、先週から皆で頑張って来ていたからな。この一瞬をミスしてしまったら今日まで皆で頑張ってきた幸子へのサプライズが全て水の泡になってしまう。

ある意味、ミスは許されない状況だしプレッシャーもあるよな。

 

「志希、何か良いアイテムは無いのか?」

 

「残念だけど、丁度心落ち着くアロマ切らしてるんだよね〜。不幸中の不幸」

 

「おいおい、志希でもダメとは……このままじゃ幸子が来る前にみんな心臓発作起こして倒れるぞ……」

 

いよいよ緊張で心臓の鼓動が早くなってくる。

ドッキリを仕掛けられる側も大変だが仕掛ける方も実際大変なんだな、と俺は思った。

 

と、そんな状況の中携帯のグループチャットの方にメッセージが入る。送り主は美嘉だ。

 

『そろそろ車が346プロに着くよ〜。みんなの方は準備はOK?』

 

『ああ、最高の状態が整っている。いつでも良いぞ、むしろみんな早く来ないかってそわそわして落ち着けない位だ』

 

『アタシだって緊張したよ! 今日一日幸子ちゃんにバレないようにするの凄く大変だったんだから!』

 

『そりゃそうだな、悪い悪い。じゃあ今度飯でも奢ってやるからそれで許してくれ』

 

『了解、それで許してあげる。あ、今プロダクションに着いたよ〜。じゃ、みんなスタンバイ宜しくね!』

 

『了解、じゃあ頼んだよ』

 

俺は携帯をしまう。

 

「……という訳で後少しで美嘉と幸子が仕事から帰ってくる。みんな、準備は良いか?」

 

「あああ……いよいよか〜……」

 

美嘉の連絡を受けて俺達は幸子を部屋に迎え入れる準備を始めた。

ここまで頑張ってやってきたんだ、せめて幸子には最高のサプライズをしたい。

 

「あとそうだ。色々遅くなってしまっが今日まで飾り付けや企画、その他幸子の為に色々やってくれた皆にこの場でもう一度感謝を言いたい。ありがとう」

 

「プロデューサー、お礼だったらさっちーの笑顔が見れれば充分だよ!」

 

「どうせドヤ顔だろうけどな……」

 

部屋には小さな笑い声が響く。

 

「さて、そろそろみんな静かめにな」

 

「了解……!」

 

 

 

それから五分程の沈黙がある。

と、ノック音が部屋に響く。

どうやら遂にその時が来た様だ。

 

「来たか……! みんな……行くぞ……!!」

 

「了解……!!」

 

やがて扉が少し動いたのが見えた。

刹那、俺は叫ぶ。

 

 

 

「今だ!!」

 

 

 

幸子が扉を開け部屋に入ってきた瞬間、俺達は電飾を一斉に点灯しクラッカーを鳴らした。

突然の事に状況を理解出来ていない幸子はその場で呆気にとられて呆然と立ち尽くしている。

 

『ハッピーバースデー、輿水幸子ちゃん、十五歳の誕生日おめでとう!!』

 

「えっ……ええ!?」

 

 

 

俺は拍手をしながら幸子の前へ出て行く。

乃々が続く様に花束を持って幸子の前に向かう。

 

「よっ! 仕事お疲れさん! 幸子」

 

「あの〜……えっと……おめ……おめで……幸子ちゃん、誕生日おめでとうございます……」

 

幸子は乃々に花束を渡されようやく我に返り、口を開いた。

 

「あ……え、ええっとー……ふ、ふふーん! わ、分かっていましたよ! 皆さんがボクの為に誕生日会を企画していてくれたことなんて……最初から……たぶん……」

 

「嘘つけ。朝、絶対誕生日の事誰にも覚えてもらえていなさそうでへこんでいただろ? それ位ちゃんとお見通しだよ。俺は何ヶ月お前の担当プロデューサーやってると思うんだ」

 

「う……ぷ、プロデューサーさんの鬼! 悪魔! カワイイボクを弄んで楽しめましたか!?」

 

しかし最初は強がっていた幸子も徐々に目に涙を浮かべ始める。

 

「で、でも……皆さんちゃんと覚えてくれていたんですか……そうですか。まあ、ま、まさか皆ボクの誕生日を覚えてくれていないなんて、そんなことまさか無いとは思っていましたけど……」

 

「そんなことなんてあってたまるかよ。勿論ずっと前から覚えていたさ。カワイイカワイイ担当アイドルの誕生日も覚えていられなくて、プロデューサーやってられるか」

 

「ウグッ……でもそんなカワイイカワイイ担当アイドルを泣してしまいましたね……ヒッグ……」

 

幸子は涙を拭う。

しかし涙は依然止まらない。

 

「あー……はいはい、悪かった。驚かせてごめんな」

 

俺は幸子の元へ歩いて行く。

すると幸子は俺に飛びついてくる。

 

「うう……引っかかりましたね……誕生日プレゼント確保です……!!」

 

「やれやれだな……」

 

俺は幸子の背中に軽く手を添えてあげる。

その手を通して幸子の震えが伝わってくる。

強がろうとしているがそこは幸子、強がりきれていない。

 

「ハッピーバースデー、おめでとう幸子」

 

「……ありがとうございます。プロデューサーさん」

 

幸子は俺の体に顔を埋めたまま全く動かない。

俺も幸子が落ち着くまでしばらくこのままでいてやることにした。

 

 

 

「……にゃははーん? プロデューサーと幸子ちゃんらっぶーらぶー、ヒューヒュー」

 

この空気を打開したのは志希の一言だった。

俺は我に帰り周りを見渡す、するとそこにはニヤニヤしながらこちらを見るアイドル達の姿があった。

 

「あー……」

 

「……やっぱり結構お似合いじゃん、さっちーとさっちーのプロデューサー」

 

「……こら、そう言うこと言わないの未央」

 

その凛の言葉を合図にする様に、途端に一部から微かな笑い声が聞こえてきた。

そしてそれは一瞬で全員に広まり、いつしかその場にいた皆が笑っていた。

 

 

 

かくして、幸子へのサプライズは大成功となった。

結局幸子は数分もするといつもの調子に戻り、部屋は賑やかな誕生日パーティーの会場と化していた。

今回の企画に参加していたみんなも幸子の喜び具合を見て満足げというか、なんだか嬉しそうだ。

 

こうして誕生日会は始まり、各自やりたいように色々楽しみ始めた。

この辺りになってくると、仕事に行っていたシンデレラプロジェクトのメンバー等も続々と合流し始め、いつの間にかあれだけ広かったシンデレラプロジェクトの部屋も人でたくさんになってきた。

 

俺と幸子はあの後、ちょっと二人きりで話がしたかったため部屋の後ろの方のソファで座って話をしていた。

 

「悪かったな、なんか色々心配かけちまって」

 

「そうですよ! カワイイボクをこんなに心配させておいて! 誕生日祝ってくれる人が居なかったらどうしようかと考えていたんですからね!」

 

「それなら最初から、誕生日近いです、みたいな事をみんなに言っておけばいいじゃないか。言ってくれればサプライズじゃなくて普通に祝ってやったのに」

 

「いやそれだと自分から誕生日を言わないと覚えてもらえてなくて祝ってもらえないみたいで、それもそれで悲しくありません?」

 

「……まあそうだな」

 

幸子に言われてみて、確かに自分から誕生日を言うのも悲しい物だなと思った。

しかし幸子なら不思議とそれでも違和感がないというかやってもおかしくない気も……

 

「まあでも、今こうして皆さんに盛大に祝ってもらえているので寛大なボクはこれ以上どうもこうも言いませんけどね!」

 

「そうか、喜んでもらえているみたいで良かった」

 

「ただ、次からはもうサプライズは無しでお願いしますね? やるならやると最初からボクに言ってください!」

 

「へいへい……」

 

しかしすっかり幸子は本調子に戻っている。

幸子の精神状態は本当に夏場の天気のように変わりやすいな。

全く、ゲリラ豪雨や雷は大の苦手なくせしてな。

 

「とりあえず来年の誕生日会はもっと広いところで、もっと盛大に! できたらカワイイボクのファンも沢山呼んで……そうだ! 来年から毎年誕生日ライブを開きましょう! そうすればファンや346プロのアイドルの皆さんもカワイイボクの誕生日を毎年祝えますね! まさにウィンウィンの関係です!」

 

「お前、本当に調子良いな……さっきまでの調子はどうしたんだ?」

 

「あれは……その……え、演技ですよ! ボクが折角のサプライズにドライな反応をしたら、わざわざ準備してくれた皆さんが哀れで可愛そうですからねえ。わざわざそこまで考えてあげるボク、優し過ぎて自分ながらまた涙が出てきます……」

 

「とか強がっておいてどうせ本心は嬉しかったんだろ? どうやら一歳歳をとった幸子ちゃんじゅうごさいも今までと何も変わってさそうだな。良かった良かった、安心した」

 

「う、うるさいです! やかましいです! やっぱりプロデューサーさん嫌いです!」

 

幸子はそっぽを向いてしまう。

本当に今日十五歳になったとは思えない程、表情が豊かで感情に素直な子だな。

良い意味で今の時代にしては希少価値が高いと思うのだが。

 

「……よし分かった」

 

「ん? 何がわかったんです?」

 

幸子はそっぽを向きながら不機嫌そうに返事をする。

 

「来年の誕生日までに……そうだな、巨大な会場でライブを開催できるくらいに幸子を有名にさせてやって、来年の誕生日には誕生日ライブ、それもめちゃくちゃでっかいのを実現させてやるよ」

 

「えっ……」

 

幸子は驚いたような声を出し、再びこちらに振り向く。

 

「……来年だけじゃなくて、毎年付き合ってもらいますからね? プロデューサーさん」

 

「なんだ、何か言ったか?」

 

「な、何でもないです!」

 

 

 

暫くの沈黙が続く。

外を見ればあっという間に空は真っ暗になっており、気が付けば綺麗な夜景一色だった。

俺達の部屋よりもシンデレラプロジェクトの部屋の方が高い為、見晴らしがかなり良い。

 

ちなみに俺達の後ろの方では本日のメインである幸子と主催である俺をほったらかして、志希達が楽しそうにはしゃいでいる。

やはり志希は幸子の誕生日を祝いたいというよりパーティを楽しみたかっただろ絶対。

 

と、そんな事を考えて沈黙を誤魔化していたが、幸子がその沈黙を破った。

 

「……所で、さっき来年もなんて言ったので丁度この機会に聞いておこうと思うんですけど、実際プロデューサーさんはいつまでボクのプロデューサーさんで居てくれるつもりなんです?」

 

「なんだ? いきなり意地悪な質問だな……」

 

と、言いつつもそんなことは俺にも分かりきった質問だった。

 

「前も言っただろ。少なくとも、お前がアイドルで居てくれる限り俺はトップアイドル、輿水幸子のプロデューサーだってな」

 

幸子は照れて俯いてしまう。

 

「た、試しただけですよ! そもそもプロデューサーさん以外の人にプロデューサーをやってもらうつもりは、ボクにも一欠片もありませんから!」

 

「そこまで直球に言われると俺としても少し照れるな……」

 

お互いにソファに座りながら赤面して下を向いてしまった。

なんだか色々気まずい。

 

「……じゃあ逆に質問をするが、幸子はいつまでアイドルをやるつもりなんだ?」

 

「……実を言っちゃうと今の所はまだ分かりませんねえ。全世界、全宇宙、はたまた全時空の人達にカワイイボクのカワイさを知ってもらうにはどれ位時間がかかるかわからないですし」

 

「まったく、幸子にまともな意見を期待した俺がバカだった……」

 

「ちょっと!! それ失礼じゃないですか!?」

 

「悪い悪い、ってだからそんなに叩くなって! 悪かった! 俺が悪かった! イテテっ……」

 

幸子は俺に駄々をこねるように叩いてくる。

もはや定番となってしまった流れだな。

 

と、幸子は叩く手を止めた。

そして俺に聞こえるか聞こえないか位の小さな声でたった一言だけ何かを言った。

 

「……プロデューサーさんがプロデューサーさんで居てくれる限り、ずっとに決まっているじゃないですか……」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「う、うううるさいです! 黙りやがれです!」

 

「なんか口調がおかしいぞ……」

 

幸子はもう知りません! とばかりに先程より更に背を向けて拗ねてしまった。

 

「ふっふ〜、痴話喧嘩とはおふたりさん仲良いですねえ〜」

 

俺は突然の声に驚き後ろを振り向く。

するとそこにはソファの背もたれからワニの様に目だけを出し、未央がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「アイドルとプロデューサー、年齢どころか立場の壁すら超えたあってはならない禁断の恋……待ち受ける運命は幸せか、あるいは絶望か。ふふふっ」

 

「おいちょっと待て、どこから聞いていた!?」

 

「さあ、どこからでしょう?」

 

「あっ……ちょっ!?」

 

未央は走って逃げてしまった。

 

「やれやれだな……」

 

俺はソファに再びもたれかかる。

色々ひと段落し力が抜けて疲れがどっと出てきた。

 

「なんです? プロデューサーさんまさかもう疲れてるんですか?」

 

「なんだ、悪いか? わざわざお前の為に先週から頑張っていたんだからな、疲れていて当然だろう。少しは幸子も俺を敬いたまえ」

 

「何言ってんですか、プロデューサーさんはカワイイボクの為に頑張って当然なんですからね!義務なんですよ、ぎーむ!! それにパーティはまだこれからですよ! とりあえずプロデューサーさんもへばってないで、もっとボクを祝ったらどうなんですか!」

 

「へいへい、誕生日おめでとうおめでとう……」

 

「心がこもっていません! やり直し!」

 

こんなやりとりをしていると突然マイクとスピーカーの電源が入り、ハウリングが辺りに響く。

 

「お、何か始まったみたいだな」

 

突然部屋がざわついてくる。

部屋の前の方を見ると李衣菜がマイクを持って立っていた。

 

「みんなー、誕生会楽しんでるー? 今日は幸子ちゃんの誕生日をお祝いして、みんなで楽しめる様々な企画を用意したからさ。日頃の様々な事を忘れて、今夜は思う存分ハッチャケちゃおう!!」

 

「良いぞー!! ひゅーひゅー!!」

 

「今夜は遅くまでLet's Party!!」

 

部屋では拍手や歓声が巻き起こる。

まあ……一部ではそれに収まりきらない未央や志希みたいなのも居るが。

 

「ま、ここで俺と幸子でずっと話していいかもしれんが今日は折角のパーティなんだ。どうする? みんなの方、行くか」

 

「そうですねえ、わかりました! でもそう言ったからには、どんなに疲れていようと途中退出は許しませんよ? 何たって今日一番偉いのはボクなんですから!」

 

「そもそもいつも一番偉い様なもんじゃないか……」

 

良かった、どうやら幸子もこの誕生日回を気に入ってくれて居るようだ。

それに幸子に限らずみんな良い笑顔をしている。

どうやら、誕生日会は大成功の様だな。

 

「さて、この後は幸子ちゃんの誕生日を祝って、私とみくでちょっとしたライブをやらせてもらうよ!! その後もまだまだ沢山の出し物があるからみんな、覚悟しておいてねー!!」

 

と、幸子は突然立って手を差し出してきた。

 

「エスコートしてください! プロデューサーさん! 今日はパーティなんですから」

 

「……そうか、わかりましたよっと、幸子お嬢様」

 

俺はその差し出された幸子の手を握り、ソファから立ち上がる。

そして向き合い、俺は改めて言う。

 

「誕生日おめでとう、幸子。いつもありがとうな」

 

「ふふーん! 何言っているんですかプロデューサーさん」

 

幸子は笑みを浮かべ続けて言う。

 

「まだまだこれからですよ! 有能プロデューサーと世界一カワイイボク、輿水幸子の軌跡は!!」

 

かつて幸子と初めて出会った時の笑顔、今の幸子の笑顔はあの時と同じ曇りのない、晴れやかで純粋な笑顔だった。

 

「そうか……そうだな、その通りだ。じゃあ仕切り直すとして、繰り返しになるがおめでとう。これからも来年も、再来年もいつまでも宜しく!」

 

ちょっぴりナルシストでドヤ顔が得意技。

チャームポイントはそのくせっ毛と唯一無二の可愛い笑顔。

自信過剰で常に自分が世界一カワイイと思っており、そんな関係もあって空回りしたり失敗することもしばしば。

でも実は頑張りやな一面もあって、誰かを思いやってあげることも出来る、本当は本心を出すのが恥ずかしいだけの素直で優しい子。

 

それが彼女、俺の初めての担当アイドルこと輿水幸子だ。

今までも、そしてこれからも変わらず、な。

 




後書き

最後遅くなってしまいましたすいませぬ(内容の調整や推敲に時間ががが)

さて皆さん、こんな自分の駄文をここまで見ていただき本当にありがとうございます。
最後まで見てもらえたのなら本当に作者は感激します(幸子愛は充分伝わったかな?)

幸子の誕生日、なんだか知らないですが自分の事のように嬉しいです。
実を言うと一ヶ月前から早く来ないかなと楽しみにしていました。
まあ特に理由は無いのですが、そりゃあ担当の誕生日は祝いたくなるものですよね?

で、何もしないのもできないのも嫌なので何か幸子の誕生日にできないか、そう考えた結果生まれたのがこの誕生日特別話です。

書いた後に言うのもなんですが正直安易な考えでやり始めたせいで、後々になって計画やら肝心の内容がめちゃくちゃになりつつ気がついたら当日の夜まで執筆を……

結果いつも通り、所々内容がスッカスカになってしまいましたが(予定調和)

という訳でこのまま長々と文書を書くのも全国の幸子Pの折角の幸子との貴重な時間を奪ってしまうので、あとがきはこの辺で終わりにします。
本編の方の更新は今回の誕生日特別話で疲れたので小休憩をとります(どうせ書きたくなってすぐに復活する)
皆さん、ご了承ください。

では最後にもう一度、皆さんこの作品を読んでいただきありがとうございます。
そして輿水幸子、誕生日おめでとう!


〜以下作者の本編と(多分)全く関係の無い呟き〜


この話、書いていて最後の方凄く恥ずかしかったですね。
幸子が好きでその感情を文書にすると直球表現過ぎたり、ただの作者の願望みたいになってしまって……直したり調整するのたいへんだった……
好きすぎるというのもまさに罪ですね! (幸子風)

まあこの小説はオリジナルの小説を書く練習として書いている節もあったのですが、実際練習のれの字もないただの幸子がスキーな文書ですからね……
この小説の9割は幸子への愛と皆様の応援で成り立っております。


そういえば森久保ォ! のSSR実装されて嬉しいんですが、当たる気配がありません。
誰か乃々のお話を書いて、乃々のSSRを僕に下さい!(担当キャラの作品を書くと作者には絶対担当が出ないジンクスがあるらしい)


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エピローグ

2017年9月3日、デレステコミュ内の話に合わせ幸子を山梨県の実家住みにしました。その関係上少しだけ内容が変わりました。
まあさほど? 話の進行に支障はありませんが一応


エピローグ

 

 

あの後、誕生日会は夜まで続いた。

志希達と作ったケーキにロウソクの火を灯し、誕生日恒例のハッピーバースデーをしたり、その後みんなでそのケーキを食べたり、アスタリスクの特別ライブで盛り上がったりもした。

 

ケーキの方はみんなから美味しいと評判も良かったし、意外にもありすのストロベリーイチゴケーキが好評だった。

人数も多かったせいか、結果的に一人あたりの量も少なくなり丁度良かったからなのだろうか。

とりあえず、それらのケーキを皆が美味しそうに食べているのを見ていた調理班の三人は皆良い笑顔をしていたことは覚えている。

 

まあ、そんなこんなで気が付けば時間も夜の九時を回っており、幸子の誕生日会は惜しまれながらも幕を閉じたのであった。

 

俺と幸子は今丁度その帰りだ。

夜も遅くなってしまったので、俺は幸子を自宅まで送り届けるべく、 一緒に電車に乗っていた。

 

「……でもプロデューサーさん、いいんですか? 今日はいつもより遅いのに。わざわざ家まで送ってくれるなんて、ボクとしてはすごく嬉しいですけど、別に寮に泊まったりすれば良い話だと思っていました」

 

「何言ってんだ幸子。誕生日の夜くらい、家で家族とすごした方が良いだろ。まあ、時間が時間だから、帰った所で何ができるかは疑問だが」

 

「で、でも……」

 

「それに、帰りの付き添いなんていつものことじゃないか。俺は全然構わないって。逆に、今日はいつもより時間が遅いんだから尚更だ」

 

電車の中にはまばらに人が居る。

帰りのラッシュの時間帯とは少しズレているお陰か、人はあまりいない。

俺と幸子は空いた席に座って話をしている。

 

「でも実際、こんな感じで幸子を送り届けられるのもある意味、俺の担当が幸子一人だからなのかもしれないな」

 

「確かにそうかもしれないですね。他のシンデレラプロジェクトの人達なんて人数も多いですし、一人一人送っていたらキリがないですよ」

 

まあ実際にアイドルを家まで送り届けるプロデューサーの方が珍しいと思うがな。

ある意味、俺は幸子に過保護過ぎるのかもしれない。

 

「まあともかく、何も気にするなよ? 俺が勝手に幸子を送ってやってるだけなんだから」

 

「何言ってんですかプロデューサーさん。気にするも何も、プロデューサーさんなんだからカワイイボクの為にそれ位やってくれて、当たり前のことだと思うんですけど」

 

「……すまん、やっぱり帰っていいか?」

 

「ダメです」

 

まあ、とは言っても幸子の家は県を跨いで山梨県にあるからな。

こんな夜遅くに一人で帰らせるには少々、危険が過ぎる。

それに、言ってしまえば彼女の為ならこれくらい苦でもなんでもないさ。

幸子が行くところ、どこにでも俺は行こう。

 

「……そうだ、そういや今シンデレラプロジェクトの話をして思い出したというか……ちょっと幸子に聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん、なんです?」

 

「……幸子はさ、言ってみれば幸子個人のプロデュースだろ。寂しかったり寂しくなったりすることはあったりしないのか?」

 

「あれ、今更何故そんなことを聞くんです?」

 

「今日まで幸子の誕生日会の準備でシンデレラプロジェクトのメンバーなんかと関わってきたんだが、皆同じプロジェクト内のメンバーで楽しそうに話していたりしたからさ。そういうのを見ていたらなんか幸子は個人プロデュースだし、寂しく無いのかなって思っちゃった節があって」

 

実際シンデレラプロジェクトの子達と関わってみて感じたのだが、彼女達は皆仲が良く、常に彼女達がいる空間は明るく楽しそうだった。

それに比べ幸子のことについて思い出して考えてみると、確かに飛鳥や乃々の様な友達は居るが、いつも仕事の時や部屋での待ち時間の時は一人か、居ても俺しか居なかった。

 

今日の場合も、俺が幸子の仕事に着いていってあげられなくなったため幸子はずっと一人での行動になってしまった。

そんなことを考えていたら幸子はいつも寂しく無いのか? と俺はつい気になってしまっていたのだ。

 

「……別に、ボクは何とも思っていませんけど? むしろそれ位で文句を言っているようではお世辞でもトップアイドルになんてなれないと思います」

 

「……幸子は強いな。俺が思っている以上に」

 

「いやいや、それにプロデューサーさんの担当がボク一人なら、ライバルも居なくてボクはプロデューサーさんを独り占めできますし!」

 

「なるほどな、そっちが本当の目的か」

 

謎の説得力があった。

この幸子のたった一言はこの話題を終了させるのには充分すぎる回答だった。

 

「ふぁ〜……それにしてもはしゃぎすぎて疲れたせいか、何だか眠くなってきました。プロデューサーさん、駅につくまでちょっと寝かせてください……」

 

そう言うと幸子は俺の肩にもたれかかってきた。

 

「おっと、びっくりした」

 

「何です? プロデューサーさんはボクに肩で寝られるのが嫌なんですか? 折角プロデューサーさんはこういう経験が無さそうだからやってわざわざあげているのに」

 

「色々心外な言葉があるが……まあ別に良いぞ。今日は幸子の誕生日だしな」

 

そう言うと幸子は俺の方に席を少し詰めてくる。

そして猫のように伸びをすると目をつぶってしまう。

 

「ふふーん……プロデューサーさんの肩、なんだか寝心地が良いです……」

 

「やれやれだな……」

 

丁度俺達の乗っている列車に人があまり居なかったから良かったが、考えて見れば幸子は一応、もうテレビに出たこともあるアイドルだ。

一歩間違ったらスキャンダルになってしまってもおかしくはないさ。

まあこうして彼女と二人きりで帰れるのもある意味、まだ知名度が知れ渡っていない今だからこそできることなのかもしれないな。

そう考えるとこの時間が少しだけ、貴重なものに感じられた。

 

「……そういや幸子、明日の仕事の話なんだが……」

 

しかし幸子の反応は無い。

どうやらもう寝てしまっていた様だ。

微かにだが寝息が聞こえる。

 

「……やれやれだな」

 

顔を見ると幸子は満面の笑みを浮かべ眠っている。

まるでもう今日という誕生日に何も悔いの無いように、プロデューサーである俺の傍で眠ることに心底安心しているように。

まあこの表情を見た限り、幸子は誕生日会を充分に楽しんでくれていたのだな、と思った。

 

 

 

電車の中には沈黙が広がる。

俺は肩に小さなの呼吸を感じながら、窓の外に広がる夜景を眺めていた。

 

カワイイボクへのサプライズ〜Fin〜




見てくれてありがとうございました。
また来年の幸子の誕生日、祝えることを勝手ながら楽しみにしています。


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プロローグ 出会い編
第1話 カワイイボクと普通なプロデューサー


※WARNING!!
・キャラ崩壊をしている可能性あり
・独自解釈あり
・小説を書くのはヘタ
・オリジナル主人公(プロデューサー)


それらが許せる人はボクの虜になっていってくださいね!


カワイイボクと普通なプロデューサー

 

 

 俺の日常は陽の光で目覚める。

 目覚まし時計はイマイチ目覚めが悪いので、日の出が早い夏には使わない。

 起きたらまず顔を洗い、覚めきっていない頭を覚ます。そして顔を洗い終えたら、昨日使ったテーブルを片付ける。

 次に、そうしてテーブルを片付け終わったら、今度は朝食をセットし始める。因みに、ここまでで約十分程か。

 別に一人暮らしだし、朝は余裕を持って起きている為に、そこまで時間に徹底する意味はあまり無い。だが、こうしないと色々気が済まないのだ。なんというか、その辺り潔癖な性格でな。社会人となり、一人暮らしを始めてからはいつもこの流れを繰り返している。

 さて、そうこうしている間に朝飯のセットが終わったら、テレビを付けて朝のニュースを見る。そのニュース番組には、今流行りのアイドルがアナウンサー見習いといった肩書きで司会をしている。

 因みに、今日の朝飯はパンにバターを塗り卵をかけて焼いただけの、簡易的なトーストだ。流石に毎日は食べないが、自分はこのトーストは嫌いでは無い為、週に何回かは食べる。

 こうして豪華すぎない普通の朝食を食べながら、朝のニュースを見ている時が一番日常を感じる。代わり映えしないと言われたらそうかもしれないが、俺はそんな朝が嫌いじゃない。

 朝食に手をつけながらテレビを見ると、今日もそのアイドルとやらが、普段慣れていないであろうニュース番組の司会を危なげなくもこなしていく。

 

 そう、今や日本は一大のアイドルブームだ。

 

 こう言ったニュース番組だけでなく、バラエティも、旅番組も、グルメ番組等も、そして忘れてはいけない本業の歌手や、アイドルグループとしての活動も、ほぼすべて彼女達が行っている。それこそ、テレビ上で彼女達を見ない日はこの数年間無かったであろう。

 

 彼女達は今や世界に誇れる、日本を代表する『idol』と呼ばれる存在なのだから。

 

 朝飯を食べ終わったらすぐに、最近ようやく着るのに慣れてきたビジネススーツに着替える。ネクタイを締めて鏡の前で身だしなみを整える。

 社会人、それも初対面の人と接する機会が多い仕事の俺にとって、身だしなみはとても重要なものだ。なぜかと言えば、人間の印象なんて、大体初対面で決まってしまうものだからである。まあ、当たり前の事しかできない俺にとっては、この程度のこと別に造作でもない話なのだが。

 こうして準備が終わったらテレビの電源を消し、カーテンを閉め、玄関で靴を履く。ちゃんとビジネスカバンも持ち、中身の確認をしたら外へ出る。

 こんな生活を三年ほど続けてきた。こうしていつも通り駅に向かい、時間ぴったりに来た電車に乗って職場に向かう。

 そう、何を隠そう、そんな俺の仕事もその今流行っているアイドル、それのプロデューサーというものだ。

 ……いや、正確にはプロデューサー見習い、と言った所か。まだプロデューサーと胸を張って言えるような仕事はほとんどしたことが無く、会社の見習い新入社員として、雑用に近い事を繰り返す日々だったからな。

 実際の所、アイドルのプロデュースどころか、アイドルとまともに会話をしたことすらあまりない。仮にアイドルと社内ですれ違ったりしたとしても、たまに軽い挨拶をする程度で、よく世の男が言う楽園なんて存在しない。むしろ、この道に憧れて入った割に、すぐそこにあるのに手が届かないもどかしさに苦しめられ、この道に入った事を少しだけ後悔していたりもした。

 だが、そんな後悔も今日で無くなりそうだ。三年間待ち続けた苦労がいよいよ報われる。俺は昨日の夜から、今日が楽しみで眠れなくなり、実は少し寝不足だったりする。

 そう、雑用に近いことを繰り返す日々『だった』のだ。それが示すは即ち過去形、過ぎ去った日々、終わった日常。

 

 俺は今日から遂に『アイドルを担当させてもらえる』ことになったのだ。

 

 俺は職場である346プロに、いつもより駆け足になりがちなその足で到着した。別に、俺の待遇が変わったからと言って仕事場や環境はいつもと何も変わらない。

「しっかし、相変わらず無駄にデカくて、これがアイドル事務所のプロダクションとは思えないよな」

 東京の都会にそびえ立つビル群とは違い、まるで童話に出てくるお城の様に異彩を放つ建物。346プロの旧館だ。今日も変わらずここの入口をくぐる所から一日が始まるのだが、気のせいかいつもと雰囲気が全然違う様に感じる。なんだか、初出勤の日を思い出すような感覚だ。

 俺はプロダクションの中に入ると、その一歩一歩に期待や不安、そしてこれからの責任を踏みしめながら、待っている上司の元へと向かって行った。

 俺は上司と早々に話を済ませると、早速アイドルが待っている部屋へと連れていかれた。今回のプロデュースは俺にとって最初のプロデュースになる為、まずは一人だけの個人プロデュースとのことらしい。だが、話によると『少しだけ』クセが強い子なんだそうだ。しかし、根はいい子で、素直で行儀の良い、決して俺の期待を裏切らない素晴らしい子だろう、との上司の話だった。

 さて、そんな上司は俺を部屋の前まで連れてきてくれた後「後は二人で上手くやってくれ」とだけ言い残し、そそくさと行ってしまった。気のせいか、上司の顔がなんだかニヤニヤしていた気がしなくもない。

 この扉の先に、その子は居る。正直話を聞いた限り、俺には期待しか感じないアイドルの逸材だ。果たしてどんなプロデュースになるのか、どんな華やかな舞台になるのか、俺はそんな期待と緊張から震える手を落ち着け、三回ノックをする。

「はーい」

 俺はその可愛らしい声を聞くと扉を開け、その夢や希望、期待が詰まった宝箱の鍵を開けた。

「あなたがボクの担当になる、プロデューサーさんなんですか?」

「ああ、よろしく。確か君の名前は……」

「幸子、輿水幸子です。名前を呼ぶ前と後に、カワイイをつけてもらっても構いませんよ?」

 これが俺の、いや俺達二人の、果てしなく長いプロデュースの始まりの瞬間だった。

 

ただ、それは『少しだけ』思っていた結果と違ったが。




こんな訳分からなさそうな小説を見てくれてありがとうございます。
僕はネタな幸子も好きですがたまに真面目な話もある幸子が好きなためこんな小説を書きました。
因みに推しアイドルは誰とは言いきれませんねぇ……


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第2話 カワイイボクと不器用なプロデューサー

第2話

カワイイボクと不器用なプロデューサー

 

 

輿水幸子

年齢 14歳

身長 142cm

体重 37kg

出身地 山梨県

誕生日 11月25日

趣味 勉強ノートの清書

 

 俺は今、先日貰っていた書類を眺めながら、彼女についての事を調べている。

 書面上に書いてある内容といったら、特別変わったことなどは無い。話してみた最初の感じも、勉強が得意で、運動は人並、至って真面目な普通の中学生の少女、といった印象だ。

 どうやら、彼女の方もアイドルにはまだなったばかりの様で、俺が彼女にとって初めて着いたプロデューサーということになるらしい。そのせいか全体的に初々しいイメージを受ける。

「⋯⋯どうですか? これがボク、輿水幸子についての詳細です! もっとも、カワイイボクについて真に全て語るには、一日、一ヶ月、いや⋯⋯百万年は必要ですけどね!」

 ちなみに、そんな彼女のビジュアルといったら、全体的に小柄で可愛らしい、年相応の子、と言った感じだ。

 可愛げのある癖っ毛、上品さの漂う銀髪、そして謎の魅力があるジト目、アイドルの原石としては普通……いや、それ以上の素質がある様に感じられる。

 まあ、そもそもこの346プロに入れた事や、本人も自称・カワイイと言うだけはあり、アイドルとしての必要条件は揃っていると俺は思う。未来性が有るか無いかで聞かれたら、充分に有りだろう。

「……で、一応聞いておくが君がアイドルになった理由は……」

「そんなの決まっているじゃないですか! 世界一カワイイボクの存在を、世界中に見せつける為ですよ!」

 その応対室のソファにちょこんと座る少女は、さぞ当然とでも言いたげに即答した。その顔はまさに、言ってやったぞととても満足げなドヤ顔をしている。

 そう、こうして語る分だけには彼女は至って普通の真面目な少女だった。俗に言われる、王道を征く清純派のアイドルだ。

 ただし、彼女にはひとつ『普通の少女には無い強烈な個性』があったのだ。

「あ……ああ、そうか。なるほどな」

 彼女、輿水幸子は俺が今まで会ってきた人間の中でも群を抜いて、自己陶酔が激しいのである。つまり、世間一般的に言えば、彼女は度を越した『ナルシスト』なのだ。

 書面での優等生な印象も、出会ってすぐに彼女に抱いた清楚で可憐な印象も、彼女が自分について語り始めた瞬間全てぶち壊された。ガラス細工をハンマーで叩き割るかのように。

 まず、お互いに初対面だというのに何故か彼女はやたらと自信げで、一々名前にカワイイを付けることを要求してきたり、唐突に自分語りを始めたり、キャラがやたらと濃いのであった。そして暫く語りに語ったと思えば、今度は突然甘える様な仕草をしてきたりと、彼女の本意がまったく読めない。

 とにかく、彼女は何を話す時もとても自慢に話してくる。本当に自分が好きで好きで、たまらないのだろう。自分の事を本当に世界一可愛いと思っているらしく、そのことに対して彼女は一片も、一ミリも、疑問を持っていないことが、その話す勢いと態度からよくわかる。俺は現状、そんな彼女のあまりにもの勢いに少々押され気味だ。

 ああ、なんということだろうか。俺が先日、正式にプロデューサーになってもらうと言われた時から必死に考えていた筋書きが、全部パーである。できれば今着々と更新されていっている彼女の情報を元に、もう一度最初から作戦を練り直したい。

「な、なんですかプロデューサーさん? さっきからなんで戸惑っている様子なんですか? それになんだか、ボクに対しての反応も薄くないですか?」

「……いや、なんでもない。初めてのプロデュースなもので、色々とまだ慣れていない部分があってね」

「それならば安心してください! ボクがプロデューサーさんの担当アイドルになったということは、いきなり歴史的レベルの美少女をプロデュースした、凄腕プロデューサーとして有名になれるってことですよ!」

「う、うむ……?」

 では、そんな彼女の印象が悪かったのか、と聞かれたら別にそういうことではない。彼女の発言や行動にはどこか憎めない感じがあり、視点を変えればまたそれも素直なのだとは言えないかと。むしろこれが彼女のこれからの魅力になりはしないだろうかと。そんな風に考えていた。それに、この勢いを生かせるのならば、逆にデビューまではなんら心配する事は無いのかな、と少し安心する自分が存在するのもまた、事実である。

 だが同時に、その姿を見る限りはまだ、彼女は年相応のあどけない中学生の少女であり、プロデューサーとしてちゃんとサポートしてあげなければな、と思わされる面もある。彼女の溢れんばかりの自信に任せるのもそうだが、彼女の力のセーブもかなり重要になってきそうだ。少なくとも今の状況からして、彼女は色々と暴走しやすい傾向が有りそうだからな。

 なんというか、こう細かく紐解いていくと、彼女の取り扱いは非常に難しそうである。彼女の良さを活かしつつ、上手く舵取りをしてあげられれば、それこそアイドルとして無限の可能性があるかもしれない。だが、新人プロデューサーの俺には少々、手が余りそうだといった感じだ。

「プ、プロデューサーさん? もう少し肩の力を抜いても構いませんよ? ボクの事をプロデュースしてくれるんですから、それくらい許可します」

「……フフッ、なるほど。そうか、俺が肩の力を抜くのには君の許可が必要だったのか」

 と、不意に少しだけ笑みがこぼれる。これではまるで、彼女の方が先輩みたいじゃないか。

「ま、まあそれくらい当然のことですよねえ? ねっ! プロデューサーさん」

「ああ、そうなのかもな」

 と、俺はこのままではやりづらいな、と思う。彼女のことは普通に名前で呼べば良いのだろうか。それとも苗字? 別に、苗字にさん付けなりで呼べば無難な所ではあるのかもしれないが、ここは彼女との距離を縮める、良い機会でもあるのかもしれない。

 とりあえず、俺は彼女の事をどう言えば良いのか、聞いてみることにした。

「なあ、とりあえず俺は、これから君のプロデューサーになるんだ。君、とかだとなんだか言いづらいし……何と呼んだらいいかな」

「それならボクのことは、最高にカワイイ幸子ちゃんって呼んでください! あ、でもプロデューサーさんには、特別に幸子って呼ばせてあげないこともないですよ?」

「あ……ああ、わかった。じゃあ……これからよろしくな、幸子」

 彼女は幸子と呼ばれると、顔を少しだけ赤らめた。

 なんだかんだ言って、真面目に名前を呼ばたりすると恥ずかしがる様な辺り、本質はやっぱり普通の少女なんだな、と再確認させられる。

「……やっぱり、呼び捨てはやめた方が良いか?」

「い、いいえ! 別に大丈夫ですよ! むしろ、その方がアイドルとプロデューサーという、雰囲気が出ますし!」

 彼女に必死にそのままで良いと念を押す。

 別に、俺はもとより彼女の意思に合わせるつもりであったし、どちらでも構わないんだけどな。

「そ、その代わりにと言ってはなんですが……プロデューサーさんはボクのことを絶対に、日本一……いや、世界一のトップアイドルであることを、証明してくださいね!」

「ああ、わかった。なるべくそうなる様に努力はするよ」

「なるべく……? そこはボクがなんですから、当然ですよねぇ?」

「……当然、か。すまない、そこまでの保証はまだできない。だけどなるべく早く、君がトップアイドルになれるように、俺も頑張るよ」

 先程から彼女は自信げに話してくるが、その彼女の自身故に少しだけ、俺にはプレッシャーに近い何かが生まれてきた。

 本当にそこまでのプロデュースを俺にできるのか、彼女の期待に応えてあげられるのか、時間が経つごとに、そんな不安が少しずつ蓄積していく。

「プロデューサーさん……?」

 と、幸子は不意に表情を変えた。なんというか、彼女の方もまた、どこか不安げな様子だ。

「ちゃ……ちゃんと世界一のアイドルにしてくれますよね?」

 その不安げな表情を見て自分の職業、そしてやるべき事を思い出す。

 

 何をやっていたんだ俺は。

 

 彼女は何よりも、誰よりも、トップアイドルになる事に対して夢を見ている、一人の少女じゃないか。不安を抱いているのは俺だけでなく、きっと彼女も同じことだ。俺が独りで考え込んでいてどうする。

 それに、俺のさっきからの塩対応は何なんだ。ここで彼女の期待に応えてあげること、できる限り不安を取り除いてあげること、それこそがまさに、彼女のプロデューサーとなった俺のまず、最初の役目ではなかったのだろうか。

「……まったく、何言ってたんだか俺は」

 我に返った俺は、一度大きく深呼吸をする。そして覚悟を決めると、気持ちを引き締め直し、彼女の瞳を強く覗き込んだ。

「……わかった、幸子」

「プロデューサーさん?」

「俺は君を世界一……いや、宇宙一のゴッドアイドルにしてやる。先はまだ、何一つ見えない。俺も不安だらけで、正直君に何をしてあげられるかも具体的には言えない。だけど、俺は君というアイドルと頂点を目指したい、その気持ちだけは、誰にも負けるつもりはないし、本物だ。だから幸子、無茶を承知で言わせて欲しい」

 

『俺を信じて……ついてきてくれ』

 

「……プロデューサーさん!!」

 と、彼女の眼光に覇気が戻る。その表情はまた先程までのドヤ顔というか、なんというか自身げな表情になっており、声にもハリが戻っていた。

「フフーン! 残念ながら、ボクはゴッドじゃありません、神様よりも断然カワイイ、エンジェル輿水幸子です!」

 そう言い、幸子は言葉を続ける。

「それと、着いてきてくれだなんて、そんなこと当たり前じゃないですか」

 彼女は椅子から立ち上がると、腰に手を当て、これでもかという程のドヤ顔を浮かべた。

「そもそもボクは、最初からそのつもりでしたから!」

 そこに、先程彼女が浮かべた不安そうな表情は、微塵も感じられなかった。あるのはただ、真っ直ぐな思いと強い意思だけだ。

「そうか、なら良かった。その意気込みは、絶対に何があっても忘れるなよ!」

 彼女は調子に乗せられやすいのか、それともこれは彼女なりの強がりなのか、それは彼女だけにわかる本心であり、俺には絶対に確かめようがない。しかし、少なくとも彼女のこのドヤ顔は、決して失わせてはいけない『彼女だけの魅力』だと、そう理解するのに秒は要らなかった。

「これからよろしくな、あー……なんだっけか。最高にカワイイ、幸子ちゃん?」

「んー……とりあえず、プロデューサーさんには、女の子の扱い方から学んでもらわないといけませんねぇ……それに、あれも……これも……」

「……まったく、それにしても、色々大変なプロデュースになりそうだな……」

 どうやら、彼女と意思の歯車が噛み合うのはまた、しばらくあとになりそうだ。だけど、それは決して遠い未来ではない気がする。根拠はないが、なんとなく、そんな気がする。

 とりあえず今は、一人で深く考え込むよりも、彼女と解け合うことから始めていこう。多分、それが俺の、最初のプロデュースなんだ。

 俺はそんなことを考えながら彼女、輿水幸子との初めての時間を過ごしていった。




なんか夢小説になっていきそうで怖いですがねぇ……皆さんにも本当にカワイイ幸子の可能性を感じてもらいたいのですよ……(悲しみ)

実は本当は蘭子の話を書きたかったんですがいかんせん蘭子Pのクセして熊本弁検定三級だからなぁ……


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第3話 カワイイボクと真面目なプロデューサー

第3話

カワイイボクと真面目なプロデューサー

 

 

「ここが新しく、ボクとプロデューサーさんの部屋になる場所なんですかねえ?」

 今日から俺達の仕事部屋となる個室、その長い間使われていなかったのであろう部屋は、お世辞でも綺麗とはいえない有様だ。だが、それでも専用の部屋がもらえるという事実だけで、俺たちにとっては、充分過ぎるほど有難いことだった。

 本来、大規模なプロデュースでもない限り、部屋は他プロデューサーとの共有が普通だ。だが、今回は会社に所属するプロデューサーが増えてきたことなどもあり、共有で使われている部屋がもう満室で使えないとのことだった。

 そこで俺たちは、346プロの社内にある、今のところ使われる予定がなかった、この小部屋を使わせてもらえることになったという流れだ。

「さて、どう片付けていこうか」

「ボクは、プロデューサーさんが仕事をしている姿を眺めていたいので、ここで見ているだけでも別に、構いませんよねえ?」

「俺が掃除している姿を眺めていたいって……変わってるな。まあ、別に構わないよ。俺もアイドルに、仕事を手伝わせるようなプロデューサーじゃないからな」

 そう言うと俺は、窓際に置いてあったソファの埃を払った。

「ほら、多少埃は取っておいたし、幸子はソファに座っていていいよ」

「それじゃあ、プロデューサーさんの好意に甘えて……失礼しまーす!」

 そういうと幸子は遠慮なくソファに座り込み、こちらを眺め始めた。これは、彼女の早く掃除しろという催促なのだろうか。

 とりあえず俺は、入口のロッカーから箒とチリトリを取り出すと、掃除を始めていく。

「さあ、始めるか」

 思った以上に部屋は汚れており、まさか物置かなんかだったんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。しかし、部屋自体はそこまで狭くなく、割と通気もよく、綺麗に掃除をして、ある程度家具を揃えていけば、なかなかの部屋に化けそうだなと思った。

「さあ頑張って下さいプロデューサーさん! カワイイボクが、応援してあげないこともありませんよ?」

 なんというか、こう実際に間近で見て接してみると、アイドルって歌って踊っているだけで、楽そうな仕事だよな、とついつい思ってしまいそうになる。まあまだ、今日は初日だ。数日もすればこんな感情も、すぐに無くなることだろう。少なくともそんなことを考えているうちは、俺も半人前の新人プロデューサーだ。

 しかし、こうしてアイドルの担当プロデューサーになってみると、いつもやってきた雑用仕事より、違った事や対人での配慮が多く、なかなか大変な物だ。これが彼女が売れてきて更に仕事が増えると、今以上に忙しくなっていくのか。そう考えると、プロデューサー業もまた大変だな、と。でも逆に言えば、それは嬉しい悲鳴で、それだったら早くそうなれた方がいいのかな、と憧れに近い感情も同時に抱く。

「ふぎゃあ!?」

 と、そんなことを考えながら黙々と掃除をしていた所、部屋には突然幸子の悲鳴が響いた。俺は彼女の方へと、慌てて駆け寄る。

「幸子!?」

「ぷ……ぷぷプロデューサーさん!! ゴ……ゴキブリ!!」

 そう彼女が指さす方向を見ると、そこには案の定、みんな大嫌いな黒い彗星、またの名をゴキブリが辺りを縦横無尽に走り回っていた。

 ゴキブリはそこまでの大きさはなく、虫にある程度耐性があった俺は、とりあえず幸子に目をつぶらせた。

「こいつを……くらいやがれ!!」

 そして、彼女が目をつぶっているその隙に、俺はゴキブリに箒の一撃を食らわせた。そして、動かなくなった所を箒で巧みにすくい上げると、窓から外に華麗にスローインし、見事退治に成功したのであった。

『にゃあ!? 何にゃこれ……って、にゃぁあああああああああ!!』

 どうやらこれは最悪のパターンだろうか。下を歩いていた誰かに爆弾が直撃した様だ。辺りには、誰かの悲鳴がこだまする。

 下を歩いていた誰か、本当にすまない。呪うなら、そいつがこの部屋に居た事を呪ってくれ。

 俺は何も見ていないし聞いていない。そう自分に言い聞かせると、窓をそっと閉めた。

「まったく、何なんだこの部屋は……」

「ぷ、プロデューサーさん?」

「ああ、もう目を開けても大丈夫だぞ」

 なんというか、その怯える姿も愛らしさがあり、こういった細かいところで他人を魅力できるのがアイドルなのか、と少し勉強させてもらえた。

「ふ、ふふーん! べべべっべつにゴキブリなななんて、こっ、怖くなんかないですよ! プロデューサーさんがちゃんと仕事しているか、試したくなっただけなんですからねっ! ね!」

 幸子はソファの隅で震えながら、体育座りをしてこちらを見ている。なんというか攻めれば強気だが、逆に攻められるのには弱い感じなのか。今後の参考にさせてもらおう。

「すまないな、こんな汚い場所に居させてしまって。俺もなるべく早く仕事を見つけてきて、もっと君にアイドル生活を充実させてやれられる様に、努力するからさ」

「しょうがないプロデューサーさんですねぇ……ボクはカワイイだけじゃなくて、優しい完璧美少女だから、なんでも許してあげちゃいます!」

 なんというか出会いから時間が経ち、慣れてくる程に彼女への見方が少しずつ変わってくる。まあ別に、彼女が嫌いになったとかそういうのとは違うのだが……この短期間で俺に芽生えてきた感情は何なのだろうか。気になる割に、それがどの様な気持ちなのかわからない。

「あと、ボクの名前は輿水幸子です。ちゃんと幸子という、パバとママに貰った、カワイイ名前があるんですからね。これからは、君呼びは禁止です」

「あっ……悪いな。別に君……いや、幸子のことが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、如何せんまだ慣れなくてね」

「確かに、こんなカワイイ子に名前呼びできることなんて、そうそう無い機会ですからね。プロデューサーさんが照れて、名前を言いにくいのも、分からなくはありません」

 幸子はそう言うと顔に皺を寄せ、何か考えるような素振りをしながら、俺の顔をじっと見てくる。

「……それじゃあ、いきなりの名前呼びに抵抗があるなら、やっぱり名前の最初と最後にカワイイをつけて……」

「却下だ幸子」

「なんでこうやってツッコミを入れる時だけは、普通に言えるんですか!」

 さて、それからはというものの、彼女とこんなやり取りをしながら、何事もなく部屋の掃除を続けていった。

 ただ、いくら小部屋とはいえ、流石は大企業だ。部屋はそれなりの広さがある。少なくとも、俺の自室よりかは確実に広く感じるな。

 また、部屋には掃除する家具こそ少ないが、潔癖症気味な俺は細かい点が気になり、色々こだわって掃除してしまった。

 壁、窓、通気口、その他etc……とにかく、部屋の隅々までを拭いて回ったか。そんなこんなで気が付いたら、時間はあっという間に二時間ほど経過してしまっていた。

 まあ、今後何事もなければ、恐らくこの部屋はずっと俺たちの部屋となるんだ。掃除には限らない、初期の時間投資は、惜しまない方が吉だな。

「それにしてもプロデューサーさん、本当に細かいですねぇ。まあ、几帳面な人は嫌いではないですが」

「特にやることも無い人間ってのは、こういう細かいことにこだわるしかないんだよな。なんと言えば良いんだろうな……つまり、今までの癖ってやつかな」

「なんだか、闇が深いです……」

 そんな訳で、俺の努力の甲斐もあり、埃だらけだったこの部屋は、人が何か作業をするのに支障が無い位には綺麗になった。

 こう綺麗になった部屋を眺めてみると、気分まで清々しくなってくる。

「さて、というわけで感想はどうだ?」

「部屋も隅々まで綺麗で、ここなら伸び伸びと過ごせそうですねぇ。流石、カワイイボクのプロデューサーさんだと褒めてあげますよ!」

「気に入ってもらえたみたいで、俺としても頑張った甲斐がある。良かった」

 綺麗になった部屋を眺め、腕を組みながら満足気に頷く幸子。だが、彼女は一切部屋の掃除には加わっていない。

「それじゃあプロデューサーさん。部屋が綺麗になった所で、早速今日はこれから何をするんですか? お仕事とかは?」

「……仕事、か」

 一通り部屋を見渡し、満足した彼女は俺に対して、疑問の視線をぶつけてくる。

 俺は咄嗟に彼女の言葉に反応したが、そこで一つの疑問にぶち当たった。

 

 

 

ん?

 

 

 

「そういや今日、俺たちはこの後どうするんだ? 」

「……いや、ボクに聞かれても知りませんよ。そういうのを考えるのが、プロデューサーさんの仕事じゃないんですか?」

 俺は幸子に真面目な表情で返事を返される。

「まさかプロデューサーさん、何も考えていなかったとかそんなオチは、さすがに無いですよね?」

「か、考えはしたさ……昨日の夜から」

「昨日の夜って、そんな翌日の晩ご飯考える様なノリで担当アイドルの予定を考えないでくださいよ!!」

 さて困った。俺としてもまさか、こんなに早く予定が終わってしまうとは予想にしていなかった。

 いや、正確に言えば、今日は元々そこまで予定を入れていなかった、というのが正しいのか。今日は彼女との顔合わせから、互いの自己紹介、部屋のセッティング。そして、多少の今後の活動方針の打ち合わせ、程度までしか予想していなかったからだ。

「まあ、昨日の夜からっていうのはさすがに冗談だ。本当の所は、昨日の夜どころか、二週間前くらいから予定の方はちゃんと考えていたよ」

「だとしたら、それこそ簡単なレッスンくらいなら予定に組み込めたんじゃないですか?」

「……いくらプロデューサーとはいえ、俺は超能力者でもなんでもないんだ。会ったことのないアイドルの予定を組むのなんて、限度がある」

 彼女が言う通り、確かに事前にやろうと思えばレッスンや、宣材撮影など、いくらでも予定の立てようはあったのかもしれない。だが、俺としては、まだ会ってもいないアイドルの予定を立てるのは、色々と早計な気がして、あまりやりたくはなかった。事前に渡されていた資料に書かれた情報だけでは、一人の少女を理解するのに不十分だと思っていたからだ。

「意気込んでいる所、なんだか色々悪いな。だけどこれが俺の方針なんだ。君をプロデュースすると決まった以上、確実な一手を打っていきたいからな」

「……こうまじまじと説明されると、プロデューサーさんが言うことも確かに、間違いとは言いきれませんねぇ」

 実際、まだ俺たちには何かやらなければいけない予定や、期限がある訳でもない。それならむしろ、変に勢いと意気込みだけで突っ走って、初っ端からミスをするよりかは、多少冷静な位の方が今後の為にも良いだろう。

「……そうだ、これはようやく掴めたチャンスなんだ。無理に突っ走って、機会を無駄にはしたくない」

 俺は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

「よし、それじゃあ少し早めになるけど、今日のアイドル活動は終わりだ」

「……えっ? 流石に早くないですか? いくら予定がないとは言え」

 幸子は俺から、予想していなかった返答が返ってきたのだろう。咄嗟に聞き返してくる。

「そうだ、予定はない。別に予定もないんだからこそ、無理してこの部屋に残る必要もないだろ? レッスン場だって今日は使えない訳だし」

 と、俺は久しぶりに一働きして、疲れた体をゆっくりと伸ばしながら、大きくあくびをした。なんというか、いつもより明らかに仕事量は少ないはずなんだが、それでもいつも以上に疲れたような感じがする。

「というわけで、俺のプロデュースは終わり。今日これからの幸子の仕事は、明日からのアイドル活動に備えて、ゆっくり休むこと。良いね?」

 幸子は一瞬不服そうな顔をする。そして、やれやれといったジェスチャーをし、ため息を漏らす。

「しょうがないプロデューサーさんですねえ。そういう事情なら、今日の所は終わりってことにしてあげても良いです」

 しかしそう言った後、彼女は俺の顔に指をさしながら、念を押すように言葉を続けた。

「でも、明日からは早く、ボクにでもすぐにできるような、アイドルらしい仕事を見つけてきてくださいね。わかりましたか? プロデューサーさん!」

「元よりそのつもりだよ。むしろ、今日で君の事はそれなりに分かったからな。明日からは、ガンガン予定を入れていくつもりだ。幸子も、あまりにもの仕事量に、いきなりへばったりしないようにな?」

「今の言葉は、プロデューサーさんからの好意に受け取ってあげます。あと、仕事なら大丈夫です。ボクなら、少し体を張る位の仕事くらいなら余裕ですから!」

「ほう? なかなかに大きく出たな。だったら本当に、バンジージャンプやスカイダイビングみたいな仕事を持ってくるぞ?」

「流石にそれはやりすぎですよ、プロデューサーさん! ボクはアイドルであって、芸人では無いんですから!」

「悪い悪い、そうだな」

 と、そんな風に彼女と話していると、突然部屋の中にノックの音が鳴り響く。

 俺は一体誰かと思い、扉を開けた。するとそこには、先程別れた上司が立っていた。

「調子はどうだい? 新米プロデューサー君」

「ふふっ、やめてくださいよその呼び方。一応、自分はもうここで働いて三年になるんですから」

「ほう? 随分といっちょ前なこと言えるようになったじゃないか。これは大物の誕生か?」

 俺と上司は互いに、冗談交じりに話す。

 上司とはこの数年で構築された、信頼関係があるからな。比較的良好な関係を築けているのではないだろうか。

 何せ、今回俺のプロデューサーデビューを、会社の上層に後押ししてくれたのは他でもない、この人だ。

「それで、肝心の彼女とは合いそうかい?」

「まあ、彼女とならなんとなく、うまくやっていけそうですね」

「そこはうまくやって『いけそう』じゃなくて、やって『いける』じゃないんですか? プロデューサーさん」

「悪い幸子、今はちょっとだけ静かにしていてくれないか?」

「ハッハッハ、確かに、早速仲が良さそうなことだ」

 上司は俺たちのやり取りを見て安心したのか、笑みを浮かべている。

「別に、急ぎの用があるというわけじゃなかったんだ。ただ、二人がどんな調子でやっているのか気になって来てみただけでね」

 そう言うと上司は、言葉を続けた。

「まあなんだ、この後時間があるなら、これから今日の報告や彼女について、少し話を聞かせてくれないだろうか? 事務所の他のヤツらが気になってしょうがないみたいでな。それにどうせ、初日でできることもないだろう。暇してるんじゃないか?」

 流石はベテラン、先を全て見過ごされていたか。

 悔しいが、全くもってその通りである。

「わかりました。それなら丁度、この後はまだ予定もないので、早めに報告の方に向かいます」

 そんな風に上司と話している中、不意に幸子の方を見ると、少し退屈そうにしている幸子の姿があった。

 ここで長話をするのも、彼女を待たせるだけでアレかと思い、俺は話を一旦切ることにした。

「という訳で、改めて今日は解散だ。初めてのことも多くて疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」

「カワイイボクを一人で帰らせるなんて……まあ、やることがあるというのならば、仕方ないですねぇ。わかりました。それじゃあボクの為に、お仕事頑張ってくださいね、プロデューサーさん!」

「ああ、お疲れ様」

 こうして俺達は部屋を後にした。幸子は建物の入口の方へ、俺は上司と仕事場のオフィスへと向かっていく。

 とりあえず、初日の仕事は成功だろうか。明日から幸子のために仕事を頑張って探してきて、彼女を少しでも早く、一人前のトップアイドルにしなければな。

 果たして、俺達のこれからには一体何が待っているのか、というかどうなるのか、まったく予想ができない。

 ただ、少なからずわかることは、決してそれらは俺らを暇させない、飽きさせない、ということだけだろう。

 




本日のゲスト:前川みく

なんとなく出したかったんで出してみたんですが無理矢理感がすごい……

次回はプロデューサーと幸子の日常回です。そろそろ幸子の扱いの雲行きが怪しく……


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第4話 カワイイボクと堅物なプロデューサー

第4話

カワイイボクと堅物なプロデューサー

 

 

 さて、あの後幸子と別れた俺は、そのまま上司へ初日の報告を終わらせた。

 会社側の評価としては「まあ、初日ならこんな物か」「とりあえず、この二人ならなんとかなるだろう」「ようこそこちら側の世界に」との話だった。

 そんな感じで評価が良かったためか、俺たちの話は社内に瞬時にして広まり、期待の新人が現れた、などと注目されることになってしまった。

 正直な所、あまりこう人に注目されるのは好きな方ではない。それに、俺的にはプロデューサーである俺なんかより、アイドルである幸子の方に噂になって欲しいのが本心な所なのだがな。まあ、まだまだ仕方が無いことか。

 そりゃあなんだかんだ色々あった気がしたが、今日はまだ『プロデュース初日』だ。それに、あの彼女の強いキャラのお陰で妙に時間が長く感じたが、上司に報告を終えた今でもまだ、時刻は昼の一時少し前である。

 そう、俺は今、はっきり言って午後の時間を持て余してしまっていたのだ。しかし、肝心の彼女を帰らせてしまった以上、何か活動をしようにもできないし、かといって彼女が居たとしても、まだまだできることは少ない。それなら何をして午後を過ごすか、とりあえず、彼女のプロデュース計画でも立ててみるか。俺はそんな事を考えながら、何となく旧館エントランスの方へと足を運んでいた。

「女の子を長時間待たせるなんて、プロデューサーさんはダメダメですねえ?」

 丁度、エントランス広場の中心に差し掛かった頃か。俺の耳には聞き覚えがある声が入り込んだ。

 声の主を探し、辺りを見回す。すると、椅子に座った幸子の姿がそこにはあった。

「ん? なんだ、まだ居たのか」

「まだ居たのかって、酷いじゃないですかプロデューサーさん! ボクは帰るだなんて、一言も言ってませんでしたよ」

 そう言われ、なんとなく先程彼女との別れ際の会話を思い出す。すると確かに、彼女は帰るなどとは一言も言っていなかった。

「……それじゃあ、俺にまだ何か用でもあったのか?」

「はい! ボクはやっぱり気が変わりました!  帰るのは止めです」

 そう言うと彼女は、満面の笑みを浮かべる。

「ボクはプロデューサーさんと会ったばかりで、プロデューサーさんのことをまったく知りません! だから、今から色々話を聞かせてください!」

「……俺のこと? なんでだ?」

「なんだか、折角カワイイボクとお話ができる良いチャンスだというのに、あんまり乗り気じゃないみたいですねぇ」

 俺の反応を見て、笑みを浮かべた幸子は瞬時にして、顔をしかめる。

「いや、乗り気じゃないとかそういうわけでは無いんだが……」

「この後、予定があるようには見えませんが」

 幸子に図星を突かれる。

 そうだ、彼女と別れたからと言って今日、俺一人でできる予定があるという訳でもない。実際、俺は今すぐやるべき事も無かった為、気分転換も含め中庭の方へと向かおうとしていた。

「それとも、なんです? プロデューサーさんは長時間、健気に帰りを待ってくれていた女の子を、家に返すような人なんですか?」

「……別に、そんなつもりは無いよ。ただ、俺なんかに話を聞いた所で精々、幸の薄い男の何の変哲もない人生くらいしか聞けないぞ?」

「面白いとか面白くないとか、そんなことは良いんです! ボクは、ボクをプロデュースしてくれるプロデューサーさんが、一体どんな人なのか知りたいだけなんですから!」

 そういうと彼女は椅子から立ち上がり、俺の方へと歩いてくる。そして俺の手を握りしめ、強く引っ張ってきた。いくら少女とはいえ、中学生の子ともなるとその力はなかなかに強い。

「まあ別に、今日はこの後、やることもなくて丁度暇だったし、付き合うのは構わない……って、ああわかった、わかったからそんなに引っ張るなって。俺は逃げないから大丈夫だ」

「そうと決まったなら、話は早いですよ! 何事も、事は急げです! さあさあ行きましょう、プロデューサーさん!」

 その表情と声はどこか、とても嬉しそうな感じだ。まるで、その言葉を待ってました、とでも言いたげに。

 なんというか、彼女の俺に対する接し方を見る限り、少なくとも彼女から、それなりに好意を持ってもらえているみたいだな。

 内心彼女、幸子が俺のことをよく思ってくれているのかが不安だっただけに、安心して胸をなでおろす。

 

 

 

 さて、こうして俺は幸子に腕を引かれ、ほとんど無理やりな形で外にへと連れ出されることとなった。そして俺は、浮足立つ幸子に連れていかれるがままに、気が付けばプロダクションの近くにある公園にへとたどり着いた。

 その公園はそこそこ広く、昼間ということもあり、広場では沢山の子供たちが元気良く遊んでいる。

「まあ、立ち話もあれですし、とりあえずそこのベンチにでも座って話しましょう! プロデューサーさん!」

「これ、わざわざ連れてこられた理由があるのか……?」

「ふ、雰囲気作りですよ! それに、なんだかプロダクションだと、周りの社員さんの目が気になるので!」

 そう言うと幸子は、公園の隅に置かれたベンチの端に座り、自分の横を軽く手で叩いて合図をする。これは、自分の横に座れということなのだろうか。だとしたらなかなかに大胆なことをするものだ。恐らく普通の人間なら、今日あったばかりの人間にこんなことはできないだろうし、しようとも思わないだろう。

 俺は彼女の行動に、彼女の素の人懐っこさが表れているように感じた。

「あー……そういうことならじゃあ、遠慮なく座らせてもらうかな」

 しかし、いくら仕事上これから付き合っていく人間とはいえ、アイドルの隣に座るとなると、少しだけ抵抗がある。

 流石に俺は、中学生の歳下相手に恋愛感情を抱くような人間ではないが、それでも年頃の少女が纏うその雰囲気は、心の波長に乱れを生じさせるには充分だ。

「なんですかプロデューサーさん? もしかして、カワイイボクの横に座るのが恥ずかしいんですか?」

「恥ずかしい……とは違うが、しかし近いものなのかな。やはりこういうのは、何歳になっても慣れないもんだ」

 そう言い、俺は苦笑いを浮かべる。

「まあボクはカワイイから、恥ずかしくなるのは何歳になっても当たり前のことですねえ……ってあれ、そういえばプロデューサーさんは、何歳なんですか?」

「……俺か?」

 と、幸子は突然話を止めると、疑問の視線をこちらにぶつけてきた。

「……一応、俺はここの人間になって三年、歳は二十三といったところかな。実を言うと俺もまだ、社会人にはなったばかりで、あんまり会社暮らしには慣れていないんだけどさ」

「それなら安心してください! これからは、カワイイボクといつでも一緒に居られるんですから! 例えこの先、どんな辛いことや悲しいことがあっても、ボクのカワイさを見ればすぐ元気になれますよ!」

「……相変わらず、自信満々だな。まあ、その勢いならすぐにアイドルとして売れて、人気者になれるだろうよ」

「自信があるのは当然です! だって、カワイイんですから! それにそもそも、ボクは産まれた時から、既に人気者なんです!」

 彼女の発言は一言一言がなんだか面白いことを言う。ナルシストも拗らすと、こうして一つのキャラとして成立するものなんだな。まるで、どこかの芸人か何かみたいだ。

「逆に、何をどうしたらそんなに自己評価を高いまま維持できるんだか。そこまで自分に自信を持たれると、何かしら特別な理由があるのか気になるな」

「ボクに質問ですか? あれあれプロデューサーさん、そんなにカワイイボクのことが知りたいんですか?」

「ああ、俺は君のプロデューサーだからな。これからのプロデュースの参考にもしたいし、できれば君のことは色々と知っておきたい」

 実際、彼女のその溢れる自信については、理由を知っておきたい限りだ。そこまで自信を持てるには、何かしら特別な根拠か何かがあるのかもしれない。それが分かれば今後のプロデュースにおいて、彼女の武器として、強みとして、活用できる可能性が大いにある。

「そうですねえ……じゃあ、おねだりしてください!」

「そうか、なるほどな。おねだり……おねだり?」

 予想にもしていなかった彼女返しに、俺はペースを崩され反射的に聞き返す。

 いや待て、今の流れをどうしたらそうなる。何故そうなった。

「そうです! 質問するということはつまり、ボクのことを今よりももっと深く知りたいということですよね? プロデューサーさん?」

 そういうと幸子はスカートの裾を少しめくりあげる。

「物事には、それなりの対価が必要なんです。それに、中途半端な気持ちでボクのことを知られるのは、なんか嫌ですからね! プロデューサーさんがどれくらい本気なのか、試してみます!」

「いや……待て、ちょっと落ち着け、ストップ! ステイ!!」

「さあ、早く!」

 これはもしかして、彼女なりの自分のことをもっと聞いてくれという、本心の裏返しか何かなのだろうか。こんな回りくどいことをして、なんだか素直じゃないな、と思いつつも、しかしそんな彼女の姿が少し可愛く思えてしまう。

 だが、そんな感情と共に、俺の中にはもう一つ、別の感情が浮かびつつあった。それは、彼女の困った顔が見てみたい、というちょっとしたいたずら心だ。

 俺はその場で身なりを整え、姿勢を正すと、彼女の方を真っ直ぐに向いて行動に移した。

「それじゃあ……お願いします」

 俺は声のトーンを落とし、真面目な雰囲気を作り出すと、深々と頭を下げる。

「……あ、あれ? なんか少し硬すぎませんか? プロデューサーさん?」

 本来ならここで、ふざけ半分の答えを返すのが正解なんだろう。少なくとも彼女は、そんな返しを待っているように見受けられる。だが、意表を突いた俺の対応に、狙い通り幸子は気まずそうな様子を出している。

「まあ……そこまでして、そんなにも聞きたいって言うなら……しょうがないですねえ、少しだけ聞かせてあげないこともありませんよ?」

 しかしそこは彼女、このあと面白い反応が見れるかと思ったが、この通りスルーされてしまった。困惑したのは一瞬で、また彼女の幸子ワールド全開だ。

「それで、プロデューサーさんは、ボクの自信の理由が知りたかったんですよね?」

「……あ、ああ。そうだ」

 すると彼女は、俺の質問に対し何故そんなことをわざわざ? といった表情をする。

「そんなの、決まっているじゃないですか」

 そう言うと彼女は、俺の目を見て話を続ける。

「ボクがいつも自信満々な理由はですねえ……」

「ボクがいつも自信満々な理由は……?」

 しばしの沈黙、その間俺たち二人は黙って互いを見つめ合う。そしてそれから数秒後、幸子は勿体ぶるかのようにしながら口を開いた。

「勿論、ボクがカワイイからですよ!!」

「……」

 知っていた。いや、どうせそんな答えなんだろうなと思っていた。俺はそれ以外の答えが出てくることを期待していたが、そんな可能性は元より存在していなかったようだ。

「いや、言うと思っていたが、まさか本当に言うとはな」

 俺には、超能力者の素質でもあるのだろうか。頭の中で考えた言葉と一語一句違わずに、彼女は返答を返してきた。そのあまりにもの一致ぶりに、口からは乾いた笑いが小さく漏れ出す。

「それってつまり、プロデューサーさんは既に、カワイイボクの魅力に気がついていたってことですか? さすがボク、口に出さなくても自分の魅力を伝えられるなんて……天性の才能ですねえ」

「いや、まあ……そうだな。もうそういうことにでもしといてくれ」

 ダメだ、俺は彼女のプロデューサーなのに、ずっとあちらのペースに乗せられてしまっている。話の流れが何を言っても、彼女の自画自賛へと収束してしまう。まるで、会話のブラックホールか何かのようだ。

「それじゃあ、そんなボクのカワイさをわかってくれるプロデューサーさんには、カワイイカワイイボクから、ご褒美です!」

「……へ? ご褒美?」

 そう言うと幸子は突然、肩にかけたポーチ鞄の中から、何かを取り出した。それは、可愛い柄のカバーが付けられた、彼女のスマートフォンだ。

「さあ、プロデューサーさんも早く、携帯を出してください!」

「携帯? いきなりどうした」

 俺も幸子に促され、ポケットの中からスマホを取り出す。すると俺のスマホを見た幸子は、満面の笑みを浮かべる。

「フフーン! なんと、プロデューサーさんには、ボクの電話番号とメールアドレスをあげちゃいます! こんな美少女の番号とメルアドをを手に入れられるんですよ。喜んでください、プロデューサーさん!」

「そうか、そういえばまだ、連絡先を交換していなかったな。わかったよ」

「プロデューサーさんってば、なんですかその薄い反応は。ここはもっと全身を使って、これ程までかってくらい喜んでもいい所ですよ! カワイイボクの連絡先なんて、普通手に入らないものなんですから!」

「はいはい、そりゃ嬉しいな」

「……本当に嬉しいんですか? 反応がわざとらしくありません?」

 幸子は俺の反応に不満があるらしいが、そんなことはお構い無しに、俺は彼女と連絡先を交換した。

 時代がスマートフォンに移ってからは赤外線通信とはいかず、手動で入力しなければいけないため、少しだけ手間と時間がかかる。

「いや、うん。入力終わったぞ、終わったけど……」

 俺は初めて見た時、そのメールアドレスに驚いた。

 

『EverydayKawaiiBoku』

 

 まさかとは思っていたが、メールアドレスまでこの始末とはたまげたな。流石に笑えてくる。

「どうかしましたか? プロデューサーさん」

「……いや、何でもない。ただ、少しツッコむのに疲れてきただけだ」

 たまに自分の本音が出そうになり焦る。というか、そろそろ言ってしまっても問題はない気がしなくもないが……

「さて、話はこれで終わりじゃないですよ! まだまだボクも、聞きたいことが山ほどありますから!」

「はいはい、どうせ嫌だと言っても、勝手に続けるつもりなんだろ?」

「勿論、その通りです! プロデューサーさんに、拒否権はありません!」

 こうして幸子と話はととまることを知らず、このあとも小一時間程続いていくことになるのであった。




最近幸子の事が気になって夜も眠れないですねぇ……
もしかしなくても病気を疑うレベル……


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第5話 カワイイボクと心配症なプロデューサー

おまたせしました、新しい幸子です。
流石に毎秒投稿や毎日投稿は無理でした。

カワイイボクに免じて許してください!!なんでもしますから!!


第5話

カワイイボクと心配症なプロデューサー

 

 さて、あの後はというものの、俺は幸子に言われるがまま、質問攻めの嵐に晒された。

 内容は住んでいる所についてや、普段は何をしているのか、などのよくある質問から始まり、初対面での自分の印象についてや、一番カワイイ所はどこか、など。

 そして気がつけば、いつしか波のように押し寄せる質問攻めこそ無くなったが、今度は勝手に自分のことについて得意気に話し始めた。

 ただ、一つ意外だったのは、話してみると案外普通な面もあり、少なくとも彼女は、自分の事以外に関しては非常に几帳面で、真面目な性格だったということだ。

 今後のことを考えるなら、彼女についてを知るのは、とても重要なことだからな。そう考えれば、この時間は決して無駄なものでは無かったと思える。

「それにしても、なんだか結構なことを話した気がします」

「そうだな。俺もここまで誰かと話し込んだのは、随分と久しぶりかもしれない」

 そんな訳で、時刻は公園に来てから既に、一時間近くが経過していた。知らないうちに俺たちは結構な間話し込んでいたようだ。目の前で遊んでいた子供たちも顔ぶれが入れ替わっており、それが余計に時間の流れを感じさせる。

「流石に八月ということもあり、少し暑いですねぇ。なんだか、喉が乾きました」

「それならどうする? 飲み物でも買ってくるか?」

「うーん……」

「どうした?」

 と、彼女は俯き、突然何かを考え込み始めた。そして数秒後、突然起き上がると満面の笑顔になり、こちらの方を向く。

「それより、いいことを思いつきました!」

 そう言うと彼女は立ち上がり、その小さい手で、俺の手を再び握り締める。

「なんだ、またプロダクションにでも戻るのか?」

「フフーン! 違いますよ。とりあえず着いてきてください!」

 

 

 

 というわけで俺は、再び幸子に腕を引っ張られ、どこかへと連れて行かれた。先程とは違い、今度は町のどちらかというと賑やかな方へと向かって行く。

 こうしてしばらくの間連れていかれたあと、彼女は一軒の店の前で立ち止まる。そして、こちらの顔を覗き込むと笑みを浮かべた。

「次はここですよ、プロデューサーさん!」

 その見た目からして、ここは喫茶店かなにかだろうか。普段、俺はこういった場所に出入りすることがあまり無いために、詳しくはよくわからない。

「外は随分と暑いことですし、少しだけ中で涼しんで行きましょう、プロデューサーさん!」

「あー……もしかして、前からこういった場所に入ってみたくて、でも一人じゃ入りづらいから、丁度都合良く居た俺を連れてきた、なんてオチじゃ……ないよな?」

「そ、そそっそんなことないですよぷ、プロデューサーさん! ボク位の人間なら、ひとりでこんな所に入るのなんて余裕……余裕ですから!」

 図星か。彼女は本当にすぐ顔と反応に出る。どう頑張っても、嘘が付けないタイプだ。

「あのなぁ、俺はプロデューサーであって、君のお友達でも何でも無いんだからな……」

 そう言って帰るぞ、と来た道の方を向き帰ろうとした瞬間、幸子がまた俺の手を握りこちらの顔を再びじっと見てくる。

「プロデューサーさん」

 その目は何かを言いたそうに、なんというか小動物のような目で俺の目を見て視線を離さない。

「あー……幸子?」

「どこにでも、付き合うんでしたよね?」

「いや、たしかにそうは言ったがこれは……」

 彼女は依然、視線を逸らさない。マズい、なんだこの視線は。ダメだと言いたいのに、まるで蛇に睨まれた蛙……いや、チワワに見つめられたライオンの様に体が言うことを効かない。

 やめろ……俺をそんな目で見るな、やめろ……やめろ!!

 

 

 

 ダメだった。あの視線はきっと誰であっても落ちる。なんとも言えない罪悪感みたいな物に心を鷲掴みにされてしまい、結果的に彼女に従わされてしまう。流石幸子汚い。

 俺は気がついたら仕方ないなと言い、喫茶店の中に入っており、彼女と席に座っていた。

「流石プロデューサーさん! プロデューサーさんなら、きっと一緒に入ってくれると信じていました!」

「今回だけだぞ……次は無いからな」

 真面目な話、彼女との親交を深めることも、今後のプロデュースについて考えれば、重要なことだ。それなら、多少の出費も未来への投資ということで片がつく。

 しかし、そうは言ったが実際、俺はこういった場所にあまり来たことが無いために、どうすればいいのか戸惑っていた。

 まあ別に、ここはただの喫茶店なわけだし、何に戸惑っているのかは自分でもわからないが。だが、そのいかにもTHE・シャレオツな雰囲気に、飲みこまれてしまいそうになる。

「さあプロデューサーさん、男の見せどころですよ!」

「男の見せどころ……? 何のことだ?」

「こんなにカワイイボクと、ふたりっきりなんですよ? カッコよく決めたらボク、オチちゃうかもしれませんよ?」

「あのなぁ、一体何を言っているんだ……」

 まったくこの子の本意が読めん。

 彼女は俺に、媚でも売りたいのだろうか。それとも、よくある展開だが、学生が教師など歳上の大人に憧れてしまう的なサムシングか?

 別に、俺に好意を向けて貰えるこは嬉しいのだが、できればアイドルになったのであれば、その好意をファンの方向に向けてもらいたいものだ。

「……ま、まあ良いでしょう。それじゃあとりあえず、注文を早く頼みましょう、プロデューサーさん!」

「そうだな、わかった。じゃあ俺は、無難にコーヒーでも頼もうか」

「じゃあボクは……オレンジジュースで!」

 俺は店員を呼び、幸子に言われた通りオレンジジュースと、自分用のコーヒーを頼んだ。

 なんだかんだこうしてオレンジジュースとかを頼むあたり、本当に彼女は中学生の少女なんだなと、実感させられる。

 はたして、こんな純粋でまだまだ小さな子が、本当にアイドルになんてなれるのだろうか。いや、それをうまく導くのが俺の仕事なのか。

「さて、先に聞いておくが、まだ予定とかどこかに行きたいとかってのはあるのか? 話に付き合った俺の方にも、多少責任はある。どこか行きたい場所があるというなら、先に言ってくれ」

「そうですねえ……まあ別に、特別行きたい場所とかはもう無いです。プロデューサーさんがボクとの時間に満足してくれたなら、今日はおひらきにしましょうか」

「……なんで俺が、君との時間を要求しているみたいになっているんだ?」

「それは勿論、ボクはカワイイので、プロデューサーさんがボクとの時間を要求するのは、当たり前のことだからですよ!」

 これからこの子の考え方のことを超幸子的理論、略して幸子理論とでも言うことにしようか。

 ある意味この幸子理論だけでそのうち、どこぞの芸人や激アツ男みたいに、毎日幸子カレンダー的ななんかでも作れそうだ。

「カワイイのは認めるが……いや、もうなんでもいいわ」

「……カワイイ? 今ボクのことをカワイイって言いました? カワイイって言いましたね!? プロデューサーさん!!」

「あー!! わかった、わかったよはいはい、カワイイ、カワイイよ幸子ちゃん!! ボクのマイ、エンジェル幸子ちゃん!! FOOOO!!」

 途端に自分の置かれた状況に気が付く。

 周りからの凍てつくように冷たい目線、幸子の驚愕した表情、気がついた時には既に手遅れだった。

「あのー……プロデューサーさん? そんなにボクのことがカワイイからって、外出先で叫ぶのはちょっと……」

 疲れた。はっきり言う、明日以降が不安だ。

「もうどうにでもなってくれ……」

 冷めきった空気の中、店員が注文したものを運んでくる。注文の品を置き、店員が言ったごゆっくりどうぞの言葉が辛かったのは、言うまでもない。

「……まあとりあえず、色々あったが今日はお疲れさん。別に、これと言った仕事をしたわけでもないが」

「こちらこそプロデューサーさん、ボクが満足できるだけの働きぶりをしてくれて、助かりました!」

「上から目線なのか、下から目線なのか、本当にわからないな……」

 俺はコーヒーを一口飲む。そして幸子も、同じタイミングでオレンジジュースを口にした。その飲み方がまた可愛らしく……なんというか、あざとい。

「ところでプロデューサーさん」

「なんだ?」

 俺はコーヒーをもう一口続けて飲む。

「ボク達、ふたりでこんなところに来て……まるでカップルみたいですねえ?」

「ブフッ、ガハッゴホッゴホッ……」

 噴き出した。むせる。

「プロデューサーさん!?」

 再び周りの目線が冷たくなった。店員がそろそろこちらの存在を気にし始めている。

「ゲホッゴホッ!! 」

 

 

 

 しばらくして、ようやくむせが収まってきた。むせすぎて、なんだか口の中が焦げ臭い気がする。

「何を言い出すんだいきなり!?」

「い、いや……なんとなく、それっぽいかなって思っただけですよ。別に、深い意味はありません」

「……とりあえず、もう少し自覚を持ってくれ。まだ今日から活動を開始したばかりのアイドルかもしれんが、それでももうアイドルなんだ。少しは、発言や周りの目を気にしてくれ……」

「そんなこと、気にしなくてもボクの溢れるカワイイオーラで、勝手に人が寄ってきちゃいますよ、プロデューサーさん」

「いや、俺が言いたいのはそういう意味じゃなくてだな……それに、そもそもそんなんでファンや人が寄ってくるなら、そもそもアイドルという肩書きも俺も、要らないだろ……」

 まだ器官のあたりに違和感を感じる。流石にコーヒーでむせるのは、水でむせるのより、なかなかにしんどいものだ。

「ともかく、君はもうアイドルになったんだ。だから、これからは外での発言とかには色々気をつけて話すように頼むよ。最近はゴシップ記事なんかも怖いし」

「しょうがないですねぇ、わかりましたよ」

 

 

 

 さて、そのあとはというものの、しばらくの沈黙が続く。

 幸子も俺も、先程頼んだ飲み物を少しづつ飲むだけになってしまっている。なんだか、互いに場の空気に慣れていないせいか、言葉がうまく続かない。

 先程公園にいた時は、マシンガンを通り越して、まるでガトリングガンか何かのように話し込んでいた彼女だったが、今は少し落ち着いた様子だ。

 また、俺の方はあまり会話が得意でないため、話題の提供などがうまくできない。

「……そういえばプロデューサーさん。プロデューサーさんにはさっきから色々なことを聞きましたが、一つだけ、まだ聞いていないことがありましたね」

 と、そんなことを思っていた中、不意に幸子が口を開いた。

「なんだ? この際だ、質問ならなんでも答えるよ」

「……プロデューサーさんはなんで、プロデューサーになろうと思ったんですか?」

 幸子は今日、初めて真面目な表情を見せた。

「なんだ、珍しく真面目な質問だな」

「珍しくって、さっきからボクは一度もふざけてなんかいません!!」

「悪い悪い、今のは冗談だ」

 幸子はテーブルの向こうから、こちらにとっかかってきそうな勢いで抗議をしてくる。

「で、俺がどうしてプロデューサーになったのかについて?」

「はい。まあ別に、深い意味はありません。ですけど、その……プロデューサーさんは一体、どんな思いでプロデューサーをしているのかなと」

 幸子は再び表情を変えた。

 彼女の見せるその表情、それは先程、彼女と出会った直後に見せた、不安の表情と似たものだった。

 確かに、仮に俺がアイドルだったとして、担当になったプロデューサーが生半可な意気込みや、中途半端な理由で仕事をしていたら嫌なものだ。彼女はおそらく、それが心配なのだろう。

「……そうだな、俺がプロデューサーになったきっかけ……か」

 彼女の質問を聞き、俺の頭の中にはこれまでの記憶が走馬灯のように蘇る。それらはいい思い出とも、悪い思い出とも、一概に一纏めにしては言えない。だが、どれも確実に、今の俺がここに居る理由として、必要な思い出だ。

 ただ、そんな多数ある思い出の中でも唯一、ひとつだけ上げるとしたら、際立って大きな理由が一つだけある。

「伝説のアイドルの引退、かな?」

「伝説のアイドルの引退、ですか?」

 

 

 

 かつて、アイドルブームが来るきっかけになった一つに、一人の伝説となったアイドルが居た。

 そのアイドルはかなり小さな弱小プロダクションの出身で、最初は名前なんて知られたもんじゃ無かった。そして、そのアイドルが所属するプロダクションの方も、なかなかヒットアイドルを生み出せなくて、かなり限界が近かったそうな。

 で、そんな営業苦の中、そこの社長がとある青年を見つけ、ビビッと来たとか何とか、たったそれだけの理由だけで、初対面のその青年をプロデューサーにしてしまったとか。

 勿論その青年はプロデューサーなんてやったことも無い、素人だったそうだ。出会いの経緯とかは知らないが、少なくとも普通のプロダクションなら採用なんて絶対にしない、そんな狂気の沙汰をその社長はやってしまった。

 そしてその青年プロデューサーは、後に伝説となるそのアイドル、そのプロデューサーとなった。

 そこからが凄い話だ。青年プロデューサーはあれよあれよでそのアイドルをプロデュースしていき、わずか一年ほどで当時のアイドル業界最高峰のイベント、アイドルアルティメイトと呼ばれる大会で優勝してしまったのだ。

 何色にも染まっていなかった彼のプロデュースは、新しい時代を切り開く斬新な発想そのもので、彼と彼の担当アイドルは、瞬く間に新時代を作り上げてしまった。

 勿論、当時の社会は湧きに湧いた。さらに彼女と彼女のプロデューサーのおかげで、そのプロダクションは有名プロダクションとして、日本中に知られることとなった。

 だが、そのアイドルは恐らくこれからまだ伸びるであろうはずだったのに、それからしばらくすると、理由も深く語らずに突如として引退してしまったのだ。

 この出来事が世のアイドルブームに更に拍車をかけ、社会は瞬く間にアイドル一色となった。そして日本は、世界に誇る『アイドル国家日本』となった。

 さて、話は戻るが、その話をリアルタイムで見て、聞いた俺も、そんなアイドルブームの流れに乗った一人だった。だが、俺はアイドルではなく、その伝説を作ったプロデューサーの方に心惹かれたのだ。

 それから俺は毎日、プロデューサーという職業に憧れ本を読み、ネットで調べ、時にはアイドルのライブに行き、学校の勉強も熱心に励み、そしてついに、親の反対も押し切りながらも俺はプロデューサーとなった。そして今に至る。

 

 

 

「まっ、そういう訳だ。それ以上でも、それ以下でもなく。俺はプロデューサーになり、担当アイドルと共にアイドル界の頂点を掴むために、プロデューサーになった」

 幸子は俺の言葉を、真剣な表情で黙って聞いている。そんな彼女の姿を見て、俺ははっと我に返される。

「……悪い、なんか熱く語り過ぎたな」

「……いいえ、全然大丈夫です。むしろ、プロデューサーさんの熱い思いを聞いて、なんだか少しだけ安心しました」

「安心……そう言って貰えて、嬉しいよ」

 昔の話をしていたら、なんだか非常に懐かしい気分になってきた。

 いつかの日の俺が思い描いていた今日、そこに俺はまさに今、存在している。プロデューサーになり、誰よりも可愛い担当アイドルと共に、アイドル界のトップを目指そうとしている今に。

「そう、俺もいつか、あの伝説のアイドルとプロデューサーに、絶対に追いついてみせる。だから……」

「だから……?」

 その時、俺の目に見えていた彼女は、誰よりも可愛らしく、誰よりも美しく、そして、誰よりも愛おしく感じた。

 そこに居るのは、先程までと何一つ変わらない幸子。だが、俺の中においての彼女は一瞬にして、別の存在となっていた。

 

 

 

『ああ、そうか。目の前に居る彼女が、俺の担当アイドルなんだ』

 

 

 

 そう、改めて認識した瞬間だった。

「……だから俺は君を、輿水幸子という少女をプロデュースすると決まった時から、俺はトップを取らせてやる、そう最初から決めていた。いや……決まっていた」

「……プロデューサーさん……!!」

 次の瞬間、幸子は今日一番の笑顔を浮かべた。恐らく、彼女の浮かべたその笑顔は、俺が今まで見てきた笑顔の中で、一番の笑顔だった気がする。

「だったら、ボクをプロデュースできて良かったですねえ。その夢、叶いそうですよ?」

「夢が叶う?」

「フフーン! そうです! 超絶カワイイボクと、そんなプロデューサーさんなら、アイドル界の頂上、目指せますよ! ボクがプロデューサーさんを、絶対頂上に立たせてあげます!」

 俺はその時の幸子の笑顔と言葉を、いつまでも覚えている。

 誰よりも純粋で、儚く、尊く、そして何よりもカワイらしい。そんな彼女の、満面の笑みを。

 その顔は、その表情は、あの時俺が見た伝説のアイドルと全く同じ様に……いや、違う。その表情は、全く一緒のものだった。

「……それなら俺は、証明してやるよ。お前が、輿水幸子という少女が、世界一カワイイアイドルだってことをさ」

 俺は一度、大きく深呼吸をする。そして、彼女に向かい笑顔を向けた。

「……ありがとう。そして、これから宜しくな」

「そんなこと、言われなくても当然じゃないですか!」

 そう言うと、彼女は言葉を続ける。

 

 

 

「だって、ボクはプロデューサーさんのアイドルなんですから!」

 

 

 

 俺は店員を呼び、会計を済ませた。勿論幸子の分は俺が払う。なんたって、将来のトップアイドルに金を払わせるようなプロデューサーじゃないからな。

 という訳で、こうして互いに話したい事を全て話し合い、満足した俺達は、喫茶店を後にした。

「さて、プロデューサーさん。カワイイボクには満足しましたか?」

「はいはい、大満足したぞ。どうだ? これで満足か?」

「質問に質問で返すのは、マナー違反ですよ。それに、返事は一回だけで良いんです」

 俺の冗談に対して、幸子に冷静なツッコミを入れられる。

 こういった細かいところにも、彼女の真面目さが現れている気がする。

「まっ、冗談は抜きとして、俺も君の……幸子のことを知れて、色々いい機会だった」

「それじゃあ良かったです」

 空はどこまでも晴れ渡っていた。まるで空までもが、これから始まる俺達のプロデュースを、全力で祝福してくれているみたいに。それ程までに、その日の空は青かった。

「さて、幸子はこれからどうするんだ? もし帰るって言うなら、ここから家まで送って行った方が良いか?」

「お気遣いありがとうございます、プロデューサーさん。でも、プロデューサーさんはまだ仕事が有るんですよね? だったら大丈夫です」

「そうか、分かった」

 すると幸子は、満足そうにその場から歩き始めた。

「それじゃあ、今日は一日、ありがとうございました! プロデューサーさん!」

「ああ、明日からは一気に大変になるだろうから、覚悟しとけよ?」

「プロデューサーさんこそ、ボクに遅れないでついてきてくださいね」

「……まったく、それは俺のセリフだろうが」

 

 

 

 さて、というわけで色々あった一日だったが、正真正銘、俺たち二人による初日のプロデュースは終了した。多分、お互いに考えられる最高のスタートを切れたんだろう、少なくとも俺はそう思う。

 そしてその後はというものの、俺は会社に戻ると翌日以降の予定を立てるべく、パソコンの前に張り付いた。そして定時になった俺は会社を後にして、いつもより良い気分のまま家に帰った。

 玄関をくぐった後、そこはいつもと何一つ変わらない、普通の部屋が広がっていた。いや、広がっていたはずなのに、なんだか今日は、少しだけ明るく感じた。

 

 

 

 そしてその日の夜。

 

 

 

「ん?メールか、送り主は……幸子?」

 俺は送られてきたメールを開く。

『プロデューサーさん、初日のプロデュースありがとうございました。明日からは宜しくお願いします!』

「……あいつもなかなか、カワイらしいところがあるじゃないか……ん? またメール?」

『ところでプロデューサーさん、今日のボクは何がどれくらいどの様にカワイかったでしたか? できれば詳しく聞かせて欲しいです! だって、プロデューサーさんはボクのプロデューサーさんなんですから!』

「おうおうわかったわかった、ん? もう一通……?」

『そうそう、ボクをプロデュースする上での注意点としてまず……』

 何件来るんだ。まるでメールに終わりが無いぞ。

「またメールか」

『あー!! でもやっぱりボクの扱い方2の朝のモーニングコールは……』

「……幸子、お前何通送ってくるつもりなんだよちきしょう!!」

そう、これが俺たちのプロデュースの、始まりの全て。

彼女との、奇跡の出会い。そして、彼女のカワイさを証明するための、長い長い旅の始まり。

 




伝説になったプロダクション、一体何5プロなんだ……

さて次回からはついに仕事が始まります。
幸子のハードスケジュールとか予測できすぎて笑えませんがまあ……バンジーやらスカイダイビングやらシベリア送りやら……

どうか幸子担当がひとりでも増えますように


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ep.1 世界一長くて短い二週間
第6話 カワイイボクと初仕事


しばらく投稿できてなかった?だったら1日に2話投稿すればいいじゃないか。


第6話〈プロデュース2日目〉

カワイイボクと初仕事

 

 

 俺の日常は陽の光で目覚める。

 目覚まし時計はイマイチ目覚めが悪いので、日の出が早い夏には使わない。

 起きたらまず顔を洗い、覚めきっていない頭を覚ます。そして顔を洗い終えたら、昨日使ったテーブルを片付ける。

 次に、そうしてテーブルを片付け終わったら、今度は朝食をセットし始める。因みに、ここまでで約十分程か。

 別に一人暮らしだし、朝は余裕を持って起きている為に、そこまで時間に徹底する意味はあまり無い。だが、こうしないと色々気が済まないのだ。なんというか、その辺り潔癖な性格でな。社会人となり、一人暮らしを始めてからはいつもこの流れを繰り返している。

 さて、そうこうしている間に朝飯のセットが終わったら、テレビを付けて朝のニュースを見る。今日は特番で、有名なアイドルとやらが出ていた。アナウンサー見習いをしているアイドルがゲストのアイドルを説明する、という一見訳が分からない構図になっていて、正直笑えてくる。

 因みに、今日の朝飯はいつもと気分を変えて、久しぶりの白飯と昨日の残り物だ。たまには気分を変えて、こういったパターンも悪くない。

 今日もまた、そのアナウンサー見習いのアイドルとやらは、ニュース番組の司会を危なげなくもこなしていく。

 朝飯を食べ終わったらすぐに、最近ようやく着るのに慣れてきたビジネススーツに着替える。ネクタイを締めて鏡の前で身だしなみを整える。

 だが、こんないつもと何ら変わらない作業がいつも以上に楽しく感じる。まあ何せ、俺はようやく『アイドル持ちのプロデューサー』になれたのだからな。

 準備が終わったらテレビの電源を消してカーテンを閉め、玄関で靴を履く。ちゃんとビジネスカバンも持ち、中身の確認をしたら外へ出る。

 ああ、何もかもが明るい。その目に見える全てが斬新で新しく見えてくる。もっとも、昨日の夜は幸子の連続メールのせいで寝不足だがな。おかげで頭痛が止まらない。

 さて、そんな風に様々な思いにふけりながら346プロに着くと、俺は早速今まで職場だった部屋とは違う部屋にと向かった。そう、そこは俺と幸子の専用の仕事部屋だ。今日からは毎日、そこが俺の新たな出勤先になってくるわけだ。

 だが、扉を開けて早速部屋に入ってみると、そこには昨日、俺が部屋をあとにした時とは、明らかに部屋の様子が違っていた。

「これは……!?」

 そう、部屋の中を見渡すと、仕事机やソファ等の家具が全て新調されており、昨日には無かった家具類が追加されていたのだ。ざっと見ただけで少なくとも、昨日は置いてなかったエアコンや扇風機、小型だが冷蔵庫までもが置かれている。

「どうだ、気に入ってくれたか?」

 声に気が付き、後ろを振り返る。するとそこには、笑顔の上司が立っていた。

「昨日は随分と熱心に部屋の掃除をしてくれたみたいだからね。これはそんな君への、ちょっとしたプレゼントだよ」

「いや、それにしてもこの家具の充実ぶりは……」

「君はもう一度入った会社をよく思い出してみるといい。まあ、期待しているよ。期待の新米プロデューサー君」

 たったそれだけ言い残し、上司はさっさと行ってしまった。

 あの人はいつもそうだ。多くを語らず、思い立ったらすぐに行動に移す。俺のことを上層部に推薦してくれた時だって、俺が頼みこんだという訳でもない。今回に限っては、俺はもう部署も違うんだ。それでも、色々立場を利用して、うまくやってくれたのだろう。俺も将来、部下ができたとしたら、同じ様な上司になりたい。そう思った。

 さて、俺は新しくなった部屋をもう一度注意深く見渡す。よく見れば本棚等も追加されており、そこにはプロデューサーの仕事について役立ちそうなことが書かれた本や、社会人の常識本、常識英会話など沢山の本が並べられている。

 とりあえず俺は、一旦仕事机の方へと向かう。するとそこには、一枚の書類が置かれていた。

「346プロ企画、新人アイドル初見せ中規模ライブ……?」

 と、その紙の内容を見ようとした瞬間、扉が開き部屋には小さな影が入ってきた。

「おはようございまーす! プロデューサーさん!」

「おう、幸子か。おはよ……」

 俺はその姿を見て、ただただ驚いた。いや、別にアイドルや業界人なら普通なのかもしれないが、それにしても……

「……幸子、お前なんでそんな格好をしているんだ?」

 深い帽子にサングラス、それにマスク。この暑苦しい季節には、明らかに不釣り合いな格好だった。

「プロデューサーさんも昨日、言っていたじゃないですか。自覚を持てって。ボクは仮にでももう、アイドルなんですよ? 普通の格好で街中を歩いていたら、ファンの人達が駆け寄ってきて、大パニックになっちゃうじゃないですか!」

「……あのなあ、一応言っておくが、まだアイドル活動を何もしてないから、誰も幸子がアイドルだって事を知らないんだからな?」

「ボクのカワイイオーラは最強です! アイドルって他の人に言わなくても、アイドルだって気がつかれてしまうものなんですよ、プロデューサーさん!」

「いや……もういいや。わかった、わかったよ」

 はい、この通り朝っぱらからドヤ顔での幸子理論である。正直朝からこのテンションだと、夕方まで俺の体力が持つ気がしない。

 一体何が彼女をここまで動かすのか。それこそが彼女が言うカワイさ……なのだろうか?

「まあ……なんだ、とりあえず今日からは、本格的なアイドル活動に入っていくぞ、幸子」

「わかってますよ、プロデューサーさん! ボクにかかれば、どんな仕事でも完璧です!」

「よし、言ったな?」

 俺はその言葉を待っていましたとばかりに、言葉を続ける。

「それじゃあまずは、アイドルの基礎練習だ。その第一ステップとして、今日は、レッスンを頼むよ」

「……ふぇ?」

 幸子が気の抜けたような声を発する。

「なんだ、不満そうだな。昨日はあんだけレッスンとか営業とか、色々意気込んでいたのに」

「いやいやプロデューサーさん、アイドルらしく営業とかライブとか、そういった仕事はまだ――」

「無い!」

 俺は幸子の言葉を食い気味に遮る。

「幸子、そもそも持ち曲すら決まってないのに、一体何をするって言うんだ? ステージで芸でも披露するのか?」

「げ、芸って! だからボクはアイドルです!」

 とは冗談で言ったが、実際彼女はその独特な感覚故に、適当に喋らせておくだけでもある程度笑いは取れそうだ。真面目な話、流石に今すぐ彼女を舞台に立たせることはできないが、将来的には彼女の持つ世界観を上手く引き出すことができれば、それはそれで彼女だけの武器になることだろう。まだまだ先の話になるとは思うが、その辺も視野に入れて考えていきたい。

「……じゃあ、他に何かできることはあるのか?」

「えっ……えーっと……」

 幸子は俺の問いに対して、一瞬言葉を詰まらせる様子を見せた。

「……はぁ……」

 俺はため息を漏らす。

「……とりあえず、上の方からはまだ、仕事関係の話は来ていないんだ。恐らく、今後しばらくはこんな調子でレッスンを頼むことになる」

 現にまだ、俺の元には会社側から仕事の依頼などは来ていない。

 普通の事務所などと違い、大手のプロダクションである346プロは、そこそこベテランで仕事に慣れているプロデューサーでもない限り、基本的に仕事はプロダクション側が持ってくる。

 まあ別に、自分で仕事を探すことも不可能ではないのだが、俺もプロデューサーとしてはまだ駆け出しで、正直さっぱりではある。故に、何か行動を起こそうにも、現状俺個人ではどうしようもない。そのような状況を考慮し、今彼女にできることを考えた結果、彼女の方には、アイドルとしての基礎レッスンをやってもらう以外なかった。

 それに実際、聞いた話によると彼女はまだ、アイドルとして歌を歌ったり、踊ったりしたことが全くないらしい。それどころか、これまでそういった歌や踊りに関わったことすら無いらしく、本当に赤の素人だということだ。そのため彼女のしばらくの予定は、必然的にアイドルとしての基礎レッスンがメインになるだろう。

 まあ、彼女が赤の素人とは言ったが、幸いにもこの346プロには、丁度レッスンルームとベテランの専属トレーナーが存在するらしい。それに、アイドルブームの今、赤の素人がアイドルになることもそこまで珍しい事例ではないし、恐らくそのあたりの心配は必要なさそうだ。

「まあ、というわけだ。このままここで話していた所で事は進まない。レッスンの予約は既に取ってあるから、このあと十時からレッスンルームに行ってこい」

「……しょうがないですねぇ、分かりました。プロデューサーさんもプロデューサーさんなりに、色々頑張ってくれているみたいですから。その気持ちを無下にはしませんよ」

 幸子はレッスンと言われ、少しだけ不満そうな顔をしていたが、すぐに表情を戻した。

 と、俺はそういえばと先程の紙を思い出し、再び手に取って見る。そこに書いてあった内容は八月に行われるライブへの出席の是非だった。

 その肝心のライブの中身は、今年346プロから出たアイドルの公の場でのデビューライブで、幸子にも一応参加資格はある様だ。そして恐らく、この紙を部屋に置いていったのは上司だろう。なかなか粋な事をするものだ。

 ともかく、とりあえず俺と幸子の最初の課題はこのライブに出て最初のファンを獲得し、世間に認知度を広めることだろう。このライブで成功することができれば、仕事の依頼なども増えるはずだ。

 開催日時は八月二十日、今日は八月六日だ。丁度ライブの開催日までは二週間程余裕がある。仮にライブに出るとするならば、俺達はこの間に準備をしなければいけない。

 まあ、現時点で俺が幸子にしてやれることは、信じてやることだけだろうか。

「何をボクから隠れて、コソコソと見ているんですか? プロデューサーさん」

「ん、これか?」

 俺は幸子にその書類を見せる。

「346プロ企画、新人アイドル初見せ中規模ライブ……?」

「ああ。幸子も勿論参加するだろう?」

「そんなの決まっているじゃないですか! ボクのカワイイさを数多くの人に知ってもらえる、いい機会じゃないですか!」

「気に入ってもらえたなら良かった。じゃあ、参加ってことで提出してしまって良い?」

 幸子は目を輝かせ首を縦にふる。俺はその幸子の合図を見て、すぐさま書類の参加に丸をつけた。

「さて、というわけでそろそろ時間だ。行ってこい幸子」

「わかりました! 行ってきますプロデューサーさん!」

 返事をすると幸子は必要な物だけ持って、すぐさまレッスンルームの方へと行ってしまった。なんだかんだ言って切り替えが早く、こういう素直なところがあるのもまた、彼女の魅力なのかもしれない。

 さて、一人になってやることも現状無い俺は、今の俺達にでもできるような小さな仕事依頼が無いか、ということから調べてみることにした。

 とりあえず、後で帰ってきた幸子の初日のレッスンの感想が楽しみだな。




幸子SSR欲しいですね……


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第7話 カワイイボクと初レッスン

このroute幸子を見るとSSR幸子が取れると聞きます。
自分も便乗してガチャ引きましたが(主は無課金勢)出るのは全部白い封筒です。

どうか自分が出ない分、日本中のプロデューサーさんにSSR幸子が出るようにとお祈りします。


第7話

カワイイボクと初レッスン

 

 

 さて、それから三時間ほど経っただろうか。時間は丁度昼時だ。

 幸子のプロデュースについて色々な事を書類にまとめたり、仕事を探していたところ、部屋にはレッスンに行っていた幸子が、クタクタになって帰ってきた。

「どういうことですか! ボクはアイドルのレッスンが、こんなにハードだなんて聞いていませんよ!」

 幸子は横で俺に文句を言ってくる。なんというか、ウサギみたいにぴょんぴょん飛び跳ねながら訴えてくる姿は……さながらウサギだ。

 飛び跳ね幸子……なるほど、悪くない。採用だ。

「あのなぁ……そもそも、新米アイドルがレッスンを避けて通れると思うのか?」

「ボクは最初から完璧なので、レッスンなんて必要無いんですよ! プロデューサーさん!」

 そう言い、多分今日覚えたばかりなのであろうステップを得意げに披露する。

「ほら、プロデューサーさん見てください! ボクの華麗でカワイイステップを……ってふぎゃーっ!!」

 幸子は華麗にポーズをキメようとして、その場で派手に転ぶ。その転ぶ様はいかにもどんがらがっしゃーん、といった感じの派手な転び方だ。正直幸子は、ドジっ子キャラとは違う気がするのだが。

「……はぁ、大丈夫か? 幸子」

「ふ、ふふーん……ぼぼっボクはべっべ別にダンスができない訳じゃないです! い、今のは床が悪いだけです!」

「そうかぁ?」

 俺はそんな床に転び、座り込んでしまった幸子に手を差し出した。幸子はそんな俺の手を掴むと、すぐにその場へ起き上がる。なんというか、持ち上げた幸子の身体は思っていた以上に軽く、少しだけ彼女の健康が心配になった。

「な、なんです? その目は。ボクの言ってることが信用できないって言うんですか?」

「さあな。まあ、少なくとも今のは見事な踊りだったよ」

 と、俺はなんだかそんな幸子の様子を見ていたら、少し彼女をいじりたくなってきた。なんというか、彼女のこういった姿を見ると、俺の中のS成分に火がついてしまいそうだ。

「そうだな……じゃあダンスが得意って言うなら、歌の方とかはどうなんだ?」

「歌なら任せてください! ボクのカワイイ声で、ファンも、プロデューサーさんも、みんなカワイイボクの虜にしてあげます!」

 そう言うと幸子は、今度は得意げに歌を歌い始めた。歌は346プロのアイドル全般のテーマ? と言うかお決まりになっている『お願い!シンデレラ』だろうか。

 俺はその幸子の歌声を聞く。また幸子がミスるのをいじって遊んでやろうと思っていたが、以外とその歌声は良いものだった。以外と? いや、もしかしたら歌声はかなり良かったかもしれない。別に特別物凄く歌がうまいとか、そういったわけでは無いのだが、なんというかその歌声にはよくわからない魅力があり、聞いていると癒される、と表現した方が良いだろうか。彼女の強気? な性格とは違い繊細でか弱い、そして優しい歌声だった。

 気がつくと俺は、幸子の歌を放心状態でフルコーラス聞いていた。

「フフーン! どうですかプロデューサーさん? 聴き入っていたみたいですけど。ボクのカワイくて、カワイイ歌声は!」

「……いや良かった、良かったぞ。思っていた以上に良かった。やるじゃないか」

「ボクの声はみんなを魅力しますからね! ボクはダンスも、歌も、そして勿論見た目も万能なんですよ!」

 流石は自分の色々な事を自慢するだけあり、才能や素質は一般アイドルよりは多少でも高いと見て良いのだろうか。確かにダンスはあまり得意では無いように見えたが、それもこれも今日はまだプロデュース二日目なんだ。現時点での歌声やビジュアルを考慮して考えて考えてみると、恐らくこれからレッスンや実践を経験していけば、充分トップアイドルになるのは可能な話かもしれない。

「一昔前に流行った、歌路線の清純派アイドルか……それの再興というのも、インパクトとしては充分かもな」

 幸子はまだ自慢げにこちらを見てくる。実際歌は悪くなかったし、今回のは珍しく普通に褒められることだ。

「プロデューサーさん?」

「なんだ?」

「別にもっとボクを褒めてくれても構わないんですよ?」

「構わないもなにも、素直に歌がうまいと褒めてって言えば良いだろう……」

「それじゃあ意味が無いんです! プロデューサーさんの意思で言ってもらわなければ!」

 なんだそのこだわりは。それにそのことを言ってしまったら、その意味が結局無くなるんじゃないだろうか。まさか天然か? 今度は天然属性なのか? 天然採れたて幸子だと言うのか?

「やっぱりプロデューサーさんには、もっとカワイイボクのことを、ボク以上に知ってもらわなきゃいけませんねえ……それこそ、プロデューサーさん自身のこと以上に!」

「いや、ボクのことをボク以上にって、本当に何を言ってんだ……」

 次々と出てくる謎単語に困惑しかできない俺。しかし幸子は、そんなことはお構い無しに話を続けていく。

「うーん、それじゃあそうですねえ。例えばボクは今、何を考えているでしょう? カワイイボクのプロデューサーさんなら、答えるのは余裕ですよねえ! ねえ?」

 幸子が詰め寄ってくる。とにかく近い、幸子の顔がすぐそこにある。口を開けば問題発言製造機だが、実際本当に美少女の為、こうやって詰め寄られるとなんだかやりづらい。

「あー……なんだろうなあ?」

 そう考えていると、不意に誰かの腹の音が鳴るのが聞こえた。

「あっ……」

 そして数秒の間を置いた後、幸子が顔を赤らめる。

「……ッ!!」

「ん、幸子?」

 部屋にいるのは俺と幸子だけだ。今のは俺の腹の音じゃない。

 俺は視線を幸子の方から部屋にかけられた時計にへと移す。時刻は十三時と少しだ。

「あー……幸子、もしかしてお腹が空い――」

「あー!! プロデューサーさん!! 今のは聞かなかったことにしてください!!」

 しかし幸子は次の瞬間、俺の言葉を遮るように叫び声をあげると、後ろに飛び上がるように下がった。

「べべべ別に、ぼぼボクはお腹がす、空いてなんて、空いてなんていませんから!!」

 すごくわかりやすい反応だ。つまり幸子は、腹が減っていると言いたかったのだろうな。確かに考えてみれば、彼女は朝から三時間もそのキツいダンスレッスンをしていたんだ。そりゃ腹も減るだろう。

「さ、さあぷ、プロデューサーさん! !! 早く答えてください!!」

「……いやだから、お腹が空いてるんだ――」

 その時、また腹の音が周りに響き渡った。ああ、今度は俺の腹の音だ。

「……飯、食うか。幸子」

「……そうですね、プロデューサーさん」

 辺りに広がる謎の沈黙。そして再びの間の後、お互いに笑いが込み上げてくる。

 結局、俺たちは仲が悪いわけじゃない。彼女とこうして笑いあってみると、それがよく分かる。

 正直な所、こんなに早く担当アイドルと打ち解けられるとは思っていなかった。昨日までの俺の予想ではまだ、数週間から数ヶ月は互いに敬語で、多分仕事以外の話なんてろくにできないのだろうなと。でも、幸子はそんな俺の不安を吹き飛ばすかの様に、言い方を変えればそんなこと知るかとでも言いたいように積極的に接してきてくれる。もしかしたら案外、この二人は悪い組み合わせでもないのかもしれないな。

 さて、というわけでそろそろ時間は昼時だ。タイミングも良いし、幸子とふたりで、しばらく飯休憩にでもしようか。

 




このお話では感想や指摘、応援メッセージなどまだまだ募集しております。
まだまだ未熟な点もありますが幸子に腹パンする暇があるなら皆さん応援してください。


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第8話 カワイイボクと手作り弁当

遅くなりました、新しい幸子です。

ちなみに今は時間があるので毎日ペースですがそのうち不定期更新になります。
その時はデレステか今再放送しているデレアニで幸子を補給してください。


第8話

カワイイボクと手作り弁当

 

 

 幸子は鞄の中を漁っている。どうやら、何かを探しているようだ。

「えーっと……あ! ありました!」

 すると、しばらく鞄を漁った彼女は中からひとつの小包を取り出した。大きさからしておそらく、それは弁当だろうか。彼女らしい可愛い柄の包に包まれている。

「ほう、親御さんの手作り弁当か? いいじゃないか」

「フフーン! 違いますよ、プロデューサーさん! なんとこれはボクの、手作り弁当です!」

「へぇ、手作り弁当か……なるほどな。幸子はそういった、料理とかの類のものもできるのか?」

「もちろんに決まっているじゃないですか! ボクはカワイくて、カンペキで、そして料理だってできるんですよ?」

 そう言うと彼女は、腰に手を当てこれでもかというほど自慢げにドヤ顔をする。そのあまりにものドヤ顔に、なんだか逆に不安を感じてくる。

「しっかし料理か……俺は最近、一人暮らしになってからはあまりして無いかな。正直、幸子みたいな人を将来お嫁さんに貰える人は少し羨ましいよ」

 そう言い俺は缶コーヒーを取り出すと、飲み始める。

「何を言ってるんですかプロデューサーさん! ボクの将来のお婿さんは、プロデューサーさんだけですよ!」

「ブフェッ!! ゲフッゴホッゴホッ」

 なんというクリティカルタイミング。突然の発言に困惑した俺の器官はオープンセサミ。コーヒーは器官にホールインワン。アワレ俺の肺は爆発四散。

 イッタイナニヲイッテイルンダ幸子。事ある事に俺の気管をいじめるのはやめて欲しい。

「まぁ勿論、嘘ですけど……ってプロデューサーさん!?」

 事態に気がついた幸子は俺の元に走ってくる。そんなに驚いて心配をするなら、最初からむせさせるようなことを言うな。

「……ゴフッ、あのなぁ幸子、俺はお前のプロデューサーであって将来のお婿さんでも何でもないからな? からかうのはよしてくれ……」

 器官の方に思いっきりコーヒーが入り込んだ。昨日から二日連続でいじめ抜かれる器官に、少々同情したくなる。

「だっ、大丈夫ですか?」

「ゲフッ、ゴフッ……ああ、一応な。なんだか口の中がコーヒー臭いが」

 むせる俺に対し、幸子はゆっくりと背中をさすってくれている。しかしいかにも心配そうな雰囲気を出しているが、加害者は間違いなく彼女である。

「……婿というのは少し冗談を言い過ぎましたが、実際そんなにからかってなんかいませんよ? プロデューサーさんは、カワイイボクだけのもの、というのは紛れもなく事実です!」

 これは彼女からの好意なのだろうかか、それともいつもの幸子理論なのか? とにかく、彼女の発言は真意が分かりにくい。真相は定かではないが、とりあえずこういった発言は爆弾発言になりかねないし、仕事中や現場などでは、なるべくなら避けて欲しい物だ。

「とりあえずもう本音とかはどうでもいい。誤解を受けるから仕事の時とかは、なるべくそういった発言には気を付けてくれ。間違っても、俺の最期が勘違いで暴徒化したファンによって刺されて死亡、なんて本当に御免だからな。良いな!?」

「フフーン! そんなに照れなくても良いんですよ? まあ、わかりましたよプロデューサーさん!」

 しかし、そう言う幸子の顔は、明らかに分かっていない顔をしていた。

 さて、俺のむせも収まってきて、いよいよ彼女は小包を開け始める。俺も丁度腹が減ってきていたので、購買へ弁当か何かを買ってこようとかなと思っていた。

「さてっ……と。それじゃあ俺も、ちょっと購買で弁当か何かを買ってくるとしようかな。生憎、今日は昼飯を買ってないんだ」

 俺がそう言うと、幸子は俺を引き止めてきた。

「あれ、何ですかプロデューサーさん。もしかしてお昼ご飯無いんですか?」

「今日は色々浮き足立ってしまってな。いつもなら朝、弁当を買ってくるんだが忘れてしまった」

 すると幸子は、好都合とまでに満面の笑みを浮かべる。

「なら丁度良いです。もしそうならば、別に何も買ってこなくて良いですよ?」

「ん? なんでだ?」

「だってプロデューサーさんは、今からボクのお弁当を一緒に食べるんですから」

 

 ……はい?

 

「あー……無理に気を使わなくてもいいんだからな。幸子は弁当全部食べちゃって良いんだぞ? 別に、自分の分をちゃんと買うだけのお金ならあるから」

 そう俺が言うと幸子は、途端に焦った表情になり、俺が購買に行くのを意地でもと止め始めた。

「だ、だから大丈夫ですってプロデューサーさん! プロデューサーさんは、ボクのお弁当だけを食べていればそれだけで良いんです!」

「……そこまで言うならわかったよ、じゃあ少しだけもらおうか」

 そう言うと彼女は笑みを浮かべ、ソファに座った。そして、この前の公園の時と同じように隣を軽く叩く。

「さ、さあプロデューサーさん早く来てください! カワイイボクを待たせていますよ!」

 俺は幸子の横に座る。すると幸子は、弁当の包を解き封を開けた。途端に部屋中に漏れ出す美味しそうな匂い、俺はたちまち腹が減ってくる。

「喜んで下さいプロデューサーさん! これがボクのお弁当です!」

「へぇ、思っていたのと違って随分と美味しそうだな……これ、幸子が朝早くから起きて作ったのか?」

「プロデューサーさん、ボクの腕を疑っていたんですか……」

 弁当の具材は特に変わった事はない、よくある内容だ。だが、彼女が朝早くから頑張って作っていた、ということを考えるとさらに一層美味しそうに見える。

「まあとにかく、その通りですよプロデューサーさん! もっと褒めてください! その方が弁当の具材さん達も、きっと喜んでくれます!」

「じゃあ、そういうことなら少しだけ……頂いて良いのかか?」

 そう言うと幸子は、待ってましたとばかりに箸で具材を取った。

「勿論ですよ! それと、勘違いされない様先に言っておきますが、べ、別にプロデューサーさんの為に作ったわけじゃないんですからね? これ」

「……じゃあつまり、どういう意味なんだ?」

「プロデューサーさんはこれから、ボクの為にお仕事を頑張ってくれるんです。なのに、一人暮らしでろくな昼飯も食べられていなさそうなプロデューサーさんが哀れで、可愛そうだったから、仕方なく作ってあげただけです!」

「うるさいな、俺だって料理くらいできるわ。中学生に心配されるほどガサツじゃないぞ……」

 と言いつつ、実際にここの所の昼飯や帰ってからの晩飯を思い出してみると、ほとんどインスタントの料理かコンビニ弁当、もしくは前日の残飯しか思い出せなかった。

「プロデューサーさん、そう言いつつなんで目をそらすんですか?」

「……一人暮らしをしてると、そこまで凝った飯を作る必要があまり無いんだよ。それに俺、舌は肥えていない方だと思うし」

 しかしなるほど、どうやら彼女の意図が少しずつわかってきた。恐らく幸子は、俺に手作り弁当を食べて欲しいのか。だから購買に行こうとしていた俺をあんな勢いで止めた、と。俺は今ようやく理解した。

 にしても、そうなるとまさにテンプレのようなツンデレだな。つまり、ツンデレ幸子か。本当に彼女のキャラがどんどん増えていくな。万能属性過ぎて、アイドル界の賢者の石か何かかよ、と内心ツッコミを入れる。まあ別に、実際どんな属性でもカワイイから構わんが。

「じゃあ……それなら箸はあるか?」

「そ、そんなものは要りませんよ! ぼぼっボクがプロデューサーさんにちょ、直接食べさせてあげますから!」

「……はい?」

 俺は言葉を理解出来ずに聞き返す。

食べさせてあげる……食べさせてあげる?

