立花響の中の人 (数多 命)
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少女の中には、異物が紛れている
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ISクロスが行き詰ってしまったので、息抜きに。
暇つぶし程度になればこれ幸い。


つるんと、すべった

 

 

 

 

 

 

 

 

ばあん

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

消毒液の臭い、病院だと判断する。

体が重い、だけど寝たままでは何が何だか分からない。

起き上がる、痛い。

自分の体重と、多分骨折とかで。

全身を痛みが駆け抜ける。

正直泣きそうだけど、助かったんだって思うと、割と我慢できた。

どこの病院なんだろうと、首を動かして。

こっちを凝視している女の子と、ばっちり目が合う。

自分が起きたのがそんなに驚いたのか、ぽかんと口を開けて何度も眼をぱちくりさせて。

 

「――――――ッ」

 

次の瞬間、勢いよく立ち上がった。

が、まだ動揺しているのか、上手く立てないようだった。

おぼつかない手つきでナースコールを押し、こちらに寄ってくる女の子。

 

「だ、大丈夫?」

「・・・・・・ん・・・・・・ッ・・・・・・うんッ」

 

あんまりな慌てっぷりに思わず問いかけると、涙をボロボロこぼしながら何度も頷いてくれる。

こっちが目を覚ましたのが、よっぽど嬉しかったらしい。

心の底から、自分の覚醒を喜んでいるようだった。

思わず差し出したこちらの手にすがり付いて、何度も名前を呼ぶ。

 

「ぃびき・・・・・ひぃき・・・・・ひびきぃ・・・・・!」

 

全く覚えの無い名前を。

こっそりため息をついて、窓を見た。

うっすら映っているベッドの上で、知らない女の子がこちらを見ている。

ついでに言うならば、このむせび泣いている女の子にも覚えが無い。

こんなに可愛い子が、知り合いにいた記憶がなかった。

 

「響・・・・・よかった・・・・・!」

 

握った手を頬に寄せて、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔を向ける女の子。

この子に残酷なことを告げなければならないと思うと、胸が痛かったけど。

でも、言わなければならないと思った。

 

「君は、だぁれ?」

「――――――――ぇ」

 

涙が止まる、笑顔が消える。

信じられないといわんばかりの彼女に、わたしはとどめを刺す。

 

「ごめん、わたし・・・・君が分からない」

 

静かに、ゆっくり首を横に振れば。

ぼろぼろと堰を切ったように涙を流す女の子は、悲痛な慟哭を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S月S日

日記帳をもらったので、早速使おうと思う。

三日坊主にならない程度にがんばりたい。

さて、突然だが、わたしはこの世界の人間じゃない。

いや、突拍子も無いことを言っている自覚はあるんだけどさ。

そう思う根拠もあるので、状況を整理するためにも書き出してみることにする。

いわゆる『前世』において、ひよっこ社会人だった自分は、あの日も疲れた体を引きずって帰宅していたはずだ。

それで、途中の横断歩道で運悪くバランスを崩して転倒。

狙い済ましたかのように、自動車が突っ込んできたところまでは覚えている。

『異世界転生』を嗜んでいた身としては、トラックじゃないところに妙なリアリティを感じざるを得ない。

で、目が覚めたと思ったら、別人の中学生になっていた。

な、何を言っているかわからねーと思うがry

とまあ、前世の友人の影響で、使い古されたネタをいえる程度にはサブカル知識に精通もしている。

・・・・・この情報はいらなかったかな。

まあ、いいや。

ここからは『今生』でのわたしについて。

わたしの名前は、『立花響』というらしい。

今年で中学二年生の女の子、前世と同じ性別で助かった。

何で入院していたかというと、ライブ会場で事故に巻き込まれたかららしい。

・・・・・その事故が、わたしがいた世界じゃないと確信した理由なんだが。

『ノイズ』と呼ばれる、クリーチャーがいる。

銃撃を始めとした一切の攻撃手段が通じず、生身で触れれば全身を炭素に分解されて死ぬ。

何の法則性もなく、突然表れて人間を蹂躙しては、忽然と消えていく。

そんな未知の生物が、一万人以上ひしめき合う中に出現してしまったらしい。

で、運悪く真っ只中にいた『立花響』は、運よく助かって『わたし』になっているということのようだ。

・・・・自分でも、何言ってるんだって思うんだけど。

死んだと思ったら他人に憑依していたなんて、ネットノベルじゃあるまいし・・・・。

とにかく、わたしのいた世界とは、ちょっと違う場所らしい。

わたしのことは、一応記憶喪失で片付けられるようだ。

初っ端から人に見せられない内容な上に長くなってしまったが、今日のところはここまでにしようと思う。

なってしまったものはしょうがないし、今は治療に専念することにする。

 

 

 

 

S月*日

目覚めて、一週間が経った。

相変わらずわたしは『立花響』のままだ。

両親が持ってきてくれた本を読みながら暇していると、目覚めたときにいた子がお見舞いに来てくれた。

幼い頃から付き合いのあったらしい『小日向未来』ちゃんのことは、両親から聞いていた。

割と酷いことを言った自覚があったので、どうしたもんかと思っていたんだけど。

こちらが何かを言う前に、向こうが謝ってきた。

曰く、『記憶をなくして大変なのに、困らせてしまった』とか。

現状を見る限り、どうみても悪いのは響を乗っ取っているわたしなので、『こちらこそ期待を裏切って申し訳ない』と謝っておく。

それでも目に見えて落ち込んでいるので、もう一度どうしたもんかと悩んだ結果。

また友達から始めることにした。

お互い名乗って自己紹介して、握手。

なんだか幼稚っぽいやりとりがおかしくって、二人して笑ってしまった。

うん、やっぱり笑ってる方が可愛いよ未来ちゃん。

明日からはリハビリが始まる。

久々の学園生活をあの子と送れるのなら、頑張れそうだと思った。

 

 

 

 

 

S月&日

平日の昼間にも関わらず、お父さんがお見舞いに来た。

『有給を取ったんだ』と笑っていたけど、何だか元気がないように見えた。

後から来たお母さんの話によると、会社のプロジェクトから外されてしまったらしい。

無事を誰よりも喜んでくれたお父さんだが、肝心のわたしが記憶をなくしてしまったため、喧伝するのを自重していたそう。

そしたら、プロジェクトの取引先の御偉いさんが、同じ事故で娘さんを亡くしたことが発覚。

亀裂が生まれる前に、お父さんから願い出る形で離れたそうだ。

あの優しいお父さんのことだから、もし『立花響』が『立花響』のまま快復していたら、あちこちに喧伝してしまっただろう。

そして当然、例のお偉いさんの耳にも入って・・・・。

よくよく考えると、割と穏便な結果では無いだろうか。

後任には兼ねてより目をかけていた後輩さんが抜擢されて、日々頑張っているって話しだし。

いや、居座っている分際で、何を言っているんだって突込みが来そうだけど。

何はともあれ、厄介ごとを避けられたようで一安心だ。

 

 

 

 

 

S月#日

お見舞いにきた未来が教えてくれたのだけど。

最近、ライブ会場の生き残りへの風当たりが強いらしい。

なんでも犠牲者の殆どが、避難路をめぐる闘争で殺される、あるいは動けなくなったところをノイズに・・・・なんていうパターンで亡くなってしまったとか。

さらに被害者遺族のみならず、わたしのような生き残った『加害者』達にも政府から補助金が配布されていることもあり。

マスコミが『税金ドロボー』とはやし立てているらしい。

『響はそんなことしてないよね?』という問いかけは、胸が痛かった。

(一応)記憶が無いだけに、否定しきれないのが辛いところだ。

なので、『未来が信じたわたしを信じて』とお茶を濁しておいた。

・・・・・・本当にやらかしてないだろうな、響ちゃん。

 

 

 

 

 

S月@日

リハビリが思っていたよりも辛い。

でも弱音吐ける立場じゃないので、ひたすら手すりに掴まって歩く。

・・・・リハビリに向かう途中、何人かの人に睨まれた。

多分、わたしが生き残りであることが知れているのだろう。

だから、情け無いところを見せてはいけない。

 

 

 

 

S月Д日

今日、とうとう文句を言われた。

『何でうちの子は死んだんだ』とか、『人を殺しておいてよくのうのうとしてられるな』とか。

後で聞いた話によると、今日文句を言ってきたのは、同じ学校の先輩のお母さんらしい。

サッカーの推薦で期待されていたそうだが、やっぱり例のライブで命を落としていた。

この前未来がぽろっとしてくれた話に寄れば、学校にもそれ関係で怨んでいる連中が何人もいるらしい。

・・・・どうなるの、これ。

 

 

 

 

S月г日

走るのはまだ辛いが、歩く程度ならなんとかなるようになった。

病院の先生としても、びっくりするレベルの回復らしい。

ちょっと引いていたようだったけど、それでも回復を一緒に喜んでくれた。

未来にも話したら、抱きついて同じく喜んでくれた。

我ながら、いい先生と友達に巡り合えたと思う。

もう少し経過を見守ってから、退院になるようだ。

 

 

 

 

S月∬日

とうとう退院でしてよ、奥さん。

未来を驚かせたかったので秘密にしていたら、お見舞いに来た彼女と鉢合わせた。

『退院だぜ、ひゃっふー』と手を振ったら、また抱きついて喜んでくれた。

状況が状況なだけにおおっぴらには騒げないものの、ささやかな退院祝いもやった。

うちだけじゃなく、親交のある小日向家の人達も一緒になって祝ってくれた。

お母さんが作ってくれたおにぎりは、優しい味がした。

なんでも、記憶を失う前のわたしが好きだったものらしい。

オール素材の味な気もしたが、それはそれ。

こういうのがあるのなら、リハビリを頑張った甲斐があるというものだ。

今日は金曜日。

二日休みを挟んだら、いよいよ学校だ。

どうしたもんかと呑気しているのを悩んでいると思われたのか、未来が『何かあったら守ってあげる』と言ってくれた。

君だってわたしの関係者として色々言われているだろうに、頼もしい申し出が嬉しくなったので頭をなでてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、駆ける、逃げる。

汗ばんだ手が滑らないように、痛いくらいしっかり握り締めて。

息を切らしながら駆け抜ける。

 

「・・・・・・ッ」

 

『追跡者』が飛び掛ってきた。

一旦手を離して突き飛ばし、二手に分かれる形で回避する。

上手く受身を取れなくて、全身を擦り剥く。

痛みに悶えている暇はない。

 

「げ、ほ・・・・・ぃびき・・・・!!」

 

突き飛ばした同行者は、倒れ伏してもなおこちらの心配をしてくれる。

―――――優しい子だと思った。

だからこそ、これ以上危険な目にあわせるわけには行かないとも。

 

「アアアアア"ア"■■■■ア"ア"ア"・・・・・!」

 

髪を振り乱した追跡者が、こちらを睨む。

ちらりと同行者を見れば、上手い具合に物陰に隠れていた。

どうやら、追跡者には自分しか見えていないらしい。

好都合だと、思った。

 

「響・・・・!」

 

駆け寄ろうとした同行者を手で制す。

そしてあいつにバレないように、首を横に振った。

 

「大丈夫、いい方法思いついた」

 

独り言のように呟きながら、深呼吸。

震える口元を無理やり引き上げて、笑みを作る。

 

「・・・・?」

「この作戦はね、足が重要なんだ。息が止まっても続けるんだよ」

 

一歩一歩、後ずさって。

呼吸を整える。

相手が構えた。

―――――今ッ!!!!

 

「逃げるンだヨォ――――ッ!!!!!!」

 

『前世』でも出したことが無いだろう大声を上げながら、Uターンの後全力疾走。

今までの流れに意味は無い。

自分を落ち着かせるためというのが一番大きい。

こんな時にまでネタに走るのはいかがなものかと思うが、他に思いつかなかったのだから仕方が無い。

悲痛な声を背中に、チキンレースを再開する。

道路を踏みしめ、側溝を飛び越え、車の前を横切り、階段を飛び降りる。

喉の奥から鉄の臭いがしても、足を止めない。

『もう一回』死ぬなんて、こちらから願い下げだったから。

だから、全力で抵抗するッ・・・・・!!!

 

「が、ぁ・・・・・ぐぁッ・・・・・!!?」

 

もう一段階加速しようとして、つまずく。

空中で一回転し、派手にきりもみしながら地面を転がっていく。

口の中に、土と雑草の味。

辺りはすっかり木々に覆われて、夜空が見えない。

気づかないうちに、大分遠くまで来てしまったようだ。

血と一緒に土と草を吐き捨てて、どうにか立ち上がろうとするけど、体が言うことを聞いてくれない。

膝は大爆笑しているし、背中も浅い切り傷を満遍なく付けられたような痛みが、じくじくと侵食している。

指先には力が入らないし、腕も上手く動いてくれなかった。

追跡者は、振り切れていない。

 

「ア■■■■アア"ア"■■■ア"アアア・・・・・!!!!」

 

猛スピードで駆けてきた奴は、こちらを認めるなり気味の悪い笑みを浮かべた。

大方、追い詰めたとでも思っているのだろう。

搾り出すような、嗤っているような声を上げていた。

 

「・・・・・・ッ」

 

木を支えにして、どうにか立ち上がる。

冗談じゃない。

ここまでやったのに、あっさり終わるのか。

いやだ、いやだ、いやだ。

死にたくない、終わりたくない。

生きたい。

だって、わたしはまだ。

あの子に何も返せていないのだから・・・・!

もう体は動かない。

それでも諦めたくなくて、せめてもの抵抗に、飛び掛ってくる追跡者をめいいっぱい睨みつけて。

 

「―――――ゲイ=ボルグッ!!!!」

 

翻った黒いコートに、庇われた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

##県##市にて、殺人放火事件が発生しました。

 

この事件は、民家に何者かが侵入し、在宅していた住民を殺害した上で。

 

家に火を放ったものです。

 

殺害されたのは、家の住人の立花洸さんと、その妻の美咲さん。

 

そして美咲さんの母親の信子さんです。

 

三人の遺体には、大きな動物に引っかかれたような傷跡があり、それによる出血多量が死因とされています。

 

また、洸さんと美咲さんの一人娘である響さんの行方が分からなくなっており。

 

友人と一緒に、熊の様な大型の動物から逃げている姿を最後に、足取りがつかめていません。

 

警察は、行方不明になる直前、一緒にいた響さんの友人から話を聞くと同時に。

 

最近問題となっている『ツヴァイウィングライブ事件』の被害者への迫害も視野に入れ、響さんの行方を追っています。

 

心当たりのある方は、##署の捜査本部まで、ご一報をお願いします。

 

――――――次のニュースです。




更新はあちら以上に不定期になりそうです。


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こんな短期間でお気に入りが増えるなんて経験のない事だったので。
テンション上がって息抜きだったはずの作品を割とガチで構想練った結果。



――――――あれから二年。

どうにか立ち直りはしたものの、『小日向未来』の胸にはどこか鬱屈としたしこりが残っていた。

 

「・・・・・・はぁ」

 

何となく右手を見つめて、ため息。

この二年ですっかり癖となった動作だ。

何故あの時、『彼女』の手を離してしまったのか。

今でも悔やまれる。

 

「っいけない・・・・」

 

心が完全に落ち込む前に、頭を振って切り替えた。

そうだ、今日はかねてより希望していた『リディアン音楽院高等部』の入寮日。

受験戦争を勝ち抜いた自分には、しっかり勉強して卒業するという次の目標がある。

気を入れなおして、あてがわれた部屋を探した。

 

「―――――ここだ」

 

メモの数字と照らし合わせ、自室を見つけた。

表札を見てみれば、未来の名前ともう一つ、別の名前が刻まれている。

息を、呑んだ。

 

「・・・・・・ひびき」

 

文字にすれば『司響』という短いフルネーム。

名字はおそらく『つかさ』と読むのだろう。

かつての親友と同じ名前に眩暈を覚えながら、未来は部屋の扉を開けた。

中に入ると、同居人は既に来ているらしい。

部屋の隅に、聊か少ないように思う数の段ボールが並んでいた。

隣には、その倍の量はある未来の分の荷物が。

 

「・・・・」

 

何となく、自分の段ボールが多いのが恥ずかしくなって。

手荷物を置くなり、さっそく荷解きを始めることにした。

 

「ち、違うもん、司さんは少なすぎるだけだもん。わたしちゃんといるものだけ持ってきたもん・・・・!」

 

誰にするでもない言い訳を必死に唱えながら、次々段ボールを空にしていっていると。

 

「同室の人ー?」

「・・・・ぇ?」

 

風呂場の方から、声が聞こえた。

文面からして件の同居人だろうが。

未来はその声に、酷い既視感を覚える。

 

「ごめんねー、もう夜だし、先にお風呂もらっちゃった」

 

髪を拭きつつ、裸足でやってきたのは。

 

「――――――――――ひびき?」

 

呆然と、その名を呼ぶ。

 

「え、あれ?み、未来?」

 

こちらの動揺なんて知るところではないのだろう。

向こうも驚いてはいるようだが、恐らく未来が感じているものよりは遥かに軽い。

手を止め、呼吸を止め、じぃっと彼女を凝視する未来。

やがて、ぼろぼろと涙をこぼし始める。

 

「み、みみみみみ未来!?ど、どうしたの?どこか痛、うふぉぁッ!?」

 

ぎょっと駆けつけた響に、思いっきり飛びつく。

勢いに負けて倒れてしまったが、知ったことではない。

縋りつき、顔を埋め、声を上げて泣きじゃくる。

一方の響は驚いていたようだが、やがて頭を撫でてなだめ始めた。

感じる温もりと伝わる優しさに、間違いなく生きてここにいるのだと確信した未来は、さらに声を上げて泣く。

結局、騒ぎを聞きつけた寮母が来るまで、未来が泣き止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

&月$日

いやぁ、びびったぁ。

高卒資格取るために一回戻った先で、未来に再会したんだもん。

顔を見るなり泣かれたので、思わず慌ててしまった。

何も言わずに向こうに行ってしまったため、こちらでは行方不明扱いになっているようだった。

そりゃ泣かれて当然か。

今までどこに行ってたんだとものすごい剣幕で聞かれたので、師匠のとこで世話になってるとだけ答えておいた。

写真も見せたので、どうにか納得してくれたようだ。

・・・・・一部隊のボスだったり、多方面からビビられてる人っていうのは言わないでおいたけど。

嘘は言っていないから、大丈夫、うん。

何はともあれ、明日からは花の高校生活が始まる。

今は旧友との再会を喜ぼうじゃないか。

 

 

 

 

 

&月#日

入学式でしてよ、奥さん!

何か、前にも似たこと言ったような気がするな。

式をつつがなく終わらせて、割り振られた教室に向かう途中(未来は同じクラスだった)。

未来から問いかけられた。

曰く、『名字が変わっているのは何故?』

わたしのファミリーネームが、『立花』から『司』に変わっているのが気になったらしい。

いざこざを避けるために師匠のを名乗っていると言ったら、それ以上は追求してこなかった。

二年前のアレコレが関係していると察してくれたみたいだ。

『気遣わせてゴメン』と謝ったら、はにかんで許してくれた。

自惚れでないのなら、未来も再会を喜んでくれているようだった。

 

 

 

 

&月%日

この学園学費以外に何がすごいかって、ビュッフェが充実していることだよ。

やっぱりお味噌汁とご飯は定番だよね!向こうでもわりと食べてたけど!

和食に変なテンションになりながらがっついていると、何かみんながざわついてた。

なにかなーと呑気に見たら、無茶苦茶美人がいるじゃないですか。

未来に聞くと、こっちでは有名な歌姫さんらしい。

名前は・・・・なんだったかな、やばい。

『翼』ってのは覚えてるんだけど、フルネーム忘れちったなぁ。

こっちでは割と有名人らしいし、覚えておかないと損だ。

 

 

 

 

&月¥日

放課後、ちょっとやらかした。

というのも、鼻歌交じりに帰宅途中、同級生が絡まれているのを見てしまったからだ。

別に無視してもいい案件なんだけど、それはわたしの主義的にアウトなので、遠慮なく介入。

相手の不良さんは、ちょっとひっくり返して『メッ』っていったら分かってくれた。

いやぁ、話してみたらいけるもんだね。

帰ってく不良さんを見送っていたら、何か庇った子がえらい興奮していた。

お礼にってキャラクターのキーホルダーをくれたのはいいけど。

そのままのテンションで去ってしまったため、名前を聞けなかった。

『アニメ』を連呼していたので、『アニメちゃん』と呼ぶことにしようと思う。

 

 

 

 

 

&月*日

アニメちゃん改め、板場ちゃんは同じクラスだった。

急に話しかけられたので、ちょっと驚いたけど。

リディアンにはアニソンを極めるために入ったという筋金入りのアニメ好きだ。

それを抜きにしても、元気な感じはとても好印象なんだけど。

特に『電光刑事バン』というのがおススメらしい。

というか、同志を増やしたくて勧めてる感じだったなアレは。

でも何となく気になってはいるので、機会があれば見てみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

高校生活は早くも五日目。

教科の授業も始まったものの、まだまだ足元がおぼつかない。

 

「響、帰ろう?」

 

いそいそと帰り支度をしていた響に、未来が話しかける。

鞄を提げた響は、少し考える素振りを見せて。

 

「うんにゃ、今日はちょこっと寄り道してこうかなって。未来は先に帰ってていいよ?」

 

聞くところに寄れば、響はこの二年日本を離れていたという。

ここ数日ばたついていたのがやっと収まって来たのだし、久しぶりに見る故郷の景色をゆっくり眺めたいのかもしれない。

そう考えるそばで、未来は鞄を持つ手に力を込めた。

 

「じゃあ、わたしも一緒にいく」

 

分からない、根拠と言われても特に思いつかない。

ただただ、響と離れるのが嫌だった。

彼女の腕を取り、少し前に出て笑いかけてみる。

響も断る理由がなかったようで、同じく笑い返した。

 

「――――――うっわー、やっぱり懐かしいや」

「そんなにふらふらしてたら転んじゃうよ?」

 

夕暮れ染まる街。

ステップを踏みながら周囲を見渡す響を、未来は嗜めている。

が、語る口調は打って変わって明るいものだ。

 

「だぁーってぇ、本当に久しぶりなんだもーん」

「もう・・・・」

 

未来はステップを止めない響に呆れているものの、やはり笑顔が絶えない。

もう会えないと思っていた幼馴染に出会えたのが、よっぽど嬉しいのだろう。

時折足を止めては、物珍しそうにあちこち見て回る響。

しばらくその姿を見守っていた未来は、ふと、かねてより思っていた疑問を口にする。

 

「響は、どこの国にいたの?気軽に帰って来れないような遠いとこって言ってたけど・・・・?」

 

再会初日にされた言い分を口にすると、足を止めた響は少し気まずそうに目を逸らしてから。

 

「ぃ、イギリスに・・・・師匠の知り合いも住んでたから、師匠が仕事でいないときはお世話になってたの」

「ふぅん・・・・?」

 

すっと、未来の目が細くなる。

響の態度が明らかに隠し事をしているものだと見抜いたからだ。

だが、言動から見るに嘘を言っているようにも見えない。

かといって、真実を言っているかと言えば、そうでもない。

 

「あう・・・・本当だってばぁ」

「・・・・うん、ひとまずそういうことにしといてあげる」

 

今はともかく、響との時間を大切にしたいというのもあった。

故に未来は早々にねめつけるのをやめて、にっこり笑いかける。

対する響は、やはり未来の機嫌を損ねてしまったかと不安になっていたのだろう。

向けられた笑顔に釣られて、彼女もまた 安心したように笑ったのだった。

やっぱり響は笑顔が似合っていると、未来は再認識しながら。

なんとなく視線をずらして、落ち着いた少女のポスターと目が合って。

 

「・・・・そうだ」

「未来?」

 

相方が足を止めたのが気になったのだろう。

響も立ち止まって振り向く。

 

「今日、翼さんの新曲の発売日なんだ。響、翼さんのこと知らないでしょ?」

「う、そ、そうだね」

「じゃあ、CDの一枚くらい持ってないと、みんなの話題についていけないよ?」

「わ、わわ!未来引っ張らないでって、本当に転んじゃうよ」

 

今度は離さない様に、しっかり握り締めて。

響の手を引き、近くのCDショップに駆け出す。

駆け出そうとして、視界に違和感を感じた。

―――――黒い。

黒い粉が、舞っている。

気づけば遠くから、唸るようなサイレンが聞こえる。

 

「・・・・・ノイズ」

 

どちらともなく、ぽつりと呟いた。

ノイズ、触れれば死あるのみ。

とくれば、やることは一つ。

 

「響!逃げ――――!!」

 

『逃げよう』と言いかけた刹那。

悲鳴が、聞こえた。

小さい女の子の声。

 

「――――――ッ」

 

布を裂くようなそれを聞いた響の顔が、見る間に変わった。

突然細腕から出たとは思えない力で未来の手を振り払うと、邪魔だといわんばかりに鞄を投げ捨てて走り出す。

ぽかんと右手を見つめた未来は。

『師匠からのもらい物だ』という腕輪が煌いて、曲がり角に消えるのを見送ってから。

 

「ひ、響!!」

 

響の鞄を慌てて拾い、後を追った。

走り始めてすぐ、未来は異変に気づく。

 

(響・・・・速い・・・・!)

