ペコとヒップとルクリリがカヴェナンター巡航戦車に乗る話 (フルーツランド山郷みかん園)
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1話

聖グロリアーナ学園艦 某所

 

「マジですの!?」

 

頬を膨らませて、隊長からの叱責を耐えていたローズヒップがついに口を開く。

 

「マジですのよ。この前の親善試合、プラウダ校の車両の修理代が一体いくらだったか分かっていて?」

 

アッサムの持つタブレットに領収書が表示されると、ローズヒップは目を逸らし始めた。

 

「みほさんを助けにいった時の試合でも、M24チャーフィーに乗せられて、あなたのクルセイダーは派手に大破しましたわね。砲身どころの損害ではなかったそうよ。」

 

「チャーフィーの車長が私たちの先輩で無ければ、OB会にも叱責されていた所です。」

 

タブレットをしまいながら、ダージリンとアッサムが行進間射撃を続ける。

 

「で、でも!わたくし褒められましたわ!来年の聖グロが楽しみだと仰ってました!」

 

「皮肉を言われただけよ。きっと貴方、今頃は大学選抜チームのお笑い種よ。それぐらい分かりなさい。」

 

死に際の一撃も、豆鉄砲だったかのように弾き返される。隊長の説教はいつものことだが、ここまで話を聞いてくれないのは初めてだ。震える体を回し、同学年のオレンジペコに助けを求める。が、彼女は済ました顔で紅茶を淹れていて、関わりたくない、と眉が物語っている。

 

「わ、わかりましたわ...。ローズヒップ反省いたします、だからどうか」

 

「私が先ほど言ったように、貴方には当分戦車懲罰教導隊で訓練を行ってもらいます。」

 

自分の過ちを認めて、反省の色を示そうとするが、遮られる。ダージリンはいつもより力を込めてカップを握りしめているように見える。これはマズイ、聞く耳を持ってくれないとローズヒップは理解した。

 

戦車懲罰教導隊とは、名ばかりのもので、ごくわずかに存在するという学校内の不良や、違反行為をした生徒が送られる反省室のようなところだ。存在を知る生徒も少なく、ローズヒップも戦車道を通じて噂を聞いた程度だった。

 

「ではペコ、ローズヒップを案内なさい」

 

ずるずる、とオレンジペコに引っ張られて連れていかれる。最後の抵抗も空しく、隊長たちが小さくなっていくのを見て、ペコに預けていた体重を引き戻した。隊長車の装填手を務めている彼女は、小柄な外見とは裏腹にかなりの力を持っている。呆れたような表情と、同情と憐みの入り混じった表情で、大丈夫ですよ、と元気付ける。

 

「戦車教導隊といっても、プラウダや黒森峰のような過酷なことはしませんから。」

 

「プラウダと黒森峰…。」

 

想像すると震えだしそうだ、と言わんばかりに顔を歪ませ、オレンジペコに再度助けを求める。

 

「同じ一年同士、助けてくださいよ~!私、ぜっっったいそんな所に行きたくないです!まだ人生を楽しみたいとは思いませんの?」

 

「懲罰教導隊は捕虜収容所じゃないですから安心して。私も見守っていますから!」

 

力強く背中を押されながら、演習場の片隅にようやく辿り着いた。演習場を歩いて移動するのはなかなか大変だな、と思いながら辺りを見回す。

 

丘と、森林に囲まれているが、戦車や宿舎は見当たらない。

 

「ペコさん?ここですの?」

 

「地図通りに来ました。ダージリン様の描く地図、分かりづらい上に合っているのか怪しいところですけど…。」

 

上品な香りのする紙に、万年筆で描かれたメチャクチャな落書きを見て、うえ、と漏らすローズヒップ。

 

「よくこんなのが読めましたわね...。」

 

隊長の趣味に毎日付き合わされているペコだから、読めるのだろうかと考える。隊長の格言好きには眠くなるが、アッサム様のよくわからないジョークに比べると、まだ澄ました顔をしているだけで済むだけマシだ。アッサム様は自分でヒイヒイ笑って満足するどころか、感想を求めてくるのでとても困る。

 

「それで?本当にここですの?」

 

「宿舎がある、と聞いて来たのですけれど...。ダージリン様の嘘つき…。」

 

小声で愚痴りながら同じところを何度も周るペコ。うんうん唸りながら日頃の鬱憤をブツブツと呟いているペコが、突然顔を上げた。

 

「あれ?ペコも教導隊送りなの?」

 

静かな森林の中で、よく聞きなれた声がした。それも何故か森の方から。ペコが森に駆け寄って行って、その声の主を連れてきた。

 

「ルクリリ様!なんでここにいますの!?」

 

太い三つ編みを揺らす名付きの先輩。ローズヒップも同じく名付きではあるが。状況が理解できずにあわあわとルクリリの周りを駆け回る彼女を無視し、ペコが口を開く。

 

「出迎えありがとうございます、ルクリリ様」

 

「あの隊長のことだし、どうせ入り口も説明せずに越させたと思ってね。」

 

苦笑いをするペコ。

 

「それに、今は隊長もいないんだし、様は付けなくていいのよ?呼びにくいでしょ。」

 

ルクリリ様はなんだかいつもより元気そうだ、とローズヒップは立ち止まる。口調も乱れているように聞こえるし、なにより…、

 

「なっ、なんなんですのその服装は!」

 

ルクリリの着ていた服装は、いつもの赤と黒のジャケットではなく、青と白のジャケットだった。まるで真逆だ。

「知らないの?教導隊はこれよ?」

 

微妙にダサい気がしなくもない制服をジロジロ見て、そして気づく。

 

「ルクリリ様がなんで教導隊の制服を着ているんですの!私意味が分かりません!」

 

「はぁ?私は教導隊の隊長よ?なに、ペコ教えてなかったの?」

 

忘れていました、とはにかむペコ。え、と口をあんぐりと開けたローズヒップ。

 

「まぁいいわ。ほらさっさと宿舎に行きましょ。これからしばらく一緒なんだから。」

 

 

