僕がいちばんセクシー (カイバーマン。)
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1ステップ 春色転校生

 

 

 

「僕と結婚してお嫁さんになってよ」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極平凡な家族を持ち、極平凡な中学生。鹿目まどか。

なに一つ不自由なく暮らしていたある日。

彼女は学校へと向かう通学路の途中で凄く珍妙な生物と出会った。

一見まるでクレーンゲームの商品として置かれている人形のように見えるが……

 

「あ、唐突にキュートなプロポーズしちゃってごめんね、つい君があまりにも可愛かったから我慢できなくて」

「……」

「僕の名前はキュウべぇ、宇宙一可愛くてセクシーでナイスガイな生命体さ」

「え、え~……」

「僕と六本木で飲まないかい? きっと君を満足させてあげるよ」

「私未成年なんだけど……」

 

末恐ろしい程のナルシストな地球外生命体と出会ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍妙なナマモノと出会ってあれから数日後……。

 

 

鹿目まどかは今、昼休みを利用して自分が通う見滝原中学校の屋上で弁当を持って座っている。

 

珍妙なナマモノ、キュウべぇと共に。

 

「“授業”というものは退屈だね、まどかはあんなの聞いていて飽きないのかい?」

「アハハ……でも大人になるのに必要な事だからね」

「そうかな、僕の「いかにセクシーになれるのか講座」の方がきっと大人になる為に効率いいと思うけど」

「……なんかえげつないネーミングセンスの講座だね……」

「聞いてみるかい? 君は素質十分だからかなりのセクシーになれるよきっと」

「ま、まだ早いと思うからいいよ……!」

 

相変わらず無表情でとんでもない事を言ってのける謎の地球外生命体・キュウべぇ。

彼と出会って数日、まどかは彼と色々話している内に色々と彼の事情がわかってきた。

 

「キュウべぇは宇宙からきた宇宙人みたいなモンなんだよね?」

「ああそうさ、遠い宇宙からはるばるここまでやってきたプリティーで罪深い宇宙生命体さ」

「ぷ、ぷりてぃ~? でもキュウべぇはなんで地球にやってきたの?」

 

キュウべぇに対しちょっと困惑の表情を浮かべながらまどかは恐る恐る聞いてみる。

するとキュウべぇはあっけらかんとした口調で

 

「ああ。その辺は忘れた」

「へ!? 忘れたの!?」

「生憎僕は自分の美しさを追求する事以外あんま興味無くて、あ、君の事は興味ムンムンだよ」

「それで忘れちゃうかな普通……」

 

こちらに振り向き首をかしげて見せるキュウべぇにまどかは頬を引きつらせどう答えていいかわからない様子だ。

 

(この子凄い自分に自信があるんだなぁ……私と大違いだよ……)

「ん~なにかを集める事が目的だったとかだったような気がするんだけど、なんだろう? ジュエルシード? ドラゴンボール? 神のカードだっけ?」

「違うと思うよ……」

「うんまあきっとどうでもいい事さここに来た目的なんて。君に逢えた事と比例すればほんのちっぽけな事なんだよきっと」

「ポジティブシンキングだね……」

 

目をつぶってうんうんと頷くナルシスト小動物に対してまどかは苦笑しながら弁当を一口食べた。この生き物は口が開けばすぐに自分で自分を褒めたたえる……。

 

(まあ自信を持つ事っていい事だよねきっと……限度があると思うけど)

「それよりまどか、僕のセクシーボイスに聞き惚れてるのはわかるけど、“例の話”の返事は出来たかい?」

「え? もしかして“アレ”の事……?」

「そりゃあそうさ、僕は今か今かと待ちわびているよ、君の返事を」

 

箸を持ったまま弁当を食べる作業をピタリと止めてまどかは困った様子でキュウべぇに向き直る。

するとキュウべぇはニコリと可愛げに笑って小首を傾げ

 

「僕と結婚してお嫁さんになってよ」

「いやあの……ごめんキュウべぇちょっと色々質問いいかな……」

「なんだいまどか、なんでも言ってごらん。カッコいい僕がズバッとクールな回答して上げよう」

 

大きなしっぽを振りながらキュウべぇが返事をすると、まどかは恐る恐る彼に尋ねて見た。

 

「あのさ……それって私がキュウべぇと結婚してお嫁さんになるって事だよね」

「ああそうさ、こんなセクシーイケメンを夫に持つなんて全く君は宇宙一の幸せ者だよ」

「でもさ……キュウべぇって宇宙人だし……」

「愛に生物の違いなんて関係無いよ。大事なのは愛し合ってるかどうか、それだけさ」

「う~ん、なんでだろう……いい事言ってると思うのにそう感じない……」

 

キッパリと断言する自分よりずっとちっこい小動物にまどかは首を傾げてみる。

愛し合うことだけが大事だと言うがやはり生物の違いは如何なものか……。

 

「それにさ、どうしてキュウべぇは私なんかと結婚したいの? この辺だと私なんかよりも綺麗な人は一杯いるよ」

「僕はね、鹿目まどか、君に一目惚れしたんだよ」

「へ?」

「こんな感情初めてだ、生まれてこの方“自分以外の生き物に恋した事が無い”この僕が一目見ただけで君にハートを射止められてしまったんだよ」

「な、なんで私なんかに……」

「実はねまどか……君は自分が思ってるよりもずっと魅力を秘めているんだ、いわゆるダイヤの原石という奴だね」

 

急にトーンを下げてキュウべぇは語りだす。

 

「君が僕のお嫁さんになれば、僕は君を今よりも“数兆倍”ビューティフルに出来る自身がある」

「数兆倍!? それ私どうなっちゃうの!?」

「まあ地球はおろか銀河系でもトップを飾れるぐらい、宇宙女王≪スペースクイーン≫と称されるだろうねきっと。やったねまどか、宇宙一の夫と結ばれる上に宇宙一の女王になれるんだ」

「そこまでいくと元の私の原型無くなっちゃうんじゃないかな……ていうか宇宙女王ってなに?」

 

宇宙女王だかなんだか知らないがいきなりそんな破天荒な称号貰えると言われても全く実感が湧かないし嬉しくもなんともない。

 

数日前はただ普通の中学生だったのだ、だがしかし、このナルシストナマモノに出くわしたおかげでまどかの人生の歯車は大きく狂い始めていた。

 

「式場は何処がいいかな? 火星? 木星? 思い切って太陽でしちゃうかい? 暑そうだけど君と僕の愛の炎なら乗り切れるよね?」

「出来るなら地球でやって欲しいんだけど……でもキュウべぇ、やっぱり私まだ結婚とか無理だよ。私まだ中学生だし、子供なんだよ?」

「愛に大人とか子供とか関係無いよ、大事なのは愛し合ってるかどうか、それだけさ」

「あれ、デジャブ?」

 

勝手に自分の弁当を食べ始めるキュウべぇに途方に暮れるまどか。

これは何を言っても聞かなさそうだ、完全に自分を嫁にすると決めている。

 

(困ったなぁ……お付き合いもした事ないのに結婚とか無理だよ……しかも相手が宇宙人……)

「この弁当凄い美味しいよまどか、さすがまどかが愛情込めて作った弁当だ」

「これ作ったのパパ……」

「なんてこった、いきなりお義父さんの手料理が食べられるなんて。僕はなんてラッキーセクシーボーイなんだ、世界中に嫉妬されるのも無理はない」

 

そう言ってなおまだ弁当にがっつくキュウべぇ。例えまどかではなくその父親が作った弁当であっても、キュウべぇにとっては満足らしい。

 

「キュウべぇってホント前向きなんだね……」

「後向きに生きてもなにも得しないからね、人生何事もポジティブに生きる事が一生を楽しむ秘訣さ」

「へ~そうなんだ、じゃあ私ももうちょっと前向きに頑張ろうかな……」

 

キュウべぇの言う前向き精神にそんな悪い気はしないと思ったまどかは呑気に顎に手を当てそんな事を言うと勝手に人の弁当を食べているキュウべぇは顔を上げてこちらを向いた。

 

「そうさ、僕等の未来も前向きに頑張ろう。一人で行く道よりも二人で行く道の方が険しいと思うが、きっとそれ以上に楽しい幸福も待っているよ」

「なんでキュウべぇってそういうセリフすぐ口から出せるの……? だから結婚とかそういうのはまだわかんないよ……」

「あ、美味しかったよまどか、お義父さんによろしく」

「え! 全部食べたの!? 私全然食べてなかったのに!」

「まあウルトラキュートでカッコいい僕のリーダースマイルに免じて許しておくれ」

「リーダースマイルってなに!?」

 

まどかが気が付いた時にはキュウべぇはナイスな笑顔をして弁当をものの見事に完食していた。

空になった弁当を持ってまどかが涙目になっていると。

 

二人が座っている場所から数メートル先のこの屋上へと出てくる為にあるドアが突然キィッと開く。

 

「鹿目まどか、やはりここにいたのね……」

「あれ? 確か転校生の……」

 

空になった弁当を片付けながらまどかはそちらに顔を上げる。

見るとそこには長い黒髪をなびかせる一人の少女の姿が。

 

最近まどかのクラスに転校生としてやってきた暁美ほむらだ。

 

「前々から言おうと考えていたんだけど……遂にあなたに言う決心が付いたわ」

「え……?」

 

彼女が屋上へやって来た途端いきなりこちらを見据えてそう宣告する。

訳が分からない様子のまどかだが、キュウべぇの方は彼女のスタッと膝から床に飛び下りてとまどかを護るように彼女の前に立つ。

 

「気を付けてまどか! アレに近づくのは危険だ!」

「え、なんで?」

 

いきなり何を言うかと困惑するまどかにキュウべぇは振り返らずに答える。

 

「僕は気付いていたのさ! あの小娘はね! 隙あらば君の事を舐めるように凝視していた事をね!」

「舐める!?」

「授業中も隠れてペロペロ! まどかが友達と喋ってる時も隠れてペロペロ! まどかが教室の掃除してる時も隠れてペロペロ! 体育の授業でまどかが体操服を着て汗を流していた時なんか特に舐め回すように堂々とペロペロ見続けていたんだ! 君の友達の美樹さやかがドン引きする程に! つまりとびっきりの変態野郎だよ彼女は!」

「なにそれ恐い! 色々な意味で!」

 

キュウべぇのとんでもない情報に驚きを隠せないまどか。

だが驚愕の表情を浮かべるまどかに謎の転校生・暁美ほむらは仏頂面で微動だにしない。

 

「惑わされないで、そいつの言う事は全部デタラメ」

「え、そうなの?」

「そうよ」

 

彼女は長い黒髪を掻き上げ、まどかをしっかりと直視した。

 

「ペロペロじゃなくてレロレロよ」

「言い方の問題だったの!?」

 

平然としたまま言い放つ直球的な言葉にまどかがつい声を大きくして叫ぶ。

今の発言で大体この転校生がわかってきた。

確実にヤバいと……。

 

「あ、あの“暁美さん”どうして私の事をそんなに……」

「……」

「あれ?」

 

まどかは自分が彼女を名字で呼んだ瞬間、彼女が若干揺らいだように感じた。

 

苗字で呼ばれた事が悲しかったのだろうか……。

 

暁美ほむらはぐっと奥歯を噛みしめるとまどかに向かって

 

「ダーリンでいいわ」

「ダーリン!?」

「この忌々しい泥棒猫め! あろうことか僕のマイハニーにダーリンと呼べとは! 惑わされないでハニー! 君のダーリンは僕だけさ! さあ僕だけを見て!」

「ちょっと黙っててキュウべぇ!」

 

転校生と珍獣に翻弄されながらまどかは疲れた様子でため息を突くと、暁美ほむらに向かって恐る恐る話しかけた。

 

「え、えとダーリ……じゃなかった、暁美さんと私って出会ったの最近だよね? 会うのも学校だけだし私達そんな親しい訳じゃなかった筈だけど?」

「……」

「……暁美さん?」

「……」

「……ごめん、じゃあほむらさんじゃダメかな……」

「しょうがないわね……一万歩譲って承認するわ、今はそれでいいとしましょう」

(なんか疲れちゃうな……)

 

名字ではなく下の名前で呼ばれるならまあいいかと言った感じで渋々承諾するほむらにまどかは疲労感を覚えながらも話を続ける。

 

「それで……ほむらさんはなんで私の事を……」

「決まってるじゃない」

「いやわかんないんですけど……」

「私はあなたを一目見て確信したのよ」

「ほえ?」

 

首を傾げるまどかにほむらは一歩近づく。

確信のこもった表情で

 

「この子はきっと己の命尽きても護るべき存在の人なんだと」

「初対面の人相手にそんな感情抱いちゃったの!? それはさすがにマズイよ!」

「一目惚れとはそういうものよ」

「全然違うよ! 一回見ただけの人にそんな重い感情抱かないよ!」

「いや不本意ながら僕もそう思ったよ? まあもっとも僕は死ぬつもりはないけど、君を残して死ぬわけないさ」

「もう二人共なんなのさ……絶対おかしいよこんなの……」

 

情熱的な視線を送ってくるほむらとキュウべぇにまどかはガックリと肩を落としていると。

ほむらはそんな彼女の前にいるキュウべぇにジリジリと警戒しつつ近づきながら、ふと口を開く。

 

「まどかさん、私がここに初めて転校してきた時の姿覚えてる?」

「う、うん。メガネ掛けてておさげしてて、ちょっと大人しめな子だったような……」

「ええ、あの時はやっと病院から退院できて、初めての学校と初めてのクラスメイトに緊張もあったし恐かったの」

 

遠い日を思い出すかのようにほむらは空を見上げる。

 

「だけどあなたは、そんな私に対してとても優しくしてくれた……」

(私なんかしたっけ……)

「転校初日の初めての授業、その時、私がうっかり机から落としてしまった消しゴムをあなたは笑顔で拾ってくれたわね」

「あ、うん……(そんなのあったっけ……?)」

「それで決めたのよ、「この人と結婚しよう」って」

「それだけ!? それだけで!? ていうか結婚ってどういう事!?」

 

長い話になるのかと思いきやほんの数秒で終わってしまう彼女の回想にまどかがツッコミを入れるも、彼女はスル―して話を続けた。

 

「それからはあなたに気に入られる為にイメージチェンジに取り組んだのよ」

「いやイメージチェンジって……」

「まずおさげはなんか今時じゃないから止めて」

「いやおさげはおさげで良いと思うけど、ていうかその発言はおさげの人に失礼だから……」

「メガネもなんか地味の象徴っぽいから掛けるの止めたわ」

「いやメガネ掛けたら別に地味になるって訳じゃ……」

 

的外れな意見にまどかがいちいち言葉を挟むが、ほむらの話はまだ終わらない。

 

「それから“あなたへの愛の力”で学力向上して、“あなたへの愛の力”で運動能力を高め、“貴方への愛の力”で病弱なのを克服して、私はあなたの隣に唯一立てる存在になったのよ」

「愛の力でどうにかなるモンなのそれ!?」

「視力もあなたへの愛の力で上げたわ。前は末期の乱視だったけど今じゃマサイ族の視力に匹敵するわ」

「なんでマサイ基準で比較するの……ていうか人間技じゃないよ……」

「ショッカー本部で改造されたんじゃないの? 頭に余り物のネジ突っ込まれたとか」

 

誇らしげにそう言うほむらだが強引すぎるその超強化にまどかは頭痛を感じ、キュウべぇはボソッと呟く。

 

「僕のまどかを振り向かせる為に君がてんで意味のない事に時間を注いだのはわかったからさ、そろそろ教室にでもショッカー本部にでも戻ったらどうだい? 今彼女は僕との安らぎの時間を求めているんだよ」

「全く哀れな珍獣ね、私がここに来た本来の目的は白いナマモノの妄想に付き合ってる彼女を助ける為よ、さっさと私と彼女の為にこの世から一片のDNAも残さず消滅しなさい」

「あの二人共……なんか知らないけど口喧嘩は止めて……ってあれ?」

 

一人と一匹が睨み合って激しい火花を散らしているのをまどかが呆れながら止めようとするがふとある事に気付いた。

 

「ほむらさん……キュウべぇが見えるの?」

「? 見えるわよ、教室や帰り道であなたにそのナマモノが慣れ慣れしく口説いてるのよく観察してるし」

「え!? キュウべぇって他の人にも見えるの!?」

「クラスで騒がれてるの気付かなかった? 「最近、鹿目さんが連れて来るあの喋る白いナマモノなに?」って」

「通りでなんか影でヒソヒソ言われてる感じがすると思った……」

 

丁寧に答えてくれたほむらの説明にまどかはひどく落胆したようだった。

 

「……私てっきりキュウべぇって特定の人以外には見えないとかそういう設定なのかと……」

「僕にはそんな使い古された設定ないよまどか、僕のこの美しいボディを見れない人がいるなんて可哀想だろ?」

「って事は私、みんなの前で堂々と学校にキュウべぇ連れて来てたんだ……うわぁ、なんか恥ずかしい……ていうかなんで誰も言ってくれないの……」

 

顔を両手で押さえてショックを受けるまどかにキュウべぇは「ハハハ」と無表情で笑い飛ばしたした後平然と言う。

 

「まあいずれ君と僕の関係は知られる事になっていたんだ。これからは胸を張って言ってやればいい、「この全人類誰もが崇め奉るであろう美しい者は私の愛しい旦那様です」ってね」

「今度からは「私にひっついてくる気持ち悪いストーカーミュータントです、誰かミンチにして殺して下さい」って言うようにしなさい」

 

いきなり会話に加わって来たほむらの方に、キュウべぇはゆっくりとそちらに振り返った。

 

「あのさ、勝手に僕とまどかの会話に入って来ないでくれないかな? それにストーカーは君だろ、僕等の帰宅途中を君がずっと尾行してるの知ってるんだぞ」

「……あなたみたいな未確認生命体から彼女を護ろうとしてるだけよ」

「夜な夜なまどかの家の屋根裏に忍びこみ、寝ているまどかを天井から荒い息を吐きながら凝視しているというのも護ってると言うのかい?」

「当たり前よ、全てはあなたみたいなちんちくりんから彼女を護る為」

「ちょっと待って! 私が落ち込んでる間になに二人で凄いぶっちゃけた話してるの!?」

 

本人が知らない所でディープな会話がエキサイティングしているのでまどかは落ち込むのを止めて顔を上げて叫ぶ。

 

「ほむらさんそんな事してたの!? 家宅侵入罪だよそれ!」

「それは否定しないけど、これはあなたを愛するが故の行動だったの」

「影でコソコソしてハァハァ言うのが君の愛なのかい?」

「そういう愛の形もアリだと思うわ」

「いやナシだよ! それがアリならこの世の終わりだよ!」

 

キュウべぇに向かって平然とそう言うほむらにまどかはズバッとツッコミを入れた。

 

「頼むからそう言う事はもう止めて!」

「……まどかに私の愛を全否定された、死にたい……」

「死ねばいいと思うよ? コレ以上僕とまどかの邪魔をしないでくれ」

「キュウべぇもいい加減にして!」

「……まどかに怒られた、激しく死にたい……」

 

まどかがつい怒鳴り声を上げるとほむらとキュウベぇはその場で床に両手をついて一気にテンションが下がって落ち込んでしまった。

いきなりネガティブに陥っていた二人にまどかは慌てて二人に声をかける。

 

「い、いや別にそこまで落ち込まなくても……私もついカッとなっちゃってごめん……」

「……じゃあこれからもお邪魔していいかしら?」

「アハハ……屋根裏からじゃなくてドアから入ってくるならいいよ」

「わかったわ……あなたの為に今度ピッキングの仕方を覚えて来るから」

「頼むから普通に家に来て!」

 

まどかに言われて立ち上がり、髪を掻き上げてまたよからぬ事を企み始めるほむらにまどかは懇願すると、続いてキュウべぇの方に向き直る。

 

「あの、キュウべぇ……」

「ミラクルプリティーボーイな僕が怒られるなんて……親父にも怒られた事無いのに……」

「そうなんだ、ごめんキュウべぇ……でもほむらちゃんとコレ以上わけのわからない争いをしてほしくないんだ、だから……」

「それは出来ない、愛とは常に誰かと争う物なのだから」

(うわ凄いまっすぐな目……)

「じゃあまどか、僕と彼女の争いを止めて欲しいなら……」

 

ケロッとした表情でこちらを見るキュウベェにまどかが頬を引きつらせすと、彼はふとまどかに首を傾げて一つ尋ねて来た。

 

「ここで君が、僕とこの小娘のどちらかと結婚するか決めてくれ」

「なにその急な選択肢!? 出来ないよそんな事! あらゆる意味で!」

 

物凄いディープな選択権を託されまどかは驚愕の表情を浮かべる。

だがほむらは彼の意見に「ふむ」と呟き縦に頷いて

 

「悪くない考えね、これであなたが目の前から消え失せるなら満足よ」

「そうすればこの因縁に幕を下ろせる筈だから、ま、当然僕なのはわかってるけど」

「え~……」

 

勝手に二人で同意して話を進め出すのでまどかが困惑の色を浮かべるも、ほむらとキュウべぇは睨み合って激しくヒートアップする。

 

「まどかは私が貰うのよ、ナマモノはナマモノらしくナマモノとくっついてればいいわ」

「バカ言わないでくれファッキン小娘。まどかは美しいこの僕の下で光り輝く女神なのさ」

「まどかにあなたのばかばかしい妄想を押しつけないで」

「妄想じゃない、理想≪ビジョン≫さ。セクシー覇者の僕と君と一緒にしないでくれ」

「あなたどの基準で自分が美しいだとかセクシーだとか思ってるの?」

「福山雅治」

「もう止めてよ二人共!」

 

二人が不毛な争いをいつまで経っても止めないのでまどかは一喝し、ハァ~と深いため息を突く。

そろそろ昼休みも終わる、さっさと教室に戻らねば……。

 

「あ~あのさ……私達まだ会って間もないよね、キュウべぇと会ったのもほんの数日前だし、ほむらさんともこうやって話すの初めてだしさ……だから」

 

結婚なんてまだ考えた事も無い未知の領域だ。しかも相手が同性or宇宙人、どちらかを選ぶなんて出来ない。ならばと思いまどかは恐る恐る二人に尋ねる。

 

「まずはお友達からで……いいかな?」

「友達……」

「友達からか。確かにまどかの言う通りいきなり結婚ではなく、手順を踏まえて愛を育んでいった方がいいかもね。カッコいい僕とした事が少し急ぎすぎちゃったかな」

「育むって……ほむらさんもそれでいいよね?」

「ええ、なによりもあなたの意見だし、私は生涯あなたの言う事なら全て聞くって誓ってるから」

「僕だってそうさ、君の願いはなんでも叶えて上げるよ」

「アハハ……」

 

彼女の決めた結論にキュウべぇとほむらは納得した様子を見せてくれた。まどかも苦笑しながらホッと一安心し、ニコッとほむらに笑いかけた。

 

「じゃあこれからよろしくね、ほむらさん」

「……」

「え?」

 

話しかけたのだがほむらはうんとすんとも言わない。何故かこちらをジーッと凝視している。

不思議に思ったまどかは彼女に口を開いた。

 

「ほむらさんどうしたの?」

「……あ、ごめんなさい。あなたの笑顔を間近で見たからつい……」

 

ハッと気付いたほむらはさっと髪を掻き上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「視姦してたわ」

「なにそれ!?」

「警察呼ぼうかまどか」

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みの終了をお知らせするチャイムが学校中に静かに鳴り響く。

 

まるで宇宙人と少女達の物語の始まりを告げるように



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2ステップ ナルシストを襲え!!

 

 

これはキュウべぇがまだ鹿目まどかと出会っていないかなり昔のお話。

 

ある日の夕方、彼は夕日が落ちていく様を眺めながら一人ポツンと公園にあるベンチに座っていた。

 

「ふぅ~この光景といいこの星には中々美しいものがある、ま、僕の美しさには叶わないけど」

「ママ! あれ欲しい!」

「指さしちゃダメ! 取り憑かれるよ!」

「フ、美しいのは罪だね、僕があまりにも美し過ぎて誰も近寄れないらしい」

 

遠くにいる子供が無邪気に自分を指を差し、その子供の母親が必死にその子を引っ張って逃げる様を見てキュウべぇは一人呟く。

 

「そろそろこの町ともお別れかな、また別の場所へ行くとしよう。でも僕はなんでこの星へ来たんだろうか? なにか目的があったような」

 

一人首を傾げてそんな事を言っていると……

 

「凄いわ……白いナマモノが喋ってる……」

「ん?」

 

ふとこちらにむかって声が飛んで来たのでキュウべぇは敏感に反応してそちらに顔を向けた。

 

見るとそこにはまだ金髪の小さな少女が驚愕の表情を浮かべ一人で立っていた。

 

「こんな生き物初めて見たわ……」

「そりゃそうだろ僕はこの星の生物じゃないし、それにこんな美しいナイスボーイは全宇宙探しても僕しかいないからね」

「この星の生物じゃない……え? てことは宇宙人……!?」

(“頭にロールパン付けてる”とか、大丈夫かなこの子?)

 

宇宙人であるキュウべぇに少女が驚いている間にも彼は冷静に目の前の少女を分析する。

そんな事も露知れず、少女はゆっくりと彼に向かって口を開いた。

 

「あ、あの……う、宇宙人さんは一人ぼっちで何をしているの?」

「強いて言えば飽くなき美への追求かな?」

「え?」

「僕より美しい、もしくは美しくなれる素質を持つ者を探してこの星を彷徨っているんだ」

 

“本来の目的”はすっかり忘れているキュウべぇだが、ここ最近はそういった事を目的にして様々な場所を放浪している。

 

自分に匹敵する美しい素材を見つける、それが彼自身が決めた己の目的。

 

「そんな素材滅多にないんだけどね。あ~何処かにいないかな、僕の美しさに匹敵する力を秘めた女の子とか」

「……あなたは一人ずっとそんな事をしていたの?」

「まあね」

 

いつの間にか隣に座って来た少女にキュウべぇは素っ気なく言葉を返す。

 

「ま、ちょっと寂しいけど仕方ないよ。最強の美しさを持つこの僕は誰もが辿り着けない孤高の存在なんだから」

「……そっか、宇宙人さんも私と同じで“一人ぼっち”なんだ……」

 

キュウべぇと一緒に落ちていく夕日を眺めながら、少女は寂しげに呟いた。

しばらくして彼女はキュウべぇの方に向き直る。

 

「ね、ねえ……宇宙人さん?」

「宇宙人という呼び方は止めてくれないかな、僕にはキュウべぇというグレートセクシーな名があるんだ、呼ぶのも畏れ多いかもしれないだろうけど」

「キュウべぇ……ふふ、可愛い名前ね」

「いや可愛いんじゃなくて美しいんだよ」

 

朗らかに笑うその少女にキュウべぇが感情の無い表情でツッコミを入れるも彼女は彼に笑いかける。

 

「ふふ……じゃあ私もあなたに私の名前教えてあげる」

「あ、別にいいから、君の名前覚えてもこっちは得しないし」

「私はね、“巴マミ”って言うの。よろしく、ウフフ」

「いや人の話聞いてくれよ、なにがウフフだよ」

 

いきなり自己紹介して嬉しそうに笑い声を上げる彼女、巴マミにキュウべぇはめんどくさそうに呟く。

 

すると彼女は彼をしっかりと見つめたままゆっくりと口を開いた。

 

「ねえキュウべぇ……」

「……なんだい」

「私と……“お友達”になってくれないかしら?」

「は?」

 

唐突な頼み事にキュウべぇも思わず変な声を出してしまった。

巴マミは恥ずかしそうにモジモジしている。

 

「私もあなたも一人ぼっち……同じ境遇を持つ私達はきっと仲良くなれる筈……」

「いや無理」

「……え?」

「無理」

 

彼女からの誘いをキュウべぇは

 

感情のこもって無い表情で冷酷に斬り捨てた。

 

「君、なんかめんどくさそうだし」

「……」

「じゃ、僕はこれで」

 

素っ気なくそう言ってキュウべぇはさっさと何処かへ行く為にベンチから降りようとする。

 

だが

 

「あれ?」

「……」

 

行ってしまおうとするキュウべぇを咄嗟に巴マミは項垂れた状態で彼の尻尾を掴んで引き止めた。小学生とは思えない力で

 

「……」

「あのさ、悪いけど尻尾掴むのは止めて欲しいんだけど? 僕の自慢の萌えポイントなんだよそこ」

「……行かないで」

「いや行くよ、君と一緒にいるのイヤだし」

「そんな事言わないでよ……」

 

彼女は震えた声で懇願するようにそう言いながら、なおも自分を拒むキュウべぇの方に顔を上げる

 

「キュウべぇ……」

「ん?」

「私の友達になって……!」

「恐ッ!」

 

キュウべぇの目の前には顔をくしゃくしゃにして目に涙を溜めている巴マミがいた。

いきなり泣き始めている彼女にキュウべぇは思わず声を上げて逃げようとするが彼女に尻尾を掴まれているので逃げれない。

 

「離してくれ! 僕の研ぎ澄まされた第六感が告げている! 君は僕にとって危険だ!」

「そんな事言わないで仲良くなりましょうキュウべぇ……! きっと私達相性抜群よ……!」

「なわけないだろ冗談じゃない! 福山雅治ならともかく君なんかと相性抜群なわけないだろ!」

「ウフフ、キュウべぇ……!」

「助けて雅治!」

 

抵抗すればするほど彼女の力がどんどん強くなっていく。

泣きながら笑みを浮かべる巴マミにはいかに宇宙人であるキュウべぇも恐怖を覚える。

そして遂に彼女に体を両腕で強く抱きしめられ拘束されてしまった。

 

「私達は友達よ……もうこれからはずっと二人で仲良く生きていきましょうね……」

「ぬお~僕のパーフェクトな顔に頬ずりなんてしないでくれ……いっそ殺してくれ……」

「ママ! あの子人形抱きしめたまま泣きながら笑ってる!」

「見ちゃダメ! 祟られるよ!」

 

これはキュウべぇが過去に出会った悲劇の一つ。

 

彼にとってとてもとても辛い日々を送る事になるのだ……。

 

「ずっと一緒……ウフフ……」

「全く訳がわからないよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数年後……

 

「フゥ~……」

「どうしたのキュウべぇ?」

「ああいや、ちょっと昔の事を思い出していてね」

「昔の事?」

「うん、ちょっと話してあげるよ」

 

現在、白いナマモノことキュウべぇは鹿目まどかと共に、学校から家に帰る途中にある喫茶店で寄り道している。ここ来た理由は特に無いらしく久しぶりにまどかが行ってみたいと思っただけのようだ。本来なら親友の美樹さやかも来る予定だったのだが用事があって来れなかったので、仕方なく今はキュウべぇと二人でまったり一息突いていた。

 

隣でオレンジジュースを飲んでいた彼女にふと話しかけられて、テーブルの上でため息突いていたキュウべぇがそちらに振り返る。

 

「実はまどかと会う数年前に僕はその時もこの町にいたんだけど、その時恐ろしい少女と出会って捕まってしまったんだ」

「女の子に捕まった!? いきなりショッキングな話だね!」

「僕がここに長い間滞在していたのはその少女のせいさ、皮肉にもそのおかげでまどかと逢えた事になるんだけど。けど君が僕にとって最高の少女なら、あれはまさしく僕にとって“最凶の少女”だったね」

「……そんなに酷い目に遭わされたの?」

 

恐る恐る尋ねて来たまどかにキュウべぇは首を横に振る。

 

「酷いなんて言葉じゃ足らない、あれはまさに地獄すら生ぬるいと感じてしまう程の体験だったよ、あの時の事を思い浮かべると今でも無性に泣きたくなるんだ」

「キュウべぇも辛い事あったんだね……」

 

このナルシスト宇宙人であっても嫌な事の一つや二つあったのだろう。

この地球という広大な地の中でたった一人で生きて来たのだから。

そう思うと少しキュウべぇの事が可哀想に思えてきた。

まどかがそう思っていると察したのかキュウべぇは優しく語りかける。

 

「ま、もう過去の事さ、今はその子から命からがら逃げてこうして君との甘い生活を送れるようになったし幸せだ。あの子といた時期はもう忘れるよ、ていうか忘れたい、一刻も早く忘れたい」

「キュウべぇはいつまでその子と一緒にいたの?」

「一週間前までかな?」

「え!? 最近の出来事じゃないそれ!?」

 

まどかはオレンジジュースを思わず噴き出しそうになってしまった。つまりここ最近までキュウべぇはその地獄すら生温い環境にいたという訳だ。

 

しかもその少女と別れたのが一週間前だとしたら、つまり……

 

「ちょうと君と初めて会った日なんだよ、僕が彼女の魔の手から逃げ延びたのは」

「そうなんだ……」

「まさに地獄から天国だね、君はまさに僕の救いの女神さ、」

「そんな大げさだよ」

「結婚してくれないかな、僕の女神」

「相変わらず唐突だよ……」

 

テーブルの上で改まって座り直してこちらに求婚してくる珍獣にまどかが唖然としていると喫茶店の入り口から何者かが入ってくるのが見えた。

 

「あ、あの人私と同じ制服を着てる」

「そういえば“彼女”もまどかと同じ制服を着ていたね」

「え? 私と同じ学校なのその人!?」

「……まあ彼女は君より学年一個上だし会う事は無いだろうけど」

 

キュウべぇの思わぬ情報にまどかは入って来た生徒から見るのを止めて彼の方に振り向く。

 

「でももしその人と偶然会っちゃらどうするの? やっぱりキュウべぇは私と一緒に学校行かない方がいいよ」

「バカ言っちゃいけないよ。僕が行かなかったら誰が君を“暁美ほむら”から護ると言うんだい?」

「……最近どんどん過激になってるけど大丈夫だよきっと……」

「いや、やっぱり警察呼んだ方がいいよ。このままじゃと彼女は……」

 

苦笑しながらそんな事無いと言うまどかにキュウべぇが厳しく注意しようとしたその時……。

 

「キュウべぇ……」

「……え?」

 

急に背後から聞こえたか細い声、その瞬間、キュウべぇはゾクリと背中に悪寒を感じる。

 

まるで時計の針の様に彼はゆっくりゆっくりと後ろに振り返っていった。

 

「こんな所にいたのねキュウべぇ……」

「……」

「キュウべぇの知り合い?」

 

彼の目の前にはまどかと同じ学校の制服を着てやたらおっとりとした印象が見える金髪縦ロールの少女だった。

悲しみの顔を浮かべながらかすんだ声でキュウべぇの名を呼ぶ少女。

二人を交互に見て置いてけぼりにされているまどか。

無言で現れた彼女を見つめるキュウべぇ。

 

そして……

 

「キュウべぇ? 悪いけど僕はそんなナイスでイカした名前じゃないよ。僕の名前はジョニーデップ、ハリウッド1のセクシー俳優さ」

(誤魔化した!)

「もしかして僕のファンかな? 実は今、フェアンセと一緒にティータイムを満喫してるからサインはまた……」

「探したのよキュウべぇ!」

「ぐふ!」

「キュ、キュウべぇ!」

 

誰がどう見てもわかる大ウソを平然と言いそのまま押し通そうとするキュウべぇだったが、なんと少女は突然両手を突き出して彼を思いっきり抱きしめたのだ。

 

「どうして私の前から去って行ったの! 私にはあなたしかいないのに!」

「く、苦しい……! なんてこったまさかこんな所で遭遇するとは……!」

「もう二度と離さないわキュウべぇ! これからはもうあなたとずっと一緒よ! 共に二人で楽しく暖かい家庭を築きあげましょう!」

「いやそれだけは勘弁……! てか苦しいマジで……!」

 

涙目になって嬉しそうにほほ笑む少女がキュウべぇの顔を物凄く強く抱きしめている。

これにはあの常に平静を保っているキュウべぇでも生命の危機を感じている様で死にそうな声を出していた。

 

目の前でいきなり行われたこの一方的なプロレスショーに、まどかは慌ててキュウべぇに絞め技を掛ける少女の方へ向いて席から立ち上がる。

 

「あ、あの!」

「あら? あなたは私と同じ学校の生徒さんかしら? こんにちは」

 

まどかに話しかけられると少女は表情をコロッと変わってまともになり首をかしげて見せた。涙目になっていたのにその涙も消えている。

そんな彼女にまどかは少々怯えた様子で口を開いた。

 

「す、すみません……その子私の大切な友達なんで……苦しがってるようですから離してもらえないでしょうか?」

「……友達ですって……」

「へ?」

 

表情が普通に戻ったので意外とまともに会話出来るんじゃないかと淡い期待を抱いていたまどかが迂闊だった。

友達といううフレーズを聞いた瞬間、少女の表情はみるみる変わってワナワナと震えながらまた目に涙を溜めて……。

 

「この子の友達は私だけよ!」

「え、ええ!?」

「もしかして変な事言って私達の仲を引き裂く気なのあなた! 陰湿で陰険! イジメッ子の発想ね!」

「い、いや違……!」

「でもそんな戯言で私達の絆が崩壊すると思ったら大間違いよ! そうでしょキュウべぇ!?」

 

なんか偉い勘違いをしている少女にまどかが怯えた顔で言おうとするが彼女はどんどん話を進めていき、自分が抱きしめているキュウベェに泣きながら笑いかける。

 

だが

 

「ぶくぶく……」

「ほらこの子も「僕の友達は君だけさベイベー」って言ってるじゃない!」

「いやぶくぶくとしか言ってないです! 泡吹いてます泡! それ以上強く抱きしめたらキュウべぇが死んじゃう!」

「気安くこの子の名前を呼ばないで! キュウべぇは私だけの大切な友達なの! もしかしてあなた! 私のキュウべぇを誘拐してたんじゃ!? 酷い! この子は誰にも渡さないわよ!」

「駄目だ……全く会話が成立しないよこの人……会話のキャッチボールも出来ない、的確に私の顔面にボールぶつけて来るよ……」

「ウフフ……キュウべぇ……」

 

泡を吹き始めたキュウべぇをなおも強く抱きしめながら彼の顔に頬ずりを始める少女。

その目は誰から見ても正気では無い、完全に“病んでいた”。

まどかがそんな少女に唖然としている中、彼女はキュウべぇに優しく語りかける。

 

「さあキュウべぇ、私達の家に帰りましょう……」

「へ、ヘルプ……」

「あら? もう晩御飯の献立が知りたいの? フフ、今日はあなたと私がまた強く絆が深まった記念にあなたの好きな料理を御馳走して上げるわ、楽しみにしててね」

 

ニコニコと嬉しそうにそう言う少女と反対にキュウべぇはもう完全に虫の息だ。

そして彼を抱きしめたまま少女は颯爽と駆けてその場から走り去る。

 

「さあまた二人の時間を過ごしましょう! 私とあなただけの時間! もう誰にも邪魔なんてさせないんだから!」

「ま、まどか~……」

「キュウべぇーッ!」

 

拘束されながらも想い人の名を呼ぶキュウべぇにまどかが手を伸ばして叫ぶも。

彼を拉致していった少女は上機嫌で店から出て行きあっという間に消えてしまった。

ポツンと一人残されたまどかはガックリと肩を落とし席にまた座る。

 

「キュウべぇが攫われちゃった……もしかしてあの人がキュウべぇの言っていた……」

「よかった、これで邪魔者はいなくなったわね」

「え? うおわぁ!」

 

突然足元から声が聞こえたのでまどかがテーブルの下を覗くとすっときょんな声を上げた。

そこにいたのはまどかの学校のクラスメイトであり友達、そしてストーカーの暁美ほむらが彼女の足元で自然に寝そべっていたのだ

 

「ほ、ほむらさんどうしてそんな所に! ていうかいつから!?」

「愚問ね、私はいつだって貴方の傍にいるわ」

「なんでテーブルの下にいるの……出て来てよ……」

「悪いけどそれは出来ないのよ、私にはあなたの靴の臭いを嗅ぐという使命があるの」

「出て来て! すぐに出て来て!」

 

自分の右足を手にとって顔を近づけているほむらにまどかは悲痛な声で叫ぶ。だがほむらは軽くスル―して彼女の靴に顔を近づけたまま口を開いた。

 

「さっきあの珍獣を攫った人、私達の学校の生徒で一年上の先輩よ、名前は“巴マミ”」

「ほむらさん知ってるの……? ていうか靴嗅がないで……」

「学校では結構な有名人よ、容姿・運動神経・学問・どれをとってもトップクラスの才色兼備、学校創立以来の天才とまで称されていたわ」

 

ほむらの説明を聞いてまどかは「うわぁ……」と感嘆の声を漏らす。

つまりさっきの少女、巴マミという人物は学業優秀の神童という訳だ。

 

「そんな凄い人なんだ……でもほむらさんやけにあの人の事詳しいんだね」

「焼きもち妬くなんて、まどか、あなたはなんて可愛い生物なのかしら。私はただ前に先生に教えてもらっただけよ、私もあの人に負けないぐらい優秀だから教師の間では比べられてるのかもしれないわね」

「へえそうなんだ……あと別に妬いてないよ私……」

「でも私には巴マミなんてどうでもいい存在だわ、ぶっちゃけその辺の石ころと同価値よ、あなたみたいな絶対神と比べる事さえ万死に値する行為だわ」

「ひゃ!」

 

普通に尋ねただけなのに勝手に解釈して優しそうな声で答えてくれるほむらだが、まどかはその時、足元から悪寒を感じる。

 

「私の心はもうとっくの昔にあなたというルパンに盗まれてるのだから」

「ちょっとほむらさん私の靴に頬ずりしないで!」

 

まどかは足元から人肌の感触を感じる。あろうことかこのテーブルの下にいるほむらはまどかの靴に頬を擦りつけ始めたのだ。

 

「ごめんなさいまどか、こんな御馳走を目の前でぶら下げられたらもう我慢できないの」

「ちょ! 止めてよ本当に! ここお店の中だよ! 誰かに見られたらどうするの!」

「そのセリフ凄いゾクゾクするわね……あ、あと凄い大事なお願いがあるんだけど」

「いやそれより私のお願い聞いてよ! お願いだからテーブルの下から出て来て!」

「“あなたの靴”を舐めさせてくれないかしら?」

「もう引き返せないレベルに到達してる! 絶対ダメ! そして頬ずり止めて!」

 

まどかに全力で拒否されるとほむらは頬ずりをピタリと止めて、彼女の靴に頭を乗せたまま普通に喋り始めた。

 

「それにしてもその巴マミがあのナマモノを拉致した理由はわからないわね、私にとっては喜ばしい事この上ないんだけど」

「キュウべぇを捕まえていた人ってやっぱりあの人なのかもしれない……きっとまたキュウべぇに酷い事を……」

「まさしく私が望んでいた展開ね、これで心おきなくまどかとラブラブ出来るわ。さあ、もうあんなの忘れて私に「靴を舐めろ」と命令しなさいまどか。出来るだけキツイ口調でお願いするわ」

「いやほっとくなんて駄目だよ! キュウべぇを助けなきゃ!」

 

また靴に頬ずりを始めたほむらにそう叫ぶと、まどかはガタっと席から立ち上がる。

 

「たった2話目で攫われる主人公なんておかしいよ! 私マミさんの所行ってキュウべぇを助けてくる!」

「あんなナマモノに救う価値なんてないわよ、まどかはあんなのと一緒にいたいの?」

「そりゃあキュウべぇはナルシストだし変な事ばっか言うし最初はちょっと怖かったけど……」

 

彼の性格や発言を思い出して苦笑して見せた後、まどかは決意を決めた表情で顔を上げる。

 

「一緒にいて楽しいって思った事もあるし、今となっては私にとって大切な友達の一人なんだから。友達が大変な目に遭ってるなら助けに行かないと」

「……ハァ」

 

断固たる意志でそう宣言するまどかに対し、ほむらは彼女の足元でため息を突いた。

これが鹿目まどかの性分なのだ、困っている人が善人であろうが悪人であろうが、はたまた人間以外の生物であろうが救いの手を差し伸べようとする、それが彼女だ。

 

「あなたは本当に優し過ぎるわね……仕方ないわ、私も手伝ってあげる」

「え!? 本当!?」

「あのナルシストバカに貸しを作る絶好の機会だし、あなた一人であの巴マミの所には行かせないわ」

「ありがとう“ほむらちゃん”!」

「……」

 

こちらに笑顔でお礼を言う来たまどかに、ほむらは横になったまま咄嗟に顔を背ける。

彼女にとってまどかは大切な想い人、そんな彼女に笑顔でお礼を言われしかも“ちゃん付け”で呼ばれては……

 

(……ヤバい、うっかり鼻血が出そうになったわ。恐ろしいわこの天使)

「どうしたのほむらちゃん?」

「なんでもないわ」

 

鼻を押さえながらそう言うと、ほむらは冷静を装いながらまどかの方に顔を見上げる。

 

「ところであなた、巴マミが何処に住んでいるとかわかるの?」

「あ、そうか……確かさっきキュウべぇを連れて家に帰るとか行ってたっけ……」

「学校に戻ればわかると思うわよ、担任の教師は生徒みんなの住所が書かれた書類を保管している筈だし」

「学校……! わかったじゃあ急いで戻ろうほむらちゃん!」

「待ってまどか、あのダメマスコットを助ける前に、一つ私にやって欲しい事があるの」

「へ?」

 

行くべき場所はもう決まったのにまだテーブルの下から出てくる姿勢を見せないほむらにまどかが首を傾げると、ほむらは静かに彼女に向かって話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の顔を踏んでくれないかしら?」

「絶対ヤダッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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3ステップ ヤンデレの罠

 

放課後の学校はほとんどの生徒がとっくのとうに帰宅し、部活をする為に残っている生徒やまだ居残りしている教師ぐらいとしかすれ違わなかった。

 

ここに来たのは大事な理由がある。

 

大切な親友である未確認生命体・キュゥべぇは一年上の先輩である巴マミに突如奪われてしまった、キュゥべぇ曰く彼女は「最凶の少女」。

 

すぐに彼女の下から奪還しなければ彼が危ない。

 

急いで救出に向かう為鹿目まどかはキュゥべぇと同じく親友である暁美ほむらと共に巴マミの居場所を知る為に学校に戻ってきたのだ。

 

だがほむらの方は学校に来るや否や「別行動よ」と言ってすたこらさっさと何処かへ行ってしまい。

ポツンと残されたまどかは仕方なく一人で、彼女、巴マミの手掛かりを見つける為に職員室に来ていた。

 

「巴マミさんの住所が知りたい?」

「は、はい」

 

職員室にやってきてまどかが最初に話しかけたのは担任の早乙女先生こと早乙女和子だ。学校が終わり帰った筈の彼女がいきなり職員室に押しかけて来たので、彼女は自分用の事務椅子に座ったままキョトンとした表情を浮かべている。

 

「私ちょっとマミさんの所にどうしても会わなきゃいけない事情が会って……」

「鹿目さん巴さんと面識ありましたっけ? ん~私は知りませんから、巴さんのクラスの担任から聞いてみるとしましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「男子に聞かれたら代わりに私の住所教えてる所なんですけど……。ちょっとそこで待ってて下さい」

「なんて言いました先生……?」

 

不審な様子で首を傾げるまどかを尻目に、早乙女先生は席から立ち上がって鼻歌交じりで三年生の巴マミを受け持つ担任教師の方へ向かった。

 

彼女の席から少し離れた席で、その担任の教師はある漫画雑誌を読んでダラダラとしている。銀髪天然パーマでメガネを掛け、国語担当なのに何故か白衣を着た男性だ。

 

「すみません、私の担当している生徒さんが巴マミさんの住所を知りたいと言っているんですけど、教えてもらえないでしょうか?」

 

巴マミの担任教師は漫画雑誌に読みふけっていたが早乙女先生に話しかけられるとチラリと彼女の方へ見上げ、すぐにまたチラリと職員室の端っこにつっ立っているまどかに目を向ける。まるで死んだ魚の様な目をしていた。

 

まどかをチラ見した後、その教師は髪をボリボリと掻き毟り、菓子やら漫画雑誌やらで散らばっている自分の机の引き出しからガサゴソとある物を取り出した、生徒の住所が書かれている書類だ。

 

彼はめんどくさそうに懐からメモ帳を取り出してその書類に書かれているある部分をボールペンで写し始め、それをすぐにビリっと剥がして早乙女先生に渡す。

当然、そこには巴マミの住所が書かれていた。

 

「ありがとうございます」

 

早乙女先生がお礼を言って受け取ると銀髪の教師はヒラヒラと手を振ってすぐに先程まで持っていた漫画雑誌に再び手を伸ばして読み始めた。

そんな彼をボーっとした表情で眺めていたまどかに、早乙女先生はメモを持って来てくれた。

 

「貰って来ましたよ、巴さんの住所」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

巴マミの住所が書かれたメモを受け取るとまどかはすぐに目に取る、妙に乱暴な書き方だが一応読める。

 

(この辺だとここから歩いて20分ぐらいかな……)

「用は済んだのかしら? まどか」

「うわ! いきなり背後から出てこないでよほむらちゃん! あれ?」

 

気配も感じず後ろからポンと現れたほむらにまどかはビックリして後ろに振り返るとすぐに「?」と首を傾げた。

 

「なんで鼻押さえてんのほむらちゃん」

「気にしないで、誰もいない廊下を歩いてたらついテンション上がって顔面スライディングしただけよ」

「顔面スライディング!? なんの理由でそんな事を!?」」

(誰もいない事をチャンスと思い教室に行き、まどかのお尻をいつも受け止めている椅子を頬擦りしてたらテンション上げ過ぎて鼻血が出たなんて言えないわ)

 

鼻を押さえながら目を背けるほむらにまどかが唖然とした表情を浮かべていると、そんな二人を見て早乙女先生が「あら?」と少し驚いた様に見せる。

 

「鹿目さんって暁美さんと仲良かったんですね」

「互いのホクロの数を覚えるぐらい仲良しです」

「健全なお友達です!」

 

すかさず真顔で答えたほむらの後に続いて急いでまどかが修正する。

早乙女先生は二人を眺めながらクスッと笑い。

 

「いいですねぇ、ホクロの数を覚えれるぐらい心が通じ合える人がいるなんて」

「私の言葉が先生に届かなかった!」

「これから鹿目さんの家に戻ってまた互いのホクロを数える作業に入ります」

「やらないよ! 目を光らせてこっち見ないでよほむらちゃん! やらないからね!」

 

キランと目を光らせてこっちを見るほむらにまどかが激しく拒否する姿勢を見せていると、早乙女先生は今度はハァ~とため息を突いて何故か落ち込んだ様子を見せる。

 

「私もホクロを数えれるぐらいの相手と付き合いたいですね……」

「先生……ホクロを数える仲はちょっとどうかと思うんですけど……」

「……なんで長続きしないんでしょう私……」

 

まどかのツッコミもスル―してげんなりと呟く早乙女先生。

どういうわけか彼女の恋愛は長く続かない。

 

それをよく知っているまどかはアハハと苦笑してみせる。

 

「大丈夫ですよ、先生美人だし。きっとすぐに“先生に似合う”素敵でいい人見つかります」

「そうかぁ……そうですよねぇ……ねえ鹿目さん?」

「はい?」

 