 

いや、もはや『速い』なんてレベルじゃない。

強く地面を踏みしめ、爆発力をそのまま速度に変えている様は、まさに韋駄天。

風のように入り組んだ路地裏を駆け抜けた響は、未来が息を切らし始めた頃に立ち止まった。

少し遅れた未来の目に飛び込んできたのは。

小学校に入るか入らないかくらいの女の子が、ノイズに囲まれている様子。

壁際に追い詰められた少女は完全に腰を抜かして、目の前の死神を眺めている。

 

(もう、助からない・・・・)

 

少しでも動こうなら、即行命を刈り取られるだろう。

無残に撒かれる炭の粉を幻視した未来は、痛ましげに顔を歪めたが。

響は、違った。

 

「・・・・・・ッ」

「響!?待って!!いやぁッ!!」

 

何を思ったのか、徐に突っ走り始める。

未来の制止など聞こえていないとばかりにノイズの集団に突撃した響は、軽く飛んで低い姿勢を取った。

そのままスライディングでノイズの間をすり抜けると、女の子をキャッチ。

勢いそのままに滑った響は、次の瞬間強く壁を蹴り飛ばして、文字通り未来の下にとんぼ返りしてきた。

 

「未来!逃げるよ!」

「ぇ、ぁ・・・・!?」

 

今しがたのスーパープレイを未だに飲み込めない未来の腕を引っつかんで、響は走り出す。

―――――走る、駆ける、逃げる。

二年前と違うのは、自分たちが少し大きくなったことと、響の片手に女の子が抱かれていることだろうか。

入り組んだ路地を走り回り、ノイズの追跡から逃れようとする。

開けた場所に出る。

目の前は川、足場は両方ともノイズが待ち構えていた。

 

「こっち!!」

 

もうダメだと思う前に、あろうことか三人そろって川に飛び込んだ。

決して綺麗ではない水と悪臭に、息が詰まりそうになる。

だが泳がなければ死んでしまう。

 

「シェルターから、離れちゃった・・・・!」

 

夕日はとっぷりと沈み、西の空にわずかばかりの茜を残すのみとなっている。

そんな時間帯になってもなお、ノイズは彼女達を諦めていない。

限界を迎えた未来も抱えて、響は必死に道路を駆ける。

体は錘を纏った様に重く、一瞬でも気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

それでも必死に駆け抜ける。

 

「――――――ぅどあっはぁッ!!!!」

 

やっとこ一息つけたのは、港の輸送コンテナによじ登った後だった。

少女らしからぬ声を出し、数回大きく呼吸。

未来と女の子を降ろし、大の字に寝転がる。

 

「響、大丈夫?」

「おねーちゃん?」

 

二人そろって響を心配そうに覗き込む。

響は数回呼吸したのち、静かに首を横に振った。

 

「・・・・ししょーの方が、もっと重いもの持てる」

 

疲労の色が濃くはっきり出ていたが、決して先行きを悲観しているものではない。

響の返答を頼もしく思い、未来もまた笑みを浮かべる。

脈も呼吸も落ち着いたところで、響は上体を起こして。

周囲を囲む、ノイズに気づく。

 

「ゃああああああああ!」

「・・・・ッ」

 

女の子は悲鳴をあげ、未来は守るべく抱き寄せる。

響もまた、そんな二人を守るように立ち上がった。

体力は限界、逃げ道も見当たらない。

まさに、絶体絶命だった。

 

「しんじゃうの・・・・?」

 

不安げな声で涙を浮かべる女の子。

彼女より年上の未来もまた、眉をひそめて最悪の結末を想像する。

 

「・・・・・死ぬもんか」

「響?」

 

二人の不安を強く否定したのは、響だった。

同じく怖いはずなのに、泣き叫びたくて仕方ないはずなのに。

両手を広げて低く構える背中を、未来は呆然と見つめる。

 

「絶対に・・・・・」

 

一拍、呼吸。

力を溜めた響は、目を見開いて、

 

「―――――――死なせるもんかッ!!!!!!」

 

轟、と。

咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron.....!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命が、動き出す。




いきなり『立花響』じゃなくなって、タイトル破綻してしまっているように見えるけど。
体は『立花響』だから、問題はないはず(震え声)
あと、はっきり描写されるまでクロス先の名前は表示しません。
二年の間に響に何があったのか、師匠とは何者なのか。
アレコレ予想しながらお楽しみください。


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3ページ目

まだ二話しかないというのに、ご感想を二つもいただいてしまって・・・・・(震え声
なかなかお返事できなくてすみません、ちゃんと読ませていただいてます。
確実にわたしの活力になってございますうううう。


「ああああああああ・・・・・・・・!」

 

痛い、いたい、イタイ。

全身の細胞が作り変えられるような感覚に、響は苦悶の声を上げる。

十秒にも届かぬ旋律を、無意識のうちに口にしたと思ったらこのザマ。

何が何だか分からないうちにも、変化は続く。

 

「が、ぐ・・・・・・ぎぃ・・・・・・・!」

「響!」

 

異常(いたみ)に耐えかね、とうとう膝と手を突く。

未来の案じる声すら届かず、歯を食いしばって何とか意識を繋ぎとめる。

次の瞬間、

 

「ッがあああああああああああああああ!あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

彼女の背中を突き破り、生身ではありえない無機物の群れが飛び出してきた。

噴水のように吹き出したそれらは、やがて生き物のように響の体に戻っていく。

苦痛の声をBGMに、変化は仕上げに入る。

響の肌を、密着したスーツが覆い。

手には恐らく籠手が、足には恐らく具足が装備される。

最後に角が生えたヘッドホンが頭に装備されて、ようやく治まった。

―――――ように、見えた。

 

「ウウゥ・・・・・」

 

ぬらり、立ち上がる。

一瞬垣間見えた瞳は、理性を失っていた。

無意識に女の子を抱きしめ、身構えた未来は、

 

「――――――って、うおぉ!?なんじゃこりゃぁ!?」

 

響の素っ頓狂な声で、一気に警戒心を削られた。

ノイズが目の前にいるも関わらず、わたわたくるくると慌てながら、変貌した自分の体を見ている。

ついさっきの獣の目など、嘘のような反応だった。

突然舞い降りた非日常的展開に、響も未来も困惑を隠せないようだったが。

 

「わぁー、おねーちゃんかっこいい!」

 

歓声で、我に返る。

二人が視線をずらせば、女の子が目を輝かせている。

驚愕はまだ収まっていないが、優先事項を見失うほど混乱していない。

すぐさま思考を切り替え、響はノイズ達を一瞥した。

 

(逃げたって今までと変わらない、だけどトーシロのわたしが上手く立ち回れるとは思えない)

 

次に未来と女の子に目をやって、口元を引き締め腹を決める。

 

(何だか力が漲っているし、これならきっと・・・・!)

 

いや、と。

頭を振って、『きっと』だなんて断言しないネガティブな考えを追い出す。

 

(絶対に、二人を守るッ!!)

 

その思いを決めた響は、未来に女の子を抱かせたまま、さらに抱き上げた。

 

「二人とも、振り落とされないように!もうちょっと頑張って!」

 

背後から、無機質な殺意。

了解を得ている暇は無い。

足元が陥没するほど踏み込んで、大きく跳躍する。

 

「―――――って、飛びすぎたぁッ!?」

「響いいぃ――――!?」

 

勢い余って逆さまになった世界は、有名な検索サイトのマップ機能ばりに小さく見える。

経験の無い高度に背筋が涼しくなる一同。

 

「よ・・・・・ほっ・・・・・!」

 

響は二人をホールドした状態で、どうにか姿勢を立て直す。

ずどん、と重々しい音を立てて、着地に成功した。

息つく間もなく、ノイズが迫ってくる。

しかも四方八方からという、嬉しくないオマケつき。

絶体絶命の状況に、響は何を思ったのか二人を降ろして拳を構える。

迫り来るノイズ、一番近くにいた一体に狙いを絞り、正拳突き。

分厚い壁にぶち当たったように痙攣したノイズは、一瞬で塵と消えた。

余波に当てられて、周辺のノイズも一緒になって吹き飛ぶ。

 

「の、ノイズが・・・・!」

「おー、いけるいける」

 

驚く未来を他所に、手のひらを閉じたり開いたりする響。

いまだにじり寄ってくるノイズを睨みつけると、再び構えを取った。

『師匠』なる人物の下にいただけあって、動作はそれなりの速度と精度を持っている。

一旦怯んだように硬直したノイズ達は、しかしもう一度突撃してきた。

拳を握り締める響。

鈍く息を吐き、未来の案ずる視線を背中に受けながら、拳を突き出した。

目の前の一体を炭に変えるや否や、右から迫ってきた一体にサマーソルト。

着地と同時に未来達の後ろにいた数体を薙ぎ払い、自身の背後のノイズは裏拳で吹き飛ばす。

振り向く。

目の前に無数のノイズ。

慌てることなく、構える。

一拍沈黙、次の瞬間全身から稲妻が迸る。

そこから所謂クラウチングスタートの構えを取り、ノイズ達を引きつけて、

 

「――――ヴォルテッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」

 

熱く叫びながら、突撃。

アスファルトを抉り、コンテナを焦がし、空気を引き裂いて。

ノイズを蹂躙する。

ごりん、と地面を削ってUターン。

瞬きの間に駆け戻ると、未来に迫っていた一体を蹴り飛ばした。

 

「おねーちゃんすごいすごーい!!」

「す、ごい・・・・!」

 

驚愕しているところに、陰りが差す。

弾かれたように上を見れば、見上げるようなサイズのノイズが。

当然立ち向かおうと、響は構えたが。

 

「っぐ・・・・!?」

 

突如として、苦悶の声を上げて膝を突いた。

間髪入れずに大型の腕が叩きつけられる。

響は咄嗟に立ち上がり、一撃を受け止めて踏ん張るものの。

漏れ出る苦痛を抑えきれていない。

 

「どうしたの?大丈夫!?響!!」

 

未来に答える余裕など、微塵もなさそうだった。

 

(装備が、重い・・・・!!)

 

何が原因か、考える暇すら隙になる。

故に脂汗を流しながら、必死に踏ん張り続ける響。

歯を食いしばるものの、抵抗にすらならない。

がくん。

押し込まれた。

再び片膝を突いてしまう。

段々迫ってくる腕。

押しつぶされてしまえば、三人とも炭になってしまうだろう。

 

(何か、何かないの・・・・!?)

 

目玉をめぐらせながら、ついに思考をめぐらせようとして。

不意に、地面が揺れたと思ったら、重さがなくなった。

 

「うおっ、ぁった!?」

 

上手く立てずに尻餅をつく響。

状況が飲み込めず、左右をせわしなく見回していると。

 

「呆けない!死ぬわよ!!」

 

遥か上から、一喝。

肩を跳ね上げ見上げれば、壁のように巨大な剣の上に誰かが立っている。

どうやら人間に扱えるかどうか疑う大きさの刃で、文字通り助太刀してくれたようだった。

気づけば、響が苦戦していた大型ノイズも消えている。

ピンチだったのは事実だし、助けてもらえてありがたいのも本当だ。

・・・・・・・しかし。

 

(何で、親の仇見るような目で睨まれにゃならんのですか・・・・)

 

物理法則が突っ込みを入れるようなレベルで縮小した剣を手に舞い降りた人物は、長い髪を潮風になびかせて。

いっそ殺意すら篭った目で、響を睨んだのだった。

 

 

 

 

 

 

その様子を、一匹の猫が凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

&月ヾ日

あ、ありのまま今日起こったことを話すぜ!!

ノイズとデスマラソンをして、日曜の朝みたいなノリで変身したと思ったら。

黒服の怖いあんちゃん達に連行されて、やたらアットホームな組織に引き合わされた!

な、何を言っているかわからねーと思うが、わたしも何が起こったのか分からなかった。

頭がどうにかなりそうだった・・・・。

ドッキリだとか、デタラメだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねェッ!!

もっととんでもないものの片鱗を味わったぜ・・・・!!

 

 

 

&月Ш日

朝に日記をつけるというのもなんだけど。

昨日はちょっと混乱しすぎた部分もあるので、改めて書き出してみる。

とはいえ、外部に漏らすとアカンのが多分に含まれるので、あまり書けないんだけど・・・・。

あえていうのなら。

わたし、所謂『変身ヒロイン』というものになってしまったようです。

え?元から?

じゃかあしいわッ!!

師匠のこともあるから、あまり厄介ごとには関わりたくないんだけど。

ままならないものだなぁ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

昨日のことが、夢のように思う。

ノイズに遭遇して逃げ切れたことも、親友が変身して戦ったのも。

何もかもが幻のようで、実感が湧かなくて。

 

「未来?」

「えっ」

 

名前を呼ばれる。

いつのまにやら呆けてしまっていたらしい。

気がつけば西日が教室に差し込んでおり、人もまばらになっている。

未来の正面、机の上に顎を乗せる形で。

響が心配そうに覗き込んでいた。

 

「どうしたの?昨日の疲れがでちゃったとか?」

「ぅ、ううん、それはないよ。第一疲れてるっていうなら・・・・」

 

言いかけて、フラッシュバック。

稲妻を迸らせ、次々ノイズを蹂躙していた響。

あの勇ましい姿と目の前の人畜無害そうな顔が、とても同一人物とは思えなかった。

 

「わたしこそ大丈夫だよ!鍛えてますから!」

 

勢い良く立ち上がった響は、一回転して力瘤をアピールする。

うまく誤魔化しているというのも否定できないが、ここは本人の言を信じるべきだと判断した。

 

「今日の晩ご飯、何がいい?」

「んー、そうだなぁ。今日は――――」

 

口が、不自然な形で固まった。

何事かと、未来が響の視線を追従すると、

 

「―――――翼、さん」

 

彼女達の二つ上、日本を代表する歌姫と言っても過言でもない存在。

加えて先日、戦士としての姿も見せた人物。

『風鳴翼』が、見下ろすように凝視してきていた。

 

「―――――」

 

現実を突きつけられる、眩暈を覚える。

 

(響が戦う、響が離れる・・・・・・遠くに、行く)

 

恐怖が蔓延する一方で、冷静に考えている部分もある。

ここは教室。

倒れてしまえば人様に迷惑をかけてしまう。

何とか、せめてどこかに掴まろうと、手を彷徨わせて、

 

「みーく」

 

つかまれる感覚に、意識が戻る。

目の前には、響の顔。

目が合うと同時に、にっこり笑った。

 

「今日のご飯、オムライスがいいな。わたしはちょっと用事があるから、先に帰って待ってて」

 

額を当て優しく語り掛ける声を前に、恐怖はなりを潜めた。

 

「だいじょーぶだって、取って食われたりはしないって!」

 

ね!と、勤めて明るく振舞いながら、翼に同意を求める響。

対する翼は、鋭く睨みつけるだけだった。

 

「あーっと・・・・お待ちかねみたいだから、もういかなきゃ」

 

若干の脂汗をかきながらも、軽快な足取りで教室を出て行く。

翼もまた、未来を一瞥して静かに立ち去った。

 

「・・・・」

 

額に手を当てる。

まだ温もりが残っているように思える。

もう、響の背中を思い浮かべても。

恐怖はやってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――特異災害対策機動部二課。

全世界共通の悩みのタネであるノイズに対抗するための、日本政府所属の組織である。

他の諸外国と違うのは、現状唯一ノイズに対抗できる手段『シンフォギア』を有していることだろうか。

 

―――――シンフォギア。

ノイズ関連についてまとめた研究論文『櫻井理論』に基づいて製作された兵器。

FG(フォニックゲイン)式回天戦闘装束』とも呼ばれる。

伝説に語り継がれる様々なアイテム『聖遺物』を加工し、歌によって起動・使用することを可能にしている。

現状に置いて、ノイズに対抗出来うるたった一つの手段である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――とまあ、シンフォギアやらなんやらについての説明はこんな感じ、分かった?」

「ちょーっと待ってください・・・・」

 

リディアン音楽院の地下深く。

特異災害対策機動部二課こと、『特機部二(とっきぶつ)』のミーティングスペースにて。

シンフォギアの根幹を成す櫻井理論を提唱した研究者『櫻井了子』は、教鞭を仕舞いながら問いかける。

対する響は、額に手を当て、苦い顔をして。

 

「ようするに、伝説のアイテムを、欠片とは言え復活させて、ノイズに対抗しようってことですかね?」

「大分ざっくりしてるけど、概ねそのとおりぃ~♪」

 

指摘されたとおりかなり噛み砕いた内容となったが、解釈は間違っていなかったようだ。

ご機嫌な了子の反応に、響はほっとため息をつく。

 

「でも、わたしそんな大層なもの持った記憶ないんですけど・・・・」

「私達も不思議に思ったのよ。そこで、昨日受けてもらったメディカルチェックの結果なんだけど」

 

そういえば色々調べられたなと思いながら、モニターに目をやった。

表示されたのはレントゲン写真。

白っぽく映る内蔵やら骨格やらに混じって、何か欠片のようなものが散らばるように存在していた。

 

「この部分に点在する影、解析の結果、奏ちゃんの纏っていたシンフォギア『ガングニール』の破片であることが分かったわ」

「ほぉー・・・・」

 

何だか飲み込めていないような反応に、誰もが面食らった。

今しがた了子が口にしたのは、割と衝撃的な事実なのに、淡白すぎるリアクションなのだ。

 

「何か、心当たりは無いかな?」

 

気を取り直した弦十郎が、身を乗り出しつつ問いかけると。

少し考え込んだ響は、相槌を打って、

 

「そういえば、わたし二年前のライブ会場にいたらしいです。そこの翼さんと、多分了子さんのいうカナデさん?が歌ってた場所に」

「―――――随分と、他人事のように言うのね」

 

先日から厳しい目で響を見ていた翼が、もはや怨念すら感じさせる眼差しで威圧する。

無理も無いかもしれない。

彼女はまさにあの場にいて、そして見ていたのだから。

半身ともいうべき相棒『天羽奏』が、散り逝く様を。

あの日は捌き切れない量のノイズに囲まれていたこともあって、奏が散るまでに何があったのかは詳しく知らない。

それでも確かに確信しているのは、彼女は最後まで守るために戦っていたということ。

故に、あの時命がけで守られたであろう少女が、あろうことか人事のように話すなど・・・・。

聞いていないのか、気づいていないのか。

響は苦笑いしながら、未来を説得した時と同様、勤めて明るく答えた。

 

「いっやぁ、すいません。わたしったら、二年より前の記憶がごっそり抜け落ちちゃってて」

「――――――」

 

いきなりのカミングアウトに、今度は息を呑む。

 

「だから何がどうしてガングニールが宿ることになったのか、さっぱり!」

 

快活に笑う響の笑顔が、急に痛々しく見えてしまった。

 

「・・・・辛くは、ないのか?」

「いえ、別に」

 

弦十郎の気遣わしげな問いすら、笑顔でばっさり切り捨てる。

 

「自分のこと何にも覚えてなくても生きて来れましたし、これからも何とかなりますよ」

 

そして、急に大人びた顔で、どこか想起するように俯いたのだった。

暗い雰囲気を感じ取れないのは、これまでの思い出に恵まれたからなのだろう。

 

「ああ、でも皆さんのお話聞いて納得できました。昨日急に動けなくなったのって、歌わなかったからなんですねぇ」

 

湿っぽい話は終わりだといわんばかりに、響は溌剌と明るい声を張り上げて、おどけて見せた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――――以上が報告です、マスター」

 

どことも知れぬ部屋、二人の女性が向かい合っている。

一人は黒く長い髪を流した日本人女性、顔立ちの整った『美人』であったが。

もう一人は、異様だった。

何かを語り終えた彼女は、本来人間にあるはずのない猫耳と尻尾を揺らしながら一礼する。

 

「お疲れサマ・・・・にしてもマジか、ごめん、もっかい言わせて、マジか」

「残念ながらマジです」

 

長髪の女性は、『まいったなぁ』という雰囲気を隠そうともせずに天井を仰ぐ。

 

「いや、何にも知らなかったってわけじゃないんだけどさぁ・・・・」

「存じておりますとも、私もまさかあの子がとは思いましたし」

 

頭を抱えうなだれる女性に、二人へのお茶を持ってきた別の女性が。

彼女もまた、猫耳と尻尾を揺らしていた。

もう一方と違うのは、髪の長さくらいだろうか。

 

「で、これからはどうするんです?」

 

お茶を啜りつつ、テーブルに広げられた数々の写真を見つめて。

女性は束の間思案する。

 

「・・・・ひとまず監視は続けて、こっちからコンタクト取れない以上、ひたすら見極めるしかない」

「りょーかい」

「分かりました」

 

猫耳の二人が軍人然と一礼して、その場はお開きになった。

 

「・・・・・何か、あなた達相手に踏ん反り返るのってなれないなぁ」

「まあまあそう言わずに」

「今のマスターはあなたなんですから、堂々としてくださいな」




勘の良い方に見破られないかはらはらしておりまする・・・・!


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4ページ目

ちょっと短いですが、キリが良かったので。


「―――――翼さん」

 

名前を呼ばれる。

振り向けば、忌々しい『後輩』がこちらに向けて微笑みかけている。

 

「わたしは奏さんじゃありません。わたしなんかじゃ、どう足掻いてもわたしにしかなれません」

 

まるで諭す様に語り掛ける彼女は、無防備にこちらに寄ってくる。

 

「だけど、あなたの助けにならなれます」

 

目の前の感情に気づいていないらしい。

単に鈍いのか、わざと無視しているのか。

もしも後者なら、すぐさま両断する自信があった。

 

「まだまだ未熟者ですが、すぐに使えるようになってみせます」

 

だから、と。

一旦言葉を区切った後、花の咲くような笑みを浮かべた。

 

「一緒に戦いましょう!翼さん!」

「――――――」

 

――――どの口が言うかと、感情が燃え上がった。

奏の覚悟も、信念も知らないくせに。

挙句の果てには助けられておいて、その死に様を忘れてしまったというではないか。

 

(ふざけるな・・・・ふざけるなッ!!)

 

そのとき翼が選んだのは。

差し出された手を拒絶することだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

#月ё日

あれから一ヶ月。

つらい。

何がつらいって翼さんの塩対応が一番つらい。

挨拶無視ならまだしも、ことあるごとに睨んでくるのは本当に勘弁してほしい。

特に戦闘直後とか、『違ぇんだよ、ガングニールはそうじゃねえんだよ』って視線がビシバシ突き刺さってくる。

あれか、未だにアームドギア発現できないのがお気に召さないんですかね。

そりゃあ、『ガングニール』こと『グングニル』っていうくらいだから、槍を扱って然るべきなんでしょうけどね。

でも白状しちゃうなら、素手の方がやりやすいなぁ、なんて。

それに、槍っていうなら師匠の方が似合うと思うんだけどなぁ。

 

 

 

#月Λ日

司令さんに師匠のことを聞かれた。

・・・・内容が内容なだけにちょっと苦労したけど、わたしにしては上手く誤魔化せたんだと思う。

FBIは秘密に守られているような一般イメージだし、治安を守る組織に代わりは無いし。

そもそも『FBIっぽいところ』って表現しているから。

断言はしていないから。

嘘は言って無い!うん!