再びペコに引かれながら、森の中へと入っていく。深い森に見えたが、木々の密度が高いのは最初だけで、少し進むと整備された小道が現れた。まるで森はカモフラージュのようだ、と思いながら木製の橋を渡る。

 

「これ、作られた森なのでしょうか…」

 

ペコも同じことを思っているようだ。学園だし全部人工なのは分かってるけど、他の丁寧に作られた森に比べて、なんだかスカスカで美しくない。

 

着いたわよ、とルクリリに示された宿舎は、予想していたモノとは全然違うものだった。

 

「私てっきり宿舎はコンクリート仕立ての無機質なモノかと...。」

 

「いったい教導隊を何だと思っているのよ。プラウダでもそこまで酷くないわ。」

 

「噂によれば、黒森峰の教導隊は地下宿舎だそうですが...。」

 

俗にバンガローと呼ばれる大きな木造家屋を前に、ローズヒップは喜びまわる。

 

「思っていたより怖くないですわ!こんなのだったらへっちゃらですわ!」

 

案内され、屋内に入る。ルクリリ様が紅茶を淹れる間、テーブルに座って待つよう言われる。が、怖くないと知ったローズヒップは無邪気にはしゃぎ、出されたばかりの紅茶をこぼした。

 

ペコが眉を逆ハの字にしてもっと落ち着きを持つよう諭すのはもはや恒例だなあ、とルクリリも笑った。

 

「じゃあまず、懲罰教導隊の仕組みについて説明するわ。」

 

制服を脱ぎ、ラフな格好になったルクリリが立った。

 

「えー?本校で規則違反をした戦車道履修者や、命令無視の繰り返し、理念にそぐわない行動を行った者たちを初め…」

 

なにやら堅苦しくかったるい説明が始まるようだ。ペコはきょろきょろと辺りを見回している。トイレにでも行きたいのだろうか。

 

「…に優秀な成績を収めることで反省と決意を示し、再び通常の訓練に復帰できる、と。」

 

くしゃくしゃの紙を読み上げたルクリリ。ローズヒップが上の空であることも最初から知っていたはずだが、形式上最後まで読み上げたのだろうか。

 

「まあ、ようするにね、ここでしばらく過ごして、規則正しい生活を送って更生なさい、ってこと。ローズヒップ聞いてる?」

 

「聞いていますわ。具体的に何するんですか?ここで過ごすだけですの?」

 

「大体一か月ぐらい、私と一緒にこのバンガローで生活してもらうわ。勿論、戦車道の訓練は一緒に受けられないから、戦車はこっちで練習。あんまり普段と変わらないわね。」

 

普段と変わらない、と聞いて目を輝かせるローズヒップ。先ほどまでの恐怖に満ちた顔がウソのようだ。

何も分かって無いわね、と首を振りながらルクリリが言う。

 

「ちなみに、ここから本校までは3マイルちょっとあるわ。これが主な懲罰よ。毎日の登下校は覚悟なさい?」

 

「たくさん走るのは大好きですわー!」

 

何もわからなかったようだ。嚙み合わない会話をよそに、ペコはおどおどと尋ねた。

 

「あの、私はもう帰っていいでしょうか。」

 

「はぁ?」

「わ、私はダージリン様にローズヒップを案内するよう言いつけられただけで、懲罰教導隊送りにされたわけではないですから...。」

 

もう日が落ちかけていますし、と付け足すペコ。が、ニッコリと笑うルクリリに、却下される。

 

「最近はみんな素行良好でねー、誰も来なくてヒマなの。教導隊なんて今時めったにやるものじゃないし。」

 

だから、ダージリンに教導隊送りを言い渡された貴方は中々のモノね、とローズヒップの肩を叩き、ペコをまっすぐ見つめる。

 

「ペコもローズヒップと一緒に懲罰教導隊に入ってくれない?寂しがっている先輩を助けると思って、さ。」

 

「断れないのを分かっていて誘うのはズルいです…。」

 

頬を膨らませながら、紅茶を注ぐペコ。なんだ、助けてくれるんだ、とローズヒップは喜ぶ。

 

「私たち以外の教導隊の方は今どこにいらっしゃるので?」

 

「私たち以外?居ないわよ?」

 

「え」「へ?」

 

二人同時にすっころぶ。まさか。それでは隊とも言えないではいか。

 

「だから寂しいって言っているのよ。分かんない?」

 

ここは学生寮じゃないから家賃も無いし、教導隊隊長という名目で無理やり住み込んでいるだけなんだよねー、と笑いながら言う。

 

「二人ともありがとう。しばらくよろしくね!」

 

呆然とするペコと、キャパシティーを超えて煙を吐いているローズヒップを笑うかのように、ワタリガラスが鳴いた。

 

 

宿舎

 

ルクリリの手料理をごちそうになり、シャワーとベッドを案内された二人。なぜこんな山奥にシャワーが出るほどの水道設備があるのか、と聞くと、学園艦の便利なところだよねー、と笑う。こっそりパイプから頂戴しているのだろう。

そこまで察したペコは、それ以上尋ねるのをやめた。

 

「ペコさんと同じ部屋ですわーっ!」

 

「一応部屋は5人分あるのだけれど、今は物置になっていて、ここぐらいしか使えないの。今日は私、下で寝るから、明日は隣の部屋を片付けて寝てね。」

 

おやすみー、と明かりを消し、階段を下りて行くルクリリ。

 

「修学旅行みたいでワクワクしますね!」

 

「私はもう疲れているので付き合いませんよ...?」

 

ルクリリ様はずっとここで一人寝ていたのだろうか、と枕を抱きながら、ローズヒップは眠りに入った。

 

 

一日目 宿舎

 

「起きなさい、ほらローズヒップ。おーきーなーさーい!」

 

ルクリリに布団を剥がれたものの、ぎゅっと枕を抱きしめて動くまいと抵抗するローズヒップ。ペコはとっくに起きていて、朝食の支度をしている。

 

「まだ5時ですのよ!?こんな時間に起きるなんて頭おかしいですわ!!」

 

どこぞの操縦手のような事をぶーたれつつ、ルクリリに抱きかかえられてリビングまで運ばれる。

 

「起きました?ありがとうございます。…ローズヒップ、あなたあまり先輩を困らせないほうがいいですわよー?」

 