自分の椅子に座ってうなだれていた早乙女先生が虚ろな目をしてまどかの方に顔を上げる。

 

「あなたのお父さんって……“先生に似合います?”」

「パパは狙わないでください!」

 

早乙女先生の目はマジだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3ステップ ヤンデレの罠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後。まどかとほむらは巴マミが住んでいるというマンションに辿り着く。

 

一番上の階で一番端っこの部屋、こころなしかその箇所だけ陰気なオーラをかもしだしているような気がする。

 

しかしそこが彼女の、巴マミの住む部屋だった。

 

「なんかこの部屋の前に立つと寒気がするなぁ……」

「私が暖めてあげるわ、さあ、裸になって抱き合いましょう」

「なんで人様のマンションで裸にならなきゃいけないのさ」

 

隣に立って真顔で服を脱げと強要するほむらにツッコミを入れると、まどかは緊張しながらも恐る恐る指でチャイムのボタンを押した。

 

すぐにピンポーンという音が鳴りその後、長い沈黙……

 

ドアの向こう側からはなにも聞こえない。

 

「……留守なのかな?」

「警戒しているんじゃないかしら?」

「あの人から見たら私はキュゥべぇを攫いに来た誘拐犯だからね……」

「諦めて帰りましょう、私達の愛の巣に」

「いや諦めるの早いしほむらちゃんは私を何処に連れて行くつもりなの……」

「知りたいのかしら?」

「やっぱいいよ……」

 

手をこちらに差し伸べるほむらにまどかがジト目で返していると、ドアの向こう側からガチャっと音が聞こえた。

 

まどかがビクッとその場から数センチ跳ね上がると、巴マミのいる部屋のドアがゆっくりゆっくりと開いて行きそして……

 

「な、な、なんのようかしら……? え! そ、そんな……」

「あ! ど、どうも!」

 

ドアの隙間からちょこんと巴マミ本人が顔を出してきた。

まどかは慌ててお辞儀をして挨拶するがふと違和感を抱く。

 

(あれ? 喫茶店で話した時と雰囲気違うような……)」

(なんか知らないけど怯えてるわね)

 

マミはこちらに対してビクビク震えながら物凄い不安そうな目つきでこちらを覗いていた。

喫茶店では泣きながら笑ったり凄い剣幕で怒鳴ってきたりと恐い印象があったのだが、今の彼女は獲物にロックオンされた小鹿のように弱々しい。

 

「……私の家に……私の家に女の子が二人も来るなんて……しかも同じ制服って事は学校は同じ……! 一体どうして私なんかの所に……!」

「え?」

「こんな事初めてよ……どうしよう、どうやってお持て成しすればいいのかしら……!」

「いや別にお構いなく……ていうか私の顔覚えてないんですか……?」

「そうよお母さんに聞けばいいんだわ……! あ! 今は買い物行ってるからいないんだっけ……どうしよう、どうすればいいの……一体どうすれば……! 私は一体どうしたら……!」

「ドアが壊れる!」

 

両手に持っているドアが彼女の震えに反応して激しく振動している。

壊れかなねい程大きな音を鳴らすのでまどかが慌てて叫び声を上げた。

 

「あの大丈夫ですから! 別に家に上がる訳じゃ……」

「とととととりあえずこんな所で待たせちゃ駄目よ……! 部屋に上げてお持て成ししないと……!」

「やっぱり話聞かないよこの人……」

 

呂律も回らず完全にパニくっている彼女を見てまどかは軽く苦笑してガックリとうなだれる。様子は変わっていても喫茶店の時と同じくマミは話を聞こうとしない。

まどかがどうするべきか悩んでいると、隣にいたほむらがボソッと口を開く。

 

「あの宇宙生物もここにいるんだし部屋に上がった方が都合がいいわ。この人と交渉するなんて『マミ語』を話せる通訳呼ばない限り時間の無駄よ」

「そうだね……マミ語ってなに?」

 

まあ確かにこのままだと話が進まないまま無駄に時間を費やす事は目に見えている。

彼女の意見にまどかが賛同すると、部屋のドアは完全に開き、玄関に巴マミが全身を震わせながら立っていた。

 

「こんな肥溜めみたいな所ですけどよかったらどうぞ……」

「肥溜め!? いやそんなことないですから!」

「お邪魔するわ」

 

自虐気味に哀しそうにそう言うマミにまどかが手を振って否定している間に、ほむらが堂々と中へ入って行く。まどかも急いで後に続いた。

 

「お、お邪魔します……」

「ごめんなさいこんな所で……」

「大丈夫ですから本当に……」

 

中は一見どうってことない普通の玄関だ。ほむらとまどかが靴を脱いで上がって行くとマミは緊張した面持ちで立ったまま玄関に一番近い部屋を指差す。

 

「えと……私の部屋……入る?」

「ああはい」

「同年代の子を部屋に招き入れる事が出来た……! お母さんとお父さんに教えなきゃ……!」

「あのぉ、マミさん……?」

 

いきなり頬を染めて嬉しそうな声を出して小さくガッツポーズをする彼女にまどかが唖然としている中、ほむらは勝手に彼女の部屋のドアにある妙にメカメカしい取っ手を握って開けようとする。

だが

 

「? おかしいわねこのドア、開かないわ」

「ごめんなさい……そのドア、私しか開けれない構図になってるの。そうしないと“私の大切なお友達”が逃げちゃうから……」

(キュゥべぇ絶対この中だよ……)

「ちょっと待っててね」

 

首を傾げるほむらに優しくマミが説明しているのを聞いてまどかが頬を掻きながら一つ確信していると、今度はマミはドアの取っ手を握ってみる。

 

ドアからビーっと甲高い音が鳴った後、何事も無い様に自然にガチャリと開いた。

 

「指紋認証が付いてるの、この部屋を外から開けるのも中から開けれるのも私だけ……フフフ……」

「夜神月並に用心深いんですね……」

 

喫茶店で会った時と同じ恐怖がまた蘇る様な笑い声を上げるマミにまどかはゾクッと背中に悪寒を感じながらも、私室に入って行くマミに続いて彼女もほむらも中へと入って行く。

 

「ここがマミさんの部屋かぁ……」

「く、臭くないかしら……? ファブリーズでファブったほうがいい?」

「臭くなんかないですよ……」

「心配しなくてもまどかがいればその周りの臭いはたちまち薔薇の香りになるわ」

「そんな特殊能力持ってないよ!」

 

さも当たり前の様に語るほむらにまどかがツッコんでいると、マミはコソコソと部屋から出ようとする。

 

「そ、それじゃあ私……紅茶持ってくるわね……」

「いやそこまでしなくてもしなくても結構ですよ」

「紅茶……嫌いなのかしら……?」

「う……」

 

こちらに振り向いてきたマミにまどかは思わずたじろぐ。彼女の目からウルウルと涙が出始めているからだ。

 

「こ、紅茶好きです!」

「私は紅茶よりも無糖のコーヒー……むぐ」

 

隣に立っているほむらがまた余計な事を言いそうになったのでまどかが瞬時に彼女の口を手で塞ぐ。

マミはそんな二人を見て涙目になるのを止めて安心したように笑った。

 

「良かった……じゃあすぐに持ってくるわね」

「はい……」

(まどかの手が私の唇に……まどか成分をたんまり堪能できるわね……あの“ニセありがとうウサギ”には感謝しないと)

(なんかほむらちゃんの息が荒くなってる……早く手を離したい)

 

不安を抱くまどかと不安の塊の様なほむらを残し、マミは自分でしか開けられないドアを開けてそそくさと行ってしまい、まどかは彼女がいなくなったのを確認した後、そっとほむらの口から自分の手を離す。

 

「フゥ……マミさん泣かしたら怖いから気を付けてね……」

「ハァハァ……あら、もうお預け、まだ舐めてないわよ私」

「あそこで舐められてたら私が泣くよ」

 

荒くなっていた息を整えているほむらに呆れたように言葉を返すと、まどかはふと部屋の中を見渡してみる。

 

「普通の部屋だよね……テーブルにテレビ、本棚にベッド、そのベッドの上で死んだように倒れているキュゥべぇ……ってキュゥべぇ!」

 

一つ一つの物を数えて行った先にはあろうことかベッドの上で倒れている白い物体を発見。

まどかはすぐにその物体、キュゥべぇに駆け寄って抱き上げて見る。

 

「しっかりしてよキュゥべぇ! うわ! 凄い頑丈そうな首輪付けられてる!」

「う~ん………まどか、いきなり「彼女は瑠璃ではない」って連呼しまくってどうしたんだい……? しかも美樹さやかをそんなに腹パンしたらさすがに死ぬと思うよ……」

「しかもなんか変な夢見てうなされてる!」

 

長い鎖の付いた首輪を付けたままキュゥべぇが目をつぶって苦しそうにもがいている。

どうやらこんな過酷な状況に再び舞い降りてしまったせいで悪夢を見ているらしい。

キュゥべぇを両腕で抱きかかえたまま驚いてみるも、まどかは彼を揺すって起こそうとする。

 

「うなされてないでキュゥべぇ起きてよ!」

「エクシーズ召喚、それが君の力かまどか……この力があれば融合次元の暁美ほむらも圧倒出来る筈……」

「エクシーズ召喚!? なにそれ!? 私そんなの持ってないってば! キュゥべぇ!」

「は!」

 

耳元に口を近づけて大声でまどかが叫ぶとキュゥべぇはやっとパチリと目を覚ました。

目の前にいるのは心配そうにこちらを見下ろすまどか。

 

「あれ? おかしいな僕は地獄の奥底に再び堕ちたと思っていたのに、目を覚めたらこんなプリティーな天使がいるなんて」

「天使なんかじゃないよ私……あとプリティーとか止めて恥ずかしいから……」

「その誰よりも謙虚な姿勢は正しく鹿目まどか……! まさか君もここに来てしまったのかい!?」

「あ、うん……ほむらちゃんも一緒だよ」

「は?」

 

キュゥべぇはまどかが向いた方向に振り向いてみる。

安堵の笑みを浮かべるまどかと対称的に。

部屋の真ん中に立ってこちらを感情のこもって無い表情で見下ろしているほむらと目が合った。

 

「……おかしいな、なんで君がいるのかな? 全く持ってわけがわからないよ。離れ離れになっていた主人公とヒロインの再会はとても素敵でクールでセクシーなシーンなのに。どうして君はこう毎度毎度邪魔をするんだい、消えてくれよ、ロケットにくくり付けられて宇宙へ射出されればいいのに」

「相変わらず性根の腐ったナマモノね、貴様が宇宙に還りなさい」

「ほむらちゃんどんどん口調が荒くなってない……?」

 

すっかり元の調子に戻ってきたキュゥべぇに対して冷静ながらも物騒な一言を言い放つほむらにまどかが少し心配しつつも、キュゥべぇを抱きかかえたまま彼に話しかける。

 

「それでキュゥべぇ、本当に大丈夫なの?」

「いやそんなことよりも、まどか、君はどうしてここにいるんだ?」

「え、私? 私はマミさんを説得してなんとかキュゥべぇを助けようとしに来たんだよ」

「巴マミを? やれやれ、君はどうやら彼女の事を知らないままここに来てしまったんだね」

 

彼女の話を聞くとキュゥべぇはするりとまどかの両腕から抜けて、改めて彼女の前に座る。

彼の首に付けられてる頑丈な首輪はこうやって見るとかなり目立つ……。

 

「キュゥべぇその首輪、痛くない?」

「痛くは無いけど屈辱的かな、SMプレイは趣味じゃないしね」

「そういう問題なんだ……」

「まどか」

「え? どうしたのほむらちゃん?」

 

キュゥべぇとの会話中に急にほむらが近づいて加わってくる。

彼女は自信満々の表情でまどかを見据えたまま……

 

「私はあなたの為なら喜んで飼い犬になれるわ」

「このタイミングでなんの話してるのほむらちゃん!?」

「もう君は黙っていてくれ、宇宙が滅びるまで。まどか、変態は放置プレイして本題に入ろう」

 

ほむらのとんでもない告白をキュゥべぇは冷たく流すと、まどかとの話を続けた。

 

「君が助けに来てくれたのは本当に嬉しいと思ってるよ。けどね、僕としては君はここに来て欲しくなかった」

「ど、どうして……?」

「巴マミは君が考えてるよりもずっと危険な存在だからだよ、まどか」

「マミさんってそんなに恐い人なの……?」

 

恐る恐る尋ねるまどかにキュゥべぇは縦に頷く。

 

「彼女は昔から友達というものが上手く作れない性格でね。人に対して臆病なクセに、物事を勝手に自分の考える方向で進めてしまうんだ、君もそれは大体わかっているだろ?」

「そういえばマミさんって人の話全然聞かないよね……」

「けど彼女の“本当に”恐ろしい所はそこじゃないのさ」

 

そう言ってキュゥべぇは首に付けられた首輪をジャラッと鎖の音を鳴らして見せつける。

 

「一度でも友達と思いこんだ相手を、絶対に自分の傍から離れないようにする。それが彼女の最も恐るべき所だ」

「じゃあやっぱりその首輪もこの部屋のドアも……」

「ちなみにこの部屋の窓には頑丈な鉄格子が付けられてるよ。全て僕がこの部屋から逃げない為に彼女が用意した物さ」

「どこから用意してきたのこんなの……」

 

頑丈な首輪や窓の鉄格子、指紋認証の付いたドア。

キュゥべぇを監禁する為にここまでやるか……

神童とまで呼ばれている天才少女の本当の顔……それを知ったまどかは愕然とする。

 

「何年もここにキュゥべぇを閉じ込めてたんだ……あれ?」 

 

周りを見渡しながらまどかはふとある事を思い出す。

 

「でもさキュゥべぇ、前にここから逃げたとか言ってたよね」

「うんまあ一応ね、どうやって脱出したか聞きたいかい?」

 

キュゥべぇはベッドの上で首輪を付けたまま横になって話始めた。

 

「あれは僕の勇気と美しさが試される最大の試練だった」

(美しさは絶対関係無いんだろうなぁ……)

「今から一週間前、僕はいつも通り巴マミの監禁地獄に必死に耐えていた。だがその時の僕はいつもと違っていた。数ヶ月前からやるかやらないか考えていた“ある脱出計画”を遂に実行しようと決めていたのさ」

「その計画って?」

「急かさないでくれハニー、順を追って説明するから」

「……」

 

ハニーと言われてつい目が点になってしまうまどかを置いてキュぅべぇは話を進める。

 

「その日、学校から帰って来ていつものようにご満悦の様子で僕に抱きついて来た巴マミ。僕は彼女にこう言ったのさ「トイレに行かせて欲しい」ってね」

「え、キュゥべぇってトイレしたっけ……?」

「いやしないよ、僕は全宇宙のアイドルだし。アイドルはウンコなんてしないからね」

「アイドルはそんな言葉使わないよ!」

 

ビシッとツッコんできたまどかにキュゥべぇは何故かうんうんと頷く。

 

「まあ当然巴マミも君と同じ反応したよ、けど策士である僕は次にこういったのさ「今日はなんか出る気がする!」ってね」

「策士の割にはアバウトすぎないそれ!?」

「それで彼女は納得し、この忌々しい首輪を外して、あの強固なドアを開けて僕を部屋の外に出してくれたのさ。そして彼女は僕をトイレのある部屋へ入れてくれた「見られてると出ないから!」って言ったら彼女は素直にその場から笑顔で出て行ってくれたよ」

「納得したんだマミさん……」

 

そんなふざけた言い分がすんなり通るのかと、まどかは疑問を抱くが、それよりもキュゥべぇが“普通に”あの巴マミと会話が出来る事に驚く。

 

「ていうかキュゥべぇってマミさんと会話できるんだね、私なんか全然無理だったのに……」

「嬉しくないけど彼女とは一応付き合いが長いからね……。彼女が病んでなければ一応まともな会話はできるよ、ホントは彼女と会話なんてしたくないんだけど、ま、暇つぶしに色々と話してた時があったよ……」

「へ~」

 

ふて腐れた様子を見せながらそう言うキュゥべぇに対しまどかは感心したように頷く。

 

なんだかんだで彼は彼女の事を理解していたのではないのだろうか……?

 

「それで何処まで話し進めたかな……? ああ、巴マミからようやく解放されて僕がトイレのある部屋に侵入できた所からだね」

 

まどかがふとそんな事を思っている中、キュゥべぇの話はいよいよクライマックスを迎えた。

 

「ここまでくれば後は簡単だったよ。僕しかいない空間、そして目の前にトイレ、二つのピースが揃い僕は遂に脱出する時が来たんだ」

「うん」

「僕はまずトイレに飛び乗り、すぐに水を流すレバーを押した」

「うん……」

「トイレの中では大量の水が渦を巻いてみるみる奥にある穴に飲み込まれていく、その穴を見て僕は目を光らせ……」

「うん?」

「“息苦しいし狭いし死ぬかもしれない体験”をしながらようやく巴マミの魔の手から逃れられる事が出来たのさ、やれやれ」

「ううん!?」

 

話が一段落ついた所でまどかは思わず変な声を漏らした。

 

なにかとても大切な部分を省いている気がする、だが自分の推理が正しければもしやキュゥべぇは……。

 

「もしかしてキュゥべぇ……トイレの穴の中へ入ったの?」

「……ほんと死ぬかと思ったよ」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

少しブルーになった様子でそっぽを向くキュゥべぇを見てまどかは確信する。

彼は巴マミから逃げる為にプライドを捨てて一世一代の大博打に挑んでいたのだ。

というかよく“あそこ”を通れたのかが不思議でたまらない……

 

「幻滅しないでくれまどか、僕はプライド捨ててでも彼女から逃げたかったんだ」

「いや幻滅はしないけど、逃げる方法は他にもあったんじゃないかなって思ってる……」

 

頬を引きつらせながらまどかがキュゥべぇに対しそんな事を言っていると、さっきからずっと黙って話を聞いていたほむらがサラッと髪を掻き上げてキュゥべェを冷たい目で見下ろす。

 

「飛んだ変態ね」

「いやそれ銀河系の中で一番君だけには言われたくないワードなんだけど?」

「他人のトイレに頭突っ込むなんて私だってしないわよ」

「まどかが入った後のトイレだったらどうだい?」

「それは“別”よ、躊躇せずに突っ込んでやるわ、しかも飲むわよ」

「“別”にしないで! あと飲むってなにを!?」

 

無表情で凄みのある一言を言い放つほむらにまどかが必死な様子で叫んでいると。

 

「! 急に寒気が……」

 

この部屋のドアの向こう側からミシミシと廊下を歩く音が近づいて来たのだ。

その音を聞いて思わずベッドの上に座っていたまどかは背後に悪寒を覚える。

一歩一歩ゆっくりとこちらに迫って来ているのがわかった。足音の主はもちろん彼女であろう……。キュゥべぇとほむらも“珍しく”空気を呼んで黙っている。

 

そして足音がフッと止んだ瞬間

 

“彼女”にしか開ける事の出来ないドアが静かに開いていった。

 

「楽しそうねぇ……私の部屋がこんなに賑やかになったの初めて……」

「……」

「会ったばかりだし、たくさんお話しましょうね……ウフフ……」

 

両手に4人分のティーカップを乗せたお盆を持って巴マミは戻ってきた。

満足げにうすら笑みを浮かべた彼女を見てまどかは蛇に睨まれたカエルのように固まったまま、現在なにをすればいいのかを頭の中をフル回転させて思案する。

 

(そ、そういえばこれからどうすればいいんだろ私……部屋に閉じ込めるまでキュゥべぇの事が好きなマミさんに、直接「キュゥべぇを返して下さい」なんて恐くて言えないよ……)

 

ここに来た目的はもちろん監禁されたキュゥべぇの奪還だが果たしてそれが可能なのだろうか……。

いやむしろここにずっといるとキュゥべぇはおろかほむらや“自分の身”さえ危ないのでは……?

 

マミの視線はまっすぐにまどかに向けられている。

 

「私達とっても……とっても仲良くできる気がするのよ……特にあなたとは初めて会った気がしないの……」

「はい、初めてじゃないですから……」

「ねえあなた……」

「は、はい……」

 

部屋に入って来て、真ん中に置かれたテーブルにティーカップを置いて行きながら。

巴マミはベッドから降りて絨毯の上で緊張した様子で正座しているまどかに笑いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と……“お友達”になってくれないかしら?」

「……」

 

その瞬間。

まどかの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。

 

ミイラ取りがミイラに

 

部屋のドアは静かに閉まった。



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4ステップ ひとつの監禁は終わった

 

 

 

 

 

 

何処にも逃げ道のない完全密室の部屋。

 

首輪を付けられ自由を失ったナルシスト。

 

状況を把握せずにくつろいでいるストーカー。

 

部屋の主でありうすら笑みを浮かべるヤンデレ

 

そして鹿目まどかはというと、今自分が置かれている状況を振り返って見て、テーブルに肘を突いて両手で頭を押さえる。

 

(家に帰れるかな……)

「どうしたの? もしかして紅茶が気にいらなかったのかしら……?」

「いえ全然! 全然おいしかったです!」

 

心配そうにまどかに話しかけて来たのはこの部屋を支配する者、巴マミ。

彼女に問いかけられるとすぐにまどかは顔を上げて叫ぶ。

するとマミはすぐに表情をコロッと変えて安堵の笑み。

 

「ウフフ、そう良かった……ケーキもあるから“時間をかけて”ゆっくりと過ごしましょう」

「ケーキ……?」

「私ね、お菓子作りが趣味なのよ、一人でいる時間が多いから……」

 

そう言ってマミは自分の背後に置いていた物をテーブルの上に出す。

 

「少なかったら言ってね、“たくさん余っているのよ”」

「一人分がケーキワンホール!」

 

目の前に綺麗なデコレーションを付けた、店にあってもおかしくないようなケーキがデカデカと置かれてまどかは目を丸くする。普通なら切り分けて4人ぐらいで食べるワンホールのケーキを、マミはまどか、ほむら、キュゥべぇの前に一つずつ差し出して来たのだ。

 

「遠慮せずに食べてね」

「キュゥべぇ……コレってマミさんの冗談なの……?」

「全部食べ切ってあげないと彼女泣くよ」

「ハハハ……私も泣きそう……ん?」

 

 

誕生日でさえ一人でこんな大きなケーキ食べた事が無い。

ワンホールを目の前にして思わず笑みがこぼれてしまうまどかはフォークを握って覚悟を決めると、不意に何処から視線を感じたのでそちらに顔を上げる。

 

向かいの席に座っていた暁美ほむらが、こちらをジーっと眺めていたのだ。

 

(ほむらちゃんがこっちを見てる……あ! もしかして目でなにかを訴えてるの……!?)

(あの子が持ってるフォーク、あれが彼女の口の中に入って舐めつくされるのね、あのフォークになりたい) 

(なんだろう、「私に任せて」って事かな……? 私だけじゃキュゥべぇをここから連れて帰るなんて出来っこないし……ほむらちゃんならなにか考えがあるのかも!?)

(あの子の前にあるケーキになるのもいいわね、あの子の口の中に入るどころか胃の中まで堪能できて、そして最後には……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ……! 私がまどかの……! まどかの……!」

(あ、違う。息が荒くなってるし、きっと私で変な事考えてたんだ)

 

こちらをじっくり凝視したまま息を荒げるほむらを見てまどかはジト目で見つめ返しながら心の中で呟く。不埒な事でも妄想しているのだろうきっと。

 

「やっぱり私がマミさんを説得してキュゥべぇを連れて帰らないと……」

「まどか、そんな事無茶だよ。彼女はこのハンサムボーイにすっかり魅了されて数年間僕を監禁したヤンデレだよ? 「ミザリー」という映画を一度観る事をおススメするよ」

「それをおススメするのはどうかと思うよ……。でもそれじゃキュゥべぇまたここに閉じ込められちゃうし……」

「いや僕の事より、君は自分の事を心配した方がいいと思うけど」

「え? う!」

 

テーブルに座ってマミの手作りケーキを食べながらキュゥべぇがこちらに顔を上げてそう言うと、まどかは背後からゾクッとするような視線を感じた。

 

恐る恐る振り返ってみると……。

 

「なんでかしら……なんであなたは“私の”キュゥべぇと仲良く会話しているのかしら……」

「ひ!」

 

禍々しい目つきでこちらを睨んで来るマミがそこに座っていた。

思わず短い悲鳴を上げるまどかに彼女は座ったまま近寄ってくる。

 

「キュゥべぇは私だけの友達なのに……!」

「あ、あのその……! すみませんでした!」

「……あ、ごめんなさいつい……」

「へ?」

 

目をギラギラさせながら顔を近づけて来るマミにまどかはつい咄嗟に謝ってしまうが、急にマミは表情をハッとさせて身を引く。

 

「私、人を部屋に招き入れるの生まれて初めてでどうしていいかわからなくて……あなたがキュゥべぇと仲良く会話しているのを見てついつまらない嫉妬しちゃったわ……。ごめんなさい、こんな腐った牛乳みたいな先輩で……」

「腐った牛乳という例えがよくわからないですけど……」

「ほんと死んだ方がいいのかもしれないわね、私みたいなぼっち……」

 

落ち込んだ様子で弱々しくそう言うマミにまどかは頬を引きつらせながら後頭部を掻き毟った。これは一筋縄ではいきそうにない。

 

(う~ん、どうやって本題に入ろうかな……直接「キュゥべぇ返して下さい」って言ったら駄目だろうし……)

「(ここまで僕の事を考えてくれているとは……さすが僕のプリンセス)ねえまどか」

「どうしたのキュゥべぇ?」

 

マミに対してなんて言えばいいのか困っている様子のまどかを見て、キュゥべぇは相変わらずの無表情で唐突に話しかけて来た。

 

「ここは僕に任せてくれ」

「え?」

「君のその愛の力で決心が付いた、まどか、君と僕の力で一緒に巴マミを倒そう」

「いや倒しちゃ駄目だよ! そういう目的じゃないから!」

「なにはともあれ、いつか腹をくくって彼女と話し合う機会が欲しいと思っていたんだ。掛け替えのない君が傍にいるおかげで、僕の中に勇気が湧いて来た。共に戦おう」

「戦うってわけでもないんだけど……」

 

少々ズレてる気もするが一応キュゥべぇも自分と一緒に話し合いに参加してくれるのはわかった。自分一人でなんとかしようと考えていたまどかにとってはこれは嬉しい援軍だ。

 

(でもまずはどうやって、マミさんとお話すればいいのかって事なんだよね……う~ん、どっから話せばいいんだろう)

「ヤンデレパワーを凌駕する新たな力、ラブパワーを君から貰った僕に敵はいない、この僕のミラクルスタイリッシュトークで彼女を撃沈させよう」

「なに言ってるのか全然わからないよキュゥべぇ……撃沈ってなにする気?」

「まあまあ、まずは僕にやらせてくれ」

 

不安に思うまどかを尻目にキュゥべぇは首輪を付けたままテーブルの上をトテトテと歩いてまだ落ち込んだ様子を見せるマミに自分から近づいて行く。

 

「マミ、少し大事な話があるんだけどいいかい?」

「キュゥべぇ……私を励ましに来たの? 優しいわねあなたは……」

「実は僕……」

 

こちらに顔を上げて微笑を浮かべるマミにキュゥべぇは一旦言葉を区切ると。

隣に座っているまどかの方へ振り向いてまたマミの方に顔を戻す。

 

「このデラックスプリティーな少女である鹿目まどかと結婚する事に決めたんだ」

「……どういう事かしら?」

「いや私もどういう事かわかんないです!」

 

キュゥべぇの予想だにしない告白に一同固まっていたが、マミが震えた声で尋ねるとまどかも慌ててキュゥべぇの方に言い寄る。だがキュゥべぇは動じずにまどかの方へ振り向き。

 

「僕は事実を言ったまでだけど?」

「私まだそんな約束してないよ!」

「結果的になるそうなる運命じゃないか、僕とまどかのディスティニープランはとっくの昔に決定済みさ」

 

あっけらかんとした口調で答えるキュゥべぇにまどかが抗議すると、彼はマミに聞こえないよう声を潜めて彼女に説明する。

 

「……それに君がここで上手く話を合わせてくれれば僕としても君にとっても都合がいい事になるよ……」

「……いや悪い方向にしか行かない様な気がするよ、どうみてもデッドライン一直線だよ……」

「私のキュゥべぇにお嫁さんなんて……!」

 

二人がコソコソと会話してる内に、マミはワナワナと体を震わせダンッ!とテーブルを右手で叩く。

 

「ふざけないで! キュゥべぇは私の大切な友達! 婿になんか出さない! 結婚するなんて断固反対だわ!」

「ほらマミさん怒っちゃった! 昼ドラの姑みたいになってるし!」

「わかってくれマミ、1兆歩譲って君と僕が“友人”であったとしても、僕の中では“嫁”であるまどかには敵わない存在なんだ」

「長年連れ添った関係である私達に勝る絆なんてあるわけないわ!」

「いや長年ここに閉じ込められてただけだから僕、いい加減にしてくれよ、君のベクトルは完全に一方通行なんだよ」

 

激しい剣幕で怒鳴り散らしてくるマミに対して負けずと冷静に返すキュゥべぇ。

どうやらここで彼女との決着をつけるつもりらしい。

 

(凄いなぁ、マミさんと普通に会話してるよキュゥべぇ……)

 

傍目からまどかがそんな感想を抱いていると、さっきから二人を黙って見ていたほむらは突如すっと立ち上がった。

 

「さっきからなにふざけた事抜かしてるのかしらこの気持ち悪い生命体は、人間でも無いあなたがまどかと結婚するなんて事は儚い夢物語だっていい加減気付いたらどうかしら、まどかの旦那様は私よ、奥様でも可」

「ほむらちゃん……同性同士で結婚出来ないってのも気付いてくれないかな?」

「問題無いわ、日本じゃダメでもオランダなら結婚出来るのよ。さあまどか、こんなの放置して私達はオランダで式を挙げましょう」

「ほむらちゃ~ん、そこで手を差し伸べられても困るよぉ……」

 

こちらに手を差し出して求婚してくるほむらにまどかは座ったまま引きつった表情で呟く。他国に行ってでも結婚したいとは彼女もかなり“本気”らしい。

 

そして残念そうに腰を落として座り直すほむらにまどかが頬を掻いている中、キュゥべぇとマミの方はどんどん話が進んでいく。

 

「酷いわキュゥべぇ! 私と共に過ごした時間は全て遊びだったの!?」

「君の言う遊びは僕を無理矢理監禁する事なのかい? どうかしてるよ」

「だってそうしないとあなた逃げちゃうじゃない!」

「そりゃ居たくもない所に監禁されてたら逃げたくなるさ、トイレに頭突っ込みたくなるさ」

「私がこんなにあなたの事を求めているのに……」

「悪いけど他を当たってくれ、僕は君ではなくまどかを選ぶ。あ、そういやまどかの友人に“美樹さやか”という人物がいるんだけどどうだい?」

「なにちゃっかり私の友達を生け贄に捧げようとしてるの!」

 

どさくさに自分の友達を売ろうとするキュゥべぇにまどかが身を乗り上げてツッコミを入れていると、マミは目に涙を溜めながら口に手を当てて嗚咽を漏らした。

 

「うう……一体どうしたというのキュゥべぇ……まさかそこにいる女の子に誘惑されてすっかり洗脳されてしまったというの……?」

「いやいやこれは僕自身の意志だよ、君なんかと一緒にいるより彼女、鹿目まどかと共にいる方が僕にとってずっと幸せなんだ」

「やっぱり洗脳されてるわ、キュゥべぇがそんな事言う筈無いもの……」

 

首を横に振って全く聞いてくれないマミに、キュゥべぇはやれやれと首を横に振る。

 

「君はいつだってそうだ、都合の悪い事は耳を塞いで聞こうともしない。わけがわからないよ。僕は散々注意してるのに」

「グス……」

「ここに何年も閉じ込める事が君の愛なら僕はもう御免だよ、君との友達ごっこもこれでおしまいだ、さっさとこの首輪を取ってここから解放してくれ、暁美ほむらは置いといてあげるから」

「そんな……キュゥべぇ……行かないで……」

(なんか別れ話みたいに……ていうかほむらちゃん捨てないでよキュゥべぇ……)

 

左手で目から次々と出てくる涙を拭っているマミと、そんな彼女を冷たく突き飛ばすキュゥべぇ。

二人を見てまどかはこの気まずい雰囲気を打破する為、キュゥべェに小声で話しかけてみた。

 

「ねえ、私がマミさんとお話していいかな……?」

「大丈夫かい? 隙を見せたらすぐに泣きながら飛びかかってくるような人間なんだよ彼女は」

「ああうんそれはトラウマ確定だけど……話し合いたいんだ、今のマミさんなら話が通じるかもしれないから」

 

そう言ってまどかは泣いているマミの前に座る。キュゥべぇとほむらが心配そうに見守っている中、まどかは恐る恐る彼女に口を開いた。

 

「あのぉ……マミさん?」

「キュゥべぇがいなかったら私また一人ぼっち……もうあんな思いはいやぁ……」

「……マミさん」

 

両手を顔に当てて子供の様に泣きだす彼女を見てまどかはフッと笑ってゆっくりと彼女に話しかける。

 

「ついさっき私と友達になって欲しいって言ってくれましたよね?」

「ええ……でも本当は無理だってわかってるのよ……あなたみたいな可愛い女の子がこんなダメ人間なんかと……」

「私と……友達になってくれませんか?」

「……え?」

 

まどかの一言にマミは顔から両手を離してゆっくりと顔を上げる。

今までそんな事、一度たりとも言われた事が無かった言葉だった。

そして予想だにしなかったまどかの言葉にキュゥべぇは急いで駆け寄ってくる。

 

「まどか、君は何を言い出すんだい。セクシーキングである僕でさえ理解出来ないよ」

「キュゥべぇ言ってたよね、マミさんはずっと一人ぼっちだったって」

「けどそれは彼女自身が原因だ。彼女は人に対して臆病で、いつも殻に閉じ込めっているから……」

「じゃあ私がその殻を開けてみる」

 

こちらを見つめるマミに対して言う様に、まどかははっきりとした口調でキュゥべぇに答えた。

 

「私、なんの取り柄も無いただの女の子だけど。マミさんの気持ちわかる気がするんだ」

「……」

「誰だって一人は恐いしね」

「私も恐いわまどか、恐いから抱きしめて、思いっきり抱きしめて一つになりましょう」

「ほむらちゃんはちょっと黙ってて、頼むから」

「ドライなまどかもたまらないわね」

 

両手を広げて抱き締めろというポーズを取るほむらにまどかは振り向かずに返す。この状況で相手にしてられない。

 

「監禁とか首輪とかそういうのは嫌ですけど……私、マミさんと普通にお友達になりたいと思ってます」

「……そ、それは本当……?こんな私と?」

「はい」

 

まどかよりも身長のあるマミが縮こまっているのでまどかよりもずっと小さく見える。

躊躇も見せずに即決で返事をしてくれたまどかに彼女は少々困惑した様子で辺りをキョロキョロと見渡した後、震えた声でまどかに話しかけた。

 

「昼休みに私と一緒にトイレでお弁当食べてくれる……?」

「そこは屋上で食べませんか……?(なんでトイレで?)」

「体育の時間で二人組作る時に私の相手になってくれる……?」

「私、マミさんの学年の一個下なんですけど……」

「今年の修学旅行で京都行くんだけど……一緒の班になってくれる……?」

「いやだから学年が違うんですって! 場違いですよ私がそこにいたら!」

 

マミの数々の無茶な頼み事につい大声でツッコミを入れてしまうと、まどかは額から流れる冷や汗を手で拭いながら苦笑する。

 

「……出来る限りはマミさんに協力しますから……」

「本当に? 本当の本当に?」

「本当の本当の本当にですよ」

 

人差し指をつまんだままジーッと不安そうな表情でこちらを見つめるマミにまどかは何度も頷いて見せた。

年齢はマミの方が一個上の筈なんだが……これでは完璧まどかの方が“頼もしい先輩”だ。

 

「だからキュゥべぇの事はもう解放して上げて下さい、首輪とか付けなくても、たまに私がここにキュゥべぇと一緒に遊びに来ますから」

「え? まどかそれマジで言ってんのかい?」

 

すっかり他人事のだという風に一人マミのケーキにがっついていたキュゥべぇがキョトンとした様子でこちらに顔を上げた。

物凄く嫌そうな雰囲気だがまどかは少し強めの口調で彼に言葉を返す。

 

「それぐらい約束して上げてよ、マミさんにとってキュゥべぇは一番大切な人なんだからね」

「ハァ~しょうがない、まあ僕のマイエンジェルであるまどかが彼女に監禁されるよりはマシだしね、いいよ、その契約で」

「本当にキュゥべぇは私の所へまた来てくれるの……?」

「さっきから本当に本当にって疑り深いね君も、嫌々だけど行くよ全く」

 

ビクビク震えながら尋ねて来るマミにキュゥべぇはプイッと顔を背けてそう返事した。

彼の答えを聞いてマミは再びまどかと向き直る。

 

「でも私みたいなウジ虫とお友達になっても面白くない筈よ……それでもいいの?」

「ウジ虫!? いやそんなことないですって! ねえほむらちゃん!」

「確かにさっきからナヨナヨしててまるで死にかけのウジ虫みたいね」

「……」

「ごめんなさいまどか、調子乗ってたわ……反省するから睨まないで」

 

急にまどかに話を振られても冷静に対応するほむらだがすぐに彼女に向かって頭を下げて謝る。

こちらに振り返ったまどかに睨まれたのが恐かったらしい。

そしてまどかはすぐに元の表情に戻ってマミと顔を合わせる。

 

「私、鹿目まどかって言います、こっちが暁美ほむらちゃん」

「鹿目さんと暁美さん……?」

「年下だし頼り無い所もありますけど、これからよろしくお願いします」

「……」

 

名を名乗りこちらに頭を下げて来たまどかにマミは神妙な面持ちで固まる。

初めて家に、初めて自分の部屋に上がってくれた同年代の女の子。

そんな子が自分と友達になってくれようとしてくれている……。

 

「嬉しいわ、こんな子と巡り会えるなんて……キュゥべぇがいなくなったショックで死に場所を探していた私にも希望があったのね……」

「え、死に場所!? もしかして死ぬ所探す為に喫茶店に来てたんですか!?」

「人生をログアウトしなくて良かったわ、この事はお母さんとお父さんにも報告しなきゃ、今日の晩御飯は赤飯ね、それと……」

 

両手を合わせて嬉しそうに言うマミにまどかが驚いていると、マミはすぐに彼女の隣にあるテーブルの上に立っていたキュゥべぇに両手を伸ばす。

 

「“コレ”を取っても、私を一人ぼっちにしないでねキュゥべぇ……」

「さあてね、今後の君次第だ」

 

彼の自由を拘束していた頑丈な首輪がカチャリと音を立てて外れた。

 

ようやく窮屈な首輪が外れてキュゥべぇは思いっきり首を横に振ってポキポキと音を鳴らす。

 

「助かったよまどか、これで僕は再び自由に大空を駆ける事が出来る」

「キュゥべぇ飛べたっけ……? もしかしてその耳に生えてるのが……」

「いやいや言葉のあやだよあや、それよりまどか」

 

疑問視するまどかにキュゥべぇが首を鳴らしながら答えると彼は彼女の方へ振り向いてふと一つ頼み事をした。

 

「悪いけど君と暁美ほむらは席を外してくれないかな? “彼女”にちょっと話があってね」

「それってキュゥべぇがマミさんとだけ話したい事があるって事?」

「そんな所かな、君達はリビングに行っててくれ。すぐに終わるから」

 

不意にマミと二人で会話したいと言うキュゥべぇにまどかは内心驚く。

彼にとって巴マミという存在は最も脅威と断定されているのに、そんな彼女と二人っきりで話したいとその彼自身が言ったのだ。

不思議だと思いながらもまどかはとりあえずマミの方へ振り向く。

 

「あの、いいんですかマミさん?」

「え、ええ……」

 

キュゥべぇの計らいにマミも動揺するがまどかにコクリと頷くと立ち上がり、自分でしか開けられないドアをカチャリと開ける。

 

「リビングは一番奥よ」

「わかりました、ほむらちゃん行こう」

「ほむほむ」

「口の中に何入れてんの……? あ、マミさんのケーキ食べてんだ……」

「ほむほむ」

「ちゃんと口の中の物食べてから喋ってよもう……あぁもう口の周りにホイップクリームがたくさん、ティッシュ貸すからほら取って……」

 

口の中でマミが作ってくれたケーキを食べながら部屋から出て行くほむらにまどかも呆れた様子で後をついて行く。

 

二人がリビングに行ったのを確認した後、マミはゆっくりとドアを閉めた。

 

「……」

「驚いただろ、正直僕自身も驚いている。まさか君と友達になりたいなんてね、まどかには本当にビックリだよ」

 

キュゥべぇの方から話を振られたのでマミは若干戸惑った様子を見せるも、すぐに彼の方に振り返ってドアを背に立ったままテーブルの上に座っている彼に話しかける。

 

「……彼女は何者なの?」

「それは僕にもわからない、この星に来てから色んな人間を見て来たけど、正直彼女のような人間は初めてだ」

 

彼はマミに淡々と語りだした。自分から見た鹿目まどかという存在を

 

「わかる事があるとするならば鹿目まどかは常に他人の幸せを喜び、他人の不幸を悲しめる事が出来る人間だ。言うのは簡単だけど、こんな人間滅多にいるもんじゃないよ?」

「そうかもしれないわね……」

「おまけに可愛いしね、それにああ見えて“意外な趣味”も持ってるし。そういう所も可愛いんだよホント」

「……キュゥべぇは彼女の事が大好きなのね」

「そうだね、デラックスセクシーバーストな僕があそこまで好きになる人間は初めてだ、2位は福山雅治」

 

無表情ながら楽しげに話してくれるキュゥべぇ。

初めて見たそんな彼を見てマミはフッと笑う。

 

「私なんか全然敵わないって事か……」

「敵うもなにも君なんかまどかと同じ土俵にも立てないよ。なにを考えてるんだい全く」

「そうよね……ごめんねキュゥべぇ、今までこんな私と付き合ってて」

「……」

 

泣きそうな表情ながらもこちらに笑いかけてくるマミに対し、キュゥべぇはそっと彼女に背を向けた。

 

「謝るのが遅いよ、こちとら何年君と無駄な時間を費やしたと思ってるんだい、どれだけ慰謝料貰っても足りないよ、トラウマ何個も抱えちゃったし、ドリルを見ると君を思い出したりするんだから」

「本当にごめんなさい……」

「けど、ま……不本意だけど君とは長い付き合いだ。ずっと一人で生きて来た僕にとっては、君と過ごした時間はある意味貴重だったかもしれないね……楽しかった事もあったかもしれないし」

「え?」

「正直、僕は君の作るケーキは嫌いじゃなかった、君も」

 

しゅんとしていたマミがその言葉を聞いてハッとして顔を上げると。

 

背を向けていたキュゥべぇがいつの間にかこちらに振り返っていた。

 

「たまに遊びに来てあげるよ、このセクシーな僕が君なんかの所に行くんだから光栄に思うんだね、ちゃんとケーキ作って待ってるんだよ」

「キュゥべぇ……」

「そん時はまた君の下らない話の相手ぐらいしてあげるさ、君の話をまともに聞いてあげるなんて僕ぐらいしか出来ないしね、まどかに君のつまらない愚痴を聞かせたくないし」

「うん……お願いね……」

 

それを聞いて安心したかのように

マミは立ったまま両目を手で隠し、嗚咽を漏らす。

 

そして彼との時間過ごした時間を一つ一つ思い出して行く。

 

『キュゥべぇ~帰って来たわよ~』

『ぐえ、ウォーターボーイズ観てるんだから邪魔しないでくれないかい……』

 

『キュゥべぇ、私今年から中学生よ。今度こそ友達作れるかしら?』

『君がもうちょっと積極的になれば作れるよそんなモン、中学デビューでもやってみればいい』

 

『キュゥべぇ、ゲームしましょう。お母さんが買って来てくれたの』

『いいけど二人で人生ゲームをやるって凄い悲しいよ……君にパーティゲーム買ってあげるお母さんもお母さんだけど』

 

『キュゥべぇ~……私やっぱ駄目だわ、全然人と話せない……』

『またかい。全く君はいつもいつも、どうしてそんなに人を恐れるのかわけがわからないよ、僕と話すみたいに会話すればいいんだよ普通に』

 

『キュゥべぇ! 昼休みの時に必殺技の名前考えてたの! 例えばね! ティロ・フィナーレ!』

『なんの必殺技だいなんの、君はなにと戦う気なんだい?』

 

『キュゥべぇ、あなたは一生離さないわ……』

『いや僕は離れたいね君とは……あ、早くケーキ作ってくれないかい? 誰かさんに監禁されているせいでお腹減ってるんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュゥべぇ……もうなにも恐くない……本当にありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、キュゥべぇは今、まどかの肩に乗ってマミの住むマンションから出て来た。

 

「ほむらちゃんと二人でリビングにいたら「やっと二人っきりになれたわね」って押し倒されそうになって大変だったよ……」

「嫌がるまどかに一杯ビンタされて最高だったわ」

「暁美ほむら、君はそろそろ病院にでも刑務所にでも収監されたらどうだい?」

 

まどかの肩に乗ってる状態でキュゥべぇは顔がヒリヒリと赤くなっているほむらに首を傾げると、彼女が両手に持っている大きなビニール袋に目を向ける。

 

「それ一人で全部食べたら君は間違いなく太るね、ボンレスハムになる君が待ち遠しいよ」

「うるさいわナマモノ、こっちがお断りしたのに巴マミに無理矢理持たされたのよ」

 

ほむらの両手にはケーキが入った箱が一つずつ入っているビニール袋がしっかりと握られていた。帰る時にマミから貰ったものである。

まどかも彼女と同じくマミにケーキを渡されていた。

 

「私も一杯貰っちゃった、まさかケーキワンホールを四つも貰っちゃうなんて……」

「家族にお土産が出来たねまどか」

「4人家族だから一人一個だね……キュゥべぇには私の半分上げるよ……それにしてもマミさんって本当にケーキ作るのが好きなんだ……」

「普段やる事無いからね彼女は、学校に行く時以外はいつも家に引き籠ってるし」

「ホントにキュゥべぇはマミさんの事ならなんでも知ってるんだね」

「止めてくれよ。知りたくも無いのに知ってしまっただけさ」

 

キュゥべぇは嫌そうにボソッとそう呟くとふと空を見上げる。

 

夕日が沈んでいく、彼女と初めて会った時のように……

 

「まどか、本当にいいのかい。マミと付き合ってもきっとロクな事にならないよ?」

「大丈夫だよ、私マミさんの事好きだよ、ちょっと変わってるけどそういう所も含めて。それに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マミさんはキュゥべぇの大切な友達だもんね」

「…………さあどうだろうね」

 

落ちていく夕日を眺めながら二人と一匹はのんびりと家に帰っていく。

 

 

 



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5ステップ バカ薔薇行進曲

 

鹿目まどかはキュゥべぇと共に我が家へと帰る途中であった。

 

「キュゥべぇ、最近さやかちゃんが元気ないんだよ。どうしたんだろう」

「え? そうなの? いつも通り授業中にいびき掻いてよだれ垂らしてアホみたいに寝てたじゃないか、しかも歯ぎしりのトッピング付きで」

「いや授業中の時じゃなくて普段のさやかちゃんだよ……授業中のさやかちゃんもどうにかしたいけど……」

「ん~、僕としてはアレが元気だと僕とまどかの一時を邪魔してくるからうっとおしくて仕方ないんだ」

「そんな事言わないでよ……そういえば仁美ちゃんとなんかギクシャクしてた様な気がするんだけど……もしかして喧嘩でもしたのかな?」

「女なんて「私達は友達!」って言っても裏はどうかわかったもんじゃないからね、まどかが見てない所で彼女達の陰湿な攻防戦が繰り広げられてたりして」

「ドラマ観過ぎだって!」

 

肩に乗っかっているキュゥべぇとそんな他愛も無い会話をしていると、まどかは家の近くにある公園の前へ差しかかる、するとふと公園の中に“妙な物”がある事に気付いた。

 

「あれ? なんだろあのダンボールのゴミ山? あんなの朝あったっけ?」

「公園に不法投棄でもしたんじゃないのかい、最近ニュースでやってるだろ。川や公園にコソコソとゴミ捨ててエスケープする人が多発してるって。美しくないねホント」

 

公園の端っこに置かれた大量のダンボールで作られたゴミ山、キュゥべぇが誰かが捨てたのだろうと言うとまどかはすぐさま公園の中へと入って行く。

 

「公園で遊ぶ子供達に迷惑だし何処か捨てていい場所に持って行こうか」

「え~まどかは関係無いだろ、スル―して問題無いじゃないか。家に帰ってスマブラやろうよ」

「ダメだよ、こんなの捨てられてたら公園で遊ぶ子達に邪魔だもん、私もたっくんとよくここで遊ぶし」

「君はどんだけ母性に満ち溢れてるんだ。マスター、このビューティフルハニーに店の中で一番高いワインを一つ」

「ど、何処にマスターがいるの……?」

 

キュゥべぇとそんな会話をしながらまどかは公園内にあったダンボールのゴミ山に近づいて行った。

よく見るとゴミ山の中にはダンボールだけではなく色々な物が混じって置かれている。

 

空になってる大量のお菓子の箱がほとんどだが、中には日常品として使う様な物もあった。

 

「歯ブラシとかコップまであるよ、どうしてこんな物をわざわざここに捨てちゃうのかな?」

「やれやれ、不法投棄者には燃えるゴミも燃えないゴミも関係無いんだね。いっそ自分が燃えるゴミになってしまえばこの星のエコ活動に貢献できるのに」

「キュゥべぇってたまに人間にえぐい事言うよね……」

 

ゴミ山の前へしゃがみ込んでまどかがそこに置かれている様々な物品を探り始めた、キュゥべぇも彼女の肩から降りてゴソゴソとゴミ山の中を探索する。

 

するとそんな一人と一匹の背後から、ズンズンと何者かが足音を立てて近づいてくる気配が……。

 

「あァァァァァァァ!!!」

「うわ! な、なに!?」

 

後ろからいきなり叫び声を上げられたので、しゃがみこんでいたまどかはビックリして前のめりに両膝と両手を地面に突いてしまう、彼女がすぐ様後ろに振り返ると

 

「テメェここでなにしてんだ! アタシの家がバラバラじゃねえかぁ!」

 

自分とさほど年の変わらない赤毛の少女が口に棒付き飴を咥えて激昂しながら立っていた。

何故か右手には不細工な出来で作られた質素な槍が握られている。

そんな少女を前にしてまどかは両手を地面に突いたまま口をポカンと開けた。

 

「え? 家……?」

「もしかしてアタシの家ぶっ壊しのテメェか!?」

「え、これ家だったの!?」

 

どう見てもゴミの山としか認識できなかったこのダンボールの残骸は、どうやらこの赤毛の少女の“家だった物”らしい。

激しい剣幕でこちらに近づきながら彼女は右手に持つ槍をビシッとまどかの前に突き出す。

 

「この“佐倉杏子”の城を倒壊させるなんて真似をよくもしてくれたじゃねぇか! ただで帰すと思うんじゃねえぞ!」

「こ、これ壊したの私じゃないよ! あとそれ危ないからこっち向けないで!」

 

いきなり槍を突き出された事に慌てふためた様子で両手を振って誤解だと叫ぶまどか。

そしてそんな彼女の下にタイミングよくキュゥべぇがダンボールのゴミ山から帰って来た。

 

「まどかまどか、ゴミ山の奥底に未開封のポッキーあったよ。食べれるかな?」

「キュゥべぇ大変だよ! 実はコレってこの子の……!」

「ゲ! なんだそのナマモノ!?」

 

いきなりポッキーの箱を頭に乗せて出て来た紅目の白い珍獣に、赤毛の少女はすっときょんな声を上げる。そしてすぐに警戒するようしながら槍先をそっちに向けて

 

「テメェ何モンだ! そのポッキー食べたら殺すぞ!」

「なんだいこの品の無い娘っ子は? そんな物を向けて僕をグレイトフルセクシーと知っての狼藉かな?」

「ぐ、ぐれいと……? 何言ってんだコイツ?」

「ああ気にしなくていいから……それよりちょっと説明させてくれないかな……」

 

槍を向けられても全く動じずにいつもの調子でキュゥべぇは一言。

知らない単語を使われて首を傾げる少女に。

まどかは苦笑しながら事の経緯を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずまどかはこの佐倉杏子という少女と共に公園のベンチに座って丁寧に説明をした。

自分達がここに立ち寄った頃には既に彼女の家(?)は壊れていたと。

そしてこのナマモノは宇宙からやってきた地球外生命体だと

 

「わかってくれたかな?」

「前者は信じてもいいが後者は信じらねえよ……」

「え、なんで!?」

「なんでじゃねえよ! 宇宙からやって来たってそれってつまり宇宙人って事だろ!? そんなもん信じる方がおかしいっつーの!」

 

まどかの膝に乗っている珍妙な生き物を指さして少女こと杏子はビシッと指を突きつける。

確かに非科学的な宇宙人の存在を信じろと言われてもそう簡単に信じれる訳が無い。

そんな彼女にまどかはキュゥべぇを見せつけるように両手で持って尋ねた。

 

「でもこんなの見た事無いよね? しかも喋るんだよ」

「う……まあ確かに見た事も無いしアタシ達と喋れる時点で変なのはわかってたけどさ……」

「やあ僕の名前はキュゥべぇ、この世で最もセクシーな宇宙人さ。好きな物は自分を含む美しい物と鹿目まどか。嫌いな物は美しくない物と暁美ほむらさ」

「聞いてねえよ! ああわかったわかった! とりあえずアンタ達が私の家を壊したんじゃないって事と! そのちんちくりんな生き物が宇宙人だってのもとりあえず信じてやる!」

 

まどかに宙ぶらりんさせられたままペラペラと自己紹介するキュゥべぇに杏子は手をパタパタと振ってとりあえず信用して上げる事にする。

 

「なんだよコイツ……。お前なんでこんなの飼ってるんだよ、ペットショップで売れ残ってたのか?」

「キュゥべぇとは道の途中で偶然会ったのがきっかけなんだよね」

「ラブコメの王道さ」

「宇宙人って自称してる割に妙な言葉覚えてやがるな……」

 

胡散臭い目つきでジトーとキュゥべぇに視線を送った後、杏子はさっきキュゥべぇが自分の家から取って来たポッキーの箱を開ける。

 

「まあいいや、アタシの名前は佐倉杏子≪さくらきょうこ≫ってんだ。よろしく」

「あ、私鹿目まどか」

 

律義に自分の名を名乗ってくれたのでまどかも素直に自己紹介する。

だがキュゥべぇは杏子の名を聞くと小首を傾げ

 

「“さくらあんこ”か、なんだか甘ったるい名前だね」

「杏子≪きょうこ≫だ! なんで名前聞いておいて間違えるんだよ!」

「で、あんこはこんな所に何しに来たんだい?」

「ああテメェ私に喧嘩売ってたのか。悪い気がつかなかった、上等だかかってこいよ」

「落ち着いてあん……杏子ちゃん!」

 

わざとらしく名前を間違える彼にイライラした様子でベンチに掛けていた槍に手を伸ばす杏子にまどかが慌てて止めに入る。やはり第一印象通りに喧嘩早い女の子らしい。

 

「チッ、変なのと会っちまったなぁ……しかもアタシの城が壊れちまったし……多分この辺に住むクソガキ共だな……」

「あれ? 杏子ちゃんはこの辺に住んでる人じゃないの?」

「いんや、アタシが住んでたのは隣町……じゃなかった。そ、それはそれは遠い所だよ……アハハハハ」

「?」

 

誤魔化す様に頬を引きつらせて笑って見せる杏子にまどかは眉をひそめるも、杏子は悟られないよう持っていた箱からポッキーを一本取り出すとすぐに話の路線を変える。

 

「遠い所からはるばるやってきたんだよ、家出してな」

「え! 家出!?」

「そうそう」

 

軽い感じで告白する杏子にまどかはすっときょんな声を上げる。

いきなり目の前に槍持って現れた少女がまさかの家出少女。まどかは驚きを隠せない。

 

「家出なんてどうして……!」

「アタシにはやる事があんだ」

「やる事?」

 

取り出したポッキーを口に咥えたまま杏子は空を見上げた。

真剣な表情を浮かべる彼女をまどかはただ見つけるだけ。

きっと自分には予想できないような重い試練が彼女に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……金持ちになりたい」

「へ?」

「すっげぇ金持ちになりたい! んで貧乏生活から脱出したい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり叫び声を上げると杏子はきょとんとしているまどかを尻目に、彼女はベンチからガタっと立ち上がってこちらに振り返った。

 

「アタシの親父って教会の牧師さんやってんだけどよ! 親父の教えの方法が普通の牧師さんとちょっと違うだけでさ! 信者が寄りつかなくて全然収入がねえんだよ! そのせいでウチは超ド級の貧乏なんだよ!」 

「そ、そうなんだ……」

「朝ごはんと昼ごはんが林檎一個だぞ!? 育ち盛りのアタシにはやってらんねえよ! 林檎好きだけど!」

 

激しい剣幕で叫んでくる杏子にまどかは思わずたじろぐが彼女の演説はまだ終わらない。

 

「だからさぁ! アタシは決めたんだよ! こうなったらアタシの力で金を稼いで家族を楽させるしかないんだってな!」

「いやなんでそうなるんだよ」

 

キュゥべぇのツッコミも無視して杏子は天を見上げ拳を構える。

 

「金持ちになれば学校の奴等からもう貧乏人だって馬鹿にされねえからな! だからアタシは思い切って家を出たのさ! 金をすげーたくさん稼ぐ為に!」

 

グッと握りこぶしを作る杏子。

どうやら彼女は家が貧乏なのに不満を感じ、意を決して金を稼ぐ為に家から飛び出してここに来たらしい。

だがまどかはそんな彼女に「う~ん」と顔をしかめる。

 

金を稼ぐと言っても自分とさほど変わらない年齢であろう彼女が一体どうやってこの社会でお金を稼ぐのか?

