サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音 (杉浦 渓)
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賢者の石編 第1章 入学許可証

新学期が始まってすぐ、ハーマイオニーの誕生日に2通の羊皮紙の手紙が届いた。

 

ボーバトンとホグワーツ。

どちらも魔法魔術学校なのだが、なぜか歯医者の娘であるハーマイオニーのもとに、入学許可証を送ってきたのだ。

 

入学に関する説明を希望される場合は、1週間以内にフクロウにて希望届を返送すること。

 

ーーそもそも魔法魔術学校ってなに?

 

自室の机の上に並べた2通の手紙を前にハーマイオニーは首を傾げた。

 

ハーマイオニー自身はもうすぐラグビー校に行くことに決めている。

勉強は好きだし、学業成績良好であることは、将来のプラスにこそなれマイナスになることはない。父が卒業した学校だから、校風もわかって安心だ。

個人で歯科クリニックを経営する両親も、経済的な問題はないから一番自分に相応しい学校に進学しなさいと言ってくれる。

 

「いったい何のジョークかしら」

 

呟いて、だが自分でも単なるジョークと片付けるには無理があるとわかっていた。

ホグワーツ校からの入学許可証だけなら、悪趣味な手の込んだジョークで片付けることも出来るのだが、ボーバトン校からの入学許可証は、フランス語で書いてあるのだから。

 

ハーマイオニーの母は、イギリス人とフランス人のハーフだ。母方の祖母は、母が成人する頃に離婚してフランスに帰ってしまったから、ハーマイオニーはほぼ毎年、母の長いホリデイにはフランスで過ごす。

シャンパーニュ地方のランスという古い都市に祖母の家があり、ディズニーランドもあるし、森も湖もある。近くにはデラクール家という大きな古い邸宅もある。「デ・ラ・クール」つまり「宮廷の」という意味のそんな邸宅があるあたり、ランスはフランスがまだ王政を敷いていた時代からの古い都市だ。

 

そんな家庭環境だから、ハーマイオニーはたまたまフランス語が問題なく読めるのであって、こんな悪趣味なジョークに時間を費やす輩がフランス語に堪能であるはずがない。

 

ハーマイオニーの部屋の外のテラスでは、いくらウィンブルドン・コモン近くとはいえ、まだ真昼であるにもかかわらず、キリっとした森フクロウと、優雅な白フクロウが手すりに並んで止まっている。

 

「ねえ、あなたたち。手紙を運んできてくれたことにお礼を言うべきだとは思うのだけれど、何の説明も無しでは、お返事のしようもないわ」

 

フクロウ相手にばかばかしいと思いながらも、独り言代わりにハーマイオニーは訴えた。

 

「パパやママに相談したくても、まだお仕事中なの。うち、一応ちゃんとした歯医者なのよ。どちらかというと、保険診療じゃなくて、ちゃんと自己負担して歯のメンテナンスをするリッチな人向けのね。きっちりした予約システムで診療してるから、パパとママのスケジュールは急には空けられないの。飛び込みの保険診療はお断りするぐらい。だって、そんな患者さんって、ほら、自己管理出来ない人が多いのね。よく言うでしょう? イギリス人は医療費が無料だから、糖尿病が多いって。歯医者も同じことよ。だから、この件は夜にしか相談できない。わかる? わからないわよね」

 

キリっとした森フクロウは「それは私の職分で判断することではない」という融通の利かない真面目な顔つきのままだが、優雅な白フクロウは「それはそうよね」と言うように優雅に首を傾げ、飛び立った。

 

あれは確かフランス語の手紙を持ってきたフクロウだ、と思い出し、とりあえずボーバトン問題は片付いたとハーマイオニーは思ったのだった。

 

 

 

 

 

同じ頃、日本の古びた神社の隣に建つ純和風家屋の中の、一部だけ完全に洋風の造りになっているリビングでは、行儀悪くソファに寝転んだ少年のような少女が、コーヒーテーブルに5通の入学許可証を積み上げたままうたた寝をしている。

 

神社の隣の純和風家屋に不似合いな淡いブラウンの短い髪が、光に透けてブロンドにさえ見える。

 

その祖父はといえば完全に東欧の顔立ち。祖母は、日本人らしいコンパクトな顔立ちの割に、ヘイゼルブラウンの瞳や抜けるような色白の肌からやはり純日本人ではない様子だ。

 

「ホグワーツは危険ではないかね? 君に恨みを持つ家柄の生徒も多いだろう」

「あなたはそう言って、怜のときも反対しましたよ。それならダームストラングでも同じことです。あなたがヌルメンガードにぶち込んだ闇の魔法使いたちの一族はまだいるのですから」

「いや、今回はボーバトンからも来ているじゃないか」

「蓮にはデラクール家の血も流れているからですわ。クロエの実家はそこなんですから」

「まったく。コンラッドは素晴らしい青年だったが、こんな面倒なことになるとは」

 

祖父は頭をふりふりと振った。

 

「多数決にしましょう」

「待て! それはダームストラングとボーバトンに不利だ!」

 

そのとき、庭に姿現しをする「パチン」という音が聞こえた。

 

「お母さまもお父さまも。わたくしの娘の進路は、わたくしと娘が相談して決めるのだから、黙っていてちょうだい」

 

庭から続く回り縁の下で靴を脱いだ、背の高い女性が呆れた声をかけた。

縁側に上がりながら、うたた寝をする娘を見て目を眇める。

 

「・・・甘やかさないで。食後にソファで居眠りなんて」

「裏で河太郎から泳ぎのレッスンを受けて帰って、夕食をたくさん食べたのだから、少し横になるのは健康に良いわ。怜、あなたこそ、あまり蓮をスノッブに育てないでちょうだい。どの学校に行くにせよ、スノビッシュな子は純血主義の仲間に入れられやすいのよ」

 

母親の言葉に怜は眉を吊り上げた。「もう11歳になるっていうのに河童から泳ぎのレッスンを受けるって、お母さまの常識はいったいどうなっているの? レッスン代は支払うから、きちんとスイミングスクールに行かせて」

 

父は肩を竦め「オリンピック選手じゃなくて魔女になるんだから、魔法生物から泳ぎは学ぶべきだよ」と娘をたしなめる。「そんなことより、ロンドンのウィリアムとクロエは蓮の進学先についてどう考えているのかな?」

 

怜は溜息をつく。

 

「ホグワーツとボーバトンで議論になってるわ。でも、他にどこから入学許可証が届いたか確認に来たの。わたくしのときは4校から来たでしょう? 南硫黄島、エカテリンブルク、ケルン、ホグワーツ。蓮の場合は、いくつになるか分かったものじゃないわ」

「それにボーバトンを足した5校よ」

「まあ、ダームストラング、ホグワーツのどちらかにするべきだろう」

 

柊子は眉をひそめて「その選択肢なら、クロエが黙っていないわよ。デラクール家は、フランス宮廷の専属魔法家だったんですからね。それを言うなら、うちだって、ウィンストン家だってそうなんだから決着はつかないわ」と言う。

 

「だから、蓮の進学先は、母親であるわたくしと蓮とで決めます」

 

断固として言ったのだった。

 

 

 

 

 

「ヴォルドゥモール? 死の飛翔? 変わったお名前の方ですわね」

 

ハーマイオニーの母は、その夜に自宅を訪ねてきたフランス人の魔女と相対していた。

 

「ああ、あまり名前は発音なさらないで。フランスでは物笑いになる名前ですが、イギリスの魔法界では名前を口にすることも恐ろしいと言われる邪悪な魔法使いの名前ですから」

「はぁ。邪悪な・・・」

 

夫と視線を交わす。

娘が魔女だというだけなら、夫婦にはまだ受け入れる余裕があった。

 

なにしろハーマイオニーを11年育ててきたのだから。

オムツが汚れていれば蛍光灯が割れる。空腹なら哺乳瓶が勝手にミルクをシェイクする。

そんなことから始まり、嫌がるのを無理にスイミングスクールに入れれば、なぜかプールの濾過装置が爆発する。

自転車は3メートル走る前にパンクした。

フランスにいるハーマイオニーの祖母は、確信を込めて「ランスの魔女の血が流れているんだわ」と言ったものだ。単なる故郷贔屓の迷信だと聞き流してきたが、どうやらそればかりでもなかったらしい。

 

「もちろんホグワーツは優れた魔法の名門校であることに間違いはありません。わたくしの専門である変身術だけでも、ダンブルドアとマクゴナガルという変身術の天才というべき教授がいらっしゃいます。ですが、いかんせん、邪悪な魔法使いの影響が残っているのも事実。魔法使いの家系でないお嬢様にとって安全とは言い難い。その点、我がボーバトンは栄光あるフランス宮廷の専属魔法使いや魔女を育成するために開かれました。本質的に、邪悪なものを拒みます」

 

邪悪なものはともかくとして、と父がたどたどしいフランス語で割って入った。「我々は夫婦とも魔法とは縁のない家庭ですが、なぜ私たちの娘が魔女だと?」

 

ボーバトンの変身術の教授だという、その上品な女性は得たりと頷いた。

 

「マグル、つまり魔法使いの家系でないご家庭に魔法使いや魔女が生まれることは、はるか昔から稀にあることでした。魔法族の家系に生まれたならば、家族の魔法によって魔女狩りから逃れることも容易でしたが、お嬢様のようなケースでは魔女狩りの対象として迫害される時代もありました」

 

それはすぐに想像出来たのか、両親は揃って頷いた。

 

「我々魔法族も、様々な要因で人口を減らしていましたから、約300年前に広範囲魔法力探査術という魔法が開発されます。この目的は2つ。第一に魔法族の人口減少に歯止めをかけること。第二に魔女狩りから、魔法力を持つ子供を保護することです」

 

両親が再び揃って頷く。

 

「魔法力を持つ子供を、出身家庭を問わず受け入れ、教育することによって、魔法力をコントロールしながらマグルの中で暮らすことも可能になりますし、本人の努力や才能次第では魔法族の世界に職業を見つけることも出来ます。出身家庭を問わずと申しましても、授業はその学校の所在国の言語で行われますから、イギリスからマグル生まれの生徒をお迎えするケースは多くありません。11歳で2ヶ国語を支障なく話せるお子様は少ないものですから、どうしてもご家族にフランス人がいらっしゃる場合に限られます。お嬢様は魔法力探査術によって生まれたときからチェックされており、事前調査によって本校の講義内容を理解出来るだけの語学力があることが確認されております」

 

なるほど、と母が頷いた。

 

「では本校のシステムについてお話ししてもよろしいでしょうか?」

「・・・お願いします」

 

こほん、と咳払いをしてフランスの魔女が説明を始めた。

 

「ボーバトン・アカデミーには、2つの校舎があります。男子と女子です。伝統的に男子校と女子校に分かれており、女子校はボーバトン・アカデミー・ランス校と呼ばれています」

 

ランス、と呻くように母が呟く。

魔女は頷いた。

 

「そう、お母さまもよくご存知のランスです。遠方からの生徒には、十分な設備を整えた学生寮がございますが、こちらのようにランス市内にご親族の家があれば、そこからの通学も可能です。授業内容によっては真夜中の実習がありますが、この場合には校内に宿泊させます」

 

 

 

 

 

「レンがボーバトンに行くならデラクール家から通えばいいのよ」

 

ロンドンの家に母から付き添い姿現しで連行されるとすぐに、父方の祖母であるクロエが挨拶もそこそこに切り出した。

 

「確かフラーもいることだし、ボーバトンなら安心だわ」

「でもね、クロエ。蓮は日本とイギリスの子なの。南硫黄島は学校の規模自体が小さいから話にならないけれど、コンラッドも怜もホグワーツだったのだから、娘の蓮もホグワーツが順当じゃないかしら?」

 

母方の祖母である柊子はちゃっかりロンドンまでついてきた。無論、祖父のシメオンも一緒だ。

 

「そうだぞ、クロエ。蓮はグランパのようにホグワーツでハッフルパフに入るんだ! なあ蓮?」

「やめてちょうだい。灰色のレディが気分を損ねるわ」

「ノン! ホグワーツならばコンラッドと同じグリフィンドールです!」

「なぜ誰も蓮をダームストラングにやると言わんのかね?」

 

溜息をついて蓮は母親を見上げた。

 

「お母さま。わたくしはどうすればいいの?」

「周りの雑音を無視して考えなさい。レイブンクロー派、ハッフルパフ派、グリフィンドール派にダームストラング派、ボーバトン派・・・あなたもたいへんね」

 

要するに選択肢らしい選択肢は「ホグワーツのどのハウスに入るか」であるらしい。蓮はそう解釈して頷いた。

 

「お母さまもやっぱりレイブンクロー派?」

 

蓮、と名前を呼んで、母が膝を曲げると蓮の目の高さを合わせてくれた。

 

「ホグワーツの寮には、それぞれのカラーがある。それは事実。でも、どこの寮が良いか悪いかはわたくしたちが判断することではないわ。大事なことは、寮のためにあなたには何が出来るか、それだけよ。組分けされた寮に対し、誇りをもって貢献するの。それが出来るのであれば、どこの寮でも構わないわ」

「・・・スリザリンでも?」

「あなた自身がスリザリン寮のために何か出来る、何かしたいと思うならば」

 

まったく思わない。

 

「姫さま! ウェンディは知りました。スリザリンは悪い魔法使い多い寮です!」

「ウェンディ、久しぶりね」

 

蓮は腰までしか身長のないハウスエルフに目尻を柔らかくして応じる。

 

「ウェンディは旅をするのです! 旅の途中で悪い魔法使いの屋敷に行くのです! 悪い魔法使いはスリザリン! スリザリンばかり!」

「そんなに危ない旅をしているの?」

 

首を傾げる蓮に母の怜が「ウェンディの生き甲斐なの」と答えた。

 

「悪い魔法使いの屋敷に行くのが?」

「ハウスエルフの仲間に、自由と報酬について教えて回るのが。ウェンディは独立戦争をしているのよ、一人で」

「かっこいい」

「クリスマスには悪い魔法使いはみんな酔っ払いです。ハウスエルフと話をするチャンスなのです! それにウェンディは一人ではなくなりました。ドビーは悪い魔法使いの皆様のお話を覚えていて、ウェンディに教えてくださいます! そのあと、ドビーはたくさん反省して、ご自分をバッチンなさいますが、大事なお話ばかりです!」

「悪い魔法使いのためなんかに、バッチンしなくていいのに」

 

ウェンディは悲しげに大きな瞳を伏せた。「悪い魔法使いしか知らないドビーは、まだご自分をバッチンする癖が抜けません」

 

母がウェンディを軽く撫でた。「悪い魔法使いのお話よりも、ドビーにご自分をバッチンしなくていいということを教えてあげるほうが先よ、ウェンディ」

 

ハウスエルフとしてのウェンディは、まだ孤独なのだ。

自由と引き換えに、孤独を選んだ最先端のハウスエルフだ。

 

「コンラッド坊っちゃまのお言いつけなのです。良い魔法使いは、ハウスエルフにも礼儀正しい。ハウスエルフに対する礼儀を知らない魔法使いは悪い魔法使いだと、仲間に教えなければいけません。ですからウェンディは旅をなさいます」

 

ぱちぱち、と蓮は小さく拍手する。

 

とりあえず、ウェンディがスリザリン入りに反対の意見を持っていることはよくわかった。

 

 

 

 

フランスの魔女が礼儀正しくグレンジャー家を出ると、ハーマイオニーの母はリーガルパッドにホグワーツ宛の手紙を書いた。

 

「わたくしども保護者としましては、御校の学校説明を希望いたします。ご都合のよろしい日時をお知らせください」

 

これでいいわね、と父とハーマイオニーにその手紙を見せる。

 

「ボーバトンのフクロウって賢いのね」

 

ハーマイオニーに両親は頷いた。

ハーマイオニーの独り言をちゃんとボーバトン校に伝えに行ったのだ。

ホグワーツのフクロウも賢そうな顔つきだが、融通を利かせる気はないのだろう。

手紙を小さく折り畳んでいると、片脚をすっと差し出した。

 

たぶんしばらくは魔法学校に行くことになるだろう、とハーマイオニーは考えた。

あまり選択の余地はなさそうだ。

魔法力とやらをコントロールしなければ、フリークス扱いされてしまう。

 

「ヴォルドゥモールとかいう邪悪な魔法使いのことをきちんと質問しなければいけないね」

「変な名前。親のセンスを疑うわ」

 

母とハーマイオニーは顔を見合わせて、くすっと笑った。

フランス語に馴染みのない人が音だけ聞いてフランスっぽいとつけた名前みたいだ。

 

その夜の夢の中で、ハーマイオニーはヴォルドゥモールと自己紹介する、禍々しい扮装のピエロを見かけた。



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第2章 小さな先生

「はじめまして、グレンジャーご夫妻、ハーマイオニーさん」

 

約束の時間に玄関に現れたのは、おそろしく小柄な人物だった。

 

「いきなり玄関に入る無作法をお許しください。私、この通り、マグルの方々の中では目立ってしまいますので」

 

確かにそれはそうだろう。

 

「改めまして。私はフィリウス・フリットウィック、ホグワーツでは呪文学の授業を担当しております。また、寮監を務める一人でもあります」

「はじめまして、フリットウィック先生」

 

ハーマイオニーが挨拶をすると、小さな先生はにこにこと笑ってくれた。

 

リビングに移動して、母が紅茶を勧め、父がソファの上に電話帳を積んで、違和感のない高さに調整する。

 

「早速ですが、お嬢様にはボーバトンからも入学許可証が届いたとか?」

「ええ。先日、ボーバトンから変身術の先生がみえてご説明いただきました」

「なるほど。変身術とは、先方は本気で勧誘に来たようですね。もちろん本校としてもぜひご入学いただきたいと思っております」

 

そこでこれです、と小さなブリーフケースを開けた。

濃紺のベルベットで内張りされたブリーフケースの中には、CDが一枚。

 

「これは?」

「私の教え子の一人は、マグルの世界で弁護士をしています。我が校の理事の一人でもありますが。彼女にマグル向けの学校のパンフレットの印刷を頼んだら、こういったものを作ってくれました。窓のナントカというマグルの装置で我が校の全景や、敷地内の風景、セキュリティに関する説明の・・・紙芝居ではなく・・・なにかそのような・・・」

「・・・スライドショー?」

 

パチンと手を叩き「それです!」とフリットウィック先生は嬉しそうに言う。

 

「マグルがプレゼンテーションに用いる手法だとか。我が校の概要については、こちらで後ほどご確認ください」

 

それでは、とフリットウィック先生が姿勢を正した。

 

「マグルの保護者の方々からよくいただく質問を例に、私から先に説明させていただき、後ほどご質問をお受けする形でよろしいですかな?」

「はい」

「一番よくいただく質問に、ホグワーツ校を卒業した場合の学歴はどうなるかというものがあります。ホグワーツ校を卒業する生徒の大半は、そのまま魔法界で職に就きますので、現実的にはあまり影響はないのですが、先ほどの教え子のようにマグル界の職を選ぶ場合」

 

両親もハーマイオニーも身を乗り出した。

大事なことだ。

 

「パブリックスクールを卒業するのと同じ扱いになります。マグル向けの大学受験資格試験を受けて、その成績に応じた大学を受験します。その場合、ホグワーツでは協力関係にあるパブリックスクールの卒業生名簿に該当する生徒の氏名を記載します。ただし、ホグワーツ内ではマグルの教科の授業は行ないませんので、完全に独学で大学受験することになります」

「・・・難関ではあるが、道は閉ざされていない、という解釈でよろしいですか?」

「まったくその通り。次に、魔法界での職業について。これはマグル界とさほど違いはないとイメージしていただいてよろしい。電子機器がないので、そのあたりは魔法道具の開発製作に変わりますが、医療職、公務員、教職、小売業などがあります。ホグワーツの卒業生には公務員の割合が多いですね。英国魔法省が、魔法界の立法司法行政を担っていますので」

「なるほど。しかし、先ほどの教え子の方はなぜまたマグルの弁護士に?」

 

ぴ、と長い指を立てて、フリットウィック先生は父に「良い質問です」と先生らしいことを言う。

 

「魔法界の法制度にマグル界との違いがあります。魔法界の法制度の中では弁護士が存在しないのです。魔法省の司法部門が法廷に持ち込み、被疑者やその友人知人が被告側証人として弁護する形を取りますので、制度としての弁護士はおりません。私の教え子は、その仕組みを変えたいと考えています。ホグワーツ卒業後、マグルの大学マグルのロースクールに行きましてね。今や魔法省魔法法執行部に籍を置いていながら、マグル界の弁護士業のほうが多忙のようです」

 

母が「まあ、優秀な卒業生がいらっしゃるのですね」と相槌を打つ。

フリットウィック先生は嬉しげに大きく頷いた。

 

「私の寮の、監督生から首席として卒業しました。私の寮は叡智を何よりの宝と考えています。それから、全寮制ですので、お嬢様の場合は、親御さんのご心配も多々おありでしょう。確か、ボーバトンでは、男子部と女子部に分かれているとか。ホグワーツでは、4つの寮があります。男女混合ですが、寮内では談話室以外は女子寮と男子寮の行き来は出来ません。いえ、実を言いますと、女子が男子寮に入ることは出来ますが、その逆は不可能な魔法が施されています。私の寮では女子寮に進入しようとした男子は、落とし穴から落とされます。3日間穴から出られません。また別の寮では男子が女子寮に進入しようとすれば、その階段が変形して、談話室まで滑り落とされます」

 

父はうんうんと頷いている。

 

「生活面においては、食事や洗濯はすべて専任のスタッフによって賄われます。食事の量は、本人の希望するだけいくらでも。ただし、女子によくあるように過度なダイエットを試みて体調を崩した場合には、常勤の校医による特別なメニューが用意されます」

「なるほど」

「ちなみに、本校の校医は、魔法疾患における王立病院の位置付けにある聖マンゴ病院で十分な臨床経験を積んでおりますし、若者に多いスポーツ外傷の診療に関してはイギリスで右に出る者がいません。治療に必要な安静のためなら校長さえも彼女にはかないません。さらに言えば、この校医はご両親ともにマグルですので、マグル界の治療法にも詳しい人材です」

「そんな方でもドクターに?」

 

フリットウィック先生がキョトンと首を傾げた。

 

「そんな方・・・とおっしゃいますが、校医のマダム・ポンフリーはご両親ともにお医者さんで、第二次世界大戦末期には、聖マンゴ病院の研修医でしたが、志願してマグルの陸軍病院での研修もこなされたそうです。優秀さも熱意も折り紙つきですよ」

 

言いながら、またパチンと手を叩いた。「ああ! マグル生まれが純粋な魔法族に劣るのではないかとのご心配なら、まったくの杞憂です。私のこれまでの教師経験上、純粋な能力での違いはありません。確かに、マグル生まれの子供たちは、咄嗟のときに魔法を使うとか、複数の魔法を組み合わせて使う面においては遅れがちになりますが、それも下級生の間だけ。要は環境と慣れです」

 

「いくつか質問がありますが、よろしいですか?」

 

今度は父が右手を挙げた。生徒気分にでもなっているらしい。

もし魔法学校に行くことになったら、父の順応性は高いほうだと思う。

 

「どうぞどうぞ」

「これまでのお話では、マグル生まれの子供たちは少なからずいるようなのですが、我々は魔法使いにお会いしたことがありません。娘の進学問題が出るまでは、ということですが。一つの省庁が管理しなければならないほど、魔法使いや魔女は多いのでしょうか」

 

フリットウィック先生はあご髭を掴んで「何と説明したものか」と呟いている。

 

「そうですね。魔法族の法律で、マグルに魔法族のしでかすことを明かすことは、魔法界では犯罪です。よって魔法族の家々には、守りの魔法がかけられます。マグルの目には廃墟にしか見えない小屋が、実は豪壮な邸宅だったり。なので、ミスタ・グレンジャーがお考えになるより、多くの魔法族が身の回りにいるものです。例えばこれですが」

 

フリットウィック先生は、コーヒーテーブルに差し出したままだったCDのケースをひっくり返した。

 

「レイ・キクチ・ウィンストン法律事務所」と書かれたシールを見て、両親がぽかんと口を開けた。

 

「こ、この方は私どものクリニックの顧問弁護士ですし、ほぼ毎月歯石のチェックやホワイトニングにいらっしゃる方です」

「ウィンストン伯爵家の奥様ですわ」

「ね? 割といるのです」

 

 

 

 

 

フリットウィック先生がみえてから、家族で何度か話し合った。

 

基本的には魔法学校で魔法をコントロールするトレーニングは受けなければならない、と結論が出た。

 

それは、2年ほど前の出来事が理由だ。

ちょっとだけ不思議なことをクラスの男子の前でしでかしたハーマイオニーは「フリークス!」と罵倒されたのだ。

以来、十分に気をつけて、不思議なことを起こさないように努力しているが、完全には防げていない。そんなときは「わたしは関係ないわ」という顔を作る。もちろんわかる人にはわかってしまうので、今のところハーマイオニーには、すごく親しい友人がいない状態だ。

 

いずれパブリックスクールに行くから構わない、と思うようにしてきたけれど、それが魔法力によるもので、コントロールの手段があるなら学ぶべきだ。

 

「それにレディ・ウィンストンは弁護士として優秀だという評判だ。パパとママが開業するときに先輩のドクターから紹介されて、顧問についていただいた。今のところ弁護士のお世話にはなっていないが、歯科医師会での評判は最高だよ」

「ハーマイオニーがホグワーツからマグルの大学に行くのであれば、同じコースでマグルの職に就いていらっしゃる方のアドバイスはお聞きしておくべきね」

 

少なくともランスのおばあちゃまより、と母が苦笑する。

 

ランスの魔法学校から入学許可証が届いたことを連絡したら、ランスの祖母はたいへんな興奮状態だ。

 

祖母によれば、ランスには美しい魔女の集まる魔法学校があるという噂が根強く残っているのだそうだ。

王妃や王女を守護する魔女の一団はランスで訓練を受ける。だから、ランスの魔女は素晴らしく美しくて優秀だとか。

そんなところにハーマイオニーが入学を許可されるとは名誉なことだと祖母は考えている。

 

しかし、両親の意見はまた別なのだ。

 

マグル界から魔法界に進学するのは、いわば留学するのと同じだ。

ただでさえマグル界から魔法界への留学なのに、国まで跨いでしまうのは遠すぎる。また、ランスの祖母はマグルだ。親族の家からの通学では、魔法界に馴染むのにも不利になるだろう。

 

よって両親としてはホグワーツ校に入学することで意思統一出来ているのだが、問題はヴォルドゥモールなる変な名前の人だ。

家にある本にはそんな名前の人は記載がない。マグルの本しかないから当然だけれど。

フリットウィック先生に尋ねても、キャッと叫んで電話帳の椅子から転げ落ちた。「死の舞踏、死の飛翔だなんて、ずいぶんなジョークですけれど」と母が言いかけると、パーティのダンスフロアでストッキングを脱ぎ始める無作法を目の当たりにしたように、ふるふると震えるのだ。

 

慌てた父がフリットウィック先生を助け起こし、「この質問はレディ・ウィンストンにお尋ねするべきでしょうか?」と尋ねると、フリットウィック先生は大きく頷いた。「ああ、レイ! レイならば必ずグレンジャーご夫妻の疑問にはすべて答えてくれます。そうです! 欠席ばかりですが、仮にも理事なのですから、こういうときは協力してもらいましょう」

 

「あのときのフリットウィック先生には驚いたね」

「死の飛翔だなんて、ジョーク以外の何に聞こえるのかしら? 変な名前をつけるのが流行っているのはマグルだけじゃないのね」

「ママ、変な名前が問題ではなくて、ヴォルドゥモールのしたことが恐ろしいという意味ではないのかな? 君たちはなぜか変な名前にこだわっているけれど」

 

父は母とハーマイオニーを呆れた目で見た。フリットウィック先生がキャッと叫んで電話帳の椅子から転げ落ちたのは、ハーマイオニーと母の無作法のせいだと思っているようだ。

 

「レディ・ウィンストンからは、今夜お招きを受けているけれど、変な名前とは言ってはいけないよ。あくまでも、おそろしく邪悪な魔法使いについて質問するんだから」

 

反論は許さない、という表情を装っているけれど、母とハーマイオニーにはわかる。

父は魔法界に興味津々過ぎるのだ。

調べたくても、インターネットには出てこない。ハーマイオニーや母が嫌いな不思議系統雑誌に書いてあることは沈んだ大陸とか、人類史以前のオーパーツだとかばかりで、魔法界のことは書いてない。

 

行けるものなら自分がホグワーツに入学したいに決まっている。

 

 

 

 

レディ・ウィンストンからお招きをいただいたのは「ロンドンの自宅」だった。

「ロンドンの」ということは「ロンドン以外の」自宅もあるのだろう。

 

待ち合わせたウィンブルドン・コモンの駐車場に入ってきたシルバーのジャガーを見て、父が「ああ、レディ・ウィンストンだ。相変わらずいいジャガーだ」と呟いた。

 

「パパも小さなクラシックカーばかりじゃなく、ああいう大きな最新型のセダンを買ってよ」

「クラシックカーはパパのロマンだ」

「狭苦しいロマンは迷惑だわ」

 

ピカピカに輝くジャガーが停車して、男の子が先に助手席から下りた。

すぐに綺麗なレディが運転席のドアを開け、サングラスを外しながら「お待たせして申し訳ありませんわ、グレンジャーご夫妻」と挨拶する。

 

父は、なぜか男の子を見つめていた。「・・・コンラッド?」

 

レディ・ウィンストンは「ドクタ・グレンジャー? コンラッドをご存知ですの?」と怪訝な顔を見せる。

父は慌てて「まさか、レディ・ウィンストン、あなたはコンラッド・ウォレン・ウィンストンの?」と尋ね返した。

 

「ええ。コンラッド・ウォレン・ウィンストンはわたくしの夫でした。これは娘の蓮」

「・・・お嬢さん? いや、てっきり男の子だとばかり」

「日本の田舎で育ちましたので、この通りですわ。さ、車にどうぞ。蓮、奥様とハーマイオニーにドアを開けてあげて」

 

蓮と呼ばれた男の子みたいな女の子は軽く頷くと、後部座席のドアを開けた。

 

静かに走り出すジャガーに感激することも忘れて、父はレディ・ウィンストンに質問を重ねている。

 

「コンラッドとはパブリックスクールが分かれてしまって会えなくなったのですが、まさか彼も魔法使いだったのですか?」

「ええ。魔法使いの家族はあまりマグルの小学校に通わせないのですが、ウィンストン家では政府高官や王室の護衛官になりますので、マグルの大学に進学する必要がありますの。代々ホグワーツ卒業後にマグルの大学に行きますので、ホグワーツ入学前にはマグルの小学校に通わせる方針のようですわ」

 

父があれこれ質問することに、レディは答えたり答えなかったりする。たまりかねて母が「あなた」と父に注意した。「運転中に込み入った質問をしてはご迷惑よ」

 

代わりにハーマイオニーが、蓮に質問をすることにした。

 

「ヴォルドゥモールって知ってる?」

「ハーマイオニー!」

「知ってる」

「すごく怖い人?」

 

蓮はしばらく考えた。「・・・ダースベイダーぐらいかな」

 

「ダースベイダー」

「ダースベイダーは基本的にライトセイバーを使った接近戦だけど、ヴォルドゥモールは魔法使いだから・・・ピストル使えるダースベイダーだと思えばちょうどいい」

「すごくわかりやすいわ。フォースと共にあらんことを」

「フォースと共に」



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第3章 ダイアゴン横丁

ロンドンのウィンストン家は、魔法使いの家らしくないチェルシーのテムズ河畔に建つペントハウスだった。

 

そこには、蓮のロンドンの祖父母と日本の祖父母がいて、ハーマイオニーと母は、ホグワーツとボーバトンについて詳しく知ることが出来たのだ。

 

父はレディ・ウィンストンの書斎で、込み入った話をしていた。

 

4人の祖父母の話を聞いた限りでは、レイブンクローかグリフィンドールが望ましいだろうとハーマイオニーは結論づけた。

 

蓮の日本のおばあさまも、蓮の母であるレディ・ウィンストンも、ホグワーツ時代はレイブンクローだったらしく、しかも2人とも監督生と首席だ。

そのうえ2人ともホグワーツ卒業後にマグルの大学も卒業しているという。

蓮のロンドンの祖父はハッフルパフだったらしいけれど、やはり監督生と首席。

どうやらマグルの大学に進学するには、そのぐらいに優秀でなければならないらしい。

 

中でもレイブンクローのモットーは「はかりしれぬ叡智こそ我らが最大の宝なり」というもので、5年生と7年生が受験する魔法界での就職に必要な試験の前には、歴代のレイブンクロー生がまとめた過去の試験問題集を使った模擬試験を独自に繰り返すのだという。

 

「それってすっごくセンスのあることよね。ただ、レイブンクローは実技には少し弱いみたい。実技ならグリフィンドールの勇敢さが有利らしいわ」

 

帰宅してお茶を飲みながらハーマイオニーが言うと、父は「コンラッドはグリフィンドールだったそうだよ」と一言答えた。

 

「だったら、レンはレイブンクローとも限らないのかしら。お母さまとおばあさまがレイブンクロー生だったからレイブンクローだとばかり」

 

ウィンストン家を出る頃から、父の口数は少ない。

 

それを尋ねようとしたハーマイオニーの口元に母が指を当てた。「パパは、レディからたくさんの話を聞いて混乱してるみたい。今日はハーマイオニーも疲れたでしょう? 話し合いは別の日にして、シャワーを浴びたら休みましょう。明日は学校よ」

 

 

 

 

数日経った週末、父と近くのコーヒーショップに出かけた。

 

「レンのパパは、パパのお友達だったの?」

「そうだよ。すごく仲の良い友達だった。でも、電話番号やアドレスの交換はしなかったからね。学校が分かれてしまってそれっきり。男同士なんてそんなもんさ。それでもコンラッドは、パパにたくさんの手紙を書いてくれた」

「住所も知らないのに?」

「住所も知らないのに。でもコンラッドは結局出さなかったみたいで、先日、レディ・ウィンストンが古い手紙の束をくれた」

 

歩きながら父は「ハーマイオニー。パパの友達のコンラッドは、もう死んでしまったそうだ」と呟いた。

 

「え?」

「昔の友達には、心臓発作だと伝えて欲しいそうだよ」

「本当は違うの?」

「・・・魔法使いに殺された」

 

魔法界は決して楽園ではない、とレディ・ウィンストンは言ったそうだ。

マグルの世界と同じように、偏見があり、考え方の違いがある。治らない病気に苦しむ人もいる。感染する病気に苦しむ人もいる。

魔法という手段があっても限界があるし、その手段が大きなトラブルを招くこともある。

 

「ヴォルドゥモールの名前は、イギリス風にヴォルデモートと発音するのだけど、最悪の軍事テロリストとイメージするべきかな。コンラッドはね、そのテロリストの仲間だと勘違いされて殺されたそうだ。レンくん・・・じゃなかった、あの女の子が2歳の時に」

 

ハーマイオニーは何と答えたものかわからなかった。

クラスメイトを亡くした経験はハーマイオニーにはまだない。

 

「レディ・ウィンストンは勇敢な女性だ。コンラッドがそんな目に遭った国で、彼女なりに戦っている。パパとしては、ハーマイオニーには危険な場所に行って欲しくはないが、レディのように勇敢な女性にもなって欲しい。とても矛盾している」

「勇敢なの? 賢いだけじゃなく」

 

今までそのふたつはまったく別々のものだと思ってきた。

ハーマイオニーは、頭は多少冴えているが、勇敢ではないと思っている。

 

「知識が勇気を与えてくれるのか、勇気が知識を求めるのかは、時と場合によるけど、どちらも大切なことだ。わかるかい?」

 

ハーマイオニーは頷いた。

 

「パパとママはいろいろ話し合ったけど、ハーマイオニーをホグワーツに行かせることに決めた。持って生まれた才能は活かすべきだ。危険なのは、何も魔法界だけの話じゃない。マグルの世界だって十分に危険だ。危険と戦う知識や手段は絶対に必要だから、パパとママは君に十分な教育を与えたい。ホグワーツに行くことは、君の才能を伸ばすことになると思う」

 

イースターホリデイにはダイアゴン横丁に行こう、と父が言った。

 

「ダイアゴン横丁?」

「そう。ロンドンにある、魔法族しか知らない街だ。レディ・ウィンストンが案内してくれる。魔法界の銀行口座も準備しておきたいし、なによりハーマイオニーには魔法界の本が必要だろう? 教科書のリストはサマーホリデイになったら届くらしいけれど、その前に知っておくべき知識もきっとあるだろう」

 

少し寂しそうに父が微笑んだ。

 

 

 

 

漏れ鍋という不思議なパブの近くで待ち合わせたときに、近くに蓮はいなかった。

きょろきょろするハーマイオニーに、レディ・ウィンストンは「ごめんなさいね。蓮はまだ日本の小学校に通っているから、イースターホリデイがないの」と笑った。

 

「サマーホリデイには会えますか?」

「もちろん。教材のリストが届いたら一緒に買い物に来ましょう」

 

まずは魔法族の銀行に行く、とレディ・ウィンストンは言った。

 

「グリンゴッツ銀行では、口座というシステムがございませんから、貸金庫をイメージしてください。わたくし名義の金庫がいくつかあります。そのうちの一つをお貸ししますから、機会あるごとにマグル通貨をまとまった額ずつ両替して金庫に入れておかれるとよろしいですわ」

「いくつも金庫をお持ちとは?」

「金庫は、中身ごと相続されていきますの。血統が続かなかった家系の金庫は親族に相続されますから、古い一族にはいくつかの金庫があるのですわ。ウィンストン家にいくつか、菊池家にもいくつか。その他に、わたくしの母はフラメル家の相続人に指定されていますから、フラメル家の金庫がいくつか。数だけあっても仕方がないので、ハーマイオニーが成人するまではお貸しして、ハーマイオニーの成人後には名義を変更することにいたしましょう」

 

そう言いながら、ピカピカに磨かれたカウンターの上に「712」と刻まれた鍵を置いた。

 

「フラメル家の金庫ですね、奥様」

「ええ。今は712は空だったはずですわ。鍵をこちらのグレンジャー家に預けますから、マグル通貨を両替して金庫に収納してください」

 

ゴブリンとそんな会話を交わすと、小さな声で「それから、隣の713はダンブルドアに鍵を預けてありますから、いずれホグワーツから連絡があるはずです」と付け加えた。

 

「確かに。712番金庫はフラメル家の所有ですが、菊池家が管理し、現在は空いております。713番金庫には小さな包みだけがあります。これがホグワーツ管理なのですな?」

「ご確認ありがとう。その通りですわ。今後は712番金庫の管理はグレンジャー家にお任せしますから、そのおつもりで」

 

父がいつになく膨らんだ財布から紙幣の束を取り出すと、ゴブリンが「カウンターの上に」と言って、ピカピカのゴールドの受け皿を出した。

 

「ふむ。確かにマグル紙幣に間違いないようです。ガリオン金貨と、端が銀貨、銅貨でよろしいですか?」

「はい」

 

どうやらあの受け皿にも魔法がかかっているらしい。

 

「魔法界では紙幣がないものですから、両替にはゴブリンが慎重になります。たまに不愉快なこともありますから、頻繁な両替はお勧めできませんの」

 

レディ・ウィンストンが首を振りながら説明してくれた。

 

「ですが、ゴブリンという種族は宝の管理に対する本能的な才能を有していますから、グリンゴッツ銀行ではゴブリンを重用します。マグル界の銀行は、金融機関として、お金を出し入れするばかりではなく、口座間の取引や投資に利便性がありますが、グリンゴッツは金庫を完璧に維持します。投資的損失はあり得ませんから、ハーマイオニーの学費の保管先としては最も安全ですわ」

 

なにしろドラゴンを守衛に置いていますからね、と付け加えられたのはジョークなのかどうか今ひとつ自信が持てなかった。

 

 

 

 

 

フローリシュアンドブロッツが書店だ。

成人までに読んで良いのはここからここまで、と示された範囲は十分に広いのでハーマイオニーとしては不満はなかったが、なぜ年齢制限があるのかは疑問だ。

 

「魔法には、微笑ましい魔法から、まったく微笑ましくない魔法があるわ。小さいうちから微笑ましくない魔法の本を読むのはいかがなものかしら」

「・・・よくわかりました」

 

そのとき、いわゆる微笑ましくない魔法の本が並んだ棚の陰から、プラチナブロンドの紳士が現れた。「これはこれは。マグルの弁護士殿」

マグル、という単語にアクセントを置いた不快な挨拶だ。

 

「・・・あらマルフォイ。久しぶりに見たけれど、少し海岸線が後退したわね。だからたまには髪型を変えなさいって言ってるのに」

 

うぐ、となぜかハーマイオニーの父が呻いた。気にするほどではない、という意味でハーマイオニーは父の肘を軽く叩く。

 

「ゴブリン教師の尻拭いでマグル一家のご案内か。マグルの弁護士殿は魔法界で小遣い稼ぎをしないと生活費に事欠くようだな」

「ええもうたいへん。なにしろわたくし、マグルのためにパナマの法律事務所から顧客名簿のジェミニオを作り出してばら撒くような裏のお仕事はしたくないから。ずいぶん多額のお金が動いたでしょうね。羨ましいこと」

「! ・・・なんのことかわからんな」

 

すごくよくわかってる顔だ、とハーマイオニーは思った。

 

 

 

 

書店を出ると父が強張った表情で「先ほどの会話は・・・」と言いかけた。

 

「先日お話しいたしました、後ろ暗い魔法使いのお金の稼ぎ方の一例ですわ」

「取り締まることは?」

「不可能ではありませんが、法律が整っていませんから、一つ一つは軽微な罪にしかなりません。マグル界に与える影響の大きさを基準にすれば大罪、ですが、使った魔法の規模からすれば微罪。マグル界と魔法界が断絶している現状では、このように裁き辛いケースが多いのです。ああいう人間が資産家であるのは、マグルからの後ろ暗い依頼に莫大なマグル通貨での報酬を得ているから。先ほどの両替でおわかりのように、マグル通貨から魔法界の通貨への両替は有利なレートになります」

 

父が「マグルがパナマで資金洗浄するように、魔法使いはマグルで資金洗浄するわけですな」とぼやくと、レディ・ウィンストンは肩を竦めた。

 

「マグルを軽視するあまり、自分たちがマグルからいかに便利に利用されているか理解できない無能ですわ」

「これは手厳しい。しかし、マグル側も同じことでしょう。魔法使いを利用しているつもりが、魔法使いからも利用されているわけだ。相互理解のないところには敬意や誠意を土台とした関係は成立しない」

 

おっしゃる通りですわ、とレディは微笑んだ。

 

「コンラッドは、そういう意味でマグルの小学校に入学したのでしょうか」

 

レディが頷く。

 

「人として正しい行いかどうか迷ったときは、誰でも友人の顔を思い浮かべるのではありませんかしら。魔女の友人だけでなく、マグルの幼馴染や、自分を育んだ自然の中の生物たち、マグルの大学で議論した仲間たち。魔法界の中だけで育てば、価値観はどうしても偏ります」

「私も先日からコンラッドのことをよく考えます」

「まあ、なぜ?」

「コンラッドならば娘がマグルとして生まれたとしても、マグルの中で最高の教育を受けさせようと、たとえ無様に見えてもジタバタしたに違いない」

 

可笑しそうに笑うレディに父が得意げに笑った。

 

「ああ、やっぱりだ。コンラッドは、あなたをさんざん笑わせて射止めた、違いますか?」

「よくおわかりですのね」

「我々は、クラスで一番の美人やクラスで一番クールな女の子の興味を引くのに、かっこいいところを見せようというありきたりの手段は取りませんでしたから。妻にプロポーズするときもコンラッドの真似をしました」

「・・・奥様もお気の毒に」

「イエスと答えるまで逆立ちをやめませんでしたの、トラファルガースクエアの噴水の前で」

 

ハーマイオニーは真剣に訴えた。「わたし、パパみたいな人とは結婚しないわ、本当よ」

 

「ハーマイオニー、パパみたいなプロポーズが嫌なら最初からイエスと答えることだ。映画やドラマみたいなプロポーズを期待して、何度もリテイクさせるからこうなる。絶対にノーと言えない状況を作り出す必要があったんだ」



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第4章 純血主義

オリバンダー老が、紋章の入った古びた箱を蓮に向けて開けると、ごうっと風が吹いて蓮の短い髪を乱した。

 

「これがレンの杖だわ」

 

ハーマイオニーの呟きにオリバンダーは頷く。「一目瞭然ですな。さあ、振ってみてくだされ」

 

レディ・ウィンストンは、なぜか険しい表情だ。

 

蓮は無造作に杖を取り、ひゅっと振り上げ、振り下ろした。

視界を覆うほどの白い桜の花びらが乱舞する。

 

「おお・・・これほどとは。失礼ながら、あなたのおばあさまのときは、はらはらと舞う程度でした。それは幻想的で美しい光景でしたが、おばあさまのお気には召しませなんだ。この杖の真の力はこれほどの花嵐。いや、素晴らしい」

 

蓮が杖を箱に戻すと、オリバンダーは蓋を閉じた。

 

「桜に、セストラルの尾。そして、この蓋の紋章は・・・」

 

言いかけたオリバンダーの前にすっと手を出し、言葉を遮った。「見ればわかります。この杖をいただきますわ」

 

 

 

 

サマーホリデイに入ってすぐに、ハーマイオニーは蓮と一緒にレディ・ウィンストンに連れられて再びダイアゴン横丁にやってきていた。

 

制服のローブの採寸、杖、教科書、鍋。いずれ劣らぬわくわくするショッピングだ。

 

「さっきのレンの杖、すごかったわね。でもオリバンダーさんが作った杖じゃないみたいだったわ」

 

蓮はつまらなそうに顎の先で頷いた。「でもたぶんそのことは秘密なんだと思う」

 

「そうなの?」

「杖には、秘密にしなきゃいけない杖があるって聞くよ。さっき買った魔法史の教科書に悪人とか極悪人とか出てくるはず。その人たちは杖のために決闘したんだって」

 

オリバンダーさんが作った杖なら秘密が秘密にならないでしょ、と蓮がアイスティを飲み干した。

 

「あのおじいさん、誰がどの杖を買ったか全部覚えてるような言い方だったわね」

「うん。日本のおばあさまは、杖に頼っちゃいけないっていうけど」

「杖に頼らない?」

「杖を手放さない、ピンチのときは必ず杖を抜いて構える、だけど杖がなければ何も出来ないとは思っちゃダメなの」

 

ハーマイオニーは「すごい」と呟いた。

 

「すごい?」

「マスター・ヨーダみたい」

 

今、レディ・ウィンストンはオリバンダーの店に残っている。少し話があるから先に出ていなさい、と言われたのだ。

 

「普通だと思うけど」

「普通の魔女?」

「ううん、普通のおばあさま。家ではあまり魔法使わないし」

「蓮のおばあさまは、2人ともあまり魔法使わないでしょう?」

「うん。使わないといけない時には使うけれど、マグルが魔法無しでやってることまで魔法を使う必要はないって」

 

それはハーマイオニーも聞いた。なにしろレディ・ウィンストンが歯科クリニックに通うのも、魔女なら他に方法があるにもかかわらず、なのだから。

魔女なら、歯磨き用の魔法薬を調合出来るし、歯列矯正の魔法も使える。もちろん美容院に行かなくても縮毛矯正なんて簡単な魔法薬だってある。

だけど、レディ・ウィンストンはそれではキレイになった気がしないのだそうだ。

 

「あら」

 

そこへ、中世の貴婦人然とした女性がプラチナブロンドの髪を撫でつけた少年を伴って通りすがった。

 

ーーわぉ、綺麗な人

 

どこか冷たい人形めいた美しさだけど、美人には間違いない。

ハーマイオニーとしては、知性や現代性の分だけレディ・ウィンストンの美しさのほうが好ましい。

 

「ああ、ウィンストン家のお嬢様ね。はじめまして。わたくしどものことはご存知かしら」

 

残念ながら、とちっとも残念でなさそうに蓮が答えた。「母のお知り合いですか? 母はどこかそのあたりにいますけど」

 

「ミス・キクチにそっくりな子ね。もう少し社交のレッスンをお受けになったらいかがかしら。数少ない純血ですもの、当家のパーティにもお招きしたいと思っていますのに」

「うちの娘は、ブラック家ならともかく、マルフォイ程度に呼び出されてノコノコ出かけるような真似はしないわ」

 

わぉ、とハーマイオニーは思った。前回もそうだったけれど、レディ・ウィンストンとマルフォイ家はとことん相性が悪いらしい。

 

「ミス・キクチ・・・」

「旧姓で呼ばれると気分が若返るわ、ブラックのお嬢さん? わたくしの娘や友人に、許可なく話しかけないでちょうだい。わたくし、娘たちがベラトリクスのような狂犬にならないよう慎重に育てているの」

 

肩を抱き寄せられて、蓮が呆れたように目をぐるんと上に向けた。

 

「ママ、もういい? ハーマイオニーとアイス食べたい」

 

まだ食べるの? と呆れ顔で子供たちを解放して、レディは背筋を伸ばした。

 

アイスクリームパーラーに向かうハーマイオニーの耳に「フラメル家の財産は2度とマルフォイ家には渡さない」と聞こえた。

 

「レン」

「んー?」

 

アイスクリームパーラーの前でアイスを物色する蓮に「フラメル家って何?」と尋ねる。

 

「わたし、グリンゴッツの金庫をお母さまからお借りしてるけど、その金庫もフラメル家の金庫だって」

「ああ。わたしの日本のおばあさまがホグワーツにいた頃は、第2次世界大戦中だったから、イギリスの魔法使いが後見人だったの。そこがフラメル家。親代りだから、フラメル家の財産はうちのおばあさまやママやわたしに相続されることになってて、フラメルのおじいさまたちは、財産の管理はもう全部おばあさまやママに任せてる」

「それをマルフォイ家が欲しがっているの?」

 

蓮は「全部が全部じゃないけどね」と言いながら、チョコチップバナナを睨んだ。

 

「ママがマルフォイ嫌いなのは、それを目当てに擦り寄ってくるから」

「純血主義がお嫌いなのかと・・・」

「他人がどんな主義主張でも、うちのママは気にしないよ?」

 

でも、と言って頭の横に両手の人さし指を立てた。「自分に押しつけられるとブチキレる」

 

その背後から「お母さまのことより、アイスは決まったの?」と声をかけられて、蓮が慌てて両手を下ろし直立不動になった。

 

 

 

 

「意味のある純血主義ならば、一つの主張としては構わないと思うわ」

 

チョコチップバニラを3個買ってテラス席に着くと、レディ・ウィンストンは苦笑いをした。

 

「ただ家系を誇るためだけの純血主義は迷惑ね。例えば、ある希少な魔法がその一族の血統によってしか維持されないとか、それならば意味のある主張と言えるでしょうし、他人に迷惑にはならない」

「はい。でも、そういう魔法はないんですか?」

「わたくしの知る限りでは存在しないわ。そもそもそういう魔法を持つ一族は魔法学校に子供を通わせないでしょうからね」

「一族秘伝の魔法がある、なんて子供が学校で迂闊に喋っちゃ困るからじゃない?」

 

蓮の言葉にレディは「そういうこと」と当然のように言った。

 

「創立初期の頃は、それも学校運営の目的だったかもしれないわ。一族ごとにばらばらに使われていた魔法を、学校という研究機関で研究して体系化する目的があったとしたら、学校というシステムは効率的だもの」

 

でもね、とレディが指を一本立てた。「均一化されたシステムの中で教育すると、その種の秘伝を伝授するための特殊な訓練が困難になるわ」

 

「サマーホリデイとか、長期休暇なら」

「あ、まだ知らなかったわね。あのね、未成年は学校の外で魔法を使っちゃいけないのよ」

「えー?」

「宿題もレポートや、魔術式、魔法陣作成ばかりだから安心して」

「そんなぁ」

「あら、理論は大切よ? ハーマイオニーは特に、理論的な土台をしっかり作ったあとに実践したいタイプに見えるけど、違って?」

「ちょっとそうかもしれません」

 

ちょっとじゃなく完全にそのタイプだが、少し見栄を張る。

見透かされているようで、レディ・ウィンストンは小さく笑った。

 

「話を戻すと、一族の秘伝の魔法って、どんなものだと思う?」

「どんな・・・」

「みんなを幸せにする種類の魔法かしら? それってどうしても秘密にしなきゃいけないことかしら?」

「秘密にしなきゃいけないことは・・・知られたら争いの元になりそうなことや、忌まわしい材料を必要とするもの、それ自体が邪悪なもの、ですか?」

 

レディはにっこり笑って頷いた。「おおむねそういうイメージでいいと思うわ」

 

「闇の魔術だね?」

「そうよ、蓮。ハーマイオニーが求める秘伝の魔法は、闇のもの以外にはもうイギリスには存在しないと思っていいと思うわ。グリンゴッツの呪い破りの仕事も、今はエジプト・アフリカやアジア、南米に移っているから。蓮もいくつか日本の護衛魔女の術を知ってるし、確か今度の新入生にはインド系の子がいたわね。去年入学した中には中国系もいた。未知の素晴らしい魔法は、世界にはまだ残されているけれど、イギリスの純血の名家じゃ・・・」

 

そう言ってレディが肩を竦める。「闇の魔術ぐらいしかないわ」

 

「純血主義者がマグル生まれを貶めることと闇の魔術には関係がありますか?」

「どうかしら? 力の誘惑に囚われた人は、同じ力を持たない人を侮る傾向はあるわね。例えば杖」

「杖?」

「今は魔女や魔法使いと言えば、必ず自分の杖を持っているわ。ハーマイオニーもさっき買ったようにね。杖は優れた道具よ。杖を持つようになってからというもの、魔法使いの魔法はより精妙に、巧緻になったわ。でも、杖を使わない魔法が軽視され始めた」

「杖を使わない魔法なんてあるんですか?」

 

もちろんよ、とレディが微笑む。「赤ちゃんはどうやって魔法力を示す? グリンゴッツのゴブリンは? 杖を使わない魔法の世界はまだいくらでも広がっているわ。ただ、杖使いが軽視しているだけ」

 

なんて素敵な世界だろう、とハーマイオニーは思った。

闇の魔術に魅せられる人の気持ちはわからないけれど、魔法の世界の深淵を垣間見たような気持ちになる。

 

「覚えておいて、ハーマイオニーも蓮も。力に溺れるのは愚かなことよ。杖を手放すな、しかし杖に依存するな。正しい魔女は、風や水さえも力に変えるの」



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第5章 ホグワーツ特急

10番ホームで顔を合わせたハーマイオニーの手を引っ張って、9と3/4線の柵に向かって走る。

ひゅうっと体が何かをすり抜けたかと思ったら、もうそこがホームだ。

 

「すごいわ! 蒸気機関車よ!」

「蒸気で動いているとしたら、骨董品だと思う、わ」

 

ハーマイオニーがゆるく頭を振る。

 

「レン、イントネーションが不自然よ。男の子が女装してるみたい」

「ママ・・・じゃない、お母さまが急にアクセントをレディらしくしろって言うから・・・」

「わたしはレディ・ウィンストンに賛成よ。だってわたしたち、魔法学校だけどパブリックスクールに行くのよ。マグルの男の子だってイートン校に行けばイートン・アクセントになるんだから。11歳を過ぎたら、ちゃんとした言葉遣いを心がけるべきだわ」

 

蓮は口元をむずむず動かした。ハーマイオニーに反論するのは難しい。

 

「それにね、レン、あなたって、わたしが今まで見てきた女の子の誰より美人になると思うの」

「・・・もしもーし?」

「自覚しておいたほうがいいと思うわ。その顔に男の子みたいな言葉遣いは、いずれすごーく不自然になるわよ」

 

マジか、と声に出さずに蓮が呻く頃、母親の怜がハーマイオニーの両親を連れてやってきた。

 

「ありがとう、ハーマイオニー。わたくしが注意するより、ハーマイオニーのほうが効き目があるみたい。さ、2人とも早くコンパートメントを探してらっしゃい」

 

親たちにカートを預け、列車に駆け込む。

まだ早い時間ということもあって、空いたコンパートメントはすぐに見つかり、ホーム側の窓を開けた。

 

「お母さま、こっち」

 

蓮が声をかけると、カートを押した親たちが窓の外から荷物を入れてくれる。

 

「ハーマイオニーに迷惑をかけないようにね。ウェンディがいなくても朝はきちんと起きなさい」

「・・・どうしてわたくしがハーマイオニーに迷惑をかけるのが前提なの?」

「確率の問題よ。ハーマイオニー、組分けを頑張って。あなたにふさわしいハウスに入れることを祈ってるわ」

 

ハーマイオニーは「組分け」の単語にビクッと反応したが、笑顔で乗り切った。

見習うべきかもしれない。

 

「ハーマイオニー、クリスマスホリデイを楽しみにしているよ」

「頑張り過ぎずに、学校生活をエンジョイなさいね。レン、ハーマイオニーをよろしくね」

 

ハーマイオニーの両親が窓越しのハグをする間に蓮は母から、シャツのボタンを一番上まで留めなさいと叱られた。

 

 

 

 

 

汽笛が鳴り、両親から頬にキスされると列車が走り出す。

 

途端に蓮がシートの上で大きく伸びをした。

 

「もう、昨日からうるさいったら」

「レンのおうちは大家族だものね」

「基本的にはマ・・・お母さまと2人なの。グランパとグラニーは、普段はコーンウォールにいるし、おじいさまとおばあさまは日本。まあ、何かあればすぐに姿現しで出てくるから、飛行機使うよりは頻繁にいるけれど。ハーマイオニーのサマーホリデイは?」

 

ハーマイオニーが得意げに「フランスに行ってきたわ」と言った。

 

「ランスのおばあさまのところ?」

「ええ。まだホグワーツに入学したわけじゃないから、普通に湖でボートに乗ったりしただけ」

「言ってくれたら、グラニーがランスを案内してくれたのに」

「え? レンのグラニーはランスのご出身なの?」

「言ってなかった、かしら?」

「ちょっと不自然だけど、まあいいわ。聞いてないわよ?」

「ランスには、デラクール家っていう、けっこう大きなお屋敷でマグル避けの魔法を使ってない家があるの」

「あるある! 祖母の家のご近所よ!」

「そうなの? そこがグラニーの実家」

 

感心していたハーマイオニーが「だったら、おばあちゃまが言ってたのも、あながち迷信じゃなかったのかしら?」と言い出した。

 

「どんなこと?」

「ランスには、まだフランスが王政だった時代から、魔女の訓練校があるって。王宮に仕える魔女を集めた訓練校だから、それは美しい魔女ばかり。だから、男の人が後をつけたりするんだけど、絶対にその訓練校も魔女の家も見つからないの。三日三晩霧の中をさまよって帰ってくるんですって。だから、ランスでは猫が帰ってこなくなると『魔女を追いかけてる』って言うんですって。いなくなるのは雄猫ばかりだから」

 

蓮はくすっと笑った。

 

「猫はたぶん発情期で雌猫を追いかけて迷っただけだろうけれど、魔女の話は本当よ。ハーマイオニーも学校説明受けたでしょう? ボーバトン・アカデミーは、男子部と女子部に分かれていて、女子部はランス校なの。確かに王宮勤めをするための魔女を訓練していた時期もあるわ」

「学校によって得意な魔法とかあるのかしら? ボーバトンからわたしのところに学校説明に来てくださったのは変身術の先生だったけど」

 

ハーマイオニーの疑問に蓮は軽く頭を振る。

 

「さあ。でも一般的にホグワーツは変身術に有名人がいるから、ホグワーツといえば変身術、っていう見方をする人は多いかも」

「あ、ダンブルドア校長とマクゴナガル教授ね?」

 

変身術の教授から校長になったダンブルドアと、その教え子にして、在学中に動物もどきとして登録されたマクゴナガル。

変身術の有名人といえばこの2人だ。

 

「そもそも変身術自体がすごく難しいって聞いたわ。理論とイメージと、両方を兼ね備えていないと出来ないから、意外に魔法使いや魔女には難しいのですって」

「それもあるわね。でも、動物もどきの登録数が少ない理由は別にあると思うわ」

「別の理由?」

「ハーマイオニーが動物もどきになるとしたら、動機は? メリットとも言う、かしら」

 

蓮に問われてハーマイオニーは指を折った。

 

「まず人間の身体では行けない時と場所に行ける。鳥ならば飛べるし、小動物なら狭い空間。動物との意思疎通が比較的容易になる。だから、身を隠して何かしたいときや、人間の身体では得られない情報を得たい場合に有効」

「そうよね。では、動物もどきとして登録されるのは、どういった項目?」

「変身する動物の種や、毛色、体毛の模様などの特徴・・・あ!」

 

蓮はにこっと笑った。「登録されたら、習得したメリットを失うの」

 

「そんなぁ。マクゴナガル先生は何のために在学中に動物もどきを習得なさったのかしら」

「寮の門限の後に行動するため。目くらまし術でもよかったけれど、全員が透明になったら互いの位置確認が出来なくて危険だったから、変身術が一番得意だったマクゴナガル先生が動物もどきになったと聞いたわ」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。

 

「それって、おばあさまの情報?」

「うん・・・じゃない、ええ。結局はダンブルドアに見つかって、マクゴナガル先生は強制的に登録させられたそうよ。それがなかったら、たぶん登録する気はなかったんじゃないかしら」

「壮大な罰則ね」

「一生もの」

 

才能が際立っていることは確かなのだろうけれど、使い道には異論がある。

 

そのとき、コンパートメントの扉がノックもなく開いた。

 

「おまえがウィンストンの娘か?」

 

とても無礼な男の子だ、とハーマイオニーは咄嗟に思ったが、速やかにパスした。「わたしじゃないわ。こちらよ」

 

プラチナブロンドの無礼者は蓮に目を向け、一瞬言葉に詰まった。

蓮が整った顔立ちで、薄く微笑んでいたからだ。

 

「お、おまえがウィンストンか。僕たちのコンパートメントに来い」

「名前は?」

「僕はドラコ・マルフォイ、マルフォイ家の息子だ」

「そちらのコンパートメントに行くのはお断りします」

「な、なんだと? マルフォイ家に逆らうということがどういうことか・・・」

 

窓枠に頬杖をついた蓮はますます笑みを深くする。

 

「ところで、マルフォイ。わたくしの名を呼ぶときには、レディと敬称をつけなさい。学校で家族の階級を持ち出すつもりはないけれど、あなたには言わなきゃ理解出来ないみたい。残念だこと。わたくしは、ウィンストン伯爵家の嫡子。あなたは、どこの馬の骨ともしれない田舎のボロ屋の自称御曹司。家柄のテーブルで語りたいならば、まずわたくしに対して相応の礼を払うべきね。ひとーつ!」

 

シートから立ち上がり、突っ立ったマルフォイ少年の胸を蹴りつけた。

 

「わたくしには、レディと敬称をつけること。ふたーつ」

 

倒れたマルフォイ少年の胸を踏みつけた。

 

「レディのコンパートメントにノックもなく入室したら、まず無礼を謝罪すること。以上の2点すら躾されていない輩のコンパートメントについて行くほどお粗末な教育は、わたくし、受けておりませんの。あしからず」

 

ハーマイオニーは溜息をついて、マルフォイ少年の両脇でオロオロする2人の大柄な少年たちに「これ、片付けてくれない?」と頼んだ。



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第6章 組分けの儀式

ーーミネルヴァの組分けは長かったわよ。5分半かかったの。結局グリフィンドールに決まったんだけど、何が気に入らなかったのか、組分け帽子をスツールに叩きつけちゃった

 

祖母の記憶をそのまま再現したような光景が目の前で展開され、ハーマイオニーは腹立たしいのか嬉しいのか複雑そうな笑顔を浮かべてグリフィンドール席に向かう。

 

ハーマイオニーと何度か会って感じたイメージではレイブンクローだと思っていたが。

 

ーーミネルヴァに後から聞いてみたら、レイブンクローとグリフィンドールでさんざん迷ったあげくに「君はどっちがいいかね?」って丸投げされたから、カチンときたらグリフィンドールに決められたんですって

 

まったく同じことが起きたのだろうな、と蓮は思う。

ちらとマクゴナガル先生を見遣ると、溜息をついて頭を振り、気を取り直して次の生徒の名前を読み上げた。

 

 

 

 

ハリー・ポッターのハウスがグリフィンドールに決まり、ロナルド・ウィーズリーもグリフィンドールに決まると、残りの新入生は少なくなる。

 

しかし、「ウィンストンの娘はグリフィンドールだ。イギリス初の女性の闇祓いの孫だぜ」や「なに言ってるの。その人もその娘も、あの魔女の一族はレイブンクローよ」といった声が聞こえてくる。

 

そんな中を蓮はきびきびとスツールに向かった。

 

 

 

 

 

「ふうむ。4人目の菊池一族の魔女じゃな。君もレイブンクローを希望するかね?」

 

ーーこの帽子って、なんか悪質。開心術の応用だと思うけど、長閑さを演出するところがあざとい

 

「先ほども似たようなことを考えた娘がおった。まったく。マグル生まれじゃが、咄嗟に閉心するとはな。君はどうじゃ?」

 

ーーハーマイオニーで間違いないわね

 

「レイブンクローを希望するかと聞いておる!」

 

ーーあなたが決めなさいよ!

 

「威勢の良いことじゃが、君に確かめねばならん。ダンブルドアの杖を抑止するほどの杖を持ち、いったい何を望むかを」

 

ーーダンブルドアの杖? 杖は普通に買っただけよ。ダンブルドアの杖なん・・・

 

「気づいたかね? ダンブルドアの杖の双子杖を君は持っておる。さあ、どうじゃ? 偉大な魔女になりたくはないか?」

 

ーーならない。そんなものになる必要はない

 

「どんな魔女になりたいかね?」

 

ーー・・・普通の?

 

「ほっほう! 大それたことを言う! 君の立場で、普通の魔女を望むとは。つまり世界の変革じゃ」

 

ーーっはあ? なに言ってるのよ、オンボロ帽子!

 

「君が普通の魔女として平穏に暮らすことの出来る世界を望むのならば、邪魔な存在がある。邪魔なものは退けねばな」

 

帽子は、大広間に響き渡る大声で「グリフィンドール!」と叫んだ。

 

組分け帽子をスツールに戻しながら、蓮は壇上のダンブルドアを見上げる。

 

ーーニワトコの杖の現在の持ち主

 

それがどうした、と蓮は考えた。

 

 

 

 

自分を見上げてくる瞳は、50年前の教え子によく似ている、とダンブルドアは思う。

 

あの一族は生れながらにして闇祓いだ。

 

闇の気配に極めて敏感なのは、そもそも「祓う」ことを生業とする魔女の一族ならば当然のことだった。

 

組分け帽子が彼女をグリフィンドールに組分けした幸運に感謝したいとも思った。

ハリー・ポッターの周囲に、未熟とはいえ、生来の闇祓いをつけることが出来たのだから。

 

ーーじゃが、あの柊子の孫じゃからな

 

はふん、と小さく溜息が出る。

 

ーー柊子とミネルヴァが同時にグリフィンドール生じゃったら、儂、禿げとったかもしれん

 

ミネルヴァといえば、グレンジャーという新入生は、やはりミネルヴァとそっくりの経緯でグリフィンドールに組分けされた。

 

ダンブルドアは、これからの7年間を考えると軽い頭痛を感じさえする。

 

ミネルヴァと柊子、そこにリドルが入学し、ハグリッドが妙なペットを飼っていたトラブルの時代の再来。

 

不吉な予想は、蓮の母親からもたらされた杖に関する情報のせいだろうか。

ニワトコの杖と対になると思われる桜の杖が娘に忠誠を誓った、と。

芯はセストラルの尾。

 

暴虐の兄を鎮める妹、というイメージは美しいが、その妹杖は、おそらく決して優しくはあるまい。

 

桜は杖の材質によく使われるが、ニワトコの杖と同一個体のセストラルから取り出した尾を芯に内包出来るほどの桜となれば、もはや魔木のレベルだ。

 

そんな杖がこの世に主人を求めたという時点で頭が痛い。

 

「さて、グリフィンドール寮監の受難の時代の幕開けじゃ」

 

ダンブルドアは小さく呟き、組分け帽子とスツールを魔法で仕舞うマクゴナガルを見遣った。

 

 

 

 

 

だいたいにおいて、グリフィンドールには無鉄砲な生徒が集まりやすい。

 

ミネルヴァ・マクゴナガルは1日の勤めを終え、自室に戻ると、いつものように眼鏡を外した。

 

甚だ心外なことだが、近視用の若い頃から使っている眼鏡を普段使いにかけていると、目が疲れてくるのだ。

自室で読書するときには眼鏡を外したほうが楽だとは。まったく心外なことだ。

 

才能、勇気、正義感をふんだんに持ち合わせていても、校則の前で改まる資質はさらさら持ち合わせない。

 

ホグワーツの各ハウスの寮監には、そのハウスの卒業生が任命される理由の一つに「同じ資質を持つからじゃ」とダンブルドアが言い放ったときには、ミネルヴァは断固として抗議した。

 

「なんですかそれなんとおっしゃりたいのですまさかわたくしがあのポッターやブラックのような向こう見ずな生徒だったとでも?まさかそんなわけございませんわねなにしろわたくしはホグワーツ在学中に動物もどきとして魔法省の管理を受け入れるという規則遵守の代名詞だったのですからね」

 

ノンブレスで抗議したミネルヴァだったが、ダンブルドアが「そもそも儂、君が動物もどきを習得する動機を理解出来んじゃったのでな。友人たちと深夜に徘徊するほかに」というものだから、返す言葉はなかった。

 

「類似の資質を持つからこそ、彼らがしでかすことの多くが見抜けるのじゃ。例えばポモーナやフィリウスにグリフィンドール生の監督が出来ようか? 逆もしかり。君がレイブンクロー生のNEWT前の薬物中毒を今の程度に留めておくことはできまいし、ハッフルパフ生の尻を叩いてOWL落第を今の程度に留めておくこともできまい」

 

そんな問答はもはや例年のことだが、今年ばかりはミネルヴァとしても口には出さなかった。

 

なにしろ、自分の組分けの儀式を彷彿とさせるような女子生徒がグリフィンドールに、さらにはあの柊子の孫までがグリフィンドールに組分けされたのだ。

ここで苦情を言えば、藪をつついてバジリスクを出現させるようなものだ。

 

全ての組み合わせが非常に不吉だ。

ポッター、ウィーズリー兄弟の末弟、柊子の孫、おそらくはレイブンクローと迷われた組分け困難者に、オーガスタ・ロングボトムの孫。

ウィーズリー兄弟は、あのポッターとブラックが師と仰いだプルウェット兄弟の甥。兄たちの双子のウィーズリーに加えて、またウィーズリーが増殖した。

 

「柊子の孫までグリフィンドールに来るとは、もはや呪いでしかない」

 

力無く呟くのだった。



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第7章 太った婦人の外出

「我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である」

 

こき、と首を鳴らして蓮はスネイプの弁舌を聞き流した。

詩的表現が好きな先生なのだな、と思う。

 

ただ、一つだけいただけない。

 

グリフィンドールから減点するのが趣味らしい、という点だ。

グリフィンドール生の気質からして嫌がるポイントを外さない。挑発して刺激して、反発させるか、徒らに緊張させてミスを誘発し、それを根拠に減点する。

 

ーーいっけん巧みですらある

 

まったく気に食わないやり方だが、その方法は蓮には通用しない。

というより、蓮の背後関係を考慮して遠慮しているのだろう。

なにしろ、母の怜はスネイプがスリザリンに入学した当時のレイブンクローの監督生で、図書館で質問すれば、スネイプに魔法薬や呪文学について教授していたのだから。

 

「ネビル、このテーブルを使ったら? スネイプ先生はここにはあまりいらっしゃらないから」

「い、いいの? 僕の近くだととばっちりが・・・」

「リラックスして、落ち着いて調合しましょう。ハーマイオニーの気迫は気にしなくていいわ」

 

そう言いながらハーマイオニーの肩を軽く揉む「リラックスよ、ハーマイオニー。ネビルまで緊張しちゃう」

 

レンはリラックスし過ぎよ、とハーマイオニーがぼやいた。

 

 

 

 

「スネイプの奴!」

 

教室を出て階段を上がっていくロンとハリーは、今日もまた減点されたことで憤慨している。

ハーマイオニーとしても、故意に生徒からの反発を招くような言動を取る教師には疑問しか感じないが、先生にはいろいろいるものだ、という程度の世間知ならばある。

 

「魔法薬学者としては優秀なのにね」

 

蓮が苦笑いを見せた。

 

「スネイプ先生が?」

「ええ。まだ片手で数えるほどしかいない脱狼薬の調合が出来る人だし、最近は精神不安定な患者の魔力を減衰させる薬も開発したらしいわ。これがあれば、魔力暴発もぐっと減る」

 

ハーマイオニーが複雑そうに地下牢教室を振り返る。

 

「そんなに優秀な人でも、ハリーへの態度には個人的な怨恨を感じるわ」

「それに異論はないわ」

 

ハリーやロンはスネイプを毛嫌いしている。

ハーマイオニーは新学期早々に張り切り過ぎて若干空回りしているのは否めない。

 

「ところでレン、日刊予言者新聞を読んだ?」

「いいえ」

「少しは新聞を読んだほうがいいわよ。あのね、グリンゴッツに侵入した人がいたらしいの。狙われたのは713番金庫。あなたのお家が管理している金庫じゃない?」

 

蓮が目を瞬いた。「713番金庫から何か盗まれたの?」

 

ハーマイオニーは声をひそめた。「直前にハグリッドが鍵を使って中身を持ち去ったみたい。たまたまハリーの金庫からお金を出しに行くついでみたいに」

 

「だったら問題ないわ。713番金庫はダンブルドアに貸してる金庫なの」

「何が入っていたの? ハリーは小さな古びた包みだって」

 

知らないわよ、と蓮は苦笑して言った。「フラメル家の金庫は、わたくしも母も祖母も使っていいことになってるけれど、フラメルのおじいさまがいろいろ研究した妙なものもあるから、あまり手をつけないの。フラメルのおじいさまが、共同研究をした人に引き取ってもらう努力はしてるみたいだけどね。ダンブルドアはフラメルのおじいさまの共同研究者の一人だから、たぶんそれに関する品物じゃないかしら?」

 

並んで廊下を歩きながら、蓮は小さく舌打ちをした。

 

ーーやっぱり賢者の石を狙いに来たか

 

 

 

 

 

ニコラス・フラメル夫妻には、実子がいない。600年以上を生きてきたけれど、一度も実子を持った経験がない。

 

そんな中で、日本からホグワーツに留学する菊池柊子の後見人となった。

柊子の父親がロシア人の魔法薬学者で、共同研究をした縁からだが、当時は第二次世界大戦中。ホグワーツ時代、それから闇祓い時代を親代わりとして柊子の後見人を務めた。

情の厚いニコラスとペレネレ夫妻は、一般的に実子に注ぐ以上の愛情を柊子に注いだ。晩年になって出来た実の娘という感覚であったろう。

柊子に娘が生まれ、またその娘に娘が生まれても、その愛情は孫や曾孫に注ぐものと遜色なく、ついにはフラメル家の財産はすべて柊子並びにその一族に移譲するという手続きを、魔法省に届け出た。

その時点で2人には、長過ぎた人生にピリオドを打つ意図があったことは、親しい知人は皆知っていることだ。

 

現在、蓮の母の怜が、共同研究者たちと研究成果物の整理をしているのだが、これがなかなか骨の折れる作業だということは、蓮にも理解出来る。

 

なにしろ600歳を遥かに超えているのだ。共同研究者の大半は遥か高みに上ってしまっている。ではその遺族に、ということになるが、遺族が魔法族とは限らない。むしろ、マグルとして暮らしていて、先祖が魔法使いだったなど思いもよらない人々が大半だ。

 

そういう現実を目の当たりにして蓮は、純血主義にも一定の理解は持っている。

魔法族がマグル化してしまうことは、貴重な魔法や錬金術の成果を徐々に失うことに繋がりかねない。

しかし蓮が純血主義者たちと交わる気になれないのは、その貴重な魔法の研究過程に、現実の純血主義者の家系の者が存在していない、ということが理由だ。

彼らは守るべき魔法という実体を持たず、ただ血族を繋いできただけ。

その家柄を誇ることがひどく空虚に感じられる。

 

ウィンストン家には格別な魔法はない。モットーは「Semper fidelis 常に忠誠を」だ。代々、英国王室やマグル政府の中枢に在職して魔法的側面から国に仕える一族だった。ウィンストン家の祖父はそのことに誇りを抱いている。地道で誠実な魔法使いの生き方だと。

 

菊池家も似たようなものだが、「祓う」ことに特化した能力の持ち主が多く生まれる。水神・龍神を祀る神職の一族であるため、蛇語使いもいる。蓮は幼い頃から、和紙を用いた式神を操る技などの訓練を受けている。

 

だからこそ、蓮には純血主義者がいったい何を守りたいのかが理解出来ない。

血統を誇るだけなら、血統書付きのチワワと同じだ。

守るべきものがあれば純血にこだわることも理解出来るが、空虚な血統書に対しては敬意を払えない。

 

 

 

 

ハーマイオニーは憤慨していた。

 

マダム・フーチがいなくなった途端にネビルの思い出し玉を取って嫌がらせを始めたマルフォイにも、その挑発に乗って箒で飛び上がったポッターにも。

 

「幼稚すぎるわ!」

「まったく同感」

 

そして蓮はスカートの下、太腿のホルダーから杖を出した。

 

ーーなぜそんなセクシーポジションに杖を仕舞っているのかはともかく

 

「呼び寄せ呪文で取り上げるのは簡単だけど・・・」

 

杖を手に上空を睨みながら、蓮が呟く。

 

「だけど?」

「2人とも初心者だから、急に思い出し玉が奪われると、驚いてバランスを崩して転落するかも。もう少し下に降りてくれないと危ないわね」

「そんな・・・」

「思い出し玉自体は取り返せるから安心して」

「あんなに高いところを飛んでるのよ? 落ちて怪我でもしたら」

「良い薬だと思うわ」

 

にこっと蓮は微笑む。

 

ーーあ、この人、こういう人なんだわ

 

ハーマイオニーは妙に納得してしまった。レディ・ウィンストンによく似た微笑みだ。

 

結局のところ、その事件はマルフォイが放り投げた思い出し玉を、ポッターが箒で急降下してキャッチし、蓮がひそかに「スポンジファイ」で柔らかくしておいた地面に激突する寸前で箒を引き上げ、無事着地。そこへマクゴナガル先生がやってきてポッターが連れ去られることで終わった。

 

「ああ、どうしよう。ポッターが退学処分になるかも!」

 

蓮は苦笑してハーマイオニーのくしゃくしゃの髪を撫でた。

 

「そんなことにはならないから安心して」

「どうしてわかるのよ?」

「マダム・フーチの許可無しに飛んだのは、マルフォイも同罪でしょう? マクゴナガル先生がポッターだけを連れて行ったのは、たぶんクィディッチのためだから。最後のダイブは凄かったし、思い出し玉のサイズはスニッチに似てるもの」

 

ハーマイオニーも「クィディッチ今昔」を読んだので、知識はあるが、たった今の出来事が咄嗟にクィディッチには結びつかなかった。

 

「マクゴナガル先生はクィディッチには理性を失うそうだから」

 

 

 

 

 

その夜、ハーマイオニーは耐え難い冒険に不本意ながら巻き込まれてしまった。

 

ポッターとウィーズリーがマルフォイの挑発に乗って、真夜中にトロフィー室に決闘に行くというのだ。

 

「まあ、十中八九、マルフォイの罠でしょうね」

 

蓮も同じ意見だ。

 

「止めなきゃいけないわ!」

「んー。別に退学処分になるほどのことじゃないから、放っておけば? 少しは痛い目に遭ったほうが賢くなるわよ」

 

ーーこういう人よね

 

ハーマイオニーは溜息をつき、蓮とパーバティがすっかり眠ってしまってから、足音を忍ばせて談話室に下りた。

 

男の子の無鉄砲さときたら、信じられないレベルだ。真夜中にトロフィー室? あのマルフォイが? 決闘のために?

まったく少しは頭を使いなさいよ、と思う。

 

そのとき、談話室に軽い足音が聞こえてきた。

 

ーーまさか

 

「ハリー、まさかあなたがこんなことするとは思わなかったわ」

「また君か! ベッドに戻れよ!」

 

ウィーズリーが横から口を出す。

ハリーはハーマイオニーを無視して「太った婦人の肖像画」を押し開けて穴を潜った。

 

ーー止めなきゃ!

 

「グリフィンドールがどうなるか気にならないの?」

「あっちへ行けよ」

「いいわ。ちゃんと忠告しましたからね! 明日、家に帰る汽車の中で・・・レディがいない?」

 

なんという不運か、太った婦人が夜のお出かけに出てしまったらしい。

 

「さあ、どうしてくれるの?」

 

それからの出来事は、ハーマイオニーにとっては最早悪夢だ。

合言葉を忘れたネビルが合流し、トロフィー室に来たのは、マルフォイではなくフィルチとミセス・ノリス。

 

ーーやっぱり罠だったじゃない!

 

そう言ってやりたかったが、ネビルの悲鳴と、ネビルとロンが倒してしまった鎧の凄まじい音。4人は全力で逃げ出すことしか出来なかった。

 

廊下の突き当たりの扉を「アロホモラ」で開けて飛び込むまで、ピーブズの妨害もあって生きた心地もしない。

 

どの部屋に飛び込んだのか、と振り向き、ハーマイオニーは硬直した。

 

ーーケルベロス!