「ペコさんはなんで起きれているんですか…。これが家の違いってやつですか…。」

 

大家族の中で過ごしていたローズヒップは、起こされるどころか存在を忘れられることも多々あった。なにせ、一つ屋根の下に18人もの人間がいるのだから。

 

「ほらこっち来なさい。髪梳かしてあげるから。」

 

「はいですわー!」

 

ペコの作る朝食の匂いで目が覚めたのか、途端に元気になるローズヒップ。

 

「ほら動かないの。まだ朝食できてないし、逃げるわけでもないんだから。」

 

「ペコさんが全部食べてしまうかもしれませんわ!」

 

「食べません!!」

 

 

朝食を済ませ、支度をしてバンガローを出たのは、6時ちょっと過ぎ。まだ授業が始まるまで2時間もある。

 

「いつもの寮なら7時まで寝れていますのにー」

 

「これでもいつもより遅い方よ。」

 

「移動用の車両とかは無いんですか?フェレットとかよく見かけますけど。」

 

辺りを見回してペコが言う。

 

「装甲車で楽しちゃ懲罰にならないでしょ。歩くことが大事、ほら走らないのローズヒップ。」

 

森を抜け、演習場を抜け、ようやく校舎に辿り着く頃には、始業まで後10分も無かった。

 

「やっと着きましたですわーっ!」

 

「誰かさんがもっと早く起きていればこんな時間にはならなかったのですが。」

 

「ローズヒップには私から厳しく言っておきます...。」

 

靴を投げ捨てるように履き替えるローズヒップに呆れつつ、ルクリリと別れを告げた。今日は戦車道の授業がある日だが、なにも知らされていない。ダージリン様に地図の件で訴えつつ、アッサム様にでも聞いてみよう、と靴を脱ぎながらペコは苦い顔で決めた。

 

 

聖グロリアーナ某所

 

「ペコも懲罰教導隊へ?あら、見直しましたわ。」

 

「誠心誠意努力していた私に何か不満でもあったのですか…?」

 

顔をしかめながらダージリンの嬉しそうな顔に耐えるペコ。まったく、何が見直しましたわ~、だ。

 

「不満というより、尊敬ね。だって教導隊の戦車は…」

 

口元を緩ませ、カップを持つ手を震わせながら隊長様が発音したその名前は、ペコをしばし無言にさせた。アッサム様は見たこともないような辛そうな顔をしている。

 

「ぷふ、ふふふ…。そうでしたわね、アッサムは経験済みだったわね。」

 

え、アッサム様が。一体何をやらかしてあそこに送られたのだろう。

 

「コツとかはアッサムに聞くといいわ。なんでも経験者に聞くのが一番よ。」

 

ところでー、と新たな格言に付き合わされる前に、ペコはアッサム様の元へ駆け寄った。

 

「…アッサム様、さっきの…マジですの?」

 

「ペコ、口調が誰かさんに似てきましたね。」

 

「はいですの!」

 

いつのまにやらローズヒップが居る。足音は聞こえなかったから最初から居たのだろうか。

 

「あらローズヒップ。丁度いいわ、二人にコツを教えてあげる。」

 

顔に?を浮かべたローズヒップに、教導隊の使う車両の名前を伝えるペコ。

 

「かべなんたー?なんですの、それ。」

 

「カヴェナンター。あなたの大好きなクルセイダーの姉よ。」

 

アッサムが棚から資料を取り出しつつ発音を訂正する。

 

「クルセイダーの姉ですの!では快速な巡航戦車ですのね!?」

 

「速度は良好よ。路面ならしっかり50キロは出るわ。」

 

主砲は2ポンド砲ですけどね、とペコが付け足す。まあ、カヴェナンターは悪い戦車じゃない。ただ一つの欠点と、根本的な設計ミスを除いて。

 

 

経験者?であるアッサム様に教わった通り、大量の水とタオルを抱えて演習場へ向かった。一足先に着いていたようで、ルクリリ様が待っていてくれた。

 

「来たね、じゃあ始めるわよ。」

 

この後起こることを考えたらもう立っていられない。いかなる時も冷静で優雅、なんてあの戦車の前では...。

 

「これが私たちの乗るカヴェナンター巡航戦車よ!」

 

嬉しそうにシャッターを上げるルクリリ様。あれ、なんで嬉しそうなんだろう。長く乗っていると頭がおかしくなるのかしら。そういえばルクリリ様ってたまに下品な言葉遣いになってるし、もしかしてこれが原因?

 

「なんだかクルセイダーに似ていますわー!これがカベ…カベ…」

 

「カヴェナンターですね。主砲は2ポンド砲…にしては砲身が長いですけど、改造とかですか?」

 

「高初速化された2ポンド砲よ。頑張ってリトルジョン・アダプターを付けたの。」

 

すごいでしょ、と自慢げに語るルクリリ様。そういえばマチルダ会の人たちに、マチルダ全部隊の改修案を撤回されたことがあるってダージリン様から聞いたことある。もしかしてそれの遺品?

 

「カッコイイですわー!!私これ気に入りました!!」

 

グルグルとカヴェナンターの周りを走るローズヒップをよそに、タオルや水の積み込みを始めようとする。

 

「用意がいいわね。なに?アッサム様?」

 

「はい。持ってこれるだけ持ってきました。」

 

「シャワールームは別館にあるけど、訓練中はずっと演習場だし、ありがたいわね。」

 

ルクリリも清涼剤やクーラーボックスを積み込みはじめる。普段の訓練ではマチルダを使い、このカヴェナンターには乗らないらしいが、たまに乗るときはいつもこうしてモノを大量に持ち込むという。

 

「制汗剤は使うだけ無駄だから、保冷材をタオルにまいて使うの。」

 

気休め程度だけどねー、と笑う。ルクリリは、狭苦しそうに見える砲塔内で積み込み作業を行い、ペコとローズヒップは例のタンクジャケットに着替えた。

 

「まるでハイランダーズですね…」

 

「?」

 

「スコットランドの国旗、分かります?」

 

「ああ、そういうことでしたのね」

 

