IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 (オブライエン)
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Prologue  Black

 再連載第1弾

 こんどこそ完結できるように頑張ります!!


「――ちら、こちら―――――機関、緊急事態が発生した!ISの起動実験に失敗、研究用のジェネレーターが暴走した、このままではジェネレーターがオーバーロードを起こしてしまう!こちらで何とか制御を試みているが、長くは持たない、誰かこの通信を聞いている者がいれば救援を求む!至急、救援を――」

 

 

 

 以上が、とある研究機関の残した最後の通信記録である。

 その機関は、ISが世界に普及した頃から、ロシアの極地に確かに存在していた。

大規模ではなかったが高い技術レベルを持っていた機関である。彼らの目的は、IS技術の更なる発展や、適応者の育成とはまた少し違っていた。高い技術力を結集させ、戦場にも即時適応するハイレベルな適応者を造り出すということに主眼が置かれていたのである。一体でも十分、二体や三体輩出されれば大成功といった塩梅だった。

 

 その研究機関は、《ラボ・アスピナ》という。

 

 アスピナは、《A》から《Z》までの26人の被験体を揃え、データを用いたシュミレーションを行わせていた。単純なシミュレーションだ。あらゆる戦場、あらゆるシチュエーションを再現しておきながら、最終目的は一つ。敵性存在と設定された。たった一機のISを撃破すること。

 しかしアスピナは、先ほどの通信を最後に、ある日突然地図上から姿を消すこととなる。

 

 原因はIS用の新型ジェネレーターの暴走による爆発。研究員と被検体は全員死亡し、周囲数キロに高濃度の汚染物質が撒き散らされ、爆心地付近は今でもA級汚染地帯とされている。ISの起動実験中の事故から起こった悲劇とされるが、数少ない記録を紐解いてもその記述に幾つかの疑問点が残る。

 

 

 

 プロジェクトの核となったISは、コードネームを《アンサング》といった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Prologue  Black

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――中国、上海。

 アジアでも指折りの大都市であるため貧富の格差が拡大の一過を辿っており上海の一部はスラム化しているが、今も大企業の超高層ビルが増え続けている。その中に一際異彩を放つビルがあった。                                        

建物の表面が強化ガラスか人工大理石の白いパネルで覆われた、六〇階立ての白亜の城だ。

一人の若いビジネスマンが、異彩を放つビル――「上海国際出口汽車貿易公司」の本社ビルを訪れていた。出口とは中国語で「輸出」のこと。汽車は「自動車」にあたる。つまり、国際的な自動車メーカーだ。

 正面玄関から本社ビルの中に入ると、イベントホールのようなロビーが広がっていた。巨大な柱が規則的にならんでいる。ロビーは五階まで吹き向けで、エスカレーターが四基、エレベーター三十二基、移動のため用意されている。

 ロビーの受付でアポイトメントを確認してから、そのビジネスマンの青年はエレベーターに乗り込んだ。

 地下五階に下りると、ドアの外で一人も中国人男性が待ち構えていた。

 

「お待ちしておりました。王(ワン)明(ミン)と申します」

「どうも、如月修一郎です」

「今回は当社の『特別な商品』をチェックしていただく、ということで」

「はい、よろしくお願いします」

 

 ビジネスマンの青年――如月――はメガネをしていた。捕食獣の目をした、精悍な顔つき。山猫を彷彿させる均整のとれた筋肉質の体型。ブランド物のスーツ姿で、左手にアタッシュケースを抱えている。

 王明の案内で、如月は上海国際出口汽車貿易公司本社ビルの地下五階を歩く。華やかだったロビーとは打って変わって、地下は監獄のような雰囲気だ。

 

「如月さんは日本国内の大手軍事兵器メーカーの役員だとか」

「ええ。ある目的のためにそちらの『特別な商品』が必要に」

 

 ちなみに二人の会話は英語だ。

 王明の足が、長い廊下の突き当たりで止まった。分厚い鉄の扉の前だ。扉の左右に立っているのはただの警備員ではなかった。全長2・5メートルほどの大きさの金属の塊だった。

青と灰色の都市迷彩を施された機体は、それぞれ二本の手足を持ったロボットのような『装甲』で、指も五本ついている。しかし、人間らしいかと言われれば、答えはノーだ。頭にあたる部分が巨大で、膨らんだ胸部装甲もあるせいか、まるでドラム缶を被っているようにも見えた。首はなく、胸に直接固定された頭部が回転している。

 

「ここです」

「警備員の方が最新の駆動(パワード)鎧(スーツ)を装備とは、随分と厳重ですね」

 

 如月の言葉に王明は苦笑した。

 

「いえ、お恥ずかしい。当社のサイドビジネスは何かと敵を作り易いのでね、用心は欠かせない」

「大丈夫ですよ。商売相手は慎重な方がいい」

「ボディテックをしますので、此方に」

 

 と、駆動鎧を纏った二人の警備兵が如月に近寄った。駆動鎧の高感度マニュピレーターがジャッケットの裏側はもちろん尻のポケットやズボンの裾の裏側までまさぐる。

 

「では、改めて当社のサイドビジネス――『特別な商品』について説明させていただきます」王明は事務的な口調で言う。「我が中華人民共和国が行っている人口規制政策についてはご存知ですよね?」