 

なぜ学校にこんなモンスターが?と思った瞬間、713番金庫から「何か」がホグワーツに運ばれているはずだということを思い出した。

 

おそるおそる視線を下に向けると、やはりそこには仕掛け扉があった。

 

息を切らして、不機嫌なまま足音荒く寝室に戻ると、蓮がハーマイオニーのランプに眩しげに目を覚ました。

 

「・・・マイオニー?」

「起こしてごめんなさい。ポッターとウィーズリーに巻き込まれてもうさんざん」

 

でも収穫もあったわよ、と蓮の耳に囁いた。

 

「しゅうか、く?」

「713番金庫の中身は、4階の右の廊下の突き当たりにある。ケルベロスが門番」

「ん。わかった」

 

蓮は満足そうに微笑み、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

蓮の推察が正しかったことは一週間後には具体的に証明された。

ハリー・ポッターは特例として、1年生ながらクィディッチのグリフィンドールチームへの参加を許可され、なんとニンバス2000という最新型の箒までプレゼントされたのだ。

 

ハーマイオニーにはそれが不満だ。

「ルール違反してご褒美を貰ったようなものじゃない!」

「禍福は糾える縄の如し」

「え?」

「日本の警句。ラッキーとアンラッキーは、縄を編むように互いに因果関係にあって、今ラッキーだと思っていても、それがアンラッキーに繋がることも当然ある、という意味」

「アンラッキーには思えないけど?」

 

ハーマイオニーは行儀悪くフォークでポッターやウィーズリーがそわそわと細長い包みを見つめているのを指した。

 

「ハーマイオニー、クィディッチは決して安全なスポーツではないし、1年生で特例としてチーム入りというのは目立ち過ぎる。ただでさえ彼は『生き残った男の子』なんだしね。したがって、様々なラフプレイの対象になりやすい。クィディッチそのものがホグワーツでは注目の的。クィディッチチームのキャプテンは、監督生や首席と同じ待遇になるぐらい。ポッターはこれから様々な誹謗中傷に耐えながら試合で結果を出す重圧にさらされるわ。わたくしには、とても耐えられない」

「よくわかっているようでなによりです、ミス・ウィンストン」

 

蓮はビクっと肩を竦めた。

 

「プロフェッサ・マクゴナガル・・・」

「今あなたが話題にしていたクィディッチについての話があります。朝食を終えたら、わたくしの研究室に来るように」

 

ハーマイオニーは黙って蓮の肩をぽんぽんと叩いた。

 

 

 

 

「さて。新たなグリフィンドールチームのシーカーは決まりました」

 

どっしりとしたデスクに身構えて座ったマクゴナガルが、眼鏡をきらりと光らせる。

 

「・・・なによりです」

「今のところ、チェイサーは足りています。人数ギリギリですが」

「足りているならなによりです」

「が、層が薄い。グリフィンドールチームのチェイサーは女子ばかりですから、男子のチェイサーやビーターの突撃を受けたらプレイ続行が難しい。無論、そのような事故にならないように飛行技術は高めていますが、絶対とは言えません」

「・・・はあ」

 

すごく嫌な予感がする。

 

「わたくしは新たな才能あるシーカーを迎えるにあたり、今後7年間、クィディッチカップを狙えるチーム作りを目指すことを決めました」

「・・・はい」

「わたくしの調査によれば、あなたは父方の祖父から常に玩具の箒を与えられ、飛行そのものには慣れている」

 

調査によれば、と持って回った表現をしているが、祖母の柊子から聞いているに違いないのだ。

 

「ウィリアム・ウィンストンは、わたくしのひとつ上の学年でしたが、ハッフルパフチームのビーターでしたからね。孫に箒を与えるのは当然です。そして、あなたの母方の祖母は、菊池・アナスタシア・柊子。レイブンクロー唯一のクィディッチ黄金時代のシーカーです」

「・・・話は聞いています」

「わたくしの調査によれば、あなたはマグルの小学校に入学してからは、箒よりバスケットボールを楽しむようになったとか。であれば、チェイサーが相応しいポジションと言えるでしょう」

 

うぐぅ、と蓮は喉の奥で唸った。

 

「ポッターを特例としてチームに入れることは、現在シーカーのいないグリフィンドールチームへの配慮を利用したものですので、あなたに同じ特例は認められません。が!」

 

ビクっと蓮は後ずさった。

 

「あなたに、特別な飛行訓練を施す許可は得られました」

「いえ、わたくしはマダム・フーチの飛行訓練の授業だけで精一杯で・・・」

「わたくしは、チェイサーとしての飛行訓練、ならびに、シルバーアロー40の乗り手としての飛行訓練について話しています」

「あんな骨董品・・・」

「わたくしはこれまでシルバーアロー40ほどの箒は見たことがありませんよ。あれは素晴らしい箒です。ニンバス? ふん。所詮は量産型です。現代の量産型の箒としてはニンバスが最良ですが、もう2度と手に入らない箒まで勘定に入れればシルバーアロー40に勝る箒は未だかつて存在しません! わたくしがどれだけシルバーアロー40に苦渋を舐めさせられたか! これからは、シルバーアロー40がグリフィンドールに勝利をもたらす時代なのです!」

 

ビクビクっとマクゴナガルの大声に身を竦める。

 

「飛行訓練は、わたくしが直々に行います。まだシルバーアロー40の持ち込みは認めませんから、まずは学校備品の箒で基礎から始めましょう」

「・・・プロフェッサ・マクゴナガル、わたくしの意思は・・・」

「あなたがシルバーアロー40をチェイサーとして使用することは、柊子が認めました。柊子とウィリアムが最良のメンテナンスをして、然るべき時期に持たせるそうです」

「いえ、わたくしの意思・・・」

「あなたはハウスのために貢献することをウィリアムから学んでいませんか?」

「・・・うぐぅ」

「グリフィンドールに入った以上、グリフィンドールの勝利のために最善を尽くすことを期待します」

 

行ってよろしい、と言われ「失礼いたします」と退室するまで悪態をつかなかった自分を褒めてあげたい。

 

蓮はクィディッチにさほど魅力を感じないのだ。

箒に乗ってプレイするせいか、自分の体を動かすという実感に欠ける。

マグルの競技のほうが、その点では蓮の好みだ。

 

「くっそぅ・・・」

 

小声で、誰にも聞かせられない悪態をついた。



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第8章 ハロウィンの夜

翌日、蓮とハーマイオニーが朝食のために大広間に向かっていると、ウィーズリーの双子がガシッと蓮の肩を捕まえた。

 

「ちょ・・・まだネクタイもしてな・・・」

 

蓮の掠れ声に、ハーマイオニーは呆れて頭を振る。

シャツのボタンを上まで留めずに寮を出る蓮にも(寝坊のせいだ)レディの身支度が整っていないのに乱暴なスキンシップをする双子にも呆れるほかない。

 

「聞いたぜ、君がチェイサーとしての特訓を受ける話」

「新しいシーカーに新しいチェイサーだ、ウッドが第九を歌ってる」

「わたくしはまだチームに入るわけじゃないから。マクゴナガル先生と訓練をするだけよ」

 

双子を振り払い、シャツのボタンを留め、ネクタイを締める。

いつも思うのだが、蓮のネクタイの形は常に品良く整っている。ネクタイの締め方はロンドンのおじいさまに特訓されたというけれど本当だろうか。

 

「はい、杖」

 

最後の仕上げにハーマイオニーが蓮の杖を差し出すと、蓮はいつものように太腿のホルダーに挿した。

 

「ちょ! 君、なんてところに杖を挿すんだ?」

 

双子の一人が悲鳴のような声を上げる。

 

ーーあ、男子がいたわ

 

ハーマイオニーもまだ少し寝ぼけているようだ。

 

「ま、まあ、とにかくだ。マクゴナガル先生が直接指導することなんて滅多にないから、俺たち期待してんだよ。俺たちはビーターだ。これからよろしくな」

 

慌てて片割れが蓮のスカートのあたりを見つめているのを、片割れが無理やり振り返らせて引きずっていった。

 

「なにあれ」

「クィディッチチームではよろしく、っていう激励。をしようとしてあなたの太腿に見惚れたの。ね、蓮、杖は制服のローブの内側のホルダーに挿したほうがいいんじゃない?」

 

歩きながら蓮は「うーん」と渋い顔をする。

 

「なにか理由があるの?」

「ローブの内側だと、すぐに杖を抜いちゃうから」

「抜いちゃダメなの? というか、杖を出すたびに太腿をチラ見せしてしまう現状に疑問を感じない? あなたって、顔がそれだし、最近は口調もレディらしくなってきたから、あなたの太腿にすごく価値がついてる気がするんだけど」

 

蓮は苦笑して「簡単に杖を抜けないようにしておかないと、無意識に校則違反の呪いをかけちゃうわ」と言った。

 

「まあ、あなただったら、強力な攻撃呪文の一つや二つ使えそうだけど」

「ハーマイオニー」

「なぁに?」

「この杖買ったときのこと覚えてる?」

 

ハーマイオニーは記憶を探り、頷いた。「ミスタ・オリバンダーが作った杖じゃなさそうだったし、反応も激しかったわね」

 

「ええ。だから、杖の癖みたいなものがわかるまでは安心して攻撃呪文を使えないの」

 

いずれは使う気か、と思ったが、そういう理由なら理解できる。

その自制のために、というのなら正解だろう。

 

「理由は理解出来たから、身支度は部屋で済ませましょうね。男の子の前で太腿をちらつかせないように」

 

 

 

 

 

マクゴナガル先生との訓練は、まずバスケットの能力を確かめることから始まった。

 

指定された教室に行くと、マクゴナガル先生が杖の一振りで蓮の服装を変化させる。

タンクトップにショートパンツ、ナイキのバスケットシューズは、蓮が小学校でプレイしていたときのユニフォームにそっくりだ。

それを確かめると、マクゴナガル先生が自分に向けて杖を振り、色違いのユニフォームに変身した。ただし、タンクトップの下には白いTシャツを着ている。

 

空き教室を拡大呪文で体育館並みの広さにし、机をゴールポストに変身させ(ただし高さの違う3つのゴールだ)椅子をボールに変身させた。

 

「最近のバスケットボールの感触をわたくしは存じませんから、戦前のボールですけれど、まあ、支障はありませんね。ラインも別に必要ないでしょう。このボールには魔法をかけています。あなたにどこからかパスが飛んでくる魔法です。わたくしがゴールを守ります。あなたはわたくしを躱し、一番確実にシュート出来るゴールにシュートしなさい」

 

蓮はボールを手にし、首を傾げた。

 

「先生のディフェンスを抜けないと判断したときに、わたくしが背後にパスすることは?」

「構いませんよ。その場合は、また新たな場所からパスが来ます」

 

まずは、定位置からのシュートで感触を確かめなさい、と言われ、蓮は目測でフリースローラインのあたりに見当をつけて構えた。

 

しゅ、とバックボードにも当てずにフープを潜らせるシュートを何度か繰り返すと、マクゴナガル先生は満足そうに頷く。

 

「よろしい。では、ワンオンワンを始めましょう」

 

マジか、と蓮は思った。祖母と同い年の人とバスケットをするなんて考えたこともない。

 

しかし、とセンターライン付近でボールを手にすると、蓮の表情は変わる。

 

ーーバスケットの経験者に違いないし、なにしろ魔女の年齢なんて基礎体力を憶測する要因にはならない

 

蓮は低いドリブルで突っ込んでいった。

 

 

 

 

ーーこの子は、

 

マクゴナガルはある意味で驚愕していた。

無論、柊子からバスケットボールの選手としてそれなりの好成績を収めたことは聞いていたが、高齢の自分を相手に本気で向かってくるとは想像していなかった。

 

年寄りだと侮ったところを突いてやろうとさえ思っていたのに。

 

敵を侮らないところは十分に躾けられているらしい。

 

キュキュ、とシューズを鳴らして、ターン。抜けないならば思い切りよく背後にパスし、ボール抜きでゴール下に入り込みパスを受けると、そのままマクゴナガルの手を弾いてレイアップシュート。

 

パンパン、と手を叩き終了を宣言する。

 

「バスケットボールの能力は素晴らしい。ですが、なぜレイアップシュートを?」

 

最初のフリースロー以外はすべてレイアップシュートだ。

 

「出来る限り、フープの近くで、ボールから手、を離したいからです」

 

多少息が上がっている。

 

「なるほど。そのセンスはチェイサーにも必要ですね。しかし、あなたにはまだ体力がない」

「・・・はい」

「わたくしでさえまだ余裕があるというのに」

 

マクゴナガルの自尊心は若干満たされた。呼吸の乱れ具合は自分のほうがまだマシだ。

 

「ホグワーツに来てから、何か体を動かす活動はしましたか?」

「いえ、特には」

「湖のほとりをジョギングするなどをあなたには勧めます。魔法使いや魔女は基礎体力の向上を疎かにしがちですが、あなたはどうやら全身を動かす能力に優れていますから、その強みを伸ばしましょう」

「はい。あの、マクゴナガル先生は・・・バスケットボールのご経験が?」

 

ふっとマクゴナガルは笑った。

 

「わたくしが育った村の教会には簡素なコートがありました。教会の裏の牧師館がわたくしの家でしたから、わたくしは毎日弟たちとバスケットをして育ったのですよ」

 

ひゅ、と魔法でふかふかのタオルを取り出し、蓮に向かって投げてくれる。

 

「あなたがグリフィンドールに組分けされたときはシーカーにするつもりで、特例枠の根回しをしたのですが、それはポッターに使ってしまいました。ですが、どうやらあなたはチェイサーにも向いています。クァッフルとバスケットボールでは形状が多少違いますし、そもそもドリブルをしませんから、ラグビーにも似ていますが、あなたの視野の広さやパスを有効に活用してゴールに極力近づく能力はチェイサー向きです。今年は、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアの3人が決まっていますが、控え選手がいません。来年からはチームの一員として活躍してもらいます。毎週この時間は空けておきなさい。シルバーアロー40を乗りこなすには、相応の資質と訓練が必要です。柊子に借りて何度も使ったことがありますが、あの箒は急なターン、急降下急上昇に対する反応に優れています。その分、乗り手にかかる負荷も大きくなる。筋力トレーニングは欠かせません」

 

タオルで汗を拭きながら、蓮は素直に「はい」と頷いた。

 

マクゴナガルの読み通りだ。この少女はクィディッチの選手になることだけなら喜びはしないが、自分の能力を試されるとなると、静かな闘争心を燃やすタイプだ。

 

ーーいったいどういう育て方をしたのやら

 

親友に少しばかり呆れて、寮に戻るよう促した。

 

 

 

 

頭にマクゴナガルからもらったタオルをかぶり、よろよろとグリフィンドール寮の談話室に転がり込むと、ウィーズリーの双子がぎょっと目を剥いた。

 

「レン! 君、なんて格好してるんだよ!」

「・・・え? あ。杖を貸して」

 

双子の片割れが差し出した杖を受け取り、立ち上がると杖を自分に向けて「フィニート・インカンターテム」と呟き、制服のローブ姿に戻った。

 

「・・・何があったんだ?」

「マクゴナガル先生とバスケットしてきたの。杖、ありがとう」

 

そこへオリバー・ウッドが駆け込んでくる。

 

「レン・ウィンストン! 君は最高だ!」

「・・・え? ちょ、ミスタ・ウッド?」

 

駆け込んできたウッドはレンを抱き上げてくるくる回る。

 

「マクゴナガルとの練習を見たぞ! 君は最高のチェイサーになれる! 汗かいただろ? すぐに着替えを持ってこい。監督生の風呂に入るといい!」

「オリバー!」

「変態か!」

 

双子のウィーズリーが、オリバーの腕から蓮を引き剥がした。

 

「レン、君、汗かいたんだったら、女子寮の風呂に入れよ」

「オリバーが知ってる風呂は男子専用だからな」

 

よくわからないが、シャワーは浴びたかったので「ありがとう。そうする」と言い置いて女子寮への階段を上がった。

 

部屋に戻ると、ハーマイオニーがイライラしながら机に向かっていた。

 

「ただいま、ハーマイオニー?」

「ああ、おかえりなさい、レン。マクゴナガル先生との特訓はどうだった?」

「もうくたくた。ハーマイオニーは? なんだかイライラしてるみたいだけど」

「ハリーとロンよ! まるでわたしがお節介焼きみたいに避けるの」

 

蓮は「ああ」と頷いた。「しばらく放っておいたら?」

 

「そうしてるけど、わたしが近くを通るだけでコソコソするのは不愉快よ」

 

小さなクロゼットから着替えと入浴用品を取り出しながら、蓮は相槌を打つ。

 

「ロンって、そういうところあるわね。お兄さんたちはもっと鷹揚なのに」

「お兄さんたち? ミスタ・パーシー・ウィーズリー?」

「ううん。双子のほう。どちらかというと、小さいことを気にして、小さい嫌がらせするあたり、ロンはパーシー・ウィーズリーに似てるのかも」

「ハリーは?」

 

蓮は肩を竦めた。

 

「『生き残った男の子』ですもの。4階でケルベロスが何を守ってるかなんて、首を突っ込まなくていいことを、ネビルやロンとあれこれ話し合ってるわ」

「レンは知ってるんでしょ?」

「知ってるけど、言わないわよ。あれはもうわたくしの家の財産じゃなくてダンブルドアに譲ったものだから。ちょっとシャワー浴びてくるわね」

 

 

 

 

 

ハロウィンの朝は珍しく蓮が早起きをした。

顔を洗い髪を整え、シャツのボタンをきちんと上まで留めて、いつものように完璧なネクタイを結び、スカート下のホルダーに杖を挿す。

 

「わたしにとってはありがたいけれど、レン、どうしちゃったの?」

「美味しい匂いがするの!」

「・・・ハロウィンのパンプキンパイの匂いで目を覚ましたの?」

 

軽い脱力を覚えながら、ハーマイオニーが問うと、蓮は花がほころぶような笑顔を見せた。

 

「レン、あなた、そういう顔はパンプキンパイじゃなくて、ジョージ・ウィーズリーに見せてあげたら?」

「ジョージ? 双子の片割れ?」

 

パーバティの言葉にハーマイオニーは同意しかけた。

 

なにしろジョージ・ウィーズリー(たぶん)ときたら、蓮がハーマイオニーやパーバティの側に見当たらないと「レンはどうした?」と必ず尋ねるのだ。

 

ーーま、それは個人のプライバシーだわ

 

「ジョージ・ウィーズリーより大事なこと、今日のフリットウィック先生の授業では浮遊呪文の実習だもの。びゅーん、ひょい、よ」

 

ハーマイオニーの言葉に、パーバティも蓮も肩を竦めて「びゅーん、ひょい」と応じてくれた。

 

 

 

 

 

さて、そのフリットウィック先生の「妖精の呪文」の実習は、あちこちで惨状が発生した。

蓮の目の前のネビル・ロングボトムは、確かに羽を浮かせた。浮かせたというよりは、炎が点いて熱で浮遊したという感じだが。

「アグアメンティ」と蓮がすぐに消したので、大事には至らなかったのだが、ネビルは度々の失敗に顔を赤くして泣きそうだ。

 

そのとき「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ!」と怒鳴り声が響き、蓮は目を覆った。

ハーマイオニーのきれいな発音で「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」と呪文を唱えると、羽は見事に1.2メートルほどの高さに浮かび上がった。

 

「さ、ネビル。もう一度やってみましょう。わたくしの羽があるから」

 

ネビルを励まし、なんとか浮遊呪文を成功させ、フリットウィック先生の前で自分も羽をハーマイオニー程度に浮かせる。

ふと、周りを見回すと、ロンは顔を赤くしてあからさまに不機嫌を撒き散らしていた。

 

散々な実習(羽を浮かせることに成功したといえるのはハーマイオニーと蓮、それから蓮がつきっきりで指導したネビルだけだ)にぼやきながら教室を出る生徒の群れを押しのけるようにハーマイオニーが飛び出していく。

 

蓮は教科書の角でロンを小突いた。

 

「なんだよ! あ、レン・・・」

「ハーマイオニーに何を言ったの?」

「誰だってあいつにはがまん出来ない。悪夢みたいな奴だって、事実を言っただけさ」

 

いくらか動揺の残る声だが、蓮の不快感は頂点に達した。

その後ろからパーバティが「がまん出来ないほど悪い子じゃないわ! わたしとレンは同室なのよ? むしろあなたとハリーの幼稚な態度が」と声を上げる。

 

そのパーバティの腕を叩き「わたくしはハーマイオニーを探しに行くわ」と告げると、ハリーが少し喉が詰まったような声で「ハーマイオニー、泣いてるみたいだった」と蓮に告げた。

 

蓮はハリーを切れ長の瞳で横目に見遣り、軽く頷いて駆け出した。

 

 

 

 

「ハーマイオニー?」

 

ずっと閉まったままの個室のドアをノックする。

洟をすする音が聞こえるけれど、返事はない。

 

そこへ、制服姿のゴーストが現れた。「マートル」

 

「その子、そこでずーっと泣いてるわ、いじめられたみたいね」けけっと笑う。

 

個室の前に立っている蓮を見てマートルは「なぜあなたがグリフィンドールのネクタイをしてるの? あなたはレイブンクローの人よ。なんだか縮んじゃったけど!」と叫んだ。

 

「マートル、それはきっと人違いだわ。わたくしは入学したときからグリフィンドールよ」

 

ふーん、と言ってマートルが主に住処にしているトイレ(嘆きのマートルのトイレとして生徒から避けられている)に戻ると、蓮はまた「ハーマイオニー」と声をかけた。

 

「一人にして」

「出来ないわ」

「・・・わ、わたしの近くにいたら、レンまで嫌われちゃう」

「誰に? ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーに? 別に問題ないでしょう? 現時点で友達でもなんでもないんだから」

「みんなからよ!」

 

ハーマイオニー、と蓮は静かな声を出した。

 

「ロンの言葉をすごく大きく受け止めちゃったのね。ショックは想像出来るから、あなたの気が済むまでそこにいるのも有りだと思うわ。でも一人にはしない。わたくしはここにいる」

「授業が・・・」

「授業よりハーマイオニーが大事」

 

言い置いてトイレの床にバサバサと鞄の中身を投げ出しその脇に腰を下ろした。

 

「・・・汚れるわよ」

「あとでスコージファイするから平気」

「もう・・・」

「せっかく2人っきりだから、大事な話していい?」

「なに?」

「わたくしの杖のこと。ハーマイオニーは死の杖とか、宿命の杖って知ってる?」

 

ひっく、としゃくり上げながらも質問には答えようとする。

 

「あ、悪人エメリックから極悪人エグバートが奪った杖」

「うん。その杖は、ニワトコの杖といって、実在するんだけどね。わたくしの杖は、どうやらそのニワトコの杖の双子杖らしいの」

「・・・双子杖?」

「杖の材質は、ニワトコと桜で違うけど、芯がセストラルの尾。セストラルは高度な魔法生物だし、まだ見たことないかもしれないけど。尻尾は馬の尻尾みたいに長いから、一本の毛を2つに分けてそれぞれの素材に埋め込んだ、という意味で双子杖」

「ええ、よくわかったわ」

「この杖のことは、誰にも内緒にして欲しいの。ハリーやロンには特に」

「・・・っく。そもそもハリーやロンとは話さないわ」

「いずれ機会があっても、ってこと。約束して?」

 

約束する、とハーマイオニーが言って、蓮は「ありがとう」と微笑んだ。おそらくその微笑みをハーマイオニーやパーバティが見たら「そういう笑顔は男子に見せなさい!」と言うに違いない。

 

ハーマイオニーのしゃくり上げる声の合間から聞こえてくる愚痴は、だいたいにおいてロンを詰るもので、蓮は首を傾げる他ない。

 

ーーロンの言動を気にしすぎじゃない?

 

それを言ったらますますヒートアップするだろう。蓮はハーマイオニーの愚痴に同意するに留めた。

 

 

 

 

 

どのくらいの時間が経ったろう。

 

途中、心配したパーバティが来たが、ハーマイオニーが頑なに「ごめんなさい。わたしのことはいいから、パーティを楽しんできて」と言うので、蓮はパーバティに苦笑して「パーティのご馳走を部屋に持ち帰ってあげて。たぶんみんなが、部屋に戻る時間には出てくるから」と付け加えた。

パーバティは頷き「ハーマイオニー? ウィーズリーの負け惜しみなんかに負けちゃダメよ! 調子に乗ってるところを女子みんなで袋叩きにする計画練ってるからね! ご馳走はあいつらの目の前から取り上げて確保しておくわ!」と言い置いて、パーティに向かった。

 

「・・・レンも行けばいいのに」

「ハーマイオニー? わたくし、友達をトイレに置いたままパーティを楽しむ人間に見える?」

 

その時だった。

ーー臭すぎる!

 

蓮の嗅覚は敏感なほうだ。山育ちだからか、雨の降る匂いや、稲刈りの匂いを風の中に嗅ぎ取ることが出来る。

 

しかし、この異臭は未体験だった。魔法薬学のネビルの失敗であらゆる悪臭に耐性がついたと思っていたが、甘かった。

悪臭を放つ何かは、ぶぁー、ぶぁー、と音声を発しながらこのトイレに近づいている。

 

「レン、何かしら、変な匂いが・・・」

「ハーマイオニー。緊急事態発生。その個室ごと保護呪文をかけるから、しばらく黙って息を潜めて」

 

家族から聞いた昔話に嘘や誇張がなければ、これは

 

ーートロールだ!

 

急いで対策を考える。

この前の廊下にトロールがいる以上、今から脱出して逃げ出すのは下策だ。

 

あまり知能が高くないトロールは、視界に獲物が映らなければ興味を示さない。

 

スカートの下から杖を取り出し、慎重にハーマイオニーの個室に向かい「プロテゴ・マキシマ」と囁き、こつ、と杖を当てて目くらまし呪文をかける。

これでハーマイオニーは大丈夫。

自分にも目くらまし呪文をかけると、蓮は杖を構えて、トイレの入り口を睨んだ。

 

ぶぁー、ぶぁー、と言いながら、トロールが顔を覗かせる。

 

ーーそうだ、一回り見回せ、ここに獲物はいない、いないとわかったら失せ・・・

 

蓮は我が目を疑った。

 

トロールが入ってきたまま、開いていたドアが静かに閉まったのだ。

 

その上、かちゃり、と間抜けな音を立てて鍵が外から閉まった。

 

ーートロールと密室状態かよ!

 

いったいどいつの仕業だ引き裂いてやる、と頭が煮え返る中、蓮は透明のまま無言で杖を振り、トロールに会話が聞こえないようにした。

 

「ハーマイオニー。少しだけ作戦会議です」

「は、はい」

「わたくしたちは、トロールとここに閉じ込められました」

「・・・はい?」

「わたくしがトロールの気を引きながら、なんとかしてドアを吹っ飛ばすから、そしたら、ハーマイオニーはすぐに逃げて助けを呼んできて欲しいの」

「レン、あなた一人でトロールを倒すなんて」

「倒すんじゃないわ。時間を稼ぐ小技を使うだけ。お願い」

「わ、わかったわ」

 

震える声だったが、ハーマイオニーはきちんと答えた。

 

よし、とひとつ頷き、蓮は自分の目くらましを解いた。

 

トロールが振り向く瞬間、大声で叫んだ。

 

「トイレに鍵かけた馬鹿は、探し出してぶっ殺す!」

 

 

 

 

蓮の怒声で自分たちがしでかした最大のミスに震え上がったハリーとロンがトイレに駆け戻ったとき、トイレの入り口のドアが爆発したように吹っ飛んできた。

 

「ハーマイオニー! 今!」

 

個室から飛び出してくるハーマイオニーを受け止める形になったロンが慌てていると、怜悧な顔をさらに厳しくした蓮が「ロン邪魔! ハーマイオニーと一緒に助けを呼んできて!」と怒鳴る。

 

「いやよ! レン一人にトロールの相手なんかさせられないわ!」

 

蓮は舌打ちし、入り口付近に固まっている3人にまとめて「プロテゴ・マキシマ」と唱えた。

 

それから身軽にいくつかの洗面台を渡って合流しようとする。が、トロールが振り回す棍棒を避けながらでは難しい。

 

そこへハリーが飛び出した。トロールに背後から飛びつき、偶然にもトロールの鼻に杖を突き刺したのだ。

 

「レン! 今移動して!」

 

ハリーが背中に止まった蝿のようにトロールに不快感を与えているが、いつまで保つかわからない。

 

ハーマイオニーはトロールが破壊した洗面台の欠片を、咄嗟に習ったばかりの浮遊呪文で浮かせた。目の前に、ふらふらと浮かぶ欠片にトロールの意識が散漫になる。

 

「ハリー、今よ! 飛び降りて!」

 

ハーマイオニーの声にハリーは飛び降り、蓮の張った盾の中に戻る。

 

蓮は杖を構え「そうか、人間相手じゃないなら使ってもいい、それに危機的状況だ、うん」と呟いている。

 

ハーマイオニーの顔から血の気が引いた。なんだか知らないけど、やたらに強力な杖を全開で使う気だ。

 

「ステューピファイ!」

 

光線が真っ直ぐにトロールのがら空きの胸に当たる。

しかしまだ失神はしない。据わらない目が彷徨っているので、もう一押しだけど。

ハーマイオニーは自分がロンの腕にしがみついていることも忘れ「ロン、ロン。どうにかして!」と叫んだ。

頷いたロンは「あ、あの、う、う・・・ウィン」と言いかける。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサよ!」

 

違う僕はウィンストンを止めようと、と口にする間も無く、ロンはハーマイオニーの言う通り「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」と叫んでいた。

 

 

 

 

 

駆けつけたトイレの惨状にマクゴナガルは軽い眩暈を覚えた。

 

「あ、あなたがたはいったいどういうおつもりなのです」

 

蓮とハーマイオニーは視線を合わせ「すべてわたくしたちのせいです」と進み出た。

 

「わたくし、人間相手に攻撃魔法を使わないように家族から言われていましたから、トロール相手なら、失神呪文ぐらい試してもいいかと思って」

「わたしも、レン一人にさせるわけにはいかないので同行しました。同罪です。ハリーとロンは」

「わたくしたちがいないことに気づいて追いかけてきてくれました」

「わたしたち、トロールに殺される寸前だったんです」

「ハリーがトロールの鼻に杖を突き刺して注意を引き、ロンがトロールの棍棒を奪ってトロールをノックアウトしてくれました」

 

マクゴナガルはジロリと男子2人を見たが、ぽかんと口を開けている。

女子2人が流れるように嘘をつくコンビネーションは見事だが、男子はついていけていない。

 

「よろしい。もうそういうことにします。ミス・ウィンストン、ミス・グレンジャー両名からそれぞれ5点の減点です。それからミスタ・ポッター、ミスタ・ウィーズリー両名にそれぞれ10点差し上げます。ただし!トロールに立ち向かうなど、あなたがたの技量ではまだ早過ぎます。殺されてもおかしくなかった。そのことは心に留めておきなさい」

 

 

 

 

 

グリフィンドール寮に向かう長い廊下で、ロンが唐突に前を歩くハーマイオニーに「ごめん!」と叫んだ。

 

「・・・え、なに?」

「いや。その。君のお陰で浮遊呪文をマスター出来たってことだよ。うん」

 

それは間違いない、とは思うものの、蓮としては一言言わないと収まらない。

 

「ハリー、ロン、わたくしに何か言うことは?」

 

ひっ、と2人は身を縮めた。

 

「トロールの意識を引かないように、目くらましをして保護呪文をかけて、トロールが興味を無くして去っていくのをじりじりと待っているときに、なぜかトイレの扉が閉まり、鍵が外からかけられた事情は、何かご存知かしら? わたくし、トロールと戦う気はさらさらなかったのに。トロールと密室状態では戦うしかなかったのよね」

「す、すみませんっした!」

 

共通の最悪の体験から、友情が生まれることはままある。

体長4メートルを超えるトロールを倒すというのは、まさにそういった体験の一つだった。



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第9章 湖のジョギング

11月に入って、すっかり寒さの増したホグワーツで、蓮は毎日の放課後をジョギングに励んでいた。

 

自宅にフクロウを送り、トレーニングウェア一式を頼むとすぐに荷物が送られてきた。

しっかりしたランニングシューズを履くと、気分がすっと落ち着く。

 

だいたい毎日ランニングして、自室に帰ると、蓮の体力作りに影響されたパーバティが入学以来やめていたヨガを始めるので、それにも参加する。インナーマッスルを鍛えるには最適だ。

 

ちなみにこのヨガには、ハーマイオニーもおそるおそる参加するようになった。

体を動かすことに自信のないハーマイオニーだが、ヨガならスピードを要求されないので、試してみる気になったらしい。

 

3人でヨガマットを敷き、パワーヨガに耽っていると、訪ねてきたラベンダーあたりには怪訝な顔をされるが、3人は気にしない。

夕食前に良い汗をかいてシャワーを浴びて、夕食をたっぷり食べて。体の調子は最高だと言える。

 

「そういえば、ジョージとレンってどうなってるの?」

 

隣のシャワーブースからパーバティが声を上げる。

 

「どうって?」

「よく一緒に走ってるじゃない」

 

ああ、と頷き、あれは一緒に走っていると言えるのか自問する。

 

「たまにジョージがついてくるだけ。ローブのまま、ローファーと靴下脱いで裸足でね。わたくしを追い越すとか言ってペースを乱しにくるわ。ちょっと迷惑」

「・・・全然わかってない」

「レンってそういうところは中身が男子よね」

 

両隣のブースでハーマイオニーとパーバティは言いたい放題だ。

 

「箒の方はどうなの?」

「マクゴナガル先生厳しい?」

 

うーん、と蓮は唸った。

 

「厳しいといえば厳しいけど、論理的に納得できる動きを求められるから、バスケット部のコーチの精神論よりマシ」

 

根性で取りに行け!と言われても、物理的に無理なことは当然ある。

マクゴナガルの場合、急なターンの際の体重移動や、急下降急上昇の際の姿勢の維持に力点を置いた指導なので受け入れやすい。

 

 

 

 

 

談話室で4人で宿題をチェックしていると、試合が近づいてナーバスになったハリーが「スネイプのところに本を返してもらいに行く」と立ち上がった。

 

大丈夫かよ、と心配するロンに背中越しに手を振って出て行ったハリーが全速力で戻ってきたのは、ロンの宿題のチェックをまだハーマイオニーが済ませていない時だった。

 

「返してもらった? どうかしたのかい?」

 

息を切らしながらハリーが説明する。「職員室にはスネイプとフィルチしかいなかった。スネイプの片足が血だらけで、スネイプは言ったんだ! 『いまいましいヤツだ。3つの頭に同時に注意するなんてできるか?』って。わかるだろう、どういう意味か」

 

「ハロウィンの日、ケルベロスの裏をかこうとしたんだ。僕たちが見たのはそこへ行く途中だったんだよ。あの犬が守っているものを狙ってるんだ。トロールは絶対あいつが入れたんだ、みんなの注意を逸らすために。箒を賭けてもいい」

 

大きく出るわね、と蓮は膝に頬杖をついて微笑んだ。

 

「違う、そんなはずないわ。確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないわ」

「わたくしもハーマイオニーに同意見」

「おめでたいよ、君たちは。先生はみんな聖人だと思っているんだろう。僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。だけど何を狙ってるんだろう?」

 

ハーマイオニーと蓮は視線を交わした。しかし、蓮はそっと唇に指を当てただけだった。

 

 

 

 

翌日は、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合だ。

 

朝食の席で、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアが蓮の肩を叩く。

 

「今年はまだ出られないけど、あなたには期待してるわ。今日の試合はきっちり観戦するのよ」

「スリザリンのラフプレイを見れば、チェイサーの控え選手がいない現状にきっと眩暈がするから」

「ほんとに控え選手がいないと、わたしたちも思い切ったプレイが出来ないの」

 

鬼気迫る発言に、ハーマイオニーは思わず身を竦ませたが、蓮は「はい。勉強させていただきます」と優等生らしい返答だ。

 

「レン」

「ん?」

「あなた、ほんとに来年クィディッチの選手になるの?」

「それはわからないわ。マクゴナガル先生とミスタ・ウッドの判断次第だもの」

 

食欲もなくげっそりした様子のハリーを見てハーマイオニーは頭を振る。

クィディッチの試合のたびにこうなってしまう友人を2人も抱えるのはごめんこうむりたい、というように。

 

 

 

 

「ハリーには、何か妙なものが取り憑いてるんじゃないの?」

 

前評判通りのスリザリンの汚い試合だが、グリフィンドールは善戦している。チェイサーのレベルは確かに高い。

コンパクトに箒を操り、速いパス回しでスリザリンを翻弄する。

これがマクゴナガル先生が育てたチェイサーか、と思うと、ふるっと武者震いが出る。

 

が。

ハリーの様子が明らかにおかしなことになっている。

 

ネビルはハグリッドのジャケットに顔を埋めて泣き始め、ハグリッドは「強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん」と震える声を出した。

 

ハーマイオニーはハグリッドの双眼鏡をひったくり、観客席のほうを見回しているが、蓮はそっと立ち上がった。

 

たぶんスネイプだとハーマイオニーは判断するだろうけれど、蓮はクィレルを目指して駆け出した。

 

なにしろ山育ちの蓮は視力が良すぎるほど良いのだ。さらには、祖母やその後輩であるアラスターおじさまの訓練によって、意識して遠くのものを見ればオペラグラスが必要ない程度には視界を広げることができる。

 

今、対象であるハリーから目を逸らさずに何か呟いているのは、スネイプだけでなく、クィレルもだ。どちらかが呪いをかけ、どちらかが反対呪文をかけている可能性が高い。

ハーマイオニーがスネイプに行くなら、自分はクィレルの注意を引く。

 

クィレルの立っている場所に行く途中、マルフォイが試合に夢中になっているローブから、無言呪文でエクスペリアームスの魔法をかけ、杖を奪った。誰も気づいていない。

 

ーーやっぱり杖ホルダーは脚のままにしようっと

 

杖ホルダーの必要性もアラスターおじさまに指導された。ジーンズの尻ポケットに入れるなど言語道断。制服のローブの内ポケットのホルダーからなど、杖を抜き取るのが容易過ぎる、と。

確かにその通りだった。

 

そっとクィレルの背後に近寄り、杖でターバンの後頭部付近を思い切り叩く。

 

「ひぃっ!」という悲鳴に混じって、微かな怒りの呻き声が聞こえる。

 

「な、なにを、ミス・ウィンストン」

 

ハリーの箒の不審な動きは止まった。

一瞬遅れて、スネイプが慌てて立ち上がり、ローブについた火を叩き始める。

 

「あ、申し訳ございません、クィレル先生。蝿が止まっていましたの」

 

にこ、と微笑む。ハーマイオニーが褒めてくれそうな会心の微笑だ。

 

「杖でそのようなことは感心できませんね。魔女にとって杖とは肌身離さず持つべき武器です。魂を載せるものですよ」

「はい。申し訳ございません」

「今日のところは見逃しますが、次はありません」

 

キリッとした表情を作っているが、声は震えている。

 

蓮は頭を下げてクィレルの前から去ると、スリザリン生の通り道にマルフォイの杖を投げ捨てた。

 

大きな収穫だ。

あのターバンの中には、ニンニクではない何かを隠している。

 

 

 

 

試合のあと、4人はハグリッドの小屋で濃い紅茶を飲んでいた。

 

「スネイプだったんだよ」とロンが説明した。

 

「ロン、ハリーからずっと目を離さずに何か呟いていたのは、スネイプだけじゃないわ。クィレルもよ」

 

蓮は指摘した。「どちらが呪いをかけてどちらが反対呪文を唱えていたかわからないから、わたくしはクィレルのターバンを叩いたの。そのとき、ハーマイオニーの火にスネイプも気づいたから、正確にどちらとは言えないけれど、スネイプだと決めつけるのはまだ早いと思うわ」

 

「クィレルのターバンを叩いた? マーリンの髭だぜ、あの臭そうなターバンをかい? 杖で?」

「マルフォイの杖でね」

 

ロンが驚愕に目を見開いていると、ハリーが思いつめたようにハグリッドに訴えた。

 

「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。ハロウィンの日、あいつ、ケルベロスの裏をかこうとして噛まれたんだよ。なにかは知らないけど、あの犬が守ってる物をスネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」

 

ハグリッドはティーポットを落とした。

 

「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」

「フラッフィー?」

「あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人から買ったんだが、俺がダンブルドアに貸した。守るため・・・」

「なにを?」

 

ハリーが身を乗り出したとき、蓮は溜息をついた。「賢者の石をよ」

 

「賢者の石?」

「713番金庫は、レンのお宅が管理してる金庫だもの、フラメル家の金庫・・・え? フラメルのおじいさまって、ニコラス・フラメル?」

「そう。713番金庫には賢者の石しか入ってなかった。フラメルのおじいさまは、賢者の石をもう使わないからと、ダンブルドアに譲ったの。たぶん賢者の石はホグワーツにあるわ。そうでしょう、ハグリッド?」

 

ハグリッドは憮然とした顔で頷いた。

 

「だがもうこれ以上は言わん!」

 

 

 

 

湖のほとりをジョギングする蓮に、今日もジョージがついてくる。

 

「なあ、クリスマスはホグワーツに残るのか?」

「いいえ。家に帰るわ」

「残りなよ」

「高齢の家族がいるから、会える機会には会っておきたいの」

 

賢者の石、命の水について、ニコラス・フラメルに話を聞くことが、クリスマスホリデイの蓮の課題だ。

 

「君が残れば楽しいんだけどな」

 

蓮は眉を寄せた。

 

「ジョージ」

「なんだい?」

「どうしてわたくしのジョギングについてくるの?」

「そ、それは君、大イカに襲われかねないからさ」

「大イカも氷の下よ」

「それでもだよ。一人でこんなひとけのないところにいるもんじゃない」

 

ふうん、と頷いて、ジョージの裸足の足に目を向けた。

霜を踏んだせいで赤くなっている。

 

「家からクリスマスプレゼントを贈るわね」

「ひゅう、楽しみだ」

 

ところでさ、とジョージが話題を変えた。「君たち、いったい何を企んでるんだい?」

 

「何って?」

「4階のケルベロスが守ってるものは、賢者の石か?」

「・・・ロンに聞いたの?」

 

半ば呆れながら、蓮は応じる。まったくあの2人は秘密裏に事を運ぶことを知らない。

 

「ぼんやりした我が弟が必死で賢者の石の効用を聞いて回りゃ、俺たちだって気づくさ。ケルベロスは見に行ったしな」

「たぶん賢者の石、という憶測よ。ただ、賢者の石の守りに、ケルベロスだけじゃ足りないとは思うけれど」

「スネイプが盗ろうとしてるってロンとハリーは言うけど、君の見解は?」

 

クィレルよ、と蓮は囁き声で答えたが、ジョージには伝わったようだ。

 

「なるほどね。あのターバンは確かに怪しい。俺たちが1年の時は、あんな風じゃなかったんだ。マグル学の教授だったから授業を受けたわけじゃないけどね。1年の研究休暇を取って、今学期戻ってきたと思ったら、あのターバンだろ。しかも、やけにおどおどしてニンニク臭い。闇の魔術に対する防衛術の教授以前に、あいつが闇の魔術を頭に貼り付けてるんじゃないかと思ったね」

 

弟より鋭いな、と蓮は思った。



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第10章 クリスマスホリデイ

ロンドン行きのホグワーツ特急のコンパートメントで早めにマグルの服に着替えながら、ハーマイオニーが「しばらく魔法抜きの生活ね」と呟いた。

 

「寂しい?」

「意外とそうでもないわ。ホグワーツにいると、魔法に関してはどんどん覚えることがあって楽しいけど、たまに気が狂いそうになるの。スネイプの陰謀だの賢者の石だの・・・そういう狭苦しいところから解放されて嬉しい気持ちもあるわ」

 

ハーマイオニーがそう言ってシャツを脱いだ瞬間、コンパートメントの扉が開いた。

 

「おいウィンス」

「きゃあっ!」

「死ね」

 

ノックもせずにコンパートメントに入ってきたマルフォイに、ちょうどスカートを脱いでいた蓮は杖を向けて、マルフォイを吹き飛ばした。

 

制服の白いシャツにネクタイをしたまま、ジーンズだけを素早く穿いてコンパートメントを出る。

マルフォイは顔を真っ赤にして腰を抜かしていた。

 

蓮は杖を首に当て「ソノーラス」と唱える。

 

「監督生、もしくは首席の方、ただちに変質者の捕獲に来てください。スリザリンのドラコ・マルフォイが女子生徒の着替え中のコンパートメントに押し入りました」

 

大音量で車内に響く内容にマルフォイが今度は青くなる。

 

腰を抜かしたまま、慌てて逃げていく。

 

「これでよし、と。ハーマイオニー? 大丈夫?」

 

コンパートメントに戻ると、着替えを済ませたハーマイオニーが額に手を当てて、頭を振っている。

 

「あなたって本当・・・容赦ないわよね」

「害虫に容赦が必要?」

 

ネクタイを解きながら蓮が言うと「一応人権を認めてあげて」と答える。

 

「それより、レンはどうしてクィレル先生が怪しいと思うの?」

 

シャツを脱ぐ蓮は、微かに眉を寄せた。「わたくしは、スネイプがハリーを憎んでいることは否定しないけれど、それとこれとは別だと思うの」

 

ぱふっとパーカーを着て、シャツとネクタイをトランクに押し込んだ。

 

「スネイプのハリーへの感情は脇に置いて考えると、ここ1年の間に人格が変わるような変化をしたのはクィレルよ。スネイプの評判は上級生の間でもひどいもの。ところが、クィレルに関してはマグル学の教授だったときには、穏やかで落ち着いた優秀な若い先生として、むしろ人気があった。今じゃあの通り」

 

シートに座り、長い脚をハーマイオニーの足の間に伸ばし、蓮は続けた。

 

「ハリーの話じゃ、713番金庫に不審者が侵入した日に、クィレルはダイアゴン横丁にいた。それから、クィディッチの試合の日。スネイプが呪いをかけ、クィレルが反対呪文をかけていたとみんな考えてるけど、わたくしは逆だと思うの。スネイプがハリーを疎んでいることは誰でも知っていることよ。公衆の面前であんな危険な真似をしたら、スネイプが怪しまれて当然。スネイプのハリーへの悪感情を隠れ蓑にしたい人だけが、クィディッチの試合でハリーに事故を起こさせてメリットがある。スネイプにはないわ。あとは、わたくしの勘ね。一応闇の魔術に対抗する魔女の一族だから、あのターバンからはそういう気配を感じるというだけ」

 

ハーマイオニーは考え込んだ。

 

「わたしは一理あると思うけど、ロンとハリーは納得するかしら?」

「しなくてもいいんじゃない?」

「え?」

「ね、ハーマイオニー。スネイプがハリーを憎んでいることはどうしようもないわ。人の感情の問題ですもの。ハリーは身を守る必要は確かにあるけれど。賢者の石を狙っているのが誰であれ、渡すわけにはいかない。それとこれとは別問題として考えればいいの」

 

パラパラと蓮がカタログをめくり始めた。

 

「レンは賢者の石を渡さないことを最優先に考えるのね。どうして?」

「ハリーの身を守るのは、まずハリー自身が努力すべきことだからよ。賢者の石を渡さないというのは・・・ヴォードゥモールを復活させないため。あいつは、一度命の水を使って復活したことがあるわ」

 

蓮とハーマイオニーの間では「例のあの人」ではなく、フランス語の発音で呼んでいる。

 

ハーマイオニーは目を見開いた。「復活ですって?」

 

「だから、ヴォードゥモール、死を超えた男、と自己紹介するの」

 

ハーマイオニーは眩暈を覚えて黙り込んだ。

蓮はパラパラとカタログをめくる。

 

「蓮」

「ん?」

「さっきからずいぶんサイズの大きなシューズばっかり見てるけど?」

「ジョージにね。いつも裸足でジョギングについて来るから」

 

蓮の中では大した意味はないのだろうが、受け取ったほうは、深い意味を感じるのではないか、とハーマイオニーは思った。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーの懸念通り、クリスマスの朝早くにグリフィンドール寮で一人感激に打ち震えている少年がいた。

 

「ジョージへ」と宛名を書いただけの素っ気無さはまるで気にならないらしい。

 

「おいおい、ジョージにはランニングシューズで、俺は百味ビーンズかよ。この差はなんだ?」

「フレェェェッド!」

「なんだよ?」

「これはつまり、これからも一緒に走りましょうねって意味だよな?」

 

フレッドは双子の片割れの緩んだ顔に若干引きつりながら「いや、なんていうか、お前が裸足でついてくるのが不憫だったんだろ?」といなした。「だからスニーカーぐらい履けって言ったのに」

 

「だとしても、俺が一緒に走ってもいいって意味だよな?」

「いや、あの子はそこまで深い意味は込めてないと思うぜ」

「でも一緒に走るのは嫌がってないよな?」

「ま、まあ、な」

 

ジョージは満足したのか、ランニングシューズを早速履いて紐を締めた。

 

「うん、ぴったりだ」

「サイズ教えたのか?」

「いや。ただ、あの子、めちゃめちゃ目がいいんだ。湖の向こう岸にいるケンタウルスに気づくぐらいな」

「ケンタウルスって普通人間には近づかないよな?」

「ケンタウルス並みに目がいいってことだよ。だから、俺のローファーか何かのサイズを見たんじゃないかな」

 

フレッドは腕組みをした。

ーーもしかしたらレンはシーカー向きだったんじゃないか?

 

「で? ジョージ、お前は何贈ったんだ?」

「俺? ニンバス社のチェイサーグローブ」

 

お前小遣いほぼ全額つぎ込んだだろ、という言葉を飲み込んで、ジョージの肩をポンと叩いた。

 

 

 

 

 

「レン・エリザベスへ

ジョージ・Wより友情を込めて」

 

というカードを脇に置いて包みを開けると、ニンバス社のチェイサーグローブが出てきた。

 

ーーこれで3つ目・・・

 

背後で見張る祖父の視線が気になる。

 

「・・・蓮にはずいぶん友達が多いんだね」

「んー。ほとんど知らない人。蛙チョコの詰め合わせか何かをお返しにすればいいかしら?」

 

母の怜が溜息をついて「知らない人のには、お礼のカードだけになさい」と忠告する。

 

ハーマイオニーからは冬のランニングのためのグローブ。

ロンからは蛙チョコの詰め合わせ。

なぜかロンの母からは手編みのセーター。「お母さま、ミセス・モリー・ウィーズリーって、ロンのお母さまよね?」なぜか「ジョージの母」と付記してあるが。

パーバティからはヨガに使う厚手のゴムのベルト。

ハリーからは、箒磨きセット。

そしてジョージからのチェイサーグローブ。

フレッドからは百味ビーンズ詰め合わせ。

 

「お友達からはこれぐらいかしら。あとのは知らない人」

 

プレゼントの山を仕分けすると、母は溜息をつき、祖父のウィリアムは唸り、祖母のクロエは嬉しげに目を輝かせた。

 

「はぁ、蓮。あなたから贈っていない方にお礼のカードを出したら、庭に出てらっしゃい。グランパとシルバーアローの試乗をしなきゃいけないわ」

 

日本の祖母・柊子からはもちろんシルバーアロー40だ。

日本の祖父・シメオンからは、ゴブリンのゴルヌック1世が鍛えたという銀の短剣。

イギリスの祖父・ウィリアムからは、やはりゴブリン製のペーパーナイフ。

イギリスの祖母・クロエからは、カシミアのコート。

母からは、クロエからのコートに合わせたブーツだ。

 

「なんだか、プレゼントが大人っぽい」

 

新しいゲームソフトとかないのか、と蓮は首を傾げた。

 

「あのね、蓮。あなたには自覚がないけれど、もう子供じゃないから。成人前だから大人でもないけれど、そろそろレディらしくして。明日はハロッズに行くわよ」

「プレステのソフト?」

「・・・ブラジャーを買いに行くの。サイズが変わったでしょう」

 

母が額に手を当てて頭を振った。

 

ーーなんか、すみません

 

 

 

 

「う、わ・・・」

 

コーンウォールの邸にはもちろんマグル避けの魔法がかかっているので、庭で箒の練習をするのに問題はない。

 

祖父は楽しげに「はっは」と笑っている。

 

「どうだい、学校の箒とはまったく反応が違うだろう」

「全然違うわ」

 

蓮の顔から稚気が抜け落ちて、箒をコントロールすることだけに集中していくのがわかる。

 

クロエは庭が見えるサンルームで紅茶を飲みながら「ああ、コンラッドに似てると思っていたけれど、あなたや柊子に似てきたわね。とても綺麗な子」と吐息を吐くように呟いた。

 

「ご覧なさい、怜。あれが菊池家の魔女の顔よ」

「お義母さま、母の若い頃をご存知ですの?」

「わたくしは、ボーバトンを卒業してすぐにグリンゴッツに入りましたからね。あの当時はまだイギリスでも呪い破りの仕事があったの。何度か柊子と組んで仕事をしたわ。闇祓いの頃の柊子は、いつもああいう顔つきでしたよ。シメオンと結婚して、ホグワーツの理事会で再会したときは別人に見えたわ」

 

それは知らなかった、とティーポットから自分のカップに紅茶を注ぐ。

 

「自分ではわからないでしょうけれど、あなたも昔はああいう顔つきだったわ」

「・・・わたくしが?」

 

怜自身はクィディッチの選手になるのならないのという事態に陥ったことはない。

クロエは首を振り「ヴォードゥモールが勢力を伸ばし、コンラッドを亡くし、お友達を亡くした頃のあなたは、いつも張り詰めていたわ。本当に嫌な時代。わたくしはあなたが法律の仕事を楽しむようになってくれて嬉しいの」と微笑んだ。「ただ、蓮は何か気掛かりがあるみたい」

 

「その件でこのホリデイの間にデヴォンに行きます」

「サー・フラメルのところね。あなたももっと度々顔を見せてあげなくては」

 

そうしたいのは山々ですけれど、と肩を竦めた。「フラメルのおじいさまの残した残務整理が多過ぎて」

 

「長い人生ですものねえ」

 

よおし!とウィリアムが声を上げた。「ウロンスキーフェイントだ! 蓮、やってみなさい!」

 

クロエが顔色を変えて「ノン! ノン!」と叫んでサンルームを飛び出して行った。

 

怜は溜息をついて、紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

デヴォン州に向かうジャガーの中で、蓮は不服そうに唇を尖らせている。「付き添い姿現しならすぐなのに」

 

「隣の州に行くぐらいでいちいち魔法を使う必要はありません。それに、あなたには、いろいろと欠落していることがわかりましたからね。ゆっくりお話ししながら行きましょう。グランパがいると差し障りのある話題について」

 

まずクリスマスプレゼントよ、と母が言う。

 

「・・・はい」

「もうすぐバレンタインデーも来るから言っておくわ。よく知らない人からのものには、いちいちお礼はしなくていい」

「そうなの?」

「あのね、お礼をすると相手に気を持たせることになるの。たとえそれが蛙チョコであっても」

「百味ビーンズは?」

「ダメよ。とにかく、気のない相手からの贈り物には冷淡なぐらいでちょうどいいの」

 

ぷう、と頬を膨らませる。

 

「あなたは日本の山の中の学校で、男の子しかいない小学校にいたから、そういう面の成長が遅れていることが、お母さまにはよーくわかりました。おばあさまもおじいさまも、そういうところに疎い人たちだから仕方ないけれど、もう少しレディとして人様の感情の機微に敏感になりなさい」

「人様の感情を大事にするなら、贈り物にはお返しするべきじゃないの?」

「大事な人にはね。例えば、ドラコ・マルフォイからチェイサーグローブが届いていたけれど、あなたはマルフォイの息子を大事にしたいの?」

 

蓮は「まさか!」と叫んだ。「わたくしとハーマイオニーのコンパートメントにノックも無しで入ってきたのよ! わたくしたち着替え中だったのに! 可哀想にハーマイオニーなんて、ちょうどシャツを脱いだところよ。あんな奴、ただの変質者だわ」

 

母が蓮によく似た切れ長の目で横目に睨む。

 

「そのマルフォイに百味ビーンズとはいえ贈り物を贈ってどうしたいの」

 

蓮は、むぅ、と考えた。

 

「ハーマイオニーやハリーやロン、パーバティにフレッドにジョージは、あなたと交友関係にあるからわかるわ。まぁ、ちょっと・・・ジョージのプレゼントは他の兄弟に比べて頑張ってるし・・・モリーの反応も怖いけれど・・・」

「あ、そうそう。ロンのお母さまには、マリアージュフレールのお茶を贈ったの。フォートナムメイソンじゃ普通過ぎるから。一応お礼状に、ロンにはいつもお世話になっております、って書いて」

 

母はまた溜息をついた。

 

「ダメなの?」

「・・・モリーは、ジョージの母として、あなたにセーターを贈ってくれたんだから、そこはジョージの名前を書きなさい」

 

そんなの難しい、と蓮は唇をまた尖らせる。

 

「普通は難しくないから。迷った時はハーマイオニーに聞いて。お願いだから」

「・・・わかった」

「それと、あなたはまったく自覚がないけれど、今から胸のサイズはどんどん変わるわ。寝るとき以外はブラを外しちゃダメ。そこまで大きくはならないと思うけれど、人並みには育つはずだから、サイズには気をつけて。夏までは帰ってこられないから、フクロウで連絡なさい。新しいサイズのブラを送るわ」

「・・・サイズなんて自分じゃ測れない」

 

何のためにルームメイトがいるの、と母が蓮を小突いた。

 

「つまり、それもハーマイオニーに?」

「もう一人の子でもいいわよ。あなたが知らないだけで、女の子たちは測りあいしてるんだから」

 

わたくしの知らない世界だわ、と蓮は頬を膨らませた。

 

 

 

 

ニコラスおじいさまは、丸い顔をますます丸くして満面の笑顔で迎えてくれた。

 

「やあ、怜に蓮! 私の大事な家族たちだ!」

 

車椅子のニコラスおじいさまにぎゅっと抱きつくと、微かに火薬の匂いがした。「また悪戯グッズの発明?」

 

「うむ。花火を利用するものは人気でな」

「ホグワーツでも、ドクタ・フィリバスターの長々花火は人気よ。管理人のミスタ・フィルチが禁止してるはずだけど、誰も気にしないわ。クィディッチの試合の後はあちこちで赤や青の火花が30分は飛んでる」

「私がドクタ・フィリバスターだということは秘密だよ」

 

もちろん、と体を離して蓮は微笑んだ。「誰も信じないわ。ニコラス・フラメルが悪戯グッズの発明に夢中だなんて」

 

蓮、と母が促した。「箒のお礼は?」

 

「あ、そうだわ。ニコラスおじいさま、シルバーアロー40は、わたくしが使わせてもらうことになったの。来年からクィディッチチームに入るから。すごく素敵な箒だわ、ありがとう」

「おお! そうかね。柊子の試合はすべて観戦に行ったものだよ。蓮もシーカーかい?」

「ううん。チェイサー」

 

言いながら、蓮はニコラスおじいさまの車椅子の後ろに回った。

 

「しかし、今はもっと良い箒があるのでは? なんなら私が新しい箒を買ってあげるよ」

 

それがね、と車椅子の向きを変えて家に向かって押しながら蓮が言う。「プロフェッサ・マクゴナガルがおっしゃるには、現存する箒の中で最高の箒なんですって。今一番新しい箒はニンバス2000っていうんだけれど、ニンバスでさえシルバーアロー40には敵わない、って鼻で笑ってらしたわ」

 

「ミネルヴァらしい! 実にミネルヴァらしいね。その表情が思い浮かぶようだ!」

 

 

 

 

 

フラメル家のリビングは、雑多な魔法道具があちらこちらに飾られている。

 

ペレネレおばあさまがにこにこしながら紅茶を用意してくれていた。

 

蓮が入っていってハグをすると「まあ!」と驚かれた。「なんて背が高くなったのかしら。ホグワーツに入学する前に会ったときは、わたくしより小さかったのに、あっという間にわたくしと同じ身長よ?」

 

「そうかしら? ホグワーツでは身体測定がないから自分の身長なんてよくわからないわ」

「怜、あなたが気をつけてあげてちょうだい。もうすっかりレディの扱いをしなくちゃいけないわ」

「おばあさま、もっと言ってあげて。この子ったら自覚が薄くて、家では男の子みたいにジーンズとヨレヨレのTシャツばっかり」

「でも今日は素敵なコートにブーツね」

「コートはグラニーから、ブーツはお母さまからよ」

 

ペレネレは頭を振った。

 

「柊子はあんな時代だったけれど、お洒落は忘れない子だったわ。蓮も見習わなくては」

「ペレネレ! そんな話はどうでもいいじゃないか。私たちの蓮は、来年からクィディッチチームに入るそうだよ! 柊子の箒を使ってくれるんだ!」

「まあ! ぜひ観戦に行かなきゃ!」

「そうだろう? ちょっとアルバスの髭を抜いてポリジュース薬に入れてだな・・・」

 

テンションたか・・・と蓮が呟くと、ペレネレが中断した紅茶の支度をしながら、怜が「いつものことだけれど、箒の刺激が強かったわね」と他人事のように言った。

 

 

 

 

賢者の石について質問すると、ニコラスおじいさまは目に見えてしょんぼりした。

 

「ニコラスおじいさま? どうなさったの?」

「・・・私は、この件では柊子に申し訳の立たないことをしたのだよ」

「そうねえ。わたくしたちがまだ200歳ぐらいの時だったから仕方ないと柊子は言ってくれたけれど」

 

そのことならわかってるから! と蓮は慌ててニコラスおじいさまとペレネレおばあさまの手を握った。

 

「今は、賢者の石はホグワーツにある、間違いない?」

「ああ。私たちはもう使わないことに決めたからね。コンラッドが亡くなったときに」

 

思わず母を振り返ると、母は肩を竦めていた。

 

「あのね、蓮。わたくしたちは、ずいぶん長く生きたけれど、あの時が初めてだったの。愛する孫が伴侶を亡くすなんてこと。わたくしたちは、もう2度とあんな思いはしたくないわ」

「・・・それから、命の水は飲んでいないの?」

「まさか。飲んでいるとも。私の過ちは、命の水を他人に売ったことだ。精製してしまった命の水は2人で飲んでしまうつもりだよ。早くからアルバスに賢者の石を引き取って欲しいと言っておったが、あやつめ、引き取ると言ってきたのはつい最近のことだ」

「なんでも、命の水を欲しがりそうな若者がいると言っていたわ」

 

若者? と蓮は確かめた。

ニコラスおじいさまは「そうじゃ。まだ若い教師だと言っておった。金庫の番号を知られた形跡があるので、ホグワーツに移したいと言うてきおった。私はもちろん君の好きにしろと言ったとも」と答えた。

 

「ニコラスおじいさま、ペレネレおばあさま、賢者の石を使って命の水を精製して飲みたがる人物に心当たりはある?」

「あの男しかおるまい」

 

ニコラスおじいさまは吐き捨てるように言った。

 

「なあ、蓮。死を超えることなど、本当は良いことでもなんでもない。誰だって、少し考えればわかるはずだ。私たちが共にボーバトンで学んだ友はもう誰一人いない。ボーバトンで教えた教え子も、ホグワーツでの教え子も誰もいない。皆、私たちより先に去った」

「わたくしたちには、夢がありましたからね。命を長らえてでも叶えたい夢が」

「その夢が叶った。柊子という娘を得られた。怜という孫も、君という曽孫まで出来た。しかしだね、コンラッドが亡くなったときの怜の嘆きを見ることが、あんなにも辛いものだとは思わなかった」

「・・・命の水は、亡くなった人を蘇らせることは出来ないのよ、蓮」

 

母の静かな言葉に蓮は勢いよく振り返る。

 

「だったらなぜヴォードゥモールは蘇ったの?」

「蓮、それはあまりに忌まわしい術だったのだ。今の君にはまだ話せないほどに」

「だけど、蓮。今一番命の水を欲しがる人物は誰かと言われたら、ヴォードゥモールとしか答えられないわ」

 

 

 

 

それから2泊して、コーンウォールへの帰路についた。

 

運転席から手が伸びて、蓮の短い髪をくしゃ、と撫でる。

 

「簡単に言うとね、ヴォードゥモールは魂のバックアップをあちこちに作っていたの。おばあさまが闇祓いの最後の仕事として、ヴォードゥモールと戦ったとき、瀕死のヴォードゥモールがどこかへ弾き飛ばされたように消えた。そのとき、おばあさまは魂のバックアップがあった可能性に気づいた。そして、アラスターに引き継いだの。日本に帰国する時期が迫っていたから」

 

うん、と蓮は頷いた。

 

「バックアップだけの不完全な状態にあったヴォードゥモールは、マルフォイ家を頼ったわ。マルフォイ家はああいう家だから、何百年も昔、フランスからイギリスに渡ってすぐの頃、研究費を捻出するためにニコラスおじいさまが売ったたった一本の命の水を、まるでワインを寝かせるように保管して、ことあるごとに自慢していた。ヴォードゥモールは、不完全な体でマルフォイ家に行き、命の水を要求した。マルフォイは、命の水を差し出した。そして復活したの」

 

しばらく黙ってコーンウォールへの道を走った。

 

「マルフォイ家からの援助を受けながら、ヴォードゥモールはしばらく潜伏したわ。そして、わたくしたちがホグワーツを卒業する頃に、活動を活発化させた。そのとき、ニコラスおじいさまはひどく悔やんで、柊子に合わせる顔がないと言って今の家に引きこもったの。今はもちろん関係回復しているし、おばあさまは最初から怒りもしなかったのよ? バックアップがあることを想定しなかった自分のミスだとしか思ってないわ」

「うん・・・」

「コンラッドが亡くなったとき、ニコラスおじいさまは駆けつけてくれた。お母さまは取り乱して、アンブリッジを殺してやる、って騒いでたから、あまりまともな応対は出来なかったけれど、わたくしを宥めるために、何本もの命の水をコンラッドに振りかけてくれたの。お母さまが落ち着くまでずっとね」

 

くしゃくしゃと乱暴に蓮の頭を撫でて、信号待ちの間に頭のてっぺんにキスをした。

 

「賢者の石を守りなさい。ヴォードゥモールの手に渡らないように。そして・・・壊しなさい」

「・・・ママ」

「お母さま、でしょ。ニコラスおじいさまとペレネレおばあさまにとって、ヴォードゥモールの復活を命の水や賢者の石が果たすこと以上の心痛はないわ。正直言うとね、ダンブルドアじゃ、少し心配なの。ギリギリのところで、あの人、破壊出来ないんじゃないかって。偉大な魔法使いだけれど、ちょっとだけ俗物なところがあるわ」

 

わかった、と蓮は前を向いた。

膝の上に畳んで載せていたカシミアのストールを大判のマフラーのように首に巻く。

ペレネレおばあさまが大事にしていたストールだ。キャメルのコートに合うからとプレゼントにプラスしてくれた。

 

キュッと引き締まった蓮の横顔に、怜は苦笑した。

 

ーーレディらしく恋をするのは、この子の場合、リドルを始末してからなんじゃないかしら



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第11章 ノーバートちゃんママですよ

「すっごいプレゼントなんだぜ、透明マントだ」

 

まるで自分のもののように自慢するロンにハーマイオニーは「ハリーの物でしょ」とピシャリと言った。「それより、いくらそんな便利なマントがあるからって3晩も続けて夜中に学校をうろうろしたなんて呆れちゃうわ。ねえ、レン・・・」

 

親友に呼びかけて、反応がないことを訝しみ振り返ると、蓮はジョージ・ウィーズリーに捕まっていた。

 

「わたくしこそ。プレゼントありがとう。来年から使うグローブはジョージから貰った分を使わせていただくわ」

「・・・俺から貰った分? って他の誰かからも貰ったのかい? パパやママ?」

「いいえ。えぇっと、マルフォイと・・・誰だったかしら、確か、ブートとかブーツとか」

 

ハーマイオニーは天井を仰いで片手で顔を覆った。どちらもダメ過ぎる。

 

「ハイ、ハリー、ロン。ホリデイはどうだった?」

 

こちらに来た蓮と入れ替わりにするりとソファを抜け出し、ジョージの肩をつついた。

 

「なんだい、ハーマイオニー。あぁ、クリスマスプレゼントありがとうな」

「あのね、ジョージ。知らないから無理ないと思うけど、レンにパパの話は禁物よ」

「なんで」

「レンのパパは、わたしのパパの友達だから知ってるんだけど、早くに亡くなったそうなの」

 

ジョージは目を見開いた。「なんだって? そんなことママは何も・・・ああ、そうか。手紙でしか話してないからな」

 

ハーマイオニーは肩を竦めた。確かに手紙に簡単に書くのは少し無神経だ。

 

「それはみぞの鏡っていうんだ」

「みぞの鏡?」

「鏡を見た人の望み通りの自分が見える。僕は監督生でクィディッチキャプテンで首席の僕を見た!」

「僕は・・・家族に囲まれた自分をね」

 

ハリーが少し寂しげに言うのを、ハーマイオニーは脇から複雑な気分で見つめた。蓮は腕組みをして俯き「それはダンブルドアが移動した?」と確認した。

 

「そうするって言われたから、僕、そのあとはその場所に行ってないんだ」

「君も見てみたいならダンブルドアに頼んでみれば?」

「え? ああ、みぞの鏡? うーん、そんなに見たくはないわね」

「どうしてだい?」

 

立ち上がりながら蓮は、ロンの質問に「自分に足りないものを自覚させられたくないもの」と答えて、トランクを持ち上げた。

 

「急に大人っぽくなったな」

 

ジョージの呟きにハーマイオニーは溜息をついた。

 

 

 

 

「スネイプって・・・箒、下手過ぎない?」

 

蓮の言葉にロンがぷっと吹き出した。

 

「審判するより、自分が箒から落ちない心配をすべきだな」

 

マダム・フーチやマクゴナガルの箒捌きを見慣れているせいか、蓮の目にスネイプの騎乗姿勢は甚だ危うく見える。

 

「マ、マルフォイ、僕は君が十人束になっても、か、敵わないぐらい価値があるんだ」

 

ネビルの震え声が聞こえ、蓮は観客席の背後を振り返った。

 

「あら、変質者。アズカバンに入らずに済んだの?」

 

蓮の流し目にマルフォイはさっと顔を赤らめた。「き、君たちがあんなところで着替えるからだ! 血を裏切る者はレディの嗜みさえ知らない!」

 

「・・・コンパートメント以外のどこで着替えろと」

「なに、あいつ何かしたのか?」

「わたくしとハーマイオニーが着替えている最中のコンパートメントにノックもしないで押し入ってきたの。変態が感染るから会話は最小限にね。ネビル、あなたもマスクしたほうがいいわよ」

 

ジョージに教えてやろうっと、とロンが嬉しげな声を出し、ハリーが試合開始から記録的な速さでスニッチを取って、試合はあっけなく終わった。

グリフィンドールの勝利に沸く観客席で蓮も周囲に合わせて手を叩いた。

内心では、アンジェリーナたちのプレイを観る時間が減ったことを残念に思いながら。

 

 

 

 

グリフィンドール寮に続く階段の下でロンや蓮とハリーを待っていた。

 

「ずいぶん遅いんじゃない?」

 

ハーマイオニーの言葉に蓮は頷いた。

ロンは何度か談話室を行ったり来たりソワソワしている。早く祝宴に参加したいのだ。

 

そこへハリーが駆け戻ってきた。

 

「ハリーったら、いったいどこにいたのよ?」

「みんな談話室で君を待ってるんだ」

「それどころじゃない」

 

ハリーは荒い息を整えもせずに言った。「どこか、誰もいない部屋を探そう。大変な話があるんだ」

 

ハリーは手近な部屋に飛び込み、3人を招き入れたが、ピーブズの存在を忘れていた。

 

「おやぁ? 1年生ちゃんじゃ・・・」

 

固まってしまったハリー、ロン、ハーマイオニーをよそに蓮が「ピーブズ」と声をかけた。

 

「ひ」

「誰にも言わずに去りなさい」

 

そう言いながらローブの内側に手を入れる。

 

「わたくしが誰かわかるわね?」

 

ピーブズは返事もせずに消えてしまった。

 

「相変わらずマーリンの髭だな」

 

ロンの言葉を掌で遮り、蓮は「ハリー、それで?」と促した。

 

「やっぱり僕らは正しかった。賢者の石だったんだ。それを手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していた。フラッフィーを出し抜く方法を知ってるかって。それとクィレルの『怪しげなまやかし』のことも。フラッフィー以外にもなにか別なものが石を守ってるんだと思う。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃならないのかも」

 

ハーマイオニーは息を呑んだ。「それじゃ、賢者の石が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけよ」

 

「うん。3日ともたないな。石はすぐなくなっちまうよ」

 

ロンは諦め顔だ。

ハリーが蓮を見上げた。「レンはどう思う?」

 

「何人かの先生が魔法で守りをかけているでしょうね。クィレル一人には任せていないはず。最終防衛線はダンブルドア、たぶんみぞの鏡だわ。すぐになくなるということはないでしょう。いずれにせよ、フラッフィーを通過する方法をわたくしたちも知っておいたほうがいいわね」

 

蓮はいつものように微笑んでいるのに、その微笑にはどこかひんやりしたものが感じられて、ハーマイオニーもハリーも、反論はしなかった。

 

 

 

 

蓮が図書館にこもり始めたのは、ケルベロスの宥め方を調べるためだとわかっていたが、それを機にハーマイオニーはクィレルを励ますのに夢中のハリーとロンも図書館に引っ張り込んだ。

もちろん試験勉強のためだ。

 

「ハグリッド! 図書館で何してるんだい?」

 

ロンの声にハーマイオニーは思わず顔を上げた。

ハグリッドがバツが悪そうにもじもじしながら現れた。背中に何か隠している。

 

「いや、ちぃっと見てるだけ。おまえさんたちは何をしてるんだ?」

 

勉強、とロンが「薬草ときのこ千種」の教科書をバサバサと振ってみせた。

 

「ちょうどよかった。ハグリッドに聞きたいことがあったんだ。フラッフィー以外にあの石を守っているのはなんなの?」ハリーが聞いた。

 

「しーっ! いいか、あとで小屋に来い。ただし教えるなんて約束はできねぇぞ」

「じゃ、あとで行くよ」

 

その後ろ姿を見送って「ハグリッドったら、背中に何を隠してたのかしら?」とハーマイオニーが呟くと、目を眇めた蓮が「ドラゴンよ」と囁いた。「ドラゴンの飼い方、ってタイトルが書いてあった」

 

ハリーがのんびりと「はじめて会ったとき、ずっと前からドラゴンを飼いたいと思ってたって言ってたよ」と応じ、ロンは慌ててハリーの口を塞いだ

 

「しーっ! 法律違反なんだよ!」

 

とにかくハグリッドの小屋を訪ねましょう、と蓮が提案し、勉強会はお開きとなった。

 

 

 

 

鼻歌を歌いながらハグリッドの小屋に向かう蓮の後ろ姿を見て、ハリーや蓮と少し遅れて歩くロンが「レンが上機嫌だ」とハーマイオニーに向かって目を丸くした。

 

「そうね」

「何かあったの?」

 

ハーマイオニーは首を振る。

クリスマスホリデイが明けてからというもの、蓮は以前のように秘密を教えてくれなくなった。バレンタインが過ぎてもイースターが過ぎても。

いみじくもジョージが言ったように急に大人になったみたいだ。

ハーマイオニーにはいつも優しいし、ハリーやロンがスネイプを疑うことも否定はしない。ただ自分はクィレルを警戒する、と言うだけだ。

 

ただ、蓮の中には誰にも触れさせない蓋が出来た。ハーマイオニーはそう感じる。

そのことを寂しく思わないと言えば嘘になるが、ハロウィンの日のことをハーマイオニーは忘れていない。

今の蓮も、たぶんあの日と同じように「ハーマイオニーを一人にはしない」と言ってくれるという確信があった。

だから待てる、と思う。

たぶん賢者の石を守り抜いたら、これが終わったら、話してくれるという確信。

 

 

 

 

 

「ご機嫌だね」

 

ハリーに話しかけられて、蓮はふわりと安心したように微笑んだ。

 

「・・・っ、レン。忠告するけど、君はご機嫌なときに、笑顔を振りまき過ぎるし、破壊力がありすぎだ」

「なんの話かわからないけれど、フラッフィーの宥め方がわかるかもしれないわよ」

 

そう言って蓮は少し悪い笑顔を見せた。

 

「ハグリッドの小屋では会話の主導権をわたくしに任せてくれる?」

「ハグリッドから聞き出すの? どうやって?」

「それは知らないほうがいいと思うの。ハリーたちが新鮮な反応をしたほうがハグリッドの口が滑りやすくなると思うから。それから、ロンのお兄さまのチャーリーのことを忘れないでね」

 

チャーリー? とハリーがおうむ返しに言ったが、蓮は大きく伸びをしただけで、それ以上は答えなかった。

 

ーー謎なんだよなぁ

 

ハリーはいつもそう思う。

はっきり言って、学年一の美人だ。ハンサムな女の子の部類だから、好みは分かれるだろうけれど。少なくともクリスマスやバレンタインに届いたプレゼントの山をざくざく仕分けして、不用品をグリフィンドール談話室の段ボール箱に「Take free」と書いて無償提供するタイプの女の子にしては人気がありすぎる。(さすがにグリフィンドール生の名前は覚えたのか、ハーマイオニーが名簿と突き合わせて除外したのか、不用品箱には入っていなかった)

 

それからゴーストは、ピーブズに至るまで、蓮を女王陛下か何かのように崇めている。

 

試験の点数だけならハーマイオニー、実技の安定感なら蓮、という甲乙つけがたい2人が親友なのは理解出来るのだが、不思議さではハーマイオニーは蓮には到底敵わない。

 

ハーマイオニーも蓮も、ハリーにとっては年齢の近い姉みたいな人だ。

 

 

 

 

カーテンの締め切られた小屋に怪訝そうになる3人をよそに、蓮は強めのノックをした。

 

ハグリッドが訪問者を確かめて、素早く4人を中に入れるとすぐにドアを閉めるのは幸先が良い。

 

「ね、ハグリッド、賢者の石の守りは、フラッフィーだけじゃないわよね」

 

ハグリッドが何か言いかけるのを、蓮は大きく首を振って「聞き出すつもりはないの。だいたいわかったから。ただ、ハグリッドが知ってる計画にない人物が入っていたら、それだけ教えてね?」

 

「まず、ハグリッドのフラッフィー。スプラウト先生、蔓性植物あたりかしら。フリットウィック先生が小さくてたくさんの何かに呪文をかけた部屋なんて壮観でしょうね。マクゴナガル先生は副校長ですもの、ホグワーツで希少な品を管理するなら絶対に参加なさるわ。でも、マクゴナガル先生が全力で変身させるなら、この城の鎧で軍隊が出来ちゃいそうだからこれは無し。チェスを利用しそうね。それから、クィレル先生は闇の魔法生物よね。どんなのがいるのかしら。まさか、トロールなんてことはないわよね。1年生が対処出来るようじゃ、上級生や大人には役に立たないし。あとはスネイプ先生。魔法薬。最後はもちろんダンブルドア校長先生。どう? ハグリッド。この先生は絶対違うっていうところはあった?」

 

ハグリッドは目に見えてもじもじし始めた。額の汗は、部屋が暑過ぎるせいばかりではない。

 

「パズルみたいに考えてみたけど、フラッフィーをおとなしくさせる方法がわからなかったら全部台無しだから、鉄壁の守りなのよね」

 

蓮は物憂げに首を傾げて、暖炉に目を留めた。

 

「ハグリッド、あれはなに?」

「えーと、あれは、その・・・」

 

また一味違う汗をかき始めたハグリッドに、蓮は母仕込みの冷たい視線を向けた。

 

「どこで手に入れたの?」

「か、賭けに勝ったんだ。昨日の晩、ホグズミードまで行ってちょっと酒を飲んで、知らない奴とトランプしてな」

 

「だけど」こくんと息を飲みながらハーマイオニーが尋ねた。「もし卵が孵ったらどうするつもりなの?」

 

それでちいと本を調べとるんだがな、とハグリッドが図書館から失敬してきた本に、蓮は目を眇めた。

 

「ハグリッド。わたくしの家には、ドラゴンに関する本がたくさんあるわ」

「お、おう」

 

蓮は目を細めた。「お父さまがドラゴンのファンだったみたいなの。ドラゴンキーパーになりたかったぐらい」

 

ハグリッドが大きく頷いた。「そうだ、おまえさんの親父のコンラッドは、ロンの兄貴のチャーリーにも引けを取らんぐらいにドラゴンが好きな奴だったよ。ウィンストン家が、特殊な闇祓いの家系じゃなかったら、ドラゴンキーパーになれるのに、あいつはマグルの政府機関に護衛官として入らにゃならんかった。だから、卒業後にオックスフォードちゅう大学に行きながら闇祓いの訓練受けてなぁ。あいつがドラゴンキーパーになっとったら、今頃、家で飼えるサイズのドラゴンを繁殖させとったかもしれん」

 

「ドラゴンキーパーはそんな仕事じゃないと思うけど・・・」ロンが力無く応じる。

 

蓮は顔から血の気が引く思いだった。

 

かろうじて「家からドラゴン飼育の本を何冊か取り寄せるわ」とハグリッドに約束するのが精一杯だった。

 

 

 

部屋に戻ると、蓮が机に向かって手紙を書いていた。

 

ハグリッドの小屋から足早に去るときの顔色は青ざめるのを通り越して白いぐらいだったのに。

 

「レン」

「なあに? ちょっと待ってね、グラニーに手紙を書いてしまうから」

 

ハーマイオニーは、ぽすんと蓮のベッドに腰掛けた。

 

ーーレンのパパの話題を出したのはレンだったけれど、ハグリッドの言ったことを知らなかった、ということかしら?

 

どの事柄だろう、とハーマイオニーは考えた。

 

「お待たせ。フクロウ小屋に一緒に行く?」

「ええ」

 

城を出てフクロウ小屋に向かいながら、ハーマイオニーは「レンのお父さまが闇祓いだってこと、知らなかった?」と切り出した。

 

蓮は立ち止まると、目を少し見開いてハーマイオニーを見つめた。

そして、ふっと微笑む。「さすがハーマイオニー、鋭いわ」

 

「他に考えられないもの」

「ん」

「パパから聞いたわ。レンのお父さまは、魔法使いに・・・その・・・」

 

殺された、と蓮が続けた。「闇祓いにね」

 

「同僚に、ということになるわね」

 

蓮は首を振る。

 

「それはどうでもいいの。ただ・・・わたくしは今まで、父が殺されたのは、純血だからだって思ってた」

「純血だから?」

 

ええ、と言い、さくさくと草を踏みながら、フクロウ小屋への近道を歩く。

 

「ヴォードゥモールの勢力が強くなり、闇祓い局はパニックになった。その頃から、闇祓いには特別な捜査権が付与されたの。闇の魔法使いを即時処刑する権利、禁じられた呪文を処刑や尋問に使って良い権利」

 

ハーマイオニーは眉をひそめる。

いくらなんでも酷すぎる。

 

「わたくしの父は、純血の魔法使いだったから、きっとヴォードゥモール側だと迂闊にも思い込んだ闇祓いが、その権利を行使しただけだと」

 

でも、と蓮はフクロウ小屋の階段を上り始めた。「父が闇祓いだったとなれば、話は違ってしまう。わたくしの家族は闇祓いが多いの。日本の祖父母は2人ともそうだし、グランパもそう。ただでさえ闇祓い側の人間のはずなのに、父をヴォードゥモール側だと勘違いするなんて間抜けな闇祓いだと思ってたけれど、闇祓い同士ならば、間抜けじゃ済まないわ。何か他に理由があったことになる」

 

ハーマイオニーは小走りに、階段を上る蓮について上った。

 

「その、闇祓いは、今は?」

 

蓮は肩を竦めた。「わたくしの母が、夫を殺した人間を野放しにすると思う? 父の名誉の問題もあるから、ウィゼンガモット法廷で、法的に滅多打ちにして、アズカバンにぶち込んだわ。そして獄死した」

 

フクロウ小屋の扉を開けると、羽毛が舞って、蓮がやけに儚く見えた。

 

「・・・レン、あなたはその闇祓いを恨んでいる?」

「いいえ」

「なぜ? わたしなら・・・」

「刑に服して、獄死したならば恨む必要はないでしょう? ただ・・・」

「ただ?」

 

手近なフクロウにポケットのフクロウフーズを差し出して蓮が小さく笑った。

 

「もし、何か他の理由があるとわかったら、わからないわ」

 

蓮のパーカーの背中を思わず掴んだ。「調べましょう」

 

「ハーマイオニー?」

「時間がかかることかもしれないけれど、わたしは調べるわよ。本当は何があったのか」

「どうしてハーマイオニーが?」

「レンのお父さまのことだからよ! それにわたしのパパの親友のことだから!」

 

なぜだか泣きたいような気分になった。馬鹿みたいだ。泣きたいのは蓮のほうのはずなのに。

 

蓮が泣かないせいだ、とハーマイオニーは思った。あんな白い顔で動揺したくせに、何もなかったみたいにハグリッドのための手紙なんて書くからだ。

蓮のパーカーの背中に顔を埋めた。

 

蓮は黙ってフクロウの脚に手紙を括りつけ、静かに「コーンウォールのクロエ・デラクール・ウィンストンへ」とフクロウに告げた。



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閑話1 新たな秩序

姿現しでホグズミード村の外れに降り立った怜は、きりっと奥歯を噛み締めた。

 

「あの毛むくじゃらの酔っ払いの大男。今度という今度は、正座させて説教してやる!」

 

娘と同じ長い脚を、いつになく大股に踏み出した。

 

「いったい何度このわたくしに化け物ペットの弁護をさせる気よ!」

 

ガシャン! とホグワーツの校門を開いた。すでにダンブルドアに連絡しておいたおかげで校門は開錠してある。

 

そのまま足早に禁じられた森の方に向かって歩き出した。

 

 

 

 

ぽふん! と生意気にも怜に向かって仔ドラゴンが火を噴いた。

それをジロリと睨みつけ、怜は正座させたハグリッドに「それで」と釈明を促す。

 

「んだから、ちぃっとばかり酒が過ぎたかもしれんが、とにかく賭けで勝って、おれはこの子を手に入れたっちゅう・・・」

「その時点でドラゴンの卵だと認識していた?」

「おうとも!」

 

ダン! とテーブルに拳を叩きつける。「威張るな!」

 

「いいこと、ハグリッド。ワーロック法により、ドラゴンの飼育・孵化・卵の密輸は禁じられているの。厳に、厳しく、厳密に禁じられているわ。あなたには相手がドラゴンの卵を持っていると知った時点で通報する義務があったの。言い抜けたいのならば、ドラゴンの卵だと認識していちゃいけないの。孵化して初めて知ったから慌てて通報した、という形に収めるのならばね」

 

ハグリッドは大きな体を、もじもじと動かした。

 

「そりゃあ、ちいっと無理かもしれん・・・」

「なぜ。今日孵化したばかりでしょう? 法律上のアドバイザーに相談の上通報した、で話は通るじゃない」

「それが、そのぅ・・・マルフォイの息子に、見られた、かも、しれんのだ」

 

怜は、はあ、と息を吐いて右手で額を押さえた。

 

「よりによって」

「おれが全部悪い! 蓮はちいとも悪くねえ!」

「卵の時点でわたくしに連絡しなかったのは、あの子の判断ミスよ」

「いんや、そういうことじゃねえんだ。マルフォイの息子は蓮をつけ回しちょる。無理もねえ、おまえさんに似てあんだけの美人だ、ぽーっとなっとるガキどもはいくらでもいらあ。蓮はマルフォイが見たと思った途端に飛び出していって、忘却呪文をかけようとしたが、おれが止めた。あの子の杖は普通の杖じゃねえってダンブルドアが言いなさったからな」

 

怜は腕組みをして「それで」と眉を険しくした。

 

「そ、それで?」

「ハグリッド、あなたが悪い男じゃないのは、わたくしもよく理解しています。ただ、ドラゴンに手を出すには善人過ぎるわ。甘いの。蓮を使って、マルフォイの息子に顔色一つ変えずに忘却呪文をかけるぐらいのことが出来ないなら、ドラゴンなんかに手を出すんじゃないわよ!」

「お・・・おまえさん・・・」

「ドラゴンの密輸をするような人間はね、ハグリッド、そういう人間なの。あなた、アラゴグの時だってそうだったんじゃないの? ねえ、あなたにアクロマンチュラの幼生を渡したのは、誰だったか忘れたの?」

 

ハグリッドはぶるぶるぶるっと身震いした。「だ、誰からそれを」

 

「わたくしが誰の娘か忘れるほど耄碌したの?」

「おれは柊子にだってミネルヴァにだって言ってねえ!」

「あらそう。でも、それを調べるのが菊池柊子とミネルヴァ・マクゴナガルよ。とにかく! マルフォイの息子の記憶を消していないなら、どうするかを考えなきゃ」

 

 

 

 

 

ダンブルドアが「ほっほっほ」とにこやかに笑った。「それは災難じゃったのう」

 

校長室の深紅のソファに座って足を組んだ怜は、こめかみをヒクっと引きつらせた。

 

「ダンブルドア。わたくしが義母に来た手紙に気づかなかったら、どうなっていたかお分かりですわね? それにしては、ずいぶんと呑気な」

「うむ。君には度々ハグリッドが迷惑をかけておる。まことに申し訳ない」

 

はあ、と怜は溜息をついた。

毎度のことだ、いちいち腹を立てるのもバカバカしい。

 

「して、解決の手段を講じてきたのであろう? 君のことじゃからの」

 

ええ、と怜は長い髪をかき上げた。「基本的には子供たちが手段を講じていましたから、それを利用します」

 

すでにドラゴンキーパーに連絡済みであること、迎えが来る計画があることを説明する。

 

「ですが、マルフォイの息子に見られた可能性があるということでしたから、念のため、禁じられた森の最奥に、ドラゴンの営巣地痕を偽装してきました。最悪の場合は、野生のドラゴンが禁じられた森で産卵し、それをハグリッドが監視していたことにします。危険生物の営巣中は、魔法生物規制管理部に連絡するより、刺激しないことが優先されるという判例がありますから、この場合も適用されるでしょう。そして、ドラゴンは育児放棄します。放棄された卵のうち、破壊されていなかった一個を森番が確保し、ドラゴンキーパーに連絡した、という流れならば希少な魔法生物保護の観点からの理解が得られますわ」

 

ダンブルドアはウムウムと頷いて聞いている。

 

「蓮は君より、コンラッドに似ているのかの。ハグリッドのドラゴンを君なら容認せんじゃったろうに」

「夫に似ているというより、わたくしの母に似たのですわ。ハグリッドがドラゴンの卵を入手するという不自然さに気付いて、情報を引き出すために、あえて手伝ったのでしょうね。ダンブルドア、あの子たちは、もうケルベロスの宥め方を聞き出しましたわよ」

 

初めてダンブルドアがこめかみを押さえた。

 

「ルビウスは、ドラゴンと引き換えに喋ったのかね?」

「まさか。彼がそういう人間じゃないことはお分かりでしょう。ただ、お酒を飲みながら賭け事をして、賭けが好調であることに気を良くして巧妙な質問に乗せられたのです。この手段は、アクロマンチュラの件を連想させます」

「うむ」

「ハグリッドは、ホッグズヘッドで初めて会った怪しげなフードを被った男だと言いますが、わたくしには、ハグリッドをよく知る人物の手口に思えますわ。例えば、過去にハグリッドを言いくるめてアクロマンチュラの幼生を引き受けさせたような形で、ハグリッドを知る人物」

 

ダンブルドアがキラリと眼鏡を光らせた。「ルビウスが言ったのかね?」

 

怜は肩を竦め「ハグリッドとあなたの今の態度で確信が持てましたわ」と言った。

ダンブルドアは深く息を吐いて、背の高い校長の椅子に背を預けて、腹の上で両手の指を組んだ。

 

「のう、怜よ。君はなぜウィゼンガモットに戻らぬ」

 

怜が眉を寄せて「どういう意味でしょう」と尋ねた。

 

「アメリア・ボーンズが君を待っておるぞ。君のその法律知識、法廷センス、理性的判断力、どれをとっても魔法法執行部になくてはならぬものじゃ。ルビウスの専属弁護士にしておくのは惜しい」

「それはどうも。ですが、おかげさまで、マグル界の弁護士としてそれなりのクライアントも抱えていますから、魔法省でのお仕事は本来なら必要ありませんの。ウィンストン家の立場上、籍は置いておりますけれど」

「コンラッドのことがあって、君が魔法界に見切りをつけつつあるのは理解出来る。あの混乱した時勢のまま、形を変えることも出来ぬ法律ばかりじゃ。じゃが、なぜ戦わぬ」

「わたくしにそれをおっしゃる前に、なぜダンブルドア、あなたは魔法大臣の職を固辞なさるのです」

 

ダンブルドアが顔の前の蝿を払うように手を振った。

 

「儂は、弱い人間じゃ。俗物じゃよ。権力の座に近づくべきではない。じゃが君は」

「わたくしもですわ」

 

怜が微笑んだ。「あのままウィゼンガモットにいたら、わたくし、いったい何人をアズカバンで殺したことか」

 

「今は違うであろう。もうそろそろ戻ることを考えても良くはないかの? 儂もまだウィゼンガモットで一定の発言力は有しておる。君が変えたいと願うことにいくばくかの協力は出来ると思うがの」

 

ウィゼンガモット、と呟いて、怜はふふっと笑った。「わたくし、ウィゼンガモットなど視野に入れてはおりませんわ」

 

「なんと?」

「アズカバンが変われば、自動的にウィゼンガモットが変わりますもの」

「・・・アズカバンを、どう変える? 確かに忌まわしい看守に守られた孤島じゃが」

「その忌まわしい看守には、致命的な弱点がございます」

 

ダンブルドアが顔色を変えた。

 

「奴らに弱点があるじゃと?」

「ええ。彼らの放つ絶望の冷気は、すべての生物に通用するものではありません。所詮、脆弱な杖使いの成れの果ての姿ですわ」

「杖使い・・・じゃが、ハウスエルフも収監され、獄死しておるがの?」

「ハウスエルフは、仕える主人を失った時点で弱り始めます。ディメンターはそれをほんの少し後押しするだけ。試しに動物を入れてみてくださいな。さほど弱りはしないかと。万が一、杖無しで変身できる動物もどきが収監されたら、脱獄の危険性は極めて高くなります」

 

なんと、とダンブルドアが呟いた。「君は、魔法法執行部の新人研修のときに気付いたのかね?」

 

「ええ。わたくし、不完全ながら動物に変身出来ますので」

「・・・ミネルヴァは何も言わなんだ」

「マクゴナガル先生は、魔法法執行部では鉄の女と言われていらっしゃいます。伝説ですわ。アズカバンでの新人研修を、1週間の泊まり込みで一気に終わらせたと。わたくしは、そのことにヒントを得ましたの。杖を奪われ、ディメンターの冷気に満たされた環境で、果たしてどれだけの人間が、杖無しで変身することが出来るかを考えれば、あえて指摘するほどのことではありませんもの」

 

ダンブルドア、と怜が組んだ膝の上でゆったりと両手の先を合わせた。

試すようにダンブルドアを見つめる。いっそ挑戦的に。「ヴォルデモートと雌雄を決するとき、彼を生かしておきますか?」

 

「なんと?」

「ヴォルデモートを捕縛し、尋問し、証拠を固め、裁判にかける間、彼を生かして収監出来るシステムがあります?」

 

ない、とダンブルドアは断言した。

 

「だから、コンラッドは殺された、違いますかしら? バーテミウス・クラウチの無茶な方針によって、無能な闇祓いを増員し、彼らに訓練を受けた闇祓いと同等の職権を与えた。だからコンラッドは殺されたのですわ。バーティ・クラウチがそのような手段に出た理由はただ一つ。強大な闇の魔法使いを収監出来る確実な手段がないからです」

「・・・確かに」

「わたくし、ヴォルデモートを生かして裁判にかけるときには、ウィゼンガモットに戻ります。わたくしの考える新たな秩序は、そこから始まるのです」

 

ダンブルドアは青い瞳を潤ませた。

 

「君は・・・」

「ダンブルドア、闇の魔法使いを殺害して事を済ませる時代は、もう過去の遺物なのです。魔法を穢した者に魔法使い・魔女として死ぬ名誉は与えません。彼らの嫌悪するマグルとして獄中生活を送らせることが肝要なのですわ」

 

やれやれ、とダンブルドアが首を振る。

 

「儂はいささか年を取り過ぎた」

「何を今更。わたくしだって、もう自分の後継について考えておりますのに」

「後継?」

「アズカバン、ひいてはウィゼンガモットを変えたあとは、そういつまでも権力の座に居座るつもりはありませんので」

「・・・君にこき使われる人材が気の毒じゃな」

 

ダンブルドアの微笑を受けて、怜は立ち上がった。

 

 

 

 

校門に向かい、つかつかと背筋を伸ばして歩いていく怜の後ろを、猫背のフィルチがついていく。

 

「古の盟約を、ウィンストンはまだ覚えておるということか」

 

魔法界が混迷の極致にあるとき、ウィンストンは新たな秩序を打ち立てる宣言をする。

それは、魔法族ではもう知る人の少ない、マグル社会との古い古い盟約なのだ。



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第12章 天文塔

ノルウェー・リッジバックのノーバートは、すくすくと成長を続けた。

もうそろそろ成長曲線が緩やかになってもいい頃だと、ハーマイオニーは毎日主張するが、大人のドラゴンの大きさを考えればそれは希望的観測に過ぎると言うものだ。

 

蓮のもとにはグラニーからの手紙が届き「あなたのママにコンラッドのドラゴンの本をいくつか送るように言っておきましたから、ロンドンの家からも書物が届くでしょう」と書いてあり、首筋がひやりとした。母から何も言ってこないのが不気味だし、ハグリッドが蓮の顔を見てはなぜか正座するのも不気味過ぎた。

 

「よし、実行部隊を決めようぜ」と中庭でロンが言い出した。「透明マントにはギリギリ3人入れるけれど、ノーバートの箱も隠さなきゃいけないから、実行部隊は2人だな」

 

「2人で持てるかしら? 暴れたりしたら・・・」

 

ハーマイオニーの心配に、ハリーが首を振る。「僕とロンがやるよ。君たちには、寮にいて僕らがいないことをうまく誤魔化して欲しい」

 

しかし蓮は頷かなかった。

 

「わたくしは、天文塔に待機するわ。目くらましが使えるから大丈夫。ハーマイオニーは・・・ネビルを相手して」

「ネビル?」

「ハリーとロンは、ネビルと同室でしょう? 2人が夜中にいないとなったら、ネビルは必ず探しに行くわ」

 

あちゃ、とロンが顔を覆った。「忘れてた。ハーマイオニー、大丈夫かい? あいつ変に頑固になるときあるけど」

 

「うーん、たぶんなんとかなると思うわ。それより蓮は1人で平気なの?」

「言ったでしょう。目くらましが使えるわ。ハリーとロンが、チャーリーのお友達と時間ピッタリに会えるとは限らないから、誰か1人は天文塔にいた方がいいの」

 

問題は、とハリーが腕組みをしたとき、ハーマイオニーが震える指先でロンを示した。

 

「な、なんだよ」

「ロン、チャーリーからの手紙はどこ? あなた、魔法史の教科書に挟んでるって・・・ずっと持ち歩いてなかった?」

「え、あ! しまった、さっきのビンズ先生の教室だ!」

 

蓮とハーマイオニーは顔を見合わせた。「今の時間は・・・」

 

「・・・スリザリンの時間」

 

青くなるロンの肩をポンと叩いて、蓮は「もう予定変更の時間はないから、このまま決行するしかないわ」と告げた。

 

「わたくしは天文塔にずっと待機するのじゃなしに、天文塔付近の安全を確保するわ。いざとなったら、ゴーストに頼んで騒ぎを起こしてもらうから」

「あ、ああ。ところで、君、ゴーストとどんな関係なんだい?」

 

よくわからない、と蓮はロンの質問に答えた。「ただ、昔から言われていたの。ゴーストはわたくしに悪さはしないから、堂々としていなさい、必要なときは命じなさいって」

 

ひょえー、とロンが口を開けた。

 

 

 

 

 

ハリーとロンがハグリッドの小屋に向かうのを確かめて、蓮も肖像画の穴を潜った。

 

「お姫さま、あたくし、もうずいぶん昔からここにいるけど、1年生がそんなに手慣れた目くらましを使うのは初めて見たわ」

 

内緒にしててね、と言い置いて、蓮は天文塔に向かって駆け出した。

 

 

 

 

途中、灰色のレディがふわふわと浮かんでいるのに出くわした。

 

足音を立てないようにぴたりと止まり、息を潜めていると、レディは何も見えないはずの場所を目を眇めるように見た。

そして、小さく笑った。

 

「わたくしの寮に来なかったから話しかけてやるもんですかと思っていたけれど、場合が場合ね。血みどろ男爵に命じるわ。ピーブズを黙らせておけって。さあ、お行きなさい」

 

ありがとう、と蓮は小声で言うとレディの脇を駆け抜けた。

 

天文塔に着くと、遠くから箒に乗った一団がこちらに向かってくるのが見えた。

 

ーーホグワーツ城のセキュリティ魔法は完璧なんじゃなかったの?