正直、今から乗る戦車に適した服装ではないなあ、とウンザリしながら、カヴェナンターの元へ向かう。もう既にエンジンは始動しているようで、排気で柱が揺らいで見えた。

 

「じゃあ私は砲手やるから、二人で相談なさい」

 

さすが先輩、姿勢的に一番大変な仕事を持ってくれた。ラジエーターの横には行きたくないし、風を感じられてまだマシそうな車長がいいかな。

 

「わ、私は車長やりたいです。ダージリン様から引き継ぐためにも…」

 

適当な理由を付けて正当化したら、ローズヒップは簡単に承諾してくれた。

 

「では行きますのよーっ!」

 

渡された説明書もそこそこに、レバーをぐいぐい触ると、車体がぐわん、と揺れた。

 

メドウズ水平対向エンジンが唸りを上げて、演習場の草地に履帯を食いこませて進む。ローズヒップのことだから、と荒々しい運転を覚悟していたペコだが、思ったより丁寧な走りで、的確な操作に驚く。

 

「今日は操縦訓練よ。すっごく難しいから、ローズヒップは気合入れなさい?」

 

「はいですの!」

 

「ローズヒップ、貴方今日は大人しいですのね。」

 

のろのろと進むカヴェナンターを不審に思い、ついに尋ねる。

 

「え、いつも通りですのよ?」

 

「安全運転で驚きました。」

 

「??」

 

話が嚙み合わない。まさか。

 

「あはは、これはねー、ギア入れるのがとても難しいの。丁寧にやったりしてどうにかなるわけでもないから、仕方ないんだけど。」

 

ルクリリがそう笑うと、突然走り出し、身体が叩きつけられた。今頃嚙み合ったご様子だ。

 

「ろ、ローズヒップは最大ギアで走っているつもりだったんですのね…」

 

ステアリングが効きすぎて、がっくんがっくん方向を変えるたびに揺さぶられながら、自分の勘違いに気付いたペコ。不整地での最高速度に達すると、普段乗っているチャーチルとは違う景色が見えた。

 

「わわ、あっつ、あつ、この戦車めちゃくちゃ暑いですわ!!」

 

ラジエーターが待っていましたと言わんばかりに咆え、配管パイプがじわじわと熱気を放ち始める。怪我をしないようにタオルで配管を覆ってはいるが、そのせいでもっと暑く感じられる。

 

「う…ええ…?思っていたより凄まじい暑さですのね…」

 

あまりの過激さに困惑するローズヒップ。ラジエーターが横にある上、曲者な変速機のおかげで額から汗がぽたぽたと垂れる。

 

ルクリリ様は、と思い見ると、タオルを首にかけて、時折ごしごし顔を拭きながら砲を肩で支えていた。

 

「出店のおじさんみたいな…」

 

うっかり飛び出た言葉は、ルクリリがニッコリと笑って消化していった。

 

「性格がちょっと荒々しいのも、これで理解できた?」

 

あ、自覚してるんだ。来年、隊長として期待されているペコに対しての手回しだろうか。つまり、大目に見てくれという訳?

 

「あっづー!うえ……」

 

ローズヒップは言葉を出すのも辛くなってきた様子で、水を飲んでいる。あ、タオルを濡らして巻き始めた。

 

自分も足元に熱気を感じながら、スカートを手で揺らしてこもる空気を循環させる。入れ替えたところで熱気が隙間を埋めるだけなんだけども。

 

「ペコ、私が言うのもなんだけど、相当はしたないわよ。」

 

ルクリリ様に言われてしまった...。

 

 

途中で休憩を何度も挟みながら、3時間ほどの訓練を終えた。もう体中汗だくで、ルクリリ様はボタンを半分開けてあられもない姿をさらけ出している。何も話さず、時折ごろごろと草地を転がっている。

 

どうせ誰も見ていないし、と自分もジャケットを緩め、ぱたぱたと扇いた。

 

ローズヒップはと言えば、操縦席から出て2,3歩の所で倒れている。相当堪えたらしい。水筒とタオルを持って行くと、飲ませて、と汗だくの顔を擦りつけながら要求してきた。体重を支える気力もないようで、ペコの体にもたれかかってくる。暑い、暑いと背中を叩くが、一向に収まらない。

 

「お熱いわね。」

 

いつの間にかルクリリ様も立ち直ったらしく、にやにやとご満悦の表情でペコの元へ歩く。

 

「ローズヒップが勝手に倒れ込んできただけです!別に何かしたわけじゃありません!」

 

「ペコ~…。あと一口...。」

 

背中をパンパン叩かれ、催促される。しぶしぶ先輩の前で口に含ませ、口から垂れた水を拭いてやり、残りを自分で飲み干した。

 

「ほら行きますよ。早くシャワー浴びたいです、の、で!」

 

がっちりホールドして全体重を私にかけていたローズヒップの体を退かし、脇を持って立たせた。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

空いてるシャワーヘッドをかき集め、3方向からの水圧を楽しむローズヒップ。アッサム様が見ていればお尻を叩かれていますのに、ルクリリ様は緩いからローズヒップも油断しているのかしら。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

…ダメだった。緩い、とかじゃなく、威厳もない見るに堪えない姿だった。

 

「あの、ルクリリ様。スカートで蒸されていて不快だったのは分かりますが、その洗い方はどうなんでしょう。」

 

笑顔を頑張って作りながら、おずおずと尋ねる。見たくなかったなあ...。

 

ペコもやってみればー、スッキリするよ、などと聞く耳を持つどころか逆に勧誘の言葉で答えてきたので、頭を抱えながら体にへばりついた汗を洗い落とした。

 

 

髪を結び直し、服装をラフな格好に着替えてテーブルでゆっくりしていると、ぼさぼさのローズヒップと、ぼさぼさ長髪のルクリリ様がバタバタと部屋になだれこみ、冷蔵庫に顔を突っ込んだ。どうやら牛乳を飲むついでに熱気を飛ばしたかったらしい。

 

「かーっ!」

 

見たくなかったなあ

 

「かーっ!ですわ!」

 

清涼飲料のCMに出演できそうな決まり姿を見て、ため息をつくペコ。

真似してほしくもなかった。せっかくアッサム様がここまで指導してきたのに、全部無駄になってしまいそう。

 