「タベサセテアゲル?」

「はい」

「いや、俺は幼稚園児でも無いんだから箸の使い方くらいわかるぞ?」

「そんなの分かってますよ」

「じゃあ……なんの為に?」

 なんの為に、そう聞き返したが、俺は彼女がやりたがっていること、そしてこれから行われる事を本当はわかっていた。そう、つまりこれは……良くドラマやアニメ等では聞いていたシチュエーションだが……

 俺は今、自分が置かれている状況を改めて自覚し、なんだか頭が熱く……いや、訂正する。痛くなってきた。

 

 一体、なんという状況なんだこれは。

 

 俺はプロデューサーの身でありながら、一体担当アイドルに何をさせているんだ? プロデュース二日目にしてもう私利私欲に走るか二十三歳貴様? 相手はまだ、十四歳の少女だぞ? いや、彼女が勝手にやり出したことだから俺はなんも悪くない、悪くない。しかし、なら止めるのが筋だろ。こうして自問自答しているより、早く断れよ。

 気がついたら、俺の頭の中では一人円卓会議が行われていた。あまりにもな展開に、もはや平常心では居られない。

「さ、さあ早く口を開けてくださいプロデューサーさん! はやく!」

「い、いやお、俺は自分で食えるからな幸子? 大丈夫、大丈夫だぞ?」

「そんなことボクは許可していません! プロデューサーさんは、ボクの言うことだけを聞いていればいいんです! さあ早く、あーんしてくださいプロデューサーさん!!」

「ステイ!! ストップ!!」

「止まれません!!」

 しかし、時既に遅し。彼女はもう、箸で具材を掴み、スタンバイをしている形だった。その強引なやり口に、俺は渋々固く閉ざされていた口を開門することとなった。

「……それじゃ、宜しくお願いします……」

 このまま抵抗しても無駄だと判断した俺は、こうして仕方なく口を開ける。仕方なくだ。すると幸子は、箸で掴んでいた卵焼きを口に運んできた。

 俺はその卵焼きを受け止めると、噛み締める。

「……!?!?」

「どうです? プロデューサーさん。ボク自慢の卵焼きは」

 すると途端に広がる、卵本来の味わいと佐藤の仄かな甘さ。ケチャップや醤油は使っていないのだが、その卵焼き本来の甘さが口の中に広がる。咀嚼するほどに浸透する卵の風味、程よく広がる砂糖の甘味、例えるならばそれは……いや、どう例えようと卵焼きだ。

 

 ただ、人類史最高の美味しさのな。

 

 卵も美味しい。だが、彼女が頑張って作った、その事実がこの卵焼きに対しての最高の調味料となっている。

 そして、卵が喉を通り抜けると同時に、その味は最高潮を超えた。

 ああ、まるで俺は宇宙の果てのお花畑で横になって空を眺めているような幸せに包まれる。美味しいのだ。美味しくてたまらないのだ。そのたった一つの卵焼きが、このシチュエーションの効果も加わり、限界を超えて美味しいのだ。

 さようなら、純粋だった俺。俺は今、立場を利用して担当アイドルの卵焼きを食べている。だが、そこに後悔なんてない。俺は今、最高に幸せな気分だ。人生で二つとない程に。

「……プロデューサーさん?」

「……あ、ああ幸子」

 俺は意識を取り戻した。ここは仕事部屋だ。そして、そこには幸子が居る

「卵焼き……美味しくなかったですか?」

 幸子が不安そうな表情でこちらを見ている。早く感想を言わねば。そう考えた俺は、ありのままに弁当の感想を彼女に言った。

「それは、卵焼きと言うにはあまりにも美味し過ぎた」

「じゃあボクのお弁当は美味しかったってことですか!?」

「ああ、そうだ」

「やった! やっぱりカワイイボクが作ったお弁当です! 当然ですよねえ? 美味しくないはずがありませんよ!」

 余程満足だったのであろう、彼女は今までに見たことが無い程、幸せな笑み……もといドヤ顔を浮かべている。

「じゃあ、もう一口貰っていいか?」

「もうダメですプロデューサーさん! これ以上食べられたらカワイイカワイイボクの分がなくなっちゃいますよ!」

「いや、人が昼飯を買いに行こうとしているのを無理やり止めてまで手作り弁当を食べさせておいて、食べさせるのは一口だけなのかよ」

「うーん、そうですねぇ……わかりました。もしもう一口欲しいと言うならば……おねだりしてください! プロデューサーさん!」

「またこの流れかよ!」

 まあ、もう慣れたが。

 しかし、料理もできる……か。昨日から彼女と接してきたが勉強、歌、ダンス……はまだまだ努力が必要だが、そして今回の料理の腕。本当に色々な面を持ち合わせているな。矢継ぎ早に次から次へと新しい一面が出てくる。これらは普段から色々なことに自信を持ち、意欲的に取り組んでいるからこそ生まれた賜物なのだろう。そして自分の様々なことに自信を持っているからこそ、新しいことだろうと躊躇いなく、チャレンジができる。なるほどな、それなら彼女がこうしてアイドルを目指そうと思った理由も充分に理解できる。わざわざアイドル業界という大変な世界に、自らのカワイさを証明するため、という理由だけで飛び込んだのも納得だ。

 なんというか、彼女からは色々な面で積極性というものを感じる。少なくともこの意欲や原動力を、アイドル活動の方に生かせたなら、これから先良い結果を齎せそうだ。

 ともかく、こんな感じでもう少しだけ昼休みは続きそうだ。少なくとも今日、俺はプロデューサーを目指して良かったと強く思った。まるで、俺に小さな孫でもできたような気分だ。

 さて、昼飯が終わったら午後の仕事だ。この少しだけ幸せな時間の分、いつもよりもっと頑張ろう。だがそれまで、それまでだけはもうすこしだけ、この空気を楽しませてくれ。そう俺は考えた。




因みにこの話の幸子はまだ事務所に入って少し、ということで毒素を少しだけ抜いてあります。これから徐々にいつもの幸子になって行くので安心していて下さい。
また、幸子がなぜプロデューサーさんに積極的なのかも徐々に明かしていくつもりなので待っていてください。ボクの願望で幸子がプロデューサーに積極的な訳ではありません。そこは理解して下さい。

後近いうちに他所に投稿していたオリジナル小説をここにも投稿しようと思います。
正直内容はかなり酷いものでまだまだ修正途中ですが、ぜひ見ていただいておかしな点があったら罵ってもらえると主は喜びます。

長いあとがきになりましたが皆さんいつもありがとうございます。


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第9話 謎の女神とプロデューサー

これタグに少しファンダジーって入れた方がいいかなぁ……?


第9話

謎の女神とプロデューサー

 

 

 昼飯も終わり、本人も満足できたのか、先程は辛いしんどいと文句を言っていた幸子も、午後のレッスンへと素直に向かっていった。

 正直、俺としてもこんな展開になるとは全く予想していなかった。誰がプロデューサーになると、担当アイドルに手作り弁当を食べさせて貰えるなんて考えるだろうか。それも、あまりにも甘々な展開で。なんだか糖分摂取過多で、高血糖になって目眩がしてきそうだ。

 だが実際、俺はアイドルに弁当を食べさせて貰ったという事実よりも、数年ぶりに誰かによる手作りの料理を食べた事実に、一番感動していた。一人暮らしを始めると、他人の料理を食べる機会どころか、自ら料理という料理をする機会も少なくなるからだ。それ故に、そこまでまともに昼飯を食べていないはずなのだが、なんだかいつも以上に満足な昼飯を食べた気がする。

 さて、話は変わって部屋に残った俺は、再びデスクの前にへと向かう。今日の報告書や、明日以降の予定の整理など、まだまだやる事は山積みだ。気持ちを切り替えて、引き締めていかなければならない。ということで俺は、その書きかけの報告書に手をつける。正直書くネタについては不足することが無いので、自分的にはそんなに苦では無い。それに、二年間弱の下積み時代の経験もあり、書く作業はもはや得意分野の域に達し始めている。俺はそのペンを、どんどん走らせていく。

 そしてデスクの前に向かってしばらく時間が経ったか。俺は同じ格好で作業をしていた為に、少々肩が凝ってきていた。オマケに目が疲れて、文字が少し霞んでくる。また、この時期は気のせいか、エアコンをつけているのにも関わらず、なんだか暑いような、息苦しい様な感じがする。室温を調べてもそこまで高い訳でもないので、おそらく気分の問題なのだろう。

 俺は気分転換の為に、朝から冷蔵庫でキンッキンに冷やしておいた缶コーヒーを取り出した。そしてエアコンの電源を消すと、換気の意味も含めて窓を開ける。

「しっかし、幾ら幸子の弁当が美味かったとは言え、流石にあの量じゃ腹も膨れないな……」

 実際、あの後幸子に食べさせてもらったのはほんの数口だけだ。満足感ばかりが先行して、その時は腹が脹れていた気がしたが、世間一般的な社会人の昼飯としては、あまりにも量が少なすぎる。幸子も手作り弁当を俺に食べさせたがっていた割には、ほとんど自分の分しか用意していなかったからな。まさに、俺に対する配慮は全く無いようだ。

「とりあえず、幸子もまたレッスンに行ったことだし……タイミングを見て、売店で売れ残ってる小さい弁当か菓子パン辺りでも買ってくるか」

 俺はそんな独り言を言いながら外を眺める。

 それにしても、今日はなんだか風が強い。外は別に、これから雨が振りそうだとか、そういったわけでも無さそうだ。天気予報でも、この後はずっと晴れの予報だったしな。だが、それにしてもこの時期にしては、なんだか涼しい気候な気がする。だが、今の所日中室内に篭もりっぱなしの俺にとっては、そんな少し強いくらいの風がなんだか気持ち良かった。

 と、そんなことを考えながら窓の外を眺めていた俺はその時、突然不思議な突風に襲われる。その突然の強い風に、俺は咄嗟に手に持った缶コーヒーを下に落としてしまった。

『にゃあっ!? なんにゃこれ!? 危なっ……て汚いにゃあ!!』

 その声に俺は咄嗟にしゃがみ、窓の影に隠れる。

「またこのパターンかよ……! なんか声まで聞き覚えがあるし!」

 なんだか聞いたことがある絶叫だったが、とりあえず深いことは気にしないことにした。もしまたそこに誰かいたのならば、本当にすまない。

 俺は一人暮らしの男がカツカツの貯金で買ったコーヒーを、ほとんど飲めずに落としてしまった悲しみに暮れながら、こっそりと窓を閉める。

「ったく、勿体ないことをしたな……」

 俺の声が悲しく部屋に響き渡る。正直まだ入社三年目の新入社員で、給料もそんなに良くない。その影響で貯金も結構カツカツなので、あまりその一缶ですら無駄にはしたくなかったのだがな。

 俺は気を取り直して仕事に戻ろうと、渋々窓を閉めた。まあしょうがないか、そう思いつつ俺は部屋の方へと顔を向ける……が、次の瞬間、俺は心の底から驚くことになった。

「ふふっ、こんにちは。新米プロデューサーさん」

 そう、そこには見慣れない人物が立っていた。

「……はい!?」

 もう一度言う、人が立っていたのである。俺が外を見ているたった一瞬の隙に、一切の音を立てることも無く、部屋に人が入ってきていたのである。

 物音ひとつ立てずに、一体どうやって? というかそもそも誰だ? ノックしたか? 居るならとりあえず声を掛けるなりしたらどうなんだ? まさか俺を始末する為に送られてきた暗殺者? それともアイドルになりきれず死んだ女性の幽霊? 俺の頭には、様々な憶測や疑問が飛び交う。

「あのー……すいません、どちら様で?」

 さっきまで俺が座っていたデスクの前には、一人の女性が立っている。冗談はここまでにするとして、真面目な話ここに居るということは、普通に考えてこの会社の関係者なのだろうか。しかし二年弱この346プロに居たが、初めて会う人間だ。可能性として、部屋を間違えて入ってきた新人社員とか……? にしては纏っている雰囲気にはなんだか、ベテランの貫禄というか、新人社員にはありえないただならぬオーラのようなものを感じる。しかしどちらにしろ、ノックもせずに黙って入ってくるとは、少し失礼じゃないか?

「私……ですか? そうですね……今は謎の女神とでも、名乗っておきましょうか」

 他にも有り得る可能性……その整った顔、スラッとしたモデル体型、そして特徴的な青と碧の瞳、恐らくここのプロダクションのアイドルと見るのが妥当だろうか。しかしアイドルと言うには、雰囲気がアイドルの持つそれとは全く違う。どちらかと言うと、モデルや女優といった類に近い物の印象を受ける人だ。

「今、貴方が窓の外に放ってしまったのは、このスタミナドリンクでしょうか? それとも、このスタミナドリンクハーフでしょうか?」

 俺は今、彼女の口から発せられた謎の女神という、核爆弾級のトンデモワードをスルーしようとしていたが、女性はそれでも構わんと勝手に話を続けていく。

「……はい?」

 その一言が現状、俺が返せる唯一の言葉だった。

「はい」

 しかし女神も、それがどうかしたかとばかりに同じく「はい」と一言だけ言葉を返してきた。その様子からは、口にこそはしていないが、早く返答をしろという強い意志を感じる。

「……これは斧の女神様的なやつか……?」

 俺は今までにない程に困惑している。謎の突風に吹かれ、窓からコーヒーを落としてしまったと思ったら、スタドリの女神がそこには居るじゃないか。

 ……いや、待て待て待て待て、何納得しようとしているんだお前は。よく考えろ、女神? というかいきなりなんでこんなことを? いかにも冷静に分析をしているように装って、平常心を保とうとしていたが、そろそろ限界だ。ちょっと説明できる人プリーズミー。

「さあ、答えをお願いします」

 自称女神は変わらず、俺を見つめ返答を待っている。その有無を言わさず返答を待つ様子から、とりあえず話を先に進めるためにも、俺はさっさと質問に答えた方が良いと考え、正直に答えを言った。

「あ、ああ、俺が落としたのは缶コーヒーだ。スタミナドリンクなんかじゃない」

「貴方は正直者ですね」

 しばらく沈黙が続く。

「ああ……で、何なんだ?」

「それだけです。貰えるものは何も無いで賞、ですね。ふふっ」

 おかしいな、クーラーは消していたよな? なんだか季節外れな寒気がする。この人、見た目の割りになかなかえげつないことを言い放つぞ。

「そうですね……それでは、変わりに良い物をあげましょう」

 そう言うとその自称女神は、俺に二つのキーホルダーを渡してきた。ピンクと青の動物のキーホルダーで、バッグとかにぶら下げるのには丁度良さそうなサイズだ。

「幸子ちゃんは、そのキーホルダーを少し前から欲しがっていました。これを彼女にあげれば親密度もグッと上がって、グッドでしょう……ふふっ」

「……もしかして、幸子の知り合いの方か何かでしょうか?」

「いいえ、今は」

 謎だ。益々謎が増えた。話を進めようと会話を続けたら、余計に謎が増えた。ここで幸子のワードが出てくるとは、まったく予想にもしていなかった。

「……わ、わかった。とりあえず受け取っておき……ます」

 と、状況に色々困惑してしまい、流れで言われるがままにキーホルダーを受け取ってしまった。

「しかし、だな……」

 だが、やはり気になるのはこの人の正体だ。いきなり部屋に居て、斧の女神様的なことをしてきたと思ったら、おっさんも真っ青な寒いオヤジギャグを言い放ち、俺にキーホルダーを渡してきた。よくわからないがとりあえず……よくわからない。はっきり言う、これではただの不審者だ。俺は彼女に疑問を問いかける。

「あー……自称女神、やはり気になるのですが、貴方は一体? 一応、どこの部署の人なのか、どんな要件かだけでも聞きたいところなのですが……」

「ふふっ、それはまだ言えません。現時点で言えるのは、私はただの通りすがりの謎の女神だと言うことだけです。他の詳しい事情なども話せません」

 俺は酷く頭が痛い。これは夢か? 幻か? とにかく、この訳が分からなくて頭の悪い展開に、理解が追いついていないのだ。

 まあ、見た感じ悪い人では無さそうだが……ともかく、不思議な人である。

「……あら? どうやらそろそろお時間のようですね。また近い内に、貴方とは会うことになるでしょう。プロデュース、お疲れ様です」

「……いや、ちょって待って。やっぱり一切訳が分からんのだが、一体これ……は……うっ……」

 と、俺は突然眠気と目眩のようなものに襲われ、意識が朦朧としてきた。色々疲れていたのだろうか、急に視界が歪む。そして気がつくと俺は、力が入らなくなり、眠るかのようにその場に倒れ込むと意識を失ってしまった。

 

「いずれまた、出会う時が来ます。その時は、また力をお貸ししましょうか……」

 

 

 

「……さん! プロデューサーさん! 起きてください! もう夕方の五時ですよ! カワイイボクの、夕方のモーニングコールです!」

 気がつくと俺は、仕事机に突っ伏した体勢のまま寝ていた。状況を整理し、先程の出来事が夢だったと確認する。

「……言いたいことは伝わっているが夕方のモーニングコールってなんだ? 腹痛が頭痛と大して意味が変わらないようなこと言ってんぞ」

 なんだ、今のは全て夢だったのか。俺は寝起きで少々痛む頭を起こし、報告書を見る。

「……こっちは、現実であって欲しかったんだけどな」

 ああ、途中から完全に白紙だ。つまり俺は、寝落ちしていたということか。

「プロデューサーさん、ボクが真面目にレッスンをしていたというのに仕事中に居眠りとは、ダメダメですねえ!」

「全く、誰のせいで寝不足だと思っているんだ……」

 俺は椅子から立ち上がる。変な体勢で寝ていたせいか、身体中が痛い。

「いてててっ……寝違えた……か……?」

 と、俺は手の中に感触があり、咄嗟に手を開くとそれを見る。それは紛れも無く、夢の中で見たあのキーホルダーだった。

「あれ? プロデューサーさん、その手に持っているのって……」

 幸子がそれに気が付き、俺に近寄ってくる。そしてその手に握った物の正体を見ると、表情を変えた。

「もしかしてプロデューサーさん、ボクがそのキーホルダーを欲しかったのを知っていたんですか!?」

「……あ、ああこれか? そう、だけど……欲しいならやるぞ」

「い、言われなくても貰いますよ! プロデューサーさんの物は、ボクの物なんですから!」

 俺は喜びを必死に隠す幸子に、キーホルダーを手渡した。因みに受け取った瞬間、幸子の笑みが見えたのは、プロデューサーである俺だけがわかる内緒の話だ。

「ぷ、プロデューサーさんも二日目にしてようやく、ボクのことがわかってきたみたいですねえ!」

 そう言うと幸子は、俺にキーホルダーの片方を渡してきた。

「このキーホルダーはペアルックです。特に渡す相手も居ないので、とりあえず片方はプロデューサーさんに渡しておきます! カワイイボクとのペアルックなんですよ? 喜んでください!」

 俺はキーホルダーの青い方を渡される。そして、それと対になる幸子の方のキーホルダーは、幸子が早速鞄に付けていた。

「フフーン! カワイイボクにお似合いな、カワイイキーホルダーです! ありがとうございます、プロデューサーさん!」

 結局真面目にありがとうと言ってしまう辺り、やっぱり幸子は素直なのかな? と思う。俺にもこんな妹が欲しかったよ……

「さて、プロデューサーさん。そろそろ時間ですし一緒に帰りましょう!」

「あー……幸子、すまないがまだ報告書が終わっていないんだ」

 俺は報告書の方へ一瞬顔を向ける。

「まあまだ、結構時間がかかりそうでな。時間が遅くなると親御さんに心配かけるだろうし、先に帰っていて良いぞ」

「しょうがないですねえ……わかりました! それじゃあ残業で寂しくなったら、カワイイボクのことでも思い出して頑張って下さい! お疲れ様です、プロデューサーさん!」

 幸子はまた今日来た時と同じ不審者スタイルになり、部屋を出ていく。なんだかんだ、充実したプロデューサー生活を送っているな俺、と思った。

「さて、作業に戻るか」

 俺はペンを滑らせる。今日は帰りも遅いだろうし、晩飯は軽めの料理にするか。

「それにしても……人生不思議なことの一つや二つ、あるもんだな……」

 どうやら今夜も寝れなさそうだ。あの女性が誰だったのか、目的は何なのか、そもそもあれが夢なのか現実なのか。それがわかるのはまた、もう少し先の話であった。




ついにお気に入りが30&回覧が1000を突破しましたありがとうございます!
前書いていたオリジナル小説は半年でコメント0お気に入り1の始末だったので正直驚いている限りです。

さて今回はみんな大好きあの人のお話でした。
いや、果たしてあの人なのか、まだまだわかりません(作者は知ってる)

運営さん、SSR楓さん再配信待ってます。



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第10話 カワイイボクとカワイイ衣装

アニメ1話の幸子、本当にカワイイですよね。
幸子の笑顔増えろ……増えろ……


第10話〈プロデュース3日目〉

カワイイボクとカワイイ衣装

 

 

 ああ、結局昨日の夜も寝れなかった。

 ここの所幸子の担当になってから、気持ちよく寝て、朝起きれた試しが無い。あの昨日の不思議な出来事、そのことを考えていたらなんだか目が覚めてしまい、結局数時間しか寝れなかったのだ。しかし、それでも時間は平等で、残酷な物である。こちらの都合なんて考えずに、それがどうしたと一方的に朝を押し付けてくるのだからな。

 俺はもう慣れた動きで仕事部屋に入る。部屋に幸子の姿は無く、まだ来ていないようだ。荷物を置き、デスクに座るとまずはスケジュール帳を開く。

 さて、今日の最初の予定は幸子の宣材写真の撮影だ。一応プロフィールに使う、ちょっとした写真だけは撮ってあるらしいのだが、今度の初見せライブのポスターに使う写真や、彼女のアイドルとしての宣伝用の写真などはまだ撮っていないようだ。どちらもこれからアイドル活動をしていく上で、非常に重要になっていくので、早めに撮っておかなければな。

 と、スケジュール確認のついでにデスク周りの簡単な掃除をしていた所、ドアの開く音と共に、自称美少女の小さなシルエットが入ってきた。

「おはようございまーす!」

「ああ幸子、おはよう」

 その姿は服装こそ少し違うが、他は相変わらずの不審者スタイルだ。あと、よく見ると鞄にはちゃんと例のキーホルダーがついており、俺はなんだか頭痛がしてくる。

「やはり、夢じゃなかったのか……?」

「どうしたんですか、プロデューサーさん? もしかしてカワイイボクに会えたのが嬉しすぎて、色々と夢と現実の区別がつかなくなりました?」

「いや、違うんだ。色々あってな……」

「そうですか……はいはい、ついにカワイイボクがプロデューサーさんの夢の中に……ってあれ? 違うんですか?」

 幸子はなんだか調子を狂わされたように、こっちを見ている。

「ん……ああ、気にしなくて良いぞ? 幸子はいつも通りカワイイ、カワイイぞうんうん」

「なんか本心じゃないですねえ……まあ、カワイイって言ってくれただけでも嬉しいですけど!」

 幸子のプラス思考と、立ち直りの速さは本当に世界一だと思う。ウサイン・ボルトも真っ青だ。恐らく、これが彼女が彼女らしく居られる秘訣なのかもしれない。

「さて、それじゃあ早速今日の予定だ。今日の最初の予定はまず写真撮影、そしてそれからはまたレッスンって感じかな」

「フフーン! ついにカワイイボクの、最高にカワイイ宣伝写真を撮る時が来ましたか!」

 幸子は写真撮影と聞いて、待ってましたとばかりに満面のドヤ顔を披露する。いや、まだドヤる時間には早い気がするんだが……写真撮影の前からドヤ顔をしてどうする。本番でやれ。

「それでプロデューサーさん、写真撮影のテーマとかはあるんですか?」

「ああ、一応だけどな。今回のテーマはズバリ『シンデレラになったあなた』というテーマで撮っていくらしい。テーマ自体はシンプルなものだが、しかし実際、この写真が八月二十日のライブやその後のファン獲得に大きく影響してくるからな。期待してるぞ、幸子」

「シンデレラになったボク、ですか……そんなの、世界一カワイイシンデレラに決まっていますよ! どんなに薄汚れていてもカワイイボクなら、カワイ過ぎて物語が破綻しちゃいますけどね!」

「あのなぁ……まあいいよ、はいはい。本番もそのままの勢いで頼むな」

 内心、テーマからして色々と心配でしかなかった。終始幸子のドヤ顔が続くとか、カメラマンさんに色々と申し訳なくなってくる。ドヤ顔過多で、カメラが割れるんじゃないか?

「というわけでプロデューサーさん、撮影は何時からですか?」

「一応、撮影はこのあと十時三十分からだ。今はまだ九時過ぎだけど、一応現場の様子見とか衣装合わせとかもあるし、早めに部屋を出るぞ」

「ついに、カワイイボクのカワイイ衣装が見られるんですねえ……感激です」

「いや、まだ幸子専用の衣装とかは決まってないから、プロダクションにある貸し出し衣装での間に合わせになるけどな」

「ちぇっ、まだボク専用の衣装は無いんですか……」

 幸子は貸し出しの衣装と聞き、少し残念そうにしている。しかしそう残念がられても、まだ幸子には歌う曲とか、そもそもアイドルとしての方向性すら何も決まっていないのだから、専用衣装なんてまだまだ先の話になると思うのだが……

「まあ良いです、ボクは衣装なんかでカワイさが決まるような、安いアイドルなんかじゃありませんからね! 丁度それを証明する、いい機会じゃありませんか!」

「ほう、たまにはいい事言うじゃないか幸子」

「たまにはじゃありません! ボクが言った事は、本当なら聖典にまとめてもらってもいいくらいです!」

 聖典幸子、つまりは日めくりカレンダーのことか。本人もそんなに期待しているなら、いつか本当に商品化させてやってもいい気がするんだがな。発売されたら家族や親戚に、俺の担当アイドルだって幸子顔負けのドヤ顔して回れるのに。

「まあとりあえず、そんなこんなだ。ひと休憩挟んだら時間もないし、さっさと下見に行くぞ」

「わかりました!」

 さて、ともかくこうして俺達は部屋を出ると、写真撮影が行われるスタジオに下見に向かった。正直一つの会社に撮影スタジオがあるってのも、本当に大きい規模の会社だなと思う。

 実際、自分は機会が全くなかったので入ったことは無いが、スタジオ以外にもここに所属しているアイドル用のエステや、大浴場などもあると聞く。まあ話によると、346プロは昔から映画業界等で有名な会社だったんだ。これくらいの施設や予算があっても、なんらおかしくはないか。

「しかし、スタジオに来るのも久しぶりだな……」

「あれ? プロデューサーさんは、ボクが初めてのプロデュースだったんじゃないんですか?」

「いや、そうなんだけどさ。よく、入社一年目の新米社員の頃は、アシスタントとか雑用で来ることが割とあったからね。それでもここ一年になってからは、来る機会も減ったが」

「プロデューサーさんの下積み時代ですか……ちょっと見れなくて、残念ですねえ」

 なぜ、そんなに俺の下積み時代に幸子が興味を持つのか気になるものだが、今はそんな事を気にしている場合では無かった。

「とりあえず、下見はざっとで良いぞ。もう少ししたら、すぐに衣装部屋に行くからな」

「はーい!」

 というわけで、俺達は今度は早々にスタジオを後にし、衣装部屋にへと向かった。そこには歴代の様々なアイドルが着てきた衣装や、今は使われていない衣装、他共有で使われている衣装など様々な衣装が並べられている。

 幸子はそんな部屋を見るなりすぐに興奮し、部屋中を隈無く見渡していた。

「ボクも……いよいよカワイイお姫様に、本当になれるんですね!!」

「ああ、それにちょうど良かったな。今回幸子に着てもらうのはお願い!シンデレラの衣装だ。まさに、その名の通りのお姫様だぞ」

 しかし、幸子には既に俺の声は届いていなかった。目を輝かせて、それこそ生まれて初めておもちゃ屋に来た子供みたいな、そんな無邪気な目をしながら様々な衣装を手に取り、回っている。

「この衣装はすこし露出が激しくて、ファンやプロデューサーさんには刺激が強すぎますねえ……」

「おい、あんまり衣装に触って壊したりするなよ。案外装飾品とかは外れやすいからな」

「ふむふむ、この衣装はボクの溢れるようなカワイさを最大限に生かせていませんねえ……ふーん」

 幸子は独り言を言いながら、部屋の中を歩き回っている。そこにはもう、彼女だけの空間が広がっており、幸子ワールド全開とでも呼べる状況だ。

「あー、幸子? そろそろサイズの測定とかもあるからな? とりあえず衣装を見て回るのは、その後にしてくれ」

 そう俺が言うと、幸子はようやく衣装からその手を離し、俺の元へ嫌々戻ってくる。

「まっ、今はまだ着れる衣装は少ないかもしれないが、その内有名になれば必然的に着れる衣装も色々増えるよ。それこそ、専用の衣装だって遠い話じゃない。だからその為にもまずは、目の前の仕事を先に片付けようぜ」

「……そうですね。確かに、プロデューサーさんの言うことにも一理あります。それに、お楽しみは最後まで取っておいた方がいいですもんね!」

「よろしい!」

 さて、そうこう言っている間に部屋には衣装合わせをやる為に、スタッフが到着する。

「というわけでそろそろ時間だ。幸子の衣装姿、楽しみにしておくよ」

「フフーン! でも、くれぐれも測定中やお着替え中は、いくらカワイイからって絶対に覗かないでくださいよ? しばらく幸子はお預けです!」

「……多少引っかかるワードはあったが……勿論だ。俺は担当アイドルの裸を見て喜ぶ様な、変態プロデューサーじゃないからな」

 というわけで、俺は早々に部屋を出てスタジオの中にある控え室にへと向かった。

 どうやらその担当の話によると、どうやら測定にはしばらく時間がかかるとのことらしい。俺は外でコーヒーでも飲みながらリラックスして待っている事にした。

 果たして幸子の写真撮影はどうなるのか、実に楽しみな物である。

 




推薦来ないかな……お気に入り100行かないかな……(遠い夢)

僕が幸子に惚れた原因の一つに幸子の満面の笑みがありました。
正直武内Pが笑顔ですって答えるの凄くわかります。

因みにアニメ2期から見始めた勢(因みに2期は4週ほど見てる)なので一期はあまり詳しくありません。
現在再放送で一期を見て感動を覚えています。

でもやっぱり幸子可愛い。
幸子P増えろ……増えろ……


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第11話 カワイイボクと写真撮影

流石にネタ的に毎日投稿は辛くなってきたのう……


第11話

カワイイボクと写真撮影

 

 

 服の採寸が終わり、幸子から合図が出た俺は衣装部屋へと入っていった。初めて衣装に袖を通した担当アイドルの姿が見れると、高鳴る気持ちを抑えつつ、ドレス姿になった幸子を目で探す。すると部屋の奥に、鏡を覗き込むドレスを着た少女が視界に入った。

「幸……子?」

 その姿が幸子だと理解するのに少々時間を要した。そこにはまるで、例えるなら絵本の世界から出てきたお姫様の様になった、幸子の姿があった。普段着の格好ですら同年代の少女よりそれなりに可愛らしかったその姿は、ドレスの華やかさとティアラの美しくもか弱い光、そしてガラスの靴の美しさにより、一層魅力を増している。

 俺は彼女のプロデュース三日目にしてようやく、彼女のアイドルとしての初めての姿を見た。その姿を見て俺は、彼女が自称するカワイさは決して自称などではなく、他から見てもすぐにカワイイとわかる、本物の彼女の魅力なのだと理解した。

「おまたせしました、プロデューサーさん! これがカワイイボクの、本当の姿です! 今は仮にでもお姫様なんですから、いつも以上に気を使ってボクに接して下さいね?」

「幸子……なのか?」

 俺は目の前に立つドレスを着た美少女に、ただただ呆気を取られていた。

「さっきから何を言っているんですかプロデューサーさん。ボクはボクですよ! 担当アイドルの顔もわからなくなっちゃうなんて、プロデューサーさんはおじいちゃんなんですかねえ……?」

 その口調と反応を見聞きして、俺は漸く目の前に立っている世紀の美少女を、あの幸子だと再確認する。いや、正確にはまだ再確認できていないのかもしれない。幸子の声は聞こえるが、目の前の美少女と声が合わないのだ。

 正直、担当プロデューサーのくせしてこんな事を言うのはアレな気がするが、俺は今、まともに彼女を直視できないのだ。あまりにも俺が知る輿水幸子とかけ離れすぎている。簡単に言うと、いつもはあまりにも強すぎるキャラと言動によりアイドルらしさが隠れていたが、衣装を着ている姿を見てようやく彼女が、輿水幸子がアイドルだという事を思い出したのだ。

 だがそうアイドルだと理解し見てしまったら最後、今度は彼女が別人の様に見えて、なんだか色々気不味く、やりにくくなってきてしまったのだ。

「プロデューサーさん、なんだか顔が赤いですよ? そんなにボクがカワイイんですか?」

「……ああ、認める、認めるよ。完敗だ。素直にカワイイ。ハハッ……まあなんだ、初日にアイドルかどうか内心少し疑ったりしていて、すまなかったな」

「疑っていたって……疑っていたんですか!? ちょっと酷いですよプロデューサーさん! ボクは、ちゃんとオーディションを勝ち抜いた、れっきとしたアイドルです!」

 俺はどうやら、相当な責任を知らないうちに背負わされていたようだ。幸子ならトップアイドルにしてやれる、幸子とならトップを目指せる、などとほざいていたがそれは大きな間違いだった。

 

『彼女には間違いなく、無類のアイドルとしての資質がある』

 

 どうやら、彼女のアイドル生命を左右するのは彼女自身よりも、プロデューサーである俺自身の方だったのかもしれない。彼女のアイドルとしての素体の良さを見て、改めてプロデューサーという職業の責任の重さを体感する。これから先、俺が彼女の長所や魅力を潰してしまい、足枷にならない様に死ぬ気で頑張らなければならないな、と考えさせられた。

「それとプロデューサーさん、さっきからいちいち回りくどい言い方ばかりしていますが、カワイイならもっとカワイイってはっきり言ってください!」

「ああ、か、カワイイぞ幸子」

 はっきり言ってマズい。先程までの幸子なら、普通にはいはいカワイイカワイイとか言って、適当にあしらってやり過ごしていたのだろうが、こうなってしまうともはやそれができない。なんだか、色々と調子を狂わされる。

「なんだか今日のプロデューサーさんは、色々ヘンですねえ……? まあ良いです! プロデューサーさんがカワイイって思ってくれているなら、今日の所はもう満足です!」

 俺は調子を取り戻すために一旦深呼吸をして時計を見る。時刻は十時と少し、どうやらそろそろ撮影スタジオに戻らなければいけない時間だな。そうだ、写真撮影……撮影だ、撮影なんだ……

「さ、さあ幸子。そ、そろそろ撮影時間も近いし、撮影スタジオに行くぞ」

「わかりました! いよいよ、カワイイボクの圧倒的カワイさを世界に示す時が来ましたねえ!」

 さて、というわけで先程の撮影スタジオに戻ると、そこには先程とは違い、カメラマンや多数のスタッフが機材などの準備で入り乱れていた。少々現場には早く着いてしまったので、俺と幸子はその現場の様子を隅から眺めている。

「ほーう? 君が今日撮影するアイドルかい?」

 と、その様子を眺めていた所、こちらに気が付いたカメラマンと思われる人が近づいてきて、声をかけてきた。金髪、色黒、サングラスと少々見た目は派手だが、雰囲気からして陽気で優しそうなカメラマンで、気を利かせて来てくれたというのはすぐにわかった。

「はい! 超絶カワイイボクこと、輿水幸子です! 今日はボクのことをちゃんとカワイく撮ってくださいよね? カメラマンさん!」

「こーら、お前これから写真を撮ってくれるカメラマンの人だぞ? あ、カメラマンさんすいません、うちの幸子が失礼な態度をしました」

「いやあいいよいいよ、元気が良さそうな子で良かった。こういったキャラの子の方が、撮影もやりやすいからね」

 カメラマンは幸子の失礼な態度も気にすることなく、笑顔で話してくれる。そんなカメラマンの雰囲気もあってか、現場は忙しいながらも非常に良い空気感が流れていた。

「さて、準備もそろそろ終わる感じかな。今日はよろしくね、幸子ちゃん」

「フフーン! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 そのカメラマンの言葉に対して、幸子は満面の笑顔で答える。しかし良かった。ドレスを着た幸子に、感じの良いカメラマン、そして雰囲気の良い現場。どうやらこの調子なら、とても良い写真が撮れそうだ。

「さあ、タイミングも良さげだし、少し早いけどそろそろ始めていこうか。準備が大丈夫そうなら、幸子ちゃんは向こう側のスペースに移動してね」

「はーい! わかりました!」

 幸子は言われた通り、写真撮影のスタジオにへと移動した。俺はそんな幸子の撮影風景を、スタジオの影からじっと見守る。

「スタッフさん達、準備の方はもう良さそうかい? 今日の被写体の子からカワイイがもう溢れちゃってるから、イケそうならさっさと始めちゃうよ」

 そうカメラマンが言うと、スタッフ達はその言葉に反応し、OKサインを出す。それを見たカメラマンはカメラの方を覗き込み、セッティングをすると幸子の方にカメラを向けた。

「オーケー! よーし、それじゃあまずは、立ち姿から撮っていくよー」

 こうして気がつけば、写真撮影は開始されていた。カメラマンは次々に写真を撮っていく。幸子の方も初めての撮影の割には、カメラに対して一切戸惑うことなく、むしろ慣れているかの様な動きで指示をこなしていっている。まあ、幸子ならこういったことに慣れていても別に何も不思議じゃないな。というか慣れているもなにも、多分あれは彼女の素だ、完全に。

「イイねー、カワイイよ! じゃあ今度は少しポーズとか動き、付けていこうか」

 一応念のために補足しておくが、彼女はまだアイドルにはなりたてだ。それなのに、ベテランアイドルの様に次々とポーズなどをこなしていく。まるで、自らの魅力やカメラ写りを全て理解しているかのように。

「カワイイボクの……セクシーポーズ!」

「イイねえ、イイ!! good!! 幸子ちゃん、イイよ!」

 ……にしても、幾ら何でも慣れすぎてはいないだろうか。まるで自分を表現することに、全く躊躇いを抱いていない。むしろ、さらけ出しくてたまらないくらいにも見える。

「さあ、次はその花束を持って、はい続けて行くよ!」

 幸子とカメラマンの写真撮影は、どんどんエスカレートしていく。幸子も幸子だがカメラマン、あなたも凄いノリノリだな。さてはアメリカ帰りか何かか?

「Nice!! イイよイイよ、OKそうだ!! 天使だ、まるで、天使のような可愛さだ!! angel!! cute!! perfect!!」

「カワイイボクの最高のカワイさは、果たして写真の枠内だけで表現しきれますかねえ? 写真の限界への、挑戦です!!」

 ……この調子じゃ、どうやら撮影はしばらく続きそうだ。ツッコミたいことは山々だが、とりあえず何もつまづくこともなく進めているようで安心だ。この調子ならら間違いなく良い写真が撮れているだろう。

「ボクは世界一カワイイ!!」

「Yes!! You are cutest idol in the world!! foo!!」

 ……やれやれだ。ツッコまんぞ俺は。

 さて、それからというものの、カメラマンはしばらくの間写真を撮り続けた。そしてシャッターの音が止まったかと思うと、幸子とカメラマンがこちらに帰ってきた。どうやら撮影は、無事に終わったようだ。

「いやあ、ボクのあまりにものカワイさに、自分ながら惚れ惚れしますねえ……」

「great……完璧だ。彼女はまさに生きる芸術、これからもお互いに良い仕事がしていけそうだ」

 カメラマンは汗だくになりながら、写真を一つ一つ見せてくる。その写真の枠の中には、生き生きとした表情の幸子が沢山居て、どれもなんというか……良い笑顔をしていた。しかし、なんであなたが一番疲れているんですか。

「きょ、今日はこんな素晴らしい幸子の写真を撮っていただき、ありがとうございました。プロデューサーである自分も、写真の完成度の高さに驚かされました」

「いやいや、ボクもこんなに良い被写体を撮れて光栄だよ。輿水幸子ちゃん、だったかな? 君はきっと、これから更に良いアイドルに成長できるだろうね」

「ボクはもう、産まれた時から完璧です! そしてこれからもずっと、永遠に!! カワイイボクなんです!!」

「OKOK!! その意気込みをいつまでも忘れないようにね。あと幸子ちゃんのプロデューサーさん、写真の方はまた後日郵送しておくからね。またこのカワイイお姫様の仕事があったら、すぐに呼んでおくれよ?」

「はい、ありがとうございました、カメラマンさん!」

「良いってことよ。また頼むね!!」

 さて、俺達は写真撮影を終えいつもの部屋に向かっていた。

「写真撮影お疲れ様、幸子」

「あれ? なんだかいつもの雰囲気のプロデューサーさんに戻りましたねえ」

 そういえば確かに、衣装から普段着に着替えたせいか、普通に彼女を見ても大丈夫になった。やはりアイドルにおいて、衣装はかなり重要な物だったのだな。それだけに、いつか彼女が専用の衣装を着れる程のアイドルになったのならば、その時はちゃんと衣装も一緒に考えてやらなければな、と思った。

「プロデューサーさん……? どうしました? ボクをそんなにじっと見つめて。そんなにボクがカワイイんですか?」

「あっ、いや……まあ……」

 俺は幸子に言われて我に返る。途端に再び恥ずかしくなって、幸子の顔が見れなくなる。その俺の反応を見てまた、幸子も顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。

 そして、しばらくお互いに沈黙が続いた。

「なあ幸子」

「なんですか? プロデューサーさん」

「初ライブ、絶対に成功させるぞ」

「そんなの、言われなくても決まっているじゃないですか!」

 幸子が再びドヤ顔に戻る。そしてそんな幸子のドヤ顔を見て、俺もまたいつもの表情に戻っていた。

「さて、腹減ったな、幸子」

「またお昼ご飯無いんだったらボクのを食べさしてあげないこともありませんよ?」

「ああ、じゃあまた少しいただこうかな」

 今日、本当はコンビニ弁当を買ってきてあったことは、彼女にはちょっと内緒にしよう、そう俺は思いつつ、部屋の方へと歩いていった。

 




自分がこの小説を書き始めるきっかけになったのは、幸子のソロ曲である『to my darling…』を聴いたのがきっかけでした。

元々幸子は大好きだったのですがあの曲を聴いた瞬間、もっと幸子の世界を広げたい、そう思い気が付いたら自分はスマホを手に取りそして今に至る……

とりあえずデレステ実装あくしろシンクロン
※次回から少し投稿が不安定化するかもしれませぬ、ご了承ください。



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第12話 カワイイボクと厳しいトレーナー

金曜日が待ち遠しいです。
森久保Pに早く鼓膜を実装してください。


第12話

カワイイボクと厳しいトレーナー

 

 

 写真撮影や昼休憩も終わり、そろそろ時刻は昼の十二時を過ぎた。幸子も午後のレッスンに向けて準備を始めている。

「なーんか、朝方からドタバタしていたから色々と疲れたな……」

「プロデューサーさんはあまり働いていないからイイじゃないですか。ボクなんて、これからまたダンスレッスンなんですからね!」

「あのなあ、俺がまるで仕事してないみたいだろその言い方じゃ」

「だってそうじゃないですか! プロデューサーさんは早く、ボクに仕事を持ってきて下さい! それにこのままじゃ、プロデューサーさんにとっても宝の持ち腐れですよ?」

「俺だって、仕事は欲しいよ……でも、念を押してもう一度言うぞ。まだ今日はデビュー三日目だからな? 再来週に初見せの場があるだけ、他より随分とマシな方だよ……」

 とか言う俺も内心、仕事という仕事が無くてそろそろ暇をしてきていた。

 そう、実は明日以降ライブの日まで、予定が完璧に白紙なのだ。そのため毎日予定にはレッスンとしか書けなく、そろそろ報告書の内容も無くなってきそうだ。まあまさに、これこそが新米アイドルと新米プロデューサーの日常、といった感じの物なんだろうな。

「うーん、そうですねえ……」

 と、幸子は急に何かを考え始める様な素振りを始めた。なにやら俺をじっと見て、ブツブツと独り言を言っている。そしてそれからしばらくすると、何かを閃いたのか幸子が不意に話しかけてきた。

「プロデューサーさん、今日の午後は時間空いていますか?」

「ああ、俺なら報告書を書くこと以外に、今の所仕事はもう無いな」

「だったらボクのレッスンの様子を見にきて下さい! 因みにプロデューサーさんに、拒否権はありません!」

「なるほどな、レッスンの見学か。俺なら別に構わないが……でも、いきなり行ったりしたらトレーナーさんとか、他のアイドルの子達にに迷惑がかかったりはしないのか?」

 すると幸子は、途端に満面の笑みを浮かべた。まるで、その言葉を待ってましたと言わんばかりの勢いで、話を続けてくる。

「それだったら心配ありません! 昨日のレッスンの時も、他のアイドルのプロデューサーさんとかが度々見に来ていたりしましたから! フフーン! プロデューサーさんは黙って、ボクの華麗なステップを隅で見ていれば良いんですよ!」

「ま、まあそういうことならわかった。幸子のその華麗なステップとやら、目に焼き付けに行くよ」

「目だけじゃ足りません、脳にも直接焼き付けて下さい!」

 さて、そんな幸子の提案を受け、それから時間になった俺は、幸子と共に早速レッスンルームへと向かった。

 実際幸子のプロデュースを開始する前に、レッスンルームの方へは一度挨拶に行っているので、トレーナーさんとは一応初対面ということではない。その為、ある程度その辺は心配なかった。

「あ、プロデューサーさんは一旦ここで待っていて下さい! ボクはダンスレッスン用の衣服に着替えてきますので!」

 そう言って幸子は、更衣室の扉を開ける。

「くれぐれも覗かないでくださいね? プロデューサーさん! プロデューサーさんは変態さんなので、ちゃんと言っておかないと覗いちゃいそうですから!」

「なんで俺が変態ってことになっているのかは不問にしておいてやるが……まあ、勿論だ」

 こうして幸子が更衣室に入って数分後、突然扉が開きくとそこには、いつも通りのドヤ顔をした幸子が立っていた。

「フフーン! 見てくださいプロデューサーさん! これがレッスン用にわざわざ買った、新しいジャージです! どうですか? カワイイボクに似合う、カワイイジャージだと思いません?」

 その、レッスンの為に新しく買ったというピンクのジャージを身にまとい、幸子は見せつけるかのようにポーズをとる。こう衣服を普段着から着替えると、よりアイドルらしく見えてくる。

「へぇ、結構カワイイじゃないか。似合ってるぞ」

「プロデューサーさんに言ってもらえるなら、本当みたいですね。その言葉、信じておきます!」

 そう言って幸子は飛び跳ねる様に、鼻歌を歌いながらレッスンルームの扉を開ける。

「失礼しまーす!」

 幸子が扉を開けた先には、広い空間が広がっている。中には数人のアイドルと、一人のトレーナーが居た。

「おっ? 来たか輿水、ちゃんと時間通りだな」

「ボクは完璧ですからね! ちゃんと約束事は守ります!」

「よし、じゃあ……ん? あなたは確か……」

「トレーナーさん! この人がボクのプロデューサーさんです! 少しめんどくさがりやで、いつもコーヒーばかり飲んでいて、本当に働いて居るのか不安ばかりですが、やる時はやる『一応』真面目な人です!」

「おい幸子」

 一々一言、いや二言多いな。『一応』お前のためにちゃんと仕事は探してやっているんだがな、『一応』な。お前、そんなに俺をがさつに扱うともう仕事持ってこないぞ、おい。

「ああ、お久しぶりです。もしかして、彼女のプロデューサーになったんですか?」

「まあ……『一応』ですが。今日は彼女の希望で、見学をしに……」

「ああ、それでしたら見学して頂いて大丈夫です。その方が、彼女としても気が引き締まって良いでしょう」

 こうしてレッスンルームに入ってきた俺は、促されるような形でレッスンルームの端の椅子に案内された。場所的にレッスン風景の全てが目に入る場所で、こうして少しだけ離れた位置からアイドル達を眺めていると、さながら気分は名プロデューサーである。

「さあ、今日もレッスン始めていくぞ! ライブまで二週間程しか無いから、その分必然的に早いペースで進めていく。駆け足になるだろうが、遅れないように気を引き締めていけ!」

 この前会った時はわからなかったが、意外とこのトレーナーさんは熱血的な人だな。確かに、これは幸子が毎回バテて帰ってくるのもある程度納得かもしれない。

「それじゃあまずは、ウォーミングアップも含めたストレッチからだ。終わったらすぐに前回の続きから行くぞ!」

「はーい!」

 幸子は元気よく返事をする。だが、他のアイドル達も幸子に負けぬ元気だ。そしてそんな他のアイドル達だが、こうしてここで一緒にレッスンを受けている居るという事は恐らく、皆幸子と同期か、或いは同じ位のアイドル歴なのだろう。レッスンには、幸子に負けず劣らずの可愛いアイドルが数人揃っており、先のライバルは多いなと危機感を感じさせられる。最も、やはりその中でも群を抜いて一番カワイイのは、うちの幸子である事に変わりはないのだが。

「はい! さあもっと腰を曲げて! 体をほぐさないと、怪我の元になるぞ! はい、1、2、3、4……ほら森久保ォ! !もっと膝伸ばせ!!」

「もう……むーりぃ……」

「さあ、まだまだ本番にすら入って居ないぞ! この程度でへばっているようじゃ、夢のトップアイドルは夢のまた夢だ!」

 しかし、早速ストレッチの時点でもなかなか大変そうだ。これは幸子に働いていない様に見られても仕方無い面もあるか、と俺は拗ねていた自分に喝を入れる。

「さあ、ストレッチが終わったら昨日のレッスンに続き、ダンスの基礎から学んでいくぞ!」

「はーい……」

「声が小さい!」

「はーい!!」

 この時、俺は知る由もなかった。このレッスンがこのまま無事に終わらないことを。ああ、だってレッスンを行うのはあの幸子だからな。

 

 まともに終わるとは思うな。




新しい幸子です。
因みに自分は幸子Pで森久保Pで蘭子Pで楓さんも、あと卯月も(ry 担当多杉ィ!!
次回ガチャ更新は森久保SSRだと信じて石を貯めています。
(to my darlingもきっとそろそろやろ……)

因みに今度デレステに名刺機能が追加されると噂を聞きました。
Twitterでばらまいたらなかなか面白いことになりそうです。


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第13話 カワイイボクと束の間の休息

全国のプロデューサー!新しい幸子よ!


第13話

カワイイボクと束の間の休息

 

 

 幸子達のレッスンは過酷そのものだった。高校生の頃は実は少しだけ運動をかじっていた俺だが、そんな俺から見ても、アイドルのレッスンとやらはなかなかハードそうだ。ひたすら同じステップや振り付けを繰り返し、綺麗に揃うまでやり続ける。そしてまた新たな振り付けの練習をして同じ様に繰り返し、そしてそれを繋げて一つの流れをする。

 因みに、幸子はその過程で何回も転んでいた。ドヤ顔で決めポーズを取ろうとする度に、お決まりの「ふぎゃー!!」という悲鳴と共に転ぶ始末だ。だが、何回転ぼうと強がりながら立ち上がり、再挑戦しようとする姿は多少涙が出そうになるものもあったが……って俺はなんだ、彼女の保護者か何かか。

 さて、そんな様子を部屋の隅から眺めていたところ、気がついたらかれこれ一時間と少しが経っていた。幸子達には十分程の休憩が言い渡され、ようやくの休憩時間に幸子はバテきった様子で、こちら側に歩いて来た。

「ぷ、プロデューサーさん……み、見てましたか? これが、アイドルのダンスレッスンですよ……」

「ああ、お疲れ様。確かに、これは幸子が疲れて帰ってくるのもなんとなくわかるな。俺から見ても結構しんどいぞ」

「と、とりあえず……疲れたのでひ、膝枕〜……」

 そう言うと幸子は、俺の膝を枕にする形でベンチに横になってしまった。その幸子の身体は長時間の運動で火照っており、額には汗が浮かんでいる。

「プロデューサーさんの膝、硬いですけど少しクセになりますねえ……」

「まあ、これだけ頑張ったんだ。ご褒美に、しばらくはそのままでいて良いぞ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 幸子は寝ながら伸びをする。さながらその姿は、昼寝をする猫の様で案外カワイイ……?

「プロデューサーさん、もっと褒めてくれても良いんですよ?」

「ああ、偉い偉い」

 そう言って俺は幸子の頭を軽く撫でる。なんというか、だんだん膝の上で寝る幸子が昔実家で飼っていた猫と被ってしまい、ついついやってしまったのだ。

「く、くすぐったいですよ……プロデューサーさん、ボクは猫じゃ無いんですから」

「おっと、すまなかった。こっちも何だか心地よくなってしまってな……」

「まあ別に、ボクはカワイくて寛大なので撫でたいなら撫でても構いませんよ? プロデューサーさんなら特別に許可してあげます! それにー……なんだかちょっと、気持ち良かったです」

「いや、別に俺の方なら大丈夫だ。実家の猫で撫で飽きるほど撫でいるからな。幸子は気にせずゆっくり休んでいてくれ」

「えっあっ……そのー……べべっ別にボクにそんなに気を使ったって何も出ませんよ? 撫でたいなら撫でて下さい! いや、撫でて下さい!!」

「お前、本当になんなんだ……」

 と、こんな感じで幸子とやり取りをしていた所、俺はその幸子と俺のやり取りを眺める、一人の少女の存在に気がついた。

 その少女は姿や風体からして幸子とは同級生か、少し歳上くらいだろうか。ただ、幸子と違って非常に落ち着いて大人びた雰囲気をしており、何より髪に特徴的なエクステを着けている。

「キミ達は……ボク達他のアイドルが居るというのに、大胆な事をするね」

「ん……? なんです、プロデューサーさんの膝枕が羨ましいんですか? 変わって欲しいって言われても、変わってあげませんよ」

「いや、別にボクは構わないよ。ただ、歳の離れた愛、というものはボクはあまり知らないのでね。少し気になっただけさ」

 どうやら、よからぬ勘違いをされている様だ。やっぱり、いつかこうなると思ったよ。

「あー……君は?」

「ボクはアスカ、二宮飛鳥。丁度キミの所の担当と時を同じくしてここに集まった、所謂『同期』というものに当たるのかな」

 その髪に紫のエクステを付けた少女は、淡々と話していく。なんというか幸子とは違った路線で、非常に大人びた雰囲気の子だ。

「へえ、同期か。ちなみに歳とか学年は、幸子と近い感じなのかい?」

「……キミは初対面の、それも年頃の少女の年齢を聞くというのかい? まあ別に、ボクは構わないが。一応学年を言っておくと、ボクは中学二年だ」

「中学二年……じゃあ幸子とは年齢的に近いって感じか。良かったな、幸子」

「別に、ボクはプロデューサーさんが居れば良いんですー!」

「まったく、彼女はキミに心の底から惚れているな。ここまで他人の目を気にせず愛情を率直に表せる人間、それと愛情を受ける人間とは、依然キミ達二人に興味が湧いてきたよ」

「べべっ、別にボクは、プロデューサーさんに惚れている訳じゃありませんよ! プロデューサーさんに厳しく当たると、仕事を持ってきてくれなくなりそうだから、ゴマを擦っているだけです!」

「お前……いや、何でもない」

 何も反論できない。今さっき、まさに拗ねていたからな。考えまで一致とは、まさか幸子も相手の心が読めるというのか……?

「素直じゃないね、キミは。最も、ボクもそんな気持ちはわからなくもない。ボクもそんな、自分を飾らないと他人に何も本音を言えない所謂『中二』なんで、ね」

 そう言うと少女、飛鳥はやれやれといったリアクションをし、軽くため息のようなものをする。

「で、君は幸子の友達か何かなのか?」

「いいや、昨日挨拶をした程度の仲だ。こうして話をするのは初めてかな」

「初めて……なぁ」

 その言葉を聞いて俺は幸子の交友関係が少し不安になる。あの濃いキャラなんだ、まさか周りのアイドル達に絡みに行ったりして疎まれてはいないのだろうか。そんな気持ちが頭をよぎってしまったのだ。

「つかぬ事を聞くが、幸子がレッスン中に何かやらかしたりはしていないか?」

「彼女、幸子がかい?」

「ああ。例えば周りのアイドルに自分のことをカワイイと言うように強制したり、駄々を捏ねたりは……」

「プロデューサーさんはボクを幼稚園児か何かだと思っているんですか!?」

 俺の質問に声を大にして抗議する幸子。しかし、これが俺の中にある彼女のイメージなのだから仕方が無い。

「いいや、昨日から彼女は至って普通にレッスンを受けていたよ」

「……そうか、それなら別に良かったんだが」

 飛鳥の言葉に安心をする俺。そしてそれと同時に、真面目にレッスンを受けていたという幸子に、疑ってしまって申し訳ないという気持ちが浮かぶ。

「まあ……なんだ、うちの幸子はこんな感じて素直じゃないが、根はそんなに悪くない奴なんだ。君が良いと言うならこれから仲良くしてやってくれないか?」

「別に、ボクの方は構わないよ? ただ、彼女はそれを許してくれるのかい?」

「プロデューサーさんが言うなら、仕方ありませんね。仲良くしてあげますよ!」

「まったく、本当に素直じゃないね……」

 そう言うと飛鳥は、水の入ったペットボトルを幸子の方へと差し出した。

「これはボクから、幸子へのささやかなプレゼントだ。受け取りたまえ」

「しょうがないですねえ、受け取っておいてあげます!」

 そう言うと幸子は、受け取ったペットボトルをすぐに開ける。そしてそのまま勢いよく飲み始めた。よほど喉が乾いていたのだろう、すぐに半分程飲み干してしまった。

「……ぷはぁっ! カワイイボクが、生き返りますよーっと」

 と、水を飲んで元気を取り戻した幸子は、急に立ち上がると屈伸を始めた。

「さあ、カワイイボクは今生き返りました! プロデューサーさん、カワイイボクの本気は、まだまだこれからですよ!」

「ああ、行ってこい!」

「それと……飛鳥さん、でしたっけ? ペットボトル、ありがとうございました。一応ボクのライバルとして、認めてあげないこともないですよ?」

 そう飛鳥に言い残すと、幸子は先に行ってしまった。

「素直にありがとうって言えば、もっと可愛いらしいんだろうけどな、アイツ」

「フッ……それもまた、彼女の魅力の一つなんじゃないかな?」

 そう一言だけ言うと彼女、飛鳥もまた幸子を追いかけるような形で行ってしまった。

「……彼女も随分と変わった子だな。なんというか、幸子とは違った意味で世界に溺れている……っといかんいかん、この歳になってまで何厨二病じみたことを言ってんだか」

 まあともかく、俺としては今回幸子に、一応だが初めての会話のできる友達が出来た様で良かった。

 実は正直なところ、あの幸子のキャラだから一人だけ浮いて孤立してしまうんじゃないか、と内心俺は心配していた。いくらこの業界は自分以外の全員が敵だとはいえ、歳頃の少女が一人ってのは寂しい思いをさせてしまう。今、二人の間は出会ったばかりであんな感じだが、いずれは敵ではなく、互いを高め合う良き友、良きライバルになってくれることを祈りたい。

 さて、そんなこんながあったが、そろそろ後半のレッスンが始まる。俺は頑張る幸子を自分のこの目で捉え、一秒一秒しっかりと頭に焼き付けていこうと思った。




4thライブ、一般応募枠来ましたねぇ……
自分は金欠で前売り券1枚も買えなかったので正直絶望しかけていたのですが、一般が8月6日朝10時から受け付けるらしいので待ち遠しい限りです(因みにライブというものに行くのは人生初めて)

今回は早い者勝ちなので正直チケットとれるか心配ですが、もし仮に4thライブ行く方が居たら現地に行けるようお互い頑張りましょう。

(そして現地で武内pを拝みましょうw)


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第14話 カワイイボクとゲリラ豪雨

投稿結構遅れてしまいました。
別に森久保のボイス実装で喜んでスクショ撮りまくっていたからとか、テラリアのアプデが来たからやり込んでいたからとか会社見学に行っていたとかそういうことは……ふ、ふふーん!


第14話

カワイイボクとゲリラ豪雨

 

 

 後半のレッスンは予定通り始まり、今の所特に問題は無く、順調に行われて行った。幸子も、あのエクステを着けた少女こと飛鳥も、共に熱心にレッスンを受けている。

「はい! リズム良く! 1、2、3、4、1、2、3、4……良くなったぞ! はいその調子!」

 幸子もそろそろ体が慣れてきたのか、先程の様なずっこけは無くなりなかなか快調そうだ。今までは表情も険しいものだったが、程よくほぐれた感じがある。

 因みに、レッスンを受けている幸子をよく見ると、何やら動作の合間合間に、いちいちこちらを見てドヤ顔をしてくる。もしかして幸子は、ボクはこれだけ出来ているんだ、と俺に見せつけているつもりなのだろうか。そんな幸子の姿を見ていると、なんだか子供の学芸会を見に来た親の気分になってくる。

 と、こうしてレッスンは順調に進んでいき、このままいけば何事もなく、無事に終わるだろうと思われていた。だが、そんなことを考えていた矢先、ついに事件は起きた。

 俺は時間の割になんだか、外が暗くなってきたなと思い、窓の外を見る。すると、空があれよあれよで曇り暗くなっていたのだ。今朝の天気予報では雨の予定など全く無かったのだが、雲の感じからしてどうやら、この時期恒例のあの大雨が来そうな雰囲気だ。

「プロデューサーさん! 外の様子なんて見ていないで、カワイイボクを見ていてください!」

 幸子の声に気が付き、俺は幸子の方を再び見る。どうやら新しい動きにレッスンは入っていったようで、いつのまにか動きはダンスらしいダンスになってきていた。

「さあプロデューサーさん! ボクのカワイイダンスに見とれてください!」

 そう言って幸子がポーズをキメようとした瞬間、突然辺りに爆発音に近い何かが響き渡り、目の前が真っ白になった。

「ふぎゃああ!?」

 幸子は驚きその場ですってんころり、尻もちを着くようにして転んでしまった。飛鳥やトレーナーさんも、突然の光と音に動きを中断して外を見る。

「裁きの雷……か。フッ、これはどうやら、ボクのあまりにも酷い踊りに、神を怒らせでもしてしまったのかな?」

 雷が鳴ってから数十秒後、途端に外では大雨が振り始めた。そうだ、夏になると呼んでもいないのに突然来る、例のアレことゲリラ豪雨だ。しかし、ゲリラをするのはアイドルの仕事だろ、いい加減にしろ。

「た、助けてえ……プロデューサーさん……」

 そのか弱い声を聞き、俺は窓の外からすぐさまに幸子の方へ視線を戻す。すると彼女は、頭を抱えた状態でその場にうずくまっていた。俺はそんな彼女の方にすぐさま駆け寄る。

「どうした幸子? 足でも捻ったか?」

「プロデューサーさん……プロデューサーさん!!」

 幸子は泣きそうにながら、その場にうずくまって動けなくなっている。突然の雷に驚いた拍子に、何か大きなケガでもしてしまったのか、と一瞬最悪の事態を考えてしまったが、すぐにそれが違うことがわかった。

「ふぎゃあああ!?」

 再び辺りに雷が鳴り響く。幸子は雷が落ちた瞬間、その場で震えあがり、今にも泣き出しそうになってしまう。ああ、なるほど。どうやら話の全貌が見えてきた。

 つまり幸子は、雷が大の苦手だったのだ。

 外ではこうしている間にも、益々雨と雷の勢いが激しくなってきた。まるで嵐か、大粒の雨粒が窓に叩きつけるように吹き付け、雷が戦闘機の爆撃音の様な激しい音を打ち鳴らす。幸子はそんな雷が落ちる音を聞く度に、小動物の様に震えて悲鳴をあげる。

 そして次の瞬間、再び巨大な雷が落ちると共に突然建部屋の電気が消えた。部屋は途端に夜の様に暗くなり、周囲には幸子の悲鳴がこだまする。

「怖いよぉ……暗いよぉ……」

 なんと、ゲリラ豪雨の雷によりついにブレーカーも落ちてしまった。流石のこの事態に、レッスンは一時中断となってしまう。

「ぷ、プロデューサーさん……か、雷は……雷だけはやめて下さい!!」

「いや、俺が雷を起こしているわけじゃないからな?」

 すると幸子は、俺の足元に這いずって来て足にしがみついてきた。

「こ、怖い……怖い……」

 幸子は怯えた子犬の様な目でこちらを見てくる。

 しかし、雷が苦手なのはわかったが、いつものドヤ顔や自慢げな態度が消える程とは、一体幸子はどれほど雷が嫌いなのだろうか。しかし、そんな幸子を尻目に雨と雷は一向に止む気配を見せない。俺はとりあえず幸子を落ち着かせるために、彼女を椅子まで連れてくると横に座らせた。

 幸子は、俺の腕に顔を埋めて状態で震えている。俺は幸子を抱き抱えると、部屋の隅のベンチへと連れて行き、ひとまずは座らせて落ち着かせることにした。

「プロデューサーさん……助けてぇ……」

「大丈夫、俺ならここに居る。雷なんてすぐに止むだろ」

 幸子は未だ、俺の体に顔を埋めるような形で抱きついており、とにかくそのままの体勢で動く様子がない。正直怯える幸子は可哀想ではあったが、同時にその怯える姿が妙に愛嬌があって、可愛くも見えてしまう。なんだか彼女と一緒に居ると、母性みたいな何かに目覚めてしまいそうだな。幸子と出会ってからといい、彼女のあらゆる行為が俺の中の何かを揺さぶり、新たな属性に目覚めさせる。

 さて、それからしばらくして、と言っても五分から十分程か。すぐに建物の電気は復旧し、更にそれから数十分もすれば雨と雷はすっかり止んでしまった。隣の幸子の悲鳴も気づけば収まり、事態が終息したことに俺は色々とほっとして、胸をなでおろす。

 時計を見ると、時刻はもうレッスンが終わる五時を過ぎており、どうやらレッスンもこの流れで終わりのようだ。

「幸子? 大丈夫か?」

 俺は隣の幸子に声をかける、しかし反応が無い。そこでよく耳を済ませてみた。すると、微かに幸子の寝息が聞こえてきた。先程まで怯えきっていた幸子の表情は、今は非常に安心しきった表情になっており、俺の腕に抱きつき心地よさそうに眠っている。

「……まあ、慣れない環境で疲れているのもあったからな」

 俺は幸子を起こすため、声をかけようとした。だがすぐにトレーナーさんに呼び止められる。そしてトレーナーさんはこちらを見て笑うと、一言だけ言った。

「しばらくはそのままにしおいて上げてください。ここなら次のレッスン時間までしばらく時間があります。私共の方なら気にしないでもらって大丈夫ですから」

 気がつけば、あれだけ真っ暗だった空は嘘のように晴れ渡っている。そして窓の向こうを見ると、空には綺麗な虹がかかっていた。

「プロデューサー……さん……ありがとう……ございました」

「ん? どうした?」

 しかし、その後幸子から返事は帰ってくる事は無かった。

 今のは果たして寝言だったのか、幸子の本心だったのか、それを知る術は俺には無い。だけど、その感謝の言葉はどちらにしても、嬉しいものだったのは確かだ。




森久保のボイス聞きました。
自分の想像していた声で涙が出ました。
次回はよしのんの声を聴ける鼓膜が僕に実装されます。
楽しみです。

実際森久保の声には感動していました。
この流れでこの小説でも森久保を表に出していけたらと思います。


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第15話 カワイイボクと名犬プロデューサー

しゅがはさんに不意打ちでボイス追加されましたね……
アニメ2期、主人公幸子にしてやりません?
新規ボイス付きキャラの動いている姿を見たいです(切実)


第15話〈プロデュース4日目〉

カワイイボクと名犬プロデューサー

 

 

「プロデューサーさん、何で起こしてくれなかったんですか!!」

「あー……悪い、カワイらしくてつい起こさなかった。つい、な」

「雷に怯える姿だけでなく、カワイイ寝顔まで多くの人に見られて、ボクもうお嫁さんに行けませんよ!!」

「別に俺は見てなかったけど、そんなお嫁に行けなくなる程のことかぁ? それに、カワイイなら別に構わんだろ」

「充分行けなくなりますって!! どんな顔で寝ていたかは知りませんが、とにかく寝顔なんて見られたら恥ずかしくてボク……もう……」

「別に、俺が見た限り随分とカワイイ寝顔だったし、そんな気にするようなことでも無いでしょ」

「やっぱり見てたんじゃないですか!!」

 俺は今、幸子に物凄く怒られている。理由は言わずもがな昨日のあの出来事だ。

 昨日あの後、三十分も熟睡すると幸子は目を覚ました。最初は少し寝ぼけた様子で、状況をまったく理解していなかった様子だが、やがて雷は、雨は、と騒ぎはじめ、状況を飲み込んだのか、突然顔を真っ赤にしてレッスンルームを飛び出してしまった。まあ別に、俺からすればそんな気にすることでもないと思っていたのだが、彼女にはこれがどうも恥ずかしかった様だ。で、結局レッスン室から幸子を追うような形で部屋に帰ってみれば既に幸子と幸子の荷物は無く、すぐに家に帰っていたのがわかった。まったく、自信家なクセに妙に恥ずかしがり屋なんだよな。

 それからというものの、昨日の間は連絡しても今日あったことは忘れてほしい、とのメールしか帰って来なく、そして翌日になって今日部屋に来てみれば、幸子はこの通りの様子であった。

「あ……ま、まあそうだな。カワイイかったぞ、うんうん幸子カワイイカワイイ」

「今日という今日はもう、カワイイって言葉に騙されませんよ! 今騙されましたからね! 今日はレッスンも何もやりません! 明日もそれ以降も!! ふんっ!」

 結果この通り、幸子はそのカワイらしいヘソを曲げてしまった。

 まあ一日もすれば、気分も治りいつもの幸子に戻ってくれるだろう。俺はそう信じたい。

「申し訳ありませんでした。許してくださいこれは私の不手際です。カワイイカワイイ幸子を私はプロデューサーであるにも関わらず、傷つけてしまいました。でもカワイイ幸子が許してくれるなら私は『何でも』します」

「何ですかその棒読み! ……ん? 今、何でもって……フフーン! カワイイボクが閃きました!! 」

 そう、その時俺は自分の失言に気が付く。

 

 

『何でも』

 

 

 今、俺はそう言ってしまった。そして、目の前で不気味な笑みを浮かべる幸子の姿。これはどうやら、今世紀史上最大級にマズい事態になってしまったかもしれない。だが、そう気付いた時にはもう、全てが手遅れだった。

「そうですねえ……じゃあ今日は一日、仕事もレッスンもお休み! 代わりに、ボクのお願い事を何でも聞いてください!!」

「どちらにしろ、仕事なんてまだ来ていないがな」

 悲しいがこれは事実だ。プロデュースが始まった俺達に対して、仕事はまだ一件も来ていない。いくら今や天下の346プロとは言え、新人アイドルと新人プロデューサーのコンビにいきなり仕事が貰えるなんて、まずありえない話だからな。

「うるさいですねえ、ボクは発言は許可していませんよ? ねっ! プロデューサーさん!」

「あー……はいはいわかった。じゃあ今日、お願い事を何でも聞いたら、明日からはちゃんと仕事してくれるな? もうライブまで十日切る訳だし」

「そうですねえ……まあ、ただでさえ色々と可哀想なプロデューサーさんが更に可哀想ですし、今日一日言うことを聞いてくれたら、許してあげないこともありませんよ?」

「……わかった、努力しよう」

「努力? そこは当然ですよねえ?」

「わかりました、カワイイ幸子様」

「じゃあ今日は一日、プロデューサーさんはカワイイボクのワンちゃんです! よろしくお願いしますね! ねっ! プロデューサーさん!」

「ワンちゃんって、俺は犬かよ……」

「ん? 何か言いました?」

「言ってないです」

「じゃあそうですねえ、まずは……うーん」

 こうして悪魔のような笑み……ではなくドヤ顔を浮かべる幸子を始まりとして、いつもより長い、長ーい四日目が始まろうとしていた。

 果たして俺は俺は幸子に何をされちゃうのか、どんな事をさせられちゃうのか、バカバカしく見えるだろうが実際少し怖い。だが、なんというかSな幸子も、それもそれでもしかして良いのか……?

 ともかく、そんなこともあって俺は、予想もしていなかったことにより予定を……まあ元から無いような物だが、変更せざるを得ない状態となってしまった。まさかプロデューサーの仕事でこんな事をするハメになるなんて、4日前の俺なら想像もしていなかっただろうな。

 とりあえず、これも幸子との仲を深める良い機会と割り切って、たまには彼女のペースに付き合ってやるか。

「さあプロデューサーさん! まずは肩もみです! 昨日見てもらったので分かると思いますが、ボクは連日のレッスンで疲れていますからね。さあさあさあ早く揉んで下さい!」

「なんだか、中学生のアイドルから揉んで下さいって、それなんか犯罪臭が……」

「なっ! 何言ってるんですかプロデューサーさん!! やっぱり変態さんじゃないですか!!」

「揉めるような物も無いくせに」

「やかましいですねえ! 全体的にちっちゃいのは今だけです!! いずれは全部大きくなってナイスバディのモデル体型になってあげますよ!!」

「まったく、何を言っているんだか……」

 まあ、こんな感じの流れが続くのならばそれもそれで、楽しそうだが。




現在デレステのイベをやっている為執筆が遅れています。
とりあえず疲れた時や困った時は幸子の声を聞きイベも執筆も頑張って行きたいです。

あと運営さん、しゅがはさんのカバーは絶対にBEMYBABYにするなよ!? 絶対にだぞ?(念押し)


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第16話 カワイイボクと二人の時間

第16話

カワイイボクと二人の時間

 

 

「あー……生き返りますねぇ……」

「まあな、こういったことはオヤジに良くさせられていて慣れてるから」

 俺は幸子様のご要望で肩を揉んでいる。彼女の年寄りみたいな反応に対し、お前中学生だろ、というツッコみたい感情が湧くも、これ以上話がややこしくなるのはゴメンなので自分の中に留める。

「プロデューサーさん? もうちょっと力を入れてくれません?」

「じゃあご要望通り……そおいっ!!」

「ふぎゃあ!?」

「あー、ダメだったか?」

「ダメも何も、力強すぎですよ!! カワイイボクの肩が壊れたら、プロデューサーさんに一生養って貰わなきゃならなくなっちゃいますよ!!」

「むしろ、俺の握力如きで壊れたら驚きだよ……」

「ボクは繊細なクリスタル……いや、ダイヤモンドみたいな存在なんですーっ!! もっと貴重品を扱うみたいに、ボクの事は丁寧に扱ってください!」

「ダイヤモンドって……それだと、めちゃくちゃ頑丈ってことになるんじゃ……」

「えっ、あっ……ちち違いますよ! ダイヤモンドみたいな繊細なカワイさが、ボクにはあるって事ですよ! ふ、ふふーん!」

 相変わらず幸子をイジるのは楽しい。ついさっきまであれだけSな感じで強気だったのに、ちょっと粗をつっこまれるだけでボロが出る。まるで、カワイさのメッキとでも言うべきか。

「もういいです、肩もみはやめです! プロデューサーさん、次のことに移りますよ!」

「はいはい……」

 しかし、何故こんな事をさせられているのか。そう、原因を作ったのは他でもない俺自身の盛大な自爆である。俺は今朝、自分の言ってしまった失言により、幸子に犬の様にこき使われているのだ。内容としては肩もみ、飲み物の買出し、暇つぶしの相手、その他諸々、とにかく色々と雑用係の様に扱われている。まるで今の幸子は女王様で、俺は執事か召使いみたいだな。

 まあ、こんな可愛らしい女王様なら、独裁国家でも毎日楽しそうでむしろ平和? なのかもしれないが。

「さあ次は夏休みの宿題の手伝い、お願いしますね! プロデューサーさん!」

「いや、宿題を手伝って貰っちゃ宿題の意味が無いだろう……」

「何言っているんですか、プロデューサーさんにやらせたり答えを教えてもらうつもりはボクはありませんよ?」

「ん、違うのか? 意外だな」

「意外って何ですか!! まったく失礼ですねえ。ボクは一応、勉強は得意なんですよ。プロデューサーさんと一緒にしないでください!」

「俺だって学生時代、勉強はしっかりやっていたぞ。それこそ、プロデューサーになる為にな」

 今こうして考えて見ると、学生時代何故あそこまで熱心に勉強できたのか、正直自分でもわからない。高校三年の時なんか、休みの日は朝起きてから寝るまで様々な業界の事や社会の常識、それから勿論学校の成績の為に普通の勉強も死ぬほどやった。正直、遊ぶ時間なんて数分すら無い程のキツキツな予定だったが、意地でもプロデューサーになってやる、という信念……或いは執念が当時の俺に力をくれていたのかもしれない。

「プロデューサーさんが勉強熱心だったなんて、全然想像つきませんねえ」

「まあ、今のこんな感じを見られていたらそう思われるのも仕方ないか」

「今のプロデューサーさんのイメージと言われると、普段のコーヒーを飲んでいるか、書類とにらめっこしている姿しかありませんからねえ」

「反論できない……」

「フフーン! 大丈夫です。そんなプロデューサーさんの為に、健気で頑張り屋なボクが頑張ってすぐに仕事を持ってきてあげますよ! 安心していてください!」

「何だか、俺はプロデューサーなのに、まるでアイドルに助けてもらって生活しているみたいになってるな……」

「仕方ないじゃないですか! ボクは普通のアイドルとは比べ物にならない、特別な存在ですから! やっぱりカワイイって罪ですねえ……」

 自画自賛も本当に才能や持ってるものがある人間が言うと、何か意味合いが変わってくるなと思う。幸子の場合本当にカワイイから、自画自賛していてもつっこみ所がうまくつっこめなくて、なんかモヤモヤする。

「で、話を戻すと具体的に俺は何を手伝えば良いんだ?」

「夏休みの宿題の答え合わせを手伝って下さい!」

「ん? 肝心の内容の方はやらなくて良いのか?」

「フフーン! そんなのもう、終わらせているに決まっているじゃないですか! ボクは完璧なので、コツコツやっておいたんですよ!」

「やっぱり意外だな。てっきり、八月の終わりになって『しゅ、宿題なんて今からやればいいんですよ!』みたいな事を言って、急いでやり始めるんじゃないかと思っていたんだがな」

「プロデューサーさんはボクをなんだと思っているんですか……」

 そう言って幸子は、自慢げに宿題の問題集の中身を見せてきた。俺はその問題集をざっとめくって見ていく。

「へえ……本当に終わってるな。えーっとなになに、参勤交代の制度を作った徳川家三代目当主は……」

 俺は咄嗟に開いたページの答案を見て驚いた。いや、これはよくわからなくなる問題かもしれないが……仮にでも現役の中学生なんだから理解はしておこうよ。自称勤勉家なら尚更。

「あのー幸子さんすいません、なんで三代目が徳川秀忠なんですかね」

「えっ……あっ」

「秀忠は二代目、三代目は家光な。徳川家はたまによくわからなくなるけどテストに出やすいし。結構覚えておいた方が良いぞ」

「べっ……別にわざとですよ! プロデューサーさんが勉強できるのか試す為にわざと間違えておいたんですよ! ふ、ふふーん!!」

「本当ぉ?」

「あー!! 何ですかその目は!! カワイイボクを信用していませんね!! プロデューサーさんの意地悪!!」

「はいはいすいませーん、と……」

 幸子はまた、壊れたオモチャみたいにぴょんぴょん跳ねて怒っている。やっぱり、幸子はイジりがいがある。

「まっ、しょうがないなあ……それじゃあカワイイカワイイ担当アイドルの為に、俺が特別に勉強を教えてやらないこともないぜ……」

「やらないこともないとかボヤかさないで、素直に教えてください! カワイイボクが困っているんですよ!」

「へいへい了解……それじゃあ出張プロデューサー塾、開校!」

 俺は課題を、今度は最初のページからじっくりと見て行く。実際、彼女も清書が趣味と言うだけあって、その内容は殆ど合っていた。その為俺は、ただただ答えを見ながら丸を付けていくことしかやることが無かった。

 途中、確かに何問か小さな間違いこそあったが、幸い俺が教えられる範囲だった為に、幸子に個人授業をしてあげた。アイドル業のついでに塾もして貰えるなんて、幸子は得をしたな。

「フフーン! どうですかプロデューサーさん! ボクの完璧で、完全な夏休みの課題は!」

「なんだ、つまんないな。もうちょっと指摘して幸子をいじれるかと思ったのに」

「いじるって何ですか!! ボクは、プロデューサーさんのオモチャじゃないんですよ!!」

 いや、その怒っている姿がまさにオモチャの様なんだがな。本人に鏡で見せてやりたい物だ。

「で、結局じゃあ課題の方も終わりなのか?」

「合ってるなら仕方ないじゃないですか! もう勉強は終わりです! 次はボクの暇つぶしの相手をして下さい!」

「いやはや幸子様は忙しない御方です……お飽きになるのがお早いでございます」

「カワイイから飽きるのも早いんです! カワイイボクに許された特権なんです!」

 と、幸子は鞄の中をごそごそと漁り始めた。そしてしばらくすると、中からとある一つの箱を取り出した。

「次はこれです!」

 幸子は箱からカードの束を取り出す。俺はすぐにそれがトランプだとわかった。

「なるほど、今時トランプとは面白いな。現代っ子は、ゲームか何かだと思ったのだが」

「ゲームだと、お互いの顔が良く見えなくてわからないじゃないですか! プロデューサーさんに、もっとカワイイボクの顔を見てもらいたいんですよ!」

「お前らしい理由だな……」

「ともかく、ボクはこのトランプでプロデューサーさんに勝って世界一カワイイことを証明します! プロデューサーさんは、本気でかかって来て下さい!」

「ほう? 俺に本気を出させるか。後悔しても知らんぞ? 幸子」

 こうしてここから話は突然のトランプ大会へと変わっていった。二人だけのトランプ、なんだかすぐに飽きてまたすぐ終わりそうな物だが相手は幸子だ。そう何事も無く終わるはずがないだろう。

 俺は冷蔵庫からコーヒーを出してくる。はたしてどんな事をするのかはまだわからないが、向こうが本気なら俺も本気をだそう。それが、勝負の礼儀というものだ。

「輿水幸子、かつてトランプ最強と言われた俺の力、その目に焼き付けるが良い」

 俺と幸子の殺気が部屋には溢れる。

 部屋にはエアコンと扇風機の風が吹きすさび、そこには戦士の目となったアイドルとそのプロデューサーが座っていた。




お気に入り50突破ありがとうございます!
私もいつもは変なことしか言っていませんが、実はコメントやお気に入りがつく度に本当に感動していました。
1人でも見ていただける方が居るだけでも私は感動です。
これからも幸子のプロデュース、頑張っていきます!

因みにこのroute幸子は初ライブまでの2週間を第一部として考えています。
今回が4日目なのでもう少し話は続きそうですね。

次回、幸子とプロデューサーのトランプガチ勝負です。
途中意外な人が入ってきて話は更にカオスに……?


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第17話 カワイイボクとトランプpart1

第17話

カワイイボクとトランプpart1

 

 

「……参りました」

「あっ……あれ? 勝っちゃいました!」

 ああ、俺はかつてトランプ、特にババ抜きではほとんど負けたことが無かった。だが無惨にも今、俺の手札にはジョーカーが握られている。そして相対して座っている幸子の手からは最後の手札が捨てられた。

 ああ、完全に俺の負けだ。文句のつけようがない程綺麗に負けた。

 高校の頃なんかも、俺はよく数少ない友人と集まってババ抜き等のトランプゲームをしたりしたことはあったが、ババ抜きの場合は大体の場合ジョーカーを引くことなんて無く、最後まで自分以外の誰かにジョーカーを擦り付けたまま勝ち抜けるのがほとんどだった。何故か、実を言うと俺は他人の目を見るとその人の考えや記憶を読み取ることが出来る、邪悪なる鬼の魔眼を生まれつき持っていたのだ!!

 

 ……というのは昔、同じ病を患っていた友人とのふざけ話で、実際は俺は他人の心理分析が大の得意だったのだ。

 例えばババ抜きだったら相手の表情を少し見ればどれがジョーカーだかある程度わかるし、相手が次に選びそうな場所にジョーカーを配置する事だってできた。そう、俺はその力を扱い幾多のババ抜きを越えてきた。ババ抜きを無双してきた。ババ抜き界の呂布として猛威を奮ってきた。

 にも関わらずだ。俺はその分析能力をもってしても今回、幸子に敗北したのだ。

 理由? 簡単だ。

 そう、幸子は『いかなる時もあのドヤ顔な為に、表情がまったく読み取れない』のだ。

 俺はババ抜きのプレイ中、表情や心情を読み取るために必死に彼女の顔を眺めた。だが、見れば見るほど彼女は喜び、こっちはなんだか気不味くなって恥ずかしくなる一方、ただペースを狂わされるだけではないか。

 ババ抜きが終わった瞬間、俺には何が起きたのかまるで理解することができなかった。わかり易く例えるならば、気が付いた時俺は既に幸子にジョーカーを取らされ、そして次の瞬間に幸子はあがっていた。ああ、まるであの微笑みは魔力を帯びている。天使? いや、天使の様な小悪魔の微笑みだ。

「プロデューサーさんどうしました? そんなにぼーっとして。カワイイボクに負けたのがそんなに悔しかったんですか?」

「……俺の完敗だ。ああ、証明されたぞ。お前の殺人的カワイさがな」

 彼女にはアイドルの才能以前に、ババ抜きの天才的才能を持っている。ババ抜きの神に愛されていると表現するのが最適だろう。仮にも全世界ババ抜きグランプリがあったら彼女は未来永劫頂点にたち続けるに違いない。

「ボクのカワイさは殺人的……やっぱり、カワイイボクは生きてるだけでも重罪なんですねえ……」

 幸子は俺に勝てたのが嬉しかったのか、心底満足した様な顔をしている。例えるならばいつものフフーン! が、フフフフーン!!! 位になる勢いだ。

「まあ、とりあえず満足して貰えたのか?」

「まさか、そんなわけないです。お楽しみはこれからですよ? プロデューサーさん!」

 恐らく今の幸子の調子の乗りっぷりはこの四日目間で最高潮だ。よほど俺に勝てたのが嬉しかったのだろう、あそこまで壊れそうに笑みを浮かべる幸子は初めて見た。

「さあプロデューサーさん! 負けて何も無く終われるとは思っていませんよねえ? ねっ! プロデューサーさん!!」

「あー……なんだ? 罰ゲームでもあるのか?」

「そうに決まっているじゃないですか!! まあプロデューサーさんには勝っても負けても、どちらにしろ罰ゲームを受けてもらうつもりでしたが」

 そうだ、今日は一日幸子の天下だ。幸子の指令には一日『何でも』従わなければいけない。つまり、今回のババ抜きにおいて俺に勝ち目等そもそも最初から無かったのだ。俺は今、ただただ自分の発言を悔やんでいる。

「……で、具体的には何をすればいいんだ?」

「そうですねえ……じゃあ一回まわってワンって言ってください! ワンちゃんなので!」

「宴会の罰ゲームかよおい。というか理由雑過ぎない?」

「あれ? プロデューサーさんは今日一日ボクの言う事は『何でも』聞いてくれるんじゃありませんでした?」

「やります、すいません」

 幸子からドS成分が滲み出てくる。お前は本当にどっちなんだ。SなのかMなのかはっきりしてくれ、頼むから。

 まあともかく、このままでは『はい』を選ぶまで会話がループするRPGの選択肢並みに話が進まないので、俺は覚悟を決めてとその場に四つん這いになった。そして深呼吸をする。

「さあ! 早く見せてください!」

 幸子に促されるまま、俺は全ての恥を捨ててその場で回った。

 だが実際、やってみて思ったこと。それは意外と気分は良かったことだ。まるで広大な大草原で走り回る野生動物のように、その心は果てしない開放感で満たされていた。

 ……待て、もしかして俺はMなのか? いや、そもそもSなのか? なんだか自分のことすらわからなくなってきた。

 まあいい。さあ、後はワンと吠えるだけだ俺。どちらにしろここで見ているのは幸子だけだ。くだらない恥なんて捨てちまえ! さあやれ、俺!!

「ワン!!」

「一体キミ達は何をやっているんだい?」

 俺は幸子とは違う声に驚きながらも声の方向を向く。そこには、髪にエクステを着けた少女が涼しい顔で立っていた。

 

 あっ、俺終わった。

 

 俺は超速理解した。

「あ、ああああああああ飛鳥!? なぜ飛鳥がここに!?」

「ボクは昼のレッスン終わりで、丁度キミ達の部屋の近くを通りかかったから挨拶に来たつもりでね。ちゃんとノックもしたし、彼女の返事も聞こえてきたから入って来たつもりだったのだけど……」

 しまった、集中し過ぎていて地雷の回避に失敗していたようだ。幸子の方に顔を向けると幸子は「ちゃんと返事はしていましたよ」と言い、首を縦に振る。

「フフーン! 飛鳥さん、ボクとプロデューサーは最近仕事が多かったので、休暇をとってトランプをしていたんですよ!」

「トランプ……ああそうだ!! 俺は今トランプで負けたから罰ゲームをしていただけだ! 別に幸子と変なことをしていた訳じゃ……」

「トランプか……なるほど、面白そうなことをしているね。もしキミ達が許してくれるならば、ボクも混ぜてくれないかい? 丁度午後はしばらく暇を持て余していたのでね」

 飛鳥は何も気にしていないように話を続け始めた。気にはしていないようだな。よし! むしろそのまま何も気にしないでいてくれ。記憶のハードディスクから映像を削除しろ。今飛鳥は何も見ていないんだ。頼む!

「別にボクは良いですけど……プロデューサーさんは大丈夫です?」

「大丈夫……あ、ああ! 大丈夫だとも! トランプとかは人数が多い方が良いもんな! うんうん……」

「良かった、じゃあ少しお邪魔させて頂くよ」

 こうしてなんだかんだあって俺達のトランプに飛鳥が加わる。正直最初は死ぬほど焦ったが、誤解は解けた? 様で良かった。

「そうそう幸子のプロデューサー、キミに一つ忠告だ」

 飛鳥が耳元で囁く。

「な、なんだ? 飛鳥」

「あの様なことをするならば部屋の鍵は閉めておいた方が良い。まあボクは口が固いからね、先程のことは第三者には言わないから安心して欲しい。最も、もう脳裏に焼き付いてしまって離れないが」

 今の俺から言えるのはただ一言、つらい。現場からは以上です。




因みに私はトランプはババ抜きと神経衰弱しかできません。
どちらかというと自分達はトランプをやるのなら遊戯王をやり始めちゃうからなあ……

それはともかく、いよいよよしのんに声がつくまであと2日ですね。
最近は幻聴以外にも匂いや味までしてきます。
早くよしのん隔離病棟から退院したいところです。


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第18話 カワイイボクとトランプpart2

第18話

カワイイボクとトランプpart2

 

 

 こうしてメンバーに新たに飛鳥が加わり、再びババ抜きが行われることになった。

 正直飛鳥が果たしてどれ程の実力者かはわからないが、雰囲気からしてこの手の物はかなり得意そうだ。充分に警戒しなければ。

「さあ、始めようか」

「シャッフルは俺がするぞ」

 俺はカードの束をシャッフルし各自に配っていく。何故か先程までとは違い、皆表情が本気だ。いや、それもそうか。俺のあんな醜態を見たあとで、そうそう力を抜く事はできないな。

「では、順番を決めるぞ。ジャンケンで勝ち抜け順だ、良いな?」

「構わないよ?」

「プロデューサーさんにまかせます!」

 場に沈黙が訪れる。ババ抜きにおいて先行を取れるのはアドバンテージが大きい。できれば一番最初で勝ちたい所だ。

「行くぞ……」

 俺は呼吸を整える。

「せーの……ジャンケンポン!!」

 全員の手が目の前に出される。

 俺はパー、幸子もパー、飛鳥もパー、つまりあいこだ。

「やるな……」

「ぐぬぬ……あいこですか……」

「やれやれ、もう一回か」

 再びの沈黙、全員が呼吸を整える。

 あの幸子ですら表情が先程までとは違い目がマジだ。

「行くぞ……ジャンケンポン!!」

 俺はパー、幸子はグー、飛鳥はパーだ。

「よっしゃ! まずは一歩だ」

「べべっ別にわざと負けてあげたんですよ! か、カワイイボクが先行を取っちゃうと強過ぎるから……」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとしようか」

 次のジャンケンの手次第で恐らく順番が決まるであろう。俺は今まで以上に集中し相手の次の手を予測する。

 しかし、次の瞬間不意に飛鳥が口を開いた。

「……ボクは次もパーを出すよ」

 心理戦!? まさか、ババ抜きの順番決めのジャンケンで飛鳥は心理戦を仕掛けてくるというのか!?

「……まったく、やれやれだな」

 ……どうやら、俺はババ抜きを舐めていた様だ。少し相手の手が読める程度でババ抜きが得意などとは、ババ抜きの神への冒涜だな。わかった、俺も本気を出そう。このババ抜きの一戦に、飛鳥の本気に俺の全てのババ抜きパワーを持ってしてかかろう。それがババ抜きへの、飛鳥への礼儀というものだ。

「パーを出す、か。わかった、その賭けに乗らせてもらおう」

 おかしいな、エアコンや扇風機が動いているはずなのに汗が垂れてくる。気のせいか手元も落ち着かない。見る人によっちゃたかがババ抜き程度に何本気になってるの? と言われかねないだろうが、俺にも俺なりのプライドがある。

「じゃあ、いくぞ」

「ああ、果たしてジャンケンに勝つのはプロデューサーか、それともボクか、楽しませて貰うよ」

「ジャンケン……」

 果たして勝つのは俺か、飛鳥か、ババ抜きの神よ……俺に力を!!

「ポン!!」

 

 

 

飛鳥はグー、俺はチョキだ。

「かかったね、プロデューサー」

「一本とられたか……俺の負けだよ飛鳥」

 ああ、俺の負けだ。潔く認めるしか無い。俺の単純な性格を読んだ、飛鳥の勝ちだ。

「カワイイボクをすっぽかして何言ってるんですかプロデューサーさん、まだ本番にすら入っていませんよ」

「あ、そうか。これババ抜きの試合だったな」

 幸子に言われ、俺は我に返る。そうだ、これはそもそもババ抜きの戦いだ。ジャンケン大会ではない。

「と、なるとババ抜きの順番は飛鳥、俺、幸子の順番てやってく感じになるのかな?」

「ああ、そうだね」

「ぼ、ボクを最後に回したこと、後悔させてあげますよ!!」

 こうして八月の上旬、ここ346プロの幸子と俺の仕事部屋にて、ババ抜き最強王者が決まろうとしていた。

 敗者に待ち受けるは屈辱の罰ゲーム、勝者に贈られるはババ抜き最強の称号。

 戦いは今、これよりここにて始まる……!!

 




話の区切りが良かったのでまだ次に続きます。
次回こそ正真正銘本当のトランプ決戦です。

ちなみにトランプ編が終わった辺りからライブに向けての話がメインになってくるのでちゃんと話がアイドルしてくると思います。



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第19話 カワイイボクと束の間の死闘

ライブ落ちました。
ショックで思考回路止まって執筆できてませんでしたすいません。


第19話

カワイイボクと束の間の死闘

 

 

「さあ、次はプロデューサーの番だよ」

 ババ抜きはなんというか、楽しいと言う言葉とはだいぶ離れた雰囲気で回っていく。楽しみながら皆でワイワイ、というより沈黙しきった状態で、黙々と進められていく感じだ。まるで各自、自らの一番大切なものでも賭けているのか、とでも言いたくような目つきをしている。

「じゃあ……いくぞ」

 飛鳥と俺は完全に真顔の状態で表情を悟られまいとカードを抜いていく。まるでこのババ抜きに人生を賭けて居るような真剣さだ。

 まあそれもそうか。飛鳥は俺の醜態をモロに見ているんだ。そりゃあ本気になるのもわかる。

「うわっ、ババかよ……勘弁してくれ」

 一方幸子だけは唯一相変わらずのドヤ顔で、一人だけ純粋にババ抜きを楽しんでいるように見えなくもない。ただ、俺たちの真剣な雰囲気を察してかあまり話したりこそはしないが。

「フフーン! ババを貰ってくれてありがとうございますね! プロデューサーさん!」

「罰ゲームは嫌だ……罰ゲームは嫌だ……」

「大丈夫かい? 顔が真っ青だよ?」

 飛鳥は案の定この手の賭け事には強いのか、どんどん手札を捨てていっていた。それになんだか、あの幸子に毎回毎回狙った様にババを送り付けている様にも見える。幸子本人はこの事に気が付いていないようだが、これは果たしてこれは飛鳥の運が良いのか、それとも幸子の運が極端に悪いのか、はたまた幸子の行動を分析してトランプを配置しているのか、飛鳥風に言うならばこれは神のみぞ知る、というやつなのだろうか。

「それじゃあ飛鳥さん! いきますよ!」

 幸子は俺にババを擦り付けられ、安心しきって上機嫌になっている。特に悩みもせずにさっさと抜いてしまう。

「フフーン! 残り二枚です!」

「流石、名前が示す通りの『幸』ある子だね……」

「その通りです! パパとママが付けてくれた大切な名前ですからね! ボクはカワイイくて頭がいいだけじゃなくて、愛にも恵まれている……まさに、ボクがボクな理由ですよ!」

 だが、幸子がそんな幸子理論を言っている間に飛鳥も残り一枚で、状況次第ではすぐにでも上がれる状況だ。

 現状だと俺は三枚、なおかつババあり、状況的にビリだ。このままババを飛鳥に送り付けられなかったら間違いなく再び罰ゲーム確定だろう。

「さあ、ボクのターンだ。引かせてもらうよ、プロデューサー。枚数的にこれが運命の引きになるね」

 俺は脳をフル回転させて飛鳥の引きの傾向やクセを思い出す。そして、見えないところでカードをシャッフルし傾向が一番多かった右側にババを配置する。

「さあ、いくよ」

 汗が頬をつたい垂れていく。恐らくここまで緊張したのは346プロの入社試験以来だ。

「悩むところだね……流石にこの状況では、ボクも慎重にならざるをえない」

「生憎、俺も罰ゲームはもう嫌なんでな。なーに、仮に罰ゲームになったとしても見てるのは俺達だけだ。一応俺も口は口は堅いぞ?」

「遠慮しておくよ。何故か、それはボクはこれで上がらせてもらうからだ」

 飛鳥と俺の間に闘志の火花が散る。

 己の恥を賭けた戦い、お互いに今は敵同士だ。

「さあ、選びたまえ」

「わかった、ボクは決めたよ」

 俺は必死に目で念を送った。ジョーカー……ジョーカー……ただそれだけを思い浮かべ飛鳥の目を強く見つめる。

 だが次の瞬間、飛鳥は驚きの行動に出た。

「目を……つぶった!?」

「決めたよ、次の一手は運命の女神に任せよう。考え過ぎの邪念でババを引くよりも、運に任せた方が単純明快だ」

 予定が狂う。こうなってしまったら最終的に確率の問題だ。単純計算で向こうがジョーカーを当てる確率は三分の一、約33.333……%、決して高くは無い数字だ。

 飛鳥は深呼吸をすると俺の手札へと手を伸ばす。俺もこうなったら、と目をつぶると飛鳥に対してただ純粋に意識を送り続ける。さあ伸ばせ……右側のカードに……地雷に手を伸ばせ……!! ただそれだけ、俺は念を送り続ける。

 だが、そんな中俺の本能は負けを確信していた。相手はあの飛鳥だ、いくら俺でも百パーセント勝てる自信は無い。

 俺は腹を括り再び罰ゲームを受ける覚悟をする。

 心臓が高鳴る。呼吸は荒れる。汗が噴き出す。そして次の瞬間、そっと手からカードが引き抜かれる感触を確認した。

 俺は一呼吸あけて飛鳥の方を見る。しかし目を開けて見た飛鳥の反応は予想していたそれとは違った。

「……やられたね、どうやら運命の女神はプロデューサーに着いていた様だ」

 カードを見て飛鳥はやれやれと溜息をする。俺はすぐさま手元を確認する、するとそこにあるはずだったジョーカーがそこには無い。

「やった……」

 そうだ、飛鳥が抜き取ったのはジョーカー、つまり飛鳥はババを抜き取ったのだ。

「やった……俺はやったぞッ!!  やった!!」

「プロデューサーさん、子供っぽいですよ……」

「シャアッ!! シャアオラァッ!!」

 俺は小学生の様なテンションではしゃぐ。そしてそれを幸子が冷めたい目で眺めている。

 たかがババ抜きでここまで熱くなるとは思っていなかったが俺は今、これまでに無いほどの達成感を感じている。

 手札が二枚、つまりは次に幸子の手札を抜いて手札を捨てられれば、飛鳥が最後の一枚を抜いて勝ちが確定する訳だ。

「ちぇっ、またプロデューサーさんの罰ゲームを見れると思っていたのに。少し残念です。さあもう早くやっちゃって下さいプロデューサーさん」

 幸子は俺の罰ゲームを見れないと確信し、かなーり嫌そうな顔をして残りの手札を差し出してくる。

 俺はそんな幸子に微笑みかけ、ゆっくりとカードを一枚抜き取った。

「チェックメイトだ幸子、飛鳥」

 俺は抜き取ったカードと手札の一枚を捨てる。

「さあ幸子、飛鳥のカードを引くんだ」

「ほ、ほほーん……」

 この後俺は一番抜けし、そして幸子が無事にババを抜いて最下位になったのは言わなくてもわかるだろう。幸子がババを抜いた瞬間の唖然とした表情を今でもちゃんと覚えている。

 俺はババ抜き最強の座を取り戻した。憎きポーカーフェイス……いや、ドーヤーフェイスを打ち倒し、俺は勝者の椅子に座っている。

 ともかく、こうして罰ゲームを賭けた死闘は幸子の敗北で膜を閉じた。気が付くと時間は割と結構な感じで経っており、昼の十一時を回っていた。楽しい時間が過ぎるのは早いというのは本当の話だ。

 なんというか、久しぶりに楽しかった。こうして誰かと遊ぶなんてことは本当に高校以来だったからな。最近は仕事、仕事の連続で忘れていたがたまには息抜きも必要なんだな、と幸子にまた勉強させて貰った。

 と、いい感じに話が終わりそうだが俺はそう簡単にまだ話を閉じるつもりは無い。

 俺は顔を逃げようとする幸子の方へ向ける。

「さあ、幸子」

「ふぇっ!?」

「罰ゲームの、時間だ」

 俺は、満面の笑みで幸子に言い放った。

 




お久しぶりです。
よしのんにボイス追加されて喜んでいたらこれですよ「」
BD……BDが発売されたら絶対に買いますよ!!

と、暫く間が開きましたがお気に入りが一気に伸びて驚きました。
正直最近はプレッシャーもすごく感じてくるようになってきて一層内容に悩んだりもしてますw
そんな時は幸子を眺めて、声を聞いて頑張ることにしています。

とりあえず長くなりましたが次回もまた空いてしまう可能性があります。
まあその時は……デレステで幸子を補給してくださいw


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第20話 カワイイボクと罰ゲーム

デレマス公式さん幸子のスピンオフ作ってください何でもしますから!


第20話

カワイイボクと罰ゲーム

 

 

「さあ、四つん這いになれ幸子」

「えっ」

「キミは一体いきなり何を言いだすんだ」

「諦めろ幸子。さあ早くやりたまえ。harry!! harry!! harry!!」

 俺は先程幸子にやられた事を未だに根に持っており、仕返しできるとなったや否や、一転攻勢を仕掛ける。

「ぷっ、プロデューサーさん? 今日は一日ワンちゃんでしたよね?」

「そうだ、だから俺は許そう」

 俺はそう言い、幸子に微笑みかける。

「だが飛鳥は許すかな!!」

 そう、今回は飛鳥が居るのだ。俺と違い、幸子と同じ立場で意見のできる心強い味方が。まさか、飛鳥が居ることがこんな形で役立つとは思いもしなかった。

「飛鳥は罰ゲームが嫌だから、俺たちと全力で戦ったんだよな?」

「ああ、そうだ」

「なら、負けて罰ゲームを受けないのはフェアじゃない」

「なっ……そ、そそそっそんなの卑怯ですよ!!」

「負けて罰ゲームを受けようとしない卑怯者はどこのどいつじゃい!!」

 俺は抵抗を続ける幸子に一転攻勢を仕掛ける。俺の言葉に反論できなくなった幸子は悔しい表情をしながら黙ることしかできなかった。

「ぐぬ……し、仕方ないですねえ……ボクは約束事はちゃんと守る子ですから、プロデューサーさんの言う事を聞いてあげますよ!」

 幸子は悔しげな表情をしながらその場で四つん這いになる。良いぞ、俺はその表情を待っていた。

「まったく、プロデューサーは悪魔か何かなのかい?」

「むしろ、悪い小悪魔を懲らしめる、閻魔大王とでも呼んで貰いたいものだな」

「さ、さあ四つん這いになりましたよ! も、もう満足ですよね! ね!! ね!! プロデューサーさん!!」

 幸子は本当に恥ずかしいのか声を大にして訴えてくる。だが俺もここで引き下がるような聖人みたいなプロデューサーじゃない。何しろ俺は閻魔様だ。つまり、ちょっと調子に乗ってる感じな幸子に喝を入れないとな。

「どうしよっかなあ? でもなあ……俺はちゃーんと幸子の罰ゲームを全力でやり遂げたんだけどなあー?」

「そ、それは……え、えーっと……」

 幸子は更に弱気になり、小さく縮こまっていく。俺はそんな幸子を見て調子に乗ってしまい、気が付くと先程の自分の醜態なぞ忘れて、幸子を徹底的にいじり倒す気になっていた。

「さあ、回るんだ! その場で! そして言うんだ! ワンと!」

 幸子はどんどん小さくなっていく。

 いつものグレートデーンの様に大きな態度なんてそこには無く、代わりにあるのは雨の中ダンボールの中で震える、子犬の様な姿になった幸子だけだった。

「……わかりました、わかりましたよ。プロデューサーさんがそんなにボクの子犬姿を見たいなら……やりますよ……」

 と、幸子は一言小声で漏らす。

 なんだかんだ飛鳥も期待しているのかずっと幸子の方を眺めている。

 そして幸子は遂に、その場でゆっくりと回り始めた。

「……ワン」

 幸子は昔何かのコマーシャルで見たチワワの様な、消え入りそうな姿でじっとこちらを見つめてくる。その目は俺を見つめ視線を外さない。まるで今にも泣き出しそうな表情で、今までのドヤ顔なんてそこには微塵も無かった。

 別に、悪い事をしたという訳でもないのに、なんだか果てしなく大きな罪悪感に襲われ、笑いたくても笑えない状態になってしまった。

「……これは……なんなんだ、この感覚は」

「それは、罪悪感だよ。今の彼女は神々が創り出した、人々の良心に対して直接揺さぶりかける、精神干渉兵器そのものなのさ」

 俺達はそんな飛鳥の言葉通り、なんとも言えない気持ちに襲われる。悔しがる幸子の姿がカワイイような、自分がやってしまった行為に罪悪感を覚えるような、謎の優越感に溺れるような、とにかく様々な感情が頭の中をグルグルと駆け巡る。

「……ほら!! ちゃんとやりましたよ!! カワイイボクが頑張ったんですから、プロデューサーさんも飛鳥さんももっと反応して下さい!!」

「あ、ああカワいかったぞ!」

「まるで子犬か、いや天使か」

「なんで真剣に罰ゲームをやったのに、こういう時に限って二人とも真面目な反応をするんですか!! もっと笑ったり茶化したりして下さいよ!!」

 幸子はその場で怒ってまた飛び跳ね幸子になる。しかしその反応だとまさに芸人みたいだと思うのだが……

「なんか本当に、俺の中の幸子が若手芸人みたいなイメージになってきているんだが……」

「ボクは何事に対しても全力なだけなんですー! たとえ笑いを取るためだとしても、ボクは一切の出し惜しみをしないだけなんですよ!! 何回でも言っていきますけど、ボクは完璧カワイイアイドルであって、完璧カワイイ芸人じゃないんですからね!!」

「いや、そのこだわる辺りとかがもう芸人っぽいんだよな」

 芸人という言葉に反応して、幸子は急に早口で話し始める。幸子は芸人という言葉を聞く度に過剰反応して反論するが、なにかトラウマでもあるのだろうか。まさか芸人に親を殺されたとかか? いやまさかな、一体俺は何を考えているのか。芸人に親を殺されたとか、小学生並の発想をする自分が悲しくなる。

「そうだな……これは笑う門には『幸子』来たる、と言った感じかな」

「幸子、飛鳥に座布団一枚あげて」

「だからボクをすっぽかしていきなり笑点を始めるのはやめてください!! ボクが持ってくるのは座布団じゃなくて、沢山のファンですよ!!」

 そう言いながらちゃんとつっこんでくれるあたりやっぱり幸子なのかな、と思う。何だかんだそういった小さい気配りができる、こういう所が幸子はカワイらしい。しかし持ってくるのは座布団じゃなくて沢山のファンとは、その返しのツッコミセンスの良さに、逆に座布団をあげたくなる。

「……フフッ、幸子。キミはやっぱり面白いよ……」

 と不意に飛鳥が笑い始める。何だか本当に楽しそうに笑い始めるもので、俺も飛鳥につられてなんだか笑い始めてしまう。何が楽しいのかはわからないがとにかく笑いがこみ上げてきたのだ。

「な、何がおかしいんですかプロデューサーさんも飛鳥さんも! 今度こそボクは真面目な事を言っているんですよ!」

「いやいや、すまない幸子。ボクはあまりこういった人の輪には参加したことが無かったからね。ただ、色々と斬新で面白かっただけなんだ」

「ん、なんだ? 飛鳥は友人同士とかでこういった事をしたことが無かったのか?」

「まあね。別に知り合いが居ないとか、そういった事は無かったのだけど、最近になってからはこの通りでね。ありふれた日常より未知のセカイを追い求める様になってからは、こういった友人とかとの戯れはしなくなったのかな」

 何となくだが、飛鳥が言う事がよくわかる。俺も丁度飛鳥くらいの時になると、いつもやっていた普通の事が嫌になってきた時期があった。なんと言うかもっと子供の知らない世界を知りたい、もっと違う世界を見たい、子供に見られたくない、そう思う様になったからだ。まあ今となっては本当にささやかな抵抗だったんだな、と思えるが、彼女は今まさにそれに悩み、葛藤している様に見える。

 ああ、青春って良いよな。もう社会人になると青春なんて出来ないし、もう一度学生に戻りたくなってくる。

「いつもの日常にも新たな世界や発見は存在する、そう教わるいい機会だった。ボクも久しぶりに童心に戻れて良かったよ、キミ達のお陰だ」

「別に俺達はただ遊んでいただけだ。まあ飛鳥に何か良い事となったのならば、俺達としても良かったよ」

「ちょっとプロデューサーさん! なに話をいい感じにして終わろうとしているんですか! そもそも今日は元々プロデューサさんがボクの言うことを何でも聞いてくれるって言うから、トランプをしていただけじゃないですか!」

「ああ……そういや今日の方針はそうだったな……で、次は幸子は何をしたいんだ?」

「ボクはもうお腹が空きました!! 早くお弁当を食べましょうよプロデューサーさん!」

 そういえば時刻はもう昼時だ。俺もトランプに集中していて気が付かなかったが、なんだか時計を見たら腹が急に減ってきた。

「良かったら、飛鳥もこの後何も無いなら一緒に昼飯を食べていくか? 別に俺なら構わんが。幸子も別に構わないよな?」

「ぷ、プロデューサーさんが言うなら仕方ありませんねえ。ボクは寛大ですから別に居て構いませんよ? ただし、飛鳥さんにはお弁当の中身は分けてあげませんけど!」

「その点なら気にしないでもらっていい。丁度、購買で買ってきた物があるからね」

 そう言うと飛鳥はフフッと笑いを浮かべる。

「それじゃあ二人のお言葉に甘えさせてもらうとして、ボクも一緒させてもらうよ」

 飛鳥の言葉に俺と幸子は頷く。なんだかんだ飛鳥の存在を幸子は悪く思っていないらしく、そんな二人を見て安心感を覚える。

「それから飛鳥さん!」

「なんだい?」

「もし、そのー……べ、別に来たいんだったら、いつでもここに来ても良いんですよ? ボクは別に構わないので!」

「そこはまた来てね、だろ幸子。本当に素直なのか素直じゃないのかわからんな幸子は……」

「う、うるさいですねえ! ボクは本当ならプロデューサーさんとふたりっきりの方が良いんですけど!!」

「やっぱり、キミ達はお似合いだな……フフッ……」

 かくしてトランプ大会は終わり、穏やかな食事の時間が始まった。しかし幸子は飛鳥が居るというのに平気でまた「あーんして下さい! プロデューサーさん!」なんてやるものだからまた勘違いされないか胃が痛くなる。

 ともかく、こうして新たに幸子だけでなく飛鳥との絆を深めることもできた。気が付くと最初二人から始まったプロデュースは五日間も経っており、その間にトレーナーさんやカメラマンさん、そして飛鳥等の人と知り合った。まあ、まだまだアイドル活動と呼べるものには遥かに遠いものだが、何だかんだ乗り切れているんだなと思う。

 来週の初見せライブ(仮)、この調子ならうまく乗り切れそうだなと俺は少し安心した。




最近、復刻ガチャに向け石を貯めてる毎日の筆者です。

実は自分は小説を最後に見たのは4年前、SSに限っては読んだことがないと言う凄い状況で文を書いています。
高校生になってからというもの文章を読む時間が無くて、その割に書いているので良く内容が滅茶苦茶になっているのです。
今度暇があったらまた小説とか読んでいきたいものですね。


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第21話 カワイイボクと逃避行の美少女

「回覧数めっちゃ少ないじゃん!? もういい、小説家やめる!!(前の小説を書いていた頃の筆者)」

「小説家、止めなくて良かった!(今の筆者)」


第21話

カワイイボクと逃避行の美少女

 

 

 トランプ大会も終わり平穏が訪れた我らが部屋。昼飯も食べ終わり、飛鳥は午後のレッスンへ行ってしまったために再び部屋は二人だけになってしまった。幸子の方も結局やる事がなくなってしまい、二人で暇を持て余している。

「暑いですねえ……」

「扇風機強めるか……」

 俺は扇風機を強める。

「暇ですねえ……」

「そうだな……」

「……」

 換気の為にクーラーを消しているため部屋が煮えたぎるように暑い。そのせいもあってか先程よりも沈黙がよく続く。

 ちなみに、幸子はソファの上で横になっている。俺の方は仕事机の前で、今日の仕事内容を偽造する作業に徹していた。なんだか、こんな事をしているとまったく仕事をしている感覚が無い……いや、そもそもこの状況は仕事をしているとは言えなくないか? しかし、会社には出勤している。それに、幸子の機嫌を損ねないためにわざわざこんなことをしていると考えれば……

 とにかく、こんなことをしていると自分の職業が果たして、本当にテレビに出ているアイドルやプロデューサーと同じ職業なのか疑いたくなってくるものだ。

「プロデューサーさん、仕事まだですか……」

「まだあるわけ無いよ……」

「暇だし、またババ抜きでも――」

「頼むからババ抜きはもうやめてくれ」

 食い気味で俺は答える。もうしばらくはあんな思いをしてまでババ抜きはしたくない。というか、今はトランプのカードですらしばらくは見たくない。

「それじゃあ神経衰弱でも――」

「それ余計暇になってだるくなるぞ……」

 こんな状況で神経衰弱なんてたまったもんじゃない。それこそ神経が衰弱して死ぬ。

 さて、それから更に数十分。部屋には延々と沈黙が続く。幸子も相変わらずやる事が無いのか、携帯を見てはすぐに消すのを繰り返している。俺の方もついに書類を書き終わってしまい、いよいよ本格的な時間との戦いが始まった。こんなことになるなら、午後のレッスンだけでも幸子に無理を言って入れておくべきだったか。

「……あーあ、なんかいきなり空から美少女でも降ってこないかな……」

「それならカワイイボクがここに居るじゃないですか。良かったですね、降ってくる必要がありませんよ!」

「いや、美少女が降ってくるところにこそ、ロマンがあるんだって……」

「何言ってるんですかプロデューサーさん、暑さとボクのカワイさで頭がやられちゃいましたか?」

 ああ、俺も暑さのせいで自分で言っていることがよくわからなくなってきた。幸子の言う通り暑さで頭がやられたかと思い、俺は窓を閉めるとクーラーのリモコンに手を伸ばす。

 

 ……が、その時だった。時間が止まった俺達の部屋に、再び衝撃が走ったのは。

 

「無理無理無理むぅーりぃー!!!!」

 なんとびっくり、いきなり部屋の扉が開くと顔面蒼白な謎の少女が入ってきたのだ。

「えっ……あっ……なんで人が……!? でも、とにかく隠れなきゃ……!!」

「なんだなんだ!?」

「プロデューサーさん、ドアから謎の美少女が!?」

 そのいきなり部屋に入ってきた巻き髪の少女は、部屋を見回して俺が座って作業をしている仕事机を見ると、滑り込むようにして何故か仕事机の下に入り込んできた。そして廊下の方からは、やたらと威勢の良い男性の声が響き渡る。

「森久保ォ!! 何で俺から逃げるんだァ!? 俺とトップアイドルを目指すんじゃなかったのか!?」

 声はだんだん小さくなって行き遠くに走っていっているのが分かった。しかしやたら暑苦しい声だったな。

「よかった……逃げきれた……」

 俺は足元で縮こまっている少女の方へ目を向ける。またまた幸子に負けず劣らず可愛らしい少女だが、その表情はまるでホラー映画で怪物から逃げるヒロインの様な、そんな顔をしている。

「あのー……ごめん、君は?」

「あっ……も、森久保……乃々です。すみません……いきなり部屋に入ってきたりして……でも、先週までは空き部屋だったから入ってきたつもりだったんですけど……」

「……あれ? なんだ、乃々さんじゃないですか! また乃々さんのプロデューサーさんから逃げていたんですか?」

「だって……もりくぼはアイドルになる気なんて無いのに……あの人に色々無茶なことやらされるから……逃げてきたんですけど……」

「あれ、もしかして幸子の知り合いなのか?」

「知り合いも何も、昨日のダンスレッスンの時にいたじゃないですか! 覚えていないんですか?」

 俺は幸子にそう言われ、記憶を遡っていく。正直、昨日は飛鳥とゲリラ豪雨に印象を全て持っていかれた為に、あまりその場に居た人の顔が思い出せない。

「良かった……ちゃんと気配を消せていたみたいで……」

「またネガティブ思考ですか乃々さん! もっとカワイイボクみたいに自分に自信を持ってくださいよ! 勿論ボクには到底及びませんが、乃々さんはそこそこカワイイんですから!」

 そんな少女、森久保乃々の言動を聞いた限りでは、なんだかえらく幸子とは真逆のタイプの子だなと思った。可愛らしい所なんかはまったく一緒なんだが、考え方がまさにネガティブ思考そのものだ。

 なんというか幸子とその少女、森久保乃々が話す姿は俺には実に対照的に見えた。

「うぅ……そんな……もりくぼなんて、幸子さんには遠く及ばないですよ……もりくぼなんて、幸子さんのカワイイオーラに消されて宇宙の藻屑になっちゃいます……」

「ま、まあ当然ですよ! ボクのカワイイは銀河最強ですからね!」

「おーい、フォローになってねーぞー」

 しかし、二人の会話を聞いているとなんだか面白い。噛み合っているようで実に噛み合っていない、まさに水と油、光と影、幸子と乃々だ。しかし、幸子もフォローするなら最後までフォローしてやれよ、と少々つっこみたい。

 と、そんなことを考えていると少女、乃々は幸子の方から、今度は顔を少しだけ上げて俺の方へと視線を向けてくる。だが、俺と視線があった次の瞬間、彼女は焦るようにして視線を背けてしまう。

「……それでその……幸子さんのプロデューサーさん、ずうずうしいことは百も承知なんですけど……もしプロデューサーさんが許してくれるなら……もりくぼはもう少しだけ、ここに居て良いでしょうか……?」

「……まあ別に、俺の方は何も無いし構わないが……君の方は大丈夫なのかい?」

「どうせもりくぼなんてアイドルをクビになっても当然ですし、むしろクビになりたいくらいですし……本当、もりくぼはあの時なんで『はい』なんて言ってしまったんだろう……」

 乃々は独り言の様に何かを呟いている。その合わない視線の奥には何か底知れぬ深い闇が垣間見える。

 まあともかく、こうして突然の来訪者により部屋にはまた賑やかさが戻る。別に、俺たちは丁度暇をしていたから問題とかは無いのだが……このような子に対しては、どうやって対応した方が良いのだろうか。俺は悩みに悩む脳を限界まで稼働させる。

 どうやら、この調子だと午後もまた忙しくなりそうなのは確かそうだ。




デレマス再放送で未央回来ましたね……
賛否は結構分かれていますけど私的にはあの回があっての13話や2期があると思うので必要だと思います。
未央はうちの担当はっきりわかんだね。

最近はデレマスのCDを買い漁る毎日ですが、2期の曲は最終回のエンディングでも良いくらいの良曲が多いですね。
HeartVOICEや私色ギフトなんて最終回で流れても違和感がない気がします。
この空の下なんかも私は個人的に好きです。





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第22話 自称・カワイイボクと自称・カワイくないもりくぼ

今日、ガチャを引いたらSSRが出ました。
はい、しきにゃんでした。
幸子は、幸子はまだなんですか!!


