いつもの世界を守るために (alnas)
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いつか世界を救うために
始まりはここからだった


どうもみなさんalnasです。
この話(番外シリーズ)は自由の過去編になります。
『いつか世界を救うために』の少し前の時系列から始まる話になります。本編で所々出てくる自由の過去の深い部分に触れていけたらなと思い書き出しました。
活動報告の方でも少し話したかもしれませんが、ようやく書き出すことができました。
本編と並んで更新できることを祈っていてください!
では、始まるよ!


 あの日々から、いったいどれだけ経っただろうか?

 思い返せば、最も過酷で、そして最も尊いあの激戦の毎日。

 戦い、笑い、悩み……苦悩の末に勝ち取った未来。

 すべてを救うことはとてもじゃないが難しすぎて。

 なにもかもを守るのには力が足りなくて。

 結局、あの決戦のとき、俺は彼女になにを伝えたかったのだろうか?

 目を閉じれば、いまでもあの光景が目に浮かぶ。

 泣き叫ぶ一人の少女と、手を差し伸べる無力な少年。少女の背後に浮かぶ、一体の<アンノウン>。

 当時の状況も、響く轟音も、彼女の声すらも聞こえているのに。なのに、なぜいつも、自分の叫ぶ声だけは聞こえないのだろう。

 いつもそうだ。

 俺の声だけは、いつだって聞こえない。あの日、あの場所で起きた惨劇の音だけは、いまも罪の証のように耳に残っているのに……なのに、あそこでの俺の声だけは、いつまで経っても聞こえることはなかった。

 古い記憶ではあるが、他の日々の声は確かに思い出せる。聞こえてくる。

 けれど、あの一瞬だけが抜き取られているような、壊れてしまったかのようにわからない。

 本当の罪は、その声を知らないことなのかもしれないと、このとき初めて思った。

 決戦から50年……俺はまだ、己の罪を背負い続けている。この先も、ずっとその予定だ。

 彼女が帰ってこない、その限り――。

 

 

 

 

 

 目を開くと、見慣れた天井が視界に映る。

 なんてことはない、変わらない朝。

 変わっていたのは、夢の内容くらいだろう。

「夢……にしてはリアルだったな。それにあの情景はどうみても――」

 いや、気のせいだろう。なまじ夢なため、知り合いに置き換えてしまっただけに過ぎない。夢は夢だ。自分の<世界>を確立している以上、今更見る夢の内容に振り回されてる余裕はない。第一、あれは俺の夢ではないのだ。誰かが見た。もしくは現在進行形で見ている夢のひとつに過ぎない。

「こんな調子じゃ今日も潰されるっての」

 こっちにはやらないといけないことが五万とあるのだ。付き合っていられないし、背負う覚悟もまるでない。

 俺は自分一人を背負うだけでも手一杯。そこにあと数人加わるのだから、あいつらのぶんを背負うだけで勘弁してほしいものだな。

 先日は「上位の生徒になったのだから、後輩の面倒も見てもらえると助かる。強い生徒は多くの見本にならないとな」などと先輩に言われてしまったものだから、律儀に請け負ったのだが相手が悪かった。

 一癖も二癖もあるような奴を任されるとは……俺も本当についてない。

 しかも三人だ。それも全員が女。

「女の相手なんて天河舞姫だけで間に合っているんだがな。あいつにはいまだ負け越しているし、そろそろ勝たないと。んでもって、あいつのいる場所には俺が立つ!」

 同じ人間だ。勝てないはずはない。

 確かに奴は戦闘の申し子かもしれんが剣術はてんでなっちゃいないし、隙も多い。ただの力任せでは勝てないと今日こそ教えてやる。

「とは言え、まずは後輩の様子を見るところからか」

「なんかぁ、言った〜?」

「ああ。言ったよ、言った。まずはどうやって俺の部屋に入りこんだのか詳しく説明してもらおうじゃないか、眼目」

 振り返ると、薄着の――おそらく寝巻きなんだろう姿の眼目が映り込む。

 こちらも寝起きだが、あちらもおそらく寝起きなのだろう。普段はまん丸い目が、今日は眠たそうに半ばしか開けられていない。

 この眼目さとりという少女は、先輩との話もあり引き受けた後輩の一人なのだが、これがとんだ電波娘だった。

 戦闘力だけなら千葉の上位陣すら凌駕する可能性を持っているが、上もいかんせん扱いにくいのだろう。そのためか、こうしてランキングの鬼と呼ばれている俺の元へ送られてきたわけだ。

 俺の元でならまともになるとでも思ったのかね?

「で、だ。どうやって入ってきた?」

「ん〜? 自由ちゃんの部屋なんていくらでも入れるよ〜」

「いや、答えになってないし。あと、自由先輩な。ちゃん付けで呼ぶな」

「年下が必ずしも年上を敬う必要はないんじゃないかな〜」

「――…………それもそうか。よし、わかった。好きに呼べ。そんでこの部屋のどこに欠点があるのか洗いざらい吐いてから帰るといい」

 彼女の言い分には一考する意味があった。

 年が違うとはいえ、それらを全員敬うかと言えば嘘になるし、年上がそのまま偉いわけでもない。

 まあ、眼目が聞いているかどうかは別の話っぽいな。

 人のベッドに入り込んで寝始めてるし……。

 まだ幼いにしても、それでもなぁ。せめてもう少し俺を警戒してくれるといいんだが。毛布一枚に包まって寝られてもなにも感じない俺だからいいものの。並の生徒ならどうなってたかわからんだろうに。

 もっとも、これが初めてではないのでいままでのやりとりはお決まりだったりもする。

「おかしいな。普通こういうときはもっとドキドキするもんだと思ってたんだが」

 ひとまず適当な布団を上にかけといてやり、一時間ほど寝かせておこう。

 相手が悪い……こともないだろう。性格はあれだが密かにファンクラブが存在する程度には人気のある少女だ。

 だとすると、俺の心が動かされないのは、他に興味があるから?

 些細な問題だし、気にする必要はないのかもしれなが。それともあれか? 姉さんを見てきたからか? あの人は怖い雰囲気もあるけど綺麗だからなぁ。

「どうあれ、無駄な思考か。さって、今日もランキング上昇させるために頑張るかねぇ」

 <アンノウン>が出ないことが一番だけど、出てきたらそれはそれでいい。誰かが傷つく前に俺が倒しきる。それだけのことだ。俺が頼れるのは俺の仲間だけ。

 あいつが出張る必要がないほどに徹底的に叩きのめして、証明するだけのこと。

 天河舞姫。

 おまえの言い分は認めない。

 おまえの存在は必要ない。おまえの言葉は、なにがあっても否定してやる。

 俺のストレス……おまえはどうして、あの言葉を口にするんだ。どうして、自分を否定する者ですら平気で受け入れる?

 わからない。

 結局、いまでもわからない。

 でも、それでも俺のすることは変わらない。

「何度でも、何度でも。俺はおまえを否定しよう。その言葉も、理想も、完膚なきまでに叩き潰さなければ気が済まない!」

 それには体調のコンディションを整えないとな。

 自分の健康は自分で維持する! ついでにチームメイトへの気遣いもだ!

 さて、今日も朝から張り切っていきますか。手始めに、眼目のぶんも含めた朝食作りからだな!

 

 

 

 この日課が、のちの自分の立場を決定づけることになるとは、俺はこのとき、知る由もなかった。問題児やアホ共相手に苦労するのは、まだ当分先の話だ。

 これは俺の、過去の話。

 まだ未来も、彼女の――天河舞姫の本当の姿を知らない頃。

 ランキングのために無茶をし、舞姫を否定する日々。

 けれど、仲間たちと楽しくもアホらしい、それこそ変わらない毎日を過ごしてきた、その記録。

 俺の、罪の物語。




千種兄と自由のやりとりが多い千葉編も書いてみたいと思っているこの頃。
ifルート『千葉の問題児』とかどうなんですかね。
なんかもう、とことんクオリディア・コードの世界をあらゆる面から書くのもいいかなと。
まあ、どれを書いても主人公は自由なんですけどね!
なんて考えがあることを仄かしつつも需要がなぁ……ということで濁しておく私である。
では、また次回


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後輩も後輩だが、誰か姉の相手をしてくれ

どうもみなさんalnasです。
最近またクオリディア熱が戻ってきた作者です。え? だけど投稿スピードが上がるとは言ってないよ!
でも投稿は止めませんので、空いた時間にでもお楽しみください。
では、どうぞ。


 後輩というのは素晴らしい。

 知り合いの誰かが言っていた言葉だが、正直共感できる出来事はひとつとしてなかった。

 むしろ後輩ができてからというもの、俺の疲労感は確実に増えているまである。

 それもこれも、俺の後輩となった三人の生徒がいたからであり、もれなく問題児だったためである。

 いや、問題児の相手だけで終わるのならまだマシだったかもしれないな。

「自由、今日はどうするのだ? 暇なら私と組手でもするか? それとも、剣と拳で本気の喧嘩でもしてみるか?」

「いや、しないよ。どっちもしないって。姉さんと本気で喧嘩したら俺の体どうなっちゃうのよ……」

「そう言うな。私の相手をできる者は限られている。その一人に数えられているのだから、嬉しそうにするべきだぞ?」

「なんでさ……どうあれ、今日は姉さんの相手はできないよ」

 こうして、暇を持て余した姉さんからの要求を断り続けるのが日課にあるのだから。

 後輩ができるより前から続くこのやり取り。

 実際には週一から三の頻度で姉さんに付き合わされ、組手ないし喧嘩に巻き込まれているのだ。寸止めだからまだいいものの、神経が削られる。

「なんでこう、俺の周りには厄介な人しか集まらないかねぇ……」

「面白いことを言うな、自由も。私との組手は明日に回してやるから、せめて一太刀入れられるように秘密の特訓でもしてくるといい」

「……そうだな、姉さんに捕まる前に逃げ切れるよう、逃げ足の練習でもしてきますよ」

「そこはせめて勝てるようにとくらい言えんのか?」

「へいへい、わかりましたよ。だったら、いまに見とけよ。必ず、姉さんにも勝てるようになるからな」

 本当はそんな気はなかったが、このときはそう言わなくてはならない気がした。

 昔から、人の求めていることはなんとなくわかる体質だったことと、わかっているのに見過ごすことができないのは俺の悪い癖だろう。

「いいことを聞いたな。覚えておくぞ、自由」

 俺の頭をひとなですると、嬉しそうな笑みを浮かべた姉さんはそのままどこかへと行ってしまった。

「はあ……またやっちまった」

 その背中を見送った俺は、自身の発してしまった言葉を思い出し、ため息を吐くことしかできなかった。

 これは、より一層修行しないといけなくなりそうだ。

 後輩たちは頑張るか怪しいが、きっと付き合ってくれるだろう。特に最も幼いはずのあいつは、むしろ張り切って付き合ってくれるかもしれない。

「来週は天河舞姫のよくわからん恒例行事になるつつある模擬戦闘があるし、そこに標準合わせてくか」

 あの場であいつに勝てればそのまま結果となる。

 うちの首席と有志の生徒たちとの多対一の模擬戦。

 一応、前回の模擬戦にも参加はしていたが、あのとき天河舞姫は笑顔で、そして真っ先に俺へと突っ込んできた。まるで、他の生徒の相手をしていられないかのように。

 楽しそうに、無邪気に……。

 ようするに、俺は遊ばれているのだ。自分には敵わない。敵ではないと、そう言外に言われたのだろう。

「姉さんを相手に負けるよりも腹が立つッ!」

 結局他の生徒を全員倒し終えた後のあいつに負けたしな! 時間を稼ごうにも一対一の状況じゃロクな時間は稼げない。剣の打ち合い、蹴り合い、殴り合い――はする前に吹き飛ばされた。

 基礎が足りないし、それ以外も足りない。

 けど、あいつは倒さないとならない。なにがなんでも、俺の手で――。

「ほよ、自由さんですか?」

 つい熱くなりかけていたところに、背後から声をかけられた。

 振り返ってみれば、そこには見知った少女が一人。

「ああ、俺だ。というか、俺だとわかった上で聞いてるだろ?」

「もちろんです。自由さんこそ、わかっていて聞いてくるなんてガッカリです」

 このチビっ子め。かわいくない。

「んで、どうかしたのか?」

 地味に湧き上がってくるイライラを収めつつ、ここにいる理由を問う。というのも、彼女が理由もなく出歩くことが珍しいからなのだが。

 ずば抜けた聴力を持つ、盲目の剣士――因幡月夜。

 思考回路と戦闘技術以外は小学生並なのではと疑っているのだが、本人には聞いていない。

 特に年齢を気にするような間柄でもないし、そもそも一々年齢を気にする相手もいない。うん、きっといない。たぶん将来的にも現れることはないだろう。

「特に用事があったわけではありませんが、近くで自由さんの声と足音が聞こえたもので、つい」

「ついっておまえな……そんな簡単にストーカーまがいのことを口にされても困るぞ?」

「聞こえてしまったものを咎められてもこちらが困ります。聞こえさせる方が悪いんです」

「おう、そうか……そうだな」

 視力が良すぎるのと、聴力が良すぎた程度の差だ。誤差といってしまっても差し支えない。聴力で世界を見ている月夜に強いるのも酷だろう。

 であれば、やはり怒るのは間違っている。

「出歩くのは止めないけど、できるだけ誰か連れて歩けよ。危ないからな」

「一人でも平気ですよ?」

 こちらの想いを知ってか知らずか。なんでもないように言う月夜。たぶん、その通りだ。向こうの言い分にはウソなんてなく、本当に一人でどこを歩いても平然としているに違いない。

「でも、それだと俺が納得いかないからなぁ……」

「納得ですか。変なところに拘るのもガッカリです」

「うるせーよ、ほっとけ」

 小さな子に不自由はさせたくないが、それでも一人というのは落ち着かない。盲目なのは聴力が補ってくれるだろうが、なにを隠そう、こいつは体が弱い。

 ふとした瞬間にそうなられてはたまったものじゃないんだ。だからできるなら、見ていてやりたいとさえ思う。

 態度に出ていたのか、クスッ、と聞き逃してしまいそうなほど小さな笑みが月夜から漏れる。

「ところで自由さん、私、今日はもう随分と歩いているんです。だから、抱っこしてください。もしくはおんぶでも可です」

「はい?」

「聞こえませんでしたか?」

「いや、大丈夫聞こえてる。いたって正常」

 聞き間違えた。おそらくありえない。

 月夜は自分を抱えて歩けと言ったのである。

「あのな、俺が言ったのは決しておまえの乗り物になりたいってわけじゃなく、一人だと危ないってことを……」

「わかっています。ですから、自由さんの手を借りようと」

「――……手繋ぐとかじゃダメ?」

「ダメです」

 バッサリですかい。後輩のわがままにしてはわがまますぎるが、ある意味年相応なのかもな。

 下手に歩かせて翌日発熱は笑えない。

 第一、優しくするべきは誰なのかを間違えちゃダメだよな。

「へいへい。わかりましたよ、お姫さま」

 折れるのはきっと、俺の方だ。

「じゃあ、ちょいと失礼して」

 小柄な月夜を持ち上げ、優しく抱える。

 さて、このまま帰っていいのかしら? それともどこか寄るところでもあったのだろうか? 思えばなにも考えずに承諾してしまった。

「行きたいところはあるか?」

「特には……あ、お団子の美味しいお店があるのならそちらに」

 団子か。

 そもそもの前提として甘いものの店には詳しくないんだが、こいつと会ってから要望があったのは初めてだしなぁ。

「あるかは知らんが、しばらく都市内を歩き回ってやるよ。その間に会った奴らにも聞いてみれば、そのうちたどり着くだろ」

 しっかし、甘いもの関連の話はどうも弱いな。

 先のこともあるし、少しは詳しくなっておくか。もしかしたら、作れって要望も出てくるかもしれない。いや、やめよう。想像すると現実になることが多い。よーし、忘れるぞ!

「でも、意外でした」

 一人悩みの淵に立っていると、月夜が話出す。

「なにがだ?」

「自由さんが私の頼みを聞いてくれたことがですよ」

「別に、俺が納得いくように動いただけだよ。あそこで無視して明日寝込まれてもいい気しないだろ?」

「私はそこまで弱くありません」

「そうですねーっと。なあ、この辺で美味しい団子屋ってないか?」

 月夜の言葉は軽く流し、近くを通る生徒たち片っ端から声をかけていく。

 途中変な目を向けられたが、解せぬ。

 あと一部男子、目が怖い。

 言っておくが、俺は保護者のような者であって、なに? いいから黙ってその位置を変われ? 変わってくれるんなら俺が相手にしている奴ら全員面倒見れるくらい強くなってからにしろ!

「こちとら割と命がけなんだよ……これだからうるさいだけのやっかみは」

「自由さんは味方は多そうですけど、敵も多そうですね」

「あー……まあ、日常生活においてはよくわからんな。でも、<アンノウン>との戦闘時はその限りでもないさ。みんな、力くらい貸してくれる」

 もちろん、借りたくもない奴は例外として。

「ふふっ」

「んだよ。くだらないことなら聞かないぞ」

「聞かなくて結構です。自由さんが――」

 言葉の続きは、よく聞こえなかった。聞かなくてもいいと言われたので特に気にすることもないが、言葉の代わりに聞こえた鈴の音が、やけに耳に残った。

 




過去編では、本編ではあまり触れてこなかった面々とも関わっていきたいなと。
とくにお姉さん。
次に問題児たち。
そしてなにより姫さん。
いまのところ過去編ではまるで出てこない姫さんだが、そろそろヒメニウムの摂取をしないと危険な気がする。


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天河杯

祝60話! って、いやこれ前の投稿で達成してるから前の話でやれよって感じですよね。
どうもみなさん、alnasです。
気づけばこの作品も60話を超えましたよ。
本編が暗い展開多かったせいか、過去編はできる限り明るく楽しい序盤のノリで書きたいところですね。正直明るくバカやってた頃のクオリディア・コード好きだよ!
というわけでもう少しばかり明るい(多分)過去編を進めてから本編に戻りたいと思います。
ああ、はやく姫様と絡んでいた頃の雰囲気を取り戻したい。
では、どうぞ。


 さて、今日も今日とていつもと変わらない朝がやってくる。

 人の布団でぐっすり眠る眼目。

 健康管理目的なのか、戦闘目的なのか。数ある注文を聞いたうえで作った朝食をゆっくりと食べる姉さん。

 俺の近くで動向を監視している月夜。

 なぜだろう、全員面識があるはずなのに誰も話そうとしない……というか一人寝てますやん…………。

 いやそうじゃないな。

「あの、なんでみんな俺の部屋にいるわけ?」

 一応、まだ早朝と言っていい時間なんだけど……おかしくない? この部屋の住人は本来俺一人なわけで決して朝から女子が三人もいていいはずがない。

「私はおまえの姉であり親族だ。別にいても不思議ではないだろ」

「自由さんはすでに後輩を一人部屋に招いています。ですから私がいることにも疑問はないはずですよ」

 地味に反論できないんだよなぁ……姉さんは親族だし、眼目のことをわかっていながら放置していたのも事実。下手に反論するよりも受け入れた方が楽か。

 決していない方がいい相手ではない。

 確かに面倒なところもあるが、むしろそれがない相手は俺にとってはどうでもいい人間ということだ。

 喜びも、怒りも。ましてや憎しみさえ抱けない相手なんて、それは最も関係ない。

「つまり、こいつらは違うわけか……」

 一緒にいても受け入れられる人たち。

 戦場に出れば助け合える仲間。

「仕方ない、好きにしてくれ。望むなら、この部屋にいてくれて構わないからさ」

 望んでいた関係は、すでに出来上がっていて。いまさら壊すには、ちょっと遅すぎて……だから、丸ごとぜんぶしまいこむのが一番心地いいんだ。

 当の二人は静かに微笑みながら、好き勝手にしているけれど。

 その光景も、俺にとっては捨てがたいものなんだろう。

「二人とも、今日の予定は?」

「私は鍛錬の後は暇つぶしがてら服でも見てくるつもりだ」

「予定と言われましても。基本は自由さんの行動を監視すると共に鍛錬です」

 おかしいな、鍛えることしか頭にないのかしら?

 最近おかしな言動が多すぎて口癖になりそうなぐらいだぞ。

「あのなぁ、もう少し遊ぶことも覚えたらどうだ?」

「服を見に行くのも十分に遊びだ。<アンノウン>が出ればすぐに飛び出すランキング馬鹿に言われる筋合いはないな」

 はいはい、ショッピングですね。

「というか、ランキング大事だからな! 見てろよ、いまに姉さんも越えてやるから」

「ああ、全体2位の私を超えるようになれば、あとは一位を取るだけだからな。さっさと上がってこい、第8位」

「あのさ、毎回思うんだけど、2位にいる姉さんも相当ランキング馬鹿だと思います」

「確かにそうですね。一部では女帝と呼ばれる程ですし」

 女帝、ね。

 強すぎる故に共に並ぶ者が限られすぎている単独最高ランクの生徒。

 天羽斬々――姉さんこそ、そのうちの一人。

 実際のところ、東京、神奈川の首席を抑えてランキングにいることや、戦場での活躍ぶりを見る限り最高どころか最強に近いのだろう。

 それだけ、姉さんの力は強大なんだ。

「なんと呼ばれようと一向に構わん。そこいらの者共がなにを言おうと関係ない」

「じゃあ、俺も畏怖を込めて女帝さまと呼ばせていただきたく」

「却下だ。自由、おまえが私を名前か姉と呼ぶ以外の呼び名は許さん」

「んな理不尽な……」

 一瞬前にそこいらの奴がなんて言ってもいいって言ったばかりですやん。私覚えてますよ?

 と抗議の目線を送るが、涼しい顔をしてスルーされた。

「ところで、自由さんは今日どうするんですか?」

 会話がなくなり始めた頃、月夜がそう問うてきた。

 今日か……今日は久々にあの日だな。前回は<アンノウン>の襲撃があったせいでおこなわれなかったんだよなぁ。だったら今回こそは相手をしてもらわないとな。

「前回のぶんもあるし、『天河杯』に行ってくるつもりだ」

 ほぼほぼお祭りと化しつつある恒例行事。ただし不定期開催ときた、特別模擬戦。恒例行事には違いないが、果たして不定期開催でいいものなのだろうかと疑問に思ってしまう。

「また天河さんとの戦いですか? 飽きませんね」

「飽きる、飽きないの話じゃないさ。純粋にあいつの思想には付き合いきれないし、理解したくもない。気に入らないから叩き潰す。それだけのシンプルなことだよ」

 そうだ。

 誰もが笑顔でいられる世界も、平和な生活も、ぜんぶがぜんぶ手に入るわけがない。

 理想を語るだけなら誰にでもできる。

 それらしい言葉なら、雑兵にだって語ることができる。

「天河舞姫――あいつは危険だ。できもしないことを、できると思わせてしまうあの言葉は、思いは、強さは……すべてなかったことにしないと」

 月に一度、その月のどこかで開催される、天河舞姫とその他生徒の間で行われる特別模擬戦。

 ルールは簡単で、天河舞姫対参加者全員で戦う。本人は『私を倒せたら都市首席にしてあげる』とのことだ。

 首席の座はいらないが、あいつに勝ったという結果は欲しい。

 あいつを倒せれば、あいつの考えがすべてじゃないと思えるし、突きつけられる。

「自由も執着のしすぎではあるが、相手があの天河では仕方ないな。そろそろ一度くらい勝ってくるといい」

 姉さんが呆れたように肩をすくめながらも、エールをくれる。

「ああ、もちろんさ。いつまでも負けっぱなしじゃ話にならないからな。今度こそ……ッ!」

「ん〜朝ぁ?」

 しばらく話していたせいか、ぐっすり眠っていた眼目が目を覚ましたらしい。

「あ〜自由ちゃんおはよぅ……もう少し寝てるねぇ」

 と思った矢先にまだ眠たそうな声を発し、そのまま目を閉じてしまった。

 その様子を眺めていると、姉さんも、月夜も微笑んでいるのがわかる。

 こんな日々が、ずっと続いてくれればそれでいい。

 だって、欲しい日々はここにあるんだから。あとはあいつを、倒せば終わりだ。

 

 

 

 

 

 姉さんたちと別れ、一人で神奈川の中にある施設のひとつである訓練場へと足を運ぶ。

 訓練場の外壁には『第二十三回天河杯』と垂れ幕がかけられており、辺りには冷たい飲み物や軽食を売る屋台まで出ていた。

 学校も休みだし、娯楽の少ない中じゃこうなるのも必然か。

「今回の参加者はぜんぶで二十六人。男女比は半々と言ったところだな」

 みんな思い思いの出力兵装を携え、入場の合図をいまかいまかと待ち構えている。もちろん、俺もそのうちの一人なんだが。

 気合を入れるように拳を握る。

 周りの「あいつ出力兵装はどうした?」って目線がいくつかあったが、初参加の奴か。たぶん近くにいる人が教えることだろ。

「参加者の方はそろそろ移動をお願いします」

 ちょうど時間が来たのか、係員の誘導に従いホールへと入場する。

 瞬間、凄まじい歓声が響く。

 訓練場とは言っても、形は古代ローマの闘技場のようなものだ。円形のフィールドを囲うように観客席が広がり、目算で千を超える生徒たちがいるだろう。

「――よく来たな、挑戦者たちよ!」

 と、次の瞬間、そんな声が響き渡った。

 俺たち参加者全員の視線が先の一点に集中する。

 傍に出力兵装を携える小さな人影。

 長い髪と、肩がけされた外套が風を受けてバサバサとはためく。身の丈はあろう巨大な剣は、主人に振られることをじっと待つかのように輝いている。

 どう見ても、神奈川第一位・天河舞姫その人だった。

『わああああああああああああああああああああああああっ!』

『ひーめさま! ひーめーさま! ひーめさまー!!』

 ああ、うるさい……不愉快だ。

 どうしてそこまで人に好かれる? なぜ惹きつける……おまえはただ強いだけの、現実を見ない妄言者ではないのか?

 強いのは認める。

 8年もの間神奈川の都市でトップに君臨し続けたことも、その間生徒を率いてきたことも認めている。

 なのに、それほどまでに戦ってきて、なぜその願いを口にする!

「さて、始めようか。あんまり待たせるのも悪いしね!」

 目の前の敵が、そう口にする。

 それに合わせるように、訓練場内のスピーカーからアナウンスが流れ始める。

『それでは、これより第二十三回特別模擬戦を開始いたします。降参、もしくは気絶などの戦闘不能状態に陥った場合、敗北となります。各々、全力を尽くしましょう』

 開戦を示すブザーが鳴り響き、第一陣にいた生徒たちが一斉に天河舞姫へと襲い掛かる。

「うおおおおおッ!」

「おりゃぁぁぁぁああああっ!」

 自身の得意な戦法で突貫していく生徒たち。

 自慢の出力兵装を手に、中には炎や電気を迸らせながら迫る者もいた。

 だけど。

「とりゃっ!」

 天河舞姫が、携えていた大剣を横薙ぎに一閃した直後。彼女に迫っていたはずの生徒たちは一名の例外もなく、全員が訓練場の端まで吹き飛ばされていた。

 ほとんどの者がいまの一撃で昏倒。何名かは意識はあるようだが、立ち上がることすら難しそうだ。

 これまで都市防衛を続けてきた屈強な戦士たちが、ものの一瞬で潰される。今日の選手の中には、ランクング上位の奴だっていたはずなのに……こいつの前では、上位陣だろうとなにも変わらない。

「ほら、次! 向かってこないなら、こっちから行くよ!」

「か、かかれ! 姫様をそこから動かすなよ!」

「おおッ!」

 一陣として突貫しなかった生徒たちが、次々に駆けていく。

 けれど、誰も彼も、為す術などなく吹き飛ばされる。

 結局、隣にいた奴らも一斉に打って出てみたが、結果は変わらない。

「ちっ、いつでもこうなるのな」

 本当は、彼らに続いて、もしくは紛れて共に仕掛けるべきなのだろう。だが、それじゃあ意味がない。一対一で勝てないのなら、倒す意味がない。

「んー……やっぱりこうなるよね」

 他の生徒全員を沈めた天河舞姫が、大剣を引きずりながらこちらにやってくる。

「最後はいつも、キミだよね。天羽自由くん。でもさぁ、なんでいつも最後までじっとしてるの?」

 いきなり戦闘に移ることはせず、彼女は静かに疑問を口にする。

「おまえにはわからないだろうさ。俺の意地って奴がな」

「意地? んーごめんね、確かに私にはわからないや。でも、これだけはわかるよ。天羽くんが、どうしても私に勝ちたいってこと!」

「それだけでも、わかっているなら上等だ」

 この嫌悪を知らない無垢な少女。

 夢を見て、理想を語り続ける純粋な力の権化。

 ああ、どうして俺は、彼女にここまで必死になるのだろうか。

 決まっているとも。

 俺の<世界>がそうであるように。

 彼女の思想が、見ている世界が理解できないように。

 俺は天河舞姫という存在を壊したいのだ。屈服させたいのだ。自分でもわからない感情に、決着をつけたいのだ。

 この、行き場のない怒りを、彼女にぶつけたいのだ。

 だから俺は――。

「俺自身のために、おまえに勝つ」

 



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結果的に彼はより強さを求める

やはりクオリディア・コードのop、edは神。
久々に1話を見ていたら過去編か書きたくなりました、どうもalnasです。
過去編書いていると姫さんとの絡みが絶望的なまでにないので次は本編に帰りたいところ。


 この嫌悪を知らない無垢な少女。

 夢を見て、理想を語り続ける純粋な力の権化。

 ああ、どうして俺は、彼女にここまで必死になるのだろうか。

 決まっているとも。

 俺の<世界>がそうであるように。

 彼女の思想が、見ている世界が理解できないように。

 俺は天河舞姫という存在を壊したいのだ。屈服させたいのだ。自分でもわからない感情に、決着をつけたいのだ。

 この、行き場のない怒りを、彼女にぶつけたいのだ。

 だから俺は――。

「俺自身のために、おまえに勝つ」

 

 

 

 

 結論から言おう。

 ボロ負けでした。言い訳のない程にボロ負けでした。

 いまも体が動かず、青空の下、大の字に倒れている状態だ。青生からは動けるようになったら帰ってくれればいいとこの場に残されたが、あれはどう見ても処理が面倒だから好きにしてくれといった具合だろう。

「あそこで相手に背を向けるなどあり得ません」

「攻め方が甘い。あれではカウンターを決めてくれと言っているようなものだぞ」

「自由ちゃんは〜視野が狭いよね〜」

 流れを見守ってくれていた月夜、姉さん、眼目がそれぞれ意見を述べる。

 そうですか、俺はそこまでダメダメでしたか? ダメダメでしたね!

 格好つけて挑んだものの、戦闘開始から20分経過した辺りで天河舞姫による衝撃波に吹き飛ばされた隙を突かれ剣を突きつけられて終わり。

 続けることもできたが、ここでとっておきを見せるのは惜しいと思い留まった次第だ。

「あれ、続けてたら潰せたかな?」

「無理だろうな。あれに勝ちたければ、基礎を上げろ。耐久性を増せ。小細工などあれの前には磨くだけ無駄だ。技と言えるだけの技量に達した技術か、圧倒的なパワー。それと、遥か格上に挑んでいける精神力。それらが揃わなければ勝てん」

 姉さんの冷静な声が届く。

 戦闘に関しては抜群のセンスを持つ姉さんが言うのだから、その通りなんだろう。仮に続けていたとしても、勝つことはできないどころか、奥の手を知られてしまうだけ。

「ダメかぁ……」

 遠い。あまりにも、あの背中は遠すぎる。

 けれど、戦うことはできている。

 ならばあとは、倒すだけの力をつけるだけだ。それさえなんとかなれば、俺はあいつに勝てる。

「とりあえずはランキングでも上げるか」

「まだ上げるの〜?」

 眼目が面倒そうに聞いてくるが、当然だ。この世界ではランキングが全てを左右すると言っても過言ではない。上げれるものは上げなくては。

「いいじゃないか。強くなるには戦闘あるのみさ」

「実戦が力をつけやすいのは事実だが、少しは抑えることも覚えたらどうだ? ランキングが一桁に入ってからというもの、おまえのペースは徐々に上がってきている。無理のしすぎは身を滅ぼすぞ」

「うっ……確かにちょっと休みを挟むべきかとは思うけど、それじゃダメかなって……届かないからさ、この手」

 空に手を伸ばすも、掴めるものなどなく。

 まだだ。まだ弱い、弱すぎる。

 これじゃあ、いずれなにもかも失いそうで。やはり、俺には強くなる以外の道がない。そうでなくては、あいつを否定することすらできないじゃないか。

 守るのも、勝つのも、全部強さから成るものだ。なら、俺もそうなる以外にないだろ。

 勝ち続ける。

 強くなり続ける。

 毎日、毎日!

「今日がすべて……今日を生きる」

「またそれか。悪くはないが、もう少し未来も見たらどうだ?」

「未来は姉さんが見といてよ。俺はいまこの瞬間を生きるだけで精一杯だからさぁ……だから、この先の未来のことは姉さんが考えておいてよ。そんで、たまに俺たちに話をして、ちょこっとだけ手を貸して、そんであるべき方向に導いてくれればいいさ」

 俺を見下ろす、困ったような、楽しそうな姉さんに向けて答える。

「未来か……おまえたちの望む未来に導くのは若干退屈なんだがな」

「そう言わずに。姉さんにしか頼めないからさ、こんなこと」

「ふむ……まあ、弱い弟の頼みだ。考えておくとしよう」

 なんだってんだ? 姉さんにしては要領を得ない話だった気がしたが、それでも口から出た言葉は事実だ。

 この中で未来を見据えて動けるのなんて姉さんが適任に決まってる。

 さて、それはいい。

 それより重要なのは天河舞姫にどう勝つかだ。

 経験値はそう変わらないはずなんだが……やっぱ<世界>そのものに差があるのだろうか? けれど、誰も天河舞姫の<世界>がなんであるか知らないと言う。

 前に一度、あいつ自身に戦いの最中問いかけたが、結局よくわからずじまいの答えしか得られなかった。あれは隠そうとしたものじゃなく、自身でもわかっていないタイプのものだ。

「わかんねぇ……」

「なにが〜」

「天河舞姫の<世界>だよ」

「ふ〜ん。どうでもいいからパスかな〜」

 眼目は本当にどうでもよさそうに振る舞いながら、飛ぶカモメを視界に収めながらゆらゆらと揺れている。

 月夜も俄然せずといった具合で、やはりどうこうするつもりはなさそうだ。

「おまえら、いつまでここにいるつもり?」

「自由さんが動けるくらいに回復したら、でしょうか?」

「そうかよ――……悪いな」

「いえ。そう思っているのなら、あんな簡単に攻撃を貰わないでください。あの程度をかわせないのでは、私がっかりです」

 手厳しいことで。

 神奈川の生徒で天河舞姫の攻撃をかわせる奴なんてそう多くない。四天王の奴らでも初撃はかわせても二撃、三撃と続けば沈むだろう。

 いくら四天王を名乗っていたとしても、純粋な戦闘能力では他の生徒に部があるといっても過言じゃないのだから。全体2位に位置付けている姉さんや8位の俺がいい例だろう。

「あれーまだいるー?」

 そんなことを考えていたら、大きく明るい声が訓練場の入り口から響いてきた。

 天河舞姫。

 俺を負かしていき、そのまま<アンノウン>と戦いに行った張本人がわざわざ出てくるか。

「チッ」

 ついつい、腹の内に籠るものが出そうになるのを必死に抑え込む。

 今日に限っては俺の方が弱かった。弱者が口だけで物を言っても通じるわけがない。幼子の癇癪と一緒になっては、伝えたいことも伝わらない。

 強さは認める。それは身体能力も、<世界>も、意志もすべてだ。けど、願いは決して認めない。

 それが俺の天河舞姫に対する変わらない形だ。

「天羽自由くん、今日はお疲れさま。私とあれだけ戦えるのってすっごいことだよ! また今度、勝負しようね! 私に勝ったら、主席の座はちゃーんとあげるからね。じゃあ、明日も早いから、しっかり休んで」

 笑顔を振りまきながら帰っていく小さな背中。

 あの少女は、無垢すぎる。

「眩しいな」

 チカチカと、陽の光が俺の視界を遮るように。視界に映る少女の姿が歪む。

「強い光は、より強い影を生む。あんただって、いつまでも周りを信じてはいられないはずだ」

 いや、わかっている。

 あのカリスマは常軌を逸脱しているし、見ている者を引き込む。そんなことはわかりきっている。人を惹きつけるだけの力があり、単騎での突出した<世界>を宿しながら、どうして浅はかな願いを口にする……ッ!

「だからおまえは嫌いなんだよ、天河舞姫……傲慢なだけトップの方が、どれだけ愚かでも救われたことか」

 

 



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クオリディア学園
惰眠なんて許されない


どうもみなさんalnasです。
今回は、どこかの話の前書きか後書きで書いた記憶がある、とある話になります。
では、どうぞ。


 騒がしい……。

 隣人たちの声が、耳に届く。

 喧しくて、鬱陶しくて、それでいて、どこか心地いい彼女たちの声。

 これが遠くから聞こえて来る音であれば、どれだけ救われたか……。

 なんて、俺の儚い願いが叶った試しがないことは、自分が一番よく知っている。知ってしまっている。

 たぶん、最初から間違っていたんだと思う。

 なにをどうこうとか、そんなレベルでもなければ、部屋の合鍵を渡したことでもない。では、出会いからだろうか? いいや、ノーだ。俺の言う最初からとは、つまり前提から異なっているわけで。早い話が――。

「言い訳が長いよ、みゆちん!」

「ぐおがぁっ!?」

 甲高い、少女の声が聞こえると共に、視界が反転す――るとか言いたかったが、どうやら叶わないと見た。

 だってほら、なんか猛スピードで吹っ飛ばされてるし、視線の先には玄関口がですね……ああ、今朝もこれか。

 俺に安らぎの空間ってないんですかね? うん、ないんだろうなぁ。なんせ、あいつらが周りにいる時点で無理な話だって判断されて終わっちまう。

 なあ、神さま。どうか、今日も俺を守ってください。願わくば、あいつらとの縁が続く限り一生。

 なんて思っていても、目先の距離では重厚な扉が俺をお出迎えしてくれてるわけでして。痛いんだろうなぁ……台所に吹っ飛ばされて水道管やられて刃物の類と戯れるよりはマシか……フッ、そうだなマシに決まってる。

「って、んなわけあるかボケェェェェェェェェェェェェッッ!!!」

 

 

 

 

 さて、どこから話そうか。

 とりあえず、目の前のこいつを問い詰めよう。

「で、なんで寝起き早々、俺は自室の扉さまと顔面衝突せにゃならんのだ? なあ、生徒会長?」

「えっと、ごめんね? みゆちん頑丈だから、お布団から引っ張ってもだいじょうぶかなって、その……」

 二つに括られた色素の薄い髪。それに負けないくらい白い肌。世界が違えば、もしかしたらその世界を救うほどだったかもしれないほど、強い意志の光を宿した双眸。

 いまは先ほどの一件があったため弱々しく見えるが、この少女こそ、間違いなく俺が通う高校の生徒会長である。

 背は小さいし、言動もこどもっぽいけど、生徒会長である。

「毎朝言っているがな、俺は寝起きと同時に窓の外やら台所、天井に投げられてピンピンしてるほど丈夫じゃない」

「今日も怪我してなかったと思うけど」

「してるわ。見ろこの額! 真っ赤じゃねえか!」

「うん、今日もみゆちんは元気だね。元気なのはいいことだよ!」

 ……おかしいな。

 扉はぶっ壊れるし目覚めは最悪なはずなんだが、生徒会長からはまるで悪気を感じなければ、悪い事をしたという意識も感じない。

 当然のように、俺を布団から引きずり出し、ぶん投げたわけだ。

「なあ、別に寝坊したわけじゃないと思うんですけど、なぜ毎回飛ばされないといけないんですかね?」

「あ、あはは……ごめんねみゆちん。お布団から引っ張ろうとすると、どうしてかみゆちんが変な方向に飛んでいっちゃって」

 なんでだろうねー、などと呑気に口にする銀色の少女。

 俺が言いたい台詞である。

 たはー、といった感じで曖昧な笑みを浮かべる少女――天河舞姫。

 白を基調としたセーラー服に、胸元には青いリボン。いつものように羽織られたカーディガンに、紺色のスカート。整った顔立ちは、まさしく美少女のものだろう。

 見た目だけなら、と付け加える必要はあるが。

「さて、どうせ決着はつかないし、朝の一件はもういい」

「うん、ありがと!」

 知ってか知らずか、満面の笑みを浮かべる彼女。

 そういえば、起きる前は何人もの声が聞こえていたはずなんだが、部屋中を見渡しても誰もいない。

「なあ、姫さん」

「ん? なあに?」

「この部屋、少し前まで姫さん以外に誰かいた?」

「うん、みんないたよ」

 みんな……そうか、みんなか。

 所属を絞らなかったところから見て、いたのは生徒会の面々と、後輩四人ってところだな。いや、下手すると五人かもしれないが、たぶんあの面子の中に入ってこようとはしないだろう。

 あ、違うわ。

 後輩ってなら、問題児が何人もいるじゃねえか。

「はあ……なんかもう疲れた。寝よう」

「ダーメ! みゆちんも早く学校に行くの!」

 姫さんに押されながら洗面所に立たされたので、仕方なく顔を洗い出す。ここまで来たら逃亡など許されん。

 そもそも、うちの学校で姫さんから逃げ切れる生徒がいないのだ。

 顔を洗い終え、髪を整えると、部屋を移動して早く制服に着替える。青いネクタイを着用し、入れる物が変わらない鞄を持つ。教科書の類は、基本学校のロッカーの中だ。

「よし、じゃあ行こう! レッツゴーだよ、みゆちん!」

「はいはい、ゴーゴー。それはそうと、全員どこ行ったんだ?」

 こいつを置いて、生徒会が行動するはずない。まして俺の部屋。置いていくなら、俺を縛るなり、最悪目覚めることがないようにしてからが基本だろう。

「特に副会長がおまえと別行動を取るとは思えない」

「ほたるちゃん? ほたるちゃんなら、『どこにいようと天羽のことは見えているから、ヒメは安心していいよ』って言いながら学校に向かったよ」

「いや、さらっと言ってる割には言葉の端々から不穏なこと漏れてるからね」

 むしろ全体的にアウト発言まである。ストーカーなの? ストーカーなんだろうなぁ……姫さんの。

 だとしても一緒に行きたがるだろ。

「副会長としての仕事でもあったのかね」

「う〜ん……かすみんがなにか言ってた気がするけど、なんだったかな。愛離先生とPTA会長がまた言い合いをしてるとかだったかな? それとも、図書室の本が全部百合? ってジャンルの本に変わってた事件があったことかな?」

「あのお二人の言い合いまた起きたのかよ……そりゃ千種兄妹や冷静な副会長が必要になるわな。ってか、なにその後半の珍事件。いや、犯人なんて推理するまでもなく明白なんだけどさ」

 うちの先生方とPTA会長――千種兄妹の母親――の言い合いは日常に近いものがあり、放っておくと武力行使に出かねないので、起きるたびに速やかにお帰り頂いている。

 その役目はほたると千種兄妹が主に担っており、たぶんその始末のため、早々に学校へと向かったのだろう。

 いまごろ恨みつらみを呟いているかもしれないが、そこは無視だ。取り合えば切り捨てられる。つらい……。

「う〜ん? うちの学校、変な事件が多いよね」

 姫さんが思い出しながら指を折っていくが、既に6つ程出てるな。

「去年の夏は誰もいないはずのところから、カメラのシャッター音みたいな音が鳴る現象が起きたし」

 うん、実際にカメラのシャッター音だからね、姫さん。

 もちろん黙ってはおくが、この子本当に気づいてないのだろうか?

「冬には誰もいないはずの個室でゴミを漁る女の子が出たって聞いてるよ」

「それは――……もう少し場所を選べよバカ」

「ん? みゆちん、なにか言った?」

「いいや、言ってない。それで、まだあんのか?」

「うん、あるよ。秋には、寝ているとよくわからない女の子同士の友情? みたいなお話を聞かせてくる女の子が出たんだって!」

 どうすればいい? どれもこれも犯人なんて近くにいるだろうが! というか、最後絶対友情の話なんかじゃないでしょ。

「しかも、事件ってより七不思議みたいになってるじゃないか」

「あ、本当だ! じゃあもう七不思議にしちゃおっか」

「まあ、どうせ季節限定じゃなくて毎日のように行われていることだしな……七不思議でも問題ないだろ」

「毎日?」

「なんでもない。まだ寝ぼけているみたいだ」

「なら、気をつけていこうね」

 唐突に、姫さんの小さな手が俺の手を握る。

 季節は春。

 桜並木に彩られた道を、二人並んで歩いていく。

「じゃあ、行きましょうか生徒会長」

「うん、今年もよろしくね、私の庶務くん!」

 あと1年、どうか平穏な日々であって欲しい。




そう、それは学園の話。
争うことのない、世界の真実とかも関係ない、平和な日々の一コマ。
これからたまに更新されるだろうクオリディア学園編がスタートです。うん、本編が詰まったらこっちを書きます。なにも考えずにぐだぐだした日々をお送りしますとも。
本編だけ見たい人はすっ飛ばしてね!
では、また次回。


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プール清掃

祝70話! と言いたいけど、これまでで最も短い話になりましたすまない。
2年書いてますけど、今回は初の水着回なんじゃないかな? まあ、2話構成で考えていたのでしっかり書くのは次回になりそうですけど。
にしても、もう70話かぁ……番外多すぎて本編進んでないな。うん、頑張ろう。


「夏だ! プールだ! 清掃だー!」

 騒がしい、暑い、だるい。

 姫さんの掛け声と共に始まった、生徒会長命令という名のプール清掃。もっとも、企てた――失礼、楽しそう、やってみたい! と言い出したのは姫さんだが、こうして巻き込まれたのは副会長たるほたるの陰謀――ごめんなさい、手腕といったところだろう。

 まあ、俺一人が巻き込まれるのは癪なので他何人かを巻き込んでやった。

 どうして巻き込まれたかって? ほたるが姫さんといちゃついている間に清掃させるためだ。許されない。

 なので当然、俺に恨みの込もった視線が向けられるのも納得できる。

「っていうか、なんで俺たちなんだよ」

 その代表としてか、千種がやる気のない声を上げた。

「もちろん、呼んだら来てくれるからだよ」

「いやいや、その自信どこから来るのよ。若干きもいよ?」

「なんとでも言え。っと、これじゃ壱弥みたいだな。まあいいか、証拠なら、おまえがプールサイドにいる。これでいいだろ?」

「……」

「なんだよ」

「…………なんでもない。おまえがそういうこと気にしないで言葉にするのは今更だもんなーお兄さん嫌になっちゃう」

 なんかよくわからないが、呆れられたのはわかった。

 しかし、お兄さんは俺だろ、年齢的にも、学年的にも。とは言え、今日集まったメンバーに年功序列って考えはないし、その面では全員平等だ。

「それで? 俺が来てやったんだ。当然、指揮権は俺にあるんだろうな?」

 会話に入ってきたのは壱弥。

 言葉からしてわかるように、プール清掃のために呼び出した内の一人だ。

「指揮権? 清掃に指揮とかいんのかよ」

 千種の言葉に対してピクリと壱弥が反応する。あーあ、壱弥の保護者は着替え中だろうし、千種のストッパーも同じくか。よし、放っておこう。どの道姫さんが来れば収まる言い合いだ。

 問題はプール清掃だよなぁ……50mプールの清掃って、7人でできるのかしら?

 冬場は水泳部も使わないことから、見事に一年間放置されたプール。水泳部もまだ使用していないらしく、完全に手付かずである。

 なんでもっと人集めなかったのかな、俺は。

 いや、違うんだ。集めには行ったのです。中等部に在籍してる月夜に、後輩の眼目、姉の斬々にその他数名にも話はしたのです。

「まあ、誰も来るとは思っちゃいませんがね……なんだろう、言ってて悲しくなる」

 なんて、しばらくプールサイドでどうしようもないことを考えていると、女性陣の声が聞こえてきた。

「おっ待たせー! ごめんね、待った?」

「ふむ……ヒメに待たせてもらえたんだ。きっとバカどもも喜んでいるだろう。ああ、あまりヒメに視線を向けるなよ」

「ごめんねぇ、ちょっと着替えに戸惑っちゃって。あ、いっちゃん、なにか飲む? 暑いから水分補給しないとダメだよ? ってあれ? あれれ〜? 持ってきた飲み物どこに入れたっけ?」

「はあ、格差……裏切り者ぉ……もうだるい、帰ってシャワー浴びていい?」

 うーん、まとまり。

 意気揚々とする姫さんに、俺たちに警告してくるなぜか刀を持ったほたる。それとカバンの中を漁りながら困惑してるカナリアに、沈んだ表情をして愚痴る明日葉。

 なにこれ、清掃できますのん?

「あ、みゆちーん! 今日はみんなを集めてくれてありがとね! 清掃が終わったらプールで自由に泳いでいいって求得先生から許可をもらってるからいっぱい遊ぼうね!」

「おーおー、好きに遊んでくれ。清掃終わったら帰るからな、俺」

「えー! だーめー! ダメだよみゆちん! 清掃が終わったら最初にプールで遊べるのは清掃した者の特権だよ? 遊ばないなんてもったいないよ!」

 ええい、目の前で跳ねるな! 視界を自分で埋めようとするな! 目の毒だっつーの!!

 ぴょんぴょんと跳ねる姫さんは、どうあっても人の目を見て話さなければ気が済まないらしく、嫌でも視界に入ってくる。

 ボーダー柄のビキニはトップスのリボンが可愛らしくもあるが、その体型をより引き立てる。

 ああ、やめてほたるさん。その手に持つ用途不明の刀を俺に向けないで!

 そんな過激派のほたるも、今日は水着を身につけている。遠慮して体操服でも着てくるかと思っていたが、姫さんに似合うとでも言われたのだろう。紺のタンキニは彼女の健康的な肉付きとしなやかな手足の長さを主張してくる。こいつは可愛いよりはかっこいいがよく似合う。

「みゆちん、遊ぶよね?」

 俺の手を両手で握り、顔には遊びたい、遊びたいと書かれている。

「……ああ、遊びますよ。遊ばせていただきます」

「やったー!! よし、じゃあ頑張ろう!」

「――ッ!? お、おー!」

 そうして、喜びを表現しながら更に距離を詰めて抱きついてくる姫さん。うん、もうね、この生徒会長になにを言っても無駄かなぁ。

 姫さんや。その格好で俺の側をうろついたり触れてくるのはアウトなんだ……冷静でいられる限界ってあるのよ? あと、ほたるが怖い。マジで怖い。

 彼女からの視線を避けるために他に目をやると、壱弥とカナリアが視界に映る。

「あれ〜?」

「貸してみろ。飲み物はこっちに入れたはずだ」

「あ、本当だ。さすがいっちゃん!」

「はあ……ほら、おまえもしっかり水分を取れ。今日は動くことになるからね。ついでに帽子と、あと、これも羽織れ」

「え? でも羽織ったら余計暑いんじゃ……熱もこもるかもしれないし」

「――……それでもだ」

 はー、おまえらなぁ。いや、なにも言うまい。あの距離感が心地いいのかもしれないしな。うん、なにも言うまい。

「ねえ、お兄」

「なぁに、明日葉ちゃん」

「暑いしやる気なくしたから、二人ぶん頑張ってくれない?」

「……明日葉ちゃん、俺もやりたくないのよ? それなのに俺が二人ぶんの働きとかすると思う?」

「お願い、お兄ちゃん」

「……まあね、お兄ちゃんだからね。妹の頼みは聞いてあげなきゃだし? 仕方ないよね」

 笑顔を浮かべる明日葉と、まんざらでもなさそうな千種。

 あの兄妹も変わらないな。

 まあいい。しっかりプール清掃して、あと遊んで。ちょっと早すぎる夏を満喫するとしますかね。

 



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クオリディア・コード
俺に主張すべき権利はない


どうもみなさん、alnasです。
かねてより書こうと思っていた作品にとうとう手をつけました。
当初は神奈川だけでの話の予定でしたが、アニメ化のことも含め、3都市巻き込んでの話になりました!
ちょこちょこ原作での話も出てきますが、読んでなくてもある程度わかるように、説明は挟んでいくことになると思います。
では、どうぞ。


 極大の閃光が、俺に迫る――。

 避けようのない、強大すぎる一撃。あまりに濃密な力の奔流を目の前に、思わず意識が飛びそうになる。

「いやいや、来た直後にこれとは……」

 大層なお出迎えじゃないか。

 これだから力の制御をしきれない奴の一撃は怖い。

 一発一発が必殺だというのに、御する余力は残っているだろうに。

「どうしておまえたちは、俺に後始末をさせるかね……」

 陸地に立つのは俺一人。

 別に、こんな場所が壊れようと大きな打撃には成り得まい。

 だが、ここが壊れると困る人たちもいるのだ。崩れたらいろいろ台無しなんだよ。

 まったく、どうしてこうなったのか……四時間前の俺からすれば、考えられないことだろうに。

 ため息混じりの愚痴が溢れる。

 直後、光の奔流が俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 面白くない。

 人の優劣を決めるには効率的かもしれないが、人の本質を見抜くには不適切と言える。

 人の名前、スコア、ランキング……。

「総じて無駄だ」

 ついでに言ってしまえば、組織に囚われることすらも避けたいことではあるが、どうにも、この世の中を一人で歩むのは難しい。

 関東圏の個人ランキング表を見ながら、今日もため息が漏れた。

 強くなれば強くなるほど、守ることができなくなる。

 この世界の大人は、敵の恐怖を相当に刷り込まれたのだろう。強い者を側に置き、経験の浅いこどもたちを前線に立たせる。

「バカバカしい。何年も俺たちを守ってくれたことには礼を言うが、いまの世界はことごとく歪だ」

 よくわからないうちに、世界は終わるものとなっていた。

 それが何者かもわからず、どこから現れたのかも知れない。見たことのない生物が、見たことのない機械に乗って、街を破壊した。

 最初はどこかの国が未知の兵器を使って敵性国家を攻撃したのでは、なんて考えもあったそうだが、各国が睨み合っている中も、その何者かは、気まぐれに現れては街をひとつ消し去っていった。

 結局、各国が手を取り合ったのは、容疑がかけられていた主要国家の軍事施設が被害を受けた後だったとか。

 これで、人類は認めざるをえなくなった。常識の埒外にいるものが、敵意を持って己の前に現れたということを。

 そうして、宣戦布告も開戦の合図もなく、世界は『よくわからないもの』との戦争を余儀なくされた。

「コールドスリープ――老人やこどもなどの非戦闘員を未来へと冷凍保存して守る、か。一応は終戦ってことになってるけど、いつ<アンノウン>が再び戦争を始めるかわからないじゃないか」

 二十一年前から<アンノウン>の攻撃が激減したことを受けて、人類側が勝手に宣言しただけのこと。

 事実、宣言したあとでも、<アンノウン>はまた、気まぐれに現れている。

「それでも、大人たちは頑張ってくれたんだよな……」

 日本だけでも、国内で三二◯◯万人の死傷者が出た。

 なのに国土を奪われなかったことが唯一の救いとは、勝利とは言い切れない。

「だから今度は、俺たちが世界を救う番だ」

 寝かせていた体を起こすと、同時に都市内にアナウンスが流れる。

 毎度のごとく恒例となった呼び出しだろう。

 なによりの証拠に、流れる曲が呼び出し専用と化した曲なのだから。

『天羽自由さん、至急執務室にお越しください。いいですか、至急ですからね。繰り返します。天羽――』

 重い腰を上げると、声が流れる。

 何年も、何十年も前から変わらない、俺の存在を示すただひとつの名が。

「仕方ない、行きますか」

 こうして、また今日も、俺の名が都市内に響き渡った。

 この、防衛都市神奈川に。

 

 

 

 執務室の前となると、さすがに周りは静かなものだ。

 中からも声が聞こえてこない。

 嫌だが入るしかないか……。

「失礼します。ただの平凡で弱っちい天羽自由さんが来ましたよっと」

「遅かったな。アナウンスを流してもらってから十分は経っていると思うが」

「んなすぐに来れるかよ。俺を呼びたければ転移の<世界>でも発現させてる生徒を連れてこい」

 稀有な<世界>だけに、そうそういるとは思えないがな、と心の中だけで付け足す。

<世界>。

 それは字面の通りの意味を表す言葉ではない。

 ある者は空を歩くのが普通であり、ある者は手に触れた物が融解し、そしてある物は、アホみたいな力の塊だったりする。

 俺たちは頭の中で当然のように行われている事象を、現実世界に再現することで、通常ではあり得ない現象を引き起こせるのだ。

 一説によると、<世界>はコールドスリープ中に見ていた夢に起因しているらしいのだが、すると一体、俺の目の前にいる奴は、どんな夢を見ていたのやら。

「どうした? いつもの言い訳はもういいのか?」

 思考にふけっていると、俺が気にしていた奴の隣に控える黒髪の少女から、呆れた声が聞こえてきた。

「別に言い訳じゃないって……いや、まあいいけどさ」

「まあまあ、来てはくれたんだからいいじゃん。ほたるちゃんもそんなに怖い顔しないで」

 俺たちの会話に入ってくる者が一人。

 制服の上に外套を羽織った小柄な少女。

 二つに括られた色素の薄い髪。それに負けないくらいに白い肌。およそ戦いに耐えられるようには見えない体躯に宿るのは、しかし強い意志の光を宿した双眸である。

 そう、この少女こそ――。

「神奈川第一位、都市首席、関東圏の個人ランキング一位の姫さんに呼ばれたとあっては、来ないわけにもいかないんだよ、俺も」

「うん、うん。みゆちんは素直でいい子だね」

「そのみゆちんってのやめろ。いやほんとマジで。俺が他の生徒や他都市の奴らからどんな目で見られているか姫さん知ってるの? 知っててやってるの? いじめ?」

「えー? いいと思うんだけどなぁ。自由と書いてみゆだから、みゆちん。ダメ?」

 ダメに決まっている。

 隣にいる都市次席、凛堂ほたるに視線を向けるが、すでに姫さんの意見に頷いていた。

 味方がいない。

 ある意味、うちの都市は全員が姫さん――天河舞姫の味方と言っても過言ではない。

 であるならば、一応はそこに属する俺も、彼女には甘いべきなのだろう。

「かなり不服だが、もう少しだけ、その汚名で呼ばれてやる。それで、今日はなぜ呼ばれたんだ、俺は」

 姫さんに仕える四天王はほたるしかいないし、大きな事案のため、というわけではなさそうだ。

 可能性がひとつ減る。

 だが、そうなっては俺が呼ばれる原因がわからない。

「個人ランキング300位以下の人間を、なにに使うつもりだ?」

「おまえのランキングは前線に出てこないがためだろう。出て来れば、まあ……200位くらいにはなれるんじゃないか」

 出ても200位ですか、そうですか。

「どこぞの都市の首席じゃあるまいし、どれだけ下にいようと興味ないけどさ。で、要件は?」

「いまから各都市の代表の集まりがあるから、ついてこい」

「いや――」

「みゆちんも行くって事前に言ってあるから、大丈夫だよ! さあ、レッツゴー!」

 俺の言葉に割り入った姫さんが、腕を高くに掲げる。

 あいつの中では、俺はすでに行くことになっていて、姫さんの頭を撫でるほたるの中でも、俺は行くことになっている。

 多分、ここにいない残りの四天王――もとい変態どもも同意見。

 他の生徒の誰に聞いても、俺が行かないのはおかしいと言われるだろう。なんなの、姫さんは神かなにかなの?

「はあ……確認だけしておきたいんだけど、俺は神奈川の代表でもなければ、個人ランキング上位ですらないんですけど?」

「それがどうした?」

「いや、いろいろ問題になっちゃうでしょ」

 どうにかこの場を切り抜けようとするも、ほたるは許しはしない。

 何事もないように、きっぱりとものをいう。

「問題ない」

「なぜ? 俺みたいな低い順位の人が来たら迷惑だろ。ほら、前線にも立てないほどの雑魚ですし」

「安心しろ。千葉からは百位台ギリギリの男も毎回来ている。それに、天羽は連れて行って損はしないからな」

「そうだよー。みんな仲良いし、みゆちんもすぐに仲良くなれるよ!」

 友好面とかは特に気にしてないんですけどね。うん、もうなにいっても無駄かな。無駄だね。

 しかも、すぐに行くつもりなのか、姫さんは俺の手を掴んで引っ張っていこうとする始末。

 詰んだ……逃げるにしても、こいつに接近される前でなければいけないのに。

 あまりに強大すぎる力に握られているのだ。下手に逃げようとすれば、力の加減を間違えて握りつぶされるかもしれない。仮にも姫さんはうちのトップ。それに加え、仲間想いの優しい人だ。

 十中八九、俺の手を潰すような力の入れ方はしない。しないはず。しないよね?

 頰を冷や汗が伝う。

「一歩踏み外せば即退場……俺の負けか」

「なんの話?」

「なんでもない。わかった、ついていきますよ」

「うん、ありがとう」

 嬉しそうに笑みを浮かべる姫さんと、その笑顔を見て満足そうにしているほたる。

 このときの俺は、まだ思ってもみなかったんだ。

 他の都市の連中と関わることが、どういうことかを――。




まだまだ作品数そのものが少ない話ですが、頑張って書いていこうと思います。
感想なんかも、続けていくうちにもらえたら嬉しいです。


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一人と二人

 機嫌がいいのか、ただ単に楽しいだけか。

 頭を左右に振りながら、鼻歌が聞こえて来る。

「よし、折れてないな……」

 なんたることか、姫さんにかなりの時間引っ張られてきたからか、反射的に自分の無事を確認していた。

 右腕は一部が赤くなっていたが、腫れている様子はない。

 これなら平気だな。

「ヒメが力の加減を間違えるわけがなかろう」

 俺がなにをしているのかわかったのだろう。姫さんの横を歩くほたるが、こちらを見ずに言ってくる。

「まあ、だよね。周りに生徒がいるときでさえ、大怪我させないように力をふるえるわけだし?」

「たまーに、みんな飛んでいっちゃうけどね」

 ハハハ、こわいことをさらっと言わないでもらえます?

 姫さんと俺たち生徒の模擬戦のことを言っているのかな。うちでは、姫さんが生徒を鍛えてる機会がある。構図的には、俺たち生徒五十人対姫さん一人ってところか。

 出たことないからよく知らないけど。

 前は天河杯と銘打って生徒と首席の座までかけて戦ったりもしていたんだが、最近は生徒を鍛える会に変わっているらしい。

 天河杯の頃は俺も毎回のように参加していた覚えがあるが……。

「今度、機会があったら出てみるのもいいかもな。いや、ほんとに機会があったらね? そんなに目をキラキラと光らされても困るから」

 姫さんは強い人を気に入る傾向にはあるけど、私戦えませんから。

 あなたと一騎打ちとかしたら試合にならないからね?

「いいじゃないか。ヒメが相手をしてくれることなど、滅多にないぞ」

「相手をしてもらえればいいってものじゃないだろ? 生き残ってなんぼの世界で、特訓で死ににいかないといけない理由がない」

「特訓を甘く見るな。ヒメとの特訓なら、得るものは大いにある」

 あるかなー……。一度だけ見たことがあるが、まったく相手になってなかったし、二十人程度なら三十秒もあれば仕留めてませんでしたっけ。

「なんで俺なんかに固執するんだよ」

「うーん、うちはみんなで協調性高めて、全員で勝とうって感じでしょ? だから、みゆちんにも協力的になってほしいかなって」

「つまり、現状の俺に納得がいかないと?」

「そんなことないよ! でも、あともうちょっとだけ周りと連携が取れたら、いまよりもっと戦いやすいでしょ?」

 一理ある。

 だが、俺の<世界>は協力者を必要としない。

 周りに仲間がいたとしても、果たして俺は満足に戦えるのだろうか? 答えは否である。人がいようといまいと、俺は満足には戦えない。

「連携が取れたとしても、その連携先が俺では、みんな安心して戦えないだろ。誰だって、戦う気のない人間に背中は任せられないよ」

「本当に戦う気がないなら、そうかもね」

 それだけ言い残し、姫さんは弁当を買いに行ってしまった。

 ほたるも、彼女について行くらしい。

「……本当に戦う気がないなら、か」

 戦いたいとは思わない。同時に、戦うしかないことを知っている。でも、戦えば必ず負傷者は出る。一人の犠牲もなく勝てるほど、敵は弱くない。

「守るしかない。失いたくない日々があるなら、なにが一番かはわかっているはずなのにな」

 できないことをできるとは言えないけれど、できることだけは、それなりにできると言い続けてきた俺だ。

「でもきっと、俺に背中を預ける奴は現れない」

 俺はいまも、一人で後方に立つことしかできないままだ。

チームメイトとして後輩が二人いるが、いざ戦おうというときは近くにいないしな。

「ったく、考え出すと暗くなるのは俺の欠点だな。もっと自由に羽ばたいて行けたなら、気楽に生きれたものを」

 横目に、二人の少女が袋を持ってくるのを眺める。

 仲の良さそうな、姉妹のようで、友人のようで。あんな関係に、いっときは憧れたときもあったのだろうか?

 これだから、人と関わるのは難しい……。

「もう買い物は済んだのか?」

「うん、ばっちり!」

「おまえのぶんも買っておいた。移動中に食べろ」

 ほたるが持っていた袋をひとつ、俺に投げてよこす。

「そりゃどうも。朝からなんも食ってないからね。助かるよ」

「じゃあ、行こうか。もしかしたら、みんなもう待ってるかもしれないしね」

「ヒメ、それは十中八九ないと思うが。まあ、早めに行動して損はないからな。さすがヒメだ」

 三都市の代表が集まるわけだし、うちの都市で話し合いがなされるわけないか。

 三人して車両に乗り込み、目的地へと着くのを待つ。

 向かい合わせの席に、前にヒメとほたるが。

 反対側に俺が。他に乗る生徒はいないらしく、三人で貸切のようだ。

「で、完全に流れと勢いで連れてこられた俺は、向こうについたらなにをしていればいいんだ? 例にもよって、二人の横で発言させるために拉致ったわけじゃないんだろ?」

「拉致じゃないってば!」

「そうだな。天羽が自主的についてきてくれただけだ。ヒメは悪くない」

 そうですね、僕が自主的についてきたんですね了解です。

 なぜだろう、まるで納得いかないけど、納得しないと話が先に進まないような気がして頷いちゃったよ……。

「天羽は目的地に着きしだい、いつものように振舞ってくれればそれでいい。ついでに、各都市の代表たちと世間話のひとつでもしてこい。全員おかしな連中だからな。おまえとは話が合うだろうさ」

「ちょっと? ナチュラルに人を変人呼ばわりするのやめてもらえない? 噂に聞く東京のトップと同レベルとか、俺どうしたらいいよ」

「どうもするな」

 バッサリかよ……対応厳しすぎるよ。

 姫さんは姫さんで会話に入ってこないと思ったら弁当頬張ってるし……。よくこんなのでうちの都市って運営できてるよなってつくづく感心するわ。

「ほうふぐふぉうかふぁ、んぐ、はあふはえたふぉうがふぃんよ」

「…………なんだって?」

「もうすぐ着くから、早く食べろと言っている」

「さすがだな、ほたるは。俺なに言われてるのかさっぱりわからなかったぞ」

 口の中に大量の食物を詰め込んで話しているんだ。

 一応ほたるに聞いたら答えが返ってくるのだから、驚いた。

「この程度、四天王なら誰でも答えられるぞ」

「おまえらやっぱり変態集団だろ。特に二人ほど、ただのストーカーと盗撮だし……姫さんが純粋だからいいものの、ばれたらどうなることやら」

 最悪、神奈川が吹き飛ぶまである。

「安心しろ。いくら相手がヒメと言っても、奴らがバレるような半端な仕事をするはずがない。私ほど、とまではいかなくても、相応以上の能力を持っているからな」

 そこほめるところ違うし。

 なにより問題なのは、バレないからやっても大丈夫ってところだろ。

 裏で写真とか売られてそうだな、ほたるは。

「真剣でいいと捉えるべきか、ただのど変態ですね、と無慈悲であるべきか……おまえらの扱いには毎度、気が滅入るよ」

 この後、ヒメを交えて三人で話をしながら、俺たちは目的地へと着くことになる。

 たぶん。いや、絶対に。

 この先にいるのは、うちの二人に負けないほどの、問題児たちなのだろう。

「はあ……」

 出会う前から、ため息が漏れては消えていった。




次回は他の都市の方々と対面する感じになりそうです。
では、また次回で!


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俺の役割は前線に立つことではない

 車両から出ると、個人認証のチェックを受け、中に通される。

 長い階段を登っていき、数分。

「ところで、そろそろ他の都市の奴らがどんな感じなのか教えてくれてもいいんじゃないのか?」

「言っただろう。各都市の代表たちと世間話のひとつでもしてこいと。事前に情報を与えられるのが普通だと思うな」

「へいへい」

 別に教えてもらわなくても構わないが、せめて好みとかは把握させとけよ。こっちだって気を配るの大変なんだぞ? なんて言ってやりたいところだが、ここで喧嘩でも始まれば負けるのは俺なのでやめておいた。

 少なくとも、俺とほたるの<世界>の相性は最悪だからな。

 その後はすんなりと会議室に通された。

「俺はてっきり一度は引き止められるかと覚悟してたぞ……」

「それはないよ。私とほたるちゃんがちゃーんと言ってあるんだから!」

 小さな胸を張って答える姫さん。

 そうか、ちゃんと仕事をこなしてくれてたのか。

「いつものうっかりで話が伝わってないかと思ってた」

「それどういう意味!?」

「……すまん、つい本音が漏れただけだ。気にするな」

 会議室が見えたので、二人が入りやすいように扉を開く。後ろを歩く二人はそのまま速度を緩めることもなく、会議室へと入っていった。

「さて、それじゃあ――」

「天羽。早く入ってこい。来ないならばその扉の影から見える左腕、どうなるかわかっているな?」

 扉を閉めてさっさと帰ろうかと思った瞬間、ほたるの厳しい一言が俺に投げられた。

 閉める気満々で力を抜いていた腕に、再度力を入れる。

「やだなぁ。俺が二人を残して帰るわけないじゃないですか」

 扉を人が一人入れるぶんだけ開き、渋々中に入る。

 縦に二列、横に三列。

 合計六つの椅子が置かれ、その前には大型モニタが取り付けられている簡素な部屋。

 一応、六つの椅子の前にはひとつだけ、テーブルと思わしき家具が置かれている。

「ふむ……まあいい。これならいつも通りとはいかずとも、全員と話す機会は作れるだろう」

「お、やる気になってきた?」

「さあな。それはここに来る奴ら次第ってところか。そもそも、俺がいるのは神奈川であって、千葉でも東京でもない。各都市が違いをよく思わないのもどうかと思うが、仲が良すぎても困るだろ」

 競争があるからこそ文明の発展があり、協力することを知っているからこそ、人類は滅びない。

 どちらもなければ、いまごろ人類なんて滅んでいても不思議ではない。

 とはいえ、世の中にはそのどちらも欠けた人間が一定数いるのもまた事実。

「難しいね」

 と、それよりもだ。

「他の連中はまだか?」

「だろうな。千葉の二人はわりとマイペースでな。いつも時間ギリギリだったり、かなり早めだったりとで、たぶん時計の針を読めんのだろう」

「やめとけって。姫さん以外にも優しさをもって接してやれよ」

「なにぶん、私が私に戻ったのも最近でな。まだやりづらいところがある。もっとも、昔から他人と積極的に関わってきたわけではないが」

 ああ、ここ最近は各都市で問題が絶えないからな。

 なんといっても、うち――神奈川でも、姫さんの誘拐やら、街中に爆弾を仕掛けられるやら、わけのわからん<アンノウン>に襲撃されたりと。

 最後のひとつは俺個人の問題であったりもするのだが、どうにも問題が増える一方だ。

 東京の方でも、記録的な惨敗をしたり、そのおりに主席が負傷したり同士討ちが起きたりと、話題に事欠かない。

 ここ数年は、どこかおかしい。

「世界が平和になるまで戦いは続く。でも、それが俺たちの代で終わるかと言えば」

「終わるよ」

 俺の言葉に重ねて言った姫さんの横顔は、真面目そのものだった。

 本当に、終わらせようとしているのだろう。俺には見えない明日を見ている彼女は、それに続くほたるや残りの四天王、神奈川の生徒たちは――。

「希望を失っていないから、か。そうだな」

 一度は絶望と倦怠の海に沈んだこともあったが、結局、人の中にある光までは消せなかったということか。

「さて、じゃあそんな頑張ってる姫さんたちのために、冷たい飲み物でも作ってこようかねぇ」

 ここに来るまでに、一室だけキッチンがあったことを思い出す。

 あの部屋の様子からして、普段から使われているものだ。室内には何かしら置いてあるだろ。

「ほんとに!?」

 会議室を出ようとすると、姫さんが目の前まで走ってきてピョンピョンと跳ねる。

「ええい、鬱陶しい! こら、おまえの身長で俺の前で跳ねるな! 顎にその石頭が当たりでもしたら俺死んじゃうで――あぶなっ!?」

 後ろに仰け反り、ギリギリで姫さんの頭突きを回避する。

 言ったそばからこれとか、もう作為的ななにかを疑っちゃいますよ?

「姫さん、確かに俺は前線には出ない、呼ばれてもすぐに来ない怠け者で、あんたの掲げる目標からしてみればおおよそ許せるタイプの人間じゃないかもしれないが、ここで殺すのだけはやめてもらえませんか」

「殺し!? なんで!?」

 真面目な声音で懇願すると、真に受けたのか姫さんが驚きつつもこちらを見る。

 ああ、なんて騙しやすい……うん、このおかげでうちの神奈川は問題が絶えません。

「冗談だ。俺の身に危険が迫るなら、回避する方法は他のことに目を向けさせるしかない。そう思ったまでのこと」

「ん? ごめんね、みゆちん……言ってることよくわからない」

「ですよねー、だと思った」

 やっぱり伝わらないか。仕方ない、ここは保護者兼元変態のほたるにそれらしく言ってもらうしか――。

「ヒメを謀るとは、いい度胸だ。もちろん覚悟はできているんだろな?」

 ご立腹!? あれしきのことでお怒り、だと……。

 どうする? このままだと、せっかく姫さんを止めたというのに血の海を見ることになる!

 本来逃亡は好きではないが、いまは理由があるし。

「お、俺とりあえず飲み物用意してくるから! じゃあいってきます!」

 行動は迅速に。

 生き残るためには必要なことだ。

「うん、お願いねー!」

「仕留め損ねたか……」

 元気な声と不穏気な声のふたつを背中に受けながら、会議室を早々に後にした。

 

 

 

 遅すぎても怒られ、早すぎても姫さんをいじった怒りが抜けないほたるに斬られるという、絶妙なタイミングで戻ることを運命から要求されている俺は、早足にキッチンへと向かっていた。

「あんときほたるに<世界>を使われなくて助かったな……」

 まあ、余程重要な案件でもなければ、あいつは俺を拘束しないから付き合いやすいと言えば付き合いやすいが。

「お兄があたしの代わりに全部話してねー」

「お兄ちゃん、今日の会議内容すら覚えてないんですけど」

「見といてって言わなかった?」

「言われてないかなー」

 移動している最中、前方から二人の生徒がこちらに向かって歩いてきていた。

 うちの制服ではない。

 黒を基調とした、シンプルなデザイン。

 千葉の生徒か。

 以前姫さんが『千葉のかすみんはー』とか言っていたな。かすみん……片方はけだるげな少女。もう一方はこれまたやる気のなさそうな男子。

 どっちのことだろう。

「兄妹か……家族ねぇ。仲のいいことで」

 とりあえず俺には関係ないので、無視しておくか。

「あれ? お姫ちんの言ってた生徒?」

「は――?」

 すれ違いざま、少女の方に話しかけられた。

 つい反応してしまったが、あなたずっと端末いじってたのに前見てたんですね。

「ああ、どこぞのアホ娘が言ってた」

 次いで俺を認識した男子が言うが、うちの首席は他都市の代表からアホ娘で通っているのか。残念ながら否定できないんだよなぁ……どっか抜けてるし、抜けきってるまであるしな。

「で、なにか用? 他都市の代表が、俺みたいな雑魚と話すようなことないでしょ? それより俺、早く戻らないとほたるに怒られるんだ」

「ふーん? でもあたしには関係ないし」

 ほう。こいつ、うちの変態どもと同じタイプの人間じゃないだろうな?

 関わるといいことなさそうなんだけど、姫さんとほたるは俺になにを求めてるんですかね。

「俺には関係大有りなんだよ。話があるならあとで聞く。じゃあな」

 二人のことは放っておき、キッチンに立つ。

「材料は――いい感じだな。これなら二人も納得するだろ」

 早めに支度をし、来た道を戻り始める。

「戻ってきましたよー」

 足で器用に扉を開け、中に入ると、先ほど出くわした二人も、すでに席についていた。

 残すは東京の代表だけか。

「あ、みゆちん帰ってきたー!」

 やっぱりみゆちん呼びは変わらないよね。他二人がいることだし、できればやめてほしかったな……。

「ほれ、姫さんのぶん。ほたるも置いておくぞ」

「うん、ありがと! ほたるちゃんも、一緒に飲もうよ」

「ヒメがそう言うのなら、ありがたくいただこう」

「はいよ。果物がたくさんあったからな、生ジュースにしてみた。姫さんはミックス、ほたるはイチゴだ」

 姫さんは甘ければいいだろうと、ほたるはどこかでイチゴのアイスを食っていたことを思い出してのチョイスだ。

 いやー、こんなことなら料理関係の<世界>でも発現してくれればよかったんだけどな。

 ちらりと、千葉の二人を流し見る。

 空調は完璧だが、少々暑そうだな。ここに来たばかりで、まだ暑さが抜けていないのだろうか……ここに果物が豊富にあるのも、千葉の有する巨大食料プラントのおかげでもある。

「ほい。これ、あんたらのぶんな」

「え?」

 目の前に置かれたものに対して、少女が疑問の声を上げる。

「え? じゃないよ。この場にいるってのに放っておけるようにはできてないんだよ、俺は」

「そっか。……ありがと」

「おう。ほら、あんたも飲んでくれ。って、なにやってんの?」

 少女の方は割と素直にジュースを受け取ってくれたようでいいんだが、その兄らしき人物は、少女を見て満足そうに頷いてから、こちらに向け、特に感情を浮かべない表情で親指を立ててきやがった。

「なるほど、あんたも軽度ではあるがうちの変態どもと同質のものを感じる」

「それはどうも。俺としては、妹のありがとを聞けたから満足だ。あ、ジュースありがとさん」

「はいよ。まあ、千葉から供給されてるようなもんだしな。あとこれ、残った果物だ。一口サイズに切ってあるから、つまんでくれ」

 差し出すと、少女が手を伸ばしてかっさらっていった。

「……明日葉ちゃーん、俺のぶんは?」

「お兄のものはあたしのもの。あたしのものは、お兄のものー」

 空になった皿が兄に差し出される。なんだろう、彼とは変態どもより俺に近い立ち位置にあることが見受けられる。

「これ、どうしろと……」

「こちらで回収しよう。新しいものを切ってくるから」

「悪いな」

「いい。神奈川ではいつもこんな感じだ。慣れてる」

 空になった皿を受け取り、なぜか姫さんからもおかわりを要求される始末。

「俺の扱いって雑だよなー。特に身内からが一番雑っていうのは気に食わん」

 などと言いながら会議室から出ようとしてるんだから、俺って姫さんやほたるに飼い慣らされてるんだなーハハハ……はあ…………。

『緊急警報――緊急警報発令、湾内ゲートポイントにアンノウン数体の出現を確認……都市内部の皆さんは落ち着いて行動してください。すでに戦闘科が出撃しています――繰り返します、緊急警報発令……』

 こりゃ東京の奴らの――。

 この場にいる四人に視線を配るが、誰も動く気配は見せない。

「全員救援には行かないのな」

 ついそうこぼしてしまったが、反応はひどいものだった。

「東京方面なら、いっちゃんがいるから大丈夫だよ」

「ヒメが行かないのなら、私も行かん」

「え? クズゴミさんに俺なんかの助けは必要ないでしょ」

「東京の人はスコア大好きだからねー」

 これが二都市の代表か。俺もまるで行く気はないが、協調性とかないものかねぇ。あ、これブーメランになるからなしで。

「とりあえす、行く気がないならいいや。ジュース作って果物切ってきたら誰もいませんでした、じゃこっちが困る」

「あんたも大概だな。そこは助けに行けって言うところでしょ」

 千葉側の男子が聞いてくるが、俺は動かざなければならない事態になっても前線には立たん。あるふたつの理由を除いてはな。

「知るかよ。俺は元から、誰がどこに立とうと、そこを助けるつもりはない」

「そうですかー。あ、俺は果物はいいから、なにか温かいもの貰える?」

「了解した。材料を確認して、なにか作ってこよう」

 なぜか料理人扱いされた気もするが、仕方ない。こうなれば、この場の全員の要望に応えようじゃないか。

 これで前線に立たなくていいなら、安いものだ。

「さって。じゃあ――今日も身の回りの世話だけしてましょうか」

 全員のコップを回収し、俺は再び、キッチンに戻っていく。

 東京の代表と出会うのは、いまより一時間が経過した後になる。




次でやっといっちゃんさんを出せそうな気配。
早ければ次くらいにはみゆちんが世界を使ったりするかもです。
ちなみに、天羽自由で『あもう みゆ』と読みます。


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その気配は不穏

 世の中限界を超えろだの、無茶をしろだの、人を殺しにかかるフレーズをよく耳にする。

 人間の限界はいつだって決められていて、つまるところ、それ以上の力は出ない。

 限界を超えた先にあるのは新しい限界ではなく、もう超えることのない現実だ。

 それは俺にも言えることであり――。

「温かいものとか、なにを作れと言うんだ?」

 絶賛、俺も限界を迎えようとしていた。

 いや、なぜか食料庫に果物類しかないんですけど? 肉とは言わないが、せめて野菜類も完備しとけよ……。

「果物だけで温かいもの、果物だけで温かいもの……」

 頼まれた以上、前線任務でないなら完遂するのが俺の使命。

 たとえ他都市の者からであろうと、それは変わらない。

「果物はいいから、って言ってたよな? どうすっかなー……もう白湯でいいか」

 一応、果物じゃない温かいものという最低限の要求は満たしている。

 これなら、まだジュースを出した方がマシじゃないだろうか。

 おのれ千葉……俺に難題をぶつけるために、ここの状況がわかったうえで言ったわけじゃないだろうな? なんて思ってしまうが、その線はない。

 あいつの不憫な感じは、狙って人を貶める類の奴らとは違う。

「困ったもんだな。周り全部が敵なら俺も楽なんだが、どうにも無駄に仲間が多い」

 悪いことではないはずなのに、煩わしいと思う俺がいる。同時に、どうしようもなくそれが大切な自分が顔を出す。

「ふう……千葉勢の要求はおいおい満たすとして、姫さんちの生ジュース支度だけしとくか。同じ味だと微妙な表情をされるかもしれないから――ん?」

 キッチンに繋がる扉を閉じているから外の景色まではわからないが、足音が二つ、廊下から響く。

 誰か来たのか? だが、東京の代表がこちらに着いたにしては早すぎる。

 なにより、この辺りは会議室への道からズレた位置にあるのだ。こちらに向かってくる道理がない。

「あんまり考えたくはないが、誰か個人を狙った人の犯行、なんかじゃねえよなぁ」

 神奈川では何度かあったばかり。東京でも、工科との問題があがった時期があったが、まさか今日、なにか起こそうってわけではないだろう。

 確かに、この場に各都市の代表が揃いはするが、彼らには何人学生が集まろうが、単純な力では勝てない。

 その程度は理解できてるだろうと踏んでいたが……。

 近づく足音は次第に大きくなり、とうとう、この部屋の前で止まる。

「……」

 どうした……なぜ入ってこない?

 部屋を間違えたのか? それとも、機会を窺っているのか、扉の前に立つ誰かは、まるで入ってこようとする気配を見せない。

 そのくせ、他の部屋にいく素振りもない。

 だが、仮にもここはキッチン――厨房だ。

 昼時の過ぎた時間ということもあり、誰もいないと判断されたのか?

「…………」

 しばらくジッとしていると、重々しい音を立てて扉が開かれる。

「あ、いたいた。あんたに無茶な注文したかと思って様子を見に来たんだけどってどしたの?」

 入ってきたのは、千葉の代表たる一人だった。

 俺が包丁両手に構えていれば、それはそれは、不思議な顔をするだろう。

「………………あんた、この部屋に入る前に、扉んところに人が二人いなかったか?」

「いや、俺が来たときには誰もいなかったけど?」

 彼が来るのを察して逃げたか? それとも、信じがたいことだが、俺の幻聴? それはない。気配ははっきりとあった。

「とにかく、あんたのおかげで助かったことだけは事実らしい」

「よくわからないけど、よかったな」

「ああ。俺の妄想が現実になったとかじゃないことだけを祈らせてもらおうかな。それで?」

 ひとまずの安全は確保できた? みたいだな。

「さっさと姫さんたちのいる会議室に戻ろう。なんとなく、ここに長居するのは怖い」

「怖いって、あんた男だろ?」

「バカか。怖いと思えることは重要なんだぞ。怖さはときに人を立ち上がらせる。わかるときがくればわかるさ」

「まるで、あんたはもうそれを知っているような言い草だな」

「応とも知ってるさ。だから、俺はもう間違えたりはしない。そう誓ってんだ」

 話しながら準備を整え、素早く必要な食材を切り分けていく。

「慣れてるな」

「神奈川じゃ毎日こんなことばかりしてるからな。慣れってのは怖いよ。特に、周りの慣れが一番性質が悪い」

 再び果物たちをミキサーにかけ、出来上がったものをコップに注いでいく。

「一度慣れちまうと、扱いがそこから変わらなくなるからな」

「それは――なんとなくわかる」

「そっか。苦労してんな」

「あんたこそ」

 姫さんたちへの準備ができたので、前を向くと、初めて千葉の代表と正面から顔を合わせた。

「あんたじゃない。天羽自由だ。呼び方は好きにしてくれて構わない」

「そう面と向かって言われると困るんですけど……まあいいや。クズゴミさんより遥かにマシだし。千種霞だ。呼び方はこっちも任せる」

「あいよ。んじゃよろしく、千種」

「はいはい、そうねー、天羽」

 まさか、こうも早く千葉の代表を名を言い合うことになるとはな。

 妙な親近感のせいか、この人との距離感をわからなくさせる千種独特の雰囲気のせいと言うべきか。

「少しだけ、姫さんが俺をここに連れてきた意味がわかったような気がする」

「なにか言った?」

「いや、別に。それよりもう戻ろうか。あんまり待たせると姫さんの保護者がうるさいんでね」

「神奈川のアホ娘とアホ娘2はいつもうるさいでしょ」

「違いない」

 会議室への帰り道、行きよりも周りを警戒していたが、結局、最後まで俺が感じた気配が現れることはなかった。

 あれがなんだったのか知れないが、俺の中では、早鐘のように警鐘を鳴らしていた。




キリのいいところで区切ろうとしたら短くなりました。
ついでに、いっちゃんさんの登場が延びた……ま、まあ次回こそ出ますから!


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その問いは

 落ち着かない……いろいろな意味で落ち着かない。

 姫さんとほたる、千種妹には二杯目の生ジュースを渡し、千種には、姫さんに昼飯のときに出してやったスープの残りがあったので、それをくれてやった。

 そうして三十分近く四人の相手をしていたのだが、どうにも、どたばたしていて忘れていたことがあったのを思い出す。

 ああ、余計に落ち着かない。

「どうしたのみゆちん? なんかソワソワしてるけど」

「ジッとしていられないのか貴様は」

 ねえ、なんで身内が厳しいの? 千葉の二人はこっちを見るには見るけど、ほたるみたいなこと言わないよ?

「二重の意味でジッとなんかしてられねぇよ。なんせ、思い出しちまったからな……」

「ん? なにが?」

 姫さんが首を傾げるが、彼女が知っているわけないだろう。

 そう。俺が執務室に行くまでの十分間において、どうしても探しておきたかった生徒が二人いた。その二人とも見つけることが出来ずに、いまここまで来てしまったのだ。

「大変なんてものじゃない! あの二人は放っておくとなにするかわからないんだから!」

「だから到着が遅かったのか」

 ほたるはそんなくだらないことか、って感じにため息をつくが、俺にとっては大問題だ。

 なんせ、俺とチームを組む二人なのだから。

「みゆちんが探すような人っていうと……う〜んとぉ」

「ヒメ、おそらく天羽と同じ問題児二人だ」

「ああ!」

 ほたるに言われ、姫さんがわかった! と手を叩く。

 なに、俺とあの二人で問題児って枠組みにされてんの? そもそも、姫さんは問題児ってフレーズで伝わっちゃうのね……。

「弁明だけさせてもらうけど、あいつらは好んで前線に出ないだけだからな?」

「弁明になってないんだけど」

 千種が横から入ってくるが、ええい! なぜおまえは話をややこしくする!

「あいつら、と言うが、貴様も同じだ。好んで前線に出ない問題児筆頭」

「え? 俺が筆頭なの!? どうみても一番出てこないのは俺じゃないでしょ?」

「おまえと一緒にいて、あの二人が影響を受けないわけないだろ。もっとも、受けるのは悪影響だけだがな」

 なん、だと……。

 まるで悪の元凶呼ばわりだな。だが、こちらからも言わせてもらいたい。

「俺の後輩たち舐めるなよ。悪影響受けるどころか俺の身がもたないまである。むしろ手がつけられないから前線に出さないだけだ」

「監督不足で海に沈めるぞ貴様」

「やめろ、海の中が一番嫌いなんだ。なにより、生きているうちから殺そうとしないでくれ」

 まったく、いまごろあいつらなにしてんだろ。

 今日は二人と約束があった気がしたんだが、すっぽかすと後が怖いんだよなぁ……切り刻まれて――いや、抜刀から納刀までが一瞬すぎて見えないから気付いたら首が落ちてるかもな。

 ハハハ、笑えない……いやマジでどうしよう。

「それで、もうひとつは?」

 俺が一人悩んでいると、千種妹が聞いてくる。

「んー……こっちは保留。どうにも、話すには決定打が欠ける。こっちで勝手にやっとくから気にしなくていい」

 千種が来るまでに厨房で感じていた気配。

 これは無用意に話してしまっては、混乱を招くだけだろう。もしくは、俺がからかわれるかの二択。

 おそらく後者の扱いを受けるだろうことは見えているので、この場では黙っておく。

「それにしても、遅いねー」

「仕方ないだろ。万年四位さまはそう早く仕事を片付けられないんだから。気長に待ってあげようじゃないの。万年四位さまのためにもさ」

 やる気のない声で姫さんに応える千種。

 どうでもいいことだが、千種と東京の主席は仲が相当悪いらしい。

「だが、その四位が出撃したとは限らないだろう?」

「出てるよ。出ないこと、滅多にないと思う」

 俺の疑問に答えたのは、千種妹。

「どうしてだ?」

「東京の人はスコア大好きだからねー。って言ったじゃん? だから<アンノウン>がいたら真っ先に飛び出しちゃうタイプなの」

「世界平和でも掲げてるのかねぇ……単独行動ってのはあまり褒められたものじゃないだろうに」

「それはみゆちんも一緒だからね!? もうちょっとみんなと動き合わせてよ!」

「だってさー」

 姫さんの抗議? が部屋中にこだまする。

 千種妹は呑気に足を組み直しながら、俺に軽い口調で答えを求める。

「俺があいつらに合わせられるわけないだろ? 達人みたいなもんだぞ?」

「たまちゃんとつーちゃんのことじゃなくて! 他のみんなにはせめて合わせてってこと!」

「てっきりチームの話かと。いや、たぶんうちであの二人についていけるのほたるくらいだとは思うけどさ」

 姫さんから出た愛称。

 面倒事を引き起こしたり、引きこもってたりと問題行動が多く、姫さんや四天王と絡む機会は多かった。

 その中で仲良くなったのだろう。さすがは姫さん。

「はっ!? 俺もほたるの影響を……」

「悪影響の間違いじゃない?」

 千種が訂正をする。

 うん、たぶんそれが正解だ。

「やっぱ千種とは話が合うかもなー」

「いやいや、勝手に合わせないでよ。クズゴミさんよりはマシだけどお兄ちゃん、明日葉ちゃんとのお話に忙しいから」

「話してないだろ。千種も大概だな」

 なんてどうでもいいことを言い合っていると、ポケットの中の端末が震える。

「ちょっと悪い」

 端末にメールが届いていたようで、内容を確認する。

『自由ちゃんは〜どこにいるのかな〜?