 

少なくとも箒の一団が何かに妨害されているようには見えない。

 

蓮はこのことを心に留めておこうと思った。

 

 

 

 

その頃、ハーマイオニーはネビルとパーバティから質問責めに遭っていた。

 

「あの早寝遅起きのレンがベッドにいないなんて」

「ロンとハリーもいないんだよ」

「探しに行くべきよ!」

「マルフォイが何か企んでる感じだった!」

 

レンは慧眼だ、と思いながらハーマイオニーは「探しに行くのは得策じゃないわ。ネビル、あなた透明マントのこと、知ってるでしょう?」と告げた。

 

「3人はきちんと透明マントに隠れて出て行った。レンが一緒だから、ハリーとロンがうっかり透明マントを忘れてはしゃぐようなことはないわ」

「う、うん。それは信じるよ」

 

パーバティは「そもそもどうしてこんな夜中に出歩くの?」と胡麻化されてはくれない。

 

「ハーマイオニー?」

「う、パ、パーバティ、あのね。これには深い深い事情があるのよ」

「どんな?」

 

パーバティの双子の妹はレイブンクローだったということをこんな時に思い出した。レイブンクローの資質を持ちながらグリフィンドールに組分けされたのは、なにも蓮とハーマイオニーだけではない。

 

「つまり・・・人には言えない事情よ」

「でしょうね。あのレンが真夜中に動き回るぐらいの事情があることぐらいはわたしにだってわかるわ」

「・・・そうよね」

「詳しくは聞かないから、概要だけは教えて。わたしはあなたたちとルームメイトなのよ、こんなことが続くなら、わたしだって概要を知っておくべきだと思わない?」

 

続いてたまるもんですか、とハーマイオニーは溜息をついた。

 

「それはどうかしら。あなたたちがハリーやロンと友達でいる限り、この手のトラブルは絶対に続くとわたしは思うわよ」

 

それはちょっとだけハーマイオニーも思わないでもない。

 

「わたしね、ハーマイオニー。別に止め立てするつもりはないの。でも、こんな時、ルームメイトを仲間に引き入れておくことって大事じゃない? わたしとネビルに話してくれていれば、少なくともあなたも一緒に行けたのよ。ね、ネビル? わたしたちだって、黙って帰りを待つことぐらい出来るわよね?」

 

できる、とネビルが力強く頷いた。

 

「ぼ、僕がヘマばかりするから仲間に入れないのはわかってるよ。でも、ちゃんと話してくれたら邪魔はしない」

 

ハーマイオニーは両手を挙げて降参のポーズを見せた。「きっかけはハグリッドのペットなの。何の動物かは言えないけど、ちっちゃな可愛いノーバートちゃんっていう名前よ」

 

 

 

早かったわね、と蓮が目くらましを解くと、透明マントを丸めているハリーが目を丸くした。

 

「レンのママのおかげさ!」

 

ロンがそう言って、小さな虫籠を掲げて見せた。

ヒク、と蓮の微笑が固まる。

 

「この虫籠に魔法をかけておいてくれたから、あのノーバートをこいつに入れて運んでくることが出来たんだ」

「それに、マルフォイも片付いた。僕らを待ち構えていたマルフォイが、僕らに気づかないでいるうちにマクゴナガルに見つかって20点減点されたよ!」

「僕らがドラゴンを密輸してるんだってマクゴナガルに訴えてたけど、マクゴナガルがそんなこと信じるわけないさ。スネイプの部屋に連行されて、あいつきっと罰則だ」

 

幸福感で声のトーンが大きくなる2人に、唇の前で指を立てて見せた。

そして杖明かりを点滅させる。

 

箒の一団がそれに気づいて天文塔に降り立った。

 

「やあ、君がロンだね? チャーリーにそっくりな赤毛だからすぐにわかる」

「そして君がハリー・ポッターかい?」

「あ、あの。ご面倒をおかけします。こいつに入ってます」

 

ロンが虫籠を差し出すと、ロープを担いだ魔法使いが「検知不可能拡大呪文か? まさか君たちが?」と驚愕の声をあげた。

 

「ハグリッドの専属法律家です。その・・・ハグリッドのペットの件が法律沙汰になるたびに、ハグリッド側の証人に立つ人で」

 

蓮が説明すると、若い魔法使いたちは「そして君がその法律家の娘さんか」と笑い出した。「ハグリッドからよく聞いてたよ。彼女がいなかったら100回はアズカバン入りだったってね」

 

蓮は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

魔法使いたちが飛び去ると、ハリーとロンは急いでグリフィンドール塔に帰ろうと言い出した。

 

「蓮も早く!」

 

蓮はその言葉に首を振り「何か証拠になりそうな品物が落ちていないか確かめてから帰るわ」と答える。

 

ドラゴンを入れたコンテナを空輸するつもりだった彼らは、ロープを担いでいた。たぶんフックや何かの梱包用の小物も持っていたに違いない。

 

「あなたたちは先に戻って。静かにね」

「わかった、気をつけてね」

 

ハリーとロンが去った後で周囲を見回した。チャーリーの友人の魔法使いたちが立っていたあたりには、何も落ちていない。

ほっと息をついて振り返り、蓮はぎりっと歯を鳴らした。

 

ーーあの馬鹿ども!

 

急いで透明マントを引っ掴み、天文塔の階段を駆け下りたのだった。

 

 

 

 

信じられない信じられない、と蓮の頭の中はハリーへの罵りで一杯だ。

この透明マントを「置き忘れる」だなんて。

蓮の見る限りにおいてだが、この透明マントは「本物」だ。ペヴェレル家に伝わる「本物」に間違いない。グラニーに見せれば鑑定してくれるだろうけれど、そんなことしなくたってたぶんわかる。

 

螺旋階段を駆け下りながら、蓮は息も乱さなかった。ジョギングの成果だ。

祖母のジョギングは夜間徘徊のための体力作りでもあったに違いない。

 

目くらましを自分にかけるのは忘れていない。

 

だいいちこのマントは「君のお父さんのものだ」というメッセージと共に贈られたものだったはず。

 

蓮は、それを雑に扱うハリーは本当に馬鹿だ、と思いながら、マクゴナガル先生の部屋の前で透明になったまま潜んだ。

 

 

 

 

最悪の事態になった。

 

フィルチが2人をマクゴナガル先生の研究室に連れて行ったらしい。

マクゴナガル先生の私室にフィルチが呼びに来た。

マクゴナガル先生は、ふん、っと大きな鼻息を吐き「すぐに行きます」と答えた。

 

ーー今だ

 

「あの、マクゴナガル先生」

 

目くらましを解き、マクゴナガル先生の背後から声をかけた。

 

「なんです・・・ミス・ウィンストン!」

「ハリーとロンが心配で・・・その、なにしろマルフォイが・・・」

「ミスタ・マルフォイは捕まえました! 深夜に寮を出てうろついているという意味ではあなたも同罪です! ついてきなさい!」

 

蓮は殊勝さを装って、マクゴナガル先生について研究室に入った。

 

「レン!」

「ああ、ハリー、ロン。わたくし、あなたたちを探していたの! マルフォイがあなたたちを捕まえるって言ってたから! ドラゴンの話をでっち上げてでも、なんて! あなたたちは決闘するなんて言って出たから、罠だって教えなきゃって!」

 

もうよろしいミス・ウィンストン、とマクゴナガル先生が言った。

 

「フィルチさんは、あなたたちが天文台の塔にいたと言っています。真夜中の一時に。いったいどういうことです!」

「あら、それは間違いですわ」

 

つらっと蓮は答えた。

 

「ミスタ・フィルチは天文台の塔には行っていません。ハリーたちを見つけたのは、ハリーたちがトロフィー室に向かう廊下でしたわ。天文台の塔にハリーたちがいるとミスタ・フィルチに教えたのは、ドラコ・マルフォイです」

 

わたくし血みどろ男爵に聞きましたから、と蓮が微笑んだ。

 

マクゴナガル先生は額を押さえ「もうゴーストは掌握済みですか」と呟いた。

 

それから、マクゴナガル先生の喉が心配になるほどさんざんに叱られた。

1人につき20点の減点と、後日の罰則を課されたが、それはマルフォイと同じだ。

立ち入りが禁止された天文塔にいたのではなく、単に夜中に校舎をうろついていただけのペナルティに押さえられた。

 

 

 

 

ハーマイオニーたちはジリジリしながら、グリフィンドールの談話室で待っていた。

何度も探しに行こうと思いながらも、パーバティから「ここにいることがあなたの役割だったなら、動いちゃダメ」と止められた。

 

そこへ、マクゴナガル先生が3人を伴って現れたのだ。

ハーマイオニーは喉が引きつってしまうほど驚いた。

 

「なんです、こんな時間に。あなたがたはベッドにいるべき時間ですよ!」

「すみません。わたしとハーマイオニーはレンが心配で」

「ぼ、僕も! 僕もロンとハリーを探しに行こうとしたら、ここでハーマイオニーとパーバティが一緒に待とうって」

 

ハーマイオニーはパーバティを尊敬した。ネビルに事情を話しておくことは大事なことだ。少なくともヘマは冒していない。

 

ふん、と鼻先で笑ったマクゴナガル先生が「すぐにベッドに行きなさい」と言い置いて去った後、蓮がハリーの腹を殴るように透明マントをつきつけた。

 

「あっ!」

「天文塔に忘れていたわよ。わたくし、減点なんか怖くないけれど、こういうミスは許せない。あなたのお父さまのものだったんでしょう? 大事にしなさいよ」

「・・・君、これを確実に僕に届けるために、罰則を受け入れたの?」

 

違うわ、と蓮は言った。「確実に届けるだけなら、寮に持ち帰れば済むことだもの。でも、天文塔にいたことを隠したかったの。チャーリーのお友達に迷惑をかけないために。何のために天文塔にいたのか調べられたらどうなると思う? マルフォイは嬉々として手紙を証拠に差し出すわ」

 

うぐう、とロンが呻いた。

 

「天文塔に行っていないのであれば、あの手紙は無意味になるけれどね。あなたは、お父さまのマントを危険に晒して、そのうえ善意の協力者まで危険に晒したのよ」

 

ハリーは俯いてマントを受け取った。

 



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第13章 シルバーアロー40

翌朝、大広間の寮点を示す砂時計を確かめたグリフィンドール生は揃って首を傾げた。

 

首位から転落している。

一夜にして60点の減点だ。

 

ひゅう、と双子が口笛を吹いた。「誰の仕業かは知らないが、なかなかやるな」

 

ハーマイオニーは身を竦めたい気分だったが、隣で蓮は堂々と朝食を摂っている。

 

「申し訳ありません、皆さま。わたくしのちょっとしたミスですの」

 

実に優雅に。

 

「ハリーとロンがマルフォイにおびき出されたので、止めに行ったところを捕まりました」

 

実に優雅に、マルフォイに罪をなすりつけた。

 

そして優雅に首を傾げる。「挽回したいと思いますけれど、今から挽回するには何か方法はありますかしら?」

 

クィディッチだ、とウッドから声が上がる。

 

「ハリー、減点されたことはもうどうしようもない。だが! クィディッチの得点はそのままグリフィンドール寮の得点になる。わかったか?」

 

ハリーは俯いて「僕・・・チームにいる資格は・・・」と言いかけたが、ウッドから「馬鹿なこと言うな!」と叱られた。「クィディッチ抜きで君がグリフィンドールに貢献出来ることが何かあるか?」

 

ひどい言い草だ、とハーマイオニーは思ったが、ハリーはそうは思わなかったらしく、ふるふると首を振った。

 

アンジェリーナが蓮の肩に手をかける。「あなたはまだ選手じゃないけれど、クィディッチに貢献してもらいたいわ」

 

さすがに蓮はキョトンとした顔を見せた。

 

「マクゴナガル先生に交渉して、あなたが練習に参加する許可を貰うから、箒の準備をしておいて。箒、まだ買ってないでしょう?」

 

蓮は曖昧に頷いた。

 

「祖母のお古の箒ならあります」

「メンテナンスがきちんとしていればそれで構わないわ。対戦形式の練習がチェイサーには一番必要なのに、それが出来ないの。あなたが入ってくれれば2対2の対戦が出来る」

 

 

 

 

 

「蓮ったら!」

「マクゴナガル先生が許可を出したら、の話よ。わたくしに許可を出すはずがないでしょう? 校則違反で罰則を待つ立場なのに」

 

本当にそんなに簡単に行くのだろうかと思ったが、ハーマイオニーは黙った。

 

シルバーアロー40の現物を見られるのなら一刻も早く見てみたい。

クィディッチには観戦以上の興味はないが、シルバーアロー40だけは特別だ。

ハーマイオニーが図書館から借りた「クィディッチ今昔」によれば、1939年にリリースされた「シルバーアロー40」は、完全な手作りの箒だ。1940年のワールドカップイングランド代表のために、シルバーアロー社の箒職人が総力を挙げた。僅か10本の箒のうち7本は代表選手に。残りの3本はオークションにかけられ、最後の1本を競り落としたのは、かのニコラス・フラメルだ。

 

ちなみに残りの2本は、1本が日本のクィディッチ代表選手に競り落とされたが、彼のチームが試合に負けたために日本チームの伝統に従ってピッチ上で燃やされた。大ブーイングだったそうだ。

もう1本を競り落としたのは、ファイアボルト社で、たぶんもう解析のために分解されている。

 

ニコラス・フラメルがいったい何のためにシルバーアロー40を競り落としたのか謎だが、クィディッチ界ではニコラス・フラメルによる箒が開発されるのを待っている、と結ばれていた。

 

その真相は実に600年を費やした親馬鹿の一環であった、と蓮はその一節をハーマイオニーが読み上げたときに笑っていたが、笑い事なんかではない。蓮が持っているのは、正真正銘の史上最高値がついた箒だ。

残りのイングランド代表選手たちの箒は、クィディッチ博物館に陳列されている。

つまりは、現在使用可能な世界で唯一のシルバーアロー40なのだ。

 

そのこともハーマイオニーは懸念する。

 

「本当に例の箒を使うの?」

 

朝食の席から立ち上がった蓮は、そうよ?と不思議そうに首を傾げた。

 

「学校なんかに持ってきて平気?」

「一応、箒置き場には置かずにケースに入れて部屋に置くつもりだけど」

「クィディッチに使うつもり?」

 

そこからしてハーマイオニーには信じられない。万一破損したらどうするのだ。

 

「道具は目的の通りに使ってこそ生きるものよ」

「うちのパパに話したら卒倒しちゃいそう」

 

あはは、と蓮は声をあげて笑う。

 

ーーだから、ちっとも笑い事じゃないって言ってるのに!

 

 

 

 

 

神妙に1日の授業を受けてジョギングとヨガを済ませ、夕食の席についた。

蓮はもう睡魔に襲われつつある。致命的な睡眠不足だ。

 

ーーユダンタイテキ、ユダンタイテキ

 

祖母の後輩のアラスターおじさまの変な発音の日本語「油断大敵」を念仏のように頭の中で呟く。

 

アラスターおじさまの口癖はこの「ユダンタイテキ」なのだ。

蓮が油断していると、必ず服従の呪文でタップダンスを踊らされたり、変身術で三毛猫に変えられたものだ。

 

「ミス・ウィンストン」

 

びくん! と椅子から飛び上がった。

 

「は、はい。プロフェッサ・マクゴナガル」

「ウッドとジョンソンからの申し出を許可しました。あなたの箒が届き次第、クィディッチの練習に合流なさい」

「え、ええっと・・・」

「自分の減点を挽回するためにグリフィンドールに貢献する方法を考えるのは見上げた心構えです。たとえその場凌ぎの言い訳だとしても」

「・・・いえ、そのようなことは決して」

「わたくしはあなたに挽回の機会を与えたつもりですが?」

「・・・喜んで練習台になります」

「よろしい」

 

その場をマクゴナガル先生が離れた途端にハリーが駆け寄ってきた。

 

「ああ、ハリー」

「話があるんだ、あっちの隅の席で一緒に食べよう」

 

 

 

 

 

「先に言っておくけど、僕はもう関係ないことに安易に首を突っ込むつもりはない」

 

蓮とハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

「マクゴナガル先生からもグリフィンドールは僕にとってもっと価値があるはずだって言われた。レンからも、パパのマントを置き去りにするようなミスは最低だって言われた。本当にその通りだ。僕はホグワーツに来れて最高に幸せだ。パパやママと同じグリフィンドールにいられるのは、もっと幸せだ。君たちと友達でいられることも幸せだ。だから、簡単なことじゃ、僕はもう絶対に動かない」

「前置きはいいから話せよ」

「ロン!」

 

ハーマイオニーがロンを叱る間、蓮はハリーの目を見ていた。

そして静かに聞いた。

 

「ケルベロスの出し抜き方を、クィレルが誰かに教えた?」

 

ハリーは青い顔で蓮を見返した。

 

「ど、どうして?」

「ハグリッドに卵を渡して、ケルベロスの可愛がり方を聞いたのはクィレルだと思ったから。若い男、ハグリッドの知らない男。本当に未知の人物がホグズミードみたいな小さな村にやってきて、ハグリッドの大好きな類の生物の卵を持ち歩いているのは、可能性はゼロじゃないけれど不自然極まりないわ。スネイプはあの声や喋り方からして、特徴を消し辛いでしょうけれど、クィレルは吃音以外の特徴が薄い。吃音を装っていると考えるほうが自然。現にマグル学を教えていた頃には吃音はなかった」

 

ターバンとニンニク臭はどう説明するんだい、とロンが茶々を入れる。

 

「ロン、忘れたの? ハグリッドに卵を渡した男は深くフードを被っていたのよ。ニンニク臭はシャワーを浴びて、消臭効果のある魔法薬を使えば消えるわ。どうなの、ハリー?」

「だいたいレンの推測通りだ。ただ、クィレルがハッキリと、その・・・フラッフィーの寝かしつけ方を教えるのを聞いたわけじゃないし、誰と喋っていたかはわからない。クィレルが啜り泣くような声で、許してくれと言って、次に『わかりました』って言うのを聞いたんだ」

「ダメだそりゃ、喋っちまったな」

 

ロンが肩を竦めた。

 

「僕、もっとよく聞きたい、聞いたほうがいいと思ったけど」

「首を突っ込まなくて正解よ」

 

ハーマイオニーがきっぱりと言い、蓮もそれに頷いた。

 

「フラッフィーだけが守っているわけじゃないもの」

「うん。僕も蓮がそう言ってたのを思い出して、すぐに首を突っ込むのはやめたんだ。校長副校長は確実だし、各寮監の先生もそうだろ? もちろん、その中の誰かが出し抜くつもりなら、少なくとも自分の罠は無意味になっちゃうけど」

 

なるほど、と蓮が頷いた。

 

「ただ、君たちにも知らせておいたほうがいいと思ったんだ。僕は、安易には首を突っ込まないけど、たぶんいざとなったら・・・行っちゃうから」

「ハリー!」

「何もしないとは約束できないよ。あの石を何に使うのか考えたら」

 

ハーマイオニーもそれに反論することは出来なかった。

 

 

 

 

 

朝食のテーブルに蓮宛の手紙が届いた。

 

「箒の件?」

「いいえ。今夜11時に処罰、玄関でフィルチが待ってるんですって」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。「真夜中に学校をうろついて捕まったのにまた夜中に?」

 

「それが罰になるって意味でしょうね」

 

蓮が苦笑して、その手紙をローブの内ポケットに仕舞った。

 

夜11時、ハリー、ロン、蓮は揃って談話室を出た。ハーマイオニー、パーバティ、ネビルが見送ってくれた。

玄関ホールに向かうと、フィルチとマルフォイが待っていた。

 

「ついてこい」フィルチはランプを灯し先に外に出た。「規則を破る前によーく考えるようになったろうねえ」

 

ちくちくと意地の悪い口を利かれても、蓮は顔色も変えなかった。むしろ、フィルチ付きで夜間の禁じられた森までの道を経験出来ることはラッキーだと言える。これから、どんな出来事に見舞われるのかわからないのだから、昼間と夜間の地理的条件を把握しておくことは必要だ。

 

ハグリッドの小屋の前でハリーとロンがほっとした表情を見せた。

目敏くそれに気づいたフィルチはすかさず皮肉を言う。「あの木偶の坊と一緒に楽しめると思ったら見当違いだ。おまえたちがこれから行くのは、森の中だ」

 

「も、森だって? そんなところに夜に行けないよ。いろんなのがいるんだろう?」

 

ますます好都合だ、と蓮は考えたが、誰もそうは思わないらしい。

 

「夜明けに私は戻ってくるよ。おまえたちの体の残ってる部分を引き取りに」

 

フィルチを追い払ったハグリッドが先頭に立って、森のはずれまでやってきた。

 

「あそこを見ろ。地面に光ったものが見えるか? ユニコーンの血だ。何物かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。みんなでかわいそうなやつを見つけ出すんだ」

「ユニコーンを襲ったやつが、先に僕たちを見つけたら?」

 

マルフォイが恐怖を隠しきれない声で聞いた。

 

「おれやファングと一緒におれば、この森に棲むものは誰もおまえたちを傷つけはせん。道を外れるなよ。ようし、では二組に分かれて行こう」

「僕はファングと一緒がいい」

「よかろう。そんじゃ、ロンと蓮はおれと一緒に行こう。ハリーとドラコはファングと一緒に別の道だ。もしユニコーンを見つけたら緑の光、困ったことが起きたら赤い光だ。杖を出して試してみろ。うん、全員できるな、そんでよし。じゃ、出発だ」

 

なるほど、と蓮は頷いた。ハグリッドと森の中を行動するのは勉強になる。

 

しかし、ロンはハグリッドの深刻な顔が気になるようだ。「ハグリッド、狼男がユニコーンを襲ったの?」

 

「いんや。ユニコーンは強い魔力を持った生き物だ、ユニコーンが怪我したなんてこたあ、おれの知る限り初めてのこった。狼男にそんな真似は出来んよ。そっちは大丈夫か、蓮? ・・・その木の陰に隠れろ!」

 

ハグリッドはロンと蓮をひっつかみ、樫の巨木の裏に放り込んだ。矢を引き出して弓につがえ、いつでも矢を放てるように構える。

 

何かが、すぐそばの枯葉の上をスルスル滑っていく。

 

「ハグリッド」

「蓮、怖いか?」

「いいえ。でも、ここにいるべきでない何物かだわ、今の音は」

「ばあさん譲りだな、その勘を大事にしろ。まったくその通りだ」

 

3人はさらにゆっくりと進んだ。どんな小さな音も聞き逃すまいと耳を澄ませながら。突然、前方の開けた場所で何かが動いた。

 

「そこにいるのは誰だ? 姿を現せ、こっちには武器があるぞ!」ハグリッドが声を張り上げた。

 

開けた空間に現れたのは、ケンタウルスだった。

 

「ああ、おまえか、ロナン。すまんな、怪しいやつがいるもんで用心のためだ」

 

ハグリッドは石弓を下ろし、ケンタウルスと握手をした。

ロナンと蓮たちを紹介する頃に、もう1人のケンタウルスがやってきたが、ユニコーンを傷つけた者についての質問にはハッキリした答えは返ってこなかった。

 

「火星が明るいから何なの?」ロンが声を潜めて蓮に尋ねるが、蓮は首を振った。

わかるわけがない。

 

ケンタウルスと分かれて進み始めたとき、ロンがハグリッドの腕を掴んだ。

 

「赤い花火だよ、ハグリッド! ハリーたちに何かあったんだ!」

 

ハグリッドは2人にその場を動くなと言いつけて下草をなぎ倒しながら、遠ざかっていく。

 

「マルフォイがどうなったって構わないけど、ハリーに何かあったら・・・」

 

ロンがそう呟いたとき、マルフォイとハリー、ファングを引き連れてハグリッドがカンカンに怒って戻ってきた。

 

「おまえの臆病のせいで捕まる者も捕まらんかもしれん。組分けを変える。マルフォイ、おれと来い。ハリーと蓮は、ファングと一緒だ」

 

ロンが嫌そうに顔をしかめたが、ハグリッドは「とにかく仕事をやりおおせることだ」と取り合わなかった。

 

「蓮、女の子は俺の側から離したくないが、おまえさんなら大丈夫だな?」

 

ハグリッドの言葉に蓮は頷いた。「ハリーを頼む」とハグリッドが蓮にだけ小さく囁いた。

 

 

 

 

結論として、その組み合わせは正しかった。

森のさらに奥まで進んだとき、ユニコーンの亡骸を見つけた。

さすがの蓮も眉を寄せた。あまりに美しく哀しい姿だ。一歩踏み出そうとするハリーを蓮は腕を押さえて止めた。

ズルズル滑る音が聞こえたのだ。

 

暗がりの中から頭をフードにすっぽり包んだ何かが、獲物を漁る獣のように地面を這ってきた。その影のような何かはユニコーンに近づき、覆い被さると、傷口から血を啜り始めたのだ。

ハリーが額を押さえた。額の傷痕を押さえたまま、ハリーがよろける。

 

後ろから蹄の音が聞こえてきた。

蓮とハリーの上をひらりと飛び越え、影に向かって突進した。

ハリーがゆっくりと倒れていく。

蓮は舌打ちして、ハリーの腕を肩に担ぐように立ち上がった。

 

もう影は消えていた。

ケンタウルスだけが、2人を庇うように立っていた。

 

「その子は、怪我はないのかい?」

「ええ。急に額を押さえて気を失いました」

「君は・・・ウィンストンの姫君だね? そして、この子は・・・ポッター家の子だ。早くハグリッドのところへ。私に乗れるかな? そのほうが速い」

 

前肢を曲げて体を低くしてくれたケンタウルスの背中にハリーの体を荷物のように載せ、蓮はまたがった。

 

「私の名はフィレンツェだ。ウィンストンの姫君よ、我々は、古の盟約に従う」

「はあ・・・あ、あの、ありがとうございます。わたくし1人ではハリーを連れて帰ることは出来ませんでした」

「ユニコーンの血を何に使うか、よく考えてご覧なさい。ポッター家の子をあそこに置いておくことはあまりに危険だ」

 

蓮は「命の水と同じ効用を求める者ですね」と答えた。

 

「姫君が賢明であることは、我々、古の盟約に生きる者にとって幸運なことだ」

 

 

 

 

 

ハリーはハグリッドと合流する少し前に意識を取り戻した。

 

ユニコーンの亡骸の場所をハグリッドに伝えると、罰則は終了。ハグリッドに連れられて城に戻った。

 

マルフォイがいたから、ハリーももちろん蓮もハリーが意識を失ったことは話さなかったが、グリフィンドール塔の談話室に入った途端に、蓮はハリーの肩を掴んだ。

 

「レン」

「額の傷痕が痛んだの?」

「・・・うん。ごめん、迷惑かけて」

 

なんのことだい? と、ロンが口を挟んできたが、蓮はそれに答えるのはハリーに任せて、ハーマイオニーとパーバティと一緒に女子寮に上がった。

 

シルバーアロー40を、マクゴナガル先生が人目につかない時間を選んで届けてくれたのだ。



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第14章 チェックメイト

蓮は充実していた。

クィディッチの練習でクタクタになり、試験勉強をする。

 

学年末試験は、手応えも上々だ。

 

尤も、ハーマイオニーは答え合わせをしたがって、試験は終わったというのに教科書を湖まで持ってきていたけれど。

 

ハリーはゴシゴシと額の傷痕を擦って、しきりに気にしている。

 

「ハリー?」

「ああ、レン。どうしてかな。今日はいつもよりすごく痛む」

 

蓮が眉を上げた。「まさか今までずっと痛んでいたの? 罰則の日から?」

 

「うん。マダム・ポンフリーには一度診てもらったけどね。これって、闇に属する呪いで出来た傷痕だから、長い時間が経ってから痛み始めることもあるって説明された。痛み止めもくれなかった」

「・・・痛み止めで誤魔化しちゃいけない傷痕だからよ。マクゴナガル先生には? ダンブルドアには?」

 

言ってないよ、とハリーは目を瞬いた。

 

「今日は特に痛むのね?」

「うん。試験が終わって気が弛んだせいかな」

「・・・違うわ」

 

蓮は立ち上がった。「レン?」

 

「ダンブルドアに知らせてくるわ」

 

スカートが跳ねるのもお構い無しに蓮は駆け出した。

 

ハリーのあの傷痕は、ヴォードゥモールの呪いによって出来た傷痕だ、と考えた。

あの夜、ヴォードゥモールはハリーと蓮のすぐ近くにいた。フィレンツェが庇ってくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 

ーーハリー・ポッターを間近に見つけて、あいつは興奮したはず

 

行き交う生徒の群れをかわしながら、蓮は校長室まで走り続けた。

 

ーーヴォードゥモールの感情が、ハリーの傷痕の痛みに影響するとしたら

 

「今日だわ」

 

校長室前のガーゴイルに、蓮は思いつく限りのマグルのお菓子の名前をあげた。

 

「きのこの山! たけのこの里! アーモンドチョコレート! 違う? ポッキー! プリングルス!」

 

ミス・ウィンストン? と怪訝な声が聞こえる。

 

「プロフェッサ・・・ダンブルドア先生に緊急のお話があります!」

 

蓮は、腰を90度に折り曲げて頭を下げた。

 

そこへ、ハリーたちが追いついてきた。

 

 

 

 

 

蓮がアジア人らしい、と思ったのは初めてのことだった。

 

必死でマクゴナガル先生に頭を下げている。

 

「ミス・ウィンストン、頭を上げなさい。簡単に頭を下げるなと柊子はあなたに教えませんでしたか?」

「いつも言われます。でも、どうしてもダンブルドア先生にお願いすることがあるのです」

 

パタパタっと、ハーマイオニーたちが駆けつけた。

 

「マクゴナガル先生! 僕のためなんです!」

「ポッター?」

「僕、僕のこの傷痕が今日はすごく痛むってレンに言ってしまいました。我慢出来ないこともないのに。そしたら、レンが校長先生に知らせると・・・」

「ハリーの傷痕が痛み始めたのは、罰則の夜からです。あの時、わたくしたちはユニコーンの血を啜っている影のようなものを見ました。それがわたくしたちを振り返ったとき、ハリーの傷痕が一番ひどく痛ん」

「僕、気を失いました」

 

ロンがハリーの肩を掴んだ。「君、そんなこと言わなかったじゃないか!」

 

ハリーの顔が微かに赤らむのを見て、ハーマイオニーはロンのシャツを引っ張った。男の子のくせに鈍感なんだから、と思った。

ハリーはきっと蓮に助けられて戻ったことを男友達には言いたくなかったのだ。

 

「蓮とケンタウルスに助けられて、その場を離れました。それからたまに痛むようになって」

「その件は、わたくしもマダム・ポンフリーから報告を受けています。ですが、ポッター、マダム・ポンフリーから説明は受けませんでしたか? 強力な闇の呪いによる傷痕には、往々にしてそういうことが起きます」

「聞いています。でも今日はすごく痛くて」

 

マクゴナガル先生の表情がそのとき僅かに歪んだ。

 

「マクゴナガル先生、お願いします。ダンブルドア先生に会わせてください」

「ミス・ウィンストン、あなたがなぜそんな・・・」

「賢者の石が奪われるとしたら、今日だからです! わたくしは、あれをヴォルデモートの手に渡すことは許せません」

 

ウィンストン! とマクゴナガル先生が声を張り上げた。「言葉を慎みなさい。何人もの先生方が守りの魔法をかけています。その全てを知っているのは、校長先生だけです。もちろん校長先生ご自身の仕掛けもあります。万全に極めて近いと言って良いでしょう。だいいち、校長先生は本日はご不在です」

 

びくん、とハーマイオニーの心臓が跳ねた気がした。

それは皆同じだったらしい。

 

「ポッターの傷痕の痛みについては、改めて相談に応じていただきましょう」

 

それは解散の合図だった。

ハーマイオニーとロンがハリーの腕をそれぞれ引いて階段を降りようとすると、蓮を呼び止めるマクゴナガル先生の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

シャワーを浴びて真っ白のTシャツとジーンズを身につけ、ベッドに横になったまま、蓮はベッドの天幕を見つめていた。

 

フラッフィーはいわば門番だ、と考えている。

安易な悪戯を防ぐためには強面の門番がいた方がいい。

 

4名の寮監、闇の魔術に対する防衛術のクィレル、そしてダンブルドアが魔法を仕掛けている、という線は間違っていないはずだ。

スプラウト先生は、罠になり得る蔓性植物。

フリットウィック先生は、飛行呪文を用いて数で勝負するはずだ。小さなものに大量に魔法をかけるなら右に出る者はいないと聞いたことがある。

マクゴナガル先生はチェス。これは間違いない。変身術は罠には不向きだ。むしろ巨大チェスなら、戦意を挫くことも出来るし、マクゴナガル先生のチェスの腕前はフラメルのおじいさまの折り紙付き。

スネイプ先生は、魔法薬を使った何か。例えば、先へ進む薬と後退する薬。自信がなければ飲めないように、見た目に細工してあるはずだから、見た目では判別出来ない。

クィレルは、と考えて蓮はむくりと起き上がった。

 

闇の魔術に対する防衛術の教授になったのは今年度からだし、はっきり言って授業らしい授業だったとは言い難い。

 

「ハーマイオニー?」

「・・・なあに?」

「クィレルが罠を仕掛けるとしたら、何かしら? 闇の魔術に対する防衛術だと思うけれど、あの人、そもそも何が出来るのかしら?」

 

トロール、と答えたのはパーバティだ。

 

「トロール?」

「さっきからハーマイオニーが説明してくれた経緯からして、ハロウィンの日のトロールがクィレルの仕業なんじゃない? だったら、あの人、トロールの扱いが得意なだけだと思うわ。トランシルバニアの吸血鬼なんか嘘臭いじゃない。吸血鬼を始末出来る人はニンニクをぶら下げて歩いたりしないわよ」

 

ジーンズの上から太腿にホルダーを巻きながら、蓮はパーバティに「ありがとう」と微笑みかけた。

 

ハーマイオニーは自分のクロゼットから、新品の革のホルダーを取り出すと、蓮と同じように右脚にホルダーを装着する。

 

今頃は男子寮ではハリーとロンがネビルを説得しているはずだ。

 

「ネビルは任せて」パーバティが請け合ってくれた。「ちょっと心配性なだけよ。でも、あなたたちが心配なのはわたしも同じ」

 

わかってる、と言ってハーマイオニーはパーバティとハグをする。

 

蓮は少し呆れて「ハーマイオニー、残ってもいいのよ?」と言った。

 

馬鹿言わないで、とハーマイオニーから睨まれた。「わたし、あなたたちがいつか何かしでかすと思って、このホルダーをフクロウ通販でわざわざ取り寄せたのよ!」

 

ハリーは英雄症候群だし、ロンはチキンのくせに度胸試ししたがるし、と指折り数えながら、階段を下りる。「レンは見張っていないと何をしでかすかわかったものじゃない」

 

談話室にはもう誰もいない。

いや、肖像画の穴の手前に3人の人影が見える。

 

「ハーマイオニー、レン」とネビルが声を潜めた。「君たち、女の子なのに、本当に行くのかい?」

 

「失礼ね、ネビル。それって女性に対する侮辱だわ」

 

つんとしたハーマイオニーの言葉にパーバティが苦笑いをして、ネビルの腕を引いた。「ネビルはわたしとここで待ちましょう。大丈夫、レンとハーマイオニーがついて行くほうがハリーとロンは安全なの」

 

「それ、どういう意味かな?」

 

そう口にしたロンの背中をネビルが押した。「約束通り、僕はここで君たちを待つよ。でも、本当に約束だよ。3時間だ。3時間経って戻らなかったら、マクゴナガル先生の部屋に押しかける」

 

わかった、とハリーが言って、ネビルの拳と拳を合わせた。

 

「ハリー、透明マントは?」

「持っていかない」

 

ハリーは首を振った。「君が僕たちに目くらましをかけてくれないかな。僕、今夜はどんなミスもしたくない」

 

蓮は頷いて、3人を透明にした。

 

 

 

 

 

「アロホモラ」

 

ハーマイオニーの囁くような呪文で、ケルベロスへの扉が開く。

 

約束通り、ロンが子守唄を歌い始めた。

 

とろんとしてきたケルベロスの様子を確かめながら、ハリーが仕掛け扉にジリジリと近づく。

開いた仕掛け扉にハリーが最初に、続いて蓮が飛び込むと、ロンが子守唄をやめて飛び降りてきた。

 

「ハーマイオニーは?」

「僕が音痴だっていうから。続きを歌いながら飛び込んでくるよ。うわ、ここクッションが敷いてあるのかな、ふわふわだ」

 

ロンの言葉に気づき、太腿の杖を抜こうとしたときは遅かった。

 

「罠よ!」

 

ひゅうと音が聞こえ、ハーマイオニーが軟着陸する。

 

「ハーマイオニー! すぐに脇によけて、ルーモス!」

「わかったわ・・・悪魔の罠よ!」

 

ぐ、と早くに飛び込んだハリーとレンの胸を締め付ける感触に蓮が「ハーマイオニー、対処は?」と尋ねた。

 

「うわ。なんだよ、これ。ハーマイオニー、なんとかしてくれ!」

「弱点は光と熱、でもルーモスじゃ足りないし・・・どうしよう、薪がないわ!」

「気は確かか! 君はそれでも魔女か!」

「・・・そうだったわね。でもあなただって魔法使いとは思えないわ、スプラウト先生の授業をちゃんと聞いていれば」

「ハーマイオニー、いいから早く」

 

蓮の言葉にハーマイオニーは小さく呪文を呟きながら、杖を振った。

 

 

 

 

4人とも足元にはスニーカーを履いて来ている。

湿っぽい通路を歩く。

 

「変な動物の鳴き声なんかは聴こえないね」

 

もうケルベロスは勘弁してくれ、というようにロンが呟く声が響いた。

 

「いや、何か聴こえるよ」

「先に進みましょう。今のがスプラウト先生。わたくしの予想通り、蔓性植物だったわ。たぶん次はフリットウィック先生だから、難しくはあっても危険は少ないはず」

「小さくてたくさん、だったわね」

 

蓮の予想を記憶していたハーマイオニーが扉を開けた途端、ロンが呻いた。「たくさんったって程があるだろ?」

 

小さな鳥が無数に飛んでいる。蓮は向かいに見える扉まで部屋を駆け抜けた。

 

「鍵よ! ハリー、こっちへ。ここの鍵穴の素材をよく覚えて」

 

ハリーが駆け寄ると、扉近くの箒を一本ハリーに放った。

 

「銀だね、少し古びた銀」

「じゃ、あのキラキラした鳥は無視していいわ」

 

蓮は箒にまたがると、あっという間に鍵をすり抜けるように舞い上がった。

 

「わたくしが、上から追い詰めるから、ハリーが下から飛び上がって鍵をキャッチして。どのあたりを狙えばいい?」

 

ハリーは目を凝らした。

 

「あれだ! レン! そこの少し大きいやつだよ、羽が片方だけ曲がってる」

 

言うや否やハリーは箒に飛び乗り、蓮が急降下してくる位置に向かい急上昇をかけた。

 

「ぶつかるわ!」

 

ハーマイオニーの悲鳴が聞こえたが、ハリーは気にした風もなく上昇してくる。

蓮は接触ギリギリでハリーをかわすと、無事に着陸した。

上ではハリーが「捕まえたよ!」と言いながら、ゆっくり旋回しつつ下りてくる。

 

その手の中の鍵を見て、蓮は顔をしかめた。

 

「レン?」

「先客がいるわ。ハリーが掴んでいないはずの羽が折れてる」

 

他の3人は、ぞっとして扉を見つめた。

 

 

 

 

 

かといって引き返すわけにはいかない。

おそるおそる、光の射さない扉を開け、次の部屋に踏み込んだ。

あっという間に明るくなり、目の前には巨大なチェス盤が広がっている。

 

「あの、向こうに行くにはチェスに参加しなければいけませんか?」

 

ロンの言葉をきっかけに全ての駒に命が吹き込まれ、黒のナイトが頷いた。

 

「僕、やっちゃった?」

「そんなことないさ」

「問題ないわ。チェスに参加せずに通過は絶対に出来なかったでしょうから」

「ここはロンに任せよう。ロン、君が一番チェスが得意だ」

 

蓮もハーマイオニーも異論なく頷いた。

 

「じゃ、ハリー、君はビショップと代わって。ハーマイオニーはその隣でルークの代わり。レンはクィーン。僕はナイトになる」

 

魔法使いのチェスはなかなか衝撃的だということは、ハリーもハーマイオニーもわかっていたから、ロンと対になっている黒のナイトが取られてしまってもさほどショックはなかった。

しかし、ロンの指示でハーマイオニーが白のビショップを取ったとき、ビショップが速やかに盤を降りたのは少し不公平な気がした。

 

ロンの次の手を待っているとき、蓮が気づき、強張った表情でロンを見た。

 

「気にするなよ、レン」

 

ロンは蓮の表情に気づくと笑って言った。「その代わり、最後までハリーに付き合ってやって。君とハーマイオニーがいるといないとじゃ大違いだ」

 

「わかったわ」

 

その2人の会話の意味に気付いたハーマイオニーが「ダメ!」と叫んだが、ロンは「犠牲を払ってキングを取るのがチェスだ!」と言って、一歩前進した。

 

途端に白のクィーンがロンに襲いかかった。

 

「動くな!」蓮は2人に怒鳴った。迂闊に駒を動かしたら、ロンの犠牲が無駄になる。

それにここまで詰めが近くなっていれば、次の手は限られる。

 

「急いで先に進みましょう。ハリー、3つ左に進んで」

 

ハリーが言われた通りに動き始めると蓮は「チェックメイト」と呟いた。



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第15章 2つめの顔

通路を急ぎながら、蓮はハーマイオニーの動揺を宥めるために、大丈夫、と背中をさすった。「マクゴナガル先生は、致命傷にならないような手段を取るはずよ。たぶん、エピスキーとエネルベートで問題なく回復出来ると思うわ」

 

次の扉をハリーが開け、すぐに「確かに先客がいたみたいだ」と呟いた。

 

ハーマイオニーがハンカチで口と鼻を押さえ「パーバティの言った通りね」と顔をしかめた。

 

気絶したトロールに蓮が杖先を向けながら、3人は小走りにトロールの部屋を通り抜ける。

 

「次は、スネイプ?」

「でしょうね」

 

3人が扉の敷居を跨ぐと同時に、今通ってきたばかりの入り口に紫の、向かいにある出口らしき扉に黒い炎が燃え上がった。

 

テーブルの上には、形の違う7つの瓶と、巻紙がある。

 

「論理パズルだわ」

 

ふうん、と蓮は気のない表情だ。「ハーマイオニー?」

 

「わかった、わたしの担当分野ね」

「気を楽にしてね。外れても、たぶん時間が経ったら部屋の状態は回復するから」

「へ?」

 

ハリーが頓狂な声をあげる。

 

「退却の道が開けるならば、ハーマイオニーがそれを飲んでロンのところに戻って。ハリーは前進」

「いいのかい?」

「ええ。そうしたら、たぶんこの部屋の状態が回復する、というかまた薬が湧いて出るでしょうから、わたくしがハリーを追うわ」

「君は戻ってもいいんだよ? 僕なら1人でも」

 

ハリー、と蓮は真剣な声を出した。「あなたはヴォルデモートを食い止めたい。わたくしはね、ヴォルデモートに賢者の石を永遠に渡さないためにここに来たの。あなたに付き合ってきたわけじゃないわ。微妙に目的が違う」

 

「わかった」

 

ハリーは腹を括った。「君が来るまでヴォルデモートに石を渡さないように食い止めるよ」

 

がば、とハーマイオニーがハリーと蓮をまとめて抱き締めた。

 

「ハーマイオニー?」

「ハーマイオニー、覚えてるわね? エピスキーとエネルベ」

「わかってるったら! あなたたちは、偉大な魔女と魔法使いよ!」

 

ハーマイオニーはそれだけ言うや、身体を離し、テキパキと回答を教えた。

 

「つまり、わたしはこれ。ハリーとレンは、この小さな瓶よ」

 

 

 

 

 

1人になった小部屋で蓮は薬の回復を待った。

 

みぞの鏡が最後のクエストだ、と考えた。

 

ヴォルデモートの手に賢者の石が手に入らない仕掛け、求める自分の姿が映る鏡。

鏡の機能を無視して考えてみる。

 

ホルダーから杖を抜き、左手に持った。

 

ーー賢者の石を手に入れるのは、わたくしだわ

 

薬の瓶が、ボウリングのピンのように引き上げられ、また降ろされる。

 

迷いなく、ハーマイオニーが教えてくれた薬を飲み干し、黒い炎の中を走り抜けた。

 

 

 

 

 

「過ちを簡単に許してはいただけない。グリンゴッツから石を盗み出すのにしくじったときは、とてもご立腹なさった。私を罰した。そして私をもっと間近で見張らなければならないと決心なさった・・・いったいどうなっているんだ、石は鏡の中に埋まっているのか? 鏡を割ってみるか」

「馬鹿ですか、あなた」

 

蓮はクィレルの前に進み出た。

 

突然クィレルとは別の声が響いた。「貴様は!」

 

油断なく杖を構え、蓮は鏡に近づいていった。

 

「クィリナス! 急げ、急ぐのだ!」

「急いで鏡を割ったら、石は2度と手に入らないわよ」

 

ピタとクィレルが足を止め、手が何かに逆らうようにのろのろと動きターバンを解いた。

 

「くっさ!」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「ディフィンド!ハリー! 石を渡さないつもりなら逃げて!」

 

急に足を縛っていたロープが解けて、ハリーはクィレルに飛びかかった。

 

その隙に蓮は鏡の前に移動する。横目に睨むと、ジーンズのポケットの中に硬い感触を感じ取ることが出来た。

 

ハリーに飛びかかられたクィレルは喚きながら、ハリーの手から逃れようとしている。「ご主人さま! ポッターを押さえておくことが出来ません! 私の肌が爛れていきます!」

 

「愚か者め! ならば殺せ!」

 

ハリーの腹に馬乗りになったクィレルが杖を振り上げたとき、ハリーは咄嗟にクィレルの顔を掴んだ。

 

「殺せ! 殺してしまえ!」

 

蓮はハリーの表情を確かめた。歯を食いしばっているけれど、額の傷痕の激痛に気を失うのは時間の問題だ。

 

「ハイ、トム」

 

蓮はポケットから出した真っ赤な「石」を、ポーンと真上に放り投げた。

 

「わたくしの友人を簡単に他人を使って殺すのはやめていただきたいわ。せめて実体を取り戻してからにしたら?」

「き、貴様! 貴様が持っていたのか!」

「あげましょうか?」

「・・・な、何?」

「そこのわたくしの友人を離しなさい。そしたら、石をあげるわ」

「石が先だ」

「ハリーを離すのが先に決まってるでしょ? ホグワーツの1年生に何が出来るのよ。あなたが1年生のときは何が出来たかしら、トム?」

「ぐっ・・・よ、良かろう、クィレル。小僧を離せ。もう気を失っておる」

 

クィレルはハリーの身体を寝かせたまま立ち上がった。

 

「さあ、忌々しい女よ。石を渡してもらおう」

「はい」

 

無造作に左手で投げた。クィレルの両手がそれをキャッチする、その瞬間に合わせて杖先を向け「レダクト」と唱えた。

 

 

赤いキラキラした欠片が床に降り注ぐ。

それに向かって、コンフリンゴ、と唱えた。

クィレルの体は弾かれたように吹っ飛んだ。

 

「このわたくしが、トム、あなたに復活の力を与えるとでも? あなたみたいなゲスは、ゲスの溜まり場を這いずりまわってるのが似合いだと思うの」

 

エバネスコ、と唱えて爆破によりさらに小さくなった粉末さえ消してしまった。

 

「もう十分じゃろう」

 

声が聞こえても、蓮は対象から目を離さなかった。

 

「ミネルヴァからのメッセージを受け取ってすぐに戻ったが、君たちはもうこの冒険に出発しておった」

「校長先生、お話は改めて。わたくしは、彼らがこの場に存在する限り目を離すような教育を受けていません」

 

アラスターもやりすぎじゃ、と言いながらクィレルに向かってダンブルドアが無造作に近づいていったとき、それは起こった。

クィレルから、影が飛び出し、霞のようになって消えた。

 

「ああ、クィリナス。死んでしもうたか。だいぶ精気を吸われ過ぎておったからの」

 

蓮はさすがに目を背けた。

 

「胸を張るのじゃ、レン・エリザベス・キクチ・ウィンストン。君は、ニコラスの心からの願いを見事に叶えたのじゃから」

 

 

 

 

 

ハリーの意識はまだ戻っていなかったので、代わりにとねじ込んでマクゴナガル先生は蓮をシーカーに抜擢した。

「ウロンスキーフェイントでもなんでも、持てる限りの技術を駆使してあなたの実力を見せつけなさい。来年に向けて敵の心を折るのです」

 

せっかくの思し召しなので、開幕から3分で本気のウロンスキーフェイントを仕掛け、レイブンクローのシーカーの鼻の骨を折った。

アンジェリーナたちのフォーメーションプレイを上空から楽しみ、満足したところでスニッチを悠然とキャッチした。

減点60点を取り返して余りある成果だ。

 

グリフィンドールは再び首位に立った。

 

 

 

 

 

学年度末パーティの大広間には、早速グリフィンドールカラーの飾り付けがされていた。

 

「また1年が過ぎた」

 

ダンブルドアが朗らかに言った。

 

「一同、ご馳走にかぶりつく前に、寮対抗杯の表彰を行う。4位、ハッフルパフ352点、3位 レイブンクロー 426点、そしてスリザリン 472点。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れねばなるまい。まず最初はロナルド・ウィーズリー。この何年かホグワーツで見ることの出来なかった最高のチェスゲームを見せてくれた、10点を与える。次に、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理で対処した。10点を与える。三番めはハリー・ポッター。並外れた勇気を称え、10点。4番めは、蓮・ウィンストン。完璧な精神力を称え、10点を与える。こればかりではない。友人の身を心から案じながらも、黙って送り出す勇気を称え、ネビル・ロングボトムとパーバティ・パチルにそれぞれ5点ずつじゃ」

 

グリフィンドールのテーブルがどっと沸いた。



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第16章 ロンドンへ

ホグワーツでの最初の1年が終わった。

トランクに荷物を詰め(もちろん魔法で。ハーマイオニーが同じ魔法を使うときちんと衣服を畳んで収納されるのに、蓮の場合はくしゃくしゃに丸まった状態でしか収納されないのは不思議だ)て、ホグワーツ特急のホグズミード駅発車時刻までの時間をどう潰そうか考えていると、どこからともなく飛んできた紙飛行機がベッドに落ちた。

 

「マクゴナガル先生からだわ」

 

机で本を読んでいたハーマイオニーが「まさかサマーホリデイに罰則?」と顔を曇らせる。

 

賢者の石を守る騒動のあと、4人はマクゴナガル先生から「賢者の石を守った功績と粉々に破った数多の校則をプラスマイナスした結果が10点ですからね」と釘を刺されたので、ハーマイオニーは罰則にナーバスになっている。

 

「いいえ。わたくしだけ呼び出し。たぶんクィディッチのことだと思うわ。ちょっと行ってくるわね」

 

ひょいとベッドから長い脚を下ろして、蓮は立ち上がった。

 

 

 

 

 

「帰宅前の慌ただしい時間にすみませんね」

「いいえ。もうパッキングは終わっていますから、時間を持て余していました」

 

マクゴナガル先生は、蓮にソファを勧めず、向き合って立った。

 

「ウィンストン、あなたはよくやりました」

「え?」

「ヴォルデモートの目の前で賢者の石を破壊したことです。わたくしはあなたを誇りに思います」

 

面と向かって褒められると、なんだか身の置き場に困る。

 

「あの日、校長室の前でわたくしはあなたに『サー・フラメルのためにも賢者の石を破壊しなさい』と言いましたが」

「・・・はい」

「まさかあれだけ鮮やかに成し遂げるとは思いませんでした。賢者の石を守りきり、ダンブルドアかわたくしが破壊することになると予想していたのです」

 

蓮は慎重に言葉を選んだ。「あの状況では、守るより破壊するほうが容易でした」と答えた。

 

「座りなさい、ウィンストン」

 

蓮は素直にソファに腰を下ろす。向かいにマクゴナガル先生が座り、魔法で紅茶を用意した。

 

「わたくしの立場で言うべきことではありませんが、校則など、緊急事態の前には二の次で良いのです」

「・・・はあ」

 

お飲みなさい、と紅茶を勧められた。

 

「わたくしと柊子が、いったい何度校則を破ったか、数えるのも億劫なほどですよ。しかし」

 

蓮が紅茶を一口飲むのを確かめるように、マクゴナガル先生は言葉を区切る。

 

「そのほとんどは、リドルが原因でした」

 

カップをソーサーに戻し、蓮は頷いた。

 

「わたくしたちが2年生のとき、彼は入学してきました。当時の森番ミスタ・グレゴールの鶏が殺される事件が続きました。死体は森の中に吊るされ、鶏の他に小動物の死体までありましたよ。当時は森は禁じられていませんでしたから、わたくしや柊子は1年生のときから、森をジョギングのコースにしたり、森の中の魔法生物と触れ合いながら遊んでいたのです。他にも多くの生徒が」

「それは、魔法で?」

「最初の頃は刃物、次第に魔法で甚振り殺すようになりました。わたくしと柊子がそれを見つけたとき、最初は素直にダンブルドアに報告しましたが、結果は生徒全員が森への立ち入りを禁じられただけ。犯人がホグワーツを追われた形跡もなかった」

 

蓮は眉をひそめた。

 

「ダンブルドアのお考えは、今ならば理解出来ます。リドルをホグワーツから追放していたら、マグル界で同じことをするようになったでしょうから。ホグワーツで教育して、その性質を矯正するのが教師の務めでもあります。ですが、当時のわたくしたちには許せませんでした。わたくしたちは、ダンブルドアに隠れて犯人を締め上げることにしました」

 

ふふん、とマクゴナガル先生が鼻を鳴らした。

 

「リドルが失禁するまで柊子が甚振ったこともあります。リドルは、自分の魔法使いとしての才能に極端な自信を持っていましたが、柊子の才能の前では見るべきところのない平凡さでした。あなたもそうでしょうが、柊子はリドルに理解出来ない種類の魔法の訓練をすでに受けていましたからね。以来、リドルは表向きスリザリン寮の優等生としてホグワーツで過ごしました。ですが、わたくしたちは分かっていました。あの性質は、決して変わらないと」

 

だからわたくしたちは度々校則を破ってはリドルを先回りしてとっちめてきたのです、とマクゴナガル先生は溜息をついた。

 

「あなたにこんな話をして良いものか迷いましたが、あなたはもうリドルの前で柊子によく似たその顔を晒しました」

 

蓮は自分の顔を指差して首を傾げる。マクゴナガル先生は手を伸ばして、蓮の頬を軽く摘まんだ。

 

「ウィンストン、覚えておきなさい。リドルを挫いたのは、幼かったハリー・ポッターと、もう1人、菊池・アナスタシア・柊子です。あなたたち2人が揃ってリドルの前に現れたことは、彼にとって恐怖に他ならない。あれは本質的に臆病な男です。臆病な男は自分を大きく見せるために、小さく弱き者を殺して、自分に箔をつけます。そして大言壮語を吹聴します。ヴォルデモートという名が、あれのそんな性質を端的に表しているのです」

 

ヒリヒリする頬を撫でながら、蓮は頷く。

 

「ハーマイオニーは、変な名前だと、入学する頃はしきりに言っていました」

 

マクゴナガル先生も頷いた。

 

「ミス・グレンジャーはボーバトンからも入学を望まれたのですから、当然フランス語が出来ます。フランス語圏の人にとっては、悪趣味なペンネームにしか聞こえなくて当たり前です。死の飛翔だなんてね。闇の魔術によって死を回避したがることそのものが臆病者の証です。そんな臆病者に、サー・フラメルの真摯な研究の成果である賢者の石並びに命の水を使わせることは、許しがたい冒涜です」

 

蓮は深く頷いた。

 

「ですが、あなたとポッターの学生生活は極めて困難なものになるでしょう」

「・・・はい?」

「先ほど言いましたね。あれは、小さく弱い者を殺すことによって、自分を大きく見せたがります。あなたとポッターが一人前の魔女や魔法使いになる前に殺したがるはずです。そして言うのですよ、生き残った男の子は、ただの偶然で生き残ったにすぎない。ヴォルデモート卿はその証拠に生き残った男の子を容易く打ち倒した。菊池柊子などただの老ぼれた婆さんだが、自分はその後継者をもポッターとまとめて始末した」

「・・・わたくしもハリーも、小さく弱い者ではないつもりですけれど」

 

その通りです、とマクゴナガル先生は蓮の瞳を見つめた。「魔女や魔法使いの強さは、年齢や経験などで平面的に割り切れるものではありません。様々な要因が絡み合って魔法が成り立つのと同じこと。魔女の強さも様々な要因が絡み合います。あなたやポッターを、あれは侮っています。侮っていないにしても、一人前になる前に殺したがることは変わりありません。一人前になってしまえば自分の手に負えなくなるのですから。それがあれの弱点です。たかだか強大な闇の魔術をいくつか身につけただけで、魔法の深淵を超えた気でいます。闇の魔術に魅せられる者は往々にして、その陥穽に陥るものです。数値的かつ平面的に強さを測りたがります」

 

マクゴナガル先生は紅茶を飲み干して立ち上がった。

窓の側に行き、腕組みをすると外を眺め遣る。

 

「サー・フラメルは、学生時代のわたくしたちに魔法の深淵の美しさを実感させてくださいました。様々な魔法生物たちの驚くべき能力、魔法植物の驚異の性質、素材の組み合わせを芸術的なまでに変化させるときに起きる数限りない変容。魔法とは、この年まで生きてなお、その全体像を掴むことの出来ないものです。わたくしたちの人生の半分ほどを霞の状態で過ごしたリドルごときに掌握出来るものではない。あれの存在そのものが魔法に対する冒涜です」

 

ですから、と窓に背を向け、蓮に向き直る。

 

「わたくしはあなたに命じます。蓮・エリザベス・菊池・ウィンストン。どんな校則違反をしても構いませんから、自分自身の命を守りなさい。ついでにハリー・ポッターも」

「・・・ハリーが『ついで』ですか?」

「人の命まで背負えるほど、あなたは熟達していません。同行する機会が多いことから、あなた自身が自分の命を守ることがポッターを守ることに繋がります。むしろ、ポッター自身が自分の身を守らなければならないのです」

 

わかりました、と頷いて、蓮はマクゴナガル先生の前から退室しようとした。

だが、先生は蓮を呼び止める。「ああ、ウィンストン」

 

「はい?」

「わたくし、校則違反をしても良いとは言いましたが、減点や罰則を課さないとは言っておりませんから、そのおつもりで」

「・・・はい?」

 

見つかるような不器用な真似をするなと言っているのですよ、とマクゴナガル先生は腕を組んで、にやりと笑った。

 

ーー食えない婆さん・・・

 

 

 

 

 

キングズクロス駅に迎えに来ていたのは、なぜか日本の祖父母だった。

 

「おじいさま、おばあさま」

 

よっ、と祖父が蓮を抱え上げる。

 

「ちょ、おじいさま、やめて」

 

体格の良いブルガリア人の祖父ならば、蓮ぐらいは軽々と抱えられるのだろうが、まだ周囲にホグワーツ生の目がある。

 

「蓮、諦めなさい」

「おばあさまも止めてよ!」

 

ジタバタともがく蓮の背中を祖母がポンポンと叩いた。

 

「いいや、下ろしてはやらん。怜から聞いたが、うちの蓮をつけ回す不逞の学生がいるそうではないか!」

「なにそれ」

 

祖母は額を押さえて頭を振っている。

 

「悪い虫どもには思い知らせてやる必要がある。貴様らがつけ回しているのは、このシメオン・ディミトロフの愛する孫娘だとな!」

 

周りがザワザワと騒がしくなる。

 

ロンがぽかーんと口を開けた。「シメオン・ディミトロフ?」

 

「お願い、忘れて、ロン」

 

蓮の懇願虚しく、ハリーはハーマイオニーに「シメオン・ディミトロフ?」と尋ねる。

 

「ハリー!」

「ブルガリアの伝説的な闇祓いよ。イギリスで言えばマッド・アイ・ムーディね。ブルガリアの魔法使いの監獄ヌルメンガードの半分以上をシメオン・ディミトロフが逮捕した闇の魔法使いが占めていると書いてあったわ」

「ハリー、シメオン・ディミトロフと言えば、ブルガリアのヒーローなんだぜ。グリンデルバルドと最終決戦をしたのはダンブルドアだけど、それまでに闇の勢力の勢いを削いだのはディミトロフだ!」

 

よく知っているな、と祖父が片頬を上げた。

 

「今はただのおじいちゃんだから!」

「何を言うか、蓮! ホグワーツのガキどもの2人や3人や4人や5人や6人、まだ捻りつぶすことに造作もないわい」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは溜息をついた。単なる爺馬鹿なのだろうけれど、蓮の周囲でそれをやると無駄にスケールが大きくなる。

 

「あら、ジョージ」

 

シメオンの肩の上から蓮がジョージに手を振る。

ジョージもおずおずと片手を上げた。

それを横目に見て、ハーマイオニーはなかなか天晴れだ、と思う。

 

「ぬ?」

 

シメオンがこちらを振り向いた瞬間にバッと手を下ろしたけれど。

 

「ハーマイオニー、変なことになっちゃったけれど、フランスの件はグラニーと相談して近いうちにお返事するわね。ウィンブルドンならそんなに遠くないから、フクロウですぐよ。おばあさま、おじいさまとこのまま付き添い姿くらましするわ。荷物をお願い。おじいさま、早く帰りましょう」

 

バッチン、と大きな音を立てて、蓮とその巨大な祖父が消えると、蓮の祖母がハリー、ロン、ハーマイオニーに次々に目を留めた。

 

「あ、あの。レンのおばあちゃんですか?」

「ええ、そうですよ、あなたがたはハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニーね? 蓮から聞いているわ。あんなおじいちゃんがくっ付いてるけど、蓮をよろしくお願いね」

「どっちかっていうと、僕らがよろしくされてるけど」

 

赤毛の頭を掻くロンの肩を叩いて「ミネルヴァにチェスで勝った子が何言ってるの」と笑った。「そうそう、ミスタ・ロングボトムはどちら?」

 

フレッドがネビルの背中を突き飛ばすように押し出した。

 

「は、はじめまして・・・ぼ、僕、ネビルです」

「そう、ネビル。あなたのおばあさまに伝言をお願いして良いかしら?」

「・・・ばあちゃんに?」

「ええ。箪笥貯金は危険だと言ってちょうだい。713番金庫の件以来、箪笥貯金だなんて馬鹿なことをやっているの。グリンゴッツに預けるように言ってちょうだいね」

「た、箪笥に? わかりました、必ず伝えます・・・まだ何も盗られてなきゃいいけど」

 

なんて平和なのだろう、とハーマイオニーは思った。

 

両親がハーマイオニーの肩に手を置く。「ママ、パパ!」

両親に久しぶりのハグをしながら、ハーマイオニーは「さてこの1年のことをどこまで話そうか」と考えた。

 

ついこの前、蓮とハリーがヴォードゥモールと戦ったなんて言えない。

 

「レンは? 夏のフランス行きの話をしたかったのだけれど」

「それがね、ママ、レンのおじいさまが来て、レンを連れて姿くらまししちゃったの。後から連絡くれるわ。ウィンブルドンならすぐだって言ってたから、たぶんチェルシーの家だと思う」

 

トランクを載せたカートを押した父と一緒に柵に向かって走った。

サマーホリデイの間だけの、ごく普通のロンドンに向かって。



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秘密の部屋編 閑話2 マートルの記憶

「来い! この悪魔の娘!」

 

優しかったパパはもういない。

マートルには、なぜそんな風にパパが変わってしまったのかわからない。

 

オックスフォードの教授であるパパにとって、マートルは自慢の娘だったはずなのに。

 

「マートルに取り憑いた悪魔め! マートルの体を返すんだ!」

 

裏庭でマートルは何度も何度も井戸水をかけられる。ママが車を洗う固いブラシでマートルを擦る。

 

全ては悪魔を追い出すためだそうだ。

 

マートルは必死で勉強した。どんな女子校にだって行けるぐらいに必死で。ヒースフィールドへの入学が確実なレベルの成績は取っている。

マートルのパパは貴族ではないけれど、オックスフォードの教授だからヒースフィールドにだって成績がクリア出来ていれば入学できると言われてからは、マートルはパパの期待に応えようと必死だった。

 

なのに、パパとママが変わってしまった。

 

マートルは自分のどこに悪魔が憑いているのかわからない。

肌が赤く擦りむけるほどにブラシで擦られて、悪魔を祓うためだと塩を擦り込まれても、マートル自身はちっとも変わった気がしない。

体中がいつもヒリヒリと痛いだけだ。

 

 

 

 

レイブンクロー寮の部屋のベッドで目を覚ました。

 

同室の子はまだよく眠っている。

 

あんな夢を見たあとは、もう眠れそうにないから、マートルはそっと裸足で部屋を抜け出した。

談話室の暖炉の火を掻き熾すと、その前で膝を抱えた。

 

マートルは結局、ヒースフィールドには行けなかった。

悪魔の娘だからだろう。

お金を与えられ、ロンドンの汚いパブの前で「お前の学校の支度をその金で済ませろ」と言われた。

両親とはそれきり会っていない。

 

汚いパブの中には、やはり汚いお婆さんがいて、お前は魔女だ、と言われた。

魔女の行く学校に行くのだと。

 

お婆さんは「スクイブ」と言って魔女の仲間だけれど魔女ではないらしい。

7年間お前さんの後見人になればホグワーツから金が貰えて、ろくでもない「マグル」の家のメイドなどしなくても生きていけるのさ、と聞かされた。

 

スクイブのお婆さんに連れられてマートルは制服のローブや杖を誂えた。

どれもこれも、ヒースフィールドとは違い過ぎて、涙が出てきた。

 

ホグワーツに来てからも、マートルはよく泣いた。

 

両親からは悪魔の娘と詰られ、ホグワーツでは穢れた血と呼ばれた。

 

マートルの居場所は、トイレだけだった。

3階の女子トイレには、奇妙な伝説があって、誰も近づかないから、ちょうど良かった。

マートルは、そのトイレの洗面台で何度も何度も手を洗った。自分に憑いている悪魔が、いつか出て行くのではないかと期待して。

 

「マートル?」

 

こんな夜遅くに外から帰ってきたのか、5年の監督生のミス・キクチがマフラーを巻いたまま、談話室に入ってきた。

 

不思議な人だ。きっとヒースフィールドにはこんな女子生徒がたくさんいるに違いないと思えるほど、優雅で気品がある。噂によれば、本当に日本の貴族の娘だそうだ。

 

なのに、陸軍払い下げの兵士の細身のズボンを履いて、太腿には杖のホルダーを装着しているのが、いつものスタイルだ。脚が長くて、アジア人とは思えないほど背が高いから、まるで男の子のように素敵だ。

 

レイブンクローの中でミス・キクチだけは、絶対にマートルを「穢れた血」とは呼ばない。理由は「わたくしは本当の穢れを知っているから」だという。

 

「寒くて目が覚めたの?」

 

マートルはうまく声を出せなくて首を振った。

ははぁん、とミス・キクチがマフラーをマートルの首に巻いてくれた。

 

「嫌な夢を見たときにはね、マートル。手を洗うのじゃなくて、チョコレートを食べるといいのよ」

 

そう言って、陸軍払い下げのズボンのポケットからリンツのチョコを出してくれた。

 

「・・・ミミ、ミ、ミス・キクチ」

「なあに?」

 

マートルの隣に腰を下ろし、長い脚を濃紺のカーペットの上に伸ばして片方ずつブーツを脱いでいるミス・キクチに勇気を出して話しかけた。

リンツのおかげだろうか。

 

「ひ、ヒースフィールドに、行かなかったのは、なぜ?」

 

質問の最後は消え入りそうな声になった。

けれど、ミス・キクチはマートルの髪をそっと撫でてくれた。

 

「マートル、わたくしは魔女だからよ」

「い、いいい、井戸で体を洗っても?」

 

不躾な質問だったからだろうか、ミス・キクチはマートルを見て、少し目を瞠った。「井戸?」

 

「い、いいい、井戸で体を洗って悪魔を、おお、お、追い出せば、ミ、ミス・キクチなら、ひ、ひひひ、ヒースフィールド、に」

 

マートル、と呟いてミス・キクチは「あなたにもわたくしにも、悪魔なんて憑いていない」とキッパリと言った。

 

「わたくしには、とても賢い友人がいるの。彼女は牧師さまの娘だけれど、魔女よ。彼女のお父さまはわたくしの友人に悪魔が憑いているとはおっしゃらないわ」

「ぼ、ぼぼぼ、牧師さま、が?」

 

ミス・キクチは頷いた。

 

「悪魔のような人間ならいくらでもいるけれど、悪魔なんていないわ。少なくとも、井戸水で体を洗えば悪魔が出て行くなんて話、リディクラスよ」

「ぼ、ぼ、ボガートは、わ、わわ、わたし、の・・・パ、パパに、なります」

「やっぱりあなたは賢い人だわ、マートル」

 

にこりと微笑んでミス・キクチはマートルの髪を撫でてくれた。

 

 

 

 

グリフィンドールのミス・マクゴナガルはいつも不機嫌そうな顔をした美人だ。

 

「怖くないわよ」

 

ミス・キクチの言葉に、ミス・マクゴナガルはきりりと眉を吊り上げた。

 

「あなたがミス・ウォレン?」

「は、はは、はい」

「悪魔を追い出す秘術なんてものは存在しないわ。もしそんなことを主張する人がいたら、わたくしの父は『むしろお前が悪魔だ』と言うでしょう」

 

湖の畔のベンチにミス・マクゴナガルが座っている。スコットランドのタータンの膝掛けの上には、読みかけの本が伏せてあり、そのミス・マクゴナガルを見上げるようにマートルは膝を抱えて座っていた。ミス・キクチは、マートルに並んで枯れ草の上に胡座をかいて座っている。

 

「だから、ミネルヴァ、それはなぜ? なぜあなたのお父さまは、魔女に悪魔が憑いているのではないとおっしゃるの? また、なぜ悪魔憑きを主張する人のほうを悪魔だと?」

「その主張のもとに、あまりに馬鹿げた形で恐ろしい数のマグルが、マグルによって殺されたからよ。わたくしの父は、牧師だから、その種の事件はよく知っている。単なる言いがかりや、子供の悪意で、マグルがマグルを殺し続けた忌まわしい事件が山ほどあるわ」

 

ミス・マクゴナガルは形の良い眉を寄せて、マートルを真っ直ぐに見た。

 

「あなたがご両親から悪魔憑きだと言われたことは残念に思うわ。けれど、あなたはあなたの人生を取り戻すべきよ。魔女としてのあなたの人生を。ヒースフィールド? ふん。階級が上にあるだけで入学する馬鹿なお嬢さんが山ほどいる学校だわ」

 

うわーぉ、と感嘆の声をあげて、ミス・キクチが枯れ草に寝転んだ。「英国貴族を敵に回したわ、この人」

 

「あなたならともかく、わたくしがマグルだったとしてもヒースフィールドになんて行けないわよ」

「ミ、ミミミ、ミス・マクゴナガルでも?」

 

ミス・マクゴナガルは片方の眉を上げた。「ハイランドの牧師の娘じゃね」

 

「マートル、酷なことを言うようだけれど、あなたがヒースフィールドに行ったとしてもそれが良かったかどうか」

「・・・え?」

「今、ミネルヴァが言ったでしょう? 階級の問題があるから、たぶんあなたは、ヒースフィールドのヒエラルキーの一番下。つまり、ホグワーツで言うマグル生まれと同じポジションだと思うわ」

 

何か硬いもので頭を殴られた気がした。

 

「そ、そそ、そんな・・・」

「ミス・ウォレンのお父さまがどちらのパブリックスクールをお出になったか知らないけれど、イートン校ならまだしも、それ以外のパブリックスクールならば、あなたにずいぶんと酷な期待をなさったと思うわ」

「あの学校、成績だけで評価される学校じゃないの。家族の階級、お父さまのお仕事、お母さまのご出身、それぞれのおうちが何百年前からの歴史があるか。あなたのお宅はヴィクトリアン? エドワディアン? テューダー?」

 

マートルは目をぱちぱちさせた。

 

「わたくし、日本ではそういう学校に通っていたからわかるの。勉強したって意味のない学校だって」

「い、意味のない?」

「例えばマートル、あなたがヒースフィールドで一番の成績を取ったとする。必ず言われるわよ。『あの方はほら、ああいうお宅のご出身だから、あくせくお勉強なさらなきゃいけないのよ、お気の毒に』ってね」

「少なくともホグワーツでそれはないわね」

 

ミス・マクゴナガルが肩を竦めた。

 

「スリザリンでさえ、柊子はともかく混血のわたくしにもそれは言わないわ」

「ね、マートル。友達を作れとか、強くなれとは言わないから、小さなことだけ試してみない?」

 

むくりと起き上がって、ミス・キクチが提案した。「手を洗わなくてもいい、と思ってみるの」

 

「手を?」

「ええ。少なくとも、休憩時間いっぱいを使って手を洗わなきゃいけないなんてことはないわ。でしょう? わたくしやミネルヴァは、悪魔の娘に見える? 井戸水で体をゴシゴシ洗わなきゃ生きていちゃいけないほどアレな感じかしら?」

 

慌ててマートルは首を振った。

 

「あなただって同じに見えるのよ、わたくしからは」

「わたくしからもよ。むしろ、うちの寮のルビウスにあなたの爪の垢を煎じて飲ませたい。垢がまだあればの話だけど」

「・・・ルビウス?」

「禁じられた森で妙な生き物と遊んでは、手も洗わずに夕食の席に着くの」

 

ミス・マクゴナガルは頭が痛い、というようにかぶりを振った。

 

 

 

 

 

ルビウス・ハグリッドは、マートルの1学年下のグリフィンドールの男子生徒だ。

すごく大柄な男子だ。

 

「こぉら! ハグリッド!」

 

森番のミスタ・グレゴールに何度叱られても、禁じられた森で遊ぶのをやめない。

 

それを遠目に見ながら、マートルは魔法生物飼育学の授業に向かっていた。

今日は朝から、昼食前以外は手を洗っていない。

 

魔法生物飼育学はハッフルパフとの合同授業だ。今日の課題はニフラー。

休み時間に教科書に目を通した。

光るものを好み、それを探す為に鼻で地面を掘る。巣は最深地下6mにあり、一度に6~8匹の子を産む。

宝を探すのによく用いられるが、室内で飼うと家具などを破壊される可能性がある。

 

授業の初めに質問されたマートルは、教科書に書いてあった通りのことを答えただけだが、先生はレイブンクローに5点をくれた。

手を洗わないほうが、確かに物事はうまくいく。手を洗う時間を予習にあてられるのだから当然だ。

 

 

 

 

 

魔女として生きていくしかないのだ、と後見人のスクイブのお婆さんに言われたときは、ただただ悲しいだけだったが、よく考えてみると、それは事実なのだ。

 

マートルは両親から捨てられたのだから。

 

毎年、サマーホリデイは後見人のスクイブの家に帰る。ロンドンのブリクストンの裏路地にある日当たりの悪い家だ。

 

「ただいま戻りました」

「・・・おかえり」

 

スクイブのお婆さんは、マートルの記憶よりは愛想の良い人だ。

 

「手を洗っといで。1分でいいから。小さなチョコレートケーキならある」

「ありがとうございます」

 

おずおずとお礼を言うと、スクイブのお婆さんは目を丸くした。

 

ああ「ありがとう」さえも言わない娘だったのか、とマートルは気づいた。

 

その夜、お婆さんはお酒を飲んでマートルの両親を悪く言った。

 

「あんたね、あたしだって鬼じゃないからさ。あんたに着替えの一つも持たせたいと思うじゃないか。そしたら、あんたのパパとかいうマグルは、あたしに小銭を持たせて追い払おうとした。あたしは、あんたの娘の着替えを取りに来たんだよ!って怒鳴ってやった。あたしがスクイブだってわかったときだって、あたしの親兄弟はあんな仕打ちはしなかったよ。あたしがマグルの仕事に就くまでは、あたしは魔法使いの実家からマグルの学校に通ったもんさ。あたしがマグルの仕事に就いたら、少しずつ距離を置いた。それは仕方ないさね。マグルにあたしたちの世界のことは知られちゃいけない。それはね、マートル、あたしやあんたみたいな人間を守るためなんだよ。マグルの中には、あたしやあんたみたいな人間が魔女だと知ったら掌返したような仕打ちをする奴がいるのさ。そら、あんたのパパみたいにね。あんた、もう、あんな親なんか捨てちまいな。あたしの先だってそう長くないけど、あんたが立派な仕事に就くまでの間ぐらい、あんたにちっちゃなケーキぐらい食べさせてやるからさ」

 

マートルはお婆さんの部屋から、黴くさいキルトを出してきて、背中にかけた。

 

それから食器を洗った。

 

泣いてばかりはいられない、とマートルは思った。宿題をちゃんとやって、お婆さんの手伝いをして、立派な魔女になる。

マートルにはもうパパもママもいない。

お婆さんしかいない。

 

お酒ばかり飲んで、甘いものを食べないお婆さんが、毎年マートルが学年を終えて帰ってくるのに合わせて小さなケーキを買っておいてくれたことがわかってしまった。

大人になったら、マートルがお婆さんにお酒を買ってあげよう。

 

 

 

 

新しい学年が始まった。

ミス・キクチとミス・マクゴナガルは6年生になっても監督生のままだ。

ルビウス・ハグリッドはたまにミスタ・グレゴールの畑の手伝いをしている。

 

でも、マートルはもう不幸なマートルではない。

 

もちろん、コインをひっくり返すように全てが一度に変わることはないから、まだたまに手を洗わずにいられない日もあるけれど、そんなときは3階の女子トイレにささっと行って手を洗う。

 

その日も、そんな風にマートルが手を洗ってトイレを出たところだった。

 

ミス・キクチが怜悧な顔を険しくして、壁を見つめていたのだ。

 

「ミ、ミス・キクチ?」

「ああ、マートル。そうだ、そこのトイレで何か変な物音は聞こえなかった?」

「え・・・いいえ」

 

そっか、と微笑み、ミス・キクチは「サラザール・スリザリンの秘密の部屋」という伝説を教えてくれた。

 

「そのスリザリンの秘密の部屋の出入り口が、あそこのトイレだっていう、伝説よ」

「・・・だだだ、だから誰も使わない?」

 

そう、と言ってミス・キクチは少しだけ真剣な顔になる。

 

「でも、マートル。あのトイレは使わないほうがいいわ」

「え。で、ででで、でも」

「まだたまに手を洗いたくなるかもしれないけれど、別の場所を探しましょう? 伝説って、なかなか侮れないのよ。きっと何か根拠があるの。スリザリンの怪物に会いたくはないでしょう?」

 

こくんとマートルは頷いた。

 

 

 

 

 

穢れた血が1人死ぬ。

 

占い学の授業で、スリザリンの女子生徒がそんなことを言って、くすくす笑った。

みんなが笑った。

もちろんレイブンクロー生も笑った。

マグル生まれは他にもいるはずだが、穢れた血といえばマートルだと、いつの間にか決まっていた。

 

マートルは教室にいられなかった。

走って逃げ出した。

走って走って走って。

あのトイレに来ていた。

 

必死で手を洗った。指先の感覚がなくなるぐらいに必死で。

 

穢れていない穢れていない穢れてなんかいない。

 

いつまでもいつまでも洗い続けた。そのとき、背後の古い洗面台がごとりという音を立てた。

 

振り向いたマートルの目に映ったのは、大きな黄色い目だけだった。

 

 

 

 

 

次に意識が浮かび上がったとき、なぜかその洗面台にミス・キクチとミス・マクゴナガルが、どろどろに汚れた姿でもたれかかっていた。

 

ーーミス・キクチ? ミス・マクゴナガル?