 

「でも杏子ちゃんはどうやってお金稼ごうとしてるの?」

「デッカくなる!」

「いやぁデッカクなるって……なにが?」

「いやだから! とりあえずなんでもいいからなにかでデッカクなるんだよ! そうすれば有名になってお金一杯貰えるじゃん!」

「……」

 

見れば見るほど輝かしい表情でなんの疑いも無くそう断言する杏子。

あまりにも非現実的なプランを述べる彼女に、さすがにまどかも言葉を失っていると彼女の膝に乗っかっているキュゥべぇが一言。

 

「君は途方もない“バカ”だな」

「なんだとぉ!!」

「キュゥべぇそれは言い過ぎだよ……」

「いやいや、これでもオブラートに包んで上げてるよ僕は?」

 

声を潜めて注意してくるまどかにキュゥべぇはしれっとした口調で返していると、杏子は脇に置いていた自前の槍を拾って噛みつくように叫ぶ。

 

「へん! 言っとくけどなぁ! バカって言う奴がバカなんだよ!」

「いやそれをドヤ顔で言う君の方が明らかにバカなんじゃないかと僕は思う」

「うるせえバカ! 言っとくけどアタシは食べ物を粗末する奴とバカにする奴が一番ムカつくんだ!」

 

自信たっぷりの表情でうすら笑みを浮かべる杏子にキュゥべぇが冷静に言うと、すぐに彼女は怒り狂って槍を地面に突き立てる。

 

「アタシのどこがバカか言ってみろ!」

「360℃あらゆる角度から見てもバカだけど、とりあえずその手に持ってる“槍”はなんだい? それ持ってると君の背後に浜口優が見えてよりバカに見えるよ」

「私もいつツッコもうかと思ってた……」

 

キュゥべぇがまず注目したのは彼女の手に持つ槍だった。

彼女が自分で作ったのかかなり雑な仕上がりになっている。

まどかも彼と一緒に疑問を感じていると杏子は手に持った槍を一瞥する。

 

「あ、コレか? コレはアレだよ、決まってんだろうが」

「いや決まってないよ、杏子ちゃんの中でしか決まってないよ」

 

得意げに槍を振りかざしながら杏子は引きつった表情を浮かべるまどかに八重歯を出して笑いかける。

 

「カッコいいだろ?」

「え、え~……」

「この辺歩いてたら丁度いい棒っきれと尖った石拾ってさぁ、蔓で上手く結んで作ったんだよ。アタシ図工と体育が得意なんだ。カッケェよなぁコレ、川で魚もつけるぜきっと、「獲ったどー」って」

「君が裸で洞窟暮らしてた文明の人と大差ないのはわかったよ、是非濱口と一緒に魚でもマンモスでも狩っててくれ」

 

キュゥべぇをスル―して嬉しそうにはしゃいで槍を自慢げに見せつけて来る杏子に、まどかは何も言えずにただジト目でその槍を眺めるだけ。

 

(杏子ちゃんってほむらちゃんやマミさんと全然違う違うタイプだなぁ……ワイルド系って言うのかな?)

 

そんな風にまどかが感じている頃、杏子はふと後ろに振り返りダンボールの残骸に視線を送って「あ」と現状を思い出し、すぐに「ハァ~」とため息を突き始めた。

 

「どうしようっかなぁ……アタシがせっかく作った家はどっかの悪ガキに壊されちまったらしいし……」

「あそこにあるダンボールの山も、本当に杏子ちゃんが作った家だったの?」

「おうよ、コンビニでダンボール貰って作ったんだ」

 

槍を小脇に抱えて持っていた箱から次々とポッキーを出して食べながら杏子はふふんと笑って答える。随分と表情がコロコロと変わる、キュゥべぇやほむらとは大違いだ。

 

「すげぇ会心の出来だったんだぜ? ったく腹立つなぁ、一体どこのガキだよ……」

「ハハハ、公園にはちいさな子供がいっぱい集まるからね、面白がって壊しちゃったのかも」

「仕方ねえ……また一から作り直すか」

 

ボリボリと髪を掻き毟りながらポッキーを咥えて杏子がそう言うと、彼女の後姿に向かってまどかは難しい表情を浮かべる。

 

「他人の私が言うのもなんだけど……やっぱり家に帰った方がいいんじゃないの?」

「え~やだよ、アタシはもう一人で生きて行くって決めたんだから」

「だって杏子ちゃんには家族がいるんでしょ?」

「いるよ、アタシより出来のいい妹と口うるさいお袋と頑固な親父がな」

「心配してるよきっと……」

「は、するわけねえじゃん。むしろ食いぶちが減って喜んでんじゃねえの?」

 

顔をしかめて杏子はクルリと踵を返してまどかの方に振り返る。

 

「妹なんかさぁ、アタシが家を出て金持ちになってくるって言ったらなんて言ったと思う? 「バカな事言ってないでお母さんの内職手伝って」だぜ? ひっでぇよな、それが姉に言う事かよ」

「そうかな? いい妹さんだと思うけど」

「そ、そうか? まあちょっとしつこい所あるけど……よくよく考えれば親思いな所があるかな? ヘヘヘ」

 

素直に自分の妹をほめられた事がつい嬉しかったのか、杏子は照れ隠しなのか鼻の下を指で掻く。だが口もとにこぼれる笑みは隠しきれていない。

 

「最近はお袋に習って料理も覚えたからな~、アタシは食う専門だから興味ねえけど。妹は色々作れっけど、アタシはカップラーメンぐらいしか作れねえんだよ、ハハハハハ」

「姉妹ってのは片っぽがダメだともう片方がよくなるんだよ、上手くバランス合わせてるんだよ。世の中そういう仕組みなのさ」

「お前はそろそろ串刺しにしてやろうか?」

 

まどかの膝に乗っかっているキュゥべぇがまた余計な事を言うので杏子がカチンと頭に来て小さな殺意が芽生え始めている頃、まどかは神妙な面持ちでそんな彼女を眺める。

 

(杏子ちゃんの家族。杏子ちゃんが帰って来なくて心配してるんだろうなぁ……でも杏子ちゃんはなに言っても聞き耳持たないだろうし……あ、そうだ)

 

いい事思いついたかのように手をポンと叩くとまどかは杏子に早速口を開いた。

 

「ねえ杏子ちゃん」

「なんだよ、家には帰らねえぞ」

「ううん、杏子ちゃんが自分の家に帰りたくないならそれでいいよ」

「はぁ? なんだよ急に。さっきまでアタシを家に返そうと必死だったクセに」

 

フルフルと首を横に振るまどかに杏子が「?」と首を傾げると、まどかは意を決して彼女に尋ねて見る。

 

「杏子ちゃん、今日私の家に泊まりに来ない?」

「は、はぁ!?」

「だって寝る場所無いんでしょ? だったらウチに来たらいいよ」

「いや確かに寝る場所ねえけど! ア、アタシとお前会ったばかりだぞ!?」

 

唐突な誘いに杏子は戸惑いを隠せない、そりゃあそうだ、会ったばかりの女の子の家にいけしゃあしゃあと上がり込むなんて真似出来る訳が無い。

まどかの膝にいるキュゥべぇもまた彼女の方に顔を上げる。

 

「そうだよまどか、なんでこんな芋臭い娘を僕等の愛の巣に入れなきゃいけないのさ、僕は反対だよ」

「でも女の子をこんな所で野宿させる訳にはいかないよ。パパもママも言ったらきっとわかってくれるし、いいでしょキュゥべぇ?」

「……君の慈悲深さとおねだり顔は本当に女神クラスだね……そろそろ後光が差すんじゃないかい?」

 

懇願してきた彼女にキュゥべぇは戦慄を覚えながらボソッと呟くと仕方ないと言う風に「はぁ~」とため息を突いた。

 

「わかったよ、君の好きにすればいい。この銀河系並に器の広い僕に感謝するんだね、さくらあんこ」

「佐倉杏子だつってんだろコラ」

 

間違いなくわざと名前を間違えているキュゥべぇに杏子は軽く睨みつけた後、手に持っていた槍に寄りかかって顔をしかめた。

 

「会ったばかりのアタシを簡単に家に上げようとするなんてどうかしてるぞお前? アタシが実は超極悪人だったらどうするよ?」

「そんな事無いよ、杏子ちゃん家族思いのいい子だし」

「バ、バカ! 家族なんてどうでもいいっつーの! アタシは一匹狼になるって決めたんだ! 金持ちになってアイツ等見返してやるんだ!」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめてプイッとそっぽを向く彼女を見てまどかの口もとに自然と笑みが出来る。やはり彼女は“嘘はつくのがヘタ”らしい。

 

「あ、そうだ。杏子ちゃん、晩御飯食べた?」

「た、食べてねえよ……しかもこのラスト一本のポッキーが最後の食料さ。やば、そんな事言ったら急に腹が減ってきやがった……」

 

箱から最後のポッキーを取り出すと、ギュルルルルと腹の音を鳴らして恨めしい目つきでそれを眺めている杏子に、まどかはチャンスとばかりに釣り糸を垂らした。

 

「私のパパ料理凄い上手いんだよ、食べていったらいいよ」

「ほ、本当か!?」

「うんいいよ、だからウチ行こっか」

「おう! 早く行こうぜ!」

(うわ凄い簡単に釣れた)

 

釣り糸を川に垂らした瞬間、すぐにバクッと食いついて来た杏子の単純さにまどかが内心驚きながらも、とりあえず彼女がウチに来ると決めてくれたのでホッとする。

 

「よかった、じゃあ行こうか。その槍は持って行くの?」

「おう! これはアタシの武器だからな!」

「ハハハ……玄関に置いとけば大丈夫だよね……」

 

これ見よがしに槍を掲げる杏子にまどかが苦笑しながら立ち上がった。

すると彼女の膝から肩に移動したキュゥべぇが杏子の方に目をやる。

 

「やっぱり不安だなぁ僕は、こんなバカコンテスト殿堂入りチャンピオンを鹿目家の家に招待するなんて」

「大丈夫だよきっと、杏子ちゃんいい子だし」

「そうかなぁ、ま、君の旦那様である僕はここは素直に肯定する事にするよ」

「キュゥべぇの旦那発言は否定するけどね」

「……段々ツッコミの腕が上げてないかい、まどか?」

 

すかさずツッコミを入れてくるまどかにキュゥべぇが小首を傾げていると、二人の目の前に立っていた杏子がふと最後の一本が入ったポッキーの箱をひょいと得意げにまどかに差し出す。

 

「食うかい?」

「あ、ありがとう。でもコレ最後の一本じゃないの?」

「いいよ別に、金持ちになる野望が成功すればこんなもん大量に食えるしな」

 

二カッと笑いかけて来た杏子に釣られて思わずまどかも微笑んでしまう。。

佐倉杏子の優しさが垣間見えた瞬間であった。

 

彼女の餞別に感謝しつつまどかは彼女が持っている箱からポッキーを一つ取り出すと、すぐにひょいとそれを口に咥えて嬉しそうに杏子に話しかける。

 

「ハハハ、杏子ちゃんの真似~」

「ハハ、これでお前もアタシに一歩近づいたな、それじゃあ行こうぜ。道案内してくれ」

「うん」

 

ポッキーを咥えてキュゥべぇを肩に乗せて、鼻歌交じりに歩き出すまどかの後に杏子が自前の槍を肩に掛けてついていこうとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿目さんとキュゥべぇのいる家にお泊り……私だってまだ彼女に家に上がった事が無いのに……なんで……どうして……やっぱり私はいらない子なのね……」

「あんなにイチャイチャイチャイチャとまどかと……羨ましい、そして妬ましいわ……」

「う!」

「え? どうしたの?」

「い、いや大丈夫だ……(なんだ、急に悪寒が……)」

 

背後にある木の影から複数の声が聞こえたような気がしたが……杏子が振り返っても底には誰もいない。

それが更に彼女を気味悪がらせる。

 

「おいおい……お化けとかそういうのは勘弁してくれよ……夜中トイレ行けなくなっちまう……」

「ほら杏子ちゃん行こう」

「モタモタしてないでついて来なよ、全くこれだからバカは」

「誰がバカだコラァ! てかバカは関係ねえだろ! いい加減にしねえとマジ殺すからなぁ!」

 

嫌な予感はするも、杏子はとりあえずまどか・キュゥべぇの後について行く事にする。

彼女の家に厄介になるのは少々悪い気もするが背に腹は代えられない。

 

「しゃあねぇな……ま、アイツいい奴みたいだし悪くねえか、ナマモノは超ムカつくけど、いつか絶対ぶっ殺す」

 

そう言ってフッと笑うと、杏子は彼女達と共に鹿目家へ歩き出す。

 

いざ飯と寝床の為に

 

 

 



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6ステップ 華麗なるファミリー

 

「ただいまー」

「お、お邪魔しま~す……」

 

数十分前まで公園でリアルホームレス中学生をやっていた佐倉杏子。

現在彼女は偶然出会った鹿目まどかに招待を受けて、鹿目家に泊まる事になったのだ。

ドアを開けて玄関で元気に家族に帰宅を知らせるまどかの後ろから、私物が入っているリュックを肩にかけて杏子は恐る恐る中へと入って行く。

 

「見た目からなんとなく予想出来てたけどよ、やっぱデケェなこの家。玄関からしてデケェ……」

「そうかな? 私は普通だと思うけど」

「普通じゃねえから……いいなぁこんな家私も住みたい……」

「貧乏人には縁のないこの家で一晩過ごせるなんて君は幸せ者だね」

「黙ってろ家畜……」

 

10人は入るぐらいのスペースがある玄関に立ち杏子は羨ましそうに呟いていると、まどかの肩に乗っかっていたキュゥべぇが可愛らしく小首を傾げとんでもない毒を吐いて来た。

 

杏子がそんな彼を睨みつけていたら、まどかはさっさと靴を脱いで中へと上がって行く。

 

「ほらほら、上がって杏子ちゃん。槍はそこに置いといてね」

「おう、じゃあ遠慮なく上がらせてもらうよ」

「え、君は玄関で寝るんじゃないの?」

「お前を一生寝かしてやろうか?」

 

自前の槍を壁に掛け、靴を脱いで部屋に上がろうとするき杏子がキュぅべぇとそんな雑談を交えながらまどかの家に上がっていく。

こんな広い家に初めてやってきた彼女は好奇心旺盛な目で入って早々キョロキョロと周りを見渡した。

 

「おおすげぇすげぇ、お前ほんといい所住んでんだな!」

「そりゃあそうだよ、ここは僕とまどかの愛の巣なのだから」

「お前に聞いてねえから、うわ~アタシも金持ちになったらこういう家に住もう~」

 

キャッキャッと家の住人を残してはしゃぎまわる杏子を見て、すっかりわんぱくなお子様の雰囲気を醸し出す彼女にまどかは苦笑する

 

「ハハ……私の家ってそんなに大きいのかな?」

「洞窟暮らしの彼女にとっては大きいんだろうねきっと」

「いつの時代だよそれ! アタシは洞窟なんかで暮らしてねえ! テメェさっきからアタシの事バカにしすぎだろ!」

「バカにバカって言ってなにがおかしいんだい? さくらあんこ」

「テメェまたそんな変な呼び方しやがってぇ!」

 

切れるに切れて何度も修繕していた堪忍袋がの緒がまた切れてしまい杏子はまどかの肩に乗っかっているキュゥべぇに右手を伸ばして掴みかかる。

 

乱暴に宙ぶらりんにされたキュゥべぇにまどかは慌てて叫んだ。

 

「うわー止めてよ杏子ちゃん! キュゥべぇも杏子ちゃんに早く謝ってよ!」

「ごめんよまどか、君がこんな原始人と接触してしまったのは僕の責任だ」

「いや私に謝るんじゃなくて!」

「悪いけど、バカに下げる頭は持ってないんだよ僕」

「うっぜぇホントなんなんだよコイツ! マジうっぜぇ!」

 

杏子にぶらんぶらん揺らされているキュゥべぇは謝る気など毛頭無いらしい。

二人の喧嘩を前にしてまどかがオロオロと困惑していると……

 

「おかえりまどか、おや?」

「あ! パパ!」

 

騒がしい音を聞きつけ居間のドアを開けてやってきたのは線の細い眼鏡をかけた見た目は若そうな男性。

 

まどかの父である鹿目和久だ。専業主夫であり家の家事はほとんど彼が行っており、妻と子供達を影で支える絵に描いた様な優しい父親だ。

 

「聞き慣れない声が聞こえたと思ったら、お客さんが来てた様だね」

「う、うん……今ちょっとキュゥべぇと喧嘩してる所」

「アタシが本気出したらテメェなんてイチコロだぞ!」

「フ、残念だが僕のハートは既にまどかにイチコロで奪われてるのさ。君みたいな芋臭い娘にイチコロになるわけないだろ、身の程をわきまえて欲しいな」

「そういう意味で言ったんじゃねえし!」

 

やってきた父、和久にまどかは杏子をすぐに指差すと彼は「ハハハ」と呑気に笑って見せた。

 

「元気な女の子だね」

「うんそうだよね~じゃなくて! 呑気に言ってないで止めさせてよ!」

「それもそうか、騒がしいのは嫌いじゃないんだけど」

 

目の前で互いに罵合っている杏子とキュゥべぇを見ても和久は全く動じずに二人に近づいて行った。

 

「はじめまして、お嬢さん」

「ホントにテメェみたいな奴をなんでアイツが……! え? あ、どうも……」

 

キュゥべぇを掴み上げて怒鳴っている最中にいきなり目の前に和久が現れたので杏子は緊張しながらもキュゥベェをポイッと床に捨てて一礼する。

ようやく解放されたキュゥべぇは床に落とされて「いで」と声を出すと、すぐにまどかが拾い上げてあげた。

 

「大丈夫キュゥべぇ?」

「やれやれ乱暴でがさつな娘だね。まどかを見習ってほしいよ全く」

 

まどかに心配されながらキュゥべぇが全く反省の色を示してない頃、杏子はまどかの父である和久と向かい合っていた。

 

「君はまどかのお友達かい?」

「ああいや……さっき会ったばっかだからそんな関係じゃ……いやでもまあ……そういうわけでもないような気もする……」

 

キュゥべぇへの態度とは違い杏子は急に口をモゴモゴさせて和久と会話する。あまり年上の人と話すのが苦手らしい。

するとそんな杏子の隣にキュゥべぇを両手で抱きかかえたまどかがやってきた。

 

「ねえパパ、今日ここに杏子ちゃんを泊めてもいいかな?」

「構わないよ」

「OK出すの早いなオイ! もうちょっと聞けよ色々と!」

 

尋ねられて1秒も絶たずに承諾する和久に思わず杏子がツッコミを叫ぶと彼は「ハハハ」と笑う。

 

「まどかに無理なんて言えるわけないからね」

「どんだけ娘に甘いんだよ!」

「僕は愛する娘の為ならどんな願いでも叶えるつもりさ」

「も、もう止めてよパパ! 杏子ちゃんの前で恥ずかしいよ!」

「アタシの前でも後ろでもいいから止めろよ……」

「ハハハ、パパの家族愛は誰にも止められないよ」

「さすが僕のお義父さんだ。この家族に対するアガペー精神に僕は敬意を表す」

「恥ずかしい……」

 

杏子に指摘されても和久は後頭部を掻きながら平然とそんな事を言うので顔を赤くしてうなだれるまどか。キュゥべぇは彼に対しかなり心服しているようだが。

 

かくして佐倉杏子の鹿目家一日お泊り体験がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが私の部屋だよ~」

「自分の部屋まであんのか~、すっげ~」

 

和久と顔を合わせた後、杏子はまどかに連れられて二階へ上がり彼女の部屋にやってきた。

持っていたリュックを床に置くと彼女は興味深々の様子で辺りを見渡す。

 

意外にもなんてことのない平凡な部屋だがベッドの上の物置きのスペースには大量の人形が置いてあり、いかにも女の子の部屋という雰囲気を醸し出していた。

 

杏子はそのベッドの上に座ってキョロキョロと色んな物を眺めると羨ましそうにため息を突く。

 

「アタシも欲しいなこういう部屋……」

「じゃあ私、パパに杏子ちゃんの話してくるね」

「え? それってアタシが家出してる事? 大丈夫か?」

「ちゃんと事情を教えてあげればパパもわかってくれるよ」

 

不安になる杏子にまどかは頬笑みながらそう言うと、颯爽と部屋を出て階段を下りて行く。

残されたのはベッドの上に座っている杏子と、何故か彼女の隣に同じくベッドの上に座っているキュゥべぇ。

 

「お前はついていかないのか“淫獣”」

「この美しき白き聖獣に対して淫獣だって? あんこ、君はバカの上に愚かなんだね」

「あんこじゃない杏子≪きょうこ≫だ、早くあいつの所行けよ邪魔くさい」

「今の僕には君からまどかの部屋を護る使命があるからね」

「な~にが護るだ、ナマモノのクセに」

 

憎たらしい奴だとキュゥべぇを横目で見つめると、杏子はベッドの上から腰を上げてまどかが使っていると思われる本棚に近づいてみた。

 

その本棚の大きさは自分の身長よりも高く、一番上の本を手に取るには傍に置いてある椅子の上に乗らないと届かないぐらいだ。

 

ジャンルはバラバラで様々な分野の漫画や本が置かれていた。少女漫画や少年漫画まで、果てには明らかに彼女の年には不釣り合いな古い漫画まで置かれている。

 

「アイツ女の子なのにいろんなモン読むんだなぁ。こんだけあればアタシ一日中暇をつぶせるぞ。」

「まどかの母上が色々と彼女に買って上げてるんだよ、古い漫画はかつて母上が持ってた奴なんだけどね。ちなみに僕はジョジョは4部が一番面白いと思ってる」

「へ~いいなぁこんなに一杯買ってもらえて、あとお前の好みは聞いてねえ。ん?」

 

後ろから話しかけてくるキュゥべぇにツッコミながら、杏子はすっかり本棚に置かれた漫画に夢中の様だ。

だがよく見ると、一番下の棚には漫画ではなくDVDが置かれていた。

それに気付くと杏子はその場にしゃがみ込んでジーッとどんなタイトルなのかチェックしてみる。

 

「……魔法少女物のDVDと……刑事ドラマ物のDVDがやたらと置いてあるな……」

「彼女は魔法少女と刑事ドラマをこよなく愛しているんだ」

「よりによってなんでこの二つを好きになるんだよ……全然タイプ違ぇじゃん。天使と堕天使じゃん」

「僕も魔法少女はともかく刑事ドラマが好きってのは意外だと思ったね」

 

魔法少女物と刑事ドラマ物のDVDを一つずつ取り出して交互に眺めながら杏子は眉間にしわを寄せる。片方には可愛らしい女の子が、もう片方には男らしさ全開の刑事がパッケージになっている。

 

「『カードキャプターさくら』と『踊る大捜査線』……すっげぇ組み合わせだなオイ」

「織田裕二の着てた緑のコートに憧れて、お年玉でその緑のコートと同じ奴買ったって言ってたね確か」

「マジか、アイツも変わった所あるんだな……普通の女の子だと思ってたよ」

「しかも休みの日は絶対にそれを着て出かける徹底ぶりさ」

「え!? 年中着てんのかアイツ!?」

「それ本人に言ってみたらいいよ」

 

『青島さんだってずっと着てるんだよ~えへへ~』

 

「って太陽のような眩しい笑顔で返されるから。美樹さやかもアレには引いてたね、さやかのクセに」

「アタシには理解出来ないねぇ……」

 

緑のコートを着てはしゃいでいるまどかを脳裏に浮かべると、杏子はDVDを棚に戻しながら呟く。まともなキャラかと思いきや“意外な趣味”があったのか……。

 

「魔法少女に刑事ドラマね、まあ好きなモンがあるってのはいい事なんじゃねえの?」

「君にはそういうのはないのかい、君ならイノシシ狩りとか漁に出てモリで魚を突くとか趣味にしてそうだけどなぁ」

「さっきまで普通に会話してたんだから毒吐くの止めろよ……アタシはそうだな……変身ヒーローとか結構好きだぞ」

 

唐突に毒舌に戻ったキュゥべぇに杏子はジト目で振り返って答えた。

 

「特に“エキセントリック少年ボーイ”とか“ゴレンジャィ”はアタシのイチオシだぜ。あれ見てると腹抱えて笑えて死にそうになるんだよ。親父なんか笑い過ぎて病院行きかけたし」

「いやそれ変身ヒーローじゃないよ、ダウンタウンのコント作品じゃないか」

「え、マジ!? あれ~? 確かになんでこんな夜にやってたんだろうとは思ってたけど……」

「やっぱ君、バカだろ」

 

ずっと好きだった戦隊ヒーローがまさかの某深夜番組のコントだったと聞いて「おかしいな」と首を傾げる杏子。

キュゥべぇがベッドから彼女を見下ろしながらバカにしていると杏子はキッと歯をむき出して彼に向かって吠える。

 

「でもアタシの中ではアイツ等はヒーローだからな! 貧乏で苦しんでる時もアタシ達家族を毎週笑わせてくれたんだから!」

「おいおい、なに無理矢理いい話にしようとしてるんだい? わけがわからないよ。全く松っちゃんも浜ちゃんも「わけわからへん」と言うレベルのバカだね君は」

 

胸を張ってそう答える杏子に、呆れに呆れてキュゥべぇがそんな事を呟いていると……。

 

「“ねーちゃ”、帰ってきたの?」

「ん? うわ!」

 

開いていた部屋のドアの隙間からいきなりひょこっと小さな少年が顔を覗かせて来た。

それにビックリして声を出す杏子に対し、キュゥべぇは落ち着いた態度で振り向く。

 

「なんだ、僕の可愛い義弟じゃないか」

「ぎ、義弟……? てことはん~と……まどかの弟か」

「察しがいいね、バカのクセに段々わかってきたじゃないか。僕とまどかの関係を」

「関係っていうかテメェの“脳内設定”だろ、淫獣。で、この子の名前は?」

「鹿目タツヤ、通称たっくんさ。チャーミングでイカしてるだろ? なにをかくそうこの僕が将来は中々のセクシーボーイになるだろうと期待しててね。今は僕が直々にセクシー道を教え込んでいるんだ」

「お前の紹介トリビア多過ぎだろ、名前だけ言えよ名前だけ」

 

部屋に顔を覗かせて来たのはまどかの弟である鹿目タツヤ。まどかの年の離れた弟であり姉であるまどかが大好きな幼稚園に通う男の子。

 

「赤いおねーちゃ。誰?」

「え? アタシの事かい? アタシは杏子、アンタの姉ちゃんの知り合いだよ」

 

見たことない杏子に好奇心旺盛でまどかの部屋の中へ入り、指を咥えながら彼女に近づくタツヤ。するとベッドの上からキュゥべぇが彼に向かって

 

「たっくん、そのおバカさんの名前はあんこだよあんこ」

「あんこ!」

「横から間違った名前教えんじゃねぇ! そっちで覚えたらどうすんだ!」

「あんこあんこ!」

「ほら覚えちゃった! お前のせいだぞドチクショウ!」

 

両手を上げてピョンピョン跳ねながら楽しくあんこを連呼するタツヤ。どうやら誰かのおかげで名前を間違えて覚えてしまったようだ。

杏子は余計な事を言ってくれたキュゥべェにメンチを切った後、座ったままタツヤに近づいて話しかけてみる。

 

「アタシの名前は杏子≪きょうこ≫だぞ~、きょうこきょうこ」

「……きょうこ?」

「そうそうそう! 偉い偉い!」

「わ~い! きょうこきょうこ!」

 

偉いという言葉が褒め言葉をわかっているようで嬉しそうにタツヤがまた飛び跳ねた。

まだまだ自分よりずっと小さな少年を見て、杏子はすっかり癒されてしまいあぐらを掻いたままにへらと微笑んでしまう。。

 

「うへ~こんなにちっちぇ子だとやっぱ可愛いな~。ウチの生意気な妹とは大違いだぜ~」

「チャンスだよたっくん!」

「へ?」

 

杏子が癒されてる隙にキュゥべぇが突然タツヤに向かってなにか叫ぶ。

それに一瞬彼女が呆気にとられていると、タツヤは飛び跳ねるのを止め腰を捻って彼女目掛けて……

 

「釘パンチ!」

「おご!」

 

油断していた杏子の腹にタツヤの小さな拳が炸裂した。子供なので当然手加減など持ち合わせていない。

さっきまでの癒しの天使がまさかの戦う戦士に早変わり、あまりの痛みに腹を押さえながら杏子が呻き声を上げる。

 

「ち……小さいくせにいいパンチ持ってやがる……」

「フッフッフ、まだまだだねさくらあんこ。僕はたっくんにセクシー道を叩き込んでいるだけではなく、武道も教えているのさ。己の拳のみで世界の覇者になれるぐらい強くする為にね」

「人様の弟に勝手に変な事教えてんじゃねえ!」 

 

不敵な笑い声を上げても相変わらず無表情なキュゥべぇに向かって杏子が勢い良く起き上がった。

こんな小さい子に何を覚えさせているのやら。

 

「これでもまどかの母上のお墨付きなんだけどな」

「なにやってんだアイツのお袋は……」

「シロ~」

「ハッハッハ、この子は僕に忠実に動く可愛い弟子さ。油断したら命取りだよ」

 

ベッドの上に座っているキュゥべぇに無邪気に駆け寄って行くタツヤ。そんな可愛らしい姿にキュゥべぇが満足げに(といっても無表情だが)杏子に話しかけていると……。

 

「フォーク!」

「うぐ!」

「うおぉい! 目潰し食らわされてんじゃねえか!」

 

油断していたキュゥべぇに彼のフォークこと目潰しが炸裂。二つの赤い目にタツヤの中指と人差し指が容赦なく突き刺さる。

 

「チ、チビッ子でありながらいい目潰し持ってるね……」

「全然忠実じゃねえじゃねえか! 油断したら命取りになるってそれお前だろ!」

「最近やってるアニメに感化されてついハッスルしちゃうんだよたっくんは……」

 

ベッドの上で倒れて悲痛の声を漏らすキュゥべぇに対し、タツヤは躊躇見せずに手を振り上げ

 

「ナイフ!」

「いで! チビッ子の割にナイスチョップ!」

「思いっきりサンドバッグにされてんじゃねえか! どこが弟子だよ! 完全にお前がおもちゃ扱いだぞ!」

「ナイフナイフ!」

「たっくんストップ! 目が痛い上に脳天にチョップは洒落にならないよ! 何度も言ってるけど僕は食材にはならないよ!」

 

杏子がツッコんでいる時にもタツヤは手刀を何度もキュゥべぇの頭に振り下ろしている。

頭部を叩かれキュゥべぇが思わず悲鳴のような叫び声を上げていると……

 

「たっくんここにいるの~? ってキュゥべぇ!」

「マイヴィーナス鹿目まどか! この子を止めてくれ!」

 

下の階にいる父親と話を終えたらしいまどかが部屋に戻ってきた。

だが目の前にいきなり我が弟が小動物にチョップを食らわしている惨劇の光景が。

慌てて彼女はタツヤを後ろから押さえる。

 

「たっくんダメ! いつも言ってるでしょキュゥべぇ叩いちゃ!」

「ねーちゃ!」

 

帰って来た姉にタツヤが両手を彼女に掴まれながらも嬉しそうにしているが。

彼に無邪気な一撃を何度も食らっていたキュゥべぇは頭に湯気を出して動かない。

さすがに杏子もこれには同情する。

 

「いつも叩かれてるのかよお前……」

「強くなる為には師をも殺す、それが師である僕が弟子に伝える覇道さ……」

「漫画の影響受け過ぎだろ……本当に宇宙人かお前?」

 

呆れた様子で杏子がジト目でキュゥべぇに話しかけていると、まどかの方はタツヤの両手を掴んで注意していた。

 

「キュゥべぇはね、お姉ちゃんの大事なお友達だから痛い事しちゃ、めっ」

「めっ」

「もう返事だけはいいんだから……」

「ねーちゃ」

「ん?」

 

人差し指立てて忠告する姉に、タツヤは首を左右に振らしながらにぱーっと笑ってあげた。

 

「ねーちゃおかえり~」

「フフ、ただいま」

「……」

 

嬉しそうにする弟にまどかが思わずつられて微笑んで彼の頭を撫でて上げている。

杏子はそれを神妙な面持ちで眺めながらボリボリと頭を掻いた。

目の前の二人の姿が自分と妹の姿に被る

 

「おかえり……か」

「おやおや、美しい姉弟愛に見とれてついホームシックになったのかいあんこは」

「う、うるせえ! そんなんじゃねえよ! それとあんこって呼ぶな!」

 

いつの間にか元通りに復活しているキュゥべぇに杏子がつい顔を赤らめて叫んでいると。

 

下の階からガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえた。

 

「ただいまー……」

「あ、ママだ! まだ夕方なのにもう帰って来たんだ!」

「まま!」

 

姉弟揃って一階から聞こえた声に反応して黄色い声を上げる。

あぐらを掻きながら杏子がまどかに尋ねた。

 

「なんだお袋が帰って来たのか?」

「うん! ちょっと杏子ちゃんの事話してくるね!」

「そうか、ならアタシも行くよ」

 

杏子はよっこらせと腰を上げる。

 

「泊めさせてもらうんだから挨拶ぐらいしなきゃな」

「わかった、じゃあ一緒に行こう」

「おう」

 

そう言って杏子はまどかと彼女の弟であるタツヤと共に部屋から出る。

ベッドから飛び下りて後ろからトテトテとキュゥべぇも歩いて来た。

 

「母上がこんなに早く帰って来るなんて珍しいね」

「今日は仕事早帰りだったのかもね」

「お前のお袋は仕事してんのか?」

「うん、私の家はお父さんが家で家事やってお母さんが外で働いてるんだ」

「ふ~ん面白いなぁ」

 

本来は父親が仕事して母親が家事をやるものなのだが。

 

まどかの話を聞きながら杏子は一緒に階段を降りて行く。

 

早速玄関にその母親が立っていた。

 

死にそうな表情で夫・和久の肩に身を預けながら

 

「帰ったぞコラ~……」

「詢子さんしっかり」

「マ、ママ~!?」

「まま! おかえり!」

 

死んだ目をした女性がこちらにグッタリとした格好でこちらに手を振っている。

それを見てまどかは慌てて、タツヤは嬉しそうに駆け寄って行った。

 

この女性こそが鹿目家の大黒柱的な存在である鹿目詢子。

夫と子供達に支えられながら外で働くバリバリのキャリアウーマンだ。

 

だが今の状況から見て杏子にはとてもじゃないが彼女が健康体には見えない。

 

「おいおい! なんかヤバくねえかアイツのお袋!」

「まどかの母上が大好きなものトップ3を教えてあげるよ」

 

ビックリ仰天している杏子を見かねて、階段から降りて来たキュゥべぇが説明して上げる。

 

「1位は家族で2位は仕事、それで3位がお酒さ。あの姿から見て今日も一杯飲んで来たんだろうね」

「……あんな状態になるまで飲むか普通?」

「飲むというより“飲まれてるね”。まあいつもの事だよ」

 

顔を手で押さえて呆れる杏子にキュゥべぇがそんな事を話していると。一家全員揃った鹿目ファミリーは玄関でゴタゴタと騒いでいる。

 

「仕事早く切り上げたからまっすぐ家に帰ろうとしたんだけど、途中で和子に会っちゃってさ……ちょっとバーで愚痴聞いてあげてたらこのザマ……へへ、私も焼きが回ったな、いや酔いが回ってんのか、へへへ」

「先生と飲んでたの!?」

「和久~、水くれ~、あとちょっと横になりたい……」

「はいはい、じゃあまどか。ちょっと詢子さんを部屋に運んでくるから」

「う、うん……」

「まま~おかえり~!」

「ただいまタツヤ、けど耳元で思いっきり叫ばないで、ママからのお願い……」

 

詢子はグッタリしながらも家族とそんな会話をした後、夫に体を支えられながらふと階段の所に立っている赤髪の女の子に視線を泳がせた。

 

「ところでその子は……まどかのお友達?」

「あ、うん。杏子ちゃんって言うんだ」

「へ~……」

「ど、どうも……」

 

虚ろな目でこちらに視線を向けて来る詢子に杏子は後頭部に手を置きながらペコリと頭を下げて一礼した後、彼女の方に近づいて行く。

 

詢子はなにが面白いのかヘラヘラ笑った後、前にふっと倒れて咄嗟に杏子の両肩をガシっと強く掴んだ。

 

「う、うわ大丈夫かアンタ!」

「……ちょっと悪いんだけどさ……」

「へ?」

 

いきなり両肩を掴まれて杏子が心配そうに詢子に話しかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて……

 

「背中さすってくんねえか……? うぷ!」

「うおわ~ッ!! ここで吐こうとすんな~ッ!!」

 

頬を膨らませて苦しそうな声を出す詢子、慌てる杏子を尻目に和久は冷静に

 

「まどか、居間に行って『詢子さん専用ビニール袋』持ってきてくれないかい?」

「わかった!」

「専用ってなんだよ! もしかして日常茶飯事なのかコレ!?」

 

和久に言われてすぐに居間へと向かうまどかの後姿を見て杏子は叫びながら詢子の背中を一応さすってあげる。

すると突然キュゥべぇが杏子の肩に飛び乗って来た。

 

「そのまま背中をさすり続けるんだ、もし止めたら“すぐ出てくる”からね」

「うげぇ、昼間食ったカレーがすぐそこまで来てるわ……」

「マジかよ! ここで出されたらアタシにも被害が出るんだぞ! “ま、まどか!”早くビニール袋持ってこい!」

 

キュゥべぇにそう言われて焦った表情で詢子の背中を高速でさすりながら杏子は後ろに振り返る。

だがそこにいたのはまどかではなく、彼女の弟であるチビッ子ファイタータツヤ。

 

「まま~5連釘パンチ!」

「おい! なんかチビッ子ギャングが拳振り上げてこっち近づいてきたぞ! 出る! この状況でこの人腹殴られたら間違いなく出るから!」

「僕に任せてガッテンしょうちのすけ! あべし!」

「ナマモノが身代わりに! 大丈夫かお前!」

 

無邪気に詢子の腹にロックオンを定めるタツヤの前に、杏子の肩に乗っていたキュゥべぇが颯爽と飛び下りて前に現れた。

壁となったキュゥべぇはそのまま顔面を拳でぶっ飛ばされクルクルと空中をコマの様に回転した後ボトリと玄関に落ちる。彼と馬の合わない杏子もさすがに彼に向かって叫び声を上げてしまう。

 

そんな鹿目家の玄関で繰り広げられるちょっとした騒がしい事件。

 

鹿目和久はそんな状況を傍から見ながら顎に手を当て幸せそうにニコッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり家が騒がしいのはいい事だね」

「いや見てないでアンタもなんかしろ!」

 

 



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7ステップ 家出少女の果て

時刻はただ今午後8時、外はすっかり暗くなり綺麗な星空が輝いている。

鹿目家も今、一家団欒+一人と一匹と共に騒がしい晩御飯の時間に入っていた。

 

「うんめぇなんだコレ! マジうんめぇ!」

「杏子ちゃん喋りながら食べたら舌噛んじゃうよ?」

「大丈夫だよまどか、あんこなら舌噛み切ってもまた新しい舌が生えるから」

「アタシの舌をトカゲの尻尾みたいに言うな!」

「なに言ってるんだい、ピッコロさんだって腕が生えるじゃないか」

「アタシとピッコロさんを同じサークルに入れんな!」

「二人共、ご飯食べてる時は喧嘩するの止めようよ……」

 

テーブルには5人と一匹が囲んで仲良くご飯を食べている。

杏子はその中で客人にも関らず目の前の料理を次々と美味そうに食べていた。

まどかの父・和久が作った料理が並べられていて、どれを食べても皆舌鼓を打つ絶品。

今までこんな美味しい物を食べた事が無いと言うように、彼女は無我夢中で食べて行く。

そんな彼女をまどかの両親である和久と詢子は優しく見守る様な視線を向けていた。

 

「よく食うねぇ、最近の子は好き嫌い激しいって聞くけど、この子はほっといたら全部食べちゃうんじゃないかい? 食い意地がある女は長生きするよ~」

「僕もこんなに美味しく食べてくれると作った回があるよ、ところで詢子さん、もう酔いは醒めたのかな?」

「おう、一回吐いたらすっきりしたよ。まだ飲めるよ私は」

「ハハハ、さすが詢子さんだ、「虹の実ワイン」と「フグ鯨」を冷蔵庫に入れてるから晩酌に付き合うよ」

「なあなあまどかの親父さん!」

「ん? なんだい?」

 

ガツガツと食いながら杏子はふと和久の方に顔を上げる。

 

「すっげぇよこの肉! なんでこんな柔らかくて美味いんだ!?」

「それは「リーガルマンモス」の中から取れる宝石の肉≪ジュエルミート≫っていうお肉だよ」

「じゃあこの野菜なのにすげぇ美味く感じる奴は!?」

「「オゾン草」、ベジタブルスカイで採れる幻の野菜だね」

「この甘くて噛んだら色んな味がするデザートは!?」

「それは「虹の実」って言ってね、最近品種改良で人工的に作られた……」

「へ~! なんかもうツッコミ切れない事で一杯だけど美味いからいいやもう!」

「ああうんパパが用意する料理や食材にはツッコまなくてもいいから……」

 

和久の口から聞いた事のない食材の名前が次々と出て来て杏子は開き直った様子で食べる事を続ける。隣に座っていたまどかも彼女に対して苦笑してみせた。

 

(それにしても杏子ちゃん、凄い食べるなぁ、お腹空いてたんだろうな……)

「ねーちゃ! スープ!」

「あ、たっくんスープ欲しいの? はい、「センチュリースープ」だよ」

「わ~い!」

「あ~私もそれ飲みたい!」

 

右隣に座っている弟のタツヤにまどかは無色透明の透き通ったスープを差し出すと、左隣りに座っていた杏子も目をキラキラさせて口からよだれを垂らす。

間髪入れずにテーブルの上に座っていたキュゥべぇが振り向いた。

 

「あんこ、君は少しは遠慮という言葉を知らないのかい? これだから原始人は」

「うっせえ誰があんこだ! それにお前が食ってるそのジュースもこっちによこせ!」

「「メロウコーラ」なら君の前にも置いてあるだろ?」

「もう全部飲んじゃったよ!」

「君は少しは自重ってモンを知ろうよ、それじゃあ美樹さやかみたいになっちゃうよ?」

「誰だよさやかって!」

 

杏子がまたキュゥべぇとギャーギャーと口喧嘩を始めていると。

和久と共に向かいに座っている詢子が「はいはい」と手を叩いて二人を黙らせた。

 

「メシ食ってる時に喧嘩すんなってまどかが言ってただろ、みんなで食べるときは仲良くするモンだ。喧嘩しながら食べたらせっかくの和久の料理を美味しく感じられねえぞ?」

「あ、はい……」

 

そう言われてさすがに騒ぎ過ぎたかと杏子もしゅんと反省して席に座る。だがキュゥべぇはというと彼女を横目で見ながらボソッと。

 

「ほら君のせいで怒られた、全くこれだからあんこはバカなんだ」

「おい白いの」

「え?」

 

杏子にまだ文句をブツブツ言っていたキュゥべぇに詢子はギロっと睨みつける。

 

「煮て食うぞ……」

「すみませんでした御母上、それだけは勘弁して下さい」

「よし、許してつかわす」

「おー、コイツがマジで謝るの初めて見た」

「キュゥべぇはママに頭上がらないんだ」

 

深々と頭を下げるキュゥべェを見て杏子がビックリするとまどかはコソッと耳打ちする。

いかにナルシストの塊であるキュゥべぇもこの母に対しては太刀打ち出来ないという事らしい。

 

