風鳴翼、ガンプラを作る (いぶりがっこ)
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第一話「SAKIMORI、勘当される」

 ――閑静な仮山水に、カコン、と、石床を叩く乾いた竹の音が響き渡る。

 

 

 

「――がんぷら、ばとる……、ですか?」

 

 空になった茶碗を下ろし、風鳴翼がぽつりと疑念をこぼす。

 風流なる中庭の光景を窓越しに臨みながら、少女の秀麗な眉目に僅かに皺が寄る。

 

「ええ、そうです、ガンプラバトルです。

 それが来月の翼さんの初仕事になります」

 

 翼の問い掛けに答えながら、対面の緒川が淡々と茶を点てる。

 細身のスーツ姿と言う茶室に不釣り合いな格好でありながら、一切の違和感を感じさせない手慣れた所作であった。

 

「翼さん、ガンダムについてはご存知ですか?」

 

「あまり馬鹿にしないで下さい。

 アニメに登場するロボットの名前でしょう……確か」

 

「ええ、その通りです。

 厳密に言えば、アニメ『機動戦士ガンダム』に登場するMS、RX-78の通称。

 広義の意味では、今日までメディア展開を続けるガンダムシリーズの総称です。

 そしてガンプラとは、ガンダムのプラモデルを示す商品名。

 ガンダムシリーズの主力商品である玩具の一種ですね」

 

「あ」

 

 腑に落ちた、と言った風に、こくりと一つ翼が頷く。

 しかしその内、再び翼は怪訝な瞳を緒川へと向けた。

 

「それでは、ばとる、とはつまり……。

 こう、双方が手にしたプラモデルをぶつけ合わせるような」

 

「あ、いや、違いますよ。

 すいません、僕の言葉が足りませんでした」

 

 真剣な瞳で、両手のエアガンプラでブンドドを始める乙女の姿に、思わず緒川も苦笑をこぼす。

 

「プラフスキー粒子、と呼ばれる粒子が存在します。

 目に見えぬほどの微細な粒子で、ガンプラの中に浸透させる事によって、機体を自在に動かす事を可能にする奇跡の素体です。

 ガンプラバトルとはつまり、プラフスキー粒子の充填したフィールド上で、お互いのガンプラを動かし、戦わせる競技なんです」

 

「プラスチックの玩具同士を……?

 ふふっ、そんなつまらない冗談では、流石に私でも担がれませんよ」

 

「いやいや、冗談では無いんですって。

 システムの胆となるプラフスキー粒子の生成は、胴元であるヤジマ商事独自の技術。

 そのメカニズムは未だ謎だらけで、かつて解析に挑んだ了子さんも『こりゃ現代のブラックボックスだわね』などと言って匙を投げたものです」

 

「櫻井女史が? ……なるほど、それは面妖な」

 

 思いもよらぬ旧知の名を受け、にっ、と不敵な笑みが浮かぶ。

 かつての盟友、櫻井了子ですら手こずる未知の物質の存在。

 たとえ理屈が分からずとも、その事実だけで戦場に立てるのが、現代の防人・風鳴翼である。

 

「けれど、バトルの事はそれで由としても。

 プラモデルについて素人の私が余興に興じたとて、興業として成立するとは思えませんが」

 

「余興、などとあまり軽々しく考えない方がいいですよ。

 ガンプラバトルは今や、国際的にも最も競技人口の多い一大祭典ですから」

 

 やんわりと窘めるように微笑して、緒川が今日のガンプラと言うコンテンツについて説明する。

 

「翼さんの言う通り、確かにガンプラはファンの為の玩具です……、が。

 同時に今や、多くの職人たちがその腕を競うアートであり、また、選手たちが競技に挑む為の剣でもあります。

 裾野は広く頂きは高く、故に様々なジャンルの人間がガンプラと言う世界に携わっています。

 今回のイベントで共演予定のミホシさんも、元はガンプラアイドル出身のアーティストだったんですよ」

 

「ミホシ……、国内外で高い評価を受けるハリウッド女優までもがガンプラを?」

 

「ええ、そうです。

 ガンプラに対する深い造詣を持った人間が、それだけ重宝される時代になったと言う例ですね。

 ですから翼さんも人前では、ガンダムシリーズを軽んじるような発言をしてはいけませんよ」

 

「……成程。

 我ながら不勉強が過ぎたようです。

 碌に知りもせぬ世界の事を、軽々しく侮るような言魂を吐くなど」

 

 過ちを素直に認め、翼が浅く一礼する。

 世界的トップアーティスト、風鳴翼が現在の地位にある為に、緒川慎次と言う敏腕マネージャーの尽力がどれほど不可欠なものであったかは、その仕事ぶりを傍らで見て来た翼自身が誰よりも理解している。

 単純な実力だけでは生き残れない芸能界を、ガンプラへの知識を梃子に頂点までのし上がった女性がいる。

 ガンダムと言う世界の深遠さは、その一事だけでも十分に理解できようものである。

 

「では緒川さん、今度の仕事と言うのはやはり、私がガンプラバトルを?」

 

「はい。

 現在ガンプラバトル世界選手権の開催を間近に控え、会場の静岡ではガンプラ関係のブース展開が進んでいます。

 ガンプラバトルは競技であると同時に年に一度の祭典ですから、様々なイベントを盛り上げるため、芸能関係者へのオファーにも積極的と言うワケです」

 

「その交流会の席で私は、緒川さんが用意してくれたガンプラを使い、戦う、と?」

 

「あ、いえ、僕は……」

 

 

「それはならぬぞ、翼よ――」

 

 

「えっ?」

 

 

 すっ、と、躊躇いがちな緒川の言葉を遮り、入口の襖が開かれる。

 茶室に顔を見せた和服の男に、翼の口から小さく驚きが洩れる。

 

「お父様……」

 

 風鳴八紘。

 風鳴家の現当主にして、日本の国防を支える安全保障のスペシャリスト。

 そして同時に彼女、風鳴翼の父親に当たる人物であった。

 

 唖然とする娘の顔も気にする事無く、八紘が傍らにゆったりと着座する。

 当座の亭主である緒川には、この突然の来客も予想の範疇であったのであろう。

 慌てる事無くゆるりと茶を点て、八紘の前へ茶碗と差し出した。

 八紘もそれに会釈で応え、手の内の腕をゆっくりと回し、背筋を伸ばして薄茶を呷る。

 二口、三口。

 いかにも古今の礼法に通じた教養人らしい、堂に入った立ち居振る舞いであった。

 

「――結構なお点前で」

 

「それでお父様、先ほど申された、ならぬ、と言うのは?」

 

「うむ」

 

 じれるような娘の声色に、眼鏡の奥の瞳が静かに光る。

 

「内々の話ではあるのだが……。

 今月末、先の魔法少女事変の後始末について、米国高官と会談の席を設ける手筈になっている。

 S.O.N.G.に移籍したマリアくんの処遇についての話も出るだろう。

 お前にとっても、決して無縁の話と言う訳では無いな」

 

「会談、ですか」

 

「万が一、と言う事もあるまいが、本件には万全を期して臨みたい。

 慎次にはこれから私に帯同し、会場警備の指揮を執ってもらうつもりだ」

 

 八紘の視線を受け、いかにも申し訳なさげに緒川が一礼する。

 

「そう言うワケなんです、翼さん。

 スケジュールの調整はこちらで進めておきますが、残念ながら、僕が合流できるのは当日の朝になりますね」

 

「そう言う事情でしたか。

 それでは、ガンプラの方は、誰か別の人間に……」

 

「たわけ」

 

 ぴしり、と、愛娘の発した無意識の甘えを、八紘が一刀の許に斬り捨てる。

 

「お前が作れ、翼。

 昨今ではプラモデルなど、そこいらの子供たちだって容易く作り上げる代物だ」

 

「……え?」

 

 

 ――カコン!

 

 

 空白になった思考の隙間に、鹿脅しの乾いた音が響き渡る。

 翼はしばし、ぱちくりと両目を瞬かせ、しかる後に艶やかな青髪をぶんぶんと振るった。

 

「お、お待ちください、お父様。

 仰られる事はご尤もだと存じますが、なれど、プラモデルと言う世界を何一つ知らない私が、

 手慣れた子供たちのように簡単に作品を作り挙げられよう筈が……」

 

「確かに、至難の業であろうな。

 良い歳して自室のリモコンすら見失うような粗忽な女が、指先よりも細やかなパーツを組み上げられよう筈も無い!」

 

「はッ!?」

 

 今度こそ翼は瞠目した。

 冷徹な瞳であった。

 かつて、愛する娘の翼を守らんがために、自らの事を「穢れた風鳴の道具」とまで呼び捨てた、悲しくも厳しい悪鬼の瞳であった。

 

「それでも作るのだ、翼よ。

 自らの目で選び、自らの手で作り上げた機体でイベントに臨む。

 それこそがお前を抜擢して下さった先方に対する誠意であり、また、

 交流会を心待ちにするファンの皆さんに対する、当然の心遣いと言うものだ」

 

「し、しかし……」

 

「要件は、しかと伝えたぞ。

 お前の使うガンプラについて、この家の者の手を借りる事は一切罷りならぬ。

 自らの手でガンプラを作り上げるまで、風鳴の敷居は跨がせぬものと心得よ」

 

「そんな……、お待ちください、お父様、お父様ッ!」

 

 狼狽する娘を一顧だにせず、八紘が茶室を後にする。

 緒川もまた躊躇いがちに腰を上げ、彼の後へと続く。

 

「翼さん、ガッツですよ。

 八紘さまの物言いは、確かに厳しいものがありますが、

 けれどこれは翼さんにとっても、一人の大人として大成できるかどうかの瀬戸際なんです」

 

「緒川さん……」

 

 そして襖は閉ざされ、茶室には一人、へたれ込んだ乙女のみが残された。

 

「私、わたしが、がんぷら、を……」

 

 空疎な室内に、カコン、と言う乾いた唐竹の音のみが響いていた。

 

 

 

 熱気に満ちた地下室に、スタタン、スタタンと言うロープの跳ねる音が響いていた。

 年季の入ったマットに、汗の匂いの染み付いたコンクリートの壁。

 チカチカと輪郭を灯す、薄ぼんやりとした裸電球の光。

 時折、キュッと床を擦るシューズの音。

 そして何より、その場に居合わせた男の人間的な太さによって、息苦しいまでの蒸し暑さを感じさせる部屋であった。

 

「なるほど、それで俺の所に泣き付いて来たってわけだ。

 ハハ、まったく、堅物の兄貴が言い出しそうな話だ……なっ、と!」

 

 

 ――ボグン!

 

 

 からかうような微笑を携え、太い男、風鳴弦十郎が真っ直ぐに拳を突き出した。

 軽々しく放られたグローブが突き刺さり、跳ね上がったサンドバッグが天井に叩きつけられる。

 衝撃で部屋全体がビリビリと反響に震える。

 

「もう! 叔父様、こっちは笑い事じゃありません」

 

 一切ロープスキッピングの手を止める事無く、風鳴翼がふくれっ面で抗議をする。

 高速回転する両手首と鋭く風を切る音だけが、そこにあるロープの実在を証明する。

 恐るべき事にこの間、翼の上体は微動だにしていない。

 全てが膝から下の動きだけで処理されているのだ。

 

 まっとうなトレーナーが見たらショックで寝込みそうな光景ではあるが、しかし彼らは別に、明日のチャンピオンを目指していると言う訳でもない。

 現代の防人たる風鳴一門にとっては「立ち話もなんだから軽く一汗流しに行くか」程度の、ありふれた日常の1コマであった。

 

「まっ、兄貴の言い分も分からなくは無いけどな。

 プラモデルってのは作る所までも含めて趣味の世界さ。

 他人の作ったガンプラを使うなとは言わないが、仕事で行く以上は、製作の大変さを知っておくに越した事は無いだろ?」

 

「けれど、今回ばかりはいくらなんでも、時間が足りな過ぎます」

 

 不意に翼の口調に真剣な色が混じり、機械のように精密だった動きが止まる。

 

「――確かに、説明書の手順通りに組み立てさえすれば、何とか形には出来るかも知れませんが。

 そんな付け焼刃で未知の戦場に臨むのは、余りにも心許ない。

 下手をすれば商品のイメージにも瑕がつくし、きっと、当日を心待ちにしているファンの方々を失望させてしまいます」

 

「…………」

 

 そう深刻ぶって俯いた姪の横顔に、弦十郎が一つ溜息をこぼす。

 この肩肘張った生真面目な令嬢に、どんなアドバイスを送ったものか?

 再び勢い良くサンドバッグを殴り飛ばし、話題を切り替える。

 

「……しっかし、ガンプラとはまた懐かしい話だな。

 俺もガキの時分には、いくつか組み立ててみた事があったっけか」

 

「叔父様が、ですか?

 では、やはり腕には覚えがある、と」

 

「いいや全然。

 どうも俺には、ああいうチマチマした作業が性に合わんかったらしい。

 何せまともな知識も無い子供の頃の話だし、キットの方も今ほどお手軽な物では無かったしな。

 手順も分からんままにパーツを接着しちまって、結局兄貴に泣き付いたよ」

 

「それで、お父様はなんと?」

 

 興味深げに身を乗り出して来た翼に対し、弦十郎は呆れたように首を竦めた。

 

「分厚い専門誌を渡してこう言ったよ、最後まで自分の手で作ってみろ、てな。

 わざわざそんなモンを買いに行くヒマがあるなら、手を貸してくれりゃあ良いのに……。

 結局、何とかかんとか分解して組み直したまでは良かったが、

 接合はガタガタ、接着剤はべっとりと、ま、お世辞にも褒められたデキにはならなかったな」

 

「ふふ、何だか二人とも、場面が目に浮かぶようです」

 

「けど、ま、確かに自分の手で作り上げたからこその愛着ってのもあるんだろうな。

 完成したガンプラは、まさしく俺の、世界に一つだけの機体だったさ。

 パーツの傷や歪みまでも含めて、な」

 

「……機体への愛着、ですか」

 

 かつての思い出に口許を緩ませ、弦十郎が翼の肩をポン、と叩く。

 

「なあ翼。

 今のお前に求められているのは、つまりはそう言う事じゃないのか?

 商品の販促だの興業の成功だの、そんなモンはそれこそ、その道のプロのビルダーたちに任せておけばいい。

 ガンプラの初心者がド素人なりに必死に挑んで、苦心して、他愛もない失敗をして、

 そう言った経験談をリアルタイムでオーディエンスと共有しあえる。

 それこそがガンプラビギナー、風鳴翼ならではの仕事だと思うがね」

 

「成程……。

 けれど、そう言う役割と意識してしまうと、それはそれで責任を感じてしまいます」

 

「ったく、頭でっかちに考えすぎなんだよ、お前は。

 仕事とは言えガンプラは遊びさ。

 遊びの楽しさを伝えようって言うんだら、まずは誰より、お前自身が楽しまなきゃあ、な」

 

「ガンプラを、ガンプラバトルを、楽しむ……」

 

 人生の先輩の助言を、オウム返しにそっと呟く。

 翼は一つ、確認するように小さく頷くと、傍らのタオルで顔を拭った。

 

「ん? どうした翼、もう上がるのか?」

 

「ええ、折角もらった休日ですから。

 私はどうも昔から、趣味や娯楽に対して不調法なようで……」

 

 言いながら顔を上げると、翼はその口元に、年頃の少女のような悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「久方ぶりに後輩たちの顔でも見に行ってきます。

 お父様は『家の者の手を借りるな』と言いましたが、『友人と遊ぶな』とは言いませんでしたから」

 

「ほう」

 

 軽やかに階段を駆け上がる乙女の背中を、感心した風に弦十郎が見つめ直す。

 扉が閉ざされ、無人となった室内で、男がふっ、と自嘲をこぼす。

 

「ふむ。

 アイツもあれでアイツなりに、単なる剣では無くなりつつあると言うワケだ」

 

 そして、振り被る。

 ほどなく、室内に再び爆音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話「SAKIMORI、ガンダムWを語る」

 聖リディアン音楽院は、小中高一貫教育を謳う音楽校である。

 高等科は先のルナアタックの折の損壊で移転を余儀なくされ、生徒数は最盛期の六割程度へと落ち込んではいるものの、それでも依然、トップアーティスト風鳴翼を輩出したタレントコースを中心に、広い層に支持を受ける音楽校の名門である。

 

 そんなミュージシャンの卵が集う女子寮の敷地を今、一人の乙女が歩いていた。

 

 170近い長身が映える、均整のとれたスレンダーな肉体。

 見る者をはっ、と振り返らせる、青みがかった艶やかな長髪。

 その毅然とした立ち居振る舞いから、一部には「もののふ」などと称される、トレードマークのサイドテール。

 そして申し訳程度に視線からのオーラを遮る、大物芸能人めいた大門風のサングラス。

 

 風鳴翼だ。

 風鳴翼である。

 誰がどう見てもリディアンが生んだ現代の歌女、風鳴翼その人である。

 

 国際的にも評価の高いトップアーティスト、風鳴翼しては、あまりにも迂闊なその姿。

 しかし学院のレジェンドが、人目を忍んで後輩に会いに来たともなれば、見て見ぬ振りをするだけの優しさが在校生一同にはあった。

 

「さて……、勢い勇んで来たは良いけど、まずはどこから切り出すべきかしら」

 

 懐かしい風景を目で追いながら、翼が一人思案に耽る。

 リディアンに通う後輩たちから絶大な支持を受ける翼ではあるが、今日のようなプライベートな事情について相談できる候補となれば限られてくる。

 当然、まず向かうべきは、幾つもの戦場でその背を預けて来た「彼女」たちの部屋、と言う流れになる。

 

「立花響」

「小日向未来」

 

 翼の足は必然、可愛らしいフォントが二つ並んだ表札の前へと辿り着く。

 扉の前で翼は一つ深呼吸して、意を決して呼び鈴に指を伸ばし――

 

 

「し ィ し ょ お オ ォ お お オ ぉ ォ ォ ォ ――――――ッッッ!!!!」 

 

「!?」

 

 不意に室内より絶叫が轟いた。

 自然、防人の肉体がたちまち臨戦態勢に移行する。

 

「立花ッ!」

 

 躊躇いもせずに室内に飛び込み、戦友の名を呼ぶ。

 そして、はっと息を呑む。

 常ならぬ、異様な室内の雰囲気に。

 

「えっ!? つ、翼さん、どうしてここに!」

 

 呆然と立ち尽くす来客の存在に気付き、もう一人の同居人、小日向未来がぱたぱたと翼の下へ駆け寄ってくる。

 

「すいません、いらっしゃってるのに気が付かなくって」

 

「いいえ、それは良いのだけれど……」

 

 そうかろうじて呟いて、しなやかな防人の指先が、そっと部屋の中央に向けられる。

 それを見た未来の瞳に、「ええ」と、一抹の哀しげな色が混じる。

 

 視線の先、居間の片隅で、明るい色のヒヨコ頭が、TVに齧りついて打ち震えていた。

 すでに昼にも近いと言うのに、寝起き同然のパジャマ姿。

 時折、堪え切れない嗚咽と鼻を啜る音が室内に零れる。

 

「分かって……、分かっていたのにッ!

 師匠の胸の中にある悲しみの色、分かっていたと言うのに……ッ!」

 

 立花響であった。

 風鳴翼の後輩にして気の置けない同僚、そして時には、誰よりも頼りになる戦友。

 そんな少女が今、モニターの向こうに広がるランタオ島の海岸に心を飛ばし、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。

 

「……立花は、一体どうしてしまったと言うの?」

 

「先週、ガンプラバトル選手権の試合の映像を見てから、ずっとあの調子なんです。

 響ったら突然『今、時代は次元覇王流だよ未来!』とかはしゃいじゃって、

 それでまずは最高のMSを決めるんだって、近所のTATSUYAからDVDを借りて来たんですけど……」

 

「途中からガンプラそっちのけで、思い切り物語に引っ張られてしまったと言う訳か。

 しかし、あれが『ガンダム』とは」

 

 まじまじと、翼が再びモニターを見やる。

 広大な宇宙に浮かぶスペースコロニー。

 重なり合うビームサーベルの煌めき。

 トリコロールカラーの機影。

 そして激しく舌蜂を交えるパイロット達。

 

 ド素人、風鳴翼の想像していた、何とは無しのガンダム世界のイメージである。

 しかし今、眼前で繰り広げられているアニメーションとは、あまりにもかけ離れ過ぎている。

 朝焼けの海岸、飛び散る波飛沫、そして抱き合う二人の漢。

 

「ふふ、百聞は一見に如かず、とは良く言ったものね。

 危うく勝手な先入観で、ガンダムと言う作品そのものを見誤る所だったわ」

 

「もう響! せっかく翼さんが来てくれたんだから。

 早く着替えてごはんを食べちゃいなさい」

 

 こちらを見向きもしない同居人を相手に、ぷりぷりと未来がお母さんのような小言を並べる。

 しかし、完全に物語の住人となってしまった少女を現実に引き戻すには、憧れの風鳴翼の名を並べても、ごはん&ごはんを以てしても、ちと遠い。

 

『――ならば、流派・東方不敗は』

『王者の風よ!』

『全新』

 

「けいれェェ―――――っ!!」

 

『天破侠乱』

 

『『見よ! 東方は――』』

 

 

『『「 紅 く 燃 え て い る ――っ! 」』』

 

 

 

 

「……スイマセン、まだ、駄目みたいです

だから板場さんのおすすめはやめておけって言ったのに」

 

「いや、いいんだ。

 私の方こそ連絡も取らずに、勝手に上がり込んでしまって」

 

 がっくりと肩を落とした未来を慰めるように、風鳴翼が力無く笑う。

 

「今日の所は出直すとするわ。

 この有様を目の当たりにされていたとなれば、さすがに立花もショックだろうから」

 

「本当に、重ね重ねごめんなさい」

 

 玄関先で小日向未来は何度も申し訳な下げに頭を下げ、それに対して翼を笑って扉を閉めた。

 ほどなく、室内より再び、身を切るような響の咆哮が轟いた。

 

 

「それにしても、立花がガンプラとは……、いや。

 彼女らしいと言えばらしい話ね」

 

 再び寮内を散策しながら、一人納得したように翼が呟く。

 ガンプラなどという男の子の趣味をいかに切り出したものかと思案に暮れていた彼女であったが、思えば前向きで行動力のある響には、ガンプラバトルと言う世界は似合いの舞台にすら思えた。

 もっとも緒川慎次の受け売りによれば、ガンプラバトルは今や万国共通の競技であり、老若男女を問わず人気のあるコンテンツと言う。

 プラモデルなど男の子の趣味、などと言う翼の固定観念自体が、既に前時代的な思考なのかもしれない。

 いずれにせよあの様子なら、響は協力者として期待する事が出来るであろう。

 本番のフェスまでに、傍らの未来がしっかり立て直してくれさえすれば、の話ではあるが。

 

 とにかく最初の訪問を終え、翼の足は更なる後輩の下へと向かう。

 やはり真っ先に頭に浮かぶのは、仕事の同僚である雪音クリスに、月読調、暁切歌のきりしらのコンビ。

 だがクリスの住むマンションは、学院からではやや距離がある。

 無駄足になる事も考えれば、必然、先に向かうのは同じ敷地内の一年生の部屋、と言う段取りになる。

 

「ううむ……、とは言え、あらためて一人で訪問すると言うのも緊張するわね。

 やはり雪音か立花がいてくれれば心強かったのだけど」

 

 ふう、と一つ、らしからぬ溜息を吐く。

 彼女たちの仕事上の間柄を知らぬ学生たちにとって、卒業生である翼が新入生の部屋を訪ねると言うのは、さぞ不自然な姿に映るに違いあるまい。

 しかも、要件はガンプラである。

 

 とは言え、二人の部屋は既に目の前。

 こんな所で尻込みしているワケにも行かない。

 意を決し、玄関の呼び鈴を押す。

 一回、二回。

 反応が無い。

 留守かと思い、何と無くドアノブに手を掛けると、扉は普通に開いた。

 

(鍵のかけ忘れ……、いや)

 

 防人の戦場経験の長さが、室内から伝わる何者かの気配を告げる。

 セキュリティ厳重な学院の寮に限って空き巣が入るとも思えないが、万が一と言う事もある。

 風鳴翼は気配を殺し、物音を立てぬよう、そろりと室内に侵入した。

 

 

 

 

 

「じ~~~~~~~」

 

「ええっと、Dがさっきのこれだから……、こ、小文字が紛らわしいデス!」

 

「じ~~~~~~~」

 

「んしょ、うまくハマら、ああ! ポリキャップが違うんデスか!?」

 

「じ~~~~~~~」

 

「ん、ハズレない、デス、気合い入れて押し込み過ぎた、デス……ッ」

 

 

 

(…………)

 

 

 

 

 息を殺し、そっ、と引き戸の隙間から室内を覗く。

 月読調、暁切歌。

 翼の探す後輩たちは部屋の中にいた。

 呼び鈴の音にも気付かぬほどの真剣な様子が、彼女たちの姿勢から伝わってくる。

 

(暁が組み立てているのは、あれも、がんだむ、なのか?)

 

 じっ、と翼が目を細める。

 切歌が一生懸命組み立てようとしているのは、蝙蝠のような漆黒の翼に、彼女のギアをそのままミニチュア化したかのような死神の鎌。

 頭部の特徴的なV字アンテナに気が付かなければ、それがガンプラであるとは理解出来なかったであろう。

 

「じ~~~~~~~」

 

(そして、一方の月読は……)

 

 ちらり、と横目でもう一人の後輩を見やる。

 こちらは初めから様子がおかしかった。

 件のツインテールの少女は部屋の中央で微動だにもせず、両手に包んだ猫目のロボットを恭しく見つめている。

 

「じ~~~~~~~」

 

(アレは一体、何の呪いなんだ?

 あんな遮光器土偶に、一心不乱に祈りを捧げて……)

 

「じ~~~~~~~」

 

「しらべ~、調ってば~っ

 いつまでも遮光器土偶を見つめてないで、デスサイズのロールアウトを手伝ってほしいデス」

 

「……遮光器土偶、じゃないよ」

 

 機体を下ろし、ちらり、と寂しげな瞳が切歌を捉える。

 

「ZMT-S12G『シャッコー』

 機動戦士Vガンダムにおいて、第四話まで主人公、ウッソ・エヴィンの乗機を務め、

 SDガンダム外伝では主役にまで抜擢された、ザンスカール帝国きっての花形モビルスーツだよ、切ちゃん」

 

「そんなの、そんなの私には分からないデス。

 私にはゾロアットもコンティオもジャバコもドムットリアも、全部同じに見えるデス」

 

「ビームローター、ビームストリングス、アインラッド、それにバイク戦艦。

 宇宙戦国時代の兵器はみんな斬新で、画期的な発明ばかりなのに……」

 

「騙されちゃ駄目デス、調!

 あんな世界の歪みが形になったようなゲテモノを、画期的の一言でごまかしちゃ駄目デス」

 

「ひどいよ、切ちゃん。

 どうしてそんな事を言うの?

 私はただ、切ちゃんと一緒に【Vガンマラソン】をしたいだけなのに……。

 大好きな切ちゃんの隣でVガンダムの素晴らしさを語りあえたら、どんなに幸せだろうって」

 

「私だって、私だって調が大好きデス!

 調のしたい事は何だって叶えてあげたい……、けれど、アレだけはどうしても無理なんデス!

 素晴らしい作品がそれだけで人を傷つける事があるって、調にも分かってほしいんデス」

 

 

「……すたんだっぷ とぅー ざ びくとりー」

 

 

「――ッ!?

 ポ、ポジティヴソングで子供を釣るのはやめるデス!

 それこそがまさに調の嫌っていた、偽善そのものじゃないデスかッ!?」

 

「すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんっだっぷ」

 

「う、うわあああああああああああ!!??

 耳元で囁くのはやめるデス、調。

 そんな事より一刻も早く、このデスサイズを……」

 

「すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんっだっぷ――」

 

「あ…… ああ…… あ……!」

 

 

 

(…………)

 

 ――終わりのないディフェンスが、続いていた。

 

 防人は、ふっ、と苦笑をこぼすと、そのまま来た時と同じように、無言で部屋の扉を閉めた。

 

 

「……ううむ、結局、室内の雰囲気に耐えられず、逃げるように出てきてしまった」

 

 防人、二度目の空振り。

 リディアンの敷地を後にし、とぼとぼと一人郊外を歩く。

 

 事、ここに至っては、もはや頼れるのは雪音クリスただ一人。

 だが防人の足取りはやや重い。

 

 元々、後輩の中でも特に親しいクリスを後回しにしたのは、翼なりの配慮があっての事である。

 多感な思春期に紛争地帯での生活を余儀なくされたクリスは、箱入り娘の翼とはまた違った意味で世間知らずな所があった。

 今ではようやく普通の女の子の暮らしに馴染んだとはいえ、ガンプラに興味がある筈も無い。

 そこで先輩である自分が無理に薦めては、余計な気を使わせてしまうと考えたのだ。

 それが証座に、あの生真面目なクリスが嬉々としてガンプラバトルに打ち込む姿など、翼にはどうしても容易には想像できなかった。

 

 

 

『ちょっせ――いッ! ガンダムイチイバル!!

 十億連発ッ 全部全部全部ッ狙い撃ってやらァ!!』

 

 

 

「……おかしいな、容易く想像できてしまった」

 

 防人が首を傾げる。

 とにかく、既にクリスちゃんのマンションは目の前である。

 ここまで来た以上は当たって砕けるしかない。

 先輩が後輩の家に遊びに来ただけ、おかしな事など何一つも――

 

 

「畜生ッ! フッザけんなよテメェ――ッ!!」

 

 

「――! またこのパターンかッ」

 

 短く吠え、一足跳びに階段を駆け上がる。

 階上より響いたクリスの声は、ただの口論と言うには剣呑な色が混じっていた。

 迷いなく鞄より合鍵を取り出し、一息に室内へと飛び込む。

 

「雪音! 大事無いかッ!?」

 

「うぇ!? せッ せせせセンパイ!? な、なんで――」

 

「――落涙!」

 

 鬼気迫る防人の眼光と、ボロボロと大粒の涙をこぼすクリスちゃんのつぶらな瞳が交錯する。

 頭を一つ振るい、慌てふためく後輩の肩をぐっ、と力強く抱く。

 

「どうした雪音! 一体何があった?」

 

「んな、何でもねえよ! いいから離せってばッ」

 

「何でもない筈があるか! そんな有様で」

 

「何でもねえったら何でもねえんだよッ」

 

 勢い余って、クリスの両腕が翼を突き飛ばす。

 思わず倒れこんだ防人の指先がリモコンに触れ、瞬間、パッとモニターが点灯する。

 

「これは……」

 

「あわ、わわわっ!?」

 

 わたわたと両手を振るうクリスの頭上から、まじまじとモニターを覗き込む。

 画面には夥しい血を流しながら、茫漠とした瞳で天を仰ぐスパッツの少年。

 そして軋みを上げ、どっかと大地に崩れ落ちる巨大なロボット。

 頭部こそ失われているものの、この色合いは、ガンダム、か。

 

(ガンダム……、ここでもやはり、ガンダムか)

 

 状況の確認を終え、翼が一つ安堵の吐息を吐く。

 

「なんだ、何かと思えば、単にアニメに感動していたのか」

 

「ち、違う! そんなんじゃねえッ!!

 コイツは単に、あのバカに無理矢理預けられただけで……」

 

「恥ずかしがる事は無いわ、雪音。

 名作に触れると言うのは、それだけの価値のある事だから。

 私も幼少のみぎりには、お父様の膝の上で、よく泣かされたものだったわ」

 

「違う! だからコイツはそんな代物じゃあないんだよッ!

 わ、私がこんなアホみたいなアニメに揺さぶられるハズがねえッ

 こんなの! こんなのは絶対、何かの間違いだッ!!」

 

「雪音……?」

 

 ぐしぐしと、まるで子供のように涙を拭う少女の姿に、流石に翼も疑念を覚える。

 このアニメは、ここまで強く否定されるほどに、少女の中の何かを壊してしまったのであろうか?

 こんなにも情緒不安定な雪音クリスを見るのは久方ぶりの事であった。

 

 ぐっ、と翼の心臓が締め付けられる。

 立花響には、小日向未来がいる。

 月読調と暁切歌の二人ならば、共に支えあってどこまでも飛べよう。

 

 今、クリスの前には自分しかいない。

 一振りの剣としてではなく、彼女の慕う先輩として、少女の背を支えなければならない。

 

「雪音」

 

 意を決し、翼が短く口を開いた。

 

「このアニメ、私も一緒に見ても良いだろうか?」

 

「はァ!? なっ、なんで?」

 

「なに、ちょっとした気まぐれよ。

 雪音の心を乱すふとどきなアニメが、どう言った代物か確かめたくなっただけよ」

 

「なんだよ、それ……?

 やめとけってこんなモン、見るだけ時間の無駄だ」

 

「その言葉が正しいかどうかは、私自身の目で判断しよう。

 雪音がこれ以上は十分と言うのならば、別に付き合ってもらわなくても構わないが?」

 

「……たっく、聞き分けのない。

 そんなんだからそんなんなんだよ……」

 

 今や不動のお山と化し、梃子でもテレビの前から動かんと言った先輩の姿に、雪音はごにょごにょと憎まれ口をたたき続けていたが、その内、翼の隣にちょこんと体育座りをして、リモコンのボタンを押した。

 一時停止が解かれ、モニターの中で悲劇が再生を始める。

 

【新機動戦記ガンダムWマラソン】の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

「はあっ!?

 な、なんでお前生きてんだよ? あたしの涙を返せッ!

 『死ぬほど痛い』だァ、どこの若手芸人だよお前はッ!!」

 

「…………」

 

「つーかお前も笑ってんじゃねえ!

 弾切れを気にする必要は無い?

 それは一度でも弾切れを気にした事のある人間のセリフだァ!!」

 

「…………」

 

「ってオイ!?

 使ってやれよウィング!? 可哀想だろ!

 何でこのアニメは主人公機に厳しいんだよ、プラモ売る気あんのか?

 さも当然のようにヘビーアームズ借りようとしてんじゃねえッ

 トロワもイヤならイヤって言えよッ どんだけ甘ちゃんなんだよ、お前はッ」

 

「…………」

 

「レッ レれレ、レディ・アンッッ!!??

 なんだよコレ……、なんだよコレ! 完全に別人じゃねえか!?

 テコ入れなんてレベルじゃねえぞ!

 伏線どうなってんだよ脚本家出てこいッ!!」

 

「…………」

 

「っく、あぁあああぁ~~~~~~!?

 ま、また捨ててきたのか、ウィング。

 あんまりだろコレ、出番の大半が海の底じゃねえか……。

 何考えてやがるんだ。

 デュオやカトルがどんな気持ちでガンダムと別れて来たと思ってんだ、コイツ。

 て言うかさも当然のようにしれっと鉄格子を曲げるんじゃねえ!」

 

「…………」

 

「うわあああああ、マ、マッドかよ!

 なんで主役サイドの博士が揃いも揃って変人なんだよ?

 敵に捕まってんのに嬉々として兵器開発してんじゃねえ!

 五飛テメエ! お前も余裕綽々で捕まってんじゃねえ」

 

「…………」

 

「……で、お、お前はそれかよ、カトル。

 気持ちは分かる、気持ちは分かるがイメチェンし過ぎだろ脚本!

 優等生がキレたら怖えよ、ぶっとび過ぎだろ!?

 つーかなんだこのバスターライフル。

 コロニーを一発でぶっ壊すとかどこのカ・ディンギルだッ!?」

 

「…………」

 

「おい! お前、お前だ!

 お前が一番おかしいんだよトロワ・バートン。

 長々と語ってないでとっと脱出しろォ!!

 何でこんな時に限って饒舌だよお前は!

 浸ってないで脱出しろって、おい……、おいッ! おいいいいいいッッ!!!」

 

「…………」

 

「……ッ くしょう、畜生!

 なんで、なんでだ!?

 しみったれた事ばかり言いやがって!

 いらなくなった兵士だと? みみっちい遺言を残してんじゃねえ!

 お前がいなくなっちまったら、キャスリンはどう思う!

 カトルは何を考えて生きりゃあいいんだよッ!?

 残された人間は、泣いて……、泣いて暮らすしかないじゃないかッッ」

 

「…………」

 

「……く、うっ。

 チクショウ、うぅ、うああああああああああああ!!

 バッキャロオォ―――――ッ」

 

「…………」

 

 

 

 ――そうして、一昼夜が経過した。

 

 雪音クリスはツッコミ不在のアニメに対し、画面外から延々とツッコミ続け。

 その間、風鳴翼はひたすらに無言で、じっ、とモニターをにらみ続けていた。

 

 

 朝焼けの空が、ようやく白み始める頃。

 思春期を殺した少年たちの戦いもまた、終焉を迎えようとしている。

 

 閃光を放ち崩れ落ちながら、真っ赤に燃え尽きていくリーブラ。

 

 歓声の中、ガンダムを駆る少年たちは、一様にじっ、と光の中心を臨み続ける。

 やがて光の中に一点の影が差す。

 

『き、来たァ!』

 

 そして、戦場に歌が流れ出す。

 TWO-MIXが名曲『 JUST COMMUNICATION 』が。

 

『やったな、ヒィロ!』

 

 チームのムードメーカー、デュオ・マクスウェルが、率直に賛辞を贈る。

 

『ふっ、当然だ』

 

 鼻持ちならない張五飛が、満足げな笑みを向ける。

 

『大した男だ』

 

 トロワ・バートンの瞳に、ようやく柔らかな色が混ざる。

 

「……そうか、今、分かった。

 宇宙の心とは、ヒィロ・ユイだったのだな」

 

 すべてを理解した風鳴翼が、ポツリとこぼす。

 

 

「んなワケあるかァ―――――――ッ!?」

 

 

 ようやくクリスちゃんが突っ込んだ。

 ハァハァと呼吸を荒げて立ち上がる後輩の横顔に、じっ、と翼が怪訝な瞳を向ける。

 

「……不服か、雪音?」

 

「ああ! 不満も不満だね!

 なんだこのハチャメチャなアニメはッ!

 あたしは絶対、こんなのは認めねえ!!」

 

「そんなに破天荒なアニメだっただろうか?」

 

「おかしくない所を探す方が難しいだろ、コレ!

 なんなんだよコレは!?

 登場する奴は、どいつもコイツもキャラが濃すぎるし」

 

「確かに、登場したその回で『早く戦争になあれ』は、流石に私も引いたな」

 

「情勢はグダグダでちっともエンタメしてねえ!