第22話

自称・カワイイボクと自称・カワイくないもりくぼ

 

 

 部屋には沈黙が流れる。

 部屋には新しく、幸子の同期の一人である森久保乃々が加わったが、彼女が自分から話を振ってこないためになんだかお互いにやりずらい空気が漂っている。なんというか彼女は幸子とも、飛鳥ともまた違った雰囲気で、今までの二人とのやり取りみたいな物が通用しない。

 とりあえず俺はこのままじゃいけないと思い、逃避行の美少女こと乃々に声をかける。

「あー……まあ色々ドタバタしていたし、それにとりあえず今日も暑いし、喉が乾いただろう。うちのドリンクはセルフ式だ、冷蔵庫から好きに取っていくとよい」

「いえ、もりくぼは勝手に入り込んできただけなので大丈夫です……お心遣いだけありがとうございます」

「そんな遠慮しなくていいんですよ? 乃々さん。ここはカワイイボクとプロデューサーさんのお城の一室なんです。こんな感じで、好き勝手に飲み物なんかも飲んじゃって良いんですよ?」

 そう言いながら幸子は冷蔵庫の方へと向かい扉を開ける。すると冷蔵庫の中身を見た幸子は、驚愕の声をあげた。

「ちょっ……ちょっとプロデューサーさん! なんで冷蔵庫の中身缶コーヒーしか無いんですか!! 幾ら何でもラインナップ少なすぎですよ!! カワイイボク達をカフェイン中毒にでもする気ですか!!」

「酷い言い様だな……いや、でも幸子はいつも自分で水筒持ってきているからいいじゃないか」

「そもそもここはボクとプロデューサーさんの共同の仕事部屋なんです! 少しはボクの為や、乃々さんみたいな急な来客の為に、気を効かせてお茶かジュースくらいは置いていてください!」

 幸子の説教が突然始まる。

 なんだかんだ幸子は、自分の関わる事以外には常識人で、意外にも礼儀や他人を思いやる気持ち的な物は無くはないみたいだ。まあ、幸子は両親からも愛情を込めて育てられているらしいし、その両親の教育により良くも悪くも今の幸子ありといった感じなのだろうか。

「いや……もりくぼは本当に大丈夫です。空気の様にお気になさらず……」

「乃々さんも引き下がらないでください! プロデューサーさんを甘やかしちゃうと、すぐに調子に乗ってしまうので」

「すぐ調子に乗るのは幸子の方じゃ……?」

「なんか言いました? プロデューサーさん」

「言ってません」

「とにかく、乃々さんはもっと自分に自信を持ってですね……」

 幸子は説教の対象を、俺から乃々の方へと向ける。内容は自分に自信を持てだとか、アイドルなんだからしっかりして下さいだとか、ボクはカワイイですけど乃々さんもそこそこカワイイだとか……待て、途中からただの自慢になっていないか? まあそれでも俺以外の人のことを気にかけるなんて、幸子にしては珍しいな。

「まあその辺にしといてやれ幸子。幸子がカワイイのは俺もちゃんとわかっているから……」

「プロデューサーさんは少し黙っていてください! ボクは乃々さんの事を思って言ってあげているんです!」

 俺は幸子に言葉を遮られてしまう。

 なんだか今のテンションの幸子には頭が上がらない。カワイイという言葉に反応しない辺り、熱でもあるのかと一瞬疑ったが、そんなわけでも無さそうだ。

「ともかくですよ、なんで乃々さんは逃げていたんですか? というかそもそもあの太陽みたいに暑苦しい人は誰なんですか? プロデューサーさんじゃなくても色々とつっこみどころ満載です! 詳しく聞かせてもらえないことには、カワイくて優しいボクでも流石に何も動けませんよ!」

 なんか俺がいつもツッコミ役、みたいになっているのはつっこむべきだろうか。まあ実際否定はできないが。

「それは……えーっと……そのー……」

「ま、まあそうだな。俺も先程から気になっていたんだが、君が逃げていた人は一体誰なんだ? 別に嫌なら無理に、とまでは言わないが折角乗りかかった船だ。よければ相談にでも乗るよ?」

「あの……もりくぼで……良いです」

 そう言うと彼女は、恐る恐るとでも言った様子で真相を語り始めた。

「さっきの声が大きい人は、一応もりくぼのプロデューサーで……今日はアイドルの特訓で体力を鍛えるために十キロマラソンをするだとか、人見知りを克服して根性を鍛えるために、いきなりゲリラライブをするだとか、もりくぼには到底むーりぃなことを一方的に言われて……嫌になって逃げ出してきたわけんですけど……」

「やっぱり、あの人が乃々さんのプロデューサーなんですか……薄々話の流れからしてそんな気はしていましたが、本物を見たのは初めてです」

「ほう、マラソンにゲリラライブとは、なかなかに熱血なプロデューサーさんだな……そりゃあ君みたいな子には辛かろうな」

 いや、恐らくこの子じゃなくてもそれは辛い。ゲリラライブはまだしも、十キロマラソンなんて高校のマラソン大会で初めて走る距離だぞ? それを新人アイドルであり、恐らく幸子と同い年ぐらいであろうこの子に走らせるプロデューサーは鬼か、教官か、あるいは鬼軍曹か?

 まあとりあえずなるほど、さっきの声の印象とこの子の言う像が重なりあって乃々のプロデューサー、まあ以下森久保Pとしよう。その人の人間性が段々見えてきた。

 多分話を聞いた限り悪い人ではないだろうとは思うがまあ……明らかに会社側の人選ミスだな。この子には背負う運命が少し重そうだ。逃げだしたくなるのもわかる。

「それで赫々然々色々な過程があって、ここに逃げて来たら空き部屋じゃなくなっており幸子と俺が居た、と」

「まったくもってその通りです……まあ居た人が知っている人だっただけに随分とマシでしたけど……」

 乃々はすぐにでも消えてしまいそうな声で、こちらの質問に答えていく。俺は辛かったろうな、と心の底から同情する。

「別にいいことじゃないですか! 乃々さんのプロデューサーさんが厳しいのは乃々さんをちゃんと思ってくれているからですよ! ボクのプロデューサーさんなんてレッスンとかはトレーナーさんに任せて仕事なんてゼロですからねぇ……?」

 幸子はチラッチラッとこちらを見てくる。俺は少しむっときたため、先程から俺が仕事をしていないみたいに言う幸子をギャフンと言わせるべく、少しいじわるをする。

「そっかー、じゃあ上に言って乃々ちゃんのプロデューサーと変わってもらおうか? 幸子もその方が良さそうだもんなあ、乃々ちゃんもその方が良いだろう?」

「そ、そんな! べべっ別にぼぼボクはそんな事を思って言ったわけじゃ……ただ……ボクはただ、そろそろプロデューサーさんと一緒にアイドルのお仕事をしたいかなーって思って……いたたけですよ……それに……」

 最後の方は小声になってしまっていて良く聞き取れなかったが、なんだかんだ焦る幸子がカワイかったので許すことにした。

 単純かもしれないが、別に幸子が本当に俺の事を嫌いじゃないのはわかっている。俺はそんな少しだけ恥ずかしがる幸子の頭を軽く撫でる。

「悪い、今のは俺のいじわるだ。俺は約束したからな、ちゃんと幸子はトップアイドルにしてやるから安心してくれ」

「だからやめてくださいよ……プロデューサーさん! くすぐったいですってば……」

 俺は前から幸子に湧く感情が何なのか気になっていたが、なんだかもう少しでわかって来そうだ。だが、まだ言葉ではそれが何なのかまでは表せないが。

「ま、まあなんです? 話は脱線しましたけど、乃々さんも辛いからって何でも辛いことから逃げたりなんかしちゃいけませんよ! いつかは乃々さんにもボクや飛鳥さんと並ぶ、ライバルになってもらうつもりなんですから!」

 幸子は乃々や飛鳥を巻き込んで、一方的にライバル発言をし話を進めていく。とはいえ、幸子もなかなかいいことも言っていたが、しかし乃々も引き下がらない。

「別に、もりくぼはアイドルになりたくてなったわけじゃ……」

「あー!! わかりました!! 乃々さんがそんなに意地を張るならボクにも考えがあります!!」

 そう言うと幸子は俺の仕事机の椅子を取りソファの前に置く。そして幸子はソファに座ると乃々に椅子に来るように指示した。

「こうなったらカワイイボクに良い案があります!」

 果たして幸子は何を始めるというのか、幸子の笑みは大体マズイ兆候だ。

 俺は幸子が変なことをしないかただ祈る事しかできなかった。




ここ最近は幸子要素があまり書ける話がなくて自分的にも正直幸欠で息ができなくて苦しい毎日です。

あとみなさんには色々と謝りたいです。
「幸子主人公の小説なのに幸子だんだん薄くなっているじゃないか!」
「飛鳥(森久保)のキャラが違うじゃないか!」
幸子が少し少ないのはここで森久保や飛鳥を出しておくことが後の展開にかなり重要になってくるので必要なのです。
そして飛鳥や森久保についてはキャラ崩壊をさせないように今は慎重になっているために現状キャラを出し切れていません。
このあたりは改善していきたいので読者の皆さんには時間がかかってしまうかも知れませんが、よろしくお願いします。


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第23話 幸子の部屋part1

第23話

幸子の部屋(前半)

 

 

 乃々は嫌な顔をしながらも、幸子に促される形で渋々椅子に座る……いや、座らさせられた。そして乃々が椅子に座った……座らさせられたのを確認してしばらくすると、急に幸子が口を開いた。

「さあやって参りました! 今週の幸子の部屋。今回のゲストはかの超絶カワイイアイドル、輿水幸子を排出した346プロで有名なネガティブ系アイドル、森久保乃々さんです!」

 待て、これはどう見ても完全にあの有名なバラエティ番組だ。成程幸子のやろうとしている事が良くわかった。いや、なぜこのタイミングなのかはわからないが……

「あの……えっと……はい。もりくぼです、宜しくお願いします……」

 いや、乗るんかい。

「そもそも先週も何も、今回が初めてじゃないのか……?」

「何か言いました? プロデューサーさん」

「何も言ってないです」

「ともかく、この番組の目的はネガティブ系アイドルである森久保乃々さんに、ボクみたいにポジティブ系カワイイアイドルになって貰うべく、ボクが即興で考えた番組で……」

「なんだかやたら限定的な番組だな」

「……あー!! さっきからガヤばっかり入れてなんなんですか!! プロデューサーさんは黙っていてください!! さっきからボクが雰囲気作っているのに台無しですよ!!」

 幸子がまた怒り始める。本人は真面目に怒っているのだろうが、見てるこっちからしたら余計いじりたくなるのだ。彼女はどちらかと言うといじられた方が画的に映える、いじられ芸人気質だからな。

「あー……外野のプロデューサーさんがうるさいですけど、それじゃあ早速始めていきましょうか」

 幸子はそう言うと、乃々に早速質問を始めていく。

「それじゃあ早速質問です。乃々さんはアイドルらしいですけどまずはなんでアイドルになったんですか?」

「別に……もりくぼはアイドルになりたくてなったわけじゃないですし……」

「アイドルになりたくてなったわけじゃないんですか? 不思議ですねぇ……この前もレッスンを真面目に受けていて、如何にもトップアイドルアイドルを目指していそうでしたけど」

「いや……だって……」

「乃々さんはボクまでとは到底行きませんけど、そこそこカワイイし普通にアイドルを目指せるんじゃないですか? え? ボクの方がカワイイ? 何を言ってるんですか当たり前じゃないですか!」

 この勝手に舞い上がって話していくスタイル、まさにあの番組そのものだ。

「は……はい……もりくぼも幸子さんの方が可愛いと思います」

 俺だったらすぐにつっこんでいる所だが、乃々はそのままスルーしている。なんだかこの噛み合っているような噛み合ってないグダグダ感が、逆に心地よくなってきた。

「は、話は戻りますけど……もりくぼはアイドルなんてなる気も無かったのに、あの人に無理やりここに連れてこられたっていうか……」

「無理やり、ですか?」

 そう言うと乃々は自らがアイドルになった経緯を話し始めた。

「その日、もりくぼは別にアイドルになりたかったとかそういうこともなく……ただ普通に街を歩いていて……プロデューサーさんと出会ったんです……」

「へえ、もしかしてスカウトされたんですか? ロマンチックで良いじゃないですか! ボクなんて、客室で対面してその流れで、とかいうロマンも何もない出会い出したからねえ……」

 お前は出会いの場にまでケチをつけるか、おのれ幸子。俺だってもっと清純派の大人しいアイドルを予想して脳内シュミレーションしていたのに、実際出てきたのはちっこいナルシストお嬢様で、内心少し心配になっていたんだからな?

「あれを……スカウトって呼べるのかは微妙ですけど……もりくぼはいきなりプロデューサーさんから『君、可愛いからアイドルにならない?』と名刺を差し出されたんです……」

「いやいや乃々さん、それをスカウトって言うんですよ!」

「いや……まあ……それで、勿論もりくぼは別にアイドルなんて興味は無かったので、その場を去ろうとしたんですよ……」

「勿体ないですって! スカウトなんて普通受けられないものなんですから! こんなにカワイイボクですらオーディションでは何回か弾かれましたし、直接346プロに乗り込んだ時は追い出されて帰ってきたんですよ? 最終的になんとか合格はしましたけど……」

 俺は数週間前に何故か346プロが騒がしかったのを思い出す。丁度事務仕事をしていた時に辺りの同僚や係員が『どこのだか知らない少女がカワイイボクをアイドルにしろ、とエントランスで騒いで帰らない』と言ってドタバタしていたがまさかあれは……いや、まさかそれは無いよな。

「それなら幸子さんは夢が叶って良かったじゃないですか……でも、もりくぼは本当にアイドルになんてなる気が無かったから。でも、あの人は……」

「乃々さんのプロデューサーさんがどうしたんです?」

「もりくぼが逃げるようにその場を去ると、そのあとをずっと歩いて追いかけてきたんです……」

「余程プロデューサーさんの目を引いたんですねえ……正直そこまで誰かに気に入ってもらえるなんて、少し羨ましいですよ」

「それでプロデューサーさんはせめて名刺だけでも受け取って欲しい、頼む、と何度も熱心に頭を下げてきて……もりくぼはそろそろ面倒になってきたので名刺を受け取ったんですよ。そしたら……」

「そしたら?」

「『おお、ようやくアイドルをする気になってくれたのか!』と次の瞬間もりくぼを抱えて……そのまま走り始めたんです……!! うぅ……」

 乃々の目が急に恐怖の色一色に染まる。再び乃々はしゃがみこみ、体育座りの格好で震え始めてしまった。

 いやしかし、今の話を聞いた限りだと……

「今の話だと……」

「完全に……」

「拉致だな」

「拉致ですね」

 乃々の言う通り、確かにロマンチックさなんて欠片も存在し無かった。森久保Pはそこまで乃々に一目惚れしたのかもしれないが……しかし、よく通報されなかったなとある意味関心する。これは周りから見たら完全に通報案件だ。多分俺なら即もしもしポリスメン? だ。

「そして暫くその状態のまま連れ去られ……気が付いたらそのままこの346プロに連れてこられていて……簡単な面接みたいな物をした後、何か書類を書かされたんですよ……」

「本当に乃々さんに可能性を感じたんですねえ。確かにボクも、自分の魅力を他人に伝えなくても理解してもらえる事は沢山ありますけど……」

「もりくぼはその書類を書かされた後、両親の許可と契約書類に印が必要と言われて一旦家に帰されました。そして、家に帰るといつもより帰りが遅くなってしまった為に両親が心配して待っていました……」

 俺は彼女の身に何が起きたのか大体想像がついてきた。

「両親に事情を説明すると、話の途中で両親が書類に気が付き……『アイドル事務所からのスカウト!?』『まさか内気な乃々ちゃんが自分を変えるためにアイドルに!?』という話になってしまい、一家はお祭騒ぎ……もりくぼはついに断りづらくなってしまいました……」

「あっ……」

 幸子は全てを察し、黙り込む。

 あの幸子が珍しく真面目な表情をして、頷きながら何かを考えているかの様な素振りをしている。そして、しばらくすると幸子はようやく口を開いた。

「諦めましょう、やっぱりこうなったらアイドルとして頑張る意外に道は無いですね!」

「いや、諦めるんかい!」

 決まった、ようやくツッコめたぞ俺。よく頑張った、よく我慢した、うん。

「……フフーン! 大丈夫です、安心してください乃々さん! 目の前にいる人を誰だと思っているんですか!」

「輿水……幸子さんです」

「そうです! 世界一、いや宇宙一カワイイボクこと輿水幸子です! 乃々さんがアイドルという仕事が楽しくなるようにボクが色々と教えてあげますよ! カワイイボクから直接指導して貰えるなんて……乃々さんは幸運ですねえ?」

「いや……でももりくぼは本当に……」

「あ、お礼や報酬については気にしなくても良いですよ? ボクは寛大なので! まずは……」

「うぅ……むぅーりぃ……」

 こうして幸子の部屋は、後半の部へと続いていくのであった。

 しかし乃々の不幸っぷりには笑わされる程だ。少しは幸子の『幸』を分けてあげたい。

 




この小説はひとつひとつの話を小さい括りで作っています。
どちらかと言うと全体で一つのお話にするより、多数の短編を集めて一つの話にする感じです。
その方が色々な話をかけるし、ある意味アイマスらしく? 一人ひとりのキャラを立てた話も作れるので自分はそうしています。

ちなみにこの小説を作る時に参考にしているのはデレマスのアニメとインターネット、そしてなによりも忘れちゃいけない、本家デレマスですね。


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第24話 幸子の部屋part2

高校関連の話でドタバタしていて遅れてしまいました!
久しぶりの幸子です。
ちゃんと主は生きています。


第24話

幸子の部屋(後編)

 

 

 で、あるからして。毎度お馴染みでもない幸子の部屋は後半戦へと入っていった。

 俺も話を聞いてなんとか彼女、森久保乃々についてようやく理解してきたが……まあ、悲劇のネガティブ少女といった感じの印象だったな。

 いきなり街中でばったり出会ったプロデューサーにスカウトされ、半無理矢理アイドルにさせられた挙句、両親は勘違いで大喜び、結局しぶしぶアイドルになるしかなくなるも、そんな熱血プロデューサーだから特訓内容も厳しい。そして今日もまた過酷な特訓をさせられそうになった彼女は逃走、いつもの隠れ家にしていた空き部屋に逃げるもあら不思議、そこにはなんと最近知り合った同期のアイドルとそのプロデューサーが。

 神様は本当に残酷だな。こういうか弱い子には試練を沢山与える物だ。それに比べうちの幸子と言ったらドヤ顔、ドヤ顔、ドヤ顔のバーゲンセール、ドヤ顔の押し売り、ドヤ顔の叩き売り、いやもはやドヤ顔の抱き合わせ商法だ。更にドヤ顔だけでは無く、ちゃんと誰が見てもカワイイと言うであろう完璧な容姿も持ち合わせており、そのカワイさを際立てる一々あざとい行動、更に親や周囲環境にも恵まれ、悩む事なんて乃々とは正反対で一つも無さそうな生活をしている。ただ、色々恵まれているとは言ったが唯一、神様は幸子に謙虚さを与えるのを忘れていないだろうな、と思うことは度々あるが。

「さあ乃々さん! ボクに続いて言ってください! もりくぼはカワイイ! はい、りぴーとあふたみー!」

「もりくぼは……カワイイ……うぅ……」

「なんですかその声!! このままだと何も変われないですよ! それにもっと笑ってください! 笑顔、笑顔ですよ!!」

 さて、結局幸子の番組ごっこの内容はこの通りグダグダになってしまった。急に幸子は『乃々さんにアイドルをやる気になってほしい!』とムキになり始め意地でも自信をつけさせようとしている。

 しかし、そんな幸子の努力虚しく、乃々はまったく考えを改める様子が無かった。幸子は乃々の態度に相当もやもやしているのか、まるでトレーナーさんの様に厳しく指導している。恐らく幸子自身がポジティブだから、ネガティブ思考がゆるせないのだろうか。

「さあさあ、自分に自信をつけるのもやる気を出すのもまずは笑顔からですよ! さあカワイイボクに続いてやってください! カワイイボクはカワイイ!!」

 違う、そうじゃない。幸子の笑顔は笑顔というよりいつものドヤ顔だ。

「別に、もりくぼは変わるも何も、最初から変わる気はありませんし……やる気をつけたって勝てないものには勝てませんし、ああ……やっぱり早くアイドル辞めたい……」

「はいそこ、つべこべ言わないでください! さあ早く!」

「うぅ……何で私はこんな目に……かわいいもりくぼは……かわいい……うぅ……やっぱりかわいくないしむーりぃー……!!」

 乃々は顔を真っ赤にしている。余程恥ずかしいのか耳まで赤いのがよくわかる。

「レッスンの時も思っていましたけど、乃々さんはなんですぐにこうなっちゃうんですかねえ……」

「いや、そもそも私は……もりくぼはアイドルを頑張りたいわけじゃないし……沢山の人とか笑顔とか特に苦手ですし……マラソンなんか走りたく無いし……あうぅ……」

「それじゃあ他にやりたいことや、将来の夢とかは無いんですか?」

「別に、将来夢とかは無いです。それでもと言うなら……例えば森で小細工を作る仕事とか、お弁当におかずを一種類だけひとりで詰め続ける仕事とか……」

「本当に人と接したくないんですねえ……」

 乃々は気が付くと体育座りの体勢で部屋の隅へと行ってしまっていた。顔を足で隠す様に座っており、恐らく本人は色々辛いのだろうが、第三者の俺からするとそんな乃々の様子がなんだか小動物のようで可愛らしい。

「うぅ……これじゃあマラソンを走っていた方がマシだったかも……もう嫌だ……」

「何言ってんですか! まだまだ特訓はこれからですよ! さあまた……」

「まあ、もうその辺にしといてやれ幸子。彼女、幸子の勢いに完全にビビってんぞ」

 俺は二人の様子を眺めていたが、流石に幸子の暴走が目に余ってきたので静止を入れる。幸子は仕方ないですねとソファに再び座り込むが、乃々は遂に部屋の隅から動かなくなってしまった。

「……もりくぼは静かに暮らしたいだけなのに……何で皆してもりくぼを、人前に無理やり引きずり出して見世物にしようとするんですか……もりくぼが何をしたっていうんですか……」

「見世物……か」

 俺は乃々の言葉が引っかかる。そして俺は先程から思っていた、乃々にどうしても言いたかったことを口にする。

「まあ、聞いた限りだと別に俺は皆乃々ちゃんが嫌いで、そういうことをやってるわけじゃないと思うんだけどなあ……」

 実際本人は気がついていないみたいだが、この子は幸子と同じで本当に周りから愛されていると思う。その愛の形こそ一見違うように見えるが、本質は幸子に向けられているそれと全く同じだ。

 現に、彼女のプロデューサーだって初見で彼女の魅力を見抜いたわけで、そのプロデューサーは彼女を本気でアイドルにしたいらしいし、親御さんもそんな内気な彼女が……まあ、勘違いだが変わろうとしているのを聞いて応援しようとしている。それに、あの自分しか頭に無い幸子ですらなんだか彼女のことを少し意識しているみたいだ。

 俺は乃々に対して、益々興味が湧いてくる。なんだか彼女がここでアイドルを辞めてしまうのが、色々もったいない気がするのだ。ある意味、俺も幸子みたいに無理やりな行動などにこそ移さないが、実際彼女の周りにいる人の意見と同じで、こんな彼女だからこそ将来的にアイドルの世界に揉まれて変われる、そんな様な気がしている。彼女は少しネガティブだが、それさえ治ればまた、幸子や飛鳥の様に将来的に輝けるアイドルの原石なのかもしれない。

「俺は君のことをまだあまり知らないし、君のプロデューサーでもないから無理強いはしないが、もう少しアイドルを続けてみたらどうなんだ?」

「いや……でも、もりくぼも人前には出たくないし……ファンの皆さんもこんなもりくぼは見たくないと思いますし……お互いに得をしないというか……」

「いやいや、君の事が好き、応援したいと思うからファンなんじゃないか。今はまだ居なくとも、きっといつか君にもできるさ、沢山のファンがね」

「……それならじゃあ、もりくぼにはファンはつかないですね……」

 しかし、とは思ったものの、本当にこの子の発想はすぐにマイナスの方向に行くな。もしかして性格が変な磁力でも帯びているのじゃないだろうか。そうとしか思えないほど、彼女の思考はすぐにネガティブな方向へと言ってしまう。

「……君がやめたいと言うなら、俺は幸子と違って別に無理に止めはしないよ。まあそれでも一言言わせてもらうとすれば、別に、俺からしたらそんな君も魅力的だとは思うんだがなあ……」

「えっ……あっ……そ、そんな魅力的なんて……そんなこと……あうぅ……」

 彼女は遂に壁の方を向いてしまった。再び耳が赤くなっているのに気が付く。

 そして次の瞬間、幸子の鋭い瞳が俺を捉えたのが視界に入った。そう、俺は失言を言ったことに気がつく。

「プロデューサーさん……! 何でボク以外の他のアイドルを口説いているんですか……!!」

「あ……い、いや……す、すすすまない、い、今のは語弊があった。別にそういう気があって言った訳じゃないし……そ、そもそも別のプロデューサーの担当に俺が手を出すわけないだろ!!」

 俺は必死に幸子に説明する。しかし、幸子は完全に怒りきっている。乃々は壁を向いて動かなくなってしまっているし、何なんだこの状況は。

「ま、まあとにかくそろそろ時間も時間だし、プロデューサーさんにも迷惑かかるだろうからもう戻ったらどうだ? これからについては第三者の俺に言うより、乃々のプロデューサーさん自身に言った方が良いだろうし。もし、一人で行くのが不安なら俺達が事情説明してあげても良いぞ?」

「うぅ……わかりました……長居してご迷惑をかけてすいませんでした……」

 乃々は立ち上がりオドオドしながらも立ち上がり頭を下げる。幸子と一緒でこういったマナーができるあたり、本当に根はいい子そうなんだよな。だからこそ、俺は彼女を応援してあげたい。

「そんな頭に下げなくていいよ。うちに来る子みんなに言っているんだが、うちは結構オープンだからね。またいつでも気軽に来てくれていいよ? まあ……君にとっては幸子が居て来づらいかもしれないが……」

「ちょっとそれどういうことですかプロデューサーさん! むしろカワイイボクを目的に来てくれてもいいくらいなんですからね?」

「はいはいカワイイカワイイ……」

 なんだかんだ彼女、乃々もこういった反応がいつかできるようになったらいいのかもな、と思った。是非、そのうち彼女が本格的にアイドルをやる気になってくれたらその時は幸子や、できたら飛鳥なんかと三人でグループを作ってみたら面白そうだ。

 と、こんな事を考えていると不意に乃々が何かを小声で何かを呟いていた。

「……あと、幸子さんのプロデューサーさんがそこまで言うなら……もう少しだけアイドルを……」

 乃々が何かを言おうとした次の瞬間、外で聞き覚えのある威勢の良い声が聞こえた。

「森久保ォ!! どこだー? どこに隠れているんだー?」

「お、噂をすると。丁度時間的に良さそうだな」

「ひっ……プロデューサーだ……」

 俺は扉を開ける。

 廊下の先を見ると、そこには身長が二メートルはありそうな巨大な影が立っていた。

「あ、すいません!! うちのアイドルを知りませんか? 身長はこれくらいで巻髪の大人しい子なんですが……」

「ああ、その子ならうちで預かってますよ。ほら、そこに居ます」

 俺は部屋の方を向く。すると乃々のプロデューサーは飛びかかるように乃々の方へと向かっていった。

「ひいぃ!?」

「森久保ォ!! いきなり逃げ出すだなんて本当に森久保はシャイだなぁ……ハッハッハ!! よし、行くぞ!! 午後のトレーニングの時間が無くなっちゃうからな!!」

 その巨体のプロデューサーは丸太を抱えるみたいに乃々を軽々と抱えあげた。どうやら乃々の言っていた事は本当みたいだった。

「すみません、うちの乃々がご迷惑をおかけしました!! 私はこの子の担当プロデューサーです!! 面倒を見てくれてありがとうございました!! また機会があったら会いましょう!! それでは、さようなら!!」

 そう言うと乃々のプロデューサーはそのまま荒れ狂う暴風のように走り去っていった。

「むりむりむりむりいいいぃぃぃ!!!!」

「さようならー! 乃々さん! また明日会いましょう!」

「頑張れよー!」

「ひいぃぃぃぃ! ……」

 廊下には乃々の叫び声が無限にこだましている。出会いが突然なら、別れも突然だった。

「……行っちゃいましたね、乃々さんとプロデューサーさん」

「……そうだな」

 俺達はまた二人っきりになった部屋に立ち尽くしている。

「……なんか、今日は疲れたな」

「……休みの割にですね」

 俺達は開きっぱなしのドアを閉めてとりあえずソファに座った。

 こうして、逃避行の美少女こと森久保乃々の話はとりあえず終わりを告げ、幸子の部屋はエンディングへと向かったのであった。




いきなりですがお気に入りが100を超えました!
私、正直ここまで伸びるとは本当に思っていなかったので感謝感謝の感謝です!(どうせ1桁で終わると思っていた)
これを記念して次回から並行してお気に入り100記念特別話を書こうと思います!
ここまでこれたのも作者のモチベが続いているのも幸子がカワイイのも皆さんのお陰です! ありがとうございます!!

これからも執筆、頑張りますので頑張ります! (卯月ダブルピース)


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第25話 カワイイボクと休みの終わり

第25話

カワイイボクと休みの終わり

 

 

「結局、なんだかんだで一日終わっちまったな……」

「そうでしたね。途中飛鳥さんや乃々さんが来たりして、二人きりの時間というよりかはただの休日でした……」

 時刻はもうそろそろ四時を過ぎる。結局後半は様々な来客により、幸子のお願いを何でも聞くという名目もあやふやになってしまい、なんだか仕事をするよりも忙しい一日になってしまった。

 まあ、幸子の交友関係や同期二人についてよく知ることもできたし、結果的に見れば無駄な時間ではなく充実はしていたようにも思える。

「で、幸子はまだ他になんかして欲しいことはあるのか?」

「あれ、プロデューサーさんちゃんと覚えていてくれていたんですねえ……少し嬉しいですよ?」

 俺達は窓から外を眺める。一応、ここは高層階と呼べる程の場所ではないが、それでも比較的高い所にある部屋の為、景色自体は悪くない。お陰で346プロの辺りは大体見下ろすことができる。

「そうですねえ……正直今、プロデューサーさんがちゃんと覚えていてくれていただけでもボク、結構嬉しかったですから……プロデューサーさんの一日ワンちゃんは終了です!」

「それなら良かった。満足に喜んでもらえるサービスができたみたいで、安心したよ」

 色々なドタバタが終わり、部屋には再び静寂が戻っていた。なんだかんだ色々うるさく感じた部屋も、こうして静かになってしまうと案外寂しいものだ。

「なんだか、色々な人が来たりして騒がしかった一日ですけど、ボク達以外に誰も居なくなってしまうとそれもまた、寂しいですねえ……」

「大丈夫。すぐに寂しいなんて言ってられなくなるさ。今は俺たちの周りには飛鳥や乃々達しか居ないのかもしれないけど、いずれは日本中にファンができて、俺達を迎えてくれるはずだ。寂しい、なんてことはすぐに思わなくなるだろうさ」

「まあ、ボクはどんな人気になってもならなくても、プロデューサーさんがそこに居てくれればそれでいいんですけどね」

「未来のトップアイドル様から直々に言ってもらえて光栄です、とね」

 今日の空はやたらと澄んでいる。いや、澄みすぎていたお陰で太陽光がダイレクトに来て暑苦しい訳だが。でもなんだかその太陽の光のお陰か、疲れた割に気分はなんだか明るい。とりあえず、今日の休みは幸子と二人で丁度良いリフレッシュになったと捉えておこう。

「……今はまだ、すぐそこに地面が見えるような低層階ですけど……いつかはここの高層階から全てを見下ろせるようなアイドルになりたいですねえ……」

「そうだな。まっ……多分俺と幸子ならすぐになれるさ。それこそビルの高さ的にも、アイドル的にも全てを見下ろせる、文字通りのトップアイドルとそのプロデューサーにな」

「本当にその言葉を信じちゃって良いんですか? トップアイドルに慣れるって」

「バーカ、最初に約束しただろ。俺は幸子をトップ、いやゴッドアイドルにちゃんとするってさ」

「だからゴッドじゃなくてカワイイエンジェルです! 何回言ったら分かるんですか!」

 お互いに笑いがこぼれる。なんだかんだ彼女とはいい感じに溶け込めている様で、安心した。

 そう、今思えばまだ幸子と出会ったのはたった四日前だ。たったそれだけ、なのかもしれない。だが俺にしてみれば、このプロデューサーになるまでの数年間よりなんだか長いようにも感じた。

 この時間の密度、つまりこれがアイドルとプロデューサーというものなのか、と思い知らされる。そしてそれと同時に、俺はプロデューサーになって良かった、後悔なんて無かった、と改めて思わされた。

 正直、未来には不安もまだまだあるのは事実だ。これから先、俺が幸子の足を引っ張ってしまわないか、彼女に辛い思いをさせてしまわないか、そんなプレッシャーに一瞬でも気を緩めたら今にも殺されてしまいそうだ。でも、だからこそ俺は彼女の、幸子のドヤ顔、いや笑顔が安らぎになっている面がある。彼女が笑い続けている限りは、俺は自分に自信を持つことができるから。

「なーんか、何もしないってのも飽きるな」

「ボクの気持ち、ようやくわかってくれました? わかったんだったら早く仕事を持ってきてください!」

「ああ、わかった。頑張って小さい仕事でもちゃんと探すからさ」

 俺は伸びをしてソファに座った。すると幸子も続けて隣に座る。

「フフーン! やっぱりボクが隣に座るとまだ緊張しますよねえ? プロデューサーさん」

「いや、前よりはもう大分慣れた」

「慣れたってそれどういう意味なんですか!!」

「悪い悪い、機嫌なおしてくれ」

 すると幸子は、今日の朝同様また怪しい笑みを浮かべた。

「やっぱり……一日ワンちゃんは今日一日ずっとに延長します!」

「あー? じゃあなんだ、また肩もみか?」

「フフーン! 違いますよ、プロデューサーさん!」

 すると幸子は急に笑顔になり満面の笑みで言い放った。

「来週の土曜日、ボクと一緒に花火大会に行ってください!」

「花火大会?」

「そうです! それが最後のお願いです!」

 花火大会なんて人生で行ったことすら無い。というか、正確には行く相手が居なかったというのが正しいか。

 まったく、本当には俺に様々な体験をさせてくれるな、幸子は。まるでこんなんじゃ、俺の方が幸子に未知の世界へ連れ出されているみたいじゃないか。

「……ま、しょうがないな。幸子のお願いと来ちゃ、行ってやらないことはないな」

「えっ……? 本当にいいんですか?」

「本当にって、冗談のつもりだったなら行かないからな」

「じょっ……冗談なわけ! でも、えっと……ありがとうございます、プロデューサーさん!!」

 幸子は俺と一緒に花火大会に行けることが決まり、予想以上にはしゃいでいる。よほど嬉しかったのだろう、部屋の中をひとりでにぐるぐる回っている。

「……やれやれ。もしかして俺、担当を甘やかさせ過ぎか?」

「ボクは甘えさせられて、更に伸びるタイプなんです!」

 幸子は満面の笑みでそう言い放つ。普通のアイドルだったならばあまり許されない言動なのだろうが、彼女の場合はそんな言葉もなんだか許せてしまう。

「まあそんなことよりとにかく、そうと決まったらなら事は急げです!! 明後日の土曜日、花火大会に向けての準備で買い物に行きましょう! こういった時のために貯金はたんまりとしてありましたからね! プロデューサーさんは、カワイイボクの荷物持ちです!」

「はいはい了解了……解……はい? 今なんて?」

 こうして、今週と来週の土曜日に予定外の外出が決まって、幸子と俺の休日は終了した。でも、荷物持ちだとしても不思議と嫌な気分ではなかった。

 さて、明日からは気分を切り替えて、すぐそこに迫っているライブに向けて頑張ることにするか。まずは明日を頑張って、土曜日幸子と出かける。それから来週もう一度頑張って花火を見たらすぐにライブだ。

 気が付けば、俺の心は高まっていた。

 




次回からライブに向けての一期後半に入ります。
内容にシリアスも入ってくるようになってデレマスらしくなってくると思います。

お詫び
9話でベランダとか出てましたがそんなものねえよ!(怒)
窓の間違いです、しばらくしたら直しますすいません


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第26話 カワイイボクと自称・デート

幸子って可愛いですよね。
何故って可愛いからですよ。


第26話〈プロデュース六日目〉

カワイイボクと自称・デート

 

 

 八月十一日、土曜日。

 幸子と出会って最初の休日、お出かけ日和の雲一つ無い晴天だ。こんな日はあえて外には出ず、窓から流れてくるそよ風を感じながら仕事で疲れた体をゆっくりと休めるのに限る。

 だが、俺は幸子とのとある約束のせいで休日にも関わらず、サービス出勤……もとい荷物持ちをさせられるハメとなっていた。これも彼女のモチベーションを高めるためや、これからのお互いの信頼を深めるために必要な事と考えればまあ少しは許せるが……

 ということで赫々然々あった俺は、幸子との待ち合わせ場所に来たのだが、如何せんあまり来たことがない場所の為、時間配分を間違え予定時刻の十五分程前に着いてしまっていた状況というわけだ。

 そんなわけで今、俺は真夏の猛暑の中で一人立ち尽くしている。今時の人間ならこういった時にスマホ等をうまく利用して時間を潰せるのだろうが、俺はあまりそういったものをうまく使えない人間でな……いや、お前も若者だろ。何言ってるんだ。

 しかし、こんな状況下だろうと幸子の事だから恐らく待ち合わせ時間に数十分遅れてきて

 

『ボクはカワイイから遅れてきても何も問題ありません!』

 

とか

 

『ふ、ふふーん……べべべつに乗る電車を間違えた訳じゃ……』

 

とか、恐らくそういった流れになるんだろうな、と俺は勝手な想像する。幸子の行動は一々安易に予想出来てしまうからな。頼むから俺を炎天下に放置するのはやめてくれよ? 悪いが干物にはなりたくない。

 とかそんなことを色々と考えながら、待ち合わせ場所で使い慣れていないスマホをいじっている俺なわけだが、まだまだ待ち合わせ時間にすらなっていない。時刻は九時五十五分、幸子が常識的ならばもうそろそろ来てもおかしくはない時間だろう。俺は幸子を出迎えるために身だしなみを整える。なんだかんだ言ったって俺は彼女のプロデューサーだからな。周りから見て幸子がだらしないプロデューサーのアイドルだなんて言われてしまわないように、ちゃんとせねば。

「あれ、プロデューサーさん?」

 と、俺は突然の声に振り向く。そこには後ろの石像の影から俺を覗く幸子の姿があった。

「幸子? なんで遅れてこないんだ?」

「ボクは一体どんな風に思われているんですか! 三十分前からここに居ましたよ!!」

「いや、俺も十五分前から……」

「えっ」

「えっ」

 俺は非常に混乱している。確か十五分前にここに来た時は、まだ誰も居なかった筈だ。

「待った、もしかして幸子はずっと石像の反対側に居たのか?」

「それじゃあプロデューサーさんはずっと反対側の方に?」

 お互い顔を見合わせて固まる。つまり、この炎天下の中での待ち時間はまったく意味が無かったということになるのだろうか。俺はなんだかこの数十分の間に失われた汗が勿体なく感じてきた。

「ま、まあとにかくおはよう、幸子。仕事外でもいつもと変わらず、カワイイじゃないか」

「プロデューサーさんもお世辞がうまいですねえ……まあ、カワイイって褒めてくれただけでも嬉しいです! ありがとうございます!」

 幸子の格好はもはや定番と化したいつも通りの白のワンピースにあの大きい帽子だ。だが、今日に限っては何故かサングラスとマスクはしておらず、逆に違和感を感じてしまう。

「まあ、そんなプロデューサーさんの格好も……」

 そこまで言うと幸子は喋るのをやめてしまった。

「ん? どうした、少しマズい格好だったか?」

「い、いやあ……別に、悪くはないとは思いますが……なんというか、プロデューサーさんのセンスって独特ですねぇ……」

「ぐさあっ、独特なセンスって、それやっぱりダサいってことじゃないか……! 」

 結構悩んだんだぞ。ファッションなんて微塵も気にしたことも無かった人生だったから、家にあるもので色々考えてやりくりして来たのだが……

「ま、まあプロデューサーさんの女性経験もご察ししますし……べ、べつに悪くはないとは本当に思いますよ!?」

「なんで年下の女の子に女性経験を察しられなきゃいけないんだよ!! そうだよ選びましたよ……選んだんですよ、必死に!!」

 悔し過ぎる。メンズ服の本もざっと昨日の帰りに本屋で見て確認した。ネットでもファッションについて調べたし、ぶっちゃけ今日のこれは遠足前の小学生じゃあるまいし、幸子の反応が見てみたくてなんだかんだちょっと楽しみにしていたんだ。それなのに……これ以上、何をどうしろって言うんですか。

「もう、いいよ。わかった、うんうん。幸子はやっぱりカワイイね、うん」

「プロデューサーさん、いきなり壊れたオモチャみたいなんかになって……気を確かにしてください! 今日はちゃんと、ボクがエスコートしてあげますから!」

「ああ……なんで中学生の少女に気を使われて居るんだろう……エスコートって……それ普通、俺がしなきゃダメなやつじゃん……もうむーりぃ、ぷろでゅーさーおうちにかえりたいです……」

「なんで乃々さんみたいになっているんですか! 別にボクのセンスがずば抜けているだけで、世の中の普通の女性の方なら大丈夫だと思いますよ! 多分!」

 素直にダサいと言われるより、遠まわしに気を使われてダサいと言われた方が辛い時もある。それに、更にそこでフォローなんてされたら恥ずかし過ぎてもうたまったもんじゃない。

 幸子の素直さや優しさはたまに破壊力抜群だな……まあここは、服のセンスを磨く良い機会だと考えておくのが吉なのか。

「とにかく、ここで長々と立ち話をするのもアレですし、そろそろ目的地にお話しながら行きましょう! プロデューサーさん!」

「そ、そうだな……炎天下の中このままここにいたら干物になっちまうし、それじゃあそろそろ出発しますかね」

 こんなくだらない話をしていたら気が付くと、時刻は待ち合わせ時間の十時を過ぎていた。これから更に暑くなるし、幸子のことを考えたらなるべく早く涼しい建物の中等に行くのが得策か。

「それじゃあ、はいっ!」

 そう言うと幸子はいきなり手を差し出してきた。

「おおっと、どうした? 幸子」

「早く手、繋いでください! 早く! これはカワイイボクと二人っきりのデートなんですから、光栄に思ってくださいね! ねっ! プロデューサーさん!」

「んなっ……デートって、仮にも俺はプロデューサーで、幸子はアイドルなんだからそういうことは……」

「反論は許しません! 手を繋いでくれるまではボクはここから動きませんよ! 例え干物になっても!」

 こうして幸子との花火大会に向けた買い物……幸子曰くデートが始まった。結局繋いだ幸子の手は、小さくもなんだか温もりがあり、なんだか小さかった頃親と手を繋いでいた時を思い出す。だが、その手はやはりまだ小さく、プロデューサーである俺が様々な危機から守ってやらねばな、ともう一度考えさせられた。

 ともかく、なんたかんだ平和そうな始まりで良かった。この天気だとゲリラ豪雨も降らなさそうだし、幸子の身の回りの危険は俺が寄せ付けないし、それなら少しは俺も楽しませてもらうか。

 このまま何もなく、全てが平和に終わって欲しいものだ。

 




昨日、夢に幸子が出てきました。
幸子が筆者の同級生になっていたのですがが夢は夢です。
朝が来ました、猛烈に死にたくなりました。

それにしても幸子がドン引きするプロデューサーのセンスって……まさか美穂のクソダサTシャ(この先はNaked Romanceされてしまっていて読めない。


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第27話 カワイイボクと魔境都市渋谷

ちなみに筆者は渋谷に行ったことありません。
にわか知識とググった結果だけです。


第27話

カワイイボクと魔境都市渋谷

 

 

「あのー……えーっと……」

「つまり、これがそこに……そこがここで……」

「ぷ、プロデューサーさんは社会人だからこれくらいわかりますよねえ?」

「あー……すまん、さっぱりだ。アイドンノウ」

 俺達は今、早速重大な危機下に置かれている。どれくらい重大かと言うと、海水浴に来たのに水着を忘れたくらいに重大だ。とにかく、非常にマズい。

「プロデューサーさん、本当につかえませんねぇ……」

「いや、本当ならこういうことは俺なんかより、今まさに若者世代の幸子の方が詳しいんじゃないのか?」

「それはー……えーっと……ぼ、ボクはお嬢さまなので自分で道を調べたりなんてしません! 自分で調べてください! それに、そんなんじゃ彼女ができた時にかっこいい所見せられませんよ!」

「やかましいわ……ん、そこはいつもみたいに幸子が彼女になってくれるって言ってくれないんだな」

「えっ……あっ……そ、そそれは……」

 俺と幸子は互いに顔を見つめあう。そしてしばらくすると幸子が顔を赤らめ視線をそらした。俺は次の瞬間、自分が言った発言のヤバさに気が付く。

 いつもの幸子のノリが無かった為に、違和感を感じてしまいツッコんだつもりだったのだが……まるで、俺まで幸子理論に影響を受けてしまっているようだ。

「ま、まあとりあえず、どちらにしろ予想していなかった壁にぶち当たったな……」

 俺達は来週の花火大会に向け、準備のために大都会渋谷に来ていた。当初の予定では目的の場所に行き、幸子の浴衣やその他諸々を買って帰るだけの簡単なお仕事の予定だった。

 

しかし、そこで悲劇は起きた。

 

 そこは輿水クオリティ、こういった日常イベントの日に何もトラブルが起きないはずはない。そう、なんと渋谷の地形に詳しい人間が一人もいなかったのだ。お陰で必然的に、幸子と街中の地図の前で立ち尽くすことになってしまった。

「プロデューサーさん、スマホでわかりやすく道順調べたりはできないんですか?」

「いや、何度も試みているんだがな……つい最近までガラケーだったせいで、スマホの地図の使い方がよくわからないんだ」

 実はスマホに変えたのはつい先月の話だ。別にガラケーでも不自由は無かったし、わざわざ買い換える必要があったのかと言われるとそんなになかったのだが、結局愛用していたガラケーが壊れたので、周りの流れと店員の熱い推しでなんとなくスマホに買い換えたのだ。

 しかし、いざ変えてみたら変えてみたで機能も操作もガラケーと全く違い、結局うまく使いこなせないまま今に至る。まったく、学生の頃のように何でもかんでもすんなりと頭に入らなくなったものだな。

「しょうがないですねえ……だったらボクの自慢のスマホで……」

 そう言うと、幸子はカバンの中を探し始める。しかし数秒もすると幸子の表情の雲行きが怪しくなってきた。

「あっあれ……? お、おおかしいですねえ、確かにカバンの中に入れてきたはずなんですが……」

「まさか、忘れてきたとかそういうオチじゃ……」

「ふ……ふふーん……」

 今日はなんだかお互いツイてないな。この後いきなりどこからか雨雲が来て、ゲリラ豪雨が降り出したりしてもおかしくない程だ。まさにバッドラック、輿水不幸子。幸子先不信だ。

「さあ、どうするか……いよいよお手上げだな。別に俺は、もう後は幸子にまかせるぞ? 帰るって言うなら帰るし、それでも行くってなら俺は構わないけど」

「帰る……? いや、まさかですよ! ボクにいい考えがあります!」

「いい考え? ほう、それは聞かせてもらいたいものだな」

「こうなったらもう行き当たりばったりで渋谷の街を回りましょう! そうすればお目当てのものも見つかって、他に色々な物も見れて、思い出もできて最高じゃないですか!」

「別に構わないが……幸子はそれで良いのか? まあ、俺は最初から今日一日幸子に付き合う約束だったわけだし、飽きるまで付き合うぞ?」

「だったら早く行きましょう! さあさあ! カワイイボクとの貴重な時間が無駄になっちゃいますよ!」

 そう言うと幸子は俺の手をぐいぐい引っ張り行きましょうとアピールしてくる。

「あーはいはい、わかったわかった。じゃあ行こうか」

「プロデューサーさん、途中で疲れたって言ってももう返しませんからね? 何たって、今日のプロデューサーさんはカワイイボク専用の荷物持ちなんですから! ねっ!」

「気に入ってもらえたみたいで、光栄ですお嬢さま……」

 こうして俺は、幸子に連れて行かれるがままに再び渋谷の大都会へと足を踏み入れて行った。

 正直俺もこういった場所に来たりする体験はあまりしたことが無かった為、幸子にどんな景色を見せて貰えるのかじつは少しだけ楽しみだ。幸子もいつも以上に笑顔で、今日はツイてないなんて言ったが、なんだか彼女のドヤ顔の前ではどんな不幸も跳ね除けられそうだ。

「あのー……幸子さん、そっち渋谷とは逆の方なんですが」

「えっ……わ、わざとですよ!! プロデューサーさんがちゃんと分かっているのか確かめたかっただけです!!」

「ほんとにー?」

「本当ですよ!!」

 もっとも、テンションが上がりすぎて暴走されるとまたそれはそれで困るが。




来週のデレアニはキャンディーアイランド回と言う名の幸子回ですね。
入場の時の幸子の笑顔がたまりません。
ちなみに筆者はデレマスは智絵里と蘭子から入りました。
その為8、9話と神回が続いて嬉しいです
まあ今ではただの幸子Pになってしまいましたが……

幸子で、みんなに笑顔を。


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第28話 カワイイボクと楽しいお買い物

第28話

カワイイボクと楽しいお買い物

 

 

 渋谷の街は思っていた以上に広かった。俺たちは幸子が探しているその目的のお店とやらを探しながら歩いていたつもりだったのだが、今現在、気がついたら寄り道の方がメインになってきてしまっている。

 街を散策中の幸子は、目に映る様々なものを飛びつくように買っていく。そして、にっこりと笑ったかと俺に買ったものを何のためらいもなく渡してくる。まるでその幸子の姿は娘か、あるいは田舎から来た親戚の子供みたいな印象を受ける。まあある意味、将来のシュミレーションと考えればそれもアリと言えばアリか。

「プロデューサーさん! あのサングラスどうですか? ボクに結構似合いそうじゃないですか!」

「そうだな、良いんじゃないか? 確かにいつものあれは……なんというかシンプルというか、ゴツすぎるというか……」

「それなら買いましょう! 迷ったら買い、それがカワイイボク流です!」

 こんな感じで街を歩きながら色々な店等を見て周り、少しでも気になったものがあれば立ち止まる。幸子はそれをひたすら繰り返していた。そして俺はそんな幸子のペースに合わせつつ、歩いて行く。

「プロデューサーさん! あのお店のスイーツ、まるでカワイイボクにお似合いな位美味しそうじゃないですか? さあさあ、行きましょう!」

「カワイイボクにお似合いな位って……食べ物にまで言うのかまったく……」

 しかし、そうはいいつつも幸子は本当に目に映るもの全てを片っ端から見て回っていくな。衣服やアクセサリーに留まらず、食べ物にすら手を出している。

 俺はそんなに使って目的のお店に着くまでにお金は無くならないのか、と内心心配していたが、どうやら普段からかなり貯金をしていた様で、ちゃっかり今日俺が持ってきた財布の中身よりお小遣いを持っていた。

 なるほど、これが貯金できる人間とできない人間の差か。こうやって現実を突きつけられると、貯金ができない自分の計画性の無さに、少しだけ恥ずかしさを覚える。俺より遥かに収入が少ないはずの中学生でもこんなに貯金できるのにな、と。

「プロデューサーさん! 今度は……」

「はいはい、荷物なら持ってやるから気にせず好きに買ってこい」

「違いますよ! そろそろお昼ですから、どこかのお店でランチにしましょう!」

 俺は幸子に言われて時計を見る。すると時刻はあっという間に十一時過ぎを指しており、いつもなら弁当や昼飯を食べている様な時間だ。

「確かに……そうだな。よし、じゃあ幸子のご希望を聞こうかね」

 そう言うと幸子は俺の手を引っ張り、そのまま近くにあったファストフード店へと俺は連れて行かれた。

 店に入ると時間やタイミングが良かったのか、そこまで人は混んでいない様子だった。どうやら運が良かった様だな。

「プロデューサーさん、なにか希望とかはあります?」

「いや、俺なら自分で注文するから大丈夫だぞ?」

「いやいやいや、プロデューサーさんはカワイイボクの為に馬車馬の様に働いてくれているので、そんなプロデューサーさんへのボクからの労いです! 遠慮はしなくて良いですよ? 何たって、カワイイボクですから!」

「へいへいわかったわかった。それじゃあ幸子のお言葉に甘えて……」

「フフーン! 何でも言ってください!」

 俺は幸子にフライドポテトとハンバーガー、そして飲み物を頼んだ。幸子はそれを快諾して列の方に並ぶ。

 俺は先に席取りをしている様に言われた為、幸子が並んでいるあいだに奥の空いていた席を確保しておくことにした。

 取り敢えず端の方の席を確保した俺は、荷物を置くと椅子に座った。そして、列に並んでいる幸子の方を眺める。幸子は列に並びながらも、数秒置きにこちらをチラチラと見てくる。俺がちゃんと席を取ったのか気になるのだろうか。しかし、俺が幸子の顔をじっと見ると幸子は恥ずかしかったのか目線を逸らしてしまう。だが、しばらくすると逸らしていた目線を戻して、笑顔を向けてくる。なんだかこんなやり取りをしていると、彼女が言う通り本当にデートみたいである。

 ということで数分もすると、幸子は注文を終えてこちらに歩いてきた。幸子はあえて対面側の席ではなく、俺の横に座る。本当に一々やることがあざといな。あざとカワイイ輿水幸子か……?

「さて、しばらくしたら注文が来ますので、それまでハンバーガーなどはお預けです! 代わりに、カワイイボクを堪能していて下さい!」

 と、さっきは恥ずかしくて目を逸らしたくせに今度は横でこちらをじっと見てくる。なんだか、こう見つめられると今度はこちらが逆に恥ずかしくて、気まずくなってくる。やはり時間が経っても恥ずかしい物は恥ずかしい。

 幸子の方は満更でもないみたいだが俺の方が対応に困る。素直にカワイイと言ってあげれば良いのか、それともあえて言わない方が良いのか、とにかく何を話せばいいのかわからなくなってくるのだ。

「プロデューサーさん、どうかしました?」

「あ、ああなんでもない。そ、そう言えば幸子は本当にこんなファストフード店で本当に良かったのか? てっきりまたカフェみたいなお洒落な場所に入りたいのかと……」

「別に、ボクなら大丈夫ですよ? むしろこっちの方が変な気を使わなくて良いですし!」

「まあ、それならそれで良かった」

 前回のカフェは周りに気を張っていて全然休めなかったからな。やはり、庶民には庶民の空気が必要だ。

「それにしても……結構午前中だけで買っちゃいましたねえ……」

 俺は床に積まれた紙袋などの荷物に目を向ける。アクセサリーの様な小物や可愛い衣服、本当に使うのか微妙な物まで沢山ある。これだけ買って目的のものはまだ一つも無い。

「このペースで、本当に浴衣なんて買えるのかね……」

「そこをプロデューサーさんの勘と知識に頑張って貰うんじゃないですか!」

「まったく、無茶言うよ……」

 幸子が今日は何時まで良いのかはわからないが、あと半日で目的地にたどり着けるか心配だ。結局ただの幸子のお買い物休日、というオチにならない事を祈りたい。

「お客様、ご注文の品をお持ちしました」

「あ! プロデューサーさん! 頼んだランチ来ましたよ!」

「あ、ありがとうございます」

 俺はランチを受け取る。頼んだとおりフライドポテトとハンバーガー、飲み物はちゃんとある。因みに飲み物はメロンソーダだろうか。

「ごゆっくりどうぞ」

「さあ、いただきます……っとあれ、幸子はハンバーガーや飲み物とか要らないのか?」

「フフーン! 何言ってるんですかよく見てください!」

 俺は乗っかっているものをよく見る。Lサイズのフライドポテト、ハンバーガー、飲み物、そしてやたらと長いストローが何故か二本ある。

「まさか……」

「プロデューサーさんとボクではんぶんこです! あ、ハンバーガーはプロデューサーさんが食べちゃっていいですよ?」

「おいおい、マジで言ってるのか……」

 幸子はこうしている間にも笑顔でストローを二本とも飲み物に入れていく。

「ま、まあ仕方ない。奢ってもらっている身だし何も言えないな……」

「それじゃあ、ボクもいただきまーす!」

 俺はフライドポテトに手を伸ばす。すると幸子も手を伸ばし手がぶつかる。

「……お、お先にどうぞ」

「プロデューサーさんこそ、お、お先にー……」

「じゃあ……遠慮なく……」

 ダメだ、幸子とはボケやつっこみ無しで面と向かって話すと恥ずかしくなってきて喋れなくなる。

 俺は気を紛らす為にメロンソーダを飲む、しかし幸子も同じタイミングで飲み始める。いくらストローが長いとはいえ、幸子の顔がすぐそこにある。

「……」

「プロデューサーさん? 表情硬いですよ?」

「あ、ああ。そうか」

 幸子との微妙な間はまだまだ続いていく。腹が減っていた気がしたが、なんだかもうこれだけで満腹になってきた。こんなこと幸子に言ったら『カワイイボクでお腹いっぱいですね!』とか言われてドヤ顔をされるに決まっている。

「さて、昼食が終わったら午後はどうしますか? プロデューサーさん」

「そうだな、流石に目的の物が見つからず終いってのもアレだし、本来の目的のためにもちょっと本腰を入れて探すか」

「そうですねえ……今日はあくまでも、来週の花火大会の準備のために来ているんですし、午後からは本腰を入れてさがしましょうか」

 俺はハンバーガーに手を伸ばす。幸子はその間にも容赦なくフライドポテトを食べていく。

 まあ、現状は幸子に休日を楽しんで貰えているようで良かった。なんだかんだ幸子はレッスンを毎日頑張ってくれているし、たまにはご褒美だな。

 とりあえず、昼食が終わるまではゆっくりと幸子のペースに合わせてあげるとすることにした。

 




お気に入り100記念の特別話は忘れていません。
もう少し待ってください。
現在内容を考えているのですが飛鳥や乃々の日常編にするか、幸子、飛鳥、乃々の3人のラジオ番組にするかで悩んでいるのでもう少し時間がかかりそうです、すいません。


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第29話 カワイイボクが行方不明

第29話

カワイイボクが行方不明

 

 

 結局飯を食べ終わった後、幸子とは普段の仕事やレッスン、来週のライブについて話をして過ごした。原因は長い沈黙やこの頭が熱くなる……訂正、痛くような展開に耐えきれなくなった俺だ。流石に休日まで仕事の話はしない方が良いかと思っていたが、話を振ってみると意外にも幸子の方からそれらの話をガツガツとしてきたからだ。

 彼女の話を聞いてみると、普段は自分のことしか考えていないと思っていたが、意外にも彼女なりにアイドルという仕事への熱意やこだわりがあるそうで、ちゃんと後先を考えていたことに驚かされた。来週またプロデュースを再開したら、レッスン以外にも今の幸子でもできるような小さい仕事が無いか、もっと念入りに確かめてみないとな。

 ちなみに、飯についてはあまり食べられなかったのは言うまでもない。俺が色々意識している間に、幸子がフライドポテトを全部食べてしまっていたからだ。謀ったな幸子。策士め。

 ともかくこうして一時間弱ほと昼休憩を取った俺達は、再び幸子の浴衣を買いに店を探すためファストフード店を後にした。

「あー、よく食べました!」

「ああ、ごちそうさまでした……」

「さて、お腹もいっぱいになりましたし午後の部、早く再開しましょうプロデューサーさん!」

「ああ……そうだな」

「あれ? プロデューサーさん、なんかテンション低いですねえ。熱中症ですか?」

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 幸子がいつもこのテンションで接してくれれば、俺は何も困らないんだがな……幸子は俺をどうしたいのだろうか。

「……で、それじゃあ次はどうやってその店とやらを探すんだ? というか最初から気になっていたんだが、そもそもその浴衣を売ってる店ってどこにあるんだ? 浴衣なんてどこにでも売ってそうなものだが」

「フフーン! 普通に売ってるやつじゃダメなんですよ! ボクのカワイさに耐えられる浴衣を買うにはあのお店に行くしか……」

 カワイさに耐えられる浴衣って……お前の体は破壊兵器か何かなのか。それだとまさに幸子が言う通り、生きているだけで犯罪級だな。

「いや、だからその店ってどこに……」

「たしかテレビで見かけて……こんな感じの通りのどこかにあったはずなんですが……」

「……まさか、詳しい場所も知らないで来ていたなんて、そんなオチは無いよな……?」

「そうですよ?」

 ああ、俺がスマホの使い方がもう少しわかれば……こんなことすぐに調べて、目的地なんて簡単にわかるのだろう。こうなったのはある意味、俺の技術や経験不足も原因だ。

「仕方ない、こうなったらやっぱり虱潰しに調べるしかないな。今度はもっと人通りの多い場所に行ってみるか……」

「それじゃあプロデューサーさん、そうと決まったなら行きましょう! ここで悩んでいても何も変わりません! はい、また手を繋いでください!」

「はいはいお嬢様……」

 といった感じで、俺は幸子と渋谷散策を再開した。時刻はそろそろ昼の一時を過ぎようとしており、更に休日ということもあってか、街の方は人が昼前以上に多くなってきた。

 そんな街の様子を察してなのか、幸子も先程までとは違い、寄り道をしないでちゃんとその店とやらを探している。

「なかなかわかりませんねえ……人も多くなってきて鬱陶しいし、うるさいですし……とにかく馬車馬の様に頑張ってください、プロデューサーさん!」

「ああ、わかっている」

「それじゃあ、はい!」

 と、俺は唐突に幸子に鞄を手渡される。

「ボクはちょっと疲れました! ボクの鞄ももってください!」

「……了解、わかったよ」

 人混みも駅やビル群に近づく毎に、益々濃くなる。流石の人の数に、目を離したらすぐに幸子を見失ってしまいそうだ。

 幸い、幸子が自分から手を差し出してくれているお陰で、握っている限りはそこに幸子が居るかどうか確認しなくてもわかるので、実際今非常に助かっている。

「ッ……痛いですよ! 気をつけてください!」

「大丈夫か、幸子。一旦人混みを抜けて陰に入るか?」

「プロデューサーさんが手を繋いでそこに居てくれるなら、平気です! ボクは目をつぶってでも歩けますよ!」

「そう言って貰えてありがたいよ、幸子」

 幸子は人混みにあまり慣れていないのか、よく人とぶつかる。そんな幸子の為を思い、俺は人の波をかき分けながら、極力幸子が窮屈にならない空間を探しながら歩いていく。

 と、俺はなんとかして場所を調べられないかと片手でスマホを弄っていた所、気になる項目を見つけてしまった。

「……少し遊びすぎたか……まずい、非常にまずいぞ……」

「どうしました? プロデューサーさん」

「いや、天気予報を見てみたら、関東の方で三時くらいからゲリラ豪雨の可能性があるってさ。こんな雲一つ無い天気のくせして、雷雨の可能性があるってどういうことなんだよ……」

 俺は先程からスマホを弄っていた所、偶然天気予報の機能にたどり着いていた。そしてその画面には、東京の天気が不安定で午後三時程からゲリラ豪雨の可能性あり、と表示されている。

「それは困ります! こんな所で、しかも傘も何も持っていない状態で雨風、ましてや雷になんて襲われたらひとたまりもありません!」

「クソッ、動いてくれ!! ああ……使い方がわかれば……」

 俺は必死にスマホを色々と試してみる。しかし、様々な機能があちらこちらに存在しており、まったくもって何が何だかわからない。更に、周りの人混みや焦りの影響で、手元の操作が安定しない。

「もうプロデューサーさん! 貸してください!」

 そう言うと幸子は俺のスマホをぶんどり、スマホを色々といじり始めた。俺とは違い、非常に慣れた手つきで何かを打ち込み、調べ始める。

「幸子……調べられそうか?」

「まったく、年下のアイドルを頼るなんて、プロデューサー失格ですよ……?」

「とりあえずここで色々やるのはアレだ、一旦人混みを抜けるぞ」

「ですねえ、わかりました!」

 俺はとりあえず前方の方に見えた、休めそうなスペースがある目の前のビルを目指し進んで行く。その時俺はそこそこの速さで歩いており、早歩きになりつつあった。ゲリラ豪雨の予報を見てから内心安心でいていないからだ。

「プロデューサーさん、ちょっと、歩くの早く、ありません?」

「ああ、すまん」

 この時幸子が何かを言っているのは分かっていた、分かっていたのだが、俺はそれに空返事をして先に、先にへと歩いていってしまっていた。

「プロデューサーさん、やっぱり速いですよ! 少しはボクもいるんですから、もうちょっとスピードを考えて……イタッ! あっ……すいません!」

 この時、俺がもう少し気を利かせられる人間だったらあんな大事にはならなかった、恐らく幸子と二人で笑って帰れていたのだろう。俺が幸子と手を離していなかったら、後ろで誰かにぶつかり立ち止まっていた幸子に気が付き足を止められたのだろう。

 俺が幸子が居なくなっていたことに気が付いたのはそれから数分後の事だ。人混みを抜けて手に感覚が無いことに気が付き幸子を探す。

 そうだ、俺は幸子にスマホを渡した時から手を繋いでいなかった。とりあえず人混みを抜けよう、速くしなければ、それだけを考えていたからだ。途中、何度も幸子が俺に何かを伝えようとしていたのは分かっていた。だが、当時の俺からすれば周りの音がうるさくて幸子が言っている言葉がわからなかったのだ。まあ今となってはそれももう言い訳か。聞く気になれば立ち止まって話を聞けた、それにそこまで急ぐ必要だって無かった筈だ。

 俺は幸子に連絡をしようと試みる、しかしそこで様々な問題に気がつく。

 まず、自分の携帯が幸子の手元にあること、幸子の携帯は今日は自宅に忘れてきていること、そして荷物を全て俺に渡してしまっている幸子は財布も、何もかもを持っていない状況だということだ。ましてやそんな状態でゲリラ豪雨に振られ、雷なんて落ちようものならまたこの前みたいに幸子が動けなくなり、外でそんな状態になったら重大な事故を引き起こしかねない。それこそ本当に幸子の身が危ない。

 ああ、まったくもって予期していなかった最悪の事態に陥っている。こんなことをしでかしておいて、担当アイドルを危険に晒しておい、て何がプロデューサーだ、何がトップアイドルにしてやるだ、と自分を責めることしかできなかった。

 だが自分を叱ったところで何も起きない、何も状況は変わらない。まずは何よりも、幸子と合流する事が最優先だ。考えろ、まずはどうするべきか、幸子ならこういった場合どうするか、どこに行くか。

 俺は考えていたのかつもりだった。つもりだった。だが、もう気が付いたその次の瞬間には体が先に動いていた。

 




初めてのシリアス回に入っていきます。
ここからようやく幸子とプロデューサーの関係がようやくアイドルとプロデューサーになっていく予定です。
まあアイマスらしい話に入るのにかなり時間がかかりましたが自称・デレマス外伝、ついに始まります。

ちなみに次回、久々にあの人がでます。


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第30話 再来の女神とプロデューサー

第30話

再来の女神とプロデューサー

 

 

 俺はすぐさま人波に走り戻った。

 幸い幸子はあの白い服のおかげで目立つし、それにあの幸子のことだ。どうせ見つからなくてもすぐにひょっこり現れるだろう。そう最初俺は軽く考えていた、いや考えて自分を落ち着けようとしていた。だが、探す時間が一分、五分、十分、三十分と経つほどに俺の中の焦りは確実に増して行く。

 この渋谷の溢れる様な人波は、あの幸子の目立つ白い姿をかき消すのには容易だった。白い服に帽子の人なんて、それこそこれだけの人数が居ればいくらでも存在する。

 それに恐らくあの幸子のことだ、人波の外に出ることができず、そのままどこかに流されている可能性すらある。その場合、更に合流が難しくなるだろう。俺はますます時間が経つ焦りから冷静さを失っていく。

 俺は人波をかき分けるように走り、渋谷の街を端から端まで探していく。だがそこは何であろうと渋谷だ。そう簡単に走って、すぐ回れる広さでは無い。更に、今日買った様々な物や幸子の荷物を持っているせいで動きに一々制限がかかる。そして真夏の炎天下が俺に止めを刺す。

 正直舐めていた。テレビやインターネットで見ているよりも遥かに人も多いし、広い。都会のことをよくコンクリートジャングルなんて訳す人も良くいるが、こうなるとまさに広大なジャングルの様だ。

 正直、こんな限定的な条件を想定することなんてできなかったが、それでももう少し対策や、こうなった場合の事を考えておくべきだったと後悔する。なんたって相手は幸子だ。不測の事態はいくらでも有り得た筈なんだ。

 幸子がいなくなったのに気が付いてから四、五十分程は走っただろうか。極度の焦りや、急激な運動、真夏の暑さにより時間感覚が曖昧だ。それになんだか、急に全身に疲れが襲ってきた。

 俺は幸子が気を利かせ待ち合わせ場所に帰ってくれている可能性も考え、一応確認のため今日の待ち合わせ場所だった石像の元に向かった。だが、そんな淡い希望もすぐに潰える。

「クソッ、ここにも居ないのか!!」

 石像の周りには誰も居なく、ベンチにまちまちと人が座っているのが見受けられるだけだった。俺はとりあえず一旦冷静になる為に、自動販売機で水を買い、空いていたベンチに座る。

 額からは汗が滝のように流れる。だが、体はどちらかというと寒いともとれなくもない。まさに、冷や汗をかいている。中学二年の少女が荷物も、携帯も、さらにはお金すら、何も持っていない状態で渋谷の真ん中ではぐれたら果たしてどうなるものか。

 俺はプロデューサーだ、大袈裟かもしれないが彼女を、少なくとも『幸子』という少女を預からせてもらっている身だ。ようやく任せてもらえたアイドル、それも本来だったら俺の手に余りそうな素質を持っている子だ。仮に彼女に何かあってからでは何もかもが遅い。

 

『新米のプロデューサーが休日にアイドルと出掛け、その先で不注意によりアイドルが何かしらの事件、事故に巻き込まれた』

 

 恐らくそこまでの大事になれば、彼女のプロデュースをなかったことにされる事だって充分に有り得る。それどころか俺の、いや幸子の夢が永遠に潰えてしまう可能性すらある。

 どうやら最悪の場合、警察に相談して探してもらう事等も視野に入れる必要がありそうだ。そうすれば夢を絶たれるのは俺一人だけで済む。彼女だけは無事にいて貰える。

 俺は再び幸子を探しに行こうとベンチから立ち上がろうとする。すると横から、聞き覚えがある声がした。

「ふふっ、大変そうですねプロデューサーさん」

「……ん? あなたは……確かこの前の」

 隣には確かに数十秒前まで誰も座っていなかった。だが今、そこにはこの前事務所で出会ったあの自称・女神の姿が存在していた。

「お久しぶりです、プロデューサーさん。プロデュースの方はどうですか?」

「まあ、見ての通り色々やらかしてしまって……」

「やらかしてしまった、ですか?」

「それが、うちの担当と休日で買い物に来ていたのですがはぐれてしまって……」

 俺は自称女神に経緯を話す。この前のあの不思議な出来事を思い出し、彼女なら何かいい案や何かをくれるでは? と咄嗟に思ったからだ。彼女は少し変わっているがおよそ悪い人ではない。そうなんとなくではあるが、理解していた。

「それは大変でしたね……」

「それで幸子を……丁度これくらいの身長の、ちっちゃい女の子を見かけませんでしたか? 白い帽子に白いワンピースの」

「うーん……すみませんが、私は見かけませんでしたね……」

「そうですか……」

 お互いにうまく話し出すことができずに、会話が途切れる。俺は焦りから視線が泳ぎ、街並みを眺めてしまう。

「ところで、前から気になっていたんですが貴方は一体……やはり前に一度会ったことがある気がして……」

「さあ、私は貴方と出会ったのはこの前が初めてですが……」

「そうですか……」

 何か妙だ。会った、というよりは正確には見た事がある気がする。ちょっとしたど忘れのような感じで思い出せないのだが……

「っとしまった、こんな所で呑気に話している場合では無かった!! すみません、早く幸子を探しに行かなければ!」

 俺は思い出したかの様に立ち上がる。だが何をすれば良いのか、どこへ行けばいいのかわからずその場で立ち上がったは良いが、そのままになってしまう。

「まあまあ、そんなに焦らないでください。焦ったところで汗をかくだけですよ?」

「寧ろ今のギャグで汗が冷めましたよ!!」

 俺は再びパニックに陥りそうになる。幸子を見失って、もうそろそろ一時間が立つ。あれだけ晴れていた空の雲行きも予報の通り、少しずつだが悪くなってきており、雷雨を警戒してか駅や建物に向かう人も気のせいか多くなってきた気がする。

「それじゃあそんなプロデューサーさんに……はい、これを受け取ってください」

 と、不意に自称女神が何かを差し出してきた。それは紙切れか何かだろうか。数字のようなものが並んでいるのが見受けられる。

「これは……?」

「ふふっ、とりあえず時間がありません。その電話番号を近くの公衆電話からかけてみてください。きっと、貴方にとって良い結果となると思います」

 そういうと自称女神は空を指先しそちらを見るように指示してきた。

「あの天気予報は少し外れています。雨は多分あと、三十分もすれば降ってくるでしょう。とにかく早く公衆電話を見つけ出し、先程の電話番号にかけてください。そうすれば……」

 声が急に止まり俺はベンチの方を見る。するとそこには自称女神の姿は影も残さず無くなっていた。

 辺りを見渡してもこの前と同じく、まるで夢でも見ていたかのように彼女の姿は消えている。しかし手にはちゃんと謎の電話番号が書き記された紙切れが握られていた。俺はひとまず女神の警告を信じ、近くの公衆電話を探すべく再び走り始めた。

 それからしばらくして、すぐに公衆電話を見つけた。俺は何かから逃げるかのような勢いで電話ボックスに入ると素早く硬貨を投入し、紙切れに書かれた電話番号に電話をかける。

 一体誰に繋がるのか、果たしてこれに何の意味があるのかわからない。まさか質の悪いイタズラじゃないか、そうも思った。だがこういう状況になるとそういったものでも利用したくなるものだ。まさに、藁でも縋る気持ちという訳か。

 と、しばらくの呼び出しの後に誰かが通話に出た。果たして電話に出たねは誰なのか、どこに繋がったのか、俺は高まる鼓動を抑えその声を聞いた。

『もしもし? もしかしてプロデューサーさんですか?』

 俺はその声を聞き一瞬唖然とした。何故って、あんなに死にものぐるいで探していた人が何事もなさそうに電話に出たからだ。

「幸子!!」

『キャッ、いきなり大声でどうしたんですか! まったくか弱いボクを勝手に置いていったくせに……』

「悪かった……でも良かった……無事で……」

『まったく、ボクを置いて勝手にいなくならないでください!!』

「ああ……本当にすまなかった……」

 俺はある意味泣きだしそうになる。何故って、死ぬほど心配していた反動だ。あれだけ心配していたのに、これだけ何事も無かったことへの安心だ。

「とりあえず、荷物も財布も携帯も無くて大丈夫だったのか? と言うか何で幸子にこの電話は繋がったんだ?」

『大丈夫も何も全然平気ですよ! 財布だったら鞄ではなくポケットに入れていたので。それに目的のお店、先に見つけちゃったからもう買っちゃいましたよ?』

「えっ……あ、ああ」

『あと何で幸子に繋がったってプロデューサーさん自分の携帯にかけているんですよ? もしかしてよくわからないでとりあえず自分の携帯かけたんですか?』

「えっと……あ、ああそうだ」

 そうか、幸子は俺のスマホを持っていたわけだからそこにかければ普通に繋がったのか。だが……俺でも覚えていない、俺の変えたばかりの新しいスマホの番号をあの自称女神はどうやって……

 やはり謎が謎を呼ぶ。流石は謎の女神だ。

「とりあえず、早く合流しよう。今幸子はどこにいるんだ?」

『ボクですか? ボクは今センター街の……ってフギャッ!?』

 幸子が喋っていた次の瞬間、謎の衝突音と共に幸子が声をあげる。

「……おい、おい幸子?」

『おいゴラァ!! どこ見て歩いているんだガキ、ぶつかったじゃねえか!!』

『えっ……あっ……あのー……』

「おい、おい幸子!!」

『おっと、痛たた……これは骨が折れちゃったかなあ……どうしてくれるんだい?』

『そ、そんな!! 絶対今の衝撃位で折れるわけ無いじゃないですか!!』

『ああん? 歩きスマホをしておきながらなんだその態度は、話があるからちょっとこっちこいや!!』

『キャッ!! やめてください!! だれか、誰か助けて!! プロデューサーさん……プロデューサーさん!!』

「おいてめえ!! どいつだかしらんがうちのアイドルに何してやがる!! 」

 無情に電話ボックスの中に俺の声が響く。受話器の向こうからは周りの音と幸子のだんだんと小さくなっていく声が無情にも聞こえてくる。

 体が凍りついたように冷たく感じる。どうやら安心したのも束の間、想定していた最悪の事態になってしまった。とにかく急がなければ、今度こそ本当に幸子の身が危険だ。

 俺はすぐさま電話ボックスを飛び出した。幸子の最後の言葉では『渋谷のセンター街の中』と推測できる。

 気がつけば、俺の体は考える前に商店街へと、文字通り全力で走っていた。

「幸子……待ってろ幸子ッ!!」

 女神が言っていた通り、少しずつ陽の光は厚い雲により遮られ陰り始めた。まさにこの状況を示しているかのようだ。

 雷雨、そんなことは既にどうでもよかった。今の俺にはただ、俺が行くまで幸子に無事でいて欲しい、そう願い走ることだけしかできなかった。




実はこの話は本来漫画として書きたいのが本心でした。
と言うか小説を書いている理由が絵が下手で書けないから、というのが実は最初は本心でした。
しかし書いているうちに文字だけで表現をする限界を見てみたくなり、気がついたら今に至っていました。

次回、渋谷編完結。
謎の当たり屋に絡まれた幸子は果たしてどうなっちゃうのか、プロデューサーはシンデレラを助けにくる王子様になれるのか、1章前半最終回です。


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第31話 カワイイボクとプロデューサーさん

第31話

カワイイボクとプロデューサーさん

 

 

 俺はただひたすらに、彼女の元へと走った。渋谷のセンター街へ向け、荒れ狂う風の如く。今にも肺が千切れ、心臓が爆発してしまいそうな感覚がする。

 すぐそこに迫った雷雨の天気予報が幸をしたのか、センター街には先程の様な人混みは無く、そのお陰で俺は遠慮なく全力を出し走ることができた。電話越しの音だと、そこまで人通りが少ない道では無かった筈だ。恐らく、このまま道なりに行けば何かしら手がかりがあるだろう、そう俺は思っていた。

 そして案の定俺の勘は当たり、しばらく進むとそこには俺のスマホが落ちたままになっていた。そしてスマホが落ちている近くで、周囲の店の店員と思われる人達が集まりざわついているのがわかった。

「あの、すいません。この辺で白い帽子とワンピースの子を見かけませんでしたか?」

「ああ、居たよ。だが少し前に高校生位のいかつい不良に因縁をふっかけられて連れていかれてしまったのだが……」

「クソッ、遅かったか!!」

「一応私達も止めに入ったのだがね、その不良は止めに入った男性を殴り飛ばして行ってしまった……」

 と店員が視線を向けた方向を見ると頭を氷で冷やしている男性が座っていた。相当思いっきりやられたのだろうか。顔は虚ろで座っているのがやっとといった感じだ。

「……君は、もしかしてあの子の知り合いか、もしくは家族の方かい? なら、気持ちは分かるが助けに行くのはよしておいた方が良い。最近は変な若者が渋谷あたりに良く居るからねえ。一応警察にはすぐ通報したから、すぐに犯人は捕まるはずだ」

「……少女が連れていかれた方を教えて欲しい」

「しかし……」

「俺は……彼女を助けに行かなければならない。それが……アイドルである彼女のプロデューサーとしての使命だから……」

「アイドル? プロデューサー? すまないが……君は一体」

「お願いします、教えてください」

「……わかった、教えよう」

 店員の男性は俺に幸子が連れて行かれた方を教えてくれた。どうやらすぐそこの路地を曲がって行ったとのことらしい。

「そこまでしてあの少女を助けに行こうとするとは……本当に君は何者なんだ?」

「俺ですか……? まあ、そうですね……俺は……」

 

 俺は?

 

 俺は彼女の何なんだ?

 

「俺は……」

 そんなの、決まっている、

「……俺はプロデューサー、いずれは日本中に知られるトップアイドルこと、輿水幸子のプロデューサーとだけ名乗っておきます」

 俺はそれだけ言い残し路地の方へとすぐさま走って行った。

「輿水……幸子……? そしてプロデューサーか。なんだかよくわからんが、若いって羨ましいなまったく」

 路地の先は人気が少なく、まあこういった展開の定番といった感じの場所になっていた。

 俺はあらゆる五感を研ぎ澄ませながら、少しずつ奥へと歩いて行く。するとしばらく進んだ所に曲がり角があり、そこの先から声がしている事に気がついた。

「さあどうする? 払える金が無いならその身体で払ってもらっても良いんだぞ?」

「だ、誰がボクのカワイくて大事な身体を貴方みたいな人に!!」

「貴方みたいな人? ふざけんじゃねえぞガキが!!」

 男は廃材の様なものを持って振り回している。今の所幸子には外傷は無いみたいだが、このままだと幸子に危害が及ぶのも時間の問題か。

「ひいっ……助けて……誰か助けてぇ……」

「おうおう、さっきまでの威勢の良さはどうした? 良い顔してんじゃねえかほら」

 幸子に指一本でも触れてみろ。俺は貴様を法の許す限りで痛めつけてやっても構わないんだぞ? しかし、とは頭の中で考えつつも、では実際どう動くか。

 本当なら幸子と俺の立場上、あまり無闇な戦いは避けたいのも事実だ。それに、本来であれば空手とか柔道みたいな武道の技は、どんなクソ野郎であれ一般人に使いたくないものなのだが。

 まあでも見たところ、相手は見た目が少々派手な所以外は高校生くらいのガキだ。大人である俺が脅せばなかなか効きそうな物だが……

 何かいい物は無いか、そう俺は考えた。そしてふと、咄嗟に手に持った紙袋の中身に目がいく。

「サングラス……その手があったか……」

 俺は咄嗟に機転を利かせて幸子が買ったサングラスを取り出し身に着けた。何故わざわざサングラスを身に着けたのか、先程幸子が『プロデューサーさんのセンスは独特』と言っていたのは覚えているだろうか。

 そう、今明かそう。なんと俺の格好はアロハなシャツに帽子、といった姿なのだ。なんというか夏だから少し挑戦してみたかったというか……今年の流行り、みたいな雑誌を見ていて気に入ってしまったというか……

 まあ今はそんな事はどうでもいい。つまりはその格好にサングラスをかけ、少し服装を工夫して、目つきと声をキツくすれば恐らく、不良の若者一人を脅して懲らしめるには十分かもしれないということだ。

「準備完了……」

 俺はタイミングを見る。いかに幸子へのリスクを低くするか、いかに不良のスキをつくか、俺は息を殺してタイミングを謀る。

「さあ、グダグダ時間をかけても何も変わらないし白黒つけようや、あ?」

「うう……」

 男が幸子に手を伸ばした。それを見た俺は影から身を出す。

「……おいそこのガキィ、その子に指一本でも触れて見ろ。二度とその指と手を使えなくなることになるぞ?」

「ああ? 誰だテメエ」

「へ……?」

 幸子が気の抜けたような声を出す。予想していなかった乱入者に、不良も幸子も困惑している。

「おいなんだゴラァ、文句あんのか?」

「その子、嫌がっているじゃないか。今すぐにその子から離れろ」

 俺は声を低くして威圧をかける。まあこういったことには学生時代に『少しだけ』慣れていたからな。

「嫌がっている? 僕はね、そもそも被害者側なんだよね。歩きスマホをしていたこの子にぶつかられてねえ、骨でも折れたかもしれないんだよ。わかる? この罪の重さ」

 なるほど、話して説得しようと思っていたが、こいつはどうやら相当性根が腐っている人間だな。俺はあまり人前でキレる事はあまりないが、実はどちらかというと短気だ。もしかしたらカフェインの取り過ぎのせいなのかもな。

 とりあえず、主に俺の虫の居所的な問題で、穏便に済ませる事はやはり無理そうだ。こうなったら仕方が無いが、不良にはお引き取り願おうか。

「ね、わかってもらえたおじさん? つまりはさ、悪いのはこの子の方な訳よ。だから邪魔しないでもらえフゴヘッ!!」

 これが本当の『腹=パン』だ。

 古より伝わりし邪なる物を内部から破壊する拳、つまりはイラッと来た奴を爽快にぶん殴るための必殺技だ。

「テメ……エ!!」

 不良は一瞬苦しそうな声をあげ、廃材を力無く落とす……も、案の定よろめきながらすぐに殴りかかってきた。だが俺はその腕を掴むと、その勢いのまま軽く壁の方へと投げつけた。

「そおい」

「ウゴフッ……!!」

 不良は壁にスタントマン顔負けの勢いでぶつかると伸びてしまった。俺はそんな伸びている不良の方へと歩いて行くと、頭を掴み座らせる。

「いいか、次は渋谷の空をフライングインザスカイするハメになるぞ」

「あんた……あんた一体何なんだ!?」

「俺か? 俺は通りすがりのプロデューサーだ」

「プロデューサー? なんでそんなもんがこんな技を……」

「若僧よ、人を見た目や職業で判断するな、良いな?」

 そう言い俺は不良の顔の真横目掛け拳を振り抜いた。

「……一本」

「ヒェッ……ヒイィヤァァア!!」

 不良は悲鳴を上げながら走り去ってしまった。そこには不良の先程までのイキがった姿は無く、実に滑稽なものだった。

「かー……いってえな……やっぱり成人すると、ちょっと筋トレサボるだけで体力落ちるって本当なんだな……」

 俺はすぐに幸子の方へと寄っていく。だが幸子は混乱して、俺だと気がついていないのか少し後ずさりをする。俺はそんな幸子を見てすぐさまにサングラスを取った。

「ああ悪い、俺だ」

「プロ……プロデューサーさん……!!」

 俺の顔を見た幸子は途端に目に涙を浮かべる。だが強がっているのか決してすぐには泣き出しはしなかった。

「す、す少し来るのが遅すぎませんでしたかねえ……? あと一歩遅かったらカワイイボクがあんなことや……こんなことに……」

「はいはいカワイイボクカワイイボク。なんだ、全然いつも通りで平気そうじゃないか」

「う、うるさいですねえ!! そんなカワイイボクを置いて勝手に行っちゃったクセに!!」

 そう言うと幸子は怒り込んだようにその場にしゃがみこんでしまう。

「ああ! 疲れました!! 疲れた……そうですよ、プロデューサーさんは一人で……ボクを独り置いて……!!」

「……立てるか? 幸子」

 俺はふて座りをしてしまった幸子に手を差しのべる。すると幸子は視線を逸らしながらも、俺の手を取り立ち上がった。

「……ふんっ!」

「……ああ、悪かったよ。怪我とかは無いのか?」

「大丈夫ですけど……プロデューサーさんこそ、ボクに心配かけさせないでくださいよ!!」

「それを言うなら心配させないでください、だろ?」

 そう言い俺は幸子の頭に手を乗せる。

「本当に良かった、お前が無事で」

「うっぐ……うう……プロデューサーさん!!」

 しばらくの沈黙の後、緊張が解れたのか途端に幸子は俺に抱きつき泣き始める。そこにはいつものドヤ顔をした幸子の姿は無く、一人の純粋な中学生の女の子の姿だけがあった。俺はそんな幸子に対して、ただただ頭をそっと撫でてあげることしかできなかった。

「もう二度とボクを置いて一人で先に行ったりしないでください!! ヒッグ……だって……ボクには……アイドルであるボクにはプロデューサーさんしか居ないんですから……グスッ……」

「悪い悪い、ごめんな。幸子には本当に怖い思いをさせてしまった。これじゃあプロデューサー失格だな……」

「そうですよ……プロデューサーさんはプロデューサー失格です……」

 気が付くと予報通り、周りでは雨が振り始めていた。まるで幸子の涙に同調して空が泣いているかの様だ。恐らくこの調子だと、すぐに雨は本降りになるだろう。俺はこのまま雨に濡れて、幸子に風邪をひかせてしまっては悪いと思い、とりあえず一旦この場から移動しようと思った。

「……帰るか、幸子」

「……おんぶして下さい」

「……ん?」

「だからボクをおんぶしてください! ボクは今日は死ぬほど疲れました! これはボクを置いていったプロデューサーさんへの罰です!! さあ早く!!」

「へいへい、わかったよ」

 俺はサングラスを再びかけ、アロハなシャツを脱いだ。そして背中に幸子を背負い、幸子が雨に濡れないようにシャツをかけてあげた。

「……ありがとうございます」

「ん、なんだ?」

「何でもありません! とにかく早く行ってください! カワイイボクが風邪をひきますよ!」

 そう言われて俺は両手には紙袋、背中に幸子、前には幸子の鞄をぶら下げた凄い格好でその場を後した。

 背中では幸子の呼吸が感じられる。良く感覚を澄ますとまだ少し泣いているのか、少しだけ小刻みに揺れているのがわかる。

 向こう側に再びセンター街が見える。これでようやく全てが終わったのか、と俺は少し安心した。

 だが、路地から出ようとしたその時、そこにまた人の影が立っていることに気がついた。

「ああ? まだあの野郎の仲間が居たのか?」

 あいつの仲間だろうか、手には何かを持っており、帽子を被っている。だがそこに立ちふさがる影は先程の不良より数倍の巨体をもっていた。それに気のせいか、服装の雰囲気が何か違う気がする……

「嫌がる少女を男が路地裏に連れて行ったと通報を受けて来たが……どうやら犯人はお前らしいな」

「へ?」

「少女を下ろしなさい」

 俺は言われたとおりに幸子を背中から降ろす。そして次の瞬間、俺は男の姿をよく見て、その正体に気がつく。

「あー、二時十五分、少女誘拐容疑で現行犯逮捕」

 ガチャり、その音と共に俺は手錠をかけられていた。あーなるほど、ようやく状況を理解した。つまり俺の服装、横に居る泣いている少女、そして路地裏、不審者を捕まえるのには十分な状況だ。

「待って、俺は違います!! 悪いのはあっちに逃げていった若者で……」

「話は署で聞こうか、行くぞ!!」

 幸子は突然の展開に唖然としている。俺もなぜこうなったのかわからない。

「ま、待ってください!! その人はボクのプロデューサーで……」

「怖かったんだろうね……ささ、一緒に行こう」

「ち、違うんです!! 話を聞いてください!!」

 こうして、渋谷での幸子との遠征は俺が誤認逮捕されて終わるという予想外な……いや、本当に予想外だな。ま、まあそんなとんでもないオチで終わりとなった。一応この後警察官の人には幸子と二人で事情説明をして、誤解を解く話があったのだがそれはまたの機会に。

 ともかく、幸子には何事もなくて本当に良かった。今回の件で俺は自分がプロデューサーであること、そして彼女を、一人の命を預からしてもらっているという責任を再確認、再自覚させてもらえた。でも少なくとも、俺はもうこんな経験は懲り懲りだ。

 だがこんなことがあったにも関わらず、帰りの彼女を見るとテンションは思ったよりも低くなく、むしろ念願の浴衣を買えたことを素直に喜んでいたのには驚かされた。

 彼女が無事であったことへの安心感と共に、心配かけさせんなよという気持ちも今だからか少しだけ湧いてくる。まあそれも彼女が無事だったからこそ、思えることななかもな。

 あとそう言えばこの事件以来、なんだか幸子の俺へのアピールが更に強くなった気がする。理由は何であれ結果として、彼女との信頼を深めることができたのならそれはそれで良かったとするか。

 というわけでこれが今回の幸子との渋谷遠征の全貌だ。なんだかんだごたごたがあったし、あの女神の件等まだ引っかかることは沢山あるが、来週からはまたアイドル、プロデューサーとしてのお互いが本当にやるべき仕事が始まる。今日幸子にかけた不安の分、俺が頑張ってやらなければな。多分それが、プロデューサーとしての俺の仕事だ。

「そういえばプロデューサーさん」

「なんだ?」

「あの不良にやった技は何ですか? もしかしてプロデューサーさんも昔不良だったとか」

「いやいや違うよ。普通に空手や柔道とかの武術に関わる機会があってさ、まあそれだけだ」

「ま、まあそれなら良いんですけどねえ。でも……あの技はちょっと寒気がしたというか……下腹部に嫌な感じがしたのでなるべくならもうしないでください……」

「あ、ああ。まあわかった」

「それじゃあ、帰りにちょっとだけあのカフェにまた寄っていきます?」

「別に構わないが?」

「フフーン! それじゃあ早く行きましょう!! あと今日の罰としてお代は全部払ってくださいね? ねっ! プロデューサーさん」

「へいへい……」




とりあえずこの話で前半は終了です。
前期最終話と言う事で少し長めの話になりました。
まあむしろここからようやく本当のアイドルマスターになっていく予定ですから……

次回からはようやく入り始めた仕事など話に少しずつ進展があります。
あらたなトレーニング、初仕事、そして……

とりあえずここまでの視聴ありがとうございました。
初の二次創作な為色々と不慣れな事が多い中100人以上の方にお気に入りにしてもらえ作者、万々歳です。
まだまだカワイイ幸子と共に続けていく予定ですので、これからも感想や指摘、ダメな点などは受け付けていきますので皆さん、よろしくお願いします。

※2019年1月19日追記
とりあえず、リメイクはここまで!!
色々と投稿が無かった間に有りましたが、書き始めると終わりがないのでそれは活動報告か新話で。
待たせてゴメンなさい! それではまた自分が会社で闇堕ちしないことを祈って。


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第32話 カワイイボク専用の社畜プロデューサーさん

第32話〈プロデュース9日目〉

カワイイボク専用の社畜プロデューサーさん

 

 

 今日は珍しく朝食を抜いた。

 朝のニュースも見なかったし、電車も一本早くした。更に、いつもならあまり考えないことだが、急いで家を出てきたため鍵を閉めてきたか心配でしょうがない。それもこれも幸子と出会い、プロデューサーになって環境が色々と変わってきたからだろうか。なんだか最近、今まで朝几帳面にやってきていた流れが、煩わしくなってきたのだ。そんなことをやっているくらいなら、早くプロダクションに、あの部屋に行きたいと身体が疼く。

来週の月曜日に迫った幸子の初ライブや中間審査、今後の方針、そして何よりもそんな幸子との距離感などなど、今の俺にはとにかく考えることが沢山ある。その一分一秒全てが勿体ない。

まさか、これまでの自分の人生で、会社に早く行きたいなどと思う日が来るとは正直思ってもいなかった。まあそれ以外にも、今日に限っては更にそれらの理由に加え、あの事件があったその後が気になるというのもあるが。とにかく、そんな感じに様々な事を考えていたらいてもたってもいられず、体が勝手に動いてしまっていたのだ。

 そう、今週は気分を変えてやっていかなければいけない。確かに土曜日は色々あったが、そんな過ぎ去ったことよりも遥かに問題なことがすぐそこに迫っているのだ。

 何せ今日で幸子の初見せライブ(仮称)まであと少しで一週間を切る。一応、ダンスの方は幸子が毎日頑張っていてくれたお陰で割と順調なのだが、まだ歌の方のレッスンと、当日の流れについての打ち合わせが充分にできていない。多分ライブの方の詳細は今日辺りにでも届くと思うが、歌のレッスンは早めに受けさせておかなければいけなさそうだ。もっとも、歌に関してはダンスよりも多少安心できそうなものではあるが。

 さて、そんな感じで今日や今後の流れを考えながら歩いていた所、気が付けばもう事務所の部屋の前に着いていた。ネガティブな時よりもポジティブな時の方が時間は一瞬というが、まさにその通りなんだろう。

 しかし、ここにいざ立つと仕事のことを考えなければなどと思いつつも、あの土曜日の件で幸子に嫌われてしまってはいないか、なんて内心心配な自分もいる。実際すぐに仲直りはしたとはいえ、幸子といつも通りに接することができるか色々と気まずいものだ。

 俺は身だしなみを整え、普段より重く感じる扉を開ける。

「あ、おはようございますプロデューサーさん!」

「ん……? ああ。なんだ、今日は早いな幸子」

 そこには俺の想像や心配に反して、満更でもない感じで何やら作業をしている様子な幸子の姿があった。

「フフーン! ボクはボク自身のことだけでなく、プロデューサーさんの仕事環境のことも考えてあげる優等生ですからね! わざわざ早くから来て、部屋をもっと住みやすく、カワイくアレンジしてみました!」

 俺は部屋を見渡す。すると部屋全体に置物や小物等が色々と追加されており、雰囲気が色々と変わっている。なんというか全体的に女子力が高くなったというか、悪く言えば更に事務所感が薄れて生活感が出てしまったというか……

「もっとじっくり見てください! 一昨日の渋谷で買ってきた物や、自宅から持ってきた物で部屋を色々いじってみたんですよ? まあ幾ら何でも、最初の何も無い状態だと寂しかったですからねえ……」

「へえ、これ全部幸子がやったのか? 悪くない、なかなか良いセンスじゃないか。まあ、最初の殺風景な部屋のままってのもアレだったしな」

 ソファにはクッション等が追加されており、棚には可愛らしい置物が、そして冷蔵庫にはなんだかマグネットみたいなものが沢山貼り付けられていたりもした。他にも俺のデスクの上が整頓されていたり、細かい点を見ると色々と変わっているようだ。

「カワイイボクに合うだけのカワイイセンス……ああ、やっぱりボクって完璧……カワイ過ぎる自分に惚れてしまいそうです……」

「確かに、珍しくこれは素直に褒められることだな……」

「素直じゃなくても褒めてください! いやでも……やっぱり本心で素直に褒めてください!」

 何だか前より、幸子が更に積極的になっているように感じるのは気のせいだろうか。俺に対してだけに限らず、幸子が自分の意思でこういうことをしたのは初めてな気がする。

「あれ、ところでプロデューサーさん。その荷物は一体」

「ああ。実を言うと丁度、俺の方も色々持ってきていたんだよな」

 そう言い、俺は鞄や袋の中から色々な物を取り出す。

「これからの時代はデジタルだ。いつまでも書類整理や仕事の依頼とかをアナログでってのは辛いし、そろそろ仕事内容も固まってきたからまずは自宅の使えそうなノートパソコンを持ってきた」

実際、使おうと思えば前の週の中場位にはインターネット回線は通っていたので使えないことも無かった。だが如何せん、少し前まで趣味で使っていたやつの為、仕事用にするために中身のデータの整理やら何やらに時間がかかっていたのだ。

「あとパソコン以外には予定とかを書くには丁度良さそうな小さいホワイトボードとか、飛鳥や乃々みたいな来客が来た時用に折りたたみ式だけど予備の小さなテーブルとかも有るぞ」

「プロデューサーさん、流石有能じゃないですか! これでようやく、ここもアイドルの事務所感が出てきましたね!」

「まあな。そろそろ怠けたことを言ってられなくなるし」

 俺は持ってきたものを部屋にセッティングしていく。

 しかし、一週間前の薄汚れた部屋とは随分大違いの部屋になったな。こうやって部屋が綺麗になると、気が引き締まると同時にやる気が今までに無いほど湧いてくる。作業に集中したいならまずは環境から、多少手間や時間がかかっても出資は惜しまない方が良い。

「まあ、ざっとこんな所か」

「カワイイボクに釣り合う、カワイイ部屋……完璧です……」

 しかし見た所、幸子は本当にいつも通りの平常運転そうで良かった。あの土曜日の出来事がきっかけで、幸子の方が色々やりずらくなってはいないか、幸子が心に傷を負っていなかったか、色々なことが心配で気が気でなかっただけに、少し安心する。

「……プロデューサーさん? さっきからボクをじーっと眺めてますけど、何か顔についてますか? ああ、もしかして『カワイイ』でも着いていたり?」

「⋯⋯いや、何でもない」

幸子は不思議にそうに俺を見る。本当に満更でもなさそうで、良くも悪くも全てがいつも通りの彼女に、何だか心配したことを損した気分にまでなってくる。

「ところで、体調の方とかは大丈夫なのか? 土曜日は雨に濡れたりしたし風邪とかは」

「何言ってるんですか、カワイイボクは風邪をひかないんですよ? そんな事もプロデューサーさんは知らなかったんですか?」

「それを言うならバカは――」

「何か言いました?」

「⋯⋯言ってません」

「……でも、ボクを心配してくれて気遣ってくれたことは、すこーしだけ褒めてあげますけど」

 まあ、心配に損も何も無い。幸子がいつも通り元気なら、幸子が変わらずのドヤ顔なら、それ自体が幸運なことなんだろう。こうして来る当たり前の日常こそ、もしかしたらちょっとしたことで壊れてしまったりするのかもしれないからな。何も起こらなかったことこそが本当は幸運だったのかもしれない。俺は土曜日、消えかかった日常を目の当たりにして、改めてそれを思い知った。

「さあプロデューサーさん、暗い話はここでさっさと終わりです! 今日の日程を早く教えてください! 一日に二十四時間という限りがある限り、ボクのカワイさを表現できる時間にも限りがあるんですから!」

「あっ、ああ。そうだな、分かった」

俺は幸子のそんな言葉と様子を見て、気持ちを切り替え仕事モードにシフトを入れる。幸子が気持ちを切り替えたというのに、いつまでも引きずっていく必要も無いしな。

「あー……今日はとりあえず、午前中は初めてのボイスレッスンに行ってもらう感じかな。俺の方は来週のライブとか、今後のプロデュースの件で会議や打ち合わせに行ってくる。で、その関係で幸子の方は申し訳ないが、午後も変わらず続けてレッスンになるかもしれない」

 そういえば最近、こんな感じで幸子のボケ? に一々つっこまなくても大丈夫なようになってきた、というか慣れてきた。幸子理論をドヤ顔で言われてもこんな感じで、自然に会話を続けることができる。これもある意味、幸子と打ち解けられたという風に取るべきなのか、それともただの慣れなのか。とにかく、少しずつ進展はしているようだ。仕事的にも、幸子との関係的にも。

「まーたレッスンですか……仕方ないですけど」

「一応、今日会議が終わったら、現状でもできる小さい仕事でも良いから入れられないか相談はしてみるよ。確実に仕事を取ってこれるかはわからないが、少しは期待していてくれ」

「しょうがないですねえ……プロデューサーさんは最近良く頑張ってくれてますから、少しだけでなく結構期待しておいてあげます」

「おっ、ツンデレ幸子かな?」

「う、うるさいですねえ!! やっぱり前言撤回、期待なんてしませんよーだ!」

 とか言いながら、幸子は少しだけ笑みを浮かべた。それはいつものドヤ顔ではなく、普通に彼女なりの素直な嬉しいといった感情の現れだったのだろうと俺は解釈する。今までとは違った話の動きに、彼女なりに少し期待しているのだろう。

「とりあえず、話はそんな所だ。今週は先週から比べて本格的に忙しくなりそうだからお互い、気を引き締めて無理をしない程度に頑張っていこうな」

「何言ってるんですか。頑張るのはプロデューサーさんだけですよ! ボクはただ、自分が思う通りに自分のカワイさをみんなに伝えるだけです!」

「はいはい了解さん。幸子様の仰せのままに」

「ブラック企業の社畜さん並に、死にものぐるいで死なない程度に頑張ってくださいね! ねっ! プロデューサーさん!」

「なんか言ってることが物騒だぞ……」

 こうして俺達のプロデュース二週目が始まった。

 それにしても一週間が今までに無く早く感じる。毎日雑用や書類整理をしていた頃から比べると、そりゃあ確かに疲れるし大変なことも多いが、新たな発見や幸子との掛け合いがあって暇はしない。

 だが逆に、今度は時間が足りない様にも感じてくる。無駄に、流れるがまま過ごしてきたこれまでより一日一日、一分一秒全ての大切さがまったく違ってきたのだ。先程幸子の言った通り、一日には限りという物がある。今までみたいに与えられた仕事をただこなすのではなく、自分から動かなければ何も変わらない現実。それが今まで与えられた仕事しかしてこなかった、これなかった俺には強くのしかかる。

 そうだ、だからこそ幸子だけでなく俺も変わり、一緒に成長しなければいけない。いや、もしかしたら既に、幸子と接することにより変わってきた面もあるのかもしれないな。

 俺はネクタイを締め直す。どうやら会議の時間まではまだ少しあるな。俺は冷蔵庫から珍しくコーヒーではなく栄養ドリンクを取り出すと、一気に飲み干して気合いを入れ直した。

 




デレステ一週年おめでとうございます!(だいぶ遅い)
あと加蓮誕生日おめでとう!(実は加蓮も担当P)

さて話は二週目に入りました。
これからもしかしたら一話一話が長くなっていくかも知れません。
で、その関係上投稿スペースが遅くなったり、誤字が多発したり内容メチャクチャになったり……
ああ! 文章力が欲しい! サンタさん居るなら今年のクリスマスには文章力を、皆が思う幸子の可愛さを最大限に引き出せる文章力を下さい!!


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第33話 カワイイボクの初仕事はまだですかねえ?

第33話

カワイイボクの初仕事はまだですかねえ?

 

 

 俺はルンルンで会議から戻ってきた。何故って? それは勿論、良いことがあったからに決まっている。とりあえず、俺のスーパーウルトラ凄い話術にかかればこんなことちょろいものだ。ちゃんと約束は果たしたぞ、幸子。

 と、そんな感じで調子に乗って部屋の椅子でグルグル回っていた所、狙ったかのようなタイミングでドアが開き幸子が帰ってきた。

「ただいまです! プロデューサー……さん……何やってるんですか?」

「来たか幸子!! おかえりな!!」

 俺は回るのをやめて椅子から降りる。しばらく回っていたせいでなんだか気持ちが悪い。

「なんだか怖いくらいにテンションが高いですねえ……もしかして、仕事でも貰えてきたんですか?」

 幸子はさほど期待してない目でこちらを見てくる。

「なるほど……これが、いつもお前が言っているフフーンってやつなのか……? ああそうだ。喜べ、まさにその通り初仕事だ! ……うっぷ……気持ち悪い……」

 俺は覚束無い足でソファの方へ行き、倒れる様に座る。

 そして次の瞬間、数秒の間思考停止して固まっていた幸子は、目の色を変えると荷物をほっぽり出してこちらに飛びかかってきた。

「プロデューサーさん、ついに持ってきてくれたんですか!? やっぱり有能じゃないですか!! 流石プロデューサーさん、ボクは最初からずっと信じていましたよ!!」

「よー言うわ……」

 幸子はソファで伸びている俺の肩を思いっきり掴むと、まるでのしかかってくるのかといった様子でこちらの目をじっと見てくる。傍から見るとまるで、俺は幸子に色々な意味で襲われているかのような構図だ。

「それで、どんな仕事なんですか!? 勿論、カワイイボクにつり合ったカワイイ仕事ですよねえ!? ねっプロデューサーさん!?」

「顔が近いって幸子……まあ、勿論そのつもりだ。聞きたいか?」

「早く言ってください!! 焦らす人は嫌われちゃいますよ?」

「そうかそうか、じゃあ言うぞ? 言っちゃうぞ?」

 そういうと俺は、勿体ぶるかのように一息置いた。そして、幸子の無をしっかりと見て言い放つ。

「とりあえず、その仕事は明日だ」

「……へ?」

幸子は気の抜けたような声を出し、そのまま思考を停止し、その場で固まる。そして数泊置いたあと、少しずつ幸子の止まった頭は動き出した。

「明日……明日!? いくらなんでも少し急すぎじゃないですか!?」

 ついに勢い余って幸子の手は襟元にいく。そして意外にも握力があり、スーツが首元に食い込んで絞まる。

「ま、まあ別に、いつだろうとボクは構いません。ボクは二十四時間四六時中如何なる時も万全なカワイさなので! ……って、そんなことより早く内容を!!」

「どうどうどうどう!! ステイ!! 落ち着け、落ち着いてくれ幸子。首が締まる! というか締まってる!!」

漸く幸子は手に込めた力を緩める。本当にびっくりしたなまったく。

「とっ、とりあえず、肝心のその仕事内容なんだけどな……」

「仕事内容は……?」

「有名アイドルのライブ……」

「有名アイドルのライブ……!?」

そこで俺は再び勿体ぶって黙り込む。

「すぅーっ……」

「早く続きを言ってください!!」

再び幸子は手に力を込める。

「……の、裏方の仕事だ」

「……ズコーッ、なんですかそれ!! それつまり、仕事は仕事でも『アイドルの仕事』じゃなくて『(他)アイドルの(裏方)仕事』じゃないですか!!」

 幸子は俺の襟元からようやく手を離すと、両手で駄々をこねるように叩いてくる。多分彼女のやりきれぬ気持ちが発散できずに、余剰エネルギーとなって体を動かしているのだろうな。

「まあ落ち着け、幸子」

「いやです! もうプロデューサーさんのことは信頼しません! やっぱりこうだと思っていましたよ!」

 こっちも言わせてもらうとまあこうなるだろうと思っていた、と預言者プロデューサーは語る。だからこそ、あえてすぐに口にはしなかったのだ。

「とはいえ、実はこの話には続きが……ってだから俺を太鼓に見立てて叩くのやめろって幸子!!」

「いやです!! 嘘つきプロデューサーさんが懲りるまでボクはここから降りないし叩くのを辞めませんよ!!」

「まあそう言うならしばらく好きにするが良いさ……あ、できれば肩のあたりを重心的に頼むぞ」

 と言うわけで、仕切り直しだ。若干一分程が経ち、幸子は飽きたのか結局いつも通り横に座っている。

「……で、プロデューサーさん。話の続きってなんなんです?」

「要するにだな……」

 要するに俺は、会議の後アイドル部門で新たに上司になった人に、相談をしてみたのだ。幸子にそろそろ仕事をあげてみても良いのではないか、と。そうしたら意外にも、上司からは二つ返事で了承を得られたのだ。しかしその代わりに、ある条件を提示されたうえでな。

 まず、いきなりデビュー前のアイドルが大きな仕事をするというのは色々な面から考えてリスクも高いし、不安が残る。その為にまず、先輩アイドルの仕事を手伝い、アイドルという仕事がどういう物なのか、仕事とは何なのか、ということを今一度考えて欲しいということらしい。

 それと実は本当はこちらの方が本題なのだが、どうやらその明日の仕事とやらのスタッフが急用で不足したのだとか。それで丁度一人『スケジュールが空いていて』『なおかつ仕事が欲しい』『スタッフに向いた人員』が欲しかったと。

俺はこれらの事実を幸子に全て伝えていく。

「……つまり、ただ人員不足の暇人が欲しかっただけじゃないですか! それにスタッフに向いた人員ってなんですか! ボクはアイドルです!! アーイードールー!! プロデューサーさん分かってますか!?」

「ああ勿論だ。それに本来、こんなカワイイカワイイスタッフが居たら主役であるアイドルの仕事がなくなっちゃうからね、うん仕方ない」

「なんだか色々引っかかりますけど……スルーしておいてあげますよ……」

 幸子は茶化されたと感じたみたいで少し怒っているが、俺としてもふざけてこの仕事を持ってきた訳では無い。いや、実際幸子の(騙された)反応がちょっとだけ見たてみたかったというのも少しだけはあったが、ちゃんと俺なりにも真面目な考えはある。

「まあ……一応言っておくと、俺としてもこの仕事もちゃんと意味があって持ってきたつもりだ」

「意味があって?」

「実は俺としても、来週のライブの前に幸子には一度、本当のライブや現場を身を持って体感してもらいたいって考えがあったんだ。それにここで良い働きをして上司からの信頼を得れば、更に仕事も貰えるようになってトップアイドルへの道は更に早くなると思ってね」

「……ま、まあプロデューサーさんが言うことも確かに一理ありますねえ」

「カワイイ道もまずは一歩から。極力俺がサポートしてやるから……どちらかというと俺の個人的な頼みも少し入ってしまうが、どうだ? ここまで話しておいて言うのもなんだが、参加するかどうかの最終判断は幸子に任せる。この仕事、考えてくれるか?」

「……プロデューサーさんの頼みなら、仕方ないないですねえ。ボクは仕事を選ばないアイドルですし……そこまでボクを思ってくれてと熱心に言うならすこーしだけ、検討しておいてあげますよ!」

「そうか、分かった。ありがとうな。やっぱり幸子みたいな素直な子が担当アイドルで、本当に良かったよ……」

 と俺は何の気なしに幸子の頭を軽く撫でる。別に、深い意味は無かったのだが、幸子は少し照れている。

「べ、べべ別にプロデューサーの為って訳じゃありませんよ? ……まあ優しいって言ってくれてありがとうございます……」

「顔真っ赤だぞ、熱でもあるのか?」

「ち、違いますよ!! 初めてのボイストレーニングちょっと頑張りすぎたから疲れてるだけです! とにかくみ、水です! ボクは喉が乾きました早く持ってきてください!!」

「へいへいお嬢様……」

 そう言って俺は水を取りに行く。

 因みに、最近は冷蔵庫にちゃんと水やお茶も完備するようにし始めた。幸子曰くこれが当然なのらしいのだが……

「あ、そう言えばプロデューサーさん。話は変わりますが、やっぱりボクって歌の才能もあるらしいんですよ?」

「ああ、ボイスレッスンの話か。まあだろ? やっぱりな、俺が見込んだ通り歌路線は結構行けるだろ」

「フフーン!……カワイくて、優しくて、歌も歌えてダンスも踊れてカワイくて……やっぱりボクって完璧、究極、神の領域! まさにカワイイボクです!」

「はい、カワイイ三回頂きました」

「何カウントしているんですか!! というか実際本当なら、カワイイの無量大数乗位は欲しいところ何ですからね!! ボクは謙虚なのでこれでも少し抑えているんですから……」

「うっ……ボクの体のカワイさが抑えられない……誰かボクを……ボクのカワイさを抱きしめてってか?」

「それ八割飛鳥さん混ざってるじゃないですか……」

「さ、さあな?」

 と、言うわけで今週まず最初の大きなイベントは、いきなり入った幸子の初仕事だ。幸子も話に乗ってくれたし、とりあえず第一ステップは通過か。

 正直俺もライブの裏側なんて実際にこの目で見たことは無いし、具体的に明日どんなことをやるのか、何をやればいいいのか全くわからない。言ってしまえば俺も幸子と同じく初見の身分だ。だからこそ、ライブの裏側というものを俺としても、この目でしっかりとよく見ておきたいのだ。幸子に仕事をさせる以上、俺も彼女には最高の条件を用意して置かなければならない。

 それが、プロデューサーたる俺の仕事だからだと思うからな。

 




長らくおまたせしてしまいました。
高校の方で今週の金曜日に就職試験が迫っていてその関係や、新たに考えているオリジナル小説の執筆などで遅れてしまいました。

一応言っておきますと作者はこの作品を完走するつもりです。失踪はよほど内容がブレ過ぎて酷いことにならない限りは無いです。

とりあえずしばらくはまた不定期投稿になりそうです。
毎日、幸子を見て助けられている毎日です……

とりあえずもし僅かでも私の作品の進捗が気になる方が居てくださるのならTwitter等である程度は進捗を公開していく予定ですので、そちらを見てください。

次回、ついに幸子がライブ会場に(まあ普通には終わらないのは皆さんが思っているとおりですw)


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第34話 カワイイボクと移動時間

幸子ォ……幸子ォ……


第34話〈プロデュース10日目〉

カワイイボクと移動時間

 

 

 今朝、久しぶりにテレビをつけると衝撃の内容から一日は始まった。なんと、最近東京の方でもかなり話題になりつつあった、とある地方局の看板アナウンサーが突如としてアナウンサーを引退するというのだ。なんでも「私、夢をやっぱり諦めきれませんでした。だから昔から思い描いていた夢を追うために、今日でアナウンサーを引退します!」ということらしい。

 このアナウンサーさん、最近は東京のニュースやバラエティにも出て来る様な人で、原稿を読む滑舌も良いし、良いキャラもしていたし、それだけでなく綺麗な人で、まさに名物アナウンサーそのものだっただけに少し寂しいものだ。しかし夢があるというならば、それを黙って応援してあげるのがファンたる者の勤めなのか。

 ……なんだか、こうして見るとアイドルに似ているな。もしかしたら、幸子にもいずれはそうなって引退する時が、誰かに居なくなることを惜しまれたりする時が来るのだろうか。それはそれで寂しいものだが、彼女にもそんな夢がある、もしくはできたというならばプロデューサーとして少し嬉しいようにも感じる。

 それにしてもアナウンサーさん、確か二十八歳にもなるはずだったが果たしたい夢とはなんなのだろうか。歳的に考えてアイドルは……まあありえないか。

 と、そんなことはさておき、今日は幸子の初仕事だ。とりあえず朝のところは事務所に行くのは変わらない。

事務所に着き、部屋の扉を開けるとそこには幸子が既に立っていた。

「遅いですよ! プロデューサーさん!」

「なんだ、最近毎日早いな」

「なんだとはなんですか! ボクはプロデューサーさんと違って、何事にもやる気全開なんです! もっとカワイイボクを見習ってください!」

 とか言いつつ、目の辺りに隈があるのを見ると、恐らく今日が気になって寝れなかったのであろうと状況が察せる。今日に限っては、間違いなく遠足前日の小学生現象によるものだろう。

 まったく子供か……とツッコもうとして、先週自分も同じような状態になっていたことを思い出す。それに、そもそも幸子は子供だろ、と自分の中の自分から様々な自虐ツッコミが帰ってきた。

「まあ、今日はハメを外さない程度に一日そのテンションで頼むよ?」

「言われなくてもです! 今日のライブをやるアイドルさんには、せいぜいファンをカワイイボクに取られないように気を付けておけって伝えておいてください!」

「へいへい……」

 だが、こんなに意気込んでいる幸子には悪いが、今日の仕事はスタッフだ。自分がアイドルとして出るみたいに意気揚々と話ているが、もう一度言う。

 

『だがスタッフだ。』

 

 とまあ、そんなこんなで時間になった俺達は、早速現場に向かう事になった。

 この346プロ、何が凄いってこんなまだど底辺アイドルと、そのプロデューサーにも送迎車が出るという話だ。何か特別高級な車とかそういうわけではなく、スタッフが乗る様な普通の車だが、それでも車に乗せてもらえるという所からも346ブランドの凄さがわかる。

 とりあえず向こうに着くまでは時間があるので、車の中では幸子と今日の確認や雑談をして時間を潰すことにした。

「……それにしても現地まで車が出るなんて、さながらリムジンに乗るハリウッドの有名女優にでもなった気分ですね。サングラスを持ってくるべきでした」

「幸子、イタい新人みたいに思われるからその発言はやめろ」

「だって新人じゃないですか」

「いや、だとしてもな……新人なりのプライドってものが俺にも……」

参考程度に行っておくが、乗っている車は世間一般的に流通している普通のミニバンだ。現地まで車で送ってもらえるだけでハリウッド女優の気分になれるとは、その心が羨ましいよまったく。

「で、今日の仕事の内容の説明だが、とりあえずそこまで専門的な物や力仕事はやらないから大丈夫だ。むしろライブの見学的な物の方がメインになる感じかな」

「仕事内容って、具体的にどんなことをするんですか?」

「例えば会場の人の誘導や簡単な舞台のセット等、他には夏で暑いから宣伝も含めたうちわの配布や、始まる前の会場の掃除とかかな?」

「簡単そうで、意外と大変そうな仕事が多いですねえ……」

とはいえ、力仕事などはほとんど俺がやるつもりなんだがな。幸子には実際、簡単な仕事だけをしてもらうつもりだ。今回の一番の目的は手伝いではなく、幸子に現地の雰囲気というものを学んでもらうことにある。

「まあ俺もできる限り手伝うからさ。そう気を落とさず、適度に緊張しつつ気楽にやっていこうな」

「別にボクは、プロデューサーさんが一緒に居てくれるなら、何をやるにも不満はありませんよ?」

「そう言ってもらえて嬉しいよ、幸子」

 ちなみにライブとは言っても、野外に建設された小さな会場での小規模ライブで、コンサート会場みたいな場所ではないらしい。それなりに大物だからといって毎回毎回大きな会場を使う訳では無いんだな、と今後の参考になる。

「しっかし、案外遠いな。こりゃあテレビに出てるアイドルや芸人とかが、わざわざ地方ロケの度に遠くへ行く大変さがわかるな」

「何言っているんですか、それだけ日本中の様々な人達から求められているってことじゃないですか。まったく、ボク以上にプロデューサーさんは贅沢ですね」

「ま、確かに幸子の言う通りだな…」

「それに、遠くまで行くのがそんなに大変でめんどくさいなら、頑張ってもっと有名な、それこそ世界ランク級のアイドルになって、リムジンや自家用ジェットで迎えに来てもらえば良いじゃないですか! 自家用ジェットなら、海外のファンの元へもすぐにひとっ飛びですよ!」

「リムジンはまだわかるが、自家用ジェットってさ……どれだけ人気のアイドルなんだ……」

「それは、ボククラスのアイドルってことなんじゃないですか?」

「……まったく、お前の話にバカ真面目な理論を持ち込むんじゃなかったな」

 幸子との普通の会話に普通の価値観で話すと、すぐに会話が破綻しておかしくなる。まるで幸子の会話ペースに飲まれてしまうようだ。それこそ、幸子ブラックホールとでも呼ぼうか。

 超幸子理論に幸子ブラックホール、なんというか凄くインテリジェンスで……SFチック?