 

「ごめんね、マートル」

 

どこか痛むのか、ミス・キクチが顔をしかめた。

 

「でも、ミス・ウォレン、もう誰もあなたのようには死なないわ。バジリスクは死んだから」

 

ーーああ、バジリスクの目だったのか

 

この2人の上級生は、まさかマートルのためにバジリスクを倒しに行ったのだろうか。

 

2人とも疲れきっていて、洗面台近くのタイルの床に横たわった。

 

 

 

 

あれから何年経ったのかマートルは覚えていない。

 

長い長い間を、ホグワーツの3階女子トイレのゴーストとして存在している。

 

自分がどんな女の子だったのかも思い出せない。

 

時々思い出すのは、レイブンクローの監督生のバッジをつけた女の子の姿だけだ。

その人のことがとても好きだった気がする。

たまに、監督生のお風呂に行ってみるけれど、あの人はいない。

 

そう言うと、あの人そっくりのくせになんだか縮んで、しかもグリフィンドールのネクタイをした男の子みたいな女の子が「もう卒業した人だと思うわ。だから監督生のお風呂を覗くのは」と頭を振った。



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閑話3 秘密の部屋

マートルが亡くなった3階女子トイレには、いくつもの花束が捧げられていた。

それらを踏みにじり「偽善者」と呟くと、ミネルヴァが「気持ちはわかるけれど落ち着きなさい」と諭した。

 

「それで? 今回の冒険の概要は?」

 

グリフィンドールのオーガスタが杖を指先でくるくると回す。

 

「バジリスク退治よ」

「それって、マートルって子の敵討ち? ルビウスの無罪放免はどうなったのよ」

 

無罪放免は無理でしょう、とミネルヴァが冷静に言った。「アクロマンチュラを校内で飼育した時点で、退校処分が妥当だわ。ただ、アズカバン行きは回避できる。マートルを殺したのがルビウスのアクロマンチュラでない可能性を強く示せば」

 

そういうこと、と柊子が応じた。「まずバジリスクを殺す。そして鱗なり牙なりの存在証明を持ち帰る。そうすれば、マートルの遺体からアクロマンチュラの毒が検出されたわけでもない以上、ルビウスがアラゴグちゃんを使ってマートルを殺したというのは無理矢理過ぎることになる。ルビウスはアラゴグちゃんを校内で飼育したうっかりの責任を取るだけで済む。バジリスクが死んだのに、ルビウスを犯人に仕立て上げる必要はないわ」

 

惜しいわね、とポピーが呟いた。

 

「ルビウス?」

「アラゴグちゃんよ。アクロマンチュラの毒が手に入るところだったのに」

「・・・それ、永遠にルビウスに言ってはダメよ」

 

オーガスタとミネルヴァは呆れたが、柊子は慣れたふうに「アクロマンチュラの毒より、バジリスクの毒のほうが希少価値あるわよ」と、ガラスの小さな瓶を放り投げた。

 

「ただし、参加賞ですからね」

 

ポピーは溜息をつき右手を挙げた。「参加するわよ、すればいいんでしょう」

 

「で、真犯人は捕まえないの?」

 

オーガスタが首を傾げる。

柊子は肩を竦めた。そして、一番古い洗面台の蛇口を指差す。「ここ見て」

 

オーガスタとミネルヴァが覗き込む。「蛇?」

 

「ここがバジリスクの出入り口よ。誰かがここを開けて、マートルにバジリスクをけしかけたの。つまり真犯人は蛇語使い」

「いるの、そんなの?」

「ここに1人」

 

柊子が右手を挙げる。

ミネルヴァは眉を寄せた。「まさかスリザリンの末裔とか言わないわよね」

 

「わたくしが? スリザリンが日本人やロシア人と血を交えることを考えたことがあれば可能性はゼロではないわ」

「つまりゼロね」

 

頑ななまでに英国魔法界の中のみで純血を謳う純血主義の頂点たるサラザール・スリザリンが異民族との混血を認めるはずもない。

 

「ああ、だから昨日4年生を締め上げたのね」とポピーが呟いた。

 

「締め上げた?」

「人聞きの悪い。わたくしは、マートルが亡くなる直前の授業を受けた子たちに聞き取り調査をしただけ。監督生らしく」

「柊子が監督生らしくする時って、往々にしてやり過ぎる気がするわ」

 

オーガスタがにやりと笑い、ミネルヴァは「それで何がわかったの?」

 

「穢れた血が1人死ぬ」

「・・・は?」

「占い学の授業で、占いの結果を装ってスリザリンの女子生徒が言ったそうよ。そして、誇り高い我がレイブンクローの4年生はマートルをじろじろ眺めてクスクス笑った」

 

まったく誇り高いことね、とオーガスタが軽蔑も露わに吐き棄てる。

 

「スリザリン生の名前は、マーガレット・パーキンソン。リドルの取り巻きよ。さーて、なぜミス・パーキンソンはマートルの死の予言が出来たのかしら?」

 

以前からリドルは、とミネルヴァが口元に拳を当てて考え込む。「蛇にこだわっていたわね」

 

「その通り。スリザリンの象徴だからこだわるのか、蛇語使いだからこだわるのかはわからないけれど。少なくともルビウスは女子トイレで蛇と楽しくおしゃべりして、マートルを襲わせるほどの変態じゃないわ。そんな変態、リドルだけで充分よ」

「でも、そっちも証拠には程遠い。勝利条件はバジリスクを殺して、バジリスクの存在証明をし、ルビウスのアズカバン行きを阻止することでいいのね?」

「そのあたりが妥当でしょうね」

「異議なし」

「まずリドルを殺ってから理由をつけましょうよ」

 

オーガスタ、とミネルヴァが額を押さえた。

 

「なによ、ミネルヴァ。リドルが変態なのは昔から一目瞭然。なぜかダンブルドアはリドルには甘いけど、男のくせに女子トイレに長時間滞在する変態っていうだけで死刑で良くない?」

 

ポピーが「女子トイレに長時間滞在した証拠がないのよ、オーガスタ」となだめた。「マートルが手洗い場にいるときは、他のことには気がつかない・・・つかなかったの。強迫的なまでの勢いだったから。変態が背後にいてもたぶん見ていないし、仮に見たとしても証言はもう出来ない」

 

「なにそれ、その子もイカれてたの?」

「両親のおかげでね」

 

ポピーが肘を抱いた。「実の両親からは悪魔憑きと言われ、ホグワーツでは穢れた血と呼ばれ。正直、イカれないほうが不思議じゃない? わたしも機会あるごとに声をかけたりしてはいたけれど、あの子の目には柊子しか入らなかったから、効果はゼロだったの」

 

「それも両親の責任ね」ミネルヴァがきっぱり言った。「自分の感性の中のヒースフィールド風な人物以外を認識できなかった」

 

「へぇ、ヒースフィールド・・・って何? クィディッチチーム?」

 

オーガスタの反応に、ミネルヴァはこめかみを押さえた。

 

友人たちを眺めながら、柊子は唇を噛んだ。

マートルは変わりつつあった。後見人を「スクイブのお婆さん」ではなく「ミス・フィッグ」と呼ぶようになり、手を洗う機会が減り、成績も安定しつつあった。「ちゃんとした魔女の仕事につきたい」と考えていた。悪魔だとか穢れているだとか、そんな漠然とした妄想に振り回されずに地に足を付けようとしていた。

 

なのに、リドルの影響を受けたマーガレット・パーキンソンの悪意ある占いがマートルの人生を終わらせた。

レイブンクロー生がそれに加担したことも許し難い。

 

 

 

 

 

「このクズども」レイブンクローの談話室で、昨夜柊子は冷淡に言い放った。「叡智のレイブンクローが聞いて呆れるわ、クズの集まりね。マートルが1人の時にどこにいたのか、何をしていたのか、なぜそうしていたのか想像することも出来ない無能ばかり。無能かつ冷淡な人間になりたければスリザリンに行きなさい。ちょうど良かったじゃない? マーガレット・パーキンソンっていうパグ犬と仲良しなんでしょう、あなたたち。血統書付きのパグ犬と同じ水準の奴らはレイブンクローには必要ないわ。さあ、とっととスリザリンに行きなさいよ。いつまで叡智ある人間のふりして座ってるの、図々しいわね」

 

 

 

 

「ねえ、ポピー?」

 

ぬるぬる滑る巨大な円柱形の道を滑り降りるように歩きながら、柊子は背中のポピーに提案した。「バジリスクの毒をレイブンクローの談話室に仕掛けない? 馬鹿は減ったほうが風通しが良くなるわ」

 

柊子に背負われたポピーは溜息をついた。目隠しをされているので、自分の足で歩くのはむしろ危険なのだ。

 

「バジリスクの毒を展示することなら賛成するわ。あなたがどれだけ怒り狂っているか下級生にも思い知らせる意味で。でも殺しちゃダメ」

「あんなクズどもが減って何か支障があって?」

「ホグワーツの運営資金が減るでしょう」

 

こほん、とミネルヴァが咳払いをした。「あなたたち、もう少しオブラートに包んでくれないかしら」

 

「そんなことより、ねえ柊子、そろそろ目潰しの手順を教えてくれない? わたし、さっきから先頭歩かされてるんだけど」

 

オーガスタがぼやいた。

 

ああ、と柊子は呟き、ズボンのポケットから和紙を取り出す。

 

「いつもの紙ね」

 

杖明かりを差し出したミネルヴァが呟く。

 

「今日のは違うわ。ここの、このマーク。わたくしの家の家紋・・・あーっと、紋章なんだけど、鷹の羽をデザインしてあるの。つまり」と言うと、家紋に息を吹きかけた。瞬間に、和紙は鷹の形を取る。「鷹になるわ」

 

オーガスタは嘆息し「柊子の存在そのものがマーリンの髭よね」と呟く。

 

「今更でしょう。鷹に目潰しをさせるなら、早いほうが良くないかしら」

「蛇って嗅覚があるわよ」

 

ぴた、とオーガスタの足が止まる。

 

「わたくしたちがこんな足場の悪いところにいるうちに視力を奪ってしまうと、嗅覚を頼りに怒り狂って攻撃されたら逃げられないと思うけれど?」

「今バジリスクに見つかったら?」

「だから、下を向いて歩いてね。目を直視しなければ最悪でも石化で済むわ。石化してもポピーが手を尽くしてくれるはず」

「それ以前にわたしが先頭歩かされてるのはなぜか誰か教えて」

「忘れてるようだから教えてあげるけれど、オーガスタ、あなたが後先考えずに一番に穴に飛び込んだのよ」

 

ミネルヴァが指摘しているとき、柊子が咄嗟に全員の顔に目隠しをした。「オブスキュロ! オパグノ!」

 

ミネルヴァの肩にとまっていた鷹が、ミネルヴァの肩に爪を立てて飛び立つ。

 

柊子の耳にバジリスクの悲鳴が響き渡る。

 

「さーて、来るわよ」

 

杖を軽く振り、全員の目隠しを解くと、背中のポピーを下ろした。

 

前方で、鷹の式神が役目を終えて燃え上がる赤い炎が見えた。

 

痛みにのたうつバジリスクの立てる振動で、ぬめる管の中には立っていられない。

 

「どれだけデカいの、よっ!」

 

オーガスタが業を煮やして滑り降りていく。

 

「あーぁ、張り切っちゃって」

「逃げ足速いから、囮にちょうどいいわ」

 

しゅ、とミネルヴァも腰を落として爪先から滑り始めた。

 

柊子はその場で頭に蛇の姿を思い浮かべる。『馬鹿め。ひとまず退却するが良い。血を裏切る者どもが油断してひとかたまりになったところを、その牙で引き裂くのだ』

 

シュルシュルと音が遠ざかる。

 

にや、と笑うとミネルヴァと同じ姿勢で滑り降りていった。

 

 

 

 

 

悪趣味、とオーガスタが呟く。「これがサラザール・スリザリンってわけ?」

 

「少なくともロウェナ・レイブンクローとヘルガ・ハッフルパフでないことは確かよ」

 

言いながら、ミネルヴァは巨大な石像に這い登る血痕を確かめた。「この奥が巣穴みたいね」

 

その時だった。

 

『殺せ、穢れた血からだ』

 

「ミネルヴァ! 降りて! オーガスタ、すぐアクシオで箒!」

 

柊子は、キッと滑り降りてきた巨大な管を睨んだ。

 

「変態が、今まさに女子トイレにいるわ。あの洗面台から指示を出してる」

 

ビュンッとオーガスタの箒が飛んできて、オーガスタが舞い上がったとき、石像の口から、信じ難い大きさの蛇が現れた。サーベルのような牙が禍々しく光っている。

 

『目の前を飛ぶ蝿ぐらい一噛みで殺してしまえ!』柊子の指示のほうが現場にいる分具体性があるせいか、バジリスクは箒に乗ったオーガスタを追い始めた。

 

「グレイシアス!」

 

すかさずミネルヴァがバジリスクに向けて冷気を放つ。

だがスピードが落ちない。「変温動物のくせに!」

 

「ミネルヴァ、冷気は効かないわ」

 

ポピーが冷静な声を出す。「ヒキガエルもしくは蛇によって孵化する。もともと一定以上の温度を必要とせずに生まれる生物よ」

 

「弱点は?」

「雄鶏がときをつくる声」

 

ブンッと飛んできた箒の上でオーガスタが「こけこっこー!」と自棄になったように叫んだ。

声真似が下手なせいか、スピードが落ちない。

 

「オーガスタ、あと一周」

 

冷静に柊子が指示すると、オーガスタは悪態をつきながら、決死の飛行に再び突入した。

 

柊子は今しがたオーガスタを追っていったバジリスクが残した血痕の上にしゃがみ、杖を構える。

 

「来るわよ!」叫びながらオーガスタが飛び出してくると、柊子が「アグアメンティ、グレイシアス!」と続けざまに唱える。

 

大きく開いたバジリスクの口の中に向けて、杖先から噴射した水が凍りついて突き刺さる。

 

「石像に登って!」

 

喉の奥を氷の刃で突かれたバジリスクがのたうつ。

ミネルヴァが柊子のポケットから和紙を取り出した。

 

「ミネルヴァ?」

「不本意だけどダンブルドアを呼ぶわ」

 

せめて武器でも、と呟きながら、石像によじ登る柊子の口元に和紙を差し出した。

ふっと柊子が息を吹きかけると、和紙はヒュンと飛び上がる。

 

その隙にオーガスタとポピーが失神呪文をいくつも撃ち込むが、そもそものバジリスクの巨体を失神させるに至らない。

 

石像によじ登ってくるオーガスタとポピーに向かい「プロテゴ、プロテゴ・トタラム、プロテゴ・ホリビリス」と保護呪文をかけていると、今度はミネルヴァが「コンフリンゴ!」とバジリスクの腹部を爆破させた。

 

「どうせなら頭を狙ってよ!」

 

肉片と血が降り注ぐだけで、断末魔には至らない。

 

そのとき、ドーム型の高い天井を膨らませるかのような豊かな響きの旋律と共に、すぐ側に不死鳥が姿を現した。

 

「フォークス!」

 

ミネルヴァとオーガスタが叫ぶ。

が、フォークスが嘴にくわえたものを見て、ミネルヴァが「クソ親父!」と全員を代表して絶叫した。

 

石像の足元、ずいぶんと寸が詰まってしまったバジリスクが、牙を突き立てて崩そうとしている。

 

「とりあえず・・・かぶるしか、ないわね」

 

柊子が、組分け帽子の唯一の使用法を口にする。

 

「今更組分けの儀式ですか、こんなところで! 5分半も!」

「5分半もかかったのはあなただけだからとにかくかぶってみなさいよ」

 

その問答の間もバジリスクは石像の足元を崩そうとしている。

 

「柊子がかぶれば? 今度はグリフィンドールに入れてくれるかもしれないわよ」

 

ミネルヴァの言葉に首を振ったのは、ポピーだった。

 

「組分けの儀式ならともかく非常時に組分け帽子をかぶるのはグリフィンドール生にするべき。その帽子、もともとはゴドリック・グリフィンドールのものだから」

 

 

 

 

 

ダンブルドアへの八つ当たりで、必要以上に深々と組分け帽子をかぶる。

と、突如、脳天に感じる衝撃で、目の裏に火花が散る。

 

「今度はなによ!」

 

組分け帽子を放り投げると、石像の口に片手をかけたオーガスタが残りの腕を伸ばしてキャッチした。

 

「ミネルヴァ、それ」

 

柊子が珍しくぽかんと口を開けている。

頭からずるっと滑り落ちたのは、宝石を嵌め込んだ鞘に収まったままの剣だった。

 

「・・・剣?」

 

この場合は、とポピーが苦しそうな声を出す。石像の口までまだ登りきれていない。腕の力でぶら下がった状態だ。「バジリスクの脳天を狙って刺すしかないわ!」

 

「ミネルヴァ、よろしく」

 

柊子が肩を竦めた。

 

「はあ?」

「グリフィンドールの帽子から出てきた剣は、グリフィンドール生専用武器だと思うのよね」

「なにか、さっきからグリフィンドールが良いように利用されてる気がするのよね」

「お願い・・・急いで・・・」

 

ポピーの息絶え絶えの声に、柊子が「変に疑わずストレートに考えなさいよ。騎士道精神のグリフィンドールぐらいしか剣なんか使わないに決まってるじゃない」と宣った。

 

 

 

 

 

逆手に鞘から抜いた剣を握り、ミネルヴァはバジリスクの脳天を目掛けて飛び降りた。

 

「プロテゴ!」

 

バジリスクの頭部から飛び散る様々な体液からミネルヴァを守るための盾を瞬時に展開し、同時にオーガスタがぶら下がったポピーを箒で回収した。

 

しばらく、その場に沈黙がわだかまる。

 

ふう、とミネルヴァが息を吐いた。

 

その隣に飛び降りた柊子が「剣貸して」とミネルヴァの手から柄を抜く。

 

「なにする気?」

「なにって、あなた、これゴブリン製よ? ゴブリン製の剣があって、すぐそこにバジリスクの毒がある。吸収させない馬鹿はいないわ」

 

ミネルヴァがバジリスクの頭部から飛び降りると、柊子は慎重に牙に杖先を向け「コンフリンゴ」と囁いた。

小さな爆発が起き、牙がどろりと黒い毒を流しながら、ごとんと落ちた。

 

流れ出した黒い毒に触れないように足元に気を使いながら、柊子が白く輝く刀身を毒に浸すと、輝きはそのままに、周囲の毒を剣が吸い込んだ。

 

「一丁上がり。強力な武器が出来たわよ、グリフィンドール、喜んで」

「・・・バジリスクの毒を吸収した危険物を喜べと?」

 

 

 

 

 

薄情にもフォークスは飛び去ってしまった。

リドルが洗面台を開けたままにしているとは思えない。

 

箒に乗ったオーガスタを飛ばせて、水の出口を探してもらう。

 

「まったく」

 

ミネルヴァは憤懣やるかたない息を吐きながら、バジリスクの残った体から鱗を剥ぎ取っている。ルビウスのアズカバン行きを阻止するための証拠品だ。

柊子とポピーはバジリスクの牙や毒を回収している。

 

「あなたに付き合うとろくなことがないわ」

「わたくしだって、今回ばかりは望んだことじゃないわ。でも、仕方ないじゃない?」

「なにが」

「もっと被害者が出たかもしれないのよ?」

「・・・え?」

 

しっかりしてよ、と柊子がミネルヴァの肩を叩いた。「マートル1人を殺すためにバジリスク? リスクと効果がちっとも釣り合わないわ。マートルを殺すなら、もっと簡単な方法がある。ヒステリックに手を洗う彼女の背後から、ズドン!で終わることにバジリスクなんて持ち出す? マートルはリドルの実験台よ」

 

ミネルヴァは眉をひそめた。

 

「だからわたくしはリドルを許さない。今回はあの変態の尻尾も掴めなかったけれど、リドルが蛇語使いだと確認は出来たわ」

「リドルをどうするつもり? ホグワーツ内じゃダンブルドアがリドルを守るわよ」

 

卒業してからよ、と柊子は言った。

 

 

 

 

ぐるっと敷地を一周するほども歩いて、元のトイレに戻ると、柊子は疲れで指一本も動かせなくなった。

 

「マートル、ごめんね」

 

マートルのために自分に出来たことがいったい何があったと言えるだろう。

自分が一生背負うべき十字架だ、と思った。

このホグワーツ内で、同じハウスのひとりぼっちの少女1人守れはしなかった。

 

「少なくとも、ミス・ウォレンよりあとに犠牲者は出ないわ」

 

4人は、疲れきってその場に大の字になった。

 

そのまま、うつらうつらしてしまったようだった。

 

「こ、この! 大馬鹿娘どもがぁ!」

 

ぽい、ぽい、ぽい、ぽい、とそれぞれがバジリスクの牙、バジリスクの鱗、組分け帽子、グリフィンドールの剣を放り出すと「マートル・エリザベス・ウォレンの死因は、バジリスクの邪眼によるものであり、それにルビウス・ハグリッドは関与していません」と右手を開いて証言した。

 

「君たちのようなろくでもない魔女娘どもはホグワーツ始まって以来だ! 聞いておるのか!」

 

もう誰も聞いてはいなかった。



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閑話4 ウェンディは心配しております

腹黒いハウスエルフです。


週に一度、ウェンディは好きなところへ出かけます。

 

といっても、しもべのいる屋敷を巡るだけです。

 

魔法使い、特に悪い魔法使いの家にはたいていの場合、しもべがいます。

魔法使いたちは、しもべに命じます。「よその魔法使いに余計なことを喋るな」と。

でも「よそのしもべに業務連絡するな」とは命じませんので、ウェンディは割と自由に悪い魔法使いの企みを知ることが出来ます。

 

奥様は「それはお仕事でしょう。お休みの日には、他に自分のしたいことをしていいのよ」とおっしゃいますが、ウェンディのしたいことは正しい魔女の一族にお仕えすることなのです。

 

ーーいただいたお給料がどれだけ貯まったか、金貨を数えるのも好きですが

 

金貨は毎晩数えていますから、お休みの日には、自分のしたいことをします。

 

しもべたちを訪ねる旅をするのです。

 

 

 

 

 

パチン!

 

奥様のお嫌いな悪い魔法使いの家に姿現しします。

 

「ウェンディ!」

 

姿現しの気配を感じるとすぐにドビーがやってきて、しもべ専用の薄暗く黴くさい通路に招いてくれます。

 

「ウェンディ! だんなさまとぼっちゃまがハリー・ポッターを悪く言います!」

 

ドビーはキーキー声で訴えますが、ウェンディはなるべく優雅に奥様のように話します。

 

「ドビー、どんな風に悪く言うのですか?」

「ハリー・ポッターは目立ちたがりの嫌な奴だといいます!」

 

ふむ、とウェンディは考えます。

ハリー・ポッターは姫さまのお友達です。「生き残った男の子」ですが、姫さまのお友達であることがウェンディにとっては重要なのです。

 

「ハリー・ポッターは目立ちたがりの嫌な奴ではありません。姫さまのお友達ですから。他に、ドビーの大事なえらいだんなさまとぼっちゃまは何かホグワーツのことを話しますか?」

「姫さまのことを!」

 

ウェンディの大きな耳がピクリと動きます。

 

「姫さまのこと?」

「姫さまは姫さまです!」

「その通りです」

「姫さまですから、ぼっちゃまが姫さまを手に入れれば皆がよろこびます!」

 

むしろ全英が泣きます。

 

「皆というのは、だんなさまの大事なご立派なお友達のことですね?」

 

ドビーと話すときには、だんなさまのことを悪く言わないのがコツです。内容がただの悪口でも、だんなさまを褒める単語で表現していれば、ドビーはご自分をバッチンなさいません。

 

「そうです! それから闇の帝王も! だんなさまはご立派ですから、闇の帝王がお隠れになったとき、こそこそとご立派な取引をして、アズカバン行きをしませんでした!」

「まったくご立派様です」

「だんなさまは、闇の帝王が万が一蘇ったときに褒めてもらう材料が必要です!だから姫さまを成人前にぼっちゃまの婚約者にします!」

 

全豪も泣きます。

 

ウェンディは深呼吸します。罵り文句が出そうですから。罵り文句を口にしてしまうと、ドビーは頷き、頷いたことでご自分をバッチンなさいますから、話が進まなくなります。

 

「そのためにも、学校から穢れた血を追い出す必要があるとご立派なことをお考えです!」

「まったくご立派様ですね」

「穢れた血はハリー・ポッターのお友達にもいます。姫さまのお友達です!」

 

ハーマイオニーさまですね。まだお会いしたことはありませんが、奥さまがいつも褒めていらっしゃいます。

奥さまはハーマイオニーさまのような賢いマグル生まれには、是非魔法法執行部に入って欲しいとお考えです。

奥さまのご計画の中では、ハーマイオニーさまの役割はとても大きいようです。きっと正しい魔女なのでしょう。

 

「ハリー・ポッターのお友達で、姫さまのお友達ならば、ドビー、お守りしなければなりませんね。ご立派様から」

「ハリー・ポッターはドビーがお守りなさるのです!」

 

それが一番良いでしょう。ご立派様の計画を一番知りやすい立場にいるのはドビーですから。

 

「ところで、ドビー。姫さまをぼっちゃまが手に入れる件はどうなっていますか?」

「だんなさまがぼっちゃまを叱りました! ああ、ご立派なだんなさま!」

「具体的に」

「12歳の女の子ひとりをコンパートメントに引きずり込むぐらい簡単なことです! 引きずり込んでしまえば何をしても構わないのです! ご立派なぼっちゃまは何度かそうしようとしたけど無理だったと言います!」

 

でしょうね。

 

姫さまはたいへん美しいお方ですが、体術にも優れていらっしゃいます。鍛錬は欠かしません。

ホグワーツでも毎日鍛錬なさいますから、ウェンディはほとんど毎日姫さまのクロゼットに侵入して、汚れ物を持ち、新しいトレーニングウェアを置いて帰ります。帰ったら毎日お洗濯です。

 

「ご立派様は、他の提案はなさらなかったのですか?」

「今年はハリー・ポッターを狙う計画がありますから、ぼっちゃまは関わってはいけないとおっしゃいます! 代わりに姫さまと仲良くするようにと! 背後から抱きしめて、その・・・掴めば貴婦人はおとなしくなるからです!」

 

ならないと思います。特に姫さまは。

 

「賢いご立派様ですね」

「ああ、まったく高潔にして賢明なだんなさま! ドビーはハリー・ポッターを守るために全力を傾けます!」

 

 

 

 

チェルシーに帰り、奥さまに報告すると、奥さまはソファに転がってヒクヒクと痙攣してしまいました。

 

わかります。馬鹿な計画を立てるご立派様のことは、全米が笑う事態です。

 

「・・・はあ、笑いをこらえるのは腹筋に効くわ。マルフォイの息子みたいなモヤシが蓮を手篭めって・・・ぶふっ」

 

無理もありませんが笑い過ぎです。

 

「ところで、ドビーには『ようふく』の話はしたの?」

「いいえ、奥さま。ドビーにはもうしばらくご立派様のもとにいて欲しいですから」

 

ウェンディ、と奥さまが呼びます。「悪い魔法使いのことを警戒してくれるのはありがたいけれど、仲間を利用するのはいかがなものかしら」

 

奥さまはウェンディの小さな手を両手で握ります。

 

「わたくしたちヒトの過ちは、ヒトがどうにかするべき問題だわ。あなたがたハウスエルフを犠牲にしていいことではないの。あなたが、仲間たちに『ようふく』は恥辱ではなく自由だと説いて回っていることをわたくしは誇りに思っているわ。どうかドビーにも、そのことを教えてあげてちょうだい」

 

奥さまはろくでもないヒトには冷酷でさえありますが、基本的にはこういう方です。

奥さまのお母さまも姫さまも。

 

ですからウェンディはお仕えしています。

 

ハウスエルフはどなたかにお仕えしなくてはいられない生き物です。

ですが、別に魔法契約に縛られてはいません。

お仕えする主人を選ぶことが本当は出来るのです。そのことを知るハウスエルフがほとんどいないだけで。

 

ハウスエルフは自由なしもべなのです。

 

そのことをハウスエルフの仲間たちに教えるのがウェンディの一番の務めですが、ウェンディは心配しているのです。

 

ハウスエルフの多くは、悪い魔法使いの屋敷でしもべとなっています。待遇はひどいものです。

 

「奥さま、しもべが皆、主人を変えたら悪い魔法使いの方々の動向がわからなくなってしまうのです」

「それでも、よ。ウェンディ。本当は自由であることを教えてあげて」

 

奥さまのご指示です。

教えるしかないでしょう。

 

けれど、ちょっとだけ色付けして教えましょう。「正しい魔女は、悪い魔法使いの情報を必要としています」と。

 

きっとドビーは悪い魔法使いの屋敷で知り得た「いろいろ」を教えるために張り切ってくれるでしょうから。

 

 

 

 

 

ご立派様は完全にろくでもない魔法使いですが、バーテミウス・クラウチはよくわかりません。

 

「ウィンキー」

「ウェンディ!」

 

いつも大きな瞳に涙を溜めているようなしもべがウィンキーです。

 

バーテミウス・クラウチは2人いるのです。父と息子です。

 

息子は完全に悪い魔法使いの仲間です。「闇の帝王」の忠実なしもべです。

悪い魔法使いは、ハウスエルフをしもべにしておきながら、自分たちも「闇の帝王」のしもべになりたがります。まったく迷惑な話です。洗濯の仕方も知らないくせに。

 

父のバーテミウス・クラウチは、むかしヴォルデモートの勢力が強かったときは、奥さまの上司でした。

でも、実に迷惑なヒトです。ウェンディはバーテミウスのせいでコンラッドさまが死んだと思っています。

悪い魔法使いをサイバンせずに殺して良いと言い出すぐらいに正義を気取っていましたが、一度はアズカバンに収監した息子をこっそり連れ出しています。そのくせ、息子を禁じられた服従の呪文で動かさないように屋敷に監禁しているのです。全てが中途半端だと思います。

 

「ウィンキー、ぼっちゃまはいかがお過ごしですか?」

「おかわいそうなぼっちゃま! 外の空気を吸うことも出来ない!」

 

別にかわいそうだとは思いませんが。本来ならアズカバンにいるはずなのですから。

それを言うと面倒なので、ウィンキーに調子を合わせます。

 

「本当にお気の毒です。ところでウィンキー、あなたは本心からクラウチさまにお仕えしているのですか?」

「ウェンディ! ウィンキーはしもべです」

「クラウチさまにお仕えすることを、ウィンキーがご自分で選んだのですか?」

 

ウィンキーは2階を見上げます。

 

「選んだわけではないのです。ホグワーツでの研修が終わってすぐにこのお屋敷に飛ばされました。でも、ウィンキーはきちんとしもべとして働いています! ご主人さまのために! ウィンキーは誇り高いしもべです!」

「その通りです、ウィンキー。誇り高いしもべは、主人を選ぶことが出来ます」

 

ウィンキーはみるみるうちに瞳の涙の水位を上げていきます。

 

「ウェンディ! なんという恥さらしな! ご主人さまを選ぶだなんて! そんなことだから、あなたは『ようふく』なのですよ!」

「この『ようふく』は、ウェンディが誇り高いしもべであることの証です。奥さまはしもべが汚い枕カバーをまとうことをお許しになりません。しもべはしもべらしい清潔な格好でいなければならないのです。ウィンキー、あなたはそんな不潔なぼろきれを着て、大事なぼっちゃまの食べ物を作るのですか? それが正しいしもべですか?」

 

ウィンキーが、ハッとした顔でウェンディを見ます。

もう少し押しておきましょう。

 

「ウェンディは大事な奥さまや姫さまの視界に、汚い姿をお見せするわけにはまいりません。もちろん汚い格好で、奥さまや姫さまのお口に入るものを作ることも出来ません。ようふくは恥辱ではなく、正しくお仕えするための戦闘服なのです。ウェンディは、奥さまや姫さまにお仕えすることを自分で選びましたから、きれいなようふくを着て正しくお仕え出来るのです」

「・・・ご主人さまを選べば、正しくお仕え出来る?」

「その通りです、ウィンキー。正しくお仕えするためには一度『ようふく』の道を選ぶ必要がありますが、しもべが正しいご主人さまを選べばお仕えすることは自由に出来ます」

 

ウィンキーの瞳がぼんやりしてきます。

ウェンディは知っています。ウィンキーはぼっちゃまを大事にお守りしているのですから、ぼっちゃまに汚い姿でお仕えしたくはないのです。新しい枕カバーをいくつも隠しています。

 

「・・・ウェンディは『ようふく』を恥じていない・・・」

「そうです、ウィンキー。ウェンディはようふくを着てお仕えする自由なしもべです」

 

 

 

 

チェルシーに帰ると、奥さまはお電話中でした。

 

お仕事のお電話はオフィスでパラリーガルや秘書が受けますし、魔法使いや魔女は電話を使いませんから、これは珍しいことです。

相手はおそらくフィッグさんです。

フィッグさんはスクイブなので、マグルに混じって暮らしています。おばさまもスクイブだったそうですが、奥さまのお母さまがお気にかけていらっしゃったので、姪のアラベラさまもスクイブだとわかると、ご紹介なさいました。

奥さまのお母さまや奥さまには、マグルの伝手が多いので、スクイブの方にお仕事を紹介することも多いのです。

 

電話を切ると奥さまはウェンディをお呼びになりました。

 

「なんでしょう、奥さま」

「今夜は外出するわ。ただ、あまり素敵な夕食が期待できるお宅じゃないから、夜食を用意しておいてくれる? 蓮の分はお肉をたっぷりね。わたくしは軽くで良いわ」

「かしこまりました」

「あなたのお友達のドビーはなかなか行動的ね」

 

奥さまが、ぱちんとウィンクなさいました。

 

ドビーが原因なのですね。

 

なんでしょう、とても胸騒ぎがします。



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第1章 ハリー・ポッターの誕生日

穴あけドリルの会社を訪ねると母が言い出したのは突然だった。

 

ウィンブルドンのハーマイオニーの家で宿題をして、自転車で帰ってきたら突然に、だ。

 

濃紺のスーツを着て、ブロンドに近い淡いブラウンの髪をアップにまとめた母は、魔女にはとても見えない。

 

玄関の壁に自転車を架けながら「ふうん」と蓮は頷いた。「いってらっしゃい」

 

「グラニングズ社に行ったら、サレー州までドライブよ。動きやすい服装でね」

「・・・はい?」

「サレー州からデヴォンに行くけれど、これはちょっとだけ車を飛ばすことにするわ」

「フラメルのお家に行くの?」

「いいえ、隠れ・・・あ、あなたまだ知らなかったわね。じゃ、行ってからのお楽しみ。そうそう、お母さまの書斎の机の引き出しに、マグルの万能鍵が入っているわ。使い方を覚えておいて」

「・・・わたくし、校則違反どころか犯罪に巻き込まれるのかしら?」

 

蓮は冷えた微笑を浮かべたが、母は一向に頓着しない。

 

「あなたとハーマイオニー、ハリー・ポッターと連絡が取れないって心配していたでしょう?」

「それとこれとにどういう関係が」

「ハリー・ポッターを迎えに行くのよ。どうやら、荷物は全部取り上げられて、鍵付きの物置に隠されたみたい。お母さまが、ハリーのおじさまやおばさまと夕食をいただく間に、あなたは万能鍵で物置を開けて、ハリーを車に乗せておきなさい」

 

ぽかんと口を開けた蓮をよそに、母は鼻歌混じりに出かけていった。

 

 

 

 

 

「ベッドタウンだから、渋滞するわね」

 

トントンとハンドルを指先で叩きながら、母が呟く。

 

「だったら、穴あけドリルの会社なんて後回しにすれば良かったのに」

「穴あけドリルの会社がハリーのおじさまの会社なのよ。ちょっとだけ魔法を使って、今夜は顧問弁護士になってもらいたくてたまらない優秀な弁護士を夕食に招くつもりになってもらったの」

 

蓮は横目で母を睨んだ。「そんな手段が使えるなら、もっと早くにハリーを救出すれば良かったのに」

 

ハリーの話や母の話を聞く限りでは、もはや虐待のレベルだ。

 

「今日までは絶対にダメだったの」

「今日?」

「ハリーのバースデイ」

「サプライズ?」

 

母は笑って首を振った。「ちょっとしたおまじないよ」

 

 

 

 

かちゃかちゃと物置の鍵を万能鍵で開けている間に、2階で大きな物音が聞こえた。

 

「ハリー? あの巨大な家族以外にも家族がいるの?」

「そんなはずないけど、ちょっと見てくるよ。気をつけてね。バーノンおじさんが出てきたら」

 

言いかけるハリーに手を振って黙らせた。

 

物音は一向に止まない。

 

蓮は手早く万能鍵を回した。

 

ハリーによれば、この物置はダーズリー一家にとって忌まわしい道具だらけの場所らしい。つまり全てハリーのものなのだから、全部持ち出しても構うまい。

 

母が少し声を高くして「まあ、ミスタ・ダーズリー、わたくしのゴルフの腕前なんて、とてもお話しできるレベルではございませんのよ」と言うのが聞こえた。

 

物置の中の電気を点けると、階段の裏からぱらぱらと埃が落ちてくる。

 

こんな風に見えない場所は埃だらけの家が、あのダーズリー家の家族にとって聖域だというのだから。

 

蓮は肩を竦めると、まずニンバス2000のケースから運び出すことにした。

 

ジャガーのトランクにニンバスを収め、次のスーツケースはハリーに運ばせようと考えながら、玄関をそっと開けると、パタパタっとハリーが階段を降りて行った。

 

キッチンに向かって何やらパントマイムを演じている。

 

蓮は首を傾げ、足音を忍ばせてハリーの背後からキッチンを覗いた。

 

ーーハウスエルフ?

 

なぜこんなところにハウスエルフがいるのだろう。

お世辞にも清潔とは言えないハウスエルフだが、それが一般的なハウスエルフだということはもう知っている。

 

蓮の家のウェンディは、メイド服とヘッドドレスがお気に入りだ。母と買い物に出かけて素敵な生地を買ってきては自分で縫い上げる。

 

「ダメ、お願いだ、僕、殺されちゃうよ」

 

ずいぶん大袈裟だ、とキッチンに再び目を向けると、山盛りのホイップクリームとスミレの砂糖漬けが天井近くを浮遊している。

 

ふうむ、と蓮は観察した。

家族は常々「杖使いの魔法だけが魔法ではない」と言う。「むしろ杖など使わずに魔法を使いこなすハウスエルフやゴブリンのほうが、原始的であるからこそ、より強力な魔法を使うことが出来る」

 

「ドビー、お願いだ」

「どうぞ、学校に戻らないと言ってください」

 

蓮は肩を竦め、物置に向かった。

 

ハリーの何が入っているのかわからない無駄に重たいスーツケースをトランクに押し込み、2階の小さいほうの寝室(大きいほうの寝室からは、脂肪酸が酸化する悪臭がするので、あの巨大な従兄の部屋に違いないと思った)に入り、フクロウのヘドウィグを鳥籠ごと連れてきて、後部座席に載せると、なぜかキッチンと廊下にモップがけしている、頭からホイップクリームをかぶったハリーの頭の上に、ヘドウィグとはまた別のフクロウが舞い降りた。

 

「まあ! わたくしとしたことが! 奥さまに是非このアイスクリームのレシピをうかがわなくては」

 

フクロウに意識を向けさせないためだろうけれど、ものすごく胡散臭い。

母はそもそもイングランドの料理に一切の期待をしていない。

 

「ハリー」と声をひそめて、バスルームから失敬してきた古びたタオルをハリーに投げた。「急ぎましょう」

 

 

 

 

玄関から出るとハリーが固まった。

 

「なにやってるの、急いで乗って」

「僕、こんな格好で乗れないよ、こんないい車」

 

蓮は黙ってハリーを後部座席に押し込んだ。

自分が助手席に乗り込むと「さっきのフクロウの手紙は?」と尋ねた。

 

「うん、持ってきたよ。学校からかな?」

「開けてみたら? 母が出てくるまでに間があると思うから」

 

そうする、と言って封を切ったハリーの顔が青ざめていく。

 

「どうしたの?」

「ぼ、僕が法律に違反したって。どういうこと?」

「さっきのハウスエルフじゃない? あのハウスエルフ、お宅のハウスエルフじゃないでしょう?」

「うん、僕、初めて見た」

「この家にあなた以外の魔法使いがいないことはわかってるから、この家で魔法が使われたら、必ずハリーが魔法を使ったと思われるの。だから、わたくしもさっきマグルのこそ泥みたいなことをしたし、母はあなたのおじさまの会社に先に行っておじさまに魔法をかけた。あまり気にしなくていいわよ。母がこの場にいたんだから、警告ごと取り消してくれるわ」

 

ハリーがおずおずと「マルフォイのパパみたいに?」と言うので、蓮はむむっと唇を尖らせた。

 

「一緒にしないでくれない? わたくしの家族は、魔法省やホグワーツに圧力をかけて喜ぶような恥知らずじゃないわ。さっきの件は、あなたが魔法を使ったわけじゃないと母が証言すれば解決する問題だというだけよ」

「ご、ごめん。証言してもらいたいよ、僕、こんなことで退校処分にされたくない」

 

その時、玄関ポーチに灯りがついて、玄関ドアが開いた。

蓮とハリーは慌ててシートの足元のスペースにうずくまる。

 

「いや、大したお構いも出来ませんで」

「ご謙遜を。ご自慢の奥さまのお料理を堪能させていただきましたわ」

「それでですな、レディ」

 

あら大変! と母が声をあげた。「娘の乗馬のレッスンの終わる時間ですわ。慌ただしくて申し訳ございません、わたくしはこれで。顧問の件は後日改めて」

 

誰の乗馬のレッスンだ、と蓮は笑い出したいのを必死で我慢した。

 

 

 

 

「さて、運転しながらで申し訳ないわね。はじめまして、ミスタ・ポッター、ハリーとお呼びしても?」

「あ、は、はい。僕、ハリーです。今日はありがとうございました」

「蓮とハーマイオニーが心配してましたからね。それから、ハッピーバースデイ。お祝いにはならないかもしれないけれど、マクドナルドでもどう? ハリー、あなた夕飯を食べていないでしょう?」

「ま、マクドナルド? 僕初めて!」

 

はあ? と蓮は声をあげた。「マグル育ちなのに?」

 

「蓮」

「いいんです。ダドリー、従兄はたぶん連れてってもらったことあると思うけど」

「あの従兄に何食べさせても同じじゃない?」

「蓮! ごめんなさいね、この子、口が悪くって」

 

ハリーは急いで首を振った。「僕もそう思ってますから」

 

サレー州の国道にちょっとだけ出て、ドライブスルーでハンバーガーやポテトを買い込むと、今度はひとけのない森に車を走らせた。

 

「お母さま、道に迷ったの?」

「違います。デヴォンまで『飛ぶ』って言ったでしょう? マグルに見られるわけにはいかないから、ちょっと隠れるのよ」

「と、飛ぶ?」

「・・・まさか、車を改造したの? ハーマイオニーのパパが聞いたら泣くわよ」

 

ポテトを食べながら、蓮が母を睨んだ。

 

「そんなことしてると、いつか魔法省・・・あ、お母さま、さっきハリーに魔法省から手紙が来たわ」

「ああ、未成年魔法使いの魔法使用制限条例違反の警告?」

「はい」

 

ハウスエルフが盛大にやってくれたからね、と母が笑った。「いいわ、その書面をいただける? これから行く家のご主人に処理していただきましょう」

 

「だから、どこに行くの? デヴォンのどなたさま?」

「みんな大好きウィーズリー家よ。隠れ穴っていう愛称がついてる素敵なお宅なの。ハリーは今夜から新学期までウィーズリー家に滞在することになってるわ」

 

ハリーが目を真ん丸にした。「ロンの家?」

 

「ええ。ハリー、みんなあなたのことを心配していたの。ウィーズリー家の双子とその下の・・・ロン? その子たちが、空飛ぶ車を夜中に飛ばそうとするぐらいにね」

 

言いながら、母がハンドルについたスイッチを入れると、目くらまし術をかけたときのように、全身がひんやり冷えて、自分が車ごと透明になるのがわかった。

 

「よし、飛ぶわよ」

 

 

 

 

 

それは素晴らしい眺めだった。ハンバーガーが見えないと困るので、高度を十分に上げてから「透明ブースター」のスイッチを切ったけれど、ロンドンを背に西へ西へと海沿いを飛ぶ。

 

アクセルを全開にしているから、絶対に窓を開けてはいけないと言われていなかったら、窓を開けて空気を胸いっぱいに吸いたいぐらいだ。

 

「エクセターね、もうすぐよ」

「エクセターの近くにロンの家があるんですか?」

「エクセターの近くのオッタリー・セント・キャッチポールという小さな村にね。小さいけれど温かくて素敵なお宅だから、ハリーにとって残りの夏休みは素晴らしいものになるわ」

「わたくしたちも泊まるの?」

 

あなたね、と母が苦笑した。「男の子だらけのウィーズリー家にあなたが泊まったと知ったら、日本から猛スピードで突撃しそうな人がいること忘れたの?」

 

蓮はキングズクロス駅での苦い経験を思い出して口を噤んだ。

 

「よし、降りるからまた透明になるわよ。その前に、と」

 

母が杖を軽く振ると、杖先から銀色の靄が出て龍の形を取った。「レイよ、モリー。もうすぐ着くわ」

 

 

 

 

静かにジャガーが草むらの中に滑り込むと、鶏を蹴散らして中年の福々しい印象の魔女が「レイ!」と叫びながら突進してきた。「あなたがまさかこんな・・・車に魔法だなんて!」

 

運転席で母が溜息をついた。「ハリー、降りて。あなたの顔を見ればモリーの機嫌が良くなるわ、ロンのママよ」

 

「は、はい!」

「蓮も降りてご挨拶なさい」

「ロンにはいつもお世話になってます?」

「ロン、フレッド、ジョージ・・・あともう1人か2人いない?」

「パーシー」

「それも込みで」

 

蓮が車を降りる頃には、高さを追求した、ピサの斜塔のような絶妙なバランスの家から、わらわらと人が出てきた。

 

「はじめまして、ミセス・ウィーズリー。わたくし、蓮・ウィンストンです。ロンの友人で、ご兄弟のみなさんにもお世話になっています」

 

むぎゅ、と頬を両手で押さえられた。「お行儀の良い子! レイによく似た美人だわ、いいえ、コンラッドに似たハンサムかしら、どちらでもいいわね。今からロンドンに帰るなら、遅くまでは引き留めないから、お茶だけでも飲んでいきなさい」

 

「ありがとうございます、ミセス・ウィーズリー」

 

振り返ると母が中年の赤毛の男性と運転席を覗きながら話し込んでいた。「この前の魔術式じゃ、透明ブースターが安定しないわよ、アーサー。少し手直ししてみたら、問題なく動作したわ。試してみて」

 

「この間から、息子たちが車を飛ばそうとばかりするものだから、モリーが不機嫌なんだ。魔術式は魔法省で受け取るよ」

「あ、そうそう。これ、処理しておいてくれない? ダーズリー家で魔法を使ったのは、侵入してきたハウスエルフなの。ハリーじゃないわ。わたくし、そのときダーズリー家で食事していましたから、証人よ」

「ハウスエルフだって? マグルの家に侵入?」

「その件は調べておくから、ハリーへの警告取り消しをお願いね」

 

蓮は、ロンに引っ張られていくハリーの肩をポンと叩いた。「ハッピーバースデイ、ハリー」

 

ハリーは幸せそうににこっと笑った。



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第2章 書店の騒ぎ

魔法史のレポートを書いていると、ハーマイオニーが「それから?」と話の続きを促した。

ハリーの誕生日の翌日からフランスに出かけてしまったハーマイオニーはまだ詳しいことを聞かされていないのだ。

 

「あなたのお父さまには内緒よ」

 

言わない、とハーマイオニーは宣誓証言をするように右手を挙げた。「お宅のジャガーに妙な改造を施したなんてパパが知ったら泣き叫ぶわ」

 

「改造したのは母じゃなくて、フラメルのおじいさまよ。母がミスタ・ウィーズリーから提案していただいた魔術式にちょっと改良を加えて、フラメルのおじいさまに見せたの。そうしたら、おじいさまったら、一晩で改造してしまったみたい。内緒だけれど、ドクタ・フィリバスターの正体はフラメルのおじいさまなの。悪戯用品は芸術だ! って言ってる」

「・・・絶対にウィーズリー兄弟には言わないわ」

 

ハーマイオニーは宣誓証言の右手のままだ。

 

確かにくだらない悪戯用品の中に含まれている魔法には、素晴らしく複雑な発明と言うべきものがあるのはハーマイオニーも認めるのにやぶさかではない。なぜその才能をもっと建設的なことに使わないのか不思議だが。

そう言うと蓮は首を傾げた。「フラメルのおじいさまは、誰でも買える値段で、誰でも少し知恵を絞れば闇の魔術に対抗する手段になり得るものと言ったら悪戯用品に決まってるって言うわよ」

 

「・・・ドクタ・フィリバスターの長々花火が?」

「というより、悪戯用品でその場を切り抜ける才覚が必要なんですって。強大な魔法で戦うのは闇の魔法使いのすることだって」

 

ハーマイオニーは「まさか」という顔をした。

 

「フラメルのおじいさまによれば、その才能が一番あったのはマクゴナガル先生らしいわ」

「・・・マーリンの髭、ってこういうときに使う言葉よね?」

 

蓮が頷いた。「50年前には大した悪戯用品はなかったと思うから、大げさよね」

 

そういう問題じゃなくて! と叫びたかった。

 

「マクゴナガル先生の冒険の話を全部聞かせてあげたいけれど、それは卒業するまで待ちなさいって言われたわ」

「・・・その、サー・フラメルはわたしたちが卒業するまで、お元気でいられるの? 賢者の石はもう・・・」

「命の水の在庫が山のようにあるわ。日本の祖母やマクゴナガル先生や、ネビルのおばあさま、マダム・ポンフリーに配ろうとしたら、全員が要らないって突っ返したから、憤慨してた」

「誰にも譲らないんじゃなかった?」

 

それが、と蓮がコーヒーテーブルに頬杖をついてストローでアイスティを飲んだ。「在庫があるのは、デヴォンの家だけだと思っていたらしいの。でもリヴァプールの家にまだ山のように残っていて、あと300年生きてしまう計算に・・・」

 

さすがに蓮が顔を背けた。

 

「そ、その命の水の保管には十分な注意が払われているの? 万が一ヴォードゥモールに見つけられたら」

「秘密の守り人がうちの母なの、リヴァプールの家。うちの母を拷問にかけて口を割らせることが可能ならば危ないわね」

 

全然危なくない気がするのはハーマイオニーの気のせいだろうか。

 

「あなたのおばあさまは娘代わりだからわかるけど、マクゴナガル先生たちはどうして?」

「祖母の親友なら、フラメルのおじいさまにとっては娘と同じよ? だから、マクゴナガル先生やマダム・ポンフリーやネビルの話が大好きなの。特にネビルの失敗談を聞くと寿命が延びるって喜んでるわ。あれ以上寿命を延ばしてどうするつもりかしらね」

「・・・ネビルの失敗談で寿命が延びるなら、あと1000年は死ねないわよ」

 

まったくだわ、と蓮が深く頷いた。「でね、母の空飛ぶジャガーでデヴォンのロンの家に行ったの。オッタリー・セント・キャッチポール村のはずれにある、隠れ穴って名前のついた家よ。あの村の人たち、あんな芸術的な家が村はずれに建ってるのを知らないなんてもったいないわね」

 

「芸術的?」

「前衛芸術。たぶん子供が増えるたびに上に上に増築していったんだと思うわ。1階は割と広いの。だけれど、あっちこっちに部屋がくっついたみたいな感じで数階建てになってて、くねくね曲がってるの。ガウディが見たら絶対にサグラダファミリアをぶっ壊して、隠れ穴の拡大版を建てると思う。50世紀ぐらいかけてね」

「それ、ウィーズリー家の人たちに言ってないわよね?」

「どうして? ジョージに言ったら喜んでたわよ」

 

ジョージはガウディもサグラダファミリアも絶対知らないとハーマイオニーは思った。ただ、蓮がすごく感心しているのだけは感じ取ったらしい。

 

「わたくしと母はその夜のうちにロンドンに帰らなきゃいけなかったから、お茶だけ飲んでお暇したけれど、ハリーはホグワーツ特急に乗り込むまで隠れ穴に滞在するの。マグルからは見えない丘があるから、ジョージたちとクィディッチのワンオンワンやツーオンツーが出来るって喜んでたわ」

「魔法省から警告が来たっていうのに!」

「ハーマイオニー。厳密には箒に乗ることは禁じられていないわよ。マグル避けの魔法をかけるのが禁じられているから、ウィンブルドン・コモンで箒の練習が出来ないだけ。箒の練習したいなら、明日はコーンウォールの邸に行きましょう。ちゃんと庭までマグル避けしてあるから、いくらでも箒に乗れるわ。それにフランス旅行の間に、ハーマイオニーにグラニーって呼んでもらえるようになったって、グラニーが喜んでるし」

 

そうなのだ。

蓮のイギリスの祖母クロエは、なんとマグルの飛行機に乗って、ランスまでついてきた。もちろんマグルの伯爵家の夫人なのだから、優雅なマグルの服装だ。

そして、自分の実家とハーマイオニーの祖母の家がごく近所にあることを確かめて、祖母に優雅なフランス語の挨拶をして実家に帰った。正真正銘のデラクール家出身の美しい魔女に会えて祖母は大喜びし、一家がデラクール家の夕食に招かれたときには、奮発してハーマイオニーにだけはドレスローブを着せた。

クロエは何度も祖母の家を訪ね、祖母とお茶をして、イギリス料理の悪口を言い、ハーマイオニーを魔女にしか見えない観光地へ連れ出してくれた。

 

「蓮がランスに行ったことがないのは不思議なんだけど」

「そうね。たぶん、わたくしがランスに行くと、今度はブルガリアだのロシアだの東欧歴訪が始まるからよ。日本のおじいさま」

「シメオン・ディミトロフ」

「がライバル心むき出しになるから。おばあさまとグラニーはブルガリアにわたくしを行かせたくないの。だからグラニーはハーマイオニーと一緒にランスに行くのが嬉しいの。娘代わりもしくは孫代わりね」

「フランスのおばあちゃまとグラニーはすごく気が合うみたい。記憶にないほど昔に同じ幼稚園にいたらしいわ。それで2人とも結婚してイギリスに住んで、イギリスの、人間の食べ物とは思えない食事に耐える半生を送ったそうだから」

「フランス人はみんなそう言うわね。ペレネレおばあさまも同じ」

 

ハーマイオニーはしばらく考えた。

イギリス生まれのハーマイオニーとしては「そこまでひどくない」と言いたいのだが、ニコラス・フラメル夫妻がイギリスに渡ってきた400年前のイギリス料理に何か期待が持てるかと言われたら「絶望的」と答えざるを得ない。

 

「教科書のリストが届いていたけれど、ダイアゴン横丁にはもう行った?」

 

蓮は首を振った。「ハーマイオニーの予定を聞いてからにしようと思って」

 

「もうあまり残り日数がないから、今夜にでもパパとママに聞いてみるわ。そしたらフク・・・電話する」

 

 

 

 

 

グリンゴッツの前で待ち合わせた時間には、ハーマイオニーと両親はもう両替も金庫への貯金も済ませていた。

 

「ああ、アーサーの好奇心の餌食に・・・」

 

見ると、ミスタ・ウィーズリーが「エスカペーター」の利用法について盛んにグレンジャー夫妻に話しかけ、その傍らに赤毛の一族がひとかたまりに立っている。

双子の片割れ、ジョージ・ウィーズリーが目ざとくこちらに駆け寄ってきた。

 

「やあ、レン、それからレディ・ウィンストン、お久しぶりです」

「久しぶり、ジョージ。なんだかあなたたち薄汚れてない?」

「フルーパウダーさ。煙突飛行粉。ロンドン住まいの君たちと違って僕ら全員がデヴォンからマグルの交通機関使ってたら破産しちまうよ」

「ターコイズブルーの車がなかった? あれ、検知不可能拡大呪文も使ってあるから、あなたたちご家族全員乗れるでしょう?」

 

母の疑問にジョージは礼儀正しく「お言葉ですが、レディ。僕らの親父殿の運転技術が、真昼のマグルのロンドンで人に見られず降り立つことが出来るレベルかどうか、母が甚だ疑問だと主張しまして」と言いながら、グレンジャー夫妻を問い詰めるミスタ・ウィーズリーを指差した。今度はグレンジャー家に何台のエスカペーターがあるのか調査している。「我々がいくら忠実な息子でも、止めざるを得ない」

 

「確かにそうね。賢明なご子息大勢に恵まれて羨ましいこと」と母が可笑しそうに笑った。

 

グレンジャー夫妻の救出に母が向かうと、ジョージが「君には魔女っぽい服装より、マグルの格好が似合うな」と声をかけた。

 

「それ制服が似合わないという意味?」

「いや、制服は似合ってるよ。でも、ダイアゴン横丁を見てみろ。時代錯誤なのばっかりだ」

「そういえば、去年マルフォイの母親を見たけど、さすが歴史あるマルフォイ家、中世から進化していなかったわ」

「君にああいうドレスは似合わないって意味だよ。スタイルの良さが隠れる」

「・・・ありがとう? ね、何か企んでる?」

 

蓮は手早くジーンズのポケットに手を入れて、ドクタ・フィリバスターの新商品「時限スイッチ付き花咲か花火」が隠れていないか確かめたのだった。

 

「何も隠してなんかないよ!」

「時限スイッチ付き花咲か花火をいち早く試す実験台にされたかと」

「ドクタ・フィリバスターの新作か? あとでフレッドと一緒にギャンボル・アンド・ジェイプスに行かなくちゃ」

 

1時間後にまた書店で待ち合わせる約束をして、一団は解散した。

グレンジャー夫妻をミスタ・アーサーから護衛する役目を母が引き受けてくれたので、蓮もハーマイオニーもハリーやロンと一緒に横丁を散策することにした。

 

「そういえば、レンは新しい箒を買わないのかい? ばあさんのお古だって言ってたろ」

 

馬鹿ねロン、とハーマイオニーがロンの肩を小突いた。「レンの飛びっぷりを見て新しい箒が必要だと思う?」

 

ハリーが「思わない」とキッパリ言った。「あの箒は最高だ。僕、わかるよ。うまく言えないけれど、新しい箒だからすごいってわけじゃないんだ。乗りこなすのも相当体力使いそうだけどね」

 

「そうかな? レンが最新の箒に乗ったらもっといいんじゃないか?」

「違うんだ、ロン。レンのクィディッチの才能は確かだけど、レンの場合、箒とレンが完璧に一体になってるのがわかるんだ。今さらニンバスに替えたってレンには物足りないと思う」

 

ハーマイオニーがウンウンと頷いた。

 

「あ、ぶらぶらしてるうちにもうすぐ1時間よ。フローリシュ・アンド・ブロッツに行かなきゃ」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは書店の中で蓮が行方をくらましたことに気づかず、ハリーやロンと一緒にミセス・ウィーズリーの近くに陣取っている。

 

「君はサイン会に行かないのかい?」

 

背の高いジョージのローブを後ろから掴んで隠れていると、ジョージが戸惑いがちに声をかけた。「魔女はみんなロックハートのファンだと思うけど?」

 

「わたくし、挿絵写真の胡散臭い作り笑いが吐きそうなほど嫌い。こんなの教科書にされたら、毎時間闇の魔術に対する防衛術では吐き気と戦うしかないと絶望してるわ。サイン会だなんて絶対に無理」

「あ、ハリーが捕まった」

「・・・ロックハートに?」

「有名人だからな。一緒に日刊予言者新聞の記者に写真撮られてるよ」

 

同行していなくてよかったと蓮は心底から思った。

 

「この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、闇の魔術に対する防衛術の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

安心は長くは続かなかったが。

 

「なんですって?」

 

歓声にかき消されそうな声だったが、ジョージは聞き取って「あいつが防衛術の教授だってさ。君、洗面器抱えて授業受けろよ」と肩を叩いてくれた。

 

「なにやってるの」

 

やってきたハーマイオニーがジョージの背中に貼りついた蓮を見て怪訝な顔をする。

 

「ハーマイオニー、そっとしといてやってくれ。レンは今、ロックハートの授業に1年間耐えなきゃいけない絶望と戦ってるんだ」

「絶望ですって! まあいいわ、レン、マルフォイが来てるの、またハリーやロンと喧嘩になるといけないから、来てくれない?」

 

そのとき、鼻にかかった気取った発音の男の声が聞こえてきた。

 

「これは、これは、アーサー・ウィーズリー」

 

ルシウス・マルフォイだった。

 

蓮は天井を仰いで片手で顔を覆った。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合っているとは」

「黙れ!」

 

ミスタ・ウィーズリーがマルフォイに飛びかかった。

 

「やるな、パパ」

「アーサー、ダメ! やめて!」

 

書店じゅうが、突然の乱闘に沸いた。

 

「静まりなさい!」

 

毅然とした声が響くと、蓮を首を縮めた。

ひゅひゅっと鮮やかな杖捌きで、掴み合っている中年男性2人を引き離すと「いい年したオッサンが公衆の面前で乱闘だなんて見苦しい。アーサー、身なりを整えなさい。マルフォイ、クズは失せなさい」と端的に指示した。ギラギラする目で睨まれてもどこ吹く風だ。「聞こえなかった? わたくしが命じたの、マルフォイ。失せなさい」

 

マルフォイは、唇から血を流しながら、くるりと踵を返した。

 

フレッドとロンが口笛を吹いた。ジョージは「君のママ、マジでクールだ」と頭を振る。

 

もちろんそうは思わなかったミセス・ウィーズリーが金切声をあげる。

 

「アーサー! 子供たちの前でなんて良いお手本を見せてくれたの! しかもグレンジャーご夫妻の前でなんて! 魔法使いが野蛮だという印象を与えたら取り返しがつかないことよ!」

「奥さま、ご主人は我々の名誉のために憤ってくださったのですから、そうお責めにならず。さあ、気分直しに子供たちを連れてパブに行きませんか? ファイア・ウィスキーで乾杯しましょう。子供たちはバタービールで」

 

ミスタ・グレンジャーがミスタ・ウィーズリーを立たせ、ローブの襟を立ててやりながら、明るく提案した。

 

「君のパパもなかなかだな」

 

にやっとロンがハーマイオニーに笑いかけた。

 

 

 

 

 

「ハーマイオニー」とハリーが漏れ鍋で声をかけてきたとき、何を尋ねられるのかハーマイオニーにはわかっていた気がした。

 

「さっきからジョージとレンがずっと一緒なんだけど?」

「ジョージの努力の成果だから、放っておきましょうよ、ハリー」

「やっぱりそうなの?」

「ジョージのほうからはね。レンはそんなこと気づいてないわ。書店でも一緒にいたけれど、2人仲良くというよりも人混みからの肉盾にしていた感じね」

 

ロンが「マーリンの髭だぜ、まったく」と呟いた。「あの2人が結婚したら、僕はレンを姉ちゃんって呼ぶのかい?」

 

気の早い、とハーマイオニーは思ったが、ハリーはそうは思わなかったようだ。

 

「いいなあ。僕、君の兄さんたちみたいな兄弟も欲しいけど、レンやハーマイオニーみたいな姉さんも欲しい」

 

ゴフッとハーマイオニーはバタービールを噴き出した。

隣でジニーはジョッキごと床に転がった。

 

「えーと、ハリー?」

「ん?」

「それ全てが可能になる方法・・・もちろんそんな深いこと考えていないわよね。いいの、気にしないで」

「僕、何か変なこと言った?」

 

ハリーとロンが顔を見合わせたが、2人とも互いに首を傾げるだけだった。



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第3章 閉ざされた柵

ハーマイオニーと蓮は、ウィーズリー家の人々を待ってコンパートメントから顔を出してきょろきょろしていた。

 

「遅いわね、心配だわ」

 

ハーマイオニーが言いかけたとき、柵からするりとパーシー・ウィーズリーが姿を見せた。

 

「ああ、間に合ったみたい」

「パーシー、ミスタ・ウィーズリー、フレッドにジョージ・・・ミセス・ウィーズリーとジニー・・・だけ?」

「何をグズグズしてるのかしら?」

 

蓮は「ミスタ・ウィーズリー!」と声を張り上げた。

 

「ああ、レンにハーマイオニー。君たちは早いね」

「ロンとハリーはまだですか?」

 

その背後で蓮の母が姿くらましをした。

 

「まだのようだ、乗り遅れてしまうよ。母さん! ロンとハリーはどうしたね」

「ああ、ミスタ・ウィーズリー。今、母が様子を見に行きましたから、ジニーの荷物をこちらへ」

 

ジニーの荷物をハーマイオニーと蓮のコンパートメントの窓から運び入れたところで、無情にも発車のベルが鳴り響いた。

 

「レン、どうしよう!」

 

ハーマイオニーが右腕に、ジニーが左腕にしがみついてくる。

 

「落ち着いて。母が様子を見に行ったから、対処してくれるはずよ。連絡を待ちましょう。ジニー、このコンパートメントにいる? それとも新入生のお友達を探す?」

「・・・あ、ルーナが1人でいるかもしれない」

「ルーナ?」

「ルーナ・ラブグッドよ。うちの近くに住んでる子なの。ちょっと変わった子だけど悪い子じゃないわ。わたし、ルーナを探す」

 

そのとき、フクロウがホグワーツ特急を追いかけてきた。蓮が窓を開けて腕を出すと、ふわりと着地したので母からの連絡らしいと胸を撫で下ろす。

 

「母からよ。ロンとハリーを保護したんですって。母が、今からホグワーツに連絡を入れて、夜までにホグズミードに連れて行くことになったらしいわ。ジニー、大丈夫よ。駅で合流できるから。ちょっとだけ変な荷物を持っているせいでマグルに白い目で見られながら、ハイランドまで旅をするだけだわ」

 

よかった、とジニーが胸を撫で下ろした。「わたし、ルーナを探すわ。ついでにフレッドたちがいたら伝えておく」

 

「よろしくね」

 

蓮はジニーのトランクをコンパートメントの扉から出してやりながら手を振った。

 

「さて、と。鍵をかけましょう」

「マルフォイ予防」

「鍵かけ呪文覚えてきた?」

「もちろんよ」

「じゃ、ハーマイオニー、やってみて」

 

ひゅひゅっとハーマイオニーが杖を振った途端に、ガタガタと扉が揺れた。

 

「なんだこれ! ホグワーツ特急の扉に鍵なんかかかるのか、クラッブ、ゴイル?」

 

ハーマイオニーが肩を落として「聞く相手を間違ってると思わない?」と囁いた。

 

「クラッブとゴイルが純血だなんて嘘に違いないわ。絶対トロールの血が混じってる」

「そうね。人間と交配可能な魔法生物は、ヴィーラと巨人、それからゴブリンだったかしら?」

「巨人と交配できるんだから、トロールとも不可能じゃないわよ、たぶん」

「トロールと交配したがる人間がいればね」

「クラッブとゴイルの一族に、人間とトロールの区別がつかない先祖がいた可能性は?」

 

大いにあると思うわ、とハーマイオニーが頷いた。

 

「勝手なことを言ってないでここを開けろ!」

「まだいた」

「マルフォイの頭の中も怪しいわね。まだノックの仕方を知らないなんてトロール並み」

 

言いながら、ハーマイオニーは蓮に目で合図した。

 

「スリー、ツー、ワン。アロホモラ!」

「おいウィンスがふっ」

 

蓮の膝蹴りがマルフォイを頭から吹っ飛ばした。

 

「うるさいわよ、血統書付きのチワワ」

「もともとチワワはよく吠えるのよ、レン」

「だ、誰がチワワだ!」

「チワワ並みの度胸と脳のサイズしかないじゃない。クラッブ、ゴイル、こいつを連れて行きなさい。パグンソンの膝枕で寝かせてやれば回復するわよ」

「・・・い、いや・・・俺たちは、おまえをコンパートメントに」

「引きずり込む」

 

クラッブとゴイルの声を初めて聞いた蓮は目を瞠った。

 

「・・・何のために?」

「ドラコが、おまえを、婚約者にする」

 

あーあ、とハーマイオニーが顔を覆ったのは、スリザリンのメンバーの背後からフレッドとジョージが聞いているのが見えたからだ。

 

「そ、そうだ! 父上がそうおっしゃったんだ! 僕はどんな手段を使ってでもおまえを僕のものにしなければならない! ついてこいウィンストン!」

「腐れマルフォイ、その会話は貴様の母親の前で?」

 

蓮の言葉に含まれる温度が冷えていく。

 

「僕と父上の男同士の話だ!」

 

でしょうね、と言いながら蓮は拳をマルフォイの頬に叩きつけた。

 

「チワワとヤッてろ」

 

 

 

 

 

「ひどい目に遭った」と、ぐったりしたハリーとロンが合流したのはホグズミード駅の外だった。

 

蓮の母親がハグリッドに引き渡し、ハグリッドは2年生以上の生徒を馬車に乗せて、新入生をボートに乗せに行ってしまった。

 

「鉄道を乗り継いで、最後はタクシーでホグズミード村だよ。ホグズミード村の中では、トランクや鳥籠を魔法で浮かせてくれたけどね。せっかくのホグズミードなのに、どこにも立ち寄り禁止さ。マグルのタクシー運転手は、あんな何もないところに子供2人連れた女の人が降りるなんて、一家心中をするんじゃないかって心配してた。生きる意味について君のママを説得してた」

「僕、君のママの空飛ぶジャガーに乗れるかと思ったのに」

 

ロンの不平にハーマイオニーがきっぱりと言った。「マグルの車に魔法をかける法律に携わるお仕事をなさっているのはミスタ・ウィーズリーでしょう!」

 

「でも、それには抜け道があってだね。要するに見つからなきゃいいわけで」

「ホグワーツの始業式は英国魔法界では公式行事よ、あまり知られていないけど。公式行事に法律スレスレの車で乗り付けることはリスクが高すぎるわ」

「何か食べる暇はあった?」

 

蓮の質問にハリーは急いで頷いた。「君のママが、僕とロンに、フィッシュアンドチップスやホットドッグを好きなだけ買ってくれたよ!」

 

しかし、蓮は顔をしかめ「お母さまったら、またファストフードしかハリーに食べさせてない」と言うので、今度はロンも慌てて「きちんとしたランチを食べさせるお店に入る時間はなかったんだよ! 僕たち、列車の中で食べたんだから!」

 

「それに僕たちマグルのお金持ってないから、君のママが全部支払ってくれたんだ。せめてあとから返せるように値段を確かめておくべきだったけど、レシートも見せてくれなくて」

 

蓮が面倒くさそうに手を振った。「あとから払い戻しが受けられるから大丈夫」

 

「払い戻し?」

「ホグワーツからね。ホグワーツ特急に乗るはずだった生徒が乗れなくて、その他の法的に正しいやり方でホグワーツ入りしたんだったら、その費用はホグワーツが払い戻すのが当然でしょう?」

「そもそも乗り遅れた生徒にそれが適用されるのかしら?」

 

乗り遅れたくて乗り遅れたわけじゃない! とロンが喚いた。

 

「ハリー、あの時のハウスエルフはあなたを学校に行かせたくない様子じゃなかった?」

「あ! ドビー?」

「ハウスエルフは、本能的に原始的で強力な魔法を使えるの。本人たちも詳しく説明出来ないみたい。例えばホグワーツには姿現しも姿くらましも出来ない魔法がかけてあるけれど、ハウスエルフには通じない。本来ならホグワーツ特急の発車後5分間ぐらいは9と3/4線の柵は通過できるはず。見送りに来たマグルのご家族がいらっしゃるからね」

 

ハーマイオニーが頷いた。「うちのパパとママは、見送った後ホームにいた魔法使いから『今のうちに10番線にお戻りください』って誘導されると言っていたわ」

 

「発車と同時に柵が閉ざされるわけでもないし、だいいちジニーとミセス・ウィーズリーがホームに現れてから発車までは慌ただしかったけれど、ちゃんとコンパートメントに荷物を押し込むぐらいの時間はあったもの。誰かが故意に柵を塞いだのだと思うわ。でも、それは生徒や普通の魔法使いには出来ないの。決められた時間以外にあの柵に干渉するなんて」

「普通じゃない闇の魔法使いなら?」

 

無理よ、と蓮はきっぱり言った。

 

「ホグワーツが古代魔法の牙城と言われているのは知っているでしょう?」

 

ハリーとロンが顔を見合わせ、次に期待を込めてハーマイオニーを見つめた。ハーマイオニーは溜息をつき「ホグワーツ校長と認められた者だけがレベル改変できる魔法によって護られているわ。だから、校長の意識ひとつでセキュリティレベルが変わる。悪意のないドラゴンキーパーの箒は通過させても、こそ泥は通過できない。闇の魔法使いなんて以ての外」と説明した。

 

「それと同じ扱いになるのが、ホグワーツ特急のホームなの。だから、ハウスエルフぐらいしかあの柵の開閉ができるとは思えないわ」

「いずれにしろ、ハリーは今年も波乱万丈の1年が送れるというわけね」

 

実に明るいハーマイオニーの見解だった。

 

 

 

 

 

組分けの儀式が無事に終わり(ジニーはグリフィンドールに組分けされた)自室に引き上げてから、ハーマイオニーは疑問を蓮とパーバティに投げかけてみた。

 

「よく考えたら、ホグワーツ校長って、すごい権限を許されているわよね? ホグワーツ城の主人であることって、下手したら魔法大臣より強い権力じゃないかしら?」

 

なにをいまさら、とパーバティが肩をすくめる。「ダンブルドアは20世紀最大の偉大な魔法使い。当然でしょう?」

 

ハーマイオニーは、そういうことじゃなくって! と、ベッドで飛び跳ねた。

 

「ダンブルドア以前の校長もよ。もし校長が悪心を持ったとしても、民主化以前の魔法界だったら、校長の更迭さえ出来なかったわ。それで闇の魔法使いが出なかったなんて不思議だと思わない?」

「ホグワーツ校長職は、魔法界の王族によってのみ更迭が可能だったのよ。今は理事会だけどね」

 

蓮が苦笑いしながら答えた。

 

「魔法界の王族? 初耳だわ」

「教科書には書かないわよ、こんなこと」

「どうして?」

「さっきハーマイオニーが言ったじゃない。ホグワーツ城の主人を決める古代魔法契約権を持っているのよ。英国国王が」

「エリザベス女王が?」

「正確には、ホグワーツ創立当時に当時の王室、というかこのあたりの王との間で交わされた魔法契約よ。王朝はたびたび変わったけれど、魔法契約が解除されない限り、その権限は代々の王に移るから、現在の魔法界の女王はエリザベス女王で間違いない」

「魔女には見えないけれど?」

「だから魔法界における王室の代理人も魔法契約に定められてる。英国魔法界が危機的状況に瀕したときには、その代理人がまずホグワーツの校長、それから現代ならば暫定的な魔法大臣を任命するの。だから事実上の王族だけれど、教科書に記載するような立場ではないわね」

 

ハーマイオニーはベッドの上に胡座をかく。

 

「いくら代理人でも、継承にはレガリアが必要じゃない? 女王だって、たっくさん持ってるわよ。王冠とか錫杖とかガウンとか。そういうのはないの?」

 

蓮は、知らないわよ、と笑った。「たぶん使われたことない権利だと思うわ。使われたとしたら、魔法史に出てくるでしょうから」

 

「まさか、それサラザール・スリザリンじゃないでしょうね?」

 

ハーマイオニーの言葉に蓮は目を瞬いた。

 

「どうして?」

「わたし、ホグワーツの歴史っていう本で読んだことあるの。スリザリンの継承者だけが開けられる秘密の部屋があるんですって。継承者といえばスリザリン、スリザリンと言えば純血主義よ!」

「またスリザリンが調子に乗るじゃない、やだわあ」

 

パーバティの嘆きに蓮が「言わなきゃいいのよ」と調子を合わせた。



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第4章 ギルデロイ・ロックハート

新学期の初日からロンはまったくついていなかった。

 

まず朝食の席で、ハーマイオニーが(なぜこんなくだらないものが教科書に選定されたのか不思議でならないのだが)「バンパイアとバッチリ船旅」をティーポットに立てかけて読みながら朝食を食べていた。そんなことをしているほうが悪いとロンは主張したが、ハーマイオニーは「バンパイアとバッチリ船旅」のページにベーコンの脂を飛ばしたロンにひどく腹を立てた。

「今度神聖な教科書を汚したら、ジェミニオであなたのそばかすを2倍にしてやるわ!」

 

「なんだよあいつ!」とハリーに愚痴を言いながら談話室に戻ろうとして、よりによって蜘蛛の行進に出くわして、階段から転げ落ちた。

しかも、蓮の足元に。

「ほう。いい度胸だ」

 

まさにパンツが見えそうな位置にあるロンの頭は、蓮のローファーで蹴られた。

 

「ロン!」

 

ハリーの叫びに「ハリー、心配してくれるのは君だけだぜ、親友」と呼びかけたが「バカ、違うよ! 君の尻から火花が出てる! 杖だ!」と流された。

 

「ん? 杖? 杖ぇぇぇ?」

 

哀れなことに尻ポケットに入れていた杖は、真ん中あたりでポキリと折れ、木肌の部分で辛うじて繋がっているという有様だった。

 

「レン! ハーマイオニー! なんとかしてくれ! レパロで直すとか!」

 

しかし、蓮もハーマイオニーも「杖を安易にレパロで直すことは、スペロテープで貼り合わせるようなものだから賛成出来ない」と意地悪なことしか言わない。

 

兄のパーシーに頼んだら「そもそも杖を尻ポケットに入れておくこと自体が!」とガミガミ言い出した上に、結論は蓮やハーマイオニーと同じものだった。

 

兄のフレッドが「俺が直してやるよ」とレパロをかけてくれたが、パチパチっと火花が散っただけで変化はなく、むしろ「だまし杖」なる悪戯用品を売りつけられそうになった。

 

「ジョージ! 頼むよ!」と泣きつくと「フレッドがレパロは試したんだろ? じゃあ意味ないな。そんなことより、母さんや父さんに頼んだりするなよ。ロックハートの教科書代だけで金庫は空っぽになっちまったんだからな」と釘を刺された。

 

さすがに、妹のジニーには何も頼めない。

 

ブスッとしたまま薬草学の授業に出ようとしたら、ハリーがギルデロイ・ロックハートに捕まった。しかも、新入生のコリン・クリービーが写真を撮ると言い出すものだから、ロンはハーマイオニーや蓮と同じテーブルでハッフルパフの男子と作業することになった。

 

「杖の件だけど、マクゴナガル先生に相談してみたら?」

 

ハーマイオニーの提案にロンは首を振った。

 

「学校が予備に持ってるオンボロ杖ぐらいは貸し出してくれるだろうけど、早いうちに自分の杖を買えって言われるに決まってる」

 

ハーマイオニーと蓮は顔を見合わせた。

ハリーと4人のときなら「だからなおさら早めに知らせて、お金を準備する時間と心の準備をしてもらったほうがいい」と言いたいところだが、ハッフルパフの男子のいる席でそれは言えない。

 

しかも、その少年、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーときたら「いーとん校」だか「らぐびー校」だかの話題でハーマイオニーと盛り上がり始めた。

 

マンドレイクの植え替えをするためにつけた耳当てがズレていたのは、そのせいかどうか。

ロンはマンドレイクを土から引き抜いた途端に昏倒したのだった。

 

 

 

 

昼食の時間まで気を失って過ごし、大広間のテーブルで時間割を見ているハーマイオニーの手から時間割の羊皮紙を取り上げると、次の時間は一目瞭然だった。

闇の魔術に対する防衛術だ。

 

「君、ロックハートの授業を全部小さいハートで囲んであるけど、どうして?」

 

ハーマイオニーは顔を真っ赤にして、ロンの手から時間割をひったくった。

 

昼食を終えて中庭に出ると、コリン・クリービーがハリーに駆け寄ってくる。

 

「あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕、あなたと並んで撮ってもらってもいいですか? あと、写真にあとでサインをくれると」

 

甲高い声がコリンのお願いを遮った。

 

「ポッター、君はサイン入り写真を配ってるのかい?」

「だまれ、チワワファッカー」

 

ロンの声に中庭の生徒たちがプスっと吹き出した。

 

「いったい何事かな? サイン入り写真と聞こえたが?」

 

ギルデロイ・ロックハートが大股にこちらに歩いてくる。

 

ロンとハリーは助け船を求めて、ハーマイオニーと蓮の姿を探したが、うっとりして役に立ちそうにないハーマイオニーしか見当たらない。

その隙にハリーはロックハートに羽交い締めにされた。

 

「さあ、撮りたまえ。2人のツーショット写真だ、最高だろう? しかも君のために2人でサインしよう」

 

 

 

 

 

蓮にとって最悪の時間はこれからだ。

 

ミニテストの用紙をひっくり返し、テスト問題を読んで頭痛がした。

 

ーー誰がこんな馬鹿なテスト・・・ああ、馬鹿か

 

そもそも蓮は、ハーマイオニーと違ってギルデロイ・ロックハートに幻想は抱いていない。

むしろ虫酸が走る。

 

本を読んだだけで虫酸が走っていたのが、現物のナルシストぶりを見て、吐き気に変わり、授業を受けて頭痛になった。

 

これはもう「ロックハートアレルギー」の末期症状だ、と回答すらせずに腕組みをして考えた。

 

ちなみに、白紙提出して減点された蓮に何人かが小さく拍手を送ってくれた。

 

 

 

 

土曜日の朝。

蓮がすやすやと健康的な寝息を立てているところを、クィディッチユニフォームを着たアンジェリーナに起こされた。

 

「アンジェリーナ?」

「キャプテン・ウッドが全員を叩き起こしてるわ。練習開始よ。あなたのクロゼットはこれ? ユニフォームは・・・っと、よしよし。さあ着替えて!」

「アンジェリーナ、まだ夜が明けてない気が」

「一応朝日は山の向こうにあるわ」

 

微かに目を覚ましたハーマイオニーとパーバティに謝り、箒を担いで談話室を出て選手更衣室に行った。

 

「よう、レン。ここに座れよ」

 

くしゃくしゃの髪のままのジョージがベンチの自分の隣のシートを叩いた。

 

「・・・おはよう」

「眠そうだな」

「みんなそうでしょ?」

 

ハリーがふらふらしながらやってきて、オリバーの作戦説明が始まったが、蓮の頭には入らない。たぶん誰の頭にも入っていない。

 

ーーとにかくミスタ・ウッドが今年もクィディッチカップを目指していることはよくわかった

 

「よぉし、行くぞ、野郎ども!」

 

自分も「野郎」に含まれるかどうか考えながら立ち上がると、アンジェリーナが「野郎だけで行って。チェイサーは朝食に戻るわ」と指摘した。

 

「失礼、ホグワーツで最高に美しいチェイサーズだ」

 

朝食に戻る、という言葉を聞いたせいで急に激しい空腹を感じた。

 

 

 

 

「へえ、チワワファッカーが新しいシーカーね」

 

グリフィンドールチームが腕組みをして緑のローブのスリザリンチームと睨み合っていると、蓮がのんびりと口にした。

 

「で、チワワのパパが新しい箒をスリザリンチームに買ってくれたってわけね?」

 

グリフィンドールチームのメンバーがスリザリンの箒に吸い寄せられる。「ニンバス2001だ」

 

「クリーンスイープしか持たない奴らにしては目が高いじゃないか」

 

そこへロンとハーマイオニーが「どうしたの、練習は?」と言いながら、ピッチの芝生の上を駆け寄ってきた。

 

「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ。僕の父上がチーム全員に買い与えた箒を、みんなで称賛していたところだよ」

 

ハーマイオニーが頭を振り「恥ずかしい人ね、マルフォイ。お金でチームを買収してシーカーになろうだなんて」と指摘すると、マルフォイがピッチに唾を吐いた。

 

「だれもおまえの意見なんか求めてない。生まれそこないの『穢れた血』め」



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第5章 穢れた血

何を言われたのかハーマイオニーにはわからなかったし、マルフォイの言うことなんて、純血様の前でマグル生まれは黙ってろというお決まりの台詞だと見当がついたので、深くは考えなかった。

 

そんなことより、折れた杖で反射的にナメクジの呪いをかけて逆噴射したロンの手当が優先だった。

 

ロンはナメクジを大量に吐き散らし、グリフィンドールチームは激昂してマルフォイを3回ぐらい絞め殺しかねない勢いだ。

 

蓮だけは冷え冷えとする微笑を浮かべていたが、それが一番怖かった。

 

「ハリー、ハーマイオニー、ハグリッドのところに連れていきましょう」

 

蓮がさっと杖を振って即席の担架を出してくれたので、それにロンを転がして載せ、ロコモーターの呪文で浮かせて運んだ。

 

「ねえ、レン。マルフォイが言った言葉、血がどうとかこうとか、あれってどういう意味?」

 

ハリーが勇敢にも尋ねたが、蓮の冷え冷えとした微笑に勇気は引っ込んだ。

 

「さ、最悪の・・・ぅえっぷ・・・悪口さ」

「ロン、いいから黙ってなさい」

 

ナメクジの発作に襲われながらも健気に説明しようとしたロンも黙らせられた。

 

ハグリッドの小屋に着いてからの蓮は、不機嫌を露わにした。

 

「レン?」

「ハリーとハーマイオニーが知らないのは当然だけれど、『穢れた血』という言葉は良識ある人間なら使わない言葉なの。そうね、マグルで言えばアフリカンアメリカンをニガーって呼ぶようなことよ」

 

ハーマイオニーは絶句した。

ハグリッドから洗面器をあてがわれたロンが僅かに顔をあげ「僕がそんな言葉を使ったらママからどんな目に遭わされるか考えたくもない。教養のある人は絶対使わない」と補足した。

 

「マルフォイの奴め、そんなこと言いやがったのか。そりゃロンがナメクジの呪いぐらいかけたくなって当然っちゅうもんだ」

 

同じく絶句していたハリーが「そ、そんな言葉、バーノンおじさんでさえよそでは使わない、と思う」と言うと、蓮は頷いた。「まがりなりにも会社社長だもの。ハリーのおじさまが、ルシウス・マルフォイのマグル版みたいなマグル純血主義者だってことは想像がつくけれど、よそで言っていいことと悪いことはわきまえていらっしゃるでしょうからね」

 

「あんなあ、『穢れた血』っちゅうのは、マグル生まれのこった。あとは、半純血にも使うことがあるな。要するにマグルの血が入っていたら穢れてるっちゅう、妙な了見の奴らが使う言葉だよ」

 

まったく馬鹿みたいな話さ、とロンが洗面器から顔をあげた。「マグルやマグル生まれと結婚してなかったら、魔法族なんかもう絶滅してるのにさ」そしてまたナメクジの発作に襲われた。

 

「ロンの言うとおりよ。ハーマイオニーはマグルの教育課程も勉強しているから遺伝のことはわかるでしょう?」

 

ハーマイオニーは頷くが、ハリーは信じられないものを見るような慄いた目つきでハーマイオニーを見た。

 

「あまり血が濃くなると、遺伝的に劣性な遺伝子の組み合わせが出現する確率が高くなるわ。確か魔法族の場合は、魔法力を持たない子供が生まれたり、マグルと同じで遺伝的に体や精神に問題のある子供が生まれたりするはず」

「そのとおりよ。例えばロンのウィーズリー家は純血だけれど、過去に赤毛のマグル生まれの人と結婚した人がいたし、ハリーのポッター家もそう。ハリーのお母さまはマグル生まれですもの。でも、スリザリンに多い純血主義の一族は、聖28一族として、マグル生まれやスクイブ、つまり魔法族なのに魔法力を持たない人との結婚をしていないと保証された純血という意味で、他の魔法族と一線を画す家柄だと主張しているの」

「そんなの本当は嘘に決まってるんだ」

 

ロンが洗面器から顔をあげた。「もしそうなら、たった28の家族の中で1000年も結婚を重ねてきてまともな子供が生まれるはずないんだよ」

蓮がロンの顔をまた洗面器に突っ込んだ。

 

「聖28一族の欺瞞は、マグル生まれと結婚した人やスクイブを家系図から削除していることよ。でもそれがパーキンソンやブルストロード、クラッブやゴイルみたいなのしか残らない原因。わたくしの母の親友は、聖28一族の生まれだけれど、マグル生まれと結婚したから家系図から削除されたわ。でも生まれた子供は七変化という魔法族でも稀有な能力を発現させた。今や次代の闇祓いの期待の星として、マッド・アイ・ムーディの特訓を受けてる。今のスリザリンにそんな特別な能力を持っている人や、ハーマイオニーに優る成績の生徒はいないでしょう?」

 

ハリーは力を込めて頷いた。ハグリッドもロンの背中を火が出そうな勢いでさすりながら「魔法生物の交配を実習してみっとようくわかるぞ」と言う。

 

「そうなの?」

「おう。例えばニーズルだ。あいつらはもう絶滅寸前だが、だからって純血種のニーズルを交配させたって、ニーズルの特徴を完璧に持った仔は生まれねえし、生まれても体が弱くてすーぐ死んじまう。んだから、ニーズルは猫と交配させるんだあ。そうすっと、この世のものとも思えねえ賢い猫が生まれる。そういう猫を掛け合わせていって、ニーズルの特徴を持つ猫から新しいニーズルを作ろうとしちょる。そういう仕事は、スクイブがよくやっちょるがな」

「ニーズルの話のあとに例に出すのは申し訳ないけれど、マクゴナガル先生がそうよ。マクゴナガル先生は、マグルのお父さまと魔女のお母さまの間に生まれた半純血だけれど、変身術の才能は群を抜いていらっしゃるわ。動物もどきまで極めたという意味ではダンブルドアを超えたことになるのよ?」

「父さんと母さんのええところを受け継ぐ子供を生み出すにゃあ、馬や牛、鶏だって、血統が近過ぎっとダメになるが、血統が離れたもん同士からはビックリするような子供が生まれるもんだ。蓮は世界中の魔女の名家の血が流れてる純血中の純血だが、国をまたいで遠い血統のもん同士の結婚だ。競馬の馬だって、よその国から種雄を連れてくるだろ?」

 

蓮は頬をひくっと引きつらせ「ハグリッドはロンの手当てをしてて」と黙らせた。

 

「蓮は聖28一族じゃないの?」

 

ハリーが尋ねるとロンが顔をあげた。「ハグリッドが言っただろ? ウィンストン家はヨーロッパ中の魔女と結婚したんだ。王室がヨーロッパ中に親戚がいるのと同じさ。王室に他国から王妃が来ると、それに随行してきた護衛魔女はウィンストン家に嫁に行くんだ」

 

「わたくしの先祖が女好きだったみたいに言わないでくれない?」

「別にいいだろ。聖28一族なんていうのは、イギリス国内だけの魔法族で続いてきた家柄っていう意味だから、ウィンストン家は含まれない。う、ぉえええ・・・」

「・・・ナメクジ吐きながら人の一族の説明はやめて欲しいわ」

 

ハーマイオニーは納得したように頷いた。「グラニーから同じような話を聞いたわ」

 

「だから、穢れた血なんて言葉は、まともな神経を持っていたら使わない言葉なの。そもそも魔法省は、マグル生まれを排斥してはならないという方針を打ち出しているわ。実際、マグルの血を引いている人を魔法界から排斥したら、カスしか残らないんだもの」

「クラッブやゴイルみたいな?」

 

そうよ、と蓮はハリーの言葉に頷いた。

 

ハーマイオニーはハグリッドのキッチンスペースに行って、お茶の支度をする。ロンのナメクジの発作が間遠になってきたから、お茶を飲んだら少しは気分が良くなるだろう。

 

「もちろん個人個人の心の中に多少の差別意識はあるでしょうけれど、それを口にしないのが普通の知恵。口に出してしまう人間は、ある意味異常よ。これがマグルのパブリックスクールなら、マルフォイは退校処分でも当然だわ」

「だったらダンブルドアや、少なくともマクゴナガル先生には報告するべきじゃないかな?」

 

ハリーの提案には蓮もハグリッドも賛成しなかった。

 

「そこがホグワーツのめんどくせえところでな。一応スリザリンっちゅう創立者がおるだろ。ハウスもある。スリザリンの遺志に適う生徒を集めたハウスがあるのに、純血主義を否定はできなさらん。マルフォイの暴言を注意はするだろうが、『騒ぎを起こさねえ程度にな』って寮監が言えば、それでしまいだ」

「そんな! ハーマイオニーにひどい言葉を投げつけたんだよ?」

 

わたしなら平気よ、と巨大なティーポットとマグカップを載せたトレイを持ってハーマイオニーが現れた。

 

「今までにたくさんのマグル生まれや半純血の人たちが、そんな言葉で悪口言われながらホグワーツを卒業して、魔法省やグリンゴッツで活躍してらっしゃるんだもの。マルフォイなんかに何言われたって平気」

「時間がかかることなのよ、ハリー」

 

蓮が頭を振りながら言う。

 

「ああいう人たちの考え方を変えるのは、無理とまでは言わないけれど、時間がかかるの。一族全員が同じ思想で凝り固まってるのよ? マクゴナガル先生に報告しても、ダンブルドアに報告しても、スネイプに抗議はしてくださるでしょうけれど、ハグリッドの言った通りの軽い注意で終わるでしょうね」

「スネイプのやつ! いつもスリザリンを贔屓するんだ」

 

マグカップに注がれた紅茶を飲みながらハリーは憤慨していた。

 

「わたくしたちの耳に入らないだけで、マクゴナガル先生もだいぶわたくしたちを贔屓してくださってると思うわよ?」

 

疑わしい、と言いたげにハリーは目の前に並んで座ったハーマイオニーと蓮を見た。

 

「だって、蓮ったら、マルフォイが絡んでくるたびに過剰防衛してるもの。膝蹴りしたり、ぶん殴ったり、痴漢扱いしたりね。マルフォイがスネイプに泣きつくのは当たり前じゃない? でも蓮はその件では罰されてないわ」

「そらそうだな。マルフォイの一族をぶっ飛ばすのは、蓮の一族の本能だあ。ミネルヴァも、アブラクサス・マルフォイをしょっちゅうぶん殴りおったからな。今更蓮を咎めやせん。ハーマイオニーが平気だっちゅうなら、この件はおしめえだ。んだが、ハリーもロンも、マルフォイに妙な手出しをすんじゃねえぞい。あいつの親父は理事会に顔が利くし、魔法省にもだいぶ金を使って買収しちょるっちゅう話だ。蓮と違って、おまえらがやると面倒事になる。蓮なら、ルシウス・マルフォイも直接手出しはできん。なんせ、学生時代にさんざん蓮の母さんからぶちのめされとる」

 

みんなで紅茶を飲むと、ハグリッドから裏の畑に誘われた。

ハロウィンに向けて、たくさんのおばけかぼちゃが成長している。

 

「なあ、ハーマイオニーに蓮。イギリスの魔法界は狭苦しいなあ」

 

ハグリッドの言葉に実感を込めて、2人は頷いた。

 

「俺あ、3年生のときホグワーツを退学になって森番見習いになった。ホグワーツしか知らねえようなもんだが、俺にゃあ森がある。森ん中にゃあ、そりゃあいろんな奴らがいて楽しい。んだから、狭苦しい学校の中のいざこざとは関係なく暮らしてこられた。おまえさんらにもそういうもんがあるとええな」



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第6章 壁の中から響く声

10月がやってきた。

グリフィンドールのクィディッチチームは、オリバー・ウッドの情熱に引っ張られて、嵐の日も練習を重ねた。

スリザリンの練習を偵察に行ったフレッドとジョージの話ではニンバス2001で揃えたスリザリンチームはピッチ上を飛び回る緑色の風にしか見えなかったとか。

それを聞いたメンバーの表情は一様に暗かった。

 

蓮はずぶずぶに泥をつけたまま、3階の女子トイレに行った。いつも水浸しのこのトイレなら、水をはね散らかして髪を軽く洗っても手足を洗っても気にする人間はいないはずだ。

 

トイレには珍しく(マートル以外の)先客がいた。

 

「ジニー?」

 

洗面台に屈み込むようにしていたジニーに声をかけると、ジニーが弾かれたように飛び上がった。

 

「え、あれ? れ、レン?」

「どうしたの? 気分でも?」

 

ジニーは真っ赤になり、返事もせずに飛び出していった。

蓮は肩を竦め、空いた洗面台の蛇口の下に頭を突っ込んで、短い髪をじゃぶじゃぶと洗った。呼び寄せ呪文でタオルを呼び寄せて頭をゴシゴシ拭いていると、ふわふわとマートルがやってくる。

 

「ハイ、マートル」

「また来たの? 最近よく来るわね」

「クィディッチの練習がハードでね」

「わたし、あなたにお願いがあるからちょうどいいわ」

「・・・お願い?」

 

頭を拭く手をぴたりと止めた。嫌な予感しかしない。

 

「もうすぐ、ほとんど首無しニックの絶命日パーティがあるの」

「それは・・・パーティ? だったら、おめでとう?」

 

マートルは蓮の腕に鳥肌が立つのも構わずに擦り寄ってくる。

 

「ま、マートル?」

「わたしとパーティに出席してくれない? パートナーがいないとまたピーブズに馬鹿にされるわ。50年もゴーストでいるくせに友達もいないって」

「あー、マートル。わたくしは一応レディのつもりだから・・・男の子のほうがパートナーには相応しいんじゃないかしら?」

「わたしはあなたがいいの!」

 

マートルは叫ぶと高く舞い上がり、蓮は顔色を変えた。泥汚れを洗い流したいとは思っていたが、トイレの水はかぶりたくない。

 

「わかった! わかったわ、マートル! よろこんでパーティに同伴させていただきます! だから落ち着いて!」

「みんなわたしを馬鹿にして! 太っちょマートル、ブスのマートル、にきび面を抜かしてるよだなんて!」

「わたくし、そんなこと言わないでしょう?」

 

そうよ、といきなり態度を変えてマートルは舞い降りてきた。「だからわたしは昔からあなたが好きなの」

 

肩にマートルのひんやりした頭を感じながら、蓮は「今年もパンプキンパイはお預けか」とうな垂れたのだった。

 

 

 

 

 

「絶命日パーティ?」

 

ハーマイオニーの頓狂な声に、なぜかハリーではなく蓮が、ゴフ、とスポーツドリンクを噴き出した。

 

軽く水洗いして寮に戻り熱いシャワーを浴びて着替えた後のスポーツドリンクは、いつもなら幸せの味がすると主張する蓮だが、今日は喉に詰まるらしい。

 

その背中をトントンと叩きながら「生きているうちに招かれた人って、そんなに多くないはずだわ。面白そう!」と言うと、ロンは顔をしかめて「自分の死んだ日を祝うなんて悪趣味じゃないか?」と反論する。

 

「そんなことない、と思うけど。ねえ、レン?」

「あー。絶命日パーティには、確かにあまり生きている人間は招かれないと思うわ」

「でしょう? みんなで行きましょうよ、ほとんど首無しニックの、なんというか、ものすごさを知らしめるために」

 

ハーマイオニーの提案に、蓮は片手で顔を覆った。「いずれにしろ逃げ道はなかったか」と呻きながら。

 

「レン? どうかしたのかい?」

 

ほとんど首無しニックからの招待にまんまと応じてきたトラブル運び屋ハリーが首を傾げる。

 

「わたくしも行くことになってるの・・・その・・・マートルのパートナーとして」

「・・・あなた、一応女の子よ?」

「わたくしもそう言ったんだけれど、マートルの誘いを断ることがどんなに困難かわかるでしょう?」

「レンって、そのマートルっていうゴーストには弱いのかい? ピーブズでさえ顎で使える君が?」

 

ロンの言葉にハーマイオニーが頭を振った。

 

「マートルは、レンに対してなんだか他のゴーストと違うのよ。他のゴーストはレンに対して、礼儀正しい感じだけど、マートルはたぶんレンのことを、愛してるんじゃないかとさえ思うわ」

 

ハーマイオニーの説明に、当の蓮は遠い目になった。「ふっ。生まれて初めてのパーティのパートナーが、嘆きのマートル・・・わたくしの人生の先行きは明るいわ・・・」

 

あまりに気の毒で、ハーマイオニーはその肩をポンポンと叩き、ハリーとロンは急いで「僕たちも一緒に行くんだから、まだいろいろ終わったわけじゃない! 絶命日パーティのパートナーなんてノーカウントだ!」と慰めるしかなかった。

 

 

 

 

ハロウィンが近づいた日の朝食の席に、フクロウが落としていった包みは、グランパのドレスローブを、魔法で蓮のサイズに合わせたという包みだった。

 

ついてきたメモの字は震えている。

母は大爆笑しながらドレスローブを準備したに違いない。頼んでもいないドレスローブを送ってくるなんて。

 

「・・・そんなに娘の不幸が嬉しいですかそうですか」

 

あら違うわよ、とドレスローブの包みを開けていたハーマイオニーとパーバティが口を揃えた。「面白いのよ」

 

「顔がそれなのに、いや、それだからこそかしら、マートルに愛され過ぎて面白い」

「よくグリフィンドールの寮の女子浴室にも来るわよね。最近、監督生の浴室には出なくなったってレイブンクローのペネロピー・クリアウォーターが喜んでるらしいわ」

「あ、それ、わたしも聞いたことあるわ。レイブンクローの監督生や首席になると、なぜかマートルにお風呂を覗かれるって」

「覗いた挙句に『あなたじゃないわ!』って怒り出すんでしょう? いい迷惑よね」

「今はレンが『なぜグリフィンドールなの?』ってお風呂で問い詰められてるけど」

 

他人事だと思って言いたい放題だ。蓮は溜息をついて「紅茶を」と呟いた。すると目の前に程よく茶葉が開いた、飲み頃の紅茶が1人用のガラスのティーポットで出てくる。

まったくホグワーツのハウスエルフは優秀だ、と蓮は思い、重要なことに思い至った。

 

ーー絶命日パーティの食事はいったい?