「ええ。日本では『一人っ子政策』として有名な計画出産政策ですね。多少の例外はありますが原則的に一人の女性が産む子供の数を一人にする政策。中国の人口爆発を規制する為に制定された」

「その通り。満点の回答ですよ」

 

 そう言った、王明はカードキーで鉄の扉を開けた。

 如月もボディチェックを終え、警備員に一礼してから王明と共に地下の大部屋に入っていく。

 

「……一人っ子政策によって、中国の人口や出生率は理想的な数字に落ち着きつつある。しかし同時に様々な問題も生み出してしまった。その一つが――黒孩子(ヘイハイズ)――『黒い子供達問題』」

 

 部屋の中には、大量の檻が並んでいた。鉄格子を組み合わせただけの簡素だが頑丈な檻に、数十人の子供達が詰め込められている。コンテナの様に積み上げられた折の数は一〇〇を越える。つまり、この部屋は商品の倉庫なのだ。

「これが我が社の特別な商品――――黒い子供達」

 

 子供達は皆怯えた目をしていた。

 

「一人っ子政策下では、もし二人目の子供を産んだら捨てるか、政府に隠して育てなければいけない。また、跡継ぎが欲しい家は男子か女子、今の世は家によってまちまちですが目当ての性別の子供が産まれる子供を捨て続ける。そうやって、戸籍を持たない――――つまりは最初からいなかったことにされた子供たちが増えていく。それが黒い子供達」

「…………」

 

 子供達が助けを求めるような視線を如月は無表情で受け止める。

 王明は続ける。

 

「黒い子供達は学校教育や医療を受けることはできない。なにしろ戸籍上は『存在していない』わけですから。そんな子供達は、人身売買にはもってこいだ。誘拐しても、殺しても、何をしても問題にはならない。ここにいるのは社員が誘拐、もしくは親からはした金で買い取った『商品』です。存在しない彼らは警察も捜さない。奴隷にするもよし、臓器のストックにするもよし、人体実験に使うもよし――ISの実験に使うなら女子の方は適性検査をしているのでリストで確認しますか? もちろん適性が高い方が値は張りますが」

「はぁ……」

 

 如月が溜息をついた。それに含まれていた呆れのようなニュアンスに王明は気付かなかった。

 

「中国政府高官に賄賂を聞かせていますから出国は問題ありません。安全なルー

トがありますので、世界中の何処にでもお届けできます」王明はセールスマン風の媚びた愛想笑いを浮かべる。「――さて、ここから先はビジネスです。如月さんの会社はどの程度お買い上げするおつもりで?」

「全員(・・)だ(・)」

 

 如月は何処か気だるげに言った。

 

「は?」

「ここにいるヤツ全員だ」

「かなりの額になりますが、大丈夫ですか?」

「金なら問題ねェよ。はなッから1セントも払う気ねェからなァ」

「……な!」

 

 如月の変調を察した王明が指を鳴らすと、出入り口の扉が開いて、さっきボデ

ィチェックをしてきたものを含めた六機の駆動鎧が部屋に雪崩れ込んでくる。

 四メートルほどの距離で、駆動鎧たちは如月に対シェルター用ショットガンの銃口を向けた。しかし、如月は気だるげな表情を崩さない。

 銃口を向けられても震えるどころか眉一つ動かさず、冷や汗も一切かいていない。

 

「王明。テメェはここまでで三つミスをしてる」

「なんだと」

「まず、オレがかけてるこのメガネは超小型ビデオカメラを内蔵しててな、テメェの悪事の動かぬ証拠ッてわけだ」

 

 メガネを外して、スーツの胸ポケットにしまう。

 

「次に、オレは如月修一郎じャねェ。如月修一郎てのはオレの上司が用意した架空の存在だ、実際には存在しねェんだよ」

「じゃあ、お前は誰だ?ICPOの犬か?」

 

 王明の問いに如月修一郎と名乗った男は自分を含めたこの場にいる者全てを嘲るように嗤った。

 

 

「上司の言葉を借りるなら、我等は過去の亡霊であり世界の影。悪の秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』

オレはそれのエージェント、アンサングだ」

 

 

「亡国機業? テロ屋風情が警察の真似ごとか?」

「テメェはやり過ぎたんだとよ。一定の国に多量の優れたIS適性者を供給されるのはうちにとっても問題らしい」

 

 国家に寄らず、思想を持たず、信仰は無く、民族にも還らない国際テロ組織――亡国機業(ファントム・タスク)。

 目的不明、存在も不確か、その規模もわからない。無軌道にあらゆる国家にテロ活動を行なう謎の犯罪組織。アンサングはその亡国機業が誇る精鋭揃いの戦闘チームの内の一人だ。

 

「それがどうした……」王明が苛立ったように舌打ち。「そのメガネを処分すればいいだけの話だろう。そしてお前を殺す」

「いいか、テメェが犯した三つ目のミスだ。これが決定的だッたな――テメェは亡国機業を舐め過ぎだ」

 

 ざわり、と場に緊張が満ちた。動こうとしないアンサングに敵意が突き刺さる。いかに正体不明の組織のエージェントであろうと生身で四機の駆動鎧の狙われて無事で済むはずが無い。王明はごくりと生唾を飲み込み、決心して全機に攻撃命令を、

 

 

 

 