「全くまどかも妙なモン拾って来たわね~、ま、面白い奴だから嫌いじゃないけど」

「僕は面白いんじゃなくて美しいんですよ母上」

「ブフゥ! やっぱ面白いわコイツ!」

「……さすがはまどかを生んだお人だ……母上には本当に勝てる気がしない……」

「ご、ごめんねキュゥべぇ……」

 

自分で言った言葉にいきなり吹き出して笑う詢子を見てキュゥべぇはうなだれて軽く落ち込んだ。そんな彼をまどかは苦笑しながら頭を撫でてあげる。

 

そして一通り笑った後、詢子はふと杏子の方に眼差しを向けた。

 

「さて、飯も食ったし食後の笑いも貰った事だし。おい家出少女」

「い、家出少女!?」

「和久から聞いたんだよ、アンタもこの白いのと同じウチのまどかに拾われたクチなんだろ?」

「ま、まあそんな感じだけど……」

 

恥ずかしそうに杏子はチラリと隣に座るまどかに横目を向ける、彼女はキュゥべぇの頭をまだ撫でていた。

詢子は頬杖を突いて爪楊枝を口に咥えたまま話を続ける。

 

「犬や猫ならともかく、まさか人語を話すナマモノとこんな可愛い家出少女拾ってくるとは、我が娘ながら恐ろしいね~」

「……アタシここにいると迷惑……かな?」

「い~や全然、むしろ娘がもう一人増えた気分で嬉しいよ。このままウチの娘にしてもいいぐらいだ」

「うぇ!?」

 

ニヤニヤ笑いながらぶっ飛んだ事を抜かす詢子に杏子はどさくさにキュゥべぇから掻っ攫ったメロウコーラを吹き出しそうになる。詢子はそれを見て愉快そうに笑った。

 

「フフ、冗談だよ。アンタにも家族がいるんだろ?」

「え~と……うん……」

「そうか、だったらそこに戻った方がいいな」

 

顔を赤らめている杏子の顔をじっくりと眺めながら彼女は話を続ける。

 

「家族ってのは一人欠けたら寂しいんだよ、アンタの事も心配してる筈さ」

「……そうなのかな?」

「私だって和久やまどかやタツヤがいなくなったら寂しくなる、白いのもいなくなったら寂しくなるかもな。もうすっかり私達家族の一員だしね」

「ありがたきお言葉です御母上」

「キュゥべぇ、キャラ変わってるよキャラ……」

 

母親に向かって頭を垂れるキュゥべェを見てまどかがツッコんでいる隣で、杏子は気恥ずかしそうにボリボリと頭を掻く。

 

「どうかな……アタシまどかと違ってバカだし、下の子としょっちゅう喧嘩するし親に迷惑かけてばっかであんまりいい子にしてないし、親父やお袋は厄介払い出来たって喜んでるかも……」

「なわけねえだろ」

 

両手を後頭部に回して椅子に背もたれ、詢子は天井を見上げながらゆっくりと口を開いた。

 

「どんなバカ息子だろうがワガママ娘だろうが、親にとっては必死に育てた可愛いわが子だ」

「え……?」

 

口をポカンと開けている杏子に詢子はクスッと笑った。

 

「明日になったら家に帰りな家出娘、アンタの家族はアンタを含めて家族なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後9時。食事を終えた杏子はまどかの部屋で寝る準備に取り掛かっていた。

 

「ありがとな、あんな美味いモン食わせてくれた上に風呂まで入らせてくれて」

「いいよいいよ、私のパジャマのサイズ合ってる?」

「うん、まあ。似た様な体型だしな」

 

杏子の体からはポカポカと暖かくなっていた。実は先程風呂にまで入れさせてもらったのだ。

今は私服では無くまどかのピンクの柄のパジャマを貸してもらっている。

まどかもまた杏子の前に風呂に入っていたので髪は解かれており、パジャマに着替えてベッドの上に座り、既に寝る態勢に入っていた。

 

「杏子ちゃんの服は明日の朝には洗濯終わって乾燥機で乾かしておくって」

「便利なモンがあんだな~。ところでアタシどこで寝ればいいんだ?」

「私のベッドだけど?」

「へ?」

 

よく見るとまどかのベッドの上にはさりげなく二つのマクラが置かれている。

杏子が少し戸惑った表情を見せるとまどかは頬を引きつらせて苦笑した。

 

「やっぱり私と一緒に寝るのはダメ……かな?」

「ああいや! アタシは全然構わねえよ! いつも妹と同じ布団で寝てるし! ただちょっと悪いなって思っちゃって……」

 

後頭部を掻きながら申し訳なさそうに呟く杏子に、マクラの横で寝転がっていたキュゥべぇが彼女の方に顔を上げる。

 

「ああ君にもそういう感情があるんだ。ただの自己中じゃなかったんだね」

「それお前にだけは言われたくねえ……すげえ言われたくねえ」

 

キュゥべぇを見下ろしながら杏子がそんな事を言っている中、まどかは掛け布団を広げながら口を開いた。

 

「私は全然いいよ、たまにさやかちゃんや仁美ちゃんがお泊りに来た時にいつも一緒に寝てるし」

「へ~、羨ましいなそういう友達がいて」

「あ、美樹さやかはまどかの友達とカウントしないでいいから」

「カウントするよ! 勝手にさやかちゃんをハブかないでよ!」

 

すぐ横でゴロゴロと転がっているキュゥべぇにまどかが叫んでいると、杏子は顔を赤らめてモジモジしながらゆっくりと彼女のいるベッドの上に座る。

 

「うんまあ……お前がいいって言うんなら一緒に寝てやるよ……」

「ふふ、じゃあ電気消すね」

 

恥ずかしそうに布団の中へと入って来た杏子が可愛いと思った後、まどかは傍にある部屋の電気の電源スイッチをカチッと切り替えた。

 

部屋の電気は一瞬にしてすぐに真っ暗になる。

部屋が暗くなったと同時にまどかと杏子は喋るのを止めた。

 

「……」

 

ベッドに入ったまま杏子はモゾモゾと動いて、隣で寝ているまどかと少しだけ距離を取るとフゥ~とため息を突く。

 

「明日は……どうっすかな……」

「私はママの言う通り、お家に帰った方がいいと思う」

 

ボソッと小さな声で呟いた杏子に暗闇の中でまどかはすぐに答えた。

 

「きっと杏子ちゃんの事、家族のみんな心配してるよ」

「どうだかねぇ……おいナマモノ」

「なんだい、あんこ」

 

まどかに背を向けて寝たまま、杏子はまどかの傍で寝ているキュゥべぇに話しかけた。

彼がすぐに返答すると杏子はふと気になっていた質問をぶつけてみる。

 

「お前って家族とかいんのか?」

「いないよ、僕等の種族には親とか兄弟とかそういう物は存在しないしね」

「え? そうなのか?」

「それは私も初めて聞いたよ……」

 

キュゥべぇがあっけらかんとした口調で話すと杏子とまどかは少し驚く。

だが彼は別に気にしてない様な口ぶりだ。

 

「僕が家族というものを手に入れたのはこの星に来てからさ」

 

暗闇の中キュゥべぇは杏子に静かに話しかける。

 

「君は僕と違って生まれた時から家族というものがあるんだ。僕なんかより十分恵まれた環境だと思うよ?」

「……」

「大切な物を最初から持っているし知っているんだしね、不本意だが僕はその点の所は羨ましいと思ってる」

「……そうかもな……」

 

キュゥべェの方へは振り返らずに杏子はそう呟く。

 

「貧乏でも、親父とお袋と妹がいるだけでアタシは幸せ者なのかもしれねえな……」

「杏子ちゃん……」

「フ、珍獣のクセにいい事言うじゃねえか」

「クセにが余計だね、それに僕は珍獣じゃなくて、グレートセクシーな白きエンジェル、キュゥべぇさ。わかったかいさくらあんこ」

 

自分で言って恥ずかしくないのか? しかもまだちゃんと自分の名前を言おうとしない。

そう思いながらも杏子は背を向けたまま思わずニヤッと笑ってしまった。

 

「可愛くねえなお前」

「君もね」

「へへ、言ってろバーカ……なあ?」

 

杏子は布団にしがみついたままそーっと後ろに振り返ろうとする。

 

せっかくの機会だ、まどか達と向かい合って少しお喋りしながら寝るのも悪くないか……。

 

そう思って杏子が彼女の方に寝転がって顔を彼女達の方に向けた。

 

だが

 

「ちょっとこっち……」

 

その時、杏子の全身が凍りつく。

 

 

振り向いた先にいたのはまどかでは無い。

 

 

“黒髪”の自分と同じ柄のパジャマを着た女の子が真正面から自分と向かい合っていた。

 

「……」

「……ほむ」

「ギャァァァァァァァァ!!!」

「ど、どうしたの杏子ちゃん!」

「うるさいなぁ静かにしてくれよ、僕とまどかの睡眠を邪魔しないでくれ」

「なんだコイツはァァァァァァァ!! おいまどか! 電気点けろ!」

「え? あ、うん」

 

数秒の間があった後思いっきり大声で杏子は叫び声を上げる。

わけがわからない様子のまどかとキュゥべぇ。杏子はすぐに半身を起こしてまどかに指示をする。

「?」と首を傾げながらもまどかは部屋の電気を再びカチッと付けてみた。

 

その瞬間、目の前に自分のパジャマを着た暁美ほむらの姿が……

 

「どうかしたのかしら?」

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「落ち着いて私のまどか。一体何があったの」

「何があったのじゃないよ!」

 

ジリジリと獲物を狙う狩人の目で寄ってくるほむらにすぐに現状を理解したまどかが壁にもたれて大声で叫ぶ。

 

「な、なんでほむらちゃんが私のベッドにいるの!?」

「愛に不可能はないわ」

「おかしいよこんなの! 絶対におかしいよ!」

「え、まさかコイツ知り合いか!?」

「おかしくなんてないわ、これがあなたと私の愛の計算が導き出した答えよ」

 

杏子が驚いている隙に、両手をわきわきさせながらまどかににじり寄ってくるほむら。

まどかが悲鳴を上げると、キュゥべぇはすかさず彼女とほむらの間に躍り出た。

 

「屋根裏じゃ飽き足らず遂に夜這いに走ったか、暁美ほむら。君は遂に僕を本気で怒らせたようだね」

「引っ込んでなさいナマモノ、今から私とまどかの愛の営みを実行する所よ」

「おいおいこのダイナミックセクシープリンスが君の不埒な行いを黙って見過ごすとでも思ってるのかい?」

「愚かね、私とまどかの邪魔をする事に散々忠告して上げているのに。さっさと消えなさい、さもないとこの星からあなたの存在を抹消するわよ」

「おいおい何がどうなってんだ! 説明してくれよまどか!」

 

ベッドの上で火花を散らし互いに無表情でメンチの切り合いを始めるキュゥべぇとほむら。

これには杏子もたじろいで咄嗟に怯えているまどかに尋ねる。

まどかは声を震わせながら彼女の方に振り向いた。

 

「えと……ほむらちゃんは私の友達で……でもちょっと過激な所があって……」

「ちょっとじゃねえよ! 過激すぎるだろ! 夜な夜なベッドに侵入してくる友達とか聞いた事ねえよ! おいそこの黒髪!」

「なにかしら? 私のまどかを誘惑する腐れ泥棒猫」

「誰が泥棒猫だ!」

 

不機嫌極まりない表情でこちらに横顔を向けて来たほむらに杏子がビシッと指差す。

 

「お前なんでこんな所にいるんだよ!」

「それはこっちの台詞よ、あなた、家出少女というキャラを巧みに使ってよくもぬけぬけとまどかとその家族と一緒にイチャイチャしたわね」

「してねえし!」

「あなたの行動はすべてお見通しよ、何故なら私はあなたがまどかと出会った時からずっと見ていたのだから、あなたが公園でまどかと話している時も、あなたがまどかの家に招待されている所も、あなたがまどかの部屋でハァハァ言ってた時も、あなたがまどかの家族と一緒にご飯を食べてハァハァ言ってた時も、あなたがまどかの入ったお風呂の残り湯に浸かってハァハァ言ってた時も、あなたがまどかと一緒のベッドに入る事を許されてハァハァ言ってた時も。全て見ていたのよ」

「何が見ていただゴラァ! 完全にテメェストーカーじゃねえか! しかもアタシはハァハァなんてしてねぇよバカ!」

 

どうもこの少女、ハナっからずっとこちらを尾行して覗き見していたらしい。末恐ろしい執念だ……。杏子は彼女に戦慄を覚えながらベッドから足を下ろす。

 

「まあいい、テメェのやってる事は犯罪だからな。ちょっとまどかの両親に言ってくる、アタシちょっと……あれ?」

 

ベッドから降りてまどかの両親の部屋に行こうとする杏子だが、不意に足から妙な感触があった。

 

ぐにっとなんだか柔らかい物を踏んでしまった様な感覚……。まるで人の顔でも踏んだかの様な……杏子は嫌な予感を覚えつつもそーっと下を見下ろしてみる。

 

そこには

 

「……痛いわ……どうしてこんな酷い事をするの……ぼっちでも泣いちゃうわよ……」

「ギャァァァァァァァ!! こっちにもなんかいたァァァァァァ!!」

 

自分の足に頬を踏まれて涙目になっている金髪の少女が横になって待機していた。

ビックリ仰天して杏子は反射的に跳ね上がってすぐにまどかの隣まで後ずさりする。

金髪の少女はむくりとこちらに振り向いて起き上がった。

 

「こんばんはキュゥべぇ、それと鹿目さん……私は遠慮させて床で寝かせてもらうわね……」

「マ、マミさんまでいたの!?」

「マミ……なんで君が暁美ほむらなんかと一緒に……」

「またお前等の知り合いかい! もうちょっと人付き合い考えろよお前等!」

 

ほむらの次は金髪の少女こと巴マミの登場だ。

自前の黄色いパジャマを着て申し訳なさそうにこちらに頭を下げている。

またもや予想だにしない人物が現れたのでまどかは飛び上がり、キュゥべぇも珍しく動揺の色を出している。

 

「マミ、今日は学校で一緒にお昼ご飯を食べてあげたじゃないか。それなのにこのストーカーと一緒にこの家に来ちゃうなんて。どうかしてるよ」

「ご、ごめんなさいキュゥべぇ……だって私、友達の家に行くとかそういうの憧れていて……せめて鹿目さんの家だけでも見てみようとあなたと鹿目さんの後を隠れて追っていたら偶然あなた達を尾行していた暁美さんと会っちゃって……」

「それで今度は私についてきたのよ、全く迷惑な話ね。人二人分この家に侵入するのはそう容易い事ではないと言うのに」

「暁美ほむら、そろそろマジで通報していいかい? いや冗談抜きで」

 

話の筋が大筋読めて来た。

つまりマミはほむらのストーカー行為に成り行きでついて行き、そのままこの家に入って来てしまったようだ。日常的に家宅侵入罪を平気でやるほむらもほむらだが、寂しさのあまり友人の家にアポ無し訪問するマミもマミである。

 

「全く……マミ、次からは僕にちゃんと断りを入れてくれ。いきなり君が現れたら心臓に悪いよ、今だって僕の心臓は早鐘の様だ」

「ごめんなさい……嫌いにならないでねキュゥべぇ……」

「もういいよ不本意だけど君の性格はだいぶ熟知してるつもりだから」

「うう~……キュゥべぇ~~!!」

「なぜそこで僕に抱きつく、わけがわからないよ」

 

しょんぼりして項垂れていたマミが話をしている内に急に感極まって泣き出し、そのまま自分に抱きついて来た。

彼女に抱きつかれながららキュゥべぇはハァ~と深いため息を突く。

 

マミの相手をキュゥべぇがやっている頃、まどかと杏子は目の前にちょこんと座っているほむらの方に顔を上げた。

 

マミよりもこちらの方が数倍問題があるのは確かだ。

 

「ほむらちゃんも来るんだったら最初に言って欲しかったかな……」

「それは悪かったと思ってるわ、私も“いつもは”天井裏からあなたを覗くだけで満足だったのよ」

「いつもは!? ほむらちゃんそれってどういう意味かな!?」

「でもまどか、今回はあなたにも責任があるんじゃないかしら?」

「せ、責任!?」

 

尋問されても全く表情を変えずに逆に追及してくるほむらにまどかはわけがわからず首を傾げる。するとほむらは彼女ではなく彼女の隣にいる杏子を睨みつけて

 

「私というものがいながら、あなたはこの家出娘とベッドの中で一夜を共に過ごそうとしたじゃない」

「え? それって悪い事なの杏子ちゃん?」

「いや全然、おいストーカー、お前何言ってんだ?」

「ピュアね……」

 

今度は二人揃って首を傾げるのでほむらは頭を手で押さえてうなだれる。

この二人が“そっちの知識”に辿り着くのはだいぶ先の様だ。

 

「とにかく私はこう言いたいのよ、私のまどかがあなたみたいなモンキーバカと一緒のベッドで寝るなんて断固として許さないって」

「誰がモンキーバカだ! 別にアタシ達の勝手だろうがそんな事!」

「あなたはあなたらしく暗い洞窟でウッキィウッキィ言いながら藁に包まって寝るのがお似合いよ」

「ウッキィィィィィィ!!!」

「杏子ちゃんストップストップ! なんか叫び方が人間の出す声じゃなくなってるよ!」

 

見下した態度で挑発してくるほむらに杏子は両手で引っ掻く仕草をしながら彼女に詰め寄ろうとする。

完全に怒り狂ってる証拠だ。

彼女の右肩に手を置いて落ち着こうと促していると、まどかはふとほむらの服装が気になる。

 

あのパジャマは自分の……しかも昨日の夜から今日の朝まで着ていた奴ではないか……?

 

「ほむらちゃん……それってアタシのパジャマ……」

「ええそうよ、その女だって着てるじゃない。文句は無いわよね?」

「いや杏子ちゃんが来てるのはちゃんと洗濯した奴だし……ほむらちゃんの着てるそれって……」

「私のは当然洗濯されてないわよ、洗濯カゴに入ってたのを私が回収して上げたの。だってせっかくのまどかの匂いが消えちゃうじゃない。これでたっぷりと堪能できるわ」

「ほ、ほむらちゃ~ん!?」

 

両腕を交差して平然とそう言うほむらにまどかは思わず身を乗り上げる。

どうやらこのストーカー、家宅侵入罪だけでは飽き足らず遂に窃盗まで……。

パジャマの臭いをクンカクンカと嗅ぎながらほむらはハァハァと息を荒げ始めた。

 

「いいわ……まどかの匂いが私の体に染みついてくるのを感じるわ……どんどん私の体をまどかの匂いで覆い尽くしなさい……ハァハァ!」

「や、止めてよぉほむらちゃん! パジャマなら洗濯したのを貸してあげるからぁ!」

「ぬ、脱がそうとするなんて……まどか、あなたもやっと私の事を受け入れてくれるのね……いいわ、来て……」

(うわぁコイツ……ガチでヤベェ……)

 

泣きそうな表情でまどかがパジャマを脱がせようするのだが何処か恍惚の表情を浮かべて悶絶するほむら。

そんな彼女を見て杏子はガチで引いていた。

 

どうやら鹿目宅の夜はまだまだ長いようである。

 

 

 

 

 

 

午前8時。太陽が昇り満天の晴れ模様の朝を迎えた。

昨日の騒ぎの一件のおかげで、まどかと杏子はロクに寝れなかったので(まどかの肩に乗っかっているキュゥべぇは相変わらず無表情)瞼をパチパチと動かしながら虚ろな表情で鹿目宅の玄関から出て来た。

 

「うお~超ねみぃ~……それもこれもあのストーカーのせいで……」

「杏子ちゃん、あの時助けてくれてありがとね……」

「ナイスバックドロップだったよ」

「いやそりゃ、あのストーカーがパジャマを脱いでいきなりお前に向かってルパンダイブしたから思わず体が動いちまったんだよ……」

 

二階にあるまどかの部屋は現在荒れに荒れ果てている。

巴マミが何故か床で幸せそうに眠っていたり、暁美ほむらは部屋の隅で何故か下着姿で頭にコブを付けてうつ伏せで眠っていると言うより気絶していた。

 

「マミに抱きつかれて寝てしまったおかげで……危うくマミの胸で窒息しそうになったよ。全く無駄にデカイんだから気を付けて欲しいよね」

「マミさん凄い力だったね、キュゥべぇを抜くのが大変だったよ……」

「まどかと一緒にひっこ抜こうとした時、お前すげぇ体伸びたな、えげつない程」

「僕の体は伸縮自在なんだよ、まあさすがにあの時は千切れると思ったけどさ、君容赦なく引っ張るし」

 

二人と一匹でそんな談笑をしながら家を出た数メートル先で止まる。

まどかの服装は未だパジャマだが、杏子は自分の服に着替えていた。

肩には私物の入ったリュックが掛けられ、右手には原始人が使ってそうな槍が握られている。

 

「さっきパパとママが言ってた通り朝ごはんも食べていけばよかったのに」

「いや朝飯はいいんだ……」

「?」

 

顔を赤らめて槍を両手で握ると、モジモジしながら杏子はまどかとキュゥべぇから目を逸らした。

 

「朝飯食う所は決めてるんだ……早く“帰らねえと”……林檎食えなくなっちまう……」

「……そっか」

「貧相な朝飯だね」

「うるせぇ! お前ん所のメシと一緒にすんな! ウチは貧乏なんだよ!」

 

顔を赤くしながら杏子はプイッと踵を返してこちらに背を向ける。

まどかはキュゥべぇを肩に乗せながら軽く微笑んで見せた、後は彼女をここから見送るだけだ。

 

「じゃあ気を付けてね、杏子ちゃん」

「世話になったな、この恩は忘れねえよ。お前の家族にもよろしく言っておいてくれよな」

「うん、また遊びに来たり泊まりに来てね」

「うぇ!? いいのか!?」

 

慌ててこちらに振り返って来た杏子にまどかは微笑を浮かべたまま縦に頷く。

 

「当たり前だよ、私と杏子ちゃんは友達だもん」

「お、おおそうか……だったらまた遊びに行くわ……たまに妹も連れて来ていいか?」

「うん、私も杏子ちゃんの妹さんに会ってみたいし」

「こんな姉を持って苦労している妹さんを励ましてあげないとね」

「本当の事だから余計に腹立つな……」

 

笑顔のまどかと相変わらずの毒舌のキュゥべぇに杏子は思わずフッと笑うと再び彼女達に背を向け歩き出した瞬間、すぐにまどか達の方に振り返って手を上げた。

八重歯を出したとびっきりの笑顔を浮かべて

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~!」

「あ、お姉ちゃんお帰り。昨日の夕方、学校終わってから何処行ってたの?」

「ちょっと隣町にある友達の家に泊まりに行ってた、朝飯は~?」

「冷蔵庫の中、はぁ~これだからウチの姉は……連絡ぐらいしてよもう、心配したんだよ」

「ああわりぃわりぃ、へへ……」

「なにその気持ち悪い笑み……。ていうかお姉ちゃんに友達いたっけ? しかも隣町ってどういう事?」

「うるせえアタシだって友達ぐらいいるわ! 相変わらず生意気な妹だなお前は! 親の顔が見てみてぇよ!」

「いやアンタと同じ親だし」

 

かくして佐倉家の長女、佐倉杏子の家出(家出期間・半日)は終りの時を迎えた。

鹿目家との出会いによって、彼女のコンプレックスも少しは解消されたようだ。

 

そして

 

 

 

 

 

「そういえば昨日さ、お父さんの所に信者がすんごい集まったんだよ、今度教会に戻れるんだって、これで生活もマシになるかもね」

「は!? マジかよそれ!? なんでいきなり!?」

「昨日の夜、いつも通り街頭布教していたんだけど、お父さん、お姉ちゃんがお家に帰ってこないからそれで気が滅入っちゃってさ」

「親父そこまで私の事心配して……」

「もう心配しまくってヤケクソになって“ブレイクダンス”しながら布教活動始めちゃったんだよ、でもそれが周りから絶賛されて面白い牧師さんがいるって評判になっちゃった。お姉ちゃんにも見せたかったなぁ、「杏子ォォォォォォ!!」って娘の名を叫びながら街中でヘッドスピンするお父さんの姿、まあ布教していたというより娘の名叫んでただけだけど」

「親父ィィィィィィィ!!!」

 

 

 

 



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8ステップ 恋のロンド-アホと天然と厨二病-

 

これは今からちょっと昔。

 

鹿目まどかが中学生に上がりたての頃だったお話だ。

 

 

「……」

 

中学に入り数カ月経っても、まどかはまだ上手くクラスメイトに溶け込んでいなかった。

 

(どうすればいいんだろ……)

 

昼休みの弁当を食べる時間。彼女は一人ポツンと自分の席に座って黙々と父が作ってくれた弁当を食べている。

 

周りではワイワイガヤガヤと同じクラスの人達が友達同士で仲良くおしゃべりしているのが耳に入ってきてまどかは一層自分が惨めに思えて来た。

 

(……なんでもっと積極的になれないんだろ私……)

 

引っ込み思案で自分に自信が無い彼女はもう6月だというのに未だ友達一人作れていない。

このままではマズイ、そう思いながらも自ら進むという勇気がどうしても出ないのだ。

 

(こんな私と友達になってくれる人なんているのかなぁ……)

 

ついマイナス思考に考えて悪い方向へと傾いてしまうのは自分の悪い癖だと母から言われてるし自覚しているのだが、どうにもこうにも克服する事が出来ない。

まどかは箸を机に置いて弁当を食べるのを止めた。

 

(なんか学校にいるのが恐くなってきた……まだ授業あるけど家に帰ろうかな……)

 

このままそっと家に帰っても誰も気付かないに違いない。

いっその事、ここから逃げ出してしまおうか? 

机にひっかけられた自分のまだ真新しい様子を見せる学生鞄をチラッと見て、まどかはゆっくりと鞄に手を伸ばそうとする、すると……

 

 

「ねえ、ちょっといい?」

「……え?」

 

鞄まであと数センチの所でまどかの手はピタッと止まった。

不意に後ろから飛んで来た声、まどかは緊張した様子で恐る恐る後ろに振り返る。

 

そこには青い髪を短く切り上げたボーイッシュな女の子がサンドイッチを口に咥えたままこちらに顔を向けたまま座っていた。

隣には清楚なお嬢様の様な人までいる。

 

「アンタって、いつも一人でお昼食べてるよね? 一緒に食べる人いないの?」

「え、あ……その……」

 

いきなり直球的な質問をぶつけて来た。

どぎまぎしながらまどかがどう言えばいいのか口をもごもごと動かしていると、今度は少女の隣に座っていた友人らしき人が顔を曇らせる。

 

「さやかさん……その言い方は彼女に失礼ではないですか?」

「いやだって気になったんだもん、で? どうなの?」

「う、んと……はい……」

 

あっけらかんとした口調で友人に言葉を返すと少女は再びまどかと向き直る。

ようやくまどかはたどたどしい喋り方で返事をしてコクリと頷いた。

少女は「ふ~ん」と呟くと、口に咥えていたサンドイッチを一気に全部口の中に入れ、すぐに飲み込む。

 

そこからしばらく間があった後、青い髪の少女は頬杖を突いたまま、こちらに目を逸らして俯いているまどかに口を開いてみた。

 

「んじゃ一緒に食べる?」

「……え?」

「一人で食べるより三人で食べる方が上手いっしょ?」

「え、そんな……! だって私……!」

 

予想だにしなかった出来事にまどかはひどく困惑している。

まさかこんな自分に一緒に食べようと誘ってくれるとは考えてもなかったのだ。

 

「わ、私と一緒にご飯食べても……楽しくないと思うよ……?」

 

ビクビクしながら上目遣いでブツブツと呟くまどかに。

少女は頬杖を突いた状態でニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「うへへ、いつも後ろ姿見てたけどあたしの予想通りだね」

「え?」

「やっぱりアンタ可愛いわ」

「ふえ!?」

 

その一言はまどかを赤面させるのに十分だった。

 

「こんな逸材をほって置くなんて最近の男子は見る目が無いなぁ」

「フフフ、全くですわね」

「そ、そんな……私なんかよりもずっと二人の方が……」

 

顔を赤くするまどかの前で二人の少女は笑い合った後、青髪の少女はまどかにスッと手を差し伸べる。

 

「あたし、“美樹さやか”ショートカットが似合う可愛い美少女だよん」

「さやかさん、それ自分で言いますの?」

「んでこっちがあたしと小学生の頃からの腐れ縁の……」

「志筑仁美ですわ、以後お見知りおきを」

 

二人の自己紹介を聞いて、まどかは震えながらもゆっくりと手を出した。

 

先程逃げの一手を取ろうとした手で

 

「私は……鹿目まどかです……」

 

この日、彼女の中学生活がやっと始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時はそれから一年後。

 

 

「『Ken loves Michael of the foreign student, but Ken and Michael are men』、ここを日本語に訳すと、「ケンは留学生のマイケルと愛し合っています、しかしケンとマイケルは男です」という文になります。ここの文法の訳し方は基本中の基本なのでよく覚えておくようにして下さい」

「先生覚えたくありません!」

「はい中沢くん! シャラップ!」

 

昼休み終わって五時間目。まどかは今教室で早乙女先生の授業を受けていた。

学校に付いてきているキュゥべぇは机の上に座っており、まどかはホワイトボードに書かれた文字をノートの写すのに集中している。

 

英語科目兼担任の教師である早乙女先生が教鞭を振るっているのを眺めながら、まどかはカリカリとシャーペンを動かしていると、後ろの方から低い声が。

 

「ぐ~……」

 

まどかはふと後ろに振り返ってみる、授業中にも関らず机にうつ伏せになって寝ている青い髪の少女が座っていた。

 

美樹さやかだ。

 

「ぐが~……ぐへへへへ……」

「い、いびき掻いてる上に笑ってる……よだれまで……」

 

彼女はいびき掻いたまま嬉しそうに笑って口からよだれを垂らしている。

年頃の女の子がこんな様子で寝ているなんて実に痛々しい。

そんな親友を見てまどかがジト目で困惑していると、机に座っていたキュゥべぇもさやかの方へ顔を上げる。

 

「寝ててなおアホ面とは、これには僕も脱帽だよ、さすがアホのさやか」

「アホの坂田みたいに言わないでよ!」

「鹿目さんとキュゥべぇちゃん! 体を後ろに向けないで!」

 

まどか達が後ろに振り向いてるのに気付いたのか、教壇に立っていた早乙女先生がすぐに彼女達に声を飛ばした。

 

「授業中は前を向く! 常識ですからね! アンダースタン?」

「すみません……さやかちゃんが寝てたんで……」

「美樹さん?」

 

早乙女先生はようやく可愛い教え子があろうことか自分の授業中に爆睡している事に気付いた。

 

「そういえば彼女は前の授業の時も寝てましたね……睡眠不足は美容の大敵になるというのに、これが若さか……鹿目さん、美樹さんを早く起こしてあげて」

「あ、はい。さやかちゃん起きて~」

 

先生がなにか悟った表情でそう言うと、まどかは指示通りにさやかの方にまた向き直ってゆさゆさと手で揺すって起こそうとする。

 

「さやかちゃ~ん」

「う~ん……んあ?」

「あ、起きた」

 

うつ伏せになった状態でぼんやりと目を開けてさやかがようやく目覚めた。

瞼を擦りながら彼女はようやく顔を上げる。

 

「おはよう……今日の朝ごはんは?」

「いや朝じゃなくて昼だし……ていうか授業中だから……」

 

口から出てたよだれを腕で拭いながらボソッと呟くさやかにまどかが頬を引きつらせると。

 

授業終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「あらもう終わりですか、仕方ないですねぇ……美樹さん、学校の授業を疎かにしてはいけませんよ」

「はい……」

 

早乙女先生は時計を見て授業が終わったのを確認し、まだ眠そうな顔をしているさやかに人差し指を立てて注意すると、教科書を小脇に抱えそそくさと教室から出て行こうとする。

 

だが最後に首だけをヒョコっと出して。

 

「それでは先生はこの辺で、それと中沢君! あなたは授業中に先生に口答えした罰として放課後に私の所に一人で来なさい! 先生がマンツーマン授業して上げます! 保健体育の!」

「身の危険を感じるので絶対に行きたくありません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6時間目もホームルームも終わり放課後(中沢君は早乙女先生と学校内で鬼ごっこをしている)

机の上で教科書等を鞄にしまいながらまどかはさやかの方に振り返ってみる。

 

「さやかちゃん、最近授業中で寝てたり元気が無いよね? どうしたの?」

「……いや~、最近観てるドラマの結末が気になっててさぁ、そのせいで夜も眠れないんだよ、アハハハハ」

「そうなんだ~私心配しちゃったよ~」

 

若干動揺している感じで返事をするさやかだがまどかは何一つ違和感抱かずに安堵の表情。

だが彼女の肩に乗っかっているナルシスト系・地球外生命体のキュゥべェはさやかの変化を見逃さない。

 

「どんなドラマだいさやか」

「え? え~と……み、水戸黄門?」

「アレ一話完結型だろ? ていうかもう終わったし」

「え、そうだっけ?」

「それに結末もなにも、水戸黄門は」

 

1・街へ行く

2・事件に巻き込まれる

3・悪党を懲らしめる

4・一件落着

 

「というヒーロー物の伝統の王道をずっと護ってるだろ? それが60分で綺麗にまとめられてるのにどこに気になる点があるんだい?」

「そ、それは……」

 

引きつった笑みを浮かべ目を逸らすさやかに疑問をぶつけていくキュゥべぇ。

というよりも簡単に墓穴を掘ってしまうさやかもさやかなのだが……。

 

「あ! あ、あれだよ! もしかしたら黄門様がうっかり八兵衛に殺されちゃうとかそんな結末があるかもしれないな~と思っててさ!」

「何十年も続いた御長寿番組がそんな禍々しい結末にならないよ! しかもなんでうっかり八兵衛をそこでチョイスするの!?」

「『ハハハ、うっかり御老公が飲むお茶にトリカブトの毒を盛っちまった。こいつはうっかり!』とか言いそうじゃん!」

「イヤだよそんな腹黒八兵衛!」

「でもそれで最終的には御老公に渡そうとした毒入りお茶を間違えて自分で飲んじゃって! みんなの前で突然ぶっ倒れて意識朦朧の中『あっしって本当にうっかり……』って言葉を残して死んじゃうとか!」

「そんな八兵衛見たくない! そんなうっかり見たくない!」

 

急に熱くなって語りだすさやかにまどかが鞄を肩に掛けて叫んでいると、そんな二人と一匹の下にフラリと一人の少女が……

 

「フフ、御二方はいつも仲良しですわね。見ていると思わず妬いてしまいますわ」

「もう仁美ちゃん恥ずかしいから止めてよ~」

「……」

 

緑色のウェーブのかかった髪を撫でながら二人の元へやってきたのは志筑仁美。

清楚かつおっとりとした印象が窺えるそんな彼女にまどかがあたふたと慌てるが。

さやかは仁美をまるで敵視するように睨みつけてプイッと顔を逸らした。

 

「さっさと帰ろうよまどか、あたしちょっと行く所あるんだ、付き合って」

「へ? ちょっとさやかちゃ……うわ!」

 

急に冷たい口調に変わるさやかに呆気にとられたまどかだったが、さやかはすぐに彼女の腕を引っ張って連れて行く。

 

「ひ、仁美ちゃんと一緒に帰ろうよ! 最近一緒に帰ってないんだし!」

「仁美は“お嬢様だから”どうせ習い事あんでしょ、あたし達一般市民に付き合わせるのも悪いよ」

「そんな……」

「……わたくしの事は構いませんから」

 

さやかの態度を見てさすがにまどかも違和感に気付く。いつもの彼女なら絶対にこんな事言わない、しかも小学生からの親友である仁美に対してだ。

腕を引っ張られながらまどかが仁美の方へ振り向くと、彼女はどこか悲しそうにしながらも無理矢理笑っているといった顔をしていた。

 

「さやかさんの事……よろしく頼みますね、まどかさん……」

「仁美ちゃん……?」

 

意味深なセリフを吐く仁美を教室に残し、まどかはさやかに引っ張られながら教室を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仁美と別れた後、まどかはキュゥべぇを連れてさやかと一緒にとあるCDショップへと足を運んでいた。

 

「フンフフ~ン、さ~て久しぶりに奮発して買い漁るか」

「……ねえさやかちゃん?」

「ん?」

 

店の中へ入った途端意気揚々と鼻歌を歌うさやかにまどかが言うか言わまいか迷った挙げ句思い切ってさっきの事を尋ねる。

 

「なんかさやかちゃん、最近仁美ちゃんの事を避けてる様な気がするよ……」

「……やっぱりわかっちゃうか……」

 

やりきれない表情で髪を掻き毟るとさやかはまどかと一緒に歩きながら重い口を開いた。

 

「前にまどかが知らない所で仁美と色々合ってね……それが原因でギクシャクしちゃってんだあたし等……」

「そんな事があったんだ……」

「あ、でもアンタは全然気にしなくていいからさ! これはあたしとあの子の問題だし!」

「でも……」

「野暮に首突っ込まなくてもいいんじゃないかい? まどか?」

 

まどかの予想通りさやかと仁美の間には若干溝が生まれてしまっているらしい。

おちゃらけた様子で笑いかけるさやかを見てまどかが心配そうになにか言おうとするが。

彼女の肩に乗っかっているキュゥべぇが会話に割って来た。

 

「特に最近君はかなりの騒動に巻き込まれてるんだからさ。暁美ほむらやマミ、それとさくらあんこのおかげで」

「当然そこにキュゥべぇもカウントしてあるけどね……」

「色んな人の面倒事を片付けてたらキリがないよ、たまにはいつもの日常を謳歌しなきゃね。僕とまどかの日常イチャイチャ回を読者が期待してるんだから」

「いや読者ってなに……?」

「君が慈愛の女神だというのは百も承知だけど、さすがに女同士の喧嘩に介入する必要は無いよ、勝手に両方自滅するさ、君はこの“レッドアイズホワイトドラゴン”の異名を持つ僕と共にイチャラブ覇道を貫くだけでいいんだ」

「いやいやいや! 駄目だよ両方自滅しちゃ! 両方とも私の大事な友達だから! ていうかそんな異名持ってたの知らなかったんだけど私!?」

 

まどかとキュゥべぇがいつもの漫才を始めていると、傍にいるさやかはふとキュゥべぇに視点を置く。

 

彼女はキュゥべぇについては大体の事は聞いていた。

 

人語を話す地球外生命体

極度のナルシスト

まどか以外の人には基本毒舌(特に自分と転校生)

福山雅治が好き、というより一方的にライバル視してる。

 

(福山雅治が好きなのは心底どうでもいいわね……)

 

頭の中で情報整理しながらさやかはジト目でキュゥべぇに話しかけて見た。

 

「ねえ、アンタ。ちょっとまどかと慣れ慣れしいんじゃないの? いくら人語を話す愉快なペットだからって調子乗ってんじゃないわよ」

「うわ、さやかに話しかけられた。凄く最悪な気分だ、死にたい」

「なんであたしに話しかけられると最悪になるのよ!」

「なんて愛の無いツッコミだ、死ねばいいのに」

 

中学二年生の女の子に対して死ねばいいなんて言葉よく吐けるな……。

そう思いながらさやかはイラっと感じつつキュゥべぇに対してメンチを切る。

 

「……あたし、アンタになんかした?」

「まどか、欲しいCDがあるもあしれないから見に行ってくれないかい?」

「うんいいよ、私も見たかったから」

「シカト!?」

 

キュゥべぇ、ここにきてまさかのさやかガン無視。

まどかと一緒に店の中へと行くキュゥべぇを睨みつけた後、さやかも慌てて二人の後を追った。

 

「あ~腹立つ、なんでこんな奴がまどかと……」

「さて、僕の永遠のライバルこと福山雅治の新曲はもう出てるかな?」

「織田裕二さんの最新アルバムの発売日はいつだろう?」

「そしてアンタ等のお目当てのモンがそれかよ!」

 

キョロキョロと辺りを見渡す一人と一匹にさやかは手を伸ばしてビシッとツッコミを入れた。

 

「アンタ達もうちょっと流行に乗ろうとか考えないの!?」

「え~さやかちゃんだってクラシックしか聴かないじゃん」

「フッフッフ、まどかも分かってないわねアタシの事。それじゃあアタシの嫁になるにはまだまだだぞ!」

「ウザいな本当、サイコガンダムにでも踏み潰されればいいのに」

 

胸を張ってそう答えるさやかにキュゥべぇがボソッと呟くが彼女の耳には届かなかったらしい。

 

「あたしだってクラシックだけじゃなくて好きな歌手の歌とか聞くんだから! 玉木宏とか!」

「最近の流行に乗ろうって言ってるのになんでそこで玉木さん!? それじゃああたし達と同じだよ!?」

「なに言ってんのよ! 玉木宏は何年も前からずっとブームが続いてるの!」

「それじゃあ織田裕二さんだって!」

「いやいや、福山雅治が一番だよ、なんて言ったって彼はこれからも未来永劫ブームなんだから、僕と『第二次宇宙セクシー大戦』をおっ始める時もそう遠くないかもしれない」

「なんかキュゥべぇの中の福山さんがどんどんパワーアップしてる!」

 

店の中で堂々と苛烈な論争を繰り広げる二人と一匹。

こんな所で女の子が玉木宏だの織田裕二だの言い合っているなどという光景が目立たないわけがない。

次々と店の中にいた他のお客さんやら店員さんやらが彼女達の方に振り向く。

 

そしてその中に一人のある少年が

 

ふとなにかに気付いたかのように彼女達の方へ……

 

「……さやか?」

「あぁ!? なによナンパ!? 言っとくけどあたしにはちゃんと相手が……あ」

 

その少年に話しかけられさやかは鬼気迫る表情でそちらに振り向くが。

すぐに口をポカンと開けて少年をまじまじと見る。

 

さやかのよく知っている人物だった。

 

「きょ、恭介……」

「ハハ、なんか見た事ある人が店の中で騒いでると思ったら、やっぱりさやかだったね」

「アンタ……今日退院だったの?」

「連絡出来なくて悪かったね、僕も今日退院出来るとは知らなかったんだ」

「そうだったんだ……おめでとう」

「ああ、ありがとうさやか」

「うん……」

 

現れた少年に対しさやかは急にしおらしくなって声が小さくなる。

それを見てキュゥべぇは少年の方を眺めながらまどかに首を傾げた。

 

「あの少年は誰だい?」

「“上条恭介君”だよ、さやかちゃんと小さい頃から幼馴染であたし達と同じクラス」

「まどかと同じクラス? 僕は見た覚えはないよ」

「数ヶ月前に交通事故に遭ってずっと入院中だったからね」

 

まどかが簡単に目の前の少年、上条恭介の説明をして上げていると、恭介はすぐにまどかの存在にも気付く。

 

「鹿目さんも一緒にいたんだね」

「上条君退院できたんだね、おめでとう。さやかちゃんが心配してたけど左腕は大丈夫なの?」

「うん、実はもう動かないって通告されてたんだけど……、“黒いコートを着た顔に傷のある無免許の医者”に手術して貰ったらすぐに五体満足になったんだよ」

「へ~なんかえらい手術料が高そうな人に頼んだんだね……」

 

恭介の話を聞いただけで何故かぼんやりとある人物が頭に浮かべ頬を引きつらせるまどか。

どうやらその医者のおかげで恭介は見事完治出来たらしい。まあ治ったのであれば幸いだ。彼が事故に遭った時は本当にさやかも落ち込んでいたのだから。

 

しかし突然、恭介の顔が曇りだす。

 

「けど左腕は治ったけど右腕がね……」

「え!? 今度は右腕の方が大変なの!?」

「ああ、僕の右手に宿る『幻想殺し≪イマジンブレイカー≫』が今にも暴れそうで抑えつけるのに大変なんだよ」

「へ、へ~……本当大変だね……さやかちゃんが……」

「幻想殺しってなんだい?」

「気にしないでいいよ、上条君の病気だから……」

 

素直に尋ねて来るキュゥべぇにまどかが苦笑していると、恭介は右腕を治った左手で抑えながら苦悶の表情を浮かべ始めた。

 

「く! 静まれ僕の幻想殺し……! この反応、まさか禁書目録を狙う魔術師が何処かに……!」

「なるほど“厨二病”か。“幻想殺し”なんて名前付けてるのに、自分自身が“幻想”抱いているなんてどうかしてるよ」

「しッ!」

 

的確なツッコミを入れるキュゥべぇにまどかが口に人差し指を当ててそっとして上げてと指示していると、さやかはハァ~とため息を突く。

 

「恭介、アンタまだそんなのやってんの? その病気も病院で治せばよかったのに……」

「“黒いコートを着た顔に傷のある無免許の医者”に頼んだんだけど「そんな事に付き合ってられるか」と言われてしまったよ、フ、言い訳だね。どんな名医であっても僕の幻想殺しを治す事は出来ないんだ」

「ああもう末期なんだ……今度は違う病院言った方がいいんじゃない精神科的な?」

 

呆れた様子で適当に対応しながら、さやかはふとなにか気付いた。

恭介がなんでこんな所にいるのか?

 

「そういやアンタなんでこんな所に来てんの? ここに魔術師とか能力者がいるとかそんな気配でも感じたの?」

「いや、ちょっと彼女と行動していたら成り行きでここに来てしまってね。僕と一緒にいたらいつ“神の右席”・“右方のフィアンマ”に狙われるかわからないというのに……」

「彼女?」

「ああ、君の知り合いだよ」

「それって……」

 

さやかの頭の中でイヤな予感が余切った。

恭介は滅多に自分以外の異性と共に行動する事は無い。

ただあの少女は……

 

さやかが頭をおさえながら黙っていると、“その少女”は自らこっちに来ていた。

 

「恭介さん……さやかさんとお話していたのですね」

「あ、ほらさやか。彼女が最近僕に付き合ってくれる……」

「……」

 

現れた少女をたださやかは見つめるだけ、何も言わずになにも語ろうとしない。

だが彼女の後ろにひょこっと出てきたまどかは。

 

恭介の隣にいる少女を見て「あ!」と驚いた声を漏らす。

 

「“仁美ちゃん”!」

「なんだ、まどかの友達のワカメさんじゃないか」

「偶然ですわね、まどかさんとナマモノさん。それとさやかさん……」

 

恭介の傍に現れた少女の正体は志筑仁美。まどかとさやかの大切な親友の一人。

彼女は少し暗い様子を見せながらも、目だけは輝きを失っていなかった。

そう、彼女は前にいる人物に挑戦的な目をしている。

 

「さやかさん……」

「仁美……」

「ふ、二人共……」

 

互いに言葉少なく見つめ合うだけ、二人が一体何を考えているのかは誰も分からない。

緊張がこちらにも伝わってくるのを感じながら、まどかは二人を心配そうな表情でオロオロとしていると……。

 

彼女の肩に乗っかっているキュゥべぇがハッと何かに気付いて突然声を荒げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いよまどか! はっぱ隊のCDがあったよ! しかも新品!」

「このタイミングで言う事!?」

 

 

 



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9ステップ 熱き仲間たち

今から少し前の出来事。

 

夕方、美樹さやかは病院へと来ていた。

病人が集まっている施設である為か独特の匂いと不安感を覚える建物。

そんな事に憂いを覚えながら彼女はとある入院患者の元へ足を運んでいたのだ。

 

「恭介~」

「ああ、よく来たねさやか」

 

彼女はある患者のいる個室へと入る。

そこにはいつもの様にベッドに横たわる同い年ぐらいの少年、上条恭介が笑顔で迎えてくれた。

 

「いつもわざわざ悪いね、病室に一人閉じこもっていると退屈でさ」

「は~全く寂しがり屋な幼馴染を持つと苦労するわね~」

「あまりにも退屈過ぎて僕が今執筆中の小説、『光と闇の竜≪ライト&ダークネス・ドラゴン≫』が108巻にまで到達してしまったよ」

「いや~本当苦労するわ~本当に……なんで煩悩の数まで書けるんだよコンチクショウ……」

 

いきなり笑いかけながら厨二全開の恭介にさやかは至極残念そうな表情で彼のベッドの傍にある椅子に座る。入院していても“この病気”の方はやはり治らないようだ……。

 

「男の子ってみんなコイツみたいな感じなのかな……」

「そういえばさやか、実は今日ここに来てくれているのは君だけじゃないんだ」

「え? どういう事……」

 

考え事の最中だったが。思わずさやかはキョトンとした表情で恭介の顔を見る

 

「あたし意外にも誰か来てるの?」

「ああ、彼女は最近さやかと同じぐらいの頻度でこっちに来るんだ」

「は? だ、誰よ一体……」

 

彼女と聞いてさやかは若干動揺の色を見せた。

ここ数カ月恭介の見舞いに来ているのは自分と彼の親だけだと思っていたのだが……。

彼女……もしかして入院中にも関らず自分の知らない所で彼は恋愛でも育んでいたのか?