 さとりとの約束の時間までもうすぐだよ〜』

 ……フッ、終わったな。

「なにを世界が終わったような顔してるわけよ」

「千種、終わったような、じゃなく終わったんだ。いま無性に神奈川に戻るのが怖い」

 もう一度端末が震える。

『ついしん〜

 月夜ちゃんももう来てるよ〜』

 終わるどころか始まったな。俺の逃亡生活……。

「俺、今日はここに泊まってこうかな」

 もちろん冗談だが、そう思える程には、この追伸の威力が高すぎた。

「そんなに厄介なものか?」

「前に一度、約束の時間に間に合わなかったことがあってな。その翌日は殺されかけた。あと、風呂場とか寝室すら襲撃されたりとか……」

「厄介極まれり、だな。ご苦労さん」

「ああ……俺、今日の会議が終わったら、あいつらと買い物行くんだ」

「自分から死亡フラグを立てるなよ」

 いいや、違う。死亡フラグを回避して買い物に行こうと、それが一番危険な行為になるのだ。つまりこの場合、死亡フラグを回避することが死亡に直結したりする。

「もうどうにでもなれ」

「感情が死んでるじゃん」

 千種妹の声を聞き流しながら、再度端末を見る。

 メールの送信者には、眼目さとりと記されていた。

「あいつの愉しそうな顔が目に浮かぶなちくしょうめ。というか、二人とも驚異的な視力と聴覚を持ってんだから、どうせ神奈川にいないこと知っててメールとか送ってるんだろな……つまりすでにお怒りか」

 あのまん丸お眼め……。

 その隣では、白髪の巫女少女が静かに座っていることだろう。

 出力兵装を抱えている女の子が。

「ん? 来たっぽいな」

 千種が扉の方へ目を向ける。

「お、来たねー」

 姫さんが、扉が開かれると同時に開口する。

 入ってきたのは、千葉と同じように男女一名ずつ。

 神奈川だけが女子二人なのか。いかに神奈川が女子メインの場所かってことがわかるな。うん、やはり俺とか必要ないでしょ。

「朱雀壱弥、宇多良カナリア、到着しました」

 名前だけはよく聞くな。

 朱雀壱弥は男子の方。少々厳し目の目つきをしているが、面倒見がいいとか。あと、単独行動の塊。千葉勢から言わせるとスコア大好き好きすぎ人間。

 もう一方はよく知らん。

 東京の代表なんだろうが、朱雀の保護者的立ち位置にいる感じか?

「あーそっか、そうだよね。みゆちんは東京の二人はよく知らないよね」

「まあな。姫さんとほたるの話から想像する程度でしかないからさ。見るのも初めて」

「好き勝手やってるからよく目にするぞ」

 千種が姫さんとは反対の方向から教えてくれる。

「ほほう……前線に出ない人間が、他都市の奴らと一緒になって戦うような場所に出てくるとお思いか?」

「全然」

 だろうな。

 ちなみに、俺はいま姫さんとほたるの後ろに立って控えている。

 当然だろう? これはあくまで、三都市の代表たちの会議だ。神奈川の一生徒でしかない俺がいることすらおかしいので、せめて後ろで待機する形を取らせてもらっている。

「誰だそいつは」

 だのに、東京の主席さんは俺についての質問をしてくるのだ。

 なんなの、バカなの?

「うちの生徒だよ。ほら、前回話したでしょ?」

「そうか。そんな話もあったかもしれないな。で、何位だ?」

「いっちゃん、そういう態度はダメだってお姉ちゃん思います!」

「お姉ちゃん言うな」

 認識してすぐに聞くのが順位か。

「三百五十六位だ」

「三百……とんだ無能だな。雑魚をここに連れてくるな」

 ほたるが向こうさんの質問に答えるが、落胆したように首を横に振る。

 そこまでなら、俺だって無視していた。

 神奈川でも軽く見られるのはいつものことだし、事実、雑魚であることに変わりはない。

 だが――。

「その順位でなにを守れると言うんだ」

 ――その一言だけは、無視しきれなかった。

「ランキング上位とか下位とかで、守れるものを測るなよ。ランキングだけがすべてじゃない。一位だから守れるのか? 三百位だから守れないのか? ふざけるな。守りたいものは人ごと違う。世界を救う、敵を倒しきる。立派だ。おまえたちの考えを否定する気は一切ないが、こちらにも守りきるものがある」

「なに?」

「なにを守るかと問うたな? 簡単だ。俺が守るのは、いまこの時間ただひとつ」

 俺と東京の主席さんの視線が交わる。

 捻くれたようで、真っ直ぐな眼。

 見て取れる。こいつは歪だが、背負うものがしっかりあることを。

「ほらほら、ダメだよみゆちん。喧嘩はだーめ!」

「いっちゃんもだよ! いまのは失礼にも程があるからね……」

 俺たちの間に入る二人。

「悪いな、姫さん。どうにも、ランキングが絡むだけならよかったんだが――」

「わかってるから、大丈夫。ほら、深呼吸、深呼吸」

 姫さんは話を最後まで聞くことなく、俺に無理やり深呼吸をさせる。

 もう二度と、ランキングなんかに惑わされたりはしない。俺は俺が守りたいものだけを。

 ただ、それだけを――。



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三都市とチーム

なんだかんだで続けることができています、どうもalnasです。
アニメも二話まで放送されましたが、皆さんは各都市で好みのキャラはできましたか?
この話では、三都市の代表と、神奈川メンバーの絡みをこれから書いていけたらなって感じで進めていけたらと思います。
では、どうぞ。


 三都市の代表が揃ってすぐ、俺に向けられた不躾な言葉。

 それらと過去の光景を、姫さんと一緒に深呼吸していくごとに抑え込んでいく。

「どう? 落ち着いた?」

「……ああ。なんとかなりそうだ。悪かったな、姫さん」

「ううん。大丈夫ならいいよ。さあ、じゃあ会議を始めよっか!」

 明るく振る舞う彼女だが、内心なにを思っているのか。

 心配か、怒りか、悲しみか……近くにいるのに、読み取れることはない。

「はあ……」

「ため息をついている場合か。いいから、後ろで控えていろ」

 ほたるが厳しい口調で言う。それに抵抗するわけもなく、彼女たちの座る椅子の後方へと下がる。

「言いたいことがあるなら、会議が終わってから言ってやれ」

「――……ああ。おまえの優しさ、わかりにくいわ」

「うるさい。黙っていろ」

「はいよ」

 なんだかんだ、周りに人はいてくれる。

 こいつらは、俺が前線に立たないというのに見限らない。それどころか、更に踏み込んでくる。

 不思議だ。

「だから、神奈川から離れられなくなっていく……」

 まあ、すでにいないといけない状態になりつつはあるんだが。

「とりあえず、二人ともお疲れ様! これでまた一歩、世界が平和になったね」

 遅れてきた東京の代表に向け、姫さんが言葉をかける。

 すると、金髪の少女が応えた。

「う、うん……。あの、ひーちゃん……」

「なに?」

「うちのいっちゃんがごめんなさい」

「え? なにを?」

「えぇっ!? なにって、それはその、後ろの――」

「ああ!」

 納得し、姫さんがこちらを見る。

 その瞳には、気にしてる? という問いが浮かんでいた。

 彼女が見える位置で手を横に振ってやると、にんまりと満面の笑みを浮かべ、正面を向く。

「全然気にしてないよ!」

 元気いっぱいに返すと、金髪の少女はホッとしたように胸をなでおろした。

「ほら、許してくれたんだから、いっちゃんもちゃんと謝ってよ!」

「誰がだ。雑魚に下げる頭はない」

「もお〜! お姉ちゃん、そういうのは一番よくないと思います!」

「だからお姉ちゃんはやめろ」

 唯我独尊とでも言うべきか。東京にも問題児がいたようだ。

 なんかこう、関わりづらい奴だな。

 先ほどの発言がなかったとしても、やりづらい。でも、なんでかあいつからも苦労人の気配がなぁ……。

「そんなわけで、うちは気にしてないからさ、仲良くね、仲良く! ね!」

 こらこら、こっちを見るんじゃない。

 俺に仲良くを求めないで欲しいんですけど。

「そうだな。ヒメが言っているんだ、まさか断ったりはしないな?」

 いやー、ほたるさんがとってもいい笑顔を浮かべてらっしゃる。詰んでるなー……。

「みんな仲良く、いいんじゃないの? 手を取り合うことが必要ないとは言わないよ」

「くだらん。おまえたちと協力しなくても、俺一人がいれば十分だ」

「おまえ……あー、名前なんだっけ?」

「これだから雑魚は。人の名前はちゃんと覚えような」

 一度も聞いたことないんですけど? なんなの、好きにつけていいの? あ、違うや。聞いたことあるわこいつの名前。

「そいつは悪かったな、いっちゃんさん」

「この、貴様!」

 おいおい、人の名前はちゃんと覚えようって言ったのあなたじゃないんですかね。

「天羽。天羽自由だ。好き勝手呼ばれてるけど、せめて覚えておけ」

「ふん……朱雀壱弥だ。雑魚でも覚えられるだろう?」

 だからいっちゃんか。

 呼び方は指定されてないから変えなくてもいいんじゃないかな。

「それ、呼びにくいからもう縮めていっちゃんさんでいいんじゃないの?」

「縮めれてないだろ。数すら数えられないのか、千葉カスくん」

 せっかくおさまったのに、千種が絡む。

 仲の悪さがよくわかる光景だ。

 その後もランキングがどうだのと言い合ったりと、交わす言葉だけは無駄に多い。

「いつもこうなのか?」

「今日はより酷い。天羽を連れてきたからか?」

 ほたるさんや、そりゃあんまりだぜ。

 しかし、千種はランキングで二百七位だったのか。で、朱雀が四位ね。確かに、その辺の順位の奴が一番こだわるかもなぁ。

「なんせ、上三人が全員女子なんじゃな」

 男の立場ないわな。

 この場で上位の男など一人のみ。

 とりあえずは俺のするべきことをするか。

 厨房にあったクーラーボックスを拝借しており、中に入れてある果物をミキサーにかけていく。

「持ってきてたんだ?」

「まあな。おかわりいるか?」

「ん、よろしくー」

 千種妹から空のコップを受け取り、中身を注いでいく。

 横に新しいコップを二つ並べ、それらにも同様に。

「ほい、千種妹」

「それ、お兄のおまけみたいに聞こえるから、明日葉でいい」

「はいはい。だってよお兄さんや」

「この場で言えば、おまけは俺の方なんだけどね。妹のおかげでここにいるようなものだし?」

 むしろいたくないって雰囲気醸し出すなよ……。

「ハッ、理解できてるじゃないか。あとは人権の違――冷たっ!」

「ほれ、外は暑かったろ? ジュースだ。置いとくから飲んどけよ。飲まないと無駄になるからな」

 朱雀の前にコップを置き、彼の文句は聞き流す。

 後ろに座る少女にも渡すと、こちらからは礼を言われた。

「なるほど、都市の好感度ってのは二人でバランスを取るものなのか」

 ひとまず、俺の役目は終わりだな。

 残る時間を大人しく神奈川の代表の後ろで過ごしますか。

「フハハハハッ、揃ってるなおまえら。お、神奈川の問題児ってのが来てるじゃないか!」

 なんて思ったのも束の間。

 大柄な男性と、柔和な雰囲気の女性が入室してくる。

「問題児だなんて言うものじゃないわよ」

「いいんだよ。男は多少問題があった方が好かれやすいんだぞ?」

 いい加減そうな人だな。

 年だけとった子供のような、そんな感じの人だ。

 いや、そんなことはどうでもいい。まさか、まだ人が増えるとは……。

「さすがに、会議まで学生だけでやるわけがないよな」

 都市の運営ならまだしも、今後の在り方に関わる三都市の会議まで大人が出ないわけないか。

 で、やっぱり俺は問題児扱いなのね。世間は厳しい。

「よお、神奈川から出ない天羽自由。初めましてになるな。朝凪求得だ。一応、南関東湾岸防衛機構の管理官だ。今後はよく会うことになると思うが、頼むぞ」

「どうも。この先も神奈川から出てくることは滅多にないと思いますが、よろしく頼みます」

「あら、そうとは限らないでしょ? 同じく、管理官の夕浪愛離よ。よろしくね、自由」

「はい。でも、出てこれないときだってありますから」

 主にチームメイトのせいで。

 そう、心の中だけで付け足す。

「よし、あいさつもそこそこに、とりあえず会議を始めるか」

「そうね。じゃあ、まずは今期のランキングについてから――」

 

 

 

 疲れた……。

 三都市の共同任務をするかと思えば東京側は拒否するし、俺はいちいち話に参加させられるし。

 その度に誰かしらが反応して話が長引くとか、これもう俺は話さない方がよかったんじゃないの?

「意味わからん、あいつら」

 それに、結局謎の気配もわからずじまいだ。

 クソッタレめ。

 面倒事に絡むのは俺のやり方じゃないが、あの気配、どうにも気になって頭から離れねえ。

 いまは会議も終え、神奈川に帰ってきたところだが、今日は疲れ切ってるな。

 とりあえずは、明日以降から頑張ろう。

 嵐の前のなんとやらじゃないことを願って。

「じゃあ、お疲れさま」

 姫さんが労いの言葉をかけてくれるが、俺としてはここからが勝負だ。

「お疲れさん。さって――逃げるか」

 車両が駅で止まり、ドアが開く。それがスタートの合図だ。

「はろお〜自由ちゃん見つけた〜大遅刻だよ〜」

 開いた直後、まん丸い目が俺を見つめていた。

 待て、早い。早過ぎる。

「え〜と、月夜ちゃんは帰っちゃったけど、明日また付き合ってくれればいいって〜」

 なん、だと……? つまり明日殺すということだな、わかった。

「ちなみに〜さとりは今日がいいな〜」

「これからか? それで済むなら是非とも頼みたいね」

「うん〜じゃあ自由ちゃんの部屋にいこうか〜」

 腰まで届く緑の髪を翻し、さっさと行ってしまう眼目。

 どうやら今回のことは特に怒ってないらしい。助かったが、いったいなぜ……。

「あいつもだいぶ人の話に耳を傾けるようになったな」

「はい?」

 ほたるの謎の発言に首を傾げるが、彼女はひとつ頷き、端末の画面を見せてくれた。

 そこには、俺が三都市の会議に出席する旨と、謝罪の文。

「会議が始まる前に眼目に送っておいた。同様に、因幡にも同じものが届いているはずだ」

「流石すぎるわ。サンキュ」

「気にしなくていい。貴様にも予定があったのだからな。それを曲げさせてまで連行したのは私たちだ」

「そうかい。でも、助かったよ」

 昔の――出会ったばかりの眼目なら、絶対に納得しなかっただろうがな。

「たまちゃんもいい子になったよね。うちで問題行動をする子はみゆちんの影響を受けてるけど、それはなにも、悪影響ばかりじゃないよ。ね、ほたるちゃん」

「……そうだな」

 二人して言ってくれる。

「自由ちゃん〜、はやくいこう〜」

「こどもかあいつは。悪い、呼ばれてるから行くわ!」

「うん、今日はありがとね!」

 姫さんの声を背中で聞き、駅を出て行く緑色の少女を追った。

 この日最大の面倒事が起きたのは、これから三十分後のことだった――。 



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戦闘開始

「自由ちゃん〜、はやくいこう〜」

「こどもかあいつは。悪い、呼ばれてるから行くわ!」

「うん、今日はありがとね!」

 姫さんの声を背中で聞き、駅を出て行く緑色の少女を追う。

 彼女に追いつき、好奇心の向くままに連れ回されようとした直後、都市全体に警報が流れる。

『緊急警報。湾岸部アクアライン南方方面より、大規模な<アンノウン>の出現反応を確認しました。東京、神奈川、千葉の各防衛都市は、対処に向かってください。緊急警報――』

 ピタリと、眼目の動きが止まる。

「自由ちゃんと遊ぶところなのに〜なまいき〜」

 頰を膨らませ、目つきを鋭くさせる眼目。

 久々に、彼女を怒らせる出来事が起きたらしい。

「たまちゃん、みゆちん! 警報聞こえたよね。行こう!」

「うちも大人数で出るぞ。さっさと準備しろ」

 姫さんとほたるが早口に言い、走って駅を出て行く。

 大勢で行くってなると、海からだな。

 しかも二人して俺が行くのを疑ってないときたか。こうなると居残るってのは愚策か?

「どうする、眼目。因幡は出てこないだろうし、どちらにせよ神奈川に残すが、おまえは?」

「行くよ〜今日はちょっと、悪いきぶん〜」

 俺の手を取り、早足に姫さんたちの後を追い始める。

「珍しいな」

「ん〜そうかな? そうかも〜」

 気ままに生きてるせいなのか、こいつがこうして自ら前線に出る機会は多くなかった。

 って、待てよ? こいつが前線に立つと、俺も否応なく立たされるのか……いや、いいか。流れは全て、任せてしまおう。

「たまには出るか。どの道、大規模となると姫さんが出張る場面もあるかもしれない。そうなれば、結局は同じことだ」

 うちの首席の力は強力にすぎる。

 硬化だろうと、反射だろうと、それら全てを凌駕して相手を潰すだけの、否。守るだけの力があるのだ。

 だからこそ、より守るための力が必要なのだが……

「とりあえず姫さんちについてくか」

「了解〜どっちにしてもさとりの目なら〜急がなくても見失わないけどね〜」

 ですよねー……<世界>に頼らずとも、眼目は常人離れした広い視野を持つ。余所見していても、ある程度の物事は視界から外れないだろう。

 こうした、<世界>だけに頼らない生徒というのは貴重な戦力に成り得ると俺は考えているのだが、どうにも、彼女も真面目に動く気がない。それだけに、今回同行するのが恐ろしい。

「それにしても〜姫ちゃんもほたるちゃんも速いね〜」

「あいつらが速かろうと遅かろうと関係ない。他の生徒も乗せていくんだ。全員集まるには、まだ時間がかかる」

「そっか〜なら〜ゆっくり行けばいいかな〜」

 それもどうだろうか?

 うるさい連中が湧くと面倒なんだが、どうせついていくなら文句を言う連中の少ないときに乗り込んでしまった方が……。

「おや、珍しいね。キミたちがいるなんて」

 ――遅かったか。

「いつもは出てこない人たちがいると面倒事が起きる前触れにしか見えませんわ」

 まさか二人ともに出くわすとは。いやはや、こいつらどこから湧いて出た?

「あ〜えっと〜……四天王のひとたち〜」

 眼目の声が一瞬消えたところから、名前を覚えてなかったことがうかがえる。

「手を繋いで走るとは、なんとも……クッ、僕だって姫殿の小さなお手てをにぎにぎしながら笑いあって歩きたいのにぃぃぃぃっ!!」

「そうです姫さんを服屋さんや喫茶店に連れまわしてお持ち帰りまでしたいのです」

 欲望だだ漏れか変態どもめ。

 背格好は違うが、変態どもの胸元には、神奈川の生徒会役員であることを示す略章が燦然と輝いている。

 姫さんといい、ほたる、その他四天王ときて、神奈川の運営が本格的に心配になってくるな……。

「なんか、いま残念な視線を向けられた気がしたのは、僕の気のせいかい?」

 こちらに不満気な表情を見せるのは、佐治原銀呼。うちの三年生だ。

 俺が二年、眼目が一年なので、先輩にあたる。

 長身の、ウルフカットの髪に、どこか獣を思わせる切れ目の双眸。そして、口元を覆う長いマフラー。

「これで変態でなければ男も寄ってくるだろうに」

「男なんていらないさ。姫殿だけいればいい!」

「…………そうか。それは失礼した」

 神奈川の全生徒から好かれていると言っても過言ではない姫さんだが、たまに。ごくたまに、姫さんの周辺にいる生徒に限って、振り切っちゃってる生徒がいたりする。

 その生徒たちがこぞって生徒会役員なのだから、怖い怖い。

 だが、やはり変態に関わってはいけなかった。なぜなら、一人釣れるとおまけがつくからだ。

「今日はこのあと姫さんの撮影をする予定がすべてなしになるなんて」

 こっちを見ながら言わないでもらえます? 私、なにも、してない。

 長い髪を三つ編みに結わえた、痩せた体躯の少女。

 陰鬱そうに歪んだ双眸には分厚い隈が浮かび、肌は病人のように白い。

「高度な<世界>をストーキングに使う奴に睨めつけられる筋合いはないな」

「前線に立ちもしないのに姫さんに一目置かれている方に姫さんと一緒に出かけることは許されていません」

「一目置かれているならいいじゃないか。実際は給仕のようだったがな」

「なんて羨ましいことをそれを迷惑だなんて失礼にも程があります」

「うるさいぞ音無柘榴。盗撮行為のために<世界>を使うな」

「あなたこそもっと<世界>を有効活用してください私のようにもっと姫さんのために」

 いや、そこで姫さんのためにはおかしいでしょ? どうみても己の要望のためにって感じなんですけど……

「まあまあ、僕たちがしていることはライフワークなんだからさ」

「黙れゴミ漁り! おまえもおまえだこの変態集団!」

「なんだって!? そういうキミこそ、今日は姫殿と一緒にお出かけしたんだろ! 旅先でかわいい姫殿をたくさん見ておいて、なにを言っているんだ!」

 見てないんですけど! 会議までの時間の半分は厨房にいましたから! 残りも他都市の代表と話してましたから。特に千葉勢!

 なんて言ってやりたいが、言っても聞かないのが四天王。

 黙ってやり過ごすのが一番楽だ。

「やっぱりうるさいね〜自由ちゃんの疲労がたまるのもわかるな〜」

「だったら、助け舟のひとつでも出してくれ」

「ん〜それは無理〜こんなときなんて言えばいいのか〜ずっとずっとわからないんだ〜」

「………………そっか。なら、仕方ないな」

 隣を走る眼目を横目で確認するが、表情は口元をにやけさせたまま変化がない。こいつにも、もう少しいろいろ教えてやれたらいいのに。

「さっさと終わらせて、今日は遊ぶか?」

「……うん〜それがいいかも」

「だな。おい、変態二人! さっさと生徒集めて行こうぜ。時間が惜しくなってきた!」

 後ろに続く彼女らに告げると、

「なんだいその言い草は! というか話聞いてよ!」

「まったくもって勝手な話を次から次に少しはこちらのことを考えてください」

 すっごい形相で速度を上げてきた。

「青生に連絡しておく。もっとも、彼女ならすでに動いていると思うけどね」

 俺と眼目の位置まで追いつくと、一言だけ言い残し、さらに速度を上げて駆けていった。たぶん、姫さんのところに一番乗りして褒めてもらう算段だろう。

 姫さんラブを語るだけの変態ではある。

 千葉と東京も動いていることだろうし、なにも三都市の生徒全員が向かうわけでもない。本当なら俺も神奈川に残りたいくらいだが、そうなると眼目一人での行動になるし……面倒な。

 残るのと行くのなら、後々のことまで考えると、僅差で行った方がマシなレベルだ。

「ちくしょうめ……」

 愚痴を吐きながら、俺は神奈川の生徒が集まりつつある場所へと歩みを進めた。

 

 

 

 船内に乗り込み、アクアライン付近の海域に着くのを生徒たちが静かに待つ。

 俺はどういうわけか四天王に囲まれながら、眼目と共に作戦が組み立っていくのを聞いている。

 なぜこうなっているかを疑問に思わないわけではないが、全員に飲み物を入れているので、いつも通り給仕係と間違われているのだろう。

「で、数はどんなもんなんだ?」

 俺が聞くと、銀呼が答えてくれる。

「ざっと三桁かな? 三都市で当たれば怖い数じゃないと思うけどね。もちろん、僕たち神奈川が一番活躍するさ」

「そうかい。なら俺は傷ついたバカどものために医務室に籠ってようかねぇ」

「自由、いつもとは言わないけど、こんなときくらいは前線に立ったらどうだい?」

「そうねぇ……気が向くか出なきゃならなくなったら、そんとき考えるさ」

 銀呼に飲み物を渡し、話を終える。

 彼女は納得いかなそうだったが、それ以上はなにも言ってこなかった。

「さて、じゃあそろそろ始めないとね」

 反対側では、姫さんが四天王最後の一人、八重垣青生に話しかける。

 船内に残る生徒たちは、その姿を見て甲板へと上がっていく。すでに待機している生徒たちも、この光景を上がっていった生徒たちから聞くだろう。

「さとりたちもいく〜?」

 視界の端にひょっこり現れた眼目が問う。

 外ではすでにやりあっている都市がいるんだろうな。仮にも代表に会ってきた日だ。

「出るか。おまえは好きにしろ。ほとんどの生徒が、おまえを止める術はもたないからな」

「りょうかい〜」

 姫さんとほたる以外はもう上に行ったのか。

「あれ? まだ残ってたの? ほらほら、もうみんな行っちゃったんだから、はやく行こう!」

「ヒメの手を煩わせるな」

「は〜い」

「問題児が迷惑かけなかったら問題児じゃなくなっちゃうだろ」

 各々言いたいことを言い合いながら多くの生徒が待つ前に立つ。

「みゆちんと一緒の場に立つなんて、随分と久し振りだよね」

 生徒全員を前にして、姫さんが小さな声で言う。

「だな」

 俺が短く返すと、それだけでも嬉しそうに笑顔を向けてくる。

「うん。――じゃあ、今日も世界を救おっか」

 千葉の生徒たちがすでに<アンノウン>の相手をし、空中には彼らが撃った弾丸の軌跡が描かれる。

 そんな中、先頭に立つ姫さんはニッと口の端をあげた。

「――我が勇猛なる剣の都市の戦士たちよ!」

 姫さんが叫ぶ。

 後ろに控える生徒たちにも伝わっていたのだろう。彼らがみな、応ずるように声を上げてくれる。

「眼前には数多の敵。我らが背後に道はなく、我らが背を向けた瞬間に、逃げるべき場所は悪逆共に侵される。一歩たりとも退くことは許されない。なんとも劣悪な狂気の戦だ」

 低いトーンで言ったのち、彼女は前を見据える。

「――どうだ、最高に楽しいだろう?」

 その声に、生徒たちが沸き立つ。

「よろしい! ならば海原を侵す者たちに思い知らせろ! 我らの名を! 我らの力を! 我らの――意志をッ!」

 姫さんの口上に応え、生徒たちの声が空気をビリビリと震わせる。

 ああ、やっぱり凄いや。

 眼前に見える<アンノウン>の姿は増える一方なのに、負ける気がしない。彼女の言葉ひとつで、戦況はいくらでも引っくり返せそうな気がしてくる。

 姫さんは満足そうに頷き、隣に控えるほたると共に剣を取る。

 続いて、残る四天王、生徒たちが一斉に武器を構え、思い思いに<アンノウン>へと攻撃を仕掛けていく。

「始まったね〜」

「千葉には遅れを取ったみたいだけどな」

「ふ〜ん? どうでもいいかな〜じゃあ、さとりも行ってくるね〜」

 眼目は一人、アクアラインの方角へと走っていく。

「さとりさん私も行くので待ってくださいそうです行きますからちょっとはやいはやいですから準備がまだあ――」

 柘榴が眼目に話かけたようだが、あいつが気を回すはずもなく、柘榴は眼目と共に空中へと飛び出していった。

「え? ちょっと、二人ともどこに行ってるの!?」

 姫さんが驚きの声を上げるが、すでに彼女らはアクアラインへと飛び移っていた。

 命気操作が上手い眼目なら、あそこまでの跳躍は可能だろうな。剣術についても達人の域にいるのだから、特に不思議ではあるまい。

 それを可能にしているのは、<世界>の副産物である命気によって強化された肉体があってこそだが。

「とりあえずは俺も、前線には立たずとも、後方支援くらいはしてやるか」

 手近にあった出力兵装を持ち出し、多くの生徒に混じって小型の<アンノウン>を屠っていく。

 すると、アクアラインにより近い海岸から、フハハハハ! とか叫ぶ声が聞こえて来る。

「壱弥が来たか。それに戦場に響くこの歌声……東京の次席だな」

 少し離れた位置には、千種妹の姿も見える。

 数は少ないが、強力で巨大な<アンノウン>も、姫さんが消しとばしていく。

「楽勝、かな?」

 このぶんなら、なんとか――って銀呼!?

 同じ神奈川の男子生徒に爪を向ける彼女の姿が広がっていた。

 なんとか周りの女子生徒が止めているが、これはもしかして……。

やはりランキングなんてものがあるから、いつまでたっても本当の協力体制ができあがらないんだよ!

「悪い、ちょっと通してくれ!」

 周りの生徒をかき分け、最前線にいる姫さんのところまでたどり着く。

「おい、姫さん、ほたる! まずいぞ、このままだと――」

「わかっている。丁度聞かされたところだ。フレンドリーファイアだろう?」

 ほたるが先読みして、こちらが言いたいことを当てる。

「そのことなら安心しろ。東京と千葉のアホ共が同士討ちする前に終わらせる算段をつけた」

「ほう? っていうか、千種と壱弥はなにバカなことやってんだよ……仲悪すぎだろ」

「アホ共で伝わるとはな。思った以上にあの場に馴染んでいたんだな」

 そうですね。

 誰かわかる程度には、理解があったわけだ。

「で、終わらせる方法は?」

「ヒメの一撃で一掃する。これから作戦に移るが、ふむ、よさそうだな」

 地上の方では、千葉の生徒たちが車両に乗り込み、付近から急いで離脱していく。

 あ、千種が乗り遅れたらしい……走って逃げ出し始めたぞ。

 東京の生徒たちも周りに捌けてくな。

「行けそうだな。じゃあ、あとは頼むよ。お疲れさん」

「気が早いように思うが、まあいいだろう。ヒメ、いいぞ――ぶちかませ」

「うん……!」

 ほたるの言葉に頷くと、両手で大剣を握った姫さんは、その身に、刀身に、命気を巡らせていく。

 すると刀身にヒビが入り、パキパキと音を立てて分解していく。

 最初にこの光景を見たときは、姫さんの剣が壊れたのかと思ったが、違う。

 バラバラになった刀身が、濃密な命気で繋ぎ留められ、さらに巨大な刃を形作った。

 同時。

 まるで激流のような命気の波が、辺りを通り抜ける。

「――いっくよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 裂帛の気合いとともに、姫さんが剣を薙ぐ。

 剣が通った跡には一匹たりとも<アンノウン>が残ることは許されない必殺の一撃。

 だが、その進路の先には、眼目たちが飛んで行った場所、アクアラインが映る。

「おい! 姫さんストップ!」

「へ? ――あっ」

 いまさら勢いが止まるはずもなく、姫さんからまぬけな声が漏れる。

「まずい!」

「めんどうですが姫さんのためですひとつ仕込んでおいた甲斐がありました」

 瞬間、目の前に柘榴が現れる。

「ナイスタイミング!」

 彼女がすでに差し出していた手を握ると、辺りが一転する。

「あ〜自由ちゃんいいタイミングで登場できたね〜」

「ふざけてる場合じゃないです帰りましょうでは自由さんあとはお任せします」

 横にいた眼目は柘榴と共に、すぐさま姿を消した。

 その下には、一枚のコインが置かれていた。

 そう、視界の先にあるのは、まさにこちらに迫る姫さんの一撃。

 こうして、この日最大の面倒事が、俺の前に姿を表した。

 極大の閃光が、俺に迫る――。

 避けようのない、強大すぎる一撃。あまりに濃密な力の奔流を目の前に、思わず意識が飛びそうになる。

「いやいや、来た直後にこれとは……」

 大層なお出迎えじゃないか。

 これだから力の制御をしきれない奴の一撃は怖い。

 一発一発が必殺だというのに、御する余力は残っているだろうに。

「どうしておまえたちは、俺に後始末をさせるかね……」

 陸地に立つのは俺一人。

 別に、こんな場所が壊れようと俺にとっては大きな打撃には成り得まい。

 だが、ここが壊れると困る人たちもいるのだ。崩れたらいろいろ台無しなんだよ!

 まったく、どうしてこうなったのか……四時間前の俺からすれば、考えられないことだろうに。

 ため息混じりの愚痴が溢れる。

 けどまあ、こんなときのために俺という存在が神奈川に配属されていたりするのだ。

「守ってやるよ、今日この日々を、いつもの日常のためにもなぁ!」

 直後、光の奔流が俺を包み込んだ。



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束ねて繋ぐ世界

みなさん、3話は見れましたか?
個人的にはエンディング後が最高に燃えましたね。あそこまで早くこちらも追いつきたいです。
この作品は、最低でも毎週アニメ放送後に更新しようとしてますんで、時間があったら、アニメ放送後にこの
作品も覗いてもらえたら嬉しいです。
では、どうぞ。


 思えば、自分の<世界>を発現させたのは、いつ以来だろう?

 俺の情報は管理されてはいるけれど、たぶん、三都市含めても内容を知っているのは、それこそチームメイトと生徒会の面々だけなのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、無意識に右手を前に突き出していた。

「押しつけられるのは給仕だけで十分なんだがな……」

 光の奔流が体から溢れ出し、俺を包む。

 眼前にまで迫った姫さんの一撃を感じると、かすかに光が反応を示し、やがて、最強の力に呼応するように膨れ上がる。

 体の全身に回っていた光はいまや右手に集約され、遥か上空にさえ届き得る一本の光の柱のようにさえ思わせた。

「さて――それじゃあ今日も世界を守ろうか!」

 高く、強く輝く光と、姫さんの一撃がアクアライン寸前で激突する!

「っ、これは予想以上だなぁ、おい!」

 最強の少女の必殺は勢いを止めることなく、なお進む。

 こっちは最初から全力だってのに、拮抗はおろか、わずかにでも威力を削げた風にも思えない。

 すべての敵を薙ぎ通しても満足することなく、破壊を続けようとする。

 ただただ強い。

 姫さんの力は強大すぎるゆえに、守るための破壊を要求されることが稀にあるのだ。別に、本人が望んでいるわけでも、<世界>の代償ってわけでもない。有り余る力が絶大なだけに、仕方ないこともある、それだけのことだ。

「だからこそ、うちの首席には象徴でいてもらわないと困るんだよ!」

 姫さんは希望だ。

 姫さんは光だ。

 俺たち神奈川の生徒だけではない。いずれ、この世界すべての平和の象徴にだって、きっとなれる。

「それまでに出る被害は、最小限に留めてやる。俺が、俺たち神奈川の生徒全員で!」

 突如、俺の<世界>である光の柱が霧散する。

 右手に光は残ったものの、姫さんの一撃をかろうじて受け止めていた光の柱は消えた――かに見えた。

「待ってたぞてめえら!」

 俺一人の力なんて知れてる。

 他の誰であれ、姫さんの力には耐えられない。

 たとえば俺の力で姫さんの一撃を止めれないように。

 でも、みんなでなら、どうなると思う?

 必殺の向こう側。

 神奈川の生徒たちが集う側で、ひとつ、またひとつと光が灯っていく。

「やっぱ、俺は一人で立てるタイプの人間じゃないってことだな。いい光景じゃねえか」

 やがて神奈川の生徒のほとんどが、己の体に光を宿し始める。

 銀呼、柘榴、青生。

 珍しいことに、眼目がこちらに手を振っているのが見えた。

 俺は遠いものを鮮明に見れるほどいい目を持っているわけではないんだが、この状態になると、みんながみんな、自分のことを俺に教えてくれる。

 声など聞こえる距離にないはずなのに、多くの生徒たちの歓声が聞こえて来るのは、きっと、繋がっているから。

『姫殿のためなら、僕らはいつでも協力するさ!』

『せっかくの見せ場をつくってあげたのですから頑張ってもらわないと困りますさっさと姫さんのために止めてください』

『あ、あの……私でもお手伝いできるのってこれくらいのことなので、あとはよろしくお願いします!』

 四天王の三人の声が響く。同時、彼女たちの体の内から光が漏れ出す。

 見せ場なんて来てほしくなかったが、こいつらからしたら、姫さんのために働け! って感じなんだろうな。

 嫌になる。

 こんなとき、みんなに素直に礼を言えない俺が、嫌になる。

 俺の<世界>により、強引に繋がっていく俺と神奈川の生徒たち。彼らの応援に応えるだけの力を、いまここで見せることが、せめてもの礼になるのなら――俺はいつだって、光になれる気がするんだ。

 真っ直ぐ見据える視線の先で、ほたるが何事かを呟く。

『さっさと止めてしまえ。おまえならできるだろう?』

 口の動きが、そんなことを言ったように見えた。

 直後、ほたるの体も、光のひとつになり、姫さんの横で、最後の生徒が輝きに満ちた。

 その瞬間、全力を出しても止められなかった姫さんの一撃が、俺の光と拮抗し始める。

 でも、わずかばかり押しとどめたところで、じきに押し切られることは目に見えているのだ。

「まあ、だからこそ、協力してもらってるんだけどなぁ!」

 消えたはずの光の柱が、天より俺に降り注ぐ。

 手にではなく、俺の全身に、包み込むように。それに応えるように、反対側にいる神奈川のみんなの元にある光が一人一人から離れ、俺に集結する。

 集まり、束ね、力と変える。

 一人の限界を、全員を以って覆す! 希望が、信頼の光が消えない限り!

「――いっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」

 神奈川すべての想いを背負い、自ら姫さんの一撃へと突っ込む。

 近くからだろうと、遠くからだろうと変わらない。あとはなにもかも俺次第なのだから。

 柱からの光が降り注ぎ終わり、希望の光そのものとなった拳と、姫さんの一撃が再度衝突する。

 耳にギャリギャリと互いを削り合う不愉快な音が響き、腕には絶大な疲労が溜まる。

 これ以上は振らせないと言うように、俺の体力を一瞬で奪う。

 やめれたらどれだけ楽か……最強と謳われる少女の攻撃を受け止め、消滅させるなど、誰がやりたいものか。他の都市の代表に頼んでも、力一杯拒否られるのが目に見える。

 だから俺だったのかもな……なんせ俺がコールドスリープ中に見てた夢は――いや、違うか。

「俺が俺のためにやってることだ。他の誰のせいでもない。ここに俺がいて、タイミングよく事が進んだだけ……だからそろそろ、止まれ!」

『止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!』

 俺の叫びに重なるように、みんなの声が腕を押し出す。

 これ以上は進めないと思っていた拳が、姫さんの一撃に食い込む。

「これで、どう――だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 裂帛の気合いと共に、力任せに腕を振り切る。

 眼前に迫っていた破滅は、轟音を轟かせ消滅していった……。

「はあ……やっぱり姫さんだけは、みんなを束ねてやっとだよなぁ、ちくしょうめ…………」

 繋がっていた声もすでに聞こえず、普段の俺だけに戻る。

 時間にしてわずか数秒。それがいまの俺の限界。

 体を浮遊感が襲う。

 空中に投げ出された体は言う事を聞かず、重力に逆らわず落ちていく。

「海なだけマシか……これで地面とかだったら即死だったな俺」

 海から上がってこれないと結果的に同じ気がするが、どうにかなるだろ。

「わけがわからない。ちょっとはマシかと思えばこれか」

 近くから声が聞こえる。

 今日聞いた、憎たらしくも真っ直ぐな声。

「仕方なくだ。一度だけおまえの手を取ってやる」

 その声の主が、俺の手を掴む。

 途端、浮遊感が消え、代わりに上に引っ張られる。かかる重力に抗うように、だんだんと。

「まさか助けが来るとは思わなかった。いや、素直に助かったよ、ありがとな」

「ふん……助けたわけじゃない。あまりに情けない姿をしていた無能を拾っただけだ」

「そうか、おまえ素直じゃないだけか。そうかそうか。ハハッ、なんだやっとおまえのこと少しだけわかってきたわ」

「なにを笑っている! 落とすぞ貴様!」

 声を荒げる壱弥だが、どうにもその顔が焦っているように見えてくる。

 実際は、数時間前に見ていた表情となんら変わらないように思うが、俺の意識に変化があっただけかもしれない。

「……アホ娘の攻撃を返せるような奴がいるとは思わなかった」

「ん? ああ、あれね……あれは俺がやれたわけじゃないよ。なんていうか、いろいろ面倒なんだ」

「それでも、おまえがやったことに変わりはない。あの光の輝き……さしずめ、『輝ける者たちへ』――グリッターといったところか。ただの無能かと思っていたが、アホ娘のストッパーでランキングが伸びないのか、おまえ?」

「うるさいよ。言っただろ? ってか、人の<世界>に妙な名前つけないでもらえる!? 痛いんですけどこの野郎! あとな、ランキングとか関係なく、守りたいものだけ守れれば満足なんだよ俺は。ランキングに固執してなにも守れないなら、結局は意味ないだろ」

 その言葉に返事はなかった。

 返事の代わりなのか、地上に降ろされた。

「おまえの考えは俺にはわからん。でも、おまえがただの無能じゃないことだけは覚えておく」

 ぶっきらぼうな言い方だが、どうやらお互いのことをわかりあい始めるきっかけはできたと見える。

「お疲れさん。アホ娘がアクアラインを壊すかと思ったけど、あんたが止めるとはな」

 今度は千種か。

 と言うか、うちの姫さんはアホ娘で呼び方が定着してしまっているらしい。

「おお、そっちこそお疲れさん。まあ、二人のやり合いがなければ俺が出張ることもなかったと思うけどな」

 戦力としては余裕だったんだ。

 故意の事故さえ企まなきゃなんとでもなったでしょ?

「素直に撃たれなかったいっちゃんさんが悪い」

「なんだと!?」

 始まったよ、バカ同士の言い合いが……保護者の方々は早く止めに来てくれ。

 呆れながらやり取りを眺めていると、横で着地音が鳴る。

「次から次に、俺の周りに集まってくるんじゃないよ」

「そうもいかないだろう。ヒメが望んだことだ」

 うちの保護者は甘々だな。

「みゆちん、ごめんなさい! 無理させちゃって、みんなからも……」

「気にするな。おまえの無茶を止めるための俺だ。運良くその場に居合わせればやるだろ。だから謝るな。俺たちのトップが三百位台の人間に頭をさげるのはやめろ」

「でも……」

「いいから、おまえは笑ってろよ。そんで、神奈川の連中に勝利を伝えて、奴らも笑顔にさせてこい」

 それは俺にはできないことだから。

 俺にできることは、もうやったから。

 あとはぜんぶ、おまえたちの仕事だ。

「頼むぞ舞姫。俺はほら、そもそももう限界だし? だから回収……頼むわ…………」

 足元がおぼつかなくなり、視界が暗転する。

 意識も朦朧となり、近くで俺を呼ぶ声も、どこか遠いことのように思える。

「さ、て……今日もせかい……すくったな、ひめ……さん…………」

 最後に見えたのは、三都市の代表全員が集まり、こちらに何事かを叫ぶ姿だった。

 そこまでで、俺は意識を手放した……。

 ああ、やはり前線に立つとロクなことがない。




次回は後日談を踏まえた上で、オリ話を挟んでいこうかと思ってます。
個人的にいっちゃんさんや霞なんかとの絡みも増やしていけたらなと思ってますが、ヒメや眼目との絡みが一番多いんだろうなぁ。
では、感想なんかもらえると嬉しいです。


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騒がしい代表たちと共に

 暗闇に、一筋の光が差し込む。

 体が重く、上半身を起こそうにも起こせない。

 姫さんの一撃を受け止めてから、どうなったんだっけ……途中で倒れて、それから……。

「あ、起きた?」

 目を開くと、逆さまに姫さんの顔が映り込む。

「……どういうことだよこりゃ」

 意識がハッキリとしてくる。

 それにともなって、柔らかい感触が後頭部に押し付けられているのがわかった。

「よく四天王に殺されなかったな、俺。いやいや、さすがにこの状況は言い訳できないだろ」

「なんのこと?」

「姫さんや、なんで膝枕?」

「質問を質問で返された!?」

 いつでも答えが返ってくるわけではないのだよ姫さん。

 特に俺みたいに問題児扱いされてる奴とかはな!

「で、真面目になにがあったらこうなるんだ?」

「みゆちんが倒れっちゃって、でも、求得さんがみゆちんに話があるからってことで」

「今度でよかったんじゃないのか?」

「いつもすぐに起きるから、今日も起きるまで待ってようって話になって」

 ごめんね? と上から向けられる、申し訳なさそうな表情。

 そして、般若と比べても遜色のないほたるの顔……。

「気にしなくていい。どうせ話を聞きたがるものだとわかっていた。それが早いか遅いかの差でしかない」

 姫さんの一撃を凌げば、必ず注目の的になる。

 理解した上で、他都市の連中の前でやってみせたのだ。

「面倒なのはこの状態からまったく体を動かせないことくらいなんだが……」

「うん、そうだよね。みんなは平気なんだけど、やっぱりみゆちん一人の負担が大きすぎるのかな」

「だろうな。元が俺の<世界>だし、単に拡張して繋げてもらってるわけだから、使用者が負担するのは当然のことなんだよ」

 実を言うと、俺の<世界>はよくわかっていない部分が多い。

 俺の理解が足りないのか、理解したところで無駄なのか。そういうところは、もしかしたら姫さんの<世界>と近いものがあるかもしれないな。

「なんだ、起きたのか」

 姫さんと話していると、壱弥が俺に気づく。

「起きたよ。それより、おまえたちも残ってたのか」

「俺だけでいいと言ったんだがな」

 壱弥の視線の先には、千種兄妹と東京次席の姿。

「なんで三都市の代表がこぞって残ってるんだよ……他の連中はどうした?」

「うちは全員先に帰した」

 壱弥が興味なさそうに答える。

「うちも帰ってたっよ。大勢いても邪魔だし」

 千種妹、その発言はどうなの? もしかして千葉はそんなノリで話が通るのか?

「俺も明日葉ちゃんに任せて帰りたかったんだけどな」

「ウケる。お兄が一番残りたがったくせに。神奈川の人が倒れた時、真っ先に助けてたじゃん」

「そんなわけないでしょ。お兄ちゃん一番帰りたかったのよ」

 なんだかんだ、千種は甘いっていうかどこかきつくなりきれないと言うべきか。

 優しさが垣間見える。

「東京といい千葉といい、お人好しだな。捻くれてるけど」

「そうだねー。だからみんな、都市の代表をやってるんだよ!」

 姫さんを見ていても、それはよくわかる。人を惹きつけるだけの魅力がある。

「ヒメと比べれば、天と地ほどの差があるがな」

「ほたる、そりゃ言い過ぎだろ。確かにうちの姫さんは生徒に好かれちゃいるが、あいつらもきっと、自分ちの都市では人気者なんだよ」

 一部好きすぎる連中が神奈川にはいるが、他の都市はどうなんだろうな。

 気になるが、新しい変態には出会いたくないので気にしない。

「それより貴様、そろそろヒメから離れろ」

「姫さんは動けない俺を退かしたい?」

「え? ううん、みゆちん疲れてるでしょ。まだ寝てないと。あれ? ほたるちゃん顔が怖いよ?」

 残念だったな、ほたる。

 姫さんを味方につければおまえは怖くな――ウソです無言で刀に手をかけないで!

「ふん……まあいい。ヒメを止めてくれたことは感謝している。もうしばらくだけ寝ていろ」

 俺だけの力じゃないけどなー。

 って言ってるのに誰も聞いてくれねえし。ほたるも怒ってるのか笑ってるのかわからない顔やめろ。

「それよりさー、お姫ちんと同等って、なにしたの?」

 ほたるを眺めていると、反対側から千種妹が話しかけてくる。

「なにもしてないよ。俺の<世界>は親しい人がいたり、大勢が共通するひとつの目的がないとさほど力出ないし、出しても周り巻き込むだけでムダになるし」

「なにそれ扱いづらそうだし意味わかんない」

「言うな、自覚してる。でもいいんだよ。一人なら一人で戦えるし、みんなでも戦える。もっとも、俺が今回みたいに動くのは極めて異例なんだけどね」

「ふーん……問題児を動かす原動力がお姫ちんってわけか」

 千種妹は一人納得したようで、視線を端末へと向ける。

 もう話は終わったってことでいいんだろう。

 ってか、本人いる前で言うんじゃないよ。余計な気を回すこっちの手間考えろ。

 強すぎる力を持った者は、周りの言動ひとつに気を配る。配らざるをえなくなる。だから、その負担を受け持つのが俺。それでいい。

「なんだかんだ言ってても、俺も神奈川の生徒ってことか」

「そうだよ。みゆちんは、神奈川の仲間だよ!」

 上を向けば、姫さんの笑顔。

 あいつとは違う、優しさと純粋さの混じった、素直な笑顔。

 ふと、脳裏に黒髪の少女の姿が浮かぶ。

「それよりも、あのときよく間に合ったよね」

 その姿も、姫さんの疑問により消える。

「ああ、移動は柘榴がしてくれたからな。あいつの<世界>は本当にいい仕事するわ」

「そっか、だから間に合ったんだね」

「だな。もっとも、眼目がいなかったら仕込みも済んでなかったと思うけど」

 柘榴の<世界>は、特定条件下への瞬間移動。

 条件下と言っても、ある特殊なコインを配置したポイントへの移動だ。姫さんの一撃がアクアラインに達する瞬間に、足元にコインがあったのを覚えている。

 まさかの事態を想定して眼目に連れて行ってもらったのだ。

「まるで、知っていたかのような動きだったな……眼目の先見性の高さがものを言ったか。行動は幼稚なくせに、やっぱ侮れない」

 にしても、みんな自由にしてやがる……。

 壱弥と千種はいつまでも言い合いが終わらなし。むしろ延々やってろってレベル。

 東京の次席は壱弥を止めようとしているものの機能してないに等しい。

 千種妹は横で端末いじってるだろ?

「これ、いつになったら帰れるんだよ……」

「そのうち帰れるよ」

 姫さんが頭を撫でてくれるが、それは慰めかい? だとしたら俺どんだけ哀れに思われたんだか……。

「おお、いたいた。おまえたちだけ残ったのか? ったく、全員送ってくのは手間なんだがなぁ」

 管理局の――求得さんだったか。

「あれだけの人数を一箇所に留めるのもムダだと判断したまでです」

 ほたるの答えに、頭を掻きながら納得を見せる。

「まあいいか。それより、天羽自由。おまえさん、とんでもない奴が神奈川に隠れてたもんだな」

「話ってのはそれですか。強い奴なら今日も神奈川に引きこもってますんで、そっちにどうぞ。どうか俺に面倒事を持ってくるのはやめてくださいな」

「そう言うな。舞姫の力を抑えるのはほぼ無理だ。今日も、あと少しでアクアラインが壊されるところだったぞ」

 頭の上から、『うぅ……』なんて聞こえてくる。反省してるし、壊れなかったからいいじゃないですか。

 口に出そうものなら怒られそうだな。

「結局はなにが言いたいんですか?」

 言わせたくもないし、聞きたくもないが、どうせ最後は知ることになるのだろう。

 人間、諦めも肝心だ。

「今後はおまえも会議に顔を出せ。合同作戦があったらそのときもだ。舞姫の抑止力ってのはな、おまえが思っている以上に貴重だ。なにより、いざってときに多少の無茶が効くようになる」

 いい笑顔で言ってくれるが、それ反転して俺の仕事が増えて疲労がたまるって言ってますよねー……。

「ちなみに、俺の意見が通る可能性は」

「ないな。こちらからの要請だけど、おまえたちはきっと自分から来てくれるよな?」

 いつか、こんなことになるんじゃないかとは思っていた。

 自分の中にあった疑問が、ひとつ解ける。

 本来楽しいことには首を突っ込まずにはいられない眼目が他の生徒と帰ったことが、どうしても腑に落ちなかったんだ。

「さすがの先見性だ。残ってれば自分もこうなるってわかってたからか」

 六つの視線が俺を見る。

 各都市の代表たちが、気だるげに、どうでもよさそうに、当然だと言わんばかりに。そして、嬉しそうに。

 にまにまと、声が聞こえてきそうなほどに緩んだ笑みが視界いっぱいに映り込む。

「うちで姫さんに敵う生徒がいるかよ……わかった、出て来ればいいんだろ、出て来れば」

「やったー! ほたるちゃん、みゆちんがやっとだよ!」

「ああ。いつも後始末を任せてばかりだったからな。少しは表舞台に出て来るべきだ」

 お、おう……ほたるが厳しい口調じゃないとつい身構えそうになるわ。

「いいんじゃないの? 天河が止まるならこっちも楽だし」

「ヒメをバカにするなゴミが」

「だってさ、クズゴミさん」

「誰がだ、千葉カスくん。おまえのことだろう。アホ娘の保護者が一人増えただけだろ」

「要約しますと、よろしくお願いしますと」

 全員一斉に話すなよ、聞き取れん……。

「いつもこうなのか?」

「うん、みんな仲良いよね!」

「……仲良い、ねぇ」

 目の前で繰り広げられる論争がそう見えるには、あとどれだけの時間をこいつらと過ごせばいいのやら。

「あと、会議には出るけど前線には立たないからな」

「みゆちん! 力があるんだから、そこから逃げちゃダメだよ!」

「抑止力なんだろ? だったら、そのときがくるまで力を蓄えておかないとな」

 上から文句が聞こえるが、これ以上は無視しておこう。

 どこもかしこも、騒がしい。

「あれ? みゆちん、いま笑った?」

「さあな」

 いつかきっと、この光景が日常になる日が来るのなら。

 そんな世界が来るまでは、頑張れるかもしれない。

「でも、俺はいつでも後方にいるけどな」

 このときは、もしかしたらと思っていたんだ。再び歩み始められると、信じ始めていたのかもしれない。

 俺が鳴らしていた警鐘は、いつの間にか鳴り止んでいた。

 無意識に抑え込んでしまったのか、意識的に止めたのか。

 あとになって気づくこともあると、俺はまだ知らなかったんだ。




クオリディア・コードの作品数も増えてきましたね。このまま勢いが出るといいのですが。
長く続けば、他の作品の主人公たちが同時に会ったりとかも楽しそうですね。

という話は置いておいて、次回からはオリ話になります……なるんですたぶん。
神奈川にこもるか三都市合同になるかは微妙なところですかね。
では、また次回で!


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祝勝会

一度だけランキングに乗りましたよ、驚きです。
慢心ダメ絶対ですが、励みにしつつ続けていきたいですね。


 あれやこれやといううちに話は進み、次回以降は毎回会議への出席が決まった俺は、姫さんとほたると共に、神奈川へと帰ってきていた。

「とんだ一日だった……」

「そう?」

 姫さんはなにやら嬉しそうにしているが、こちとら嬉しいことなどひとつもない。

 はずなんだがな。

「なにをニヤけているんだ、ヒメの前で気持ち悪い顔を見せるな」

 どうやら、いまの俺はたまに笑っているらしい。

 実感ないのがなんともまた……。

「悪かったな。笑ってるのか笑ってないのか、自分じゃ判断つけられないんだよ」

「適当な言い訳を考えるくらいなら黙っておけ」

 厳しすぎだろ……。

 アクアラインで垣間見せた優しさはどこにいったのさ。

 などと思っていると、前方から駆けてくる影が三つ。

 近づいてくると、やっと誰なのかわかった。

「やあ、姫殿。遅くまで大変だったね。言われた通り、準備をしておいたよ」

「みんな待ってますのであとは姫さんの登場を待つばかりですそれより自由さんになにかされませんでしたか?」

 銀呼と柘榴が姫さんに駆け寄り、目にも留まらぬ速さで匂いを嗅ぎ、写真を撮っていく。

 うん、もはや否定のしようがない変態だ。

「みなさん、それくらいにして戻ってください。生徒会が全員いないのでは、止める人がいないのと同義なんですから」

 少し遅れて、青生がやってくる。

 待ってるだの準備だの、俺が意識を失っている間になにかをしていたらしい。

「どっちにしろ、やることがあるなら行ったらどうだ?」

「うん、もちろん!」

 姫さんは他二人から解放されると、四天王に囲まれながら、彼女たちが来た道を行く。

 俺はその背中を見送りながら、自分の部屋へ戻ろうと足を向けた。

 直後、腕を引っ張られ、そのあまりの力に姿勢を崩す。

「っと……ッ!?」

「みーゆーちーん! なんで帰ろうとするの!」

 顔を上げると、眉を吊り上げた姫さんのふくれ顔。

 膨らませた頰を突きたい衝動に駆られるが、そんなことをしようものならこの場で指が落ちる気がしたのでやめておいた。

 いや、そんなことよりも、だ。

「帰ろうとするだろ、普通!」

「これからすること忘れたの!?」

「いや、んな驚かれても、なにか準備してるのはわかったけど、なにするか聞いてないし」

 姫さんの頭の上に、?マークが浮かんだのが見えた。

「そっか、みゆちん寝てたから……」

「理解してもらえて助かる」

「じゃ、じゃあ改めて。祝勝会やるから、みゆちんも参加してね!」

 ああ、そういうことか。

 俺はやっと、なんの準備がなされていたかを知った。

 神奈川では、大きい戦のあとは毎回行われるものだが、今回もなのか。俺はほとんど参加せずに部屋に戻ってたからなぁ……。

「今回も不参加ってわけにはいかないの?」

「貴様がよくても、他の生徒がな。仮にもヒメの一撃を凌いでみせた者を、みな讃えたいのだろう。いつもいつも、力だけ見せつけて前線に出ない、祝勝会にも不参加でいれるはずがなかろう」

 ほたるが他の生徒たちのことも考えろ、と言っているのはわかる。

 確かに、頼ってるわりに、これまで関係という面ではほとんど考慮したことがなかったから。

「ヒメが来て欲しいと言っているんだ。喜んでついて来い」

「姫殿直々の招待……自由、なぜキミばかり…………」

「これだから自由さんは怖いのですしかも1日中姫さんといちゃいちゃと……」

 キミら、俺に対してあまりに酷いよ?

 慣れてるからいいけどさ。

「わかった、今日は出るよ」

「やったー! じゃあすぐに行こう!」

 姫さんに引きづられながら、俺は荷物扱いをされるかのように会場へと連行された。

 ああ、平穏が遠い……。

 

 

 

「――諸君! 諸君等の奮闘により、今日もまたこの国は護られた! 諸君等はこの国の誇りであり、誉だ! 明日また戦う力を蓄えるため――いまはただ、勝利の美酒に酔いしれるがいいッ!」

『おおおおおおおおおおッ!』

 姫さんが『カンパーイ!』と声を上げ、手にしたグラスを勢いよく掲げると、生徒たちが地を震わす大音声を響かせた。

 三都市合同での防衛戦も終わり、連行されてきた神奈川内の大ホールでは、学園の生徒たちが集まり、祝勝会を催している。

「毎回こんなどんちゃん騒ぎだったとはな……」

 次にいつ<アンノウン>が攻めてくるのかわからないのに、呑気なものだ。

 そう思う者も、中にはいるだろう。

 むろん警戒は怠っていないが、騒げるときは騒いでおくのも、この歪な都市生活を続ける秘訣。実際、この催しで管理局から注意を受けたことはないらしい。

「あ〜自由ちゃん発見〜」

 手にしたジュースを口にしながら、眼目が近づいてくる。

「おう、このやろう。一人で管理局の目につくのが嫌で逃げやがったな?」

「嫌だな〜さとりは神奈川の代表じゃないから仕方なく自由ちゃんを置いて帰るしかなかったんだよ〜」

 白々しいな……。

 表情からはなにも読み取れないし、通常モードのこいつの目からは、さらに読み取れる情報が少ない。

「おまえももう少し目に見える可愛げがあればなぁ」

「そんなのいらないよ〜」

 あってくれると俺はわかりやすくなるから楽なんだけど。なんて、言ってもわからないだろうな。

 眼目にも個人的な問題がある。

 いつかは人の気持ちにも敏感になる日が来るのだろうか?

「とりあえずは、他人と触れていってもらわないとな」

「ん〜自由ちゃん、なにか言った〜」

「さてね。ほれ、食いもんもあるんだろ? せっかくなら食っておこう」

「じゃあ料理探し〜」

 給仕に回ることがないのは久々だな。

「自由ちゃんの作るものもおいしいよ〜」

「いや、作れないのが悔しいわけじゃないよ。でも、ありがとな」

「相変わらず人の心はわからないな〜」

 まん丸い目をこちらに向け、観察するように見入る。

「どれだけ近づいて見ても、見えるのは俺の顔だけだと思うぞ」

「うん〜さとりの目を持ってしても自由ちゃんのことだけは見えないかな〜」

「そいつは悲しいな」

 果たして眼目に他の生徒に関してはどう見えているのか。

 訊いてみたい気もしたが、結局口が開くことはなかった。

 代わりに、もう一人のチームメイトのことを訊いた。

「なあ、因幡はどうしてる?」

「月夜ちゃんなら〜寮母ちゃんと夕食を食べてる時間じゃないかな〜」

「そっか。そういや、二人は寮生だったな。まあ、うちは問題児ってレッテルを生徒会から貼られてるみたいだし、よほどのことがない限り引っ張り出すのは無理か」

 俺はもう出るしかなくなったがな……。

「さて! それじゃあ今日一番の立役者! 天羽自由ことみゆちんに一言貰おっか!」

 突如辺りが暗くなり、スポットライトが俺に当てられる。

 気がつくと、横には姫さんが迫っていた。

「くっ……あと少し反応が早ければ」

 ライトが当たる瞬間に飛びのいてやったのに。連れ戻される可能性は百パーだがな……はあ…………。

「自由ちゃんがんばれ〜」

 器用に照明の当たる範囲から逃れていた眼目は、手を振りながらこちらを見ていた。

 すぐそこにいるのに、明かりで境界線が引かれているためか、やけに遠くに感じる。

「じゃあみゆちん! どうぞ!」

 どうぞじゃないでしょ? え? なに言えばいいのこんなとき……。

「ほらほら、言っていいんだよ!」

「いや、話すことなんか決まってないし」

「ならいま考えて!」

 ったく、面倒事を背負って持ってくる役目でも与えられてるのかって疑いたくなる。

「……あーっと、今日はありがとう。一人じゃ姫さんは止めれなかったし、力を貸してくれたこと、感謝してる」

 周りからは、『よくやった』だの『気にするな』なんて声が響く。

「アクアラインを守れたのも、みんながいてこそだと思ってる。これからも、いざってときは頼るから、そのときが来たらよろしく」

「ってことで、みゆちんからでした! 私からも、ありがとう! みゆちんとみんなのおかげで余計な被害が出ないで済んだよ! じゃあ改めて、カンパーイ!」

『カンパーイ!!』

 姫さんの二度目の音頭。

 隣に姫さんがいたので、合わせてグラスを掲げておく。

 生徒たちがばか騒ぎをする中、四天王も思い思いに楽しそうに過ごしていた。

 側で料理を持ち、談笑するほたる。

 その近くで、他の生徒たちと共に飲み物を配る青生。

 さらに後方から、カメラを姫さんへと向ける変態。

 ほたるとは反対方向から姫に忍び寄る変態。

「変態多すぎるだろ……青生も姫さんの服のボタンのひとつに盗聴器しかけてるしなぁ」

 深く関わりたくない連中であることは間違いない。

 前に一度捕まったときは、姫さんのことを何時間も聞かされたものだ。

「あれ? 飲み物切れちゃった?」

 姫さんが困った顔をして、こちらを見た気がした。

「そういえば、果物がたくさん余っていたな」

 次いで、ほたるが明確にこちらを見た。

 ははーん、わかってしまったぞ。

「やっぱ、俺は中にこもってるべきなんだよなぁ」

 一人納得し、勝手に厨房へと歩みを進める。

 今日もまた、給仕係の役目を全うするために――。



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合宿です

今回からオリ話に入っていきます。
できれば数話で終えて、次に行きたいですね。
水着回が来ると思っていた皆さん、水着回はあるから安心せよ(今回はないよ)。
では、どうぞ。


 知らぬ間に、各都市から一目置かれるようになってしまった翌日。

 暮らしている部屋が建物の最上階ということもあり、屋上にはすぐ行ける位置にいる俺は、暇があるとそこで空を眺めている。

「青空を見てると、なんかぜんぶがどうでもよくなってくなぁ……」

 ふあぁ、と欠伸が漏れる。

「こんな日は寝て転がって寝るに尽きる」

 他に誰もいない屋上は、最も安らかで穏やかな場所だ。守りたい、この屋上。

 浮く雲は緩やかに流れていき、ときおり顔に影を作る。

 その影の中に、小さな白い塊が映った。

「ん? 雨……じゃないよな」

 しばらく眺めていると、白い塊がこちらへと猛スピードで落下してきた!?

「んなアホか!」

 反射的に寝ていた場所から飛び起きると、直後。

 轟音と共に、これまで寝転がっていた場所に白いなにかは衝突した。

「……」

 声が出なかった。

 硬いコンクリの床にそれがぶつかる寸前、かすかに見えたのだ。

 白いなにかに、手足が生えているのを――。

「なあ、おい……これが夢ならそうと言ってくれないか?」

 落ちてきたなにか――いや、誰かに向け、そう言葉をかける。すると、誰かは白い外套を翻し、高らかに声を発しながら立ち上がった。

「……、さあみゆちん! 合宿に行こう!」

 誰かなど、声を聞くまでもなかった。

 うちの都市で空中から落下して俺の元に来ようなんてばかたれは、一人しかいない。

 ふたつに括られた色素の薄い髪。白い肌。

 変わらず俺に向けられる、強い意志の宿った双眸。

「とりあえず、こちらから言いたいことはひとつだ」

「うん、なに?」

「即刻帰れ」

「ひどい!?」

 天河舞姫――姫さんにそう告げた俺は、彼女が激突した箇所を避け、屋上から建物の中へ続く扉を開け、自室へと進む。

「あ、みゆちん!? 無視はひどいよ!」

 後ろから追ってきているみたいだが、無視はしていない。

 話を聞きたくないだけだ。

「みーゆーちーんー!」

 早足に歩みを進めていると、途端に、どれだけ足を動かしても進まなくなった。

 当然だ。

 姫さんに抱えられ、上に持ち上げられているのだから……。

 え? なにこれなんの罰ゲーム?

「オーケー、取引だ姫さん。話を聞くから、とりあえず降ろせ」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。話は聞いてやる」

 確認を取ると、彼女はすぐに降ろしてくれた。

 よし、これで自由だ!

「じゃあ、話は今度聞くからな!」

「ええ!? 話聞いてくれるんじゃないの!?」

「フハハハハッ! 話は聞くと言ったが、いま聞くとは言ってない!」

「すっごい子供だ!」

 その通り、なんとでも言え。

 人の操り人形になるつもりはないし、なにより合宿とか面倒な行事はこれまでなかった。

 つまり、突拍子もないイベントか、管理局からの面倒事絡みである可能性が高い。

「そんなものに巻き込まれてたまるか!」

「ダーメッ! みゆちんも神奈川の生徒として選ばれているんだから、その責務を果たさないと!」

「……」

「いい、みゆちん。力には責任が伴うし、パワーには責任が伴うんだよ!」

「…………」

「つまり、力とは責任で、責任とはパワー! よって力こそパワー!」

「………………責任どこいったんだよ! あと姫さんは平然と追いついてくるな!」

 こっちが全力で走っているときに責任の消えた力の話をするし、簡単に並走するし!

「おまえは本当になんなの……」

「ねえみゆちん、お話聞いてくれるよね?」

 真っ直ぐにこちらを見る瞳。

 もう一度裏切られることを、まるで疑っていない。

「いつもいつも、俺が全部聞き取るなんて思うなよ」

「でも、みゆちん、最後はいつだって聞いてくれるよね」

「――……行くか行かないかは、話聞いてからだからな。そこだけはわかっとけよ」

「うん!」

 走るのをやめ、姫さんの前に立つ。

 面倒事はいつも、自ら俺に飛んでくる。昔からそうだ。小さいころから必ず、俺の元に。

「みゆちん?」

「ああ、いや。なんでもない。で、話ってのは?」

「愛離さんから内容が届いていると思うよ。ほら、お手紙! 電話のやつ!」

 メールか。

「わかった。確認しだい連絡する。相手はほたるにでいいか?」

「うん、伝えておくね」

 まさか、それを言うためだけにここまで来たのか。

「あ、連絡できなくても、当日来てくれればいいからね!」

 チッ、こっちの動きまで予想してやがる。これはほたるか青生辺りの入れ知恵だな。

「まあいい、了解ですよ」

「朱雀くんや明日葉ちゃんが一度ゆっくり話してみたいって話してたよ」

「千種が文句言ってきそうな面子だな。とりあえずはわかったから、当日を待つべし」

「はーい。じゃあまたね!」

 手を振りながら去っていく姫さん。

 なんでもいいが、この程度の用事ならメールでも送ってくればいいだろうに。もしくは呼び出せばいい。

「昼寝の邪魔をした罪は重いぞ、と言いたいところだけどまあ姫さんじゃ仕方ないか」

 彼女の動きは予測できん。

 ほたるでなければ、作戦行動中以外の彼女の考えを細かに理解はできないのではないだろうか?

 変態どもなら可能か? うん、どうでもよかったな。

 屋上は姫さんの着陸により当分は使えまい。一部床抜けたんじゃないの? ってくらいには壊れたからな。

「はあ……」

 俺の平穏が次々に破壊されていく……。

 仕方なしにメール内容に目を通すが、なんでも、アクアライン近海の海に<アンノウン>の死骸が浮かんでいたらしい。それがひとつではなく、何十と。

 なので原因解明も含めて調査をしてほしいとのことだった。

 その程度のことで代表を集めるかと問いたいところだ。

 読み終えたところで、手の中にある端末が震える。

「追伸?」

 愛離さんからのメールだ。どうやらまだ、話には続きがあったらしい。

「死骸には必ず共通する傷口があり、その傷は、まるで指で切り裂き貫いたかのようなものであった、だと……?」

 無意識に、奥歯が鳴る。

 確証はない。けれど、このやり口はもしかしたら。

「よくないな……もしあいつが絡んでいるとしたら、姫さんたちだけで行かせるのは非常によくない」

 だが、俺も会えばどうなるか――決まったわけじゃない。むしろ、いない方が普通なのだ。

 あの女にはもう出会わない。

 それが本来あるべき未来のはず。

「どうするべきかなんて、決まっているはずなんだがねぇ」

 いつになく、やる気が起きない。けれど、意識はすでに奴に向いている。

「出会わないことだけを祈ってやるか」

 端末に、とある番号を打ち込んでいく。

『ヒメに会ってから、随分と早い連絡だな』

「ほたるか。自分でも驚いてるよ、いろいろとな」

『連絡が来たということは、来るってことでいいんだな』

「構わない。んなことより、姫さんに登場の仕方くらい教えておけ。空から追突でもされたら俺は死ぬ」

『安心しろ、ヒメも考えての行動だろう。あの子に間違いなどほとんどない』

 そのほとんどが今回のようにも見えるんですけどね。

 この会話でわかったの、あなたじゃヒメを止める要因になり得ないってことだけなんですが、俺は今後もお空から降ってくる姫さんに怯えながら過ごせと?

「今後、屋上での昼寝は控えようかな……」

『そうしておけ。ちなみに、生徒会室に来れば安らかな眠りにつけるぞ』

「永眠する気はねえよ。怖い勧誘やめろ」

『そうか。とりあえず参加の有無は確認した。予定では明日から調査という名目の合宿が始まるから、荷物の準備だけしておけ』

「了解だ。じゃあまた明日」

『ああ。寝過ごすなよ』

 よし、これで行くのは決まったが、参ったね。

 またも因幡と話すことはできなさそうだ。怒らすと一番怖いのってあいつなんだよなぁ……眼目に任せるか。

 どこもかしこも不安要素しかないな。

「それでも、もしあいつがちょっとでも絡んでいる可能性があるのなら」

 それはきっと、俺が解決するべきなんだ。

 誰に頼るでもない。誰かを犠牲にするわけにもいかない。立ち向かうのは、俺一人でいい。

「だから、どうか誰も会わないでくれ」

 静けさの増す周囲にわずかな不安を抱きながら、俺は瞳を閉じた。

 見たくない未来を、否定するように。

 

 

 

 静かだ。車両の揺れる音だけが耳に届く。

 車両の中はほとんど無人で、いるとすれば、俺と姫さん、ほたるの三人だけだ。

「よく遅れずに来れたな」

「だなぁ。奇跡に近い」

 姫さんはさっき飯食ってから寝たきりだ。

 ほたるは甲斐甲斐しく世話をしてやっていたが、マジ保護者だな、ありゃ。

「で、なぜ今回はあっさり出てきた?」

「はい?」

「貴様がそう簡単に前線に立たないのはいつものことだが、調査に限ってはさらに珍しいことではないか」

 ほたるの言っていることはもっともであり、確かに俺は<アンノウン>絡みの調査を受け持つことは滅多にない。それこそ、姫さんの一撃を受け止めた回数より少ないだろう。

 やだ、俺死にかけてる回数の方が調査より多いとかどんだけだよ……擦りでもしてたらいまごろこの世にいないんじゃないの? そう思うと、これまでよく生き残ってきたと自分を褒めてやりたくなるから困る。

 っと、ふざけてる場合じゃないな。いや、よく生き残ってるなぁとは真面目に思うけど。

「これでも、三都市の会議に出席する身になっちまってるからな。こういうときもすすんでやらないとと思っただけさ」

「……本当は?」

 ごまかすな、と目の前に座る少女の目が語ってくる。

「まるで信じてないのが泣けてくるよ。そりゃ、あれだ。ちょいと気になるんでな」

 これは本心だ。気になる奴がいる、だがな。

 それ以上は話せない。話す気はないという意思を向けると、首を横に振り、仕方ないと呟いた。

 なので、この話は終わり。

 代わりに、ひとつの疑問に思っていることを訊いた。

「なあ、ほたる。ひとついいか?」

「なんだ?」

「”手刀”と呼ばれる人に心当たりとかないか? これまでの会議で名前が上がってたりはしないかな」

「ないな。その名がどうかしたのか?」

「いや、ないならいい。なければないほど、俺がスッキリする」

 三都市の間で問題が起きた傾向はない。となると、本当に絡んでいるとすれば、なぜこのタイミングなんだ……?

 わけがわからん。

「貴様にどんな思惑があってのことかは知れないが、無茶をしてヒメを巻き込むなよ」

「無茶する前提の話はしたくないかな……」

 なにしろ、もしも俺の間違いがなければ、今回<アンノウン>を潰して回った人物は、<アンノウン>となんら変わらない力を持つ<世界>を見ているのだから――。




最後に、いつも誤字報告をしてくれる方がいらっしゃいます。
本当にありがとうございます。
読みづらい文章になることも多くあると思いますが、改善できるようにしていきますので、続きを楽しみにしていてください。


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メンバー集合です

 集合場所がアクアラインってのもなぁ……姫さんに壊させとけば、もしかして合宿とかなかったんじゃないの?

 そんなことを思うのはよくないとわかってはいるのだが、来たくなかったと思うのだからしょうがない。

 なぜなら、

「おまえら自分の荷物くらい自分で持てよ」

 俺一人で神奈川メンバーの荷物すべてを運んでいるからだ。

「命気操作すれば余裕だろう。貴様は普段からたるんでいるから、いい機会だ」

「誤解だ……」

 前線には立たないが特訓はしている。

 してなければ、姫さんの一撃を受け止めた瞬間に踏ん張りが効かずに吹っ飛ばされている。

「まあまあ、ほたるちゃん。みゆちんは優しいから、そんなこと言わなくても持ってくれたと思うよ?」

 姫さん、純粋なあなたに言われると断りづらいだろ。

 持つのは確定していたらしいので、もうこのあたりで運命に抗うのはやめておこう。

「で、例のごとく三都市でメンバーを選出できるはずなのに、こうなると……」

 集まったメンバーを見ていくと、三都市が三都市とも代表じゃねえか。

 なんなの、代表しか来れないって書いてありましたっけ?

「まぁた万年四位さんと一緒かよ」

「ふん、二百七位ごときが俺を呼ぶな」

「別におまえの名前は呼んでないだろ。あと、前回の戦闘の影響で二百十三位だ」

「まだ落ちるのか……いい加減、真面目になったらどうだ」

 目の前ではお決まりの光景。

 会えば言い合いが始まるのだから、仲がいいのか悪いのか。

 そう疑問に思うのは何度目だろう。出会って間もないのに、不思議な感じだ。もっと、ずっと前からこの光景を知ってるようにさえ感じる。

「……気のせいか」

 そんなはずはないのだ。

 俺が彼らと初めて出会ったのが三日前。だから、なにもかも、ぜんぶ気のせいだ。

「またアホ二人の醜い争いか。いつもいつも、飽きないものだな」

「まったくだな。もっとも、ほたるの姫さん好きもよく飽きないものだと思うけどな」

「一緒にするな。あの程度の連中と同レベルとされると、姫に申し訳ない」

 そうっすか、姫さんへの愛情表現は彼らの言い合いとはレベルが違うと……なに、どういう意味だこれ。

「でも、二人とも仲いいよねぇ」

「いいわけないだろ」

「天河たちの愛され関係と一緒にしないでくれる……いや、本当に日頃の行いを疑わないといけなくなるから」

 わかる。わかるぞ千種。一緒にされたくないよな。

 なんて頷きたいけど、すまん。おまえら全員同じだと思うの。

「なんだ、その目は。三百五十六位、おまえも俺がこいつら無能と同じレベルだと言いたいのか?」

 いっちゃんさん絡んでくるなよ……。

「万年四位さんは上三人がいるから天河たちとはレベル違うだろ」

「なんだと! おい千葉カスくん、いまのはどういう意味だ?」

「どういうって、理解できないんですか、万年四位さんは」

 はあ、とため息もおまけで吐く千種は悪意の塊かよ。こいつらのやりとりは心臓に悪い。一歩間違えればやり合う展開もあるだろうに、よくやるな。

「ここまで言い合える仲だと、逆に感心するな」

「お兄もなんだかんだで楽しんでるからね」

 千種妹は端末に目を向けながら話しかけてくる。

「なんだ、嫌悪感から言葉が出てるわけじゃないのか」

「うん、お兄はね、理解されにくいけど、悪意だけで動いたりはしないよ」

「そっか。千種妹は兄さんのことよく理解してるんだな。さしずめ、唯一の理解者ってところか」

 俺にはまだまだ、彼らをわかることはできない。

 これから知っていけばいい? 知るのと理解するのは似て非なるものだ。自分で理解した気になっていたことが、もっとも怖い。

「お兄の理解者なら、あんたもなってくれるでしょ?」

 逆に、こういうあり方はずるいと思う。

 苦手だ。

 だけど、だけど――。

「あいつ自身がそう思うなら、否定はしねえよ」

 たぶん、きっと悪い気はしないのだろう。

 本物を欲する人間もいる。偽物を見ないふりして進む者もいる。

 あいつも素直になれば、きっと変われたんだろう。プライドもなにもかも、かなぐり捨てれば――。

「無駄なこと、か」

「ん?」

「いいや、なんでもない。ただちょっと、昔友達になれたはずのやつのことを思い出してさ」

「ふ〜ん? その人がどうかしたの?」

 どうかした。

 いや、どうかしてしまったのだ。

「気づいた頃には遅いこともあるんだよなぁ。なんていうかさ、ほら……」

「いや、特に興味はなかったからいけど」

 お、おう……確かに俺に興味は持たないだろうな。

「地味に傷つくわ」

「そうは見えないんだけど」

「見せないんだよ、覚えとけ」

「覚えない。余計なものはお兄が覚える役目だし」

 兄ちゃん大変だな、おい。同情するぞ。

 しかし、あいつらの言い合いはまだ終わらんのか……前回も長かったし、仕方ないか。

「誰も止めようとしないんだもんな」

「あれは必要なやりとりだから」

「不愉快な者同士をぶつけておけば、いずれどちらかは潰れるだろ」

 千種妹、ほたる……おまえら怖いわ。

「ときに三百五十六位」

 お、こっちに話飛んできたよ。

「訂正しろ、三百八十四位だ」

「おまえもだいぶ落ちたな……」

 ほたるが変動後のランキングを伝えると、壱弥は『哀れな……』と呟いた。しかし、俺もひとつ言わせて欲しい。

「なあ、俺も順位落ちてんの?」

「当然だろう。前線に来たはいいが、あのとき一匹でも倒したか?」

 ほたるの質問に、三日前の記憶を呼び起こすが、思い返せば後方支援と姫さんの一撃を凌いだことくらいしかしてないな。

「そりゃ落ちるわ」

「常に前線に出ろ。おまえほどの奴なら、すぐに上がるだろ」

「別にランキングそのものに興味はないよ」

「わかっている。だが、おまえには力がある。ならば前に出ろ。それが最低限、いまのおまえがやるべきことだ、天羽」

 ……名前、覚えてるのかよ。

 にしても、また責任云々の話になりそうだな。

「前に出るのは嫌いなんだけど……いや、言いたいことはわかる。でもな、出始める時期ってのもある」

「なんだそれは」

「さあねぇ。いま言えることは、おまえが割と仲間を大事にしてるってことくらいかな」

「――ッ!?」

 こんなんで動揺するのか。

 口は悪いが、中身はいい奴すぎるな。

 周りの反応を見ると、頷いているのが二人。興味なしが一人。きもいと言ってるのが二人。

「それで、ここらへんを調査すればいいのかな?」

 東京の次席――宇多良カナリアが笑顔を浮かべながら全員に問う。

 そういえば、今回は管理局の方から人が来てないようだが、どこかで見物でもしているのか?

「今回は管理局側からは誰もこない。申し訳ないが、私たちだけでやってくれとのことだ」

 俺の疑問を読み取ったのか、ほたるが教えてくれた。

「とりあえず、みんなで海に潜ってバァーって捜査して、ズバーンって解決しちゃおう!」

「いや、天河の言ってることさっぱり理解できないんですけど」

 姫さんの発言に、すぐさま千種が難色を示す。

「まずは宿だろ」

 なので代わりに提案をすると、離れた位置に、これまでなかったはずの旅館らしき建物が建てられていた。

「え? なにあれ」

「今回のために建てられた宿だ。ちなみに、調査が終わり次第崩され、他の機会にリサイクルされるだろうな」

 たかが数日のために建てるか普通……。

「工科の生徒たちにもだいぶ力を貸して貰っているからな。今度、差し入れでも持って行ってやるか」

「向こうも大変だな。でも、四天王総出で行ってやったら喜ぶんじゃないか」

 ほたるの意見には賛成だ。

 なにしろ、俺が行かなくて済むことがいい。

「と、とにかく、みんなで頑張っていこう!」

 カナリアが拳を突き出すが、姫さん以外誰も続こうとはしない。

 なるほど、チームワークは思った以上に悪いようだ。

「まあ、なんだ。当初の目的さえ忘れなければいいだろ」

 内心ではメンバー的に致命的なミスをしている気もするが、もうどうにかなれだ。

 どのみち、俺がなにかをしなければならなくなるような事態は、そうないだろうと思える。

「ねえ、みゆちん」

「んー?」

「時間あったらさ、花火して、甘い物食べて、浴衣着ようね!」

 姫さんの提案、全部聞いてやる余裕が残っていればいいんだが。

「甘いもんの用意をするのは俺だってことだけはわかったよ。厨房になにかあればいいけど」

 もう果物づくしは勘弁願いたい。

 <アンノウン>襲撃後の祝勝会でも果物がずらりと並んだコーナーができあがってたからな。

「あいつらが楽しく過ごせる程度の余裕があれば、それ以上はないんだけどな……」

 海の向こうを見渡しても、映る影はない。

 それがいまだけなのか、今後も続いていくのか。

 だけど、いつか必ず……。

「もしあの言葉が現実になるときがきたなら、そのときは」

 いまだ知ることのない未来に不安を抱きながらも、辺りに響く明るい笑い声や罵倒が耳に届く。

 どうやら、いつまで経っても、一度始まってしまった言い合いは終わらないらしい。

 意地の張り合いも、ここまでくると病気だな。

 まあ、なにはともあれ。

「とりあえずは、荷物だけ置かせてくれ」

 忘れられない重みを肩に感じながら、俺は全員を連れて宿に入るまで、これから三十分を要した。

 原因なんて決まっている。

 男子チームは特に面倒なことが起きる面子で固まっているのだから。

 ほんと、誰か止めろよ……。



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来たことを後悔するのが早すぎる

なんだかたまにランキングにのるようになってきました。ありがとうございます。
みなさん、そろそろ四話は見れましたか?
この作品も、あそこまで持っていけるように書いていきたいと思います。
では、どうぞ。


 宿に入ると、やはり内装までは時間が足りなかったのだろう。

「質素だけど、悪くないな」

「うん、今日はみんなでまくら投げだよ!」

 姫さんが横で恐ろしいことを言っている……俺も本気でいかないと一発もらっただけであの世行きまである。

「壱弥、千種。俺が姫さんを抑えるから、二人はその隙に近距離、遠距離から彼女を狙ってみてくれ。まだまだこの世に未練があるだろ?」

 これは言い合っている場合ではない。

 姫さんがやりたいと言えば、やらせるバカがいるし、なにより誰も止められん。

「……そうだな。いいだろう」

「まあ、今回ばかりは天河に好きにやらせる方が危険か」

 二人もそれがわかっているのか、いがみ合うことなく頷いてくれた。

「それで、具体的にはどうする?」

「どうするって?」

「あの天河が、天羽が引きつけただけで決定的な隙を見せるとは思えない。より確実な手段を用いるべきだ」

 千種と壱弥は真面目に作戦を組み立てていく。

 もちろん、<世界>を存分に使ってのものだ。

「あ、あれ? まくら投げってこんな殺伐な雰囲気になるものだっけ?」

「ヒメは悪くないよ」

 俺たちの話を聞いていた姫さんは疑問を浮かべ、ほたるは姫さんの味方がごとく、横で笑顔を浮かべている。

「お兄たちきもい」

「いっちゃん、ひーちゃんのこと悪く言っちゃダメだよ!」

 千種妹とカナリアが二人を連れて行き、容赦のない言葉を投げつけていく。

 ランキングの順位がごとく、女子組が強いのな。

「……はあ。これはあれだな。夜の蹂躙が目に見える」

 これ絶対に女子組対男子組になるでしょ?

 人数差に加え、姫さんやほたるのような<世界>は物を投げるのに相性もいい。

 戦う前から負けているじゃねえか。

 最悪、壱弥に全部投げて逃げることくらいは見ておかないとな。

 うん、すでに来たことを後悔しつつあるんですけど? おっかしいなぁ……。

 ここはなるべく意識をまくら投げから遠ざけていくべきなんじゃないですかね。

「ひとまずまくら投げ戦争は置いといて」

「戦争!?」

「姫さん黙ってようね。で、ずっと言おうと思ってたんだけど――」

 ぐるりと館内を見渡す。

「なんで、俺たち以外誰もいないんだ?」

 人手が足りないのはわかっているが、建物だけ用意してあとは放置ってないだろ。

 誰かしらいるかとも思ってたんだが……。

「人の気配はないな」

 目を閉じていた千種が全員に聞こえるように言う。

 どうやら、本当に俺たち7人以外は居ないと。

「<アンノウン>の死骸は何十体と発見されているからな。工科の生徒はもちろん、他の科の者も近づきたくはないだろう。本来なら、怖がるべきなんだ」

 ほたるの発言に、カナリアと姫さんは頷く。

 実際のところ、俺たちの意識が麻痺している部分もあるだろう。ほたるの言う通り、怖がるのが当たり前のはず。

 なんなら俺は怖いまである。

 あれ? 俺って実は在籍する科間違えてるんじゃないですかね。

 などと思っているといずれほたるにばれて怒られるのは目に見えてるので、ここまでにしておこう。

 俺は学ぶ男。だからはやく転科したい。

「何日も泊まるわけではないが、これでは些か不便だな」

「自分たちで準備とかメンドーなんですけど」

 ほたると千種妹が、揃ってこちらを見る。ははーん、なるほどなぁ。

「よっし、逃げるか!」

「させん。すまないヒメ、あのバカを捕まえてくれ」

「うん、任せてほたるちゃん!」

 待て! うちのトップには昨日同じ構図で捕まった記憶が……。

「ってか、捕まえたいなら自分でやれやぁ!」

「ふむ……それもそうか」

 視界の端で、ほたるは虚空に手を伸ばす。

 瞬間、

「ごぶっ!?」

 足をなにかに掴まれた俺は、廊下を盛大に転がった。

「みゆちんつかまーえた!」

 ついでに、姫さんに確保される始末。

「自分で捕まえてやったが、文句はあるか?」

 離れた位置にいるほたるの手は、すでに刀にかけられている。

 次はない、といったところかな。

「ねーよ。逃げられるとも思ってない」

 その気になれば、三都市の代表6人対俺になるだろう。なにそれ無理ゲー……。

 逃走しようにも、ほたるの<世界>のせいでやられたい放題でもある。

 姫さん一人からすら逃げられないのだから、そこに人数が増えれば、結果は当然のものだ。

「で、察するに俺がやれと?」

「そうなる。貴様が適任だろう?」

 ほたるが言っているのは、この旅館での役割の話だろう。

 要するに、俺に旅館での仕事をやれと。

「はいはい、了解ですよ。料理はするし、掃除もする。もっとも、掃除はしてあるみたいだがな」

「やったー! みゆちんのご飯だぁ!」

 姫さんは嬉しそうにしてくれる。

 ほたるも笑みを浮かべているし、まあいいだろ。

 神奈川にいると、しょっちゅう飯時に襲撃されるし、こいつらが笑顔なら悪くない。もっとも、眼目の襲撃はできれば控えてもらいたい。週四とかで来られても対処できん。

「なに、天羽料理得意なの?」

「得意ってわけじゃないけど、給仕まがいをさせられていた時期もあってな。慣れてるだけだ」

 千種は不思議そうにしていたが、キミとあったの厨房の前でしたよね? なに、記憶にないって?

「ちょっと意外かも。なにもしたくなさそうなのに」

「どういう意味だよ……俺は前線に出たくないだけだっつーの」

「ウケる。いまさっき逃げたばっかじゃん」

「それはおまえ、あれだよ。人間、いやらしい視線とかいい笑顔向けられたら逃げるだろ。常識だぞ、常識」

 千種妹はなんでそんなことも知らないんだ。

「それな。ほんとそれ」

「見ろ、千種はしっかり常識を弁えている」

「いや、ふたりともほんときもいから」

 なんて言われようだ……いいや、とりあえずお茶の準備でもしてくるか。

「あはは……ほ、ほら天羽くん、困ったときは、笑顔だよ!」

「困ってねえよ。あと、そのあざとい笑顔は壱弥にやってこい」

 カナリアの横を通り、部屋をひとつひとつ見回っていく。

「誰もいないか。当然だな。さって、厨房はっと」

 ふむ。

 とりあえず果物ばかりじゃなくて安心する癖を付けた方がいいな。

 食材を確認し終えたのはいいが、そこで安堵をつくってどうなんだろう。

 我ながら酷い……。

「夏場だし、冷茶がいいよな。時間を置いてから出さないとか」

 用意を整え、みんなが寛いでいるだろう居間に戻りながら、窓の外に続く、辺りの景色を眺める。

 資料を見た限り、陸地に近づくほど数が増していたとあった。

 陸地に逃げてきたのか、海へと向かっていったのか……そもそも、いまだ俺たちはこの世界のことをなにも知らなさすぎる。

「どうしたものかねぇ」

 知識不足で、いずれ痛い思いをするのは嫌だ。

 領域から出るなって命令は出てるし、なにか裏があるのか否か……。<アンノウン>が出るなんてわかっているが、どうしても、それだけでは収まらない問題が見え隠れしているように思える。

「でも、どうすることもできないか」

 どの道、いまは無理だ。

 いずれは姫さんたちと協力し合って、進入不可領域に打って出るのも有りかもしれない。そうすれば、なにかわかることもあるだろう。

「こんな世界の毎日は嫌いじゃないが、仕組みは理解できないし、わけわからん。なら、一度壊すのも有りだろ」

 もっとも、俺がやる気を出す日が来ればだが。

「戻りましたよ」

 障子を開くと、全員がすでに水着に着替えて待っていた。

「よし、みゆちんも戻ってきたし、みんなで行こっか!」

「面倒な……捜査程度、俺ひとりで十分だ。全員で行ってなんになる」

「翻訳しますと、みんな三日前の戦いで疲れているだろうから俺が頑張ると」

 翻訳しないと人と話せないのか壱弥は。

 ただ、カナリアの翻訳が合っているならいい奴だな壱弥。俺や千種にはだいぶ厳しいけど。

「おまえも疲れてんだろうがアホかよ」

「なんだと? 俺をおまえと一緒にするな。まだまだ動ける」

 おーい、アホ二人はそれ以上はやめろよ。

「みんなでやればすぐ終わるよ、ね!」

「そうだな。虫ケラの同士討ちさえなければすぐ終わるだろう」

 火に油を注ぐなほたる!

「うん! じゃあみんなでがんばろう! いいよね、いっちゃん」

「はあ……わかった。とりあえず、今日のところはそれでいい」

「じゃあ、俺は中で待ってるよ」

 6人もいるなら問題ないでしょ。こっちはこっちで好きに休ませて――。

「全員が泳げるわけじゃないし、陸と水中、両方から調査するから、人手は多いほうがいいな」

 おのれ……ほたるにはなんで俺の考えがわかるんですかね。しかも、だから手伝えって感じの視線が怖い。

 個人的な調査は夜かな。明るいうちは合わせとこう。

「なら、俺は陸がいい」

 海の中とか嫌だ。別に泳げないわけじゃない。嫌なだけだ。

「わかっている。あとはどうする?」

「私もこっちに残ろうかな」

 カナリアもか。こっちはかなづちか?