ああ、でもどうだろう。

あの人たちのことだから、情報捜査なんてお手の物だろうし、となれば小娘ごときの嘘なんてすぐに見破られるようだし。

ああ、やっぱり迂闊だったかなぁ。

 

 

 

#月∵日

悟りを開いたかもしんない。

こう考えるんだ、わたし。

師匠だったら、もっと殺伐としていたんだと・・・・・!!!!

色々知らなかったり、未熟だったりするわたしはともかくとして。

師匠にとっては、翼さんの話し合いに応じようともしない態度は琴線に触れまくりだし。

きっと翼さんだけじゃなくて師匠もイライラするに違いない。

で、地雷を全力でぶち抜くくらいの毒を吐いて、吐いて、吐きまくって。

一瞬でも気を抜けば、どちらかの首が(物理的に)飛ぶ状況が出来上がるに違いない・・・・!!

そんな中に、わたしが耐えられるかどうか。

ムリ、マジムリ。

根性より先に胃袋がマッハだよ!!

つまり、わたしが今置かれている状況は、天国ほどじゃないけど恵まれているんだッッッッ!!

あ、そうと分かると何か元気出てきた。

ここのところ悩みすぎて、未来にも心配かけちゃったし。

うん、何かいける気がする。

明日も張り切って、ノイズを駆逐するぞー!

おーッ!!

 

 

 

 

#月м日

昨日は『そのときわたしに電流走るッ!!』みたいなノリでテンションが上がってたけど。

やっぱりひよっこなことには変わりないので、せめてアームドギアだけでもどうにかできないかと、司令さんと了子さんに相談してみた。

いや、こういうのは翼さんに持ちかけるのが一番なんだろうけど、あの人わたしとしゃべるの嫌そうだし・・・・。

な、泣いてないもん。

で、その辺の事情を察してくれた二人は、快く応じてくれた。

お二人によると、アームドギアっていうのは、装者の覚悟の表れでもあるらしい。

だから必ずしも槍として顕現するわけではないとのこと。

覚悟・・・・と言われても何にも思い浮かばなかったけれど。

信念なら思い当たることがあったので、それを話してみた。

そしたら、そういうのでもオーケーだということらしい。

『あと一歩だから頑張れ!』って、司令さんが頭を撫でてくれた。

お父さんが生きていたら、今でもこうしてもらえたんだろうか。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「響、大丈夫?ちゃんと眠れてる?」

「んー・・・・」

 

放課後。

危なかった課題を提出し終えた響と並んで、未来は気遣わしげに問いかける。

詳しいことは聞かされていないが。

あの日からノイズと戦うことになったらしい響は、昼夜どころか休日平日問わずに慌しい日々を送っていた。

今までとは全く違う環境で疲れが出たのか、授業中にも度々注意されることがある。

 

「一回くらい、休めないのかな。いつも眠そうだし、心配だよ」

「んー・・・・でも、翼さんとわたししかいないし・・・・頑張るしかないよ」

 

気の抜けた顔で笑う響。

しかし疲労が勝っているのか覇気がない。

 

「あー、でも今日は何も起こらないで欲しいかな。課題も無事クリアしたし!防寒対策もばっちり!早く見たいよ、流れ星!」

「うん、そうだね」

 

自分の具合などどうでもいいと言わんばかりに、くるくるステップを踏む響。

釣られて未来もまた笑う。

今日は兼ねてより企画していた、親友水入らずの流れ星鑑賞会の日。

寮をこっそり抜け出しての、ちょっとした冒険だ。

小学生のような子どもっぽさを感じてしょうがないが、やはりこういう体験はいくつになっても胸が躍ってしょうがない。

 

「動画も撮れたら良いんだけどね」

「流石にケータイとかじゃ光量不足で・・・・」

 

響の言葉を、無粋な着信音が遮った。

一瞬で笑顔が消え去り、湧き上がるように気まずそうな目元が姿を現す。

最近貰った通信機の電源を入れ、すっかり気落ちした様子で耳に当てた。

 

「はい・・・・はい・・・・」

 

話し始めた瞬間から引き締まった表情に変わるのは、きっと一ヶ月も経験を積んだからであろう。

翼ほどの迫力はないものの、勇ましさすら感じさせる響に、未来は束の間見とれてしまう。

 

「・・・・いえ、問題ありません。現場に急行します」

 

しかし、強くはっきり宣言した響の声で我に返った。

 

「いっやぁ、人気者はつらいねぇ!」

 

―――――ここ一ヶ月、一緒に過ごしてきて分かったことがある。

響がわざとらしくおどけるのは、元気付けたいときや、暗い雰囲気を払拭したいとき。

そしてそれらは大抵、響自身に原因があると思い込んでいるときだ。

記憶喪失、そして家族との死別。

それらの古傷が関係しているだろう響の言動。

 

「未来は先に行って待ってて、マッハで終わらせてすぐに合流するからさ!」

「・・・・うん」

 

迂闊に触って傷口が開いては大変だ。

故に未来はあえて触れずに、静かに頷くのだった。

 

「じゃあ行ってくる!夜道には気をつけるんだよー!」

「お互い様でしょう、いってらっしゃい」

 

それに、響が言うのなら現実になるような気がしたのだ。

だから未来は、信じて送り出す。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

指示されたポイントは、とある地下鉄の駅だった。

入り口で準備運動をした響は、手足を動かして柔軟をしている。

 

(思えばこの一ヶ月はバタバタしっぱなし、ついでに心もガリガリ削られるし・・・・)

 

ここ一ヶ月を想起しながら、大きくため息。

 

(しかも心労の大半が身内(翼さん)原因っていう・・・・これはあれかな?わたしそろそろ怒っていいかな?)

 

考える傍らで聖詠を唱え、飛び込む。

早速迫ってきた一匹を拳で消し飛ばし、続く一匹を蹴り潰す。

 

(いやいやいや、そうやって八つ当たり的な戦い方はダメだって、師匠にも厳しく言われてるし・・・・)

 

集中しろと自分に言い聞かせながらも、しかし一度胸に巣食った苛立ちはおさまりそうにない。

師の教えを元にどうにか冷静に振舞おうとしながらも、やはり攻撃が大振りになってしまう。

――――――しかし、迫り来る敵の群れを見て、こうも思う。

 

(この苛立ちを、人にぶつけるのはもっとダメだよね・・・・?)

 

自分の力がどれほどのものか、分かっているつもりだ。

それを感情に任せて振るえば、どうなるかも。

しかし、それは人間相手に振るえばという話。

 

(いいよね?駆逐しなきゃいけない相手だし、そもそも生き物じゃないし、いいよね?ね?)

 

ふと、わずかに残った理性が、胸のドス黒さが頭にまで達しているのを感じた。

しかし問題ないと判断していまい、すぐに意識を現実に向ける。

横合いから飛び掛る一体。

腕だけを動かし引っつかんで、頭を握りつぶす。

 

「・・・・今日は出てこなきゃよかったと」

 

落ちた胴体を残酷に踏みつけながら、ノイズを睨む。

 

「心から悔いて死ねばいい」

 

連中が後退した様に見えた。

 

「あははっ」

 

見間違いかもしれないが、何だか愉快さを覚えて声を上げる。

沸きあがる感情を抑えず、真っ黒な笑みを浮かべて、

 

「―――――さあ、蹂躙の時間だ」

 

師の口癖を唱えた。




「奏さんの代わりになる」と言わないのが拙作ビッキー。
知らないもんね、無理ないね。
ちなみにみなさん、お師匠は原作キャラだと思います?それともオリキャラだと思います?
その辺も含めて、楽しくご想像くださいな。


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5ページ目

書きたい事詰め込んだらこんなことになりました。


「あっはははははははははは!はははははははははははッ!!!」

 

鈍く、派手な殴打の音が。

鋭く、透き通る嗤い声が。

地下鉄のホームに、連続して木霊する。

放った蹴りは暴風に、突き出す拳は(いかづち)に。

炭を垂らしたように黒く染まった彼女は今、小型の嵐となっていた。

圧倒的な攻撃力でノイズを早々に駆逐しているのは良いものの、周辺に物的被害をもたらしているのはいただけない。

 

「あーあ、脆い脆い・・・・」

 

もはや引きつったレベルの笑みを浮かべて、残った少ない群れを見る。

 

「こーんなに弱い連中が・・・・こんなに大したこと無い連中が・・・・」

 

ふらっと、体を傾ける。

瞬きの内に、前列にいたノイズに肉薄する。

 

「未来の笑顔、奪ってんじゃねーよ」

 

腕を振り上げたと思ったら、人型ノイズの上半身が消えた。

第三者から見れば、そうとしか見えなかった。

なんでもない動作のはずなのに、人智を超えた速度で繰り出された。

生物的に危機を感じたのか、機械的に不利と判断したのか。

一番後方にいた葡萄のような人型が、自らの一部を切り離しながら逃げ出す。

転がった一部からは新たなノイズが召喚され、足止めをせんと立ちはだかる。

 

「――――――は」

 

対する響は取るに足らないと一笑し、プラズマを纏って突撃する。

壁としての役割すら果たせずに、塵と消えるノイズ達。

次はお前の番だと、葡萄型に目を付ける。

一つ覚えのように体を切り離す葡萄型。

愚か者めと響が殴りつけた刹那。

閃光と共に、激しく爆ぜた。

 

「うわ、った・・・・!」

 

不意打ちに対処できず、尻餅をつく。

至近距離で爆発を浴びたお陰か、幾分か冷静になったようだった。

 

「うっわ・・・・」

 

『正気に戻った』目で周囲を見渡し、惨状に苦い顔をする。

 

(正直やりすぎた、ってか途中から記憶が曖昧なんだけど・・・・あーあ、こりゃ師匠に折檻されても文句言えないなぁ)

「って、呑気してる場合じゃないって!!」

 

頭を乱暴にかいたところで、我に返る。

上方からの光に気づいて見上げれば、先ほどの爆発で出来たらしい大穴が。

その壁を伝って逃げていく、葡萄型の姿も見える。

 

「待てコラ!!」

 

正気であろうとなかろうと、みすみす逃がすつもりは無い。

自身も壁を足場に飛び上がり、地上に出る。

幸い奴の足は人並みのようだ。

まだ視認できる距離にいる。

追撃しようと、響が構えた瞬間。

再び頭上の光に気づいて、咄嗟に振り向いた。

間髪入れずに背後が爆ぜる。

元のほうに向き直れば、葡萄型があわれにも真っ二つになっているところだった。

相変わらずの容赦なさに口元を引きつらせながら、響は降り立った人物と向き合う。

 

「・・・・・すみません、翼さん。助かりました」

 

勤めて柔和に笑いかけるも、冷たい視線を溶かすには不十分だったようだ。

かたくなに認めたくないという意思を込めて、翼はただじっと睨みつけるのみ。

何となくむっとなった響の脳裏。

 

―――――時には誰かとぶつかり合うことも大切だよ

 

師の友人の言葉が、天啓のように過ぎった。

 

―――――そうしないと伝わらないことも、世の中にはたっくさんあるから

 

今よりももっともっと未熟だった響に取って、その言葉はとても勉強になったものだ。

言った本人自身が、まさにその方法で竹馬の友を得ていたのだから、なおさらだった。

現実に意識を戻す。

未だに翼に敵意を向けられている。

口元を引き締め、射抜くような視線を真っ向から見つめ返して、

 

「―――――翼さん!」

 

大声には届かないものの、それなりに大きな声で話しかけられるのが予想外だったのか。

翼の眉が、かすかに反応する。

 

「わたしにだって、守りたいものがあります!これだけは譲れないっていう『信念』があります!」

 

―――――今更何の話だ。

そんな絶対零度の態度に負けないよう、響は一層声を張り上げる。

 

「だから・・・・っ」

 

言いかけて、はたと気づいた。

このまま勢い任せにぶつかって、果たしていいのだろうか。

この力は『師匠達が扱うもの』とは違う、一歩間違えれば人を殺しかねない力。

もしも加減が出来ずに、目の前のこの人を殺めてしまったら・・・・。

過ぎってしまった考えが、次の言葉を中断させてしまった。

不自然に黙り込んだ響に続きを促したのは。

弦十郎を始めとした二課スタッフでも、目の前の翼でもなく。

 

「―――――だからぁ?んでどうするんだよ?えぇ?」

 

どちらにも該当しない、第三者の声だった。

弾かれたように振り向けば、暗がりから誰かが歩いてきているのが見える。

街灯の下に、現れたのは。

 

「ネフシュタンの、鎧・・・・!!」

「それって確か・・・・」

 

驚愕する翼に同調し、響もまた目を見開く。

あの鎧に関しては、少し聞いていた。

二年前のあの日に奪われた、二課が保有していた完全聖異物。

響や翼が纏うような欠片ではない、原初の力を現代まで留めている聖遺物。

もちろん、シンフォギアなど足元にも及ばないスペックを誇っている。

 

「へぇ?そんな顔するってことは、この鎧の出自を知ってるってことでいいんだな?」

「・・・・私の不始末で奪われたものを、忘れるものか」

 

身を固くする響とは対照的に、翼は覇気を纏って踏み出す。

 

「何より、私の不手際で失った命を!忘れるものかッ!!!」

 

少女らしからぬ咆哮を上げ、ネフシュタンに突っ込もうとして。

 

「ちょちょちょちょちょ!!翼さんストップストップ!!」

 

響に腰をホールドされた。

 

「貴様何を・・・・!?」

「人間相手に殺る気満々になってどうするんですか!?殺しはさすがにまずいでしょ!!」

 

彼女が言っているのは、至極正論だ。

そもそも二課の相手はノイズ。

時には人間を相手にすることもあるだろうが、さすがに殺しはご法度だった。

今の翼は、人斬りもいいところな修羅めいた形相。

苦手な部分はあるものの、しかし一歩でも間違えば道を踏み外しそうな雰囲気の彼女を、どうしてもほっとけない。

加えて口には出来なかったが、未知の相手に無策で突っ込むという無謀さを諌める意味合いもある。

もっとも、

 

「「戦場(いくさば)で何をバカなことをッ!!!」」

 

激昂した翼とっては、火に油を注ぐ行為だったが。

ちょうど怒鳴りつけたタイミングが、ネフシュタンとかちあった。

 

「むしろあなたと気が合いそうね」

「それじゃあ仲良くじゃれあうかい!?」

 

響を置いてけぼりにし、獰猛に笑いあって。

二人は駆け出した。

 

「つ、翼さん!」

「そうら!腰抜けはこいつらの相手でもしてなァ!!」

 

味方の安否を気遣う響に対し、ネフシュタンは腰から何かを取り出す。

一見すれば弓のようにも見えるそれの水晶部分から、レーザーが打ち出されて。

翡翠の光から、ノイズが姿を現す。

 

「まさか、ノイズを操って・・・・!?」

 

コミュニケーションが取れないはずの相手を、いとも簡単に指揮していることに驚くも。

動き出した連中を相手に、すぐさま構えを取る。

今更ノイズ相手に遅れを取るつもりは無いが、いかんせん数が多い。

さらに時折『おかわり』が来るというおまけつき。

翼との剣戟の合間を縫ってやっていることから、ネフシュタンを纏っている少女自身も相当強いのだろう。

 

(早く加勢したいのに・・・・!)

 

人型にラリアットを叩き込み、さあ次だと振り返った途端。

 

「どあぁ!?わっぶ何だコレぶえぇ!?」

 

妙に粘ついた液体を、頭からぶっ掛けられた。

しかも液体の癖に変に頑丈らしく、響の動きを封じ込める。

誰だこんなマニアックなことをやらかす奴はと、響が上を見上げると。

頭が鳥のようになっている、ひょろっとしたノイズに取り囲まれていた。

元から拘束が目的だったのか、近づいて炭にするようなことはしないようだ。

だが、今の響にとっては邪魔以外の何者でも無い。

アームドギアが、武器が無いことがここで仇となり、手詰まりの状態となってしまった。

 

(アームドギアがあれば・・・・いや、無いものねだりしてもしょうがない・・・・!!)

 

どうにか身をよじって脱出を試みるも、時間が経つにつれ粘液は強度を増していく。

放電も考えたが、翼へのフレンドリファイアも考えると、使用は憚られた。

しかし、もたついている間にも、翼はじわじわと追い込まれていく。

いつもとは違う、感情に従った力任せの戦い方をしているのもあるのだろう。

ネフシュタンのペースに、完全に乗せられている。

 

「あっぐ・・・・!」

「翼さん!!」

 

とうとう、体勢を大きく崩された。

何度も地面をバウンドし、吹き飛ばされていく翼の体。

植え込みの木に衝突して止まり、痛みに顔が歪む。

 

「のぼせあがるな人気者ォッ!!この場の主役と勘違いしているなら教えてやる!!」

「が、ぁ・・・・!?」

 

悠々と歩み寄ったネフシュタンは、翼の腹を蹴り飛ばして、

 

「あたしの目的は、ハナっからあいつをかっさらうことだッ!!」

 

親指を響に向けた。

狙いだと宣言された響は、目を見開いた。

そして瞬時に苦い顔をする。

 

(なんてこった、ご指名だよ・・・・!)

 

世界で初めての適合者である翼ではなく、響狙いだということ。

それ即ち、彼女が世にも珍しい『融合症例』だというのを知っていることだ。

二課のスタッフしか把握していないはずの事実を、明らかに外部の人間であるネフシュタンが把握している。

つまりこの状況は、どこかから情報が漏れたことを示していた。

 

「初戦からそこそこやるような期待のルーキーみたいだったが、結局はひよっこだな。動きを止めれば怖かねぇ」

 

引きとめようとする翼の手を軽く避けて、今度は響に近寄ってくる。

 

「さあ、観念してついてこい」

「・・・・ッ」

 

手を伸ばしつつ歩いてくるネフシュタン。

自分の勝利を確信しているようで、背後の翼には目もくれない。

再び抵抗を試みる響は、見た。

ボロボロの体を立ち上がらせようとする、彼女の姿を。

必死に強がりながらも、どこか泣き出しそうな顔を。

 

「――――――」

 

濁った思考が、クリアになる。

視界が冴える、頭が冴える。

走馬灯のように今までを想起して、『友人の得意技』を思いついた。

 

「いいねぇ、話の分かる奴は嫌いじゃない」

 

構えは脱力。

ネフシュタンが何か言っているが、反応する義理は無い。

足先から下半身へ、下半身から上半身へ。

 

「・・・・何を考えてる」

 

さすがに相手も、こちらの企みを察したらしい。

一旦足を止めて鋭く睨む。

だが、一歩遅かった。

 

「・・・・ッ」

 

刹那。

目を見開いた響は、回転の加速を利用して拳を押し出す。

衝撃波がまっすぐ伸びて、ネフシュタンに襲い掛かる。

ノイズの炭のシャワーをバックに、拘束から解放された響。

手刀を突き出し、拳を引き絞って構える。

戦意を感じ取ったネフシュタンは、盛大にため息をついた。

 

「・・・・できるだけ無傷でって注文受けてんだけどなぁ」

 

鋼鉄の鞭を構え、笑う。

 

「抵抗するんじゃぁ、しょーがねえよなァーッ!?」

 

ジャラリと振り回して、叩き付けた。

ステップで避けた響は、大きく踏み込んで肉薄。

体を傾けて避けられるも、鼻先を掠めた拳にネフシュタンは冷や汗をかく。

鞭を振って引き離し、距離を取る。

 

「そおらくらえッ!!」

 

切っ先にエネルギーを溜めて放つ、『NIRVANA GEDON』が響を襲う。

響は慌てることなく拳を握り、あろうことか真正面から殴りつけた。

エネルギーとプラズマがぶつかり合い、一拍置いて爆ぜる。

衝撃波に一度踏みとどまるも、すぐに立て直して再び突撃。

低い姿勢から、顎目掛けて蹴り。

避けられるのは想定内なので、足が伸びきるや否や振り下ろして追撃。

頭を狙った一撃は右腕で防がれ、そのまま流れるように空いた左腕で引っつかまれる。

 

「おらぁッ!!」

「ぅおっと・・・・!」

 

思いっきり放り投げられたところに、ダメ押しの『NIRVANA GEDON』。

今度は直撃し、響が煙に包まれる。

攻防を見守っていた翼は、思わず声を上げるも。

直後に煙から飛び出てきた響を見て、ほっと息をついた。

所々焦げたり煤けていたりしたが、五体の満足をおざなりに確認して、再び突撃した。

 

「っち・・・・!」

 

響が全く怯まないのが気に入らないのか、ネフシュタンは小さく舌打ち。

飛び掛ってくる彼女に向け、再び鞭を振るった。

響は体を捻って避け、右ストレート。

引き寄せた鞭でいなされ、蹴りがわき腹に突き刺さる。

防御も出来ず、もろにダメージを受けてしまった。

地面をきりもみしながら転がっていく。

街灯に体を打ちつけ、肺の空気を吐き出す。

束の間呼吸が出来ず、苦しそうに咳き込む響。

 

「ったく・・・・手間取らせやがって・・・・!!」

 

標的がやっと動かなくなったのを確信したネフシュタンは、忌々しげに口元を歪めた。

舌打ちやらため息やらは、苦悶の声を聞いたことで幾分か下がったらしい。

しかし疲労は溜まっていたようで、やはり盛大にため息をつくのだった。

自分が身に纏っているものが、後ろでへばっている出来損ないや、目の前で蹲っているひよっこの組織と因縁があることくらい分かっている。

これの奪還が、彼らの悲願の一つであることも。

増援に来られても面倒だ。

故に、早々に響を回収しようとして、

 

「・・・・ッ!?」

 

体が動かないことに気づいた。

今自分を縛れるようなアイテムはない。

と、いうことは。

背後。

動けないながらも振り向いて、目を見開く。

 

「てめぇ・・・・!!」

 

響と同じくダウンしているはずの翼が、刀を深く突き立てていた。

その技は聞き及んでいる。

彼女の付き人が得意とする、現代に残る忍法の一つ『影縫い』。

名前のとおり、影が地面にしっかり縫いとめられていた。

 

「こ、の・・・・死にぞこないがぁッ!!!」

 

罵声を上げるものの、体の自由が利かない今ではただの虚勢だ。

ひとしきりネフシュタンを睨んだ翼は、次に響に目を向ける。

 

「何をしているの!?守るだの信念だの言っておいてその様!?」

 

呼吸が落ち着いたらしい響が、木を支えにゆっくり立ち上がっている。

 

「譲れないものがあると言うのならッ!まずはそれだけの気概を見せてみなさいッ!!!」

 

俯いたままの響。

瞬間、力強く拳を握って。

 

「・・・・・は」

 

足音は三つ。

時間は一瞬。

浮かぶ汗が見えるほど、接近した響は。

 

「――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

力の限り、ネフシュタンを殴り飛ばした。

直後に翼が拘束を解いたため、響以上にきりもみしながら吹っ飛んでいった。

そして噴水にぶつかってやっと制止し、そのまま土煙に包まれて沈黙する。

 

「翼さん、傷は?」

「痛みなど殺せる、お前の方はどうなんだ」

「師匠のお陰で丈夫ですから、倒したきゃ三倍は持ってこいって話ですよ!」

 

正直打撲のダメージは全身にきていたが、骨は折れていないようなので大丈夫だろうと自己完結した。

調子を整えるように腕を回す一方で、珍しく翼が加勢してくれたことに気づく。

今までの彼女の対応を考えると、いつも通り『自分でやれ』のような態度を取るはずだが・・・・。

首を傾げつつも、奪われたという『ネフシュタンの鎧』が相手なのだし。

なりふり構っていられないと思ったのかもしれないと、響は一人納得した。

一方。

翼もまた、自分が加勢したことに内心驚いていた。

奏のことを忘れ、ガングニールを我が物顔で振るっている少女。

しかし何故か、先ほどだけは。

彼女が連れ去られそうになったとき、また失うかもしれないという恐怖に支配されかけていたとき。

目が合った途端、爆発的に火を燈した瞳を見て。

何ともいえない安心感を覚えてしまったのだ。

 

(情け無い・・・・新入りにすがるなど、防人として余りにも情けなさ過ぎる)

 

はぁ、とため息をついた時だった。

 

「翼さん!!」

 

突如、横薙ぎに突き飛ばされる。

何事かと視線を巡らせた先、何かが煌いた。

刹那、鞭が鋭く伸ばされてきて。

 

「ぐ、っは・・・・!」

 

響の土手っ腹を貫いた。

上手く事態を飲み込めない翼は、血を吐き出す響を見上げるしか出来ない。

 

「くっそ、欠片共が・・・・手間取らせやがって・・・・!」

 

鎧が所々砕けた、ボロボロの姿だったが。

ネフシュタンは今度こそ響を無力化できたと、大きく息を吐く。

 

「やっと捕まえたぞ、やんちゃ野郎が・・・・!」

「き、貴様!!」

 

やっと再起動した翼が、刀を構えなおそうとして。

 

「・・・・ああ、そうだね」

 

獰猛に釣りあがる、口元。

 

「捕まえたぁ・・・・!」

 

がっしり鞭を掴んだ響は、これ見よがしに紫電を迸らせる。

やっと勝ちを得たと思っていたネフシュタンは、この後に何が起こるかを察する・・・・!