 状況を把握する前にジェットコースターみたいに話が進みやがる」

 

「そうね、話が宇宙に移ってからは、正直私もノリだけで追いかけていたわ」

 

「そのクセ肝心のキャラクターたちもブレッブレで、視聴者の横っ面を叩く事しか考えてねえ」

 

「そうだな。

 ミリアルド兄さんの宣戦布告に至っては、色んな意味でブチ壊しだった」

 

「それなのに、最後だけこんな、まるでこれしかなかったように大団円なんて……。

 そんな、そんな偽善が許されるかよ」

 

「……確かに、すべて雪音の言うとおりだ」

 

 ふっ、と風鳴翼が自嘲をこぼす。

 クリスの苛立ちを知る事によって、翼はようやく、このアニメを放っておけなかった理由に、ようやく思い至ったのだ。

 

「雪音の言う通り、これは本当にけしからんアニメだ。

 右も左も分からない状況の中、ヒィロたちはただ、自分の信じた道を進み、もがき、ぶつかりあって。

 まるで雪音と初めて出会った頃のような、古傷を抉られる思いだよ」

 

「――ッ!?」

 

 その言葉に、今度こそクリスは愕然と両目を開いた。

 酸欠の金魚のようにパクパクと口を開き、やがてぶんぶんと頭を振るって叫んだ。

 

「う、嘘だッ そんなハズがあるかッ!

 私は違う! こんなバカどもと一緒なハズが無いッ

 私は、あの頃の私は、もっと真剣に――」

 

「――武力を行使する連中を片っ端から制圧して、戦争を根絶しようとしていたな、雪音は」

 

「~~~~~~ッ」

 

 ぼっ、と少女の顔面が、たちまち真紅に燃え上がる。

 それを見た翼の頬も、やや恥ずかし気に上気する。

 

「もっとも私の方も、あまり人の事を言えた義理ではないがな。

 あの頃の私は立花を敵視し、防人の覚悟を知らしめようと躍起になった挙句――」

 

「……ああ、そうだった、ようやく思い出したよ。

 あの時の先輩はまるで……、まるで、ダメな時のヒィロみたいだったっけ」

 

「面目ない」

 

 あっさりと頭を垂れた翼に対し、ようやくクリスは観念して、力なく腰を落とした。

 

「一つだけ、付け加えるならば。

 あの頃の私は、軸はブレてはいたが、それでも信じたもの対して懸命だった。

 それが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、

 今、雪音とこのような時間を持てるのは、あの時の必死さがあったからだと、少なくとも私はそう思っている」

 

「先輩……」

 

「だから雪音、伏線だとかシナリオだとか……。

 そんな下らない体裁にこだわる必要は無いんじゃないかしら?

 雪音は素直に心を開いて、もっともっと、このアニメを好きになっていいんだ」

 

「……うっ」

 

 風鳴翼の薄い胸に、そっ、とクリスが額を寄せる。

 早朝の静寂の中、高山みなみの甘い声が、翼の耳に郷愁を届ける。

 

「それにしても、好きなアニメの最終話を見届けるというのは寂しいものね……」

 

 

 

「その言葉を待っていたわ、風鳴翼!」

 

「「 ――! 」」

 

 

 

 不意にバン、と扉が開け放たれ、逆光の中、一人の乙女が影をなす。

 陽光に煌くピンクブロンドのロングヘア。

 170はあろうかと言う長身に、スーパーモデル顔負けの肉体。

 そして自信に満ち溢れた、もう一人の歌女の瞳。

 

「お前はマリア、マリア・カデンツァヴナ・イヴじゃないか!?

 なんだってこんな所に?」

 

「さて……、どこかのお節介なマネージャーのせいで、私の予定もガンプラ・フェスに組み込まれてしまってね。

 陣中見舞いに来てみたのだけれど、どうやらこの手土産は正解だったようね」

 

「手土産?」

 

 翼の疑念に対し、マリアはにっ、と口元を歪め、手にしたトートバッグを高々と掲げる。

 

「1997年劇場公開『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz‐特別編‐』よ!

 本編終了後の世界を舞台に、少年たちの過去と現代、そして一つの時代を描き切った傑作よ」

 

「げ、劇場版だとッ!?」

 

「あ、会えるのか、あのバカどもに、もう一度」

 

「ええ、勿論よ。

 セルアニメ末期の驚異的クオリティによって新たに命を吹き込まれる物語。

 そして、カトキハジメの新たな解釈によって描き出される新生ガンダムチーム。

 もっとも私としては、トレーズ閣下の出番がなかった事だけが残念なのだけれど……」

 

「…………」

「…………」

 

「……って、え、えっ?

 ど、どうしたのよ二人とも、急に黙り込んじゃって」

 

 不意に室内の空気が急転する。

 居丈高なマリア・カデンツァヴナ・イヴが、たちまちただの優しいマリア姉さんに戻る。

 

「マリアはその、好きなのか、ガンダムW?」

 

「ん? え、ええ、そうね。

 アメリカでのガンダムWは、言わばファーストとでも呼ぶべき人気作だし。

 それに、そう、セレナも切歌も調も大好きだった、から……」

 

「ふーん」

 

「な、なによ……?」

 

 戸惑うマリアの言葉に対し、翼とクリスは頷きあって口を開いた。

 

「いや、何、少し昔の事を思い出しただけだ。

 初めて出会った頃のお前は――」

 

 

「「 すっごいエレガントだったな 」」

 

 

「……ッ!?

 この剣ッ 相っ変わらず可愛くない……!」

 

 マリアが重ねて反論しようとしたその時、不意に再び入口より、威勢の良い挨拶が響いた。

 

 

 

「デデデデ~~~ッス! Wと聞いて飛んできたデス!」

 

「ビームローターで来ました」

 

 

「いっえーい、クーリスちゃ~ん!

 Gガン見よっ、Gガン……って、ええええええっ!?

 な、なんで皆ここにいるの?」

 

「翼さんは兎に角として、マリアさんまで……」

 

 

「あらら、なんかきねクリ先輩の部屋の辺りが騒がしいなって思ったら」

 

「休日の朝から、うら若き乙女たちがガンダム談義……、ナイスです」

 

「まったく、これだけのメンバーが偶然集まるなんて、アニメじゃないんだからさあ」

 

 

 

「……っておい!? おかしいだろこんなの!

 なんで皆して当然のようにあたしの部屋に集まってやがるんだ!?」

 

 きねクリ先輩が叫ぶ!

 そしてもちろん誰も聞いていない。

 誠に遺憾ながら雪音クリス先輩の部屋は、お好み焼き『ふらわー』と双肩を成す癒しスポット。

 自然に足が帰ってしまう、リディアン女子にとっての魂のホームなのだ。

 

「さて、とにかく図らずも舞台が整ったようね。

 風鳴翼のガンプラ製作プロジェクト、早速はじめていきましょうか?」

 

「えっ、なになに?

 翼さん、もしかしてガンプラを作るんですか?」

 

「立花……、ああ、そのつもりなのだ、が!」

 

 不意に翼がにっ、と笑い、マリアの手にしたトートバッグをひったくった。

 

「その前に、まずは見せてもらうとしようか。

 Endless Waltzの実力とやらを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話「SAKIMORI、イオリ模型店に行く」

響「いっや~、翼さん、どんなガンプラ買って来るのかな~」

マ「翼の事だから、どうせ武者頑駄無か何かじゃないかしら?」

切「きっとアストレイデスよ! それも戦国!」

調「天羽々斬つながりでスサノオかもしれないよ、切ちゃん」

未「意表を突いてシュピーゲルやスパローだったりして」


翼「ガリクソンにしたわ」


ク「ねーよッ!?」



 ――夏。

 

 真っ白な入道雲が町並みを見下ろしていた。

 一陣の風が立ち上る陽炎を吹き流し、少女のスカートを孕んでそよがせる。

 清楚なワンピースのちっぽけな後ろ姿を、軽快な足取りで翼が追う。

 

「すまないなエルフナイン。

 折角の非番の日に、わざわざ付き合わせてしまって」

 

「全然構いませんよ。

 響さんたちには学業がありますし、それにボクもガンプラは大好きですから」

 

 翼からの謝罪に対し、ワンピースの少女―エルフナインは、くるりと振り向きはにかんだ。

 

 少女、とは書いたものの、本来のエルフナインは少女では無い。

 キャロル・マールス・ディーンハイムによって作り出されたホムンクルスであり、生物学上の男女の区別を持たない存在だったのだ。

 その錬金術師キャロルが巻き起こした魔法少女事変も、昨今、ケリがついた。

 今はただ、エルフナインが宿るキャロルの器に倣い、便宜的に「少女」と記させてもらおう。

 

「それにしても、まさかこんな住宅街の一角に、エルフナインの馴染みの店があろうとはな」

 

「そうですね。

 単純に安さや品揃えを求めるなら、市内の量販店でも良いんですけど。

 翼さんと一緒に来るなら、人通りの少ない場所が良いかと思いまして」

 

「重ね重ねすまないな。

 気を使わせてしまっている」

 

「かしこまらないで下さいよ、今日だけはボクが、緒川さんの代わりですから」

 

 他愛のない世間話を重ねながら、二人の足はやがて、目的のテナントへと辿り着く。

 二階部分が居住空間となった、一戸建てのアットホームな店舗であった。

 

「ここが目的の店か。

 何と言うか、いかにも町のオモチャ屋さん、と言った感じの風情ね」

 

 率直な感想を翼が述べる。

 店舗自体は如何にも個人経営の手狭さを感じさせるテナントながら、その手入れの細かさは、整然としたショーケースの陳列一つとっても好感の持てそうな店であった。

 

「ここ、イオリ模型店は、世界的に有名なビルダーであるイオリさん親子の店なんですよ。

 店舗は小さいですけど、熟練のビルダーさん達の間でも、隠れた穴場として人気なんです」

 

「へえ、けれどそんな場所に、私のような素人が入って平気かしら?」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。

 ガンプラで分からない事があっても、すぐに美人の奥さんが対応してくれますから。

 翼さんもきっと、気に入ると思いますよ」

 

 そう笑顔で断言して、エルフナインがひょいと入口の自動ドアをくぐる。

 やや遅れ、翼も慌ててその後を追う。

 向かいうレジの先で、エルフナインの言う「美人の奥さん」イオリ・リン子が笑顔を向ける。

 

「あら? いらっしゃい。

 なあに、エルフナインちゃん、今日はお友達と一緒?」

 

「こんにちはリンコさん。

 今日はちょっと、この人に合うガンプラを探したいと思いまして」

 

「――えっ!

 あ、ああ、そうなんだ。

 それじゃあ、どうぞごゆっくり」

 

 エルフナインの後ろで軽く会釈する乙女の姿に、リン子は思わず、ぎょっ、と瞳を丸くした。

 が、流石に接客のプロである。

 すぐさま態度を軟化させ、いつも通りの営業スマイルでそれに応える。

 

「へえ……、凄いな。

 ガンプラっていうのはこんなにも沢山の種類が出ているのか」

 

 手狭な店内を、いかにも物珍しげに翼が見渡す。

 その一瞬の隙をついて、リン子がそっ、とエルフナインに耳打ちする。

 

(ちょっと、エルフナインちゃん。

 あの娘って、もしかして……)

 

(あ……)

 

 リン子の言わんとしている事、エルフナインには即座に理解できた。

 なにせトップアーティスト、風鳴翼の醸し出す大物的オーラ。

 あのようなチャチなサングラスでごまかしきれるハズもない。

 

(えーと、あれで本人、バレてないって思ってますから。

 うまいことお話をあわせてもらえると……)

 

(オッケー。

 まっ、後でその辺の事情を聞かせてよね)

 

「……?

 エルフナイン、どうかしたか?」

 

「いえ、今いきますよ」

 

 きょとんと首を傾げる翼の下に、ぱたぱたとエルフナインが歩み寄る。

 リン子は完璧なる営業スマイルをもって、その小さな背を見送った。

 

 

「さて、ひとえにガンプラと言ってみても……。

 これほどの数があっては目移りどころか目眩すら覚えるわね」

 

「ふふ、なにせシリーズ35年の歴史がありますからね。

 二桁を超すアニメシリーズにOVA、更にはSDやMSVと言った独自展開。

 初めての人が戸惑いを覚えるのも無理のない事だと思います」

 

「私は、ガンダムと言えば、まだアニメを一本見ただけなのだけれど……」

 

「あんまり難しく考えず、好みのデザインで選んでみるのも良いかと思いますよ。

 アニメから入ってプラモを手に取るのも王道なら、プラモから原作に遡行するのも、また一つの楽しみ方ですから」

 

「なるほど、そう言う物か」

 

 商品棚の隙間を縫うように進む少女の後ろ姿を、感心したように見つめ直す。

 どこか居心地の悪さを覚える翼に対し、心なしかエルフナインの足取りは軽い。

 

「エルフナインには、何か目当ての品があるのか」

 

「はい! あ……、ええっと。

 勿論、翼さんのガンプラ選びには全力を尽くしますけど。

 その、少しだけ、自分の買い物を済ませても構いませんか?」

 

「ええ、もちろん。

 ならば一つは今日のお礼に、私からエルフナインへのプレゼントとさせてもらおうか?」

 

「本当ですか?

 えへへ、それじゃあ、お言葉に甘えちゃいます」

 

 ぱっ、とエルフナインがはにかんで、きょろきょろと辺りの物色を始める。

 その愛らしい姿に、ふっ、と翼の頬も緩む。

 一つだけ、と言ったならば、エルフナインにとっての『特別』な機体は何なのか。

 ガンダムに馴染みの薄い防人であっても、興味の虫が湧く。

 

 スペースの端っこで、ようやくエルフナインはようやく目当ての品を見つけたのだろうか。

 商品棚の奥から箱を取り出し、翼の前に差し出した。

 

「翼さん、ありました。

 ボクの分はこれにします」

 

 そう言ってエルフナインが掲げて見せたのは、濃いミリタリーグリーンを基調としたジオン系統の機体であった。

 鬱蒼と生い繁る森林に溶け込み、必殺の時を待ち伏せるピンクの単眼。

「静」一辺倒のモチーフの中、赤熱化するヒートホークだけが物語の高揚を語る。

 

「これは……、ああ、確か『ザク』だったかしら?」

 

「はい。

 より正確に言えばMS-06FZ『ザクⅡ改』

 一年戦争末期に少数生産された、ザクⅡの最後期バリエーションですね」

 

「ふむ」

 

 と、饒舌なエルフナインの説明に意味も無く頷いて、防人が慎重に次の言葉を探す。

 

「その、せっかくの贈り物なのだから、別に遠慮しなくても良いのだが?」

 

「ふふっ、()()が良いんですよ、翼さん」

 

 そう笑って応え、エルフナインが手にした箱を、きゅっ、とおし抱く。

 その姿を見た翼の中に、一つの疑問が浮かぶ。

 

「改、と言ったけれど、普通のザクとは何か違うのかしら?」

 

「えっと、そうですね……。

 手がけたデザイナーさんの造形の違いや、後付けで加えられた設定の差もありますけれど。

 けど、本当は翼さんの言うとおり、何の違いもありません。

 元々はEndless Waltzのガンダムと同じで、OVA向けにリファインされたザクだったんです」

 

「普通の、ありふれた量産機、か」

 

「特別な要素は何一つありませんよ。

 戦争が日常の世界の中で、普通の民間人の少年と、パイロットの青年の交流の仲立ちを務める。

 この子の登場する『ポケットの中の戦争』は、そう言った普遍の日々の一幕を切り取った物語なんです」

 

「そうか。

 そう言う見方をするならば、そのザクは普通である事自体が特徴であり価値、と言う訳か」

 

「物語は本当に綺麗で、寂しいラストを迎えてしまうんですが……。

 けど、だからこそ遊びの世界では、このザクを手許に置いて置きたいんです」

 

 そうほっこりと笑顔を向けるエルフナインの姿に、ようやく翼も思い至る。

 

「……今さらながら、当たり前の事に気付かされたようね。

 ガンダムだけがガンダムの全てでは無いのだな」

 

 そう断言して、改めて翼が商品棚を見渡す。

 劇中のどこに登場したのか判別もつかないジム。

 大人の事情で戦場に投入されたビックリドッキリメカ。

 MSVと言う魅惑の錬金術によって生み出された謎のグフバリエーション。

 それら多彩な機体の全てが、ファンの心によって輝きを与えられ、等しく価値を持つのだ、と。

 

「そのアニメ、いずれ私も見てみたいものだな」

 

「今度、DVDをお貸ししますよ。

 翼さんも、きっと気に入ると思います……、あ、けど」

 

「ふふっ、まずは目の前の仕事、だな」

 

 小さく笑いあって、再びプラモの山の物色に移る。

 今度は翼も丁寧に、量産機の一つも見逃さぬようゆっくりと歩く。

 

「そう言えば、リーオーやエアリーズのようなWの量産機は置いていないのか?」

 

「ええっと、キット自体は出ていた筈ですけど、もう二十年近くも前の作品ですからね。

 新作が出るとしても、どうしても人気のあるガンダムやトールギスが優先になっちゃいますね」

 

「買い手あっての商売とは言え、寂しい話ね。

 私などは、あの物言わぬリーオーの面構えに、防人のかくあるべき姿を見ていたのだ、が……」

 

 はた、と、不意に翼の脚が止まった。

 鋭い瞳が、馴染み無い筈のゼロ年代の機体が並ぶショーケースの一点に吸い寄せられていく。

 

「翼さん、どうかしましたか?」

 

「あの機体、どことなくウィングに似ているようだが……?」

 

「ええっと、ああ『フェニーチェ』ですか」

 

 背伸びするようにショーウィンドウに手を伸ばして、エルフナインが一つ頷く。

 視線の先にあったのは、緑を基調としたトリコローレに身を包んだ、片翼のガンダムであった。

 

「あれはウィングガンダムフェニーチェと名付けられた機体です。

 原形機から大胆なアレンジが施されてはいますが、

 翼さんの言う通り、確かにウィングガンダムをベースとするカスタム機ですよ」

 

「かすたむ……?

 いや、しかし、こんな機体は劇中のどこにも登場していなかったと思うが?」

 

「あっ、すいません! そうじゃないんです」

 

 エルフナインがわたわたと両手を振って、はにかむような仕草を見せる。

 

「このガンプラは、アニメに登場した機体では無いんです。

 第7回ガンプラバトル選手権において、イタリア代表のリカルド・フェリーニ選手が使用していた愛機のレプリカなんです」

 

「現実の選手の……?

 そんな模造品までもが流通しているのか、ガンプラと言う世界は」

 

「ガンダムシリーズは今や、アニメだけの物ではありませんから。

 プロスポーツ選手のシューズや、バットや、あるいはレーサーレプリカと同じ。

 特にリカルド選手は、ガンプラバトルの黎明期から、華のあるファイトで観客を魅了してきた人気ファイターですし」

 

「なるほど、しかし、これが……」

 

 エルフナインの説明を受け、改めてショーケースを覗き込む。

 現代の防人の瞳に、剣の砥ぎを値踏みでもするかのような鋭い輝きが宿る。

 

「素人の私が、こんな事を言って良いのかも分からないのだけど……。

 これが本当に、世界大会に出場した機体だと言うの?

 見た所、重心が左に寄り過ぎているし、それに、片翼では変形もままなるまい?」

 

「ふわぁ、流石ですね、翼さん。

 翼さんの仰る通り、この機体は、お世辞にもバランスの良い機体ではありません。

 重心の偏りに加え、原形機の特性を大胆にもオミットした一枚翼。

 普通のファイターが使ったら、とてもじゃ無いけど、まともな戦績を残す事は叶いませんよ」

 

「……ただし、繰り手がリカルド・フェリーニである場合を除けば、と言う話か?」

 

 風鳴翼の断定に、エルフナインが力強く頷く。

 

「このフェニーチェは、リカルド氏が生まれて初めて作ったガンプラなんですよ、翼さん」

 

「初めてだと、バカな!

 これほどの改造、幼少の業前で施せるワケがあるまい」 

 

「そうですね。

 加えて言うなら、当時のガンプラバトルはダメージ設定の存在しない荒野の世界。

 まともな改造も覚束ないガンダムが、無傷で生き残れる場所ではありません」

 

「だったら……」

 

「直したんですよ、敗れる度に、壊れる度に。

 そして、その都度、機体に新たな手を加えた。

 戦いの結果を反省し、自分の立ち回りに不要な機能を取り除き、新たな手札を組み込んで。

 フェニーチェの歪ともとれるアンシンメトリーなシルエットは、彼らの戦いの歴史、そのものなんです」

 

「……そうか。

 長年かけてリカルド氏の癖のみに嵌るよう誂えられた、極端に偏った機体。

 その癇の強さがもたらすのが、相手の意表を突く慮外の牙と言う事か」

 

 ようやく得心の言った翼が、ふうっ、と一つ息を吐く。

 伝説の機体とファイターの馴れ初め。

 エルフナインならずとも、ファンならば我が事のように語りたくなるエピソードであろう。

 

 

 けれども、今、少女の言葉に強い感銘を受けながらも……。

 機体を見つめる風鳴翼の瞳は、全く別の原風景を追い駆けていた。

 

 

 

 ――片翼の、ガンダム。

 

 

 ――傷だらけのウィング。

 

 

 一人でも、何処までだって飛んでみせると、血を吐きながら叫んだ、あの頃。

 

 

(…………)

 

 

 ……見透かされている、気がした。

 

 左右で輝きの異なる、フェニーチェのオッドアイ。

 風鳴翼のパーソナルカラーである青い瞳と、そして、もう片方の赤――。

 

(この歴戦の傷だらけの機体は、あの頃の私を知っているのではないか?)

 

 ふと、そんな事を考えた。

 ふっ、とたちまち自嘲が零れる。

 

 分かっている。

 そんな事は、只の他愛のない妄想だ。

 

 かつて一振りの剣たらんと必死に背伸びした少女の抱く、実に他愛の無い幻。

 リカルド氏とこの機体の絆の間には、何の関係も無い空想の産物である。

 

 

 なれどガンプラはまた、持ち主の与えた光によって、如何様にでもその解釈を変える。

 

 この世に生を受け19年、初めてガンプラを手に取る日が来た事。

 初めて見たガンダムが新機動戦記ガンダムWで会った事。

 今日、このイオリ模型店を訪れた事。

 自分が『翼』であった事。

 

 

 あまり難しく考えず、好みのデザインで選べばいい。

 エルフナインのその言葉を、是とするならば――

 

 

 

「――気に入った、このウィングにするわ」

 

「えっ?」

 

 何らかの確信を得た防人の一言に、きょとん、とエルフナインが目を瞬かせる。

 

「ええっと、けど、いいんですか?

 さっきも話しました通り、お世辞にも初心者向きとは呼べない機体ですよ」

 

「構わないわ。

 機体の操縦には、何とか私の方で合わせて見せる。

 ……っと、な、何だか聞き分けの無い子供のようで、申し訳ないのだけれど」

 

 ふっ、と我に返ったかのように顔を赤らめた翼に対し、傍らのエルフナインがふわりと笑った。

 

「そんな事はないです。

 ボクもやっぱり、それが良いと思います。

 ガンプラバトルで勝つためには色々な事を考えなければなりませんが、

 けれど一番大切なのは、自分の好きな機体を使う事ですから」

 

 

「それじゃあね、エルフナインちゃん。

 約束、忘れないでね」

 

「はい、リン子さん、近い内に」

 

 短く『約束』を交わし、エルフナインが紙袋を受け取る。

 そうしてくるりと踵を返し、傍らの翼に話しかける。

 

「お待たせしました、翼さん。

 本番で使う機体も決まった事ですし、さっそく帰って組み立てましょうか?」

 

「…………」

 

「翼さん?」

 

「え? ああ、すまない。

 いや、なに、向こうの部屋には何があるのかと思ってな」

 

 翼のほっそりとした指先が、大きなガラス越しに映る隣室を指し示す。

 

「ああ、あそこはガンプラバトルルームですね」

 

「バトルルーム? 

 この店内でガンプラバトルの試合が出来ると言う事か?」

 

「そうです。

 何せ昨今、ガンプラの販促に最も効果的なのがガンプラバトルですから。

 気の利いた店舗なら、工作室とバトルシステムは必ずセットで置かれていますよ」

 

 と、そこまで説明した所でエルフナインも気が付いた。

 薄暗い隣室より、仄かに淡い燐光がガラス越しに溢れてくる。

 この世の奇跡の体現、プラフスキー粒子の放つ光である。

 

「どうやら先客がいるみたいですね。

 少しだけ見学していきましょうか」

 

「ええ」

 

 エルフナインの提案に短く応え、そっとバトルルームに忍び寄る。

 はやる心を抑え、窓越しに室内をのぞき込む。

 

「おお……」

 

 思わず感嘆が漏れる。

 硝子の向こうは武骨なキリマンジェロの荒野であった。

 

 切り立った寂寥たる岩肌の中を、ずんぐりむっくりとしたモスグリーンの機体が疾走していた。

 その数、およそ四機、いや五か。

 

「バトルシステムにデフォルトでインプットされている仮想敵『ハイモック』です」

 

 傍らのエルフナインが短く解説する。

 仮想敵、と言う以上は対人戦では無く、一人用の練習を行っていると言う事なのだろう。

 

 その迎え撃つガンプラに、翼の瞳が吸い寄せられる。

 青と白を基調とするすっきりとしたデザインに、シリーズの伝統を踏襲するV字のアンテナ。

 特徴を字に起こしただけならば、間違いなく『ガンダム』と呼ぶべき機体であろう。

 だが、外装が削げ落ち、フレームが剥き出しとなった細い腰部に、角飾りの下で光る鋭い眼光。

 何より、細身の外見とはアンバランスな、武骨な鉄隗を振りかざす異様な光景。

 その異形に、シリーズの主役たるガンダムの名を当てて良いのか、素人の翼には分からない。

 

「なんだ、アレは……?

 あの、悪魔のような出で立ちの機影も『ガンダム』だと言うの?」

 

「両方とも正解です、翼さん」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んで、かろうじてエルフナインが呟く。

 

「ASW-G-08『ガンダムバルバトス』

 機動戦士ガンダム、鉄血のオルフェンズに登場し、かつての厄災戦の主役を務めた、

 72機のガンダムフレームの内の一柱です」

 

「バルバトス……、悪魔の名を持つ者?」

 

 ちらり、翼の視線が戦場の奥に立つファイターの姿を追う。

 背の低い、やせっぽちの少年であった。

 

 身に比してダボダボな、カーキー色のくすんだジャンパーに、足首まで覆う頑丈そうなブーツ。

 だが外見に反し、スフィアに伸びるミサンガを巻いた左手は、猛禽のような力強さに溢れる。

 整える事を知らぬボサボサの黒髪に太い眉。

 対し、青みがかった瞳は鏡のように澄んで、それが却って心理を読み取る事を困難としていた。

 

 一見、不愛想で感情の起伏が乏しそうな少年であった。

 けれどその手が操る「悪魔」は、まるで少年の内にある激しさを現したかのように躍動した。

 

 先行するモックの一機が、手にしたマシンガンより火箭を飛ばす。

 バルバトスはスラスターを蒸かし岩陰に逃れ、次の瞬間には一息に大地を駆け上がって、対主の頭上をとった。

 

 逆光を背負い、重力を加えた鉄槌を思い切り振りかぶる。

 そして、打ち下ろす。

 咄嗟に掲げられた機銃を両腕諸共に砕き、そのまま頭部を一息に叩き割る。

 ズンッ、と大地が揺れ、爆ぜた薬莢が僅かに蒼穹を焦がす。

 

 後背のハイモックが、ヒート・サーベルを唐竹に打ち下ろす。

 ぐるり、と縦の一撃を避け、そのまま振り向きざまに得物を振るう。

 遠心力を乗せた横薙ぎの鉄塊。

 武骨なボデイがくの字に折れ、ひしゃげた鋼が横方向に弾け飛ぶ。

 

「……なんと言うか、凄まじいな、これは」

 

 呻くように翼がこぼす。

 目の前で繰り広げられる光景は、翼の知る戦場のものでは無い。

 この戦場にエレガントは無い。

 そこにあるのは、軋みを上げる鋼鉄の肉体のみであった。

 

「ガンプラバトルと言うのは、こんなにも凄惨な競技であったのか」 

 

「あ、いえ、これは……」

 

 

「いいや、違うな。

 この戦場の色合いは、数多にあるガンダム世界の中でも、特に異質な光景なのだよ」

 

 

「「 ――! 」」

 

 不意に太い声が横合いより響いた。

 驚き振り向いた二人の視線の先にいたのは、腕組み仁王立ちで戦いの行方を眺める、恰幅の良い口髭の男であった。

 

「貴方は……?」

 

「あっ、つ、翼さん!

 えっと、こちらはですね……」

 

「あの苛烈な戦いの有様は、オルフェンズの舞台である、P.D.の技術的背景に起因している。

 この意味、お分かりかな、お嬢さん?」

 

「…………」

 

 エルフナインの仲立ちを尚遮って、謎の中年が問答を始める。

 男の言葉の真意を確かめるべく、翼がまじまじと戦場を覗き込む。

 

 そんなギャラリーの緊張を知る由もなく、鉄塊を担いだバルバトスが加速する。

 接近を阻むべく、モックが後方に逃れながらスプレーガンを乱射する。

 

「――!

 そうか、ビーム兵器。

 あのガンダムはビームサーベルやライフルの類を持ち合わせていないのか」

 

「その通り。

 高出力のビーム兵器開発技術の存在しない、異質な戦場。

 携帯性に秀でた高火力の武器を持ち得ぬ世界で、MSの重厚な装甲を穿とうと思うならば……」

 

「自然、MS戦の在り方は人類の歴史を逆行する所となる。

 さながら中世の騎士たちの駆る戦場のように。

 なるほど、なればこその『鉄血』か」

 

「え、ええっと……」

 

 重厚なる戦場の片隅で、重厚なる解説合戦が繰り広げられていた。

 何人をも立ち入る事の出来ぬ領域で、男と女は言葉を通じ、互いの素性を推し量らんと鞘当てを繰り返していた。

 

(この御仁、武術の心得が有るようでもないが……。

 しかし、この言葉の端々より溢れる自信、司令のような圧倒的重圧(プレッシャー)

 これが所謂、古参兵と言う者なのだろうか?)

 

(この少女、ガンダムに対する知識は全くの初心者だが。

 しかし、この年端に見合わぬ泰然自若とした態度、そこから紡ぎだされる深い洞察力はどうだ?

 いい目をしている、間違いなくこの娘は戦士だ、しかし――)

 

 

(( ―― 一体、何者なのだ!? ))

 

 

 

「ええ……」

「なに、あれ……?」

 

 戦場の一部と化したイオリ模型店の入口で、来客の少年少女が思わず凍り付く。

 

「あら、ユウくんにフミナちゃん、いらっしゃい」

 

 店番のリン子が気さくに挨拶をかけるも、今の二人には、それに応じる余裕すら無かった。

 

「あれって、トップアーティストの風鳴翼……、だよね?

 何かエルフナインちゃんまでいるし」

 

「なんでラルさんはさも当然のように談話してるんだよ。

 一体どう言う関係なんだ?」

 

 二人が呆然とする合間にも戦場は様変わりする。

 

 三体目を屠り去った白い悪魔が、眼前に迫る新手に目掛け、まっすぐに鉄塊を突き出す。

 インパクトの瞬間、先端より飛び出したニードルが得物の中心を捉え。

 

「ムッ」

 

 一瞬、少年の顔が曇る。

 ひしゃげたモックのボディに鉄槌が喰い込み、動きが止まる。

 横合いより、新手。

 迷わず少年はメイスを諦め、左肩に負った新たな得物をすっぱ抜いた。

 湾曲する片刃の大業物が、陽光の下で鈍い煌きを放つ。

 

「剣だとッ!?

 あのガンダム、太刀持ちか!」

 

「ふっ!」

 

 短く呼気を吐き出し、上段より大太刀を振るう。

 ガン、と火花を散らして兜が鳴いて、頭部のひしゃげたモックがよろめく。

 しかし、太い。

 完全に沈黙するには至らない。

 

 続け、第二打。

 袈裟懸けに放たれた一振りは、狙い違わず左肩へ深々と喰い込むも、やはり致命打には遠い。

 喰い込んだ刃先によって、却ってバルバトスの動きが制限される。

 

「ちぇ」

 

 短く吐き捨て、モックのドテッ腹にヤクザキックを打ち込む。

 思い切り蹴り飛ばし、その反動で刃を引き抜く。

 そうしてぶっ倒れたモックを見下ろしながら、いかにもつまらなさ気にポツリとこぼす。

 

「……なんか、使いにくいな、これ」

 

「それは違うわ、少年」

 

「え?」

 

 

 

「ええっ、つ、翼さん!」

「なッ い、いつの間に」

「嘘だろ!」

「彼女はさっきまで、確かにラルさんの隣に……!」

 

 イオリ模型店に戦慄走る!

 

 気が付いたその瞬間、翼は既に少年の傍らにあった。

 質量のある残像でもなければ、無論、量子化現象でもない。

 防人はただ、そうする事が当然であるかのようにドアを開け、悠々と少年の隣に進んだだけだ。

 心理上の一種の死角である。

 

「アンタ、誰?」

 

「太刀と言うのは、先ほどの鉄槌のような、質量を利して叩き潰す鈍器とは違うわ。

 刀身の反り返りと鋭利な刃先で以って切断、相手を斬るための武器なんだ」

 

「は?」

 

「狙いを関節に絞る慧眼は間違ってはいない。

 けれど、肝要なのは当てる前ではなく、その後。

 刃先を真っ直ぐに重ね、投げ捨てるのではなく、押し当て、引き切る。

 折角の一太刀、最後の最後まで大事になさい」

 

「アンタ……」

「呆けない、来るわよ」

 

 突然真横でおかしな事をのたまい始めた乙女。

 よろめきながら立ち上がるハイモック。

 少年は双方を交互に見つめた後、はあっ、と一つため息を吐いて、刀を構え直した。

 

 風を巻いて正面よりモックが迫る。

 その眼前で、バルバトスの斬撃が弧を描く。

 煌く白刃は違わず肩口の傷へと吸い込まれ、瞬間、バルバトスの腰が、手首が連動する。

 右肩を押し込み上体で圧を加えながら、刃先は正確に断面を滑る。

 

 ギン、と鈍い音が一つ震え、モックの左腕が、肩口から高らかと宙を舞った。

 

「おお!」

「へえ」

 

 思わず感嘆の声を上げた翼に対し、少年の口元、感心したように小さな笑みが浮かんだ。

 飛蝗の足でも引き千切る幼子のような、無邪気で無慈悲な笑みであった。

 

 バランスを大きく崩しながらも、モックが右手に残った手斧を振るう。

 バルバトスは機体を潜らせ一撃を避け、すかさず目の前の膝を裏から薙いだ。

 左膝が崩れ、どっかと仰向けに倒れ込んだ巨体の喉元目掛け、真上から刃を突き立てる。

 モックの赤い瞳の輝きが、やがてくすんで消え失せる。

 

「後方、最後の一体」

 

 風鳴翼が叫ぶ。

 だが、言われるまでもなくバルバトスは動いていた。

 振り向きざまにスラスターを蒸かし、上段に構えたモックの脇を駆け抜ける。

 

「うん、なんだか、分かってきた」

 

 短く呟き、今度こそは綺麗に「抜いた」

 すれ違いざまに脇腹から火花が走り、そのままモックは両膝を大地に屈した。

 程なく、ずるりと上体が滑り落ちた。

 

 

『 BATTLE END 』

 

 機械的なアナウンスが響き渡り、空間が解け、室内に照明が戻る。

 戦場からようやく帰還を果たし、防人がようやく安堵の息を吐く。

 

「凄まじいな、ガンプラバトルとは、これほどの物であったか」

 

 ポツリ、と小さく呟く。

 元来、剣とは対人戦のためのもの。

 柔い肉を裂き、戦闘能力を奪うためのもの。

 鋼鉄の塊を、あれほど容易く断ち切るなどと、完全に想定の外であった。

 

(いや、それは違うな。

 真に恐るるべきはガンプラではなく……)

 

 ちらり、と翼が横眼を送る。

 少年は先の感触が残る右手を、ぷらぷらと弄んでいたが、その内、思い出したように顔を上げた。

 

「そういや、アンタ、誰?」

 

「はっ!?」

 

 ようやく翼は我に返った。

 わざわざエルフナインを伴ってのお忍びにも関わらず、ゲームに没頭するあまり、だいぶ奇行に走ってしまっている自分に気が付いた。

 

「いえ……、と、通りすがりの買い物客よ。

 ごめんなさい、ガンプラはあまり詳しくは無いのだけど、剣の事となると、つい」

 

「剣?」

 

「あ、いや、すまない、それも忘れてほしい」

 

「やるの?」

 

「え?」

 

 言葉の意味を掴みかね、思わず翼が顔を上げる。

 

 やるの?

 

 バトルシステムの順番待ち、と言う意味か?

 

 翼自身のビルダーとしての技量を問われているのか?

 

 或いは、自分と()る気なのか?

 少年にバトルをふっかけている、そう勘違いされてしまったのか?

 

 ふっ、と自嘲がこぼれる。

 いずれであったとしても、今の翼が返せる答えは一つだけである。

 

「済まないが、本当に私は、まだ素人なのだ。

 何せ私が使う予定のガンプラも、あの通り未だ、箱の中だ」

 

 そっと、視線を送る。

 ガラスの外でエルフナインが、手にした紙袋を恥ずかし気に掲げる。

 

「……まっ、いいけど」

 

 その一言で、興味を失ったのだろう。

 少年は再び翼に背を向け、GPベースを動かし始めた。

 程なく、再び室内にプラフスキーの輝きが溢れ始める。

 

 ふうっ、と小さくため息を吐いて、翼は静かにその場を離れ――

 

「……二、三日」

「えっ?」

 

 不意に声をかけられ、思わず翼が振り向く。

 相も変わらず少年は、翼に背中を向けたままであった。

 

「仕事に穴が空いちゃったから……。

 ヒマな時は大体、ここにいる」

 

「……ええ、分かった。

 機会があればその時は、こちらから手合わせを願うとしよう」

 

 少年の背に、ふっ、笑顔を送り、今度こそ翼はバトルルームを後にした。

 

「それでは、また、いずれ」

 

「うむ、健闘を祈っているよ、お嬢さん」

 

 バトルルームの外で、見知らぬ御仁と挨拶を交わし、風鳴翼が去っていく。

 ややあってエルフナインがぺこりと一礼して、その背に続く。

 そして、入れ違うように先ほどの少年少女が、中年の下へと駆け寄ってくる。

 

「ラルさん! いつからあの風鳴翼と知り合いだったんですか?」

 

「風鳴、翼? 彼女が……、かね?」

 

「き、気づかずに声をかけていたんですか?