「みゆちんが残るなら、私たちは海だね!」

「ああ、ヒメとならどこまでも」

 好きなとこまで行って来いよ。そのうちに帰れるから。マジで。

「まったく。俺は残るよ」

「千葉カスくんが残るなら、俺は海だ」

「もうもう! なんでいっちゃんはいつも協調性がないの!」

 カナリアが壱弥を怒りに行くが、難なくかわされる。千種は千種で妹になにか言われてるし。まあ、こっちも慣れてそうだな。

「お兄もそろそろ妹離れしないとね。海の方が範囲広いし、そっち手伝うよ」

 千種妹は海グループ、と。

「いい感じに別れたね。じゃあ始めよっか!」

「だな。おまえら、いい感じの魚がいたら取って来い。なに、一匹くらいでかいのがいればいい。いいおかずになるぞ」

「お、いいねそれ! じゃあみんなで誰が一番多く魚を取れるか勝負だね!」

 姫さん……調査もしてこいよ、調査も。

 抱えていた不安が倍増しながらも、各自別れての調査が始まった。

 とりあえず、夜にまくら投げしたいとか再度言い出す前に、寝かせる方法を考えよう。

 そうしなければ、本当に危険なのだから……体験者が言うのだから間違いない。

 俺たち男子チームは頷き、持ち場に離れていった。




日常シーンで一話終えていくスタイル。
たぶん次も日常。その次も日常。気づくと話が完結している。
はい、嘘ですとも。そんな話にもっていける展開はないですごめんなさい。

次はやっと水着回……のはず。気づいたら浴衣になっているかもしれないとか言えないし、気づいたら主人公帰ってるかもとかもっと言えない。


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理由はなんであったのか

 日差しが強い……。

 日陰で寝てるのは気持ちいいが、日向をただ歩くのは苦行だ。

「暑いねぇ」

 隣を歩くカナリアも、額の汗を拭う。

「だな。こっちは早めに切り上げていいから、宿で休んでろ」

「え? ううん、私頑張るよ!」

 笑顔をつくり、ピースしてくる少女。

「はあ……あんま張り切りすぎるなよ。あとで絶対に響くから。いいな?」

「うん! 任せて」

 まあ、頑張ったところで、陸地になにかあるとは思えないんだがな。というより、陸地には一体も<アンノウン>の死骸がなかったことから、仮に今回発見したとしても、無関係なのではないか。

 もしくは、そう見せることが狙いなのか。

「作為的にやったことだとしたら、見事に引っ掻き回されてるな」

「どういうこと?」

「ん〜……だからさ、俺らはまんまとこっちに誘われて、主力がいない間に都市を攻撃とか、戦力を分散した俺たちを各個撃破してくとかな。考えればキリがないけど、そう考えさせられて行動を制限されてる時点で、今回の一件が人為的なものだとしたら笑えないって話」

「難しい話だね。でも、三都市に残ってるみんなは強いし、ここに集まってる自由くんたちも強いから大丈夫だよ!」

 うちは姫さんの号令のもと動けてる生徒も少なくないからなぁ。

 果たして頭がいないときにどれだけのことができるか……いや、青生はいるし、作戦立案くらいならいけるか?

「都市の方でなにもなければいいが」

「大丈夫だよ! もしどこかが危なくなったら、みんなで助け合えるから」

 ランキングもあるしな。

 敵が大群で攻めてくれば喜んで駆けつける連中はいくらかいるだろうな。

「本当に助け合える連中の方が稀なんだよ」

「ん? なにか言った?」

「いや、なんでもない」

 つぶやきにも等しい声は、彼女には届かなかったみたいだ。

 ふと溢れてしまった言葉なので、聞かれなかったことに安堵しつつ、後方を見やる。

「……」

 だるそうだ。

 むしろ、動くことすら嫌そうな、腐った目をしている。

「千種、おまえさすがにもう少しやる気をだな」

「無理だ。やるべきことが定まっていないのに、やろうとなんて思えるか」

 わからなくもない。

 今回やるべきことってのは、まさしくいまおこなっている調査なのだが、調査するモノがなんなのか、いまいち掴めないでいる。

 仮に、人がやったこととしても、その人物を探すのか、手段を探るのかでは大きく違う。

 加えて、今回は<アンノウン>同士の喧嘩、もしくは争いがあるのかも知れるいい機会だと、管理局は思っているかもしれない。結局のところ、どこまでやればいいかの判断はできないのだ。

「そう考えると、俺もただ歩くのは怠くなってきたな……」

「だろ? だいたい、地上からなにがわかるってんだか」

 千種は完全に歩くことをやめ、その場に座り込んで海を眺め始めた。

 カナリアに視線を送るが、困ったようにおどおどしている。

「一旦休憩だ。いいよな?」

「う、うん」

 とりあえずは彼女も休ませる方向で話を進め、三人並んで海の方向へ視線を向けた。

 その直後、前方でなにかが空高くに舞い上がった!?

「なんだ!?」

「<アンノウン>か? 仕方ない」

「カナリアは下がっとけ! 万が一にも突っ込まれでもしたらまずい!」

 千種が狙撃しようと狙いを定めに入るが、それより早く、<アンノウン>は海中に落下していく。

 それも、盛大な水しぶきを上げながら……。

「……」

「…………」

 カナリアは後方に下がらせていたので無事だったようだが、俺たち二人は海水を頭から被るはめになった。

「……さすがにこれはなぁ」

「まあね。これはちょっといけないでしょ」

 千種から黒い感情が浮かび上がるのがわかるが、残念だったな、<アンノウン>。俺も割と怒っているぞ!

 無表情で狙撃銃を構えた千種は、しかし。

「ありゃー、ダメだ。もう姿が見えないところまで行っちまってる」

「そうか。なら、姫さんたちに任せよう。海中にいる連中なら、簡単に捕らえてくれるだろ」

「だな。まあ一応、見張ってだけはおこうかな」

 千種も過保護っていうか、シスコンっていうかきもいというか……大概だな。

 お人好しともいうのかもしれないけど。

「にしても、妙だな」

「なにか変なところがあった?」

 カナリアは理解してなさそうだが、<アンノウン>の侵入を、こんな内部まで許している時点でおかしい。

 普段戦っているモノとは違う可能性もあるな。

「できるなら、一度ゆっくりと観察したいところだが……死骸とか転がってねえかな」

「いや、ないだろ。全部回収されたはずだし」

「そうは言っても、一体くらい残ってるかもしれないよ! 霞くんも一緒に探そう!」

 いや、うんまあ……言い出したの俺だし探しますよ?

 千種も面倒そうだが、あたりに視線を巡らせてくれる。

「――ッ!?」

 瞬間、千種が俺とカナリアの腕を掴み、横へ大きく飛んだ。

「おい、なんのつもり――」

 言葉は、最後まで紡げなかった。だって、仕方ないだろ?

 海から<アンノウン>が三体も飛んできたんだから……って、こいつら自分の意思で来たわけじゃないな。

 軌道が変だ。

「千種、カナリア! 海の方に誰かいるか?」

「…………ああ、いるな」

「え? うそ、どこに!?」

 千種が指さす先。

 普段の制服姿とはあまりに違う、露出の増えた水着を着込んだ姫さんとほたるの姿があった。

「は?」

 えっと、どういうこと? 軽く思考が止まった。同時に、ある仮説が浮かぶ。

 ああ、いかんいかん。

 うちの姫さんならやりかねないから否定できない。

「みゆちーん! 魚いなかったけど、それならいたよー!」

 あ、これやっぱりそういう……。

「バカなの!? <アンノウン>が食えるわけないでしょ! 姫さんなに考えてるんだよ! あと、ついでに言わせてもらうけど、敵を投げてくるな!」

「そうは言っても、仕方ないと思うよ」

 いつの間に泳いできたのか、ほたるを連れて岸まで上がってきた姫さんは、<アンノウン>を指して話し出す。

「あれ、もう潰されてるよ。それも、報告にあったのと同じ傷跡もある」

「なに?」

 動かないことを確認してから、<アンノウン>のそばに屈む。

 指で貫かれたかのような跡が数カ所……他に目立った傷はない、か。

 三体ともそれだけで絶命してやがるな。

「こいつらは海の底にでも沈んでいたのか?」

「そうだ。底にいるのをヒメが発見し、おまえたちに渡した」

 渡した? うん、まあなんだ……どうみても襲撃でしたよほたるさんや。

「とりあえずは、こいつを調べてみるか、管理局に渡すべきか」

「管理局の方は同じモノが何十体と運ばれていると思うが。この個体だけ違うということもあるまい」

「だよなぁ。でも俺たちじゃわかることって限られてるし……」

 なんで俺たちがこんなことをやってるやら。

 管理局だけでも情報を集めるなんてことはできるだろうに、なぜわざわざ――。

「すでに突き止めているからか?」

「みゆちん?」

「いや、なんでもないよ。それより、念のため<アンノウン>だけは消しておこう。跡形もなくな」

 亡骸を消しとばすと、姫さんから『あぁ……せっかく取ってきたのに!』なんて抗議の声が聞こえた気がしたが、もちろん無視した。

「依然として、やることがはっきりしないな」

「そうでもないかもしれないぞ」

 千種のだるそうな声に反論を重ねる。

「どういうことだよ」

「いやな、ひとつ、俺たちでないとできないことがあるなって思い至っただけさ」

「なになに、みゆちん」

 四人の視線が俺に集まり、次の言葉を待っている。

 管理局の、大人たちでは対処しきれない事柄など、思い至るものはそう多くない。

 <世界>が発現しているのはこどもたち。

 敵を打倒しうる、最も有効な手段を持つのもまた、俺たちこどもだ。もし、この一件に危機感を持った大人がいたのなら、<アンノウン>の襲撃までを予想しているはず。

「決まってるだろ、戦闘だよ」

 

 

 

 俺の言葉を聞いてから数分。

 千種とカナリアに連絡を取ってもらい、海に出ていた二人を呼び戻してもらった。

 思いの外近場にいた千種妹はすでに海から上がっており、残るは壱弥の帰還を待つだけとなっている。

「それで、どういう状況なんだ?」

 空を飛んできた壱弥が降り立つや、すぐさま口を開く。

「姫さんが死骸を三体発見した。ついでに、報告にあった傷で倒されてるおまけつきだ」

「それで?」

「んで、こっからは予想だけど、たぶん今回の任務は死骸の発見なんかじゃない。管理局は、いざってときに俺たちをわざわざアクアラインに呼び出したんだ」

 話しを聞いていた壱弥の眉が動く。

「俺たちを呼ぶなら、それは戦闘の危険がある、というわけか?」

「そうだ。そんで、管理局はたぶん、今回<アンノウン>を潰して回っているモノの正体を掴んでいるんだろうな。でなけりゃ、こんな戦闘向きのメンツしかいないなんて有りえない」

 旅館に人がいなかったのは、確かに人手不足もあるだろう。怖いってのもわかる。でも、一番の理由はそうじゃない気がしてならない。

 余計な被害を出さないために、配属しなかったんじゃないだろうか。

「大物が控えてるのかねぇ」

 過去を思い返して、危なげな少女のことが頭を過る。

 黒く、なお黒い思考を持つ彼女。

「……考えたくもないな」

「なんの話しだ、三百――チッ!」

 突如、壱弥が籠手を纏ったかと思えば、俺の背後に回りこんだ。

 わずかな間を置いて、衝撃が俺と壱弥を吹き飛ばした!?

「……ってぇな!」

「回りにもっと気を配れ、無能もどきが!」

 俺の前に倒れこむ壱弥は苛立ちを含んだ声を発するが、それは俺に向けられた怒りじゃないことが、すぐにわかった。

「みゆちん!」

「いっちゃん!」

 姫さんとカナリアが駆け寄ってくる。

「カナリア、下がっていろ!」

「姫さん、俺は平気だからいい。それより、前をしっかり見とけよ」

 背後からだったとはいえ、まるで反応できなかった。

 壱弥ですら、俺を庇ったとはいえ二人して吹き飛ばされるとはな……全員揃った途端にこれか。狙ってたのか、偶然か。いやな運命もあったものだな。

「おいクズゴミさん、敵は?」

「姿はわからん。だが、鞭のようなもので吹っ飛ばされた」

「東京主席さんが吹き飛ばされるとか、超ウケる」

「いや、ウケねえから。クズゴミさんが飛ばされるとか、洒落にならないでしょ。いつものことすぎて」

「それはどういう意味だ!」

 余裕ある連中で嬉しいんだか心配すればいいんだか……。

「言い合ってる場合か、この羽虫どもが。――構えろ」

 ほたるが冷静な声で言う。

 こんな晴天の下、姿も見せずに襲いかかってくるとは恐れ入る。

 全員が辺りを見渡し、それぞれに警戒する中、それは起きた。

「フフッ、あなたたちが三都市の代表ね。会えて嬉しいわ」

 空中にできたひとつの穴から、女性が現れる。

「人、なのか……?」

 それは誰が言った言葉だろう。

 壱弥か、それともほたるだったのか。または、他の誰かだったか。

 そんなこと、どうでもよかった。

 空中に浮いたその女性は、片手を鞭のようにしならせる。

「初めまして、三都市のみなさん。永い眠りから醒めた子よら。あなたたちに会えて嬉しいわ。それじゃあ、さっそくだけど――潰しましょうか」

 言い終えた瞬間、暴力的なまでの笑みが彼女から溢れる。

 悪意が、始まろうとしていた――。



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襲撃者

なんかアニメはいろいろ大変なことになってますが、だんだん真相に近づいていくのがいいですね。
まあ、アニメで精神がごりごり削られる展開も予想できるので、皆さん疲れたときはヒメニウムの補充をしっかりおこなうように!
では、どうぞ。


 突如として現れた女性は、空中に浮いているように思える。

 東京は以前、『デュアル』と呼ばれる、個人の<世界>とは他に、飛行能力を併せ持つ能力者を戦闘科に配属する傾向にあった。それこそが、<アンノウン>を打倒し得る可能性だと信じていたからだ。

 もっとも、それは過去の話ではあるのだが……。

「で、もちろんあんたも『デュアル』なんだろうが、俺たちの敵ってことでいいのか?」

「あら、答えるまでもないと思いますが」

 冷たい視線が俺を捉える。

 わかっている。僅かな可能性などないことは。

「はあ……正直、対人戦が一番やりにくいんだがなぁ」

 各都市に配属される生徒たちの中において、人と戦い慣れてる者などさほど多くはない。<アンノウン>ならまだしも、人と戦うことにどれだけ抵抗があると思ってんだよ。

 壱弥なんかは人を敵として見れるだろうか? 下手に隙を見せるとロクなことがないぞ。

「さてさて、もう初めていいのかしら? それともまだ時間が必要?」

「舐められたものだな。貴様がなにを考えているのかは知らないが、時間など必要ない。倒すだけなら、俺一人で十分だ!」

 周りの行動を無視し、一人飛び出す壱弥。

 背後でカナリアが制止の声をかけたが、聞くことなく、突っ込んでいく。

 直後、宙に浮く女性が、嫌らしい笑みを見せた。

「まずい! 千種、援護してやれ!」

「チッ……これだけら万年四位のクズ雑魚さんは」

 ぼやきつつも、千種は肩にかけてあったスナイパーライフルを取り出す。

 その間に、姫さんと視線を合わせる。

「……ったく、照準合わせる時間くらいよこせっての」

 素早く構えると、照準を合わせたのかもわからない間に一発の銃弾を撃ち出していた。

 だが、その弾丸は空中で打ち落とされ、女性の真下あたりにふたつに割れた欠片が落ちて、甲高い音が響く。

「その程度では、こちらまで届きませんよ」

「いいや、十分さ」

 欲しかった時間は確保できた。

「無能が俺に合わせただけ褒めてやる」

「ごめんねぇ。よくわからないけど、とりあえず倒さないといけないからさ!」

 前と後ろから、壱弥と姫さんが女性へと肉薄する。

 一瞬でも意識を他へ向けているいまなら、この二人の同時攻撃なら、どうだ!

 必殺の一撃を秘めた拳が、剣が迫る。

 どうあれ、二人の一撃のどちらか一方でも当たれば、そうそう動けるものではない。まず、この状況で避けることすら難しいだろ。

「チェックメイト。詰みだ」

 同じことを思ったのか、隣の千種がつぶやく。

 そして、乱入者とのひと騒動も終わりを迎えた――はずだった。

「素晴らしい。でも、やっぱり物足りないのだけが残念です」

「え?」

「なに!?」

 女性を打倒するはずだった拳は、剣は、女性の手によって受け止められていた。

「あなた方はどこかで、私を人間だと思い力をセーブしている。そんなことでは、さきほどの彼と同じように、届くことはありません」

 言い切ると、彼女は空中で、体ごと腕をぶん回し、二人をこちらへ投げつけてきた!

「わっ……とぉ!?」

 さほどダメージがあったわけではないのか、姫さんは綺麗に着地する。

 壱弥も、空中で勢いを殺せたようで、上空で留まっていた。

「お兄、超カッコ悪い。なにがチェックメイト。詰みだ、なの? 超ウケる」

「……ストレートにお兄ちゃんのメンタル削りにくるのやめて。いや、ほんと恥ずかしいから忘れてもらえます?」

 ライフルから手を離し、手と膝を地につけて俯く千種。

 こいつ、こんなときだってのに、なんだかんだ精神的に余裕がありそうだな。

 とはいえ、参ったね。

「俺も千種同様、決まったと思っちまった。なんせ、東京、神奈川の首席が同時に攻撃してんだぜ? 俺たち生徒の中でも、回避できる奴なんていないだろってくらいの組み合わせなんだが……」

 ぶっちゃけると、姫さんだけでも厳しいはずだ。

 避けたなら、まだわかる。

 そう、姫さんの攻撃を避けるかいなすならわかるんだ。でも、あいつは難なく、自身の手で受け止めて見せた。

 性能は姫さんと同等と見るべきか、それともなんらかのインチキか。

 あんな奴、神奈川で見た覚えはない。

「他の都市の生徒って感じでもない、か……困るんだよなぁ、面倒事ばっかり来られても」

「あら? そういうあなたが、一番面倒事を望んでいるのではなくて?」

 語りかけてくる女性へ、自然と視線が向いた。

 意識しなくても、その行動が当然であるかのように。

「戦争の真っ只中にいる皆さま、どうか本能を隠さず、破壊したいものは破壊して、殺したいものを殺してください。ねえ、天羽自由さん。あなたなら、欲望に忠実になれますよね?」

「はっ、いきなり出てきて馴れ馴れしいな。気持ち悪いんだよ、おまえ。纏ってる空気も、向けてくる視線も、ぜんぶきもい」

 だが、口から出る言葉はあいつを否定する。

「なに、天羽さん訳ありなの?」

「んなわけないだろ。俺があんなのと知り合いとか悪い冗談だな」

「チッ、知り合いならおまえを餌に交渉できたものを」

「考え黒いなー、千種。あとでおまえだけ残して撤退するから覚えとけよ」

「……俺、遠距離型だからな。すいません、逃げるときは一緒に連れて行ってください」

 素直でよろしい。

 だが、問題がひとつ増えたな。

「おまえ、なんで俺のことを知っている?」

「あら、あらあら。気になりますか。でも、教えてあげませんよ。だって、どうせあなたたちは自分たちで答えを出すじゃないですか。だから、そのときになって後悔しなさい」

「さっぱりだな」

「はい?」

「要はなにを言いたいんだよ。内容が薄いと伝わらんぞ。うちの首席と東京の次席あたりの頭に負担かけんな」

 言い終えると、真っ先にほたるが横まで走ってきた。

「ヒメをバカにしたな貴様。度々思うが、少しヒメのことを軽く見すぎだ。もっとよくヒメを見てみろ、そうすればその腐った考え方も変わる」

「落ち着け、マジで落ち着け。それに、見ただけでなにが変わるんだよ……」

「いいか、よく覚えておけ。物事のすべては観察から始まるんだ」

 えぇ……どうしよう、否定する気はないけど、神奈川にいると、その行動をしてる連中の大半が変態しか思い浮かばないんですけど。

「わかった、とりあえずこの話は置いておこう。いまは」

「ああ、あいつをどうにかする。手伝え」

 ほたるが、腰にかかる刀に手をかける。

 朱鞘の黒刀――輝天熒惑舞姫。

 夜空に輝く星のごとく、暗い世界を照らす光明となるように。そして、その刃の煌めきは、人類の仇敵の凶兆となるように、だったか。

 前に一度だけ聞かせてもらった、ほたるの刀の名と意味。

「勝利の女神の名、か。そんなものを持ってる相手と共闘して負けるとか、ないな」

「ふうん。東京、神奈川の首席は甘さが残っていましたが、次はあなた方が?」

 挑戦的な視線をこちらに向けてくる。

「あれ? ねえ、俺の弾丸無視? ちょっと、こっちは嫌々でも頑張って仕事してるんですけど。なんなの、ステルス性能でも授かってたの?」

「おい、ちょっと黙ってろ。集中が途切れる」

「……明日葉ちゃん、せめて明日葉ちゃんだけはお兄ちゃんを慰めてくれない?」

「きもい」

 相変わらずか! ええい、なんでこう連携が取れないかなまったく。

 これだといざってときにあれが使えないじゃねえか……。

「おい、勝手に人を残念がるな。俺はまだ負けてないし、おまえが強いとしても、俺の方が弱いとは思ってないぞ」

 上空から、わりかし元気な声が聞こえて来る。

 よし、戦力的にはまだまだ十分。

「いっちゃん! ちょっとは協力し合おうと思おうよ!」

「ふん、俺一人でも十分だ。なんとかしてみせる!」

 まあ、これまでの言動からも、敵ってのは決定でよさそうだな。んで、残念ながらこの場の全員で挑んで勝敗はとんとんってところかな。いや、全力で、なにもかも壊す気の姫さんなら屠れるか?

「でも、うちの姫さんに人を潰させるのは選択肢にねえよ。いつだって、他人を考える優しい女の子に、んなことさせられないでよ」

「仕事好きだな、天羽は」

「そうでもないさ。俺はな、面倒事に付き合うのが大っ嫌いなんだ。だから、元凶を消しとばしたくなる」

「そうですか。ならさっさとあれ倒しちゃってよ」

 一歩前に出て、改めて視線を女性にやる。

 濃い銀色の髪に、黒を基調とした、シスター服を真似た戦闘服だろうか。

 こちらに向けられた目は、どこまでも深い闇のようで、見ているだけで引き込まれそうになる。

「おっかねえなぁ……」

 これは人っていうより、怪物の領域じゃねえの。

 怪物、か……。

「ひとつ答えろ」

「なんでしょう?」

「あんたが敵なのは、もう決定だ。だから、襲ってきた理由は聞かない。それより、”手刀”って言葉に聞き覚えはあるか?」

「――……ええ、ありますとも。それがなにか?」

 面倒な。ここで知らないと言ってくれれば、本当に壱弥を無理やり抱えて、全員で逃げるって案もあったんだけどな。

 怪物は人の手には負えない。

 出会ったなら、真っ先に逃げることだけを考えろ。

 一度怪物をやりあってるからこその言葉なんだが、誰も逃げの一手なんて許さねえよなぁ。

「いやなに、これはマジで前線には立たないとか言ってられなくなったなって思っただけのことだ。仕方ない、潰すか」

「ヒメを傷つけようとした罪は重いぞ」

「っていうか、そろそろ撃ちたいんですけど。もう始めちゃっていい?」

「いいけど、あんまり一人で動きまわるなよ。他の奴の動きちゃんと把握しながらね」

「おい、おまえたちなにを勝手に……ったく、無能どものくせに、俺の足を引っ張るなよ」

「みんな、私はみんなみたいに戦えないけど、頑張るから! 頑張って歌い続けるからね!」

「よっし、みんなで戦おう! ――じゃあ、今日も世界を救おっか」

 全員が思い思いに構えをとり、視線を一点に集中させる。

 この場に現れた、明確な敵意を持った女性に。

 だが、どうしても頭の片隅から消えない、ひとつの予感。夢の中で見た、ひとつの未来。

 あの顔、あのときも……。

「みんな、行くよ!」

 姫さんが駆け出し、その後ろをほたると千種妹が続く。

 上空からは、壱弥が挟み込む形で背後に回りこんでいた。

「アハハ、そうですよ、やはり戦闘は少しばかり不利な方が面白い。だ・か・らぁ」

 頼もしい仲間たちに続こうと、足を踏み出した瞬間、ふと、女性と目が合った気がした。

「いまのあなたたちと戦ったところで、なにも面白くないわ」

 瞬間、女性の纏う雰囲気が一転し、感情の欠片も読み取れない瞳が視界に映り込む。

 その直後、俺は訳も分からず、自分の<世界>を、ただ防御のためだけに発現していた――。




うちの主人公はきっとあれだな。誰も見てないところでヒメやほたるとまったり生活してるに違いない。
くそ、羨ましくなんて……はい、羨ましいです。
とりあえず、この流れが切れるところでそんな、神奈川でのヒメとほたるとの主人公の生活も書いていこうと思います。
では、また次の話で!


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その犠牲は決意

 光の壁が、すべての衝撃を阻む。

 咄嗟に体が動いていなければ、いまごろ、こちらに向け放たれた悪意にも等しい光弾により消されていただろう……。

 頰を汗が伝う。

「んだよ、それ……」

 俺より後方にいた千種が、ぼそりと呟く。

 しかも、声にはまるで勢いがない。いや、不安や恐れに近い感情が濃く写っている。

 だが、それもそうだろう。

 更に後方に控えるカナリアも、千種と大して変わらない。それどころか、表情的には、彼女の方がショックが大きそうだ。

「いや、まさかな……」

 姫さんの一撃に比べれば大したことはなかった。

 ほとんど反射的に発現した、言わば半端な状態の<世界>でも防げたのだ。威力としては、姫さんのそれにだいぶ劣る。

 俺が感じた本能的な恐怖は、一撃の威力に対してではなく、敵である銀髪の女性から感じた、圧倒的プレッシャーに対してだ。

 だというのに――。

「その結果が、このざまか……」

 前方――姫さんたちが駆け出していった方に視線を向ける。

 先ほどの光弾は、地面を抉り取るように進んだようで、俺の仲間たちが飛び出していった道は、跡形もなく消失していた。

 ただひとつ。

 姫さんが常に身につけている外套だけが、少し先に落ちているのが見えた。

 いつもなら元気に立ち上がる姫さんの声も、いまは聞こえない。

「ハハッ、ウソだろ? なあ、姫さん。まだ敵を倒してないじゃないか。立ち上がって、そんで戦おうぜ? なあ……」

 何度辺りを見渡そうと、四人がいる気配はない。

 誰一人、動けないのか、それとも――。

「ああっ!」

 拳を地面に叩きつける。

 足元に小さな地割れが起きるが、関係ない。

 怒りだけでも感情を灯していなければ、頭が真っ白になる。思考が止まる。

「やれやれ。完成されていない力で立ち向かってくるなんて、面白くない。もっと強くなってからでなければ、こちらから願い下げですね」

 そんな俺の前に、歩いてくる女が一人。

 あいつだ。あいつさえいなければ、こんなことにはならなかった……。

「願い下げなら、そんな相手に戦いを求めるんじゃねえよ。さっさと消えてくれれば、どんなによかったか」

「おや? 先程までの元気がありませんね。お仲間がやられて沈んでしまいましたか? かわいそうに……所詮は他人を拠り所にしなければ立っていられない哀れな子たちでしたか」

 随分と、勝手なことを言う相手を、もう無視なんかできない。

 拳を握る力が、増していく。

「哀れなんかじゃない」

「はい?」

 人と群れるわけじゃない。

 別に、人が特別好きなわけじゃない。

 神奈川に配属された当時、誰とも馴染めなかった自分を思い出す。

 手を差し伸べてくれた、一人の少女。そこから広がっていった、温かな空間。多くの人たち。その中心に、いつも呼び込んでくれた小さくて強い女の子。

「おまえがバカにしたモノは、哀れなんかじゃねえ!」

 叫ぶと同時、体の奥から、かつてないほどの激情が流れる。

 流れ出る汗はいつしか治り、目の前の女を見る目がきつくなったのが、動きとしてわかった。

「では、どうすると? 私はいつだって否定しますよ。弱い者の考えは取るに足らないと、断言します。少しは楽しめるものかと立ち寄りましたが、力任せのトップに、独走するトップ。いやはや、実に倒しやすい相手ばかり。残念です」

「……」

「他の二人はまあ、なにかを見る前に一緒に消してしまいましたが、別にいいでしょう。有象無象。戦ってみたところで、結果は変わらなかったでしょうし」

 戦闘狂と窺える言動だ。

 どうりで、敵意と悪意が混じった感情を感じたわけだ。あれは、純粋な戦闘欲……つまり、ただの暇つぶしと快楽のためのおもちゃにされてるわけだ。

「んなことで、俺の大事なもん巻き込むなよ」

 怪物だから、一度痛い目を見てるから?

 そうやって立ち止まるから、救いたいときに救えないんだろうが。

 姫さんたちの耐久力なら、どこかで生きてる可能性だってある。なら、いま俺がやるべきことはなんだ? どうせ、こいつは見逃しはしないだろう。

 俺を捉える目が、ほんの僅かな動きも見逃さないと、隙があれば潰すと物語っている。

「……千種、カナリア」

「なんだよ……」

「う、うん? なに……?」

 やはり、二人はまだ戦える状況にはない。

「こいつは引き止めるから、なにがなんでも止めるから。だから、もしかしたらどこかに吹き飛ばされて生きてるかもしれない四人を探してくれ。そんで、もし見つけたなら、連れて逃げろ。できるなら、全員連れて行け」

 姫さんが、ほたるが、あの一撃で死ぬとは思えない。他の二人もだ。

 仮にも人間。

 防御が遅れれば、ダメージは入る。重症を負うことだって、当然ある。

「それでも――それでも、たぶん大丈夫だから。頼むよ、千種、カナリア。ここから離れて、あいつらを救ってやってくれ……遅くなって、手が届かなくなるその前に、どうか……」

「…………わかった。俺はあいつらを見つけても、ここには戻ってこない。あと、任せるぞ」

「え? あ、霞くん……」

 それでいい。

 ショックから立ち直ってくれば、ある程度は余裕も生まれる。そうなれば、あの一撃に呑み込まれたみんながどうなったかについても、希望が持てるようになってくるさ。

 それが壊れていると言われたなら、たぶん否定しない。

「カナリア、あんたもさっさと行け。そんで、希望を見つけろ」

「――うん!」

 千種とカナリアが側を離れていく。

「追わないんだな」

「追う価値もないですからね」

 二人が離れていくのを見逃したのを不思議に思い尋ねると、無機質な答えが返ってきた。暗に、逃げられても問題がないと。

「さて、天羽自由。あなたは残ってよかったのですか?」

「いいに決まってる」

「逃がしませんよ? 私に挑んできた四人を除けば、あなたが残ってる中で一番面白そうだ」

 だから、つまらないと判断した二人はどうでもいいってことか。関心がないから、追う必要もないと。

「きもいなー……粘着質のある女性は嫌われるって習わなかったのかよ」

「生憎、習ってきたのは、壊し嵌めることくらいですからねぇ。あなた方の希望とやらも、あるといいですね」

「あんた程度の奴にやられたまま黙ってられるほど、あの四人は優しくねえよ」

 特に俺に。

 ついでにいうなら、敵にも。あれ? 俺ってもしかして敵認定でもされてんの?

「天羽、天羽ね」

「なんだよ」

「いえね、まさかこんなところで会えるとは思ってみなかったものですから、つい時間をかけてしまいます」

 言いつつも、一歩、また一歩と歩みを進めてくる。

「へぇ。だったら、もっとゆっくり話すか? それとも、話は別のところで聞いてやろうか」

「それは、例えば私を拘束して、ですかね」

「当然。あんたには聞かないといけないことがたくさんあるからな。ここらで転がってた無数の<アンノウン>の死骸についてとか、な」

「私は関係ないんですがねぇ。まったく、面倒な子のお守りはこれだから……」

 初めて、憂鬱そうな表情を見せる。

 相変わらず、瞳からはなんの感情も読み取れないが、決定的に違う雰囲気が垣間見えた。

「でもいいです。まずはあなたを潰して、希望を摘み取って、最後は<世界>もなにもかも壊して差し上げますね」

 残り十メートル。

 それが俺たちの間の距離。

「ふう……」

 こんなときに逃げられたら楽なんだが、生憎、そんな考えはとっくに捨てたんでね。

 こんなときだからこそ、前に出ないといけないんだ。

「うちの奴らに牙を向けたこと、すぐに後悔させてやるよ!」

「言いますね。ですが、後悔するのはあなたです!」

 いまここに、俺を支える仲間はいない。三日前とは、まるで違うこの状況。それでも、負けるわけにはいかない!

「ふふふ、ああ、ああ! せめて少しの間だけでも、楽しませてくださいね。でないと、またすぐに手を出してしまいますわ」

 言葉とは裏腹に、彼女の持つ鞭がしなると、そこから衝撃波が生まれる。カマイタチのように鋭く向けられた軌道は、寸分違わずに俺の胴体を真っ二つにしようと迫ってくる。

 ったく、どんな世界を見えるんだか、恐ろしいもんだ。

 でもな、

「言ってろ!」

 途端、光の粒子が俺の体を取り巻く。その影響は拡大していき、間近に迫っていた衝撃波を包み、瞬時に消滅させた。辺りに吹き荒れる嵐のごとく、右手から溢れ出した光がすべてを白く塗りつぶす。

 だが、激しすぎる輝きはすぐに収まることになる。

 それもそのはず。光はいつしか俺の右腕に収束し、吹き荒れることもなく、静かに俺の右腕を包み込み、光で染めていた。

「あら、うまく凌いだか――」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 話している間に駆け寄り、地面を力の限り踏み抜く!

 腰を低い位置に保ち、引き絞った拳が、撃ち抜き際の全身の回転力を膂力へと変え――俺の怒りが彼女へぶつかる!

 直後、光が辺りを白く染めた。




なんかやけにお気に入り登録件数増えてると思ったら、ランキング35位とかにうちの作品があるじゃないですか(たぶん朝には消えてる模様)
みなさま、この作品につきあってもらい、ありがとうございます!
そして、今回はヒメニウム及びその他成分を提供できず、すいませんでした! いや、ほんとにすいません!
できれば、もうしばらくこの物語につきあってやってください。
では、また次回!


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その独白は

 入った……ッ!

 拳に感じた重みから、この一撃は確実に決まっていることを知る。

 だからこそ、相手に触れた瞬間に、<世界>も含めた威力の塊をぶつけたんだが……。

「まさか、俺まで吹き飛ばされるとは」

 高威力のエネルギーの塊を間近で破裂させたのだ。

 敵の女はもちろん、俺も彼女とは反対方向に、大きく飛ばされた。

 これだから、束ねて繋ぐだけではない俺の<世界>は扱いづらいと言われるんだよ。実際、全容を知っている生徒会の面々からの俺の<世界>に対する評価はひどいもんだ。

「さて、これで終わってくれれば楽なんだが、まあそうもいかないか」

 多少のダメージはあるだろうが、致命傷はおろか、動きを鈍らせることすら叶うまい。

 あれでも、かなり本気だったんだが。

「やれやれ。ゆっくり話す気はありませんが、まさか殴られるとは。少々油断してましたかねぇ」

 距離を置いた位置に、ゆらりと立ち上がる影がひとつ。

 声にはまるで焦りがなく、一撃もらった、なんて印象を与えない。

 まるで無傷のように。

 先ほどの攻防がなんでもなかったかのように。

 そして、俺の力を否定するように、彼女は平気な顔をこちらに向ける。

「チッ……」

「ふふっ、正直に言えば、それなりに驚いていますよ。百位以内に入れもしない生徒が、これだけの力を有しているとは、想定外です」

 俺の情報はそれほど持ってないってことか。

 好都合と見るべきか、油断させる機会を失ったと嘆くべきか。なにはともあれ、迂闊だった。もうちょっと状況を見てから動いてもよかったかもしれない。

「嫌になるな」

「私がですか?」

「違う。自分の行動力の高さにだ。これまでは消極的に生きてきたつもりだったんだが」

 どうにも最近、関わる連中が増えすぎた。

 守るってのも、わりかし面倒だ。

「消極的、ですか。ああ、それであの順位……納得です」

「まさか、敵にまで納得されるとはな。まあいい。とりあえず、あんたは許さねえ」

「許さない? 無謀にも挑んできたあの四人のように、あなたも潰してあげますよ。なに、一瞬のことです。痛みなんて、感じませんから」

 彼女の言葉は続く。

「だから、精々、彼女たちよりは長生きしてくださいね。一秒でも、一瞬でも長く」

「あんた、冗談が好きなんだな」

「はい?」

「……いや、なんでもないよ。そのうちわかるんじゃない?」

 彼女は首を傾げていたが、理解する必要もない、とつぶやき、俺の言葉を流した。

「全力ではないにしろ、東京の方よりはわずかに上。神奈川の首席にはだいぶ――いえ、比べるまでもなく劣る、と。なんだ、あの白い子を残しておくのが最も楽しい展開でしたか。これは読み違いましたね。あなたは仲間を潰せばそれなりに怒りに任せて襲ってくるかと思ってましたが、神奈川の首席にその役割を与えた方が面白そうです」

 好き勝手に言ってくれる。

 だが、予想もあながち間違いではない。怒りはあるし、すぐに相手を叩き潰したい。

 それでも、まずは時間を稼がないと。

「ひとつ、疑問に思ってたんだがな」

「なんでしょう?」

「あんた、本当に姫さんを倒せるとでも思ってんの?」

「倒したでしょう?」

 そう、倒した。

 でも違う。聞きたいことは、そういう意味じゃない。

「さっきから戦闘狂まがいの発言だし、本気の姫さんと戦いたそうにしてるけど、あんたにそこまでの力があるのかって聞いてるんだ」

「おかしなことを言いますね。あの子の剣は私に通用しなかった。それが答えになりませんか?」

「なるかよ。あいつの強さはそんな目に見える部分だけじゃない。あんたには決して理解できないかもしれないがな、俺が認めた奴が、おまえみたいなのに負けるかよ」

「現に負けた後です」

「……そうかもな。でも、あいつは負けないよ。世界を救うその日まで、あいつは負けない。何度でも、何度でも、立ち上がる。それが、神奈川首席だ。俺たちが誇る、天河舞姫だ。だから――あいつが困った時に支えるのが、あいつの側に立つ俺の在り方だ」

 いつだって、彼女を見てきた。

 あの日からずっと、ずっと。

 周りに弱みを決して見せない小さな少女。背負わなくていいはずの正義を背負い続ける、強い子。

「初めは、苛立ちしか感じなかった」

「はい?」

「あんな奴が、なにを言っているんだろうって、理解できなかった。ちょうど、面倒事にあった直後だからかな。真正面から否定して、ぶつかって……そんでもって、やっと可能性に気づいた」

 姫さんと本気で剣を打ち合ったのは、いつだっただろうか?

 もう、いまの俺に剣は振れないけれど、それでも、あのころの記憶は鮮明に覚えている。

 面倒で、疲れて、痛くて、でも、楽しいと思えた。

「だから、これ以上俺の世界を壊すな」

「世界? それはあなたの見ているモノですか? それとも、あなたがいる場所ですか?」

「どっちもだ!」

 これ以上話すことはない。

 いや、もとより言葉を交える必要もなかった。

 これはただの、時間稼ぎ。千草とカナリアが希望を探すまでの、ただの時間稼ぎ。

 そこに俺の生死は関係ない。

「時間さえ手に入るなら、手段はどうでもよかったんだからな」

 掌を見つめ、光が灯ったところで拳を握る。

 そのまま、もう一度突っ込んでやろうと足に力を込めた瞬間、向こうから話しかけられた。

「わかりません。あなたがそうまでして私を止める理由はなんですか?」

「舞姫たちは、この先の未来で必要なんだよ。あと、これは随分と個人的な理由になるんだが――なんて言えばいいのかな。あいつ、笑うとかわいいだろ?」

「はあ……?」

 よくわからない。

 そう顔に書いてあるが、明確な理由なんていらないんだ。俺はただ、彼女たちが生きている希望に賭けただけ。そして、あの子たちの想いを無駄にしないためにここにいる。

「正直さ、巻き込まれるのは嫌いだよ。そこだけは、誰からの干渉であっても嫌だ」

「人の心はわかりませんね。とりわけ、あなたのようなフラフラしていて、時に本気になり、手を抜き――覚悟を決めた顔をする。そんな人間の力の揺れ幅は計り知れない」

 なるほど、周りからはそう見えるのか。

 まいったなこりゃ。

「とんだ過大評価だぜ」

 力の揺れ幅を決めるのは俺のやる気じゃない。

 俺は一人では無力だ。

 一人では守れない。だからこそ、みんながいてくれると言うのに。

「しゃーなしだ。これでも姫さんと打ち合った回数なら神奈川トップでね。あんたの相手も、してやれるだろうさ」

「あら、それは初聞きです。では、やりましょうか」

 これ以降は言葉は必要ない。

 ただ、互いを消すために!

 決意を固めた直後、迫ってくる影を映し出す。

「さあ、楽しみを! 興奮を私に!」

 狂気をはらんだ叫びをあげながら、正面切って、直線に駆けてくる。

「あの日から、初めてかもな。本気で人を潰そうって思ったのは」

 構えたときに一歩引いていた左足を浮かせ、奥足の前蹴り!

「そんな小技で……止まると思ってるならがっかりですね」

 急ブレーキをかけ、すんでのところで放った蹴りをかいくぐる。

 余裕とも、落胆ともとれる表情を見せるが、まだ終わりじゃない!

 足先を相手側に向けつつ、真下におろし、一歩踏み込んだ体制に持っていく。

「がっかりしてる暇があんならかわす努力でもしてろよ!」

 体を反転させるとともに深く沈み込む、瞬時に体のバネを使う。全身で回転力を加えながら右足で飛び上がり、左足を蹴り抜く!

「――っ!?」

 左足は女性の側頭部を正確に捉え、数メートル先へと吹き飛ばす。

「たかが一撃ごときで!」

 命気で強化してるんですけど?

 うちの生徒なら一撃もらえば立ってこないよ? ……化物はこれだから相手にしたくないんだよ。

「特に、戦闘狂の類は致命傷受けても立ってくるからなぁ!」

「致命傷? たかだか蹴りのひとつやふたつ、かすり傷にも劣りますよ」

 彼女の手元にあった鞭はいつの間にか消え、代わりに、傷ついた拳を覗かせる。

 その手の先に、黒い命気が集まっていく。

「おおおッ!!」

 光景が目に入った瞬間には、俺の体は動いていた。

 最初の一撃を無意識に防ごうとしたように、それを撃たせてはならないと、本能が告げている。

 この一撃で、すべてを終わらせる!

 極大の光を携えた拳。

「なかなかです。ですが――」

 日々鍛錬だけは続けてきた、姫さんとでさえ戦える攻撃は、殴るべき相手に届くことはなく。

「――それではあまりに脆すぎる」

 いとも容易く、握り込まれていた。

「なっ……」

「ふふっ、遅すぎて、弱すぎて、つい掴んでしまいました。これは授業料です。どうぞ、死んでから悔いてくださいね」

「クッソォォォォォォッッ!!」

 反対の手で、苦し紛れでもいい! 届けさえすれば!

「なんですか、そのムダ打ちは。闘争にはほど遠い。あなたたちのスタイルは所詮、人との戦いのためにはできていない!」

 相手の女性も、とうとう拳を握る。

 そして、ついに俺の放った拳に、彼女の拳がぶつかる。

 必滅の輝きを乗せた拳が互いを捉え――。

「ぐっ……ああああああああああっ!!」

「なぁんだ、思ったより出力はあるじゃないですか。あの四人を消しとばした一撃は必要ないですが、これならあるいは……いえ、いいです。私まで遊ぶと、怒られちゃいますからね」

 ため息をつく彼女は、急に真面目な表情を作った。

「では、終わりです」

 濃度を増す黒い命気が俺の拳を弾き、その勢いは殺せず、俺を貫いた……。

「がっ……」

 衝撃は俺の体内を駆け回り、足元がグラつく。

「っ、ああ!」

「まだ抗いますか。ほどほどで諦めなさい」

 立てるうちにと放った蹴りは容易にかわされ、呆れ果てたように首を横に振られる。

 だが、そんな動作ひとつにつきあっている余裕はない!

 周りに仲間がいない以上、俺の<世界>では大技は使えない。姫さんを止めたときほどのとんでも威力は叩き出せない。

 やれることは、一回でも多く、速く、動くことだけだ!

「威力は凡庸。速さはそれなり。頭の回転数はいいときましたか。なんとも微妙な性能ですね、あなたは」

「言ってろ」

「もう少し追い詰めれば本性が観れるのかどうか。それだけ確認しておきますか」

 言ったときには、目の前にいたはずの彼女の姿を見失っていた。

「もう飽きました。それなりに観れる部分もあるかと思いましたが、やはり残すなら一位でしたね。失望です、あなたには」

 次に姿を認識したときには、俺の体は、姫さんたちを消しとばした光弾に包まれていた。

 失意の中に沈んでいく意識の中、俺はひとつの過去を思い出す。姫さんたちとの、ひとつの記憶を――。



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日々のために

 毎日のように、耳にする。

 世界を救おうと、救いたいと。

 最初は、その声が遠くから聞こえて来るだけだった。でも、時間が経つごとに、しだいに近くで聞こえるようになっていった。

『キミ強いね! ねえ、あれはなにをしたの?』

 初めて会話をしたのは、前線に駆り出されたときだったか。あのときも、姫さんが想定外の力を振るったから、後ろにいる生徒を守るために止めたんだっけ……。

 そこで目をつけられて、ことあるごとに生徒会メンバーも含め追われたりと、いろいろあったな。

 いまでこそほたるがいるが、少し前まで、他の生徒がその座に居座っていたんだ。そいつはある事件で亡命しちまったけど、ほたるが来てから、あいつは自然と笑う回数が増えた。

 出会った当初は、毛嫌いしていたはずなのに……。

 できもしないことをできるように、叶わないことを叶えようとする背中。

 だから嫌悪していた。

 強さだけを振りかざす正義はあってはならない。そう、思い込んでいたんだ。

 だから、一度だけ、彼女に剣を向けた。

『あんたがなにを考えてるのか、見極めておく必要がある。つきあえ』

『うん、いいよ! みゆちんと特訓だね!』

『え? いや、そうじゃなくてだな……待て、みゆちんってなんだ!?』

『自由だから、みゆちんだよ? 難しかったかな……』

 なにが難しいのか、いまでも理解できない。

 このときから、俺の呼ばれ方は姫さんの中で固定されたのだ。彼女の本心を聞くのは本当に大変だった。のらりくらりとかわすかと思えば、核心をついてくる。

 その間も攻撃の手を緩めないのだから、命がけの問いかけだったと、後になって思い知らされた。

 だからこそ、ほたると出会って、周りからも好かれているいまを、守ろうと思ったんだろう。そこに、俺の意識がどれだけ働いているのかわからない。

 ただ隣で観ていたあの子を支えてやろうと、困ったときだけは、力を貸してやろうと、失ったモノを埋めるように求めた。

 ああ、だからこそ、寝てはいられない。

『じゃあ――今日も世界を救おっか』

 何度、その言葉を聞いてきた? 神奈川に危機が迫るたび、<アンノウン>が都市に攻めこむたびに言っていただろ?

 無条件で戦えない者を、弱い者を守る姫さん。

 その姿に憧れたことはなかったが、その姿を、正しいモノだと認めたのはいつだったか。

『だいじょうぶ。私、強いから』

 思い出した――。

 一言。たった一言を聞いたときだ。

 拳を握りこんで、平気ですって顔してるときの彼女を見たとき、なんとなく、納得できたんだ。

 どれだけ強い力を宿していようと、無理しているただの子どもなのだと、歳がそう変わらないながらも、わかってしまった。いまでこそ、ほたるという存在が彼女を支えてくれているが、当時は誰も、本心を知ろうとは思わなかった。

 姫さんは強くて優しいヒーロー。

 そんな意識が、強く根付いていた。いや、いまでもそうだ。でも、根付かせたのは姫さんだ。

 いつもいつもいつも、自分だけを犠牲にするやり方に、いつの日か、守ってやらなければという思いが生まれていた。

 おかげで、いまじゃ俺も彼女たちの側にいる。

 いなくてはならないと、思い始めている。

 姫さんがどうにかできないとき、どうにかするまでの時間を稼ぐときもくるって、わかってた。

 俺が救いたいのは、最近手放せなくなりつつある日々。そこに生きる人たち。

 だから――。

「だから、あと一歩だけ……進ませてくれ」

 意識が急速に浮上し始める。

 痛みが、刺激が体を走り抜ける。

「っ、ぐぅ……」

 全身が痛い。

 当然か……モロに体に受けたんだ。痛みを感じない方が怖い。

 ここまでやられてちゃ、わけねえな。ったく、あんだけ大口叩いてこれとか、笑えない。

「仕方ない、かな……」

 足は動かねえし、手は痛みが酷い。

 意識はあるけど、ハッキリとしない。いつ手放すか、わかったものじゃない。

 千種たちは、誰か一人でも発見できただろうか? それとも――。

「…………ハハッ、おっけー」

 でも、笑顔ってのは、こんなときでも出てくるものだ。いや、こんなときだからかな?

「なぜ、笑うのですか?」

 結構飛ばされたのか、近距離で戦っていたはずの女性が、遠くから問いかける。

「笑うさ。人が笑えるのは、悲しいときばかりじゃない。嬉しいときにはな、自然と涙が出るもんなんだ」

「はあ? 私には一生理解できそうにありませんね」

 だろうな。

 俺とこいつは違う。同じ人はいないとか、そういう意味じゃない。

 見たい未来が決定的に違うのだ。

「あなたが存外頑丈なのはわかりました。ですが、やはりつまらない存在なのも確認できました。先ほどの一撃が最後のチャンスだったのです。もうやるべきことも終わっているので、どうか安らかに」

 やるべきこと……?

 そういえば、最初はそれを探る任務だったような気がする。

「あと一撃だけ、凌いでみるか……そしたら、もう寝てもいいよな」

 目が霞む。

 正面から受けきるには、耐久力が足りないか。

 足が震える。力が思ったように入らない。それでも、あと一撃だけ……。

「俺の<世界>は、人々の想いも、希望を背負っていくための力だ」

 体重をかけると、軋む音が鳴る。

 全部の不調を無視して、徐々に腰を浮かせていく。少しずつ、少しずつ、地面から体が浮いていく。

「……不愉快ですね。頑張ればどうにかなる精神は極めて害悪だ。人は限界を超えられないし、弱い者がたてつく傲慢さは何者にも劣る劣悪な感情だ!」

 彼女が始めて、人らしい感情を見せた。

 怒り……。俺に対してではなく、姿勢に対してのものだろうか。

「消えろ――ッ!」

 姫さんたちのときとも、これまでも違う。

 感情の滲み出た、手加減なしの剥き出しの一撃。それがくる!

「なにがトリガーになるかわからないから、関わり合いってのは怖いねぇ……話したこと後悔するわ」

 いまだに相手の<世界>がわからない。わかってるのは、出力兵装が鞭であることと、命気操作がよほどうまいのか、出力も高いせいなのか、凄まじい威力を叩き出すってことだけだ。

 こっちから仕掛けるのはほぼ不可能。

 受け流すしかない、か。

「はあ……帰りてぇ」

 帰れたら、いいんだけどなぁ。

 視線の先。

 せめて、退却させないと!

「退屈な方々は、さっさと退場しなさい!」

 三度、光弾が俺に迫る。これまでよりも、巨大で凶悪な力の塊。守るためではなく、壊すための……。

「壊させない。あんたの<世界>がなんであれ、俺の<世界>は、あんたを否定する!」

 極光が空を割り、俺の体に降り注ぐ。

「なに!?」

 今度こそ、絶対に。

「ですがムダです! あなた一人で、なにができると言うのですか!」

「一人、か。そうだな。俺もさっきまで、そう思っていたんだがな……」

 どうにも、お節介が過ぎる。

 手を真横に振ると、光弾が光に呑まれ消えていった。

「その程度は予測済みです。ここからが――ぐっ!?」

 光弾を潰し終えてすぐ、奴は俺に肉薄してきた。だが、命気で包まれた手刀が俺を斬り裂かんとしたとき、ひとつの影が俺と彼女の間に割って入ってきた!?

「チッ、おのれ!」

「無能なりによくやってくれた。カナリアを守ってくれたことにも、礼を言う。天羽、おまえのおかげだ」

 俺のすぐ前まで迫っていた敵を退けてみせたのは、消し飛ばされたと思われていた、壱弥だった――。

「遅いんだよ、おまえら……」

「フン、貧弱なことだな」

「それはどっちだボケ! どうせ千種に拾われて、なんとか復活したんだろ」

「……」

 都合の悪いことは黙る気かチクショウめ。

「まあいいや。とりあえずは助かった」

 こっちは限界に近いし、一人でも復帰してくれれば、気が楽になる。

 問題があるとすれば、俺たちの戦力差がなにも変わっていないことくらいか……。

「しぶとい連中ですね、気持ちの悪い」

「安心しろ。気持ち悪いのは俺じゃない。おまえの言う気持ち悪いというのは、そいつらのことだろう?」

「なにを言って――上か!」

 鞭をしならせ、真上に横一線。

 甲高い音とともに、降ってきたなにかを弾く。

「こざかしい! あなたの一太刀など、さきほどの攻防で効かないとわかりませんか!」

「わかんないな。だってまだ、私の全部、出してないもん」

 ――よかった。

「思ったより早いお目覚めだったな、姫さん」

「うん! 時間、稼いでくれてありがとね」

 意識を取り戻してすぐのとき。

 敵のさらに後方から、千種とカナリアの姿が見えていた。その横に、寝かされた四人がいたことも。

 あとは、千種が示した時間を耐えぬくだけ。

 そう、一撃ぶんだ。

「千種が示した時間を稼げれば、どうにかなるんだと思ってたが、まさか逃げ切る時間じゃなくて、反撃に回る時間だとは、恐れいった」

 帰ってこない。

 彼はそう言って、離れていったはずだ。

 確かに、帰って来たわけじゃない。

「捻くれた奴……」

 てっきり俺を切り捨てるもんだと思ってたんだがな。その覚悟も、理解もあったというのに。

「東京、神奈川のトップはこれだから……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」

 安定しなくなってきたな。

 丁寧な話し方は、もうできていない。

「こんな、クズどもぉぉぉぉっっ!!」

 女性が一歩踏み出した瞬間、背後から銃弾が放たれる。

「アアッ!」

 叫びとともに、鞭で打ち払う。

 その鞭が伸びきった瞬間。

「二の太刀・〈閃塵〉」

 いくつもの斬撃が、鞭を粉々に破壊した。

 斬撃は一呼吸のうちに鞭を柄の先まで斬り裂くと、彼女の腕までを抉っていく。

「ヒメに与えた傷のぶんだ。なに、これからすべて返済してやる」

「お姫ちんがいなかったら、こんなに早く復活できてないけどねぇ」

 女性を囲むように、俺たちとは反対側から、ほたると千種妹が降り立つ。

「貴様ら、揃いも揃って、なぜ生きている……」

「ん? それはほら、すんでのところでお姫ちんが全員を海に叩き落としたからっしょ」

「あはは……ごめんね、痛かった?」

「別に。だって、残った方が痛そうじゃん? だいじょうぶ?」

 謝る姫さんに対し、心配そうな顔をする千種妹。ほたるも、横では申し訳なさそうにしている。

 そういう、ことなのか。

「全然、平気だよ! 私、強いから!」

 姫さん一人があいつの光弾を受け、残りは直撃する前に姫さんに飛ばされたと。

 それなら、まあ……気を失うか一定時間立てなくはなるかもな。

「姫さんが十分以上動けなくなる威力とか、考えたくないんですけど? でも、これであんたもわかったろ! 勝ってないんだよ、おまえ」

 周りに、希望が集っていく。

 今度は前とは違う。

 全員が連携して、相手にできるはずだ。お互いをカバーしあえば、こいつ一人なら、なんとか――。

「ほう。存外、苦戦しているではないか。そうか、少しは強くなったのだな、自由」

 ――声が、辺りに響いた。

 昔から聞きなれた、けれど、大っ嫌いな声。

「どれ、その血の味、私に教えてみろ」

 俺たちから離れた位置に積み重なった瓦礫の上。

 そこに、黒が立っていた。

 瞬間、自分の中の警鐘が、かつてないほどに鳴り響いた――。



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天羽

 俺たちから離れた位置に積まれた瓦礫の上。そこには、腰をくすぐるほどに伸びた黒髪に、真っ黒い双眸。冷え切った笑みが、こちらに向けられていた。

「自由、まさかあの場から生き残っていたとはな。四年前、確かに殺したと思ったが……」

 その口から発せられる声も、ひどく冷たい。そう思ってしまうのは、俺だけだろうか。

「生憎、おまえの思い通りになるほど素直じゃなくてね」

「可愛げの欠片もないのはそのせいか」

 うるさいことで。

 だが、この乱入者はちょっとやばい。

 この場においては、たとえ姫さんだろうと優位は取れないはずだ。打倒できる可能性を秘めているのはほたるなのだが、果たして通じるものか……下手を打てば出力兵装を破壊されて終わりだ。

「やっかいだな」

 ただでさえ、怪物じみた女をなんとか囲ってる最中だってのに、こんなときに限って出てくるか、普通。

「――ああ、そうか。こんなときだからか!」

 混ぜっ返すのは大好きだよな、おまえ。恐ろしく、強く、残酷で。それでいて、内心は迷ってて、ただの人みたいで。

 嫌になる。

「ねえ、みゆちん……」

 なにより、姫さんに不安そうな顔をさせるのが最も嫌なことなのに。どうして、俺が嫌うことをするんだろう。

 あの日、理由もなく俺を救ってくれた彼女に失礼だ。

 どれだけ親しかった過去があろうとも。長く過ごした時間があろうとも。どんな関係であれ、拒絶しなくてはないらない!

「姫さん、俺はこれでも、救われてる方だと思ってる。だから、だいじょうぶだ」

 仮に、あれが誰であれ、戦える。

 隣に、周りに、仲間がいてくれるなら、きっと。

「怖い目だ。嫌われたものだな、自由?」

「大っ嫌いだからな、事実として。身に覚えがあんだろ? おまえ、許されると思うなよ」

 他の連中は俺たちの会話の内容を理解できないだろうが、いまはそれでいい。

 あんな奴のことを、話すこともないだろう。

「初めから許される必要もない。私は私のやりたいことをやるだけ。おまえはおまえの好きにするがいい」

「そうさせてもらうさ。ほら、さっさと消えろ」

 もう、なんとなくわかってきた。

 あの日感じた、気配の正体。

 今日こうして、この場にこいつらが来たこと。ふたつのことは、無関係ではあるまい。そして、<アンノウン>の死骸の件も、間違いなく、やったのはこの女だ。

「なんのつもりだ?」

 俺が彼女に向け構えを取ると、不思議そうに聞いてくる。

「もちろん、おまえが手を出すのを止めるんだよ」

 正直、真正面からだけでなく、背後からの不意打ちだろうと戦うのはごめんだ……だけど、俺がやらないと。

「……ふらつく体でよく動くな。だが、そこの女の言葉を借りるわけではないが、つまらん」

「なに?」

「おまえは叩き潰すに足る男だが、それは十全の貴様だ。そのボロボロの状態で戦って、私を失望させるな」

 全員が成り行きを見守るなか、真ん中で堪えていた人物が、叫び声を上げる。

「ぐだぐだ、ぐだぐだと……話すなら他所でやってもらえませんかねぇ! こっちとら、この場の全員殺したくて仕方ないんですからぁ。みんなみんな、ズタボロにしてやるぅ!」

 これまで包囲していた方の女が、我慢の限界に来たのか、傷など無視して、腕を振り上げた。

 あの位置だと、クソッ! 姫さんに当たる――。

「うるさい」

 直後、不機嫌な声と共に、女が地に伏していた!?

 違う! 踏みつけられているんだ、あいつに!

「どういう、つもりだ……?」

 俺は、二人が一斉に俺たちに迫ってくるものだと、そう信じて疑っていなかった。だが、現実はどうやら、違ったらしい。

「どういう、か? 私は話の邪魔をされるのも嫌いでな。ちょっとした知り合いではあるが、まあこの程度なら許されよう」

 唯我独尊。

 タイプは違うが、こいつも自由に、そして凶悪に生きる者だ。

「俺の前にのこのこ出てきたということは、潰されても文句はないな」

 そんな女に、壱弥が好戦的な笑みを見せる。

 千種妹も、銃を向け、ほたるも剣の柄に手をかけた。

 姫さんは警戒しつつも、剣を向ける気はない。

 千種はこちらをスコープ越しに見ているだけだ。

「まったく……そう急くな」

 周りの光景を見て、彼女の顔に張り付いていた笑みが、狂喜に歪むのを見た。

「慌てずとも、貴様ら全員、いずれ相手にしてやろう」

「いずれ? いいや、おまえはここで終わる!」

 誰も、彼女の恐ろしさを知らない……かつて共に暮らしていた俺だけが、チームを組んでいた俺だけが、ここでの危機を回避できる!

「やめろ壱弥!」

 彼が動き出す前に、静止の声をかける。

「どういうつもりだ、天羽!」

「説明はもちろんす――」

 話し終えるより早く、黒髪をたなびかせ、手を掲げる。

「――全員、こいつから離れろォッ!」

 周囲に<世界>による衝撃を放ち、みんなを彼女から遠ざける。

「相変わらず、反応の早いことだな」

「うるせえ!」

 動かれる前に、叩く!

 ここからの行動は、我ながら速かった。

 彼女に肉薄し、その右頬に拳を突き刺す!

「あ、が……?」

 呻き声が上がったのは、しかし。俺の方だった……。

自動反撃(オートカウンター)。おまえも学ばないな、自由」

 俺の腹部に、深々と刺さった、女の手。

 しまった、こいつ前より……防御力も攻撃の鋭さも、上がってやがる!

 足がよろめき、後ろに倒れる。

「みゆちん!」

「天羽!」

 吹き飛ばした奴らの、呼ぶ声が聞こえる。

「フン、おまえらを庇ったせいで、こいつはあえて私に迫ったのだろうな。報われん奴よ」

 そんなことはない。もう十分に、報われている。

 だから――。

「自動反撃くらい、対策はできてんだよ」

 鍛えられた、鋼の肉体から実現されるアホみたいな防御力。すでに、最高峰の出力兵装ですら傷をつけられないだろう。

 その上、反射レベルの速度で繰り出される手刀での反撃。

 だが、あいつは初撃、一対一の場合は好んで腹部を狙う癖があった。

「運がいいな、俺も」

 穴の空いた服の隙間から、厚めの石板が落ちる。

「肉を貫いた感触がないとは思っていたが、そういうことか」

 彼女も納得したらしく、舌打ちを鳴らした。

「まあ、いい。今日は潰しにきたわけではないからな。いずれまた会おう、自由。あのころの話しでもしながら、ゆっくりとな」

「待てよ。おまえ、なにがしたいんだ? おまえは自分の<世界>で、なにを成そうとしている?」

 かつて、俺のチームにはあまりに異質な<世界>を扱う者がいた。

 そいつは、俺以外のすべての人に自分の<世界>のことを誤った認識をさせていた。

 彼女は『デュアル』でも、異なる<世界>を複数持っているわけでもない。

 実態は、誰よりも凶悪で、あってはならない夢を見たための悪なる<世界>を顕現させていたのだから……。

「おまえは、倒した<アンノウン>たちの力を手に入れて、世界になにを望むんだ、 斬々(きるきる)!」

 彼女――天羽斬々に、あの日から問いかけ続けた言葉を投げかける。

「……」

 しかし、今回もまた、答えはない。

「自由、おまえはまだ、この世界のことをなにひとつ知らない。いずれわかるときが来るだろうさ。さて、私たちはもう、ここでやるべきことはない。先日に欲しい情報は奪えたからな」

「やっぱり……俺が感じた気配の正体は、おまえたち二人か」

「ああ、ごまかしたりはしないさ」

 苛立たしい。

「では、また会おう。そうだ、ひとつだけおまえに教えておこう。私の<世界>は、故意に<アンノウン>を呼び寄せることもあるとだけな」

 その一言を残し、斬々は下に踏みつけていた女性を気絶させ、軽々と背負う。

「こいつは返してもらおう。こんなのでも、必要な人材だからな」

「待てよ。おまえはあの日、なにを見た? ただの<アンノウン>を見たわけじゃないんだろ!? でなきゃ、おまえの<世界>があんなものであるはずがない! 答えろ斬々、あんたが眠りにつく前に会った存在のことを!」

「――おまえの問いには、いずれ答える日が来るだろう。だが覚えておけ、自由。世界は決して、正しくないとな」

「なにを……」

 それ以上の会話は必要ない、というように身を翻すと、<アンノウン>がゲートを通って出現するように、その場の空間が歪み、それっきり、天羽斬々――俺の姉であり、元チームメイトであった女性は、姿を消した。

 後には、言いえぬ不安だけを俺に蟠りのように残して。

 

 

 

 

 敵を取り逃がした後、全員の視線が俺に集中する。

「で、だ。なあ天羽。おまえ後に現れた奴と知り合いっぽかったな」

 千種が代表して、話しかけてくる。

 ここで隠しても、無意味か。

「そう、だな」

 すべてを話すのは長い。必要な部分だけ切り取って話すか。

「彼女の名前は天羽斬々。俺の実姉だ。そんでもって、四年前まではチームを組んでいた人でもある。ある事件から、亡命しちまって、そこからはまるっきり噂を聞かなかったんだが――」

「今日会ったら、わけのわからないことに手を出していました、と?」

「まあ、そうなる」

 神奈川陣営を除いた四人から、ため息がこぼれる。

 これは、あれか……みんなから文句の嵐になる、超絶面倒な事態になる奴か……。

「それで、あいつと戦うのを止めたのはなぜだ?」

 不機嫌そうな壱弥に問われる。

「彼女には、ただ普通に戦っただけじゃ勝てない。半端なことをすれば、一撃を流され、反射レベルの反撃を受けてお終いだ。だから、誰かが傷つく前に止めたんだ」

「余計なことを……」

 だとしても、あいつに――斬々に誰かを傷つけられるのは嫌だった。なんと言われようとも、俺のしたことに後悔はない。

「まあまあ、おかげで万年四位さんは無事だったってことだろ? ならいいでしょ」

「だね。今回の犯人もわかったし、捕まえられなかったけど、報告内容としては、決して悪いものじゃないよ!」

 千種とカナリアがそう言う。

「捕まえられなかったのは、悪い報告だとは思うけどね」

「うっ……困ったときは、笑顔だよ!」

 千種妹の追求に、作り慣れた笑顔を向けるカナリア。

「おまえら、俺を責めたりとかはないんだな」

 ぽつりと声に出てしまったつぶやきが聞こえてしまったのか、再び全員の視線が集まる。

 しまった……言ってから後悔するとはこのことか。

「おまえのなにを責めるんだよ」

「え?」

 だが、返って来た言葉は、予想とまったく違うものだった。

「そうだよ! 私たちだけなら、いっちゃんたちを助けられなかったもん」

「やられてた側が言えることじゃないけど、残ってくれてなかったら、全滅だったし?」

 わからん……おまえの肉親のせいで! と怒ってもいいところだろうに。

「誰も、みゆちんを悪者になんてしないよ」

 後ろに回りこんだ姫さんが、後ろから抱きついてくる。

「だって、みんながみゆちんのいいところを知っているんだもん。だからもう、怖がらないで」

 姫さんの優しい声が、聞こえる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだから」

 俺の過去を少なからず知る少女。唯一、死にかけたあの日に駆けつけてくれた女の子。

 たぶん、後ろにいる相手は、俺にとって安心できる居場所なんだと思う。

 最初はあれだけ嫌っていたのにな……。

「ありがとう、姫さん」

「ううん、私の台詞だよ、それ。ありがとう、みゆちん。今日も、この前も、たくさん、ありがとね」

 どうやら、今回の任務はこれで終われるだろう。

 痛む体に鞭打って旅館まで戻ろうとしたところ、俺から離れた姫さんが、全員に聞こえる声で宣言した。

「じゃあ、全部終わったし、今夜はまくら投げ大会だよ! さあみんな、楽しい夜はこっれからだぁ!」

 ………………わ す れ て た !

 無邪気にはしゃぐ姫さんと、その隣で笑顔を見せるほたる。

 続くようにして、会話に混ざっていく千種妹とカナリア。

 こうなれば、回避は不可能、だろうな……。

 どうやら、夜はまだまだ長いらしい。

 俺は静かに、覚悟を決めて、旅館につながる道を歩き出した。




次回は姫さんと楽しい楽しい日常回だやったね! なお、男性陣は潰される模様。
ヒメニウムを最大限に補充できるような話にできるよう頑張ります!
では、また次回で。


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激闘を終えて

今回から二回ほどにかけてはのんびりとした日々を書いていこうかと思います。
では、どうぞ。


 危機的な状況を回避して旅館に帰ってきたまではいいが、なぜこうなった……。

 俺の足元に転がる、二人の屍体。

 辺りに散らばる、無数の枕。

「バカどもが……」

 事の発端は、旅館に帰ってきてすぐ、風呂に入る前に枕投げをやろうとか言い出した女性陣によって始まった虐殺は、しかし。練りに練った俺たちの作戦により勝利を収めるはずであった。

 だというのに……。

「それはズルくないか? 千種と壱弥にとっては確実に特攻入るし」

 浴衣に着替えてきた女子二人を見て、一瞬の隙を突かれて二人は潰されたのだ。

 大方、千種妹とカナリアに見とれていたのだろう。

 これだから、こいつらは。

「とは言っても、全員枕投げてきてたのに、顔面に姫さんの投げた枕が当たるとは……運のない」

 特に千種は、妹から顔に一発もらってからの姫さんだからなぁ。一発目だけなら喜べただろうに。

 で、残るは俺だけなんだが、

「これって降伏は許されんの?」

「みゆちん、そんなつまらないことは許されないよ!」

「覚悟決めて、かかってきなよ」

 あっは、とりつく島もねえ! 姫さんだけでもチートだろうに、そこに三人も加わったら無理だから!

「だが、俺は力の暴力には絶対に屈さな――ぐぼぉ!?」

 物凄い勢いで飛んできた枕が、顔面に直撃した。

 クソッ、これ枕かってレベルの威力を出すんじゃねえよ……。

 倒れゆく中、この殺戮ショーが夜にもおこなわれるだろうことを思い出し、絶望の中、俺は意識を手放した。

 

 

 

 軽い前哨戦を終えて、先ほどの戦場となった広間で、倒れたままの姿勢で目を覚ました。

「……残ってるの俺だけかよ」

 一緒になって意識を失っていたはずの千種と壱弥はすでに起きているらしく、どこかに出て行ったのだろう。

 薄情な……。

 怪我も治りきってないためか、体が重い。

「問題事は以前山積みだし、夜はおっかない行事が残ってるし……はあ、憂鬱」

 もう、このまま寝てようかな。

 寝てれば災難に遭うこともないだろうし。よし、そうと決まれば……。

「みゆちん、起きてる?」

 狙ったかのように顔を出した姫さん。

「おう、いまから寝るところだ。ひとまず明日まではな」

「え!? 起きた、んだよね?」

「そう、起きたんだよ」

「寝ちゃうの?」

 わけがわからないらしく、可愛らしく首を傾けられた。

 そもそもの話、俺の意識を奪ったのは彼女なのだが、いまさらやることなすことにいちいち文句を言っても聞かないだろう。

「起きてろと言うなら起きてるけど、枕投げには参加しないからな?」

「あー……枕投げは禁止になっちゃって」

「ほう? と言うと?」

「みゆちんたちが気絶したあと、みんなからやめようって話が出てね」

 ですよねー。

 でも、ちょっと止めるの遅かったよね。被害が出てからやらない方向に進んでもすでに遅いって……何事にも犠牲はつきものか。

「で、どしたの姫さんは」

「みんなでご飯食べるから、みゆちんを呼びに来たんだよ!」

 俺が作ってもいないのに、飯が用意されているだと? なんだよ、快適空間かよ。

 ならさっさと行こうじゃないか。

「わかった、素直に起きますよ」

「うん! じゃあ行こっか」

 俺の手を握り、元気に前を歩く姫さん。

 ふと、思い返してみてわかったことだが、彼女が自分から俺に触れてくるようになったのは、ごく最近のことだ。出会った頃俺が嫌っていたこともあり、触れさせたことは、戦闘事以外なかったと思う。

「丸くなったもんだな、俺も」

「ん?」

「いや、姫さんといると誰も彼もが変えられちまうもんだと恐怖していたところだ」

「恐怖!?」

 そう、あながち間違いではないのだ。

 自分であったはずの意識が過去のモノになる。これを怖いと思わない人間が、何人いることだろうか?

 俺はたぶん、まだ恐怖から解放されていない。

 過去の自分と、いまの自分。正しさがどちらにあるかなど、答えなんてないんだから、怖くて当たり前だ。

「つくづく、前を向いていられる人は凄いと思うよ」

「そうなの?」

 自覚がないのか、天然なのか。

 今日も前を向き続ける少女の小さな手を握り返す。

 その動作に気づいて、笑顔になる彼女の顔を眺めながら、目的の部屋まで案内してもらう。

「なあ、ところで夕飯はなにを作ったんだ?」

「えっとねぇ、いろいろ食材があったから、バーベキューでもしようかってことになったよ」

「へぇ……」

 絶対に作るの面倒だっただろう、と口から出かかったが、言ったら最後、これから作らされる未来が容易に想像できたので口を閉じた。

「みゆちんつれてきたよー」

 端にある一室のドアを開け、入っていく姫さん。引っ張られ、続いて入ると、その部屋は外に繋がっていて、外では壱弥と千種が汗だくになりながら数々の食材を捌いていた。

「おーおー、本当にやってるよ」

「あ、みゆちんやっほー」

「おう、千種妹」

 っていうか、おまえも俺のことは姫さんと同じ呼称なのね……浸透させないでくれ、姫さん。

「いや、そろそろ千種妹ってやめてよ」

 確かに、会った当初に名前で呼べと言われてはいたが……。いや、要求には答えた方がいいな、うん。

「ところで明日葉、おまえらはなぜここに残ってるんだ?」

「ん? お兄たちが焼いてくれてる間は待っててもいいかなって」

 相変わらず大変だな、兄ってのも。

 内と外が繋がってるからこそ、女性陣は楽をしているわけか。

 ちょっと外に出ればいいものを。距離的には数歩だろ?

「あれ? そういや姫さんとほたるは? って、カナリアもいないじゃん」

「カナちゃんはあそこ」

 明日葉の指差す方向には、壱弥の隣であれこれ言っているカナリアの姿が。あのぶんだと、二人だけにやらせるのは悪い! とか言って手伝いに行くも、壱弥にじっとしていろ、などと言われているのだろう。

 彼らの方から、『困ったときは笑顔だよ!』と聞こえてくる。

 困っているのは壱弥だろうに……ほら、笑っておけ、壱弥。

 なんて思っていたら、箸でカナリアの頬を摘む壱弥の姿が映るものだから、微笑ましい。

「あ、お姫ちんたちは、浴衣着てくるって出て行ったよ」

「俺、聞いてないんだけど?」

「みゆちんが来る前から話していたことだからねぇ」

 よく見れば、俺以外全員浴衣じゃねえか。

 明日葉は浴衣、よく似合うよな。たぶん姫さんより似合う。

「なに?」

「なんでもない」

 正直に言ったらぶっ飛ばされそうだし。

「明日葉ちゃんも、箸で摘まれたい?」

「お兄きもい。ほんとにきもいから……いいから、お肉焼いてきて」

 作業をやめて戻ってきた千種は、手に持った箸をカチカチと鳴らしていたが、一蹴されていた。いや、その対応が当然であるとは思うが。

「暑そうだな、千種」

「そりゃ暑いでしょ。天羽が寝てる間も準備頑張ったんだから」

「ウケる。お兄、焼く作業しかしてないじゃん。しかもサボってるし」

「サボりたくもなる。横で4位さんがいちゃついてるんだから、リア充爆発しろって思うまである」

 わからんでもない。

 隣であの光景を見せつけられたら、逃げたくもなるわな。

「変わるか?」

「任せた……俺はもう飯ができるのを待つ」

 千種と入れ替わるように、草履を履いて外に出る。

「天羽か」

「あ、自由くん。もう平気?」

 東京組の二人が、揃って口を開く。

「平気だ。それより、手伝うことは?」

「ない。俺一人で十分だ。おまえも千葉カスくんも、中で待っていろ。もうじき全ての食材を切り終える。食える段階になったら呼んでやる」

「えっと、あとは任せてゆっくり休んでいろ、と」

 カナリアが伝えてくれるが、なるほど。彼女が訳してくれるとわかりやすいな。

「わかった、じゃあお言葉に甘えて」

 久々になにもすることのない夕飯だな。

 自分で作るわけでもなければ、誰かに振る舞うわけでもない。

「おっ待たせ〜! どうどう、みゆちん?」

 跳ねるようにして部屋に入ってきた姫さんが、真っ先にこちらに走って来る。

「おい、ヒメ。走ると危ないぞ」

 まったくだ。走ると危ない。

 特に、なにかの拍子に躓いて、そのまま突進に近い形ですっ飛んできているいまとかね!

 いやー、ほんと危ないなぁ。

 ちょっとした衝撃を体に受けつつ、姫さんが上から降ってきやがった。

「ったく、受け止めるこっちのことも考えろよ……」

「えへへ、ありがとう、みゆちん」

 両手で抱えるように受け止めてやると、視界に浴衣姿の姫さんが映り込む。

 白地に、青い朝顔が散りばめられたデザインの浴衣。

「ふーん、かわいいじゃん」

「ありがとね!」

 しっかし、裸足で外に飛び出したせいか、その場に下ろすわけにもいかず、一度中へと戻る。

「浴衣を着れて嬉しいのはわかるけど、落ち着けよなぁ」

「はーい!」

 ほたるはだいぶ地味なのを選んできたな。

 彼女らしいって言えば、彼女らしいんだが。

「ねえ、みゆちん」

「なんだ?」

「あの、そろそろ下ろしてもらえると」

「それもそうか」

 なんのために戻ってきたのかわからねえもんな。なんか、この状態が自然のものになりつつあったわ。

 あのまま過ごしていたらほたるに斬られて神奈川から追い出されていたまである。

 生きてるだけマシか?

「楽しそうだな、4位さんは」

 千種の隣に腰を下ろすと、外の様子を眺めていたのか、そうこぼした。

「カナリアにだけは甘いよな、あいつ。小さい頃からの知り合いだったりするのかね?」

「俺が知るわけないでしょ、4位さんのことなんてさ」

 てっきり知ってるかと思っていたんだがな。好んで言い合いにいってる節も見られたし。少し意外だったな。

 踏み込んではこないってことか。

「ねえ、明日葉ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃん、結構疲れてるんだけど、膝枕とかしてくれない?」

「いやだ」

「ですよねー」

 諦めはえー……。これ確実に無理ってわかってて言っただろ。わずかにさえいける空気のない否定っぷりだったぞ。

「膝枕かー。ほたるちゃん、してあげようか?」

「ああ、ヒメが言うのなら」

 言葉のわりに、行動は早かった。

 姫さんが座り込むとほぼ同時に、顔をうつむけにして姫さんの膝に埋めたのだ。

 ぶれないなぁ……。

「もお、くすぐったいよ、ほたるちゃん」

 姫さんも受け入れてるし。まあ、この子素直だからなに言っても最初は信じてくれるんだよな。

「みゆちんも、あとでしてあげるね」

「あ? おう、ありがとな」

 姫さんにされると四天王が黙ってないからなぁ……今回はほたるが先にしてもらってるから、特に被害が及ぶこともないだろ。

 危険ではあるが、理解もある……はずだ。

 つい流すように答えちゃったけど、だいじょうぶかしら。

「ふ〜ん……なら、お姫ちんがしてくれるまで、あたしがしてあげよっか?」

 悪い笑みを浮かべた明日葉は、ちらりと兄である千種へ視線を向ける。

「え? ちょっと明日葉ちゃん? お兄ちゃんはダメで天羽はいいの?」

 案の定、千種は狼狽しまくりで、頭を抱えながら膝をついた。

 その様子を笑いながら眺めているものだから、仲のいいものだ。

「千種、落ち着け。おまえの妹のいたずらだ」

「なん、だと……? いや、よかった落ち着いた。むしろ安心したまである」

「え? あー……別にしてあげてもいいとは思ってるけど」

 髪をいじりながら、明後日の方向を見ながら言う明日葉。

 あ、千種がまた頭を抱え出した。

「なにがどうなってるやら」

 とりあえずは、もうしばらくのんびり過ごせそうだ。

 疲れもあることだし、せっかくの申し出だ。そういったやりとりは眼目のせいで慣れてるし。

「なあ、明日葉」

「なに?」

「せっかくだし、頼んでもいいか? 思ったより、疲労激しいんだよね」

「あ、うん……じゃあ、お姫ちんの番になるまでの間だけ」

 俺の横で、この世のものとは思えない悲鳴があがり、声の主はそのまま後ろへと倒れていった。



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その問いかけは

 はあ、なんていうかいいなぁ。

 普段から割とゆっくりしてはいるが、いつもいたずらか危険と隣合わせのゆったり感しかないから、こうして不安のない中誰かと過ごすのは悪くない。

「で、壱弥はいつになったら俺たちを呼んでくれるんだ?」

 見上げると、こちらを見下ろす明日葉の顔が視界に入る。あ、目逸らしやがったこいつ。

「ダメだよ、みゆちん。明日葉ちゃんに怖い顔しちゃ」

「待って、なんで俺が睨んだ前提なの? おかしくない? ねえそれおかしくない?」

 納得いかん。

 俺がなにしたっていうんですか!

「落ち着け、天羽。ヒメは正しいことを言っている」

「おまえはその贔屓もとい姫さんに服従の姿勢をやめろ。友達なんだから、正すべきところは正せ」

「ヒメに正すべきところなどない。ヒメはヒメだ。私はヒメをいつだって肯定する」

 どうしてくれよう。

 一度姫さんから離した生活をさせるべきか……無理だな。あの手この手で帰ってくるのが見える。

「ねえ、みゆちん」

「明日葉に呼ばれると違和感があるんだかないんだか……なに?」

「膝の上で動かれると、くすぐったいからじっとしてて」

「……はい」

 ほたると話すうちに、無意識に動いていたらしい。

 なんてやりとりをしている間に準備ができたらしく、壱弥とカナリアが外から顔を出す。

「なんだ、この状況は」

「いっちゃんもしてほしい?」

「バカナリア……いいから、全員出てこい。夕飯だ」

 それだけ言うと、また戻っていく壱弥。

「だってさ。行くか」

「うん」

 明日葉に声をかけ、先ほどから魂の抜けた抜け殻のようになっていた千種は引っ張るようにして外に出した。

 姫さんとほたるも仲良く手を繋いで出てきたので、これで全員かな。

「明日葉、ちゃんと千種にフォロー入れとけよ」

「だいじょうぶ。そのうち復活するから」

 兄妹だからわかることもある、か。そう、親族だからこそ……。

「とめないとな」

 誰に聞こえるわけでもなく、一人呟く。

 あれは俺の相手だ。

 他の誰にも。姫さんにすら、背負わせるわけにはいかない。俺一人で、倒さなければ。

「みゆちーん! はやく食べようよ」

 姫さんが俺の名を呼ぶ。

 どうやら、みんなはすでに思い思いに食べ始めたようだ。

「はい、お兄」

「あ、ああ。って明日葉ちゃん? これ、空の皿なんだけど」

「一緒に食べよう? だから、焼くのと盛るのお願い、お兄ちゃん」

「まあね。お兄ちゃんだからね」

 あ、なんか千種が妹に丸め込まれとる。楽しそうだからいいけど。

 やっぱり妹の方が強いよなー。

 壱弥とカナリアも好きにやってるし……。カナリアに焼かせると危ないから自分がやる? なるほど、面倒見のいいことで。

「で、神奈川陣営のぶんは俺が焼くと。なに、まくら投げの勝敗で食う側と焼く側を決める条約でもあったっけ?」

 別に不満はないからいいけどさ。

 焼きながら食うし。

 肉、野菜野菜野菜野菜、肉。焼いた端から、横の皿に盛っていく。ほたるはバランスよく、自分で焼いているようだ。

「ねえねえ、みゆちん」

「なんだー、姫さん」

「これ、野菜多くない? 私、いつもちゃんと食べてるよ」

 そう、焼いていたのは姫さんのぶん。

「不満か? おまえは甘いものと肉しか食ってないイメージだからつい」

「ひどい!」

 そうは言われても、素直なイメージなのだから仕方ない。

 なんか周りの生徒から餌付けされてる感じなんだよなぁ……。

「ヒメはわりとなんでも食べるぞ。もちろん、甘いものを食べる頻度は多いがな」

 ほたるが補足説明をくれるが、なるほど。

 やっぱり甘いものは好きだよな。もちろん、そこに文句はない。

「まあ、まずは食べろ。肉もたくさん焼いておくから」

 壱弥が準備したのだろうが、量が多い。これはきっと、カナリアが好意で持ってきた食材を戻して来いとも言えず、やむなくぜんぶ処理したんじゃないだろうか。

 壱弥だし、カナリアの笑顔を見せられたらそこで負けか。

 千種みたいなものだな。

「もしくはうちの四天王どもか」

「みんながどうかした?」

 隣にいる姫さんが食いつくが、特に言うことはないんだよなぁ。

「どうもしない。ただ、たまには神奈川メンバーだけでこういったことをするのもありかなって」

「あ、いいね! だったらみゆちんのチームメンバーも全員呼んでやろうよ」

「あいつら全員連れてこいとか、俺の命がいくつあっても足りねえよ……眼目すら、捕まらないときは捕まらないからな。他の面子は基本出かけてるか引きこもってるかでメールくらいでしか連絡取れないし」

 やだ、俺のチーム連携取れなすぎ……。

 このままだといざってときに全滅エンドしか待ってないんじゃないかな。よし、今度一度しっかりと話し合おう。集まったメンバーだけだと、よくて三人かな。

「ダメだな、これは」

「みゆちんのチームって個性的だよね」

「姫さん率いる生徒会にだけは言われたくねえ。変人変態の巣窟だろ、あそこは」

 もっとも、俺もよく出入りしているから、下手したら変人の仲間入りをさせられているのかもしれない。

 神奈川って本当に変わった生徒だけが配属されてるんじゃないだろうな。

 もしくは扱いづらい奴とか? あ、俺か……。

「どしたの、みゆちん。考え事?」

「考え事だ。絶賛考え中のとある問題があってな」

 なんてったって、対策を練るべき事柄が多すぎる。いつまでも、平和ではいられないだろうな。

 最近はどこの都市も大きな問題はなく、危機感を感じなくなっている。

 本来、いつ危機的状況に陥っても不思議ではない相手と戦っているのだ。それに、あいつらの動きも気になる。

 下手したら、近いうちに打って出てくるかもな……そうなったとき、大きな被害が出なければいいが。

 斬々が向こうにいる以上、あいつらはどこででも活動できるだろう。危険区域など、無いも同然だ。嫌なことだ。まるで動向を掴めない。

「みゆちん……」

「なんだ?」

「顔、怖いよ」

 気づきもしなかった。

 どうも、彼女が関わると強く意識してしまう。いまは楽しい時間だ。問題は一度、仕舞いこんでしまおう。誰にも気づかれぬよう、俺が片付けるべきものとして。

「気のせいだ。俺はいつでもだるそうな顔しかしてないだろ」

「…………うん、そうだね」

「待て、全肯定はさずがにひどいぞ姫さん」

「そうだぞ、ヒメ。天羽はいつでも腐ったような表情しかしていない」

 待つのはおまえもだ!

「誰が腐った顔だこのやろう」

「うるさい。文句を言われたくなければ、普段からしっかりしろ。最近こそ、外では真面目になってきたが、神奈川に帰ればなにもしない生活に逆戻り」

 外で起こる問題が面倒過ぎるだけなんです許してください。

 自分の都市くらいでは、ゆっくりしていてもいいじゃないですか。

 ほら、うちは戦闘においては俺がでなくてもどうにかなるでしょ? 姫さんを筆頭に、ほたるもいるし。他の四天王も連携ばっちりだし。

「頑張らなくていいときは頑張らねえよ」

「そんなんだと、また失うよ」

 姫さんの声に、鋭さが混じる。

「もう、失わねえよ。あの日のように、迷ったりもしない。だから力に囚われないようになったんだ。俺は二度と、同じ過ちは犯さない」

 誰一人、犠牲にしてなるものか。

 俺の日常に生きる人たちは、誰一人。たとえ、俺自身がいつか犠牲になろうとも、必ず――。

「そっか、そうだね。ごめんね、みゆちん」

「気にしてない」

 姫さんとなら、その話に触れても平気だ。

「おまえたちの問題は、思ったより深そうだな」

「そっか、ほたるちゃんは、見てないんだよね……うん、あまりいいものじゃないよ」

「話さなくていいよ。私は無条件で、ヒメの味方だ。だから、ヒメの味方であるおまえがなにかを果たそうとするなら、手伝うまでだ」

 二人して、やめとけ。

 そういう態度は、俺に響く。

「頼ることがあったら、頼むよ」

 きっと、そんなことが起きる事態になったなら、もう取り返しのつかないミスを犯したあとなんだろうけどな。

「よし、暗い話は終わり! さあ二人とも、もっと食べるよ! はやくはやく!」

「ヒメが望むのなら」

「へいへい」

 調度、話を変えたかったところだ。

 さすが姫さん。

 大量にある食材を七人でつまみながら、楽しい話とともに、夜は更けていった。

 

 

 

 

 いつまでも、いつまでも頭に残って離れない光景。

 あのとき、少しでも早くたどり着いていたのなら、一人くらいは救えたのだろうか。

 俺がランキングなんぞに拘らなければ……姫さんをもっと早く、肯定できていたなら、結果は変わっていたのだろうか。

 いまも、その答えを探し続けている。

 誰からも答えを得られない、自分との問い合い。

「誰か、いつか俺を救ってくれ」

 ポツリと漏れた言葉は、夜空へと溶けていった。あの頃と同じように、誰に届くこともなく、俺はいまも、この世界に一人だ。




次回からはまた本編に入っていくんじゃないでしょうか。
主人公の過去も徐々に掘り下げつつ、進めていきたいと思います。
では、また次回で。


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本編だと思った? これは番外よ

はい、タイトル通りこれは番外編です。
時系列的には、合宿とリヴァイアサン級との戦闘の間ですね。
最新話がわかりやすいようにこの位置にありますが、本編再開のタイミングで合宿のあとに場所を移します。
では、どうぞ。


 夏というのは、イベントが多い。

 合宿を無事に終え、各都市に戻った俺たち代表は、全員ゆっくりとした時間を過ごすはずだった。

 そう、だったのだ。

「なんでいつもいつも、夏はやることが多いかねぇ」

 どうしてこうなった、とでも言えばいいのだろうか? 言ってもなにも変わらない……。

「なあ、姫さん」

「んー、どうしたの、みゆちん?」

 両手に組まれた屋台を持ちながら、姫さんがこちらを向く。

「前回の会議のとき、夏祭りの開催とか騒いでたけど、本当にやるのか?」

「うん、もっちろん! いつも戦ってばかりだから、たまにはみんなにも休んでもらわないと」

 そう。いま俺が駆り出されているのは、姫さんのこの思いつきからすべてが始まったのだ。

 事の発端となったのは一週間前。

 神奈川内の会議を姫さんと四天王、俺でしていたときだ。

「お祭りをしよう!」

 元気いっぱいに宣言した姫さんの笑顔に速攻で陥落した四天王どもが同調し、今日まで準備を続けている。

 他にも多くの生徒が店を出店したいと言ってきて、そこからはもう神奈川総出のイベントになってしまった。

「まあ、それが姫さんの狙いなのかもしれないけど……」

 いくらなんでも、これは出店が多すぎる。

 神奈川のみんなで楽しむにしても、都市全体に屋台があるようなものだ。

 戦闘科、工科だけでなく、あらゆる生徒がなにかしらの店を構え出す光景は、お祭り騒ぎでは済まされないだろう。いやはや、姫さん効果かね。

 姫さんに自慢の品を見てもらいたいってのはわからんでもないが、ここまでくると全員もれなく頭がやられてるな。

「みゆちーん、こっち手伝って!」

「はいよー」

 屋台を運んでいたはずの姫さんが、今度はちょうちんをいくつも抱えてきた。

「これは?」

「神奈川中に設置するんだよ! 夜通し楽しむには、明かりが必要でしょ?」

 お、おう……夜通しなのか。

 っていうか、これ絶対に何日か開催する流れですよね。

 悪意のまるで込もっていない純粋な笑顔を向けられてなお、警戒する日がまた来ようとは。

「本当にやんの?」

「やらないの?」

 首をかわいく傾げ、困ったような顔をされる。

「ねえ、みゆちん……」

 制服の端を握られ、くいくいと引かれる。

「……やろう、お祭り」

「…………わかった。やればいいんだろ、やれば」

 結局、折れるのは俺なのだ。わかっていた、そんなこと。

「さて、ちょうちん、つけに行くか」

「うん!」

 山ほど持ってきたちょうちんを半分ほど受け取り、言われるがままに取り付けていく。

 俺も甘いよな。うん、絶対に甘い。

「これで最後っと」

 ちょうちんをすべて取り付け終え、ひとまずは作業が終わった。

 俺たち二人が神奈川中を動き回っている間も、四天王のみんなが指揮をとりながら、出店する生徒たちと共に準備を進めていたのを確認している。

 というよりも、姫さんが動き回るので、他の生徒がつられて姫さんに声をかけていくるのだ。

 主に銀呼とか柘榴とか、あとはほたるにほたるやほたると、ほたるか?