 

「そうら奢りだッ!!遠慮なく持ってけえええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!」

 

翼と幾分か離れているのをいいことに、遠慮ナシに放電。

響の目論見どおり、人が触れれば無事ですまない威力の電撃が。

あっというまに鞭を伝って、ネフシュタンを襲った。

 

「ぎがあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」

 

車で駆け付けた弦十郎と了子が見守る前で、逃げられなかったネフシュタンがもろに電流を浴びる。

しかし食いしばって悲鳴を飲み込んだネフシュタンは、しびれる腕を何とか制御してもう片方の鞭を振るう。

再び放たれる『NIRVANA GEDON』。

同じく動けない響など、ただの的に他ならなかった。

 

「ぐぁ・・・・!」

 

直撃を受けた響。

勢いで鞭が抜け、大量に出血する。

ネフシュタンは血を振り払いながら、自身の周囲を攻撃。

向かってきていた翼と弦十郎を足止めして、煙の中に消えていった。

邪魔な土煙を振り払い、周囲を注意深く見回す翼。

すぐに敵の姿が無いことを悟り、悔しげに顔を歪ませる。

 

「響ちゃん!響ちゃん、しっかり!!」

 

そんな歪んだ顔も、了子の悲痛な声で成りを潜めた。

我に返って振り返った先、響が血溜まりに沈んでいる。

ガングニールが、真っ赤に染まっている。

 

「――――――」

 

息が止まった。

 

「・・・・・・ぁ」

「翼?」

 

弦十郎が訝しげに見てくる。

止まらない、震えが止まらない。

だって。

了子に抱えられ、ぐったりしている様は。

『あの時』の奏と、同じ。

 

「ぉ、おい!!」

 

刀を取り落としながら、駆け寄る。

近づいて分かる、その傷の深さ。

すっかり血が抜けた肌は、陶磁器のように不健康な色に成り果て。

ただただかすかに上下している胴体だけが、辛うじて生きていることを証明していた。

 

「おい、しっかりしろ!死ぬな!」

「つ、翼ちゃん落ち着いて・・・・!」

「だって!!!」

 

明らかに平常心ではない彼女を落ち着かせようと、了子が肩に手を置くも。

今の翼にはあまり効き目が無いようだった。

そんな二人を制止するように、下から何かが伸びてくる。

響の手だった。

虚ろな目にも、しっかり光を燈している。

その手を握ろうと、翼が手を差し出すと。

まるで阻むように、プラズマが迸る。

威嚇とも取れる展開に、翼が動揺していると。

響は力無く、申し訳なさそうに微笑んだ。

そして意を決したように口元を結ぶと、プラズマの勢いを調節して。

傷口に、押し当てる。

 

「ぐうううううううう・・・・・!」

 

生ものが焼ける音、漂う嫌な臭い。

響は鈍い悲鳴を上げながらも、歯を食いしばって耐える。

やがて、傷を焼き終えた彼女は、束の間息を止めた後。

どっと吐き出すように、呼吸を再開したのだった。

 

「響くん!何て無茶を・・・・!」

 

呆然とする翼の背を叩いて現実に引き戻しつつ、悲痛な顔で響を見下ろす弦十郎。

対する彼女は再び力無くはにかんで、翼に手を伸ばした。

温もりが抜けた、ひやっとした指が頬をなぞる。

ここで初めて、翼は自分が泣いていることに気づいた。

一瞬でも油断すれば消えてしまいそうなその手を握ると。

響は消え入りそうな声で、しかし安心させるように、呟いた。

 

「――――――泣かないで」

「・・・・ぇ」

 

それっきり、響は動かなくなってしまった。

眠るように目を閉じて、静かに息を吐く。

段々力を失う冷たい手に、翼の胸中は荒れ始める。

ネフシュタンに手も足も出なかった状況。

目の前でぐったりとする『ガングニール』。

自分の不手際。

 

「・・・・・ぁ・・・・・・ぁあ・・・・・・・!」

 

同じだった。

何もかもが、残酷なくらいに。

二年前の焼き増しのようだった。

 

「・・・・き、救護班は・・・・・救護班はまだなんですか!?」

 

かすかに残った温もりを守るように握り締めて、弦十郎と了子に詰め寄る。

 

「翼」

「急がせて下さい!!このままじゃ、この子がッ!!」

 

普段の落ち着いた雰囲気など彼方へ投げ飛ばし、翼はほぼ錯乱した声で喚く。

 

「お願いよ!死なないで!一人にしないでぇ!!―――ッ!!!!!」

 

縋るように叫んだのは、果たしてどちらの名前か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ほっとけないとこまで似なくて良いのに・・・・師弟そろってしょうがない」

 

一匹の猫が、小さくため息をつく。




このビッキーのレベルは60代後半くらい。
低くはないけど理不尽ってほどじゃないくらいの強さ。


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6ページ目

この辺の流れはもともとできていたので、早速投下ー。


風鳴弦十郎は考える。

一週間前の攻防について。

響の傷と、翼の心という多大な犠牲を払ったが。

あの完全聖異物から、無辜の人々を守ったのもまた事実。

犠牲に見合った成果を得ることが出来たと、少し冷たい結論を下す。

それに今の彼には、ネフシュタンと同じく気にかかっていることがあった。

 

「―――――あの件はどうなった」

「はい、一ヶ月もあれば、多少のことは」

 

二課のとある一室。

緒川が手元のタブレットを操作し、スクリーンに画像を表示する。

 

「『司(はるか)』さん、現在の年齢は25歳。世界的財閥『月村グループ』の警備会社に勤めている方ですね」

 

戸籍の書類と思われる画像。

黒く長い髪を揺らした女性が、控えめに微笑んでいる。

 

「現在はイギリス支社に出向中、響さんの言とも一致します」

「ふむ・・・・」

 

――――表向きは警備会社所属だが、本当はFBI的な治安維持組織に所属している。

彼らが響に師匠なる人物のことを聞いた際に、返ってきた答えだ。

弦十郎が相槌を打ったのを確認した緒川は、再びタブレットを操作する。

 

「ですが、これは表向きの話・・・・本当は」

 

画像が切り替わる。

正確には、データの内容が切り替わる。

 

「住所不明、無職・・・・だと?」

「巧妙に細工されていましたよ。うちの諜報部でも、重箱の隅をつついてつついてつつきまくらないと分からないような物です」

 

ここ二課は歴史を辿っていくと、旧日本陸軍の諜報部にたどり着く。

そのころに築かれた情報収集のノウハウは、改良を施されつつ今日まで根強く生きている。

そんな日本でも五本の指に入るだろう自分の組織の腕を以ってしても、中々見抜けないだろう戸籍の偽装。

 

「これすらも偽装の可能性を考え、響さんの証言を元に、各国の治安維持組織、ならびに諜報機関のデータを漁ってみましたが・・・・」

「収穫は無かったということか」

「はい、申し訳ありません」

「気にするな、最初から上手くいってるなら、一月もかからんさ」

 

珍しく落ち込む緒川に快活に笑いかけてから、弦十郎は再び思案する。

 

(司遥・・・・響くんにアレだけの武術を仕込んだ師匠とされる人物・・・・)

 

常人が彼女の写真を見たのなら、殆どの人が美人と答えるような整った顔立ち。

しかし、彼には遥のもう一つの顔が見えていた。

彼女の目元。

柔和に笑っていながらも、強い意志と闘志を秘めた、戦士の姿が。

 

(恐らく、只者では無いと考えるべきであろう)

 

写真と睨み合う一方で、響つながりで思い出す出来事があった。

ネフシュタンとの戦いで、響が重傷を負った翌日。

腹に空いていたはずの風穴が、一夜にして塞がるという怪奇現象が発生していたのだ。

流石にダメージまでは直せなかったのか、目覚めるまでには数日を要したが。

それでも、弦十郎達にとっては不可思議なことこの上ない。

加えて、傷の消失に誰もが慌てふためく中、響の枕元から見つかった一枚のメッセージカード。

 

(『Piece of cake』・・・・か)

 

『Piece of cake』。

日本語で言う『朝飯前だよ』という意味を持つ言葉。

そのとおり『気にしないで~』という和訳とともに、コミカルな猫の絵が添えられていた。

一応目覚めた響に聞いてみたものの、心当たりはなさそうだったが。

結局、あの時のネフシュタンの様な、第三者が関わったことに変わりない。

 

「いかがします?司令」

 

緒川の問いに、弦十郎は改めて思案して、

 

「・・・・響くんの師匠に関しての調査は続けてくれ。ただ、ネフシュタンを纏うものが現れた以上、そちらを放置するわけにはいかない・・・・申し訳ないが、司遥の調査の人員を、幾分か回してくれ」

「了解しました、では、そのように調整させていただきます」

 

一礼して、緒川は去っていく。

 

(・・・・司遥・・・・・・・何者なんだ)

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

#月¥日

し、下乳!

いや、離れないで、まずはちゃんと話を聞いてほしい。

えっと、ひとまず病院なう。

何か『因縁の相手』的な女の子と戦って、翼さんがやられそうになったんで。

『ひよっこ舐めんなコラー!』と特攻をしかけたのが、一週間前。

目覚めたらまた未来に泣かれたので、びっくりした。

今度はちゃんと覚えていたから、頭を撫でたら落ち着いたけど。

で、何で冒頭の発言に至ったかっていう話だけど。

ちょっと、突っ込ませて欲しい。

古代人何考えてんだ。

鎧ってくらいだから当然全身覆っているだろうし、露出が少ないのも仕方が無い。

もしかしたら男が纏ったら全身ガッチガチの状態になるのかもしれない。

あれは女の子が使っていたからこその露出なんだろうけどね。

下乳て、下乳て。

何でそんなマニアックな部分を晒しちゃったかな。

あれかな『この鎧の性能を引き出すためならば、天下に乳房をさらすこともいとわんッ!!』みたいな感じなのかな。

いらんやろ。

そんなサービスいらんやろ。

娯楽が求められる昨今ならまだしも、もろ戦火が起こっていたであろう古代にそれを求めるのは無粋やろ。

ああ、もしかしてこれって偏見なのかな。

思えば聖遺物を使っているシンフォギアも、起動させたら大分アレな感じだし。

翼さんも腰周りが結構きわどいデザイン。

っていやいやいや、シンフォギア自体は了子さんが開発したんだから、もしかすると了子さんの趣味って可能性も・・・・。

って、それはそれでなんかヤダー!!!

やばい、長くなった上に支離滅裂すぎる。

それもこれもあのおっぱいの所為だ!ちくしょうめッ!

ちょっと、本気でもうこの辺にしよう、そうしよう。

 

P.S.

どうやらアリアさんの手を煩わせてしまったらしい。

致命傷が数日で快復していたし、病室中に『残り香』があったし。

わざと残してあった火傷痕は多分、『反省しなさい』っていう無言のメッセージだろう。

こりゃあ、向こうに帰ったときに反省会だなぁ。

 

 

 

 

#月Λ日

デレたっ!デレたっ!

翼さんがッ!デレたあああああああああああああああッ!!!!

いや、お見舞いが来て、未来かなーって思ったら。

翼さんが珍しくしおらしい雰囲気でひょっこり顔を出した。

辺りをキョロキョロしている辺り、何だか前までのあの人とは180度違う様子にこっちもなんかこそばゆかったよ。

で、ひとまず座らせて、お話しましょうってことになって。

そしたら真っ先に謝られた。

翼さんったら、わたしが寝こけている間に、わたしについてのアレコレを未来から聞かされたらしい。

『自分だけが辛いって思い込んでたのが情けない』って、ものすごい落ち込んでた。

『別にいいっすよーよくある話っすよー』って慰めたら、どうにか持ちこたえてくれたけど。

で、次に質問をされた。

曰く『あの時言った泣かないでってどんな意味?』。

そういえば気絶する直前そんなことをいった記憶がおぼろげにあった。

翼さんとしても、わたしがどういう意図で言ったのかがずっと気になっていたらしい。

ほぼ無意識の行動だったため、どう言ったもんかとちょっと悩んだけど。

心当たりはあったので、わたしの信念を話してみた。

そしたら納得してくれたよ。

『遅くなったけど、期待してるからね』って言われたので、これからも頑張れそうだ。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

失いかけた彼女が、奇跡的に回復してから一週間過ぎた頃。

歌手活動が一段落し、緒川の配慮で見舞いに行く機会が出来た。

今までが今までなだけに、気まずい雰囲気もあったが。

翼自身、ずっと気にかかっていることがあった。

 

―――――泣かないで

 

あの時、彼女が意識を手放すときに言った言葉。

冷たい指で涙を拭いながら、気遣うように告げてくれた言葉。

・・・・彼女自身の来歴については、その親友から少し聞かされた。

自分たちのライブをきっかけとした、周囲からの迫害。

そして、数少ない、しかし絶対的な味方であった家族との死別。

頭を金槌で殴られたような衝撃を受けたのを、覚えている。

じわじわと侵食するように、自省と後悔に苛まれた。

何が防人だ、何が剣だ。

『奏、奏』といつまでも引きずっていた結果が、今回の失態だ。

人類最後の刃として、守るべきものを危険に晒してしまった。

司令を始めとした大人達は、彼女に『奇跡』を起こした第三者を警戒しているようだが。

翼としては、まるで天から与えられたやり直しの機会のように思えた。

 

「あつかましいのは理解している。だが、恥を承知で教えて欲しい・・・・あなたは何故、あの時泣かないでと言ったの?」

 

だから、彼女に疑問をぶつけてみた。

 

「んー、そうですねぇ・・・・」

 

彼女は、少し思案した後。

やがて考えがまとまったのか、小さく頷いた。

 

「憧れた人がいるんです」

 

とつとつ、語りだす。

 

「その人は、わたしの涙も、痛みも、纏めて吹き飛ばしてくれました」

 

語っている人物は、『師匠』のことだろうか。

聞いてみたかったが、話を遮ってはいけない気がしたので、相槌を打つ程度にする。

 

「それで、思ったんです」

 

響の視線が、手のひらに落ちる。

過去を思い出しているのだろうか。

 

「わたしもあの人みたいになりたいって、誰かの涙を、止められたらって」

 

ぎゅ、と握った拳には、強い意志が感じ取られた。

 

「まあ、こうやって病院送りになっている時点で、何様だって話なんですけどねぇ」

「・・・・いいや、よく分かったよ」

 

最後に照れくさそうにはにかんで、締めくくって見せた。

おどけた様子で乾いた笑みを浮かべているが。

その奥に秘めた信念は、しっかり感じ取れた。

 

「――――司」

「はい?」

 

頼もしく思いつつ、だからこそ確かめたかった。

 

「お前はこれからも、戦うのか」

「え?そりゃもちろんですよ、翼さん独りにしておけませんし」

「いや、そうじゃなくてな・・・・」

 

打てば響くような即答に、思わず頭を抱える。

どうにか仕切り直して、改めて問いかけた。

 

「覚悟を決めて戦場に立つということは、人を捨てて戦士になるということだ」

 

最初は首をかしげていた響も、真面目な話だと悟ってくれたらしい。

怪我人なりに背筋を正して、耳を傾ける。

 

「・・・・今回のわたしのような、『大失態』をやらかす可能性だってある」

 

束の間、痛ましげに響の腹を見て。

次の瞬間には表情を引き締める。

 

「今更かもしれないが、今一度問わせて欲しい。あなたに覚悟はある?戦場に立ち、人ではない存在になる覚悟は、あるのかしら」

 

問いかけられた響は、考える。

やがて、ゆっくり口を開いて。

 

「覚悟・・・・っていうほどには、足りないかもしれませんけど」

 

静かに頷く翼。

試すような視線を真っ向から受け止め、見つめ返す。

 

「ここで退くのは、いやだなって思います。未来だけじゃない、翼さんや司令さん達だって、わたしの守りたい『日常』ですから」

 

浮かべた笑みには、おどけた様子は微塵も無い。

心からの、真摯な答えだった。

 

「それに、ご飯食べたり、みんなで笑いあったりするのは、『戦士』であっても出来ます。だから迷いはありません」

「・・・・・・・そう」

 

答えを聞き終えた翼は、一度目を伏せる。

 

「ならば、これ以上は何も言わない・・・・・遅くなってしまったけれど、これからもよろしく頼むよ」

「はい!背中は任せてください!」

 

微笑みかければ、響は歯を見せて笑い、ガッツポーズを作って見せた。




『泣いてる誰かの涙を止めるための拳』が、拙作ビッキーの信念でした。
それから。
ごめんなさい、お師匠はオリキャラさんです(土下座ァ
でも周囲の方々はきちんとクロス先の原作キャラなので、何卒、何卒ご容赦を・・・・ガタブル
前回に続いて今回もだいぶヒントをだしたので、そろそろわかる方が出てくるかも・・・・?


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7ページ目

某怪獣王にフィーバーしていたら、執筆が滞ったでござる。
あそこであの曲流すのは卑怯だぜ監督ぅ・・・・!

あ、今回はガールズラブのタグが生きてくる回です。


#月=日

ぶっ倒れてから二週間。

やっとこ復帰出来ましたー。

ひとまず暗い顔だった未来を構い倒したら、真っ赤なほっぺと共に『バカ』の一言を頂いた。

やだ、かわいい。

お詫びにわたしの手料理を振舞ったら、何だか落ち込まれた。

思ったよりもおいしくて、女の子としての敗北感を感じてしまったらしい。

何か、ゴメン・・・・。

 

 

 

#月★日

翼さん、まさかの『片付けられネーゼ』。

『一緒に鍛錬でもどう?』とお誘いを受けて、お宅にお邪魔したら。

何か部屋に忘れ物をしたとかで、一旦離れた。

で、あんまりにも遅かったから。

失礼だとは思ったけど、家をあちこち探してみたら。

ガサガサ怪しい音立ててるお部屋を発見。

不審者だといけないので、こっそり除いてみたら。

ちらかった部屋の中でおろおろしている翼さんを発見。

様子からしてただごとじゃないと飛び込んで、『敵襲っすか!?』と聞いたら。

ものすごい気まずそうに目を逸らされた。

思わず笑っちまったよ。

いや、本当にサーセンっした、フヒヒwww

 

 

 

 

#月」日

久々にティア姉から連絡があった。

お互いに近況報告しながら、世間話に花を咲かせた。

向こうは相変わらずのようで、今度はヤバイ感染者連中が相手だとか何とか。

詳しくは機密で誤魔化されたけど、その辺はわたしも同じなのでスルー。

ひとまずゲームタイトルにもなっているゾンビ天国を想像していたら、『そっちじゃないからね?』と突っ込まれた。

何にも言ってないのに、相変わらず勘がいい人だ。

とはいえ、姉弟子の顔を見たら何だかほっとした。

ここのところ殺伐としていたからなぁ・・・・。

 

 

 

 

#月Ж日

広木防衛大臣が、暗殺されてしまった。

二課の重要な後ろ盾だっただけに、うちの人達も大分動揺している。

で、次の大臣は繰り上げで副大臣さんになるって話だけど。

この人、国際協力を唱える親米派なため、日本の国防にアメちゃんの要求が通りやすくなるんじゃないかと懸念が出ているみたい。

っていうか、うちがモロ影響受けるとこだから、呑気していられない。

これは、どうなるんだろうか・・・・。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

広木前防衛大臣が殺されたその日。

彼と面談の予定があった了子は運よく行き違いとなり、用件の一つであった重要データを無事受け取っていた。

そこから決行されることとなった、『サクリストD』こと、完全聖遺物『デュランダル』の移送作戦。

ネフシュタンや、前防衛大臣を暗殺したグループが襲ってこないとも限らない。

故に病み上がりの響も駆りだして総動員する、本気の作戦と相成った。

 

「んー、着替えとかはこんなもんか・・・・」

 

リディアン寮の自室。

スポーツバッグに最低限のお泊りセットを詰め込んだ響は、一人呟く。

 

「・・・・この間、怪我したばかりなのに」

 

いそいそと出かける準備を、出撃の準備を整える背中を見ながら、未来は不満そうにこぼした。

 

「どしたのー?」

「・・・・何でもないよ」

 

内容は分からなかったようだが、声は聞こえてしまったらしい。

チャックを閉めて満足そうに一息ついた響は、きょとんと未来を見た。

素っ気無く返事して、そっぽを向く未来。

 

「ほんとかなー?」

「ほ、本当だって・・・・」

 

しかし、その態度は余計に響を刺激してしまったようだった。

やることが終わったからか、急に意地の悪い笑みを浮かべると。

両手をわきわきさせながらにじり寄る。

 

「へーぇ?そんな素っ気無いこと言っちゃうんだー?」

「な、なんでもないんだから当たり前でしょ!?」

 

身の危険を感じた未来は座ったまま後ずさるが、虚しい抵抗だった。

 

「そーんな素直じゃない悪い子はー・・・・」

 

背中に手ごたえ。

部屋の隅まで下がりきってしまった。

目の前には響の顔。

やばいと思ったときには、もう遅く。

 

「こうだーッ!!」

「きゃー!!やめて止めてやめて止めてにゃあああああああああああああっ!!」

 

勢い良く腰をホールドされたかと思うと、そのままわき腹に素早く指を滑らせる。

いわゆる『こちょこちょ』を、全力で施すのだった。

くんずほぐれつ、時折タンスやベッドの角に体をぶつけながら、二人一緒に床をのた打ち回る。

やがて体力が尽き、響が未来に倒れこむ形で止まった。

 

「ひ、響ぃ・・・・」

「あいた、あはは、ごめんって」

 

疲れきった右手で背中を叩けば、響が乾いた謝罪を返す。

へこたれた顔が可笑しくって、思わず笑みがこぼれた。

つられて響も笑い出し、二人分の笑い声が静かに木霊する。

 

「・・・・未来」

 

やがて、ひとしきり笑い終えた後。

急に大人びた表情になった響が、未来の頬に手を添えた。

 

「――――何か、怖い?」

 

穏やかな、語りかけるような。

しかし、油断すれば内側に入り込まれるような問い。

 

「・・・・な、何も」

 

ある種の射抜くような視線を受けて、無意識のうちに目を逸らす。

そんな未来の態度が気に入らなかったのか。

響は黙したまま、身を寄せた。

 

「未来、何か言いたいことはない?伝えたいことはない?」

 

彼女が上体を起こすのと一緒に、未来もまた起き上がらされる。

 

「わたしはさ、少なくとも未来よりは丈夫だから」

 

目の前には相変わらず、どこか大人びた響。

未来の知らない響。

 

「未来の言いたいこと、伝えたいこと、ちゃーんと受け止めてあげられるよ」

 

―――――ずるい。

再会してからの響は、特にずるい。

こうやってこっちが何を思っているのか察して、泣いている子をあやすように優しくいたわってくれる。

穏やかな手で、頭を撫でられて。

頑なな胸中が、解けていくのが分かって。

 

「・・・・ひびき」

「うん」

 

何となく呼んだ名前にも、確かに返事してくれる。

多分、それだけで良かったんだと思う。

 

「・・・・いかないで」

 

遠慮がちに、しかし縋るように抱きつく。

 

「・・・・離れないで、遠くにいかないで」

 