 相変わらず何て人だ……!」

 

「ふむ」

 

 呆れたように顔を見合わせる少年たちを尻目に、口髭は一人、思い出したように呟いた。

 

「なるほど、流石はメイジンの慧眼と言った所だな。

 来月のイベント、実に楽しげな事になりそうだ」

 

 

「ふふ、翼さんが乱入した時はびっくりしちゃいました」

 

「ごめんなさい、余計な心労ばかりかけてしまって」

 

 イオリ模型店からの帰り道を、エルフナインと二人、連れ添って歩く。

 ほんの小一時間ばかりの出来事であったと言うのに、まるで大冒険めいた心地よい疲労が二人を包んでいた。

 

「それで、どうでした?

 ガンプラバトルを初めて見た感想は?」

 

「ええ……、そうね」

 

 問われ、改めて今日の出来事を振り返る。

 凄惨に過ぎるリアルな戦場。

 一癖も二癖もある人間模様。

 煌く太刀筋の冴え。

 そして、恐るべき才能の片鱗を示す少年――。

 

「正直、少しばかり恐ろしかったわね。

 肌が泡立つあの感覚を憶えたのは、いつ以来の事だったかしら」

 

「……ガンプラバトル、いやになっちゃいましたか?」

 

「いいえ、逆ね。

 怖いからこそ、今は一刻も早く、この機体を組み上げたい」

 

 ふっ、と自嘲をこぼし、抱えた紙袋の上を指先でなぞる。

 

「我ながら、完全に職業病ね。

 怖いからこそ、纏うべきギアがない現状に耐えられないでいる。

 あの戦場で戦える剣を、早く手元に置きたくて仕方がないわ」

 

「……きっと、それは武者震いですね」

 

 翼の言葉をゆっくりと咀嚼して、やがてエルフナインがいつもの笑顔を向けた。

 

「それじゃあ翼さん。

 早い所、お家に帰って、すぐに安心しちゃいましょう。

 大丈夫ですよ、昨今のガンプラは、初心者でも簡単に組めるようになってますから」

 

「エルフナイン、ええ、そうね、ありがとう」

 

 エルフナインの笑顔につられ、防人の口元もようやく綻んだ。

 むくむくと、新しい情熱が沸いてくる。

 遊びに心を惹かれると言うのは、それこそいつ以来の感覚であった事か。

 

 自然、足取りが軽くなる。

 

 翼が笑った。

 エルフナインも笑っていた。

 

 二人、笑顔で玄関の扉を開けた。

 

 

 

 

「あ」

「あ」

 

 

 

 ――地獄があった。

 

 

 その日、最後の地獄は、風鳴翼のマンションの自室にあった。

 

 防人の指先から、ストン、と紙袋が零れ落ちた。

 

 エルフナインが、しょんぼりした。

 

 悲しい瞳であった。

 

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

 

 二人、無言であった。

 どれほどの時間が流れた事か。

 

 やがて、エルフナインがゆっくりと顔を上げ、言った。

 

「まずは、お部屋の掃除からですね」

 

 そう言って、笑った。

 

 健気な子だった。

 こうして世界は救われた。

 

 

 

 帰って来て良かった、強い子に会えて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話「SAKIMORI、部屋の片付けをする」

 

「くっ!? どこだ、どこに消えたッ

 私のタミヤモデラーズニッパー!」

 

 風鳴翼が叫ぶ!

 帰宅から三時間、不撓不屈の現代の防人も、いい加減ヤキが廻ろうかと言う時刻であった。

 

「やめて下さい翼さん!

 部屋の片づけが先……、って、何でもうこんなに散らかっているんですか!?」

 

「ハッ い、いつの間に!?」

 

 エルフナインが泣き叫ぶ。

 彼女だっていい加減、せっかく買ってきたザク改の組み立てに挑みたかったのだ。

 

 正午の帰宅後、取り敢えず、全てを見なかった事にして飲茶に出かけてから一時間。

 現実に立ち返り、全てのゴミを隣の部屋に押し込む事から始めて一時間。

 ようやく広々となった部屋の中で、虎の子のフェニーチェまで隣室に放り込んでしまった事に気が付いてから更に一時間。

 物語は振り出しに返った。

 と言うかいい加減、ランナーの切り離しぐらいには取りかかっていて欲しかったものだ。

 

「翼さん、使う物だけ、使う物だけ広げるんです。

 夢中になり過ぎてはいけません。

 特に工具をそんな無造作に広げては……」

 

「工具だと……、痛!

 バ、バカな、なぜこんな所にデザインナイフが!?」

 

「わわわっ! バ、バンドエイド、救急箱はどこに?」

 

「くっ、不覚……!

 人々を守る防人たらん私が、よもやプラモ作りごときで手傷を負おうとはッ」

 

「本多忠勝みたいなショックを受けてないで、まずはキャップです。

 デザインナイフの出番はまだ先です」

 

「キャップ……、キャップ? キャップ、だと……!」

 

「あ、ああああぁ~~~っ」

 

 エルフナインが、泣いた。

 

 幻が滅ぶと書いて、幻滅。

 そこには剣だの防人だのと言った一切の虚飾を哲学兵装された、生の風鳴翼の姿があった。

 

 

 日が沈む。

 今日も虚しく一日が過ぎ去っていく。

 我、日暮れて道遠しとは、果たして誰の言葉であった事が。

 

「――私は少し、浮かれ過ぎていたのかもしれないな。

 ガンダムと言う作品に触れ、ガンプラと言う世界に触れ。

 そして私にも出来るかもしれない、などと、おこがましくも夢を抱いてしまったのだ」

 

「おこがましいだなんて、そんな。

 しっかりして下さい、たかだかガンプラ作りじゃないですか」

 

「ああ、その通り、たかだかガンプラ作り、だ。

 けれど見ろ、エルフナイン。

 この部屋の有様、これが今の私の現実、そのものなのだ」

 

「つ、翼さん……」

 

「お父様にも、緒川さんにも、あなたにも……。

 そして私に期待を寄せてくれるファンの皆さんにも、本当に申し訳なく思っている。

 けれど、所詮、剣は剣。

 剣に翼が生えてどこまでも飛んで行けるなど、ただの妄想に過ぎなかったのよ」

 

「…………」

 

 そう言って肩を落とす防人の背中に、エルフナインが悲しい瞳を向ける。

 部屋の片づけが出来ない。

 そんな下らない一事が、こうまでも無残に、年頃の乙女の尊厳を毟り取るものなのか?

 

 お人好しのホムンクルスには、自ら剣を名乗る少女の狡さには気付かない。

 けれど一種の同好の士として、かけるべき言葉を無くしてしまった訳でもない。

 

「……翼さんが只の剣なのか、そうでないのか。

 付き合いの浅いボクにはわかりません」

 

 平然と、敢えて淡々と、エルフナインが言葉を紡ぐ。

 

「けれど、剣にガンプラを作る事が出来ないなんて、そんな事はありません。

 そんなのは、防人を名乗る人の言葉ではありません」

 

「……エルフナイン?」

 

「なぜなら、翼さんが剣であるのと同様に、翼さんの前にあるガンプラもまた、剣ですから」

 

「剣?」

 

「待っててください」

 

 そう力強く言い放って、エルフナインが踵を返す。

 隣室の扉を開け、ゴミの山と格闘する事、五分。

 やがて少女は、目当てのノートPCを小脇に抱えて戻って来た。

 

「見て下さい」

 

 少女の小さな白い指先が、手慣れた速さでキーボードを叩く。

 やがてモニター上のウィンドウに、叩き付けるような吹雪の世界が展開される。

 

「第七回・ガンプラバトル選手権、準々決勝の時の映像です。

 対戦カードは、フィンランド代表、アイラ・ユルキアイネン選手のキュベレイパピヨンと――」

 

「――ガンダムフェニーチェ!

 リカルド・フェリニーニ選手か」

 

 風鳴翼の眼光に、たちまち鋭い力が戻る。

 いくさが始るのだ。

 目の前の組み立て前のフェニーチェの、本当の主の大いくさが。

 

 先手を取ったのはアイラ。

 粉雪に混じり、煌めく光の粒が背面より拡散する。

 大会中、魔術・神秘と謳われ、数多の強豪を一方的に葬り去った、クリア・ファンネルの光。

 戦法としては包囲殲滅。

 本体はつかず離れずを繰り返しながら、目視困難な兵器を遠巻きに仕掛け死角より攻める。

 蛇のように迫り、蜘蛛のように絡め獲る、絶対的捕食者の戦術。

 

 対しフェリーニの選択は、ウィングの機動力を活かした一撃離脱。

 サポートメカ『メテオホッパー』の加速に物を言わせ、包囲の網から逃れる。

 舞い上がるパウダースノーの壁を突き破り、見えざるファンネルの刺客が迫る。

 ……見えざるはずの透明の刺客が、その瞬間だけ露となる。

 

 すかさずフェニーチェが動いた。

 振り向きざま、高出力のバスターライフル。

 A.C.を震撼せしめた破壊の光が、ファンネルの群れを呑み込み、蒸発させる。

 

 機動力を利して風上を取り、圧倒的火力の先制攻撃で叩き伏せる。

 ウィングガンダムの設計思想をそのまま教本にしたかのような鮮やかな手管。

 

「美しいな。

 ショーケースの前ではバランスの悪い機体などと言ったが、それが嵌るとこうなるのか」

 

 翼が感嘆の吐息をこぼす。

 後続の通常のファンネルに対し、フェニーチェが果敢にも吶喊する。

 見えていれば恐れるべきものはない。

 そう言わんばかりに光線の雨の中を舞い、一騎ずつ丹念に削ぎ落とす。

 大勢は決した。

 経験と技量に裏打ちされたベテランの果敢な一撃が、パピヨンの本丸を抉る。

 

「翼さん」

 

 傍らのエルフナインが、ふるり、と細い肩を震わした。

 

「この試合の本番は、ここからです」

 

「……ッ!?」

 

 ぞわり。

 空気が変わった。

 

 終始精彩を欠き、とうとう地に堕ちた筈のパピヨンの背から、ぞくりと戦慄が溢れた。

 知っている。

 この恐怖は、朋友がイグナイト・モジュールを抜いた時と同じ感覚――

 

「待――」

 

 叫びすら間に合わなかった。

 瞬間、フェニーチェのライフルが手首ごと宙に跳んでいた。

 パピヨンはもう眼前にはいない。

 驚き振り向いたその背後から、さらに斬撃が片翼を削ぎ飛ばす。

 

 そこから先は単なる公開処刑であった。

 

 リカルド・フェリーニの技量と反射神経をもってしても、パピヨンの猛攻を捌く事が叶わない。

 どころか、自ら進んで斬撃の軌道に飛び込んでしまっている。

 周囲にそう見せるだけのパピヨンの行動予測。

 

 否、これはもはや、はっきりと未来が見えている超人の世界である。

 

 サーベルを、ライフルを、得物の全てを失いながら、それでもフェニーチェが拳を振るう。

 その眼前に差し出されたスピアが、ガンダニウムの胸甲を突き抜ける。

 胸元を串刺しにされながら、痙攣するガンダムが、尚、迫る。

 

「自爆装置……?」

 

 知らず、翼の口からその名がこぼれる。

 この絶望的状況、原作に触れた記憶のあるものならば、必ずその後の展開を想起する事だろう。

 ましてはリカルドは幼少期より、ガンダムウィングと言う相棒にこだわり続けた男。

 

 けれど、結局、最後の装置は起動しなかった。

 

 フェリーニからの降参のサインと共に、赤青のツインアイから輝きが消え失せる。

 リカルド・フェリーニの試合放棄による、決着。

 ふうっ、と一つため息を吐く。

 それでいい、遊びの世界に明日なき戦いなどは――

 

 

 ガンッ!

 

 

「……え?」

 

 疑念がこぼれた。

 勝ち名乗りを受けてなお、パピヨンが止まらない。

 満身創痍となったフェニーチェの胴体を蹴り飛ばし、重厚なスピアを引き抜く。

 引き抜いて、そして容赦なく打ち下ろす。

 二回。

 三回。

 四回。

 フェニーチの背がのけぞり、火花が飛び散り、抉れた胸からプラスチックの破片が宙に舞う。

 

「おのれッ! 貴様ッ何をするか!?」

 

「落ち着いてください翼さん、過去の大会の映像です」

 

「そんな事は分かっている! 分かっているが、これでは……」

 

「……詳しい説明は省きますが、

 当時のアイラ選手はエンボディと呼ばれる危険なシステムの使用を強制されていました。

 この暴走の最中も、彼女はシステムの弊害により、心身喪失状態にあったと言われています」

 

「何と言う惨い事を……。

 これが大人のやる事か? 遊びの世界でやる事か?」

 

 肺腑から憤りを絞り出すように、現代の防人がこぼす。

 エルフナインは悲しげな瞳で、ただ、淡々とそれに答える。

 

「翼さんの言う通り、ガンプラバトルは遊びです。

 そして遊びは、適切なルールとモラルによって守られていなければ成立しません。

 この試合の映像は、競技ルールを恣意的に運用された結果起きてしまった事故なんです」

 

「事故……」

 

「逆に言うならば、いくつかの盲点と悪意が重なった時、

 こう言った『事故』は起こりうると言う事です。

 近年の公式戦のレギュレーションは、主催者によって厳正に管理運営されていますし、

 翼さんの参加するイベントも、機体破損の無いダメージ設定で行われると聞いています。

 ……けれど、それでもこの悲惨な光景は、遊びの世界と決して無縁ではないんです」

 

「…………」

 

「ガンダムフェニーチェは、この戦いで死にました」

 

「死んだ……?」

 

 ぞく、と翼の背が震える。

 真っ赤に燃えていた乙女の心金が、急速に冷えて固まっていく。

 

「馬鹿な?

 フェリーニ氏が一つの機体を現役で使い続けているファイターだと教えてくれたのは」

 

「あのフェニーチェの姿を見て、本当にそう思いますか?」

 

 エルフナインの示す事実に絶句する。

 打ち砕かれたフェニーチェの残骸、それが全ての真実である。

 既に元通りに直せる機体でない事は、素人目に見ても明白であった。

 

「この戦いの後、確かにフェニーチェは『リナーシタ』と言う名前で蘇りました。

 残骸から使える部品を拾い集め、予備パーツや新規のパーツを加え全面改修すると言う荒業で。

 一つの機体に注がれたフェリーニ氏の技術と情熱には、敬服するしかありません」

 

「けれど、全面改修したと言う事は、それだけ多くのものが失われて。

 たとえ後継機がどれ程の逸品であったとしても、長年かけて培われてきたフェニーチェのフィーリングは、二度と元には戻らない、のか」

 

 風鳴翼の断定に、こくり、と静かにエルフナインが頷く。

 一切の波立ちを感じさせぬ澄んだ瞳。

 けれど翼には分かってしまう。

 

(泣いている……、エルフナインが泣いている)

 

 ぐっ、と奥歯を噛み締める。

 ガンプラを愛する者にとって、この映像は二度と見たくない光景の筈だ。

 夢の世界である筈のガンプラバトルで示された現実も。

 往年の名器、ウィングガンダムフェニーチェの最期も。

 

 その封印を今、敢えて紐解いた。

 何故か?

 口中にたちまち苦いものがこみ上げる。

 

 また、守れなかった。

 防人が身を賭して守るべき少女の笑顔を。

 

「ガンプラビルダーにとって、ガンプラはかけがえの無い相棒であると同時に表道具です。

 翼さんが戦場で命を預ける、剣やバイクと同じです」

 

「…………」

 

「自分の持てる全てを出し切り、そして武運拙く敗れ、悔いなく死す。

 剣ならそれでも良いでしょう。

 けれど戦いに臨んで、太刀の目釘が緩んでいたり、バイクが整備不良を起こしたり……。

 そんな下らない理由で手折られてしまったならば、剣は、剣は――」

 

「皆まで言うなッ エルフナイン!」

 

 風鳴翼が叫ぶ。

 叫び、そして瞑目する。

 エルフナインも無言で続きを待つ。

 

 間。

 

 ゆっくりと翼が瞳を開け、ふっ、と微笑をこぼす。

 

「ようやく目が覚めたよ、エルフナイン。

 私は未だ、己が剣であるようなつもりでいたのだが、

 どうやらそれも、すっかり鈍らになっていたらしい」

 

「翼さん……!」

 

「どうすれば良い、エルフナイン?

 私のフェニーチェは、どうすればこうならずに済む?」

 

「簡単ですよ、翼さん」

 

 ようやく輝きを取り戻し始めた防人の瞳に、少女もいつもの微笑みを贈る。

 

「まずは丁寧に、一つずつ、説明書どおり普通に組んであげれば良いんです。

 プラフスキー粒子は、ガンプラの出来栄えをよく見ますから。

 たとえ素組みの機体であっても、心を籠めて作るだけで、ガンプラは死から遠ざかります」

 

「普通に、か?

 私には中々に難題なのだが」

 

「刀の手入れや、バイクの整備よりは簡単ですよ。

 翼さんが剣ならば、絶対に出来ます!」

 

 そうエルフナインが断言し、そしてどちらからともなく笑いあった。

 16:30

 盛夏の落日には、まだ幾ばくかの抵抗の余地を残していた。

 

 

 西の空に日が沈む。

 

 日中の熱波が残る薄闇のアスファルトを、少女が二人連れ添って歩く。

 

「やぁれやれ~、やっと課題も終わったぁ~。

 私はもう全身がヘロヘロだよお」

 

「ったく、誰が手伝ってやったと思ってんだ?

 そう言うのは休みの初めから予定決めてやっとくもんだ!」

 

 だらだらと両足を引きずる立花響の姿に、先行する雪音クリスがため息を吐く。

 だが、気持ちは分からないでもない。

 風鳴翼の部屋に行く。

 課題明けでボロボロになった少女たちの肉体には、これから風鳴弦十郎のロードワークに付き合うにも等しい過酷なイベントであった。

 

「とにかく、急がなきゃなんねえ。

 先輩の部屋はエルフナイン一人じゃ荷が勝ちすぎる。

 今頃はあの子も一人、途方に暮れて泣いてるかもしれねえ」

 

「とほほ、ああ、せめてこんな時に未来がいてくれれば」

 

「法事で帰省してる奴にまで頼るんじゃねえよ。

 むしろ、アイツが帰って来るまでに、私たちの手で風鳴翼を真人間にしてやるんだ」

 

「うっわー、一大プロジェクトだあ。

 よし! だったら一つ、緒川さんをビックリさせちゃおっか」

 

 ぐっと背筋を一伸びさせ、両手で頬を叩いて気合を入れる。

 空元気である。

 気休めでも前向きな言葉を重ねなければ、生き残れるだけの覚悟を残せない。

 風鳴翼の部屋に行くとは、つまりそう言う事なのだ。

 

 

 

 だが、辿り着いたマンションの玄関で、それでも二人は言葉を失う事となった。

 入口から覗いた、あまりにも異質な室内の光景に。

 

「……ふぇ? え、え……?」

 

「嘘だろ……、なんだこりゃ……」

 

 瞬き一つするのも忘れ、呆然と二人が室内を見渡す。

 何というか、ガランとしていた。

 いや、物や家具が無い訳ではない。

 

 強いていうならば、普通の部屋だ。

 世間一般の女子が気心の知れた友人を招ける程度に片付いた部屋だ。

 だが、それこそが妙だ。

 

「掃除が、行き届いていやがる、だと……」

 

 雪音クリスの思考が、目に映る光景を拒絶する。

 普通に片付いた部屋、そんな概念は剣には存在しない。

 防人の辞書にあるのは常在戦場の一語のみ。

 女子力などと言う言葉はどう検索しても引っかからない筈である。

 翼が心根を入れ替えた、などと言う可能性を信じるくらいなら、クリスはまず自分たちが何らかの精神攻撃を受けている可能性を疑う。

 

 部屋の中央、開け放たれたドアの向こうに、件の乙女の姿はあった。

 ピンと背筋を伸ばして正座して、テーブルの上の細やかなパーツと向き合っている。

 プラスチックのパーツを手に取り、慎重にデザインナイフを重ね、ゲートを薄く切り飛ばす。

 断面に紙やすりを当て、まじまじと目に穴があくまでに仕上がりを確認する。

 

「ガンプラを、作っていやがる、だと……!」

 

 じわり。

 クリスちゃんの相貌に涙が滲む。

 幻覚だ。

 やはり、これは罠だ。

 すわシンフォギア第四期は、まさに今、この亜空間から始まろうとしているのだ。

 

「――ん?

 ああ、なんだ、二人とも来ていたのか」

 

 納得いったようにパーツをテーブルに置いて、そこでようやく風鳴翼は、玄関に影が差している事に気が付いた。

 

「まったく、インターフォンくらいは鳴らしてくれればいいのに」

 

「ああ、ええっと、その……」

 

 完全に石化してしまったクリスちゃんに代わり、立花響が酸欠の金魚のように次の言葉を探す。

 

「すッスイマセン! 部屋を間違えましたッ!?」

 

「……ここが風鳴翼の部屋でないと言うのならば、私は一体何者なのだ?」

 

 じわり。

 風鳴宅の玄関に剣呑な空気が溢れだす。

 やがて、入口の不穏な空気に気が付き、エプロン姿のエルフナインが奥から現れた。

 

「あ! 二人とも、丁度良い所に。

 お夕飯、もう少しで準備できますよ~」

 

「エルフナインてめえッ!!

 先輩に……、風鳴先輩に何をしやがったァッッ」

 

「わあぁッ!? な、何をするんですかぁ!!」

 

「やめてェ! クリスちゃんッ!? 

 私もそれ思ったけど、絶対に間違ってるよ!!」

 

 心乱したクリスちゃんがエルフナインの両肩をガクガクと揺さぶり、慌てた響が後ろから羽交い絞めにする。

 意味不明の光景を前に、翼が一つため息を吐く。

 

「落ち着け雪音。

 私だって、その、たまには部屋の片付けの一つくらいはするわ」

 

「先輩……、う、嘘だろ?」

 

「そ、それは確かに普段は散らかしている事の方が多いけれど……。

 その、戦場で己の身を預ける剣の置き場くらいは、確保しないと」

 

 そう言ってそっぽを向いてしまった風鳴先輩の赤ら顔を前に、ようやく落ち着いた二人がアイコンタクトを飛ばす。

 

(クリスちゃん……!)

 

(ああ、分かっている。

 今度、先輩の部屋に遊びに来る時には――)

 

 

((――ガンプラ、いっぱい買って来よう!))

 

 

 

 ――20:30

 

 食事と小休止を挟んで更に一時間。

 風鳴翼の長かった一日も、ようやく終わりの時を迎えようとしていた。

 

「……出来た、のか?」

 

 テーブルの上に出現した『ガンダム』を前に、翼がポツリと疑念を呈す。

 だが、その心中にどれ程の不安が残っていたとしても、もはやテーブルの上に、組むべきパーツは残されていない。

 

「はい、これでようやく完成ですね。

 翼さん、お疲れ様でした」

 

 翼の不安を拭うように、エルフナインが穏やかに宣言する。

 

「うっわ~、リカルド選手のフェニーチェだあ!

 やっぱプロ選手のガンプラはカッコ良いなあ!」

 

 横合いから覗き込んだ立花響が、子供のように興奮の声を上げる。

 

「へへ、ウィングガンダムと言えばバスターライフルだけれど。

 この機体は素手でもサマになるのが良いよね」

 

「へっ、殴りっこが強い機体なら何でもいいんだろ、お前は?」

 

 傍らのクリスが呆れたように言い、しかしまんざらでも無さげに笑う。

 

「これが、私の初めて作ったガンプラ、か」

 

 そっと、テーブルの上の機体を手に取る。

 イタリア国旗をイメージしたトリコローレに、翼を見つめる赤と青のオッドアイ。

 左の片翼をそっと広げ、くいっ、と腕を動かしてみる。

 

 ウィングガンダムフェニーチェ。

 昼に死して燃え尽きた往年の名機が、今、翼の手の内にあった。

 

(分かっている、レプリカは、あくまでもレプリカだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、しかしそれでも指先は止まらない。

 ガンダムフェニーチェは不死鳥である。

 何度死して燃え尽きても灰の中から蘇る、不死鳥のフランメである。

 

「翼さん、楽しそうですね」

 

「なっ! 立花、あまりからかわないでほしい。

 折角作ったのだから、私だって童心に帰りたくもなる」

 

「ふふ、けど、そうやって動かしてみるのも大切な事なんですよ。

 ポリキャップのはまり具合を見るのももちろんですけど、関節の可動域を知っておく事も、バトルにおいては重要ですから」

 

「なるほど、そうか」

 

 エルフナインの言質を得て機体を置きなおし、色々とポージングを変えてみる。

 しばし、無言。

 後輩二人は互いに顔を見合わせ、熱心な先輩の姿を見つめていたが、その内に、響が無邪気に笑いを見せた。

 

「へへへ、翼さん。

 そんなにガンプラが気に入ったんだったら、次のステージに行っちゃいませんか?」

 

「立花、ステージとは何の話だ?」

 

「ズバリ! 改造ですよ、改造。

 みんなで作っちゃいましょうよ、翼さんだけのガンプラ。

 名付けて『翼ウィング』をッ!」

 

「思い切り被ってんじゃねーか!」

 

 すかさずクリスちゃんがツッコみ、しかし、少しだけ真剣な瞳を翼へと向ける。

 

「けど先輩、名前の事はとにかくとしても。

 そう言うのって、ファンもきっと喜ぶんじゃないかな?

 今のまんまのフェニーチェじゃ、あくまでリカルド・フェリーニからの借り物。

 風鳴翼の剣では無いだろ?」

 

「雪音……。

 けど、そう言うのって、私にはまだ早いんじゃないかしら?」

 

 困ったように、翼がエルフナインに瞳を向ける。

 エルフナインは人差し指を頬に当て、考え事をするように口を開いた。

 

「そうですねぇ。

 一からパーツを成型するとなると初心者には大変ですけれど。

 けど、機体のカラーを変えたり、他のガンプラの装備を持たせたりするだけでもイメージはだいぶ変わりますよ。

 特に今回はマリアさんとの競演ですから、翼さんのパーソナルカラーである青を強調してみるのも面白いかもしれませんね」

 

「武器の持ち替えに、塗装、か……」

 

「まあ、とにかくまずは一度、実際に動かしてみるのが第一ですね。

 自分の機体に本当に必要なものは、自分の手で動かしてみなければ分かりませんから」

 

「ガンプラバトル、ええ、その通りね」

 

 ちらり、と翼の脳裏に日中の光景が蘇る。

 悪魔の名を冠したガンダム。

 鉄塊の重さ。

 画面越しに戦慄すらも覚えたキュベレイ。

 

(フェニーチェ、どうか私を導いてほしい)

 

 そっ、と翼がガンプラを撫ぜる。

 

 ガンプラ・フェスの開催まで、残りは一週間。

 ガンプラビルダー、風鳴翼にとっての本当の戦いが始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話「SAKIMORI、暁に死す」

 ――ピロリロン♪ ピロリロン♪

 

 

 馴染み深い電子音を響かせて、イオリ模型店のドアが開く。

 カーキー色のくすんだジャンパーを腰に巻いた、タンクトップの黒髪の少年。

 背の低い痩せっぽっちの外見に反し、逞しく焼けた筋肉が、いかにもドカの男を思わせる。

 

「あらいらしゃい、今日もバトルかしら?」

 

「どうも」

 

 女店長、イオリ・リン子への挨拶へもそこそこに店内に進み、ここ数日の居場所となった奥の部屋へと足を向ける。

 と、そこでふっと脚が止まる。

 店の奥、ガラス張りとなったバトルルームの入口に、一人の男が陣取っている。

 恰幅の良いポロシャツ姿の口髭の中年。

 思わず呆れたように溜息が洩れる。

 周囲の学生たちからは「ラルさん」だの「大尉」だのと呼ばれ妙な尊敬を集めている、この店の主のような男である。

 

「やあ、来たな少年。

 本業の方は今日も開店休業かね?」

 

 少年の視線に気が付いて、「ラルさん」が気さくに声をかける。

 

「相変わらず社長は右往左往してるけど、現場の方は止まったまんま。

 静岡の仕事が決まってくれれば、干上がらずに済むんだけどね」

 

「ガンプラバトル選手権……。

 君たちにとってもカキ入れ時と無いと言う訳だな」

 

「おっさんの方こそ、相変わらず昼間っから暇そうだね?」

 

「んむ?

 いやいや、こちらは別に退屈などしておらんぞ。

 この店も最近は、君達のような面白い新人が顔を出してくれるからね」

 

「……達?」

 

 大尉の言葉の含みに気が付いて、少年がガラス腰に室内を覗く。

 そして「ああ」と、納得の合槌を打つ。

 

 フィールド上には、鬱蒼と生い茂る針葉樹林が展開していた。

 そして戦いの舞台となるフィールドを挟んで、二人の乙女が向かい合っていた。

 

 片方は背の低い痩せっぽっちのワンピース。

 傍目にはあまり印象に残るタイプでは無かったのだが、子犬のような仕草と、ふわりとした柔らかい毛色の髪の毛が、どこか少年の幼馴染の姿に似ていたため、かろうじて彼の記憶の糸に引っ掛かっていたのだ。

 

 一方、対面、へっぴり腰でスフィアを握り締めるのは長身の乙女。

 真剣そのものの瞳をサングラスにひた隠し、トレードマークのサイドテールが微かに揺れる。

 

「……この間の剣の人か」

 

「剣? なるほど、剣の人、かね」

 

 シンプルかつ正鵠を得た少年のネーミングセンスに、大尉が感心したように頷く。

 しかしすぐに表情を崩し、ガラスごしに少女へと苦笑を向けた。

 

「ふふ、もっとも、今はまだ、剣だの何だの大層な物を出せる状況では無いようだがね」

 

 

 そんなギャラリー達の声も届かぬ、鬱蒼と生い茂った森林の中。

 緑一色の世界に紛れ、MSが二体、対峙していた。

 

「翼さん、そんな風に足もとばかり見ていては、マトモに動けませんよ。

 オートバランサーが働いてますから、安心して目線を上げて下さい」

 

 モスグリーンの蛸頭、ザク改のコックピットから、いかつい外見に見合わぬ優しい声が響く。

 

「簡単に言ってくれるがな、この、スフィアの操作によく馴染めないのだ」

 

 か細い泣き言をこぼしながら、内股気味のトリコローレ、ガンダムフェニーチェが、両手でバランスを取りながら、おっかなびっくり体を起こす。

 

「翼さん、スフィアから目を離してフィールドを見て下さい。

 単に動かすだけなら複雑な動作は必要ありません。

 手元を見るよりも、正面に目を向けて体勢を確認するんです」

 

「うむ、分かってはいるのだが、どうもこのMSの目線と言うのは、慣れないわね」

 

「気持ちの問題ですよ、翼さん。

 て言うか翼さん、たまにそのMS目線よりも高く跳んでますから」

 

「う、む、とにかく、まずは、動くぞ……!」

 

 呻くように宣言して、万力の如く握り締めたスフィアを恐る恐る前に倒す。

 瞬間、ぐいん、と右手が滑り、三番スロットがダイナミックにスライドする。

 同時にバシュン!と腰元からレイピアが跳び出し、ピンクの光刃が鮮やかに宙に踊る。

 

「うわっ! あ、わわわっ!?」

 

 危険な殺人兵器が鼻先でお手玉し、たちまちフェニーチェがド派手にすっ転ぶ。

 直後、切れ味抜群のレイピアが顔の真横に突き刺さり、ドジュゥ、と大地を焦がす。

 

「お、おお……」

 

「翼さん、いくらなんでも緊張しすぎです!

 まずは深呼吸しましょう」

 

「分かってはいる、分かってはいるのだぞ、エルフナイン」

 

 ふう、と一つ溜息を吐く。

 エルフナインとて、風鳴翼の無知ゆえの過ちとは思っていない。

 むしろ、逆。

 

 ガンプラバトルの操作体系は、かなり能動的、感覚的な融通の効くシステムである。

 極端な話、マニュアルをまともに読む事も出来ない子供であっても、「なんとなく」で操縦できる代物なのだ。

 その敷居の低さが無ければ、エンターテイメントの頂点を席巻出来よう筈も無い。

 

 マニュアル主義の弊害であろうか?

 ガンプラを製作する際には必須であった、一つ一つの手順を確かめる、と言う行為が今、却って風鳴翼の肉体を委縮させてしまっている。

 生来の彼女の運動神経をもってすれば、もっと優雅にこのフェニーチェを動かせる筈である。

 慣れの問題、そう言い切ってしまうのは簡単だが、今の彼女にとっては、その慣れるまでの時間すら惜しい。

 

(ううん、こう言う場合、どう言う風にアドバイスすれば良いんだろう?

 いつも通り、自然にと言った所で、それが出来ればこんな苦労は――)

 

 ふっ、とエルフナインの脳裏に天啓が走った。

 咄嗟の思い付きを行動に移すべく、スフィアから手を離して一つ深呼吸する。

 

「エルフナイン、どうかしたのか?」

 

 

「やー、やー、ふふふーん、ふふふーん

 やー、やー、ややや~、や~……」

 

「――!」

 

 不意にエルフナインが朗々と謳い出した。

 狭い室内に、絶妙にメロディラインを外したお経のようなアカペラが響き渡る。

 

「戦場に、歌、だと……?

 あの少女、まさか、TOMORROWの再来か」

 

「いや、何それ?」

 

 ギャラリーが怪訝な瞳を少女へと向ける中、相対する翼のみは、はっ、と体を震わせていた。

 エルフナインが諳んじているのは、単なる歌では無い。

 

「やーい、やーい、やーい、やーいやー」

 

 聖詠である。

 装者、風鳴翼が剣となって戦場に赴く時、絶えず胸の内から溢れだす魂の共鳴。

 

「やーい、やーい、やーい、やーいやーて!てん! てってってってー」

 

 

「アッメノーハッバキリイェィッイエー!」

 

 

 風鳴翼が叫ぶ!

 刹那、フェニーチェのオッドアイに力強い光が灯った。

 片手でレイピアを拾い上げながら、開いた右手で倒立するように機体を跳ね起こす。

 視界が一回転し、大地が一つ、ズン、と震える。

 

「……って、

 な、何をやらせるんだエルフナイン!?」

 

「翼さん、出来たじゃないですか」

 

「あ」

 

 エルフナインの指摘を受け、ようやく翼も気が付いた。

 出来ている。

 意図せぬままに知恵の輪が外れ、常在戦場をインプットされた愛機が脇構えを取っている。

 

「翼さんも普段、戦ったりバイクを運転したりする時に、いちいち手足の動きを確認したりはしないはずです。

 まずは普段通り、聖詠でも諳んじながら感性で動かしてみてはどうでしょう?」

 

「ええっと、そんな適当な感じでいいのかしら?」

 

「翼さんになら出来ますよ。

 最近のバトルシステムは、運動が苦手なボクにでも動かせるくらい優秀ですから」

 

「そんな風におだてられても、正直、おもはがゆいのだが……」

 

 微かに苦笑し、ふう、と淀んだ空気を吐き出す。

 フェニーチェが構えを解き、右手のレイピアの先端を、だらりと地面に傾ける。

 

 いや、

 ぞく、とエルフナインの小さな背が震える。

 無形の位。

 防人が臨戦体勢に移った。

 一度構えを解き、その上でどうとでも動ける自然体に身を置いたのだ。

 

「……まずは、物は試し。

 貴方と私、戦いましょうか?」

 

「ええ、い、行きますよ!」

 

 短い宣言とほぼ同時に、ザクが手にしたグレネードを放り投げる。

 たちまちドウッ、と巻き起こった爆風に紛れて後方に跳び、土埃の先の機影目がけ、マシンガンの掃射を浴びせる。

 ようやく歩きだした素人相手にしては手厳しい洗礼であるものの、手心を加えられるような手合いでは無い。

 

 あの機体を接近させてはならない。

 本来ならば、機動力、火力、射撃能力においてザクを凌駕するウィングガンダムに対し、距離を置くような射撃戦を挑むのは明確な悪手である。

 が、これは通常のガンプラバトルでは無い。

 いかにWが射撃よりの万能機とは言え、乗っているのは剣なのだ。

 

「ふ……」

 

 案の定、フェニーチェは地面に転がったライフルに目もくれず、一足飛びに繁みへと逃れた。

 鬱蒼と生い茂る森林を盾に、バーニアの灼ける音が徐々にザクへと迫る。

 

「やっぱり、このやり方がが翼さん、くっ」

 

 慌てて近場の樹木から丘の上へと逃れ、油断なくマシンガンを構え直す。

 戦場で運悪く防人と相対したノイズもまた、このような恐怖を味わったのだろうか?

 ふっ、と場違いな感傷がエルフナインの胸中に浮かぶ。

 

「エルフナイン、流石に機体を作り込んでるわね」

 

 獣道を旋回しながら、翼が遠巻きにザクの姿を見つめる。

 ガンダニウムの装甲ならばマシンガン如きに容易く穿たれる事も無いだろうが、足が止まった所に腰元のクラブを浴びせられては堪らない。

 一瞬、打ち捨ててきたライフルが脳裏を過ったが、そちらはエルフナインも警戒しているだろうし、自分の性にも合わない。

 まだ、聖詠は耳許に響いていた。

 いずれは戦法を選り好みしている余裕も無くなるのかもしれないが、今はとにかく、己の技を試してみる時である。

 

 流れを変える。

 バーニアの出力を落とし、木々に紛れる。

 疾風迅雷の一の太刀から、二の太刀、再び無形に。

 

「持久戦、隙を見て仕掛けてくるつもりですね。

 けれど、どこから……」

 

 プレッシャーに滲む額の汗を拭い、周囲を警戒する。

 静寂に満ちた森林の中、風に揺れる木立のざわめきだけがエルフナインの耳に届く。

 

 ざわ。

 ざわわ。

 

 みきり。

 

 乾いた異音が混じった。

 反射的にザクが振り向く。

 単眼の収束した先で、一本の巨木がゆっくりと傾き崩れ落ちてくる。

 

(――しまった)

 

 とくん、と心音が跳ねる。

 あの滑落は、移動時に機体をぶつけた、などと言う不手際による自然破壊ではない。 

 斬ったのだ。

 それもおそらく、太い幹をダルマ落としでもするかのように鮮やかに抜いた。

 巨木は跳ね飛ばされる事なく緩やかに断面を滑り、時間差で崩れ、倒れ始める。

 その時にはもう、仕手は既に、そこにはいない。

 

「ハアァッ!」

「わあっ!?」

 

 後背より殺気が溢れた。

 振り向きざまに構えた機関銃めがけ、真っ直ぐに煌めく光刃が突き刺さる。

 そして、暴発する。

 至近距離での爆裂に、今度はザクが尻餅を突く。

 

「――と、すまないエルフナイン、つい強く」

 

「だ、大丈夫ですよ翼さん、C設定ですから」

 

 咄嗟にエルフナインが気丈に応え、しかし、寂しげに笑った。

 

「けれど、流石ですね、翼さん。

 僕の実力じゃもう、練習相手も務まりません」

 

「エルフナイン……」

 

「練習、続けますよね?