 おかしい……あいつらどこにでもいるからな。視線を感じたなと思えば全部三人のうちの誰かだし。

「神奈川に人間はいないのか……」

 戦闘面だけでなく、生活面含めてこれだと心配にしかならん。

 でもまあ、とりあえずこれで大方の準備は片付いたな。

「祭りも、これならできそうじゃん」

「うん、そうだね!」

 笑顔。

 この子は本当によく笑う。

「しっかし、なんで祭りなんだ?」

「みんなで楽しめるからだよ。神奈川だけじゃなく、東京と千葉のみんなと!」

「なるほど、なるほど。東京と千葉のみんなと――え?」

 いま、なんて言ったんだ。

「姫さん、なんだって?」

「だから、東京と千葉のみんなも呼ぶんだよ?」

「マジリアリー?」

「みゆちん、それ何語? それより、次はカナちゃんと明日葉ちゃんのところに行って、お祭りの開催を知らせに行こう!」

 えー? 本気ですかそうですか。

 だからこれだけ大規模でもやれるのね。

「どうりで、屋台の数が多いはずだ。普段学生が営んでる店までわざわざ屋台で出店しているのが、どうしても理解できなかったんだ。まさか、こんな裏があるとはな」

「せっかくだからね。楽しむなら、人は多いほうがいいよ」

「はいはい。仰せのままに、お姫さま」

 手を握られては、どうせ抜け出せない。

 このままおとなしくしているのがいいのだ。

「あ、ほたるちゃん! ほたるちゃんも行く?」

「行くよ。それで、どこに?」

 行き先も聞かずにオッケー出す奴があるか……。あと、無言でこっち見んのやめろ。怖いだろこのやろう。

「東京と千葉だよ」

「なるほど。ヒメの言いたいことはわかった。なら、行くとしようか」

「うん! まずは千葉からだね!」

 通じるのかぁ……行き先を伝えただけでほたるに伝わるのか。

 姫さん検定何段を取ってればできる芸当なのだろう? いや、まったくもって理解したいわけじゃないんですけどね。

 初めて埼玉に連行されたときのように、列車の中で向かいあって座る俺たち三人。そこに会話はなく、ほたるの肩を借りて眠る姫さんと、本を取り出すほたるの姿があるだけだ。

「なんの本だ?」

「ヒメに読み聞かせるための本だ。貴様は黙って聞いていろ、天羽」

「読み聞かせるって、姫さんもう寝ちまってるぞ? 意味ないんじゃないか?」

「いや、寝ているからこそ意味がある。いいから、静かにしていろ」

 よくわからん。

 本の裏表紙には百合の花か。いったい、なにを聞かせようってんだか。

「『ダメだよ、こんなの……私たち、女の子同士なんだよ……?』」

 しばらく聞いていると、不穏な台詞がほたるの口から聞こえてきた!?

「瑞々しいふたつの果実の先端を、震える指先が摘んだその刹那、甘く蕩けた――」

「ストップ! なに考えてんだおまえは!」

 急いで本を取り上げる。

「なにをする?」

「疑問に思うんじゃないよ。変な話を姫さんに聞かせるな」

「これは立派な睡眠学習だ。ヒメにも良さを知ってもらうには、いまのところこれしか方法がない」

「試みるなよ……せめて、もう少し軽いものからだな」

「それでは意味がない。肉体的接触がなければ」

「うん、わかった。俺の話が通じないのはよくわかったから。頼むから、二人だけのときにやってくれ」

 俺だって聞きたくないのだ。

 その話を読むくらいなら、姫さんと二人仲良く話しててくれよ。

「いいだろう。今日はおまえのためにも控えてやる」

 本を返すと、おとなしくしまってくれたほたる。

「それより、千種たちには話を通してあるんだよな?」

「無論だ。いまごろは駅で待っていることだろう」

 どうだか……と思っていると、ちょうど千葉についたらしい。

「お姫ちん、ほたるん、招待どうもありがとー」

 ドアが開くと同時に、明日葉が乗り込んできた。

「あれ? みゆちんも来てたんだ」

「成り行きでな」

 おまえらこそ、素直に待ってたとは驚きだ。

「おう、天羽。お互い大変だな」

「開口一番に言う台詞じゃないよな、それ。まあ、同意だけどさ、千種」

 明日葉が来るんじゃ、おまえも来るしかないわな。

 お兄さんも大変だ。

「今日の夕飯どうしよっか、お兄?」

「好きなもの食べればいいでしょ。どうせ千葉の食材だし、千葉の良さとありがたみがよくわかるいいイベントだな、うん。なんなら千葉の食材をひとつひとつ語るまである」

「いや、それはキモいし」

 こっちも通常運転か。

 彼らも通路を挟んで反対側の席に座ったので、列車が出発する。

 あいつらも本とか読むんだな。なんか、同じ本に見えるけど……あ、千種が明日葉に文句言われてる。

「ちょ……お兄ぃなんで同じ本読んでんの!?」

「え、たまたま。あとノベルティグッズも貰っといたからね」

「うざっ!! ほんっとにうざい!」

 シスコンもここまでくると病気だな……明日葉、頑張れよ。

 ほたるは起きた姫さんといろいろ話してるし。

 平和っていいねぇ。

 

 

 

 しばらく寝ていたらしく、目を開くと既に壱弥とカナリアが乗っていた。

「起きたか」

「おう、ほたる。おはよう」

「ずいぶん寝ていたな。二人が乗ってきたときの騒ぎにも気づかないとは」

 騒ぎ? ああ、壱弥関係かな?

「なにかあったんだな」

「一名、今日のことを聞かされていなかった奴がいてな。当日になって聞かされたものだから、それは大騒ぎだ」

「それは……災難だったな」

 カナリアの伝達ミスか? なんにせよ、壱弥の機嫌が悪いことだけはわかった。

 視線を壱弥たちに向けると、しかし。

 そこまで怒っているようには見えない。

「さきほどまでは本を読んでいたみたいでな。その辺りから静かにしている」

「そうなの?」

 確かに壱弥は本を見ているようだが、カナリアは寝てるんじゃないのか? 千葉に向かうまでの姫さんのように、壱弥にもたれかかっているカナリアの姿が窓に映る。

 壱弥も、窓に映っているのが気づいていないのか、優しげな笑みを浮かべている。

 ぐっすり寝てしまったかのを確認をしているのだろうか? 指先でカナリアの頬を突いて反応を見ていた。寝ているのがわかると、バッグから毛布を出し、それをかけてやっている。

「へぇ……壱弥もやるな」

 それにしても、よく壱弥が今日の祭りに来たものだな。

 これは、あれだな。

「パートナーは大事だもんな。たまにはつきあってやらないと」

 なんか、今日の祭りは賑やかを通り越しそうだな。

 とりあえず、一緒にいると疲れることが確定しているメンバーなんだ。ここは、少しでも体力を回復しておこう。

「寝るか」

 起きたばかりではあるが、神奈川に戻るまでのわずかな時間。

 せめて、その間だけでも、静かな夢に浸っていたい――。




次回までこの話が続きます。
各都市の代表たちがどう過ごすのかにも、触れていきたいですね。
では、また次回。


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番外編は夏祭り

アニメはクズ金も絡んできて、いい展開してますね。
なにより壱弥と霞の関係性もわりと好きなalnasです。夜羽もいつかは出したいキャラですね。
まあ、それには話を進めていかないといけないのですが。
というわけで、最新話です。どうぞ!


 騒がしい……。

 神奈川だけでも賑やかなのに、各都市の代表が揃うとさらに騒がしくなる。

「いいか二百十三位。おまえはいつも本気を出さないからダメなんだ」

「おまえが倒れたら出してやるよ、四位さん」

 ええい、おまえらは毎度のごとく言い合いやがって。

「待ってる間くらい静かにできないのか?」

「いや、できないでしょ。絡まれるんだもの」

 普段のおこないだろうなぁ。あ、ブーメランだこれ。言葉にしちゃいけないわ。

「壱弥、女子たちが来るまでは言い合いをやめないか? いくらカナリアの浴衣姿をまた見れるからってテンション上がっててもさぁ……」

「上がってなどいない。いない……」

 なんてわかりやすい奴だ。

 普段もこれくらい素直なら、通訳などいなくても言いたいことがわかるんだが。

 それはそれとして、壱弥と千種はそわそわしすぎだろ。

「おーい、みゆちーん!」

 あ、姫さんだ。

 後ろには、保護者のように優しい顔をしたほたるの姿。

 二人とも、浴衣に着替えてきたようだ。とは言っても、少し前に見たばかりなのだが。

「走ってくるなよ、姫さん。転ばれるとかなわん」

「はーい!」

 元気な声がすぐ近くで聞こえる。

 返事をする頃には、俺の前まで到達していたようだ。

「姫さんたちが来たってことは、他の二人も来るのかな?」

「うん、みんな準備できたからすぐに来ると思うよ」

「そうか。で、ほたるさんや。姫さんから俺に視線が動いた瞬間に嫌そうな顔するのやめない?」

「やめる必要がない」

「そうっすか……」

 おっかしいなぁ。俺、今回はまだなにもしてないんですけどね。

 姫さんに触れたわけでもないし、触れられたわけでもない。仕事もさぼってないときた。

 怖い顔で睨まれるのは理不尽だろ。

「ねえねえ、みゆちん」

「んー? なんだ、姫さん」

 あ、ほたるの目つきがさらに悪くなった……。

「今日のお祭り、一緒に回ろうね!」

 なるほど。

 ぜんぶ理解したぞ、俺。

 姫さんのことだ。そのことはほたるにも言ったはず。知ってたら怖い顔にもなるわけだ。

「まあ、回るのはいいけどな。ほたるも一緒にだろ?」

「そうだね!」

「ならほら、拗ねてる友達も誘ってこいよ」

「え? ほたるちゃん、拗ねてるの?」

 無自覚かぁ。仲良いから、誘わなくても一緒に行くと思ってたんだろうな。

 姫さんと違って、ほたるには言葉や行動で伝えた方がいいんだよ。

 特に信頼のある人ならなおさら、なにか明確に伝わるモノが欲しくなるんだ。

「自分で確かめてみなよ。なんにせよ、言葉にして誘われるのは嬉しいものだよ。いつも隣にいると、ついついそうあるものだって思いこんじまう。たまにはさ、ちゃんと言って欲しくなるんだ」

「……そっか。ありがと、みゆちん」

 俺から離れ、ほたるへと振り向く。

 これで俺への被害はあるまい。姫さんとほたるが楽しんでくれればいいさ。

「あ、お姫ちんはっけーん」

「遅くなっちゃってごめんね、みんな」

 そうこうしているうちに、明日葉とカナリアも合流したか。

 場所が違うだけで、合宿と変わらないな。

「いっちゃん、どうかな?」

「浴衣なら先週も見ただろ。特に感想はない」

「えぇ……」

 壱弥、おまえそれ照れ隠しなの? 本気で言ってるの? ダメだ、あいつの性格上どっちか判断つかねぇ。

「まったく、これだから4位さんは」

「なに?」

「女心のわかってない4位さんは困る」

 千種の口から、女心なんて言葉が出てくるだと? なに、祭りの雰囲気にすでに当てられてるんですかね? キミたち今日テンションおかしくないかな。

「お兄が女心わかってるとか、ウケる」

「いやいや、俺ほどわかってる奴いないでしょ。なあ、天羽」

「すまん、おまえほどわかってない奴もいないでしょう?」

「みゆちん、面と向かって言うとかホントウケる」

 ここで肯定するのって難しいんだよ。シスコン度なら一番だろうけどさ。にしても、みんな楽しげだな。

「よし! じゃあみんなでお祭を始めよう!」

「ん? 始める?」

「うん、始めるの」

 姫さんの言葉に反応してしまった。

「なに、祭りってまだ始まってないの?」

「お兄聞いてなかったの? 今日のお祭、あたしらが開催を宣言しないと始まんないんだよ?」

「いや、聞いてないんですけど」

 千種は知らなかったのか。

 むろん、俺もなにも聞かされてないんですけどね……なに、なんで毎回俺には情報回ってこないのよ。あれか? これも姫さんからの信頼の証かなにかなの? 不便すぎるわ。

「カナリア、どういうことだ?」

「あれ? いっちゃんも知らなかったの?」

「まったく聞いていない。おまえにはどこから情報が来ていたんだ?」

「ひーちゃんからだけど」

 全員の視線が、姫さんに集中する。

「あ、あれー?」

 困ったように髪をいじる姫さんだが、そういえば。

「カナリア、姫さんからはどうやって情報を伝えられたんだ?」

「え? ああ、メールだよ」

 なんとなくわかったな。これは過去には例があったりするし。

「姫さん、端末貸してみ」

「うん」

 姫さんの端末を借りて中を見ていくと、確かに今回の一件の内容が書かれているメールがある。しかし、宛先にあるのは女性陣のみ。

 その中には、うちの四天王たちの名もある。

 神奈川の運営と、各都市の代表の女子にのみ送ったわけか。

「姫さん……これ、宛先に俺たち男子組が入ってないぞ」

「え!?」

 宛先を見せてやると、なんでだろう? と姫さんが首を傾げる。

「なんでだろうもなにも、操作ミスだろうな」

「失敗しちゃったみたいだね。みんな、ごめんね……」

 謝ると、明日葉とカナリアが微笑む。

 カナリアにたしなめられた壱弥はむすっとして、少し不機嫌そうに。

 千種は、仕方ない、といったため息を吐きながら。

 誰も、否定しあわないのは合宿のおかげだろうか。多少なりとも、雰囲気が柔らかい。

「そんじゃ、全員が今日のことを知ったところで、始めますか」

 外ではいまかいまかと待っている生徒たち。

 ここではどこを回ろうかと話し合ってる6人。始めてやらないと、どこかから文句が飛んできそうだ。

 外に出ると、賑やかな音が聞こえる。

「あ、いっちゃん、りんご飴あるよ、りんご飴!」

「わかったから腕にひっつくな! こら、離れろカナリア!」

 あいつら仲良いな。

 にしても、さすがは姫さん。出た途端に姫さま姫さまと歓声が聞こえて来る。

「みんな、今日はお祭だよ! いつもと違う、戦うことじゃなく、楽しむことに全力でいこう! 東京、千葉のみんなとも仲良くね!」

 姫さんの言葉に、神奈川中の生徒たちが揃って笑顔を向けた。

「えっと、まあ今日はケンカとかなしね」

 明日葉が短くそう伝え、

「全員、普段バカなんだから、人さまに迷惑かけるなよ。とりあえず、それだけ守ってください。いや、ほんと俺のせいにされたらたまったもんじゃないんで、お願いします」

 千種が釘をさす。というより、これは懇願に近いのかな。

「みんな、今日は笑顔でね!」

「今日だけは戦うことを忘れろ。普段から俺一人で十分だが、いざというとき動けない奴は必要ない」

 壱弥の発言に、東京の生徒以外が静まりかえるが、カナリアが即座にフォローを入れる。

「えっと、つまり今日は楽しい日だから、戦闘のことは気にせず、いざってときにまた戦えるように休んでほしいってことです!」

 なるほど、どう訳したらそうなるのか毎回さっぱりだ。

「じゃあ、あとはみゆちんから一言!」

「はい?」

「一言!」

 くっ、強引な……。

「しゃーない。全員、面倒ごとだけは起こすなよ。あとは好きにしてよし」

「みゆちんからも一言もらったところで、お祭を始めるよ!」

 俺たち代表全員がグラスを掲げる。

 すると、倣うように他の生徒たちも思い思いにコップを、食べ物を頭上に掲げた。

「これより、神奈川主催! 三都市合同夏祭りを開催するよ! みんな、カンパーイ!」

『カンパーイ!』

 盛大な歓声と共に、三都市では初になるであろう、合同の祭が始まった。

 しかし、なぜ合図が乾杯なのだろう?

「それで、おまえたちはどうするつもりだ?」

 壱弥が俺たちに向けて問うが、ほたるは姫さんと屋台を回る気満々だな。

「俺はとりあえず静かな場所でゆっくりしてる」

「え? お兄屋台見に行かないの?」

「なに、明日葉ちゃん回るの?」

「回るし! だからお兄も行くの!」

「……なん、だと」

 さらば千種。おまえに安寧の地はないぞ。なぜなら、俺にもないからな。

「私はいっちゃんと回ろうと思うけど、みんなバラバラだね」

「なら、またあとで合流すればいいだろ」

 俺が提案すると、不思議なものを見るような目を全員にされた。

「なんだよ」

「天羽は人との関わりを持たないタイプだと思ってた」

「あたしも。みゆちんから提案されるとか意外すぎる」

 相変わらず失礼な兄妹だね、キミら。

「俺だって関わりを持つ相手くらい選んでるっての」

「じゃあ、みゆちんはみんなが気に入ってるんだよね?」

「姫さん、そこでその質問はずるくないか?」

 そうでもない、なんて言えないだろ。

「ふん、俺はあまり乗り気はしないが、いいだろう。一通り回ったら、またここに来てやる。精々、俺より早く着いていろ。行くぞ、カナリア」

「え? あ、いっちゃん、待ってよ! じゃ、じゃあみんあ、またあとでね! もう、いっちゃ〜ん!」

 さっさと行ってしまう壱弥を追うように、カナリアも人混みに入っていく。

 はぐれないためか、二人して手を繋ぎながら。

「明日葉ちゃんも、お兄ちゃんと手繋いで歩く?」

「繋がないし。お兄きもい」

 などと言いつつ、服を掴んで歩いて行ってしまう明日葉たち。

 残ったのは俺たちだけか。

「なら、俺らも行くか」

「うん、三人で楽しもうね」

「私は二人でもいいんだが……」

 ぶれないなぁ。

 とりあえず、二人はうちじゃ人気なんだから、静かに食事もできなそうだ。

 それでも、たまには笑顔でいれる時間になればいいが。




次でお祭は終われたらいいなぁ……本編進めないと。
アニメも佳境に入ってきた感じがしますし、せめてアニメ終了までにこの話もいいところまで進めてしまいたいですね。
そしてカナリアはやはり大事な存在ですね。周りが笑顔になります!
また、感想なんかももらえると嬉しいです。
では、また次回。


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祭りの終わり

 あれもこれも、と姫さんに屋台を出した生徒全員が商品を差し出してくる。

 それをもらっては食べを繰り返す姫さん。

「その小さい体のどこに入ってんの?」

「ひとつひとつは小さいからな。入った先で消化されているんだろう。さすがヒメ」

 ほたるの説明を聞くが、さっぱりわからん。

 消化スピードおかしなことになってるだろ、それ。仮にそうだったとしても、一度に大量に食べたらまん丸くなんのかよ……。

「で、次はどこへ?」

「ふふぃはあっひぃ!」

 無言でほたるに視線を向けると、

「次はあっち、だそうだ」

 食べ物を詰め込んだ姫さんの言葉を訳してくれた。

 ああ、俺も姫さん語検定を受けないといけない時期かな……どこで受けれるのかは知らないけど。

 にしても、いく先々で生徒がものを渡してくれるって、相当だな。

「ちらほらと違う都市の奴らも営業してるし……」

「許可は出してある。問題ない」

「うん、まあそうなんだろうけどさ。ほんとに大規模な祭りだな」

 いったい、いつから東京、神奈川、千葉の三都市はここまで仲良くなったんだか。ランキング1位を取るために東京からはバカが潜り込んできたこともあった。内部に問題を抱えていることも、今更だ。

 でも、いまの代は少し違うのかな?

「……」

「みゆちん?」

「どした、姫さん」

 両手いっぱいに箱やら袋を持ってきては座り込んでそれらを消化する。

 その作業が一度止まったのか、彼女が俺に視線を向けてくる。

「あの屋台の先にね、ゆっくりできる場所があるんだけど……」

「そうか。なら、いろいろ買い込んでそこ行くか」

「うん!」

 食べ歩きもいいが、もう十分だろう。

 さすがに貰っていくわけにもいかないので、と思っていたのだが、なぜか俺にまでいろいろと渡してくる生徒たち。

 姫さんならよくわかるのだが、なぜだ?

「おう、天羽。前回はご苦労さん。これもってけよ」

「天羽くん、これもどうぞ!」

 こいつら、なにを狙っているんだよ……。

「みんな、みゆちんのこと好きなんだよ!」

「いや、それはちょっと気持ち悪いっていうか……うん、気持ち悪いわ」

 だいぶ遠慮したいです。

「まあ、俺らもそれは気持ち悪いんだけどさ。言うなら、信頼から、かな? 天羽はなんだかんだで決めるからさ」

 俺に焼きそばを渡した生徒が答える。

「うんうん、天羽くんは普段ちょっとだらしないけど、一番危ないときは来てくれるもんね。はい、これおまけ」

 今度は隣の屋台から顔を出した女子生徒がチョコバナナを。

「はい、姫さまとほたるさんも」

「ありがと!」

「悪いな」

 二人も同じように受け取り、口に運ぶ。

「……俺って、そういうふうに見られてんのな」

「あれ? 知らなかったの?」

「知らないっていうか、考えたことなかったかも」

 チョコバナナを一口かじると、甘みが口の中に広がる。

 うん、そりゃ甘いよな。甘くないわけがない。

「みゆちん、たぶん自分が思ってるよりもみんなからの評価は高いと思うよ?」

「だろうな」

 姫さんの言葉にほたるも頷く。

 それを聞いていた周りの神奈川の生徒たちが同意するようにほたると同じ行動を取る。

「ったく。勝手なこと思われても困るんだがな。でも、望まれたなら相応の仕事はしようかねぇ」

 知っててなにもしないのは気がひけるし。あと、この場で沈黙を貫けるほど強くもない。

「あはは、珍しくみゆちんが照れてる」

「照れてないし。むしろ冷静だし。ほら、もう行こうぜ」

「はいはーい。じゃあみんな、屋台も程々にして楽しんでね!」

 みんなからの返事を背中に聞きつつ、人気の少ない路地へと入っていく。

 とは言っても、この辺もちょうちんをつけて回ったんだから、明るくはあるのだが。

「結構貰っちまったな」

「みんなくれちゃったら営業してる意味ないのにね」

「ヒメに渡すために営業している者も多いからな。貰ってくれた方がありがたいだろう。なにより、祭りだから楽しんでもらうため、楽しむためにやっているのがほとんどだと思うよ」

 ほたるが姫さんに語りかける。

「楽しんでる、のかな?」

「うん。祭りを楽しむのは、屋台を回る側だけじゃないから」

 そういう考え方もありだよな。

 ほたるの言葉を聞いていて、そう思う。誰かになにかを作ってやるのは、やってみればわかる楽しさというのがある。受け取った相手が嬉しそうにしてくれれば、それほど嬉しいこともない。

「その相手が姫さんとくれば、神奈川の生徒はやる気に満ち溢れてるだろうな。銀呼と柘榴がなにも企ててないのが不思議なくらいだ」

 これまで一度もちょっかいかけてこないし、なにやってんだろう。

 イベントごとで姫さんの盗撮も尾行も匂いを嗅ぎにこないのもおかしい。あいつらの容態が逆に心配になるレベルだ。

 ……おかしいな。これが正常なはずなんだが。

「俺、疲れてんのかな」

 変態と変態と変態に囲まれた生活だもんな、仕方ない。

 しばらく進んでいくと、なぜかビルの前にたどり着いた。

「ここか?」

「この上だよ」

 指差された方は、屋上だろうか?

 とりあえずは従おう。

 エレベーターに乗り込み、やはり屋上へと連れてこられた。

「お、よく見えるな」

 眼下では、今日の祭りの様子が確認できる。

「いい風だね〜」

「ヒメの匂いがよく届く」

 なにも聞こえない、僕はなにも聞いていない。

 しばらく祭りの景色を眺めていると、ある三人組に目がいった。

「あれ、青生か」

「どれどれ? あ、求得さんと愛離さんもいるよ!」

「ほう。来るとは聞いていたが、青生と回っていたのか」

 あの人たち、本当の親みたいに笑うんだな。まるで、いまこの時間を大事にしているような……なんだろう、この感じ。

「青生、親と接してるみたいだ」

「そうなの?」

 姫さんはわからない、と言いたげだ。

 思えば、彼女の親の話は聞いたことがないな。天河……なんとなく、予想はできているが。

「さあね。俺も、親との記憶はあまりないし。幼い頃は――あれ? そういや、幼い頃って、なにしてたっけ?」

「みゆちん?」

「ああ、いや。だいじょうぶ」

 過去の記憶が、いまいち混濁としている。なぜだろうか。

「いいか」

 別に過去の記憶が必要なわけではない。長年眠っていたせいか、それともすでにどうでもいい頃の記憶なのか。とにかく、絶対にいるものってわけでもないのだ。

 あまり気にしすぎるのもよくないな。

「さあ、ここなら静かにできるし、楽しくお話しながら食べよっか」

「そうだな」

 いまいちここに来た理由になってない気がするけど、ここは黙っておきますか。

 なんて姫さんの隣に腰を下ろすと、上空からふたつの影が降ってきた。

「はい?」

「あれー?」

 俺と姫さんがそれを確認し、同時に声を発する。

「なに……?」

 降ってきた相手――壱弥は嫌そうに顔を歪めた。

「あ、ひーちゃんだ!」

 壱弥とは対照的に、嬉しそうに笑顔を作るカナリア。

 はて、なぜ二人がこんなところに?

「どうしたの? カナちゃんたちもゆっくりしたくて来ちゃった?」

「うん。いっちゃんが人ばかり多くて座る場所もないからって」

「待て。人ごみで酔ったような言い方をするな」

 おまえは自分に酔ってるもんな。うんうん、わかるぞ壱弥。

「天羽、おまえはなんだ、暖かい目をして。よくわからんが不快だ、やめろ」

「へいへい」

 黙ってても文句言われるとかなんなんですかね。口開いても言われるのはわかってますけどね。

「ふーん。じゃあさ、みんなでご飯食べようよ」

「量だけは十分すぎるほどにあるからな。って、なんだよ。おまえらもまた随分と買ってきたな」

 壱弥の手には、様々な食べ物類が入った袋。

「これはカナリアのぶんだ」

「ちょ、いっちゃん! いくら私でもそんなに食べないよ!」

 エヘヘ……と笑って誤魔化すカナリアだが、若干誤魔化しきれていない。

「いや、これは全部カナリアが――」

「いっちゃん!」

 楽しそうだし、放っておくか。

「うわぁ……ここダメでしょ」

 扉が開き、これまた壱弥以上に嫌そうな声を上げる人物が一人。

「おまえらなんなの。俺たちがいるところに来ないと落ち着かないわけ?」

 俺たちを見て嫌そうな顔をするもう一人など、誰かなんて決まっているんだ。

 こちらを見る、二人の生徒。

「千種、おまえまで来ることはないだろ」

「いや、俺だって来たくてわざわざ階段登ってきたわけじゃないんですけど」

「疲れた感じを出されてもな。だったらエレベーター使えよ」

「はい?」

「いや、だからエレベーター使えって」

 二度も言えばさすがに理解したのか、さらに疲れたようにため息を吐かれた。

「エレベーター、あったのか……」

「おまえ、自分の<世界>で把握できるだろ。アホか」

 ぐったりと座り込んだ千種のことは放っておこう。

「明日葉は元気そうだな」

「まあね。お兄は人酔いだから、気にしなくていいよ。人気を避けてたらここに来たってだけだし」

 あ、こっちは人酔いなのね。

「情けない……」

 壱弥からの一言だ。しかし、千種に言葉を返す余裕もなさそうだ。

 結局、予定の時間を迎えるまでもなく集合しちまったな。全員いろいろ買い込んできてるし、もうここで食えばいいだろ。

 誰かが言い出すまでもなく、千種たちもたこ焼きやらかき氷を食べ始めている。

「ヒメ、ついてるよ」

 ほたるが指摘しながら、チョコを指で拭き取る。

「いっちゃん、はい、あーん」

「やめろ。自分で食うから構うな。それより、こぼすんじゃないぞ」

 キミらは仲良すぎかな。微笑ましくはあるけどもう少しこっちの世界にも目を向けようか。

「お兄、これどう?」

「ちょっと、謎の食いもんを勧めてくるのやめてもらえます? お兄ちゃんを実験台にしないでください」

「えー、でもほら、こういうのはお兄にピッタリだし」

「なにそれ……お兄ちゃん替えの効く代用品じゃないのよ? 明日葉ちゃん、待って。口に運んでこないで。待っ――」

 ……強く生きろ、千種。俺は怖いから見なかったことにしておく。

 祭りの騒ぎはまだまだ終わることなく、多くの生徒の笑い声が下から聴こえてくる。

 少し視線をズラせば、各都市の代表たちの賑やかな様子も映る。

 楽しくて、うるさくて。でも、心地いい。

 誰も欠けることなく、来年もこんな夏を迎えるのもいいかもしれないな。

 朝日を拝むまで、俺たちの祭りは続いた。




次回は久々に本編に戻ります。
番外編とはだいぶ温度差のある展開に戻るとは思いますが、そちらも楽しんでいってください。
では、また次回!


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三都市合同作戦

 合宿も終え、普段と変わらない生活を送っていたある日。

 またしても、俺の日常をぶち壊すような出来事が起きたのだった。

 

 

 何事も問題が起きない日々。

 なんていい日なんだ。

 先日、久々の激戦が二回ほど起きたせいか、感覚がマヒしているのかもしれない。本来なら、あんな戦闘が二回も続けて起きてたまるか。

「はぁ……ただ夕飯のために買い物をしてるだけだってのに、いい日に感じるな」

 カゴの中に食材を入れていき、買い物を済ませる。

 このあとは姫さんたちの元に行かなければならないので、ケーキもついでに買っていこうか。

 先にある店に立ち寄り、綺麗にデコレーションされたケーキを6個頼む。

 残すは紅茶かな。

「確かまだ生徒会室に買い置きが残ってたよな。それでいいか」

 これでも神奈川の代表の一人となった身だ。

 定期的に生徒会に赴くのはもちろん、彼女たちと都市運営、防衛手段についての会議。生徒たちからの要望に応えたりなど、やるべきことは多い。

 戦うよりはよっぽどマシなのだが、これがまた無理な要望なんかも届くのだ。

「姫さんがなんとかしてやりたいとかいうから、余計に面倒なんだよなぁ」

 止めても突っ走るか、なにもやりたくないってゴネるかだし。たまに書類溜まってるもんなぁ……。今日はどうなってることやら。

 青生が優しくもなんとかやる気を出させてくれてるからギリギリでなんとかなってるものの。

 導く者がいなかったら、とっくに崩壊してたかもな。

「せめて甘いものでやる気を出してくれればいいが」

 逆に手につかなくなる可能性もあるし。そのままなし崩し的に今日の業務終わりー! とか言い出しそうなのも困る。

 やれやれ、そういったことで困るのは俺の役目じゃなく青生のはずなのだが。

「これも代表にされたせいかね」

 いらん苦労を押し付けられたもんだ。

 そのうち管理局には報いを受けてもらわないとな。主に問題事の元凶についての情報を探ってもらうとか。ああ、亡命組のリストも作ってあるだろうから、そっちの情報の掲示もしてもらおう。

「せっかくだ。直接もの言えるうちにやれるだけのことはやってもらおうか」

 なんて考えているうちに、生徒会の面々が揃っているだろう執務室の前についた。

「姫さーん、入るぞ」

 一言かけ中に入ると、なぜか全員が向き合って、黙り込んでいた。

 なんだ、これ……。

 室内にあるモニターには、赤い塔みたいな、サンゴ礁のような。形容しがたい赤い物体が写っている。

「あ、みゆちん!」

「おう。珍しいな、みんなが騒いでないなんて」

「いつも騒いでいるみたいに言わないの! それに、ここは騒ぐところじゃなくて、執務室だよ」

 うちの執務室はいつだって騒がしいけどな。

「で、なんだここは。お通夜か?」

「なんでも、アクアライン近海の海に超大型の<アンノウン>が出現したらしくてな。これから三都市の代表で会議との要請が入った。つまり、これから貴様と私とヒメは出かけなければならないということだ」

 ほたるの説明に、モニターに映っていた物体がなにであるかが判明した。

 超大型、ねぇ。

 過去、神奈川にもバカみたいにでかいのが襲撃してきたけど、そいつ以上か? 周りが海なせいで、比較物がなく、大きさがいまいち把握できない。

 まあ、それは今後わかるだろう。

「で、その<アンノウン>の出現に落ち込んでいる、と? そんなわけはないよな」

 姫さんだっているし、そもそも四天王ともあろう者が<アンノウン>の出現程度で黙り込むはずがない。

「当然だ。僕たちはむしろ、姫殿の勇姿を観れることが嬉しいよ。しかし!」

「今日はこのあと姫さんとの楽しいお茶会の予定があったんですそれがすべてなくなりました奴は許しません」

「あはは……つまり、いつも通りでして」

 銀呼、柘榴が不満を漏らし、青生は困ったように笑う。

 いつも通り。なるほど、いつも通りだ。

 よくよく考えれば、うちのメンバーが黙り込むか怒るのなんて、姫さん絡みのことくらいだよな。

「ドンマイ。ってことは、俺が買ってきたケーキも無駄になったな」

「ええー! 食べようよ!」

 姫さんが残念そうにしているが、集合時間ってものもあるだろ。

 まだ昼間だが、まさか夜に会議ってわけにもいくまい。

 ほたるもそれはわかっているだろうし――。

「ヒメが言うのなら、食べてから行こう。天羽、悪いが紅茶の準備を。おまえたちも、それなら文句はないだろ」

 ほたるさん!? クッソ、これだからおまえは……。

「遅れたら説明ぜんぶおまえに投げるからな」

「安心しろ。なんとかする」

 嫌な予感しかしねえな。むしろ俺が被害を被る可能性の方が高そうな気配まである。

 不安を抱えながらも皿を出し、茶の準備までしだすのだから仕方のない。

「さっさと食って行くぞ」

 まさか、俺が待つ側になるとはな。

 ちょっと意外だ。まあ、強引に連れていこうとせず、言うことに従っているあたり、なにも変わってはいないのだろうけれど。

「ったく……」

 ただ、もしこの光景が続くなら。

 それなら、悪くない。

 ちなみに、出発できたのは、これから一時間が経ってからだった。

 

 

 

 やっぱり遅れた……。

 会議室にやってきた俺たちを出迎えてくれたのは、東京、千葉の代表四人、そして管理官の二人だった。

「珍しく遅かったな。まあ、緊急会議だからある程度神奈川での問題もあったとは思うが」

「ごめんなさい、求得さん」

「天羽が面倒事を背負い込んできまして。それの処理に追われていました」

 あっれー話が違うぞほたるさんや。

 俺がなにをしたって言うんですか……。あ、千種がすべてを察したらしく、ご愁傷様、とか呟いて手を合わせやがった。

 察したなら助けろ!

「天羽……おまえは本当に問題児だな」

「待ってください……いえ、もう面倒だからなにも言いませんけど……」

 いいよ、ぜんぶ背負いますとも。ケーキ持ってきたの俺だしね。

 言わなくていいこと言ったと後悔してるよ。

「まあまあ。自由も、なにがあったか知らないけど、お疲れさま。まずは話を進めたいから、席についてね」

 愛離さんが話を流そうとしてくれるが、できればその言葉を最初に言ってほしかった。

 いえ、ありがたいんですけどね。

 これ以上追求されるとほたるとの言い合いになりかねないし。

「さて、とりあえずは全員揃ったな。じゃあ始めるぞ」

 追求をかわした俺は、ひとまず姫さん、ほたるの後ろに佇む。この部屋、なぜか椅子が6個しか用意されておらず、俺が座る場所はないのだ。

 もちろん、立っていることに不満がないから問題ないのだが。

「もう知っていると思うが、本日、海ほたる海域に超巨大アンノウンが出現した。我々はこの新型を、リヴァイアサン級と仮称。目的の迎撃、排除を最優先とします」

 うへぇ……。やめろよ、新型とか絶対いいことないじゃん。

「東京校の部隊が接触しましたが、装甲を抜けず、現場指揮官の判断で撤退。現在、海ほたるとアクアラインは敵の勢力下となっています」

 敵の陣地に喧嘩売って来いってことか。前回も攻められたが、今回は大物も連れてきた。ってことは、目的はアクアライン及び海ほたるの占領か。

 してやられたってわけだ。

「朱雀くんが撤退なんて珍しいね。そんなに手強かった?」

 姫さんが疑問に思ったのか聞くと、壱弥ではなくカナリアが答えた。

「あの……今日の現場指揮官はいっちゃんじゃなくて……」

「なんでだよ。定期巡回のシフトには必ず首席、次席のどっちかが入るはずだろ?」

 カナリアの言葉に反応したのは千種で、声音も、普段より少しきつい。

「部隊のメンバーは東京の上位ナンバーだ。問題なくこなせるはず。そこからの判断だった」

「なるほど。部下が悪いな。いつだって悪いのは部下だ」

 千種の言葉は、どこかそれを本当の意味で知っているように感じる。

「それは無責任すぎるよ! あのね、力には責任が伴うし、パワーには責任が伴うんだよ!」

 会話に割り込んできた姫さんが、よくわからんことを言い出す。

 この話、どこに向かっているんだ?

「つまり?」

「つまり、力とは責任で、責任とはパワー! よって、力こそパワー!」

 うむ、わからん。

「ああ、ヒメはいつでも正しいな」

 え、ほたるさん理解できたの? 四天王は姫さんと同調できる力でもあると?

「まあ、力の1号、力の2号に話は置いといてだ」

「置いとかないでしっかりとそれがおかしいことを言ってって教えてやってくれよ……」

 誰も姫さんを止めようとしないので、つい本音がこぼれた。

 幸いにも誰にも聞こえてなかったようで、他のみんなは壱弥に対して話を続けている。

 結局話は互いに答えを得ることはなく、<アンノウン>に対してに移行していく。

「ともかく、奴らを好き勝手にさせておくわけにはいかない。日の出と共に、三校同時に奴を叩く。戦闘メンバーの選出はおまえたちに一任する。自分たちになにができるのか、なにをするべきかを考えろ」

 あくまで、叩く面子は俺たち次第、か。

 求得さんの言葉を聞きながら、自分のチームを参加させるべきか迷う。

 あいつが出てきてくれるかどうか。

「ほたるちゃん、みゆちん! 出撃だよー! 楽しみで夜は眠れなくなっちゃうね!」

 ならねえよ!? むしろしっかり寝て出撃させてくれ!

「ああ、今夜は寝かさないぞ」

 おまえはおまえで絶対ニュアンス違うだろ。

 もうやだこの陣営!

「もちろん、おまえも寝れると思うなよ、天羽」

 あ、俺のときはあれだな、わかるぞ。

 ブラックな方だってよくわかる。

「へいへい。なにさせられるか知らんけど、やればいいんだろちくしょうめ」

 俺の平和、どこにいったのかしら……。

「じゃあお兄、あたしたちも」

「だな。いつでも出られるようにしておきますか。じゃあな、天羽」

「またね、みゆちん」

「おう、じゃあまた」

 なんか、千種が最後に不穏なこと言って出てったけど、いつでもってどういう意味だよ。まるで、日の出前に出撃しそうな勢いじゃねえか。

「変なの」

 とりあえずは俺も姫さんとほたるに続いて会議室を出るが、扉が閉まる寸前に見えた壱弥の顔は、なにかを決意したようだった。

 

 

 

 夜は長い。

 メンバーの選出を姫さんと四天王、捕まった俺で決め、俺は俺で自分のチームメイトにも声をかける。

 全員が音信不通だったので、よっぽどのことがない限りは集まらないだろう。

 はあ、マジでチーム替えてくれねえかな……全然楽できないんですけど。

 ちなみに、いまはまだ作業の途中であるのだが、自分たちの準備もあるので、各自の準備時間という名目の休憩中だ。

「これ飲んだら戻るか」

 右手に持つコーヒー缶の中身を飲み干し、ゴミ箱に放る。

 その直後、ポケットに入れてある端末が震えるので出てみれば、

「天羽か?」

「おう、ほたる。どうした? 作業の再開なら、いま戻るところだ」

「いや、作業はもう任せてある。おまえはいますぐ私たちと共に来い!」

 なんだ? 話が見えてこないが、説明してる余裕もない問題でも起きたか?

「わかった、すぐに行く」

 集合場所だけ聞き、すぐさま向かい始める。

 近場だったので、合流はすぐにできたのだが、その場には姫さんも来ていた。

「うちのトップが、揃ってどこに行く気だよ」

 出力兵装を手に、船に乗って出る気満々の二人。

「いいから乗って。もしかしたら、そんなに時間ないかもしれないから」

「……了解」

 姫さんの言葉に従い、すぐさま飛び乗る。

 すると、待っていたとばかりに、着地と同時に発進する!?

「っとお!?」

「よっと。みゆちん、油断しちゃダメだよ」

 姫さんに支えてもらい、転倒を回避。

「悪い。それで、朝に決戦を控えてるのに出航した理由は説明してくれるの?」

「うん、これ」

 端末の画面を見せられ、そこには驚くべきことが書いてあった。

「いっちゃんが一人で行っちゃったのでおいかけます、だと…………」

 カナリアから送られてきたメールの内容に、怒りを覚える。

 あのバカ、余計なことをしてくれたな。

「千種が言ってたのは、そういうことか」

 あいつはよく他人を見てるし、理解してんな。でも、だったら止めるまでしとけっての。

「まさかの俺たちだけでの殴り込みかよ」

「東京のみんなを逃したら、すぐに撤退するって」

 当然だ。

 俺たちだけで潰すには、たぶんちょっと厳しい相手だろう。

「ほたるちゃんも、ごめんね」

「いいよ」

 危険なことだってのに、いいよの一言で済ませるとは。やっぱり、この二人の絆には強いものを感じる。

「でも、抜け駆けはよくないよねぇ」

「だな」

「だから、急いで引っ叩いて、連れ戻してこないとね!」

 どこまでも、優しい奴。

 ついていくしかないわな、俺も。

 だが、隠せてはいるが、俺も先日の傷が癒えてはいない。もし、姫さんを止めるようなレベルの力を要求されたなら、そのときは――覚悟しないとな。

 耳に届く、壱弥の声。

 もう誰も、犠牲にはしない。だから、どうか――。

 彼の発する声から、なにが起きたのかは容易に想像できる。きっと、いまごろ千種たちも向かっているはずだ。

 ――どうか、もってくれ。

『東京首席、朱雀壱弥だ。聞こえるか……。後でなにを言われてもいい。カナリアのために……今だけは……助けろ、カナリアを。俺の力になれ。カナリアを……助けてくれ…………』



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その失敗は可能性

なにやら核心に迫ってきましたな。
この話はどう展開していくやら……。


 実際に見るとデカイな。

 海ほたるの近くまで来た俺たちは、資料と映像のみでしか見ていなかった敵を、始めて間近で確認した。

「ほぉ……確かにあれはでかいな」

「だねー。じゃあ、まずは一発!」

「はい?」

 後ろで不穏な言葉が聞こえたので振り向けば、姫さんはすでに倒す気満々のようで。

「……今度はアクアラインまで狙うなよ?」

「うん、だいじょうぶだいじょうぶ!」

 いつものように、大剣にヒビが入り、パキパキと音を立てながら分解されていく。それらが濃密な命気で繋ぎ留められ、さらに巨大な刃を形作った。

「せやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 横一線。

 姫さんお得意の力任せの一撃が炸裂するが、雑魚の小型<アンノウン>を消滅させるだけで、肝心の超大型には効いていないようだ。

 だが、効かないまでも、こちらに気づいたようで、球根のような巨体が回転する。

 にしても、固いな……まさか姫さんの攻撃が通らないとは。

 回復しているなら、前例はあった。だが、その回復スピードを上回る威力で消滅させるほどの一撃だぞ? 防御に特化したタイプの個体なのか、それとも――。

「どちらにしろ、この状況はよくないな」

「ああ。まさかヒメの攻撃で崩れない敵がいるとは思わなかった」

 ほたるも現状が飲み込めたらしく、敵の観察を始めた。

「もう一発いく?」

「いや、待て。とりあえずは気を引くだけでいい。繰り返し同じことをしても、敵に効かないのならいずれ興味を失われる。あのデカブツを引きつけるような立ち回りをだな」

「言ってること、全然わからないけどやってみる!」

 ちょっと? 言ってることは簡単でしょ。やるのが難しいだけで……。

「ヒメに間違いはない。危なくなったらこちらでフォローする」

「うん、ありがとう、ほたるちゃん!」

 ったく、好き勝手に動くなよ。

 一歩間違えば俺たちが危険なんだけどなぁ。うちの奴らって誰も自分の危険とか考えないから怖いんだよ。

「死んでからじゃフォローできねえから、無理せずやってくれよ」

 無茶やって潰されましたじゃ割に合わん。

 いや、すでに単独行動が過ぎたせいで迷惑被ってはいるんだけど。

 というか、姫さんやほたるは出力兵装もあるし、空中にいる敵に攻撃届くけど、俺はなにしてろと? 船の上からだと、できるのなんて二人の盾か、船そのものの盾くらいのもんよ?

「俺ってば、なんで連れてこられてんの……」

「ヒメが言ったからだ」

 攻撃を姫さんに任せ、運転を続けるほたるが答える。

「ヒメが、おまえがいると安心すると言うから連れ出しただけだ」

「なにその理由」

「知らん。だが、いざってときは頼りにしている」

 そのときが来ないことを祈るばかりなんだが。

「わかった。そんときは本気だす。だから、いまは寝てていいか? 姫さんがいるなら早々沈まんだろ」

「先ほど言った言葉を忘れたのか? 死んでからでは悔やむことしかできないぞ」

 ――……だな。

 ふざけていると、本当に危ないときになにもできなそうだ。

「にしても、ぐちぐちと、弱気だな」

 耳に届く壱弥の声は、言葉は、普段からは想像できないものだった。

 言葉使いこそ偉そうだが、その言葉には、必死さと、大事なものを守りたいという意思を感じる。

 だが、やけに声が弱々しい。

『俺は、無力だ。あのときからずっと、一人ではなにもできない……なにも、なにも…………』

 これが東京主席かってんだ。こんな姿を、周りにいる生徒に見せているのか?

 それほどにまで、カナリアという存在はでかいのか?

「らしくないよ、朱雀くん!」

 姫さんが励ましの声と共に、周りの<アンノウン>を屠っていく。

「まるで一般人のような泣き言だな。おまえはもっと傲慢で賢しく、不愉快な男だと思っていたのだがな」

「ほたるちゃん、それ褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」

 適当なやりとりだな、おい。

「そっか。そうだね! 朱雀くんはぁ、不愉快!」

 姫さーん!?

 ねえ、それ本当に褒めてるの!? ここぞってときに貶してるようにしか見えないんだけど!

「おまえら、絶対わざとだろ……」

 少なくとも、ほたるはわかってやってらっしゃる。

「ん? ああ、やっぱ来たか」

 海ほたるに突っ込んでいく二人組を視界に捉えた。まあ、なんであれ、これで東京の奴らは撤退できるかな。

 問題は、壱弥の精神的状態がどうであるか、か。

「あっれぇ……やっぱり硬いや」

 などと言っている場合でもないな。

「姫さんが何度撃ち込んでも効果なしとは恐れ入る。よっぽど対策してきたのか、はたまた偶然か」

 後者はないよなぁ。

 こんなのが偶然入り込んできましたとか、笑えない。いろいろ疑っちゃうレベルで笑えない。

「だとすれば、あいつらが呼び込んだか……三都市まとめて潰す気かよ」

 いや、その可能性も低いか。

 本気で潰しに来るなら、都市ごとに襲撃した方が遥かに効率的だ。なら、目的はなんだ?

「わっかんねえな」

「なにがだ?」

「敵さんの思惑。こんだけ攻めてきたってことは、なにかあるんだろうと思ってはいるんだが」

「確かに妙ではあるな」

 考え込んでも答えが出るとは思えないが、一度不審に思うと頭から離れないんだよなぁ、これが。

 どうしたもんか。

「天羽、防御」

「あー、はいはい」

 大型の先端部分から赤い光線が飛んでくるので、<世界>を発現させる。

 光の壁とぶつかり合い、互いに相殺した。

「うっはー、これいまの俺の限界だぞ? ちょっとうまくないな、この展開」

「平気だよ、みゆちん! いざとなったら、私たちがいるじゃん!」

「あー……うん、まあ。大いに頼りにしてますよ」

 たぶん二人がいないと撤退すら無理だし。

 ほたるは観察を続けている上に、操縦がある。あまり無茶はさせられないし、こんな敵に囲まれた場所で機動力を失ったら詰みだ。

「なあ、東京勢の撤退は終わったんだろ?」

「だろうな」

 ならもう帰ってもいいんじゃ……いや、言わないでおこう。

 まだ、もう少し時間を稼がなくては。

 千種たちも撤退させる必要がある。

「姫さん、もうちょい頑張ってくれよ」

「うん、わかってるよ!」

 あの超大型、ひとつ試してみるか――。

 実験台には調度いい大きさだ。俺の<世界>は、他の奴らの世界と違い、形が定まっていない。なんというか、いい意味で歪なのだ。

 使用方法が多い、万能型とでも言えばいいのか。

 誰かが、いまだ発展途中とか言ってたっけ。つまり、まだ完全には発現していない可能性が残っているのだ。

「いっけぇ!」

 右手に輝く光を、一直線に伸ばすイメージを強く持ちながら振るう。

 すると、その輝きは一線に伸び、速度をあげながら超大型<アンノウン>へと向かっていく。

「おおっ!」

 前にいる姫さんが感心したように声をあげるが、しかし。

 あと僅かという距離で光が霧散してしまった……。

「チッ、届かないか」

「あれだけ大振りしておいて届かないのか。なぜやった?」

「うるせえな。いけるって思ったんだよ……」

 実際、いい線はいっていた。結果的には失敗に終わったが、可能性が広がったと思えばいい。

 そうだ。失敗したら、次は学べ。

 俺だけじゃない、おまえもだ。壱弥。

「それにしても、やっぱりみゆちんの<世界>ってよくわからないよね。自由すぎるっていうか、捉えどころがないっていうか」

 え、それを姫さんが言うの?

「自由さ加減なら、そっちも負けてないだろ。力の塊ってっだけで、なんに対しても作用するじゃんか」

 便利さで言えば、ほたるの<世界>も相当のものなのだが。

 あれは見えていないといけないからな。あれ? 制限緩くね?

「と、とにかく、次は当てる。さっきのは試運転だし」

「あは、負けず嫌いな性格が出てきたね! じゃあ、前みたく私に勝つまで戦ってみる?」

「…………俺、一度も勝てた覚えないんだよなぁ」

 撃破数、模擬戦、ランキング。

 すべてにおいて、姫さんに勝てたことはない。それこそ、前線に出ていたときでさえその様なのだ。いまなんて、話にならないだろう。

 だが――

「そのうち見てろ」

「――うん! 楽しみにしてるからね!」

 まあ、あれだ。たまには再戦するのも、悪くないかもしれない。

 っと、ここまでだな。

「撤退だ」

 ほたるが先に宣言する。

「千種たちは?」

「とっくに帰り始めている」

「走ってか?」

「だろうな」

 それだと疲労もたまるし、万が一があるじゃんか。

 こちらの顔を覗き込む姫さんが察してくれたのか、

「ほたるちゃん、ごめんね。かすみんたちを拾ってから帰ろうか」

「ヒメがそう言うのなら」

 アクアラインへと向け船を動かし、その間も直線上にいる<アンノウン>を撃破していく姫さん。

 俺も練習とばかりに攻撃をしてみるが、悲しいかな。

「一度も当たらねえ……」

「狙いが雑なんだ。あと、発想も雑だ。ただ伸ばすだけとは何事か」

「ひどい言われようだ」

 心折れるぞ、まったく。

「あれか」

 ほたるが走る千種兄妹を発見する。

「あれ? お姫ちん? どったの?」

「いいから乗って!」 

「おまえらの帰りになにかあったんじゃ困るんだよ! 持ってきたバイクを東京の奴らに渡しちまったら、帰りの足がないだろ。それとも、走って帰りたいか?」

 姫さんの言葉だけではわけがわからないだろうと、補足説明を入れると、汗をかいて走っていた千種が嬉しそうに飛び降りてきた。

「いや、本当にいいタイミングだったわ。おかげで走らなくて済むとか最高」

「おう、お疲れさん」

 まあ、迎撃はしてもらいますけどね? 私もう恥は晒したくないんで。

「お兄……もう、しょうがないな」

 少し遅れて、明日葉も乗ってくる。

「全員乗ったな。よし、行くぞ」

 ほたるの声にみんなが頷き、俺たちも撤退する。

 次に会うときは、倒さないとか。

 俺は俺で、忙しくなりそうではあるが……あとは、ずっとしこりのように残っている、この疑問に答えを得るだけだな。




4話が動いた、だと……? はい、あのシーンも一挙放送で動くようになったんですね。
あのシーンはいいところなだけに、動いていると楽しいです。
さて、次回からいっちゃんの更正が始まる! かもしれない。
では、また次回。


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一人ではなく

 夜から朝にかけて駆り出されたせいか、思ったより疲労を感じる。

 なんたるブラック都市か……いつもなら、そう悪態をついてもおかしくないんだが。

「どうにも暗いなぁ」

 カナリアを含む数人の東京の生徒を病院に放り込んできたあと、俺たちはそのまま埼玉に来ていた。

 俺たち――つまり、三都市の代表はカナリアを除き、全員来ている。

 だというのに、なぜいま俺は一人で個室にいるんだろうか?

 いや、簡単なことである。

 今回の一件の報告書を書いていたからだ。ああ、なぜ俺がこんなことをしなくてはいけなかったんだろう……。

「お疲れ様、みゆちん」

 扉を開けて入ってきた姫さんが声をかけてくれる。

「本当に疲れた。で、ちゃんと報告書は提出してくれた?」

「うん、ばっちり!」

 ピースサインを作りながら笑みを見せる姫さん。まあ、これなら問題ないだろう。

「なら、俺はちょっとロビーに出てくる。コーヒーでも飲まないと起きてられん」

「寝ててもいいんだよ?」

 それはそれで嫌なんだよなぁ。もう朝だってのに寝ちゃったら、たぶん夜まで起きない。そうなると、今回の一件の結末も知れなくなるじゃないか。

「みゆちん?」

「ああ、いや。いいよ、起きてる。そんでもって、壱弥がどうするか見守らないと」

「みゆちんって、やっぱり周りの人のこと放っておけないんだね」

 だから、姫さんが言うことって自分に返ってくからやめとけって。

「別に、誰も彼も放っておかないわけじゃねえよ」

「うん、そうだね。でも、みゆちんはちょっと心配になるから、あんまり無茶、しないでね」

「わかってるさ。よし、コーヒー買いに行くか」

「はーい!」

 やっぱり姫さんもついてくるのね。

 その後、自分のぶんのコーヒーと、姫さん、ほたるのぶんのジュースを買い、二人して歩いていると、やっとのことで全員が集まっている場所が見えてきた。

 しかし、通路の奥にいるのか、壱弥と千種の姿が見えない。

 こっちから見えるのは、連絡をとっているほたると、端末をいじっている明日葉の二人だけだ。

「よう、お疲れさん」

「あれ、みゆちん? いままでなにやってたの?」

 ほたるのところには、姫さんが飲み物を持って行ったので、明日葉に話しかけた。

 そういえば、誰にも言わずに個室に向かったんだったか。

「さっきまで、今回の書類をな……一人でまとめていたんだよ」

「あはは、なにそれウケる」

「ウケねえよ。全員海ほたるまで行ってるのに俺だけで書いたんだぞ? おかしいでしょ」

 せめて千種は手伝ってくれてもよかったんじゃねえの――と言いたいところだが、あいつには壱弥の相手をしていてもらわないと不安だ。

 主に壱弥の精神面が。

「ってか、端末いじるくらい暇なら手伝えっての」

「そういうのはほら、お兄の仕事だから」

「相変わらず大変すぎるんだよなぁ、おまえのにいちゃん」

 なんで次席が首席より頑張ってるんだろう? というか、聞いてると戦闘以外ほとんど千種がやってるようにしか聞こえないから不思議だ。

 いや、あいつが苦労するぶんには俺は関係ないからいいけどな。

「で、男子二人は向こうか?」

「うん、そこの角曲がったところに座ってる」

 すぐそこにも程がある。

 むしろ見なくても会話が聞こえてるし。

「――無様だな」

「ああ……俺は無様だ」

「とんちき野郎だ」

「とんちき野郎でもある」

「四位さん」

「そうだ。俺は四位だ。心も体も未熟で」

「雑魚クズ」

「強く……強くなりたかった」

「そこまで認められると気持ち悪いよ」

「そうだな」

 これはだいぶ参ってるな。

 どうしたもんか……。

「――……南関東で一番かわいい女の子は二位であ」

「いや、十位だ」

「いやいや、二位でしょ」

「十位一択……そこは譲れない……」

「いーや、二位だね」

「十位だと言っているだろ……耳が悪いのか、二百十三位」

 やるな千種。そういうアプローチの仕方もあるとは。

 なんだ、思ったより元気じゃないか。好きなやつのことで言い返せるなら十分だ。

「お兄、ほんといい加減にしてほしい……」

「身内からしたらつらいわなー。なあ明日葉」

「……なに?」

「おまえ、顔真っ赤だぞ」

「うっさい! キモい、マジキモい!」

 俺に当たるんじゃありません。こら、ちょっと、俺を蹴るな!

 腹いせに蹴られる側のことも考えろこのやろう!

『朱雀壱弥、要件はわかっているな? コントロールルームまで来い』

 なんてしているうちに、壱弥が呼び出される。

「東京の人、呼ばれちゃったね」

「だな」

「たぶんお兄はついていくだろうから、あたしも行こうかな」

 お先〜などと言い残し、千種の方へと歩いていく明日葉。

 千種も荷物まとめてるし、やはり行くのだろう。

「朱雀くんが行くなら、私たちも行かないとね」

「と、ヒメが言うんだ。行くぞ」

「ほら、みゆちん! 朱雀くんのこと、見届けるんでしょ?」

 姫さんが手を繋いできて、強引に俺を引っ張っていく。いつもの構図だが、おかしいな。俺、今回は行かないなんて言ってないんですけど? むしろ、普段と違って行く気満々だったんだけどなぁ……。

 どこで間違えたんだろ? ――配属都市からかしら。

「いや、さすがにそれだけはないな」

「よっし、はやく行こう! みゆちんの久々のワガママだからね」

 ワガママってほど言ってない気もしなくはないが。とりあえず、姫さんが嬉しそうだから黙っておこう。

 ほたるに自ら斬られに行くほど、俺はバカではないのだ。

 まあ、もっとも? 姫さんの笑顔を見たくない人もまた、神奈川にはいないんだが。つまり、そういうことだ。

 

 

 

 コントロールルームに入ると、すでに千種兄妹が壁にもたれかかっていた。

 俺たち三人は彼らの反対側に立ち、事の成り行きを見守る。

「えっと、呼び出したのは壱弥だけなのだけれど」

 なんて見ていたら、愛離さんが困ったように声をあげた。

 しかし、それに動じる姫さんではない。

「報告書を出したのは私だよ。見届ける義務があると思うな」

 腰に手を当てて、ポーズを決める姫さん。

「私には、姫を見守る義務がある」

 その隣で、ほたるも言う。うん、わかっていたけど、義務なんですね。権利じゃないんですね。わかりません。

 というか、姫さんや。書いたのは俺だ。

「通りかかっただけ。悪い?」

「いや、悪いでしょ」

 反対側では、適当な事を言う千種に明日葉が突っ込んでいる。

 俺? 俺はまあ、

「自分と同じようなミスをしないように、そこのランキングバカを見守りに来ただけだ。それでダメてんなら、報告書を一人で書いたんだから、見届ける義務は俺にもある」

「はあ……」

 愛離さんはため息をつくも、追い出すのは無理だと判断したようで、なにも言わなくなった。

 そして、すぐに壱弥と求得さんの話が始まる。

「壱弥。俺は昨日、部隊を編成して明朝三都市で同時に出撃。そう言ったよな?」

「はい」

「その際、誰からも異論は出なかったよな?」

「はい」

「ミスはそのとき取り返せ。そう言ったつもりだったんだがなぁ」

「はい」

 返事をするだけの機械か、あいつは。

 やっぱり、危なっかしいな。今回はカナリアが死んだわけではないからいいが、支えを失ったときが怖くなる。

「俺の言葉も、意思も、命令もすべて理解した上で、なぜ勝手な行動をした」

「全責任は俺にある。どんな処罰でも――」

「そんなことはどうでもいい。自分一人でもなんとかできるとでも思っていたか!」

「俺が無能だったから、できなかっ――」

 そこまで話が続いたところで、室内に乾いた音が響いた。

 俺の隣にいる姫さんが驚いたように声を上げたが、内心、この光景を想像していなかったわけでもない。

 そう、壱弥が求得さんに殴られたのだ。

「力があれば許されるとでも思っていたか! 自惚れるな!」

「……カナリアを傷つけた敵はまだ、海ほたるを占拠している。せめて、その後始末だけはやらせてくれ!」

「そうしてまた先走るつもりか? 今度は誰を犠牲にする?」

 嫌な質問しやがる。だが、壱弥はすぐに訂正を入れた。

「そうじゃない! ここにいる奴らの助けを借りる。本当の意味で協力する。だから、頼む! 俺をみんなと一緒に戦わせてくれ!」

 へぇ。ここでそう来るのか、あの壱弥が。

 いや、だが丸っきり独りで戦っていたわけでもない。カナリアのサポートも受けていたし、前回の襲撃の際は姫さんに合わせてもいた。

 そうだ、壱弥は度々、周りと協力することをしていたじゃないか。独りっきりで戦ってきたわけじゃない。なら、これはなんらおかしなことではないってことか。

「壱弥……それは俺に言う台詞か?」

 聞かれ、すぐにこちらを向く壱弥。

 千種は嫌そうな顔を作ってはいるが、文句はなさそうに。

 明日葉は、仕方がないと言いたげに。

 ほたるは薄く笑みを浮かべながら。

 姫さんは満面の笑みを浮かべて。

「はあ……全員嬉しそうにしちゃってもう」

 ――こっちまで笑顔になるだろうが。

「はぁあ……まあ、俺がそっち側にいたら、絶対にそんな顔はしなかったんだがなぁ」

 俺たち5人の顔を順々に眺めたのち、求得さんが言う。

「連中に感謝しとけよ! けじめをつけてこい! 説教はその後だ」

 なんだよ、あんたまで嬉しそうにするのか。

 実際、嬉しくはあるんだろうな、管理局側も。あの壱弥が、素直に協力を申し出てるんだ。手を差し伸べないなんてありえない。

「カナリアも持ち直したと連絡があったわ。もしかしたら、力を高める彼女自身の<世界>のおかげかもしれないわね」

 途端、壱弥が安堵の息を漏らす。

 愛離さんからの報告も受け、雰囲気が良い方向に変わっていく。

「よし。行って来い、バカやろうども!」

 直後、部屋中に俺たちの声が響き渡った。

 さて、これはまた、再準備が必要だな。おまけに、あの超大型の対策も練る必要がある。

 なるほど、なるほど。

「今日も徹夜か」

 仕方ない。壱弥のためでもあるが、なにより負けるわけにはいかない。

 もう少しだけ、無茶してやりますか。

 その後はいつもの会議室に戻り、俺たちは超大型を倒すための作戦会議を始めた。

 明日は改めて、決戦だな。

 どうか、先日のように予期せぬ乱入者がいないことを。俺はただ、そればかりを願うだけだった。

 



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もうすぐ決戦です

中々話に進展がなく、ぽんぽん進んでいけ!って方には申し訳ないです。
ゆっくり進んで行く作品ですが、そのぶんキャラ同士の絡みなどは濃くしていきたいと思っているので! 成分を補給できる話にしていきたいですね。
あとはオリ展開の部分もありますし。
では、どうぞ!


 いよいよ、明日の朝には決戦か。

 代表同士の会議では壱弥の案を採用し、俺たちはみな、各都市に戻っての準備ということになった。

 ほたるが事前に青生に連絡をしているので、いまごろ神奈川では多くの生徒が準備を始めてくれているだろう。

「しっかし、三都市でまともな連携とるなんて初なんじゃないか?」

「だろうな。私がまだ裏で活動していた頃も、そんな話は聞かなかった」

 神奈川までの帰り道。

 作戦の大まかな動きを再確認しながら、ほたるに話しかける。結構面倒な過去を持つほたるだが、それゆえに、各都市の過去の事情にも割と詳しい。その彼女がないと言ったのだから、やはり初なのだ。

「いいことだと思うよ! みんなで協力しあえるのって、悪いことじゃないでしょ?」

「そうだな、ヒメはいつも正しい」

 即座に同意するほたる。

 なるほど、これが友人の姿か。俺の知ってる形とはだいぶ違うな。だが、これで成り立っているのだから、不思議な絆だよなぁ。

 俺も、そういう奴がいたらなにか変わるのかね。

「みゆちん?」

 下から覗き込むようにしてくる姫さん。

 いつも思うが、この子の距離感は近すぎる。なんなの、新手のプレッシャーの与え方なの?

「……どうかした?」

「ううん。なんかみゆちん、つまらなそうだったから、どうかしたのかなって」

「そんな風に見えたのか?」

「あれ? 私の勘違い?」

 二人して首を傾げるが、この場合答えを持っているのは俺なんだろう。しかし困る。姫さんはたまに直感レベルで物事を口にするし、行動を起こす。

 だとしたら、意外とバカにできないのだ。彼女の言葉というのは。

「ヒメ、あまり心配するな。天羽は繊細にはできていない」

 酷いな。俺だって繊細な部分くらいある。

「そう? みゆちんって抱え込みやすいタイプだよ?」

「ヒメが言うのならそうなんだろうな。それで、なにかあったのか?」

「いや、おまえは手のひら返しが早いよ? なんなの、むしろおまえの中でなにがあったのか聞きたいわ」

 俺への意見すら変えさせるとか驚きすぎます。

 いや、むしろこのまま毎回姫さんを通していけば俺に対しての暴言減らないかしら。

 ……やめとこう。変な方向に話が進みそうだし。

「それで、みゆちん?」

「なにかあるでしょって目はやめろ。今回は本当に、なにも心あたりがない」

 いつもとくにないけど、とも付け足したいがそこは自重しよう。

「えー、ないの?」

 ごろん、と人の膝に頭を乗っけてくる。

 でかい猫だな。いや、猫は好きだけどさ。

 またたびでもあれば垂らしてやるんだが……なんも持ってないのよね。

「クッ、操舵手なんてしていなければ私がヒメにいくらでも膝枕してあげれるのに……なぜ、なぜ…………」

 こっちはこっちで通常運転か。

「なあ、姫猫さんや」

「ん〜?」

 ああ、もうさっきの質問は気にしてないのね。

 気の移り変わり具合も相まって、猫にしか見えない。本人も猫の部分否定しなかったしな。

「今回の勝率って、どれくらいだろ」

「十割」

「……そりゃ心強い」

 考える素振りも見せずに口にするとは、恐れ入ったよ。

「みゆちん、心配事?」

「まあな」

 姫さんの頭に手を置きながら、何度か左右に撫でる。

「ふあ〜」

 欠伸すんなよ、こっちにも移るだろうが。

 案の定、姫さんに続いて欠伸をした。わかっていたことだが、疲れが取れてない。当然か、夜から朝まで移動と戦闘を続けて、作戦まで立ててきたんだ。

「疲れてない方がおかしいか。ほれ、姫さんは寝てろ」

「え? でも、それだとほたるちゃんもみゆちんも……」

「平気だ。私は寝れるときにしっかりとし睡眠を取ってるし、準備が終わってから寝ればいい」

 さすがすぎるっていうか、寝溜めでもしてるのか、ほたるは。

「俺はまあ、徹夜とかよくしてるし。それより、明日は姫さんに重要な役割が振られてんだから、一番に休みを取らないといけないのは姫さんだぞ。わかったら寝てろ」

 これで本気が出せませんでした、とか寝過ごしましたなんてことになったら終わりだ。

 押し付けるようで悪いが、世界にはこの子が必要なのだ。それも、もっとも過酷で残酷な、世界の最前線に。

「納得したら寝なさい。納得できないなら、納得できるように努めろ」

「それ、選択肢ひとつしかないよね?」

「元からひとつしか用意する気ないしな」

 とりあえず姫さんの肩を掴み、いまの状態を維持する。

 立つなよ? まじで立つなよ?

 この状況で姫さんに力込められたら、俺の腕が負荷に耐えられん。骨が砕けるまである。

「じゃあ、ごめんね二人とも。なにか起きたら、すぐに起こしてね」

 などとこちらの心配を無視し、すぐに寝息を立て始めた。

「ふう……今日も死線を超えたな」

 超大型とか、いまの一瞬の攻防に比べたらなんともねえな、うん。

「よくやってくれた」

 今後はほたるか。

 姫さんを起こさないようにゆっくり振り向くと、彼女と目が合った。

「ヒメはぜんぶ自分が、という思いが強いから。こういうときに休んでもらわないと、いつか倒れそうだ」

「同感だ。人に好かれやすいのは認めるし、カリスマ性もある。でも、どこか危うい」

 問題が起きれば、強敵が現れれば、一人でなんとかするだろう。これは予想ではなく、断言できる。

 もし、戦えない人たちが周りに残っていたら……きっと、全員が逃げ切るまで戦うはずだ。

 他の仲間にすら、一緒に逃げろとまで言うかもしれない。

「だから、誰かがついててやらないと。特に、理解のある友人兼保護者さまとかな」

「ああ、そうだな。側にいるさ。もう、その手を離すことはないと誓ったのだから。絶対に、絶対に」

 だいじょうぶ。この二人なら、だいじょうぶ。

 しっかし、どうするかね、この猫。

 つい膝で寝かしちまったが、身動き取れないって窮屈だわ。

「でも起こすのもなぁ……」

 どうせもうすぐ神奈川につくだろ。

 その間の、あともう少しだけ、我慢するか。

 

 

 

 神奈川に戻って来れば、予想通り、かなりの準備が整っていた。

 これなら俺一人が手伝ったところで、あまり意味はないだろうか? うん、意味ないだろう。工科の人たちの手伝いとかできないし。一般人レベルでならできるが、ここではそれだと邪魔でしかない。

「明日は詰みまで持ってかないと出番なさそうだよなぁ」

「作戦は聞いただけだけど、そのようだね。でも、僕らなんかさらになさそうだ」

 隣にいる銀呼は、残念そうに呟いた。

「そっか。おまえも柘榴も、明日は操縦室に篭ってんだもんな。そりゃ、戦うの大好きなおまえは暇で仕方ないな」

「そっちも対して変わらないだろ」

 確かに……。

 俺も明日は見てるだけになりそうだ。

「でも、それは何事もなく事が進めばだがな」

「ん? いま、なにか言ったかい?」

「いや、なにも。それよか、明日は早いんだろ? 俺、ちょっと休んでくる」

「了解した。姫殿たちにも伝えておこう」

 もうじき準備も終わるだろう。なら、俺のすることは少しでもいざってときの戦力を増やしておくことだ。

 眼目は気分屋に過ぎる。そもそも、今日会えるかも微妙だ。

「ここは、そうだな」

 ちょいと危険だが、行くか。

 しばし進み、和風の屋敷風寮を訪れる。

「おや、誰かと思えば、これは珍しい奴が」

「おうおう寮母さんよ、ずいぶんなあいさつだな」

 どこか大雑把そうな女性が出迎えてくれたが、彼女がいるということは、十中八九、彼女も今日は寮内にいるな。

「あいつはどうしてる?」

「どこかの誰かが中々来ないもんだから、たまに『がっかりですわ』と言ってますよ。ほんと、オレが面倒なんだからたまには来てもらわないと。お嬢だってそのうちキレますよ」

「それは洒落にならねえな……でも、あんたら全員連絡入れても反応しないじゃねえか」

 俺のチームの一時期の戦闘出席率なんか堂々の0だからな、0。

 かくいう俺も出てないんだが。

「そういえば、最近は代表になっただかで忙しいとか」

「そこそこな。……いや、訂正する。かなりだ、かなり。おかしなくらい忙しい日々になったぞちくしょう」

「ハハッ、そりゃ最高だっつーんですよ!」

「最悪だってーの。はあ……」

 ため息ばかり漏れてるからな、ここ数日は。

 これから会う奴も、「がっかりですわ」とか言われてるようじゃ、出会い頭に斬られそうだ。

「んじゃ、行きますか」

「あいよ」

 とりあえずは、話でもするか。

 明日に向けて、一人でも多く、うちのチームからも人を出さないと。

 たぶん、この神奈川でもっとも早い一撃を放てるだろう少女を――。



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前夜は危険な夜にて

この話も度々世界に触れてきてたりするんですよ? 次回から三都市で協力しての戦いに入っていきます! では、どうぞ。


 さて、来たはいいが……入りたくないな。

 寮の一室。それも、いまだ入れず扉の前で立った状態で、十分が経過した。

「入らねえなら帰ってもいいんですよ」

 寮母はそう言ってくれるが、ここで帰ると余計に怒られそうだ。

「いや、入りますとも」

 だってさ、寮に来た時点で俺の行動なんてバレてるも当然ですから。どうせ、いまも扉の向こうでは『まだ入ってこないなんて、ガッカリです』とか思ってるに違いない。小声で呟いてるまである。

 俺、明日の朝は作戦に参加できてるんだろうな……。

 とりあえず、ダメなら全力で逃げよう。

 俺が覚悟を決めたそのとき。

「入るならさっさと入ってください。ここまで来て時間をかけるなんてガッカリです」

 扉が開かれ、中から声をかけられた。

「…………そっちから開けるとは驚いた」

「心拍数が一気に上がりましたね。とりあえず、お茶でも持って来させましょう」

 背後にいた寮母が、「へいへい、オレの仕事ですね」などと言って、部屋の奥へと消えていった。

「はやく入ってください」

「あ、ああ」

 なんか、流れで入室できちまった……出会いざまに斬られなかっただけ運がいいと言ったところか、俺の思い過ごしか。なにはともあれ、助かった。

 通されるままに従い、和装の部屋に連れ込まれる。

 その部屋の隅に座らされると、机を挟み、眼前に少女が座り込む。

 目を閉じたままの、小さな女の子。

 左右に括られた銀色の髪。長い髪を括られたところには、大きな鈴が一緒に付けられている。

 特殊な、制服要素を取り入れられた巫女服を身にまとう少女は、手に持つ刀をわずかに揺らした。

「おっかないな」

「割と普段通りに感じますけど」

「鼓動聞こえてんだろ? 心臓バクバクだっつーの」

 彼女――因幡月夜は、おかしそうに笑みを浮かべた。わかっている、遊ばれているのだと。

 おそらく、この神奈川において最も幼いだろう月夜は、しかし。神奈川でもかなり危険な人物である。

 初めて三都市の会議に連行された日も、目の前の少女と眼目と約束があったのだが、その件は許しを貰えている。しかし、その前なんかはすっぽかしたら殺されかけた、なんて話を千種にしたことがあったな。

 うん、厄介極まれり。

「それで、今日はなにをしに?」

「既に知っているとは思うけど、超大型アンノウンに対して、三都市合同での作戦を明朝に控えている」

「はい、外で皆さんが話していましたから、すべて聞こえています」

 相変わらず、桁外れの聴力だな。

「話が早いな」

「大体、言いたいこともわかっていますよ。自由さんはこういうときほど、やる気を出す人ですから」

「なら――」

「嫌です」

 ですよね、予想通りすぎる答えだ。

 こいつはよほどのことがないと動かないからなぁ。自分の世話係のこととなれば即座に動くのだが、都市がどうたらなんてことでは決して動かない。

「どうしてもダメか?」

「絶対に、というわけではありませんが、私が必要ですか? 三都市の上位陣に加えて自由さんも動くなら戦力は十分です」

 拳を前に突き出し、薬指を小指だけを立てる。

「理由はふたつ。いまのがひとつ目です」

 お、おう……その前に、その指の立て方すっごい気になるんだけど……。

 いや、聞くと話の腰を折ったことにされて不機嫌になるからやめておこう。

「ふたつ目は、自由さんがなにかを隠しつつ、私を連れ出そうとしていることです」

「――っ、やっぱりバレてるか」

 今朝の戦闘時に気づいたことがあったのだが、それはまだ誰にも話していない。

 どうしてこう、こいつにはわかるかね……。

「なあ、月夜」

「私が思うに、超大型を先導してきただろう相手でも見つけましたか?」

「……おまえ、人の台詞取るのやめない?」

「私、まだまだ小学生気分が抜けないので」

「ここに小学校はないぞ、月夜」

「そこに突っ込むなんてガッカリです。私がコールドスリープから目覚めたのは数年前ですよ? 年齢的には小学生でもおかしくないでしょう」

 うん、おまえどう見ても小学生でしょ? 頑張っても中学生だと思う。

 神奈川の全生徒が間違いなく先輩だろ。

 ここ最近は、それほど幼い編入生が来たなんて話は聞かない。俺が知る限り、神奈川では月夜が最後ではないだろうか。

 まだ眠っているこどもが何人いるのか、その明確な数を俺たちが知る術はない。

「ケホッ、話が逸れました」

「だな……で、だ。先導者のことはともかく」

「はい?」

 カチャリ、と小さな手が刀の柄に触れる。

「すいません、待ってください。――それは俺にも見切れない」

「なら、話しますか?」

「もちろん」

 話すに決まっている。柄を握られた瞬間から、俺は剣を首元に突きつけられたも同じこと。

 従わない選択などない。

 最も、それが最善でないのなら、斬られようとどうにかする算段もないわけではないが。

「なんですかお嬢、面倒事なら外でやってくださいよ。それとも、遊びたいなら――やっぱり、いい機会なんで外に出てきて貰えるとお嬢の健康面でも最高にいいんですがね」

 いいタイミングで来てくれた寮母がお茶を置き、月夜に言葉をかけていく。

「……二度目はありませんから」

 彼女の言葉のおかげか、月夜の手が柄から離れる。

 まったく、なぜこうも俺が苦労しなければならんのか。

 姫さんの相手だけでも相当体力、精神を持ってかれるというのに、お子さまの相手までとはな。いや、普通にしているぶんには、他の奴らより静かだしいいんですけどね?

「周りには黙っておけよ」

「話す相手も特にいませんから。そうですよね?」

 チラリ、と隣に座る寮母――世話係を見る月夜。

「はあ……オレはお嬢に従いますよ。好き勝手に話でもしててくださいよ」

 気にせず話していい、ということか。

 今更チームメイトは疑うだけ無駄だしな。まずは、先日のことからか。

「先日、斬々に会った」

「そうですか」

「驚かないんだな」

「あまりお話したこともありませんでしたし、あの人から感じるイメージの中にいいものはなかったですから。ああ、でも――悪くもなかったです」

 あっさりしてんな。まあ、月夜がチームに入ってすぐ、斬々は姿を消したしな。彼女があまり興味のない話なのも仕方ない。

「で、だ。あいつは言っていた。自分の<世界>が、故意に<アンノウン>を呼び寄せることもある、と」

「あの人が首謀者だと?」

「可能性の話だ。あいつはただの歯車で、更に巨大ななにかが出てくる可能性だってある」

 前回見たのは二人だけ。だが、もしもそれでは済まなかったら……。

「可能性の話ですよね。今回も出てくるかはわからないじゃないですか。物事のすべてを、自分の中にある情報だけで決めつけるのはこどもの証です」

「決めつけるのは、大人だって一緒だよ。それにな、俺は確かに見た。撤退時に、前回現れた女が使ったのと、同じ移動手段の歪みがあったのを」

「…………面倒です。でも、わかりました」

 これまでずっと目を閉じていた月夜が、目を開く。紅い瞳が、こちらを覗いたような錯覚を覚える。

 全体の格好から、うさぎを連想させる容姿だな。

「対人戦に慣れた人が必要なのは、よくわかりました」

 だが、そこから発せられるのは恐ろしく察しのいい言葉だった。

 そうだ。同じ人だからという理由で倒せないのでは困る。ただでさえ、超大型の<アンノウン>を倒すのに各都市の代表はもちろん、大勢の生徒の力が必要なのだ。そこを邪魔立てされようものなら、戦線が崩れる。

「今回、もしも負けるようなことがあれば確実にこの生活は続かない。下手したら三都市共倒れだ。特に、代表が全員集まってたりするような場所なら、敵からすれば狙わない手はない、よな?」

 本来の敵、戦う中で生まれていく敵。

 これらをいっぺんに相手取るには、今回は都合が悪すぎる。

「加えて、なんか妙なんだよなぁ」

「はい?」

「超大型があまりに簡単に現れたもんだからさ。もしかしたら――いや、いい。ここは忘れてくれ」

 まさか、人の前で言っていいことではあるまい。

 焦った様子をまるで見せない管理局の人たち。どうやって入ってきたかも議題にはあげられなかった。まるで、いまのあり方を知っていたかのような……わからんな。まさか、管理局の中になにかが紛れ込んでいる、なんて話せるかよ。

 だが、斬々たちに簡単に侵入を許すようなとこだしなぁ。重要なデータも管理しているはずなのに、クソみたいなセキュリティなはずがない。誰かが招いたはずなんだ……。

 でもこれは裏を取ってない。推測にすらならない話だ。

 迂闊に話すべきではない、な。

「状況が良くないことは理解しました。今回だけ、ですよ」

 それ以上突っ込んで聞いてくることはなく、月夜は返事をくれた。

「そっか、ありがとな」

「いいです。大勢の生徒が参加するなら、どうせ友達も参加するでしょうし。彼女を守るためです」

「せめて、そこにチームメイトも入れてくれると嬉しいんだけどね」

「考えておきます。当分は、のの、ののと騒がしいともだちのため、ということで」

 まあ、いいか。

 仕掛けてくるなら、間違いなく明日。

 だけど、明日仕掛けて来れば、ひとつ確実になることがある。あいつらが俺たちの行動を知っているのかどうか。もし知っているなら、そのときは――。

「自由さん」

「ん? なんだ?」

「起きているようには努力しますが、もし寝ていたら起こしてくださいね」

「お、おう……そこは年相応なのね」

 さすがにずっと起きてるのはつらいか。

 さて、ひとまず、久々に協力の要請はできた。ついでに眼目も連れていこう。俺の日常があいつに侵食されているんだ。ここらで働いてもらわないと割に合わない。

「<アンノウン>だけで済むかと思えばこれだ。加えて、信頼できる奴らが誰なのかわからなくなってきてる状態ってのも悪いな。はあ……なんか、狂い出してる気分だ」

「ため息ばかり吐いてると、そのうち幸せがぜんぶいなくなって、不幸になりますよ」

「幸せがいなくなると不幸になるのかよ……せめて普通にしておいてくれ」

 なんなの、みんな俺に対して優しさを覚えませんかね。

 特にほたる。あと暴言ってことなら千種と壱弥と明日葉。あれ? 代表って俺に対して口悪すぎじゃないの。

 カナリアは俺とあまり話さないし、姫さんくらいしか癒しがない! チームメイトは厄介ごとしか持ってこないしな……。

「なんか疲れてきた。そろそろ行くわ」

「はい。では、明朝に」

 なんとか斬られることもなく話を終え、俺は再び外に出る。

 陽が沈み出したな。

 あと数時間もすれば、移動開始か?

 さて、できれば<アンノウン>を潰しがてら俺の疑問に答えてくれるといいんだが。

 わからない点が多すぎるんだ。

 一番わからないのは、斬々のあの一言。

「世界は決して、正しくない、ね……」

 なぜか、ずっと頭から離れない。

「おーい、みゆちーん!」

 遠くから、姫さんが駆けてくる。加速して、加速して――彼女の姿を捉えた直後、俺は衝撃に襲われ、地面に叩きつけられていた。

 言うまでもないことだが、あえて言わせてもらおう。

「姫さん、人に突進かますのはやめろ」

「え? 突進じゃないよ? みゆちんがいたから、お話しようと思って」

 人に馬乗りになり、上から笑顔で話す姫さん。まったく、なんの罰ゲームだこれは。

「で、なに?」

「あーえっと……なんだっけ?」

「話すことがあったんじゃないのかよ」

「ないよ? こう、みゆちんとちょっとお話したいなーくらいの気持ちだっただけだから」

 そうですか、ノープランな上に俺は無駄に突進を食らったわけか。

「なら、俺からひとつ質問だ」

「うん、なに?」

「姫さんは、この世界が正しいと思うか?」

「――わかんないや。でもね、みんなと楽しく、平和な世界になれば、それが正しい世界だと思うな」

 いまがどうかじゃなく、どうあれば正しいか、ってことか。

 そんな答えもあるんだな。

「なら、そうしないとな」

 姫さんが望むのなら、きっとそれがいい方向に繋がるのだろう。平和な世界を望む彼女の答えなら。

「あれ? ほたるちゃんたちだ! みんなー、こっちだよ!」

 姫さんが俺に乗ったまま、他のみんなを手招く――って待てこら!

 この状態はダメでしょ! ああ、ほたるがすっごい形相で走ってきてる! 銀呼も!? 柘榴もかよ!

 全員手に持ってる武器捨ててから来てくれませんかね!?

 呼んでも平気なの青生くらいなのに、こんなときに限ってあいついないし、どこ行ってんだよもう!

「ねえ、みゆちん。やっぱり、みんなが笑顔な世界が一番だよね!」

「そう思うんなら、俺にも平穏よこせやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 夜に近づく中。わずかに残る夕日の空の下、俺の叫びが神奈川に響き渡った。

 このあとどう弁明するか。それだけが、俺の意識を支配していた。明日、無事に作戦に参加できるかしら……とりあえず、この明日より真面目に危険そうな夜を乗り切ることに全力を尽くそう!

あと姫さんはそろそろ俺の上からどこうか! どことは言わないけど、角度的に際どいんだよ……。



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それはなんのためか

 なぜこうなった……。

 作戦を朝に控えているというのに、なんだこの状況は。

 俺は周りを見渡し、いてはならないだろう人物たちを視界に捉える。

「なあ、姫さん」

「ん? なあに、みゆちん」

「明日って、朝早くから作戦実行ですよね?」

「そうだよ。頑張ろうね!」

 確かに、神奈川での準備はあらかた終えたよ。まだ夜になったばかりだし、時間が余っているのも事実だ。いまさら気負うこともないし、仮眠も取ってきた。

 だがしかし。

「なんでまた、埼玉に来ないといけないんですかね……」

 しかも、東京、神奈川、千葉の代表が揃って。

 なんなの、今朝のうちに作戦は練っただろ? あとは各都市で別々に準備。明朝、壱弥指揮の下作戦開始じゃなかったのかよ。

「まったくだ。せっかく妹との夕飯だったのに」

「お兄きもい、マジきもいから」

 千種兄妹か。

 やっぱり、あいつも不満があるんだな。

 俺も不満ならたくさんあるぞ。特に、この状況下での俺の扱いとか。

 眼前で燃え盛る火。簡易的に用意された網、トング。背後に置かれた数々の食材。

「おまえら、人に肉と野菜を焼かせてどういうつもりだ?」

 そう、なぜか大量の食材を焼かされているのだが、呼ばれて来てみればさっそくこれだ。

 カナリアはいないが、前回の合宿のときとやっていることは変わらない。俺が作業をさせられていること以外は。

「みゆちん、頑張ってね!」

「ヒメが肉を待っている。早くしろ」

 おまえら自由か。

 ちょっとはこの状況に疑問とかないんですかね……いや、お肉焼きますけどね。

「まさか、ここで夕飯とかじゃねえだろうな」

 隣で見ているだけの千種が愚痴る。

「見てねえで手を動かせ」

「やだよ。苦労しないで食う飯とか最高でしょ。楽したいのよ、俺」

「……明日葉、なんか言ってやれ」

 千種の後ろでじっと肉を見ている彼女に声をかけると、

「あたし、お兄ちゃんの焼いたお肉食べたいなぁ。ねえ、お願い、お兄ちゃん」

「――お兄ちゃんだもんね。仕方ないよね」

 ウインクと一緒にお願いを口にする明日葉。

 ふっ、勝った。

 千種が隣で勝手に肉を焼きだしたので、これで負担が減らせるというものだ。さて、それでそろそろ集められた理由は知れたりするのかね。

「おう、集まってるな」

「みんな、お肉だけ食べちゃダメよ。特に舞姫と明日葉はね。野菜もしっかり食べなさい」

 来たな、お偉いさんたちも。

 しっかし、作戦云々ってよりただ夕飯食いにきただけみたいな雰囲気はどうにかならんのか。

「おう、どうした自由。なにか言いたそうじゃないか。気にせず言っていいぞ」

 求得さんがそう言ってくれたので、ちょうどいい。

「とりあえず、夜に集まった理由を聞いてもいいですかね?」

「理由? そんなものはひとつだけだ」

「ひとつ?」

「なんだ、察しの悪い奴だな。おまえさん、こんなときに集まるのなんて、全員で飯を食うために決まってんだろ」

 なん、だと……。

 まさか、本当にそんなことのために集められたとでも言うのか、俺たちは!

「そんなムダな時間のためにですか」

「ムダじゃないさ。飯ってのはな、大人数で食うからいいんだ」

 わからん。

 いや、大勢でいるのが楽しいのはわかる。

 だが、なぜこんなときに……。

「壱弥が本当の意味で協力することを知ったからな。なら、ついでに仲を深めちまおうっていう大人のお節介だ。どうだ、納得したか?」

「――……理解はしました。納得はしません。けど、そういうことなら悪くはないかな、と」

 事実、壱弥は変わったのだろう。

 ここに来て、まだ一度も千種と言い合いをしていない。

 むしろ、姫さんともあまり話していないようにも見えるが。あれ? ダメじゃね……。

 ああ、カナリアか。カナリアがいないからか。保護者兼相棒だもんな、壱弥は。そりゃ心配もするし、側にもいたいってか?

「壱弥、戻って側にいてやってもいいんだぞ?」

「……いや、いい。それに、いまは青生がいてくれるからな。神奈川には感謝している」

 ほう。変わった――ってより、もしかするとこっちが素なのか?

 あんな優しい笑み、初めて見たぞ。これは、俺の思い過ごしかねぇ。立派なリーダーにもなれそうじゃんか。

 これは、はやくカナリアにも回復してもらって、あいつの側で支えてもらわないとな。

「そうかい、そうかい。なあ、壱弥」

「なんだ、天羽」

 もう順位でも呼んでこないのな。なんだろ、本当に誰だこいつは。

「明日、頼むぞ」

「任せておけ。だが、おまえたちの力あってこそだ。俺の方こそ、頼む」

 人ってなにがあるかわからないから面白いな。

 悪いことばかりじゃないんだな。少しだけ、こんなときだからこそ呼ばれた理由もわかってきた気がする。

「みゆちん、みゆちん」

「ん? なんだ、姫さん」

 肉ならまだだぞ。野菜もまだだけど、生で食うか?