背中に響の腕が回される。

頭を撫でられているのが分かった途端、目頭が熱くなった。

 

「やだ・・・・もうやだ・・・・怪我しちゃやぁ・・・・!」

 

ぽろぽろ、涙がこぼれた。

握りつぶすように響の背中を握り締め、必死に抱き寄せる。

――――――あの日。

再び生死を彷徨う状態となった響を見て、足元が崩れる感覚を覚えた。

また忘れられてしまったらどうしよう、いや、今度こそ失ってしまったらどうしよう。

土気色の肌を見て、必死に祈ったのは記憶に新しい。

だから、未来のことを覚えたまま起き上がったときは涙したものだ。

しかし。

今また響は、未来から離れようとしている。

あんな大怪我を追いかねない、戦場(せんじょう)に自ら進んで赴こうとしている。

 

「ひび、きぃ・・・・!」

 

ダメだというのは分かっている。

響だけではなく、翼だって同じ状況で。

そしてどちらも欠けてはならない、ノイズに対する希望であることも重々承知している。

だけど、だけど。

怖い。

怖くて怖くて、たまらない。

涙が止まらない、震えも止まらない。

記憶を失くした、思い出を失くした『響』に残った。

命が無くなるのが怖い。

 

「・・・・未来」

 

そんな子どもっぽいわがままを、響は宣言どおり受け止める。

拒絶なんてせず、静かに背中を叩いてあやしてくれる。

・・・・一通り涙をこぼしたら、何だか落ち着いた。

温もりを感じながら身を寄せれば、響が穏やかに口を開いた。

 

「・・・・約束しよっか」

「やくそく?」

「うん、約束」

 

少し離れて、顔を合わせる。

泣きはらした目元に優しく触れながら、響は笑う。

 

「わたしはもう、あんな大怪我しない。何が相手でも、ちゃんと元気に帰ってくるから」

 

頼もしいことこの上ない言葉だ。

だが、未来の心は今ひとつ晴れない。

 

「・・・・出来るの?」

 

不安だった。

自分のために、無茶な制限をつけてはいないか。

そんな心配を、響は軽く笑い飛ばした。

 

「やるよ、絶対に」

 

いっそ清々しいほどの宣言。

言っていることはとても無茶苦茶なのに、何故か本当に叶いそうな気がした。

 

「少し寂しい思いさせちゃうけど、どうか待ってて。未来のいる場所が、わたしの帰る場所だから」

 

額同士を合わせて。

ひたすら穏やかに、未来をあやし続けた。

 

「・・・・ごめん」

 

随分と長い間抱きついていたお陰で、未来も少し落ち着いてきた。

いくらか冷静になった頭で子どもっぽい行動を反省しながら、顔を俯かせる。

 

「いいよ、いつも心配させてるのはこっちだしね」

「・・・・ん」

 

ふと、壁の時計を見た響は、我に返ったように立ち上がった。

 

「やば、もういかなきゃ!」

「ご、ごめん!引き止めちゃった!!」

「いーのいーの!」

 

少しもたつきながらスポーツバッグを担ぎ上げて、ドアまでダッシュ。

しようとして、一旦Uターンして、人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「戻るの明日の昼頃だから!ご飯作って待ってるよ!」

「・・・・うん、いってらっしゃい」

 

無邪気な響に手を振りかえして、駆けていく背中を見送った。

・・・・正直、まだ不安がある。

前もそうやって笑顔で別れて、大怪我をこさえてきたのだ。

今回もまた、寝込むような怪我をしてしまうのではないか。

響の左わき腹、はっきり残ったやけど痕を思い出し、身震いする。

 

(だけど・・・・)

 

自らを抱きしめながら、未来は頭を振る。

そうだ、響は約束してくれた。

もう心配させないと、きっと元気に帰ってくると。

だから、静かに目を伏せる。

 

(お願いかみさま・・・・響をつれていかないで・・・・!)

 

必死に体の震えを抑えながら、未来はいるかも分からない神に向けて、懇願するのだった。




本家ではよく愛が重いとされている未来さんですが、実は重さで言えばビッキーもたいがい←
なので、(表向き)記憶を無くしているうちの子は・・・・あ、これ以上はよしておきましょう(笑


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8ページ目

もっと短くなってしまったorz
でもキリがよかったんや・・・・。


「ふぃー・・・・」

 

ギリギリというわけではないが、それでも時間すれすれに何とか間に合った。

二課の休憩スペースにて、一息つく響。

作戦は早朝。

仮眠のための眠気を誘発させるため、温かいココアを飲みながらまったりしていた。

ふと、人の気配に気づいて、そちらに視線を滑らせる。

同じく飲み物を求めてきたらしい翼と、目があった。

 

「司か」

「お疲れ様です、翼さん」

 

意外と泣き虫だったり、片づけが苦手だったりと。

最近様々な一面を見せ始めている彼女だが。

一世一代の作戦を前に、凛とした余裕を崩さない様は、正直普通に尊敬できる。

 

(まあ、師匠と重ねちゃってる部分もあるんだろうなぁ・・・・)

 

『流れる長い髪』『凛とした雰囲気』『にじみ出る強者のオーラ』など。

見れば見るほど恩師によく似ている翼を、まじまじと見つめた。

言わずもがな、実力は恩師の方が圧倒的に上なのだが。

 

「・・・・どうした?」

「ああ、いえ、何でも・・・・」

 

無意識のうちに、凝視してしまったらしい。

翼が首を傾げたので、響は慌てて目をそらした。

どうにか誤魔化そうと、手近な新聞をテーブルからひったくって。

 

「うっわ!?」

「・・・・何してるのよ」

 

前面に表れたお色気ページに、ぎょっとなる。

危うくココアをこぼしそうになり、あたふたしながらも何とか持ちこたえた。

そんな響の様子を見て、翼は呆れながらため息をつく。

 

「あ、はは・・・・」

 

なんともいたたまれない気持ちを苦笑いで誤魔化しながら、もう一度新聞を見る。

先ほどとは違うページを意識しながら開けば、『風鳴翼、電撃休業』の文字が。

 

「ん?・・・・ああ、それか」

 

何事かあったのだろうかと本人の方に視線を向ければ、事情を察してくれたようだった。

翼は少し考えてから、

 

「・・・・なんというか、けじめのようなものだ」

「けじめ、ですか」

「ええ」

 

響のオウム返しに頷いて、翼は口を開く。

 

「先ごろの戦闘を経て、よく理解できた・・・・わたしは、わたしが思っていた以上に弱かった」

「いや、さすがにそれは自虐が過ぎるんじゃ・・・・」

 

紙コップの紅茶を見下ろして、眉をひそめる翼。

思い出しているのは、ネフシュタンとの初戦だろう。

確かに大怪我を追ったのは事実だが、翼は特に悪いわけではない。

そう考えた響は、手を立てて『ナイナイ』と振るのだが。

翼は、首を横に振って否定する。

 

「弱いんだよ・・・・剣としても欠かせない『()』が、どうしても」

 

胸元を握り締め、搾り出すように呟いた。

 

「その所為で、あなたに大変な大怪我をさせてしまったのだから・・・・」

 

・・・・前言撤回。

響が思っている以上に、翼は思い悩んでいるようだ。

強くあらねばと背負っていた分、奏にその心をほぐされた分。

響を疎ましく思っていた彼女。

それ故に、倒れかけた響を目の当たりにした翼の心には、大きな恐怖が植えつけられたに違いない。

生粋の生真面目であるが故の負い目というものだろう。

すっかり落ち込んでしまった翼に、響は少し困った顔をしてから。

 

「・・・・別にいいんじゃないですか?」

「・・・・そうなのか?」

「はい、だって、アレは間が悪かっただけですから」

 

首をかしげる翼。

響は一旦コップを置いて、身振り手振りで続ける。

 

「翼さんは奏さんのこと気にしまくっていましたし、わたしだって自分や未来が危なかったからガングニールを起動させましたし、あのネフシュタンもたまたまわたしがレアな存在だったから攫っていく必要があった」

 

指折り数えていく『間の悪い事柄』。

響の個人的な基準だが、他者が聞いても一応納得できるラインナップでもある。

 

「全部全部、タイミングが重なっちゃった不運な事故なんです。だったら、いつまでも引きずったってしょうがないじゃないですか」

 

折った指をぱっと広げ、もう片手とあわせて広げて笑う。

 

「・・・・強いのね」

「無頓着なだけですよぉ!今を含めて二年くらいしか記憶ありませんし、その分冷たく割り切れるんです」

 

翼が感慨深く呟けば、響は頭に手をやっておどけて見せた。

 

「まあ、何がいいたいかと言えばですね」

 

手を打ち合わせ、話の切り替えを表現する。

 

「わたしの大怪我に関して、翼さん一人が責任を負う必要はないってことです」

「―――――」

 

そうして次に見せた笑顔は、どこか優しい雰囲気だった。

例えるなら、あの日緊張でガチガチだった翼の心を溶かしてくれた、奏の様な。

 

(・・・・かなで)

 

例えを思い浮かべたところで、翼は気づく。

響がネフシュタンと対峙していたあの時、あっという間に翼を安心させた瞳の炎。

あれは、奏のそれと寸分違わず同じ目だということに。

 

(・・・・なるほど)

 

ならば、あの時の安堵にも納得がいく。

翼は、小さく笑みを漏らした。

 

「あ、あの、翼さん・・・・?」

「いや、なんでもないよ」

 

笑い声が聞こえたのだろうか、響がどこか不安げにうろたえている。

打って変わって頼りないような仕草を、首を横に振って否定して。

 

「やはり、君は強い。少なくとも、ガングニールが似合う程度には」

「えっと、ありがとうございます?」

 

どこか納得できてはいないようだが、褒められているのは分かったらしい。

疑問系だったが、感謝を述べた響に。

翼は笑みをこぼしたのだった。

 

「さて、そろそろ眠ろう。これ以上は明日に支障が出てしまう」

「本当だ、もうこんな時間」

 

一緒に時計を見やれば、深夜とまではいかずとも、明日を考えれば十分遅い時間。

すっかり温くなった飲み物を一気に飲み干し、それぞれゴミ箱に投げ入れる。

 

「ではまた明日、背中は任せたぞ」

「はい!おやすみなさい!」

 

翼は不適に笑い、響は親指を立てて。

宛がわれた仮眠室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「―――――輸送計画、ねぇ。こりゃまた大規模な」

 

タブレットの画面を流し見して、女性は感心したように呟く。

 

「我々はいかがします?」

 

情報を持ってきた猫耳の問いかけに、束の間思案。

監視をつけるのは当然だ。

吟味するのは、動くか否か。

長くもなく、短くもない間、思考にふけって。

やがて納得するように頷く。

 

「今回は私も出よう、ただ、実働は二人に任せる」

「はいはい、必要なところで突っつけってことですね」

 

猫耳の片割れが、心得ているといわんばかりに遊び半分の敬礼。

普通なら無礼極まりない行為だが、この場にいるのは気心知れた者ばかりなので、女性も相方の猫耳も笑って流すのみに留める。

 

「ですが、あの子の件で我々の存在を警戒している節があります。私達はともかく、マスターはくれぐれも見つかりませんよう心がけてください」

「分かってるって」

 

従者の忠言を、快活に笑って受け入れる女性。

 

「愛弟子と愉快な仲間達のお手並み拝見ってことで、気軽に見物させてもらいましょ」

 

茶目っ気を混ぜた瞳は、鋭く光っていた。




次回、ラスボス降臨!←


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9ページ目

皆(?)大好き(?)『天下の往来独り占め作戦』ですよ。


(・・・・師匠も、任務中はこんな気分なのかな)

 

ピリピリと、感じないはずの痛みを肌に覚えながら。

了子の運転する車内で周囲を警戒しつつ、響は一人思う。

ほどよい緊張感の中、『天下の往来独り占め作戦』は順調に進んでいるように見えた。

ハイスピードで流れる景色。

警察による交通規制で一般車両はいないため、人目を気にせず飛ばし放題である。

コントロールできる程度のトップスピードを維持したまま、目的地までたどり着ければいいのだが。

そうは問屋がおろしてくれない。

海を横断する道路に差し掛かったとき、変化は起こった。

突如黒煙が上がったと思うと、道路の一部が崩れ去る。

 

「―――――ッ!」

「ゎ・・・・!」

 

咄嗟に了子がハンドルを切ったため、響とデュランダルが乗っている車両は落ちずにすんだ。

バイクで並走していた翼も、瓦礫を伝って渡るという大技を見せて無事。

だが、回避が間に合わなかった車が一台、海に落下してしまう。

 

「っあ・・・・」

「大丈夫よ、うちのエージェントはあれくらいで倒れたりしないわ」

 

思わず声を上げた響を安心させるように、了子が語りかけた。

響も、後続を気にする余裕が無いと分かっているようだ。

表情は優れなかったが、了子に対ししっかり頷いて答える。

 

「よっし、じゃあしっかり掴まっててね響ちゃん!」

 

重い空気を払拭するべく、了子は溌剌と声を上げる。

 

「あたしのドラテクは凶暴よ?」

 

すごんだ次の瞬間には、車が大きく蛇行した。

あけていた窓から放り出されそうになった響は、何とかドアにしがみついて体勢を保つ。

一行はそのまま市街地へ。

早朝だというのに人の気配がしないのは、恐らく一般人に何らかの理由をつけて退避してもらっているのだろう。

その分こちらは動きやすくて助かる。

ふと、マンホールが動いて。

蓋を盛大に吹き飛ばし、ノイズの噴水が湧き上がる。

束の間直進していた車は、再び蛇行を開始。

 

『地下だ!敵は地下の下水道を通って襲撃してきている!』

 

通信の弦十郎に言われるまでも無い。

何度も上がるノイズの噴水。

とうとう巻き込まれ、護衛車が何台も吹き飛ばされる。

横転した車から危なげながらも這い出てくるエージェント達に、響は安堵のため息をつく。

 

『聞こえるか!?そのまままっすぐ行けば、薬品工場の敷地内に入る!二人には、そこに飛び込んでもらいたい!!』

「えぇ!?」

「そこで爆発でも起これば、いくらデュランダルでも木っ端微塵よ!?」

 

緊迫した雰囲気の中、弦十郎から耳を疑うような指示が来た。

響は思わず素っ頓狂な声をあげ、了子もまた前から意識を逸らさないまま問いかける。

 

『敵の狙いがデュランダルの確保なら、あえて危険地帯に飛び込んで攻め手を封じるって寸法だ!』

「勝算はあるの!?」

 

すると弦十郎は、自信たっぷりに答えた。

 

『―――――思い付きを数字で語れるものかよッ!!』

 

瞬間、車が思い切り加速する。

ぐわんと揺れる車内。

響が頭をぶつけたが、了子に謝る余裕なんて無かった。

ハリウッドのような空中浮遊の後、件の工場地帯に飛び込む車。

頭をさする響は、タンクの上に佇む銀色を見つけて。

 

「Balwisyall Nescell ガングニールトローンッ!!!!」

 

即座に唱える。

若干音程を無視する形となったが、ガングニールは無事認証してくれたようだ。

後ろのデュランダルをケースごと引ったくり、ベルトを引き千切って了子を抱きかかえ。

フロントガラスをぶち破って、飛び込んできたノイズを回避した。

無人の車は壁に衝突し、哀れ爆発四散と相成ったが。

守るべきものを両方守れたため、響は短く息を吐いた。

 

「あーあ、まだローンが残ってるのにぃー」

 

炎に包まれる愛車を見て、がっくり肩を落とす了子。

 

「ご、ごめんなさい」

「ふふ、まあ、ノイズが相手ならしょうがないか」

 

恐縮して頭を下げた響に、打って変わって明るい声で話しかけた。

と、二人の後ろで物音。

振り向けば、射殺さんばかりの目で、ネフシュタンが睨みつけている。

 

「ッ了子さんはデュランダルを持って下がってください!」

「はいはーい、命預けたわよ」

 

細腕には幾ばくか重たいケースを抱えて、了子は数歩下がった。

拳を構えて、ネフシュタンと対峙する響。

 

「司!櫻井女史!二人とも無事だったか!」

 

マンホールからのノイズをあらかた駆逐し終えた翼も合流。

まだまだ油断ならないが、勝利への布石は整ったと見るべきだろう。

 

「・・・・は」

 

構えた二人を見据え、ネフシュタンが嗤った。

 

「二対一だからと、調子付くんじゃねえぞッ!!!」

 

腰の杖を抜き放ち、大量のノイズを召喚。

目の前の壁に臆することなく。

目配せして笑いあった翼と響は、強く踏み込んで突撃した。

拳と刃が、ノイズを蹂躙する。

斬った側から、殴った側から絶命していくノイズ達。

翼の技が、響の力が。

以前とは全く違う、きっちりとしたかみ合いを見せて、強力なコンビネーションを産んでいる。

響が一度退く、ちょうど翼の隣に立つ。

交差する視線。

響は頷き、前に出て紫電を迸らせる。

 

「 未来のッ!! 先へえええぇ――――――ッ!!! 」

 

高らかに歌い上げながら、デビュー戦で見せた突撃を発動。

ノイズをごっそり減らしながら、勢いそのままにネフシュタンに殴りかかる。

 

「・・・・ッちぃ!」

 

鞭を振るい、拳を受け止めるネフシュタン。

どうやら攻撃は響、了子およびデュランダルの防衛は翼と、役割分担したらしい。

前回と同じく、攻防の合間にノイズを追加しているものの。

歴戦の戦士たる翼にかかれば、焼け石に水状態だった。

 

(それだけじゃねぇ・・・・)

 

響のストレートを避けて、目を細める。

 

(こいつの動き、前と全然違う!)

 

ラリアットをしゃがんで回避。

続くボディブローを鞭で受け止め、バネのようにしならせて弾き飛ばす。

――――先の戦いでも、響は十分な強さを発揮していた。

しかし今回は少し消極的になったというか、賢い動きになったというか。

今もそうだ。

わざと作った隙に、簡単に引っかからない。

以前の彼女なら、罠と承知した上で突っ込んできたというのに。

 

(さすがに死にかけりゃ考えも変えるってか、クソッ!)

 

蹴りを鞭で絡めとり、振り回して近くの小さいタンクに叩きつける。

あっという間に炎に包まれるタンク。

だが、響がこの程度で倒れないだろうことをネフシュタンは悟っていた。

 

「ぶっは!げっほぃごっほ・・・・!」

 

案の定、こげたりむせたりしていたものの、炎を振り払って飛び出してくる響。

顔の煤をおざなりに拭うと、大きく呼吸して仕切りなおした。

 

「・・・・あのーさ」

「あ?」

 

だが、構えを取った後。

眉をひそめながら口を開く。

 

「君、何でこんなことしてんの?」

「・・・・答える義理はねぇよ、つか何だ急に」

「いやぁ」

 

怪訝な顔のネフシュタンに、響きは構えを崩さないまま苦笑いを浮かべて。

 

「そういえば君の目的とか、全然知らなかったなぁって思って」

「バカだろおめぇ」

「即答!?」

 

この場に似つかわしくない敵意の欠片も無い顔に、即効で悪態が叩き込まれた。

 

「ひどいよぉ」

「お前がおかしいんだっつの!そんなん知ってどうするんだよ!」

 

鞭を地面に叩きつけて、思いっきり怒鳴るネフシュタン。

臆したわけではないが、勢いに押されて仰け反った響は、乾いた笑みを浮かべた。

 

「あははは、いやね?わたしがレアものだから狙うっていうのは分かるんだよ?だけど、持ってったあとどうするつもりなのかなって思って」

 

瞬間、瞳から茶目っ気が消える。

口元に笑みは浮かべたまま、瞳だけに戦意を燈してネフシュタンを睨む。

 

「・・・・」

 

ネフシュタンもまた、単なる道楽で聞いているわけではないと悟ったようだ。

歯を向いた口を閉じ、静かに響を睨む。

沈黙は、迂闊にしゃべれないということ。

つまるところ、彼女に指示を出している存在がいることを雄弁に語っていた。

 

「・・・・別に無理して話さなくてもいいよ」

 

響もそれを察したのだろう。

崩した構えを直しながら、穏やかに続ける。

 

「だけど、何の理由も無く戦うなんて、それじゃあ獣みたいじゃない」

 

強く強く、握られる拳。

 

「わたしもあなたも、人間だ。届く届かないはひとまず置いといてさ、きちんと言葉にしておくのも、大切なんじゃないかな?」

「・・・・!」

 

一理あると、思ったのだろう。

バイザーの下の目が、明らかに見開かれた。

 

「まあ、話し合いで済むんなら、こんなことにゃなってないんだろうけどねぇ」

 

ネフシュタンの動揺など露知らず、響はからから笑って締めくくった。

 

「で、どうする?このまま戦う?それとも話してから戦う?」

 

全身に戦意を戻しつつ、不適に問いかける響。

ネフシュタンもまた、慌てて構えなおしながら思案する。

目の前のこいつの言うこともまた一理ある。

・・・・自分の『目的』に犠牲が付き物なのは、重々承知している。

それでも、少しでもその犠牲を少なくしたいと考えるのは、彼女の言うような『人間』だからだろうか。

 

「ぁ、あたしは・・・・ッ!」

 

思わず、言葉を紡ぎかけて。

背後の輝きに、弾かれたように振り向いた。

 

「こ、これは・・・・!?」

「ッ櫻井女史!離れてください!」

 

了子の手元に、朝日のような光が迸っている。

最後のノイズを切り捨てた翼が、半ば突き飛ばす形でデュランダルのケースを引き離した。

 

「まさか、起動しようと・・・・!?」

「何で!?だって、完全聖異物の起動には・・・・!」

 

響は呆然と呟いたネフシュタンに反応し、反論する。

完全聖異物は、原初の力を発揮し、誰でも扱える代わりに。

起動させるために大量のフォニックゲインが必要となる。

もちろん、シンフォギア装者一人では到底賄えない。

それこそ、ライブ会場などの人が集まる場所でも無い限り、起動させることなど不可能だとされていた。

 

「いや・・・・!」

 

しかし、ネフシュタンは心当たりがあったようで。

まず響に、続けて後ろに了子を庇う翼に視線を滑らせる。

一番最初に聖遺物を起動させた翼と、シンフォギアとの融合体である響。

指折りのフォニックゲインの持ち主と、いまだ未知数の可能性を秘めている存在。

そんな『質の良い歌』を、至近距離でいっぺんに受けていたのなら。

この状況にも一応の納得が行くというものだ。

 

「ぁ・・・・!」

 

やがて、ケースが爆ぜる。

未だ黄金の輝きに包まれながら飛び出してきたのは、一振りの西洋剣。

 

「あれが、デュランダル・・・・」

 

今度は響が呆然と呟いた。

ネフシュタンはこれを好機と判断し、一気に駆け出す。

前回は響にしてやられ、結果として『治療』と言う名の『お仕置き』を施されたばかりだ。

次にも控えているだろう任務を考えると、これ以上の失敗=『お仕置き』は勘弁願いたかった。

加えて、負けてばかりと言うのも実に癪だ。

 

「おおおおおおおおおおッ!!!」

 

故にネフシュタンは大きく飛び上がり、必死に手を伸ばす。

だが、後少しで指先に触れるというところで。

青い閃光が、横槍を入れてきた。

 

「―――――ッ」

 

思わず防御。

血気迫る目で見下ろせば、大剣を振り下ろした翼がこちらを見据えている。

噛み締めた奥歯が、ぎりりと嫌な音を立てた。

 

「させるかああああああッ!!!!」

 

案の定、背中に衝撃。

響が咆哮と共にネフシュタンを突き飛ばす。

誰もが固唾を呑んで見守る中、伸ばされた手がデュランダルをしっかり掴んで。

 

 

 

――――――世界が反転した

 

 

 

「――――――ガ」

 

抵抗すら許されず、意識が黒に溺れる。

闇に塗りつぶされる。

墜落するように着地した響は、見る見る黒に染まっていく。

 

「司!?おい、司!!」

 

沈黙を保った響。

翼の呼び声に反応して、ゆっくり振り返る。

ぎらつく赤い目に、理性は残っていなかった。

 

「ヴオオ■■■■■■■■■■■■ォォォオオオ■■■■■■■■■■■■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!!!!!!!」

 