 ハイモックの設定の仕方を教えますよ」

 

「ええ、よろしく頼むわ」

 

 倒れたままのザクに対し、すっ、と鋼鉄の右手を差し伸べようとした……、瞬間!

 

 

【 Caution!! Caution!! 】

 

 

 不意にGPベースが点滅を始め、けたたましいアラームが周囲に鳴り響いた。

 

 

「なんだ!? 新手かッ!」

 

「乱入……? けれど、誰が?」

 

 二人が驚く間にも、世界が移り変わる。

 視界を遮る緑が消え失せ、無常の風が吹く火星の荒野へ。

 

「CGS? あ、相手は一体どこに――」

 

「来るぞッ 下がれエルフナイン」

 

 防人センサーの促すままに、翼の駆るフェニーチェが後方に飛ぶ。

 同時にドウッと土塊が舞い上がる。

 土埃が降り注ぐ中、ツインアイの鋭い視線が翼を刺し貫く。

 

 天使(エクシア)が空から舞い降りる時、悪魔(バルバトス)は地の底から現れる。

 近年のシリーズにおいて主役を務めた、二機の白兵戦機を比較したフレーズである。

 

「ガンダムバルバトス……、ならば繰り手は少年か!」

 

 防人が顔を上げ、視線を対面のバトルシステムへと向ける。

 鉄塊を担いだ威圧感溢れる機体とは裏腹に、少年はひょっこりと顔を見せ、軽く頭を下げた。

 

「……なんか、ゴメン。

 剣の人が楽しそうだったから、つい」

 

「つ、剣の人……?」

 

 恐らくは女性に向けられるべきではないニックネームを耳に、翼の声が一瞬上ずる。

 が、すぐに視線を右手のレイピアへと移し、ふっ、と苦笑をこぼした。

 

「いえ、そうね。

 今は剣で構わないわ」

 

「……で、どう?」

 

 ドン! と長柄の尻が乾いた大地を叩く。

 何が? などと言うしち面倒臭い言葉はもはや必要ない。

 

「エルフナイン」

 

 防人がおもむろにサングラスを外し、ちょこちょこと傍らに寄って来たエルフナインへ向け、無造作に放り投げた。

 

「えっ!? わっ、わわわ!?」

 

 少女の手の上で、わたわたとサングラスが躍る。

 一瞬、少年の視線がエルフナインに注がれ――

 

「其れは悪しッ!」

「――!」

 

 刹那、フェニーチェが弾かれたように飛び出していた。

 スラスターを蒸かして前傾を取り、一瞬にして間合いを潰す。

 

 不意打ち。

 遊戯でつかうような手管で無い事は百も承知だが、さりとて風鳴翼は初心者。

 先日に見た大業物の大旋風を、フェニーチェ相手に試されては一堪りもない。

 バスターライフルは捨てて来た、懐に飛び込まざるを得ない。

 ならば仕掛けるべきは急戦、相手が鉄塊を振りかぶる前。

 

「くっ」

 

 受けに回ったメイスの手元に、袈裟懸けの斬撃が振り下ろされる。

 細い柄がたちまち真っ赤に灼けてくの字に歪む。

 

(斬る!)

 

「オオッ!」

「な……っ」

 

 思った瞬間、ガツン! と強い衝撃が走り、視界がたちまち蒼穹を向いた。

 少年は怯む事無く機体を潜らせ、至近距離からバーニアを全開に浴びせてきたのだ。

 バルバトス渾身の頭突き。

 もしもこの時、ファイターがリカルド・フェリーニであったならば、腰を落として踏みとどまり、バルバトスの胸板を一息に刺し貫いていた事だろう。

 けれど、繰り手は素人の翼。

 左半身の重さに引き摺られ、否応なく機体がたたらを踏む。

 

(成程……、これがエルフナインの言っていた、癇の強さと言う訳だ)

 

 抵抗を諦め、潔くバーニアを蒸かし後方に逃れる。

 ズン、と荒々しく大地を踏み締め、そして密かに感謝する。

 少年の粗さが、今の翼とフェニーチェの欠点を浮き彫りにしてくれた。

 今ならまだ、いくらでも修正が効く。

 この出会いが無ければ、本番でとんだ生き恥を曝す事になっていたかもしれない。

 

「まったく、随分と手荒い洗礼をくれるものね」

 

「アンタに言われたくないんだけど」

 

 短く反発し、先ほどより随分と短くなってしまったメイスを打ち捨て、代わって右肩より大太刀を引き抜く。

 フェニーチェもまた姿勢を正し、レイピアをゆったりと両手で握り直す。

 

 立ち合い。

 灼熱の荒野の下で、手にした剣を構えた鋼鉄二機が静止する。

 

 バルバトスの選択は、上段。

 己が背丈にも匹敵する大業物が、金色の角飾りの上で、ぴん、と天を衝く。

 

(介者剣法……)

 

 翼の口元に、わずかに苦みが走る。

 先日まで、剣術のけの字も知らなかった少年である。

 おそらくは術理に即した構えでは無い。

 最長の得物を、最大最速で対主目がけて叩きつける。

 それ以外の迷いを全て廃した戦場の業である。

 

 対するフェニーチェの選択は、正眼。

 右足を気持ち前方に差出し、両の手でゆるりと備えた刃の切っ先を敵の喉仏に捉える。

 この刀身が、相手の動きを制する槍であり、同時に最速を疾る弓でもある。

 近代剣術の基本にして至高。

 今一つ、懸念を上げるならば、普段の剣よりも短く、刺突に特化したビームレイピア。

 達人の正眼は対主の前で、その刀身をみるみる大きく変えると言うが、扱い慣れぬこの得物が、今の翼をどこまで隠してくれる事か?

 

 じりっ

 

 果たしてバルバトスはピンクの光刃を恐れせず、じりりと爪先で間合いを詰める。

 相手が何者であろうとも、先に動くしか選択の無い構えである。

 躊躇いや恐怖と言った言葉が認められぬ少年の澄んだ瞳と、恐ろしく相性が良い。

 

 対し、翼は僅かに逡巡する。

 どうとでも動ける正眼、ゆえに最善手に迷いが生じる。

 

 先手。

 もしも少年の太刀に速さで張り合うならば、このまま真っ直ぐに踏み込んでの片手突き。

 全身を投げ出すように最短距離を滑らせたならば、レイピアの一撃は確実に少年の先を取れるであろう。

 

(けれど、それで相手を殺し切れるかと言えば、また別)

 

 都合の良い妄想を即座に捨てる。

 どちらの剣が早かったとしても、少年の返しの一撃は避けられない。

 そして、敵の急所を点で抑える刺突に対し、重力を利して真っ向から打ち下ろされる兜割り。

 運が良くて、相打ち。

 

 ならば、上段を斜め前方に避けながら胴を抜くか?

 いや、太刀を構えたバルバトスの懐は深い。

 第一抜き胴は、以前に少年自身が使っている技である。

 その技を警戒したうえで今、敢えて胴を開けている。

 罠の公算が大きい。

 

 先手は捨てる。

 いっその事、受けに徹するのはどうであろうか?

 攻撃を諦め、敵の初太刀に刃を合わせる事に専念する。

 ビーム兵器を知らぬ時代の太刀など、鋼鉄の棒となんら違いはない。

 公算通りにはまったならば、振り下ろされる相手の威力を利して、そのままあべこべに相手の剣を折り取る事ができる筈である。

 

(甘え、だ)

 

 再び妄想を打ち消す。

 ビームサーベルが無い、と言うのはあくまでも原作の設定に即した話。

 陽光を煌かせるあの太刀の輝きはどうだ。

 ガンプラバトルに挑むに当たり、ビーム兵器対策をして来ないなど有り得るだろうか。

 太刀を折り取る事が出来なければ、そのままなし崩し的にバルバトスの膂力に押し切られよう。

 

 と、なれば、他の捌きも同様に苦しい。

 先刻、虎の子のメイスを折られながら、なお前に出た少年の果断。

 初太刀を捌く、返す太刀で切り伏せる。

 その一呼吸の空白が恐ろしい。

 

(後の先)

 

 結論が出る。

 大きく弧を描いて迫る打ち下ろしの一撃。

 その末端に狙いを絞り、最小の斬撃で手首を得物ごと切り落とす。

 小手狙い。

 真剣の重さを捨てた竹刀稽古でこそ花開いた技術であるが、ビームレイピアの軽さならばそれが成せる。

 

 後は、待つ。

 呼吸を読み、間合いを読み、そして、かかりの瞬間を――

 

 

「……ッ」

 

 思わず翼が、愕然と目を見張る。

 バルバトスが消えた。

 間合いの遥か外。

 

(下かッ!?)

 

 確認するまでもなく、気付く。

 つまる所、上段はブラフ。

 バルバトスの狙いは初めから足首。

 刃の届かぬ間合いの外から、刃の届かぬ間合いの下に潜り込み、真一文字に薙ぎ払う。

 まさしくは介者剣法、生き残る為の一太刀。

 

「ハッ」

 

 反射的に防人は飛んでいた。

 後方にではなく、前方、相手の頭上に。

 もしもこれが尋常の立ち合いであったなら、防人の上空からの一閃が、正確に相手の頭部を刻んでいた事だろう。

 だがここでフェニーチェ特有の悪癖が出る。

 否応なく勢いがつく、機体の姿勢を制御できない。

 

「ふっ」

 

 少年には、どこまで予想がついていたのか。

 斬撃の勢いで体を捩り、そのまま仰向けの体勢で真下から突き上げる。

 迫りくる刃に対し、フェニーチェがかろうじてレイピアを重ねる。

 

 瞬間、パン!、と閃光が跳ね、両者の得物が中空で弾かれる。

 

(やはり、斬れぬか)

 

 短く舌打ちをしてスラスターを蒸かし、虎口を逃れ乱暴に着地する。

 振り向き、バルバトスの動き変わった。

 今だ膝立ちのフェニーチェ目がけ、片手斬りに大太刀を打ち下ろす。

 

(少年、見切られたか……!)

 

 かろうじてレイピアで受け、無理やり押し返す。

 悪魔の挙動から、僅かばかりに残っていた繊細さが消え去っている。

 最初の交錯で全てが見切られてしまった。

 

 ビームレイピアに、太刀を灼き斬るだけの出力が無い事。

 仕手である翼自身が、フェニーチェを御し切れていない事。

 全てを見極めた上で、少年は斬撃、剣士としての理合を捨てて来た。

 バルバトスの膂力と手数に任せた打撃で、強引にフェニーチェを削り殺す腹だ。

 

「くっ、おおっ!」

 

 強引に機体を起こし、フェニーチェが下からレイピアを突き上げに行く。

 瞬間、ガクンと左膝を蹴り飛ばされた。

 バランスの悪い左半身、否応なく機体が崩れる。

 

(……いや)

 

 咄嗟に少年は気が付いた。

 フェニーチェは、敢えて自ら崩れようとしている。

 倍返し、足首狙い。

 少年の天性は、その違和感にまで気が付いてしまう。

 

 防人の、最後の罠が完成する。

 

 

 ――ガンッ!

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 衝撃は足元ではなく側頭部に来た。

 フェニーチェの狙いは足元ではなく、片手倒立からの上段蹴り。

 

「逆羅刹!?」

 

 傍らのエルフナインが叫ぶ。

 逆羅刹。

 天地逆転の倒立から両脚を開いて独楽のように回転し、足首のブレードで敵を膾に斬り刻む大技である。

 もっとも今のフェニーチェは、そのレベルには達していない。

 バランスを失いながらも繰り出された右足が、かろうじて相手の頭部を捉えただけ。

 常の翼ならば絶対にやらない、一か八かの博打である。

 遊びだからこそ出来る事。

 風鳴翼は、博打に勝った。

 

「その隙は見逃さぬ!」

 

 後方に逃れようとする悪魔目がけ、起き上がりざまに斬撃を繰り出す。

 横薙ぎの一閃。

 

 まだ、聖詠は聞こえていた。

 無我夢中であった。

 ゆえに、戦場の中で戦場を忘れた。

 

 この戦場が何処であったか?

 手にした得物が、何であったか……?

 

 

 ――ブン

 

 

 間合いの遥か大外で、ピンクのビームレイピアが今、虚しく空を切った。

 

「あ」

「は?」

 

 双方のテーブルから、戸惑いの声が同時に漏れた。

 そのタイミングでバルバトスはもう、次の動きに移っていた。

 ブースターを全開に燃やし、一直線にフェニーチェに迫る。

 フェニーチェ、必死の逆袈裟。

 遅い。

 

 

 ブッピガン!

 

 

「~~~ッッ」

 

 渾身の体当たりを浴びてフェニーチェが大地に叩きつけられ、そのまま上から押さえこまれる。

 再び蒼穹を向いた視界の先で、馬乗りになった悪魔が逆光を背負う。

 ツインアイが煌き、思い切り振り被った大太刀が、打ち下ろされる。

 

 鈍い衝撃が突き抜け、フェニーチェが大地に串刺しとなる。

 防人は、そしてフェニーチェは再び死んだ。

 奇しくも嘗ての古傷を抉られて……。

 

 

『 BATTLE END 』

 

 アナウンスと同時に空間が解け、イオリ模型店に平穏な日常が戻ってくる。

 

「ふうっ」

 

 肺腑の淀んだ空気を吐き出し、翼が大粒の汗を拭う。

 そ、と不安気にフィールドを見つめると、そこにはフェニーチェが無表情で天井を仰いでいる。

 所詮は遊びのC設定、当たり前だが、ダメージはない。

 

(いや、それでもやはり、死は死、なのか)

 

 ふう、と再び諦観の吐息をこぼす。

 己の腕の未熟さのせいで、フェニーチェは今日、再び死んだ。

 エルフナインの言葉は、全てが正鵠を得ていた。

 

「さっきの、何?」

 

「えっ?」

 

 不意に対面より声をかけられ、思わず顔を上げる。

 視線の先では件の少年が、じっ、と表情の無い瞳を翼を向けていた。

 感情の読めぬ言葉の中に、ちくりと一筋の棘を感じた。

 その理由に思い至り、翼が体を起こして少年と向き合う。

 

「すまない少年。

 全ては私の未熟さゆえの失態だ。

 真剣勝負に水を差すつもりは無かった事だけ、信じてほしい」

 

 そう言って、軽く頭を下げる。

 事実、先ほどの立ち合いにおいて、風鳴翼は最後の最後まで勝機を探していた。

 

 蒼の一閃。

 もしもフェニーチェの手に、彼女の愛刀『天羽々斬』があったならば、最後の斬撃は防人の矢となり、バルバトスの胴を両断していた筈である。

 

「別に、そんな事はどうでもいいんだけど」

 

 言いながら、少年が再びバルバトスをベースに据え、澄んだ瞳を翼へと向ける。

 ふっ、と思わず苦笑がこぼれる。

 少年は全くもって正しい。

 弁解があるならば、それは口頭ではなくバトルの上で示すべきだ。

 

「あの~、つb……、剣さん、リベンヂマッチもいいんですけど」

 

「えっ?」

 

 躊躇いがちなエルフナインの言葉に、剣ちゃんはようやく我に返った。

 店内が妙に騒がしい。

 嗚呼、夏休み。

 ガラスの向こう側では、いつの間にか集まりだしたジャリガキ達の中央で、ラルさんが如何にも肩身狭そうにこちらを見ていた。

 慌てて己が顔に触れる。

 無い。

 マリアから貰ったサングラスが無い。

 そりゃあそうだ。

 バトルの前にエルフナインに預けたんだったっけ。

 

「あ、と、少年、再戦したい気持ちは山々なのだが」

 

 そそくさとサングラスを引ったくり、防人が撤退の準備に入る。

 

「こ、子供たちも増えてきたようだし、私はこの辺りで退散させてもらうとするわ。

 この続きは、いずれ、必ず……」

 

「え? ああ、うん」

 

 挨拶もそこそこに、防人がいそいそと店内を後にする。

 入れ替わるように、室内に入って来たラルさんが苦笑を見せる。

 

「やれやれ、トップアーティストと言うのも大変なものだな?」

 

「トップ……?」

 

「ん、やはり気づいていなかったのかね?

 彼女の名前は風鳴翼、今をときめく日本の歌姫だよ。

 もっとも、あれでは歌謡の舞台を戦場にする戦士、だな」

 

「ふーん」

 

 ラルさんの断定に対し、少年は特に反応する所もなく、淡々とバルバトスを拾い直した。

 

 

 

 

 

「うう、また、やってしまったか……」

 

 炎天下の中、とぼとぼと黒い影を落とし、風鳴翼が家路を目指す。

 

「すまなかったなエルフナイン。

 せっかく初陣に付き合って貰ったというのに、結局何も得る所も無かったか」

 

「ふふ、そんな事はありませんよ、翼さん」

 

「え?」

 

 きょとんと瞳を丸くして、傍らの少女を見下ろす。

 見るとエルフナインの手には、イオリ模型店のクレジットが入った紙袋が握られていた。

 

「へへ、傍らで見ている分には、凄く見応えのある勝負でしたよ、翼さん。

 翼さんのバトルの魅力、ボクにはちゃんと分かりました」

 

「それが、その手にしたプラモと関係のある話なのか?

 中には一体何が……」

 

「え~っと、響さんの受け売りですけど『とって置きたいとっておき』です」

 

 そう宣言して、エルフナインはいかにも愛らしい笑みを浮かべた。

 

「この間、翼さんには大変あったかい物を頂きましたから。

 今度はボクが翼さんにプレゼントしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話「SAKIMORI、エアブラシを握る」

 

 ――八月某日、快晴。

 

 第十四回ガンプラバトル選手権世界大会の幕開けを三日後に控え、国内はまるでガンダムファン達の熱気を形にしたかのように、全国的な日本晴れを迎えていた。

 

「ふんふんふーん♪

 ピーカンの空に超カックイーデス様!

 YES! 本日は絶好のガンプラ日和デース」

 

 右手に段ボール、左手には新聞紙。

 ご機嫌なオリジナル鼻歌ソングを披露しながら、暁切歌がベランダへと飛び出す。

 眩いばかりのハイテンション少女を遠目に、室内の翼が苦笑を洩らす。

 

「随分とご機嫌なようだが、ガンプラを作るのに空模様が関係あるのか?」

 

「モチのロンデス!

 袖の無いビルダーは天気予報くらいチェックしとけって師匠が言ってました」

 

「プラモ作りと言う趣味一つのために、屋内に塗装ブースを確保するのは大変ですから……」

 

 リュックサックからコンプレッサーを取り出しながら、月読調が切ちゃんの台詞を補足する。

 

「換気や消臭、後片付けの手間を考えるなら、いっそ屋外で塗装した方が合理的。

 けれど塗料は湿気を嫌う。

 雨天に塗装に強行すれば、乾燥に時間がかるのみならず、塗膜のムラや白化の原因になります」

 

「成程。

 暁はあれで、別段ピーカン晴れに浮かれているだけではないのだな」

 

 調の言葉に素直に相槌を打ちつつ、翼が手にした竹串へと視線を戻す。

 おでん作り、ではない。

 防人は料理などしない。

 おでんダネの代わりに防人の手に運ばれていくのは、洗浄、乾燥を終え、今や細やかなパーツ単位に再分解されたフェニーチェであった。

 

「ベランダの養生、オッケーデス」

 

「ああ、こちらも今、準備が出来た」

 

 切歌の言葉に頷いて、パーツを取り付けた竹串の剣山をベランダに運ぶ。

 軍手にマスクを身に着け、よし、と一つ気合いを入れる。

 

「さて、塗装のやり方にもイロハと言うのはあるのだろうか?」

 

「ええ、本塗装に入る前に、まずはサフですね」

 

「さふ?」

 

 きょとん、と首を傾げた翼の眼前に、調がグレーの液体が入った小瓶を取り出す。

 

「サーフェイサー。

 成型色を統一して塗料の発色を良くすると同時に、塗膜の食い付きを向上させ、パーツの細やかな傷を見つけやすくします。

 本塗装に入る前の、いわば下地作りです」

 

「下塗り、か。

 塗装一つとっても手間のかかるものなのだな」

 

「塗装の仕方に正解はないので、一概にサフを吹くのがベストとも言えないんですが。

 翼さんのフェニーチェの場合、大胆にカラーリングを変える事になるので、まずはオーソドックスな手順を踏むのが良いかと思います」

 

「黒みたいな強い色は、重ね塗りでも中々隠しきれないんデス。

 デスサイズのイメージチェンジにも、サフは必需品なんデスよ!」

 

 ひょこりと、会話に割り込んできた切歌が、真夏の晴天に似合わぬ真黒な機体をかざす

 

「けど、切ちゃん。

 切ちゃんのデスサイズを、死神(デスサイズ)の所以たる黒以外の色に塗り替える日なんて来るのかな?」

 

「あぅ、ガ、ガンプラは自由なんデス!

 ライムグリーンとパールホワイトのツートンなデス様がいたっておかしくないはずデス」

 

「……じ~」

 

「ないデスか、さいデスか」

 

 素組みのガンプラ片手に大袈裟に肩を落とす切歌の姿に、翼の口から微笑が漏れる。

 

「所詮ガンプラを知って日も浅いこの身、是非もなし。

 今はこの道の先輩たる月読の薦めに従うとしよう」

 

「良かった。

 それじゃあまずは、手前のパーツから……」

 

 カラーリング道の先輩、月読調のレクチャーを受けながら、竹串の一本を手に取り、鈍色のガンを向ける。

 たちまちフシュッ、とエアが噴き出し、細やかなグレーの粒子が、深い緑の胸甲の上に乗る。

 

「そう、ノズルはあまり近付けすぎないで。

 一回の吹き付けで無理に塗り切る必要はありません」

 

 

 ――フシュ、フシュ、フシュ。

 

 

 快晴の青空に、逞しい蝉の声とコンプレッサーの音が響く。

 竹串を取り替え、吹き付け、染め上げる。

 こつこつ、黙々と、盛夏の暑さも顧みず、地道な作業が淡々と続く。

 

「……これで、サーフェイサーとやらも終了か?」

 

「はい、お疲れさまです。

 この後は、パーツを色ごとに選り分けて、マスキングを進めていきます。

 このまま乾燥を待つ間に、エアブラシの洗浄をしておきますね」

 

「あったかいもの、じゃなくて、冷たい物をどうぞデス。

 日本の夏は侮っちゃダメだってマムも言ってました」

 

「ええ、ありがとう」

 

 受け取ったスポーツドリンクを口元に運びつつ、翼がちらりとパーツの山に目を向ける。

 あの鮮やかなトリコローレは、もはやそこには無い。

 ツインアイを取り外されたグレーの頭部が、じっ、と乙女を見つめている。

 

「当たり前の話なのだが、元の機体のカラーは、本当に塗り潰されてしまうのだな。

 寂しい、と言うよりも、何だか恐ろしい事をしているような気がするわ」

 

「塗装作業と言うのは、一端の商品として完成されていた代物をやり変える工程ですから。

 初めての時は、誰だって今の翼さんのように、不安を覚えるものだと思います」

 

「けれど、失敗を恐れているだけではビルダーとしての成長はないんデス!

 あのリカルド・フェリーニだって、最初はきっと恐怖を克服して、愛機ウィングを己の色に染め直したんデス」

 

「そうか、良い事を言うな、暁は」

 

「すごいよ切ちゃん。

 素組みのデスサイズを握り締めながら言っているとは到底思えないくらいカッコいい台詞だ」

 

「うぅ、それは言わない約束デス……」

 

 ぶんぶんと頭を振って、誤魔化すように切歌が声を張り上げる。

 

「そ、それで翼さん、ここからフェニーチェはどんな風に仕上げるんデスか?」

 

「どのように、と言われても……。

 皆の薦めるように、青系統を基調にまとめようと思うのだが?」

 

「一慨に青と言っても、パーツの塗り分けや仕上げ次第で、ガンプラはいくらでも姿を変えます。

 特にエアブラシがあれば、単純なスプレー吹きよりも細やかな調色が楽しめますし」

 

 言いながら、調がいそいそと小瓶の入ったボックスを開ける。

 

「例えば、このシルバーをベースとして、上からクリアブルーを重ねたならば……」

 

「ギンギラギンにさりげなく! メタリックカラーの完成デース」

 

「塗装の仕上げ一つとっても、プラフスキー粒子は解釈を変え、機体に様々な特性を付与します。

 ガンプラの世界は本当に奥が深い」

 

「ふむ、月読はすごいな、まるでガンプラ博士だ」

 

 と、珍妙な防人の世辞を受け、月読調が気恥ずかし気に俯く。

 

「別に、これくらいは普通です」

 

「ふふ。

 普通一般の女子高生は、エアブラシなどと気の利いた物は持ち合わせていないと思うのだが?」

 

「……ザンスカール帝国を愛する女子高生なら、普通です」

 

 珍しくもからかうような翼の言葉を、調はそう言い換えて、どこか寂しげに笑った。

 

「ガンプラの世界は日進月歩です。

 アニメのイメージそのままに塗り分けられたパーツに、抜群のプロポーション。

 驚くほど広い稼働域と、素組みでも目立たぬように配された合わせ目。

 最近のキットは出来が良くて、二十年前のコンティオではどうしても見劣りしてしまうから」

 

「そうか、周りの機体に合わせるならば、塗装や改造はどうしても必須。

 必要に求められて身に着いた技術と言う事か。

 趣味嗜好というは、どうにも難儀なものね……」

 

「ええ、けれどだからこそ私は、ガンプラのポテンシャルを知る事が出来た」

 

 そして調はリュックサックの奥から、一体のガンプラを取り出した。

 甲虫であった。

 他の一般的なMSよりも一回りは大きく、ザンスカール特有の猫目が獲物を捉える。

 人目を惹く鮮やかなヴァイオレットの装甲に、そそり立つカブト虫の大角が逞しさに漲る。

 

「HG『アビゴルバイン』

 ガンダムフェニーチェと同様に、プロのビルダーが製作した機体のレプリカです」

 

「う、む。

 何と言うか、随分と独創的で力強い機体ね」

 

「原形機のイメージを崩す事無く、実戦レベルにまで引き上げられたボディバランス。

 パワーと火力、加えて機動力と重装甲を高い次元で兼ね揃えたトータルファイター。

 しかもこの機体は、ただ強いだけじゃない。

 小さじ一杯分の遊び心の中に、富野アニメへの深い敬意と情愛が見え隠れする。

 これこそが聖戦士、もといプロの仕業。

 まさしく愛の成せる技です」

 

「愛!? ここで愛なんデスか!」

 

「そうだよ切ちゃん、これこそが愛だよ」

 

 力強く断言した調の姿に、ふっ、と翼の口から微笑が漏れる。

 

(エルフナインと買い物した時も思ったものだが、ガンプラへの愛着は千差万別。

 月読も暁も、それぞれに侵されざる独自の世界を持っている)

 

 ならば、自分の場合はどうか、ふと思う。

 一目ぼれにも近い形で引き寄せられた片翼のウィング。

 これからの塗装で、あの機体には、どのような想いを吹き込むべきなのか……?

 

「……そう言えば、マリアの方はどうしているのだ?」

 

 ふと、思い出したように翼が顔を上げた。

 

「二人とも、私の事を手伝ってくれるのは大いに有難いのだが、

 同じイベントに参加するマリアだって、今は大変な時期では無いのか?」

 

 風鳴翼の当然の疑問に対し、二人は互いに困ったように顔を見合わせる。

 

「あ~、えっと、マリアはあれですっごい凝り性デスから。

 大事な所は自分でやるんだ、って、機体に触らせてもくれないんデス」

 

「こっちは自力で何とかするから、代わりに翼さんの様子を見て来てくれって」

 

「なるほど、らしいと言うか、妙に気を使ってくれるな」

 

 ふと自室で一人追い込みをかけるマリアの姿を想像し、思わず呆れたような笑いがこぼれる。

 

「もっとも、トレーズ推しのアイツの事だからな。

 どうせ本番で使うのは、トールギスか何かなのであろうが……」

 

「「 あ 」」

 

 防人が地雷を踏んだ。

 愛らしい笑顔のきりしらコンビが、たちまち萎れた花のようにしょんぼりした。

 

「ひ、酷い……、翼さん、今のはあんまりデス」

 

「え? そ、それはどう言う事?」

 

「マリア、本番ではこの機体で風鳴翼のド肝を抜いてやるんだって、凄い頑張ってたのに……」

 

「そ、そうか、何だかすまぬな」

 

 迂闊な己の言葉に、戸惑いつつも謝罪をする。

 なるほど、こんな調子ではいつまで経っても、可愛くない剣などと言われてしまうワケである。

 

「まあ、それはそれとして。

 ところで翼さん、今日はエルフナインはお休みではないんデスか?」

 

 ケロリと表情を一変させ、あっけらかんと切歌が尋ねる。

 

「うん、確かに彼女がいてくれれば、私たちの助太刀なんていらなかったと思うけど」

 

「エルフナインか……。

 いや、彼女も社会人なのだから、あまりプライベートを詮索するのも悪いかと思ってな」

 

 言われ、翼も思い出した。

 昨日、エルフナインがイオリ模型店を出た際に手にしていた紙袋。

 あの中身は、結局は何であったのか?

 今頃は彼女もまた、どこかでガンプラの製作をしているのであろうか……?

 

 ベランダからは、相変わらずけたたましい蝉の声が響いていた。

 夏の風物詩、ガンプラバトル選手権の開催が真近に迫っていた。

 

 

 防人たちが、和気あいあいと塗装工程を進めているのと同じ頃。

 

 話題の主、エルフナインは一人、薄暗い地下室の一角にあった。

 

『――Please set your Gunpla』

 

 目の前に置かれた小型のGPベースからアナウンスが流れる。

 少女の小さな手が、赤く輝くメタリックの装甲を掴む。

 

「エルフナイン、戦国アストレイ影打、行きます」

 

 ガンプラビルダーの流儀に倣い、名乗りを上げる。

 真紅の具足が一段輝き、厳つい面頬の裏で、青い目のサムライに力が宿る。

 

 加速する鎧武者がベースを飛び出し、一直線に青く輝く電脳空間へと降り立つ。

 

 戦国アストレイ。

 

 風鳴翼のフェニーチェと同様、かつて第7回ガンプラバトル選手権において会場を沸かせた、往年の名機のレプリカである。

 ファイターはニルス・ニールセン。

 さながら戦国の鎧武者そのものの真紅の具足。

 銃火器の類を一切帯同せず、太刀捌きと奇妙な体術のみで強敵たちを屠り去るその姿は、RGシステムを携えたイオリ・セイのスタービルドストライクと並び、粒子変容技術の先鞭として会場を大いに驚嘆させた。

 

『―― Practice mode』

 

 短いアナウンス同時に、どたまに大仰なハイメガキャノンを拵えたハイモックが、前方のフィールド上へと降り立った。

 

「チャージカイシ! チャージカイシ!」

 

 ハイモックからご機嫌なハロの声が響き渡り、同時に頭部のキャノンに白色の光が漲り始める。

 

「えっと、まずはビームの粒子帯をリサーチして、刀身の粒子と同調させる」

 

 手製のマニュアル片手に、エルフナインが粒子の波形を慎重に調整していく。

 菊一文字の刀身に塗られた粒子変容塗料から、徐々に薄緑の輝きが溢れ始める。

 

「チャージカンリョウ! ヤッテヤルゼ! ヤッテヤルゼ!」

 

「刀身を垂直に構え、正面からビームを……、わあっ!?」

 

 やる気満々なハロの予告と同時に、極太のビームキャノンが発射された。

 圧倒的なビームの奔流を堪えかね、たちまちアストレイが尻餅を突く。 

 しかし奔放な暴力の渦は、真紅の胸甲を掠めはすれど、破壊するには至らない。

 装甲の前にかざされた刀身によって、ビームが縦に裂け、すり抜け、遥か後方に流れていく。

 

 三秒、五秒、十秒……。

 

 やがて光は潰え、ハイモックの頭部からぶすぶすと金属の灼ける匂いが立ち上り始めた。

 

「プラクティスシュウリョウ、ヤッテヤッタゼ! ヤッテヤッタゼ!」

 

 どこまでも能天気なハロの声に合わせ、空間が解け、テーブルの上には乙女坐りのアストレイだけが残された。

 

「ふう」

 

 一つ安堵の息を吐き、エルフナインが室内の照明を入れる。

 

「流石に昨今のプラモ技術の進歩は凄いです。

 八年前の機体とは言え、真打の性能の七割がたまで再現出来ています」

 

 テストの結果に確かな手応えを感じつつ、小さな手が役目を終えた機体を拾い上げる。

 

「第7回、ガンプラバトル選手権。

 当時のニルス・ニールセン選手は、粒子変容の粋たる二本の太刀と、奥の手としての徒手空拳『粒子撥剄』を武器に、ガンプラバトルの世界に乗り込んだ。

 一つの武器を盲信せず二の矢を用意する周到さは、日本刀が容易く折れる事を知っている武術家ならではと言えるでしょう」

 

 一人呟き、しかし、すぐに軽く頭を振って顔を上げる。

 

「けれど、防人の剣は、例え神話に背いたとしても、折れず、曲がらずであるべきです」

 

 そう断言し、手狭な地下室を見渡す。

 未分類のまま並べられた幾つものバインダー。

 覚書、ともつかぬほど雑多にまとめられた書類の山。

 そして、狭い室内の片隅を占拠する、ちっぽけなGPベース。

 

 超先史文明期の巫女・フィーネ……。

 当時の特務災害対策機動二課所属、櫻井了子が収集していた資料の名残である。

 かつてのルナ・アタックを生き延びた、特機部二の頭脳の置き土産であった。

 

 傍らの机に置かれたレポートの一つを、そっと手に取る。

 

 八年前のガンプラ・バトル選手権。

 決勝戦の静岡会場を襲った『アリスタ暴走事件』の顛末。

 アリスタと呼ばれる結晶体の暴走によって現実に溢れだした『ガンダム』の世界。

 当時の関係者の一人であったニルス・ニールセン……、現在のニールセン・ラボ所長、ヤジマ・ニルス氏とアリスタ、新プラフスキー粒子の関係。

 事件の中、忽然と姿を消してしまったPPSE社代表のマシタ。

 同様に行方が知れていない、大会参加者のレイジ、そしてアイラ・ユルキアイネン。

 レポートは超先史文明期の遺産や様々なブラック・アート、果ては錬金術との関連性に至るまで幾つもの仮説を交え、しかし何ら確証を得るものが無いままに途絶えてしまっていた。

 

「先任の櫻井女史が、プラフスキー粒子の解析に興味を持っていたとは聞いていましたが……。

 この分だと、随分と本格的な利用を考えていたようですね」

 

 ふっ、と呆れたような笑いがこぼれる。

 後の歴史を鑑みれば、結局、これらの研究が日の目を見る事は無く、フィーネの興味は人とギアとの融合症例第一号、立花響の臨床実験へと向かう所となるのであった。

 

 エルフナインは知っている。

 現在のヤジマ・ニルスにあって、当時のフィーネに欠けていたもの。

 

「プラフスキー粒子は、ガンプラが大好きな子供たちのために与えられた奇跡ですから。

 ガンプラを愛してもいない大人のために、真理の女神は微笑みませんよ」

 

 にこりと一つ微笑んで、エルフナインはいそいそと、錬金はんだゴテの設置作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 



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第七話「SAKIMORI、翼を断つ」

 カタパルトを飛び出した先は、嵐が丘であった。

 

 漆黒の闇の彼方から迫る雨粒が、色の異なるツインアイを容赦なく叩き、時折、カッと煌めく雷鳴が、深い青に染め直された胸甲を照らし出す。

 

 風鳴翼は無言であった。

 深い闇と吹き付ける豪雨が視界を奪い、天雷の轟きは容赦なく防人の耳を潰す。

 卸したての愛機の初陣に対して、ロケーションは最悪と言っても良い。

 更に今宵の相手に対し、手元のレーダーなどものの役にも立たない事を翼は知っている。

 

 ゆえに翼は、フェニーチェは待つ。

 敵は夜の住人、この宵闇は敵の住処。

 どのように足掻いてみた所で、戦端はまず敵の刃から開かれる所となろう。

 ならば先手などくれてやれば良い。

 

 無の境地、なれば心は林の如し。

 右手に備えた太刀をだらりと地面に向け、どのようにでも動ける自然体をとる。

 漆黒の嵐が丘の世界を、見るでも無く見る。

 ささやかな気配、予調の一つも見逃さぬように。

 

 

 ――カッ

 

 

 一際力強い閃光が視界を灼いた。

 瞬間、はっ、と防人の瞳が開いた。

 真昼の如く白色の光に染まった世界。

 足元に落ちたフェニーチェの影から、ぬっ、と蝙蝠の翼が生える。

 真っ黒な頭部の影から上方に向かい、長い棒が真っ直ぐに伸びていく。

 

(馬鹿なッ!?)

 

 思う間もなく、フェニーチェが前方に跳んだ。

 一拍遅れの轟音に紛れ、打ち下ろされた長柄の尻が後背で水飛沫を上げる。

 ハイパージャマー。

 防人の警戒の網すらも潜り抜け、刺客は既に必殺の間合いにまで踏み込んでいた。

 平静に裏打ちされた洞察力と、一握りの天佑が防人を救った。

 

 振り向き、すぐさま漆黒の暗殺者が迫る。

 蝙蝠羽の如き外套がばさりと開き、大振りの棍が真横から唸りを上げる。

 止むを得ず、太刀の峰を左手で支え、横からの打撃を刀身で受け止める。

 

 ぶぉん。

 

「~~~ッ」

 

 インパクトの瞬間、不意に棍の先端からビームが生えた。

 反射的にのけ反り傾く視界の先で、死の閃光が通過する。

 

 死神の鎌。

 

 かつて、同様の得物を持つ少女を対峙した時、とり回しの悪い武器、と翼は感じた。

 鋭さで槍に、堅牢さで薙刀に劣る大雑把な武器、と。

 

(それを、こう使うのか!)