 そう言おうとした直前、姫さんが人の膝に座り込む。

「おい、姫さん……?」

「たまには、こういうのもいいかなーって。なんか、ちょっとだけね」

「そうかよ。なら、好きにしてろ」

 やめろよ、その無理してる顔。

 なんにも言えなくなるだろうが……火に照らされた笑顔は、どこか作り物っぽくて。長年彼女を見てきたせいか、こと姫さんのことだけは、よくわかるようになっていた。

「不安か?」

 周りに聞こえない声で話しかける。

 一瞬、千種が視線だけをこちらにやった気がした。

「なにが?」

「戦うことだよ。おまえ、定期的にへこんだりしてた時期あったし、お兄さんいろいろと心配なのよ」

「ごめん、みゆちんの言っていること、わかんないや」

 いつも通りか。

 どうも、俺の言葉では彼女の心は開けないらしい。

 昔も、いまも。

 戦おうと、寄り添おうと、すぐ近くにいるはずの彼女の心は、ひどく遠い。

 そういえば、姫さんと<世界>を通じて繋がったことは一度もないな。普段、彼女が周りに与えてしまう被害を抑えるために行動していたためとはいえ、強敵と戦ったときも、姫さんとだけは繋がった覚えがない。

「……どういうことだ?」

 俺の<世界>は、仲間たちだけではない。共通する目的さえあれば繋がっていけるはずなんだが……でなければ、俺の見ている世界って、いったいなんなんだろう。

「はあ……考えるだけムダか」

 姫さんは前を向き、俺は過去を見ている。その時点で、彼女とは繋がれないのかもしれない。

 つくづく、俺を苦しめるのが好きみたいだな、斬々は。

「みゆちん……」

「んー?」

「みゆちんの言ってることはわかりたくないけど、みゆちんのことはわかっているつもりだからね」

「そう……」

「だから、だいじょうぶだよ」

 ぽすり、と俺にもたれかかってくる姫さん。

 まるで妹だな。ちょっと肉や野菜の加減を見ずらいし作業もやりずらいけど、悪くない。

「繋がっていないと満足できないなんて、出すぎた願いだったな」

 たとえ、どうなろうとも姫さんはいつだって横にいてくれるじゃないか。支えてもらっているじゃないか。だから、ありもしない可能性は考えなくていい。

 俺はひとりだ。

 まだ誰も、俺の<世界>の仕組みを知らないのだから。

 人が人と繋がる世界なんて、絶対にいいものじゃないんだよ。だって、その願いはきっと、醜悪だから。

「さて、そろそろ話は終わったか、天羽」

 声が耳に届くと同時に、肩に手を置かれる。

 あっ……。

 これダメですわ。おっかしいなぁ……確か神奈川でも一度死にかけてるんですけど、今日。

「あの、ほたるさん。これはですね、俺からしでかしたわけではなくですね……」

「そうかそうか。ヒメを誑かしたわけではないと。で?」

「ですよねー……俺の過失なんて関係ないですよねー。知ってました」

 はあ、せめて四天王から狙われる日々だけはどうにかしてもらえないかな。ねえ、姫さん? 俺はいつになったら、平穏が手に入るんだろうね。

「んじゃ、全員明日は気をつけろよ。たくさん食って、また立派な指揮頼むぞ。もちろん、迎撃もな!」

「みんな、無茶だけはしないように。でも、頑張ってね」

 大人二人からの激励も受け、みなが思い思いに返事をする。

「ほれ、壱弥。しきれ」

「え? あ、はい。みんな、今回は俺の傲慢さが招いたことに付き合わせて悪い。いずれ、責任はとる。けど、明日はどうか、俺に力を貸してくれ」

「うん、明日は頑張ろうね、朱雀くん!」

「東京の人がおかしいとお兄もおかしくなっちゃうから、さっさと自信も地位も取り戻してよね」

「ちょっと、俺がおかしいとかありえないでしょ。まあ、とにかく四位さんがその調子じゃ気持ち悪いんだよ。力は貸してやるから、さっさと普段通りの傲慢なおまえに戻れっての」

「おまえの言葉はいちいちわかりづらい。早々に倒し、カナリアの元に行ってやれ」

 素直すぎるというか、一周回っておまえらの言葉の方がわかりづらいと言うか。面倒くさい関係だな。いい意味で。

「俺はもちろんいいぜ。任せとけ」

 さきほどの言葉に対しての答えってわけではないが、そうだよ。俺も明日は、正念場かもな。

「よし、二百十三位以外には飲み物も行き渡ったな。それじゃあ、乾杯!」

「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」

 さて、俺はとりあえず、ほたるさんとお話かな。

 頑張れよ、俺……。




次回からやっと戦闘だ!
いや、今度こそ戦闘に入ります。
では、また次回。


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戦いに向けて

 さて、たらふく肉と野菜を詰め込んだし、あとは帰って朝になる頃には三都市一斉に進撃、と。

「みゆちん、そろそろ帰ろっか」

「ああ。でも少し待って」

 姫さんとほたるに待っていてもらい、千種のもとへといく。

「おまえらも帰るところか?」

 バイクにまたがる明日葉を見て、確認をとる。

「そうだけど。なに、おまえも千葉来る? 千葉はいいぞ、千葉は」

「千葉愛すごいな、おまえ」

 俺は神奈川にそこまで思い入れないから、余計に千種のことがわからん。暮らす場所に拘る人たちがいるのは知っている。でも、わからない。

「で、みゆちんはなんの用?」

 明日葉がはやくしてよねーと目で訴えてくるので、あまり時間をかけるわけにはいかなそうだ。

「おまえたちに頼みたいことがある」

「頼みたいこと?」

「面倒事なら聞かないし、厄介事も聞かないぞ」

 ほとんど聞く気ないって言ってますよね、うん。

「おまえらを巻き込むつもりはないよ。ただ、そうだな。いまの作戦だと、ちょっと俺が動きづらいんだよね」

「はい?」

 明日、作戦が始まれば俺は海の中。決めに入るまでは身を隠しておかなければならない。それではダメなのだ。もしもがあってはいけない。

「だからさ、明日の作戦、俺をおまえらの方に置いてくれない?」

「意味わかんないんだけど」

 まあ、だよな。

 それでも、納得してもらうしかない。

「悪い、理由は言えない」

「……前回の襲撃者。あれ、片方はおまえの姉だったよな?」

 千種が何事でもないかのように言葉にする。

「天羽、気になってるのはそれか?」

「一度見てるし、話してもいれば、そりゃ気づかれるか」

 まいったな。作戦前にいらん心配をさせたくもなかったんだが。

 あくまで俺の問題……対人戦で戦力になる奴らはほとんど不在。

「今回も出てくるってわけか。なら仕方ないな」

「ちょ、お兄?」

「天羽、いいぞ。俺たちは一切関わらないけど、おまえがそうしたいなら、そうすれば?」

 千種と明日葉が言い合いを始めるが、どうにも、そっちにも人員を割かないとって話に変わってきている。

 そうじゃないんだよなぁ。

「千葉も東京も神奈川も、倒すべき敵が他にいるだろ。不確定な奴らに振り回されるなよ」

「はあ? みゆちんだってそっち相手にしようとしてるじゃん! あたしらも出ないとみゆちん負けるだけだよ!」

「知ってるさ。でもな、ここでおまえらまで出張ったりなんかしたら、<アンノウン>を倒せなくなる。だから、斬々が出て来れば、俺のチームで事に当たる。だからどうか、頼む」

 こんな風に人に頼むのは久しぶりだ。

「お兄……」

「はあ……お兄ちゃん他人の面倒事に首突っ込むの嫌いだからさ。乗り込むのは好きにしろ。俺は話がいまいち見えてないけど、前回のが出てきたら任せる」

 迷惑かけますよ、本当に。

 でも、被害は与えないから、協力してくれ。千種なら、知っていても大丈夫だろうから。

「明日葉、少し外してくれないか?」

「なんで?」

「千葉で指揮をとってるのは千種だろ? 話しておきたい事がある」

 理由はこじつけだけれど、話しておかないといけないのは確かなんだ。

 千種に目で合図を送ると察したようで。

「ってことらしい。すぐに済むから待ってろ」

 あ、こっちが移動するんですねわかります。

「天羽」

「はいよ」

 二人して人気のない方へと歩いていく。

「それで?」

 周りに話しを聞いている人がいないかを千種が確認し終えたので、口を開く。

「俺の姉、斬々は極めて異常だ」

「だろうな。あんな強いのを見たのは初めてだ」

「そうじゃない。強さじゃなく、<世界>の異質さ、とでも言えばいいんだろうか」

 あいつにしかできない、夢にも見なかっただろう世界。

「……天羽斬々は、<アンノウン>と同調できる。そして、どういうわけか、昔から<アンノウン>側につきたがっていたんだ。あいつの<世界>は、まるでこの世界を敵に回すようだった」

「敵と同調するための<世界>なんてあるのか?」

「あるんだろうな」

「それ、管理局は知ってたのかよ」

 管理局の人にも問い合わせたことがある。

 もう二年くらい前だろうか。あいつの情報を得るために、管理局に天羽斬々の情報を渡せと。だが――。

「管理局のデータベースに、あいつの情報は存在しない」

「は? いや、そのはずはないだろ」

 俺たちの情報は、コールドスリープを経験している者であれば管理局が持っていないはずがない。

 そもそも、管理局の連中が斬々を知っているかすら怪しい。

「実際に聞いた俺が言ってるんだ。いまの管理局に、向こうの<世界>を知ってる者はいない。だから余計に、あいつとはしっかり話す必要がある気がするんだ」

「俺に教えたのは、なんのためだ?」

「知っていた方がいいだろうと思ってさ。千種なら、なんか抱え込ませてもいい感じに答えを探してくれそうだからさ」

「まるで、死にに行くような言葉だな」

「失礼な。そんなつもりはねえよ。ただ家族で話し合うだけさ」

 その結果がどうなるかなんてわからないが、いいじゃないか。あいつとは一度、きっちりと話さないといけないのだから。

 これで出てこなかったらどうしようなぁ……。

 というか、斬々以外が出てきても微妙な空気になりそうだ。でも、そんなことにはなってくれないんだろう。

「なあ、天羽」

「なんだ?」

「おまえがそこまでするのって、やっぱり天河のため?」

 いきなりのことに、俺はすぐさま答えが浮かばなかった。いや、質問の意味がわからなかった、というのが正しいのかもしれない。

「……誰のためかなんて、考えたこともなかったな」

「本気で言ってんの、それ」

 ウソだろ、みたいな反応するのやめろよ。

「普段の俺って、おまえらからどう思われてんだか……」

「天河親衛隊、もしくは保護者」

「変態どもと同じと見なされてるとは心外だ。千種、いまここでおまえの記憶を消してやろうか」

「やめろって。おまえじゃ俺が勝てない」

 おちょくってるのか、こいつは!

 掴みかかりたい衝動を押さえ込み、なんとか手を伸ばすのはやめておいた。

 いい、いつかまたフレンドリーファイアの機会を待つさ。

「で、真面目なところ、やっぱり天河のためなわけ?」

「俺は姫さんを抑え込むための存在なんだよ、管理局側からしたらな。俺からすれば……そうだな。妹みたいなものなのかねぇ。なんだろう、よくわからん」

 俺が姫さんに抱いている感情。

 出会ったころは嫌悪。では、いまはいったいなんなのだろう。

 姫さんにはもうほたるがいる。俺が支えるまでもなく、支えはあるんだ。ならば、あとは彼女の余波を抑え込むだけが俺の役目。

「ああ、そういうことか」

「なに、もしかして答え出ちゃったの?」

「ランキングなんて気にしなくてよくなったんだ。守りたいものだけ守る。そのためだけに俺はいる」

「守りたいものを守るためだけに、か」

 壱弥に聞かれてたら、無責任だって怒られてたかもな。

 幸い、ここには俺たちしかいないわけだが。

「守りたいものを守るのが間違いだなんて言わせない。守れないくらいなら、それだけを守ってた方がまだマシだろう?」

「って言いつつ、おまえは全部守ろうって言うタイプじゃないの」

「――さあね。もういいだろう、明日は頼むよ」

 千種のことだ。

 もしかしたら、話しを聞かせておけば、いずれ本当になにかを掴むかもしれない。

「斬々、おまえの見ている世界は、俺と違うとでも言うのか?」

 弱々しく吐かれた言葉は、夜の空へと消えていった。

 しばらく歩くと、姫さんとほたるが待ってくれていた。そういや、少しって言ってから結構話しこんじまったな。

「悪い、遅くなった」

「なんのお話してきたの?」

 姫さんが聞いてくるが、事後承諾でオッケーくれるかしら?

「明日の作戦、千葉の方に入れてもらうことになった。もしものことを想定してね。ほら、地上にもある程度戦えて、かつ足止めできる人員も必要だと思うのよ」

「そっか。かすみんが納得してるなら、私は任せるよ。じゃあ、帰ろっか」

 いなくても、たいじょうぶ。

 姫さんなら、確実に倒してくれるよな。だから俺は――。

 

 

 

 日が昇る少し前。

 作戦開始まで僅かとなった頃、俺はチームメイトである二人を連れて千葉へと来ていた。

「あ〜ほんとに寝てる〜」

 大きな目で俺がおぶっている奴を見続ける眼目。

 人の背中で寝息を立てている月夜。

 なんとかこいつらだけは連れてこれた俺を褒めて欲しい。この問題児メンバーばかりのチーム、はやく変えてくれないかな。うん、無理だろうな。

「それで〜千葉から出発するんだよね?」

「ああ。出てこないならいいが、出てきたら頼むぞ。徹底的にボコっていい。話せる程度に倒しとけ」

「りょうか〜い」

 どうせ<アンノウン>を潰してくのはみんながやってくれるし、こっちが相手にするのは思考し続ける怖い相手。

「あ、来たね。って、そっちの二人は?」

 明日葉が二人の少女を確認し、疑問を浮かべた。

「俺チームメイトだ。飛び入りで悪いが、こいつらも載せてくれ」

「まあ、いいけど。背負ってる子、だいじょうぶなの?」

「平気だ。うちに弱い奴とかいないんで。いるのは問題児と問題児と問題児と……あと問題児が何名かだけだから」

「それ、問題児しかいないんじゃ……ううん、やめとく。絶対聞きたくない」

 聞かせてやろうか? 実際にあった死にかけた話を百ほど。

「さって、んじゃ行くぞ」

 千葉勢は全員乗り込んでいるのか、千種が声をかけてくる。

「頼むな」

「はいよ。さっさと乗れ。明日葉ちゃんも準備して」

「はーい」

 明日葉が乗り込んでいくので、俺たちも続く。

 通されたのは、千種と明日葉がいる部屋。

「このまま海ほたるまで行くぞ。ついたら、俺たちは別行動。いいな」

 眼目が頷くので、あとは待つだけだ。さて、始まるぞ。

『今度の敵は強い。俺の油断と傲慢のせいで、カナリアやコウスケたち、大切な仲間が命を失うところだった。後日、しかるべき責任をとる。だが、今一度……あと一度だけ、俺に力を貸してほしい』

「誰だ、これは」

「あはは、ウケる〜」

『朱雀くん、ちょっと変わった?』

『カナリアの通訳がないと、よくわからんな』

 千種、明日葉、姫さんにほたる。全員が好き勝手な感想をこぼす。

「まあ、いままでの壱弥とは大違いだよな。周りを頼って、しかも力を貸してほしい、なんて言われちゃ、東京の奴らはやる気満々ってところかね」

 いい傾向だ。どうかこのまま、壱弥をいい方向へと導いてやってくれ。

 そのためにも、カナリアの復活が望ましい。

『神奈川、天河』

『オッケー!』

 壱弥の声に、姫さんの元気な声が響く。

『千葉』

「はいよ」

 目の前では、やる気のなさそうにしている千種が、これまた面倒そうに答えた。

『目標は、防衛拠点、海ほたるを占拠している超大型<アンノウン>! 東京の――いや。三都市の意地を見せてやる! 総員、突撃!』

 ふう……さて、じゃあ俺たちの戦いを始めようか。

 俺は俺の、守りたいモノのために。そのためであるなら、俺は今日、あいつを消してでも、答えを得る。

『みゆちん、今日も世界を救おっか』

 神奈川を出る前に、姫さんに言われた言葉を思い出す。そう、世界。

 いままで見てきた世界を、俺の暮らす日常のために。

「姫さん、どうか頼んだよ」



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天羽、来る

クオリディア・コードの作品も、だんだんと増えてきましたね。
どうしても、うちの話だけ話数のわりに進みが遅いなーとか思っちゃいます。
無駄な描写が多いのかしら……などと言うつもりはない!
まあ、歩みが遅いのも楽しみつつ読んでください。
では、どうぞ。


 海ほたるに近づくにつれて、自分の中にある不安が増してきているのがわかる。

 柄にもなく、緊張しているのだ。

「変だな」

「なにが? というか、それ止めておいてもらえない?」

 千種が眼目を指差す。

「あいつの行動をいちいち縛るのは無理だ。好きにさせておけ」

 勝手気ままに動き回る眼目を捕えるとか、疲労が増すだけですし。そもそも、俺が言ってやめるなら問題児などと呼びはしない。だから、いまここで止めに動くのもムダなのだ。

「あ〜自由ちゃん、この部屋おもしろくない〜ひま〜」

「ひま〜じゃねえよ。どうせすぐに忙しくなるんだ。月夜の相手してるか大人しくしてろ」

「え〜」

 聞いてるかすら怪しい反応するな、こいつ。

 これでわかったか? と視線を千種に向ける。あいつも、諦めたように前方に向き直った。ひとまず、会話は終了らしい。

 にしても、月夜起きねえなぁ……寮母からは起きるのを待ってやれと言われてはいるが。

 こういうところはこどもだな。年相応のかわいさってことにしとくか。

「お守りも大変だねー」

 千種の近くで端末をいじっている明日葉は、まったく興味ないかのように言う。事実、興味はないのだろうが。

「ほんとにな。変わってやろうか?」

「は? いや、そういうのいいから。それに、みゆちんの横で寝てる子、ちょっと怖いし」

 怖い、か。

 ただ寝ているだけなんだがな。それでも、隠しきれるものではないということか?

「白髪の子、かわいいけど寒気がするんだよね。なんだろ、ぜんぶ掴まれてるみたいな感じ? お姫ちんも凄いけど、そっちの子も将来有望そう」

「褒めてるのか恐れてるのかはっきりしろよ。まあ、今回はどのみち味方なんだ。あまり怖がらないでやってくれ。これでも、頭ん中じゃあれこれ考えちまう性質なんだ」

 たまに。ごくたまに、感情のままに動くこともあるが。そこは仕方ない。俺たちはプログラムに沿って動くロボットではない。一時の感情で失敗もするし、無茶もする。

「ま、とりあえず忘れてよ。こどもの教育的に悪いっしょ」

「だな。起きてたら隠しきれなかったけど」

 音なら基本ぜんぶ拾うしな、月夜の耳は。隠せることなんてまずない。

 おかげで、俺たちのチーム内で隠し事はほぼ無理なのだ。唯一隠し通せている秘密があるのだが、それもいつまで保つことか……。

「で、今回の作戦だと徐々に詰めてかんといけないわけだけど、千葉は地上からどう攻撃通すんだっけ?」

 普段通りの戦闘方法では無理だとわかったいま、組まれた作戦を実行しなければならない。

「あーそれな。まだうちの奴らに伝えてないんだよ。まあ、単純な奴ばっかだから平気だろうけど」

 結局どうするのか答えてもらってないんですけど。

 なに、そのときが来てからのお楽しみなの? そも、仲間が知らないってどうなの、それ。ぶっつけ本番ってわけでもないだろうけど、試される側からしたらたまったものじゃない。

 壱弥が各部隊に作戦を告げるのを聞きながら、前方を向く。

「お、見えてきたな」

 昨日も見た、超大型――リヴァイアサン級か。

 姫さんの一撃にも耐え、壱弥を押し切るだけの攻撃力。一対一でやったなら、どういう結果になるかな。

「なんて思っても、できるわけじゃないし」

 自分がやるべきことだけに集中してないと、殺されかねない相手が出張ってきたら終わりだ。

 さすがに、よそ見してて負けました、じゃ笑い話にもならん。

「千種、明日葉。おまえら、頼むから失敗すんなよ」

「しねえよ。おまえこそ、速攻負けて帰って来るんじゃないの?」

「ありえる」

「いや、ありえたらダメだし、ウケないし」

 二人してなんなんだよ。事実を言ったらダメなんですかね。

 実力差は歴然。

 接近戦は斬々の独壇場だろう。

「勝てる未来がさっぱり見えん」

「おまえ、なにしに行くわけ…………」

 呆れられても困るな。俺はただ、話を聞きたいだけだと思う。そのために戦うのなら、仕方がない。そう割り切っているだけ。

 もちろん、会えればの話ではあるけれど。

「戦闘になったら腹くくるしかないな。正直なところ、正面切ってなら確実に負ける」

「あの人、そこまで強いの?」

 斬々のことだろうか。むろん、強い。

 <世界>がどうとかではない。あいつは強いのだ。

「前回は一度しか手を出してこなかったからわからないかもしれないが、姫さんですら勝てるかどうか……決めに行った頃には倒されてそうだ。そもそも、強い人間は姫さんじゃ倒せない確率の方が高いの、おまえらならわかるだろ?」

「まあ、優しいもんね、お姫ちん」

「あれはあれで狂っているように思うけどな」

 明日葉は納得するように。千種は皮肉気に、自分の意見を述べる。

 狂っているようにも見えるのか。大概、人は狂っているように見えるがね。

 姫さんだけじゃない。俺も、壱弥も、大人たちも。それに、斬々だって、狂ってる。

「でも、悪いことじゃない」

 それはつまり、人らしいってことなんじゃないのか?

「……ま、人それぞれだよな」

 千種は話を終えるように切った。

「始まるみたいだぞ。四位とその部下が動き出した」

 超大型<アンノウン>から離れたところで、小型の<アンノウン>が次々に撃破されていく。

 壱弥を筆頭に、6人ほどでチームを組みながら敵に当たっているようだ。

「じゃあ、お兄、みゆちん。あたしもそろそろ行くね」

「おう。気をつけろよ」

「はーい」

 兄妹の会話も終わり、明日葉は部屋を出ていった。

 これで、本格的にでかいのを潰しにかからなければならない時がきたってことだな。

 今回、でかいのはうちと千葉が主に相手にすることになっている。壱弥たち東京のみんなは、周りの掃討。

 隙があればでかいのも倒せばいいものを。わざわざ姫さんにラストを譲るだなんて言うもんだから、逆に心配になるぜ。なあ、壱弥?

『お兄、作戦通り、ちっさいのは東京の人たちと戦ってるっぽい』

「はいよ」

 アクアラインの線路上は、東京のみんなのおかげか、ほとんどの<アンノウン>がそっちに集中しているため姿が見えない。

 出だしは十分。

 その隙があれば、俺たちの乗る砲塔列車が戦闘領域に到達するには時間が有り余る。

「はい、千葉の皆さんお待たせです。出番ですよー。段取りだいじょうぶ? ちょっと危ない相手なので、こちらの指示に従い、タイミングに注意して無理のないようによろしくどうぞ」

 明日葉からの通信を聞き、ホログラムのデータをチェックしながら千種が放送を入れる。

 まるで緊張してないな。むしろやる気も感じられん。

「じゃ、やりますか」

 砲塔列車が急加速すると、それに反応したリヴァイアサン級から、迎撃の熱戦が放たれる。

 禍々しい真紅の輝きが砲塔列車に迫るが、列車は急ブレーキをかけて停車した。

「あー、危ない危ない。ギリセーフかな」

 まるで危険を感じさせない声で、熱戦が迫るのを待つ。

 しかし、アクアライン上に展開した防壁が盾となり、砲塔列車への直撃を防いだ。

「あら残念。そこからだと、このポイントには当てられないんだよなぁ。ブラインドスポットっで概念、ご存知ない?」

 作戦がうまく進んでいるためか、千種も普段に比べ口数が多く感じる。

『お兄、独り言うるさいし話長いキモい。っていうか、こっちも射程足りないんですけど』

 辛辣な……。これが照れ隠しならいいのに、状況的に見て本音に聞こえる。

「まあ、頑張れ兄よ」

 頑張れが妹も振り向いてくれるかもしれんぞ。いや、ないか。あるのか? ええい、どうでもいい!

「明日葉ちゃん、お兄ちゃん今日は頑張ってると思うんだけど……はあ、工科さーん?」

 千種が通信を入れると同時、列車から飛び出した工科の生徒たちが戦闘車両へと走っていく。なにやら、杭打ちっぽいことをしているようだが……あ、車輪と線路を固定してるのか。

 ん? 待て、動きを止めてどうするつもりだ? なんか、すっごく嫌な予感がするんですけど。

『準備できました。いつでもいけます!』

「んじゃ、いってみようか。明日葉ちゃんも準備してー。ほれ、天羽もなにかに捕まっとけ。そっちの緑髪もな」

『はえ?』

 おい、いまの間の抜けた声、絶対妹にも話してないだろこいつ!

 とっさに月夜を抱え、取っ手に捕まる。

 眼目は……ふらふら歩きまわってやがるな……まあ、あいつは平気だろうし、いいや。

「ぽちっとな」

 千種は俺たちのことなどお構いなしに、なにやら右手に持つボタンを押した。

 直後、戦闘車両を除く全車両の外側底部で一斉に爆発が起きる。

 通信機ごしに、各車両から悲鳴をあげる生徒たちの声が一斉に聞こえてる。当然だ。尋常ではない揺れに、飛ばされそうなほどの衝撃が一度に襲ってくるのだ。これは、混乱するだろうな。

「おまえ、殺す気かよ……」

 あのままだったら、いまごろ月夜が反対側の壁に激突してたぞ。

「さあな。はい、撃って」

 中にいる奴らには、到底現状は理解できまい。千種の発想は、かなり斜めをいっている。

 いまの爆発により、戦闘車両を起点に円を描くように車両が脱線したんだ。横滑りし、アクアラインにほぼ直角になるよう、大きく海上にせり出しているのだろう。

 おまけに、その状態でいきなり車両の窓と扉がすべて開かれたのだ。

「無茶な注文するなぁ」

 頑張れよ、千葉の生徒たちよ。

「うん……?」

「おう、起きたな」

 月夜も、いまの音と衝撃で、さすがに目を覚ました。

「自由さんですか。状況は……ああ、だいたいわかりましたからいいです」

「そうか。で、どっかに異変はあるか?」

「――はい。海ほたるの上から、戦況を眺めている人たちが四人います。一人は、あなたもよく知っている人かと」

「さすがだな。しかし、四人か」

 思ったより多いな。仕掛けてこないところを見ると、様子見か? 最後の最後に手を出されるのも癪だが……いや、姫さんの邪魔はさせない。ましてや、傷つけられては困る。

「二度はやらせないからな、斬々」

 合宿のときはおまえの仲間に姫さんを傷つけられたんだ。今度は、こっちから!

「千種、悪いが俺は行く」

「はいよ。まあ、なんだ。あんま無茶せず戻ってこいよ。戻って来れば、俺たちで加勢くらいはしてやれる」

「いらねえよ。だいたい、おまえが巻き込むなって言ったんだろうが」

 さって、俺たちの戦いを始めるか。

「眼目、月夜。まずはあいつらに会いにいく。その後は場合によっては、本気で潰しにかかっていいぞ」

「りょうか〜い」

「わかってます。ですので、自由さんは好きにしてください」

 俺たちが車両から出ると同時、リヴァイアサン級から、防壁から大きく出てしまった車両に向け再び熱戦が放たれる。

「どうする〜? 止めてく?」

 隣で走る眼目が刀に手をかけるが、別にいいだろう。

「心配するな。千種のことだ。あれくらい想定内だと思うよ。だから、任せとけ」

 背後で、またも爆発音が鳴る。今度は窓やドアが開いているせいか、通信機ごしではなく、生の悲鳴が耳に届いた。

 熱戦に当たったわけじゃないだろうから、千種がまたなにかしでかしたのだろう。

「あの列車、二度と乗りませんから」

 俺に背負われている月夜は、そう小さく呟いた。

 ああ、俺もだ。

 心の中で同意し、そして。

 ふと上を見上げた瞬間、海ほたるの上にいる一人の女が、こちらを見据えた。

 思考が切り替わったのが、よくわかる。

「やっと来たか」

 風に乗り、女の声が届く。

「さあ、闘争を始めよう。あの<アンノウン>をむざむざ倒されては困るからな、自由」

「ぬかせ斬々。おまえに姫さんたちの邪魔は一切させない。それと、話してもらうぜ。おまえの見ている、世界をな」

 その直後。

 俺たちの前に、ナニかが飛来した。

「なに?」

 それは、まさに<アンノウン>であった。だが、形は人によく似ていて――。

 予期せぬ来訪者に足が止まった瞬間、容赦のない一撃が、俺たちを襲った。



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その再開は苛立ち

久々の更新になってしまいました。
まだまだ本編四話すら終わりそうにありませんが……長くなりそうだ。
では、どうぞ。


 人型と思しき<アンノウン>の襲撃を受けた俺たちは、とっさに二手にわかれた。

 いや、分断されたと見るべきだろうか。

「やけに手際のいい襲撃でしたね」

 背中の月夜が呟く。

 確かに、いいタイミングだった。新型の投入も、悪くない。初めて見れば、そりゃ一瞬の隙なら作れるだろう。

 だからこそ、気に食わない。

「斬々……なにを考えてやがるってんだ」

 時折聞こえてくる轟音の方向に目を向けたくなるが、それこそ思う壺だ。

 この忙しいときに襲撃とは、恐れ入る。

「あの人型も、斬々の手先だってんなら、もはや人と<アンノウン>、どっちが本当の敵だかわからねえな」

「手先だと思いますよ」

 俺の疑問に、月夜は冷静に答える。

「なに?」

「海ほたるの上にいた人数、一人減っていますから、あれがその内の一人かと」

「マジですか……」

 つまりあれか。俺の姉は既に向こう側ってことになる。

 昔っからなにかやらかすとは思っていたが、ここまで大事になるとはな。

 それに、一撃目を避けたからといって、奴が追ってこない保証はない。それどころか、俺たちを敵と見なしているならまだしも、千種たちの元に向かったら、それこそ最悪なんじゃないのか?

「相手してくしか、ないか」

 振り向いた頃には、人型の<アンノウン>は体をこちらに向けてはいなかった。

 あれはあくまで、リヴァイアサン級を倒させないための駒らしい。

 まずいな、こっちに気を向けさせないと!

「自由さん、ここで降ろしてください」

「は?」

「ですから、ここでいいです。眼目さんと二人で、海ほたるには行ってください」

 背から降り立ち、刀の柄に手をかける月夜。

「だいたい、大きな作戦の中で別働隊として動きながら全部守るなんて妄想甚だしいです。私、ガッカリです」

 一瞬。

 銀色の線が僅かな間瞬いたかと思うと、人型の<アンノウン>はふたつにわかれて倒れた。

「月夜、おまえ……」

「自由さん、あの人はなにをするか読めません。ですので、私が残りますから、行ってください」

 月夜が言うより早く、何体もの<アンノウン>が降ってくる。

「おいおい、一体だけじゃないのかよ」

「あくまで、一体は上にいたってことじゃないでしょうか」

 手をうさ耳にして楽しんでいるところ悪いけど、状況はあまり良くないんですけど?

 あまり大量に投入されると、三都市の合同作戦も危うくなる可能性だってある。いくら大掛かりな作戦で人手も多いとは言っても、誰もが対応できるわけじゃない。手一杯な生徒だって中にはいるはずだ。

「あんまりゆっくりしていると、あの人まで届かなくなりますよ?」

 だが、このまま進んでしまえば。

「自由さん、信じられませんか?」

 月夜にそう聞かれる。見えていない瞳からは、それでも強い意志を感じる。これで任せられないとなれば、リーダー失格だな。

「――……わかった」

 これまでとまるで違う種類であることや、月夜の体調など、気になることはいくつもあるが、止まってもいられないのは事実。

 ここで足踏みしていては、いつか斬々が動き出したときに止めようがなくなる。一番怖いのは、あいつが好き勝手に蹂躙することだ。

「おまえ、無茶するなよ」

「する前に終わらせるので平気です」

「相変わらず、可愛げのないことで……じゃあ、頼んだ」

 うち一番の剣士だ。そうそう問題もないだろうが……あの新型、なにか引っかかるな。

 何体もの<アンノウン>が月夜に群がっていくが、そのたびに蹴散らされていく。

「月夜ちゃんに任せっちゃったね〜あたしたちはあっちかな〜」

 反対側を走っていた眼目が合流してくる。

 すでに刀は抜かれており、楽しそうに笑みを作った。

「話を聞いた限りなら、残ってる戦力はあと三人。悪いが、二人任せていいか?」

「おっけ〜」

 無茶を承知で頼んでいるというのに、笑みを崩さず返事を返す眼目。

 まったく、おまえらが自信家なのか、バカなのか。

「頼りになりすぎるんだよ」

 壁を伝っていき、段々と上に登っていく。

 その間に襲撃されることもなく、すべての<アンノウン>が月夜に抑えられているのだとわかった。

 あの小さな体でよくもまあ……。

 なんて呟いたが最後、この範囲内では声を拾われてしまうだろう。怖い怖い。

「自由ちゃんは〜勝つ自信あるの〜」

「さあな。負ける自信ならありすぎて困るけど」

「さいあく〜」

 眼目は不満そうに言ってくれるが、事実は変わらない。俺とあいつの戦力差は前となにひとつ変わっていないどころか、広がっている恐れもある。

「最悪な気分だよ、確かに」

 誰かにも同じようなことを聞かれた気がする。

 その不安を抱えたまま、最後の一歩を踏み抜く。

 海ほたるを大きく超えた高さまで到達すると、眼下に三人の人影が映った。

 斬々と前回の女、あともう一人はフードを被ってはいるが、体つき的に女か……。

「ほう。思ったより早かったな、自由」

「そりゃどうも。毎回あんたに邪魔されるのも癪なんでな。姫さんたちの邪魔するの、やめてくれない?」

 斬々に問いかけるが、しかし。

 彼女は獰猛な笑みを浮かべる。

「もし、嫌だと言ったら?」

 そうして口に出した答えは、否。やはり敵対だった。

「前回の天羽自由さんじゃないですか。ええ、ええ。前回はどうも。ところで、東京の方はどこに?」

 腕を鞭のようにしならせる、『デュアル』の女性。

 合宿での一件で壱弥に興味でも持ったのだろうか? それとも、なにか狙いでも?

「四位さんなら、生憎忙しくてね。今日はあんたの相手なんかしてられないってよ」

「あら残念。あれを潰せば頭はいなくなるのでしょう? そうなれば、少なからず作戦も狂うでしょうに」

 こいつら、どこでそんな情報を……。

 俺たちが話あった中でしか知り得ない情報だぞ? あの場にいたか、映像でも撮っていない限りは知る手段がないはず。それこそ、あいつの<世界>でもなければ――。

「ふふ、気づいたかしら」

 フードを被る、正体の知れない女性に視線を向ける。

 神奈川の生徒会は、姫さんを含め、五人で形成されている。姫さんをトップに、それを支える四天王が四人。

 ほたるが四天王に入るまでは、他の者がその位置にいた。

 ある事件をきっかけに、そいつは亡命。その後の足取りは掴めずにいたんだが。

 まさか、まさか――。

「ハイ、自由くん。お久しぶり。相変わらず姫ちゃん絡みで苦労しているみたいね」

 フードをとった女性の顔が目に入る。

 ウェーブのかかった髪で背を覆い隠した女。いまでも着ているのか、神奈川の制服の裾から覗くレースと、唇の下のほくろが特徴的だった。

 いつでも笑みを崩さない、考えていることを悟らせない奴だった。

「隠谷……」

「來栖でいいって何度もいってるのに、人の話を聞かないのね」

 いまも笑みを濃くし、甘ったるい声で言ってくる。

 なるほど、亡命していたとしか聞かされていなかったが、その実そっち側に降っていたのか。まさか、もう一度会う日が来ようとは。

「姫さんが見たら、なんて言うかな」

「あら、姫ちゃんなら喜んでくれそうじゃない?」

「うるせえよ。おまえに答えは求めてない。なにより、俺たちがもう一度会わせると思うか?」

 二度にわたり姫さんにちょっかいをかけた相手だ。俺だけではない。

 ほたるも、銀呼も柘榴、青生だって黙ってはいないだろう。そも、神奈川の生徒たちが許すかと聞かれれば、ありえない。

「うちに爆弾を仕掛けて回ってくれたこと、姫さんを攫おうとしたこと、殺そうとしたことに加担までしといて、よく言えたもんだ。最初に言っておくが、許してもらえるとか思うなよ」

「やぁね、昔のことでねちねちと。もう終わったことじゃない」

 このやろう……久々だってのに、なにも変わってないな。

「おまえの態度、本当に気にくわねえよ」

 いまだ神奈川の生徒であるかのような格好も、元から神奈川の生徒じゃなかったことも、この場に平然と立っていることも、ぜんぶ。

 だが、厄介な相手ではある。

 隠谷來栖。

 対象を他の人間の認識から消す<世界>。もちろん、本人だって対象にできる。

 こいつがいるなら、会議の内容など把握されていて当然だ。

 元は当時の東京主席が送り込んだスパイのくせしやがって……苛立たせてくれるな。

「ねえ自由ちゃん〜もういい〜?」

 我慢できなくなったのか、眼目は刀を鞭の女に向けた。

「そろそろやりたいんだけど」

「そうねぇ。こっちはこっちでやることもあるし」

 呼応するのは隠谷。

「無駄話もいいだろう。隠谷來栖、おまえは役目を果たせ」

「ええ、もちろんよ」

 斬々の命令に従うように、隠谷は動き出す。

「安心していいわよ。別に、戦うことが役割じゃないから。じゃあね、自由くん。姫ちゃんによろしく言っておいて」

 その言葉を最後に、隠谷の姿が薄れていく。

 どうやら<世界>を使われたらしい。

 追おうにも認識する手段がないのだから、もう無視する他ない。

「さて、ではこちらも始めようか」

 斬々が両手を広げる。まるで、かかってこい、と言わんばかりに。

「眼目、予定と多少ずれたが、そっちは任せた」

「まかされた〜」

 返事をしてすぐ、嬉しそうに敵に向かって駆け出す。

「ちょっ……」

 鞭の女を突き飛ばし、下へと落ちていく二人。

 ま、まあ心配ないだろ。予想外の行動に驚いたが、眼目だしということで納得しておく。

「ようやく二人になったな」

「好都合だけど、ちょっと言い方考えてくれませんかね」

「姉と弟だろ? 別に気にすることもあるまい」

 そうじゃないってーの。言っても聞かないだろうからいいけどさ。

「ひとついいか?」

「どうだろうな。答えるかどうかはまた別だ」

「なら、聞かせてもらうまでだ。おまえの目的やら、世界のことをな」

 愉しそうな顔に変貌する姉の面。

 ああ、理解できてしまう。

 話し合いは無意味だと。戦うことでしか知れないと。まったくもって、面倒なことだ。

「結局、俺らはこれが一番似合ってるってことかよ」

 拳を握りしめ、構えを取る。

 たとえ勝ち目が薄くても。俺の<世界>はきっと……。

 爆発的な光をその身に宿した直後、俺は彼女の眼前へと到達していた。

 この一撃を、ぶつけるために!



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守るべきもの

 無理に触れたところで、反射レベルの反撃をくらうだけ。

 そんなことは百も承知。

 だが、倒すには触れないと始まらない。

「自ら接近戦を望むか……自由、やはりおまえはつまらなくなったな」

 斬々の眼前にたどり着いた頃。彼女の声が耳に届いた。

 けれど、すでに拳は止まらない。

 必殺の威力を秘めた一撃が、彼女へと迫る。

「その踏切も、速度も、すでに見切ったものだ。何度も同じことしか繰り返さないおまえに勝ち目はない」

 ひときわ大きな輝きを放った直後、しかし。

 人を殴りつけたはずの拳には、妙な感触があった。

「ウソだろ……」

 まぎれもない、手の感触。

 避けたわけじゃない。反撃されたわけでもない。一撃を受け止められた姿が、そこにはあった。

「これが現実だ、自由」

 確かに、俺たちの力量差を考えれば、この状況は不思議なことではない。だが!

「仮に絶対的な差があったとしても、いま塗り替えるだけなんだよなぁ」

「ほう……ではやってみせろ」

 あくまで動く気はないわけか。

 なら、見せてやる!

 掴まれている右手に<世界>による光が集中していく。

「――っ」

 途端、弾かれたように斬々が後退した。

「フハハ、驚いたぞ」

 自身の手のひらを見て、薄く笑みを浮かべる斬々。その手は、火傷したかのような裂傷が走っていた。

「まさかそういう使い方があるとはな。それで、終わりか?」

 いまのはただの応用。光を瞬間的に集めたにすぎない。次はやる暇もなく腕を折られるだろう。

 抜け出すのにひとつ技を潰さないといけないとか、やっぱりしんどい。

「終わらないし。あー、でも終わりにはしたい」

 できれば、おまえの敗北で。

 なんて、無理な願いだ。実力で倒さなくてもいい。ただ一度、偶然でもいいから勝てさえすれば。

「どうした? 前のように突っ込んでは来ないのか? 来ないのであれば、他の生徒どもをつまみ食いしてくるが――」

「やらせるわけないだろ!」

 実戦投入は二回目。けど、もう失敗はしない。

 リヴァイアサン級のときは届かなかったけど、絶対に!

『狙いが雑なんだ。あと、発想も雑だ。ただ伸ばすだけとは何事か』

 一回目の実戦時、ほたるに言われたことを思い出す。

 そうだ、ただ伸ばすだけではいけない。深く、深くイメージしろ。なんのための攻撃かを。意味を!

「俺が、守るための力を!」

 右手を引き絞り、いままさにその狂牙を生徒たちに向けようとしていた斬々へと一気に伸ばす。投擲するように、鋭く早く、撃ち込む!

 前は、ただ光が伸びるように進むだけだったが、変化は劇的だった。

 光は俺の手から離れ、一発の弾となって飛んで行く。

 イメージは確かに反映されているらしい。

 光の弾――光弾は凄まじい速度で斬々に迫り、破裂音と共に彼女の側頭部へと激突した!

「さすがにこれなら……」

 ダメージはあるだろ。そう、思ってしまったんだ。

 だから――。

「面白い<世界>だな、自由。撤回しよう。これは初めてみた」

 ――煙が晴れ、無傷なあいつが姿を現したとき、少なからず恐怖した。

 頭部だぞ!? 直撃しておいてノーダメージなんてことは……クソッ! 新しく用意したものも効かないとか、とんだチートだな。

 これだから嫌になる。ひとつのことを極めた相手ってのは、それだけで最大の武器になるんだからな。

「さあ、遠慮するな。次はなにを見せてくれるんだ?」

 簡単に言いやがって……おまえに効果のある使い方なんてそうそうあるかってんだ。

「やっと使えるようになればこのザマとか、笑えねぇな。本当に面倒な相手だよ、あんた」

「私は楽しいがな。こうしておまえとやるのも悪くない」

 一歩、また一歩を間合いを詰められる。

 逃げれるならそうしたいところだが、万が一姫さんたちの方へ向かわれたら終わりだ。ならせめて、俺だけが犠牲になった方が万倍マシ。

「とはいえ、好んで潰される趣味もないしな」

 覚悟、決めないとか。だいたい、自動反撃の範囲外から仕留めようなんて、むしのいい話だ。

 結局は我慢比べ。

 自動反撃を崩すのが先か、俺が倒れるのが先か。

「いやいや、まるで釣り合わないな」

 二択しかないのにどっちになっても俺はボロボロだ。ああいや、片方はまだ死んでないからいいのか。

 生きて帰れれば儲けもんってな。

「なんだ、やはり近接がいいのか。いいぞ、やってみろ」

 深く息を吐く。

 このまま突っ込んでもさっきの二の舞。次掴まれれば片腕捨てる羽目になるかもな。

 まともに防御体制も取らない相手に隙があればいいんだが……。

「考えるだけ無駄ってのもあるな」

 向こうから攻め込まれたら応戦するしかなくなる。そうなれば、十中八九、自動反撃の餌食だ。

 はあ……さっさとリヴァイアサン級を倒してくれれば、俺も逃げられるんだけど。

「やるか」

 ここで世界のことを尋ねたところで、話してはくれまい。目の前に立つ女は、そういう人間なんだから。

 だからこそ、とりあえずは倒せばいい。

 前に一歩、足が出る。もう一歩。だんだんと駆ける速度は増していき、すぐに斬々へと迫る。

「またか。おまえはなぜ、そうも不合理なのか……」

 どうして、あんたは答えを急ぐのか、俺も問いたいね。

 命気操作をし、肉体強化をしてあるなら、話は別だろうが! おまけに、<世界>での強化だって忘れてはいない。

 前回みたいな、咄嗟の行動での攻めじゃないんだ。

 いつまでもやられてばかりだとは、思わないでもらいたい。

「おまえだけは、俺の目の前で倒されてもらうぞ。俺の、贖罪でもあるんだからな!」

 体全体に宿る光が、輝きを増す。

 どれだけ頑丈だろうと、反撃速度が早いとしても、人の身であることに変わりはない。であるのなら、当然弱点だって存在する。

 過去に一度だけ、彼女に届いた連撃。

「これで、どうだ!」

 両の拳を同一箇所へと向け放つが、斬々はここで初めて、予想だにしない行動を取った。

 円をなぞったような動き。

「しまった――」

 これは、回し受けか!? 空手で用いられる、受け技の最高峰。いや、彼女の受けはその域を超える!

「おまえは蒙昧だ。なにもバカ正直に受けてやる道理はない」

 両の拳が捌かれる中、そんな言葉が耳に届いた。

「秘策があったのかは知れないが、飛び込んできたおまえの落ち度だ。読みが浅すぎたな」

 受け流した姿勢から、足をわずかに上げる斬々。一歩踏み込んできては。

「虎爪」

 掌底のように打ち込まれた右手を、引き戻した左手で防ぐ。

「ぐっ!?」

 もちろん、ただの掌底ではない。爪を立て、めり込ませるように打ち込まれているのだ。

 幸いにも、強化を施していたのが功をなした。

「薄皮一枚削ったところで、腕は潰せねえよ」

「ぬかせ。自由、おまえの拳も私には届かない。手刀と身体を硬めるだけが能と思ってはいないな? そんなものは枝葉に過ぎぬ。根幹は人体を一振りの刀へ変えること。これこそが空手の究極、化身刀だ」

 名前を聞くのは、初めてだな。全身刃の、体そのものの武器化。拳を剣にまで昇華させた空手家。それが天羽斬々。

「家族だってのに、知らないこともあるもんだ」

「だろうな。おまえとて、まだなにかを隠しているだろう?」

 本来であれば、鉄だろうと引き裂いたであろう一撃を受け、なお立っていられる幸運。

 決めるなら、もうここしかない!

「悪いね。約束があるんだ。姫さんと、大事な大事な約束がさ」

 視界の端に、リヴァイアサン級と対峙する姫さんの姿が映った。もう、作戦も終盤だろう。なにせ、姫さんのお出ましだ。最終局面だぜ、こっからは。

「ってわけで、さっさと退け、斬々!」

「一度防いだくらいであまり調子に乗るな。徒手同士の戦いは私の独壇場。おまえに一切の余裕はないぞ」

 余裕? んなもんはなからないってーの。

 ああ、なんだよ。姫さん、苦戦してるじゃないの。俺もいってやりたいが、そこに行くのは無理だ。

「ひとつ聞かせろ、斬々」

「なにをだ?」

「おまえが殺した、俺のパートナーについてだ。おまえ、あのときどうしてあいつを斬った?」

「もしもの話だが。もし、そのパートナーが生きていると言ったら、おまえはどうする?」

 ここまできて、まだそんなくだらない話を俺に聞かせるのか!

「ふざけるなよ! んな都合のいい話があるか!」

「ある、と言ったら?」

「もういい。もう、いいだろ。もしかしたらと思ったけど、ハッキリわかった、俺とおまえの見ている世界は決定的に違う。俺が聞きたかったのは、そんなことじゃない」

 いまさらどの面が言うんだ。

 死んだ人が生きているはずがない。だって、彼女は俺の目の前で、他でもない斬々の手によって、<アンノウン>の口へと放り込まれたのだから。

「おまえが生きてると、また悲劇を呼ぶな」

 静かに、右手を構える。

 斬々の先では、姫さんと壱弥、千種たちがリヴァイアサン級へと最後の攻撃を仕掛けていた。

 だが、あと少しのところで逃げられそうでもある。

「終わりにしよう。この作戦も、戦いも!」

 どちらともなく、ぶつかりあっていた手を離す。

 直後、自由になった左手をきつく握り、彼女の顔面めがけ振るう。

 迷ってなどいられない。

 光を帯びたその拳は、斬々の顔面を正確に捉え、無防備な体へ、確かな衝撃を叩きつけた――はずだった。

「がはっ……」

 ズブズブと、耳障りな音が響く。同時に、視界が揺れた。

「自動反撃」

 斬々の右手が、俺の腹へと突き刺さり、肉を抉る。

「やはり、おまえはつまらなかったか」

「勝手に、決めつけるんじゃねえよ……俺の価値は、俺が……決めるッ!」

 構えていた右手に、極光が宿る。もう、ここしかない。誰かのために、拳を振るうのは、間違いなんかじゃないんだから!

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおああああぁぁぁっっっ!!」

 必滅の一撃。

 仮に自動反撃がこようと、関係ない。

「言ったはずだ。何度も同じことを繰り返すおまえに、勝利はないと」

 最後の最後。

 受け切った上で反撃に出るかと危惧していたが、斬々は紙一重でこれを避けてみせた。

「この局面でわざわざ当てにくるようなモノを、受けるはずがないだろう」

「ああ、だと思った……一瞬ヒヤッとしたけど、助かった」

「なに?」

 避けられた右手の光は、いまだ輝き続けている。それどころか、膨張し、大きさを何倍にも増していく。

 当然だ。

「俺も、あんたに言ったはずだ。終わりにしようとな。この戦いも、そして――作戦も」

 右手に宿る光は膨張を続け、やがて一振りの、巨大な剣へと変貌を遂げた。

「終わりだ」

 斬々と向き合ったまま、笑顔で告げる。

 タイミングよく、姫さんと壱弥の合体技と重なりあうように、光の剣がリヴァイアサン級の巨体をふたつに斬り裂いた。

「なん、だと……」

「あんたには恨みも、憎しみだってある。けどな、いつまでもあんただけを見てられないんだわ。俺には、守るべきお姫さまと、仲間たちがいるんでね」

「貴様……」

 向かい合う彼女の瞳は、黒く黒く濁っていき、底の見えない不気味な目が、俺を見下ろしていた。

 見下ろす……?

 疑問に思ったころには、背中から衝撃が走り、海ほたるの上にいたはずが、轟音を立て、下へと落下していた。

 体中が痛む。いや、それだけではない。

「ぁんのやろう……」

 ところどころ、引き裂かれたような裂傷ができていた。間違いなく、彼女によるものだ。まさか、命気と<世界>の二段構えの防御を突き破ってくるとは……最悪だ。たぶん、怒らせた。

 腹にもらった一発が、やけに痛む。どうやら、深く入っていたらしい。

「――ッ、ゲホッ」

 込み上がってくる血が口から漏れ、空中へと飛び散る。

 まずいな……加えて、目にも見えない速度で叩きつけられたか。いやはや、絶体絶命かね……。

 さっきの剣でこっちはわりかし限界なんだよなぁ。

「……殺してやる」

 上から、抑揚のない声が聞こえる。

 視界の先には、大穴の空いた天井と、こちらに真っ直ぐに向かってくる、斬々の姿があった――。



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諦め

クオリディア・コード、終わっちゃいましたね。
またねとあったから、二期があるのかないのか……とはいえ、この話はまだまだ続いていくので、どうかお付き合いください。
全部終わったらEDで何度も見てきた学園ものを書いてしまおうかと思ってます。
まあ、なにはともあれ、続きをどうぞ。


 リヴァイアサン級を狙った剣でこっちはわりかし限界なんだよなぁ。

「……殺してやる」

 上から、抑揚のない声が聞こえる。

 視界の先には、大穴の空いた天井と、こちらに真っ直ぐに向かってくる、斬々の姿。

 どう見ても、これは敵わない。

 これまで感じていた殺気とは段違いの悪意が、すぐそばまで迫っている。

「正真正銘、化け物だったか」

 いやはや、姉ながら大したもんだ。ここまで手も足も出ないとはねぇ……一撃もかわせなかったじゃんか。

 けどまあ、作戦は終わり。

 なんだかんだ、今日も世界を救ったはずだ。

「なにを、笑っている?」

「ぐっ……」

 空中で首を掴まれ、その場で問われる。

 こいつ、『デュアル』だったのか? そんなこと、一度たりとも聞いたことないぞ!?

「ん? ああ、不思議か? 私が空中にいれるのが」

「まあ、な」

「簡単なことだ。自由、おまえが見てきた<アンノウン>は空を飛ばないのか?」

 言われ、気づく。

 俺が見てきた奴らは、大半が空を飛んでいたではないか。

「<アンノウン>なんかと同調しやがって……ホント、どういうつもりなんだよ」

「さあな。見ている世界が違うんだ。貴様に理解されようとは思わん」

 だろうな。俺も、わかりあいたいとは思っていない。

 もっとも、この状況じゃ下手なこと言えないんだが……。

「なあ、斬々」

「命乞いか? 案ずるな、おまえはこの世界から消える。そして、もう一度私と戦うことになる」

「んなことじゃない。ってか、意味不明なこと言うんじゃねえよ」

 なんだよ、もう一度戦うことになるとか訳わからん。

「なに、そのうち知れるさ。この場を生きて帰れたのならな」

「ハハッ、無茶を言ってくれる」

 眼目も月夜もいまだ戻ってこない。仮に戻ってきたとしても、上にはもういないのだから、合流するのも難しい。

 だが、考え続けなくては。とどめをさされる前に、回避する策をなんとして!

 ひとまず、落下時に感じた桁外れの殺気は収まっている。笑っていたのが功を成したか。

「俺とおまえの<世界>は、似て非なるモノだ。互いに通ずる者が多ければ多いほど、力を発揮する。けど、実のところ一人である方が扱いやすい」

「なにが言いたい?」

「……斬々、なぜ同調しているはずの<アンノウン>の力を使わない? 外には五万と<アンノウン>がいたはずだ。空を駆けるのが必要なのはわかる。けれど、いまも、前回も、おまえは<アンノウン>の力をまるで使いはしない」

 ギリッ、と首を絞める力が増す。

 呼吸するのがキツくなるが、知ったことじゃない。

「ひとつ問うぞ。俺たちが弱いから使わないわけじゃないんだろ? おまえの見ている世界に、本当にそこに――ガッ!?」

 もはやしゃべらせる気はないか……。

 言葉を発そうにも、口からは呼吸音が漏れるだけ。

「驚いたな。独自の発想のみでそこに行き当たるとは。だが、それは間違いだ」

 なにを言いたいのかわかっただろう彼女は、自由なもう一方の手の指を揃え、手刀の型を作り出す。

「もう聞くべきことはない。眠れ、自由」

 チッ、ダメか――……。

 せめてもの抵抗に右手の握り拳を作った直後。

 斬々の側頭部に、なにかが撃ち込まれた!?

「これは!」

 そのおかげで手の圧力が緩み、、喉の圧迫が終わった。

 喉を潰される前で助かった!

『あんまりな状況だったから、お兄さん、つい手が滑っちまった』

 聞こえてくるのは、だるそうな声。

「ナイス援護だ、千種」

『こっちは片付いた。すぐに、四位さんが来ると思うぞ』

 偶然か、千種が言葉を言い終えたとき、壁をぶち破って、壱弥が突撃してきた。

「天羽!」

 そういや、途中カナリアの歌声が聞こえてたっけ。まさかと思うが、この戦場に来てるなんてことはないよな……。

 壱弥を見て、そんな思いが浮かんだ。

 だが、そんなふうにゆったりしている場合ではないと、再確認させられた。

「羽虫がこぞって集まりだしたか」

 冷たい声が、目の前で放たれる。

「ゆっくりしてる時間もないが、この後はそうそう邪魔に来れないのでな。最後に遊んでいくのも悪くはない」

「は?」

 言うが早いか、斬々は俺を脇に抱え、空を駆け出す。

「チッ、天羽を連れ去るつもりか! おい千葉カス、撃ち落とせ!」

『はいよ』

 壱弥が即座に俺たちを追い出し、後方に続く。

 首を回すと、視界の端で光る物体が映った。千種の弾丸か。

「二度目はない。いい腕だが、どのみち私には届かん」

 いともたやすく、弾を掴み取る斬々。こいつ、どうなってんだ……。

「ふっ!」

 千種の方を気にしている斬々を狙い、壱弥が重力の塊を作り出し、彼女を押さえつけようとする。

「ふはははは! 心地いいぞ、朱雀壱弥。自由の本気の数分の一程度の威力だが、人にしては上出来だ」

「こいつッ!」

 こたえてないどころか、楽しんでやがる……。

「どうした。このままでは進んでしまうぞ?」

 一歩、また一歩と、壱弥をあざ笑うように空を歩む斬々。

 どうする、どうすれば――海ほたるからも随分と離れちまったし、ここからでは月夜の抜刀も届かない。というより、だんだん離れていってないか? なぜ……なぜ、海の方へと向かうんだ?

「おまえ、なにするつもりだ!」

「戦うなら、この私が完全となったときだ。それはいまではない」

「知るかよ!」

 やっとのことで回復していきた光を、拳に纏わせる。こんなとき、限界のある<世界>ってのは嫌になる。最高出力なんてものを出した後じゃ、しんどいのは当然か。

「みゆちん!」

 そんな中、ひときわ大きな声が響く。

「姫さん!」

「……天河舞姫か。最強と謳われるおまえの一撃、味わっておくのもいいかもしれんな」

 ダメだ! 姫さんは完全に力任せの一撃。純粋な力のみでは、化身刀には太刀打ちできない!

「っざけんな!」

 抱えられている手から抜け出し、正面に降り立つ。

 俺の<世界>は、束ねて繋ぐモノ。幾重にも重なった、連撃をも可能にする光だ!

「そう。私の自動反撃にも弱点はある。だからこそ」

 轟音が、光が、辺りに鳴り響いた。

 俺から放たれた右腕の先には、彼女から放たれたであろう左腕が。

 しかし、本来ならその左腕さえも消し飛ばすほどの威力が込められていたはずだ。俺の、正真正銘最後の一撃だったんだぞ……。

「ちっくしょう…………」

 幾重にも重なる、同一箇所への連続攻撃。

 彼女のためだけに編み出した、俺の<世界>による一撃。それすらも、届かない。

「前の私であれば、その一撃の前に沈んでいたかもな。生憎、自動反撃だけが取り柄ではないので――」

 左横から、壱弥の拳が斬々の顔にめり込む。

 右側からは、姫さんの出力兵装が、彼女の細い体を両断しようと引かれる。

「――自動反撃」

 ダメだ。どこを狙おうと、鍛え抜かれた彼女の防御は崩せない……。

「くっ……」

 幸いにも、籠手が砕かれただけで済んだ壱弥。

 出力兵装を受け止められた姫さん。

 この二人でも、敵わない。

 元々、俺が始めた戦いだ。あいつらまで巻き込んで潰されては、今後が危うい。

「姫さん、壱弥! もういいから、おまえらは手出しするな! そんで、さっさとここから逃げろ!」

 完全に誤解していた。

 最早俺たちの手には余る存在になっていたんだ、斬々は。

「このまま戦い続けても、誰かが傷つくだけなんだよ! だから――」

「私は、みゆちんを置いて逃げたりなんか、できないよ」

 俺の言葉を遮るように、姫さんが宣言する。

 いつもいつも、俺の言うことなんて聞きやしない。

「同感だ。おまえには仮があるからな。それに、ここで助けようとしないのは、俺じゃない」

 壱弥までか。

 俺の隣に降り立ち、斬々を睨む。

「俺の仲間が世話になったな。これ以上、好き勝手にできると思うな」

 有りえない。

「ハッ、まさかおまえの口から仲間なんて言われるとはな」

 最初に出会った頃からしたら、想像もできない変化だ。ああ、これだから人と一緒にいるのは嬉しいんだ。

「朱雀くんがみゆちんを仲間と認めたってことは、私も仲間だよね!」

「なぜそうなる……」

 壱弥とは反対側に立つ姫さんが、嬉しそうに壱弥に話しかけるが、対する壱弥は嫌そうな顔をした。

 次いで視線を俺に移し、

「おい天羽。おまえのところの主席は頭いってるのか?」

「あ、それちょっと千種っぽいな」

「やめろ! 俺を千葉カスと同じにするな! あいつとだけは一緒にされたくない!」

 おいおい、否定の仕方ひどすぎるでしょ。

『嫌われすぎじゃね、これ……』

『あはは、お兄だもんね。ウケる。あ、みゆちん、あたしももうすぐそっち行けるから待っててね』

 はい? ちょっと、明日葉まで来るの?

 俺の苦労は無駄か、そうですか。

「揃いも揃って、どうして都市代表ってのは人を放っておかないかね」

「みんな、みゆちんが心配なんだよ」

 姫さんが教えてくれるが、いまいちピンとこない。

 第一、全員激戦を終えて疲労もあるだろうに。

『天羽、無事そうだな』

「ほたるか」

『千種と後方支援に回ってやる。あとは好きに決めろ』

 言いたいことだけ言い、それっきり一言も聞こえなくなった。

 ほたると、引き続き千種も斬々の相手をすると。

 はあ……俺は正直、諦めていたんだがな。化け物の相手は、同じ化け物か怪物でなければできないと。

「<世界>での消耗は激しいし、傷も多いんだけど、こんだけ言われちゃ、もうひと頑張りするしかないじゃねえか」

 タイミングよく、カナリアの歌声が響く。あいつ、寝込んでたはずなんだけど、元気なもんだな。

 本当に、ありがたい。

 真っ直ぐに斬々へと視線を向ける。

「つまみ食い程度の気分でいたが、代表全員とやりあえるとは、面白い。だが忘れるな。多対一だろうと、この場はなお私の独壇場だ。さあ、仲睦まじくかかってくるが良い。実のところ、多対一はこの私の得意とするところでな」

 やるしかない。

 どうせ、言い聞かせたところで誰一人聞かないんだ。

「さあ、行こうかみゆちん。今日最後の作戦だよ!」

「ああ、今日も世界を救おうぜ!」

 ――並び立つ俺たちに対し、妖しく笑う斬々が両手を広げた。

 ここからが、本当の正念場だ。




最終回を迎え、緩やかに衰退していきそうですが、この話は完結に向け速度も増しながら進んで行く……予定です。
本編とはまた違った視点から進む本作を、これからも宜しくお願いします。
最後に、クオリディア・コード、ひとまず最後まで楽しませてもらいました!
では、また次回!


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その決着は……

 さて、大見得切ったはいいけど、残念ながら俺は限界だ。

 思ったより血を流しすぎたな……。

 <世界>も使ったとしたら、あと一撃で気失いそうだ。勝ち目が薄い。あまりに、薄い。

「自由、戦況がよく理解できているようだな」

 斬々が口の端を歪める。

 ここで諦められたら、簡単なんだけど。

「理解はしてるよ。でも、負けたわけじゃないから」

 なにも終わってない。なら、俺ひとりが屈してどうするってんだ。

 隣に立つ姫さんと壱弥だって、相手の力がどれほどのものかわかっているはずなのに、こうして来てくれたじゃないか。

「姫さん、壱弥」

 呼びかけると、二人がこちらを向く。

「一気に倒そうとは思うな。あれは必殺の一撃が来るのをむしろ待ってやがる。バラバラに戦うのもなしだ」

「いいだろう。いまはおまえに従ってやる」

 思いの外、素直に言うことを聞いてくれた壱弥。

 どうにも、昨日からのこいつはいままでとは別人にしか見えない。

「千種、隙があったら容赦なく撃て。通らなくていい、牽制してくれ」

『おー、任せとけ』

 やる気の感じられない返事だが、気負ってないぶん、やはり千種らしい。

「ほたるも、刀掴まれないようにな。あいつ、下手したら最高レベルの出力兵装ですら素手で叩き折るかもしれん」

『気をつけよう。しばらくは観察に徹する。いけるときには改めて言おう』

「はいよ、頼んだ」

 彼女のことだ。観察していれば、いずれ決定的な隙を突いてくれるだろう。

 こと観察においては、ほたるに絶対的な信頼をおいてもいいとさえ思っている。

「で、だな」

 最後の一人。

「よっと。あー、みゆちん思いっきりやられてんじゃん」

 明日葉が俺を確認しながら目の前にに着地を果たした。

 と思えば、すぐさま銃口を斬々に向ける。

「ストップ」

 銃を下ろさせ、撃つのをとめる。ここで好き勝手にさせてしまえば、次第には一人で突っ走ってやられかねん。

「話聞いてなかったのかよ。バラバラに戦うのはなしっつったろ」

 これで前衛四人、後衛支援三人か。

 それも、各都市の代表勢揃いなわけだが――。

「闘志は一切変わらないか」

 焦りもなく、ただジッとこちらを眺めている。あれに勝つのは容易ではないが、ここまで動じないと怖くなってくるな。

「天羽、俺たちはどう動けばいいんだ?」

 壱弥はもう始めろ、と目線で訴えかけてくる。

 確かに、いつまでも待ってくれるわけではないだろう。

 俺は意識し、一歩前に出た。

「……もういいのか?」

 すると、斬々は早くかかってこい、とポーズをとる。

「まずは挟撃を。俺たちはあくまで囮だ。本命は後ろに任せて、立ち回りをあいつに見させろ」

 俺と斬々の一対一の戦闘は、たぶん誰も見ていないはずだ。

 一から情報を与える必要がある。

 いまは、物事は観察から始まる。そう言ったあいつの言葉を信じないと。

「おっけー! いくよ、朱雀くん!」

「わかっている、俺に命令するな!」

 俺が出るまでもなく、左右にわかれて突っ込んでいく姫さんたち。

 よし、ならば俺も――。

「はいはい、みゆちんは休んでる休んでる」

 二人に続こうとした矢先、明日葉に腕を掴まれた。

「みんな、みゆちんが限界近いの気づいてるから。こんなときまでかっこつけなくていいし。危ないとき、出てきて助けてよ」

 言うが早いか、俺を後ろに引っ張り、代わりに自分が前に出て行く。

 ったく、参ったね。

 全部バレバレですかそうですか。正直、斬々相手に見ているだけってのは心臓に悪すぎる。姫さんは圧倒的な力があろうと、動き自体は力任せに腕を振るっているだけに近い。

 壱弥や明日葉は距離を取って攻撃してくれればマシなのだが、単細胞さんはそうもいかん。

「さっさと復帰してやらないと、ヒヤヒヤすんだよ」

 できることなら、すぐにでも飛び出したい。だが、明日葉にああ言われた以上、少しの間だけでも回復に努めなければ。

「おヒメちん、右!」

「うわっととととと……セーフ!」

 姫さんが間一髪、突きをかわし横へと逸れた。

 自動反撃のことは頭に入っているようで、三人とも無理して突っ込んではいかない。よかった……。

 しかし、やっとのことで戦線をキープしているのも事実だ。おまけに、カナリアの無理も続いてなんとか。

 これ以上歌わせると、また倒れそうだしな。

「でも俺が言ったところで歌うのやめないだろうしなぁ……どうせ、できることはやれるだけ頑張るんだろ。壱弥の言ってた通りだ」

 時折、千種からの援護射撃が入り、まさに斬られんとする壱弥や明日葉を助けている。

 このままならなんとか――。

「飽きたな」

 ポツリと、そんな言葉が漏れた。

 耳に届いた頃には、状況が一変しようとしていて。

「は?」

 斬々は自分から攻撃に出るのをやめたように両手をダラんと下げた。

 これはどう見ても、誘ってやがる。打って出なければ硬直か。

「千種、一発撃ってみてくれ」

『はいよ』

 すぐ横を銃弾が通り抜け、斬々の胸へと撃ち込まれた。

 瞬間、銃弾は弾かれたように進路を変え、明日葉へと向かっていく。

「なに!?」

『あの野郎!』

 俺と千種が直撃を恐れた直後。

「あれれ〜自由ちゃん、まだ終わらせてないの〜?」

 呑気な声と共に、銀色の一線が走った。

「おまえ……」

「やっほ〜。こっち、終わったよ」

 大きな目をこちらに向け、口元をにやけさせる眼目が、明日葉の前に立っていた。

「ほう。弾を斬ったか。器用なことをするな」

「あはは〜、見えてれば斬れるって、ほたるちゃんも言ってるでしょ〜?」

 さすがと言うべきか。

 天眼通と謳われるだけはある。よく見えてるな。状況も、戦闘も。

 なんであれ、ありがたい。

「どうだった、鞭女は」

「まあまあ〜? 自由ちゃんの半分の半分の半分より下ってところ」

 おかしな判断されてんなぁ。

 俺たち、前回はだいぶ手こずったんですけど?

「それで〜斬々ちゃんはまだやるの〜?」

「眼目さとり……そうか、破ってきたのか。意外な結末だ」

「そうかな〜? 自由ちゃんや斬々ちゃんが思ってるほど、強くなかったよ〜」

 相性もあるんだろうな。

 のらりくらりとしてる眼目を捉えるのは難しい。そも、広い視野に加えて変幻自在の動き、目線のフェイクも一流だ。相手取る方がしんどいのだ。

 戦い慣れていれば慣れているほど、眼目は天敵になりやすい。

 だが、共闘には向いてないんだよ、こいつは。

「あ、ありがと」

「ん〜、気にしなくていいよ〜」

 最初に会ったとき、明日葉は眼目のことを怖いとか言っていたっけ。少しぎこちないのはそのせいか。

 長く相手してると勝手気儘な言動にも、ある程度許容範囲を見つけられるようになるし、慣れてしまえばつきあいやすい相手でもある。

「なんだ、あいつは」

「みゆちんのチームメイトだよ」

 明日葉たちとは反対側にいる姫さんと壱弥は、突然の乱入者について話ていた。

 思えば、壱弥とカナリアは会うの初めてだよな。

「次から次へと、鬱陶しい」

 斬々の冷えた声が、全員の意識を戦場へと引きずり戻した。

 各々構えをとり、強襲に備える。

「待ちに徹していれば、無駄なことをして。おまえたちはこの私に勝てる気でいる。それが気に食わん」

 とうとう、本性が出てきたな。

 口調がわずかに変わった。つまり、ここからは守りに入ることはないってことだ。

 幼い頃から、あいつが攻撃に転じるときは口調が攻撃的になっていたのを思い出す。

「全員、気をつけろ。死にたくなきゃ防御をおろそかにするんじゃないぞ」

 俺の記憶にある、彼女の戦闘スタイルを重ねていく。

 でも、無駄だった。

 人は成長する。

 俺の持つ記憶は、しょせん過去のものだ。

「吹き飛べ」

 抑揚のない声。

 けれど、不釣り合いなほどに濃い笑みを浮かべた斬々は、自身の周りに刃の風を巻き起こし、近くにいた姫さんたちを吹き飛ばした。

「なっ――」

 俺以外の全員を吹き飛ばした風は霧散し、上空から、傷付いたみんなが落ちていく。

 壱弥と明日葉、眼目は海に。

 姫さんは斬々の後方へと音を立てて落下した。

「――ほたる、いますぐあいつを斬れ!」

『ああ、そのつもりだ!』

 こればかりは見過ごせなかったのか、ほたるの声にも怒気が混じっていた。

「俺も突っ込む。先手任せた。それとな――」

 追撃を許しはしない。

 もう、休んでいるとか言ってられる状況ではない。いや、最初から休んではいけなかった……ッ!

『いけ、天羽』

「おう!」

 千種が牽制しつつ、その間に呼吸を整える。

 機会は一度。それ以上は俺が持たない。

『二の太刀――』

 ほたるの声に合わせるように、前に出る。拳に最後の光を宿しながら。

 纏えるのは拳ひとつぶん。狭い範囲だが、宿る光は限りなく強い。

『――〈閃塵〉』

 複数もの斬撃が、斬々を囲むように放たれる。

「くっ、面倒な!」

 ここだ! 回復したぶんも、絞り出したぶんも、ぜんぶくれてやる!

「終わりだ、斬々!!」

 閃塵がやむ前に、眼前の敵へと拳を向ける。

 さあ、今日までのぜんぶに、さよならだ。

「自由、貴様ぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 咆哮と共に、斬々が手を伸ばす。

 その手は、あろうことは俺の拳を握り、衝撃波を散らされた。

 閃塵も終わり、周りからの追撃もない。

「でもなぁ」

『三の太刀――』

 ほたるの力強い言葉が、聞こえる。斬々には相性のいい、唯一の技。

「なぜ、笑っている?」

「あんたでも疑問に思うときってのはあるんだな。なに、してやったり、とでも言っておこうか」

 べつにな、終わらせるのが俺でなくてもいいんだ。

 あんたを倒せるのなら、俺は喜んで囮に徹する。あいつらのぶんまで、あんたを倒すためだけに動く。俺はひとりじゃない。いつだって、周りに支えてくれる仲間がいる。

 いつもひとりのおまえには、決してわからないだろうな。好んでひとりで戦い続ける、おまえには。

「俺の仲間のぶんまで、受けとって逝けよ、斬々」

『――〈千重〉』

 ほたるの声が聞こえるのとほぼ同時。

 斬々の手から抜け出した俺は、ギリギリのタイミングでほたるの技から逃れた。

 一閃。

「なんだ、ただの一太刀ではなにも変わるまい。私に届きはしないぞ」

 胸への一撃は弾かれたか。やっぱり、一太刀ではあの馬鹿げた防御は崩せない。わかっているさ、そんなこと。

 けどな、それは一撃だったならの話だろ?

 一撃では傷ひとつつかない斬々の体だろうと、それがまったく同じ位置に、10度、100度、1000度加えられるのであれば、話は別だ。

 自動防御、最大の弱点は、同一箇所への同時攻撃だからな。

「対象を両断するまで<空喰>を重ねる、防御不能の斬撃だ。いくらおまえでも、これはかわせない」

 あとは、彼女が刻まれていくのを見るだけ。

「そうか。だいたいわかった」

 声が、響く。

 剣撃の中にいるはずの斬々の声が……。

「なん、で……」

「対象を両断するまで出ることのない檻か。中々面白いものが見れたな」

 平然と抜け出てきた斬々は、しかし。

 決して無傷ではなかった。

 胸のあたりは薄く斬られた痕があり、血が流れている。

「その程度しかない、のか……?」

「いいや、大したものだ。この私に傷をつけたのだからな」

 どうなってるんだ、いったい。俺が知る限り、彼女に千重を防ぐ術はなかったはずなのに。

「さて、終わるのだったな。では、そうするとしようか」

 一歩、後ろに下がった斬々。

 そこに横たわる、姫さんに手刀を向ける。

「おまえッ!」

 クソッ、クソッ!

 もはや<世界>なんて使う余裕はない。

 あいつを倒せすらしない。

 だから、世界に希望を残すには――。

「おおおおおおおおおおッッ!!」

 飛び出してすぐ、背中になにかが突き刺さる感覚が俺を襲う。

 立ったままの体制を保てず、膝をつく。

「……みゆ、ちん?」

 派手に落ちたせいか、さすがの姫さんも意識を取りもどすには時間がかかったらしい。ゆっくりと目を開いた姫さんは、俺を見上げ、小さな悲鳴を上げた。

 あーあ、やっぱりこうなるか。

「驚いたな。おまえが天河舞姫を庇うとは」

「がっ……」

 背中に突き刺さった手が引き抜かれる。

「これでも……守りたい奴なんでね。姫さんには、救われてるんだ……」

「ならば死ね。おまえにはこの世界から、退場してもらう」

 人の襟を掴み、強引に俺を立たせる。

「もういいだろう。おまえはこの世界にいるべきではない」

 視界の端に、手を横に振り抜く動作が映った。

 首筋から、僅かに痛みがあった。まさか、首を斬られたか? やべえ、痛覚まで、麻痺してきた……。

「これですべての件が片付いた」

 斬々が手を離すと、俺は立っていられることができず、姫さんの上に倒れこんだ。

「みゆちん、みゆちん!」

 姫さんも、立てなそうだな。

「悪、いな……姫さん、あとを頼む。いつか、世界を――救うんだぜ」

 言い終わると、担がれるように斬々に持たれ、空中へと上がっていく。

 なんで、俺ごと?

「…………おまえ、なにするつもりだ?」

「なに、か。敵を増やすだけさ。私が愉しむために、一度奴らを追い詰める。そうなってからの戦いを、愉しむためにだ」

 言ってること、わかんねえや。

 俺の名を叫ぶ声も、だんだんと遠くなっていく。

 距離が離れていくせいなのか、俺の限界が近いのか、どちらなのかはわからない。

「さらばだ、自由。いずれ、すべてを決めるときにまた会おう」

 どういうわけか、視界が赤く変わっていく。

「ここまでくれば、誰かがおまえを発見するだろう。次会うときは、おまえの<世界>ごと消してやろう。あのときのように、おまえの仲間ごとな」

 意識が薄れるなか、そんな言葉だけが聞こえた。

 すぐあと、暗い海へと落とされた俺は、そのまま意識を失っていった――。




今回はよくわからないまま終わらせてしまいました。
次を書いていく中で、少しずつ明かしていけたらと思います。
では、また次回。


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真実を探しに

前回で4話までの話が終わり、今回から5話へと入っていきます。
基本オリ展開しかやってないような気もしますが、今回からもそうなりそうです。
では、どうぞ。


 負けた。

 その事実だけが、頭から離れない。

 せっかく助かっても、負けは負けだ……。

「にしても、なんで誰もいないんだよ」

 斬々に完全敗北した俺は、あのあと海に放り投げられて、それから――それからの記憶はないな。

 見たところ、俺は海で拾われたらしいことだけがわかる。

 布団とベッドがあるにはあるんだが、どうにも、俺の知っている都市の一室とは装飾が違う。

 神奈川ではない、か。

「かといって、千葉だろうと東京だろうと、誰かしらいると思うんだけどな」

 自惚れではないが、たぶん姫さんあたりはいてくれそうなものなんだが。

「困ったな」

 誰もいないのなら仕方ない。

 ひとまず部屋から出て、姫さんに無事なことだけは報告させてもらおう。ここが神奈川でない以上、壱弥か千種の許可を貰えばいいだろう。

 しかし、俺が生きてるってことは他のみんなも全員無事ってことだよな。

「負けようと、次勝てばいい」

 ……口に出してはみたが、正直、何度挑もうと結果が変わるとは思えなかった。

 それほどまでに、圧倒的だった。

 <世界>を使ったのも、おそらく数回。それも一瞬のみ。俺の一撃と、ほたるの千重を破ったとき。それだけだろう。俺たち三都市の代表は、そのほとんどが斬々の武術のみに圧倒されたことになる。

 俺たちには<世界>があるはずなのに、戦闘能力のほとんどがそれに頼っているはずなのに……あいつには、まるで通じない。

「はあ……」

 ため息だけが、口から漏れる。

 生きているだけもうけもの。そう言えたならどれだけ楽か。

 負けは負けだ。生きていようと、斬々に勝てない以上、次会ったらどうしろと? 接戦だったなら希望はあった。

「圧倒的な力を持っていると思ってた姫さんやほたる、壱弥たちの力を借りても、まるで届きやしない、なお圧倒的な力」

 俺が全快の状態でみんなと共闘していたとしても、結果はなにひとつ変わらなかっただろう。

「クソッ……ッ!」

 守れない。

 このままでは、また悲劇を繰り返す羽目になるだけだ……今度は姫さんまで失うつもりか、俺は…………。

「そうだ、姫さん!」

 ショックはでかい。だが、その前に姫さんに連絡ないし、安全を伝えなければ。同時に、彼女が平気かどうかも確認しておきたいところだ。

 寝かされていた部屋の扉を開き外に出るが、そこは俺の知るどの都市とも、作りが違っていた。

「なんだ、ここ……」

 通路には丸窓が取り付けられとり、外の様子をうかがえるのだが、どういうわけか空が赤い。

 斬々に放られたときも、景色が赤くなっていたな。まるで、<アンノウン>が現れたばかりのころのような。俺たちが眠りにつく前の空と、よく似てる。

 どういうことだ? まさか、俺が寝ている間に<アンノウン>が進軍でもしてきたのか!?

 痛みを無視し、すぐさま外へと繋がる扉を探す。

 が、緊急事態だ。

「悪いな!」

 壁の一部を蹴り破り、外に出る。

 そこには、もう一段階、俺を驚かせる光景が待ち受けていた。

「う、海ぃ!?」

 出てすぐに視界に映るのは、一面の海、赤い空。

 神奈川でも、東京でも千葉でもない、だと……?

「いやはや、こいつはいったいなにがどうなってるやら」

 海面を進んでいることから、ここは船かなにかの上なのだろう。それはいい。船なら神奈川にだってある。問題は、これが誰のものであるかだ。

「ほたるや姫さんはおろか、生徒がいない」

 もしや、寝ている間にほたる辺りが<アンノウン>討伐のために船に連れてきていた、とかだったらマシだったんだがな。

 その線もなし。

 敵影もないってことは、もしかしてこの船、ずっとこの海を漂ってるとかなのか? わからねえな。

 ひとつわかるのは、ここに斬々がいないってことくらいか。

「俺を連れ去るくらいなら、捨てはしないだろうしな。あいつ、そういった面倒事は嫌うし」

 動いているってことは、船内に人もいるだろう。最悪、脅してでも事情を訊くか。

 わからないなら、ほたるの教えに習って、まずは観察だ。

 

 

 

 なんて、意気込んだはいいものの……。

「やべぇ、迷った」

 もともと、知っている船ではなかったとはいえ、司令室を目指していたはずなんだがな。

 船内マップを見た通りに進んできたはずなのに、一向に司令室は見当たらない。

「今日はよくわからん日だな。いや、<アンノウン>と戦っている日々も、十分に不思議ではあるんだけど」

 彷徨うのにも疲れてきたが、寝ていた部屋もとうに戻れはしない。

 生徒はいない、<アンノウン>もいない。空は赤く船の上。

 斬々に敗れてから何日経ったのかもわからない。

 代わりにわかったことといえば、コードが破壊されていたことくらいだ。<世界>の制御に必要だと聞かされていたので、慌てて<世界>を発現してみれば、普段となんら変わらなかった。

「もしかして、コードがなくても<世界>は正常に機能すんのかな」

 わけがわからなくなっていく。

 なにが真実で、なにが嘘なのか……。

「この世界は、本当に本物なのか?」

 誰かに説明を求めたいところだが、生憎と斬々くらいしか当てがない。でも会いたくないし、会ってもまた負ける……今度は殺されるかもな。

 次会ったときは――もう強がれない。

「姫さん、あんたの助けが欲しいよ…………」

 しばらく歩いていると、明かりの漏れる部屋があった。

 扉からも見てとれるが、やけに広い部屋だ。

「もしかしたら!」

 室内にいるかもしれない者に悟られないように、そっと中をうかがう。

 何人もの人がモニターを向き合い、それらを見届ける、指示を出す人が二人。

 一人は黒髪の女性、もう一人はおっさんだ。

「管理室? 司令室って感じがないでもないけど」

 とにかく、やっと人を見つけた。ここを逃す手はないだろ!

 できることなら、どうか敵ではありませんように。

「失礼しますよっと」

「おや?」

 あいさつをしながら扉を開くと、上から全体を眺めていた女性が反応を示した。

「あなたは確か」

 なにかに気づいたようで、隣にいるおっさんにと話し出した。

 悪い印象ではない。

「目が覚めたんですね。さきほどの大きな破壊音はあなたが?」

「破壊? ああ、扉のこと?」

「そうですか。元気でなによりです。やっぱりこどもは元気が一番ですからね」

 壊したことへの言及はなしか。文句のひとつも言われるものかと思ったんだがな。

「こっちからも聞きたいことがいくつかある」

「はい、なんでしょう?」

「俺はあんたたちに拾われたのか?」

「そうですよ。海を漂ってるこどもがいるなんて報告を受けたときは驚きました。あなたたちは基本、領域から出てきてはくれませんからね。だからこうして、急いで保護しに来たというわけです」

 うん、さっぱりわからん。

 とにかく、俺はこの人たちのおかげで助かったとな。そういや、斬々も誰かが俺を発見するだろうとか言ってたな。

「まあ、とにかく助かったよ」

「あなたはずいぶんと傷だらけでしたが、回復が早いですね」

 痛みはあるが、大きな傷はだいたい塞がっている。

 思えば、驚異的な回復力だな。

「ところで、ここはどこだ? 神奈川でも、東京でも千葉でもない船の上ってのは、俺からしたらわけがわからないんだが」

「そうですねぇ……しいていえば、あなたが述べた都市を取り戻すために戦う場所、でしょうか」

 取り戻す? 不意に、ひとつの疑問が浮かんだ。

「ナニから?」

「<アンノウン>からです。本来の、とでも言えばいいでしょうか?」

 大人たちは領土を守り通したはずだ。いまさら取り戻すと表現するのはおかしい。だけど、この人はいま、確かにそう言った。

「――世界は決して、正しくない」

「おっ、いいことを言いますね。そう、世界は正しくなんかないですよ」

 前に斬々が言っていた言葉。

 語る言葉は、嘘なんかじゃないとしたら。

「こんなとき、千種ならなんて言うのかな……」

「――ちぐ、さ……ですか?」

「え?」

 女性が階段を伝い、上から降りてくる。その勢いのまま俺の肩を掴み、

「あなた、いま千種って」

「あ、ああ。言った。千種霞、千種明日葉。千葉の代表たちとは割りと合うみたいでな。よく話してる連中なんだ」

 それがなにか? といった視線を返すと、なぜかとても嬉しそうに頷く女性。

 もうわけがわからん。

「そうですか。霞くんも明日葉ちゃんも、元気なんですね」

「元気っていうか、皮肉屋というか職務怠慢というか……けどまあ、頼りたいときに頼れる奴だな。明日葉はちょっと独断専行の気が強いけど」

 心強い仲間。

 でも、それだけでは勝てない。

「……もっと、強くならないと」

 そのためにも、まずはさっさと姫さんやほたる、壱弥たちと合流しないとな。

「で、結局あんたは何者なんだ? 管理局にもいない、けれどこれだけでかいもんを動かすことができる人物。そんなのは俺の知る限り誰一人としていない。知っていること、全部話してもらうぜ、おばさん」

 瞬間、なにかが視界の端を横切った――ように見えた。

 それが視界に映ったころには、背中にひんやりと冷たい感触が。

 視界が暗くなっていくなか、おっかない形相をした女性の顔が見える。その表情には、『お姉さん、でしょ?』と確かに深く、刻まれていた。

 なるほど、そういう……ことか…………。

 薄れいく意識の中、言ってはいけないことを面と向かって言ってしまったのだと、理解できた。




この話の神奈川オンリーも書いてみたいな、と最近よく思います。
いつか世界を救うためにの少し前あたりから始めて終わりまでを書けたら書きたいな、なんて。
神奈川組と自由がどうやって関係を築いていったのか見たい人なんているのかしら。
では、また次回!


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世界は

 人は意図せず、夢を見る。

 それが夢か現実か、区別もつかず、夢を見る。

 でも、これは夢だ。

 夢であって、俺の過去。

 多数の<アンノウン>と交戦する、俺と仲間たち。その中には、俺の姉――斬々の姿もある。

 ここだ。あと数分もしないうちに起きることを止めれていたのなら。そうであったなら、俺たちはきっと、誰一人欠けることはなかった……。

「ねえ、自由。これ以上は人数的に厳しいよ。一度撤退して、姫さまたちと一緒に出直そう?」

「いや、もう少し。あと少しで、あいつに届く!」

 仲間の意見に耳を傾けず、敵に向かっていく俺。

 ある作戦の最中だったためか、ランキングに大きく影響するためか。俺はただ、標的である<アンノウン>を倒すことばかりを考えていた。

 追いつくために、追い抜くために。

 まったく、バカらしい。おまえが守りたいものは、ランキングなんかじゃなかったはずだろッ!

「おまえたちは蒙昧だ。どちらが本来の敵か気づきもしない」

 場面は移り、悪夢が写り込む。

「自由、そしておまえの<世界>は本当の形を取り戻す」

 斬々の、わけのわからない言葉。直後、隣にいた仲間の体を貫く一撃が振るわれる。

 一瞬にして意識を奪い取った斬々は、その仲間だったはずの生徒を<アンノウン>へと放った。

 あいつの顔、楽しそうだったな……歪んでる。

 視界の先では、俺も致命傷を負わされ、彼女を見上げていた。

 けれど、斬々は最後まで俺を<アンノウン>に放ることはなかった。仮に姫さんがこちらに迫ってきていたとしても、彼女ならそれくらいのことは片手間でできたはずなのに、だ。

 視界は暗転し、夢はまた、別の場面へと俺の意識を飛ばす。

 これは――そうだ、俺が見ていた、夢だ。

 コールドスリープ中、繰り返し見ていた夢。

 でも、そこに俺の姿はない。

 繰り返し映る夢の景色は、姫さんらしき人に手を差しのばし続ける幼い少女、燃える大地に縫い付けられる少年。

 <アンノウン>と同調する斬々。

 空を駆け、本を読み。多くの人たちがいる世界。まるで違う個々を、ひとつにして見ている、俺の夢。

 近くには、誰かさんが夢見たであろう、みんなが笑っている平和な世界。

 ここに俺の意思はなく、誰かの、誰もの見たであろう夢が映されるだけ。ゆえに俺の<世界>がなんであるのかは、漠然としか把握できない。

 束ねて繋ぐ世界。

 俺の見てきた夢は、本当は、俺の周りで眠っていたこどもたちの――。

 

 

 

 

「ああ、やっと起きましたか」

 目をさますと、意識を失う直前とは似ても似つかない、優しい表情を浮かべた女性の顔があった。

 もう、この人の前でおばさんとは絶対に言うまい。

「では改めて、少しお話をしましょうか」

「話……?」

「はい。この世界についてを」

 こっちは見ていた夢のせいで、決していい目覚めではないのだ、そう言われては仕方ない。

「この世界は偽物だ。俺は、ある人からそう言われたことがある」

「その人は、大人でしたか? それとも」

「あんたたちから見たらこどもだ。俺のひとつ上の姉にあたる人なんだけど」

 どうにも、ここにはいないだろう。

 それは目の前に座る女性の雰囲気からも明らかで、斬々が身を置いている場所とは思えない。

「変わった子もいるものですねぇ。もしかして、その子があなたを海まで?」

「まあ、捨てられたな、海に。でも、あいつは俺たちの敵でもある。三都市合同作戦を邪魔した挙句、代表を殺そうとまでしたんだからな」

「よくわからない話ですね、それは。真実を知っているのなら、あなたたちを殺すどころか、そっちにいる大人たちを殺したがるでしょうに」

 そっちにいる大人たち……?

 求得さんや、愛離さんのことだろうか。俺たちの知る大人なんて、そう多くはない。

「あんたたちは、本当になにと戦っているんだ?」

「ですから、<アンノウン>ですよ。あなたたちの知っているものとは違う、本来の<アンノウン>にはなりますが」

 俺たちの戦っていたものは、<アンノウン>ではなかったかのような言い草だな。いや、実際そうなのかもしれないが。

 大人たちを殺したがる、ねぇ。

「まさか、見ている世界が違う、とか言わないよな?」

「へぇ……」

「たとえば、俺たちの見てきた大人たちが、実はみんな<アンノウン>でした、とか」

 斬々の度重なる発言。

 この赤い空。

 俺の知らない大人たちの集団。

 目の前の女性の言葉。

 いくつもの要素が、ひとつの仮説へと導いていく。

「俺たちこどもは、コールドスリープから目覚めたとき、コードを付けられていた。それは<世界>の制御に必要だと、ずっと教えられてきた。他でもない、大陸に住む大人たちにだ」

 女性は首を縦に振り、続きを促す。

「けれど、いまの俺にコードはない。綺麗に破壊されたからな。だというのに、俺はなんら異常なく、<世界>を使えている。ならば、コードが制御に必要だというのは嘘になる。もうひとつ、気になることがあるんだが、都市から見えていた空は、どこまでも青かった。少なくとも、途中から赤に変わったりはしていない」

「つまり?」

「まるで、見えている世界が一変したかのような」

「さすが、天使な私の息子――霞くんのお友達ですね。察しの良さ、発想力、申し分なしです」

 褒められてるっぽいな、これはって、はあ!?

「息子? 霞って、千種霞? つまり千種の母さん!?」

「はあい、その通り!」

 んだそれは! まさかすぎる事実じゃねえか……そして若い。あいつら兄妹の親にしては、見た目が若すぎる。

 詐欺じゃねえの、これ。

「とりあえず、息子云々は全部置いておく。いや、置かせてくれ。いま聞きたいのは、俺の仮説が合っているかどうかだ」

「――答えから言ってしまえば、間違っていませんよ。あなたたちが見せられている世界は、まさに偽物です。あなたたちを育ててきたのは、苛烈な攻撃により、本土から私たちを追い出した<アンノウン>たち」

「なるほど。考えられなくもない話だな。むしろ、しっくりくる」

 斬々の言動にも納得のいくものがある。だが、解せないな。

 おそらくこの事実をとうに知っているはずの俺の姉は、なぜこの女性たちに協力せず、俺たちを狙ったりしたのだろうか。

 あいつの敵は、いったい誰だ?

「あんたたちの戦う理由はなんだ」

「本土の奪還と、なによりこどもたちを取り戻すこと。人に化ける薄汚い悪魔から」

「そっか」

「<アンノウン>は、どんどん私たちの、あなたたちの世界を歪めていきました。私たちからは、あなたたちがぼやけた影にしか見えず、敵か味方かの判断もつかない。逆に」

「俺たちからは、あんたたちが<アンノウン>にしか見えない、か」

 つまり、コードさえ破壊できればいいわけだ。

 姫さんも、ほたるも、神奈川だけじゃない。俺の仲間たちは全員、取り返す。

「まさか、本物の人類と戦わされていたとはな。悪かったな」

「いいんですよ。こどもが親に迷惑をかけるのは当然のことです。なにより、もうじきみんな取り戻しますから」

 話を聞いていくと、俺たちが倒していたのは無人機だったらしい。だから、人を傷つけたわけではないと、そう言われた。

 いいように利用され、人類同士で……。

 まさか、斬々は俺たちを救うために強引な手段を?

 情報を集めていたのも、本当の<アンノウン>を倒すために必要なものがあったからとか――ないな。

「なあ、俺たちがコールドスリープについたのは、あんたたちが本土から逃げる前だよな?」

「ええ、そうですね」

 だよな。そこに間違いはない。

 ならば、俺たちが夢を見たのはそのあたりか、<アンノウン>たちが介在してきたときか。

 どちらにせよ、本来の<アンノウン>を見たあと。だが、世界を偽装される前になる。

 あいつの見ていた夢に映る<アンノウン>は、どっちだ…………。

「俺の勘違いであればいいが」

 もしくは、あいつの考えが俺の思った通りのものでなければ。

「ん? なあ、俺以外に保護したこどもたちも、もちろんいるんだよな?」

「いますよ。基本的に、いままでの戦いの中で消えていった子たちは保護していると考えてください」

「そうか、なら!」

 もしかして、俺の仲間たちもここに!

「いや、いまでなくともいいか。生きているなら、それでいい」

 いまさらあわせる顔もない。生きていてくれるなら、それだけでいいんだ。

 もう戦えとも言わないし、ついてこいなんて言えない。

 俺にはすでに、やるべきことしかないのだから。

「もし、この世界が本物だとしたら、俺はあいつのためにも、世界を救う必要がある」

「安心してください。あなたが戦わなくても、もうじき全部解決します」

「いいや、拒否する」

「はい?」

「俺は俺の大事なもんのためにも、いま戦いから降りるつもりはない。なにより、文句のひとつも言いたい相手は本土に残っているし、守らないといけない仲間も、繋がりを消せない奴らもいるんだ。あいつらは、俺が救う」

 面倒だとか、だるいとか言ってはられない。

 俺の世界には、あの笑顔が必要だ。

「世界を救うのは、うちの代表さまだ。姫さんなら、この状況を黙って見ているなんて許さない。神奈川首席が世界を救うと言うんだ。なら、それを補佐するのは俺たち、神奈川の生徒の務めだ」

「理解できませんねぇ」

「されたいわけじゃない。ただ、彼女が望むなら叶えるために奔走する。神奈川ってのは、そういう都市なんだよ」

 あと、勘違いヒーローや職務怠慢野郎なんかも、結局この世界を救うために動くだろ。

 なら、やっぱり俺だけ休んでたら後々文句を言われるのが目に見える。

「いい加減、ふてくされるのもやめるか」

 過去ばかり見て、未来に向かわない自分。

 いつしか、姫さんの出す被害を止めるためだけに動く自分。

 必要最低限のことしかしない、戦場での姿。

 なめくさってる。

 だから姫さんに文句は言われるし、引き摺り回されるし、ほたるにも文句を言われるのだ。

「いつまでも寝てんなよ、クソ野郎」

 こっから、やることたくさんあるんだぞ。

「あんたらにも作戦があるんだろ?」

「もちろん。もうじき、多くのこどもたちを奪還します」

「よし、ならそこに俺も参加させろ。言っておくけど、ダメって言われたら先に一人で突っ込むからな」

 脅しでもなんでもない。言っているのは、これから起こる事実だ。

「はあ……こどもは手のかかる子ほど可愛いって言いますけど、手のかかりすぎる子は扱いづらいし迷惑です」

 ちょっと、なんかサラっと酷いこと言われてません?