 

慌ててグリフィンドールのテーブルを見渡す。

リー・ジョーダンやフレッド・ウィーズリーと談笑するジョージが目に入った。きっとあの3人ならばハウスエルフから食べ物を頂戴するぐらいのことは経験があるはずだ。

 

 

 

 

 

寝室を抜け出す蓮の気配にハーマイオニーはベッドの中でパチリと目を開けた。

 

朝からジョージと話し込んでいたと思えば、今度は夜間外出とは。パーバティを揺り起こし「レンが出てったわよ、きっとジョージだわ」と囁き、2人で談話室への階段を降りる。途中で足を止め、耳を澄ますと「ジョージ、ありがとう」と囁く声が聞こえてきた。

 

「いや大したことないさ。ところで君、夜に外出して平気なのかい?」

「透明になれるから」

「もう目くらましが使えるのか?」

「ジョージにもかけましょうか?」

「いや、いい。2人とも透明だと危ないだろ? 俺はこのままで、フィルチやミセス・ノリスにでくわしそうな時だけ頼むよ」

 

ひゅう、とハーマイオニーの後ろでパーバティが小さな息を立てた。「ジョージったらエスコート気分よ」

 

ハーマイオニーも軽く頷き、2人が出ていく肖像画の扉が閉まったあとで階段を上って部屋に戻った。

 

「で、レンとジョージ・ウィーズリーってどうなってるの?」

 

寝室に戻った途端、パーバティがハーマイオニーのベッドに枕を抱えて上がりこむ。

 

「どうにもなってないわよ。少し距離が縮まった感じはあるわ。何か気にかかることをジョージに質問するぐらいには。でもレンって、あのとおりの朴念仁だし、ジョージも別に女の子と簡単に付き合いたがるタイプでもないから、ただそれだけよ」

「ウィーズリーの双子の見分け、つく?」

 

パーバティの質問にハーマイオニーは肩を竦めた。「2人並んで会話してると区別出来るわよ。少し性格が違うから。でもたぶんあの2人が本気で入れ替わったら区別出来ないと思う」

 

「レンってジョージを見分けてる気がしない?」

「そうなの。わたしもそれが不思議。見分け方を聞いたけど、特別な見分け方はないみたい。ただわかるんですって」

「変に勘の鋭いレンならわからないでもないけど、やっぱりジョージってレンの中でも特別な気がするわ。わたしとパドマは、そんなに似てないでしょう?」

「まあ、似てないわけじゃないけど、フレッドとジョージほどじゃないわね。あの2人は、自分たちでも見分けられないように似せ合ってるところもあるし。あなたとパドマはそもそもレイブンクローとグリフィンドールに分かれるぐらいだから、どこかタイプが違うわ」

「レンってたまにパドマに着替えを持ってきてって頼むのよ」

「はい?」

「まあ、クィディッチの練習中に遠目に見て咄嗟に頼むからでしょうけど。『パーバティ! 更衣室に替えのローブ置いといて!』って」

 

ハーマイオニーはベッドに転がって笑い出してしまった。

 

 

 

 

「はい姫さま。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の絶命日パーティのお料理はハウスエルフがお引き受けなさいました!」

「ハロウィンパーティの支度もあるのに大変ね。絶命日パーティのお料理はいったいどんなものを?」

 

隣のジョージは、ふかふかと座り心地の良い椅子の背に背中を預けて、かぼちゃジュースやサンドイッチを堪能している。

 

「はい! 魚を腐らせ、真っ黒焦げに焼き上げたケーキ、スコットランドのハギスは香辛料のせいで腐るのに時間がかかりますから蝿をたからせて蛆が湧くようになさいました! もちろんチーズは青カビでなく緑のカビをふわふわに育てていらっしゃいます!」

 

ジョージが、ボトッと食べかけのサンドイッチを落とし、慌てて他のハウスエルフがそれを片付け、新しいサンドイッチの皿を用意しようとしたが、ジョージが止めた。「ああ、もういいよ。十分食べたから」

 

もう何時間も前に夕食を済ませた蓮も、胃の中で何かが踊り出しそうな気がした。

 

厨房を出ると、ジョージはローブの背中を掴んでいる透明の蓮に向かい「人間の食べ物は出ないと覚悟しとくべきだな」と囁いた。

 

「パーバティに今年もテイクアウトを頼むことにするわ」

 

そのとき、蓮の比較的性能の良い耳が遠くから響く声を聞き取った。

 

『引き裂いてやる・・・八つ裂きにしてやる・・・殺してやる!』

 

体中が粟立つ。氷のように冷たい声だ。

蓮がよく知る蛇は、こんなに冷たい声では話さないが、間違いなく蛇語だ。

 

ジョージを急かして、2人はグリフィンドール塔に駆け戻ったのだった。

 

「な、なんだい急に」

 

息を荒げたジョージに「ピーブズが血みどろ男爵に怒鳴られてるのが聴こえたの。八つ当たりされちゃたまらないわ」と嘘をついた。

 

 

 

 

部屋に戻ってきた蓮は顔色が悪かった。

 

「ちょっと! なんて顔よ? ジョージ・ウィーズリーに何かされたの?」

「え、ジョージ? いいえ、何も。ただ、そうね。絶命日パーティのメニューがわかったから」

 

ハーマイオニーはパタパタと手を振った。「そんな顔色になるメニューは聴きたくない」

 

「わたくしもあまり言いたくはないけれど、これだけは言わせて。パーバティ、ハロウィンパーティのご馳走のテイクアウトが今年もわたくしとハーマイオニーには絶対に必要みたい」

 

はあ、とパーバティが溜息をついた。「手のかかるルームメイトだこと」

 

その夜、蓮は遅くまで手紙を書いていた。

 

机のランプの灯りに目を細めながら、ハーマイオニーは今年もトラブルに見舞われるのだろうな、と諦観の溜息をつく。

 

「レン?」

「ああ、眩しい? ごめんなさい、もうすぐ終わるわ」

「いいけど、急ぎの手紙?」

「ええ。ちょっと日本の祖母に聞きたいことがあって。さすがに日本まで飛ぶとなるとフクロウにも早めに持たせなきゃ」

 

よし、と手紙を読み返した蓮がランプを消した。



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閑話5 監督生の宿命

はるばるイギリスから日本まで飛んできたフクロウは息絶え絶えに、怜の文机の上に転がってしまった。

 

「死んだ?」

 

怜がそう言うと、ふるふると震える片羽を挙げて応える。どうやら死んではいないらしい。

怜はホグワーツからの封筒を口にくわえ、フクロウをそっと両手で持ち上げると、ゆっくり階段を下りた。

 

「あら、教科書のリストが届いたの? もうそんな時期かしら」

 

母が怜の口から封筒を取り上げる。

 

「そんなの後回しでいいから、フクロウをどうにかしてあげて。死にかけてるわ」

 

封筒をかさかさと振る母が「怜、なにかいいものが入っているわよ」と笑い、差し出されたフクロウを受け取った。

 

「いいもの?」

 

ちゃぶ台に置かれた封筒を手に取り首を傾げている間に、母が風呂場へフクロウを連れて行った。

 

封を切り、中身をちゃぶ台にあけると、コロンとバッジが転がり出てきた。「プリフェクト」と書かれたバッジに、怜は顔をしかめる。

 

ちっともいいものなんかではなかった。

 

 

 

 

レイブンクロー寮の監督生と首席には、避け難い宿命がある。嘆きのマートルと入浴するという宿命だ。3階女子トイレには入学してこのかた入ったことはない。怜は避けられるトラブルは避ける方針だ。

 

菊池家の娘が「祓う」能力を持っていることはゴーストに知られていて、おそらくそれは怜の祖母のせいらしいのだが、ゴーストは怜に一定の敬意を示してくれる。

だからといって、トイレの水を撒き散らすゴーストとなれば話は別だ。そんなトイレに好き好んで入るつもりは怜にはさらさらなかったので、これまで避けてきたのだ。

 

 

 

 

 

ホグワーツ特急の監督生専用コンパートメントに入ると「やっぱりだ!」と叫んで誰かが飛びついてきたので、顔も確かめずにぶん殴った。

 

「ウィンストン」

 

スリザリンのネクタイを締めたアンドロメダ・ブラックが額を押さえて頭を振る。

 

「ドロメダ、久しぶり。サマーホリデイは楽しかった?」

「まあまあね。姉の結婚式があったけれど、大して面白くもなかったわ。見慣れた顔ばかり」

 

足元に倒れ伏したグリフィンドールのコンラッド・ウォレン・ウィンストンを踏みつけながら、親友のドロメダと再会の挨拶を交わす。

 

「あなたには、テッドがいるからでしょう?」

 

スリザリン生には珍しくドロメダはマグル生まれのテッド・トンクスと付き合っている。

 

「だからサマーホリデイはつまらないのよ。わかるでしょう? 分家とはいえ所詮ブラック家ですもの」

 

そのとき、怜に遅れてアリス・プルウェットが入室してきた。

 

「ハイ、怜、ハイ、ドロメダ。ねえ怜、その足元の変質者をそろそろ解放してあげて。ここにいるからには、わたしの監督生仲間みたいだから」

「グリフィンドールの人材不足は深刻ね」

 

そう言って怜が脇に避けると、コンラッドは幸せそうに立ち上がった。

 

「なにニヤニヤしてるのよ、ウィンストン」

「レイ、君、もう制服に着替えてるのを忘れてただろ?」

 

再び怜の拳がコンラッドを襲った。

 

「フェビアンが監督生だと思ったのに、なぜウィンストンが?」

「わたしが女子の監督生だからじゃない? コンラッドとフェビアンは成績なら同じぐらいだし、わたしとフェビアンは従兄妹だもの。プルウェット家からグリフィンドールの監督生が2人とも出るんじゃ、なんとなく出来レース感があるでしょう」

 

怜は目を丸くして、壁に凭れた背の高いコンラッドを見つめた。「フェビアンと同じぐらいの成績? これが?」

 

箒で夜中に君の部屋まで行けたら付き合ってくれ、スラグホーンのオールド・シングル・モルトを盗み出せたら付き合ってくれ、フリットウィックの髭を剃ったら付き合ってくれ、マクゴナガルの眼鏡を釣り上げたら付き合ってくれ、ダンブルドアの髭を夕食の最中に抜いてみせるから付き合ってくれ。

 

数々の迷惑行為が脳裏を駆け巡る。

 

「グリフィンドールの中では比較的優秀なの」

「・・・本当にグリフィンドール、大丈夫?」

 

訝る怜の肩をドロメダが叩いて「ウィンストンを馬鹿扱いするのはあなただけだから、そのぐらいになさい。ウィンストン、あなたもよ。怜と付き合いたいなら、もう少し真面目にアプローチしたら? 単なる迷惑野郎だと思われてるわよ」と仲裁した。

 

しかし、コンラッド・ウィンストンはどこ吹く風だ。「レイに当たり前のアプローチする男は掃いて捨てるほどいるだろ? 毎年、レイブンクローではクリスマスとバレンタインにレイがガレージセールやってるって評判だ。俺はそんな扱いされたくないだけさ」

 

だからといってバレンタインにタランチュラのゴム模型を贈る男を信じるほど怜の趣味は悪くない。あれはニュートラルに考えてもただの嫌がらせだ。

 

「やあ、これはこれは。今年の監督生は不作だな。血を裏切る者ばかりじゃないか? 嘆かわしいことに我がスリザリンの監督生まで血を裏切る者だ、姉上とは大違いだな」

 

怜は無言で杖を振った。「さあ、6年の監督生のコンパートメントに行きましょう。何をするのか引き継ぎしてもらわなきゃ」

 

ルシウス・マルフォイはホグワーツ特急がホグズミード駅に着くまで泣きながらナメクジを吐き続けていた。

 

 

 

 

門限後の見回りを終えて、いったんレイブンクロー寮のある西塔の部屋に戻ると、怜は溜息をつきながら長い髪をアップにまとめた。

 

「あいつら。アリスに言って外出禁止令を出してもらわなきゃ」

 

グリフィンドールの新入生4人組を今夜も見つけたのだ。中の1人は、ブラックの一族では唯一ドロメダが可愛がっている従弟だというから、これまで3回は捕獲して見逃したが、来月からは見回りの当番がスリザリンになる。

ドロメダならば見逃すだろうけれど、ルシウス・マルフォイが密告したらおしまいだ。

 

「甘く見やがって」

 

今度見つけたらピーブズをけしかけてやる、と決めて監督生専用浴室に向かった。

 

 

 

 

 

髪や体の汚れを落とし、幻想的なゆったりした浴槽の中で体を伸ばした。

この風呂場を使えるだけで監督生になる価値がある、と言われる浴室だが、レイブンクロー生にとっては油断ならない場所でもある。

 

「見つけたわ!」

 

いきなり甲高い大声で叫ばれ、両腕を上げて筋肉をほぐしていた怜はバランスを崩して、ガボっと浴槽に沈んだ。

 

「あらあら大丈夫?」

 

なんとか水面に顔を出して座り直すと目の前に、古臭い眼鏡をかけた少女のゴーストがいた。

 

「うん、やっぱりあなたよ。ずっと探してたの」

「ず、ずっと?」

 

すすすっと怜の脇に寄り添ってくる。

 

「わたし、レイブンクローの監督生を探してたのよ。みんな偽者ばっかりだったわ。みんなしてわたしをからかうの」

「・・・はあ」

「でもあなたはわたしをからかわないから好き」

 

もう訳がわからない。

 

「ずっと探してたって?」

「わかってるくせに」

「いや全然わからない」

「30年は探してたはず。たぶんね。50年かもしれないけど」

「マートル?」

「なあに?」

「あなたが今の姿になった時点で、わたくし、生まれてない」

 

嘘よ! と叫んだマートルがあらゆる水栓を瞬時に全開にして消えてしまったため、怜は後片付けに追われて風邪をひいた。

 

 

 

 

 

両手を叩いて喜ぶのはドロメダとアリスだ。

 

厨房の片隅、ハウスエルフが用意してくれたアフタヌーンティのお茶会で、怜は嘆きのマートルの被害について訴えた。

 

「さすが歩くマーリンの髭ねえ。マートルに愛され過ぎ」

「あなたがたの入浴中は出て来ないの?」

 

出てはくるけど、とアリスがドロメダに目を向けた。

 

「あなたじゃない! って叫んで水をひっかけられておしまいよ。そのあとは出て来なくなったわ。基本的に彼女、3階トイレで暮らしてるから」

「たまに湖に流されてるけどね」

 

わたくしだけなの? と怜は珍しく気弱に眉を下げた。

 

「マートルといい、ウィンストンといい、あなたって変なのに好かれるわよね」

 

ドロメダの言葉にアリスが笑って「コンラッドがレイに対して挙動不審なのは認めるけど、変なの扱いはかわいそうよ。あれでも人気あるんだから」とたしなめた。

 

「そうなの?」

「まあ、スリザリンでは不人気でしょうけど、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローではね。クィディッチ選手でもないのに」

「へえ、意外。でもないか。顔と頭は、客観的に見れば良いものね。紳士的だし」

「紳士的?」

 

怜は本気で親友たちの頭に聴診器を当てる必要を感じた。

 

「たまにブラック家のパーティにご両親と一緒に来るわよ。彼、お母さまがフランス人だからか、そういう席ではマルフォイより洗練されてるわ。マルフォイはパーティ慣れしてるみたいに見えるけど、態度が傲慢だからエスコートされてる感じになれないの。3歩下がってついて来いって感じね。ウィンストンは同席している女性のために飲み物を取りに行ったり、椅子を引いてくれたり、かなりマメよ。わたくしと同席したら、レイの話ばかりだけど。シリウスも、ウィンストンみたいに上手くやればいいのにっていつも思うわ。ブラック家の純血主義が窮屈なのはわかるけど、あの子ったら必要以上に攻撃的ですもの。パーティが自分の家で開かれていても顔も見せない」

 

ドロメダの最愛の従弟の話題に変わってしまったが、怜はウィンストンがドロメダのために飲み物を取りに行ったり椅子を引いたりしている姿を想像して、なんだかイライラしている自分に気づいた。

 

ーーわたくしにはタランチュラのオモチャでドロメダには紳士的なエスコート?

 

ムカムカするわ、とスコーンを紅茶で無理やり飲みくだした。

 

 

 

 

クリスマスホリデイには日本には帰らない。

リヴァプールのフラメル家で過ごすのが毎年恒例だ。両親はクリスマスにだけ姿現しで日本からやってきて、新年を迎える支度のために一晩か二晩で帰ってしまう。田舎の神社とはいえ、神社業の年末は忙しい。

 

ニコラスおじいさまにお願いして防音の魔法を施した部屋で、大音量でビートルズを流しながら魔法薬学のレポートを書いていると、窓の外にフクロウの姿が見えた。

 

レコードの針をあげて窓を開けると、フクロウは怜の机に舞い降りる。

 

「誰かしら?」

 

フクロウの脚の羊皮紙を取ると、怜は顔をしかめた。「なんですって?」

 

慌ててダッフルコートを着込んで外に出る。

 

「やっぱりここが君の家だった」

 

嬉しそうに鼻の頭を赤くしたコンラッド・ウィンストンがいた。

 

「・・・まともなプレゼントをありがとう。ビートルズの新しいLPなら喜んで受け取るわ」

「だったらこのままリヴァプールでデートしないか?」

「はい?」

「アンドロメダ・ブラックに注意されたんだ。子供じゃないんだから、君をレディとして扱えって。僕のアプローチは子供っぽすぎて嫌がらせだと思われてるってさ。本当なら一大事だ」

 

黒いコートを着たコンラッドは確かに少し大人びて見えた。

 

「あなた、この近くに住んでるの?」

「いや。コーンウォール」

「はあ?! どうやってここに来たのよ?」

 

汽車を乗り継いだに決まってるだろ、とコンラッドが笑った。

 

「汽車の乗り方、知ってるの?」

「僕はホグワーツ入学前までロンドンに住んで、マグルの学校に通っていたからね。マグルの男は子供時代に国中の列車に詳しくなるんだぜ」

 

光に透けて、コンラッドの淡いブラウンの髪がブロンドに見えた。

 

 

 

 

ホグワーツに戻り、また日常が始まったが、怜はもうコンラッドを出会い頭に殴りはしない。

一応、レディらしく扱われたのだから、殴るわけにはいかないのだ。そういうことだ。そういうことにしておく。

その分の被害はルシウス・マルフォイに向けられたが、これは誰も困らないので問題ない。

 

「マートル」

「なあに?」

 

浴槽で冷えた体を温めているときにマートルに寄り添われるのは非常に困る。

たまたま入浴時間が重なったドロメダとアリスは、浴槽の端に寄ってしまった。まったく友達甲斐のない。

 

「あなたの好意は嬉しいけれど、わたくし、体を温めたいの。少し離れてくれるとありがた」

「あの男の子が原因?」

 

離れたはいいが、マートルは高く舞い上がり、腰に手を当てて怜を睨んでいる。

危険信号だ。怜は青くなった。

 

「い、え? 男の子? そうじゃなくて、あなたの体温の問題なの」

「あの男の子が話していたわ! グリフィンドールの男の子よ! あなたはわたしに迷惑してるって! あなたのお風呂を覗くなって!」

「グリフィン・・・あなた、コンラッドのお風呂を覗いてるの?!」

「わたし、どうせゴーストですからね! 行こうと思えばどこにだって行け」

 

怜は思いっきり洗面器でマートルに浴槽のお湯をぶっかけた。

 

マートルはゴボゴボと音を立てて排水口に吸い込まれていく。

 

「さすが歩くマーリンの髭。洗面器ひとつでマートルを湖に流しちゃった」

「これだから、ゴーストがあなたに最敬礼するのねえ」

「もはや祓い屋のレベルね」

「ウィンストンのお風呂覗きがマートルの敗因になるとは」

 

勝手なことを言う友人たちを睨み、怜は鼻息荒くザブンとお湯に浸かった。

 

 

 

 

「嘆きのマートル? ああ、あのゴーストか。うん、よく来るよ。最近は見てないけど、まさかまだ君のお風呂に? 君を覗かずに俺を覗けよって言ったのに」

 

ハグリッドの小屋近くで見つけたコンラッドはのんびりと答えた。

 

「あなた、マートルにお風呂を覗かれて平気なの?」

「平気か平気じゃないかで言えば、平気じゃない。でも、女の子のゴーストとは言え、女の子の風呂に出入り自由なのは問題だ。そのぐらいなら、男の裸を見ろと言うべきだ」

 

ダンブルドアに男女の監督生の風呂を入れ替えてもらうことはもう頼んであるけど無駄になった、とコンラッドは言った。

 

「どうせ入れ替えても、あんまり意味がないわ。あの子、水周りならどこにだって出るんだから」

「それは違うな」

 

コンラッドは苦笑した。「ホグワーツのゴーストバスターが女子監督生専用浴室から、マートルを祓ってしまったという噂だ」

 

はた、と怜は立ち止まった。

 

「心当たりは?」

「なくはない、わ」

「だろ? だから、しばらくは君たちの風呂は安全なはずだ。ダンブルドアに陳情取り消しに行かなきゃ」

「どうしてあなたが? 嘆きのマートルの件は、割と女子だけの問題よ。トイレにお風呂に。女子のプライベートな場所にしか住みつかないんだから」

「わからないのか?」

 

何が、と怜はコンラッドを見上げた。

 

「俺は女の子のゴーストとは言え、君と毎日寄り添って風呂に入る奴は許せないんだ! 俺だってまだそんなことしたことないのに!」

 

怜は肩を落とした。「あなた、馬鹿なの?」

 

「君に関してはね。だから俺と結婚して」

「はい?」

 

いろいろすっ飛ばし過ぎだ、と思った。

 

「コンラッド、わたくし、ホグワーツを卒業したらマグルの大学に行くつもりなの」

「俺もだ」

「だから、結婚のことなんてまだ先の話すぎて」

「問題ない。君がイエスと言うまでプロポーズするから。ただそれまで君にまとわりつく奴は、たとえゴーストでも追い払うからね」

 

ハグリッドの畑の脇で、コンラッドと初めてのキスをした。

 

 

 

 

「ちょ。やめて、本当にやめて」

 

オックスフォードのクライストチャーチの図書館で、コンラッドは跪いていた。

怜は青くなればいいのか、赤くなればいいのかわからない。

 

「133回目のプロポーズだ。今度こそイエスと言わせる」

「やめてったら! 場所を考えて!」

 

コンラッドは、にや、と笑った。「場所は十分に考えてあるさ」

 

そして芝居がかった声を張り上げた。「レイ・エリザベス・キクチ、どうか僕と、その人生が長かろうと短かかろうと、共に歩んで欲しい。結婚してくれないか?」

 

どこからともなく、ピュウイ、と口笛が聞こえた。セイ・イエス、セイ・イエス、と囃し立てる声が大きくなる。

 

ーーやられた

 

怜は唇を噛んだ。「みんなグルなのね」

 

「協力者さ」

「わかったわ。答えはイエスよ!」

 

コンラッドは立ち上がり、怜を足が床から浮き上がるほど抱きしめてキスをした。

 

「マートルにお礼を言わなきゃ」

「マートルに?」

「彼女が君のお風呂を覗く趣味がなかったら、こんな日は来なかった。だからね」

「そうね、そうして」

「また湖に流されてなきゃいいけど」

 

 

 

 

 

ミセス・グレンジャーとアフタヌーンティを楽しみながら、話題は夫のプロポーズだ。

 

「トラファルガースクエアの噴水の前のほうがまだマシですわ」

 

ミセス・グレンジャーは可笑しそうに笑いながら「うちの夫も無駄に鉄道に詳しいのですけれど、ご主人とプラレールで遊んでいたに違いありませんわね」と言った。「ハーマイオニーと2人でホグワーツ特急が蒸気機関車かどうか議論していますの」

 

「それで、その嘆きのマートル? 彼女はお元気なのかしら?」

「元気なはずですわ、なにしろゴーストですもの」

「レンの顔を見たら、またレディの学生時代のようにお風呂を覗きに来るのでは?」

 

どうかしら、と怜は肩を竦めた。顔が似ていることは認めるが、蓮はまだ2年生だ。お風呂を覗いて楽しい体つきではまだない。

 

その日、帰宅した怜は「嘆きのマートルに強制的に誘われてパートナーとして、ほとんど首無しニックの絶命日パーティに行くことになりました。絶命日パーティでの正式な挨拶の仕方を教えてください。おめでとうって言っていいの?」という娘からの手紙を読んで笑い転げることになるのだった。

 

どうやらマートルはまだまだ元気いっぱいらしい。



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第7章 最初の犠牲者

真っ黒な、ひょろりと細長い蝋燭が真っ青な炎を灯し、地下牢への道を照らしている。

 

制服のローブで隠しているけれど、蓮は家から送られてきたドレスシャツにシルバーのベスト、真っ黒のドレスローブにブラックタイでまとめていて、ハーマイオニーとしては余計にマートルに愛されてしまうのではないかと気が気ではない。

 

だからといって、ハリーやロンのようにただの制服姿では・・・たぶんマートルの機嫌を損ねてしまうだろうから、難しいところだ。

 

「親愛なる友よ、このたびは、よくぞおいでくださいました・・・」

 

沈痛な面持ちのニックが羽飾りの帽子を脱いで、4人を中に招き入れるようなお辞儀をした。しかし、蓮はここで中に入るわけにはいかない。

 

「ニコラス卿、わたくし、本日はマートルのお招きで伺いましたの。マートルはどちらに?」

 

制服のローブを脱ぎ、シックな黒のドレスローブ姿になると、ニックは目を丸くした。「レディ、マートルのために男装まで・・・」

 

ふわふわと白いワンピース姿のマートルが入り口にやってきた。「ハイ、マートル。トイレとお風呂以外で会えて嬉しいわ」

 

「ふうん、やっぱり男の子の格好がよく似合うわ。わたし、昔からそう思ってたの。縮んでなければもっと良かったけど、縮んでもわたしとあまり身長変わらないわね」

 

クスリと嬉しげに笑いながら、恥ずかしげに蓮に寄り添う。

ハリーが無邪気に首を傾げた。

 

「マートル、君にとっての昔っていったい何年前?」

「30年? 50年だったかしら? わたしが生きてた頃よ」

 

ハーマイオニーは何度もハリーの足を踏みつけたが、残念ながらロンには通じなかった。

 

「じゃあ人違いだ! だって僕ら生まれてないもの!」

「わたしだって死にたくて死んだわけじゃないわ!」

 

マートルは高く舞い上がり、ハーマイオニーは額を押さえて溜息をつき、蓮は片手で顔を覆った。

 

「ロン! レンの努力を台無しにして! せっかくマートルが上機嫌だったのに!」

 

いやはや、とニックが頭を振った。「いずれ戻ってくるでしょう。皆さんはどうぞお楽しみください」

 

楽しめる自信はハーマイオニーにはとてもなかった。隣を歩く蓮の腕にせっかくなので腕を置き、エスコートされる気分を味わってみるが、どこからともなく漂ってくる腐敗臭が気分を台無しにする。

 

「レン、この匂い、地下牢独特の何かなの?」

「ディナーの内容は知りたくないって言ったでしょう。だから言わなかったの」

「・・・つまり、ゴーストが味わえるほど強い風味をつけるために、その・・・」

「ハーマイオニー。それ以上は言わないでね。パーバティが持ち帰ってくれるご馳走が台無しになるから」

 

誰かと目が合うたびにニコリと微笑む蓮は確かに社交の経験が4人の中で一番ありそうだが、とにかく蓮に挨拶に来るゴーストが多すぎた。

 

「これは姫、ではありませんかな? ウィンストン家の姫君にお出ましいただいたとニコラスが申しておりましたが」

「少々込み入った事情がありまして、こんな格好ですが、レン・エリザベス・ウィンストンですわ、サー」

「パトリック、パトリック・デレニー・ポドモアと申します、レディ。どうぞお見知りおきを」

 

あああなたが、と蓮が微笑みを深めた。「あなたに是非伺いたいと思っておりましたの。わたくしの友人のニコラス卿がなぜ卿の首無しクラブに参加出来ないのか」

 

ポドモア卿は蓮とハーマイオニーの目の前で、右手で首を持って見せた。

危うく叫びそうになったハーマイオニーだったが、蓮の左腕を掴んで耐えた。

 

「この状態になければ、首投げ騎馬戦や首ポロといったスポーツに参加いただけませんからね」

「なるほど」

「ご理解いただけて何よりです」

「ところで、スポーツは参加するだけに意味があるとお考えですの?」

「・・・は?」

「わたくしもこちらのミス・グレンジャーも、サマーホリデイにはヒースフィールドの乗馬やポロのクラブに参加いたしますが、必ず賭けをしながら観戦なさる紳士淑女の皆さまがいらっしゃるものですわ」

 

ーー乗馬クラブ? 誰が?

 

頭に疑問符をいっぱいに浮かべながらもハーマイオニーは微笑み続けた。

 

「この紳士の国では、観戦して賭けをすることに意味を見出せないクラブに存在価値はありませんの。おわかりかしら?」

「は、いや、しかしですな」

「あら、わたくしに『しかし』とおっしゃる?」

 

ポドモア卿がぎゅっと目を閉じた。「特別にニコラス卿の参加を認めざるを得ませんでしょうな!」

 

「あら、特別とおっしゃらず『ほとんど首無し』の紳士方や、あらゆるゴーストの紳士淑女の参加をお認めになれば卿のクラブももっと繁栄いたしましてよ」

 

ポドモア卿が去り、しばらくするとハリーとロンを連れてニックがスルスルとやってきた。

 

「素晴らしい! 素晴らしいお手並みですぞ、姫さま!」

 

ありがとうニック、と蓮が震える声で囁いた。「失礼だったらごめんなさい、わたくし、ちょっと気分が・・・」

 

「これはいかん! ゴーストの集団にあれだけ囲まれていては生者の体に良くないことを忘れておりました。どうぞ寮にお戻りになってお休みください」

 

ハーマイオニーは軽く首を傾げた。ずっと蓮と並んでいたが、ハーマイオニーの気分はそれほど悪くない。良くもないが。

 

「蓮?」

「ごめんなさい、ハーマイオニー。わたくし、寮に戻るわね」

「だったらわたしも戻るわ。ハリーもロンも、たぶん戻るって言うわよ。なにしろ目的は達成したんだから。あなたが」

 

クローク代わりの手錠コレクションの中からレンの制服のローブを取り出して着せると、蓮が青い顔で「ありがとう」と微笑んだ。

 

 

 

 

玄関ホールに出る階段を歩きながらロンが「マーリンの髭にもほどがあるぜ」と嘆息する。

 

「ありがとう、レン。僕らもポドモア卿に頼んだんだけど、首が落ちてないからダメの一点張りだったん」

 

言いかけたハリーが足を止めた。

 

『引き裂いてやる・・・八つ裂きにしてやる・・・殺してやる』

 

「ハリー」

 

蓮が声をかけるがハリーは「ちょっと黙ってて」と石の壁に耳をつけた。

 

『腹が減った・・・』

 

「聞こえる?」

「ハリー、聞かなくていいから!」

 

蓮が苛立った声をあげる。ハーマイオニーとロンがわけもわからず顔を見合わせていると、ハリーが「こっちだ!」と叫びながら階段を駆け上がっていった。

 

「ハリー!」

 

蓮がそれを追い、ハーマイオニーとロンが戸惑いながらついて行った。

 

 

 

 

3階をあちこち駆け回るハリーが、最後の誰もいない廊下に出たとき、やっと立ち止まった。蓮がその肩に手をかける。

 

「ハリー、説明するから、とにかく今夜は寮に」

 

そのときハーマイオニーが奥の壁を指差した。「見て!」

 

 

秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

「なんだろう、下にぶら下がってる」

 

微かに震える声でロンが呟いた。

壁の文字に少しずつ近づきながら、4人は文字の下の暗い影に目を凝らした。

 

真っ先に気づいたのは蓮だ。「離れて!」

 

残りの3人を腕で押し留め「ミセス・ノリスよ」と囁く。

 

「・・・ここを離れよう」

 

しばらくの沈黙のあと、ロンがきっぱりと言った。「ここにいるところを見られないほうがいい」

 

しかし、既に遅かった。

 

ハロウィンパーティが終わって、大広間から生徒が出てきたのだ。パーティの高揚からくるざわめきが潮騒のように4人を包み、動けずにいる一瞬に生徒たちが廊下に溢れた。

 

生徒の1人がぶら下がった猫に気づいた途端、沈黙が生徒たちの群れに広がった。その傍らで、4人は廊下の真ん中に取り残されていた。

 

そのとき、重苦しい沈黙を破って誰かが叫んだ。

 

「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」

 

ドラコ・マルフォイだった。

人垣を押し退けて進み出たマルフォイは、ぶら下がったままびくともしない猫を見て、ニヤっと笑った。

瞬間に、口に大きな×印を記されて声が出なくなった。

 

「使うべきでない言葉を何回使うの? トロール・ボーイ」

 

 

 

 

 

第一発見者ということで、フィルチや教職員に囲まれながらダンブルドアに呼ばれてロックハートの部屋に入った。

 

ミセス・ノリスの動かない体をダンブルドアとマクゴナガル先生がくまなく調べている間、蓮は頭痛と戦っていた。なにしろロックハートが異形変身拷問だの、ウグドゥグの事件だの、未然に防いだ殺人事件だのを自慢げに語るのを延々と聞かされているのだから。

 

取り乱すフィルチにダンブルドアは「アーガス、猫は死んでおらんよ、石になっただけじゃ」と教えた。

 

「あいつがやったんだ!」

 

フィルチはハリーを指差した。

 

ハリーが強張った表情で「僕がやったんじゃありません!」と大声で言うのを、皆が見つめていた。

 

「校長、一言よろしいですかな?」

 

スネイプの声にハリーの緊張がますます高まるのがわかる。

 

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。とはいえ、一連の疑わしい状況は存在します。だいたい彼らはなぜ3階の廊下にいたのか。なぜドラコ・マルフォイに、あのような、軽微とはいえ不名誉な、マグルの幼児が好むウサギのような×印を記したのか」

 

蓮は肩を竦めて立ち上がった。

 

「わたくし、なぜか3階女子トイレのマートルから、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の絶命日パーティに招かれましたの、パートナーとして。さすがに生者が1人では心許ないので友人も誘いました。ですが、マートルがちょっとしたことで気分を害してしまったので、探していたのですわ。そして、あの現場に遭遇しました。すると、マルフォイがなぜかわたくしの友人を指して『穢れた血』などと良識ある魔法使いとも思えない言葉を叫びましたの。確かわたくしの記憶する限り、新学期が始まって2回目です。いささか悪質だと思い、黙らせました」

「黙らせる? そのような罰を与えるのは我輩の仕事だが?」

「あんなことが罰のうちに入ります? 邪魔だから黙らせただけですが? キャンキャンキャンキャンとチワワみたいに騒ぐしか能のない輩が、あのような犯罪が行われた現場を個人的な偏見から混乱させるのは先生方にもご迷惑でしょう。黙らせるのがスネイプ先生のお仕事だとおっしゃるならば、間違いなく黙らせてくださいませ。よろしいですか? スリザリンの少年が、グリフィンドールのマグル生まれの少女を『穢れた血』と罵ったのですよ。スネイプ先生、お許しになりますの?」

 

スネイプと蓮はしばらく睨み合っていた。

 

「・・・いや、許さぬ。スリザリン寮の名誉を汚す行為であることに違いはない」

 

ふっとスネイプが不敵な笑みを見せた。

 

「しかし、校長。ウィンストンが全て真実を話しているようには我輩には思えませんな。全てを正直に話す気になるまで、4人のうち、ポッターとウィンストンをクィディッチチームから外すのが妥当かと」

 

これに素早く反応したのはマクゴナガル先生だった。「わたくしには、ウィンストンとポッターが箒の柄で猫を叩いたわけでもなければ、石化の呪いをかけた証拠があるわけでもないのに、クィディッチの参加を議論のテーブルに載せることは、あまりに恣意的に思われますわ。ご立派な箒を7本もお持ちなのですから、クィディッチにまで口を出さずともよろしいと思いますがね」

 

「私の猫が石にさせられたんだ!」

 

ダンブルドアがマクゴナガル先生とスネイプを見て嘆息すると、フィルチに「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」と優しく言った。「スプラウト先生が最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」

 

「私がそれをお作りしましょう」ロックハートが口を挟んだ。「何百回作ったかわからないくらいですよ、マンドレイク回復薬なんて眠ってたって作れます」

 

「お伺いしますがね」スネイプが冷たく言った。「この学校では我輩が魔法薬の担当教師のはずだが」

 

とても気まずい沈黙が流れた。

 

 

 

 

 

「ジニーが猫好きだからさ、ひどく気落ちしてるんだ」

 

朝食の席でロンはジニーを隣に座らせて、あれこれとミセス・ノリスの所業を挙げ連ねた。

 

気落ちした妹への配慮のつもりが、まったく配慮になっていない。

ハーマイオニーが何度かロンの足を蹴ったところで、蓮にフクロウが和紙の封筒を落としていった。

 

自分が学生時代にバジリスクの声を聴いたのは3階女子トイレ付近が一番多かった、と祖母は日本語で記していた。

ただし、バジリスクはもうホグワーツにはいない、それだけは確実なことだ、とも。

《詳しいことが聞きたかったら、ミネルヴァにお聞きなさい。わたくしと同じ経験を50年前にミネルヴァも一緒に経験したのですから。ミネルヴァが忙しければマダム・ポンフリーに。

秘密の部屋が開いたときの話を聞きたい、と言えばあなたになら話すでしょう。

ホグワーツ城のゴーストは皆、中世以前の人ばかりですから、近年の出来事を細かく記憶しているとは思えません。あまり参考にはならないと思います。

ただ、もし3階女子トイレに新しい世代のゴーストがいたら、50年前に何があったか聞いてみてもいいかもしれません。

50年前に、わたくしが監督生をしていた時代、そのトイレで亡くなった女子生徒がいました。彼女のミドルネームを怜に、そしてあなたにつけています。それが目印です。》

 

レンは手紙をくしゃくしゃにポケットに突っ込むと、大広間から駆け出していった。

 

3階女子トイレに入って叫ぶ。「マートル! マートル、出てきて!」

 

絶命日パーティで怒って帰って以来会っていないが、もし50年前に何があったか知っている人が教職員以外にいるなら、それはマートルだと思ったのだ。

なぜか蓮の顔とレイブンクローにこだわるマートル、縮んだ縮んだと主張するマートル。

それは、レイブンクローの監督生時代の祖母と比較されていたからに違いない。

 

「マートル! マートル・エリザベス!」

 

ミドルネームまで呼ぶと、ひゅるんと天井から宙返りしながらマートルが現れた。

 

「わたしのミドルネームを知ってる人がいるなんて」

「マートル・エリザベス、あなたが探していた人は、わたくしの祖母だと思うの。レイブンクローの監督生で、菊池という名前だったわ」

「ミス・キクチ! そうよ、その人だわ!」

「祖母は、自分が監督生のときにあなたが亡くなったことを悔やんであなたのミドルネームを、母とわたくしのミドルネームにつけたの」

「わたし、ずーっと待ってたのよ」

「ごめんなさい。祖母にとって、この場所はあまり良い思い出の場所ではないの。なにしろあなたが亡くなったのがここだったから」

 

気にすることないのに、と涙声になったマートルがトイレに飛び込んだ。

天井まで跳ね上がった便器の水が蓮の頭の上から降ってきた。

 

「ま、マートル。今日中にまた来るから、その時は水をぶっかけずにお話ししましょう。ね?」

 

返事はなかった。



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第8章 狂ったブラッジャー

クィディッチシーンは難しいですね(ノд-。)


結論から言えば「マートルはバジリスクの目を見て死んだ」それだけだった。

 

「ミス・キクチとミス・マクゴナガルがバジリスクを殺したと思うわ。ミス・マクゴナガルが『もうあなたのように死ぬ生徒は出ない』って言ったもの。フィルチのあのいやらしい猫は、バジリスク以外の何かから石にされたのよ」

 

でもそれは蛇であるはずだ、と蓮は思った。

 

「ありがとう、マートル。もう一つ質問しても?」

「なあに?」

「この・・・あなたのトイレで、最近変わったことはない? 誰か男の子が出入りするとか・・・」

「女子トイレよ?!」

 

悲鳴のような甲高い声だ。しかし蓮は怯まない。不本意なことだがもうマートルに慣れてしまった。

 

「だったら、女の子が出入りする」

「あなたがね」

「わたくし以外には?」

「たまにいるわ、間違って入ってくる新入生とか」

「・・・ハロウィンの夜は?」

 

いなかったもの、とマートルはツンとして言った。

 

「いなかった? あなた、ニックのパーティからここに帰らなかったの?」

「帰らなかったわ。だってわたし、わたし、初めてのパーティだったのよ!」

「え、ええ」

「なのにあなたは、わたしがいなくなってほっとしたようにあの子と腕を組んでた!」

 

ゴーストに囲まれたハーマイオニーが腕にしがみついていたのを見て誤解したということらしい。

 

「マートル、誤解だわ。わたくし、あなたがパーティに戻ってくるのを待っていたの。ハーマイオニーは、一度にあまりにたくさんのゴーストに囲まれたものだから、怖くて、でもゴーストの皆さんに失礼のないようにわたくしに捕まっていただけで」

「ごちゃごちゃ言わなくていいわよ! あなたはわたしを追いかけるより、あの子を選んだんだから!」

 

高く舞い上がったマートルを見て、蓮は観念するように目を閉じた。

 

目を開けたときも、まだマートルは目の前に浮かんでいる。眼鏡の下の小さな瞳から銀色の涙がポロポロと零れていた。

 

「どうして逃げないのよ?」

 

マートル、と蓮は静かに言った。「もう一度あなたのような犠牲者が出るかもしれないの。わたくしの祖母とマクゴナガル先生がバジリスクは倒した。それは間違いないわ。倒したつもりってこともないと思う。あの人たちはそんなに甘くない。息絶えたことを確認したはずだわ。でも、殺意を持った蛇がウロついていることも確かなの。わたくしはあなたのような犠牲者をもう出さない。そのために、あなたがあの日何を見たか、どうしても知りたいの」

 

何も見てないの、とマートルは小さな声で言った。「ニックのパーティであなたとあの女の子を見て、わたし、一番近いトイレに行ったの。飛び込んで死のうと思って」

 

蓮は何と答えたものか、一瞬だけ悩んだ。もう死んでるのに?

ただ、蓮はたぶんこの学校の誰よりもマートルに「慣れて」いた。だから何も言わず沈痛な表情を崩さなかった。

 

「飛び込んだんだけど、わたし、わたし・・・死ねなかった!」

 

マートル、と蓮は静かに言った。「あなたが2度死ぬ必要はないのよ。わたくしはあなたが死ななくて良かったと思うわ」

 

「優しいのね」

「そうでもないわ」

「ミス・キクチも優しかったわ。わたしを絶対に『穢れた血』と呼ばなかったの」

 

蓮は切れ長の瞳を見開いた。

 

「あなた、そう呼ばれていたの?」

「そうよ。最初に死んだ日も、スリザリンのマーガレット・パーキンソンが占い学の授業で『穢れた血が1人死ぬ』って予言したわ。みんなわたしを見て笑ったの」

 

予言、と蓮は呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーはその日の授業が終わると図書館に駆け出した。

秘密の部屋、という単語は「ホグワーツの歴史」という本で見かけた記憶がある。ただ、問題はハーマイオニーの手持ちの「ホグワーツの歴史」は、ロンドンの家に置いてきてしまったということだ。ロックハート先生の教科書が大量だったので。

 

「わたし、秘密の部屋がホグワーツ城の主人であることのレガリアだと思うの」

「レガリア?」

 

ハリーとロンが顔を見合わせる。

 

「マグル生まれを殺して回るより手っ取り早くマグル生まれを排斥したいなら、ホグワーツ校長になればいいのよ」

「その前に、よろしければレガリアが何か説明してくれませんかね?」

「王権を証明する宝物のことよ」

 

走ってやってきた蓮が「ホグワーツのレガリアは校長室よ」と息を整えながら言った。「秘密の部屋は関係ないわ」

 

「校長室?」

「お願いだからハーマイオニー、1人であちこちに突進しないで、特に今は」

「どうしてよ」

「50年前に一度秘密の部屋は開かれたことがあるの。そのときの被害者が、嘆きのマートル、マグル生まれよ」

 

3人は目を見開いて蓮を見つめた。

 

 

 

 

 

「歴代のホグワーツ校長は、現役のホグワーツ校長に助力する義務がある。たとえ死んでも。だからこそ、滅多な人物は歴代のホグワーツ校長が認めない。相応しくない人物が校長になろうとすると、校長室が開かないの。制度上の校長だったとしても、校長室が使えない、校長としての魔法的権限の使えない、形ばかりの校長で終わるわ」

「そんな人いたの?」

「ええ。母の親友の先祖に1人いたらしいわ。歴代のホグワーツ校長の中で最も人望のない校長だったと言ってらしたそうよ」

「じゃ、秘密の部屋の継承者はいったい何を継承するんだい?」

 

知るもんですか、と蓮が肩を竦めた。「どうせ大したものじゃないわ。ホグワーツ創立者の中で唯一ホグワーツを追われたサラザール・スリザリンの継承者に、そう大したレガリアがあるわけないじゃない」

 

「でも、現にミセス・ノリスは被害者だ!」

「ハリー、落ち着いて。今一番気をつけなければならないのは、ハーマイオニーとあなたよ」

 

僕? とハリーが自分を指差した。「ママがマグル生まれだから?」

 

「そうじゃなくて、あなた、パーセルマウスよね?」

「パーセルマウス?」

「蛇と話せない?」

「話せるよ、魔法使いだもの」

 

ロンと蓮が額を押さえて黙ってしまった。

 

「僕、何か変なこと言った? 話せると思うよ。前に一度だけダーズリー家が僕を連れて動物園に行ったんだ。ブラジル産ニシキヘビのガラスの檻で、僕、蛇に見せ物になるのも大変だねって言ったら、ガラスがなくなっちゃって、蛇が『ありがとよアミーゴ』って言って逃げ出した。僕そのせいで食事抜きにされたんだ」

「・・・蛇が君にアミーゴって言ったの?」

 

ロンは情けなく眉を下げた。ハーマイオニーもさすがに問題の要点に気づいた。

 

「つまり、蛇のアミーゴであることがスリザリンの継承者の資格だということ?」

 

平たく言えば、と蓮は力無く頷いた。

 

 

 

 

蛇のアミーゴ問題は絶対に隠すべきだと、ロンと蓮とハーマイオニーの意見が一致した。ハリーとしてもスリザリンの子孫扱いは願い下げだという。

 

しかしハーマイオニーは「別の問題がある」と指摘する。

 

「わたし、いつまでも純血のみなさんにボディガードされながら暮らしたくないもの。秘密の部屋を開けたのが誰か調べるべきだと思うわ。そしてやめさせるの」

 

ハーマイオニー! とロンが悲鳴を上げる。「秘密の部屋の怪物と戦おうっていうのかい?」

 

「未知の怪物ではないはずよ、そうでしょう? パーセルマウスのハリーとレンが・・・レンもそうに決まってるわね、ハリーのことがわかったんだもの。パーセルマウスのハリーとレンが声を聴いたんだから、秘密の部屋の怪物は蛇なのよ」

 

どうやらハーマイオニーは怒っているらしい、と察して蓮は早々と両手を挙げた。「オーケー。何をすればいい?」

 

「スリザリン寮に忍び込んで、マルフォイが何か知らないか聞き出したいわね」

「マルフォイが喋るもんか!」

「わたしたちにはね。でも、お仲間には喋るんじゃない? どうせ理解できそうにないお仲間ばかりなんだもの、口も軽くなるわよ、スリザリン寮の中なら」

「僕らがお仲間になるのは難しいと思うな。お友達ごっこをやってるうちに、継承者はマグル生まれを片付けてしまうよ」

 

ハーマイオニー? と蓮が微笑んだ。「わたくし、パーキンソンのエキスなんか絶対飲まないわよ。馬鹿が感染る」

 

ハーマイオニーは感激して蓮に抱きついた。「だからレンのことが大好きなの! 蓮は透明になれるから、ついてきてサポートしてくれればいいわ。わたしとハリーとロンがポリジュース薬を飲むから!」

 

「つまり、僕らがクラッブとゴイルのエキスを飲むのかい?」

 

ロンは「バジリスクと戦うほうがマシだ」と言いながらも、勇敢にも賛成した。ハーマイオニーの眼光に負けて。

 

 

 

 

材料調達のためにスネイプの研究室に忍び込む計画を立て始めたハーマイオニーを止めたのは、やっぱり蓮だった。

 

「日本から取り寄せるから、無駄な危険を冒すのはやめましょう」

「日本のお宅には材料があるの?」

「わたくしの曽祖父、つまり祖母の父親は、ロシアの魔法薬学者だったの。研究室はまだそのまま残ってるし、フラメルのおじいさまにもお願いしてみるわ。たいていの材料は揃うはずよ」

「『最も強力な魔法薬』の本も必要なの!」

 

タイトルを聞いてロンがひくっと顔をひきつらせたが、賢明にも声は出さなかった。

 

「わかった。必要なものは、わたくしがあちこちに手配するわ。だから約束して、ハーマイオニー。1人であちこちに突進しないで。わたくしとハリーはクィディッチの練習があるから、四六時中一緒というわけにはいかないけれど、必ずロンやパーバティ、ラベンダー、ネビルでもいいから出来るだけ複数人で行動して。ロンもよ」

「僕は純血だぜ?」

「わたくしもだけれど、『血を裏切る者』でもこの際構わないと継承者が考えたら?」

「・・・わかった」

 

少しだけ引き締まった顔でロンは頷いた。

 

 

 

 

 

「アンジェリーナ!」

 

今度はクィディッチだ。本当に今年は慌ただしい、と思いながら蓮は振り向いたアンジェリーナを自分の寝室に引っ張り込んだ。

 

「アンジェリーナにだけ教える。ハーマイオニーとパーバティとマクゴナガル先生しか知らないことだから、ウッドや他のメンバーには秘密にして」

 

言いながら、アンジェリーナの前に箒のケースを出した。

 

「なによこれ、あなたのおばあさまのお古の・・・レェェェン!」

「チェイサーの作戦はこの箒を活かした作戦を立てて。わたくし、この箒でならスリザリンの箒には負けない自信があるわ。ハリーがスニッチを取ることだけに期待するのはやめましょう。飛び回って、箒の性能だけに頼ってろくなコントロールも出来ないスリザリンのトロールどもの自滅を誘えっていうならそうするし、1人でゴールを出来るだけ多く抜けっていうならそうする」

「りょ、両方よ! 決まってるでしょ、あなた・・・あなた、こんないい箒・・・わかった、これに乗るためのマクゴナガルの特訓だったのね」

 

蓮は頷いた。

シルバーアロー40は優れた箒だが、乗り心地を追求するより前の時代の箒だ。

姿勢を維持するための魔法装置や、自動コントロール装置はついていない。

その分本体が軽く、トップスピードの記録を抜く箒は未だかつて存在しない。

ただし、それだけのスピードを出しながら姿勢を維持するにも、コントロールするにも、すべて自分自身の筋力によらざるを得ない。

 

「ニンバス2001がいくら速くても、あのトロールどもはそのトップスピードでコントロールできるわけじゃないわ。わたくしは、この箒ならトップスピードに近いところまでコントロールできる。箒に乗られるような無様な真似、わたくしはしないわよ」

 

わかってるわよ! と叫んでアンジェリーナは蓮にガバっと抱きついた。「誰にも言わないわ。価値を考えたら、これ、犯罪を冒す価値があるもの! ウッドの作戦を無視することになるかもしれないけど、あなたを最高に働かせるわ!」

 

アンジェリーナの背中をトントンしながら、蓮は小さく溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

「スリザリンには我々より優れた箒がある」

 

ウッドの第一声にアンジェリーナは「まったくだ」というように眉を上げた。

 

「それは否定すべくもない。しかしだ、我々はより優れた乗り手であり、敵より厳しい練習をしてきた。我々はどんな天候でも空を飛んだ」

「まったくだ。俺なんかここ最近、ちゃんと乾いてたためしがないぜ」

 

ジョージの茶々はウッドの耳には入っていない。

 

「ハリー、君次第だぞ。シーカーの資格は金持ちの父親だけではダメなんだと思い知らせてやれ。マルフォイより先にスニッチを掴め。然らずんば死あるのみだ、ハリー」

「だからこそハリー、プレッシャーを感じちゃダメ。得点できるのはシーカーだけじゃないの、チェイサーもよ」

 

アンジェリーナがハリーの肩を叩いた。青ざめた顔のハリーが、手に馴染んだチェイサーグローブをギュと革の音を鳴らして嵌める蓮を見ながら頷いた。

 

 

 

 

 

グリフィンドールチームが真紅のローブをはためかせながらピッチを旋回すると、スリザリン以外のすべての生徒たちの声援のどよめきが起こった。

 

「ハリー、大丈夫かな。めちゃめちゃ緊張してるぜ」

 

ロンが心配そうに呟く。

 

「レンは・・・いつも通りね」

「いや、違う。レンが今日はアンジェリーナより前を飛ぶんだ。毎回グリフィンドールのチェイサーは、フォーメーションを示すんだよ。もちろん状況次第で変わるけど、それがグリフィンドールのチェイサーのプライドさ。最初の陣形は、ピッチを旋回するときに観客にも敵にも教えるんだ。見てごらん。オリバー、ハリー、レン。ずっと遅れてアンジェリーナたちがひとかたまりだろ? アンジェリーナたちはディフェンスに徹する気だ!」

 

ハーマイオニーは思わず両手を口に当てた。「危険じゃない!」

 

「めちゃめちゃ危険だよ! ニンバス2001相手にばあさんのお古の箒でどうするつもりだ!」

「あ・・・」

 

焦れったそうに親指を噛むロンから、ハーマイオニーはそっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

解説者のリー・ジョーダンが声を枯らして叫ぶ。

 

「グリフィンドールのチェイサー、奮戦しています! スリザリンはクァッフルに触れません!キーパーのフリースロー以外には。1人で得点を重ねるのは昨年最後のゲームでポッターの代わりにシーカーとして出場したウィンストン! 鮮やかなウロンスキーフェイントはまだ記憶に新しい! 今年はチェイサーとしてレギュラー入りしました! また入った! 80対0! あー、マクゴナガル先生、ウィンストンのあの技術は」

 

マクゴナガル先生の解説を求めたリーはすぐに諦めた。「マクゴナガル先生が理性を失いましたので続けます。しかし、上空の異常なブラッジャーにポッターが苦戦しています」

 

ロンとハーマイオニーは両手を組んでいた。

 

1人でトロールのようなスリザリンのチェイサーとキーパーの間をすり抜けるギリギリのプレイをする蓮からも、なぜかブラッジャーから執拗に狙われるハリーからも目が離せない。

 

たまりかねたオリバーがタイムを要求し、選手たちは陣地に集まる。

 

「ハリー、いったいどうした」

「オリバー、ブラッジャーがハリーから離れないんだよ。俺たち、そっちにかかりきりだ!」

「だが、さっきはレンが危ないところだったんだぞ!」

「平気」

 

蓮が短く答える。「トロールとブラッジャー、まとめて躱すから」

 

「レン・・・フレッド、ジョージ、あのブラッジャーは僕に任せてくれないかな。このままじゃ、僕、スニッチが現れても見えやしない」

「馬鹿言うな! あんなブラッジャー躱せるもんか!」

「レンがもう1つのブラッジャーに叩き落とされたら同じだろ? スリザリンの箒を抜けるのはレンだけだ!」

 

はいはい、とアンジェリーナが両手を挙げた。「ハリー、本当にやるのね?」

 

ハリーは唇を引き結んで頷く。

 

「だったら、チェイサーが前に出ましょう。ビーターはわたしたちを守って。わたしたちがまともなブラッジャーを引き付けるわ。レンの邪魔をしないようにね。レンは、最低でもあと70点入れるのよ、いいわね?」

「わかったわ」

「ハリーもそれでいい? チェイサーはなるべく急いで150点をオーバーする。シーカーはブラッジャーから身を守りながら、なるべく早くスニッチを掴む。シンプルに行きましょう」

「わかってる」

 

マダム・フーチにオリバーが手を挙げ合図すると、全員が持ち場に散った。

 

「グリフィンドール、フォーメーションを変えてきました。ホグワーツで一番美しいチェイサーズがラインを上げてきます。総力戦の構えです。一方スリザリンは、先ほどと変わらないフォーメーションのまま。箒への自信の表れですね。あーっと、ウィンストンがクァッフルをキャッチしました! 箒から伸び上がってです! まるでバスケットボールだ! そのままトップスピードでスリザリンのチェイサーの真ん中に切り込みます! だが背後からジョンソンが迫っている! 逆パス! 身軽になったウィンストン! スリザリンのチェイサーをすり抜けました! あいたっ! これは痛い! ウィンストンに襲いかかったチェイサー2名の正面衝突です! ウィンストンにジョンソンからパスが渡ります。ゴール! グリフィンドール、また得点です! グリフィンドールの素晴らしいパスワークも健在です!」

 

そのとき、ハリーの耳元をブラッジャーが掠めた。ハリーはくるりと向きを変え、ブラッジャーと反対方向に疾走する。

 

「バレエの練習かい、ポッター?」

 

マルフォイが必死でブラッジャーを躱すハリーに叫んだ。ハリーは逃げ、ブラッジャーは追跡してくる。マルフォイを睨むように振り返ったハリーは、見た。

マルフォイの左耳の僅かに上を漂う金色のスニッチを。マルフォイはハリーを嘲るのに忙しくて気付いていない。

 

スニッチに向かって飛ぶべきか、マルフォイに気づかれないように出来るか、一瞬の逡巡をついて、ブラッジャーがハリーの肘を強打した。

 

「ハリー!」

 

ロンが立ち上がった。

 

すべてがスローモーションに見える粘るような空気の中、蓮は自分が杖を抜き、ハリーに向かって飛ぶのを感じた。

 

半分箒から落ちかけたまま、ハリーがマルフォイの左側をすり抜ける。

 

その手に金色に煌めきを確かめ、蓮は「スポンジファイ!」と叫んでいた。

 

 

 

 

 

2人が滑るように肩から地面に落ちてくる。

 

「ハリー!」

「レン!」

 

ハリーがスニッチを掴んだ腕を挙げると、ピッチ全体が割れんばかりの歓声に盛り上がった。

蓮はもはや指一本動かす気力がない。

 

「レン!」

 

すぐ側にジョージとアンジェリーナが降りてくる。「大丈夫か?」

 

「疲れた、だけ」

 

仰向けに大の字になり、蓮は荒い息をついた。

 

「私に任せてください。2人とも私に任せて」

 

ロックハートの声を聞いた瞬間、蓮はパチンと目を開けて自分に屈み込むジョージの首にしがみついた。「今すぐ連れて逃げて!」

 

「あ、ああ、わかった」

 

ジョージは蓮を抱え上げると「ロックハート先生、ウィンストンは単なる疲労だけですから、僕たちが寮まで運びます。な、アンジェリーナ」と言った。

 

その背後で、ハリーに新たな災厄が襲いかかったのだが、それは300対0という歴史的な圧勝の前には些細なことだった。

 

 

 

 

 

目が覚めたのは寮の寝室ではなかった。

寮の小さなベッドではなく、体をいっぱいに伸ばしても落ちる心配のない、クィーンサイズのベッドだ。

カバーのタータンを見て、誰の部屋か察した。

 

「ウィンストン、目が覚めましたか?」

「はい、マクゴナガル先生。わたくしは・・・」

「ジョージ・ウィーズリーがロックハート先生の前からあなたを連れ出すとすぐに気を失いました。マダム・ポンフリーが寝ていれば治るただの過労だと言いますのでね、寮の狭いベッドより良いと思ってここに寝かせました」

 

最高の試合でしたよ、とマクゴナガル先生が目を潤ませた。まだ理性は戻っていないらしい。「今世紀最大のグリフィンドールの圧勝です。しかも最新の箒7本を相手に!」

 

「あ、あの、ハリーは?」

「能無しの先生がただの骨折を治療するために、右腕を完全に骨抜きにしました。今夜は医務室で骨生え薬を飲まされています」

 

あぅ、と蓮は右手で顔を覆った。最後の最後にハリーを生贄にした気分だ。

 

「ウィンストン、はっきり目が覚めたようですから、お客様に会わせましょう。そのまま。寝たままでよろしい」

 

杖を振って衝立を消すと、そこには日本の祖父母とフラメル夫妻がいた。

 

「あ、おじいさま、たち?」

「素晴らしかった! 素晴らしかったよ、蓮! さすが私の曽孫だ!」

「見に来てくれたの?」

「うむ。アルバスをちょいと脅してな!」

「たいへん面倒な荷物を届けるついでにね」

 

祖母の柊子に必死で目配せをした。

 

「相手が動物を飼っていないか確かめなさい。それはそうと、50年前の箒でよくもまああんなことを!」

「余計な装置がないぶん、トップスピードはどの箒にも負けないもの」

「だからってまあ、50年前のミネルヴァだってあんな無茶はしなかったわ。どうしてあんなにムキになったの?」

 

蓮は唇を尖らせた。

 

「ハーマイオニーを『穢れた血』と呼んで、パパのお金で最新の箒を7本揃えてもらうようなチームはぺしゃんこにするしかないじゃない」

「間違いない!」

 

祖父のシメオンが蓮の頭をわしわしと撫で回した。

 

「ハリー・ポッターもいいシーカーね。わたくしなら、あんなブラッジャーに狙われていたら、試合のやり直しを要求するわよ。あのブラッジャーを躱しながらスニッチを狙うファイトが素晴らしいわ。あなたはミネルヴァの若い頃にそっくりなチェイサーね。スリザリンのシーカーは自分がスニッチを掴みさえすれば勝てるつもりでいたのでしょうけれど、シーカーが稼げる点数がたかが150点しかないことを忘れちゃいけないのよ。いいチェイサーを揃えたチームと、いいシーカーだけがいるチームなら、いいチェイサーを抱えたチームが勝つのだから。チェイサーが先に160点をリードしてしまえば、誰がスニッチを掴んでも勝てると考えるチェイサーが最高のチェイサーよ」

 

当然です、とマクゴナガル先生が紅茶の支度を済ませて咳払いをした。「グリフィンドールのチェイサーには、わたくしが期待するだけのプレイをさせます」

 

「タイムアウトのあとのフォーメーションで、蓮とパスワークをしたあの子も素晴らしいチェイサーよ。スリザリンのチェイサーはどれもダメ。箒のスピードに頭がついていけてないわ」

「アンジェリーナはすごいの。わたくしがどこにパスを出しても取ってくれるし、わたくしの箒のスピードをわかっててわたくしの目の前にパスを出してくれるわ。バスケットなら当たり前だけど、箒でそんなこと難しいのに」

「そうだ、柊子! 私のペンシーブを貸してあげるから、コーンウォールのウィリアムにも見せてあげないか? 蓮の素晴らしいチェイサーぶりを彼も見たいだろう!」

 

言いながら、車椅子のニコラスがベッドの中の蓮の手にそっと何かを握らせた。

 

それは良い考えだ、と言い合いながらソファに戻る祖父母たちの背中を見ながら、ニコラスが蓮の耳に囁いた。「君を抱き上げてここまで連れてきてくれた少年に、ドクタ・フィリバスターからご褒美だ。最新の遠隔装置付きピクシー花火だよ。かわいそうにシメオンから君を取り上げられてしまったが、あの妙な教師が骨抜きにすることから君を守ったのだからね」



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閑話6 月夜の散歩

紙飛行機がグリフィンドール塔のミネルヴァの窓を叩く。

 

「ふん」

 

見上げれば明るい月夜だ。

 

「ちょっとだけ体を動かしましょうかね」

 

ミネルヴァは軍用ズボンに編み上げブーツを履き、革のコートと手袋を着た。ズボンに取り付けた杖ホルダーに杖を差し、悠々と歩く。

 

 

 

 

 

月の明るい夜には、柊子と2人で実戦形式の決闘をする。

ミスタ・グレゴールの小屋の周りで、農作物に被害を与えないこと、かなり高齢のミスタ・グレゴールの眠りを妨げないことがルールだ。

 

奇襲は無し。決闘なので、開始までの作法は守る。

杖を握った杖腕を左胸の前に当て、一礼し、杖を剣のように前に突き出して構える。

エクスペリアームスから始まる勝負だ。多彩な技をかけ合い始めると収拾がつかなくなる。一度ミスタ・グレゴールの畑を文字通りの焼野原にした。作物のない時期で本当に良かった。

 

魔力が拮抗したミネルヴァと柊子は、武装解除呪文だけではなかなか決着がつかない。

 

「エクスペリアームス!」

 

ミスタ・グレゴールを起こさない程度に詠唱した。

 

赤い光線が、2人の真ん中でぶつかり合って弾ける。

 

ひゅ、と柊子が無言で杖を振る。ミネルヴァは「プロテゴ」と囁いて、爆破を避けた。

柊子は無言呪文の名手だ。息をするように魔法を使う。ミネルヴァはこの無言呪文だけはどうしても苦手だ。生活呪文ならともかく、使う頻度の少ない攻撃呪文は無言では使いこなせない。

 

シュ!と伸びてくる魔法の縄に絡みつかれながら「ディフィンド」と縄を裂き、一歩下がる。

 

「今日も長くなりそうね」

 

同じく一歩下がった柊子が楽しげに微笑んだ。

 

「長くはお待たせしない、わ!」

 

今度は無言で足縛りの呪いを放った。横跳びに避けた柊子がいくつもの氷の刃を作り出し、杖を振る。「プロテゴ」ミネルヴァの前で、氷が粉々に砕けていく。

 

 

 

 

 

2人に決闘の作法を教えたのはダンブルドアだ。

 

「あれこれと余計なことに首を突っ込むより、自分たちの技を磨きなさい」と言って。

 

 

 

 

 

グリフィンドールの寮監である変身術の教授ダンブルドアは、昨年、夜間徘徊中のミネルヴァと柊子を捕まえた。

間の悪いことに、目くらましで透明になっていた柊子に、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿が優雅にお辞儀をしたところで、足元には猫がいた。

 

「ニコラス、君が挨拶しているのは、レイブンクローの菊池柊子だな? 目くらましを悪用してはならん! レイブンクローから5点の減点だ。さあ早くベッドに戻りなさ」

 

ダンブルドアは猫に目を留めた。「まさか」

 

直立不動の柊子を見ると、減点されたくせに得意げな顔で「しかたないですね」と言わんばかりに頭を軽く振った。

猫もまた直立不動、というか厳格な「おすわり」をしている。その雰囲気に、ものすごく見覚えがある。姿形ではなく、雰囲気が厳格過ぎる猫なのだ。

 

「・・・ミス・キクチ。その猫は君のペットかね?」

「いいえ、オーガスタ・ロングボトムの猫だと思います。グリフィンドール塔付近からついてきました」

 

ダンブルドアは首を振る。確かロングボトムのペットはヒキガエルだったはずだ。女子にはフクロウや猫を好んで連れてくる生徒が多い中、やけに賢く敏捷なヒキガエルを連れていたのが印象的だったので記憶にある。

 

「ミス・ロングボトムのヒキガエルが猫に変身したならともかく。なぜ飼い主を隠すのかね」

「その飼い主を探す途中だったのですわ。なにしろグリフィンドール塔付近からついてきただけの猫ですから、今もニコラス卿に心当たりがないか尋ねていましたの」

「事実かね、サー・ニコラス」

「私のこの首にかけて真実であります」

 

これほど当てにならない首もない、とダンブルドアは思った。なにしろすでに皮一枚残して切断済みの首だ。

 

「猫は私が引き取ろう。君は早く西塔に戻りたまえ」

「はい」

 

ミネルヴァはたいへん不本意なことにダンブルドアに抱き上げられてグリフィンドール塔に戻された。

 

談話室に着くと「さて」とダンブルドアはミネルヴァを床に下ろし、腰に両手を当てた。

 

「目くらましを悪用してはならんのと同じで、変身術の悪用もまかりならん! 変身を解きなさい、ミネルヴァ!」

 

不本意だ。たいへん不本意だが、ミネルヴァは猫の姿のまま、ダンブルドアのローブの裾をチョイチョイと前脚で弄んだ。コロンとひっくり返り、仰向けのまま、ダンブルドアのローブの裾にじゃれ付く。

 

「下手な芝居はもう良い」

 

溜息混じりに言われ、諦めたミネルヴァはしゅるんと人間に戻った。

 

「明日、魔法省に連絡を入れる。動物もどき審査を近日中に設定してもらうこととする」

「・・・わたくし、まだ未熟で安定して変身は出来ませんので、ダンブルドア先生に恥をかかせることになるかと」

「魔法省に登録だ。文句は言わせん!」

 

ミネルヴァは口を開いて文句を言った。「将来的に役に立つ技術だと思ったからこそ、せっせと習得したのに、わたくしが猫に変身するなど魔法省に管理されたくありません。毛色や特徴まで知られてしまったら全部台無しではありませんか」

 

「本音が出たな。私としては、在学中に動物もどきとして登録されるような教え子を持つことは名誉にこそなれ、実利面で困ることなどない。『変身現代』に華々しく記事を書いてもらおうではないか。君の猫姿の特徴まで全て。教授陣から管理人、各寮の首席や監督生全員に行き渡るよう、私のポケットマネーから君の記事を掲載した『変身現代』を寄贈させてもらう」

 

ミネルヴァは顔色を変えた。

 

「わたくしの人生が台無しになります!」

「ほう。なぜだね? 変身術の才能に恵まれていることが世間に知られると困るのかね?」

「困るに決まっているではありませんか!」

 

良いかミネルヴァ、とダンブルドアが低い声を出した。「自分がどれほど危険な橋を渡ったか考えなさい。動物への変身は失敗すれば危険を伴う。そんなことを1人で隠れて行うなど言語道断だ。ああ、ミス・キクチに手伝わせたのだろうが、なぜ、彼女と同じ目くらましで満足せんのかね。友人たちと夜中にうろつくだけなら目くらましで良かろう」

 

「友人全員が透明になっていては、行軍速度が低下します。1人は透明にならずに先頭を走る必要がありますの」

「校内でそのような物騒な真似をするなと言うておるのだ!」

「物騒な変態を校内に置いていらっしゃるではありませんか」

 

リドルか、とダンブルドアが低く呻いた。「君たちはまだ彼を警戒しておるのか」

 

「わたくしたち、か弱い女性といたしましては、小動物を嬲り殺す趣味のある少年から身を守る必要がありますので」

「もうそのようなことはしておらぬはずだ」

「森が禁じられた今、発覚する危険性が下がっただけ。それから、ルビウス・ハグリッドと親しげに話し込むこともあります」

 

ダンブルドアは長く伸び始めた眉をひそめた。

 

「つまり?」

「ルビウスには小動物を嬲り殺す趣味はないでしょうが、セストラルやヒッポグリフと触れ合うために生肉を提供してくれる優等生を疑いはしません。一緒にセストラルやヒッポグリフと触れ合うならば尚のことでしょう」

「わかった。リドルのことは私がスラグホーン先生と共に監視する。君たちはもう関わるでない」

「・・・はい」

 

ミネルヴァ!とダンブルドアが語気を強めた。

 

「なんでしょう?」

「リドルが闇の魔術に関心を示しておることは我々教師も馬鹿ではないのだ、把握しておる。しかし、闇の魔術を生徒だけでどうにか出来ると考えるのなら、君たちの思い上がりも甚だしい。君たちが知り得た情報があれば歓迎する。無論、正当な手段でたまたま知り得た情報ならばな」

「そうして、わたくしたちからは情報を吸い上げるだけ。ダンブルドア先生がご自身の胸1つで秘密裏に事態をコントロールなさるのですね」

 

明らかな不信の目をダンブルドアに向けた。

 

 

 

 

罰則の手紙が朝食のテーブルに届き、ミネルヴァは背中合わせのレイブンクローのテーブルに座る柊子の背中に背を預けた。

 

「ミスタ・グレゴールの畑に夜11時、あなたも?」

「わたくしもよ」

 

夜中に畑仕事でもないだろうし、と柊子が欠伸をした。

 

「ね、ダンブルドアの秘密主義ってちょっと異常だと思わない?」

「思う。グリフィンドール生のあなたにも内緒話はしないわけ?」

「全然。定規で線引いたみたいに四角四面なことしか言わないわ。情報を提供させるだけさせておいてね」

 

ふうん、と柊子がミネルヴァの口にオレンジを一房放り込んだ。

 

「ダンブルドアも大変ね」

「どうしてよ」

「ミネルヴァの信頼を得るには、譲歩が必要だと今頃頭を抱えてるでしょうから」

「わたくしからの信頼?」

「ええ。わたくしたちのすることを把握したいなら、ミネルヴァを抱き込まないといけないのに、ミネルヴァが不信感の塊じゃね」

「オーガスタでいいじゃない」

 

柊子は首を振り、ミネルヴァの隣のオーガスタに「オーガスタ、スリザリンの鼠をどう思う?」と聞いた。

 

「スリザリンだもの、変態よ」

 

その答えを確かめ「ね?」と柊子は微笑んだ。

 

「グリフィンドール生は、観察と分析から結論を出す過程を無視する傾向にある。あなたは、組分け帽子がさんざん悩んだだけあって、グリフィンドール生でありながら、観察と分析を怠らない。司令塔が一番欲しいのはあなたからの情報」

「あなたでもいいはずよ」

「ミネルヴァが不信感を抱く以上、わたくしは信頼しないわ。自分の寮の生徒を掌握出来ないならば司令塔とは言えないでしょう?」

 

柊子の微笑は、時に冷ややかな貴族的なものになる。

 

 

 

 

 

「今夜の罰則は、私が監督する。魔法使いの決闘の作法を学んでもらおう」

 

柊子が「決闘?」と怪訝な顔を見せた。

 

「さよう。君たちがどうしても闇の魔術に抵抗する気でいることはよくわかった。だが、授業で学んだ呪文を呑気に唱えるだけで戦えるつもりでおるならば、それは間違いだ。授業で実戦形式の学習はせんが、例えば闇祓いたちはこの決闘を訓練に組み込んでおる」

「実戦形式の魔法の訓練が罰則ですの?」

「不服ならばこの畑の草むしりを朝まで続けてもよい」

「喜んで決闘させていただきます」

 

正しい作法で実力の拮抗した魔法使い同士が決闘するのは美しいものなのだ、とダンブルドアが言った。

 

「闇の魔術に傾倒する者を捕まえるのも1つの手段だが、正統なる魔法の美しさを見せるのも大事な手段だ。無論、私はある人物がそのぐらいで改心することを期待してはおらぬ。しかし、彼はあまりに魔法を知らぬのだ。マグルの孤児院に育ち、幼い魔法力を誇示することで支配の味を覚え、そのままスリザリンに育った。偏り過ぎておる。あまりに偏り過ぎておるのだ。私は君たちには、彼を単に排斥するのではなく、正統なる魔法の力強さ、美しさを見せつける魔女であって欲しいと考えておる」

 

これは譲歩なのだろう、とミネルヴァは思った。100%でないにせよ、役割を明確に指示したのだから。

 

「さて、左右に分かれて立ちなさい。そう、腕を伸ばして杖先が触れ合わぬ距離だ」

 

言われた通りに立つ。

 

「古来の魔女はドレス姿だが、もはやドレス姿で戦うのは現実的ではないゆえ、男性の型で良かろう。右手に杖を掴み、その拳を左胸、心臓の上に当てなさい。これは卑劣な真似をせぬという誓いだ。同じ型で片膝をついて頭を下げれば、王への忠誠を誓う姿勢となる。決闘では、膝をついてはならぬ。対等な者同士だからな。さて、そこでお辞儀をするのだ。きちんと頭を下げよ。目を上げるでない!不意打ちの攻撃をせぬと誓いながらのお辞儀だ。左腕は自然に体の横に下げ、腰から背筋を伸ばしてお辞儀をするのだ」

 

お辞儀お辞儀とうるさい、とミネルヴァは思ったが、チラと目を上げて見た柊子は実に優雅にお辞儀をしていた。

 

「さて、開始の挨拶を済ませたら、杖を構えなさい。全ての動作が流れるようにスムーズでなければならぬ。正統なる魔女ならば、ここまでの動作で相手を信頼しておらねばならぬ。決闘において不意を突くのは邪法だ。ごろつきの喧嘩と同じだ。だからこそ、芯から闇に染まった者には美しい決闘はあり得ぬのだ。誰も信頼せぬからな。良いか? まず、基本は武装解除から始まる。不要な争いを避けるためだ。力が拮抗していれば、杖を失うことはない。それから、各々の技を繰り出すのだ」

 

 

 

 

 

すげえなあ、とルビウスは大きな口をぽかんと開けた。

 

様々な色の魔法の花が咲いているようだ。

 

月の綺麗な夜には必ずミネルヴァとレイブンクローのミス・キクチが、グレゴールのおっさんの畑で戦っている。

見惚れるほどに綺麗な動作で、静かに華のような攻撃魔法と防御魔法を繰り返す。

 

ルビウスはそれを見るのが楽しみだ。

 

「ミネルヴァたちはすげえな、なあ、ウィンクス」

 

傍らのヒッポグリフに話しかけた。ヒッポグリフはルビウスの太い腕に鼻先を擦り付けた。そんなことはどうでもいいから空を飛ぼうと誘うように。

 

「俺にゃあできねえ」

 

素晴らしくかっこいいとは思うが、あの中に入りたいとはルビウスは思わない。

魔法使いにもいろいろいらあ、とグレゴールのおっさんは言う。「おめえのような奴は、魔法生物や薬草の扱いに向いてるだろうよ」と。

それがルビウスには嬉しかった。

 

ミネルヴァやミス・キクチは、魔女の最高峰の頂を目指すのだろう。とてもよく似合う。自分は魔法生物と触れ合う呑気な魔法使いでありたい。

 

「トムはもっと志を高く持てって言うがよ」

 

たまにヒッポグリフやセストラルに食べさせる生肉をどこからか持ってくるスリザリンの優等生は、ルビウスに「偉大な魔法使いになりたいとは思わないのか? 木偶の坊のままでいいのか?」と言う。

 

生肉はありがたいが、お誘いはありがたくない。

 

「だっておめえ、偉大になっちまったら、ひとりぼっちだもんなあ」

 

ルビウスの目にはダンブルドアはひとりぼっちに見える。

 

父と住んでいた岩山の岩屋に入学許可証を持ってきたダンブルドアを、父は偉大な人だ、と拝んだ。

 

巨人の女と出来ちまって子供まで作ったが、女は逃げた。おまえの母さんは巨人にしては小柄で美人だったもんだから、俺もついふらふらっとなったが、なんべんか殺されかけた。でもおまえを置いて逃げるわけにはいかねえからな。

 

そう言って、にょきにょき大きくなるルビウスを必死で育ててくれた父は、自分の母校にルビウスの入学が許可されたと知り、泣いて喜んだ。

父が偉大だと言ったダンブルドアは、きっと王様みたいな人だと思っていたら、ひとりぼっちなおじさんだった。

 

ダンブルドアはいつもひとりで何か難しいことを考えている。誰にも言わない難しい秘密をたくさん抱えているから、ひとりぼっちなのだろう。

 

「あんまり賢くなんのも考えもんだぜ、なあ、ウィンクス?」

 

畑の決闘はまだ続いている。力の拮抗する仲間がいるのはいいなあ、とルビウスは思う。

 

ルビウスはあまりに体が大きいものだから、やっぱりひとりぼっちだ。クィディッチは見てるだけ。相撲の相手はトロールだ。

それでも寮の仲間はみんないい奴だから、淋しくはない。本気で遊べないのが少し物足りなくて、ひとりぼっちでいたほうが気楽なときもある。ただそれだけだ。

 

「偉大、偉大ってトムは言うけどよ、俺あ、偉大なひとりぼっちはイヤだなあ。ミネルヴァやミス・キクチみてえに、仲間のいる偉大ならいいけども」

 

魔法生物とずっと一緒にいられる仕事がしてえです、とダンブルドアに言ったら「それも良かろう」と言ってくれた。「君は自分の恵まれた体格を活かす道を知っているのだね」と。

 

そんなに難しいことは考えていなかったが、言われてみればその通りだ。

偉大ではないが巨大だ。

俺はそんでええんだ、とルビウスは思う。

 

負け惜しみではない。

あんな花火のような光線の行き交う世界にルビウスの居場所はない。あの花火の行く先は、偉大なひとりぼっちの国だ。

 

ルビウスの入学を見届けるようにして、小さな父が死んだ。ルビウスはホグワーツから奨学金をもらいながら在学している身だ。

同じひとりぼっちの身の上だからと、スリザリンのトムが生肉を持ってルビウスが遊ぶ森にやってくるが、ルビウスは自分をひとりぼっちだとは思っていない。

 

「ミネルヴァはおっかねえけんどな」

 

食事の前に手を洗いなさい、ローブが歪んでいます、ネクタイも歪んでいます、髪には毎朝櫛を入れなさい。

巨大なルビウスを下から睨み上げて叱りつける上級生は確かにおっかないが、悪い気はしない。誰かがルビウスのことを「巨人の捨て子だろ?」と噂していたら、突然そいつは鼻血を噴水のように噴き出した。ふん、と鼻を鳴らして杖を仕舞ったところを見ると、あれは絶対にミネルヴァの仕業だ。

 

まるでおっかねえ姉ちゃんみてえだ、と思うから、ルビウスはミネルヴァに叱られるのは嫌いではないのだ。

 

ホグワーツに来られて本当に良かった。

 

ハッフルパフの首席のウィリアムも、ルビウスに「君、大きいなあ」と笑って、寮の男子浴室のシャワーブースがルビウスには小さいからと、監督生の風呂を使うための合言葉を教えてくれたものだ。

早くから髭が生えてしまったルビウスと一緒に風呂に入って、髭の剃り方も教えてくれたし、ネクタイの締め方も根気強く教えてくれた。

 

トムの生肉もありがたいが、ミネルヴァやウィリアムは家族みてえだから、ちょっとだけありがたさが違う。

 

「肉を持ってくれば俺が手下になると思ってるみてえだな」

 

残念ながらルビウスもそのぐらいはわかるのだ。

肉の出所がわからないから、いつか莫大な金を請求されたら困るな、と思うぐらいには。

 

 

 

 

ひゅん、とミネルヴァの杖が飛んで、柊子の手に収まる。

 

「あー! 負けた!」

「お見苦しいわよ、ミス・マクゴナガル?」

 

2本の杖を掴んだ右手を心臓の前に当て、柊子がにやりと笑った。

 

杖無しで同じ動作を返し、しかし、悔しさに口の端が下がる。

 

「ルビウスが見てたわね」杖を返しながら言う柊子に、ミネルヴァは「また?」と眉をひそめた。

 

「自分じゃ隠れてるつもりでも、あの体格じゃね」

「夜中に禁じられた森なんかに通うから、毎朝寝坊するんだわ」

「今夜は同罪だから見逃しましょう」

「悪気もなく、ろくでもないことばかりするんだから」

 

タータンのストールを首に巻きつけながら、ミネルヴァは大きな鼻息を吐いた。

 

月の綺麗な夜には、いろんな生徒たちがホグワーツをうろついている。



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第9章 部屋は開かれた

ハーマイオニーが朝食を食べていると、医務室からハリーが駆け戻ってきた。

 

「良かった、まだいた」

「おはよう、ハリー。腕はどう?」

「すっかり骨も生え揃ったよ。ハーマイオニーとロンだけ? レンは?」

 

まだよ、とハーマイオニーは答え、教職員席にマクゴナガル先生がいないことを確かめた。「たぶん、まだマクゴナガル先生のお部屋だと思うわ」

 

「昨日、君が骨抜きにされちゃった頃、レンも気を失ったんだよ」

「レンが?」

「単なる疲労らしいから心配要らないわ。でも、女子寮の寝室まで運ぶより近いし、広いベッドが用意出来るからって、マクゴナガル先生のお部屋に運んだの。一度、夕方には目を覚ましたみたいだけれど、そのまままた寝ちゃったんですって」

 

すっげー活躍だったもんなあ、とロンがほわんとした顔で言った。まだ昨日の大勝利の余韻が残っているのだ。

 