 

 ばしゃり、と背翼が水音を立てる。

 ぞくぞくと戦慄が翼の背筋を駆け抜ける。

 反応が一瞬でも遅れていれば、素っ首を跳ね飛ばされていた所だ。

 ガンダムデスサイズヘル。

 オプレーション・メテオに赴いた一騎当千のガンダム達。

 その中でも特に、ステルス性能、隠形に特化した異能の機体。

 尋常の立合いでは無い、まさしくは暗殺者の業前。

 

 仰向けとなったフェニーチェを仕留めるべく、死神が大鎌を振り被る。

 刹那、再び雷光が世界を染めた。

 ビクン、と一瞬、デスサイズの動きが固まる。

 雷鳴に臆した訳では無い。

 戸惑うデスサイズの瞳が、ふ、と己の足元に落ちる。

 閃光の残滓に彩られた薄い影の上に、一本の小柄が突き立っている。

 

「……!」

 

 すぐさまデスサイズの仕手は気が付いた。

 影縫い、忍びの裏技である。

 

 思わず口中でぐっ、と唸る。

 長い歴史を誇るガンダムシリース。

 コンセプトとして、忍びの暗器を、面妖なる忍術を使うMSは少なからず存在する。

 けれどガンプラバトルでそれを成すのは、一部の嗜好家、スペシャリストに限られる。

 バトル初心者である筈の翼が忍術を嗜むなどと、誰が想像できようものか?

 

 閃光は一瞬にして潰え、影が深淵に溶け、ふっ、とデスサイズの拘束が解ける。

 その間にもフェニーチェは斬撃へと移っていた。

 

「一呼吸もらえれば十分!」

 

 横薙ぎの一太刀が、咄嗟に構えた大鎌の柄を、横一文字に叩っ斬る。

 フェニーチェは尚も止まらず、更に一歩左足で踏み込み、返しの逆風――。

 

 刹那、死神が飛んだ。

 後方に飛退きながら広げた翼を地面に叩きつけ、上方に跳ねる。

 横薙ぎの斬撃を垂直方向に避け、鮮やかに闇夜に舞い上がった。

 

「な……ッ」

 

 翼の口から思わず驚嘆の声が漏れる。

 デスサイズの背翼はあくまでも意匠、可動式の特殊装甲に過ぎなかった筈。

 戸惑う乙女をあざ笑うかのように、死神はまるで大型の蝙蝠のように翼をはためかせ、自在なマニューバで荒天の空を泳ぐかの如く昇って行く。

 

 遥か上空で身を翻し、デスサイズが高らかと両手を掲げた。

 パチリ、と両手の指間に静電気が跳ね、直後、一条の雷撃が死神のシルエットを襲った!

 

 自爆?

 否、収束していく。

 かざした両手の間隙に、バチバチと荒らぶる雷光が球を為していく。

 

「……ッ」

 

 そして投げ放つ。

 不規則なジグザグ軌道を描きながら、雷球が恐るべき速度でフェニーチェに迫る。

 

「くぅッ!?」

 

 かろうじて軌道を見切り、避けた。

 跳びのいた瞬間、ドゥッと眼前で爆雷が炸裂した!

 閃光と爆音が情報を奪い、雷撃の余波が機体の自由を容赦なく奪う。

 

「で、デ、出たァ――――ッ!!

 師匠の十八番『闘球!稲妻スカイタイガーショット』デース!」

 

T.I.S.T.S.(闘球!稲妻スカイタイガーショット)……!

 両手から放出した電撃を球状のフィールドの中に閉じ込め、投擲しているとでも言うの?

 何と言う高度な粒子変容技術。

 しかもあの高角度から、実際の稲妻さながらの不規則な軌道を描いて……。

 あんな大技を連投されては、いずれ回避が間に合わなくなってしまう!」

 

「死ぬデース! あの必殺技を見た者はみんな死んじまうんデス」

 

 暁切歌が叫ぶ! 月読調が驚愕しつつ丁寧に解説する!

 このきりしらノリノリである。

 だが、そんな些事に気を取られている場合では無い。

 見上げた上空では、死神が再び両腕を掲げ、第二射の態勢に入ろうとしていた。

 

「その翼を頂く!」

 

 翼が短く宣言し、同時にフェニーチェが愛刀『天羽々斬』を力強く握り直す。

 右肩のアーマーに埋め込まれたクリアーパーツから蒼い輝きが溢れ、肘、掌、柄を透過し、やがて刀身に淡い光燃え上がる。

 

「防人の一閃に、間合いの外など無いと知れ」

 

 そして、斬り上げる。

 地を這うような地擦りの太刀が、高らかと天空に跳ね上がる。

 

 

【 蒼 の 一 閃 】

 

 

 刹那、斬撃が跳んだ。

 地上から打ち上げられた蒼き流星が、大気を裂き、暴風をも両断して一直線に死神へと迫る。

 

「なっ、なにィ!?」

 

 予想だにせぬ飛び道具の存在に、デスサイズの仕手が、慌てて雷球を撃ち放つ。

 しかし、やはりチャージが足りていない。

 蒼撃は一瞬にして雷球を切り裂き、弾けた稲光が中空に拡散する。

 

 雷切。

 達人の必死の剣速は、時に電光石火を超え、小癪な雷獣をも両断し得るのだ。

 これもある種の哲学兵装。

 なれば両機が対峙した時点で、運命の女神は、既にその勝敗を定めていたのであろう。

 

「う、うわあぁァァァ――――ッッ!!」

 

 かろうじて身を捻り、迫り来る衝撃波の直撃をかわし得たのは、まさしく仕手の力量の証明であった。

 けれど、そこで確かに勝負は決した。

 防人の予告通り、蒼の一閃は漆黒の右翼を斬り飛ばし、バランスを欠いた死神が錐揉みながら大地に落ちる。

 バシャリと水音を上げる敵機に対し、フェニーチェは尚も油断なく八双に構え。

 

「わわっ!? ま、参った! 降参だァ!!」

 

 

『BATTLE END』

 

 

 とうとう、デスサイズのファイターが音を上げた。

 たちまち試合終了のアナウンスが為され、イオリ模型店に日常が戻ってくる。

 

「フェニーチェが……、勝っちゃったデス」

「すごい」

「正気かよ……、ガンプラバトルで一閃しやがった」

「やりましたね、さすが翼さんです!」

 

 わっ、リディアン女子たちの歓声が上がり、ただでさえ手狭な模型店が姦しい空気に包まれる。

 興奮の中、対面で尻餅を突いていたファイターが、GPベースにすがるように体を起こした。

 

「あたたたた……、ふう、やはり慣れない事はするもんじゃないねえ。

 若い人の成長は本当に早い、うらやましい限りですよ」

 

「成長だなんて、そんな。

 こちらこそ、お忙しい中、わざわざご指導ご鞭撻頂き、感謝の言葉もありません」

 

「ちょ、そんな、や、やめて下さいよ!

 翼さんにはウチの響がお世話になっているようですし、これくらいのお手伝いは当然ですから」

 

 折目正しい翼の一礼に対し、対面のひょろりとした中年が慌てて取り繕う。

 先ほどの死闘のイメージも着かぬ冴えない姿に、壁際のマリアが感嘆の声を漏らす。

 

「それにしても、今日の今日まで知らなかったわ。

 立花響のパパさんが、これ程までに凄腕のビルダーだったなんてね」

 

「本当だよ! 酷いよお父さん。

 こんな凄い秘密を私に隠しているなんてさ」

 

 不意に咎めるように声を上げた、愛娘、響に対し、立花洸は困ったように頭を掻いた。

 

「いやあ、別に隠してたって言うワケでも無いんだが、

 何と言うか、言いそびれてたっていうか……。

 ほら、娘のお前の前で、あんまりカッコ悪い話はしたくなかったしな」

 

「カッコ悪いって……、お父さん、こんなに凄いガンプラを作れるのに」

 

「……ああ、父さんも昔はそう思っていたよ。

 自分より腕の立つビルダーなんて、もう国内にはいない、ってね」

 

 ふっ、と自嘲をこぼし、洸が恥ずかしげに頭を掻いた。

 

「意気揚々と乗り込んだ、第二回ガンプラバトル選手権。

 結果は東日本ブロック二回戦敗退。

 いやあもう、天狗の鼻をぽっきりとやられてさ、それで見切りが付いたんだ。

 いい加減、響もこれから大きくなるし、ガンプラバトルはこれっきりにしとこうってね」

 

「お父さん……」

 

 

「しかし今日、君は再び戦場に帰って来た。

 往年の『冥王』の復活劇とは、実に貴重なバトルを見させてもらったよ」

 

 

「え、えっ、えっ!?」

 

 室内の空気がしんみりとしかけた、その一瞬の不意を突かれた。

 皆が気が付いた時には、恰幅の良い口髭の姿が一同の輪の中にあった。

 

「……って、おい! ちょ、ちょっとタンマ!

 お、おっさん、アンタ、突然なんなんだよ!?」

 

「ああ、いいんだ雪音、こちらの御仁は――」

 

「どうも、ご無沙汰しています、大尉」

 

 翼の取りなしを遮って、立花洸がどこか困ったように頭を下げる。

 大尉は軽く微笑して、目の前の中年とフィールドのガンプラを交互に見つめた。

 

「ふふ、君の方も元気そうで何よりだ。

 バトルの腕の方も衰えていないと見える。

 これなら完全復活の日も、そう遠くなさそうだな」

 

「いやいや、よして下さいよそんな。

 こんなのはただの家族サービスみたいなもんで、明日の仕事だって早いんですから」

 

「そうかね?

 昔より君は、いささか謙遜のし過ぎだと思うだが」

 

「無理ですよ。

 僕の歳になるともう、彼女たちのような勇気は残っていません」

 

「ふむ……。

 十年以上前の機体のレストアとは言え、あの冥王のデスサイズに土を付けたか」

 

 そう言ってフィールドを見つめる大尉の視線に、真剣な光が宿る。

 佇立するウィングタイプのガンダム。

 フェニーチェを原型としながらも、青系統を基調に塗り直された機体は、むしろウィングの原点をイメージさせる。

 特徴的なのは、当世具足の袖を模した、右肩のアーマー。

 バスターライフルは持たず、代わりに白銀に輝く長刀を後部にマウントする。

 原型に忠実なフォルムの中で、そこだけが和の彩りを持ち、機体の新たな個性を形作っている。

 

「これが、翼さんの新しいウィング……」

 

「メタリックカラーの胸甲に、和装を取り入れた右肩の大太刀。

 何だかまるで、フェニーチェと戦国アストレイのミキシングみたい……」

 

「けど、違うんデス! どっちとも似てないデスよ、やっぱり」

 

「だな、どっからどう見ても風鳴翼の愛機だよ、こりゃあ」

 

「先人のビルダーに敬意を払いつつも、風鳴翼の剣として、確かな個性を持つ。

 今度のイベントに相応しい機体に仕上がったみたいね」

 

「換装式の肩アーマーには、粒子増幅器としてのクリアパーツをあしらいました」

 

 めいめいに感想が上がる中、ちょんとテーブルに両手を預け、エルフナインが追加装甲を語る。

 

「状況に応じて右肩から粒子を注ぎ込んで、羽々斬の刀身を強化する構造です。

 ギミックとしては本来の戦国アストレイよりも、イオリ選手のRGシステムの方が近いですね」

 

 エルフナインの説明に対し、傍らの風鳴翼が静かに頷く。

 

「エルフナイン、ええ、分かるわ。

 私はバトルには詳しくないけれども、この剣は確かに、かなり感覚的に振れていた」

 

「あとは、肩のアーマーはカウンターウェイトとしての役割も兼ねていますから。

 機体重量は増していますが、重心は中央寄りに戻っているハズです」

 

「ああ、それでか。

 初戦の時のような引っかかりを感じなかったのは。

 随分と気を遣わせてしまっている」

 

 そう感心して相槌を打った翼の脇に、こっそりと立花響が忍び寄る。

 

「へへ、だけど翼さん!

 この機体のとっておきは、エルフナインちゃんのテクだけじゃあ無いんですよ」

 

「立花? ……って、おい!?」

 

「えいや!」

 

 言うが早いか、響がフェニーチェを拾い上げ、何事か指の腹を押し付ける。

 慌てて機体を覗き込んだ翼の瞳が、思わずはっ、と丸くなる。

 

 フェニーチェの胸元に取りつけられた『とっておき』の正体。

 それは紫に輝く水晶型のデコシールであった。

 

「これは、ギア、なのか、立花?」

 

「え~っと、へへへ、お守り代わりですよ、翼さん。

 私にはエルフナインちゃんみたいな知識が無いから、これくらいしか出来ないんですけど」

 

「いや、有難い、千人の助力を得た思いだ」

 

 穏やかな笑顔を向けた翼に対し、傍らの響が照れ笑いを見せる。

 ほっこりとした室内の雰囲気の中、こほん、と大人が一つ咳払いをする。

 

「ようし、みんな、聞いてくれ! 翼さんの戦いの前の景気付けだ。

 今日はこちらにいらっしゃるラルさんが、

 みんなの為にふらわーでお好み焼きをおごって下さるそうだ」

 

「!?」

 

 ばっ、と一同の視線が壁際のラル大尉に集中する。

 直後、店内に歓喜の渦が爆発した。

 

「な、なんデスとー!?」

「う~ぃやった~! ひっさびさのおばちゃんの味だぁ! 炭水化物だ~」

「もう、響、お店の中なんだからはしゃがないで!」

「ふらわーですか、ボク、行くの初めてです」

「かもねぎ」

「いやいやいやいや、悪いってそんなの、見ず知らずのおっさんから……」

「雪音、こう言う場合、大人からの厚意は有難く頂戴するものだ」

 

「まったくみんな、はしゃいじゃって。

 けれどお心遣い、心から感謝いたします、ラル大尉」

 

 

「……って、ちょっとちょっと、そりゃあないよ洸く~ん」

 

「すいません大尉。

 実は僕、何分まだ初任給前なもんでして。

 ほらほら、リン子さんだってこっちを見てますよ」

 

「とほほ、伝説の冥王の復活も、この分ではだいぶ先の話になりそうだな」

 

 弾けた笑い声が交錯する室内で、大尉が一つ、観念したように大きく溜息を吐く。

 ガンプラ・フェスの開催を明日に控え、リディアン女子のボルテージは最高潮に達しようとしていた。

 

 

 三時間後。

 

 大人の金で至福の時間を堪能した女子たちは、めいめいに帰宅の途に着いていた。

 

「それじゃ、翼さん! 私たちはここで」

 

「明日のイベント、みんなで応援に行きますから、頑張って下さいね」

 

「へへ、お高く止まったビルダー相手に、アイドルの意地をみせちゃって下さいよ」

 

「ああ、皆も今日は本当にありがとう」

 

 三者三様の激励をくれた後輩たちの影を、風鳴翼が見送る。

 月明かりのマンションの下で、ぽつんと一人、安堵の息を吐く。

 

 明日は静岡。

 年に一度のガンダムファン達の祭典、ガンプラバトル選手権の火蓋が落とされる。

 鎬を削る当代のビルダーたちの戦いの裏で、翼たちもまた、フェスティバル初日のメイン・イベントを務める。

 

 防人としての任務とも、アイドルとしての舞台とも異なる、未知の戦場。

 けれど、今、歌女の心を高鳴らせているのは不安では無い。

 ときめいていた。

 気の置けない仲間たちの協力を経て完成した、翼だけのウィングガンダム。

 それが明日のステージで、どのような役割を果たすのか、年甲斐もなくワクワクしていた。

 

(良いのだろうか、こんなまるで他人事のような、浮ついた気持ちで)

 

 罪悪感のような後ろめたい気持ちが一瞬浮かび、しかしすぐに霧散する。

 

 ガンプラは遊び。

 風鳴翼は初めから、この一週間、友人たちとガンプラで遊ぶつもりであったハズだ。

 それならばもう、これで良い。

 静岡の会場には、この浮かれた心地をそのまま持って行けば良い。

 今夜はただ、この興奮を抑え、いかに英気を養うかだけを考えていれば――

 

「…………」

 

 玄関。

 鍵を差し掛けた防人の指が、ふと止まる。

 

 オートロックのマンション。

 自室の戸締まりも出た時と同じ、万全の状態である。

 それでもなお、防人の戦場経験が警鐘を鳴らす。

 

 この扉の向こうに、誰かがいる。

 

 ゆっくりと鍵を回し、物音を立てないようにそっと扉を開ける。

 息を殺し、闇に目が慣れるまでの時間を、じっ、と待つ。

 玄関から、わずかに開いた扉越しに覗く、自室のリビング。

 開け放たれたベランダから差し込む月光の下、のそり、と、何かの影が蠢く。

 

「何奴!」

「!」

 

 一声吠え、一足飛びにリビングへと踏み込んだ。

 月明かりに曝された細身のシルエットが、迷い無くベランダへと走る。

 

「逃しはせん!」

 

 テーブルの上のデザインナイフを拾い上げ、躊躇いもせず投げ放つ。

 狙いは侵入者本体ではなく、彼の影が落ちたカーペット。

 

 刹那、侵入者が鮮やかに身を翻した。

 初めからそこにナイフが飛んでくると分かっていたかのように身をかがめ、ばふんっ、とカーペットをめくった。

 たちまち宙に跳ね上がったデザインナイフを掴み取り、そして、投げ返す。

 彼もまた狙いは翼本人ではなく、後背の壁。

 

「……ッ!?」

 

 ビクンッ、と翼の動きが硬直する。

 男の投擲は寸分違わず、壁に映る翼の影を縫い止めていた。

 技の成否を確かめもせず、シルエットが再びベランダへ飛ぶ。

 

「じゃなくて、ここ五階……!」

 

 翼の制止を嘲笑うかのように、男があっさりと欄干を超えた。

 成程、内心で舌を巻く。

 マンションのセキュリティを意にも介さずここまで侵入してきた男だ。

 今さら十数メートルの高さ程度など障害にもなるまい。

 

 やがて自重に負け、ぽろり、とデザインナイフが床の上へ落ちる。

 ふっ、と翼の拘束が軽くなる。

 

「影縫い返しとは、味な真似をしてくれる」

 

 一人呟き、床の上に落ちたナイフを拾い上げる。

 この技、この状況、単なる物盗りの犯行では無い。

 忍びの技だ。

 それも恐らくは、翼の癖を、その立ち回りを良く知る人間の。

 

(けれど、だとすれば彼は、どうしてわざわざ……?)

 

 物想いにふけりながら、キャップをはめ、デザインナイフをテーブルの上へと戻す。

 

「これは――!」

 

 その段になって、ようやく翼は知った。

『彼』が翼本人にも内緒で、この部屋に侵入を試みたワケを。

 

 

 

 ――翌日。

 

 第十四回ガンプラバトル選手権、開幕。

 

 大観衆がセレモニーの熱狂に沸く中、郊外の特設会場では、夜からのフェスティバルに向けた準備が着々と進められ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話「SAKIMORI、またバイクを壊す」

 第十四回ガンプラバトル世界選手権、初日――

 

 静岡の会場では、盛夏の陽炎をも吹き飛ばすような熱気に滾っていた。

 華やかな開幕セレモニーを終え、名だたる選手たちの入場に、各国からの応援団が一斉に沸く。

 初日は所詮、第一ピリオド。

 決勝トーナメント本戦に向けてのポイント稼ぎに過ぎず、試合自体も、何ら波乱らしい波乱も見受けられなかったのであるが、この日を一年待った生粋のガノタたちには関係ない。

 夢のような時間は熱狂の内に過ぎ去り、日が傾き、初日の種目が終わりを迎える。

 けれど、戦いはこれで終わりではない。

 むしろ一部のファンにとって、本当の宴はこれからと言っても良いだろう。

 

『ガンプラフェス・スーパーライヴ -1st Night-』

 

 大会に合わせ近隣の特設会場で開かている、毎年恒例のステージであるが、今年のゲストはいつにも増して振るっていた。

 

 ――日本が誇る現代の歌女、風鳴翼。

 ――世界一の歌姫にして、文字通りの救世主、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 

 推しも推されぬ現在のトップアーティスト二名であるが、今宵の彼女たちの仕事は歌では無い。

 あの三代目メイジン・カワグチプロデュースの許、ガンプラバトルに挑むと言うのである。

 何と言う豪壮な金の使い方である事か。

 

 無論、初日の観戦で目の肥えたガンプラファンたちの事。

 別段、彼女たちの『ガチ』を望んでいる訳では無い。

 緊張感漲る本戦の合間の、一夜限りのオアシス。

 華やかなる乙女たちが、慣れぬ舞台に戸惑い、おどけ、そう言った和気あいあいとした交流の一時を観に来ているのだ。

 とみに近年、バラエティーに進出した風鳴翼は、普段のクールビューティーな姿からは想像も着かぬ、浮世離れした古風な天然キャラでお茶の間を沸かせている。

 今日もまた各社の中継カメラは、彼女のあられも無い姿を収めんと、意地悪くもその瞬間を狙っていた。

 

 一方、微妙な緊張感を露わとしていたのは、彼女たちの本来の追っかけグループである。

 一般に、ツヴァイウィングの解散以来、風鳴翼の歌は変わったと言われる。

 紡ぎだされる言魂の一つ一つに身を切るような切実さが溢れ、クールなメロディラインの節々に、命を燃やす歌女の炎が見え隠れする。

 今では幾分角が落ち、その旋律に柔らかさが戻って来たものの、表現力は却って深みを増し、かつての国民的演歌歌手・織田光子の鬼気迫る演技に匹敵する、とまで評する識者もいる。

 

 加え、今日のイベントには、あのマリアが来ている。

 各国のステージで幾度と無く顔を合わせている二人であるが、その実態は「共演」では無く「競演」である。

 マイク・スタンドを剣に見立て、二人は互いの歌で干戈を交えているのだ。

 その緊張感が、世界最高峰とも謳われるライヴ・シーンを形作っているのである。

 

 好敵手たる歌女二人が、轡を並べ、ガンプラバトルと言う未知の戦場にやって来た。

 単なる交流会、と、そんな阿諛で済むのであろうか?

 今宵のステージには、何かとんでもない魔物が潜んでいる。

 ガンプラバトルが素人では為す術も無い泰山の世界と知りつつも、詰めかけたファンたちは、奇妙な予感を隠しきれずにいた……。

 

 

 特設ステージ前に観衆の長蛇の列が出来始めたその頃。

 今宵の出演者たちが集う楽屋裏でもまた、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

 

「ガンプラバトルの世界にようこそ、風鳴翼。

 今日の舞台に貴方たちのような素晴らしいアーティストを迎えられた事、誠に幸運に思う」

 

「こちらこそ、このようなステージにお招きいただき、心より感謝いたします。

 メイジン・カワグチと客席の皆さまの期待に応えられるよう、全力を尽くします」

 

 タキシード姿のシャープなグラサンと、スタイリッシュなブルーのドレスの乙女がにこやかに握手を交わし合う。

 三代目メイジン・カワグチと風鳴翼。

 本来ならばガンプラと音楽の歴史的邂逅として、記者たちのフラッシュの下でこそ披露されるべき光景であろう。

 が、この時ばかりは、常よりもいささか勝手が違った。

 

「…………」

「…………」

 

 長い、握手が。

 十秒か、三十秒か、あるいはそれ以上か。

 サングラスの下の研ぎ澄まされたファイターの瞳と、刃紋のように澄明な防人の瞳が真っ直ぐに交錯する。

 触れれば切れんばかりの研ぎ澄まされた緊張感が、室内に溢れ始めた。

 その時――、

 

「……ふっ」「ふふ」

 

 にやり、と、どちらからともなく手が離れ、潮が引いたように室内の空気が緩んだ。

 ニュータイプである。

 ガンプラと歌。

 共に生きる戦場は違えど、苛烈な闘争の最前線を生きる戦友同士のシンパシーであった。

 

(この距離でも全身を刺し貫くように溢れるプレッシャー。

 三代目メイジン・カワグチ、噂以上の男のようね)

 

 背後の壁に体を預け、両腕を組んだマリアがじっ、と二人の姿を見つめる。

 

(日中、過酷なガンプラバトル本戦の緊張感に曝されてきた筈なのに、

 あのふてぶてしいまでに逞しい姿はどうだ?

 これがバトル人口六十億の頂点の貫録と言うものなのか……?)

 

 壁際のマリアから放たれる、男の器を推し量るかのような熱視線。

 そんな中、重苦しい空気にふうっと頬杖をついて、傍らの艶やかな髪の女が顔を上げた。

 

「張り切るのも結構だけれども、気合い入れ過ぎて大コケしないでよ。

 こっちはブランク明けなんだから、大したフォローはしてあげらんないわよ」

 

「ご忠告、痛み入ります、ミホシさん。

 現役ハリウッド女優の舞台廻し、後学のために参考にさせていただきます」

 

「……ったく、ホントに古風ねえ翼ちゃんは。

 テレビで見たイメージまんまだわ」

 

(そして、こっちは現役ハリウッド女優のミホシ、か……。

 一切の気負いの感じられない、飄々と人を喰ったような姿はまさしく、芸能界の酸いも甘いも知り尽くした女の余裕ね。

 もっとも、その鞘当を無難にやり過ごす翼の落ち着きも流石だな)

 

 共演者たちの仕草を見つめるマリアの瞳が、なお一層の険しさを増す。

 そんな乙女の胸中を知ってか知らずか、ふわり、と甘い空気が仄かに広がる。

 

「今回のイベントの進行役を務めます、カミキ・ミライです。

 本日は宜しくお願いいたします」

 

(そして、この娘ッ、この娘よッ!?

 これだけの錚々たる顔ぶれを前にして、この自然体はどう言う事なの!

 現役女子高生モデルだとッ!?

 先の天羽奏と言い、この翼と言い、日本の女子高生はどうなっているんだ!?)

 

 レースクィーン風の衣装に身を包んだ花のような乙女が、たおやかに一礼する。

 無言で見つめるマリアの胸中に、いよいよ本格的な嵐が吹き荒れ始める。

 

「さて、それでは本番を前に、もう一度イベントの流れを確認しておこう」

 

 そんな、内心ビビリ出したマリア姉さんを置き去りにして、メイジンがテーブルに会場の見取り図を広げる。

 

「今回のイベント、メインは言うまでも無く、マリアさん、翼さんの両名だ。

 厳正な抽選で選ばれたファンたちとの交流戦の前に、

 まず二人には、二十四機のドムを相手に模擬戦を演じてもらう」

 

「二十四機のドム!?

 何だか、えらく数が多い上に妙に限定的なような……」

 

「ふふ、一人頭、十二機と言うワケだ。

 ドムのAIは、初め強く当たって後は流れでこちらが調整しよう。

 お二人は何も気を遣わずに、のびのびとプレイして頂きたい」

 

「成程。

 で、その後はファンの皆さまとのバトル・ロイヤルと……」

 

 ちらりと、翼が上目遣いにミホシを見上げる。

 ベテラン女優がひらひらと右手を振って、にこやかな笑みを後輩に向ける。

 

「私はまあ、サプライズゲスト兼ヘルプって所ね。

 状況を見ておいおい混ざらせてもらうから、

 こっちの事は気にせず、好き勝手にやっててちょうだいな」

 

「そうですか。

 ならばお言葉に甘えさせていただきます」

 

「……ええっと、その、マリアさんは何かありますか?」

 

 壁際でむっつりと押し黙ったままのマリアに対し、やや躊躇いがちにミライが問いかける。

 とくん、と一つ胸が震え、たちまち乙女の顔立ちに『偽りの英雄』マリア・カデンツァヴナ・イヴの仮面が顕れる。

 

「……そうね、八百長に付き合うのもやぶさかでは無いのだけれど、

 別に全部倒してしまっても構わないのでしょう?」

 

 ざわり、と室温が僅かに上昇する。

 たちまち見つめるミホシのジト目に、不機嫌の三文字が宿る。

 

「あら、言うわねアイドル大統領。

 ガンプラバトルの戦場は、普段のステージと同じようにはいかないわよ」

 

「そんなのは他人に言われるまでも無い事よ。

 世界最大規模の競技の祭典に集まった、当代一流の観衆たち、容易い戦で済む筈も無い。

 その上で最高のパフォーマンスが出来るよう、万全の準備を積んできたと言っているのよ。

 風鳴翼、貴方だってそうでしょう?」

 

「マリア、ああ、確かにそれはそうなのだが……」

 

 防人の言葉が、珍しくも歯切れ悪く途切れる。

 風鳴翼はフォワード、マリア・カデンツァヴナ・イヴもフォワード。

 こう言った事態において、かつてのツヴァイウィングのような活達さが足りない。

 

「……このような闘志は楽屋ではなく、オーディエンスに向けて放たれるべきだな」

 

 見取り図を畳み、おもむろにメイジンが立ち上がる。

 

「少し早いが、舞台裏の方に移るとしようか?

 観客達もお待ちかねだ」

 

 メイジンの鶴の一声に、互いに頷きあって立ち上がる。

 思惑はそれぞれに違えども、目指す場所は皆一つであった。

 

 

(いつもながら、マリアは凄いな。

 自らを極限まで追い込む事で、最高のパフォーマンスを引き出そうとするその姿勢。

 同じプロとして私も見習わねばな)

 

(普段は矢面に立って戦うのが信条の私だが……。

 ふふ、なるほど、プロデュースと言うのも存外に面白い!

 強烈なカラーばかりを集めた今宵のステージが、果たして吉と出るか? 凶とでるか?)

 

(……ったく、とんだ厄介事を引き受けちゃったもんね。

 世間知らずの剣ちゃんに、出たトコ勝負の大統領か。

 メイジンが今さら私を招集したワケが、よーっやく、分かったわ。

 長い夜になりそうね、こりゃ)

 

(ううん、流石にこれだけの顔ぶれが集まると、控え室の緊張感も凄いわ。

 ステージの進行役として、私も気合いを入れていかないと)

 

 

(か、帰りたい……! 

 セレナ、マム、どうか私に、もっと強い心を頂戴……)

 

 

 ――思惑はそれぞれに違えども、目指す場所は皆一つであった。 

 

 

 

『会場にお越しの皆様、長らくお待たせいたしました』

 

 ふっ、と会場の照明が、一段暗くなる。

 正面のオーロラビジョンに映し出された乙女のシルエットに、たちまち観衆の声援が飛ぶ。

 環境音のフラメンコが通常の三倍くらいの情熱を放ち、真夏の夜の一夜を焦がす。

 

『ガンプラフェス・スーパーライヴ、第一夜の幕開けです。

 激闘を彩ったファイター達にも劣らぬ歌女たちの競演、どうぞ最後までご堪能下さい』

 

 ミライの口上に合わせ、最高潮に達した男のカンテがピタリと途絶える。

 一瞬の静寂。

 クラシック・ギターがたちまち鮮やかに転調し、再び歓声が巻き起こる。

 レーザーが飛び交い、スモークが噴き上がり、オーロラビジョンに乙女の横顔が重なり合う。

 

 火の鳥の歌であった。

 傷ついた翼を燃やし、限界を超え空の彼方まで羽ばたかんとする、乙女たちの歌であった。

 不死鳥のフランメ。

 今日の舞台にオアシスを求めてやって来た戦士達に捧げるには、やや熱い。

 

 Aサビが終わると同時に、ボン、と大きく火柱が噴き上がった。

 たちまち作られた炎のロードを、両岸から二人の乙女が駆けてくる。

 

『改めて紹介いたします。

 日本の誇るトップアーティスト、風鳴翼!

 そして世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ!

 マイクをガンプラに持ち替えた戦姫たちの戦いをご覧下さい』

 

 ステージ中央、巨大なバトルフィールドを挟んで歌女が向かい合う。

 淀みなく、手にした機体がGPベースを滑る。

 

「風鳴翼、ガンダムフェニーチェ『ツヴァイ』推して参る!」

 

「トールギス小夜曲(セレナーデ)! ついて来れる奴だけついて来いッ!」

 

 相討つ二つの機体の瞳に、力強い戦士の輝きが灯る。

 フィールドにプラフスキーの輝きが溢れ、たちまちステージ上に武骨な岩肌の切り立つ荒野が広がって行く。

 

 蒼天に爆音が響き渡る。

 砂塵を蹴散らし、鮮やかなブルーのシルエットが断崖を飛ぶ。

 

 バイクで来た!

 翼がバイクでやって来たッ!!

 

「うっひょぉ~!? スッゲェーッ!

 さすが姉ちゃんの憧れのアイドル、やる事がいちいちド派手だぜ」

 

 キラキラと両目を煌めかせ、客席のセカイ少年が絶賛する。

 その横で、むうっ、と一つラルさんが唸る。

 

「ツヴァイとは、なるほど、そう言う事であったか」

 

「知ってるんですかラルさん!?」

 

 傍らのユウマの問いかけに、静かに一つ大尉が頷く。

 

「見たまえ、あのフェニーチェのサポートマシン。

 何か気付かんかね?」

 

「……!

 あれは、メテオホッパーではないのか!?

 本来フェニーチェのサポートマシンは一輪のハズ。

 あれではただの……、ただのバイクじゃないかッ!?」

 

「そうだ。

 ツヴァイとは、ドイツ語で『2』を意味する言葉。

 あの女人、わざわざ機体名に合わせフル・スクラッチで二輪車を作ってきたと見た」

 

「ツヴァイウィング、ならぬツヴァイホイールか!

 何と言う無駄な作り込みなんだ。

 本職のガンプラアイドルだって、到底あそこまではやらないぞ!」 

 

「あの、ええっと……、それに一体、何の意味が?」

 

 男の子の世界について行けないフミナ先輩が、ためらいがちに疑問を呈する。

 うむ、と一層力強く大尉が頷く。

 

「わからん! 私にもてんで意味がわからん!

 あのサイズでは、メテオホッパー本来の持ち味である空中機動が殺されてしまう!

 あの娘は一体何を考えているんだ!?」

 

 

「そのために私がいるんだァッ!!」

 

 

 突如ニュータイプ的な感性が働いて、壇上のマリアが雄々しく吠えた。

 OZ謹製の黒の総帥マントをたなびかせ、たちまち殺人的な加速でトールギスが風となる。

 そして、貫き放つ。

 降下作戦を開始したドムの大軍目掛け、背に負った大槍を片手で振り被る。

 かざした穂先がジャキリと二股に別たれ、その中心より荷電粒子の光がバチバチと溢れだす。

 

「ガングニール! 道を切り開けッ!」

 

 

 カッ

 

【 ―DOVER✝GUN― 】

 

 

 刹那、槍先より強烈な閃光が解き放たれた。

 破壊の光は一直線にドムの群れへと襲いかかり、防人が続くべき道を指し示す。

 

「あの拵え……、中身はトールギスⅢのメガキャノンか!

 マリアも随分と粋な真似をする」

 

 小さく笑い、躊躇いなくアクセルを振り絞る。

 極太のビーム砲に継いで、大太刀を担いだバイク乗りが敵陣に吶喊する。

 

「おおおおお!!」

 

 裂帛の気合いを込め、手近のドムに襲いかかる。

 振り被った刀身に、たちまち蒼い炎が燃え上がる。

 

 ブッピガンッ!

 

 すれ違いざまの斬撃が、哀れな重装甲MSを襲った。

 加速するバイクの衝撃に、太い胴がくの字に折れ、捩じ切れた上半身が三回転してドシャリと大地に落ちる。

 慌ててバズーカを構えるドムの群れ目掛け、代わり、抜刀したトールギスが上空から迫る。

 

 一撃離脱。

 暴風と共に敵陣を裂いてトールギスが飛び去り、たちまち横合いから再びフェニーチェが突っ込んでくる。

 奔放な二人のライヴシーンがそのままに、縦横無尽に天地を機体が巡り、敵機の群れを容赦なく斬り飛ばす。

 

 興奮と戦慄がたちまち観客席を襲う。

 風鳴翼16歳。

 特技:剣道、趣味:ツーリング。

 ツヴァイウィング結成時に音楽誌に掲載された、奥手なカワイコちゃんの意外なプロフィールと言う奴だが、今日のフェニーチェの勇姿で分かってしまう。

 アレは、ガチだ。

 ガンプラは時に正直過ぎるほどに乗り手の姿を映す。

 

(そうだ、駆けるのだ、翼。

 その自由な翼で、どこまでも戦友と)

 

 会場の片隅でサングラスにマスクと言う和服の男が、そっ、と柱の影から熱い視線を送る。

 

「ええっと、八紘さま。

 折角、翼さんに送ったバイクも活躍している事ですし、

 もう少し前の方で観戦してはいかがでしょうか?」

 

「良いのだ慎二、ここで」

 

 混じり合う観客の熱情を、知ってか知らずか。

 今宵の翼は火の鳥のように滾っていた。

 ヒートサーベルをかざす最期の一機に、真正面からアクセルを吹かす。

 

 交錯、一閃。

 

 逆袈裟に斜めに跳ね上がったドムの上体がくるくると宙に舞い、崩れ落ちる下半身が引火、ドウッと天空へ炎を舞い上げる。

 

『お見事!

 鮮やかな歌女の演武に、今一度盛大な拍手を』

 

 わっ、と一段歓声が巻き起こる。

 開幕と同時に流れ始めたフランメは、未だ最後のサビを残していた。

 

「三分、いかに機体の性能差があるとは言え、二十四機ものドムに何一つ仕事をさせなかったか」

 

 ごくり、とラル大尉が生唾を飲み込む。

 会場の熱狂とは裏腹に、一部の見巧者たちは肝が冷えるような鋭い刃を感じていた。

 

『さあ、いよいよここからはセカンド・ステージ。

 厳正な抽選によって選ばれた幸運なファイターたちとの、

 夢のエキシビジョン・バトルロイヤルの幕開けです』 

 

 ミライの宣言と同時に、間奏のフラメンコが6倍くらいに燃え上がり、仮想空間の荒野の上に、色とりどりのMSたちが次々と現れる。

 祭りもいよいよ本番、トップアーティストたちの修羅場が見れる!

 

 ……ハズだった。

 

「ぐっ……」

 

 不意にそれは起こった。

 壇上の翼にしか気取れぬような小さな声で、対面のマリアが呻きを漏らした。

 

(ど……、どうしたと言うのだ、マリア!?