 確信したわ、この人、千種の親で間違いない。

「いま、数人のこどもを奪還するために動いている人たちがいます。その子たちを取り戻し次第、作戦に移ります。あなたにも、協力してもらいますからね。霞くんと明日葉ちゃんのお友達なら、断る理由もないですし」

「そりゃ助かる。ちょうど前の自分と折り合いをつけたところなんだ。自由。天羽自由だ」

「自由くんですね。霞くんたちもお世話になっているでしょうし、特別に、親しみを込めてみゆちんと呼んであげてもいいですよ?」

「…………あんたら、それしか頭に浮かばないのか?」

 前々から思ってたけど、みんなネーミングセンスやばすぎだろ。

「もういい。断っても呼ばれることは承知している。好きにしてくれ」

 この数ヶ月。俺もだいぶ鍛えられたというか、理不尽に慣れたというか。はあ、悲しいかな人生。

 などと思っていると、女性が手を差し出してきた。

「こどもに名乗るなら、こっちの方がいいですかね? 初めまして、ヨハネスです」

 少しの間考える素振りを見せ、そう名乗った女性は、いい笑みを浮かべる。

 絶対本名じゃねえな、この人……。

 呆れながらも、差し出された手を握る。

「では、改めて招待しますね。この、大正義・ヨハネス軍に!」

 ――……うん、やはりネーミングセンスは壊滅的だった。



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その再開は決意

みなさんお久しぶり?です。
クオリディア・コード、まだまだ終わりませんよ。
一気に加速させて締めようかとも考えましたが、のろのろ平常運転で進んで行きます。
では、どうぞ。


 歓迎されてわかったことは、このヨハネス軍なるものが、目の前にいる女性の軍隊だといことだ。つまり、屈強な戦士たちも、優秀な指揮官も、全員この人に従うわけなんだが……。

「あんた、本当にトップなんだよな?」

 つい聞き返してしまうほど心配に、そして不安になる人でもあった。

 微笑みながら眼下の司令部の人たちを見下ろし、楽しそうに歌を歌う女性。

 年齢不詳、スリーサイズ不詳、本名不詳とか歓迎直後に言われた、丸っきり謎の女性。呼ぶときは「ヨハネスお姉さん」と呼べば伝わるらしい。

「そうですよー。なにを隠そう、私がヨハネス軍のトップです。リーダーです。総司令官です!」

「……俺、本当の人類が勝てるのか不安になってきたわ」

 なにより頭が痛い。

 こんな人が、かれこれ三日間は横にいる生活を送っている。

 予想以上に、疲れるな……普段からこの人の隣で軍事をまとめている副官の気力を見習いたいところだが、とりあえず、なぜ俺は毎日のようにこの人の横にいなければならないのだろう?

「わけわからん」

「なにがですか?」

 あなたのことです。なんて言うのは簡単だが、聞いたところで追加情報は得られないだろう。まあ、千種兄妹に関してなら話は別だろうけど。

 1日目は千種と明日葉の二人の話をさせられて終わったしな。たぶん、こどものことでなら、この人は話してくれる。時間を犠牲にできるのならな。

「なぜ、毎日俺を司令室に呼び出すんだ?」

「あなたが無茶をしないようにですよ」

「無茶?」

 思ってもみなかった答えに、つい聞き返してしまった。

 だが、ヨハネスは当たり前のように口を開く。

「こどもは大人に守られているべきです。でも、たぶんあなたは口で言って了承してくれるタイプの人ではない。なら、勝手されるよりは来るべきときのために留めておくのが正解かと」

 神奈川でも、こっちでも。

「俺が問題児扱いされるのは変わらないってことか」

「問題児だったんですか?」

「だったらしい、ってのが正しいかな。周りからはよく言われたよ。少なくとも、神奈川と三都市代表の中では完全に問題児扱いだったな」

 言うと、ヨハネスはポカンと口を開いたまま固まっていた。

 どうかしたのかと声をかけようとした矢先、肩を掴まれる。

「あなた、代表ってことは、強い方って認識であってますよね?」

「あ、ああ……どうだろう? 頑張りに頑張ればランキング1位の姫さんの一撃も流せるけど……」

「そうですか。無人機に積んだカメラで何度か見てましたが、あの子と張り合えるんですね。なら、少し作戦に修正を加えましょう。あなたが海で流されていて、助かりました!」

 なにかいいことがあったんだろうが、それにしたって失礼すぎないか、この人。いや、拾ってくれて感謝してますけどね?

 しっかし、俺以外の生徒は誰も見ないもんだな。

「もしかして、<アンノウン>から救い出したこどもたちって、いまだ捕らわれているこどもたちを助けるために任務についたりしてるのか?」

 だとしたら、俺だけ休んでいるわけにもいかない。

「いえ、みなさん保護してますから、そんなことさせられませんよ」

 肩から手を離したヨハネスは、副官に何事かを告げつつ、俺を見る。

「あなたのように、誰も彼もがもう一度戦いの場に出たいわけじゃありませんから。基本、戦いは私たち大人の仕事です。もちろん、守るのもですが」

「そっか」

 確かに、救い出したこどもを戦わせては意味がない。

 でも、やはり俺はその考えを受け入れはしないんだろうな。もちろん、俺以外にであれば、全力で肯定はする。だけど、俺が戦うのは、罪滅ぼしでもあるから……。

 なにより、姫さんがいるなら、俺が出張らないと滅茶苦茶になりそうだし?

 一応は姫さん対策で神奈川にいた側面も強い。

「救い出さないと。俺の、役目だ」

 などと思っていると、司令室のモニターにある映像が映る。

「これは?」

 訊くと、副官を務めている男性が教えてくれた。

「これは現在<アンノウン>に占拠されている三都市の映像です。なんとか海中を伝い潜り込ませた機体から送られてきているんですよ。たまに浮上しては、こうして地上の様子が送られてきます」

「へぇ……ん?」

 関心しているところに、二人の男女が歩いてくる。

 制服からして、東京の生徒たちだ。

「あれは壱弥とカナリアか? よかった、あいつ無事だったのか」

 いい知らせだ。

 画面の向こうでは、大怪我を負った様子の見られない壱弥と、嬉しそうに笑うカナリアの姿があった。

 斬々にやられたときの傷は特になさそうだな。

「しっかし、なに話してるんだか」

 相変わらず二人の世界に入ってなきゃいいけど。

 他の奴らの姿は見えないから、東京の都市内なんだろうな。姫さんの姿も見ておきたいってのは、俺のエゴでしかない、か。もっとも、見れるならほたるも、千種兄妹、神奈川の変態どもも確認しておきたいところなんだが。

「到底無理な話だな」

 ただでさえ、かなりのリスクを承知で無人機を忍ばせているのだろう。それを俺個人の頼みで動かしてくれ、などとは口が裂けても言えない。

 言っていいことでもないってのも、わかってる。

 眼目と月夜だって、他の仲間もいるってのに、情けねぇ……。

「あの子ですね、我々からもよくわかる」

 隣にいるヨハネスが、理解できないことを言い出すと、状況を確認していた何人もの人たちが同時に頷く。

「認識できるようになっていたこどもたちは、一人を除き全員特定できました。救助も、残っているのは彼女のみです」

 モニターの様子を眺めながら、誰かが口を開く。

 俺には理解できないが、彼女たちの目は真剣そのものだ。まさか、いまも作戦の最中なんだろうか?

「わかりました。他のこどもたちはすぐにでもこちらに。いまモニターに映っている女の子も、手早く救出しましょう。隣にいる男の子に邪魔をされないよう、一瞬で片付けてください」

「了解!」

 わけのわからない会話が繰り広げられる中、見つめ合う壱弥とカナリア。

 いい雰囲気だな。

 なんて、呑気なことを考えてすぐのこと。

 目にもとまらぬ速さで、カナリアがなにかに食われるようにして海中に沈んでいった。

「なっ!?」

 水しぶきが上がり、ポッカリと、丸く開いた穴。

 間違いなく、カナリアのいた場所だ。

「無事、彼女を保護。そう時間もかからないうちに、こちらに到着します」

「ご苦労さまです。機体は引き続き海中に忍ばせておいてください。もっとも、今回の一件で気付かれてはしまうでしょうけど」

 目の前で起きたことに、まるで驚いていない大人たち。

「あんたら、カナリアがどうなったのか、気にならないのか?」

「なりませんよ。私たちのしたことですから」

「なに?」

「思い返してみてください。私たちの会話を」

 ヨハネスと、他の人たちの会話は――。

「もしかして、これが救出、なのか?」

「はい、よくできました。さすが天使な私のこども、霞くんのお友達ですね。頭の回転が速いのはいいことですよ。初めて見せたので驚いたかもしれませんが、あの子には傷一つ負わせていませんよ。もうじき、こっちに来ることになるでしょう!」

 初めて見せた。

 つまり、俺がここに拾われてからも、何度か行われていたってことだ。

「意外とやるもんだな。でも、教えてもらわなかったら、あんたらに襲いかかってたかも」

「それは困りますね。私たちもこどもに危害は加えたくないですから。そのときは、あなたに殺されていたでしょう」

 嘘か真か。

 ヨハネスは舌を少し出しながら、いたずらめいた笑顔でそう言った。

「でも、案外愚策だったかもな」

「はい?」

 首を傾げる彼女は、当然、壱弥とカナリアの関係なんて知らないのだろう。

「あいつらはコンビなんだよ。しかも、依存してる――守るべき存在なんだ。つい最近知ったことだが、壱弥はああ見えて脆い。もし、守べき対象を失ったなら、どうなるか……」

 前提として、東京は機能しなくなる。

 それだけなら、こちらが救いやすくなるだけだからいいのだが。

「こんな世界は壊してやる、なんて言いだしたら、こっちの戦力なんて片っ端からぶっ壊されるだろうなぁ」

 ああ、目に見える。

 あいつ頭いい奴ぶってるけど基本バカだし、精神は脆いし。

 でも、ヒーローなんだよな。

「さて、カナリアが来るならちょっと楽になるな。なあ、ヨハネス」

「お・ね・え・さ・ん」

「…………ヨハネスお姉さん」

「はい、なんですか?」

「いま助けた女の子――カナリアっていうんだけど、あいつに会わせてもらえない?」

 こうなれば、壱弥のことは千種に任せておこう。どうせ姫さんも絡みにいくだろうが、彼女と壱弥では守るべき対象が違う。なにより、姫さんは無理をしてでも、自分を押し殺してでも、壱弥を立たせようとするかもしれない。

 なら、一番効果的なのは千種だ。

 壊さず、けれど腐らせず。

 きっと、壱弥の助けになってやれるはずだ。あいつも不器用っていうか、回りくどいけど、優しい奴だからな。

「会って、どうするんです?」

「協力してもらう。全員救うには、代表に面倒な奴らが多すぎる。二度か三度にわけて戦力を削るのが一番なんだが、東京の主席を獲るには、カナリアと、千種の協力が必要だと思う」

 姫さんに倒してもらうのが最短ルートな気もするが、まず姫さんが倒せん。

 そこに対抗するためにも、カナリアは必要不可欠だ。

「あいつがいないと、たぶん勝ち目はない」

「はあ……わかりました。では、彼女にもこちらに来てもらいましょう。都市内のことをより知っているのは、こどもたちですからね」

 渋々、といった様子だが、了承してくれたヨハネス。

 さあ、ここからだ。

「一人ずつ、確実に取り戻す!」

 

 

 

 それからしばらくして、司令室の扉が開いた。

「あ、あの〜……」

 そこには、見知った金髪の少女が一人。

「久しぶりだな、カナリア」

 長い階段を下り、彼女の側まで降りるとこちらに気づいたのか、おどおどして不安そうな顔が一転、嬉しそうな笑顔に変わる。

「自由くん!」

「おう」

「よかった、みんな心配してたんだよ! ヒーちゃんは……よくわからなかったけど」

 最初は声高らかに、後半はだんだんと遠慮気味に。

 まあ、姫さんの反応としては正しい。

「うちの首席は悩みも弱みも見せない抱え込み主義だからな。ったく、新手のツンデレかって話だ。特に気にしなくていいからな」

「う、うん? あと、霞くんも……」

「へえ。千種も悲しんでくれでもしたのか? そりゃ意外だ」

「へ? あ、ううん。そうじゃなくて、えっと……」

 はっきりしないな。そんな態度を取られると聞かずにはいられないんだが。

「なんて言ってた?」

「その、『あいつは簡単には死なないだろうから、そのうちひょっこり帰ってくる。ほら、あいつ基本バカだし。どっかの4位さんと同じで』って」

 嬉しいような、イラつくような……あいつなりの信頼と取っておけばいいのか?

「とりあえずはわかった。一度会って殴るから気にしなくていいぞ」

「だ、ダメだよ!」

「へいへい。それより、話は聞いたか?」

 話というのは、真実についてだ。俺に会わせる前に、ある程度のことは説明しておく必要があるということで、ヨハネスが話にいっていた。

 当の本人は、帰ってこないが。

「うん、聞いたよ。あのね、自由くん」

「なんだ?」

「私は――みんなを助けたい」

 俺が訊くまでもなく、誘うまでもなく、彼女はすでに答えを出していた。

 だからだろう。すんなりと、口が開いた。

「俺もだ。あいつらを、助けよう」

 覚悟は当に決まっている。

 さあ、反撃を始めよう。



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新たに

 いつからだっただろう。彼女の笑顔を否定できなくなったのは。

 どこからだったんだろう。彼女と同じ道を歩もうと思ったのは。

 そして、出会ったときから知っていた。

 彼女が、どうあっても潰し合わなければならない相手だと。

 でも、決して敵ではないと。

 だから、追いつきたいと願うのだろう。対等でありたいと、思うのだろう。

 どれだけ思おうと、たどり着けないから。

 願えば願うほど、遠のいていくから。

 それでも俺は何度でも願う。

 矛盾していて、ひどく独善的だとしても、願う。

 

 彼女の笑顔が、今日も隣にあるようにと――。

 

 

 

 

 カナリアが加わり、その他数名の東京の生徒が作戦への参加を希望してから数日。

 なぜか東京のみなさんに馴染んでいる自分がいた。

「ってことは、自由さんはいつも主席といたんですか?」

「よくやれてましたね。壱弥さん、やる気のない強い人なんて最も嫌いそうなのに」

 まあ、だろうな。

 いま話をしているのは、カナリアの運搬を担っている子たちらしい。カナリア本人から、いつもお世話になっていると紹介があった。

 他にも、この場に茶髪の男子生徒や、黒髪の生徒など、十人程度はいるだろうか。

「千種もそのカテゴリーに入ってるだろうな。でも壱弥は、わかりにくいけどいい奴だって知ってるからな」

「主席は口が良くなればいいんですけどね……」

 全体的に同意だ。口だけじゃなく、性格全般にわかりやすさと、あと特定の一人以外に向けられる優しさが増えればいいリーダーになれるだろう。

「とはいえ、目指しているのはヒーローだろうから、もう少し柔らかくなるだけでいいのかねぇ」

 東京も、昔こそ『デュアル』しか求めていなかったが、変わるものだな。いや、変えられたのか。

「壱弥や先輩方の苦労ってところかな」

 実際なにがあったかなど知らない。でも、いまがいい方向に向いているのなら。

 最も、それも一度壊すことになるんだが……。

「<アンノウン>の栄えさせた都市なら、誰も文句言わないか。どうせ、全部自分たちで直そうって言う人もいるしな」

「自由くん?」

「いや、なんでもない」

 カナリアに不思議そうな目をされるが、この独り言に答えは求めていない。

「それより、作戦がもうすぐ始まる。準備はできてるのか?」

「うん、もっちろん! 私、頑張らないとね」

「だな。でも、おまえだけが頑張るわけじゃない。周りに頼って、頼って頼って、仲間を救い出そう。無人機ならいくらでも囮に使ってやるし、問題児どもはまとめて面倒見とく。頼むぞ、カナリア。おまえだけが頼りだ」

 作戦の要はカナリアだ。

 俺は単なる端役に過ぎない。だからこそ――あいつの相手は俺がする。

「自由くん……うん!」

 力強く頷くカナリア。

 戦いってのは、全員が武器を持ち、拳を握り戦場に立つだけじゃない。

 人ってのは、想いひとつで戦えるんだ。

「次は俺たちだ」

 静かに、扉が外から開かれる。

「みなさん、お待たせしました。これより作戦を開始します」

 開かれた扉から顔を覗かせたのは、この軍を指揮するべきリーダー、ヨハネスだった。

「聞いてもらった通り、二度から三度にわけての作戦になると思いますが、途中で再構築されない限り作戦は止めません。ですので、危険と判断したら各自で撤退してください。いいですか、こどもが大人より無茶をしないでくださいよ?」

 彼女の言葉に、俺以外の全員が「はい」と返事を返す。

「あとはあなただけですよ?」

 こちらを向き、返事を待っている様子のヨハネス。

 なに? いまので全員の声を判別して聞き取ったの? なんだ、こいつは……現代の聖徳太子かなにかなの? それとも地獄耳かなにかの延長線上にある力だとでも――。

「天羽自由さん?」

「……なんですか?」

 向けられた視線に目線を合わせると、怖いくらい笑みを作った顔がそこにはあった。

「こどもが無茶をしないでくださいね?」

「断る」

 即座に答えてやると、なにかを察したのか、茶髪の男子が俺の側までやってきて、ヨハネスと話出した。

「いやー、あれっすわー。男には引けない道があるっていうか、仲間を残して来れないっていうかー」

「はい?」

 軽い口調で話す男子生徒に、ヨハネスの笑みが一層強まる。

 読み取るなら、「黙ってろ、おまえ」ってところだろうか? やだ、ヨハネス怖い。

「……なんでもないっす」

 おとなしく下がる茶髪。

 いったいなにしに出てきたのだろうか?

「それで、いいですね?」

「よくないですよ。俺が簡単に逃げ出したら負けるの確定ですし。粘れる限りは粘ります。なにより、そろそろ一勝くらいは勝ち星が欲しい」

「なんのことだかわかりませんけど…………はあ、帰れるうちに帰ってきなさい」

「了解」

 言っても聞かない子ですしねぇ。などと聞こえてきたが、余計なことは言わないでおこう。

 せっかくオッケーをもらったのに、気が変わるかもしれないし。そうなっては、もう一度この人からオッケーをもらうのは不可能な気がする。

「さて、一人手のかかる子がいますが、みなさんよろしくお願いします。本当なら、戦わせるべきではないのでしょうけど……」

「ヨハネスさん」

 カナリアが一歩、前に出る。

「私たちは、私たちの守りたい人が、世界があるんです。誰にでも、きっと。だから、大丈夫。困ったときは、笑顔!」

 自分の頰に手を当て、口角を上げる彼女。

 そうか、壱弥はこうして励まされてきたわけか。やり方はまあ、よくわからん理論によるものだけど。でも、人の笑顔ってのはいいもんだよな。

「――そっか。そういうことか」

 姫さんの笑顔を見て負ける気がしないのは。

 不可能とは思わないのは。

 知らないうちに、世話になってたんだな……。

 気づいたところで、姫さんは隣にいない。ほたるの厳しい視線すら、恋しくなるとは。病気かな?

「それほど依存していたわけでもないんだが」

 いろいろ考え出すと、神奈川陣営は大丈夫だろうか? まさかとは思うが、本来の<アンノウン>がなにかしでかしたりはしてないだろうな? ただでさえ問題児の多い都市だ。イラついてつい、ということもないとは言い切れない。

 特に眼目とか。あとは変態四天王どもが危ない。

 戦わせる戦力的には、敵も削れないと判断すると思いたいが。

「やっぱり、早急に助けたほうがいいんじゃないのか……?」

 やばい、一気に心配になってきた。

 ヨハネスたちの立てた作戦に文句はないが、今回のうちに四天王とうちの問題児は回収しておいた方がいいかもな。でも、俺の役割的に他の相手をしている時間はない。というか、余裕がたぶんない。

「隙を突いてやってくれることを祈るか」

 仮にも肩を並べてきた仲間だ。

 強さはわかっているし、信頼もある程度ならある。もうしばらく、踏ん張ってもくれるだろうか……。

「目先のことから解決していくのが最善策とは限らないけど、果たしてどうかな」

 もしものときってのは、本当は――。

「さて、時間ですね。カナリアさんたちは空中からお願いします。自由くんはそうですねぇ……とりあえず、正面突破でもしてみます?」

「俺になんの恨みがあるんですか、あなた」

 ヨハネスの提案を聞くも、是非とも遠慮したいものだった。

「あんた、さっき海ほたるに結構な数の生徒らしき影が見えたとか言ってたよな? 正面からってのは、つまりそういうことだぞ?」

「ですから、正面からですよ」

「は?」

 疑問を浮かべると、彼女は指を立て、「甘いですねぇ」などと言ってくる。

「いいですか? 正面には、それなりに多くの無人機を配置します。そうなれば、こどもたちは無人機相手に乱戦となるでしょう。その隙を突いて、あなたは東京まで向かってください。時機を見て、上からも仕掛けます」

「なるほど……確かに、うまくいく可能性はあるな」

「でしょう?」

「ただし、そこに千種がいなければの話だ」

 うん、あいつがいたら見逃すわけないよね。仮にも<アンノウン>のように見られるわけだし? そんなモノがすり抜けていこうもんなら、無条件で撃たれるわ。

「……霞くんがいましたか。さすが、天使な私のこども。敵に回すと厄介ですね。明日葉ちゃんもお兄ちゃんっ子ですし、一緒にいることも多いでしょうから――そのときは、二人を傷つけずになんとかしてください」

「おい!」

 まさかの丸投げかよ……あいつら相手にして無傷でやり過ごせとか無理ゲーなんですけど。

 傷つける気はないけど、どうしたものか。

 ついでに言わせてもらうと、俺は空を飛べない。もちろん海も走れない。

「どうやって東京まで行けと?」

 しかし、事態は進行する一方で、ヨハネスも既に指揮のために移動を開始していた。

「おいおいおいおい……」

 このままだと盛大なミスをする羽目になるじゃねえか!

 一人で悩んでいると、不意に肩に手を置かれた。

「あ?」

「悩んでいるみたいっすね。ここはひとつ、俺に任せてみないっすか?」

 振り返ってみれば、そこには先ほどヨハネスに話しかけた茶髪が、いい笑顔を作っていた。

「あんた、東京の」

「そうっすよ。そういうあんたは神奈川の問題児でしょ? 足がないなら、俺と行く手もありますよ」

 何度か見た覚えがあるな。

 壱弥が上位ランカーだとか言っていたうちの一人に、こいつも入っていたはず。

「俺と行くのはいいけど、俺の役割、わかってないとは言わせねぇぞ。この作戦、一番の危険地帯に突っ込む覚悟、あんのかよ」

 訊くと、自分の髪に手を当てながら、小さな声で話し出す。

「いや、正直言うと、俺、全然この状況を理解できてないってい言うか? ぶっちゃけ誰が敵で、誰が仲間かとかも把握しきれてないんだけど……でも、同じ敵と戦ってきた仲間は助けたいっていうか、だから!」

 声は段々と大きくなっていき、顔つきも、不安なものから、真剣なものへと変わっていく。

 誰も彼も、仲間は大事か。

「悪くない」

「へ?」

「……悪くないって言ったんだ。一応確認しておくけど、あんたもちろん飛べるよな?」

「ええ、最高の空の旅を約束しますよ!」

 思わず、笑みがこぼれる。

「よし、頼むぜ。あんた、えーっと……」

「コウスケっす。こっちこそ頼んますよ、天羽さん!」

「はいよ。んじゃ改めて、俺らの仲間、全員取り戻すぞ、コウスケ!」

「うっし、やる気出しますか!」

 なんだかんだ、新しい友人もできたな、こりゃ。

 それから数分後。

 残っている生徒も、俺たちも。

 互いに譲れない戦いが始まる。

 俺にとっても、負けたくない、ひとつの喧嘩が――。



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作戦開始

 カナリアたちも上空に昇っていったか。

 遠目に見える、東京の生徒たちが雲の中へと消えていくのを見届けてから、視線を正面へと向ける。

「俺たちは海ほたるの方から行くぞ」

「ですねぇ。っても、そう簡単にいくんすか?」

 隣に座るコウスケは、不安そうに聞いてくる。が、もちろんそんなこと知るはずもない。

「なるようになる。最悪は想像しない方がいいぞ。十中八九、その状況に陥るからな」

「まるで、経験談みたいに聞こえますよ」

「経験談だ。だから、下手なこと考えるなよ。どうせ、ぜんぶ取り返すんだ。多少の無理、無茶は最初から覚悟してるよ」

 思っていることを言ってやると、横からため息の漏れる音が聞こえた。

「自由さん、あんたマジっすわ」

「なにか言ったか?」

 ため息にまじって、声が聞こえた気がしたんだが、聞いてみると、わずかに緩んだ笑みを浮かべたコウスケが、こちらを見た。

「俺も、覚悟だけは決めときますって言ったんすよ」

 いままで声に含まれていた不安感は、もう感じなかった。

 女性陣が覚悟を持って、想いを込めて戦場に立とうってのに、俺たちが不安気なんじゃ、格好つかないもんな。

 さて、そろそろ時間か。

「コウスケ、とりあえず作戦通り動くぞ」

「とりあえず?」

「ああ。現状、海ほたるにどれだけの戦力が集まってるのかは正直わからん。だから、無人機を盾にしつつ、隠れながら行くのが無理だとわかったら、ある程度作戦は無視する必要がある」

「うへぇ……」

 わかりやい反応をするコウスケの頭を小突く。

「頼りにしてんぞ」

「……わかってますよ。大船に乗ったつもりでいてくださいよ」

「俺、それを本当に言った奴を初めて見たわ」

 どうしよう、急に不安になってきた。簡単に堕とされるんじゃないかしら? 特に千種とか千種とか千種に。

 あいつ、整えられた戦場なら、バカみたいなスコア出せるだろうし。周りがフォローしてくれる状況なら、強い。

「できるなら、会わずに終わりたいんだけどなぁ」

 敵対するにしても、俺がするべきなのは千種ではない。

 もっとも、こちらが素直に言ったとして、聞く相手ではないだろうが。面倒だとわかれば、その瞬間に逃げそうなものを。そんなときに限って、思わぬ奇策で切り抜けるような油断ならない相手だ。

「敵に回すとこの上なく面倒だな。仲間なら仲間で面倒だけど!」

 おのれ千種。

 母親はあんなんだし、やはり親子だ。

「自由さん、行きましょうよ」

「だな」

 代表や、その他主力含む多数の生徒を奪われておいて、敵さんがなにもしてないってのはあり得ない。同時に、この状況下で戦線に誰もいないこともなく、残っている代表が戦場にいないこともないだろう。

 この上なう危険な場所に突っ込まないといけないわけか。

「にしても、よく出力兵装まであったな」

 コウスケの持ってきた、箒型の兵装を眺めながら疑問に思っていると、当のコウスケも意外そうに言ってきた。

「それは俺も同じ気持ちですよ。まさか、回収されるときに兵装ごとされるとは思ってもみませんでした」

「ほう。出力兵装ごと持ってこれるのか。ああ、確かにカナリアもマイク持ってたな」

「でしょ? 運がいいのか、これも作戦のうちなのか。あの女の人、怖いっすわ」

 女の人……ヨハネスのことだろうか? まあ、怖いよな。

 なに考えてるのかいまいち読めない笑顔の仮面もだが、自分勝手な言動も多い。いったい、なにを思っているのやら。

 あれで本心が見えてればまだいいんだけど。

 けどまあ、俺の周りだけかもしれないが、あえて言わせてもらうなら。

「女なんて、基本怖い生き物だよ」

「…………いやいやいや、それはないっすよ。女の子ってのは、か弱くて守ってやりたくなる子たちじゃないですか!」

 あり得ない、と手を横に振りながら否定されるが、それこそあり得ない。

「ハッ、この世に弱い女なんているかよ。いるのは強い女と怖い女の二種類だけだ」

「……マジですか?」

「マジだ」

 俺の真剣な表情を見てか、コウスケが一歩、こちらに近づく。

「マジ、なんすね?」

 念を押すように、もう一度聞かれた。

 だが、もちろん俺の答えは変わらない。

「諦めろ、何度聞こうがマジだ」

「なんてこった……」

 膝つくほどの話か、これ?

 第一、俺の周りでは当然のことだから、他の奴らがどうだったかなんて知らないんだけど。

「そうへこむな。そんなことより、もう出るぞ」

 無人機も、気づけばかなりの数が出撃している。

「ここで置いてかれでもしたら、俺らが海ほたるに到着するころには、囮もぜんぶ壊されて、残ってる生徒全員対俺たち二人の構図が成立するわけだが、果たしてへこんでるのと未来に希望を持つの、どっちがいい?」

「もちろん行きますとも」

 今後ん話を持ち出すと、一転。

 急激に立ち直ったコウスケが、出力兵装に跨る。

「さっさと行きましょう、自由さん。乗ってください!」

 東京の出力兵装も、神奈川で作成されるものが多い。これも、そのひとつなのだが。

「実際に乗るのは初めてだな」

 なんせ、神奈川の『デュアル』なんて数えるほどもいないからな。

 制作工程や現場を見てはいても、触れることすらしなかった。

「こっちは初乗りだからな。ぜひとも、いい空の旅を提供してくれよ?」

 冗談交じりに要望を伝えると、得意気な笑みを作ったコウスケがサムズアップしてくる。

 なら、問題ない。

 俺は静かに、兵装の後方に足をかける。

「って、まさか立ち乗りで行くんすか?」

 こちらの行動が読めたのか、呆れた声で聞いてくるが、その通りだ。

「敵の本拠地に乗り込もうってときだぞ。いつ、いかなるときでも対応できるようにしておかねえと」

「はあ……それもそうか。で、自由さんは出力兵装の準備できてるんすよね」

 なにを言っているやら。

「もちろんだ」

「…………どこにも見当たりませんけど?」

「必要ないしな。大事な戦闘で出力兵装を持ってたことなんて、今日まで一度もねえよ」

 昔ならいざ知らず、いまとなっては持つだけ無駄だ。

 仮に俺が武器を持ったとしても、いまより動きが悪くなるだけ。よくなることはないだろう。

「いいから行こうぜ。これ以上遅れると本気で死ぬ」

「りょ、了解!」

 瞬間、奇妙な浮遊感を感じながら、気づくと俺たちは空にいた。

「へぇ。これが普段おまえらが見てる景色か」

「自由さん、飛ぶのは初めてですか?」

「まあな。うん、悪くない」

「呑気っすねぇ」

 表情こそ見えないが、そう言ったコウスケの声音も落ち着いている。いまさら取り乱しもしないか。

 しばらく行けば、海ほたるに着くだろう。そこからは、一歩間違えれば終わりだ。

「確認しておくと、俺たちは残っている生徒たちから見たら、人型の<アンノウン>に映るはずだ。可能な限り、無人機の影に隠れながら進むぞ。万が一、いや。おそらく十中八九発見されることになるだろうが、そのときは全速力で駆け抜けろ」

「見つかるの前提なのは?」

「無人機の影に隠れ続けながら東京まで行くのは無理だ。どこかで独断行動をしないといけなくなる」

「わかりました。そんときは頼んますよ」

 移動はコウスケに一任し、俺は流れ弾、及びこちらへの攻撃を弾くのみ。

 なんて話をしていれば、前方の無人機が破壊されていくのが見えた。

「始まったか」

「あー……あんなところに突っ込みたくはないんすけどね」

「同感だ」

 これが俺たちにまるで関係ないことなら、ぜひとも遠慮したいね。

「さて、なにはともあれ、まずは千種がいるかいないかを見定めないと――ん?」

 横を行く無人機から、甲高い音が響く。

「やべっ! コウスケ、急いで速度上げろ!」

「はい!?」

「いいから!」

 状況を飲み込めていないコウスケを急かし、無人機の影から飛び出させる。

 直後、俺たちの隣を飛行していた無人機が爆発した。

「あっぶねぇ……」

「狙撃、だな」

 まだ海ほたるまでは距離があったはず。すでに戦闘が始まっているとしても、先ほどの位置に正確に撃ち込める腕を持つ奴なんて、一人しかいない。

 確定だ。

 この戦場に、あいつがいる。

「最悪のあいさつだぜ、千種」

 あの野郎、偶然だろうけど俺たちに最も近いところにいた無人機を撃ちやがった。

 それに――。

「コウスケ、何人かの生徒が俺たちに気づいてる。撃ってくる弾はぜんぶ弾くから、気にせず最速で行け!」

「は、早すぎません?」

「文句は千種に言え! ほら、ここで死んだら誰も助けらんないぞ!」

 いるのはほとんどが千葉の生徒。

 『デュアル』はいない、か。けれど狙撃の名手は健在。

 面倒な戦場だな。

「俺も、そろそろ使うか」

 光を手に宿し、<世界>を顕現させる。

 味方であったはずの奴らに向けるのはあまりよろしくないが、許せよ。

 宿る光が伸び、直線上に光の軌跡を描く。

「道、開けてくれ」

 無数に飛んでくる銃弾を、超大型<アンノウン>戦でものにした<世界>の拡張により消し飛ばす。

 よし、千種に話が伝わる前に突破しよう。

 そう、コウスケに伝えようとしたとき。

 一機の無人機の攻撃が海ほたるを直撃し、壁が崩れ落ちる。そして――。

 その直下にいた壱弥へと降りかかった。

「なっ!?」

「朱雀さん!」

 俺とコウスケの声が重なる。

 まずい、あいつ気づいてないのか!? ってより、俯いたまま、どこも見ようとしてないじゃねえか!

「チックショウ!」

 斬々との戦いで見せた、光の剣を!

 光の輝きが強さを増し、膨張を始める。長さは徐々に伸びていき、やがて一振りの巨大な剣へと変貌を遂げた。

「どうせへこたれてんだろ、くそったれ! いつまでも眠ってんじゃねえぞ壱弥ァッ!」

 カナリアがこっちにいることから、なんとなく想像はつく。だがダメだ。おまえがそんなんじゃ、困るんだよ!

 バカの上に降ってくる瓦礫に向け剣を振り、消し飛ばす。

「ナイスです、自由さん!」

 前からなんか言われるが、こっちはそれどころではない。

「言ってろ! これで俺たちの存在は全員にバレたはずだ。来るぞ、捻くれ野郎と独断専行上等娘が」

 なんせ、この場じゃ俺たちだけが姿の違う、奇妙な<アンノウン>だからな。

 明日葉は嬉々として向かってくるだろうし、そのサポートに千種が入ってくるのは当然。

 考えうる限り、最悪のパターンが現実になったと言える。

「こっから先は、すんなり行けなそうだねぇ」

 けど、俺も止まってはいられない。なんせ、このあとまだ、最強の相手もしないといけないんだ。むしろ、そっちが本命なんだから。

「おまえらと遊んでる時間はないぞ、千種、明日葉」

 悪いけど、強引に突破させてもらう。

 本気で俺の相手をできるのは、知る限り三人だけだ。もちろん殺しはしないが、怪我のひとつやふたつは覚悟してくれ……。

「なんだかんだ、俺もわがままなんだ。守りたいものと、守り方は違うんでな」

 久々に、強引に動かしてもらおうか。そんで、倒させてもらうぜ、千葉の代表!

 ――この戦場を、壊した上でな。



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その再開は開幕

みなさん、お久しぶりです、alnasです。
他の作品を書いてたら結構日にちが経ってしまいました。ですが、こうしてまた更新できました!
そろそろ姫さんたちとの平和な日々を書きたい……どこかで番外編挟もうかしら? なんて思ったりもしています。
では、どうぞ!


 よくないことが起きた。

 さっきから、無人機の破壊されるスピードが落ちてきてる。

 間違いようもない。

 この場の最大戦力が、殲滅を止めてでもするべきことを見つけたのだ。

「コウスケ、こっからは忙しなくなる。覚悟しとけよ」

「わかってますよ!」

 だが、俺もコウスケも、重々承知している。

 最早、誰が相手だろうと止まることは許されない。ここでの戦闘が長引けば、本格的に厳しい。

「お兄、見つけた!」

 などと思っていれば、海上を一人の少女が駆けてくる。

 過ごした時間は多くないが、それでも、見間違えるわけがない。

「コウスケ、最大速で駆け抜けろ」

「りょうか――っと!?」

 動き出した途端、急停止するように動きが止まる。

「逃がすわけないっしょ」

「……だよな」

 こちらに銃口を向けた明日葉が、笑みを浮かべながら発砲してきたのだ。コウスケが止めてなければ、落ちてたかもな。

 やっぱ、飛び道具相手はやりづらい。おまけに、今回の相手は正真正銘、人間だ。本気でやるわけにはいかない。

 だからこそ、強引に行かせてもらう!

「ど、どうします?」

「そう慌てんなよ。代表一人ならなんとかなる。動き回って撹乱させてやろうぜ」

「できますかね?」

「さぁねぇ……空は俺の管轄外なんで、なんとも言えん」

 ぶっちゃけ、コウスケ頼みだ。

 こいつの判断に託すし、頼る他ない。俺にも空を駆けるような力があればいいんだが、生憎と、夢から持って起きたのは他者を束ね繋げる<世界>のみ。『デュアル』にはなれなかったわけだ。

「たまに、羨ましく思うよ」

「はい?」

「いや、なんでもない。空中戦は任せる」

「うっす! 東京上位の力、見せてやりますよ!」

 聞こえていたのか、いないのか。力強く頷くコウスケを尻目に、明日葉を確認する。銃口は依然、こちらに向いたまま。周りの無人機にはまるで興味がなさげだ。その目には、強い意志が窺える。

「みゆちんも、カナちゃんもいなくなって……あんたたち、絶対に許さないから」

 普段からは考えもよらない言葉が彼女の口から漏れた。

 他者を思いやる気持ち。

 独断行動が多いため、そうした想いは人より薄いのかと思っていたんだが、いやはや。まさか、誰かのために戦場に立ってこようとは……手強いな。

 それに、撃ってこない千種の動向も気になる。どうにかして一発撃たせて、居場所を割らないと。

「さて、どっちからがいいかな」

 明日葉か、千種か。

 いや――明日葉の相手をしてればいずれ千種が入ってくるか。

 決まりだ。

「コウスケ、行くぞ!」

「了解!」

 今度は邪魔させねぇ!

 明日葉の、周りにいる生徒から放たれるすべての弾丸に向け、腕を振る。

 <世界>には<世界>を。

 宿る光が、円形に広がりすべての弾を呑み込む。

「すっげ……」

「何事も応用さ。自分の<世界>だって、観察してればわかることがある」

 うちの次席の言葉は偉大だねぇ。っと、んなことしてる場合じゃねえや。弾丸潰したところで、生徒は健在なんだから。

 けど、いい隙にはなった!

 光ってのは目くらましにもなるからな。

「ん? 光が、効いてる?」

 ――<世界>は歪んで見えてないってことか? 俺たちは<アンノウン>に見えてるってのに?

 引っかかるな。

「最高っすわ!」

 考えごとをしていると、前から大きな声が聞こえて来る。

 いつの間にかサングラスをつけていたコウスケは、テンションが上がってますと言わんばかりに速度を上げて空を駆けていく。

 うん、おまえも大概アホだな。間違いない。

「お兄、そっち行った! 絶対逃がさないで!」

 だが、緊張感が一気に戻ってきた。

 明日葉の奴、厄介な指示をしてくれたな!

 だが、おかげで位置が特定できるってものだ。けど弾けないと意味ないんだよな。あいつの弾なんて目視で見切れるかしら。

 ここでコウスケに避けろと言ったところで、千種は確実に当ててくる。

 できるのは、撃ってきた弾を捌く程度。

「やっと狙撃手を相手取る恐怖がわかってきたな」

 こりゃ明日葉も心強いわけだ。

「コウスケ、前だけ見てろ。そんで、全力で進め。あとは――俺がどうにかしてやる」

「マジっすか……?」

 振り向き、後ろにいる俺を見てくるコウスケ。

「マジだ。ほれ、前向いてろ」

 じゃないと事故る。

「ったく、自由さんの無茶には付き合いきれないっすよ」

「そう言うなよ。まだまだ付き合ってもらうから」

「……了解!」

 俺のチームに欲しくなる程の常識人だな、コウスケは。あと、話がわかる。はあ、うちのチームにもこいつみたいのがいればなぁ……。

 ため息をついた直後、視界の端でなにかが光った。

「――っ!?」

 半ば反射的に動いた手は、<世界>を顕現させ、俺の眼前まで迫っていた弾丸をかろうじて消し去った。

「なっ……」

 声が出なかった。いや、出せなかった。

 いまのは、一歩間違えば詰んでた……寒気が止まらない……まだ、心臓が早鐘のように鳴り止まない。

「自由さん!?」

「……ああ、だいじょうぶ…………傷ひとつ負ってないよ」

 これを平然と弾いてた斬々の神経はどうなってんだって話だ。確か、掴み取ってたよな、あいつ。化け物はこれだから。

「心底驚いたけど、おかげで大体の居場所は掴めた」

 できれば、ここで追ってこれない程度にはしておきたいところだが……。

 迷っていると、せっかくの機会を見失う。後ろには、いまも明日葉が俺たちを追って来ている。前には、冷静にこちらを狙う千種。

 これでも傷つけないように頑張ったつもりだったが。

「許せ、おまえら」

 ひときわ大きな輝きを放つ手を海ほたるに向ける。あそこには、まだ多くの生徒が、千種が、壱弥いる。当然だ、まだ無人機は残っているんだから。だからこそ、ひとつに固まってくれている。

 少しでいい。決定的な隙が作れるのなら!

 行動に移す瞬間、遠くにいるはずの千種と、目が合った気がした。まさかな。

 右手を引き絞り、海ほたるへと一気に伸ばす。投擲するように、鋭く早く、撃ち込む!

 イメージ通り、光は俺の手から離れ、一発の弾となって飛んでいく。

「重ねてすまん。弾丸ってより、飛ぶ斬撃になったわ」

 直後、海ほたるを真横に一線、光が通り抜けた。同時に、俺の顔の真横を、一筋の光が通り抜けていく。いや、光なんかじゃない。あれ、弾丸か!

 鋭い痛みを感じたと思うと、頬から血が流れ出した。

「千種……おまえ、やっぱり凄いよ」

 途端、海ほたるの半分が景観からズレる。そのまま、轟音を立てながら崩れていく。

「自由さん!?」

「安心しろ、コウスケ。人を狙った攻撃じゃない。千種も壱弥も、あの瓦礫に埋もれたりはしないさ。ちょとした時間稼ぎで済む……はずだ」

「いまの間はなんですか!」

「うるさい、知るか! 俺だって心配には心配なんだよ! 助けたかったらとっとと進め!」

 これじゃ完全に<アンノウン>だぜ、俺ら。

 防衛拠点潰しに来たように映ったろうな……とりあえずの足止めになればいいが。

「お兄!」

 後方から、叫び声が聞こえる。

 明日葉……。

「こいつらァッ!」

 怒気と殺気の込もった眼。だが、何事かを話しているところを見ると、やはり千種は無事らしい。なによりだ。それさえわかれば、もうこの場所に用はない。

 そう、用はなかった。

「これ以上邪魔、しないでくれ」

 背後に向け、思い切り腕を振り抜く。

「チッ!」

 明日葉が、仕掛けてさえこなければ、このまま逃げるように東京に向かうはずだった。

 跳んできた彼女は、寸前で俺の攻撃を避けると、綺麗に海に着地した。

 殺気は1ミリも緩んでないものの、顔には安堵の表情を浮かべている。あとは、俺たちを倒すだけって感じか。

「しゃーなしか」

 ちょいと心苦しいが、目的のために手段は選べない。

「コウスケ――」

 どうせ、明日葉たちには聞こえない。

 この先の作戦を伝えると、

「マジっすか!?」

「おまえ、マジっすかしか言わねえな。なんなの、それで会話成立すると思ってるの?」

「成立しないんすか?」

 そこで驚くなよ成立しないよおまえだけだよ成立してると思ってるの。と、内心では多くの言葉が浮かぶが、そのすべてを飲み込む。

「おまえ……まあ、いいけどさ。作戦は伝えたからな?」

「お好きにどうぞ」

 なら、行きますか。一度っきりだが、付き合ってやろうじゃないの。

「明日葉、こっからは本気でおまえの相手をしてやるよ!」

 聞こえないかもしれないが、こういうのは雰囲気も大事だ。いまから戦ってやろうっていう姿を見せないとな。

「よっと」

 コウスケの乗る出力兵装から飛び降り、直下にいる明日葉へと向かっていく。

 タイミング、タイミング。ミスれば死ぬぞ、俺。

「はっ、一騎打ちとか、上等じゃん」

 舌なめずりをしつつ、明日葉はしっかりと俺に照準を合わせてくる。

 俺も、負けてはいられない!

 極光を伴い、彼女との距離が詰まるのを待つ。

「お兄の仇!」

「まだ死んでないよね!?」

 こんなときだってのに、お兄ちゃんの扱い雑すぎだろ!

 放たれる弾丸を、的確に弾いていく。

 そして――。

「お遊びもここまでだ、明日葉!」

 弾幕を掻い潜り、海面まで僅かとなったとき。

 <世界>のよる光を、力任せに海へと叩きつける!

「……っ、この――へ!?」

 自分に直撃するものと思い、防御しようとしたのだろう。間抜けな声を出した明日葉は、しかし。次の瞬間に海が荒れたのを察し、すぐさま後退の姿勢を見せた。

 正解だ。

 大きく水しぶきが上がり、俺と明日葉を水の壁が阻む。

「自由さん!」

「ナイスタイミング!」

 あわや、海に体を沈めそうになったところ、低空飛行してきたコウスケが俺をキャッチ。すぐさま出力兵装の後方へと回る。

「このまま一気にいくぞ!」

「任せてくださいよ!」

 チラリと後方を確認すると、ポカーンとしていた顔を一転。激怒したように顔を赤くした明日葉が何事かを叫びながら地団駄を踏んでいた。

 バカ正直に相手してられるか。おまえはさっさと千種の方に行け。

 元より、俺たちの作戦に各都市の代表と本気でやりあう気はないのだ。要するに、明日葉とは一騎打ちをする気になった、と思わせれば良かった。俺に集中することにより、他の動きを視界に捉えさせるのも制限できるからな。

「あーあ、こりゃ救い出してからが大変だな。なあ、コウスケ」

「にしては、嬉しそうっすけど?」

「そうか? まあ、そうかもな。だって、あいつらとバカやれる日が待ってるんだぜ?」

「それは、最高ですね!」

 時間は食ったが、間に合うだろ。このまま東京まで、最高速で行ってくれるはずだ。千種も、壱弥も、明日葉だって。誰一人、大怪我は負わせてないはず。こっちもそれは同じだ。

 最低限――海ほたるは半壊したが――の被害で切り抜けれた。

「向こうはどうなってるかな?」

「そう簡単にはいかないと思いますけど」

「だよな。コウスケ、おまえは東京に着いたらすぐさまカナリアのフォローに回れ」

「いいんすか?」

 いいもなにもない。第一、これは俺の希望だ。

「おまえ、入ってこれるの? それに、やり合いたいって思えるか?」

 訊くと、首を左右に振られた。全力で。

 うん、全うな判断だな。

「だろ? だから、カナリアの方に行け。こっちは俺が止めとく」

「わかりました、お願いしますよ?」

「ああ。今回は初めて勝ちにいこうかな、とか思ってるんでね」

 千種や明日葉との戦闘で怪我しなくてよかった。下手打ってやられてたらこれからがきついところだったからな。

 さて、東京だ。

 すでに空は赤く染まり、大小多くの無人機が飛んでいる。もっとも数が多いのは、カナリアを捕縛したときの小型機。

 地面には、何十機もの小型機が突き刺さっていた。

「始まってたか。コウスケ、ありがとな」

「はい?」

「ここまででいいよ。おまえは小型機に混じってカナリアのところまで行け」

「でも――」

「いいよ。危ない中、来てくれて助かった。こっからは余波とかもあるし、どうなるか想像つかねえからさ、行ってくれ」

 相手取るのは実に2年ぶり。俺自体、どうなってるかわからん。

 そこにコウスケまで連れてけないし、なにかの拍子に運び途中にやられるかもしれない。

「行け、コウスケ」

「……わかりました。あと、頼んますよ!」

「おう、任せときな!」

 適当なビルの上に下ろしてもらい、コウスケと別れる。

 眼下を見下ろすと、まだ何人もの生徒が無人機と戦っていた。その中の一人。

 制服の上に外套を纏った少女。二つに括られた色素の薄い髪をなびかせながら、無人機を次々と破壊していく。

 神奈川第一位、都市首席、関東圏の個人ランキング一位。

「久々に会えたな、姫さん」

 何日ぶりだろうか? やっと会えた姫さんの姿を視界に収めながら、それでもなお、気合を入れ直す。

 今日、最大最強の敵に会ったからだ。

 そして、俺は屋上から一歩を踏み出し、空中を落下していく。

 命気操作できなかったら、これだけで致命傷だな。なんて考えながら、轟音を響かせながら着地を果たした。

 その、目の前には。

 狙ってか偶然か、銀色の少女が立っていた。

 降り立つと、少女は敵意を剥き出しにして構える。

 ああ、やっぱり敵だよな、俺は。でも、いいんだ。前のように笑ってはいられない。終われない夢の中にいたところで、掴めるものはひとつもない。

 楽しくて、平和を保っていた偽物の世界に浸るくらいなら。

「俺は今日も世界を救うよ、姫さん。そのために、あんたは俺が倒す――天河舞姫!」

 決意するように、構えた少女に向け言葉にする。

 ずっと隣にあった、少女の笑顔を取り戻すために。




やっと出てきたよ姫さん。
はてさて、次からどうなるやら……代表たちとの直接対決しっかり書けよって思った方、申し訳ない。流す形になってしまいましたわ。
まあ、これからですからね!
では、また次回。


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番外編 冬がきた

どうもみなさん、alnasです。
ここ数話は癒しもヒメニウムもなかったので、番外編を挟みました。
たぶん2話か3話は続きます。
時系列的には3都市が協力する前です。
では、どうぞ!


 どれだけ平穏だろうと、危機的状況に陥ろうと、季節は過ぎていくものらしい。

 普段から戦場に身を置いている奴らも、奥で引きこもっている奴も同様に、日々は進む。

 屋上から都市内を眺めていると、大勢の生徒が海へ向け駆けていく。

 彼らが向かう方向を確認すれば、群れをなした<アンノウン>が迫っていた。ここ、防衛都市神奈川に配属されている俺も、本来なら奴らとの戦闘のため、前線に出るべきなのだろう。

 だが、必要ない。

 踵を返し、屋内へと戻り始める。

 それとは逆に、猛スピードで海へと進む影がひとつ。僅かに見えたその顔は、余裕の笑みと、戦闘への意志が浮かんでいた。

「うん、本格的に必要ない」

 うちの最大戦力たる彼女がいるのなら。

 彼女を支える四天王が続くのなら。

 やはりその戦場に、俺の力は必要ない。

「冷えてきたな……」

 季節は夏を越え、秋も終わり、本格的な冬を迎えようとしている。

 この季節、海風にあたりながら、水を被りながらの戦闘はさぞ辛いだろう。体は冷えるし、体力は消耗するし。いいことなんてひとつもない。

 で、あるのなら。

「俺のやることはひとつかねぇ」

 戦いもせず、援護もしない。状況把握はしても、指示は出さない。

 よし、これでこそ俺だ。彼女が暴走しない限り、俺の平穏は守られる。近くには彼女を最もよく知り、同時に、最も信頼されている相棒もいることだし、雑魚相手に心配することなどひとつたりともないだろう。

 海の方から聞こえる戦闘音を聞き流しながら、俺は厨房へと向かった。

 

 

 

 厨房といっても、ここは食堂ではない。

 俺専用に作られた、執務室のすぐ隣にある部屋だ。ちなみに、執務室とは中で繋がっている。入る場所が違うだけで、入ったら一室なのだから、もう扉もひとつでいいと思う。

 形式上の問題なのか、変態どもが進言したのか……どちらにせよ、俺には知り得ないことだな。

 全員戦闘に出払っているはずなのに、どうして中に入ってみれば明かりがついたままなのか。ったく、誰か消してけよな。

「もっとも、俺が入ってきたからついてていいんだが」

 さて、この部屋は常日頃から使用されるから食材は暇があれば補充してるし、そのあたりは問題ない。

 寒さに震えて帰ってくるような奴はいないだろうが、それでも寒いものは寒いだろう。

 どういうわけか執務室に設置されたコタツの電源を入れておく。

「あとは鍋でも作っとけばいいか」

 ここまで準備しとけば文句も出まい。

 いや、戦えとかいう文句は確実に出るだろうが、被害の出そうにない、余裕で敵を屠れる戦力がいる中で頑張るほど無駄なことはない。

 そんなことはせず、戦う奴らの帰りを待っている方が有意義だ。俺にできることは、正面切って戦うことじゃないんだから。

 他の都市との関係もいいわけではなく、少し前は東京からちょっかいをかけられたりもした。最近頑張ったのはそのときくらいではなかろうか。

 姫さんが絡んでなければまったく動く気はなかったんだが。

「っと、そうだった、そうだった。コタツあんならこいつを置いとかないわけにはいかねえよな」

 みかんをコタツの真ん中に置き、再び作業に戻る。

 先ほど大きな音が響いたので、もうじき戦闘も終わるだろう。

 そうなれば、うるさいのと変態と変態とあと変態なんかと隠れ変態なんかが帰ってくるのか……ひどいトップ陣だな。

 神奈川は正直、上の席のすべてを女子生徒がとってしまっている。

 別に、男子生徒たちが弱いわけではないが、正直、彼女たちと比べたら差がありすぎる。先日配属された奴も、久々に強い男子が入ってきたかと思えば女子だったしな。

「肩身が狭いねぇ……」

 執務室に帰ってくるのも女子5人だしな。

 俺の居場所はここじゃない気がする。というか、そもそも女子の空間に俺がいるのを疑問に思ってもらいたい。

「たっだいま〜」

 などと考えていると、扉が盛大に開かれた。

 執務室のではない。厨房のドアがだ。

「おい、仮にも出入り口をわけたのはおまえたちだろうが。そこはせめて執務室の方から入ってこいよ」

「えー、いいじゃんみゆちん! どうせ中では一緒のスペースを共有するんだから」

「俺と姫さんがよくても、他がオッケーしてないの。わかる?」

 聞くと、素直な笑顔でわからないと返ってきた。

 どうしてくれよう、この笑顔。

「まったく。騒がしい奴だ」

 姫さんのあとに続いて入ってきたのは、ほたるだ。

「いや、おまえもなにさらっとこっちから入ってきてんの? 執務室のドアはあっちですよこの野郎」

「うるさい。ヒメがこっちを通ったんだ。ならば、それに倣うのが常識だろ」

「えー……」

 だったら新しくドア作んなよ。厨房のスペース組んだときに俺専用の区切りドア作るように言ったのおまえと残りの変態二人じゃん……。

 などと言いたくなったが、ほたるのあともぞろぞろと、結局全員が入ってきたのでもう諦めた。

「おまえら好き勝手すぎるわ」

 疲れた……もう疲れた……なんなの、こいつら。

「あれ? みゆちん、なに作ってるの?」

 姫さんが目ざとく調理中の食材を発見する。

「鍋だ。おまえらが寒空の下戦いに出向いてたからな。せめて温かいもんでも作ってやろうと思ってさ」

「そっか。ありがとね、みゆちん。それはそれとして」

「なんだ?」

「どうして出てこないのかなと思って。私たちが戦ってるってわかってたのに、どうして来てくれなかったの?」

 拗ねたような、残念がるような、怒っているような。いくつもの感情を見せる姫さん。

 このどこに、最強の貫禄を見ろというのやら。

「俺が出張る必要性を感じなかったからだ。四天王は全員前に出てくわ、うちの頭は最前線で暴れるわで、俺が行ったところで過剰だろ? なら、こうして疲れてきた戦士のために仕える方が適任だ」

 仕える相手を間違えていることは口にしない方がいいだろう。

 この面子につきあっていたら、一流の執事だろうと間違いなく数日で胃に穴が空く。

 もっと平凡で平和な相手の世話でもしていたいところだ。チームメイト? 論外にも程がある。ほたるクラスがひしめいてる部屋で平和もクソもあるか。

「でもみゆちん、私たちについてきても平気だし、普通に戦えるよね?」

「どうかな。対人戦の方は得意だけど、どちらにせよ姫さんには劣る」

「そうかな? そうでもないと思うけど」

 あんたに適うかっての。

「ほら、いいからコタツ入ってろ。あ、変態どもは入るなら大人しくしてろよ」

「差別ですよくないですなにもしませんよ」

「まったくだね。ちょっと中に顔を入れるだけださ」

 柘榴、銀呼……これだから変態は。

「おまえらの言葉は基本アウトだからな?」

「なんのことだかわかりません」

「特になにもないと思うけど? やっていることは生きてくのに必要なことだよ」

 心まで変態だったか。

 よし、突っ込むのはやめておこう。

 これ以上はムダと判断し、会話を終える。

「よし、もういいだろ」

「あ、持って行きますね」

「おう、頼むよ」

 唯一常識人に見える青生に食器類を運んでもらい、俺は鍋を持っていく。

「ほい、今日もお疲れさん。5人で食え」

「うん、ありがとう!」

「器用なものだな」

 姫さんとほたるからそれぞれの反応があった。他の二人はいろいろ忙しそうだ。なにがとは言わないが。

 5人がコタツで鍋を囲っているのを眺めながら、コーヒーを淹れる。

 これは俺用であり、彼女たちの分は用意していない。代わりに、冷蔵庫の中にはケーキがあるのだが、まあ、いま出すこともないだろう。もう少しゆっくりしてからでも遅くない。

「みゆちんは食べないの?」

 姫さんが不思議そうに話しかけてくる。

「食べない。昼食ならさっき食った」

「コタツには入らないの?」

「入らない。女子の空間に混ざって入れるか」

「そっか」

 彼女の問いに答えていくと、姫さんも納得したようで。

 と思っていたんだがなぁ。

「そこだと寒いよ。隣座ろ? ね?」

 ね? ではない。拒否したはずなのに誘ってくるとは何事か。

「みーゆーちーんー」

 答えないでいると、腕を引かれた。ああ、まずい。姫さんは人を放っておかない。こうなったら付き合わなければ頑固になる。面倒な……。

「チッ、姫さんに誘われてるのに喜ばないなんて誘われてるだけでも幸福なことですよ」

「なぜ彼なんだ姫どの……」

「あ、あはは……」

「……」

 変態どもも殺気向けるのやめようか。特にほたるさんは無言で出力兵装に手をかけるの危なすぎませんかね。

 その目には、ヒメを困らせるな、と書いてある。他二人は純粋な殺気しかないんですけどね!

 行っても地獄、行かなくても地獄。

「俺にどうしろと……」

「みゆちん?」

 けれど、周りがどうあれ俺は変わらないのだろう。

 目の前にある少女が願うのであれば、最後は彼女に従って動くのだろう。

 だが、しかし!

「姫さん、冷蔵庫にケーキあるから取ってこい」

「え? ホント!?」

 俺から離れ、すぐさま冷蔵庫に駆けていく姫さん。

 すぐに白い箱を持って戻って来る。

「みゆちん、みゆちん! 食べていい?」

「いいよ。あ、ちょっと待て。切り分けてやるから」

「はーい!」

 素直に応じる姫さんから箱を受け取り、中のケーキを五つに切り分けようと――。

「ねえ、みゆちん。それ、いくつに切り分けるつもり?」

 したところで姫さんが聞いてきた。

「五つだけど?」

「みゆちんのぶんは?」

 あー……姫さん、そういうの嫌うもんなぁ。

「おまえらだけで食った方が量もあるぞ?」

「量はいいから、みゆちんも一緒に食べよう?」

 ケーキを切ろうとする手を掴まれ、待ったをかけられる。

 自分たちだけで食えばいいものを。それでも、彼女はこちらのことなど一切を無視して俺を引っ張ろうとする。一人にさせまいとする。孤独から引き上げようとしてくる。

 結局、こうした姫さんの願いを、俺は断れない。

 策を練ろうと、足掻こうと。

 最後には姫さんの味方であることを選ぶのだ。

「…………わかったよ」

「――うん!」

 ケーキを六等分に切り分けていく。

「ほら、持ってきな」

 姫さんに皿を運んでもらう。

 よし、俺もさっきまで座ってた席に……。

「みゆちん、こっちこっち」

 座るよりも早く、姫さんが俺の手を握り、コタツへと連れていく。

 ご丁寧に、人のコーヒーとケーキをコタツに運び終えてだ。

 おい、なぜ姫さんの隣に置いてある? そこ、一番殺気が集まるところなんですけど?

「楽しいね、みゆちん」

「なんのことやら。わからんねぇ」

 窓の外では雪が降り始め、本格的に気温が下がっていく。

「寒いな」

「寒くないよ」

「は? 寒いだろ」

「寒くない。みんなも、ほたるちゃんや、みゆちんが隣にいるもん」

「――……そうかよ」

 ったく、敵わないな。

 しょうがないから、今日はこのまま従ってやるか。

 姫さんに手を引かれ、みんなとの談笑へと俺も混ざっていく。

 今年の冬も、うるさくなりそうだ。

 



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救ってね

どうもみなさんalnasです。
今回も番外編?ですよ。
次回からはまた本編に戻りますけどね!
原作基準ならまだ5話終わった辺りですからね。話的にもやっと折り返し間近といったところでしょうか?
とりあえず、どうぞ!


 防衛都市として機能し、また、<アンノウン>との戦闘を続けている俺たちだが、なにも毎日のように敵が押し寄せてくるわけじゃない。

 むしろ、警戒しているだけの日々の方が割合的には多いだろう。

 これが一般生徒であれば、鍛錬に明け暮れることも、出力兵装の手入れ、店の営業とやれることが多いだろうに。

 残念ながら、俺個人の出力兵装はないし、店を営業しているわけでもない。鍛錬もなぁ……競ってた相手はいるっちゃいるが、いま戦いを挑もうものなら、ものの数秒で倒されるだろう。

 ようするに、暇なのだ。

「俺ってこんなに暇してるような人間だっけ?」

 自然と、そんな疑問が浮かび上がる。

「え? みゆちん暇人なの?」

 答えてくれたのは、隣に座る少女。誰かなど確認するまでもなく、姫さんだ。

「やりたいことはないし、やることも特にないから暇人かもしれん。だが、おまえの世話はしないといけないわけで」

「うん、ありがとね!」

 おっかしいなぁ……素直にお礼言われたんですけど? 失礼なこと言うなーとか文句言われてもおかしくないよ?

「やっぱり姫さんって変人だわ」

「ひどい!」

「ああ、そこには反応するのか。ほれ、これでも食って落ち着け」

 皮を剥き終えたみかんを小さな手の平に乗せてやると、そのうちの一房を口に運ぶ。うむ、餌付けしとけばなんとかなりそうだ。

 先日も鍋やケーキで釣れたしな。やはり食は偉大だ。

 にしても。

「なんでこうなったかんだか……」

「なにが?」

 いつも周りに人がいるためだろうか? 姫さんはなにも疑問に思っていないらしい。

「おまえのお世話でございますよ。俺が隣にいることをちょっとは不思議に思わないのか?」

「だってみゆちんはいつも隣にいてくれるし?」

「質問に疑問で返してくるな」

 額を小突いてやると、奇妙な呻き声を上げながら後ろへと倒れていった。

 小動物のような動作だが、その実が鬼であることは知っているのだが、どうにも戦闘時以外の彼女は年相応にこどもだ。

 お世話というのも、あながち間違ってはいないだろう。子守と言っても過言ではない。

「みゆちんが変なことを考えている気配!」

 勢いよく上半身を起き上がらせた姫さんがこっちを見る。

 うん、相変わらず鋭い奴だ。

「俺、姫さんの<世界>が精神に作用する系だって聞かされても信じそうだわ」

「ほえ?」

 なんの話? と目が語ってくるが、どうやら自分が鋭いという感覚はないらしい。完全死角からの幾重にも及ぶ攻撃をかわしきる奴の浮かべる表情ではない。

 幼いのか幼くないのか……はっきりして欲しいところだな。

 まあ、ぜんぶまとめて彼女を認めている俺がいるのも事実か……忌々しいことだな。

「本当に忌々しい……俺という存在が」

「みゆちん?」

 幸いにも聞こえなかったのか、はたまた聞こえなかったフリなのか。どちらにしろ、都合がいい。

「なんでもないよ」

 流せることは、流してしまえ。探られる前に、他のことで塗り固めてしまえばいい。

 これまた幸いに、ネタはあるんだから。

「なあ、姫さん」

「ん? なあに、みゆちん」

 たとえば、偉大なる文化の話とかな。

「今度ケーキでも作ろうかと思うんだが、どんなの食いたい?」

 訊いた途端、隣の少女の表情が変わったのがわかった。

 これは……やってしまったかもしれん。どうも、簡単には終わりそうにない。

 あれこれと話しかけてくる少女の声を聞きながら、俺は気づかれないようにひとつため息をついた。

 

 

 

 一通り話終え、そのすべてを聞いた俺は、気づいたら6種類ものケーキを作ることになっていた。

 いやはや、どうしてこうなった……。

「まっ、嬉しそうだしいいか」

 笑顔を見せる姫さんを眺めていたら、もうどうにでもなれとしか思えない。こいつの要求を断れるほどの人間ではないのだから。結局、神奈川の生徒とはそういうものなんだ。

 たまに。

 ごくたまに、姫さんを認めないバカもいるのだが。

 頭ごなしに拒絶し、彼女の勝手な言い分を嫌い、小さな体を、有り余る救済の想いを破壊しようとした大バカ者。そんな奴も、過去にはいたんだ。

 譲れなくて、大っ嫌いで、認められなくて――。

 でも、そいつは最後の最後で彼女を認めたせいか、どうも、それ以降の一切を拒絶できなかったりするわけで。

 姫さんの味方が増えるだけに終わった。

 まぬけな話だ。

「おまえのカリスマ性怖すぎだな」

「急にどうしたの?」

「別に……気にするなよ、アホ娘」

「みゆちんからそうやって呼ばれるの久しぶりかも」

「おまえは相変わらず怒らないな。最初に呼んだときも、平気な顔して対応しやがって」

 過去の呼び名で呼んでやると、否定するでもなく、姫さんは笑っていた。まるで、昔を懐かしむように。

 いまの俺のことを、まるで憎んでいないというように。

「私ね、みゆちんが隣にいて、救われてるよ」

「そうか……」

 きっと、違う。

 隣にいて救われているのは、俺の方だ。

 でも、それを言葉にして伝えるのはなんか癪だ。ついでに、少し言いづらい。

「なら、この先もせいぜい隣にいてやるよ。そんで、おまえが大変なときだけ助けてやる。だからおまえは、世界を救え」

 だから、言えるのは感謝の言葉じゃない。

 戦い続けろという、枷でしかない呪いだけ。ああ、本当に――忌々しい。

 俺はなにをしているのだろう? 俺の意志は、なんであったのだろうか。彼女を戦わせることが望みではなかったはずだ。

「悪い、大袈裟だったな」

「ううん、そんなことないよ。だって、私は世界を救うから」

 笑みはなく、やるべきことを自覚している声音。彼女は決して、弱味を見せない。感じさせない。

 どれだけのことが起きようと。仮に、いつか俺が彼女の目の前で殺されようとも、一瞬後には気丈に振舞ってみせるのだろう。味方を勝利に導くため、平気であり続けるのだろう。

 ならば。

「そうだな。おまえは世界を救え」

「うん、わかってる」

「代わりに、俺はおまえらと、俺の日常くらいは守ってやる」

 言ってやると、姫さんは驚いたように俺へと顔を向けた。

「俺たちが笑って過ごせる世界は、俺がなにがなんでも守ってやるよ。そこまでが――その小さな世界が、俺が守れる最大限」

 俺はせめて、その程度を守るために全力であろうと思う。

 同じ人間が世界を救うと言っているのだ。ならば、俺に同じことができないはずがない。しかも、規模は全然小さいのだ。ならば、全力で挑めばなんとかなる。

「みゆちんは……やっぱり優しいね。でもね、みゆちんの守りたいモノも、私がぜんぶ守るから、だいじょうぶだよ」

 姫さんには笑って誤魔化された、というか話から逃げられた気がしたが、構うものか。

 彼女が好き勝手に世界を救うように、俺もワガママを通して世界を守ろう。

 そのときが来たのなら、俺は自分の<世界>に誓ってことを成そう。

 誰にも伝えられなかった<世界>の本当の力を示してでも、小さな世界を守り抜こう。

 だからせめて、来てほしくないそのときが来てしまってもいいように。全身全霊をかけれるように。いまはただ、戦わずに休んでいよう。

 前線には極力出ず、彼女らの帰りを待っていよう。

 無理をするときが来たのなら、きっとこの程度の休暇では元が取れなくなるから。せめて世界が脅かされるそのときまでは。姫さんが弱音を見せるほどに参ってしまったときまでは。

 ふと、肩になにかが触れる感覚ができる。

 目だけそちらに向けると、目を閉じた姫さんが寄りかかってきていた。

 あれだけ世界を救うと、一人で背負うと言っていた少女が、穏やかな笑みを浮かべながら。

「ねえ、みゆちん」

 本当に眠いのか、声も幾分かおとなしい。元気がないというより、安心しきっているような。

「どうかしたのか?」

「みゆちんは、本当に私たちの世界を守ってくれる?」

「ああ」

「本当?」

「疑り深いな……ちょっとは信用してくれよ」

「んー……してるよ。みゆちんのことはいつだって信じてる」

 肩に頭を乗せてるのは疲れるのか、はたまた気に食わないのか、「う〜」と言いながらはまる場所を探し出す。

「おい、眠いなら布団行けって、執務室にあるわけないか……」

 コタツがあるだけでも意味わからんがな。

 などと思っていたら、姫さんがなだれかかってきた。

「おい、おまえなぁ」

「みゆちん、ありがとね。でも、それでも私は世界を救うよ」

「そうか……」

「だから、みゆちんも世界を救ってね」

 どういう意味だろうか? 問いただそうとしたところ、姫さんはとうとう眠りについてしまった。

 それも、人の膝を枕にして。

「ったく、コタツで寝ると体力奪われるし、風邪引くぞ、アホ娘」

 文句を言ったところで、起きはしない。

 頰を突いたり、頭を撫でてみたが嬉しそうにするばかり。

 もう好きにさせておこう。

 いまはただ。日常に、彼女の温かさを感じられる日々に、浸っていたい。

 いずれ訪れるかもしれない、驚異に立ち向かうために。

 必ず知られることになるだろう、俺の<世界>のために。

 目の前で眠る、小さな少女を、彼女のいる世界を守るために。

 そのときが来るまでは、楽をさせてもらおう。だから――。

「おやすみな、姫さん」

 ――しばらくは、俺の<世界>と共に眠りにつこう。本当の意味で、俺の世界を救わなければならなくなる、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 長い、夢を見た気がする。

 姫さんと対峙した瞬間とも言える時間の中で、彼女と過ごしたある冬の日が思い出された。

『だから、みゆちんも世界を救ってね』

 いまにして考えてみれば、あれは姫さんなりの弱音だったのではないだろうか。

 俺に世界を救えとは決して言わなかった彼女が、一度だけ口にしたあの言葉。

 俺だけが聞いた、姫さんの「救ってね」という一言。「救う」ではなく、「救って」。それがなにを意味していたのか、いまなら少しだけわかるような気がする。

「わかったよ、姫さん」

 俺は一人、姫さんを正面から見据える。

「なあ、知ってるか? 神奈川の生徒が、あんたの頼みを断れないことを。願いを、聞き届けないはずがないことを」

 そして、例にもれず、俺が神奈川の生徒であることを。

 もう、いいだろう。そろそろ、起きないといけない時間だ。それでも、大遅刻だぜ?

「姫さん、おまえの願いはあの日聞いた。安心しろ、必ず叶える」

 でもな。

 視界の先で、他の生徒を優先させて逃がす姫さんを見て、伝わらないと知ってなお、言わずにはいられなかった。

「人に寄りかからないのは、強さじゃないぞ。頼られるばかりが、リーダーじゃない。おまえには、頼っていい仲間がいつだっていてくれたはずだ。自分だけが頑張るのが、そこまで偉いのかよ……」

 壱弥とはまた違う、一人の少女。

 おまえだけが、守りたいわけじゃないのに。

 もうちっと、周りに耳傾けろよ。そんでもって、さっさと世界を救いに行くぞ。

 さあ、姫さん。おまえが世界を救うと言うのなら。あんたは俺が、完膚無きまでに救ってやるよ――。

 



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この季節ならではの任務

どうもみなさんalnasです。
最近「どうもみなさんalnasです」で始まることの多いalnasです。
今回は、クリスマス前ということでそのあたりの日々の番外編です。本編を待ってくれている方、申し訳ない。季節ネタはやらせてください。
時系列ガン無視で書いたので、ありえたかもしれない一幕として見てもらえると有難いです。
では、どうぞ。


「フンフンフーン、フンフンフーン。あ、みゆちん、その飾りは奥に置いてね」

「はいよ」

 姫さんの鼻歌を聞きながら、執務室に星やらボンボンやらの飾りを取り付けていく。

「なあ、本当にやるのか?」

 なんだか面倒になってきて、つい聞いてしまった。

「せっかくなんだから、雰囲気作りも大事だよ。今年はみゆちんも参加するんだし、お手伝いは当然のことでしょ」

「解せぬ……参加表明してないんですけど? 気づいたら強制参加の流れだったんですけど?」

「いいの、いいの。みゆちんがいてくれた方が、私は楽しいよ?」

 俺は怖いです。そう返したかったが、本心で楽しみにしているだろう姫さんの笑顔を見て、言えるわけなかった。

 壁に掛けられたカレンダーに目を向ける。

 今日は12月22日。

 いま、なんの準備をしているかなど一目瞭然だろう。

「ったく、<アンノウン>と争う中でも、そういった文化が残っているとはねぇ」

 愚痴りながらも、赤い帽子を被り、赤い服に身を包んだ白いひげのじいさん人形を天井から吊るす。

 そう。いまは生徒会総出で、クリスマスの準備に取りかかっているのだ。

 なんでも、24、25日はクリスマスパーティーを連日開催するらしい。当初は生徒会メンバーのみのはずだったのだが、気づけば俺も加えられていた。

 そんなわけで、ただいま姫さんと内装に取りかかっているわけで。他のメンバーは買い出しに行っている。

 ほたるや銀呼、柘榴は姫さんと作業がしたかったらしく、意見を曲げないのでじゃんけんでということになった。おかしいな、俺は誰とでも良かったんだが、なぜじゃんけんさせられたのだろう?

 おかげで三人から向けられる視線が殺気レベルを超えていた……。

「あいつらも姫さん離れしないと生きてけないだろうに」

「ん?」

 なんのこと? といつも通りの顔をされる。

「なんでもないよ」

 答えると、ひとつ頷き、また作業に集中しだす。

 パーティーまであと2日あるのだが、明日は準備できないとほたるに言われたので、今日頑張っている。

 なんで明日ではダメなんだろうか?

「姫さん、明日ってなにか重要な案件抱えてたりする?」

「ううん、なにもないよ」

「……そうか。んー……なら、準備って明日でも良かったんじゃねえの?」

「私もそう思ったんだけど、ほたるちゃんたちが明日じゃダメだって反対されちゃって。何事も早いうちに整えておくのがいいことなんだよって言われちゃった」

 わからんでもない。

 けれど、あいつらが姫さんに従わないのはおかしい。

「どういう理由だ?」

 またなにか企んでいるのだろうか? 姫さんには害がないだろうが、俺はよく巻き込まれるからな。この前も雪合戦に連れてかれ、生徒会対俺という勝ち目のないゲームに身を投じさせられた。うん、あれは俺でなくても勝てない。

「戻ったぞ。天羽、ヒメになにもしてないだろうな」

「なにもしねえよ」

 むしろお前らが怖くて近寄りたくないまである。

「おかえり、ほたるちゃん。みゆちんなら、頑張って働いてくれてたよ!」

「そうか……そうだな」

 ちょっとー? わかってはいたけど、態度違いますって、ほたるさん。

「姫殿、帰ってきたよ!」

「姫さん、ちょっとこの衣装合わせを」

 帰ってきて早々、騒がしい変態どもが姫さんへと駆けていく。なんだか赤い服を取り出していたが、まさかあれも買ってきたのか?

「あはは……ちょっと止めてきますね」

 その背中を、しょうがないなぁ、という顔をした青生が追う。久々に死んだな、あいつら。きっと買い物の間もやらかしたんだろう。

「天羽、少しいいか?」

 そんな四天王の力関係を眺めていると、ほたるが話しかけてきた。

「どした? 言っておくが、本当になにもしてないぞ」

「当然だ。そうではなく、明日つきあえ」

「なにに?」

「……ここではまずい。詳細は明日話す。だからいいか、明日は必ず空けておけ」

 まあ、言われなくてもあんたらのおかげで空いてるんですけどね。

「了解。にしても、おまえから手伝えとは珍しいな」

「事が事だからな。本来なら私一人でやるべきなんだが、朝凪たちがうるさくてな」

「あの人たち絡みか? とりあえずはわかった。でもさ、どうせ姫さんもいるんだから、俺みたいなのがいなくてもいいんじゃないの?」

 ほら、<アンノウン>倒すだけなら俺いらないし、他の都市の奴らがいるなら最早俺と千種はいらないだろう。

 だが。

「明日はヒメは連れて行かない。だか貴様もこの話はするな」

「お、おう……」

「よし。なら準備を再開するぞ。しっかり働け」

「…………はいよ」

 まさか、こいつが姫さんを置いていくとはな。正直驚いた。有りえないとまではいかないが、滅多にないことだろう。年に一度あるだろうかレベルじゃないか?

「明日になればわかるか」

 いまは、怒られない程度に動いておこう。

 ちなみに、銀呼と柘榴は青生に正座させられていた。まったく、使えない奴らだ。正座はいいから準備しろや。

「ねえねえ、みゆちん、どう? サンタさん!」

「っと、あぶね……!?」

 背中にわずかな重みと、温かさを感じる。

 おそらく、手加減せずに突っ込まれていたら大型トラックに撥ねられるより酷い有様になっていただろう幸運に感謝を。

「姫さん、人に突っ込むのやめような……俺いま、冷や汗が止まらん…………」

 この部屋でみゆちんと呼ぶのなんて一人しかいないのだから、特定は簡単だ。

「ご、ごめんなさい……でもみゆちん、私、人にぶつかった程度で倒したことないよ?」

「……そうね」

 覚えてないかー、そうかー。会って間もない頃、模擬戦で突撃されてぶっ飛ばされたぞ僕ー。

「みゆちん、なんでそんな温かい目するの?」

「気にするな」

「そっか。それで、どう?」

 ああ、そういやサンタさんとか言ってたな。

 首だけで振り返っていたのでうまく姫さんが見えん……。

「姫さん、ちょっと離れてくれると嬉しい」

「なんで?」

 こら、首回りに手を回すな! やめて姫さん、死んでしまいます! ああ、ほたる待って、これは罠だ。罠なんだ! だから出力兵装に手をかけるなぁっ!

「みゆちんってば、聞いてる?」

「聞いてる! 聞いてるから一度離れて!」

 銀呼、柘榴! おまえらも殺気向けるのやめてください正座してろ!

 これ以上くっつかれてたら殺される! そう思った矢先、姫さんが離れてくれた。

「はい、これでちゃんと見えるよね?」

「あ、ああ……これで死なずに済むな」

「みゆちん?」

 っと、そうだった。あまりに死に近づきすぎて忘れるところだったぜ……。

 解放されたので振り返ってみれば、赤いサンタ服に身を包んだ姫さんの姿が目の前にあった。どういう理由か、長い髪はひとつにまとめられ、ポニーテールになるよう括られていた。

「……」

「ねえ、みゆちん?」

「…………ハッ!? いや、なんでもないぞ。うん、なんでもない。決してかわいいとか思ってないから!」

「ヒメ、あのね」

 勢いで否定してしまったが、ほたるが何事かを姫さんに伝えている。

「ホント?」

「うん、本当だよ。天羽はヒメに見惚れていて、可愛かったんだよ」

「そっかぁ!」

 おのれ……いや、確かに見惚れていましたけどね? そういうことは言わなくていいんだよ!

「ほら、さっさと続きやるぞ!」

「待ってもらいましょうか」

「待ちなよ」

 この空気をどうにかしようと思ったものの、両肩を掴まれ、部屋の外に連行される。

 銀呼に、柘榴か……どうやら、俺の苦労はまだ終わらないらしい……。

「お手柔らかに、二人とも」

「「無理」」

 ですよねー……。

 

 

 

 

 酷いまでのいじめにあった翌日。

 早朝から車両に乗り込み、埼玉に向かう。

「で、結局なにしに行くんだ、俺ら」

「管理局側からの命令……もといお願いと言うべきか。ある作戦を決行しなければいけなくなった」

 作戦、ねぇ。

「だったらなおさら戦力は多いほうがいいんじゃねえの? 百歩譲って俺が戦力になるとしても、姫さん以上の戦力はないだろ」

「今回の作戦対象がヒメだとしてもか?」

「はい?」

 これはまた、おかしな作戦だ。

「ついでに言えば、対象は3名いる」

「誰と誰だ?」

「千種明日葉、宇多良カナリア。これにヒメを加えた3名だ」

 なんだろう、嫌な予感しかしない。

「その作戦、他都市も参加だよな?」

「無論だ。千種霞、朱雀壱弥が強制参加だ。もちろん、おまえもな」

 なにさせられるんだよ……強制参加とか怖いって。

 なんて説明を受けている間に着いちゃったし。

「行くぞ」

「こうなりゃやるしかないな。対象があの3人なら危険もないだろうし」

「……そうだな。そうなればいいが」

「えー……」

 危険あんの? なにしたら危険にな――雪合戦で殺されかけたばかりだったな。十分気をつけよう!

 長い階段を登り、会議室に向かう。

「おっ、天羽も来てたのか」

 途中で出くわしたのは千種だった。

「あれよこれよという間にここまで来ちまったよ」

「そりゃ災難で。で、ここでなにするのか聞いてるのか?」

「いや、まだだ」

「……おたくが一番大変だろうけど、適当に頑張れよ」

 どういう意味だろうか?

 会議室に入ると、既に壱弥が定位置に腰を下ろしていた。

「遅い」

「いや、待ち合わせ時間とか聞いてねえし」

「四位さんが早いんだよ。なんでその早さでランキングも上にいけないわけ?」

「うるさい。見ていろ、いまに俺が一位になる」

 好きにしてくれ。

 ほたると千種も席に向かうみたいだし、俺はお茶でも煎れてくるか。

「おう、来たなおまえたち!」

「みんな、おはよう」

 3人にお茶を出した頃。見慣れた管理局の2人がやって来た。にしても、いつも2人で行動してるよな、あの人たち。

 まずは2人にもお茶かな。

「今日集まってもらったのは他でもない! おまえたち、明日はなんの日か知ってるか?」

「知らん」

「知りません」

「まあ、クリスマスイブだわな」

 求得さんの問いに、壱弥、ほたる、千種の順で答える。

「おい、壱弥……おまえ、仮にも男だろ! それがクリスマスイブを知りませんとはどういう了見だ!?」

「いいじゃないの、ね? それで、4人にはある任務についてもらいたいの」

 求得さんを抑えた愛離さんが、俺たち全員を見てから言う。

「あの、任務ってのは?」

「ええ。対象はもう確認してるわよね?」

「無論だ」

「で、明日はクリスマスイブ。ここまできたら、やることなんてひとつだと思わない?」

 クリスマスイブ。対象が姫さん、明日葉、カナリア。ここに集められた保護者ども。

「なるほど」

 そうか、そうきたか。

「あら、わかったみたいね。そう、今年のクリスマスイブは、4人はそれぞれの都市の首席、次席の子たちにサンタとして、プレゼントを配って欲しいの」

「いいか、おまえら。サンタとしてだからな? もちろん、ばれないよう慎重に慎重を重ねてだぞ。明日、おまえたちにはサンタクロースになってもらう!」

 今年は、忙しくなりそうだな……。

 ちなみに、俺以外の3人も、呆れたような、疲れ切ったような表情をしていた。

 けれど、結局は明日、俺たちはサンタになっているのだろうと確信を持ってしまった……。

 




もちろん続きます。
明日、明後日あたりで頑張って更新できればちょうどいいのではないかと思ってますからね。
更新できるのかって? ……たまには頑張ろう。
サンタ服の姫さんの出番も増やさなくては!
では、また次回。


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俺、明日にはサンタになってるんだ……

 思えば、ここまでバカらしい任務は初めてだ。

 それは俺だけでないようで、千種なんかは露骨に嫌そうである。

「で、これどうすんだよ」

 いまも、机に置かれた企画書――もとい作戦書類を叩いている。

 ほんと、なんでサンタクロース大作戦などというふざけたことをしないといけないのか……。

「これ、女性陣に見つかったら殺されるよな?」

「それな。ほんとそれ。特に明日葉はやばい。確実に殺しにくるな」

「ああ、明日葉は相手が千種なら殺るだろうな。問答無用で撃ってきそうで怖い」

 そもそも、夜に女子の部屋に潜り込まないといけない時点でどうなの、この作戦。うちはほたるがいるから問題ないだろうが、あと二人はどうすんのよ……。

 隣のほたるさんは既に姫さん用のクリスマスプレゼントの案出し始めてるガチ勢だからいいとしても、いや、よくないな。それに付き合うの俺だわ。勘弁してください……。

「なあ、千種」

「なんだ?」

「俺、このクリスマスが終わったら――」

「ストップ。それ以上はやめとけ」

 反射的に止めに来やがった。

 っと、それよりも。

「なあ、ほたる。姫さんのところにはおまえが行くんだよな?」

「……」

「ほたるさーん?」

「…………そうしたいのは山々だが、今回だけは貴様に譲ってやる」

「はい?」

 ちょっと、聞きました奥さん。有りえない。あってはならないことを言われたんですけど。

「ほたる、遠慮しないでいいんだぞ? な?」

 むしろやる気を出してくれ。ここで遠慮とか困るから!

 姫さん大好き人間のおまえがこんな絶好の機会を他の人間に渡すわけがない! お願いだからいつもの変態でいてくれ!

「天羽、今回ばかりは貴様に任す。だが、ヒメの寝顔は見ずに戻ってこい」

「そういうのいいから、頼むから引き受けてください……」

 くそう……どうしてこうなった……。

「いいのかよ。姫さんの寝顔を堪能できるし、なにより姫さんにプレゼント渡せるんだぞ? おまえがやりたくないわけないだろ!」

「ヒメの寝顔なら毎週見ている。問題ない」

 うそお!?

「大変だな、サンタさん」

 優しい声と共に、肩に手を置かれる。

 同士を見つけたような目をしてこちらを見る千種。おい、てめぇ手どけろこの野郎。

「言っておくが、おまえもサンタ役なんだからな、千種」

「俺はほら、他の奴に頼めば」

「驚いた。おまえにそこまでの人望があるとは」

「……すいません見栄はりました」

 ですよねー。

「壱弥はカナリアの部屋なら問題なく入れそうでいいよな」

「あいつら普通に互いの部屋行き来してそうだしな」

 俺の言葉に、千種がのっかる。

 壱弥自体は他の奴らと仲がいいわけではないが、カナリアだけは特別視してるみたいだし?

「勝手なことを言うな二百十三位」

「言ったの天羽なんだけど」

「俺は別にあいつの部屋に入ることはない。あいつが俺の部屋に来る程度だ。無論、今回の作戦に支障はないがな」

「ねえ、俺の話聞く気ないわけ?」

 ないんだろうな。

 にしても、やっぱりカナリアは壱弥の部屋に入ってるのか。でもそれ普通だよね。俺も姫さんが部屋に侵入してくるし、突撃かまして破壊されるなんてザラだ。

「ここにいても意味はない。俺は東京に戻り明日に備える」

「備える? 侵入経路でも組むのか?」

「アホか。あいつが欲しがりそうな物を探すんだ」

 答えると、さっさと会議室を出て行ってしまう壱弥。やる気ありすぎでしょ。

「あれを見習ったらそうだ、千種ンタ」

「変な名前つけるなよ。だいたい、明日葉ちゃんの欲しがりそうな物なんてわからないからなぁ……少し考えてみるか。じゃ、お疲れさん。俺も千葉戻るわ」

「はいよ、お疲れ」

 本当に疲れるのは明日から明後日にかけてなんだろうけどな。

 さて、残ったのは俺とほたるだけか。

「どうする?」

「我々もプレゼント探しだろうな。だが案ずるな。ヒメへのプレゼントなら既に用意済みだ」

「お、おう」

 準備良すぎだろ。どうしてそこで用意済みって言葉が出てくるのさ。

「だが、これとは別にプレゼントを用意したい。天羽、付き合え」

「なんて面倒な。ああ、もうここまできたら最後まで付き合いますけどね。やりますよ、やりますとも」

 俺たちも会議室を後にし、そして神奈川へと戻った。

 

 

 

 神奈川に戻ってからの行動は早かった。

 ほたるが、戻るまでに他の四天王に連絡を取り、姫さんの行動を逐一報告することと、俺たちに鉢合わせないこと。明日の作戦の協力まで取り付けていた。

 もっとも、姫さんが絡んだ時点で彼女たちが手伝わないことはないのだが。

「さて。おまえのプレゼントは置いといて、俺はなにをすればいいんだ?」

「おまえがプレゼントを探せ。私のぶんはあるが、それではひとつしかヒメへのプレゼントがない。だから、おまえがもうひとつ探せ」

「え? なんで?」

「他の都市のサンタは一人。我々は二人。ならば、プレゼントも倍でなければおかしいだろう。他の都市より劣るサンタなど、ヒメにふさわしくない。ヒメには一番のサンタとして立たねばな」

「意味わからん……」

 対抗意識があることくらいしか理解できなかった。

 とりあえず、明日の算段は四天王に任せるとして、俺はプレゼントだけでも選んでおくか。

「天羽、少し打ち合わせをしてくる。プレゼントは任せるぞ」

「ああ、了解」

 ほたるは柘榴との連絡で忙しそうだな。

 あいつらが本気出すと侵入とか楽勝になるからそれはいんだが、危険かどうかの判断なら間違いなく危険なのがいただけない。

「ほどほどにな」

 聞こえていないだろうが、そう声をかけておいた。

 で、俺は選ばないといけない物があるから、そっちに専念だな。そうだな、まずは――。

 

 

 

 結局、その後ほたると合流することはなかった。

 だが、不思議と姫さんと鉢合わせるようなこともなく、無事にプレゼント選びを終えた。無事かどうかは、姫さんの反応を見てみないとなんとも言えないが。

「気づけば24日……イブかよ」

 今日は生徒会メンバーとクリスマスパーティで、夜はそのまま任務か。

 でもパーティーって夜からだしなぁ……まだ時間あるんじゃないの?

 なんて思っていると、千種から連絡が入る。

「なんだ?」

『なあ、結局一人でサンタさんごっこする羽目になってるんだけど、今夜だけでいいから助けてくれない?』

「おまえな……俺、姫さん担当なんだけど?」

『その後でいいから!』

 よくないな、まるでよくない。奴は俺に死ねと言うのか?