 

『遅ェよ』

 

 

 

 

 

 アンサングの姿が、消えた。

 無音。

 速いなどというものではない。始めからそこに居なかったのではなかったのかと思うほど、その動きは怪物的だった。思い出したように割れる床のタイルだけが、その場にアンサングがいたこと示している。

 割れたタイルの欠片が床に落ちて音を立てた頃にはもう、アンサングの展開した光の刃が六機の駆動鎧を余す事なく標準していた。

無数の切断音は、アンサングが描いた斬撃数に反して一つに重なって聞こえた。 

 まばたき一回分の猶予すらなかった。吹き抜けた疾風はその痕跡として、凄まじい風と轟音だけを残し、既にその殲滅行為を完了していた。ほぼ時間差ゼロで、ただ一度の功勢で。

 二機の駆動鎧が何もできずに細切れにされ、四機の駆動鎧の首と胴体が切り離された。一秒未満の間に鉄くずと化した巨体が芸術的な切断面をさらして崩れ落ち、それから数瞬遅れて空中に取り残された頭が次々と落下して転がった。

 初動から完殺まで人間ごときの目では何一つ見えない。それどころか機械の高感度センサーであっても、アンサングの行なった機動が感知出来なかったに違いない。

 

 結果として王明が見えたのは蒼白い光が黒い化け物の手の中に納まっていくところだけだった。

 黒。真っ黒。全ての色を呑み込む艶消しの黒。夜闇を切り取ったかのような漆黒の全身装甲を纏ったアンサングが無数の複眼で静かに狼狽した超明を見ていた。

 

「馬鹿な…………ISなのか……」

 

 猛禽を連想させる鋭利な頭部を埋め尽くす月光色の複眼、あらゆる無駄を極限まで削り取った細く鋭いエッジの効いた鋭角的な装甲。それは人ではなく、なにか悪夢から這い出てきたような、ヒトとはかけ離れた化け物のような姿だった。

「ありえない!何故、男が、ISを使えているっ!  ?」

 

 世界を変えた最強の兵器。マルチフォーム・スーツ【インフィニット・ストラトス】通称ISは最大の欠陥として女性にしか扱えないという問題を抱えている。世界中が天文学的な資金をかけて研究を続けているが今だにその原因を掴めていない。だからこそ、男性のIS操縦者などこの世に存在するはずがないのだ。

 

「なんだ!? なんなんだおま――」

 

 言葉はそこで途切れた。アンサングが影のように動いたと思った瞬間、王明の身体を衝撃が襲った。アンサングが超明の胸倉を掴み、捻り上げたのだ。息が詰まり、王明はたまらず「かっ」と息を漏らす。

 

「テメェに質問する権利はねェ。オレの質問にだけ答えろ」

 無数の複眼がぎょろりと王明を睨みつける。自分に向けられた無機質な殺意に王明は「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。

 

「『第四世代IS』、『プロジェクト語られぬ者(アンサング)』、『NO.2《B》』、『バティ』。何でもいい、この単語にどれか聞き覚えはあるか?」

「し、知らないっ! 聞いた事も無い!!」

「…………」

 

 宙吊りの状態でジタバタと暴れながら「助けてくれ」、「なんでもする」などと喚き散らす王明を数秒ほど観察した後アンサングは脱力し、胸倉から手を離した。無様に尻餅をつく王明。

 

「……また外れか。スコールのヤロウ、適当な情報よこしやがッて」

「た、頼む、助けてくれ! 人身売買からは手を引く、これからはアンタ等の手助けをしてもいい! だから見逃してくれっ!!」

「あ?」

 

足元で跪き、見苦しい命乞いを続ける王明にアンサングは心底どうでもよさそうに告げる。

 

「安心しろ。別にこの会社を潰そうだとか皆殺しにしようなんて考えちャいねェからよ。ただちョッと頭を挿げ替えて利用させて貰うだけだ」

「え、それって――」

 

 言い終えることは許されなかった。

 ドゴォ!!!!! と。

 脚部スラスターを全開にして放たれた音速を超えた神速の蹴りが王明の胸の中心に叩き込まれた。

 吹き飛ぶなんて次元ではなかった。

 吹き抜ける、もしくは塗りたくる。その場で王明の全身はケチャップを詰めた水風船のように破裂し、赤黒い何かが通路の壁一面へと叩きつけられた。

 

「フンッ」

 

 アンサングは何事もなかったように足を振って足についた血糊を落とし、通信の回線を開いた。相手は彼をここに送り込んだ上司だ。

 

「スコールか? 言われた通り悪事の証拠を押さえて王明は消したぜ」

『お疲れ様。それで、貴方の【探し者】の方はどうだったの?』

 

 通信の向こうから返ってきた清流のように透き通った若い女の声だ。アンサングは苛ついた調子で答える。

 

「完全な空振りだ。何が裏に精通したブローカーなら実験体の情報を知っているかも知れない、だ。黒い子ども達しか扱ッてねェじャねェか」

『随分と派手に売買してたからソッチの方にもツテがあるかと思ったんだけど肩透かしだったみたいね』

「いい加減、手がかりの一つぐらい寄越しやがれ。オレがなんのために亡国機業に所属してると思ッてやがる」

『はいはい、分かってるわよ。じゃあ、帰ってきたらまたすぐに任務に出てもらうわよ』

「あん? そりャあ、どういう意味だ?」

 