 

宿舎

 

「今日は部屋の片付けもしなきゃなんないから、夕食は手早く済ませましょ。」

 

そういってルクリリがテーブルにでかでかと置いたのは、アップルパイだった。

 

「パイですの!?いただきますわ!」

 

「食べな食べな!ちなみにアップルジャムは自家製だよ!」

 

昨日の夕食といい、ルクリリ様って料理結構できるんだなあ。オーブンに入れて焼いただけの簡素な夕食だが、自制が効かなくなりそうな美味しさだった。

夕食を済ませた後、昨日聞いた部屋の片づけを行うことになった。

 

「うっわあ…。これ全部ルクリリ様の私物ですの...?」

 

「はっはっは。すごいでしょ。たった2年でこれだよ!」

 

そこは自慢する場所じゃあないでしょうに…。それに、てっきり家具やら雑貨で埋もれているのかと思っていたが、これは...。

 

「普通の女子高生は部屋に工具箱置きませんし、可愛い勉強机に鉄板貼ったりしません!」

 

いくらルクリリ様の私物とはいえ、結構な値段のする工具やら加工機がゴロゴロと転がっているの、もしかして戦車道で使う物なんじゃ?とペコが頭に疑問符を浮かべていると、何かを爪先で蹴飛ばした。

 

「わっ、ごめんなさい...、ってこれ、なんですか?」

 

「この部品?これはダージリン隊長から預かってる戦車の部品よ。残りの3部屋に履帯と主砲、倉庫に車体があるわ。」

 

これは履帯のピンね、と笑う。戦車の部品と一緒に寝たくはないなあ。待って、これ全部自力で運んできたの!?

 

「その預かっている戦車って何なんですの?」

 

「クロムウェルの改造型とかいうやつ。17ポンド砲積めたらしいよ。」

 

「17ポンド砲!?マジですの!?」

 

スーパー強い砲ですの!と叫ぶローズヒップの声に、ペコが一時的なショックから立ち直った。

 

「なぜそんな強力な車両がここに...。」

 

「OB会の連中がうるさくてさ、せっかくイギリスの戦車道支援団体から貰ったやつなのにしまったキリなのよ。」

 

17ポンド砲さえあれば、あの17ポンド砲なら、もしチャーチルMk.Vllが17ポンド砲を積んでいれば...。散々雑誌やメディアに好きたい放題言われ続けた数々の試合が目の前に蘇るペコ。ローズヒップは目をキラキラさせている。レーザービームでも出るとでも思っているのだろう。

 

黒森峰のあのタイガー戦車ともやり合える貫通力がある砲をこんなところに置くとは、OB会ってやっぱり面倒な組織だこと。

 

「まあ色々事情もあって?ダージリン隊長が頑張ってはいるけど未だクロムウェルの投入止まりね。」

 

あなたにOB会とやりあう覚悟があるなら、来年は期待できるわね、と痛いところを突かれた。来年はダージリン様がやってこなしてきた対OB会戦もしなきゃならないんだった、とペコが上を向く。

 

「お二人とも突っ立ってないで手伝ってくださる!!??」

 

「ごめんローズヒップ、あなたが今持ってるやつはあなたたち用の寝具をまとめたモノだから、そこに置いといていいわ。」

 

「先に言ってくださいまし!!!」

 

2時間ほどで荷物や工具は綺麗さっぱり消え、掃除も終わった。後でもう一回シャワー浴びたいけど、ローズヒップは既にベッドで倒れている。起こすのも悪いし、今日は我慢しようかな。

 

「いやーペコちゃん。お疲れ様。紅茶飲む?お茶でも飲む?」

 

ルクリリ様が酔っぱらいのように抱き着いてくる。一人で生活していた反動なのだろうか。

 

 

「はいどうぞ。ペコほどじゃないけど、私も紅茶淹れるぐらいのことはできるわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

いただきます、と紅茶を口にしつつ、ペコは聞きたかったことを尋ねた。

 

「私がなんでここに居るか?前にも話したじゃない、寮費がかからない上好き勝手やってもバレないからよ。」

 

寮監も居ないしねー、とゲラゲラ笑うルクリリ。ダージリン様にこの実態が知れたら、大変だろうなあ。

 

「寂しくは…ないんですか?」

 

「寂しいよ、だからペコも抱き込んだんじゃない。いやー嬉しいよ!後輩ちゃんが一緒に寝てくれて!」

 

「私は別に構わないですけど、1か月もすれば復帰ですよ?その...、また一人きりになってしまいます。」

 

「え?」

 

何言っているのよ、という顔で返された。もしかして怒らせちゃった?

 

「あなたたち遊びに来るでしょ?ていうか来なさい。それで私は満足だから、大丈夫。」

 

「それでルクリリ様が満足なら私は構いませんけど...。」

 

「じゃあそれでよろしく!」

 

最後に残った紅茶を一気飲みして、早めに寝なよー、と残して部屋に戻った。強引な先輩だけど、あの笑顔を見ちゃうと、来年は甘々になっちゃいそう。でも、少なくとも無線に暴言を流すのだけはやめさせないと…。

 

 

二日目 宿舎

 

「ペコさんーーーーー?朝ですのよー!!!」

 

ガシャンガシャンと金属音が耳に突き刺さり、身体が揺さぶられて目が覚めた。時計を見ると4時。まだ太陽すら登って無いのに、なぜ私よりローズヒップが先に起きているのか、とペコが寝起き頭を回す。

 

「私昨日はとても早く寝たので、その分早く起きれましたの!」

 

元気なのはいいけど、ちょっとやり過ぎかな、と昨日箪笥にしまった工具をガチャガチャと鳴らすローズヒップを諫める。

 

「ローズヒップうるさい!!!後30分は寝させろ!!!!」

 

隣部屋から怒号が飛ぶ。思った通りだった。

 

 

二度寝して、ローズヒップの作ったとろみ溢れる生焼け卵を三人で頂いてから学校に向かった。今日は順調に出発できたので、余裕を持って到着できた。

 

「ではまた午後に、失礼します。」

 