「姫さんの後で明日葉の相手までできるわけないだろ。第一、夜中になのにどうやって千葉まで行けと?」

『ぐっ……やっぱ無理か。なあ、天羽。だったらいまのうちから千葉に――』

 それ以上は聞かず、通話を終える。

 頑張れ、千種。おまえが、おまえたちが千種ンタだ。

 ちなみに、続くように壱弥からも連絡があったのだが、あいつの話はカナリアのためにどんなサンタを演じればいいか、ということだった。

 なんだ、サンタを演じるって。壱弥はいったい、今夜なにをするのだろうか。

「あいつ、カナリアが寝ている間にプレゼントを置いてくるなんて器用なこと、できんのかな」

 やばい、ちょっと心配になってきた。

 でもなぁ……見にいくのは面倒だし……。

 こうして悩んでいる間に、俺は夜を迎えるのだった。



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そしてサンタは役目を終える

 日の光は消え、部屋に灯る明かりと、街頭だけが窓の外に映る。

 そんな中、俺たちのいる執務室は多くの色に彩られ、そして、賑やかな音楽がかかっていた。

「それじゃあみんな、今年もこの季節がやってきたよ! 好きなだけ遊んで、好きなだけ騒ごう!」

 姫さんがグラスを掲げると、俺含めた全員が手に持つグラスを掲げ、

「いまここに、クリスマスパーティの開催を宣言する!」

 その合図と共に、「おー!」という声が響き渡った。

 執務室以外、この建物に人がいないからこそできる大騒ぎだな。もっとも、六人しかいないのだが。

 しかも、みんながみんなサンタ服を着てくるときた。いや、これには大いに驚いた。

 聞いてみると、姫さんが着るのだから着ない道理はない、と返されてしまった。やはり姫さん信者の言葉は俺には難しすぎたようだ。

「一番理解できないのは、俺までサンタ服を着せられていることなんだがな……」

 いや、もうサンタ帽子とか邪魔じゃないですかね? 姫さんにつけてて欲しいとか言われたんで外すに外せないのがなんとも。彼女からの要望だからじゃなく、彼女の要望を断ると殺されかねないからである。ここ重要。決して、俺の姫さんに対する意識とかが絡んだわけじゃない。

「みゆちん、かんぱーい!」

 必死に言い訳しているみたいなので、このあたりで思考を止めようとしたとき、横から姫さんがグラスを突き出してきた。

「おう、かんぱい」

 そのグラスに自分のグラスを軽く当てると、姫さんが満足そうに頷いた。

 こうして、クリスマスパーティではしゃぐ姿だけ見てると、年相応というか、少し幼く見えるんだが。できれば、冬の間くらいは<アンノウン>も空気を読んでほしいものだ。

「にしても姫さん、改めて見てもサンタ服似合ってんな」

「そう?」

「ああ。赤も様になるもんだ」

 ほたるは黒いサンタ服だけど、こっちもよく似合う。それはもう、相手の命を刈り取るいで立ちのようで――ごめんなさいウソです。

「みゆちんも赤、よく似合うよ」

「そうかよ。いいよ、どっちでも」

 どちらかといえばサンタ服を着なくてもいい方向でいきたかったが、となりにあったトナカイの格好をさせられなかっただけ運がいいと諦めよう。あっちはダメだ、許されない。

 たぶん、着たが最後。この寒い中、ソリに乗った姫さんと四天王を引きずりながら神奈川中を走らされるのだろう。普通にあってはならない事故だ。

「にしても、壱弥と千種はうまくやってんのかな……」

「二人がどうかしたの?」

「いいや、なんでも。ただ、東京と千葉はどんなクリスマスイブを過ごすのかなと思っただけさ」

 話がまずい方向に進む前に軌道を変える。

「どうだろうね。あ、なら明日はみんなも呼んでパーティーする? きっと楽しいよ!」

「いやぁ、どうでしょうね。まくら投げの二の舞になりそうでとっても怖いんですが」

 男性陣が消される未来しか見えないけど、気のせいかな。まず、基本戦力に差がありすぎるのが悪い。というか千種が非力すぎてつらい。

 どうせ大人数になったら外で雪合戦とかになるに決まっている。俺たちは女性陣の的ではないのだ。

「呼ぶのはいいけど、暴力はなしの方向で頼むよ」

「うん?」

 本人自覚ないから首傾げますよね、そうですよね。なんですか、遊びにつきあって的になればいいんですか? 姫さんの握った雪玉なら四天王が喜んで顔面で受けてくれるよね! こいつはいい盾だ!

「やっぱり開催してもいいんじゃねえかな、大雪合戦大会」

「あ、それいいね! みんなでチーム作って、明日やろうか!」

「そうだな」

 俺は知らなかったんだ。次の日、俺たちがどんな運命をたどるかなんて。

 明日に待ち構える恐怖を、このときの俺は微塵も知る由はなかった。それはもう、特大の恐怖だった。まさか、姫さんの握った雪玉が――この先の話は、また別の機会にしよう。

 

 

 

 しばらく、ゲームをしたり飲み食いをしていたのだが、姫さんがいきなり立ち上がると、ゆっくりとした足取りで俺の前まで寄ってくる。

「どうした? なにか食いたいもんでもあるのか?」

「……」

 訊いても反応なし。

 代わりに、人の膝の上にちょこんと座ると、俺に体を預けるように寄りかかってくる。

「おい、姫さん? 本当にどうした――」

 耳をすますと聞こえる寝息。

 どうやら、発生源は目の前で人の上に座っている少女かららしい。

「おい、ほたる。どうする? 寝ちまったぞ」

「……ちょっと待て。いま、寝顔を堪能するのに忙しい」

「まってください一枚撮りますから。自由さん、決して起こさないように動かないことを」

 なんなんだ、こいつら……。

 ある意味通常運転ですけどね? でもほら、こんなときまで自分の都合を押し通すとは……これが神奈川四天王。いや、変態四天王の本質か。とても残念なことに変わりはないな。

「じゃなくて……なあ、ほたる。当初の計画だと」

「ああ。解散後、自室に戻ったヒメの元にプレゼントを届ける予定だったが……運がいいな、天羽」

「はい?」

「去年、私たちがサンタをしていたときは、寝ぼけていたヒメに捕まり、朝まで手を離してくれなくてな。着ていたものを脱いだりして窮地を凌いだ。ちなみに、私以外の被害だと、手加減なしのヒメに腕を握られかけたりもあったな。柘榴の<世界>がなければ大怪我では済まなかっただろうな」

 ……なるほど、ほたるが役目を譲るはずだ。

「それで今年は俺にってことか。で、本音は?」

「寝ているヒメを記録する必要があったので、私はサンタをしている場合ではなかった」

「おい、真面目に話し合うか?」

 いや、まあいい。

 どうあれ、今年はこのままプレゼントを置いていけば任務完了だからな。

「おまえら、間違ってもいま俺に飛びかかってくるなよ? 姫さん起きるからな?」

 だから殺気のこもった目で睨んでくる二人は武器を捨てろ! 毎度毎度俺を殺しに来るんじゃありません!

「これで今回新たに作った侵入経路を試さなくて済んだか。あれは次の機会に活用するとしよう」

「あの、いったいなにを?」

「知らない方がいいこともある」

 大変だなぁ、姫さん。こんな変態たちの相手とか、俺はしたくない。

 いいか、プレゼント置いて俺も休もう。

「まあ、姫さんが寝ちまったんだ。俺らも休もうぜ。明日はもっと疲れそうだしさ」

「そうだな。天羽、おまえの用意したプレゼントはどこだ?」

「俺が使ってるキッチンの棚の中」

 答えると、青生が取りに行ってくれた。

 ほたるはほたるで、物陰から大きな箱を取り出してくる。銀呼と柘榴も、それぞれが準備していたらしい。

「ありましたよ」

 戻ってきた青生も、俺のとは別の袋を持っている。なるほど、全員で用意してたわけか。

 こりゃ、千種たちの倍どころの話じゃないな。

「とりあえず、姫さんには俺から離れてもらって……っと」

 ゆっくりと退き、姫さんの体を横たえる。

 その周りに、それぞれのプレゼントを置く。

 ひときわ小さな袋に包まれた俺からのプレゼントは、姫さんに握らせておくか。知り合いに頼み込んで作ってもらった特注品だ。姫さんの力だろうと、早々壊れまい。いざってときに使えるもんでもあるしな。

 さって、明日に備えて寝に帰るか。

 ついでに、千種と壱弥に確認の連絡くらいは入れておくか。

「じゃ、俺は部屋に戻るな」

「わかった。私はこのまま、ヒメの側にいるとしよう」

「あいよ。あっ、ひとつ聞きたかったんだけど、なんで姫さんだったんだ?」

「なにがだ?」

 今回の対象は三人。しかし、彼女たちであった理由とはいったい……。

「姫さんにプレゼントを渡す理由」

「それか。きっと、管理局側の気まぐれだろう。もしくは、ヒメがサンタを信じているのをどこからか知ったのかもな」

 サンタを、信じてる……か。

 そうか、そういうこともあるか。となると、今回の三名は、案外みんな信じていたりしてな。

「ありがとな。じゃあ、おやす――いや、違うか。メリークリスマス、ほたる」

「ああ、メリークリスマス、天羽」

 二人して笑みを交わすと、俺は一人、寒空の元外に出る。

 寒いんだろうと思っていたが、思いの外、涼しく感じた。火照った体を冷やすように。

 そうだ、あいつらに連絡しないと。こっちはなんの苦労もせず終わりました、なんて伝えたら、どんな反応をするだろうか? なんだか楽しくなり、俺は端末へと手をかけた。




よし、番外はこれで終わりかな。
どうもみなさんalnasです。すまん、四話も連続で番外ですまん。
なに、次からは本編に決まってるじゃないですか! 正月? ……そっか、新年もあったな。うん、でもきっと本編だよね。本編、だよ……?


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泣き顔と諦め

どうもみなさん、お久しぶりのalnasです。
更新期間を空けてしまって申し訳ありません。メールや感想に励まされ無事復活しました。
今回から本編に戻ります。
そして、近々この話の過去編。自由と姫さんの出会った頃の話にも触れていこうかと思います。
では、どうぞ。


 周囲で残っている生徒は姫さんただ一人。

 どうやら、他の生徒は確保したか、逃げられたらしい。

「姫さんが逃がしたのかな?」

 ちょっと目を離すと一人でぜんぶやろうとして……いや、目を離した俺が悪いな。どういうわけかほたるもいねえし。

 保護者が誰一人としていないとか、どうなってんだよ。

 まあ、いいか。

 いたらいたで警戒しないといけないわけだし? 四天王がいないのは非常に都合がいい。

「個人としては、あいつの傍には誰かがいるべきだとは思うけど、なっ!」

 降りてからずっと立ち止まっていたせいか、とうとう姫さんが仕掛けてきた。

「そりゃ、止まってればいい的だよな」

「このっ!」

 ああ、怖い怖い……彼女と真正面からやりあうとかいつぶりだって話なのに、最初っから容赦なしとか、泣ける。

「でも、救う約束だしな」

 もう遠い日に交わした――いや、交わしたとも言えない程度の約束だとしても。

「俺にとっては、おまえだけがすべてだからな」

 だから逃げない。

 ここで救う。

 たとえどのような結果を招こうとも、姫さんだけはこの作戦で帰してみせる!

「こいつ、いつものと違う?」

 何度目かになる姫さんから繰り出される拳を避けると、そんな声が聞こえた。

 俺からは、いまの姿がどのように映ってるかわからないからなんとも言えないが、フォルムからして違うのは明白。であれば、気づかれるのも時間の問題か。

 こちらに照準を定め迫ってくる姫さんの猛攻をかいくぐりつつ応戦するも、こっちの攻撃はまるで当たりそうにない。

 一発一発が必殺だからなぁ……当たらなければどうってことないが、かすりでもすれば動きが鈍るだろう。いまはまだ、彼女の一撃を貰うわけにはいかない。

 まだ、早すぎる。

 体を囮にしてっつー作戦はもう懲りたし、どうにか普通に戦えるまでの条件を整えたいところなんだが。

「いかんせん、ここにいるのって俺と姫さんと無人機だけってのもついてない。ああ、いや。誰かいても都市に残ってる奴らじゃ俺は認識されないか……無意味な……」

「ちょこまかと!」

「っと、蹴りは危ないって。霞なら頭割られてんぞ、いまの」

 言ったところで眼前に迫る少女は止まらない。当然だ、世界を脅かす敵が、すぐそこにいるのだから。守るべき人がいる限り姫さんが止まるはずない!

「無人機なら、盾にしても問題ないかな」

 むしろ足場にして、一度姫さんと距離を取らないと。

 けれど、そうバカ正直に打ち合うわけにもいかないわけで。

「よっと。悪いな、ケガすんなよ!」

 手近な無人機を掴み、姫さんへと投擲する。

 無論、この程度でどうにかなる相手ではないので、投げつけてすぐ、無人機の影に隠れるように走り出す。

 その際、他の無人機も姫さんに向け蹴り込むのを忘れない。

「仲間を投げてきた!?」

 姫さんからそんな声が聞こえるが、向こうから見たらそう映るのは道理か。

「つくづく、無駄な誤解を与える世界だな」

 さっさとこんな世界からは連れ出して、本物を見せてやらないと!

 そのためにも、

「俺はおまえには負けられないんだよ」

 初めての勝ちをとるしかないってのが最低勝利条件なんでな。

 突っ込ませた無人機は、眼前で当然のごとく破壊された。けど――。

「もらった!」

 ――大振りの隙は見逃さねえ!

 <世界>も十分に使えるいまなら、姫さんにすら届く!

「遅いよ」

 拳を放った矢先、視線を鋭くした姫さんは、獰猛な笑みをこちらに向ける。直後、眼前にはなかったはずの彼女の脚が迫り――俺はその脚を、半ば直感的に察していた。

「あのときとは違う。勝ちたいだけじゃない。おまえを救って、勝つんだ!」

 過去の贖罪。

 消えない過ち。

 無駄な反抗心。

 そんなものは関係なく、俺は俺の手で、この世界を救う。俺の約束した、世界を!

「おまえが必要だ、姫さん。その世界には、おまえが!」

 上体を倒しこむようにして、脚の下を通り抜ける。

 拳はすでに放ってしまったので、追撃はせず、そのまま彼女の後方へと滑り、背後をとる。

「はあっ!」

 命気で強化した状態での撃ち込み。

 完全に視覚外からの一撃。

 だが、

「っと!? この動き……っ、この!」

 関係なく避けてしまうのが姫さんなんだ。

「危ない、危ない。<アンノウン>にも動ける個体がいるなんて……早く倒しちゃわないと」

 一息つき、構え直す姫さん。

 どうやら、狙いを俺に絞ったと見える。予定通りって言えればいいんだが。

「こっからが正念場ってな」

 残念ながら、<世界>の出力があまりに弱い。

 この戦場には意志の繋がる相手が誰もいないのだがら。姫さんを止めるような出力は出ないどころか、普段戦ってるとき程出るかも怪しい。

 ……戦う前から詰みに近いってのも斬新だ。

「まあ、引き受けたのは俺個人の意志だから、仕方ないけどさ」

 こうなることは予期していた。

 姫さんから殺意を向けられることも、わかっていた。

「それでも押し通したい意地があるなら、曲げれねえよなぁ……あーあ、約束なんて簡単にするもんじゃないわ」

 でも、単純に。

 もう一度戦える機会があるってことだけは、幸運なのかもな。なんて、思ってしまう。

 勝ち目なんて見えないのに。

 いままでと違って、完璧に殺しに来てるのに。

 それでも、なぜか笑ってしまう自分がいる。

「これまでの<アンノウン>と違う個体……こいつ、強い」

 強いと思われたのなら結構。

 本当は雑魚のうちの一体と思われているうちに片付けたかったけど、そりゃ望みすぎか。

 姫さんが駆け出し、俺へと迫る。

「さって、あんときの決着、つけようか!」

 頭を切り替えろ。

 救うのは変わらない。けど、飢えろ。渇望しろ! 思い出せ!

 目の前にいるのが誰なのかを。

 右に回り、一歩下がり。ぎりぎりの間合いで彼女の猛攻をかわし続ける。目を離せば見失う。だから、この限界まで近づいた間合いの中で!

「そうだ」

 思想は幼いこどものそれだった。

 気に食わなかった。そんな思いもある。

「うおっ……」

 拳が頬の真横を通っていく。

 突きが制服を貫き、脇腹をかする。

 浅い傷が徐々に増えていく。けれど、構いはしない。

「ただ純粋に、勝ちたかった」

 あの頃抱えていた、握りつぶした、純粋な想い。

「俺はただ、一度でいいから、おまえの横に、並びたかった」

 撃ち込んでくる拳を、踵で蹴り落とす。

「つうっ……!?」

「いつもいつも、一人でなんでもしようとするおまえを見ているのは嫌だった!」

 瞬転し、回し蹴りを放つ。

 体重を乗せた一撃だったが、腕をクロスさせ防ぐ姫さん。ただ、さすがに彼女の体がぐらつく。

「いまだ!」

 この好機を逃してはいけない。

 少しでも勝ち筋を増やすには、一瞬の隙すら見逃せない!

「うん、強いね……でも、私、ちょっと怒ってるから」

 着地と同時に走り出した俺の耳に、つぶやく程度の声が届く。

 いや、待てよ。どうして、つぶやきが聞こえる!?

「私だって悲しいのに……泣くのだって、我慢してるのに……どうして、どうしておまえが、みゆちんを思い出させるの!!」

 泣き叫ぶ声が、すぐ目の前で響く。

 視線をすぐ下にやれば、詰め寄って姫さんの顔があった。

 目尻から涙をこぼす、顔が。

「あ――」

 集中が切れたのが、自分でもわかった。

「あああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 引き絞った拳が、怒りと悲しみに染まる表情が、よく見える。彼女の泣き顔を見たのは、あのとき以来か……。

 ったく、ずるいよなぁ。

「そんな顔されたら、戦意削がれるっつーの」

 必滅の一撃が、俺へと届くまでが、すべてスローモーションに映る。

 かわせないし、防げない。とうに逃げる気もない。

「泣いてる相手に、俺のために泣いてくれる奴に、これ以上無理させられるかよ」

 ああ、いいんだ。

 このまま、受け入れてやるさ。

 最後まで、ぶれぶれの覚悟だったな……情けないしかっこ悪い。

「やっぱ、俺に世界は救えないか」

 直後、体は抗えない力に弾き飛ばされ、状況を確認する時間も与えられず、怒号のような破砕音が後に耳に届いた。

「がっ……はあ、はあ…………」

 どこを殴られたのだろう? どこに飛ばされたんだろう?

 辺りを確認しようと体を起こそうとするが、激痛が全身を駆け巡る……こりゃ、参ったな。

「いっつ……背中切ったかな……ああ、でも意識はしっかりしてるわ」

 命気操作の賜物だな。

 反射的に防御へ意識が向いたか。防げないまでも、威力を殺したらしい。

 生き延びた、ってことか……まぬけな話だ。

 意志は折られ、動けもしない。

「せめて誰か繋がりがあればなぁ」

 自分の<世界>のことはあらかた理解している。せめて、せめて数人でも人がいれば、この状況からでも動けるってのに。

「いや、やめよう。あの顔を見せられて、どうしろってんだよ」

 結局、あいつを泣かせてるのは俺じゃないか。

 このまま、眠ってしまえば。

 ぜんぶ投げ打っちまえば、楽になれるんだから――。

 




うん、やってしまった。
どこからか「第3部、完!」とか聞こえてきそうだ。
ここから次に繋げるには……はい、頑張ります。久々に更新したかと思ったらこれかよ! とか言わないで! 一対一で戦ったら諦めなくてもこうなりますから!
久々でしたが、更新は続けます。次はすぐにできるといいなぁ。
ということで、また次回。


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エゴだよ

どうもみなさんalnasです。
今日はあれですね。
またイベントの匂いがするぜ! つまりこの作品も……あとはわかるね?
では、どうぞ。


 諦めてしまえ。

 立ち止まってしまえ。

 目を背けろ、視界を閉じろ。

 もう戦う意味などなく、立ち上がる意志もない。おまえはそこで、すべてを忘れて眠っていればいい。

 そんな声が、自分の奥底から響く。

 十分だと、おまえの助けはいらないと。

 事実、なのかもしれない……。

 このまま眠ってしまえれば、どれだけ楽だろう。心の声の一切を無視して、現実から目を背けることができたなら、俺は救われるだろうか?

 力の入らない体は立つことを否定する。

 意志の宿らない拳は解かれる。

 元々、無茶な話ではあった。

 過去一度として勝ったことのない相手を倒す。殺してはいけないという制限。

 それを一人でやろうだなんて、挙句泣かせて……バカにも程がある。

 俺はどこまでも――無力だ。

 

 

 

 どこからか、轟音が響く。

 残っている人は姫さんだけだからだろうか? 叫びも嘆きも聞こえはしない。

 他の誰かを傷つけたくはない。みんなを守るから。

 どうせ、そう言って残ったのだろう。

「バカかよ……一人で背負いこんで、なにになるってんだ」

 いや――俺もか。

「とんだ大バカ野郎が言えた台詞じゃないな……どうせ、動けもしないしな」

 諦めたいわけではないが、きっかけもないわけで。とうに負けていたんだよな。

 唯一残っていた、救うという意志すらも、結局は彼女を傷つけた。

 であるのなら、なにをもって戦えばいい? 俺には、わからない。

「あらぁ、負け犬って、こんな感じなのかしら?」

 不意に、建物の中で女性の声が反響する。

 この声は――。

 視界の端。

 なにもなかったはずの空間に変化が現れ、歪みが広がっていく。

「ふふ、数日ぶりね。姫ちゃんに敗れてここまで吹っ飛ばされた天羽自由くん」

 浮かび上がるように出てきたのは、一人の少女。

 ウェーブのかかった髪で背を覆い隠し、制服の裾から覗くレースと、唇の下にある笑いぼくろが特徴的な女は。

「隠谷……來栖……?」

「はぁい。倒れてる自由くんを見るのは姫ちゃんと競ってたとき以来かしら。懐かしいわねぇ」

「なんの用だ? 斬々の手先が今更介入しようってか?」

 この近くに、あいつも来ているんだろうか? だったら、姫さんに会う前に止めねえと。

「斬々さんなら、もうとっくに別れたわよ。あの人、前回の作戦のときに姿を消しちゃってね。おまえたちは好きに動け。どうなろうと、もう関係のないことだ。そう言い残してね」

 バカな。とは言えなかった。

 彼女の思考を読み取るのは非常に困難だ。気まぐれで言ったとも考えられる。

「で、いま絶賛フリーなのよね。ねえ、自由くん」

 隠谷が浮かべる笑みを濃くした。

 けれど、不思議と悪意は感じない。

 姫さんを攫ったり、殺害までしようとした相手のはずなのに。前回再会したときは、敵意を向けていたはずなのに。

 どうして、俺の<世界>はこいつを受け入れてしまっているのだろう……。

 本能的に悟っているとでも?

「おまえ、もう姫さんは狙ってない、よな……?」

「あたりまえじゃない」

「だよな」

 すでに東京にも居場所はないだろうし、トップを狙っていた主席もいない。個人的な欲求はあるかもしれないが、わざわざ姫さんを狙うことはないはずだ。

「はあ……で、この怪我人にどうしろと?」

「怪我人ってレベルじゃないはずなんだけど……相変わらず頑丈ねぇ」

「姫さんに投げられ、蹴られ、吹き飛ばされる毎日だったからな。必然、頑丈さは取り柄になるもんさ」

「変なところでお姉さんにそっくりなわけね」

 あれは原理がまるで違うんだが、説明するのも面倒なので黙っておこう。

「置いておけ、その話は。それで?」

「ん? なぁに?」

「とぼけるな。俺になんの用だ、隠谷」

 待ってました、とばかりに喜色ばった笑みを浮かべながら、彼女は囁く。

「ねえ、自由くん。あなた、まだ戦える?」

「どういう、意味だ?」

「簡単なことよ。まだ姫ちゃんと戦う気力は残ってるかって話。一撃で負けるのはねぇ……意地もあるでしょ?」

 前なら、すぐにでも立ち上がって、突っ込むくらいはしたのだろう。

 今回はダメかな。

「戦えねぇ……」

「……どうして? あの自由くんが姫ちゃん相手に熱くならないなんて、おかしくないかしら?」

「おかしくないさ。最初は救うつもりだったが、泣かれちまった。そうしたらさ、もう戦おうとも思えなくなって」

 結果、ぶん殴られてこの有様だ。

 完全敗北。

 立つ気力すら湧いてこない。

「姫ちゃん、守りたいんじゃないわけ? <アンノウン>をけしかけたときも、姫ちゃんを拉致したときも、あなたは守りに来た。煩わしくなるほどに、守っていた。姫ちゃんも、あなたを信頼していて」

「…………」

「自由くん。守りたいのは、誰のため? 守ってきたのは、誰の意志?」

 決まっている。

 最初から揺らぐはずがない。

「俺のためだ。あの日誓った、俺のエゴのためだ」

「そう。まあ、そうよね。他人のためなんて言葉で、守り通せるわけないわ。なら、いいじゃない」

「なにがだよ」

「あなたのエゴで、好きに姫ちゃんを守ったっていいじゃないって、そう思っただけよぉ」

 自分の好きなように、か。

 他人を気にせず、やりたいように。どうやら、そう言いたいらしい。

「勝手すぎないか?」

「すぎない、すぎない。人なんて勝手で、通じ合いなんて上辺で。ほら、裏切り、裏切られ。だから、勝手に生きてればいいの」

 確かに、彼女にはいいように翻弄され、裏切られたこともある。

 だが、それでも――。

「俺の<世界>は繋がりがなければ無力だ。一人で生きれる程、強くない」

「不便ねぇ」

 周りから観れば、そうなのだろう。

 否定はしないし、なにより俺の見ていた夢を知らない奴らに話したところで理解はされないだろう。

「扱いづらいからこそ、大事なんだよ」

 なんのことかわからないのか、隠谷は首を傾げる。

「通じ合いが上辺だけのものとか、言わないでくれよ。こちとら、信じきってんだからさ」

 いつだって、正しくあろうとした少女がいた。

 すべてを守ろうと、己を犠牲にするやり方に疑問を持ったこともあったし、激怒した覚えもある。けれど、最後は救ってくれるだろうと信じてきた。

「ああ、間違ってなんていないんだ……」

 互いに通したい意地があって、守りたいもんがあって。

 解り合う必要があると言うなら。

「傷つこうと、傷つけようと、止まっちゃいけなかったよな」

 まだなにも救っていない。

 俺はまだ、救いたいと、そう声を上げたがっている。感情は、止まるのを拒否している!

「隠谷、おまえさっき、聞いたよな」

「え?」

 あなた、まだ戦える?

「応えるぞ。まだ戦える。戦ってみせる。だから、力貸してくれ」

 たとえ、過去にしこりがあろうとも。殺されかけていたとしても、憎しみあうだけがすべてじゃない。俺は、俺の<世界>は、信じきればこそだったよな。

「姫さんを倒そう。俺の守りたいって意志を示すには、それが一番……だと思う」

「さっきまでうじうじしてたのに、できるのかしら?」

「躊躇は、するだろうな。でも、俺の願いは一度もブレてない。姫さんからすれば、俺は敵なのかもしれないけど、いいさ。ひとまず、他人のことは置いておく。俺には、あいつだけがすべてだから」

「はあ……姫ちゃんもこんなのに好かれて大変ねぇ。あまりに酷いから、助けてあげる」

 そう言い放ち、隠谷は手を伸ばす。

 差し出された手を、俺はしっかりと掴んだ。

 本当は、最初からわかっていたんだ。こいつが現れたときから、体が軽くなるのを感じていたんだから。

 斬々の仲間かと疑うまでもない。

 だって、もしこいつが敵なら、俺の体が動くはずないんだ。

「酷くて結構。もう、迷うのもやめだ。俺は俺のため、舞姫を救う」

 傷は痛む。

 絶え間なく激痛が走るが、気にしている余裕はない。

 争わなくていいはずの姫さんにはぶん殴られて、泣かれて、怒らせて。理不尽にも程がある。

「とっとと、こんな紛いもんの世界は壊して、そんで泣いてたあいつにも、会いに行かないと」

「元気になるのはいいけど、勝算は?」

「さあな。でもほら、隠谷は俺のこと認識してるってことは――」

「ご名答。目ざといわねぇ、自由くんは」

「どうも。ってわけで、まったくチャンスがないわけではないってところ。あとは相手があいつなら、出たとこ勝負」

 次は揺らぐなよ、俺……。

 早くも一発貰っちまったんだ。次は確実に死ぬ。

「食らうしかなくなったら、仕方ないか」

 遠くから、音が聞こえる。

 姫さんの戦う声が。

 無人機の破砕音が。

「行くか」

「姫ちゃんの近くで、もう一人協力者っていうか、友達が待ってるのよねぇ。これで三人」

 横に立つ隠谷は指を三本立てる。

「三人、か。戦うには戦力が足らねえな。でもいいさ。どうせ、俺の戦いだ」

「そうねぇ。まあ、繋がっててあげるから、お好きなように」

 鼓動が高鳴る。

 さきほどまでの不安も、後悔も感じない。

 ただ、自分勝手に、身勝手に。このエゴを貫き通すだけだ。




はい、なにもありません。本編ですよ、本編。
しかし夜遅くには番外編に手をつけるかもしれません。
ほら、姫さまから欲しいじゃないですか。
では、また次回。


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抵抗するのは一人じゃない

そろそろ完結に向けてペースを上げていきたいalnasです。
しかし上げたところでまだ物語は半分程度の進み具合……のはず。
あれ? これ終わるのだろうか? などと思いつつ書き続けております。
それはそうと、やっとこさ50回目の投稿です。
まだまだ続いていきますが、ここまで付き合ってくれている読者の皆様、ありがとうございます。
今後も完結までよろしくお願いします。
では、どうぞ。


 ギリギリのところで復活したはいいが、さて、どう戦おう?

 勝利条件こそ見えたものの、どう足掻いても死ぬ。それほどまでに、普段の俺と舞姫には力量差というものがある。

 こうして移動している最中も、舞姫へ近づいているのかと思うと恐怖に呑まれそうになるってのに……。

「前なら喜んで戦えたんだが、人は変わるものだな」

 いいことだったはずだが、今になってあの頃を欲しがるとか、バカげてる。捨てた過去だ。置いてきた罪だ。この後に及んであの俺を頼るだと? そんなこと、舞姫相手のためだとしても口にできるわけがない。

 舞姫を助けるために、舞姫を殺したかった俺を模倣する?

 ありえない。

「隠谷、おまえ殺傷力のない射撃兵装持ってたりしない?」

「元気ねぇ、自由くんも……呆れるわ」

 俺の質問などお構いなしに自分の感想を優先する隠谷。先ほどまで立てなかった人間が並走していれば疑問にも思うか。して、答えはどうなんですかね? と視線で促すと。

「残念、持ってないわ。でも、あの子なら持ってるかも」

 あの子――もう一人いると言う協力者か。友達らしいが、こいつの言葉から連想できる奴を、俺は一人だけ知っている。同時に、忌々しい記憶が蘇ってくるが仕方ない。

 そのときはそのときと割り切ろう。

 いずれにせよ、協力していくれるぶんにはありがたいのだ。

 たとえ、過去になにがあったとしても。

「真っ正面から打ち合うには、神奈川全生徒ぶんほどの繋がりが必要なんだが、さすがにそんなバカげた人数は集まんないよな?」

「自由くん、バカなの? 敵地のど真中でそれだけの仲間を集めろって? あのねぇ、ここに二人いるだけ奇跡と思ってくれないと困るのよ」

「すまん……確かにその通りだ」

 期待はしていないが、この計算高い女が力を貸してくれるとあっては、なにか用意されているものかと期待するのも仕方のないことでだな。

 あの頃はどうやって正面切って殴ろうとしていたのやら。

 違うな。殴れないから負けてたのか。

「あと少しで着くわよ。平気かしらぁ?」

「たぶんな。次、あいつの前に出たら舞姫の反応こそ気になるが、生きてたのかおまえ! って感じで怒ってくれれば、当たらないはずのもんも当たるだろ。さっきの言葉通りなら、俺を見ていると苛つくみたいだしな」

 そうだ。俺との――正確には、<アンノウン>に見えているはずの俺との戦闘では、やけに感情が前に出ていた。

 怒りは視界を狭くする。

 選択をなくす。

 動きを単調にさせる。

『私だって悲しいのに……泣くのだって、我慢してるのに……どうして、どうしておまえが、みゆちんを思い出させるの!!』

 あの泣き叫ぶ声。

 怒りと悲しみに染まった表情。

 残酷なことに、あの顔をもう一度見なければならない。そうでもしないと、隙なんて作れない。

 天河舞姫とは、それほどまでに強大で強力なのだ。

 対する俺だって、怪我が治ったわけじゃない。動けているのだって、隠谷との繋がりがあってこそだ。ここにもう一人分上乗せしたところで、結果はわかりきっている。

「あと賭けれるモノがあるとすれば、俺の<世界>くらいか……」

 束ねて繋ぐ。

 事実として、それだけの<世界>だ。けれど、繋ぐってのは果たして、戦闘面だけでいいのだろうか? 俺の<世界>の本当の在り方ってのは、そうなのだろうか?

 試したことはないが、前にも一度、応用を効かせることはできた。

 でも、あのときは形を、出力の流れを変えたに過ぎない。今回変えるのは、<世界>そのものを歪ませかねない。だとしても――。

「決めたことを投げ出すわけにはいかないよな」

 前方で破砕音が鳴り響く。

 小さな影が、空中でいいように動き回り、無人機を破壊していく。

「見つけたわぁ。相変わらずかわいいわね、姫ちゃん」

「おまえにはやらんぞ」

「ふふっ、そうねぇ。自由くんと一緒にいる方が姫ちゃんも楽しいだろうし、遠慮しておくわ。前みたいに乙女の美顔を殴られたくはないし」

 お互いに昔のこととはいえ、争った記憶は抜けないらしい。つい当たりがキツくなってしまう。

「ったく……今回は気をつけろよ」

「はぁい」

 あてにならない返事を聞き流し、戦場の真っ只中を目指す。

 その間も隠谷は端末をいじっているが、なにをしているのだろうか。

「なあ、隱谷――」

「ちょっと待って。うんうん、よし、上々。自由くん、朗報よ」

 そう言い、端末をこちらに見せてくる。

「射撃兵装、持ってきてるみたい」

 画面に表示されているのは、一件のメール。

 兵装の有無と射撃ポイントについての内容が細かく記されていた。

「ひとまず、このポイントまで向かいましょうかぁ」

「……了解」

 歩調を合わせ、隠谷に続く。

 この先に待ち受けているだろう人物。想像していた奴であろうことが、段々と明確になってきた。あのアドレス……随分と前だが、一度だけ目にしたことがある。

 かつて、紫ノ宮晶と呼ばれる生徒が神奈川にはいた。彼――彼女の端末に登録されていた、一人の少女のアドレス。

 もっとも、この辺りの関係性はややこしく、紫ノ宮晶という名前の人物は神奈川にはいないし、最初、俺たちの前に姿を現したときはまったく別の名前を名乗っていた二人組。その片割れの偽っていた名は、よく知る人物のモノだったりもした。

 ああ、頭が痛い。

「やっぱりかよ。あのクソ女」

 自然と出る悪態を、どうにも止められそうにない。

 ビルの屋上から戦況を眺める少女。

 背にかかるくらいの髪をひとつに纏めた、優しそうな風貌の少女だ。双眼鏡を片手に、フェンスに肘をついている。

「お待たせぇ」

「おっそいわよ! こっちはよりにもよってあいつを救う手助けをするとか言うあんたの要望を聞かなきゃいけないし、危険地帯に来なきゃいけないし! 

「まあまあ、いいじゃない。ここで姫ちゃんを助けておけば、ほたるちゃんとも仲直りできるかもしれないわよぉ」

 出会って早々に迫る少女に悪魔のような笑みを浮かべながら提案する元四天王。

 詳しく知っているわけではないが、ああ。その言葉は彼女によく効くのだろうな。なんてったって、ほたる大好き人間だし。歪みさえ治してくれれば、独占欲さえなければ、なんて思うのは欲張りだな。

「やるわよ。やればいいんでしょう? ほたるちゃんとはまたお話したいし……」

 うまく丸め込まれている気がする。

 隱谷も俺に向けてウインクしてくるし。

「でも、なんであんたのフォローなんてしなくちゃいけないわけ?」

「そう言いながらも繋がりは感じているぞ、依藤真里香」

「なっ!? そ、そそそそんなわけないでしょ!」

 依藤真里香。

 ある事件を引き起こし、舞姫を殺そうとした女。神奈川の大多数にそんな認識をされているのだが、実は幼い日の舞姫とほたるの友人らしい。だが、知っての通りあの二人の仲の良さだ。あの空間に割って入るには、それはもう歪むしかないだろう。むしろ、どちらか片方をいない者とした方が早い。

 なんて考えが浮かんでも不思議ではない。

「嫉妬失恋女がまさかパーティーに参加してくるとは。隱谷が協力してくれた時点で、おまえが居るだろうことも予想できてはいたが、当たっちまうのかぁ」

「すっごく嫌そうな顔しないでもらえる? 繋がり、いますぐにぶち切るわよ?」

「人の<世界>見くびりすぎだ。そう簡単に断てるわけねえだろ。舞姫と決着つけるまではつきあってもらうぞ」

 一度は捕えたはずの二人。

 気づけば脱走されていたが、当時の舞姫とほたるは笑ってたな。

 生きていればまた会える。仲直りもできる。

 舞姫はそう思うに違いない。

「あいつらの手前、潰すわけにも、舞姫自身に殺させるわけにもいかないな。やっぱ、何人増えようと適任は俺か」

 都合のいい話だ。

「隱谷、依藤。時間がないから作戦だけ話すぞ。おまえらがいまは敵じゃないってのも俺にはわかる。だから、悪いが勝手に信じさせてもらうから、そのつもりで。いいか、まず――」

 結局、最後の最後に嫌われるのは俺ではないか。

 無人機を倒し続ける舞姫の姿を横目に、早口で作戦を伝えていく。

「――と、これで決着だ。おまえの技術なら外さないだろうし、隠谷の<世界>があれば察知されない」

「あとは、あんたがどれだけうまく戦えるかよ。元神奈川次席さん?」

「懐かしいな、その席次で呼ばれるの。とっくに誰かさんに譲っちまったし、今更だ」

 いまその席次を名乗れるとしたら、頑丈さくらいだろう。

「さって、始めますか」

「やれやれ。前に一度企てたとは言え、人生二度も無謀な作戦を遂行しないといけないなんて……」

「本当ねぇ。姫ちゃんを攫うのも殺すのも、まして救うのも……難易度高すぎるわぁ」

 愚痴を言いつつも、立ち上がる女子二人。

 俺が動き出せば、すぐに作戦を開始してくれるだろう。なんせ、俺の<世界>の保証つきだ。

「じゃあね、自由くん。成功しようと失敗しようと、またしばらく会わないだろうから言っておくわ。姫ちゃんによろしくね」

「あと、ほたるちゃんにもね! ちゃんとこっちの活躍も伝えなさいよ! 絶対、絶対だから!」

「……はいよ」

 そうだな。こいつらとは、ここでお別れだ。

 舞姫を救おうと、過去にいざこざのある二人をすぐに会わせることはできない。だから、時間が必要なのだ。

「おまえらのことは、舞姫にも、ほたるにも伝えるさ。だから、次まで生きてろよ」

 本来なら、伝える必要も、気にすることすらしなくていいのだろう。

 だが、舞姫のことを思うなら――。

「きっと、全員笑って受け入れるんだろうな」

 互いに視線を合わせることもなく、俺たちは別々の方向へ向かって走りだす。

 もう言いたいことは伝えた。

 ここからは、ただ戦うのみだと、わかっているから。

 放っておけば、東京にも増援が来るだろう。そうでなくとも、このままでは舞姫一人に制圧されかねないのだ。

「正真正銘、これがラストチャンス」

 次の襲撃時まで舞姫を残せば、勝機は薄れる。

 いや、違うな。

 そんなに長く、俺が待てるはずがない!

「だから戦おうぜ、舞姫」

 彼女が空中に飛び出した瞬間を狙い、俺もビルの屋上から空中に身を投げる。

 目の前の無人機の撃破をしようとしている彼女は、俺なんて意識していなかっただろう。

「なっ……!?」

 必然、完全に虚を突いた不意打ち。

 あの頃でさえなかった、初めての成功例。

「おまえは救うさ。だからとりあえず、喧嘩しようぜ」

 引き絞った拳が、真っ直ぐに放たれる。

 舞姫は防御しようと咄嗟の反応を見せるが、さすがに遅い!

 回避も許さない一撃が舞姫をまともに捉え、盛大な音を立てながら小さな体が舞っていく。

「これで一発……軽いが仕方ねえ。入っただけ僥倖だ」

 自由落下していく中、吹き飛ばされながらもこちらに視線を向けたままの舞姫と目が合う。浮かぶ感情は、驚きと、怒り。

 こりゃ、着地と同時に突っ込んで来るな……。

 頼むぞ、今度こそ、あいつを救わせてくれよな。

 拳を握りながら、俺は自分の<世界>に願うしかなかった。

 




さて、おまえら誰だよ! って方もいるでしょう。
そんな方々には原作を読んでもらうか、そのうち投稿されるだろうこの作品の過去を描いた番外編でも待っていてください。
過去編では姫さんと自由の関係や今回出てきた二人との事件も書こうかなと思ってるので。
それと、姫さんと呼び方が変わりましたね自由くん。だが殴ったのは許さん。キミは姫さんのおもちゃでしょ? と思った人も多そうですね。
では、また次回。


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争う力と意志

どうもみなさんalnasです。
この決着まではできるだけ早めの更新を目指したいと思います。
では、どうぞ。


 拳に感じる、確かな感触。

 いつ以来だろう?

「仲間を殴るってのは、やっぱ辛い……なんて、言ってられないか」

 この先、弱音なんて吐いていられない。

 それでは負ける。次なんてないのだから、悠長にはしていられない。

 相手は舞姫……作戦通りに事は進まないだろう。理想なんて簡単にぶっ壊されるかもしれない。でも、最後の結果だけは変えさせない!

 でもなぁ……。

「やっぱ、開幕蹴り飛ばすのはよくなかったな」

 いや、作戦上の問題はなにもないのだが。むしろかなりいい部類ではある。

 よくないってのは、

「こいつ、さっきの<アンノウン>か!」

 舞姫から発せられる俺に対しての殺意だ。

 正直、いまだかつてここまでの殺意を彼女から向けられた覚えはない。怒りならわかる。だが、明確な殺意となると……。

「やばいな、作戦大成功じゃねえか」

 つい軽口でも言ってないと、やってられん。

 作戦もこれからだしな。なにが成功か。

「どうせ<世界>を使おうと歪められて映るんだろうし、そのまま俺の<世界>を認識させることはできない。ってことは、舞姫は俺だとわからず攻撃してくるよな」

 なら、あたかも俺の動きを真似る<アンノウン>が存在することになる。少なくとも、天羽自由という男を知っている相手からは、そう判断されても不思議じゃない。

 ついでに、目の前にいるのは天河舞姫――もっとも優しく、そして強くあろうとする少女。仲間思いで、なんでも一人でやり遂げようとして、こんなバカのために泣いてくれた、うちのお姫さま。

「おまえがまた、みゆちんと重なるっていうなら!」

 着地と同時に駆け出す、か……そうだよな。

 いまやその顔は、怒りで歪んでいる。これから振るわれるであろう拳は、蹴りは、俺を容易く破壊するだろう。

 詰まるところ、虎の尾を踏んだということだ。

「やれやれ……どうしてこう、自分を賭けた作戦しか浮かばなかったんだか」

 特大の死が迫る。

 遊びなんかじゃない。喧嘩なんかじゃない。彼女にとってみれば、これは戦だ。俺の考えと、彼女の考えは違うのだから、一歩間違えれば待つのは当然死だ。

「おまえたちが! おまえたちさえいなければ、みゆちんだって側に居てくれたはずなのに!」

 そんな中でも、彼女の声だけは耳によく届く。

「おおりゃあ――ッ!」

 咆哮と共に放たれる拳が、避けた先にいた無人機を粉々に粉砕する。

 命気を全身に纏った舞姫は、最早その体自体が兵器だ。

 俺を狙う拳が、脚が、回避する度に近くを飛行する無人機や人型を模した自律兵器を破壊していく。

「おまえたちが居たせいで!」

 わかってはいたつもりだ。

 彼女は目の前で仲間を失った。

 自分の知らないところで、友を失っていたことを後になって知ったはずだ。

 カナリア、コウスケ、多くの東京の生徒たち。

 彼ら、彼女らの無念、恐怖、絶望を、いまも小さな体ひとつで受け止めているのだろう。

 その無念を思えば、彼女が膝をつくどころか、衰えすら見せないのだと。

「やっぱり、この辺りにあったんだ」

 小さな声で呟くと同時、建物の屋上から、なにかを引き抜く。

「あれは――舞姫の大剣?」

 なぜ、とは訊かない。言葉を発したところで無駄だ。

「さっきの大型を足止めするのに投げちゃったんだよね。でも、あって良かったよ。おかげで、おまえをぶっ叩ける!」

 なるほど、あいつらしい。

 けれど以前ピンチなのは変わりなし、か。むしろ獲物を回収されたおかげでやりづらくなったぞ、これは。

「おいで。もうここには私一人しかいないけど、人間の力、見せてあげる」

 大層な自信で。

 だが、迂闊に飛び込めるかっての。こっちはまともに遣り合おうとすれば、本当に小細工なしで特攻かます他ない。こんな構えられてるところに一方的に仕掛けるのはなしだ。理想的なのは、膠着状態に持ち込める隙、もしくは一撃であるとき。

「来ないの? なら、こっちから行くよ!」

 舞姫は大剣を大きく振りかぶり、槍投げの要領で投擲してきた!?

「剣じゃねえのかそれは!」

 ええい、アホかこいつ!

 などと悪態をつく暇もない。

 流星と見紛う速度で飛来した大剣をかろうじて避けたものの、軌道周辺に発せられる衝撃で遠くへと吹き飛ばされる。

「ガッ……くそっ!」

 背中を強く打った気がするが、気にしてはいられない。

 すぐさま飛び起きると、剣を持ち上げた舞姫が再びこちらを捉える。

「チッ、反撃するどころか、避けるので精一杯かよ!」

 わかってはいたが、こうも手がつけられないとは……元より力の差はあるが、打ち合えない程とは思っていなかった。

「――っと!?」

 片手で振るわれる大剣が頭上を掠めるのを確認しつつ、急いでその場から逃れる。

 直後。

「ああああああああああっっ!!」

 迸る命気を拳に集中させ、激情のままに大地に叩きつけられる。

 荒ぶる命気は円を成すように地面を砕き、周囲に群がる自律兵器ごと、地形を変えた……。

「はあ、はあ……」

 肩を上下させつつも、こちら向ける視線を外さない舞姫。

 その瞳の中には、いまも俺が浮かんでいる。逃す気はない。許す気もない。その表れだろう。

「でもな、俺だって逃すつもりはないし、負けるつもりもないぞ」

 幸いにも、避けることに専念していればなんとかなるだろう。しかし、追い詰めるには決定的なまでに攻撃威力が足りないときた。

 やはり<世界>云々よりも命気か。

 光を手に宿し、<世界>を拡張していく。長く、そして馴染むようにゆっくりと。

 やがて出来上がったのは、いつものように長大に拡張した光ではなく、打ち合うのに適した長さの光。

「出力兵装相手にはこれくらいでいいだろ」

 目には目を。大剣には光剣を、ってね。いままでは長距離でしか使ってこなかったが、こんな細かい変化までできるようになってたとは。

「っし、行くか!」

 舞姫と競うため、全身に命気を張り巡らせる。

 あいつに大した戦闘技術はない。あるのは何者も正面から倒しきる、絶対的な力のみだ。

 攻略するには、いい目標じゃねえか。

「おまえたちは、この世界を壊すだけだ。だから、倒す!」

「通じてないだろうけど、俺も負けられない!」

 互いに地面を踏み抜き、真っ向から迎え撃つ形で駆け出す。

「この一撃で!」

「俺はおまえを超えなきゃいけない!」

 初撃。

 互いの全力を乗せた一撃が揮われる。

 それはごく自然で。

 <世界>と、命気で全力を持って受け止めた大剣は、俺と舞姫との間で止まった――かのように見えた。

 だが、数瞬のうちに、思い知らされることになった。

「はあぁっ!』

 大剣を受け止めていたはずの光剣から、不快な音が漏れ出す。

 本来なら有りえない、嫌な音……なにが起きているかなんて、わかりきったことだ。

「ウソだろ……命気と命気で削りあいとか、笑えないんだよ!」

 緩みかけた意識を再度集中させ、対抗しようとしたが、間に合わない!?

「おまえが、おまえたちが人類の敵であると言うのなら、私は何度だって、おまえたちの前に立ちはだかる! そして、みんなを守ってみせる!!」

 確固たる意志を舞姫が示した直後。

 これまで以上の命気を乗せた大剣が、光剣を打ち砕いた……。

 拮抗しているだなんて、とんでもない。

 自らの<世界>と共に創り上げてきた力は、目の前の更なる力の前に屈した……。

 大剣を振り切り、再度構えを取り直す舞姫。その直線上にいる俺にはわかってしまう。次の一撃は、いかなる防御も無意味であると。

 言わば、決意。

 この一撃には、舞姫の想いが込められているのだと、本能が察している。

 故に必滅。

 ああ、そうだった。前に誰かが、舞姫を例えて、呼んでいたな。

 曰く、力の1号と。

「もっともな呼び名だ。まさに力の権化……今回も打ち勝つには及びませんでしたよっと」

 間も無く振るわれるだろう。

 どうあれ、この身を砕くには十分過ぎる。防ぐ手立ても、まあ、ない。

 でもいいさ。

「なんだかんだで時間は稼いだからな。後、頼むぞ」

 聞こえているかなんて知ったことではない。

 そもそも、どこにいるのすら定かではないのだ。でも、それは問題にならない。なぜなら、<世界>が告げているのだから。

 あいつらの居場所を、意志を!

「さあ、託すぜ」

「この世界に、おまえたちの居場所はない!」

 舞姫が剣を振りかざした瞬間。

 背後にそびえるビルから、赤い光弾が放たれた――。



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痛み

どうもみなさんalnasです。
短いですがこの一話を挟みつつ、次へと行きたいと思います。
では、どうぞ。


 必殺の一撃。

 その奔流が俺に届く――ことはなかった。

 代わりに、空気を裂くような音と、

 けれど。それは同時に、俺たちの作戦の失敗を表していて。どうしようもなく、勝ち目の薄い結果を招くことになる。

「はあ、はあ……なに、いまの…………?」

 息をあげながら距離を取る舞姫の姿。

 俺の横を通過していった弾丸。

 ここまで揃えば確かだろう。舞姫と俺との距離はだいぶ離れ、同時に、俺の線上にいるはずの依藤真里香を交互に警戒し出す。

 見えてはいないだろう。だが、察しているらしい。

 誰か――いや、何者かがいると。自分を狙っていると。本能だけで見抜いている……。

「作戦失敗、かな……さて、どうしたものか」

 本来なら、先の一撃で舞姫のコードを破壊している予定だったのだ。あれほど俺しか目に映らないようにしたのに。あいつの心を揺さぶったつもりでいたのに。

 ギリッ、と奥歯が鳴る。

 倒したい相手にたどり着けないってのは、きっとこんな気分に違いない。追いつけないのだ、実力に。

 とっさの判断力なんかではない。ただ純粋に、強いんだ。

 だから憧れるし、苛立つし、不安になる。でもそれ以上に、頼もしくて、安心できた。

『自由くん、ごめんなさいねぇ。まさかあれを避けるとは思ってなかったわぁ』

「ああ、俺もだ」

 隠谷から連絡が来るが、特に気にしてはいない。

 今更動揺なんてしていられないのが舞姫だ。あいつに一瞬の勝機を見出しただけ上出来だろ。

 だいたい――。

「なんとなく、こうなる気はしていた」

『はい?』

「あいつは止まらない。すべてを守ろうとする舞姫の足が止まるのは、ぜんぶを守り切ったときか、守はずの何もかもを失ったときの二択だけだ。だからあいつはここで止まるわけないんだよ……悲しいまでに強いあいつが、止まるわけないんだ」

 わかってはいた。

 押し付けてきたのは俺たちで、受け入れて、背負ってきた平和の象徴があの小さな少女だと。

「いまのはおまえの仲間の仕業?」

 背後から強襲されたことで、隙をなくした舞姫が俺に問う。

 ムダだと知ってのことか、僅かながらに動揺でもあったのか。それは最後までわからないのだろう。

 彼女の世界には、多くの笑顔がある。

 彼女の理想には、覚悟には、多くの命が宿っている。

 彼女の拳には、失った同士への優しさと、敵に対する怒りが込もっている。

 けれど。

 理想も、覚悟も、武力も、背負っているのは一人だけになった女の子。

 決して周りを頼らないわけではないけれど――好んで頼ったりはしないだろう。その点だけなら、千種のようであってほしかった。誰かを頼ることの強さを、知ってほしかった。

 依存ではない。

 信頼と信用から成る繋がりを大切にしてほしかった。

 でないと、彼女の周りには誰もいなくなってしまう……だからこそ、危機的状況に陥ったときほど、仲間を、友を、頼ってほしかったんだ……。

「やっぱり、私たちとの意思疎通なんてできないよね」

 悲しげに微笑むその笑みは。

「本当はね、みゆちんが帰ってきてくれたんじゃないかって。心のどこかでそう思いたい私がいるの。だって、あの日私が勝てていれば、みゆちんは連れ去られることもなかったもんね……」

 やめてくれ。

 口にしたところで、仮に言葉が届いたところで、彼女は受け入れないだろう。まるで呪いのように、一人で抱え込むのだろう。

「止めないと」

 守るべき人は、まだ多くいるのだろう。いなくなることなんて、許さないに決まっている。

 でも、あいつの望みであろうとも、叶えてはやれない。

「んな表情しておいて、救うとか言ってんなよ、舞姫」

 いまにも泣きそうな、どこにでもいる、ありふれた少女。敵を倒す意志はあっても、感情の向きまでは変えられない。

「依藤、隠谷。もう一度、頼んでいいか?」

『ええ、任せなさい』

『じゃあ、場所変えるわねぇ。少しの間だけ、足止めよろしくね、自由くん』

「ああ、頼む」

 これでいい。あとは次の機会を待つだけで終わるんだから。

「無理して立ったところでな、痛いだけなんだよ……」

 だから、ここから決着までの時間は、ただの空き時間。物語に語られることもない、空白だ。なら、たまには本心を言っても構わないだろ?

「いつも、いつも一人で抱え込みやがってよ。おまえが無理してることなんてバレバレなんだよ」

 いつだったか、友を失い、立ち上がれなくなった生徒がいた。

 仲間を殺され、崩れ落ちる生徒がいた。

 彼女は皆に語りかける。

 立ち上がれと。いつまでもそうしてはいられないと。正しくも、つらい現実を彼女は示し続ける。戦闘力があろうと、心の強さには直結しない。

「無理して仲間の死を乗り越えたフリして、自分だけが傷つけばいいなんて傲慢だ」

 強すぎる力は、ときに自身の在り方を定めてしまう。

 随分と過去に言われた言葉だ。結局、誰に向けられたものかは、最後まで知れなかったけどな。

「定められた道を行くのがそんなに偉いのか? 弱さを見せることが、罪だとでも言いたいのか!?」

 ふざけるな。

 弱さを見せない者なんていない。どこかで無理をすれば、違うどこかで無理は出る。

『自由くん、オッケーよぉ』

 隠谷から準備完了とメールが送られてくる。

 先ほどまでのようなサンドバック一歩手前の戦闘中でなくてよかった……。

「ってなると、正真正銘、こいつで決めないとな」

 <世界>。なあ、<世界>よ。

 俺の見ていた夢がおまえだと言うのなら、今度こそ真価を示すときだろうが。

 身に宿る<世界>は束ねて繋ぐモノ。

 間違いではない。

「さよなら、みゆちん。私は今日も、世界を救うよ」

 暗い顔のまま、いつものように宣言する舞姫。でも、違うよ……見ていたいのは、聞いていたいのは――。

「そんな絶望しきった顔で言われて、任せられるわけないだろ」

 たぶん、これはあの日以来初めて見せる舞姫の否定。

 武力も、言葉も要らない、在り方の否定。

 思えば、久々にすぎるやり方なのかもしれない。でも、前と違うとすれば舞姫のことを思っての行動だってこと。

「だいたい、俺に断りもなくさよならしてんじゃねえよ。俺はここにいる。おまえの世界にも、ちゃんと俺はいるんだよ」

 見えていないだけ。その壁が大きいものだとしても。

 聞こえないだけ。その誤解が解けないものだとしても。

 俺はちゃんと、ここにいる。

「せめて気づいてくれ、なんて言わないさ。こっちから気づかせてやる」

 前にあった居場所すら、ここにはない。だから足掻くし、居場所を探す。

 真実を口にしても許されるのだから。

 みんながみんな、あんたを責めたりなんてしないさ。

「目を開けろ、天河舞姫! 世界を救いたいなら、自分の想いくらい守るべき奴らに吐き出してみろよ!」

 いつもいつもいつも、平気そうに痛み隠して笑いやがって。

 ああ、そうだ。あのときも、いまも、そのウソを貼り付けた笑顔だけは大嫌いだったんだ。

「痛いなら痛いって言えよ! 抱えに抱え込んで背負えなくなるまで請け負って、最後は倒れたいのか!」

 あいつに俺の声など届かない。

 <アンノウン>だろうと、人間だろうと、認識のされ方に違いはなく、届かない。

 なぜなら相手は天河舞姫だから。

 俺なんぞの声で止まるわけがない。

「私たちの敵なのに、どうして動かないの? 慈悲でもかけたつもり? 私はかけないからね……」

 恐ろしく冷静に、酷く痛的に、彼女はこちらに向かってくる。

 迷いなく、目の前の敵を倒す彼女は、それでも寂しげで。精神面が完成しているはずもなかったなと思い知らされる。

 傷つけられようと、傷つこうと、決してそれを教えてはくれないのだ。

「おまえが変わらないって言うなら、それでもいい」

 痛烈な叫びと共に拳を振り上げる舞姫。

 もういいだろう。

「いまはまだ、変われないのかもしれない。でも、俺たちの言葉が届くようになる日まで、俺がおまえの世界を守ってやるからさ」

 そう遠くない日々の、あっけない約束。

 けれど、これだけは守り抜くと決めていた。

「さあ、今日もおまえを救おうか」

 今度こそ、本当の世界を見せるためにも。

 



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舞姫

どうもみなさんalnasです。
深夜に投稿して申し訳ない。遅寝さんと早起きさんはこれからでも読んでくださいな。
とりあえず、今回で自由対舞姫には決着をつけたいと思いながら書きました。
では、どうぞ。


 歴史は繰り返す。

 そんな言葉があるが、なるほど。

 目の前の少女は、正に戦闘の申し子だ。そう思える程に、一瞬の間に起きた出来事は濃かった。

 俺に駆けてくる舞姫。片手に握られた出力兵装は、人類の希望とも言える出力の命気を放ち、最強の戦士たる少女の力を一身に引き受ける。

 正直に言おう。

 いまの俺がすべてを注ぎ込んでも、どう抗っても勝てないと。仮に、カナリアの補助があったとしても、到底及ばない。10人かそこら集めた戦力では、束ねてもムダなのだ。

 始めて、負けを認めよう。勝負としては、俺の敗北だ。

「でも、救うのは俺たちだ!」

 向かってくる暴力に、一切の恐怖はない。なんて言えばウソになるだろうが、それでも、落ち着いている自分がいる。

 この先起きることをある程度予測しているからだろうか? いや、ありえない。

 これからやることは、一度のミスで命取り。まして、重要な役目を握っているのは俺ではないと来た。

「怖くありませんとか、精神に異常があるな」

 眼前に迫る、最強の剣。

 だいじょうぶ……ここに至るまで、何度も何度も見てきた。シミュレーションしてきた動きのはずだ。

 であるのなら。

「ここが命の張りどころ……ってね」

 真っ正面から突っ込んでくる舞姫相手に、抑えられる時間は何秒あるだろうか? 一秒? 二秒? わからない……けど、無茶を通さないと、救いたいものは救えない!

 いまだ構えを取ることもなく、駆けてくる舞姫をただ見据える。

 本来なら全力で命気を撃ち込むか逃走経路を探りたいところだが、んな時間もない。そも、逃げていては勝てないのだ。

「ちゃんと自分とも向き合わないと、ダメだよな」

 <世界>に意識を向け、夢を思い出す。

 多くの人たちが勝手な夢を見続けている、傍観の世界。俺一人、夢の中には入らずに周りを眺めていた光景を。

「他人の世界を背負ってはいられない」

 それは傲慢だ。

 誰もが、深く考えずにできると言うのだ。

 あいつならできると、やってくれると。勝手な思いを押し付けて、持ち上げて、あとは頼むと勝手な願いを口にする。それを全部、黙って受け入れるバカがいることをわかっているのに。

 誰もいないところで泣いている姿を何度見たか……何度、声をかけようとしてやめたことか。

 だって、それは俺の仕事ではなかったから。そう思い込んで、舞姫と深く関わるのを避けてきたから。

 あいつの背負っているモノを考えると、吐きそうになる。

 自分の<世界>が抱えている本当の姿を嫌でも思い出す。

 束ねて繋ぐ本来の在り方を見せつけられる。

「思い込んでいたのは、俺の方だった……誰かの世界を背負うってのも、いまなら悪くないって言える。言ってみせる!」

 今度はあいつ一人にはやらせない。

「おまえはもう、一人で世界を救わなくていい。一人、最強の戦士として立たなくていい。ただの、普通の女の子として、ちょっとはその在り方を知ってくれ」

 言葉を紡ぐ間も、<世界>の光が体から溢れていく。

 光はいつものように体を覆うこともなければ、剣の形を取ることもない。ただ、周りへと流れていく。

 その光景を、俺以外の誰も認識していないだろう。

 なぜなら、これは攻撃でもなければ、防御の術でもない。俺の感情の揺らぎでしかないのだから。<世界>が揺らぎに応えるとか、どうなっているのやら。

「どうでもいいか。これが<世界>だというのなら受け入れるだけ」

 これまでの、漠然とした在り方ではなく、夢の光景も全部ひっくるめて受け入れる! 俺の<世界>は、束ねて繋ぎ、そして背負うための<世界>だ!

「俺は俺に託してくれた奴らのためにも、俺の願いのためにも、他人の想いを背負うことから、もう逃げはしない! 誰かのための犠牲なんてとか考えてたけど、もう自分とも、人からも逃げやしない!」

 やっと、やっとらしくなってきたじゃないか。

 そんな声が、奥底から聞こえた気がした。誰の声でもない、よく知っているあの声は――。

「ハッ、ようやくだ」

 ――おはよう、俺。

「消えて!」

 頭上から、舞姫の出力兵装が振り下ろされる。

 が、<世界>がひとりでに回り出したいまなら、きっと。

「いつまでも重い荷物背負ってんなよバカ娘!」

 流れ出ていた光が右手に収束し、普段とは比べものにならない命気が拳を包む。

 これなら!

「受け止めるくらいは、いけるだろッ!?」

 タイミングを見計らい、剣の腹に拳を撃ち込む。

「ぐっ……ああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 右手に尋常ではない負荷がかかるが、ここで押し負ければそれこそ無意味だ! ここで――いまここで、舞姫を救う!

 三人。

 たった三人ぶんの、小さな力。それでも、束ねた力を形だけ纏うのではなく、受け止めて背負うのなら!

 一度くらいの奇跡、起こしてみせろ!!

「最強の一撃の一回や二回、逸らしてみせろクソ野郎がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 拳が悲鳴をあげながらも、舞姫の握る剣と拮抗する。

 あと僅か。それだけ保てば――。

『ナイスよぉ、自由くん』

『これだからチート共は……でも、よくやったと思うわよ』

 短くも、労いの声が聞こえる。

 直後、先ほどとは違うビルから、再び赤い閃光が走る。

「来た!」

 狙いは寸分違わず、舞姫の首へと流れていき――。

「甘いって、わからないかな?」

「なにを――がはっ!?」

 冷えた声が耳に届いたと思ったときには、土手っ腹を蹴られ、後方へと吹き飛ばされていた。

「ってぇ……ちょっとでも威力が弱かったら剣で真っ二つだったぞ、クソが!」

 悪態をつきつつも、再度舞姫に向け駆け出す。

 腹やら右腕に激痛が走るが、知ったことではない。ここまできて失敗されては困る!

「こんな奴らに、人間は負けないよ」

 抑揚のない声と共に振られた剣が、光弾を弾く。

 何度試そうと、結果は変わらないと見せつけるかのように、悠然と。何発も撃ってみるものの、ことごとくが潰される。

 けれど!

「ここまでぜんぶ、想定内なんだよ!」

 わかっていた。信じていた。

 おまえなら、必ずかわしてくると。だから俺は、こうして行動できるんだ。

 右腕はまだ痛む。

 次、酷使すれば当分はまともな攻撃をできないだろう。でもいいさ。なんてったて、

「次はないからな!」

 斬々のときと同じではなく、今回は勝ち目が見えているからこその特攻。だいじょうぶ。

「おまえは俺が、救ってやるからな」

「どうしておまえは、私にそこまでこだわるの! おまえは、おまえが一番嫌い!」

 俺は俺のこと、嫌いって程じゃないんだけどな。

「舞姫、おまえの抱え込んで離さない性格、嫌いだよ。でもそれ以上に」

 振り返りざまに構え直す瞬間を狙って、最も脆い一瞬を突く。

「あっ……」

 脆いと言っても相手は最強だ。

 その最強の武器を弾き飛ばすとなれば、代償も大きかったな……。

 舞姫の出力兵装を彼女の手から奪おうと弾いた際、右腕からビキリ、と嫌な音が響く。痛みはすぐに腕を駆け巡り、右腕に力が入らなくなった。

「右腕一本でおまえの間合いに入れるなら、存外安いのかもしれないけどな」

 武器を取り除いた舞姫に、その動揺した瞳が決意を固めたそれに代わる前に、俺は彼女に肉薄する。

 この身はもうボロボロで、限界で。

 ほんと、よくここまで付き合ってくれた。

「舞姫……偽りの世界は終わりだ」

 傷つけたくない。

 傷つけさせたくない。そんな矛盾を成立させて救うには、これが最適解だった。

「おまえとの約束……かなえ、ない……とな」

 彼女を包むように抱き込み、首筋に触れる。

「こ、のぉっ!」

 腕の中で暴れだすが、もう知ったことか。腹に響くような痛みが繰り出されようと、額に遠慮のない拳が打ち込まれようと、やっと届いたこの手を離すくらいなら、死んだ方がマシだ。

「こんな状態になってまで、まだ踏ん張る気かよ! おまえが、おまえ一人だけが傷ついて、頑張って、そうすることだけが、救うってことじゃないだろ!」

 口でなにを言っても、聞こえないのはわかっている。むしろ、痛い時間が続くだけだと、本能で悟っている。

 でも!

「いい加減にしろ!」

 頭を振りかぶり、彼女の額目掛けて振り下ろす!

「いっだぁ……!? このバカ娘が!」

「なんなのこいつ! 普通の<アンノウン>となにか違う!」

 涙目になりながらこちらを睨んでくるが、表情に諦めはない。この拘束を解き、俺を倒そうとする意志が溢れ出ている。

 そんなんだから……。

「本当は誰かがいなくなるのも、傷つくのも怖いくせに、隠してどうするんだよ! 素直になれよ! ただ一言、助けてって言えばいいだろ!? 他人に助けを求めるのが、そんなにもおかしいことか!?」

 違う、違う。違う違う違う!

「人は弱いんだよ、舞姫。どうしようもなく、人は脆く弱い。ひとつの言葉に傷つけられるし、一度の攻撃で吹き飛ぶ」

 思えば、こいつには何度ぶっ潰されたか。

 ほたるや他の四天王連中には、なんど言葉という刃を向けられたか。でも、助けを求めれば必ず協力してくれた。

「いまのおまえの周りにいるのは仲間じゃない。おまえが独善的に守りたいだけの人形だ!」

 残酷だな、とは思う。

 守りたいと常日頃から言っていた少女に向ける言葉じゃないとは自覚している。けど、こいつの歪みに付き合うなら、この程度の言葉は言わないと気が済まない。

「おまえの在り方は、酷く歪んでいる。でも、決して愚かでもないし、むしろ美しいと、そう感じた」

 ウソじゃない。

 こいつの笑顔も、仕草も、意志も、尊くて、綺麗だった。

「だから、もういいだろう? 一人で背負うのは、これっきりにしてくれ。これからは、俺がおまえの隣に立つから。背負ってるもんは、俺たち神奈川の生徒にも、壱弥やカナリナ、嫌がるだろうけど、千種と明日葉にもわけてくれ……おまえの世界も、救わせてくれよ」

 答えなんて、求めていない。

 いまはまだ、必要ない。

「だから、これも言わないでおく」

 おまえに向ける、もうひとつの感情。

 天河舞姫という少女にのみ向けることのできる、たったひとつの感情。これを言うのも、答えを得るのも、先の未来でいいだろう。

「舞姫。いまはまだ、仲間として、おまえの世界を守ってみせるよ」

 後ろ首にあるコードを指先で確認し、それを摘み、破壊する。

 パキン、と小さな破砕音が響き、暴れる舞姫の様子に変化が訪れ出す。

「なに、これ……?」

 しばらく自分の目を交互に塞いだりしながら、辺りを見渡す舞姫。

 その、久々に見る純粋な瞳が、俺の前で留まる。

 不思議そうに、理解できなそうに。けれど、目尻に涙を浮かべながら。

「みゆ、ちん……?」

 戸惑いながらも、彼女は俺の名前を口にする。

 この光景を、何度思い描いて来たことか。再び名前を呼ばれるこのときを、どれだけ待っていたか。

「おはよう、舞姫。さっそくだが、おまえに話したいことが、いくつもある」

 これで、俺と舞姫の歯車は再び噛み合ったのだろう――彼女との約束は、ここからが本番だ。

 なにせ、この小さな女の子の世界を、守っていかなければならないのだから。

 この先、たとえ俺が、どんな結末に至るとしても――。

 




とりあえず最初に言っておこう。

すまない。もっと盛り上げようかと思ったけど、後半で盛り上げる場面がいくつかあるので中盤ではこれで許してください。
次はあれかな? 保護者がどう出るかなんだが……うん、自由くんの運命はいかに?
では、また次回。


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彼の世界は

どうもみなさんalnasです。
この話もそろそろ核心に触れていく頃になりました。ここからが本当のスタートと言っても過言ではない。いや、やっぱり過言かも。
では、どうぞ。


 人の見る世界は、何度も入れ替わる。

 入れ替わり、立ち替わり。いる場所、関わる人間によって、世界は常に変化する。

 けれど、それはごく一般的なことで……。

 移り変わる日々なんて、ありきたりで、退屈なんだと思っていた。だから劇的な変化を望んだことも、一度や二度じゃない。

 でも、望みは叶えられないと知っていたから、無邪気に願ってしまったのだろう。

 そう在ることがあたりまえで。

 そう成ることが決定していて。

 定まった日々だったからこそ、きっと、余計に多くの事を望んでしまったに違いない。

 無意味で、無価値で、本来なら叶えるまでもない願い。

 普通に生きる人たちからしたら、なんとも滑稽に映るだろう。

 それでもよかった。

 気にならないかと聞かれれば気になるが、他人の目など。ましてや、正面からモノを言えない人間の言葉など、気にする価値はなかった。

 一人ならそれでよかったし、べつに、誰かとこの願いを共有していたいわけでもなかったから。

 可愛げはなかった。

 おおよそ、人の親が望むような感情(かお)を浮かべることもできなかった。

 最早、必要とするモノは目の前から消え失せ、この身も不要になりつつあった。

 だって、そうだろう?

 何年眠っていたと思っている? 何年、その夢を見ていたと思う?

 人の世界は変化し続ける。それは決定事項だ。変化のない日々など、生きている限りありえない。でも、その変化はひとつの世界で続いていくものであり、決して。決して、いくつもの世界が同時に迫ってくることはない。

 そもそもだ。

 人間一人が同時に別々の世界に干渉できるものだろうか?

 他人の深い部分に、浅い部分に、どうでもいい感情に、脆く朽ち果てかけの理想に、無関係の奴が意志を持って干渉することの意味を考えたことは在るだろうか? いや、在るはずがない。

 これはたった一人、あの夢を見続けた者のケジメだ。

 終わらない人同士の関係を築き続けた者の理想だ。

 最後まで、なにひとつ見定めることなく、なにひとつとして救えなかった者の罪だ。

 正義はなく、悪もない世界。

 映る人々の感情を感じながらも、なにひとつ果たせない者に、戦って守り、死ぬことは許されない。

 浅慮にも願ってしまった者に、受け止め切る皿はない。

 力はある。

 資格はない。されど消えることは許されず。

 ならば、許されるのは傍観することだけだった。あらゆる事態を俯瞰し、せめて己の部屋を崩壊させない一手を打つことがせめてもの抗いだった。

 目の前にいる、理想。

 自身が果たせなかったモノを内包し続ける、自分を殺しかねない人類の希望。

 醜く、汚らわしく、恐ろしく、なによりも尊い、穢れなき願い。

 だから、自分で壊してしまいたかった。

 縋っているではないかと、糾弾したかった。

 自分と重ねて、同じであると憐れみたかった。できることなら、用いるすべてを投げ打ってでも、否定したかった。

 できないのならば、せめて押し付けて、押し付けて押し付けて押し付けて、いずれ破綻する未来を眺めたかった。

 人は自分以上のモノは背負えないのだと、証明して欲しかった。

 なのに、あろうことか背負い続けられてしまった。

 放り投げた勝手な理想ごと、自分は手を引かれてしまっていた。

 ありえない。

 言うのは簡単だったが、そんな言葉はとうに出るはずもなく。

 気づけば、おぞましい呪いをかけてしまったものだ。

 本当は、自分が掴むべきだったのかもしれない。無理に気づけたときに、黙認するのではなく、ハッキリと否定するべきだったのだろう。

 しなかったのは、楽だと思ってしまったからで。

 しょせん、自分はそこまで強くはなかったのだ。

 見えているのに、知っているのに、いつまでも解決しない。

 そんなんだから、いつまでたっても世界の答えは得られないのだ。

 逃げていたかったのか、いまが好きだったのか……結局、ただの弱くて脆い、人だったのだろう。

 そう思うのなら、人一人に背負える願いには限度があるはずなのに、よくここまで保ってくれたものだ。

 なにより、自分の世界と向き合えたのは、きっと――。

 人間の最も強い部分は、決して自分だけのために在らないこと。

 いささか過剰だが、だいじょうぶ。

 この手に取り戻した温もりを忘れない限り、もう、目を背けたりはしないから。

 

 

 

 

 腕の中で、一人の少女の瞳が俺を捉える。

 ずっと見続けてきたその顔が、よく見える。

「みゆ、ちん……なんで、どうして――」

 涙を浮かべながらも、言葉にならないまでも、口を開く舞姫。

 ここらでなにか、気の利いた言葉が出ればいいんだが、生憎、俺にそのスキルはないし、気遣いもない。

 せめて現状説明くらいはしようと彼女を解放し、落ち着いて話そうと座り込んだ刹那。

「まさか、<アンノウン>が擬態能力を!」

 まさかの発言が飛び出した!? ちょっとー、どういうこと? なにをどう考えたら<アンノウン>の新しい可能性に思いつくわけよ。まだ俺が目の前にいるって方が現実でしょ。

 それにほら、コードも破壊して本来ある世界の一部が――って、結界自体も壊れてるから、建物はともかく、空は見えている状態に変化は無いか。

 むしろ、現状俺以外が見えてない可能性が一番高い……。

「神さま、あんた意地悪だ。ここでもう一戦とか、もう切れる手とかないってのに」

 さて、目の前の勘違いアホ娘は話し合いの場についてくれるだろうか? おとなしく話し合ったとして、理解してくれるだろうか?

 結論から言おう。

「ありえない……もうね、ほんっとにありあえない」

 誰がラスボス倒したから裏ボス出せと言ったよ。

 あんなのに勝てるわけないでしょ? ここまでズタボロにされてコードひとつ割るのが限界の男にどこまで試練を用意すれば気が済むのやら。

「しかしまあ、舞姫が戦うってなら、相手するだけか……」

「しゃべった!? <アンノウン>がしゃべった! ど、どどどどうしよう……困った!」

 うん、俺も困った。

 どうあっても人として認識してくれない神奈川の首席にどうしようもなく困ってる。

 こうなれば、もう一度殴りあって止めてみるか? 結果なんて見えてるけどな!

「え、えっと、意志疎通とかできるのかな?」

 構えようとしたところ、舞姫からそんな疑問が上がる。もちろんできるとも、人間だからね! などと言っても信じないかな。

 一応、試してみよう。この機会を逃すと次がいつ来るかわからん。死後じゃ無意味だし。

「舞姫、俺だ。天羽自由だ。決して<アンノウン>でも、死人でもない。正真正銘、天羽自由。わかる?」

「へ? ――……そ」

「そ?」

 聞き返すと、拳を振り上げた舞姫がいて。

「そんなわけあるかぁぁぁぁああぁぁっっ!!」

「理不尽かてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」

 反応する余裕もない俺は、絶叫しつつ衝撃に備える。が、

「……」

 一向に拳が届くことはない。

 代わりに、舞姫がゆっくりともたれかかってきて、俺の胸に顔を埋める。

「…………ほんとに、みゆちん?」

 長い沈黙の後、舞姫から小さな声が漏れた。

「あのとき、生きててくれたの……? カナちゃんもいなくなって、死んじゃって、それでも戦わないと、守らないとって……」

 ああ、ああ。わかっていた。

 この子が俺たちが消えた程度では折れないことは。

 負担をかけたとしても、悲しみを生んだとしても、諦めないと知っていた。

 だから預けてしまった。

 支えてしまった。

「わからなくなって……でも、みんながいるから、世界を救わないとって、そうやって……」

 ポツリ、ポツリと言葉が重ねられていく。

 小さな少女を最強たらしめる、呪いのような言葉が積まれていく。聞きたくない、耳を塞いでしまいたい。彼女にも、自分にも。この関係に蓋をできたならどれだけいいか。

 でも、叶わない。

 これは幼い頃と変わらない、誰かが割りを食うゲームだ。いずれ訪れる終末すらも受け入れなくてはならない選択肢のひとつだ。

「舞姫、もういい」

 無意識に、口からこぼれ出る。

 これまでしてこなかった、言うことのなかった言葉が、彼女に向けて、やっと届こうとしている。

 難しいことなんてなかった。

 ただ、言ってやりさえすればよかった。

 遅いかもしれない。

 無意味かもしれない。

 今更なのかもしれない。

 けれど、声に出して、確かな意志を持って、否定するべきだった。

 人間が一人で救う世界にはなにもないと、誰かが最初に、示すべきだった。

 きっと、間違いだらけで、反発しあって、うまくいかなくて、失敗続きの先にしか成功のないことだとしても。それでも、救われた世界には、多くの意思が、意味が溢れているんだと、俺はとっくに知っていた。

「みんなで救う世界には、笑顔があった。幸福があった。アレはまだ、まがい物で、現実にはなっていない、ただの夢だけど、誰もが夢見た世界には、救いがあって、最後は必ず、笑顔があった」

「みゆちん……?」

 俺の見ていた夢は、正真正銘、他のこどもたちが見ていた夢に他ならない。

 他人だけで構成された世界。それが俺のすべて。

 だからこそ、言えることがある。

 この、俺たち人類が生み出してしまった救いの女神さまに、言えることが。

「――舞姫。おまえはもう、無理してまで世界を救う必要はない」

 たとえ、傷つけてしまうとしても、それは――。

 



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どうして否定は生まれたのか

どうもみなさんalnasです。
物語もやっと後半へと向かい始めましたが、ここの話は長いぞ。――ついてこれるか?
と、それはさておき。クオリディア学園の方も書き出したので、更新の際はわかりづらくなってしまうかもしれませんがご了承ください。
最新話から飛んできて読んだことある話だったら一度目次まで飛んでくだされ。きっとクオリディア学園が更新されているでしょう。


 生きていく上で、人は人との線引きをしている。

 境界線。立ち入ってはならない側面。誰しもが持つ、自分だけの領域。

 そこに考えもなく踏み込めば、関係性なんてものは一瞬のうちに消し飛ぶだろう。

 許可もなく、資格もないままに人の内に触れることは許されない。

 なぜなら、人は強くないから。

 脆く、儚く、ただの言葉ひとつで壊れてしまうほど、繊細だから。

 言わないと、決めていた。

 触れたくないと、避けてきた。

 だって、傷つけてしまうのは嫌だったから。

 傷つけられることは、許容できた。昔からそうだった。自分の痛みは、我慢できた。誰かの前でなら、自分は自分らしくとはいかなくても、強く在れた。

 笑顔になれた。

 側にいてくれた。

 そうだ、いつだって支えてくれていた。

 今日も世界を救おうと、同じ意志を掲げてくれた。

 いつだって隣で微笑んでくれていた。ずっといてくれると、そう思い込んでいた。決めつけていた。

 一度だけ、本気で戦ったことを思い出す。

 投げかけられた問いは、向けられた怒りは、正当なものだったと何度でも考えさせられる。

 そんなことがあったからかもしれない。

 正面からぶつかって来てくれたからかもしれない。

 受け入れるのに、そう長くの時間はかからなかった。最初は少しだけ居心地の悪そうだった、嫌そうだった表情からも嫌悪の色が消えて、いつしか、ずっと前からいたかのように馴染んでいた。

 わからなかった。

 言葉でも、力でもなく関係性を築いていく、適当そうに見えるあの姿からは、想像もできなかった。

 強くて正しいだけだと思っていたのに。

 けれど、いつからか力を振るうことをやめてしまった。前に出れば、多くの人を救えるのに。一緒に戦ってくれれば、とても心強いのに。

 彼はいつだって、私と同じように前を向いていたから。

 きっと、甘えていたんだ。

 思想も、在り方も、同じだと思いたかった。それがいけなかった。

 彼は私と同じでも、他の誰とも同調してもいなかったんだ。あるのはただ、自分だけ。私の見ていた彼の中にあったのは、他者への気遣いでも、否定でもなくて。ただ、ポツンと自分だけが立っている。

 一歩引いた世界から、私たちの世界をずっと見ているような。そんな、いまにも消えてしまいそうな人だった。

 おかしい。

 一緒にいれば、彼の目は私に向けられる。でも、そこに私は映っていなかったと思う。

 それが嫌だったから、なんとかして、気を惹こうとした。

 彼に、ちゃんと人を見て欲しかった。自分の守った世界を見てほしかった。誇りでも、意志でもなんでもいい。彼に直接的に作用する感情がほしかった。

 でも、気づいた頃には彼は変わっていた。

 これまで以上に、普通に話してくれるようになっていた。なにがあったのかは知れなかったけど、いい変化が訪れ出したんだと思えた。

 やっと、本当の意味で仲間になれたと。

 それからは、楽しかった。

 彼は何度も私の力になってくれた。神奈川を、ほたるちゃんを救ってくれた。

 その辺りからだろうか? 彼が私のことを『姫さん』と呼び出したのは。

 ああ、嬉しい。

 私の周りに、神奈川に、平和が溢れていく。

 そうだよ、私は世界を救えているんだ。

 彼がいてくれる。ほたるちゃんが、みんながいてくれる。

 ならあとは、世界を救いきればいい。

 私がいる世界。私がいたい世界。みんなのために、なにがなんでも、取り戻すからね――。

 

 

 

 

 

 

 人が脆いとは、よく言ったものだ。

「――舞姫。おまえはもう、無理してまで世界を救う必要はない」

 彼女のコードを破壊し、<アンノウン>でもないことを確認させた俺が真っ先に伝えたことは、これまで避けてきた、彼女の在り方そのものだった。

 言わなければ、先には進めないと思った。

 彼女の無理は、よく知っている。今回も、神奈川の主力を残す選択だってあったはずだ。それを拒否したのは、舞姫自身だろう。

 このままでは、いずれ彼女は破綻する。

 押し付けられた願いで、成そうとする姿勢に無理がくる。

 それがいつかなんてわからないが、もう見ていられない。向き合うなら、ここしかないのだ。俺が彼女に伝えられる機会があるとすれば、邪魔者のいないこの瞬間しかない!

「もう遅いかもしれない。おまえを苦しめるのかもしれない。けど! けど……言わせてくれ。自分を犠牲にするやり方で救った世界に、俺たちの求めているモノはないんだ」

「求めている、モノ――?」

 どこか焦点の合わない胡乱気な舞姫の瞳が、俺を見つめる。

 わかっている。彼女にこの言葉を向ける危険性は、過去何度も考えてきた。そのたびに、蓋をしてきた!

 様子を見ていれば、もしかしたら変わるかもしれないと、受け止めきれないものを、俺たちにも分けてくれるのではないかと、そうしてまた、新しい重荷を彼女に背負わせてきた!

「これは俺の――ああ、俺の罪だ」

 無意識に、彼女の肩を掴む。

 意味があるかのように、無意味な行動をとってしまうのは、俺が話し切れるのか、いいものか、一人では怖いからだ。

「舞姫、無理しているのは知っていた。俺も、ほたるも気づいていた」

「ほたるちゃんは……うん、そうだね。ほたるちゃんだけは、ずっと私のことを支えてくれた。わかっていてくれた」

 抑揚のない声が、争いの終えた静かな世界に響く。

「そっか……ほたるだし、よく見えてるし、甘えさせもするか」

 でも、否定まではしきれないよな。それはほたるにさせることじゃない。

 親友相手に掲げた意志を否定させてはいけない。

 であればこそ、やはりこれは俺が言わなければならないのだろう。

「世界を救う――大事なことだ。必要なことだ。力のある者たちが前に立ち、率先しなければならないと言うのも、理解できる」

「なら、私が一番前に出ないと……」

「ああ、一番前に出るだけなら、きっと俺も、まだ甘えていたと思う。おまえの力に、意志に、委ねていたと思う」

 もしもだ。もしもの話が許されるのなら、俺はいま、この場に四天王のみんながいることを願っていた。激戦だろう。ここまでうまく作戦は事を運べなかっただろうし、コウスケの力も借りていたはずだ。遠距離射撃を行ってくれた二人にも、近距離での牽制を頼んでいたかもしれない。

 結果、舞姫の手によって殺されていたとしても。

 きっと、それならそれで満足しただろう。あいつが一人でなく、仲間と共に残っていてくれたなら――。

「これは持論だが……自分一人残って仲間を逃すってのは、ある種最低の裏切りだと俺は思う」

 人形のように無機質な彼女の表情がわずかに崩れる。

 過去、それをしようとした人間が言えた台詞ではないが、現在実行してしまっている相手に対してなら、許されもするだろ。第一、こいつには言えるくらいの実績があるからな。

「正直な……おまえのしていることは立派なのかもしれない。他の生徒たちからしたら、弱者からすれば、まさに救いの女神だったのかもしれない」

 逃げることに成功した、多くの生徒たちの安堵の顔が思い浮かぶ。

 誰も、きっと舞姫のことを気にかける余裕などなかっただろう。あったとすれば、四天王の誰かが舞姫と一緒にいた場合だ。彼女たちなら、嘆いていることだろう。

「一人で守り通すって言うのは、実は簡単だ。目の前で誰が傷つくわけでもないし、守れなかったと後悔するわけでもない。その場限りではあるが、仲間が逃げていく様を確認できるんだから、確かに守れたと実感できるだろうさ。だが――その守った相手を、本当に仲間と呼べるのか? 自分はそいつらに仲間だと正面から言えるのか?」

「仲間、だよ……? みんな、みんな私の友達で、仲間だよ……」

「説得もせず、望みも聞かず、自分の意見だけを通す相手を、仲間とは呼べないよ。そんなの、ただの人形じゃないか」

「違う、違う……」

 なにが違うと言うのだろう。

 自分の言うことだけを聞いてくれる奴を友達とは呼ばせない。呼ばせてはならない。

 これまで彼女たちが人形に徹してしまった場面がないわけではない。けど、舞姫の危機にはいつだって、馳せ参じてきた、神奈川の仲間じゃないか。

「本当は、巻き込んで欲しかった……」

 力なく漏れた言葉は真実で。

「いつだって、なんだって一人で解決しちまうおまえに、連れて行って欲しかった……」

 俺は抑止力。

 わかっている。自ら前線に立つことをやめた俺の本当の理由。

「おまえの隣にいても、おまえが俺を頼ることはなかった。利用してもくれなかった。ただ、隣に居てほしそうな眼だけが印象に残ってて……だから消えてしまうこともできなくて」

 愛おしい。

 こんなにも求めているのに、彼女にはそれが見えない。

 いつだって世話を焼いていたのは、前線から退いてなお、抑止力として後方で待機していたのは。

 戦況をそれとなく把握していたのは。

「自分一人でじゃなく、みんなと立とうとしてくれる日があるんじゃないかって、勝手に思い込んでいた……呼ばれる日が――望んで呼んでくれる日が来るんじゃないかって、あいつみたいなことにはならず、守れるんじゃないかって、みっともなく思い込んでいた……」

 人は強くない。

 いつだって誰かを求めるし、いないと不安で潰れそうになる。目の前で失うことがあれば、悲しみも痛みも、そいつのぜんぶ自分が俺に返ってきて、余計に苦しくなる。

 なのに、人は他人と線引きをする。

 踏み込ませないように、悟られないように。そのくせ、自分のことをわかってくれと、思いを知ってくれと強請るのだ。

「その罪の象徴が……俺たちの――俺の犯した罪の在り方が、おまえ苦しめていると言うのなら!」

 ああ、みっともない。なんて酷い有様だ。

 これまでの自分を、いまの自分を否定してなお、彼女に委ねている俺が醜くて仕方がない! けれど、逃げないと決めた! 彼女を受け止め切ると願った!

 そんな俺が逃げれるはずがないんだ。目を、背けてはいけないんだ。

「おまえはもう、一人で行くな! なんでもかんでもやろうとするな! おまえには、おまえを慕う友が、仲間が、大勢いるはずだ! そいつらを、そいつらの思いも一緒に見ろよ、背負わせろよ!」

「できない……できないよ、そんなこと!」

 彼女の肩を掴む俺の腕を、小さな手が握り込む。震えながらも、強く、痛いほどきつく。

「なんで決めつける! 仲間を頼ることが、そんなにも難しいか!? おまえは俺に、側に居てくれと言うのがそんなにも難しいか! いいや、言えるはずだ。俺の知る天河舞姫は、一人でしか戦えない程弱くないはずだ! ここで誰かを頼れないようなら、戦うことなんてやめちまえ! 世界を救う資格は、いまのおまえにはない!」

 腕を掴む力が緩む。

 彼女の視線が下に向けられる。

「どうして?」

 けれど、向けられた言葉はどこまでも冷たくて。

「どうしてキミが――私を否定するの?」

 そして、どこまでも鋭く、俺の心に刺さった。



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Promise code

どうも私です。
うん、長い。このシーン長いよ比率考えろって話ですね。
間にちょくちょく短編なり学園なりを挟んでいるので姫さんとの話で何ヶ月使っていることやら。とは言え、そろそろいいよね。
では、どうぞ。


 否定するのは当然だ。

 誰しもが、すべてを肯定するなんてありえない。

 たとえ……たとえそれが、自分にとって大切な存在であろうとも、

「おまえに無茶させ続けるくらいなら、いまここで真正面から否定してやるよ。これ以上、おまえを人から遠ざけるわけにはいかない。おまえには、仲間と一緒に笑顔でいるのが似合ってるからな」

 守るためなら、何度だって立ちはだかろう。

 この身の限界を、迎えたとしても、何度でも。

「なんで……わからないよ」

 光を失った瞳が、俺を捉える。

 戦意は感じない。けれど、どこか不安定なはずなのに、彼女の視線が外れると、外させられると思えない……。

 異常だ。

「無理しすぎなんだよ。一人でぜんぶ背負い込んで、助けられた俺たちがどんな気持ちかも知らない。いや、俺がそれを知らせなかったのが罪なんだろうが、理解できない奴に世界を救わせることはできない」

 だが、踏み込んでしまった手前、引っ込めることもできない。

 と来れば、後はとことんやるしかないよな。

「どうして、どうして……キミは私と、いつだって……」

「ああ、いつだって、世界を救おうと言ってきた」

「なら――ッ!」

 いつだって、なんだって彼女の隣で口にしてきた。呪いのように、何度も、何度でも!

『今日も世界を救おっか』

 何年も前から、あいつが一人だったときから聞いてきた。

 次第に実力を認められ、神奈川のトップになってからも、絶えず聞こえていた。

 舞姫が大切にしている友人を取り戻してからも、変わらなかった。

 三都市での攻防で、他のトップ陣と出会ってからも、変えれなかった。

「俺は何度、おまえに見て欲しいと願ったか」

 ああ、言葉にするまでもなく、わかってしまう。言葉にする必要がないくらい、理解できてしまう。

 苛立ちとも取れる、小さな綻びができていることに。

「舞姫、何度だって言おう。おまえの見る世界におまえの笑顔があると言うのなら、一人で戦おうなんてするな。もし、それすらも諦めているのなら、一生寝てろ」

「…………もう、いいよ」

「いいや、よくない」

「……黙ってて」

 彼女の声にも、声量が戻ってきている。でも、

「黙らない。おまえが間違いを認めるまで、口は閉ざさない」

「ッ、ならそこを退いて! こうしている間にも、多くの人たちが戦っているんだよ!? 私が、私が頑張らなきゃ、みんながいなくなっちゃう!」

 そうなのだろう。舞姫の中でその思いがあるのは知っていた。

 心のどこかで、俺たちが彼女に守られなければならない存在なのだと思われているのも、わかっていた。それほどまでに、彼女との力の差は激しかったのだから。

 なら、ここを退けばいいのだろうか? 否。断じて否だ。

 もう二度と、こいつを一人で矢面に立たせはしない。立たせるくらいなら、倒してでも止めてやる!

「悪いが、ここを退くこともできない」

 致命的なのは理解している。

 真面目な状況だってことも、重々承知の上だ。

 それでもここは譲れない。あいつが間違い続ける限り、俺が間違いを正す機会を持つ限り、倒れてやるものか。

「意味、わからないよ……なんで! 戦わないなら道を譲って! 動けるなら早く逃げて! なにもできないなら、私の前に立たないで!!」

 悲鳴にも似た怒号が、辺りに響く。

 本心から、俺に邪魔だと告げている。

「立つさ。おまえが変わらずある限り、俺はおまえを守る権利がある。おまえが道を外れそうなら、正す義務がある。なにより、俺には忘れちゃいけない約束がある。破れないなら、叶えるしかないだろ?」

「ふざけないで! なんで、なんでわかってくれないの!? みゆちんなら、私のことをもっとわかってよ!」

「――――わかってほしけりゃ、わからせてみろよ。俺の中にいるおまえと、いま目の前に立つおまえ。違う存在だって言うなら、わからせてみろ大バカ野郎!」

 どこまでいっても、おまえは天河舞姫だ。俺のよく知る、バカでアホな、笑顔が似合う天河舞姫なんだよ!