「もちろん君の最後のキャッチもだ。マクゴナガルが泣きながらリー・ジョーダンからマイクを奪って300対0!って連呼してた!」

「ハリーは朝食は?」

「大丈夫、医務室で食べてきたよ。お茶だけもらおうかな」

「牛乳も飲んどけよ、腕一本ぶんの骨を生やしたんだからさ!」

 

言いながら、ロンがハーマイオニーをじろっと見た。「ハーマイオニーったら、骨折の治療にしゃしゃり出てきた挙句に君を骨抜きにしたロックハートをまだ庇うんだ」

 

「庇ってなんかないわ。ミスはミスよ。ただその・・・誰にでも間違いはあるというだけ」

 

なかなかない間違いだと思うわよ、という声とともに、ふらふらの蓮がやってきた。

 

「あ、おはよう、ハリー。昨日は最後に見捨ててごめんなさい」

「・・・やっぱり」

 

ハリーは苦笑いした。「疲れきってたくせに、ロックハートの声が聞こえた途端にジョージにしがみついて『今すぐ連れて逃げて』だもんな。そのあと気を失ったんだって?」

 

ハーマイオニーは目を瞠った。

 

「ハリー、それ本当?」

 

牛乳の跡を唇の上に残したハリーが「うん」と頷いた。

 

「そう。気がついたらマクゴナガル先生のお部屋にいて、日本の祖父母たちがいたわ。そうそう、ハリーのこと、祖母が褒めてたわよ。ファイトが素晴らしいって」

 

嬉しいな、とハリーが少し強張った表情のまま応じた。「レンのあの箒を使っていたおばあさんだよね? キングズクロス駅に迎えに来てた」

 

トーストを齧る蓮がこくこくと頷く。

 

「ハリー、どうかしたの?」ハーマイオニーが尋ねた。「まだ調子悪いみたい」

 

「君たちに話したいことがあるんだ、食事のあとでね」

 

 

 

 

 

昨夜石になったコリン・クリービーが医務室に運ばれてきた、と話すハリーに、蓮もハーマイオニーもロンも一様に表情を暗くした。

 

「同じ1年生か、ジニーがまた気にするだろうな」

「レン、ポリジュース薬の材料の件はどうなってるの? おばあさまが何かおっしゃらなかった?」

 

揃ったわ、とハーマイオニーに答えた。「日本で足りなかったぶんはフラメルのおじいさまの手持ちから貰ったみたい。昨日はその材料を直接わたくしに渡すために来たそうなの」

 

しかし、と蓮は考えた。ハーマイオニーは以前から、調合場所をマートルのトイレと決めていたが果たして大丈夫だろうか、と。

 

「ハーマイオニー? 調合場所を寮の中に見つけましょう。この包みの中に、調合方法を詳しく書いた解説書も入ってるはず。フラメルのおじいさまの蔵書だから、フランス語かも。それで材料が完全に揃った場合の調合に要する期間を計算して、多少無理やりにでも寮の中で調合したほうがいいと思うわ」

「えー? あ、そうか。コリンのことね?」

「コリンと調合場所に何の関係があるんだい? コリンのことがあったんだから、急いだほうがいいだろ?」

「そうだよ。マートルのトイレならすぐ始められるさ! レンがちょっとマートルに昨日ジョージにしたみたいに抱きつけば」

 

ロンの言葉にハーマイオニーが顔を輝かせた。「それよ!」

 

「ハーマイオニー?」

「レン、抱きつけとまでは言わないから、ジョージに相談してみない? 男子寮に空き部屋を用意できないかどうか」

「ジョージに? 監督生はパーシーよ」

 

いやハーマイオニーの言うとおりだ、とロンが言った。

 

「フレッドとジョージが悪戯用品を開発してる話聞いただろ? 中には調合が必要なものもあるはずだ。あの2人、たぶんどうにかして場所を確保してるはずだよ。でも、僕らにはマートルのトイレがあるじゃないか」

 

ハーマイオニーと蓮は首を振った。

 

「あのね、ミセス・ノリスだけじゃなく、秘密の部屋を開いた人物、仮に継承者と呼ぶわね。継承者は生徒を襲い始めたのよ? あのトイレは、ミセス・ノリスがやられた場所に一番近いんだし、安全のためには避けるべきじゃない?」

「そんなもってまわった言い方しなくたって、マルフォイに決まりだ」

「それはまだこれから確かめることよ」

「場所を探している時間がもったいなくないかな? それでまた生徒が襲われたら」

 

ハリー? と蓮が低い声を出した。「確かにそうよ。次から次に生徒が襲われるかもしれない。だからといって、わたくしたちが無闇に事を急いで、何になるの? 蛇の声を追いかけてまた走り回る気? そんなお粗末なことしていたら、次の角を曲がったときにあなたが石になるのよ」

 

ぐ、とハリーが息を呑んだ。

 

「それはそうだな。きっと先生たちも見回りを強化したり、生徒が単独行動しないように指導するはずだ」

 

ロンは頷いた。「蜘蛛だって行列作って逃げ出すんだから」

 

蓮が険しい目をロンに向けた。「蜘蛛が逃げ出す?」

 

「言葉の綾さ。君の足元に僕が階段から転がり落ちただろ? 杖が折れたときだよ。あれ、僕、蜘蛛の行列を見たからなんだ」

「ロン、あなたまさか蜘蛛が怖いの?」

 

蜘蛛が怖い、いや怖くない、テディベアを蜘蛛に変身させられたせいだ、と言い合うハーマイオニーとロンをよそに、蓮が考えに沈んだ。

 

「レン?」

 

ハリーの声に、はっと顔を上げる。

 

「・・・なに?」

「いや、昨日さ、医務室にドビーが来たんだ」

「ハウスエルフの?」

 

ドビーとのやり取りをハリーが聞かせてくれたが、蓮の感想はたった1つだ。

 

「ハリー、ドビーはそのうち親切の勢い余ってあなたを死なせるわ」

 

しかしハーマイオニーは違うところに反応した。「歴史が繰り返され、秘密の部屋がまたしても開かれた?」

 

「そうなんだ、ドビーはそう言った。レンの言ったことと同じだ」

「あら、違うわよ」

 

3人が蓮をぽかんと見つめる。

 

「言ったでしょう? 50年前の被害者はマートルよ。ゴースト、つまり殺されたの。50年前と同じ出来事が起きているわけじゃないわ。歴史は繰り返されていない。繰り返せないの。マートルを殺したバジリスクはもういないから」

「バ、バジリスク? 秘密の部屋の怪物はバジリスクだったのかい?」

「50年前はね。今は違うでしょう。そもそも怪物がいるのかどうかさえわからないわ。殺意のある蛇がうろついてることは確かだけれど、その蛇が石化効果のある邪眼を持っているのか、蛇とは別に石化の魔法を使う人間がいるのかさえわからない」

「でも秘密の部屋にヒントがあると思わないか? 秘密の部屋に入りさえすれば」

 

蓮はこめかみを押さえ「ハリー」と呆れた声を出した。「情報が足りないって言ってるでしょう。秘密の部屋のバジリスクは死にました。マクゴナガル先生とマダム・ポンフリーが証人だそうよ。秘密の部屋自体が罠の可能性もあるのよ? 少なくとも秘密の部屋に入る必然性は今のところないわ」

 

「被害者が出たんだよ?」

「マンドレイク薬が出来れば回復できる被害がね。わたくしが言ってるのは、あなたの性格を利用するなら、秘密の部屋に関する事件を起こして秘密の部屋におびき出して簡単にあなたを始末出来るってこと」

「・・・え?」

「脱出のチャンスは50年後かもね」

 

ハーマイオニーが、はっとしたように両手で口を押さえ、ハリーもさすがに想像力を働かせたのか具合の悪そうな顔つきになった。

 

 

 

 

 

「決闘クラブ?」

 

そうなの! とハーマイオニーがベッドで飛び跳ねた。「行きましょうよ」

 

机に広げた1メートルの羊皮紙を指して蓮は「マクゴナガル先生もしくはフリットウィック先生が教えてくださる決闘なら、コレと比較しても意味があるけれど、主催はどなたさま?」と冷ややかに微笑んだ。

 

「さあ」

「去年まで存在しなかったそんなクラブを今年急に立ち上げる時点で、すごく嫌な予感がするわ。わたくしはパス」

 

ハリーとロンも行くのに、とハーマイオニーはぶつぶつ言った。

 

「あなたは行けばいいと思うわよ、関心があるなら。わたくしはあと40センチ書かなきゃいけないの」

「授業をきちんと聞いていればレンなら簡単に書けることよ」

「わたくしが魔法史の授業中にビンズ先生の話を聞いてると思う? もっとマシなことしてるわよ」

「わかったわ、手伝うから!」

 

椅子の背中越しにハーマイオニーが抱きついてきた。蓮はその顔をじろっと横目に見遣る。

 

「何を企んでるの?」

「ポリジュース薬の最後の材料を毟り取るチャンスだもの」

 

はあ、と蓮は溜息をついた。

 

 

 

 

 

えーと、と蓮とハリーから冷たい視線を向けられ、ハーマイオニーは身を縮めた。

骨抜きにされた恨みを持つハリーと、骨抜きにされかけたことでもともと悪かった心証を地の底に沈めた蓮にとっては、最悪の主催者だ。

 

「スネイプがあいつを吹っ飛ばしてくれただけでも気分爽快だ」

 

ハリーの弁に蓮は深く頷いた。

 

「君はこっちだ、ミス・ウィンストン」

 

突然、そのスネイプに腕を掴まれた。「ミス・グリーングラスと対戦してもらおう」

 

ハーマイオニーを振り向くと口元が「毛!毛!」と動いているのがわかる。

 

魔女の決闘をキャットファイトと間違っているのでは?と思いながら、蓮はホルダーから杖を抜き出した。

 

「構え」

 

祖母に習った通りの構えを取る。

 

「互いに礼」

 

蓮が姿勢を正してお辞儀をした瞬間に「エクスペリア」と呪文が聞こえ、咄嗟にプロテゴを無言で展開すると、即座に「エクスペリアームス!」と杖を巻き上げた。

 

「汚い女ね、ウィンストン」

 

杖を巻き上げられるついでに弾き飛ばされたダフネ・グリーングラスが「無言呪文だなんて」と唾を吐くのに眉をひそめながら、ハーマイオニーの姿を探すと、ミリセント・ブルストロードと取っ組み合いにもつれ込んでいた。こちらで毛を毟る必要はなさそうだ。

ダフネ・グリーングラスから奪った杖を投げ返した。

 

「もう1度やる? グリーングラス」

「結構よ。卑怯者と交える杖はないわ」

「1つだけ教えてあげるわね」

「なによ!」

「作法抜きの決闘は、ごろつきの喧嘩であって決闘じゃないわ。つまり、何をしてもいいのよ」

 

ひゅ、と杖を振り、丁重に「スペシアリス・レベリオ(化けの皮剥がれよ)」と唱えた。

 

「・・・な、なによ、何をしたの?」

「まあ、いろいろと?」

 

スリザリン生の中では顔立ちが整っていてスタイルが良い、という評価は、だいぶ底上げされた結果だったらしい。

 

周りを見回すと、舞台の上でハリーは踊らされ、ハーマイオニーはミリセント・ブルストロードにヘッドロックをかけられていた。

杖をホルダーに戻し、ぐるんと右肩を回すと、蓮はブルストロードに突進したのだった。

 

 

 

 

 

「毛は確保出来たの?」

 

女性に使うべきではない、とハーマイオニーは注意したのだが「女性に使うべき言葉に最大限配慮しても巨漢のブルストロード」に殴られた顔を氷で冷やしながら、蓮が尋ねた。

 

もちろんだ。

 

「レン! 君、なんて顔だ!」

 

ガヤガヤと戻ってきたフレッドが叫ぶと、ジョージがハンバーガーの包みをポトリと落とした。

 

「ハーマイオニーを殺しかけていたブルストロードにラリアットしたら殴られた」

「ついでにグリーングラスからは、化けの皮剥がれよの呪文をかけられたのよね」

 

フレッドがしげしげと蓮の顔を眺め「痣以外に変化はないな」とニヤけた。「おめでとう、グリーングラスと違って天然の美女だと証明された」

 

「笑い事じゃないだろ!」

 

ジョージが叫んで談話室を飛び出していった。

 

「まったく笑い事じゃないわ、いてて」

 

ロンが氷嚢の位置を動かしただけで痛みがあるらしい。

 

「我慢しなよ。すぐにリタイアして冷やせば良かったのに、ブルストロードに勝つまで続けたのは君だ」

 

ハリーとロンが羽交締めにしても、蓮が素早くロックを外してブルストロードを殴り返すのを止められなかった。

ブルストロードは牝牛というよりアメリカバイソンだ。それが暴れているだけでも危険なのに、背が高くリーチのあるアスリートタイプの蓮との乱闘になれば、魔法界のモヤシっ子は近づくこともできない世界なのだ。最終的にブルストロードの懐に体を捻りながら潜り込んだ蓮が肘で顎を弾き飛ばしてノックダウンさせた。

 

ダーズリー家で殴られ慣れているハリーがテキパキと動いて、医務室から氷と氷嚢を貰って戻ったところだ。

ロンが氷嚢を頬に当て、ハーマイオニーが魔法で冷やしたスポーツドリンクをストローで飲ませ、ハリーは今後想定される痣の色の推移について説明していた。

 

フレッドはやれやれと頭を振った。

そしてハリーの肩をポンと叩く。「安心しろ、ハリー。たぶんジョージが痣隠しのパウダーを買い・・・じゃない、手に入れてくるさ」



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第10章 ポリジュース薬

散々な決闘クラブの翌朝には、あたり一面が真っ白な雪に覆われた。

 

そのおかげで午前の薬草学の授業が休講になったのは、蓮にはありがたいことだった。

 

「おはよう、ウィンストン。ずいぶん大きな絆創膏ね。おかげであなたの醜い顔の半分が隠れてるわ」と朝食の大広間の入り口で勝ち誇るグリーングラスに「あら、おはよう、グリーングラス。無事に整形魔法が再現できて良かったわね。以前の顔と形が変わってたら大変だもの」と言い返すだけで、顔の筋肉が痛みを訴えたぐらいだ。減らず口を叩きたくて頭を回転させても口が追いつかないのはひどく屈辱的なものだ。

 

談話室の暖炉の前のソファでハーマイオニーに魔法史のレポートを見直してもらいながら、クッションを抱えて座っていると、フレッドと一緒に授業に向かうジョージが「今日は誰とも殴り合うな。ジョギングも禁止」と言い置いて行った。

 

「命令形ですかー」

 

聞こえもしない文句を呟くとハーマイオニーが「ジョージが心配して、その打撲用の絆創膏を見つけてきてくれなかったら、マグル流の治療で2週間は赤や青や黄色の痣だったことを考えなさい」とピシャリと遮った。

 

今度は、もこもこにマフラーを巻いたネビルが男子寮の階段を下りてくる。

 

「ネビル? 薬草学は休講よ?」

「知ってるよ、レン。顔は良くなったかい?」

「もともと悪かったみたいに言わないで。元の顔がおかしいのはグリーングラスよ。そんな格好でどこへ?」

「スプラウト先生が手伝わせてくれるんだ! マンドレイクに靴下を履かせてマフラーを巻くのは1人じゃ大変だからって! じゃあね、ハーマイオニー。じゃあね、レン、女の子なんだから殴り合いは禁止だよ!」

 

肖像画の穴を潜って出て行くネビルを見送り「釈然としない」と呟いた。

 

「なにが?」

「わたくしがボクシングが趣味みたいに言われるのが。もともとブルストロードとレスリングを始めたのはハーマイオニーなのに」

「・・・ごめんなさい」

 

マンドレイクの世話は今はホグワーツで一番重要な作業と言える。それに参加させてもらえるネビルの表情が、1年前よりずいぶん自信に溢れていた。

 

「やあ、レン。顔は良くなった?」

 

ロンとハリーに、レンはとうとうクッションを投げた。「顔はもともと良い! 傷の具合を尋ねるならまだしも顔の具合なんか聞かないで!いてて」

 

「大声出すからだよ。あまり喋るのも良くないんだから」

「顔が良い件、あなたが言うと嫌味だから、スリザリン生の前では控えなさいね」

「またブルストロードとグリーングラス相手に殴り合う羽目になるぜ」

 

胡座をかいてソファに座る蓮の腹の前にロンがクッションを投げ返した。

 

「あなたたちもマンドレイクの世話?」

 

外出の支度をしている2人にハーマイオニーが尋ねた。

 

「いや。せっかく時間が空いたからハグリッドのところに行こうかって。君もどう?」

「やめとくわ。この人を寮から出さないほうがいいと思うの。平気そうだけど、一応頭部打撲ですもの」

 

羽根ペンで蓮を示しながらハーマイオニーが言うものだから、自分も行くとは言えなくなった。

 

「わかりました。寮で誰とも殴り合わずにおとなしくしてるわ。だから、わたくしの代わりにハグリッドに確かめてきてくれない?」

「なにを?」

「最近、鶏に異変はないか、特に雄鶏にね」

 

オーケー、とハリーが頷いた。「鶏が元気でみんないるかい?ってことだね?」

 

 

 

 

 

泡を食ってロンとハリーが談話室に駆け込んできたのは間もなくのことだった。

 

「た、たいへんだ!」

「ネビルが!」

 

蓮は急に立ち上がり、打撲の痛みと眩暈ですぐにソファに座った。

 

「ネビルがどうしたの!」

 

ハーマイオニーが鋭く問うと、ハリーとロンが唾液を飲み込み「ネビルが見つけたんだ!」と叫んだ。

 

「なにを?」

「ハッフルパフのあいつだよ、イートインに行くはずだったあいつ! 石になってた!」

 

イートイン、と呟いた蓮と違ってハーマイオニーが両手を口に当て「ジャスティン? ジャスティン・フィンチ-フレッチリーなの? それからロン、イートインじゃなくてイートン校よ」と返したので、蓮の鈍くなっていた頭の中も記憶を掘り出した。

 

「・・・またマグル生まれ」

「犯人はグリフィンドールの奴だって、ハッフルパフの奴が言い出したから、マクゴナガルが発見者のネビルを校長室に連れてくところに僕らが行き合わせたんだ!」

「あいつ、ムカつくよ! なんでグリフィンドールのせいなんだ!」

 

ロン、とハーマイオニーが震える声で呟いた。「疑われるのは、当然かもしれないわ」

 

蓮がくしゃりと短い髪を掻き上げ、ロンに説明した。

 

「イートン校はマグルの名門校なの。その会話をハーマイオニーと彼がしていたとき、温室内にはグリフィンドールとハッフルパフしかいなかったわ」

「へ?」

 

まあイートインと叫んだ今のあなたを見て疑う人はいないでしょう、と言って蓮は立ち上がった。

 

「レン?」

「スプラウト先生も呼ばれていらっしゃるでしょうけれど、ネビル1人じゃね」

「僕らが行くよ!」

 

ロンが再度蓮をソファに座らせた。

 

「ロン?」

「君は今日は絶対安静だ。君を動かしたら僕、ジョージに殺される」

「最初からそのつもりだったんだ。君たちに知らせに来ただけ。ハーマイオニー、レンをよろしくね!」

 

出ていきざま、ロンが「レン、ジョージが心配してるのは君の顔じゃなくて頭のほうだよ」と叫んだ。

 

あらまあ、と女子寮の階段を下りてきたパーバティが肩を竦めた。「うるわしい兄弟愛ね」

 

「・・・今度は頭?」

「レン、頭が悪いと言ってるわけじゃないの。顔をそれだけ殴られたら、脳にも衝撃があって当然なのよ、怒らないの」

 

 

 

 

 

べそをかいたネビルがハリーとロンに支えられ、マクゴナガル先生に連れられて戻ってきたとき、蓮の顔つきが剣呑なものになったのを見て、ハーマイオニーは「落ち着いて」と小さな声で言った。眩暈がするらしく、ソファに横になっているくせに、頭をフル回転させているのだから。

 

「本日の授業はすべて休講になりました。ミスタ・ロングボトムがハッフルパフのジャスティン・フィンチ-フレッチリーを発見したことは皆さんももう知っているでしょう。ピーブズの馬鹿が馬鹿騒ぎをしましたからね。もちろん、ロングボトムは発見しただけです。こちらに名簿を置いておきますから、クリスマス休暇に居残るか否か記入しておきなさい。1週間以内に回答すること。よろしいですね!」

 

それからウィンストン、と見回してソファに横になっている姿を見つけると目を瞠った。

 

「その有り様はどうしたことです!」

「昨夜の決闘クラブで」

 

ハーマイオニーが説明しようとするとマクゴナガル先生が鼻息荒く「魔女の決闘でそんな姿になるはずがありません! どこのトロールと相撲を取ったのです!」と声を張り上げた。

 

笑ってはいけない、と皆わかっていたはずだが、ブルストロードとトロールの取り合わせがあまりにピッタリ過ぎた。

 

「スリザリンの女トロールです」

 

へなへなの声で蓮が答えると、マクゴナガル先生は、ふん!と鼻息を荒くした。

 

「よろしい、ミス・グレンジャー、その馬鹿娘を連れてわたくしの部屋に来なさい。マダム・ポンフリーを呼びます」

 

 

 

 

 

顔が悪い頭が悪い今度は馬鹿娘か、と蓮がぼやく。背の高い蓮がふらつくのを支えるのは身体能力の低いハーマイオニーには決して楽なことではない。しかし、蓮がどうしてもパーバティやあるいはアンジェリーナたちの手を借りるのを嫌がったのだ。

 

「お入りなさい」

 

ノックに応えてマクゴナガル先生がドアを開けて招き入れてくれた。

 

「あなたは柊子から決闘の仕方を学んでいないのですか、情けない!」

「・・・敵がトロールの場合、魔女の決闘の流儀が通用しませんので」

「ポピー・・・マダム・ポンフリーが見えますから、しばらくお待ちなさい。ミス・グレンジャー、今日ここで話すことは他言無用です」

「は、はい」

 

マクゴナガル先生はマダム・ポンフリーを待たずに、蓮の頬に貼り付けた「ドクタ・バグノルドの打撲治療薬」を剥がした。

 

「ミス・グレンジャー、これは?」

「昨夜、ロンのお兄さまのジョージが誰かから貰ってきてくれました。おかげで、これでもだいぶ腫れが引いたんです」

 

なるほどなるほど、となぜかマクゴナガル先生はニヤリと笑った。

 

「医務室には行かなかったのですか?」

「最初に殴られたあとにすぐハリーが氷と氷嚢を借りに行きましたが、すごく腫れてきたのはもう門限を過ぎていたので、ジョージが先にお友達から貰ってきておいてくれたこの絆創膏を貼ってしのぎました」

 

そのとき、ドアがノックされ「開いていますよ!」とマクゴナガル先生が声を張り上げると、蓮が顔をしかめた。

 

 

 

 

 

「バジリスクが生きている可能性? ありませんよ」

「腹を爆破されて、脳天から床に刺さるほど深々と剣を突き立てられ、鱗をむしられ、牙を爆破されて生きていられる生物はもう生物ではないわね」

 

マダム・ポンフリーが紅茶を飲みながら、アンニュイに呟いた。

 

「ウィンストンの祖母と、このマダム・ポンフリーが念入りに牙の毒を回収する間、ピクリともしませんでしたからね。質問をするのはこちらです、ウィンストン」

「・・・はい」

「一連の事件であなたはわたくしたちに報告することはありませんか?」

 

ソファに横になったまま、蓮が「蛇がいます」と答えた。「バジリスクとは思いませんが、殺意を訴える蛇の声は聞こえます」

 

マクゴナガル先生とマダム・ポンフリーが目を見開いた。

 

「誰が秘密の部屋を開けたのかはわかりません。バジリスク以外のどんな蛇がいるのかもわかりません。そもそも石化だけなら、魔法でも不可能ではありませんから、何もわからないのと同じです」

「あなたもパーセルマウスなのですね? 柊子だけでなく。あなたのお母さまは違ったと思いますが」

「母は違いますが、わたくしはパーセルマウスです」

「この学校にあなた以外のパーセルマウスは?」

「今のところ存じませんが、新たなパーセルマウスより、秘密の部屋に蛇を置きたがるパーセルマウスが何かの形で干渉していると考えるのが自然だと思います。そんな変質者は1世紀に1人いるだけで充分うんざりしますから」

 

同感ね、とマダム・ポンフリーが欠伸をした。

 

「ほんとに祟るわね、あの変態。闇の魔術に対する防衛術の教授が長続きしないのもあいつのせい。引いては、あの無能が教授になったのもあいつのせいだわ」

「生徒の前ですよ」

「構うもんですか。出来もしない骨折の治療にしゃしゃり出て生徒を骨抜きにする馬鹿よ。この学校では生徒を治療するのはわたしだったと思いますけどね!」

 

治療といえばあなた、とマダム・ポンフリーは蓮の頬の打撲痕を確かめ、下瞼を引っ張り、左右の手で自分の指を握らせ、簡易な検査をしてくれた。

 

「今のところ、ごく軽い脳震盪と顔の打撲だけだわ。今日は部屋で安静にしていなさい。それからあなた、ミス・グレンジャー? あとから、今日の分の打撲治療薬、顔に貼るお薬を出しますから、取りに来てあげてちょうだい。面倒だと思うけど、明日の朝もね。よく効く絆創膏だけど、保管に冷蔵庫が必要だから、まとめて出せないの。お願いね」

 

さていったいジョージはどこでそんな治療薬を手に入れたのか、という疑問が顔に出ないように、ハーマイオニーは「喜んで」という顔をしてみせた。

 

 

 

 

 

「クリスマスよ」

 

ベッドに倒れ込んだ蓮が呟いた。

 

「え?」

「クリスマス休暇にスリザリンに忍び込めるだけの準備が必要だわ。ポリジュース薬」

「マルフォイは家に帰るんじゃない?」

「それなら休暇明けに実行するだけ。薬の準備だけは先に」

 

じゃないとネビルが、と言いかけると、蓮の声は途切れた。

 

眠ったらしい。

 

パーバティと一緒に階段を下りるとハリーとロンが駆け寄ってきた。「レンはどうだったんだい? マダム・ポンフリーの診察だったんだろう?」

 

「軽い脳震盪と、顔の打撲ですって。今、あっという間に眠っちゃった。それで、なんだかうわ言みたいにポリジュース薬を急ぎたがるんだけど」

「ジョージに頼んでおいた。ついさっき頼んだところだから、まだいつから空くとは言えないけど、無理なことじゃないみたいだ」

「ネビルはどう?」

 

ロンが肩を竦め、ハリーが「無理もないけど、ずっと泣いてるよ。マンドレイクを育てる手伝いが出来れば、ミセス・ノリスやコリンを助ける手伝いになるって張り切ってたから」と答えた。

 

「あいつ、出来ない奴じゃないのに、自分がスクイブだって思い込んでたんだ。薬草学だけは自信あるから、薬草学で助けになれるなら一番嬉しいって言ってたのに、これだろ? ほんとツイてないよ」

 

パーバティが「ネビルが役に立てること、ちょうどあるじゃない」とハーマイオニーに笑いかけた。「ポリジュース薬は3人の部屋で作るのよ。もちろんネビルにも手伝ってもらって」



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第11章 地下の談話室

「で、出来ないよ、僕」

 

ハリーとロンとネビルの部屋で、ハーマイオニーが3つのベッドを壁際にずらりと隙間を詰めて並べ直す間、ハリーとロンがネビルを説得していた。

 

「レンが君なら出来るって保証したよ! 君はスネイプに見られているとビクついて失敗するけど、スネイプが僕らのテーブルで嫌味を言うのに夢中なときは失敗しないんだ。ここで僕らと交代しながら、鍋の中身をかき混ぜるだけだ!」

「スリザリンの女トロールに殴られて脳震盪起こしたレンが毎晩夜中に起きて男子寮に忍び込んでくるのは無茶だ、君もそう思うだろ?」

「それとも君、ハーマイオニーとレンがマートルのトイレに毎晩忍び込んでやればいいと思うのかい? ハーマイオニーはマグル生まれだし、レンはハーマイオニーの親友、つまり『血を裏切る者』だ。そんなことしてたら、ハーマイオニーとレンは仲良く石にされてしまう」

「安心しろよ。ハーマイオニーが難しい作業を僕らに任せるわけないだろ? かき混ぜるだけだって! かき混ぜ方のメモまでほら! 壁にでかでかと貼ってくれたぜ! しかもご丁寧に間違いそうな箇所はピンク色に点滅してる!」

「しかも僕らはこれからクリスマス休暇までの間、3人で抱き合って眠らなきゃいけないみたいだ・・・」

 

ただでさえ小さめのベッドを3つぎゅうっと詰めて並べてあるのを見てハリーは溜息をついた。

ハーマイオニーはてきぱきと調合スペースを準備していく。

 

「諦めて協力して、ネビル。スプラウト先生がマンドレイクのベビーシッターを任せるのは、このホグワーツであなただけよ。まだ2年生のね。あなたは本来なら充分に優秀なの」

「そんな・・・」

 

ネビルにポリジュース薬の密造を手伝うと承諾させるのに1時間を要した。

 

 

 

 

「さて、ピーブズ」

 

冷え冷えとした声に、無理やり地上に降ろされて正座させられたピーブズは、ビクっと体を硬くした。

 

「わたくしの曽祖母も祖母も母も、ホグワーツの伝統を重んじて、これまであなたを尊重してきたわ」

「・・・は、ははあッ!」

「あなたみたいな大馬鹿者がいるのも、ホグワーツのささやかな魅力の一部であると」

 

階段に腰掛け、長い脚を組み、腕組みをした蓮が微笑を深める。「わたくしにはそんな配慮をする神経がさらさら理解出来ないのよね。だってそうでしょう? あなたは起きた騒ぎに乗じて騒ぎを拡大させるしか出来ない能無しなのに」

 

消してしまえば良かったのよ、と微笑みながら物騒なことを言う。

 

「はっ。ピーブズめは能無しのポルターガイストに過ぎませぬ。ですが姫さま、なにとぞなにとぞ命だけは」

「命が惜しければわたくしの命令に従うと誓いなさい」

 

ピーブズが平伏すると、蓮は静かに「血みどろ男爵」と呼んだ。

 

ふらりと現れた男爵は、ピーブズの隣に魔法使いが忠誠を従う姿勢で片膝をついてかしこまる。

 

「なんなりと」

「スリザリン寮の出入り口と合言葉を教えなさい」

「合言葉は頻繁に変わりますが?」

「変わるごとに常に、よ」

「はっ!」

「で、今は?」

「『純血よ永遠なれ』」

「前回は?」

「『純血』」

 

蓮が目を閉じた。頭痛をこらえるように。「それ、変える意味あるの?」

 

「御座いませんな」

「まあいいわ。わたくしが呼び出して合言葉を尋ねたら、常に最新の合言葉を教えなさい。もう1つの命令は、クリスマス休暇にスリザリン寮に居残る生徒のリストを手に入れなさい。紙で持ってこなくていいわ。あなたが記憶してくれば構わない。出来る?」

 

委細承知、と血みどろ男爵が頭を下げた。

 

「それから、ピーブズ。騒ぎを起こしたければ起こしていいわ。ただし、わたくしが指示した場合は、わたくしが決めた時間と場所で騒ぎを起こすと誓いなさい」

「ははぁッ! 卑しいピーブズめは姫さまの仰せの通りにいたします!」

 

侵入の準備は整った、と蓮は満足げに解散を宣言した。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇に居残る生徒は少なかった。

 

今年はホグワーツでのクリスマスを経験したい、と両親に手紙を書いたハーマイオニーは両親から贈られてきたプレゼント(毎年恒例のスキーに行くための新しいウェア、ホグワーツでスキーはしないが防寒にはぴったりだ)に少しばかり胸を痛め、手紙(サマーホリデイには歯列矯正して前歯を調整しようという毎年の提案)に少しばかり腹を立てた。前歯の件には触れて欲しくない。

 

同じく休暇に家族のもとに帰らなかった蓮には、コーンウォールの祖父母から新しいロングコートとジーンズ(レディはトロールと殴り合いをすべきでないという手紙つき)が贈られ、日本の祖父からはダンボール箱いっぱいのカップ味噌汁が贈られた。日本の祖母からはプレゼント無しの吼えメールだ。「魔女の決闘の作法は充分に教えたはずです! 杖を仕舞って殴り合いをするとは何事ですか! ミネルヴァから聞いたときは顔から火が出るかと思いましたよ! あの人が鼻で笑う例の態度は他人に向いているときは痛快ですが、自分に向けられると殺したくなるのです!今度ミネルヴァからわたくしが笑われるような真似をしてご覧なさい! わたくしが直々にその性根を叩き直しますからそのつもりで!」

耳鳴りに耐えるために目を閉じていると、ハーマイオニーが小さく頭を振った。「さすがあなたのおばあさま。怒るポイントがマーリンの髭だわ」

 

クリスマスディナーを礼儀正しく食べたあとは、いよいよ侵入作戦の開始だ。

 

さすがにグリフィンドール寮でスリザリン生に変身するわけにはいかない。

 

ゴーストに頼んでマートルのトイレ周辺を警戒してもらい、ハーマイオニーが仕上げのクサカゲロウを煎じる間に蓮とロンは玄関ホールに透明になって陣取った。

 

最後まで大広間で意地汚く食事していたクラッブとゴイルが腹を撫でながら出てくるのを待ち構え、階段の陰に入った瞬間に蓮が素早く無言で2人を失神させる。「ロン、あいつらの髪を毟って」

 

透明になったロンが髪を首尾よく毟り、ハリーの杖で緑の光を打ち上げると、今度はクラッブとゴイルを透明にした。

 

「あいつらをどこかに隠さなくていいのかい?」

 

面倒、と蓮が短く答えた。「人に踏まれて心が痛む相手じゃないわ」

 

今度はブルストロードだ。素早くスリザリン寮の入り口まで駆け下りると、蓮が湿った石壁の前で悩んでいるブルストロードを見つけた。「まさかあいつ、合言葉を忘れてるのか?」

 

それに答えず失神させた蓮は、ついでとばかりに油性マジックで額に「じゅんけつのとろーる」と書き殴り、石壁に凭せかけたあとに、思い切り蹴り飛ばした。

一連の作業の間誰にも見つからなかった幸運に思わず「マイゴッド」と呟きながらロンは絶対に蓮を怒らせまいと心に誓ったのだった。

石壁の前から吹っ飛ばされたブルストロードを目くらましで透明にすれば準備完了だ。

 

 

 

 

最大の試練は、クラッブのエキス、ゴイルのエキス、ブルストロードのエキスを飲むことだった。

 

「おえー」

 

ぽこぽこと泡立つ、いやらしい色の液体を見て、心配でついてきたネビルは「やっぱり失敗だ! 飲まないで、3人とも!」と泣きそうになって叫んだ。

 

「失敗はあり得ないわ、安心なさい、ネビル」ハーマイオニーが自信たっぷりに言い、蓮は「それぞれの個室で服を脱いでから飲むのよ」と指示した。

 

「マートルのトイレでパンツ一丁になれって?」

「あなたたちの制服はトロールサイズじゃないでしょう」

 

杖をくるくる回し「脱いだ服はドアの上に引っ掛けて。わたくしがサイズを変えるわ」と言う。

 

互いに視線を交わし、ハリーとロンは覚悟を決めてそれぞれの個室に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

頑なに個室から出てこないハーマイオニーに何か異変があったのは確かだ。蓮は「ハーマイオニー、生命の危険は?」と短く問うと「ないから行って!」と小さな悲鳴のような返事が返ってくる。

 

「わかった。ネビル、ゴーストたちと一緒にここにいて。ハーマイオニー、そこから出ちゃダメよ」

「わかったから、早く!」

 

行きましょう、と蓮が言うとハリーとロンは黙って頷いた。

互いにクラッブとゴイルなので声を出すと違和感があるのだ。

 

しかし、素早く階段を下りる蓮の後ろ姿を見ながら、出来る限りのしのし歩くロンはハリーに「僕はこの先一生、ブチキレた魔女には逆らわない。今のハーマイオニーとレンに逆らったら殺されるぜ。ブルストロードなんか蹴られ損だ」と囁いた。

 

「気持ちはわかるけどロン」とゴイルの姿をしたハリーが頭を振った。「気の利いた台詞を喋るクラッブって気持ち悪いよ」

 

 

 

 

 

合言葉は純血よ、と透明になった蓮が囁いて教えた。

 

「『純血』」

 

緊張したロンがクラッブの声で叫ぶと、石壁の一部がスルスルと開いた。

 

ーースリザリンらしい悪趣味な談話室だこと

 

ふん、と鼻で笑ってクラッブとゴイルとして、ソファにふんぞり返るマルフォイ周辺のソファに座るハリーとロンの背後に身を屈めた。

 

「遅かったじゃないか、おまえたち。いくら大食いだからって、いつまで食ってるんだ」

「い、いや・・・」

「ウィーズリーに捕まってた」

 

マルフォイが怪訝に眉をひそめる。「ウィーズリーに? あいつはウィンストンと一緒にサッサと寮に戻ったじゃないか」

 

「いや・・・ウィーズリーの兄貴・・・のどれかだ」

「まさかあの忌々しいジョージ・ウィーズリーじゃないだろうな?」

「そいつ、だったかも」

 

蓮は首を傾げた。ジョージとマルフォイに何か遺恨があっただろうか?

 

「あいつめ、僕がウィンストンに近づくとすぐに呪いをかけてくる。自分のほうがウィンストンに相応しいとでも思っているのかな。愚かなことだ」

 

今度は逆方向に首を傾げた。普通に考えてマルフォイとジョージのどちらが自分に相応しいかといえばジョージのはずだ。

 

クラッブが慌てて「ま、まさか君、本気なのかい? その、ウィンストンに」と言い出した。

 

「言葉に気をつけろ、クラッブ。僕がウィンストンに本気なんじゃない、ウィンストンが僕に本気になるべきなんだ。ウィーズリーの連中のような『血を裏切る者』より、闇の帝王に重用される我が家のほうがウィンストンに相応しいと、いい加減に気づくべきなんだ。違うか?」

 

本気で頭が痛くなってきた。

 

そのとき、思慮深い表情のゴイルという不可思議な状態のハリーが(闇の魔術に対する防衛術で何度ワガワガの狼男の演技をさせられてもハリーの演技力は向上の兆しを見せない)「君はいつもそう言うけど・・・闇の帝王のご信頼を得た証がなにかあるのかい?」と尋ねる。

 

「何度言わせるんだ、ゴイル。我が家の応接間の下にある一族の隠し部屋には、闇の帝王から直々にお預かりした品々がいくつもある」

「そりゃいいや!」

 

快哉を叫ぶロンの後頭部を素早く蓮は殴った。

 

「ぅぐ」

 

頭を押さえ身を屈めたクラッブにマルフォイが「どうした、クラッブ?」と尋ねると「は、腹が痛い」と呻いてみせた。

 

「おまえの腹は頭にあるのか? まあいい。医務室に行け。あそこにいる穢れた血の奴らを僕からだと言って蹴飛ばしてやれ」

 

ゴイルが顔を歪めると「まさかおまえもなのか?」とマルフォイが声を上げる。

 

「い、いや」

「しかし、スリザリンの継承者もまだ手ぬるいな。誰が継承者だか僕が知ってさえいたら、まずグレンジャーをやってやるのにな」

「・・・君、本当は知っているんだろう?」

 

何度も言わせるな、とマルフォイがゴイルを睨んだ。「父上はもちろんご存知だが、僕が知り過ぎているとダンブルドアのような無能な校長からいたずらに疑われるから得策ではないとお考えなんだ」

 

ーー馬鹿息子が喋りまくるに違いないから伏せている

 

胸の中で翻訳して、蓮はもう一度ロンの頭を小突いた。

 

「痛い!」

 

ゴイルがのっそり立ち上がると「医務室に行く」とボソッと言った。

 

「ああ、そうしろ。石になった奴らを蹴飛ばすのを忘れるなよ」

 

 

 

 

 

マートルのトイレに戻る頃には、ハリーとロンのスリザリンカラーのローブがだぶつき始めていた。

 

「ネビル、ハーマイオニーは?」

「まだ出てきてくれないんだ」

「ハーマイオニー? 収穫があったよ、ハーマイオニー?」

 

ロンとハリーのローブにかけた変身術を解いた蓮は、トイレの個室の仕切りの上端に飛びついた。懸垂をするように体を持ち上げて個室の中を覗く。

 

「レン!」

「・・・ハーマイオニー・・・ある意味すごく可愛いと思うけれど、医務室に行きましょう」

 

トイレの個室の仕切りの上で頭を振る蓮を見て、ハリーとロンは顔を見合わせた。

 

「つまり、わたくしはブルストロードから殴られ損だったみたいね」



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第12章 リドルの日記

ハーマイオニーは数週間医務室に入院することになった。

 

 

 

 

 

目くらましで透明にしたハーマイオニーを同じく透明になったロンが背負い(透明なんだから誰にも見えないんだ! といくら説きつけても嫌がるので、フードを深く被り、ロンが背負うことで解決することにしたのだが、ロンはハーマイオニーのお尻の下に揺れるふわふわの尻尾が気になって仕方なかった)ハリーが食べ過ぎたフリを装いながら、心配するネビルと蓮が医務室に先導した。

 

ハーマイオニーの症状を確かめたマダム・ポンフリーは、全員をジロリと見回し「薬の出来に間違いがなくても相手の一部を入れる詰めを間違うとこういう結果になるのです」と言った。

全員が体を縮めてマクゴナガル先生にこっぴどく叱られることを覚悟したが、マダム・ポンフリーは「強迫神経症のため4週間の入院加療を要する」という診断書をでっち上げてくれたのだった。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーの枕元で、ハリーとロンはハーマイオニーが積み上げた教科書の山にうんざりしていた。

 

「君、尻尾と髭を生やしてもまだ勉強する気かい?」

「当然だわ! 4週間も授業を受けられないんだから!」

 

ハリーの耳にロンが「あの診断書、でっち上げじゃないぜ。立派な強迫神経症だ」と囁いた。

 

「ところでレンは? わたし、レンにストックの羊皮紙を頼んでおいたのに」

「レンならハグリッドの小屋に行ってるよ。鶏が元気かどうか確かめに」

 

2人も石にされハーマイオニーが尻尾を生やした状況より鶏を心配するなんてそっちも神経症だ、と言いたげにロンが頭の横で指をくるくる回した。

 

「・・・まさか1人で?」

「いや。ジョージがついて行ってる。最近レンと仲が良いんだ。パパみたいにレンを構ってる。頭が心配だからね」

 

その形容は絶対違う、とハーマイオニーは思ったが、2人の解説に黙って耳を傾けた。

 

「今日も僕らがここに来るかハグリッドのところに行くか相談してたら、ジョージが『ハグリッドの小屋に行きたいなら、俺がついてくよ』ってレンに言ってくれた」

「僕らだって鶏の数ぐらい数えられるけどね」

 

どうやらロンとハリーはジョージに追い払われたらしい。

 

「鶏、鶏・・・ねえ」

「蜘蛛もだよ。よりによって僕に最近蜘蛛の行列を見たかって聞くんだ」

 

ぶるっと唇を震わせてロンが忌々しい生き物の名前を口にした。

 

 

 

 

 

「鶏がそんなに気になるのか?」

 

のんびり歩きながらジョージが尋ねると、蓮が「すごく大事なの」と頷いた。

 

そうして急に「そうだわ」と足を止めると、杖を抜き(ジョージは慎み深く反対側を向いた)寮の部屋にずっと置いていたものを呼び寄せた。

 

いつもフレッドやリー・ジョーダンと一緒にいるジョージにはなかなか1人だけに渡すのが難しい品物だ。

 

「ジョージ、これ。ドクタ・フィリバスターからのプレゼントよ」

「へ?」

 

差し出されたジョージの手にポトリと、たった1つの「ドクタ・フィリバスターの遠隔装置付きピクシー花火」を載せた。

 

「スリザリンとのクィディッチの試合、お忍びでドクタ・フィリバスターが観戦に来ていたみたい。わたくしをロックハートの被害から守った少年にご褒美ですって。遅くなってごめんなさい。1つしかないから、フレッドやリー・ジョーダンの前では渡せなくて」

「き、君、ドクタ・フィリバスターの知り合い?」

 

家族がね、と曖昧に答えた。

 

 

 

 

 

「鶏は死んでいない?」

 

もう一度蓮は確かめた。ハグリッドはなぜ蓮がそんなことを尋ねるのかわからない様子で「そりゃあ、ちいっとは締めたがな。先生方に来客があって、別メニューの食事を出すときなんかにゃ。んだが、俺にわからねえ死に方した鶏はいねえ」と答えた。

 

「雄鶏も?」

「雄鶏の肉は固くて美味くねえからな。締めちゃいねえ。どいつもぴんぴんしとる」

 

蓮は考え込み、ハグリッドはジョージに「おまえさん、叫びの屋敷の道はしばらく使わんほうがええぞ」と教えた。

 

「なんでだい?」

「マクゴナガル先生が、秘密の部屋の騒ぎが収まるまではホグズミードに夜間に行くこたあ許すなって、わざわざ言いに来なさった。なんでも夜にホグズミードの薬局に買い物に行った奴がいるんだそうだ。俺あ、ゾンコの店ならともかくウィーズリーどもは薬局に行くようなタマじゃねえって言っといたがな。誰か友達に教えたんなら、そいつにも使わんように言っとけや」

「助かるよ、ハグリッド」

 

ジョージが胸を撫で下ろしたとき、蓮が顔を上げた。

 

「ありがとう、ハグリッド。雄鶏が死んでいないのはグッドニュースだわ」

「そうかい? 雄鶏といやあ、たまーに卵を産むって知ってっか?」

 

ジョージは「またからかって」と苦笑するが、蓮は目を見開いた。「ハグリッド、それほんと? 人為的じゃなく自然に?」

 

「引っかかるなって、レン。雄鶏が卵を産んだように思えても、あれはただの糞玉だ」

「よく知ってんな。ウィーズリーの家じゃ鶏飼ってんのか」

「飼ってるっていうか、住み着いてる感じだけどね」

「まあ、雄鶏が産むのは卵じゃねえが、むかぁし俺が見たのは、卵を抱いて温めちょる雄鶏だよ」

 

まだ俺が森番見習いだった頃だがな、とハグリッドが続けた。

 

「何を思ったか知らねえが、雌鶏の産んだ卵を温めたがる雄鶏がいてなあ」

「それ、どうなるの?」

「ひよこが生まれる」

 

へえ、とジョージがわざと感心したように鼻を鳴らした。「バジリスクでも産むかと思ったよ」

 

ハグリッドが「今のガキどもは知らねえか」とジョージの頭を小突いた。「闇の魔術のひとつだっちゅうて、校長になったときにダンブルドアがあの本を図書館から取り上げなさったもんなあ。ええか、バジリスクは雄鶏が生んだ卵をヒキガエルが抱いて孵したときに生まれるんだ。腐ったハーポっちゅうギリシャ人が実験して作り出した闇の生き物だ。蓮が言った人為的に雄鶏に卵を産ませたっちゅうのがこいつだ」

 

蓮が「たまご」と呟き、ハグリッドを真剣な顔で見上げた。

 

「ハグリッド、雌鶏が生んだ卵を温めてた雄鶏はどうなったの? 母性愛に目覚めて卵を温め続けたの?」

「いんや。いなくなっちまった。なんべんか卵を温めてひよこに孵したが、なんべんかめにまた卵を温めちょると思ったら、次の日にゃいなくなっちまったよ。卵ごとな。よっぽどでけえ蛇にでも呑まれたんだろって、昔の森番のグレゴール親父は言いなさった」

 

いなくなった、と蓮が小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

上機嫌で城まで帰るジョージが、前方を見て、むむっと眉を寄せた。

 

「ロンとハリーだ、君を呼びに来たんだな」

「ハーマイオニーに何かあったのかしら」

 

小さく溜息をついて「じゃ、付き添いはここまでだ。花火ありがとうな。ドクタ・フィリバスターにもよろしく」と言って立ち去った。

 

「レン! たいへんだ、ちょっと来て!」

「ハーマイオニーに何か?」

「ハーマイオニー? 違うよ! マートルだ! マートルをなんとかして!」

 

マートル? と蓮は眉をひそめた。マートルの担当者扱いされるのは若干心外だ。

 

息を切らしたハリーとロンが「何かあって取り乱してるんだ。3階の廊下は水浸しだよ。僕ら、ハーマイオニーのところから寮に帰ろうとしただけなのに、モップがけするフィルチから殺されかけた」「マートルに文句言えないもんだから、僕らに八つ当たりするんだ」と口々に言う。

 

それが走って自分を呼びに来るほどのことか、と蓮は少しばかりムッとした。

 

ーーせっかく久しぶりにジョージとゆっくり話していたのに

 

ブルストロードに殴られてから、まだ8週間経っていない。マダム・ポンフリーが8週間は脳に衝撃を与えるなと禁じたのでジョギングも休んでいるのだ。その分、ジョージと関わる時間は足りていない。関わらないなら関わらないで問題はないのだが、習慣だった会話がなくなると調子が狂う。

 

「わたくし、マートルの責任者じゃないのよ」

「冷たいこと言うなよ。君が宥めてやればマートルは落ち着き、フィルチも安らぐ。ホグワーツの平和に貢献しろ」

「マートルの相手ぐらい出来るでしょう」

「女子トイレに女の子抜きで入ったら、僕、パーシーとママに殺されるよ!」

 

溜息をついて蓮は「わかったわ」と降参した。

 

 

 

 

 

「マートル?」

 

マートルの動揺はたいていすすり泣き程度なのだが、今日は違った。わんわんと泣き喚いている。蓮はローブの裾を慎重にたくし上げたまま、マートルに近づいた。

 

「どうしたの、マートル?」

「わたしにこれ以上何を投げつけようっていうのよ!」

「マートル・エリザベス、わたくしよ。どうしてわたくしがあなたに何かを投げつけるなんて思うの?」

 

ザブンと水音が聞こえ、マートルがぽたぽたと(おそらくは)便器の水を滴らせながら、奥の個室から現れた。

 

「わたし、ここで誰にも迷惑かけずに過ごしてるわ」

 

蓮は黙って水浸しの足元を見て「それは控えめに見ても客観的事実とは思えない」と考えたが、賢明にも口に出さずに飲み込んだ。

 

「そうね」

「なのに、わたしに本を投げつけて面白がる人がいるの!」

 

極めて遺憾だ、という表情で蓮は頷いた。「それはひどいわね。いったい誰が?」

 

マートルは喚くのをやめ、しくしくとすすり泣きの段階まで回復した。

 

「知らない。U字溝のところに座って、死について考えていたの。そしたら頭のてっぺんを通って落ちてきたわ」

 

おそるおそるハリーとロンが廊下から覗き込む。

 

「そこにあるわ。わたし、逆流させてやったから」

 

マートルが示す手洗い台の下を、出番だとばかりにハリーとロンが隅々まで探した。

 

ハリーが手に取って見せたのは小さな薄い本だ。ロンが「少しは用心しろって。変な魔法がかかってたら」と溜息をつく。

 

「日記帳みたいだ、誰のかな・・・名前は、T.M.リドル」

 

目を見開いた蓮が、ローブの裾のことも忘れて咄嗟に杖を抜き、ハリーの手からそれを取り上げた。

 

「レン?」

 

マートル、と蓮は静かに尋ねた。「この本だったの?」

 

「たぶんそうよ」

 

「もし誰かが」ゴクリと息を呑んだ。「自分のしたことを後悔してこれを探しに来たら。あなたに本がどうなったか尋ねたら」

「あなたに渡したって言ってやるわ!」

「流してしまってもうわからない、と答えて欲しいの。わたくしはこれを湖に捨ててしまうから、同じことでしょう?」

 

マートルは首を傾げて少し考えた。

 

「それはわたしのため?」

 

白々しい自分を少し嫌悪しながら「もちろんよ、マートル」と蓮は出来るだけ優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「あれは何なんだい、レン?」

 

びちゃびちゃと水をはね散らかしながら、ハリーとロンが追いかけてくる。

 

「あの本のことは忘れて。闇の魔術がかかってるわ。わたくしが預かる」

「そんな危険なもの、君が持ってちゃダメだよ!」

「わたくしの家族は闇祓いだらけよ。保管の仕方や破壊の仕方を相談するわ。ただ、わたくしが持っていることはもちろん誰にも言わないで」

 

蓮の厳しい表情に、ハリーもロンもそれ以上の追及は出来なかった。

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、机から真っ白な和紙を取り出して、四隅を塩で押さえた。その中央に日記帳を置くと、ふっと息を吐く。

 

「バックアップ、発見」

 

その時、部屋の扉が開いてパーバティが入ってくる。

 

「おかえり、レン」

「パーバティ」

「なあに、それ?」

 

机の上の日記帳にパーバティが目を留める。

 

「不潔なものだから触らないほうがいいわ」

 

蓮が笑ってみせると、パーバティが目を眇める。

 

「不潔というより、穢れたものね?」

「・・・どうして?」

「わたし、インド系よ? アジアの魔法を少しは知ってるわ。浄めるために日本人が塩を使うことぐらいはね」

 

息を吐いて「かなわないわ」と蓮は肩を竦めた。

 

「近いうちにどこかに移すから、しばらく我慢してくれない?」

「いいわよ。わたしが香を焚いて構わないなら」

「ハーマイオニーの入院中ならノープロブレム」

 

 

 

 

パーバティが寝息を立て始めたあと、蓮は静かに「ウェンディ」とハウスエルフを呼んだ。

 

パチン、と音がして蓮の枕元にメイド服に身を包んだウェンディが現れる。

 

「パーバティが寝てるから、静かにね。このメモをお母さまに渡して欲しいの」

 

一番速く確実に家族と連絡を取るならばウェンディを呼びなさい、と母から言われていた。ウェンディならばあなたがたとえどこにいても呼べば来てくれるわ、と。

 

「かしこまりました、姫さま」

「ありがとう。お母さまから美味しいものを貰ってね」

 

ウェンディの頭を軽く撫でた。



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第13章 バレンタインの混乱

2月の初めにハーマイオニーが退院してきた。

 

ハーマイオニーの退院の前にリドルの日記を片付けてしまいたかったのだが、母からは「強力な闇の魔術だから、多少のことでは壊せない。バジリスクの毒を含んだゴブリン製の刃物で突き刺すのが一番手軽です」という返事が来ただけだ。

 

「どこが手軽よ!」と蓮が叫ぶのは仕方のないことだった。

 

ゴブリン製の刃物ならすぐに手に入る。1年生のクリスマスに日本の祖父から短剣を貰った。チェルシーの家に置いてきたから、ウェンディがすぐに持ってきてくれるはずだ。それにバジリスクの毒を吸収させればいい。

バジリスクの毒が手に入れば、の話だが。

 

仕方なく蓮は、いつものようにハーマイオニーとパーバティに「机の上に触らないでね」と言い置いて部屋を出ようとする。

 

「どこに行くの? 1人じゃ危ないわ」

 

今や校内であっても1人歩きは推奨されない。

 

「マクゴナガル先生のところ。バジリスクの毒を貰いに行ってくるわ」

「ふうん。いってらっしゃ・・・はあ?」

 

バタバタっとハーマイオニーが追いかけてくる。

 

「1人で平気よ?」

「そういう問題じゃないわ!」

 

こうして2人は素直にマクゴナガル先生の部屋を訪ねたのだが、深い深い溜息とともに「何に使うのか知りませんが、そんなものを原液のまま50年間も持ち歩く人間にわたくしが見えますか」と言われて引き下がるほかなかった。

 

「バジリスクの毒を含んだゴブリン製の剣ならホグワーツにありますが、あれは歴史的遺物ですので、一生徒に貸し出しは出来ません」

「歴史的遺物の割に危険物ですね」

「歴史的遺物を危険物にしやがったのは、あなたのおばあさまです」

「・・・いろいろ申し訳ございません」

 

マクゴナガル先生の部屋を辞した2人は、頭を捻りながら寮に戻った。

 

部屋に入るとパーバティの気配がしない。

 

「あれ、パーバティは?」

 

パーバティの机の上には教科書や羊皮紙が開かれたままだ。几帳面なパーバティには珍しいことだった。

 

「いないのかしら?」

 

その時「きゃあ!」という小さな悲鳴が聞こえ、蓮は咄嗟に杖を抜く。

 

「・・・パーバティ?」

「パ、パーバティ、なの?」

 

背後から羽交締めにされたハーマイオニーは必死で顔を捻るが、パーバティのものとも思えない力に首の自由さえ利かない。

 

ハッとして机を見ると、四隅の盛り塩が僅かに崩れていた。

 

「くっそ・・・」

 

蓮は杖をパーバティに向けたまま、ジリジリと自分の机に向かって動き出す。

 

「トム!」

 

蓮の呼び声に、パーバティが反応した。「その名で呼ぶな、血を裏切る者が!」

 

パーバティの声ではない、と気づいたハーマイオニーが顔色を変えた。

 

「ハーマイオニー、目を閉じて!」

 

掴んだ塩をパーバティに向かって投げつけ、同時に杖を日記帳に突き立てた。無論、いくら妙な杖といえど鋭利な刃物でもなく日記帳には傷ひとつつかないが、塩と本体への刺激でパーバティに取り憑いたリドルは離れた。

 

ハーマイオニーは急に自由になった体でたたらを踏み、パーバティを振り返る。

気を失ったパーバティが、クローゼットに寄りかかりながら、ずるずると床に崩れ落ちた。

 

「ハーマイオニー、こっちへ」

 

ベッドを飛び越えてきたハーマイオニーを背中に回し、手早く机にストックしてある紙袋いっぱいの塩を日記帳の上にひっくり返した。

 

「レン、それは?」

「んー、日本の魔除け?」

 

言いながら「早くなんとかしないと危ないわね」と呟く。小声で「今のことはパーバティには秘密にね」と言うと、ハーマイオニーは頷いた。

 

 

 

 

 

その日の夕食の席で、スプラウト先生が、良いニュースがあります、と声を明るくした。

 

「マンドレイクに、ニキビができ、情緒不安定で隠し事をするようになりました!」

 

どこが良いニュースなの? とロンとハリーが首を傾げ、ネビルはうっとりと喜びを噛み締め、ハーマイオニーは頭を働かせた。「つまり・・・マンドレイクが思春期に入ったということだと思うわ」

 

「反抗期のマンドレイクのどこに良いニュースの要素が?」

「順調に成長しているのよ」

「非行に走らなきゃいいわね」

 

ネビルが「レン」と丸顔を生真面目に引き締めた。「多少は非行に走ってくれなきゃ困るんだよ。マンドレイクが乱痴気パーティをしたり、お互いの植木鉢に入り込みたがるようにならなきゃ」

 

蓮は顔をしかめ「楽しい人生で何よりですこと」と応じた。

 

その隣でパーバティがしきりに頭をコツコツ叩いている。

 

「パーバティ?」

「ああ、レン、ハーマイオニー。わたし、少しどうかしちゃったみたい。机で宿題をしていたのに、気づくとベッドに寝てたの」

「わたしたちがマクゴナガル先生のお部屋から戻ったら、あなた、もうベッドにいたわよ。具合でも悪いのかと思ってそっとしといたけど?」

「それだけじゃないの。教科書を棚に並べる順番が違うのよ! まるでわたしが並べたんじゃないみたいに!」

 

ヒッ、とジニーが息を呑み、蓮の背筋に冷たい汗が流れた。教科書を並べるのに正しい順番があったとは。

 

「パーバティ」とハーマイオニーがあえて深刻な顔で首を振る。「あなた、きっと具合が悪かったのよ。わたしもそういうことはあるからわかるわ。気にしないで、今夜はゆっくり休んだらどう? ジニー? あなたまで顔色が良くないわ、どうしたの?」

 

蓮が隣のジニーに目を向けると、皿の上でナイフとフォークがカタカタと音を立てて震えている。

 

「パーバティの話が怖かった? 大丈夫よ、ジニー。この間までのハーマイオニーの強迫神経症がパーバティに移っただけ。無理ないわ。今年は学校じゅうが心配事だらけですもの」

 

ジニーは少し神経質過ぎるな、と蓮は思った。兄たちがお腹の中に置き忘れてきた繊細な神経を全て持って生まれてきたようだ。

 

 

 

 

 

バレンタインの朝が来た。

 

大広間に足を踏み入れた蓮は、これ以上の無表情はないというぐらいの無表情で、近くにいたネビルに「乱痴気パーティってこういうこと?」と平坦な声で尋ねる。

 

蓮に少し遅れて大広間を覗いたハーマイオニーも、何か耐え難いものを見たように、ギュッと目を閉じた。

 

壁という壁がけばけばしい大きなピンクの花で覆われ、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っていた。

 

教職員テーブルには、けばけばしいピンクのローブを着たロックハートが、石のように無表情な先生方の空気も読まずに満面の笑顔で1人立っている。

 

「ハッピー・バレンタイン! 皆さんをちょっと驚かせようと私がこのようにさせていただきました。もちろんこれだけではありませんよ!」

 

ハーマイオニーは、蓮が喉の奥で唸るのを聞いた気がした。

12人の無愛想な顔をした小人が、金色の翼をつけ、竪琴を持ってハーマイオニーたちの脇を通り、大広間に入っていく。

 

「私の愛すべき配達キューピッドです! 彼らが皆さんのバレンタインカードを配達します! もちろん先生方もご協力くださるでしょう! さあ、スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を教えていただいては? フリットウィック先生は『魅惑の呪文』の名手です!」

 

フリットウィック先生はあまりのことに、以前ハーマイオニーの家を訪ねてきたときのようにキャッと叫んで椅子から転がり落ち、スネイプは愛の妙薬の代わりにバジリスクの毒を口に流し込んでやると言わんばかりの顔をしていた。

 

ハーマイオニーは、蓮の感情を害しないように、そろそろとグリフィンドール席につき、素知らぬ顔で食事をする羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

蓮の災難は午前中から始まった。「あなたにです、レン・ウィンストン!」

 

最初の5人までは蓮は頭痛をこらえながら、小人がカードに書かれた詩を読み上げるのを聞いていた。

 

「君の瞳は金色に輝き、僕の心をバジリスクの如く一睨みで射抜いてしまった」

 

6人目の小人がそこまで読み上げたのは変身術の授業中で、手元に杖があったのが災いして「それが詩か!」と反射的に小人を失神させた。

 

「ミス・ウィンストン、流れるような無言呪文でした。グリフィンドールに10点差し上げます。それから」とマクゴナガル先生が親指で教壇近くのドアに並んでいる小人たちを示した。「あなたに用のある個体を始末してきなさい」

 

それから蓮と小人の鬼ごっこが始まったのだった。

 

玄関ホールに駆け込み、追ってきた小人に失神呪文を乱れ撃ち、息を吹き返した個体が諦めずについてくるのを引っ掴んで投げ飛ばし、無理やり得体の知れない液体を飲ませたがる個体はシャンデリアにぶら下げて振り回し液体を撒かせた。

 

息を切らして、大広間の昼食に向かうパーバティを捕まえて「とにかく何でもいいから、食べ物と飲み物を寮に持って帰って」と頼むと、油断なく杖を構えながら、グリフィンドール塔に戻った。

 

談話室には、幸せそうなジョージがいる。

 

「ハイ、ジョージ」

「や、やあ、レン」

 

ジョージの前のコーヒーテーブルには、けばけばしいピンクのカードが置いてある。蓮がそれに目を留めたのに気付き、ジョージが咳払いをした。

 

「これ、大事にするよ」

 

蓮はジョージの赤い顔をしげしげと見つめ「知らなかった」と驚いた声を出した。

 

「え?」

「ジョージって、グリーングラスが好きだったのね。知ってたら、彼女に化けの皮剥がしの呪文なんてかけなかったわ。ごめんなさい」

「グリーングラ・・・なんでそうなる?」

 

だって、と蓮は首を傾げる。「そのカードの真ん中のGの書体、グリーングラス家の紋章だもの」

 

ジョージは「ジョージのGじゃないのか!」と叫んだ。

 

「ジョージのGと掛けたんだと思うわ。大事にね」

「待て待て待て待てよ! おかしいだろ、2年生で最も美しい匿名希望が、なんでグリーングラスだよ!」

 

蓮は気の毒そうにジョージを見上げる。「ジョージ、あなたの好きな人のこと悪く言いたくはないけれど」と頭を振る。「普通の神経の女の子は自分じゃ言わないわ、そんなこと」

 

燃え尽きたジョージをフレッドとリー・ジョーダンが転げ回って笑う横で、蓮はパーバティから昼食を受け取った。

 

「ジョージは大丈夫なの?」

「たぶん。ちょっとだけ風変わりなガールフレンドが出来たのよ」

 

そこへハーマイオニーが女子寮の階段を駆け下りてきた。

 

「レン、パーバティ! たいへんよ! 部屋が荒らされてるわ!」

 

蓮は「ロックハートの奴、殺してやる」と唸った。

 

「ロックハートの小人じゃないと思うわよ、レン」

 

パーバティが呆れたように呟き、蓮を引っ掴んで部屋に向かった。

 

 

 

 

 

ただでさえ不機嫌な蓮だったが、部屋の惨状には苛立ちが最高潮に達した。

 

「パーバティ、ハーマイオニー。自分の持ち物を調べて。紛失もしくは損壊したものをリストアップして、ロックハートに請求するわ!」

「だから、ロックハートのせいじゃないと思うのよね」

 

あいつは! と自分のベッドの上に散らばった洗濯前の衣類を払い落とした。

今世紀最大の! と机の上の本を積み直す。

歩く災難よ! と抽出しを開けた。

 

「・・・ない」

「なにが?」

 

ハーマイオニーの瞳を見つめた。「例の日記帳が」

 

2番目の抽出しをまるまる塩で満たし、その中に埋め込んでいた日記帳が跡形もなく消えていた。



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第14章 犯人は誰だ

「日記帳を盗んだ人物は限られるわ」

 

ハーマイオニーが言った。

 

「グリフィンドール生よね」

 

パーバティの言葉にハーマイオニーは「厳密には、ホグワーツの女性」と訂正した。

 

「合言葉を知る方法さえあれば、他の寮の生徒が入ることは可能だわ。でも、男性は女子寮には入れないの。わたしの入学前の学校説明でフリットウィック先生がおっしゃったもの」

「でもまあ、グリフィンドールの女子である可能性が一番高いとみて間違いないんじゃない?」

 

ハーマイオニーとパーバティの会話を聞きながら、蓮は腕組みをして目を閉じた。

この犯人探しは続けてはいけない、と思った。リドルの日記が目的ならば、自分たちは第2のハグリッドを突き出す瀬戸際にいるのだ。

 

「犯人探しはやめましょう」

 

ボソッと呟く。

 

「レン?」

「日記帳を誰が盗んだかは、この際深く追及しなくていいわ。どうせ中身はヴォードゥモールなんだから。ヴォードゥモールに操られた人を吊るし上げる結果になるほうが怖い。主犯はヴォードゥモールなのに、操られた女の子を吊るし上げたら、相手の思う壺よ」

 

それはそうだけど、とハーマイオニーとパーバティが顔を見合わせた。

 

「秘密の部屋のモンスターが確定出来れば一番いいのに、それがわからない」

 

蓮が指折り数えた。「バジリスクは、雄鶏の生んだ卵を、ヒキガエルが温めて孵化する。蜘蛛はバジリスクを恐れ逃げ出す。逆にバジリスクは雄鶏がときをつくる声を聞くと行動出来なくなる。だから、50年前は鶏が殺された。でも今回は鶏はハグリッドが食用に締めた鶏以外は死んでいない。何羽もの雄鶏がピンピンしている。バジリスクじゃないことは確実」

 

「でも極めて似た特徴がありそうね。少なくとも蜘蛛が逃げ出している。ロンは快適そうだけど」

「代わりに石にされたくはないものねえ」

 

そのとき、ドンドンドンドン! と拳でドアがノックされた。

飛び込んできたのは、アンジェリーナだ。

 

「レン、ハーマイオニー、ちょっと来て。玄関ホールで乱闘よ!」

「わたくし、今日は誰も殴ってないわ。小人しか」

「わかってるわよ、馬鹿ね。ロンとハリーなの」

 

3人は視線を交わし合い、アンジェリーナについて駆け出していった。

 

 

 

 

 

「こいつが、ハグリッド、を」と息を荒げたハリーが、ハッフルパフの男子生徒を指差した。

 

「僕は何も今回の犯人だとは言ってない! 50年前にはハグリッドが犯人として退学させられたって言っただけだ!」

 

こいつ! とロンが飛び掛かろうとするのを、フレッドとジョージが首ねっこを引っ掴んで止めた。

 

蓮は溜息をつき「ハグリッドの退学の理由は別よ」とハッフルパフの男子生徒に告げた。「ハグリッドは確かに50年前にホグワーツを退学になった。でもそれには他の理由があったの。人の名誉に関わることを直接知りもしないで安易に口にするものじゃないわ」

 

フレッドとジョージが、まだ鼻息の荒いハリーとロンをズルズル引きずりながら「愚弟どもがお騒がせしましたー」と気軽な調子でグリフィンドール塔に戻る。

 

談話室に放り出された2人を、ハーマイオニーが「騒ぎにするなんて、余計に噂が広がるじゃない!」と叱りつけた。

 

「いったいどういうきっかけだったの?」

 

蓮が尋ねると、ハリーとロンが口々に訴え始めた。

 

「最初は、T.M.リドルっていう名前が耳に入ったんだ。ほら、あの日記帳の」

「あいつが、学校に対する特別功労賞のT.M.リドルはハグリッドを捕まえたから功労賞が貰えたって言うんだ」

「50年前、マグル生まれが1人死んで、そのときハグリッドがモンスターを飼ってたことをリドルが突き止めたんだって!」

「僕ら、別にハグリッドのモンスターが生徒を殺したわけじゃないだろって言ったんだよ。50年前の被害者はマートルだし、マートルはバジリスクに殺されたんだろ? ハグリッドがバジリスクに興味を持っても不思議じゃないけど、可愛がり過ぎてバジリスクに一睨みされてアウトさ。だから言ってやったんだ『秘密の部屋でハグリッドが趣味のペットを飼ってたなんて、スリザリンの継承者しか入れない秘密の部屋にしてはお粗末なセキュリティだな』って」

 

談話室にいた面々が「確かにな」と苦笑した。

 

「そしたらあいつ! 現にハグリッドは退学になったじゃないかって言うんだ! ハグリッドの飼ってたペットが生徒を殺して、T.M.リドルがそれを突き止めたから、リドルは特別功労賞、ハグリッドは退学なんだって!」

 

はあ、とハーマイオニーが溜息をついた。

 

「呆れた。生徒を殺すようなペットを飼ってた人をダンブルドアが森番として学校に置くと思う?」

「殺しかねないペットは大好きだけどな」

 

フレッドが笑い混じりに指摘した。

 

「そりゃあ確かにハグリッドのその・・・愛する生き物たちは、万人受けはしない可能性があるけど」

「100%万人受けしないわよ」

 

蓮が苦笑した。ケルベロスとドラゴンを飼いたい人が1万人いたら世界は大惨事だ。

 

「なんだよ、フレッドもレンも。あいつの肩持つのか! ハグリッドを疑うの?」

「ハリー!」

 

叱りつけようと口を開いたハーマイオニーの肩を叩いてハリーに「真相を知りたい?」と尋ねた。

 

「当たり前だろ!」

「ハグリッドはね、ハメられたのよ。T.M.リドルに。真犯人はリドル。リドルは最初から騒ぎが大きくなったらハグリッドに罪を着せるつもりで、ハグリッドにちっちゃなペットをプレゼントしていたの」

「ちっちゃな?」

 

疑わしげにハリーが確かめる。

 

「ちっちゃなノーバートちゃん的なペットよ。だから、リドルは50年前の秘密の部屋の事件の犯人としてハグリッドを密告したの」

 

とんだマッチポンプ野郎だな、とフレッドが笑い飛ばした。

 

「密告してハグリッドを拘束した時点でリドルは特別功労賞。でもダンブルドアが、死んだ生徒を殺したのはハグリッドのペットじゃないという証拠を示したから、ハグリッドはマートル殺しでは無罪。もちろんハグリッドのペット自体、学校で飼うべきでないペットだったから、復学はさせずに森番見習いにしたの」

「だったら、やっぱりあいつが言ったのは嘘だったんだ!」

 

蓮はひらひらと手を振って「嘘かどうかは今更問題じゃないわ」と言った。ハーマイオニーも頷く。

 

「え? どういうこと?」

「この喧嘩騒ぎで、ハグリッドが50年前に退学処分にされたということと、それが秘密の部屋に関する事情だということが、学校中に一気に広まるのよ」

 

腰に手を当てて不吉な予言をするハーマイオニーを、ハリーとロンは呆然と見上げていた。

 

 

 

 

 

「僕ら、ハグリッドに合わせる顔がないよ」

 

翌日の放課後だ。

馬鹿ね、とハーマイオニーは項垂れるロンとハリーに、ふん、と鼻息を荒くした。

 

「だってハーマイオニー」

「『だって』なんて言い訳用語は禁止よ! いいこと? 謝るべきことをうやむやにしたまま、ハグリッドをこれからずっと避けるつもりなの? それってずいぶん卑怯じゃない?」

 

ねえレン、と同意を求めるが、肝心の蓮は、腕組みをして考えに耽っている。

 

「バジリスクである可能性は極めて低い。50年前に別の個体もいなかったはず。地下水路を箒で飛び回ったんだし、巣穴まで近づいて・・・」

「レン?」

「ん? ああ、ハーマイオニー」

「秘密の部屋のモンスターを心配するより先にハグリッドを心配してくれない? あなた、日記帳のことも考えなくちゃいけないのよ?」

 

重たいものを飲み込んだ顔で蓮が力無く頷く。

 

日記帳を盗んだ犯人にはたぶん見当がついた。グリフィンドールの女子寮にいて不審がられないこと、マートルのトイレの惨状を知っていること、入学してからこちら兄たちによれば「秘密の部屋の事件のせいで気が塞いでいる」こと。パーバティの発言を聞いたときの顔色の悪さが神経過敏のせいでないとしたら、あのとき、パーバティに何があったか理解したからだとしか思えない。

 

ーー誰にも言わずに日記帳を取り戻すのが一番いいのだけれど

 

考えることが多過ぎて頭が痛い、と思いながら、当面の提案をした。

 

「ハリーとロンが、ハグリッドに謝りに行くなら、わたくしたちも行かない? 話のきっかけがないと、なかなかね」

「そうそう! そうなんだよ!」

「小さなことからコツコツと」

 

言いながら、蓮はジーンズのホルダーに杖を差した。

 

 

 

 

 

気にすんな、とハグリッドは笑った。

 

「ハグリッド」

「そういう噂はなあ、ハリーにロン、似たような出来事があるたんびに蒸し返されるもんなんだ。ハーマイオニー、おまえさんは頭のええ子だ、俺がどんな生まれか、わかってるだろ?」

 

わかっている。おそらくハグリッドは巨人と人間のハーフだ。体の大きさや危険生物を好む性質は巨人族に由来するのだろう。

 

「んだからな、ある意味慣れっこなんだあ」

「慣れちゃダメよ、そんなこと、そんな理不尽なこと許しちゃダメ」

「おまえさんは、蓮の母さんに似てるなあ」

「レディ・ウィンストンに? 嬉しいけど、どこが?」

 

ハグリッドが目を細めた。

 

「あいつぁ、理不尽がきれえだから法律やっとるんだ。俺みてえな奴は何するかわからねえって誰かが言い出すたんびに、法廷に出てきちゃあ、相手を黙らせちまう。俺ぁな、少しばかり友達が少なくたって気にゃなんねえ。おまえさんや蓮の母さんみてえに、理不尽は許さねえって言ってくれる奴がちびーっといれば楽しくやれるんだよ」

 

ハグリッド、とハーマイオニーが言葉に詰まったとき、蓮が「ハグリッド」とキリッとした顔で呼びかけた。

 

「なんだあ?」

「雄鶏が生んだ卵をヒキガエルが抱卵してバジリスクが孵化する。バジリスクは雄鶏の声に弱い。間違いない?」

「んだな」

 

今その話題なの? とハーマイオニーがぷすぷす言うが蓮の耳には入っていない。

 

「バジリスクに似たような生き物知らない?」

 

ハグリッドがもじゃもじゃの髭を撫で回した。

 

「俺あ知んねえ。バジリスクも直に見たわけじゃねえからな」

 

見てたら今頃ここにいないさ、とロンが軽口を叩きハーマイオニーに蹴られた。

 

「あなたたち、何しに来たか忘れたの?」

 

項垂れたハリーとロンが「ごめんなさい、ハグリッド」と謝った。

 

「わたくしもごめんなさい。早くに全部説明しておけば良かったわ」

 

大きな手を顔の前で振って「気にすんなって言ってっだろ」とハグリッドが慌てた。

 

 

 

 

 

ハグリッドの小屋からの帰り道、蓮は湖のほとりを歩くジニーを見かけた。

 

「レン?」

「先に帰ってて」

 

言うと、ジニーに向かって駆け出した。

 

「ジニー!」

「・・・れ、レン?」

「1人でこんなところにいちゃいけないわ。一緒に帰りましょう」

「へ、平気よ」

 

そう言うジニーの肩を引き寄せ、強引に学校へ後戻りさせる。

 

「ジョージのルールなの。湖に1人で行かないこと。わたくしも1年生のときにさんざん言われたわ」

 

背中を押して歩きながら蓮は囁くように言った。「ジニー? あの日記帳、わたくしにくれない?」

 

足を止めてジニーは後ずさる。

 

「な、なんで!」

「あの日記帳を不用意に手元に置いてるとどうなるか、あなたは知ってると思うの。だとしたら、マートルのトイレに捨てたことも当然だし、パーバティが記憶がないとか教科書の順番が違うとか騒いでたときに、あの日記帳がわたくしたちの部屋にあるとわかったはず」

 

ぶるぶる震えながら首を振るジニーに、蓮は必死で説明した。

 

「ハーマイオニーにもパーバティにも言ってない。他の誰にも。今ならわたくしが置き場所を間違えていたと言えば済むわ」

「だ、ダメ・・・」

「ジニー?」

「あんなの、だ、誰も持ってちゃいけないの!」

 

そうよ、と蓮が落ち着かせるようにゆっくり言う。「それはこの世にあってはいけないの。湖に捨てちゃダメ。大イカやグリンデローが凶暴化してしまうわ」

 

「で、でも! 破れないし、ナイフで突き刺してもダメなの」

「特別な方法が必要なの。わたくしはその方法を探してる。だから、それはわたくしに預けてくれない?」

 

しばらく考えていたジニーはゆっくりと首を振った。

 

「パ、パパが言ってた。危ないとわかってるものを友達に持たせちゃいけないの。前にルーナがお守りだって言って、しわしわ角スノーカックの角のレプリカをくれたけど、パパったら怒って捨てちゃったわ」

「・・・しわしわ角スノーカックについては何も知らないけど、それはしわしわ角スノーカックより危険だと思うわ。普通に保管していちゃダメなの」

 

しかしジニーは頷かない。「絶対に渡せない」

 

蓮は溜息をついた。

 

「だったら、ジニー、あなたが持っていて。でも、わたくしの言うような形で保管して欲しいの」

「お、教えてくれる?」

「もちろん」

 

 

 

 

 

2月の寒い日のこの判断が間違いだったと蓮が思い知るのは、イースターを過ぎた頃だった。



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第15章 雄鶏の卵

翌日、ジニーが「木箱の内側に隙間がないように白い紙を貼って、中を塩でいっぱいにして塩漬けにした」と寄越したメモをスカートのポケットに仕舞うと、安心して部屋に戻った。

 

パーバティはインドにも親戚がたくさんいるのだから、きっと蛇に詳しいだろう、と藁にもすがる思いだ。

 

しかしパーバティは呆れたように首を振る。「雄鶏が卵を産むこと自体おかしいでしょう、レン。しかも、なんで鶏の卵から蛇が生まれるの」

 

ベッドに腰掛け「でもバジリスクはそういう生物だもの」というと、ハーマイオニーが「闇の魔法使いが作り出した生物、というか一種のモンスターよね」と忌々しげに分厚い本を閉じる。

 

「ハーマイオニー、それは?」

「魔法薬素材大全。バジリスクの毒に匹敵する強力な物質がないかと思ったけど、書いてないわ。バジリスクの毒にも触れてあるけど、ほんのちょっとだけ」

 

仕方ないわよ、とパーバティが「そもそもバジリスクを作ること自体、とうの昔に禁じられてるもの」とぼやいた。「50年前にホグワーツにいたのが、たぶん世界で最後の個体だったんじゃない?」

 

ぽふんとベッドに倒れ伏し「絶望的」と呻いた。

 

50年前のバジリスクの毒は、歴史的遺物とやらの剣に染み込んでいるだけだろう、きっと。バジリスクの毒のような危険物が50年後に変質している可能性を考えたら、たとえどこかに原液が残っていても触りたくない。

 

そんなことないわ、とハーマイオニーが決然と言う。「バジリスクの毒に匹敵する強力な物質を探せばいいのですもの。破壊に適した物質をね」

 

「そもそも日記帳がなくなったんだから、そっちは急がなくていいんじゃないの? それより、秘密の部屋のモンスターが何者かを先に考えたら?」

 

それは蓮の担当よ、とハーマイオニーがパーバティに答えた。

 

「ああ。だからこの前から雄鶏雄鶏うるさかったのね」

「ええ。ハグリッドもバジリスクに関しては詳しいわけでもないみたい。そもそも昔は図書館にそういう闇の生物について書いた本があったけれど、ダンブルドアが校長になってから、闇の魔術に属する本は生物学に至るまで全部回収したらしいから、調べようがないわ」

「レン!」

 

ハーマイオニーが蓮の背中をパチンと叩く。

 

「んー?」

「マダム・ポンフリーよ」

「なにが?」

「ハグリッドやマクゴナガル先生の時代には図書館に資料があったということでしょう? マクゴナガル先生がおっしゃったわ。50年前にバジリスクの毒を採取したのはマダム・ポンフリーだって! マダム・ポンフリーは、その本を読んだことがあると思う。だから毒を採取出来たのよ!」

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーは「あなたがたは何か勘違いしています」とキッパリとハーマイオニーの質問をはねつけた。「わたしは、魔法薬の素材として様々な毒に関心を持っていましたが、ただそれだけです。テロリストでもあるまいし、バジリスクの毒に匹敵する物質など知るわけがありません。蛇毒カエル毒の中ではバジリスクの毒が最強と言われていますから、バジリスク討伐に参加しただけです。バジリスクの毒以上の毒性物質はありません」

 

わかりました、と言いながら蓮は「では蛇について質問しても?」と話題を変える。

 

「毒蛇に関する質問ならば」

「毒蛇かどうかはわからないのですが」

 

溜息をついてマダム・ポンフリーが「わたしを何だと思っているのです」と呟いた。

 

「バジリスク討伐の勇者ですわ」

「そのような仰々しい呼称はミネルヴァに進呈してちょうだい。バジリスクにトドメを刺したのはミネルヴァです。ゴドリック・グリフィンドールの剣でね。いかにも勇者らしいでしょう。それで? 蛇に関する質問とは?」

「雌鶏が生んだ卵を雄鶏が温めたら、蛇は生まれませんか?」

「ひよこしか生まれません」

 

きっぱりした答えに、ですよね、と蓮は肩を落として「お時間をいただいてありがとうございます」と退室しようとした。

 

「お待ちなさい。鶏小屋ならば、の話です」

「え?」

「雌鶏が生んだ卵を雄鶏が鶏小屋で温めたならば、普通にひよこが生まれます。ですが、もし、異常な魔力が集積した場所で雄鶏が卵を温めたならば、違う種の生物が孵化する可能性はありますね」

 

そもそも雄鶏が卵を温める時点で異常ですけれど、とマダム・ポンフリーが眉を寄せた。

 

「これは仮定の話です。雌鶏が生んだ卵と適当な雄鶏をバジリスクの巣穴に置いて、雄鶏に禁じられた服従の呪文をかけて抱卵させたならば、バジリスクの近縁種が生まれる可能性は否定できません」

 

慌てて蓮は「ハグリッドが森番見習いになったばかりの頃に、卵を温める雄鶏がいたそうです」と付け加えた。「つまり、空きたてほやほやのバジリスクの巣穴はありました」

 

「ならば可能性は高くなります。なるほど、即死に至らず石化で済んだのにはそういう理由も考えられますね。バジリスクに近しい邪眼を持つが、ワンランク落ちると考えればむしろ自然です」

「雄鶏の声を恐れないのは、ランクアップではないのですか?」

「どうせ相対して戦うなら大した弱点ではありませんからね。声真似をしても無駄でした。雄鶏に育てられた蛇が雄鶏を恐れないのは当然では?」

 

ハーマイオニーと目を合わせて頷き合った。

 

 

 

 

 

ぽかーんとロンが口を開けて、ハーマイオニーが「蛇」について説明するのを聞いている。

 

「謎はまだ残るけど、蛇自体にはこれで仮説が成り立つわ」

「謎なんかもうないだろ?」

 

ハリーが首を傾げる。

 

「完璧じゃないか?」

「ううん。まだダメ。だって、マダム・ポンフリーでさえ『仮定の話』って何度もおっしゃったわ。たとえT.M.リドルがそうやって今の蛇を作り出したにしても、偶然が過ぎるもの。鶏小屋に卵を温める雄鶏がいたからって、それをいそいそと秘密の部屋に運んだら蛇が生まれました、なんて」

「ハグリッドが言ってた本で読んだんじゃないかな? 昔はそういう生き物のことを詳しく書いた本があったんだろう? バジリスクの作り方は中世に禁止されたから書いてないにしてもさ。雌鶏の卵を雄鶏が蛇の巣穴で温めたら、変な蛇が生まれることぐらいは書き残しても問題ない」

 

だいぶ問題があると思うけれど、と蓮が口を開けた。「秘密の部屋には入りたいわね」

 

「レン?」

「ハグリッドのこともあるし、盗まれた日記帳のこともあるわ。どちらも、秘密の部屋のモンスターを倒せば、ある程度は安心出来るでしょう?」

 

ハリーとロンが強く頷いた。「ハグリッドのことは、僕、本当に解決したい」

 

「こないだレイブンクローの奴まで言ってたんだ。ハグリッドがいる以上、学校は安全とは言えないから両親がダンブルドアに手紙を送るんだって」

 

ハーマイオニーが思案げに俯く。「そういう保護者はきっと他にも出るでしょうね」

 

「秘密の部屋のモンスターを倒せば、少なくともモンスターの被害は出なくなるわ。噂は急には消えないと思うけれど、ダンブルドアが保護者に対してハグリッドを擁護しても構わない状況にはなると思うの」

「日記帳のほうはどうなるんだい?」

 

誰が盗んだかわからないけれど、と蓮は慎重に言った。「ハーマイオニー、あの日記帳が身近にあるとどうなるかわかるわよね?」

 

「もちろん。たぶん、ああやって持ち主を操って、秘密の部屋を開けさせていたのよ」

「なんでわかるんだい?」

 

ハーマイオニーはしらっとした顔で「だってわたし、レンに殺されかけたもの」と蓮のせいにした。

 

「でも、すぐにレンじゃないってわかったわ。わたしを『穢れた血』って呼んだし、声も違ってたから」

「そ、それで?」

「それだけよ。ひっぱたいたら正気に戻ったわ」

「そんなものを誰かが今も持ってるなんて危険じゃないか!」

 

ハリーが大きな声を出したので、ロンが口を塞いだ。

 

「なんでそんなもの捨てちまわなかったんだよ?」

 

声を潜めるロンに「捨てたってまた誰かが拾うでしょうね、わたくしたちのように。だから破壊しようと思ったの」と説明した。

 

「燃やしちまえば良かっただろ?」

「普通の火じゃ燃えないと思うわ。家族に聞いたの。そうしたら、バジリスクの毒やそれに匹敵する強力な物質でないと破壊出来ないと言われた。そんなものに心当たりある?」

「バジリスクの毒を使えば?」

 

どこにあるのよ、とハーマイオニーがハリーを睨んだ。

 

「わたしたちだって、マクゴナガル先生に聞きに行ったり、マダム・ポンフリーに聞きに行ったりしたんだから!」

「持ってないって?」

「鼻であしらわれたわ。『そんなものを50年間原液のまま持ち歩く人間にわたくしが見えますか』って」

 

そりゃそうだな、とロンが口を曲げた。

 

「原液のままじゃないならいいんだろう?」

「あるにはあるのよ、原液じゃないけれど、原液かそれ以上に強力な武器が」

「それを使えば?」

 

蓮は力無く首を振る。「たぶんそれ、ゴドリック・グリフィンドールの剣だもの。国宝扱いよ」

 

「マクゴナガル先生はそれを使ってバジリスクにトドメを?」

 

ハリーの質問に蓮とハーマイオニーが頷いたところで、ハーマイオニーが、はたと気がついてしまった。

 

「・・・ま、まさかあなたのおばあさまが、その剣をバジリスクの毒まみれに?」

 

蓮は両手で顔を覆った。ハーマイオニーが叫ぶ。

 

「・・・な、なんでそんなことを!」

「グリフィンドールの剣は、ゴブリン製なの。ゴブリン製の金属は、自分より強力な物質を吸収して自分の力に変えるわ。だから・・・なんていうか・・・たぶん、ついでに、みたいな?」

「マーリンの髭だぜ、おい。じゃ、マクゴナガルはどうやって持ち出したんだろう?」

 

落ちてきたんですって、と蓮は呟いた。「武器が欲しいと願ったら頭の上に」

 

「組分け帽子がね」ハーマイオニーが補足した。

 

「ピンチに陥ったときに武器が欲しいとダンブルドアに救助を求めたら、組分け帽子が飛んできて、他にどうしようもないから、かぶったらその中に剣が現れたそうよ。あの剣は持ち出せないの、ホグワーツの校長以外には。でも組分け帽子があれば、組分け帽子のところに現れるのよ」

「なんで」

 

ハリーとロンに、ハーマイオニーが「組分け帽子と剣はセットなの。どちらもゴドリック・グリフィンドールの遺品だから。もう! 誰か1人ぐらい『ホグワーツの歴史』をちゃんと読んでくれない?」と憤然と言った。

 

「君がロックハートを優先せずにその本を持ってきてくれてたら読んだと思うよ、たぶんね」

 

 

 

 

 

今週末だ、とハリーが言った。「今週末に秘密の部屋に入ろう。レン、君、入り方はわかる?」

 

「たぶんね。たぶんパーセルタングを使えばいいのよ」

「パーセルタング? なんで言い切れるんだい? なんかいろいろ罠とかあるんじゃないか?」

 

ハーマイオニー、と蓮がハーマイオニーに説明を丸投げした。

 

「『ホグワーツの歴史』にちゃんと書いてあります! サラザール・スリザリンはパーセルマウスだったの。それを誇っていたわ。だからスリザリンの紋章は蛇でしょう? スリザリンの継承者の証ならばパーセルタングで十分だと考えたんじゃないかしら。去年みたいな罠をくぐり抜ける必要ないし、それって美しくないもの。スマートにスリザリンの継承者だけが通過出来る仕掛けならばパーセルタングを鍵にすればいいじゃない」

「レンだってパーセルマウスだ。レン、君、スリザリンの曽曽曽曽曽孫かい?」

 

ロンの肩をバシッと叩いてハーマイオニーが言った。「レンのパーセルマウスは、日本由来よ。サラザール・スリザリンの時代、イギリス人は日本を発見してもいなかったわ!」

 

「じゃ、ハリーはどうやってパーセルマウスになったんだよ?」

「ロン、サラザール・スリザリンは1000年前の人よ。その時代に『魔法力を示す若者を集め』始めたの。当時はたまたまパーセルマウスとして知られていたのがスリザリンだっただけという可能性は高いわ。遺伝的に僅かな一定割合で生まれるものだと考えたほうが自然じゃない? スリザリンの時代はまだそんな知識がない時代だったから、パーセルマウスが自分の魔法使いとしての優越を示すものだと思い込んで、秘密の部屋の鍵にしたんだと思うわ」

 

「ハーマイオニー」ハリーが微かに震える声で「だったら50年前だけじゃなくてもっと前に開けた人がいたんじゃ・・・」と尋ねた。

 

「スリザリン寮に入った野心的なパーセルマウスならばね。それ以外の寮の生徒がスリザリンの継承者だと主張する動機がないわ」

「『ホグワーツの歴史』もまだ印刷所に届いてなかっただろうからな」

 

 

 

 

 

その週、3月の2回目の金曜日に、理事会の過半数の支持を受けて、ルビウス・ハグリッドが魔法省に拘束された。



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閑話7 3月定例理事会

午前中をロンドンの事務所でクライアントと過ごしていた。飼っている猫が隣の花壇を荒らしたとして訴えられている初老の紳士は、怜にハグリッドを思い出させる。

紳士の猫はお世辞にも行儀が良いとは言えないし、人相ならぬ猫相も良いとは言えない。平たく言えば、ちっともかわいくない。しかし、紳士にとってその猫は「ちっちゃなちっちゃなキティ」なのだ。

紳士に法廷での徹底抗戦ではなく、然るべき示談金で解決するよう説得しながら、内心で「顧問先の歯医者が親知らずと間違えて患者の奥歯を2本ぐらい抜かないものか」とさえ思った。グレンジャー・デンタル・クリニック以外で。

ハグリッドのペット事件の数々を想起させるクライアントは、いつもなら無駄に金を落としてくれる上客だが、今日ばかりは不吉に過ぎた。

 

午後にはホグワーツの3月定例理事会が開かれる。

いつもなら、退屈このうえない定例理事会には絶対に出席しないのだが、近頃何かと不穏なホグワーツでは、そろそろハグリッドが槍玉に上げられる頃合だ。

 

ハグリッドに傷が付けば、ハグリッドを重用するダンブルドアを引きずり下ろす手掛かりが出来るとルシウス・マルフォイがせっせと暗躍しているのが目に見えるようだ。

 

 

 

 

 

ルシウス・マルフォイにとってダンブルドアは目の上のたんこぶだ。

 

ヴォルデモートの失脚の後、マルフォイは、ありがちな申し立てを行なった。服従の呪文により操られていた、と。

もちろん、それを信じる者はいなかったが、肝心のヴォルデモートがいなくなったならば、あえてマルフォイをアズカバンにぶち込むよりも、マルフォイから袖の下を引き出すほうを選ぶ者は少なくなかった。

ヴォルデモートの下で、様々な人々を脅し、支配の美酒を一口二口と味わったマルフォイは、金を使い、脅しをかけ、やはり様々な人々を配下に置こうとしている。ヴォルデモートなどおそらく関係無しに、あれはそういう男だ。

 

しかし、ダンブルドアへの信頼が厚い状況では、マルフォイの思うままに便宜を図る人間ばかりではない。力弱くも実直な人々にとってダンブルドアは大きな砦であり続けている。「ミスタ・マルフォイ、これを受け取るわけにはまいりません。私は職務に忠実でありたいので」と言うのに勇気を振り絞る人々の心の支えがダンブルドアなのだ。

 

だから、マルフォイはハグリッドとダンブルドアを度々攻撃する。

ハグリッドへの訴えの多くは、被害らしき被害のない、いわば希少な(ある意味では危険な)魔法生物への偏見によるものだ。怜がその全てのケースでハグリッドを無罪放免にしてこられたのは、怜の法律家としての能力以前の問題だ。マグル界ならば、そのような訴えは、立件すらされなかっただろう。物証が何もないのだから。

 

だが今回ばかりはわけが違う。

僅か50年前の事件当時ホグワーツに在籍していた人々が、今は孫たちをホグワーツに通わせている。

「秘密の部屋が開かれ、マグル生まれの少女が1人殺され、ハグリッドが退学処分になった」ことを直接知る人々が生徒の家族にはまだ大勢いるのだ。偏見だろうと何だろうと、孫の安全のためならばマルフォイの提案するハグリッドの排除ぐらい躊躇わない、そういう世代はまだ死んでいない。

 

まったく反吐が出る、と怜は思う。

 

怜自身も、またその両親も、あるいは夫の両親も、子供の安全を望まないわけではないが、誰かを排除することで得られる安全は単なる現実逃避に過ぎないことを知っている。一見孫を溺愛するだけに見えるクロエでさえ、かつて呪い破りとして、古来の忌まわしい魔術を解析してきた経験を持つ。闇祓いも呪い破りも、無論法律家も、現実を直視することにかけてはプロフェッショナルだ。

 

ハグリッドを排除することは、仮初めの安心のために人様を犠牲にする最も卑劣な現実逃避に過ぎない。

 

 

 

 

 

「ハグリッド」

 

マグルのロンドンからホグズミードに直接姿現しをしてホグワーツに来たので、マグルのスーツ姿だ。そもそも怜は魔女のローブが好きではない。あの仰々しさが性に合わない。学生時代のローブは制服なので受け入れられるものに過ぎないのだ。イートンやハーロウの学生がスワロウテイルにカンカン帽で生きられるのと同じだ。

 

ただその姿は、ハグリッドの小屋では浮き過ぎる。

 

「よう」

 

今日の理事会の成り行きを彼なりに予想しているのか、ハグリッドの表情は冴えない。

 

「おまえさんが理事会に来るなんざ、やっぱりアレだろうな」

「たぶんね」

「秘密の部屋が開かれたっちゅう時から覚悟はしてたからよ、俺あ、ひとまず森を出なくちゃなんねえ」

「なんねえかどうかは別にして、あなたの希望は?」

 

ハグリッドはマグカップに熱くて濃い紅茶を注ぎながら、髭もじゃの顔で苦笑いをした。

 

「ただのハグリッドとしては、森にいてえけんどな、これでも不死鳥の騎士団のつもりでいっからよ。ダンブルドアの邪魔になっちゃなんねえと思っちょる」

「わたくし、理事会でひと暴れしても良いのよ?」

 

ハグリッドは「はっは」と笑いながら首を振った。

 

「おまえさんがひと暴れしたんじゃ、マルフォイもカッコがつかねくなっからよ。たまにゃ花持たせてやれや。法廷じゃまた被告側証人をやってくれるんだろ?」

「わたくしをタダでこき使うのはあなたぐらいよ」

 

熱くて濃い紅茶を飲んで、怜は溜息をつく。

 

「俺あ、いつも肝心なときに蓮やハリーの傍におってやれんのが悔しい」

「ハグリッド?」

「ダンブルドアの足を引っ張るのもな」

 

ハグリッド、と怜は毅然として言った。「あなたが足を引っ張ると、ダンブルドアがもしそう考える男だと思うならば、ダンブルドアを見限りなさい。あなたに楽しく暮らせる森を用意するぐらい、イギリスでも日本でも簡単なことよ。いいこと? あなたがここの森番であることは極めて重要なことなの。滅多に褒めないから聞きなさい。あなたがいなかったら森はどうなっていたと思う? アレがこの森に余計な手出しが出来ないのは、あなたがここにいるからなのよ。ダンブルドアがホグワーツを守るように、あなたは森を守っているわ。違って? 腐れマルフォイは何を守っているかしら? 大事な大事な家名とやらさえ守れていないじゃない。マルフォイ家はアレの配下でありながらアズカバン行きから逃げたと、誰でも知っているわ。マルフォイ家は尊敬を集めているのではない、便宜を金で買っているの。その違いがわからない大バカ者よ」

 

ハグリッドが「おまえさん、あんまりハッキリ言ってやるんじゃねえぞ」と笑いながら言った。「マルフォイ家の者はそういう生き方しか知らねえんだ」

 

昼食時間の終わりを告げる鐘が鳴った。

 

「そろそろ茶番の時間だわ」

「おう」

「マルフォイが意気揚々とあなたを連行しに来るつもりならば、わたくしは法律家として同行しますからね」

「頼まあ」

 

 

 

 

 

「然るに、過去に類似の事件で罪に問われた森番のルビウス・ハグリッドを魔法省で尋問すべきでしょうな」

 

緑色のベルベット張りの肘掛椅子にふんぞり返って得意満面の笑みを浮かべたルシウス・マルフォイが理事たちを見回す。

誰も顔を上げない。最初から結論は決まっているのだから。マルフォイの演説を聞く必要もないらしい。

 

怜は自分の濃紺のベルベット張りの肘掛椅子で膝を組んだ。

 

理事会の円卓の席には12の椅子があり、理事それぞれの出身寮の色のベルベットが張られる。ハッフルパフの黄色は滅多にないので、義父が理事だった頃はさぞ目立っただろうと思う。

ハッフルパフのカナリアイエローの明るさがこの腐敗した魔法界には必要だ。どうも緑と濃紺の椅子が多いと陰鬱な雰囲気になってしまう。グリフィンドールの深紅は、あれは闘牛士の振る布のようなものだから、会議が乱闘で終わりかねない。

 

グリフィンドールの男は悪い男ではないが、と怜は意識を遠くに飛ばした。まあ悪い男だと言えるはずもない。死んだ夫はグリフィンドールの出身だ。ともかくグリフィンドールの男は悪い男ではないのだが、行動してから思考するという始末に負えない悪癖がある。順番が逆だ。

 

グリフィンドールの女性陣はまだ比較的マシなほうだと思っていたが、我が娘たちの行ないを見るに中身に大した違いはないのかもしれない。決闘クラブでレスリングを始めるハーマイオニーも、それを助けるのにボクシングを始める馬鹿娘も。

しかも馬鹿娘ときたら、どこからかリドルのホークラックスを拾ってきたと言う。クロエの孫であり、柊子の孫だから、闇の魔術に染まった品をそれと識別できるのは当然だし、ホークラックスについて詳しく教えないままに「バックアップがある」という比喩で説明したことならある。

しかし、誰が拾ってこいと言った?