「……とりあえず、まだ着きそうにありませんかねえ……プロデューサーさん。少しボクは……眠くなってきました」

「まだ出発したばかりみたいな物だしなあ……運転手さん、あとどれくらいかかりそうですか?」

 俺は運転席で車の運転をしているスタッフに質問をする。因みに車にはスタッフさん二人と、後部座席に俺達二人が乗っていて、計四人乗っている。

「あー……今日は平日の割に少し道が混んでいますね。時間には余裕を持って出てきたので遅れる事は無いでしょうが、もうしばらくはかかりそうです」

「そうですか……ありがとうございます」

 なんとなく、感じの良いスタッフさんだ。お堅いイメージの346プロだが、スタッフさん達は基本優しくて、本当に丁寧な人が多い。今回の俺達の突然の参加にも、事務の人は笑顔で対応してくれた。

「ところで、おふた方が今日欠員を埋めるために、わざわざ来てくださったアイドルとそのプロデューサーさんでしたよね?」

「ああはい、そうですね」

「いやー……わざわざ本業で忙しいであろう中ありがとうございます。私供としても本当に助かります」

「いやいや、自分達はまだスケジュール埋まるような仕事もありませんし、むしろ彼女と二人で足を引っ張らない様に頑張ります」

「こちらこそ、とりあえず今は無事に会場に着くまで安全運転で行くので、プロデューサーさんと幸子ちゃんはゆっくりくつろいでいてください」

「ありがとうございます。それじゃあ、そのお言葉に甘えさせてもらうとします」

 俺は少し体勢を崩し背伸びをする。やはり車での長時間の移動は眠くなるものだ。

 と、急に幸子の気配が急に消えたなと思い横を見ると、そこには眠たそうに一点を見つめる幸子の姿があった。

「どうした? 眠いんだったら向こうに着くまではもう少し時間がかかるみたいだし、べつに寝ていても良いぞ? 今日は朝も早かったみたいだし、無理して起きている必要は無いからな」

「うー……ダメです……折角……プロデューサーさんとこうして長い時間話せそうな機会なんです……寝るだなんてそんな勿体なぁ〜……い……」

 と幸子は話しながら大きなあくびをする。そのカワイイ瞳も、もう今すぐにでも閉じてしまいそうな感じだ。

「やれやれだな……」

 と、俺もつられあくびをする。

 しかし、いきなりテンションが高くなったりいきなり眠たくなったり、本当に子猫か小動物が幸子は。

 こうして数分が経ったか、何かが手を握る感触がした。手元を見ると、幸子が俺の手を握ってきている。それから数十秒もすると、幸子の首がこちら側に倒れ込んできた。

「……眠っちゃったか……」

 気がつくともう幸子は寝息を立てている。まあ、昨日は寝不足だったみたいだし暫くは寝させてやるか。俺の方も幸子の寝息につられてか、少しずつ眠くなってきた。

 なんだか瞼が重い。とりあえず現地に着くまで俺も早めの昼寝をさせてもらうか。

俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 




一体このアナウンサーは誰なのか、訓練されたプロデューサーさんならわかると思います。
筆者はだれだか『わかるわ』

最近、幸子の絵を書き始めました。
模写程度しか書けないクソ雑魚ナメクジな画力ですが幸子がそこにいる気がして……なんだか(目のハイライト無し)

因みに今考えている新小説はもう少し時間がかかりそうです。
一応新小説の内容をざっと説明すると
金にがめつい笑顔がトレードマークの普通の主人公が、おじいちゃんから宿屋を譲ってもらって、そこでニートの暗殺者や異世界から来た能力者の高校生やチートな人外金髪ロリと、世界のみんなが笑顔になる宿屋を経営していくハートフル(大嘘)なギャグ宿屋物
な予定です。
また投稿したり続報がありましたらこで連絡します。


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第35話 カワイイボクと『アイドル』

第35話

カワイイボクと『アイドル』

 

 

「……さい、起きてくださいプロデューサーさん!!」

「あー……フフッ……やめろって幸子……トップアイドルになったからってそんな……」

「何寝ぼけているんですか! もう会場に着きましたよ! プロデューサーさん!! 起きて!!」

「んあ……?」

 ここはどこだ。確か今、俺は幸子と武道館ライブにリムジンで行っていた筈だったのだが……

「あれ……武道館は……? 黒服のボディガードさんは……? リムジンは……」

「まだ寝ぼけているんですか!! 今日はボクの初仕事ってことで、ライブにお手伝いに来ていたんじゃないですか!!」

 そこまで言われて俺はようやく目を覚ます。

 夢の中で乗っていたリムジンより明らかに狭い車内、居るのは黒服のボディガードじゃなくてライブのスタッフさん、そして派手でも何でもないいつもの普段着に身を包んだ幸子、状況を理解するのに少々時間がかかった。

「そうだったな……思い出したぞ幸子……」

 中途半端に寝すぎたようだ。体が妙にだるいし、頭も痛い。

「まったく、プロデューサーさんぐっすり寝すぎなんですよ。気が付いたらボクの肩で寝ていて……まあ良いですけどね!」

 肩で寝ていた? なるほど、どうやらいつの間にか幸子と立場が逆転していたようだ。幾ら移動中とはいえ、人前で眠ってしまうとはな。俺も知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろうか。

「とりあえず、早く車降りますよ! プロデューサーさん!」

 俺は幸子に腕を引っ張られる様な形で外に出る。まだ車内の中で夢と現実を行き来していた意識が、容赦の無い日光により一瞬で覚まさせられる。

「うおッ……!? 眩しッ……」

 俺は顔を塞ぐ。空は雲一つ無い、晴天そのものだった。平日とは言え、ライブをやるのはそこそこ有名アイドルなんだ。恐らくこの天気だと、人の混雑は避けられないだろう。

「なんです? 顔を塞いで。もしかしてボクのカワイさが溢れ過ぎてて、眩しかったんですか?」

「お前の寝起きからのドヤ顔は、眩しいというより少しくどいぞ……」

「くどいってなんですか!! ……いやでももしかして、くどくなるほどカワイイってことなんじゃ――」

「はいはい、行くぞ」

 幸子の言葉を中断させると今度は逆に、俺が幸子の手を引っ張っていく。

「ちょっとプロデューサーさん!! カワイイボクの扱い方がちょっと雑ですよ!! ねえプロデューサーさん!! ……あのー、聞いてます?」

「いや、ほっといたらずっとボクはカワイイって行ってそこから絶対動かないだろ?」

「そうに決まっているじゃないですか!!」

「はいはい、行った行った」

「あっ、ちょ……とプロデューサーさん!!」

 こうして俺達はいつものドタバタした感じの流れで、ライブ会場へと入っていくのであった。

 さて、今日ライブを行う場所は会場とは言っても、小さな公園の中にある小さな広場だ。その為あるのは小さなテントと仮設のステージだけで、その数個立っているテントの中にスタッフや今日のイベントのアイドルが居るらしい。

「しかし、大物アイドルという割には、大分小さなライブイベントだな」

「良いじゃないですか。ファンの人がアイドルを見やすくて」

 辺りではスタッフと思われる人々が着々と集まって来ていた。と、その内の一人がこちらに気が付いたのか近寄って来る。

「ああ! あなた方が今日急遽手伝いに来てくれたというアイドルとそのプロデューサーの方ですか?」

「はい、どうも宜しくお願いします。……ほら、幸子も頭下げて!」

「あっ、宜しくお願いします!!」

俺たちが挨拶をするとスタッフさんは帽子をとり、笑顔で会釈をする。そんな感じの良い応対に、俺の方も仕事モードのスイッチが入る。

「いやー……本当に助かりますよ。流石にこの炎天下だと人が一人居なくなるだけでも色々と大変なので……」

「いえいえ、こちらとしてもまだ駆け出しのアイドルとプロデューサーなので、今日の仕事は色々と参考にさせてもらいます」

「とりあえず今日は暑いですし、詳しい仕事内容などの話はテントの中で説明しますね」

 さて、スタッフに促されとりあえずテントの中に入った俺達は、今日の詳しい日程などを聞くべく、テントの奥に入っていく。そんな関係者用テントの中は夏の強烈な日差しや暑さを防いでくれ、意外と快適な空間だった。

「それにしても案外、中は広いもんだな」

「そうですね。機材とかもたくさんで、現場に来たって実感がわきます」

テントの中には業務用のクーラーや、旋風機が多数置かれている。確かに、パソコンやスピーカーなどの機材は熱に弱いからな。その辺が徹底されているのは納得だ。

「それでは、今日の日程について説明していきますね」

促されるまま着いて行った俺たちは、テントの中に置かれたホワイトボードの前で立ち止まる。そこには今日の一連の流れと思われるものが事細かに書かれている。

「とりあえずライブ自体は午後の三時程からなので、それまでにまず会場の準備を終わらせます。その後準備が終わったら今日は暑いので、来てくださったファンや観客の方へのうちわの配布、他には会場の案内とかですね」

「これは予想通り、幸子よりも大人である俺の方が動かないといけなさそうな内容だな……」

「プロデューサーさん、頑張ってくださいね! カワイイボクのために!」

 幸子は満面の笑みで遠回しに全部やれと言ってくる。無論俺も引き下がらず反撃する。

「なあ幸子、カワイイ子には旅をさせろってことわざ知ってるか?」

「知ってますよ! まあ確かにいくらカワイくたって、外に出なかったらカワイさを知ってもらえないですもんね!」

 ……たまげたな。この純粋な瞳、絶対に俺の言った言葉の意味を理解していない。素でことわざの意味を分かっていないのか、はたまた彼女のカワイイフィルターにより強制的に意味が変えられたのか。いやしかし、でも……うーん……幸子、お前今現役の中学生だろ……?

「……そうだな、プロデューサーはカワイイカワイイ幸子の為に、社畜のように頑張ります……」

「社畜扱いじゃ足りません!」

「俺を過労死させる気か貴様は」

 と、そんな感じで話していると辺りのスタッフが急にざわつき始めた。

「本日のライブのアイドル、到着しましたー!!」

「お、ついに来たのか」

 俺はいよいよ例の有名アイドルとやらが来るのか、と少し緊張をする。流石にテレビにも出ているようなアイドルが来るとなると、あまりいつものようなやり取りや対応はできなくなるな。

 ……ん? そう言えば有名アイドルって言っても、今日来るアイドルって一体誰なんだ? 昨日急遽話が決まったせいで、俺はまだ名前もなんも詳細を聞かされていないぞ。

「なあ幸子、今日ライブをやるアイドルって一体誰なんだ?」

「えっもしかしてプロデューサーさん、誰だか知らないんで引き受けたんですか!?」

「あー……まあ、折角もらえる仕事って話だったからな。あんま考えないで引き受けたのは事実だ」

 俺は今更そこに疑問を持つ。まあ最近は幸子のプロデュースに集中していたこともあるし、そもそも人気のアイドルと言っても今のご時世五万と居る。346プロだけでも多くのアイドルが日常的に出入りしているというのに、流行りのアイドルについてなんて、実際全てを把握しきれるはずがない。

「スタッフさんすみません、今日来るアイドルというのは……」

「はい、今日ライブをするアイドルは今若者の間で急激に話題になってきている……」

 スタッフさんが答えようとした時、突如としてテントの入口が開く。そしてそこには、高校生くらいの一人の少女が立っていた。

「こんにちはー……って、あれ? もしかしてその人とその子が、今日急遽手伝いに来てくれることになったプロデューサーとそのアイドル?」

「あのー、君は……」

「へぇー、アタシのことを知らない人ってまだ居たんだー」

 そう言うと少女はその特徴的な形をした帽子を取る。するとその長くて鮮やかな桃色の髪の毛が顕になる。

「アタシの名前は城ヶ崎美嘉。美嘉って呼んでね。今日は宜しく!」

 俺はその一瞬彼女、城ヶ崎美嘉を見て本能的に何かを感じた。それは言葉では形状しがたい何かだったが、せめて言うならこうだろうか。

 

『彼女が纏っているそのアイドルの雰囲気は、明らかに俺達のそれとは次元が違っていた』




この小説専用のTwitter垢を作りました。
今後の進捗はそちらの方で報告していきます。

さて、みかねえがついに出てきました。
因みに設定としてはまだ、まだ流行りたてのモデル出身のアイドルといった感じです。
そのためアニメ版程は売れてない感じですね。

次回、みかねえと幸子の意外な掛け合いです。
莉嘉は……さあいつかは出るかな?


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第36話 カワイイボクとカリスマ

長らくお待たせしました。就職試験、スマホの修理、修理の影響からデレステに篭らなければいけなくなったり……ハードな一週間だった「」


第36話

カワイイボクとカリスマ

 

「へぇー、アタシのことを知らない人ってまだ居たんだー 」

 俺はすぐに理解した。彼女の纏うそれの異質さや、俺達との違いに。

 別に、目に見える何かが凄い訳では無い。かといって、彼女が何か特殊な力かオーラでも持っているのだろうか? そんなわけあるか。ここは地球、現代日本、フィクションの世界などではない現実だ。

 それでは俺は一体、彼女から何を感じたのだろうか。恐らくだが、その正体が分かってきた。

 

『カリスマだ』

 

 目に見えなくてもわかるその圧倒的なカリスマ性、一見姿は普通の女子高生にしか見えないが、その場慣れした立ち姿、周りのスタッフより落ち着いた行動、雰囲気。全てにおいて、一般人や幸子の様な駆け出しアイドルのそれとは明らかに違う。

 俺は346プロに就職してから、様々な本物のアイドルを、少し離れた場所からではあるがそれなりに見てきた。だが今、プロデューサーという立場になって更に近場から彼女達を見てみると、そのアイドル個々の違いが分かるようになってきた。

 しかし、これがアイドルを仕事としている『本物』のアイドルか。担当として少々悔しいが、幸子にはまだ微塵も感じられないものだな。

「有名アイドルって、カリスマJKアイドルの城ヶ崎美嘉さんじゃないですか!! 知らないんですか!? 城ヶ崎美嘉。今流行りのカリスマJKアイドルですよ!?」

幸子は小声で俺に耳打ちする。その様子からして、幸子は大分驚いているということが分かる。

「カリスマJKアイドルって、お前そういう系に元から興味あったのか?」

「カワイイボクは、あらゆる属性に通じているんです。もちろん、渋谷系やギャルファッションなども例外ではありません。日頃から真面目にリサーチしているんですからね?」

てっきり幸子の中ではカワイイ以外の要素や感覚は無いと思っていたが、それは間違いだったようだな。幸子がそういったジャンルにも詳しいのは意外だった。

「……あっ、ゴメンね? 二人とも別に気にしたりなんてしなくていいよ? これもまだまだアタシを知らない人も居るって再確認できる、良い機会なのかもしれないからさ」

そう言うと、彼女は気にしないでとでも言うかのようにギャル風のピースを俺たちに向ける。

「今日はよろしくねっ!」

「えっ、あっ……よっ、よろしく……」

俺は改めて彼女、城ヶ崎美嘉の風体を見る。カリスマJKアイドルという肩書きが着く程だ。女子高生だと仮定して、やはり幸子や飛鳥達中学生のアイドルとは違い、身長も高く顔つきもどこか大人びでいる。そして何より目を引くのが特徴的な桃色の髪の毛と、鋭くキレのある眼。そして極めつけが完成されたプロポーション。人気の高さを実感できる、ハイスペックの暴力だ。

「……プロデューサーさん、何腑抜けた顔をして立っているんです?」

「ん? もしかしてなんかアタシの顔についてる?」

「い、いや何でもないです」

 なんだか緊張してなのか、上司と話す時みたいに体が硬直してしまう。しかし相手は年齢さえ違うが、幸子と同じ少女だ。なぜここまでうまく接することができない。まるで彼女に自分の影でも踏まれている気分だ。

「プロデューサーさん……!!」

 と、我に返り幸子の方を見ると、幸子はなんだかかなり不機嫌そうな顔でこちらをみていた。明らかにその目が怒っている。

「プロデューサーさん……浮気ですか?」

「いやいやいや誤解だ。それに浮気ってなんだ、俺は幸子の夫か何かなのか?」

「プロデューサーさんはプロデューサーさんですよ。ボク専用のです!」

「はいはい俺にとって常に一番のアイドルは幸子だけです本当にありがとうございました」

「わかってるならいいです!」

 幸子はすぐに普段の笑みに戻る。しかし、その笑みがいつもと違い少しだけ怖い。

「フフッ、何か二人ともイイ感じのプロデューサーとアイドルの関係じゃん」

「えっ……あっ!」

しまった、盛大にやらかしてしまった。完全に今、初対面の相手の前で痛い身内ネタを披露する厄介になってしまっているじゃねえか。

俺は幸子の超強力な幸子力に引っ張られ、いつも通りの雰囲気でやり取りをしてしまう。

「すみません、少し見苦しいやりとりを」

「あー、ちょっとパスパスそういう堅いの。別に、もっと力を抜いた感じで良いよ!」

「あ……ああ、そうです……か」

「敬語なのかタメ口なのか、ハッキリしてくださいよプロデューサーさん……」

「あー……!! ダメだ、やっぱり本物のアイドルと話すのには慣れてないな」

「ボクだってちゃんとした本物のアイドルですよ!!」

 幸子は再び怒り始める。俺はそんな幸子の怒っている姿を見て、いつもの調子を少しだけ取り戻した。

 こういった状況になった時、こんな風にいつもの雰囲気を作り出してくれる幸子には助けられる。

「へぇ〜……二人とも出会ってからは、もう長い感じなの? 本当に仲良さそうだよね〜、ちょっと羨ましいかも」

「フフーン! 勿論ですよ!プロデューサーさんとボクは、一心同体です! 有能プロデューサーとカワイイボクが合わさって、強く見えるんですよ!」

「……まあ、見ての通り仲が良いというかなんというか……色々……」

「良いじゃん、プロデューサーとアイドルは仲がいいことに越したことはなないよ。異動とか、引退とか、そういった事が無ければこれから先、ずっと仕事をやっていく長い付き合いになるんだから。これ、先輩アイドルからのちょっとした助言ね!」

 言われてみればそうだ。それこそアイドルとプロデューサーなんて、引退でもしない限りずっとの付き合いになるわけだからな。そういった意味では、俺と幸子は負ける気がしない。

「まあとりあえず、長話をここでしていてもそろそろ時間が勿体無いかな。繰り返しになるけど今日は宜しくね! 仲の良いお二人さんになら、アタシも安心して仕事を任せられそう」

「こちらこそ、今日はよろしくお願いしますね! 美嘉さん!」

「打ち解けるの早いな幸子……」

「まあまあ、アタシとしてもその方がやりやすいし、幸子ちゃんPももっと気楽に話してくれても良いよ?」

「幸子ちゃんP……?」

 なんだかそのあだ名を俺がつけられることに違和感がある。別に嫌なわけでは無いのだが、自分が言われるとなるとなんとなくしっくりこないものだ。

「さて、とりあえず最初は……まだ外の会場の方が組み立てとか終わってないみたいだし、プロデューサーの方は会場の組み立ての手伝いとかをお願いしようかな。幸子ちゃんは怪我させちゃってもイケナイしね〜……どうしよう」

「別に、ボクもプロデューサーさんと同じ様な仕事で構いませんよ? 今日は最初からお手伝いのつもりで来ていたので」

「いやいや、現場は結構力仕事や危ない仕事も多いし……よしっ、それじゃあ幸子ちゃんは今の所、ここで待機かな? 未来のトップアイドル候補に何かあってからじゃ遅いしね」

「そうだな。彼女が言う通り、こういった力仕事は俺にまかしてくれ、幸子」

「プロデューサーさんと美嘉さんが言ってくれるなら……しょうがないですねえ。しょうがない、しょうがないですから……言ってくれた通り、甘えさせてもらうことにしますね!」

 さて、そんなこんなの経緯があり、俺も早速会場の設営に加わっていくことになった。だが、待っていたのは思っていたより遥かにハードな仕事だった。燃えたぎるような炎天下の中機材を運ぶのは、正直しんどいとしか言葉が出てこない。とりあえず上着は邪魔だし暑いから脱いだが……これは着替えを持ってくるべきだったな。汗で大変だ。

 因みにテントて待機してもらっている幸子にはとりあえず、休憩時間の水配りや、美嘉の身辺の手伝いなどの小さな仕事をしてもらうことになった。仕事自体は確かに小さいかもしれないが、それでもライブに関わる人の努力や苦労は彼女にも伝わるだろう。特に、先輩アイドルの近くならば尚更な。この経験が幸子になにかしらの良い経験になることを期待したい。

 しかし、それにしても今日は本当に暑いな。これからライブやイベントをする機会とかができたとしたら、スタッフや幸子への配慮もしないといけないな、と俺の方も色々と再確認させられる。案外、俺の方も良い勉強をさせてもらっているのかもしれない。

 と、そんな中テントの方を向くと幸子がテントの陰からこちらを見ていた。

「プロデューサーさん! カワイイボクの分も頑張ってください!!」

 ……それにしても、結局全て俺の仕事になっていないか? 

 今日一番肝心な幸子は日陰で、扇風機の風に当たり、涼しい顔で、水を飲みながら、椅子に座って、こちらを見ている。手伝いに来ているはずのアイドルが、今日ライブをするアイドル並にVIP待遇なのは何故なのだろうか。なんだか無性に仕事を投げ出して、家に帰りたくなってきた。

 ちなみに美嘉の方はと言うと、どうやらテントの中で今日のライブのメイクや着替えなどをしている様だ。ちゃんと346専属のメイクさんが担当しているらしいが、専属のメイクさんが居るあたり流石346プロだなと思わされる。

 

 あれから一時間と少し程時間が経ち、意外とあっさり会場の設営は完了した。短時間で建てた割に見た目はなかなかのものだ。

 しかし、こうやってステージを作ってみると達成感があるな。今歌っているアイドルのセットは俺達が作ったんだぞ、と観客に言ってみたくなる。まあ、それを言わずにひっそりと裏から見ているのが本当の裏方仕事というものなのかもしれないが。それならば、その裏方で仕事をしてくれたスタッフさんの分も俺達アイドルとプロデューサーが頑張る、というのがスタッフさんへの労いになるのか。

 と、ふいにテントの方へ目を向ける。すると幸子が仕事の終わったスタッフ一人ひとりを周り、ちゃんと水を配っていた。

「フフーン! 暑い中お疲れ様です! お水どうぞ!」

 何だかんだ彼女なりにできる仕事をしていて、その姿を見て少しほっこりする。まあ彼女はアイドルなんだ。彼女が楽そうにしているのを見て羨ましがっていたようじゃ、まだまだ俺も三流プロデューサーか。

「あ、プロデューサーさん!」

 幸子がこちらに気がついたのか走ってくる。

「どうぞ! 喜んでください、カワイイボクからの差し入れですよ? 」

 スタッフ一人ひとりを走って回っていたせいか、幸子はかなり汗をかいている。俺はそんな彼女の頑張っていた姿に少し涙が出そうになる。全く保護者か俺は。

「素直にお疲れ様ですって言えば良いだろ……まっ、ありがとうな幸子」

「うるさいですねえ、プロデューサーさんはボクの為に汗水垂らして頑張って当然なんですよ!」

「へいへい……」

 と、ペットボトルを受け取るといきなり幸子が手を引っ張ってきた。

「ライブの開始まではしばらく時間があるみたいです。そろそろお昼ですし、次の作業までとりあえずお昼休憩にしましょう、プロデューサーさん! あ、プロデューサさんに拒否権はありません!」

「お昼って言われても、俺は弁当とかは無いぞ……? ん、もしかして俺の分まで弁当でも作ってきてくれたのか?」

「何言ってるんですか、普通に弁当が配布されるんですよ」

「あ……いや、何でもない。そうか、わかった」

そこで俺は、幸子の存在が少しずつ当たり前になってきていることに改めて気がつかされる。あれだけ幸子の弁当を食べさせてもらうことに抵抗があったのに、今となってはもはや違和感を感じない。まったく、俺もだいぶ毒されたな。ある意味、幸子の担当プロデューサー化が進行しているのかもしれない。

「もしかして……ボクの手作りお弁当を自分から求めているんですか? 贅沢な人ですねえ。そんなプロデューサーさんにはあげちゃいます! 今日は流石に無理ですけど明日、プロデューサーさんのために作ってきてあげますよ!」

「そうか、じゃあお言葉に甘えて……明日は頼んだぞ、幸子」

「お礼はいりません! だって、ボクですから!」

 こうして俺は幸子に引っ張られるがままにテントに連れて行かれた。結局、場所は違えどやる事は同じだったか。しかしそんな状況でも幸子の適応能力には驚かされる。

 とりあえず、午後からはまたお客さんも来たりして更に忙しくなるだろう。それまでは休憩だ。暑いし重労働で疲れたし、休憩無しじゃやっていけない。深い事は考えず、飯にするか。




なんでこのタイミングでスマホが壊れるのか不思議でたまりません。
デレステイベント滑り込みで卯月確定しましたけど本当につらい一週間だった……

まあしばらくはまた不定期ですが、幸子に免じて許してやってください。
幸子もりくぼ飛鳥カワイイ。

次回、昼休み(直球)


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第37話 カワイイボクと敷物

第37話

カワイイボクと敷物

 

 

 幸子に連れられ、俺はテントの中へと入っていった。そこには段ボールが置かれており、スタッフはそれぞれ中身を取って行っていく。

「本当に弁当も出るんだな……」

「さあさあ早く取ってください! 時間は有限なんですから」

 俺は幸子に急かされ弁当を取る。

 因みに、弁当の中身に関しては少しボリュームがあるくらいの、よくある普通のコンビニ弁当と言った感じか。 流石に大手で予算もありそうな346プロだから、そんな弁当の中身も豪華……というオチまでは無かったな。

「あ、幸子ちゃんと幸子ちゃんのプロデューサーじゃん。二人ともお疲れ様!」

 突然声をかけられ後ろを振り向く。そこにはメイクをし終わった美嘉の姿があった。

「あ……お、お疲れ様」

 先程の女子高生の面影は完全に無く、衣装を纏い、完璧なアイドルとなったその姿はまさに、カリスマJKアイドルという存在その物だった。

「何顔赤くしているんですかプロデューサーさん」

「あー……意外と結構露出とか多いんだな」

「まーね。セクシー派カリスマJKアイドルってのも、ひとつの売りだから」

「こりゃ幸子には到底不可能な肩書きだな……」

 と、言いつつまだ幸子は中学生だし、この三年間くらいの間に幸子が急成長する可能性もあるから、実質完全にゼロでもないのかもな。

 とは言え、中身は結局幸子だからな。セクシーな役なんかできるのだろうか。それこそセクシー(笑)とかになりかねない。

「何言ってるんですか! ぼ、ボクだって多分セクシー路線もいけますよ!」

「ほんとにー?」

「なっ……!! なんですかその目は! ボクをなんだと思っているんですか!」

「自称せくちー」

「うがー!! プロデューサーさんボクのことをまたバカにして! まだまだボクは成長途中なんですからね! 数年後に、今言ったことを後悔させてあげますよ!」

「はいはいせくしーせくしー……」

 と、黙り込んでいる美嘉の方を向くとなんだか凄くニヤニヤして見ている。

「ま、アタシは何も言わないよ? 続けてて良いからさ……フフフッ」

「なんだか、見苦しい所を見せてしまいましたねえ……」

「と、とりあえず……飯、食うか」

 というわけで、俺達は早速弁当を食べるための場所探しをすることになった。ちなみに美嘉は本人の希望で、俺達と色々話しながら弁当を食べたいそうだ。ただ、ライブ衣装で行動する訳にはいかないため、一旦衣装だけ軽く着替えて後から合流するらしい。

「なんだか外でこうしてみんなで弁当を食べるとなると、小学校のころの遠足とかを思い出しますねえ……」

「遠足か、言われてみるとそんな物も昔はあったな」

 今日のライブは広い公園の様な場所の一画で行われる野外ライブだ。その為周りには多少自然があり、比較的空気も良い。

「さて、どこら辺で食うか……って言ってもあんまし会場から離れるわけにもいかないし、かといって食べられそうなスペースも無いしな……あーあ、こういう時に都合良く敷物とかを持ってる人とか居ないかなー?」

 俺はわざとらしくそう話し、幸子の方をチラっチラっと見る。すると幸子が案の定行動に移った。

「フフーン! こんなこともあろうかと!」

 そう言うと幸子は鞄の中から何かを探し始めた。

「じゃん! 野外ライブと聞いていたので用意してきたんです!」

「流石幸子、有能」

「もっと褒めてくれても良いんですよ?」

「いや、今回はふざけ無しに本当に幸子様様だ。ありがとう」

 幸子は敷物を地面に敷き始めた。可愛らしい花柄の敷物で、幸子らしいと言えば幸子らしいか。

「あー……それにしても、結構小さくないか? これ、三人どころか二人も入らないだろ」

「フフーン!」

 そう幸子はドヤ顔をすると、再び鞄の中をいじり始めた。

「じゃん! もう一枚用意してあったんです!」

「有能」

 問題は解決したかと思った。しかし、その敷物のサイズを見てまた違った問題に気が付く。

「……いや、待った。やっぱりどう見てもサイズが一人用じゃないか」

「それは美嘉さんの事は考えてない予定でしたからね、三人分のサイズは想定して無いですよ」

 これはどうやら美嘉と幸子に敷物を譲るのが流れらしいな。まあ、俺に関してはスーツが汚れないように立っていれば良いだけの話ではあるが。

「あー、スペースが無いなら別に俺は構わないが?」

「何言ってるんですか、一つのシートにボクとプロデューサーさんが座れば良いんじゃないですか」

 

 ……ん?

 

「……無理しなくてもいいぞ?」

「いや、座ってください!」

 その敷物の大きさは女子が一人座ってやっとといった感じの大きさだ。俺達二人が一つの敷物に入ったらそれこそ色々と問題がある。いや、むしろ問題しかない。

「あー……仮にもここは外だからな? いつものノリはマズいと言うか……俺が社会的に死ぬ」

「なんでです?」

「まあ……スーツの男と中学生の女子生徒が密着していたら……な? 絵的にもマズいと思うのだが」

いや、ここまで来ると逆に仕事がオフの日の親子に見られることも……んなわけあるか、今日は平日だしなんでスーツなんだよ。いくらなんでも無理がある。

「大丈夫です、カワイイボクを信用してください!」

 しかしそんな葛藤をする俺を差し置いて、なんだか幸子は自信満々というか必死というか……とにかく、何としても俺には座ってもらいたいのだな。

 まあ幸子の押しも強いし、ここは彼女の言うことに『仕方ないが』従うことにするか。

 万が一、何が起きても俺の責任じゃない。良いね?

「……わかった、幸子がそこまで言うなら俺も座ってやるか」

「ありがとうございます、プロデューサーさん!」

 という流れがあって、俺と幸子は敷物に座ることになったのだが……

「いくら何でも狭すぎないか?」

「い、いけますよ! 全然! 余裕! です!」

 この通り、お互いに体の半分がシートからはみ出ている。恐らく幸子がしたかったこととは違う、とても残念な状態になってしまっている。

「やっぱり俺、立ってて構わないぞ?」

「うーん……こんなはずじゃ……」

 そんな状態になっていると、美嘉が着替え直してきてこちらにやってきた。

「やっほープロデューサー、幸子ちゃん……二人でくっついて何やってるの?」

「まあなんというか……」

「お昼の準備です! 美嘉さんはそっちの敷物に座ってください!」

「あれ、わざわざ敷物なんて用意してくれていたの? サンキュー! 気が利くじゃん」

「さすがボク、他人にも気を使えるできる子です!」

「フフッ、じゃあ失礼するね〜」

 美嘉は用意された敷物に座る。なんだか隣の芝が青いというより、隣の敷物が広い。

「まあ、こんな状態だが全員揃ってしまったし……仕方ない、飯にするか」

「ですね! プロデューサーさん!」

 結局どうしようもなく、幸子にやられるがままの状態で飯が始まってしまった。仕方ない、もうこの程度気にするようなことでもないか。

 というわけで出張昼飯編、今ここにて開始である。




スマホ壊れるし……デレステのイベント卯月入手損ねたし……スマホ無いからバグでカメラ目線になった森久保見れなかったし……就職の内定落としたし……

あ ほ く さ

次回、美嘉ねえとご飯食べます


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第38話 カワイイボクと城ヶ崎美嘉

ガチャ、爆死しました(予定調和)


第38話

カワイイボクと城ヶ崎美嘉

 

 

「それじゃあ……いただきまーす!」

「いただきます、と」

「はい、いただきまーす」

 俺達三人は弁当の封を開ける。途端に周囲には具材の匂いが溢れ出し、俺の腹は急激に減り始めた。

「良い匂い……」

「やっぱり人間、食べていかないとやっていけないな」

「まあね。アタシみたいな忙しい身になると、そういう事は痛烈に感じる様になったかも」

俺たち三人は敷物に座り、他愛のない話をしながら昼飯を進めていく。先程は彼女、美嘉の圧倒的なカリスマ性の前に圧倒された俺たちだったが、こうして比較的日常に近い状態で相対すると、不思議なことにやりずらいとかそんなことは無かった。

「忙しい身、ということは美嘉さんはもう、一日の三食の食事が安定しない程度には忙しいんですか?」

「いやいやいや、まだそこまでじゃないんだけどさ。結構なハードスケジュールとかがあって、やっぱりある程度食べておかないと体が持たないんだよね」

「流石先輩のお言葉、参考になるな」

「先輩って、アタシはまだまだそこまで大した物じゃないよ〜」

 等と美嘉は言っているが、纏っていたあの雰囲気は長年やってきた人間のそれだったと俺は思う。それにこうやって謙遜する辺りからも、中途半端な実力での威張りや威圧、といった負の印象が一切伝わってこず、改めて彼女の持つスペックの高さを実感させられる。

「実際この346プロにアイドル部門ができてまだ数年、アタシもまだアイドルになって一年と少しくらいで、最近ようやく仕事の流れを把握してきたくらいだからね。まだまだ先は長いよ」

「一年と少し……意外だな。てっきりもう少しアイドルをやっていそうな貫禄と雰囲気だが」

「そんなにおだてても何も出ないよ?」

「いやいや、本当に凄いと思うぞ? 俺なんてもう社会人になって三年と少しだけど、最近ようやく社会の雰囲気ってものに慣れてきたばかりだからな。もっとも、プロデューサー歴に限ってしまえばまだ一週間弱だけど」

 本当、その通りだ。二十三にもなる男ですら社会に、業界にある程度適応するのに数年かかったというのに、一年弱で人気アイドルという地位を得ることが出来た彼女のスペックと素質は、まさに未知数なのだろうと俺は思う。少なくとも普通のアイドルならば、一年と少しアイドルをやった程度でカリスマなんて肩書きは付けてもらえないだろう。

「だって、美嘉はその一年と少しという短い期間だけで、世間の話題になれる様なアイドルに慣れたんだろ? 普通じゃ何年もかけて、人気になっていくのであろうにな」

 ただ、もしかしたら美嘉のプロデューサーがとても有能で、その努力もあって彼女が短期間で人気アイドルになれた、という可能性も否定は出来ないが。もしそうだとしたら、俺も負けていられないな。

「そこまで褒めてもらえると、なんだかちょっとだけ照れるかも。まあでも、アタシにはモデル時代のファンとか、経験とかがあったから、多少は普通の人よりは土台が良かったのかもしれないけどね」

「へえ、モデルをやっていたのか。確かに雰囲気とかから、薄々そっち方面に関わっていたりしたのかもなとは思っていたが」

「モデルとは言っても、雑誌の読者モデルみたいなものだったけどね」

 初対面の時から感じていたオーラ、それは本来アイドルが持つべきそれとは違っていた。それがなんだかは最初わからなかったがなるほど、つまりはモデルとして鍛えられてきた、経験の賜物だったわけか。それなら一年半で人気のアイドルになれるのも、少しは納得かもしれない。多分モデル時代からの経歴を合わせれば、俺よりも長い間業界に携わっていたことになるだろうからな。

「でもアタシからすれば、アタシよりも多分幸子ちゃんの方こそこれから一気に伸びると思うんだけどな〜。結構素質が有りそうかも」

「なんでだ? こんなちびっこくてぴょんぴょん跳ねるだけのナルシスト系アイドルが?」

「プロデューサーさん、なんだか言い方に悪意しか感じられないんですが」

幸子はこちらに鋭い視線をぶつけてくる。だが俺は事実を言っただけに過ぎない。いくらそんな目で俺を見たところで、幸子には反論に使える材料が一切存在しない。

「まあ、ちょっとだけ先輩ぶらせて貰っちゃうとするとさ、先輩としての勘かな?」

「勘?」

「結構モデル業界で色々な人や、色々な環境を見てきたからさ、意外と結構分かっちゃうんだよね。どんな子が伸びるのか」

 美嘉は幸子の顔をじっと見る。その目はアイドルの目ではない、長年をかけて鍛え磨かれてきた、業界人としての鋭い目だった。

「⋯⋯まっ、当たるかどうかは別として、幸子ちゃん大分可愛い顔してるしねっ!」

「フフーン! ありがとうございます! やっぱりボクのカワイさは、自他認める本物のカワイさだったってことですね! プロデューサーさんには、まだまだ見る目が足りないみたいです!」

「⋯⋯一応言っておくが、俺はお前のことがカワイくないとも素質が無いとも、そうは一言も言ってないからな」

 しかしそんな幸子の耳には俺の言葉が届いている様子は一切無く、この通り満面のドヤ顔である。本当、自分のことを褒めるワードに対しては、餌にひきつけられたマグロの様にすぐ食いつく。幸子にとってカワイイという言葉は、まさに最高の釣り餌だ。

「それに、カワイイボクは最初から伸びきっている様な物ですから、その点も心配はありませんね! つまりはボクは完璧、究極、要するに女神なんです!!」

「相変わらず身長は伸びないみたいだけどな」

「うるさいですプロデューサーさん!! ボクはまだ中学生なんです!! 成長期なんです!!」

 幸子がまた怒って体をポンポン叩いてくる。なんか田舎からきた親戚の子とかを思い出すな。

「フフッ、なんか幸子ちゃんを見てると、うちの妹と被っちゃうな……」

「あれ、美嘉さん妹がいるんですか?」

「うん。多分ちょうど幸子ちゃんくらいの年齢かな? 一応妹もアイドルを目指していて、未来のアイドル候補なんだよね」

「へぇ、姉妹揃ってアイドルとは面白いな。そりゃあ姉のカリスマ性は引き継がれているんだろうな」

「いや、本当のことを言えばまだまだカリスマって自称できるほどじゃないよアタシは」

仮にこれが幸子なら多分、カワイイボクの妹なんだから当たり前です! とかもっとも、姉であるボクの方がカワイイに決まってます! 姉より優れた妹はいません! とか言い出すんだろうな。軽々しく自称しない辺り、彼女のカリスマポイントがガンガン上がっていくぞ。

「まあまだ妹は幼いというか、年相応というか、よく男子と一緒に虫取りに行ったり、木登りをしたり、シールを集めるのが趣味な、普通の子なんだよね」

「へえ、シール集めはわかるが、虫取りや木登りとは、美嘉の妹ってイメージに反して結構ワイルドな子だな」

「ワイルド……あはは、本当にね。よく、どこからかカブトムシとかクワガタとか捕まえてくるんだけど、アタシそういうの本っ当に苦手でさ。あの子よく素手で触れると思うよ」

「そうだよな、俺も昔は結構虫取りとかはした物だが最近は少し苦手になった。やっぱり子供の頃って、なんでか知らないがみんな虫とか結構平気なんだよな」

「まあ、そんな事言ってるアタシもまだ高校生なんだけどね」

 お互いに少し笑いがこぼれる。だが、数秒後に美嘉の高校生というワードが脳内で反響し、社会人生活をしている自分に突き刺さった。あぁ、歳とったな俺。

「……いや、それにしてもカブトムシやクワガタなんて、今の時代そこら辺には居なくないか? 一体どこから……なんだか美嘉の妹ってのに少し興味が湧いてきたぞ」

「何? もしかしてあの子をアイドルとしてデビューさせて、担当になってくれちゃったりして?」

「カリスマギャルのカリスマ妹か……よっしゃ! デビューするって言うならば俺が……って痛っ痛い痛い!!」

 言いかけた途中で、幸子が脇腹を肘で突いてきた。

「あーはい、今の話は無し! 俺の担当はもう幸子が居るからな。まだ複数人のプロデュースなんて無理さ無理無理、ハッハッハ!! ……はぁ……」

「フフッこっちも冗談冗談、妹はまだまだアイドルになるには早いから」

 しかし普段、幸子というイレギュラーでスペシャルケースな存在と接しているせいか、美嘉という現役高校生と話すと色々と大人びていて、また違った印象を受ける。というかむしろ、これが普通なのかもしれないが。なんだかまともに会話が成立することに、逆に違和感を覚えてしまう。

「なんか、こうしてみんなで話しながら飯食べるのって、良いよな」

「結構中学生辺りを過ぎると、そういう機会ってあんまり無いしね」

「俺なんて、幸子と会うまで会社ではずっと一人飯だったからな……」

 考えてみると今までの人生、どちらかと言うと沢山の人に囲まれたりする方ではなく、こじんまりとした人生だったと思う。高校時代も毎日勉強で、ノートと参考書以外これといった友人も居なかった。それに家も両親は共働きで、あまり食卓を囲んだこともなかったからな。346プロに就職して社会人になってからは親しい友人等は更に居なくなり、まさに夢を追う自分との戦いだった。

 そう考えると、幸子と出会ってからの毎日と言えば、いつでも気が付いたらそこに誰かが居てくれる日々になったよな、と思う。幸子以外にも飛鳥や乃々、そして今ここにいる美嘉など、様々な人と恐らくその場限りの付き合いじゃない、深い繋がりができた。ある意味、これは日々が充実していると言えるのだろうか。

 

 いや、そんなはずは無い。

 

 まだ俺と幸子はようやくスタート地点に立ったばかりだ。アイドルを持てただけで満足している程度のプロデューサーなど、それこそ出世もできず担当するアイドルと共に消えていくだろう。主役は俺じゃない、満足させるのは観客やファンと、幸子自身だ。

「……あっ、そうだ幸子ちゃんとプロデューサー。ちょっと今スマホある?」

「ああ、持っているが」

「ボクもありますけど?」

「それならさ、ここで会ったのもなんかの縁だし、ここで連絡先とか交換しておこうよ。一応立場上はアタシは先輩だからさ。アタシなりに少しだけだけど、今後の相談とかに乗れるかもしれないし」

「ああ、そうだな」

「ですね、ありがとうございます!」

 と言うわけで俺達は美嘉と連絡先を交換した。因みに幸子のアドレスを見て美嘉がこれでもかというほどに笑ったのは言うまでもない事実だ。

「さて、ここまでアタシの話を結構してきたけどさ、プロデューサーと幸子ちゃんの話も良く聞かせてくれない? なんか色々と面白くて楽しそうかもって思っていたんだけどさ」

「俺達の話か……そうだな、例えばレッスン中にゲリラ豪雨の雷に幸子がビビって動けなくなった話とか……」

「プロデューサーさん、まったく話をするなとは言いませんから、せめてその話以外の話にしてください……」

「じゃあ飛鳥とトランプやった時の話とか? 乃々が来た時の話もあるし……後は渋谷に買い物に行った時の話とか……」

「へぇ、楽しそうな話じゃん! アタシにもっと聞かせてよ」

「プロデューサーさん! だからなんでわざわざそのチョイスなんですか!!」

 こうして昼飯はまだまだ続いていった。俺達が話すこと一つ一つに美嘉は楽しそうに聞いてくれる。お陰で昼飯を食べ終わってもだいぶ話し込んでしまい、気が付けば午後の準備の時間ギリギリまで話し込んでしまいっていた。その後スタッフが美嘉や俺達の所に飛んできてようやく美嘉、俺、幸子の昼飯雑談は終わった。まあ俺としても幸子や飛鳥、乃々以外のまさに、今絶世期に入ろうとしているアイドル界最前線のアイドルに話を聞けて色々と興味深かった。

 というわけでこの後は再び準備、からの美嘉のライブを見届ける。気分を切り替えて、しっかり気を引き締めていかなければな。




なんか色々自分が忙しかった間に、デレステで事件が起きたとか聞きました。
乃々が奇跡を起こしたとか……ニコニコで見ましたがリアルに恥ずかしかった……
いつもシアハートアタックみたいにモリクボォ、コッチヲミローって行ってきましたが……こっちが見れないよあれじゃ。
まさに美少女、森久保乃々でした。

次回、城ヶ崎美嘉、ライブ開始!


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第39話 カワイイボクと本物のアイドル

新規制服よしのんから良い匂いを感じる……


第39話

カワイイボクと本物のアイドル

 

 

 会場の設営や事前リハーサルは無事に終わった。それからしばし時は経ち、時刻は二時半を過ぎた頃だろうか。会場の周りには少しずつ人が増えてきていた。

「なんだか賑やかになって来ましたねえ」

「今日は平日だし、そこまでの満員とはいかないだろうが、多分美嘉目当ての女子高生とかのファンが来るんだろうな。ちょうど八月で学生は夏休みだろうし」

 公園とはいえ、ここはそれなりに整備された場所で、実際ライブをやる会場の周辺は今回みたいなイベント用になのか、コンクリートで舗装されている。それに公園から出てすぐそこには、大きな駅や通りがあり、わりと人通りは多く賑やかな場所だ。

「確かに、何故わざわざ平日に、しかも公園みたいな場所なんかでライブをやるんだろうと思っていましたが、ファンの層を読んであえてだったんですね!」

「またそれなら平日にやっても人は結構来るんだろうし、ある意味アリなんじゃないかな」

「ファンの層を掴む、これからのボク達のライブの参考になりますね!」

 テントの隙間から会場の周りに集まっている人を見ると、中高生、とくに女子が多い様に感じる。読者モデル出身、カリスマギャルの名は伊達じゃ無かった様だ。

「しっかしまだ開催時間の一時間近く前なのに、人が集まるってのも凄いよな」

「ライブなんてそんなものですよ。まあボクのライブは一時間どころか、三時間前には満員のライブになるでしょうけどね!」

「それじゃあそれに見合ったキャパの会場を用意しなきゃな」

「目指せ、宇宙クラスのコロニーライブです!」

 と、こんな感じで幸子と話していたがそろそろ時間だ。俺達はライブが始まる前のうちわの配布や、会場のスタッフをすることになっている。

「それじゃあ行くか、幸子」

「まあボクにかかれば、美嘉さんのライブは間違いなく大成功でしょう! 美嘉さんは最高の勝利の女神を引き当てましたよ、本当に!」

「そうだな。幸子の方もその意気込みのまま宜しく頼むぞ」

「プロデューサーさんこそ、観客の女子高生に目を取られて、ミスなんてしないでくださいね?」

「……やれやれだな」

 という訳で俺達は会場のテントから外へ出た。実際に外に出て間近で様子を見てみると、かなりの人数だ。俺と幸子はこの一人ひとりにうちわを配って回るのか……

「とりあえず会場は暑いし、見に来てくれている人に片っ端からうちわを配っていくぞ」

「言われなくてもです!」

 俺達はダンボールからうちわをできるだけ多く取った。うちわはそこそこの量用意されており、すぐに無くなる事はまず無いだろう。

「フフーン! カワイイボクからうちわを受け取れる美嘉さんのファンは、美嘉さんだけでなくボクのファンになれて倍お得ですね!」

「はいはいカワイイのは分かった分かった」

「あっちょっ……とプロデューサーさん引っ張らないで下さいよ!!」

 また自分の世界に入ってしまっている幸子を引っ張り、俺はステージのある方へと行く。

「さあ、幸子は右側から頼んだ。俺は左側からうちわを配布してくる」

「しょうがないですねえ、まあプロデューサーさんの言うことなら聞いてあげます!」

 幸子はそう言うと早速お客さんの方へと歩いて行き、うちわを配布していった。俺も幸子が行ったのを確認して、同じ様に配り始める。

「今日は暑いのでうちわを配布します!! みなさん、適度な水分補給等は怠らないでください!! また、気分が悪くなった方や何かあった場合は我々スタッフまで一言お声がけください!!」

 我ながら良い感じだ。こんな完璧にスタッフ仕事をしている人間が実はプロデューサーだと、一体誰が思うだろうか。下積み時代三年間、伊達に雑用仕事や裏方仕事はこなしていない!!

「みなさん! 今日は暑いので水分補給とかはちゃんとやってくださいね!! カワイイボクとの約束ですよ!!」

 見たところ、幸子も彼女なりに向こう側で一生懸命やっているようた。発言の一つ一つに色々とつっこみたいのは山々だが、汗を垂らしながら頑張っている彼女を見ると、むしろこれでいいのだろうと思えてくる。俺もそんな幸子に負けじと配って回った。

 しかし、こうしている間にもファンはどんどんやってくる。配っても配っても終わりが見えてこなく、丸でキリがない。俺や幸子以外にもスタッフさんが配っているが、これはスタッフが一人居ないだけでも大変だろうとよくわかる。

 と、ここで他の仕事が終わったスタッフさんが援軍に駆けつける。スタッフさんは俺達以上に手馴れた動作で、まだうちわを受け取っていないファンに配っていく。

「プロデューサーさん! ボクの方は手持ちの分だけなら配り終わりましたよ!」

 俺がうだるような熱波と途切れることのない人波に苦戦している中、幸子の方はうちわの配布を終え俺の方へ帰ってきていた。

「早いな、こっちもあと少しで終わりそうだ」

「なんかスタッフさんの話だとお客さん、想定より多くなりそうってことでしたよ?」

「しょうがない、ペース上げてもう一度うちわを補給してから回るぞ!」

「わかりました!」

 俺達は走ってダンボールの方へと戻った。そして先程と同じように手に取れるだけありったけのうちわを取っていく。

ちなみにうちわには今日の衣装姿に身を包んだ美嘉の姿と、裏面には346プロとそのアイドル部門についてのPRが書いてある。今日のこの人の集まり具合と美嘉の知名度からして、企業の宣伝効果としてもかなり高そうだ。

流石は346のこれからを背負って走るアイドル、346の顔になるのもそう遠くはない話だろうな。

「そうだ、今日は予想以上に暑い。幸子の方も決して無理はするなよ? 体調悪くなったりしたら後は俺が全部やっとくからさ」

「そのボクを思ってくれる気持ちだけ、受け取っておきます! ありがとうございますプロデューサーさん!」

「へっ、担当のことを考えてやるのなんて当たり前のことよ」

 こうして俺達は何度も何度もうちわを配って回った。他のスタッフさん曰く、今日のお客さんの数は想定外のクラスらしい。まさに、嬉しい悲鳴そのものだということだ。

 と、うちわを配り始めて四週目に入ろうとした時、突然俺は一人のスタッフさんに止められた。

「すみません、美嘉さんが幸子ちゃんとそのプロデューサーの方に、ステージの舞台裏の方に至急来て欲しいと連絡がありました!!」

「美嘉から?」

「はい、どうやらそろそろ開演時間なので、是非ともおふた方には舞台のすぐそばで見てもらいたいと。うちわの配布の方は私達に任せておいて下さい!」

 俺はその伝言を聞いて幸子にもこの事を伝えるため、幸子の元へ走った。幸子に話の内容を伝えると、幸子はうちわの配布があと数枚だから素早く切り上げて、後から合流する、とのことだった。

 俺は先に現場を離脱すると、急ぎ舞台裏の方へと向かう。

「あ、ようやく来たね、プロデューサー」

 舞台裏に着くとそこでは再び衣装に着替えた美嘉の姿があった。

「すまない、幸子の方は少し遅れそうだ」

「いやいや、むしろちょっと今はその方が都合が良いかも」

 そう言うと美嘉はそばに来るよう指示をしてきた。

「ん? どうした?」

「実はさ、アタシ今少し考えていることがあって……」

 そう言うと美嘉は耳元で囁き始める。

「……それ、勝手にやっちゃって良いのか?」

「大丈夫大丈夫、もう上の方には連絡とってあるからさ。くれぐれも幸子ちゃんには内緒でね?」

 そう言うと美嘉は微笑む。

「大丈夫、アタシに任せといて!」

「そうか……わざわざありがとうな、美嘉」

「いいのいいの! 先輩であるアタシから、後輩である幸子ちゃんにやってあげられるのはこれくらいしかないから……」

 俺は美嘉からとある提案をされた。来週にライブを控えた幸子には、恐らくプラスになることだろうと考えてのことらしい。

「城ヶ崎美嘉さん、そろそろ出番の方宜しくお願いします!!」

 と、スタッフが忙しそうに走ってくる。時刻は三時半過ぎ、そろそろ時間だ。

「オーケー! アタシの方は準備満タンだよ!」

 と、そこにちょうどうちわを配り終えた幸子が走ってきた。

「プロデューサーさん! こっち、終わりましたよ!」

「了解、そろそろライブ始まるぞ」

 表の方にはもう司会の人が出て話し始めており、イベントはもう始まった様だ。

「それじゃあ行ってくるね、幸子ちゃん、それと幸子ちゃんのプロデューサー」

「ああ、美嘉の雄姿を二人で見させてもらうよ」

「頑張ってきてください美嘉さん! 美嘉さんには、ボクという勝利の女神が着いていますから!」

「二人とも……ありがとう!! それじゃあ、行ってくるね〜」

 美嘉は深呼吸をする。途端に顔がプロの顔つきに変わる。そして数秒後、外の司会の声の後に拍手が聞こえた。

 途端に美嘉は舞台に飛び出していく。拍手は美嘉が出ていくのと同時に更に強まり、外からは溢れんばかりの歓声が聞こえる。

『みんなー!! 今日は来てくれてありがとうー!!』

 俺と幸子は今、まさに『アイドル』を目にしていた。

 




今日もこの後デレステのイベントを回してきます。
未央ちゃん……凛ちゃん……待っててな!!


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第40話 カワイイボクとサプライズ

第40話

カワイイボクとサプライズ

 

 

 開始されたライブは順調に行われていった。美嘉が表に出てから数分、美嘉はその巧みな話術で観客の心を鷲掴みにしていく。

 そう、俺達は今、本物のアイドルの舞台裏に立っているのだ。

「しかし、凄い人気だな……」

「確かにお客さんは多かったですけど……そうなんですか? プロデューサーさん。ボクには何がなんだかわからないです」

 俺と幸子が立っている場所には別にモニターとかがある訳でも、外の様子が見れるわけでもない。何も無いステージの出入口付近でただ音だけを聞いて、ライブの状況を判断している。

「まあ、確かにここからだと、表のステージで何が起きているのかは目で見れないから分からないかもしれない。だがお客さんや美嘉、スタッフさんの反応や動きに注目すれば、ある程度想像できるものよ」

 そのライブの状況を実際に俺が目で見ている訳では無いが、観客の歓声や、美嘉の話し調をよく聞けば状況は容易く理解できる。スタッフさんの方も見たところ忙しそうだが、特に何か異常事態が起きているわけでもなく、平常運転そうだ。

「プロデューサーさんにそんな能力が……でも、ボクからしたらちゃんと表からライブを見たかった感じもあるんですけどねえ」

 幸子は想像以上に何も無いこの場所に飽きてきたのか、どこかつまらなさそうに舞台裏の様々な物を見回している。

「まあ、幸子の言い分もわかるが少し考えてみてくれ」

「何をです?」

 確かに、幸子の言い分もごもっともだった。表からライブを見れば、ライブがどのようなものかはすぐに、簡単にわかるかもしれない。しかしそれなら普通に個人でライブを見に行くなり、大型ライブなら後でDVDなりで見れば済む話だ。

 だが恐らく、美嘉はライブというものを、ライブを構成するアイドルやスタッフの現地目線で俺達に見て欲しかったのだろう。普通には見られないライブの裏側、そこで実際に自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じてもらい、幸子に今回の仕事で少しでも色々なことを勉強して、充実した時間にしてもらうために。

「要するに、美嘉は幸子や俺にただの観客としてではなく、ライブを作る一構成員としてライブを見てもらいたかったってことだな」

「なるほど……確かに、そう言われてみるとわかる気がしますねえ」

 と、外の様子が変わった。メロディがかかり始めた感じからすると、歌が始まった様だ。

「どうやら、ライブパートが始まったみたいだな」

「観客の人達の歓声……凄い!!」

 歌が始まると観客の盛り上がり度合いは急激に上昇する。曲に合わせ合いの手のようなものも始まり、まさに会場一帯が一つとなっていた。

「ほら、ここでなら普段ごちゃごちゃしてしまってよくわからない観客の観声とかも、うるさ過ぎず良く聞こえるだろ?」

「わかります! どれだけの人がそのアイドルを求め、応援しているのか!」

 幸子はようやくここに居る意味を理解してきたのか、顔つきが変わる。気がつくと幸子は、どこか遠くの何かを、俺には見えない何かを見つめ始めた。

 恐らく、彼女は自分をそこに重ね合わせ、想像しているのだろう。自分が舞台に立ち、歌う姿を。

「それにさ、ライブの方だけじゃなく、舞台裏のスタッフさん達とかも見てみろ幸子。ライブの照明や音声、演出の為にこれだけの人がそのアイドルの為に動いてくれてくれているんだ」

 幸子ははっと吾に帰り、舞台裏を見渡す。舞台裏では照明や演出、それらの伝達をするためのスタッフさんが、忙しそうにあちらこちらを行ったり来たりしている。

「幸子にはプレッシャーを与えてしまうかもしれないが、アイドルってのはこれだけの物を背負って、歌って、演じていかなければいけないんだ。今の場合はここに居る観客だけかもしれないが、それこそいずれは日本中のファンや、支えてくれる人を背負って」

「世界中のファン……」

 普段ならここで「フフーン! 勿論そういうことなら大丈夫です! カワイイボクなら、そんな世界中のファンを満足させることくらい、余裕に決まってます!」とか言い出しそうなものだが、意外にも幸子は神妙な顔をしていた。不安を感じているようにも、何かを考えているようにもそれは見える。

「別に、さっきから俺はさっきから知ったような口調をしているが、俺も内心かなり緊張している。幸子にここまでのライブをさせてやれるのか、満足できるアイドルライフを送ってもらえるのかってさ」

 実際ここに立つだけで、ライブの全ての空気を直に感じることができる。ファンも、スタッフも、アイドルも、全てをだ。それ故に、俺は実際に幸子をライブに出している様な感覚に陥り、本番さながらの緊張感を肌で感じていた。

「プロデューサーさん……」

 と、俺の不安が幸子に伝わってしまったのか、幸子が手をぎゅっと掴んでくる。そして、その手を通して幸子の方の不安や緊張といった感情が伝わってくる。

「流石のボクも……なんだか少しだけ心配かもしれません……」

 俺はその手を優しくも、強く握り返す。

「なーに幸子らしからぬことを言ってんだよ」

 俺は幸子の方を向き、幸子の目をしっかりと見ながら言葉を続ける。

「何も心配する事なんて無い。この俺を誰だと思っている、なんとあの未来のトップアイドル、輿水幸子のプロデューサーだぜ?」

「未来の……トップアイドル……」

 幸子の方も、手を握る強さを強める。

「そ……そそ、そうですよ! ボクは未来のトップアイドルなんです! そしてプロデューサーさんは! プロデューサーさんは……そんなボクのプロデューサーさんです!」

「ああそうだ。だから、何も心配するな。俺がプロデューサーである限り、幸子が超絶カワイイボクでいてくれる限り、俺たちは絶対無敵で最強のコンビなんだからさ」

 幸子は俺の顔を下から覗きこんでくる。やがてその顔は、いつもの笑顔……もといドヤ顔に変わる。

「心配することなんて無い……そうです! フフーン! 来週のライブ……絶対に成功させましょう!! プロデューサーさん!!」

「言われなくても、最初からそのつもりだ!!」

 と、外の様子が再び大人しくなる。音楽が止まり、拍手が巻き起こっている感じからして歌が終わったのだろう。

「まあ、でもまずはその前に、彼女のライブを応援してやらないとな?」

「そ、そうですねえ! 少し早とちりしすぎていました! そもそもボク達は今、美嘉さんのライブのスタッフなんですし」

 その後もライブは順調に進んで行く。俺と幸子はそのライブが最後まで無事に終わるよう、スタッフさんに水を配ったり、小さな機材を運んだりするなど自分達にできる限りのことを手伝って回った。

 そして気がつけばライブが始まってから既に一時間近くが経っており、そろそろライブの方もクライマックスに突入していた。

 俺達は再びステージの出入口に向かい、美嘉を迎え入れる準備を始める。

 

 そして、最後の曲が終わる。

 

「そろそろか……」

「ん? 何がです?」

「まあな、もう少し待っててくれ」

俺は笑みを浮かべる。

「いや、だから何を待つんですか!」

 外では美嘉が最後のトークをやっている。会場の盛り上がりは本日最高潮といった感じか。

「もう! 焦らす人は嫌われますよ!」

「悪い悪い、本当にもう少しだ」

 美嘉のトークが終わったのか会場で は再び拍手が巻き起こる。そろそろ時間のようだな。

『というわけでみんなー!! 今日は最後までライブを聞いていってくれて本当にありがとう!! ここでさ、最後にちょっとだけ時間をくれるかな?』

「⋯⋯あれ? もう終わりじゃないんですか?」

「まあまあ、早まるでない」

『実はさ、アタシのライブの手伝いに今日わざわざ後輩のアイドルが来てくれて、スタッフ顔負けなくらいすっごく頑張ってくれたんだ!! だからさ、その子をみんなに紹介したいと思うんだー!!』

「えっ」

 実はライブが始まる前、俺は美嘉からちょっとでも良いからステージに幸子を出させてもらえないか? と提案をされていたのだ。美嘉としても幸子が来週に初ライブを控えていたことや、幸子が頑張って仕事をしていたことなどを知っており、だったら彼女の為にぜひとも、と。

 突然の美嘉からの提案に対し、俺は一瞬迷った。美嘉の独断でそんなことを勝手にやって良いのかと。それに何より、まだ人前に出たことのない幸子をいきなり舞台に出して、大丈夫なのかと。だが、その時美嘉が浮かべた笑みを見て、美嘉の絶対的な自信と何より俺たちへの信頼を感じ、これもある意味必要なことかとその考えに乗ることにしたのだ。

『ねー!! まだそこにいるんでしょー? 幸子ちゃん!! ちょっとステージまで出てきなよ!!』

「えっ……ええっ!?」

「大丈夫だ、行ってこい。こっちのことは気にしなくて良いぞ!」

 俺は幸子の背中を軽く押してあげる。

「いきなりのサプライズになっちまうが、ちょっとした晴れ舞台だ。とりあえずミスとかそういう深い事は気にするな! いつもみたいにどーんとやってこい!」

「でも……」

 幸子は一瞬戸惑ったものの、俺が笑顔を向けると、決心したのかステージへの出入口を走りくぐっていった。

 そして、幸子がステージに出た瞬間、会場からは拍手が巻き起こる。

『今日はありがとう、幸子ちゃん!!』

 その拍手は意外にもしばらく鳴り続いた。美嘉のファンは、見ず知らずの新人アイドルの為に拍手をしてくれている。

『みんな、あったかい拍手ありがとう!! どう? 幸子ちゃん。これが、ここがステージだよ!!』

『ふ……ふふーん……い、意外と〜……大きいですねえ……』

 ああ、案の定幸子は緊張しているようだ。流石の幸子でもいきなり初見の舞台では、まあこうなってしまうだろうな、というのは想定していた。

『どう? やっぱり緊張するでしょ?』

『あの〜……は、はいそうです……ねえ』

 幸子は声だけでも分かるくらいにガッチガチになっている。それが初々しいというか、なんというかまた可愛いらしいのだが。

『まあ、彼女はまだデビューしたてでライブとかの場には慣れていないからさ! とりあえず、まだまだ成長途中の幸子ちゃんのことを、これからみんな応援してあげてね!』

 観客からは幸子に再び暖かい拍手が送られた。しかしそれでも緊張はほぐれることがなかったのか、幸子は固まったままその場に立っているようだ。

 だが、これも試練だ。来週ライブを控えた幸子にはある意味、必要な経験だと思う。

 俺は今の幸子の心情も考えながら、しかし彼女のこれからのことを思い、飛び出したくなる足を抑えて心を鬼にして帰りを待つ。

『じゃあさ、ちょっと早いけど時間も時間だし、何か最後に一言あるかな? 幸子ちゃん』

『あの……えーっと……』

 しばらくの沈黙が続く。そして幸子は一呼吸をおいて話し始めた。

『……美嘉さん、今日は……そのー……アイドルの先輩として、色々教えてくれてありがとうございました!!』

 幸子は最後にどストレートに叫ぶ。てっきり、自分の事について最後はドヤ顔で何かを話すのかと思っていた。しかし極度の緊張からなのか、それとも今日色々と面倒を見てくれた美嘉への純粋な感謝の気持ちからなのか、真相はわからないが幸子は美嘉への精一杯の感謝を伝えた。いつも自分のことしか考えていない、普段の幸子ならば到底考えられないことだ。

 これは幸子にとって今日の仕事が良い経験になったということなのか、幸子の中に何かしらの変化が起きたということなのか、ともかく今ここでは真相がわからない。

 だが、一つだけ分かったことがある。

それは

 

『その時の幸子の顔は、いつも以上の満面の笑みだっただろうということだ』

 

 さて、ライブは終わり幸子と美嘉は舞台裏に戻ってきた。美嘉は幸子の予想外な感謝の言葉に感動したのか、若干涙目の様に見える。幸子の方も緊張が解れたのか、帰ってくるや俺に飛びついてきた。美嘉曰く「幸子ちゃん……本来幸子ちゃん自身のことをアピールさせてあげようと用意した場だったのに、わざわざあそこでアタシにお礼を言ってくれるなんて。みんなの前でちょっと恥ずかしかったような⋯⋯でもアタシ、先輩アイドルとしてちゃんとできたってことなのかな……」との話だった。

 そして肝心の幸子の方は「緊張して頭真っ白になっちゃった……いきなり天使のようなボクに無茶をさせるなんて、プロデューサーさん鬼か悪魔ですか!」なんて怒ってきた。だがすぐにそんな表情も笑顔に変わり「まあ、ステージの上から人を見下ろす気分は、すこーしだけ気分が良かったですよ!」なんて強がっていたが。

 こんな感じで無事にライブは終わった。俺のもくろみは当たり、幸子には少なからず良い経験となったようだ。気のせいか、帰ってきた後の幸子はアイドルとしての何かを少し掴めた様に見え、今日この仕事を入れたかいがあったようだ。

 無論、今日の体験は幸子だけでなく、俺にとっても全て貴重な経験となった。スタッフさんと一緒に仕事をしてみて背負っているものの多さ、大きさを知り、美嘉と接してみてまたアイドルという存在の深みを更に知ることができたと思う。そしてプロデューサーとしての俺の夢も、理想も、より形になってきた。幸子をこれからどうしてあげたいのか、そのためにはどうすれば良いのか。

 先はまだまだ長いかもしれない。振り返ればまだ、すぐそこに始まりがあった。だからこそ、そのまだまだ有り余るような時間の中で、幸子をアイドルとして、夢見る一人の少女として、最高に輝かせてあげたい。俺はここでただただそう思うのであった。

 




遅くなってしまいました。
今回はちょっと長めの幸子です。

本来だったら省いてしまっても良かった回なのかも知れませんが、個人的に幸子の成長を書いていきたかったのであえて、略さず書きました。
ちなみに本物のライブは実際に見たことなんて無かったので、アニメ版やネットでググッた知識程度しかない「にわか」です。
色々ご了承ください。

次回、初仕事の終わりと帰宅です。


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第41話 カワイイボクとカリスマJK

第41話

カワイイボクとカリスマJK

 

 

 あの後、美嘉の方はファンとの握手会をし、それが終わるとすぐに会場の解体が始まった。会場の解体も組み立てる時よりかは早く終わり、五時になろうとしていた時には既に撤退準備は完了していた。

「なんか、こう見ると終わりは呆気ないものだな」

「いや、だって呆気なく終わらないようじゃ毎日色々なアイドルがライブなんてやってられないし?」

「それを言われたら、確かに美嘉の言う通りだな……」

 俺と幸子、そしてライブを終えた美嘉は何もなくなったライブの跡地に立っていた。

 そこはただの広場で、先程まで居たファンや観客の姿は無く、犬の散歩をしている人などが普通に歩いている。

「さて、撤退も完全に終わったし……幸子ちゃんとプロデューサーは帰りはどうするの?」

「まあ、恐らく一応来た時のスタッフさんの車で一緒に帰る感じかな?」

 一応帰りもその予定だった。というか、この辺りの地理を全く知らないのでそれ以外に帰る方法が無い。

「あれ? 他のスタッフさんの車なら先にほとんど帰っちゃったけど」

「えっ」

 自分の耳を疑った。最後の最後にぶったまげた話が飛んできた。俺はそっと幸子の方を向く。

「どうしよう」

「いや、ボクが知ってるわけないじゃないですか」

 幸子に正論を言われる。先程までの良い感じな話の流れを根本からへし折る様な、とんでもない衝撃展開だ。

 スタッフさん、優しくて丁寧な人だと思っていたがいくら何でもこれ、酷くない?

「だったら、アタシが乗ってきた車に一緒に乗ってく? 二人とも」

「美嘉の車?」

「うん。別にアタシが乗ってきた車なら、丁度二人分位なら乗れるだろうし。それに今日の話とかもまだまだ話したからさ。二人が良いって言うなら、アタシは全然大丈夫だよ?」

「良いのか……?」

「良いんですか……?」

俺と幸子は顔を見合わせたあと、美嘉の方を向いて今日最大級の笑顔を浮かべた。

「いやいやいや、同じ事務所のアイドル同士、やっぱり助け合わなきゃ!」

「ああ……ありがたや……ありがたや……」

 どうやら俺達はとんだカリスマ女神に助けられたようだ。彼女の器の大きさとカリスマ性が、今まで以上に輝いて見える。

「でも、一応アタシが乗ってきた車って言っても、ほかのスタッフさんの車とあまり変わらないから、過度な期待はしないようにね?」

「ああ、むしろもうタイヤがついてる箱なら何でも良い」

 と、言うと美嘉は携帯を取り出し、恐らくその美嘉が乗ってきた車の運転手と思われる人に、連絡をする。

 そして一分程すると美嘉は電話を切る。

「OKだってさ! さあ乗れるって分かったし、早く二人とも行こ!」

「ああ、わかった」

 こうして俺達は美嘉に案内してもらい、美嘉の車に載せてもらった。まあ、やっぱりというか俺達が乗ってきた車よりは、座席の質感など多少質が上だった。

「今日は二人ともお疲れ様。二人のおかげで、アタシも本当に助かったよ!」

「いやいや、俺達は与えられた仕事をしたまでだ」

「それだとしても、プロデューサーは現場スタッフと変わりのない働きぶりだったし? 幸子ちゃんの水の差し入れや笑顔もみんな好評だったし」

「へえ、そんなに俺良い働きしていたのか」

「流石カワイイボク! まさに戦場に舞い降りた天使です!」

 幸子は美嘉に褒められてドヤ顔になる。まあ実際、幸子中幸子なりに暑い中良くやってくれたと思う。一生懸命に水やうちわを配る姿にはこちらも元気づけられたし、俺的にはなんだかちょっと頼もしいと思った。

「今回『だけ』は、素直に戦場の天使だったって認めるよ……」

「今回『だけ』ではなく今回『も』天使だって認めてくださいよ!」

「はいはいエンジェルエンジェル……」

もう少し謙虚さが有れば、本当に完璧なんだがな。彼女の自己顕示のハングリーさには、大食いタレントも真っ青だ。

「でも実際、現場のスタッフさん達には、幸子ちゃんの魅力や努力はちゃんと伝わっていたみたいだよ? だってスタッフさん、みんな幸子ちゃんのファンになったって言ってたし」

「ほう? まさかの手伝いにきた先輩アイドルのライブで、初めてのファンを手に入れちゃった感じか」

「違いますよ! 初めてのファンはプロデューサーさんです!」

「俺が幸子のファン?」

そう俺が聞き返すと、幸子は当然とでも言いたげに「はい!!」と言い、頷いてくる。

「だって、ボクと出会った人はみんなカワイイボクの虜になっちゃうんですから! だから必然的に、一番最初にボクに出会った、プロデューサーさんが最初のファンです!」

 確かに幸子の言う点にも一理あるのかもしれない。

 幸子のドヤ顔……まあ笑顔もだが、アレには謎の魔力がかかっている。仮に、初対面であの小惑星の衝突並なインパクトのドヤ顔を見せられたら、良くも悪くも頭から離れないだろう。俺が身を持って体験しているからな。まさに、彼女はベストドヤ顔二ストだ。

「じゃあ、その理論だとアタシも幸子ちゃんのファンになっちゃうのかな〜、なーんてね」

「当然です! 美嘉さんももうカワイイボクの虜なはずです! 夢の中まで離しませんよ!」

「流石にそれはくどいからやめとけ」

「だからくどいってなんですか!」

 車内には笑いが溢れる。先程までは仕事モードだった美嘉も、スイッチはオフのようだ。

「まあね、確かに甘くて美味しい物も食べすぎるとくどくなるってのもあるし、幸子ちゃんのご利用は計画的にってね」

「そんなこと言わないで、ボクをもっと無駄使いしてください! ボクはお財布の貯金と違って、いくら使ってもたぶん減りませんから!」

「じゃあ、そんな幸子ちゃんでも磨り減って無くなっちゃいそうなくらい、幸子ちゃんのカワイさを堪能しちゃおうかな〜!」

「それはボクが困ります!」

「なんだか、良いコンビになりそうだな……二人とも」

「うん、幸子ちゃん素直だから。それに何より『カワイイ』し、アタシ大好きだよ」

 そういうと美嘉は、仕事が終わり安心したのか、伸びをした後少し姿勢を崩す。そして視線を窓の外へと向けた。

「⋯⋯実はさ、アタシ、今はこんな感じだけど今日本当は凄く心配だったんだよね」

「どうしてだ?」

「いやー、実は丸々の後輩アイドルを持つのは初めてでさ。色々心配だったというか、少し緊張していたんだよね……」

 そういうと美嘉は、俺に今までのアイドルの経歴などを話し始める。

「アタシがデビューした当時はまだ、346プロにはアイドルがほとんど居なくてさ。346のアイドルの最初の顔として厳選され、集められた自分達数十人だけだった」

「確かに、この会社にアイドル部門ができたのが最近の話だったからな」

「そう、だからこそアタシ達は346の看板として、これからの346の未来を背負いアイドルをやってきた」

 美嘉は話を続ける。

「ある意味、今までは自分の事にずっと精一杯だった感じなんだよね。だからこそこうして時が経ち、先輩になり、後輩ができて、今までにないプレッシャーを感じた」

「プレッシャー?」

「後輩を持ったことがないアタシ達が、ちゃんと後輩に先輩らしく接してあげられるのかなーってさ」

「なるほどな。それで美嘉にとって、今日幸子が初めて接した後輩アイドルになる、と」

「そうそう、良い勘してんじゃん。で、アタシとしては幸子ちゃんに先輩らしく居られたのか一日心配だったわけ」

「いや、俺から見れば今日は充分先輩していたぞ?」

「まあ、そんなプロデューサーの言葉は有難いんだけど、これを決めるのは幸子ちゃんなんだとアタシは思うの」

 そういうと美嘉はこちらの方を向き、微笑む。

「でもさ、最後幸子ちゃんはアタシに感謝の一言を言ってくれたじゃん。そしたらアタシ、先輩らしく一日できたのかなって嬉しくなっちゃって……」

「なるほどな、あの涙の理由はそんな複雑な経緯があったわけだと……」

「アタシったら、こんなベテランみたいな雰囲気を出しておいてまだまだデビュー一年弱の駆け出しでさ、まだまだトップアイドルには程遠いから……だからこそ、あの幸子ちゃんの言葉が余計に嬉しかった」

 美嘉は再び目元に涙を浮かべる。余程あの言葉が嬉しかったのだろう。

「何言ってるんですか」

 と、そこで今まで黙っていた幸子が突然口を開く。

「美嘉さんは、ボクというトップアイドルの原石を指導した人なんです! つまりは、ボクがトップアイドルになるまでの間だけは、美嘉さんはもうトップアイドルなんです!」

その言葉を聞いた美嘉の目からは大粒の涙が流れ落ちる。

「ちょっと……パスパス! それ以上優しい言葉言わないで! アタシまた泣いちゃうから!メイク崩れるから!」

 美嘉は慌てて顔を隠す。どうして346のアイドルはこうも皆、行動に魅力があり可愛いらしいのだろうか。

「意外と涙脆いんだな、美嘉は」

「意外とって……アタシだって、一応仕事が終わったら普通の女子高生なんだからね……? カリスマJKだって泣く時は泣くよ……」

 美嘉はハンカチを取り出し、メイクを崩さないように涙を拭き取る。しかし、一瞬見えた泣き顔まで美人とは、流石カリスマJK恐るべしだ。

「まあまあ冗談だ。今日は色々幸子の為に色々やってもらったし、学ばせてもらったし、本当に美嘉様々だよ……ありがとうな」

「まあ、アタシもアイドルの先輩として、できる限りのことをやったまでだから……」

 涙を拭き、再び見せた笑顔。そこにはアイドルとしてではなく、一人の少女に戻った美嘉の姿があった。この笑顔を見た限りではまた、彼女も幸子と同じ一人の少女なんだろうな、と思う。

ああ、そうだ。例え彼女がカリスマアイドルであっても、例え彼女が自称天使だったとしても、彼女たちが一人の少女であることに変わりはない。美嘉の本音を聞き、俺はそう改めて気が付かされた。

「とりあえず、なんかしんみりしてきちゃったしこの話はおしまい! これ以上泣いたら完全にメイク崩壊するから!」

「ああ、そうだな。ライブは成功したんだから、もっと楽しくやって行こうぜ!」

 と、横を見ると幸子が何か物言いたげな目でこちらをじっと見ていた。

「プロデューサーさん……随分と仲良さそうですね……!!」

「あー、これはだな……」

「なーにー? もしかして幸子ちゃんってプロデューサーのこと好きなのー?」

「えっあっ……あー……ち、違います!! プロデューサーさんは浮気癖がある人なので、他のアイドルに気を取られてボクのプロデュースが疎かにならないか、心配なだけなんです!!」

「おい、浮気性ってだからなんでそうなる幸子」

「うるさいです!! ともかくプロデューサーさんはつべこべ言わず、ボクだけ見てれば良いんですー!!」

「フフッ、本当に仲がいいよね二人とも……まあ少なくとも、プロデューサーと幸子ちゃんの方が、やっぱり良いコンビしているよ……」

「おいおい、そんなに幸子を毎日ずっと見ていたら眩しすぎて目が痛くなるわ……」

「ボクは太陽かなんかですか!! 違いますよ!! それにカワイイボクなら恐らく目に入れても痛くないはずです!」

 こうして、俺達を乗せた車はこんなかんじでプロダクションを目指して、賑やかに走っていった。

 気が付けば美嘉もすっかり俺たちの輪に溶け込んでいて、車の中は行きの時よりもなんだかんだうるさくなっていた。まあ、プロダクションに着く頃には皆疲れでぐっすりだったが。

 ともかく、俺と幸子の初仕事はこの通り無事に終わった。正直今までにないくらい疲れていて、今日は家に帰ったら、飯食って風呂入って多分すぐに寝てしまうだろう。それくらい疲れている。でも、不思議とこの前の渋谷の時の様な気持ちが悪い疲れではなかった。

 だが、幸子が売れてきたらこれがかなりの頻度で来るのか……今のうちにある程度、覚悟はしておかなければな。

 俺はようやく使い方が分かってきたスマホを取り出すと、まだ白紙に近い明日以降の予定を確認した。

 




最近またちょっと忙しいので投稿が安定してません。
多分来週からは本腰入れて書けると思います。

話は変わりまずが4th行きたかった……物販のダークイルミネイトのTシャツ欲しかったんですよね。ちくしょう。
受かった皆さん、精一杯楽しんできてください。落ちた人、一緒にデレマスのアニメでも見ていましょう……w

次回、ライブに向けての本格レッスン開始!


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第42話 カワイイボクと過労気味のプロデューサー

第42話

カワイイボクと過労気味のプロデューサー

 

 

 俺はパソコンの前でひたすら作業を続ける。その内容は、主に来週のライブについてだ。

 来週の月曜日に控えた幸子の初ライブ、正確には幸子以外にもアイドルは居るのだが、演出面等は何か案があれば参加するアイドルと、そのプロデューサー同士で考え提出してくれとのことらしい。また、それ以外にもこの前撮った幸子の写真が送られてきたため、それの編集や昨日の報告書の続き、衣装や何やらかんやらの費用の管理など、とにかくハードスケジュールな一日だ。正直炎天下での力仕事をやった次の日に、これははっきり言って過酷労働過ぎる。全国の働くお父さん、お疲れ様です。

 という訳で、こうして俺はいつもより数時間早く出勤して、閉じそうな瞼と倒れそうな体に鞭を打ち作業をしているのだ。幸いブラックコーヒーが眠気に良く効く。とりあえず今日は、これらの作業を早く終わらせなければいけない。ライブまで日にちがないために、必然的に全ての期限が早いのだ。さらにさらにそれだけでなく、この後は幸子のレッスンの成果を確認しに行く約束にもなっている。ああ、これ程までに猫の手を借りたいと思ったことは無い。

 ……しかし、よく猫の手を借りたいと言うがなぜ猫なのだろうか。別に化けて代わりに仕事をやってくれる訳でもないだろうし、なぜなのだ。

 ああマズい、集中力が切れてきた。こういう忙しい時に限って、割とどうでもよさそうなことが気になってしまう。どうでもよさそうなこと、例えば幸子の跳ねっ毛の仕組みや、乃々の髪の毛のあのロールについてや、美嘉のあの角つき帽子がどこで売っているのかなど……

 ……やっていられん。どこのどいつだ、雑用時代の方が楽だったとか言ったどアホは。

 俺はパソコンの前でひたすら作業を続ける。深い、深い深淵へと沈んでいきながら……

 

 

 

「おはようございます! プロデューサーさん!」

「うごぉ!?」

 俺は背中に突然抱きついてきた小さな妖精により、変な声を上げ意識を取り戻す。どうやら知らない間に意識を失って、幸子が来るいつもの時間になっていたようだ。

「さ、幸子か。おはよう……」

「あ、あれ? プロデューサーさん、なんだか元気ないですねえ? 何かあったんですか?」

「見ての通り、書類整理がこの量でな……朝早くから来て消化していたんだよ」

 パソコンの画面を見ると、作業は普通に進んでいた。どうやら俺は、寝ているわけでも起きているわけでもなく『ただ仕事をするためだけ』に余分な感情を切って、二時間ほど無心で作業をしていたようだった。相変わらず人体の神秘には驚かされる。

「ボクの為に自分の肉体を追い込んでまで……ありがとうございます、プロデューサーさん! さあもっと頑張ってください!」

「これ以上頑張ったら本当に死ぬ」

「そ、それは困りますねえ! しょうがないです、とりあえず作業をやめてください! がんばっていたプロデューサーさんへのご褒美に、ボクの事をカワイイって言わせてあげます!」

「へいへい、カワイイカワイイ……」

「フフーン! 一日の始まりのカワイイ、ありがとうございます!」

 幸子は朝からこのテンションだ。まあ……朝とは言ってももう十時も近い時間か。今日は色々と時間感覚が崩壊している。

「とりあえずさっきのは本当に冗談です。プロデューサーさんも一旦手を止めて、ボクと朝のお話でもしましょう!」

「ああ……そうだな。だが幸子、いつまでもその状態だと俺が動けないのだが……」

 幸子はさっきからずっとあの格好だ。別に嫌という訳でもないのだが、このままでは普通に動けない。

「じゃあこのまま話します?」

「そうか、それなら仕方ないがこのまま作業を続けるぞ……」

「ぐぬ……しょうがない人ですねえ」

 幸子はようやく俺から離れ、いつも通り定位置のソファに座る。

「偉い子だ……幸子」

 俺はデスクの上を軽く整理すると席を立ち、幸子が座ったソファの方へと向かう。そして崩れる様に俺もソファに座った。

「ふぎゃあっ!? ちょっとプロデューサーさん! そんな座り方をしたら、カワイイボクが飛んじゃいますよ!」

「おっと、悪いな。少々同じ姿勢で座り過ぎて、足が痺れていたようだ」

 俺がソファに座ると、その勢いでソファの幸子が座っている方が盛り上がった。幸子は驚いて声を上げ、猛抗議してくる。

「まったく、カワイイボクはもっと慎重に扱ってください! 割れ物注意です!」

「あれ? この前は確かボクはダイヤモンドとか言ってなかったか……?」

「あ、あれは〜……で、でもダイヤモンドだって普通雑には扱わないじゃないですか! それに、ダイヤモンドだってハンマーで叩けば割れますし!」

「へえ、これはためになるトリビアを聞いたな。流石幸子、物知りカワイイ」

「そんな雑な褒め方して! その調子でもっと褒めてください!」

「怒ってんのか嬉しいのかどっちなんだ……」

 本当に朝だろうが昼だろうが幸子はまったくブレないな。何事においても判断基準とかが一々掴めない。

「ま、とりあえず幸子の方は調子どうだ? 昨日の今日で疲れたり、体調とか崩していたりしないか?」

「カワイイボクはこの通りです! お気遣い感謝しますね! ありがとうございますプロデューサーさん!」

 幸子は昨日の疲れの片鱗すら見せない勢いだ。俺と歳は九歳程しか違わないはずだが……いや、そもそも九歳も違えば、小学生と下手したら高校生か。割と結構な差があるな。そりゃあ幸子の体力が有り余っているのも当たり前か。

 ああ、若いって羨ましい……

「まあそれなら良かった。今日からはライブに向けて更に忙しくなっていくからな。体調管理や性格のリズムとか、できる範囲でしっかりしておかないと」

「その言葉、プロデューサーさんにそのままお返しします!」

「ははは……そうだな……」

 最近は家でもリズムが狂いがちな毎日だ。朝飯が抜けたり、睡眠、起床時間の乱れで寝不足になったりするのは、そこそこ当たり前になってきている。それに気のせいか、細かいことが色々と雑になった気がする。まあ、今まではそこに気を回せるほど余裕があったってことだけなのかもしれないが。

「プロデューサーさんももっと、ボクを見習って規則正しい生活を送ってみたらどうですか? カワイイボク直伝、輿水流健康生活術です!」

「どうせ、朝起きたら鏡を見てカワイイって言うとかなんとかなんだろ?」

「なんでわかるんですか!!」

「むしろ違ったら驚きだよ!!」

 ご覧いただけただろうか、このプロデューサー流エスパー術を。というのは勿論冗談だが、本当に彼女の思考パターンは安易に読めてしまう。

「ま、まあ話は脱線したが幸子が元気だって言うなら俺も……頑張んないとなーっと……」

 俺は軽く伸びをし、体をほぐす。長時間座っていたせいで体中の関節がバキバキと痛む。

「はうっ……いててて……」

「何長年の勤務で疲れたオジサンみたいなことしてるんですか」

「オジサンじゃなくてもな……長時間の作業は結構くるもんなんだよ……」

 腰が痛い。おまけに肩も痛い。良く親父が仕事から帰ってくると「疲れた」だの「肩こった」など言っていて、まさかアニメじゃないしギャグだろ、と内心少しバカにしていたが、自分の身になってみて初めて同じことを痛感するようになった。疑ってごめん、親父。

「しょうがないプロデューサーさんですねえ……ちょっとそっち向いてください!」

「ん?」

 幸子はいきなり体ごと横を向けと指示してきた。いきなりのことでよく分からなかったが、なんだか幸子が早くしろと急かしてくるので俺は指示にしたがう。

「フフーン!」

「ぬぐっ……!?」

 突然幸子は俺の肩を揉み始めた。意外となかなかの力で情けない声が漏れる。

「なんだ、今回は幸子がやってくれるのか……」

「いつもカワイイボクのために頑張ってくれている、カワイイボクのプロデューサーさんにご褒美です!」

「んが〜っ……効きますなぁ……」

 幸子の肩もみは手馴れており、程よく痛い感じでかなり気持ちが良い。幸子が力を入れる度に、俺は壊れた楽器の様に情けない声を漏らす。

「続けます?」

「それじゃあ、お言葉に甘えてもう少し頼んで良いか?」

「まだ続けろだなんて、プロデューサーさんは本当に贅沢ですね! 良いですよ?」

「そっちから続けるか聞いてきたんじゃ……」

 と言った感じで、時間が来るまで幸子の肩もみはしばらく続いて行った。なんだか凄く気持ちが良くて、眠くなってくる。

しかし手馴れている辺り、幸子は家でもこういったことはやっているのだろうか。こうやって家族の肩をもんであげている幸子の姿を想像すると、少しほっこりする。

 ああ、俺も将来は娘息子、はては孫ができたらこんな風に肩もみとかをやってもらいたい物だ……




最近は幸子という人物を見て、読み、覚える、そんな毎日です。頭の中に幸子という人格を完全再現することにより、また新たなカワイイボクは生まれる……。

そんなことばかりしてるから投稿が遅れてましたw

みんなも二次創作SSを気軽に書いてみよう!(勧誘)
そうすれば、色々なことも勉強できて、そのキャラがまた更に好きになるし、まさに完璧です!

次回、まあしばらくはまた日常回かな? (どうせまた何か起こる)


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第43話 カワイイボクと夕暮れ

お久しぶりです皆さん。
待っていてくれた方も、そうでもない方も、早くしろと急かしてくれた方も、新しい幸子です。

※10月25日修正
ベンチなんかねーよちゃんとしろ作者
※2019年12月17日、この回まで再修正。
待たせて申し訳ない


第43話

カワイイボクと夕暮れ

 

 

「はい! そこで止まって締めのポーズ!!」

「フフーン! 完璧ですねえ!」

 俺達は来週のライブに向けてトレーナーさん監修の元、レッスンルームで中間試験を行っている。今日の中間試験の成果次第ではライブに出られない、ということもありレッスン場にはかつてない緊張が広がっていた。

「そうだな、なかなか良いんじゃないか? 俺の方からは特に問題は見当たらなかったが」

「当然の結果です! むしろプロデューサーさんだけは、例え出来が悪くても良いって言ってください!」

「それじゃあ試験の意味が無いだろう……」

 緊張が広がっていた、ああ。俺とトレーナーさんの間『だけ』にな。

 幸子は大事な試験だというのに結局いつも通りの調子で、緊張でガッチガチ、とかミス連発、とかそういうことは全くなかった。そして意外にもあのずっこけも無くなっており、見た所大方の問題は解決していた。

「さあどうでしたか!? トレーナーさん!」

「……まあ、及第点と言ったところか」

「及第点って……そんなー!!」

「おいおい、普通喜ぶ所だぞ? 要するに一応は合格って事なんだから」

 しかし幸子は不満そうだ。まるで「プロデューサーさんだけは完璧って言ってください!」とでも言いたげにじっと俺の方を見てくる。

「一応ってなんですか!! もっと何事もないようにさらっと試験を合格しなきゃ、まるでボクらしくないじゃないですか!」

「ボクらしいって……いや、何でもない」

 まあ、常に自分が一番だと思っている幸子だから、彼女らしいと言えばこれも彼女らしいのか。それにある意味、この向上心や妥協できない性格自体は別に悪いことでは無いしな。

「トレーナーさん、とりあえず幸子はライブに出せるということで良いんですか?」

「はい、あとは彼女の当日の努力次第と思っていただいて大丈夫かと」

 俺は幸子の方に歩いていく。そして、幸子の頭を撫でる。

「……良く頑張ったな幸子。結構こっちの仕事が色々忙しくて、レッスンの方にはあまり来てあげられなかったが、それでもちゃんと一人で頑張っていたんだな」

「ちょっとプロデューサーさん! だからボクは犬じゃないですって……まあもっと撫でてもくれても良いですけど!」

「悪い悪い、つい癖でな」

 思えば先週、初めてレッスンを見に来た時はまだダンスどころか、基礎練習のステップですら苦戦していた幸子だった。だがあれから一週間、俺が見ない間にアイドルとしての幸子は確実に成長していた。連日ヘトヘトになりながらも、必死に頑張っていた彼女の努力は確実に報われている。

 そんな頑張っていた幸子のことを考えていたらつい、撫でずにはいられなかった。本当だったら、髪の毛がぐしゃぐしゃになるくらいにまで撫で回して、いっそ抱きしめて泣きながら褒めてあげたいくらいなんだが、トレーナーさんが見ている建前そんなことはできない。だが、初めて持った担当アイドルである彼女の成長がそれくらい嬉しくて、泣きそうなのは事実だ。

「とりあえず、ライブ当日までの数少ない日数は細かい点の修正や、ダンスと歌の完成度を更に高めていくのに費やす予定だ。幸い明日、明後日がまるっきりレッスンに費やせそうだからな! みっちり絞ってやるから覚悟しておけよ? 輿水!」

「な、なんだか色々ハードになりそうですねぇ……?」

「……ま、まあ頑張れ! 俺もしっかりと応援してやるからさ! 事務所から!」

 さて、こうして幸子の中間試験が終わり、俺達は部屋に戻って来た。なんだかんだレッスンをしたり、中間試験をしたりしていたら時間もかなり経っていて、そろそろ今日の勤務もまた終わろうとしていた。

 大量の書類の整理や来週のライブが近づいてドタバタしているせいか、なんだか気分的に落ち着かなくて時間が経つのが早い。少しは心の休み場所が欲しい物だ。

「しかし、俺が知らない間に本当に急成長したな幸子。先週の時とはまるで大違いじゃないか」

「勿論ですよ! ボクはアイドルになるために産まれたような、完全無欠で、数百億光年に一度の、神様から授かった天性の才能の持ち主ですから!」

「はいはい光年は距離です本当にありがとうございました。と、それは置いといて、実際お前には本当に何か凄い才能がありそうで怖いんだよな……」

「いや、ありそうなんじゃなくてあるんですってば!」

 実際、ビジュアル面、歌、ダンス、鋼の心臓、正直アイドルとしての才能は真面目に考えてみると、原石としては一定以上の強度はあるのかもしれない。

 昔、俺がこの業界に入るきっかけになった、例の伝説のプロデューサーとアイドル。その二人ですら、その辺を一年以上かけて苦労しながら徐々に成長していった。そうドキュメンタリーでは語っていた。だからこそ、幸子のこの一週間での成長を見ると、なにかしらの輝く素質がありそうだと思ってしまう。

 幸子が極端な早熟型なのか、本当にアイドルとしての天性の才能があったのか、もしくは別の何かがあるのか、詳しいことは俺にも分からない。だがもしかしたら、幸子には本人も自覚していない特別な何かがあるのかもしれない。今まさに、それが目覚めようとしてきているというのだろうか。

「とりあえず、ボクは中間試験に合格したんです! ご褒美に、カワイイボクの言うことを一つだけ聞いてくれても構いませんよねえ?」

「ご褒美? でも言って中間試験を突破しただけだぞ? まだ本番は来週だし、俺の方も書類の整理がまだ少しだけ残っているし……」

「つべこべ言っても無駄です! 今も昔もこれからも、プロデューサーさんにボクへの拒否権はありませんよ!」

「へいへい……わかったわかった。で、何がお望みなんです? 幸子お嬢様?」

 ここで俺は、幸子が理由があって俺に何かをして欲しいのか、という事に気が付いた。幸子がこうやって何かを強く要望してくる時は、大抵何か意図があるからだ。

 幸子は積極的で素直な性格だが、自分の意見を伝えるのが変な所で不器用なことを知っている。特に、俺が関わってくることとなるとな。

「別に、長時間付き合えとは言いません。ただ、少しだけボクととある場所に行ってほしいというか……」

「まあ、今日の予定も仕事も全部終わってるし、別に構わないが……しかし行くってどこまで行くんだ? 最近は色々と疲れてるから、できれば近場で済ましてたいんだが」

「大丈夫です! 本当にここからすぐの場所なので!」

 俺は幸子に言われるがまま、部屋を連れ出される。そして幸子が言うそのどこかとやらへと連れて行かれた。とは言っても本当にそこまで遠くではなく、346プロの中を少し歩いた程度だ。

 という訳でこうして迷宮のように広い社内を数分程歩いたり、エレベーターに乗ったり色々して連れてこられた場所、そこは俺にとって以外な場所だった。

「……なんだ、とある場所って346プロの噴水広場じゃないか」

 噴水広場。辺りには花畑が広がっており、中心には大きな噴水がある。レッスンルームなどが完備されている346プロ別館の屋上に有るのだが、普段用事なども特に無く、あまり来たことがない場所だ。しかし、ここで幸子は一体何をしようというのだろうか。

「フフーン! とりあえずあそこの噴水で座って待っていましょう!」

 幸子は俺の手を引っ張る。まあ書類の整理等もある程度終わっているし、しばらくここでリフレッシュしていくのもありか。そう俺は考えた。

「で、何が始まるっていうんです? まさか連れてきただけで終わりって訳でもあるまい」

「まあまあ、そんなに焦らないでくださいプロデューサーさん! とりあえずカワイイボクとの、淡い二人の時間を満喫しながら待っていてください!」

「それを言ったらいつも二人だろう」

「そ、それもそうですけど……で、でも雰囲気が全然違うじゃないですか! 雰囲気、大事ですよ!」

 幸子は意地でも俺にここに居て貰いたい様だ。別に、俺は最初から幸子にある程度付き合うつもりで来ていたので早々に帰るつもりは無かったのだが、そんな必死な姿もカワイらしく幸子らしいから、あえて放っておく。好き放題やられているし、たまには仕返しだ。

「さ、さて、なんだか涼しくなってきましたねえ……?」

「ああ、そうだな」

 幸子は何かを言うのを躊躇うかの様に何かをもぞもぞしている。

「で、そのー……今日プロデューサーさんを呼び出した理由なんですけど……」

「なんだ? 何か相談でもあるのか?」

「違います! えーっと、だから……」

「別に、何か言いづらいことならば、そんな無理に言わなくても良いぞ? 俺はプロデューサーだからな。ちゃんと担当アイドルのプライバシーや意思は尊重させてもらうよ」

「ま、まあそこまでの大事ではないですし、大丈夫です!」

 そう言うと幸子は俺の方に少しだけ席を詰めてくる。そして一呼吸入れると、一言だけ幸子は発した。

 

 

「今日までありがとうございました、プロデューサーさん!」

 

 

 俺は彼女の言わんとしていることを、伝えようとしといることを察し、音速で立ち上がる。その突然の言葉を言い放った幸子に対して驚き、反射的に体が動いてしまったのだ。

 

 

「⋯⋯ああ、そうか」

 

 

分かっていた。こうなることは、最初から。そう簡単に全てが上手くいくはずがないと。上手く行った様に感じていたのは、全て自分の気の所為だったんじゃないかと。

「……ゴメンな、俺なんかがお前の……君のプロデューサーになったりして。やっぱり俺のプロデュースが、ダメだったのかッ……!!」

呼び出した理由って、つまりそういうことだよな。確かにあの空気じゃ言いづらいよな、それにいつもの場所では。そう考えるのに秒は要らなかった。幸子に対しての今までの塩対応、プロデューサーとしての実力不足、思い当たる節なら幾らでもある。それでも、それでも幸子は無理をしてでも、俺に着いてきてくれていたんだろう。だが、いよいよ彼女にとっての『限界』が訪れた。

しかし幸子は、そんな俺の様子を見て驚いている様子だった。

「⋯⋯あれ⋯⋯? あっ……ちがっ、違います! プロデューサーさん!! そういう意味じゃないんです!!」

「……そういう意味じゃないとは?」

そういうと幸子は、俺にとりあえず座るように促してくる。

「つまりですね、ボクがプロデューサーさんに伝えたかったことは⋯⋯」

そう言うと幸子は、俺の反応を見て気まずそうに説明を始めた。

「⋯⋯感謝の言葉だあ?」

急転直下。俺一人で勝手に盛り上がった思いと言葉は、もれなく真っ逆さまに墜落した。そして、ギャグ漫画のような大爆発を決め、空にはキノコ型の煙が傘を開く。

「……今日もプロデューサーさんは、朝からボクの為に必死に頑張ってくれていたじゃないですか」

我に返った俺は次に、幸子の口から出てきた言葉に驚き、聞き返した。そして別方向から再び遅い来る驚愕と驚愕が正面衝突したかのような衝撃。幸子の口から感謝? それもわざわざこんな場所にまで呼び出して改まって? 俺は悪い夢でも見てるんじゃないか?

「ま、まあ……そりゃあ幸子のプロデューサーだから当たり前だろう」

「そうだとしても、そういったプロデューサーさんによる毎日の努力と、カワイイボクの超異次元的アイドル的素質が合わさった結果、爆発的なエネルギーが生まれ、今日の中間試験突破に繋がったんだとボクは思うんです」

 幸子は珍しく真面目な表情で話を続ける。考えてみれば幸子自身の本音、みたいなものをこうして面と向かって聞くのは、何気にこれが初めてかもしれない。

「別に、ボクだって日頃からちゃんと感謝はしているんですよ? プロデューサーさんが居なかったら、流石のボクでもこうしてテンポよく、アイドルとしての道を進めていたとは思えませんし」

「……面と向かってそこまで言われると、恥ずかしいというか……なんだか照れるな。まあ、ご期待に応えられているようなら、安心したよ」

「ともかくです! ボクだってちゃんと……プロデューサーさんに感謝しているんですからね! その事はちゃんと覚えていてください! 伝えたかったのはそれだけです!」

「ああ、勿論だ」

 日が沈み始める。空がだんだんと夕暮れの色へと染まっていく。あの日、幸子と出会った時の上がっていた太陽が、一区切りを経て沈んでいくかの様に。

「しかし良かった。こんなに改まって今までありがとうございました、なんて言われたらてっきりアイドルを辞めるとでも言われるのかと⋯⋯」

「そんな訳ないじゃないですか。一体何をどうしたらそんな考えに飛躍するんですか」

「だってあの自分のことしか考えてなくて他人への感謝なんてほとんど口にしない宇宙一ナルシストな自称カワイイ輿水幸子が俺をわざわざこんな空気の良い場所に呼び出して感謝の言葉を満面の笑みで言ってきたんだぞ!? ノベルゲーやギャルゲーなら一枚絵が表示されて永遠のお別れになっても文句言えないからな!?」

「今とんでもない早口でだいぶ罵倒されましたよねボク!?」

俺は息を切らしながら言葉を続ける。

「⋯⋯冗談はさておき、そういうことなら良かったよ幸子。ごめんな、いきなり取り乱したりして」

「いえ、ボクの方も少し演出に配慮が足りなかったのかもしれません」

そう言うと幸子は申し訳なさそうに言葉を続ける。

「別に、驚かそうとか考えていた訳ではありません。今日の試験の前にこれを思いついて、中間試験に合格したら少しでもプロデューサーさんに感謝の言葉を伝えたいと思っただけなので」

「まさか、俺も幸子からこんな風に感謝の言葉を言われるとは思っていなかったからな。さっきは冗談で色々言ったけど、本当は俺が何か幸子に感謝されるようなことしたっけなって思ってな」

「はい、知らず知らずのうちに色々と、ですね!」

まったく、不器用にも程がある。とんだ空回りだったよ。

「⋯⋯あとプロデューサーさん、また勘違いされるのもアレですから、丁度この機会に言っておきますね」

「なんだ?」

「ボクがアイドルを辞めることは多分無いですから安心してください! カワイイボクのファンが、一人でも居続けてくれる限りは!」

「⋯⋯ということは、しばらくは意地でもアイドルを辞められなさそうだな」

 要するに、幸子は俺がプロデューサーをしてくれる限りは、と言いたいのだろう。分かっているが、俺はあえてその事に対して何も言わずに幸子の言葉を聞き続ける。

「ボク達のアイドル活動は、まだ始まったばかりですからねっ!」

 空はあっという間に一面のオレンジに染まる。気が付くと青空は消え、俺達の周りは夕暮れに包まれていた。その夕日に照らされ、辺りの噴水や花が、先程以上に鮮やかに映っていく。

「それにしてもなんだか、ここの夕日の景色は偉く綺麗だな」

「だって、今日プロデューサーさんをここに呼び出したもう一つの理由ですから!」

「……なるほどな。つまり、これは普段仕事を頑張っている俺への、幸子お嬢様からのささやかなプレゼントってわけか」

「ちょっとプロデューサーさん! ボクからプレゼントを貰えて当然みたいに言うのはやめてください! そもそもボクから何かを貰えるということだけでも、非常に光栄なことなんですから!」

 幸子は文句を言うものの、プレゼントであることの否定はしない。まったく素直なのか、素直じゃないんだか。

「ともかく、これはカワイイボクからのプレゼントなんです! 喜んでくださいね!」

「ああ、仕事に疲れていた俺にはちょうど良い気分転換になったよ。ありがとうな、幸子」

 そしてしばらくの沈黙が続く。偶然なのか、中庭には俺達以外誰も居なかった。俺達はひっそりと噴水の縁に座り、夕日を眺める。

「なあ、幸子」

「なんです? プロデューサーさん」

「これから……恐らく、ライブが終われば仕事とか、ライブとか、とにかく色々急激に忙しくなってなっていくかもしれない。お互いに色々と大変で辛いかもしれんが、そこが踏ん張りどころだ」

「そんなこと、百も承知です! むしろライブをやる前から忙しくなるなんて、そこまで言い切っちゃって良いんです?」

「なーに言ってんだ」

 俺は再び立ち上がる。

「俺達二人、有能プロデューサーと超絶カワイイのコンビに、敵は無し! だろ?」

「敵って一体誰なんですか……ボク達、行くのはライブ会場であって、戦場に行くんじゃないんですからね? プロデューサーさん……」

 幸子は呆れた様に言いながらも、すぐにこちらを向き笑顔になる。

「まあ、プロデューサーさんが言いたいことは大体伝わりましたけど! とりあえずライブまではよろしくお願いしますね!」

「言われなくてもだ」

 気が付くと早いもので辺りは暗くなり始めており、日は沈んでいた。

 

 幸子の初ライブまで、あと四日……




いや〜……激動の一週間弱だった……
就職、文化祭の準備、内容のスランプ、そんな様々な事件が合わさりこんなに遅れてしまいました。

さて皆さんお久しぶりです!
あの日、4thライブに幸子が来たと聞いた瞬間から私は必死に書いていました(というかモチベーションがカンストしましたw) 自分は本物は見れなかったのですが、それでも幸子が、竹達さんが来てくれたというだけで涙ものでした。

なんか最近アイマス関連で泣いてばっかだな俺……

と言うわけで次回も申し訳ありませんが、不定期です。
ただ、この話は完結させると自分自身と幸子に約束してしまったので絶対に完結させます。約束です。

次回、未定!(というか考え中ですw)


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第44話 カワイイボクとroute泊まり

第44話〈プロデュース12日目〉

カワイイボクとroute泊まり

 

 

 その日は朝から特に何も無かった。

 いつも通り俺は書類整理をして、幸子はレッスンに向かう。そして昼飯を食べ、午後が来て、定時になり、また今日もいつも通り一日のプロデュースは終わる筈だった。

 

 

 

 

 超大型台風が接近している事だけを、除いてはな。

 

 

 

 

「ダメみたいですね」

 

「これは……たまげたな」

 

 外では打ち付けるような激しい雨と、猛烈な突風が吹いている。俺達はこの歴史的暴風雨により、帰ろうにも帰れない状態になり、立ち往生していた。

 

 そもそも事の発端は、今日上陸する予定になっていた超大型台風である。

 数十年ぶりに観測史上最大クラスの台風が見事東京に上陸することになり、その影響であらゆる交通機関が止まってしまい、帰る手段が無くなってしまったのだ。

 おまけに、その台風のピークが夕方から夜中にかけて、ということでもう俺達としては万策尽きてしまった次第なのである。

 

「これ、今日中には帰られなさそうか……?」

 

「話だと、他の部署とかはもう泊まりの準備をしているとか言ってましたねえ」

 

「ということはこのままだと、うちらもプロダクションに泊まりルート確定かな」

 

「346プロで……お泊まり会……!!」

 

 幸子は一人で目を輝かせている。まあ俺としても別に家に帰った所で何も無いし、ライブも近づいている今ならむしろ都合が良いと思っていた。

 

「とりあえず、そっちは親御さんとかにはちゃんと連絡しておけよ? 別に俺の方は一人暮らしだから何も問題ないけど」

 

「勿論分かってますよ! じゃあ、ちょっと待っててください!」

 

 そう言うと幸子は携帯を取り出し連絡をする。

 

「……あーもしもし、ママ? 今日やっぱり台風の影響で電車が止まっちゃって……」

 

 それから数分も話すと幸子はすぐに通話を切ってしまった。恐らく返事と幸子の表情からして、多分幸子も多分泊まって良いということになったのだろうか。

 

「ボクも泊まって良いって話になりました!」

 

「わかったが、なんで泊まり決定でテンションが高くなるんだ……?」

 

 幸子はまるで、友達の家でお泊まり会をやる時の子供みたいなテンションだ。家に帰れなくて心配だとか、台風が怖いとかといった雰囲気は全くない。

 

「フフーン! だって普段できない貴重な体験じゃないですか! それにプロデューサーさんともいつもより長く話せるわけですし」

 

「いや、俺はこの時間を有意義に使って、普通にライブ関連のことについて何かやろうと……」

 

「もしかしてプロデューサーさん、せっかくのお泊まりだというのに、今日の夜も仕事をやろうとしていませんか? やらせませんよ! 絶対に!」

 

「仕事をやれって言ったりやるなって言ったりお前なんなんだ……」

 

 どうやら幸子のこの調子だと作業をやらせてもらえなさそうだ。今夜は間違いなく長い夜になるな、俺はそう即座に思った。

 

「それじゃあ仮に、何かをやるとして何をやるっていうんだ?」

 

「それは勿論、お泊まりといったら知り合いを集めてのガールズトーク、つまり女子会ですよ!」

 

「いや、俺男だから既にガールズトークではないというツッコミをしたいのだが」

 

「こ、細かいことは良いんですよ!」

 

「それに、仮にそのガールズトークとやらをするとして、メンバー俺と飛鳥と乃々位しか居ないじゃないか」

 

「それはー……えーっと……」

 

 確かに、いざ皆で集まろうとしても四人しか居ない。というかそもそも集まって何をしようというのだろうか。まさか本当にガールズトークだけで時間を潰す気か?

 

「べ、別に人数なんてそんなに居なくて良いんですよ! お泊まり会なんてそんなものですから!」

 

「まあ、幸子がそこまで言うなら別に止める理由も無いが……」

 

「わかりました! それじゃあ皆さんを呼んできますね!」

 

「待て、今からか?」

 

「こうしている間にも時間は過ぎているんです! 貴重な時間を無駄にしないためにも、とりあえず急げですよ!」

 

 そう言うと幸子は有無を言わさぬ勢いで部屋を飛び出して行ってしまった。

 

「やれやれだ……」

 

 さて、更にそれから数十分程、俺がソファで幸子が帰ってくるのを待っていると、急に扉が開いた。

 

「ただいまです! プロデューサーさん!」

 

「邪魔をするよ」

 

「あの〜……えーっと……お邪魔します……」

 

「やっほー! プロデューサー!」

 

「……待て、なんか一人多くないか?」

 

 幸子の後に続く様に部屋に飛鳥、乃々、そして何故か当然の様に美嘉が立っていた。

 

「あれ? もしかしてダメだった感じ? なんか廊下で幸子ちゃん見かけて声をかけたら、部屋でお泊まり会とガールズトークをやるって言うから着いてきたんだけど」

 

「別に構わんが……美嘉に限らず、皆各自のプロデューサーに許可は貰ってきたのか?」

 

「ボクかい? ああ、ボクなら勿論ノン、プロブレムだ」

 

「もりくぼも……一応」

 

「アタシの方はもち大丈夫〜」

 

「ほら、プロデューサーさん! 早く初めますよ!」

 

 そう幸子が言うと後ろに続くメンバーが入ってくる。

 

「しかしこの部屋もそこそこ広いと思っていたが、数人増えただけで狭く感じるな」

 

「だから言ったじゃないですか、これ位の人数でちょうど良いって」

 

 考えてみればこの部屋には俺を含めて今五人も居る。今まで最大でも三人までしか入ったことが無かったせいか、少し狭く感じた。

 

「とりあえずまあ……立ち話もアレだろうし、簡易的だが小さいテーブルのようなものを二つ用意しておくぞ。ソファに座るなり、テーブルの周りに集まるなり、皆自由にしてくれ」

 

「流石ボクのプロデューサーさん、有能です!」

 

「それじゃあ、プロデューサーのお言葉に甘えさせて貰うとして……」

 

 俺と幸子はソファ、美嘉と飛鳥はテーブルの前、そして乃々は流れる様な動作でデスクの下に向かった。

 

「乃々はやっぱりそこが定位置なのか……」

 

「別に、皆さんと居るのが嫌という訳ではないんですけど……ここがなんだか落ち着くというか……」

 

「ま、まあ別に構わないよ。皆楽な体勢で、十分にリラックスしてくれ」

 

 というわけで幸子の女子会……まあ幸子会とでも言っておくか。幸子会のメンバーがこうして部屋に揃った。

と、言っても俺の顔見知りしか居ない訳だが……

 

「さて、皆さん揃いましたしどんどん始めていくとしましょう!」

 

「ああ、始めようか」

 

「ガールズトークなんて……初めてですけど……」

 

「大丈夫大丈夫、えーっと……森久保乃々ちゃんだっけ? そんな堅苦しい物じゃないからさ」

 

 普段個々に会っていたアイドル達が、こうして一つの部屋に集まるとなんだか色々と面白い。なんだかんだ俺もこの後このメンバーがどうなっていくか、少し気になっていたりする。

 

 果たして幸子主催の女子会で何が起きるのか、というかそもそも無事に終わることができるのか。荒れ狂う台風の中、ここ346プロにて。本日一日限りのアイドル女子会、開催である。




作者は男子会しかやったことがありません。
集まってゲームやって、おしまい! そんな感じのざっくりした学生時代でした。
女子会って一体何をしているんだろう……

という訳で唐突な台風お泊まり話です。
なんだか幸子会というと、どうもリアクション芸人の大先輩を思い出すネーミング……あれかな? 幸子が押さないで! 絶対に! みたいな感じに熱湯風呂にドボン……

次回、女子会続きですが、外伝のフランちゃんや記念回の続きも同時進行のため少し遅くなりそうです


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第45話 カワイイボクと女子会

第45話

カワイイボクと女子会

 

 

「それじゃあ開始なのかな?」

 

「ですね、メンバーも揃いましたし早くやって行きましょう!」

 

 女子会をするべくして集まった幸子、飛鳥、乃々、美嘉の四人。各自部屋の様々な場所に散ってくつろいでいる。

 そう、俺達は台風によって家に帰れなくなった同盟だ。

で、折角こうやっていつもより長く皆で居られる時間なんだから、皆で集まって話しましょう、と言う幸子の提案でここに集まり、今に至る。

 

「とりあえず飲み物とかはどうする? キリマンジャロか、ブルーマウンテン? それとも……」

 

「いや、ちょっと待ってください。それ全部コーヒーじゃないですか!」

 

「ふむ、良くわかったな幸子。流石優等生だ」

 

「フフーン! ボクは勤勉ですからね、もっと褒めてください! コーヒーが好きなプロデューサーさんのために、わざわざ勉強したんですよ?」

 

 なんだかんだ趣味に清書と書いてあったり、勉強好きや優等生を自称するだけあり、幸子は普通に色々なことを知っている。自称完璧少女にも、裏では様々な努力があるのかもしれない、そう思うとなんだか少し微笑ましい。

 もしかしなくても、本当はただの真面目っ子なんじゃないだろうか、幸子は。

 

「まあ、というわけで今のは冗談だ。オレンジジュースから炭酸系、お茶、紅茶、勿論缶コーヒーも、とりあえず何でもあるぞ」

 

「それじゃあボクは、オレンジジュースで!」

 

「ボクは……そうだな、ではコーヒーで頼もうか」

 

「もりくぼは……お茶で」

 

「アタシ? うーんそうだね、じゃあコーラとかある?」

 

「あいあいさっと。了解」

 

 俺はこんな時のために用意しておいた紙コップを用意し、冷蔵庫から言われたものを取り出す。

 

「ご注文の品、お持ちいたしましたレディ達」

 

「ご苦労様です、プロデューサーさん!」

 

「レディだなんて……照れちゃうな。アタシには似合わないよ、そんな言葉」

 

「そうやって謙虚な辺りが本物のレディと言うかカリスマなんだよな。どこかの自称完璧美少女とは違って」

 

「プロデューサーさん、今なんだかよく分かりませんけど、カワイイボクの悪口を言ってませんでしたか?」

 

「多分気のせいだ、問題ない」

 

 と、全員に飲み物を配り終えた俺はソファに再び座る。

 

「さて、準備は整ったしここいらで乾杯といたしますか」

 

「乾杯って、これは飲み会じゃなくて女子会ですってば!」

 

「ははっ、そりゃそうだな」

 

 部屋には途端に笑いがこぼれる。案外飛鳥が俺の冗談や幸子の発言などに対し普通に笑顔を浮かべていて、普段は大人びた雰囲気や言葉遣いをする彼女も、まだ年頃の女の子なんだなと再確認する。

 

「それじゃあ、ここに居るアイドルのこれからを願って……」

 

「乾杯! ……じゃないですって! 何回言わせるんですか! プロデューサーさん、さっきからなんかオジサン臭いですよ」

 

「悪い悪い、今まで女子とこうやって関わる機会とかがなかったからな。どうやれば良いのかイマイチ良く分からないんだ」

 

「もういいです! それなら、始まりはボクが仕切りますから! と、とりあえずえーっと……乾杯!」

 

「いや、結局乾杯してんじゃねーか!」

 

 結局、この通りグダってしまった。まあ良くも悪くもいつもの感じというか、相変わらずというか、女子会と幸子は言い張るが結局普段の様子とさほど変わりは無かった。

 

「フッ、随分と長い前座だったが……ボクは嫌いじゃない。メインディッシュを美味しく頂くためには、適切なタイミングというものがあるからね」

 

「ああ。こういう流れがあってこそ、なんちゃら会的な物だしな」

 

「細かいことは気にしたら負け、だもんね!」

 

「そうだ。このような集まりで必要な心得は、あらゆる物を受け入れ、楽しむ純粋な心だ」

 

 どうやら、四人は何となくうまい感じにとけ込めているようだ。飛鳥と美嘉は、似たような波長があるのか初対面の割に普通に接している。幸子と乃々は……まあ、どちらにしろ平常運転といえば平常運転か。とりあえず部屋には和やかな雰囲気が広がっている。

 

「さて、じゃあまずは何をするか?」

 

「とりあえず初対面の相手とかもいるだろうし、ここは一応、お互いに自己紹介をするのが筋ではないかい?」

 

「なるほど……そうだな。飛鳥の提案もあるし、まずは振り返りの意味も込めて各自自己紹介から初めて行くか」

 

 という訳で飛鳥の提案を採用し、各自まずは軽い自己紹介から始めていくことになった。なんだかようやく、女子会らしさが出てきたな。

 

 さて、では最初の自己紹介は飛鳥からだ。

 相変わらずの安定感というか、幸子や乃々とは違って良い意味でいつもと変わらない様子だ。

 

「とりあえずボクはアスカ、二宮飛鳥。中学二年、まあ幸子や乃々の所謂同期に当たる存在だ。宜しく」

 

「飛鳥ちゃんか〜。そのエクステやファッション、いいセンスしてんじゃん」

 

「ああ、現役のカリスマファッションリーダー直々にそう言ってもらえて、実に光栄だ」

 

「やだやだそんなに褒めちゃって〜、別にアタシからは何も出ないよ? まっ、とりあえずよろしくね!」

 

「ああ、よろしく。どうやらキミとは色々話が合いそうだな。もし良いと言ってもらえるなら今度、今の流行りのファッションなどについて、じっくりと聞かせて欲しい」

 

「お易い御用〜」

 

 次に乃々だ。

 相変わらず机の下で体育座り状態で縮こまりながら、今にも消え入りそうな小さい声で話し始める。

 大丈夫だ、俺はいつも心の中で応援しているからな。ああ勿論、俺の中の一番は幸子だから譲れないが。

 

「森久保……乃々です。この通り、特に特技も個性も、何もありませんけど」

 

「乃々さんは特にも何も、そのキャラが逆に個性あり過ぎですよ……」

 

「いや……幸子さんみたいな可愛さも無ければ、飛鳥さんや美嘉さんみたいなセンスやカリスマも無いし……もりくぼなんて、そこら辺に転がっている砂利とかわりませんよ」

 

「それは勿論、ボクのカワイさはオンリーワン! ですからね。当然ですよ!」

 

「おい、フォローしてやれよ」

 

 続いて美嘉。

 やはりこの中で俺を除けば最年長と言うこともあり、雰囲気からして違う。いやむしろ、この世界での経験やカリスマ性で言ったら、彼女が最年長みたいなものか。

 

「アタシは城ヶ崎美嘉、高校二年。まあ巷で噂のカリスマJKモデル……なんちゃって! まだ、そんな大したものじゃ無いけどね」

 

「この前のライブの盛り上がりを見たら、充分大したものなんだよなぁ……」

 

「いずれは追い越しますからね! カワイイボクだって、いつかは武道館ライブや、ドームツアー、更には世界の有名なファッションショーなんかにもに出て……」

 

「フフッ、大丈夫大丈夫。アタシも、幸子ちゃんのカワイさにだけは勝てないから」

 

「やっぱり、わかる人にはわかるんですねえ……カワイさという物は。なんだかカリスマ性とカワイさには、似た物がありそうです!!」

 

「本当、調子良いなお前……」

 

 さて、最後は言わずもがな本日の女子会の開催者ことみんな大好き? 自称カワイイ系アイドル、輿水幸子だ。

彼女については俺からは何も言うことは無い。ああ、本当に何も無い。

 

「さあ、自己紹介の最後はみんな大好き、宇宙一カワイイボク、数百億光年に一度の逸材の……」

 

「いやだから光年は距離だって何度言ったら」

 

「いちいちうるさいですねえ! ボクのカワイさは物理法則すら虜にして、ねじ曲げてしまうクラスなんですよ!」

 

「幸子にまともな理論で話しかけた俺がバカだった……」

 

「とりあえず輿水幸子、十四歳の中学三年生です!」

 

「ゴフッ、ゲホッゲホッ!! ちょっと待て、お前飛鳥より一学年年上だったのか!?」

 

「えっ!? 飛鳥ちゃんより歳上なの!?」

 

 俺は飲んでいるコーヒーをむせて噴き出しそうになった。美嘉も同じく、幸子の口から出た衝撃の事実に、ひどく驚いているようである。

 どうやら俺達は今、とんでもないことを聞いてしまったのかもしれない。

 

「そうですよ? あ、そうか。プロデューサーさんは初日のレッスンの自己紹介の時に居なかったから、そういえばこのことについて知っているわけないですね」

 

 この前の話だと、幸子は十四歳と言う話だった。飛鳥は中学二年と聞いていたから、年齢的にてっきり同学年だと思っていたが……まさかのまさか、幸子の方が一つ年上だったというのか。

 大人びた雰囲気の飛鳥に対して、明らかに子供っぽい幸子……やはり、この世界には謎だらけだ。飛鳥が良く言う未知なるセカイ、これは確かに追い求めたくなるな。

 

「というか、みなさんはなんでそんなに驚いているんですか!! ボクはそんなに幼稚に見えるんですか?」

 

「まあ、アタシからするとちっちゃくて可愛いと言うか」

 

「小動物的な可愛さ、なのかな?」

 

「まあどちらにしろ、もりくぼよりは可愛いですよ……」

 

「ほら、カワイイって呼ばれているぞ。喜べ」

 

「うがー!! ちっちゃくて悪かったですね!! あ、でもいやほら、時代はコンパクトで機能的な物が売れる時代じゃないですか……そうです、そうですよ! ボクは時代を先取る、まさにフューチャーなんですよ!」

 

 その必死になるあたりがまさに、容姿以上に幼稚に見られる要因だと思うのだが……まあそれが、幸子の可愛さや魅力に繋がっていることは、言うまでもないか。

 

「というかボクはフューチャーって……クスッ」

 

「美嘉さんも何笑っているんですか!」

 

「ごめん、可愛くてつい……」

 

「カワイイなら仕方ありませんねえ、今回だけですよ」

 

「あのなぁ……」

 

 開始数分で俺は疲れてきた。主にたった一人のせいでな。もう慣れてきたが。

 

「さて、というわけてま皆の自己紹介が終わったわけだが……」

 

「ちょっと待ってください! プロデューサーさんの自己紹介をまだ聞いていませんよ!」

 

「そうだね、ボクとしてもキミについて更に深いことを知りたい」

 

「もりくぼはどちらでも……」

 

「あー? 別に聞いて面白い情報とかも、特に無いと思うが……皆が思い浮かべるそのままだぞ、多分」

 

「でも、ボク達はちゃんと自己紹介をしたんですよ? プロデューサーさんだけ言わないって、それずるくないですか」

 

「そーだそーだ!」

 

「さて、もうこれは逃げられないね……プロデューサー」

 

「逃げられないって……まあ、拒否をし続ける様な理由もないし別に良いが、くれぐれも過度の期待はしない様にな」

 

こうして俺は自己紹介を言われた通りに始めた。

 以下、その反応はこの通りだ。

 

『つまんなーい! 女子会なのに真面目過ぎ〜プロデューサー』

 

『……話のオチは、まだなのかい?』

 

『あの……えっと……はい』

 

『あー……次でボケてってカンペ出しましょうか?』

 

 と四人から辛いコメントを貰うハメになった。

 一応この後、美嘉がカリスマパワーで色々話を回してくれたお陰でどうにかなったが、彼女が居なかったら色々マズかったかもしれない。

 

 という訳で自己紹介も終わり、いよいよ女子会はディープな話題になって行く。

 女子四人による会話、それに俺はついて行けるのか、というかどんな話題が出てくるのか、色々と気になる所でとりあえず今回はここまでだ。




遅くなりました、新しい幸子です。
素直に言います、サボってました。

グラブルやデレステでのイベントをやっていた所、気が付いたら一週間が経っていました。
更に昔懐かしの飛び出せどうぶつの森にアップデートが入り、その関係で幸子や美穂の服作ってたりしたら……時間が……

次回は更に深い話に入っていく女子会編です。
美嘉の帽子についての話や飛鳥のエクステについての話もあるかも? お楽しみに!