 

「あ、あんたもしかして彼女が出来たんじゃ……」

「ハハハ、そんなわけないだろ」

「そ、そう(良かった……)」

「でも、ちょっと……気になってはいるんだけどね、彼女の事は」

「……へ?」

 

真面目な表情でそうボソッと呟いた恭介にさやかが椅子に座ったまま目を見開いた瞬間。

 

ガララと後ろからドアの開く音が聞こえた。

 

「恭介さん、お飲み物買ってきましたわ」

「ありがとう“仁美”。ちゃんとドクペ買ってきたかい?」

「ふふ、勿論わかっております、恭介さんの事は全て把握していますので」

「……は?」

 

不意に背後から聞こえて来た声にさやかはバッと振り返ってパイス椅子から立ち上がった。そしてすぐに彼女の表情が凍りつく。

 

「あんた……な、なんでここに……」

「……さやかさん……」

「ちょっと待ってよ、わけわかんない、なんでアンタが……」

 

そこにはいつも学校で共に授業を学んでいたクラスメイトが立っていたのだ。

しかも自分の大切な親友の一人……。

 

少女がその場に根を張ったように固まると、彼女はコツコツと足音を立ててどこか凛とした表情で少女に近づいて行った。

 

「私、さやかさんに“負けませんから”」

「な! ちょっと待ってよ! 冗談でしょ仁美!」

 

冗談だろとは言ったものの彼女の言っている事が「冗談では無い」というのはさやか自身よくわかっていた。

彼女の強い決意の表れが出ている目を見ればわかる。

そう、これは自分に対する彼女の宣誓布告……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、さやか。いい文が頭に浮かんだよ「科学と魔術が交差する時、物語は始まる」。新作で最初に書くプロローグはコレで行こう」

「アンタは黙ってろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時と同じ夕方、美樹さやかは鹿目まどかと一緒に近所の公園にあるベンチに腰掛けてい項垂れていた。

 

キュゥべぇは何故かベンチの近くにある木の上に乗ってただ無言で二人を見下ろしている。

 

「なんでこうなっちゃのかなぁ……」

「さやかちゃん……」

「まどか、ちょっと聞いて欲しい事あんだけどさ……」

 

隣で心配そうな表情を浮かべているまどかにさやかは項垂れたまま話し始める。

 

「仁美ってさ、恭介の事、昔から好きだったんだって」

「……そうだったんだ……」

「恭介の近くにはいつもあたしがいたから遠慮してたみたいだけど……あの子もやっぱり女の子だからね、自分の心に我慢できなくなったんだと思う」

 

顔を上げてさやかは膝に頬杖を突く。その視線の先になにが見えるのかはまどかはわからない。

 

「あたしって本当にバカだよね……親友が一人悩み苦しんでたのに気付けなかったなんて、しかもその原因はあたし自身。自分で自分が嫌になっちゃうよ」

「そんな事言わないで……さやかちゃんらしくないよ」

 

さやかの話を聞いてまどかも責任を感じたのかしんみりとした表情で落ち込む。

 

さやかと恭介は昔から付き合いの長い幼馴染だ。

対して仁美はさやか程恭介と長い付き合いではない、それに彼女と恭介は「友人」ではなく「知り合い」と区分されるぐらいの間柄だった。

だが仁美は仁美で心の底ではきっと恭介の事を昔から想い続けていたのだろう。

自分の大切な親友と想い人が仲良く話しているのを影に隠れて眺めながら……

 

そして遂に、彼女はその想いを胸にさやかと真っ向勝負を挑む事を決めたのだ。

 

「元々知り合いだったからねあの二人、仁美が積極的になれば恭介だってそっちに傾くに決まってるよ。あたしなんかと違って仁美は美人でおしとやかで頭も賢い上に凄くいい子だし……」

「やっぱりさやかちゃんも恭介君の事が好きなの……?」

「いや、自分自身よくわかってなくてさ……けどアイツが他の女の人と一緒にいると、なんか凄い嫌な気持ちになる。それが仁美だとしても……」

 

三角関係。彼女の話を聞きながらまどかはその言葉が頭に浮かぶ。

まさかそんな恋愛漫画やドラマみたいな事が、自分の近辺で起こっていたとは。

 

「……さやかちゃんと仁美ちゃんはまた元の関係に戻れるの?」

「そりゃ戻りたいよ、あの子はいい奴だし……でもハッキリ言って今のあたしとあの子は敵同士だからさ」

「そんな……!」

「もし仁美に恭介を取られたらと思うとね……その時のあたし、あの子の事嫌いになっちゃうんだよ……」

「……」

「これじゃああの子の親友失格だよね、ハハ」

 

ヤケになって自虐的な笑い声を上げるさやかにまどかはただ俯いて口も開けない。

なにも言えなかったのだ、親友がこんなにも困っているのに彼女は救いの言葉が思いつかない。

さやかと仁美、まどかにとって二人共大切なお友達。

その二人が争っている今、自分は今何をすればいいのか……。

 

(どうして二人が苦しんでるのに何も出来ないの……私、本当に何も出来ないんだ……)

「まどか、あんたは気にする事無いからね」

「え?」

 

まどかが何を考えいてたのかわかったのか、さやかは口元に小さな笑みを浮かべて優しく話しかける。

 

「これはあたしと仁美の問題。あんたは関係無いんだから気負いしちゃダメだよ」

「で、でも私……さやかちゃんと仁美ちゃんの事も大好きだもん、二人がこのまま仲直り出来なかったらと思ったら……ツライよ」

 

まどかにとって二人は中学生に入って間もない頃に初めて手を差し伸べてくれた大切な友人だ。どちらかが欠ける事なんて彼女には考えたくもない結末の筈。

 

だからこそ助けたい、だがそれが出来ない、なにも思いつかない

 

その事にまどかは激しい自己嫌悪に捕らわれていた。

 

(考えても考えてもなにも浮かばない……。私ってどうしてこんなに役立たずなの……? 二人の為にどうして何も出来ないの……?)

「……じゃああたし、もう帰るね」

「……」

 

奥歯を噛みしめて己の無力さに嘆いているまどかに、さやかはポツリと呟いてベンチから腰を上げた。

 

「あんたは本当に気にしなくていい、私と仁美が友達じゃなくなっても、あたしと仁美はあんたの友達だから安心して」

「そんな事言わないでよさやかちゃん……私そんなのイヤだよ……また三人で仲良く遊びに行きたいよ……」

「ごめん……」

 

遂に限界だったのか目に涙を溜めて嗚咽を繰り返して言葉を震わせているまどかに、さやかは振り返らずに謝った後、最後に一言こう付け加えた。

 

「奇跡や魔法でも無い限り……こればっかりはどうしようもないよ……」

 

その言葉を残し、さやかはまっすぐに歩いて行ってしまった。

 

「ヒック……さやかちゃん……こんなのイヤだよ……」

 

残されたまどかは押し寄せる涙を目から流しながら鼻をすする。

 

その時、木の上の枝にいたキュゥべぇが遂に口を開いた。

 

「まどか、君は悲しんでるんだね」

「うん……」

「それは二人の友人が仲違いをしてしまったからかい? それとも二人を助ける事が出来ない無力な自分を嘆いているからかな?」

「どっちもだよ……」

 

震えた声でまどかは返事をすると、キュゥべぇは木の枝から飛び下りて、綺麗に彼女の隣に着地した。

 

「出来れば君には悲しむのを止めて欲しいな。君が泣くのを見るとこっちもイヤな気持ちになる」

「ねえ……キュゥべぇなら二人を助ける事出来るの……?」

「……」

 

自分の目元の涙を拭いながらまどかは彼の方へ振り向く。

だがキュゥべぇは彼女の方へは向かずにまっすぐに眺めながら口を開いた。

 

「僕は美樹さやかの事は嫌いなんだ、元々ウザかった上に君を悲しませた。だから僕は彼女に協力する気なんて微塵も無い、彼女がどうなろうが知っちゃこっちゃないね」

「そ、そんなのあんまりだよ……! さやかちゃんを助けてよ……!」

 

あまりにも冷たい一言で突き飛ばされ、まどかはつい声を荒げてキュゥべぇに問いかける。

すると彼は、ゆっくりと彼女の方へ首を向けた。

 

「僕は彼女を助けるなど毛頭ない」

「……」

「でも、君が泣いてるのを黙って見過ごすなんて真似は絶対にしないよ」

「……え?」

 

こちらをしっかりと見て来るキュゥべぇにまどかは泣くのを忘れてキョトンとする。

彼は一体なにを言っているのだろうか……。

 

「まどか、僕は美樹さやかは助けない。けど君を助ける事なら僕はどんな事があろうと君の力になろう」

「キュゥべぇ……?」

「だから僕は泣いてる君を助けるよ。君が悲しんでる理由があの二人の事であるなら、僕は喜んで君の手となり足となってあげる」

「!」

「勘違いしないでくれよ、僕はさやかを助けるんじゃなくて君を助けるんだ。そこん所はよくわかってておくれ」

 

流れる涙は完全に止まった。

素直じゃないこの生き物は。

こんな自分を助けてあげると言ってくれた。

まどかはそれだけで心が嬉しい気持ちで一杯になった。

 

「ありがとう……そうだよね、私一人だけじゃ何も出来ないけど……キュゥべぇがいてくれたら……」

「その必要はないわ」

「うわ!」

 

まどかがキュゥべぇに向かって感謝の言葉を呟いていると、急に背後の木の裏からぬっと現われる彼女と同じ制服を着た少女。

 

「まどか、そんな珍獣は電源の入ったミキサーにでも突っ込んでおきなさい。あなたは私が救って見せる」

「ほ、ほむらちゃん! どうしてこんな所にいるの!?」

「愚問ね、私はいつでもあなたの傍にいるわ」

 

出て来たのはまどかのもう一人の友人である暁美ほむらだった。どうやら先程の会話は全て聞いていたらしい。

そんな彼女を見てまどかは驚いているがキュゥべぇは至って冷静だった。

 

「相変わらずストーカ―かい暁美ほむら、いい加減にしないとゴルゴ呼んでその額に一発鉛玉でもぶち込んでもらうよ?」 

「相変わらず愚かね白いナマモノ。ゴルゴが私を殺せるわけないじゃない、せいぜい「命!」って叫んでポーズ取る事しか出来ないわよ彼、せめてレッド吉田も連れて来なさい、そうすれば互角に張り合えるわ」

「ほむらちゃんそっちのゴルゴじゃない! 芸人じゃなくて殺し屋の方!」

 

さっきまで泣いていたにも関らず律義にもほむらにツッコミを入れるまどか。

そうしていると今度は彼女が隠れていた木の隣の木から、また別の人物がひょっこりと……。

 

「楽しそうね、私も入れてくれないかしら」

「マ、マミさん!?」

「うふふ」

 

ほむらの次に現れたのは優雅に笑みを浮かべる金髪の少女、巴マミ。

またもや知り合いがいきなり現れたのでまどかは口を開けてビックリするとマミは突然じわっと目に涙を溜め。

 

「土下座でも何でもするからお願い、仲間に入れて……」

「ど、土下座!?」

「私も鹿目さん達を助けたいの……だ、だって私達“お友達”でしょ……お友達同士は助け合うんだってお母さんが……」

「あ、ありがとうございます……大丈夫ですよマミさん……」

 

いきなり泣きだす彼女にまどかは頬を引きつらせながら返事をしていると、キュゥべぇが早速身を乗り上げて彼女に話しかける。

 

「なにやってんだいマミ、まさか君はこの変態に感化されてストーカーに落ちぶれてしまったのかい? コレは生物界で最下層のカテゴリーに分類されるんだよ」

「殺すわよ淫獣」

「ごめんなさいキュゥべぇ……でも違うの、私、ついさっきここに来たんだけど、鹿目さん達が神妙な表情でお話してたら近寄れなくてずっと隠れてたの……」

「ああ、その判断は正解だよマミ。君がいたら完全に雰囲気ぶっ壊れちゃうから、シリアスムードから一転してボケ合戦に早変わりだからね。よく出来たよマミ」

「キュゥべぇに褒められた……やったわ鹿目さん……!」

「いや私に向かって泣きながらガッツポーズ取られても……」

 

キュゥべぇに称賛され、さっきからずっと泣いていたマミが右手の拳をグッと握ってこちらに笑いかけるのでまどかは困惑しながらも彼女はどこはホッと一安心していた。

 

もう一人でウジウジと悩まなくていいのだ。

いつしかまどかの中で自己嫌悪は消えていた。

 

「そうだよね、ほむらちゃんやマミさん、それにキュゥべぇがいるんだもん。これなら絶対にいい考えが浮かぶよきっと……」

「お~まどかじゃん」

「え?」

 

二人と一匹を眺めながらまどかが呟いていると、今度は公園の入り口から誰かが彼女を呼ぶ。

まどかが振り返るとそこにいたのはトレードマークの赤髪を揺らし口の中でクチャクチャとガムを噛む……

 

「ちょうどお前ん家行く所だったんだよ、今日泊めてくんね? また妹と喧嘩しちまってさ~ハハハ」

「杏子ちゃん!」

「あんこ!」

「ハハハ、死ねよ宇宙人」

 

申し訳なさそうに苦笑しながらこちらにやってきたのは佐倉杏子。

隣町に住み、度々まどかの家で厄介になっている同い年の女の子。

彼女は現れるや否や、そこにいるメンバーをキョロキョロと見渡す。

 

「ん? こんな時間に公園で集まって何やってんだお前等? 鬼ごっこでもやんのか?」

「発想がバカの極みだね、さすがだよさくらあんこ」

「そうね、しかもさっきどさくさにまどかに家に泊めてくれって頼んでたし、許しがたきバカね」

「黙ってろバカコンビ!」

 

二人並んでバカにした態度を取ってくるキュゥべぇとほむらに一喝した後、杏子はジト目で噛んでいたガムをプクーッと膨らましながらまどかの方へ向きなおす。

 

「で? なんかあったのか?」

「あ、うん……実は私のお友達が大変な事になっててみんなで相談しようとしてるの」

「へ、そうなのか?」

 

シュンとした表情を浮かべそう言うまどかに、杏子はガム風船を小さくさせてまた口の中に入れると頬をポリポリと掻いた。

 

「じゃあアタシでも出来る事あんなら協力してやろうか?」

「え! いいの!?」

「そりゃあな、お前にはたまに泊めさせて貰ってる恩もあるし」

「ありがとう杏子ちゃん!」

「お、おう……」

 

朗らかに笑って見せて心の底から嬉しそうに感謝してきたまどかに杏子は思わず顔を赤くしてたじろぐ。素直に礼を言われては照れてしまったようだ。

 

 

キュゥべぇ・暁美ほむら・巴マミ・佐倉杏子。

 

一人悩んでいたまどかの下にいつの間にか三人と一匹の助っ人が集まってしまった。

 

まどかはもう言葉に出来ないぐらいの喜びをかみしめた。

 

「みんな、本当にありがとう……」

「へ、水臭ぇ事言うなよ、友達だろ」

「そうよね! 私達お友達よね!?」

「なんか金髪ドリルがアタシに向かってなんか言ってんだけど……」

「私とまどかは友達じゃなくて夫婦よ、私が妻でまどかが夫、逆でも可」

「両パターンとも“不可”だろうが!」

 

杏子とマミ、ほむらが三人で話しあっているのを見てまどかが安堵の笑みを浮かべていると、ベンチに座っていたキュゥべぇが尻尾を左右に横に振る。

 

「わかったかいまどか、君は一人じゃないんだ。一人で悩み苦しむのはもう止めてくれよ?」

「うん……」

 

そう、もう一人じゃない。

いつの間にか自分にはこんなにも頼もしい仲間が出来ている。

 

「さあまどか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“こんなの”ほっといて僕等二人でデラックスな愛を語り合いながら相談しようか」

「ここまで盛り上げといてそれ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、まどかはゆかいな仲間達と共に「さやかと仁美の仲直り大作戦」に奮闘する。

 

そして一週間後、遂にその時が来た。

 

「いきなりこんな所に連れて来てどうしたのよ」

「い、いいからいいから!」

 

学校が終わった放課後、まどかは今さやかの手を取って半ば無理矢理にある場所に連れて行く。

実の所、彼女は“例の作戦”について詳しく聞かされていない。

キュゥべぇは「君はさやかを“ここ”に連れて行く事が仕事だよ、それが一番大事な事だからね。後は僕がなんとかするから」と言って作戦の内容は教えてくれなかった。

 

なんだかイヤな予感を感じつつもまどかは彼の言う通り、さやかを連れて川岸にある小さな野球グラウンドの所に来ていた。

 

「なにここ? まさかあたしとキャッチボールでもしたいの? 全然いいけど、最近ドロップ投げれるようになったし」

「いやそういうわけじゃないんだけど……」

「?」

 

挙動不審に辺りを見渡すまどかを見てさやかはわけもわからず首を傾げていると……。

 

「二人共……どうしたんですかこんな所で?」

「は!? 仁美!?」

「仁美ちゃん!」

 

突然背後から呼ばれてさやかとまどかが振り返るとそこには、さやかの恋敵である志筑仁美が戸惑った様子で立ちつくしていた。

放課後だという事もあってまどか達と同じ制服姿だ。

さやかは彼女を見た瞬間、すぐにまどかの方へ向く。

 

「まどか! あんたもしかしてあたしと仁美を会わせる為に……!」

「え! いやその……そういうつもりだったんだけどまさかここで仁美ちゃんが来るなんて……」

「……へ?」

 

ドギマギしながら慌てているまどかの態度を見てさやかは一層訳がわからなくなる。

どうやら仁美がここに来る事自体、彼女の予想の範疇に無かったようだ。

さやかは嫌々ながらも仁美の方へまた顔を戻す。

 

「……アンタ、なんでここに来たの?」

「まどかさんがいつも連れてる白い生き物に言われてここに来たんですわ……」

「は? あのナマモノ?」

 

両手を腰に当てながらさやかはしかめっ面を浮かべる。

どうやら仁美はあのキュゥべぇに何か言われてここに来るハメになったらしい。

 

「今日の昼休みにわたくしが昼食を取っていると突然あの方が現れ、「君にあの厨二病を一発で落とせるパーフェクトセクシーテクニックを教えてあげるよ、これがあれば美樹さやかなんてあっという間に木端微塵のミジンコちゃんさ」と言われましたので、約束通りその話を聞く為に彼が言っていた待ち合わせ場所であるここに来たのですわ……」

「それでノコノコとここに来るアンタもどうかしてるわ……つうかオイ、木端微塵てなんだ木端微塵って、あたしを木端微塵にする為にアンタここに来たの?」

「ていうか仁美ちゃん、キュゥべぇの喋り方真似するの上手いね……」

 

三人が野球グラウンドに集まってそんな会話をしていると……。

 

「どうやらちゃんと美樹さやかをここに連れて来てくれたようだね、まどか」

「あ、キュゥべぇ!」

 

気配も無く現れたのは白き獣・キュゥべぇ

まどかが振り返るとそこにはグラウンドの真ん中にあった“大きな青色のビニールシートで覆われた四角形の形をした物体”の上に座っている。

見た目からしてかなりの大きさだが……その物体がなんなのかはまどかも当然知らない。

さやかは彼を見た瞬間、目をキッとさせて睨みつける。

 

「ナマモノ! まさかアンタがあたしと仁美をここで鉢合わせするように計画したの!」

「ハハハハハ、そうさ君達は愉快に僕の手のひらで踊り狂ってただけさ」

「踊り狂ってはないと思うけど……」

 

無表情でワザとらしい笑い声を上げるキュゥべぇにまどかがボソッと呟いていると、彼はこちらにいる三人を見下ろしながら話を続けた。

 

「さて、それではまずこの計画の最終段階に入ろうか」

「最終段階……? あんた、一体何を考えてるの」

 

さやかが眉間にしわを寄せているとキュゥべぇはビニールシートに覆われた物体から飛び下りて地面に着地するとこちらを見上げる。

 

「それでは君達には盛大に“ケジメ”というものを着けて貰う事にするよ」

「は?」

「暁美ほむら、あんこ、さあやってくれ」

「私に命令するんじゃないわ」

「あんこじゃなくてきょうこだつってんだろ!」

 

キュゥべぇに指図されると突然、ビニールシートの背後からさやかと同じクラスの転校生であるほむらと、彼女が知らない赤髪の少女が勢いよく現れ、そのまま乱暴に大きな物体を覆うビニールシートを二人がかりでひっぺ返す。

 

その瞬間、“隠されていた物”が遂に三人の眼前に現れた。

 

「こ、これは一体どういう事なのでしょう……」

「なんでこんな所にこんな物が作られてるの……」

「これってまさか……ボクシングとかプロレスとかで使う……“リング”!?」

「さすがにアホな君でもわかるんだね、美樹さやか」

 

三人の前に現れたのはテレビでしか見た事のないボクシングのリング。

大きさはテレビで見た奴のと全く同じサイズで、見た目も同じ。

なんでこんなものがこんな所にあるのかは見当もつかなかった。

 

そして全てを知るキュゥべぇはさやかと仁美の方へ向いて垂直な結論を言う。

 

「さあ、間も無くゴングが鳴るよ。さっさとグローブをハメてリングに上がってくれ二人共」

「どういう事ですのさやかさん……?」

「あたしが知りたいわ! ゴングが鳴るってなに!? アンタはあたし達になにさせる気なの!?」

「うわアホ過ぎ、そんな事も説明しないといけないのかい?」

 

激しく詰め寄ってくるさやかにキュゥべぇは悪態を突くと目を閉じてやれやれと首を左右に振った。

 

「今ここで、君達がリングに上がって“ボクシング”するんだよ。互いにケジメ着ける為にね」

「ボクシング……ですの?」

「はぁ!!? アンタなにマジでなに考えてんのよ!!」

「君と違って僕は至ってまともだよ、だって」

 

明らかに戸惑いを隠せない二人に、キュゥべぇはまっすぐな視線で二人を見ながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1のシリアスがあったら1000ふざける、それが“ウチのやり方”じゃないか」

「知らねえよ!!」

 

 

 

 



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10ステップ 疾走するお嬢様

川岸の近くにある小さな野球グラウンドに設置されたリング。

今ここに二人の少女がプライドと大切な物を賭けて血沸き肉躍る決戦の火蓋が切って落とされる。

 

「よし、お前さやかとか言ったな。アタシ佐倉杏子ってんだ」

「あそ……で?」

「あんこって呼んだらドロップキックだかんな。アンタの為にアタシがセコンドやってやるから気張っていけよ」

「……」

 

現状を未だ理解していない美樹さやかが、わけもわからず青コーナーの角にあるパイプイスに座っていると、リングの外に立っていた見知らぬ少女、佐倉杏子が親しみを込めて話しけかけて来た。さやかはジト目で彼女の方に振り返る。

 

「セコンドとかそんなのどうでもいいんだけど? そもそもなんであたしが仁美とボクシングしなきゃいけないのよ」

「あの珍獣が『喧嘩した相手と仲直りするにはもう一度喧嘩すればいい』って自信満々に言ってたからよ、いつの間にかこうなっちまった」

「“いつの間にか”の中でアンタはなにも変に思ってなかったの? バカでしょアンタ」

「うるせぇバカって言うんじゃねえ! セコンドしてやんねえぞ! あれ? ていうかセコンドってなんだ? 白いのに指示されてここ来たけどなにすんのかわかんねぇ……」

「なんでこのバカをあたしの所に置いたのよ……」

 

頭を抑えて一人悩む表情を浮かべる杏子にさやかは不安な気持ちが一層高まりつつも、チラリと向かいにいる一人の少女に視点を変えてみる。

 

 

 

 

 

そこには対戦相手である志筑仁美が自分と同じ様に赤コーナーの角に座って鹿目まどかと話をしていた。

 

「キュゥべぇに言われて私、仁美ちゃんのアシストみたいな事を任せられたんだけど……仁美ちゃん大丈夫?」

「ええ、最初は驚きましたが今は落ち着いていますわ。フフフ、まさかさやかさんとこんな事をするハメになるなんて……」

「?」

 

不安そうなさやかとは対極的に仁美はどこか楽しげに笑みを浮かべていた。それにまどかが首を傾げていると仁美は彼女の方に振り返りながら話を続ける。

 

「まどかさん、わたくしとさやかさんは恭介さんの件で溝が生まれたのは勿論知ってますわよね?」

「う、うん……」

「ですから今回のを機会に、お互いに溜まっているのをぶつけてみるのも悪くないと思っているんですのよ私」

「……でもボクシングって事は二人で殴り合うんだよ?」

「フフフ、友達というのですわねまどかさん」

 

しおらしくこちらを見上げているまどかに仁美は不敵な笑みを浮かべた。

 

「互いの拳を交わってから生まれる絆もあるのです、“強敵”と書いて“とも”。大切な友人であるさやかさんとこうして戦うのもまた運命だと私は感じておりますわ」

「そのセリフどこで覚えたの仁美ちゃん……」

「義理のお兄さん達から教わった言葉です」

「うわぁ仁美ちゃんカッコいい……」

 

右手にグローブをハメながら仁美は笑顔でビッ!と歯でしっかりと噛んだグローブのヒモを引っ張って自分の握り拳のサイズに合わせている。どっからどう見てもお上品なお嬢様がやる仕草ではない……。

まどかは唖然としながらそんな彼女にますます不安感を募らせていると、今度は彼女の傍にまた別の少女が

 

「あら、こちらのコンディションはバッチリのようね鹿目さん」

「私はバッチリじゃないですけど仁美ちゃんはやる気MAXです……」

「そうなの、ちなみに私のコンデションも絶好調よ、こんなに大勢のお友達に囲まれて今にも昇天しそうな勢いだわ」

「いや昇天はしないで下さい……ここでマミさんが天に昇る事になっちゃったらもう完全に収拾つかないんで……」

 

優雅にティーカップを持ちながら歩いて巴マミがやってきて、まどかは頬を引きつらせる。

 

「なんでティーカップ持ってるんですか?」とツッコミそうになりかけたまどかだが、あえてここはスル―して話題を変えた。

 

「マミさんもキュゥべぇになにか言われてここに来たんですか?」

「ええ、『傍にいても邪魔だからまどかの手伝いでもしていてくれ』って言われちゃった、泣きたくなったけど堪えたわ、偉いわ私」

「でもうっすら涙目に……」

 

マミの話を聞きまどかがボソッと呟くと彼女の背後にスッと人影が

 

「巴マミ、まどかに近づくのは止めて。貴女は家に帰ってケーキ量産工場の工場長にでもなってなさい」

「……アハハ、もういきなり現れても段々驚かなくなっちゃったよほむらちゃん……」

 

なんの唐突もなくまどかの背後に現れたのは暁美ほむら。

彼女は横目でマミを軽く睨みつけた後、すぐに想い人であるまどかの元へ視線を流し

 

「まどか、私は志筑仁美が死のうが美樹さやかが死のうがどうでもいいけど、あなただけは私が救ってみせるわ」

「恐ろしい上に縁起の悪い事言わないでよ! 仁美ちゃんもさやかちゃんも私の大事なお友達なんだから!」

「問題ないわ、例えどっちが屍になっても私の誰よりも深い愛で忘れさせてあげるから」

「万能過ぎるよほむらちゃんの愛!」

「私の事は忘れないで!」

「そして何故にマミさんが泣きながら私に抱きつくの!?」

 

屈折した使命感を持つほむらと、泣いているマミに腰に抱きつかれなにか叫んでいるまどか。

そんな彼女達を「あらあら」とリングの上で愉快そうに笑みをこぼす仁美。

 

 

 

 

 

向こう側にいるメンバーを眺めながらさやかはどこか遠い目をしていた。

 

「あの連中はなんでここにいるんだろ……」

「本当だな~」

「いやアンタもだから、耳元でガム噛むな」

 

自分の背後でコーナーにしがみつきながらクチャクチャと音を立ててガムを噛んでいる杏子にさやかが額に青筋を浮かべていると、彼女達の傍にピョンと一匹の小動物がリングのロープに飛び乗ってやってきた。

 

地球外生命体・キュゥべぇ。このイベントを企画して立ち上げた張本人である。

 

「気分はどうだい美樹さやか? ちなみに僕は最悪さ、なんて言ったって君が目の前にいるんだから」

「あたしも最悪よ、廃棄物にしてやろうか」

「やれやれ、このパトリオットセクシー・レクイエムに対してなんて汚い言葉だ。少しは口を慎むというのを覚えたらどうだい? ま、無理だろうけど、なにせ君はあの美樹さやかだし」

「ボクシングする相手がアンタだったらよかったわ……」

 

相変わらず憎たらしい奴だとさやかは目を細めてキュゥべぇを睨みつけた。

 

「ていうかアンタ、まどかに何か言われて私達にこんな事させようとしたんでしょ?」

「察しがいいねさやかのクセに、けど悪いけど僕は君達の為にやってる訳じゃないから」

「は?」

「全てまどかの為さ、君達がギスギスしてるとあの子が悲しむんだ」

 

やるべき事はすべて彼女一人の為。

その揺るがない決意を見せるキュゥべぇに対し、さやかは呆れたように「ふ~ん」と声を盛らす。

 

「……本当アンタはまどかには甘いわね。あの子の願い事なら全部叶える気?」

「彼女の願いを叶えるのが僕の使命だよ」

「尽くす男って奴? やだやだ、ナマモノのクセに……」

 

無表情なキュゥべぇにそう呟くとさやかは右手にグローブをハメながら彼にけだるそうに語りかけた。

 

「言っとくけどこんなふざけた事やってもあたしと仁美が仲直りするなんてのは無いから」

「それはあり得ないね、これは僕が考えた計画だよ?」

「だからなによ……」

「僕は天才だよ? しかもセクシーだよ?」

「いやセクシーは全く関係ないだろうが……」

 

ジト目でさやかがそうツッコむと、キュゥべぇはロープの上で尻尾を左右に振りながらさやかにそっぽを向く。

 

「ま、アホの君にはわからないだろうね。これは僕の緻密かつ大胆かつエロスでパーフェクトな計算の下で作られた100%成功する作戦さ」

「なんで計算の中にエロス入れんのよ、ていうか成功するとかあり得ないから」

「あり得るかあり得ないかなんてアホの君には聞いてないけど」

「あ~アンタさっきからアホアホアホアホうっさいわね!」

「気にすんなって、勝手に言わせとけばいいじゃねえか」

 

堪忍袋の緒が切れたのかキュゥべぇに向かって怒鳴り声を上げるさやかに、背後から杏子がポンと彼女の肩に手を置く。

 

「アタシだってそいつには散々バカって呼ばれてるしな」

「それは揺るぎない事実だからいいじゃない、あたしは違うから、アホじゃないから」

「んだとぉ! テメェだってアホだろうが! テメェがあの仁美って奴と仲悪くなったからまどかが間に挟まれて居心地悪くなってんだぞ! わかってんのか!」

「アンタに言われなくてもわかってんのよ! 部外者が首突っ込むな!」

「アタシはまどかの友達だ! ダチが困ってんなら野暮とわかってでも助けてやろうとするのがダチなんだよ!」

「野暮とわかってんなら引っ込んでろバカ!」

「んだとこのアホ!」

 

互いに気の強い性格の方なので相性が悪いのか睨み合って口喧嘩を始めてしまうさやかと杏子。

するとそれを傍から見ていたキュゥべぇが彼女達に話しかける。

 

「頭の悪い事やってないで今は試合に集中しなよアホのさやか。君が今から喧嘩するのはバカあんこじゃなくてあそこのワカメさんだよ?」

「アンタはそんなにあたしに殴られたいわけ!?」

「ほら、レフェリーの御到着だよ、顔を上げてみてよ」

「ん~?」

 

さやかの返事を軽く流してキュゥべぇは顔を上げて彼女に上へ向けと促す。

イライラしながらもさやかはとりあえずリングチラッと顔を上げると

 

「とうッ!」

「ぶッ!」

 

上空から何者かが体を丸めた状態でクルクルと回りながらこちらに落下してくる。

それを見てさやかが思わず噴き出していると、その人物はスタッとリングの中央に綺麗に着地した。

 

現れたのは高そうなスーツを着た二枚目の若い男性。

彼はすぐに懐からマイクを取り出して声高々に叫んだ。

 

「御指名ありがとうございます! 今回この試合のレェフリーを担当させてもらう! シュウです!!」 

 

頬を引きつらせているさやかに向かって、レェフリーであるシュウが派手な動作で深々と頭を下げる。

 

「以後よろしく!」

「いや誰だよ!!」

 

間もなく試合開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやかの言い分も無視してどんどん話が進んでいく。

彼女の背後には今日初めて会ったばかりの杏子がキュゥべぇになにやら指示されており。

真ん中にはキラキラしたスーツを着た自分の知らない男、レフェリー担当のシュウが派手に踊っている。踊っている理由は不明。

向かいのコーナーには対戦相手である仁美がニコニコと笑っていた。

 

「なんであの子今から殴り合うのに笑ってんのよ……虫も殺せない性格なのに……」

「はーい! それでは試合開始前5分前になりましたので説明をさせていただきます!」

「ん?」

 

リングの外から爽やかな男性の声が飛んで来たのでさやかは怪訝な表情でそちらに目を向けてみた。

 

レフェリーのショウと似た様な雰囲気を持つ派手なスーツを着た男が机に肘を突いた状態で椅子に座っていた。

 

「ちなみにわたくしは今回の実況担当をさせてもらう! シュウさんの後輩ホストです! 以後よろしく!!」

「だから誰だよ! おい、白いの!」

「そこでラウンドが終わったら君はすかさず美樹さやかにこの煮えたぎった熱いお湯を頭からぶっかけて……ん? なんだい?」

「なんだいじゃないわよ! アンタ今そいつになに指図してた!」

 

杏子になにか言いつけるのを中断してこちらに小首を傾げてきたキュゥべぇにさやかは沸々と湧き出る怒りを抑えつけながら口を開く。

 

「あのショウさんとか後輩とかなに!? どっからあんなもん連れて来たのアンタ!」

「僕のカリスマ性があればホストの一人や二人集めれるに決まってるだろ。人手が足りないから僕が呼んだだけだよ」

「ホ、ホスト!? アンタってそんなの縁があったの!?」

「キュゥべぇさん!」

 

ホストと聞いてさやかが驚いていると、話の種であるレフェリーのシュウが颯爽とキュゥべぇの前に現れた。

 

「手筈通り一通りの設備が設置できました! 後はお二方の試合を行うだけです!」

「なんで珍獣に敬語使ってんのこの人……」

「実は僕はまどかやマミと会う前にこの辺を色々と巡り回っていてね、一時期ホストの頂点に立っていた事があるんだよ」

「頂点!? アンタがホストの!? 宇宙人のクセに!?」

 

まどかやマミも聞いたことないであろうその新事実をいち早く知ったさやかが驚いて口をあんぐりと開けていると、傍に立っていたショウが妙に悟った表情で話を始めた。

 

「キュゥべぇさんはホスト界では『夜王』と呼ばれ数多の伝説を作った永遠のトップですから、ホスト界を去らなければ今頃きっと日本一、いえ世界一のトップに……」

「いや宇宙一だね、なにせ僕だから」

「アンタを指名していた客が見てみたいわ……」

 

こんな白くて性格の悪い生き物を一体どんな人がわざわざ指名して高い金を使っていたのかさやかが疑問を覚えていると、ショウがいきなりバッと両膝を落としてキュゥべぇに向かって土下座の体制を取りだす。

 

「今からでも遅くないです! キュゥべぇさん! 夜王と呼ばれたあなたの教えを是非若い奴等に教えてやって下さい!」

「止めてくれ、もう昔の話だ。今の僕は夜王でもなんでもない」

「キュゥべぇさん……」

「今の僕は全ての女性を救済する神じゃない、たった一人の女神を護ると誓った小さな天使さ」

「キュゥべぇさぁぁぁぁぁぁん!!」

「いやそこ感激する所じゃないだろ! 言ってる事意味分かんないし!」

 

相変わらずの意味不明な事をキュゥべぇが口走っただけなのに感激のあまり男泣きをして床に向かって大声で叫んだシュウ。

なぜに彼がこんな生き物を崇拝しているのかさやかにはさっぱりだった。

頭が痛くなった彼女はガックリと肩を落とす。

 

「もうさっさと終わらせてウチ帰ろう……コイツ等と付き合ってると頭おかしくなりそう」

「おいさやか! こんな熱さで大丈夫か!」

「そしてアンタはなんで両手に煮えたぎったお湯が入ってる鍋を持ってあたしに聞く!?」

「あ、やっぱおでんも入れとくか?」

「あたしはダチョウ倶楽部か!」

 

グツグツとよく煮えているお湯を両手に持ってキョトンとしている杏子にさやかはウンザリした表情で髪を掻き毟る。

一刻も早くこの連中から離れたい……さやかがどんど荒み始めていると、実況担当の後輩ホストがマイクを握って声高々に叫んだ。

 

「さあ! 間もなく試合開始です! プライドを賭けた二人のお嬢ちゃんの戦いが今切って落とされます!!」

「あんま声大きくしないでよ! なにやってんだって人が集まるでしょうが!」

「果たして勝利の女神は恋するお嬢ちゃんのどちらに微笑むのか! 由緒正しき名家の一人娘であり高貴な人柄を持つ志筑仁美ちゃんか! はたまた年中アホ丸だしで人間社会の底辺を突っ走っているマルでダメな女、略して『マダオ』の美樹さやかか!」

「おい! あのホストが手に持ってる台本書いたの絶対アンタだろ腐れナマモノ!」

「いや暁美ほむらだけど」

「あんのストーカー転校生がぁぁぁぁぁぁ!」

「それでは試合開始!!」

「ファイッ!」

 

さやかの雄叫びと共に、実況者である後輩ホストが上げ上げテンションのまま勢いよくゴングをカーン!と鳴らす。目を赤くさせているレフェリーのショウも試合開始の合図を叫んだ

 

遂に限りなくアホらしい試合が始まったのだ。

 

「仁美ちゃん! 本当にやるの!?」

「はい、では行ってきますわ」

「笑顔でグローブを構える仁美ちゃんが恐いよ!」

 

後ろで心配そうにしているまどかに向かって仁美はニッコリ笑顔でファイティングポーズ。

そんな掛け合いを見てさやかは「うげ……」と思わず声を漏らす。

 

「マジで仁美やる気じゃん……箱入り娘のクセにマジであたしとやり合う気?」

「行けー! さやか!! 思いっきりぶっ飛ばせ!!」

「うっさい! アンタは試合が終わるまで黙ってろ!」

 

あちらにはまどかがセコンドになってくれているのに対し、こちらには可哀想な頭を持った初対面の少女。

そんな事にさえイライラを感じながらもさやかは乱暴にイスから立ち上がってリングの真ん中に歩き出す。

 

久しぶりに、本当に久しぶりにさやかは仁美と真正面から向かい合った上で彼女の目を見た。

 

「困った事になりましたわね、さやかさん……」

「ったくバカな連中だよね、こんな事してもなにも終わらないっていうのに……」

 

居心地の悪さを感じながらもさやかは苦笑して立っている仁美に口を開く。

 

「まどかもまどかよ、あたしの知らない所で変な連中とばっか仲良くなっちゃって……」

「さやかさん」

「あの金髪の先輩はよく知らないけどさ、美人だけど性格が残念過ぎる変態とか。頭に脳みそ入れ忘れてるバカとか、もはや地球生命体でも無いナルシストな宇宙人とか……」

「“いきますわよ”」

「やっぱあの子にはあたしがしっかりついていないと……え?」

 

リングの上で冗談交じりにヘラヘラ笑っていたさやかに仁美は行儀よく彼女にお辞儀した後瞬時に腰を低くして間合いを詰めて……

 

「えい」

「うぐはぁッ!」

「さやかちゃ~ん!!」

「なにしてんださやか~!!」

 

仁美の鮮やかなボディブローがさやかの腹部に炸裂。

隙を見せていた所に重々しい一撃を食らいさやかはその拳の勢いで後ろに吹っ飛ばされた。

両耳から聞こえるのは相手側にいるまどかとこちら側にいる杏子の声。

 

「え、ちょ……なに……え? あたし、今仁美に腹一発入れられた……?」

「あら、思ったより綺麗に入りましたわね」

 

ロープに持たれながらもさやかは腹から来る激痛も忘れてゆっくりと顔を上げる。

 

親友であり対戦相手である仁美がこちらに優しく微笑んでいた。

 

「さやかさん、わたくしが色々と習い事をやっているのは知ってますわよね」

「……へ?」

「その習い事の中には護身術として格闘技も含まれているんですの、空手、柔道、ボクシング、カポエラ、ムエタイ、北斗神拳、南斗聖拳、西斗月拳、その他も諸々多くの格闘技を体得しました」

「は!?」

「そしてわたくしはそれら全て免許皆伝の印を貰ってますわ」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

笑いながら告白する仁美にさやかは我を忘れて大声で叫ぶ。

つまり彼女はほとんどの格闘技に精通しているとんでもないお嬢様だったのだ。

 

「ひ、仁美! ウソでしょまさかアンタがそんな……!」

「ウソか真かは己の身で体感して下さいな、それではもう一度いきますわよさやかさん」

「いやいやいやちょっと待って! マジで待って!」

 

再び構えを取ってこちらに接近しようとする仁美にさやかは慌ててグローブをはめた手を前に突き出して制止させる。 

 

「アンタマジであたしとこんな事やるの!? こんな事してなにか解決すると思ってる!?」

「さあ? わたくし、今回の件につきましてはそこまで考えておりませんわ」

「じゃあなんでこんな事すんのよ!」

「そうですね、強いて言えば」

 

焦りながら額から大量の汗を流しているさやかに向かって

仁美は一層ニッコリと、悩んでいる友人に微笑みかけるような優しい笑顔を浮かべた。

 

「さやかさんと本気でぶつかってみたいと思ったんですの」

「本気!? ちょ、ちょっと待った! なんであたしと本気で……!」

「えい」

「んぐはぁ!!」

「さやかちゃ~ん!」

「な~にしてんださやか~!」

 

さやかが見せたほんの隙を突いて仁美はまたもや笑顔で彼女に一発。

今度は女の命でもあり武器でもある顔を“本気で”殴り抜ける。

華奢な体から放ってるとは思えないその一撃で顔面を殴られたさやかは宙を高速回転しながらリングの上でドサッと床に倒れた

 

「おお~っとさやか選手早速ダウンをもらってしまった~!!」

「おいさやか! お前倒されるの早過ぎだろ! 早く立ち上がって迎え撃て!」

「ちょ、ちょっと待って……あたし、まさかこんな事になるなんて考えも……」

 

実況と杏子の激が飛んでくる中、さやかはヨロヨロと起き上がりながら改めて仁美を真正面から見る。

 

昔から変わらない、綺麗でおっとりとした印象が窺えるそんな優しい笑みを浮かべていた。

まるで菩薩様のような……

 

「さやかさん、本気でぶつかって来て下さい、わたくしも全力全開の本気でいかせてもらいますから」

(ヤバ、あたし死んだわ……)

 

しかしさやかにはどう見ても今の彼女は

 

自分を地獄に落とすという命を受けた魔王にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ほむらちゃん……これってどんな作品だったけ? バトル物?」

「私とあなたが○○○とか×××するストーリーよ」

「ほむらちゃんに聞いた私がバカだったよ……」

 

 

 

 

 



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11ステップ 戦場の中で

 

志筑仁美と美樹さやか

 

二人の血湧き肉踊る戦いはラウンド数を増やす度に加熱していく。

 

もっとも過熱しているのは仁美だけだが

 

「ふごぉぉぉぉぉぉ!!」

『さやか選手また顔面いったァァァァァァ!!』

「おいさやかもっと踏ん張れって! 何十回ダウン取られてんだよ!」

 

リングの中でさやかが一撃でコーナーにまでぶっ飛ばされる、もう何回倒れたのかさえ彼女自身覚えていない。それぐらい圧倒的な差が出来ているのだ。

 

彼女を笑顔で殴り抜けるのは見た目は清楚なお嬢様、中身は世紀末覇者の仁美。

レフェリーのショウの後輩のホストが実況マイクを握って叫ぶ中、セコンドの杏子も負けじと大声を上げてさやかに激を飛ばす。

 

「腰がなってねぇんだよお前! 腰入れてアイツにカウンター決めろ! 一撃必殺で逆転しろ!」

「む、無理……絶対無理……あたしもうお家帰る……」

「諦めたらそこで試合終了だろうが!」

「いやマジで帰らせて! ホ、ホントあの子容赦ないんだって!」

 

ロープにしがみついてヨロヨロと立ち上がりながらさやかは泣きそうな声でリングの外にいる杏子に助けを求めようとする。

だがそれを世紀末覇者は許さない。

 

「あらあらさやかさん、敵前逃亡は戦う者にとって御法度ですわよ」

「ひッ!」

「戦いは戦いによって終わるもの。さやかさんが戦うと決めない限り永遠にこの決闘は終わりませんわ」

 

両手のグローブをバンバンとぶつけながら仁美がニコニコとさやかの背後へと近付いて行く。

彼女の接近に気付いたさやかはすぐに汗をダラダラ流しながら彼女の方へ振り返った

 

「ひ、仁美! お願いだからもう止めよう! アンタあの白いのに騙されてるんだよ!」

「いえ、あの白い小動物さんはもう関係ございませんわ」

「へ、へ……?」

「わたくしがさやかさんとこうしたいからこうしてるだけですの」

「だぱんぷッ!」

「さやかーッ!」

 

戦意など元から持っていないさやかに向かって問答無用で顔面に拳を叩き入れる仁美。

ロープを背にしたままさやかは彼女の拳の連打の餌食となってしまった。

殴る音というよりショットガンで撃たれてる様な音がリング内に響き渡る。

 

「あが! がぐ! ぐぎ! ぎう! うげ!」

『おお~っとさやか選手、仁美選手の猛ラッシュに飲み込まれたー! ショウさんあれデンプシロールですよ! 俺『はじめの一歩』全巻持ってるから知ってます!』

「さすがキュゥべぇさんの嫁さんのご友人! プロ級のファイティングスピリッツだ!」

「ア、 アンタ等なに呑気に言って……げふぅぅぅぅぅ!」

『おお~っとさやか選手、渾身の一撃で吹っ飛んだ~!』

 

実況とレフェリーの立場を忘れて仁美の戦闘力に尊敬の眼差しを向けるホスト二人にさやかがツッコもうとしたその時、彼女の顔面にとどめと言わんばかりのフィニッシュブローが入った。

 

「ふご!」

『さやか選手またもやダ~ウ~ン!!』

「立てさやか~!」

 

空中を舞って床にベチャっと落ちた後、ピクピクと手足を動かして痙攣するさやかに杏子がリングの床をダンダンと叩きながら彼女を立たせようと躍起になっている。

 

だがさやかは立つ気力さえ残っていなかった。

 

(あ~下らない……なんであたしが喧嘩中の仁美と一緒にこんな事してんだろ……)

「あ、1! あ、2! あ、3! あ、4!」

『カウント取る度にポーズ決めるショウさんマジパネェ!』

 

傍で色々とポージングを取りながらカウントしているショウの声も耳に入れずに、さやかはうつ伏せで倒れた状態から立ち上がろうとしない。

 

(こんな事してもなんの意味もないじゃん……くっだらない、このまま寝てて終わらせよう……格闘技を習ってる仁美に勝てるわけないし)

「早く立ったらどうだい美樹さやか」

「!」

 

目をつぶり時が過ぎるのを待とうとしていたさやかの目の前に。

 

思いもよらぬ“生物”がいきなり現れた。

 

まどかの所に住み着いている謎の宇宙人・キュゥべぇがリング内に上がって来たのだ。

 

「一つこの計画にアクシンデントがあるとしたら君は僕の想像以上に情けなかったって事だ。君がここで立たなかったら僕の計画は台無しだよ。さっさと立ち上がってあのワカメにまた殴られてくれないかな?」

「うっさい……いい加減に黙らないと本気で怒るわよ……あたしはこのまま試合を終わらせて帰る、アンタの事情なんて知ったこっちゃない……」

「やれやれ」

 

息絶え絶えにさやかがそう言うと、キュゥべぇは呆れたように首を横に振った。

 

「美樹さやか、君は僕の予想を遥かに超えた正真正銘のアホだよ」

「……なんですって……」

「志筑仁美の拳を受けてなにも感じないなんて、愚かにも程があるね」

「は?」

「あ、5! あ、6! あ、7!」

 

彼が何を言っているのかわからなかった。

思わず顔を上げて耳を傾けたさやかに、キュゥべぇは近くでポーズを取っているシュウを尻目に話を続ける。

 

「いい加減、逃げるのはもう止めたらどうだい?」

「逃げる……あたしがなにに逃げてるって言うのよ……」

「全くなにもわかってないんだね君は、いいかい、君はまず彼女と本気でぶつかるんだ。彼女の“本当の拳”をそのアホ面に叩きこめられて来ればそれでいい」

「仁美のパンチならもうあべし!って叫んで内部爆発起こすぐらい貰ってるわよ……」

「いや貰ってないね、君はまだ一発も彼女に殴られてない」

「……アンタさっきからなに言ってんの……?」

 

さやかには理解出来なかった、この生物の言葉の真意を。

呆然と固まる彼女にキュゥべぇは無表情のまま視線を向けた。

 

「君が本気で戦う決心がつけば答えは見つかるさ。これはただのボクシングじゃない」

 

そう言ってキュゥべぇは彼女に背を向けてリングから出ようとする。

思わずさやかは彼を呼びとめようと痛みを忘れてバッと立ち上がると、彼は振り向かずに呟いた。

 

「これは君と彼女が拳と拳で想いを伝える為の決闘なんだ、拳は時に一生の言葉も凌駕する」

「……」

「覚えておくんだね、ま、どうせアホの君だからすぐ忘れちゃうだろうけど」

『おお~っとさやか選手! 遂に立ち上がった~!』

「あ、8! あ、9!」

『シュウさんもうポーズ取りながらカウントしなくて大丈夫です!』

 

キュゥべぇに誘導されていつの間にか立ち上がってしまったさやか。

それと同時にラウンド終了のゴングが鳴り響く。

 

次がファイナルラウンドだ

 

 

 

 

 

 

 

『さて! 次でいよいよファイナルラウンド! 最後の最後でさやか選手は一矢報いれるのか期待です!』

「ハァハァ……」

 

勝手な事を言う実況にイラっとしながらさやかは数分の間でも体力を回復しようとイスに座って荒い息を吐きながら沈黙する。

彼女の頭の中にはさっきキュゥべぇが言っていた言葉が離れない。

 

『拳は時に一生の言葉も凌駕する』

「どこの格闘漫画のセリフだっつーの……」

「おいさやか、次で挽回しないと負け決定だぞ! 玉砕覚悟で死ぬ気で特攻仕掛けようぜ!」

「もう何度も玉砕してんのよこっちは、原形とどめてるのが不思議なくらいね……」

 

背後から八重歯を光らせバカ丸出しなアドバイスをして来た杏子にさやかはボロボロかつムスッとした顔で振り返った。

 

「ところでアンタさ、ちょっとあっちにいるまどかを呼んで来てくれない?」

「ん? どうしたんだよ急に?」

「ちょっと聞きたい事あんのよ、いいから呼んで来て。もう時間もないし」

 

次のラウンドまで刻々と時間が迫っている、それまでにどうしても彼女はあの少女に聞きたい事があった。

さやかに指示された杏子はめんどくさそうに髪をボリボリと掻き毟るも、すぐに駆け出して仁美の方へいるまどかの方へ向かった。

 

膝に頬杖を突きながらさやかが待っていると、程なくして杏子が鹿目まどかの手を取って連れて戻ってきた。

なぜか暁美ほむらと巴マミもセットで……

 

「……おい、まどかを連れて来てって指示したのになんで転校生と金髪の先輩も連れて来てんのよ。それいらないから向こうに返却して来て」

「いや、アタシもまどかだけでいいいって言ったのにコイツ等話聞かなくてよ……」

「私のまどかを誘いにかけるとはいい度胸ね美樹さやか、志筑仁美に惨めにボッコボコにされているクセに」

「美樹さんは鹿目さんの親友……美樹さんは鹿目さんの親友……ウフフ、友達の輪が広がるチャンスよマミ……今こそ通販で買ったこの“友達作りアイテム”が役に立つ時ね……」

「そこの先輩はなんでこっちをチラチラ見ながら“手錠”を持ってうすら笑みを浮かべてるのよ……」

 

変に勘違いしてるほむらとさやかに対して嬉しそうになにか企んでいる様子のマミ。

招かれざる客にさやかが危機感を持っていると、杏子に連れられて来た本当の目的であるまどかがオドオドした様子で彼女に近づいて行った。

 

「さ、さやかちゃん大丈夫……?」

「幼馴染にサンドバッグにされて走馬灯を4回ぐらい見てる私が大丈夫に見える……」

「ご、ごめん仁美ちゃんには手加減してって言ったんだけど……」

「……ねぇ、ちょっと聞きたい事あんだけどいいかな?」

「うん、いいよ……」

 

少し顔を曇らせながらさやかはまどかに話しかけた。次のラウンドも刻々と迫っているが、どうしても一つ確認したい事があったのだ。

 