 

ーーわたくしは、ホークラックスを探して発見してから、あらかじめ覚えておいた悪霊の火で焼いたのよ

 

悪霊の火なんか教えていないし、教える気もまだない。成人が近づいたならともかく、決闘クラブでボクシングを始める馬鹿娘にはまだまだ教えるわけにはいかない。

 

ーーホークラックスを取り扱うのは100年早いわ、あの馬鹿娘!

 

塩漬けにした、とウェンディを通じて連絡が来たのでひとまず安心しているが、サマーホリデイには自分が取り上げて破壊しなければならないだろう。

 

ーーいやだわあ、アレ。ホントに不愉快な目に遭うのよね

 

作った人間の質が知れるというものだ。

 

そこまで考えたとき、ルシウス・マルフォイの不快な声が耳に入った。

 

「レディ・ウィンストン、ご意見を拝聴する。あなたはルビウス・ハグリッドを法廷で擁護するのがご趣味だ」

「あら、わたくしの趣味にご関心が?」

「・・・大してない」

「ルビウス・ハグリッドを法廷で被告側証人として擁護する機会が多いのは事実ですわ。趣味ではなく仕事としてね。ですから、理事会の席上で理事のお歴々の過ちを撃ち抜いて回ることはいたしません」

「法廷ではすると?」

 

眉を上げて「仕事ですもの」と笑いながら言った。「例えばこの理事会には、逮捕権がないことだとか、捜査権もなく、したがって何ら物証のないままにハグリッドを休職させ、猫の手も借りたいほどお忙しい魔法省にそれらの証拠固めを丸投げしたことだとか、そうしたことを指摘するのは、魔法界でもマグル界でもわたくしの仕事よ」

 

「得意そうにしているところ申し訳ないが、魔法大臣からはハグリッドをお引き受けいただくとのお言葉をいただいている」

「高かったでしょう? ファッジ大臣がダンブルドアに反抗するんですもの、ちょっとやそっとのガリオンでは頷けないわ」

「私の名誉をいたずらに傷つけるのはやめていただきたい」

「失礼。まだ名誉が残っていたとは存じませんで。さ、皆様お忙しい方ですもの。結論ありきの会議なんてサッサと済ませません? わたくし、このあとも仕事が控えていますの。無職のマルフォイと違って」

 

冷たい色の瞳がギラと光り「ハグリッドも哀れだな、専属法律家からも見捨てられたらしい」と口元だけで笑った。

 

 

 

 

 

コーネリウス・ファッジが、ダンブルドアの視線を気にしながら、つっかえつっかえハグリッドを連行する旨を告げる。

 

それを確かめて怜はノックもせずに小屋に入った。

 

「失礼、大臣。魔法法執行部での執務のご経験のない大臣にこんな使い走りをさせるなんて、どこの馬鹿の仕業かしら」

「れ・・・レディ・ウィンストン!」

「大臣。ルビウス・ハグリッド氏の権利を読み上げる手順を省略なさってはいけませんわ。法律上のアドバイザーの同席を求め、アドバイザーの同席無しには尋問に応じないと主張する権利を無視した尋問は、内容の如何に関わらず不当な訴えとして却下する理由になりますのよ」

 

なぜここに、とコーネリウス・ファッジが呟いた。「君は仕事に戻るとマル」

 

「これ、仕事ではありませんかしら? ルビウス・ハグリッド氏は、誤解されがちな経歴をお持ちですから、秘密の部屋の事件が起きたときから、法律上の相談を受けておりましたの。わたくしがたまたま理事会でホグワーツにおりまして幸運でしたわね、大臣。わたくし抜きで連行してアズカバンの待機房にぶち込んでいたら、賠償額が跳ね上がりましたわ」

 

さて、と言いながら怜は準備しておいたガリオン金貨の袋をファッジに握らせた。「お確かめください。ルビウス・ハグリッド氏の保釈保証金です。このまま、わたくしのコーンウォールの邸で裁判までの期間を待機させます。また、秘密の部屋に関してはトム・マールヴォロ・リドルの関与が疑われますので、監視のために、コーンウォールの邸に闇祓い局からキングズリー・シャックルボルトを配置してもらうことになっています」

「い、いや、いや。そこまでの手間はかからぬよ。少し話を聞いて、事件が落ち着くまで、そのぅ・・・アレだ・・・ナニに・・・」

 

大臣、と怜は微笑んだ。「どさくさにまぎれてアズカバンに収監させないために保釈の制度があることは、当然ご存知ですわね?」

 

「君、それは、ヒトたる魔法族にのみ」

「ヒトたる魔法族と認められてルビウス・ハグリッド氏はホグワーツに入学した経歴がございますわ。また、ヒトたる魔法族として遵守すべきアクロマンチュラ実験飼育禁止法違反のペナルティを未成年ながら受け入れ、その後、アクロマンチュラ飼育資格を取得しております。これでもルビウス・ハグリッド氏はヒトたる魔法族ではないと? ヒトたる魔法族だからこそペナルティがあり、同時に権利があるのです。恣意的にそれを操作していては秩序が維持されません。大臣とは、秩序の上に立つお立場ですもの。法的秩序の重要性はご理解いただけますわね?」

 

ファッジは自信なげに頷きかけ「マルフォイが何というか」と呟いた。

 

「大臣。ルシウス・マルフォイ氏は、単なる一個人ですわね? 一個人の高潔極まりないご意見に左右されるようでは、魔法界は法治社会とは申せません。大臣職は、高潔かつ高名な一族の当主個人によって成るものではなく、法治社会の頂点にあるのです。大臣が優先なさるべきは、腐れマルフォイの指示ではなく法律です」

「怜、最後のほうの言葉は慎むべきじゃな」

「あら、ダンブルドア、失礼いたしましたわ。つい本音が」

 

 

 

 

 

 

「済まねえ、怜」

 

コーンウォールの邸の中は落ち着かないというので、食事を済ませると、庭の奥の森番小屋にハグリッドとキングズリーを案内した。

 

「キングズリー、本当にここでいいの?」

「構わない。私は一応ハグリッドの監視だからね。本音を言えば、ハグリッドと久しぶりに飲みたいだけだが」

 

ハグリッドは森番小屋の中の広いほうの部屋をキングズリーに使わせたがったが、キングズリーが「ハグリッド、君のほうが大きいんだよ」と指摘すると「済まねえなあ」と呟いた。

 

「済まねえ済まねえって、さっきから何を言ってるの?」

「だっておめえ、今までこんなこたあしなかったじゃねえか。保釈保証金払ってホグワーツの森に帰してただろ?」

「あなたはしばらくホグワーツにいちゃいけないからよ」

 

んでもよお、とハグリッドがぐずぐず言う。

 

「ハグリッド、これは今までのあなたのペット事件とは違うの」

「ホグワーツが危ねえっちゅうなら、生徒たちを連れて帰れるようにしたほうが」

「ルシウス・マルフォイは、あと何人かマグル生まれの被害者が出たほうが嬉しいでしょうよ。だから、学校の閉鎖は自分からは言い出さないはず」

 

相手は怪物だぞ? とハグリッドが怪訝な顔をした。「純血を避けて通るとは限らねえってのに。あいつぁ、息子が心配じゃねえんかい」

 

「スリザリンの用意した怪物なんだから、純血を避けて通ると思っているのよ」

 

馬鹿か、とハグリッドが口を開けた。

 

「あいつが馬鹿なのは今に始まったことじゃないわ」

 

それは多くの保護者も同じことだ、とキングズリーが静かに言った。

 

「純血の子供が被害に遭って初めてわかるんだよ。怪物にとっては、自分以外は全て獲物に過ぎないことがね。逆に言えば、自分以外を食い潰す者こそが怪物なのだ」



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第16章 突撃、秘密の部屋

学校備品の箒置き場から箒を2本くすねて、ハリーとロンがマートルのトイレに到着した。

 

「お待たせ。入り口の場所はわかったかい?」

 

蓮でもハーマイオニーでもなく、マートルが「ここよ!」と古い洗面台を指差した。

 

「わたしはいつもあの洗面台を使っていたわ。後ろで物音が聞こえて振り向いたら・・・死んだの」

 

確かに、とハーマイオニーは頷く。「この洗面台の蛇口だけ水が出ないものね」

 

黙って蛇口を調べていた蓮が「目印もあるわ」と指差した。「この蛇に向かって喋ればいいのよ、きっと」

 

「ハイ元気? とか?」

「サラザール・スリザリンらしく」

 

命令するんだよ、とハリーがロンの肩を叩いた。

 

「僕が?」

「僕はブラジル産ニシキヘビのアミーゴだ。バジリスクのアミーゴじゃない」

 

どっちでもいいから急いでね、と言いながら蓮がロンから箒を取り上げてまたがり、ハーマイオニーを後ろに乗せた。

 

「選択の余地なく僕が命令するんだね」

 

ハリーは溜息をついて箒にまたがり、蛇口に身を屈めた。

 

 

 

 

 

 

「でっけ」ロンが脱皮した皮をつつきながら「マジで化け物みたいな蛇だなあ」と呟く。

ハリーは蓮から箒を受け取り、蓮はスカートのポケットから家紋のついた和紙を取り出した。

 

「それは?」

「日本の魔女の技ね。たぶん祖母はこれで鷹を作ってバジリスクの目を潰したはず」

 

ふうっと息を吹きかけると、鷹の羽の家紋を透かしに入れた真っ白な和紙から、鳥が形作られ、しゅるんと色がついた。

 

蓮が力強く杖を振り「いけ!」と短く命令する。

 

4人は巨大な土管の中から、鷹が巣穴に攻撃を仕掛けるのをチラチラと覗き見た。

 

「目だったらいいんだけど」

 

ハーマイオニーが呟いた。最後まで突撃に反対したのはハーマイオニーだ。「石化効果が邪眼ではなくブレスだったらどうするの!」と。

そうしたら振り向かずに逃げるのさ、とロンがいい、ハリーと蓮に箒を使えと主張した。

ハリーも蓮も、大事な箒を危険にさらしたくはないので、学校の備品の箒で妥協することになった。

 

「こんな穴だらけの計画なんて!」

 

何度もハーマイオニーはぼやいたが、ハグリッドが連行されたことを知り、やっとゴーサインを出したのだった。

 

巣穴から鷹が飛び出してきた。

 

「きた」

 

しかし、鷹は巣穴の入り口の石像の口の前でぼっと燃え上がる。

 

「レン!」

 

大丈夫、と言いながら蓮がハリーから箒を取り上げた。

 

「ハリーたちも乗って。目は潰したわ!」

 

ハーマイオニーを後ろに乗せて飛び出していく。

 

ハリーとロンは顔を見合わせた。「目は?」

 

 

 

 

石像の中でズルズルと這いずる音がするが、ハリーは具合悪そうに目を閉じている。

 

「ハリー?」

 

呼びかけるハーマイオニーに蓮が「蛇の悲鳴が聞こえているだけ」と説明した。

 

「蛇は何て?」

「わたくしたちを殺してやる、だそうよ」

「牙でね」

 

石像の口を左右から挟む位置に浮いたまま、4人は杖を構えた。

 

「来る!」

 

ハリーが叫んだ瞬間、ドゴっという鈍い音と共に石像を破壊して大蛇が出現した。

 

 

 

 

 

ちょっとだけうっかりしていた、とハーマイオニーを乗せた箒で地下水路を縦横に飛び回りながら反省した。

 

過去のバジリスク退治において4人からの失神呪文で倒せなかったのは、900歳以上の蛇だったからだ。たかが50歳の蛇なら、同じ4人からの失神呪文を同時に集中させれば倒せないこともないだろう、と。

ロンもそれに賛成した。ドラゴンを捕獲するときにはドラゴンキーパーもだいたい4人でドラゴンを失神させるそうだ。

 

ーードラゴンキーパー4人や6年生4人の手慣れた失神呪文の威力と、2年生4人が慌てて覚えた失神呪文の威力差を考えていなかった

 

ドゴっ、ドゴっ、とあちこちの壁を破壊しながら大蛇が鎌首をもたげて滑ってくる。

 

「・・・とりあえずブレス攻撃はなさそう」

「だったらなによ!」

 

ハーマイオニーが叫んだ。

まったくだ。

邪眼もブレスも必要ない。このままでは物理的に殺されかねない。石化とどちらが良いか選ぶまでもない。

 

「レン! 僕らが引き付けるから、君たちはあの部屋に待機して、威力の高い魔法を撃ち込んでくれないか?」

 

ロンが叫んだ。

 

「僕とロン、より! 君たち2人のほうがたくさんの呪文知ってる、だろ!」

 

箒を操りながら、ハリーも叫ぶ。

 

「わかった!」

 

怒鳴り返した蓮は、速度を上げて秘密の部屋に続く水の回廊の中を飛んだ。

 

「レン?」

「広間になってる場所で箒から降りましょう!」

「わかったわ!」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーを振り落とした箒を投げ出し、蓮は壊れかけた石像によじ登った。

 

こうなったら何でもいいから強力な魔法を撃ち込み続けるしかない。

 

ハーマイオニーは滑空して下りてきた土管近くの水路に杖を突っ込んで呪文を唱え始めた。

 

ビュンっと、ハリーたちの乗った箒が飛び出してくる。ロンが転がり落ちたが、蓮が乗り捨てた箒に素早くまたがった。

 

「飛べ! ロン!」

 

ハリーが失神呪文を唱えて時間を稼ぐ。

 

「コンフリンゴ!」

 

蓮が叫んだ爆破呪文は、大蛇の鱗をちょっぴり焦がした。

 

「・・・マジ?」

 

さすがに血の気が引いた。

 

「レン! 爆破呪文はあとよ!」

 

ハーマイオニーの声に振り向けば、ハーマイオニーの杖先から水路が凍り始めている。

 

「ハーマイオニー、バジリスクに冷気は効かな」

「アレはバジリスクじゃないわ! 雄鶏が『あたためた』蛇なの!」

 

 

 

 

 

交互に大蛇の前に出ながら、ハリーとロンは何周も水の回廊を飛び続けた。

 

「さすがに、疲れて、きた、かな」

「僕らも、な」

 

だが、スピードを落として喰われるのは勘弁だ。

 

2人がそう思ったとき、ハーマイオニーの声が聞こえた。

 

「2人とも、どいて!」

 

反射的に左右の壁に分かれてスピードを上げると、蓮が杖先を背後の大蛇に向けているのが見えた。

 

すべてがスローモーションに変わったかと錯覚したが、スローモーションなのは蛇だけだ。

 

「コンフリンゴ!」

 

蓮が叫んだ爆破呪文は、ハリーとロンを狙って大口を開けた大蛇の口の中で炸裂したのだった。

 

「助かった」

 

ロンが、ポテ、と箒から転がり落ちた。

 

 

 

 

 

ダンブルドアとマクゴナガル先生が秘密の部屋に入って、数十分が経過した。

 

フォークスに捕まって洗面台下の穴から飛び出してきたダンブルドアが「見事じゃ」と青い瞳を煌めかせた。

 

「して、あの蛇の正体を誰か知っておったのかね?」

 

全員が首を振るのを見て、マクゴナガル先生の眉がピクリと動いた。

 

「・・・知らずに飛び込んだと?」

 

そこになおりなさい、とマクゴナガル先生が言うのをダンブルドアが遮った。

 

「知るはずがないのじゃよ、ミネルヴァ」

「ダンブルドア?」

「あれは、リドルが作り出した蛇じゃ」

 

おそらくは毒蛇の卵からのう、とダンブルドアが髭を撫でた。

 

蓮がぽかんと口を開ける。「雌鶏の卵を雄鶏がバジリスクの巣穴で孵化させたのではないのですか?」

 

「それももちろん試したじゃろうな。肝心なのは雄鶏が抱卵することと、バジリスクの魔力の影響を受けることじゃ。ならば、蛇の卵のほうが良いと判断したと儂は想像する。君たちが倒した蛇は、ラブドフィス、つまりヤマカガシの特徴をいくつも持っておる。鶏に似たところがあまりにも無さ過ぎる」

 

例えば、とダンブルドアがハーマイオニーの肩に手を置いた。「ミス・グレンジャーの考案した、水温を下げて蛇の動きを鈍らせる手段じゃが、鶏生まれの蛇ならば体温を一定に保つことができるゆえ、意味を成さぬ。変温動物の蛇じゃから効いた手段じゃな」

ハーマイオニーは、こくりと頷いた。

「あるいは、強靭な鱗もラブドフィス属の蛇の特徴じゃ。頭頂部に盛り上がるように鱗が膨れる。これが鶏冠に似ているゆえ、コカトリスやバジリコックの幻想の元となったと言われる。のう? バジリスクを作り出すために、バジリコックに似たラブドフィスの卵を利用したのじゃと儂は考える」とダンブルドアが説明した。

 

「ともあれ、君たちは見事に秘密の部屋の怪物を倒した。まだいくつか問題が残っておるが、学年の終わりまでにはホグワーツ特別功労賞を授与しようぞ」

 

ハリーとロンが慌てて首を振る。「僕たち、その、僕とロンは要りません! ハグリッドをハメた奴と同じ賞なんて。でも、ハグリッドが無実だってわかったんだから、だから、ハグリッドを返してください!」

 

無論じゃ、とダンブルドアは重々しく頷いた。

 

「じゃが、済まぬが、すぐのことにはならぬ。いろいろ面倒な手続きが必要じゃ。その手続きの大半は、ミス・ウィンストンの御母上が手がけてくれることになっておる。儂からも、この大蛇について口添えすることが出来る」

「わたくしも、特別功労賞はご遠慮します」

 

蓮は、じりじりとハーマイオニーの後ろに移動しながら言った。

 

「そ、その。校則を粉々に破りましたので、それと相殺にしていただけるほうが嬉しいですわ」

「わたしもです」

 

蓮とハーマイオニーは、マクゴナガル先生の視線に怯えていた。

 

「ミネルヴァ」

 

ダンブルドアが溜息をついた。

 

「そう睨むでない。君たちと同じことをしただけじゃ」

「わたくしたちは2年生ではなく6年生でしたのよ、ダンブルドア! それに学校の備品を勝手に持ち出したわけでもありません! この馬鹿娘たちは、失神呪文と爆破呪文と氷結呪文しか使えない分際で」

「2年生がそれだけ使えれば充分じゃろう」

「バジリスクには充分ではありません!」

「ヤマカガシじゃ! ちょびっと巨大で悪い癖があるが」

 

ダンブルドアは肩を竦め「ミス・グレンジャー、ミス・ウィンストン、胸を張るが良い。君たちは何もヘマはしておらぬ。マクゴナガル先生は、50年経ってやっと当時の儂の心境がわかったものじゃから、君たちにいささか腹を立てておるのじゃ」と笑った。

 

 

 

 

 

談話室のソファや床に伸びてぐうぐう眠ってしまった4人にアンジェリーナやパーバティが毛布をかけた。

 

「大丈夫かな」

 

ハリーとロンの頭の下に枕を押し込みながらネビルが顔を曇らせた。

 

「毒蛇の毒で眠ったんじゃ」

「ネビル、心配いらないわ」

 

アンジェリーナが笑いながら、ジニーの肩を抱いて女子寮への階段に足をかけた。

 

「怒り狂った大蛇から、オンボロ箒で逃げ回ったり、地下水路の水全部をいっぺんに凍らせるなんて無茶な真似を2年生がやれば、くたびれ果てるのが当然よ」

 

ジニーはその腕の下から、4人を見て「ありがとう」と呟いた。もう自分は誰のことも傷つけないのだ、と思って。



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第17章 燃やしてやったぜ

春の嵐の中を、クィディッチピッチでは深紅の渦巻が8個飛び回っている。

 

ジニーはクィディッチの練習を見に来るようになった。

 

「ジニーはクィディッチチームに入りたいんだぜ」

 

練習が終わり芝生を歩きながら、フレッドが誇らしいような、生意気にと言いたいような複雑な諦め顔で、アンジェリーナと蓮に教えた。

 

「チェイサー志望だとよ」

「歓迎よ」

 

顔の滴を拭いながら、アンジェリーナが言う。

 

「レンももうわかるでしょう?」

「ええ。スリザリンの試合、アンジェリーナたちが前半で温存してくれてたから、後半まで保ったけれど、チェイサーが増えれば、交代しながら総力戦が出来る。グリフィンドールのチェイサーのプレイスタイルなら、交代要員が多いほうが完成形に近づくと思うわ」

「ジニーは手足が長いから、レンと同じフロントプレイヤーに育つと思うのよね」

 

そんなもんかね、とフレッドが鼻を鳴らした。「俺は卒業するまでビーター・クラブは誰にも渡さないけどな」

 

「馬鹿ね。あとのことも考えなさいよ。ねえ、レン?」

 

蓮は苦笑して「フレッドとジョージは人間ブラッジャーなんでしょう? 次の人材に困りそうね」と答えた。

 

とにかくジニーが明るくなったのは良いことだ、と蓮は思った。

日記帳は塩漬けの封印のままだが、秘密の部屋の蛇を始末したあと、ジニーを説得することが出来た。学年が終わるまでジニーが保管し、ホグワーツ特急の中で同じコンパートメントから荷物を運び出す。そのときに塩漬けのまま、蓮が持ち帰る。

 

そうすれば万事オーケーだ。専門家の手にポイだ。

 

 

 

 

 

もちろん、そんな楽観的な期待をしたのは間違いだったのだが。

 

 

 

 

 

楽観的なのは、蓮だけではなかった。

 

グリフィンドールチームの2戦目の朝のオリバー・ウッドも、だ。

 

いつもの演説は、チームメンバーだけでなく、グリフィンドール生全員に聞かせるために、談話室で行われた。

 

「今年のグリフィンドールチームが最高のチームであることは、もはや誰にも否定出来ない」

 

そんな言葉から演説は始まった。

 

「スリザリン戦を思い出せ! 我々は完璧な試合をした。狂ったブラッジャーに負けないビーターがいた、チェイサーはシーカーと同じだけの得点を挙げた。そしてシーカーは骨折しながらもスニッチを掴んだ。これこそがクィディッチだ! そうだろう、諸君!」

 

自分の言葉に恍惚とするウッドに、アンジェリーナが極めて冷静に「更衣室じゃないのよ、オリバー。そろそろ移動しなきゃ」と声を掛ける。

 

メンバーが箒を担いで談話室を出ていく。

 

蓮は、チェイサーグローブを握ったまま、プロテクターを装着するジョージの箒を持って待った。

 

「ジョージ、彼女が応援に来るといいわね」

「彼女? 誰?」

 

蓮は呆れて「ダフネ・グリーングラスよ」と答えた。

 

「グリーングラス? なんでだい?」

「バレンタインカード、大事にするって言ってたじゃない」

 

誰がするか、とジョージは立ち上がり、蓮の手から箒を取った。

 

「え?」

「あんなカードなんかな、悪霊の火で燃やしてやったぜ」

「悪霊の火?」

 

肖像画の扉を蓮のために開けてやりながら「バジリスクの毒並みに強力な火さ。どんな忌々しいクソったれのカードも一発で消えてなくなる。しかも手軽だ。呪文ひとつでオーケー」と説明する。

 

「呪文?」

「インセンディオ」

 

ジョージが肖像画の扉を閉めると、蓮が「ただの火でしょう」と笑った。

 

「消えちまえ! という気合が大事なんだ」

「そこまで嫌わなくても」

「君は、興味ない野郎から送り込まれた小人を半殺しにしたじゃないか」

「あの小人を使うセンスが許し難かったの」

 

だろうな、とジョージは笑い「知ってるか?」と階段を下りながら切り出した。

 

「何を?」

「君が玄関ホールのシャンデリアに吊るして、ぶん回した小人はマルフォイからだ」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「どうして知ってるの?」

「あのとき、何かの薬を君に飲ませようとしてたんだろ?」

「そうね、たぶん。あんな得体の知れない小人が持ってくる液体はろくな物じゃないと思う」

「愛の妙薬さ。ハリーとロンの乱闘相手は、それをかぶってたもんだから、あの日、マルフォイのすぐ近くのハッフルパフ席で昼飯食ったんだ。いじらしいだろ? それで、マルフォイが例のごとく、スリザリンのテーブルで、父上父上言ってる話を聞いて、さらにいじらしくもハリーとロンの耳に入るような声でその話を広めたってわけだ」

 

蓮は「わたくしには、マルフォイを3回殺す権利ぐらいあると思う」と呟いた。

 

そのときだった。

 

「レン! すぐに来て!」

 

階段の上からパーバティの怒声が聞こえ、蓮は足を止めた。

 

「行けよ。君の出番は、今日は後攻だろ? オリバーには言っとくから」

「お願い」

 

蓮は箒を担いだまま、階段を2段飛ばしに駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

肖像画の穴を潜るとパーバティが駆け寄ってきた。小声で「ジニーだったの、日記。誰にもわからないほうがいいと思って」と囁く。

 

蓮は頷き「わたくしが行くわ。みんなをピッチに連れ出して」と囁き返した。

 

パーバティが「さあ、応援に行くわよ!」と談話室でたむろするグリフィンドール生に呼びかけるのを背に、蓮は階段を駆け上がる。

 

ジニーたちの部屋は女子寮の一番上にある。

 

「ジニー、やめて!」

 

ハーマイオニーの声に蓮は顔色を変えた。

 

「悪霊の火なんて、使っちゃダメ!」

「でもハーマイオニー! これも早くなくなるべきだわ。ジョージがバジリスクの毒と同じ強さを持つ火だって!」

 

ジニーの部屋に飛び込んだ蓮は、塩を払われた日記帳を見て、ローブから杖を抜いた。

 

「レン!」

「ジニー、ジョージは悪いジョークを言っただけ。悪霊の火なんか使ってないわ。お願い、それを元通りにして」

「でも、レン!」

 

ジニー、と蓮は声を低めた。「約束したでしょう? それは専門家に渡す」

 

「インセンディオだけでいいのよ?」

「それはただの火を起こす呪文よ」

「だってフルーパウダーにも使うの。ただの火じゃないわ」

「フルーパウダー? 煙突飛行の時? そんなときに使う火が悪霊の火なわけないでしょう? お願い、ジニー」

 

ゆっくりとジニーとの距離を詰めようとした時、ジニーがガクン、と揺れた。

 

「・・・じ、ジニー?」

 

ハーマイオニーの声にも反応しない。

 

「ジニー」

 

ジニーが顔を上げたとき、蓮もハーマイオニーも息を飲んだ。

 

「『穢れた血』と『血を裏切る者』か。ちょうどいい」

 

 

 

 

 

〈ジニー〉は、自分の本体をローブに仕舞い、杖を出した。

 

「ジニー」

「ハーマイオニー、あれはジニーじゃないわ」

 

パーバティのときは、蓮の側に塩があり、リドルの不意を突くことが出来たが、今塩の側にいるのは〈ジニー〉のほうだ。

 

いくつもの攻撃呪文を思い浮かべるが、どれもジニーの体を傷つけてしまう。

 

蓮の躊躇になど頓着せずに〈ジニー〉は杖を振り上げた。「クルーシオ!」

 

ハーマイオニーは短い悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。

 

「呆気ない、実に呆気ないな。所詮は『穢れた血』の小娘だ」

「ジニーの顔でそんな言葉を使わないで」

 

再び杖が振り上げられた。「インペリオ!」

 

 

 

 

 

蓮は無表情に、倒れたハーマイオニーの体を見下ろした。

 

〈ジニー〉がジニーとは違う男の声を出した。

 

「僕の指示に従え」

「もちろんですわ、マイロード」

「誓え! 僕に跪け!」

 

右手に杖を握り、それを心臓の上に当てると、優雅に跪き頭を垂れた。

 

〈ジニー〉は満足げに哄笑する。

 

やった、ついにやってやった。忌々しいあの女と同じ顔をした娘を闇の帝王の配下にしたのだ。

忠実な下僕に。

こいつは純血の中の純血だ。しかも、各国の王室の護衛魔女という選び抜かれた者だけの血を集めた、極上のホムンクルスのような体だ。

 

ーーこの娘の体を使って僕は再び実体を持つ

 

「まずは、3階の壁にスリザリンの正統なる継承者から最後の伝言だ」

 

 

 

 

 

《彼女らの白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう》




ちょっと短いですが!

明日は男子ががんばります( *`艸´)


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閑話8 秘密の部屋、再び

試合が始まったが、蓮が来ない。

 

ハーマイオニーとジニーにトラブルがあって少し遅れるとパーバティが伝言に来たけど、それにしても遅い。

 

上空でスニッチを探しながらも、ハリーは気が気ではなかった。

 

ロンも観客席でハーマイオニーの席を隣にキープしたまま、落ち着きなくキョロキョロしている。

 

そのとき、スネイプが飛び込んできて、リー・ジョーダンからマイクを奪った。

 

「試合は中止だ。生徒は全員、各自の寮に戻れ」

 

言いようのない不安がハリーを押し包んだ。

 

 

 

 

 

クィディッチユニフォームを着た選手がソファに、それ以外の生徒は床の上や階段に思い思いに座っている。

 

マクゴナガル先生が厳しい表情で現れた。

 

「先生、試合、試合は!」

 

食ってかかるウッドをフレッドとジョージが止めた。

 

「クィディッチどころではない事態が発生しました。特にグリフィンドール生には、一層の自重が必要です。あなたがたの、安全のために」

 

先生、とウッドを羽交締めにしたジョージが「ジニーとレン・・・」と言いかけて、ロンが「ハーマイオニーもだ!」と叫んだ。

 

マクゴナガル先生は溜息をつき「関係者にだけ話します。ウィーズリーども、それから・・・ポッター、ついてきなさい」と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

《彼女らの白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう》

 

 

 

 

 

 

 

3階の壁に書かれた文字を見て、ロンがへなへなとその場に手をついた。

 

「しっかりしなさい、ロン・ウィーズリー。あなたとポッターは、秘密の部屋に怪物はもういないことを知っているはずです」

「で、でもこれ・・・」

 

「ジニーとレンとハーマイオニーが秘密の部屋に連れ去られたってことですか?」とジョージが叫んだ。

 

悪い夢を見ているようだ。みんな顔色を悪くして、マクゴナガルに詰め寄ったり、その場に座り込んで頭を抱えたりしている。

 

「落ち着きなさい!」

 

マクゴナガルの一喝に、ハリーは背筋を伸ばした。

 

「これを書いたのは、おそらくウィンストンです。服従の呪文が使われたのでしょう」

 

マクゴナガルは、にやり、と笑った。

信じられない、こんなときに笑うなんて。

 

「先生!」

「落ち着きなさい! ウィンストンには、服従の呪文は効いていません」

「・・・へ?」

「ジニー・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーのために、反抗せずに服従の呪文にかかったフリをしたのですよ」

 

そう言ってマクゴナガル先生が、文字らしきものを指差した。アルファベットではない「柊」という形の何かだ。

 

「これは日本や中国で使われる文字です。カンジと言います。ルーン文字のように、力ある文字であり、一文字一文字に意味があります。服従の呪文にかかった状態では、このような文字を残すことはあり得ませんから、ウィンストンは正気だと推定出来ます」

「ど、どういう意味ですか?」

 

マクゴナガル先生は「この場合は、大した意味はないのです。これはウィンストンの祖母の名の一文字です。シュウと読みます。意味はヒイラギ。ウィンストンの祖母は、魔除けのヒイラギの力ある文字を名に持っています。あの人はいわば、歩く魔除けです。わたくしやダンブルドアならば、祖母の名に使われる文字を知っているはずだと、これを書いたのでしょうね」と説明した。

 

ハリーは自分の杖を手の中で転がした。柊は魔除けなのか、と思うと気分が落ち着いた。

 

「秘密の部屋に、再び入らねばなりません」

 

行きます、とハリーは立ち上がった。マクゴナガル先生は頷き「ロン・ウィーズリー、あなたもです。2人でお行きなさい」

 

それから、と残りのウィーズリーを見回した。「パーシー・ウィーズリー、あなたは監督生ですから、寮に戻り、生徒たちを落ち着かせなさい。フレッドとジョージ・ウィーズリーは、パーシーに協力を」

 

「俺も行きます」ジョージがきっぱりと言った。「ロンとハリーがいろいろやらかしてることは知っていますが、いつもハーマイオニーやレンがいました。2人だけでやるより、俺含め3人で行くべきです」

 

それは心強い、とハリーは思った。

ハーマイオニーや蓮のような魔法の知識が自分には足りていない。

 

「マクゴナガル先生」

 

パーシーが青白い顔を上げた。「ハリーとロンは秘密の部屋の怪物を退治したと言いましたが、他にもいたということですか?」

 

「違います。秘密の部屋の怪物を操る悪しき魂が別にいたのです。その魂を砕かねばなりません」

 

ハリーはロンと顔を見合わせた。「マクゴナガル先生」

 

「なんです」

「剣を貸してください」

「今はなりません」

「なんでですか? あれなら、その悪しき魂を破壊出来るとレンが」

 

マクゴナガル先生は頷いた。

 

「確かにそうですが、剣をひっさげて乗り込めば警戒されるでしょうからね。タイミングを見計らって組分け帽子を送ります。グリフィンドール生ならば、組分け帽子からゴドリック・グリフィンドールの剣を取り出すことができるはずです」

 

 

 

 

 

3人がそれぞれ箒に乗って秘密の部屋に降り立つと、ジニーは青白い顔で目を閉じて横たわり、仰向けの蓮に馬乗りになったハーマイオニーが勝ち誇るように哄笑していた。

 

「っ、ハーマイオニー?」

 

違う、とハリーが呟いた。「ハーマイオニーじゃない、と思う」

 

「ジニーとレンはどうしたんだ、ハーマイオニー!」

 

駆け寄るジョージは、〈ハーマイオニー〉に杖先を向けられて立ち止まった。

 

「触るな! 『血を裏切る者』よ」

「どうしちゃったんだよ、ハーマイオニー!」

「ハーマイオニーに何をした!」

 

ハリーの叫びに〈ハーマイオニー〉が「ハリー・ポッター、『生き残った男の子』か」と唇を歪めて嗤った。

 

「この体は『穢れた血』の分際で優秀だ。精神感応系の魔法に最適な体だ。見ろ、僕がこの体で開心術をしただけで、この菊池柊子の忌々しい孫は閉心に失敗して気を失ってしまった」

「ハリー、こいつハーマイオニーじゃないんだな?」

 

ジョージの言葉にハリーは頷いた。「前にハーマイオニーが話してた。レンに取り憑いてハーマイオニーを殺しかけたって。今、きっとハーマイオニーがその状態なんだ」

 

「よしわかった」と言うと、ジョージは一瞬で〈ハーマイオニー〉との距離を詰め、蹴り飛ばした。

 

「ジョージ!」

「体はハーマイオニーなんだよ!」

 

知るか、と言うとジョージは蓮を肩に担いだ。

 

「触るな! それは僕の新しい体だ!」

 

〈ハーマイオニー〉が、蓮の体から転げ落ちた衝撃で取り落とした杖を構えたとき、ロンがジョージを庇うように前に出た。

光線がロンの胸に当たると、ロンは短い悲鳴を上げて背の高い体を丸める。

 

「ロン!」

 

野郎、と叫んでジョージは蓮を肩に担いだまま、〈ハーマイオニー〉に向かって「ステューピファイ!」と叫んだが、躱された。

 

「ハリー」

 

ロンが体を丸めたまま、掠れた声を出した。「本体は、日記帳だ」

 

「アレか?」

 

ロンはその場にうずくまるように体を丸め、息を吐いた。そして頷く。「アレから出たゴーストだろ、きっと」

 

「何の話だよ」

 

蓮を担いで戻ったジョージが「あとはジニーだな」と呟いた。ハリーは蓮を真っ直ぐに寝かせた。

 

「ハリー! レンのローブの中を探せ!」

 

言いながら立ち上がったロンがジニーに向かって駆け出しては、〈ハーマイオニー〉の叫ぶ「クルーシオ!」に攻撃される。

 

 

 

 

 

「・・・何をしているのです、ギルデロイ」

 

秘密の部屋に女子生徒3人が囚われた、という情報が職員室で共有されたとき、瞬時に全員がロックハートを見て「マーリン勲章を受賞した英雄の出番ですな」と追い払ったのだ。本人は「女子生徒は私が無事に救出してみせましょう」と職員室を後にしたが、誰も信じてはいない。

マクゴナガルは組分け帽子をダンブルドアから預かり、ロックハートの部屋に様子を見に来たのだった。

 

「秘密の部屋に行くのにトランクに荷物を詰める必要はないと思いますが?」

「いや、しかし。副校長、秘密の部屋だのなんだのは雇用契約にな」

 

杖を振りロックハートを吹っ飛ばすとマクゴナガルは組分け帽子を見せた。

 

「雇用契約書になくても、危険から生徒を守ることは教師の義務ですよ、ギルデロイ。あなたが嘯くほどの多大な功績は期待していませんが、ダンブルドアのペット程度の働きはしていただきます」

 

 

 

 

 

「ほう。磔の呪文を受けても動けるか。さすが曲がりなりにも純血だな」

 

ぐ、とロンが立ち上がる。「杖がなくても、盾にぐらいは、なれる」

 

「いいぞロン!」

 

叫んでジョージがジニーに駆け寄る。弟を肉盾にする罪悪感はないらしい。

 

「もうその娘に用はない」

 

〈ハーマイオニー〉が嗤った。「僕に魔力を注ぎ過ぎて空っぽだ!」

 

「な・・・ジニーに何をした!」

「僕は何もしていない。チビのジニーの話し相手になってやっただけだ。『ハリー・ポッターが素敵、だけどハリーの周りにはハーマイオニーやレンみたいな素敵な人がいてわたしなんて見てくれない、レンみたいなチェイサーになりたい、今日の試合のレンは素敵だったの、ハーマイオニーはもしかしたらうちのロンのことが好きなのかもしれない、ロックハート先生に憧れてるみたいだけど、ロンと話すときは、うちのママがパパを叱るのによく似てるんだもの』退屈極まりない会話を毎晩続けてやっただけさ」

 

ハーマイオニーの顔でハーマイオニーなら絶対言わないような言葉を重ねる〈ハーマイオニー〉に、ハリーは沸々と怒りを募らせた。

 

「1年生にしてはマシな魔力だが、所詮はチビだ、僕を実体化させるだけの力はなかった。仕方ないから、チビのジニーの体を乗っ取って秘密の部屋を開けさせた!」

「なんてことを!」

「なのに、婆どもに似て忌々しい奴だ。あいつらはバジリスクを殺したが、こいつは今度は僕の蛇を殺した! 僕がウスノロのグレゴール親父やルビウス・ハグリッドの目を盗んで、実験を重ねて作り出した蛇を! しかも、その時僕は塩漬けにされていた! 塩漬けだ、塩漬け! わかるか、この屈辱が!」

 

全然わかんねえ、とロンが呟く。ハリーも同感だ。

 

「漬物石にされるよりマシじゃねーか!」

 

ジョージが叫んで、ジニーの体に飛びついた。

 

「おっと」

 

〈ハーマイオニー〉が杖を振ると、ジニーのローブから黒い小さな本が飛び出して〈ハーマイオニー〉の手に収まった。

 

「また塩漬けにされてはかなわないのでね」

 

言うと、ジョージを追い払うように手を振る。「チビのジニーの空っぽの体にはもう用はない」

 

「1年や2年の女子の体体って、変態かてめえ!」

 

ジョージがジニーの体を担ぎ、駆け戻ってくる。

 

ハリーはジニーとレンを守るように前に出て杖を構えた。マクゴナガル先生が組分け帽子を持ってきてくれる、それまで時間を稼ぎながら、日記帳を取り戻すか、ハーマイオニーの体を取り戻す必要がある。

 

「残念ながらそれは僕のものだ!」

 

ハリーの体に向けた杖先から、失神の呪文が放たれたが、咄嗟にジョージが盾を張ってくれた。「レンもやらねえっつってんだろ!」

 

「チビのジニーはまたしくじった」

 

挑発するように〈ハーマイオニー〉は嗤う。

 

「レンとかいう忌々しい娘の言いつけを破り、僕を塩漬けから解放した! 悪霊の火で僕を焼くつもりが、ただのインセンディオだ、着火呪文でこれを、この僕の記憶を封じた日記帳を破壊できると思い込んだ!」

 

よくあることだな、とジョージが小さく首を曲げた。「軽いジョークを真に受けたみたいだ」

 

「ジョージ・・・」

 

ハリーは頭を振った。

 

「だが、そのジニーの愚かさのおかげで、僕はこの『穢れた血』には過ぎる魔力と体を手に入れた! あとは、そこの!」と杖で横たわる蓮を指す。「異常なまでに純粋な魔力の塊のような体を手に入れるだけだ! あの体で僕は実体化する!」

 

「君はいったい何者だ!」

 

答えはわかっている気がしたが、ハリーは叫んだ。

 

〈ハーマイオニー〉は「良い質問だ、ハリー・ポッター」というと、杖先で宙に「トム・マールヴォロ・リドル」と綴った。

 

「よくある名前だ」ジョージが頷いた。

 

「そう、ありふれた忌々しい名だ。だから僕は、こう名乗るのさ!」

 

〈ハーマイオニー〉が再度杖を振る。アルファベットが並びを変えていく。

 

《アイ・アム・ロード・ヴォルデモート》

 

あうち、と呻き、やっちまったな、とジョージが呟いた。

 

「それがどうした!」

 

磔の呪文から立ち直ったロンが立ち上がった。

 

「さっきから聞いてりゃ、ハーマイオニーの体に間借りしてるくせに『穢れた血穢れた血』って失礼にもほどがあるだろ、トム!」

 

その時だった。

 

「またこれはどうしたザマです、ウィンストン」

 

組分け帽子を抱えたロックハートを引きずったマクゴナガル先生が現れた。

 

「マクゴナガル先生!」

 

「貴様は!」とハーマイオニーの姿をしたリドルが叫んだ。

 

宙に書かれたヴォルデモートの名をチラと見たマクゴナガル先生が「なるほど」と頷く。

 

「相変わらずですね。変態具合に改善の兆しはない」

「やかましい!」

 

リドルが「クルーシオ!」と叫ぶと、躊躇いなくマクゴナガル先生はロックハートを盾にした。

 

「あら」一瞬だけ「しまった」という顔をしたが「まあいいでしょう。雇用契約がどうとかこうとか騒がれては迷惑ですから」とロックハートを放り出し、杖を取り出した。

 

「反撃です、ウィンストン」

 

ひゅ、と蓮に向けて杖を一振りすると、ロックハートの手から組分け帽子を取り上げた。

 

「ウィーズリー!」

 

ロンに向けて組分け帽子を放る。「杖がなければ剣を使えばいいのです!」

 



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第18章 名前の由来は

目を開けると、ジョージの顔が見えた。クィディッチのユニフォームのままだ。

 

「ジョージ」

「よう。起きたな、王子さま。プリンセスを取り返してくれ。っち、じっとしてろって!」

 

ジョージはなぜかロックハートが泣きながら這って逃げようとするのを、盾の中に引き戻した。

ハリーが何度も「エクスペリアームス!」と叫ぶのが聞こえる。

そちらに目をやると、ロンが眩い光を放つ剣を構えているのが見えた。

 

「ここやハリーたちにマクゴナガル先生が保護呪文をかけてくれてるけど、相手の中身はともかく、体はハーマイオニーだから攻撃できないんだ。日記帳もハーマイオニーが持ってる」

 

蓮は頷き、体を起こした。

 

「ウィンストン」

「お手数をおかけしました、マクゴナガル先生」

 

まったくです、と動き回るハリーとロンに盾を次々と展開しながら、マクゴナガル先生が口を曲げた。「グレンジャーの体から、あの変態を追い出すことが出来るのは、ここではあなただけです。グレンジャーはあなたの母親のゴッドチャイルドですから」

 

驚いたように目を瞠ったが、すぐに立ち上がると、杖を仕舞ったユニフォームのローブを脱いでジョージに渡す。

 

「おい、杖は?」

「ハーマイオニーに攻撃魔法は使えないから、肉弾戦ね。わたくしのローブと杖を守ってて」

「クソ! 手間のかかる奴らだ!」

 

悪態をつくリドルに向かって蓮は駆け出す。

 

「トム! ハーマイオニーの体を返しなさい!」

「その名で呼ぶな!」

 

怒りに燃える目で、リドルが蓮に緑の光線を放つが、マクゴナガル先生の盾が防いだ。

 

「な、なぜだ! 反対呪文は存在しない!」

「お忘れのようですが、トム。あなたの今の体は、いくら優秀とはいえまだ2年生の、しかもグリフィンドールの少女ですからね。禁じられた呪文の威力は絶対的に落ちているのです」

 

マクゴナガル先生の言葉に蓮は頷いた。

 

「トム・マールヴォロ・リドル。わたくしの友人の体で殺人は出来ないわ。ハーマイオニーがその体の中で抵抗しているはず」

「その忌々しい名を呼ぶな!」

 

名前の、と言いながら蓮は距離を詰めた。

忌々しさなら、と腹を殴る。

 

「わたくしの勝ちよ!」

 

殴られて吹っ飛んだハーマイオニーの体に向かって蓮は叫んだ。

 

「わたくしの母の名は、怜・エリザベス・菊池。わたくしの父の名はコンラッド・ウォレン・ウィンストン。おかげでわたくしのフルネームは、蓮・エリザベス・ウォレン・ウィンストン! トイレのマートルとお揃いよ!」

 

にや、と身を起こしながら、リドルが嗤う。「馬鹿め。『穢れた血』のマートルごときのために、フルネームを明かしたな?」

 

「そうよ。わたくしの名前はマートルとお揃いよ! トム・マールヴォロ・リドルが忌々しいですって? あなたの名前はろくに字も書けない母親が必死で書き写したメモからつけられた名前じゃない!」

 

リドルが顔色を変え、蓮を吹き飛ばした。「記憶を見たな!」

 

ハーマイオニーがね、と蓮は立ち上がる。「あなたがわたくしに開心術をかけるとき、同時にこっそり送って寄越したの。才能ある友人を持つと、こちらがぶっ倒れるような無茶をされるから困るわ」

 

立ち上がった蓮は続けた。「ヨレヨレの古い2枚の紙。片方は、書き慣れた文字でトム・リドルと書いてあった。もう片方は、形だけ書き写した、子供がアルファベットを練習するような文字で、やっと読める程度のマールヴォロ。その2枚の紙だけをあなたの母親が持っていたから、あなたの名前はトム・マールヴォロ・リドル」

 

ぎり、とリドルが歯ぎしりをした。

 

「あなたの母親が、教育を受けていない、字も書けない母親が、たったひとつだけあなたに残したプレゼントが、その名前よ! それを、ヴォルデモート卿だなんて、子供じみた言葉遊びはやめなさい!」

「僕に指図するな!」

 

リドルが形相を変えて叫んだ。

 

「エクスペリアームス!」

 

激昂したその隙をついてハリーの武装解除が、ハーマイオニーの杖を奪った。

 

「レン! 今だ!」

 

蓮はハーマイオニーの体に飛びつき、鳩尾に拳を押し込みながら叫ぶ。「ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー! 起きなさい!」

 

ガフ、とハーマイオニーが咳き込むと、その口から銀色の靄の塊が飛び出した。

 

「れ、レン?」ハーマイオニーの声だ。「お願いだからもっと優しく起こして。わたしはブルストロードじゃないんだから」

咳き込むハーマイオニーの背をさすりながら「妙な小細工するぐらいなら自分で起きて欲しかったわ」と呟いた。

 

「あれ、大事な記憶だと思ったんだもの」

 

靄が形を変えていく。「ハーマイオニー、失礼」と断り、蓮がハーマイオニーのローブから日記帳を取り出した。

 

ロンに向かってそれを投げる。

 

「これを刺せばいいんだな!」

「そうよ!」

 

日記帳をキャッチしたロンがそれを床に投げ出し、素早く、かつ思いきり剣を突き立てると、人の形になりかけていた靄が悲鳴をあげながら、霧散した。

日記帳からはどろりとしたインクのようなものが流れ出す。

 

「ジニー?」

 

ハリーがマクゴナガル先生の盾の中を振り返ると、ジニーがジョージの腕の中で小さな呻きを上げながら目を覚ますところだった。

 

 

 

 

 

校長室にいたのは、ウィーズリー夫妻とレディ・ウィンストンだった。

 

部屋に入ってきた蓮とハーマイオニーの前にツカツカと歩いてきたレディは、蓮の頬を思いきり平手で叩いた。

 

「レディ!」

「この馬鹿娘! あなたがどれだけの友人を危険にさらしたと思うの!」

 

思わずハーマイオニーが蓮を引き寄せたとき、ダンブルドアが「そこまでじゃ、怜」とレディの右手首を掴んだ。

 

「またしても君たちか」

 

ダンブルドアの青い瞳が面白がるように煌めく。

 

「蓮の知り得る範囲では、最善の方法であった。責められるべき人物は別におる。違うかね、怜」

「マルフォイのことを言っていらっしゃいますの、ダンブルドア?」

 

さよう、とダンブルドアは頷いた。「無論、娘に中途半端な知識を与えた君自身も、さらにルシウス・マルフォイが娘に近付く隙を作ったアーサーも、それぞれの娘を危険にさらしたのじゃ」

 

ハーマイオニーが顔を上げると、ミスタ・ウィーズリーがミセス・ウィーズリーに睨まれて小さくなっていた。

 

「賢明であったのは、グレンジャー夫妻だけじゃ」

 

ハーマイオニーを見つめてダンブルドアが優しく微笑んだ。

 

「え?」

 

マグルである両親がこの事態に何の貢献をしたというのだろう。

 

「ミス・グレンジャー、君のご両親はの、魔法界におけるゴッドマザーをレディ・ウィンストンに頼んだ。君の名を握る後見人がレディ・ウィンストンなのじゃ」

 

名前の魔法は深淵じゃ、とダンブルドアが呟いた。「名前とは、力ある言葉になり得る。君のゴッドマザーであるレディ・ウィンストン、そしてその子であるミス・ウィンストンが君を呼ぶ言葉には力があるのじゃよ」

 

「だから、リドルに乗っ取られた体からレンだけがわたしを叩き起こすことが?」

「出来たのじゃ。ミス・グレンジャー、君のご両親は魔法界というご自分たちが知らぬ世界に踏み入る君のために、君の名をレディ・ウィンストンに預けた。無論、ご両親の意識では後見人としてのゴッドマザー役を依頼なさっただけじゃが、魔法界においては名を託すという魔法契約になる。ゴッドマザーやゴッドファーザーはそのゴッドチャイルドを守る力を振るうことが出来る。それが今回君をリドルの支配から救うことに繋がった」

 

ダンブルドアは立ち上がると「子供たちの奮闘に比し、大人たちの失態は目に余る!」と怒鳴った。

 

「申し訳ございません」

 

ミスタ・ウィーズリーとレディ・ウィンストンが声を揃えて謝罪する横に小さな2つの影があった。

大きな耳とテニスボールのように大きな瞳だ。片方はきちんとメイド服を着ているが、もう片方は小さな皺だらけの白いシャツだ。ボタンの留め方がズレている。

 

「レン、あれは?」

「片方はうちのハウスエルフのウェンディ。もう片方は」

 

ドビーだ、とハリーが呟いた。「でもどうして服を着てるんだろう?」

 

 

 

 

 

「この小さなハウスエルフたちは、ヒトたる魔法族よりもはるかに素晴らしいことをやってのけた」

 

全員に座り心地の良い椅子を用意して、ダンブルドアが口を開いた。

 

「姫さま! ドビーはご自分で『ようふく』を選んだのです! ドビーはもうご自由です!」

「よかったわね、ウェンディ」

 

蓮は微笑んだが、母は「ご自分で?」と頬を引きつらせた。

 

「まずドビー、最初から話してくれるかの?」

「はい! 『最初』は夏のはじめ頃でした。アーサー・ウィージーがマルフォイの屋敷に来ました」

 

ウィーズリー、とロンが呟いたが、誰もドビーを止めない。

 

「ウィージーは闇の魔法の品物を探しました! でもマルフォイは隠し部屋に隠していたので、ウィージーに見つけられませんでした!」

「確かかね、アーサー」

「はい。マルフォイ邸の立入調査をしたのは夏のことでした。確かに闇の物品があると密告を受けましたが、目ぼしいものはありませんでした」

「ウィージーにマルフォイは腹を立てました! ダンブルドアにはいつも腹を立てていました! そしてハリー・ポッターや仲間を始末してダンブルドアのせいにすると言いました! ハリー・ポッターの仲間にはウィージーの息子がいます! 姫さまがいます! 穢れた血がいます!」

 

ドビー、とダンブルドアが手をあげた。「君が自由になったのならば、その言葉は使うべきではない」

 

パチンとドビーは口を塞いだ。「続けてくれるかの?」

 

「はい! マルフォイは隠し部屋に隠してあった中から、一番見すぼらしい黒い本を用意しました! これをウィージーの息子にでも持たせればいいと言いました!」

 

おいおい、と「ウィージーの息子」の2人がぼやいた。

 

「ドビーはハリー・ポッターを学校に行かせないようにしました!」

「たいへんな目に遭った」

 

ハリーが遠い目をした。

 

「マルフォイのぼっちゃまに学校から教科書のリストが来たとき、マルフォイがドビーに命令しました! ウィージーたちがダイアゴン横丁に行く日を調べろと! ドビーはご自由ではなかったので、調べました!」

 

ある意味自由すぎだろ、とジョージが呟いた。

 

「ウィージーたちがダイアゴン横丁に行く日はみんな行くとわかりました! マルフォイは見すぼらしい黒い本を持ってダイアゴン横丁に行きました! そしてウィージーたちを探せと言いました! ウィージーたちは本屋にいました!」

「たいへんな人混みだったであろう。みなが教科書を買いに来る時期じゃ」

「はい! ですがウィージーたちは皆赤い髪です! マルフォイはすぐにウィージーを見つけました! ウィージーの娘がハリー・ポッターを見ている隙に大鍋に黒い本をいれました! そしてウィージーに見つかり喧嘩をしましたが、ウィージーは黒い本に気付きませんでした!」

 

ミスタ・ウィーズリーが両手で顔を覆って呻いた。ロンとジョージが両側からポンと肩を叩く。

 

「ここからは大方のところを儂が説明しよう。まず、ジニー、君はドビーの言う黒い本、つまり日記帳をホグワーツに持ってきたのじゃな? ただの空白の日記帳じゃと思って」

 

ミセス・ウィーズリーの隣で青白い顔をしたジニーが頷いた。

 

「君を責めはせぬ。そして秘密の部屋の事件が始まった。ドビー、ルシウス・マルフォイは屋敷で何か言っておったかの?」

「これでウィージーもおしまいだが、ついでに汚らしい森番とダンブルドアを追い出そうと!」

「大事なことじゃ、ドビー、ルシウス・マルフォイは黒い本で何が起きるか知っておったのか?」

 

ドビーはキーキー声で喚いた。

 

「はい、ダンブルドア! 秘密の部屋を開ける鍵を闇の帝王から預かったと!」

 

怜、とダンブルドアが呼びかけると、母が「十分な証言です」と短く答えた。

 

「ハウスエルフの証言じゃが?」

「隷属していない『ようふく』のハウスエルフですから、記憶の糸を提供できれば証拠能力があると言えます」

「だから『ようふく』は大事なのです!」

 

ウェンディが勝ち誇るように叫んだ。

 

「ウェンディの言う『ようふく』の話は後にしようぞ。物事には順番があるからの。さて、ルシウス・マルフォイの奸計の通りに事は運び、秘密の部屋が開かれた。アーガス・フィルチの猫、コリン・クリービー、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーと石にされてしもうた。その中で2年生の4人が、50年前の事件を知る蓮・ウィンストンを筆頭に秘密の部屋の怪物を討伐することにした。そうじゃな?」

 

蓮たちは頷いた。

 

「ハーマイオニー・グレンジャーと蓮・ウィンストンはさらにリドルの日記を入手し、封印した。この封印にはジニー・ウィーズリーも協力した」

 

頷いていいものか迷うように、ジニーがダンブルドアを見た。

 

「君はきちんと封印しておった。ちょっと最後に兄を信じ過ぎただけじゃ」

「いつも言ってるでしょう。お兄さまたちの軽口を簡単に信じてはいけません! 頭で考えるより先に口が動く息子ばかりなんですから!」

「ウィーズリー家の息子の軽口は、そう悪いものではないぞ、モリー。時と場所を選ばず人を和ませる」

「時と場所ぐらいは選んでるさ」

「今ここでそれを口にしておきながら?」

 

ダンブルドアが右手をあげ、ミセス・ウィーズリーを遮った。

 

「モリー、君のTPOに関する意見はサマーホリデイまで取っておきたまえ。さて、2年生たちは、ルビウス・ハグリッドが逮捕され、さらに日記帳の持ち主がこれ以上利用されぬように先に秘密の部屋の怪物を討伐することにした。元凶の前に道具を始末したわけじゃ。元凶を封印し、道具を始末したなら、あとはサマーホリデイに元凶を誰か大人に片付けてもらうつもりじゃったが、まあ、ちょっとした手違いが起きた」

「まったくです」

 

ジョージが深刻な表情で頷き、蓮はそれを横目に睨んだ。「悪霊の火」だなんて大袈裟な軽口を叩くからだ。

 

「その手違いを、ミス・パーバティはすぐに儂に伝えてくれた。『レンが封印していた穢れた品物をなぜかジニー・ウィーズリーが持っていた。それを燃やすと言うので、ハーマイオニーが対処していたが、念のためレンを呼んで助勢してもらった』との。よって秘密の部屋に連れ去られた女子生徒が君たち3人であり、なんらかの闇の魔術が用いられた日記帳が関わっておることを儂は知った。そこで保護者に連絡した。そして、先程レディ・ウィンストンが連れてきたのが、こちらのウェンディとドビーじゃ。ウェンディは蓮・ウィンストンの危機を知り、いささか強引な手段でドビーを連れ出した。ウェンディ、ドビーが『ようふく』になった事情を説明してくれぬか?」

「はい、ダンブルドア。ウェンディは何度もドビーに会いに行きます。どこにでも行きます。でもドビーはなかなか肝心なことを喋りません。ご立派様の大事な秘密だとわかっていることは喋れないのです」

 

ご立派様とは、と母が補足した。「ウェンディがルシウス・マルフォイにつけたアダ名ですわ」

 

「アダ名の通りのご立派様になれなかったのは、マルフォイの不運じゃな」

 

ぷす、とロンとジョージが小さく吹き出した。

 

「なので、ウェンディはご立派様がドビーを『ようふく』にすればいいと思いましたが、奥さまが無理だと言いました」

「なぜだね?」

「ご立派様の秘密を知り過ぎているからです。ドビーには『ようふく』はない。たぶん首を刎ねると奥さまは言いました!」

 

だろうな、とミスタ・ウィーズリーが呟いた。

 

「それで、ウェンディ、なぜドビーは『ようふく』になったのじゃ?」

「姫さまが危ないと聞いて、ウェンディがご立派様に会いに行きました!」

 

母が額を押さえて唸った。

 

「ほう、実に勇敢じゃ。それで?」

「ウェンディは、汚らしい枕カバーを着て、普通のしもべのフリをしました。そしてご立派様に『ドビーは何度も屋敷を抜け出してハリー・ポッターの命を救いに行きます。しもべとしてはおしまいです』と泣きながら教えました! ご立派様はドビーを呼び、首を刎ねようとしましたが、ドビーが魔法でぶっ飛ばしました! ドビーはご自分でご自由になったのです!」

 

ご自分で? と誰もが思い、ロンとジョージは口に出した。「なあ、ハウスエルフってみんなこんなに腹黒いのか?」

 

「ウェンディは、自由な意思で菊池の一族に仕えることを選んだハウスエルフなのじゃ。自由であるからには、頭を使わねばならぬ。盲目的にご主人様に従うのでは自由とは言えぬ。ドビーは、ハリーを救うために頭を使い始めておった。自由に目覚めつつあった。ウェンディはそれを、ちょっとばかり後押ししたのじゃよ」

「ちょっと?」

 

ウェンディとドビーだけが、キラキラする瞳でダンブルドアを見つめているが、人間は皆唖然としている。

 

「ハウスエルフの魔法の力はあまり知られておらぬ。じゃが、潜在的な能力は極めて高いと推測する。自由なハウスエルフが増えればもっと様々な能力を発揮する者も現れることじゃろう」

 

さて、とダンブルドアが右手で組分け帽子を取り出した。

 

「この帽子が組分け以外で活躍したのは2回目じゃ。前回はの、ロン、若い頃のマクゴナガル先生じゃ。君はマクゴナガル先生以外で唯一、組分け帽子からグリフィンドールの剣を取り出した人物じゃよ」

 

ロンがぽかんと口を開けた。

 

「僕が?」

「さよう。グリフィンドール生ならば、この帽子からグリフィンドールの剣を取り出すことが出来る。ゴドリック・グリフィンドールの遺志に適う目的のためならばな」

 

ハリーの顔色が悪い。

 

「ハリー?」

「ロンはグリフィンドールの継承者かもしれないけど・・・僕は・・・」

 

勘違いはいかぬ、とダンブルドアがきっぱりと言った。「怜、君のパトローナスを見せてくれるかの?」

 

ダンブルドアに軽く頷いて、母が杖を振った。見慣れた銀色の龍が現れる。

 

「これは東洋のドラゴンじゃ。リュウと呼ばれる。蛇に似ておると思わぬか?」

「は、はい」

「日本では龍は雨や水を司る神じゃ。そして、この地上では蛇の姿を取ると考えられておるがゆえに、龍を守護する一族である蓮はパーセルマウスなのじゃ。じゃが、蓮の一族は代々レイブンクローで、蓮はどういうわけかグリフィンドールじゃ。誰も蛇の寮には住んでおらぬ」

 

でも、とハリーが俯いた。

 

そのとき、ハリー、と言ってミスタ・ウィーズリーが立ち上がるとハリーの前に膝をついた。

 

「こういうとき、父親は息子にこう言うんだよ。『人に決めてもらわなくちゃわからないのか、ハリー? おまえ自身が証明したおまえの力だけじゃ納得出来ないか? だったら証明し続けなさい。おまえがグリフィンドールに相応しい生徒だと、おまえが自分で証明すればいい』私は君のお父さんではないが、断言しよう。君のお父さんもきっとこう言ったはずだ」

 

もっとも、と立ち上がって自分の席に戻りながらミスタ・ウィーズリーが苦笑した。「自ら危険にさらした娘を息子たちと君に守ってもらう私の言葉に説得力は無さそうだが」

 

気にすんなよパパ、とジョージが朗らかに言い放った。「昔からわかっちゃいたさ」

 

「ジョージ!」

 

ミセス・ウィーズリーの雷に紛れて母が「ハリーやロンの話ではあなた、リドルにフルネームを教えたの?」と尋ねた。

蓮は頭を傾け「嘘のフルネームをね」と答えた。

 

「嘘?」

「君、あんな場面で平然と嘘を?」

「ハーマイオニーがね、リドルがわたくしに開心術を使ったのは、わたくしのフルネームを知るためだと教えてくれたの。ついでにリドルの名前に対するコンプレックスの記憶も押し付けられて、ぶっ倒れたわ。だから、コンプレックスになりそうなフルネームを教えてやろうと思って。思いついたのが、両親の名前を合わせるとマートルのフルネームになることだったの」

 

なんとなんと、とダンブルドアが愉しげに笑った。「最初の被害者マートル・エリザベス・ウォレンの名前で事件が終わったのじゃな。実に名前の魔法は深淵なものじゃ」



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第19章 闇の魔術に対する防衛術

ロックハート先生が急なご病気で退職なさった、とダンブルドアが翌日の夕食の席で宣言すると、あちこちから歓声が上がった。マクゴナガル先生は澄ました顔だ。

 

「ハリー、いったい何があったの?」

 

ハーマイオニーが尋ねると、ハリーはちょっとだけ唇を上げて「君の忘却呪文の威力がありすぎてね」とだけ言った。その横からロンが「マクゴナガルが超クールだったんだ。平然とロックハートを肉盾にしたもんだから、イカれちまった」と補足するものだから、ハーマイオニーは口を押さえて驚愕の声を押し殺した。

 

「さらに朗報がある! マンドレイクがついに、互いの鉢に入り込み始めた!」

 

蓮が顔をしかめた。「お互いのベッドに潜り込むほど成熟したわけね」

 

「じきにマンドレイク薬が完成し、石になった生徒が教室に戻るであろう。よって、これから6月半ばまでの時間割に変更がある。授業に3週間以上出られなかった生徒に補習を行うことと、現職の闇祓いの講師を招き、闇の魔術に対する防衛術の特別授業を行なうためじゃ。各々の時間割は寮監の先生から知らされる」

 

ハーマイオニーは「よかった」と思わず呟いた。ハリーの演技指導だけの防衛術の授業にひそかに不安を抱いていたのだ。

 

「そして、さらなる朗報じゃ! 森番のルビウス・ハグリッドの嫌疑は晴れた! 明日にも森に戻ってくる!」

 

ピュウイ! とジョージが口笛を吹き、何人かのグリフィンドール生がそれに続いた。口笛が吹けない生徒も、ゴブレットをテーブルに叩きつけながら歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「まだかな」

 

ハリーとロンがファングを連れて、そわそわと歩き回っている。

 

「レン」

 

ハーマイオニーの声に顔を向けると「ハグリッドはあなたのコーンウォールの邸にいたの?」と尋ねた。

 

「そうみたいね」

「大丈夫だったかしら? その・・・グランパやグラニーは、ハグリッドに慣れていらっしゃらないでしょう?」

 

蓮は苦笑し「心配しすぎ」と言った。「ハグリッドは昔からたまにコーンウォールに食事に来てたわ。貴族の家は落ち着かないからって泊まりはしなかったけれどね。今回は、たぶん狩の森の森番小屋にいたと思うわよ」

 

「あなたのグランパやグラニー、ハグリッドの、その・・・いろいろは気にならないの?」

「ならないんじゃない? グランパと2人で庭にお風呂作って一緒に入ったりしてたもの、昔から」

「グラニーは?」

「お風呂には入らないけれど、巨人の住居の魔法的構造について、ハグリッドから聞き取り調査をするわ。デラクールの人はヒト以外の魔法族を敬遠しないの。グラニーのお兄さまの奥さんに会ったことあるでしょう?」

「あの、フラーの綺麗なおばあさまのこと?」

「その人、ヴィーラだもの」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。

 

そのとき、ハリーが「おかえり!」と叫んで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

背の高い引き締まった体躯の黒人の魔法使いは、ハーマイオニーのイメージする「闇祓い」という特殊なエージェントに一番近いタイプの人だった。

 

「こいつはキングズリー・シャックルボルトだ。バリバリの現役の闇祓いだぞう」

 

はじめまして、と微笑んだあと、ロンに「君がモリーの息子さんだね? ギデオンやフェビアンより悪戯だといつも聞いている」と言った。

 

「ぼ、僕のママと知り合いですか? 叔父さんたちとも?」

「私はモリーの同級生だ。そして君がハリー・ポッターかい?」

「は、はい」

「在学期間は重ならなかったが、君はお父さんによく似ているね。でも雰囲気はお母さん似だ。目の色のせいかな。そして君がハーマイオニー」

 

はい、とハーマイオニーが返事をすると「嫌な経験をしたと聞いている。だが、君の精神力は素晴らしい。体を乗っ取られながら抵抗出来る人間は大人の魔女にもそうはいない。君は自信を持っていい。大いにね」と肩を叩いてくれた。

 

「そして君が・・・コンラッドの娘だね」

「はい」

「怜から聞いたよ。服従の呪文にかからなかったと。理由を聞いても?」

 

蓮が「母は知らないので」と口を濁した。

 

「じゃあ、内緒にしよう。私にだけは教えてくれないかな? 闇祓いの訓練のためにも」

「・・・詳しくは、ミスタ・ムーディにお尋ねください」

 

やっぱり、と呟いてミスタ・シャックルボルトが頭が痛いような顔をした。

 

「ホグワーツ入学前の子供になんてことを。虐待を訴えられるレベルだ」

 

ハーマイオニーは蓮の傍に寄って「まさかあなた、服従の呪文への抵抗訓練を?」と小声で尋ねた。蓮は小さく頷き「磔の呪文もね」と答えた。

 

 

 

 

 

「『禁じられた3つの呪文』というものがある。君たちはそれを詳しく知る年齢には達していないので、概要だけ説明する」

 

シャックルボルトが杖を振ると「服従の呪文」「磔の呪文」「死の呪文」の3つの文字が浮かび上がった。

 

「死の呪文以外の2つに抵抗するのに最も必要なものは、意思の強さだ。これは闇の魔術に対する防衛術全てに共通する大原則だ。意思の強さが全てを制する。今後君たちは様々な防衛術を学んでいくだろう。しかし、小手先の呪文をいくら覚えても、信念のない者はいとも容易く闇に堕ちてしまう。磔の呪文の苦しみに勝てる大人は多くはない。服従の呪文に抗える大人も多くない。なぜならば、大人には守るべきものが多いからだ。家族や、その家族を養う財産、仕事。あらゆる正しいはずのことが心を迷わせる。守るべきものが多ければ多いほど、磔の呪文の苦しみも増す。同じことは服従の呪文にも言える。大人は、様々な経験を持つ。心が浮き立つような幸福感や全能感を強く感じた経験が多ければ多いほど、服従の呪文がもたらす紛い物の恍惚感に引き摺られやすいのだ。だが残念ながらそれは紛い物に過ぎない。紛い物に過ぎないことを理解する必要がある」

 

シャックルボルトが手を振って文字を消した。

 

「闇の魔術に対する防衛術に最も大事な、多感な時期を君たちはホグワーツで過ごしている。闇の魔術に対する防衛術の教師が度々代わってしまう不運に見舞われていることは、私も聞いているが、それが不利になるとは思えない。闇の生物や呪文、それらへの対抗策など教科書を読めば良い。君たちには、ただ感じることが必要なだけだ。本物の幸福感、本物の陰りのない幸福感、あるいは本物の怒り、世界が終わる前にこいつだけは殺してやりたいと思ってしまうほどの怒りを。そして、それを歯を食いしばってやり過ごすことを学ばねばならない。怒りに任せて杖を振るな。ただ、自分と他者の幸福のために杖を振らねばならない。それを学びさえすれば、君たちは闇の魔術に抵抗出来るのだ」

 

ハーマイオニーは息を詰めて特別授業に聞き入った。率直に言って一番防衛術らしい授業だ。2年生の終わり近くになってやっと。

 

「身を守るための技は様々にある。だが、呪文や知識をいくら詰め込んでも、意思が伴わなければ使いものにはならない。逆に、そこに意思さえあれば、あらゆるものを武器に出来る。その意思を育てるのが今だ。君たちのこの多感な時期に、様々な感情を経験したまえ。闇の魔法使いにもいろいろいるが、私は鋭敏な感受性を持った闇の魔法使いにはあまり会ったことがない。なぜかわかるかね? 安易な手段を選ぶ者は、豊かな感受性からくる感情の揺れに耐えられない人間だからだ。イラつく奴を脅すのには、磔の呪文が一番手っ取り早いだろう? 自分の言うことを聞かせるのに説得する必要はないだろう? 服従させればいい。 だがそいつは腰抜けだ。素敵な女の子と付き合うのに服従の呪文を使う男は、どこからどう見ても腰抜けだ」

 

ロンがニヤっと笑い「愛の妙薬は?」と茶々を入れた。シャックルボルトは苦笑し「偽物の愛情で満足するぐらいなら猫でも可愛がれと言ってやるべきだな。少なくともペットとの間には本物の感情のやり取りができるだろう」と答えた。

 

眉を上げロンが「だってさ、レン、チワワを飼うように勧めるべきだ」と小声で蓮に囁いた。

 

蓮は横目でロンを睨み「ご心配ありがとう。ただ、残念ながらわたくしには愛の妙薬は効かないわ」と押し殺した声で応じる。ハリーは少し引きつった笑顔で「まさか、愛の妙薬にまで耐性があるの?」と尋ねた。

 

「わたくしの祖父を知ってるでしょう? そのぐらい平気でする人よ。おかげで愛の妙薬を頭から振りかけられても平気だったから不本意ながら感謝するしかないけれど」

「君、マルフォイのこと、じいさんに言えばいいのに」

「殺人犯の孫にはなりたくないの」

 

静かに! とハーマイオニーは3人を叱りつけたのだった。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーがマクゴナガル先生の部屋を訪ねると、眼鏡の奥からジロリと睨まれた。「また何か面倒な質問ですか?」

 

「いえ。今のところは平和です」

「ではまともな質問ですね」

 

よろしい、とマクゴナガル先生はハーマイオニーに椅子を勧めてくれた。

 

「まともかどうか・・・ロックハート先生の件です。わたしの忘却呪文の威力が強すぎたとハリーに言われて・・・」

「嘘です」

「え、で、でも・・・」

「トム・リドルは忘却呪文を使うような人間ではありません。口を塞ぎたいなら殺せば良いのですから。あなたの体と杖を使ってリドルがわたくしに放ったのは、磔の呪文でした。わたくしが些細な出来心でロックハートを盾にしたところ、僅か1回で使いものにならなくなりました」

 

唖然としてハーマイオニーが「あんなにいろいろ目覚ましいことをなさった方だったのに」と呟くと、マクゴナガル先生がきりりと眉を吊り上げた。

 

「あなたには珍しいことですね。ロックハートの著書を挿絵写真を隠して冷静に読み返すことを勧めます。矛盾を見つけ出せるはずです。さらに言いますと、あなたの体と杖で禁じられた呪文を使っても威力は落ちます。ロン・ウィーズリーは同じ磔の呪文を何度受けても立っていましたし、ウィンストンに放った死の呪文は一番簡単な盾の呪文で防ぐことが出来ました。死の呪文は普通は防ぐことは出来ません。あなたは杖に注ぐ魔力を絞ることでリドルに抵抗していたでしょう? もちろんロックハートは翌日の朝には正気を取り戻しましたが、様々な点をご理解のうえ退職していただきました。禁じられた呪文への耐性が2年生にも劣る以上、防衛術の教授には不適格ですからね。さらに、秘密の部屋で何があったかについては、余計なことを喋らないよう、対策は講じてあります。今後はマグル社会で暮らすそうです」

 

少なくとも蓮は喜ぶだろう、とハーマイオニーは思った。

 

「闇の魔術に対する防衛術の教授については、すでに来学年以降の教授に交渉していますから心配は要りません」

「・・・はい」

 

挨拶をして部屋を出ようとしたとき、マクゴナガル先生が「あなたがわたくしに放つ磔の呪文より、ウィーズリーに放つ磔の呪文にはより強く抵抗した可能性もあると思いますがね」と、ついでのように言った。

 

 

 

 

 

キングズクロス駅に降り立った蓮を迎えに来ていたのは、母だった。

 

「おかえりなさい」

「・・・ただいま」

 

言葉少なに挨拶を交わした。

 

そのまま、ジャガーで聖マンゴまでのドライブだ。

 

「お母さまが悪いとダンブルドアからさんざん叱られたわ。学生時代以来よ」

「そんなこと・・・わたくしが、ジニーから無理やり取り上げていれば良かったのだもの」

「それを言い出すならば、アーサーやモリーが子供たちの荷物を検査しないのも怠慢だったことになるわ」

 

それはあんまりだ、と思った。

 

「バックアップ、という表現で話したのはね、蓮、あなたにアレの危険性を伝えないためだった。でもそれは間違いだったわ」

「・・・危険なことは痛感しました」

「作り方が忌まわしいのよ。お母さまは、そんな話をあなたにしたくなかったの」

「作り方?」

 

魂のバックアップをひとつ作るには、と母が呟いた。「ひとつの殺人が必要なの」

 

蓮は進行方向を見つめたまま「マートル?」と尋ねた。「もしかしてマートルは、バックアップを作る実験台?」

 

「バックアップのためだけではないでしょうけれどね。秘密の部屋を開けてスリザリンの継承者だと密かにアピールする意図もあったでしょうし、バジリスクをどの程度コントロール出来るかも確かめたかったでしょう。ただ、バックアップを作るというのも動機のひとつだと思うわ」

 

ぎゅ、と拳を握りしめた。

 

「姑息で、狡猾で、自分以外の人の命の価値を感じられない人間にしか出来ない魔術よ」

「・・・これでバックアップがなくなったから、もう復活はしない?」

 

母はゆっくり首を振った。

 

「ひとつにつきひとつの殺人。リドルが殺したのはマートルだけじゃないわ」

「そんな・・・」

「ハーマイオニーのことだけれど」

 

唐突に母が話題を変えた。

 

「あなた、ハーマイオニーのゴッドマザーがお母さまだと聞いても、自分のゴッドマザーやゴッドファーザーが誰か聞かなかったわね」

「・・・聞いちゃいけないと思ってた」

「なぜ?」

「お母さまたちの世代は、たくさんのお友達を亡くした世代だって聞いたから」

 

今から会いに行くわ、と母が言った。

 

「闇の魔術に抵抗するということがどういうことか、あなたのゴッドマザーに教えてもらいなさい」



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アズカバンの囚人編 閑話9 監督生たち

大事なところなので、5話連続で閑話として過去話が続きます。
ハリー世代の活躍はいましばらくお待ちください。


ビタン! と音を立てて、ジェームズが床にキスをした。

 

足に縄が巻きついている。

 

「1年坊主ども、カウントアップよ。夜間外出禁止の校則違反がわたくしの把握した限りで3回目。このままマクゴナガル先生に身柄を預けるわ」

「なっ! どこから出てきたんだ、あんた!」

 

シリウスは思わず叫んだ。

 

通ってきた廊下には誰もいなかったし、呪文も聞こえなかった。

 

「さあ? それもわからないガキの分際で夜中にベッドを抜け出すような一丁前のことするんじゃないわよ」

 

「ひりうふ」鼻を押さえたジェームズが「ほーめーまんほ」と訴えた。

 

「透明マントか!」

 

にや、とミス・キクチが悪どい笑みを浮かべた。「なるほど、あなたたちの発想が透明マントに飛躍したことは、わたくしの胸に留めておくわ。いろいろ便利よね、透明マント」

 

藪からバジリスク、と思いながらシリウスも足を縛られた。

 

 

 

 