 まさか殺人的な加速の影響が……)

 

(……酔った)

 

(な、何だとッ!?

 バカ! オーディエンスはもう目の前だぞ!)

 

(くぅっ、こ、これしきの事で……。

 私はやはり、トレーズ様のようにはなれないのか?)

 

(マ、マリアアァ―――――ッ!!)

 

 会場の興奮が最高潮を迎えんとする中、壇上の乙女が必死でアイ・コンタクトを飛ばし合う。

 しかし、どうやら本格的にダメらしい。

 エレガントな雄姿が見る影もなく、中空のトールギスがよろよろと失速し始める。

 

「くっ、とにかく、ここでライヴを止めるワケにはいかん!

 私が……、ここは私が何とかごまかしきらねばッ!」

 

 意を決し、防人がアクセルを全開に吹かす。

 同時に7番スロットを開放、リアウィングがジャキリを前方でドッキングし、たちまちバイクが一本の刃と為す。

 

『えっ! 翼さんが前に……?

 まさか、これだけのファンの群れを一人で相手にしようと言うのでしょうか!?』

 

「風鳴翼、推参!!

 マリアに槍を突けたくば、まずは私の屍を踏み越えて行くがいい!」

 

 風鳴翼が吠える。

 今や一本の巨大な剣と化した戦乙女が、疾風を巻いて歴戦のファイターたちに吶喊する。

 

「ふっふ、いかに腕に覚えがあるとは言え

 我々ベテラン相手に単騎とは舐められたモンだヴァアアアアアア!?」

「カキザキィ―――ッ!?」

 

 先頭の迂闊なジムを挨拶代わりとばかりにふっ飛ばした。

 大事なファンを一瞬でスクラップに変え、それでも剣は止まらない!

 

 

「ウオオオオオオオオオ―――――ッ!!!!」

 

 

「ア、アメリアァ―――ッ」

 ふっ飛ばした!

 

「なぜだ! ジ・O、なぜ動かん!?」

 ふっ飛ばした!

 

「アリガトゴザイマ――――ス」

 ふっ飛ばした!

 

「ツバササーン!」

 ふっ飛ばした!

 

「アンタって人はァ―――ッ!?」

 ふっ飛ばした!

 

「ア、アニメじゃないのよォ!?」

「それを言いたいがためだけのZZ、ナイスです!」

「いいかげんにしなさいッ!」

 ふっ飛ばした! ふっ飛ばした! ふっ飛ばした!

 

「これが若さか……」

 ふっ飛ばした!

 

「やらせはせん! やらせはせんぞォ――!!」

 ふっ飛ばした!

 

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 

 

 

「これはひどい」

 

 阿鼻叫喚の光景に会場が爆ぜる中、ポツリとラルさんがこぼした。

 そう、これが普通の感性だ。

 風鳴翼のファンではない、普通の人間が抱く当然の感想だ。

 

「て言うかバカか!? 何やってんのッ!!」

 

 ユウマがいきなりキレた!

 それもむべなるかな。

 このような稚拙なバトル、アーティスティックガンプラコンテスト王者である少年の眼鏡に叶おうはずもない。

 

「お前ら! 何の為のバトルロイヤルだよ!?

 頭数を使え! 弾幕を張れ! 機動力を生かせ! 機体特性を、地形を生かせ!

 なんで真正面からバカ正直にふっ飛ばされに行ってるんだ!?

 そこのエアマスター! お前だッ お前に言ってるんだよッ!

 わざわざ地上に降りて戦うんじゃないッ」

 

「ど、どうどう! 落ち着いてユウ君」

 

「ユウマ君、そう彼らを責めるな」

 

 ちらりと横目を向け、ラル大尉が深い諦観の吐息をこぼす。

 

「あの風鳴翼のバイオセンサーでも取り付けたかのような魂の突撃。

 残念ながら、私の腕を持ってしても躱すのは至難の業だ」

 

「ラルさん、そんな、なぜなんですか!?」

 

「喰らってみたいからだ!」

 

「喰ら……?」

 

 思わず絶句した少年少女に対し、ラルさんがなおも言葉を重ねる。

 

「世間を見たまえ、ユウマくん。

 確かにガンプラアイドル全盛の昨今とは言え、ここまでしてくれる乙女が他にいるかね?

 ガチガチに作り上げた愛機で感謝祭に乗り込み、自らのファンを一刀の下に斬り伏せるようなアイドルがいるか!?」

 

「そ、そんな、おかしいですよラルさん!

 そんな始球式で160kmの剛速球で先頭打者を打ち取りに来るような暴挙。

 出来る出来ない以前に、アイドルとして成立しないじゃないですか!」

 

「いるのだ、ここに!

 おそらくはこれこそがトップアーティストのステージなのだ。

 あの風鳴翼が、全身全霊を込めて真正面から突っ込んで来る。

 こんな巡り合わせは、今日を逃せばもう二度とあるまい。

 躱してよいのか?

 破滅を承知で受け止めてみたいと思うのが、男のサガではないのかね?」

 

「はっ!?」

 

 ユウマがようやく開眼した。

 宙に舞うハイザックのあの笑顔はどうだ?

 弾丸の一発も撃たずに爆裂四散するレオパルドの満足げな顔はどうだ?

 わざわざデモカラーのイナクトに乗ってきた彼などは、完全にオチ要員ではないのか?

 

 そうだ、これはただのガンプラバトルではない。

 アイドルのステージなのだ。

 たとえ共感は出来ずとも、彼らにしか分からない呼吸があり、絆があるのだ。

 

 そんなアイドルの煌くステージに、今、不埒な光弾の群れが降り注いだ!

 

「……拡散メガ粒子砲!」

 

 香車のような防人の動きが、初めて蛇行した。

 爆音を刻む光弾をテールを振って躱しながら、眩しげに上空を見上げる。

 突き刺さる逆光を遮って、サイコロのような漆黒のMAが影を為す。

 

「あの巨体……、サイコガンダムかッ!?」

「いかにレギュレーション違反の無いエキシビジョンとは言え」

「反則だろうそれは! 空気読めよお前ら!?」

 

「はっはっはっは」

 

 会場のブーイングを意にも介さず、悪漢たちの高笑いが響く。

 

「残念だったな風鳴翼、我々はカミキ・ミライさんのファンクラブの者だ!」

「彼女の前で良い所を見せるため、ここで路傍の露と消えて貰う!」

 

『えぇ……』

 

 生放送も忘れ、思わずミライさんの呟きが会場に響く。

 

「いやいやいや、姉ちゃんには逆効果だろ、それ」

 

「ミライさんじゃなくたって引くわよ、それは」

 

 会場に白けた空気が溢れ、女子たちが一斉にドン引きする。

 ただ一人、新たな獲物を見出した防人系女子を除けば、だが。

 

「面白い、私の首級を取れるかどうか、身を以て試してみるが良い!」

 

 言うが早いか、防人が再び一直線の風になる。

 降下を始めた巨体の下を間一髪ですり抜け、直後、ズン、と大地が揺れる。

 

「兄者! 後ろだ」

「応ともよ!」

 

 虎口を逃れたフェニーチェを追って、サイコがふわり、巨体を返す。

 獲物が消えた断崖の間隙に、ごりごりと巨体を潜り込ませていく。

 

「射線を逃れたつもりか?

 バカめ、袋のネズミだ!」

 

「あ、兄者ァ!?」

 

 自信満々な兄者の台詞を、弟者の絶望が覆い隠す。

 爆音が渓谷を反響し、徐々に兄弟の下へと迫る。

 嫌な予感しかしない!

 

「「う、うわあああああああああ!!??」」

 

 

 バイクで来た!

 風鳴翼が絶壁を走り、一直線に突っ込んで来たッ!!

 

 

「メ、メガ粒子ほ……」

「遅いッ!」

 

 一声吠え、棹立ちとなった翼が思い切りシートを蹴り上げる。

 狙いは寸分違わず、一本の剣と化したバイクがドテッ腹の砲門へと吸い込まれていく。

 そして突き刺さる。

 分厚い装甲がグシャリと哭いて、白色の閃光が溢れだす。

 

「これがッ 私とお父様の絆の力だッ!!」

 

 ダメ押しとばかりに、空中のフェニーチェが大上段に構え、そして力の限りに振り下ろす。

 

 

【 蒼 の 一 閃 】

 

 

 斬撃が蒼い烈風と化して、一直線に渓谷を走る。

 狙いは無論バイク!

 砲門の傷口を抉りながら、防人の魂がバイクに引火! 誘爆!

 痛烈な爆風が機体内部を焼き尽くし、とうとう核融合炉に火が入る。

 

 

 ―― ドワォ!!

 

 

 一際巨大な爆発が、たちまち天空を焦がした。

 

 

 

「つ、翼……」

 

「……さすがは翼さん。

 一瞬の状況判断の確かさと、まさしく人馬一体の動き。

 そして乱入者の跳梁を許さぬ厳しい姿勢は、まさに――」

 

「良いのだ、慎二、フォローなど無用だ」

 

 ごくり、と固唾を呑む音が、静寂の会場に響き渡る。

 

 フェニーチェはどこに消えた? あとついでにトールギスは?

 感謝祭はこのような形で終わりを迎えてしまうのか?

 

「いや、違う! あれを見ろ」

 

 マンダラガンダムが数珠繋ぎの腕を振り上げる。

 そそり立つ断崖の頂点に防人はいた。

 

 赤々と燃える炎を映し、青の胸甲が紅に染まる。

 高みに佇立する乙女の姿の、なんと美しき事か?

 渓谷が燃ゆる。

 宴はまだまだ終わらない。

 

「不死鳥はまだこの通り健在。

 続けましょうか、私たちの戦場を」

 

「オオ!」

 

 再び会場が震え、生き残りのMSたちが一斉に抜剣する。

 空気が動く、刹那――!

 

 

【 Caution!! Caution!! 】

 

 

「――!?」

 

 会場全体に、不意にけたたましいアラームが鳴り響いた。

 赤いライトが点滅し、同時にフィールドのそこかしこで絶叫が溢れ始めた。

 

「何だこれは……、新手?」

 

「くっ、皆、とにかく今は翼さんを守るんだ」

「オウッ」

「この戦いが終わったら、俺、結婚するんだ……」

「私とて、椅子を尻で磨くだけの男で終わるものかよ!」

 

「って、みんな、ちょっと待って!?」

 

 戸惑う翼を制止を振り切って、男たちが一斉に散開する。

 銃声と爆音が響き渡り、荒野が揺れ、戦場がフィールド全体へと拡大する。

 

「くっ、どいてくれ、一体何が起こっていると言うの?」

 

 今や友軍となったファンたちの悲鳴が、いくつも混戦して地獄を生み出す。

 爆風を避け、混沌の戦場の最前線へとフェニーチェが到着する。

 

「な……」

 

 ぞわり、と翼の背筋が総毛だった。

 新たな乱入者たちの生み出した地獄絵図に。

 

 

「トランザム」

 

 デスアーミーの体が真紅に染まる。

 頭部の一つ目が怪しく煌き、相対するエクシアを目にも止まらぬ速さで膾に刻む。

 

「ナントォ」

 

 デスアーミーのマスクがガギョンと開く。

 金色に輝く機体が幾重にも分身し、上空よりヴェスバーを釣瓶撃ちにする。

 

「オレノミギテガヒカッテウナル」

 

 デスアーミーの右手が光って唸る。

 ガンダムファイト第一条に則り、頭部を破壊されたマンダラが失格となる。

 

「ワガヨノハルガキター」

 

 デスアーミーの背に胡蝶の羽が生える。

 立ちはだかる者みな埋葬しながら、悪鬼が優雅に空を往く。

 

 

 

「一体、何だと、何だと言うのだ……!」

 

 凄惨なる戦場の光景に、翼の肩が小刻みに震える。

 フィールドに新たに乱入してきた単眼の悪魔、その数、およそ百。

 しかもその何れもが、デビルガンダム子飼いの量産機としてのスペックを凌駕している。

 作品の壁を超えた一騎当千の必殺技で、相対したファイターたちを葬り去って行くではないか。

 

 どくり、と心音が高鳴る。

 この光景が何を意味するのか、一体誰の差し金なのか?

 そんな事はもうどうだっていい。

 乙女の中で、人々を守る剣の性が爆熱する。

 

「おのれ下郎どもッ! これ以上はやらせはせん!」

 

「いけません翼さん! 前に出ないで」

 

「な――!」

 

 突如、横合いから強烈な体を浴びせられた。

 驚く間もなく深緑の機体がブースターを全開に吹かし、防人の戦場がみるみる遠くなる。

 

「翼さん! 下がってくださいッ」

 

「その声、その機体、エルフナインかッ!?

 一体何を……」

 

 そう言いかけた所で、翼もようやく状況に気が付いた。

 遥か上空に飛んだデスアーミーの右肩に、巨大な砲塔が載っているのを。

 

「核……、バズーカ、だと?」

 

 

 

 ――閃光、轟音、衝撃波。

 

 

 暴風が去り、舞い上がる砂塵の中で、フェニーチェの視界にようやく光が戻った。

 

「……一体、くっ、おのれ、何が」

 

 すっかりくたびれた外装に活を入れ、痙攣する機体を無理矢理に起こす。

 瞬間、ズシャリ、と何かが胸元から滑り落ちた。

 

「あ、ああ……」

 

 わなわなと、翼の唇が震える。

 MS-06FZ『ザクⅡ改』

 下半身が溶解し、宇宙世紀一優しいMSであった残骸が、無常の瞳を大地に向けていた。

 

「つ、翼さん……」

 

「――! エルフナイン、大事無いのか?」

 

「逃げてください、翼さん、このバトルは、普通じゃ……」

 

 エルフナインからの通信が、乱れ、途絶える。

 ザクの最後の命とも言うべき単眼が、くすみ、そして徐々に消え失せる。

 

「……エ、エルフナイ、エルフナイイィィィ――――ンッ!!」

 

「いえ、生きてます。

 失格になっただけです」

 

「む、そ、そうか……」

 

 ちょこちょこと傍らに寄って来たエルフナインを前に、翼が恥ずかし気に一つ頭を振るう。

 

「しかし、この分だと他のファイターたちも全滅だろうな。

 アイツらは一体、何者だと言うのだ?」

 

「翼さん」

 

 ごくり、と一つ生唾を飲み込み、エルフナインが意を決し、顔を上げる。

 

「あれほどの強烈な個性をもったデスアーミー軍団の連携。

 単なるAIではありません。

 かと言って、百人もの実力者が同時にログインしていると言うのも、現実的ではないでしょう」

 

「だとしたら、あれらの機体は誰がどうやって動かしていると言うのだ?」

 

「おそらくはフラッシュシステム。

 あるいはモビル・ドール・システムを応用したセミオート操縦。

 機体に一定の戦闘パターンを組み込んだ上で、一人の指揮者が、戦場全体を俯瞰、統括しているものと思われます」

 

「一人の指揮者だと!?

 アレほどのアクの強い機体の群れを、淀み無く制御できるファイターなど……」

 

「います。

 ここはガンプラバトル選手権世界大会の会場。

 ましてや今日のステージのプロデューサーは……!」

 

「――!」

 

 風鳴翼もようやくその可能性に気が付いた。

 同時にステージ中央に突如マンホールが開き、奈落の底より一人の男が競り上がってくる。

 

『……え? そ、そんな』

 

 カミキ・ミライの戸惑いが会場にこぼれる。

 静寂のステージに、カンタオールの深い嘆きがこだまする。

 

 激しい闘志にそそり立つ前髪。

 真一文字に結ばれた口元。

 そして燃える瞳をその内に隠す、トッププロのサングラス。

 

 メイジンであった。

 ガンプラバトルの頂点、三代目メイジン・カワグチ、その人であった。

 

「やはりあの戦法、三代目の」

 

「メイジン・カワグチ! 貴方は一体何を――!」

 

 咎め立てる防人の語調が、瞬間、はっ、と止まった。

 群衆の前に現れたメイジンは、その衣装も、体に纏う空気さえも別人のように一変していた。

 

 漆黒のロングコートを彩る刹那的なロングマフラー。

 サングラスの縁が邪悪に煌き、グラスの色が、血のように赤く染まっていく。

 

 ぞくり。

 会場が寒さに震える。

 八年前の黒歴史が紐解かれ、そして、戦慄が溢れだす。

 

 

「メイジンが、闇落ちしている……、だと?」

 

 

 

 

 



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第九話「SAKIMORI、絶唱する」

 第7回ガンプラバトル選手権は、ガンプラバトル史の光と闇の全てを体現する歴史の分水線であった、と、後の時代の識者は語る。

 

 例年の市場規模を遥かに上回る、一大ガンプラ・ブームの到来。

 名だたる優勝候補たちの敗北と、新たな力の台頭。

 粒子変容技術と言う、その後のメイン・ストリームの発露。

 

 そして決勝戦の会場を襲った『アリスタ暴走事件』

 解き放たれたパンドラの箱の奥底で少年たちが見せた、一握りの奇跡――。

 

 やがて、一つの時代が終わりを迎え、ガンプラの歴史は、新たな夜明けを迎える事となる。

 

 ここに、エンボディ、と呼ばれるシステムがある。

 

 元々はフィンランド代表、チーム・ネメシスお抱えの技術者集団、フラナ機関が開発した脳波制御装置であり、メインファイターであるアイラ・ユルキアイネンの粒子視認能力を補助する目的で構築された理論であった。

 

 結果的には、思春期の少女の精神に多大な負荷をかけるシステムの存在は、遅かれ早かれ破綻する運命にあったと言え、ただ脳波の制御を通じて他人の精神に干渉し得ると言う特性のみが、後に最悪の形で決勝の舞台を破壊する事となるのであった。

 

 次代の狭間に垣間見た、黒歴史の体現、そのものであった。

 

 

 

 ――乾ききった風が、無常の荒野を吹き抜けていく。

 

 一夜限りのオアシス。

 音楽とバトルの融合。

 ガンプラファンとミュージシャンの紡ぐ夢の懸け橋。

 そんな物はもう、微塵も残ってすらいない。

 

 ぐしょり、と、打ち捨てられた鋼鉄の指を踏み締め、単眼の行軍が大地を鳴らす。

 悪魔の名を冠するガンダムが尖兵、デスアーミー、その数およそ百。

 

 対するは、崩れたザクの半身を抱く、蒼きガンダム、ただ一人。

 

「こんな……、くっ! 何故だ、何故ですか、メイジン!?」

 

 フィールドの向こう側にあるメイジンの横顔に対し、風鳴翼が叫んだ!

 スフィアを握り締めた指先に、先の力強い男の掌が甦る。

 

 あの瞬間、翼は刻の狭間を垣間見た筈だった。

 サングラスの内に秘められた戦士の瞳を。

 過酷な舞台に生きる一流のファイターが見つめる、戦いの向こう側を。

 

 歌とガンプラ。

 身を置く戦場は違えども、同じ光景を夢見る朋友の存在を、あの一瞬で知った筈であった。

 そんな男の作りだした世界が、ここであると言うのか?

 

 メイジンは、しかし瞳を合わさない。

 サングラスに遮られた横顔は、何も語らず、ただ無謬の世界へと向けられている。

 

「…………」

 

「メイジン! 何とか言って下さい!?」

 

「いけません翼さん、今メイジンを刺激しては」

 

 身を乗り出した翼の背を、傍らのエルフナインが抑える。

 ドレスの裾を握る小さな手が、ふるり、と微かに震える。

 

「あのサングラスの輝きは、まるでエンボディ……。

 メイジンは今、何者かの脳波制御を受けている可能性があります」

 

「エンボディ、システム、だと?」

 

 ぞく、と背筋に冷たい物が流れる。

 フェニーチェの何度も何度も刃を突き立てる、あの悪鬼の映像が脳裏を走る。

 

『ホウ、中々に利発なお嬢さんだ。

 天下のカザナリ・ツバサはご友人にも恵まれていると見受けられる』

 

「――! 何奴ッ!?」

 

 金っ気混じりの男の声に、防人の意識がたちまち現実へと引き戻される。 

 ブン、と言うノイズと共にオーロラビジョンが暗転し、会場に困惑が溢れだす。

 

 スクリーンに映し出されたのは、恰幅の良い紳士であった。

 落ち着いた色合いのフォーマルなスーツに、銀色のタイピンに抑えらたブランド物のネクタイ。

 取りようによってはマフィア的にも見えるライトブルーのマフラーが、しかし男の厳つい体格には良く似合っており、決して悪趣味には映らない。

 だが、そんな紳士然とした印象すらも、沈黙の場内を上滑りしていく。

 それもその筈、その男、首から上は鉄仮面であった。

 

 歴代のファラオのようにそそり立つ、威厳に満ちた鋼鉄製の顎。

 見る者に昭和の巨大ヒーローの必殺技を想起させる、銀色に輝く鋼鉄のモヒカン。

 金属の瞼の間からうっすらと開かれた、御仏のような慈悲深さに溢れた瞳。

 

 控え目に云ってカロッゾ・ロナであった。

 より具体的に描写するなら、仕事帰りのカロッゾ・ロナ?

 ないし宴席でカロッゾ・ロナの仮装を披露するサラリーマンのような風体の男であった。

 

「鉄仮面……、だと?

 貴様、一体、本当に何者なのだ?」

 

「私の名は……。

 そう、差し当たってアイアンマスク卿、とでも名乗っておきましょうか?」

 

「アイアンマスク卿?

 鉄仮面の名を持つ者……って、そのままではないかッ!?」 

 

「私の名前などどうでも良い事なのですよ、ツバササン」

 

 思わず柄にもなくツッコミに廻ってしまった翼に対し、鉄仮面卿が人差し指を振るう。

 

「我々がこの場をジャックさせていただいた目的はただ一つ。

 ぶっちゃけ最強のガンプラファイターの追及。

 レギュレーションだの倫理だの下らぬ壁を取り払った時、理想的な戦士とはいかなる姿なのか?

 今日はそのテストケースのお披露目に伺ったのです」

 

「理想的な、ガンプラファイター……?」

 

 風鳴翼の呟きに、鉄仮面がどこか遠い目をして眼下のメイジンを見下ろす。

 

「八年前……。

 PPSE社代表・マシタは、一つの真理に近づきながら、最後の最後でヘマを犯しました。

 稀代の超新星、ユウキ・タツヤ少年に冷徹な魂を押し付ける事に成功したにも関わらず、

 その力を私的な制裁の為に利用しようとしてしまったのです。

 結果、メイジンは十全たる力を発揮出来ぬままに敗北を喫し、全ての答えは幻と消えました」

 

 鉄仮面は寂しげに肩を落とし、しかる後に高らかと諸手を掲げて声を奮った。

 

「しかし、今ならばどうでしょうか?

 アリスタ暴走事件より八年。

 今や世界最高峰の高みに達したメイジンが、一切の良心の呵責を捨て去り、

 存分にその腕を振るったならば?

 あの日失われた万人の納得する最強の姿を!

 今度こそ映像に収める事が出来るのではないでしょうか?」

 

「貴様、そのような事の為に……。

 メイジン・カワグチの心を、ファン達の夢を踏みにじったと言うのか!?」

 

 風鳴翼が激昂する。

 凛然たる乙女の魂が、ビリビリと会場を震わせる。

 そんな重圧をもどこ吹く風と吹き流し、鉄仮面卿がどこまでも不敵に嗤う。 

 

「お叱りはご尤も。

 なれど我らは所詮、力の殉教者」

 

 鉄仮面の弁舌に呼応して、メイジンの指先が熟練のピアニストのように流麗に滑る。

 

「仰りたい事があるならば、言葉では無く、剣で語っていただきたい。

 八年前の、イオリ・セイ、レイジ少年たちのように。

 ツバササンの心の光で、メイジンの闇夜を照らし、世界を救って見せるのですッ!」

 

「――ハッ!」

 

 振り向きざま、風鳴翼が、フェニーチェが抜き打ちざまに太刀を振るった。

 ギン! と言う鈍い金属音が大気を震わし、横薙ぎの一閃が空気の壁にでもぶつかったように食い止められる。

 

 いや。

 

 魔法が解けていく。

 空間が陽炎のように揺らめき、刃の先に無骨な金砕棒を握り締める一つ目鬼が現出する。

 隠形、後方からの不意打ち。

 撃灼の瞬間、死神との一戦で培われた第六感が、防人の窮地を救っていた。

 

「ミラージュコロイド!?

 コズミック・イラ謹製の光学迷彩までもデスアーミーに組み込むなんて!」

 

「いや……ッ

 それだけでは無いようだぞ、エルフナイン」

 

 スフィアを握り締める翼の両手が、思わず強張る。

 鍔競合い。

 デスアーミーの単眼が狂戦士のように真紅に染まり、フェニーチェが太刀ごと押し込まれる。

 

「このパワーッ、フェニーチェが力負けすると言うのか!」

 

「まさか、対ニュータイプ用オペレーティング、EXAMシステム!」

 

 

 ――ギンッ!

 

 

「カハッ!」

 

 再び鈍い音が響き、手元を離れた太刀が中空に踊る。

 激しく岩壁に叩き付けられたフェニーチェを追って、狂気の単眼が金棒を振り被る。

 

「この程度で死んでくれるなよ、剣の歌姫!」

 

「……無論だ! メイジン!」

 

 返す言葉に合わせ、バシュン! と左の肩口から小柄が飛び出した。

 腰を落として金棒を避けながら、悪鬼の影目がけ刃を投げ放つ。

 狙いは違わず、影を穿たれ硬直したデスアーミーに、天地逆転、フェニーチェが決死で身を躍らせる。

 

 ――刹那、フェニーチェ両の踵から、ビームサーベルが生えた!

 

「ハアァァァッッ」

 

 斬った!

 斬った!

 斬った!

 斬った!

 斬り裂いた!

 

【 逆羅刹 】

 

 両手を軸にフェニーチェが独楽のように回転し、桃色の光の軌跡が火花を散らし、悪鬼の上体を膾に刻む。

 火花が潰え、片膝を突いたフェニーチェの後ろで、ずんばらばらりんと機体がほどける。

 わっ、とたちまち歓声が上がる。

 

 ……しかし。

 

「ホウ、流石はツバササン、見事なる業前。

 さあ、残るメイジンは99機。

 歌姫の最期の悪足掻きを見せて下さい!」

 

「く……」

 

 鉄仮面の小癪な挑発に対し、翼がスフィアを握り直す。

 しかし、力が伝わらない。

 痙攣するフェニーチェの両脚が、立ち上がるための第一歩を踏み出してくれない。

 

 騎刃の一閃、蒼の一閃、影縫い、そして逆羅刹。

 立て続けの大技によって失われてしまった粒子。

 辛うじて直撃を免れたとは言え、至近での核爆発によって装甲に負ったダメージ。

 何より、見知らぬ戦場での立ち回りによって、翼自身の精神を蝕む疲労。

 機体もファイターも、既に限界の時を迎えようとしていた。

 

「不甲斐ない。

 歌の世界の懸け橋となり、人々に一夜の夢を届けようと、勢い勇んでみたものの……」

 

 ズシン、ズシンと、隊列を組んだデスアーミーの群れが、無力なリーオーを押し潰さんとするビルゴのように翼へと迫る。

 

「所詮、素人は素人。

 どれ程に足掻いたとて、メイジンの力に抗える筈も無い」

 

「翼さん……」

 

 ズシン、ズシンと、フェニーチェの許に足音が迫る。

 

 足音が……

 

 足音が……

 

 足音……

 

 

「…………」

 

 迫り来る鋼鉄の軍靴の中に、風鳴翼は幻聴を聞いた。

 天と地の狭間から、オルゴールのように郷愁を誘う旋律が微かに届く。

 ふっ、と自嘲がこぼれる。

 誰よりも峻厳なる防人たるべき自分が、戦場でこんな甘い夢を見ようとは。

 

「……いや」

 

 はっ、と天空に瞳を向ける。

 空が、宇宙(ソラ)へと染まって行く。

 心震わすムジーク。

 煌めく星々の狭間を、青い鳳がどこまでも飛んで行く。

 

「歌……、戦場に、歌が……?」

 

「――あ、ああ!」

 

 傍らのエルフナインの声が歓喜に上ずる。

 観衆の間からも、ざわざわと興奮が溢れだす。

 

「あの機体は、ガンダムフェニーチェリナーシタ『アルバ』!?

 ウィングガンダムの正当な後継機を想定して設計され、

 かのエビカワ氏描き起こしの設定画までもが寄稿された、ウィングカラーのフェニーチェです」

 

「フェニーチェの系統機!

 ならば、乗っているのは当然」

 

「……リカルド・フェリーニ」

 

「イィィ―――ヤッハハァ―――――ッッ!!」

 

 メイジンの断定に応じるように、イタリアの伊達男の歓声が夜空に響く。

 かつての愛機の頭上を優雅に巡り、華麗なターンで挨拶を一つ。

 

「ハハッ!

 天下のカザナリ・ツバサに御贔屓にして貰えるとは、フェニーチェはとんだ果報者だなァ!」

 

「ちょっとォ!?

 若い娘に鼻の下伸ばすのも結構だけど、私を振り落とさないでよ!」

 

「俺が? 冗談じゃない!

 リナーシタの背中は、キララちゃんのためだけのタンデムシートなんだぜ」

 

「……どうだかね。

 さあ、一丁カマしてやるわよ!」

 

 パン、と乙女が気合いを入れて両頬を叩く。

 リナーシタの背中の上で、MSが厳ついバズーカを夜天へ構える。

 

 

「ソロモンよッ! 私は帰ってキタァ―――ッ キララン☆」

 

 

 ドン! とたちまち巨大な花火が天空を焦がし、ピンクの機影を白日の下に晒し出す。

 ああ! と観衆がどよめき、そちら方面のスペシャル達が雄叫びを上げる。

 

「あ、あの機体はまさかッ!?

 五年前の武道館ラストステージのフィナーレを彩った伝説のッ!

 『LIVEザクウォーリア☆すーぱーキララカスタムF2000』実在したのかッ!?」

 

 

「キーララァ――――ッッ!!!!」

 

 

 ラルさんが叫んだ!

 オールドタイプが一斉に叫んだ!

 こんな奇跡があって堪るか!

 

 伝説のラストステージより五年。

 彼女だっていい加減、結構な妙齢だ。

 そうでなくても今の彼女は、押しも押されぬハリウッド女優。

 俳優としてのイメージがある。

 事務所だって赦しちゃくれない。

 ミーア・キャンベルめいたピンクのツインテールに、色んな意味でキワどいヘソ出し衣装。

 普通だったら絶対やらない。

 しめやかにマウンテンサイクルの奥地に封印されて然るべき過去だ。

 

 鳴呼、それなのに彼女は帰って来た。

 女優・ミホシとしてではなく、ガンプラアイドル☆キララとして。

 どんなに手の届かぬ存在になったとしても、彼女は古巣を忘れてはいなかったのだ。

 こんなにも嬉しい事は無い。

 

「ようし! 行けェ、ドラグーン!

DeRAsuGOi(デラスゴイ)ONkyou(オンキョウ)system(システム)

 全方位音響攻撃(オールレンジ・サウンドステージ)よッ!」

 

 気高い乙女の雄叫びと共に、ザクの左手が高らかとかざされる。

 同時に背面より77個のサウンドブースターが周囲に展開し、仮想空間がたちまち即席のライヴハウスに変貌する。

 

 そして奏で、紡ぎ出される歌は――?

 

「逆光の、フリューゲル……」

 

 ぽつり、と翼の口より戸惑いがこぼれた。

 戦場には場違いな甘酸っぱい想いが、乙女の胸の中いっぱいに広がる。

 

「ほら、さっさと立ちなさいよ風鳴翼。

 アイドルがいつまでも生き恥を曝してるもんじゃないわ」

 

 逆光のフリューゲル。

 かつて、伝説のユニット『ツヴァイウィング』をスターダムにのし上げたナンバーを、稀代のガンプラアイドルがカバーする。

 戦場の真っただ中で、ピンクの装甲に身を包んだアイドルが歌う。

 そうだ。

 何も剣と槍を取り合うばかりが戦争では無いのだ。

 

 

「ト・キ・ハ・ナ・てぇ―――ッ」

 

 

 オールドタイプが一斉に叫んだ。

 今にも主砲をブチ込まんとするブライトさんばりに叫んだ。

 プラフスキーに煌めくステージ、響き渡るシンセサイザー。

 ガンプラとバトルとサウンドの融合。

 これが、ガンプライブだ!

 

「……えっ?」

 

 それまで沈黙を守っていたカミキ・ミライが、すっ、とスポットライトの下に躍り出た。

 同時にザクの左肩に、ぴょこん、と水色のぷちっガイがよじ登る。

 

「まさか……!」

 

 ユウマが呟く。

 思った瞬間、やはり彼女もまた鮮やかに歌い始めた。

 何と言う反逆、ご本人目の前である。

 風鳴翼のパートを、なんの迷いも無く高らかと謳い上げる。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの戦慄は正しい。

 彼女こそはアイドルの歴史を塗り替える新時代のラクス・クライン――。

 

 

「ツ・キ・ア・ゲ・てぇ―――ッ」

 

 

 コーディネイターが一斉に叫んだ。

 たゆんたゆんと主砲を振るうマリュー艦長ばりに叫んだ。

 ガンプラアイドルの過去と未来が、逆光の下に重なり合う現在。

 これがガンプライブだ! 戦争だ。

 

 バリバリの機体で殴り込みを駆けて来た歌姫二人に対し、新旧のガンプラアイドル達が、敢えて敵の十八番で迎え討つ。

 何と言う夢の競演である事か?

 会場の興奮が夏の夜空を染め上げる。

 ファンの垣根を超え、人々は興奮と感動の世界に一緒に飛んでいた。

 ぶっちゃけもう鉄仮面とかメイジンの安否とかどうでも良くなっていた。

 

「……ふっ、はは、あはははは!」

 

 ふっ、と両肩の力が抜けた。

 からからと、まるで無邪気な少女のように笑った。

 戦うばかりがガンプラではない。

 アイドルとファンの心の光で紡がれていく無限のステージ。

 たかだか百機のデスアーミーに、何を破壊できるものか?

 

「けれど、それを聴かされてしまってはな。

 私とて、いつまでもここで寝ているわけにはいくまい!」

 

 傍らに突き立った太刀をぐっ、と握り締め、再び乙女が立ち上がる。

 腰を入れ、足を踏ん張り、フェニーチェが震える両手を正眼に構える。

 

「まだ立ち上がる、ですと?

 そんな容易いダメージでは無いハズ。

 ツバササン、貴方は一体、何を握って力に変えたと言うのです?」

 

「分かるまい!

 戦士とは、心・技・体の調和に依って成り立つもの。

 自ら鼎の一つを捨て去った鉄仮面に、この観衆の心の光は理解出来まい!」

 

「けれどメイジン! 本来の貴方にだったら分かるハズだァ!!」

 

 

【 ―DOVER✝GUN― 】

 

 

 一条の閃光が戦場を貫いた。

 ギャラリーから一際甲高い歓声があがる。

 宵闇の空に漆黒のマントをたなびかせ、純白の機体が高らかと大槍を捧げる。

 夜風を孕むピンク・ブロンドの髪の毛に、万人を寄せ付けぬ、不屈の意志を宿した瞳。

 

 一体何処に行っていたんだ、現代のジャンヌ・ダルク。

 僕たちは君を待っていた。

 救世主マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 薔薇よりも尊く気高きガングニールの少女。

 

「無事だったのか!? マリア!」

 

「フフ、心配かけたわね、翼。

 エルフナインからもらった仁丹が効いてきたから、もう大丈夫よ!」

 

 バッ、と鮮やかにマントを翻し、マリアが英雄に相応しい鬨の声を上げる。

 

「さあ、みんな、今こそ反撃の時だ!

 ガンプラ界の至宝たる現代のメイジンに、私たち乙女ビルダーの意地を見せてやりましょう!」

 

「ちょっせえーいっ!!」

 

 マリアの咆哮に呼応して、突如彼方よりミサイルの大軍が飛来した!

 懐かしい爆音が、ドワオズワオと天地を焦がし、マリア軍団の反逆の狼煙を上げる。

 

「このどこかで見慣れたやり口……。

 まさか、第二号聖遺物、イチイバルか!?」

 

「へへ、遅くなっちまったなあ、先輩。

 何せコイツの()()()()に、ちょっとばかし手間取っちまってさあ」

 

 呆然とする防人の前に、赤と黒のツートンでビシッ!とキメたヘビーアームズが姿を現わす。

 実に雪音クリス的な両腕のダブルガトリング砲を筆頭に、肩胸腰腿を移動要塞と化したマシマシミサイルバルカンのランボー者のコマンドー。

 あまりにもテカテカと気合いの入ったその仕上がり。

 本当にカラー以外は仕様通りなのかと目を疑ってしまう程に運命めいた、完全にクリスちゃんなガンダムの姿がそこにあった。

 思わずニヤリ、と翼の頬に笑みが張り付く。

 

「ふふっ、雪音クリス此処に在り、だな。

 お前ならやはり、その機体を選ぶと思っていたよ」

 

「まあ、遅れた分はキッチリサービスしてやるからさ。

 先輩がたは後ろの方で、ふんぞり返っててくれりゃあいいんだよォ!」

 

 言うが早いか、たちまちヘビーアームズが高らかと上空へ跳び上がった。

 お前のような砲戦機がいるかと突っ込まざるを得ない勢いでムーンサルトを繰り出して、算を乱した敵陣目がけ、無骨な双の銃口をジャキリと構える。

 

「よォく見とけよトロワ・バートンッ!

 狙い撃つって言うのはこうやるんだよォッ!!」

 

 

【 OPERATION BILLON METEO 】

 

 

 ガギャギャギャギャン!ガガギャンギャギャギャン!と、

 回転する四連の砲塔が薬莢をバラ撒き、重厚なヘビイメタルが生と死の狭間に刻まれる。

 デスアーミーのハードなダンスが戦火を彩り、雪音サーカス劇場の道化を演ずる。

 

「オラオラァッ! ちゃっちゃと出て来い一年コども!!

 先輩様にばっか仕事させてンじゃねえ!」

 

「デスデスッデース! 先輩の先輩と言えば、我が先輩も同然デース!」

 

「アインラッドで来ました」

 

 姦しい声と同時にズワッ、とゲートが開き、無敵の砲台と化したきねクリ先輩の両翼に、新たなMSが展開する。

 ニューチャレンジャーの登場に、会場が新たな歓声に沸き返る。

 

「ライムグリーンの死神だと! まさか暁のデスサイズッ!?

 そしてそちらのパールピンクは月読の……ッ!