獣の咆哮が、大地を揺らす。

ビリビリと肌を侵食するプレッシャーに、翼は脂汗を流す。

対話は、期待しないほうがよさそうだった。

 

「・・・・逃げてください、櫻井女史」

「出来ないって言いたいところだけど、呑気なこといってらんないわね」

 

暗に『自分が引き受ける』という翼の進言に、了子は素直に頷いた。

実際、今の響から非戦闘員を守りながら戦うなど、不可能と思われたからだ。

警戒しながら一歩・二歩後ずさり、次の瞬間踵を返して駆け出した。

 

「グオオオ■■■■■■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!」

 

逃がすものかと、咆哮を上げる響。

思ったとおり、この場の全てを標的と定めたようだ。

 

「目を覚ませ!司ぁ!!」

 

刀を構え、飛び出す翼。

刃が閃き、響に迫る。

響は短く唸り声を上げて、デュランダルを振った。

刹那、金色の太刀風が吹きぬけ、翼を吹き飛ばした。

追撃を加えようとした顔面に、一撃。

ネフシュタンが、肩で息をしながら立っていた。

 

「ザマァねえな!獣になりたくないって言ってた奴が、獣に成り果ててやがる!!」

 

鞭を構えて、次をチャージする。

 

「さっきまで講釈垂れてたアホはどこにいったんだぁ!?人間サマよぉ!!」

 

獰猛に笑って、挑発。

それにより、次のターゲットが決まったようだった。

 

「オオ■■オ・・・・!」

 

短く唸り声を上げ、突撃。

乱暴に刃を振り下ろす。

一度防御しようとしたネフシュタンは、威力を目の当たりにして無理だと判断。

瞬時に回避に切り替えて、受け流す。

蹴りを胴体に突き刺して突き放し、距離を取る。

剣を持っているとは言え、得物ありの戦いは不慣れらしい。

バカみたいな威力であることを覗けば、動きは全くの素人。

そうと分かれば、怖くない。

と、

 

「はぁッ!!!」

 

にらみ合っている横合いから、翼が乱入してきた。

響に一太刀浴びせて飛びのくと、ネフシュタンの隣に着地する。

 

「おんやぁ?どういう心変わりだ?」

「・・・・三つ巴が手間なだけよ」

 

意地悪く笑うネフシュタンに素っ気無く答えると、突きの形に構えた。

 

「■■■■ォォ■■■■■■■■■ォォォオオオ■■■■■■■ォォ■■■■■■■オオオオ■■■■ォォ――――――――ッ!!」

 

関係ないといわんばかりに咆哮を上げて、響は再び突撃。

左右に散開した翼とネフシュタンは、左右から同時に攻撃。

鞭が片腕を封じ、刃がデュランダルと鍔競り合う。

 

「っだぁッ!!!」

「そオオォ――らッ!!!」

 

響が競り負けて大きく体勢を崩したタイミングで、ネフシュタンが鞭を振り回し。

標的を、先ほどよりも大きなコンテナに叩き付けた。

 

「おい・・・・」

「勘弁してくれって、あっちをやらなきゃこっちがやられる」

 

ねめつける翼に対し、肩をすくめてにやりと笑うネフシュタン。

正直デュランダルと響の安否が気にかかるところだが、相手は完全聖遺物の暴走体。

ネフシュタンの言うとおり、安易に手を抜けないのも事実だった。

ふと、視界の隅に何か入ったことに気づき、目をやる。

逃げたはずの了子が、何だか愉しそうにこちらを凝視していた。

考古学の研究者として、完全聖異物がそろっているこの状況は実に知的好奇心がくすぐられるのだろう。

 

「櫻井女史・・・・」

 

それなりに長い付き合いのため、学者がどういった気質のものか多少は理解していたが。

命の危険がある状態ではやめてほしいと、ため息をつくのだった。

刹那。

ズドン、と重々しい音を立てて、燃えていたタンクが吹き飛んだ。

飛んで来たタンクを翼が切り捨てると。

切り口の向こう側に、デュランダルを振り上げている響がいて。

 

「ガアアァァ■■■■ァァァアアアアアアア■■■■■■アアアア――――――ッ!!!!!」

 

手元の黄金を、解き放った。

耳を襲う轟音、高速で流れていく風景。

 

「ぁ、が・・・・!?」

 

別のタンクに叩きつけられてやっと、目の前の瓦礫の山と、自分がやられたことに気づくのだった。

隣からは、ネフシュタンのうめき声も聞こえる。

 

「翼ちゃん!!」

「・・・・さ、くらぃ・・・・じぉ・・・・!」

 

身を案じて叫ぶ了子に向け、今度こそ逃げるように言う翼。

だが、背中を強く打ちつけた所為で上手く声が出ない。

そして、最悪の事態が起こる。

 

「ゴ■ルル・・・・!」

 

大声を出したからだろう。

振り向いた響の目には、しっかり了子が捕らえられている。

 

「ふぃっ・・・・に、逃げ・・・・!」

 

次の瞬間には、響が飛び出していた。

翼も、ネフシュタンも間に合わない。

 

「・・・・ッ」

 

小さく舌打ちした『彼女』は、止むを得ないと手を動かしかけて。

了子は、気がつくと宙に待っていた。

 

「――――は」

 

攻撃されたとか、そうではない。

痛みは感じないし、自分の鼓動も感じるので死んだというわけでもないらしい。

何が起こっていると、上を見上げて。

仮面をかぶった男の存在に気づいた。

了子を抱き上げ宙に留まる、白い装いの彼は。

ゆっくり下降してタンクの上に着地する。

 

「あなたは・・・・!?」

「てめぇ、何モンだ!?」

 

了子とほぼ同時に、ネフシュタンが怒鳴って問いかける。

乱入者は束の間沈黙を保つと、静かに口を開いた。

 

「――――そちらに勝たれては、困る者だ」

 

言うなり手をかざす男。

新手を睨む響の周囲に、頂点部分が円になった三角の陣が幾つも展開する。

それらは中央から鎖を吐き出すと、瞬く間に響を拘束。

縛り上げて、動きを封じ込めた。

 

「――――」

 

対象の拘束を確認した男は、タンクから飛び降りると。

手に空色の光を溜める。

そして目にも留まらぬ速さで肉薄し、唸り声を上げる響の胴体に埋め込むように押し当てて。

一拍、沈黙したと思ったら。

 

「うぉっと!?」

「わ、た・・・・!?」

 

地面を揺らし、大気を震わせ。

重い重い衝撃波を打ち込んだ。

 

「・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・は、っ・・・・・・・・・!!」

 

響はデュランダルを手放し、一気に黒から解放される。

肺の空気を全て吐き出した彼女は、虚ろな目で数回呼吸を繰り返し。

やがて、静かに意識を手放したのだった。

 

「な、なんつー・・・・!」

 

・・・・圧倒的だった。

翼とネフシュタンの二人がかりでも苦戦した相手を、たったの一撃で沈黙せしめたのだ。

武装が解除された響を、ゆっくり横たわらせた男は、翼とネフシュタン、それから了子を見渡す。

仮面越しとは言え、視線を向けられて身構える一同。

だが特に何もする気はなかったのか、大きく跳躍すると、そのまま離脱してしまった。

 

「・・・・ぁ・・・・つ、司!!」

 

今しがたの鮮やかな手際に驚きはしたものの、響が攻撃されたことに変わりは無い。

痛みを殺し、慌てて立ち上がった翼が駆け寄り、その安否を確かめる。

響は、こちらの心配などどこ吹く風と言いたげに、穏やかに寝息を立てていた。

特に目立った傷も見受けられない。

少なくとも、余命僅かというような性急な状態ではないことに、翼は安堵のため息をついた。

ネフシュタンはいつの間にか撤退してしまったようだ。

辺りを見回しても、気配は感じられなかった。

 

「翼ちゃん!響ちゃんは!?」

「あ、はい。特に目立った傷は無いようです、もうぐっすりです」

「そう・・・・」

 

タンクから降りて駆け寄ってきた了子も、ほっと息を吐く。

 

「それにしても、さっきの人は一体なんだったのかしら?お礼言いそびれちゃった」

「私にも判断しかねます・・・・ただ、味方であることを願うしか・・・・」

 

ネフシュタンに続いて現れた第三者。

誰が見ても強者と分かるかの人物が、敵に回れば、どれほど苦戦するか。

先行きに不安を覚えながら、翼は自信なさげに答える。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ん、及第点はあげていいかな」

 

現場から程近い建物。

一連の攻防を見終えた女性は、独りごちる。

途中から暴走したが、あれは不可抗力だろうと判断。

教え子が、学んだことをしっかり生かしていることに満足しながら、たばこを咥えて火をつける。

朝の清々しい青空に紫煙を燻らせた彼女は、ふと背後の気配に気づいた。

振り向けば、色とりどりの敵、敵、敵。

 

「ああ、そういえばあの(つるぎ)ちゃん、護衛対象との合流を最優先してたっけ」

 

防人として、出現したノイズを全て片づけないのはいかがなものかと思ったが。

目的を見失わない姿勢は好感が持てると、『死の群れ』を見渡す。

 

「ま、いっか。立ち見の代金ってことで、ここは引き受けてあげましょう」

 

女性がいるのは、現場と人口密集地の中間地点。

実際放っておけないのも事実だった。

ずるりと這い出た『得物』を取り、手馴れた様子で取り回して構える。

 

「―――――さあ、蹂躙してあげる」

 

たばこを踏み潰し、不適に笑った。




強さがラスボスだから、別に間違ったことは言ってないもん(震え声


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10ページ目

みなさんの考察を、いつもにやにやしながら眺めていますww


未来は、鬱屈とした気持ちだった。

今日一日響がいないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。

 

(大丈夫、大丈夫・・・・だって、約束したもん)

 

何度も自分に言い聞かせるものの、足取りは重い。

もしまた大怪我していたらどうしよう。

もしまた死にかけていたらどうしよう。

もし、また。

もし、もし、もし。

 

「・・・・っ」

 

いても経ってもいられなくて、なりふり構わず駆け出す。

幸い寮は目の前。

なのに、自室までの道が酷く長く感じた。

表にいた寮母への挨拶もおざなりに、階段を駆け上がる。

 

(ひびき・・・・)

 

陸上で走ることには慣れているはずなのに、呼吸がつらい。

胸中に巣食った不安が、喉を締め付けている。

 

(ひびき・・・・!)

 

溢れそうな涙を必死に抑えながら、走り続けて。

やっとのことで、自室にたどり着く。

大きく呼吸を繰り返し、脈を整えて。

意を決して、ドアノブを捻った。

部屋の中は、思ったよりも静かだ。

 

「――――」

 

いや、耳を澄ませば、鼻歌が聞こえる。

湧き上がった安堵を、不安が押し流した。

 

――――こんなかすかな声に、何を安心している?

――――これは本当に、響の声なのか?

 

油断は出来ないと、唇を結ぶ。

恐る恐る、奥に進んだ。

暗がりに留まっていた所為だろうか、夕暮れが眩しい。

庇った目が茜色に慣れてから、ゆっくり部屋を見渡して。

 

「あ、未来おかえりー」

 

キッチン。

鍋の火を止めた響が、呑気に話しかけてきた。

頭が真っ白になる。

言葉が出てこなくなる。

 

「未来ー?」

 

黙り込んだこちらをいぶかしんでか、響が困り顔で首をかしげる。

未来はその仕草で現実に引き戻されて、何か言わねばと口をぱくぱくさせた。

心配しつつも、急かすことなく待ってくれる響。

 

「・・・・ひびき」

「うん、わたしだけど?」

 

やっとのことで出たのは、たったそれだけだった。

情け無い一言にも、響はしっかり頷いてくれる。

反応が薄いのをまだ心配していた彼女。

しかし何かを思い立ったように相槌を打つと、満面の笑みで両手を広げた。

 

「みーく!ただいま!」

「・・・・ぁ」

 

堰が、切れる。

心がほぐされるのが分かる。

ゆっくりゆっくり歩み寄ると、昨日と同じように優しく抱き寄せられる。

温もりと鼓動を間近に感じて、やっと安心した。

―――響だ。

まごうことなき響が、約束どおり無傷で帰ってきてくれた。

 

「ひびき」

「うん」

「ひびき」

「うん」

 

呼べば答えてくれる声も、幻なんかじゃない。

しっかり鼓膜を震わせて、未来に聞かせてくれる。

 

「ひびきぃ・・・・!」

 

もう、限界だった。

温もりに安堵しながら、流すのは嬉し涙。

頬を濡らしたまま、精一杯の笑顔を向けて。

 

「おかえりなさい・・・・!」

「たーだいま!」

 

ぐしゃぐしゃの情けない顔にも、響ははにかんでくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

#月$日

情けヌェ。

いや、何事かと思うだろうけど、言わせてくれ。

情けヌェー・・・・。

不可抗力とは言え、確保したとたんにバーサクとか。

しかも抵抗できずに塗りつぶされたし・・・・。

みんなの話を聞く限り、リーゼさんのどっちかが止めてくれたみたいだ。

ということは、少なからず師匠の耳にも届いているわけでして・・・・。

むぁー!はーずーかーしーいー!!

あんな失態知られたとか、マジ、マジ・・・・!!

どちらにせよ、向こうに帰省したら特訓なのは決定ですね!

 

 

 

#月К日

ベランダで黄昏ていたら、ロッテさんが来てくれた。

久々にモフりながら話してみたけど、ここのところちょくちょく介入していたのは、やっぱり師匠達だったようだ。

で、昨日のことに関して、師匠からの褒め言葉を伝えてくれた。

暴走については『不可抗力』ということで、見逃してくれたみたいだ。

この前の自爆特攻については怒られたけど・・・・。

いいのかなとも思ったんだけど、十分反省してるみたいだからいいよと言ってくれた。

よくよく考えたら、護衛対象は守りきれたんだし、むしろいい方向に持っていけたし。

何より、未来との約束を守れたんだから、結果オーライと結論付けてもいいかもしれない。

でも特訓はしたいので相談してみたら、『夏まで待ちなさい』と言われた。

そりゃそうか、師匠達も忙しいもんね。

 

 

 

#月㏄日

翼さんに、師匠がどんな人物かを聞かれた。

一緒にいた未来も興味津々だったので。

二つ名である『狂暴女帝(バーサクエンプレス)』の由来になった出来事を話したら、微妙な顔をされた。

大丈夫っすよ、わたしだって初めて聞かされたときはそんな顔になりましたもん。

だって突っ込みどころが多すぎるし・・・・。

ひとまず、巻き込まれた方々ご愁傷様ですとだけ。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

興味深い、と。

張り出した写真を前に、一人ごちる。

気になっているのはやはり、『融合症例第一号』たる、響だ。

『師匠』なる人物に叩き込まれた従手正拳と、発現させた雷の属性。

そして何より、彼女自身も初めて見る聖遺物との融合体。

『シンフォギア』は、纏えばノイズを駆逐するが、その一方で装者自身にも多大な負荷をかける諸刃の剣。

しかし、適合した聖遺物とのシンクロが高ければ高いほど、その負荷は軽減される。

それこそ、切り札たる決戦自爆機能『絶唱』を、何度も口に出来るほど。

逆に言うのなら、低ければ低いほど、動くたびに身を蝕む苦痛にさらされる事になる。

 

(司響・・・・シンフォギア装者にとって悩みのタネである、適合係数の概念を吹き飛ばす存在)

 

コーヒーを一口、思考を一区切り。

そもそも『適合係数』などという隔たりがあるのは、ひとえに聖遺物が人智を超えた物品だからだ。

製造当初は違ったかもしれないが、記録も記憶も失われてしまった現代となっては、そうもいかない。

一度間違えれば死にかねないその運用方法は、踏み外せば真っ逆さまな『綱渡り』と同意だ。

だが、響にはその隔たりが無い。

聖遺物が体の一部と成っているが故に、適合率などを気にしなくてすむからだ。

 

(あれがこれから先、どう変化していくのか・・・・見ものだな)

 

にやぁ、と。

薄ら笑いを浮かべる彼女。

だが、懸念材料もある。

意識を移す、先日の輸送作戦のデータに。

戦闘が集束してすぐのこと、『手駒』が呼び寄せた仲間に釣られたのか、ノイズが出現した。

交戦地点から大分離れた場所、ちょうど現場と住宅地の中間地点。

翼も響も消耗しており、到底間に合わないと思われたその時。

ノイズともシンフォギアとも違う、高エネルギー反応が検知されたと思ったら。

まばたきの間に、ノイズが殲滅されていた。

二課のオペレーター達には、そうとしか見えなかったという。

周囲の監視カメラは、ハッキングにより全てダウン。

該当する時間帯の映像は、記録されていなかった。

 

(唯一の手がかりは、復帰直後の映像・・・・)

 

彼女は一枚の写真を手に取る。

コンマ数秒にも満たない、ごく短い時間だけ。

監視カメラに映りこんでいた、それを行ったとされる存在。

尾を引く赤い光と、黒い残像。

かすかに確信できる四肢から、辛うじて人間であると判断できる。

映像の中から、比較的鮮明なものを静止画として現像したものには、そんな姿があった。

 

(何者かは知らないが・・・・私の邪魔をすると言うなら・・・・)

 

持っていた写真を、乱暴に握り締めて。

その瞳を怪しく揺らめかせた。




自分は猫派です。
犬は世話しきれる自信が・・・・。


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11ページ目

ご感想お返事できなくてすみません、ちゃんと読ませていただいてます。
ただ・・・・。
なんでそんなに未来ちゃんを怖がるんです?←


早朝と呼ぶにはまだ早いが、深夜と言うには無理がある時間帯。

白んだ空の下、湖畔に佇んだ少女は物思いにふける。

思い出すのは、先ごろのこと。

『敵』が所持する完全聖異物、デュランダルを奪わんとしたときのこと。

あと一歩届かなかったばかりか、起動したデュランダルに不覚を取る始末。

自分もまた、完全聖異物を纏っていたにも関わらずである。

相性もあったのかもしれないが、どちらにせよ二度目の敗北を規したのは間違いない。

 

「・・・・ッ」

 

手元に視線を落として、小さく歯軋り。

ノイズを操るタネ『サクリストS』こと、完全聖異物『ソロモンの杖』。

『彼女』に拾われた少女の、最初の役目がこれの起動だった。

歌のエネルギーを蓄積させ、ねぼすけな『眠り姫』を起こす。

かかった時間は、そこそこ高いフォニックゲインを誇る少女を以ってして、半年。

しかし『敵』は、二人係とは言え、あのごく短い時間でそれを成し遂げて見せた。

剣を扱うベテラン(できそこない)の歌も、敵ながら見事なものだったが。

一番の原因は、どう考えてもあの融合症例の『呑気なバカ』だろう。

『適合係数』という、装者にとって一番の問題をとっぱらった存在。

聖遺物と一体化した彼女の歌が、旋律そのものに力を宿しているのだとしたら。

直後の暴走も、強すぎるが故の反動であると推測が出来る。

 

「・・・・だけど」

 

だから、なんだ。

目的のためには、あいつを掻っ攫うのが必要不可欠。

何より、命じられた仕事の中でこなせていないというのも大きい。

・・・・『雇い主』に逆らえないのは事実だ。

だが、ただで使い潰されるつもりは無かった。

背後に気配、振り返る。

黒いワンピースに、幅広い帽子をかぶった女性がたたずんでいる。

 

「・・・・せかさなくたって、自分のやることは理解している」

 

言うなり、手元の杖を投げ渡す。

 

「そいつを使わなくたって、あいつを連れてきてやるさ!」

 

拳を握って宣言する少女に、やる気があると判断したのか。

女性は静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

%月т日

ハルちゃんから連絡が来た。

どうやらこっちにきているらしい。

向こうにいるはずなのに珍しいなと思っていたら。

ティア姉の言っていた感染者連中が、大変なことになっているようだ。

かいつまんでポロっとこぼしてくれた情報によると、トーマも何だか難儀しているようだし。

そんな状況だとそろそろ師匠にもお呼びがかかるんだろうな。

あの人近接最強だし、晩年人手不足な組織にとっては『エースオブエース』と並んで頼りになる人だし。

・・・・いや、本人も気をつけているとは言え、フレンドリファイアが怖い人だけど。

指揮している部隊ですら『チームジェノサイド』とか言われてるし・・・・。

あれかなぁ、いわゆる『類友』って奴なのかな。

隊のみんながみんな血の気が多い人たちだし。

いや、でもティア姉とセレナさんは理性的な方だよね、うん。

時折一緒になって突撃思考になるのが玉に瑕だけど。

あれ、結局ジェノサイドしてる・・・・?

いやいや、そんなことより。

今日のうちに、色んなところに連絡して。

アリサさんとこの別荘でお世話になっている、チームの練習に参加させてもらうことになった。

ハルちゃんに頼み込んで、覇王流を触りだけ教えてもらえることに。

知っている中でも指折りのパワーファイターで、わたしとスタイルが似ているもんね。

習わない手はないよッ!

明日から三連休をフルに使って、ガッツリ特訓するぞー!

おーっ!

 

 

 

%月☆日

未来に見送ってもらいつつ、ハルちゃん達と無事合流。

先生も元気そうでよかった。

ヴィヴィちゃんがちょっと元気なさそうなのが気になったけど・・・・。

お母さんがまさに戦っているんだし、そりゃ心配にもなるか。

でもほっとくのもなんだったので、ちょっとした余興で、瓦割りならぬ魔法陣割りを見せたら笑ってくれたよ。

先生の『水斬り』と同じく、師匠がお遊びで考案した練習の一つだったけど、上手くいってよかった。

障壁破りもそうだけど、強度調整の練習になるし、本当に便利なんだよなぁ。

で、ハルちゃんにアレコレ教わって、実践。

師匠の型とはまた違うから、久々に汗だくになった気がする。

でも、思ったとおりスタイルが似ているからか、思ったよりも上達は出来たようだ。

何年もかけて研鑽してきたハルちゃんに比べたら、底辺の底辺の底辺もいいところなんだろうけど。

真正面からのドツきあいが得意同士、明日も頑張ろうと思う。

 

 

 

%月”日

まさかの奥義開眼。

いやぁ、自分でもびっくり。

ハルちゃんと先生曰く、『未熟な《断空》が、わたしのセンスとかみ合った結果だろう』ということだった。

『撃槍・螺旋槌』というかっこいい名前も頂いたので、明日はこれの仕上げにかかることになる。

付け焼刃でも、初見殺しにはなりえるからね。

しっかりきっちり使い物にしないといけない。

師匠も言っていたもん、『可能性が少しでもあるのなら、それを信じて諦めないことが大事』って。

何でもないことだけど。

当たり前なその思想が、実際に常勝無敗とされる『女帝』を生み出したのだから。

それを抜きにしても、人間やめてる感は否定できないんだけどさ・・・・。

 

 

 

%月㍊日

午前中は昨日の奥義の仕上げ。

午後は三日間の総仕上げとして、わたし含めたメンバーで総当たり戦を行うことに。

みんな年下だけど、格闘技では先輩というだけあって、やっぱり手強かった。

特にコロナちゃんなんか、得意技を使えないっていうハンデがあったにも関わらず、一番苦戦させられたからねぇ。

本当に・・・・あのサイズの腕が誘導弾っていうのは・・・・もう・・・・。

あの人とはまた違った怖さがあったよ、アレは。

それから、ヴィヴィちゃんにも大分手こずった。

タイミングミスって盛大なカウンターくらったときは、一瞬意識が飛んだからね。

いや、冗談抜きで。

逆にリオちゃん辺りは、わたしが雷効きにくいから自然と攻め手を限定できたし。

ハルちゃんも一緒に練習していただけあって、ある程度の『癖』は読めていたから。

でもやっぱり引き分けたのは悔しかったなぁ。

螺旋槌を出すタイミングがちょっと早かったから、向こうの断空拳と競り合う形になっちゃった。

で、結局お互いに相殺し切れなくて、相打ち。

ああ、でもすっごく楽しかったなぁ。

みんな強くなっていたし、わたしも強くなれたし。

実に充実した特訓だったよ、うん!