「まどか、仁美が伝えたい事ってわかる?」

「伝えたい事? 仁美ちゃんが?」

「あのナマモノが「逃げてばかりじゃなにもわからない、だから本気で仁美とぶつかれ。そうすれば彼女の想いが伝わる」みたいな事言ってたんだけどさ」

「本気で……ああ、そっか」

 

悩んでいる自分と違いまどかは一瞬にしてその言葉の真意を理解してしまったようだ。

伊達にキュゥべぇと一つ屋根の下に住んでいる訳ではないし、実はある理由があったりする。

 

「さやかちゃん、さやかちゃんって試合が始まってから一回も仁美ちゃんを攻撃しようとしなかったよね?」

「そりゃそうよ、あんな事あったけどアタシにとって仁美は大事な友達だし、殴るなんて……」

「……多分それが、キュゥべぇの言う「逃げてる」なんじゃないのかな……」

「え?」

 

ボソッと呟いたまどかの言葉にさやかはピクンと反応する。

彼の言っていた逃げているというのは

 

自分が仁美を傷つけたくないという衝動に駆られているから……。

 

「それと私、実は仁美ちゃんに一つ伝言貰ってるんだ」

「へ、伝言ですって?」

「うん、その伝言を聞いてたから、私さっきさやかちゃんが言ってたキュゥべぇの言葉の意味を理解出来たの」

 

思わずさやかは向かいにいる仁美の方へ視線を向ける。

彼女は試合の時とは違い、凛々しい表情とまっすぐな目をしてこちらを見返していた。

 

「仁美……アンタ……」

「『わたくしの想いを逃げずに受け取って下さい』」

「!」

 

まどかの口から発された仁美のメッセージ、それを聞いてさやかの死んでいた目が見開く。

それを見て、まどかはコクリと縦に頷いた。

 

「仁美ちゃんがそう伝えてって、後は全部戦いの場にて語り合いましょうだって」

「……それ何処のボスキャラ……」

「あなたにとっては彼女はボスキャラみたいなものじゃない」

「いきなり出てくんな転校生……」

 

まどかとの会話中に横からヌッと出て来たほむらにさやかがツッコむと、ほむらは変わらずの無表情で彼女の方に顔を上げる。

 

「美樹さやか」

「なによ?」

「私はね、あのナマモノ同様あなたがどうなろうが知ったこっちゃないわ、あなたの事は嫌いだし、今も心の中で死んでくれって念じながらあなたに話しかけてるわ」

「……泣いていい?」

「その上、もしまどかを悲しませるような真似をしたら」

 

ほむらの目が若干鋭くなった。

 

「私は一生あなたを許さないわ」

「……はいはい」

 

珍しくマジになっているほむらにけだるそうにそう返事すると、さやかはゆっくりとイスから立ち上がる。

 

「あのナマモノの言う通り、あたしってアホだから小難しい事はわからないけどさ。アンタ達の言いたい事は大体わかったよ」

「さやか!」

「なによ役立たずセコンド、お前はさっさと家帰れ」

「泣きたくなる事言うなよ! アタシだってお前に言う事あんだ!」

 

大きな声で自分の名を呼んで駆け寄ってきた杏子に、さやかはジト目で睨みつけると。

彼女は二カッと笑って拳でグッとガッツポーズを取った。

 

「いっちょ一発かまして来い!」

「……おう」

 

小さな声で呟き、さやかはフッと彼女に笑みを浮かべる。

頭は空だが悪い奴ではない。彼女は杏子を見てそう思った。

 

そして次はさやかと全く面識のないマミが恥ずかしそうにモジモジしながら彼女の方に近寄る。

 

「み、美樹さん……」

「なんですか?」

「もしあなたが志筑さんに負けたら……」

 

怪訝な表情でこちらを見るさやかに、マミは一旦そこで言葉を区切ると手に持っていた謎の手錠をジャラッと音を立ててチラつかせた。

 

「私があなたの友達になって励ましてあげるわ! 一生離れないでいてあげる!」

「よし! 絶対に負けられない理由が今ここに生まれた!!」

 

ランランとした目で手錠を持って笑いかけるマミを見てさやかはすぐに危機感を抱き喉の奥から思いっきり叫んだ。

 

そしてファイナルラウンド、最後の聖戦が遂に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

だが

 

「ふんギャァァァァァァ!!!」

『おお~とさやか選手! 危うくリングアウトになる程吹っ飛んだァァァァァァ!!』

 

段々と一撃の重みが増しているのはやはり気のせいでは無かった。

仁美の一撃はラウンドを超えるごとに強くなり、殴られる経験など今までほぼ皆無だったさやかの意識を飛ばしかねない破壊力に到達している。

 

ファイナルラウンド始まって一分しか経ってないにも関らず彼女の右ストレートを受けてさやかはまたもや鈍い音を立ててロープまで吹っ飛ばされてしまった。

ロープにしがみつき彼女はゆっくりと起き上がって目の前の仁美に息を荒げながら話しかける。

 

「ハァハァ……! マジアンタヤバ過ぎ……」

「……わたくし、スタミナの温存方法なら熟知しておりますので、あと10ラウンドはぶっ続けで戦えますわよ」

「“そっち”のヤバいじゃない」

「……さやかさん?」

 

ゼェゼェと息を吐き顔からは大量の汗、疲労困憊なのが一目でわかるさやかが苦しそうしにしながらも仁美に対しニッと笑った。

 

「白いのとまどかに言われて思ったのよ、アンタがなんでこんなバカげた茶番に付き合って私をボッコボコにするのか。そう思ってたらアホな私でもなんかわかった気がする」

「……」

「アンタの一撃食らう度に「負けたくない」って感情が伝わって来た……」

「さやかさん……」

 

フラフラとした足取りでリングの中央に向かってくるさやかに、仁美は静かに首を横に振った。

 

「“届いて”くれたのですね」

「仁美、アンタはそこまでアイツの事を慕っているだね、あたしと戦う事になっても、その想いだけは譲れないんだ」

「ええずっと昔から恋焦がれていましたの、恭介さんの事を」

「……」

 

よくもまあそんな恥ずかしい事を言えるなと思う。

ついさやかが笑みをこぼすと、仁美は少し心配そうな表情で顔を俯かせた。

 

「……それでさやかさんのご返事は……?」

「ええ、今から返事してあげるわ」

 

そう言ってさやかは右手を掲げる。キュゥべェは言っていた「拳は時に一生の言葉も凌駕する」と。

 

「あたしの渾身の一発、アンタの威力には遠く及ばないけど。しっかりアンタに届けさせてあげる」

「フ、ようやく向かい合ってくれましたわね……」

「ずっと逃げててごめんね、久しぶりにアンタと会話出来たよ」

「ええ本当に長かったですわ……」

 

二人が互いにため息をこぼし、リング中央でほんのわずかな時を過ごしていると……

 

「さやか! 仁美!」

「この声は……」

「ん? ぶ! 恭介!!」

 

リングの外から何者かに名前を呼ばれてさやかと仁美はそちらに振り返る。

見るとそこにはこの騒動の中心核、上条恭介が立っているではないか。

これにはさすがのさやかも吹き出してしまう。

 

「アンタなんでこんな所にいんのよ!」

「偶然この道を通りかかった時に君達が喧嘩しているのが見えたんだ! どうして二人は争っているんだ!」

「いや争ってる理由はアンタのせい……」

「女の子同士で殴り合いの喧嘩するなんて間違っている! 君達はまだ若いんだ! 迷う事もあるだろうけど感情に任せて自らの拳を血に染め上げるなんて絶対にダメだ! 人を殺す覚悟を持ち合わせていない君達が! 「死」を直視する事さえ出来ない君達が戦う真似なんてしちゃいけない! いいぜさやか……それでも君が仁美と殴り合おうとするなら……」

 

ピクピクと額に青筋を浮かべているさやかを置いて長台詞を数秒足らずの時間で吐いた後恭介は身構え……。

 

「まずはその幻想をぶちころ……!」

「おらぁ!」

「そげぶ!!」

『おおーっとさやか選手! 突然リング外に来た少年に向かって右ストレートだ~!』 

 

恭介が決め台詞を吐く前に、さやかは怒りの溜まった一撃を彼に食らわせた。

彼はそのまま吹っ飛び白目を剥いて意識不明のノックアウトに。

 

「元はと言えばアンタが原因だろうが、あたしと仁美がこんな真似してんのも……!」

「ちょっとちょっと! 対戦相手じゃない人殴るの反則だって!」

『おおーっとここでレフェリーのショウさんが警告を……』

「うるせぇ!」

「ポピィィィィィ!!」

『ショウさぁぁぁぁぁぁぁん!!!』

 

恭介に続いてレフェリーも一撃で吹っ飛ばすさやか。リング上でクルクルと舞った後、カッコよく倒れるショウをほっといて、さやかは自分の拳と拳とくっつけて、改めて仁美と対峙する。

 

「さて、邪魔者もいなくなったし。そろそろ終わらせようか」

「さやかさん、あの、恭介さんが……」

「ああいいって、すぐ生き返るわよコイツなら」

 

素っ気なくそう言うとさやかは拳を構え仁美と真っ向から向き合った。

 

「仁美、こんな厨二病でバカな奴だけどさ。アンタは本当にコイツの事好きなの?」

「……ええ、恭介さんはお優しい方ですし……」

「そっか……」

 

その言葉を聞くと安堵の表情を浮かべ、さやかは腹をくくったかのように拳を強く握る。

 

「アイツを好きになったのがアンタで良かった」

「え?」

「アイツの“幼馴染”として、あたしはそう本気で思ってる」

「さやかさん……」

「だから……!」

 

さやかは拳を構えたままダッと駆け出して一気に仁美の方へ詰めより、腰を捻ってこの一撃に全てを注ぐ。

 

そして

 

「これからもアイツとイチャついてろアホンダラーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの昇る空。

 

二人の少女が戦うリングの中で。

 

乾いた音が二つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後の事。

 

「あー……まだ身体の節々が痛い……」

「まだあの時の戦いのダメージが残っているのかい? 志筑仁美はもうピンピンしているというのに」

「あの子とアタシの体の構造は元から全く違うのよ、あたしは普通、あっちは鉄人なんだから」

 

さやかは今、お昼休みの時間を取ってキュゥべぇと共に学校の屋上で外を眺めていた。

ここでまどか達と昼食を取る約束なのだが彼女達はまだ来ていない。

 

「で、なんでアンタはここにいんのよ。まどかの所に行けば?」

「僕がどこにいようが僕の勝手だろ、まどかが来てって言えばすぐに彼女の下に馳せ参じるけど」

「相変わらずウザいわね」

「おやおや嫉妬かい? セクシーかつスタイリッシュな美しい僕に嫉妬かい? アホのさやかのクセに嫉妬かい?」

「天よコイツに隕石ば叩き落として下さい」

 

こちらに首を傾げ挑発的な言葉を浴びせて来るキュゥべぇにさやかがウンザリした表情で睨みつけた後、なにかを思い出したかのように深いため息を突く。

 

「アンタのおかげで仁美と和解出来たなんてあたしはほんの少しも思ってないからね」

「ああ、あの時かい。最後の君はそりゃあ盛大にぶっ倒れて滑稽だったよ」

 

キュゥべぇの皮肉をスル―してさやかはボリボリと頬を掻き、屋上の手すりにもたれながら空を見上げる。

 

「一発は入ったんだけどね……まあ元々アタシが負けるに決まってた事よ、やっぱり仁美の気持ちには敵わないわね」

「そういえば最後の最後に君は一発入れる事が出来たね、その後君はすぐに反撃の一発を入れられて死んだように失神KOしたけど」

 

数日前の出来事を懐かしむ様にさやかは思い出す。

あの時、彼女は最後の最後に渾身の一撃を仁美にぶつける事に成功した。

だが次の瞬間には返しの一撃を貰いそのままダウン。

結局勝者は仁美ということであの戦いは幕を閉じたのだ。

 

「あの一発はあたしが入れた一発の“返事”ってことでしょ。言葉にするとしたら「わたくしに任せて下さい」って所かな?」

「ふ~ん、てことは君は結局、志筑仁美にあの厨二病を譲る事にしたんだね」

「元々あたしと恭介はただの幼馴染よ。そりゃあちょっと好きだった気持ちはあったかもしれないけど、やっぱりあたしが恭介と幼馴染以上の関係になるのは想像できないわ」

 

キュゥべぇと談笑を交えながらさやかはフッと笑った。

 

「仁美なら、きっと恭介と上手くやっていけるよ」

「身を引くって訳かい」

 

それがさやかの答え、彼女自身が決めたそういう結末。

キュゥべぇはやれやれと言うように首を横に振った。

 

「僕には絶対に出来ない事だね」

「ハハ、アンタはそうだろうね。一生転校生とまどかを賭けて喧嘩してそうだし、案外相性いいんじゃないアンタと転校生」

「末恐ろしい程気持ち悪い事言わないでくれないかな、さやかのクセに」

「だってさぁ、嫌よ嫌よも好きの内って言うじゃない?」

「僕に釣り合うのはこの世で鹿目まどかだけさ。暁美ほむらみたいな変態ドMストーカーが僕と釣り合うと思うかい」

「あ~はいはいそうですか、そうですね~キュゥべぇさんは転校生よりもまどかとお似合いですよね~」

「なにやらこの僕をバカにしてる様な言い方だね、この全宇宙で最も美しくセクシーな僕に対してそんな口のきき方をするとはいい度胸だ」

「へ~アンタみたいなチビ助があたしになにか出来るの?」

 

ニヤニヤしながら挑発的な笑みを浮かべて手すりに頬杖を突いているさやかに、キュゥべぇはプイッと彼女から目を逸らす。

 

「実は僕、君にとっても相性の良い人を紹介しようと思ってるんだ」

「は? あたしと相性のいい人?」

「そろそろ来る頃だと思うよ。感謝するんだねさやか」

 

キュゥべぇがそう言い切った瞬間、ここへと昇る階段の方からコツコツと足音が聞こえて来た。

その音を聞いてさやかが嫌な予感を覚えていると……

 

「これでもう寂しくないね、“彼女”が」

「ウフフフフ……こんにちは美樹さん……」

「ギャァァァァァ!!!」

 

ドス黒いオーラを放ちながら階段を上がってきたのは数日前に出会ったばかりの巴マミ。

微笑を浮かべて手には彼女が通販で買った手錠がしっかりと握られている。

彼女の圧倒的な威圧感を前にして思わずさやかは思いっきり悲鳴を上げてしまった。

 

「な、なんでこの人がここに!!」

「だって約束したじゃない……もし美樹さんが志筑さんに負けたら、私が美樹さんのお友達になってあげるって……」

「うげぇ! アレまだ覚えてたんですか!」

「忘れるわけないじゃない! お友達が作れるチャンスだもの! さあ美樹さん……」

 

泣きそうでありながらも嬉しそうに笑いながら、マミは手錠を揺らしながらジリジリと怯えるさやかに一歩一歩近づいて行く。

 

「私が友達になってあげる、これさえあれば私とあなたは一生離れられない……それってとても素敵な事だと思わない?」

「なんなのこの人!! なんで手錠持ち歩いているの!?」

「さやか、君はマミのいい友達になれると思うよ」

「どうみても友達に対する目つきじゃないわよねアレ!? 完全に獲物を狙うハンターだから! ひぃ! こっち突っ込んで来た!」

 

尻尾をフリフリと上機嫌で振っているキュゥべぇにツッコミを入れた瞬間、マミが狂気の笑みを浮かべながらこちらに走ってくる。

捕まったら一巻の終わり、否、人生の終わり。さやかの女の勘はすぐその結論を出した。

脱兎の如く、さやかは屋上内で逃げ回る。

 

「いや~!! 追いかけてこないで~!!」

「鬼ごっこね! 昔キュゥべぇとやってた頃を思い出すわ! ウフフフ、待って美樹さん、すぐに捕まえてあげるから~!」

「うげ! 笑いながら追いかけてくる! あんなのに捕まったら何されるかわかったモンじゃない!」

 

さやかとマミが屋上内で方や楽しそうに方や恐怖に駆られた状態でデスレースを開始していると、程なくしてまどかがほむらと一緒に弁当を持ってやってきた。

 

当然、親友である仁美も連れて

 

「さやかちゃんもう弁当食べてる~?って、なにしてんの……?」

「巴マミから必死に逃げ回ってるわね、相も変わらず無様で滑稽な女ね」

「フフ、楽しそうですわねさやかさん……」

 

マミから必死に逃げているさやかを見て、仁美は幸せそうにニッコリと笑った。

 

「そしてさやかさん達といるとわたくしも楽しくなる、こんな当たり前の事を忘れていたなんて……フフ、わたくしもまだまだ精進しなければなりませんわね」

「いやぁぁぁぁぁぁ!! ちょっと仁美とまどか!! 見てないでアレ止めて~!!」

「待って~美樹さ~ん! 私と友達になって~!!」

「さあまどか、あんなのほっといて一緒にお弁当の具の取り換えっこをしましょう。私の大トロとあなたの貞操をトレード、問題無いわよね?」

「問題しか残ってないから! ていうかお弁当の中に刺身……う! やっぱり腐ってるよほむらちゃん! 高そうな大トロが強烈な悪臭を放つ兵器に!」

「私とした事がこれは迂闊だったわ、次はウニにしましょう」

「いやまずは海鮮物から離れるべきじゃないかい? 弁当にナマモノなんてどうかしてるよ」

「ナマモノのあなたは黙ってなさい」

「アンタ等いい加減にしろォォォォォォ!! 誰か私を助けて~~!!」

 

かくして美樹さやかと志筑仁美となにげない日常は再び始まる事になったのであった。

 

 

 



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12ステップ やりすぎた変態

 

その事件は突然起こった。

 

鹿目まどかは授業が終わった後、一人女子トイレへと駆け出した。

 

「間に合ったぁ……授業中にトイレ行くの恥ずかしかったから我慢するの大変だったよ……」

 

安堵のため息をもらしながら彼女は開いている個室の中へと入る。勿論この時はキュゥべぇはまどかの傍にいない、今頃元気を取り戻した美樹さやかと口喧嘩でもしているのだろう。

 

「ふぅ……」

 

個室トイレの中へ入るとまどかはドアを閉め、すぐに鍵を掛けようとする。

 

だが

 

彼女は鍵を掛ける前にドアは何者かによって再び開いた。

 

「……ほむ」

「……なんで自然に開けて入って来たの、ほむらちゃん……」

 

腰を折った状態でまどかは唖然とした表情でドアを開けた人物を見る。

ドアを開け、こちらを無表情で凝視するのは暁美ほむらだった。

なにもトイレまでついてくる必要ないだろう……。

 

「鹿目まどか、あなたは何を考えているの」

「聞かなくてもわかるでしょほむらちゃん……トイレで何をするのか聞くなんて愚問もいい所だよ。ちょっとドアを閉めて外で待っててくれないかな……」

「それには及ばないわ」

「え?」

 

とりあえずほむらを追い出そうと外に出てとまどかは促すが。ほむらはゴソゴソとどっかから一つの紙コップを取りだした。

 

「コレに“しなさい”」

「……ほむらちゃん、それってつまり。私がそれにその……」

「このコップにあなたが授業中に蓄えていた“聖水”を入れるのよ」

「ほむらちゃ~ん! さすがにそれは本当にアウトだよ~!!」

「安心しなさい、あなたのなら私は喜んで飲める。むしろ飲ませて欲しいのよ」

「しかも飲むの!?」

 

コップを持ちながら平然と言いのけるほむらにまどかが驚いている隙に、ほむらはその場にしゃがみ込んで彼女の下半身に手を伸ばす。

 

「さあパンツを脱いでこのコップに出しなさいまどか、そしてパンツもよこしなさい」

「いや~! ほむらちゃんなにしてるの!? あとパンツは絶対に渡さないよ! この後も授業あるんだよ!」

「大丈夫よ、私のパンツを貸してあげるから。女の子がよくする些細なパンツトレードじゃない」

「しないよ! パンツトレードなんて初めて聞く単語だもん! 明らかにほむらちゃん発案でしょ!」

 

スカートの下を覗き、その中にある下着をランランと目を輝かせながらバッチリ見ているほむらにまどかは抵抗しようとするも、ほむらの暴走は止まらない。

 

「ここなら私とあなたの邪魔をする者はいない。さあ今の内に全てをさらけ出しなさい」

「いやだよ~! こんなのおかしいよ~! うわ! パンツ触らないで!」

「相変わらず可愛らしい下着ね。これを穿くと思うとムラムラするわ」

「うう~本当に止めてよほむらちゃ~ん!」

「抵抗しちゃダメよ、上手く脱がせられないじゃない。我慢せずに早く私にパンツと聖水を……」

「あァァァァァァ!! もう!」

 

無理矢理にでも自分の下着を脱がそうとしてくるほむらに、遂にまどかは顔を赤らめながら彼女をキッと睨みつけ……

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃんの変態!! ほむらちゃんなんて大っ嫌い!!」

「……え?」

 

ほむらは手をピタリと止めて顔色を変える。

今彼女はなんと言ったのだ?

恐る恐るほむらは顔を上げるとそこにはプルプルと震えて怒った表情をしながらも目頭を真っ赤にさせているまどかの姿が……

 

「ま、ま、まどか……?」

「もうほむらちゃんなんて知らない……しばらく私に近寄らないで!」

「!」

「うわぁぁぁぁぁん!!!」

 

とどめの一撃と言わんばかりの言葉を浴びせた後、まどかは遂に大声で泣き出し、トイレをする事も忘れてそのまま泣きながら女子トイレから出て行ってしまった。

 

「……」

 

ショックで呆然としたままその場から動けずにほむらはトイレでへたり込んでいる。

まるで魂が抜けたかのような表情、目は完全に死んでおり己の身に起こった事態に混乱しているようだ。

 

「まどかに知らないって……まどかに近寄らないでって……まどかに……まどかに……」

「あ、いたいた転校生」

 

か細い声ポツリポツリと呟いている彼女の下に一人の少女がやってきた。

まどかの親友であり彼女のよき理解者である美樹さやかだ。

女子トイレでしゃがみ込んでいるほむらを見て早々彼女は髪を掻き毟りながら目を細める。

 

「さっきまどかが泣きながら女子トイレから出て来たんだけどさぁ。アンタなんかやった?」

「……」

「なにか言いなさいよ、話しによっちゃあたし怒るわよ」

「……」

「アンタいい加減に……は!」

 

話しかけてもなにも言わないほむらに、さやかは沸々と湧く怒りを抑えながら彼女の肩に手を置いて乱暴に揺すり始める。

 

だがすぐに彼女は驚きの表情を浮かべたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「コイツ……立ったまま気絶してる……!」

 

 

 

 

 

 

 

ほむらの意識が戻ったのはそれから随分後の事だった。いつの間にか真っ白なベッドの上に横たわっていたのだ。

 

薬品の匂いがプンと鼻に突く、ほむらはすぐにここは学校の保健室だと気付いた。

 

「気が付いたかい、暁美ほむら」

「……」

 

聞き慣れた声が聞こえたのでほむらはそちらに目を泳がせる。

 

ベッドの傍にあるイスに白いナマモノが座っていた。

白いの、珍獣、淫獣、ナマモノ、様々な呼称で呼ばれているがこの生物にはれっきとした名前がある。

キュゥべぇ、宇宙から飛来した自分が大好きな宇宙人、

 

「……どうしてお前がいるのかしら」

「なぁに、ただ笑いに来ただけだよ」

「笑い?」

 

まだ完全には脳が覚醒していない状態でほむらはベッドから半身を起こすと、キュゥべぇは無表情で彼女を見上げる。

 

「ハッハッハ、自ら墓穴を掘って自滅するなんてさすが変態だね君は」

「……」

「僕のワイフであるまどかから色々と聞かせてもらったよ、彼女があんなに怒ってる姿は初めて見たね。遂にやってしまったね、これで僕の完全勝利だ」

「……」

「あ、でも彼女の貴重な姿を見せてくれた事には君に感謝しなければならないな」

「……」

「あれ? やけに大人しいね、いつもなら「殺すわよナマモノ」とか文字通りの殺し文句を言う君が珍しいね」

 

小首をかしげて見せるキュゥべぇに無言でそっぽを向いてほむらは頭を手で押さえる。

 

「……悪いけど下等な生物を相手にしているヒマなんてないのよ」

「おおっと、今回の事はさすがにマジでヘコんでるようだね暁美ほむら、いい機会だ。ゆっくり反省するといいよ」

「私がまどかに、私がまどかに……違うわ、アレはきっとなにかの間違いよ……」

「君は最低でお下劣な所業を何度もまどかに繰り返していた。これに懲りてもう彼女につきまとうのは止めるんだね」

「まどか……」

「……やれやれ、せっかく茶化そうと思ってわざわざ来たって言うのに。つまらないね全く」

 

自分を無視し、項垂れたままブツブツと彼女の名を呟いているほむらに、キュゥべぇは面白くなさそうにプイッと顔を背けた。

 

しばらくして保健室のドアを開けて誰かが入って来た。

 

先程気絶していたほむらを最初に発見したさやかが、彼女の弁当箱を持って来てくれたのだ。

 

「お~す、あ、やっと起きたんだアンタ。ほらアンタの弁当、わざわざ持って来てやったんだから感謝しなさいよ」

「私に時を戻す力があれば……そんな能力どっかで手に入らないかしらね……」

「無駄だよ美樹さやか、彼女の意識は今次元を飛び越えて別世界を漂流しているから」

「らしいわね」

 

すくい上げるように両手を出して、虚ろな目でなにか言っているほむらを見つめながらさやかはキュゥべぇの隣に座った。

 

「この状態じゃ弁当も食えそうにないわね」

「まどかはどうしてるんだい? 美しい僕がいなくてきっと寂しがってるだろ?」

「い~や全然、転校生に対する怒りで頭一杯だからあの子。今は仁美とマミさんの三人で屋上でお昼ご飯取ってるよ」

「君は行かないのかい?」

 

ふと尋ねて来たキュゥべぇに、さやかは自分の弁当を取り出しながら顔をしかめる。

 

「いやぁ私マミさん苦手だから……この前も手錠掛けられて拉致監禁されそうになったし……」

「そうかい、それは惜しかったね。爪が甘いってマミに伝えておくよ」

「いたいけな女の子が監禁されそうなのにアンタは監禁する側に加担する気?」

「監禁されるのは君だろ? だったらなおさらマミを応援するよ」

「そうか、やっぱあたしはアンタの事一生好きになれないわ」

 

無表情でえぐい事をサラッと言いだすキュゥべぇにさやかがいつも通りに殺意を募らせている中、ほむらはまだぼんやりとした状態で天井を眺めていた。

 

「そもそもなにがいけなかったのかしら……」

「おいおいこの変態はまだ罪の意識に気付いていない様だよベイビー」

「こりゃあ重症だわ、そりゃまどかもキレるよさすがに」

 

傍から二人分の声が聞こえたので、ほむらはやっとそちらにゆっくりと振り向いた。

 

「いたのね美樹さやか。存在感無かったから気付かなかったわ。目障りだから消えて頂戴」

「ここまで運んでやった恩人に対する第一声とは思えないわね。アンタといいナマモノといいどうしてこう人をムカつかせる事だけに関してはプロ級なのかしら」

「あなたに用は無いわ、私は一刻も早くまどかの所に行かないと……」

「あ~ちょっと! 今はダメだって! まどか完全に怒ってるから!」

 

ベッドから出ようとするほむらをさやかは急いで止めるが、ほむらは彼女を押しのけてでもまどかの所へ向かおうとする。

 

「あの時はきっとまどかの虫の居所が悪かったんだわ、そう、私と関係無い所で機嫌が悪くなる事が遭ったに違いないわ」

「関係無くないわよ全部アンタが悪いんだろうが! いい加減に気付けこの変態陰湿ストーカー!」

「美樹さやかのクセに生意気よ、まどかはきっとアレよ、“女の子の日”だったのよ」

「お前のそういう所がまどかを怒らせた決定的な証拠だよ! うわ!」

「待ってなさい私のまどか、私の愛で女の子の日のイライラも解消してあげるわ」

 

力押しでベッドの押し戻そうとするがほむらの力は意外に強い。そのままさやかを押しのけて彼女は猛スピードで保健室から出て行ってしまった。

 

「あ~あ……知らないよあたし」

「まどかに一発ガツンと言われれば少しは己の態度を改めると思ったんだけどな。本当ダメ人間だね彼女は、輪廻転生を繰り返しても直りそうにないなあの病気は」

「アンタはなに転校生の弁当食ってんのよ」

 

残されたさやかはキュゥべぇの方へジト目を向けると、彼は勝手にほむらの弁当をバクバク食っていた。まあ手つかずに放置するのももったいないだろう。

さやかはそれを見ながら自分の弁当箱を開けて箸を取り出す。

 

「アンタまどかの所に行ってやったら?」

「いや、暁美ほむらの相手なら今のまどかで十分だよ」

「ふ~ん」

 

一人と一匹で弁当を食べていると、キュゥべぇは食べるのをいったん中断してさやかの方へ顔を上げた。

 

「今の彼女は完全に怒っているからね、一度だけではなく何度も怒られればさすがに暁美ほむらも懲りるだろ。これで彼女が僕に盾付かなくなると思うと嬉しいね」

「アンタほっぺにご飯粒付いてるわよ」

「チャーミングだろ? 写メなら許可してあげるよ、一枚1兆ドルさ」

「いや全然」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室を出て行ったほむらは学校中を駆け回ってまどかを探していた。

 

「まどかの匂いがする、どうやら屋上にいるようね」

 

犬さえも超越する嗅覚でまどかの居場所を感知すると、キラーンと目を光らせてほむらはすぐに屋上へと昇る階段を昇って行く。彼女に怒られた記憶などすっかり忘れてしまっていた。

 

すぐに屋上に辿り着くと、彼女の予想通りまどかは屋上で座って弁当を食べていた。

両サイドには彼女の友達の志筑仁美と巴マミがいる。ほむらにとってはそんな事どうでもいいのだが、むしろ邪魔である。

 

「ハァハァ……見つけたわ私のまどか……」

「それでね~……あ! ほむ……!」

 

楽しそうに仁美達と話していたまどかはすぐに彼女にハッと気付く。

だがすぐに目の色を変えてキッとほむらを睨みつけた。

近づくなと言わんばかりの目つきにほむらは思わず困惑の表情を浮かべて近づくのを躊躇する。

 

「ど、どうしたというのまどか……やっぱり女の子の日かしら、それとも反抗期……」

 

怒ってる理由がさっぱりわかってない様子のほむらに、まどかはプクーと頬を膨らませる。

 

「ん~……」

(頬を膨らませて睨みつけて来るまどか……なんて可愛いのかしら、抱きしめて頭ナデナデしたい)

「ふん!」

(「もう知らない!」と言った感じでプイッと顔を背けるまどか。ハァハァ……! たまらなく可愛過ぎて食べちゃいたい……!)

 

嫌悪されているにも関らずほむらは顔を紅潮させて興奮し始める。

だがそんな勝手にヒートアップしている彼女を尻目に。

まどかはケロッといつもの表情に戻って隣にいる仁美に話しかけていた。

 

「仁美ちゃん、明日の休日ヒマ? 杏子ちゃんと一緒に街へ行く事になってるんだけど?」

「あらそうなんですか、ですが申し訳ございません。行きたいのは山々なんですが明日は真の北斗神拳伝承者を決める「天授の儀」を行わなければなりませんの……」

「ああそうなんだ、じゃあ仕方ないね。なんか仁美ちゃんが光の速さでどんどん遠くなっている様な気がするけど」

 

残念そうにお断りを入れる仁美にまどかは頷くと、今度は反対方向に座っているマミの方へ

 

「マミさんは来れますか?」

「いいの!? 本当にいいの!? 私なんかで本当にいいの鹿目さん!? こんな私なんかで大丈夫!?」

「もう既に泣きそうな顔しないで下さい、友達なんですから当たり前ですよマミさん」

「やったー! 今まで生きて来てよかったわー!」

「だから泣かないで下さい……」

 

両手で万歳して目から涙をポロポロ流しているマミにまどかがツッコんでいると、ほむらは自分の髪を見せつけるようにバサッと掻きあげてチラリと彼女に横目をやる。

 

「まどか、巴マミなんかほっといて私と一緒に遊びましょう、素敵な体験が出来るわよ。二人っきりで大人への階段を昇りましょう」

「“暁美さん”とは遊ばない」

「……え?(名前じゃなくて名字……)」

 

こちらに目を合わせずに尖った口調でそう言うまどかにほむらは目を見開いた。

いつもと全然違う彼女の冷たい態度にほむらが戸惑っていると、まどかは彼女を無視して仁美とマミを連れて彼女の横を通り過ぎた。

 

「暁美さんなんてほっといて行こう、5時間目体育だから着替えなきゃ」

「そうですわね、急いでグラウンドに行かなければなりませんわ」

「お母さんとお父さんに報告しなきゃ、今日は赤飯よ……!」

「まど、か……」

 

キビキビとした足取りで教室へと戻るまどか達。自分の方へ一度も目を合わせずに行ってしまった彼女、ほむらはそれがショックで屋上で呆然と立ち尽くす。

 

「ウソよ……まさか本当にまどかが私の事を……」

「あ~らら~、アンタマジでまどかに嫌われちゃったわね」

「暁美ほむら、傷付いた心を癒す為に僕はこの言葉を贈るよ。ざまぁ見ろ変態」

 

まどか達が立ち去った後、キュゥべぇを肩に乗せたさやかがヒョコっとやってきた。

だがショックで固まってしまっているほむらには彼女達の声は届いていない。

 

「まどかが私なんかより巴マミを、ぼっちでヤンデレで一緒にいるだけでもウザくてしょうがない巴マミを選ぶなんて、これはきっとまどかになにかあったんだわ……早急に調査しないと……」

「ハァ~、全然ダメだわこのストーカー。ちょっとナマモノ」

「なんだい?」

 

こちらに背後を見せて一人でブツブツ呪文のようになにか呟いているほむらにため息を突くと、さやかは肩に乗っかっているキュゥべぇにジト目を向ける。

 

「アンタの得意の“説教タイム”で転校生に気付かせなさいよ、自分が間違ってるって」

「勝手に僕の得意技にへんなモンを付け加えないで欲しいな、そんなモン持ってたとしても彼女に使いたくないよ」

「はぁ? どうしてよ?」

「このアブソリュートセクシーフォースの僕が暁美ほむらの助けに入ると思うかい?」

 

怪訝な表情を浮かべるさやかにキュゥべぇは首を横に振った。

 

「あり得ないね、勝手に一人で悩んでどんどん自滅していけばいいさ。変態は変態のまま変態に相応しくムショにでも病院にでもぶち込まれるのが最善なエンドだと僕は思うよ」

「アンタも冷たいわねぇ……あ」

 

今までまどかの為に巴マミや佐倉杏子や美樹さやかの騒動を鎮圧して来た彼だが、さすがにほむらに対しては別らしい。

力は貸さないと言うキュゥべぇにさやかはしかめっ面を向けていると、ふとほむらがこちらに振り返っている事に気付いた。

 

いつもと変わらないポーカーフェイスでジッとこちらを見ている。

 

「美樹さやか、それとナマモノ」

「なによ転校生、まどかにフラレたアンタが私達に何か用?」

「協力しなさい」

「へ?」

 

無表情で短い言葉を放つと、ほむらはキョトンとしているさやかと彼女の肩に乗っかっているキュゥべぇに近づいて、一人と一匹の頭を突然鷲掴みにする。

 

「私とまどかの愛を復活させる為に協力しなさい」

「いやいきなりなに言って……あだだだだだ! ちょ! 頭痛いって!」

「わけがわからないよ、僕が君に協力する訳ないじゃないか、一応恋のライバル的存在なんだよ?」

 

掴まれた頭に徐々に力が加えられて痛みに悶えながら絶叫を上げるさやか。

もう片方の鷲掴みされたキュゥべぇは、ほむらに宙ぶらりんにされた状態のまま彼女に話しかける。

 

「自分のケツぐらい自分で拭いたらどうだい、暁美ほむら。君がまどかに嫌われたのは君のミスだろ?」

「黙りなさい淫獣、私はなにも悪くないわ、ただまどかの聖水とパンツが欲しかっただけよ、これっぽっちで彼女に嫌われるなどあり得ないわ」

「パーフェクトじゃないか、まどかが君を嫌う材料が全部揃ってるじゃないか」

「あだだだだだ! 頭もげる! 頭もげちゃう!」

 

絶叫を上げるさやかを無視して真っ向から睨み合うほむらとキュゥべぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の手を借しなさい。さもないと焼却炉にダストシュートするわよ」

「やれやれ……わけがわからないよ」

「頭もげるって言ってるでしょ! いい加減にしなさいよ転校生!」

 



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13ステップ ほむほむテクニック

 

ほむらがまどかに嫌われた日の翌日。

学校の休日を利用して鹿目まどかは今、佐倉杏子、巴マミと街で遊ぶ為に昼過ぎに集合場所の駅前にある銅像の前に来ていた。

 

「あ、杏子ちゃんもう来てんだ!」

「いやアタシも丁度来た所だよ」

 

走ってこっちにやってきたまどかに一足早く待ち合わせ場所に来ていた杏子が軽く手を振って迎える。

 

「マミはまだ来てねぇけどな」

「マミさんが?」

「まあ集まる時間までまだあるし、ゆっくりとこっちに向かってるだけかもしれねぇけど」

「……」

「ん? どうした?」

 

懐からうまい棒を取り出しながら杏子が喋っていると、まどかはふとある物を一点集中して凝視していた。

 

銅像の前に目立つように置いてある、この人一人分は入れるぐらいの黄色いテントは……

 

「……なんだろアレ」

「アタシが来る前からあったぞそれ、どっかのホームレスのおっさんでもいるんじゃねぇの?」

「こんな目立つ所でテント張るかなぁ……」

 

呑気にボリボリとうまい棒を食べ始める杏子と違いまどかは不審な様子でそのテントをジーッと眺める。

 

するとテントの中からゴソゴソと音が鳴ると共にゆっくりと入口が開いた。

 

「鹿目さんと佐倉さんはまだ来てないのかしら……」

「ぶほッ!」

「マミさん!?」

「あら来てくれてたのね二人共、こんな私の為にありがとう」

 

テントの入口から顔だけ覗かせて辺りを窺う人物を見て杏子は口に咥えていたうまい棒を吹き出してまどかは目を見開かせる。

テントの中にいたのは今日遊ぶ約束をしていた少女、巴マミだったのだ。

彼女は二人を見つけるやいなやすぐに安堵の表情を浮かべる。

 

「待ち合わせ場所に遅れないようずっとここにスタンバっていて良かったわ」

「スタンバってたって! アンタいつからここにいんだよ!」

「昨日の夕方」

「はぁ!? ここで一夜明かしたのか!?」

「だってお母さんが「待ち合わせするなら遅れちゃダメ」って言うから……それでお父さんにこれ借りて……」

「アンタのおふくろと親父はどんな指導してんだ! たかが待ち合わせに来るだけだろ!」

「だって私……こういうの初めてだし……」

「なんでそこで涙目になるんだよ!」

 

ようやくテントから出て来たマミに杏子が軽く一喝した瞬間、すぐにマミはしおらしい表情を浮かべて泣きべそを掻いてしまう。

彼女に対して杏子がまたツッコミを入れていると、まどかが苦笑した顔で「まあまあ」と彼女の肩に手を置いて落ち着かせる。

 

「マミさん、お友達と遊ぶ時は別に待ち合わせ場所にテント張って待機なんてしなくて大丈夫ですから……」

「ぐす……でももし私が遅れちゃったら、あなた達私の事嫌いになっちゃうでしょ……?」

「なりません! そんな事で嫌いになりませんから!」

(アタシはこんな奴とまともに遊べんのか……?)

 

鼻をすすらせながらこちらに捨てられた猫の様な目を向けるマミにまどかが必死に手を横に振って否定する中、杏子はマミを見ながら一人不安な気持ちに駆られていると、「ん?」とある事に気付いた。

 

「そういや今日はアタシとお前とコイツだけなのか?」

「あ、うん。さやかちゃんとキュゥべぇも予定があるから来れないんだって」

「いやさやかはともかくあのナマモノに予定もクソもねぇだろ……一日中お前にべったりしてるアイツが来ないなんて珍しいな」

「そうなんだよね、断り方もなんかぎこちなかったし……なんかあったのかなキュゥべぇ」

 

まどかは首を捻って考えていると、杏子はキョロキョロと辺りを警戒するように見渡し始める。

 

「そういやアイツも来てねぇのか? あの長い黒髪の変態ストーカー」

「……ほむらちゃんなんて知らないモン」

「え?」

 

杏子が尋ねてきた瞬間まどかは考え事を止めて急にツンとした態度を取った。

人の良い彼女がこんな態度を取る事に杏子は口をポカンと開けて固まる。

 

「どうした急に? もしかしてアイツとなんかあったか?」

「うん私は今凄くほむらちゃんに怒ってるんだよ」

(頬膨らまして怒っても全然恐くねえ……)

「ふん」

「にしても怒ってる相手がアイツか、理由は大体予想付くか……」

 

頬を膨らませてこちらにそっぽを向いたまどかに、杏子は髪を掻き毟りながらフゥ~とため息。

 

(ま、いつかこうなるとはわかってたんだけどな……)

「ほむらちゃんの事は忘れて早くどこかに行こう」

「お、おう。じゃあゲーセンでも行くか」

「ゲーセンか~、私あんま行った事無いけど杏子ちゃんはよく行くの?」

「たまにな~(にしても……)」

 

会話しながら杏子はチラリとまどかの服装へ目をやる。

彼女が着ているのは私服だと思われる可愛らしいピンクのワンピース、そして……

 

「……そんな“コート”着て暑苦しくねえのかお前」

「えへへ~「踊る大捜査線」の青島さんはいつもこれ着てたんだよ~。だから私も一年中着てるんだ」

(ボケじゃなくて素で言ってるのがすげぇわ……)

 

ピンクのワンピースの上に“緑色のブカブカコート”を着た少女がほがらかに笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合流して数十分後、まどか、杏子、マミの三人組は今、杏子の薦めでデパートの地下にあるゲームセンターに足を運んで遊んでいた。

 

「よっと、まあこんなモンか」

「すご~い杏子ちゃん! パーフェクトだって!!」

「へへ~ん、体動かすのは得意なんだよ」

 

杏子がやっていたのはゲームセンターの奥にあるダンスゲーム。

基本頭を使うゲームは不得意であるがこういうリズムに乗って体を動かす単純なゲームは彼女の十八番なのだ。

自分の足場にある複数のマークと同じマークが画面上に出るのでタイミングを掴んでリズム良くそのマークを踏む。口で言うのは簡単だが実際やってみるとかなりの体力を使うし研ぎ澄まされたリズム感が重要なので結構難しい。

 

「歌とか踊りはガキの頃から得意なんだよ、親父が趣味でやってたから」

「へ~そうだったんだ、杏子ちゃんのお父さんって牧師さんだよね確か」

「おう、8月中にはCDデビューだってさ」

「お父さん牧師さんなんだよね!?」

 

得意げに親指立てて語る杏子にまどかが大事な事なので同じ事を二回尋ねていると、彼女の背後に近づいてそっと彼女の手を握ってくる者が一人……。

この場所にもっとも場違いな性格と耐性を持つマミだ。

 

「鹿目さん……ここ恐いわ……薄暗いしうるさいし人が多いし……」

「大丈夫ですよマミさん……(また泣きそうになってる)」

「私こういう所は今まで来た事無いの、どうしよう私……ここで何をすればいいの、何をすればここにいていいと認められるの、そもそも私みたいな人間がここに存在していいの……?」

「そんなシビアに考えなくてもいいですよただのゲーセンなんですから……」

 

オドオドと辺りを見渡しながらまた泣きそうな顔に戻ってるマミにまどかがすると彼女は自分の手を強く握りながらそっと呟く。

 

「キュゥべぇ……」

「え?」

「キュゥべぇは……鹿目さんキュゥべぇはどこにいるの……? いつも一緒だったわよね……? キュゥべぇはどこにいるの、あの子がいればなにも恐くないのに……」

「あ~ごめんなさい、キュゥべぇは今ちょっと別の用事で来れないらしくて……」

「キュゥべぇがいなきゃいやぁ……」

「あ……」

 

目の下にじんわりと涙を溜め始めたマミを見てまどかは悟った。

キュゥべぇがいないとわかった今、彼女の次の行動は一つしか無い。

「泣く」それ以外になにがあるのだろうか?