「また午後に、ですわ!」

 

「はいはい頑張ってね~。」

 

今日は行進間射撃とかやるんだったかしら、と指を回す。昼にアッサム様にコツとか聞いとかなきゃなあ。

 

 

聖グロリアーナ某所

 

「で?調子はどうなのかしら。」

 

「ローズヒップは反省しているかどうか怪しいですが、ずっと笑顔でした。最後までカヴェナンターを乗りこなそうと努力していましたし。」

 

「それは結構。ルクリリはちゃんと指導していたの?」

 

「ええ、まあ、一応…は。」

 

急な質問に対応できず、アッサム様の鋭い視線が言葉尻を捉えた。

 

「ルクリリのことだから、ローズヒップに変なことでも教えてるんでしょう。ペコ、あなたが代わりにキッチリ指導しなさい?」

 

「わかりました。」

 

私が言っても絶対聞かないと思うけどなあ、と小声で漏らす。

 

「そういえばダージリン様、ルクリリ様から聞いたんですけど、我が校にチャレンジャー巡航戦車があるって本当ですか?」

 

気になっていたことを尋ねてみた。クロムウェルに17ポンド砲を搭載した強力な巡航戦車。まさかウチにあるとは知らなかったが、好きな戦車の一つに入る。

 

「ええ、本当よ。バラバラに分解されているけどね。」

 

「昨日履帯のピンを見ました...。」

 

「決勝戦でなら使ってもよい、とまでOB会から引き出しましたのに、使えずじまいでしたわ。」

 

半分腹いせでルクリリが分解したのよ、と付け足される。ルクリリ様、無駄に器用だなあ。

 

「来年も決勝戦での使用のみですか?」

 

「いいえ、今年の全国戦車道大会での大洗女子学園を見て、ちょっと気が変わったようね。次の練習試合から使用しても良い、とまで許可が下りたわ。」

 

「大洗の戦いぶりが、あのOB会を揺るがしたんですか…。」

 

「まあ、私たちはまだ黒星を喫してはいませんけど、用心は必要、という判断かしら。」

 

それなら黒森峰戦で出さしてくれれば良いのに。後から言っても結果は変わらないけど、と頭を軽く振って落とす。

 

「でね、ペコ!?重要なのはここからよ!OB会は『次の練習試合で使用しても良い』って許可を出したのだけれども!」

 

いきなり肩を揺さぶられる。なんでこんなにテンション上がってるのかしら、と困惑するペコをよそに、隊長の熱弁が始まる。

 

「次の“大洗”との練習試合とは言わなかったのよ!!」

 

「え、それってつまり、今度のプラウダとの練習試合で使えるってことですか?」

 

「その通りよ!!カチューシャに122mm砲を散々自慢されてきた屈辱の日々はもうおしまい!!17ポンド砲なら確実にプラウダの車両を正面から貫通できるのよ!」

 

「今まで散々2ポンド砲の徹甲弾を弾かれてきましたもんね…」

 

とりあえず落ち着いてください、と紅茶を飲ませた。げほ、げほと咳き込んでから、棚からチャレンジャー巡航戦車の資料を渡してくれた。

 

「秋の半ばにプラウダとの練習試合、それまでに修理しないといけないわ。ルクリリにお願いできるか頼みにいきなさい。」

 

「わかりました。今日の訓練で伝えておきます。」

 

では失礼します、とダージリン様の格言タイムが始まる前に演習場へ向かった。来年こそは優勝できるかもしれないなあ、と自然に唇が緩んだ。

 

 

倉庫

 

「へえ、使えることになったんだ。」

 

嬉しそうに白い歯を見せた。そうか、今の順列的には来年ルクリリ様がチャレンジャーに乗るかもしれないのか。私はチャーチルだし。

 

「来年は火力不足に悩まされるずにすむねー。良いこと良いこと。」

 

「なんの話ですの?」

 

「昨日話してた巡航戦車、使えることになったんだって。今度修理したら乗ってみなさい。車体はクロムウェルだから。」

 

転輪は1組増えてますけどねー、と付け足しておいた。

 

「さて、今日は行進間射撃の練習だよ。静止射撃はもう慣れっこだから、ローズヒップがどこまでやれるか、期待ね。」

 

初日の散々な運転を思い出し、首切りカッターになりかねないスライドハッチを固く固定した。

 

 

結果は最悪だった。ローズヒップも頑張っていたけれど、砲撃指示のタイミングがつかめない。どんなにカヴェナンターの動きを読んでも、どんなに地形に目を凝らしてもダメだった。結局、ルクリリ様に任せちゃったし、と地面を見ているペコを見て、後ろからルクリリが声をかける。

 

「なに?気にしてるの?」

 

「25発撃って当たったのは3発でしたのに、ルクリリ様が一人でやると11発中7発も命中してるじゃないですか。私だって落ち込みますよ。」

 

「そらだって、まだ乗り始めて二日目の車両だし、読み切れないのも仕方ないわよ。だって私、1年以上乗ってるんだし。」

 

週末だけだけどねー、と照れ臭そうに言う。来年は隊長に昇格し、そのまま車長を引き継がねばならないというのに、これでは先が危うい。

 

私が1か月でビシバシ当てれるようにしてあげるよー、と肩を叩かれる。ルクリリ様って、マチルダの車長だけど、去年は砲手やってたって聞いたし、修理もできるし、ほんと器用なんだなあ。

 

 

宿舎

 

「今日からは食事は当番制にするよー!」

 

丸く切ったボール紙に、マーカーで名前を書きながらルクリリ様が楽しそうに言った。ペコが覗き込むと、顔上げて嬉しそうに笑う。

 

「共同生活だもん、これもまた楽しみの一つだよねー。」

 

できた円盤を、壁に打ち付け、オレンジペコ、と書かれたゾーンを上にして止めた。

 

で、私?