今は今日の出来事を忘れないように、電車の中で日記を書いている。

あー、早く未来に会いたいなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――雪音、クリス」

 

あるマンションの一室。

ソファにふんぞり返った女性は、タブレットの画面を睨む。

書かれているのは、調査の中で判明した少女について。

 

「反吐が出るわねぇ・・・・」

 

履歴を読み込んだ彼女は、やや乱暴にタブレットを置きながら吐き捨てる。

『仕事』柄、そういった子ども達を見ることはままあった。

()()()()()()()()()()()、命を拾い上げられるのならまだいい方で。

中には凄惨な仕打ちや実験の末に、『死こそが救い』と成り果てる子もいる。

 

「本ッ当・・・・気に入らない」

 

そんな地獄を何度も目にしてきたからこそ、強くあることを誓い、(さか)しくあることを定めていた。

青い正義感であるが、正しいか間違っているかを聞かれれば、答えは言うまでも無い。

 

「・・・・ははっ」

 

だからこそ。

苛立ちにゆがめていた口元に、弧を画く。

 

「・・・・ちょっとくらいなら、いいわよね?」

 

浮かべた笑顔は、いたずらを企む子どものようだった。




お師匠がアップを始めました←
もういい加減クロス先がバレているようなので、そろそろネタばらしの準備をば・・・・。


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12ページ目

頭の中の映像を、うまく表現できないもどかしさよ・・・・!


『―――――どうやって仲良くなったか?』

「はい」

 

放課後。

リディアン音楽院の、寂しい一角。

人目を気にした響は逃げるように隠れると、通信を繋げた。

画面の向こうの女性は、金髪を揺らして首をかしげる。

 

「ごめんなさい、忙しいときにこんなお話。だけど、あなたなら何か分かるんじゃないかって」

 

申し訳なさそうに眉を下げながら、しかしはっきりした口調で告げる響。

女性は少し、考えて、

 

『わたしの話は、遥から聞いているよね』

「はい、大分かいつまんだ内容でしたけど」

『あはは、何ていったか簡単に想像できるなぁ』

 

『辛気臭い顔にイラっと来たので、二人掛かりでぶん殴った』なんて、簡略しているにも程がある。

というか、小学生にあるまじき友情の生まれ方だ。

さらに付け加えるなら、もう一人はあくまで話し合うためにぶつかったのであって。

別にイラっと来たわけでも、乱暴を働きたかったわけでもないことをここに明記しておく。

聞いた当初に抱いた突っ込みを思い出していると、女性もまた渇いた笑みをこぼした。

 

『響は、その子が気になるんだね。わたしに似た子がいるのかな?』

「・・・・そんなところです」

 

穏やかな見守る目で問いかけられ、今度は響が考え込む。

脳裏に浮かぶのは、何度もぶつかった少女のこと。

 

「何度もぶつかって、お互い傷つけあって・・・・だけどわたし、あの子のことをどうしても嫌いになれなくて、完全に敵とは見れなくて」

 

戦いを重ねるたび、拳を重ねるたびに。

かすかに垣間見えてくるのは、彼女の慟哭。

荒々しい殻の内側で、何かを訴えているのを感じ取っていた。

 

『何かが引っかかるんだね』

「はい・・・・」

 

機密のこともあるため、抽象的な表現となったが。

画面の彼女は、大体の内容を理解してくれたらしい。

微笑を称えたまま、小さく何度も頷く。

 

『・・・・あの頃のわたしはね、母さんにまた笑って欲しくて、とにかく我武者羅に頑張ってて』

 

昔を想起しているのだろう。

外した視線は、虚空を見つめている。

 

『アレを集めることだって、本当はいけないことなんだって分かってた。でも、母さんのためだって思うと、中々歯止めが利かなくって』

 

あはは、と苦笑い。

 

『そんな頑なで寂しい心に気づいてくれたのが、あの二人だった。間違った方に行ってたわたしを、何度も引き止めてくれて』

 

響も静かに相槌をうちながら、思う。

『ぶん殴った』などと表現しつつ、何だかんだで情に厚い部分がある人。

しち面倒だの気まぐれなど、無責任な発言を繰り返しながら、しっかり見守ってくれる人。

響の憧れる師匠とは、そういう人物だ。

きっと、彼女が殴ろうとしたのは、画面にいる女性ではなく――――。

 

『響』

「ぁ、はい!」

 

思考に沈んでしまっていたらしい。

呼ばれる声に、現実に引き戻される。

 

『ぶつかることも大事だよって教えたよね』

 

こっくり頷く響。

 

『だけど、言葉が無意味と言うわけじゃないんだよ。わたしも、二人の言葉に何度も揺れたから・・・・本気の、友達になりたいっていう思いが、伝わったから』

 

女性の視線が下に落ちる。

恐らく、握った手を見つめているのだろう。

 

『だから、響も言葉で伝えるのを諦めないで。篭った思いが本物なら、きっと相手にも伝わるから』

「・・・・はい!」

 

拳を握り、気合十分な響を見て満足したのか。

女性もまた、笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――こんにちは」

「おや、いらっしゃい」

 

リディアン近郊の商店街。

その一角にあるお好み焼き屋『ふらわー』。

一人暖簾をくぐった未来に、女店主が声をかける。

ちょうど余裕のある時間帯なのか、店内には未来以外の客は見当たらなかった。

 

「今日は、普通の倍食べるあの子はいないんだねぇ」

「はい、わたし一人なんです」

 

カウンターに座りつつ、少し沈んだ声で返事する未来。

 

「それじゃあ、おばちゃんがあの子の分も食べちゃおうか?」

「いえ、わたしが食べます・・・・今日は、お腹ぺこぺこで」

 

女店主はにこにこ笑いながら冗談めかすと、未来は再び沈んだ声。

実際、未来は思い悩んでいた。

―――――結局今日に至るまで、響がどこで何をしていたのか。

その全てを聞けていない。

響が戦士として覚醒して、昼夜問わずに駆け回り始めてから、なお更だった。

先日になって、やっと向こうの友人である少女について教えてもらったのだが。

写真の中で、件の少女と肩を組む響の笑顔は、未来には覚えの無い無邪気なものだった。

 

(わたしの方が、響と・・・・)

 

じわっと、暗い感情が浮き出したところで、未来は首を振った。

疲れきった理性が、見ず知らずの人間を責めるなんて、と押し留めたのだ。

 

(ダメだなぁ・・・・)

 

小さく、ため息をついたときだった。

 

「知ってるかい?未来ちゃん」

 

いそいそとコテを扱う女店主が、口を開く。

 

「お腹減ってるときに考えごとしてもね、ロクなことは思い浮かばないもんさ」

「・・・・そうなんですか?」

「そうとも」

 

焼きあがった生地に、ソースとマヨネーズ、それから青海苔と鰹節をかけていく。

皿に乗せた出来上がりを、未来に差し出す。

 

「お腹いっぱいになれば、きっといいこと思い浮かべるよ」

「・・・・はい、いただきます」

 

どうやら、悩んでいることを見抜かれていたらしい。

店主ににっこり笑いかけられ、未来は心がほぐれていくのを感じた。

 

(また来るときは、響と来よう)

 

ふわっふわのお好み焼きに舌鼓を打ちながら、未来はぼんやり思うのだった。

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

ふらわーのお好み焼きに、お腹も心も満たされた帰り道。

鼻歌を歌いだしそうな上機嫌さで、未来が歩いていると。

道の向こうから、響が歩いてくるのが見えた。

 

「あ、未来ー!」

 

こちらに気づいた彼女は、満面の笑みを浮かべて手を振ってくる。

そのまま駆け出そうとして、何かに気づいたように立ち止まった。

突然あさっての方向を見た響に、未来は首を傾げるも。

そちらが来ないならと、駆け寄ろうとして。

 

「ッ未来!きちゃダメだッ!!!」

 

鋭い、警告の声。

よくよく見れば、響の顔はいつもの太陽のような笑顔ではなく。

業火のように切羽詰った表情だ。

怒鳴られたことで、一瞬立ち止まる未来。

それが仇となった。

どん、と。

響の見ていた方向が爆ぜる。

未来の周囲が陰る。

何事かと上を見上げて。

乗用車が一台、落ちてきていた。

 

「・・・・・・・・・ぇ」

 

頭がパンクする。

状況を飲み込めず、ただ呆然と凝視するしか出来ない。

 

(あ、死ぬ?)

 

やっとのことで、それだけを理解した瞬間。

体に衝撃と、温もり。

響に抱きしめられたようだ。

守るように抱えた響は、片手を上に突き出して。

 

「求むは盾ッ、鋼の守りを我が手にッ!」

 

早口で、唱えたと思ったら。

澄んだ音と共に、()()()()()()()()()()()()()が展開された。

驚く間もなく、陣に車がのしかかる。

響は、少女の細腕にはありあまる重量に数秒耐えると、雄叫びを上げながら振りぬいた。

投げ飛ばされ、爆発する車。

 

「ひ、響・・・・」

 

爆風から庇われた未来は、ただただ不安げに見上げるしか出来ない。

そんな友人を安心させるように、響は静かに微笑んだ。

と、物音。

二人そろって目を遣れば、白銀の鎧に身を包んだ少女が睨んできている。

未来にはとんと心当たりがなかったが、響は違ったようだ。

気遣わしげに未来を離すと、ゆっくり立ち上がって少女と向き合う。

 

「てめぇ、今のはどういうこった・・・・!?」

「・・・・どうもこうもないよ、こういうこと」

 

ドスの効いた声に臆することなく。

先ほどの陣を手のひらサイズで展開しながら、こともなげに答える。

未来は、シンフォギアの機能の一部かと思っていたのだが。

どうも違うようだ。

束の間、両者は睨み合うが。

 

「――――――諦めていいって、わけじゃないよね」

 

やがて、響が口火を切る。

 

「でも、逃げていいわけじゃ、もっとない」

「・・・・何がいいたい」

 

返事の変わりに、唱える。

ギアを纏い、構える響。

 

「一回、全力で勝負しようよ。小細工も何も無い、本気を越えた、本気の勝負」

「・・・・は」

 

じゃらり、鋼鉄の鞭が解き放たれる。

 

「上等だ、吠え面かくんじゃねえぞォ?」

「こっちの台詞」

 

闘志で、大気が震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、若いっていいわねぇ。うらやましいわぁ」

 

 

 

「さて、響に目が向いている間に色々やっときましょ」

 

 

 

「えーっと、特機部二の座標はっと・・・・」




と、いうわけで。
ネタばらし準備回でした。
お師匠が企んでます。
ネフシュたん逃げて超逃げて。


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13ページ目

ビッキーVSネフシュたん回。
前回までの評価、お気に入り登録、誠にありがとうございます。


まずは大きく飛びのいて、現在地から一気に離れる。

周囲への被害を抑えるというのもあるが、未来を巻き込まないための方が大きい。

近隣の公園に飛び込んだ響は素早く反転し、追ってきたネフシュタンに右ストレート。

首を傾けて避けられたところに、体を捻って本命の蹴りを放つ。

軸を逸らされたため、クリーンヒットとまではいかないが、直撃させられた。

地面を強く踏みしめ、開いた距離を縮める。

鞭が振るわれた。

横っ飛びで回避し、続く二撃目も横転で避ける。

 

「そぉーらッ!!」

 

まだ体勢が不安定なところに、エネルギー弾。

普通なら防御が間に合わないところだが、響は先ほどとはまた違う陣を展開することで耐え切った。

すぐに限界を向かえ、爆発する陣。

直前に離脱した響は、再びネフシュタンに殴りかかった。

鞭で受け止められ、そのまま迫り合う。

 

「さっきのも使うんだな・・・・!」

「使ってるとこ一回見せたし、全力って言い出したのはこっちだからね・・・・!」

「なるほど、潔いこって・・・・!」

「ありがとー・・・・!」

 

獰猛に笑いあい、お互いを弾き飛ばす。

距離が取れたところで響は、今度は足元に陣を展開する。

 

「穿て雷光の槍ッ、プラズマランサーッ!」

 

鋭く詠唱、鏃のような短槍が四つ。

標的に向けて射出。

ネフシュタンは鞭をふるって迎撃し、突撃しようとするが。

 

「ターンッ!」

「っち・・・・!」

 

撃ち漏らした二つが、方向転換して迫ってきた。

どうにか体を捻り、前方の拳と背後の雷光を避ける。

 

「舐めんなッ!!」

 

しならせていた鞭を固め、槍のように突き出す。

響の肩を浅く切り裂いたが、重傷には至らない。

痛みに一瞬顔をゆがめた響。

それも束の間、口元を引き締めて拳を握る。

雷光を纏ったアッパーが、抉るように肉薄。

ネフシュタンは咄嗟にもう片方の鞭で弾き飛ばし、距離を取った。

 

「いちーちナムナム唱えなきゃいけないたぁ、ちぃと不便だなぁ?」

「省略できなくもないけど、生憎未熟者でね」

 

切られた肩の調子を確かめながら、油断無く相手を見据える響。

思ったよりも深い切り傷は、同じく思ったよりも大したことは無かった。

ただ血はけっこう流れているので、気に留めておこうというくらいに結論付ける。

呼吸を整え、一度閉じた目を見開く。

敵は健在、受けたダメージはこちらがわずかに上。

 

(落ち着いて、落ち着いて・・・・『(うえ)はクールに、(した)はホットに』だ)

 

師の教えを思い出しながら、再び構える。

悠長に出方を見るような大人しさを持ち合わせていないので、突撃。

断続的に伝わる肩の痛みに、ある種の心地よさを感じながら。

軽く飛び跳ねて、回し蹴りを放つ。

避けたところに、本命のストレート。

拳は胴体の中央を穿ち抜き、吹き飛ばす。

植え込みの木に衝突し、土煙に包まれるネフシュタン。

確かな手ごたえに、響が小さくガッツポーズを取ったときだった。

 

「ッィリャ!!」

「―――ッ」

 

油断が命取りになった。

砂埃の中からエネルギー弾が飛び出してくる。

響は咄嗟に陣で防ごうとする。

が、

 

「あっぐ・・・・!?」

 

動かしてしまったのは、傷を負った方だった。

素早く動かしたことで痛みが倍に膨れ上がり、本能が動きを止めてしまう。

やばいと思ったときには、もう遅く。

 

「もってけダブルだッ!!!!!」

「ぐあああぁ!?」

 

続けて放たれた追撃もモロにくらい、今度は響が吹っ飛ばされた。

 

「っぶはぁ!・・・・やっぱ油断なんねぇな」

 

無意識に止めていた息を吐き出し、ネフシュタンは立ち上る土煙を見上げる。

纏っている鎧には皹が入ってしまっているが、痛みを感じないことから深刻なダメージではないと判断。

『あの電流』を浴びなくて良いことに、こっそり安堵したときだった。

 

「――――――紫電」

 

ばちん、空気が爆ぜる音。

弾かれたように顔を上げれば、膨らむように避けた砂塵と、稲妻を迸らせる響の姿。

強く、強く、駆け出して。

一気に接近。

睨んだ瞳が、お返しだと言わんばかりにぎらついて、

 

「―――――一ッッッッ閃ッ!!!!!!」

 

真っ直ぐ、貫くような正拳突き。

暴力的に見えて、何かを届けるような拳は。

鎧を砕き、再び胴体を打ち抜いた。

―――――それなりのプロが殴ったサンドバッグは、揺れることがないと言う。

今のネフシュタンは、まさにそんな状態だった。

 

(痛い、痛い、痛い・・・・!!)

 

衝撃が余すことなく体を駆け巡り、全身の骨と筋肉が悲鳴を上げる。

 

(痛い・・・・!)

 

せめてもの抵抗に歯を食いしばるも、効果は微塵も無かった。

 

(・・・・なのに・・・・・・・・!)

 

間近にいる、響を見下ろす。

こちらを見上げている彼女の瞳には、何故か敵意が感じられなかった。

叩きつけられた拳だってそうだ。

『痛い』とはまた違う別のものを感じる。

ただ怖いだけじゃない、憎しみや怒りでもない、何か温かいものが響くような気がした。

 

(――――――何を、バカなことをッ!!!!)

 

そこまで考えて、ネフシュタンは奥歯に力を込める。

だって、何千年もの時を生きてきた『あの女』だって断言していたのだ。

『人間は、痛みでしか分かり合えない』と、温もりや愛情など、所詮その場しのぎだと。

荒んだ幼少期に加え、刷り込みのように教育されたネフシュタンにとって。

それこそが真実であり、信念だった。

故に、自らの『悲願』も、痛みを以って成就させようとしていた。

それがどうだ。

目の前のこいつは、拳を振るっていながらも、憎悪などの暗い感情を抱いていない。

ネフシュタンにとって、争うための力を持っている連中は皆。

身勝手で、理不尽で、世界で一番大っ嫌いな存在だった。

だからこそ、響のことを受け入れられそうになかった。

『痛み』以外を伝える拳が、気に入らなかった。

 

「――――――アーマーパージッッッ!!!!!」

「ふぁッ?うっわ!?」

 

鎧の破片と一緒に、吹き飛んでいく響。

もはや『ネフシュタン』では、こいつを倒しえない。

だから彼女は、歌う。

 

 

 

 

 

 

「Killiter Ichaival tron... !!」

 

 

 

 

 

 

「ッ今の・・・・!?」

 

きりもみしながら着地した響は、その音色に驚愕する。

 

「――――――認めてやるよ」

 

光に包まれる少女の視線が、響を射抜く。

 

「てめぇは強い、この雪音クリスに、大ッ嫌いな歌を歌わせるぐらいに・・・・!」

「ゆ、きね・・・・?」

 

名前に疑問を覚える間もなく、少女に、『雪音クリス』に赤い装甲が装着されていく。

 

「だから・・・・!」

 

バイザーが取り払われた、意外とあどけない瞳が怒りに歪む。

手甲が変形し、ガトリングの銃口が狙いを定める。

 

「この場でぶっつぶすッ!!!!!!!!」

 

咆哮と共に、『火炎』が解き放たれた。

腰のアーマーも展開され、小型のミサイルが何発も迫ってくる。

甲高い音が四方八方から鳴り響き、響の周囲を取り囲む。

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ!?」

 

突然のことに呆けていた響は、やっとのことで事態を飲み込み、あたふたと後退する。

そしてすぐさま背を向けると、全力疾走で離脱を試みた。

行動が遅かったのが災いとなり、ミサイル群は至近距離で爆発。

熱と金属片が、響に襲い掛かる。

 

「うっひゃああぁ――――ッ!!?ムリムリムリムリムリタンマタンマタンマタンマあああああああああああ!!!!」

 

『とっつぁんから逃げてる大泥棒って、きっとこんな気分』なんて場違いなことを考えながら、賑やかに逃げまわる響。

右に飛びのき、左に飛び込み、木を蹴り付けて避け、ミサイルを跳び箱の容量で飛び越し。

しかしそうこうしているうちに、ふと気づく。

 

(あれ?意外と大したこと無い?)

 

動きを止めずに、注意深く弾幕を観察する。

クリスは高らかに歌い上げながら、引き金から指を離さず、砲門を閉じず。

響の動きに合わせて移動しながら、ミサイルと鉛玉を絶え間なく撃って来ている。

だが、『それだけ』だ。

結論付けたところで、天啓のようにひらめく。

そうだ、この銃火器の群れはただ『追いかけてくる』だけだ。

師の友人や姉弟子のように、『追い込んでくる』わけじゃない。

 

(追っかけてくるのもあるけど、機械的なだけまだ余裕だ)

 

先にあげた彼女等の弾幕なんか、避けたと油断した一瞬にえげつないターンをかましてくる。

無理も無い、()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()のだから。

避けることに気をとられている隙に上手く誘導され、本命の一撃を撃ち込まれる。

響はそうやって何度もやられたため、ある程度対応できるようになった今でも弾幕は苦手だ。

 

(そうとなれば・・・・!)

 

冷静になったからこそ分かる。

この弾幕は、大したことが無い。

いや、決してクリスが弱いというわけではない。

彼女の構えているガトリングは、一つの銃身に銃口が三つという仕組みの、計四門。

普通なら、数秒引き金を引いただけで腕が吹き飛ぶようなものだ。

シンフォギアをまとっているというのもあるだろうが、細腕で得物を手放さない技量は大したものだと評価すべきである。

だがしかし。

もっとえげつない弾幕を経験している響にとっては、やはりあまりにもイージーモード過ぎた。

勢い良く反転。

迫ってきたミサイルをいなし、弾き飛ばす。

 

「・・・・っ」

 

敵の様子が変わったことに気づいたクリスは、目を細める。

その目は、次の瞬間見開かれることになった。

獰猛な笑みを浮かべた響は、片足を強く踏み込む。

 

「っはぁ!!!!」

 

地面にめり込んだ足を軸にし、大きく一回転。

発生した暴風が、弾丸とミサイルを吹き飛ばす。

そのまま嵐のように前進し始めた。

クリスはただごとではないと判断し、片方のガトリングをボウガンに変形させる。

つがえた光の矢は、接近する響に襲い掛かるが。

響は徐に圧し折れた枝を引っつかむと、振り回して器用に絡め取り、枝ごと投げ捨てた。

 

「いぃッ!?」

「さすがに相手が悪かったねッ!!」

 

あっという間にクリスの懐に戻ってきた響。

足先で練り上げた力を、構えた拳に伝える。

渦巻く力は、螺旋を画いていて。

 

「わたしを倒したいのならッ、全部マニュアル制御するくらいやってのけろッ!!!!」

 

ガングニールが、牙を剥く。

 

「撃ッ、槍ッ!!!」

 

さらに踏み込み、拳意に力を込める。

狙いは一点。

 

「――――――螺旋槌ッッッッ!!!!」

 

衝撃が、胴体を貫く。

 

「が・・・・・ぁ・・・・・・!」

 

一度攻撃された箇所と言うこともあり、ダメージは大きい。

一気に意識を抉られたクリスは、最後の抵抗に響の肩を引っつかむ。

しかし、結局気を失ってしまった。

 

「おっと・・・・いったぁ!」

 

倒れかけた彼女を咄嗟に抱きかかえる響。

が、再び肩の痛みに苛まれ、思わず声を上げた。

どうにかクリスを支えたまま、ゆっくりゆっくりしゃがみこむ。

 

(・・・・そういえば)

 

クリスを見下ろして、響はふと気づいた。

 

(何話すか、考えてなかった)

 

別に憎いとか、嫌いだとか、そんな感情を持ち込んで戦ったわけではない。

女性への相談でこぼしたとおり、どうにも敵として見れないからだ。

だからといって、何を伝えたいのか、何を話したいのか。

具体的な内容を、響は何も考えていなかった。

一人苦笑いをこぼし、自分の無計画さを反省する。

 

(まあ、起きるまでかかるだろうし、それまでに考えればいいや)

 

静かな寝息を立て始めたクリスを見て、そう決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ネフシュタンの少女、沈黙!」

「イチイバルの反応も無くなりました!」

 

慌しく動く二課のスタッフ達。

因縁の相手であるネフシュタンの少女改め、雪音クリスとの決着がついたのだ。

回収班と隠蔽工作班の手配に追われ、誰もがてんやわんやしていた。

 

「雪音クリス・・・・行方不明だった装者候補が、ここで出てくるなんてね」

「ああ・・・・」

 

了子と弦十郎は、静かにそう会話する。

――――――『雪音クリス』。

翼が聖遺物を起動させたことをきっかけに、二課がマークしていた装者候補の一人。

バイオリニストの父と声楽家の母を持つ音楽界のサラブレッドは、相当なフォニックゲインを保有していると期待されていた。

しかし、そんな期待の卵は、当時紛争が起こっていた『バルベルデ共和国』において行方が分からなくなってしまう。

雪音一家がボランティア活動を行っていた難民キャンプが、戦火に飲み込まれたのだ。

夫妻は死亡し、一人娘であるクリスも生存は絶望的とされた。

状況が変わったのは、国連軍の介入があってから。

死んだと思われていた彼女が、保護されたのである。

戦力の数が乏しかった二課は、当然この好機を逃すつもりはなかった。

親のいないクリスの引き取り先として、名乗りを上げたのである。

ところが、日本に帰国して早々、再び行方が分からなくなってしまった。

何人ものエージェントが彼女を探しに行き、そして誰も帰ってこなかった。

あまりの犠牲の多さに、二課はもう一度捜索を打ち切らねばならなかったのだ。

 

(今度、こそ・・・・!)