 月読の……、ジャバ、じゃなくてシャイタ、でもなく、えっと、ゴ、リグ、コンティ……!

 そう! トリム! トリムアットかッ!」

 

「……ゾロアット、です」

 

 ちらり、調が一瞬、寂しげな横顔を見せ、しかしすぐさまキリリと燃える猫目を前線に向ける。

 

(クリス先輩の前線を支えるための陽動と撹乱。

 それこそがアインラッドを擁する私の勤め)

 

 前傾を取り、両手のスフィアを全開に倒す。

 鉄輪車が勢い良く大地を蹴って、加速する世界の先に敵影が迫る。

 

(一人のガンプラビルダーとして、今、メイジンに挑む。

 ガンプラバトルの未来のため、そして――)

 

 アインラッドを横に滑らし、ビーム砲の射線を外す。

 すかさずバーニアを全開、アインラッドを跳ね上げ、機体が鮮やかに宙に踊る。

 

「――そして何より『RGゾロアット』の未来のために!」

 

 廻る、廻る、少女が廻る。

 一回転、二回転、三回転。

 巧みなスラスター捌きで背面を取り、すかさずビームガンでコックピットを穿つ。

 鮮やかに着地を決め、華麗なる調が敵機の間を縫うように抜けていく。

 

「ト、トリプルアクセル!? 何て可憐な……」

「ふ、ふつくしい……」

「ゾロアットのクセに!」

 

 ギャラリーからため息混じりの歓声がこぼれる中、調の指先は尚も淀みなく動く。

 

「分離する!」

 

 

【 V式・ウォーク ザ ドック 】

 

 

 両の脚でアインラッドを蹴り上げ、自らは宙へ。

 ビームローターを広げて身を翻し、空いた左で超電磁ヨもといビームストリングを振るう。

 慌てて銃口を向けたデスアーミーの群れに、無線誘導のアインラッドが更に背後から襲う。

 

「むむむ、流石は調。

 ザンスカール製のビックリドッキリメカを扱わせたら世界一デス」

 

 敵陣を戯れるように切り裂くパートナーの姿を横目に、暁切歌がむうっ、と唸る。

 

「私は所詮若葉マークのデスサイズ。

 クリス先輩のような生まれつきのガトリングセンスもなければ、調のような熟練のテクも持ち合わせてはいないデス」

 

 軽くため息を吐き、しかしすぐに顔を振るって戦場を見据える。

 

「けれど、ガンプラは自由なんデス!

 足りない分は、私の創意工夫で補って見せる!」

 

 両手の鎌を力一杯に握り締め、少女が一陣の風となる。

 柄尻に繋がれた鎖がギャリギャリと擦れ、引き摺るガンダムハンマーが蒙々と砂煙をあげる。

 

「デェ―――――ッス!!」

 

 気勢を吐き、旋風を巻いた死神の鎌が唸りを上げる。

 刃の根元に据えられた小型ブースターが炎を吐いて、死の一閃が加速する!

 相対したデスアーミーをずしょりと胴体から斬り飛ばし、そのまま体を軸に大回転。

 ぶおんと遠心力で旋回したハンマーが、中空の上体と衝突して高らかと吹っ飛ばす。

 

 

【 斬ルyou! 砕駆龍ッ!!】

 

 

「デエエエェェェ―――――ッッス!!」

 

 ガンダムハンマーのブースターにも火が入り、回転する死神の姿がいよいよ竜巻へと変わる。

 触れるものみな全てを切り裂き、叩き潰して木端微塵に吹っ飛ばす。

 ギャリギャリと岸壁を削り取りながら、殺人旋風が加速する。

 

「鎖鎌だとッ!? 何と言う凄まじい必殺技をッ

 あの加速と破壊力、もはや何人たりとも行く手を遮る事は叶うまい」

 

「ええ、そうね翼。

 あれほどの大竜巻と化してしまっては、自分自身でも止める事は出来ないでしょうね!」

 

「うわあぁあぁぁん!

 誰か、誰か止めて欲しいデ―――ス!?」

 

「いけない切ちゃん!?

 今、回転を止めたら袋叩きにされてしまう。

 あとこっちに来ちゃダメ!」

 

「ひ、酷いデス!? 調がいじめるうぅぅぅぅぅっ!!」

 

 くわばらくわばらと道を開けたデスアーミー達のド真ん中を、切ちゃん旋風が突き進む。

 少女の絶叫が轟き、通過し、彼方へと消え、そして何事も無かったかのように戦闘が再開する。

 

「メイジン、火中の栗を拾う必要はありません!

 とにかくはツバササンのフェニーチェにトドメを刺すのです!」

 

「さぁせるかああぁぁぁ―――――!!!!」

 

 戦場に新たな咆哮が轟き渡り、たちまち新たなゲートが開く。

 色めき立つデスアーミーの眼前で、少女の豪腕が唸りを上げる。

 

「最速で! 最短で! 真っ直ぐに! 一直線にッ!

 胸の響きを! この想いをッ!

 伝えるためのビィムラァリアァァアァァ――――――ットォォッッ!!!!」

 

 

 ――ドワォッ!

 

 

 爆音がフィールドを震わせた。

 スクラップと化した機体が後続の集団に直撃し、鮮やかなストライクを決める。

 哀れなデスアーミーの群れが空中に跳ね上がり、ドウッ、と砂煙の中に消える。

 

 あまりの出来事に静まり返ったフィールド中心で、ガギョン、ガギョンと乙女がやってくる。

 一説には仏像を模したとも言われる「神」の姿。

 その胴体からムキンムキンとビルドアップした、鋼鉄の筋肉に満ち満ちた「巨人」の手足。

 神々しくも逞しい鋼鉄の巨神。

 神と巨人が混じり合い最強に見える。

 

「さあ来いデスアーミーどもッ!

 翼さんの行く手を遮る奴は、私の『 ゴ ッ ド タ イ タ ス 』が相手だッ」

 

 

 ドン引きする群衆の中心で、僕らの立花響が高らかと咆哮を上げた。

 

 

「た、立花……!」

「じーっ」

「ゴッド、タイタス……だと?」

「デ、デ、デェス?」

 

「……って、バ、バカかテメエはッ!?

 何トチ狂ってゴッドガンダムとタイタスをゲイジングしようとか考えやがったッ!?」

 

 ようやくクリスちゃんがツッコんだ。

 神々しいオーラがたちどころに消え失せ、響がおろおろと狼狽する。

 

「そ、それがクリスちゃん、私にもてんでワケが分からないんだよ。

 何だか私、この機体を使わなきゃいけないような気がして。

 こんなの絶対おかしいよって、私だって作ってる間中、ずっと思ってたのに……」

 

「やめてクリス! 響の好きなようにさせてあげてッ」

 

「うるさい! お前もお前だッ

 何しれっとライジングガンダムとスパローをゲイジングしてやがるんだ!?

 お前が甘やかすからこのバカが付け上がるんだよッ!」

 

 目ざとくクリスちゃんがツッコんだ。

 至極もっともなお叱りを受け、小日向ライジングスパローがモジモジと紅潮する。

 

「だって私、やっぱりはじめてのガンプラは、響とお揃いが良いなって」

 

「ありがとう、未来。

 やっぱり未来は私にとっての陽だまりだよ」

 

「響……」

 

「ああもう私が悪かったよコンチクショウッ!?

 いいからとっとと戦場に戻って来いバキャローども!!」

 

 

 ――ポン、ポン、ポン、と。

 

 

 響渡る柏手が、漫才の時間の終わりを告げる。

 ようやく結集したS.O.N.G.ヒロインズを前にして、尚も不敵に鉄仮面が嗤う。

 

「ふ、ふ、ふ、つくづくツバササンは良いご友人をお持ちのようだ。

 ガンプラバトル最大の危機に手を取り合って立ち向かう少女たち。

 奇しくも八年前の、アリスタ暴走事件の再現のようでは無いですか?」

 

「アイアンマスク卿!

 貴様、わざわざ今日というステージを狙った理由は何だ!?」

 

「はてさて?

 取り敢えず、各国政府に領土の割譲でも要求してみましょうか?

 ねえ、アイドル大統領」

 

「グ、グワアァァ―――――ッ!?」

 

「しっかりしろマリア!

 おのれ貴様ッ 何のつもりの当て擦り!?」

 

「フフ。

 私に一つ言えるのは、ようやく時が来たと言う事だけです。

 かつてのように、少女たちの友情パワーが新たな奇跡を起こすのか?

 あるいは2代目メイジンの峻厳なる掟が、全てを力で捻じ伏せるのか?

 雌雄を決する時が来たのです」

 

 ギュン、とデスアーミーたちの単眼に、紅の炎が宿った。

 一軍はたちまち動きを変え、鵺のように奔放に流れ、少女たちの周囲を取り囲む。

 

「ハア、ハァ……!

 調子に乗って手札を全部切ったまでは良かったけれど、

 さて、ここから一体、どうしたものかしらね?」

 

「何も考えていなかったか。

 流石だなマリア」

 

「一人あたま十機少々……、エンドレスワルツほど安くは無えよなあ」

 

「迂闊に前に出ても各個撃破されるのがオチ。

 さりとてこのまま固まっていては、核バズーカの格好の的」

 

「とりあえず、私も仁丹が欲しいデス……」

 

「響……」

 

「…………」

 

 傍らの未来の不安げな声に対し、響はゆっくりと瞳を開け、輩を見渡し、言った。

 

「――みんな、歌おう」

 

 

 さようならガンプラバトル。

 

 

「はァ? お、お前は一体何を――」

「いや」

 

 クリスちゃんの折角のツッコミを遮って、風鳴翼が思案に耽る。

 

「実の所、薄々ながら私も感じてはいたのだ。

 胸の内で聖詠を諳んじる時の、なんとは無しの一体感を。

 あの感覚、まるでパーツの一つ一つがギアとなって繋がっていくかのような」

 

「――かつて、人類史の知能たるフィーネを以てしても解析しきれなかったアリスタの光。

 ガンプラの世界にはどのような奇跡が眠っていたとしても、おかしくは無いと言う事ね」

 

「おかしいに決まってんだろ!?

 アンタら揃いも揃ってどうしちまったんだ!?」

 

「私は……、私は響を信じる!」

 

「メイジンがダメになるかどうかの瀬戸際なんだ」

 

「やってみる価値、大アリデス!」

 

「くっ、そいつは確かに私だって……。

 ええいチクショウ! もうどうにでもなりやがれッ!」

 

「クリスちゃん、未来、それにみんな、ありがとう」

 

 とうとう最後の良心、雪音クリスが軍門に下った。

 みんなの心が一つに固まり、立花響の頬に柔らかな笑みが浮かんだ。

 さようならビルドファイターズ。

 こんにちは戦姫絶唱シンフォギア。

 

「……と、言うワケでキララちゃん!

 スイマセンが、BGM、チェンジでお願いします!」

 

「ハァ!? 

 突然何を言い出すのよこの子はッ!?

 そ。そりゃあ出来なくはないけれど……」

 

「すみませんミホ……、キララちゃん。

 今は立花の流儀に合わせてやってください」

 

「ハハ! 良いじゃないのキララちゃん!

 俺はこう言うバカが大好きだぜ」

 

「……ったく! 赤っ恥掻いても知らないわよ人気者!」

 

 文句を言いつつキララちゃんの指先がボーナストラックをまさぐる。

 風が止み、無音の空に痛いくらいの静寂が訪れる。

 観衆に緊張が伝搬する中、やがてホルンの響きが、雄大なオーケストラが新たな局面を開いた。

 

 

「ん、たったったったったったった♪」

「たかたんっ! たーった たーたた―――↓」

「たかたんったた たーった たーったた―――↑」

「たーたか たーたか たーたか たった」「たーたか たーたか たーたか たった」

「たかたんっ! たーたたかたんっ! たーた」

 

「たんたかたんたかた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 一斉に、乙女たちの歌声が伴奏と重なり合って世界に広がった。

 困惑する群衆を置き去りにして、得物を携え手に手を取り合い、一斉に敵陣へと吶喊する。

 歌声と、絶叫と、爆発と金属音が重なり合って戦慄のハーモニーを刻む。

 

 行軍歌であった。

 戦いの痛みと悲しみを知りながら立ち上がる挽歌であった。

 今を生きる人々の呼び声に生き様を探す戦士の歌であった。

 凛呼とした魂が共鳴しあい、少女たちの肉体に、そして鋼の肉体に黄金の魂が宿る。

 

「ラルさん! これは……!?」

 

「あ、ああ、間違いない、この雄大なハーモニー。

 機動武闘伝Gガンダム挿入歌『勝利者達の挽歌』だ!?

 けれど、なぜこの場面でこのチョイスを?」

 

「いや、て言うかなんで彼女たちは歌いながら戦っているんだよ?」

 

「けれど、強い……!

 メイジンが手ずから作り上げたデスアーミー軍団を、まるでバターでも切るかのように」

 

 フミナ先輩の言う通りであった。

 雪音クリスのヘビーアームズが敵勢の足を止め、トールギスとゾロアットが機動力で回り込む。

 フェニーチェとデスサイズが痛烈な斬撃で敵陣を押し込み、陽だまりの声援を受けたタイタスがフライングボディプレスでド真ん中に突っ込む。

 まさしくは阿吽の呼吸。

 オーガニック的な何かが働いて、熟練たるメイジンの指揮系統をズタズタに切り裂いていく。

 

「……!

 ラルさん!? もしかしてアレは」

 

「気づいたかセカイくん、アシムレイトだ!

 彼女達はおそらく歌によって共鳴現象(レゾナンス)を引き起こし、鋼鉄の機体に己を重ね合わせているのだ」

 

 ごくり、歴戦の大尉が思わず息を呑む。

 アシムレイト、ファイターとガンプラのシンクロが引き起こす闘争の究極形。

 ならば、今の彼女たちの魂に火が点いたような攻勢も理解できる。

 

「そうか、いかに実力差があろうとも、今のメイジンはあくまでも指揮者(コンダクター)

 個々の操縦技術、刹那の判断力、機体のレスポンス。

 いずれも今の彼女たちの状態なら凌駕できる。

 少数精鋭の巧みな連携によって、彼女たちはデスアーミーの集団戦術を殺しているのか!」

 

「けど! ダメだユウマ、このままじゃ……」

 

 カミキ・セカイが悲痛な叫びをあげる。

 アシムレイトとは痛みまでをも繋がり合わせる魂の共鳴。

 高々七機で本気のメイジンとぶつかり合ったなら、彼女たちの肉体は――!

 

 

「燃えよ羽々斬! 翼と変われェ!」

ブッピガン

【 風 輪 火 斬 ―蒼翼― 】カッ!!

 

「銀の左手、アガートラームッ!」

キラキラキラキラ

【 HEAT✝ROD 】

 

「ウオオ――ッ もう弾切れを気にする必要はねえ!!」

ダダダダダダダダダ

【 FULL OPEN 全部全部全部全部全部ッ!! 】

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!」

キリッ

【 ストリングプレイスパイダーベイビー 】

 

「デスデスデース! 死神様のォ!お通りッデェーッス!」

フッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ

【 直伝!稲妻スカイキリカー砕駆龍 】

 

 

「プラフスキーパワァーッ! プラァースッ!」「プラフスキーパワー、マイナス!」

「石破ァッ」「ラブラブ!」

 

「「 ク ロ ス ボ ン バ ー !!」」ドワオ!

 

 

「……彼女たち、メチャクチャ平気そうなんですけど?」

 

「最近の女の子は、タフだな」

 

「なんか、自信なくしちゃうな、俺……」

 

 呆然とする観衆を置き去りにして、尚も戦場は苛烈さを増していく。

 ピシリ、と紅に染まったメイジンのグラスに、一本の細い亀裂が走る。

 

「フ、フフ……、紡ぎ合う歌による極限のコンビネーション。

 素晴らしい! これが世界最高峰の歌女が奏でるガンプラバトルかァ!」

 

「メ、メイジン?」

 

 鉄仮面の疑念を遮って、メイジンの十の指先が別個の生き物のように律動する。

 たちまちデスアーミーの連携が変わり、戦場が再び色合いを変える。

 戦いの中で分析を重ね、切り崩された戦闘パターンを即興で再構成し攻め手を変える。

 戦いが縺れる、消耗戦が装者たちの鎧を傷つけ、その肉体に疲労の色を刻んでいく。

 

「くそっ、口惜しい!

 こんな大事な局面に対して、僕には指をくわえて見ている事しか出来ないなんて」

 

「ユウくん……、けれど仕方ないわ。

 あの戦いに参加できるのは、エントリー資格を手にした幸運なファイターだけ……」

 

「いや、違う!

 俺たちにだって出来る事はあるッ」

 

 カッと、両目を押し開き、カミキ・セカイが立ち上がった。

 

「俺たちも歌うんですよ、先輩ッ!

 勝利者たちの挽歌が、彼女たちの立ち上がる力になると言うのなら」

 

「え、ええ!?

 ちょ、落ち着いてセカイくん!!」

 

「いや、その通りや! カミキ・セカイの言う通りや!」

 

 観客席の片隅で、大阪出身のビルダー、サカイ・ミナトが叫ぶ!

 

「おいどん達は所詮、この世紀の一戦に敗れ去った、ツキのないファイターでごわす!」

 

 鹿児島出身のファイター、サイゴウジ・ミチトシが叫ぶ!

 

「じゃが! ガンプラバトルはワシラんシマじゃッ!!

 何もせんと黙っとる事なんぞできるかい!?」

 

 広島出身のファイター、ヴィクトリー・オオトモが叫ぶ!

 

「翼はんたちの想い、ちゃんとみんなに届いてはる言うこと。

 ウチらのお歌で伝えてあげるんどす」

 

 京都出身のファイター、ビョウドウイン・マイコが叫ぶ!

 

「わだすたづの想いを、うだでつからさ変えるっぺ」

 

 秋田出身のファイター、ホンジョウ・ユリが叫ぶ!

 

「ガンプラビルダーの矜持、ナメたらアカンぜよ!」

 

 高知出身のファイター、サカモト・カツヲが叫ぶ!

 

 俺も僕も私もワチキもあっしもワイもアッチもそれがしも――!

 会場中のモブファイターたちの魂の声が、少女たちに勝利を掴めと轟き叫ぶ!

 

「たーった たーった たーった たーった……」

「たーった たーった たーった たーった……」

「たたたたたた たたたたたた たたたたたた たたたたたた……」

「たたたたたた たたたたたた たたたたたた たたたた!」

「ん!たーたたー↓ ん!たたたたー↑」 

「んったったったったったったったったん! たたたん!」

 

 麗しい間奏が重なり合い、再び戦の奔流がシュトゥルム・ウント・ドランクする。

 少女たちの鋼鉄の肉体が、眩いばかりの金色に染まる。

 斬撃が走り、閃光が突き抜け、旋風が刻み、爆風が煌き、超電磁ヨーヨーが飛び交い、巌流島コンビネーションが炸裂する!

 大勢は決した。

 これはもはや100対7の戦争ではない。

 メイジンたった一人対、特設会場の収容人数三千……、いや!

 モニターの前の君も一緒に歌っていてくれるならば、それは億を超す力となって少女たちを支えているのだ。

 

「たかたんっ! たーった たーたた―――↓」

「たかたんったた たーった たーったた―――↑」

「んったたたたー↓」「んったたたたー↑」

 

「たかたんたっ たったったったった! たたんた たたたんっ!!」

 

 そして、勝利者たちの挽歌がとうとう完走した。

 その頃には、既に地に立つデスアーミーは一人として残っていなかった。

 たちまち割れんばかりの歓声が、戦いの主役たる七人の少女を包み込む。

 

「さあ! 決着はついたぞッ!

 観念してメイジンを解放するのだ、アイアンマスク卿ッ!!」

 

「ふ、ふふ、流石はツバササンと愉快な仲間たち……、と、言いたい所ですが!

 何を勘違いしてやがるのですか!

 メイジンのターンはまだ、終了してはいないのですよ」

 

「へっ、何を負け惜しみを言ってやがる。

 メイジン虎の子のデスアーミー軍団は、もう一匹も残っちゃあいないじゃないか!?」

 

 雪音クリスのもっともな指摘に、しかし鉄仮面は、自慢の大顎を震わしくつくつと嗤う。

 

「本当にそうお思いですか、お嬢さん?

 我々が史上最強のガチンコを提供するために用意した機体が、物量にモノを言わせた量産機軍団に過ぎないと!?」

 

「――ハッ」

 

 瞬間、エルフナインの両肩が、電気でも走ったかのようにビクン、と震えた。

 

「ど、どうしたの! エルフナインちゃん!?」

 

「……もしも、デスアーミー軍団が原作の通り、

 DG細胞によって生み出された兵器の一部に過ぎないと言うのなら。

 鉄仮面卿の言う通り、メイジンの機体には、未だ傷一つ付いていません」

 

「!?」

 

「デ、デ、デビルガンダムデスかッ!?」

 

「あり得ない。

 あんな規格外の大型MSの存在を、私たち全員が見逃すなんて」

 

 月読調の言葉に対し、顔面蒼白となったエルフナインが、力なく首を振る。

 

「デビルガンダムが最強ガンダムの一角と語られる理由は、ハード自体の性能ではありません。

 その内部に組み込まれた『自己再生・自己増殖・自己進化』の三大理論に由来します。

 もしもメイジンが、三大理論の疑似的な再現に成功していたとしたら。

 デスアーミー百機の役割が、三大理論のための時間稼ぎに過ぎなかったとしたら……!」

 

「ま、まさか……」

 

 

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 

 

 最悪の可能性を肯定するかのように、フィールド全体が深い鳴動に包まれ始める。

 

「さあ、メイジン! 今こそ見せてやるのです!

 貴方の生み出した究極のガンダムをッ!!」

 

「現出せよッ!

 アメイジング・アルティメット・ガンダアァァ―――ムッッ!!」

 

 ――パッチィーン!

 

 メイジンが高らかと指を鳴らした。

 瞬間、大地が崩壊した!

 地の底から数多ものガンダムヘッドのレギオンが溢れ出し、フィールド全体を侵食する。

 夥しい数の触手が抗う間もなく絡み付き、少女たちの全身をあらん限りの力で締め上げる。

 

「ぐっ、何と言うパワー、これが、究極のデビルガンダムだとでも言うのか!?」

 

「出力が上がらないッ!? 機体内部の粒子を吸い取られているのか!」

 

「ち、違う、マリア、これは……!」

 

「デスサイズが……、ガンダムが喰われちまっているんデス!?」

 

「バトルフィールドの全てを、三大理論で喰い散らかしたとでも言いやがるのかッ!」

 

 

「フハハハハハ! 怖かろうッ!!

 しかもメイジンは脳波コントロール出来るのですッ!!」

 

 

 会場に悲鳴と怒号が溢れる中、究極の神体が姿を見せる。

 幾重ものガンダムヘッドが折り重なった、天まで貫くカ・ディンギル。

 ガンプラバトルの必勝法。

 それは、世界そのものを支配する事――

 

「ズバババァ――――ン!!」

 

「立花ァ――――ッ!!」

 

 地獄の釜の奥底で、二人が必死に手を伸ばし合う。

 いや、二人だけではない。

 未来が、クリスが、マリアが、調が、切歌が――

 

 絡み付く運命に必死に抗い、少女たちが手を取り合って、一つの小さな輪を作り出す。

 

「……?

 なんです、お祈りの時間ですかな?

 良いでしょう、天国でも寂しくないよう、せめて最期は諸共に――」

 

 

 不意に、鉄仮面の哄笑が止まった。

 会場の混乱も悲鳴も空気すらも止まった。

 バトルフィールドの崩壊も止まっていた。

 トドメに入っていた筈の、一切の躊躇いがない筈のメイジンの指先さえも止まっていた。

 

 歌っていた。

 静止した時間の中で、ただ、少女たちだけが、澄み切った調べを奏でていた。

 戦いのための歌では無い。

 救済のための歌でも無い。

 

 美しく、悲しく、あまりにも儚い旋律であった。

 

 やがて、少女たちの唇が閉じた。

 聖詠が潰え。

 

 ――そして地獄の奥底から、眩いばかりの閃光が放たれ、世界を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話「SAKIMORI、未来を奏でる」

(デンデケ デンデケ デンデケ デ! デッデッデッデー)

 みなさん!いよいよお別れです!
 
 ライヴを守るマリア連合は大ピンチ! 
 しかもアメイジング・アルティメットガンダムへ姿を変えたメイジンが、
 防人たちに襲い掛かるではありませんかっ!
 
 果たして、ガンプラバトルの運命やいかに! 
 姫動武闘伝シンフォギア最終回!


「風鳴翼大勝利! 見た事ない世界の果てへレディ・ゴー!!」





 けたたましく鳴り響く警報の音が、蒸熱い真夏の夜を震わせていた。

 

 反響するスクランブル

 艦内にたちまち緊張が走り、S.O.N.G.の制服に身を包んだ職員が慌ただしく配置につく。

 未だ結成より日が浅いとは言え、その前進は特務災害対策機動部二課の出身者が多く、また直近では、先の魔法少女事変の最前線を担って来た組織である。

 不測の事態に対しても動じる事無く、ベテランの職員たちは即座に情報の収集に移っていた。

 

「もういい、警報を切れ!

 どうした、一体何が起こっている?」

 

 おっとり刀で現れた司令官、風鳴弦十郎の声に、司令部のそこかしこで安堵の息が洩れる。

 ただそこに在るだけで人々の精神的支柱となり得る太い声である。

 情報処理担当の友里あおいがすぐさま振り向き、状況の報告に移る。

 

「都心の西方より、フォニックゲインの爆発的な上昇が確認されました!

 発生源は六……、いえ、七つ!

 いずれもほぼ同地点で、連鎖的な反応を見せています」

 

「爆発的な上昇……!

 それは、周辺の区域に被害を及ぼす規模のものか?」

 

 弦十郎の問い掛けに対し、あおいはやや戸惑い気味に首を振った。

 

「い、いえ、それが、奇妙なのですが……。

 絶唱に匹敵するほどのフォニックゲインが溢れだしているにも関わらず、

 その影響は、極めて閉鎖的な一部の空間内に限られているようです」

 

「発生源の特定、出来まし……、え、こ、これはッ」

 

「どうした! 藤尭ァ」

 

 手元のパネルを操作していた藤尭朔也が、信じられない、と言った表情でモニターを凝視する。

 

「観測地点は、静岡県静岡市――

 イベント会場のど真ん中ですッ」

 

「静岡!?

 あそこは今、ガンプラバトル選手権世界大会の真っただ中よッ!

 あんな所で二次災害が発生したら、二年前のライヴの二の舞になります」

 

「……まさかアイツら。

 またぞろ何かに巻き込まれていやがるのか?」

 

「か、解析結果、出ますッ」

 

 藤尭の叫びと共に、中央の巨大なスクリーンいっぱいに、ただちに象徴的なアルファベットが羅列される。

 

 

【 GUNPLA BATTLE 】

 

 

「――!?」

 

 その場に居合わせた一同が、たちまち絶句した。

 

「……ガッ」

 

「ガン?」

 

「ガンプラバトル……、だとォッ!?」

 

 

 

 眩いばかりの閃光と衝撃が、世界を震わせていた。

 

 赤

  青

   黄

    白

     桃

      緑

       紫

 

 強大な光の柱が大地から立ち上り、虹色の螺旋を描いて遥か天空に吹き抜けていく。

 

「キャアッ!?」

 

 ゴウッ、と大気を切り裂き通過していく光の渦を、フェニーチェの背中でキララが見上げる。

 

「くそっ、しっかり掴まってろ、キララちゃん」

 

「何? なんなのッ、何の光よ!?

 フェリーニ、一体何が起こっているの?」

 

「分からねえ! けれどこれはもう、普通のガンプラバトルじゃない」

 

「まさか、あの歌?

 あの子たちが世界を変えたっていうの」

 

 天空より、光景の一変した大地を見下ろす。

 異形パーツのガンダムヘッドと触手の海に支配された世界。

 ただ一点、七つの光の重なる円だけが、絶対不可侵の領域として新たな奇跡を生み出している。

 

 時を同じくして、スクリーンごしに戦場を見つめる鋼鉄の顎からも戸惑いがこぼれ落ちた。

 

「メ、メイジン!

 彼女たちに何が起こったと言うのです?」

 

「……特注のテンタクラーロッドを。

 アルティメットガンダムの吸収能力を焼き切るほどの強烈なエナジー。

 彼女たち機体のドコに、それほどの力が残っていたと?

 あるいは、これは……、彼女たち自身の……」

 

 冷徹な瞳を隠した紅いグラスが、真っ直ぐに光を見つめる。

 光の只中に居る七つの機体、そして七人の少女たち――。

 

 

「……たかだか七つ、たった七つの小さな絶唱」

 

「けど、このガンプラバトルのフィールドとやらも、

 せいぜいステージ一つ分のちっぽけな世界に過ぎねえ」

 

「所詮はポケットの中の戦争。

 メイジンのガンプラが、世界を呑み込むと言うのならば……」

 

「こちらには、世界(ガンプラ)を壊す、歌があるんデェス!」

 

「響イィ――――――ッ!!」

 

「S2CA! セブンスソードバーストッ!

 全てのフォニックゲインを、翼さんのフェニーチェへッ!」

 

「ぐっ、うぅ、うぅああぁあぁァ―――――ッ!!」

 

 少女たちの咆哮が重なる。

 七つのデコシール……、ギアが淡い煌めきを放ち、光が徐々に収束し、フェニーチェの全身が白色の輝きに染まって行く。

 

 Surerb Song Combination Arts

 

 本来ならば「他者と手を繋ぎ合う」立花響の特性を基幹に据え、絶唱の持つ力を極限まで引き出すコンビネーションである。

 だが生身ならいざ知らず、即席のニコイチゴッドガンダムに、七機分のエネルギーを引き受ける強度はない。

 

 代わりに、一つの予感があった。

 風鳴翼だけでなく、他の少女達にも。

 左に備えた蒼い翼。

 右に負った白刃の野太刀。

 煌びやかなメタリックブルーに染め上げられた胸甲……。

 

 風鳴翼の姿を映すこのガンプラは、単なる改造の出来不出来を超えた何かを宿している、と。

 

「この光、プラフスキー粒子……。

 いや、あるいは彼女たち自身の?」

 

「ええいメイジン! 何を戸惑っているのですか!?」

 

 膨大な光の前に立ち竦むメイジンに対し、鋼鉄を震わし鉄仮面が叫んだ。

 

「敵の光が何であったとしても、まだ、フェニーチェのチャージは完了しておりません。

 今、このタイミングで、ツバササンを叩くのです!」

 

「…………ぅ」

 

「何を躊躇うのです!

 無防備な彼女たちを討てば、それで終わりではありませんか!?」

 

「ぐっ、ぬぅ……!」

 

「撃つのです! この好機に、真の最強の何たるかを証明するのです!!」

 

「うッおおおオォォォ―――――ッッ」

 

 ズンッ、と再び大地が揺れた。

 たちまちガンプラの残骸を掻き分けて、一際巨大なガンダムヘッドがズワッと首を伸ばす。

 

「!」

 

 一手、遅れた。

 手を紡ぎ合う少女の前に、MSまで一飲みせんと怪物が大顎を広げる。

 

「――つ!、翼さん!?」

 

「くッ!?」

 

 

(オォールフェ~ン……)

 

 宇宙(ソラ)が歌う黒人霊歌(ブルース)が聴こえた。

 胸に迫る絶望と、惨劇の予感。

 

 

 ――ブッピガンッ!!

 

 

「!?」

 

 刹那、悪魔が降って来た!

 空気が揺れる! 大地が砕けるッ!

 大口を開けたガンダムヘッドが、一瞬にしてくしゃおじさんと化す!

 

「なッ!? ガンダムバルバトス、だと!

 ……もしや! 乗っているのは少年か!?」

 

 翼が叫んだ。

 その厳つい鉄槌で、大顔面を脳天から下顎まで一息に貫き串刺しにする悪魔の背中。

 右肩に大業物を背負い、両足で敵を踏み付け、手にした大槍を情け容赦も無く抉り込む。

 ガンダムバルバトス。

 厄災を象徴する72の悪夢の一柱。

 

「――残業、思ったより手間取っちゃってさ」

 

 厄い機体を飄々と操りながら、少年はいつも通り事もなげに応えた。

 ふっ、と思わず翼の頬も緩んだ。

 

「……ふふ、ガンダムの名を冠する悪魔が相食む時代とは、ガンプラバトルの世も末ね」

 

「下らない事言ってないで、早いトコ決めちゃいなよ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ……、ありがとう、少年」

 

 短く謝意を伝え、風鳴翼が、フェニーチェが直ちに駆け出した。

 ガンダムヘッドの顎を踏み締め、バルバトスの肩を踏み台にして、フェニーチェが跳ぶ。

 跳んだ……、飛んだ!

 

「おお! アレは!?」

 

 ラルさんが叫んだ。

 観衆も一斉に叫んだ。

 一瞬、バランスを崩しかけたフェニーチェが、次の瞬間、空中で鮮やかに翼を開いた。

 

 左の肩から、青を基調に塗り直された、機械仕掛けの翼が広がって行く。

 右の肩から、プラフスキーの輝きに形どられた、柔らかな赤い光の翼が広がって行く。

 

 蒼翼と緋翼。

 二つの翼を大きく広げ、今、フェニーチェが天空へと舞い上がった。

 

 

 ガンダムフェニーチェ【ツヴァイ】

 

 風鳴翼の口からその名が宣言された時、往年のファン達は興奮の渦中に一抹の寂しさを憶えた。

 そもそも、この片翼のウィングが、何故に「(ツヴァイ)」であるのか?

 

 リナーシタとは系譜の異なる、ガンダムフェニーチェの正当な後継機としてのツヴァイ?

 無論、違う。

 この機体を風鳴翼が使う時、ファンたちの多くは、もっとシンプルな回答に思い至る事だろう。

 ツヴァイウィング。

 かつて、風鳴翼と天羽奏が手に手を携え謳い上げた伝説のユニット。

 

 現在でこそ国内を代表するアーティストとして高い評価を受ける翼だが、彼女にとって最も幸福であった時代とは、パートナーの傍らで無邪気に歌えていたあの頃であろうと人は言う。

 戻らぬ光、青春の瞬き、黄金時代。

 失われた光の大きさが、皮肉にも彼女の歌に、聴く人の胸に迫る深い豊かさを与えた事を、ファンたちは良く理解している。

 

 かつて、双翼であったウィング。

 風鳴翼が、二度と戻らぬかつての日々を、どれ程大切に思っているかのが、その名前だけでも伝わってくる。

 あまりにも温かく、健気で、そして悲しい機体。

 

 だが、そんな推測もまた邪推でしかは無かった事を、観衆はようやく理解しつつあった。

 

 ――あの不死鳥は、初めから()()だったのだ。

 

 風鳴翼は、その胸の内にもう一枚の翼を隠していた。

 目に見えずとも、たとえ触れられずとも、翼ははじめからそこに在ったのだ。

 繋ぎ合う手が、紡ぎ合う歌が、プラフスキー粒子の輝きが、ようやく今、誰もが理解できるだけのそれを形にしてくれていた。

 

 

「……本当に、剣じゃなかったんだな」

 

 呆然と天空を見上げる少年の許に、赤く染まった柔らかな羽毛が、粉雪のように舞い降りる。

 世界が、暖かな光に埋もれていく。

 見上げる少女たちの口から、次々と歓声が沸き上がる。

 

「この羽……、この羽、奏さんだよ!」

 

「そうだね響、凄い、さすが翼さん」

 

「……へっ、へへ、ここまでやるかァ? 人気者」

 

「ガンダムよ、天に昇れェ――――ッ!」

 

「うぅ~っ、やっぱりツヴァイウィングのステージは最ッ高デェーッス!!」

 

「持って行けェッ! 風鳴翼ァ!!」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴが動いた。

 手にした大槍を、力一杯、殺人的な加速でブン投げた。

 天空目がけ、ガングニールが一直線に風となる。

 フェニーチェはゆるりとその身を翻し、迫りくる槍の柄を、パシリと空いた左手で掴み取った。

 

 久しぶりに揃った。

 二枚の翼と、槍と剣、そしてステージと大観衆と。

 ラストソングの幕が開く。

 

 

『――よう、どうだい翼、娑婆の景気は?』

 

「……相変わらず、いつも通りよ。

 こっちは何一つ変わらないわ。

 今日も今日とて、私はこうして生き恥を曝している」

 

 フェニーチェが飛ぶ。

 二枚の翼を目一杯に燃やし、遥かな空の彼方まで。

 

『それにしたって、随分と久方ぶりだったじゃないか。

 今日はなんだい、また泣き事でも聞いてほしくなったのかなぁ?』

 

「お生憎さま。

 折角の機会だから最後に一つ、ニュータイプの真似事でもしてみたくなっただけよ」

 

『そいつは重畳だ。

 私もどうやら、余計な心配する必要も無くなったってワケだ』

 

「そう、だから今は楽しみましょう?