 

「ペコちゃんの料理、楽しみだわ~。そこにエプロンあるから、好きなの使っていいよ~。」

 

「ペコさんの料理ですの!?ではクリームパスタですわね!」

 

早速バレた。ビン詰めされたクリームとベーコンを、茹でたパスタに混ぜて誤魔化そうと思ったんだけど。以前ローズヒップにたかられたときに、出したんだっけ、と振り返る。

 

「あの~、ペコさん??」

 

いつのまにかローズヒップが横にいる。あ、この顔は何か企んでる顔だ、とペコは一瞬で見抜いた。

 

「そのー、えー、ホウレンソウを入れるのは、よしてほしいんですけど...。」

 

私がボウルの中に突っ込んでたホウレンソウを見ながら、おどおどと言う。

 

「ダメよローズヒップ。好き嫌いは直さないと、アッサム様に私が怒られるわ。」

 

ルクリリ様が注意するなんて珍しい、と思っていたら、裏で何かあったようだ。

 

「アッサム様…!」

 

ローズヒップはなにやら嫌なことでも思い出したようで、その場にうずくまった。過去に何か嫌いな食べ物でも無理やり食べさせられたのだろうか。

 

「はい、投入しますよ~。」

 

「ああああ!!!」

 

まって、まってと服を引っ張るローズヒップを横に、クリームパスタを完成させた。白と緑の色合いが、なんだかアイルランドみたいだ。

はい完成。皿に盛りつけ、二人が一口運んだところでお味はどうですか、と尋ねる。

 

「まず…」

 

え。

 

「ホウレンソウが邪魔ですわ…こうして……マッズ!?」

 

ええ??

 

「あ、あの。お気に召しませんでしたか?」

 

食べてみなさい、と顔をしかめたルクリリに言われて一口運ぶ。

 

あ、これは不味い。ぜんぜん美味しくない。え、ホウレンソウと合うと思って入れたんだけど、これ完全に失敗した??

 

「うお…ホウレンソウ避けても臭みが凄いわね...。」

 

「わ、わたくしもうギブですの...。」

 

「ごめん、ペコ。私これ無理。」

 

散々文句を言いつつも、ルクリリ様は残さなかった。ローズヒップはというと、戸棚から出したフランスパンに、使い残したクリームソースを付けて食べている。

散々ぶーたれつつも、ローズヒップの分まで平らげてくれるルクリリ様の優しさが、大失敗して傷だらけの心に染みた。

 

今度はちゃんとメニューとか調べて、爆弾を作らないようにしないと。それにしても、なんでホウレンソウと合わないんだろう。

 

 

「二人は明日、なにか用事はある?」

 

「私は特にないです。明日こそはゆっくりできます!」

 

「親善試合と大洗への助太刀で大変だったものね。ローズヒップ、貴方は?」

 

「わたくしもフリーですわ!」

 

「じゃ決まり。明日は食材の買い出しに行くわよ。」

 

「え」

 

「はいですの!」

 

明日はゆっくり寝てたかったんだけど、まあいいか。冷蔵庫の食材を勝手に使うのも罪悪感あるし、と視点を切り替えた。

 

「ルクリリ様とお買い物ですわー!」

 

「ローズヒップぅ、買い出し頑張ったら何かおごっちゃうよ?先輩おごっちゃうよ??」

 

 

三日目 学園艦中心部のショッピングモール

 

「はい。これリスト。じゃあ私は生活用品揃えてくるから、食材の調達よろしくね?」

 

「わかりました!」

 

「じゃあまたね。昼ごはん、頑張ったらおごっちゃうぞ~~」

 

ローズヒップから目を離さないでねー、と不穏な言葉を私に告げて、ルクリリ様はエスカレーターを昇って行った。

 

「ペコさん、まずは何からいきますの?」

 

「そうですね、軽い食品から埋めていきましょうか。」

 

「では野菜売り場ですのね!あっちですわ!」

 

ルクリリ様、やけに達筆だなあ、と思ってたら、これ印刷された紙だ、とペコは気づいた。

書かれてる食材、中には商品メーカーまで指定されてるけど、揃えきれるかな。

 

「こらローズヒップ。入れてないのにチェック入れるのやめなさい。好き嫌いはわかりますけど、アッサム様に怒られますよ?」

 

「ペコさんは好き嫌い無いようでうらやましいですわ…。」

 

「私だってありますよ。旬じゃないキュウリとか。」

 

「あぁ…。」

 

大きくうなずくローズヒップ。キュウリは新鮮な方が断然おいしい。

 

「あらかた揃えましたわ!ペコさん、終わりました?」

 

「はい、今ローズヒップが不正していないか再確認してます。」

 

「ひどい言われようですの。私なにも悪いことしてませんのに!」

 

「嫌いな野菜を誤魔化してチェックしてましたでしょ?それは不正行為です。」

 

駄々をこねるローズヒップをなだめながら、既製品と調味料なんかを揃えにゾーンを移動する。

それにしても、ソース類の補充多いなあ。印刷されたメモには、太字で「HP」とメーカー名を指定してあるのもある。しかも瓶タイプ。

ブラウンソースの酸味は苦手なんだけど、ルクリリ様は好きなのかしら。

 

「ペコさん?お好み焼きソースってこんなのでいいんですの?」

 

ローズヒップの手には、デカデカと「A1」の文字が王冠付きで貼られて…A1!?

慌ててローズヒップの手からソースを奪って棚に戻す。

 

「全然違います!それは味覚音痴のアメリカ人御用達のソースです!お好み焼きソースはこっち!」

 

「A1ソースはイングランド生まれだし、ウチの学校も人のこと言えないわよ~?」

 

あ、ルクリリ様。もう買いそろえてきたんだ。

 

「この前ダージリン隊長がサンダースの学食をご馳走になったらしいんだけど、アッサム様曰く、あまりの美味しさに泣いていたらしいわ。」

 

「まあウチの学食は他と比べて確かに見劣りはしますけど、食事としては満足なレベルだと思いますが…。」

 

「カレーライスが美味しいですわ!」

 

それはイギリス料理じゃないですよー、と告げる。まあイギリスから日本に流れてきたって聞くし、あながち間違ってはないんだろうけど。

 

「でねー?隊長本人は味が強すぎるー、だとか言い訳してたらしいんだけど、サンダースのケイさんが今度の練習試合の時に、食堂車出してくれるんだって。」

 

「マジですの!?ファストフードは好きですわ!」

 