 スコールの唐突な命令にアンサングは眉を潜めた。彼女の相手の都合を考えない身勝手さは何時もの事なのだが、流石に任務中に新たな任務を命じられるのは初めてだ。

 

『新しく調べないといけないことが出来たんだけど、それがどうも貴方の【探し物】にも関係してそうな案件なのよね』

「――んだと」

 

 アンサングの声の質が変わる。淡々として人間の声から、獲物の匂いを嗅ぎつけた餓えた獣のそれへと。スコールのため息が、通信から洩れた。

 

『相変わらずね……通信で話すようなことでもないから早く帰ってきなさい』

「了解、【ディザスター】で飛んで行くが構わねェな」

『ISでの移動は色々と目立つからやめて欲しいのだけれど……まぁいいわ。だけど、今の貴方は亡国機業のアンサングということは胆に命じておいてね。『プロジェクト語られぬ者』の【ジーク・キサラギ】さん?』

「――ッ」

 

 通信を強引に切る。その行動自体がスコールの下らない挑発に乗ってしまったことを意味する。そんな自分を恥じるように溜息を一つ吐いた所では彼は自分に向けられた視線に気がついた。

 視線の方に目をやると黒い子供たちがざわついていた。数人の子供はまるで神様でも崇めるような目で見てきてさえいた。王明と警備員達を倒したことで味方だとでも思われたのだろう。

 アンサング――ジークは心底面倒臭そうに深い深い溜息を吐き出した。

 

 自分は何故こうも変なところで甘いのだろうか。

 

「まず、オレにテメェらを助ける気はねェ。この後ICPOや武装警察――つっても分からねェか……簡単に言えば良い人達が助けに来るからがソイツらの言うことをちャんと聞いとけ」

 

 子供達全員に言い聞かせように中国語で告げる。すでに犯罪の証拠は手に入れた。この証拠を届ければ、ICPOと中国の武装警察が上海国際出口汽車貿易公司に突入し、一斉検挙と子供達の保護を行なう手はずになっている。そして、そうした浄化作業が終わった後、亡国機業に取り込む予定だ。なんのためにそんなことをするのかは末端であるジークは知らないし、別に知ろうとも思わない。

 

 

 それだけ伝えてジークは非常階段を使って一階まで上がる。その途中でけたましい警報が鳴り出した。誰かが王明達の死体を見つけたのだろう。ジークは気にも留めず登っていく。

 

 

 一階のロビーにたどり着くとシャッター降りて正面玄関はもちろんすべての出入り口が封鎖された。一般社員は一人の残っておらず、代わりに二十機以上の駆動鎧がジークを出迎えた。

 

「……」

 

ジークは脱力したようにだらりっと両腕を垂らす。両の掌に光の粒子が集い一つの形を成して行く。左手には片刃、渡りニメートルを超える黒塗りの野太刀、右手には二等辺三角形のような形状のアサルトライフルとなって手中に収まった。

 ガシャンッ! と、全ての駆動鎧が一斉にジークへと銃口を向ける。

 

「――どうせ同じ穴のムジナだ」

 

 今のジークの頭にあるのはスーコルが言っていた彼の【探し物】に関係する可能性がある新しい任務のことだけだ。【探し物】と【探し者】。彼はそれを見つけるために生きてきた。それを邪魔する――その情報を知るのを一秒でも遅らせるというなら、それは即ち彼の道を阻む敵だ。

 

「せいぜい恨めよ」

 

立ちふさがる者は全て斬って捨てる。そうした上で前に進む。ずっと昔に決めたことだ。

 

 

 

 

 

 

 それが彼の――亡国機業エージェント、コードネーム『アンサング』。IS【ディザスター】の専用操縦者。ジーク・キサラギの日常だ。

 



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Prologue  gray

 仕事に追われたり、リハビリに過去編書いてたりしていたらいつの間にか一年近くも放置してしまった……(^^;) ですが、過去編も終わったことなので心機一転して頑張っていきます。


 

彼の意識の深奥にある「灰」は、死がそこに迫った時に己を取り巻いていた色だ。

 

 大地を覆う粉塵と、空を覆う煙。

 少年は、その灰の只中で独り死にかけていた。

 崩れ落ちた瓦礫が、左腕を潰してしまっていた。彼は自身の血で血だまりに体を浸し、仰向けになったまま、彼は思う。

 

 ――ああ。ぼくは、死ぬのか。

 

 自身のことだというのに、それは極めて俯瞰的な思考だった。

 廃墟になった街を思う。かつては自分が暮らしていた場所。小さいけれど温かかった、彼の世界の全て。光が一度瞬いただけで、炎と瓦礫が支配する地獄へと姿を変えてしまった。父や母、みんなが塵のように死んでしまった。

 

 意識が朦朧とし、記憶が混濁していく。頭の中に靄がかかり、あとはただ、誰にも見守られず死にゆくのみ。

 

 

 その時、白い騎士を見た気がした。

 

 

 夢かもしれない、とは思わなった。こんなところにそんなものがいるわけがないとも。

 彼は直後、ほとんど無意識に左手を伸ばした。

 例え意味など無くとも、まだ生きているから。生きているなら、まだ何かができる筈だから。彼の頭の中にはただそれだけがあった。上げられた左手はひらひらと虚空を踊り、瀕死の蝶のように炎に照らされた。