 私とあなたのガンプラバトル」

 

 翼を畳み、鮮やかにその身を翻す。

 まるでちっぽけな楊枝のようになってしまったカ・ディンギルを眼下に見下ろす。

 

『カーテンコールは無しだぜ。

 だったら最後に一丁、派手に決めてやろうか』

 

「ええ、いっそこの世界が丸ごと壊れるくらい、激しいナンバーを」

 

 無邪気に笑い合い、そして、加速する。

 緋と蒼、二つの翼を炎の如く後ろに引いて。

 一直線に。

 まるで天からこぼれた流れ星のように。

 

 

「いっけえぇぇぇ――――――――ッッ!!」

 

 

 少女たちの声援を一斉に受け、双翼の流星が光を纏う。

 左手にガングニール、右手には天羽々斬。

 両手に槍と剣をかざし、レギオンの中心、一際巨大なガンダムヘッドを目指す。

 

 視線が交わる。

 地上を見下ろす翼の瞳と、天空を見上げるメイジンの瞳と。

 刹那、刻が見えた。

 初めて出会った時と同じ、男の見る戦いの向こう側の世界が、再び翼の瞳にも見えた。

 

「ならば今は、幕を下ろしましょう、メイジン。

 今宵の最高のステージの」

 

 両の得物が燃え上がる。

 赤く、蒼く、ステージを彩る。

 二つの刃が、真っ直ぐに重なり、共鳴する。

 

 

 ―― 双 星 ノ 鉄 槌(DIASTER BLAST) ――

 

 

 大気が震え、世界が眩い閃光に染まった。

 

 

 

 

『 BATTLE END 』

 

 

 戦いが終わり、静岡には生温い夏の夜の空気が戻ってきていた。

 御伽の時間が終わり、物語は現実に還る。

 

 みな、無言であった。

 居合わせた3000の大観衆も、ステージ上の少女たちも、今宵の舞台を飾ったスターたちも無言であった。

 

 静寂のステージの中央で、三代目メイジン・カワグチと、現代の歌女・風鳴翼が真っ直ぐに向かい合っていた。

 カツン、と真紅のサングラスが床に落ち、乾いた音を立てる。

 

「双星ノ鉄槌。

 素晴らしい技を見せて頂きました、翼さん」

 

 穏やかな瞳をしたユウキ・タツヤの言葉に、ゆっくりと翼が首を振るう。

 

「今日のステージの成功は、全てメイジンのビルダーとして腕前があってこそ。

 こちらこそ、最高の一夜をありがとうございました」

 

「そう……、そう言ってくれますか」

 

 ふっ、とタツヤが吐息をこぼす。

 ややあって差し出された翼の右手に、しかしタツヤは、悲しげに視線を外した。

 

「けれど翼さん。

 私は貴方に一つだけ、どうしても謝らなければいけない事があるのです」

 

「謝る……?」

 

 メイジンの思わぬ言葉に、翼は一瞬、怪訝な瞳を向けたが、すぐにハッ、と目を丸くした。

 寂しげなタツヤの口元に、つっ、と一筋、赤い糸が走る。

 

「ガハッ!」

 

 直後、タツヤが吐血した。

 たちまち体が前のめりに崩れ、会場に悲鳴と混乱が溢れだす。

 

「メイジン!?」

 

「いかん、アシムレイトだッ!?

 メイジンは原作のキョウジ・カッシュよろしくデビルガンダムの核となり、

 その身に深刻な深手を負ってしまったのだッ」

 

「そ、そんな……!

 メイジン、しっかりして下さい」

 

 崩れ堕ちる体を抱き止め、風鳴翼が必死で叫ぶ。

 うっすらと瞳を開け、タツヤが震える口元に微笑を浮かべる。

 

「い、いいのです、これで良いんですよ、翼さん」

 

「バカなッ!? 気をしっかり持って下さい、メイジン!

 貴方が居なくなってしまったら、ガンプラバトルは……!」

 

「あ、アレを見て下さい、それで全てが分か、り……」

 

「この上、何を……?」

 

 メイジンの震える指先が、真っ直ぐにオーロラビジョンを指し示す。

 ゆっくりと翼が振り返る、その視線の先には――!

 

テッテテー!

 

【 ドッキリ! 大・成・功!! 】

 

 

 ――なんと、そこにはお約束のプラカードを掲げる鉄仮面の姿が!?

 

 

「……え?」

 

 パァン! とド派手なクラッカーが打ち上がり、客席がどっ、と歓声に沸き返る。

 打ち上がる花火が少女たちの横顔を彩る中、呆然とする防人を置き去りにして、メイジンが通常の三倍の速さで起き上がり、三倍の速さで代えのサングラスをはめ、三倍の速さで口元のトマトジュースを拭き取る。

 このメイジン、ノリノリである。

 

「メ、メイジン、これは?」

 

「本当にスイマセンでしたァ――ッ!!」

 

 そして、通常の三倍の誠意で謝罪する!

 客席がたちまちおおっ、驚愕に包まれる。

 もしも人前で過ちを犯したとき、三代目メイジン・カワグチは、果たしてどのようなアクションを取るのか?

 酒の席でしばしばガノタの口に上るネタの一つであった。

 

 ①若さゆえの過ちは認めない、ゆえにメイジン・カワグチ。

 ②サボテンの花の話をする、修正してやる! メイジン。

 ③アクシズを落として忌まわしき記憶をリセットする、情けないメイジンめ!

 

 正解は④だった!

 これもまた一生モノのお宝映像であろう。

 

「い、いやあ、参っちゃったな~。

 すっかり騙されちゃいましたねぇ、翼さん」

 

「立花……」

 

 呆然と佇む防人の下に、どこかよそよそしい笑いを浮かべた少女達がぞろぞろと集まってくる。

 

「ええっと、すまない。

 私はまだ思考の整理が追い付いていないのだが……。

 そんなあっさりと許してしまって、立花はそれで気が済むのか?」

 

「うーん、その、許す、と言うか何と言うか……」

 

 純真無垢な翼さんの問いに対し、少女たちは困ったように互いの顔を見合わせる。

 

「ホント、言いにくい事だけどさ。

 この場で本当に最後まで騙されてたのって、先輩一人じゃねえかな?」

 

「最強のファイターを証明するためにアイドルのイベントを襲うって、意味が分からないよね」

 

「ヤジマ商事の仕切る会場のセキュリティは万全ですし」

 

「さすがにリアルで鉄仮面は無いわ」

 

「メイジンダークマターがスクリーンいっぱいに映った時は、腹筋が殺されるかと思ったデース」

 

「そ、そんな!」

 

 一縷の望みを賭け、防人が捨てられた子犬のような瞳で少年の方を振り返る。

 

「ないよ」

「そ、そうか……」

 

 防人がしょんぼりした。

 かわいい剣であった。

 

「い、いや!? ちょっと待ってくれッ!

 だったらあやつは、あの鉄仮面は何者なのだッ!」

 

 ハッ、と我に返ったように翼が叫んだ。

 まさしく最後の悪足掻きであった。

 

「私デス、ツバササン」

 

「な……ッ

 そ、そんな! あなたはまさか……!

 トニー・グレイザー氏!?

 世界的敏腕音楽プロデューサーのトニー・グレイザー氏じゃないですか!?」

 

 鉄仮面の下から現れた禿頭の紳士に、今度こそ翼は仰天した!

 だがしかし、客席には今一つ彼女の衝撃が伝わっていない。

 微妙な温度差の中、「誰だよ」などと呟きがそこかしこで溢れ始める。

 

「トニー・グレイザー?

 何者なんです、ラルさん」

 

「いや、その、すまないセカイくん。

 私にもさっぱりだ」

 

「確か、風鳴翼の海外公演を担当してる偉いオッサンだったと思います」

 

「……トニー・グレイザー。

 イギリスのレコード会社『メトロミュージック』に所属する音楽プロデューサーよ」

 

 頼りない男衆を横目に、ホシノ先輩が一つ溜息を吐く。

 

「これまで数々の大物海外アーティストをスターダムにのし上げて来た敏腕プロデューサー。

 本国イギリスでは音楽界最後の大物とまで評価されていて、彼の演出が無ければ風鳴翼の海外進出は成功しなかったとまで言われているわ。

 少なくともこんなイベントで、鉄仮面のコスプレをやっていいような立場の人物じゃない。

 ある意味で、今、あの舞台にいる誰よりも豪華なゲストよ」

 

「ほう、詳しいなフミナくん」

 

「そりゃあ凄い……、けど、ガンプラ関係ねえ!?」

 

「まったくだよッ! 運営何やってんのッ!?」

 

 ユウマが再び切れた。

 さもありなん、彼の叫びは会場中のガノタたちの困惑そのものであった。

 

「隣の会場では世界選手権やってんだぞッ!

 なんかもっとこう……、いるだろ? この場に相応しいサプライズゲストが!

 フェリーニ選手をチョイ役で使っといて黒幕が見ず知らずのオッサンってどう言う事だよ!?

 誰だよプロデューサー、素直に感動させてくれよッ!」

 

「落ち着いてユウくん、プロデューサーはあそこで頭下げてるメイジンよ」

 

 そんな会場の混乱もどこへやら。

 舞台上では真犯人がついに仮面を外し、解決編の幕が開こうとしていた。

 

 

「ツバササン、まずは謝罪させて下さい。

 このような芝居を打ってまで、貴方を試すような真似をした事、心からお詫びいたします」

 

「そんな、頭を上げて下さい、グレイザー氏。

 あなたほどの人物がなぜ、このような場で鉄仮面の真似事などを……?」

 

 柄にもなく困惑の色を露わとする翼に対し、グレイザー氏は深い諦観の吐息を吐きだした。

 

「……今だから、全てをお話しいたしましょう。

 実は私は前々から『カザナリ・ツバサをバラエティに挑戦させる』と言う、

 貴方のマネージャー、オガワ氏の方針に疑念を抱いていたのです」

 

「えっ、そう、だったのですか?」

 

「カザナリ・ツバサは音楽界の至宝です。

 尊い時間と才能を、歌謡以外の舞台で浪費させ、あまつさえ衆目の笑い者にするなどと。

 とうていプロの仕事では無い、と、今日の今日まで私はそう考えていました」

 

「グレイザー氏、けれど、それは……」

 

「良いのです、ツバササン。

 今日の舞台で、全ての答えが分かりました」

 

 抗弁を試みる翼に対し、ふっ、とグレイザー氏が微笑を向ける。

 

「カザナリ・ツバサが、新たな世界に挑む時。

 そのひた向きな姿はそれだけで見る者を惹き付け、新たな感動を呼び起こします。

 踏み締めた一歩から世界が広がり、そこに新たな歌が生まれる。

 誤っていたのは、私たち大人の方でした。

 貴方の未来を守る、などと立派な事を言いながら、

 危うく私自身のエゴで、一人の少女の可能性を摘み取る所でした」

 

「グレイザー氏……」

 

 ゆっくりと、トニー・グレイザーが満員の観衆を見渡す。

 サカイ・ミナトが泣いていた。

 サイゴウジ・ミチトシもヴィクトリーオオトモも、マイコもカツヲもユリっぺも泣いていた。

 会場中の誰も彼もが、今日の舞台を「よくあるショーの一環」と認識していながら、それでもひた向きにメイジンを救わんと闘う乙女の姿に、感涙を禁じ得なかったのだ。

 

「私のような若輩の将来を、そこまで気にかけて頂き、心より感謝いたします。

 ミスター、トニー・グレイザー」

 

「ツバササン」

 

「風鳴翼は、本当に人に恵まれています。

 私の背中を支えてくれる、沢山のファンの皆さんに、かけがえのない友人たち。

 そして貴方のような、立派な大人の方々にも」

 

 そして、振り返る翼の視線に合わせ、グレイザー氏は顔を上げ、満員の観衆へと向き直った。

 

「歌とガンプラとこよなく愛する日本のみなさん。

 私が言うような事でもありませんが、これからもカザナリ・ツバサをお願いいたします。

 みなさんの声援が彼女の……、いや、彼女たちの新たな夢へと変わるのです」

 

 そう言って、グレイザー氏は深々と頭を下げた。

 暖かな拍手が、緩やかに会場全体を満たし、見つめる少女たちの胸を柔らかく叩く。

 

「本当に今日は、素晴らしい一夜を有難うございました。

 次の機会には、余計なしがらみを抜きにした舞台でお会いしましょう」

 

 メイジンが再び、力強い掌を差し出す。

 

「ふふ、これからもフェニーチェを頼みますよ、ミス・ツバサ」

 

 イタリアの伊達男が、愛嬌たっぷりにウィンクを見せる。

 

「あ~あ、結局、オイシイところは全部持ってかれちゃったわね。

 翼ちゃんの体当たりの気合は、後輩たちにも勉強させたいわ」

 

「翼さん、次にご一緒する機会があれば、私とも一戦お願いします」

 

 新旧ガンプラアイドルが寄り添って、どちらからともなく笑いあう。

 

 万来の声援が、熱狂の夜空を焦がしていた。

 ガンプラ・フェス、第一夜。

 激情の戦場を駆け抜けた乙女たちの戦いは、しかし終わってみれば当初の目的通り、苛烈な選手権の合間に揺蕩うオアシスとして、人々の乾いた心を満たしつつあった。

 

「流石は風鳴翼ね。

 まったくのド素人から、わずか二週間ばかりの間に、ここまで人の心を掴んで見せるんだから」

 

「だけど翼さん!

 ガンプラバトル選手権はまだまだ始まったばかり。

 年に一度のガンプラ・フェスも、いよいよ明日からが本番ですよ!」

 

「…………」

 

「ん? あれ、翼、さん……?」

 

 ポン、と響が翼の肩を叩く。

 しかし、何かおかしい。

 妙によそよそしい、と、言うより、心ここに在らずといった風で反応が薄い。

 

「……ふ、ふふ、見てくれ奏。

 今日も今日とて、私はこうして、生き恥……を……」

 

 

「「「「「「 血 涙 ッ!?」」」」」」

 

 

「ガハァッ!」

 

 少女たちが一斉に叫んだ。

 同時に防人が血を吐いた。

 

「わーっ!? つ、翼さんッ!

 しっかりして下さいッ!?」

 

「いけないッ アシムレイトよッ!

 翼はガンプラバトルにのめり込み過ぎるあまり、

 絶唱七人分のバックファイアを引っ被ってしまったんだわ!」

 

「何やってんだよ!? アンタは!」

 

「遊びに本気出し過ぎデース!」

 

「ふ、ふふ、安心して、奏。

 わたしはもう、これしきの事でポッキリいくようなヤワな剣じゃあ無いわ……」

 

「やめて翼さんッ!?

 それ以上、奏さんとお話ししないで!」

 

「……ああ、わたしにもまだ、帰れる所があった、か。

 こんなにも、うれしい、こ、と……」

 

 

「つ――!」 

 

 

 

「 ズ バ バ バ ア ァ ―――――― ン ッ !!!! 」

 

 

 

 

 

 ――その後。

 

 絶唱慣れした風鳴翼の肉体は、チャチなアシムレイトを速攻で跳ね除け、わずか小一時間ほどで完全回復するに至った。

 担当医の診断では、「ドッキリのショックによる過労」と説明がなされ、乙女たちの戦いを収めた『ガンプラフェス・スーパーライヴDVD』は、辛くもお蔵入りの危機を免れたのであった。

 

 なお余談ではあるが、今回の一件を機に、S.O.N.G.とヤジマ商事の間に正式に技術提携の場が設けられる所となり、膨大なガンプラバトル公式大会レギュレーションの条項には「1.装者は絶唱禁止!」との一文が、ひっそりと書き加えられたと言う……。

 

 

 




 最終回と言ったが、アレは嘘だ。
 もうちょっとだけ続くんじゃ。




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最終話「SAKIMORI、ガンプラバトルをする」

 

「いっやぁ~、まさかガンプラバトルで翼さんが倒れちゃうなんて、

 一時はどうなる事かと思いましたよ」

 

「あ、ああ、すまないな立花、余計な気苦労を掛けてしまった」

 

 清楚な病室に、明るい少女たちの笑い声が響き渡る。

 病衣服姿の風鳴翼が、気恥ずかしげに視線を外すと、窓の外ではいかにも夏本番と言った風に、立ち上る入道雲が蒼穹の空一杯に広がっていた。

 

 この眩しい日差しの向こう。

 スタジアムでは世界中から集まったガンプラビルダーたちが栄光を求め、今日も激しい火花を散らしている事であろう。

 

「その……、折角の静岡なのだから、

 皆、私の事は気にせず観光にでも繰り出してきたらどうだ?

 単なる検査入院なのだし、体の方はこの通り回復しているんだ。

 そうしてくれた方が、却って私としても気が休まるの、だが……」

 

 戸惑い気味に室内に視線を戻す。

 前夜の戦いから病院に直行したS.O.N.G.所属の少女たち。

 たかだか検査入院と言う名目とは裏腹に、手狭な個室は寿司詰め状態と化していた。

 

「なーに言ってやがんだ?

 ガンプラバトルで入れ込み過ぎてブッ倒れるような先輩をほっぽって街に繰り出して、

 それでどうしてこっちの気が休まるってんだ?」

 

 翼の言葉に対し、呆れたように雪音クリスが軽口を叩く。

 

「ま、世界大会もまだまだ先は長い事だしね。

 今から慌てなくったって名勝負は逃げやしないわ」

 

「翼さんも明日からは仕事なんですから。

 今日ぐらいはボクたちに任せて、ゆっくりしていて下さい」

 

「エルフナインまで……。

 そ、そう言ってくれるのは有難いのだが」

 

 いかにも居心地悪そうに、翼が気持ち紅潮した頬をかく。

 息災そうな姪っ子の姿を前にして、東京から駆けつけて来た弦十郎はネクタイを緩め、ふうっ、と大きく息を吐き出した。

 

「ったく、ガンプラバトルで絶唱とはな。

 確かに楽しんで来いとは言ったが、あそこまではしゃぐこたァ無いだろう」

 

「司令」

 

 すっ、と翼が居を正し、神妙な面持ちを弦十郎に向ける。

 

「申し訳ありません、司令。

 チームの支える柱たるべき私が、誰よりも真っ先に熱くなり、己を見失ってしまうなどと」

 

「まあ、かたっ苦しい話はいいさ。

 それで、どうだった?」

 

「……? どう、とは?」

 

「ガンプラバトルは、風鳴翼が我を忘れるほどに熱くさせてくれる遊戯だったのか?」

 

 意味深な指令の言葉に、風鳴翼はやや俯き、真剣に次の言葉を模索する。

 

「ええ、確かに、凄まじい世界でした。

 たかだか遊戯……、いえ、遊戯なればこそ、なんでしょうか?

 熱かった、舞台も、観衆も、ファイターたちも。

 何もかもが、いつもの戦場とも、ステージとも違っていました」

 

「なるほど。

 遊びだからこそ本気になれる……、誰の言葉だったっけな?

 しっかし、全身が本身の風鳴翼がそこまで言うか」

 

「けれど、翼の感性、確かに私にも分かるわ」

 

 そう呟いて、窓際のマリア・カデンツァヴナ・イヴが、世界大会に揺れる会場に視線を向ける。

 

「三大理論をGPベース上で完全再現するデビルガンダム。

 今思い返しても肌が泡立つ、単なる遊びで用意できるような代物では無かったわ。

 既存のレギュレーションを遥かにオーバーする大型MSを、よもや一夜のエキシビジョンのために作り上げるなど」

 

「それだけじゃないよ、マリア。

 わざわざ同じ素体に対し、まったく異なるギミックを仕立てたデスアーミー軍団を百体も……。

 メイジン一人の仕業じゃない。

 彼をサポートするワークス・チームをフル稼働しなければ、とうてい出来ない仕事」

 

「よりによって、世界大会の真っ只中にぶつける形で、デスか?」 

 

 少女たちの会話に対し、思わず翼の眉間にも皺が寄る。

 

「言われてみれば、確かに。

 何故にメイジンは、自らの首を絞めるような真似を……?」

 

「――流石にメイジン・カワグチの名は伊達じゃない、と言った所かしらね」

 

 ふっ、と微笑を浮かべ、マリアが視線を室内に戻す。

 

「あの男はファイターとして、他の選手たちよりも一つ上のステージを見ているのよ。

 一個人の勝ち負けと言った次元を超越した舞台で、メイジンは戦っている」

 

「上のステージ?

 どう言う意味です、マリアさん?」

 

「世界大会制覇の栄冠と天秤に掛けて、それでも彼にとってはやる価値があったんでしょうね。

 私たちの、いえ、風鳴翼のステージを彩る事で広がる、新たな未来の可能性が」

 

「それが、メイジンの見ていた世界か……。

 ふふ、何だか恐縮してしまうな」

 

 ふっ、と翼の口元にも微笑が浮かぶ。

 そんな違いの分かる乙女たちの笑顔を尻目に、傍らの小日向未来がちょっと小首を傾げる。

 

「う~ん?

 けど、あの三代目メイジンって、そんな殊勝な事を考える人かなぁ」

 

「ああ、うん、そうだね未来。

 なんって言うか、メイジンって……、大人げないよね?」

 

「て言うかそれ、二人の買いかぶり過ぎなんじゃねえの?

 あの人は絶対、面白そうだからやったとか、そう言うノリだったと思うぜ」

 

「きっと世界大会の方も、優勝する気マンマンだと思う」

 

「今ごろ会場は大荒れデース」

 

「え? うん、まあ。

 勿論そう言う可能性も、否定は出来ないん、だけど……」

 

「ああ、確かに。

 そう考えさせてもらった方が、私としても幾分、気が楽だ」

 

 そう言って、翼が笑った。

 たちまち狭い個室に少女たちの笑顔が咲く。

 

「けれど、翼さん。

 昨夜の皆さんは、天下のメイジンに胸を張って良いだけの仕事をしたと思いますよ」

 

 ひとしきり笑い終えたのち、入口に控えていた緒川慎次が鞄を片手に歩み出た。

 

「緒川さん、それは?」

 

「昨夜の皆さんの戦いは、世界大会真っ只中のイベントと言う相乗効果もあって、

 既に各所で評判になっているようですよ。

 ついては、鉄は熱い内に打て、と言う事で、先方からこんな企画書を預かって来ました」

 

「企画書、ですか」

 

 緒川から渡されたバインダーへと目を移す。

 一枚目の表紙に記されていたのは【緊急立体化企画! ガンプラアーティスト風鳴翼】

 と言う堂々たるキャッチコピーであった。

 はっ、と思わず目を丸くして、翼が顔を上げる。

 

「ガンプラアーティスト……?

 緒川さん! これって……」

 

「そう、翼さんのガンプラの商品化企画の第一報です」

 

「私の、フェニーチェツヴァイが?」

 

「えぇーっ!? 翼さんのガンプラがお店に並ぶんですか!」

 

「信じられない。

 アイドルとは言え素人の作ったガンプラを……?

 そんな企画が実現したなら、まさしくガンプラの未来を繋ぐ第一歩ね」

 

「とんだサプライズデス! 私もッ、私も見たいデース!」

 

 少女たちの興奮が、たちまち病室に反響する。

 戸惑う翼の両肩から、身を乗り出した少女たちの視線が資料に収束する。

 

「これが、先輩の……」

 

 ペラリ。

 2ページ目のラフスケッチは、身の丈ほどの大太刀を八双に構える風鳴翼の姿であった。

 

「えと、その、翼さん、の?」

 

 ペラリ。

 3ページ目のラフスケッチは、際どいアングルで逆羅刹を繰り出す風鳴翼の姿であった。

 

「じ~~~~~~っ」

「デース?」 

 

 ペラリ。

 4ページ目のラフスケッチは、血涙を流しながら刃を振るう修羅の如き風鳴翼であった。

 

 パタン、とバインダーを閉じ、死んだ魚のような目をした防人が顔を上げる。

 

「……ええっと、緒川、さん?」

 

「はい」

 

「その……、私の(作った)ガンプラ、ですよね?」

 

「ええ、翼さん(そのもの)のガンプラです」

 

 にこり、と綺麗な笑みを浮かべ、緒川慎次が高らかと謳う。

 

「テーマはずばり、アイドルとガンプラの融合!

 商品名は【HG(ハイパーガール)シリーズ・つばさウィング】だ、そうです」

 

「つ、つばさウィング……!」

 

「思い切り被ってんじゃねえかッ!?」

 

「凄い。

 響と同じレベルの人が、企画室のお偉いさんの中にも居たなんて……」

 

 興奮が去った。

 ポカン、と間の抜けたような空気が八月の午後を支配する。

 

「ほ、本当にこれが、商品化するんですか?」

 

「ええ、僕もこの企画を聞いた時には思わず耳を疑いましたが。

 何でも、()()ガンプラ心形流が商品開発に乗り気だそうでして。

 量産化の暁には、全世界のバトルフィールドを駆け巡る翼さんの勇姿が拝めますよ」

 

「えっ!? こ、この翼さんで、バトルできるんデスかッ!」

 

「そりゃあ凄い、確かに面白そうな企画だな」

 

「私、翼さんのために特注のアインラッドを用意します」

 

 心形流驚異のメカニズム!

 病室が再び驚愕に包まれる中、翼の顔がみるみる真っ赤に染まって行く。

 

「あの、緒川さん。

 何だかそれは、凄く、おもはがゆい、ような……」

 

「ここが正念場ですよ、翼さん!

 この企画が軌道に乗りさえすれば【HGかなでウィング】の商品化だって夢では無いんです」

 

「――まさか!

 仮想空間の話とは言え、もう一度、奏と同じ舞台に立てると!?」

 

「もちろんですとも。

 このHG第二弾・つばさウィングと、第一弾の【怪傑!ヘビーアームズずきん】が売れさえすれば……」

 

 

 

「な……! な ん じ ゃ あ こ り ゃ あ ァ ぁ ア ァ ――――ッ!?」

 

 

 

 雪音クリスの悲痛な叫びが、八月の午後を切り裂いた。

 真っ白に硬直した細い指先から、ばさばさと資料の束がリノリウムの床に落ちる。

 

 両手のガトリング砲を十字に広げ、鮮やかなムーンサルトを決める雪音クリスの姿があった。

 口元にニヒルな笑みを浮かべ、腰を落としてミサイルを打ち込む雪音クリスの姿があった。

 ノイズ似のリーオーに砲塔をぶっ刺し、大地に叩き付けブッ放す雪音クリスの姿があった。

 寄せて上げた両胸の前で「ばぁん!」と指鉄砲を構える雪音クリスの姿があった。

 

「か、怪傑、ヘビーアームズずきん……?」

「じ~~~~~~~っ」

「まんまイチイバルだよね、これ」

「しかも総天然色……、全然ラフじゃない!

 明らかに翼のラフより気合いが入っているわね!」

 

「やいやいやいやいやいやいやいやい!!!!

 な、なななんで私のラフスケッチがこんなに並んでやがるンだ!?

 しかも商品化決定って……、HG第一弾ってどう言うこったッッッ!!??」

 

「……と、言うかこの企画。

 タネを明かせば、こっちのヘビーアームズずきんの方がメインなんですよ。

 翼さんのウィングは、これ幸いと後から乗っからせてもらっただけと言うか……」

 

 思わず気が動転したクリスちゃんに対し、緒川が困ったような表情を見せつつ、淡々とノートパソコンを立ち上げていく。

 

「――実は昨夜のイベントの折、

 乱入したクリスさんの姿が一部のファンの方々にスマッシュヒットしたようでして。

 ネットでは今、あのヘビーアームズの娘は何者だ、と、大層な話題になっているんですよ」

 

 緒川の握るマウスが『登場、ヘビーアームズ頭巾の巻』なるサムネをクリックする。

 モニター上に、たちまち昨夜の興奮のステージが甦る。

 

 

「キ、(゜∀゜)キタ―――ッ」「いったい何バートンなんだ……?」「ぶひいいいいいいいい」

「ちょwせぇwwwwwwいwww」「マジで誰だよ?」「デケェ!」「でけぇ!?」

「デカアァァイ説明不要ッ」「やっさいもっさい!やっさいもっさい!」「うーむ、デカイ」

「飛んだ!?」「なぜ飛ぶ」「リアルトロワの降臨である」「ありがたやありがたや」

「ちょっとは説明してくれ!」「クリス先輩マジカッケーデス!」「急に歌うよ~」

「弾切れを気にする必要は無い(キリッ」「急に歌うよ~」「急に歌が来たので」「急に歌うよ~」

「この娘もリディアンなの?」「うたずきんやん!」「急に歌うよ~」「戦場に歌が?」

「たかたん!た~たた~たた~」「やっさいもっさいやっさいもっさい」「うん、デカイ」

「わっふるわっふる」「これがヘビーアームズの申し子である」「ちょっせーい!」

 

 

 敵陣を蹂躙する弾幕の上を、閲覧者たちのコメントが弾幕となって蹂躙する。

 お前らの愛でクリスちゃんが見えない。

 これにはブライトさんもニッコリご満悦であった。

 

「と、まあ、この会場の熱狂が開発部にまで伝播した結果、今回の企画が立ち上がったワケです」

 

「成程、この人気では仕方ないわね。

 どうやら私のトールギスは、第三弾以降の発表に期待するしか無いようね」

 

「だ、だからってそんな……、本人の断わりも無しに」

 

「ン?

 ちょ、ちょっとタンマデース!」

 

 戸惑うきねクリ先輩を置き去りにして、傍らの切ちゃんが素っ頓狂な叫びを上げる。

 

「クリス先輩の機体が商品化と言う事は、もしも、もしもこのシリーズが継続したら……!」

 

「そうですね。

 デスサイズは元から人気機体ですし、実現の可能性は高いと思いますよ」

 

「デェ~~~~~~~スッ!!」

 

「じ~~~~~~~~~~~~」

 

「みなまで言わなくても分かります。

 その時には金型は是非、ゾロアットの新作に流用できる商品にしてもらいましょう」

 

「え、ええっと、その……。

 流石に女の子にタイタスは、イメージ的にマズイって言うか」

 

「ひびきタイタス、良いじゃないですか。

 男の子は意外とそう言うギャップが好きなものですよ」

 

「――!?

 お願いクリス! YESと言ってッ!

 私買うから、十個でも二十個でもガンプラ買うからッ!?」

 

「やかましいッ 却下だ却下ッ!!

 こんなトチ狂った企画を通して堪るかァ―――――ッッ」

 

 縋り付く小日向未来を振り払い、クリスが大きく肩で息を吐く。

 そんな後輩の後ろ姿に、じっ、と翼が寂しげな視線を送る。

 

「……雪音はそんなに嫌か?

 私と同じガンプラになるのは?」

 

「え……?」

 

「私は、もしも雪音のヘビーアームズが発売されたなら、

 その時は私の機体の隣に並べてみたいのだが……?」

 

「なッ な!? な……」

 

(ヤダ、こ、この剣、かわいい……!)

 

 上目遣いにクリスちゃんを見上げる防人の姿に、思わずマリア姉さんの胸がキュン、と高鳴る。

 かつて、天羽奏の甘やかしの下で育まれた翼のもう一つの姿、妹属性。

 未知なる剣をハートに突き立てられ、ガクリ、とクリスの両膝が床に付く。

 

「ち……、畜生ォ……、チクショオォ―――――――ッッ!!」

 

 雪音クリスが叫んだ。

 其処が病院である事も忘れ、男泣きに泣いた。

 

 後年、ガンプラ史に新たな楔を打ち込んだとまで評される事となる伝説的ヒット商品。

 

【HG 怪傑!ヘビーアームズずきん】誕生の瞬間であった。

 

 

 翌日、風鳴翼は仕事へと復帰した。

 

 ガンプラバトル選手権もいよいよ盛り上がりを見せ始め、まさしく夏本番を迎えていた。

 

 世界大会本戦のパーソナリティは、復活したベテランのキララちゃんに、売り出し中の高校生モデル、カミキ・ミライ。

 新旧ガンプラアイドルの夢のタッグがガッチリと抑えている。

 翼たちの戦場は、専らサブ。

 イベント会場の実況にトークにバトルにミニコンサートと言った、連日の交流会にあった。

 

 その段になって、ようやく翼も気が付いた。

 新しく触れ合った観客たちの暖かな声援。

 歌女が初日に見せた戦いを、その場に居合わせたビルダーたちは忘れてはいなかったのだ。

 

 あの一夜が無ければ、おそらくはこのイベント、風鳴翼は最後までゲストであっただろう。

 緒川慎二のスケジューリングと、メイジン・カワグチの競演が、翼たちにガンプラファイターとしての居場所を与えてくれたのだ。

 

 翼やマリアだけでは無い。 

 スタッフとして二人のフォローをしてくれるリディアンの後輩たちも、皆、笑顔であった。

 うたずきんなどは連日の猛暑にも関わらず、最後まで頭巾で頑張り通す意地をみせてくれた。

 大人の厚意と、仲間たちの信頼と、ファンの情熱に支えられながら、今日も風鳴翼は最高の仕事をする。

 

 熱狂と、興奮と、感動と。

 いくつもの名シーンを観衆の目に焼き付けて……。

 ガンプラバトル選手権は、今年もまたつつがなくグランドフィナーレ迎えるのであった。

 

 

 

 ――そして、九月。

 

 季節外れの霧雨が、街を幻想的なヴェールに包んでいた。

 ヘッドライトを霧に包んで、黒塗りの乗用車が路肩に停車する。

 後部座席が開き、そこに清楚な白い傘が咲いた。

 

「では翼さん、一時間後に」

 

「すみません緒川さん、わざわざ車まで回してもらって」

 

「構いませんよ、この天気の中、バイクを使われても困りますから」

 

 そう軽く笑って、ゆっくりと車が発進する。

 テールランプを見送った後、霧雨に煙る住宅街を見渡し、通りの先に見える看板を目指す。

 イオリ模型店。

 風景に溶け込む馴染みの看板と、雨露に濡れるショーウィンドウを横目に入口のドアをくぐる。

 

「あら、いらっしゃい翼さん」

「どうも、ごぶさたしています」

 

 にこやかに顔を上げた女店長に対し、濡れた長髪を押さえながら翼が応える。

 

「今日はお一人? なんだか珍しいじゃない」

 

「収録の時間が空いたので、少しだけ寄らせてもらいました。

 流石に平日の昼間まで友人を連れ回すワケにもいきませんから」

 

「そう、それじゃあどうぞ、ごゆっくり」

 

 愛想のよいリン子の言葉に頷いて、静かに店内を散策する。

 来客がトップアーティストであっても飾らない店だ。

 エルフナインが「きっと気に入る」と太鼓判を押した意味を、今更ながらに噛み締める。

 

 ゆっくりとした足取りで、陳列棚を巡回する。

 平日の午後、窓の外は生憎の空模様。

 学校帰りの子供たちが上がってくるにもまだ早い時刻である。

 

 閑散とした店内を巡り、型遅れの旧キットなぞを吟味するフリをして、店の奥に目を向ける。

 小さなドアとガラス張りの仕切りで区切られたバトルルーム。

 だが、当たり前だが、こんな時刻からバトルに興じている酔狂な人間など居る筈も無く、照明の落とされた室内は、窓からの僅かばかりの光で薄ぼんやりとしていた。

 

 ふっ、と小さく、翼の口から自嘲がこぼれる。

 

「まあ、これが当然よね。

 そんな都合の良い偶然が、そうそうあって堪るものか」

 

「なに一人で呟いてんの?」

 

「え、う、うわっ!?」

 

 思わず声がうらっ返り、振り向きざまに翼が後ずさった。

 視線の先に居たのは、カーキー色のくすんだジャンパーに身を包んだ、件の少年。

 相も変わらず思考の読めない澄んだ瞳で、風鳴翼を真っ直ぐに見上げていた。

 

「い、いたのか、少年……!

 私の背後をとるとは、できるな」

 

「いや、普通に隙だらけだったけど?」

 

「そ、そうか、私もまだまだ精進が足りないようね」

 

 ゆっくりと一つ深呼吸して、翼が改めて少年を見下ろす。

 この少年に対しては、なぜだからしからぬ姿ばかり晒しているような気がした。

 

「――正直、今日、会えるとは思っていなかったわ。

 平日の、それも外はこんな天気だと言うのに」

 

「お互い様だけど、まあ、こんな天気だからこそ、だよ。

 おかげで現場は朝から動いてなくてさ」

 

「そうか、どうも私は、そう言う世情に疎くてな」

 

「けど……」

 

 ぬっ、と翼の肩越しに、少年が奥の部屋を覗く。

 つれて翼も後方に視線を向ける。

 

「こんな雨の日に、わざわざバトルをやりに?」

 

「……ああ、そうだ。

 あわよくば、少年にこの間の雪辱を果たしたくてね」

 

「あんなのは、単なる社交辞令だと思ってたよ」

 

「ふふ、私もだ。

 私自身、自分がこんなにも執念深い性質だとは思ってもいなかったわ」

 

「ふーん……」

 

 そしてしばし、二人は無言になった。

 静かな店内に、いよいよ強くなり出した雨音がよく通る。

 

「やろうか?」

「やろう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 

 蟲惑的な光溢れるテーブルを挟み、薄暗い室内に二人が向かい合う。

 アナウンスに促されるままに、手にした愛機をベースへと据える。

 

「……剣じゃあ、無かったんだな」

「えっ」

 

 ポツリと対面から漏れた言葉に、思わず翼が顔を上げる。

 

「この間のステージ、驚いたよ。

 結構な人気者だったんだ」

 

「ああ……」

 

 向かい合った少年の言葉に、困ったように頭が下がる。

 

「すまない少年、折を見て話すつもりではいたのだが」

 

「気にして無いよ、別に」

 

 そこで少年は言葉を区切り、ややあって「それに」と付け加えた。

 翼の瞳が、はっ、と丸くなる。

 

 笑っていた。

 表情に乏しい少年の口元に、微かな笑みが確かに浮かんでいた。

 

「……それに今、この場ではもう、どっちでもいいさ。

 翼だろうと、剣だろうと」

 

「ええ、そうね。

 今だけは私も、ただ一振りの剣で構わないわ」

 

 にやり、と、つられて翼も笑った。

 笑いとは本来、獲物を前にした獣が牙を剥く行為に由来し、攻撃的な性質を孕む。

 翼自身の魂のテンションが、歪で、不器用で、酷く攻撃的だった片翼の頃に戻ってしまったようであった。

 

(こんな情けない姿は、他の誰にも見せられないわね)

 

 心の片隅に残っていた現在の風鳴翼が、己の未熟な姿を前に自嘲する。

 けれど存外、肺腑に満ちる荒んだ空気は嫌いでは無かった。

 こんなにもギラついた自分の姿は、父にも、仲間にも、たとえ奏であっても見せられまい。

 只の行きずりの遊び友達相手だからこそ、恥を掻き捨てられるのだ。

 

 ――遊びだからこそ、本気になれる。

 

 ふっ、と脳裏に、いつかの言葉が浮かび上がる。

 ああ、あれは果して、誰の言葉だったか?

 

 

『――Battle start』

 

 

「風鳴翼、ガンダムフェニーチェ・ツヴァイ、推して参る」

「……バルバトスルプス、やってやるさ」

 

 口上が重なり、たちまちカタパルトが走った。

 機体が、翼が、世界が加速する。

 

 ザッ、と開いたゲートの先に一面の蒼穹が広がった。

 燃ゆるように咲き誇る爛漫の花園が、ディープブルーの機体を鮮やかに彩る。

 吹き抜けるようなアーティジブラルタルの空に、薄桃色の花弁が優雅に舞っていた。

 

「いざ、尋常に勝負ッ!」

 

 花吹雪を豪快に蹴散らして、一直線にフェニーチェが疾る。

 蒼く燃える太刀を脇に構え、バーニアを吹かしてぐんぐん加速する。

 

 花吹雪の彼方から、蜻蛉を切って突っ込んでくる悪魔の姿が見えた。

 一瞬の内に距離が潰れ、白刃が、両者の意地が交錯する。

 

 

 ――ギン、と言う煌めく音。

 

 

 刹那、風が鳴いた。

 薄桃色の花びらが、一斉に、遥かな蒼穹へ向けて舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 



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