「誰もおまえに、一人で解決する強さなんて、求めてなかったんだよ!」

 今更な言葉だ。

 拳を握りながらも、この今更感に反吐が出る。自身のおこないに、吐き気がする。でも、これ以上は止まれない。あいつとの約束を、いまこそ果たすときだ。

 折れそうな心の声だとしても、構わない。

 倒れかけの体でも、躊躇はしない。

「だからあと少しだけ、どうか俺を動かしてくれ」

 <世界>は利便性の高い代物じゃないけれど。それでも、俺の力だと言える唯一残った希望。

「さあ、来いよ舞姫。気に入らないと、気に食わないと言うのなら、おまえが見ている俺を倒してみせろ!」

 神奈川の生徒は舞姫の願いを実行するほどには彼女に惚れ込んでいる。だから、今回も聞いてやらないとな。あいつの、お願いを。

 もうとっくに、願いの内容は聞いてある。

 そのために、ここまで来たんだ。

「誰がなにを言おうと関係ない。舞姫、おまえの世界は俺が救う」

「みゆちん……本当に、みゆちんなのに、私を認めてはくれないんだね。うん、ごめんなさい。あとでいっぱい謝るから、いまはゆっくり寝ていてね」

 命気が俺の、舞姫の体を包んでいく。

 限界だってのに、やっぱりこうなるんだから困ったもんだ。

「でもいっか。再戦の機会なんてそうそうないしな。ここで勝っておけば、いままでの黒星も返済できるってもんだ」

 こうしてなんか言ってないと、すぐに意識が飛びそうになる。

 ちょっとでも休めれば話は別なんだが……まあ、仕方ねえ。

「みゆちんじゃ、私には勝てないよ」

「はあ? だからなんだよ。ここに立ってる俺を退かせないおまえが、俺に勝てるなんて決め付けるな」

「そっか……じゃあ、行くよ!」

 その一言を皮切りに、舞姫の姿がかき消える。

「チッ」

 即座に右に跳び、大きく距離をとった直後。

 数瞬前まで居た地点に、拳を突き出した舞姫の姿があった。

「避けていいの? 私を倒したいなら、攻撃しないと勝てないよ?」

「こっちの事情だ、気にすんな。おまえこそ、避けられてていいのか? そんなんじゃ、退かせ――」

 言葉は最後まで紡げなかった。

 だって、そうだろ? 数メートル先にいた舞姫が、すぐ目の前にいるのだから。

「はあっ!」

「――こりゃダメだ」

 どうかわしても、追撃で狙われれば避けられない。なら、かわした先で下手に貰うよりかはここで!

 瞬間的に命気を左手に集中させ、舞姫の拳を捉える。が、

「っのやろう!?」

 抑えきれるはずもなく、一瞬の硬直はかえって、舞姫に絶好の機会を渡してしまった。

 ガラ空きになった体に、舞姫の小さな拳が振りかざされる。

「ぐっ!?」

「ああああああああああっっ!!」

 裂帛の気合いと共に振り抜かれた拳に貫かれ、感知するよりも早く、近くのビルへと吹き飛ばされた。

 あとから、割れたガラスの破砕音や、崩れた壁の轟音が耳に届く。

「がはっ……くっそ…………思いっきり殴りやがって……」

 限界に限界重ねた体に、これは致命傷だ。

 息が荒い……。

 視界が霞む……。

 もう痛みすら、ロクに感じない。

 ああ……ああ、でも。

「――……約束、守らないとな」

 救うではなく、救ってなんだ。

 誰も、彼女の願いを悟りはしない。あのとき漏らした小さな、ほんの小さな本音。

『みゆちんは、本当に私たちの世界を守ってくれる?』

 あの言葉がある限り、何度でも――。

『疑り深いな……ちょっとは信用してくれよ』

『んー……してるよ。みゆちんのことはいつだって信じてる』

 俺の信じる彼女が、俺を信じていてくれるなら。

『だから、みゆちんも世界を救ってね』

 天河舞姫が、救えと言うのなら!

「俺はただ、約束を果たすまでのことだ」

 すでに体力は尽きた。

 <世界>の全力には人が足りない。

 戦略も、とうに通用しないと知れている。

 万策尽きた、か……。

「なに、問題ない」

 まだ立てる。

 まだ話せる。

 であるのなら、思考しろ。思案しろ。考えることをやめるな。

 ここを通せば、もう後戻りはできなくなる。舞姫を連れ戻すには、一線を越えさせないためには、もうここしかないんだ!

「舞姫ェェェェェェェェェェェェッッ!!」

 ああ、なんて都合のいいことか。

 体の痛みが、僅かだが引いていくように感じる。

 少しだけ、元気を分け与えられたような気がする。

 ビルから降りると、こちらに視線を向けたままの舞姫が、表情を歪めた。

「みゆちん……」

「まだ終われないみたいでね。万策尽きたなら、一万とひとつ目の策を探るまで」

 我ながら、現金なものだ。

 先ほどと俺の状況はなにも変わっていない。でも、俺以外の状況は着々と変わりつつある。

 さあ、あの声が聞こえるか? 俺に希望を繋いでくれる金糸雀がごとき美しい声が!

「おまえの世界、守らせてもらうぜ」

 今度こそ、おまえの心ごと、救ってみせる。

 <世界>をもってして、繋げてみせよう。この先にある、天河舞姫の優しい世界のために。




すまない……本当にすまないがまだ終わらないんだ。
けどもう終わりは見えてるから。本編終了は全然見えてないがな!
というわけで姫さん編があと数話で終わったとしても本編は終わらないのであった。
では、また次回。


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大切なことは

どうもみなさんalnasです。
いまでも某混沌カードゲームで舞姫を使って勝てないものかと模索している暇人です。
うん、愛があればどうにかなるなんて嘘だったよ!
というのはさておき、クオリディア・コードもなんだか縮小してきた感じがひしひしと伝わってきますな。頼む、誰かまた火を灯してくれ!
というのも置いといて、始まるよ!


 

 歌声が聞こえる。

 繋がりが、勝手に増えて行くのがわかる。彼らの声が、力となって伝わってくる――。

 息は絶え絶えで、体はいうことをきかないくせに、戦おうと立ち上がる。

 救えと、守れと、俺の心が叫んでいる。

 ボヤけていた視界が、クリアになっていく。

 絶望的な状況が、僅かだが前進していくのがわかる。

 空の果てから、優しくも強い歌声が希望をくれる。優しさを、分け与えてくれる。諦めるなと、少しばかりの応援をくれる。

 歌に乗せて、多くの感情が流れ込んでくる。

 結局、ここまで来てしまったということだ。

「つまらない意地を張ってたのは、俺も一緒か……どうあれ、俺たちの喧嘩もここまでみたいだな」

 コードは破壊した。

 彼女は――舞姫はこの状況を正常に認識しているはず。

 亡くなってなどいない。俺たちの仲間は誰一人、おまえを残してきたわけじゃない。

「こうなりゃ前言撤回だ」

 俺の隣に、一人の男子生徒が降り立つのがわかる。

 視界の端に映るその制服は、東京の生徒だ。

「参りましたよ。でもまあ、俺も最初に言いましたしね。覚悟だけは決めときますってさ」

 自然と笑みがこぼれる。

 ああ、そうだった。ここに来る前に、そんなことを話した気がする。思えば、こいつにも不安なんかなかった。空から向かって来る彼女たちには、決意があった。

「最初っから、頼ってもよかったのかもな……けど、それはそれ。いままでのは全部、全部が俺の意地とあいつを救うための約束だった」

「でも、こっからは俺らも参戦してもいいすよね?」

 横に視線をやれば、笑顔を浮かべる今回の相棒が一人。

「はあ……」

 どういうわけか、ため息が漏れた。けれど、なぜか心地いい。

 一度は完全に追いやった。決着がつくまでは誰も来ないもんだと決めつけていた自分がいた。危険度は他の戦場より跳ね上がるんだから、当然だと思い込んでいた。

「悪いな。なら言わせてくれ。俺の――俺と舞姫の約束のためにも、力を貸してくれ!」

「もちろんっすよ! だって俺たち、仲間じゃないですか!」

 隣に並び立つコウスケに、俺も笑みを向ける。

 相手は神奈川最強。本来ならビビって動けなくなっても不思議じゃない相手に立ち向かえる強さ。無謀なんかじゃない。前に出れることは、立派なそいつ自身の強さだ。

「行くぞコウスケ! 捕まったら終わりだからな、気合入れていけよ!」

「了解! んじゃ行きますよっと!」

 コウスケの持つ出力兵装に乗り、素早く浮上してもらう。

 ある程度の高度を保ったところで、舞姫を見据える。

「薄々、わかっているんじゃないのか?」

「…………なにを」

 あいつも意固地だな。

 認められれば、楽なんだろうけど、生憎あそこまで追い込んだのは俺か。攻撃しまくったところで消耗戦は一点突破が得意な舞姫には効き目が薄い。

 歌が途切れる前になんとかしないと。いや、違うか。

 カナリアに無茶させる前に終わらせる!

「わかるか、舞姫。俺たちにはたくさんの、本当にたくさんの仲間がいる」

 彼女は知らないことだが、さっきまで一緒に戦ってくれていた、敵だったはずの隠谷と依藤。

 危険を承知で駆けつけてくれた、コウスケとカナリアたち。

 最初っから頼んでいたわけじゃない。みんな、自分の意思で力を貸してくれている。多分、いらないと言っても聞かないだろうお節介を焼いてくれている。

「いらないとか、死んでも言えなくなったけどな」

 実際、いいタイミングだった。あと一歩足りないところに駆けつけてくれたんだ。ちょうど、機動力が欲しかったんだよね。

「コウスケ、舞姫の周りを旋回するように動けるか?」

「楽勝っすよ!」

「なら頼む。時間も押してることだし、保護者の乱入がいつあるかもわからない」

 途中で千種たちをまいてきたのは間違いだったかもしれないな。あいつ、たまに変なこと思いつくし……横槍が入らないといいんだが。

「とりあえず最速でいきますんで、振り落とされないでくださいね!」

「頼むよ。思いっきりやってくれ」

 言うが早いか、兵装をすぐさま発進させるコウスケ。

 俺たちが動き出したのを見てか、舞姫も構えを取る。だが、果たしてこのまま、全員で舞姫を攻撃するのが正解なのだろうか? コードはもう壊した。なら、次は? 説得を続けている間に決定打が欲しいのは変わらない。けれど、それがあいつを倒すのとはどうにも合致しないときた。

「否定するだけじゃ足りないなら……まったく、本当に神奈川の奴らってのはしょうがない」

 昔から手間のかかる……初めて出会ったときから今日まで、何度無茶をしてきたか。何度、あいつの顔を見てきたか。そして何度、俺が救われてきたか。

「っと!? ちょ、なんでそこいらの石が<アンノウン>より危険なんすか!?」

 思考を巡らせる間も、コウスケは懸命に舞姫の投石を避け続ける。

 上を見上げれば、カナリアが到着していたらしく、手を振っていた。が、こんなときに返す余裕はない。

「みゆちん!」

 石が当たらないとくれば構わずに突っ込んでくる舞姫。

 説得も、否定の言葉も、彼女の意識を余計に戦いへと向けるだけだ。固執させるだけの言葉なんて、いらないんじゃないのか? もしそうなら、必要なのは!

「舞姫!」

「へ? あ、ちょっと自由さん!? 神奈川首席にむかってダイブとかマジっすか!? って聞いてないし!」

 彼女が俺を呼ぶのなら、俺もまた、彼女の名を呼ぼう。

 避けるだけじゃ、逃げ続けるだけじゃ無意味だ。なにも前には進まない。

 あいつとの約束を、彼女の小さくも大事な世界を嘘にはさせたくない。いまの視野の狭ばった彼女には届いていない友達の歌声を、俺が抱いている想いも、天河舞姫の夢見る優しい世界も、彼女から無くしたくない!

 ――だから。

「俺の声を聞け、舞姫! 自分の心の叫びに耳を傾けろ!」

「うるさい……うるさいッ!」

「駄々っ子か……もういい! いまから直接、おまえ自身に伝えてやろうじゃねえか!!」

 俺たち子どもが持っている不思議な力。程度の差はあれ、宿ってしまった<世界>。いつも気にかかっていた。他のみんなは、自分の持つ世界だけで完結しているのに、と。

「舞姫、俺はな。俺は、ずっとおまえの在り方が羨ましかった。おまえの<世界>を創り上げる夢の内容を知ってからずっと、それでも普通であれるおまえが」

 奇しくも、他人の夢を重ね合わせて創り上げられた俺の<世界>には、俺の存在はなかった。だから俺は、俺一人では<世界>を十全に扱えないし、人が多い程、<世界>は出力を上げられる。

 それは俺の力なのかと、何度も何度も何度も自分に問いた。だからこそ、『幸せな世界』なんて漠然とした夢を見ていたと聞かされたときは驚いた。

 なんで潰されないのかと、どうしてそこまで自信満々なのかと疑った。

「でも違った! おまえはてんで普通の女の子で、ずっと重圧に、周りからの期待に応え続けていただけの我慢強いだけの女の子だった!」

「だから私は――」

「だから俺は、いつだっておまえに協力してきた!」

 俺と舞姫の距離が迫る。

「みんな、みんな強い私が必要なの! なにもかも守れる私じゃないと、誰も救えないし、誰もついてきてくれないから!」

 激情が押し寄せてくる……避けようのない、少女としての舞姫の叫びが届く。

 普段の彼女からは想像もつかない弱音。その一言が、彼女を縛っていた呪い。

「ふざけんな!」

 そしてなにより、俺が否定したい思想。

「誰がそんなおまえに協力したいだなんて言った! 俺は、強いおまえを求めていたか? ぜんぶなにもかも完膚無きまでに守り通したおまえしか見ていなかったとでも言いたいのか? 俺が、ほたるが、神奈川の全員が求めていたのは、強いだけのトップじゃない! そこにいるのが、天河舞姫だからついてきてたんだ!」

「うそ……」

「嘘じゃねえ! 神奈川の仲間の、いったいどこを見てきたんだアホ娘!」

 おまえと話すときの楽しそうな、嬉しそうな仲間達。

 誰も彼もが構いたくて、構ってほしくてたまらないと言っていた。決して、最強の少女を欲していたわけじゃない。みんながついていけていたのは、天真爛漫なその人間性があったからだ。

 みんな、おまえの笑顔が好きだったからだ。

 そう、他でもない、俺自身も――。

「いつだって、みんなおまえを見ていた。心配していた。憧れてきた。好いていた! 本当はわかっているはずだ! たとえおまえが最強じゃなかったとしても、変わらずみんな、側にいたはずだって!」

 もう拳は必要ない。

 喧嘩のための力は、もういらない。

「でも、でも……そうしたら私は…………」

「不安なら、それでもいい」

 彼女の拳が届く範囲にまで落ちてきても、それが俺に当たることはなかった。

 代わりに、小さく傷だらけの一人の少女を側に引き寄せる。

「長い時間、一人で頑張ってるとさ、段々わからなくなるんだ。<世界>は俺以外を見せ、俺はその<世界>を見ていることしかできない。でも、あるとき気づいたことがある」

「……」

 声は帰ってこない。でも、抱き寄せた彼女の頭がひとつ頷いたのが伝わってくる。

「俺はきっと、誰かにそいつの持っているモノを見せるためにこの<世界>を見ているんだろうってな。自分の見ている世界を、人を自覚するのは難しい。世界は自分の主観によって形成されちまうから、尚更な。だからこそ、俺の<世界>は在るんだろうって」

 舞姫の手が、俺の制服を握る。

「自分以外の誰かに、そいつの大事なもんを伝えてやるために在ったんだなって」

 どうしてか、なんてのはわからない。いったい、いつどこで、俺にそんな感情が芽生えていたのかんて知れるわけがないんだから。

 でも理由をつけるのなら、きっとこのときのために。

 そうあったのだと、信じたい。

「俺さ、いつも戦闘のために<世界>を使ってるだろ? でもな、繋げるってのは、本来こういうこともできたんだ」

 淡い光が、俺たちの周囲に舞い出す。

「これって……」

「俺の<世界>だよ。さて、じゃあ舞姫。確かおまえとは初めてだったと思うけど」

 淡い光が、彼女を包む。俺ではなく、舞姫をだ。

 繋げるのは、俺の見てきた光景。

 舞姫の周りにいる生徒たちや、彼女自身。なんでもない、いつも通りの代わり映えしない風景。

 平和で、優しさに溢れている、強さも守る力も関係なく、誰もが笑いあう日常。

「みゆちん、これって……私――私はずっと……」

 声音だけで、よくわかった。

 瞳から溢れる涙だけでも、理解できたに違いない。

 長かった。

 でも、こいつの本音は聞けたし、真向からぶつかりあって言葉も交わせた。なにより繋げることもできた。

「んじゃあ、もうわがままはいいよな?」

「うん、うん!」

 ったく、無茶させやがって。

 満面の笑顔ひとつ取り戻すのに、ここまでする羽目になるとはな。ああ、違うか。俺が取り戻したかったから、ここまでできた、のかな?

「どっちでもいいか」

 いまはとりあえず、

「おーいコウスケ! 着地する余裕もないし、回収してくれぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 救助が間に合うことを祈りますか。

 どちらにせよ、長いのはまだ、これからかもしれないしな……。

 こちらに猛スピードで接近してくるひとつの影を視界に捉えながら、俺は取り戻したモノをなくさないよう、再び手に力を込め始めた。




この雑感、なんとも言えない。
たぶん次は番外編もしくはifルートになるかなと。
では、また次回。


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昼寝してたら七夕祭の準備をしている件について

どうもみなさん、こんばんは。alnasです。
そろそろ暑さに溶かされそうな日々を乗り切って生きています。
ということで、少し遅れましたが七夕関係の番外編です。最近番外編オオイナー。
例のごとく一話完結はしないけど許してね!
では、どうぞ。


 7月7日。

 特に変わったこともなく、朝から<アンノウン>の襲撃や定例会議があるわけでもない。ここ最近では珍しい穏やかな日々であり、天気も良好。

 絶好の昼寝日和である。

「はあ、これはもう俺にどうぞ寝てくださいと言っているようなもんだな」

 適当に寝転がってみるが、うん、やはりいい。

 あとは枕に変わるものがあれば最高なんだが……次は枕を持ってくるか? いや、外用の枕を新たに買うのも手か。

「使えるのはこの屋上くらいのもんだが、それでも固い床よりは幾分もマシだな」

 ああ、このまま寝れたらどれだけ気持ち良いもんかねぇ。

 そう思いながら、ついつい空へと視線を向けてしまった。そう、向けてしまったのだ。

 空高くから聴こえてくる、俺の名を呼ぶ声。

 幻聴であって欲しい。あって欲しかった声音。

「こんな日くらい、ゆっくり寝かせてくれよ……」

 タイトル、いつものように寝ていたら襲撃を受けた件について。

 と眼目にメールを送り終えてすぐ。

「みーゆーちーん!」

 猛スピードで降ってくる落下物が一人。

 うん、もう本当にいつものことだな。ビルの屋上で寝ていると襲撃を受ける確率がそろそろ5割を超えるぞ!

 あとな……。

「おまえのスピードで突っ込んできたら建物も俺ももたないだろうがぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「み〜ゆち〜ん! 七夕だよ、七夕! 今日はこれから、七夕祭を開催するよ!!」

「まずは止まれアホ娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええっっ!!!」

 咄嗟に<世界>の力を使い、手に光をまとう。

 目標は一人。

 ただし、<世界>に繋がっているのも俺一人のみ……。

 空中でぶつかり合う小さな少女と光の壁。

 一瞬たりとも拮抗を保つことはなく、無残にも、光の壁は宙に溶けるように消えていった。

 大声でなにごとかを叫びながら迫ってくる姫さん――天河舞姫は楽しそうな笑みを浮かべながらこちらに降ってきて、やがて屋上を突き破る大穴を空けることとなった。

 かくして、俺の昼寝は終了を告げることになったとさ。

 ちなみに、この衝撃の余波で吹き飛ばされた俺は、その後姫さんに背負われて生徒会へと連れて行かれたらしい。

 

 

 

 

 で、どうしてこうなった?

 気づけばいつぞやの日と同じように祭の準備をしている自分がいるではないか。

「いやー、ごめんねみゆちん。まさかあそこまで酷いことになるなんて……」

「反省してるなら今後空からの登場も海中や土中からの登場は禁止な。主に空中。これで何度目だと思ってやがる」

 隣で作業を進める姫さんは落ち込んではいるものの、たぶん次もお空から降ってくるのだろう。

 なんせ、こいつの降ってきているときの嬉しそうな顔ときたら。

「で、七夕祭って言ってたけど、具体的にはなにをするんだ?」

 登場の仕方についてはこれ以上言及せず、開催の決まってしまったことについての話を進める。

「ん〜……騒ぐ! 遊ぶ! 食べる!」

「おう、ノープランな。わかった」

 きっとほたるが翻訳し、青生が具体案を詰めているはずだ。

 なんせこの祭、今日の午前中に準備を終え、夕方には開催するというではないか。しかも恒例になりつつある、三都市合同イベント……ようするに、神奈川主体でイベントやるから、東京、千葉の来たい人たちは自由に来てね! というわけだ。

「七夕ねぇ……」

 覚えている限り、そうしたイベントが小さい頃にあったのは知っている。家の問題もあってか、一度として行ったことはなかったが。

 ただ騒ぐための口実にしか思えないのは、気のせいじゃないといいんだが。

「ところで姫さん、七夕はわかるんだが、なんで生徒会は着物着用が義務付けられているんだ?」

「七夕の雰囲気を味わうため、かな?」

「疑問に疑問系で返すなよ。あと、俺は生徒会じゃないと思うの」

「え?」

「はい?」

 なぜか姫さんたちと揃えられた浴衣を着せられている俺。

 ちなみに生徒会というほどの権限もなければむしろ酷い扱いを受けているまである。

「まあまあ、カナちゃんたちも浴衣で来るって言ってたし、いいじゃん!」

「別にダメとは言わんがな」

 こう、まだ他の生徒が制服でうろついてるのに俺たちだけ浴衣ってもの異色すぎるだろ。大抵は「姫さまかわいい……」で終わるからいいけどさ。

「ねえねえ、みゆちんは今日のビックイベント、やるなら彦星がいい? それとも織姫がいい?」

「待て、なぜ二択用意した? そこから話し合おうか姫さん」

 ビックイベントがなにかは知らないが、七夕の選択肢でその二択が男に用意されているのはおかしい。不吉な予感しかしないじゃないか。普通、俺に聞かれるのは彦星でいい? であるべきで、織姫があっていいはずがない。

「でも、みんな言ってたよ。織姫でもみゆちんならこなせるんじゃないかって!」

「断る」

「だが断る!」

「――こんのアホ娘は本当に……」

「さあさあみゆちん、セレモニーの練習だよ! んー……私が彦星やるから、みゆちん織姫さまやろっか!」

 思い立ったが吉日。というか、すでにやることは最初から決めていたらしい。

 珍しく端末を持ち歩いていた姫さんに連絡が届き、準備ができたという青生の声が聞こえて来る。

「よし、あおちゃんが衣装の手配をしてくれたから、いこっか」

 こちらに伸ばされる小さな手。

 過去にはねのけてきた少女の手。

 その手を向けられては、俺はもう跳ね除けることはできない。

「はいはい、わかりましたよお姫様」

 力で彼女にかなうはずがない。

 引きづられるようにして、出てきたばかりの生徒会へと戻されていく。

「セレモニーって、劇でもやんのかよ……」

「うん、やるよ!」

 うへぇ……もう姫さんが織姫、ほたるが彦星でいいのでは?

 きっといいに違いない。

「ほたるちゃん、前は男装してたし。みゆちんの女装はどんな感じかな〜」

「やらんぞ、女装……」

「だいじょうぶ、きっとかわいいよ」

 かわいくなくていいんだけどなー……。

 でもなんか最早衣装が用意されてるし、銀呼や柘榴が笑みを浮かべているんですけど?

「よし、着替えようかみゆちん!」

「はあ……わかりましたよ。着ればいいんだろ、着れば」

 個室に入ると、ご丁寧にウィッグや化粧道具まであるではないか。

 これは付けろってことなんだろう。

 いかに姫さんが楽しみにしているのかがよくわかる。

 適当に着物だけ着ると、青生が個室の扉を叩く。

「自由さん、もうだいじょうぶですか?」

「ああ、平気だ。残りを頼みたい」

「わかりました――似合いますね、とても」

 個室に入ってきた瞬間、まだ化粧もしてないのだが、青生の顔が惚けてしまった。

「おいおい、勘弁してくれよ。冗談にしては性質が悪いぞ」

「あ、すいません……でも自由さん、女性でも違和感ないですよ?」

「えぇ……いいよ、お世辞は」

 話はそこそこに、残った手直しや着付けを青生にやってもらい、姫さんと合流する。

 しかしこのアホ娘、自分は先ほどの浴衣のままではないか。

「おおー! いいね、いいよみゆちん! かわいいよ!」

 いきなり手を取られ、姫さんに連れられるままにされる。

「ちょ、姫殿!?」

「姫さんなにをする気ですか困ります!」

 うお、久々の殺気! ここにほたるがいなくてよかったー……。

 っていうか、織姫をモチーフに作られた衣装のせいか、わりと装飾も多く動きづらい限りだ。

「ねえ、みゆちん」

「…………なんだ?」

「実はね、もうほとんどの準備が終わっちゃってて、開催時間まで時間余っちゃったんだよね」

「そうか、そりゃよかったな」

 だったらもうこれ脱いで部屋でゆっくりしてていかしら?

「ということでね、はい!」

 なぜかビルの屋上に連れてこられ、そこに座った姫さんは自分の膝を叩いた。

「どういうことだ?」

「だから、みゆちんのお昼寝の邪魔しちゃったし、開催時間の前まで寝かせてあげようかなって。だからはい、おいでみゆちん」

 優しい声音で俺の名前を呼ぶ姫さん。

 心なしか、その顔は嬉しそうに笑みが浮かんでいて。

「ほんと、ほたるが見てなくて助かった……」

 そういうことなら、仕方ない。

 ああ、つい先ほども、硬い床じゃなく枕に代わるものがあればって思ってたっけ。

「ほらほらみゆちん。あ、それとも今日はみゆちゃんって呼んであげようか?」

 純粋な笑顔。

 あの日から一切曇らない、俺に向けられた優しさ。

「好きに呼べよ。今日くらいはな」

「うん、ありがとね、みゆちゃん!。じゃあほら、おいで?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 少々装飾品が邪魔だが、まあいい。

 寝転ぶとすぐ、額に手を置かれた。その手はゆっくりと、ゆっくりと頭を撫でてくる。

 そうしてしばらくして、まぶたが下がってきた頃。

「おやすみ、みゆちゃん。今日は七夕だけど、私はずっと、キミのそばにいるよ。離れないように、ずっと隣にいるから。だからみゆちん、今日は私と一緒にいてね。この先も、ずっと……」

 よくは聞き取れなかったが、彼女がなにかをつぶやいた気がした。

 その言葉を俺が知ることはなかったけれど、きっと、そう悪い言葉ではないのだろう。



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作戦会議そして

 舞姫共々コウスケに回収してもらい、なんとか地面との熱烈な抱擁を回避した俺たちは、カナリアたちと合流し今後のことを話し合っていた。

「カナちゃんが生きていて本当によかったよ!」

「ヒメちゃん……うん、うん!」

 目尻に涙を溜めながら抱き合う少女二人。

 それを視界の端に収めながら、俺は全員に指示を出していく。というのも、やはり舞姫の説得に時間をかけすぎた。

 当初の予定と狂うところまではいっていないが、時間通りの行動は不可能だ。

「こっからはできる限りの人間を回収しながら撤退。<アンノウン>も対抗してくるだろうから、早めに帰るとしよう。もっとも、あと一件は片付けないといけなそうだけどな……」

「マジっすか?」

「ああ。おまえに回収される前に、こっちに向かってくる人影が見えた。恐らく、簡単には逃がしてくれないだろうな」

 うへぇ……といった感じに項垂れるコウスケ。こいつ、割と動けるくせにどうしてこうも弱く見えるのか不思議だな。

「しゃんとしろよ、コウスケ。だいじょうぶだ、おまえは十分強いよ」

「ううっ……俺、ぜんぶ終わったら神奈川の人間になります」

「お、おう。いきなりどうしたよ」

「朱雀さんには恩がありますけど、ここまで正当な評価……クッ、カナちゃんは惜しいけど会えなくなるわけじゃない……俺、神奈川ならやっていけそうな気がします」

 妙な意思を述べるコウスケの相手をしながら、体を休める。

 正直、立っていないと意識を保てない程度にはまずい。

「あの、みゆちん……」

 申し訳なさそうな顔でカナリアから離れ、こちらへと戻って来る舞姫。

「おう、どうした?」

「その、えっと…………ごめんなさい」

 なにか言いたそうにしていたので聞いてみたが、返ってきたのは謝罪の一言だった。

 俺が聞きたかったのは、見たかったのは、そんな寂しそうな声でも、悲しそうな顔でもないのに。

 力任せに、彼女が放ってあった出力兵装を投げ渡す。

「わっ!? ちょっと、みゆちん……?」

「いいから笑ってろ、バカ。別におまえが謝る理由はないし、俺がおまえに謝る理由も、感謝する理由もない」

 ただ個人的な理由で戦って、そんでお互いに本音をぶつけただけだ。

 取り戻したいものは取り戻したのだから、いつまでも辛気臭い顔されてるほうが堪えるっつうの。

 なんて言いはしなかったが、舞姫は無理やりにではなく、自然と笑顔を作って見せた。

「みゆちん……うん、わかった!」

 言いたいことはたくさんある。

 舞姫にだって、訊きたいことはきっと少なからずあるだろう。

 でも、それはまた後でいい。後でも話せる事実が、いまは背中を押してくれる。

「せめてもう少し戦力は削っておきたい。舞姫は当然俺たちに協力してくれるんだよな?」

「任せて。みゆちんがここまでしてくれたんだもん」

「俺だけじゃねえよ。他にもたくさんの奴がおまえのために動いてくれた。だからこうして取り戻せたんだ」

 もうどこかに逃げてしまっただろうが、俺を鼓舞し立たせてくれた少女たち。

 最後の最後で後押しをしてくれたコウスケやカナリアを筆頭とした東京の奴ら。彼ら彼女らがいなければ、俺はとっくに折れていた。

「んなことよりもだ。できれば今回の襲撃でもう少し戦力を削っておきたい。目安としてはあと一人は主席か次席をだな」

「それ、いけますかね?」

 コウスケは辟易としながら訊いてくるが、うんざりしているのは俺も同じだ。

「いけるかどうかってより、いっとかないと後々が不利ってところだな。舞姫のコードは破壊しちまったから神奈川に帰すわけにもいかないし、かといって次の襲撃時にトップ陣とやりあえるのは俺と舞姫だけってのも心もとない。下手すればめんどくさがりの俺の後輩もでてきかねん」

「後輩? どんな奴らですか?」

「んー……純粋な剣技だけならほたるレベルより更に上の奴と、視野がくそ広い掴みどころなしの好き勝手バカ」

「それ、強いんですか……?」

「強いよ」

 コウスケの質問に俺が返すより早く、舞姫が答えた。

「みゆちんが見守ってきた子たちだよ。たまちゃんも月夜ちゃんも強い」

「神奈川主席が強いって……マジもんじゃないですか。あの、今回はもう帰りません?」

「ダメだよ! せっかくここまで来たんだから、できる限りがんばろう?」

 舞姫に続いてカナリアまで会話に入ってくるが、それがコウスケには良かったのだろう。

「カナちゃん……俺、頑張ります!」

「うん!」

 わかりやすい。

 けど、この明るさと軽さは取り柄だな。

「おそらくだが、この場に明日葉と千種、それに壱弥は来ない。ここに辿り着くまでに俺とコウスケが結果的に足止めしたからな」

 いまも俺の一撃に巻き込まれた生徒たちの救出や手当で時間を食ってるはずだ。

 残っていた機械類は破壊されているかもしれないが、それでも簡単に持ち場を離れられる状況ではなかった。

 であれば、ここに来る可能性があるのは神奈川の生徒。さらに、舞姫がいると来れば――。

「ほたる一択なのがなぁ」

 ここまで傷ついた体じゃあいつの刀は止められない。

 けれど、向かってくる影は確かにあった。

「いや、待てよ? なあ、舞姫」

「なに?」

「月夜や眼目はどうした? 指示とかって出してるのか?」

 問題児どもの行動はどうなっているのかを問うと、しばし考える仕草を見せる舞姫。

 東京にいたことから、こちらで指揮を取っていたのは舞姫に違いない。同時に、ここに来るまでに残った生徒は逃したのだろう。

 だが、月夜と眼目。ましてやほたるまでを逃すわけがないし、そもそもほたるはそんな決定には従わない。

 つまり彼女たちはここにはいなかったと見るのが妥当だ。

「二人には好きに動いてって言っておいたけど……そもそもみゆちんがいなくなってから寂しそうにしてたからお休みしてたし……どうしてるんだろうね?」

「……そいつは悪いことをしたな。ってことは、まだ神奈川に残っているってことか」

「たぶん」

 となるとこっちには来てなさそうだな。

 千種んところにもいなかったっけ。

「舞姫、いまって神奈川の戦力は?」

「生徒の半分以上が神奈川にいるよ。東京にいたみんなも帰しちゃったから、じきに合流すると思う」

「あーそれは無理だな。出向いたところで袋叩きにあって終わりだ」

 俺一人対神奈川陣営とか勝てませんわ。いやはや、一対多とかいじめだろこれ。かといって次回の襲撃で真っ先に会える保証もないし、むしろ他の生徒に邪魔される可能性の方が高いよな。

「どーすっかなぁ。会えればどうにかできる気はするんだが、まず会うまでの被害がでかすぎる」

「みゆちん、なんか変だよ?」

「おまえに変と言われるとは、俺も末期だな。んなことより、おまえまだ動けるだろうな?」

「うん、もちろん!」

 そりゃ僥倖。

 出力兵装も近くにブッ刺さってたし、とりあえず戦うだけの準備はできてる。

「もうじきここにほたるが来る」

「ほたるちゃんが!?」

「おまえとの戦闘中に確かにこっちに向かってくる影があった」

「なら、ほたるちゃんは私がなんとかしてくるよ」

 説明を終えるより早く、舞姫が手を挙げる。

 こういったところは、やっぱり変えられないか。でも、それでいいのかもな。

「ここで固まっているときにほたるに強襲でもされたらことだ。せめて、ここに辿り着く前に迎え撃つか」

「戦う前提なのはよくないよ、みゆちん。だーいじょうぶ! 私がしっかり説得するから!」

「おまえの説得はそれはそれで心配なんですけど?」

「どういうこと、それ!」

 ここで相手をしてたら本当に来ちまうな。

「いいから、まずはほたるだ。行くぞ」

「行くって、自由さん一緒に行くつもりですか!?」

 コウスケが俺の発言に驚きの声を上げるが、無論聞くつもりはない。

「行かないでどうすんだよ。舞姫の説得に根拠を持たせるには誰かがついていった方が早い」

「えー……自由さん、無理しすぎっすよ」

「無理しないでどうすんだ。なに、これが最後だから。あと一回無理したらしっかり休むさ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」

「ったく、あんたって人は……わかりましたよ、俺もついてきますから、しっかり掴まっててくださいよ?」

 出力兵装に手をかけ、出る準備をし始めるコウスケ。

 こいつだって、相当無茶させてきたんだけどな。それでも、こうも簡単に、しかも自分から手を貸してくれるってのかよ。

「悪いな、ありがとう」

「いえいえ。さあ、いつでも行けますよ!」

「――助かる」

 コウスケの乗る出力兵装に後ろに乗り込む。

「俺と自由さんはこのまま向かいます。カナちゃんも気をつけて!」

「うん、こっちは任せて」

 カナリアの笑顔に見送られ、俺とコウスケ、そして舞姫はこの場を飛び出す。

「待っててね、ほたるちゃん」

「そういえば自由さん。このまま神奈川主席についていくと、俺ら<アンノウン>と認識されて、出会い頭に斬られませんかね?」

「あっ……いや、まああれだ。でたとこ勝負で」

「マジっすかぁ…………助けてカナちゃん……」 

 



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世界の捉え方

どうもみなさんalnasです。
姫さまとの一件も終わり少々やりきった感が出ていましたが、ようやく次の話へと進めそうです。
とりあえずは短いですが次へと繋がる話を投稿しておきます。
では、どうぞ。


 舞姫が先行し、そのあとを追う俺とコウスケ。

 こんな現場を神奈川の生徒から見られようものなら、おそらく<アンノウン>として見えている俺たちは即座に斬って捨てられるだろう。特にほたる。あとほたる。なにがなんでもほたる。彼女は危険にすぎる。

 下手するとなにもできずに敗北する相手だからな……一対一での戦闘であればおそらく俺に勝ちの目は薄い。真面目に相手をしたことが数えるほどしかないから絶対とは言えないが、舞姫の次に相手にはしたくない。

「で、問題はその相手に敵と勘違いされたまま会わないといけないってことか」

「自由さん?」

 思考面の独り言を拾ったコウスケが俺を呼んでくる。

「気にするな……ってのも無理か。これから会う神奈川の次席のことを考えていたんだけどさ。やっぱ、どう考えても鎧袖一触っていうか、問答無用っていうか。舞姫といる時点で生存を諦めるまである」

「ちょ、なんでそんな弱気なんすか!?」

「だってよぉ、相手ほたるだぜ?」

「いや、だぜ? とか言われてもこっちにはさっぱりなんすけど!」

 そりゃそうだろうな。

 主席、次席ともなれば舞姫とほたるの会話や距離感なんかも周知しているだろうけど、それ以外の奴らは彼女たちの過去も絆の深さも知り得るはずがない。であれば、いまの危機的に過ぎる状況にも理解が追いつかなくて当然だ。

「安心しろ、コウスケ。ほたるが視界に映る頃には斬られてるよ」

「マジっすか!?」

 コウスケの操る出力兵装の軌道が歪む。

「ちょ、おい!?」

「うおっとととととォォォォォォッッ!!」

 制御を失った出力兵装は空中を駆けることなく地面へと突っ込んでいく。

「このくらいなら、なんとか――」

「ここでみゆちんが頑張っちゃダメだよ」

 ここまで付いてきてくれた相棒共々救うべく<世界>の力を行使しようとした直後だった。すぐ横で聞きなれた声でなにかを言われたかと思ったら、俺とコウスケの体は建物の屋上へと転がっていた。

「はい? ――生きてる?」

「っぽいな。まあ、なんだ。大凡わかってはいるんだが、助かったよ」

 地面へ急接近していく景色が一転。視界いっぱいに開けた空が映るときた。こんな瞬間的に俺たち二人とも運べる存在なんて限られている。

 なにより、一瞬の時間での移動だというのに怪我ひとつなくこなすとくれば、たった一人くらいのものだろう。

「ありがとな、舞姫」

「どーいたしまして、みゆちん!」

 案の定、投げ飛ばしたであろう張本人が俺を見下ろしていた。

 激しい戦いの後だというのに疲労の色は見えず、なぜか笑みまで浮かべている神奈川主席。

「あのあとでそんだけいい顔ができれば問題なしか」

「なんの話?」

「んでもねーよ」

「気になるなぁ。なになに、なんなのみゆちーん!」

 よほど興味が湧いたのか、顔を近づけてきてなんとか聞き出そうとしてくるのがわかる。わかるのだが、近い! ってかおまえ人の頭の先に立って見下ろしていたくせにその状態で屈むんじゃないよ!? 誰かこのアホ娘に警戒心を持たせろ! ついでに無防備すぎるところも指摘してやってくれ!

「いいから、本当になんでもないよ」

 仕方ないので、距離の詰まった彼女の頭を両手で掴む。

「みゆちん?」

「いいか、舞姫。おまえには教えないといけないことがいくつもある」

「うん? うん、そうだね。みゆちんはたくさんのことを教えてくれるもんね。それで?」

「素直でよろしい。で、だ。おまえはちょっと男子に対してと変態四天王に対しての距離の取り方と言動の危機感を覚えようか! あと、無防備!」

「無防備?」

 まさかの前半部分無反応である。こっちの心配などお構いなしだ。

「はあ……もういいや。らしいと言えばらしいしな」

 舞姫の頭から手を離すと、彼女は不思議そうに顔を上げる。

「――これって」

 ついで、これまでのような穏やかな雰囲気を真面目なそれへと切り替えたことがわかった。

「ちょいと遊びすぎたか」

「かもしれないね。みゆちんとコウスケくんはここで待ってて。まずは私が行ってくるから」

「頼んだ」

「頼まれた!」

 俺とコウスケを残したまま、舞姫は屋上を伝ってどこかへと行ってしまう。ここからは一挙手一投足が命運をわけることになる。

 あのほたるだとしても――いや、ほたるだからこそ<アンノウン>にしか見えない俺たちを信じるはずがない。たとえ舞姫の言葉であろうと、見えているモノが違う以上はいくら説得したところで根拠がない。

 危険でないとわかるまで、ほたるなら舞姫を俺たちに近づけたりはしないはずだから。だからこそ、あいつはきっと戦闘を仕掛けてくる。視認できるギリギリの距離から仕掛けてくる。

「難儀な話だ」

 とっくに限界だ。戦うことなどできるはずもない。

 限界などとうに振り切って、守りたいもののために力を使い果たした。

「奇跡は二度も起こらない。だからどうか、頼むぞ」

 説得できるなら最善。

 近くまで連れてくることができたなら上々。

 刀を突きつけられたなら通常。

 遠くから斬り離されたなら最悪だ。

「舞姫の言葉なら、せめて通常くらいまでは望んでもいいんだがな……いかんせん説明するの苦手だからなぁ、あいつ」

 千種がいたなら、結果は変わるだろうか? いいや、いいや。仮定の話はやめにしよう。

「自由さん、どうなるんですかね」

「さあな。全部うちのお姫さま次第さ。天に祈るも悪魔に縋るも自由。どのみち、俺たちにできることは信じて待つことくらいのもんだろ」

 屋上に放られてからこのかた、既に立つことさえ放棄しているのだ。

 体力も底を尽きている。

 この先の結果がどうあれ、足掻くのも終わり。

「コウスケ、どうする?」

「なにをですか」

「いまなら、カナリアたちに合流しに行くことだってできるかもしれないぞ?」

「利口なのがどっちかなんて、最初っからわかってますよ」

「そうか。なら、いいや」

 どうにも、<世界>の影響か、舞姫と真っ直ぐ向き合い過ぎたせいなのか。思考が安定していない。普段とは違う意識のような、思っていても口にはしない言葉までが流れていく。

「弱気になってる証拠か。あとは一切合切取り返すだけだってのに恐れてる場合じゃないだろ」

 舞姫とは向き合えたんだ。取り戻したんだ。

 だったらこれから起きることにだって向き合っていけっての。体が動かなくなったとしても、まだ口は動く。

 <世界>を使う体力がなかったとしても、頭は働く。

「いったいどうしたってんだかなぁ……また変えられたか? いや、今回はそういうわけでもないか」

「どうかしたんすか、自由さん」

「いいや、なんでもない。これはただの勘違い。ただの気の迷い。一時の安堵から来る開放感に当てられただけのこと。だってまだ、なにも終わってないんだからな。さあ、コウスケ。どうあれもうじき結果はわかる。どちらに転ぶにせよ、初撃は避けられるように準備しておこうぜ」

「了解っす!」

 俺とコウスケが立ち上がり備えようとしたとき。

 不意に、鈴の音が辺りに響いた――。

 直後。

「久しぶりに外に出てみれば……私、がっかりです。いいえ、本当に」

 喉元には刀の切っ先が突きつけられており、突きつけている人物は、俺のよく知る少女のものだった。

 

 



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番外編 いつかの11月

どうもみなさんalnasです。
最初に言っておきたいことがある! そう、この話は番外編なのだ!
いや、すまない。前回あんな引きだったのにいきなり番外編で悪いかなとは思ってけど、ちょっとたまには平和な日常が恋しくなったんですはい……。
というわけで、息抜き入れてから本編に帰ります。
では、どうぞ。


「お菓子をくれたらいたずらするよ! お菓子をくれないと最前線に配備するよ?」

「……」

「あれ? 聞こえてないかな? お菓子をくれたらいたずらするよ! お菓子をくれないと――」

「いや、聞こえている」

 待て、意味がわからん。

 なぜ執務室に入った途端にそんなことを言われなければならない? それ以前に、選択肢を与えているというよりは割と脅しに近い物言いなのはどうなのだろう。

「みゆちーん、お菓子〜」

「はいはい、お菓子ね、お菓子。後でなんか買いに行ってやるから一緒に来い」

「わーい、やったー!」

 上機嫌で跳ねる姫さん。それはいい。先ほどの言葉もどうせ誰かが誤って教えたものだろう。ハロウィンも先月に終えてるし、誰かなど最早犯人を特定するまでもなく解決。

 けれど、これはいったいどうしたことか。

 姫さんの機嫌に合わせて、彼女の頭部でピコピコと動くふたつのもの。

 髪と同化したようにしか見えないそれは、頭頂に生えていると言っても差し支えなさそうだ。

「さて、なにがどうなってんだ?」

 状況を整理すると、姫さんの服装がそもそも違う。

 普段から羽織っているはずの外套は見当たらず、そもそも制服を着ていない。特注で頼んだのか探してきたのかは不明だが、魔女に寄せた装いをしている。

 前に眼目が話していたコスプレというやつだろうか?

 そんで10月終わりと来れば、姫さんの考えそうなことだ。想定の範囲内。

 では、いったいあれはなんだ? という疑問に結局戻ってしまう。仮装だろうとなんだろうとあれは再現できないだろ。あの――犬の耳は!

「な、なあ……姫さん?」

「ん? どーしたのみゆちん」

 振り向いた姫さんの頭部を見ていれば、やはり彼女の動向にそって動いているように見える。

「いや、その犬耳? はいったいどうしたんだ?」

「これ? これはねぇ」

 自分の頭部に手をやり、犬耳を触る姫さん。しばらく犬耳を弄っていたが、唐突に口を開き、

「不思議だよね!」

 まさかの理解してない発言をしてくれやがった。

「おいおいおいおいおい、まさか自分の身に起きてる異常を把握できてないわけじゃないよな? 理由くらいはわかってんだろ!?」

 姫さんの顔を見ると、きょとんとしてから一転。普段から見せるような笑顔になる。

「<世界>だよ、みゆちん! 面白い子がいてね、自分の見てみたい人の姿を実態化できるんだって」

「見てみたい姿にできる、ねぇ……」

 さて、もう一度姫さんの姿を確認してみようか。

 獣耳の生えた頭頂部。

 それからよく見ると背後で髪色と同一色の尻尾が揺れているのがわかった。

 なるほどなるほど。どうやら俺は、まだ<世界>のことを舐めていたらしい。よくよく考えれば、溶接がうまくできるなんて<世界>もあるほどだ。己の欲望を満たすタイプの<世界>があったところで、なんら不思議ではない。けれど、何事にも問題はつきものである。

「なあ、姫さん」

「なぁに、みゆちん」

 彼女の話を聞いてから、どうしても気になっていることがある。問題だ、大問題なのだ。

「その<世界>を扱う人って、男子? 女子?」

「み、みゆちん? いきなりどうしたの? あの、えっと……お、男の子だったけど?」

 それがなに? みたいな様子で聞いてくる姫さん。

 ああ、なんてことだ。

「念のために聞くけど、その姿にされたとき、鼻息が荒くなったりカメラを向けられたり、興奮してなかったよな?」

「あー……なんかいきなり興奮して服脱ぎ出したくらいかな? なんかすっごい感謝されてそこらじゅう飛び回ってお外走ってくるとか言って飛び出しちゃったよ」

「なんてこったよ。その現場にほたるたちは?」

「もちろんいたよ」

 もちろんですかい。あーあ、その男子生徒も運がない。まさか四天王が揃っている前で姫さんに手を出すとは。ああ、泣けてくる。今回はその男の自業自得ではあるのだが、それにしたって、よく四天王の前でやったもんだ。

「いまどき命知らずなアホもいるんだな」

「どういうこと?」

 耳も尻尾も動かしながら、見た目完全犬の姫さんが困惑したような表情を浮かべる。

 どうみても飼い主にえさを前にして待てと指示を出されている飼い犬なのだが、まあそこはいい、質問に答えるとするか。

「みんながみんな、手を出しちゃいけない相手をわかってるわけじゃないんだなって。姫さんに<世界>が作用してから、すぐに四天王の変態どもはどこかに行くとか言わなかったか?」

「みゆちんすごい! なんでわかったの!?」

 はっはーん。こいつはマジなやつですわ。前に一度本気で神奈川中追いかけ回された俺にはわかるぞ。あいつら捕まえてしばき倒すまでは地獄だろうと追ってくるからな。もっとも、俺のときはあいつらの勘違いから生まれた悲劇なんだけどね! 月夜に匿ってもらえてなかったら危なかったぞ本当に。

「わかるもなにも、姫さんの周辺や姫さん自身のことはだいたい把握してるっての――って、なんでもない」

「えへへー」

 姫さんの尻尾が激しく左右に振られる。ったく、しかもいい笑顔しやがってこの娘は。態度で全部丸わかりなんだよなぁ。ああくそ、つい口が滑った!

「ねえねえ、みゆちん」

「…………あんだよ」

「私、そろそろお菓子が欲しいなって」

 腕に引っ付いてきた姫さんが、犬が散歩したいがために自らリードを持ってくるかのように俺を引っ張り出す。<世界>を使っている感覚はなく、俺を連れて行こうとする彼女はただの少女そのもののようだ。

「へいへい、行きますか」

 なんて、俺の感想なんて関係ないのはよく知っている。なにかを言って止まってくれるわけでもない。

 なにより、こちらから誘ったものを反故するなど、今頃捕まっているに違いない男子生徒の二の舞になりかねないことを誰がするものか。

「鬼に追われたくはないねぇ。そら、行こうか姫さん」

「はーい! よし、みゆちんに今日1日私の飼い主の権利をあげよう!」

「いりません」

「ひどい!?」

「いやいやいや、俺に間接的に死ねと言ってくる姫さんの方こそひどいでしょ?」

「言ってないよ!?」

 わけわからない! と言わんばかりに騒ぐ姫さんだが、俺にしかわからないだろうな。目の前で小さな体を精一杯伸ばして抗議してくる彼女を飼うなど、どちらが言い出したかなど関係なく即座に斬って捨てられるだろう。

「ほんと、怖いな……がんばれよ、名も知らない男子生徒」

 自分の欲を出しすぎたのがいけなかったな。ついでに、姫さんを標的にしたのもよくない。いや、姫さんから言い出した可能性も捨てきれないんだけどさ。ついでに、四天王どもが己の欲を満たすために静観していたこともだ。

「とは言っても、神奈川は女子連中の天下ですし。女を敵に回すような言動はいかんよ」

 過去の自分のことは盛大に棚上げさせてもらうとして、一線を越えたら待っているのは地獄だ。今回のことで、よく思い知ってくれ。

「みゆちん、はやくはやく!」

 抗議に飽きたのか、それともどうでもよくなったのか。とにかく、姫さんの催促が始まった。

「わかりましたって」

「やったー! おっかし、おっかしぃ!」

 はしゃぐ姫さんに手を握られ、彼女の少しばかり早足のペースに合わせて先に進む。

 いまも彼女の手から僅かに温かみを感じ取れる。

「はあ……姫さんがこんなに人と壁を作らない性格でなかったら苦労しなかったんだけどな」

「なにか言った?」

 器用に真っ直ぐ歩きながらもこちらを振り向いた姫さんが口を開いた。

「あ? さあな。んなことより、食いたい菓子でも考えとけよ。売ってなければ材料買って作ってやるから」

「本当!? なら売ってないお菓子にする!」

「えぇ……できれば最初は売ってそうな物から選んでくれると嬉しいんだけど」

「ダーメ! みゆちんがせっかく作ってくれるならそっちの方がいいもん」

「さいですか、わーりましたよ」

「あ、みゆちんちょっと笑ってる」

 笑ってる、か。

 やっぱり、こいつといるとペースを乱される。でも、悪い気がしないのは俺がそれだけ天河舞姫を受け入れているからなのだろう。

 執務室を出てから、遠くから喧騒が聴こえてくる。

 もうすぐ、姫さんとの菓子屋巡りが始まるのだろう。ただでさえ人気の少女が、今日は犬耳、犬尻尾とくれば、大騒動は免れないな。

「でも、それもいいか」

 自分でも、笑みを浮かべているのがわかった。

 ただ、なんとなく素直に認めるのは癪だったので、きっとこれはこれから起こる苦労を想像しての、疲れた際に出る笑みだったのだろうと納得しておく。

 ああ、それとひとつ忘れる前に、ほたるに一通メールを送っておこう。

「姫さんに手を出したこと、俺が怒ってないとは思ってないだろうな?」

 聞こえているわけではないだろうが、言わずにはいられない。

 欲望のために気軽に触れていい存在ではないのだ。手加減抜きで、四天王には制裁を加えていただかないと。

「みゆちん、端末弄りながら歩くと危ないよ?」

「あ、ああ。もう終わったから仕舞うって」

 どこかから、神奈川の生徒の声が響く。どこもかしこも、騒ぎは一層大きくなって広がりを見せる。

 その中心がどこかなんて、確認するまでもなかった。

 さあ、今日も振り回される日々だが、それもどこか、楽しみになってきた――。

 




この作品において、こんな番外編を見てみたい、なんて要望があれば書いていこうと思うのですが、活動報告ん方で募集しておくので、気になった方がいればぜひそちらにも。
この作品に出てくる自由と絡んだものでも、クオリディア・コードのキャラ主体でも構いません。詳細は活動報告の方に書いておきます。


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彼女からの贈り物

みなさん、この日の投稿ということで感のいい人はお気づきでしょう。
そうです。今年もサンタものでひとつ書いときました。
短く、しかも特に脈絡もない話になりましたので、適当に流してくださいな。
では、どうぞ。


「「「「クリスマスプレゼント!?」」」」

 執務室に集められた四天王の面々の驚きの声が重なる。

「そう、クリスマスプレゼント!」

 彼女たち四人の声量にも負けず劣らずの少女一人の声が、執務室の中で木霊した。その声を気持ちよさそうに聞く者、あまりの満足感から体を痺れさせる者、少女が話していた――否、呼吸していた空間の空気を一心不乱に吸い込む者、皆々の声量の大きさに耳を塞ぐ者と、それぞれが普段通り、なにも変わらない行動を取っている。

 だが、視線だけは真面目なものであり、そのすべてが二つに括った白髪を感情と共に揺らす少女、舞姫へと送られていた。

「プレゼントって、誰にですか?」

 いち早く舞姫に反応した青生が尋ねると、舞姫は決まってるじゃん、と言った顔で対象の者の名を告げる。

「みゆちんにだよ、みゆちん!」

「…………」

「はい?」

「あ?」

「ああ、自由さんですか」

 四天王は各々に反応し、突如として刀を握り出したり、鬼の形相をしたりとするが、その様子を眺めていた青生が慌てて止めに入る。

「止めないでください自由さんとは一度ゆっくりと話す必要があると思っていたんです」

「そうだね。僕もついていくとしよう。彼とは語り合わないと気が済まない。主に拳でね」

「まあ待て二人とも。あいつとは私が話をつける。主に刀でな。こちらの一言で終わらせてみせよう」

 殺気、凶器渦巻く中、何事も感じていない舞姫が再び口を開いた。

「それでね、みんなにはなにをプレゼントしたらいいかを聞きたいんだけど……その、ダメかな?」

 自分たちよりも身長が低いためか、自然と上目でねだられているように映る。

「ヒメが言うのならもちろん協力するよ」

「ヒメさんがどうしてもと言うのなら当然力をお貸ししますええいくらでも」

「もちろん力を貸すとも」

 これまで発していた殺気は嘘のように霧散し、晴れやかな笑顔を浮かべた三人が協力的なムードを作り出す。変わり身の早さに定評があるのではなく、舞姫の言葉に賛同するのが常なだけなのである。

「しかし姫殿。彼はそこまで物欲があるようには思えないけど?」

「そうなんだよねぇ……みゆちんがなにかを欲しいって言ってくれたこと、一度もないんだよ。これでも一人で結構悩んだんだけど、欲しそうなものってひとつしか思い浮かばなかったんだよね」

 腕を組みながら語る舞姫に、彼女の相棒たるほたるも口を挟む。

「あいつの欲しいものか。ちなみにヒメはなにを考えていたんだ?」

「ん? 私が考えていたのはね、なんと首席の座1日ぶん!」

「……ヒメ、確かにそれは東京、神奈川、千葉の生徒の中には相当数の生徒が欲しいているものだとは思うけど、天羽はいらないと言うんじゃないかな」

「そうかな?」

「たぶんね」

 優しい口調で舞姫の頭を撫でながら答えるが、様子を見守っている他の三人もほたるに同意するように頷いている。

 ランキングとは無縁で生きている現在の彼にとっては必要ではないのだろう。彼女と和解する前であれば欲していたかもしれないが、いまとなっては拘る理由がない。

「どうしよう、困った!」

 頭を抱えて慌てる舞姫だが、彼女には優秀な部下が付いているのだ。

 希望を胸に集まったメンバーへ視線を送ると、青生以外の三人が苦虫を噛み潰したような顔をしており、中には血涙を流さんとする輩まで三人いる。

 が、全員が全員舞姫のことを大切に思い、彼女の期待に応えたいという欲はある。同時に、舞姫の向けられている好意の相手が自分たちでなく、しかも男と来たのでは心中では憎しみが絶えない。

「ぐぎぎ……おのれおのれおのれおのれおのれおのれぇっ! しかし、しかし姫殿を裏切ることなどできるはずもない!」

「仕方ありません影で呪うくらいで済ませましょういまはヒメさんに力を貸さなければいけませんから」

「………………今回だけだ」

「ふふっ、みなさん素直じゃないんですから」

「「「素直に言っていいならこの瞬間から天羽を潰していくぞ」」」

「そ、そうですか……ごめんなさい自由さん。私一人じゃ止められないです」

 青生が祈っている中、会議は進み、

「せっかくならサンタとして夜中に忍び込んだらいいんじゃないかな?」

「クリスマスですしね。いいかもしれません」

「ならばパーティーの後にこっそりあいつの部屋に忍び込むか。すまない、私は少し天羽の部屋を探ってくる」

「ああ、頼むよ。僕らは彼の行動パターンの把握をしておくから」

 各自が納得して執務室から出て行く準備を整えていく。

「あ、あのみんな? どうするの?」

「ヒメはサンタ服に着替えて、プレゼントを準備しておいてほしい。だいじょうぶ、あとは私たちに任せて」

「そっか! うん、ありがとう!」

 それから数時間後、再び集まったほたる、銀呼、柘榴による詳細が過ぎる潜入経路や天羽自由の行動パターンが算出されていたが、それはまた別の話だろう。

 なぜならこの作戦、普通に彼の部屋に正面から潜入する運びになったのだから。

 その夜、あろうことか自由は部屋の鍵を閉め忘れたまま寝てしまっていたのだ。舞姫が楽々潜入できたのはこの一点のミスが大きい。

「ふふっ、寝てるねーみゆちん」

 難なく彼の寝床にたどり着いた舞姫はふと、自由の寝顔を観察しだした。

「みゆちんって、なにもないと寝てることが多いよね。でもあまり寝てるときをじっくり見る機会ってないんだよねぇ。意外とかわいいよ、みゆちん」

 なんて言いながら、サンタ服を纏ってプレゼント袋を用意してきた舞姫は、袋の中からひとつの箱を取り出し、彼の枕元に置く。

「みゆちん。いつもいつも、私のことを思ってくれてありがとう」

 言葉にしてみるが、それだけでも舞姫の口元は緩み、普段とは違った笑みがそこには浮かんでいた。が、満足はできなかったのか、少々自分の作り出した雰囲気に呑まれたのだろうか。

「みゆちん、私ね……みゆちんには本当に感謝してるし、出会えてよかったって思ってる。だから、これはお礼」

 誰も見ていない、彼女だけの世界。

 明かりもなく、光差す星空すらカーテンに閉ざされた、彼女のためだけの演目。

 その中で、彼女は自由の頬に口付けをひとつ。

「…………メリークリスマス。今度は起きてるときに、またありがとうって伝えに来るね」

 静寂の中、舞姫も去った部屋。

 そこでは、一人の少年のため息が漏れたとか漏れなかったとか。

 




去年は自由がサンタだったので今年は舞姫にしたかった。それだけのお話です。
つまり来年は自由がトナカイで姫さんがサンタになって三都市をめぐるわけですよ。なんて話はこれくらいにして寝ます。
ではみなさん、メリークリスマス。


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特別性

どうもみなさんalnasです。
引っ越しました……引っ越したのです。そのせいか色々書くのが遅れましたが、なんとか一話更新です。疲れたので番外編を書きたいと思ったクオリディアですが、本編を進めないといけないので短めですが本編を。
実に3ヶ月ぶりの更新なんですね。
ただでさえ少ないクオリディアの作品の更新を止めないためにも頑張ります。


 鈴の音を鳴らす、左右に括られた銀色の髪。

 特殊な、制服の要素が取り入れられた巫女服を身にまとう少女が、握っている刀の切っ先を俺に突きつけたまま、ひとつため息を吐く。

「み、自由さーん……」

 コウスケが少し離れた位置から心配そうな声を送ってくるが、横目でその姿を確認するのが精一杯だ。下手に動けば、瞬時に俺の首が胴体から落ちるのは想像に難くない。僅かに触れている刀に震えはなく、瞳を閉じたままの彼女には一切の焦りが見られない。

 まず間違いなく、なにかあれば即座に俺を殺せるだろう。

 けれど、ひとつ疑問があるとすれば……。

「月夜、おまえどうしてこんな前線にまで出てきているんだよ」

 普段ならありえない行動だ。いてはならない相手だ。三都市合同作戦のときに引っ張り出せたのがおかしいと実感できている程度には、ないと判断していた光景なんだ……。

 まずはどうにか、目の前の脅威から避難したいところではあるんだが。

 コウスケが俺を連れて行こうとしても、月夜が斬る方が速い。

 一度でも刀を鞘に戻されてしまえば、俺の眼でも追いきれない速度の刃が来る。

「眼目も厄介だが、それ以上に手詰まりだぞ、くそったれ」

 隙と呼べる隙もなく、静かで冷たい殺気だけが向けられ続けている。なのに握る刀を鞘に戻すことも、斬りに来ないのはなんでだ?

 遊んでいるなんてありえない。

 こいつに至っては、行動理念が関心か無関心の二択に限られる。決して、無駄に行動を起こそうとはしないのだ。自分の思うがままに、もしくは誰かのために。

 生かされているのか? それならばなぜ?

「はあ……私、がっかりです」

 唐突に、ため息と共に刀が視界から消える。

 来るか!?

 一歩でも多く距離を取ろうと上体を後方に投げ出し、尻もちをつく形で数歩ぶんの間隔を月夜との間に空けれたが、正直、どこも斬られていない自信はまるでなかった。

 数瞬後には痛みもしくは部分的に落ちるものかと緊張を張り巡らせていたが、そこでひとつの違和感に気づいた。

「納刀、されていない?」

 月夜が握る刀は鞘に納まることなく下げられている。

 つまり、彼女が最も得意とする抜刀に繋げるつもりも、そもそもこちらに刃を振るったわけでもないということだ。ならばどうして武器を構えないのか……。

「さて、いつまで倒れているつもりですか?」

「は?」

 これまで独り言めいた発言しかしてこなかった月夜が、初めてこちらを見て口を開いた。

「私、目は見えませんが、代わりに耳がいいんです」

 なにを言い出したのかと、ついコウスケと目を合わせる。あいつもよくわかっていないみたいで首を傾げていた。

 確認するように月夜へと視線を向けるが、その表情は少しばかり不満そうに映る。

「もしかして……本当に?」

 確かに月夜の耳は異常な程に発達している。それこそ、千種の<世界>をそのまま再現したかのようなレベルで。けれど果たして可能なのだろうか? 本来なら<世界>すらも騙す<アンノウン>の世界改変が月夜にも効いているはずだというのに、俺やコウスケの見ている世界を同じように感じるなんてことが。

「疑問を浮かべていますね? 心拍数が僅かに上がりましたよ」

「――……マジかよ。最高の展開じゃねえかよ、おい」

「はて? 私の元に一番に来ない誰かさんなんて知りません、手も貸しません。むしろここで一度斬っておいた方がいいですか?」

「待て待て待て! おまえ会話できてる相手を斬り捨てるつもりか!? しかもこんなに弱ってる相手に対してなんということを!」

 やると言ったらやるのが月夜。

 会話が成立してもどういう理由か拗ねてるようだし、俺に生存権があるかは微妙だ……先ほどまでの会話すら成り立たない状況からすればだいぶ改善されているものの、いまだ危機が去ったわけじゃない。

「ふふっ……」

 ――なんてわけじゃなさそうだ。

 慌てていたせいで見落としていたが、月夜の表情は明るく、そして僅かに笑みが浮かんでいる。

「どうやら私、他の人たちと違って世界に対する影響をあまり受けないみたいです。最初から見えている世界が違うからなのか、それとも特異体質か……不思議なことですが、事実です」

 えっへん、とでも言うかのように胸を張りながら語る彼女は、得意気に腕を突き出し、ウサギの形を作りながら宣言した。

 ああ、こうして接していると安心する。

 今日は一日、戦いっぱなしだったからな……辛くて、醜くて、緊張しっぱなしで……舞姫を取り戻してからも張り詰めてたからか、嫌でも気が抜ける。

「み、みゆさーん……?」

「だいじょうぶだ、コウスケ。月夜には俺たちが正常に認識できているみたいだから、敵対意識はないよ」

「ほ、ほんとっすか? そうやって安心させた隙にってことは……」

「ない。月夜は初撃決殺はしても下手な嘘からの騙し討ちは得意じゃないし、無駄に回る頭は推理なんかに使ってるから、そうした面においては俺の知っている中では最も安全な奴だよ」

「ほほう」

 コウスケが納得しいてる横で、チャキリ、と音が鳴らされる。

「自由さん、少々お話しましょうか? 信頼はともかくとしても、言い方に悪意があります。それと、あなたも勝手に納得しないでください。斬りますよ?」

「す、すいません!」

「なに謝ってやがるんですか? いえ、謝らない自由さんよりはマシですけど」

 うーん、これは面倒なことになった。

「あまり拗ねないでもらえますかね」

「拗ねてないです」

「いや、どう見ても拗ねて――」

「ないです。斬りますよこの野郎」

「……やっぱり拗ねて」

「うるさいですね。やっぱり斬ります!」

 じゃれるのも長いことなかったから、どこか懐かしい。

「あーはいはい、かわいい、かわいい」

「勝手に撫でるなぁっ!」

 よし、このまま相手して、発言についてはどうにか誤魔化そう。

 早く舞姫が戻って来ることを期待するしかないか……。それはそれで、一波乱ありそうなんだけど。

 これまでの疲労もあり座り込んだ俺とコウスケとは違い、月夜は一人立ったまま、その手はなぜか、刀の柄を握っていた。

「面倒ですね……」

 瞬間、いくつもの斬撃が俺とコウスケを襲った――。

 



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彼のいない世界

不定期更新の時間だ。
こんばんはalnasです。久々のクオリディア・コードの更新です。
とは言え、もう最新話まで追ってくれてる人あまりいなそうなのが事実。クオリディア・コード自体が下火なのよね。
しかし、頑張るしかない。
さあ、今日も世界を救おうか!


「私ね、みゆちんのこと大っ嫌い!」

「――…………はい? え、ちょっと待って。俺の耳壊れた? もう一回言ってもらっていい?」

「私ね、みゆちんのこと大っ嫌い!」

「――――………………えっ!? ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!?」

 これは、夏の1日。

 いきなり人の部屋に踏み込んできた姫さんの満面の笑みから放たれた一言である。いや、もうほんとわけわからん。実は俺のこと大っ嫌いでしたって? そんな暴露いるかよ! だから毎回毎回<世界>の繋がりがないってか!?

「くっそ、マジでなんなんだよ!」

 しかも姫さん、言うだけ言って速攻で帰りやがってからに……。

 やっぱりあれか? ファーストコンタクトミスった当時のせいか? 我慢して溜め込んできて、いまになって爆発したとかいう……いやいやいや、待て、待つんだ。あの姫さんに限ってそんなことは――我慢してるだけだとしたら、ありえなくはない話か。

「なんだってんだよ……」

 いや、本当にわけがわからない。

 そもそもの話、うちの素直な姫さんがこれまでため続けるだろうか? うん、ないよな。ないはずだ。だいじょうぶ、落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。

「慌てるには十分な時間だと思うが?」

「おめーはしれっと人の心の中を読むんじゃすいません、なんでもないです。だから刀は仕舞ってもらってもいいですかね?」

 物陰に潜んでいたほたるが刀を鞘に収めながら姿を表す。

 こいつ、さては今日も姫さんを追いかけてたな?

「で、慌てるには十分ってのは?」

「わからないのか? ヒメに嫌われたら死ぬぞ? 焦らないはずがないだろう。ヒメニウムの補給はおろか、ヒメと関わりを持てなくなるなど、人生の終わりに等しい。おまえはいま、死んでいるんだ」

「勝手に人を死んでる扱いするな」

「いやぁ、それはどうかな。さすがに姫殿に嫌われるイコール死は公式だよ? 今回ばかりはキミに同情してあげよう」

 涙を拭いながらゴミ袋片手に登場してきた銀呼。

 お巡りさん、こいつです。

「戻ったのか。それで、今日の戦利品は?」

「やあ、ほたる。今日の戦利品は使用済みの歯ブラシ、破れた靴下に、甘味用のスプーン、紙コップ……いや、大量だよ。あとは姫殿の写真さえ手に入れば今週も生きていけそうだね」

「そうか。中々いいものが手に入ったな。あとで見せてもらっても?」

「ああ、もちろんだとも。それで、これは相談なんだけど、前回姫殿が使っていた浴衣について――」

「――となると、あれか。なるほど、考えておこう。あの部屋は前回の状況のまま残されているだろうから、私たちが海騒動のときに使った部屋ならあるはずだ」

 海騒動……正式名は決まってない、というか決まることはないだろうが、俺たち神奈川と東京、千葉の代表が集まっての調査に乗り出して、斬々と遭遇したときの事件の話だな。

 浴衣か。姫さんの浴衣ねぇ……今度新しいもんでも贈ってやるか。

「って、違う違う。まずはなんで嫌われたかだろ俺」

「「それだ!」」

 変態二人が声を揃えて叫ぶ。いや、いいよ。おまえらは変態トークに花咲かせてろって。

 なんて俺の心の声が届くはずもなく、二人の話が加速していく。

「そういえば、自由はいつからヒメの下にいるんだ?」

「あー……いつだったかな? 最初は姫殿に対して礼儀のなってない神奈川の生徒としては異端も異端のような生徒だったんだけど、あれ? そういえば本当にいつからだったっけ……」

「確か、ランキングに注力しなくなった辺りで『あなたに、忠誠を、誓おう!』とか言って杖を叩き折りながらヒメさんについたのではないですか?」

「あ、それだよそれ。さすが柘榴、よく覚えてるね」

 またもや突然出てきた変態が滑るようにウソを語る。

「ないことをあったかのように語るな盗撮魔。あ、ストーカーの間違いか」

 ここにいる女性陣みんなストーカー間違いない。

「ストーカーでも盗撮魔でもありません私はヒメさんを見守っているのですいつなにが起きても対応できるようにするための備えですよ最重要案件を常に遂行しています」

「おう、もうなにも言わねえよ」

 言っても治らん、変わらないのが四天王だ。きっと、俺が神奈川にいる間は、もう四天王も変わることもないだろう。ああ、それでいい。こいつらとも、思えば長い付き合いだ。

 ときに誤解から神奈川中を追い回され、ときにつまらない嫉妬から四天王チャレンジ杯とは名ばかりの多対一の――俺と四天王全員との試合が始まったり、お菓子争奪戦が起きたりと……あれ? 俺が被害者の思い出しかないな。気のせいかな? 気のせいじゃないか、そうか。

「それで、ヒメと自由のことなんだが」

「ああ、そうだったね。ほたるも知ってると思うけど、自由は最初、姫殿をこれでもかってくらい嫌っていてね」

「毎回毎回ヒメさんに噛み付いてくる困った生徒でしたいまも困ってますけど」

 余計なお世話です。俺の問題です。

 そう返さなかったのは、余裕がないのと、相手をしたくないからだ。主に肉体言語での。

「それに、こう言うのは癪だけど、当時の自由のチームは恐ろしく強かった。僕たち四天王と戦ったのなら、おそらく――いや、絶対かな。負けていたのは僕たちだっただろうね。自由自身も、<アンノウン>相手にはいまとは別人と思うほど積極的でね。彼のチームが最前線で暴れ、後ろに姫殿が控えているうちは、神奈川の敗北はないって言われていた程だ。まあ、そんな天下も、長くは続かなかったけどね……」

 悠長に語っていた銀呼が、後半につれて声を低めていった。同時に、こちらにも控えめにだが何度も視線を送ってくる。 

 わかっている、わかっているんだ。

 俺の問題だろう。いまの俺を創り上げた根幹部分だろう。だから――。

「そうだな。最強と呼ばれていた時代が終わったのは、結局、最強を担っていた俺のミスだった」

 ――語るのは俺の役目だろう。

「当時の俺は仲間たちと<アンノウン>を狩り続ける、戦闘集団でな。ランキングを上げること、各々の力を高めることのみに注力していたと言ってもいい」

 代表格としては、斬々だろう。いや、それだけじゃない。あの集団にいた面子全員か。

 誰もが互いの違いを認め、個人技を磨き続けた。

 あの日だって、決して油断はなかった。負けるはずもなかった。現に勝ったさ。勝ち続けてしまったんだ。それこそが、俺のミス。

「誰もが、リーダーである俺が止めると言うまで<アンノウン>を狩り続けた」

「自由……」

「わかってる。あのとき侵攻してきた<アンノウン>の数は膨大で、前線を維持するには俺たちしか残ってなかったんだ。それでも、俺たちは勝ち続けた。斬って、刳って、叩きつけて、<アンノウン>を倒し続けた。だからかな? 余裕だと思ってたのかもしれない。自分たちなら、この程度いけるんだって。一人が限界を迎えていることに気づけなかったのは、そいつが<アンノウン>に食われた後だった。そこからかな。ランキングにも、戦うことにも拘らなくなったのは」

 なにかを言いたそうにしているほたるの顔が視界に映るが、彼女は結局、なにかを言う前に口を閉じた。

 

 

 

 

 

 目を瞑っていると、色々なことを思い出す。

 あの日、天羽自由が語った過去。ヒメの話から、以外な過去を聞いたものだと思う。資料で知っていることと、本人から実際に聞くことでは、やはり違いがあるものだ。

 だが、やはり自由は強かったのだろう。天羽斬々の絶対的な力の前にも屈さず、誰の命も諦めまいと最後まで抗ったのだからな。

「そんなおまえも、もういない」

 数日前の<アンノウン>との決戦の折、突如として乱入してきた天羽斬々との激戦の末、自由はヒメを庇って重症を負った。元々ひどい怪我を負っていたが、そこに更なる一撃ときては、頑丈さが取り柄のあいつでも……くそっ、心のどこかであいつはだいじょうぶだろうと思っていた私が情けない!

 ここのところ、ヒメが無理して振舞っているのはわかっている。

 加えて、東京のカナリアも失踪したのだ。東京主席のバカが使い物にならなくなり、そのしわ寄せがヒメにきている……私には、せめてヒメが気負いすぎないように側にいることしかできない。

「おまえなら、どうしたのだろうな」

 私がすべてを取り戻すまでの間、ヒメを支えていただろうおまえなら、この事態も収められたか?

 おまえはこんなところで、消える存在だったのか?

 調査に出ていた海の海面を眺めながら、らしくない思考が過る。

 やめておけ、と自分の中で囁く自分がいる。楽観的な希望を持つなと、現実を受け止めろと。そうだ。あいつがいなくなった以上、もうヒメを支えられるのは私しかいないのだ。いつまでも、あいつの死を受け入れないわけにはいかない。

 この先の世界のためにも、次に進むべきだ。

「おまえとは、特別仲良くしていたわけではなかったが、決して嫌いではなかった。ヒメをこれまで守ってくれて、側にいてくれて――ありがとう」

 




番外編? いいえ、本編です。
これを本編と言い切るのです。え? 姫さんと自由の仲直り? それはほら、姫さんが笑顔だったことから、察するしかないよね。


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第一回 神奈川、今日も世界を救おっか

『始まりました! 記念すべき第一回、「神奈川、今日も世界を救おっかラジオ局」!』

 ほんと、なんで始まっちゃったんですかね。

『メインパーソナリティーの天河舞姫でーす!』

『同じく。凛堂ほたるだ』

『ということで、今日は東京、千葉にも協力してもらって、私たち神奈川のみんなの事を知ってもらおうと思います!』

『珍しく、東京、千葉も全面協力だ。神奈川だけでなく、3都市にこの放送が流れていることだろう。今回は我々神奈川の話が主になるが、次の放送では千葉、その次は東京と、定期的に3都市間のことを互いに知るためにも放送していくから、そのつもりで』

 目の前で、ブースに入った姫さんとほたるが原稿に目を通しながら話始めていく。

 この突拍子もない企画は、前回の3都市での会議のときに求得さんたちから提案されたものだ。

 確かに、他の都市のことなんて知ろうとも思っていなかったが、これはどうなんだ? 過去、ラジオ放送が流行っていたことは記録にも残っているし、アニメだかという娯楽にもラジオが使用されていただとかという話も聞いた覚えがある。

「はあ……面倒だ」

 なんでよりにもよって一回目が神奈川なんだよ。しかもうちの首席と次席……これ青生にやらせた方が適任な気がするんだよなぁ。ああ、姫さん原稿の漢字が読めなくてそれ全部筒抜けになってるし……。

「普段は戦闘指揮のときは難しい言葉使ってんのに、なんで読めないんだか」

 苦言をこぼしながら、この放送の行く末を見守る。

『さて、我々神奈川は名前のついてるキャラクターが多いので、毎回3人から4人体制で放送していくよ!』

『ヒメ、メタ発言は控えるように、と――いや、いいか。というわけで、初回からだが、ゲストを呼んである』

『さっすがほたるちゃん! そうだよね、細かいことは後で調整してもらえばいいよ!』

 後で、と言ったがこれ編集無しで絶賛3都市に垂れ流しですけどね……隣で機材いじってる青生がため息こぼしてるよ。気づいて、姫さん。

 ちなみに、ゲストに関してはその場で指名するとのことで、誰が呼ばれるのかは俺も知らない。

 姫さんとほたるの気分といったところだろうか?

『でーは! 記念すべき第1回のゲストの方々、どうぞ!』

『第1回ということで、今回は3都市の誰もがわかるゲストを呼んであるぞ』

 姫さんとほたるの言葉の後で、そのゲストが声を上げる。

『はいはーい。千種明日葉でーす。今日は神奈川にお泊まりに来てます。お兄聞いてる?」

『みなさん、こんばんは。東京次席の宇多良カナリアです。あ、いっちゃん、今日はちゃんとご飯食べた? 東京のみんなとケンカしてないよね?』

 ……。

 …………はい?

 これは神奈川のことを知ってもらうためのラジオとか言ってたよな? それで、ゲストは誰だって?

 落ち着け、聞き間違いだろう。いや、まさかそんなおかしな人選するわけがない。

『それであの、私たち来ちゃって良かったのかな?』

『もーかたいよ。神奈川に知ってもらうのが趣旨でしょ? ならいいっしょー。あ、おひめちん、お菓子もらうね』

『うん、食べて食べてー。みゆちん特製だからおいしいよー』

『え? 料理するの?』

『うん。よく作ってもらってるんだー。ね、ほたるちゃん』

『ああ。店で食べるよりもレベルの高いものが出てくるし、栄養面も考えられているから安心だ』

 女子会。圧倒的女子会ですよ。

 なに、この……なんだ?

『ふーん……あ、じゃあこのフルーツタルトもーらい』

『私はイチゴのショートケーキで』

 明日葉とカナリアが思い思いに並べられたケーキに手を伸ばす。

 言うまでもなく、俺が姫さんに頼まれて作ったものだ。やけに種類を頼まれたのを覚えているが、このためだったのか。

 最近あいつの言うことを疑いもせずに実行している自分が少し心配になってきた……まさか生徒会に毒されてきたのか? いいや、だいじょうぶ。俺はまだ変態ではないはずだ。

 心を強く持て。イメージするのは常に正常な自分だ……。

『千葉で作られてる果物がこうして使われるってのもいいよねー。美味しいものになるならもう少したくさん作ってもらわないと』

『あ、それいいね! そしたら今度みゆちん連れて一緒に千葉に行くから、そこでみんなでみゆちんのお菓子食べようよ!』

『さんせーい! ってわけで、よろしく!』

 目線だけこっちに寄越して笑顔を浮かべる明日葉。

 お兄さん、おまえも巻き込むからなこの野郎……面倒ごとは避けられないので他人も巻き込んでいくスタイルでいきます。一人じゃあのじゃじゃ馬たちを相手しきれないしね。壱弥にも手伝ってもらおう。

 なんて心の中だけでいずれ訪れる不幸の対策を練りながらも、ブースの向こうでは勝手に話が進んで行く。

『ところでさ、神奈川って基本女子が強いって噂は本当なの?』

『あ、それ私も聞いたことあるよ! いっちゃんが嘆いてたからよく残ってる!』

 明日葉とカナリアの発言だな。

 まあ、ランキングだけ見れば神奈川の上位って女子生徒ばかりだし、そんな噂が流れていることは俺も知っている。なんなら神奈川でも流れてる噂だ。

『本当……なのかな? でもみゆちんいるしなぁ。どう思う、ほたるちゃん』

『そうだな……傾向として、女子生徒が強いのは事実だ。神奈川のランキング上位者はほとんどが女子生徒なことからも間違ってはいない。もっとも、前までは一部の男子生徒がその上位者を抑えて神奈川だけで見れば3位の座にいた生徒がいたらしいがな』

『あ〜……そんなこともあったね! いまはサボり癖がついちゃったけど……』

 冷たい目をこちらに向けるほたると、困ったような笑みを見せる姫さん。はいはい、すいませんね。でもこっちを見るのはやめろ!

『ふーん。なるほどねぇ』

『あ、あはは……ごめんね?』

 お客さまが無関係のはずの俺を見てますね。はい、もう後々弄る気満々ですよ。千種、本当にいますぐに飛んできてくれないかな。

 来るわけないよなぁ。来るならこの時点で来てるし。

『ねえ、みんな。思ったんだけどね、もうみゆちん呼んだ方が早いんじゃないかな? ほら、これだけ話題に上がるんだし、みゆちんのこと気になっている人もきっと多いよね? つまり! みゆちんがここにいれば解決だよ!』

 しないよ?

 なに言ってるのかな?

 なんでわざわざ猛獣に囲まれないといけないの? いやいや、手招きするんじゃないよ。行かないって。

 ほたるも無言で立て掛けてあった刀に手を伸ばさない。

『みゆちーん?』

 姫さん、呼ばないで。ゲストが2名もいるんだから、その子たちと話していてくれればいいから。俺を知りたい人とかいないから。むしろ話題にも出さないで欲しいまである。

 なんて思っていると、ブースを区切っていた扉が開かれた――。

「――撤退!」

「なんで!?」

 開ききる前に最高速でこの場からの逃亡を図るが、驚いた姫さんの声が横から聞こえた。

「なんで逃げるの、みゆちん!?」

「おまっ……放送はどうした! 生放送中に抜け出すとかありえないだろ!」

「みゆちんが来てくれないからだよ! だから迎えに来たのに!」

 知らん! というか巻き込まないで好き勝手やってくれていればよかったのだ。お願いだからその女子会に俺を巻き込まないで!

「俺を呼ぶときは千種か壱弥がいるときだけにしてくれ!」

「これから呼んでたら放送終わっちゃうよ! いいから、みゆちんも行くの!」

「ちょ、やめろ! やめてぇぇぇぇっっ!!」

 逃亡虚しく、会話することで煙に巻くこともできず。結局、姫さんの<世界>に抗うことなぞできないのだ。

 もしも。

 この大馬鹿娘の<世界>に対抗しないといけないときが来たのなら。

 それは、俺にとってよっぽど大事なものがなくなりそうになったときか、この理不尽で無鉄砲で、無謀で純粋で、そして優しい少女に危機が訪れたときくらいのものだろう。

 だからいまは――。

「いや、納得したくないから、やっぱり参加は拒否させてもらう!」

 おとなしくブースの前まで連行された直後、彼女を裏切る形で再び逃亡を図った。

「みゆちん!? もう、今度こそ逃がさないよ!」

 いいや、今度こそ逃げ切ってみせる! 裏道でもなにもかも使って、自室に帰る!

「行こう、みんな! みゆちんを捕まえるよ!」

 はい? 後方から聞こえて来る、姫さんの号令。

 それに応じるのは、

「仕方ない。ヒメの頼みだ。覚悟しろ、天羽」

「まあ、しょうがないよねぇ。実は一度、全力で戦ってみたかったんだよね」

「あはは……困ったときは笑顔だよ、自由くん」

 各都市代表の面々だった。

 あ、これは終わりましたね。

 逃げたのが失敗だったと実感させられたのは、この数秒後のことだった――。

 



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分の悪い賭けは嫌いじゃない

最近、友人に布教するためにクオリディア・コードを見直しました。
多分なヒメニウムを摂取しまして、ええ。姫さんかわいいの一言に尽きますね。
クオリディア・コードの曲は聞いているとこの話を書きたくなるんですよね。時間がかかってもまだまだ進みます。
どんどん消えていくハーメルンのクオリディア・コード作品。
消えるヒメニウム……ならば補給路を作り続けなれば!
ということで、短めですが久々の本編です。


 一瞬のことだった。

 住んでいる速度域の差からだろうか?

 切られると、確信を持っていた俺とコウスケへの斬撃は、余すことなく月夜によって弾かれていた。

「お、おお……」

「な、なんだったんですか、いまの!?」

 関心している俺を余所に、コウスケが悲鳴じみた声を上げる。

 確かな殺気、確実な間合い。殺されていないのが不思議な一撃だっただけに、それを咎めることはできない。

 俺とコウスケへの、幾重にもよる範囲攻撃。それも斬撃とくれば――。

「こんな芸当ができるのは、ほたるしかいないわな」

「ですね。見えているだけで厄介です。どこか建物内――に入るのは、そのまま建物ごと斬り伏せられる可能性が高いですか」

 とは言え、一箇所に留まり続けることの方が危険だ。

「コウスケ、出力兵装さっさと拾え! 逃げるぞ!」

「は、はいぃ!!」

 舞姫がほたると出会うまで逃げ切れれば上等!

 頭はまだ回る。足はきついが、そこはコウスケがカバーしてくれる。

「月夜、おまえはどうすんだ? おまえが俺たちを守ったのはほたるも見ている。場合によってはおまえも……」

「問題ありません」

「いや、んな悠長なこと――」

 言葉の途中で、カラン、と鈴の音が鳴る。

 直後、風を切ったような、そんな、俺には見切れないわずかな空間の揺れ。

「悠長なのは自由さんの方です。私がいなければ、もう2回死んでいます」

 また、守られたのだろう。

 ほたるの斬撃は早い遅いの問題ではなく、ゼロ距離から繰り出される攻撃をどのように対処するかにかかっている。無論、いまのボロボロの俺にそれを止める術はなく。

 そして既に、そんなことで凹んでいる余裕なんてない。

「クソッ、とりあえずは建物の陰に潜むなりして逃げるぞ! ほたるの大凡の位置は掴めた! あとは舞姫と合流するか、あのバカがほたると接触するまでの我慢だ!」

 言うが早いか、月夜の小さな体を抱きかかえ、コウスケの出力兵装に乗る。

「ちょ、自由さん!?」

「飛ばせ!」

「もちろんっすよ!」

 コウスケも理解しているのだろう。

 屋上からすぐにビルの背面に回り、そこに留まることはなく、すぐに他の建物の陰へと移動していく。

 背後では建物が崩れ落ちる轟音が響くが、残っていれば間違いなく潰されていただろう。

「うひゃぁ……思い切ったことしますね、神奈川の次席って」

「いや、いつも通りのほたるだ」

「ですね……」

「マジっすかぁ……そりゃないっすわぁ」

 他の都市に比べて、過激な次席だというのはわかりきっている。だが、理解がないわけでもない。だからこそ、こういうときのほたるの思い切りの良さは恐ろしい。

「月夜も連れて来ちまったし、取り返しに来るのかねぇ」

「一緒に抹殺かもしれませんね」

「どうだかなぁ」

 ほたる――いや、神奈川に来たばかりの頃の彼女であれば、間違いなく仇名すものとして斬られていただろうが、いまのあいつはほたるだ。

 舞姫が信頼する凛堂ほたるなのだ。

「――ないだろ」

 その独り言は風の中に溶けていき、拾うものは誰もいない。

 せめて、舞姫がほたるに会ってさえくれれば、そうすれば、俺にもあとひとつだけ打てる手がある。

「俺の<世界>は、繋げるもの。それは力や、意思だけじゃない。だったらきっと」

 舞姫との戦闘でやっと理解できたんだ。

 あのときは彼女の<世界>を。今度は、俺たちを――なら、そう難しいことじゃないはずだ。少なくとも、他人のものを他人に見せるよりも、ずっと簡単なはず。

 <世界>は俺の主観が見せる、各々が信じる世界そのものを実現させる意志の力だと、俺はそう推測してきた。だからこそ!

「コウスケ。無理を承知で言うぞ」

「なんですか? 無理なら今までもずっとしてきてるじゃないですか」

「ほたるの、神奈川次席の元まで、送ってくれないか?」

「はい!?」

「もちろん、すぐにとは言わない。タイミングは重要だしな。けど、その時が来たら、頼んでいいか?」

 俺の問いに、コウスケは悩む表情を覗かせる。

 当たり前だな。一歩間違えば、即座に死が待っているようなものだ。

 コウスケからの返答は後にし、抱える月夜へと、正確には、彼女の持つ出力兵装へと目を向ける。

「月夜、ほたるの刀、あと何回受け止められる?」

「……3回です」

 だよなぁ。

 ほたるの持つ出力兵装は舞姫自身が作ったものであり、そして最強の名を冠する刀。当然、物としても恐れるべき出力兵装だ。

 対して、月夜の持つ刀は出力兵装といっても模造刀であり、脆く壊れやすい。

 本来の出力兵装はあの部屋に置きっ放しというわけか。

「やっぱり、起点は舞姫しかいないか。で、コウスケ。どうだ?」

「――……わかりましたよ。俺も、いいところは見せておきたいですし?」

 大きなため息を吐きつつ、サムズアップしてみせるコウスケ。

 こいつも随分男らしくなったもんだ。

「助かるよ。後輩の成長は嬉しい限りだ」

 あとはほたるの攻撃が止まった辺りで接近するだけだな。

 舞姫と会って、過保護に守るか動きが止まるかは賭けでしかないが、そう悪い賭けじゃない。神奈川にいた頃の方が、日頃危険は多かったしな。

「っと、止まったな」

 コウスケに指示を出しながら建物の合間を縫うように飛んでもらっていたが、それもここまででいいかもしれない。

「建物を斬ってくるのを止めたんですかね?」

「止めたみたいですよ。というか、舞姫さんと出会ったみたいです」

 月夜の耳が、彼女たちの言葉を拾う。

「自由さんたちの説明をしているみたいですが、うまくいっていませんね。ただ、困惑はしているようです」

「そうか……なら、行くか」

「ここしかなさそですしね……はあ、早く戻って安全なところにいたいっすわ」

 声は嫌々だが、行動はしっかりしている。

 しっかし、ほたるの奴が舞姫から離れていたのも気になるが、戻って来たのだとしたら、援軍とか居ないだろうな? それは御免だぞ。

 月夜に言われるままに移動していく中、そんな不安が頭を過るが、まだ遠くとはいえ先に見える人影が舞姫とほたるのものだけであるとわかり一安心だ。

「うひゃぁ……これ、辿り着けますかね」

「舞姫が少しは抑えてくれるだろ。こっちにも盾は3回分ある。<閃塵>か<千重>を撃たれない限りはなんとかなる……たぶん」

「そこは自信を持って言ってほしいんですけど!」

 神奈川四天王相手に絶対とか言えない、言えない。特に、舞姫が絡んでいるときにはな。あいつらの行動は読めないし、思考は理解できない。

 柘榴と銀呼はその筆頭であり、大人しそうな青生だって例外じゃない。あんな性格なのに舞姫の制服に盗聴器をしかけていたような相手だ。四天王の変態性に大差はない。

 けれど、だからこそ舞姫のためなら、あいつらはなんだってやる。

 ほたるとて、危機が迫れば容赦なくこちらを斬るだろう。たとえ、舞姫に説明がされていたとしても、あいつならやる。

「ほんっと、分の悪い賭けっすよね」

「だとしても……俺の<世界>は束ねて繋ぐもの。だから、疑うものかよ」

 さあ、やってやろうじゃないか。

 あいつらの笑顔のために、必要な瞬間を作り上げるために!

 



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