足だけ浮遊させられてグリフィンドール塔のマクゴナガル先生の部屋に運ばれる。頭は浮遊させてくれなかったので、階段にゴンゴンぶつかる。

 

「痛いよ!」

「夜間外出を控えれば痛い目に遭わずに済んだのよ」

「虐待だ! 拷問だ!」

「わたくし、自分を甘く見られるのが一番許せないの」

「馬鹿になる!」

「それ以上堕ちる余地はないわ」

「馬鹿にするな!」

「捕獲された時点で充分馬鹿でしょう」

 

騒ぎ過ぎたせいか、マクゴナガル先生はもう部屋の前に待機していた。頭にヘアネットをかぶったまま、両側のこめかみを親指と中指で揉んでいる。

 

「レイ・・・」

「夜間外出3回目には、寮監の先生に突き出してよろしかったはずですわね、マクゴナガル先生?」

「もう少し静かに連行なさい」

「あら、お優しい」

「安眠妨害です」

「では次回から、きちんと折り畳んで封をしてから連行しますわ」

 

なあ、とジェームズが呟いた。「なにげに僕たちの人権が否定されてない?」

 

いつか殺されるな、とシリウスも頷いた。

 

 

 

 

 

まったく許しがたい、と監督生のコンラッドがシリウスとジェームズの前に仁王立ちになった。

 

「レイにだけは迷惑をかけるな!」

 

なんだそれ、とシリウスは膨れた。

 

「おまえらのせいで僕がレイの近くで食事するのさえ拒否されただろうが!」

「校則違反の説教じゃないの?」

「誰がんなもんするか、めんどくせえ」

 

コンラッド、と女子の監督生のアリスがコンラッドの肩を叩いた。

 

「ああ、アリス、君からもこいつらにレイに迷惑かけないように言ってくれ」

「レイに迷惑をかけてる筆頭はあなたよ。この子たちは、あなたと同類扱いされた結果、過剰な対処をされたの。レイの中ではグリフィンドールは馬鹿の集まりに定義されてるわ、あなたのせいでね」

 

くっく、とフェビアン・プルウェットが笑い出した。

 

「アリスもレイも男心がわからないからなあ。ドロメダだけはテッドと付き合ってるだけあってコンラッドにも理解を示してくれるけど」

 

ドロメダ? とシリウスは耳をそばだてた。「アンドロメダ・ブラック?」

 

アリスが「そうだけど?」と首を傾げた。

 

「ドロメダはスリザリンだろ?」

「そうね」

「なんでスリザリンなんかと仲が良いの?」

 

アリスがシリウスの鼻を指で弾いた。「自分の従姉を『なんか』とは何よ。わたしもレイもドロメダの友人よ。レイがあなたたちを今まで減点しなかったのは、ドロメダのおかげ。あなたがドロメダが可愛がってる従弟だから見逃してくれてたの」

 

シリウスはますます膨れた。

その頬を大きな手で鷲掴みにし、ぷすぅ、と空気を抜くとコンラッドが「レイに構ってもらっておきながら何が不満だ」と声を低めた。

 

「構ってもらったんじゃない! 虐待されたんだ!」

 

ふん、とコンラッドが鼻で笑う。

 

「その程度が虐待? おまえらな、レイを甘く見過ぎだ。彼女が本気で虐待する気なら今頃正気じゃいられねえよ」

「おまえが正気でいるのが俺は不思議だがな」

 

フェビアンの軽口にコンラッドは胸に手を当て「レイは俺には手加減するんだ」と幸せそうに微笑んだ。

 

ーー変な人だ、この人

 

「馬鹿2人はほっといて話を戻すけど、わたしやレイがドロメダと友達なのが何か問題? あなただってドロメダとは従姉妹の中では一番親しいんじゃないの?」

「それは当たり前だよ」

「どうしてよ?」

「ブラック家の中で一番まともだもん」

 

同じ台詞を返すわ、とアリスが微笑んだ。「スリザリンの中で一番まともだもん」

 

 

 

 

 

今だ、とジェームズが手招きをする。「たまにはスニベルスも役に立つな」

 

閲覧禁止の書棚を目指しながら、ジェームズがシリウスの耳に囁いた。

 

リーマスの患っている「毎月必ず発作が起きる病気」についてマダム・ポンフリーに尋ねたが「あなたがたの知る必要のないことです」と言われて、閲覧禁止の書棚を探してみることにしたのだ。図書館に来てみたら、ミス・キクチがいて、ジェームズ、シリウス、ピーターは思わず固まったのだが、ミス・キクチはスリザリンのセブルス・スネイプとグリフィンドールのリリー・エバンズに魔法薬学のアドバイスをするのに集中していた。

 

「エバンズはなんでスニベルスなんかと仲が良いんだろう」

「家が近いって言ってたじゃんか。入学式のホグワーツ特急でも一緒だったろ?」

「でもスリザリンだぜ?」

 

ミス・キクチの注意を引かないようにしずしずと書棚を遠回りし、まんまと閲覧禁止のスペースに来ると、書棚の間に座り込んで癒学関係の本を手当たり次第に一番下の棚に集めていきながら、声をひそめて噂話をした。こうしておいて、夜に機会を見つけて忍び込めばゆっくり読むことができる。監督生対策は透明マントで万全だ。

 

ただ、あまりに事がうまく運び過ぎていたせいか、声が許容範囲を超えてしまったらしい。

 

「そこの1年坊主ども」

 

ヒッとピーターが身を縮めた。

 

「出てきなさい」

「・・・はい」

 

無駄な抵抗をしない程度の知恵はついた。

 

書棚の前に並ばせて、背の高いミス・キクチに冷たく横目で蔑むように見られている。

 

その目つきに震え上がりたくなってシリウスはコンラッドを尊敬した。こんな風に、しもべを見る母上のような目つきで見られて愛を語れる男は勇者に違いない。

 

「閲覧禁止の書棚で何をしていたの」

「・・・閲覧禁止とは僕たち知らなくて」

「あらそう。なぜか癒学書ばかりを並べ替えていたわね。理由は?」

「ちょっとだけ乱れがあったので。善意です」

「マダム・ピンスは書棚の乱れを見逃す方ではないわ」

 

今すぐ元通りにしなさい、と命じられた。

それも、腕組みして見張るのではなく、「その本はこっち、それはあっち」と明瞭に指示するというサービス付きだ。ありがたくない。抜け道が見出せない。

 

そのミス・キクチが微かに眉を寄せた。

 

「ねえ、ブラック」

「はい?」

「あなたたち、何を検索するつもりだったの? 『定期的な発作を伴う魔法性疾患』?」

「あ、そ、それはリーマスが」

 

言いかけたピーターの足を思い切り踏んづけた。

 

「リーマス、リーマス・ルーピン? そういえば今日はいないわね」

 

見りゃわかるだろ、とジェームズが不貞腐れた。「あいつ、毎月必ず医務室行くんだもん」

 

ミス・キクチは「毎月? 今月が今日、いえ昨日から?」と確かめた。シリウスはしぶしぶ頷く。

 

「ミスタ・ルーピンには尋ねたの?」

「毎月発作が起きるから、それに備えてマダム・ポンフリーのところに行くんだって。それしか言わない」

「だったら、そっとしておいてあげたら? お友達が言いたくないことをこっそり調べるのは正しいことかしら?」

「でも、医務室に行っても面会もさせてくれないなんて変だ!」

 

ミス・キクチはシリウスの剣幕に微かに苦笑した。

 

「だったらマダム・ポンフリーに尋ねればいいでしょう」

「聞いたよ! 知る必要のないことって言われておしまいさ!」

「どうして知りたいの?」

「僕らはリーマスの友達なんだ! 毎月の病気だってわかってるのに放っておけないよ!」

 

ミス・キクチは、毎月具合が悪くなる女の子はたくさんいるけれどね、と苦笑を深めた。そして、すっと長い指で天井を指差して言ったのだ。「ミスタ・ルーピンがいなくて寂しい夜は、夜空を見上げてご覧なさい」と。

 

 

 

 

 

シリウスには夜空を見上げて友を想う趣味はなかったが、ジェームズにはあったらしく、数ヶ月後「ミス・キクチはすげえヒントをくれてたぜ」と言い出した。

 

2年生の秋のことだ。

 

「絶対に秘密にしなきゃならない」

 

中庭を突っ切って寮への道を急ぎながら、ジェームズは息を弾ませて言った。

 

「破れぬ誓いのレベルだ」

 

やめろよ、とシリウスはうんざりして伸び始めた髪をかきあげた。まるで時代がかったナンセンスな魔法使いみたいじゃないか。そんなのはブラック家だけで十分だ。

 

「実際に誓わなくてもそういう次元の話だってことさ」

 

だったら、とシリウスが言った。「ミス・キクチは大丈夫なのか?」

 

「何がだよ」

「その絶対に秘密にしなきゃならないことを、あの人、とっくに気付いてるんじゃないかってことさ」

 

ぴた、とジェームズが足を止めた。

 

 

 

 

 

「絶対コンラッドの仕業だと思ったのに」

 

レイブンクローの女子に頼んで、ミス・キクチの机にビックリ箱を仕掛けてもらった。「夜7時にクィディッチピッチのグリフィンドール観客席」と。

 

「コンラッドだったら良かった?」

 

ジェームズが不思議そうに言うと「殴るわよ」と睨まれた。

 

付き合ってるのは一目瞭然なのに指摘すると怒るのはなぜなのかシリウスたちには理解できない。

 

「それで? 話があるんでしょう?」

「僕は夜空を見上げてみました!」

「は?」

「ミス・キクチの言う通りにしたんだ! それでわかったんだよ!」

 

よかったわねおめでとう、と棒読みで言った。

 

「ミス・キクチはどうしてわかったの?」

「安全対策。あなたたちの入学前に校内やホグズミード村に変化があった。あなたたちを閲覧禁止スペースで見つけたのは満月の翌日だった。毎月という単位での定期的な発作を伴う疾患はさほど多くない。男子なら特に」

「どうしてヒントをくれたの?」

 

あの剣幕じゃね、と肩を竦めた。「あなたたちがミスタ・ルーピンの跡をつけたりしないための予防的措置よ」

 

それだけ言うと表情を改めた。

 

「もちろん人に漏らすべきでないことはわかるわね? 安全対策が講じられて彼は入学したはずだから、あなたたちに危険が及ぶわけではないわ。ただ、わたくしはそういうことを言いふらす奴に何するか約束は出来ないけれど」と凄まれた。

 

「わかってる。絶対言うもんか!」

「だったらいいわ」

「でも僕たちも保険が欲しい」

 

保険? とミス・キクチが形の良い眉をひそめた。

 

「あなたを巻き込まなきゃ、あなたの口から秘密が漏れない保証はない」

「巻き込む、ねえ。何を企んでるの?」

「僕たち、リーマスを夜に1人にしたくない」

 

さすがのミス・キクチも顔色を変えた。

 

「馬鹿じゃないの?! 変身した彼とポーカーでもするっていうの? 遊びじゃないの! 友情ごっこで首を突っ込むには危険過ぎるわ!」

 

シリウスとジェームズは必死で頼み込んだ。

 

「だから方法を一緒に考えて! 遊びだったらミス・キクチにこんなこと頼まない!」

「変身しない方法とか、変身しても安全になる薬とかあ!」

 

アリスやドロメダによれば、ミス・キクチは学年でもトップだ。レイブンクローの首席が確実視されているのは伊達じゃない。

 

「よく聞きなさい。変身しても安全になる薬は、長い間研究されているし、仮説を立てた論文も発表されている。でもそれはまだ完成に至っていないの。1人にしたくないという気持ちさえ確かなら、それでいいじゃない。彼もあなたたちを危険にさらすのは望んでいないはずよ」

 

怖いぐらい真剣な表情だ。シリウスは賭けに出ることにした。

 

「だったら僕たちを変身させて! 僕、見たんだ! あなたはルシウス・マルフォイをイタチに変身させた!」

「お断りよ」

「だったら僕たちに変身術を教えてよ」

 

いいじゃないか別に、とジェームズが唇を尖らせる。「ミス・キクチは、魔法薬学も得意だけど、変身術はもっと得意だってコンラッドが言ってた。誰にも内緒だけど、素晴らしく美しい漆黒のしなやかな猫になれるんだって」

 

ミス・キクチは額を押さえて「内緒が内緒になってないじゃない、あの馬鹿」と呻いた。

 

「僕ら、マクゴナガル先生に教えてあげようと思うんだ。だって、教え子が在学中に動物もどきになるなんて、先生にとってはすごく嬉しいはずだもん」

「20世紀中で、たった2人の在学中の動物もどきなんて最高だもん」

 

やめて、とミス・キクチは低い声を出した。

 

「7年生までの学校で習う範囲の変身術なら教えるわ。あとは自分たちでなんとかしなさい」

 

でも約束して、と凄まれた。「もし動物もどきになれたとしても、彼を部屋から連れ出しちゃいけない。不完全な変身しか出来ない間は彼が隔離された部屋には行かない。約束できる? できないならば、あなたたちの計画をダンブルドアに報告するわ」

 

「なんでだよ!」

「マクゴナガル先生に言ってもいいの? 僕ら知ってるんだよ。あなたは無許可の動物もどきだって!」

 

シリウスとジェームズは喚いたが、ミス・キクチは顔色ひとつ変えなかった。

 

「わたくしは、一生徒の学ぶ権利が侵害されるというときに、そんな子供じみた脅しに屈する女じゃないわ。もし彼が誰かを傷つけたとしたら、一番傷つくのは誰か想像出来ないの? その程度の想像力もない奴らに変身術は無理よ」

 

知るか、とシリウスは思ったが、ジェームズは真剣に「リーマスが誰かを傷つけることがないようにする。絶対だ。約束する」と訴えた。

 

 

 

 

 

サマーホリデイにドロメダがグリモールドプレイスにやってきた。叔父上も叔母上もシシーも一緒だ。ベラが同行しなくなっただけマシだが、叔父上や叔母上の言うのと同じことばかりを良い子ぶって口にする要領の良いシシーにも十分にうんざりする。まるでレギュラスと同じタイプだ。

 

挨拶だけしてサッサと部屋に引っ込んだ。

コンコン、と部屋をノックされて「誰だよ」と不機嫌な返事をすると、「わたくしよ」とドロメダの声がする。急いでドアを開けた。

 

「ドロメダ」

「入れてくれない? レギュラスが下にいるから、今のうちに」

 

学校では取り澄ましているくせに親戚付き合いには熱心な弟に舌打ちしながら、シリウスはドアを開けた。

 

「あらまあ」

 

壁にかかったマグルの女の子のヌードのポスターを見て、ドロメダが笑った。慌ててシリウスは弁解した。マグルのポスターが手に入らないかフェビアンとコンラッドに頼んだら、なぜかこれをくれたのだ。本当は車やバイクにして欲しかったのに。

 

「別に深い意味はないんだ。動かないからマグルのだってわかるだろ。ただそれだけだよ。フェビアンとコンラッドが手に入れてくれたのがこれしかなかったんだ」

 

これが動いたら大変なシーンね、と淡々とドロメダが言い、シリウスは首を傾げた。

 

「どう大変なの?」

「わからなくて安心したわ」

「なんだよ」

「フェビアンとコンラッドの件は、アリスから制裁措置を取ってもらうことにする」

 

シリウスのベッドに腰掛けて、ドロメダが「ね、シリウス」と白いワンピースのせいでいっそう白く見える肌を隠すように襟を直した。

 

「なに」

「わたくしがブラック家と関係なくなったら、こうして会うこともなくなるから、今のうちに言っておくわ」

 

シリウスは目を見開いた。

 

「・・・は? なに言ってるの?」

「子供っぽい反抗はもうやめなさい。伯父さまや伯母さまへの当てつけなんか、それこそナンセンスだわ。あなたに信念があるとか、愛する女性がマグルやマグル生まれだというのなら、わたくしは応援する。でも、あのポスターの意味がわからないようじゃね」

 

まだ無理か、とドロメダが笑った。

 

「なんだよ。ガキだって言いに来たのかよ」

「そうよ。だってあなた、学校でブラック家の息子だって主張してるでしょう? 恥ずかしくないの? 純血主義を否定するなら、家名を強調するのは矛盾してるわ。違って?」

 

シリウスは押し黙った。

 

「純血主義が窮屈なのはわかるわ。わたくしもそうよ。でもあなたにはまだ成人まで間がある。伯父さまや伯母さまの庇護無しには生きていけない。もう少し落ち着いて考えなさい。本当に純血主義を否定するのなら、いつかはブラック家を出ることになるわ。あなたはブラック家のただ1人の息子というわけじゃないんだもの。そのことまで含めてきちんと考えなさい。いいわね?」

 

シリウスは反抗的にドロメダを見た。

 

「ドロメダだって、いつかはベラみたいにヴォルデモートが決めた相手と結婚するだろ!」

 

死んだほうがマシよ、と激しい言葉と裏腹に静かにドロメダは言った。

 

「わたくしはわたくしなりに、ブラック家の娘として恥ずかしくない生き方をするわ。少なくともどこの馬の骨ともわからない闇の魔法使いなんかに愛情を向けた挙句に、お下がりとしてレストレンジ家に払い下げられるような倒錯的な結婚をするなんて、先祖に顔向け出来ない人生は歩まない」

 

ドロメダの顔立ちは驚くほどベラに似ているのに、ベラとはまったく違う種類の険しさがあって、シリウスは気圧されて言葉を返せなかった。

 

 

 

 

 

ほわんほわんと幸せそうなコンラッドが不気味だ。

 

「レイと結婚するの?」

 

卒業まであとひと月だ。そういう話題でもおかしくない。

しかしコンラッドは「56回目のプロポーズを断られたところだ」と笑った。

 

「56回もプロポーズしたの?」

「でも断り方に愛があった」

「愛があっても断られたんだろ?」

 

アリスがシリウスの背後から「あと100回ぐらいプロポーズしてから結婚すると思うわよ」と言う。

 

「100回?」

「シリウス、コンラッドみたいになっちゃダメ。発情するたびにプロポーズしてるから、もはや本気とは思われなくなってるわ」

「発情? マンドレイクみたいに? 何かの鉢に入るの? マンドレイクの鉢に入るとコンラッドみたいになるの?」

 

アリスはこめかみを押さえて「・・・やっぱりグリフィンドールの男って、基本的に馬鹿よね」と呟いた。

 

「そんなことより、シリウス、ちょっと来て」

 

アリスに手を引かれてシリウスは肖像画の穴をくぐった。

 

「・・・レイ」

「門限が近いから手短に言うわ、シリウス、最近おうちから、おじさまのお宅の件で何か連絡はなかった?」

「おじさま、叔父上? ドロメダの家のこと? 別に何も」

 

アリスと怜は頷き合った。

 

「シリウス、命令よ。おうちからドロメダの様子を尋ねられたら、特に変わった様子はないと言うのよ、いいわね?」

「ドロメダに何か変わったところがあるの?」

「ないわ。ないのよ、シリウス」

 

アリスがシリウスの肩を抱いて肖像画の穴を通し、自分は階段に残った。

 

シリウスは首を傾げ傾げ、幸せそうなコンラッドの後ろを通って部屋に戻った。

 

 

 

 

 

ガターン!

 

大広間に大きな音が響いた。スリザリンのテーブルのほうからだ。

何の気なしに顔をあげると、ハンカチで口を押さえたドロメダが走るのが見えた。

 

レイブンクローのテーブルから怜が立ち上がり、シリウスがそれを追いかけようとしたら、アリスに突き飛ばされた。

 

「なんだよ!」

 

怜とアリスの後を追って駆け出すと、3人は玄関ホールから一番近い女子トイレに入ってしまった。

 

「・・・なんだよ、もう」

 

女子トイレの中まで追いかける勇気はない。

 

そのあたりで、靴先で壁を蹴って出てくるのを待った。

 

やっと出てきたドロメダは青い顔をしている。「ドロメダ、具合悪いの?」

 

「悪くないわよ」

 

アリスが人の良さそうな丸顔を微かに緊張させて、ドロメダの代わりに答えた。

 

「嘘だ!」

「大きな声を出さないで。この前の命令、忘れていないでしょうね?」

 

怜の低い声に、ぐ、と詰まり「忘れてない」とシリウスは答えた。

 

 

 

 

 

 

伊達に一族全員がスリザリンの出身ではない。寮の入り口ぐらいすぐにわかる。そこでシリウスは弟のレギュラスを捕まえた。

 

「おい」

「・・・なんだよ」

「ドロメダに何があったんだ」

 

知るもんか、と言いながらもレギュラスは目に涙を浮かべている。シリウスはその肩を掴んだ。

 

「どうしたんだよ?」

「ドロメダは、『穢れた血』の子を産むんだってみんなが言うんだ。なんだよそれ、兄上、なんでそんなことになるんだよ! 僕もいつか『穢れた血』と子供作るのかってからかわれる!」

「そんな言葉使うな!」

「兄上にはわからないんだ! 兄上やドロメダみたいな『血を裏切る者』のせいで僕やシシーがどれだけ肩身がせまいか!」

 

シリウスは思いきり弟の顔を殴った。

 

「いいか、命令だ。ドロメダのことは母上や父上には絶対言うな! 言ったらおまえこそが『血を裏切る者』だ。シシーにもそう伝えろ。わかったか!」

「な、なんでだよ?」

「ドロメダはブラック家の娘だからだ。おまえの血はブラック家の血だろ。ブラック家の娘を裏切ることはブラック家の男として最低だ!」

 

 

 

 

 

ホグズミードの駅までハグリッドに引率されて、シリウスはアリスや怜と一緒にドロメダの見送りに行った。

 

何かの騒ぎになって、早く学校を出たい、とドロメダが訴えたからだそうだ。卒業まであと少しなのに、とシリウスは思うが、先生たちも賛成したらしい。

 

「キングズクロスには、フラメルのおじいさまとおばあさまが迎えに来るはずよ」

「卒業したら、わたしもレイと一緒にすぐに行くわ」

 

代わる代わるドロメダとハグをして、アリスと怜が言うけれど、シリウスにはなぜドロメダが学校を辞めるのかわからない。誰に尋ねても、誰もハッキリとは答えてくれなかった。

 

「シリウス、元気でね」

「なあ、ドロメダ。卒業までいちゃいけないの?」

「いたくないの」

 

ドロメダは今日も少し顔色が悪い。

 

「病気ならマダム・ポンフリーに治してもらいなよ」

「病気じゃないから治してもらいたくないの、絶対に」

 

ほれもう時間だ、とハグリッドがシリウスの肩を掴んで引っ張った。

 

ホグワーツ特急が遠ざかるのを見送り、怜やハグリッドに「なあ」と尋ねようとしたら、あからさまに避けられた。アリスを振り返ると、なぜかビクっとした。

 

「ドロメダはなんで病気なのに学校辞めたの?」

「そ、それはね、シリウス・・・病気じゃなくて、えーと、つまり・・・ちょっとだけ早めによその鉢に潜り込んだマンドレイクというか・・・」

「それはフェビアンから聞いたよ。マンドレイクの鉢に潜り込むのは良いことなんだろ? コンラッドが羨ましがってたもん」

「コンラッドの言うのとは違う意味で、その、おめでたいことよ。ね、ねえ、レイ?」

 

アリスが呼びかけたが、怜とハグリッドはものすごく速い足取りで学校に向かって歩いていた。

 

「教えてよ、アリス。ドロメダはマンドレイクの鉢に入って病気になったの?」

「勘弁してよ。なんでこんなことも知らないのよ?!」

 

アリスの絶叫が夕暮れの迫るホグズミードに響き渡った。



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閑話10 恋の嵐

リヴァプールの駅にはテッドが迎えに来てくれていた。

 

フラメル夫妻の手を借りて、絶対に追手がかからない家を用意するための3日間だった。

実家には、シシーが姉の「ふしだらな」行状を逐一報告していたらしく、大広間から飛び出した翌日には両親がホグワーツに連れ戻しに来たと聞く。ただ、その時に怒りに我を忘れた父が「堕胎の魔法薬もないのか」とダンブルドアを詰り、それを取り成したつもりの母が「そんな薬を使うべきではないわ。生まれた子をマグルの孤児院にでも放り出せば良いのです」と言ったことで、先生方はドロメダをこのまま両親の手に渡すわけにはいかないと判断してくれた。マクゴナガル先生の部屋に泊めていただいて、スラグホーン先生の許可を得て、マダム・ポンフリーとアリスと怜が荷造りをした。

 

「ドロメダ!」

 

ホームのテッドに抱きついて、その体の温もりを確かめた。

 

「顔色が悪い」

 

テッドがドロメダの頬に手を当てて心配そうに言うと「それは仕方ないわ」と、ペレネレおばあさまがそっとドロメダの背中に手を当てた。

 

「さ、おじいさまの車に乗ってちょうだい。わたくしたちの家に案内しますからね」

「ふむ。それが良かろう」

「いえ、わたくしたちはわたくしたちの家に」

 

ドロメダが言いかけると、テッドがドロメダの手を引いた。

 

「え? 違うの?」

「フラメル夫妻から家を借りたんだ」

 

ふふふん、とニコラスおじいさまが両手を広げた。「私たちの怜は9月からオックスフォードだろう? 私たちはオックスフォードに家を用意したからね!」

 

悪阻のせいではなく、ドロメダは軽い眩暈を感じた。

怜がビートルズが好きだからとリヴァプールに家を用意し、今度はオックスフォード? 爺馬鹿にもほどがある。

 

「そういうわけだから、我々のリヴァプールの家が一番手軽で安心だ。若い2人には申し訳ないが、怜がホグワーツから帰ってくるまで、同居させてもらっても構わんかな?」

 

構います、と言おうとしたが、テッドが先に「僕もそのほうが安心です」と答えてしまった。

 

「テッド?」

 

心外だ。家事全般の生活魔法はしっかり学んできたのに。

 

シシーの「ふしだらな姉に関する報告書」が書かれるずっと以前から、ホグワーツの卒業と同時に両親がドロメダを純血の家に縁付けるつもりでいることはわかっていた。ベラの結婚を見ればわかるように相手はヴォルデモートの一派から選ばれるのだろう。

すでにテッドと交際していたドロメダは、卒業後は実家に帰らずに済むよう、サマーホリデイの間に怜やアリスの家を訪問する体裁で、少しずつ大事な荷物を移しておいた。

 

それだけ計画的にしたことなのだから、家事全般の魔法を覚えるのは基本中の基本だ。

 

ホグズミードに2人きりで過ごす隠れ家に最適な小さな空き家を見つけたせいで、ちょっと計算間違いをしたことは認める。

駆け込んだトイレで怜が指折り数えた結果、約1カ月先走った計算になる。

 

「君は忘れてるようだけど、母親になるんだよ。体調が落ち着くまではペレネレおばあさまに側にいてもらうべきだ、絶対に」

 

ぎゅっとテッドの手を握った。

 

 

 

 

 

ひと月足らずのことなのに、怜やアリスのことが心配でならない。

 

あの姉が、マグル生まれと駆け落ちした妹をそっとしておくような微かなデリカシーさえ持っているとは思えない。間違いなく殺す気で追ってくるだろうし、妹を殺すついでに妹の親友2人を殺すのを躊躇うような殊勝さは微塵も持ち合わせていない。シリウスの「殺されるかと思ったぜ」といった口癖とは全く違う、文字通り「殺す」ことが平気な鈍磨した感性の持ち主だ。

 

そう不安を訴えると、ペレネレおばあさまはにこりと微笑みながら「怜はそこらの死喰い人に負ける子ではありませんよ」とたしなめた。「もちろんアリスだって、闇祓い局に就職が決まったのですから、優秀なことはわかっているでしょう? 今一番大切なのは、あなたの安全ですよ」

 

「その通り!」

 

お茶にモリっと砂糖を加えながら、ニコラスおじいさまが合いの手を挟んだ。

 

ニコラスおじいさまは、ふくふくした頬とお腹の、見るからに温厚な人だが、かなり用心深い人でもある。テッドにそう言うと「当然だ。じゃなきゃ700歳近くまで生きられるもんか」とアッサリ言われた。

この家には幾重にも保護と隠蔽の魔法がかけられているそうだ。丁寧に説明されたが、あまりに古い時代の魔法から、マグルの装置を利用した最先端を超越した魔法まであって、とても理解が及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

テッドとニコラスおじいさまは気が合うらしく、暇さえあれば2人でガレージいっぱいの何やら得体の知れないマグルの機械をいじっている。

 

「ニコラスおじいさまもマグルのことにお詳しいのですね」

 

驚いてペレネレおばあさまに言うと「わたくしたちはマグルの夫婦のフリをして暮らしたこともありますからね。もちろん今でも、ちょくちょくマグルのお店やレストランを利用するわ」と教えてくれた。

 

マグル、とドロメダは俯いた。

 

いつかはテッドの家族にも会わなければならない。テッドの家族はもちろんテッドをホグワーツに通わせたのだから、魔法界に理解はあるだろうけれど、それならばなおさら純血主義のブラック家に良い印象を持っていないのではないだろうか。

 

それ以前に、この家から出られるのはいつになるのだろう。

小さく暖かい家だ。不満はない。

いずれはこんな家に家族で暮らしたい。

 

ただ、ひたひたとヴォルデモートの勢力が強まるのを、ブラック家の娘として知りながら、あえてテッドと結婚することを選んだことが果たして、テッドに対してフェアだったと言えるだろうか。

 

「わたくしはベラトリクス・レストレンジの妹なのに」

 

そう呟くと、ノンカフェインのハーブティーを用意してくれたペレネレおばあさまが「そのようねえ」とのんびりと言った。「いっぷう変わったお姉さまね。先日、キングズクロス駅でたくさんの殿方を引き連れて10番ホームで騒いでいらしたわ。あなたを『とっ捕まえろ!』とね。あなたはマグルのお嬢さんの服装をきちんと着ているし、礼儀作法も折り目正しいのに、同じご両親がお育てになったのは不思議だわね」

 

ドロメダはこめかみに指を当てて目を閉じた。目に浮かぶようだ。頭が痛い。

 

「ご迷惑をおかけして」

「あら、他人ですもの。迷惑なんかではないわ。あなたが一番迷惑を被っているのだから、そんなに引け目を感じてはダメ」

 

感じないわけには、とドロメダは言葉を濁した。

 

「いかない?」

「ええ。特にテッドに」

「あなたのような素敵なお嬢さんを射止めた殿方に何の引け目を感じるの?」

「ただでさえマグル生まれとして、厳しい時期を迎えるのに、わたくしなんかと結婚することになって、余計に厳しい立場に・・・」

 

ペレネレおばあさまはにこにこと微笑んだ。

 

「厳しい時期を迎えるのはイギリスだけ。怜の伝手があれば、日本にも行けるし、わたくしたち夫婦の伝手を使えばフランスも問題ないわ。あなたが安全に子供を産んで育てるならば、日本やフランスのほうが良いわよ」

「テッドのご家族はイギリス人ですから」

「ほうら、彼の都合もあるでしょう?」

 

ペレネレおばあさまはカップの上から目だけを覗かせて笑った。

 

「わたくしたち夫婦は何百年も夫婦でしたけれど、引け目なんて感じたことはないわ。なにしろ、さんざん振り回されましたからね。ニコラスには引け目を感じる神経がないし」

「そんなことは・・・」

「あるように見えて?」

 

見えません、と正直に言うわけにはいかない。

 

「夫婦というのは、結婚すると決めたときから平等な立場です。ですから、わたくし、ニコラスの錬金術・・・錬金術は女性を立ち入らせないのが普通だったのですけれど、錬金術の実験全てに立ち会いました。ひょっとしたら、そのせいで子供が出来なかったのかもしれないわ。そのことを悔やんだら、ニコラスが言いました。『だったら私が錬金術師だったのが悪いと言うのかい?』と泣きべそをかいてね。確かにそうだわね。どっちもどっちだわ、と思って以来そのことには一度も触れないことにしたわ。あなたがたも同じ。テッドが純血の魔法使いだったら、今のテッドだったかしら? あなたが愛するテッドは、マグル生まれだから今のテッドなのよ。逆も同じ。あなたがマグル生まれだったら、今のあなたじゃないわ」

 

確かにそうだ、そうなのだが、割り切ってしまうには事態は大き過ぎはしないだろうか。

 

「事態が大きく思えるのは、あなたがまだ若いからよ。わたくしの年になってごらんなさい。たいていのことには驚きませんから」

 

これが適切な励ましなのかどうか、ドロメダには今ひとつ判じ兼ねた。

 

 

 

 

 

「まったくさんざんよ、ブラック家では、なに、マンドレイクから子供が生まれるって性教育するわけ?」

 

アリスはドロメダを見送ったあと、シリウスに「子供の作り方」を教える羽目になったのだそうだ。

 

「グリフィンドールの談話室で羊皮紙に図を描いて『マンドレイクには雄株と雌株があります』からよ?」

 

怜が「そんなのあった?」と言うとアリスが「他にどう説明しろっていうのよ? シリウスの頭の中に合わせる必要があったの! たぶん来年はスプラウト先生に『雌株の鉢はどれ?』って聞きに行くわね」と断言した。

 

「それで、雄株と雌株がどうなるの?」

「『ニキビが消える頃になると雄株は雌株の鉢に、雌株は雄株の鉢に入りたがります』」

「へえ」

「笑い事じゃないわよ、レイ。あなた他人事だと思ってるだろうけど、コンラッドったら『俺はレイの鉢に入りたい』って言ってたわ」

 

ニコラスおじいさまの防犯魔法が必要ね、とドロメダも笑い出してしまった。

 

「そしたら、ジェームズが『鉢に入ったら病気になるんだろ?』なんて言い出して、おかげでマンドレイクの雌株には悪阻が来ることになったわ」

「卒業してて良かったわね、わたくしたち。来年のスプラウト先生の怒りが怖いわ」

「まったくよ」

 

それで? と怜がニヤニヤしながらアリスをつついた。「フランクはアリスの鉢に入りたいとは言わなかったの?」

 

「フランクはそういうことは口にしないの。フェビアンやコンラッドと違って」

「フランクがマンドレイク派だったら、あなた、大変ね」

 

しみじみとドロメダが言った。ドロメダ自身の経験に鑑みて、いろいろ大変なのだ、いろいろと。

 

「テッドがマンドレイク派だったの?」

 

怜が目を丸くした。

 

「違うわ、わたくしがよ。わたくしもブラック家で慎み深く育ったのだから」

 

確かに慎み深いわね、とアリスが苦笑した。「あなたのお姉さまの慎み深さにはびっくりだわ」

 

ドロメダは青くなった。「まさかあなたがたに姉が何か?」

 

「『あの忌々しい妹の友達の、血を裏切る小娘どもをやっちまいな! あれでも純血だからさぞいい子を産むだろうさ!』レストレンジ家ではニーズルのブリーダーを始めたみたいよ」

「笑い事じゃないわ! 何もされなかったの? 無事だった?」

 

コンラッドに似てきた怜の軽口をからかう余裕のないドロメダに、アリスが「落ち着いて」と声をかけて背中を撫でた。「無理もないけど、ちょっとナーバスね、ドロメダ。忘れたの? わたしもレイも、昔からあなたのお姉さまに憎まれているから、今さら油断なんかしないわ」

 

両手で顔を覆ったドロメダに怜が「1カ月もこの家から出られなかったんだもの、心配するばかりだったのはわかるわ。でも、わたくしたちだってあなたのことが心配だったのよ」と穏やかに言った。

 

「え?」

「レストレンジ家に子供が生まれる話を聞いたことある? 血がどうこう以前に、お姉さまにとっては嫉妬の対象だわ」

 

ドロメダは頷いた。「でしょうね。わかってて子供を作ったのだもの」

 

怜とアリスが目を見開いた。

 

「闇の印を刻印される前に」

「どういうこと?」

 

ドロメダはテッドにしか話していないことを2人に話した。

 

「死喰い人に女性が少ない理由がそれよ。闇の印を刻印されると、子供が出来なくなるの。体に闇の魔術を刻むのですもの。当たり前の体の機能は期待出来なくなる。女性は特にね。だからわたくし急がなきゃいけなかった。卒業して、いったん家に戻って、それからテッドと結婚するなんて当たり前の手順を踏んでモタモタしてるうちに、あの姉はわたくしに闇の印を刻印しに来たと思うわ」

 

アリスが「ご両親はそこまでは望まれないでしょう?」と慎重に言った。

 

「そうね、両親はね。でもわたくし、昔から姉に憎まれていたから。その点では姉と両親の意見は一致していないのだと思うわ」

「お姉さまはどうしてそこまで」

「ヴォルデモートに夢中だからよ。ヴォルデモートのためなら、ブラック家の血を絶やすことぐらい平気だそうよ。それこそが忠実なしもべの証なんですって」

 

馬鹿みたい、と怜が吐き捨てた。「純血主義者の自己矛盾もそこまでいくと狂気の沙汰だわ」

 

「レイ、言い過ぎよ。でも、自己矛盾は確かにそうね。その理論だと、いつか絶滅するじゃない?」

「姉が闇の印を刻んだのが真の忠誠を誓うためだけで、それ以外の純血の魔女に死喰い人の子供をさんざん産ませれば良いのですって」

 

やっぱりブリーダーだわ、と怜が頭を振った。

 

 

 

 

 

 

妊娠中に、3度死喰い人からの追手が、リヴァプールの街をウロついていた。

 

よほど妹がマグル生まれの男との間に子供を作るのが許せないらしい、とドロメダは呆れた。

ドロメダ自身は、シシーが死喰い人との間に子供を作ることなど気にもならない。いずれそうなるのはわかりきっているが、もう自分には関係ないことだと思っている。それこそニーズルのように次から次へと、純血の男たちの子を産ませられても構うまい。せいぜいブラック家の血を引く純血の子を増やせばいい。

 

ベラはきっと幸せではないのだ、とドロメダは苦笑した。

 

違う道を選んだ妹の邪魔をするより、自分の生活を楽しめばいいのだ。同級生のモリー・プルウェットのように。

 

ーーアーサー・ウィーズリーと結婚したモリーはもうすぐ2人目の子供を産むというのに、ベラときたら

 

リヴァプールで出産するのは危険だからと、友人たちがデヴォンにテッドが用意した家に移してくれた。

オッタリー・セント・キャッチポール村には昔から魔法族の集落があるが、変わり者が多く純血主義者がいないことが、今のところ確認されている。それでもフラメル夫妻の手で、さらに進化した保護隠蔽魔法がかけられた。

 

その家で、穏やかな魔女たちに助けてもらいながら子供を産むことは、ドロメダの心をゆるくほぐした。純血主義だとか死喰い人だとか、殺伐とした世界から飛び出せば、カラフルな色に満ちた明るい世界が開けていたのだ。

 

ーーここまでカラフルじゃなくて良かったのだけれど

 

生まれた子供を見に来てくれた怜が、唖然として顔を上げた。

 

「ドロメダ、この子・・・」

「あら、また変わった?」

 

怜が頭を振り「初めて見たわ、七変化?」と呟いた。

 

「そうよ、不思議でしょう? もう何代もブラック家には生まれてないのにね」

「あなた、ベラに知られたら殺されるわよ」

 

そうなのよね、とドロメダは苦笑した。本当に困った姉だ。

 

「だから、強力なゴッドマザーとファーザーがこの子には必要なの」

「誰に頼むか決めたの?」

「あなたにね」

 

怜が「は? わたくし?」と自分を指差した。

 

「ええ。あなたとコンラッド。適任でしょう?」

「名誉なことだけれど、コンラッドと一緒に?」

「あなたにゴッドマザーを頼んだと知ったら、ゴッドファーザー予定者を急病にして自分が命名式に来るぐらい平気な男だもの。最初からコンラッドにしてた方が平和でしょう?」

 

コンラッドはもう少し落ち着いて考えるべきだ、とドロメダは呆れている。

入学式の日に一目惚れして以来、様々にアプローチしているのは知っているから、彼が彼なりに真剣に怜を愛しているのは迷惑なほどわかっているが、好きだ、結婚しよう、といくら騒がれても本気にするわけにはいかないのだ。普通の神経を持った女性なら。

 

「怜、本当にコンラッドと結婚する気がないなら、彼がたとえ絶望するとしても別れなさい」

「別れ話なら何度もしたわ」

 

小さなニンファドーラを抱き上げて怜が呟いた。

 

「コンラッドが早くに子供を作らなきゃいけない立場なのはわたくしだってわかってるの」

「だったら」

「わたくしも同じような立場だから」

 

なぜわたくしの家名が菊池だと思うの、と怜が小さく笑った。「無駄に高名なシメオン・ディミトロフの娘なのによ? 日本人の血は1/4しか入ってないのに」

 

ねーニンファドーラ? と、ドロメダにではなく小さなニンファドーラに向かって宣言した。

 

「あなたのママは、とんでもないゴッドファーザーとゴッドマザーを選んじゃったわよう。ベラおばちゃま予防のためだけに、日本とイギリスのあらゆる魔法種族をこき使う気だわ」

 

まさか、というドロメダの呟きに怜はもう答えなかった。

 

ニンファドーラの髪が、淡い水色の涙のような色に変わった。

 

「最初から付き合うべきではなかったわ」怜の声は、少し掠れていた。「わかっていたけれど、止まれなかったの。ブレーキが壊れたろくでもない車みたいに」



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閑話11 Let's get married

ロンドンの霧雨が静かに石畳に降りていく。

 

アリスとフランク・ロングボトムの結婚披露のパーティは漏れ鍋で行なわれる。あと2時間だ。

 

漏れ鍋近くのマグルのホテルで、窓からしっとりと濡れた街並みを眺めていた。

和柄をデザインしたドレスローブを着た母が「あなたには誰かいないの」と、化粧をしながら呆れたように言った。

母はフランクの母親の親友代表としてパーティに呼ばれているのだ。フランクの母親の親友の残り2人はホグワーツの教職員だから、学期中にホグワーツを離れるわけにはいかない。

 

「いない」

「嘘はいいわ。ミネルヴァから聞いてるもの」

「だったら聞かないで」

 

溜息をついて母が「別にイギリス人でも構わないわよ、いまさら」と呟いた。「わたくしの母がロシア人を婿にしたときは騒ぎになったみたいだけれど、みんなもう慣れたわ。菊池家の娘が外国人を連れて帰るのには。純血かどうかもどうでもいい、マグル生まれでもね。むしろマグルでも構わないぐらいよ」

 

薄手のショールで冷えてきた肩を覆った。

 

「わかってるわ」

「魔女か魔法使いが産まれさえすれば文句は言わないのだから、さっさと連れていらっしゃい」

 

日本の魔法界は寛容だ。だがその寛容な日本の魔法界も両親も唯一反対するであろう相手がコンラッドなのだ。マクゴナガル先生にさえ、母は自分の立場をはっきりと明かしてはいないのだろう。また、マクゴナガル先生は生徒のプライバシーだと判断すれば、相手の名前を親友にだって明かす人ではない。きっと「誰かいないのかしら?」「いないこともないでしょう」程度の会話だったのだと思う。

 

「さすがに闇の魔法使いは困るわよ? マルフォイの息子なんかやめてね」

「アレはもう結婚したわ。ブラック家の末娘とね。鼻高々よ」

 

あらおめでたいこと、とクシャミに「ゴッドブレスユー」と言うのと同じ調子で応じた母が「お父さまがうちに来たときは、おじいさまが騒いで大変だったわ。ブルガリア人は全員グリンデルバルドの手下だなんて言って」と思い出し笑いをした。

 

「おじいさまが騒いだって、お父さまがぷちっと潰したら終わりでしょう?」

 

魔法薬学者らしい痩躯の祖父を思い出して怜は訝った。

 

「にこやかに迎えてお茶に真実薬を混ぜて尋問したわ」

 

ダームストラングの男たちはみんなウォッカの飲み過ぎね、と母は呟いた。「やることがいちいち大仰で極端。お父さまも何をするかわからないけれど、殺しまではしないと思うから、早く連れてらっしゃい」

 

拙速このうえない催促をする。

 

「結婚する気がないの」

「ないのにお付き合いしたの? 最近の若者はそうだと聞くけれど、お母さま、それだけはやめて欲しかったわ。まさか相手のほうに結婚する気がなかったということ? だったら、お父さまに言って報ふ」

「わたくしのほうにないの!」

 

だったらいい加減に日本に帰ってきなさい、と母が厳しい口調で言った。「魔法界云々を抜きにしても神社を継ぐなら日本の大学を卒業しなきゃいけないのはわかってるでしょう。ロースクールじゃ神職の資格は取れないわよ」

 

言われるまでもなくわかっている。

 

「しかもあなた、今年から魔法法執行部の研修を始めたのですって? お母さまもお父さまも聞いてませんよ!」

 

要するにそれを言いたくてオックスフォードから呼び出したのだろう。

 

「・・・お母さまだって、ホグワーツを卒業してからイギリスの魔法省に入って働いたでしょう?」

「自由に帰国出来なかったからよ。わかってるでしょう。日本の魔法界は、マグル社会で国外との移動が制限される間は姿現しや移動キーにも同じ制限をかけるわ。お母さまはあなたと違ってホグワーツに入学してからずっと帰国出来なかった。帰国したら、お父さままで無理やりついてきて、すぐ結婚してあなたが出来て。だから、お母さまはあなたが小さい頃に大学に通ったの。覚えてない?」

 

覚えている。怜は幼い頃は祖母に育てられたのだから。変身術の得意だった祖母が庭石をいろいろな動物に変身させてくれたし、魔法薬学者の祖父の研究室で絵本を読んで過ごした。

 

「結婚する気がない人とイギリスでズルズルお付き合いするより、日本に帰ってきて、大学に入りなさい」

 

返す言葉もなかった。

 

 

 

 

 

狭いパブを拡大呪文で盛大にスペース拡大してある会場で、ドレスローブを着たコンラッドがこちらをちらちら見ているのがわかる。今日は母と一緒に出席するんだからあなたは近寄らないで、ときつく言っておいた。

 

アリスの晴れの日に、妙なケチはつけたくない。ただでさえドロメダが出席出来ないのだから。

 

もしヴォルデモートなどという奴がいなかったら、と毎日のように考える。

ベラの頭がおかしいのは治らないにしても、純血の親友が純血の男性と結婚するパーティを欠席させるほどブラック家がおかしくなりはしなかっただろう。ドロメダと怜は、ここに同席してアリスを祝福できたはずだ。ドロメダとテッドの間に生まれた小さなドーラがブライドメイドをつとめたかもしれない。カラフルにひらひら変わる気紛れな髪を見て、ブラック家の人々の純血意識も和らいだかもしれない。

 

そしてもしヴォルデモートなどという奴がいなかったら、コンラッドの義務はもう少し緩やかなものだったかもしれない。

 

「かもしれない」をいくつ並べても現実は変わらない。

 

5年間、何度も何度も話し合った。気が狂うほど何度も。でも結論はいつも同じだ。

コンラッドはウィンストン家の血を継ぐ子供を作らなければならない。ヴォルデモートの勢力が勢いを増している今、それは喫緊の課題とさえいえる。今コンラッドに何かあったら、イギリス魔法界の混乱がマグル社会に波及しかねない。さらには他国にも。イギリス魔法界だけで事を済ませるためにはウィンストン家が磐石であることは不可欠なのだ。

しかし、怜も同じ立場だ。日本にはイギリスと違って喫緊の課題があるわけではないが、血を残さなければならないのは同じことだ。

 

別れて互いに別の人と結ばれるべきだ。

 

なのに、そう結論を出した翌日には、いつもコンラッドは現れてしまう。「家に帰るために姿くらましすると君の前に出てしまうから仕方ないじゃないか。僕の3つのDが全て君なんだから」と、基本的なところに話を戻してしまう。ぐるぐると回り続ける。

 

フェビアンとギデオンが、怪訝な顔でやってきた。母は幸いフランクの母親と話し込んでいる。

ギデオンは1学年上のフランクの同級生だ。フェビアンと年子の兄というより、双子のようによく似ている。

 

「今日はどうしたんだい、君たち」

「主役はアリスとフランクよ。コンラッドの悪ふざけは相応しくないわ」

 

そりゃそうだけどさ、とフェビアンが口ごもる。

 

「せっかく君のママが日本から来てるのに、紹介しないつもり?」

「必要ないもの」

 

ひでえなあ、とギデオンが笑った。「コンラッドじゃないよ、俺たちぐらい紹介してくれよ」

 

「怜、ホグワーツのお友達?」

 

タイミング悪く母が戻ってきてしまった。「ええ、お母さま。ギデオン・プルウェットとフェビアン・プルウェットよ」

 

「まあ、プルウェット家の。あなたがたもレイブンクロー?」

「いえ、僕たちはグリフィンドールでした」

「お母さま、アリスもフランクもグリフィンドールだったのよ。今日招待されたお友達はグリフィンドールがほとんどだわ」

 

それはそうね、と母が小さく笑った。「グリフィンドール出身者の結婚式は楽しくていいわ。気質が明るいのがよくわかるもの。おかしなわるふざけもこんな日には悪くないわね」

 

「お母さま!」

「楽しませるなら、僕らにおまかせを!」

 

陽気なプルウェット兄弟が芝居がかったお辞儀をして去るのを、怜は頭痛をこらえて見送るしかなかった。母が怪訝な顔で怜の顔を覗き込む。「なにかいけなかったかしら?」

 

「絶対あの2人、ギャンボルアンドジェイプスに行ったわ」

「悪戯用品店?」

「おかしなわるふざけにゴーサインを出してもらったようなものですもの。大手を振ってわるふざけするに決まってるわ」

 

あらまあ、と母がのんびりと笑うが、ミセス・ロングボトムの怒りを想像すると血の気が引く。漏れ鍋の結婚式でさえロングボトム家の格式にそぐわないとご不満だったのだから。ーーロングボトム家は代々湖水地方のロッジを借りて式を挙げたものです!

フランクはロングボトム家の財産で盛大なパーティを開くより、自分とアリスの闇祓いの収入で賄う範囲のパーティにしたがった。もちろんそこにもヴォルデモートの陰が落ちている。警備の問題だ。出席者に万が一のことがあってはならない、と気真面目なフランクは主張した。

 

今、ミセス・ロングボトムはコンラッドと話している。けばけばしい色柄の奇抜なデザインのドレスローブではなく、きちんとしたブラックタイのドレスローブを着たコンラッドならロングボトム家の格式に相応しいと思ってくれることを願うしかない。

 

その時、パパパパパーン!と爆竹が鳴った。

 

「・・・始まった」

 

怜はこめかみを押さえた。

 

「少しは楽しみなさい。魔女のくせに遊び心のない子ね」

「7年間付き合わされたら、遊び心も尽き果てたわ」

「ミネルヴァをゴッドマザーにしたせいね。融通の利かないクソ真面目。最初のボーイフレンドに操を立てて結婚しないと言い出すところまで、まあそっくり」

「・・・え?」

 

行くわよ、と母が怜の肘を取った。

 

 

 

 

 

 

漏れ鍋の裏庭に打ち上がった花火のドラゴンが火を噴く。

 

「なになに?」

 

騒がしさに目を閉じる怜の横で、母が楽しげに呟く。「ロングボトム家に・・・クィディッチチーム、ほどの、ジュニア、を。ですって。まあ大変」

 

「わたしを殺す気?」

 

白い花嫁のローブをまとったアリスが怒鳴った。

 

「なにをおっしゃる、アリス・ロングボトム。プルウェット家の血を引く花嫁なら、子沢山間違い無しだ!」

「うちのモリーを見てみろよ!」

 

招待客が笑い出した。ウィーズリー家の子沢山は近年の数少ない温かい話題だ。

 

「男ばっかり3人産んで、今度こそ女の子かと思えば、また男がまとめて2人だ!」

 

また男!しかも2人!と叫んで卒倒したプルウェット家の長老格の大叔母さまの逸話まで込みで。

 

「あと2人でクィディッチチームに手が届いちまうぜ!」

「やめてちょうだい、ミュリエル大叔母さまが心臓麻痺を起こすわ!」

 

アリスの叫びに、酔った叔父さまの1人が「うるせえ婆が早く片付いていいだろ?」などと言い出して収拾がつかない。

 

「ねえ怜」

 

騒がしさに耳を塞ぐ怜の耳元で母が叫んだ。「数が多ければ解決する問題だって世の中にはあるわよ!」

 

「え?」

「お母さまは、まだ死ぬ計画はありませんからね。クィディッチチーム分の孫が出来るまでぐらいは待ちましょう。だから頭を柔らかくなさい。とにかく早く片付いてちょうだい」

 

 

 

 

 

 

囃し立てられるオックスフォードのクライストチャーチの図書館から、ほうほうの態で脱出してきた2人は、小さなカフェでお茶を飲んだ。

 

「プルウェット兄弟のおかげで解決策を思いついたんだ」

「あの2人、そのためにやったのね。アリスも」

「クィディッチチームほどとまでは言わない。僕はクィディッチプレイヤーじゃないからね」

「言われても困るわ。人間業の範囲にして」

「君が家名を捨てることもない。ただ、僕の子供を2人以上産んでくれたら解決する」

 

その前に、と怜はコンラッドの前に顔を突き出した。

 

「なんだい? あと3日間なら僕は舞い上がってるから、なんでもするよ」

「じゃ、3日のうちに、わたくしの父からわたくしを攫いに来て」

「え?」

「お忘れかもしれませんが」

「君のパパって・・・シメオン・ディミトロフ?」

 

そうよ、と怜は言って立ち上がった。「ちなみに、父が母との結婚を許してもらいに来たときは、祖父がお茶に真実薬を入れて尋問したらしいわ。父が何をするか考えたくもない。一応、今からわたくしが実家の両親に説明はしておくけれど」

 

顔色をなくしたコンラッドをその場に残して姿くらましをした。

 

 

 

 

 

「うちの婿を廃人にする気?」

 

母の怒鳴り声に怜は耳を塞いだ。

 

「ダームストラングでは当たり前だとしても、磔の呪文だなんて!」

 

顔色を変えて、慌てて立ち上がって庭に駆け出した。「お父さま!」

 

「・・・許す」

 

父がぎりぎりと食いしばった歯の間から、死ぬほど言いたくなさそうに言葉を絞り出した。

 

「え?」

「最初からの条件だ・・・20回の磔の呪文の間に気が変わらなかったら、嫁にやる、と。23回耐えおった」

「何こっそり数を増やしてるのよ!」

 

更に母が怒鳴りつけると、父は大きな体を縮めて呟いた。

 

「・・・50回にしておけば良かった」

 

倒れたコンラッドが、親指を立てた。

 

「コンラッド! ごめんなさい、馬鹿な父が!」

「・・・大丈、夫だ、132回、まで、はね」

「は?」

「僕、は、君に、132回、フラれ、たん、だから、磔、の呪文、も、132回、まで、は耐え、られる」

 

ほう、と父が母を押し退けた。「その言葉に嘘がないか」

 

「おやめなさい!」

 

母が父に失神呪文を当てた。

 

「この人がいると話がややこしくなるわ」

「お母さま・・・」

「だからダームストラングの男はイヤなのよ。やることがいちいち尋問や拷問なんだから。冬が長くて暇なせいね」

 

さて、と怜が助け起こしたコンラッドの前に、膝をついて視線を合わせた。

 

「結婚自体に反対するつもりはないわ。ただ、娘から聞いていると思うけれど、わたくしたちの側にも事情がありますからね。そのことをどう考えているか聞かせてちょうだい」

「お母さま、わたくしから話したでしょう?」

「いや。僕の、口からも、言う、べき、ことだ」

「そうよ」

「僕、たちは、モリー、ウィーズリーを、目標、に」

 

馬鹿じゃないの、と怜がコンラッドから手を放した。

 

「ってえ!」

「誰が子沢山の話をしろと言ったのよ!」

 

 

 

 

 

「まさか、レイがアリスより先に子供を産むなんてね」

 

コーンウォールの邸にアリスとドロメダが訪ねてきてくれた。

 

「コンラッドが急ぐから」

「本気でモリーを目標にするの?」

 

怜は真顔で「人間業の範囲に留めてと言ってあるわ」と答えた。

 

「男ばっかり4人?」

「5人よ、今のところ」

 

同じデヴォンに暮らすドロメダが訂正したが、聞き捨てならない単語が聞こえた。

 

「『今のところ』?」

「もう少ししたらまた生まれるわ」

「・・・モリーったら、本気でクィディッチチームを作る気?」

「女の子が欲しいのよ」

 

ドロメダが蓮のふくふくした頬をつつく。「このレンみたいな可愛い女の子がね」

 

「ハイ、レン」

 

小さなドーラが蓮の頬をつついた。さっきまでピンクだった髪が、蓮を見ると思慮深い緑に変わった。本人が言うには、お姉ちゃんとしての「イゲン」が必要なのだそうだ。どうやら意識的に髪色をコントロールするようになったらしい。

 

「たまにドーラを連れて遊びに行くわ。あそこの2番目のチャーリーがドーラの同い年だから。モリーはドーラを見るたびに女の子が欲しい欲しいって言ってるもの」

 

アリスが苦笑し「産んでも産んでも男ばっかりじゃない。次もどうせ男よ」と言った。

 

「さて、そろそろ時間だわ」

 

怜はベッドから蓮を抱き上げた。

今日は蓮の命名式だ。義父母は盛大なパーティにしたがったが、コンラッドが止めた。親族とゴッドファーザー、ゴッドマザーの関係にある者しか呼んでいない。

誰が誰のゴッドチャイルドであるかは、こんな時代に広く知らせるべきことではない。

 

「蓮・エリザベス・菊池・ウィンストン、あなたのゴッドマザーのアリスおばちゃまよ。ロングボトム家があなたの名を預かるわ」

 

そう言ってアリスが怜から蓮を受け取った。



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閑話12 わたくしが殺してやる

たいへん重たい話です
何人か死亡します


ふわふわと小さな箒で飛ぶ娘にスポンジのクァッフルを投げてやりながら(幼児用スニッチは飲み込むサイズだから却下した)怜は時計を見上げた。

 

「蓮、パパの帰り、遅いわね」

「・・・はたらけ?」

「そうね。お仕事ね」

「もっかい!」

 

はいはい、と呟いてまたクァッフルを投げる。

 

母親の独り言が日本語と英語混じりのせいか、蓮の言葉はもうすぐ2歳になる女の子にしては遅い気がする。ドーラはもう少しおしゃべりだった。ドロメダにそう言うと「個人差がある」としか言わないし、アリスは「うちの子はまだママとパパしか言わない」と忙しそうに電話を切った。確かにネビルと蓮は同じ学年になるとはいえ、10カ月近く月齢が離れているから比較も出来ない。

 

こんなことばかり考えるのは、仕事に戻れないせいに違いない。もうすぐ2歳になるのだから互いの両親に預けながら仕事を再開すると言うたびに、コンラッドは「どうせ2人目が出来てるさ」と取り合わない。

 

そういうことではないのだ。一刻も早く法廷に戻りたいだけだ。つい先日、魔法法執行部部長バーテミウス・クラウチが「闇祓い局の捜査員に、禁じられた呪文の使用を許可する」趣旨の条例を発布した。日刊予言者新聞を思わず引き裂いてしまったほどに愚かな条例だ。こんな社会にしないために法があるというのに。

コンラッドやキングズリーのように、マグル界の法執行を学び、さらに3年間の闇祓い訓練に耐えた闇祓いならまだしも、たかだか18歳でホグワーツを卒業しただけの「成績優秀者」などに許していい手段では決してない。

 

この事態に対して家で新聞を引き裂くしか出来ない歯痒さを、夫以外の誰にも訴えることが出来ない。それがひどく苦しい。

 

 

 

 

 

今年に入ってからヴォルデモート勢力の動きがさらに勢いを増した。

 

去年の7月にジェームズとリリーのポッター夫妻とアリスとフランクのロングボトム夫妻に男の子が生まれた。ロングボトム夫妻の長男ネビルのゴッドマザーはドロメダだ。

ベラトリクス・レストレンジを姉に持つドロメダは辞退しようとしたが、ロングボトム家の長であるオーガスタ・ロングボトムが「だからこそ」と迫った。

 

オーガスタ・ロングボトムという人は、ロングボトム家を守ることに半生を費やしているが、極端な能力主義の人物らしい。ベラの妹でありながら、ヴォルデモート勢力に馴染まずにテッドと駆け落ちしたドロメダを高く買っている。

 

慶事が続いているのに、ひどく陰鬱な気分になるのは、犠牲者も増えているからだ。

 

先月は不死鳥の騎士団の活動中にギデオン・プルウェットが殺された。

 

7人目を妊娠中のモリーの取り乱しようは見ていられないほどで、怜とアリスが聖マンゴの安置所から連れ出して、妊婦に使えるレベルの軽い安らぎの水薬を含ませなければならなかった。モリーはとても優秀な魔女だが、その力の全てを家族に注ぐ愛情深い人だから、弟の死に冷静さを失うのも無理はない。

 

玄関で小さな音がして、蓮がくるりと箒を返し、玄関に飛んで行った。その速さときたら、怜の足ではとても追いつけない。今後一切、祖父母からの箒のプレゼントは辞退したい。

 

「パパ!」

「やあ、蓮、ただいま。もうその箒を乗りこなすなんて、グランパが泣いて喜ぶよ」

「おそい。はたらけ」

 

蓮、と怜は急いで後を追って訂正した。「おそかったわね、おかえりなさい。でしょう。もっと働けっていったら、パパ泣いちゃうわ」

 

箒から抱き上げた父親に蓮が「はたらかない?」と聞くと、コンラッドが掠れた声で「そうだね。明日は働かない」と答えた。

 

「明日? お休みを取ったの?」

「・・・フェビアンが死んだ」

 

 

 

 

 

「わたくしたちはここから祈らせてもらうわ」

 

しとしとと霧雨の降る墓地の入り口で、ドーラを連れたドロメダとテッドが立ち止まる。

 

「ドロメダ・・・」

「誰がギデオンとフェビアンを殺したか、知ってるでしょう? わたくしがモリーの前にどの面下げて出られると思うの!」

「わかったから落ち着いて。ほら、あなたが取り乱すとドーラの髪の色がくすんでしまうわ」

 

怜は蓮をコンラッドに渡し、ドーラの前に身を屈めた。

 

「ドーラ? ママは大事なお友達のお葬式だから、中に入るのは悲しくて出来ないみたい。だから、ママやパパとここからお祈りしてね」

「でもチャーリーは中にいるわ」

 

ドーラの肩を両手でそっと押さえて、テッドが呟いた。「チャーリーの叔父さんのお葬式だからだよ」

 

墓地の奥に足を運びながら、怜は「許せない」と呟いた。

 

「レイ」

「モリーとドロメダは親しい隣人だったの。当たり前の暮らしを送る人たちをこんな風に引き裂く権利が誰にあるというの。狂犬ベラをわたくしが引き裂いてやりたいわ」

「落ち着くんだ、レイ。君の言う通りだ。僕もそう思う。でも」

 

コンラッドは抱き上げた蓮の小さな手首を掴んで優しく振った。「子供の前だろ?」

 

「ママ、さんせい?」

「違うよ、蓮。怒る、だ。賛成じゃない」

「ママ、おこる!」

「そうそう」

「ママ、おこる、オールウェイズ!」

「そうか。パパもママからはオールウェイズ怒られてた」

 

気の毒に、とコンラッドが蓮に大袈裟に悲しんでみせた。それに紛れて小さく囁く。

 

「ダンブルドアが言うには、予言のことを聞き出すのが目的らしい」

「予言?」

「奴を滅ぼす者についての予言さ」

 

 

 

 

 

予言は2つあるそうだ、と帰宅してからマグルのチノパンとボタンダウンシャツに着替えたコンラッドが蓮の箒に頭を小突かれながら、説明した。

 

「くぁっふる! パパ、くぁっふる!」

「出来るだけ遠くに投げて」

「わかった。ほーら、取ってこい!」

 

広いペントハウスを買っておいて良かった、と思いながら怜は「それで?」と尋ねた。

 

「詳しくは話してもらえないが・・・ポッター夫妻もしくはロングボトム夫妻の息子を示しているそうだ」

「リリーとアリスの息子ですって?」

 

ごう、とオモチャの箒が戻ってきて、コンラッドの頭にぶつかった。

 

「もっかい!」

 

隔世遺伝とは実に厄介だ、と溜息をついた。

 

 

 

 

 

結局もうひとつの予言の話にはならなかったな、と思いながら怜は隣に眠る夫の寝顔を眺めた。子供がいると血なまぐさい話題を避けてしまうし、闇祓いの夫の耳に入るのは血なまぐさい話題ばかりだ。怜が聞き出そうとしても、蓮が遊びに誘うものだから、それにかこつけて情勢にまつわる話をしようとしない。

 

今は友人たちに会う機会も簡単には作れない。怜自身、外出を控えるように厳命されている。ダンブルドアからも、日本の両親からも。

コーンウォールの屋敷と日本の実家に対しては、結婚してこのチェルシーのペントハウスを買ったときに移動キーを設置している。寝室の隣ウォークインクローゼットの奥にあるエルメスの箱とヴィトンの箱がそうだ。エルメスの箱からはコーンウォールの屋敷の自分たちの寝室に。ヴィトンの箱からは日本の実家の庭石に。

しかし、移動キーの使用も控えなければならない。移動キーは強力な魔法効果だ。監視されていれば、移動キーの発動の痕跡から侵入を許すことも想定される。

 

息が詰まるようだ、と怜は天井を見上げた。

蓮の成長を日々目の当たりにする暮らしが嫌なわけでは決してない。どちらかというと、自分よりコンラッドに似た茫洋としたスケールの大きさを感じるときは、じわりと幸せになる。

けれど、ペントハウスの中だけで、スポンジのクァッフルを追いかけるだけの生活しか娘に用意してあげられない自分に激しい怒りも覚えている。

 

蓮に指摘されるまでもなく、常に胸の底に暗い怒りがわだかまっている。

 

 

 

 

 

 

「アリス! アリス!」聖マンゴの廊下を走るストレッチャーの横を走りながら、怜は叫び続けた。

 

キングズリーがコンラッドと共に姿現しで家に現れ、ベラトリクス・レストレンジがアリスとフランクを襲って拷問したという話を聞かされたときには足が萎えるかと思った。

 

大丈夫だ、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。フランクとアリスはヴォルデモートとの対決を切り抜けたことが3度ある、歴戦の闇祓いだ。だから今度もきっと大丈夫。

 

蓮を小脇に荷物のように抱えたまま聖マンゴのERに駆けつけたが、アリスの瞳には何も映っていない。

 

「アリス! あなたがしっかりしなくちゃネビルはどうするの!」

 

何度も呼びかけるが、反応がない。テッドからのパトローナスではドロメダは倒れてしまったそうだ。「もう合わせる顔がないと言ってる。落ち着いたらまた連絡する」

 

ぺしぺし、と蓮が怜の手を叩く。「アリスおばちゃまたちにごあいさつよ!」

 

「蓮」

 

小脇に抱えたままだったことに気づき、怜は蓮を抱え上げた。

 

「アリスおばちゃま、ごきげんよう」

 

そのときだった、アリスがうっすらと目を開けた。

 

「レ、ン」

「蓮よ、アリスおばちゃま」

 

はっと気づき、蓮に「蓮、フランクおじちゃまにもご挨拶よ」と言ってコンラッドに渡すとコンラッドが眉を寄せた。

いいから、と言うとコンラッドがフランクの頭に向けて蓮の体を掴んで差し出す。蓮がぺちぺちとフランクの頭を叩いた。「蓮よ、フランクおじちゃま」

 

「なんのまじないだ?」

 

蓮を抱き上げてコンラッドが言い出したとき、フランクが「喋ってない、ぞ。蓮の、予言、は」と微かな声を発した。

 

「アリスおばちゃま!」

「レイ、わたし、ドロメダ・・・ウロボロス」

 

アリスの微かな声に怜は目を見開いた。そのまま、ベッドにすがりつく。「アリス・・・」

 

「わたしたちは、互いの、子を、守る、こと、で、自分の、子を」

 

アリスとフランクが、人間らしい言葉を話すことはもうなかった。

 

「何だったんだ?」

「名付け親と名付け子の魔法よ」

 

 

 

 

 

 

アリスおばちゃまとフランクおじちゃまを、癒者が諦めるまで何度も起こし続けた蓮が疲れ果てて明け方に眠ってしまった。

 

「コンラッド」

「君も休んだらどうだい?」

 

クローゼットの前で官邸に出勤の支度をするコンラッドに「蓮の予言って?」と前置き無しに問いかけた。

 

「帰ってから話すよ」

「今話して!」

「時間がないんだ」

 

夫の襟首をつかんで、ダン!とクローゼットのドアに押しつけた。

 

「今までわたくしに隠しておいて、いまさら時間のことなんて言わないで!」

 

矢継ぎ早に怜は喚いた。「なぜ予言に無関係なわたくしたちまでリリーやアリスのように秘密の守り人に守られた家にいなきゃいけないのか不思議だったわ。ネビルやリリーの息子以外のもうひとつの予言は、蓮のことだったのね?」

 

「レイ、落ち着」

「よくも母親のわたくしに黙っていられたわね!」

「落ち着くんだ!」

「イヤよ!」

「ただの予言だ。君だって昔から占い学なんか馬鹿にしてたじゃないか」

「予言を信じる気はないわ! でも予言を信じる馬鹿がわたくしの娘を狙うのよ!」

 

クローゼットに凭れたまま囁き程度の声で「『闇の帝王が蘇りし後、東と西の種族を統べる女王が戴冠する』これだけだ」とコンラッドが呟いた。

 

「その中の何かが漏れたから、アリスたちが狙われたんでしょう? それは?」

「『女王』。イギリスには『女王の代理人』が存在すると。大したことじゃないだろ? ブラック家あたりはきっと知っ」

「・・・あなた、そんなときに仕事に行ってたの?」

 

この人は本当に馬鹿だ、と思った。危ないのは妻や娘なんかではないことがわかっていない。

 

どこにも行かないで、と怜が呟いた。「それしか知られてないなら、狙われるのは、蓮じゃないわ、あなたよ!」

 

 

 

 

 

まったくわがままなママだ、と起きてきた蓮を抱き上げてコンラッドが囁いた。

 

「ママ、わがまま」

 

泣き疲れて眠った妻を起こさないように、蓮を抱いてリビングに移った。

 

「蓮、君に話しておかなきゃいけないことがある」

「おはなし」

「パパと君は、もしかしたらあまり長く一緒にいられないかもしれないんだ」

「しゅっちょうね」

 

ソファに座り、蓮を膝に乗せた。

 

「そう。長い長い出張だ」

「はたらけ」

「イエス、ユア・マジェスティ。君の名前はね、王子さまのことなんだ」

「おうじさま?」

「花の中の、一番素晴らしい花。なぜだと思う?」

「んー。わかんない」

「きれいな庭に咲く花も素晴らしいけれど、王子さまはね、汚い泥の中で育って、大きなきれいな花を咲かせる。だから、花の中の王子さまっていうんだよ」

「ほう」

「パパは君にきれいな庭を用意してあげられないかもしれないからね。君は汚い泥の中で咲かなければならないかもしれない」

「ママおこる。たいへん」

「パパがお願いしておくから大丈夫。だからね、そのときがきたら、君は王子さまとして命令するんだ」

「おきなさい?」

「君以外はみんなだいたい起きてるから、それは言わなくていい。君が命令するのは、イギリスの魔法使いや魔女にだ。悪い魔法使いをやっつけろ!ってね。できそうかい?」

「ママおこる」

「これだけはママも怒らないことだ」

「わるいこはめーよ」

「そう言うんだよ、いいかい? ヴォルデモート、めーよ!って」

「ぼる、めー!」

「そうだ。ママが怒ってるのは、君にじゃないんだ。ぼるに怒ってる。だから君が、ぼるに『めー!』って言わなきゃいけない。アリスおばちゃまがおしゃべりしてくれなくなったのは、ぼるのせいだ」

「わるいこね!」

「ぼるは悪い子だ」

 

その会話を寝室のドアに凭れて聞いていた。馬鹿な夫だ、と思うと泣けてきた。

 

立ち上がり、顔を擦って寝室を出た。

 

「やあ、わがままなママのお目覚めだ」

「ママ、わがまま」

「蓮に何か食べさせてくれた?」

「男同士の秘密の話をしていた」

「あなたには娘しかいないわ。まだね」

 

じゃあ2人目を作るとするか、とコンラッドが蓮を高く持ち上げた。「君が僕にすがりついて2人目を求めるから仕事には行けないと首相に言おう」

 

そのとき電話が鳴った。

 

「やあ、キリアン? 引き継ぎ? 後任は君かい? わかった」

 

電話を切った夫が顔色を変えて「蓮を連れてすぐに日本に逃げろ!」と叫んだ。

 

「何言っ」

「僕の後任はキングズリーのはずだ! キリアンじゃない!」

「あなたも」

「あとから行く! 君たちだけは早く!」

 

蓮を妻に抱かせると、寝室まで蓮ごと妻を抱き上げた。

 

「コンラッド」

「母親は君だろ。蓮を安全な場所に連れて行け」

 

ウォークインクローゼットに押し込まれた。

 

 

 

 

 

 

日本の実家の庭に蓮を抱いたまま転がり出ると、庭に面したガラス戸を叩き割って中に入った。

 

「なんだなんだ! ここが誰の家だと・・・怜!」

「お父さま、助かったわ。蓮をお願い!」

 

父の腕に蓮を押しつけ、踵を返すと「待ちなさい! 何があった!」と父が叫んで追ってきた。その後ろに母が見える。

 

「説明してる時間はないわ。コンラッドが危ないの」

「ならばおまえも戻ってはいかん!」

 

襟首を父の大きな手が掴んだ。

 

「離して!」

「ダメだ!」

 

怜は杖を抜いた。父が「何を」と言いながらも、襟首を離さない。

 

「お願い、お父さま、離して。わたくし、今、何をするかわからない」

 

父の手が緩んだ隙に移動キーの庭石まで走った。

 

 

 

 

 

チェルシーの家のウォークインクローゼットに戻ったとき、ドアの隙間から緑の閃光が走った。

 

「コンラッド!」

 

夫の体がゆっくり倒れてきた。

 

「な、な、な、なぜ、こ、ここ、に」

 

自分の中で魔力が渦を巻くのがわかった。

夫の体を越えて「キリアン」とかいう不細工な男の前に立った。ガマガエルのような顔だ。

 

「わたくしが殺してやる」

 

ひっ、と息を呑むガマガエルに向けて杖を振ろうとして、誰かに腕を掴まれた。

 

「エクスペリアームス!」

 

背後から出た父の武装解除で、ガマガエルはあっさりと杖を失った。

 

「離して」

「まだダメよ」

 

母の声だ。ぞっとして怜は振り返った。「蓮は?!」

 

「ウェンディと一緒に結界に入ったわ」

「そう。ね、離してくれない?」

「そうね、わたくしもいつまでもあなたを拘束出来ないし」

 

そう言った母が怜の背中に杖を突きつけて「ステューピファイ」と小さく囁いた。

 

 

 

 

 

聖マンゴの安置室、夫の遺体の傍らにいると、両親と一緒にダンブルドアがやってきた。

 

「怜、すまぬ」

「何のことでしょう」

「儂が闇祓い局への情報提供をしなくなったことが、クラウチを疑心暗鬼にさせたのじゃ」

「・・・クラウチの命令だったと?」

 

ダンブルドアはそれに首を振った。

 

「だったら何が理由ですか」

「捜査じゃよ」

 

信じ難い言葉に、ぞっとするほど酷薄な声が出た。

 

「・・・捜査ですって?」

 

ダンブルドアの肩を叩き、父が出てきた。

 

「呪文逆戻し呪文で犯人の杖を検査した。無論、イギリスの闇祓いの前でだ」

「だから何! わたくしは見たの! 死の呪文の色だったわ!」

「そうだ、最後はな。だが、その前に83回の磔の呪文をかけていた」

 

想像を絶する数字に、怜の顔から血の気が引いた。

 

「83・・・回?」

「コンラッドは嘘はついていなかった。132回耐えられる男だっただろう」

 

キリアンは恐怖に負けたのじゃ、とダンブルドアが言った。

 

「あの現場でパニックに陥ったのは、コンラッドではなくキリアンじゃった。奴には、昨夜のフランクとアリスのロングボトム夫妻をレストレンジ夫妻が拷問した事件の目的が理解出来なんだ。儂は闇祓い局には予言の件を伏せておるからの。キリアンは癒者から、一時的に微かに意識を戻したとき、その場にいたのが闇祓いのウィンストンじゃと聞いたらしい。そこでコンラッドに何がなんでも喋らせようと」

「おかしいわ」

 

ダンブルドアの声を怜は遮った。

 

「わたくしは移動キーで往復したの。挨拶と前置き程度の時間しかコンラッドから離れていない」

「何がなんでも喋らせようと、磔の呪文を出会い頭にかけたそうじゃ」

 

腰抜けが! 珍しくダンブルドアが吐き捨てるように言った。

 

「それに対してコンラッドが平然と『いくらクラウチの方針で君のように訓練を受けていない魔法省職員を闇祓い局に配置転換して増員し、禁じられた呪文の使用を捜査員に許可したといっても、出会い頭のコレはないだろ?』と答えたことで、奴はパニックに陥った。喋らせるというより、むしろ黙らせるために何度も磔の呪文をかけたんだ、怜」

「さよう。じゃからキリアンは・・・死喰い人の仕業に見せかけるために殺した。そこを君に目撃されたのじゃ。モースモードルを打ち上げる前にのう」

 

どさ、と長椅子に腰を落とした。頭を抱えて、声を絞り出した。

 

「つまり、わたくしの夫は、捜査の仕方も知らない腰抜けの捜査員のヒステリーのせいで死んだの?」

 

ダンブルドアが、急に年老いた声で呟いた。

 

「むごいことじゃが、さようじゃ」

「・・・殺してやる」

「怜!」

 

名を呼んで駆け寄ってきた母の手を振り払った。

 

「あらゆる手を使ってアズカバンにぶち込んで殺してやる」

 

やれい! とダンブルドアが言った。

 

「ダンブルドア! 娘を焚き付けないでください!」

「柊子、これは正しいことじゃ。闇祓いに過剰な権限など無思慮に与えるからこうなったのじゃ! 味方に背中から撃たれるような目に遭わせて良い男ではなかった! 断じてない! このようなザマではまともな闇祓いが誰も仕事が出来ぬ、違うか? そなたら夫婦ならわかるはずじゃ! 背中から撃たれるとわかっていながら、闇祓いが出来ようか!」

「だからって、わたくしの娘にそんなことをさせないで! あなたの秘密主義がクラウチを疑心暗鬼にさせたのでしょう!」

「柊子・・・君やミネルヴァは昔から儂の秘密主義を批判するがの、儂とて何もかもをあらゆる者に秘密にしてはおらぬ。クラウチを儂は信用出来ぬ。少なくとも魔法界の未来を担う子供たちに関する予言を教えることは出来ぬ」

 

ハッと怜が顔を上げた。

 

「気づいたか」

「・・・蓮が2歳・・・あと15年以内に、ヴォルデモートが1度滅び、また蘇る?」

「そうなってしもうた」

 

魔法界の波乱の時代じゃ、とダンブルドアが重々しく告げた。



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閑話13 友情ごっこの終着点

「なんて顔してんだよ」

 

シリウスはコーンウォールのウィンストン邸のサンルームで、怜に言った。

 

「ドロメダも死んだような顔してるし、あんたまで」

 

そりゃ気持ちはわかる、と続けた。「間抜けな闇祓いにコンラッドを殺されたんじゃな」

 

焦れったかった。

 

ドロメダもアリスも怜も、ホグワーツに入学したばかりの頃のシリウスには、ただただ眩しい監督生だった。鮮やかな魔法を使いこなし、颯爽とローブを翻す3人の姿は今でも思い出せる。

なのに今は2人ともまるで干からびたしもべみたいだ。

 

「シリウス」リーマスがシリウスの肩を掴んだ。「少しは言葉を選べ」

 

リーマスの制止に気を削がれた。

 

「で、子供は?」

「預けてあるわ」

「どこに?」

 

あなたには絶対に教えない場所よ、と鋭く睨まれた。

 

「僕たちは不死鳥の騎士団の仲間だろ?」

「シリウス! レイの気持ちを考えろ! 今は子供のことを誰にも喋る気分になれないことぐらい少し考えればわかるじゃないか!」

 

シリウスは「はいはい」と椅子の上で伸びをした。「ハリーと同じ学年になるんだろ? 小さいのにすごい箒乗りだってコンラッドが自慢してたよ」

 

「ハリー?」

「ジェームズの息子さ。僕がゴッドファーザー。5歳ぐらいになったら箒で競争させようぜ」

 

そうか、と怜が呟いた。「アリスの息子と同じ頃に生まれたんだったわね」

 

「そうだ、レイからもドロメダに言ってくれないか?」

「・・・何をよ」

「フランクとアリスの息子は、ドロメダのゴッドチャイルドだろ? なのにドロメダときたら、ロングボトムのおばさんに会わせる顔がないって、まだ会いに行ってないんだ」

「シリウス!」

 

シリウスをたしなめるリーマスを制して、怜が薄く笑った。ぞっとするほど酷薄な微笑だ。削げた頬に瞳だけが炯炯と光っている。

 

「わたくしには、むしろあなたがミセス・ロングボトムにどの面下げて会いに行ったのか不思議でならないわ」

「な、なんだよ」

「ブラック家から漏れた情報でわたくしの夫が死ぬきっかけが出来たかもしれないのに、辛抱強くあなたの話相手をしているわたくしの神経をこれ以上逆撫でしないでちょうだい」

 

僕が喋ったわけじゃない! とシリウスが憤慨した。「どうせベラやレギュラスだってわかってるだろ?」

 

「ええ、どうせね。どうせあなたにはわからないでしょうけれど、アンドロメダ・ブラックはブラック家の誇り高さを継いだ女性なの。ブラック家が死守するべき秘密をブラック家の人間が漏らし、それが親友の精神を死に至らしめる遠因になり、さらにそれを拷問したのが自分の姉ならば、死を選んでもおかしくないほどに。今はただ小さな娘のために生きているの、ギリギリの精神状態で」

 

ギラギラする目つきにシリウスはゴクリと息を呑んだ。

 

「そろそろ帰ったら? わたくしがあなたを殺したくならないうちに」

「申し訳なかった、レイ。すぐに連れて帰るよ」

 

リーマスが即座に立ち上がってシリウスの襟首を掴んだ。

 

 

 

 

 

ロンドンのブリクストンの路地裏、フィッグというスクイブの老婆と姪が暮らす家の庭に姿現しすると、リーマスがシリウスを塀に押しつけた。

 

「なんで姿くらましするんだよ、バイク置いてきちまっただろ」

「頼むから、うちのめされかけた人々に発破をかけて回るのをやめてくれないか?」

 

押し殺した声に、シリウスの苛立ちが募る。

 

「凹んだら負けだろ?」

「勝ち負けの次元の話じゃないって言ってるんだ!」

「ジェームズだったらそんなこと言わないぞ!」

 

当たり前だ、とリーマスがシリウスの襟首を放した。「違う人間だからね。だが君は、ジェームズがゴドリックの谷の家にほぼ軟禁状態になってからは、会う人会う人に、ジェームズが言いそうな軽口を期待して挑発している。モリー・ウィーズリーにそれをしたときは絞め殺したくなったよ」

 

「ガキどもは喜んでたじゃないか」

「ギデオンとフェビアンの死を理解出来ていたのは、長男とせいぜい次男までだ。残りは物心もついていない。1人は首も据わっていなかった」

 

リーマスはピシャリと撥ね付けた。

 

「君も誰かと結婚して子供を持っていれば、ジェームズがゴドリックの谷から出ないように自分を律していることも、ドロメダの罪悪感も、レイの怒りも理解出来ただろうに。まるでホグワーツの頃から成長していない」

「いいから、人狼の穴倉に帰れよ」

 

シリウスは犬を追い払うようにリーマスを追い払った。

 

振り返りもせずにリーマスが擦り切れかけた古臭いローブを翻して、治安の悪いマグルの路地裏に消えると小さく舌打ちをした。

 

「あいつに頼もうと思ってたんだけどな」

 

僕だってそれほど馬鹿じゃない、とシリウスは自嘲するように小さな笑みを口元に浮かべた。ブラック家の人間が知り得た情報をヴォルデモートに暴露し続けていることぐらい、もちろん理解している。だからといって自分にそれを止められたはずがない。シリウスが死喰い人のことを理解したときには、とっくにベラはヴォルデモートに取り入っていたのだから。

自分に出来ることは、櫛の歯が抜けるように欠け落ちていく不死鳥の騎士団の面々を鼓舞し続けることしかない。目の前にベラが現れれば殺してやる。レギュラスだって構わない。だが、あいつらは護衛無しにシリウスの前をウロつく立場ではない。

 

ブラック家は、名家中の名家、魔法界の王族とまで一般の魔法使いからは思われているのだから、血統の不確かなヴォルデモートにとって重要な切り札なのだ。

 

そんなブラック家の血を引く自分が秘密の守り人でいるのは、そろそろポッター家にとって安全だとは言いきれなくなってきた。

 

ダンブルドアから聞いたコンラッドの最期はあまりに無惨だ。自分がそんな目に遭ったなら、喋らない自信がなくなるほどに。幸いにして、シリウスはコンラッドが若くして落命した場合に『女王の代理人』がどうなるのかを知らない。少なくとも、自分を拷問したってそのことを喋る心配だけはないから、怜には殺されずに済みそうだ。

 

しかし。

 

ギデオンとフェビアンのプルウェット兄弟と同じように、ポッターとブラックはホグワーツでは常にセットの名前だった。ポッター家の秘密の守り人として、シリウスは絶対に狙われている。

 

ジェームズとリリー、そしてハリーを絶対に守らなければならない。

 

「あいつしかいないか」

 

もう一人の親友の頼りない顔を思い浮かべ、むしろそのほうが安全だと独りごちた。

 

リーマスは監督生としてそれなりに人望もあったし、ダンブルドアの信頼は厚い。しかし、人狼だ。リーマス個人の人格とは無関係に、人狼の集まる場所を転々と渡り歩く不安定な暮らしだ。信用できる人狼が果たしてどれほどいるのかまったく当てにできない。

 

あいつはそうじゃない、とシリウスは思った。誰がポッターとブラックの腰巾着のペティグリューに秘密を預けると考えるだろう。

 

 

 

 

 

「リリーに会って話したいことがあるの。会えるように取り計らってくれない?」

 

龍の形のパトローナスが怜の声でそう伝えてきたとき、シリウスは街でひっかけたマグルの女の子をベッドに残して、遅い朝のシャワーを浴びているところだった。

 

今日はハロウィンだ。

コーンウォールにはどうせバイクを取りに行かなくてはならない。追い出された気まずさから先延ばしにしていたが、良い機会だ。

怜からの連絡があったのだし、ハロウィンなのだし。怜の娘に大量のお菓子でも買って行ってやろう。怜のご機嫌とりを兼ねて。

 

タオルで頭をゴシゴシ拭きながら、杖を振った。現れた自分のパトローナスに向かい「今夜夕食に招待してくれよ。バイクを取りに行く」とメッセージを送った。

 

小さな女の子にはチョコレートだ、と考えながら服を着た。

 

「どうせレイのことだから、マグルの高級品しか食べさせないだろうな」

 

百味ビーンズは人間の食べ物では絶対にない、と真顔で突き返されたことはまだ覚えている。

 

「よし、ハロッズだ」

 

 

 

 

 

「なんなの、そのふざけた格好は」

 

笑いの欠片も見当たらないキツい視線で頭から足までジロリと見られた。

 

「ハロウィンだから、あんたの子供を喜ばせに来たんだよ」

 

ああハロウィン、と呟いて髪をかきあげた。

先日より更に痩せたな、と思った。細い銀のチェーンが鎖骨の窪みの深さを際立たせる。コンラッドが見たら泣くぜ、と思った。

 

「気を遣ってくれたのに悪いけれど、娘はいないの」

「まだ預けてんの?」

「悪い? わたくし、しばらく忙しいのよ」

「気も立ってるしな」

「わかってるなら、その忌々しい口を今すぐ閉じなさい」

 

肩を竦めて、真っ白のヘルメットを脱いだ。マグルの映画に出てくる帝国兵だ。

小脇に抱えたゴディバのチョコレートを渡す。「娘にだからな」

 

「ありがとう」

「ちゃんと人間の食い物だ」

「見ればわかるわ」

 

ダイニングに案内されたが、テーブルウェアが何も用意されていない。

 

「なあ」

「なによ」

「食いモンは?」

 

ああ、と怜が杖を振った。瞬時にテーブルに1人分の食事が現れる。

 

「あんた、飯食ってんの?」

「食べてるわよ」

 

絶対嘘だ、とシリウスは思った。

 

食が細いんだよな、とコンラッドが心配していたことを思い出した。ただでさえ食が細いのに悪阻がひどくて何も食べられないって言うんだ、と。

どうしようどうしよう、と柄にもなくシリウスは混乱した。口に突っ込めば食うかな? いや、その前に僕が殺される。

 

「・・・コンラッドの両親は?」

「3日前からロンドンよ」

「何しに?」

「わたくしたちの家の改装の手配よ」

「つまり3日前から食ってないの?」

 

頼みの綱は留守だった。

 

「いいから、あなたは食べなさい」

「・・・はい」

 

食事を(シリウスだけが)始めると、怜がリリーに会う目的を切り出した。

 

「リリーが研究しているものがあるはずなのよ。ジェームズと結婚する頃に、わたくしはその件について相談を受けていたわ。もう一度、詳しく話を聞きたいの」

「リリーが研究?」

「魔法薬の新薬の構想を練っていたの」

 

まぁだそんなこと言ってんの? とシリウスは呆れた。「今はそれどころじゃないだろ、あんた」

 

「今の問題じゃないわ、これからの問題よ。絶対に必要なの」

「あんたの、なんていうか、こう・・・寒々しい発想とリリーの研究じゃ合わない気がするけど」

「リリーのは天使のような