 

 生きている。

 まだ。

 なら、戦わないと。

 このまま終わるのは許されない。

 恐い。

 痛みが怖い。

 感覚が消えていくのが恐い。

 他の皆と同じなるのが恐い。

 ――――そして、無意味に消えることが何よりも恐ろしい。

 恐いままでいい。痛いままでいい。その上で、もう一度立たないと。だって、この手はまだ―――

 

 

 ――自分の意志で、戦ってすらいないのだから。

 

 

 その意思を、誰かが証明した。

 

「生きたいか?」

 

 問う者の声は、幻聴ではなく確かにあった。彼女がいつからそこにいたのかなんてわからない。

 覗き込む顔。灰色の煙が切れ、見えた空の色は、嘘みたいな朝焼けの赤だった。その逆光を背負い、彼女の表情はよく見えなかった。

 

 声は出ない。

 頷く力さえない。

 だから彼は、突き出した左手で拳を作った。強く、命あるものの意地であるかのように、強く。

 

「いいだろう。……私と、来い」

 

 拳に、そっと彼女の手が重なる。

 その先のことはよく覚えていない。だが、彼女の手の温かさは、今でも鮮明に思い出すことができる。

 それは十年近く前の、彼の始まりの記憶だ。

 

 

 

 

 

 

「…………久しぶりだな。あの時の夢を見るのは……」

 

 半身を起して、頭を軽く振る。

 少年――シオン・スミカは自身の左腕を見る。そこにあるのは機械仕掛けの自分の左腕だ。

 左腕が、痛い。

 光学神経と人工筋肉、合成骨格などの機械部品で造られた人ならぬパーツが、命あるものにしか有りえない痛みを発し続けていた。幻肢痛(ファントム・ペイン)と言われる、体の欠損した者だけが味わう、失った部位を求め、発せられるある筈のない痛みだ。

 シオンは、痛みを発し続ける左腕を無理に動かして、自身の首に巻かれた灰色の首輪を強く握りしめる。

 

(久しぶりに師匠(せんせい)に会うんだ。情けないところは見せたくない)

 

 今の自分は昔とは違うと言い聞かせる。

 自分はあの人に救われて、新しい腕と戦うための力を貰ったのだ。戦うことも出来ずに何もかも奪われた無力だったあの頃とは何もかもが違う。過去の記憶などに怯える必要などないのだ。

 だから、自分を変えてくれた恩人の前で、こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。あの人には、強くなった自分の姿を見て貰いたいのだ。

 

(それに、あの二人共にも久しぶりに会うことになるわけだし)

 

 二人の幼馴染の姿を思い浮かべる。

 一人とは六年前に、もう一人とは二年前に別れたきり一度も会っていなかったが、二人の幼馴染はシオンにとっては家族に等しい大切な人達だ。

 

「元気にしてるかなぁ、一夏に箒ちゃん」

 

二人のことを考えると自然に笑みがこぼれた。これからの過ごす日々が少しだけ、楽しみになった。

 

 

――気が付けば、左腕の痛みは消えていた。

 




 取りあえず、オリジナル主人公その2のプロローグです。早く原作主人公のブロローグも書かなければ……(-_-;)


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Prologue ZODIAC

 一夏のプロローグやろうと思ったけど、上手くまとまらなかったので先に此方を上げます


 

 

 ――――彼女の願いを叶えると、ずっと一緒にいると約束した。それが自分の下した違える事のない決断だ。

 

 

 その夜、ギリシャ軍国防基地にあるメッセージが送られてきた。至極短い文にはこう記されていた。

 

『――貴官達は、我らの敵か?』

 

 20秒。

 それがこのメッセージを受信してから国防基地が陥落するまでの時間だった。

 襲撃者はIS一機。防衛設備を破壊し、己が道を阻むものだけを排除した不明ISは、過分な破壊は全くしようとしなかった。離脱する者があるとすれば見逃したし、基地内の居住スペースへは一歩も踏み出しさえしなかった。それは、この基地占拠がただの手段に過ぎず、目的が更にその先にあることを示している。

 そして、銀色のISはごく短い要求を、メッセージをギリシャ軍に突き付けた。

 

 ――我らの敵はどこだ?

 

 

 

 

 ギリシャ国家代表、アガシャ・フリンビキは自身の専用機である第三世代ISアテランテを駆って襲撃された国防基地まで急行していた。国防基地を選挙した襲撃者の撃破、もしくは捕獲の命令が彼女に下されていたが、内心彼女は不安にかられていた。

 

「防衛部隊が全滅……それもたった20秒でなんて……」

 

 国防基地には対IS戦を前提とした兵器や対IS戦の訓練を十二分につんだ熟練の兵士達がいた。平均的なISならば十分撃退できる戦力が揃っていたはずだ。それをたった20秒で全て撃破するとは並の相手ではない、少なくとも自分だったら襲撃者と同じことが出来るとは到底思えない。

 

「だけど……引くわけにはいかない…!」

 

 占拠された基地にはまだ多くの仲間達と一般人がいる。必ず助けださなければならない。そして、自分は国家代表。国と民を守る最後の砦。正体不明の襲撃者如きに遅れをとるわけにはいかない。