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第46話 幸子会 〜二宮飛鳥編〜

第46話

幸子会 〜二宮飛鳥編〜

 

 

 部屋では女子四人組が仲良く話をしている。俺はそんな彼女達の素も少し見てみたい為、あえて話の輪には入らず、傍らからその様子を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

 

「……ちょっと飛鳥ちゃんのその気持ち、わかるかも。アタシがわざわざモデルをやめてこっちの世界に来た理由の一つに、新しい物や見たことないものへの挑戦、好奇心みたいなものが結構あったからさ」

 

「まあ、ボクの『未知のセカイへの探究心』も、言ってしまえば聞こえだけ飾っているもので、実際の意味としてはどこにでも居る、ありふれた少女の好奇心の一つに過ぎないのかもしれないね」

 

 現在の女子会の話題は飛鳥が何故アイドルになったのか、そして飛鳥が言う『未知のセカイ』とは何なのか、といった内容だ。

 最初は会話も途切れ途切れで話がなかなか続かなかったが、そこは最年長の美嘉が話題を提供するなりして上手く舵を取って、進行してくれた。お陰でこの通り、女子会は盛り上がっている。

 

「というか、好奇心を持っていない人間なんて居るんですかねえ。え、ボク? それは勿論、カワイイボク自身の将来への期待や好奇心でいっぱいですよ」

 

「ま、まあ幸子ちゃんの好奇心についてはアタシは分からないけど、多分そうなんじゃない?」

 

 美嘉は幸子の発言に苦笑いをしつつも、話を続ける。

 

「とにかく、別に良いんじゃない? 今はまだアイドルとしての指標とかが固まってなくてもさ。アタシだってまだ、確実な目標みたいなものはくっきりと見えていないし」

 

「なるほど、つまりはアイドルとしての目標を探し求めるということ自体が、今ここに在るボクの目標と言うわけか」

 

「ちょっと堅苦しい言い方だけど、多分そんな感じかな」

 

 なんだか会話の流れだけを見ていると、女子会と言うより、美嘉のお悩み相談室みたいになっている。実際美嘉は学年も高校三年生になるらしいし、芸歴も長くて、妹も居て、それは色々と経験豊富だから、自然とそうなるのだろうな。ある意味、彼女の存在は幸子達に良い影響をもたらしてくれそうだ。

 

「そういえば好奇心といえば一つ、飛鳥さんについて気になることがありますね」

 

「なんだい? この機会だ、折角だから質問なら受け付けるよ」

 

「いや、そこまで大したことじゃ無いんですけど、なんで飛鳥さんはいつもエクステを着けてるんですか? それに毎日会う度に色が変わっていますし、なんだか並々ならぬこだわりを感じるというか。同じく、何かしらこだわりを持つ存在として気になります!」

 

「確かに……もりくぼも少し気になっているんですが」

 

「あれ、乃々さんも気になるなんて、珍しく気が合いますね」

 

 確かに飛鳥は毎日様々な色のエクステを日替わりで着けており、エクステとは珍しいな、と俺も前から気になっていた。普通、ファッションに扱うのがなかなか難しいエクステをあえて身につける辺り、飛鳥なりに何か意図やこだわりがあるのだろうか。本人が良いというならば詳しく聞いてみたい所だ。

 

「ああ、このエクステについてかい?」

 

 そう言うと飛鳥は自分のエクステに軽く触れる。

 

「これについては良く聞かれるんだけど……そうだな、何か身に付けている理由などがあるとするならば、このセカイや社会への、ボクなりのささやかな抵抗、かな?」

 

「ささやかな抵抗?」

 

「ああ。まあとは言ったが実際、このエクステを着ける、という行為にそこまで徹底する必要があるのか、と言われるとそこまでこだわりがある訳でも無いのかもしれないがね」

 

 そう言うと飛鳥は、普段から何故エクステを付けているのかについて話し始めた。

 

「この人間社会というものは今や、様々な法や規則、時間、繋がり、その他の様々な物に縛られ、抑制される時代だ。それらは決して間違っていることではないが、縛られ続けると人間と言うものは少しだけ窮屈になってくる」

 

「あーわかるわかる。別に悪いことをしたい訳じゃないんだけど、何かルールとかに反発したくなる気持ちや時期、アタシにもあったなー……」

 

「ああ、だがかと言って、それが罪を犯すことへの肯定にはならない。しかし、そのまま社会に縛られ流されるだけの人生では、いつしか自分という固有の存在意義は消えてしまう」

 

「社会……? 縛られる……? 存在意義……??」

 

 乃々が首を傾げる。そして助けを求める様に何故かこちらを向く。どうやら突然現れた難しい単語の数々に、乃々の頭が適応できていなさそうだ。

 俺はある程度この手の話は分かるから、説明してあげられないこともないが……

 

「だからせめて、自分という存在で居続けるために、このセカイに自分を変えられないために、ボクの場合はエクステを着ける、という行為でセカイに抗っている。とは言っても、所詮これもたかが知れた中二の少女の、囁かな抵抗に過ぎないのかも知れないがね」

 

「あ、あうぅ……」

 

 次から次へと放たれる難しい単語に乃々が反応に困り、視線が右へ左へ泳いでいる。わざわざ自分達の為に話してくれている飛鳥の為に、必死にできない反応を頑張ってしようとしている姿が、無駄に尊く可愛らしい。この秘められた天然の清純さこそ、幸子に足りていない要素なのでは無いのだろうか。

 ちなみにその幸子の方は、困っている様子こそ見られ無いが、そもそも話の内容を理解出来ていなさそうだ。話が難しい難しく無い以前に、幸子にとってそんな周りの社会を気にする暇があるなら自分のことを考えているだろうからな。

 

「ともかく、ここまで長々と御託を並べて話をしてきたが、要するに中二の少女のちょっとした自己主張と言う訳さ」

 

「つまり飛鳥ちゃんは、ちょっと大人とかに反抗したいお年頃ってことでしょ?」

 

「……そう簡単に訳さないでくれ。熱弁していたこちらが恥ずかしくなってくる」

 

 飛鳥は恥ずかしそうに顔を赤らめ目を背ける。いつもクールで大人びた雰囲気を持つ彼女が、こうやって感情を顕にするとは珍しいことだ。

 

「なんだ、飛鳥ちゃん結構可愛い顔するんじゃん」

 

「かっ可愛い!? と、突然キミは何を言い出すんだい」

 

「ほらほら〜、そういう反応を天然でする辺り、可愛さポイントかなり高いよね」

 

「ぼっ、ボクをからかうのはやめてもらいたい物だね……」

 

 飛鳥は可愛いと言われることに慣れていないのか、その顔には明らかな動揺の色を見せる。

 しかし、俺からすれば普段は可愛いとと言われるよりどちらかと言うとかっこいいと言われるタイプの彼女だが、アイドルらしい可愛い系路線も充分アリなんじゃないかと思うんだがな。

 まあ、あの様な言動や格好をしているが、外見も中身もまだ中学二年の少女だ。可愛らしいところがあっても別におかしくはない。むしろ当然だろう。

 

 と、幸子の方にふと目を向けると、そこには飛鳥を羨ましそうに見る幸子の姿がそこにあった。

 

「ボクという存在が居ておきながら、みんな飛鳥さんのことを可愛い可愛いって褒めてばかり……」

 

「あれ、もしかして幸子ちゃんヤキモチ妬いちゃったり〜?」

 

「や、妬いてなんていませんよ! ただ、すこーしだけ羨ましかったと言うか……えーっと、うーん……」

 

「フフッ、ほらほら〜、このままだと飛鳥ちゃんに可愛さで負けちゃうよ〜」

 

「ぷ、プロデューサーさんはどう思いますか? プロデューサーさんはボクのことを、一番カワイイと思ってくれていますよね!! ね!?」

 

「さあ、どうなんだろうな?」

 

「プロデューサーさん、またそうやってボクをからかって!! 後で許しませんよ!!」

 

「はいはい怖い怖い……」

 

 とか言っておいて、俺の中での可愛いアイドル一番は勿論幸子だ。やはり自分の担当が世界で一番可愛いに決まっているからな。

 ただ、美嘉や飛鳥等がいるこの場で下手にそんな事を言ってしまえば、またあらぬ誤解を招く事になるだろうから、俺はその気持ちを心のZIPファイルに圧縮しておくことにする。

 

「さて、じゃあ飛鳥ちゃんのエクステへの疑問は晴れた? 幸子ちゃん」

 

「はい。飛鳥さんの、エクステに掛けた熱い思いは充分伝わってきました」

 

「ご希望に応えられた様で、ボクとしても良かったよ」

 

 飛鳥は調子を取り戻したのか、いつもの口調に戻っている。だがまだ少しだけ顔が赤い。

 

「とりあえずじゃあ、同じ話題をずっと話しているのもアレだし、他に何か新しい話題の提供を希望しちゃおっかな」

 

「カワイイボクについての話は勿論、最後の大トリですからねえ。プロデューサーさんの話はつまらなさそうだからいいですし」

 

 俺は何故か、会話の流れの過程で突然罵倒された。

 とは言え、実際俺もまだ他のメンバーの話を聞きたいところだったし、別に構わないがな。

 

「そっかー、じゃあそうなると残るのはアタシと……」

 

 そう言うと、美嘉は乃々の方へ視線を向ける。

 

「アタシは最年長だからあんまり出しゃばっちゃいけないし、ここは後輩に任せる場面だよね」

 

「そうですねえ。それじゃあ次は流れ的に、乃々さんに何か話してもらうとしますか。ボクも実の所、この中で一番素性を知りませんし」

 

「ひいぃ!? なんでそうなるんですかぁ〜……」

 

 乃々は後ろに後退りをする。

 

「だって……もりくぼについての話だなんてそんなものないし、飛鳥さんや美嘉さんみたいな面白い話も多分できないし……」

 

「大丈夫大丈夫、怖くなーい、怖くなーい……悪い様にはしないからさ……」

 

 美嘉が席を立ち乃々の方へ近寄って行く。

 

「ひいぃ!?」

 

 なんだか美嘉の目が怖い。というか美嘉に限らず、幸子まで何か怖い目をしている。

 そんなアブナイ目をした美嘉達を見て、身の危険を感じたのか乃々は机の奥へ更に下がって行く。

 

「そんなぁ……あうぅ……」

 

 という訳で、この調子だと次の話題は乃々についてになるのだろうな。これまでうまい具合にステルスしていた乃々だったが、遂に幸子と美嘉という猛獣に目をつけられてしまった。

 果たして乃々はどうなってしまうのか、再び次回へ続くのである。




お久しぶりです。
なんだか色々やっていたら一週間も……
ある意味、暇になり過ぎてもなんだか気が散ってしまって集中できないです。

そう言えばイヴちゃん可愛いですね。
そのうち出そう(唐突)
だいたい、作者のこんな流れでこのお話は書かれています。

さて、お知らせなのですが、しばらくの間投稿が更に遅れるかもしれませぬ。
理由として、11月の某日に迫ったとある日を記念した、幸子の短編を書き始めたからです(最近遅れているのもその影響)
できるかぎり投稿もやればやっていきますのでご了承ください。

次回、もりくぼ可愛い(結婚し(ry


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第47話 幸子会 〜森久保乃々編〜

お久しぶりです、奈落の底から帰還しました。
積もる話はありますがとりあえず本編見て、どうぞ


第47話

幸子会 〜森久保乃々編〜 

 

 

 女子会の次なる話題の標的は、机の下で目立たないようにステルスしていた乃々に向けられた。突然美嘉達に話題を振られ、挙句机の下から事実上引きずり出された乃々は、親元から離された生まれたての子猫の様に震えながらテーブルの前に座らさせられている。

 

「まあまあ、そんなに緊張しなくて良いって。別にアタシ達はさ、乃々ちゃんにいじわるをしたい訳じゃないんだからさ」

 

「そうです! 今日はカワイイボクの無礼講なんですから、机の下みたいなジメジメした場所に引きこもっていないでもっとパーっとやっちゃって下さい!」

 

 美嘉と幸子は満更でも無い様子だが、肝心の乃々の方は幸子達二人の剣幕に押されて萎縮してしまっている。

 

「おいおい、あんまり乃々に無理はさせてやんなよ? 幸子、美嘉」

 

「大丈夫大丈夫! それに、これくらいの絡みに着いてこれる様にならないと、アイドルなんてそもそもやって行けないって」

 

「そうです乃々さん! 幾ら見た目はカワイイからって、そんな調子じゃもっとカワイイボクとカリスマ美嘉さんは、越せませんよ!」

 

 完全にノリが可愛いアイドル達の女子会では無く、仕事帰りのサラリーマン達の飲み会のそれである。二人はまるで、新入社員を飲み会に誘ってダル絡みをする陽気な上司二人組みたいだ。

 というか幸子も美嘉も、二人ともいつの間にか仲良くなり過ぎではないだろうか。いや、まだ出会って二日だろ? ライブの時に会ったきりだろ? 

 

「あの……何か誤解されてるようですけど、別にもりくぼはアイドルをこれからもずっとやって行こうとは思っていないですし、そもそも幸子ちゃんを越えようなんて思ったこともないですし……」

 

「ん? どういうこと?」

 

 恐らく、大きな夢を持ちアイドルという仕事を今一生懸命に楽しみながら頑張っている美嘉からしたら、乃々の言葉は全く想像できなかったセリフだったのだろう。美嘉は咄嗟に聞き返す。

 

「その……えーっと……それについては色々……」

 

「あー……美嘉、それについては俺が説明する」

 

 乃々の担当でもないのに彼女について説明するというのもおかしな話だが、俺は美嘉や飛鳥に乃々がどうしてアイドルになったのかの経緯について説明する。

 正直もう、こんな日常に慣れてきた俺からするともう驚きもしない話だが、美嘉は乃々のあまりにも常識離れしたスカウト話に一瞬思考停止した様で、再び話し始めるまでに一瞬間が空いた。

 

「……あーなるほどねー。なんだか色々大変そうだね、乃々ちゃん」

 

「わざわざ説明ありがとうございます……幸子ちゃんのプロデューサーさん」

 

「気弱な少女にも隠された真実……そうか、キミがいつもレッスンやアイドル活動に前向きでは無かったのは、そういった経緯があっての事だったのか」

 

「まあ……みなさん分かってもらえたと思いますけど、今幸子ちゃんのプロデューサーさんが説明してくれた通りです。正直今すぐにアイドルを辞めたいというか、タイミングを見て自然消滅をしたいというか……いっそ私なんて、クビにしてもらった方がお互いに嫌な思いをしなくて得だと思いますし……」

 

 乃々の表情は話せば話す程どんどん暗くなっていく。どうやら例の如くいつものネガティブスイッチが入ってしまっている様だ。

 

「というかそれ、まだ言ってたんですか乃々さん!」

 

「まだもなにも、もりくぼの考えは最初からずっと一貫してますよ……」

 

 乃々は幸子の絡みに嫌そうな顔をしながら小さな声で答える。

 

「そうです、美嘉さんや飛鳥さんも聞いてくださいよ! 乃々さんったら、この前せっかくカワイイボクが乃々さんの為に自信を付けさせてあげようと直々に色々してあげたのに、ずっとこの調子でアイドルを辞めたいって言うんですよ? まったくカワイイボクに失礼だと思いません?」

 

 いやいやそのお前の理論はおかしいだろ、と俺は心の中で思う。むしろ乃々からしたらただの迷惑の押し売りにしかなっていないだろそれ。

 

「……そうだ! とりあえず、丁度美嘉さんや飛鳥さんも居る良い機会ですし、乃々さんに自信をつけてもらう良い考えとかはありませんか? 皆さん」

 

「うーん……急に自信を付ける良い考えが無いかって言われてもね〜。アタシもここにはスカウトで入った人間だし、アタシも最初は……まあ辞めたくなるほどじゃなかったけど、今から比べると全然自信とか無かったからな〜。アタシから言える事はせいぜい、辞めない程度に頑張って、くらいかな」

 

「ああ、ボクも美嘉の意見に同意だ。彼女が言う通り、むしろボク達はまだこれからデビューする身分の存在に過ぎない。自信が無いのも、必然的では無いのではないか? アイドルになった以上、ここから先は彼女の意思次第だと思うのだが」

 

「ま、まあ皆さんにそう言われてみると、確かにそうかもしれないとは思いますけど……」

 

「言いくるめられるの早すぎだろお前……」

 

 幸子は美嘉と飛鳥に諭され何か悩んだ表情のまま黙り込んでしまった。それに続くように他の三人も黙り込んでしまい部屋には女子会にも関わらず、少女達と一人の男の悩む声だけが漏れていた。

 

「……それにしても、話はちょっと変わるけどなんで幸子ちゃんは乃々ちゃんの為にそこまでしてあげるの? 別にそれが悪いって訳じゃないんだけど、ちょっと気になったかなーって」

 

「確かに、それについては俺も前の時から疑問に思っていたな。どうなんだ? 本心の所は」

 

「べ、別に本心も何も深い意味はありませんよ! 本来ならライバルが消えてくれた方がボクとしても嬉しいんですけど、それだとせこいやり方をして勝ったみたいで、カワイイボクのプライドが許せないから仕方なく、仕方なーく自信を付けさせてあげているだけなんです!」

 

 幸子は急に早口になり、必死に自分は心配なんてしてあげてないですからねアピールをしている。だが既に、俺も含め皆幸子の本心には気が付いており、必死に喋る幸子を暖かい目で見守っていた。

 

「本当に〜?」

 

「な、何ですかプロデューサーさん。ほ、本当ですよ! 別に、乃々さんはボクの数少ない友達だからこれからも一緒にアイドルをやっていきたいとか、自信を持ってもらいたい、とか思って良心でやってあげているわけじゃ無いんですからね!」

 

「もう本音全部言ってるじゃねえか……」

 

 幸子は苦し紛れに言い訳をするが、本音が口から水漏れしている蛇口の水の如く全部ダダ漏れである。とりあえず俺達の視線が気になり色々やりずらくなったのか、幸子は突然立ち上がると足早に冷蔵庫の方に向かった。

 

「わ、わかりました。ま、まあと、とりあえず乃々さん一杯飲んでください!」

 

 そう言うと幸子は冷蔵庫からお茶を取り出してきて、戻ってくると空になっていた乃々のコップに注いだ。

 

「あ……別に、もりくぼの分のお茶なら要らないですよ。いっそ居ない存在として見てもらっても……」

 

「つべこべうるさいです! なんですか? ボクの注いだお茶が飲めないって言うんですか!」

 

 幸子は机を叩き立ち上がる。まさに、部下に飲めない酒を無理やり飲ます悪質な上司その物だ。

 ああ、間違っても幸子の部下にはなりたくないな。二十四時間四六時中ブラック企業も真っ青なレベルでこき使われた挙句、仕事終わりに関わらず飲み会やカラオケに無理やり連れていかれて、ドヤ顔でやりたい放題されそうだ。

 良かった、幸子じゃなくて俺の方がプロデューサーで。俺の方がアイドルだったら耐えられなくて、間違いなくすぐにアイドルを辞めるだろう。

 

「はい、とにかく飲んでください!」

 

「うぅ……それじゃあ……すいません、頂きます……」

 

 乃々は紙コップに注がれたお茶を幸子に言われ渋々一口飲む。それを見て幸子はよろしい! とばかりにフフーンと鼻を鳴らす。

 

「……確かに、乃々さんの言い分も確かによーくわかります! それはボクみたいな真にカワイイ存在がここに居る建前、自分から自分のことをカワイイ、だとか凄い、とは言えないですもんねえはいはいわかりますわかります」

 

「まーたなんか言ってるよこの子」

 

「またって何ですか! 何か変なこと言っていましたかボク?」

 

「あー……いや、すまない。そうだな、何もおかしくない、おかしいことなんて全く言っていないぞ。確かにいつも通りの平常運転だな」

 

「……ま、まあプロデューサーさんのガヤが入りましたが、ともかくですよ乃々さん。乃々さんももうアイドルなんですから、その自覚はしっかり持ってください。自信が無いとか、自分なんかがアイドルに、とか長々と御託を並べて言っている前に、乃々さんはもう既にアイドルになりたいという夢を持っている人を、数人諦めさせている身分なんですからね?」

 

「もりくぼが……アイドルになりたかった人の夢を……数人諦めさせている身分……?」

 

 幸子は珍しく真面目にアイドルについて乃々に語る。乃々に語りかける幸子に、先程までのカワイイボク、と言った姿は無かった。

 

「だって乃々さん、良く考えてみてください。今や世界は一世のアイドルブームなんですよ? 色んな人がアイドルを目指しているわけで、なろうとして簡単になれる物では無いんです。まあそんな世界でもカワイイボクは軽々となれたんですけどね。やっぱりボクって天才……」

 

 一つの文章の中でおっ、たまには良い事言うじゃないか、と思わせておきながら即座に潰していくその話術には心底驚かされる。毎回毎回一言二言無ければ本当にいい事を言っているはずなのにな。

 まさに天は二物を与えず、天は幸子に謙虚さを与えず、か。

 

「要するに、ボクは何が言いたいのかと言うと、乃々さんが悲観する程乃々さん自身はダメな人じゃないってことです。こんなアイドル戦国時代の中、乃々さんのプロデューサーさんという一人の人間を一目惚れさせ、色々な段階をすっ飛ばしてアイドルになれたんですよ? だからせめて、もう少しだけカワイイボク達とアイドルをやってみませんか?」

 

 幸子の幸子らしくない真面目な熱弁に、美嘉達と乃々は驚いたのか黙って聞き入っていた。実際俺も、いつも自分の事についてしか語らない幸子が、それだけアイドルという仕事に深い思いを抱いていたということに驚かされ、珍しくツッコミを入れるタイミングも失い黙っていた。

 乃々は幸子の言葉を聞き何か思うことがあったのか、俯いた状態で何かを考える様に手のひらを見つめている。そしてしばらくすると乃々は顔を上げ、辺りをしばらく見渡した後俺の顔を見てきた。

 

「なーに、心配するな。俺達はまだまだこれからなんだから」

 

 俺は心配そうな乃々にほほ笑みかける。すると先程から黙り込んでいた乃々がようやく口を開いた。

 

「……皆さんがそこまで言うなら、別にもう少しだけやってみても良いですけど。でも、もりくぼはもうこれから先何が起きても知りませんよ? そこまで言った以上、私が自信を付けられるように、皆さん責任を取って下さいね……」

 

「いいってことよ。やっぱりアイドルやプロデューサーは助け合いでしょ。あ、ただ細かい仕事とかの話や提案は乃々のプロデューサーの方に直接言ってくれよ? 俺はうちの幸子とかいうののプロデュースで手一杯だから」

 

「ちょっと! 幸子とかいうのってそれどういう意味ですか! そんなにボクが嫌なら、別に乃々さんのプロデューサーになっても良いんですよーだ!」

 

「じゃ、そうするか」

 

「えっ……! あ……ちょっとプロデューサーさん!」

 

「嘘だよ、本当に単純だな幸子は」

 

「あー!! もう許しません!! プロデューサーさん!!」

 

 幸子が俺に突撃してきたのを皮切りに部屋は再び女子会の明るさを取り戻していった。

 美嘉が俺達のやり取りを見て笑い始め、飛鳥も笑みを浮かべていた。そして気が付くと幸子は、俺に飛びかかってきており俺はソファに押し倒される。そして乃々はテーブルの前でそんな様子を眺めていた。

 

「私がアイドルになっても……良いんだ……」

 

 皆は幸子と俺のやり取りを見ていて気がついていないようだが、ソファの上の俺からは乃々は何かが吹っ切れたのか一瞬だけ、初めて笑みを浮かべて何かを言っていたのが見えた。

 

「ん、何か言ったか? 乃々」

 

「いえ、何も言って……ないです」

 

「プロデューサーさん! カワイイボクから目を離している暇はありませんよ!」

 

「うおおっと!?」

 

 外が台風で雨風のお祭り騒ぎの中、部屋の中も一人のプロデューサーと四人のアイドルによりお祭り騒ぎとなっていた。ある意味、これだけ騒げるのもこの346プロが大きな建物だからこそなのかもしれないな。

 と、しばらく騒いだ後、幸子はいきなり何かを閃いたかのように話し始めた。

 

「……そうだ! じゃあ乃々さんは、自信が無いからアイドルを辞めたいんですよね?」

 

「まあ、そうですけど……」

 

「フフーン、わかりました! だったらボク達が乃々さんを沢山褒めてあげれば……」

 

「なるほど幸子ちゃん、それ名案かも!」

 

「つまり……裏の裏をかくということか」

 

「いや、そういう事なのか……?」

 

「とりあえず、やってみましょう! 物は試しです、行きますよ? 乃々さんカワイイ!」

 

「フフッ、そうだね。乃々ちゃんの巻髪可愛い!」

 

「そのか弱くも芯のあるその瞳、ボクは嫌いじゃない」

 

「ひいっ!? どうして皆さんそういう流れに……」

 

 乃々は部屋の皆からいきなり褒められ始め、再び机の下に流れる様な動作で戻ってしまった。乃々の瞳の奥では渦が巻いており、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうだ。

 

「や、やっぱり……まだもりくぼはまだ無理くぼ乃々です……うぅ……帰りたい……」

 

 まあ、どうやらこの調子だと、乃々が心の底から自分とアイドルという仕事を好きになるにはもう少し時間がかかりそうだな。でも、それもそう遠くない話だろう。




皆さん、お久しぶりです。
あとあけましておめでとうございます(遅い)

前回の投稿から早1ヶ月と少し、作者は時間があるのにも関わらずやる気の無い生活を送っていました。
そしてトドメを刺すようにデレステでSSR幸子と運命的な出会いをしてしまいまさに、作者書く気あんのか状態が続いていて……

と、そんなこんなはありましたが実際はじゃあ何をしていたのか? というとネタ補給と小説の書き方を本を読んだりして勉強していました。
今までの書いた作品や幸子の最初の方の話を見ていたら恥ずかしくなったと言うか……

まあそうして色々やっていて今日に至りました。
文章書きの勉強ばかりやっていて溜まってきていた幸子書きたい、幸子とイチャイチャしたい心が限界を超えてしまい再びこうして書き始めることに。

とりあえず今回も皆さん読んでいただきありがとうございます。
ちなみに実を言うと幸子の話はあと少しで一旦完結する予定なので、それに向けて作者も本気で頑張っております。
今年中には完結する予定なので皆さん、どうか今年もよろしくお願いします。
それでは皆さん、また次回お会いできたら嬉しいです。


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第48話 幸子会 〜城ヶ崎美嘉編〜

第48話

幸子会 〜城ヶ崎美嘉編〜

 

 

 俺達が部屋に集まってワイワイガヤガヤ色々うるさくやっている中、外の雨風は一層激しさを増していた。時折吹く突風に、窓が歪な音を立てる。だが、四人のアイドルはそれもお構いなしに騒ぎ立てて行く。

 

 というわけで、一頻り乃々の話題で騒いだ俺とアイドル達四人は、再び女子会の話題に戻り話を続けて行っていた。飛鳥も乃々も言いたいことを言えスッキリしたのか、全体的に女子会は落ち着いてきている。

 だが、美嘉はそんな女子会の消えかかっていた話題の火にガソリンを撒き散らし、女子会は本日一番の大炎上を見せるのであった。

 

「さーて、とりあえずひと段落したし、みんな何かアタシに相談とかない? 今まではみんなに話題を提供してもらっていたけど、今度は逆にアタシがお悩み相談を受けちゃおうかなー、なんて」

 

「ほう、カリスマギャル兼カリスマアイドルこと城ヶ崎美嘉お姉さんのお悩み相談教室か」

 

「うん。一応さ、アタシってこの中だと一番年長じゃん? だから何か、みんなの手助けになってあげられないかなって思ってさ」

 

 美嘉の提案に他の三人も良いですね、と頷く。

 

「なるほどな。確かに、今日の流れを見ていても美嘉の意見は幸子達に少なからず良い経験になってそうだし、良いんじゃないか?」

 

「お悩み相談……ですか。そうですねぇ……じゃあここはやっぱり恋愛についての話とかもいけますか?」

 

「うっ……」

 

 美嘉の顔が引き攣る。

 

「何かいきなり凄く段階飛ばしたえらく直球な質問するなあおい。普通こういった場合は芸能界とかの悩みから聞いていく物なんじゃないのか?」

 

「別にいいじゃないですか。これは女子会なんですし、お堅い話題じゃなくても。それに……実際本当にボクが聞きたいことなんですし」

 

「……色恋の話か。良いのではないだろうかとボクは思うのだが」

 

 と、今まであまり話してこなかった飛鳥が意外にもこの話題に反応する。

 

「ん、どういうことだ?」

 

「ああ。これはあくまでもボク個人としての意見だがこれから先、様々な表現力などを求められるボク達にとって、そう言った経験や話題を共有し、広めていく事は意外と重要な事ではないだろうか。そういった面でも、人生や芸能界の先人に話を聞けるのは中々良い経験になるのでは、と思ったのでね」

 

 幸子は恐らくここまでしっかりと考えて聞いたつもりはなかったのだろうが、飛鳥の真面目な意見を聞いて俺は納得する。

 

「……なるほどな、そういう考え方もあるか。確かに、何もおかしくは無いな。悪い、楽しい女子会に水を差しちまって」

 

「というかそう言えばこれ、自分で言っておいてなんですが女子会だったんですよね……」

 

 主催者が忘れていてどうする、と俺は内心ツッコミを入れる。というか女子会をやっていなかった自覚はあるんだなお前。

 

「さあ、じゃあそんなわけで、早速そんな悩める幸子への美嘉先輩のアドバイスを色々聞いてみるか」

 

「れ、恋愛相談か〜……」

 

「ん、どうした? 美嘉」

 

 美嘉は恋愛という単語を聞いて、明らかに動揺していた。何事にも動じず、完璧対応だった彼女にしては珍しい反応だ。

 

「あ、ああ大した話じゃないし気にしなくて良いよ! うん! 本当、本当に!」

 

「美嘉がそう言うなら別にこれ以上聞いたりはしないが……」

 

 しかしそう言いつつも美嘉は目を泳がせて冷や汗をかいている。いや、まさかな……この風体といつもの雰囲気や、カリスマギャルの肩書きからして『そんなこと』は……無いよな?

 俺は美嘉に少しだけ疑惑の目を向ける。

 

「じゃ、じゃあとりあえず……まずは最初に、みんなが理想の彼氏に求める物とか、タイプを聞いていっちゃおうかなー……なーんて」

 

「理想のタイプですか……」

 

 美嘉に問われ三人は少し黙って考え始める。

 

「うーん……ボクの場合は無難に、お金ですかねえ。もしくは、ボクに釣り合うだけの素晴らしいルックスと中身を持った人か……いやいやそれとも……」

 

「やはり……ボクの場合はだが、未知のセカイを見せてくれるかどうか、だろうか。意味の無い、形だけの恋愛など限られた時間の無駄にしかならないからな」

 

「もりくぼは……多分できないと思うので……ないです」

 

 三人は各自思い思いに、自分の将来の相手の理想を話して行く。が、三人の答えは俺にとってもはや分かりきった物だった。

 

「とりあえず幸子、お前金って……」

 

「い、いやー……何か咄嗟であんまり思いつかなかったので、とりあえず、一番現実的かなー……と」

 

「最近の女子は色々現実的過ぎだよ……」

 

 本当にそこまでブレないんだな、とむしろ心の中で感心している。まあ逆に、その調子ならばなんだかんだ幸子と合う良い相手と出会えるんじゃないだろうか。何せビジュアル『だけ』は無駄に良いからな。金目当ての男には気を付けろよ?

 

「というか、飛鳥さんはまた未知のセカイですか!」

 

「し、仕方が無いだろう。実際ボクもキミと同じで、思いついたことを言っただけだ。生憎、未だ恋愛等という物をしたことが無い身なものでね」

 

「確かに、それを言ったらボクだってそうですよね……というか、だからこそ恋愛とかをよく知っていそうな美嘉さんに聞きたいんじゃないんですか!」

 

「ま、まあアタシは一応聞いておこうかなーって聞いただけだから。別に分からないなら分からないで、構わないよ? 全然、全然!」

 

 と、三人の意見を聞いた美嘉が聞こえるか聞こえないかの小さな声で何かを言ったのが分かった。

 

「へ、へぇ〜……やっぱり皆恋愛とかしたことないんだ〜……良かった、安心した」

 

「ん、なんか言ったか? 美嘉」

 

「あ、あ〜いや、何も言ってないよ! うん、うん!」

 

「そうか……」

 

 気のせいか、俺は美嘉が安心したとも言った様に聞こえた。しかし幸子達が気にせず会話を続けている感じを見る限り、どうやら俺の聞き間違いだった様だ。まあまさか、な。そんな訳は無いか。

 どうやらまた、俺の変な邪推が入ってしまった様だ。

 

「じゃあそんな『恋愛についても詳しそう』な美嘉さん自身が理想の相手に求めるものって、一体何なんですかねえ?」

 

「確かに、ボク達に質問するからには、そろそろそんな先輩の見解も聞いてみたいものだな」

 

「ア、アタシ!?」

 

 と、疑いが晴れようとしていた矢先に、美嘉は幸子に話を振られ何故か異様に驚き焦る。今の話のどこに驚く要素があったのか。

 

「ん、どうした? 本当に大丈夫か?」

 

「あ、いやー……何でもないよ、大丈夫」

 

 そう言い考え始めた美嘉はしばらく悩んだ後、自信なさげに答える。

 

「そ、そうだなー……アタシの場合かー……うーん……あはは、何だろうな〜……」

 

 美嘉はオーバーリアクションで俯き考え始める。部屋はクーラーが付いていて涼しい筈なのに、なんだか異様に汗をかいている。

 

「そうだ! じゃあ美嘉さんは答えを言わないでください! ボク達が美嘉さんの理想の人に求める物を言い当てられたら、それってつまりボク達に美嘉さんみたいなカリスマの素質があるってことですもんねえ?」

 

「あ、あはは……そうなの……かな?」

 

 幸子はドヤ顔になり立ち上がる。

 

「フフーン! ズバリ、ファッションセンス! とかじゃないですか?」

 

「ファッションかー……ま、まあ確かに重要かなー……?」

 

「あ、あれ? うーん、反応からしてなんだか違いそうですねぇ……」

 

 と、突然立ち上がると幸子は飛鳥の元へ行き、なにやらお互いに小声で話し始める。

 

「飛鳥さんはなんだと思います?」

 

「……恐らく彼女は、一般人のそれからすると様々な面が大幅に乖離している。つまり、君が言ったファッションセンスなどと言った単純な答えは、まず無いと考えて良いだろう……」

 

「単純な答えはまず無い……フフーン、なるほどです」

 

 すると幸子は再びドヤ顔で美嘉に思い付いた様々な予想を言い放っていく。そしてそれに続き飛鳥や乃々も予想を考え美嘉に言っていく。

 

 と、その後も妙に張り切った幸子と飛鳥は思い付いたものを美嘉に言っていくが、一向に当たる気配がない。そしてついに痺れを切らした幸子が美嘉に詰め寄る。

 

「じゃあもう何なんですか! 早くカワイイボクに答えを教えて下さい!」

 

「結局そうなるのかよ……」

 

 美嘉は視線を泳がせる。なんだか答えをあまり言いたくなさそうな様子だ。しかし幸子の押しに負けたのか、美嘉は暫く悩んだ後しょうがない、と言った感じで口を開く。

 

「そ、そうかー……じゃあ、答えを言っちゃおうかなー……なーんて……」

 

 幸子達は真剣な表情で美嘉の顔を見つめる。幸子達に見つめられた美嘉はついに躊躇いつつ、それを口にする。

 

「じゅ、純粋な愛……とかかな……?」

 

 その時、部屋の空気が固まった。皆美嘉が言った言葉を理解出来なかったのか、一瞬の間があく。

 そして、そんな空気の中で最初に口を開いたのは、幸子だった。

 

「美嘉さん、純粋な愛ってそれ」

 

「純粋な愛、か。これはまた簡単に見えて、大変で重要な物を選ぶのだな。流石人生の先を往く者は、考えることも違う。まだアイドルとして、人間として未熟で小さなボク達には到底思い付かないことだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってみんな、なんでそんなにニヤニヤしてるの?」

 

「いや、そのー……普段の見た目やカリスマギャルの肩書きからして俺が想像していたのと違ったというか……思っていた以上に、美嘉って純粋無垢だなーって」

 

「こ、こーゆうのはさ、やっぱり人に聞くもんじゃないよ! 皆違うし、ケースバイケース、なんでこんなこと質問したんだろうねーアタシ、本当に。ははは……」

 

「本当だよ、聞いたのは美嘉の方だろ……」

 

 俺は首を傾げる。やはり何か怪しい。なんだか反応がいつもの美嘉らしくないというか、この話題になってから俺からも何故か視線を逸らすし。

 と、そんな美嘉の反応を見ていた俺の中には、ある一つの予想ができてきていた。そう、美嘉には

 

 

 

 

『恋愛経験が無い』

 

 

 

 

のではないかと。

 俺は視線を逸らし挙動不審な美嘉に更に注意深く目を向ける。

 

「な、何? プロデューサー。さっきからなんだかアタシのことをそんなじっと見つめて……も、もしかしてアタシみたいなのがタイプなの?」

 

「へぇ、プロデューサーさんやっぱり美嘉さんのこと好きなんですねぇ……前の時から気になっていましたけど、ボクなんかよりボンキュッボンな美嘉さんの方が……」

 

「い、いや違う。誤解だ幸子。むしろ俺は幸子みたいな、全体的に小さい子の方がどっちかっていうと……」

 

「待ってください、それだとつまりロリコ……」

 

「いやそういう意味じゃなくて!」

 

「いや今の言い方だとそう言う意味にしか取れませんよ!」

 

「ま、まあアタシは他人の恋愛感にはケチを付けないからね、どんな恋愛感を持っていても何も言わないよ、うんうん」

 

 いや、咄嗟に言われて嘘をつこうとしてしまったが、実際のところ幸子みたいな歳下より、歳上の方が好きだ。

 しかし、そんな俺の話はさておき、美嘉は先程から無理をして笑顔を作ろうとしているが、なにやら顔が異様に引き攣っている。

 その反応を見て流石に何かおかしいと思ったのか、俺だけでなく幸子も何か怪しんでいる。

 

「あの〜、美嘉さん? なんだかさっきから顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

「ん……? あー、うん! 大丈夫、何もおかしくないよ! なにも隠してなんていないから!」

 

「隠してなんて……?」

 

「あっ……」

 

 俺はその言葉を聞き逃さなかった。そしてたった今確信する。

 

 

 

 

 

 

美嘉はクロだ。

 

 

 

 

 

 

 間違いない、美嘉も幸子達三人と同じで『恋愛経験ゼロ』だ。

 

 それもアレだ。恐らく恋愛に興味が無いのでは無く、家の自室等で一人、少女漫画や恋愛映画などを見て恋愛に憧れているようなタイプの、そんな本当に純粋無垢な方の恋愛経験ゼロだ。

 

「……一応先程から気になっていたから聞くが、もしかして美嘉ってまだ、異性と付き合った事とか……」

 

「あー!! ストップストップ!! プロデューサーそれ以上言わないで!! ダメ!! というかそれ以上言っちゃダメ!! ダメ!!」

 

 美嘉は突然席を立ち上がり見たことも無い勢いで取り乱し始めた。飛鳥や乃々も、というか俺と幸子ですら見た事の無いその美嘉の反応に、一同は余計気になり黙り込んで美嘉の方を向く。

 

「……そ、そうだよ。ま、まあプロデューサーが言う通りアタシ、恋愛とかー? 全くしたことないし……」

 

その時、歴史は動いた。

 

「嘘だろ」

 

「嘘ですよねぇ?」

 

「……本当かい?」

 

「良かった……美嘉さんも恋愛経験無いんだ……」

 

「う、うるさいなぁ……いや、だってさー……その……」

 

 美嘉は乃々みたいに小さな声で何かをボソボソと言い訳のように話していく。しかし言葉を並べれば並べる程、声はだんだん小さくなっていき、気がつけば俯いた状態で顔を隠していた。もう今にも頭から蒸気を出して爆発してしまいそうな状況だ。

 

「フフーン? 美嘉さん、先程から何かおかしいと思っていましたがそう言うことでしたか……」

 

「心中を察するよ、カリスマJK城ヶ崎美嘉」

 

「大丈夫です、もりくぼも仲間ですから……」

 

 あれだけ机の下に引っ込んでいた乃々が気が付いたら美嘉の横に座っていた。どうやら、あんなカリスマオーラを放つ美嘉にですら自分と同じことがある、と分かっただけで同情の気持ちでも湧いてきたのだろう。乃々は美嘉の背中を擦り頷いている。

 

「あーやめやめやめやめ!! この話はもう無しで!! これ以上この話続けたらアタシ怒るよ!?」

 

「怒るも何も、話を振ってきたのはそっちだろ……」

 

 手で顔を隠して黙り込んでいた美嘉は急に立ち上がり今までにない剣幕で話し始める。一瞬手を離してこちらを向いた時の美嘉の顔は、恥ずかしさのあまり顔がゆでダコみたいに真っ赤になっていた。恐らく今彼女の頭の上に鉄板と卵を置いたら、目玉焼きができるだろう。

 

「あれ、ということは美嘉お姉さんの皆へのアドバイスは?」

 

「恋愛は聞くものじゃないから! やっぱり各自で色々頑張って!!」

 

「じゃあ、美嘉お姉さんのお悩み相談は?」

 

「終わり!! 終了!!」

 

「プロデューサーさん、何かもうアレですね、女子会めちゃくちゃですよ」

 

 美嘉はしばらく形にならない動きをとった後、故障したかのように急に動きを止めて座り込み、テーブルに突っ伏したまま動作を停止してしまった。

 

 恐らくあまりにもの熱量に、美嘉のCPUが耐えきれなくなり熱暴走でも起こしてしまったのだろうな。

 

「まあ、むしろ別にそれでいいんじゃないかと俺は思うんだがな。逆に恋愛とかを知らない、純粋無垢な少女だからこそ、表現できる物もあるのかもしれないし」

 

「そ、そうですよ美嘉さん! それにボク達はアイドルなんですから、恋愛を知り過ぎていたらそれはそれで問題じゃないですか!」

 

 因みにここのアイドルが恋愛OKなのかNGなのかは俺は知らない。が、少なくともファンからしたら純白で穢れのないアイドルの方が需要はあるだろうな、間違いなく。というか一、アイドルファンとしての俺なら、その方が嬉しい。

 

「幸子ちゃんも、プロデューサーも、もうやめて……逆にこうやって変にフォローされた方が、恥ずかしくなるから……」

 

 美嘉は突っ伏したまま話を続けていく。その声にはなんというか、覇気というか生気すら感じられなかった。もはやあのカリスマオーラの欠片すら感じられないほどにだ。

 まさか、美嘉が恋愛話でここまで追い詰められるとは、俺は全く予想外だった。

 

「……とりあえずあれだ、水か茶でも飲むか?」

 

「……水で宜しく」

 

 とりあえず俺は、一見完璧に見えるカリスマギャルにも完璧じゃない部分があるんだな、ということが今日のこの出来事で痛いほどよく分かった。

 とりあえず、俺は少なくともそのガラスの靴より綺麗で汚れのない、そんな彼女や幸子達の健全で純粋な恋愛をこれからも心から応援しています。

 

 頑張れ、恋に恋する? 乙女達よ。




美嘉みたいな姉が欲しかった。
こんな姉に甘えたかった。
膝枕されながらいいこいいこされたかった。
膝の上に乗っけてもらいたかった。

莉嘉、頼む、変われとは言わないから俺を莉嘉とおねーちゃんの間に入れてくれ。


さて、次回から暫くまた新話遅れると言うか執筆休みます。
理由? そんなのデレステの報酬に幸子来たからやろいい加減にしろ!

では、全力疾走で行ってきます!


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第49話 幸子会 〜閉会式〜

第49話

幸子会 〜閉会式〜

 

 

 事の始まりは数時間前、仕事終わりで家に帰ろうとしていた俺と幸子は台風で電車が止まり、足止めをくらってしまい家に帰れなくなっていた。その関係で仕方なく、俺たちはプロダクションに泊まり込む事になる。そして、その後幸子の提案により知り合いのアイドルである飛鳥、乃々、そして美嘉の三人を呼び、俺たちは部屋で女子会を開く事になったのであった。

 こうして集まった俺達は違いに様々なことを話し合い、相談をしたりなどして有意義に? 時間を使い過ごした。そしてそれぞれ思い思いに様々な話をしていけば、気が付くと日は沈み、時刻は夜になっていた。

 

 で、あるからして。

 

 部屋では先程の出来事を引きずっている美嘉がもはや機能を停止して、テーブルに突っ伏したまま動かなくなっている。乃々は相も変わらずいつものペースで机の下で座っており、飛鳥は飛鳥で何か独り言を言いながら一人、何かを考えている。

 そう、女子会を開いていたつもりなのにもう誰一人まともに会話をしていない。どうしてこうなったのかもはや訳が分からない位で、俺と幸子はそんなめちゃくちゃな状況を傍らから見ていた。

 

「どうしましょうか、この状況」

 

「どうもこうも無いだろう、責任者はお前なんだから俺に聞かれたって知らん」

 

 女子会、確か最初に幸子はそう言っていたはずだ。だが、明らかにやろうとしていたものと結果起きたものがかけ離れ過ぎている。

 

「あのー……皆さん? もうお話はしないんですか? もっと女子会なんですから、賑やかにやりましょうよ!」

 

「アタシはもうパスで……」

 

 美嘉が突っ伏したまま手だけで反応する。先程までの恥ずかしがってどうこうと言うよりも、もはや燃え尽きた、と言った感じだ。

 

「もりくぼも……なんだか色々あってもう疲れました」

 

「確かに、ボクもあまり誰かとこの様に長時間話をしたことは無かったのでね。少しだけ、会話疲れの様なものを感じるよ。もっとも、疲れたとは言ってもそこまで気分の悪いものでは無いが」

 

「そんなー……まだボクのカワイさについて全然話せていませんし、楽しい夜はこれからじゃないですか!」

 

「キミのカワイさなら、語ってもらわなくとも充分に理解しているつもりだ。というかもう遠慮してくれ、自称美少女。まあそれに若干一名、これ以上続行できなさそうな者も居るしね」

 

 飛鳥は美嘉の方に目線を向ける。その飛鳥の目線の先では、美嘉が居酒屋で酔っ払った会社員よろしく伸びている。幸子はそんな美嘉の様子を見て仕方ないですね、とため息をつく。

 

「ま、まあそうですね……」

 

 再び会話が途切れ、部屋には沈黙が訪れる。

 と、その沈黙と空気を破る様に、不意にノックの音が部屋に鳴り響く。どうやら誰かが訪ねて来たようだ。

 

「なんだ、誰かピザでも頼んだのか?」

 

「何言ってんですかプロデューサーさん、ここはビルの中の事務所ですよ。それに、こんな台風の日にピザ屋が宅配なんてやってるわけ無いじゃないですか」

 

「いや、もしかしたらこのカフェでも、エステでも、とにかく何でもある346プロのことなんだから、専属のピザ屋くらい普通にあるんじゃないか?」

 

「346プロのピザ屋……346ピザ……なんだか語呂が良いですねぇ……」

 

 と、俺は幸子と冗談を言い合いつつも立ち上がり、一応誰が来たのか確かめるため部屋の入口の方へ行く。

 

「で、真面目な話こんな時間に誰なんだろうな」

 

「さあ、もしかして騒ぎ過ぎて他所から苦情でも入りましたかねぇ? それか帰りが遅いから心配になって、乃々さんのプロデューサーでも来たのかも知れませんし」

 

「ひぃっ!? も、もももりくぼのプロデューサー……!?」

 

 乃々は乃々のプロデューサーという言葉に瞳を恐怖で曇らせる。まるでホラー映画の怪物にでも怯えているかのような表情だ。

 

「それは無いんじゃないか? 乃々のプロデューサーのことだ、本当に心配なら多分ドアでもぶち破って入ってくるだろう」

 

「まるで分かりきったかの様な答えですねぇ」

 

 俺はとりあえず、真意を確かめるべくドアを開ける。するとそこには、俺の知らない眼鏡をかけた若い女性が立っていた。どうやら、どちらの予想も当たっていなかった様だな。

 

「夜分遅くに失礼します、こちらにアイドルの二宮飛鳥は来ていますでしょうか?」

 

「あなたは……?」

 

 その茶色がかった長い髪の毛の女性はスーツを着ており、このプロダクションの社員だというのはすぐに分かった。だが、記憶が正しければ少なくとも俺は初めて会う人だ。

 それに気になったのだが、飛鳥の名前が出てきたのは何故だろうか。

 

「あ、すいません。私、二宮飛鳥のプロデューサーをしている者です。本日はこちらに私の所の担当がお邪魔していると聞いて……」

 

「なんだ、キミか」

 

 部屋で座って何かを考えていた飛鳥が彼女、飛鳥のプロデューサーを名乗る女性に気が付き、こちらの方を向く。

 

「成程、飛鳥のプロデューサーの方でしたか。いつもうちの幸子の制御役として、お世話になっています」

 

「制御役ってボクは危険人物か何かですか!」

 

「お前、この前はボクは歩くだけで犯罪級とか兵器級とか言ってただろ」

 

「……そ、そそそれは言葉のあやですよ! 細かい事は気にしないでください!」

 

 幸子はいつもの様に目を逸らす。俺ももうこのやり取りに慣れてきているので、話をスムーズに進めるためにも、あえて追撃してイジるようなこともしない。

 

「ま、まぁ飛鳥さんの……プロデューサーさん、でしたっけ? 玄関で話しているのもあれでしょう。とりあえず中に入ってください! 室長のボクが許可します!」

 

「お前、いつからここの室長になったんだよ……」

 

「いえいえ、長話をするつもりもないので、入口で結構ですよ。お気遣いだけ感謝します」

 

 飛鳥のプロデューサーは幸子の言葉に微笑みながら丁寧に返答をする。少なくともその手馴れた様子からして、この人はそこそこ長い間プロデューサーをやっている人のようだ。

 と、飛鳥のプロデューサーは部屋の各所に散らばっている、幸子達を見る。

 

「……ということは、ここに居るあなた方が飛鳥さんが言っていたお友達の方々でしょうか……?」

 

「はい! ボクが噂にも聞いていると思いますが、超絶カワイイボクこと輿水幸子です! そしてあの机の下に居るのが森久保乃々さん、テーブルで伸びているのが城ヶ崎美嘉さんです!」

 

「あのー……はい。森久保乃々です」

 

「輿水幸子さんと森久保乃々さん、そして城ヶ崎美嘉さんですか。始めまして、私は二宮飛鳥のプロデューサーをしている者です。今後とも、どうぞよろしくお願いします」

 

 テーブルで死にかけている美嘉を除いた二人が自己紹介をすると、飛鳥のプロデューサーは丁寧に返答を返す。

 

「フフーン! 飛鳥さんとは出会った時から、良い付き合いをさせて貰ってますよ!」

 

「嘘つけ、最初に会った時は飛鳥に対して、ライバルとして認めてあげないことも無いですからね! とか言ってたぞ」

 

「あ、あれですよ! 親しき仲にもなんとやらって……そうです! 飛鳥さんとボクは仲が良くも、ちゃんとライバルとしてリスペクトしている、お互いに高め合うベストな関係なんです!」

 

 幸子は必死に弁明をする。その幸子の姿を見て飛鳥のプロデューサーは安堵したかの様に笑う。

 

「良かった、ちゃんと飛鳥さんにも幸子さん達の様な良い友達ができていた様で……」

 

「なんだかんだああ言っておいて、多分幸子も飛鳥のことは嫌いじゃないはずです。あいつ、本心を他人に聞かれたりするの嫌がる性格なんで」

 

「ちょっとプロデューサーさん! 全部聞こえてますよ! ボクは至って素直です! いつも本心しか話していません!」

 

「はいはいそうですね、すいませんでした」

 

 と、そんなやり取りをしながら俺は飛鳥のプロデューサーをじっと見ていた。別に俺の好みだったとかそういうわけでも何でもない。ただ、女性のプロデューサーと言うものが少し珍しかったのだ。

 

「あれ、どうかされましたか?」

 

「いや、そのー……なんでもありません、大丈夫です」

 

 というか女性のプロデューサーということでも自分は驚いていたのだが、それよりもそんな彼女がなぜ飛鳥のプロデューサーをしているのか、ということに驚かされた。

 ただでさえ一癖も二癖もある飛鳥だが、てっきりそのプロデューサーとなれば、飛鳥を担当しているだけあって似たような人か、あるいは負けぬ個性でも持っているのだろうと勝手に脳内で考えていたからだ。

 そんなこともあって正直飛鳥のプロデューサー、というイメージが全く固まらなかったために、色々と予想外だったのだ。

 それに、乃々のプロデューサーもなかなかのインパクトだったし、幸子の担当も正直俺みたいな人間だからな。そう考えたら俺の中で、飛鳥のプロデューサーも必然的に普通の人では無いと、そう先入観がさせてしまった。

 よかった、このプロダクションにも一人はまともなプロデューサーが居てくれたようで。

 

「それで飛鳥のプロデューサーさん、今日はどのような件でここに」

 

「ああそうです、本題を忘れてしまうところでした。私がここに来た理由ですね」

 

 そういうと飛鳥のプロデューサーは話し始める。

 

「実は今日、急遽泊まりになってしまって夕飯も食べれていないので、飛鳥さんもそろそろお腹が空いていると思い、購買で軽めの食べ物を買ってきたのです。そこで、そろそろこちらに帰ってきて晩御飯でも一緒に食べないかと……」

 

「なるほど、ここにキミが来た理由そういうことか。確かに夕飯も摂っていないし、ちょうどそろそろ空腹感を感じてきていた所だった」

 

「ああ、でも飛鳥さんがもう少しここに残りたいと言うならば、私はなどは強制はしません。判断は飛鳥さんに任せます」

 

 なんと、この飛鳥のプロデューサーは担当アイドルの為を思いわざわざ晩飯を買ってきてあげていたのか。それに先程から思っていたが担当アイドルをさん呼びとは、俺なんかよりも遥かにこの人は真面目にプロデューサーをしているぞ。

 ……いや、何を感心しているんだ俺は。悔しかったらお前も幸子の為に働け、俺。

 

「しかし晩飯か。そういうことなら丁度タイミングも良い事だ、ボクはそろそろ失礼させてもらうとするかな。それに、他人の部屋に長居するのはあまり好みではないのでね」

 

「それならもりくぼも……」

 

「じゃ、じゃあ二人共帰るならアタシも……」

 

「どうやら、みんなの反応を見た限り、女子会はここでお開きの様だな」

 

「そうですねぇ……ボクはまだ語り足りませんけど、皆さんがそういうことなら仕方ありません。ここで女子会を終了にしましょう」

 

 そういうと飛鳥達は立ち上がる。

 

「それでは急になるが、失礼するよ。幸子と、そのプロデューサー。また呼んでもらえる機会があるならこの飛鳥、いつでも赴こう」

 

「じゃあもりくぼも……一人だけ残るのも図々しいと思うので、失礼します」

 

「ああ。いつでも来てくれ」

 

「それでは急に押し寄せてしまってすいません、私達はこれで失礼します」

 

 そう言い飛鳥と飛鳥のプロデューサーが部屋を出ていった。そしてそれに続くように乃々も部屋を出ていく。

 テーブルに突っ伏していた美嘉も、そんな飛鳥や乃々の流れに乗るように、九に起き上がるとさっさと早歩きで部屋を出ていこうとする。

 

「じゃ、じゃあまた今度ね……今日は何か色々取り乱しちゃってごめん。カリスマギャルだなんて、まだまだだね」

 

 美嘉は顔を赤くして恥ずかしそうに部屋を出て行こうとする。と、俺はそんな美嘉を呼び止め一言だけ声をかける。

 

「まっ、さっきは色々あったがそんなに焦んなよ。美嘉は普通の人には無い物をたくさん持ってるんだし、それに美人さんなんだから。きっといつか、それに見合った人が現れるさ。これ、芸能界での年では後輩だが、人生では先輩な俺からのちょっとした助言な」

 

「……?」

 

「……どうした?」

 

「……ッ!?」

 

 俺の言葉を聞いて美嘉は一瞬考え込んだような顔をしたが次の瞬間、また蒸気を吹き出すかのようにかのように顔を真っ赤にした。そして、俺から即座に目線を逸らすと俯きながら早歩きになり、部屋の外に歩いて行く。

 

「そ、そそそうやって軽率な発言で女子高生をからかうのはよっ、良くないと思うよっ!!」

 

「へいへいさよならさよなら、帰った帰った」

 

 しかしなんだか、今日の美嘉は調子がおかしいな。一昨日会った時のカリスマの欠片も感じられなかった。こうして素の彼女見ると、やっぱり幸子達と変わらない少女なんだな。そう考えると不思議と、彼女を今まで以上に近くに感じた。

 

「……さて、行ったか」

 

 俺は三人を見送った後扉を閉める。

 

「全く、若いって良いよな……っていてっ!! いててっ!? 何するんだ幸子!!」

 

 俺は幸子に脇腹を指で軽く刺される。幸子は決して何も言わないで、こっちを見ている。

 

 「だー悪い悪い、幸子」

 

「まったく、プロデューサーさんはボクが目を離すとすぐにこれなんですから……」

 

 それから数分が経ち、俺は部屋を片付けた後疲れた様子でソファに座る。そして幸子はその隣に座る。

 

「さて……と、飛鳥達も帰ってとりあえずひと段落かな」

 

「ですねえ。色々ありましたけど」

 

 俺は時計を見る。時刻はそろそろ八時半だ。やはり相変わらず、来客が来ると時間が経つのが早いな。

 

「しっかし、まだ雨風が強いな……」

 

「今日家に帰るのは、諦めた方が良さそうですね」

 

 外では相変わらず雨風が酷い。まあ元から泊まりは覚悟していたから大した問題では無かったのだが、それにしても例年類を見ない強力な台風だ。

 

「で、これから寝るにしてもまだまだ全然早いしどうする? 幸子。何か希望があるなら沿った形で聞いてあげないこともないが」

 

「そう言えば皆さんがいてあまり気になっていませんでしたが、なんだかボクもお腹すきましたね」

 

「確かに、言われてみれば俺も少しばかり腹が減ってきたな。じゃあ時間も時間だし、うちらも軽めの晩飯にでもするか? 飛鳥のプロデューサーさんの話だと購買開いているらしいし」

 

「ですね。購買に行って何か買ってきて、これから夜ご飯にしましょう!」

 

 幸子は嬉しそうにソファに座る。

 

「プロデューサーさんと晩御飯……フフーン!」

 

「なんだ、なんかやたらと楽しそうだな」

 

「それは勿論、楽しいに決まっているじゃないですか! フフーン!」

 

 幸子は無邪気な笑顔で笑う。

 

「あ、そうですプロデューサーさん、夜ご飯が物足りなかったら今日はなんと、このボクが居ますよ?」

 

「それってどういう」

 

「お風呂にします? それとも……」

 

「寝る」

 

「なんでそうなるんですか!」

 

 さてこうして晩飯にすることに決めた俺と幸子だったが、俺は気が付くと部屋の入口の方に置いやられていた。

 

「それじゃあプロデューサーさん。御使い、頼みましたよ!」

 

「待て、俺に買いに行かせるつもりか?」

 

「勿論に決まっているじゃないですか! ボクの為に優秀な執事の様に死に物狂いで頑張ってください!」

 

「へいへい……かしこまり」

 

「分かったらさっさと行ってください! ボクの気は長くないんですからね!」

 

 という事で俺は幸子に部屋を追い出される様な形で渋々購買に向かわされたのであった。担当アイドルに使いっ走りにされた哀れなプロデューサー、きっとその姿は滑稽なものだっただろうな。

 

 しかし飛鳥のプロデューサー、か。

 今は同じプロダクションの仲の良い駆け出しのアイドル同士、仲良くしているがいつかは飛鳥も乃々も、そして美嘉も同じアイドルという同業者として争う立場になるであろう。果たしていざとなったら飛鳥や乃々、美嘉とアイドルとして幸子は勝つことができるのか。

 飛鳥のプロデューサーと会った俺の中には小さいながらも、不安な気持ちが過ぎるのであった。

 




「お前Twitterで投稿するって告知してから何日目だ今日?」

「……三日目です」

「お前その間何やってた?」

「……新しく配信されたFEHとグラブルのアルベールイベやってました」

「最後に何か言うことは?」

「ごめんなさい」

「せめてデレステやれ」

という訳でお待たせしました、新しい幸子です。
最近は色々忙しかったです(主にソシャゲのイベントが)
ちなみにTwitter見てくれている人はわかると思いますが、作者は文章書く人間の割に語彙力と集中力低いです(大体幸子可愛いしか言ってない)
だからすぐに誤字るしおかしい表現が……

次回、新たな人物が出ます(以外と重要人物)


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第50話 Producer&I Understand

第50話

Producer&I Understand

 

 

 あの後、幸子に半ば部屋を追い出されるような形で買い物に行かされた俺は、渋々と購買へと向かった。

 プロダクションの廊下には夜の九時近くだと言うのに、人はまだそこそこ居て、廊下などは意外と静まり返った印象は無かった。この人達も恐らく、俺と幸子の様に家に帰れなくなった境遇の人達なのだろう。今回の台風による影響が目に見えてわかる。

 ということで、社内を数分ほど歩いて購買に着くと、先ほどの話通り購買は臨時営業をしていた。肝心の商品のラインナップとしてもまだ、色々と残っている様子で、流石に弁当の様な物は昼間の時点で売り切れていたようで無かったが、インスタント麺や簡易的に腹を満たせる栄養補助食、その他スナック菓子の類の様なものはあった。俺はその中から自分と幸子の晩飯になりそうなもの、飲み物を買うと、足早に売店を後にする。

 

 さて、今回の話はその帰り道か。俺は何やら見慣れぬ女性が購買の近くで、雨風が吹き荒れる外の様子を眺めているのを見かけた所から始まった。

 その人は社員にしては何か違う気がするし、かといって見た目からしてここのアイドルといった感じでもない。それに、先程の飛鳥のプロデューサともまた違った感じで、どこかの担当プロデューサーという訳でも無さそうだ。

 しかしそんなことはともかく、どうやらその女性は雰囲気からして困った様子のようだ。普段はあまりそういうのに反応しない俺にしては珍しく、親切心か何かが働いてしまい、気になってその女性に声をかける。

 

「うーん……困ったわね、この調子じゃ今日中には帰れなさそうだわ」

 

「すいません、来客の方ですか? 何かお困りの様だったので」

 

「ん……? 私? まあそうとも言えるし、そうとも言えないかもしれないわね」

 

 女性は視線を、窓の外からこちらの方に向ける。その振り返った際に顕になった整った顔立ちは、このプロダクションのアイドル達とはまた違い、いつぞやの自称女神の様な、モデルを連想させる様な類のものだった。

 

「私、今日ここに用事があって来た者なんだけど、生憎の台風で帰りの電車が止まっちゃって帰れなくなっちゃっていたのよ。で、『まだ』ここの関係者じゃないから泊まり込む訳にもいかないし、かと言ってホテルに行くには微妙に距離が遠いし、とか色々考えていた所ね」

 

 まだ、ということはいずれ関係者になる人なのだろうか。これから新しくアイドルになる人、という雰囲気には見えなく、ではこれからこの人もプロデューサーになるのか、もしくは社員としての入社か、など俺の中では様々な推測が交差していた。

 

「ああ、それならここのプロダクションは結構空き部屋とかもありますし、多分相談すれば泊まれないことも無いと思いますよ。それにこれから関係者になる方なら尚更かと。もし聞きづらいようでしたら、自分が相談とかをしてみますが」

 

「いや、大丈夫よ。私はもう二十八にもなるいい大人なんだから、そういうことならあとで自分で聞いてみるわ。ありがとうね、親切な社員さん」

 

 その女性は軽く頭を下げる。どうやら自分の声かけるが、何か良い手助けになった様だ。やはり誰かのために行動する、ということもたまには良いものだな。

 

「それにしても、見ず知らずの困っている女性に声をかけられるだなんて貴方、かなりのお人好しか度胸が据わった方ね。ここでは何かやっている方かしら」

 

「はい、自分は……なんというか、ここでプロデューサーをやっている者です。まあまだまだ新人で、担当アイドルもテレビに出てる様な有名人では無いですが……」

 

「わかるわ。貴方確かに、プロデューサーって感じの顔付きをしてるものね。それに元アナウンサーという身だからそういうの、少し接するだけで色々わかっちゃうのよね」

 

「ん、わかるわ……? 元アナウンサー……?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に雷撃の様な何かが走る。そして一瞬の時間差の後、その目前に立っている人の顔が即座に俺の見知った人の顔に変化した。

 

「……いや、もしかして……あなたはまさか……!?」

 

「あら? どうやら私を知っている方のようね。まあ、確かに最近は東京(こっち)のテレビにもよく出るようになっていたし、知られていてもそこまで不思議でもないかもしれないわね」

 

 例えば、日常生活等の中で休日(オフ)の有名人と会った、もしくは見かけたことがある人は居るだろうか。無論そんな風にばったり有名人と会った人はあまり居ないだろう。だがそんな有名人は今も休日を満喫しているかもしれない。では有名人はなぜ、休日を満喫していても一般人に気が付かれることがないのだろうか。

 理由として本人が一般人に気が付かれないように様々な努力をしている可能性もある。しかしそれよりも一番の理由として、逆にただ一般人がその有名人に気が付いていないだけなのだ。

 

『似ている人を見かけた』

 

『まさかこんな所に居るわけが無い』

 

 そんな人間の心理が、本来すぐそこにいるはずの有名人をただの一般人に変えてしまう。

 ということで何故俺は突然このような事を考え始めたのか。そう、俺の前に立っていたその女性の正体こそが原因だ。

 

「一応、貴方とは初対面だから名前を言っておくと、私の名前は川島瑞希。ついこの前までアナウンサーをしていた、今は夢追うだけのただの一人のオンナね」

 

 川島瑞希。彼女は、去年あたりからそのモデル顔負けの美貌とスタイル、そしてそんな姿に似合わぬ明るいキャラとで東京の方でも有名になってきていた、地方局のアナウンサーである。

 地方局のアナウンサーと言いつつも、最近はタレント業も兼任している様な形だったし、意外と彼女が言う通り実際認知度は高くなってきていたのかもしれない。で、実は俺はそんな彼女のちょっとしたファンの一人で、彼女が出ている番組は結構見ていた身だったのだ。

 しかし残念なことに、つい最近の出来事なのだが、突如として夢を追うためにアナウンサーを引退する、とテレビで言っていたのを見かけたのだが……そんな人が何故このプロダクションに居るのだろうか。

 

「あー、失礼でなかったら、今日ここにいる理由とか聞いては駄目……でしょうか」

 

「えぇ、全然構わないわよ。大した用事では無かったしね」

 

 大した用事では無いとは言っているが、恐らく大した用事だろう。こんな大手プロダクションに、こんなに美人で有名な元アナウンサーが来るだなんて、恐らく移籍か何かなのだろうか。もしくはタレントを本業にするとか、もしくは女優か何かを目指すとか……様々な可能性の憶測が、頭の中を飛び交う。

 

「実は私、これからアイドルを目指すことにしたのよ」

 

「へえ、アイドル……ヘェアッ!? アイドル!?」

 

 俺は耳を疑った。予想外の発言に、思わず言葉にならない声を出してしまう。アイドルを目指す、確かに彼女はそう言ったのだ。俺の今までの予想や憶測を遥かに覆す彼女の言葉に、俺は心底驚かされる。

 

「私、昔からアイドルに憧れていてね。で、そろそろ年齢も年齢だし、タイミング的に考えて恐らくこれが夢を叶えられる最後のチャンスだと思ったの。そこで私は一念発起してアナウンサーを辞めて、夢だったアイドルを目指すことにしたのよ」

 

「アイドルを……目指す……」

 

 まさかの自分の守備範囲内の話だった為に、俺は逆にどう反応すれば良いのか分からなくなってしまっていた。今思い浮かぶ感情はただただ困惑のただ一色。俺は混乱する頭を必死に落ち着かせながら、会話を続けていく。

 

「本当はアナウンサー業も安定した仕事ができて、それでも良かったんだけどやっぱりダメだったのよね。本当にやりたい仕事だったのかと聞かれると、少し違う物だったし」

 

 そう言うと川島さんは話を続けて行く。

 

「だからいっそのこと、今アイドル活動の関連で話題になっているこのプロダクションでアイドル募集のオーディションを受け、落ちたら夢を諦めて花嫁修業でもすることに決めたのよ」

 

「それで……結果の方はもう出たんですか?」

 

「ええ。結果は合格、採用よ。それで私は今日、そのこれからについての話をしに、ここに来ていたって訳なのよ」

 

「それは良かったです! じゃあいずれは、自分達と同僚として働ける機会もあるかもしれないってことですか」

 

「そういうことね。でも今は同僚より、アイドルって言ってくれた方がちょっと嬉しいかも」

 

 川島さんは恥ずかしそうに微笑む。軽い感じで川島さんは話をしているが、その瞳の奥にはアイドルとしての強い信念のような、燃え滾るように熱い想いのような物が見え隠れしていた。その並々ならぬ想いの強さは形を持って、今そこに存在している。

 

「……そう、オンナには何時になっても捨て切れないオトメの心があるのよね……」

 

 一瞬川島さんが何かを呟いたのが聞こえたが、よく聞き取ることができなかった。と、次の瞬間川島さんはよし、と気合いを入れ直すと再び話し始めた。

 

「さて、外の台風の大雨みたいに湿っぽくなっちゃったからこの話はおしまい。その量の買い物、貴方誰かにお使いを頼まれていたんでしょう? 私の方ならもうオトナのオンナなんだから、これからの事は色々頑張ってどうにかするわよ」

 

「ああ、そういえば。てっきり自分の方も目的があるのを忘れていました」

 

 ヤバイな、ちょっと長く話し過ぎた様だ。あんまり帰るのが遅れると幸子(アイツ)がまたうるさそうだからな。

 

「それでは一応、また何か頼まれれば自分の方でできることがあるならなんでもするので、何かで会う機会があったら気軽に言ってください」

 

「なんでも? うーん、そうねぇ……じゃあここで会ったのも何かの縁ってことで、今度お互いに仕事がない日にでも飲みに行きましょうよ」

 

「そんな、良いんですか!?」

 

 思わず俺は声をあげる。こいつ、プロデューサーの癖して推しはアイドルじゃなくてアナウンサーというな。いや、もうこれからアイドルになるから別に何もおかしくはないか。

 

「別に、飲みに行くことに良いもなにもないわよ。飲み会なんてそんなものでしょ? 飲みたいから飲む、話したいから話す。それに私も何か、あなたに興味が湧いてきちゃったし」

 

「いやいや、自分は川島さんが思う程大した人間じゃないですよ。まあでも、自分も色々アナウンサー時代の話とか聞きたいことがあるので、川島さんが良いと言うならば是非自分も飲み会のお供に」

 

「良いわ。それじゃあいつか飲みに行きましょう。約束よ?」

 

 そう言うと川島さんはメモ帳を取り出し、それに何かを書くとページを一つ切り離し、俺に渡してきた。

 

「私のメールアドレスと電話番号よ。何かあったら連絡して頂戴。勿論、何か無くても連絡してくれて良いわ。私、まだまだアイドル活動とかで分からないことも多いから、色々教えてもらえると有難いかも」

 

「わ、わかりました。それじゃあ有難く連絡させてもらいます」

 

 まさか憧れの人と出会え、その人の今度の就職先が自分の職場だっただけでなく、連絡先まで貰えてしまった。自分でも何が起きているのかさっぱりな状態だが、多分落ち着いてくる夜中とか明日の朝になると、テンション高くやるやつだろうなこれは。なるほど、これが業界で働くってことか。

 

「あとそうそう、話は変わりますが中学生位の小さい少女には気を付けて下さいね。そいつがうちの担当なんですけど色々と面倒なヤツというか……」

 

「あ、プロデューサーさん居た!!」

 

 噂をしているとその話に出そうとした人物の声が聞こえた。振り向くと俺の帰りが遅いことを心配したのか、幸子がこちらに向かって走って来ていた。どうやらこれは思い描いていた最悪のパターンになってしまった様だ。

 

「ああ悪い、ちょっと立ち話をな」

 

「なんです、プロデューサーさん。カワイイボクのお使いをほっぽり出しておいて美女と道草ですか? 随分と偉くなった物ですねえ、プロデューサーさん」

 

 幸子は随分と御立腹の様だ。まあ今回幸子が怒っている理由は間違いなく道草食った俺だし、どうやら部屋に帰ったらお説教確定だな。中学生にお説教されるとは、新たな何かに目覚めそうだ。

 

「あら? 美女とはありがたいお言葉ね。貴女がプロデューサーの担当アイドルの子?」

 

「はい! このお使いをほっぽり出して道草を食っていたダメダメプロデューサーさんの担当アイドル、輿水幸子です!」

 

「ふふっ、そうなの。輿水幸子ちゃんか……貴女も充分可愛いわよ。将来は多分美人さんね」

 

 幸子は川島さんに可愛いと言われ誇らしげに胸を張る。美女に可愛いと言われ、幸子なりに少し嬉しいのだろうか。いつものドヤ顔とは違い、珍しく純粋に喜んでいるようだ。

 

「フフーン! 当然です!ボクはいずれ世界一、いや宇宙一のアイドルになる存在なんですから!!」

 

「あらあら……それじゃあ私とは、ライバル関係って事になるわね」

 

「私とは、ということはあなたもアイドルなんですか?」

 

「まあそうなるわね。とは言っても、まだこれからアイドルになるアイドル見習いのヒヨッコだけれど」

 

「あー……幸子、前までテレビに出ていた川島瑞希って名前のアナウンサーの人知っているか?」

 

「勿論知ってますよ? 確かこの前夢を追うためにアナウンサーを引退したとかいう……」

 

 幸子はそこまで言いかけて川島さんの方を向く。状況を飲み込めなかったのか、一瞬川島さんの方を見たあと俺を見て、川島さんを見るというのを暫く繰り返す。そして再び川島さんの方を向き固まると幸子は声を上げる。

 

「えっ……えええええ!?」

 

「まるで俺と同じ反応をするなお前……」

 

「ふふっ、なんだか幸子ちゃんと幸子ちゃんのプロデューサーって凄く仲良さそうね。雰囲気からしてよくわかるわ」

 

 幸子は再び暫く固まった後、ようやく口を開いた。

 

「ま、まさかアナウンサーを引退した理由がアイドルになる為だったなんて……そこまでの影響力を持つアイドルって凄い……」

 

 言葉より経歴が語る、そんな川島さんの話を聞き幸子は呆気に取られる。だが、幸子もそれに負けてたまるかと川島さんに話しかける。

 

「ま、まあとりあえず? 川島さんのキャリアがどれ位凄いかは知りませんが、ここでアイドルとして活動する以上はボクの方が先輩なんですからね! 売れるまではボクの言うことを聞いてもらいますから!」

 

「そう、じゃあそんな幸子ちゃんには、今度アイドルについて色々教えて貰わなきゃね。ね、先輩さん」

 

「せ、先輩……? フ、フフーン! 分かりましたそれなら何でも聞いてください!」

 

 おいおいちょろ過ぎるぞ、ちょろ水幸子。川島さんのたった一言で態度が目に見えて変わったな。

 

「じゃ、じゃあボク達の方はもう行くので川島さんもアイドル、これから頑張ってください!」

 

「そうね。私もあなた達といつか並べる日、楽しみにしているわ」

 

「それじゃあ急ですいません、失礼します」

 

 こうして俺達は川島さんと別れると自室の方へと歩いて行った。

 

「……最初は見ず知らずの環境で正直どうなるか心配だったけど、良い職場そうで安心したわ。瑞樹、なんだかこれからが楽しくなってきたかも」

 

 さて、この後お使いを終え自室に戻った俺は案の定幸子の説教を受けることになった。正座させられた挙句十分近くに渡り日常の細かいことも含め、とにかく色々と叱られた。もっとも、その肝心の叱られた内容は、後半からいつもの如く自分についての自慢話にすり変わっていたのは言うまでもないが。

 

 しかしあの川島さんがアイドルか。今やアナウンサーまでもが目指す様々な女子の理想の存在、アイドル。その話題性、影響力は未知数か。

 もしかしたらあの自称女神も、アイドルに憧れを持つただの追っかけだったりするのかもしれないな。そうしたらそれはそれで、今度はストーカーみたいで怖いが。




どうも皆さん、車をエンストさせるのに定評のあるフレンズな作者です。
現在福島の辺りで車をエンストさせまくってます。

さて、今回は川島さんの話でした。
アニメキャラとして好きな人が幸子乃々美嘉飛鳥蘭子なら、現実に居たとして好きな人は楓さん川島さん卯月未央凛智絵里でしょうか。
なんだかんだ世間ではネタにされてますが、川島さんって本当に美人で、明るくて、家事もできて、頭も良くて、良い人だと思います。
川島さん結婚して。

次回、プロデューサーと幸子が現代の利器に驚きます



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第51話 カワイイボクと文明の利器

第51話

カワイイボクと文明の利器

 

 

 あれから部屋に帰ってきて弁当等を食べ終え、ひと段落ついた俺と幸子は部屋でテレビ番組を見ていた。

 あれ? 部屋にテレビなんてあったっけ? そうなんです、テレビは無いんですが代わりになるものがあったんです。

 という訳で暇になると思われていた食後の空き時間だったが、俺と幸子はパソコンのワンセグ機能を使い、適当にテレビを見ていた。

 

「凄いですよねぇ……今はパソコンでテレビが見れる時代なんですから」

 

「こりゃあN〇Kも集金必死になるわな」

 

 今かけているチャンネルでは、とあるバラエティ番組がやっている。内容はアマゾン川に住む巨大魚を追え、的なよくある内容で、食事を食べた後の思考停止した頭には丁度良い感じだった。

 因みに画面には船に乗った日本の芸人と、現地のガイドが映っている。

 

「それにしてもテレビも飽きませんよねえ、似たような内容の物ばかりやって」

 

「飽きるも何も、そんなもんだろうテレビなんて。まあだから、最近はテレビを買わないでパソコンだけ買う人が増えてんだろうけどな」

 

「え、増えてるんですか?」

 

「ああ。最近はテレビよりネットの方が面白い話やネタも腐る程あるし、それに見ようと思えばこうやってパソコンがテレビ代わりになるパターンもあるから。だから、必然的にテレビの需要は年々減ってきているらしいな」

 

 実際の所、俺もそうである。最近は家に居ても朝のニュース位しかテレビを見ないし、そんなテレビでみるニュースですら今の時代はスマートフォンで見れると聞く。

 ある意味テレビ業界が番組編成とかを変えたりして、必死に視聴者を引き留めようとする気持ちもわからなくもない。

 

「あっ、CM……」

 

 と、テレビは肝心な場面でCMに入ってしまった。部屋では俺と幸子のため息が漏れる。

 

「あるある、こういう良いところでのCMカット」

 

「こういうのってなんだか、どんなに面白い番組でも冷めてしまいますよねぇ」

 

 丁度番組では巨大魚を見つけた様なカットだったのだが、果たしてその正体は、とまでやってCMに入ってしまったのだ。なんだか色々とモヤモヤする。

 

「よし、それならこんな時こそパソコンの真価を発揮する時だ」

 

 俺はワンセグ機能を閉じ、パソコンの検索機能を開く。

 

「Go〇gle先生に アマゾン川 巨大生物 で調べてもらおう」

 

「そうでした! これはテレビじゃなくて、そもそもパソコンなんですから調べ物も出来るんですね! すごい便利です!」

 

 俺は画面に『アマゾン川 巨大魚』と自慢のタイピングで打ち込む。すると画面には丁度テレビでやっていたその巨大魚と思われる物の詳細が出てきた。

 

「なになに、名前をピラルク、大きさは……3m弱!?」

 

「それもう、川に住む魚のサイズじゃないですよね……」

 

 3mといったら俺と幸子の身長を足したのより少し小さいくらいだ。そんなでかい魚が日本の川にうようよ居たら、簡単に川の流れが塞き止められるぞ本当に。流石は南米大陸、陸もでかけりゃ川もでかい、そして魚もな。

 因みに体当たりで小船を転覆させたり、最悪人を殺せるとも書いてある。いや、確かに3mもあればバイクに追突されるのと対して変わらないし、人がぶつかったら死ぬのもある意味納得か。

 

「もはや暴走車か何かかよ……」

 

「プロデューサーさんにも、これ位の勢いで仕事をしてもらいたいものですね」

 

「うるさい体当たりするぞ」

 

「中学生相手に体当たりとか事案ですよそれ……」

 

 さて、調べたいことも調べられたので俺は検索をやめ、再び番組を見る為にワンセグを開こうとする。しかしそこで俺は何故か幸子に止められた。

 

「待ってくださいプロデューサーさん。これって単語を打ち込めば、なんでも出てくるんですか?」

 

「まあ……存在する物ならある程度、常識の範囲内でな」

 

「ということはもしかして、ここにボクの名前を打ち込んだらボクが出てくるってことですか?」

 

「うーむ……流石に今は出てこないと思うぞ。それこそ売れてくればウィ〇ペディアとかに詳細が書かれたりするんだろうが、仮に今は多分346プロのホームページにある、所属アイドル一覧のお前が出てくるだけだろうな」

 

「ま、まあ細かいことは良いんです! とりあえず打ち込んでみましょう! ものは試しです!」

 

 そう言い幸子が一向に引く気配が無いので、仕方なく俺は再びGo〇gle先生に頼むことにした。

 俺は検索画面に輿水幸子と打ち込む。

 

「輿水……幸子……っと!」

 

 ッターンと軽快なエンターキーの音が部屋に鳴り響く。幸子はその様子を興味津々の小学生の様な純粋な瞳で眺めていた。

 

「なんだ、パソコンとかはあまりいじらないのか?」

 

「ボクはあまり使いませんねえ。最近は世間的にも、スマートフォンの方が主流ですから」

 

 そうか、最近の子達は全てスマートフォンで解決だもんな。俺からするとあのフリック入力とかいう奴が全く分からないが、幸子達若い世代は逆にキーボード入力の方が珍しいのか。

 しかし、これがジェネレーションギャップというものか……体感すると中々に来るものがあるな。

 

「さあ、そんなことよりボクは出ましたか? ちゃんとカワイく写ってます?」

 

「まあまあ焦るな幸子、今確認……」

 

 検索結果を見ると、そこには恐らく幸子とは無関係な人についての説明と思われる記事が沢山あった。そして、よく見ると上の方に小さくこうあった。

 

『もしかして? 小〇幸子』

 

 はい完全に某大物演歌歌手です本当に、本当にありがとうございました。まあそうか。同じ幸子だし、認知度的に検索結果がこうなるのは明らかだったな。

 

「どうです……どうです?」

 

 幸子は結果を早く見たいがためにいても立ってもいられなくなり、パソコンを操作する俺の手を掻い潜って画面と俺の間に割り込んできた。顔も近いし、なんだか色々密着してるし、幸子の髪からは華やかな良い香りがしてくるし……なんだか色々おかしな気分になりそうだ。

 と、いかんいかん、中学生相手に何を考えているんだ俺は。

 

「あー幸子、そこに来られると俺が画面、見えないんだが……」

 

「えー……なになに、もしかして? 小〇幸子……って何ですかこれ!! 確かに幸子ですけど!!」

 

「……仕方ないだろ、これが世間一般の認知度の差だ」

 

 考えてみれば認知度も何も、そもそも輿水幸子というアイドルの存在を今知っているのは、俺みたいなごく限られた一部の人間だけだろうな。活動すらろくにしていないのに出てきたら、それはそれで驚きだ。

 

「なんかもっとカワイイボクについて調べられる方法とかは無いんですか? プロデューサーさん!」

 

「そうだな、そんなに言うならじゃあ、あんまり意味は無いと思うが色々試してみるか……」

 

 という訳で俺は幸子の依頼で、幸子についての記事を検索結果に出すべく色々やってみた。検索日時の絞込み、輿水と幸子の間のスペースの削除、他346プロ等のワードを入れてみる等様々なことを試す。

 

 さて、それから数分。そうして色々奮闘した結果が以下である。

 

 

 

 

『検索結果 2』

 

 

 

 

 なんとびっくり仰天、出てきたのである。

 まあそのうちの一件は俺の予想通り、346プロのアイドル紹介記事だったが、ということは残りの一つは何なのだろうか。

 

「プロデューサーさん流石です!」

 

「なんだ、意外とあるもんなんだな」

 

 とりあえず俺は最初に出てきた346プロのホームページの奴を開く。そこには様々な登録されているアイドルの写真と共に、プロフィールと活動報告の様な欄があった。

 

「へぇ、ボク達はこうやって紹介されているんですか……」

 

 一応まだ幸子の活動報告の所には活動無しとなっているが、様々なアイドル達の中に幸子が居る、という事実だけでも俺は我が子のことのように嬉しかった。ただ、やっぱり写真がドヤ顔気味なのはいつも通りか。

 

「あ! 見てくださいプロデューサーさん、美嘉さんや飛鳥さん、乃々さんもちゃんと居ます!」

 

「おお、本当だな」

 

 しかし、それにしてもみんな相変わらずだな。

 美嘉は流石元読者モデル、手馴れた感じで写っていて良い感じに写真映えしている。そして同じく飛鳥も、自分を表現するのに自信があるのか、相変わらずクールにカッコよくキメている。乃々は……何だか画像なのに、今にも画像の外にフェードアウトして行きそうな感じだ。頑張れ。

 

「なんだか不思議な感覚ですよねぇ……自分達をこうしてネットで見るっていうのは」

 

「確かにな。写真に写っている人達はどこか遠くの人な感じがするが、今まさにそこに居るんだから」

 

「フフーン! サインなら書いてあげないこともないですよ?」

 

「遠慮しておきます」

 

「ふーんです! ボクがこれから有名になったとしても、もうプロデューサーさんにはあげませんからねーだ!」

 

 そんなこんなで特に見る内容も無くなったので、俺は346プロの公式サイトを閉じ、再び検索結果のページに戻った。そして俺は、気になっていた残りのもう一つの方を見てみることにする。

 

「これは……誰かのブログみたいですねぇ」

 

「確かに、だが幸子とは一見関係なさそうだが」

 

 どうやらブログを少し見てみた感じだと、このブログの主はアイドル好きの様で様々なアイドルのライブに行っているようだ。そしてそのライブに行った時の感想等が沢山書かれている。

 と、俺は何の気なしに見ていたらその中に一つ気になる見出しの記事があった。

 

 

 

 

『カリスマJKアイドル』

 

 

 

 

「これはもしかして……美嘉さんについての記事でしょうか?」

 

「それっぽいな。折角だし、ちょっと見てみるか」

 

 俺はタイトルをクリックしてその記事を開く。そうして出てきたその記事の内容はこうだ。

 

『先日、私はカリスマJKアイドル城ヶ崎美嘉の野外ライブに行ってきました。ライブの内容自体はいつもの美嘉ちゃんのライブと同じで、最後まで観客を飽きさせないパワフルでキュートな最高のパフォーマンスでしたね』

 

「ああ、やっぱり美嘉さんについての記事みたいですね」

 

「すごいな、これが世間的認知度のあるアイドルってもんなのか」

 

 インターネットのブログ等でこうやって話題に取り扱われる、というのは小さいことに見えて実はかなり大きいことである。それもブログなどに書かれるとなれば、仮にうちらみたいにこのブログに来た人には大きな宣伝となる。それに、普通に嬉しいよな。

 

『さて、そんな美嘉ちゃんのライブですが、今回はちょっとした出来事がありました。どうやら彼女のライブを手伝いに後輩のアイドルが来ていたらしいのですが、その後輩アイドルの子を美嘉ちゃんはサプライズで呼んであげたのです』

 

「これってもしかして、ライブはライブでもこの前ボク達が手伝いに行った『あの』ライブについての話じゃないですか?」

 

「確かに……後輩アイドルのサプライズ、とか書いてある辺りそれっぽい様な気がするな」

 

 あのライブ、つまりは俺と幸子が初めて美嘉と出会った一昨日のライブのことだ。つまりこの人はあの場所に居たということだろうか。

 

『その後輩アイドルの子、確か幸子って名前の子だったんですが、その初々しさが実に可愛かったと言うか、その……なんだか分からないんですけどとにかくすごく可愛かったんですよ』

 

 なるほど、これでどうやら一昨日のライブで確定したな。あと幸子について検索してこのブログが出てきた理由は、つまりこういう事だったのか。

 まさかそのライブのメインじゃない、ただの後輩アイドルにすぎなかった幸子にまで目を向けて記事を書いてくれるとは、この人には頭が上がらない。

 

『それでその後インターネットで調べてみたんですが、どうやら美嘉ちゃんと同じ事務所の輿水幸子って子らしいです。まだデビューして二週間ほどとのことで本当に新人さんなんだなと』

 

「凄いな、この人はそこまでちゃんと調べてくれているのか」

 

「可愛い……ボクが……?」

 

「ん? どうした幸子?」

 

 幸子にしては珍しく、自分が可愛いと言われることに対して疑問を抱いているようだった。

 普通ならやっぱりボク、歌わなくても少し喋るだけで誰かを惚れさせるくらいカワイイんですね! とか言い出しそうなものなのだが……まさか、熱でもあるのだろうか?

 

『まあ、そんな訳で勝手ながら私、その子のちょっとしたファンになってしまいました。まだまだこれから先も長い子だと思うので、この記事を見ている人が居ましたら是非、彼女のことを応援してあげてください。とりあえず初出演のライブとかがいつになるのかはまだ分かりませんが、今度は彼女自身の歌声を聞いてみたいですね』

 

 気が付くと幸子はいつにも増して真剣にその文を読んでいた。何か心に響くことでもあったのだろうか、やはりノーリアクションでまじまじとその記事を見ている。

 

「どうした、幸子。なんか気になることでも書いてあったのか?」

 

「プロデューサーさん。ボク、今アイドルをしているんですね……」

 

 幸子は突然真面目に話し始める。そのいつもなら有り得ない様子に俺は本当にただ事じゃないと思い、幸子の額に手を当てた。しかし熱は無く、普通に人肌の温もりだった。

 

「ちょっ、いきなり何するんですかプロデューサーさん! 女の子の額にいきなり手を当てるなんて!」

 

「わりいわりい、いきなり幸子が真面目な雰囲気を醸し出したから、熱でもあるのかと思って」

 

「それってどういうことですか!! ボクはいつもいつでも、至って真面目です!!」

 

 はい幸子のだだっ子パンチ定期。これってもしかして、脳がキャパシティオーバーした時の彼女なりの冷却手段か何かなのだろうか。だとしたら実に可愛いな。

 と、幸子は突然手を止める。頭の冷却が治まったのだろうか、俺は再び幸子に聞き直す。

 

「で、どうしたんだ?」

 

「べ、別にどうしたもこうしたもありませんよ。ボクは正常です!」

 

 しかし幸子は正常と言いつつ言葉を続ける。

 

「まあ、そのー……ただ……」

 

「ただ……?」

 

「や、やっぱり見ず知らずの誰かに可愛と褒められるのは、普通なことの様で、結構意外と嬉しいことですねぇ……」

 

 何故幸子がここまで考え込んでいるのか、と思ったがそれもそうか。そもそも彼女が『面と向かって会ったことの無い第三者』から可愛い、と褒められたのはこれが初めてか。

 気がつくと幸子は一瞬だけだが笑顔を浮かべていた。だが良く見ると自分の手を握りしめている。

 恐らく幸子はこの一瞬で、その誰かに可愛いと言われる、という事に対して嬉しさやプレッシャー等、様々な感情を抱いているのかもしれない。そう俺は思った。

 

「……まあ幸子、色々後々のこととか思うこともあるだろうが、今は素直に喜んどけ。初めてのファン、おめでとう」

 

「……そうですね、分かりました!」

 

 俺が一言声をかけると、幸子はいつもの調子を取り戻した。こうやって気分の変わりが早いのも、こういう場面では意外と悪いことでも無いのかもな。

 

「でもプロデューサーさん、今の発言はちょっと違うと思います」

 

「ん? どこがだ」

 

「前にも言いましたが、カワイイボクのファン一号はプロデューサーさんです。だから今回は、第三者としてのファン一号ですから!」

 

「……はいはい、そうだったな。撤回しますすいません」

 

「フフーン! よろしいです!」

 

「まったく、一々注文や指示が多いアイドルだこと……」

 

 というわけで、俺達はインターネットの検索を終えると、再びパソコンのワンセグをつけた。そして先程のチャンネルをかけると番組は終わってしまっていて、結構時間が経っていたということを確認した。やっぱりネットサーフィンをすると、時間が経つのが早いな。

 とりあえず、幸子もパソコンの検索機能や、その検索結果に満足してくれた様なので良かった。俺もなんだか担当アイドルが可愛いと言われて、少し上機嫌である。

 世界よ、どうだうちの幸子は。いずれ日本のアイドル業界のトップに立つ、最高にカワイイトップアイドルは。

 

 いやもっとも、俺からすれば幸子は可愛いくて当たり前なものなんだがな。




因みにGoogle先生に幸子と打ち込むと一番最初に輿水幸子のpixiv百科が出てきます。やったね!

あと主はまだデレマスのライブを生で見たことはありません。
小規模でもいいからいつか見てみたいなぁ……


次回、幸子とプロデューサーがイチャイチャします(作者も幸子とイチャイチャしたい)
なおデレステのポジパイベ優先するため遅れるの承知されたし(ランキング報酬ポイントで貰えるようになっていたなんて知らなかった……)


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第52話 カワイイボクのお休みタイム

第52話

カワイイボクのお休みタイム

 

 

 女子会、川島さん、パソコン、色々あったとある夏の台風お泊まり会だったが、気が付けば時刻も夜の十時を回ろうとしている。

 という訳で時間も時間だし、特にやることもなくなった俺と幸子は寝る準備をしていた。

 

「ほら、一応簡易的だがシーツ配られたぞ」

 

「なんだか薄っぺらいシーツですねぇ……こんな薄さじゃ、カワイイボクが風邪を引いちゃいますよ」

 

「なんだ、じゃあ俺の分のシーツも被るか?」

 

「プロデューサーさんの分?」

 

 実際俺は暑がりで、家でなんかだと夏場なんかは本当に薄い布団で寝ている。酷い時なんかはリビングでテレビを見たまま寝落ちする事もあるくらいで、寒さや風邪などには滅法強い身体だ。

 

「別に構わないぞ。寒さには滅法強い系プロデューサーなんでな」

 

「偉くピンポイントに強いプロデューサーさんですねぇ……その強さを少しは仕事に……」

 

「一人で寝るか?」

 

「そ、それは困ります! ボクはウサギさんと一緒で、孤独になると死んじゃうので! プロデューサーさんは強いです、強い!」

 

 幸子は一人で寝るのが怖いのか、必死に謝る。まるでその姿は来年高校生になる者の姿では無く、暗闇に怯える小学生低学年の子供みたいだ。

 

「まったく……というかお前、中学三年生ってことはつまり、来年でもう高校生だろ? 普通にそんなこと言って……ないで……」

 

 俺はそこで言葉を詰まらせる。

 

「……あれ、どうかしましたか? プロデューサーさん」

 

「いやちょっと待て、自分で言っておいてあれだが、そういや今日寝る時って俺達は一緒の部屋で寝るのか……?」

 

 そう、今まで全くその辺を気にしないで話を進めていたが、幸子と話しているうちに俺は一つの疑問にぶち当たった。

 

 

 

『同じ部屋に中学生の女子と成人の男が二人きり』

 

 

 

 まずくはないだろうか。いや、俺の考えすぎなのかもしれないが、一応家族では無い他人の男女が一つの部屋で寝ることになってしまう。これでは何が起きた、いや不本意にも起きてしまった時に何も言い逃れができない。

 それに何も無かったとしても、少しでも疑われた時点で、俺の社会的立ち位置が木っ端微塵に無くなることになる。

 

「それ、よく良く考えてみれば確かに、色々絵面的にも社会的にもまずいですね……」

 

「まさか、こんな問題が……」

 

 俺と幸子は考え込む。これについては割とどうしょうもない問題かもしれない。

 

「まあプロデューサーさんが言う通り、女性経験もほとんど無さそうなプロデューサーさんのことですから、ボクなんかみたいなカワイイアイドルが隣で無防備に寝ていたら、それは襲いたくなっちゃうという気持ちも分からなくもありませんが……」

 

「廊下で寝るか?」

 

「すいませんでした」

 

 しかし、こんな感じで冗談交じりに話していても現実は変わらない。

 いっそ幸子だけ寝かして俺はコーヒーがぶ飲みで朝まで起きているか? だが、それでは問題の根本的な解決にはなっていない。

 では二人でずっと起きているか? 駄目だ、幸子を俺のためにわざわざ起こすのは気が引ける。じゃあ結局俺はどうするべきなんだ?

 とりあえずこんな感じで俺は頭をフル稼働させ、何か良い手段はないかと必死に考えていた。

 

「それにしても本当にどうするよ、幸子。真面目な話、会社側に言って各自別々の部屋を借りて寝るか? 別に、俺の方は一緒に寝るのは構わないが、それについては社会が許してくれなさそうだしな……」

 

「そ、それは怖いですよ……プロデューサーさん。このプロダクション無駄に広いし、部屋もおっきいし……」

 

「じゃあどうするんだ。やっぱり一緒の部屋で寝るのか? まさか朝まで起きているとか言うなよ?」

 

「あ、朝まで起きていましょう!」

 

「……ッ!」

 

 俺は頭を軽くかく。これは珍しく本当にどうしようもない問題だな。まさに、言葉の通り八方塞がりか。

 と、そんな感じの状況の中、幸子が不意に口を開く。

 

「……プロデューサーさん」

 

「なんだ?」

 

「本当のことを言うと別に、ボクの方ならそんな細かいことは気にしないですよ?」

 

「お前は気にしなくても、俺の方がだな……」

 

「大丈夫です。ボクは、プロデューサーさんのことを信頼していますから。他の人から何か言われたら、ボクがちゃんと説明しますので」

 

「あー、まあ……だけどさ……」

 

「なんです、もしかしてカワイイボクを信用していないんですか?」

 

「いや、決してそういう訳じゃ無いが__」

 

「だったらいいじゃないですかそれで。逆に、そこまで考えすぎな方がボクからしたらアレですよもう」

 

 幸子は必死に説得してくる。そんな姿を見ていたら逆に、ここで拒み続けている俺の方がおかしいな、と思えてきた。

 

「……分かったよ。そこまで言うなら。ただしその代わり、俺も幸子を信頼するから、もし何かあった場合に責任を取ってくれなかったら、俺は346プロの中庭で『輿水幸子は台風の風と暗闇が怖くて一人で寝られない、十四歳の新人アイドルです』って大声で叫ぶからな」

 

「なっ……!! じょ、上等ですよ!! 」

 

 という訳で幸子の強い押しもあり、俺達二人は結局この部屋で寝ることになった。幸子に説得されているうちに俺もまあ、一日位別に平気だろ、そう思えてきたのだ。

 それに幸子の意見を聞き、確かに幸子を見ず知らずの場所で一人で寝かすことの方が危険なのでは、と後々考えているうちに思えてきた。

 それならいっそ、俺と二人きりになった方がお互い共に安心できて良いのかなと。

 

 とりあえず、そうと話が決まったらそれからの流れは早く、お互いに布団を敷くなりして寝る前の準備は整った。

 

「一応俺が床側で寝るから、幸子はソファで寝て良いよ」

 

「そんなの、言わなくても当たり前じゃないですか。プロデューサーさんはカワイイボクを冷たい床に寝かせるつもりですか」

 

「……そりゃそうだな」

 

 俺は寝る前にやり残したことが無いか、幸子に一応確認する。

 

「さあ、歯はもう磨いたか?」

 

「磨きました」

 

「トイレには一応行ったか?」

 

「行きました」

 

「よし。じゃあやることがないならもう電気消すぞ」

 

「はーい!」

 

 俺はスイッチを押して電気を消す。部屋は真っ暗とまではいかないが、意外と暗くなる。

 

「ひっ……!!」

 

「なんだ、大丈夫か? お前確か暗い所とか怖いんだよな。アレなら小さな電気、付けておくぞ」

 

「ぷ、プロデューサーさんが何故それを……ま、まあじゃあお願いします……」

 

「何故ってこの前のゲリラ豪雨の時暗いの怖いってビビっていたじゃねえか……」

 

 俺は部屋の小さいライトを付ける。すると部屋は寝るのに支障が出ない程度に、少しだけ明るくなった。

 

「それじゃ、何かあったらすぐ起こしてくれよ。トイレとかへ行くんでも、とにかくなんでも構わないからさ」

 

「はい……」

 

「じゃ、おやすみな幸子。また明日」

 

「おやすみなさい、プロデューサーさん……」

 

 そのお互いのおやすみを境に、途端部屋からは一切の声が途切れる。そして部屋には、台風の風の音だけが響き渡る。

 

 さて、幸子にそんな感じでおやすみを言って数十分くらい経ったか。やはり慣れない場所のせいか寝付けなかった俺は、幸子がちゃんと眠れているか心配になってしまい、部屋の音へと耳を澄ました。外の風がうるさく、幸子の寝息等はうまく聞こえないが、今の所問題は無さそうだ。

 

「ふぎゃあ!?」

 

 しかし、そう思っていた丁度その矢先、外で猛烈な突風が吹き、窓が大きな音を立てる。そして隙間風の音が部屋の中に響き渡った。その突然の大きな音に幸子は声を上げる。

 

「あー……やっぱり怖いか?」

 

「うぅ……やっぱり、怖い物は怖いですよ……」

 

 相変わらず幸子は、この前のレッスン中にゲリラ豪雨に襲われた時のようになっていた。台風は朝方まで止まないと聞いていたので、恐らくこのままだと幸子は眠れないまま、朝を迎えてしまいそうだ。

 

「しゃーねーな……」

 

 俺は床から起き上がると、外の台風に怯えている幸子の元へ向かった。幸子はソファで毛布にくるまって、体育座りの格好で震えながら座っている。

 

「やっぱり苦手なんだな、暗闇とか大きな音」

 

「に、苦手って程じゃないんですけど、多少は……ですねぇ……」

 

「何が多少だ、バリバリ震えてるじゃないか。どこが苦手って程じゃないんだよ」

 

 心底怯える幸子を見かねた俺は、幸子の横に座ってあげると、軽く肩に手を回す。そして、幸子を落ち着かせてあげるために背中を軽くさすってあげた。すると幸子は、さんな俺に甘えるかのように、身をこちら側へと潜らせてくる。身体がより密接に触れる事により、幸子の震えが更に伝わってきて、その怯え具合がよくわかった。

 

「……本当に大丈夫か? なんなら、寝るまで起きててあげるくらいなら別に構わないよ」

 

「だ、大丈夫です! そんなまさか、カワイイボクがわざわざプロデューサーさんの、貴重な睡眠時間を奪うだなんて……」

 

 その時、再び突風が吹き窓が大きな音を立てる。

 

「ふぎゃあ!?」

 

「……全く、強がりも大概にしとけよ」

 

 幸子の震える小さな手に、俺は手を添えてあげる。すると幸子は、その添えてあげた俺の手を必死に握ってきた。なんだか俺に、突然小さな娘でも出来たような錯覚ができる。

 

「プロデューサーさんがそこに居てくれるありがたみ、なんだか色々身に染みてわかりました……」

 

「だったら、そんなありがたい人をこれから少しは、丁寧に扱ってくれよ?」

 

「それとこれとは別ですから」

 

「へいへい……」

 

 まあ俺も丁寧に扱ってくれ、なんて言ったものの、実際今のガサツな位の関係の方がやりやすいし、むしろそれが無くなってしまったらちょっぴり寂しい気がする。何だかんだ、俺は幸子とのこんな毎日を、文句を言いつつも満喫しているからな。

 本来なら、今頃俺と担当アイドルはまだまだぎこちない間柄だったのであろう。だけど、幸子は違った。

 初プロデュースのアイドルが、お互いに腹を割って本音で話せる幸子みたいな子で、本当に良かった。今みたいな状況になってみると、尚更そう感じる。

 

「まっ、実際今のは冗談だ。いつでも、何だって頼ってくれて構わないよ。俺はお前の、輿水幸子だけのプロデューサーなんだからさ」

 

「知ってます」

 

「そこはもう少し、いつもみたいに自分専用のプロデューサーだってよろこんでくれよ……」

 

「イヤです」

 

「はい」

 

 外の雨風が一層強くなってきた。だが、幸子俺の手を握ってからというものの、不思議と先程までは震えていない様子だった。しかし、とは言いつつも、大きな音が鳴るとやっぱり手を握る強さは強くなるがな。

 

「落ち着いたか? 幸子」

 

「はい、なんとかですが。でも、仮にもし、ボク一人だったら大丈夫だったか分かりませんけど……」

 

 幸子は身体をまた、こちら側へと少し寄せてくる。

 

「……そう言えば、話は少しだけ変わりますが、さっきはボク、美嘉さんたちと理想の男性に求めるものがお金だとか、自分に釣り合う人だとか言っていましたよね?」

 

「ああ、そうだったな」

 

「本当のことを言うと、ボクの理想の人はお金持ちや、ボクに釣り合う人でもなんでもなかったんですよ」

 

「じゃあ、実際の所はどうなんだ?」

 

「プロデューサーさんみたいな何の変哲もないけど、でもたまに誰かに優しいことをしてあげられる、そんな人です」

 

「なんだ、カワイイボクの大胆な告白か?」

 

「う、うるさいですねぇ!! プロデューサーさんみたいな人とは言いましたが、こうやってボクに意地悪するプロデューサーさんは、やっぱり大嫌いですよーだ!」

 

「嫌いで結構。俺もあんまり、お前に好かれる様な事はしていないしな」

 

「そうですよ。毎回毎回カワイイボクを心配ばっかさせて……」

 

 しばらくの沈黙がある。すると幸子は再び口を開く。

 

「でも、嫌いですけど、別に好きじゃないって訳ではないですからね……」

 

「どっちなんだよ……」

 

 全く、困った物だ。これが吊り橋効果ってやつなのか。もしくはビビり過ぎて、恐怖で思考回路がバグったか。残念ながら、幸子の頭の修理は俺のサポート外だ。

 

「……なあ、幸子」

 

「……なんです? プロデューサーさん」

 

「そろそろ寝ろ」

 

 俺は幸子のおでこを軽くつつく。

 

「イテッ……い、いきなりカワイイボクに何するんですかプロデューサーさん!!」

 

「ほら、その勢いがあれば台風も怖くないだろ?」

 

「……そうかもしれないですけど」

 

 幸子は何かもの言いたげな様子だ。

 

「……でも、だとしても、もう少しだけこのままここに居てください、プロデューサーさん」

 

「全く、しゃーねー……な……」

 

 俺は軽く伸びをする。なんだか今日の疲れが出てきたのか、急に眠くなってきた。

 

「……ありがとうございます」

 

「なんか言ったか?」

 

「言ってないです」

 

 薄暗い事務所の部屋の中、俺と幸子は肩を寄せ合い、無数の雨風が降る外をただただ無言で眺めていた。

 

 それから日付を跨いで数時間後、気が付くと俺は幸子を寝かしつけたまま一緒にソファで寝てしまっていた様だ。ふと脚に重みを感じて下を見ると、幸子は俺の膝を枕にした状態で寝ていた。

 なんだか明るく感じ窓の外を見ると、既に台風は過ぎ去っており、そこにはとても綺麗な朝日があった。どうやら、この感じだと今日はもう普通に家に帰られそうだな。

 

 俺はなんだかまた一人の家に帰るみたいで、昨日の騒がしい女子会等を思い出してしまい寂しい様な、でも家に帰られる様で安心する様な、そんな様々な感情を抱いていた。

 

「まだ早いし、もう少し寝るか……」

 

 俺はそっと幸子の頭を撫で、幸子の少しはだけていた毛布をかけなおしてあげると、その場でもう一眠りすることにした。




今作者は福島県に免許を取りに来ているのですが、先日猛吹雪の中を半袖にジーパンで買い物に行ったら、あだ名が松岡修造になりました。
さらに教官からは地球温暖化の原因と呼ばれ合宿所で少しの有名人です。
寒さに強いプロデューサー? 私は寒さに強すぎる小説家(自称)です。

さて、今回は羨ましい位に幸子とプロデューサーがイチャイチャしてました。
自分でも書いていて恥ずかしい、うん!
どれもこれも原因は公式が幸子とプロデューサーのイチャイチャを書いてくれないから自分が書くしかなくなったんだ! もっとカワイイ幸子やドヤ顔な幸子をよこせ!(過激派)
こんなんじゃ俺は満足できねえぜ!!

次回、アイドルマスターシンデレラガールズ ルート幸子
朝チュン展開(大嘘)
俺達の満足はこれからだ!

※すいません、作者は長期間の雪と疲労のせいで頭がやられてます。しばらくはこのノリにお付き合い下さいまし。


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第53話 プロデューサーと朝チュン展開

日刊ランキング20位!?(もう変わったと思うけど)
すいません、色々取り乱しました。
では本編開始です、どうぞ。


第53話〈プロデュース13日目〉

カワイイボクと朝チュン展開

 

 

 外から雀の鳴き声が聞こえ、目が覚めた。陽の光の眩しさと窓から流れてきた心地よい風で、俺は朝が来たのだなと実感する。

 

「……いってえな」

 

 身体中、特に肩や首元辺りが軋むように痛い。まあそりゃそうか。膝に幸子を膝枕状態で寝かしていたから、その座ったままの無理な体勢で寝たら寝違えるのも当たり前だな。そのせいかぐっすりと眠れていた感じはするのだが、頭がぼんやりしてなんだかまだ眠り足りないようにも感じる。

 

「……ちょっと寝過ぎたか」

 

 時計を確認すると時刻は朝の十時半過ぎになりそうな感じだった。ふと昨日のことを思い出し外を見ると、清々しい程の台風一過で雲ひとつ無い晴天だった。

 

 そういえば部屋に肝心の幸子の姿が見当たらない。どうやら今、部屋には俺ひとりのようだ。

 

「あいつ、ひとりでどこに行ったんだ?」

 

 とりあえず俺は、ここでいつまでも座っていた所で何も始まらないと思い、軽く伸びとストレッチをしてソファから立ち上がる。すると立ち上がった瞬間、肩の辺りから何かが落ちる感触がした。

 

「……まったく、俺なんかにそんな気を使わなくても良いのにな。するならいつもそれ位素直にしてくれれば、本当に楽なんだが」

 

 その俺の肩から落ちたそれは昨日、幸子が使っていた毛布だった。幸子はどうやら、眠っていた俺が風邪をひかないように気を利かせ、肩から毛布をかけてくれていたようだ。

 

「さて、じゃあそんな素直じゃないお嬢様を、探しにいくとにでもしましょうかっと」

 

 俺は寝違えで筋肉痛染みた痛みを放つ身体を軽く慣らしながら、部屋を出ていった。

 

 廊下に出ると、そこには泊まりを終えた人達か、はたまた働いている職員か、ともかくそんな人達によりいつもより人が多い様に感じた。

 俺はとりあえず幸子を探しに行くために、寝起きの頭を覚ます意味も込め、社内を適当に歩き回ってみることする。

 

「ん? なんだ、キミか。随分と遅い目覚めなんじゃないのか?」

 

「ああ、飛鳥か。おはよう」

 

 部屋を出て一番最初に出会った知り合いは飛鳥だった、その荷物と様子からして、レッスン帰りだろうか。

 

「というか何故俺が寝起きと分かった」

 

「その陽の光が煩わしくて辛そうな顔と、寝癖を整えていない辺りを見ればそんなの明らかさ。それに言ってしまえばキミは今、おはようと自分から言っていた」

 

「そうか……まあ飛鳥の推測は当たり、つまりは寝起きだ。アレなんだよ、歳をとると朝とかが辛くなってね。色々と学生時代と同じ、という訳にはいかなくなるんだよ」

 

「歳と言っても、キミはまだ二十歳位だろう。まだまだ衰えを感じるには早すぎるのでは無いか?」

 

「以外と細かな点では二十歳を過ぎると急激に下降線なんだ。飛鳥もいずれ分かるさ」

 

 これは本当だ。学生の頃は三十、四十歳くらいになるまでは学生気分の肉体で居られると思っていたが、意外と人間の肉体はそううまくは行かないものだった。年々寝起きが辛くなり、なんだか寝ても疲れが取れない気がする。

 

「そうだ、ところで幸子を知らないか?」

 

「彼女なら、キミがぐっすりと寝ている間に、もうボク達と一緒に朝のレッスンをやっていたよ。全く、少しだらしないんじゃないか?」

 

「……すいません」

 

 俺は中学二年生の少女にだらしないと怒られている。飛鳥に怒られるのは、幸子に怒られるのと何か重みが違う。なんというか、一言一言が心にグサリと来るのだ。

 

「そう言えばボクの記憶が確かなら、レッスンを終えた後に彼女は購買の方に行くと言ってきたな。彼女を探しているならとりあえず、購買の方にでも行ってみたらどうだい?」

 

「購買か、分かった。ありがとう飛鳥」

 

「気にするな。やはり同じ企業に属する同僚たるもの、助け合いだ」

 

 飛鳥の話を聞いた俺は購買に行く。時間も時間なだけに、この辺りは更に人が多い。

 と、その人混みの中をよく見ると、そこには目的の幸子の代わりに川島さんの姿があった。

 

「あ、川島さん」

 

「あら? 昨日の親切なプロデューサーじゃない。おはよう」

 

「……おはようってことは、やっぱり寝起きだってことバレてるんですね」

 

「ふふっ、それ位お見通しよ」

 

 なんだか恥ずかしくなってきた。一度部屋なり手洗場なりに行って、ヘアスタイルや身だしなみ等をもう一度ちゃんと整えてきた方が良いだろうか。

 

「とりあえず、昨日の件は礼を言っておくわ。お蔭さまで会社側に相談したら、ここに泊めてもらえたのよ」

 

「いえいえ、全然お気になさらず」

 

「で、貴方もここに来たということはこれから遅めの朝食かしら?」

 

「いや、自分の方はちょっと人探しをですね」

 

「あら、人探し? 一体誰かしら」

 

「幸子……あの昨日の女の子を見かけませんでしたか? 自分の担当のアイドルの子です」

 

「ああ、あの跳っ毛が可愛い子なら、確か数分前までここに居たわ。何やら弁当とか食べ物を、沢山買い込んでいた様子だったけど」

 

 また完璧に入れ違いか。しかし食べ物を大量に、とは。アイツはそんなに食べる様なやつだったか?