 

「キュゥべぇどこ~! 私キュゥべぇがいないと何も出来ないの~! 鹿目さんも佐倉さんもいるけどやっぱりあなたがいないとダメなの~!」

「マ、マミさん落ち着いて! 杏子ちゃんマミさんが泣いちゃった! しかもガチの方!」

「そいつ本当にアタシ達より年上なのか……? 泣くの止めろよマミ、ナマモノなんて別にいいだろ」

 

まどかの手を握りながら大声で泣き叫ぶマミ。ダンスゲームから降りて来た杏子がそんな彼女を見て呆れた顔で注意するも彼女は泣くのを止めない。

 

「キュゥべぇ~!! うわぁぁぁぁぁん!!!」

「店の中で泣き叫ぶな! 他の客に迷惑だろ!」

「うえぇぇぇぇぇん!!」

「だから泣くなって……! あ~もう! ほれ! コレでも食って落ち着け!」

「ヒック、ヒック……うえ?」

 

キュゥべぇがいないという事だけで泣いてしまった彼女を、なんとか落ち着かせようと杏子がショートパンツの後ろポケットから取り出したのは紙に包まれたただのキャンディ。

嗚咽を漏らしながらマミがそれに気付くと、杏子は無理矢理彼女の手にそれを渡す。

 

「飴あげたんだからもう泣くなよ、アタシとの約束な」

「うう……佐倉さん……わかったわ、私頑張る……飴甘い」

「マジで泣きやんだよオイ……」

 

まだ目は潤んでいるものの、とりあえず泣くのは止めて口の中で飴を舐め始めるマミをジト目で見ながら杏子はけだるそうに髪を掻き毟る。

 

「あのナマモノはよくこんな奴と長く一緒に住んでたな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーセンで何とか仲良くやっていけている三人組。

しかしそんな彼女達を遠くから見つからないように死角に隠れて見ている者が二人。

 

「まどか、まどか、私の可愛いまどか♪ 慌てた顔もチャーミング♪ 抱きしめちゃってチューしたい♪」

「……無表情でいきなりなに歌ってんの? てかなんなのよその歌、アンタが歌うと余計に恐いんだけど……」

 

物陰からヌット顔を出して小粋なリズムを踏みながら歌っているのは現在まどかと喧嘩中の暁美ほむら。

そしてそれを背後から話しかけるのは美樹さやか、

この二人は今、とある訳があって一緒に行動している。正確にはもう“一匹”いるのだがその彼は別行動を取っていた。

 

「決まっているでしょ、私が愛するまどかに捧げるラヴソングよ」

「……アンタまどかに嫌われたってのになんちゅう歌を作曲してるのよ……」

「なに言ってるのかしらこの小娘は? 私がまどかに嫌われた? 変な事言わないで頂戴」「いや嫌われてんでしょアンタ、昨日アンタがまどかがトイレ行った時にいつもの変態行為をして。だから遊びにも誘われなかったじゃない」

「それ以上ふざけた事抜かすと、その空っぽの頭にセメント詰め込むわよ」

「……」

 

まどか達からは見えない場所、クレーンゲーム広場からほむらとさやかは影からまどか達を眺めながらそんな会話をしていた。

嫌われている事を真っ向から否定するほむらに対し、さやかは疲れた様子でたしなめる。

 

「いい加減現実に目を向けなさいってぇの、もうまどかに謝れば済む事じゃない、「変態行為はもうしません」って言えばまどかも許してくれるって」

「私が謝る事なんて何もないわ、だって私は悪くないから。あの時はたまたま彼女の機嫌が悪かった。それだけよ」

「ち~が~う!! 全部アンタが悪いの! アンタが散々まどかにストーカーなり変態行為なりしてたからあの子遂に我慢の限界超えちゃったのよ!」

「うるさいわね、まどか達にバレたらどうするのよ」

 

耳元で叫ぶさやかにほむらはウザそうに手を「しっし」といった風に振って黙らせると、相も変わらない無表情で彼女はさやかの方に振り返った。

 

「それに私がまどかに送る行為は変態なんかじゃないわ、「愛」よ、私の行動は全てまどかの為の愛、それだけよ」

「もうやだコイツ……」

「なに君達そんなコソコソして隠れてるんだい、それじゃあまどか達には見つからないけど不審者としてパクられるよ、なんなら通報して上げようか?」

「あ、アンタ戻って来たんだ……」

 

ほむらの愛という名の止められない一方的な暴走にさやかは頭を抱えてうなだれていると、彼女の下の一匹の珍獣がトコトコと帰って来た。

いざという時は頼りになるがそれ以外は基本「ウザいナマモノ」という言葉で片付けられる宇宙人、キュゥべぇだ。

 

「なんだいさやか、その残念そうな口ぶりは、こんなゴージャスでエレガントな魅惑のボディーとフェロモンを漂わせるセクシーな宇宙人に対してそのリアクションはおかしいよ」

「どの口が言うんだどの口が、てかアンタどこ行ってたの」

「いや久しぶりに麻雀のゲームをね、オンラインでちょっと色んな人と対局してたよ。」

「麻雀!?」

「“アカギ”、“哲也”、“ジュンイチロー”って人と戦ったんだけど、この僕でさえあっという間ににボッコボコにされたよ……恐らく彼等は僕や福山と同じくトップクラスのセクシー野郎だね」

「アンタ麻雀なんて出来たんだ……」

 

意外なゲームをやるもんだ、さやかが腰に手を当て少し驚いているとキュゥべぇは軽く首をかしげる。

 

「僕を誰だと思ってるんだい? 全知全能の神とも呼ばれるに等しい存在だよ? 麻雀なんて余裕のよっちゃんだよ」

「よっちゃんって古臭……てかアンタお金持ってたの?」

「それぐらい持ち合わせてるよ、円なりドルなりペリカなりゴールドなりと」

「……どこに持ってるの……?」

「それは秘密さ」

 

キュゥべぇは勿論服を着ていない(彼曰く「全裸こそが生物として最も美しい状態」)

そんな彼のどこに自分の所有物を所持しているのかはさやかにとって全くの謎であった。

 

(あの背中の黒い模様がちょっと怪しいわね…)

「あ~あ、それにしても今頃僕もあそこでまどかとランデブー楽しんでいた筈なのに、どうして僕は全年齢板ギリギリのド変態と一緒にいるんだろ」

「あ~それは本当そうね」

「君の意見は聞いてないよ」

「本当ウザいわね」

 

彼の非常にドライな対応にピクピクと額に浮かぶ青筋を動かすと、さやかは隠れてまどかをジーっと眺めているほむらに話しかけた。

 

「……で? どうすんのよあたし達。まどか達を見つけたのはいいけどさ、アンタなにか手はあるの?」

「ふん、私はそこの“陰湿陰険淫獣”と違って下らない計画は立てないわ、全てその場その場のアドリブ勝負よ」

「じゃあなんであたし達アンタに付き合わされてるわけ……」

 

さやかとキュゥべぇは本意でほむらと一緒に行動している訳ではない。

彼女に脅されて仕方なくこうして共に行動しているのだ。

本当はほむらなんてほっといてあっちで遊んでいるまどか達の所に行きたいのが本音だが。

キュゥべぇはほむらに対して深いため息を突く。

 

「は~僕はもうウンザリだよ。コレ以上君とさやかの顔を見るのも苦痛だし、僕はここで退散してあちらの花園へ行くとするよ」

「なんであたしの顔を見るのも苦痛なのよ……あたしも行くわ、じゃあね転校生。アドリブ勝負で一生もがいてなさい」

「全く、あなた達はどれだけ愚かなのかしら」

「「は?」」

 

遂に限界なのキュゥべぇとさやかは向こうで遊んでいるまどか達の方へ行こうとするが、

ほむらはバサッと髪を掻き上げながら二人を睨みつけた。

 

「いい? 私の可愛い可愛いまどかは今凄いご機嫌が悪いのよ、彼女まだ思春期だから色々あったに違いないわ、“女の子の日”とか“お月さまの日”とか“あの日”とか」

「いや思春期云々関係無く元凶は万年発情期の君だから」

「だから私達はなんとしてもまどかの機嫌を治すのよ、拒否するのであればこの場で粛清しても構わないのよ」

「シカトの上に脅しかい? わけがわからないよ、ていうかもう君自体がわけがわからないよ」

 

拳を掲げそう宣言するほむらにキュゥべぇは冷たいツッコミを即座に返すが、ほむらは全く話を聞いちゃくれない。余程まどかの機嫌を直す事に必死になっているのだろう。

 

「この私に協力するのよ、変態生物一号とアホさやか。いいわね?」

「やだ」

「アタシもヤダ」

 

即決で首を横に振るキュゥべぇとさやかにほむらはゴミでも見る様な目つきで彼等を睨みつける。

 

「もし協力しないのであれば私の家に拉致って桃鉄100年やらせるわよ、しかも貫徹で」

「ぐ……! 地味でありながら強烈にえぐい拷問をチョイスするとはさすがだね暁美ほむら……」

「え、それ拷問なの?」

「わかってないねアホのさやか。桃鉄100年を三人でやった場合約40時間プレイする事になるんだよ」

「それはキツイわね……アンタ達と長時間一緒にいるとかそれどんな地獄よ」

 

さやかの言うキツイというのは何時間も同じゲームをプレイするよりこの連中と一緒にいる事自体だ。

ぶっちゃけ今だって一刻も早く彼等の下から離れたいのだがほむらはそれを断固として許さない。

腰に手を当てて威圧するかのような目つきでほむらは彼女達に命令する。

 

「さあ、さっさと私にまどかの機嫌をアップする為の情報をよこしなさい。仮にもまどかと付き合いの長いあなたならわかるでしょ美樹さやか。そしてナマモノ、なんかこう彼女の好きなモノや欲しいモノを教えなさい。ハリーハリーハリー」

「結局あたし等頼みかよ!」

「その為にあなた達を呼んだんでしょ、無能なあなたに役割を提供して上げたんだから感謝しなさい」

「ムカつく~! 自分は何もしないであたし達に働かせる気だったのかよ!」

 

上目線でそう言うほむらにさやかは強く地団駄を踏みながら叫ぶ。前々から彼女と折り合いが悪いのはわかっていたがここまで言われたらさすがに彼女の堪忍袋の緒も切れる。

しかしさやかとは対照的に、キュゥべぇは冷静にほむらを見上げて観察していた。

 

「やれやれ、あのまどかに対しては全く自重しない君が他人任せとは、しかも仲が悪い美樹さやかや僕に頼るなんて。いつもなりふり構わず動いていた君としてはやけに慎重で“臆病”だね」

「……なにが言いたいのかしら?」

「いつもの君なら僕達なんかの手を借りるなんて絶対にしない筈だろ? だけど君は僕等に助けを求めた。まどかの機嫌を治すだのなんだの無理矢理な理由を付けてね」

 

優雅に自慢の尻尾を揺らしながら、目を細めて睨みつけて来るほむらにキュゥべぇは真っ向から対峙する。

 

「本当はとっくに気付いているんだろう? 「自分の行いが彼女を傷付けた」って」

「……」

「内心焦ってるのも丸わかりさ、君の行動としては回りくどい点がいくつかあるし。違うかい?」

「……お喋りが過ぎるわよ、無駄口叩く暇があったら情報を教えなさい」

「ま、僕としてはどうでもいいんだけどね……」

 

今すぐにでも殺しにかかって来そうなほむらの目にキュゥべぇはそっぽを向いてひょいっと傍にあったクレーンゲームに飛び乗って周りを見渡した。

ところどころに様々な商品が中に入ったクレーンゲームが置かれている。

 

「ゲーセンか……もしかしたらここにまどかが欲しいものが一つや二つあるかもね、暁美ほむら」

「なにかしら」

「君はこういう所に来て遊んだ事は今まであったかい?」

「あるわけないわ、来た事も遊んだ事も」

「そうかい、それじゃあ」

 

髪を掻き上げ不機嫌そうに返事するほむらに、キュゥべぇはグルリと一回周りを監察した後、改めて彼女の方に振り返った。

 

「今から僕等と一緒に遊ぼうか、初めてのゲーセンで」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュゥべぇの言っている事が理解不能だが、とりあえずほむらはさやかと共に彼の後をついていってある場所の前へ来ていた。

周りには多くのクレーンゲームがある中、キュゥべぇはその中の一つの前に立つと、すぐにそこに昇ってほむら達の方へ話しかける。

 

「ここだ、このクレーンゲームが一番いいよ」

「なにふざけてるのかしらこのナマモノは、体を1メートルぐらい引き伸ばされたいの?私はまどかの機嫌がよくなる方法を探しているの。こんな所で遊びに来たんじゃないのよ」

 

やれと言わんばかりに手を硬貨入口の方へ伸ばすキュゥべぇにほむらは腕を組んで苛立ちを募らせる、だが隣にいたさやかはクレーンゲームの中に入ってる“モノ”を見て目を見開かせた。

 

「お~! よく見つけたわねナマモノ! このクレーンゲームの中に入ってる商品ってどれもまどかが欲しがりそうなモンばっかりじゃん!」

「……なんですって?」

「あの子、魔法少女物には目が無いのよね~」

 

中に入ってる商品を眺めながらさやかがそう言うとほむらはすぐにクレーンゲームの中を覗いた。

 

そこにはちらほらと箱に入ったフィギィアの数々が置かれている、見た所全て『魔法少女』系列のモノだ。

そこでほむらは思い出す

 

鹿目まどかの好きなジャンルは魔法少女物と刑事ドラマ物だと

 

「なるほど……ナマモノのクセに大したもんを見つけたわね、そういえばまどかは魔法少女物が大好きな可憐でかわいい女の子、この中にあるフィギィアをプレゼントすればきっとまどかも私の事を許してくれて……は!」

 

ほむらはそこまで言った途端突然口を抑えて首をブンブンと横に振った。

まるで自分で自分を否定するかのように

 

「違うわ……私は悪くない、ただ私はまどかがなんらかで悪くなった機嫌を元通りにする為に動いているのよ、それだけよ……私は悪くないわ……」

「アンタってホントやる時はやるわね」

「僕はいつだってやりまくりだよ」

 

一人ブツブツと呟くほむらだが、さやかとキュゥべぇにその声は届かなかったのか、クレーンゲームの中を覗きながら話し始める。

 

「え~とあそこにある人形が確か主人公の……」

「“なのは”だね、逆らう者は全てデストロイ、命乞いする者にも容赦なくオーバーキル、笑顔で容赦なく敵を葬り去る姿はまさに魔界の化身、時空管理局最強にして最凶の魔王」

「え? じゃああの黒い翼生やした人は?」

「“はやて”だね、物語におけるツッコミ担当、ボキャブラリー溢れる軍団で唯一の常識人さ、彼女がいなければあの世界はボケで飽和してしまうんだよ」

「……あの金髪の人は?」

「“フェイト”だね、自堕落の上にいつもトラブルを起こして周りに迷惑を掛けるし、いつも仕事場でなにもせずにぐうたら寝てるだけの作中最強のダメ人間さ。先週の話だと遂にはやてに管理局クビにされてたね、アレは笑ったよマジで」

「……ねえこの作品って本当に魔法少女アニメ? なんかあたしと想像してるモンと随分違うんだけど?」

「魔法少女アニメは君なんかが想像出来るほど浅くは無いんだよベイビー」

「深すぎて底見えないんだけど、ホントにまどかこんなの好きなの?」

「好きな筈だよ、だって彼女はいつもテレビに向かって嬉々として叫んでるモン」

「それツッコミ入れてるだけじゃないの……こんなのおかしいって」

「あ、そうだったかも」

 

っとクレーンゲーム内にあるキャラクターでキュゥべぇとさやかが会話を交えている時。

 

「……どきなさい」

「ん?」

「お」

 

遂にほむらがゆらりと二人を掻き分けてクレーンゲームの前に立った。

 

「要するにこの中で一番まどかが欲しがってるフィギィアをゲットすればいいのね、そしてそれをまどかにプレゼントする、理解したわ」

「理解したのはわかるけど果たして君に見事商品をゲットする事は出来るのかな?」

「そうよ、こういうゲームって簡単に見えて難しいのよ、コツとか必要でさ」

「見くびらないで頂戴、こんな子供だましのゲーム余裕のよっちゃんよ」

「……それ流行ってんの?」

 

自信満々な様子を見せる彼女にさやかがツッコミを入れると、ほむらは懐からスッと自分の財布を取り出す。

 

「それに私はまどかの為にならなんでもやるわ、答えなさいナマモノ。この中でまどかが一番お気に入りのキャラはどれ?」

「あそこにニ個だけ置いてあるはやてだね、端っこに置いてある奴。魔法少女の中で一番常識を持ったいい人だって言ってたし」

「わかったわ」

 

キュゥべぇの話を聞くとほむらはすぐに財布から一万札を取りだした。

ただの女子中学生にとってかなりの大金だ。

 

「念の為にと去年のお年玉を持ってきて正解だったわね。たかがゲーセンのゲームなんて簡単に攻略してやるわ」

「うわぁ一万円……アンタまじでやる気ね」

「私はいつだってマジよ、まどかの為なら……」

 

曇りのない目でそう呟くと、彼女はゆっくりと硬貨入口に一万円札を近づけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ勝負よ、私とまどかの輝かしい未来を賭けたこの戦い、なんとしても勝ってやるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な! 入らない! なんてこと! 私の勝負を受けないということなのコイツ!」

「そこお札は入らないわよ」

「両替して小銭にしてきなよ」

 

前途多難なほむらの戦いが今始まる。

 



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14ステップ GIRL+友³

 

 

 

 

全ては愛する彼女の為に。

 

暁美ほむらは度重なる変態行為のせいで愛する者、鹿目まどかに嫌われてしまった。

 

そこで彼女は美樹さやかとキュゥべぇを無理矢理協力させてまどかのご機嫌取り作戦を実行する。

 

まどか達を追いかけている内に初めてやって来たゲームセンター。

 

キュゥべぇの情報を得てほむらはそこで意を決し、未だやった事さえないクレーンゲームに挑戦する。

 

目当ては無論、鹿目まどかが欲しがっている魔法少女のフィギュア。

 

彼女の孤独な戦いが遂に幕を開ける。

 

「……負けた……」

「っておい!」

 

開いた幕はゆっくりと閉じた。

 

残されたのはクレーンゲームの前で両手を突いてひれ伏しガックリと肩を落とす敗者である暁美ほむらの姿。

そんな彼女の傍には、一応付き添いとして一緒にいてあげている美樹さやかの姿もある。

 

数十分前からほむらは血走った目でクレーンゲームに挑戦していた。

背後でさやかとキュゥべぇが観戦してる中、ほむらは慣れない手つきで必死に目当ての商品を取ろうとした。

 

だが全財産の一万円を投入したにも関らず、結果は非情な現実だった。

 

「あり得ないわ、絶対に壊れてるのよコレ……だってクレーンゲームなのに全然クレーンの力が無いんだもの……こんなのでまどかの好きな人形を取れる訳ないじゃない……」

「いやコツ使えば案外楽だから」

「陰謀だわ、これは私絶望の底に突き落す為のこの店の支配人が仕組んだ陰謀よ……」

「なんでアンタなみたいな自分で勝手に落ちる奴をわざわざ落とす必要があんのよ」

 

土下座でもしてるかのようにひれ伏しながらブツブツとなにか呟いているほむらにさやかは冷静にツッコミを入れた。当然悪いのはクレーンの力の弱さでもこの店の支配人でもない。

 

「悪いのは全部アンタ、アンタ本当に下手すぎ、一万円もありゃあ一つや二つ取れるわよ普通」

「私が下手ですって……美樹さやかのクセに生意気な口を叩いてくれるじゃない」

「だって本当の事だし~。あ、私も一回やってみよう」

「……この私が出来なかったのにヘタレでアホでKYなあなたが取れる訳ないでしょ、身をわきまえなさい」

 

挑発的な喋り方をするさやかにほむらはポーカーフェイスで苛立ちを隠しながら睨みつけると、さやかは自分の財布から300円を取り出してそれを硬貨入口にチャリンと投入した。

 

「さあて、まどかが欲しいのは確か「はやて」とかいう短髪の女の人だったわよね」

「300円をドブに捨てた様なものね、あなたは一体いつになったら自分の愚かさに気付くのかしら」

「一万円をダストシュートした奴に言われたくないわよ」

 

後ろで腕を組んで小馬鹿にしてくるほむらに言葉を返しながらさやかは手元にあるボタンを押してクレーンを慣れた手つきで動かし始めた。

 

程なくしてほむらがクレーンゲームやっていた最中に抜け出していたキュゥべぇが戻ってきた。

 

「あれ? 暁美ほむら、どうして君じゃなくて美樹さやかがやっているんだい?」

「ナマモノのクセに私に話しかけないで頂戴」

「その態度から察するにお金全部スッたようだね」

「それがどうしたのよ」

「ミラクルセクシーパワーの僕から励ましの言葉を贈ってあげるよ「このヘタクソ」」

「私に向かってそんな事を言うって事は殺されたいのよね、お望み通り殺してあげようかしら」

 

さやかが一人勤しんでいるのを尻目に、彼女の背後でほむらとキュゥべぇが睨み合って火花を散らし始める。

 

「大体、お前はさっきどこ行ってたのよ」

「いや麻雀のリベンジに行ってただけだよ、またフルボッコにされたけど」

「私がまどかの為に愛の奮闘をしている最中にお前はそんな下らない事をしてたのね」

「僕から見えれば君のやってる事も相当下らないと思うけどね」

「黙りなさいナマモノ、しょう油かけて佐倉杏子に食わせるわよ」

「さすがに彼女でも僕を食べるなんて……あ、いやあり得るかもね、彼女だし」

 

いつもの様に二人で口喧嘩をしていると

クレーンゲームをやっていたさやかが「おお?」とうわずった声を漏らした。

 

「なんだ、一発で取れちゃったよ」

「!?」

 

その声を聞いた瞬間ほむらはハッとした表情で急いでグルリと首を回して振り返る。

目を見開いた彼女の先には器用にフィギュアの箱をクレーンで掴み上げたさやかの姿が

 

「そんな! どうして美樹さやかが!」

「いやぁ、なんか適当にやってみたら運良く掴めちゃった」

「あなたは全生物の中で最も下等な位置にランク付けされている劣悪種! 美樹さやかでしょ! どうしてそんんな美樹さやかが私が出来なかった事をやるのよ!」

「暁美ほむら、神様は例えどんな虫けらにも一つぐらい取り柄を与えるモノなのさ」

「お前等そうやって人をイジメて楽しいか」

 

傍で喚き散らすほむらと冷静に諭すキュゥべぇ。

さやかがイラっとした表情で睨みつけた後、クレーンゲームの中にあるフィギュアがポトリと穴に落ちて彼女の足元に出て来た。

 

「どっかで一万使った“アホ”と違ってたった300円で取れるなんてラッキー。でも取れたはいいけどあたし別に魔法少女に興味無いしな~」

 

そう言いながらさやかはしゃがみ込んで穴に手を突っ込んでヒョイっとほむらが今まどか以上に欲しがっている物を手中に収める。

 

それを呆然とほむらが眺めていると、さやかは立ち上がりざま彼女にニヤリと笑って

 

「どうしっよかな~、まどかが欲しがってたしあげちゃおうかな~?」

「どういうつもりかしら美樹さやか……」

「別に~? なに転校生? もしかしてコレ欲しい?」

「……」

「なぁに睨んでんのよ、可愛げの無い奴ね~ホント」

 

見せびらかすのように片手でフィギュアの入った箱を得意げに振って見せるさやか。

ほむらが欲しがってる物を手に入れて有頂天の様子だ。

今まで酷い扱いにして来た彼女に仕返しせんとばかりにニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「ところでさぁ、あたしってアンタに散々酷い事言われてきたじゃん? そこん所アンタどう感じてる?」

「よくやったわ美樹さやか、早くそれをこっちに渡しなさい」

「……」

 

こちらに手を差し出してさっさとよこせと言わんばかりの目つきの彼女にさやかはしかめっ面で口を開いた。

 

「アンタさぁ、今一番やらなきゃいけない事わかってるでしょ。まどかは今コレをモーレツに欲しがってるのはアンタも知ってるわよね、そしてアンタもコレが欲しい、けどコレはあたしが持っている。じゃあまずアンタはあたしに対してなにをするべきだと思う?」

「……なにがお望みなのかしら美樹さやか……」

「ふふふ、それじゃあまずはあたしに今までアンタがやって来た無礼について謝ってもらおうかしら。そしたらコレあげるわよ、簡単でしょ?」

「謝る? 私があなたに謝るですって?」

 

どうやらさやかが一番求めているモノは『ほむらの謝罪』らしい。

嘲笑を浮かべる彼女にほむらは若干顔をしかめる。

さやかに謝る、彼女にとってはそれはかなり屈辱的な事だ。

しかしそうしなければまどかの欲しがっているフィギュアをゲットする事は出来ない。

 

“はやて”のフィギュアはもう一つクレーンゲームのケースの中に入っているが、軍資金も腕も無い彼女にとって手に入れる事はほぼ無理だ。

 

「美樹さやかのクセに……美樹さやかのクセに……美樹さやかのクセに……」

「……ほらほら、さっさと謝んなさいよ、ごめんなさい一つで済まさないからね、頭下げるのよ頭」

「覚えてなさい美樹さやか……このお礼はたっぷりと……」

「聞こえてんのよ、やっぱ土下座にする?」

「く……」

 

ニヤニヤしているさやかにほむらは静かに奥歯を噛みしめる。

まさか彼女とこんな風に立場が入れ替わってしまうとは……。

悔しそうに歯噛みしながらほむらを意を決したかのように、改めてさやかの方に向き直った。

 

「わかったわ、謝ればいいんでしょ」

「お、やっとわかってくれたわね。じゃあそこで頭下げてごめんなさいって言いなさい」

「ええ」

「やけに素直だね暁美ほむら」

「全てまどかの為よ」

 

傍に立っているキュゥべぇに短くそう言うと、ほむらは直立不動の状態からゆっくりとさやかに向かってお辞儀する。

 

「今まで酷い態度を取っていてその……ごめんなさい」

 

こちらに向かってキッチリと頭を下げて来たほむら。

正真正銘の彼女の謝罪、さやかはそんな彼女に笑みを浮かべるのを止める。

 

「ちゃんと素直に謝れるじゃんアンタ」

「……」

「どうしてあたしに謝れてあの子には謝れないの?」

「……」

 

そう、さやかは彼女に気付かせる為にこの様な形を取ったのだ。

真に謝る相手は別にいると……。

 

「まどかのご機嫌取りとかそんなのどうでもいいじゃない」

「……」

「この人形もアンタに必要ないよ、アンタに必要なのはあの子に謝る勇気……」

 

さっきでの意地悪な笑みと違い慈愛に満ちた優しい笑顔を浮かべるさやか。

そしてほむらは頭を下げた状態で。

 

 

 

 

 

 

 

キランと目を怪しく光らせた。

 

「ほむ!!」

「ぐほぉ!!」

 

謝る体制の状態からほむらは勢いよくさやかにタックル、彼女の頭部はものの見事にさやかの腹に直撃。

 

まさかの事態に呻き声を上げてその場に大の字で倒れるさやかだが、ほむらは無表情で堂々と彼女の手からフィギュアの入った箱を奪い取る。

 

「約束通り、コレは貰っておくわ」

「が……アンタ……」

「文句は無いわよね、“美樹さやかのクセに?”」

「この……」

 

無理矢理ブツを奪うほむらを、さやかは腹押さえて痛みに悶えながら顔を上げる。

 

「悪魔め……」

「悪魔で結構、悪魔だから悪魔らしい手段を取らせてもらっただけよ」

「……アンタマジで後悔するわよ……」

 

なにか言おうとするが途中でさやかはガクッと意識を失う、ほむらはそれを冷たく一瞥すると髪をさっと掻き上げた。

 

「私に対してたわけた事抜かした結果よ、美樹さやかのクセに生意気な態度を取るなんて」

「あ~あ、さやかをKOさせて大丈夫かい? もしまどかが今この状況を見ていたら彼女相当ショック受けるよ」

「問題無いわ、まどかならあっちで他の二人と遊んでる筈よ」

 

キュゥべぇはそう言うが、ほむらはさやかをやった事をさほど気にしてない様子。

利用出来たら後は捨てる、ほむらにとってさやかは使い捨て要員でしかなかったのである。

 

「さあ、美樹さやかをその辺のゴミ箱に捨てた後すぐにまどかの元へ向かいましょう。コレを渡せばまどかもきっと許し……ご機嫌MAXになるわ」

「ふ~ん。じゃあ渡しに行きなよ、“そこにいるから”」

「……え?」

 

不意にキュゥべぇが後ろに振り向いてそう言った、不思議に思いながらほむらもそちらに顔を向けると。

 

「ほむらちゃん……」

「! ま、まどか……!」

「やっとこっちに気付いたか……悪いけど全部見せてもらってたぞ、お前の悪行もな」

 

柱の影から出て来たのは悲しそうな顔をした鹿目まどかだった、続いて彼女の背後からしかめっ面を浮かべる佐倉杏子が出てくる、どうやらさっきまでの経緯を見ていたらしい。

そして最後に、ビクビクと震えながら巴マミがひょこっと顔を出した。

 

「もうキュゥべぇの所に行っていい……?」

「ああ行け、どんどん行け。んでメチャクチャ抱きしめてやれ」

「キュゥべぇ~!!」

「ぐほ! また泣きながら抱きついて来たよ! いい加減にしてくれよマミ!」

 

杏子にやっと許可をもらったマミは喜びのあまり泣きながらクレーンゲームの上に座っていたキュゥべぇに飛びついてすぐに抱きしめる。

キュゥべぇにとっては慣れたモンだがやはり恐いのは恐い。

 

一方ほむらはというと、最も最悪なタイミングで彼女、まどかと会ってしまった事に多少動揺はしているものの、髪を掻き上げて平静を保ちながらいつも通りを装って彼女に話しかける。

 

「ま、まどか……奇遇ねこんな所で会えるなんて、やっぱり私達は結ばれる運命なのかしら」

「ほむらちゃん……そこでさやかちゃんが寝転がってるんだけど……」

「寝てるだけよ」

「こんなうるさい場所のド真ん中で寝れる程さやかちゃんは大胆じゃないよ……吉野家で寝てた事はあったけど」

 

しょんぼりした表情でも律義にツッコミを入れてあげると、まどかは残念そうに首を横に振って見せた。

 

「ほむらちゃん、私全部見てたんだよ、ほむらちゃんがさやかちゃんが手に入れた“八神はやて・魔法少女バージョン16分の1サイズ・オプションで夜天の書&リィンフォースⅡ付き”を無理矢理奪った所を……」

(わざわざ商品名をフルで言わなくてもいいと思うわよまどか……)

「ほむらちゃん……」

「……」

 

今にも泣きそうな顔でこちらを見つめるまどかにほむらは胸を痛くする。

彼女のこんな表情を見ると自分も悲しくなってくる、彼女の中にそんな気持ちがあった

 

「そうね、今更誤魔化しきれないわよね。わかったわまどか、真実を教えてあげる」

 

そしてほむらは遂に腹をくくって彼女と正面から向き直った。

 

「実は優しい優しい美樹さやかさんが私の為にこの人形を取ってくれたのよ」

「誤魔化しの上に更に誤魔化しをトッピングしないでよ……」

 

神のイタズラか、都合の悪いタイミングでまどか一行と鉢合わせしてしまったほむら一行。

現在彼女達はゲームセンターの二階にある休憩室で、ギスギスした空気を匂わせながら集合していた。

 

「……こんな所で会うなんて偶然ねまどか……私達はきっと赤い糸で繋がって……」

「……どうせ最初から後をつけて来てたんでしょ? さやかちゃんやキュゥべぇを巻き込んで……」

「あ、いやその……」

 

5人と一匹はテーブルを挟んだソファに座って休憩しているとは思えない状況だった。

ほむらとまどかが向かい合って互いに視線を合わせない。ほむらの隣にいるさやかはまだノビている(ここまで杏子がおぶって連れて来た)。

そしてまどかの方に座っている杏子はヒソヒソとマミの肩に乗っかっているキュゥべぇと話していた。

 

「なんか空気重くて居心地悪いな……」

「名案を思い付いた。あんこ、君が腹踊りでもすればこの暗いムードも明るくなるよ」

「この状況でそんなことしたらここら一体が氷河期迎えるだろうが……てか誰がするかそんな事」

 

名案もクソも無い彼のアイディアに杏子が軽くイラっとしていると、彼を肩に乗せているマミがこの空気の悪さに気付いてない様子で彼女に首を傾げる。

 

「佐倉さん、どうして鹿目さんと暁美さんは互いに黙りこんでいるの?」

「喧嘩中だからだよ、悪いのは全部ストーカーの方だけどな」

「喧嘩!? 大変よキュゥべぇ! 私のお友達がピンチだわ! あなたの力でなんとかして!」

「あ、ごめん、ちょっとお腹痛いから無理」

「そんな! 私のキュゥべぇがお腹痛いなんて大ピンチじゃない! 誰か助けてーッ!」

「おいマミ! 飴あげるから黙れ!」

「うん!」

「いい返事だなおい!」

 

いきなり喚きだすと思えばすぐに素直に頷いて見せるマミにちょっと前にあげた奴と同じ飴を投げて渡すと、杏子は膝に頬杖を突いてほむらの方へ視線を変えた。

 

「で? お前は何でこんな所にいんだ?」

「答える義理は無いわ」

「どうしてさやかとナマモノを連れてたんだ?」

「答える義理は無いわ」

「なぁ、なんでそんな人形をさやかから奪ったんだ?」

「答える義務は無いわ」

「会話のキャッチボールする気ねぇのかテメェは……」

「ドッチボールなら喜んでやってあげるわよ、その顔面に思いっきり投げてあげるわ」

 

さやかやキュゥべぇだけはなく杏子にまで喧嘩口調で接するほむら。

彼女に対し杏子はやれやれと言った風にボリボリと頭を掻く。

 

「アタシ達5人って短い付き合いでもねぇだろ? ちょっとぐらいでいいからさ、いい加減お前もアタシ達に心開いてくれよ」

「私が股を開く相手はまどかだけよ」

「お前の耳は腐ってんのか? それとも頭か?」

「もういいよ杏子ちゃん……」

 

眉間にしわを寄せてほむらを睨みつける杏子をまどかがそっと制止させる。

 

「ほむらちゃんがこんな人だったなんてよくわかったから……」

(いや気付くのおせぇ……)

「ほむらちゃんはちょっとというかだいぶ変わってる子だけど、友達を傷付けた上に物を取り上げる人じゃないと思ってたのに」

「……安心しなさいまどか、私が傷付けたのは美樹さやかよ、問題無いわ」

「いやさやかちゃんでもダメだからね……なんでさやかちゃんならいくらでも傷つけてOKみたいな感じで言ってるの……」

 

グッと親指を立てる得意げなほむらにまどかが低いトーンで言葉を返すと、彼女は突然その場からスッと立ち上がった。

 

「ごめんちょっと一人にさせて、ほむらちゃんの顔、もう見たくないし……」

「ほむ!? まどかそれどういう……!」

「じゃあねほむらちゃん、もう二度と私に話しかけないでね……」

「ま、待ってまどか!!」

 

こちらに背を向けて寂しくそう言うまどかにほむらはソファから身を乗り上げて呼び止めようとするも、彼女はトボトボと項垂れた様子でどこかへ……

 

「まどかァァァァァァ!! カムバァァァァァァァック!!!」

 

ほむらの必死な叫ぶも虚しくまどかは人ごみの中へと消え、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「なんて事……まどかが……もう私の顔も見たくないなんて……」

「まあ当然と言えば当然だな」

 

ガックリと肩を落として落ち込むほむらに、杏子は懐からブリッツの箱を取り出しながら呟く。

 

「下手な言い訳ばっかして話をはぐらかして、それでまどかがお前を簡単に許すと思ってんのか?」

「うるさいわね、あなたには関係ないでしょ……」

「関係無くねえよ、アタシはまどかのダチ、お前もアイツのダチだしな。それにアタシもお前の事は……一応ダチだって思ってるよ」

「フン、下手なウソは止めて頂戴、私の友達はまどかだけよ……」

 

こちらが何を言っても彼女は全く相手にしようともしない。

杏子はブリッツを口に咥えると、おもむろにマミの肩に乗っかっているキュゥべぇに話しかける。

 

「ナマモノ、コイツになにか言ってやってくれ。アタシ達の声は届かないかもしれないけど常にぶつかり合ってたお前なら出来るかもしれねぇ、頼む」

「……」

 

杏子の口から頼むなんて言葉が出るとはキュゥべぇ自身も予想だにしなかっただろう。

しかし彼はそんな彼女の頼みに対して無情にも素っ気ない態度で

 

「嫌だね」

「な!」

「まどかは彼女の事を嫌いになったんだろう。 それなら僕としてはとても都合のいい事じゃないか、僕がここで暁美ほむらになにか言う義理なんてあるのかい?」

「お前……!」

 

あまりにも冷たいその言葉に杏子はバキッと咥えていたプリッツを砕いてしまう程歯を食いしばる。

そしてキュゥべぇはシュタっと勢いよくマミの肩から飛び下りて

 

「なんでもかんでもこのセクシーな僕に頼らないでくれ、僕はもう行くよ」

「待ってキュゥべェ! 私を置いていかないで!」

「テメェ! こんな事になっておいて一人ノコノコと逃げる気かよ!」

「逃げる? そんな美しくない真似をこの僕がするわけないだろ」

 

四本の足でどこかへ歩き出すキュゥべぇに必死に叫ぶマミと怒鳴り声を上げる杏子。

彼女達に対し、彼はゆっくりと顔だけ振り返った。

 

「僕はね、この世界で最も泣いて欲しくない人がいるんだ。もし彼女が悲しい目に遭ったのなら僕は彼女の為に全力でその悲しみを消してあげなければいけない」

「お前、まさか……」

「今僕が行くべき所は間違いなく彼女の傍だ」

 

キュゥべぇが行くべき場所、それは彼がこの世界でずっと愛し続けると誓った一人の少女の下。

 

「それであんこ、マミ、あとそこでアホ面でノビてるさやか。君達にお願いがあるんだけどいいかな?」

「あんこじゃなくて杏子だ……お前がアタシ達に頼み事するなんてどういう風の吹き回しだ?」

「暁美ほむらの方は君達に“任せたよ”、こっちは僕に“任せてくれ”」

「!」

 

杏子は目を見開いて驚く。彼が自分達に頼み事をする事さえ初めてだ、その上まさか……。

 

「じゃあ僕は行くよ。頼んだよ“杏子”」

「……うるせぇ早く行って来い。アイツを……まどかの事をよろしくな“キュゥべぇ”」

 

互いに名を呼び合って二人は背を向ける。

キュゥべぇはまどかが行ってしまった方向へ、杏子は正面からほむらと向き直って。

 

「はん、まさかアイツに任せられる事になるとはな……よし、こっからは本気でお前とぶつかってやるぜ。覚悟しろよ」

「……」

「戻って来てキュゥべぇェェェェェェ!! カムバァァァァァァック!!!」

「お前はまず落ち着けマミ! ほら飴!」

「甘い!」

 

改めて挑戦的な言葉をほむらに投げつける杏子。

キュゥべぇがいなくなった事でまた喚きだしたので、すぐに杏子がほおり投げてきた飴を口でキャッチして大人しくなるマミ。

そしてもう一人……

 

「う~ん……あれ? なんであたしこんな所で寝てるの? つかここどこ?」

「ようやく起きたのかお前……」

「ん? なんでアンタとマミさんがいるわけ? てかまどかとナマモノは?」

 

ほむらにダウンを取られてずっと気絶していたさやかがようやくほむらの隣の席でパチクリと目を覚ました。

 

「あっれ~? おかしいな? あたしの腹に思いっきり頭突きかました奴がなんで偉そうにあたしの隣に座ってんの?」

「もう意識が覚めたのね、もっと思いっきり突っ込めば良かったわ」

「なにをーッ!」

「おいさやか、コイツとの喧嘩、アタシ達も混ぜろ」

「へ?」

 

無愛想に返事したほむらに覚醒したばかりのさやかがすぐにカンカンになっていると、杏子が話に割って入る。

 

「さてと……」

 

訳も分からず戸惑っているさやかを置いといて、杏子は隣にマミを座らせたままほむらと真っ向から対峙。

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっからは本腰入れた真剣勝負だ。まどかの為に、テメェの心を無理矢理にでもこじ開けてやるよダチ公」

「……」

 

互いに睨み合う二人。

 

相手は佐倉杏子・美樹さやか・巴マミ。

 

暁美ほむらの二度目の戦いが始まる。

 

 

 

 



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15ステップ まどかが好きなんだ!

 

 

キュゥべぇに頼まれた大切な役目。

その役目を全うする為にと、佐倉杏子は全く揺るがない変態、暁美ほむらとゲーセンの休憩室にて対峙していた。

 

「だ・か・ら! お前がまどかに謝れば全部丸っと収まるんだっつうの!!」

「さっきから何度も言わせないで頂戴、私は何も悪い事はしてないわ」

「いい加減にしろよお前! どんだけ自分がやってきた事に罪の意識感じねぇんだよ!」

「そんなもん感じる訳ないでしょ。私は私の愛をまどかに貫き通しているだけよ」

 

彼暁美ほむらの説得。それぐらいならお安い御用かと思っていたのだが……

数十分に渡る話し合いの中で遂に杏子の頭の中で血管がブチブチと音を立ててキレた。

 

「チクショー! コイツ全然言う事聞かねえ! てか段々腹立って来た! もうぶん殴っていいかコイツ!?」

 

完全に頭に来てる様子でガラステーブルに何度も頭突きしてなんとか怒りを抑えつけようとする杏子。

彼女の隣に座っていた巴マミが必死な様子で呼びかける。

 

「ダメよ佐倉さん! 友達を殴るなんて絶対にしちゃいけないわ! そんな事したらあなたと暁美さんの友情にヒビが……!」

「コイツからヒビ入れて来るんだよ! こっちはセメントで必死にまどかとコイツの間にあるヒビを埋めようとしてくるの! 直りかけた所にまたつるはし持ってバンバン壊しにかかってくるの!」  

「なんですって! 酷いわ暁美さん!」

 

杏子に言われてすぐに首を方向転換させてほむらの方に詰め寄るマミ。

だがほむらはテーブルに頬杖を突いた状態でそっぽを向いてめんどくさそうに

 

「巴マミ、こちらに話しかけないで頂戴。周りの人達にあなたと知り合いだと思われたくないから」

「ひ、酷い! 鹿目さんや佐倉さんだけじゃ飽き足らず! 私との友情も壊しかねない言葉を投げつけて来るなんて!」

「安心しなさい、元々私とあなたなんかに友情なんてモンは存在しないわ。壊す物さえ無いから」

「ううそんな……私はずっとあなたの事を友達だと思ってたのに……うえ~ん!!」

 

無表情でマミにとってかなりキツイ言葉で突き飛ばすほむらに対して遂にマミが目から涙を流して泣き声を上げる。

隣に座っていた杏子はすかさず目を光らせ、ショートパンツの後ろポケットからある物を取り出してマミに向かってほおり投げる

 

「飴!」

「甘い!」

「よし!」

 

杏子が投げて来た飴をマミはパクッと口でキャッチする。彼女はすぐに泣きやんだ。

段々マミの扱いに対してよくわかってきた杏子であった。

 

「ダ、ダメだ……! マミの扱いが上手くなってもコイツの扱いは全然わかんねぇ……!」

「いやぁそれでも十分凄いと思うけど」

 

残念そうにガクッと肩を下ろす杏子に、向かいの席、ほむらの隣に座っていた美樹さやかがボソッと呟く。

 

「マミさんの扱いなんてあのナマモノしか出来ないだろうと思っていたし」

「おいさやか! お前もただ座ってないでコイツの説得手伝ってくれよ!」

「勘弁してよ~、あたしはアンタ達と会う前からコイツに色々と言ってやってたんだよ?」 

 

援軍を要請する杏子にさやかはどこかウンザリとした表情で非協力的な態度を取った。

 

「なのにコイツあたしの事を「美樹さやかのクセに」とかめっちゃバカにしてくるし。もうコイツに話しかけたくもないんだよねあたし」

「美樹さやかのクセになにを言っているのかしら、あなたに話しかけられるなんてこっちから願い下げよ、むしろ今こうしてあなたと会話を交えている事自体苦痛よ」

「ボットン便所に落ちてあまりの臭さに死ねばいいのに」

「うんまあお前の言い分もすげぇわかるけどさ……」

 

ほむらとメンチを切り合って死の宣告をするさやか。

あまり気乗りしない彼女に杏子も納得した様子で頷く。

 

「だけどよぉ、ここはまどかの為にと思ってアタシに手を貸してくれよ……マミは全然役立たねえし……」

「佐倉さん、今私に対して酷い事言わなかった?」

「言ってねえよ」

「てかさぁマミさんってあたし等より年上だよね……? なんでこんな全然頼りにならないのよ……」

「美樹さん、何か私に対して悪口とか言ってない?」

「言ってません」

 

口の中で飴を転がしているマミは放っておいて、杏子はさやかにほむらの説得を要請した

 

「ほれ、お前もナマモノみたいにお喋りだろ? 口の使い方ならお前も得意なんじゃねえか?」

「なによその理由、あたしとアレを一緒にすんじゃないわよ……。しょうがないわねぇ……アイツの真似事でいいならやってみるわ」

 

杏子の頼みにさやかはしぶしぶ了承。本人はかなり納得していないようだがとりあえず隣にいるほむらと向き合ってみる。

 

「あのさぁ、いい加減気付いている事に向き合ってみれば?」

「……」

「まどかは優しくていい子だよ、けどあの子だってアンタが限度超えりゃあそら怒るわよ、人間だもの」

「……」

「相手が怒ってるんなら自分が何するべきかわかってるでしょ? アンタだってもうあたし達とこんな事してるヒマ無いでしょ。謝って来なさいよ早く」

「……」

「ただそれだけで万事解決なんだしさ、それをズルズルと引き延ばしてもアンタの為にもまどかの為にもならないのよ?」

「……」

「やれやれ、こんな簡単な事も出来ないなんて……」

 

まったく無反応で無言なほむらを相手に。

さやかはここで決め台詞だと言わんばかりにキュピーンと音を立てて。

 

彼女に向かって最大のドヤ顔を浮かべた。

 

「わけがわからないよ!」

「バルス」

「うごがッ!!」

「さやかぁぁぁぁぁ!!」

 

キランとこちらに笑いかけて来たさやかにほむらは無言で指を二本突き出して彼女の目を思いっきりぶっ刺す。

彼女なりにキュゥべぇに習って本気の決め台詞を吐いたのにまさかの仕打ち。

さやかは寝転がれるぐらい広いソファの上で激しく悶絶した。

 

「目が! 目がぁぁぁぁぁぁ!!」

「あら、あまりにもキモウザいセリフが聞こえた上にキモウザいツラが目の前にあったから思わず破滅の呪文を唱えてしまったわ」

「破滅の呪文ってただの目潰しじゃねえか! 完全に物理による攻撃だっただろうが!」

 

横で悶えるさやかをよそに悪びれる様子も無く淡々と口を開くほむら。

杏子が叫んでもツンとした態度で罪悪感などこれっぽっちも持ち合わせていない。

 

「さっきから説得だとか話し合いだとか、結局あなた達、私にギャーギャーギャーギャー喚いてるだけじゃない」

「う……まあ確かにそうだけどさ、アタシ達なりに頑張ってお前を……」

「全く無駄な時間だったわね、私はまどかの所へ行くわ」

「いやいや待て待て待て! 今行ったらダメなんだよ! お前がちゃんと理解してくれないと!」

 

相変わらずのポーカーフェイスで痛い所を突いて来るほむらに歯を食いしばって反論しようとする杏子だが、ほむらは突然立ち上がってまどかを探しに行こうとする。

今の状態の彼女をまどかの所へ行かせたらマズイ。慌てて杏子がほむらを呼び止めようとするが……

 

「大変佐倉さん! あなたから貰った飴を舐め切ってしまったわ! 飴ちゃん頂戴!」

「あ~クソ! こんなタイミングでも相変わらずかよ! 勘弁してくれよもう!」

 

突然服の裾を掴んでせがんでくるマミ。これにはさすがにイライラとして軽く頭にくるが、杏子は彼女を睨みつけながらまたポケットから飴を取りだす。

 

「(あ、もうこれしかねえや。まあいいやコレ食わせれば静かになるかもしれねえし……)ほらこれやる!」

「うん!」

 

ゴソゴソと取り出した飴は

 

『神極辛! 無間地獄ハバネロキャンディ!! *当商品で死亡者が出ても責任は一切取りません(笑)』

 

甘い飴を持っていた中でたった一つかなり危険なブツを所持していた杏子。

これあげれば少しは大人しくなってくれるだろう。

彼女はマミが開けた口に向かって慣れた手つきでひょいと投入する。

 

てっきり甘い飴だと思いこんでいたマミがそれを口に含んだ。その瞬間。

 

「うぐッ!!!!」

「お、大丈夫かマミ」

「ぐぐぐ……! あふん……」

 

一気に顔をトマトの様に赤らめるマミ。

苦しそうな表情で息が上手く出来ていない動作。

胸をドンドンと叩いて呼吸を整えようとするも、やがてフラフラと目を回しながらテーブルの上に両手を置いて倒れた。

 

「うし、これで静かになった」

「あなた、毒でも盛ったの?」

「人聞きの悪い事言うんじゃねえよ、ちょっと辛い飴あげただけだぜ? まさかここまで効果てきめんだとは思わなかったけど」

「……」

 

倒れてから微動だにしないマミにほむらは眉間にしわを寄せる。

 

「死んでるんじゃない?」

「いや死なねえだろ、アタシこれ結構好きだし」

「あなたのバカ舌が全人類共通だと思ったら大間違いよ」

 

あっけらかんとした調子で答える杏子にほむらが珍しくツッコミを入れていると……。

 

「……」

 

気絶していたマミがゆっくりと起き上がって元の体勢に戻った。

 

「あら死んでなかったの、残念ね」

「……」

「おいお前、マミに対してそういう毒吐くの止めろよ。こいつメンタル弱いんだから」

「知ったこっちゃ無いわ。もう私は行くわよ、ぼっちのマミとアホのさやかと一緒に遊んでなさい、バカのあんこ」

「あ! オイ!」

 

マミが生きていた事を確認すると脇目も振らずにスタスタと何処かへ行こうとするほむら。

杏子が叫んでも歩くのを止めない。

 

だが

 

「……そうやってまた現実から逃げるのかしらあなたは?」

「え?」

「へ?」

 

思わずほむらは後ろに振り返った。杏子もまたキョトンとした顔で隣に振り向く。さやかはまだ両目を押さえて悶絶中。

 

「あの子はおろか私達からも逃げ続けて、この先ずっと逃げてもあなたの望むものは一生手に入らないわよ、暁美さん?」

「マ、マミ……?」

「巴マミ……あなた……」

 

ほむらが振り返った先には、テーブルに微笑を浮かべながら頬杖を突いて優雅に座っている巴マミの姿が。

しかしその出で立ちはまるでさっきまでとは別人の様だ、隣に座っている杏子も呆気にとられている。

 

「私達と向き合いなさい。あなたの鹿目さんに対する想いが本当なら」

「巴マミ……あなたどうしたの、完全にキャラ変わってるじゃない……初期の海馬とバトルシティ編の海馬ぐらい違うじゃない」

(もしかして……アタシが食べさせた飴が原因か……? てかもう別人……誰?)

「御託はいいわ暁美さん。あなたには今選択肢が二つがある。一つはここで私達とお話をするか、もう一つはこのまま逃げ続けてまた一人ぼっちに戻るか」

「ぼっちにぼっちになるって言われた……屈辱的だわ……」

 

雰囲気がガラリと変わってクールに話しかけてくるマミにさすがにほむらも動揺を隠せない。

 

「と言ってもあなたが本気で鹿目さんと仲直りしたいのなら、選ぶべき道はわかっているでしょ」

(あの巴マミから放たれるこの威圧感……! 今までの彼女とはまるで違う……!)