 

「これは……」

 

 辿りついた国防基地の有様は墓場のような有り様とはまた違う。国防基地は異様なまでに静かだった。最低限の、最小数の、「道を阻むもの」だけを破壊しているというような。基地に転がるパワード・スーツや戦車の残骸は、いやに数が少ないだけにかえって凄惨な感じがした。

 それは最小限の撃破であるが故に、残骸はある一定のラインに沿って転がっているようだった。

 道のように。

 

「北にISの反応が一つだけ……待っているぞってことね」 

 

 北――パワード・スーツや戦車の残骸が示す方角だ。

 スラスターを吹かして、闇に黒々と横たわるそれらを飛び越える。ISの速度をもってすれば基地施設を突っ切るなどすぐだった。基地北側。そこにあるのは施設の総面積の三割を占める広大な演習場だ。

 柵を飛び越え、強化コンクリートに固められた広大な演習場に足を踏み入れる。主にISの使用を想定したこの演習場は直径数キロにも渡るほど広く、関連施設はすべて外周にのけられているため、使用されていない今訪れると奇妙なほどに広く感じられる。転々と転がるパワード・スーツと戦車は今だに黒煙を吹き上げ、平らにならされた敷地と同じく月光を浴びている。

 

 そして、アガシャは気付いた。

 演習場の中心に一機のISがいる。

 

「……!」

 

 思わず立ち止まった。

 その影を地面に投じるISは、まるでオブジェのように微動だにしない。

 

 その姿はまさしく白銀の獣王だった。

 

 頭部は、獲物を噛み砕く肉食獣の牙を模した意匠と雄々しい鬣(たてがみ)のような金色の放熱索を持ったフルフェイスヘルメット。両腕を覆う生物的な丸みを持った巨大な手甲から伸びる通常のブレードの三倍以上の厚みを持つ鉤爪状のブレード。月光を受け美しい光沢を放つ白銀の装甲に走る金色のラインが、獣性の中に隠れる神性を演出している。胸部に埋め込まれた何らかの装置であろう、獅子座の軌跡を描く九つの宝玉からその身に宿る膨大なエネルギーを吹き出させていた。

そして、最も目を引いたのはその肩に刻まれたエンブレムだ。

 

「数字に……髑髏のライオン?」

 

 骸骨の獅子と『Ⅰ』の数字。軍属であるアガシャにも見たことも聞いたこともない形状のエンブレムだ。所属不明組織のISである証拠――間違いない、奴だ。

 

「貴方ね、この基地を……そして、私の仲間を大勢殺したのは!」

 

 アガシャは愛用の一対の短槍と長槍カリュドーンを展開して、気迫と共に獅子座のISに突きつける。国家代表の全力の殺気を受けても獅子座のISは変わらず微動だにしない。否、ゆっくりと瞳――蒼いデュアルアイセンサーを開き、アガシャへと向けた。

 そして、言葉を発する。低く良く通る『男』の声だった。

 

「貴方は、我々の敵か?」

「お、とこの声!? そんなことがある筈が!?」

 

 男が操るISなどあり得ない。なぜならISは女性にしか使えない。唯一の例外である日本人の少年『織斑一夏』を除けば、この世界に男性IS操縦者は存在しないはずなのだ。なら、目の前にいるのは何者だ。動揺するアガシャを尻目に獅子座のISは再度同じ言葉を口にする。

 

「もう一度聞く、貴方は我々の敵か?」

「……っ! 何を言っているの今更っ」

 

 変わらぬ獅子座のISの態度にアガシャは思考を切り替える。目の前にいる相手が何者であれ、基地を襲撃し仲間を殺した『敵』であることに変わりはない。そう思えば、相手のとぼけた態度に怒りが湧いてきた。

 

「仲間を殺した貴方は、間違いなく私の敵よ!」

 

 裂帛の気迫と共にアガシャは獅子座のISへ向けて一直線に突撃する。アテランテの背部装甲が展開し、コイル状のパーツが現れた。それこそが第三世代ISであるアテランテが持つ第三世代兵装だ。コイルが高速回転を始め、紫電を放つ。その次の瞬間、予備動作無しで真横に鋭角に飛んだ。

 アテランテが持つ第三世代兵装の能力『磁場跳躍』を持ってすれば、予備動作ほぼ無しの鋭角軌道も容易だ。連続での直角軌道で瞬時に獅子座のISの死角に入り込み、空間を穿つような突きを放つ。

 

 ――――殺った!

 

国家代表の名に恥じない、タイミングも速度も完璧な会心の一撃だった。それを――

 

 

「敵、か。――感謝する」

 

 

 それを、獅子座のISは見向きもせずに、軽々と手甲で受け止めた。

 びくともしない。体制は全く変えずに、アガシャの方を見てすらいない。ただ、腕を掲げて突きの軌道に置いただけ。それだけで第三世代を駆る国家代表の全力の一撃を子供の拳を受け止めるかのようにあっさりと防いだ。

 

「そ、んな」

 

 あまりの出来事に呆然となるアガシャ。だが、すぐに背筋に冷たいものを感じて正気を取り戻すことになった。

 