 

「とりあえず分かりました。情報提供、ありがとうございます」

 

「別に構わないわ。むしろ、私としても昨日のお礼がしたかったから丁度良かった。何か貴方の為になったのであれば、うれしい限りね」

 

 川島さんは笑顔を浮かべる。なんだかもうすっかり知り合いになってしまったな。今までテレビの向こう側に居た人とこうやって話していると、色々自分の中の感覚が狂ってくる。

 

「それじゃあ自分の方はすいません、幸子を探しにこれで失礼します」

 

「幸子ちゃんのプロデューサーもお仕事、頑張ってね」

 

「はい。川島さんの方もアイドル活動、頑張って下さい」

 

 こうして川島さんと別れたあと、俺は幸子は弁当などを沢山買っていた、という証言から一旦部屋へ戻ってみることにした。あまりあちらこちら移動し過ぎても、また行き違いになるだけだしな。とりあえず部屋に居なかったとしても、しばらく待ってみるか。

 という訳で、俺は部屋の扉を開ける。するとそこには案の定、先に部屋へ帰ってきていた幸子の姿があった。

 

「おはようございます! プロデューサーさん!」

 

「うおっ!?」

 

 ドアを開けた先にいきなり幸子が居たので、俺は驚いて後ろに下がる。いきなりのどアップのドヤ顔は、いくら美少女だろうと流石にそりゃビビるわ。

 

「フフーン! カワイイボクの、モーニングブレイクファーストタイムです!」

 

「いや、それだと色々意味が違うし、というかなんかもう文法やらななにやら全部めちゃくちゃだって……」

 

 朝の朝飯っでどういうこっちゃ。それにファーストだと意味が違うぞ。

 さては幸子、趣味にノートの清書や勉強と書いてあったが、あまり得意という訳では無いのか?

 

「こ、細かいことは良いんです! とりあえず座って食べてください!」

 

 俺は幸子に促される様な形で、無理やりテーブルの前に座らさせられた。そのテーブルの上には簡易的なコンビニ弁当の様なものとコーヒー、そしてパンが置かれている。

 

「あー……これは一体どうしたんだ?」

 

「フフーン! お寝坊さんなプロデューサーさんのために、お利口さんなボクは購買から朝ご飯を買ってきておきました! ボクに感謝してくださいね!」

 

「ああ、なんだそうだったのか。悪いな、ありがとうよ」

 

 俺が礼を言うと幸子はいつもよりさらに満足気な顔をする。

 

「良いんです! これはボクからの、昨日の夜のささやかなお礼ですから!」

 

「昨日の夜のって……俺はただ、プロデューサーとして当たり前のことをしたまでだよ」

 

「フフーン! カッコつけちゃって、プロデューサーさん。いくらカッコつけても世界で最強、最高、最カワイイなボクには叶いませんよ?」

 

「俺は男だ。カワイさでは競ってないぞ」

 

「さっきからなんだか、一言無駄口が多いですねぇ……とりあえずこれをさっさと食べちゃってください。一応言っておきますと、プロデューサーさんはお寝坊して出勤に遅れてるわけなんですから、呑気にしていられる暇はあまり無いんですからね?」

 

「そうか、言われてみればそうだな。今日は泊まり込んだとはいえ、普通に出勤日か……」

 

 まだ目が覚めきっていないようだ。今になり、ようやく思考回路が徐々に回復してきている。

 

「じゃあすまんな、いただきます……」

 

「召し上がれ〜」

 

 幸子は自分で料理を作った様な感じで満足気にしているが、これはただのコンビニで買ってきたセットの様な物だ。つまり幸子は一切手を加えていない。

 

「味の方はどうです?」

 

「購買で売ってるものなんだから、そりゃ不味いわけ無いだろ……」

 

「いや、そこはカワイイボクの愛情で美味しくなっているとか、何か気が利くことを言ってくださいよ……」

 

「……幸子の愛情で、何の変哲もない弁当やコーヒーが凄く美味しいです。はい」

 

 朝っぱらから幸子のこれは色々キツい。嫌でも目が覚める。

 

「で、プロデューサーさん。一応こちらが料金の方なんですが……」

 

「料金? 何の話だ」

 

 そう言うと幸子はレシートを一枚差し出してきた。

 

「……つまりこの朝飯、お前は俺に代金を払えと言うのか」

 

「何当たり前のこと言ってんですか、プロデューサーさん。そもそもなんで社会人のプロデューサーさんの為に、中学生のカワイイボクが実費で朝ごはんを奢らなきゃならないんですか」

 

「……ありがとうございました、朝飯をわざわざ俺のために買ってきてくれて」

 

 俺は棒読みでお礼を言いながら幸子に料金を渡す。てっきりこの流れは幸子の奢りなのかと思っていたが、金を払うとは言っていないということか。

 まあ食べ物のラインナップは丁度俺が朝飯で食べようとしていたものばかりだったので、問題は無かったと言えば無かったが。

 

「そう言えばプロデューサーさん、プロデューサーさんが寝ている間にボクは何をやっていたと思いますか?」

 

「レッスンだろ、飛鳥から聞いたよ」

 

「ちぇっ、つまんないです。知ってたんですか」

 

「まあな。でもしかし、まさか朝からちゃんとレッスンを頑張ってたとは。偉いじゃないか幸子」

 

「ボクはプロデューサーさんとは違って、お寝坊なんてしませんからね! ボクはカワイイだけじゃなくマジメで、律儀で、そして規則正しいんです!」

 

「すいません、色々ダメなプロデューサーで」

 

「フフーン! まあボクはカワイイだけでなく、さらに寛大で優しいですから、許してあげます!」

 

 可愛くマジメで規則正しい、更に寛大で優しい、幸子は一体一回の会話の中でどれだけ自画自賛をするのだろうか。

 とは言え、自分を卑下するよりは断然良い傾向と言えば良い傾向ではだがな。

 俺も彼女のそういうポジティブな所は少し学んだ方が良いのかな、そう思わされた。

 

「そうだ! 話は変わりますが、明日の花火大会の約束、ちゃんと覚えていますよね? プロデューサーさん!」

 

「ああ、今度の花火大会そういや行くんだっけか」

 

「今度のって、もう明日ですよ!! 完全に忘れてたんじゃないですかプロデューサーさん!」

 

「悪い悪い、大丈夫。ちゃんと覚えているよ。そりゃあれだけ苦労して渋谷で浴衣買ってきたんだから、嫌でも忘れるわけないって……」

 

「ならよろしいです! それじゃあら今から明日の詳しい日程について話しましょう! 朝の……いや、もう昼の幸子会議です!」

 

「はいはい了解、幸子」

 

 明日はいよいよ幸子念願の花火大会、そしてそれが終わればついに幸子の初、お披露目ライブだ。長かった様に感じた二週間だが、いよいよその節目が近づいてきた。

 

 今の俺達なら行ける、俺はそう信じる。

 

 まあそんなことを言いつつ、まずは目前の花火大会を楽しむことにしよう。何せライブのことを考えるのは、幸子の笑顔を見た後でも遅くはないだろうからな。




色々驚きました。
書き始めてから半年と少し、まさかランキングに乗る日が来ようとは。
これも毎日頑張って書いていた努力が報われたからなのでしょうか、それとも作者の実力では無く単に幸子が可愛かっただけなんでしょうか。

真意は作者には分かりませんがこれだけは言えます。

ここまで見てくれた人、感想をつけてくれた人、評価してくれた人、皆さんの力のお陰です。
本当に、本当に、大感謝、ありがとうございます。
作者もまだまだどんどん頑張って行くので、これからもどうぞよろしくお願いします。

次回、ついに念願の花火大会編! 文章では幸子の可愛い浴衣姿とかバンバン出てきますが、作者にとっても皆さんにとっても実際にその幸子の浴衣姿が見れる訳ではありません。
今程絵が書けない自分を恨んだことは無い。


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第54話 カワイイボクと花火大会

第54話〈プロデュース14日目〉

カワイイボクと花火大会

 

 

 日がそろそろ沈み始める時間帯、丁度夕方の六時くらいか。俺は都内某所の河川敷で幸子と花火を見る為、待ち合わせの場所に来た。

 周りをみわたすと、浴衣を来たカップルや親子連れ、その他会社帰りの社員と思われる人達が大勢居る。

 

「……という訳で、これから花火大会の場所取りをしに行きますよ。プロデューサーさん」

 

「うい、了解」

 

「……で、プロデューサーさん。場所取りに行く前に、一つだけいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「なんで飛鳥さんや乃々さんが居るんですか!!」

 

 幸子は俺の後ろに居る、浴衣姿の飛鳥と乃々を指差し怒ってくる。

 

「いや、二人だけだと寂しいかなと思ってさ。みんなに話を聞いたら是非参加したいって来たから」

 

「別に、ボク達はプロデューサーから誘われたから来ただけだ。なんで居るとは、色々と心外だな幸子」

 

「ま、まあ確かに飛鳥さんも乃々さんも全然悪くないですね……すいません。悪いのは、女の子の気持ちを全く理解していないプロデューサーさんです」

 

「女の子の気持ちを理解していない?」

 

「そうですよ、カワイイボクの気持ちを理解しようとしないで……」

 

「なんだ、幸子。もしかして俺、なんか悪いことでもしたか?」

 

「別にしてませんよーだ!」

 

 幸子はなぜだか知らないが、いきなり怒ってへそを曲げてしまった。せっかく幸子の方から花火を見に行こうと誘われたから来たのに、初っ端からこれだよ。

 まあ、とか言いつつどうせこのパターンは、いつも通りしばらくすれば勝手に元に戻るんだろうけどな。まったく、お前は低反発素材でも使っているのか。

 

「……とりあえず、皆さんはもうここに来てしまっているので、これ以上ボクがゴネても仕方ありませんね。別にボクは寛大なので、これ以上何も言いません。プロデューサーさんの言う通り、折角なのでみんなで仲良く夏の風物詩を楽しむことにしましょう」

 

「へいへい了解……」

 

「ああ、分かった。空に光り輝く大輪の華、夏の風物詩、是非ともこの瞳と脳裏に焼き付けるとしようか」

 

「は、はい……」

 

「じゃあ、そういうことでしゅっぱーつ!!」

 

「本当にテンションの上がり下がり激しいなお前……」

 

 さて、こうして出発前に色々ごたごたがあった俺達だが、花火を見るための場所取りへと出発した。待ち合わせの場所から花火を見る場所へは、多少だが距離があるので、俺達は適当に話をしながら歩いていく。

 

「しかし、乃々さんがこういうのに二つ返事で参加するのってのも珍しいですねぇ。乃々さんって人の多い場所とか騒がしい場所って、苦手だと思っていましたから」

 

「それはー……えーっと、そのー……本当だったら今日は、もりくぼのプロデューサーに初ライブ直前夏の特別合宿、ということで山に泊まり込みで色々やらされることになっていたんですけど……それから逃げる為の口実に、花火大会を……」

 

「……大体、どういうことか察しました。今日位はゆっくり花火を満喫していってください、乃々さん」

 

「……ありがとうございます、幸子さん」

 

 と、俺はふと幸子の浴衣が目に入った。恐らく、この浴衣がこの前買った浴衣なのだろうか。白の浴衣にピンクの綺麗な花柄や可愛いハートが描かれている。

 その幸子の幼くも可憐な姿に、可愛らしくも気品のある雰囲気の浴衣が絶妙にマッチし、まさに理想的な和風美人を作り出していた。

 

「そういや幸子、その浴衣がこの前渋谷に買いに行った浴衣なのか?」

 

「フフーン、その通り! どうです? 早速プロデューサーさんもカワイイボクに魅力されて、メロメロになっちゃいました?」

 

 幸子は俺の前に出てきて、浴衣を見せ付けるかのようにその場でゆっくりと一回転する。街頭の光に照らされ、幸子の鮮やかな浴衣が、その可愛らしくも中学生らしい色気を出す。

 

「……本当ならいつもみたいに何かしらツッコミたいんだが、実際可愛いから何もツッコめないって感じだな。色々反応に困る」

 

「なんでプロデューサーさんはいつも、芸人よろしくツッコミのスタンバイをしているんですか。まったく、カワイイなら素直にカワイイって言えないんですか?」

 

 何が困るって、この前の衣装合わせの時といい、幸子は黙っていると本当にただの美少女でしかないからだ。可愛いからこそ、普段とのギャップでなんだか他人と接しているみたいに感じてしまう。

 幸子もそこまで可愛いことを強調したり自負しなくても、周りは普通に分かってくれているんじゃないのだろうか。彼女が自らの可愛いさをアピールしてくる度に、そう俺は思う。つくづく幸子は色々変わっているというか、なんというか不思議な子だよな。

 

「ま、ともかく冗談は抜きにして、かなり似合ってるんじゃないか? 実際可愛いってことについては嘘偽り無しだ」

 

「当然です! ボクはカワイイんですから!」

 

「わかった訂正する。『浴衣は』可愛いな」

 

「『浴衣は』じゃなくて、ボクがカワイイから『浴衣も』相対的にカワイくなるんですー!!」

 

「それじゃあわざわざ渋谷に浴衣を買いに行かなくても、そこら辺の店で買った浴衣で良かったんじゃ……」

 

「ダメです!! 最高にカワイイ存在には、他のカワイイ人達の為に常に、最高基準のカワイイ存在でいなければいけないという責任があるんです!!」

 

「……疲れた、もう帰りたい」

 

 とは言いつつ、浴衣はあれだけ苦労して探しただけあり、俺も本当に可愛いと思っていた。幸子があれだけ必死にこだわろうとしていたのも、確かに分からなくもない。

 

「……まったく、さっきからキミたちは人の脇目も気にせず大声で会話をしているが、恥ずかしいとは思わないのかい? まるで迷惑なカップルか何かみたいだ」

 

「か、カップル!?」

 

 幸子はカップルという言葉を聞いて顔を真っ赤にし黙り込む。

 

「かっ……かかか……カップル……」

 

「サンキューアスカ」

 

「なんだ、ボクの言葉が意図せず役にたった感じなのか?」

 

「そんな感じだ」

 

 幸子が黙り込んだので俺は丁度良いと思い、先程から後ろに黙って着いてきていた飛鳥達に話しかける。

 

「そう言えば飛鳥も乃々も、その浴衣は自前なのか?」

 

「もりくぼは……そんな感じです」

 

「ボクの方は一応、と言ったところか。生憎小学校の頃着ていた浴衣が着れたのでね。貯金を使わず得をしたが、ボクはもっと大切な何かに負けた気がするよ」

 

「……まあ、人間の第二次成長は遅い人も居るから、あんまり気にするな飛鳥」

 

「無理な同情はやめてくれ、余計悲しくなる」

 

 そんなこんな言っている飛鳥だが、幸子よりは幾分マシだろうな、と俺は思った。

 まだ飛鳥は中学生と言ったら普通に分かってもらえるだろうが、幸子に関しては見た目だけなら本当に小学生にしか見えない。だって142cmなんてほぼ小学生五、六年生の平均身長だぞ? 実際俺も一番初回に出会った時、プロフィールを見て実年齢との差に色々驚かされた。

 

「……別に良いじゃないですか飛鳥さん。世の中には、ボクのプロデューサーさんみたいな、小さい子しか愛せない人も居るんですから」

 

「そうなのか? プロデューサー」

 

「幸子、次に余分なことを言ったら花火と一緒に上空に打ち上げんぞ」

 

「すいませんでした」

 

 何故か幸子にはよく勘違いされているが、俺は年下はあまり好みじゃない。かと言って年上が好きなのかと言われても微妙、と言った感じか。というか生憎、俺は昔から異性と関わる機会みたいのがほとんど無かったからな。だから歳上が好き、とか歳下が好き、というよりあまり興味が無かった、というのが正しいか。そのせいで最近は親に会う度に、早く結婚しろと急かされる始末だがな。

 

「そういえばそんなプロデューサーさんは、結局この前の渋谷の時と同じ普段着なんですね」

 

「ああ。俺は浴衣なんて洒落たものは一着も持ってないし、そもそも持っていたとしてもそういうのを着て、一緒に出かけられる様な友人も居なかったからな」

 

 今日の俺の格好は花火大会には不釣り合いなこの前と同じあの格好だ。とは言っても周りの全ての人間が浴衣って訳でもないし、普通の私服だから別にそこまで問題は無いのだろうがな。むしろ、日本人はその辺に縛られ過ぎな気もする。

 

「だったらこの機会に買っておけばよかったじゃないですか。これからボク達と出かける機会とかも増えるかもしれないんですし」

 

「あのなぁ、俺にはそんな金は余っていません。ただでさえ一人暮らしで予算がカッツカツなのに、一年に数回しか着ない浴衣なんかに金は出せないって」

 

「プロデューサーさんって、意外とそういう所はケチですよね……」

 

「そこは無駄使いをしない、貯金できる人間と呼んでくれ」

 

 と、実際貯金をしてあるとは言っても、その微かな貯金に使い道があるのかと言われると実は使い道が全く無い。別に世界旅行に行きたいわけでもなく、高級車が欲しいわけでもなく、とにかく特に意味も無く貯金しているのだ。

 それじゃあ着物ぐらい買っても問題ないんじゃないのか? 実を言うと俺は貯めたら貯めたで、逆に今度はその貯金を勿体なくなって使えなくなる性格なのだ。RPGゲーム等で貴重なアイテムを結局最後まで使わない、そんなことしょっちゅうあります。

 まあ幸子が言う通り、最近は幸子と出かけることも多くなってきたし、丁度良い機会だから何かそっち方面で有意義な使い方でもするか。例えば、仕事や移動で使うことも視野に入れて、軽自動車っかでも買うとかな。

 

 さて、こんな感じで俺達は話しながら十分ほど歩いた。そんな中俺は、丁度場所取りに良さそうなスペースが目にとまる。ブルーシートも敷かれていないし、場所取りの目印の様な物も無い。かと言って、景色が悪そうということも無さそうだ。今日場所取りをしようとしていた目的地はここから更に数分の所なのだが、ここも良さそうな場所だし、とりあえず三人に聞いてみるか。

 

「なあ幸子。ここ結構花火も良く見えそうだし、丁度まだ誰も場所取りをしていないみたいだからこの辺で場所取りにするか?」

 

「あれ、目的の場所はもう少し先じゃなかったですか?」

 

「そうなんだけどな。場所は近いに越したことはないし、それに少し場所を変えたぐらいでそこまで支障は無いだろう」

 

「まあ、別にプロデューサーさんが言うなら構いませんよ?」

 

「わかった。じゃあ飛鳥も乃々も、それで良いか?」

 

「ああ、ボクはキミに従うだけだ」

 

「はい」

 

 ということで俺は持ってきた荷物を下ろし、場所取りの準備を始める。とは言え四人分のスペースしかないし、そんな大掛かりな作業にはならない。とりあえず持ってきた小さめのブルーシートを広げ、その上に携帯式テーブル等を置いていく。後は風でシートが飛ばないように少し工夫をすれば、そこにはあっという間に花火を見るためのスペースが確保されていた。俺はその敷いたばかりのブルーシートの上に座る。

 

「よしっと、ざっくりこんな感じで準備完了だ。で、これから花火大会の開始までは少し時間があるが、三人はどうする?」

 

「それならプロデューサーさん、ボク達は飲み物とかを買ってくるのでここの見張り、お願いしますね」

 

「ほう、意外だな。俺に買いに行かせるんじゃないのか」

 

「だってプロデューサーさん、お使いに行かせると色々寄り道して時間がかかるじゃないですか。それなら、自分達で行ったほうが早いと思って」

 

「はい、すいませんでした」

 

 どうやら幸子は、一昨日俺がお使いに行かされた時に、川島さんと話して帰るのが遅れたことを根に持っているようだ。普段なら、幸子が自分から買い物に行くなんてことは、到底ありえないことだからな。

 

「とりあえず、そういうわけでプロデューサーさんはここで番犬をしていてください。あとボクが居ないからって、また美女と話したりなんてしていたらボク、今度こそ本気で怒りますからね?」

 

「分かったよ」

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

「あ、ちょっと待ってくれ幸子」

 

「なんです?」

 

 俺はさっさと飲み物を買いに行こうとしている幸子達を呼び止め、財布を取り出す。そして俺は財布の中から千円札を取り出すと、幸子に渡した。

 

「ほらよ、ケチなプロデューサーの使い道もない貯金だ。三人で仲良く分けて使ってくれ」

 

「良いんですか? 貰っちゃって」

 

「ああ。日ごろ頑張ってる三人への、ちょっとしたお小遣いだ」

 

 どうせ使い道の無い貯金なんだ。これで幸子達の笑顔が見れるなら、安すぎるくらいさ。

 

「礼を言うよ、プロデューサー。この借りは何時か、必ず返す」

 

「そんな大したもんじゃ無いって。飛鳥達にはいつも幸子が世話になってるから、それで帳消しだ」

 

「フッ、なるほどそういうことか。了解、わかったよ」

 

「それじゃあそういうことで、ボク達は行ってきますね」

 

「ああ、行ってらっしゃい。変な奴には気を付けろよ~」

 

 こうして俺は場所取りしたブルーシートの上に一人残され、黙々と幸子達が帰ってくるのを待つことになった。

 しかし、こうして買い物に行く三人の後ろ姿を見ると、やっぱりどこにでもいるような仲の良い、普通の中学生の少女にしか見えないよな。

 彼女達はアイドルであっても本質は一人の女の子。ある意味プロデューサーである俺しか知り得ない、彼女達の素の姿だった。




皆さんお久しぶりです。
免許の本試験にも受かって少々浮かれ気味の作者です。

さて、ということで久しぶりの更新なのですが遂に念願の花火大会編です(これやるのに何ヶ月かかってんだ)
作者は文中に結構伏線(とは言っても大したものではない)を良く入れてます。花火大会もそうですが、今回なんかだと車の話をしていましたが、こういった感じで多分そのうちやります。

それにしても幸子の浴衣姿って公式で無いんですよね(記憶違いじゃなきゃ)
水着は公式様からありがたい姿があるので良いんですけど、和風美人な幸子も見たい!公式さんオナシャス!

次回、結局いつものメンバーじゃねえか!

あと全国の美玲ちゃんP、おめでとうございます(作者はもう死ぬ程喜んだ)(インディヴィジュアルズ流行れ)


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第55話 城ヶ崎姉妹とプロデューサー

第55話

城ヶ崎姉妹とプロデューサー

 

 

 幸子達を送り出した後は特にやることも無く、ただぼんやりと景色を眺めていた。そろそろ日も暮れてきて空は夕暮れ色一色になる。そしてそんな中、辺りでは花火目当てと思われる人が更に増えてきており、河川敷は段々と混雑を見せてきていた。先程まではうちら以外にブルーシートなどを敷いている人はまだあまり居なかったのだが、今は視界内にまちまちと場所取りをし始めている人が見えてくる。

 しかし、先程から疑問に思っていたのだが、何故かうちらの周りには誰も場所取りをしに来ない。俺の格好からして不審がられているのだろうか。ここまで露骨に警戒されるとなんだか複雑な気持ちだ。やはり、ちゃんとした服装についてもう一度考えておかないといけないのかな、と思わさせられる。

 いや待て、そもそも俺は流行りのファッションだと見て聞いたからこの服を引っ張り出してきたのに、なぜそれで警戒される必要があるんだ。そんなに怖い顔してるのか? 俺。普段はコーヒー飲んでるだけの実質無害な人間だぞ。

 

 まあ良い。そんなことはともかく、俺は幸子の帰りを待っている中、人混みの中に何やら見慣れた姿の人物を見かけた。向こうもこちらに気が付いたのか、俺が軽く手を振るとこちらへと寄ってきた。

 

「あれ? もしかして幸子ちゃんのプロデューサー?」

 

「ああ、やっぱり美嘉か……」

 

 案の定、その見慣れた人物は美嘉だった。

 結局こんな場所でも偶然とはいえ会ってしまうとは、やはり彼女とは何かしらの縁があるのだろうか。いや、それとも単に世界や日本が狭いだけなのか。もし後者だとしたら実につまらない世界だ。

 

「色々奇遇だねー、こんなところでまで会うなんて。プロデューサーも花火を見に?」

 

「ああ、大体そんな感じだな。プロデューサーも、ということはそっちもなのか?」

 

「うん。友だちと花火を見る為に、ちょっと待ち合わせしててさ」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 と、美嘉と話していると、その美嘉の横に見た事の無い少女が立っているのが見えた。雰囲気はどことなく美嘉に似ている感じだが、見たところ年齢はまだ美嘉より幼い。また、美嘉とは違い金髪の長髪で、更に髪を横で束ねて小さなツインテールのようにしている。これは俗に言われる、ツーサイドアップという髪型だろうか。

 

「ねーねー、おねーちゃん。この人がもしかしておねーちゃんのプロデューサーだったりするの?」

 

「違うよ莉嘉。この人はアタシのプロデューサーじゃなくて、アタシの後輩のプロデューサー」

 

「なーんだ、おねーちゃんの担当プロデューサーじゃないんだ」

 

「お姉……ちゃん……?」

 

「ああそっか、プロデューサーとは会うの初めてだったね。この子が前に話していたアタシの……」

 

 そこまで美嘉が言いかけた途端、その横に居た少女が美嘉との会話に割り込むような形で入ってきた。

 

「はいはいそうでーす! アタシがカリスマJKアイドル城ヶ崎美嘉の妹、カリスマJCアイドル、城ヶ崎莉嘉でーす! よろしくー!」

 

「美嘉の妹……城ヶ崎莉嘉……城ヶ崎……まさか、この前言っていた例の妹か!?」

 

 そういえばこの前の美嘉のライブの際に、美嘉からアイドルを目指している妹が居ると聞いていた。年齢は恐らく幸子と同じ位、今はまだアイドル見習い、という話だったから、恐らくこの子がそういうことになるのか。

 

「こーら、莉嘉。アンタはまだアイドル見習いでしょ。ちょっと落ち着きなさい」

 

「えー……だからこそ折角アタシを売り込むチャンスだと思ったのにー……つまんないのー」

 

「……まったく、本当に莉嘉はテンション上がると止まらないんだから……」

 

 美嘉はその少々元気過ぎる妹、莉嘉に溜め息を漏らす。元気過ぎる妹の制御に回るその姿は、さながら苦労の耐えない姉か。なんというか、絵的に映える姉妹だな。

 

「ふふっ、良いじゃないか。若いうちは元気なことに限るよ。それに、明るくて素直な子は是非とも欲しいって、うちのプロダクションも言っていたしな。あー……妹の莉嘉ちゃんだっけ? 莉嘉ちゃんみたいな子なら多分プロダクション側もまさに大歓迎なんじゃないか?」

 

 その美嘉の妹、城ヶ崎莉嘉は姉である美嘉とはまた少し違う雰囲気を纏っていた。確かにファッションセンスや口調、その他顔の雰囲気などは姉と同じ片鱗を感じるが、やはりまだ全体的に幼く、世間を知らない純粋無垢な少女といった感じだ。また、幼いと言っても幸子の幼さ等ともまた違う。というか幼いという言葉よりかは、まさに何色にも染まっていない、純粋という言葉の方が似合うだろう。

 その姉譲りのカリスマ性と若さゆえの純粋さの両立。ある意味これからの伸び代がかなり期待できる、未来のシンデレラ候補の一人なのかもしれない。

 

「……プロデューサーからそう莉嘉を褒めてもらえると、姉のアタシとしては凄く嬉しいね。まっ、それにしても莉嘉はちょっと落ち着きが無さすぎて、年の割にまだ色々と子供っぽいけど」

 

「ちょっとおねーちゃん! またアタシのことを子供扱いしないで!」

 

「ま、まあなんだ。別に落ち着きが無かったり、少し子供っぽいだけなら良いんじゃないか? こっちなんか毎日幸子とのハイテンションで高度なやり取りに、クタクタだよ……」

 

「クタクタ……? そう言ってる割にいつも息ピッタリで、アンタ達二人はお似合いだと思っていたけど」

 

「……お似合い……か? 俺と幸子は」

 

 正直あの性格の幸子と毎日居ると色々疲れるし、悩みの種が色々増えるというのは事実だ。ワガママに付き合わされるわ、パシリにされるわ、買い物の荷物持ちにされるわ、挙句今日みたいに休日に外に連れ出されるわ。だが確かに、そんな幸子との日々が嫌か、と言われるとそうではなかった。むしろ今はそんな日常に慣れてきたせいか、この幸子とのやり取りが無くなったら色々寂しいのかな、なんてすら思えてくる。

 そう考えると美嘉が言うとおり、俺と幸子は仲が良くてある意味? お似合いとも言える関係なのかもしれないな。

 

「……まあ、美嘉が言うならそうなのかな。それに考えてみれば業界に関しては、俺より美嘉の方が先輩な訳だし、そんな先輩からお似合いと言ってもらえるなら、俺は幸子との仲について少しは安心できるな」

 

「いや、安心も何も多分誰が見てもアンタ達二人はお似合いだと思うよ。普通、プロデューサーとアイドルがあそこまで友達みたいに親密に話すことなんて無いと思うし。現にアタシの所だって、仕事のやり取り以外はあんまり話さないからね」

 

「……実際そんなもんなのか? 他の部署の担当と、プロデューサーの関係って」

 

「そうだね〜……まあこれはアタシの所に限った話だけど、割と仕事面以外では結構ドライな感じかな。実際こういう休みの日に一緒に出かけたりなんてしないし。本当の所は、アタシも二人みたいなやりとりや間柄にちょっと憧れてるかも」

 

「ほう? じゃあなんだ、うちと担当を交換してもらうか?」

 

「遠慮しておく。アタシがプロデューサーの担当アイドルになったら……」

 

「なったら?」

 

「なったら……」

 

 美嘉は何かを言おうとしたが、俺の顔を見た瞬間何故か言葉を濁して目を背けてしまった。

 

「……あっ……な、何でもない……!!」

 

 俺はそんな美嘉の突然の反応に、クエスチョンマークを浮かべながらじっと見つめる。

 

「アタシったら何考えているのよ……バカッ……!」

 

「……いや、どうした?」

 

「あ……い、いや……ちょっと変な想像しちゃって……」

 

「自分から変な想像って言っていくのか……」

 

 俺はそんな美嘉の不思議な様子に、喋りだそうにもなんだか喋りだせなくなってしまった。というか俺の顔を見て思い付いた変な想像ってなんだ。美嘉、お前は頭の中で何を見たというんだ。

 と、そんな中突然口を開き、場の様子を良くも悪くも変えたのは、こちらのやり取りを何か疑問を抱いているような目で見ていた莉嘉だった。

 

「そういえばさっきから話を聞いてて思ったんだけど、『おじさん』ってプロデューサーなんでしょ? どんな子の担当をしてるの? 可愛い子? 有名な子? もしかして、おねーちゃんみたいなすごい人!?」

 

「ん? ああ、そうだよ。おじさんはプロデューサーで……おじさん!?」

 

 途端に俺は不意に死角から何かで撃たれたような痛みがした。どこを撃たれたのか。腕か、足か、胴体か、もしくは頭を撃たれて俺はもう死んでいるのか、いや違う。

 

 

 

 

 俺は撃たれたのだ、『心』を。

 『純粋さ』という鋭き弾丸で、一貫きに。

 

 

 

 

「ちょっ……こ、こら莉嘉!! いきなり初対面の人におじさんとか言っちゃダメ!! ……大丈夫? 気を悪くしてない? プロデューサー」

 

「イイヨ、ベツニ。ゼンゼンイタクモカユクモナイヨ」

 

 参ったぜ、実際結構響く物だ。俺もまだ若いつもりではいたんだが、子供からしたらもう二十歳を過ぎたら皆おじさんなんだな。こう中学生くらいの子にあそこまで自然におじさんと言われると、どう足掻いても致命傷にしかならない。回避手段が無かった。

 

「えーっと……ごめんなさい、プロデューサーさん……」

 

「へ、平気! ああ、全然大丈夫だよ莉嘉ちゃん! おじさんなら平気平気!」

 

 俺は美嘉に怒られてなんというかしょんぼりてしてしまっている莉嘉に、フォローを入れる。

 

「ま、まあおじさんが担当しているアイドルはまだテレビとかには出ていない子なんだけどさ、幸子って言うんだ。そりゃあ可愛いけど常にテンションが高くて世話のかかる子でね。それで俺はあいつとはなんだかんだいい関係を築かせて貰っているっていう話を……」

 

「へ〜……幸子ちゃんって言うんだ〜……わかった! 家帰ったら色々調べてみるね!」

 

「……ま、まだ表立ってデビューして無いから調べても大した情報は出ないだろうと思うけどな……ははは。しかしおじさんか……おじさん……」

 

 莉嘉は低反発素材並の勢いで元のテンションに戻る。流石は子供、そのあたりはあっさりだな。

 だが『おじさん』な俺の方はダメだ。表面では普通に話しているが、実際はおじさん発言がまだ頭の中を離れないでぐるぐる回っている。たまに幸子に言われるおじさん発言とは、痛みのレベルが違い過ぎる。

 どうやらこの件については、個人的にしばらく引きずりそうだ。

 

「し、しかしそれにしても驚いたよ。まさか姉妹揃ってアイドルで、それだけでなく二人共美人さんだったとは。二人から比べたら、うちの幸子なんか普通より少しナルシストなだけで、それ以外はただのちっこい中学生だからな」

 

「えー!? ホント!? アタシ美人!?」

 

「び、美人!?」

 

 妹の莉嘉は美人と呼ばれ普通に喜んでいる様子だったのだが、なにやら姉である美嘉の方が莉嘉以上に驚いている様子だった。

 

「あ!! お姉ちゃん照れてる照れてるー!!」

 

「てっ……照れてなんかっ!!」

 

「えー? だっておねーちゃん顔真っ赤だよ? それになんかさっきから気になってたんだけど、なんだかおねーちゃんずっと目が泳いでるし」

 

「そ、そんな訳ないし、何嘘を言ってんの莉嘉……」

 

「そう言えばさっきからおねーちゃんを見ていて思ったんだけど、なんだかこの人と話してる時だけいつもと比べて少し様子がおかしいような……もしかして、おねーちゃんはこの人に……」

 

「こ、こら莉嘉ぁ!! そんなにからかうとアタシ怒るよ!!」

 

「いや、確かに莉嘉ちゃんが言うとおり、なんか顔が真っ赤で茹でダコみたいだぞ、美嘉」

 

「えっ……ちょっ!?」

 

 美嘉はスマホを取り出し自分の顔を見る。そしてそこに映し出された真っ赤な自分の顔を見て、焦ったかのようにすぐさまスマホを再びしまう。

 

「な、ななっ、ななんでアタシがプロデューサーのことを……」

 

「べつにいいじゃん! 丁度良い機会だと思ってさ。だっておねーちゃん今までカレシとか居なかっ……」

 

「莉嘉、流石にそれ以上はダメ、ストップ。本当に怒るよ」

 

「はい」

 

 しかし本当に二人は、まるで俺のことなんか居ないかの様に自然にやりとりしているな。無論それは悪い意味とかでは無く、人前でもその姉妹の仲の良さを隠さないという意味でだ。そのやりとりを見ていてああ、本当にこの二人は仲が良いんだろうなと思える。

 

「……なんだかその調子だと、かなり仲が良さそうだよな。姉妹共に」

 

「……まあ、いつもこんな感じだけど、なんだかんだ言って莉嘉はアタシの掛け替えのない、自慢の妹だからね」

 

「じゃあアタシからすればおねーちゃんは自慢のおねーちゃん!」

 

 ああ、尊い。ただその一言に尽きる。あまりに強大な姉妹愛の前に、俺は心臓に電撃が直撃したかの様な錯覚を得る。まるで心臓麻痺を起こしそうだ。なんだか一々俺にダメージを与えてくるな、この姉妹は。

 

「……そうだ!! そう言えば……そのー……おじ……おにーさんはプロデューサーなんだよね!? アタシ、絶対に本物のアイドルになるから……だから、その時はプロデュースしてよ!!」

 

「お、お兄さん……?」

 

「莉嘉、この人はおじさんでもお兄さんでもなくて、プロデューサーさんだよ。莉嘉の飛び付きそうな位の勢いに困惑しちゃってるでしょ。それにアンタはまだまだデビューには早いって」

 

「むー、せっかくアタシを売り込む良いチャンスだと思ったのにー!」

 

「まあ、その勢いと元気があればデビューもそう遠くないだろう。多分いずれすぐに、お姉ちゃんみたいな綺麗で立派なアイドルになれるぞ」

 

「ちょっ……だからそんなにアタシをおだてても何も出ないよっ!」

 

「あー! おねーちゃんまた照れてる照れてる~!」

 

「てっ、照れてなんていないし! 何デタラメ言ってんの莉嘉!」

 

 美嘉は莉嘉に茶化され異様に焦る。一体美嘉はさっきから顔を赤くしてまで何に焦っているんだろうか。一昨日部屋に集まった時の最後といい、突然蒸気機関車の様になる美嘉の頭の沸点については、色々と疑問だ。

 しかし、それにしてもこういう風に感情を表に出している姿を見ると、実際彼女も年頃の普通の女の子なんだな、と俺は思う。恐らく妹と一緒だから、というのもあるのだろうが、なんというかプロダクションや現場にいる時などの仕事モードがオフで、刺々しいカリスマオーラが無いように感じられる。そして何より、いつも以上に親近感があった。

 

「……な、なに? なんでプロデューサーはアタシを見てニヤニヤしてるの? まだそんなに私の顔赤い?」

 

「いや、顔はもうそんなに赤く無いよ。たださ、なんか仕事モード以外の美嘉を見るのが珍しい気がしてな」

 

「……やっぱりアタシ、いつも皆に変な壁張っちゃってた?」

 

 美嘉は申し訳なさそうに聞き返してくる。

 

「いやいや、別にそういう悪い意味じゃないよ。たださ、こうして色々な表情をしている姿をみると、美嘉も幸子達と同じ一人の女の子なんだなって」

 

「……そう?」

 

 美嘉は一人の女の子、という言葉を聞き、一瞬ながら嬉しそうな表情を見せる。しかしすぐに、美嘉は表情を落とした。

 

「確かにプロデューサーが言う通り、アタシって現場やプロダクションにいる時は常に『皆が憧れるカリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉』で居続けるために、気を引き締めていたからさ。割と自分の感情や私情は、あまり出さないようにしていたってのはあるかも」

 

「なるほど、流石プロだ。やっぱり日頃の心構えからして違うな」

 

「……別に、そんな風に褒めて貰えるような物じゃないよ。本当なら自分を飾らないで、皆の理想で居られるのが一番だと思うから……」

 

 

 

 

『本当なら自分を飾らないで、皆の理想で居られるのが一番』

 

 

 

 

 俺はその美嘉のたった一言に、今まで見えなかったカリスマJKアイドルとして存在する彼女の弱音の様な、孤独のような、そんな彼女の本質が少し見えた気がした。そしてそれと同時に、彼女の内にあるアイドルとしての並々ならぬ覚悟も。

 

「……あんまり、そういうのは一人で背負うなよ?」

 

「大丈夫、いざとなったら『今』はアンタ達が居るからさ」

 

「そう言ってもらえると、俺としても嬉しい」

 

 と、なんだか会話が少ししんみりとした雰囲気になってしまった。そんな場の空気を察してか、美嘉は落ちてしまった声のトーンを戻す。

 

「さて、折角の楽しい花火大会だしこの話はおしまい! 話は変わるけど、そういえば今日プロデューサーは一人なの? いつもは絶対に近くに居る筈の幸子ちゃん達が見当たらないけど」

 

「いやまさか、俺は花火なんて賑やかな場所に、一人で来るような質の人間じゃないよ。いつも通りアイツら三人が一緒だ」

 

「そうだよね。なんかプロデューサーが一人でこういうところに来るのって想像出来ないし」

 

「……そう言われると、それもそれでなんだか色々複雑だ。一応俺は賑やかな場所は苦手だが、だからと言って引きこもりなタイプの人間なつもりじゃなかったんだがな」

 

「確かに、引きこもりな人がそんな奇抜な格好はしないか」

 

「……やっぱり奇抜だったのかこの格好」

 

 美嘉にそう言われてしまったらもうおしまいだ。何せ、プロのコーディネイターに服装がダサいと言われてしまっているようなものだからな。逃げ場がまったく無い。

 

「むしろ何をどうしたらそんな格好になるのか……色々ファッションとかに関わるアタシからしたら、そっちの方が疑問だよ……」

 

「生憎、社会人になってからはスーツしか着てないものでな」

 

 なお学生時代も学生服しか着ていなかったので、結局私服という私服が無いことに変わりはない。というかむしろ、なんで俺はこんな服を持っていたんだ。これを買った当時の俺は、何か気が狂っていたのか?

 

「でもプロデューサー、よく見てみると案外顔も悪くは無いし、身長もそこそこ高いし、色々勿体ない気がするんだよね〜……」

 

 と、美嘉は俺をじっくり眺めてくる。かと思えば今度は俺の周りを独り言を言いながら歩いて回り始めた。そして再び止まり何かを考えているかのような素振りを見せると、美嘉は突然口を開いた。

 

「うーん……よし、分かった! 」

 

「ん、どうした?」

 

「いやさ、もしプロデューサーが良いっていうなら今度、雑誌で読者モデルをやっていたアタシが直々に流行りの服でコーディネートしてあげちゃおうかなって。なんだか、プロデューサーを色々大改造したくなってきたかも」

 

「ほう、カリスマJKアイドルのコーディネート講座か。頼むとしたら果たして金額はどれ位になる?」

 

「なんと……今ならアタシの気まぐれで、無料キャンペーン中! 時間と暇さえあれば、いつでも良いよ!」

 

「よし、頼んだ」

 

 俺は即決する。恐らく現役のカリスマギャルに直々にファッションチェックしてもらえる機会なんて、人生で二回と無いだろう。最近の調子だと今後幸子と出かける機会も更に増えてくるだろうし、俺的には丁度良いタイミングだった。

 

「しかし、実際いきなりどうした。そんなに俺の格好が目に余ったのか?」

 

「いやいや、違う違う。そうじゃなくてさ、プロデューサーって服を着る素体としてはかなり良いモノ持ってると思うんだ。だから色々見ていたら、プロデューサーに合う服はなんか無いかな、なんて考えてきちゃって」

 

「素体が良いだなんて、そんなに褒めて貰って良いのか?」

 

「なんだかんだ、顔とスタイルだけは良いからね!」

 

「だけっておい……」

 

「それに例えどんなに可愛いアイドルでも、まずはその担当がオシャレじゃなきゃ。カワイイアイドルには、それに釣り合うだけのカッコイイプロデューサーでいなくちゃね」

 

「確かに、美嘉先輩が仰る通りそりゃそうだ」

 

「それじゃあそうなら決まり! 明後日の幸子ちゃんのライブ、パパッと無事に成功させて気分良く買い物に行こう!」

 

「そうだな……わかった。了解!」

 

 と、こうして十分近く立ち話をしてきた俺達だったが、俺は莉嘉がそろそろ立ち話に退屈そうしてきているのが目に入ってきた。どうやら、少し長話が過ぎたか。

 

「そういや美嘉。美嘉はここで結構長いこと話しているけど、その待ち合わせしている友人とやらの所には行かなくて大丈夫なのか?」

 

「ああ! そうだった!」

 

「まあ、俺も美嘉とこんな感じで話していたら、おつかいに行ってる幸子に浮気だのなんだのってまた怒られるかもしれんしな。積もる話とかは、またプロダクションの方でするとしようか」

 

「そうだね、了解」

 

 そう言うと美嘉は人混みの方へ歩き始めた。

 

「じゃあごめん、急になっちゃったけどアタシ達はそろそろ行くね〜。幸子ちゃんのプロデューサー達も、花火大会楽しんで」

 

「了解、そっちも楽しんでなー」

 

 美嘉が歩き始めると、莉嘉もその美嘉の後ろに着いていくような形で歩いて行く。

 

「じゃープロデューサーさん、またねー!!」

 

「ああ。君とはいずれ、プロダクションや現場で会いたいものだ」

 

 こうして美嘉達は手を振りながら再び人混みの中に消えて行った。その寄り添う二人の姿はさながら姉妹だったか。

 

 しかし……

 

 

「城ヶ崎莉嘉、か」

 

 彼女とはそう遠くない未来にまた会う気がする。それも知り合いなどとしてでは無く、アイドルとして会社や、はたまたステージや舞台で。そう俺の勘が告げていた。

 

 

 

 

「プロデューサーさん! ただいまです!」

 

「ああ、幸子達か。おかえり」

 

 美嘉達を見送ってすぐ、恐らく近くのコンビニに行っていたのかビニールをぶら下げて幸子達が帰ってきた。

 

「フフーン! ちゃんとプロデューサーさんの分のコーヒーとかも買ってきましたよ? そこまでちゃんと考えられるなんて、やっぱりボクってカワイイだけじゃなく有能なんですねぇ……」

 

「おお、ありがとな。丁度喉が乾いていたんだ」

 

「お礼ならいりません! だって、このボクですから!」

 

 こうして花火を見る準備も整った俺達は、ブルーシートの上に座った。持ってきた簡易的なテーブルの上には、幸子達が買ってきた飲み物とコンビニ弁当の様な簡単な食べ物、その他お菓子類が置かれている。

 

「さて、いよいよあと少しで花火大会が始まりますねぇ」

 

「ああ。この調子だとあと数十分もしたら始まるんじゃないか?」

 

「フッ、いよいよか。普段より間近で見る光の花は、果たしてボク達をどの様に、どこまで魅せてくれるのか。実に楽しみなものだ」

 

 どうやらみんな、花火大会を心待ちにしてくれているようで良かった。

 なんだかんだあまり喋らない乃々も普段より穏やかな表情をしているし、これは二人を誘ったのは正解だった様だ。こういう反応を見ると、三人を連れてきた俺にも連れてきた甲斐が有るって物だな。

 もっとも、その花火大会に行くというのを提案してくれたのは他でも無い幸子なんだがな。ある意味俺にもこういった知り合いと出かける、という初めてに近い体験をさせてくれた幸子には、俺の方からも感謝しなければいけないなと思った。

 

「さて、開始時間までしばらくあることですし、適当にお話でもしていましょうか」

 

「彼女が言う通り、そうだな。折角友人同士でこうして集まれたんだ。話を弾ませるのも悪くないのかもしれない」

 

「結局、居るのはいつものメンバーだけどな」

 

「それは言わない約束だろう? 幸子のプロデューサー」

 

 というわけで俺たち四人は、花火大会が始まるまでの時間を有意義に過ごした。まあ有意義に、とは言ってもいつも通りの雑談と何ら変わりは無いんがな。それでも俺としては普通に楽しかったが。

 

 だがそんな楽しい時間の中、今まで殆ど口を開かなかった乃々が突然に口を開いた。

 

「あの……皆さん……?」

 

「ん? どうした乃々」

 

「なんだか、私達の周りだけ妙に人が少なくありませんか……?」

 

「いや、大丈夫じゃないか? 多分俺の風体のせいだろ」

 

「いや、まあ……そうかもしれないですけど……でもそれにしても、さっきから何か変な視線を感じるような気がするんですけど……」

 

 乃々は視線を感じると言った。幸子達は気のせいですよと流したが、俺は何故かその一言が不安だった。

 

 何だろうか、この胸騒ぎは。

 何かがおかしい。明らかに違和感がある。

 

 そしてこの後、ついにその乃々と俺の不安は現実となってしまうのであった。どうやら少し不用心過ぎたか。

 花火大会を楽しむ俺達に背後から忍び寄る悪意があったことを、この時はまだ誰も知らなかった。




Q 随分投稿遅かったな、何していた?
A 学生生活終わって仕事が始まった&連日デレマスで総選挙チケ集めだよ察して。

Q お前いっつも妄想で文章書いてるよな。喜多日菜子Pかよ。
A そうだよ(肯定)

Q なんか最近美嘉お姉ちゃんカリスマブレイクしてない?
A 意図的にそうしてる。てかカリスマアイドルに見えて実は恋愛に関してポンコツ、妹ラブとかそういうギャップ可愛いじゃん。とりあえずそんなことより美嘉付き合って(切実)

Q なんだかんだTwitterやる暇はあるのな。
Aそうだよ(肯定)

Q このSS見てくれているみんなは総選挙誰に投票すると思う?
A 幸子だよ。

Q 最後に一言。
A 総選挙は皆、幸子をよろしくね!


さて、皆さんお久しぶりです。
作者は地の底から帰ってきました。

しかしこうして色々妹に言われて、色々意識しちゃうみかねぇを想像すると、色々妄想が色々オーバーロードしそうです。
意外と本当は普通の女の子な美嘉、自分は推していきたいです(しかし衣装はどう見ても普通の女子高生じゃないんだよなぁ……)

という訳でなんか不安な終わり方でしたが次回、プロデューサーが無双してすっきり爽快ハッピーエンド!(Gガンダム風ネタバレ次回予告)

では最後に一言





『幸 子 を C u 5 位 で 終 わ ら せ る な』



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第56話 346の黒い悪魔

【お知らせ】
タイトル変えました。
理由としてはタイトルが長過ぎてランキングで見切れていた、内容がイマイチ伝わりにくい、読みにくい、等の理由からこれはいかんなということで、先日考え直した結果です。
まあ内容に変更とかは無いので安心してください。

それでは本編、どうぞ。


第56話

346の黒い悪魔

 

 

 皆が集まってから約数十分程か。時間は更に経ち、空は夕焼け色から夜の闇に変わっていた。周囲では新たに来る人間こそ減りつつあったが、場所取りをしていた人達の中には既に、飲み会などを始めている所も見受けられる。

 そんな中、俺達四人も花火大会が始まるのはいつかいつかと話をしながら待っていた。

 

「そろそろ始まりますかねぇ?」

 

「おそらくな。もう空もだいぶ暗くなってきたし、花火が数発打ち上がったらそこから開始だろう」

 

「うーん……何でしょうか、別に花火なんて毎年やってますし、珍しいことでも何でも無いんでしょうけど、実物を見れるとなるとちょっとドキドキしますねぇ。なんだかんだ、本物の花火って意外と間近で見たことないかもしれません」

 

「確かにそう言われてみると、俺もテレビとか写真意外で見るのは初めてかもしれないな。本物の花火がどういう物なのか、少し楽しみだ」

 

 言ってしまえば花火大会なんて本来、彼女持ちや飲み会友達がいる様な人間、要するに『リアルが充実した人間』達のイベントの様な物だからな。俺のような友人もあまり居ないような人間には別に行く意味も無いし、遠く、無縁の世界だった。それだけに、実を言うと俺も内心今日の花火大会は楽しみにしていたのだ。

 

「なるほど、ボクもキミたちの感性に同感だ。しかしキミたちが言う通り、花火を見れるというだけで人は何故こんなにも胸が高鳴れるのだろうな」

 

「ん? そりゃあ、普通に綺麗な花火を見れるのが楽しみだからじゃないのか?」

 

「それならば今の時代、テレビやネットで見れば済む話だ。だが、人という生き物は移動する時間やコストを費やしてまで、本物をわざわざその目で捉えようとする。言ってしまえば綺麗鮮やかに光る火の玉なら、映像で見てもそこに大まかな違いは無いはずだとボクは思うのだが」

 

「まあ、言われてみると確かに……」

 

 考えて見れば、実物の花火と映像の花火の違いとは何なのだろうか。別に綺麗なのは映像でも変わらないし、それ以外も実物でないといけない様な何か凄い特徴や理由がある訳でも無い。それに、進化してより実物に近づいた、現代の映像技術なら尚更だ。

 だが、人という生き物は何故か、本物を見に行こうとするし、したくなるものである。例えばオーケストラのコンサートも然り、美術館の有名な美術品とか絵画等もそうだ。そして言ってしまえばアイドルのライブだって、今は後からDVDで見れる時代だ。しかしそれでも人々は大金を払い本物を見たり、聞いたりしに行く。

 確かに飛鳥が言う通り、こうよく良く考えてみれば、不思議なものだ。

 

「三色のドッドとデータにより構築されたデジタルの花火、それと人間の眼で直接見るアナログの花火。だが、映像や音声等のデジタル技術が格段に進化した現代で、果たしてそこにある違いとは何なのだろうか。今の時代なら現地に行かなくとも綺麗な花火を見れるというのに、人は何故本物にこだわり、そしてまた心踊らされるのか。フフッ……やはり人という生き物は実に面白くて、興味深い存在だ」

 

「……なんだか色々難しいことを言っていますが、別に何かを楽しむのにそんな細かいことは良いんですよ、飛鳥さん。こういうのはとにかく楽しんだもの勝ちですから」

 

「ああ、それは分かっている。だがボクはそこに何かが、真のトップアイドルになる為の何かに繋がる物がある気がするんだ」

 

「トップアイドルに繋がる物、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 飛鳥は缶コーヒーを飲みながら、まだ何も打ち上がっていない暗闇の空を眺め、手を伸ばす。

 

「たとえどんなに遠くだろうと、その誰かをわざわざ現地に赴かせるまで見に行きたくさせる。偽物の映像では満足させられなくする。そうして無意識の内に人の心を動かせる。そんな花火の魅力。それは花火だけでなく、ボク達アイドルにも必要なことなのでは無いだろうか」

 

「花火の様な、人の心を動かせる魅力……」

 

 その飛鳥の考えを聞いて俺達は納得する。そしてそれと同時に、俺達が漠然と話していた花火からこれだけの事を考え、疑問提示をできる飛鳥に呆気を取られた。

 前々から彼女は普通の年頃の少女よりかは大人びていると思っていたが、もしかしたらそれだけでなく、彼女には他の秘められた資質や特別な感性があるのかもしれない。人はそれを厨二病だの何だのと揶揄するのかもしれないが、俺はそれも一つの才能、個性なのではないかと言いたい。

 まったく、幸子に少しだけその落ち着きと頭脳を分けてやってくれないか飛鳥。

 

「まあかく言うボクも、本音を言ってしまうと結局は純粋に花火という物を見てみたいという気持ちもあるけどね。そこは年頃の少女なんだ。普通に初めての物は、楽しみなものさ」

 

「なるほどねぇ……」

 

 と、飛鳥の話を聞いていると、幸子はこれまで隅で黙々と弁当を食べていた乃々にも話題を振る。

 

「そう言えば、乃々さんは花火についてはどう思いますか?」

 

「わ、私が……ですか?」

 

「はい。飛鳥さんの考えを聞いて、折角なので乃々さんも花火についてどう思ってるのかなと」

 

「そ、そうですか。花火についてですか……」

 

 乃々は幸子に質問され答えようとする。

 

「もりくぼは……」

 

 しかし乃々が口を開き答えようとした次の瞬間か、俺達の前に置かれていたテーブルの上に何かが投げつけられた。その投げつけられた何かはテーブルの上に置いてあった弁当に当たり、弁当は宙を舞って地面に落ちた。その突然高速で飛んできた飛来物に、二人は声をあげる。

 

「ひぃっ!?」

 

「なっ……い、いきなりなんですか!?」

 

 俺はすぐにその何かが飛んできた方を向く。そこにはいかにもチンピラの様な格好をした、ガラの悪い若者が三人ほど立っていた。

 

「おいテメェら、ここにブルーシートを敷いて何をしてやがる?」

 

「……ボク達の有意義な時間を邪魔する、不届き者は誰だ……?」

 

「あぁ? 聞こえねぇのか。もう一度言う、ここは俺達の場所だって言ってんだよ。ガキと兄ちゃんはとっとと失せろ!!」

 

 そのチンピラみたいな格好をした三人組の不良は突然現れたと思ったら、すごい剣幕で一方的に怒鳴り散らしてきた。理由は分からないが、どうやら雰囲気からして俺達にかなり御立腹の様だ。

 

「待て、俺が受け答えよう。飛鳥は下がっていてくれ」

 

「ああ、わかった」

 

 俺は飛鳥達三人の身の安全を考え、後ろに下がらせた。そして代わりに俺が前に出る。

 

「……で、いきなり現れて初対面の相手に失せろとはどういうことだ? 一方的に話すのは構わないが、事情を説明してもらえない事には何もできない」

 

「説明も何も、言葉の通りだ。この辺りは毎年俺たちが花火を見るためにとっておいてある、俺達専用の場所なんだよ。つまりお前らみたいな一般人が座って良い場所じゃねぇんだ。だから、一般人は隅の方で大人しく見ていやがれって話なワケ」

 

「専用の場所?」

 

「ああ。要するに、ここは俺達が去年からずっと場所取りをしていたということだ。現にアンタらが来る以前には誰も場所取りをしていなかっただろ? つまりはそういう事なんだよ」

 

「なるほど、俺がさっきからこの場所に感じていた違和感はこれだったのか……」

 

 不良達はこちらの事情など知ったことかという感じで、訳の分からぬ屁理屈理屈を一方的に押し付けてくる。どうやら、傍からこちらに対して聞く耳は一切持っていないようだ。

 

「……こちらから聞いておいて悪いが、言わせてもらうとアンタらが何言ってんのかさっぱりわからん。一般人に分かるように話してくれ」

 

「アァ? 分からねぇ? テメェ日本人なのに日本語も分からねぇのかよ」

 

 一々この不良達は言葉の端々のイントネーションを強め、威圧してくる。一体こいつらはいつの時代の893プロの真似をしているのだろうか。

 本人達は完全に俺達を脅しきれているような気になっているが、正直見た目からして小物臭が凄い。俺は不良達の威圧に怯まずに応戦する。

 

「とりあえずアンタらがいつから場所取りをしていたのかどうかは知らないが、俺達は少なくとも日が出ているうちから場所を取っていたのは確かだ。それに仮にも場所取りをしていたと言い張るならば、普通ブルーシートを敷いておくなり、目印を置いておくなりしておくのが筋ではないのか?」

 

「そ……そうです!! プロデューサーさんが言う通り、あなた達が言ってることがよく分かりません!! ここはあなた達が来るより早くから、ボク達が場所を取っていました!!」

 

「ああ。少なくともボク達が来た時、ここには何も敷かれてなどなかった。そもそも場所取りをしていたとろくに確証も取れないのに、キミたちが饒舌に御託を並べて言える立場だとは思えないのだが?」

 

「あの……なんか怖いのでもりくぼ帰って良いですか?」

 

 俺が不良達に反論すると、意外にも言い返さないと思っていた幸子達が一斉に反論を始めた。ただし乃々は例外。

 ともかく、不良達は少し威圧すれば俺達が簡単に引くと思っていたのだろう。意外にも抵抗して来た俺達に対し、一瞬言葉を詰まらせた。

 

「クッ……なかなか引かねぇなこいつら……」

 

「どうした? もう話は終わりなのかい?」

 

 俺が不良達に再び動く意志が無いと伝えようとすると、不意に飛鳥が不良達に話しかけ始めた。

 

「……まったく、こんな一般人、それも中学生の少女達を相手に言いがかりを付け脅しかかるとは。キミたちに恥という概念は無いのか?」

 

「……言ってくれんじゃねえかクソガキ」

 

「おい、やめておけ飛鳥。あんまり煽るな。こんな奴らに構うだけ時間の無駄だ」

 

 だが、飛鳥も不良達の幼稚過ぎる行動と、あまりにも横暴なその発言に余程頭にきていたのだろう。俺の静止に応じず、不良達に厳しい言葉を更に突きつける。

 

「……キミたちにボクがクソガキと言われる筋合いは無いと思うのだが? むしろ、キミたちみたいな自己主張しかできない、社会不適合者にこそその言葉を言わせてもらいたい。もしかして、キミたちは小学校で道徳の授業を受けていなかったのかい?」

 

 不良達はその言葉を聞くと段々と顔にしわを寄せる。その表情からして、かなり怒りが溜まっているのが目に見えてわかる。そして俺がマズイなと思った次の瞬間、その最悪の展開は起きてしまった。

 

「……さっきからゴチャゴチャうるせぇんだよクソガキ共が!! こっちが優しくしてやってるからっていい気になりやがって!! 分かったよ……お望み通り病院送りにしてやる!!」

 

「何ッ……!?」

 

 飛鳥に煽られ逆上した不良の一人がこちらに向かってきたのだ。そして男の一人はあろうことか俺では無く、後ろの方に立っていた飛鳥の方に走っていく。突然のことに驚き、何もできない飛鳥はその場に立ち尽くす。俺もその急な不良の動きに追いつけず、一瞬だけ反応が遅れた。

 

「くらいやがれ!! クソガキが!!」

 

 次の瞬間、強烈な打撃音が周りに響いた。そして辺りでは驚く幸子と乃々、そして不良達の顔があった。

 

「なっ……!?」

 

「ば……馬鹿なッ!?」

 

 その反応が遅れたのが一瞬で良かった。少なくとも、後コンマ数秒遅れていたら間に合っていなかっただろう。

 

 俺は既の所で飛鳥に向けられた拳を受け止める。目前には、驚いた表情の不良と飛鳥が居た。

 飛鳥と俺の間には二メートル程距離があり、正直間に合うかは五分五分だった。だが、腕に伝わる鈍い痛みから、俺は飛鳥への危害をギリギリ防げたことを確認する。

 

「……大丈夫か? 飛鳥」

 

「あ、ああ……なんとか……キミがあと一歩遅かったら、ボクは今頃見るも無惨なことになっていた所だったが……」

 

 飛鳥はその顔に冷や汗を流す。俺も初めて見る、飛鳥の余裕を失った顔がそこにはあった。

 

「あの距離から一瞬で間に割り込み、しかも片手で受け止めたのかコイツ!?」

 

「……お前ら、いくら自称不良だとしても、最低限度やっちゃいけねぇことも分からねぇのか……?」

 

 不良は突然の事態に驚き、後ろに数歩下がった。そして暫く立ち止まると事態を飲み込んだのか、警戒して俺達と今まで以上に距離を開ける。

 先程まではあれだけ優勢だった不良達の立場は一転、顔には焦りが見えていた。

 

「俺は気が長い方でね……別に弁当に石を投げつけられたのも結構、罵倒されたのも結構、横暴で身勝手な行動を取られたのも結構、バカにされたのも結構、全て気にしちゃあいない……」

 

 俺は不良達との間合いを歩いて詰めて行く。

 

「ただよ、うちの可愛い可愛いアイドル達に危害を加えられそうとなったら……そりゃあ普通、キレるよな……?」

 

「な、なんだよテメェ、俺達に説教でもする気か?」

 

「説教ね……生憎そんなことができる立場じゃないんだが……」

 

 俺は自らの拳を強く握り締める。こちらの勢いに押されたのか、殴りかかってきた不良は後ろに半歩下がる。

 

「幸子達は後ろに少し下がっていてくれ。悪いが俺も、久々に頭にきちまったよ……」

 

「は、はい……」

 

 幸子は俺の後ろの方の木陰に逃げる様に隠れた。そして、その後に続く様に乃々と飛鳥も着いて行く。

 と、後ろで見ていた不良の一人が俺と幸子を見て身構える。

 

「待て、このアロハシャツの男……小さい女のガキ……こ、コイツらまさかあの時の!?」

 

「……なんだ? 俺はお前みたいなやつは知り合いに居ないが」

 

「てめぇ……俺を忘れたとは言わせねえぞ」

 

「いや、本当に俺は知らん。お前どこかであったか?」

 

「と、とぼけてんじゃねえよ!! 渋谷での出来事に決まってんだろゴラァ!!」

 

 俺はその不良の顔をじっと見る。そしてしばらく記憶の中を探した後、その顔と一致する人物が一人、浮かび上がった。

 

「……ああなんだ、あの時のガキか」

 

「ガキ、か。言ってくれんじゃねェか……」

 

 不良達はガキと言われ、弱っていた殺気を怒りで再び高めた。流石に男三人を前にすると気迫では少し押されそうになるが、見掛け倒しで実際弱いということは、あの渋谷の一件で立証済みである。

 

「イイぜ? 俺達をコケにしたことを、今すぐ後悔させてやる!! せいぜい病院のベッドで、痛みと自らの無様さに枕を濡らすんだな!!」

 

「ゴチャゴチャと、口だけは達者だなお前ら……」

 

 俺は不良達の行動に遂に怒りの沸点が限界を超えた。頭からあらゆる感情が消え、そこにあるのは純粋な怒りだけとなる。圧倒的怒り、圧倒的殺意、圧倒的破壊衝動、とにかくそんな感じの真っ赤に燃えたぎる感情が、身体中を迸る。

 

「……一応確認の為に聞いておくがお前ら、バケモン72柱の8の柱、東京の黒い悪魔などと聞いて覚えは?」

 

「そりゃあ決まってるじゃねえか。確か数年前に噂になった、一人で数十人の不良を相手に無傷でボコしたとされる、一見人畜無害なヤベー奴で……ハッ!?」

 

「悪い、幸子達はちょっと目をつぶっていてくれ」

 

「えっ……?」

 

 そう言い、俺は幸子達に目をつぶらせる。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……っと。三人か、まあこれくらいなら余裕だな」

 

 俺は首と拳を鳴らす。そして状況を飲み込み不良達の顔が青ざめた次の瞬間、俺はその不良達の方に間髪入れずに全力で走り寄っていき、片っ端からねじ伏せて行った。

 

「グエッ!?」

 

「ゲハァッ!?」

 

「ウゴォッ!?」

 

「……一体ボクが目をつぶっている先では何が起きてるんでしょうか」

 

「……惨劇だね。悪魔による、この世の物とは思えぬ一方的な破壊の限りさ」

 

「……どうでも良いですけど、なんだかすごく痛そうな衝突音がするようなぁ……」

 

 俺は片っ端から不良達を地に伏せていく。不良達は抵抗する間も無く、声にならない悲鳴をあげその場に崩れて行く。

 ああ、なんというか色々懐かしい。俺はこの一瞬だけ『あの時』の気分を思い出していた。正直あれはあまり良い記憶と言えるものでは無いが、その拳の感触に嫌でも記憶が蘇らせられる。

 歳は二十歳を超えても、まだこういう場面では身体はある程度使い物になるものだな。

 

「やめっ……やめて!! ステイ!! ゴフッ!?」

 

「お前人間じゃねぇ!? グワーッ!!」

 

「命だけはご勘弁を!! うわらば!?」

 

「……なんだか、声だけでも色々可哀想になってきますね」

 

「本来ならこの目で直にその狂戦士の戦いぶりを見てみたい所だが、生憎ボクには目を開く勇気が無い……」

 

「これじゃあプロデューサーというより……ば〜さ〜かぁ〜……」

 

 一度入ってしまったスイッチというのはなかなか止まらないものだ。俺は怒りに身を任せ、ただひたすらに思いっきりぶん殴る。そこにはプロデューサーでは無く文字通り、かつて東京の黒い悪魔と呼ばれた『最凶』の男の姿しか無かった。

 

「本来なら武道に携わるものなら一般人に手は上げられないが、まあ良いか。お前らみたいな社会のゴミは一般人じゃねえし」

 

「な、なんか口調やら何やら、とにかくプロデューサーさんのキャラが色々おかしいことに……」

 

「とりあえずお前らはうちの担当に手を上げた、それだけで幾万の罪と同罪だ。ハイクを詠め、カイシャクしてやる」

 

「やめ……やめて……ああ……ああああああああああああ!!」

 

 不良達の絶叫や断末魔が河川敷にこだまする。この世の者で無いようなまさに、悪魔と表現するに足りる者による、悪魔の鬼退治がそこでは行われていた。恐らく彼が桃太郎の主人公だったとしたら、地球上から鬼が一人残らず駆逐されたことだっただろう。まったく、恐ろしい話である。

 

 さて、それから数分が経った。一通り暴れて平静を取り戻した俺は、一呼吸おくと服の埃を払う。

 

「もう終わったのかい? 狂戦士(バーサーカー)

 

「ああ、もう目を開けていいぞ皆」

 

「は、はい……」

 

 幸子達は恐る恐る目を開ける。そして、その目の前にある状況を見て、三人は困惑の声を上げた。

 

「えーっと……そのー……」

 

「この状況は一体どうなっているんだい?」

 

「プロデューサーさん、何故この人達はボク達に対して土下座をしているんでしょうか」

 

 俺達の目線の先では先程の不良達が横に並んで皆必死に土下座をしていた。しかも服から何から全てボロボロだ。

 

「「「すいませんでした!!」」」

 

「わかれば、よし……」

 

 俺は腕を組み満足気にその光景を眺める。

 

「さてお前ら、なんでこんなことをした」

 

「そのー……花火大会の時、この辺りの景色が良かったのでつい独り占めをしたく……」

 

「なるほど。つい、でお前らはああやって他人を脅かしたり、少女に殴りかかったりするのか?」

 

「それは……すいません」

 

「すいません? あやまりゃ済むって話じゃないのは分かるよな、お前ら」

 

「あの……えっと……はい」

 

 なんだか最初と立場が逆転しているな。不良達も先程までは群れた狼のようにイキがっていのに、まるで今は飼い主に従順なチワワだ。ざまあねぇぜ。

 

「……まあお前らも死ぬほど反省しているらしいし、俺もせっかくの花火大会を満喫したいからこれ以上は追求しない。一応は俺も人の子だ。だが良いか、次は無いぞ? 仮にもし、うちのアイドル達に傷一つつけてみろ。その時は……」

 

 俺は手に持っていたスチールのコーヒー缶を握り潰す。

 

 

 

 

 

『次はお前らだ』

 

 

 

 

 

「あ……あああ……あああああすいませんでしたあああああああッ!!」

 

 不良達は地に頭をつけて謝るとすぐさま立ち上がり、怯えた子犬の様に尻尾を巻くようにして去って行った。その涙を流しながら走る後ろ姿はまさに、あいつら自身が言っていた様に無様この上ない姿だった。

 

「……ったく、あいつら小物過ぎて置き場所に困るな……」

 

「うまいこと言ったつもりですか?」

 

「ああ、我ながら良いセンスだ」

 

 と、不良達が居なくなり一息ついて周りを見ると、なにやらうちらを取り囲む様に人集りが出来ていた。これはどうやら暴れすぎて、今度は俺達の方がマズい状況になったかもしれない。

 

「チッ、次から次へと面倒事が……」

 

 正直あれだけ騒いだだけにこの時は警察でも呼ばれるかと覚悟した。だが予想に反して、集まった人々は警察を呼ぶどころかむしろ拍手をし始めた。

 俺は現状がまったくわからなかったが、その人集りの中から現れた一人の男性によってどういう事態が分かった。

 

「……ありがとうございます、あの不良達を撃退してくれて」

 

「あー……どういうことだ?」

 

 その人集りの中から現れた男性は事情を話し始める。

 

「実はあの不良達、毎年花火大会の時になるとここを占領して騒いだり、通行人に絡んだり等の迷惑行為で困っていたんです。で、注意してもあの通りの感じだったので、一般人である私達にはどうしようもできず……」

 

「は、はぁ……」

 

 という訳で、その男性の話によると事の詳細はこうだ。

 

 ここはなんでも、花火大会の際に花火が一番綺麗に見える穴場として有名な場所だったらしく、毎年様々な人がこの辺りに集まって花火を見ていたらしい。だが数年前か、ここにあの不良達が現れて、一方的にこの場所を占領してしまったのだという。そして占領だけでは飽き足らず、不良達は様々な迷惑行為までも始めたらしく、地域の人々や自治会はかなり迷惑していたそうだ。

 最初こそ見物客や地域の人は彼らに注意をしたりしていたらしいが、幾ら注意してもあの不良達の威圧や暴力の前に何もできなかったと男性は話す。

 勿論警察にも相談したらしいが、結局警察は不良達に口頭での注意だけしかしなかったようで、警察官が居なくなった後はまたすぐに元通りだったそうだ。で、そのイタチごっこに疲れた人々はいつしか注意することをやめ、結果的にここは不良達専用の場所になってしまっていたのだ。

 まあこうして人々はこの場所を避けるようになり、誰も寄り付かなくなった結果トラブル自体はあまり起こらなくなっていたとか。

 だが人々はまだ花火が一番綺麗に見えるというこの場所をどこか諦めきれていなかった様で、そんな鬱屈した状況を突然現れた俺達があっさり解決してしまった、というのが今回の話の全貌だった。

 

「とにかく、これで私達は再びこの辺りで安心して花火を見ることができそうです。繰り返しになりますが、ありがとうございました」

 

「い、いや別に、自分は礼を言われるようなことをやったつもりは無かったんですが……」

 

「それでも良いんです。この状況が打開できただけでも私達としては嬉しかったので……」

 

 花火大会を見に来たつもりが不良に絡まれ、そしてそんな絡んできた不良を適当に撃退したら、どうやら意図せず多くの人のためになる様なことになっていたようだ。流石に俺もこんなオチは予想していなかった。

 

「因みに、お名前の方などは……」

 

「……いや、自分はまだ名乗る様な名前なんて無いです。せめて言うなら……いずれトップアイドルになる者のプロデューサーとだけ」

 

「プロデューサー……ですか」

 

 さて、こうして不良の乱入というハプニングを終えた俺達は、再び花火大会が始まるのを待つためにブルーシートに座った。正直無駄になった弁当の弁償代を奴らに請求できなかったのだけがモヤつくが、幸子達に傷一つ無かった訳だし、そこはまあ良しとするか。

 

「……というかプロデューサーさん、この前の渋谷の時から思っていたんですけど、一体プロデューサーさんにはどんな過去があったんですか……」

 

「多分みんなが想像してるほど大した話じゃないよ。いずれ、幸子達にも聞かせてやるか。ここまで見られたら流石にもう隠せないな」

 

「もしかしたら346プロで一番謎な人って、意外とプロデューサーさんだったりするのかも……」

 

「一見普通の好青年に、実は壮絶な背景(バックストーリー)が、か。フッ……なかなか心躍る展開ではないか」

 

「おいおいそんなに盛るなって……話しづらくなるだろ」

 

 と、そんなことを話していたところ視界の外で突然空が音を立てて眩く光った。音の方を向くとそこには様々な色の光が散り散りに待っており、花火大会が始まったことを理解する。

 

「あ! 花火!」

 

「お、ようやく始まったか」

 

 その打ち上げられた花火は何よりも大きく、綺麗だった。流石『穴場』と言われるだけあり、花火を阻む障害物などは一切無く、かつ花火も一番ベストな大きさで見える最高の場所だった。

 そして不良の乱入騒動で少しテンションが下がり気味だった幸子達も、そんな夜空に美しく舞い散る花火を見て、途端に笑顔になる。

 

「綺麗……」

 

「フッ……なるほど、これが花火というものか。確かに、映像や写真では無く、実物を見たくなるものだ」

 

「フフーン! カワイイボクとカワイイ浴衣、そして絶景の花火! まさに鬼に金棒、天使に浴衣、そしてカワイイボクにプロデューサーさんです! カワイイさの極限の暴力です!」

 

 俺はそんな色鮮やかな花火を見て、先程の飛鳥との会話を思い出す。

 人が何故か本物を見ようとする理由、もしかしたらそれは分からない、ということが正解なのかもしれないと俺は思った。 

 なぜだか分からないが他人を魅了できる。分からない、だからこそそれらは魅力的で有り続け、人々の気持ちを惹くことができるのかもしれない。ある意味そこまで他人を魅了できる何か、という形の無いものが見た目や歌唱力等以前に真にアイドルに求められる素質や、実力なのだろうな。飛鳥が花火にアイドルを連想したというのは、恐らくそのことを思ってだろう。

 と、そんな風に考え事をしながら花火を見ていた所、その飛鳥が俺に質問をしてきた。

 

「……すまない、プロデューサー。少し聞きたいことがあるんだ」

 

「ん? どうした」

 

「確か日本ではこうやって花火を見る時何か、そう……言葉を言ったはずなんだ。だがその……恥ずかしい話だが、僕はあまりそういった伝統や風習の様なことについては詳しくない。プロデューサーは知っているだろうか?」

 

「きたねえ花火だ」

 

「どこぞの惑星の王子みたいな事を言うのはやめてください、プロデューサーさん。いいですか? 飛鳥さん。こういう時に言うのはたまやです」

 

「悪い悪い、そうだな幸子」

 

「たまや、か……なるほどな」

 

 というわけでこうしてなんとか無事に花火大会は始まり、この後は特にハプニングなども起きず俺達四人は花火を満喫して行った。 

 正直不良達の乱入というハプニングこそあったが、別にそれ以外は何も起きなかったわけだし、それにこの辺りの治安を結果的に知らず知らずの間に守れたみたいだからな。その辺りは結果オーライということにするか。

 

「そう言えば乃々はさっき花火について何か言おうとしていたけど、乃々も花火に何か感じることがあったのか?」

 

「あっ、いや……多分別に、飛鳥さんの話ほど大した話では無いですけど……」

 

 乃々は目線の先で光り輝く花火を眺めながら、語り始める。

 

「もりくぼは勿論あの花火みたいに綺麗にははなれませんし、誰かを照らす事なんて到底できないです。ただ……」

 

「ただ?」

 

「もりくぼも……皆さんと一緒で花火は意外と嫌いじゃないです。綺麗ですし、なんだか鮮やかなお花みたいですし、好きかもしれないです。あと、すぐに暗くなって闇に消えるあたりが共感できるというか……」

 

「……なんだか乃々らしくて、可愛い感想だな」

 

「かっ、可愛いだなんて……そんなぁ……あうぅ……」

 

 乃々は可愛いと言われると花火の方から目を逸らし、俯いてしまった。その変わらぬ反応を見て、俺はなんだか安堵する。

 

「まったく変わらないな、乃々は……」

 

 花火はこうして話している間にもどんどん打ち上げられていく。そしてその光により空は赤や黄色、緑に紫と次々に様々な色に染まっていく。まるで眺めているだけで、魂を抜かれてしまいそうなほど見入ってしまう美しさだ。

 

「さて、それじゃあ花火も順調に打ち上がっていきますし、さっき言っていたやつを早速いきますか、皆さん!」

 

「さっき言っていたやつ?」

 

「たまやですよ、たまや」

 

「なるほどな。了解」

 

「それじゃあせーのでいきますからね。飛鳥さんも乃々さんも良いですか?」

 

「ああ、いつでも良いよ」

 

「は、はい……」

 

「それじゃあいきますよ、せーの……」

 

 

 

 

 

 

「「「「たーまやー!!」」」」

 

 

 

 

 

 今日が終われば明日はいよいよ、幸子の初ライブ前日だ。この二週間近く、色々な出来事があったが無事に? なんとかここまでたどり着くことができた。 そして、こうして良い仲間達と出会えた。

 俺には明日という日がどういう日なのか、どうなるのかは予知能力者でも無いし勿論分からない。だがきっと、彼女達の道の先には光が待っている、そのことだけは確実にわかる。

 ならば俺は、その光の眩しさに惑わされないようにただひたすら前へ、前へと歩き続け、無事に彼女達をその輝きの先に送り届ける。その為なら、彼女達を守るためなら俺は何度だって、今日の様に悪魔を演じてみせる。それで、彼女達が笑顔になれるならば。

 




さて、皆さんお久しぶりです。
今回は仕事疲れからか色々ぶっ飛んだ内容になってしまいました(理由対して関係無い)
なんかプロデューサーの新たな設定とか二つ名とか出てきてますが、今後生きることは(多分)ないです。

因みにそんなプロデューサーの戦闘力は、酔ってリミッター解除された早苗さんや、本気押忍にゃんと互角くらいを想定しています。最近のプロデューサーはカラテも嗜んでいるのか壊れるなぁ……
また、アイドル達の危機を感じ本気を出せば、戦闘力の限界はその限りでは無いかと。
幸子アンチ死すべし、慈悲は無い。

しかしそれは愛する担当アイドルの危機を前にしてこそであり、普段はその力の半分以下だと思います(というかプロデューサーが必要な事以外適度に手を抜く性格のため、これに限らず幸子達の事以外にはあまり本気を出さない)

というか今更ながらアイドル物で戦闘力の概念とは……うごごご……

まあそんなわけで次回、いよいよ初ライブ前日へ突入!
衝撃のラストへのカウントダウンに、震えて眠れ!


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第57話 カワイイボクと先輩

第57話〈プロデュース15日目〉

カワイイボクと先輩

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……」

 

 部屋には靴が擦れる音と、リズムを数える声だけが静かに響き渡る。

 部屋でただ延々とダンスの練習を続ける二人。その様子を、俺はただただ部屋の隅から黙って見守っていた。

 

「はい幸子ちゃん、最後そこもっと手を伸ばしてみて!」

 

「は、はいッ!!」

 

 いよいよ明日に控えた初ライブ。それに備えて俺と幸子は、最後の追い込みも兼ねたレッスンを行っていた。そしてその幸子に対して指導しているのはいつものトレーナーさんでは無く、幸子と同じくアイドルである美嘉だ。

 

「……よし、見た感じ大分形になってきたし、大体これで良いかな。ちょっと休憩!」

 

「や、やっとですか……」

 

 レッスンを始めてから二時間と少し、昼頃から休みも殆ど挟まずずっと練習を続けてきた二人の顔には、汗が滝のように湧き出ている。幸子に関してはもうバテバテで既に限界間近、といった感じだ。

 対して、美嘉の方はまだまだ余裕を残した雰囲気で、アイドルとしてのキャリアの長さの違いを見せつけている。

 

「お疲れ様、二人共」

 

「ふぃー、久しぶりに良い汗かいたね!」

 

「み、美嘉さんの体力はお化けですか……」

 

 俺は二人の元にタオルと飲み物を持っていく。美嘉は「サンキュー、プロデューサー」と軽くお礼を言うと手渡されたそれを受け取る。

 

「大丈夫大丈夫。多分幸子ちゃんもあと二、三ヶ月くらいすれば嫌でも自然と体力も付いてくるだろうから」

 

「い、一体これから先、カワイイボクにどんな過酷な未来が待ち受けているっていうんですか……」

 

 幸子は疲れきった様子で、崩れる様に椅子に座った。割と何があってもキャラを崩さなかった幸子がここまで余裕を失っていることから、一件簡単そうにも見えるそのダンスの過酷さや難しさが伝わってくる。

 

「まあそれもこれも、明日のライブの結果次第だけどねっ!」

 

「そうだぞ幸子。明日はもう本番なんだから、そんな弱音なんてあんまし言っていられる余裕なんて、もうないんだからな」

 

「そう言えばカワイイボクの表舞台デビュー、もう明日なんですよねぇ……」

 

 幸子の初ライブ、というか公式での初表舞台デビューか。ついにその日が明日に迫っていた。

 約二週間前に幸子と出会ってから長かった様な、短かった様な、ともかくこうしてレッスンや準備などが慌ただしくなってくると、いよいよその時が来たんだなと思わされる。

 

「とりあえず細かい修正とかは抜きにすると、アタシの方から教えられることはこれで大体全てかな。正直教えてあげられる時間が限られていたから急ぎ足になっちゃったけど、教えられることはできるだけ叩き込んだつもり」

 

「……まあ、レッスンは色々大変でしたけど、つまりこれでカワイイボクに美嘉さんのカリスマ性が合わさり、恐らく明日のライブも完璧ってことですね! フフーン、ありがとうございました美嘉さん!」

 

「そう言ってもらえると、アタシとしても幸子ちゃんに教えた甲斐があるかも。良かった良かった!」

 

 美嘉も幸子も、どうやらお互いに満足のできる有意義な時間にできた様だ。その二人の順調そうな様子を見て、俺も明日のデビューライブに少しずつ希望が見えて来る。

 

「しかし、本当に良かったのか? わざわざ幸子の為にレッスンを付き合ってくれて。俺達と違って、美嘉は人気アイドルで忙しいってのにさ」

 

「別にいいの。カワイイ後輩の為に頑張るのも、先輩アイドルとしての重要な仕事の一つでしょ?」

 

「いや、だが……」

 

「うーん、そうだな……じゃあこうしちゃおう! 今日のレッスンはアタシからの押し付け。だから幸子ちゃん達は今、意地悪な先輩からイジメを受けて迷惑してるって訳。そういうことにすれば、プロデューサー達は気に負う必要が無いでしょ?」

 

「……まったく、美嘉にはまた一本取られたよ」

 

 こういう粋なことを自然と言える辺りが流石、カリスマなんだなと思い知らされた。

 彼女はアイドルとしての可愛さもそうだが、それ以外にも皆が憧れる美しさ、姉としての逞しさ、そしてカリスマJKとしてのカッコよさまでも持ち合わせている。もはやこれは彼女を超えるどうこうではなく、誰にも超すことはできない『彼女だけの良さ』なんだろうな、と話していると毎回ながら思わされる。 

 

「でもその代わりさ、折角アタシがこうやってレッスンしてあげたのに、二人共本番で失敗なんてしたら許さないからね? それこそアタシ、本当に二人をイジめちゃうかも」

 

「ははは……それは勘弁してくれ。美嘉にイジめられたりなんてしたら、後輩の俺達にはもうどうしようもない」

 

「フフーン、その点なら大丈夫です! そもそもボクという勝利の大天使が居る限り、ボクとプロデューサーさんという二人の明日には、完全無敵の未来以外有り得ませんから!!」

 

 まったく、幸子は初ライブ前日だというのに相も変わらずこのテンションである。本当にお前の肝は鋼か何かか。むしろこっちのほうは色々明日のことが気になって落ち着かないくらいだというのに、幸子はそんなこと知ったことかとでもいった感じでいつも通りのドヤ顔である。

 彼女がそういった物に強いのか、それとも緊張などに鈍感なだけなのか、将又本心では緊張しているのか。彼女については俺も分かりきっているようで、まだまだ分からないことが多い。

 

「……まっ、なーんてね。勿論嘘。イジめるだなんて、そんな酷いことしないよ。だってアタシ、二人のことはあの初めて会った日から大好きだから」

 

「ほう、そこまで言ってもらっちゃって良いのか?」

 

「何? もしかしてプロデューサーは、アタシのこと嫌い?」

 

「そんなわけあるかよ。これでも美嘉には結構感謝してんだ」

 

「へぇ、そんなにアタシってアンタ達の為に何かしてあげてたっけ?」

 

「ああ。知らず知らずの間に沢山、な……」

 

 俺的には彼女の存在によって救われたことが多々ある。今日みたいにレッスンを開いてくれたり等の直接的なことから、後は幸子達にとっての大きな目標として居てくれたこと。そして何よりも『俺達』の初めての先輩になってくれたことだ。

 あの日、美嘉のライブを手伝いに行った時、実を言うと俺は内心かなり緊張していた。別に全てが全てという訳では無いだろうが、俺達は後輩アイドルとそのプロデューサーとしてあの場所には行っていた訳だ。つまりその先輩アイドルからすれば俺達は将来的にライバルになるわけでもあり、邪魔者でもあったとも言える訳になる。

 仮にももし、このアイドル戦国時代の今、そのアイドルが後輩を叩き潰し蹴落とすようなアイドルだったとしたら、恐らく俺達に今日という明日は無かっただろう。だが美嘉は俺達を蹴落とすどころかむしろ歓迎してくれ、同じ同業者として気さくに話しかけてくれた。そしてそれどころか彼女は将来的にライバルになる訳である幸子に、自らをアピールする時間とチャンスまでも独断で設けてくれたのだ。

 そしてそのライブが終わった後も、例えばあの台風の夜の時のように、ある意味幸子のワガママとも言える行動に嫌な顔一つせずに付き合ってくれたりもした。

 俺はまさにそんな彼女こそ、この業界に足を踏み入れてから初めての恩人であり、いつか越えるべき目標という存在に相応しいと思う。

 

「とにかく、俺は美嘉には感謝してもしきれない位だ。いや、感謝すると言ったら美嘉だけでなく飛鳥や乃々、トレーナーさんやスタッフさん、そして勿論幸子にも。皆の努力や協力のお陰でこんな俺達二人でもなんとか、ここまで来ることができた訳なんだしな」

 

「そう言ってもらえると少し……嬉しいかな?」

 

 美嘉は感謝していると言われ、嬉しそうな、でも少しだけ照れた様な表情をする。だが俺は事実を言ったまでだ。美嘉はその辺りをちゃんと誇っていい、そう思った。

 

「まあ……なんだ? お互い先はまだまだ長いし、俺も歩みをここで止めるつもりは無い。もしかしたらこれからもこうして色々迷惑をかけてしまうかもしれないが……それでも良いと言ってくれるなら、美嘉とはこうしてずっと仲良くやって行けたら嬉しいかな」

 

「勿論、そんなの言われなくても決まってる。アタシ達はもう同業者である以前に、もう信頼できる友人の間柄だと思ってるから」

 

「信頼できる友人……そうか、分かった。ありがとう美嘉」

 

「そんな、お礼を言われる程のことじゃないよ。それに、アタシの方もアンタ達二人のこれからを見届けていきたいしね」

 

「フフーン! それなら美嘉さんは、せいぜいボク達に抜かされないように気を付けて下さいね!」

 

「……幸子もこうしてこれからも仲良くしてくださいって言ってんだ。幸子共々、宜しくな」

 

「ちょ、ちょっとプロデューサーさん! ボクはそんなこと言ってないですって!」

 

 幸子は慌てて発言を撤回する様に求めてくるが、もうその反応が彼女の真意の全てを物語っている。美嘉もそんなこと分かりきった様子で、ニヤニヤしながら会話を聞いている。

 

「とか言っちゃって、どうせ本心ではそう思ってんだろ? まったく素直じゃないなぁ。流石思春期真っ盛り、輿水幸子ちゃんじゅうよんさいは」

 

「う、うるさいです! プロデューサーさんはボクの全てを知ってるとでも言いたいんですか!?」

 

「ああ、勿論。俺はお前の、輿水幸子の為のプロデューサーだからな」

 

「ぷ、プロデューサーさん……」

 

 俺の意外な切り返しに、幸子は顔を赤くして一瞬目を背ける。そこまで照れられると、なんだかそのセリフを言ったこっちまでが恥ずかしくなってくる。

 

「……アンタ達、いっそもう付き合っちゃったら?」

 

「なっ!? なななっなんでボクとプロデューサーさんが!?」

 

「お、おおおい何言ってんだ美嘉。あ、相手はアイドルだぞ。それに年の差だってかなり……」

 

「……やれやれ、軽い冗談で言ったつもりだったんだけど、どうやらこの反応を見る限りこれは重症そうね。でもやっぱり、そういうやり取りもちょっと羨ましいけど」

 

 と、色々と脱線した話を続ける中、レッスン場の時計の方を見ると時刻は昼の二時を過ぎた辺りを指していた。四時から明日のミーティングや打ち合わせがあるので、実質今日に残された時間はもう限られてきている。

 

「さて、それじゃあこのまま長々と話していても時間が過ぎてくだけで勿体ないし、もうちょっとだけレッスンの続きしようか、幸子ちゃん」

 

「そうですね、分かりました! ではまたレッスンの続きを宜しくおねがいします!」

 

「了解、じゃあバッチリ行くよ!!」

 

 こうして美嘉の特別レッスンは再開された。とは言っても、美嘉のお陰で幸子の動きもだいぶ良くなったし、もう後は本番を待つだけといった様子だ。

 幸子の方もまだ踊るのは大変そうではあるが、その表情には辛い表情だけでなく、今までにはあまり無かった笑顔が所々見て取れる。

 俺はそんな生き生きと踊っている幸子の様子を見て、明日への期待が込み上げてくる。

 

 そしてそれから約一時間後。細かい点の修正をし、通しで曲を数回踊った所で美嘉の特別レッスンは終わりを迎えた。美嘉の方もこの後これから仕事があるらしく、この特別レッスンを終えたらすぐにそちらの現場に行かなければならないということだ。

 何だかんだ本当に忙しい中、彼女はわざわざ時間を割いてこのレッスンを開いていてくれたんだと、俺はそこまでしてくれた彼女に再度感謝の意を称したい。

 

「まっ、というわけでアタシの方はこの後ちょっと仕事があるからさ。とりあえず美嘉先輩の特別レッスンは、これにて終わりということで」

 

「フフーン! ありがとうございました、美嘉さん!」

 

「おうよ。俺からも繰り返しになるが、担当プロデューサーとしてちゃんと礼を言わせてくれ。忙しい中幸子に付き合ってくれて、本当にありがとうな」

 

「うん。まあそれじゃあそういうことで明日、ステージで幸子ちゃんのカワイイ晴れ姿をアタシに見せてね」

 

「ああ、期待して待っててくれ」

 

 さて、美嘉と別れレッスン場を後にした俺達は、次の時間まで多少の空き時間があった為、自然と自室の方へ向かった。

 だがレッスン場から出て暫くした頃、自室に向かっていた俺は幸子に足を止められた。なんだか雰囲気からして、偉く真面目な様子だ。

 

「……プロデューサーさん、部屋に帰る前に、少しだけお願いを聞いてもらって良いですか……?」

 

「ん、なんだ?」

 

「その〜……この後もし時間があるなら、またちょっとだけ一緒に来てもらいたい場所があるというか……」

 

「来てもらいたい場所……なんだ、あの屋上の噴水広場か?」

 

「いえ、今回は違います。でも、なんだかその場所にふと行きたくなったんです。別に、ボク一人で行っても良いんですけど、ボクはプロデューサーさんと行くことにこそ意味がある気がするというか……」

 

「……事情は知らないが、そういうことなら分かった。別にこの後は丁度少しだけ時間に余裕があるし、幸子が行きたいと言うなら俺も行こう。その場所とやらに案内してくれ」

 

「わかりました」

 

 ということで俺はその場所とやらに行くために、幸子に着いていくことになった。

 珍しくなんだか真面目な様子の彼女だったが、果たしてその場所とは、目的とは一体なんなのだろうか。

 

 




前回の話とのテンションの高低差で耳キーンなるわ。作者どないしてくれてんねん。

ごめん、笑って許して。

さて、という訳で最終回っぽい雰囲気が出てきた所で今回の話はここまでです。いやー、流石美嘉は言うことが違った。好き。お姉ちゃんになって。
自分もこんな美嘉先輩に個人レッスンして貰いたいものです。

次回、プロデューサーと幸子が思い出を語りながらアイドルとして、プロデューサーとしての覚悟を決めます(というかサイゲさんto my darling実装もうそろそろですか? そろそろ幸子欠陥で死にそうです)


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第58話 明日へ

第58話

明日へ

 

 幸子に言われるがまま連れて行かれた場所、そこは346プロダクションのとある個室だった。そして俺は、その部屋に見覚えがある。それもつい最近の記憶だ。

 

「ここって確か……」

 

「はい、プロデューサーさんとボクが初めて出会ったあの部屋です!」

 

 忘れる訳が無い。ここは二週間前、俺と幸子が初めて会った時のあの部屋だ。

 別にこれといった特徴があるという訳でもないし、ソファとテーブルだけが置かれた本当に至って普通の応対室なのだが、俺に、いや俺達にとってはある意味一番思い入れがある部屋だ。

 

「なんだかこの部屋に来るのが懐かしいことの様な、最近のことの様な不思議な錯覚に陥るな」

 

「フフーン! 流石カワイイボク、遂にプロデューサーさんの時間感覚すら狂わさせちゃいましたか……」

 

「……お前、そんなことを言うためにわざわざここまで俺を連れてきたんなら、明後日からレッスンの量を倍にするぞ」

 

「や、やめて下さい。これ以上レッスンをしたら、カワイイボクのカワイイ脚がカワイくなくなっちゃいます……」

 

 そう互いに冗談を言いつつも、幸子の方はどこかいつもと違って真面目な様子だ。俺はそんな幸子の様子を感じ取り、冗談も程々にしておくことにする。

 

「……で、実際俺をここに連れてきた理由って何なんだ?」

 

「実を言うと、ここに来た事にあまり深い意味などはありません。ただ、明日にライブを控えてみて何となく、プロデューサーさんと初めて出会ったこの場所に来たくなっただけなんです」

 

「ただ何となく来たくなった、か」

 

 

 

 

 

 

__そう、あの日俺はここで幸子と出会った。

 

 

 

 

 

 

 始まりは運命的、ドラマチックな出会いかと言われると別にもそうでもないし、かといって俺が街中に歩いていた彼女をスカウトしてきたとか、そういうベターな展開ですらもない。正直な所、出会いだけを見れば今のアイドル業界、どこにでもある本当にごく普通のものだっただろう。

 だが唯一、そんな状況の中で普通で無かったのは、肝心のアイドルである彼女のキャラだったな。

 初対面の相手に自分をグイグイ売り込む積極性、自分の容姿への圧倒的な自信、そして初対面であるはずの俺への絶対的な信頼。出会いが平凡であった分、アイドルである彼女の方が今までの常識を遥かに覆す存在だった。

 もしかしたら運命的やドラマチックな出会い云々でなく、そんな彼女と出会えたこと自体が実は本当の運命や奇跡だったりしてな。

 

「うーん……でももし、仮に今日ここに来た理由を何か一つ言うとしたなら、覚悟を決める為でしょうか」

 

「覚悟?」

 

「はい、アイドルとしてこれからやって行く覚悟です」

 

 彼女はそう言うと、応対室のソファに座る。

 

「二週間前、ボクはアイドルとして確かに、プロデューサーさんとこの部屋を後にしたわけなんです。だから、そんな部屋に明日のライブの前に一度だけ来て、自分の心を確認したくて」

 

「ほう、なんだかまたお前にしてみれば、偉く真面目な話だな」

 

「だから毎回毎回言いますけど、それどういうことですか! ボクはいつも、何事に対しても真面目ですって!」

 

「ははっ、悪い悪い。だけどなんだかんだ、幸子からそういう一アイドルとしての思いみたいな物を聞いたのって、初めてな気がするからさ」

 

「……そうですか? ボクはむしろ、そんなアイドルへの思いだけで今日までやってきたつもりですけど」

 

 と、俺はそんな幸子の言葉を聞いて少し疑問が浮かぶ。

 

「というか今気になったんだが、幸子ってそういえばなんでアイドルになったんだ? 考えてみれば、今まで幸子がアイドルを目指そうと思った理由とかって聞いたことが無い気がしてさ」

 

 そうだ。俺は考えてみれば幸子がどうしてアイドルになったのか聞いたことが無かった。

 彼女はいつも熱心にアイドル活動をしていたが、その原動力は一体どこから来ていたのだろうか。

 

「ボクがアイドルになった理由ですか?」 

 

「ああ。わざわざアイドル業界なんて大変な世界に足を踏み入れたからには、やっぱりそれなりの理由があったんじゃないのか?」

 

 すると彼女は満面のドヤ顔を浮かべ、得意げに答える。

 

「フフーン! そんなの決まってるじゃないですか。この最高にカワイイボクの、最高にカワイイ魅力を、全世界の人々に見せてあげる為ですよ!」

 

「……言うと思ったよ」

 

「なんですか、その期待して聞いて損をしたような顔は」

 

 何か秘められた思いでもあるのかと期待した俺は、どうやら学習能力が低かった様だ。

 そう、彼女は他でもない輿水幸子だ。普通のアイドルでは無い。

 

「でも、実際カワイイというのは本当に凄いんですよ? 見ているだけで誰でも幸せになれますし、見られる側も凄く嬉しいんですから!」

 

「まあ確かに、実を言うと俺もお前のカワイイ笑顔は最初から嫌いじゃなかった」

 

「そこまで言ってくれるならもう好きって言ってください! 嫌いじゃない、だとなんか中途半端な答えでボクは嫌いです!」

 

「本当、一々注文が多いなお前は……」

 

 まったく、幸子の注文は注文が多い料理店も呆れそうな程の量だ。彼女と会話をしていると一国のお姫様に使える執事の気持ちがよく分かる。

 とか言いつつ、そんな幸子とのやりとりも決して嫌になるものではないのだがな。ある意味、幸子マジックとも言える不思議な話術だ。

 どちらかというと彼女は傲慢ワガママお姫様じゃなく、国民から愛される愛され系お転婆お姫様の方がそれらしいか。

 

「そ、そういえばプロデューサーさん、さっきからそこにずっと立って話してますけど、早くこっちに来て横に座ったらどうなんですか? 目線が高くて少し話し辛いです」

 

「ん? そうか、じゃあ少しだけ失礼しようかな……」

 

 そう幸子に言われ、俺も幸子が座っているソファに座る。そして俺がソファに座ると、幸子はいつもの様に身体をこちらに寄せてくる。

 

「もうボクの隣に座るのは慣れましたか?」

 

「ああ、お陰様ですっかりな」

 

「そうですか。でも、なんだかそれもそれで寂しいですねぇ……あのプロデューサーさんの反応が面白かったのに」

 

「お前、あの時から既に俺をからかっていたのかよ……」

 

「フフーン! そこはボクに相応しいプロデューサーかどうか、プロデューサーさんを試していたと言わせてください」

 

「幸子に相応しいプロデューサーか試していた……か」

 

 俺はその言葉が引っかかった。いや、正確には引っかかったというより、前から気になっていたが幸子に聞き出せなかった言葉か。

 明日に幸子のデビューを控えた現状だと、幸子の何気無いその言葉が俺に鋭く突き刺さる。

 

「……幸子はさ」

 

「はい? カワイイボクがどうかしましたか?」

 

「まあ……なんだ? 幸子は俺がプロデューサーで良かったのか?」

 

 俺は丁度良いと思い、この機会に幸子に本音をぶつけることにした。

 別にこるを聞いたからどうなるとかいった訳ではないのだろうが、明日の初ライブの前にこれだけは聞いておきたかったのだ。彼女の本当の思いを。

 

「何をそんな分かりきった回答の質問をしてくるんですか? そんなの、言わなくても決まっているじゃないですか」

 

「……いやでもさ、俺ってプロデューサーとしてはまだ経歴も無いし、言っちゃえばアマちゃんで素人みたいな物だろ? 本当ならもっと幸子のことを最大限に生かしてくれる、ベテランでやり手のプロデューサーとかにプロデュースして貰いたかったんじゃないかなって、最近飛鳥や乃々達を見ているとたまに思うことがあってさ」

 

 俺は無地で何も無い床を、ただぼんやりと眺めながら話を続けていく。

 

「それに俺ってよくお前にさ、お前をトップアイドルにしてやるとかカッコつけて言ったこともあったけど、こうしていざライブが近づいてくるとなんか色々不安でさ。俺なんかみたいなそんなに取得があるわけでも、凄いやり手なプロデューサーな訳でもない人間が、軽々とそんなことを言っちゃって良いのかって」

 

「……プロデューサーさん、一応聞きますがそれは本当にボクに聞いている質問なんですか?」

 

 幸子は俺の質問を聞き、呆れたような顔をする。なんというか、少し不機嫌そうだ。彼女がこうして不服な顔をするのも珍しい。

 

「いや、まあ仮に、もしかしたらの話で……」

 

 すると幸子は溜息を漏らし、ソファから立ち上がると何かを言いたそうに俺の前に立つ。そして一呼吸おくと、彼女は話し始める。

 

「ボクの人生において、たられば言葉なんて一番要らないものです。だって、そんなもう変えることができないもしかしたらを考えている暇があるなら、明日のカワイイ姿の自分を考えていた方が楽しいですから」

 

「明日の自分の姿を考えていた方が……楽しい……?」

 

 すると幸子は、再び笑顔になる。

 

「はい。だからプロデューサーさん、もっとボクみたいに自分に自信を持ってください。大丈夫です、ボクのプロデューサーさんなんですから!」

 

「……まったく、担当アイドルに励まされてしまうとは。その辺りとかが、やっぱり俺はまだまだ未熟なんだよな」

 

 俺は幸子にそう言われ自分の失言、考えの愚かさに気が付かされた。そしてそれと同時に、彼女の揺るぎない強い意志にも。幸子が輿水幸子であり続けられるその芯、そして魂。俺は今、一瞬だがそれを垣間見れたのかもしれない。

 

「それにプロデューサーさんと初めて会った時にも言いましたが、ボクと出会った以上、プロデューサーさんの運命はもう決まっているんです。だから例え何があろうと、ボクはプロデューサーさんと一緒にトップアイドルの地位にたどり着きますから。もし、それでも駄目って言うなら、今度はボクがプロデューサーさんを無理矢理連れて行きます!」

 

「……そこまで言い切ってもらっちゃって良いのか?」

 

「はい! カワイイボクはトップアイドルになるんですから、プロデューサーさんはもうトッププロデューサーです! それともなんです? カワイイボクがトップアイドルになる姿が想像できないとでも言うんですか?」

 

「そんな訳あるかよ。俺はお前を心の底から信頼している」

 

「それなら、もう今みたいな無意味な質問はしないでください。プロデューサーさんがプロデューサーさんじゃなくなるだなんてそんなこと、ボクはイヤですよ……」

 

 彼女は少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「あと、ついでなので最後にもう一言だけ言わせてください、プロデューサーさん」

 

「……なんだ?」

 

「ボクにとってのプロデューサーさんは、もうこの世界にプロデューサーさん一人しか居ないんです。だから今後絶対に、勝手に居なくなる様なことだけはしないでくださいね?」

 

 俺はその幸子の言葉を聞いた瞬間、何か体の底から熱くこみ上げるものがあった。

 途端に頭の中と眼裏を駆け巡る二週間の幸子との思い出、幾多の笑顔、そしてあの日最初に幸子と見た青空。晴れやかで鮮やかな日々を思い出していた筈なのに、何故か目の前は曇って見える。

 

「ああ……何言ってんだ。決まってんだろ……」

 

 俺は今、泣いているのだろうか。何が悲しくて? 辛いことでもあったのか? いや、違う。

 

 

 

 

 

 俺は彼女のそのたった一つの言葉が、ただひたすらに嬉しかったんだ。

 

 

 

 

 

「そんなこと、当たり前に決まっているだろうッ……!」

 

「……プロデューサーさん? 涙が……」

 

 幸子はそっとこちらに手を伸ばす。その無意識に差し伸べられた手には、何色にも飾られていない純粋な、本来の優しい彼女が色濃く見えていた。

 

「涙……?」

 

 彼女は懐からハンカチを取り出す。そしてそのハンカチを俺の顔の方に近づける。

 

「そんな辛そうな顔しないでください。明日はカワイイボクの晴れ舞台なんですから、せめてもっと笑顔で!」

 

「……悪いな、晴れやかなライブ前日にこんな悲しい雰囲気出しちまって」

 

「本当、プロデューサーさんはボクが居ないとダメダメなんですから……」

 

 彼女の手に持ったハンカチが優しく顔に触れた。その感触に再び涙が出そうになるも、俺は彼女の言う通りまだ涙を流すべき時では無いと必死に堪える。

 

「……幸子」

 

「……はい?」

 

「顔、近いんだが……」

 

 気がつくと幸子の可愛らしい顔がすぐそこにあった。そして次の瞬間、俺は幸子の純粋無垢な瞳と間近で目が合う。

 

「なっ……!?」

 

 彼女はようやくとっさに自分がしていた行動に気が付いたのか、顔を真っ赤にして後ろに下がる。視線は様々な方向を向いて、珍しく視線を一切合わせてこなくなった。

 

「こっこここっこれは……そのっあっ……えーっと……ふ、ふか抗力です……!!」

 

「……ふふっ、ありがとう。幸子」

 

 俺はふと力が抜ける。そして幸子は恥ずかしがって目を逸らしたが、しばらくすると再び顔を赤らめつつも目を合わせる。その表情はなんというか礼を言われ、どこか満足げでもあった。

 

「別に、プロデューサーさんのためならこれくらい……」

 

 もはや彼女との出会いが運命的だったのか、ドラマチックだったのか、そんなことなんて今の俺からすればどっちでも良かった。

 俺は彼女、輿水幸子というアイドル、いや一人の存在に出会えたことに心から感謝したい。今までも、そしてこれからも。

 

「幸子、それじゃあ俺からもお前に一言だけ言って良いか?」

 

「はい、なんです?」

 

「……明日のライブ、お前に全てを託した」

 

「フフーン! 何を言ってんですかプロデューサーさん」

 

 そう言うと彼女は、またいつものと何一つ変わらぬそのドヤ顔を浮かべ、言葉を続けた。

 

「そんなこと、言われなくたって最初から分かっていますから!」

 

 俺はソファから立ち上がる。いつまでもここにいた所で、もう意味が無い。

 そう、俺たちはこの始まりの場所から、先へ進むんだ。次のステップに、まだ見ぬ明日へ。

 

「行くぞ幸子。俺達の軌跡をただの線で終わらせない為に」

 

「はい! ステージに、会場に、そしてこれからファンになる皆さんに! 沢山のカワイイボクを見せつけてやりましょう!」

 

 未だに明日という日ははっきり見えない。今日という日を生きることしかできない人間には。

 だが、そんな明日のために今日という日を、ひたすらに、一生懸命に努力することならできる。

 だから俺は彼女が、幸子が何一つ後悔のない明日にする為に、今日という日をプロデューサーとして歩き続ける。

 

 彼女にとって、これから長くなる旅の門出となる明日を、一生の思い出としてあげるために。

 

 




どうでも良い話ですが、今度発売が決まった幸子のフィギュアに作者は心を撃たれてしまいました。
いつも何気なく見ていた彼女でしたが、その姿を見て再度惚れ直させられることに……
同じ男を二度も惚れさせるとは、流石幸子恐るべし。



さて、いよいよ次回は最終回、ついに幸子達のデビューライブです。(ということで今回は若干後書き長めですので飛ばしてもええんですぜ)

皆さんの応援と感想のお陰でついにこのお話もここまでくることができました。
約一年近く、毎日幸子を思いすごして来た日々。気が付けば作者も学生から社会人に。
最初はここまで伸びるとは思っていなかったので、多分途中で適当に投げ出すんだろうな〜、と他人事の様に思っていたんですが、いつしかこの話を書く=幸子達と会うって気がしてきて書かなければいけない使命感が……
なんだか、この話を書いてからアイドル達について更に詳しくなった気がします。

でも正直、こんな辺境の、小説をまともに読んだことの無いような作者の、気持ちが悪い(当社比)妄想を書き綴った作品を見て、こんなに評価をいただけるとは思っていませんでした。
色々な人から面白い、幸子カワイイ、幸子SSR当たった、なんて言ってもらえて実は作者かなり喜んでいたんです。
もし仮にこの作品で幸子達を少しでも好きになってくれた人がいたなら、作者も本望です。
これからも、そんなカワイイ彼女達のプロデュースをよろしくお願いします。
というか運営ははやく焦らさないでtomydarling実装して……?

てな訳で次回、アイドルマスターシンデレラガールズ自称天使の存在証明『continue to next stage』

そして彼女達は星になった。


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ep.1 最終話
continue to next stage1/3


最終話

continue to next stage1/3

 

 

 辺りには機材を運ぶ音やスタッフの声、マイクテストなど様々な音が鳴り響く。それはどこか、あの美嘉のライブで見た景色と似ている。

 だが唯一、前回と違うことと言えば俺達は今日、ライブのスタッフとしてでは無く、演者の側で来ているということだろうか。

 

 

 

 

 

 

 そう、遂に今日はその日だ。

 

 

 

 

 

 

「……いよいよ、だな」

 

「……ですね」

 

 ここは都内池袋、サンシャインシティのイベントスペース。そして346プロ主催、新人アイドルデビューライブ『THE NEXT CINDERELLA』の会場だ。

 このライブは新人アイドルデビューライブの名が示す通り、まだアイドル部門が出来たばかりの346プロにおいて、これから346の名を背負い看板となっていくであろう新人アイドルを、世の中に売り出していくための企画である。

 そのため会場には一般の客は勿論、様々な業界人やマスコミも来る予定になっているらしく、ここでアイドルとしての実力を見せつけることができればこれから先、かなりの強みになることは間違いないだろう。

 

「しかしTHE NEXT CINDERELLAとは、大層な名前のライブだよな……」

 

「そうですねぇ。ボクも昨日の打ち合わせで初めて、ライブの名前とかを聞かされたので、正直こんな大規模な物だとは思っていませんでした」

 

 俺と幸子は、その淡々と組み立てられていくステージを傍らから眺めていた。

 その組み立てられていくステージの過程はまるで、俺と幸子のこれまでの日々の様に見え、様々な思い出が頭の中を走馬灯のように駆け抜けていく。

 

「まあ、流石はかの有名な、346グループのアイドルプロと言った所だよ。てっきり俺も、もっと小さい規模のライブだと思っていたからな。企画書段階での名前だった新人アイドル初見せライブとか、まさにこれを見ると詐欺もいい所だわ」

 

「本当ですよ。これ、下手したらこの前の美嘉さんのライブより、規模が大きくないですか?」

 

「下手したらも何も、今日はテレビ局の撮影や雑誌の記者とかも来るらしいからな。まさに日本中の様々な人が今日という日のこのライブ、そして幸子達に注目しているんだ」

 

「フフーン! ついにカワイイボクの全国デビューの時ですか!!」

 

「……頼むから、くれぐれも俺の胃にダメージを与える様なことだけは、しないでくれよな」

 

 しかしいざ、その日が来てみると呆気ないものだ。特にテンションが上がるとか、逆に緊張するとか、そういったことは不思議と無く、むしろ頭は冷静過ぎるくらいだった。

 だがそれは余裕だからという訳ではなく、ある意味始まる前から満身創痍に近い状態で、もう後戻りできないという諦めにも近いものからだろうか。

 こういう人生での重要な場面に来ると、世界には魔法も、タイムマシンも、そんな非現実的な物は無いんだな、という現実をまじまじと見せつけられる。

 

 と、そんなことを考えながら作業風景を眺めていると、幸子が心配そうにこちらを見て声をかけてきた。

 

「……それにしても、今日はなんだかいつもよりテンションが低いですけど、もしかして緊張しているんですか? プロデューサーさん」

 

「ん……? あ、ああ。別に、緊張は意外とあんまり……かな。ただ、少しだけ初めてのことに不安なだけだ」

 

「……不安、ですか」

 

 俺は幸子の反応を見てすぐに自分の失言に気がつく。このタイミングで、なんということを言っているんだ俺は。

 

「あ……いや、今のは幸子がちゃんとライブをできるのかって不安な訳じゃなくて」

 

「そんなこと、言わなくても分かってますよ。別にボクはカワイくて完璧なんですから、プロデューサーさんにとってボクに不安要素が無いことくらい最初から分かってます」

 

 俺が気を効かそうとした瞬間、彼女の発言で彼女が輿水幸子であることを思い出した。

 こんな状況下でもそういったことをさらりと言えるあたり、やはりダイヤモンドの、いやアダマンタイトかオリハルコンの様な心を持っているな、幸子は。まったく、お前はファンタジーの住人か。

 

「でも、プロデューサーさんが不安を口にするというのが少し珍しく感じたというか、プロデューサーさんもやっぱり一人の人間なんだなって」

 

「……まるで、今まで俺を人間じゃないと思っていたかのような口ぶりだな」

 

「流石にそうは思っていませんよ。ただ、ボクは今までプロデューサーさんは何でもできて、それこそどんな夢でも叶えてくれる凄い存在だと思っていたんです」

 

 そう言うと幸子は話を続けていく。

 

「まあ確かにボクはカワイくて、完璧で、勉強も、アイドル活動も、とにかくなんでもできて、それでもってやっぱり最高にカワイイんです。でも、そんなボクですら最初はアイドルになることすらできなかったんですよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「実はボク、アイドルのオーディションを受けたのは一回だけじゃないんです。少なくともこの346プロ以外でのも含めて、数回受けました」

 

「へぇ、意外だな。カワイイカワイイ幸子のことだから、てっきり一発合格だったのかと」

 

 俺は冗談半分でそう言うも、幸子はいつもの様な調子にはならなかった。むしろ彼女のその目には、普段あまり見えたことのなかった陰りが映る。

 

「ボクも最初はそう思っていたんですよね。超絶カワイイボクなら、アイドルのオーディションくらい簡単に受かることができるって。でも、現実は違いました」

 

 幸子は手を握り締める。

 

「悔しかったんですよ、色々な事務所に何回もオーディションで落とされて。どこの募集にも、だれでも簡単にアイドルになれるかの様に書いてあったのに、そんな簡単そうなアイドルのオーディションにすら、何回も落とされたカワイイボクのプライドは……」

 

 幸子はその言葉の端々に、言葉に出来ないのであろう悔しさが滲み出ており、それがなんというかひしひしと俺に伝わってくる。

 なんだかその幸子の話を聞いていると、高校を卒業して、必死に様々な企業のプロデューサー募集の広告に応募していた自分と重なってしまう。俺も正直何回も落とされたから、幸子の言うことや気持ちが痛いほど伝わってくるのだ。

 

「それで確か、346プロのオーディションを受けて落とされた初回の時でしょうか。ボクはついに耐えきれなくなって、文句を言いに346プロに乗り込んだんですよ。なんでこんなにもカワイイボクを落としたのか、聞きに」

 

「……知ってるよその話。俺はその時新館ビルで雑用をさせられてて、対応したっていう同僚から聞いた。やっぱりお前だったのか」

 

「やっぱりってなんですか! プロデューサーさんは今まで、ボクをどういう風に思っていたんですか!」

 

「うーん……現代のマリーアントワネット?」

 

「なんだかなんとも言えない絶妙過ぎるチョイスですねぇ……」

 

 まあ話によると、マリーアントワネットの悪い逸話も、ほとんど後から作られたって説も最近はあるらしいしな。本当はちょっとワガママなだけの、ただの愛され系箱入り娘だったとか、そんな説も聞いたことがある。そう考えれば、幸子も彼女と対して変わらないんじゃないかな、と思える。

 

「ともかく、あの時は正直ヤケになっていたせいもあって八つ当たりも良い所でしたよ。別にまだ、346プロでは一回しか落とされていない訳ですし、多分当時の346プロからしたら良い迷惑だったと思います」

 

「本当だよ。お陰であの日の夜は居酒屋で、その同僚の愚痴を聞かされるハメになったんだからな」

 

「べ……別にもう終わったことなんですから、それくらい許してくださいよ。それに、今はこうしてちゃんと真面目にアイドル活動をやってるんですから」

 

「別に、許すも何も無いよ。むしろお前なら、それ位やってもいつものことだから」

 

「……そう何のためらいもなく言われると、それもそれでなんだか色々複雑です」

 

 彼女は何か不服そうな目でこちらを見てくる。だが仕方が無いだろう。お前のいつもの行動のせいで『輿水幸子』という存在はそういうものだと、俺の頭の中にインプットされてしまっているのだから。むしろそのお陰で大目に見てもらえている所もあるんだからな?

 

「まあ、というわけでそんなこんなもありましたが、その後346プロのオーディションに二回目にしてついに合格して、ボクは念願のアイドルになることができたんです。結構、アイドルになるのにも苦労したんですからね?」

 

「流石ボク、苦労しながらも結局アイドルになってしまう辺りカワイイボクです! こうか?」

 

「ちょっとプロデューサーさん! ボクのセリフを取らないでください」

 

「今となっては、お前の次のセリフも容易に予測できるな……」

 

 最初に出会った頃は、あれだけ意思の疎通に困っていたというのにな。ある意味これは、彼女という存在をあの時より更に理解できている、と捉えて良いのだろうか。

 

「で、話は戻りますよ?」

 

「ああ」

 

「こうして無事にアイドルになれたボクですけど、待ち受けていたのは知らないことや、先の見えない不安だらけだったんです」

 

 そう言うと幸子は、再び表情を雲らせてしまう。幸子のこんな様子は、俺もあまり見たことがない。

 

「そもそも、オーディションに受かってアイドルになれたとは言っても、実際アイドルってどんな仕事をしているんだろう、そもそもレッスンとかはどうするんだろう、ちゃんと仕事は貰えるんだろうか、というかそもそもボクをプロデュースしてくれるプロデューサーさんは、一体どんな人なんだろうか、そんな不安でたくさんでした」

 

「不安、か……」

 

 その幸子が抱いていた不安なども、痛いほど分かる物だった。というか分かるも何も、俺も立場さえ違うものの、かつて経験した道だからだ。

 やはり彼女は、俺と似ている所がある。それは容姿や性格では無く、置かれた境遇と心の奥底に抱く物だ。前から薄々感じ取ってはいたが、彼女の話を聞くうちにそれが確信に変わっていく。

 

「でも、そんな不安に悩んでいた中、あの日プロデューサーさんは扉を開けて入ってきたんです」

 

 と、これまで少し落ちていた幸子の表情が少しずつ明るくなってきた。

 

「ボクは部屋に入ってきたプロデューサーさんの顔を見て、直感的にこの人は良い人なんだろうなって思いました。何故だかはわかりません。でもなんとなく、不思議と雰囲気から伝わってきたんです」

 

「で、その予想はどうだったんだ?」

 

「はい! 勿論、その直感は当たりでした! そんなプロデューサーさんが必死に頑張ってくれたお陰で、ボクは今、ここに立っていることができるんですから」

 

「……まったく、毎度のことながらお前は、いつも遠回しなんだよ。もしかして、肝心な場面でありがとうって言葉を口にできない呪いにでも、かけられているのか?」

 

 俺は幸子が、遠回しに今日までありがとうございました、と言っていることにようやく気が付いた。そしてなんだか、そんなありがとうを言い出せない幸子を見ていたら、いつも以上に彼女が可愛らしく、愛おしく見えて来てしまい、気が付いたら俺の手は無意識に彼女の頭の方へと向いていた。

 

「ちょ、ちょっとプロデューサーさん! 隙あらば頭を撫でるのはやめてください!」

 

「とか言ってる割に、満更でもなさそうだが?」

 

「え、えーっと……それはー……なんというか、プロデューサーさんの撫で方がクセになるというか……」

 

 そう言いつつも、幸子は抵抗する様子が無かった。それどころか、その表情は同じく撫でられている時の実家の飼い猫とまるでそっくりだった。

 

「と、とにかくやめてください! 折角朝セットしてきた、ボクのカワイイ髪型が崩れてしまいます!」

 

「ああ、悪い悪い。やっぱり幸子の頭は撫で心地が良過ぎてな。つい癖で」

 

「確かに、猫の様にカワイくて撫でたくなる、というプロデューサーさんの気持ちは良く分かりますが、ボクはボクであり、猫ではないんですから。撫でたかったらもっと仕事してください。世の中、等価交換です」

 

「はいはい了解、幸子お嬢様」

 

「……まあ話が色々脱線しましたがとにかく、ボクはプロデューサーさんに何を言いたかったのかというと……」

 

 すると幸子は、俺の顔をじっと見ながら何かを考え込む。そして数秒の間をおくとその口を開いた。

 

「そう、そんな不安の中に居たボクを導いてくれたプロデューサーさんは……なんでしょう、ボクにとって、シンデレラの絵本に出てくる魔法使いみたいだったんです」

 

「ふっ……俺がシンデレラの魔法使い?」

 

「な、なんですかその顔は? これは本当にボクが思っていたことなんですからね」

 

「ああ、分かってるさ。だけどここに来てようやく、俺のことをどう思っていたのか、お前の本心を聞けるとはな。それにしてもまさか、俺は幸子にとっての馬車でも王子でもなく、魔法使いの方だったのか。流石にそれは予想できなかったよ」

 

「なんです? やっぱり王子様の方が良かったんですか?」

 

「よしてくれ、王子なんて大層な肩書きは俺には荷が重すぎる」

 

 ああ、本当にだ。俺程度が王子なら、世間で活躍する様々なプロデューサーはなんだ? 大王か? 帝王か? それとも神王かなんかだというのか?