「それって、強がるダージリン隊長を笑いに来てるんじゃ...。」

 

「こらそこ!なんでも陰謀だとか悪巧みだとかマイナスに考えない!」

 

「ケイさんはとってもフレンドリーで良い方でしたの!」

 

さては二人とも餌付けされたんじゃ。そういえば大学選抜との試合後、サンダースとアンツィオ主催で打ち上げやってたなあ。

 

「はいこれ、それとこれ。あ、ローズヒップまたメーカー間違えてる。ヴァンキャンプの方じゃなくてハインツだってば。」

 

「どっちも同じビーンズですの!」

 

両手を振るローズヒップに対し、分かってないなあ、とでも言うかのような顔でルクリリ様が違いを述べる。

 

「私、ポーク入りのビーンズは嫌いなのよ。あ、そこのトマトスープ取って。」

 

私たち、必要だったのかな、と手際よく商品を整理していくルクリリ様を見て考える。買い物慣れしてるなあ。

 

「はいこれで全部!私がレジ通してくるから、あなた達は出た先で袋持って待機ね。」

 

「はーい」

 

同モール内飲食店街

 

「荷物はここに置いといたら良いから、ご飯食べに行きましょ。」

 

「ルクリリ様!私頑張りましたの!」

 

「ローズヒップ、忘れてませんからね!?あなたのおかげでチェック大変だったんですから!」

 

「二人とも頑張った!約束通りおごっちゃうよ!ほらついてきて!」

 

 

「で、入った先が」

 

「ラーメン屋ですの...。」

 

「あの、ルクリリ様。さすがに私たち聖グロリアーナの生徒がこのような大衆食堂で豪快に面を啜る絵面は...。」

 

「下手したら退学モンですの...。」

 

「心配しなーい!私、ここの通だし?店主と仲良いし?揉み消してくれるワケ。だからほら、普段食べれない分好きなだけ食べていいよ!」

 

まあ確かに、ラーメンなんて家族としか食べに行ったこと無いし、なにより聖グロでは食べる機会がめったにない。ていうかルクリリ様、通ってるんだ...。

 

「おっちゃん塩2つで私肉ソバ大盛!あと煮卵!」

 

「慣れ過ぎじゃないですか!?」

 

「え、だって私、去年生活費の足しにちょくちょくここでバイトやってたし。」

 

唖然とする私とローズヒップを横に、隊長にはナイショね、と付け足すルクリリ様。あ、でも確かに、この前のルクリリ様、タオル似合ってた。

 

「アッサム様に事情話してこっそりやってたんだけど、多分隊長が聞いたらお金の援助とかされちゃう気がしてね?気持ちは嬉しいけど、やっぱ汗水たらして得たお金でご飯食べる方が美味しいからさー、」

 

「汗水たらすのは戦車だけで十分ですの...。」

 

「お、私の方が先に来ちゃったか。」

 

「お先にどうぞ、私たちもすぐ来ますし。」

 

「じゃあ遠慮なく。」

 

いただきまーす、と手を合わせるルクリリ様。ローズヒップがキラキラした目で大盛の肉ソバを見つめる。

 

「おっちゃん私の煮卵追加で!」

 

「こらローズヒップ、あなた初対面の人になんて失礼なことするんですか。」

 

「ルクリリ様を真似ただけですの!」

 

「ペコも頼めば?トロトロで美味しいよぅ。」

 

「わ、私はべつに、結構です。」

 

「何よ、卵苦手だった?」

 

「いえ、むしろ好きですけど、その。」

 

人前であんな注文の仕方、私には到底無理。とか思ってたら、ルクリリ様がなにやら店主さんにウインクしてる。あぁ、そういうこと。後でお礼言っとかなきゃなあ。

 

 

華やかな中心部を離れ、たくさんの荷物と共に帰った。

 

「だーーー疲れましたですわー!!!」

 

「先に靴をそろえなさい。飲み物でも作っておくから食品類を冷蔵庫に押し込んどいてくれる?」

 

「わたくしはアイスティーが良いですわ!!シロップたくさんの!!」

 

「ちょっとローズヒップ、運ぶの手伝ってくださいよ。」

 

ぶーたれるローズヒップに買い物袋を持たせ、冷蔵庫を開けてパズルのように物で埋めていく。野菜室、からっぽだったけど普段どんな食生活なのかしら。

 

 

「はいこれ、私からのプレゼント」

 

一息ついたところで、私とローズヒップに紙袋が手渡された。入っていた箱を開けてみると、象の絵が繊細に描かれたマグカップと対面する。

 

「しばらく一緒に生活するんだし、とかいろんな気持ちを込めた私からの印だよ。」

 

「ルクリリ様!!この象ちょっとリアルすぎて持てないんですけど!!」

 

「でしょう!?私はそれの色違いの使ってるよ!」

 

選ぶセンスはさておき、ルクリリ様から初めてもらった贈り物だ。大切にしよう、と手で包んだところで、はやくもローズヒップがマグカップを落としかける。

慌ててルクリリ様が手を伸ばしたから無事だったものの、不安が残るなあ…。

 

せっかくなので、と象印のマグカップで紅茶を頂いた。いつもと違う重厚な飲み口で、なかなか慣れない。けど、喉が渇いている時に冷やした紅茶を飲むのには適しているかも。たくさん入るし。

 

奮発して買ったというマグロのブロックをタレに漬け込み、ほかほかの白ごはんに盛り付けた丼を大きなスプーンで美味しくいただいた。

 

ルクリリ様がわさびを入れてたのを見て、真似したローズヒップは案の定悶絶していた。自分で忘れてご飯を混ぜ込み、溶かしてないわさびの塊を口にすれば、当然こうなるだろう、とルクリリ様が笑う。かくいう私も、ほぐれてない生姜の塊を噛んでしまったのだけれど。

 

聖グロリアーナでの学園艦生活は、ダージリン隊長やローズヒップたちと食事を共にすることはあれど、こういった大衆料理をかっこむことはほとんど無かった。実家を思い出すような安心感で、すっかり溶け込んでいた「お嬢様体」をすこし抜け、これまでで一番ぐっすりと眠りにつけた。

 



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