此方を見た。頭だけを動かして獅子座のISが、蒼いデュアルアイセンサーで硬直するアガシャを見捉えていた。その視線は人の物とは思えなかった。それこそまるで、この地上の数多の獣達の頂点に君臨する獣王である『獅子』のような――――。

 

――瞬間、獅子に喉を噛み千切られ絶命する自身の姿を幻視した。

 

「~~~~~~~~~!?」

 

 本能的な恐怖からアガシャは磁場跳躍を用いていて弾けるように全力で真後ろに飛んだ。逃げなければ幻視した通りになると直感していた。敏捷性に特化したISでの国家代表の全力の逃走。みるみる二人の距離は離れ、アガシャは演習場の淵までたどり着いた。それでも獅子座のISから視線は外さなかった。それは恐怖からの行動でもあったし、何があろうと敵から目を外してはならないという戦士として判断でもあった。

すると獅子座のISが奇妙な行動をとりだした。腰を沈め、右肩がアガシャと正対するほど大きく体を捻り、左腕を掲げた。至極分かりやすい単調な上段からの振り落しの構え。だが、獅子座のISがいるのは演習場の中央、アガシャがいるのは演習場の淵だ。誰がどう見ても完全に間合いの外である。

 

 だが、その常識に当てはまらないものが、存在した。

 

 ただの意匠だと思われたヘルメットの牙が大きく開き、獅子の咢へと姿を変える。そこから放たれた咆哮は、人間の物と認識するにはあまりにも暴虐的で、破壊的だった。そして、振り落された一撃も。

 

 

 

「GUUURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 全ては一瞬だった。予想も、反応もできなかった。形容しがたい咆哮と共に演習場の中央から演習場の淵にいたアガシャの目の前に瞬間移動(・・・・)した獅子座のISから振り落された一撃。それを受けたアガシャは強化コンクリートの地面に叩きつけられる程度では済まなかった。

あまりの衝撃に一瞬で意識を刈り取られ、身に纏っていたアテランテは原型が無いほどに粉々に砕け散り、叩き付けられた衝撃で砲撃にも耐えるはずの強化コンクリートが爆散して巨大なクレーターを作り出した。

 

 獅子座のISの展開した口から膨大な熱と蒸気を吐き出され、鬣状の放熱索が排熱によって金色に発光する。倒れ伏し、血を流すアガシャを見下ろす。見たところ重傷ではあるがISの持つ絶対防御の恩恵で命だけはなんとか無事のようだ。それを確認すると獅子座のISは、アガシャから視線を外し、視線を星空へと向ける。

 

「――任務完了だ、アンジー。回収を頼む」

 

 回線を開き、自分たちの司令官と通信を行う。返ってきたのは、ひどく機械的な年若い少女の声だった。

 

「了解しました、NO.1(レオ)。三分後に其方に到着します。合流後、貴方は別命があるまで休眠任務に入ってください」

「了解した」

 

 獅子座のIS――レオは事務的な返事をして回線を切断して、ISを待機状態に戻す。全身の装甲が光の粒子になって姿を消すと、そこには背の高い男の姿が残った。

 汚れ一つない白い軍服を纏った歳は二十代後半頃。色の薄い金髪に、肉食獣のように鋭い碧眼。軍服の肩にはISのエンブレムと同じ骸骨の獅子とIの数字の刺繍があった。

 レオは、暫く無言で星空を眺めたのち、倒れ伏すアガシャを見下ろした。彼女は、レオにとって脅威とはなりえなかった。短い戦闘であったが彼女の思いも信念も理解できた。それに対して敬意も抱くが、自らが全力で戦うに値する『敵』として認識することは出来なかった。

 

 

 想う。

 終わりなき戦いに身を落とした自分とその仲間達。そして、あの幼き司令官の未来に想いを巡らせる。

 武装組織『黄道十二使徒(ゾディアック)』隊長、NO.1獅子座(レオ)は一人呟いた。

 

 

 

「――――我らの『敵』はどこだ?」

 

 

 

 




 


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Prologue white

取りあえずプロローグはこれで終了です


 

――――紅。赤。緋。赧。朱。赩。赫。赭。赬。

 

 全てを飲み込み、全てを染める、永遠の紅。

 

 全てを焼き尽くすまで決して消える事のない、人類の罪が具現した炎は全てを灰燼に変えて行く。

 

 彼女と共に過ごした思い出ごと、その紅蓮の焔は全てを包み込んでいく。

 護るべきはずだった彼の『全て』を、真紅の獄炎が呑み込み、この世から焼失させていった。

 

 ――――その絶望(ほのお)の名は、破滅の枝(レーヴァテイン)

 

 『最凶のインフィニット・ストラトス』と呼ばれた存在が放つ、究極にして絶対の力だった。

 今まで彼が見てきた数多の兵器など、この焔の前には影絵の武器に等しい。

 ひとたび放たれれば、確実に全てを内から溶かすように燃え散らす。それは、決して消える事のない永遠の炎。その炎に燃やせぬ物など、この世には存在しない。

 泣き叫び逃げ惑う人々も、武器を取り決死の覚悟で戦う戦士達も、彼の仲間達も……最強の兵器と呼ばれた『IS(インフィニット・ストラトス)』すらも何の例外もなく燃やし尽くす、究極の炎。

 

「■■、■――――」

 