 

遂にポーカーフェイスのほむらの表情が崩れる。こちらの心を見透かす様な目で笑いかけてくるマミに対し、ほむらはそこから一歩も動けない。

 

「それでも逃げたいのであれば別に逃げてもいいわよ、後は追わないから」

「く……!」

 

優雅に笑みを浮かべるマミ。

 

ほむら、三度目の戦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛口キャンディを口に含んだ瞬間、ショック作用でも起きたのか突然別キャラに変わったマミ。

今までと違い落ち着いた様子に緊張した面持ちで向かいに座ったほむら。

 

ここで逃げると自分のプライドが傷付く。

 

ほむらはマミと戦うことを決めたのだ。

 

「さて、まずはどこからお話してあげようかしら」

「……別にあなたと話し合う必要は無いわ。ぼっちはぼっちらしくエア友達にでも向かって喋りかけてなさい」

「そうやって話をうやむやにするのはもう無理なのよ、残念ね暁美さん」

「チッ、いつもの巴マミなら今のですぐにビービー泣きながら逃げだすのに……」

 

完全なる大人の対応を決めてマミはほむらを上手く丸め込む。

こちらの心をバッチリ見通しているような目を向けて来る彼女にほむらはわざと聞こえる様に舌打ちをして悪態を突いた。

 

「佐倉杏子、さっきあなたが彼女にあげた飴には人格変動が起きる成分でも含まれていたの?」

「いんやただの激辛飴だけど」

「暁美さん、佐倉さんじゃなくてこっちを向いて話しなさい」

「やりにくいったらありゃしないわ……」

 

杏子と話している最中もマミは学校の先生の様に注意して来た。

ほむらが渋々彼女の方へ向き直ると、早速マミは話を始める。

 

「まず一つ聞きたいんだけど、あなたって鹿目さんと会う以前まで友達とかいたのかしら?」

「……心臓病持ちでずっとベッドで寝たきりだったから……生憎友達はおろか家族以外に親しい人はいなかったわ」

「あらそうなの。てことは鹿目さんはあなたにとって初めてのお友達なのね」

「そうよ、なんか尋問されてる気分ね……」

 

ふむふむとこちらに頷いて見せるマミにほむらは嫌そうな顔を浮かべて目を逸らした。

元々の彼女も相手にするのが疲れるが今の彼女もそれは変わらないらしい。

 

「だからあなたはあの子に凄い執着心を燃やしていると。そうよね、それなら納得いくわ。ずっと一人ぼっちだったあなたが初めて手に入れた友達だもの。私も似たような経験があるし」

「友達というより既に夫婦に近い存在ね、私とまどかは」

「へ~、でもそんなに大好きな友達をどうしてあなたは傷付けた上に平然としていられるのかしら?」

「わ、私はまどかを傷付けてなんかない!」

 

マミの言葉に思わずガラスのテーブルを割れんばかりにバンと両手で叩いて立ち上がるほむら。

 

「私はただまどかの聖水が飲みたかっただけよ!」

「それで傷付かない女の子が何処の世界にいんだよ!」

 

彼女の心の叫びと同時に杏子も立ち上がってツッコミを入れた。

 

「この変態!」

「黙りなさいあんこ! これが私のまどかに注ぐ愛なのよ! だからまどかもそのお返しにしと私が手に持った紙コップに聖水を注ぐべきだったの! 愛と聖水を注ぎ合ってなにが悪いというのよ! ケースバイケースじゃない!」

「おいダメだコイツ! もう手遅れだ! ムショにブチ込もうぜこの変態!」

「私は変態という名の淑女よ!」

「結局変態じゃねえか!」

 

暴走するほむらに杏子は彼女の頭をパ-ン!と平手で叩く。

それを眺めた後、どこから取り出しのかわからないティーカップで優雅に紅茶を飲みながら、マミがゆっくりと口を開いた。

 

「そう、結局あなたはただ一方的に彼女に卑猥な事を要求したただの変態なのよ」

「さっきからあなたたち散々人の事を変態変態って……! 変態で何が悪いのよ!」

「開き直った!」

 

クワっと噛みつかんばかりの表情で食ってかかるほむらに対し、マミは全く動じずに冷めた目で返す。

 

「別に悪いかどうかは私は判断しないわ、けどあなたの破廉恥極まりない変態行為に鹿目さんが傷付いたのは紛れもない事実なのよ」

「な、なんですって……!」

「フフ、とぼけちゃって」

「!」

 

彼女の一言にほむらが信じられないと言った風に驚愕するが、マミはクスクスと笑って彼女の本性を見抜いていた。

 

「本当はとっくの前から気付いていた、そうでしょ? もしかしたら自分の行いが彼女を傷付けたんじゃないかって」

「……なにを根拠に言っているのかしら? 言っている事がわからないわ」

 

ここに来るまで何度もシラを切っているほむらに。マミは彼女の心情を悟った・

 

「あなた、周りだけじゃなくて“自分自身”にさえも誤魔化しているでしょ。私がやった事は間違いじゃないって何度も自分自身に言い聞かせているのね」

「な!」

「フフ、その反応から見て図星みたい……」

 

ビクッと肩を震わして驚くほむらを見てマミは妖艶な笑みを浮かべた、まるで「考えている事は全てお見通しだ」と言っている様に

 

「どうしてあなたはそんなに自分のやった行いから逃げているの」

「あなたには……あなたには関係ない事でしょ……」

「言わせてもらうけどこれはあなただけの問題じゃないのよ。鹿目さんは勿論、あの子の友達である私達にも問題ある事だわ。だって二人のお友達が困っているんですもの」

「……」

「聞かせて頂戴、私達はあなたの敵じゃないわ。今もこれからも、ずっとあなたと鹿目さんの味方。だからあなたの事を助けたいのよ」

「巴マミ……」

「ちょっとだけでいいのよ。鹿目さんだけじゃなくて私達にも心を開いて」

「……」

(ホント誰だよコイツ……)

 

さっきまでの冷めた態度から一変してとても温かく包み込んでくれる様な優しい笑みを浮かべるマミに、唇をぐっと噛んで遂にほむらは決心した。

ジト目でマミを信じられない様子で唖然と眺めている杏子を置いて。

そしてまだ両目を押さえながらブツブツ呟いているさやかを置いて。

 

「……怖かったのよ」

「……」

 

常に無表情だった彼女の仮面が崩れ、しおらしい顔でほむらはマミに心情を吐露した。

 

「初めての友達だから……どう付き合っていけばいいのかわからなかった。だから私は私の精一杯の愛を彼女に注ぎ込もうとしたのよ、私がいかにあなたの事を好きかって、それを上手く表現する為に私は何度もあの子に私なりの愛を貫いたわ」

「いやアレは愛じゃなくてただのストーカー行為……」

「佐倉さん、暁美さんがせっかく私達に告白してくれたのよ。ツッコミは我慢しなさい」

「あ、すみません……」

 

サラリと忠告して来たマミに思わず敬語で謝って軽く頭を下げる杏子。

ほむらの話はまだ続く。

 

「でもあの時の一件で私はまどかを初めて泣かせてしまった……。私自身だって彼女を泣かせた、傷付けたってわかってたのよ、けどそれを認めてしまったら私がまどかに酷い事をしたという事になる。それが怖かったのよ……」

「暁美さん……」

「私は私の罪を認めたくなかった……もし認めたら私とまどかの間の溝はもう永遠に塞がらないんじゃないかって、今まで注いでいた私の愛は全てまどかにとって迷惑でしかなかったんじゃないかって」

「……だからあなたはそんな自分自身に悪くないとずっと暗示していたのね」

「私は何も悪くない、だから別の方法で彼女のご機嫌を取ってまたいつも通りの関係に戻ろうって……焦りに焦った私は美樹さやかとナマモノを連れてここに来たの……自分の罪うやむやにする為に……」

 

震えながら泣きそうな顔で、ほむらは話を終えた。彼女がこんな様子を見せるのは当然その場にいた三人組には初めてだった。

散々周りに毒を吐いたり奇行を行ったり、まどかに何度も暴走行為を繰り返して来た彼女が。

今はただ母親にウソがばれて叱られて、やっと泣きながら正直に告白してくれた子供の姿である。

 

そんな彼女の様子をずっと黙って見ていたマミは、テーブルに両手で頬杖を突いた状態で重い口を開いた。

 

「やっと正直に答えてくれたわね……暁美さん」

「……私には勇気が無かった……あの子と本当の意味向き合う勇気が私には無かったのよ……」

「そうかもしれない、けど今のあなたはそんな小さな勇気を振り絞って私達に向き合ってくれた、それだけでも立派だし十分な成果じゃない」

 

後輩に指導して上げる頼もしい先輩のようにマミはほむらに話を進めて行く。

 

「後はその勇気をあの子にぶつけるだけよ。暁美さん、あなたは彼女に会ってまず成すべき事はなに?」

「わかってるわ……けどもしあの子に拒絶されたら私とあの子は完全に他人になってしまうのよ……私にとってそれが怖くて……」

「バカ言ってんじゃないわよ、このすかぽんたん」

 

マミに背中を押されてもほむらはまだ不安そうな顔で俯く。

もし彼女がもう既に自分の事を嫌っていたら……。

 

それを思うだけで胸が痛くなって泣きそうになるほむらに。

 

ずっとソファで寝そべっていたまどかの友人・美樹さやかが起き上がって答えた。

 

「あの子はね、いくら怒っても喧嘩しても、結局友達を心の底から嫌いになれるわけないのよ。あの子はバカが付くぐらいお人好しなの。当然アンタの事を今でも大切な友達だって思っている、アンタの事を待っているのよ」

「美樹さやか……痛!」

 

ぼんやりとしていたほむらの隙を突いてさやかは彼女の額に間髪入れずにデコピン。

ブスっとした表情でさやかはジト目で睨みつける。

 

「今までのお返し、あたしの寛大な処置でこれ一発で完済させてあげる」

「……」

「ま、どうせアンタの事だからまた見積もらせると思うけどさ」

「……わかってるじゃない」

「そりゃあそうよ。アンタとは腐れ縁で繋がってるんだし~」

「フ……」

 

両手を後頭部に回してソファにもたれながら憎まれ口を叩くさやかに、ほむらは赤くなったおでこを手で押さえながら思わず口元をとても小さくだが若干歪めた。

それを見てさやかは意外そうに目を見開く。

一瞬だがさっきの表情は明らかに……

 

「アンタ笑った?」

「……笑ってないわ」

「いや笑ったでしょアンタ、いや~初めて見たわアンタが笑う所」

「“美樹さやかのクセに”しつこいわね」

「“暁美ほむらのクセに”笑うんだ」

「……茶化すんじゃないわよ、もう一回バルス撃ち込むわよ」

「へへへ、こら失敬」

 

ニヤニヤ笑いながらこちらを見つめて来るさやかにほむらは不機嫌そうにプイッと顔を逸らす。

頭に来るのは確かだが今彼女に構っている暇はない。

 

「全くムカつくわね美樹さやかは……」

「気にすんなよ、そいつなりにお前を気遣ってやってんだからさ」

 

マミの隣に座ってずっと話を聞いていた杏子が小指で耳をほじりながらそう言うと、ほむらは今度は彼女の方へ向き直る。

 

「あなた達の気遣いなどこちらから遠慮するわ」

「まあそう言うなって、ちゃんと受け取れよ」

「……フン」

 

耳からズボっと小指を出すと杏子はこちらに目を細めて座っているほむらにフッと笑いかける。

 

「悪くないだろこういうのも」

「こうしてあなた達とつまらない会話を交わす事がかしら? 冗談も休み休み言いなさい」

「そうだな、まだ今のアタシ達には決定的に足りないモンがある。こうしてアタシ達を巡り合わせてくれた奴と、傲慢でムカつくナルシストのナマモノ野郎」

「……」

「迎えに行ってこい」

 

ゴロンとソファに寝そべりながら、杏子はビシッと指差して指示する。

 

「今のお前ならアイツに会ってまず何をするべきかよくわかっている筈だしな。何処にいるか知らねえけど、きっとアイツもお前の事待ってくれているからよ」

「わかっているわよ、あなたに言われなくても……」

 

そう言ってほむらはゆっくりと立ち上がった。

止めようとしない三人に彼女は背を向ける。

 

その背中にもう迷いは無かった。

 

「行くのね」

「ええ」

 

ティーカップを持って紅茶を飲み干すマミにほむらは振り返らずに返事だけをする。

 

「私の戦場はここじゃないわ」

 

彼女は最後の戦いの場所へと歩いて行った。

 

想い人に自分なりのケジメを着ける為に。

 

 

 

 

彼女が行ってしまうのを黙って見送った後。

 

マミは柔らかい安堵の表情を浮かべた。

 

「行ってしまったわ、円環の理に導かれて……」

 

そう呟くと彼女は静かに紅茶を飲み干す。

 

彼女の言葉に杏子とさやかは同時に無表情で彼女の方へ振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((円環の理ってなに?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後の事。

鹿目まどかは今、デパートの屋上にある子供用の遊園地にいた。

そろそろ夕刻なので人の数も少ない。人のいない遊園地とは見ているだけで寂しいモンだ。

彼女は屋上から下を見下ろせる場所に立って、鉄の手すりにもたれながら街並みを眺めている。

 

「そろそろ帰ろうかな……」

「そうかい、確かに早い所帰らないとお義父さんが心配しちゃうからね」

「うん……」

「でもそれ言ったのもう何回目だい、まどか?」

「……」

 

グッタリした様子ですっかり覇気を失っているまどかに話しかけているのは手すりに乗っかって4本足で立っているキュゥべぇ、彼はずっとしょんぼりしているまどかの傍にいてあげた。

 

「帰るんならさっさと帰った方がいいよ、僕も晩御飯食べたいし、日常時間における適量の栄養摂取はセクシーの秘訣だよ?」

「う~んけど……」

「暁美ほむらの事が心配かい?」

「はぁ……ほむらちゃんかぁ……」

 

彼の問いかけにまどかはため息交じりに呟く。

 

「私、ほむらちゃんに対して悪い事しちゃったのかな……」

「なにを言っているんだい、悪いのは全部あのストーカーの18禁変態小娘だよ」

「でもちょっと怒りすぎちゃったような気がするんだよね……」

「彼女は怒られて当然の人間だろ。もうあんな変態は警察にでも任せて君は僕との一時を楽しもうよ」

「……」

 

キュゥべぇと言葉を交えていてもまどかは完全に上の空だ。

さっきからずっとこの調子なのだ。

 

「ねえ、キュゥべぇにとってほむらちゃんってどう見える?」

「一点の曇りもない犯罪者だね」

「う、うわぁ……」

「それじゃあまどか」

 

キッパリと断言するキュゥべぇにまどかは頬を引きつらせると、彼はおもむろに彼女に向かって一つ尋ねた。

 

「君にとっては彼女は一体なんなんだい?」

「私? 私にとってほむらちゃんは……」

 

ふと顔を上げて空を眺めながらまどかは考えた後、ゆっくりとキュゥべぇの方に振り返った。

 

「お友達……そう、私のお友達だよ、ほむらちゃんは……」

「……そうかい、結局彼女はまどかにとって友達止まりなんだね。てことはやっぱり君の夫は僕という事か」

「いやそれは違うけど……」

 

頬を引きつらせながらまどかがそう言うと、キュゥべぇはふいに手すりからスタッと飛び下りた。

 

「だったら“あそこで息を荒げてこっちをガン見してる変態”に教えてあげたらいいよ」

「それって……あ!!」

 

まどかがトコトコと歩きだすキュゥべぇを目で追った先に。

 

「まどか……やっと……やっと見つけた……」

 

彼女が、満身創痍の姿の暁美ほむらが立っていた。

 

「ほむらちゃん……!」

「あの姿から察するに、君を探す為に随分この建物の中を走り回ったようだね」

「……」

「全く彼女の愚かさには呆れてものも言えないね」

 

呼吸する事さえ辛そうな程ひどく疲れて見えるほむらにまどかは驚いていたが、キュゥべぇは冷静に首を横に振った。

 

まるでこうなる事を予知していたかのように

 

「さてまどか、僕はちょっとまたゲーセンに行って来るよ。今度こそオンライン麻雀で十段に到達するんだ」

「え……」

「その変態に襲われないよう気をつけるんだよ」

 

適当な理由をつけてその場を去ろうとするキュゥべぇ。

不安げなまどかと置いて歩き出し、そして彼は疲れ切っている様子のほむらの横を通り過ぎる。

 

「これで貸しは一つだよ」

「返す気は無いわ……」

 

通り過ぎ様に短い会話をした後、キュゥべぇは出口の方へと行ってしまった。

 

残されたのは二人の少女。

 

「まどか……」

「……」

 

二人の周りだけがとても静かだった。

緊張した様子で立っているまどかと数メートル離れた地点で、ほむらは一歩も動かない。

ようやく呼吸を整えると、ほむらはゴクリと生唾を飲み込んで。

 

ゆっくりと彼女に頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

「ほむらちゃん……!」

「あの時、あなたにとても怖い思いをさせてしまって……本当にごめんなさい……」

 

深々と頭を下げて彼女は何度も謝る。

彼女はやっと出来たのだ。友人と喧嘩した時の対処を

 

「いい訳も何もしないわ、私がやった事はあなたにとってとても酷い事だったんだもの……ごめんなさい、私のせいであなたを傷付けてしまって……」

「……」

「こんな最低な私が言うのも不通りだってよくわかってるけど……。どうか許してもらえないかしら? 私にはあなたがいないとダメなの……だからお願い、許してもらえるならなんでもするから……」

 

体を震わせながら懺悔するほむらを見て、まどかの足は自然と彼女の方へ歩き出した。

 

「顔を上げて、ほむらちゃん」

「まどか……」

「謝ってくれてありがとうほむらちゃん」

 

語りかけながらまどかはほむらに近づいて、彼女の両肩に手を置く。

 

「次は私が謝る番だね。ほむらちゃんがそこまで思い詰めていたのに気付かなくて本当にごめんね」

「そんな……あなたは何も悪くない、悪いのは全部私なのよ……変態でごめんなさい……」

「い、いや変態でごめんなさいって言われても……」

 

どんな謝り方?とツッコミたいところだがここは我慢、落ち込んでしまっている彼女の肩に手を置きながらまどかは口を開いた。

 

「それに私、ほむらちゃんが変わっているのはずっと前からわかってるもん……あの時はさすがにちょっと勘弁してほしいって思ったけど……さすがにトイレ入ってきた上にコップ持参はキツイかな……」

「ごめんなさい……」

「ハハハ、もう謝らなくていいって、私はもうほむらちゃんの事許してるから」

「まどか……!」

「私にとってほむらちゃんは、どんなに離れても大切な友達なんだという事に変わりないんだよ」

 

ほむらはバッと顔を上げる。

罪人である自分をまどかが許すと言ってくれたのだ。

 

「本当に許してくれるの……!? こんな変態な私を……!」

「あ、ああうん……でも今後は自重してくれたら嬉しいかな……」

「まどかァァァァァァ!!」

「うわぁ! ほ、ほむらちゃん!」

 

和解出来た事によって緊張の糸が切れたのか、ほむらはまどかに飛びついて両手で強く抱きしめる。

それに驚きながらもまどかはぎこちない仕草で彼女の頭を撫でてあげた。

 

「え、え~と……これからもよろしくねほむらちゃん……」

「うん……」

 

デパートの屋上で抱き合う二人の少女。

 

そんな彼女達を遠くから眺める三人の少女と一匹の珍獣。

 

「やっと丸っと収まったかぁ、ったく手間掛けさせやがって」

「散々振り回されたこっちの身としては得る物が“コレ”だけじゃああたし納得しないわ」

「フフ、でもあなた達随分と満足そうな顔してるけど?」

「「……」」

 

隠れてまどか達を眺める杏子とさやかに、マミは茶化す様にクスクスと笑う。

彼女の肩にはゲーセンに行くと言っていた筈のキュゥべぇが乗っかっていた。

 

「僕のまどかに抱きつくとは許せないな。これをキッカケに暁美ほむらを長い年月をかけてジワジワと苦しみをじっくり与え続ける必要があるね」

「それっていつまでも一緒にいてあげるって事かしら? あなたらしい屁理屈ね」

「バカ言うなよ、僕はただライバルをいかに効率よく潰せるかと思った上での……ってあれ?」

「あらどうしたの?」

 

肩に乗っかった状態でキュゥべぇはやっと気付いてマミの方に顔を上げる。

なにか彼女のキャラが大きく変わっている様な……

 

「え~……君は誰だい?」

「フフフ、何を言っているのキュゥべぇ。あなたの一番の友達の巴マミに決まっているでしょ」

「いや僕の知っているマミはもっとウジウジしてて全く頼りにならなくて足手まといにしかない存在なんだけど?」

「あら失礼しちゃう、男の子が女の子にそんな酷い事言っちゃダメよ?」

「……」

 

可愛らしくウインクしてたしなめてきたマミに。それを見てキュゥべぇと、傍にいた杏子とさやかが背後からゾクッと悪寒を感じた

 

(なにがあったんだ彼女に……どうにかして元に戻さないと……こっちのマミは別の意味で扱い憎い)

(もう一回あの飴あげたら元に戻るかな……いやでも今のコイツはすげー頼りになるし……)

(ずっとツッコまなかったけど、私が悶絶してる間にマミさんに一体何が……)

 

一つの悩みが消えると同時に、また新たな問題が浮上していた。

 

 

 

 

一方そんな事も露知れず、抱き合っていたほむらとまどかはやっと離れた。

 

「まどか、こんな私を許してくれてありがとう」

「もう大げさだよほむらちゃん、フフ」

「ねえまどか、ひとつお願いがあるのだけどいいかしら」

「ん? なぁに?」

 

少し笑って首を傾げるまどかに。

 

ほむらはいつものポーカーフェイスに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キスしましょう」

「……やっぱりいつものほむらちゃんだね……」

 

すっかり元通りになったほむらにまどかは呆れながら苦笑する。

 

しかし彼女はどこかで安堵していた。

また“いつも通り”になったのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲直り記念のキス、出来ればディープを所望するわ」

「え~やだよ~……」

「お願い、一回だけでいいのよ。じゃあ先っちょ、先っちょだけでいいから」

「その言い方はちょっとマズイから止めて!」

 

 

 

 

 

 

 

そして最後のステップへ

 

 

 

 

 

 



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ラストステップ 絆

 

「いってきま~す!!」

 

玄関で大声で叫んだ後、鹿目まどかはドアを開けてタタタッと急いで駆け出す。

日はすっかり落ち、夕焼けの空にうっすらと綺麗な星がちらちらと見えていた。

 

「うわぁ~雲一つない絶好の花火日和だ~」

 

走りながらまどかは空を見上げ、その夜空に思わず独り言を呟く。

 

春が終わり、夏に入り。そして1学期も終わりを迎えて待ちに待った夏休み。

 

そして今日は夏休みの1日目、そして彼女の住む見滝原市で花火大会がある日なのだ。

 

彼女の服装もさすがに今日は“青島コート”は羽織っておらず、自分の髪色と同じのピンクの着物を着飾っている。

 

「早くみんなと合流しないと」

「いやぁ、別に彼女達と一緒じゃなくてもいいんじゃないかい? この僕と二人っきりで是非花火の上がる夜空を眺める方が、一兆倍ロマンチックなひと時を過ごせると思うよ」

「一兆倍のロマンチックの規模がわからないんだけど……怖いから遠慮するよ……」

 

そして彼女の肩にはいつも傍にいてくれるナルシストナマモノことキュゥべぇ。

相変わらずの臭いセリフを吐いて来る彼にまどかは頬を引きつらせながら夜になっていく街中を走って行く。

 

「キュゥべぇは花火見るの初めてだよね?」

「そうだね、けど僕は花火自体には興味無いかな、君が花火を見上げるチャーミングな横顔を見る為についてきたのさ」

「いやそれ花火大会の時じゃなくても見れるよね……チャーミングなんかじゃないし」

「夜に浮かび上がる花火の光に照らされたまどかの横顔が見たいんだよ」

「なんなのそのプロカメラマンみたいなこだわり……」

 

無表情で口説いでくるキュゥべぇ、まどかもすっかり彼の対応に慣れてしまった。

 

「僕は永遠に君専属のカメラマンさ。君の一生をこの目で撮り続けるのが僕の使命なんだ」

「一生って……やっぱりキュゥべぇって私の傍にずっといてくれるの?」

「もちろんさ、どうしてそんなわかりきった事を今更尋ねてくるんだい?」

 

まどかの肩にしがみついたまま、キュゥべぇは彼女の方へ振り向く。

 

「なにせ僕は君の夫となる存在なんだからね」

「う~んそれはどうかなぁ……」

「大丈夫さハニー、これからも僕がずっと君を守ってあげるよ」

「ハニーって呼ぶのは止めて……」

 

気恥ずかしそうにしながらまどかは彼にツッコミを入れながら夕日の落ちる空の下を走って行った。

花火大会のあるこの近くにある川の所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人達の下へ

 

 

 

 

 

 

「あ~約束の時間に間に合わないよ!」

「落ちる! そんな走ったら落ちるよハニ―! このアルティメットハンサムが落ちちゃうよエクセレントマイハニー!」

「だからハニー止めて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラストステップ 絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペタンペタンとビーチサンダルの足音を立てながらまどかはようやく花火大会の場所に着いた。

年に一度の大切なイベントであるからか、やはりそこには数えきれないほど膨大な人が一杯いる。その中にはまどかと同じく浴衣を着た人達もちらほらと。

 

「ふぇ~やっと着いた……急いで走ったから疲れたよ……」

「それは大変だ、それじゃあこの天使も嫉妬して憤死するぐらい美しいボディラインを見てその疲れを癒すといいよ」

「普段見慣れてるから1ポイントもHP回復しないや……」

 

キュゥべぇとの会話をしながら、ゼェゼェと息を吐いてまどかは呼吸を整える。

何とか約束の時間に間に合った。合流場所はこの見滝原の川岸にある時計柱の下だ。

だが今の所、他の友人達はまだ来ていないらしい。

 

「急いで来たのにみんなまだ来てないね」

「おかしいな、マミならもうとっくの前にいると思っていたのに」

「確かにマミさんは約束通りの1時間前のそんな次元の話じゃなくて、1日前とか2日前に待機してる時もあるけどさすがに今日は……あ」

 

時計柱の下に着いた瞬間まどかは気付いた。

彼女と遊ぶ時は必ず集合場所に配置されている“アレ”があることに。

 

「マミ一人分がすっぽり入りそうな丁度いい黄色いテントが時計柱の下に配置されてるね」

「人目の多い花火大会でやって欲しくなかった……」

 

ガックリと頭を垂れながらまどかは恐る恐るそのテントに近づいてしゃがみ込む。

そしてキョロキョロと辺りをうかがった後、そっとそのテントに顔を近づけて

 

「……マミさん」

「来てくれたのね!!」

「うわッ!」

 

恐る恐るその名を呼んでみた瞬間、ガバッと勢いよくテントの入り口が開いてまどかの前にその人物が嬉しそうに出て来た。

 

勿論巴マミだ、黄色い浴衣を着飾り見た目はかなり美人に入るのだが、性格が残念なちょっぴり可哀想な子である。

 

「もう来ないんじゃないかと怖かったの……けど良かった……鹿目さんとキュゥべぇが来てくれるなんて……私もうひとりぼっちじゃない……」

「だ、大丈夫ですよマミさん……あと早くテントから出て来て下さい、人目が……」

「もういつになったらその心配症は治るんだい君は」

「ごめんなさい……謝るから絶交しないで……」

「いえしませんから……」

 

めそめそとした声で謝ってくるマミを促してまどかは彼女の両手を取って立ち上がらせた。

本当はマミの方が一歳年上なのだが、これでは完全に立場が逆である。

 

「“あの時”のマミさんにはもうならないのかなぁ、あっちのマミさんは凄い頼りになるんだけど」

「勘弁してくれよまどか、あの時のマミは別の意味でキツイから……」

「う、うん。まあ私もちょっと苦手な所はあったね確かに……」

 

珍しく低く辛そうな声で訴えて来たキュゥべぇにまどかもぎこちない表情で頷く。

 

あの時とはまどかともう一人の友人が仲違いしていた時に起こっていた時である。

 

その時にある事がキッカケでマミのキャラが急変。

 

誰からも頼りにされる様な立派なお姉さんキャラに早変わりしたのだ。

 

しかしこの変化にはキュゥべぇや周りの連中もかなり戸惑った思い出がある。

 

「まさか辛い物を食べさせるとマミのキャラが急変するなんて……数年間一緒にいた僕でさえわからなかった事だよ」

「キュゥべぇも大変だったね、マミさんを元に戻すのに自分からマミさんの家に戻って……」

「一週間かかったね、もうひたすら彼女に甘い物与え続けてようやく元の彼女に戻ってくれたよ、治るまでの一週間はもう本当に地獄だったね」

 

思い出すだけで疲れたのかキュゥべぇは小さくため息を突く。

 

「まだこっちの彼女の方がマシだよ僕にとって、あっちはもう……やりにくい」

「そういえばマミさんの家って辛い料理は出さなかったの?」

「ああ、マミは甘党だからね、あそこは甘い料理以外出さないんだ、卵焼きなんか砂糖まみれだよ」

「どんだけマミさんのママさんとパパさんはマミさんに甘いの!?」

「甘いだけにかい?」

「いやそういうつもりで言った訳じゃないから!」

 

こちらにサッと振り向いて来たキュゥべぇにまどかは慌てて手を振って否定していると、突然、マミが前触れも無しに彼女の肩に乗っかるキュゥべぇを両手で抱っこしてぎゅっと抱きしめる。

 

「ふふ、キュゥべぇ……」

「ぐふ……いきなりなんだいマミ、勘弁してくれよ。君のその無駄にデカイ乳のせいで僕が何度も圧死しかけているのに気付かないのかい?」

「どうしてキュゥべぇはそんなイジワルするの……鹿目さんに抱きしめられても全然嫌がらないのに……」

「そりゃあ彼女の胸なら圧死される危険性も無いし」

「鹿目さんが羨ましいわ……」

「あの、怒っていいですか……」

 

この二人の性格からして悪意が無いのがわかるが、一応まどかも年頃の女の子でありそこん所は気にしているのだ。

菩薩の精神を持つ彼女であってもさすがに豊満な胸を持つマミにそれを言われるとさすがにイラっとくる。

 

「甘い物好きだと胸が大きくなるのかな……」

「心配する事無いさ、まどか。昔、僕の友人が言っていた言葉がある「貧乳はステータス」だって」

「負け惜しみにしか聞こえないんだけど……」

 

キュゥべぇの全く励ましにならないお言葉に肩を落としたまどかが気の抜けた返事をしていると。

 

「おお、やっぱお前等早いな、わりぃな遅れちまって。さやかが歩くの遅くてよ」

「アンタが何回も屋台を覗いてせいでしょうが」

「あ、杏子ちゃんとさやかちゃん」

 

遠くからタタタッと走って来た二人の少女に気付いてまどかはそちらに振り向く。

 

隣町に住む佐倉杏子とクラスメイトの美樹さやか。

杏子は赤、さやかは青の浴衣を着飾り約束の時間にちょっとだけ遅れてやってきたのだ。

 

「二人はここに来る前にもう会ってたんだ」

「そうそう、コイツが屋台でバクバクタコ焼き食ってるの見かけたからあたしがここまで引きずって来たのよ」

「仕方ねえだろ、この辺来るのはアタシ初めてだし、集合場所が何処にあるのかさっぱりわからなかったんだよ」

「なんで道がわかんない=タコ焼き食うになるのよアンタの頭は……あたしが見つけてなかったらどうなってた事やら……」

 

ムスッとした表情で腕を組む杏子にさやかが呆れた様子で睨みつける。

二人を見てまどかは「アハハ……」と苦笑した後、彼女達の服装を改めて見てみた。

 

「そういえばさやかはちゃんはともかく杏子ちゃんも浴衣着て来たんだね」

「一週間前に母親と一緒に買いに行ったんだよ、アタシは別にいいって言ったのに……」

 

嫌そうに言うが満更でもない様子で顔を少し赤らめて頬を掻く杏子。

隣でさやかは茶化すように彼女に笑って見せた。

 

「へ、アンタって普段から男っぽい服ばっか着てたからたまにはいいんじゃない?」

「妹みたいな事言うなよ。別にいいだろ男っぽくたって」

「どうかねぇ、アンタはもうちょっとスカートとか履いた方がいいと思うけど」

「ん~? まどかみたいなフリフリの付いたスカートとかか?」

「なんでそこでまどかを参考にすんのよ、アンタじゃ似合う訳ないでしょ。あ、そうだ」

 

真顔で尋ねて来た杏子にさやかはビシッとツッコミを入れた後、ふと思い出したのか今度はまどかの方へ振り返る。

 

「まどか、そういや仁美は来れないんだってさ。今日の昼頃にアタシの所に電話でそう言ってた」

「ああやっぱり上条君と一緒に回るのかな?」

「違う違う、なんか「天授の儀」に勝利して北斗神拳の真の伝承者になったのはいいんだけど、今度は仁美の義理のお兄さんの一人である世紀末覇者が決闘を申し込んで来たんだってさ。それが今日やる予定なんだから無理なんだって」

「仁美ちゃん、義理のお兄さんとかいたんだ……」

「うん、しかも三人いるんだって」

「仁美ちゃんって生まれた時代間違えたんじゃないの……?」

 

相変わらずずば抜けた世界観に到達しているもう一人の級友にまどかが思いをはせていると、キュゥべぇを抱きしめたマミがオドオドとした様子でこちらに近づいて来た。

 

「佐倉さんと美樹さんも来てくれたのね……良かったわ本当に……」

「なんでもう目に涙溜めてんだよ! 涙腺崩壊一分前じゃねえか!」

「だって久しぶりに佐倉さんの顔を見れて私……もう何年も会って無かった気分だわ」

「アタシの記憶が正しければ確か二日前にお前と遊んだ記憶があるんだけど……?」

 

既に泣きそうな態勢に入っているマミに杏子は髪を掻き毟りながら会話していると、ふと隣に立っているさやかが彼女の脇を肘で小突く。

 

「アンタちゃんとマミさん用に飴持って来たでしょうね……」

「いやマミさん用ってなんだよ……アタシはマミの調教師になった覚えはねえし。それにこの辺には甘いモン売ってる店なんてゴロゴロあるし大丈夫だろ」

「はぁ? じゃあ持ってきてないの? あのメチャクチャ辛い飴は?」

「持ってきてる訳ねえだろ、ナマモノに絶対にマミに食べさせるなって言われてるし」

「ああコイツに言われてたの……」

 

さやかはジト目でマミに抱きしめられている小動物を見下ろす。

 

「そうよね、だってコイツはいつものマミさんが大好きだものね」

「気持ち悪い事言わないでほしいなぁ美樹さやか、僕は覚醒状態のマミが嫌なだけで別に今のマミが好きだとかどうだとか無いんだよ。強いて言えば扱いやすいんだよこっちの方が」

「あ、そう。良かったねマミさん、そいつがずっと一緒にいようねだって」

「ホント! 嬉しいわキュゥべぇ! 大好き!」

「く、苦しい……! ギブギブ……!」

 

さやかの言葉になんの疑いも無しに歓喜するマミ、そのままキュゥべぇを抱きしめる強度を上げているとみるみる彼の顔が青ざめていく。

杏子は同情するように「うわぁ……」と呟いた。

 

「なんつぅか、よくもまあコイツはマミと何年も一緒に住んでたよな」

「そこは長年連れ添った“絆”みたいなモンじゃないの。ずっと一緒にいれば慣れるモンなんだよ、マミさんとコイツにもそれがあるんだよきっと、絆って奴がね」

「へ~」

 

感心したように頷く杏子にさやかは笑いかける。

 

「あたしも仁美や恭介と幼馴染だけど、なんだかんだであの二人とも長く付き合ってるし。こうなると切っても切れない関係になるんだよ本当」

「そうだな、アタシも妹とはしょっちゅう喧嘩してるのに、いざアイツがイジメられたと聞いたらすぐにアイツの代わりに仕返しに言ったモンだよ」

「家族愛って奴でしょ、妹さん思いのいいお姉さんですこと~」

「姉が妹守るなんて当たり前だっつーの」

 

歯を出して笑って見せるさやかに照れくさそうにそっぽを向く杏子。

二人の会話を聞きながらふとまどかは空を見上げた。

 

ここに来る前の時と同じ、満天の星空だ。

 

「絆かぁ……」

 

さやかの言っていた言葉を思い出し、ふとまどかはその子場を自分の口で呟いてみる。

 

(マミさんはキュゥべぇと、杏子ちゃんは家族と、さやかちゃんは幼馴染との絆を持っている)

 

人は皆大切な者がいて絆という言葉で繋がっている、無論この三人と一匹も例外ではない。そしてまどか自身も多くの大切な人達に囲まれて生きている。

 

「私もパパとママとたっくん……さやかちゃんや杏子ちゃんに仁美ちゃん。マミさんにキュゥべぇ、それと……」

「嫁である私ね」

「うわ!」

 

一人指を折って数えていた時に突然にゅっと隣から湧いて来た人物にまどかはビクッと驚いてその場から後ずさる。

 

「ほむらちゃん! いい加減気配を消して近づくの止めてよ!」

「ごめんなさい、あなたを見つめていたらムラムラしちゃって、いつの間にかこんな近くまで接近していたわ」

 

いきなり現れたのは春から転校生としてまどかのクラスにやってきた少女、暁美ほむらだ。

赤い糸で花の刺繍が施された黒い浴衣を着ている。

 

「ほむらちゃんはいつから私の事見てたの……まさか私が家から出た直後とか無いよね?」

「そんなわけないわ私のまどか、ちゃんと昨日の夜からずっとあなたの傍にいたから」

「それってつまり……私が家で家族とご飯食べてた時や部屋に戻ってベッドで寝てる時も……」

 

恐る恐るまどかが引きつった表情で尋ねると。

ほむらはファサッと自分の長い黒髪を掻き上げた。

 

「お風呂に入ってる時もよ」

「ほむらちゃ~ん! 家宅侵入と覗きはしちゃダメだって前から何度も言ってるのに~!」

「ほむぅ……けど私の熱いパトスは誰にも止められなかったのよ、自分自身でさえ」

「熱いパトスってなに!?」

「ほむほむ用語よ、訳すと性欲」

「聞かなきゃよかった!」

 

女子中学生が用いるとは思えない卑猥な言葉を放つほむらにまどかが頭を押さえてガックリとしていると、杏子とさやかもほむらの存在に気付いた。

 

「おう変態、お前まどかに怒られたクセにまだストーカーなんてやってんのか?」

「うるさいわね、限度は過ぎないようにちゃんと心がけてるわよ、同じ失敗はしないわ」

 

一応前にまどかに本気で怒られたので多少は自分なりに制御しているらしいが。

傍から見れば何処を制御しているのかはさっぱりわからない。

さやかもそんな彼女にブスっとした表情で口を開いた。

 

「ストーカーの時点で社会で適用される限度はとっくに過ぎてるんだけど」

「ストーカーじゃないわよ、強いて言うなら愛の狩人≪ハンター≫よ」

「愛の狩人≪ハンター≫、いい加減にしないとそろそろ警察にぶち込むわよ」

「フン、警察程度じゃ私とまどかの愛を妨げる障害にもならないわ」

「どうやらまだ覚醒マミさんのお説教を聞かせないとダメみたいね」

「……美樹さやかのクセにこざかしい事を企むわね……」

「あ~やっぱりあの時のマミさんはアンタも苦手なんだ」

 

ぐぬぬと歯がゆそうに睨みつけて来たほむらのリアクションを見てさやかは苦笑する。

 

「アンタ、マミさんに口でボッコボコにされたもんね」

「……今はちゃんと元に戻ってるのよね?」

「御覧の通りいつものマミさんよ」

 

さやかが手で指した方向に振り向くとそこにはキュゥべェを抱きしめた巴マミの姿が。

彼女を見て一瞬ほむらの顔が強張るが、マミは「?」と首を傾げる。

 

「私がどうかしたの暁美さん? 遊んでくれるの?」

「良かった、いつもの「ぼっちマミ」で安心したわ」

「ぼっちなんて酷い! キュゥべぇ暁美さんが私の事イジめる!」

「え~、変態の言葉なんて真に受けちゃダメだよ全く。変態は変態な事しか言えないから相手にしなくていいよ」

 

ほむらの毒舌に過敏に反応したマミが泣きそうな顔でキュゥべぇに言いつけるも、めんどくさそうに彼は気の無い返事をして、そのまま彼女の両腕から脱出してストンと地面に降りた。

だが彼の言う「変態」にほむらはいささかカチンと来て彼を睨みつける。

 

「淫獣にだけは変態なんて呼ばれたくないわね、私は知っているのよ。お前が私の愛するまどかと一緒にお風呂に入っているのを」

「なんでそれを知っているんだいと聞きたい所だけど、別に僕がまどかとお風呂に入ってても君に関係無いだろ」

「許せないわ、私のまどかの全裸を間近でジロジロ見ているなんて、万死に値するわよ」

「ジェントルメンな僕は人間の裸に興味なんて無いよ、どっかのレズビアンの変態ストーカーと違ってね」

「誰の事を言っているのかしら」

「鏡見ればすぐにわかるよ」

 

キュゥべぇの一言にほむらは腕を組んだまま目を細めた。

彼の言う通りに彼女はすぐに浴衣の袖の奥から手鏡を取り出してまじまじと自分を見る

 

「おかしいわね、淫獣から愛する姫を護る為に戦う勇敢な騎士しか見えないわ」

「こりゃあ失敬したね、まさか君の眼球が両方とも腐ってたなんて知らなかったよ」

「……」

「ほむらちゃん無言で拳鳴らすの止めてよ!」

 

ポキポキと女の子にも関らず綺麗に拳の音を鳴らすほむらにまどかが慌てて止めに入った。

無表情でキュゥべぇを見つめる彼女の姿は殺気に満ち溢れている。

 

「離れてなさい私のプリンセス、このナマモノはナイトであるこの私が粛清するわ」

「うわぁさすがストーカーだね、よくもまあそんな気持ち悪い妄想を公然の場でベラベラと喋れるね。そこに痺れもしないし憧れもしないけど」

「キュゥべぇ、ほむらちゃんを挑発するの止めてよ!」

「僕は悪くないよ、悪いのはいちゃもん付けて来るこっちの変態だよ」

「惑わされちゃダメよ、コイツの言う事は全部デタラメ。あなたのナイトはここよ、悪いのは全てアイツ」

「こんな所で喧嘩してる時点で両方とも悪いから!」

 

まどかが停戦を求めてもまだキュゥべぇとほむらは顔を向かい合わせて激しい罵り合いを繰り広げていた。

この二人はこの先もずっとこうして喧嘩して行くのだろう。

 

そう思うとまどかはハァ~とため息を突いて肩を落とす。

 

「なんでいつも顔を合わせたら喧嘩ばっかりしちゃうんだろ……」

「まあ別に仲が悪いって訳じゃねぇだろ、アイツ等は」

「え?」

「そうそう、喧嘩するほど仲が良いって奴だよきっと」

 

肩を落としているまどかの両隣に杏子とさやかが自分を挟んで話しかけて来た。

二人がそう言うのでまどかは「ん~」と難しそうに首を捻る。

 

「そうなのかなぁ……?」

「それより花火大会ってもう始まるんじゃねぇのか? 7時とか言ってたよな?」

「げ! もう7時じゃん! うわぁ、あたし絶対絶景が見れる特等席探そうと思ってたのに……あ!」

 

まどかが不思議にそうに顔をしかめている内に突然上空でパーン!と大きな音が聞こえる。

その音を聞いて一同一斉に空を見上げた。

 

鮮やかかつ繊細に作られた美しい虹色の花火が、星空をバックにして綺麗に咲く。

そのあまりにも素晴らしい光景に一同言葉を失ってただ上空を見つめるだけだったが、やがて杏子が興奮したように空に向かって叫び声を上げた。

 

「う、うおー! 超すげぇじゃん! やっぱ生で見ると迫力あるなー!」

「ハハハ! なによこれ! これならどっから見ても絶景じゃん! この辺一帯が全部特等席じゃん! これなら探す手間が省けたわね!」

「うわぁ、キレー……」

 

キラキラと宝石の様に輝く花火が次々と上空で弾けていく。

迫力あるその光景にまどかは思わず身惚れてしまってそこから動けない。

 

「毎年来てるけど今年は一段と綺麗になってる~」

「君の方が綺麗だよ」

「あなたの方が綺麗よ」

「え……?」

「「……え?」」

 

背後から聞こえた全く同じセリフにまどかは引きつった表情で振り向く。

背後にいたほむらと地面にちょこんと座っているキュゥべぇがバッと同時に顔を向かい合っていた。

 

「私の口説き文句を真似するなんて、どうやら本当に死にたいらしいわね」

「僕のセクシーボイスから放たれたスタイリッシュなセリフをまんまパクるなんて、これにはさすがの僕もプッツンしたね、コレほど不愉快な気持ちになったのは初めてだ」

「そのセリフって案外使い古されてるから被るのもしょうがないよ思うよ……」

 

せっかく花火のおかげで口喧嘩を一時中断したのにまたもや睨み合って喧嘩を始めるほむらとキュゥべぇに呆れた様子でツッコミを入れるまどか。

ホント隙あらば口論になるコンビだ。

 

「も~せっかくの花火大会なのに~」

「花火ってこんなに綺麗なのね」

「そしていつの間に私の隣にマミさんが……」

 

ふと隣を見るとそこには無邪気にほほ笑んで花火を見上げるマミの姿が。

純粋に喜んでいるようで何よりだが、まどか自身は背後から聞こえるキュゥべぇとほむらの口論が気になってしょうがない。

 

(マミさんに辛いモノ食べさせるよ!って言ったら二人共喧嘩するの止めるかな……)

「お友達と一緒に見てるとなおさら輝いて見えるわね」

「へ? あ、ああそうですね……」

 

ドーンドーンと大きな音を立てて次々と浮かんでは消えていく花火。

そのはかない光にマミはすっかり見惚れてしまっていた。

 

「これから先もこうして私達で一緒に花火を見れるのかしら……」

「見れますよきっと……それにもしかしたら来年はもっと色んな人達と一緒に見てるかもしれないですよ」

「色んな人達ですって!? そんな! これから私にもっとお友達が増えると言うの!?」

「え、ええ……多分」

 

こちらにすぐに振り返って嬉しそうな声を上げるマミにまどかは苦笑しつつも答えてあげると、彼女は恍惚な表情で空を見上げる。

 

「それはいいわね……ウフフフフ……もっと一杯通販で買わないと、ウフフフフフ……」

「なにを通販で買う気ですかマミさん!?」

 

病んだ顔で薄ら笑みを浮かべる彼女にまどかはハッと慌てて叫んだ。この顔は完全にヤンデレ状態のマミだ、明らかになにか企んでいる。

だがまどかがマミに叫んだその時、前にいた杏子とさやかがこちらに陽気に手を振って来た。

 

「オーイお前等、花火も上がった事だしちょっとメシ食いに行こうぜ~!」

「杏子の奴がタコ焼き食ってたクセにもう腹減ってるんだってさ。しょうがないからあたし達も付き合って美味しいモン食べに行こうよ」

「あ、うん!」

 

どうやら杏子にとっては花より団子、花火より屋台の食べ物が優先らしい。

二人に向かってまどかが元気良く返事していると、マミが嬉しそうに二人の方へ駆け寄って行く。

 

「私はチョコバナナがいい!」

「また甘い物かよ……甘い物ばっか食べると太るぞ?」

「ふ、太る!? うえ~ん!」

「うお! 一発で泣いた! なんだよ「太る」ってマミのNGワードだったのか!?」

「なにやってんのよ! 早く甘い物買ってあげないとマミさん泣き止まないじゃない!」

「マミ! チョコバナナ! チョコバナナ買ってやるから!」

 

マミが泣き、さやかが慌てて、杏子がなだめに入る。

そんな三人をまどかがふとボーっとした表情で見つめていると、今度はそんな三人の下にほむらがツカツカとめんどくさそうに歩み寄る。

 

「また巴マミが泣き出したの? まどかといいムードを作りたいのに本当に邪魔ばっかりするわね」

「うるせぇ! 泣き止んで欲しいなら早くチョコバナナ買って来い!」

「なんで私が買いに行かないといけないのよ、いつもの飴はどうしたのよ」

「それが杏子の奴持ってきてないんだってさ」

「佐倉杏子、なんて融通の効かない可哀想な子なのかしら」

「なんで飴持ってきてないだけで可哀想って言われなきゃいけないんだよアタシ!」

 

哀れみの込められた目でそう言われて杏子がガッと噛みつくがほむらは冷静に返事。

 

「つべこべ行ってないでさっさとマミを泣き止ませる物を買ってきなさい」

「あ~わかったよ! じゃあアタシが戻ってくるまでマミはお前に任せるからな!」

「良かったわね、ようやく存在意義が生まれたわよ美樹さやか」

「任せられたのはアンタだろうが!」

 

ポンと自分の肩に手を置くほむらにさやかが額に青筋を浮かべてキレる。

これからもずっとさやかはほむらから上目線で見られる運命なのだ。

 

ギャーギャーと喚くさやかにプイッと顔を逸らして指で両耳を塞ぐほむら。

コントみたいな掛け合いをしている彼女達に思わずまどかも苦笑してしまう。

 

「アハハ……本当私達って喧嘩ばっかしてるよね……」

「なのにどうしていつも一緒にいるんだろうね僕等は、全く持ってわけがわからないよ」

「そうだよね」

 

苦笑するまどかの肩にヒョイッとキュゥべぇが飛び乗って来た。

するとまどかは前方で騒いでるさやか達を眺めながら彼にそっと話しかける。

 

「キュゥべぇ」

「ん?」

「ありがとね」

「……僕はなにか君に褒められた事したかい?」

「うん、一杯あるよ」

 

まどかはキュゥべぇと夜空に浮かぶ花火を見上げながらひと時の会話を始めた。

 

「だって私、キュゥべぇがいなかったらきっとこんな大勢の友達に囲まれて花火を見れなかったもん」

「そうかな?」

「マミさんに杏子ちゃん、さやかちゃんにほむらちゃん。みんなの問題をキュゥべぇが解決してくれたからこうしてみんな笑って一緒にいられるんだよ」

「別に僕は彼女達を助けようとした訳じゃないよ。まどかがそう望んだから僕が叶えただけさ。なにせ僕はまどかの願いを叶える美しき聖獣、セイントビーストだからね」

 

小首を傾げこちらをジッと見つめるキュゥべぇに、まどかはクスッと笑って笑顔になる。

 

「フフフ、キュゥべぇが傍にいて本当によかった」

「……そうかい、その言葉を聞けただけでも僕は宇宙一の幸せモンだよ……」

 

その言葉に若干照れくさそうにするキュゥべぇ。彼にも一応ウブな所があるらしい。

まどかはさやか達から距離を取った状態で更に話を続ける。

 

「それにね、私自身もキュゥべぇのおかげで少し変われた気がするんだ」

「君がかい? 君は初めて会った時から変わらず美しい僕の嫁だけど?」

「そういうのじゃなくてさ……」

 

ハハハと笑った後、まどかは少し暗い表情を浮かべた。

 

「私ってキュゥべぇと会う前は自分に自信が全然無かったんだ、得意なものとかも無いし、なにをやっても中途半端。そのせいですっかり内気な性格になってたから友達もあまりいなかったの……」

「……」

「それに本当はね、一番最初キュゥべぇの事ちょっぴり怖いな~とか思ってたんだ、宇宙人だしいきなり結婚してくれと行って来るし。けど付き合っている内に次第に変わってきたの」

 

顔を上げてまどかはまっすぐな目でキュゥべぇを見つめる。

 

「いつも自信満々な態度を取って、トラブルに巻き込まれてもなんの疑いも無く決断してすぐに解決しちゃう。それで私、キュゥべェの事尊敬するようになったんだ。私もこんな風になりたいって」 

「……そうかい」

「それからは自分で言うのもなんだけど、ちょっと変われたと思っているんだ。前よりも色んな人に積極的になれたし、悲観的に考えるのも止めた。まだちょっと自暴自棄になっちゃう所があるけどね」

 

笑って見せるまどかにキュゥべぇは言葉足らずだった。いつもはベラベラと喋るこの生物だが、彼女の話をちゃんとまともに聞いてあげているのだ。

 

「だからね、本当にありがとうキュゥべぇ。私を変えてくれて、みんなを助けてくれて」

「……」

「私、本当に“あなた”と出会えて良かった」

 

まどかは飛びっきりの満面の笑顔でそう言った。

それを見てキュゥべぇも思わずフッと笑ってしまう。

 

「どういたしまして……かな」

「フフフ」

「じゃあ次は僕から礼を言わせてくれ、まどか」

「え?」

 

キョトンとするまどかにキュゥべぇはいつもの無表情に戻って彼女に礼を言った。

感謝しているのはまどかだけではない、彼自身もまた彼女に感謝している。

 

自分の人生に様々な思い出を刻みつけてくれた事を

 

「僕と出会ってくれてありがとう、鹿目まどか」

「……うん」

「これも『絆』って奴かもしれないね、遅かれ早かれ、僕達はこうして繋がる運命だったのかもしれない」

「そうかもしれないね……」

「まどか」

「なぁに?」

 

キュゥべぇは静かに彼女の名を呼び一つ尋ねた。

 

「これからも僕と一緒にいてくれるかな?」

「うん……これからもずっと一緒だよ」

「ありがとう、やはり君は僕の妻となるに相応しい存在だ」

「そ、それはわからないけどね、アハハ……」

 

ひきつった笑みを見せるまどかだがキュゥべぇはどこか満足そうだった。

いつもの無表情だがどこか嬉しそうに感じる。

 

しばらくして痺れを切らしたさやかが手を振って二人を大声で呼び始めた。

 

「ちょっとアンタ達ー! マミさんがようやく泣き止んだから行くわよー!」

「あ~しんどかった、チョコバナナ売ってる店中々見つからなくて大変だったぜ……」

「チョコバナナ甘いわ、私、お友達とこうして食べ歩きしながら祭りの夜を練り歩くのが夢だったの」

「巴マミ、どうしてそこで私を見て言うのかしら……」

 

美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、暁美ほむら。

こちらが来るのを待っている四人を見てまどかは思わず笑顔になる。

 

「早く行かないとね、みんなが待ってる」

「全く騒がしい連中だよ。これじゃあせっかくのまどかのデートも堪能できないや」

「でもみんなと一緒に入れてキュゥべぇも楽しいでしょ?」

「さあどうだろうね~」

「ウフフ!」

 

素っ気ない返事で答えるキュゥべぇにまどかが笑い声を上げるとすぐに彼を肩に乗せたまま四人の方へ行く。

 

前方にはこちらに振り返っている彼女達。

 

「さあ行くわよまどか! それとナマモノ!」

「へへへ、まどかもナマモノも早く来ねえと置いてっちまうぞ!」

「キュゥべぇ、鹿目さん。一緒にかき氷食べましょう」

「まどか、はぐれないように私の傍にずっといなさい。ナマモノ、お前は星に帰りなさい」

 

四人が待つその場所に、まどかはキュゥべぇと共に嬉しそうに駆け出した。

 

「ねぇキュゥべぇ!」

「なんだい」

 

走りながらまどかがまた一つキュゥべぇに尋ねる。

 

「この先もずっとずっと! 私達の絆はずっと繋がってるんだよね!」

「そりゃあそうさ、例え糸が切れそうになっても、この僕が何度も結び直してあげて一つにまとめてあげるよ、なにせ……」

 

まどかの肩に乗っかってキュゥべぇは、即座に彼女に答えてあげた。

 

いつものように一点の曇りもなく自身満々の声で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は宇宙でいちばんセクシーだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき
これにてこの作品は完結です。短い間でしたがここまで読んでくれてありがとうございました。
この作品は原作である「魔法少女まどか☆マギカ」のキャラ崩壊物で全くの別物でしたが、それでも読んでて楽しいと思っていてくれたのならこれ以上嬉しい事はありません。
たまにこんなバカばっかやってた連中を思い出してくれたら幸いです。

また近い内に会えるかもしれませんがその時はよろしくお願いします。

それでは


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