 

「とにかく、魔法使いやらなんやらはどうであれ、実際口ではいつも文句を言っていましたが、プロデューサーさんには本当に感謝していたんです。本当にですからね?」

 

「本当に?」

 

「はい、勿論です。カワイイボクは日頃の感謝の気持ちも忘れませんよ。プロデューサーさんはボクの為に必死に仕事を探してきてくれて、ワガママも聞いてくれましたし、時には怖い不良達からも守ってくれたんですから」

 

「まあ……それがプロデューサーだ」

 

「フフーン! だからそんなプロデューサーさんはやっぱり、ボクが最初に会った時に感じた通り、ボクをトップアイドルにしてくれる最高のプロデューサーさんです!」

 

 まったく、なぜ彼女はこうもこういった場面で普段は言わないようなことを口にするのだろうか。せめてこういう場面でこそ、いつもと同じペースで接してもらった方が俺的に気は楽なんだがな。

 

「……ありがとよ」

 

「お礼なんていりません。その分これからもずっと、カワイイボクの為にしっかりと働いてください」

 

「へいへい了解しました、幸子お嬢様」

 

 俺はいつも通り、幸子の言葉に軽く返答をする。だが、心の中ではその幸子の言葉が重く響いていた。

 

 ああ、勿論だとも。

 『これからもずっと』俺はお前の担当だ。

 

「……そう言えば、ちょっとだけさっきの話に戻るけどさ、実を言うと俺もプロデューサーになるまでには二年近くかかったんだ」

 

「プロデューサーさんも、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 そう、かく言う俺にも二年近くの空白期間があった。

 高校を卒業してから約一年と少し、一人立ちした俺は安いアパートを借り、毎日バイトに明け暮れながら必死に、様々なアイドル系の事務所のプロデューサー募集に履歴書を送る日々を過ごしていた。正直俺の中では人生で一番辛かった二年であり、自暴自棄になりかけたことも一回や二回とは言わず、何回もあった。そんな二年間だ。

 それこそ今のアイドルブームの現代、プロデューサーなんて沢山欲されていた筈なのに、送った履歴書や受けた面接への会社からの返答は全て不採用通知(お祈り文)。俺の何がダメで、何が要求されているのかなんて当時は正直全然分からなかったな。

 で、そんな中俺はダメ元で、大手プロダクションである346プロのプロデューサー募集に応募した。それこそ、これで落ちたらプロデューサーになるのを諦めるくらいの気持ちでだ。だが、内心諦め半分で送った書類による一次審査はまさかの合格。更に二次審査の面接にも受かってしまい、家に届いたのはまさかまさかの採用通知だった。もっとも、その後にも再び長い三年の下積み時代があるのだが

 

「……つまり、意外と俺達はどこか似た者同士だったりしたのかもな。だからこそ、こんなにお互いに上手くいっているのかもしれない」

 

「服のセンスだけは全然似てませんけどね」

 

「うるせえ、お前だって二日目早々グラサンにマスクとかいう不審者スタイルで来ていた癖に」

 

 俺達は冗談交じりに笑いながら話す。

 

「でももう、そんなボクも今ではちゃんとしたアイドルなんですよねぇ……そしてそれだけじゃなく、こうしてステージに立てるだなんて」

 

「確かに、俺もなんだかあれよあれよでアイドルの担当になったと思ったら、もうそんなカワイイ担当の初ライブだもんな。先月までの俺に現状を言ったら、話のスケールに泡を吹いて倒れそうだ」

 

 いや、むしろ今の俺も泡を吹いて倒れたい気分だ。あれだけ待ち望んでいた世界に今、何事もなく慣れた様子で平然と立っているのだからな。慣れというものは実に恐ろしい。

 

 と、こんな感じで幸子と話していた所、ライブスタッフの一人がこちらの方に歩いて来た。

 

「輿水幸子さんと、そのプロデューサーの方ですか? そろそろライブ前のリハーサルや最終確認があるので、舞台裏の方までお越しください」

 

「ああ、もうそんな時間だったか」

 

 俺は時計を確認すると、確かにもう最終確認の打ち合わせの時間だった。二人で思い出話に浸るのも良いが、今は目の前に迫った一大イベントを片付ける方が最優先だな。

 

「それじゃあ幸子、時間も時間だし、俺達もそろそろ準備に行こうか」

 

「はい!わかりました、プロデューサーさん!」

 

 刻一刻と迫る運命の別れ道。俺達は迫るその時へ向け、再びその歩みを進めるのであった。




お待たせしました。最終回前編です。
え? 前編ってことは最終回じゃなくない? 大体グラブルとデレステのイベのせいですよ察してください。

さて、一年近く書いてきたこのSSですが遂に次回、完結します(あれ、最初の方で二部構成とかいってなかった……?)
いよいよステージに立つ幸子、そして見送るプロデューサー。二人の先には一体どんな未来が待っているのでしょうか。一応言っておきますが今度こそ不良の乱入(とかのハプニングは)ないです。

さて、話は変わりますがこのSSが投稿され、皆さんに読まれている頃には多分デレステにto my darlingが実装されていると思います。
恐らくですが、画面の向こうで多分今私は泣いています。
幸子カワイイし尊い……死ぬわ俺。

それでは、後編に続きます。またしばらく空くと思いますが、まあ気長に幸子のスクショでも撮りながら待っててください。


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continue to next stage2/3

最終話

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 舞台裏には様々な人達の歓声やBGM、そしてアイドル達の歌声が絶えず聞こえてくる。どこか現実離れしていて他人事のようにも感じられるその様子。だがそれはやがて、未来の俺達自身が経験することになる紛れもない現実だ。

 

 さて、あれからライブは特に問題も起きず定時に始まり、舞台裏は出演するアイドルとそのプロデューサー、そして準備で急ぐスタッフでごった煮となっている。そんな中俺と幸子も準備を終え、高鳴る心臓を抑えながら、いよいよ目前に迫ったその時が来るのを待っていた。

 

「……あー、出番はまだかよ」

 

「それ、五分前にも言ったばかりですよ」

 

「……しょうがないだろ。幾らさっきは緊張してないとか言っていたけど、こうやって何もできない状況で何分も待たされていると手持ち無沙汰がというか、落ち着かないというか、やっぱりなんというか……とにかく、色々緊張してくるんだよ」

 

「なんで出演するボクでなく、プロデューサーさんの方がそんなに緊張しているんですか……」

 

 俺は檻の中の猿よろしく、同じ所を行ったり来たりしながら数分起きに時計を見るのを繰り返していた。

 一方幸子は、そんな俺を傍らから落ち着いた様子で眺めている。

 

「……大体、なんで幸子達のデビューライブなのに、まず最初に346プロについての説明とかから入るんだよ。まだ美嘉達が先輩としてパフォーマンスをしているのは理解できるが、ただの企業説明なんてパンフレットなりを配ればそれで済む話だろ……」

 

「仕方ないじゃないですか。346プロはまだできて数年のアイドルプロダクションなんですから。そもそも、今日のライブはボク達346の新しい顔を売り出すのもそうですが、そんな346プロを多方面にアピールする目的もあったんじゃなかったですか?」

 

「そりゃそうだが……」

 

 現在ステージの方では、今回のライブをまずは盛り上げ引っ張って行く為に、美嘉達346プロの先輩アイドルがパフォーマンスを行ってくれている。

 そんな顔もそこそこ売れている美嘉達のお陰もあってか、会場にはどうやら想定以上のお客さんが来てくれている様だ。

  

「……あークソッ!! だとしてもやっぱり落ち着けるか!!」

 

 俺は手に持っていたコーヒーの缶を開け、それをいっきに飲み干す。そして、近くにあったゴミ箱に半ば投げつけるようにして捨てた。

 

「プロデューサーさん、それ何本目ですか? あんまりカフェインの摂りすぎは身体によくないですよ」

 

「あ、ああ。すまない」

 

「別に、そんな謝る必要はないです。ただ、ボクはそんなプロデューサーさんの健康が気になっただけです」

 

 こうして再び訪れる沈黙。そしてその後はまた先ほどと同じ状況の繰り返しだ。俺は辺りを行ったり来たりして数分起きに時計を見る。やがてその頻度は更に増していく。

 むしろ俺は、この状況で落ち着けと言われて、落ち着ける方が不思議だと思うがな。

 

「……見た所、随分と荒れている様子じゃないか、幸子のプロデューサー。いつものキミらしくないな」

 

 と、俺は誰かから声をかけられる。すぐさま声の主の方に振り向くと、そこにあったのは純白のドレスに身を包んだ飛鳥の姿だった。

 

「ん……? ああ、飛鳥か。そっちの方は調子どうだ?」

 

「ボクの方はまずまず、と言った所だ。だがさほど悪い調子というわけでは無いね」

 

「そうか、それなら良かった」

 

 いつもは全体的に黒く、なんというか刺々しい感じのファッションだった彼女だが、今日のライブで使われる純白のドレスもまた似合っていた。

 なおご自慢のエクステだけは、今日も相変わらずの様である。

 

「フフーン! 飛鳥さん、今日はお互いのデビューライブ、精一杯頑張りましょう! もっとも、ボクという勝利の大天使がここに居る限り、このライブはもう成功したも同然ですけどねっ!」

 

「勝利の大天使の加護、か。フッ……なるほど、それは確かに心強いな。それならボクも、そんなキミの加護とやらに期待させてもらおうか。大天使サチコエル」

 

「サチコエル……やたら可愛らしい名前の天使だな」

 

「フフーン! なんだかよく分かりませんが、まるで天使みたいにカワイイボクに良く似合う名前ですねぇ?」

 

 よく分からないのかよ、と幸子に心の中でツッコミを入れるが、そもそもその名前が天使の名ををもじったものである、ということに気が付ける俺の方がおかしいのか。

 なんだか二十歳を超えると、こういうのがたまに恥ずかしくなってくることがある。歳をとるというのもそれはそれで、悲しきものだな。

 

「あれ、そういや今日はライブの当日だけど、飛鳥はプロデューサーと一緒じゃないのか?」

 

「彼女なら今はスタッフ達に混じり、舞台裏のどこかでライブの運営側に回っている。まったく、仕事熱心なのも構わないが、少しはこれからデビューするというボクにも目を向けてもらいたいものだ。まあこれもある意味、彼女から信頼してもらえているからこそと捉えることもできるけどね」

 

「へぇ凄いな、ライブの運営側か。ということはあの人、結構歳は若く見えたが経歴は長い方なのか?」

 

「聞いた噂によると、経歴自体はさほど長くはない様だ。だが彼女は大学時代から成績が良かっただとかで、期待の新人として出世コースを順調に行っているらしい。そんな彼女が何故、わざわざプロデューサーをやっているのかまでは流石にボクも知らないが」

 

「大卒で頭もキレる、か……そりゃ確かに、本職のプロデューサー業だけじゃなく、ライブの運営とかの仕事にも回った方が良いのかもな」

 

 言われてみれば、この前飛鳥のプロデューサーと会った時もどことなく頭が良さそうというか、理知的というか、とにかく普通の人とは違う雰囲気を出していた。

 別にあの時は少し話しただけだった訳だが、それでも不思議と喋り方や身のこなしなどからすぐに分かったんだよな、この人はかなりやり手のプロデューサーだと。それ故に、飛鳥とそのプロデューサーには、ライバルとして恐怖を感じることもある。

 

「それにしても話は変わるがそのドレス、凄く似合ってるな、飛鳥。なんだかいつもとはまた違った飛鳥を見れている気がするよ」

 

「似合っている、か。そうキミに言ってもらえるなら、今日のライブには幾分自信を持って良いんだろうな? 幸子のプロデューサー」

 

「ああ、可愛いぞ」

 

「か、可愛い……?」

 

 どうやら俺から貰える言葉が予想と違ったのだろうか。飛鳥は俺の言葉を聞くと、少し動揺した様子で聞き返してくる。

 

「……そこはこんなにも綺麗なドレスを着ているのだから、可愛い等といった感想では無く、せめて綺麗とか、美しいとか、とにかくそういった感想を貰えるものだと思っていたのだけどね……」

 

「確かに、飛鳥が言う通り綺麗なのもそうかもしれない。でもやっぱり、おめかししてドレスを着飾った女の子はいつだって可愛いものだよ」

 

「……キミがそう思うなら、別に好きにすると良いさ。しかし、このボクに限って可愛い……?」

 

 飛鳥はそう言うと恥ずかしそうに視線を背ける。やはり普段こういう服を着慣れていないから、可愛いと言われることにも慣れていないのだろうか。

 幸子なら少しでも可愛いと言われたあかつきには、すぐに飛んで跳ねて喜ぶものだが。

 

「ちょっとプロデューサーさん!? そんなに飛鳥さんばかり褒めていないで、カワイイボクのことももっとカワイイって褒めてくださいよ! ボクだって、着てる衣装は同じなんですから!」

 

「ああ、悪いな。はいはい幸子もカワイイカワイイ……」

 

「プロデューサーさん! なんだかボクの時だけ褒め方が雑です! でもとりあえずその調子でもっと褒めてください!」

 

「毎度の事ながらお前は怒っているのか、嬉しがっているのか、一体どっちなんだ……」

 

 と、そんな風に話していた俺達だったが、俺は見覚えのある巨体が視界に止まる。ああ、乃々のプロデューサーだ。乃々のプロデューサーは何やらキャリーにダンボールを乗せて運んでいる様子だった。

 そう言えば、今日は朝から乃々の姿を見かけていないが……とりあえず、簡単に挨拶くらいはしておくか。

 

「お久しぶりです、乃々のプロデューサーさん」

 

「ん……? ああ、貴方でしたか!! いつも私の所の森久保が世話になっています!!」

 

 その乃々のプロデューサーはこの前とまったく変わらぬ勢いで話す。まるで、今日のデビューライブに緊張や不安を一片も感じさせないその様子から、見た目に合うだけの強靭な精神を持っていることがよく分かる。

 

「いやあ、日にちというものが過ぎ去るのは早いものですな!! あれから時間は経って、今日はもう私たちの可愛い担当のデビューライブ当日ですよ!! ハッハッハ!!」

 

「た、確かにそうですね。自分もそれはもうあっという間の二週間でしたよ」

 

「ハッハッハ!! そうですなぁ!!」

 

 俺はこの前と同じく、乃々のプロデューサーの圧倒的気迫と勢いに押され気味になる。

 決して悪い人でないということは分かっているが、なんというか高校時代の体育の教師を思い出して、俺は少しだけこの人が苦手だ。特に、今の時期みたいな、蒸し暑い夏場ではなおさらな。

 

「あの、もし良ければ自分もその機材を運ぶのを手伝いますよ。なんだか何もしないでいると、自分の方も落ち着かないので」

 

「機材? ああ、違いますよ。これは……」

 

 そういうと乃々のプロデューサーは、その荷物運び用キャリーの上に乗ったダンボールを開ける。するとその中には……

 

「うぅ……むーりぃ……」

 

「乃々!?」

 

 なんとびっくり、幸子達と同じくドレスを着た乃々が、体育座りをした状態で入っていたのだ。

 ダンボールに入っている乃々も乃々だが、そのままキャリーに乗せて運んでいる乃々のプロデューサー、あんたもあんただ。

 

 本当に一体どうしてこうなった。

 

「やっぱりもりくぼには、こんな綺麗な衣装を着て人前に出るなんて、荷が重すぎますよ……」

 

「森久保ォ!! そんなこと言ったって、今日はもうライブだぞぉ、ライブ!! きっとみんなも、早く森久保の姿を見たいって思っているはずさ!!」

 

「そんなの、もりくぼからすればただの迷惑なんですけど……」

 

「ハッハッハ、そんな遠慮するなって!! そーれ、行くぞ〜!!」

 

「ひ……ひいいいぃぃぃ!?」

 

 すると乃々のプロデューサーは、豪快に笑いながらキャリーを押して、再びどこかにいってしまった。その乃々の運ばれていく姿はまるで、牧場の牛の出荷を彷彿とさせる。

 

「……たまげたな。あの勢いのままどっか行っちまったぜあの人」

 

 やはり乃々のプロデューサーは色々凄いな。見た目の如くまさにゴリ押しだ。

 美女と野獣、いやシンデレラと野獣か。不朽の名作同士、夢の共演だ。

 

「……なんだか、相変わらずのテンションでしたね。どちらとも」

 

「……そうだな。そりゃ確かに、毎日あの調子じゃ乃々も大変だよな。なんだか、アイドルを辞めたくなる気持ちも分からなくもない」

 

「まあ、薄暗くて根暗な雰囲気よりかは幾分良いんじゃないのか?」

 

「ほう? なんだ、もしかして飛鳥は乃々のプロデューサーみたいな、熱血ボンバーな人の方が良いのか?」

 

「いやまさか、ボクはノーセンキューだ。彼を悪いとは言わないが、ボクは今の静かで優雅な日常の方が、好みだからね」

 

「俺も同感だ。まあとか言っておいて、実際こっちも幸子が居るから、優雅とはとてもじゃないが言えないような日常だけどな」

 

「ちょっとどういうことですかそれ!!」

 

 幸子はライブ衣装のままこちらにとっかかってくる。

 結局どんなに着飾っても、中身だけは本当に相変わらずだな。そんなんだから優雅な日々を送れないんだよ、と俺は心の中で呟く。

 

「おいおい、そんなに暴れると折角のカワイイ衣装が崩れるぞ」

 

「うるさいです! 崩れたらまたプロデューサーさんに直してもらうから構いません!」

 

「いや、俺はスタイリストじゃないから直せないっての!」

 

「プロデューサーさんはプロデューサーさんなのに、衣装のセットも直せないんですか!!」

 

「だからそのプロデューサーだからだよ!! 悪質なクレーマーかお前は!!」

 

「……この場所に来てまでまた痴話喧嘩か、二人共。まったくキミたちはどこであろうと、いつであろうと、本当に何一つ変わらないな。とは言っても、キミ達の場合だけは何故か、不思議と見ていても不愉快な気分にはならないんだけどね。フフッ……」

 

「わかるわ。二人共、本当にいつも仲が良くて楽しそうよね」

 

「ん、貴方は……? 」

 

「私? ああ、気にしないで良いわ。ただの通りすがりのお姉さんだから」

 

「……いやまさか、そんな筈は」

 

 こうして俺達がデビューライブ直前だというのにいつも通りの平常運転をしていると、一瞬目を離したスキに飛鳥の隣にはまた人が一人増えていた。

 

「……あれ、川島さん? 何故ここに」

 

「あら、二人共気が付いちゃった? 別にまだ続けていてもいいわよ」

 

 川島さんの存在に気が付いた俺達は漸く冷静になる。

 幸いにも、幸子の衣装やセットはそこまで崩れていなかったので、川島さんが来てくれたお陰で良いストッパーになった様だ。

 

「……なんだか、色々恥ずかしい所を見られましたね」

 

「恥ずかしい、そうかしら? 別に私は良いと思うけど。むしろ、二人の今みたいなやり取りは、見ている側もなんだか和んでくるし」

 

「フフーン! まあボクとプロデューサーさんは絶対的な絆で結ばれているので、それくらい当然のことですよ。 喧嘩するほど仲が良いんです。ねっ!」

 

「……はいはいそうですね、それもカワイイボクですね」

 

 先ほどまで怒っていた幸子は川島さんの言葉を聞いて一変、この通りすっかり上機嫌である。少しはお前に付き合わされるこちらの身にもなってくれ。

 

「しかし川島さん、今日のライブには確かまだ出演予定はありませんでしたよね。何かあったんですか?」

 

「一応私も駆け出しとはいえ、もうアイドルなわけなんだしね。私の担当になったプロデューサーから、こんな大きなイベントはあまりないし、折角の機会だから勉強の為に見に行ってきなさいって言われて来ていたのよ」

 

「なるほど、そういうことだったんですか」

 

 そういう話を聞くとなんだか、美嘉のライブを手伝いに行った時を思い出すな。俺達も同じ様に最近通過したばかりの道だから、そういうのが色々と懐かしく感じる。ましてや、こういう場では尚更だ。

 

「それにしてもドレス、みんな凄くお似合いじゃない。お姫様達、とっても可愛いわよ」

 

「川島さんにそう言ってもらえるなら、プロデューサーの自分としても嬉しい限りです。ありがとうございます」

 

「フフーン! 流石ボク、シンデレラな衣装も軽く着こなしてしまう辺り、お姫様カワイイです!」

 

「これで中身もお姫様なら、本当に文句無しに完璧なんだけどな……」

 

「人っていうのは、少しだけ欠けている部分があった方がより魅力的なんですよ、プロデューサーさん!」

 

「ああ、確かにお前が言いたいこともわかる。だがな、お前の場合その欠けている部分が一番重要なんだよ!!」

 

「う、うるさいです!! 世の中に百パーセントなんて言葉は存在しないんですよ!!」

 

 再び俺と幸子の間には火花が散る。

 だがそんな様子の中、今まで何かを考えていたかのような素振りを見せていた飛鳥が口を開いた。

 

「川島さん……? アイドル……? 出演予定……? 皆待ってくれ、一体どういうことなんだ?」

 

「ん、どうした飛鳥? どういうことなんだ、とは」

 

「……今、キミたちの目の前に何事も無い様に立ち、親しげに話している女性は、ボクの記憶違いでなければかの川島瑞樹ではないのか?」

 

 飛鳥は恐る恐る、とでもいった様子で聞いてくる。その反応は、俺達が数日前にしたばかりの反応とまったく同じそれだった。

 

「ああ、そうだけど?」

 

「はい、そうですよ」

 

「あら、もしかしてバレちゃった?」

 

 飛鳥はそう言われると、苦笑をしながら頭に手を当てて、俯いてしまった。

 

「クハハッ……まったく、キミたちと居ると本当に未知の事象にしか襲われないな。なんだかボクは、あまりにもの衝撃に少し頭痛がしてきたよ。ライブの前だというのに、一体どうしてくれるんだい!」

 

「あー……飛鳥さん?」

 

「頭痛薬、あるぞ」

 

「クッ……クハハッ……いや、結構だ。これ位の痛みがあった方が、むしろ色々と高ぶる。しかしボクはもしかして、本当に夢物語か童話の世界に入ってしまったとでもいうのかい?」

 

「おい……飛鳥? 大丈夫か?」

 

「……すまない、慣れない場所で、慣れない衣装を着て、そこでそこ居るはずがない箱の中の住人に出会ってしまったら、なんだか色々と気分がおかしくなってしまったものでね……」

 

 飛鳥は俯いたまま、何かを堪えるように笑っている。その飛鳥の様子は、今まで俺も見たことがない様子だった。

 

「あー……ミス瑞希、とりあえず今のボクの無礼をお許し頂きたい。まさかテレビの枠の中でしか見たことがなかった有名人と、こうして何気無く出会えてしまったことに、少々驚いてしまっていたんだ」

 

「ふふっ、なるほどそういうことね。サインくらいなら、空いている時間にでも書いてあげるわよ?」

 

「いや、その気持ちだけでありがたい。ボクとしてはそんな有名人とこうして話し、隣に並べているという事実だけで充分満足だ」

 

 なるほど、どうやら話が見えてきた。

 つまり飛鳥は、有名人である川島さんに会えて単純に喜んでいるだけの様だ。普段感情や私情をあまり出さない彼女にしては珍しいなと俺は思ったが、それもどうやら変な先入観だったな。

 そりゃ何たって、彼女はまだ中学二年の少女なんだ。テレビに出ている有名人に会えたら普通、嬉しいよな。ましてやその人の隣に並べ、話せるとなったら尚更な。

 

「しかしアイドル……か。なるほど、確かにこれは噂通り未知数の可能性を秘めているな。アイドルという存在に目を付けたボクの目に、狂いは一切無かったようだ……クハッ……クハハハッ……」

 

 飛鳥は独り言を呟く。だがその表情は確かに笑っており、彼女はまた、心の奥底で何かを掴むことができた様だ。

 

「そうか……それなら見せて貰おうか、その舞台の幕を開いた先にある、未知のセカイをッ……このボクにッ!!」

 

 と、会場の方で鳴っていたBGMが止まり、拍手の音が聞こえてきた。するとしばらくして、数人のアイドルが会場の方から舞台裏の方へと走り帰ってきた。その中には美嘉の姿もある。

 

「おっ、おかえり美嘉!」

 

「ただいま!! 会場の盛り上がり、最高の状態を作っといたよ!! 後はみんなでキメるだけ、存分にキメてきちゃって!!」

 

「了解。ありがとうな、美嘉!」

 

「フフーン! 美嘉さん達が開いてくれた道、絶対に無駄にはしませんよ!」

 

 美嘉達がパフォーマンスを終え帰ってきて、いよいよ舞台裏は本日のメインイベントである、幸子達のデビューライブへ向け一気に動き出す。舞台裏の方も今日一番の忙しさを見せていた。

 

「さて、そうこうしていた間にいよいよ俺達の番、か」

 

「ですね」

 

「ああ、もう待ちくたびれたよ」

 

 あれだけ来なくて永遠の様に長く感じていた時間も、いざこうして来るとなったら一瞬である。時間というものは誰に対しても平等で、残酷だということを心底思い知らされる。

 

「とりあえず、俺もこうして皆と話していたら、なんとかここまで正気を保つことができたよ。ありがとうな」

 

「ボクらの間柄だ、この程度礼などいらないさ。それに、言ってしまえばボク達はこれから、キミが感じていた何倍もの緊張を味わってくるのだからね」

 

「そうです! だから今度はプロデューサーさんがそのおかえしに、そんなボク達が頑張っている姿を、最後まで目を背けずに見ていてください!」

 

「ああ、ちゃんと頭に焼き付けておくよ」

 

「私もまだステージには立てないから、幸子ちゃんのプロデューサー君と一緒にここから応援させてもらうわ。みんな、頑張ってきてね」

 

「はい、ありがとうございます川島さん!」

 

「ふふっ、期待してるわよ」

 

 と、スタッフの一人がこちらにかなり急いでいる様子で走ってくる。

 

「ライブに出演される新人アイドルの皆さん、そろそろ次のプログラムの開始時刻なのでスタンバイの方、よろしくお願いします!!」

 

「はい、こっちの方はもう準備できています」

 

 ああ、もうそんなことは全て予測済みだ。いつだってうちの世界一カワイイ担当は出せる状態にしておいてある。

 

「それじゃあそういうことだし、いっちょ会場に、カワイさぶちかましてくるとしますか!!」

 

「はい! 史上最大級のカワイさをファンと、そしてこれからファンになる沢山の人達に!」

 

「ああ、往こうか。約束の地へと、始まりの舞台へと!」

 

 決意に満ちる二人のアイドルと一人のプロデューサー、そしてスタッフさんの声を聞いて遠くから響くキャリーの轟音、走りこちらに向かうスーツの女性。

 今、来たる運命の時に向け、ここに三人の少女とそのプロデューサー、そして同じ志の元に集まった他の少女達が着々と集結する。

 

 まるでそれはおとぎ話か、それともただのまぼろしか。果たして彼女達の描いた夢は現実となるのだろうか。

 

 今、その美しき城の門が開かれようとしていた。




まだ、もうちょっとだけ続くんじゃ


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continue to next stage3/3

※7月23日追記
エピローグ、あります。


continue to next stage3/3

 

 

 こうして時間になった俺達は、舞台裏とステージとの出入口付近へと移動した。こうなってくると話の流れもあっという間なもので、あれだけ待たされていたというのに数分もしないでもう出番だということだ。

 先ほどの飛鳥達との楽しげな雰囲気は一変、辺りには張り詰める様な緊張が広がっていた。

 

 そんな中、幸子は少しだけ浮かない顔をして俺に話しかけてくる。

 

「プロデューサーさん……」

 

「なんだ?」

 

「手、繋いでください」

 

 そう言うと幸子は俺の顔をじっと見つめながら、こちらに手を差し出してきた。その幸子の瞳は一切ぶれること無く、こちらの視線をしっかりと覗き込んでいる。

 

「ぷ、プロデューサーさんがなんだかまだ緊張している様に見えたので、仕方ないから始まるまでボクが手を繋いであげようとしているんです」

 

「……とか言って、どうせ本当に緊張してんのはそっちだろ」

 

「なっ……このボクに限ってきき、き緊張なんてそんなこと!! そ、そんなにプロデューサーさんはカワイイボクと手を繋ぎたくないんですか?」

 

「いや、俺は別に繋いであげても良いんだが?」

 

 俺は幸子の本心は勿論分かっていたのだが、そんな必死な幸子がなんだか可愛らしくて仕方がないので、あえて知らないふりをしていた。

 こんな重要な場面でまで担当アイドルをイジるとは、まったく俺も性格が悪いな。

 

「……なんです? そのやたら上から目線な返しは。いつからプロデューサーさんは、ボクより偉くなったというんですか」

 

「元からだよ」

 

「……なんなんですか、本当に」

 

 と、会話が途切れてしまう。だが幸子は俺から望んでいなかった反応が返ってきた為か、なんだか落ち着きが無く、モジモジとしている。

 

「……あーもうわかりました!! 手を繋いでください!! 手を!! やっぱり緊張してきて、なんだか手とか足とか、とにかく身体の色々な箇所が落ち着かないんですよ!!」

 

「……まったく、そうなら最初からそう言えば良いのに。本当に素直じゃないお姫様だこと。結局、お前はまだまだ俺が居ないとダメじゃないか」

 

 俺は幸子の手を取る。すると彼女は俺と手が触れた瞬間深く、そして強く、その小さな手で握り返してきた。まるで離れるのが嫌とでも言うかのように、ただ強く。

 

「……いいえ、それはちょっとだけ違います」

 

「違う?」

 

 そう言うと不機嫌そうな顔から一変、一呼吸入れると満面の笑みを浮かべて彼女は答えた。

 

「プロデューサーさんと一緒だったから、掴めた今日なんです」

 

 その狂いや迷いが一片もない純粋な瞳、それが彼女の本心の全てを表していた。それは偽りでも、建前でもなく、紛れもない彼女の心からの言葉だった。

 

「……ふっ、そうか。一緒だったから……か」

 

 どうやら俺は、また彼女に一本取られてしまったようだな。ああそうだ。今日までの道は決して幸子一人で切り開いたものでも、俺一人で切り開いた道でもない。

 

 

 

 

 

 

 そう、つまりは『俺達二人で作ってきた道』なんだ。

 

 

 

 

 

 

 アイドルとプロデューサー、そのどちらかが欠けても絶対に成り立たない関係、その先にあったのが『今日』という日だったんだ。

 

「……やれやれ。俺もお前に、それくらい気を効かせた言葉を言ってやりたかったよ」

 

「大丈夫です。そんなセリフ、最初からプロデューサーさんには期待していませんから」

 

「う、うるせえ!」

 

 とか言っておいて、実際俺はそんなカッコつけたセリフを言うようなキャラじゃないけどな。それに、言ってしまえば俺も本当は彼女と同じで、本心を伝えるのはあまり得意じゃない。

 まったく、変に器用なんだか不器用なんだか、自分の事ながら面倒臭い人間だと思うよ本当に。

 

「……まっ、でもなんだ? そんなこと言ったって今日、お前はもうドレスを着たシンデレラなんだ。俺は確かに気の利いたセリフは言ってやれないかもしれない。だったらせめて、そんなシンデレラを舞台までエスコートするくらいのことはさせてくれ」

 

「シ、シンデレラ……?」

 

「ああ。それがプロデューサーとして、姫を城に送る魔法使いとして、いや一人の俺として、今出来る精一杯の役目だからな」

 

「……はい!」

 

 幸子はそう返事をすると一度だけ、小さく頷いた。

 

「だからさ、もう何も心配するな。この手が離れたって、俺はいつでもお前の傍に着いている。胸張って、お前が見せられる最大の輿水幸子を思う存分みせてこい」

 

「……フフーン! そんなこと、言われなくても勿論です!」

 

 この先、俺達を何が待ち受けているかは分からない。だが未来を信じて、前に進むくらいなら誰にだってできる。

 

「さあ、とっととこのデビューライブを成功させて、346プロ(ウチ)に帰るぞ。ライブが無事に終わったら食いたいもの、なんでもたんまりと食わせてやるからよ」

 

「それなら、原宿に新しくできたクレープ屋さんでいいですか?」

 

「おうよ。ご注文(オーダー)承りました、幸子お嬢様」

 

「待機中のアイドルの皆さん!! カウントダウン、入ります!!」

 

「……さて、魔法使いのエスコートも、とりあえずここまでか」

 

 スタッフさんの掛け声が響き、ついにカウントダウンが始まる。舞台への門出と、彼女達の新たなる始まりへのカウントダウンが。

 

「それじゃ、また後でな」

 

「はい、行ってきます。プロデューサーさん」

 

「ああ、存分に楽しんでこい」

 

 

 

 

 

 

 ああ、きっと行けるさ。俺達ならあのかつての伝説へ。

 たどり着いてみせるさ。あのかつての『輝きの向こう側』へ。

 

 

 

 

 

 

 それから数秒置いた次の瞬間、スタッフのGOサインが出る。そしてそれを合図に幸子の細いその指がゆっくりと俺の手を離れていき、彼女はステージの方へと足を進めていく。その足取りはどこか軽いようで、何かが重かった様にも見えた。

 

 彼女達の未来への希望や不安、そして覚悟を背負った足音が一歩、また一歩と離れて行く。『今日』から『明日』へと。

 

 

 

 

 

 

 そしてその足音は突然消える。

 途端に辺りに広がる静寂。

 

 そのしばらくの静寂の後、司会による紹介が終わると共に、スポットライトの点灯音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、舞台の幕は開かれた__

 

 

 

 

 

 

 

 

『初めまして、そしてこんにちは!! 会場の皆さん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場から溢れる歓声、そして舞台裏までをも照らす眩い光。しかし今、舞台裏に居る俺からは彼女達の姿は一切見えない。

 

 だがそれでもたった一つだけ、確実に分かることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、ステージに立った彼女達は、最高の笑顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




……ありがとな、幸子。


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エピローグ  カワイイボクといつもの日々

色々あってエピローグ遅れましたサーセン。
仕事が忙しかったんです許して


エピローグ 

カワイイボクといつもの日々

 

 

 あの後幸子達の出番が終わると、まず最初に乃々が生気を失った顔をしながら早歩きで戻ってきて、それに続く様にその他のアイドルや飛鳥、そして満面のドヤ顔をした幸子が帰ってきた。

 その舞台裏に戻ってきた彼女達の心底喜び、そして安堵している姿を見た限りは、今回のデビューライブは彼女達にとって良い経験になったと言い切れるだろう。

 

 こうして演目は全て終わり、流石に満員で大盛況とまでは行かなかったが、それでも多くの人々に暖かい目で見守られながら無事、ライブは閉幕した。

 因みに今回のライブが成功か否かは、あえて語るまでもないだろう。

 アンケートは軒並み高評価、お偉いさんからもかなり好評、世間の反響も上々、そして何よりもその会場を後にするお客さんの表情が全てを物語っていた。

 文字通り笑顔の魔法、それは確かに存在した。

 

 

 

 

 

 さて、それからというものの特に変わった動きや出来事は無く、俺たちはまたいつもの日常に戻っていた。

 いくらデビューライブを終えたとは言え、別に何かがいきなり目に見えて変わるようなことはなく、結局あれからはまた暇を持て余している状態だ。

 そんな状態でも日付は放っておけばあれよあれよで変わっていき、気が付けば八月ももう終わりが近い。あれだけ鳴いていたアブラゼミの声も前より少なくなり、時たま聞こえてくるツクツクボウシの声が長かった夏の終わりを感じさせてくる。

 

 そして、そんなライブから数日後のとある日。

 

「おはようございま〜す、プロデューサーさん!」

 

「よっ、おはよう幸子」

 

 いつも通り他愛のない挨拶から始まる朝。別にデビューしたからといって何も変わることがない、一日の始まりだ。

 

「フフーン! 今日はなんだか、気持ちが良い朝ですねえ!」

 

「そうか? 俺はいつもと変わらないと思うけど」

 

 別に、幸子が言うほど清々しい様な朝では無かった。というかむしろ、そのじめじめといつまでも鬱陶しい残暑の暑さと、夏の終わりを前にいつも以上に必死に鳴いているセミのせいで、体調に異常をきたしてもおかしくない様な状態だ。

 

「それはプロデューサーさんの感性が鈍ってきているからですよ。フフーン! ほら見てください、このボクの溢れるカワイさを! こんなにもボクがカワイイなんて、こんなにもカワイイボクを朝から見れるなんて、それこそ絶好調以外の何物でもないじゃないですか、プロデューサーさん!!」

 

 そう言うと幸子は、その場で楽しそうにくるりと回った。スカートが揺らめき、いつもは隠れたそのしなやかで綺麗な脚が露になる。

 

「……俺にとって、お前がそうやって元気で楽しそうにいてくれるなら、いつでも絶好調だよ」

 

「その言葉、素直に受け取っておきますね、プロデューサーさん!」

 

 幸子は満足気に微笑んでくる。そうだ、俺はお前のその顔が見たかくて毎日働いているんだ。これで、今日もまた一日頑張れるな。

 

「まあとりあえず、そんな朝からテンションの高い幸子にこの話を言ったら、果たしてどういう反応をしてくれるのかな……」

 

「この話……? 何かあったんですか?」

 

 幸子は俺の言葉に興味を示す。俺はその幸子の反応に、待ってましたと言わんばかりのオーバーリアクションで答えた。

 

「あー……ゴホン、そのー……実はだな、色々突然の話になるんだが……」

 

「はい」

 

「いよいよ……」

 

「いよいよ……?」

 

「お前に……!」

 

「カワイイボクに……!」

 

「仕事が来たぞ、幸子。日付は来週の月曜日、バラエティ番組への出演だ」

 

「仕事……? バラエティ番組……?」

 

 幸子は一瞬言葉の意味を理解できなかったのか、キョトンとした表情で聞き返してきた。

 

「ま、まさかプロデューサーさん、どうせ今回もまたその番組のお手伝いとかそういうオチなんじゃ……」

 

「いや、断じて違う。今回のオファーはお前を名指しで、しかもその番組への出演だ!!」

 

 状況を理解できないのか、幸子は独り言をブツブツと言いながら固まってしまう。だがそれから寸分の間を置くと途端に幸子の目は輝き、その顔は満面の笑みとなった。

 

「出演……テレビの番組に? 本当になんですか?」

 

「ああ。一語一句言葉の通り、全て本当のことだ」

 

「ついに……ですか。そうですか。仕事……ボクを名指しで……やった……やりました、やりましたよ! やったんですね!! プロデューサーさんっ!!」

 

 幸子はまるで今まで見せたことがないくらい、とびきりの笑顔をして喜んでいた。そのあまりにも喜ぶ幸子の様子に、反応を見ていた俺も思わず口角が緩む。

 

「ついに、ついになんですね!!」

 

「おめでとう幸子。遂に念願の初、アイドル活動だ。これで今日からお前も、晴れて見習いアイドル卒業だな!」

 

 部屋には俺と幸子の歓喜の声が響き渡る。俺は朝この話を聞かされた時から、幸子の反応がどうなるのか本当に待ちくたびれていた。それ故に、彼女のこの反応を見ていると、俺の方まで彼女と同じくらい嬉しくなってくる。

 

「これは夢じゃないんですよね!? 本当の本当に現実なんですよね!?」

 

「勿論だ。今朝上司から呼び出されて、直々に言われたからな。これは夢じゃない、紛れもない現実だ。なんなら、頬をつねってみれば良いさ」

 

「それじゃ遠慮なく……」

 

 すると幸子は俺の方に来ると顔に手を伸ばし、頬を掴むと遠慮なく思いっきりつねってきた。その予想外の幸子の動きと力に、俺は情けない声を上げる。

 

「いでッ!? いででッ!! いでえよいきなり何すんだ幸子ッ!?」

 

「このプロデューサーさんの感触……確かに、これは紛れもなく現実ですねぇ……」

 

「いででででッ!! 離せ幸子!? つねれってのは自分自身の頬のことで俺の事じゃって、いでででででッ!!」

 

 どうやら言葉の意味を勘違いしたのか、幸子は俺の頬をつねってきた。俺は痛みに声を上げるが、幸子は完全に自分の世界に入ってしまっており、その苦痛の声は彼女の耳には届いていない。

 

「カワイイボクの初仕事……カワイイボクのテレビ出演……カワイイボクの……フフッ……フフフッ……フフーン……!!」

 

「戻って来い幸子!! 話はそれだけじゃねぇんだ!!」

 

 俺は幸子の肩を軽く揺する。すると幸子はようやく我に返り、返事をする。

 

「はい?」

 

「ああ幸子。喜んでいる所に悪いが、実を言うと話はもう一つある」

 

「へ……? これだけじゃ……ない?」

 

「ああ、驚くなよ?」

 

 俺は幸子並のドヤ顔をすると、一瞬の溜めを作りそれを言う。

 

「なんとな……」

 

「なんと……?」

 

「他の346プロのアイドル達と一緒にCDデビュー、そしてPVの作成をすることが決まったぞ!!」

 

「……へ?」

 

 幸子は腑抜けた様な声を上げ、再び固まってしまう。

 そしてそれから数秒の間を空けた後、幸子は先程以上の勢いで驚きの声をあげる。

 

「えっ……えええええ!? ちょっとプロデューサーさん、なんだか話がとんとん拍子で進み過ぎじゃないですか!?」

 

「……俺が一番驚いてんだよちきしょう!! あーもうカワイすぎかお前!!」

 

「カワイイのは元からですよ!!」

 

「ああそうだったな!! ありがとう!!」

 

「どういたしまして!!」

 

 こうしてその朗報に喜び、叫び、舞い踊る俺たちだったが、ふと我に返った所で幸子は不思議そうな顔をする。

 

「しかし、なんで急にデビューしたてのボクがいきなりCDデビューやPVに出演させて貰えるんですかね? 仕事が貰えたのについてはまあまだ分からなくもないですか、少し気になります」

 

「いやさ、それがなんでもあのデビューライブの時に、346プロのアイドル部門のお偉いさんが見に来ていたんだとよ。で、幸子達のカワイさに惹かれたとか、未来に可能性を感じたとかなんとかで、色々段階をすっ飛ばしてあの場で決めてしまったんだとか。俺も今日の朝、いきなり説明されたから本当にびっくりだよ」

 

「流石カワイイボク! カワイさでお偉いさんを一目惚れさせてしまうとは、色々罪ですねぇ……」

 

「まったく、今回ばかりは本当にお前の可愛さのお陰なのかもな」

 

「フフーン! もっと褒めてください……」

 

「あー、よーしよしよしよし……」

 

「ちょっ……プロデューサーさん! 褒めてとは言いましたが、そんな動物と触れ合う時みたいに撫でてと……は……あっ……でもやっぱりこれ……心地よくなってく……」

 

 幸子は頭を撫でられると目をつぶり、一切の抵抗なくその可愛らしい頭を差し出してきた。まるで撫でられている時のその表情は、気持ち良くて喉を鳴らしている飼い猫の表情そのものだ。

 オマケに彼女のその特徴的な跳ねっ毛のせいで、余計にシルエットまで猫や小動物みたいに見えて仕方がない。

 やっぱりお前、猫だろ。

 

「ニャ、ニャフーン……」

 

「あ、お前今一瞬ニャって言っただろ」

 

「……ハッ!? なっ、ななな何を言ってんですか!?」

 

 幸子はそう言い我に帰ると、今度は警戒状態の猫よろしく跳ねるように後ろに下がる。

 もはや幸子のその反応を見ている限り、本当に猫そのものだ。

 

「お前もしかして、本当は化け猫か何かが美少女に化けているんじゃないのか……?」

 

「そ、そんなわけ!! ボクはれっきとした人間です!!」

 

「……まあそうだな。こんなにカワイイ猫なんかが居たら、アイドルになる以前に全国の猫愛好家がたまったもんじゃない」

 

「分かってるじゃないですか、その通りです!」

 

 幸子は満足気なドヤ顔をする。しかし、とは言ったが彼女の気分屋な辺りとかも猫っぽいんだけどな。可愛いことに変わりはないが。

 

「……しかし、バラエティ番組の出演にCDデビュー、挙句にPVの撮影ですか」

 

「ああ。まあ俺も突然のこと過ぎて、実際は何が何だかな……」

 

「……正直話の現実味が無さすぎて、なんだかあのライブの時からずっと夢でも見ているような気分です」

 

「夢でも見ている、か」

 

 そう言って俺達は窓の外を見る。

 雲一つ無い快晴、こうして涼しい室内から外を見てみると、確かに幸子が気分の良い朝と言ったのも分からなくない。

 

「……あの日、あのステージで見た景色、本当に忘れられません。実はまだ、一週間近く経った今でもあの光景が頭から離れないんですよね」

 

 そう言うと幸子は話を続けて行く。

 

「またあのステージに立ちたい、またお客さんの前でパフォーマンスをしたい、なぜだか知らないんですが頭がそう勝手に思うんです。そして何より、これからもプロデューサーさんと一緒に、もっと色々な場所の景色を見てみたいって……」

 

 その瞳が見るはあの日の景色か、それとも未来の自分自身か。幸子はどこか楽しそうな表情で空を眺める。

 ただどちらにしろ、そんな空を眺める彼女の瞳はまるで煌びやかな宝石の様に、未来(あす)への希望に輝いていた。

 

「……プロデューサーさん」

 

 と、幸子は視線を空から外すと、突然俺の方を向き、呼ぶ。

 

「ん? なんだ?」

 

「……ありがとうございました! カワイイボクに、更にカワイくなれる最高の魔法をかけてくれて!」

 

 最近たまに見せるようになったその笑顔。別になんてことのない普通の笑顔なのだろうが、俺から見るとそんな幸子の笑顔は人一倍に可愛い。

 

「……フッ、なに言ってんだ幸子。そんなの当たり前だろ?」

 

 だから、そんな世界一『カワイイ』彼女の為に俺は今日も頑張れる。

 

 

 

 

 

 

 

『なんたって、俺はお前の魔法使い(プロデューサー)なんだからさ』

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあプロデューサーさん、気を取り直してそろそろ今日の予定を教えてください!」

 

「ああ、そうだな幸子。今日はまず十時から……」

 

 城の階段は険しく、終わりが見えない程果てしなく長い。俺達は言わば、まだ城の門をくぐり抜けただけだ。マラソンで例えれば、ようやくスタート地点に立てただけに過ぎない。

 少なくともこれから先、俺たちには様々な苦難がのしかかるだろう。それこそ今まで以上に大変な思いをするのは恐らく確実だ。

 挫折するかもしれない。悔し涙を流すかもしれない。時には対立や、決別もあるかもしれない。もしかしたらアイドルの華やかな日常なんてそこには無くて、泥で泥を塗る様なアイドル同士の激しい戦いの日々なのかもしれない。

 全てが未知数の世界、そんな広大で、先の見えぬ場所に俺たちはもう飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、ここからが本当の『アイドルマスター』への長き道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 だが俺達は決して歩みを止めない。そして止まらない。日本が、世界が、例え一人でもアイドルに笑顔を求め続ける限りは。

 俺達は今日もこの346プロの、このちょっとだけ狭い部屋から一日が始まる。別になんてことの無い日々。どこにでも居るアイドルとプロデューサーの恐らく普通の日常。

 でも、俺はそんな幸子との毎日が大好きだ。そして、そんな世界にたった一人のカワイイ担当や、みんなが大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「さて、いよいよシンデレラ達とそのシンデレラを導く魔法使いの物語は動き始めました」

 

 誰も居ない噴水広場、その噴水にはドレスを着た一人の女性が腰掛けていた。

 

「美しき城への門は開かれ、いずれ来る時へと時計の秒針はまた一つ、二つと歩みを進めていく行く」

 

 女性は手に持った絵本のページをめくっていく。

 

「動き出した時はもう止まりません。運命の針が再び十二時を指した時、果たして少女達にかかった魔法は解けてしまうのでしょうか。それとも、魔法は解けずに少女達は本物のシンデレラになれるのでしょうか」

 

 彼女、その高垣楓の姿をした誰かは絵本を閉じると笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

「城を目指す彼女達と、そのプロデューサーの明日に祝福を。そして、これからまた門を開ける14人の少女達に……ちょっとした勇気を……ふふっ」

 

 346プロの屋上、そのオッドアイの自称女神は微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

   〜エピソード2、カワイイボクと14人のシンデレラへ続く〜




これにてこのお話は『プロローグ』終了となります。本当に、本当にありがとうございました。
何を言ってんだお前? という方。



まあ一旦座り給え。スタドリでも飲みながら落ち着いて話そうじゃないか。



まず第一に楓さん? の伏線です。あんな登場してなんの説明もしないで終わったら、まるで自分のことを高垣楓だと思っている精神異常者じゃないですか。
エピローグにも出てきた通り、これからの展開に大きく関わってきます。

次に作中の時間はまだ二週間しか経ってないです。二週間なんて本家アイマスなら、早ければ五分で終わる程度の話ですからね?

そして最後に誕生日特別編や一向に更新される気配の無い

『お 気 に 入 り 1 0 0 記 念 話』

はい、今後の展開を作者はバカなので何故か既に今後の展開をある程度公開してしまっています。シンデレラプロジェクトのメンツや志希達の存在、そして幸子達がユニットを組むこと、何を思ったか作者は今後の展開を公開してしまっていたのです!(うーん、まさにアホソード)

まあつまりどういうことかというと、なんとこのお話は『ここからが本番』です。
幸子をやたら可愛がる拓海や乃々といちゃこらする雪美。新たに結成されるシンデレラプロジェクトと幸子達の絡みや、それに伴う武内Pの登場。スカイダイビング回に、サバゲー回に、遊園地デート、挙句は再来のお泊まり会!?

そして幸子達三人に待ち受ける新たなる試練とは……?




こんな感じで現在作者の脳内はネタで飽和状態なので、多分話の完結まで、ざっと150話はかかる予定です(長過ぎィ!)
というか多分モチベがある限りこの話は多分延々と書き続けます。みんなが可愛すぎるのが悪い。執筆で指を過労死させる気か。



さて、本編の話に戻りますがついに幸子や飛鳥達は無事、初ライブを経験しました。
今までは無名の新人アイドルとして活動してきた彼女達もようやくこれで、世間一般的に知られる『普通レベルのアイドル』へと成長していきます。
そこには有名になっていき仕事が増えていくという嬉しさと共に、様々な問題や課題が。そして勿論新たなシンデレラ達との出会いも。

実を言うと当初の計画ではメインキャラは幸子達三人しか出さない予定だったのですが、話を書いているうちに色々他のアイドル達も好きになってきてしまい、結局あれよあれよで主要キャラが増えていきました。
また、それだけでなく、ストーリー自体の方も数十話で終わらせるつもりがアイドル数に比例して収集がつかないことに。
SSを書くと担当が増える、はっきりわかんだね。さあ画面の向こう側のあなたも書きなさい、アイマス小説。人生楽しくなるから。



ということですぐさまエピソード2開始、と行きたい所ですが、作者は暫くオリジナル小説の作成に専念します。
そのためこのお話の投稿は暫く無いかもしれませぬ(とか言ってまたどうせすぐに書く)

さあ、そんな時こそ皆さん、デレマスですよ! デレマス! 課金して、幸子の、いや皆さんが気に入った娘のSRやSSRを引き当てるのです! こんな辺境のクソ小説を読んでるより、よっぽど動いてる最高に可愛いアイドル達を拝んでいた方が癒されるはずですから……

という訳で皆さん、ここまで丁度一年間(最終回投稿時点)幸子達のお話を読んでくれて本当にありがとうございました。
これからも体力が続く限りまだまだお話の方はじゃんじゃん考えていくのでどうぞ、幸子共々よろしくお願いします。



彼女達とプロデューサーの軌跡は、まだまだ終わらない……!!


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ep2.自称天使と十四人のシンデレラ
第60話 新たなる旅路へと……


9月15日、若干内容修正しました。
まあそんなに内容に大きな影響はないと思いますが、幸子の通勤、通学事情がデレステ基準になってます。


第60話

新たなる旅路へと……

 

 

 

 

 

 

 

 アイドルとは、何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 日常で見かけない日はおそらく無い。テレビを付ければバラエティ番組なり、歌番組なり、旅番組からドラマやCMまで、とにかく様々なものに彼女達や彼らは居る。

 

 歌を歌うということは、アイドルは歌手の一部なのだろうか、いや違う。

 では女優や俳優か? それも違うだろう。

 じゃあまさか芸人? それに関しては、一部否定出来ないが、しかし違う。

 

 アイドルとは何なのか。歌手でも無ければ、役者でもない。ましてや芸人でもない。それだったら、アイドルの存在意義や立ち位置は、一体どこになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 答えは単純、それら『全て』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 すなわちアイドルとは歌を歌い、時には踊り、役者にも、コメンテーターにも、挙句芸人にすらもなりうる。

 彼女達は望まれれば、モデルやグラビアもやろう。彼らは望まれば、農業や開拓もやろう。彼女、そして彼らは人々に望まれるなら、何にだってなるだろう。

 

 では、そんな多種多様に何でもこなすアイドル達の、目的とは一体何だろうか。

 

 その答えはたった一つ、星の数程いるアイドル達の『心』の中に秘められている。

 ある者は、自らの存在を証明するため。ある者は、まだ見ぬ未知の世界を探求するため。そして、またある者は、不本意ながら、自らを信頼してくれる人や家族のため。

 

 果たして、そんな彼女達の、長い旅の果てに行き着く先には、一体何があるのだろうか。

 彼女達は光り輝く舞台の上から何を見て、何を得るのだろうか。

 

 今、十二時を指したその時計の針は、再び零時へ向け動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の始まりから、終焉へと。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 九月上旬、夕方の四時頃。346プロダクションのとある一室にて。

 

 俺は今日もまたいつもと変わらず、黙々とパソコンに文字を打ち込んでいた。

 九月に入ってからは陽気も安定してきて、エアコンをつけなくても良い様な涼しい日が、少しずつだが増えてきている。お陰で、こういった作業にはもってこいだ。

 

 涼しい日と言えば最近は、あれだけ幾千、幾万とあった蝉の声も、ある日を境にほとんど聞こえなくなり、街の方では早くも、秋に向けた展示に切り替わり始めている。

 テレビ番組なんかも徐々に、海やプールなどといった夏の話題はやらなくなり、気が付けばあっという間に、紅葉や今年の冬に向けた話が主流になっていた。

 あれだけ暑苦しく鬱陶しかった夏も、こうして呆気なく終わってしまうと、寂しさすら感じてくる。なんだか、どこかに色々と忘れ物をしてきた様な気分だ。

 

 しかし、そんなこちらの事などお構い無しに変わりゆく、日本の季節ではあったが、代わりに肝心の俺たちのプロデュースの方は、あれからそこまで大きな動きや変化はあまり無かった。

 あのライブの直後こそ、会社の宣伝絡みでバラエティ番組への出演の様な仕事は、何回かあった。だがそれ以降というものの、来る仕事は二日か三日に一件、それも何かのイベントの手伝いや、テレビ番組のちょっとした役等の、本当に小さな仕事ばかりだ。

 あれだけ盛大に、新人ライブなどといったものをやっておいて、会社もその後はほとんど仕事周りのサポートをしない辺り、流石は実力主義の業界世界だよな、と現実を思い知らされる。

 俺もこのまま、彼女共々闇に消えないように、毎日頑張らなければな。

 

 さて、大きな変化はあまり無かったとは言ったが唯一、今までと明確に違う点がある。それは、いつもそこに居たはずの『彼女』が居ないことだろうか。

 

「もう四時も回るか……」

 

 俺は作業の手を一旦止めると、パソコンの画面を閉じた。そして、飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干し、伸びをすると、部屋の入り口の方を向く。

 

「……それにしても遅いな。そろそろ来ても良い時間なんじゃないか?」

 

 するとそう思ったのも束の間、それから数分も置かない間にノックの音が部屋に響き渡り、扉が開く。

 

「おはようございまーす、プロデューサーさん!」

 

 彼女、輿水幸子は相も変わらずな様子で部屋に入って来た。しかし、その格好はいつもの私服では無く、あまり見慣れていない学校の制服姿だ。

 

「おいおいどうした、もう今は夕方だぞ。おはようにしては、少々遅すぎるんじゃないか?」

 

「フフーン! プロデューサーさんはもしかして、業界のこんな簡単な常識も知らないんですか?」

 

「業界の常識?」

 

 そう聞くと幸子は、待ってましたとばかりに自慢げに答える。

 

「はい! 常に色々な人が働いているこの業界などでは、労いの意味も兼ねて、どんな時でも必ず挨拶はおはようから始まるんですよ。つまりこれは、いつもお仕事を頑張っているプロデューサーさんへの、カワイイボクからの労いなんです! 感謝してくださいね!」

 

「いや、それは分かってんだけどさ。お前、今まで業界の挨拶とか作法って、そんなに意識していたか?」

 

「フフーン! ボクはもう駆け出しとはいえ、表舞台にデビューした身なんです! つまり、挨拶とかもちゃんと、業界人らしくしなければいけないじゃないですか」

 

「本当、デビューしてからというものの、無駄にプロ意識だけは高くなったよな……」

 

「無駄にってどういうことですか! 洗練されたカワイさを持つボクに、無駄な箇所なんて一つもないんです!」

 

「まるで、どこかの有名企業の商品説明みたいなことを言うな、お前……」

 

 とか言っておきつつ、その相も変わらずな幸子の様子に、俺は安心して胸をなで下ろす。

 折角初ライブも無事に終わり、幸先の良いスタートを切れていたというのに、彼女のモチベーションが下がっていたらどうしようかと、内心心配だったのだ。

 

「……まあいいや。いつも通り元気なみたいで、俺としたらなによりだ」

 

「別に、今までから特別何かが変わったって訳じゃないですし、特に問題はありませんよ。むしろボク的には、朝からの長時間のレッスンが無くて、少しだけ楽です!」

 

「フハハハハァ! 残念だったな、幸子ォ! ちゃんとこの後五時過ぎから、レッスンが入ってるぜ!」

 

「はいはい、分かってますよプロデューサー……さん……えっ……えええっ!?」

 

 幸子はその俺の言葉に驚愕し、形相を一瞬で変えた。そしてこちらに走り、詰め寄ってくる。

 

「あるんですか!? レッスン!? こんな時間から!?」

 

「いや、何言ってんだ当たり前だろ。お前はアイドルなんだから」

 

「でっ、ででっでもいつもは五時くらいと言ったら、もう帰りの支度をし始める様な時間帯で……昨日や一昨日だって!」

 

「それは、お前が夏休み中だったからに決まってんだろ。大体、その理論でいったら、まともにレッスンをできる日が、学校の無い土日しか無いじゃないか」

 

「そ……それはー……」

 

 幸子は何も言い返せなくなったのか、黙り込んでしまう。

 

「一応念のために言っておくと、表舞台にデビューしたからと言って、もうレッスンをしなくて良いって訳じゃないからな。アイドルってのはただ仕事をして、歌っていれば良いってもんじゃない。アイドルたるもの、常に鍛錬あり。レッスンは命だ」

 

「……べ、別にボクは、レッスンをしたくないとは言ってませんよ……ちょっとだけ驚きましたが。ま、まあ確かに、レッスンはボクの溢れるカワイさを維持し、更に魅力を高める為に重要なことですからね。とりあえず、プロデューサーさんの言い分はわかります」

 

「よろしい、良い子だ幸子」

 

「フフーン! もっと良い子って褒めてくれてもいいんですからね!」

 

 そう、つまりはどういうことなのか。九月に入ったことにより夏休みが終わり、幸子は今日から学校が始まったのだ。

 そして、その関係上、彼女のプロデュースは丁度今位の時間からの開始となった。

 その為、予定が今までより詰め詰めで、時間も限られてくるので、必然的に少しだけ帰りが遅くなるというわけだ。

 

「でも実際、俺も簡単にレッスンとは言うが、確かに学生でもあるお前には時間や、体力的にも辛いかもしれない。だからその分俺も、なるべくレッスンの配分とかスケジュールが、お前の負担にならない様に努力するからさ」

 

「そうやってカワイイボクのことを気遣ってくれているなら、別にこれ以上何も望みません。それにボクは、プロデューサーさんと一緒にお仕事ができれば、それだけで良いんです」

 

「本当は俺なんかと仕事をするのを楽しむのより、ファンと仕事をすることを、楽しんでもらいたい所なんだけどな。でも、そう幸子に言ってもらえるとすごく嬉しいよ。ありがとう」

 

「別に、ボク達の仲なんですし、お礼なんていりません! その代わり、いつも通り死にものぐるいでボクの為に働いてくださいね!」

 

「ああ、分かってる。お前が一日も早く、トップアイドルになれるように頑るよ」

 

 こうして幸子が学校から帰ってきた途端、それまでパソコンの無機質なタイピング音だけが、淡々と響き渡っていたこの部屋に、あのいつもの明るい雰囲気が戻ってきた。

 俺にとって一日で一番楽しみな瞬間、そして一番安心できる瞬間か。

 

「それにしても、随分と帰りが遅かったな。今日はまだ、始業式だけだったんじゃないのか?」

 

「はい。そうですよ?」

 

「そうですよって……それなら、もう少し早く来れたんじゃないのか? 今の学校のことはよく分からんが、始業式と言ったら少なくとも、俺の学生時代は昼前か、遅くても昼過ぎには帰れていたものだったが」

 

 確かに、俺の学生時代なんかは始業式の日と言ったら、大体昼の前後には家に帰れていたものだ。

 恐らく、その辺りの話は時代が変わってもそうそう変わることでも無いだろうし、だとするともう少しだけ早く来れたんじゃないのか、と思ってしまう。

 

「仕方無いじゃないですか、プロデューサーさん。ボクだって色々忙しいんですから」

 

「色々忙しいって……なんだ、部活でもやっているのか?」

 

「別に、そういう訳じゃないです。ただ、ここに来るのにちょっと時間がかかるんですよ」

 

 その幸子の言葉に疑問が浮かぶ。

 

「時間がかかる? もしかして自宅や学校が都内から遠いのか」

 

「あれ? プロデューサーさん、ボクが山梨の方から来てるってこと、まだ言ってませんでしたっけ?」

 

「山梨からって……山梨から!?」

 

 幸子の口からさらっと飛び出してきた、その衝撃的な発言に、俺は即座に聞き返す。コーヒーを飲んでいたら、またむせかえって吹き出す所だった。

 

「おいおい待て待て待てお前、プロフィールに山梨出身って書いてあったが、まさか今日の今までずっと、山梨からわざわざここに来ていたのか!?」

 

「はい! 山梨県の方から、特急電車で毎日来ています。朝早くから健気に事務所に通うボク、努力家でカワイ過ぎです!」

 

 幸子は平然と電車通いのことについて話すが、俺の頭の中はもはや平然と居られる状況では無く、むしろ騒然としていた。

 中学生の少女が、特急電車で、山梨県からわざわざ東京まで通勤、それも毎日? 

 その単語の組み合わせは、パワーワードとなるには容易なものだった。

 

「……いや、でもそうなのか? 言われてみると確かに……」

 

 俺は幸子の山梨発言を聞き、彼女とのこれまでについて思い出してみる。すると確かに、なんというか東京住みとは思えない反応が数点あった。

 特に、あの浴衣を買いに行った日の渋谷の街に対しての反応は、今考えてみるとまさに初めて大都会を見た子供のそれだったか。お世辞でも、都会慣れしているとは思えない様子だった。

 そう考えてみると、幸子はこの東京に来て様々な初めてを楽しんでいたのかな、とかそれとも不安を感じていたのかな、などと今までの何気ない出来事も違った側面から色々考えてしまう。

 

「しかし、てっきりアイドルになるために都内に引っ越して住んでいるのか、あるいは寮ぐらしなものかとばかりずっと思っていたよ……まさか、実家が本当にプロフィールに書いてある通りとはな」

 

「まあ別に、寮に入っても良かったんですけどね。でも、それだとカワイイボクが居なくなって、パパやママが寂しくなると思って。それで、自宅から事務所に行きたいって相談したら、案外普通に了承してもらえたので」

 

「それで二つ返事で了承してもらえるってのも、なかなかのことだぞ……」

 

 彼女はこれまで、何気無くプロダクションに来ていたが、その裏でわざわざ、何時間も電車に揺られてここまで来ていたというのか。それも、家族が寂しがるという理由だけで? 

 というか、普通に疑問なのだが、毎日山梨からって費用とかはどうなんだ? 時間だって場所にもよるが、ヘタしたら二時間所か、それ以上かかるぞ。いやまさか、まさかお前は本当に、冗談抜きにお嬢様か何かなのか?

 俺は、また新たに追加された幸子の属性に頭が混乱し、幸子の顔をじっと見つめたまま固まってしまう。

 

「……うーむ、ますますお前という存在が分からなくなってきた」

 

「確かに、ボクもボク自身がカワイ過ぎて、何者なのか分からなくなることがありますねぇ。そう考えれば、プロデューサーさんがボクを何者なのか分からなくなるのは、当然と言えば当然のことかもしれないです!」

 

 俺はなんだか頭が痛くなってくる。あと一週間程で幸子とは出会って一ヶ月にもなるというのに、事あるごとに次から次へと新たな情報が出てくるからだ。

 もしかしてお前、本当に天使か何かなんじゃないのか?

 

「……まあそれはそれとして、そう言えばプロデューサーさん、さっきから気になっていたんですけど、今日は何かいつもと雰囲気変わりました?」

 

「あ……ああ……ん? ふ、雰囲気?」

 

 と、幸子は何かに気がついたのか、不思議な顔をしながら俺の顔をじっと見てくる。そんな幸子の様子に、自分の世界に入り込んでいた俺はようやく我に返った。

 

「雰囲気? 雰囲気……ああ、もしかしたらこれのせいかもな」

 

 そう言って俺は手を顔の方に伸ばすと『それ』をとった。

 

「メガネ……?」

 

「ご明答。なんだ、似合ってなかったのか?」

 

「いや別に、似合っていないとかそういう訳では無いです。ただ、プロデューサーさんってそんなにメガネをかけるほど視力悪かったんですか?」

 

「ああ、それについては……」

 

「言わないでください! ボクが見事に当ててみせますから……」

 

 そう言うと幸子は、オーバーリアクションで考える素振りを始めた。その顎に手を当ててじっとこちらを見てくる姿は、丸で小さな名探偵か。

 

「……分かりました! いきなりメガネなんかを着けた理由はズバリ、カワイイボクの顔をもっとしっかりと見るためで……いや、もしかしたらカワイイボクがカワイ過ぎたせいで、プロデューサーさんの目を晦ましてしまったのかも……」

 

「おめーは太陽神か何かか。まあ残念、答えを言うとこれは伊達メガネ、つまりただのファッションだな」

 

 そう言うと幸子は盛大にずっこける。

 

「がくっ、なんでそんな紛らわしいことを!!」

 

「いやさ、メガネをかけていた方が人って理知的に見えるだろ? 幸子もまだ駆け出しとはいえ、表舞台にデビューした訳だしな。だから、プロデューサーである俺も、少しはイメージをよく見られる様に工夫しないとと思ってさ」

 

「なんだ、そういうことだったんですか。まあ、カワイイボクの為を思ってのことだったというのならば、ボクはこれ以上別に何も言いませんけど……」

 

 相変わらず話に納得するのが、最新型のパソコン並に早いな本当に。

 確かにメガネをかけ始めた理由に関しては嘘ではないが、その幸子の納得や理解の速さに、将来詐欺や悪質なセールスマンに引っかからないか少し心配になってくる。本当に何に関しても危なっかしいな、お前は。

 

「で、話は少し戻るが、幸子の方は久々の学校生活はどうだったんだ? あと、学校とアイドルの両立で変に疲れが溜まっていたりはしないか? 山梨からわざわざ来ていただなんて聞かされたら、その辺りが益々心配になってきたよ」

 

「今の所は、特に変わったことはありませんね。学校生活の方も特に今まで通りですし、通学や移動の疲れとかも、なんだかんだ言ってこの程度ならまだ平気です。むしろ、そんなプロデューサーさんの方こそ、カワイイボクと会える時間が少なくなって、寂しくなったりはしてませんか?」

 

「ああ。お陰様で今までより部屋が静かで、幾分快適に作業ができているよ」

 

「それってどういう意味ですか!?」

 

「悪い悪い、冗談だ。本当はちょっと部屋が静か過ぎて、何だか違和感を感じていた所だよ」

 

 実際、八月の間あれだけ毎日四六時中一緒に居たせいか、幸子が居ないこの部屋に違和感を感じてしまう。

 確かに、仕事には幾分集中できるかもしれない。だが本音を言うと、そのいつもより果てしなく長い沈黙が俺は嫌いだった。

 

「……ふんっ! まあいいです! 別に、プロデューサーさんがいなくたって、今のボクにはクラスの皆さんがいますから!」

 

「ほう。じゃあなんだ、もう学校の方では幸子は人気者なのか?」

 

「はい! 今やボクの通ってる学校でも、カワイイボクは人気者なんです! この前テレビに出てたカワイイアイドルがって、それはもうサインを求める列が……」

 

「どれ位話を盛った?」

 

「……サインはまだ、パパとママと、あと近所のおばさんにしか……」

 

「……はぁ……」

 

 俺はため息を漏らす。

 

「も、もしかしたら、ボクの纏うカワイイオーラが凄すぎるせいで、一般の人達からするとサインとかを求めにくいのかもしれませんね! ねっ!」

 

「……そうだな。そういうことにしておいてやるよ」

 

 日頃のレッスンで磨かれたアイドルとしての資質以外、半月前の出会った時から何一つ変わらない幸子の様子。だが、それが逆に心地よかった。

 別に、彼女とはたかが半日会えなかっただけに過ぎないのだが、それでも彼女の居ないこの部屋に、妙な空白を感じて寂しさが拭えなかったのだ。

 なんだか、あの幸子と出会うまでの無色で無個性な日々を思い出してしまってな。

 

 つまりなるほど、これが一度知ってしまったら抜け出せない沼、つまりは担当アイドルを持つということなのか。

 

「と、とりあえずプロデューサーさん! 仮にもし、これから仕事が忙しくなってきたとしても、学校の方は心配しなくて大丈夫です! いざとなったら、ボクはアイドル活動に専念できますから!」

 

「いいや、それはダメだ。幸子のその意気込みや気持ちは十分有難いけど、学校にはちゃんと行け。学生の本業はアイドル活動じゃなくて、学舎での勉強と、仲間達との青春なんだから」

 

「プロデューサーさん、やっぱり考え方や言い回しがジジ臭いですね……」

 

「ジ、ジジ臭いってなんだお前!?」

 

「いや、プロデューサーさんって前から、一々言葉が説教臭いというか……どこか古臭いというか……」

 

「……確かに、それについてはあまり否定はできないな」

 

 実際、うちの親は周りからすると少し世代が上だった。そのせいか親の教育方針がなんというか昔的で、今からすると少し堅苦しい物だったのかもしれない。

 そんな教育を受けて育ったせいか、現代に住む俺まで親の影響を受けて、この通り考え方や発言が少しだけ古臭くなってしまった。とは言え、決してその教えの数々は間違った物ではないとは思うのだが。

 

「ともかく、そんなことはいいんです。プロデューサーさん、今の言葉に一言だけボクの反論を、ちょっとしたワガママを言わせてください」

 

「おっ、反論とは珍しいな。なんだ?」

 

「確かに、勉強は学校でしかできません。ですが、それと同じ様に、アイドルの仕事をすることもここでしかできないんです! プロデューサーさんとアイドルの仕事をすることだって、ボクの大切な青春の一つなんですからね。それだけは、頭の片隅にでも入れておいてください!」

 

「……参った、こりゃ一本取られたな。それを言われたら何も言い返せないよ」

 

 俺と働くことも青春の一つ、か。彼女の言い放ったその言葉に、ドヤ顔で大人ぶった発言をした俺は、少しだけ反省させられる。そしてそれと同時に、彼女のアイドルに対する並々ならぬ強い思いが伝わってきた。

 

「分かった。そこまで言うなら、アイドル活動と学業の配分はお前に任せるよ。ただ、学校の先生や親御さんに怒られない程度にな。最近は教育委員会やら、児童保護団体やら、色々怖い人達が多いから」

 

「フフーン! ありがとうございます!」

 

 やっぱりダメだな。幸子のこの時折見せる天使じみた笑顔の前には、俺の岩石の様に堅物な頭も少し緩んでしまう。

 まったく、また今日も彼女のある種のワガママを聞き入れてしまった。彼女には本当、適わないな。

 

「ただし、これだけは言わせてくれ」

 

「はい? なんです?」

 

「無理と無茶だけは、絶対にするなよ? レッスンとかスケジュールとか、辛くなったらとにかくなんでも俺に言ってくれ」

 

 そう言うと、彼女は笑みを浮かべる。

 

「フフーン! 無茶をするのは、プロデューサーさん一人で十分です! でも、プロデューサーさんも同じく無理だけはしないでくださいね? その~……プロデューサーさんが倒れると、ボクが困るので!」

 

「……まったく、お前は本当に無茶を言うな」

 

 ああ、まったくだ。

 

「さあ、今の話がわかったなら、早く仕事を探してきてください! まだまだカワイイボクがトップアイドルを名乗るには、仕事の数が少な過ぎですよ!」

 

「へいへい、それじゃあ今日もお仕事頑張りますよ、お嬢様」

 

「お嬢様扱いじゃ足りません! お姫様、いや女神様扱い位にはしてください!」

 

「……それにしても、本当に何一つブレないな、お前は」

 

「だって、それがボクですから!」

 

 こうして月も変わり、気持ちを新たに始まった俺達の日々。その数は決して多いとは言えないが、それでも少しずつ部屋のホワイトボードに仕事の文字が増えてきており、俺達のプロデュースには順調に良い追い風が吹いてきていた。

 肝心の幸子の方も調子は上々の様で、アイドル活動への体勢も非常に前向きで良い兆候だ。できればこのまま二人で波に乗っていきたい。

 まあ、そんな彼女を活かすも殺すも、全てはプロデューサーである俺の手にかかっているのだがな。

 

 自称世界一カワイイアイドル、輿水幸子。そしてそのプロデューサーである俺。そんな二人による新たなる旅が今、ここから始まろうとしていた……

 




どうも久しぶりです。5thライブを見てきてから涙腺と語彙力がガバガバになった作者ことドラソードPです。
決してオリジナル小説から逃げてきたわけではありません。決して。幸子達がカワイイからいけないんです。
本当です。カワイ過ぎてついつい幸子達の話が書きたくなってしまうのです。

というわけでシーズン2開始です。
ここからが本当の幸子攻略ルート、もとい幸子が主役のアイドルマスターです。
正直失踪すると思った? 残念、そもそもこの話を書くこと以外に作者は本気でやれることがありません。
ぶっちゃけゲームは暇つぶしとモチベ回復剤です(ただしアイマスに限ってはもはや命そのもの)
まあこれからもいつも通りぼちぼちと書いていきます。

それでは早速次回、と行きたいのですが書きたい話が多過ぎるのでどこから消化するか現在考え中です。
というか今度こそオリジナル小説の方を書くから……多分次回更新は遅いかと。

とりあえず作者をお気に入り登録ポチーして、そのうちひょっこり現れる新着小説から見てね!(YouTuber並の露骨な宣伝)


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第61話 シンデレラプロジェクト

第61話

シンデレラプロジェクト

 

 

「……このデータにも示される通り、二年前の発足当時から比べ、346プロの世間的認知度は緩やかにですが上昇線に入ってきており……」

 

 会議室の真っ白な壁にはプロジェクターで、様々な統計データやグラフなどの画像が映し出されている。

 そして社員の一人が、その映し出された物を用いて解説をしていく。

 

「しかし、依然として他大手の有名プロダクションには追いつけていないのが現状です。その原因としてはやはり、アイドル事務所としての経歴の長さやネームバリュー、その他、決め手となる何かがまだ足りていないからでは無いでしょうか」

 

 ここは346プロの会議室。今は毎月の定例会議の最中だ。

 まあ会議とは言っても、うちら新米プロデューサーや下の人間にとっては、話を聞く側に回ることが殆どだがな。

 

 で、その肝心な会議の内容としては、所属アイドルの仕事量や番組出演本数、売り上げなどの基本的な話から今後の方針、他連絡事項などだ。

 別に、これといった特別なことをやっている訳でもなく、どこの会社でもやっているであろう至って普通の会議だと、俺は思う。

 

「そこで提案するのが、今回の本題であり、私が企画したこのプロジェクトです」

 

 と、プロジェクターの画像が切り替わる。

 

「私たちは先月、この346プロに所属する新人アイドル達のデビューライブを全国中継することにより、346プロという存在の世間的認知度を、一段階先に進める事に成功しました」

 

 しかし普通の、とは言ったが今日の会議に限っては何やらいつもと様子が違う。いつもなら遅くても二時間程で終わるものなのだが、既に今日はその時間を超えつつある。

 それもそうか。今日の会議はこれからの346プロの運命を恐らく左右することになる、一大プロジェクトとやらについての話がある、ということを事前に聞かされていたからな。

 

「そのような認知度の高まってきた今だからこそ、その流れを絶やさずに、かつ一人でも多くの少女の夢を叶えてあげられる。そんな、この346プロにしかできない様な試みが必要なのではないでしょうか」

 

 それにしても一大プロジェクトとは言っているが、俺的に紙面で内容を見た限りでは別に、一大というには少々大袈裟過ぎる気がしなくもない。

 確かに、仮にこのプロジェクトが始動となった場合にかけられる広告等の予算は、普通の企画よりかはそこそこ多めだ。だが、別にそれ以外は、いつものアイドルプロデュースと何ら変わりは無いように見える。

 そんなに大金を使って新規プロジェクトとやらを立ちあげるなら、俺たち新人の予算や広告を増やした方が良い気がするんだがな、とついつい考えてしまうのは親バカならぬ、プロデューサーバカなのだろうか。

 まあ別に、予算を増やしてもらったからといって特別何かが大きく変わる訳ではない、というのもまた事実だが。

 

「この346プロは、他の事務所より規模が大きいのが強みです。その規模の大きさを生かし、日本中から沢山のアイドルの原石達を集めることができればきっと、他には無い新しい『可能性』を見いだせるのでは、そう私は思います」

 

 そう言うと、再びスライドが切り替わる。そして画面には、クライマックスとばかりに大きく映し出される企画名と内容のまとめ。

 

「……以上のことから、私はこのプロジェクトをこう名付けました」

 

 そう、その企画名は

 

 

 

 

 

 

『シンデレラプロジェクト』

 

 

 

 

 

 

 幸子達346ブランドのアイドルが世間的に知られてきた中、更にその波に乗るために企画された新たなアイドルプロジェクトだ。

 その内容は主に、346プロ史上かつて無い大規模のオーディションを行い、全国から数十人のアイドルの原石を探し当て、そしてその集まった少女達を346プロの新たなる広告塔として売り出す、というものである。

 この前の幸子達が、346プロという存在を日本中に売り込む為の起爆剤だったのだとしたら、このプロジェクトはその346プロのアイドルを世間に強く根付かせるための言わば、延焼剤としての立ち位置に当たるのだろう。

 確かに、幸子達のデビューライブで、346プロという存在について注目はかなり集められたからな。このタイミングで全国規模の大きなオーディションを行えば、間違いなく人はいつも以上に集まる。

 

 なお仮に、この大規模プロジェクトが始動したとして、俺たちへの影響などは一切無いそうだ。

 むしろ既存のアイドルやユニット達と上手く連携を取っていき、お互いに相乗効果が現れることを望んでいるらしい。

 俺も最初、大規模プロジェクトが企画されていると聞いた時は内心、かなり不安だったが、会社側からそう言ってもらえるなら、少しは安心して良さそうだ。

 

「私はこのプロジェクトに346プロの、いやアイドル業界の未来がかかっている、そう考えています」

 

 それにしてもシンデレラプロジェクト、か。美しき城にシンデレラ、確かに聞こえはその名の通り、夢物語の様な話だ。

 日本中から大規模オーディションでアイドルを目指したい少女を集め、その中から激選された少女数人を、これからの346プロダクションの顔として売り込んでいく。ある意味、アイドルを夢見る少女達にとってはこれ程までに美味しい話は無いだろう。

 何せ、受かった途端にそこそこ大規模の事務所に、いきなり看板として使ってもらえるのだからな。

 実際、こうしてプロデューサーと言う立場に着いたからこそ、その意味がどれ程美味しいものなのか良くわかる。

 

 なお、手元の資料によると、最初のこれを発端としてオーディションや募集、スカウトなども今後今まで以上に行っていくとのことだ。

 様々な場所から多くのアイドル達を集め、かつプロダクションの規模により数と質をも両立する。

 それに加え、他のプロダクションに回ってしまうかもしれない、隠れたアイドルの原石達を独り占めすることもできる。

 なるほどな。確かにこれは、あの発案者の社員が言う通り、規模が元からある程度大きい、この346プロだからこそできる芸当なかもしれない。こう一つ一つ内容を読み解いていくと、まったく筋が通っていないという訳でもないか。

 ここまですべて計算してこのプロジェクトを発案したというのならば、このプロジェクトの発案者はなかなかのやり手なのだろう。

 

「では次に、このプロジェクトの始動が決定した場合の流れについて、細かく説明していきたいと思います……」

 

 そのやたらと身長が高く、目つきが鋭い社員は淡々とプレゼンテーションを進めていく。

 

 

 

 

 

 さて、それから一時間程で会議は終わった。

 いつもより長時間の会議に少々疲れ気味で部屋に帰ると、そこには丁度同じく、学校帰りと思われる幸子の姿があった。鞄をまだ手に持っていた所から、帰ってきたのはほぼほぼ数分の違いだろう。

 

「よっ、おかえり幸子……いや、この場合はただいまか?」

 

「そうですね、先に帰ってきていたのはボクなので。それじゃあ……おかえりなさい、プロデューサーさん!」

 

 なんだか珍しい構図だ。こうして彼女に出迎えてもらったことは、意外と今まで無かった気がする。

 いや、そもそも誰かにおかえりなさいと言ってもらったこと自体が、割と数年ぶり位かもしれない。

 

「なんかこう、面と向かって誰かにかえりなさいと言ってもらえるのって、当たり前のことかもしれないが凄く嬉しいな」

 

「フフーン! ボクがおかえりなさいを言う人なんて、恐らくボクの家族や将来の旦那さんと、そしてプロデューサーさん位でしょうねぇ。光栄なことなんですから、喜んでください!」

 

「おう? なんだ、そんな貴重な枠の中に俺を入れてもらっちゃって良いのか?」

 

「うーん……やっぱりよく考えてみるとダメですね」

 

「いや、どっちやねん」

 

 俺は盛大にずっこける。コントかこのやり取りは。

  

「だってプロデューサーさん、最近調子に乗ってきたのか、ボクでイジって遊ぶ様になってきたじゃないですか。ここでプロデューサーさんを甘やかしてしまったら、更に調子に乗るに決まっています!」

 

「そ、そりゃあお前がイジり甲斐があるのが悪いわけで……」

 

「イジり甲斐って、ボクはリアクション芸人じゃないですから!!」

 

「違うのか?」

 

「違います!! あなたは今まで、なんのプロデューサーをしていたんですか!!」

 

「……歌って踊れる、芸人アイドル?」

 

「一言余分ですから!! それに歌って踊れるって、まるで肝心な部分がおまけみたいに言うのやめてください!!」

 

 この打っては打ち返す、そんな会話のキャッチボールというよりバレーボールがまさに、彼女自身が否定する、芸人のそれだという事にそろそろ気が付くべきだ。自覚は無いのだろうが、彼女は間違いなく『そちら側』の路線の素質を持っている。前までそれは可能性の域に過ぎなかったが、こう一ヶ月経った今でも変わらないのを見ると、もう確定だ。

 

「……でもさ、実際真面目に考えてみると、将来幸子を嫁さんに貰える人は羨ましいよな。カワイくて、料理もできて、しかも極めつけはアイドルでさ。こんなカワイイ嫁さんにおかえりなさいを言ってもらえるとか、将来の幸子の旦那さんは本当に幸せ者だよ……正直、一人暮らしの俺からすると本当に羨ましい」

 

「……羨ましい?」

 

「ああ……ん、どうした?」

 

「ま、ままっまあボクならそれくらい当然ですね! う、羨ましい……ですか……」

 

 と、幸子は突然挙動不審になる。

 最初はその意味がわからなかったが、自分の今の発言を思い出してみて、俺もそこそこマズい発言をしていた事に気がついた。

 

「あっいやっ、ち、違う幸子。今のは深い意味とかは抜きにしてその……あー、純粋な意味での言葉だ」

 

 すると幸子はチラっとこちらを向きながら、小声でブツブツと何かを言ってきた。

 

「……ぼ、ボクはお嫁さんに貰われるんじゃないです。お婿さんに貰うんですよ……カワイイボクの為の……世界に一人だけの……」

 

「……な、なんだ?」

 

「……な、何も言ってないです!」

 

 再び幸子は慌てるようにして顔を背ける。

 その耳は、こちらからでも分かるほどに真っ赤になっている。

 

「……あー……コホン。で、プロデューサーさん。とりあえず、今日は会議だったんですよね? どうだったんですか?」

 

「……プロ野球の変化球も真っ青なくらい露骨に話を逸らしたな、お前」

 

「う、うるさいです……」

 

 幸子は恥ずかしそうに顔を背けている。その声はまるで乃々の声みたいに小さい。

 

「別にどうもこうも、いつも通りの普通の会議だったよ。ただ、なんか新しい大規模プロジェクトを立ちあげるとかで、その話がちらっと出たくらいかな」

 

「新しい大規模プロジェクト?」

 

 と、幸子はその言葉に強く反応を示す。その顔色は話が気になるといった感じもそうだが、少し不安そうにも見える。

 

「もしかしてそれって、ボク達のことですか?」

 

「いや、それがどうも違うらしいんだ。なんでもまた、うちら以外にオーディションを開いて新規に人を取るんだとよ。こんな短期間に新人アイドルを集めるってのも、中々珍しいよな」

 

 その言葉を聞いた幸子は顔を俯け、悲しそうな表情をする。

 

「……それってどういう意味が……?」

 

「ん? どうもこうも、その言葉のままだろう」

 

「……つまり、ボク達は既にもう用済みということですか?」

 

「……いや、待て待て待て待て、違う。そういう意味じゃないよ」

 

 幸子はどうやら、俺の言葉を悪い方向に考えてしまった様だ。その表情にはいつもの彼女らしい喜怒哀楽では無く、心の底からの悲しみに近い、落胆の表情が滲み出ている。

 俺はそんな幸子の表情を見て、慌ててフォローを入れる。

 

「俺たちについては、ちゃんと言及があったから大丈夫。これまで346プロに所属していたアイドル達やその部署に、今回のプロジェクトによる影響は一切無いってさ。これからのCDデビューや、346プロ主催のライブへの参加とかも、別に今まで通りだとよ」

 

「良かった……まったく、驚かせないでくださいよプロデューサーさん! 今の言い方ですと、本当にビックリしますって!」

 

「なんだ、いつもポジティブシンキングカワイイボクなお前にしては、随分と考えが短確的だったな」

 

「それは驚くに決まっているじゃないですか! 折角こうして幸先よくスタートを切れたというのに、このタイミングでいきなりボク達とは別に、大規模プロジェクトが始動なんて言われたら!」

 

「……悪い、タイミング的に考えて確かにそうだよな。変に不安を煽る様なことを軽率に言っちまったか」

 

 とは言いつつ、最初に聞いてきたのはお前の方だろうと心の中でツッコミを入れる。

 だがそれと同時に、勘違いだったとはいえ、その一瞬だけ見せた幸子の悲しむ顔は、できればもう二度と見たくない物だった。

 

「まあでも、言ってしまえばその一大プロジェクトとやらは、新しくアイドルグループを作るだけの話らしいしな。別に特別何かが変わるとか、新しいことをやり始めるって訳ではないらしい」

 

「なんだかおかしな話ですねぇ……そんなことなら、会社ももっと別の事に予算を使った方が良くないですか?」

 

「俺もそう最初は思っていた。だが、俺は恐らく本質は違うところにあると見た」

 

「違うところにある?」

 

「ああ、そうだ。つまりこれは、会社全体を使った宣伝なんだよ。大規模オーディションをやると言って、日本中に346プロの存在をアピールするのさ」

 

 俺は幸子に説明を続けていく。

 別に俺が発案者という訳でもないし、本当の所詳しい意図等も推測の域を出ていない。その為、そんなに熱く語る必要は無いのだろうが、プロデューサーである以前に一、アイドルファンとしてでもある俺は、この手の話になるとどうしても熱くなってしまう。

 

「アイドルという存在が何より注目されている今、下手な宣伝をするより、大規模オーディションを開くと言った方が、一般人からは注目されるだろう。多分、それを狙ったんじゃないのか?」

 

「確かに……できたばかりとはいえ、そこそこ大手のプロダクションが、それも全国規模でオーディションをするとなったら、少なくともアイドルに憧れている人達は確実に注目する筈ですね。それに、オーディションとなれば、一般の人達にも関係がある話になってくる訳ですし」

 

 と、幸子は話を続けていく。珍しくその表情は真剣だ。

 

「でも、そうなってくるとやっぱり今後が少しだけ心配ですねぇ。それだけ大規模な宣伝をして人が集められたとなれば、注目は確実にそっちの方に行く筈です。そうなると、ボク達に入る仕事等は少なからず……」

 

「これは俺の考えや推測も入ってしまうが、その大規模オーディションはこれから開かれるんだ。大規模となれば準備や選考、オーディション後の内部処理にもそこそこ時間がかかる。つまり、早急に急いで何かをする必要までは無いんじゃないかと俺は踏んでいる」

 

 そう、恐らく俺の予想が当たれば、少なくともまだ一ヶ月から二ヶ月は猶予があるだろう。だから実際、それだけの期間があれば、知名度を上げるには充分だと考えていた。

 さらにこれからの季節、秋口から冬に向けて特番やらなんやらで、テレビ業界も忙しくなる。そうなってくれば幸子達新人の様な出番も、必然的に伸びてくるだろう。

 今後何事もなく順調に事が進めば、割と先は真っ暗というわけでもなさそうだ。

 

「それに、もしかしたらその子達がアイドルとして活動をし始める頃には、運がよけりゃ先に人気アイドルになれてる可能性だってある。先にこっちが人気アイドルになってしまえば、何も心配は要らない。なぁに、俺たちなら余裕だろ?」

 

「も、勿論! そんなの当然ですよ! 運が良かったらとか、そういうことは関係ありません! ボクはカワイイので、絶対にトップアイドルになるんですから!」

 

「フッ、お前のその意気込みが、俺の一番の救いだ」

 

 これまでだってそうだった。彼女の強気で前向きなこの姿勢、それが俺の背を押してくれる。

 

「とりあえず、どちらにしろしばらくの間はまだ俺たちの方が仕事は多いだろうなって感じだ。その間に、如何にして知名度や仕事数を伸ばすかだな」

 

「しばらくは、ということはやっぱり、将来的には分からないんですか?」

 

「これは当たり前っちゃ当たり前のことだが、幾ら今後の活動は保証されてるとはいえ、向こうが俺たち以上にアイドル活動を頑張ったとしたらそりゃどうなるかは分からない。それに、アイドルが増えるってことは同じ事務所とはいえ、今まで以上にライバルが増えるんだ。もしかしたら、ずば抜けた才能を持ったヤベー奴とかが居る可能性だってありうるしな」

 

 現時点でさえ、このプロダクションには美嘉の様な、実力や才能を持ったアイドルが居る。それに、同期の飛鳥や乃々だって、話によると着々と仕事の数などを増やしていると聞いた。

 生半な考えや心意気ではこれから先、彼女たちに追いつくことすらできなくなってくるだろう。そうなれば単純明快、全ては『終わり』だ。

 

「まっ、わかりやすく結論を言ってしまえば、今までみたいに呑気にはやっていられないってだけの話だ。冗談を抜きに、本気でトップアイドルを目指さなければ俺たちに未来は無いかもな」

 

「なんだか、思ったより大変なことになってきましたねぇ……」

 

 幸子は不安にその顔を曇らせる。珍しく、彼女は危機感を感じているようだ。

 

「……大丈夫だ、幸子」

 

「はい?」

 

「デビューライブだって成功させた。そんな俺達ならなんでもできる、そうだろ?」

 

 俺はそんな不安そうにする彼女に、苦手ながらも笑顔を向ける。多分、相当顔は引き攣っていただろう。誰かを安心させるための作り笑いなんて、あまりした事が無い。

 だが、彼女はそんな俺の顔を見るとすぐに笑顔になった。

 

「……そんなの、勿論に決まっているじゃないですか! あ、でも、頑張るのはプロデューサーさんだけですからね。ボクはプロデューサーさんに用意してもらった舞台で、思う存分に自分のカワイさを発揮するだけなんですから!」

 

「……お前らしい答えだ。分かった、了解」

 

「いつでも、頼りにしてますよ!」

 

「ああ! そうだ……な……」

 

 だが幸子の言葉に返事をした次の瞬間、俺の体に何か嫌な感じが走った。

 物理的な物じゃない。それはなんだか、最悪なものを見てしまった、あるいは想像してしまった時に感じる悪寒や、嫌悪感に近い様な何かだ。

 

 

 

 俺は今、何を想像した?

 

 

 

 なぜ俺は今恐怖を感じている?

 

 

 

 なぜその表情が思い出したかの様に頭の中に浮かぶ?

 

 

 

 瞬間的になぜだかは分からなかった。だが、数秒もするとすぐにその恐怖の根源を理解した。

 

 

 

 

 

『先程見せた幸子の落胆した表情』

 

 

 

 

 

 先程幸子が一瞬だけ見せた、本気で落胆した表情。それが突然脳裏に蘇り、俺は恐怖に震えたのだ。

 

 そう、先程の話自体は別になんの問題も無かったわけだ。だが、仮にももし、これから先本当に幸子のプロデュースが続けられなくなったとしたら、彼女が夢を諦めざるを得ない状況になってしまったとしたら、一体彼女はどうなってしまうのだろうか。

 この明るくて、純粋で、ちょっと自信家で、でも少しだけ自分に素直になれない、そんな今ここに居る一人の少女はどうなってしまうのだろうか。

 

 今まで気にしたことも無かった。いや、目の前のことに必死で、気にするような暇も無かった。

 デビューライブ等を乗り越え、精神的に余裕が出てきたいまだからこそ、彼女との当たり前が壊れて無くなってしまうことや、自分のプロデューサーとしての責任に意思が揺らぐ。

 そして、彼女の俺に対する期待の大きさ故に、不安が蓄積されていく。

 

 

 

『俺はこれからもずっと、彼女の期待に応え続けられるのか?』

 

 

 

『本当に、そんな強気な言葉を軽々と言ってしまって良いのか?』

 

 

 

『作り笑いをしてまで彼女を安心させて、それで結果失敗したらどうするんだ?』

 

 

 

『本当は会社からの安心して良いという言葉を盾にして、責任から逃げてるだけなんじゃないのか?』

 

 

 

 頭の中には声が響く。それは自分の声だ。

 紛れもなく、自分に向けられた、自分自身の言葉だ。

 

「チッ、まったく、嫌な想像をしちまったよ……」

 

「ん? 何ですか」

 

「……いや、何でもない」

 

 こんな感情は、今まで感じたことが無かった。恐らく、今までなら別になんら気にすることも無かったやりとりだろう。だが、俺はそんな何気ないやりとりから想像したくない幸子の姿を、信じたくはない未来を見てしまった。

 

 

 

 

 

『彼女がアイドルでいることを諦めてしまう未来』

 

 

 

 

 

 今はありえない未来。だが、少しの狂いや間違いでありえてしまう未来。

 笑顔で幸子と接する俺だったが、その心は確実に揺れていた。




プロデューサー実は豆腐メンタルか?

いや、多分自分も実際にプロデューサーだったら胃に穴あきますね。
自分がミスをしたり、プロデュースが下手なせいで担当アイドルがアイドルを辞めざるをえなくなるとか、自殺物です。常にそんなプレッシャーに襲われながら仕事するとか、やっぱりプロデューサーは辛いよ。

さて、という訳でなんだか不穏な空気が立ち込めてきましたところで今回はおしまいです。そして次回、とある人物と会うことにより、プロデューサーはこの葛藤から一つの答えを得ます。
やがてその答えがプロデューサーに力をくれたりくれなかったり。
そして何気に登場したシンデレラプロジェクトの名前と、目つきの鋭い社員。おわかりですね?つまりそういうことです。

では次回『邂逅〜とある日の噴水広場にて〜』
なんだか話が複雑化してきそうな雰囲気ですが、基本は彼女達の日常や仕事を書いていくつもりです。ただ、アイマス作品ならやっぱり2期でちょっとしたシリアスを入れるのが王道かなと(それでも初見デレマスのアニメでのCP解散にはビックリさせられたが)
作者的にもやっぱり二次創作で自己満足の物語とはいえ、物語であら始まりと終わりがある以上、話にはある程度の流れとメリハリが必要だと思いました。幸子達みんなが心の底から大好きだからこそ、ただのよくある量産型ハーレム俺TUEEEEイチャイチャ二次創作では終わらせたくないのです。自分はこの作品で彼女達の担当Pを増やして、シンデレラガールの人気投票にひと風吹かせる気でいますから。

では、長々とあとがきを見てくださってありがとうございました。次回投稿は未定(予定調和)
AnswerのCD発売までには投稿したいかな?(仕事つらい)


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第62話 邂逅〜とある日の噴水広場にて〜

【お知らせ】
すいません、随分長い間新話をお待たせしました。作者は生きてます。
正直話が若干難かしく&シリアスパート増えてくるので、執筆にかなり慎重になってます。プロットや設定、デレマスのwiki等とにらめっこする日々で……

まあとりあえず、ここで長々と書くのもアレなんで、さっさとお話スタートです。



第62話

邂逅〜とある日の噴水広場にて〜

 

 

 爽やかな秋風、程よい日差し、流れる水の音。一人思いにふけり、何か考え事をするには最適な環境だ。

 乱れた感情もここの噴水で座り、深呼吸をすればすぐに落ち着きを取り戻す。

 部屋に篭って仕事三昧なのも良いが、たまにはここに来て、気分を変えるのも良いかもしれない。

 

 時刻は丁度四時を過ぎた所。俺は幸子が帰ってくる前に休憩がてら、346プロの屋上にある噴水広場に来ていた。

 なぜわざわざこの場所に来たのか、発端は昨日の悩みだ。

 

 結局、昨日はあの後特に何も無く、幸子の方は普通にレッスンをして、夜は遅くなり過ぎない程度で帰った。

 だが、俺の方はそんな幸子のこれからの事についてを考えていたら、なんだか落ち着けずモヤモヤとしてしまったのだ。そして日を跨いだ今日になってもその心の霧は晴れず、釈然としないままただただ時間だけが過ぎていった。

 そこで俺は、このままでは埒が明かないと思い、一旦外に出て気分を入れ替えることに決めて、今に至る。

 

「しかし、夏場はここも暑苦しかったが、これくらいの季節になると随分と過ごしやすい物だな……」

 

 朝と夜の通退勤、それと幸子の外部での仕事がある時以外、ほとんど外に出ることが無かった為か、前にこの場所に来た時とは随分と外の陽気は変わっていた。

 それに幾ら換気のため、定期的に窓を開けたりはしていたとは言え、実際の外と室内はやはり違う。空気が美味しいと表現されることは良くあるが、今の感想としてはまさにその言葉の通りだ。

 少々、引き篭もりが過ぎて居たか。そりゃあ確かに、考えも鬱屈で悪い方向に傾いてくるな。

 

「にしても、どうした物かな……」

 

 俺は噴水の縁に座りながら、昨日の出来事……いや、幸子との今までの全てと、これからについて考えていた。決して今までまったく考えていなかったという訳では無いが、どこかどうにかなるだろうと他人任せ、時間任せにしていた自分が居たことも否定できないからだ。

 今までが適当だった訳じゃない。手を抜いたという訳でもない。ただ、あまりにも全てが上手く行き過ぎていた。

 それ故に、周りの環境が少しづつ変わってきた今、そのちょっとした変化に俺は不安を覚えさせられていた。

 

 俺は缶コーヒーを開ける。そして、頭の中にカフェインをじっくり流し込む様に、一口だけ飲む。

 途端に広がる苦味、ブラックコーヒーが丁度良い感じに頭を働かす。

 コーヒーは気分や状況によって変えるが、やはり何か頭を働かす時はブラックが一番良い刺激になるな。

 

「キミも、ここの風に吹かれに来たのかい?」

 

 と、俺は誰かから声をかけられる。まあ誰か、とは言ったが、このプロダクションでこんなセリフを言える該当者は、俺が知る限りおおよそ一人しかありえないか。

 

「……いつから居たんだ?」

 

「さあね。だけど少なくとも、キミがボクの存在を認知したその瞬間から、そこにボクは『居た』んじゃないのか?」

 

 彼女、二宮飛鳥もまた、俺と同じく噴水の縁に座っていた。何やらその手には、小説か何かと思われる本を持っている。そして、いつもと変わらずな、その妙に落ち着いた口調で話しかけてきた。

 その佇まいを見ると、本当にあの幸子より学年が下なのか、未だにどうしても疑ってしまう。

 

「しかし、一体どうしたんだい? そんな神妙な顔つきをしながら、独り言なんかを言って。いつものキミからすると、キミのそういった様子は随分と珍しい気がするが」

 

「なんだ、もしかして知らない間に、独り言でも言っていたか?」

 

「無自覚だったのか。そこまで考え込むとは、余程のことでもあったみたいだね。色々と察するよ」

 

 すると飛鳥は本を閉じ、その場から立ち上がる。そして噴水の俺から少し離れた場所に座っていた飛鳥は、俺の方へと歩いて来る。

 

「失礼するよ」

 

 そう一言だけ言い、彼女は再び俺の横で噴水に腰掛けた。

 幸子といい、最近の女子はこういった行動に抵抗を覚えないのだろうか。別に、それを悪いとは言わないが、仮に他の男子学生とかだったとしたら、色々と勘違いをしてしまいそうなものだ。

 

「で、実際悩み事かい? いつも仕事熱心だったキミが、わざわざ勤務時間中にこんな場所に出てくるなんて」

 

「大体、そんな所かな。でも多分、飛鳥が思う様な大した悩みでは無いよ」

 

「フッ、そうかい。まあ生憎、ボクは次のレッスン時間まで暇を持て余していたのでね。なんだったら深刻な相談でも、他愛のない雑談でも、とにかく話なら聞くよ?」

 

「なるほどな、そういうことか」

 

 そうか、考えてみれば今の時間帯、飛鳥は学校帰りか。恐らくこの話口調からすると、学校帰りに時間が余り、ふらっと屋上に寄ったら偶然俺がいた、或いは来たという流れなのだろうな。

 山梨から通う幸子が特例中の特例なだけで、別に都内か、もしくはそれに近い所に住んでいるであろう飛鳥が、この時間帯にプロダクションに居ても別に何もおかしくはない。

 

「まあその……実はさ、ちょっと幸子のことで……」

 

「幸子? なんだい、彼女と何かあったのか?」

 

「いや、正確には別に幸子と直接何かあったって訳では無いんだが、彼女について色々考えていたら、不安になることがあってな」

 

 という事で俺は、飛鳥に話を続けていく。

 

「……あまり想像したくはないもしもの話だが、仮にもし、あいつがトップアイドルの夢を、諦めざるを得ない様な危機に陥ってしまったらどうなるのか、俺はちゃんとアイツの為に何かしてあげられるのかな、なんてつい気になっちゃってさ」

 

「フム、キミにしては珍しい疑問だね。何故その様なことを?」

 

「実は、会社側の動きで色々あってな……」

 

 俺は飛鳥に、そもそもどうしてこんなに悩みこむことになってしまったのか、順序を追って事情を伝えていった。飛鳥は相槌を打ちながら、そんな俺の話を静かに聞いてくれる。

 なんというか、こう相手の話を聞くのが得意な人に話をしていくと、ついつい夢中になって話してしまうものだ。

 

「……なるほど、確かにその話はボクもプロデューサーから聞かされてはいた。だが、記憶に間違いが無ければボク達に大きな影響等はない、とのことではなかったかい?」

 

「そうだ。別に、その話自体にはおかしい点も何も無い」

 

「……それなら一体、キミは何にそこまで悩んでいるというんだ」

 

「まあ、それでなんだが、俺はこの話を昨日会議の後に幸子にしたんだよ。別に、変に隠すような話でもないからな。だが、どうやら話を勘違いしたかなんかでアイツ、妙にへこんだんだよ。ボク達はもう用済み、結局ダメだったのかって」

 

「確かに、デビューしたてのこのタイミングで、いきなり新プロジェクトの始動なんて話をされたら、話を悪い方向に解釈をするのも納得できるね。ましてや、彼女の様な芯が真面目なタイプであればある程」

 

 だが、そこで飛鳥は不思議そうな顔をする。

 

「しかし、ではそれは単なる彼女の早とちりだったという訳だろう。落ち込んでしまった彼女に、その場ですぐにフォロー等は入れてあげなかったのかい?」

 

「ああ、勿論すぐにフォローは入れたさ。そしたら、あいつの方は秒速でいつもの調子に戻ったよ」

 

「……おかしな話だ。では別に、キミは何も、そこまで悩み込むようなこともないだろう」

 

「ハハッ、確かに飛鳥が言う通り、そうなんだよな。なんで俺は、こんなに悩みこむハメになっているんだか……」

 

 俺は視線を飛鳥の方から、手元の缶コーヒーの方に視線を落とす。その真っ黒な缶の外観は、まるで先の見えぬ現状を表しているかの様に感じられる。

 

「……でもさ、なぜだか知らないけど、その時の彼女の悲しんだ表情。それが例え本当の物じゃなかったとしても、なんだかその表情が、俺の頭に強く残ってしまったんだよ」

 

「……成程、少しづつだが、話の全貌が見えてきた」

 

「いつか消えてしまうかもしれない当たり前、もしかしたら訪れてしまうかもしれない未来。そんなのを一瞬でも想像してしまったら、今まで気にしていなかった……いや、気にしないようにしてきた様々なことが、怖くなってきた」

 

 俺は乾いてきた口を潤す為、コーヒーを一杯だけ口にする。悩みが中々晴れない今、ただただ苦いその味が良く響く。

 

「……俺がこれから先、仮に何か取り返しのつかないミスを、選択をしてしまったら、あの幸子の悲しむ顔が本当の物になってしまったら、そんなことを考え始めたら、酷い寒気みたいなものがしてな……」

 

 飛鳥は俺の話を黙って聞いてくれている。俺は話を聞いてくれるそんな飛鳥の姿を見て、自分の口から漏れる嘆きに近いその言葉を一旦止めた。

 

「……まったく、俺はプロデューサーだっていうのにこの程度のことで悩んで、しかも中学生の少女にこうして相談まで聞いてもらって、一体何をしてんだか」

 

「話の内容は大体理解できたよ。確かに、キミがそこまで悩み込んでいた理由も、こうして深く聞いてみると良く分かった」

 

 そう言うと、飛鳥は言葉を続けていく。

 

「だが別に、キミのその悩みや苦悩は決して悪い物、という訳ではないだろう。人は考え、悩む生き物だ。いつでもそうやって成長してきた」

 

「……つまり、どういうことだ?」

 

「ああ。つまりは、こうして悩むキミは人として真っ当で、何より正しいってことだ。キミはまだ何も間違ってなどいない」

 

 飛鳥は俺の状況を理解したかのように、表情に笑みを浮かべる。まるですべてを見通したかの様に、察したかの様に、静かに。

 

「第一、キミはまだ、その取り返しのつかないミスとやらを犯したりした訳ではないのだろう? 寧ろ、そんな未来を防ごうと試行錯誤苦悩しているのならば、実に良い事じゃないか」

 

「そりゃそうなんだろうけどさ。でも、仮にそうなんだとしても、一度最悪の事態とかを考えてしまうと、悪い考えだけが飛躍し過ぎて、今度は不安や恐怖ばかりが次々と湧いて出てきてしまうんだよ。そうなると、中々仕事も手につかなくてさ」

 

「不安や恐怖、か……」

 

 俺達二人は噴水の縁で黙り込む。辺りには、噴水から流れる水の音だけが静かに響き渡っている。

 

「……しかし、悩むのは良い事とは言ったが実際、キミを良く知るボク個人としては、少し疑問もある。そんなほぼほぼありえないもしかしたらの話に、そこまで悩みこむなんて。いつも冷静で、何事に関しても現実的なキミにしては、随分と『考えが短確的』ではないか?」

 

「その台詞、昨日俺が幸子に言った言葉のままだよ」

 

「フフ、そうかい。やっぱりキミ達は何処か似ているのかもね。あれだけ仲が良いのも、充分に納得だ」

 

「そう言ってもらえると、本当に色々救われるよ。この前美嘉とも話したんだが、他人からの言葉程信用できるものは無い」

 

「だがそれは、信用できる間柄だからこそ、だろう?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 そう言うと、飛鳥は少しだけ照れくさそうな顔をする。

 

「……そう何の躊躇いもなく、勿論等と返されると、中々に恥ずかしいものだ」

 

「あー……一応言っておくが、他意は無いからな?」

 

「それくらい分かっているさ。キミには、何よりも大事な彼女が居るからね」

 

「おい、誤解を招くような発言はよせ」

 

「フッ、冗談さ」

 

 飛鳥は再び笑みを浮かべる。

 なんというか、彼女のその余裕そうな様子を見ていると、中身は彼女の方が歳上なのではないかと錯覚してしまう。

 二十三歳にもなるプロデューサーが、一回り近く歳下の少女に人生相談をしている図は、傍から見れば酷く滑稽な物だろう。今回の悩みや状況とも相まって、自分の至らなささや女々しさに、恥ずかしいという感情が湧き出てくる。

 こんなにも些細な事にここまで悩みこんでしまうなら、もう一層の事余分な感情なんて失ってしまった方が楽なんじゃないのか、そう考えそうになってしまう自分を叱咤しながら、俺は飛鳥との会話を続けていく。

 

「……ともかく、話を戻すと今回、幸子とは本当に何かがあった訳じゃないんだ。ただ、彼女のプロデューサーという存在になって時間も経ち、徐々にだがアイドルらしい仕事も貰え始めている。だからこそ、今までには無かったプレッシャーみたいなものを、日に日に感じててさ。それで今回ふと考え込んでしまったら、なんだか色々悩みが晴れなくなってしまった、というだけの話なんだ。それ以上でも、それ以下でもなくな」

 

「それだけの理由で、心身共に参りそうな程悩めるとは。いつもの気だるげな雰囲気とは違って、随分とキミは繊細で、真面目なんだな」

 

「臆病なだけだよ」

 

 臆病、その通りだ。俺は怯えている。この辛くも楽しい、こんなプロデューサーとしての、充実した日々が消えてなくなってしまうことに。

 ……そうか、考えてみれば今までの俺には、失うものなんてなにもなかった。だが、担当アイドルという存在を持ち、真にプロデューサーとなった今は、少しの間違いで手に入れたその全てを一瞬で失ってしまうかもしれない、そんな日常がそこにはある。

 昨日感じた恐怖、悪寒、そして今も感じている重いプレッシャー、恐らくそれらの原因はそれだ。

 

「幸子も、俺も……苦労してようやく掴めた、初めての一歩なんだ。このチャンスは、何があっても絶対に無駄にしたくない。だからこそ、一回のミスも許されないこの業界が、世界が、今の俺にはただただ怖く感じる」

 

 再び俺はコーヒーを口にする。

 人は何かしら気分が動揺している時、口が良く渇くものだ。気がつけば、先程開けたばかりの缶コーヒーはもう空に近かった。

 

「……悩むキミに、気休めの言葉になるかどうかはわからないが……」

 

 と、そう言い彼女は、何かを考える様な素振りを見せる。そして数秒の間の後、再び口を開いた。

 

「……今、キミが言うような過去も、未来も、そんな膨大な物はボク達一、人間にどうにかできるものじゃない」

 

「……ああ。確かに、俺はタイムトラベラーでも、歴史改変主義者でも、何でもないからな」

 

「だったら、変えればいいじゃないか、今を。たった一つ、唯一変えることができる、身近なそれから。過去を積み重ね、今を作り、それから未来を変革するんだ」

 

「『過去』を積み重ね、『未来』を……変革する? つまりはどういうことだ?」

 

「言葉の通りさ。更にわかり易く言えば、今できることだけを、必死に努力すれば良いというだけのことだ」

 

 その飛鳥が言い放った言葉、それは一見難しく聞こえる。だが、言葉を紐解いて行くと実際、随分と当たり前のことであり、なにも難しくなどないことだった。

 だが、その当たり前は同時に、今の俺が見えていない……いや、見ていなかった盲点でもあった。

 

「……そうだな。その通り、ごもっともだ。確かに、俺は少しだけ考えが、一人歩きし過ぎていたかもしれない」

 

 今、幸子の仕事は確実に増えてきている。本当に小さな役、俗に言う名前の出ないエキストラの様な役とはいえ、イベントやテレビ出演の依頼だって数件だが来た。先月、デビューしたばかりの頃には想像できなかった明日だ。

 飛鳥が言う通り、まだ分からぬ明日に怯えるより、まずは現状のそれを全力で喜び、目の前のことをこれからどうして行くかを考えるのが、プロデューサーとして本来なら、最優先のことだったのではないだろうか。

 

「今を変えることくらい、膨大な未来を変えるのより、容易いことだろう? ボク達と違って、キミは大人であり、何よりプロデューサーなんだから」

 

「大人、か。ガワだけだよそんなの。中身はまだまだ、子供みたいな物だ」

 

 世間一般的には二十歳を超えたら大人な訳だが、実際何を基準として大人と言うのだろうな。俺なんて、まだまだ大人を名乗るには少々早すぎる気がする。

 

「……しかしお前、たまに思うんだが本当に中学生か?」

 

「ああ。少しだけイタい、至って普通の中二の少女さ」

 

 そういうと、飛鳥はどこか満足気な表情をする。

 多分、言葉には出さないが、俺に実年齢より上に思われたことが、少しだけ嬉しかったのだろう。

 こう本心を隠しきれていない辺りを見ると、中二の少女というのも納得かもしれない。

 

「……と、そういや少し話は変わるが、飛鳥の方はどうなんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「いや、最近はあまり会えてなかったからさ。仕事とかはうまくいってんのかなって。さっきから一方的に俺の話ばかりだったから、飛鳥の方は色々どうなのかなと」

 

「ああ、お陰様でね。アイドルとしての仕事の方も、どこにでも居るありふれた少女としての日常の方も、共に色々と上手くいっているよ」

 

「そりゃ良かった。何事もうまく行くのが一番だ」

 

 まあ、彼女の様子を見れば仕事が上手くいっていることは大体理解できる。

 それに元々、仕事等は順調にこなしているという話も小耳に挟んでいたからな。

 そのことが分からなかったら、俺もこんな風に、彼女に仕事の相談なんてしようとは思えない。

 

「……しかし、ボクが思うにキミは、もう既に答えを見つけているんじゃないか?」

 

 と、飛鳥は話を戻してくる。別に変に話を逸らしたつもりではなかったのだが、飛鳥の方から話を振ってくるということは、彼女なりに今回の話を少し気になっているからなのだろうか。

 

「答えって、今回の悩みについてか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 飛鳥は肯定する。その瞳はまっすぐと、俺の目を捉えていた。

 

「そうだ……きっと、キミなら大丈夫さ。キミならその運命の時が来たとしても、何か大きな選択を迫られる時が来たとしても、きっと彼女の為に良い決断を下すことができるはずだ。少なくとも、ボクはそう思うね」

 

「俺が……幸子にとっての良い決断を……どうしてだ?」

 

「何故かって、キミは今、こんなにも彼女の事を思い、悩んでいるじゃないか。これだけ悩んでも最善の結果が出せないなら、この世界はどれだけ無慈悲で、残酷なんだ」

 

「……それもそうだな」

 

「それに、キミの今のプロデュースに満足できていなければ、彼女はあのデビューライブの時みたいに、全力で笑顔を浮かべることはできない。少なくとも、ボクはそう思うね」

 

「あいつのはどっちかっていうと、ドヤ顔だけどな」

 

「フフッ、確かにそうかもしれないね」

 

 途端お互いにこぼれる笑い。多分、幸子のあのドヤ顔を想像してしまったのだろう。静かで重い空気だった俺たちの周りには一瞬だけ、程よく和やかな雰囲気が訪れた。

 幸子のドヤ顔のインパクトは、例え想像の中であろうと強いからな。少なくとも、俺はそれだけで笑ってしまいそうになる。

 

「とにかく、キミはもっと自信を持つべきだ。今まで通り、変わらぬ自分を貫き通せば良い。本当のキミがどれだけ強いのか、ボクは充分に知っているつもりだ」

 

「へっ、俺はそんな大した人間じゃないよ。強くなんて無い」

 

「……キミの規準はわからないが、少なくともあの悪魔の様な暴れぶりを見せられて、強くないとは言えないよ」

 

「あれは……まあ……」

 

 深く言及しないでくれ。あれは一種の黒歴史の副産物なんだ。

 

「まあそんなことは本題じゃない。とにかく、謙虚であることは悪くないが、謙遜し過ぎるのはキミの悪い癖だ」

 

「別に、謙虚なだけなら良いだろ」

 

「では、キミがそうやっていつまでも自信を持てなかったら、担当である幸子は、彼女はどうなるんだい?」

 

 俺は突然真剣な表情になった飛鳥にそう言われ、言葉が詰まる。それは、俺にとって考えたこともないことだった。

 

「そうだ。プロデューサーであるキミが、彼女の為にできる『今』一番簡単で、一番重要なこと。それはまず、彼女を信頼してあげることではないのか。正直、今の状況のキミの発言や状態からは、心底信頼しているとは思えない」

 

「いや、俺は彼女のことは__」

 

「それでは、最初から今回の様な疑問は思い浮かばないはずではないかい?」

 

 飛鳥の瞳は核心を突いたかのように、まっすぐとこちらの瞳を捉えている。

 

「……それもそうだな」

 

 俺は飛鳥の言葉と気迫に押され、視線を飛鳥から地面の方と落とす。俺の言葉を遮ってしまった飛鳥は、少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「……すまない、どうやら少し意地の悪いことを言ってしまったね」

 

「気にするな。俺たちの間柄だ」

 

 俺はそんな申し訳なさそうにする飛鳥に笑顔を向ける。

 多分、今の言葉は彼女なりに気を使いつつ、俺の為を思い言ってくれた、本心なのだろう。それに、自分より遥かに歳上な相手に、本心を伝えるのは相当勇気がいる行動な筈だ。ましてや、否定的な物となれば尚更な。

 それが分かっているからこそ、飛鳥の言葉に対して嫌な気分になったり等は、一欠片もしなかった。

 

「確かに、飛鳥が言う通り、俺には幸子を信頼する気持ちが、多少なりとも欠けていたかもしれない」

 

 俺は独り言の様に、自分を叱るように、言葉を続けていく。

 

「……そうだ。あれだけ幸子(アイツ)を宇宙一のアイドルにしてやるだの、ゴッドアイドルにしてやるだの、色々偉そうに豪語していたのに、結局今となっては、彼女がダメになった場合のことしか考えてなかったじゃねえか……俺」

 

 行き先を失った感情に、俺は拳を強く握りしめた。

 彼女、輿水幸子を否定していたのは、誰でもない俺だったからだ。

 

「……まあ、キミなら大丈夫だろうさ。キミは、キミが思う以上に強い。器も、魂も」

 

 そう言うと飛鳥は再びこちらの顔を、力強くのぞき込んできた。その深い紫に輝く瞳で、俺の頭の中を全て見通すかの様に。

 

「とにかく、肝心なのはどうするかじゃない。キミがこれから『どうしたいか』だ」

 

「俺が……どうしたいか?」

 

 そう言うと飛鳥は俺の言葉に頷く。

 

「……キミの行動次第で彼女のセカイの行き先は、良くも悪くも大きく変わってしまう。彼女を活かすも殺すも、全ては彼女の導き手である『プロデューサー』のキミ次第だ」

 

「全ては……俺次第……」

 

 俺は自らの手のひらを見つめる。

 そこには何も無いように見えて、彼女の、輿水幸子という少女の運命が確かな『重さ』を持って存在していた。

 

「大丈夫さ。キミは、誰よりも彼女のことを知っている。彼女の活かし方は一、友人でしかないボクなんかよりも、プロデューサーとして常に傍らに居る、キミの方がよく知っているはずだ」

 

「勿論、そりゃそうだ」

 

「それなら自ずと導き出せるはずさ。彼女に対しての、最適解を」

 

 

 

 

 

 

『Change of the world__キミのセカイを、変えろ』

 

 

 

 

 

 

 彼女のその言葉の後、しばしの沈黙がある。その沈黙の間、俺は再び幸子とのこれからについて必死に考えた。

 飛鳥に言われた言葉の数々、それが俺に強く突き刺さる。良い意味でも、悪い意味でも。

 だが、意外なことにその心は先程より遥かに楽だった。

 決して悩みが完全に晴れた、という訳では無いのだが、少なからず自分の中のネガティブな負の因子が、ポジティブな正の因子に変わりつつあったからだ。

 気がつけば、俺の中に響いていた、 幾多の自戒の声、それはいつの間にか消えていた。

 

 と、そんな中、沈黙を割いたのは、再び口を開いた飛鳥の一言だった。

 

「キミ、そろそろ時間は大丈夫なのかい? 結構長いこと話し込んでしまったが」

 

 俺は飛鳥にそう言われ、我に帰ると時計を確認する。時刻は大体四時半を回ったあたりだ。

 間もなく五時になり、今回の悩みを生み出すに至った原因が帰ってくる。

 

「……っと、そうだな。時間も時間だし、長話もこの辺にしておくか」

 

「ボクの方は時間の方に余裕もあるし、話を弾ませるのは別に構わない。それに何より、キミと話をするのは嫌いじゃないからね。だが、キミにはまだ大事な仕事があるのだろう?」

 

「ああ。学校帰りの、少しだけ自信過剰で、ワガママなお嬢様を、お出迎えに行くって大事な仕事がな」

 

 俺は噴水から立ち上がると一度、大きく伸びをする。

 なんだか心の凝りが取れたせいか、外の新鮮な空気を吸えたせいか、身体の方まで調子が良い。

 

「……まっ、ありがとよ飛鳥。こうやって誰かに話をできて、色々気が楽になった」

 

「フッ、気にするな。キミには色々と感謝したいことがあったからね。これは普段のそういったものを含めた、一種の礼だよ」

 

「お返し? なんだ、俺飛鳥に感謝される様なことしてたか?」

 

「……キミのそういった誰かの為に無自覚の内に行動してしまう癖、ボクは嫌いじゃないね」

 

「……よくわからんが、お褒め頂いてそりゃどうも」

 

 そう言うと飛鳥はまたフッ、と一瞬だけ笑った。

 この笑いは、彼女なりの了承の意なのだろう。

 

「まあなんだ、それならこっちも相談のお礼に、今度なにか一杯奢らせてくれ」

 

「それなら、346カフェのコーヒーを一杯でも良いかい? できれば次回は、もっと明るい話を持ち寄って話がしたいね」

 

「了解。次回までには良い話を聞かせられる様にしておくよ」

 

 そう言い、俺は足先を室内の方へと向けた。

 

「さあて、午後の仕事もちゃちゃっと終わらせちまうか……」

 

 俺は噴水広場を後にする。なんだか、足回りがここに来た時よりも軽くなったな、と思いながら。

 

「……ああ、そうさ。キミは本当のお人好しだ。無自覚の内に誰かのために動いてしまう、本物のね」




Qオリジナル小説
A今やってます。

Q新話共々あくしろよ
A無理です。

Qしばくぞ
Aしばかれるならできれば美嘉ねぇが良いです。

はい、作者は(かろうじて)生きてます。
日々の畳み掛ける様な残業の波を耐え切り、過負荷による腰痛を乗り切り、なんとかと言った感じですが。

例のオリジナル小説は本当にあとちょっとだから待って?(甘え)

次回、(会社が繁忙期につき書く暇が絶望的に)ないです。
不定期更新がまだまだ続くと思いますが、デレステの新機能のフォトモードで幸子のスクショでも撮って待ってて。

最後に、いつも回覧ありがとうございます。
しおりの数とお気に入り、たまに貰える感想などには精神的に助けられてます。今後も幸子カワイイ……いや、みんなカワイイのスタンスで書いていくのでどうか、よろしくお願いします。


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第63話 彼女はオカンか良妻か

第63話

彼女はオカンか良妻か

 

 

 都内某所、そこのとあるコンビニにて。

 俺たちは今日、コンビニのとある新商品のPR企画の為に呼ばれている。そしてコンビニ内の事務所、そこにある従業員用の休憩スペースで、仕事の開始時刻が来るのを待っていた。

 

「コンビニの裏側ってこうなってるんですね……普段こういった場所に来る機会なんてほとんどないので、色々と新鮮かもしれないです」

 

「そうか、考えてみれば幸子はまだ、バイトとかそういうのをやるような歳じゃないもんな」

 

 俺と幸子の前にあるテーブルには、コンビニ側からの差し入れであるペットボトルのお茶と、小さめのコンビニ弁当。そして、今日PRをするコンビニの新商品こと、新味付けのフライドチキンがそれぞれ二人分置かれていた。

 

「プロデューサーさんはやっぱり、バイトとかってしたことあるんですか?」

 

「ああ。したことあるも何も、346プロに入社するまでの二年弱は、毎日バイト三昧だったからな。こういう場所には、少し懐かしみを覚える」

 

「そう言えばプロデューサーさんは、プロデューサーさんになる前は、そうだったんでしたね」

 

 今日の仕事は某コンビニチェーン店の新作商品、それの宣伝だ。

 何でも、既存のフライドチキンに新しい味付けが出るとかで、その美味しさを可愛いアイドルに、美味しそうにアピールしてもらいたかったということらしい。それで丁度その依頼が346プロに来ていたので、俺が依頼を引き受けて今に至る。

 つまり簡単な話、幸子はその新商品の宣伝役に選ばれたのだ。

 

「なんだか幸子とこういった場所に居ると、色々不思議な感覚がするな……前にも見慣れていた景色の筈なのに、昔とは違って見えるというかさ」

 

「あれ、プロデューサーさんってここのコンビニで働いていたんですか?」

 

「ああいや、見慣れていたってそういう事じゃない」

 

 俺は過去話を興味深く聞いてくる幸子に話を続けていく。新商品のPRイベントの開始時刻まではまだ、微妙に時間が余っていた為、この雑談がお互いに丁度良い時間つぶしになっていたのだ。

 

「昔はこういったコンビニにバイト従業員という形で居たのに、そこに今はアイドルのプロデューサーとして、担当アイドルと来ているってのがなんだか不思議なものだなって、ふと思ってな。人生、どこで何が起こるのか分からないなって」

 

「昔やら人生やらって、そんなこと言ったってプロデューサーさん、まだ二十三歳じゃないですか。幾らプロデューサーさんはボクより長く生きているとはいえ、そんなに懐かしむ程昔のことになりますか?」

 

「そりゃそうなんだけどさ……前にも少し言ったけど、身の回りの変化がこの短期間にあり過ぎて、なんだか頭の中の時間感覚がおかしくなってんだよ」

 

 まったくだ。幸子と出会ってから起きた事の密度が高すぎて、これまでの人生においての思い出が、まるで小さいことの様に感じるのだ。

 現に、自分のこれまで経験してきた様々なこと、記憶、大切だったはずのそれらの思い出は全て、最近出会ったばかりの筈である幸子のドヤ顔一つで吹き飛んで、掻き消えてしまいそうになっている。別に、それまでの人生が特別薄い人生だった、という訳ではないのだろうが、それにしても昔の記憶を思い出そうとすると、その度に幸子のドヤ顔が脳裏にチラついてしまうのだ。

 いやまさか、俺はついに幸子一色に染まってしまったというのか……?