 彼は最愛の人の名を呟くも、その言葉に、彼女はもう応えてはくれなかった。

 不器用でどうしようもないほど鈍い自分を愛してくれた。本当は寂しがりやのくせに強がりで、自分の背を守ると誓ってくれた強く優しく、そして弱い。美しい女性だった。

 

 けれどその笑顔も、言葉も、もう二度と見ることはない。覆すことの出来ない、たった一つの真実。

 

 ―――――彼女は、死んだのだ。

 

 

「■■■っ――――――!!」

 

 最愛の人の亡骸を抱きしめながら、彼は絶望した。

彼女の存在こそが唯一自分の人生に価値を与えてくれたのだと、彼は理解していたのだ。彼女の存在がいつも戦いの渦中に自分を癒してくれた。いつしか、彼女の隣が自分の変えるべき場所になっていた。

 

 そんな彼女を……人々を、破滅の枝の焔は、無慈悲なまでに蹂躙し、ひたすらに全てを焼き尽くした。

 何の罪もない人々を巻き込みながら、彼らの人生もその魂の叫びも否定するように、破滅の枝の炎は命を糧に大きな豪炎となって彼に襲い掛かかる。

 

 その手に、かつて彼女を象っていたリボンを握りしめて、自身を呑み込むであろう破滅の枝の炎を前にしてただひたすら涙した。

 絶望に心を砕かれ、止めどなく溢れる涙もまた燃やし尽くす炎を前に、彼女の温もりが残留しているこの束の間を最後まで噛み締めるように、彼はその場に立ち尽くした。

 

 ――――護るべき、最愛の人の『死』

 

それはただ、単純に彼が無力であったため。

『最凶のインフィニット・ストラトス』と呼ばれた存在から、大切な人を守れないような、ちっぽけな存在だったからだ。

 

「……俺を、殺すのか?」

 

 ひび割れたような笑みを浮かべ、この世全てを燃やし尽くす炎を纏った『最凶のインフィニット・ストラトス』は彼へ向け、その獄炎を放った。

 自身に迫る避けようのない絶対的な死の力を知覚した彼は、小さく、だが、確かにこう口にした。

 

 

 

 

――――生きてやる。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「どこだ、ここ?」

 

 彼――織斑一夏は道に迷っていた。彼は中学三年。受験の真っただ中にいた。私立藍越学園を受験しに多目的ホールに来ていたのだが、無駄に複雑に作られた構造のせいで完全に迷ってしまっていた。

 ――中学三年になって迷子になるとは、恥ずかしい、死にたい。

 

「ええい、こうなれば片っ端から開けて行ってやる。それでだいたい正解なんだ」

 

 一夏は取りあえず、一番に近い位置にあった扉を取りあえず開けた。やたらと広い部屋だった。天井もやたらと高い。明らかに試験会場とは関係なさそうな部屋だったのですぐ立ち去ろうと思ったが、部屋の中央に鎮座している物が目に留まった。

 

 それは、一言でいれば中世の鎧だった。厳密に言えば細部は甲冑とは違うがそれに似た印象の『何か』が置いてあった。それは、人型に近いカタチをしていて、自身を使う主が現れるのを静かに待っていた。

 

 一夏はこれを知っていた。というより、それを知らない人間は世界にいないだろう。――これは、『IS』だ。

 

 インフィニット・ストラトス。通称IS。宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。しかし、その性能は現存するあらゆる兵器を超えており、当初の目的とは異なり兵器として側面を強化されることになる。現在では各国の思惑から『スポーツ』にと落ち着いた。一種の飛行型パワードスーツだ。

 しかしこの『IS』には致命的な欠陥があり、それが原因で一夏にはなんの意味もない存在になっている。

 

「男は使えないんだよな、これ」

 

 そう、ISは女性にしか使えない。原因は不明だがISは女性以外には反応しないのだ。故に、最強の兵器であるISを使える女性が偉いという図式が成り立っており、今の世は女尊男卑の世界になっている。

 だから、一夏の前にあるソレは一夏にとってマネキンと変わりない。動かない、何もしない、できない、ただの置物だ。そのつもりで、何気なく触れた。

 

 

 ――――指先が触れたISに触れた瞬間、キンっと金属質な音が脳内に響いた。

 

 

 そして脳におびただしい量の情報が雪崩れ込んできた。知りもしないはずのISの基本動作、操縦法、性能、特性、冤罪の装備、活動限界時間、行動範囲、センサー精度、レーダーレベル、アーマー残量、出力限界――――

 まるで、長年熟知したものように、鍛錬した技術のように、全てが理解、把握できる、

 そして視覚野に接続されたセンサーが直接意識に作用して、視界を作り替えていく。その中で、一夏は不思議なビジョンを見た。

 

 

 ――――鮮血のような赤い炎に包まれる町。そして、その中でこと切れた女性を抱きしめながら慟哭する一人の男。

 

 

(……なんだ、今のは?)

 

 突拍子もない映像に疑問を持つ一夏だったが、脳に次々に流れ込んでくる情報にそれも押し流されていった。そして、ISが主の到来を喜ぶかのように一人手に一夏の身体に装着されていく。

 

 

 世界で唯一の『男性IS操縦者』の登場。

 そして、謎のビジョン。

 

 この日を、境に少年、織斑一夏の『世界』は文字通り一変することになる。

 

 

 




 次からようやく本編です


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