 

「これはダメですね……前より悪化して、相当深刻な事になっています……」

 

「ん? 何が深刻なんだ?」

 

「プロデューサーさん、落ち着いて聞いてください。プロデューサーさんはいつもカワイイボクの近くに居るせいで、ボクのカワイさに重度のカワイさ中毒を起こしています。このままだと時間感覚だけじゃなくて、そのうち色々なものが狂ってしまうかもしれません。これは早急に治療の必要がありますね……ボクのカワイさで!」

 

「さー昼飯にするかー!」

 

「スルーしないでくださいプロデューサーさん!!」

 

 カワイイ中毒になってんのにカワイさで治療するって、まるで意味がわからんぞ。というかお前はいつも、日本語を破綻させ過ぎだ。大体、カワイイの逆療法? いやだから、カワイイの逆療法ってなんだよ。てかそもそもカワイイ中毒? カワイイ? カワイイってなんなんだ……

 俺の『正常』な頭は今日もフルパワーで全開な幸子の幸子節に対し、カワイイのゲシュタルト崩壊を起こして『正常』にエラーを吐いていた。幸子の言っていることが意味わからないうちはまだ、自分が正気で健康だということを確信できる。

 

「ま、まぁしかし、それにしても随分と美味そうな匂いがするな……」

 

 俺は話題を、目の前に置かれたコンビニからの差し入れへと移す。というか実際、そのあまりにも香ばしく良い香りに、俺は先程から興味を惹かれていた。

 

「そうですね。でも、確かにプロデューサーさんが言うとおりとても美味しそうなんですけど、なんだかさっきからボクの中のカロリー警報が激しく鳴っています……」

 

 幸子はテーブルの上に置かれた、その香ばしく良い香りを放つそれを、なんとも言えぬ表情で見ていた。まるで、とても美味しそうな匂いがして食べてみたいのだが、その美味しそうなそれを食べてしまったら、なにか取り返しのつかないことが起きてしまうような、そんな葛藤をしている表情だ。

 

「まあ、せっかくのコンビニ側からの差し入れなんだ。それなら遠慮無く食べさせてもらおうか」

 

 俺はそんな葛藤する幸子を置いておいて、早速机の上に置かれていたフライドチキンに手を伸ばす。そして、その紙でできた包装紙を破ると、早速ひと口かぶりつく。

 

「……かぁーっ、やっぱり腹減ってる時のこういうやつは、格別に美味いな。学生時代、学校帰りとかによく食っていたのを思い出す」

 

「ボクは普段、こういったものはあまり食べませんね。なんだか、栄養バランスとかが悪そうで……」

 

「栄養バランス? んなもん気にしていたら人間、殆ど何も食えなくなっちまうよ。このご時世、いつ飯を満足に食えなくなるかも分からないんだし、目の前に美味いもんがあったらとりあえず食っとけ。これに限る」

 

 俺はエンジンの入ってしまった胃袋に身を任せ、フライドチキンを頬張っていく。今日は朝方が色々忙しくて、朝食が満足に食べられていなかっただけに、動き始めたその食欲は止まらない。

 

「いや……本当に美味いな、この新作のチキン。一つ辺りの大きさも大き過ぎず、衣も程よくサクサク、中身はぷりっぷりで、後味に来るスパイスも良い感じに効いていて、最ッ高に美味い。これを幸子が宣伝するんだろ? 売れない要素が太平洋のど真ん中辺りで遭難中だわ。誰か助けてやって」

 

「……プロデューサーさん、フライドチキンだけじゃなくて、一緒に出されているお弁当の方もちゃんと食べてくださいね。あと、一気食いは体に悪いですよ」

 

 フライドチキンをがっつく俺に、幸子は心配そうな目でこちらを見てくる。まるでその言葉を口にする幸子の姿は、夫の食生活や健康を不安視する妻、という構図を既に通り越しており、まるで実家の母親のそれであった。

 

「……プロデューサーさん、もしかしてオフの日とかも、こう言ったものは良く食べるんですか?」

 

「……ん? ああ、そうだな。割と外出中に食事の時間が取れない時なんかは、バーっとコンビニを探して食うことはよくある」

 

「よくあるって……ジャンクフードの食べ過ぎも体に良くないです。確かに安くて、お手軽で、その割美味しくて、時間が無い時とかにはいいのかもしれませんが、社会人は体が資本なんですから」

 

「うーむ……とは言われても、ついつい手を伸ばしてしまうのがジャンクフードってものでな……」

 

「そのついついがダメなんですよ! プロデューサーさんはもういい歳した大人なんですから、その辺はちゃんと自己管理してください!」

 

 フライドチキンを食べる俺に対して、幸子は口調を少し強めて説教をしてくる。ガミガミと言ってくるその様子が本当に母親そっくりだ。ただ、それにしては可愛らしすぎてちょっと迫力が足りないが。例えるなら子ライオンの威嚇だ。

 

「本当、プロデューサーさんがこのままの生活を続けていたら、いつ体を壊すかとてもヒヤヒヤしますよ……」

 

「さっきからおめーは実家のオカンか……」

 

 というか、幸子がいつも大好きと言って食べているクレープとかのデザート類とかも、言ってしまえばジャンクフードな気がするが……それらは深く考えたら負けか。デザートは別腹とも言うし、同じ感じで彼女にとってデザートはジャンクじゃないのかもしれないな。仮に反論したら、デザートはカワイイからジャンクフードなんかじゃないです! とか言われて余計話がややこしくなりかねない。

 

「オカンでもなんでもいいです。いいですか? ボクはプロデューサーさんを心配しているから、カワイイ口をこんなに酸っぱくして、健康に気をつけてくださいって言っているんです。何かあってからでは遅いんですからね。わかります?」

 

「わかってるってば幸子……」

 

「いや、全然分かってないからボクはこんなに怒っているんじゃないですか!!」

 

 幸子はまるで、その自慢の跳ねっ毛を逆立てそうな勢いで話してくる。

 心配してもらえていたことは勿論嬉しいし、同時に心配をかけていたことに内心少し罪悪感を覚えてはいたが、その一生懸命に説教をする可愛らしい姿ばかりが目に入ってしまう。

 

「とにかくです、プロデューサーさんの体は、もうプロデューサーさんだけの物じゃないんですからね。プロデューサーさんに無理をされて倒れられでもしたら、アイドルであるボクは一体どうしていけばいいんですか……」

 

「その言葉、毎日ハードスケジュールで無理してる幸子にも返すよ」

 

「うっ……そ、それはー……」

 

 一転攻勢、先程から俺に対して説教をしていた幸子は、痛いところを突かれたのか言葉がつまる。

 

「べ、別にボクに関しては、一人前のカワイイアイドルになろうと頑張っている結果でのことなんですから、そこは心配とかじゃなくて、頑張る幸子はカワイイ! 偉い! って褒めてくださいよ!」

 

「頑張られるのは良いが、お前の毎日のスケジュールを見てると、大人の俺でもしんどいって感じるんだよ……」

 

 プロデューサーである俺は幸子のスケジュールを勿論、全て把握している。というか正確には、この前発覚した幸子の山梨からの東京通いの件以来、幸子のアイドル活動以外のスケジュールも全て聞き出したのだ。

 本来だったら、アイドルのプライベートのスケジュール等には、あまり深く干渉しない方針の予定だったのだが、流石に山梨から毎日通っていたと聞かされたら話は別である。彼女に極端な負荷をかけない為にも、俺は彼女に全てのスケジュールを逐一報告させるようにし、その全てをメモするなりなんなりして把握するようにした。それ故に、彼女の年齢にそぐわぬオーバーワークは理解しており、彼女に対する悩みの種の一つである。

 

「別に、ボクが毎日山梨から通ってる件については、ボク自身が考えて選んだことなんで心配ないです。その辺、ちゃんと自己管理していますから。それにボクは、プロデューサーさんと違ってまだまだ全然若いですからね。温かいお風呂に入って、ママの美味しい夕飯を食べられれば、体力なんてすぐに回復します!」

 

「なっ……言ってくれんじゃねえか! 俺はまだそんなにおっさんじゃねえぞ!」

 

「おっさんじゃない人が、座る時によっこらしょなんて言いますか?」

 

「うっ」

 

「おっさんじゃない人が、肩凝りと腰痛が酷いなんて言いますか?」

 

「……それは、毎日座ったままのデスクワーク三昧だからで……」

 

「新しく買ったっていうスマホ、流石にもう使いこなせてますよねえ?」

 

「うっ……」

 

 幸子に綺麗なまでのカウンターをキメられ、見事に痛い所をつき返された俺は、再び何も反論をすることができなくなる。そんな俺を見て幸子は、ため息をするとやれやれといった仕草をする。

 

「やっぱり、色々とずぼらで不健康なプロデューサーさんのために、常にボクが側にいて健康管理をしてあげないとダメみたいですね……」

 

 そう言うと幸子はじっと俺の顔をじっと見つめてくる。そしてしばらく黙り込んだあと口を開く。

 

「……プロデューサーさんはやっぱり、カワイイボクの輿水流健康生活術を__」

 

「却下」

 

「否定するの早くないですか!?」

 

 俺は幸子の言葉に食い気味で返答をする。もはや彼女が何を言いたいのかは、すべて分かりきっていたからだ。

 

「お前、一人暮らしの成人男性が鏡に向かって可愛いって言ってるの想像してみろ。マジの狂気でしかないぞ」

 

「それなら鏡じゃなくて、額縁に飾ったボクの写真にでも言っててください!」

 

「新手の宗教かよ!!」

 

 俺は幸子の発言に流れる様にツッコミを入れる。

 仮に飛鳥や美嘉達がこの場に居たとしたら、このやり取りを見て彼女らにやれ痴話喧嘩だの、夫婦漫才だのとまた野次をいれられるんだろうな。まあ、あながち否定はできないが。

 

「……しかし幸子。少し気になったんだが、幸子は良く俺の健康のとか体調のことを心配してくれるけど、実際なんでなんだ?」

 

「なんでって、逆になんでそんなこと聞くんですか?」

 

「いや、結構幸子ってアイドルの割に、プロデューサーである俺のその辺とかを細かく気にしてくれるからさ。やっぱり俺が倒れると、アイドルとして仕事ができなくなるからなのか?」

 

 そう俺が言うと、幸子は何やら恥ずかしそうに小声で返答をしてくる。

 

「……まあ、勿論それもありますけど」

 

「それ『も』?」

 

「そのー……やっ、やっぱりプロデューサーさんには、日頃から馬車馬のように働いてもらっていますし、ボクのプロデューサーさんである以上、プロデューサーさんのアイドルであるボクが労ったり心配するのは当然で……それに……」

 

「それに?」

 

「……な、なんでもありません!!  別に、深い意味はありませんから!! へ、変な推測とかはしないでください!!」

 

 いや、推測はしないでくださいってそれ、つまり他に何か意図があると、自分から言ってるのと同じじゃないかよ。お前本当に本心を隠すの下手か。

 だが、幸子のその必死な様子と、俺を心配してくれていたということに免じて、これ以上の無闇な追求はやめといてやるか。

 

「……フフッ」

 

「な、なんです? いきなり笑い始めたりなんかして。気味が悪いですよ」

 

「……まっ、いつも心配してくれてありがとよ。わかった、そこまで幸子が真剣に考えてくれているっていうなら、俺も少し生活習慣とかを見直さないとな。最近は疎かになっていた健康とか、食生活にも気を使うようにするよ」

 

「……そ、そうです! 分かってくれるなら、それで良しです! はい!」

 

 まったく、いつになったらお前は、俺に対して常に本心で接してくれる様になるんだか。そう幸子に思いつつ、しかし同時に、その他人へ絶対に嘘のつけない幸子の人の良さに、俺は内心微笑んでいた。

 まあ、その本心を仮に聞けても聞けなくても、彼女の中にある本当の素直さと優しさを知っている俺にとっては、些細な問題なんだがな。

 

「さて……じゃあとりあえず、せっかく出してもらったものを残すのもアレだし、幸子も試しに一つくらい食べてみたらどうなんだ? それにどうせ、この後の宣伝で商品のアピールをしなきゃいけないんだからな。大丈夫、ひとつくらい食べたって即体調不良になったりはしないって。多分」

 

「うぅ、悪魔の誘惑です……」

 

「ほれほれ、美味いぞ?」

 

「……じゃ、じゃあひと口だけ……」

 

 そう言うと、幸子もチキンをひと口頬張った。するとどうだろうか、あれだけジャンクフードは健康に悪いなどと言っていた幸子も、二口、三口と口に運んでいき、結局みるみるひとつ丸ごと食べてしまったのだ。幸子曰く「別に、ボクだってまったくジャンクフードを食べないとは言っていません」とのこと。しかし、どちらにしろそのチキンを食べる幸子の顔は、最高に幸せそうだったことは俺しか知らない。幸子の笑顔をありがとう、フライドチキンさん。

 

 さて、それから時間は来て、その新作チキンの宣伝イベントは何事も無く始まった。

 幸子は店頭の前に作られたスペースで、新商品であるフライドチキンの宣伝をしていく。一応、どこかのニュース番組のリポーターと思われる人やカメラマンも来ており、幸子はそのチキンを食べながら、カメラに対して満面のドヤ顔でリポートしていた。ただ、あの調子だと肝心のチキンより、幸子のインパクトの方が圧倒的に強そうだが……まあ別に幸子はアイドルだし、世間に爪痕を残すという意味や、注目を浴びるという意味ならこれはこれで、一応成功なのか?

 

 俺はそんな幸子の宣伝を少しだけ離れた場所から眺めていたのだが、幸子の宣伝に対して、街ゆく人の反応はまあそこまで悪いものではなかった様に見える。

 というかそんな中一つ驚いたことが、幸子の前を通り過ぎて行く一般人の中に、まるで幸子のことを知っているかのような反応を見せる人が、数人程だが居たということだ。決して誰も彼もが幸子のことを知っている、とまではいった様子でなかったが、それでもこの前のデビューライブや、最近の仕事による世間への影響は、多かれ少なかれあったようだ。担当アイドルが知っている、と誰かに言ってもらえる事ほど、プロデューサーとしてこれ以上に嬉しいものはない。

 

 とりあえず、このまま何事もなければ、今日の仕事もこれにて無事終了だ。まだまだデビューしたてで幸子の仕事やアイドル活動に対しては内心、不安なことや緊張の方が多いが、いつかは胸張って幸子を送り出せる、そんなプロデューサーに俺はなりたい。そう思いつつ、俺はアイドルとして与えられた仕事を一生懸命に頑張る幸子の姿を、しっかりと記憶に焼き付けていくのであった。




皆さん、お久しぶりです。約一ヶ月のスランプと、更に一ヶ月の残業地獄を抜け出した作者です。あと遅いですが幸子誕生日おめでとう&メリークリスマス&ハッピーニューイヤー&あけましておめでとうございます。
はい、この通り長期間投稿が滞っていました。理由は様々あるんですが、その中でもまあアレです、定期的にあるスランプに陥ってました。
作者は重要な話ややりたい話のあいだに作る繋ぎの回(32話や42話みたいな回)を書くのが非常に苦手で、今回の話もまさにそんな感じです。色々試行錯誤した結果うまい感じにまとまり、今回の話の投稿に繋がりました。
別に、つなぎの回なんて書かなくていいんじゃない? という意見もあるかもしれませんが、なんか抜かすとしっくりこないので頑張って書きました。
まあとりあえず、そんなこんながありましたが、これで次回から漸く書きたい話が書けそうです。シンデレラプロジェクトの面子の話や、新たなアイドル、あと幸子のアイドルとしての進展とか怒涛の展開(作者の個人的な感想)が待ってます。

あと、因みにオリジナル小説の方ですが、毎回毎回話が変わって申し訳ないですがもう少し時間がかかりそうです。理由として、今回の幸子みたいに話が滞ったり、設定がゴチャゴチャにならないようにするために、ある程度話数のストックができて展開の流れやプロットが固まってからから投稿したいから、というのが作者の中にあるので。とりあえず5話分くらいストックが溜まったら投稿する予定ですのでもう少々お待ちを。

まあ長くなりましたが、今回は以上。次回はなるべく早く投稿したいと考えてます。できれば一ヶ月以内には投稿したい……

というわけで次回、久しぶりに新アイドルが二人ほど出ます。まあ片割れの方は誕生日記念回に堂々と出ていたりもしたので、初登場かは疑問ですが。色々ぶっ飛んだ回になる予定なので乞うご期待。

今回も回覧、ありがとうございました。

ー追記ー
全体的な修正作業をやっているので、もう少し投稿が遅れそうです。待たせて申し訳ない


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第64話 アイドルは、爆発だ!

第64話

アイドルは、爆発だ!

 

 

 

 

 

 

 

 20XX年、346プロは核の炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

  ……というのは流石にオーバーに言った。だが実際今、346プロはそれに近い未曾有の危機に襲われている。

 俺は346プロのとある一室で、強烈な程の甘過ぎる匂いに包まれながら、とあるアイドル二人と汚れた部屋の掃除をしていた。

 

「にゃは〜、それにしても片付け手伝ってくれて、本当にありがとねー」

 

「うむ。私からも礼を言わせてくれ」

 

 壁や床、そして天井。とにかく部屋のありとあらゆる所が、煤や名状し難い、なんだかよく分からない物質まみれになっていた。

 更に部屋の中心には、砕け散ってしまった実験セットの様な何かがある。

 そんな部屋の有様を眺めていると、爆発の規模が計り知れないものだったことがよくわかる。

 

 

 

 

 

 そう、ことの発端は今朝である。

 

 

 

 

 

 晴れ渡る晴天、清々しい秋風、そしてゆっくりとソファーで寛ぎながら、パソコンでテレビを見ていられる余裕。俺はそんな、久しぶりに訪れた優雅な朝を満喫していた。

 書類は少なめ、幸子は学校、その関係で仕事も夕方まではほとんど無くて、これでもかというほど暇。だが、連日仕事や書類書きで忙しかった最近からすると、その久しぶりの『暇』こそが貴重だったのだ。

 

 

 

 

 

 だがそんな中、悲劇は訪れたのである。

 

 

 

 

 

 近隣の部屋から突如鳴り響く謎の爆発音、振動するビル、社員の悲鳴、作動する警報器。俺はその時、もしやこの建物がハリウッド映画でよく見る、テロみたいな何かにでも襲われたのかと思った。

 結構この建物、デカいし見た目のおかげで目立つからな。割とそういうテロの標的にされても、おかしくはない気がする。

 

「いや〜、何となく空き時間が暇でさ〜。ここって部屋も広くて、実験をしたり、何かを作るのに向いてそうだったから」

 

 この少し能天気そうな雰囲気の彼女の名は一ノ瀬志希。346プロには最近入ったばかりの、新人アイドルだそうだ。現在、アイドルらしい活動はまだしたことが無い段階らしい。つまり、正確にはアイドルというよりかはアイドル見習いだ。

 

「まーそんなカンジで意気投合した晶葉ちゃんと、色々香水とかマシンとかを作っていたんだけど、どこかで成分の分量間違っちゃったみたいでさー。なんと、どっかーん! いきなり大爆発しちゃった! 流石の志希ちゃんも、突然の爆発にはちょっと驚いたかも〜」

 

「確かに、私もまさか、ここまでの大事になるとは思いもしなかった。幸いにも、怪我人などの被害は無かった様で少し安心したが……」

 

 そして、その隣に居るメガネをかけたツインテールの彼女の名は、池袋晶葉。以下志希と同じくである。

 

「被害は無かった……? じゃあ今、担当内の仕事でもないのにここに呼び出されて、無理やり掃除を手伝わされている俺は、被害者じゃなかったらなんなんだ……?」

 

「うーん、特に仕事もなくて、暇をしていた人?」

 

「ああ、確かにあながち間違いでは無いな……確かに、な……」

 

 俺は手に持ったモップを強く握り締める。力が入った影響で顔にはしわが寄り、手元は震えている。

 

「とりあえずお前ら……そんなつべこべ言ってる暇があるならはよ、その手を動かせ……」

 

「んー? なーにー? もしかして社員さん、アングリーなカンジ?」

 

「あまりカリカリすると、健康に悪いぞ?」

 

 その瞬間、俺の中で理性を繋ぎとめていた大切な何かが、一気にまとめて切れた音がした。

 怒りの感情が抑えきれなくなることを人は『ブチ切れる』と言うが、まさにその通りかもしれない。自分の平静を繋ぎとめていた何かが一瞬で無くなり、感情の泉は沸点を超え、一瞬で理性なんて物は蒸発する。

 

「……大体だれのお陰でこんなことさせられてると思ってんだ!? なんだよお前ら!? 俺はまさに今、優雅な朝を邪魔されるという、今世紀最大の被害と不幸を被ってんだよ!! アングリー? 決まってんじゃねーか!! 健康? この訳のわからん、香水か何かの臭いを嗅がされている方が、よっぽど健康に悪いんじゃ!!」

 

「クンクン……そう〜? あたしはこの臭い、割と嫌いじゃないけどな〜」

 

「いや、それに関しては志希がおかしい……」

 

「好きか嫌いかは聞いとらんのじゃマッドサイエンティスト共!!」

 

「いやいや、マッドじゃないよー。今は何方かと言えば……歌って踊れる、アイドルサイエンティスト?」

 

 ダメだ、こやつら……特に志希とは、会話が一文たりともまともに成立しない。今までよく、幸子と話が噛み合わないとは言ってきたが、彼女の場合は会話が噛み合わないどころか、そもそも会話にすらなっていない。あまりにも住んでいる世界……いや、もはや次元が違いすぎる。

 

「ううっ……いきなり怒鳴ったせいで、頭痛と目眩が……」

 

「んー? 大丈夫? 頭痛とかに良いアロマでも使う? 多分、そんなのないけど」

 

「でも、志希ならすぐにでも作れるのだろう?」

 

「……もしかしてこれ、晶葉ちゃんからのフリ?」

 

「ふっ、そうかもしれないな」

 

「じゃあ今から作っちゃおう〜」

 

「バカヤロウこれ以上俺に余分な仕事を増やさすなや!!」

 

 ああ、全体的に会話のレベルが低すぎる。いや、むしろ高過ぎるのか?

 とにかく、そんなことはどうでも良い。ツインテールの彼女……晶葉の方はまだ、ある程度まともな会話や意思の疎通ができるが、もう一人の少女、志希は何を考えているのかまったくわからない。

 よく、マンガやアニメなんかで狂気の発明をする頭がイカれた科学者などが出てくるが、彼女はまさに、そんなフィクションの世界から直接引っ張り出してきた様な存在だ。どこか現実離れをしているというか、色々頭のネジがブッ飛んでいるというか、現実世界にこんな人間が居るのかよ、と目の前の存在が信じられなくなってくる。

 

「キミ、天才にバカは禁句だぞ?」

 

「でもさー晶葉ちゃん、バカと天才は何とやらってよく言うじゃん?」

 

「確かに……それもそうかもしれないな」

 

「じゃあ今のは、あたしたちへの褒め言葉なのかも」

 

「なるほど、言われてみれば!」

 

「「HAHAHAHAHAHA!!!!」」

 

 部屋には二人の笑いがこだまする。まるで息ぴったりなその様子からして、おそらく頭の良い者同士似た波長が有るのだろうな。だが、頭が良いわけでもなんでもない、ただの凡人である俺にはそのノリはさっぱりだ。

 

「シャラップ一ノ瀬!! 池袋!!」

 

「ごめーんあたし、エイゴワッカリーマセーン!」

 

「おめーさっき、アングリーだのなんだの、バリバリ英語使っていたじゃねーか何言ってんだ!!」

 

「にゃは、そうだったっけ?」

 

「ああああああああああああ!!!!」

 

 俺の頭はついに怒りの沸点を超越する。言葉の泉は砂漠を通り越して一気に火山地帯となり、気が狂ってしまった。あまりにも常識離れしたこの状況に、頭の計算機はついにオーバーフローを引き起こし、一時的に言語という言語を話す能力を失ってしまう。

 

「急に叫び始めるなんて……もしかしてキミ、あたし以上にブッ飛んでる?」

 

「いや、そこに関しては志希に勝てるものは居ないと思うが……」

 

「おめーらつべこべ言わずにさっさと掃除しろや!!!!!!」

 

 はぁ……まったく、こんな調子が延々と続くせいで掃除が一向に進まない。かれこれ二時間ほどはこのやり取りを続けている。

 一応、上司からは今日中に掃除しておけば良いとは言われていたが、これでは一日が24時間……いや、48時間以上あったとしても足りる気がしないぞ。

 というか、ここに呼び出された時から凄い疑問に思っていたんだが、そもそもなんで俺は彼女たちの件とは無関係なのに、この部屋の掃除に駆り出されているんだ? やっぱり、現在346プロに所属しているプロデューサーの中で一番暇人だからなのか?  

 ……いや、そりゃまあ当然と言えば当然か。実際、暇をしていたということについては事実なんだ。周りから比べても、俺と幸子の仕事はまだ少ないからな。暇そうにしていたら、会社側に掃除や雑用に徴兵されるのも別におかしくはないし、理にかなっている。

 こう冷静に考えてみると、俺が掃除に駆り出された理由も納得はできなくもない。だがしかし、それはそれでプロデューサーとして恥ずかしく、悲しいことでもあるがな。

 

 さて、こんな感じのやり取りを続けつつ、それから更に一時間弱ほどが経過したか。あれから色々文句を言いつつも、必死の努力により部屋の掃除は進み、大方片付きはした。というか、大体俺が必死に頑張って片付けた。

 

「……まぁ、大分部屋も綺麗になったことだし、少し休憩にでもするか」

 

「そうだな。私も少々モップがけや雑巾がけに、疲れてきていたところだった」

 

「いえーい! 休憩休憩〜!」

 

「お前らに、罪の意識ってやつは一欠片もないのかよ……」

 

 時計を見ると、時間も丁度良い感じでそろそろ昼飯時だ。というかこの二人と三人だけで部屋に閉じ込められるのに、そろそろ俺の方が限界だった。

 とりあえず、リフレッシュして気を落ち着かせるためにも、今後どうやって部屋を掃除していくかを考えるためにも、一旦昼休息を挟むことにした。

 

 俺たち三人は部屋を出ると早速、この346プロダクション内にあるカフェ、346カフェへと向かった。

 346カフェはその名の通りここ、346プロダクション一階のとあるスペースにある、割と大きめのカフェだ。

 カフェは約半年ほど前にオープンしたばかりで、それなりに広く、テラス席も存在しており、噂によるとコーヒーもかなり上質で美味しい物が飲めるということだ。そのため俺も、機会があったら一度来てみたいと思っていた。しかし、本音を言ってしまえばこんな形ではなく、どこかの空いた時間に一人で来て、ゆっくりと場の空気とコーヒーを楽しみたかったものなんだがな。

 

「さて……っと。じゃ、というわけで、休憩場所はここにするか」

 

「なるほど、カフェか。私はあまり、こういった場所には慣れていないのだが……」

 

「そんなこと言われたって、ここくらいしか落ち着いて休憩できそうな場所がないんだよ。それに言ってしまえば俺だって、こういう場所に自分から来たことはあんまり無いからな」

 

「あたしもこういった場所にはあまり来たことないけど、この空気は結構好きかも……? 色々な良い匂いが嗅げて、なんだか幸せ〜。ハスハス〜」

 

「匂いって、本当色々変わってんな……」

 

 とりあえず、このまま入り口で話していても話が延々と先に進まないと思った俺は、テラスの適当な席に座った。そして志希や晶葉も、俺に続くように席に座る。

 

「いらっしゃいませ! 346カフェへようこそ!」

 

 俺たちが席に座ると、それを見たウェイトレスの少女がこちらの方へと注文を聞きに来た。年齢は高校生位だろうか。何故かメイドの格好をしており、まるで秋葉原辺りによくある、メイド喫茶の店員を連想させる。

 

「俺はコーヒーを一杯、あとは……そうだな、志希達はどうする?」

 

「あたしはじゃあ……」

 

「うむ、では私は……」

 

 志希達は手元のメニュー表を見て、注文を考え始める。そしてそれから数十秒後、志希は無難にアイスクリームパフェ、晶葉はお茶を頼んだ。

 

「はい、ご注文承りました!」

 

「あっ、そうだ! ねーねー店員さん、アイスクリームパフェのトッピングに、タバスコってあるかな〜?」

 

「タ、タバスコ……ですか?」

 

「あるわけねーだろ何言ってんだお前」

 

 店員さんは志希の無茶苦茶な注文に対して、非常に困惑した様子だ。

 というかそもそも、アイスクリームパフェにタバスコって、一体どういう発想をしたら生まれるんだろうか。日常生活をしていて普通「よし、アイスクリームパフェにタバスコをかけよう!」ってなる場面があるか? あるわけないだろいい加減にしろ!

 

「すいません、こいつの言ってることはスルーしてもらって大丈夫です」

 

「あ、あはは……分かりました」

 

 そう言うと店員さんは、注文を伝える為に建物の中へと歩いていった。志希のお陰で危うく、付き添い人の俺までヤバい人の目で見られるところだった。

 

「ったく、いきなり無茶を言うなよお前……」

 

「えー、タバスコ美味しいじゃん〜」

 

「美味しいかどうかは聞いとらんがな!」

 

 このやり取りを一体いつまで続ければ良いのだろうか。なんだか、数日分くらいの疲れをこの短期間にどっと感じている。幸子と出会った当初もノリに慣れていなかったからか、同じ様な精神的疲労は感じていたが、今日のはそれの比じゃない。

 

「……とりあえず、頼んだものが届くまでしばらく待っていてくれ。注文内容も少ないし、そんなに時間はかからないだろうから」

 

「はーい! 志希ちゃん了解しました〜!」

 

「うむ、わかった」

 

 さて、こうして注文も終わり、頼んだ品物が届くまでのしばしの間だけだが、朝からずっとドタバタしていた俺にはようやく安堵の時間が訪れる。

 しかしそんな待ち時間の最中、先程までとは打って変わって急に黙り込んだ志希が、今度は何故かこちらをじっと眺めてくる。

 

「じーっ……」

 

「……な、なんだよ?」

 

「別にー? ただ、キミがどんな人間なのか観察してただけ〜」

 

「……どうもこうも、見ての通りこんな感じの人間だ」

 

「こんな感じって、どんな感じ〜?」

 

「……いやこんな感じだよ!」

 

 俺に気が休まる時間はもう来ないのだろうか。俺が黙り込んでしまえば志希も大人しくなると思っていたが、やはり彼女はそんなに甘くなかったな。

 

「それにしてもさー、やっぱり待ち時間がなんか暇〜。あんまり暇すぎると志希ちゃん、もしかしたら失踪しちゃったりして〜」

 

「逃がさねえよ、絶対にな!!」

 

「ん? 今のはもしかして『もう、お前のことは離さない』みたいなプロポーズ〜?」

 

 俺は何も言わずに真顔で志希の顔を見る。

 

「……反応がつまんない、つまんなーい! もっと何か面白いリアクションしてよー!」

 

「残念ながら、俺はリアクションをする側じゃなくて、リアクションにツッコむ側なんだ。質の良いリアクション芸人をご要望なら、他を当たってくれ」

 

 残念ながらボケとツッコミは両立できない。そんな器用なことができるなら、俺は最初からプロデューサーじゃなくて、芸人にでもなっとるわまったく。

 

「でもさー、実際このスキマ時間が暇だし、とりあえず何か適当に話題でも出して〜。今なら天才志希ちゃんと天才晶葉ちゃんが、キミの色々な質問に答えてあげないこともないよ〜」

 

「待て志希、何故私を巻き込んだ」

 

「名付けて、志希と晶葉の……秋休み自由研究相談教室〜」

 

「聞いているのか志希!」

 

 俺がほっといている間にも、二人は勝手に話を進めていく。その会話にはまるで終わりが見えない。

 

「まーそんなこんなでとりあえず〜、なんか質問とかない? ねっ、ねっ!」

 

「そんな、いきなり質問って言われたってな……」

 

 志希は再びこちらをじっと見つめてくる。俺はそんな志希の早く質問してくれ、という視線に負け、渋々二人に質問することにした。

 このまま志希にじっと眺められている方が、俺的にも色々やりづらいからな。誰かからずっと見られていると、なんだか妙に心が落ち着かない。それならいっその事、何か適当な話題でも出して軽く流していた方が丸く収まるか。そう判断したからだ。

 

「……そうだな、それじゃあ志希のお望み通り、質問だ。ありきたりかもしれないが二人とも、年齢とか学年はいくつなんだ? 特に深い意味はないんだが、何となく聞いておきたいかなってさ」

 

「学年と年齢……か〜。なんか思っていたより、普通な質問かも」

 

「なるほど、そう言えば確かに、私もその辺の話はまだ言っていなかったな」

 

 そう言うと、晶葉は言葉を続けていく。

 

「一応私の方は十四歳、中学二年生だ」

 

「……いや、だろうな」

 

 あちゃー、やっぱりか。薄々、背丈や話口調から想像はしていたが、どうしてこの年齢にはクセが強い奴しか居ないんだ。幸子、飛鳥、乃々と来て、次は彼女か。俺が同い年だった頃はもう少し普通の少年だったはずだぞ。

 俺は晶葉から予想していた言葉が本当に返ってきたことに、非常に驚いていた。

 

「だろうな、とはどういうことだ? もしかして、最初からすべて予想していたということなのか?」

 

「……俺の担当アイドルやその知り合いに、丁度十四歳前後の子が多くてな。雰囲気からして、多分そうだろうなと思っていただけだ」

 

「ほう、私と同じ年齢で、似たような雰囲気を持ったアイドル達……か。なるほど、そういうことなら是非、今度会ってみた__」

 

「いやそれはマジでやめてくれ!! お前らが出会ってしまったら、マジで何をしでかすか分かったもんじゃない。ヘタなホラー映画なんかより圧倒的にこわいわ!」

 

 俺は晶葉の言葉を食い気味で遮る。今、本当に恐ろしいことを彼女は言いかけていた。

 ただでさえ濃すぎるくらいな幸子達の輪に、彼女達が加わったとしたら色々大事件だ。化学変化の起こりすぎで、ダークマターかタキオン粒子でも生成されてしまうかもしれない。下手したらそのまま、宇宙の法則が乱れてしまう可能性すらありうる。

 間違いなく会わせてはいけない。絶対に、絶対にだ。

 

「……そんな、実験をする前から全否定をする必要も無いだろう? もしかしたら、何か良い化学変化でも起こるかもしれないぞ? 何事も未知に怯えていたら、先へは進めない」

 

「お前らの場合は訳が違うんだよ!! 未知じゃなくて、バケツ一杯の酸性洗剤に塩素系洗剤をぶちまけるくらい、結果が明確なんだよ!!」

 

「にゃははー! それって、すっごく刺激的なフレーバーかも!」

 

「刺激強過ぎてそのまま逝ってまうわ!」

 

 それにしてもなんだか、幸子とやりとりをしている時よりツッコミのキレが良い。ひたすらにボケをかましてくる……いや、恐らく志希はボケてるつもりは一欠片もないのだろうが、そんな志希のブッ飛んだ発言に、ついつい反射的にツッコんでしまうのだ。

 前々から思っていたんだがまさか、俺の先祖は伝説の芸人か何かだったのだろうか? 

 

「というか〜、今話を聞いていてスゴく気になったんだけど、担当アイドルってことはもしかして、キミってここのプロデューサー?」

 

「……まあ、一応ではあるけどプロデューサーだ。まだ駆け出しで、ほとんど仕事と言えるような仕事も無いけどな」

 

「なるほど〜! だから今日は、あたし達の手伝いに呼び出されたんだー!」

 

「そんな単刀直入に言わないでくれ。こんな感じでも結構、俺はデリケートなんだからな」

 

 そうだ、取り扱い注意だぞ。俺は貴重品なんだ。幸子といいなんだか扱いが雑だが、あんまり雑に扱っているとそのうち色々な意味で壊れるからな。プロデューサーだって人間だ。

 

「ん? というか俺の方も今の話で気になったんだが、そう言えば二人の担当プロデューサーとかは居ないのか? 考えてみれば、なんで二人のプロデューサーじゃなくて、他の部署であるはずの俺が呼び出されたのか色々疑問だな」

 

「うーん、その辺どう説明すればいいんだろう。正確には居たって感じなのかな〜」

 

「居たってことは……過去形?」

 

 すると志希は、自分たちのここに来た経緯と現状を説明してくれる。

 

「一応あたしたちは、そのプロデューサーにスカウトされてここに来たんだけど、なんかスカウトしてくれたプロデューサーに色々あったみたいでさ〜。プロデュースができなくなったとか何とかで、あたし達のプロデュースは一旦保留になっちゃったって感じ」

 

「志希が言う通り、そんなところだな。本来なら先月の終わりくらいから活動している予定だったのだが、プロデュースが延期になった影響で、毎日退屈な基礎レッスンの日々だ。こんな天才二人を待たせるなんて、まるで宝の持ち腐れだとは思わないか?」

 

 それ、多分志希の印象がスカウト前と違い過ぎて逃げられたんじゃ……と一瞬口を滑らせそうになったが、俺はその言葉をギリギリ飲み込む。

 まあ実際まじめな話、不測の事態なんていくらでも起きうるからな。ましてや今、色々変換期を迎えようとしているこの会社なら尚更かもしれない。

 

「ま〜とりあえずー、そんな感じで今は、代わりのプロデューサーが見つかるまでの間だけ、アイドル候補生として特訓中って所なのかな〜」

 

「そりゃ災難だったな。詳しい事情までは俺も分からないが、とりあえず話の背景は大体だけど見えてきたかもしれない」

 

 と、そんなことを話していたら、カウンターの方から先程のウェイトレスが注文の品を運んでくるのが見えた。予想通り、頼んでから来るまで随分早かったな。

 

「ご注文の品、お持ちしました〜」

 

「お、来たか。ありがとう」

 

 俺は注文の品を持ってきてくれたウェイトレスに礼を言う。ウェイトレスはにっこりと笑い「ごゆっくりどうぞ〜」とだけ言い残すと、そのまま別の客の元へと行ってしまった。

 しかし、ウェイトレスの割には結構可愛らしい子だったが……わざわざアイドル事務所に務めつつ、アイドルにならずに会社内のカフェでウェイトレスとして働いているのには、何か深い理由でめあるのだろうか。もしくは、それだけ今の時代、アイドルになるのは難しいということか?

 俺はこの一瞬から、アイドル業界の裏や厳しさを垣間見たのかもしれない。

 

「さて、それじゃあ各自、飲むなり食うなり好きにしてくれ。あ、勿論代金は自腹で頼むぞ」

 

「そんなことは当然分かっている。私も今日出会ったばかりの人間に、代金を払わせるようなことはしない」

 

「あたしも晶葉ちゃんと同じく〜」

 

 そう言うと二人は早速、届いたものに手をつけ始めた。志希はタバスコのトッピングが無いとかで先程こそがっかりしていたが、結局パフェが届いてみればなんだかんだ、美味しそうに食べている。

 

「しかしなるほど、これが美味いと噂のコーヒーか。どれどれ……」

 

 俺も彼女たちに続き、運ばれてきたコーヒーを早速一口だけ飲む。すると、途端に口の中に広がるほのかな甘み。そして味わい深いコーヒー本来の苦味。成程な、確かにこれは美味しいと評判になるのも理解できる。

 流石は大企業346プロ、コーヒーの豆や味にも、妥協は一切無しか。

 

「……で、話は戻るが、そんな君の方はどうなんだ?」

 

「んー? ナニが〜?」

 

「いや、年齢とか学年の話だよ。やっぱり、薬品とかを取り扱えたりその手の知識があるってことは、そういう系の大学にでも通っていたりしたのか?」

 

 俺はコーヒーを口に運びながら話を続ける。さっきから志希達のテンションに合わせ、マシンガンの様にずっと話していたせいで、非常に喉が乾いていたからだ。

 

「あたしについてはなんて説明すればいいのかなー。一応、キミの予想通り歳は十八歳で、そういう系の大学に通っていたんだけど……学年は飛び級で、最近まで海外に留学していた帰国子女って感じだからね〜」

 

「ブフッ」

 

「ワオ、なんて香ばしいコーヒーの香り」

 

 想像の斜め上所か真上から来た。

 海外留学? 飛び級? 帰国子女? 俺は志希の口から飛び出してきたあまりにもの衝撃発言に、飲みかけていたコーヒーを吹き出しかける。必死に手で押さえて口の中のコーヒーを無理やり飲み込んだため、大量に吹き出しこそしなかったが、今度はその逆流したコーヒーが器官へと直行する。

 

「ゲホッ、ゴホッ……飛び級? 海外留学? 帰国子女? 嘘だろ?」

 

「さー、どっちでしょ〜?」

 

 俺の頭の上には多数のクエスチョンマークが浮かび上がっていく。

 たった一文の中から、一体何個の驚愕的なワードが飛び出してくれば気が済むんだ。

 

「てか待て、だったってことはつまり、アイドルになるにあたって大学を辞めてきたってことか!?」

 

「どうなんだろー? 正確にはアイドルになる為に大学を辞めたというより、大学を辞めてやることが無かった時に、色々あってここにスカウトされたって感じなのかな〜」

 

「ま、まぁそうだよな。なるほど、大学を辞めたあとにスカウトされたのか。それなら多少は理解出来なくもないが……」

 

 いや、やっぱりそれでも理解には苦しむが。一体どんな理由や目的があって、彼女は大学をやめてまで日本に帰ってきたのだろうか。大学の問題? それとも家庭での問題? 待て、じゃあ仮に何かやることや目的があるなら、何故彼女はアイドルのスカウトを断らなかった? アイドルになるのが目的じゃないのならば、つまり他に目的があったということだろ? 

 彼女の発言に、次々と謎が謎を呼ぶ。

 

「因みに聞くが……一体どこの大学に通っていたんだ?」

 

「確かに、そこに関しては私も気になったな。志希がどんな大学に通っていたのか、些か興味が湧いてきた」

 

「あたしが通っていた大学? そんな大した場所じゃないよ〜。えーっと、なんだっけ、確か……」

 

 そうして志希の口から出てきた大学の名前、それは俺たち二人の予想を遥かに凌駕していた。もはや有名とか、そんなレベルの話ではない。俺と同じく志希の話を聞いていた晶葉も、志希の口から出てきたその名前には、流石に驚きを隠せていなかった。

 

「ウッソだろオイ」

 

「待ってくれ志希、それは本当なのか!?」

 

「うん。まあわざわざ嘘をついたり、隠したりするようなことでもないからさ〜」

 

 俺は今、非常に頭が痛い。遂に俺の頭が思考することを放棄し始めた。

 

「そんなに頭が良いなら、なんでわざわざ大学を辞めたり……」

 

「うーん、なんでだろうね〜。まあ一番は、大学での研究生活に飽きたっていうのが大きいかも」

 

「は?」

 

 飽きた? 今彼女は、飽きたと言ったか? 飽きた……飽きた? 待て、いやいやいや本当に待て。彼女が大学を辞めた理由を必死に考えていたのに、たった今、飽きたの一言で全て完結させられてしまったのか?

 俺は彼女の発したそのあまりにもな理由に、素で疑問の声を発してしまう。

 

「いや〜、なんだか研究室に篭って、毎日毎日同じような研究をするのに飽きちゃってさ〜。特に真新しいことも起きないし、最近は大学側のマンネリ化? がスゴかったから」

 

 アイドルへの転職理由として、美嘉はまだわかる。むしろ、読者モデルという立場からワンランク上に上がったようなものだからな。川島さんも、長年の夢を追うという理由があったしまだわかる。だが、志希の理由だけは、何をどう考えても理解ができなかった。

 つまり、志希が大学を辞めた理由は、大学の授業に追いつけなくなったとかそういう訳ではなく、逆に大学側のレベルが思っていたより低かったから? まったく何を言ってるのかわからない。

 

「あと別に、アイドルには最初からなろうと思っていたわけじゃなかったんだよね〜。スカウトされて、ちょっと気になったから何となくなっただけ〜」

 

「は???」

 

 あまりにもの志希の言葉に、俺の頭の中にはビックリマークやクエスチョンマークが次々と湧いて出てくる。お陰で俺の一般的な脳みそは、既に容量限界で爆発寸前だ。

 

「待て待て待て、ちょっと話を整理させてくれ。つまり、大学を辞めた理由は特別な理由とかも無く、普通に飽きたからなだけで、アイドルになった理由は何となくってことか?」

 

「Exactly! ……ってあれ、あたしそんな難しいこと話してる?」

 

「ああ、充分理解できなくて、難しい話だよ……」

 

 俺は頭を抱え込んだ状態でテーブルに肘をついた。

 ああ、本当だ。充分に理解できない。あまりにも俺たち一般人が考えるそれと、彼女の考え方の土台が違い過ぎる。

 普通、飛び級海外留学ができる様な才能を持っていたら、それを活かそうと思うものではないか? それだけではなく、そんな研究に没頭できるだけの環境まで用意して貰えるとなれば、尚更だ。少なくとも俺なら、そんな類まれなる才能を生かして、ノーベル賞でも狙いに行くと思うが。

 頭が良い人や発明家には変わった人などが多いというが、まさに彼女がそれを体現しているな。そう俺は思った。

 

「とりあえず、大学を辞めた理由まではなんとかわかった。しかし、だとしても今まで居た大学での科学の世界と、今居るアイドルの世界は全然別物だろ? よくスカウトを引き受けようと思ったよな」

 

「まあ、あたしも大学を辞めて色々暇だったし、なんか楽しそうだったからさ〜。折角の機会だし、やってみようかなーって」

 

 すると彼女は言葉を続けた。

 

「でもさ、キミは大学での研究生活とアイドル活動は違うって言うけど、あたし的には科学もアイドルも、似たようなものだと思うな〜。だって、言ってしまえばどっちも『未知の世界』の探求じゃん?」

 

「未知の世界の探求?」

 

 俺は彼女の口から発せられた聞き覚えのある単語に、咄嗟に聞き返す。

 

「多分、その辺が大学での研究と色々似ていたから、あたしはスカウトを引き受けられたのかも」

 

 志希はパフェを食べる手を止めて、熱心に話し始める。その真面目に語る様子は、さっきまでのおちゃらけてふざけた感じの彼女とは、まったく違う雰囲気を纏っていた。

 

「行く先に明確な道筋や課程が見えなければ、辿り着く結果も何一つ見えない。文字通り、ゼロから1を創り出さなきゃいけない。もしくは……ゼロから1を見つける?」

 

「……つまり、どういうことだ?」

 

「だってそのゼロは、存在しないんじゃなくて、今ここに居る人間が観測できていないだけのゼロだからね〜。いつかそのゼロは1になる、完璧なゼロじゃない。あれ? つまりこの場合、ゼロは1と……ニアイコール?」

 

「熱心に語ってくれるのは一向に構わないが……生憎、そう言った科学や数学の難しい話は、俺にはよくわからんな」

 

「んー? これはどっちかって言うと、数学や科学というより、国語とか哲学の話じゃないかなー? あたし的に比喩としてわかり易いから、数学的な表現をしてるけど」

 

 志希は先程までとはうって変わって、非常に真面目に話を続けていく。いや、真面目になったというより、熱が篭っているというのが正しいか。あれだけ色々と散漫していた志希だったが、今の熱く語る彼女からは、強い意志の様なものを感じる。

 

「とにかく、あたしはそんな未来がまったく予測できなかった、この世界に惹かれたんだよね〜。なんて言うかさー、停滞した大学での研究生活より、凄く刺激的かもって」

 

「まったく予想できない未来……か。うちの担当アイドルは志希とは逆で、そんな先が見えないことを不安がっていたものだが」

 

「不安? あたしはそうは思わないな〜」

 

 そう言うと志希は、口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 

「分からないからこそ、解き明かす楽しさがある。見えないからこそ、探す楽しさがある」

 

「つまり、志希は先が見えないことが楽しいのか?」

 

「だって、科学や数式じゃ何も証明出来ない未知!! それってスゴくない!? あたしの頭脳を持ってしても、未来は何一つわかんない!! 証明出来ないんだよ!?」

 

 志希は満面の笑みで、まるで、始めて何かに遭遇した無邪気な子供のように、楽しげに話を続けていく。その熱心に語る表情には一切の曇りがなく、彼女が秘める文字通り『素の一ノ瀬志希』がそこにはあった。

 

「……まーだからこそ、あたしは見てみたいかな〜ってさ〜。その数式や科学じゃ形にできない未知を、未知の先を、新しい可能性をね〜」

 

「未知の世界、ねえ……」

 

 こう話を聞いてみると、やっぱり二人も夢見る少女の一人に過ぎなかったんだな。なんだ、結局彼女達も幸子たちと何も変わらないじゃないか。

 難しい言葉回しや単語を使ったり、常人には理解し難いことをやったりこそしてはいるが、その根本にあるものや言いたいこと、それはつまり幸子達が言っている『トップアイドルになりたい』『輝きたい』『ワクワクしたい』という思い……或いは、願いと似たものなのかもしれない。

 

「……んー? 急に黙り込んだと思ったら呆気にとられたような顔なんてして、やっぱりあたし、何か変なことでも言ってた〜?」

 

「……いや、何でもないよ。むしろ、志希の言っていることは何一つおかしくないと思う。ただ、俺の知り合いにも同じようなことを言ってるヤツが居てな。色々考えるところがあっただけさ」

 

 そうだ。頭が良かろうが、普通だろうが、純粋だろうが、ひねくれていようが、結局は皆、夢見る一人の少女なんだ。見方や見える角度は人々によって様々なのかもしれないが、その元にあるものはほとんど変わらないのだろう。

 

「なんだ、みんな一緒なんじゃないか……」

 

 なんだか志希の話を聞いていたら、二人へ対しての考え方が変わった。

 最初、部屋の掃除に呼び出されて彼女達と出会った時は、そのかなり強めのインパクトにかなり驚かされたが、そういった先入観などのフィルターを介さないで見てみれば、彼女達は頭のぶっとんだ奇人でもなければ、とんでもない天才でもなく、どこにでもいる普通の少女だった。

 もっとも、だからといって彼女たちが、俺の貴重な休みを奪ったという事実にだけは、一切変わりないが。

 

「……まっ、事情はわかったよ。とりあえず、ここで会ったのも何かの縁なんだ。そういうことなら今度、機会があった時にでも、上の方に相談とかをしといてみるよ」

 

「相談って、何を〜?」

 

「二人の今後についてだよ。俺の立場上そこまでの決定権や選択権はないけど、相談してみるだけ価値はあるかもよ?」

 

「……いいの?」

 

「そんなこと、勝手にやってしまって大丈夫なのか?」

 

「細かいことなんて良いんだよ。俺には、数年間真面目にコツコツと働いてきた人望みたいなものもあるしな。今の話を聞いたらなんだか、二人の今後が見てみたくなった。とりあえず任せとけ!」

 

 俺は二人に笑いかける。

 

「あと、それだけじゃなくてアイドルとしての相談や、ちょっとした手伝いとかぐらいならできるかもしれない。一応だけど俺は、芸歴でも年齢でも、二人より少しだけ先輩なんだ。何か悩みとかができたら、今後存分に頼ってくれたまえよ。ただし、掃除の手伝い以外でだ」

 

 と、ちょっと先輩ぶった発言をしてみる。まあ最悪、何か困ったり対応しきれなくなった時は、偉大なるカリスマJKこと、美嘉大先輩に色々聞けば大丈夫だろうしな。

 

「でもさ〜、急にどうしたの? 今日会ったばかりのあたし達に、そこまでやってくれるなんて」

 

「確かに、私も同じことを思った。むしろ今日は、私達が迷惑をかけてしまった側だというのに」

 

「深いことは気にすんな。これはちょっとした気まぐれだよ。知り合いの世話好きな先輩アイドルに、少し影響されてみただけだ」

 

 まったくだ。美嘉みたいな大した先輩でもないのに、というか言ってしまえば俺はアイドルじゃなくてプロデューサー側の人間なのに、何新人アイドルに対してカッコつけたこと言ってんだか俺は。

 だが、仮にそうだとしても、彼女達の思いを聞いたら多少なりとも力になりたいと、そう俺の中の善意……いや、ただのお節介焼きな心が勝手に動いてしまったのだ。

 

「まあ、二人ともさっきはマッドサイエンティストだのバカだのとか言って悪かったな。二人と話していたら、思わぬタイミングで、アイドルという概念について良い勉強をさせてもらった」

 

「いいのいいの〜! そんな感じで、気楽にやっていこー!」

 

「ただし、俺の優雅な休みを奪ったことについては、このあと掃除でしっかり落とし前をつけてもらうからな?」

 

「あー……忘れてなかった?」

 

「忘れるわけねーだろいい加減にしろ!」

 

 俺のそんな言葉に、二人は何故か笑い始める。そんな二人につられてか、俺の方もなんだか怒る気力が無くなってしまった。

 

「さっ、ちゃっちゃと昼休憩終わらせて、部屋掃除に戻るぞ。俺の方も、夕方からは担当アイドルのプロデュースが待ってるからな」

 

「りょうかーい!」

 

「ああ、分かった」

 

そう言うと、志希は少しだけ残っていたパフェを一気に口の中に頬張って、一瞬で食べてしまった。同じく晶葉の方も、飲みかけのお茶を飲み干してグラスを置く。

 

「モグモグ……じゃ〜、そんなこんなで改めて自己紹介するけど、あたしの名前は一ノ瀬志希。ケミカル系と香水系の話なら、いつでもウェルカムだよ〜」

 

「同じく、私は池袋晶葉。ロボット工学で、アイドル界のトップを目指す者だ。今後とも、よろしく頼みたい」

 

 と、志希は片手を差し出してくる。そしてそれを見た晶葉も、同じ様に手を差し出してきた。恐らく、二人は自分達と握手をしようということだろう。まったく、いかにも発明家や科学者らしい挨拶だ。

 

「……ああ、よろしく」

 

 ともかく、こうして昼休憩の時間は終わり、彼女たちの実験室と化していた部屋の掃除は再開された。このあと二人との部屋掃除は、幸子が帰ってくる位の時間まで続けられることとなる。

 

 しかし、最初こそ二人は色々ブッ飛んでいた子達だと思っていたが、話してみると案外、そこまで悪い子達というわけでもないのかもしれないな。少し……いや、大分変わってはいるが。

 ただ、頭が良過ぎるがあまり、普通の一般人とは観点や考え方が違い、結果それが周りと違う風にに見えてしまう。それを人は奇人、或いは『天才』と呼ぶのだろう。

 俺は二人と接していたらなんだか、多様な顔を持つ、アイドルという存在の新たな側面をまた少し知ることができた気がした。

 




本編の修正に約一ヶ月、志希にゃんの言語を理解するのに約一ヶ月(なおまだ完全には理解していない)、本文書くのに約5日。
なんでこんなに志希にゃんを書くの大変なんですかね……可愛いから仕方ないけど。

二人の魅力を潰さず、かつ志希にゃんと晶葉らしい文章を書くため、デレステやモバマスのコミュを走りに走り、それだけじゃなく、wikiから他の人のSSまで見て回った日々。ある意味楽しかったと言えば楽しい日々だった……?

Q.何故そこまでベストを尽くした?
A.志希にゃんも晶葉も可愛いじゃん。だからベストを尽くしたまで。後悔はない。

という次回、幸子始めてのPV撮影! 台本を無視し、豪〇の阿修羅閃空並の勢いでカメラにフェードインしようとする幸子を抑え、撮影を無事に終えることは果たしてできるのだろうか。今週もプロデューサーの胃が痛い!
そんなことより、限定幸子復刻はまだですか……?

そう言えば来月はシャニマス配信もあるだろうし、投稿がなんかまた遅れそうです(甘え)
とりあえず作者は二ヶ月一話ペースを†悔い改めて†

※追記とお詫び
すみません、投稿かなり滞ってます。四月から会社の方で色々あり、現状執筆ができる余裕が無い状態が続いてました。一応、次話は殆ど(70%程)完成しているので、もうしばらくお待ちください。Twitterばかりやっているようでちゃんと執筆はしてますので。


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第65話 カットイン・ザ・サチコ

作者は何度でも蘇るぞい


第65話

カットイン・ザ・サチコ

 

 

「おはようございまーす、プロデューサーさん!」

 

「……ああ、幸子か。学校お疲れさん……」

 

 時刻は丁度五時半を指そうとしていた頃、学校帰りの幸子がいつも通り扉を開けて、部屋に入って来た。声の調子からして、今日も幸子の方は好調そうだ。

 

「フフーン! カワイイボクが帰ってくるのが待ちきれなくて、仕方が……って、一体どうしたんです? なんだかもう、既に限界が来ている感じですけど」

 

「……今日は朝から、色々あってな……本当に、散々だった……ハハ……ハハッ……」

 

 俺は机に突っ伏した格好のまま、絶え絶えといった感じで、幸子に話を続けていく。

 ああ、色々あったよ本当に。文章数行じゃ語りきれないような、ぶっ飛んだことがな。とりあえず、もうあいつらとの部屋掃除は懲り懲りだ。

 

「そう言えばなんだか、今日はいつもより社内が騒がしかった様な気が……それに気のせいか、このフロアに限っては、甘い不思議な感じの香りも漂っていましたし」

 

「……興味を持たせるようなことを言っておいてなんだが、あまり深いことは気にしない方が良い。考えれば考えるだけ、頭が痛くなるような出来事だったから」

 

 俺はそう言うと、突っ伏していた体をようやく机から起こした。それから首や肩を鳴らし、身体を軽く解すと椅子から立ち上がる。

 

「よし……っと。プロデューサー、これより再起動だ」

 

 椅子から立ち上がった俺は冷蔵庫の方へ行くと、中から缶コーヒーを取り出した。そして缶を開けると、一気に中身を飲み干す。

 

「……っぷはぁ! やっぱり、カフェインは最高のドーピングだぜ!」

 

「プロデューサーさん、本当にコーヒーが大好きですよね。毎日飲んでいて、よく飽きないと思います」

 

 幸子はコーヒーを飲み干した俺を、何か物言いたげに見てくる。俺はそんな幸子の視線を尻目に、空き缶を部屋に用意してあるゴミ箱に、投げ入れるような形で捨てた。相変わらず、コーヒーのスチール缶は捨てる時に良い音を立てる。

 

「しょうがないだろ? これが現代社会なんだ。こうでもしないと、睡眠時間の無さを補えないからな」

 

「プロデューサーさんの場合、もはや目覚ましどうこうとかの目的だけではない気がします……」

 

「否定はできないな。実際コーヒーは美味いし、目覚ましの目的を抜きにしても普通に好物だ。そう、コーヒーとは一概に言っても様々な味があって、例えば同じ豆を使っていたとしても、製造や焙煎過程の違いとかで……」

 

「すみません、自分から話題を振っておいて言うのもなんですが、長くなりそうですか?」

 

 俺がコーヒーについて語ろうとすると、話が長くなりそうと感じたのか、幸子は俺の言葉にすぐさま静止をかける。

 

「……まあつまり、要約すると好きな物ならいくら食おうが飲もうが、飽きることはないってだけの話なわけだ」

 

「でも、ボクのカワイさは毎日見ているとくどくなるんですよね?」

 

「そ、それは……だな……」

 

 不味いな、地雷を踏んだか。幸子は再び、何か物言いたげな視線をこちらに向けてきた。変なことを言ってへそでも曲げられたら、色々面倒だ。

 俺はそんな視線を送ってくる幸子に対し、咄嗟に目を背けて誤魔化す。

 

「さ、幸子が普通のカワイイを遥かに超越していて、もはやくどくなるほどカワイイってことだ! うんうん、そうだそうだ!」

 

「……くどくなるほどカワイイって、それもう褒めているのか貶しているのか、さっぱりですよ」

 

「さあ……どっちなんだろうな?」

 

「あっ、プロデューサーさん、今また何かを誤魔化した目をしました! ボクには全てお見通しです!」

 

 部屋に入ってきてから、ずっと入り口の辺りに立っていた幸子は、そう言うと俺の方へずかずかと歩いて来た。相変わらず距離感がやたら近い幸子は、俺に鼻先が触れそうなほど近くまで詰め寄り、話を続けてくる。

 

「もっとボクのことも、その大好きなコーヒーみたいに、好きって言ってください! 勿論、カワイイボクはみんなのものなので『Love』ではなく、『Like』として!」

 

「本当、一々注文が多いしそれでもって細かいよな、お前……」

 

「しょうがないじゃないですか。ボクはカワイイんですから」

 

 ……いや、一瞬納得しそうになってしまったが、つまりどういうことなんだよだからどうした。カワイイという言葉をまるで免罪符のように使うな。

 

「幸子、距離が色々近い」

 

「わざとですよ。プロデューサーさんに見せつけてるんです。今日も明日も、永遠に変わらぬボクのカワイさを!」

 

「いや、流石に老眼じゃないし、そんな近づかなくても分かるって。それにいくらカワイいんだとしても、この距離だと流石にカワイさオーラが近すぎて、目が眩しいし痛いでございます、幸子お嬢様」

 

「カワイイボクから発せられたものなら、何を目に入れても痛くありませんし! 大丈夫です!」

 

「あー!! はいはいはいわかったわかった!! 痛くないし、今日も相変わらずカワイイから離れた離れた!!」

 

 そう俺が言うと、幸子は仕方ないな、といった感じで俺のそばから一歩だけ離れる。そしてなんだか、物言いたげな様子でブツブツと言葉を続ける。

 

「しかし、なんだか悔しいですねぇ。プロデューサーさんの中でボクは、コーヒーに負けているんですか……」

 

「……んなわけあるか。ちゃんとお前のことも好きに決まってんだろ」

 

「……へ?」

 

 俺の言葉に咄嗟にキョトンとした顔で困惑する幸子。俺も自らの放った言葉が色々とおかしいことに、数拍置いてからようやく気が付く。

 

「……もちろん、『Like』の意味でだ」

 

「……あっ、はい。そうですよね。びっくりしました」

 

 なんだかいつも通り、会話がおかしい方向に向き始めた。いや、いつも通りおかしい方向に、というのもそれはまたおかしな日本語で、つまりは……ああもうめんどくせぇ、要するに今日も俺たちは、相変わらずの平常運転ということだ。

 しかしなんだか、先程まで色々な意味で狂人な二人と接していたせいでか、こんな幸子とのやり取りでも、なんだか妙に落ち着きを感じる。俗に言う、実家のような安心感だ。

 とりあえず、もうしばらくこのやりとりを続けていても良いが、今日はこの後重要な予定があるため、ほどほどにしておく。

 

「……さてと、それじゃあ雑談もこの辺りまでにするか。まあソファに座わるなりなんなり、楽にしたまえ。毎日恒例、作戦会議の時間だ」

 

「はい、わかりました!」

 

 すると幸子はソファの方へと歩いていき、まるでお嬢様か何かのように、静かに腰掛けた。

 俺は幸子がソファに座ったのを確認し、懐からメモ帳を取り出す。そして今日、事前にまとめておいた幸子のスケジュールの欄を開く。

 

「とりあえず、今日の予定は事前に伝えていた通り、お待ちかねのPV撮影だ。PV撮影が決まった時から、幸子には特に、ボーカルレッスンとビジュアルレッスンに力を入れてやってもらっていたが、そのすべてが今日の日のためにやってきたと言っても過言じゃない」

 

「フフーン! 任せてください! この日のために毎日、プロデューサーさんとトレーナーさん考案の特別メニューを、たくさん頑張ってきていたんですよ? ただでさえカワイイのに、更に磨かれてしまったボクのビジュアルと歌声で、日本中の人達を虜にしてあげます!」

 

「それは頼もしい言葉を聞いた。そこまで言うなら、俺も今日の幸子には十分期待しても良いんだな?」

 

「期待してもいいかだなんて、そんなことわざわざ聞かないでください! ボクはいつも、プロデューサーさんの期待に全力で応えているつもりですから!」

 

「……フッ、そうだったな。すまないすまない、そんなに怒らないでくれ。幸子はいつも、俺の期待値以上のことをしてくれているよ」

 

 因みに、その言葉のあとに小声で「色々な意味で」と付け加えたことは、彼女の耳に入っていなかったようだ。

 と、そんなことはさておき、今俺が話した通り、今日は幸子の初PV撮影がある。

 数週間程前、丁度あのデビューライブが終わった翌日か。俺は会社の上の方から「今度、デビューしたてのアイドル達を中心として、346プロの宣伝用PVを作りたい」という話をされており、勿論その仕事を二つ返事で引き受けていた。それでその関係上、幸子には先月の終わりほどからお願いシンデレラの歌の練習と、ビジュアルレッスンを特に重心的にしてもらっていたのだ。PV撮影となればライブの時とはまた、色々と違うものが要求されてくると判断したからな。

 それから気がつけば、あっという間に日にちは過ぎていき、今日はもう、そのPV撮影の当日だったというわけだ。

 

「それで、さっきからあれだけ雑談をしておいて言うのもなんだが、実は今日の撮影は開始時間の都合上、割と時間的猶予がない。この後ひと休憩入れたら、さっさと撮影スタジオの方に行くぞ。とにかく、スキマ時間の方は巻きの方向で頼むな」

 

「フフーン! わかりました!」

 

 その返事の様子からして、今日の幸子のモチベーションは、そこまで悪くなさそうだ。これはどうやら、良い結果が望めるかもしれないな。ただ、その元気が空回りしてまた、変な暴走などをされなければ良いのだが……

 

「……しかし、今日はもういよいよPV撮影当日か。案外早かったというか、これで漸く、今度入ってくる新人たちに対して、先手を打って牽制できるといったところだな。正直ギリギリかと思っていたが、ここまで話が進めば多少は安心しても良さそうか……」

 

「プロデューサーさん、何でそんな計画通り、みたいな悪い顔をしているんですか」

 

「ん? そうか?」

 

「してますよ、思いっきり」

 

「そうか……わりいな。俺は感情が顔にすぐ出るタイプなんだよ」

 

「確かにそうですもんね、プロデューサーさん。ボクを見ている時、いつも顔にカワイイって書いてありますから」

 

「明日から鉄仮面でもして会社に来るか」

 

「なんでそうなるんですか!」

 

 さて、それから十分ほど休憩し、準備を終えた俺たちは早速、346プロの撮影スタジオへと向かう為に部屋を後にした。

 撮影スタジオ自体は先月から仕事で何回か来ており、その空気にはもうすっかり慣れたものとなっていた。そのため、彼女のレッスンの成果とも合わさって、今日の撮影には冗談を抜きにしても、実際前々からかなり期待をしている。

 

「そう言えば、今日のPV撮影のメンツとかは、一体どんな感じなんだろうな」

 

「プロデューサーさん、もしかして今日の撮影に参加するほかの人たちについて、何も知らないんですか?」

 

「一応、参加するアイドルの名前くらいは聞かされているが、顔までは分からないな、と言ったところか。流石に飛鳥たちみたいに、しょっちゅう関わってるわけじゃないし、そりゃ覚えられないよ」

 

 まあ、アイドル業界に携わる人間として、他アイドルについてあまりわからなさすぎるのも、それはそれでどうかとも思うがな。ただ、確かにライバルの情報収集は戦いの基本かもしれないが、今の俺には正直、幸子の相手をしているだけで手一杯だ。そんな何十人も居る事務所のアイドル全員を把握するなんて、容易にできることではない。それこそ、そんなことができたなら、そのプロデューサーはそのうち、大規模プロジェクトの総合プロデューサーにでもなれるだろうな。だが、今の俺にはまだ、そんなことができる自信も余裕もない。

 

「とりあえず、昨日トレーナーさんから少しだけ聞いた話なんですが、PVの主体となるのは、あのデビューライブの時にいた新人アイドル数人らしいです。つまり、少なくともボクと飛鳥さん、そして乃々さんのいつもの三人は確定ですね」

 

「結局、その辺はいつもの顔ぶれか……」

 

 とは言いつつも、実は四人で顔を合わせるのは、あのデビューライブの時以来かもしれない。個々に顔を合わせる機会は何回かあったのだが、いかんせん全員アイドルとしての仕事が徐々に増えてきて、忙しくなってきていたからな。

 ある意味今日は、久々にお互いの成長を見せあえる良い機会なのかもしれない。

 

「飛鳥さんと乃々さんも、アイドル活動は順調みたいですからねぇ。久しぶりに三人で一緒に仕事ができるのが、なんだか楽しみです」

 

「なんだ、一緒に仕事するのが楽しみだなんて、随分と仲良さげだな。飛鳥達は幸子のライバルじゃなかったのか?」

 

「あっ……いや、それは〜……ラ、ライバルとして、お互いに成長した実力を見せ合える、良い機会って意味で……!!」

 

「本当、お前もお前で顔にすぐ出るよな。言葉の割に随分な良い笑顔をしてるぞ。少しは素直になれ」

 

「う……うるさいです!!」

 

 こうして幸子と話しながら歩いていた俺たちは、数分程歩いて社内スタジオにへと到着した。スタジオに着いた俺たちは早速、撮影ブースの方へと歩いて行く。するとそこには、先に来ていた数名のアイドル達とそのプロデューサー数人が、撮影の開始時間が来るのを待っていた。その中には飛鳥や乃々、そしてふたりのプロデューサーの姿も見える。

 

「おっと、噂のおふたりさんはもう居るみたいだな」

 

 俺たちは何も考えずとも、気が付けば身体が勝手に飛鳥達の方へと向いていた。するとむこうも俺たちに気がついたのか、同じようにこちらに向かって歩いて来る。

 

「よっ、久しぶり! おふたりさん!」

 

「やあ、随分と久しぶりじゃないか。幸子と……いや、キミとは特別久しぶりというわけでもないか。幸子のプロデューサー」

 

「お久しぶりです……幸子さんと、幸子さんのプロデューサーさん……」

 

「フフーン! お久しぶりですねぇ! 二人とも!」

 

 久しぶりの再開に笑顔で挨拶をし合う三人。その会話をする幸子達の姿は、すっかり仲の良い友達同士のそれで、そんな姿を見て俺は、安心感を覚えていた。

 

「おお!! これは幸子ちゃんのプロデューサーさん!! いつもうちの森久保が世話になっています!!」

 

「お久しぶりです、輿水さんのプロデューサーさん」

 

 幸子達が互いに再会の挨拶をする中、それに続く形で俺たち各プロデューサーも挨拶をする。ここもまた、同じくこの前のライブ以来の再会になるのか。

 二人のプロデューサーも相変わらずというか、その表情や話す雰囲気からして、プロデュースの方はなかなか順調そうに見える。

 

「いやはや、噂は聞いておりますぞ! 幸子ちゃん達の方も順調らしいではないですか!」

 

「そうですね。あのライブ以来、幸子の仕事数も増えてきてようやく、アイドルらしいことができるようになってきました」

 

「それは良かった!! 芸歴が丁度同じくらいの担当アイドルのよしみ、これからも互いを高めあえ、励ましあえる仲として、共に精進していきたいものですな!! ハッハッハッ!!」 

 

「そ、そうですね……ハハハ……」

 

 俺は乃々のプロデューサーの溢れんばかりの気迫に押され、相変わらず苦笑いをするのが精一杯だった。この人は勢いが凄い。とにかく豪快というか、エネルギーに満ち溢れているというか、その体力と活力を、少しは俺にも分けて欲しいものだ。

 

「それにしても飛鳥さん、乃々さん、今日の撮影はうまく行きそうですか? 勿論ボクは、自信しかありません! 早くカワイイボクをカメラで撮って貰いたくて、もう待ちきれない気分です!」

 

「フフッ、相変わらず、羨ましい程の自己陶酔だ……だが、今回はボクも、キミと同意見だね。画面の枠の中という、ごく限られたセカイの中で、果たして自分という存在を、どこまで主張できるのか。普段あまりできない活動(アクティビティ)を前にして、実に楽しみでしょうがない」

 

「もりくぼは……そもそもPVになんて出演したくないです……。だって、もりくぼにはカメラで撮ってもらえるだけの価値なんて無いですし……それに、カメラで撮られるとなんというか……魂が抜けるというかぁ〜……」

 

「乃々さん! 性懲りもなくまたそんなこと言って! そんな意気込みじゃ、他のアイドルに映り負けちゃいますよ!」

 

「も、もりくぼは別に映り負けても良いですし! そもそもPV撮影なんかしたくないですし! 今すぐ家に帰りたいですし!」

 

「森久保ォ!! 大丈夫だ、俺が傍らで見守っている!! 逃げ出したくなったら、いつでも俺が受け止めてやるからな!! ハッハッハ!!」

 

「ひいぃぃぃぃ!?」

 

 相変わらずなのはプロデューサーだけでなく、勿論乃々の方もだったか。

 いや、それを言い始めたら俺も含めた、ここにいる全員が良い意味で何一つ変わっていないな。そんな様子を見ていると、業界という非日常の世界に、束の間の日常を見いだせて、なんだか気持ちがホッとする。

 

「なんだか、偉く気合い入ってんなみんな」

 

「それは当たり前だろう。これは自らを売り込む、またと無いチャンスなんだ。むしろ、キミたちの方はどうなんだ? まさか、やる気が無いわけではあるまい」

 

「やる気なら勿論、俺たちだって全力全開だ。今日も幸子の良きライバルとして、いつも通りよろしく頼むな」

 

「良き好敵手(ライバル)として……か。悪くない」

 

 飛鳥はライバルという言葉を聞き、満足げに微笑む。その表情には、彼女のアイドルや幸子達に対してと思われる、様々な感情が滲み出ているように見えた。

 

「ただ、今日の撮影はボク達だけでなく、勿論他のアイドルも居る。実際それなりの覚悟を持って挑まないと、そもそもボク達三人とも、共倒れをして終わりになってしまいそうだ」

 

 そう言うと飛鳥は、部屋の周囲を見渡す。そこには今日の撮影に参加すると思われる、他のアイドル達の姿がある。

 例えば眼帯を着けた少女や、特徴的な髪型をした少女、少々派手な感じの子も居れば、そこまで目立ってはいない子など、とにかく様々な個性を持つアイドル達が、そこかしこに見受けられる。

 

「……当たり前だけど、ここに居る少女たちは皆、アイドルってことになるんだよな。そう考えると、ライバルはかなり多いか」

 

 真剣な眼差しでアイドル達を眺める俺と飛鳥。すると、そんな俺たちの様子を見て幸子が横から話しかけてくる。

 

「フフーン! プロデューサーさんも飛鳥さんも、そんなことは特に気にするようなことでもないです! 」

 

「と、言いますと?」

 

「何故だ?」

 

 そう俺達が聞き返すと、幸子は待ってましたとばかりに胸を張り、得意げに答え始めた。

 

「飛鳥さんが言う通り、確かに皆さん、個々に違う雰囲気をしていて、インパクトは強い気がします。でも……」

 

「でも……?」

 

「どの人の個性も、世界で一番カワイイボクには、当分叶いませんからね! 心配する必要なんて、端から無いんですよ! カワイイは、全てに勝るんです!」

 

 幸子の言葉に、少しだけ期待を持っていたのだろう。飛鳥は幸子の口から発せられたその言葉を聞いて、やれやれといった感じで額に手をやる。

 

「……自分の記憶力については多少なりとも自信があったつもりだが、どうやらそれは気の所為だったみたいだ。ボクはまだ、輿水幸子という人物を完全に理解(わか)ってはいなかったみたいだね」

 

「幸子に真面目な言葉が出てくるのを期待していたんなら、そりゃとんだ大誤算だ。アイツから学べるのは、どんな時でもドヤ顔でいるための秘訣だけだ」

 

「そういうことにしておこう」

 

「ちょっと飛鳥さん、それで納得しないでください!」

 

 もっとも、そのいつでも変わらないテンションやドヤ顔こそ、彼女の最大の強みでもあるのだがな。この前のデビューライブの時も、彼女のそういったブレない姿勢があったからこそ、普段と同じ様に100%のパフォーマンスをすることができたのだと、俺は考えている。

 おそらく、彼女の自画自賛や幸子理論には、自身のモチベーションを維持するための、一種の空元気か自己暗示的な意味も含まれているのだろう。真面目な話、そうやって自分の感情をうまくコントロールできる人間は、決して多くはない方だと思う。そう考えれば、彼女の自画自賛も、少しは為になる物なのかもしれない……いや、やっぱり為にはならんな。

 

「それじゃあもりくぼが帰れば、幸子さんも飛鳥さんも、ライバルが一人減って楽になりますね……もりくぼ、帰りま〜す……」

 

「乃々さんもどさくさに紛れて帰ろうとしないでください!!」

 

「いや、だって……こんな華やかな衣装を着せてもらうだけでも気が重いのに、そのままダンスを踊らされて、更にその様子を録画されるなんて……公開処刑もいいところですよ……」

 

「そんなこと言ったって、この前のライブ、乃々さん普通にやりきっていたじゃないですか! 今日は乃々さんを見ているお客さんも居ないわけですし、視線のやり場にもまだ、困らない方なんじゃないんですか?」

 

「それは、そうですけど……」

 

 幸子の言葉に対して何か反論をしたそうな乃々。しかし、幸子の言い分もごもっともなため、何も言い返せないようだ。乃々のその口からは、言葉にならない独り言のようなものが、ブツブツと漏れている。

 

「本日のPV撮影に参加するプロデューサーとアイドルの皆さん、撮影の準備ができたので、一度撮影ブースの方に集まってください!!」

 

 機材スタッフや今日の撮影の責任者なども続々と現場入りしてくる中、時間が来たのかスタッフによる招集の声がスタジオに響いた。その言葉に促される様に、スタジオ中に散らばっていたアイドルやプロデューサーたちが、一箇所に集まっていく。

 

「あぁ……まにあわなかった……」

 

「ほら、もう始まりますよ。飛鳥さんも、そこでニヤニヤしながら見ているだけじゃなくて、乃々さんを連れて行くのを手伝ってください」

 

「まったく、二人とも世話が焼けるね……」

 

「ひいぃぃぃ!! 引っ張らないでぇ〜!!」

 

 スタッフの招集を聞き、愕然と肩を下ろす乃々。そしてそんな乃々の腕を無理やり引っ張り、連れて行こうとする幸子。その姿はまるで、駄々をこねる妹とそれをなだめる姉の様だ。普段駄々をこねるのは、どちらかというと幸子の方なんだがな。乃々のことになると幸子はこの通り、どうもヒートアップしてしまう。

 まあとりあえず、撮影の開始予定時間がこうして来たため、俺もそんな騒がしい三人と共に、招集がかかった場所へと移動することにした。

 

「ん? あのカメラマンの人は……」

 

 と、そんな中、俺は機材スタッフの中に見覚えのある姿を見つけた。向こうもこちらにはすぐに気がついたようで、俺を見つけるや否や気さくに挨拶をしてくる。

 

「おっと、お久しぶりじゃないですか! 幸子ちゃんとそのプロデューサー!」

 

 少し派手な格好、親しみやすい雰囲気、そしてその特徴的なカメラ。なるほど、見覚えがあるのも当たり前だ。この人は前に、幸子の宣材を撮影してくれた、あの海外帰りの勢いがやたらと凄かったカメラマンさんじゃないか。

 

「お久しぶりです、カメラマンさん」

 

「いやーこの前のデビューライブ、俺も見たよ〜! 最高だったじゃないか!! 流石俺、やっぱり人を見る目に狂いは無かったみたいだね!」

 

「そう言ってもらえると、彼女を担当するプロデューサーとして、非常に嬉しい限りです。ありがとうございます」

 

「そんな礼なんか要らないって。まあ、今日の撮影も写真関係は俺がやるから、ばっちり任せといて! greatでperfectなモノを撮ってみせるからさ!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 この人の腕前は誰よりも、俺が一番よく知っている。前回この人に撮ってもらった宣材は、どれも様々な方面から好評だったからだ。とりあえず、このカメラマンさんが撮影に参加しているなら、今日の撮影には期待も安心も、充分にして良いだろう。

 さて、というわけでカメラマンさんも到着し、こうしてスタジオには、今日の撮影に関わる全ての人員が揃った。そして、今日の撮影監督から現場のスタッフやアイドル達に、大まかな流れの指示や説明があった後、幸子たちアイドルは撮影用の衣装に着替えるため、一旦スタジオを出て行った。

 それから約数分後、スタイリストさんによるセットを終えた幸子たちは、再びあの純白のドレス姿となって、俺の前に姿を表した。

 

「フフーン! どうです? やっぱりお姫様みたいで、カワイイでしょう!」

 

「撮影前だし、あんまりはしゃぐなよ。折角着付けてもらった衣装が乱れるぞ」

 

 幸子は走りながらその場でくるりと一回転すると、こちらに笑顔を向けてくる。その、まるで絵本に出てくるシンデレラのような、上品さが漂うドレスが、ふわりと柔らかく舞う。

 前からそうなのだが、この衣装に着替えると幸子は、妙にテンションが高くなる。そのはしゃぐ姿は、いつもの(パッと見)実年齢より大人びた、どちらかというと気品のあるお嬢様(の様に一瞬錯覚させる)姿とは違い、なんというか年相応というか、子供っぽいというか、普段は彼女と無縁な無邪気さすら感じられる。

 

「にしても、相変わらずお似合いだな、そのドレス」

 

「当たり前じゃないですか。ボクは常に、衣装を着るのではなく、衣装のためにわざわざ着てあげているんです! だからボクは、どんな衣装だって着こなせますよ!」

 

「どんな衣装を着ても、中身だけは一ミリも変わらんがな……まったく、今日も幸子理論全開だ」

 

「ちょっと待ってください、その幸子理論ってのはなんですか!」

 

「文字通りでございます」

 

「それ、明らかに良い意味合いの言葉じゃないですよね!?」

 

 いつも通り俺の言葉に突っかかってくる幸子。そしてそれを上手くやり過ごす俺。そんな俺たちのやり取りを見て、飛鳥は何とも言えぬ表情をこちらに向けてくる。

 

「キミたち、いい加減少しは人目を気にするということを覚えたらどうなんだ」

 

「いや、だってプロデューサーさんが……」

「いや、だって幸子が……」

 

 俺と幸子は互いに指を差し合い飛鳥の方を向く。そんな様子を見て飛鳥は、呆れ返ったかのようにため息を吐くと、やれやれというジェスチャーをする。

 

「……わかった、悪かった。ボクはもう何も言わない。好きにしたまえ」

 

 さて、そんなこんなでドタバタしつつも、スタジオに着替え終わったアイドルたちが揃うと、早速撮影は始まっていった。

 今日はまず、本題のPV撮影の前に、簡単な宣材を撮影することになっている。その為、最初はいつもの宣材撮影と同じ様に、各自設営された撮影ブースで、写真を順番に撮っていた。

 まあ、今日のPV撮影は前回のデビューライブと同じく、会社の宣伝的な意味が強いからな。恐らく撮った写真の方も、PVと一緒にポスターか何かに使われるのだろう。

 しかしそう考えると、そんな会社の看板を背負うかのようなポスターに、幸子が所属アイドルとして写れることは、恐らく相当に名誉なことなんだろうな。俺は幸子の担当プロデューサーとして、なんだか非常に誇らしく感じる。

 

「しっかし、なんだかんだ言って、幸子(アイツ)もこの数週間で随分と成長したよな……先月アイドルになった当初の時より、更に様になっているじゃないか」

 

 俺は順番が回ってきて、カメラに対して慣れた様子でポーズをする幸子を傍らから眺めていた。

 まあ、幸子には今日の撮影の為に、ビジュアルレッスンをかなりやってもらったからな。元から自分を表現することが得意で、好きだった幸子なだけに、その辺の成長はずば抜けて早い。ある意味、これだけは非常に安心して見られる。

 

「こう仕事をこなしている姿を見ると、色々と大人びて見えるんだがな。ただ、それ以外がまだまだおっかないんだけど……」

 

 幸子の仕事をする姿を見ているとなんだか、学校行事でわが子を応援している保護者の気持ちが、少しだけわかる気がする。生憎俺はまだ独身だが、いつかまた、似たような体験をすることになるのだろうか。できれば、幸子よりもう少しだけ可愛げのある子供だと、嬉しいのだが。

 そんな風に、色々考えながら撮影の様子を眺めている俺だったが、ここから少し離れた場所で、また違った様子で撮影の様子を見ている人物が居た。

 

「森久保ォ!! 今日も相変わらず可愛いぞ!! 自信持ってカメラにアピールしていけ!! って、目を背けるな森久保ォ!! 森久保ォ!!!!」

 

「……あの人は色々違う気がするが」

 

「森久保ォ!! そこだ!! スマァイル!!」

 

 いや、あんたはボクシングのセコンドかなんかか。そこはリングじゃなくて、撮影ブースだぞ。そこだ!! って、カメラマンに対して乃々の必殺右ストレートでも食らわさす気か。

 乃々のプロデューサーが応援するその姿に、そんなツッコミが俺の中を過ぎる。

 

「……まあ、応援する気持ちの量では、俺も負けているつもりないけどな」

 

 それから順々にアイドル達は撮影をこなしていき、全員分の宣材が撮り終わると、内容は早々にして、本題のPV撮影の方へと移り変わっていた。

 早速演技に取り掛かり始めた幸子達は、監督やカメラマンさんから演技指導や指示を受けながら、先程の宣材撮影の時以上に、撮影に集中している様子だ。アイドル達は勿論、カメラにアイドルとして映る以上、見かけ上笑顔ではあるものの、その表情の裏にはどこか、真剣さや熱い何かが垣間見える。

 実際、俺は産まれてからPV撮影の現場なんてものは、初めて見るのかもしれない。いや、むしろそんな機会は業界人にでもならない限り、普通に生きている分にはなかなか遭遇できないか。そう考えると、俺もようやく、自分がテレビや雑誌などの業界を作る、業界人の一人になったのか、と自覚を持てる。

 

「表情も動きも、全体的にちょっと硬いよ〜! もっと自然に笑って!!」

 

 と、そんな中、撮影監督からアイドル達に、演技のダメ出しが入る。アイドル達は真剣に演技をしているが、確かに監督の言う通り、真剣過ぎるがあまり、どこか力んでいる様子が見て取れる。

 

「うーむ、なんかインパクトに欠けるな……」

 

「それに、彼女達どこか堅いというか……なんかnaturalじゃないよね。PVとして世に出せるレベルではあるけれど、あくまでも普通の域を出ていないというか……」

 

 幸子達の演技を見ながら、何やら渋い顔をして話す監督とカメラマンさん。どうやら、イマイチ納得できるものが撮影できていない様子だ。

 

「折角346プロのアイドルを売り込むチャンスなんだし、あと少しだけ、もう少しだけ、新しい味付けが欲しいよね。監督さん、なんか良い案無さそう?」

 

「味付け、ねぇ……余裕があるなら、少しだけ考えてみるのもありか……」

 

 撮影に関して素人の俺から見れば、現段階でも充分にPVとしては良い気がしなくもないんだけどな。表情の堅さも、多少なら初々しさが伝わってきて、それはそれで良さそうなものだが。

 

「大変そうだよな……PV撮影ってのも」

 

 撮影の様子を眺めながら、俺はそう独り言を呟く。

 手間がかかっているというか、ただ単に歌って、踊って、それをビデオで撮影しているのとは違うというか、やっぱりプロの仕事ってのは手の入りようが違うな。

 いや、まあそりゃ当たり前か。ここにいる人は皆、業界に携わる何かしらのプロなわけだからな。カメラマンさんは勿論、監督も、アシスタントも、機材係も、そして後々撮ったPVを編集する編集さんも。それぞれ自らが担当している何かしらの分野に対して、一心に仕事を全うしているわけだ。ただのホームビデオや、学校の学芸会の様子を録画しているのとは訳が違う。拘りだって勿論有るだろう。

 

「……そう考えると、俺も幸子も、そんなプロのうちに含まれることになるのか?」

 

 なんだか、色々考えさせられるものがある。今まで彼女のことを、特別下に見ていたわけではなかったのだが、どこか彼女に対して、常に俺が先を行き、引っ張っていってあげなければいけない、助けてあげなければいけない、そう考えている節があった。だが、彼女をアイドルのプロとして尊重するのであれば、それは正しくもあり、間違いでもあるのかもしれない。

 そう、彼女は他でもないプロであり、そして俺もプロならば、それは上司と部下、主従の関係ではなく、本来同僚の関係なのだ。年齢の差故に、その辺を妙に勘違いしていたが、彼女は他でもないアイドルのプロ、そのものなんだ。

 つまり、その考えに乗っ取ると、俺が幸子を大人として助けなければいけない場面は本来『彼女が自分の子供という立場故に、自分自身の力では解決できないことが起きた時』だけなのかもしれない。それ以外では俺たちはプロという対等の立場であり、どちらに優越があるわけでもないんだろうな。

 俺には勿論、アイドルの仕事なんてものはできそうにもない。逆に、幸子にプロデューサーの仕事が務まるとも思えない。

 

「幸子だって多分、幸子なりにアイドルという仕事にプロ意識を持って、いつも頑張っているんだよな。なら、俺もそんな幸子を後押しできるように……」

 

 しかし、俺がそう幸子のことを認めつつあったその時か。このスタジオで事件が起きたのは。

 

「カメラさん! もっとカワイくボクを撮ってください!」

 

 

 

ん?

 

 

 

「こんなにカワイイボクをたくさん撮らないなんて、せっかくの高額な機材も勿体無いです! 幸子の持ち腐れですよ!」

 

 先程の写真撮影の時は、比較的大人しい様子で、淡々と仕事をこなしていた幸子だった。だが、今まで妙に大人しくしていたと思ったら、何故か急に演技の方ををガン無視して、撮影しているカメラの前へと走って行き、必死に謎のアピールを始めたではないか。

 

「おい待て、あんなの台本にあったか……?」

 

 撮影中のカメラの前を占領する幸子。カメラの画面一杯に広がるドヤ顔。突然の事態に困惑する俺や、各スタッフ。そして演技中のアイドルとそのプロデューサー達。スタジオ内にはざわめきの声が広がる。

 俺はすぐさま、事前に貰っていた台本を開き、PVの内容や流れを確認した。するとやはり、俺の記憶と悪い勘は的中しており、そこには今の幸子がやっている行動とは違う指示が書いてあった。

 

「あのバカ……!!」

 

 俺は撮影ブースから逃避気味に目を逸らす。

 ここぞという場面で盛大にやってくれたな、アイツ。俺が少しだけ彼女を認めようとした、その数分も経たないうちに、いきなりこれだよ。まるでプロ意識の欠けらも無い、あまりにもな行動じゃないか。

 前言は一部撤回だ。若さと性格故の、彼女の暴走を止めるのも、また俺の仕事だ。

 

「さあさあ、早く撮ってください!! この一分一秒の間にも、ボクから溢れ出す無限のカワイさが無駄になっています!!」

 

 ついに抑えきれなくなり、本性を表した幸子。ナルシストの権化。カワイイの擬人化。おてんばワガママお嬢様。幸子劇場開幕。既に舞台は、幸子の独壇場だ。

 俺はそんな、カワイイエンジン全開で暴走を始めた幸子を止めに入るべく、撮影ブースの方へと足を進めようとする。

 

「おい幸子! ストッ……」

 

 しかし、更にその瞬間か。現場を見ていたカメラマンさんが動いたのは。

 

「いいんじゃない?」

 

 そう言い、何やら監督と小声で話し始める例のカメラマンさん。そして、今度は撮影スタッフと話し始める監督。しばらく話し合ったかと思えば、全員幸子の方を向いて頷き始める。そして次の瞬間、監督の口から飛び出してきたのは、衝撃の発言だった。

 

「いいね! そのアドリブ貰った!」

 

「ほら、やっぱり怒られたか……」

 

 

 

 

 って、は?

 

 

 

 

「Good! そうそう、僕もそういう自然な笑顔を待っていた!」

 

 そう言うと例のカメラマンさんは、各スタッフに向けて親指を立てて、このままで良いという合図を出す。

 

「良いよ! 良いよ!! 撮影はいつでもこう、自由でなくちゃ!! それじゃあそのまま、他の子達も一人ずつ、彼女みたいな感じに、自分が思った様にアピールをしてみようか!」

 

 指示を受けた撮影スタッフは、一人一人のアイドル達に対してカメラを向けていく。突然の事態に一瞬戸惑うアイドル達だったが、こういった幸子のノリに慣れている飛鳥は、すぐ様カメラに向かってアピールをする。それに続くような形で他のアイドル達も触発されていき、気がつけばアイドル達は思い思いにアピールをしていた。その表情は明らかに、先程よりも自然体に見える。

 

「……これは結果的に、ファインプレー……なのか……?」

 

 スタジオでは何事もなかったかのように話は進んでいく。幸子はアピールチャンスが上手くいったことにより、更に調子に乗っている様子だ。

 しかし、幸子は幸子で、本当に突然、何をやらかしてくれてんだ。こうしてOKが貰えたからこそ、結果オーライだが、仮にそうじゃなかったとしたら、二人まとめて大目玉を食らっていた所だ。一瞬本気(マジ)で心臓が止まるかと思った。これはあとで、確実に反省会の必要があるな。

 

「フフーン!! そうです、その調子ですよ!! カメラマンさん!!」

 

「……俺はいつになったら、プロデューサーの仕事を安心してできるんだかな……あいつの担当をしていると、つくづく心臓に悪い」

 

 さて、という訳でかくかくしかじか、一悶着あったPV撮影だが、結局その後、撮影は(なんとか)無事に続けられていった。なんだかんだ、幸子の中にも多少の自制心があったのだろうな。もしくは、スタジオの端から睨みをきかせる、俺の鋭い視線に気がついたのか。とにかくあれ以降、幸子の更なる暴走は無かった。

 流石にすべてのシーンが使われる、という訳にはいかなかったが、それでも後からカメラマンさんに聞いた話によると、ほとんどのシーンが色々繋ぎ合わせるなどして、PVに使われることになったとのことだ。正直俺からすると、幸子がいつも通り、勝手に暴走しているだけにしか見えなかったが……やはり、プロの考えはよく分からない。今度PVが完成したら、じっくりと見てみるとするか。もしかしたら俺にも、そのプロの考えとやら何やらの一部が、少しはわかるかもしれない。

 そう言えば話によると、例の大規模オーディションの告知が、もう世間に公表されたみたいだ。応募も予定通り、順調に集まっているとのことで、このまま行けば応募人数もすぐに数百人規模に届くとの話だった。会社としても目論見が当たり、あとは無事にプロジェクトが成功すれば、プロダクションの知名度も一気に上がることだろう。今回の撮影といい、果たして346プロの今後はどうなることやら。所属するプロデューサーとして、非常に気になる限りである。

 まあとりあえず、会社の今後について気にするのもそうだが、俺たちは俺たちにできることを、いつも通り全力でやろう。PV撮影も無事に終わり、これが世間に公開されれば、俺達の方も知名度や仕事の依頼が、今までと比べて格段に増えるはずだ。そうすればアイドルとしても安定して活動できるようになり、トップアイドルへの夢も目に見えて加速することだろう。

 

「本当だったら、変わりゆく景色を眺めながら、まったりと頂点を目指したいところなんだがな。流石にそれは贅沢な悩みか……」

 

 PV撮影を終え、汗だくになりながらこちらに走ってくる幸子。俺はそんなドレス姿の彼女に、様々な希望や不安が折り重なった、未来の姿を重ね合わせていた。




お待たせしました。そして、お久しぶりです。数ヶ月ぶりの復帰を果たしました。色々書きたいことはいく億千万とありますが、長々と書くのもアレなんで、ざっと話します。

まず、この三ヶ月、作者は一体何をしていたのかというと、普通にサボってました(正直)つまり、モチベーションが蒸発してました。すいません。その間はアニメデレマスの聖地巡礼をしたり、色々気になっていたラノベを読んだり、ゲームをやってみたり、デレマスのBDを買ったり……とりあえず、色々楽しい日々でした。
真面目な話になると、ちょっとこれから書きたい小ネタや、繋ぎの話が少ないかなと感じて、話のネタのストックを貯めていたのが意味合いとしては強いです。とりあえず、そんなこんなで充電期間が欲しかったので。
で、気がついたらもう外は長袖から半袖の季節に……(いくら何でも今年は暑すぎる)

とりあえず、今後の予定として、今年の幸子の誕生日までには、この二部を終わらせたいですね。色々書きたい話はあるんですが、そこに至るまでの道がとにかく非常に長い……また最初の頃みたいに、ビックウェーブに乗りたい……

次回は早めに投稿したいと思うので、また少々お待ち下さい。心機一転、モチベーション高めて頑張ります。

というわけで次回『堕天使、そして導く者(プロデューサー)。それはとある雨降る日、二つの魔瞳の邂逅。』お楽しみに!


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第66話 ノーベルカワイイ章

第66話

ノーベルカワイイ章

 

 

「プロデューサーさん、聞いてください!! ボク凄いことを思いつきました!!」

「何だって!? 凄いじゃないか!! こりゃ今年のノーベル賞は決まりだな!!」

「……いや、ボクまだ何も言ってないですけど」

 それはとあるスキマ時間、俺と幸子は次の予定の時間が来るのを部屋で待っていた。特に何かが起こるわけでもなく、俺はいつも通り書類と今後の予定の整理。そして幸子の方は何故か独り言を言いながら、手鏡で自分の顔を眺めていた。

 今日も特に大したイベントも発生せず、平和な一日で終わりそうだな。そう考えていた俺だったが、こうして幸子は突然、びっくり箱もびっくりするような勢いで椅子から飛び上がると、俺の方へと駆け寄ってきた。

 俺は嫌々作業の手を止めると、幸子の方に視線を向ける。

「……で、何を思いついたんだ? 話だけなら聞いてやるぞ」

「フフーン! では聞いてください!!」

 そう言うと幸子は、胸を張りながら自慢げにその『凄いこと』について話し始めた。

「なんとボク、自分の中のカワイイを無限に増やせる革新的な技術を思いつきました! これが仮にもし実現したなら、冗談ではなく本当にノーベル賞が取れかねない、とてもすごいものですよ!」

 俺は幸子の方から、再び視線を目の前のデスクの方に戻す。そして、頭を抱え黙り込んだ。

「……なんですかその反応!? もはやツッコミすら無いんですか!!」

「ツッコミって、おかしいことを言っている自覚はあるんだな……」

「えっ、あっ……いっ、いや〜……プロデューサーさんはいつも、ボクが何を言ってもツッコミを返してくるのでつい……」

 幸子は俺からの指摘を受け、段々と声が小さくなっていく。

「あー……とりあえず幸子、大丈夫か? 最近結構忙しかったし色々疲れてない?」

「またそうやってボクが変なことを思いついたみたいに言い始めて! ボクは本当に思いついたんです!」

 幸子はそう言うと、棚の隅に置かれた鏡を手に持つ。そしてテーブルの上に置くと、今度は先程まで自分の顔を眺めるために持っていた手鏡を、テーブルの上に置いた鏡と対角線上になる様に構えた。

「フフーン! 見てください、こうすれば鏡の中に、無限にカワイイボクが映るんです!! 凄いことだとは思いませんか!? カワイイボクが!! なんと!! 無限に居るんです!!」

 幸子は満面の笑みを浮かべながら語気を強め、俺に語りかけてくる。その様子からしてどうやら、彼女は本当にこれを凄いことだと思っているらしい。

「凄くないですか!? カワイイボクが!! 無限に居ます!! 一人でもカワイイボクが!! 宇宙の法則を無視して!! 無限に居るんですよ!?」

「……流石に冗談だよな?」

 しかし、幸子の目はマジだった。俺の言葉は一切届いている様子が無く、幸子は自らを挟むように存在する鏡を交互に見ながら、過去最大級に満足気な顔をしている。

「……よし分かった、じゃあ仮にその……カワイイを無限に増やせる技術だっけか? それでノーベル賞が取れたとして、一体何の賞なんだよ。科学でもなけりゃ物理でもないし、もしかしてノーベル幸子賞とか言わないよな」

「ノーベル幸子賞って、なんですかそれは」

 俺は幸子から真顔でツッコミを入れられる。普段幸子にツッコミを入れる側なせいで、幸子からこの様に真面目に返事を返されると、ダメージがかなり高い。

「ノーベルカワイイ賞ですよ。ノーベルカワイイ賞」

 しかし、そんな幸子の真面目なツッコミから続け様に返ってきたのは、再びツッコミ所しか無い発言だった。

「ほとんどノーベル幸子賞と同意義じゃねーかよ!!」

「同意義じゃないです!! 」

 そう言うと幸子は、まるで塾の講師か何かにでもなったかの様に、人差し指を振りながら俺に語り始める。

「第一、ノーベル賞はアルフレッドノーベルさんが作ったから、ノーベル賞なんですよ。ノーベル幸子賞だと、ノーベル賞なのか幸子賞なのか分からないじゃないですか」

「その辺、ちゃんと知っているんだな」

「まあ、ボクはカワイイだけでなく、勉強もできて、物知りなので!」

「本当、無駄に頭だけはいいから侮れないよな、お前……」

 とか言いつつ、それが幸子の日頃からの努力の賜物なのは俺が一番知っている。彼女のアイドルに対しての向き合い方と、レッスンでの成長を見れば明らかだ。

「カワイイだけとか言われたくないですからね! カワイイのは当たり前なんですから」

「その努力を少しは自制心に費やしてくれ⋯⋯」

 しかし、その頭の良さや真面目さから、何をどうしたらあんなトンチンカンな発案が出るのか。さらにこれが素だというのだから恐ろしい限りだ。下手な芸人のわざとらしい狙ったコメントなどよりも、遥かにぶっ飛んでいる。テレビ映えという点ではもはやプロ顔負けだ。

「まっ、実際ノーベル賞はダメでも、イグノーベル賞なら可能性ありそうなもんだけどな」

「イグノーベル賞……名前を聞いたことはありますね。内容までは詳しく知らないですけど」

「イグノーベル賞ってのはアレだ、つまりノーベル賞の⋯⋯」

 そこまで言いかけて俺は言葉を止める。

「ノーベル賞の?」

「⋯⋯な、何でもない」

 イグノーベル賞。『人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究』に重心を置いた特別な賞だ。その名前の通り、ノーベル賞とは打って変わってどちらかと言えばクスッと笑えるような研究がほとんどになっている。更に発表内容があまりにも酷いと紙くずを投げつけられたり、長過ぎるとどこからか八歳の幼女が出て来て罵られたり、とにかく言ってしまえばおふざけ調なノーベル賞のパロディだ。

 うっかり口が滑ってイグノーベル賞なんて言ってしまったが、幸子に内容を伝えたらかなり怒られそうだな。せっかく何事もなく仕事が順調に進んでいただけに、あまり話を面倒にはしたくない。

「で、そのイグノーベル賞とやらにはどんな研究が有るんですか? 」

「そ、そうだな⋯⋯確か、今年受賞した日本人の研究は『人は何故、コタツに入ると出られなくなるのか』だったかな」

「なんだか偉くピンポイントですねぇ。研究したくなる気持ちは分からなくもないですが」

「まぁ、イグノーベル賞はそう言った比較的一般人にも分かりやすいような研究が多いからな⋯⋯ハハハ」

 そう言い上手く話を誤魔化す。幸子の方も今の説明で納得してくれたようで、特にそれ以上追求は無かった。

 しかし、こう考えてみると幸子が唱えた『カワイイ無限増殖機関(命名俺)』も案外、イグノーベル賞のテーマとしてはまともなのかもしれないな。真面目に論文を書けばもしかしたら、世界初のイグノーベル賞を受賞したアイドルとして有名になれないことも⋯⋯ないな。

「にしても話は戻すが、仮にノーベル賞に受かったとして、幸子は賞そのものが欲しいのか? それとも賞金?」

「賞金?」

 幸子は賞金という言葉を聞いて首を傾げる。

「ああ、ノーベル賞って実は受賞すると賞金が貰えるんだぞ。それも数百とか数千万じゃない、日本価格にして約一億円だ」

「一億円⋯⋯一億!?」

 ちなみにこれは、アルフレッドノーベルの遺産の利子から出ているのだそうだ。ノーベル賞の存在理由や賞金が出る意味など、細かく説明していくと色々あるが、とりあえず俺が一番思うことは利子一億円ってどんだけ膨大な遺産なんだということだけだ。そんなに何年何十年も遺産を配って、いつかは遺産が無くなるんじゃないかと思っていたが、流石偉人はレベルが違った。そんなに有り余るくらい貯金があるなら、百万円くらい分けてくれても良いだろ。幸子のカワイさに免じて。

「なんだか桁が膨大過ぎて、現実味が無い話ですね⋯⋯」

「いや、分からんぞ? アイドルがありとあらゆるエンターテイメントを掌握するこのご時世、トップアイドルになれば、一億円も遠い話じゃない」

「フフーン? そこまで言い切ったからには、本当にそのレベルまでボクを導いてくださいよ? 年収一億円を要求します!」

「⋯⋯一千万円じゃダメか?」

「なんでハードルを下げるんですか!」

 年収一億円なんて企業の社長とかそういうレベルの話だぞ。いくらアイドルが活躍できる時代だからって、無理がある。

「⋯⋯まあでも、そうは言いましたが、本当はお金が貰えたとしても、何かやりたいこととかって無いんですよね。現にボクがアイドルをやっている理由も、お金が欲しくてやっているわけではないので」

「お金が欲しくてやってる訳じゃない? 意外だな、幸子のことだからお金も稼ぎたいものだと思っていたが」

 とは言ったものの、幸子のその言葉には謎の説得力があった。幸子は確かにワガママで、ナルシストで、自己中心的で、自分こそが世界で一番の存在だと思っていそうなものだが、不思議とお金にがめついというイメージは全く無いのだ。そう考えると、彼女は本当に自分が世界一カワイイことを証明するためだけに、純粋な気持ちでアイドルをやっているのかもしれない。

「まあそれに、そもそもお金ならそこまで不自由はしていませんからね。ボクはお小遣いをしっかりと貯めていますので!」

「おのれ倹約家め⋯⋯」

「プロデューサーさんも、そんな風に言うなら貯金とかしてみたらどうなんですか?」

「残念ながら、山梨から毎日通勤してくるようなブルジョワ中学生とは違って、名も売れていないような一人暮らしのプロデューサーには、まだまだ貯金できるような余裕は有りません」

 あの渋谷遠征の時にそれを痛い程思い知らされたからな。最近の中学生は怖い。

「でも、お金を使うものが全く無いわけでもないだろ? オシャレをしたりするのにだってお金はかかるわけだし、何かお金の使い道はとかは無いのか?」

「そうですね……」

 そう言うと、幸子は黙り込んで真剣に考え始める。

「あっ、有りました!!」

「お? 何か良い使い道が思い浮かんだらしいな」

 すると幸子は、腰に手を当てながらドヤ顔をする。

「それならボクは、日頃ボクをカワイがってくれている両親のために、海外旅行に連れて行ってあげたいです! それもよくある国内旅行ではなく、全世界の名所を巡る様な、とても豪華なワールドツアーに!!」

「両親を旅行に⋯⋯か」

 てっきり俺は自分に関する何かだと思っていたが、予想は外れたようだ。だが、幸子の口から出てきたその言葉もある意味、幸子らしいと言えば幸子らしい答えだった。

「ボクが今、アイドルをしていられるのは他でもない、パパとママのおかげなんです。旅行には限りません、だから仮に沢山のお金が手に入ったとしたら、まずは両親のために何かをしてあげたいですね!」

「⋯⋯こんなにカワイイ子供を授かって、幸子の両親は幸せ者だな」

「はい! 何せボクは、両親にとっての『幸せな子』なんですから!」

 幸子はそう言うと、これまでにないほど嬉しそうに笑顔を浮かべる。久しぶりに見た彼女の笑みに、幸子は褒められたことを心から嬉しがっているのだと理解した。

「まったく、お前ってやつは⋯⋯」

 前にも幸子は言っていたが、彼女は自分の名前と、そして家族に何よりも誇りを持っているのだろう。彼女と初めて出会った時、やたらと名前を言ってくるように要求してきたのも、そういう心理が働いてなのかもしれない。

「⋯⋯だったらその夢、幸子がノーベル賞を取るよりも遥か先に、トップアイドルにして叶えさせてやるよ」

「はい?」

 俺は一度、大きな伸びと深呼吸をする。そして、首を鳴らすとヨシ、と気合いを入れる。

「こりゃどうやら、俺にまたまた頑張らなきゃいけない理由が増えちまったみたいだな」

「別にこれは、ボクのちょっとした夢みたいなものですから、そこまで真に受けなくて良いですよ?」

「バーカ、夢に小さいも大きいもねえよ。叶えさせてやるって言った以上、二言は無い! これはプロデューサーとしての義務ではなく、一人の男としての意思だ!」

「ばっ、バカじゃないです!」

 しかしそう言ったあと、幸子は顔を赤らめ小さな声で呟いた。

「⋯⋯もし両親と旅行に行く機会があったら、その時はプロデューサーさんも連れて行ってあげますから」

「ん? 何か言ったか?」

  しかし俺がそう言うと、幸子は更に顔を赤くし早口で話を逸らした。

「と、とととにかく! ノーベル賞だとかなんだとか、さっきから話がだいぶ脱線しましたが、ぼっボクはそんなことを伝えたかったんじゃないんです!」

 すると幸子は再び手鏡を構え、そこに映る複数の自分を見て満足げにドヤ顔をする。

「カワイイでしょう?」

 そして幸子は、何かを誤魔化すかのようにそう聞いてくる。

「何言ってんだかお前は⋯⋯」

 そう言うと俺は幸子に向かって笑みを浮かべる。

「そんなの、今に始まったことじゃないだろ?」

「⋯⋯プロデューサーさん!!」

 まったく、素直なのは良いんだが本当にチョロいんだよな幸子は。少し褒めるだけでこの通りだ。

「⋯⋯やっぱり、ノーベルカワイイ賞はボクじゃなくて、プロデューサーさんが受賞するべきですね」

「どうした? 突然」

「だって、ボクがボクらしく、こうしてカワイく居られるのは、プロデューサーさんの日頃からの努力があってこそですよね? なら、そんなカワイイボクをカワイくしてくれるプロデューサーさんこそ!」

「⋯⋯本当、カワイくないやつ」

 俺はそう小さく呟く。

「⋯⋯プロデューサーさん? 何をブツブツと」

「はいはいなんでもないよ、さあそろそろ作業に戻りたいから黙った黙った!」

「なっ⋯⋯!!またカワイイボクを雑に扱って!! 言っておきますが、プロデューサーさんはノーベルカワイイ賞かもしれませんが、ボクはノーベルスーパーカワイイ賞なんですからね!」

「ノーベルスーパーカワイイ賞ってなんだよ!!」

 こうして、俺たちのこの部屋はまた少しずつ騒がしくなっていくのであった。しばらく静かな日々が続いているなったと思ったら、いきなりこれだからな。皆さんも、幸子の突発的な思いつきとカワイイ発作にはご注意ください、と。

 




だいぶお久しぶりです。
近い内にとかいって随分かかったなワレェ⋯⋯

すいません、あの直後本格的に精神ぶっ壊して心療内科通いになりました。
で、約二ヶ月間かくかくしかじかあってメンタルを戻しつつ、シャニマス1stで泣きに泣き、シャニマスに助けられ、今ここにこうして戻ってきました。ありがとう、シャニマス(シャニマスをやるんだ)(アルストロメリアをすこれ)(乃々と甜花と杏奈が絡む話はまだですか?)

ちなみに前々から言っていた本編の修正についてですが、幸子会の中盤までは終わってます。物好きな人はもう見たかもしれませんが、話の根本的な所に関わらないような感じでだいぶ変わってます。
いつか同人誌の形にして配布してぇなぁ、という思いを抱き、今日も様々な本やラノベを読んで勉強中。同人誌出版なんかした事のない素人の考えかもしれませんが、そんなの知ったことか。とりあえず夢はデカいのに限る。

まあという訳で、近状報告は長くなり過ぎない内に終わりです。それではまた、ワシのメンタルが壊れないように⋯⋯あと、会社を辞めることが無いように⋯⋯

強く生きろ、俺。

次回、いよいよ始まる346プロ一大オーディション。集められた精鋭達は果たして、何を語るのか。
物語はいよいよ動き出す。
蘭子回も絶賛執筆中! あとウサミン回も。
ご期待ください(長くなったら申し訳ない)


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