 

二課が引き取り先に立候補した理由は、指揮官である弦十郎自身が、子どもに対して庇護的であるのが大きい。

常に暗い空気を感じていた幼少期や、意図せずして『風鳴の業』を背負ってしまった姪の姿を見てきた彼にとって。

『子どもを守る』ということは、ある種の信念となっていた。

 

「・・・・友里、お前も一緒に来てくれ。同性の方が、あの子も落ち着くかもしれない」

「分かりました」

 

翼に響と、主戦力が未成年であることもあり、二課のスタッフ達も子どもに対して『甘い』面がちらほら見受けられる。

それは、常日頃から彼女達の戦いを見守っているオペレーター達も例外ではなかった。

友里は弦十郎の言葉に力強く頷き、早速出立の準備をと、まずは回収班に合流することにする。

まだ出すべき指示がある弦十郎に、先行して司令室を出て。

喧騒が遠くに聞こえ始めた頃。

 

「はーい、ちょっとちくっとしますよー」

 

上から降ってきた声に、抵抗する間もなく意識を刈り取られた。




響「全部マニュアル制御するくらいやってのけろッ!!!!」
魔王「お?」
BONJIN「うん?」
響「」


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14ページ目

ついに・・・・。


「・・・・む、友里は?」

 

二課の地下駐車場。

公務などで乗り捨てるとも言う(つかわれる)車やバイクなどが停められている場所。

回収班を見渡した弦十郎は、先に出たはずの友里の姿が見当たらないことに気づく。

 

「すみません!こちらです!」

 

当の本人は、後ろからやってきた。

 

「ごめんなさい、もう一個のほうと間違えちゃって・・・・!」

「何をやっとるんだこんなときに・・・・」

 

確かに二課には、こことは別に職員用の駐車場がある。

非常時にらしくないうっかりを発動させた部下に、弦十郎はため息をついた。

 

「ひとまず説教は後だ、お前も早く乗り込め」

「はいっ」

 

汚名返上するべく、やる気たっぷりに返事をした友里。

弦十郎は、満足げに頷こうとして、

 

「・・・・?」

 

走り去っていく後ろ姿に、何となく違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「―――――響!」

「あれ、未来?」

 

とりあえず気絶したクリスを膝枕し、迎えを待っていた響。

そこへ、二課のスタッフによって逃がされたはずの未来が駆け寄ってきた。

驚いて見上げてくる響を前に、一度呼吸を整える。

 

「それ、大丈夫?」

「ん?ああ、へーきへーき、大丈夫だよ」

 

仕切りなおした未来は負傷した肩に目をやり、気遣わしげに問いかける。

対する響は気の抜けた笑みを浮かべ、怪我した方の手をひらひらさせた。

無理をしているのではと心配したが、追及したところで誤魔化されるのは目に見えているので。

今のところは後回しにしてしまう。

 

「その子・・・・?」

「あー、うん、なんていうか・・・・」

 

続けてしゃがみ込み、制服の上着を掛け布団代わりに膝枕されているクリスを覗き込む。

銀色の髪が綺麗な、多分同い年くらいの少女。

未来が問いかけると、響は気まずそうに目を逸らして言葉を探す。

 

「・・・・ううん、何となく分かった」

「ごめん」

「いいよ」

 

あまり要領を得ない回答だったが、周囲の惨状と二人の状態を見て。

未来は何となく事情を察したのだった。

と、

 

「・・・・・ん」

 

二人の声に起こされたのか、クリスがうっすら目を開ける。

焦点の定まらない目は、ぼんやりと上を見上げていた。

 

「おっはよー!」

 

そこへ何を思ったのか、響が覗き込んで明るい声で挨拶する。

未来が呆れた顔で見ている中、クリスはなおぼんやりして。

 

「・・・・・・・~~~~ッ!!!!?」

「ぶへぁっ!?」

「響!?」

 

やがて、勢い良く飛び起きる。

速度が予想以上だったのか。

避け切れなかった響の顔面に、クリスの頭がクリーンヒット。

年頃の少女二人は、顔と頭をそれぞれ押さえて悶えていた。

 

「て、めぇ・・・・このっ・・・・!」

「いや、ごめん、ごめんって・・・・!」

 

涙目でねめつけ、小刻みに震えるクリス。

響もまた鼻先を押さえながら、手のひらを向けて震えていた。

その一方で、親しい幼馴染と見知らぬ少女を心配した未来がおろおろ見比べている。

 

「・・・・・・・お前」

 

互いの痛みが治まってきた頃、クリスは何かを言いかけて。

 

 

―――――言われたことも出来ないなんて、私をどこまで失望させれば気がすむのかしら?

 

 

響いた威厳のある声に、肩を跳ね上げた。

 

「誰ッ!?」

 

姿は見えない。

植え込みから、木々の陰から、街灯すらも発声しているような。

そんな感覚を覚える。

未来を後ろ手に庇い、響は周囲を警戒する。

 

 

―――――あなた、もういらないわ

 

 

上空に変化。

弾かれたように見上げれば、数体の飛行型ノイズが狙いを定めているのが見える。

 

(聖詠、間に合わない、詠唱もダメ、今の状態じゃシールドもバリアも論外!ああ、それよりも・・・・!)

「ックリスちゃん!!」

 

先の衝突で、距離が開いたのが仇となった。

呆然と見上げるクリスは、迫るノイズを凝視して。

 

「―――――っはぁ!!!」

 

飛び込む青い影。

彼女が一太刀振るえば、ノイズは一辺に炭となった。

 

「翼さん!」

「すまない、レコーディングを抜け出せなかった」

 

刃の炭を払い、納める翼。

よっぽど慌てて駆けつけたのか、うっすらとだが疲労の色が見えた。

 

「怪我は無い・・・・とは言いがたいが、無事なようだな」

「はい、ありがとうございます!」

「ありがとうございます、翼さん」

 

上着を拾いつつ、未来と一緒に頭を下げる響。

溌剌とした声に、本当に大丈夫だと判断した翼は。

少し真剣な顔になって、膝をついて崩れ落ちたクリスを見やった。

何かを言いたげにはらはらする響に、薄く笑って見せてから、翼はクリスに歩み寄る。

 

「・・・・お前には、重要参考人として同行してもらう。いいな?」

 

しゃがんで目線をあわせ、肩に手を置きながら問いかける。

 

「・・・・どうせ負けた側なんだ、好きにしやがれ」

 

対するクリスは、諦めた声色で俯いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(聞ーぃちゃった聞ーぃちゃった!)

 

()ーん()とっちゃった!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、二課の職員達が駆けつけ。

クリスの確保や今回の戦闘による被害の確認など。

各々与えられた役割をこなすべく、あちこち慌しく動き始めた。

響もまた、決して軽くない怪我を負ったため。

職員達が乗りつけたワゴン車の中で、応急処置を受けていた。

 

「はい、これでおしまい。やんちゃもほどほどにね?」

「すみません、ありがとうございます」

 

包帯を巻いてくれた友里にお礼を述べ、脱いでいた服を着込む。

一緒に連れ立って外に出ると、待っていた未来が駆け寄ってきた。

 

「どうだった?」

「戻ったらまた病院のお世話だけど、死にはしないから大丈夫でしょ」

「もう・・・・」

 

呑気に笑う響に、未来は苦笑いをこぼす。

危なっかしいが、頼もしくもある彼女。

心配でたまらない自分自身もまた、その笑顔に救われているのだと。

未来がしみじみ感じていると。

 

「・・・・?」

 

ふと、響が何かに気づいて、笑みをやめた。

気になった未来も倣って目を向けると、一点を凝視している弦十郎がいる。

不思議そうな顔で話しかける部下にも答えず、段々と険しい顔つきになった彼は。

徐に、飛び出していった。

 

「司令!?」

「司令!何を!?」

 

闘志を迸らせて駆け出す。

抉るように放たれた、拳の標的は。

クリスを護送車に乗せようとしていた――――

 

「友里さんッ!!!!」

 

唸りを上げて迫る拳を、『友里』は呆然と見つめ。

 

 

 

にやりと、ニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

 

瞬間、衝撃波が走った。

暴風に混じって、ガラスが割れるような音。

 

「な、何が・・・・!?」

 

風がおさまった頃。

職員達や、未来を庇っていた響は、状況を確かめようとして。

 

「―――――どうして分かった?」

 

『友里』の腕が、砕けていた。

正確にはガラスのような殻が砕け、『中身』が見えている状態。

腕だけで衝撃を受け止め切れなかったのか、破損は顔にも及んでいた。

 

「歩き方だ。うちの友里はあくまでオペレーター、そんな修羅めいた足運びしねーよ・・・・!」

「部下をよく見ているのね?理想の上司だわぁ」

「お褒めに預かり光栄だ・・・・」

 

拳が押し込まれ、皹が広がっていく。

ぼろぼろと崩れていく『殻』。

むき出しになった『右腕の刺青』と『不敵な目元』。

 

「・・・・し」

 

見覚えしかなかった響は、再び未来を後ろ手に庇いながら叫ぶ。

 

「師匠!?」

 

タイミングよく、『殻』が完全に砕けた。

解き放たれる黒く長い髪と、黒いロングコート。

袖はまくられており、右腕の赤い刺青が誇らしげに自己主張していた。

 

「司、遥・・・・!」

「どーも、愛弟子がお世話に・・・・なってマスッ!!」

 

遥はわざと体勢を崩すと、一緒に傾いた弦十郎を弾き飛ばす。

 

「・・・・な・・・・な・・・・!?」

 

状況が飲み込めず、口をぱくぱくさせるクリスを一瞥し。

薄く微笑んでから、改めて弦十郎と向き合う。

 

本物(友里)はどこにやった!?」

「ちょっと小突いただけよ、今頃仮眠室で夢の中じゃない?」

 

片手をひらつかせ、やれやれと一息。

再起動したエージェント達に周囲を取り囲まれても、特に気にした素振りを見せない。

舐めているわけではないが、強がっているわけでもない。

『このくらいなら切り抜けられる』という自信に基づいているのが、ありありと読み取れた。

 

「その子に指示を出していたのはお前か!?」

「いーえ、私はただ、あんたらとこの子の小競り合いを見てただけよ?」

 

はぐらかしている、と真っ先に思いついたが。

軽率を気取っている顔でも、目元は真剣そのものだった。

根拠は無いが、確信めいたものを弦十郎は感じた。

 

「では何故、今になって!?」

 

今度は弦十郎の前に立つ翼が問いかける。

 

「いやよ、答える義理はないわ」

 

しかし対する遥は取り合わず、ニヒルな笑みを崩さない。

 

「それに――――」

 

声が、低くなる。

 

「――――私は別に、戦わなくたっていいんだからね?」

「うぉっ!?」

「何だぁ!?」

 

言葉の意味を重ねて問おうとしたとき、エージェント達の声が聞こえた。

動揺が伝染している一角。

二匹の猫が、飛び出してきた。

 

「リーゼ!!」

「はいはいッ!」

「んもー、無茶ぶりが多いなぁ!」

 

二匹は次の瞬間、一緒に宙返りしてなんと人間に変化。

猫の名残である耳と尻尾は残したまま、一方はクリスの傍に。

もう一方は、見覚えのある空色の光をチャージして。

翼に、叩き込もうとして。

 

「ブレイクインパルスッ!」

「――――ウォール・アイアス!」

 

爆発。

辺りは煙に包まれるものの、遥は気を抜かない。

証拠に、目の前の煙が揺らいだ。

 

「はぁッ!!」

「ほいっ」

 

振り下ろされた刃を、半ば摘むように受け止める。

衝撃で煙が晴れ、見晴らしが良くなった。

まん前には、切羽詰った様子の翼。

彼女が元いた場所を見やれば、肩を抑える響とそれを気遣う弦十郎の姿。

攻撃を仕掛けたショートヘアの方が、大きく飛びのいたところだった。

 

「なるほど、本調子なら防ぎきっていたか」

「詠唱も早くなってた、こりゃそろそろ『アレ』を視野に入れるべきじゃない?」

 

日常会話をするように、響に評価を下す二人。

 

「・・・・無視を」

 

『お前など相手ではない』と言いたげな態度に、翼は一層顔をゆがめる。

 

「するなぁッ!!」

「うぉっと!」

 

拘束を解き、振り払われる刃。

体を傾けた遥の前髪を掠めていく。

 

「アリア!252は!?」

「ごめん、暴れたから気絶させた!」

「それくらいならちょうどいい、ロッテと先に戻ってな!」

 

軸を逸らし、顔を傾けながら、クリスの傍にいる猫耳に話しかける。

猫耳の言うとおり、クリスはぐったりしていた。

 

「マスターは!?」

「もうちょい遊んでから帰る!中々帰してくれそうにないからさー」

「っはあああああ!」

 

荒々しい猛攻を、鼻歌交じりに避け続ける遥。

小娘の斬撃など、大したことはないということだろう。

 

「了解っ、武運を!」

「こっちのお嬢さんに祈ってあげてー」

 

一閃を蹴り上げて跳ね返し、翼の胴体を蹴り飛ばした。

合流した猫耳二人は、足元に三角陣を展開。

翼もエージェント達も手出しできず、結局おめおめとクリスを連れ去られてしまった。

 

「ははっ」

 

遥は楽しそうに笑いながら、右腕を翳す。

刻まれた刺青が、彼女の高ぶりに呼応して、鮮やかに発光する。

そのまま腕を振るうと、なんと指先から這い出てきた。

一度解けた刺青は絡み合い、やがて一振りの槍が出現する。

 

「それは・・・・!?」

「翼さん!気をつけて!」

 

痛みを抑え、響が叫ぶ。

弟子であるが故に、その危険性を知っているのだろう。

 

「さあ、こっちの番だ。ついてこれるかな?」

 

考察する暇は与えないと、闘志を滾らせる遥。

翼も仕切りなおし、改めて構えようとして。

瞬きの間に、相手の姿を見失う。

 

「・・・・は」

 

背後に気配。

目を向けると、赤い切っ先が見えた。

 

「・・・・ッ」

「おぉー、反応した!」

 

咄嗟に首を傾けると、頬に鋭い痛みが走る。

我に返ると、獰猛な瞳に射抜かれていた。

鋭い光も束の間、一瞬で消え去り、楽しそうな声を上げる。

翼は槍を弾き飛ばし、距離を取る。

 

「じゃあこれは?」

 

もう一度構えると、今度は連続して突きを繰り出す。

翼ほどの実力者でも、煌きを捉えるのがやっとな速度。

顔や首など、急所狙いのものはどうにか防ぐが、それ以外は見切ることが出来ない。

 

「さすがにギリギリかぁ、じゃあこうしてみようか?」

「っは、ぐ・・・・!」

 

突然突きをやめると、大きく振り下ろす。

細身の刀身からは思いつかない、重い重い一撃。

ぱっと叩きつけをやめると、下から掬い上げるように一閃。

剣が跳ね上がり、翼の胴体ががら空きになる。

しかし絶好のチャンスをつく事はせず、翼が立ちなおるのをわざわざ待つ。

慌てて構える翼を見て、遥は笑みを崩さない。

 

「ッ舐めるなぁ!!」

 

感情が煮えたぎった翼。

刀を振りかぶって構え、突撃する。

簡単に受け止められるのは想定済み。

剣を滑らせて肉薄する。

遥は手首を捻って弾き飛ばすと、石突側でフルスイング。

翼はどうにか防ぎきり、後ろに飛んで衝撃波を殺す。

着地直後の硬直を狙い、踵落としが振ってくる。

咄嗟に刀を振るい、衝突。

足を封じられたはずの遥だが、そのまま押し込んで振り下ろす。

剣先が地面にのめりこみ、今度は翼の得物が封じられる。

しかし翼は怯むことなく、次の刀を手に取り、一閃。

これは予想外だったのか、遥の笑顔は初めて消えた。

 

「あっはは!すごいすごい!今のは上手いよ!」

 

直後に花の様な笑顔を浮かべ、心から嬉しそうな声を上げる。

実力差は火を見るより明らか、圧倒的にあちらが上。

恐らくその気になれば、翼など容易に潰せただろう。

響に、あれだけの武術を仕込んだだけはある。

 

(彼女は、強い・・・・!)

 

なのに。

圧倒はされていても、敵意も悪意も感じない。

余裕ではない、侮っているわけでもない。

ただただ、『遊ぶ』のが楽しくって仕方が無い。

そんな表情だった。

 

「調子が狂う・・・・!」

「だって敵対する気ないし?」

 

苦虫を潰した顔の翼に、やれやれと言いたげに肩をすくめる遥。

 

「たいだい、出来るだけ穏便に済ませようとしたのに、変身を見破られるわ、正体さらされるわ・・・・てゆーか」

 

げんなりした顔で、視線を滑らせる。

 

「ひーびーきー?あんたの上司って本当に人間ー?術式を素手でぶっ壊すって聞いたこと無いんだけどー?」

「わたしも聞いたことありませんし、司令さんは正真正銘人間ですッ!・・・・多分」

「響くんっ!?」

 

どうやら、先ほど弦十郎がやったことは、彼女等にとって非常識だったらしい。

響は一応フォローを入れたのだが、どこか自信無さげな様子だった。

 

「んー、まあいいか。目的は達したし、これ以上の長居は無用だし」

「っ逃げるのか?」

「うん、帰るよー?」

 

切っ先を向ける翼に、あくまで自然体で答える遥。

手を離せば槍はほつれ、右腕の刺青に戻った。

足元には三角陣。

どうやら本気で撤退するつもりらしい。

 

「ッ師匠!あの、結局何でクリスちゃんを!?」

「んー、まあ、結果的に楽しかったし、ヒントくらいならいいかしら」

 

響の問いに、悩む素振りを見せてから。

遥はいたずらっぽく笑う。

 

「一つは内通者、もう一つは――――」

 

瞳が、ぎらつく。

弦十郎や翼を始めとした職員達は、遥と初対面だったが。

その輝きだけは、見覚えがあった。

なぜなら、響がよくする目つきだったから。

 

「―――――私ね、バッドエンドが嫌いなの」

「バッド、エンド・・・・?」

 

遥は反芻する翼に笑みを向けると、徐に顔を上げる。

 

「ねえ!どうせどっかで見てるんでしょ!?」

 

声を張り上げ、『どこか』にいる『誰か』に話しかけ始めた。

 

「『いらない』っつったのはあんただ!言質はきっちりとってあるんだからね!?年増ァ!!」

 

まるで演劇でもするように一回転した彼女は、不適にそう締めくくって。

改めて、響や翼、そして弦十郎達二課職員を見渡す。

 

「それでは、特異災害対策機動部二課の皆様。お騒がせいたしましたー♪」

 

人懐っこい笑みを最後に、光と共に消えていった。

 

「本当に、いなくなったのか・・・・?」

『はい、付近に反応はありません』

「ッ友里!?無事だったか!!」

 

通信の向こう、沈んだ声の友里が、解析結果を報告してくれる。

 

『申し訳、ありません・・・・不覚を取りました』

「いや、相手は響くんを鍛えた相当の手練だ。とにかく無事でよかった!」

 

純粋に部下の無事を喜ぶ弦十郎に、友里もある種の安心を覚えたらしい。

かすかに聞こえた返事は、少し涙声だった。

 

「響!大丈夫!?」

「未来・・・・うん、平気」

 

状況が終わったと判断した未来が、一目散に響に駆け寄る。

 

「また無茶して・・・・っ肩は平気なの?」

「大丈夫、大丈夫・・・・だから」

 

――――師匠がやらかしたことに、責任を感じているのだろう。

眉をひそめる未来に、弱々しく返事しながら。

響は、自身を庇うように抱きしめた。




と、いうわけで。
師匠大暴れの回でした。


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15ページ目

所詮説明回です。


陽光に照らされて、クリスは意識が浮上するのを感じた。

どうやら寝込んでしまったらしい。

 

(確か・・・・あのバカに負けて・・・・それで・・・・)

 

身を起こしながら、想起する。

響と戦ったこと、負けたこと、そして。

 

 

 

―――――あなた、もういらないわ

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

走った寒気に、身を抱き寄せる。

脳裏に浮かぶのは、自分の『飼い主』。

いや、解雇宣言をされたので、『元』がつくが。

深い地獄から浅い地獄まで連れ出したあの女。

甘いだけではない、苦く、痛い言動で、『相互理解』への刷り込みを行った女。

人は痛みでしか理解できないと、血塗れた方法でしか夢は叶わないのだと。

散々教えて、刻み付けておいて。

その結果がコレだ。

 

(なんだよ、なんだよ・・・・!)

 

指に力を込める。

胸の中を、感情が暴れて回る。

歯を食いしばれば、ぎり、と嫌な音がした。

 

「・・・・っ」

 

と、同時に。

腹の辺りから、低い音。

一気に感情はなりを潜め、頭も冴える。

・・・・まずは腹を満たさないことには、何も始まらない。

改めて周囲を見渡すと、見覚えのない部屋だ。

『仕事』のときや、女が持っている本で時折見かけた。

『マンション』の一室が、確かこんな感じだった気がする。

着せられているのは、Tシャツ一枚。

下着もきちんとあるし、体の痛みもない。

いわゆる『乱暴』をされたわけではないようだ。

幸い出口はすぐそこにある。

だるい体を起こして、ドアを開けた。

向こうは廊下で、他にもいくつか部屋があるらしい。

その一角から、話し声が聞こえる。

あそこに行けば誰かがいるだろうと確信し、クリスは恐る恐るドアを開く。

覗いた先に、いたのは。

 

「・・・・えーっと」

「・・・・ぁぅ」

「・・・・~~ッ」

 

にっこり笑っている女性と、その前に正座している三人の女性。

その奥にはまた別の女性が、鼻歌交じりに料理をしているようだった。

いや、それよりも。

 

「・・・・」

 

三人の前で微笑を称えている女性。

見た限り、クリスを飼っていた女と同じ年に見えるが。

何故だろうか、笑っているはずなのに、威圧感を感じて仕方がない。

よくよく見れば、正座している三人組も、哀れみを覚えるくらい縮み上がっている。

 

(・・・・もう一眠りすっか)

 

あの女性を邪魔してはいけない。

本能的に感じ取ったクリスは、そっとドアを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

二課本部、ミーティングスペース。

何ともいたたまれない空気が流れている。

いつも盛り上げるはずの響が、ずっと俯いているのが大きい。

肩の怪我は幸い大事に至らなかったが、むしろ師の襲撃の方が堪えているようだった。

許可を得てこの場にいる未来が、ずっと手を握ってどうにか落ち着かせようとしているが、あまり効果は見受けられない。

見かねた弦十郎が、了子や緒川と視線を交わしてから、立ち上がる。

 

「響くん」

「・・・・っ」

 

声をかければ、肩を跳ね上げる響。

弦十郎はしゃがみ込むと、怯えた瞳を目を合わせながら、頭に手を遣る。

 

「誤解しないでほしいんだが、ここにいる奴等は、誰も君を敵視していないさ」

「・・・・そうなんですか?」

「おうとも!もちろん、君の師匠についてもだ」

 

不安げな問いかけに、快活に笑って即答する。

師匠も疑っていないという言葉に、響は少し驚いた顔を見せていた。

 

「こんなに頼もしいお嬢さんを鍛え上げたんだ。悪人じゃないことは、よーく分かっている!なぁ?」

 

信頼の根拠を語りつつ、後ろを振り返って同意を求める弦十郎。

藤尭や緒川、了子に翼、果ては被害にあった友里まで。

上司だからという義務ではない、心からの肯定を示した。

 

「だからこそ知りたい。何故君の師匠は、あの子を、雪音クリスくんを連れ去ったのか」

 

響に視線を戻せば、彼女は目を見開いたままぼろぼろ涙をこぼしていた。

頭を撫でてやれば、湧き上がった泣き声を必死に押し殺し始める。

弦十郎が思っていたよりも、よっぽど気を張っていたのだろう。

 

「教えてくれるかな?響くん」

「・・・・っあ"ぃ!」

 

しゃくりあげて涙を拭う彼女は、声を詰まらせながら答えたのだった。

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

「お、お待たせしました・・・・」

「構わんよ」

 

少し経って。

やっとのことで泣き止んだ響は、半ば乱暴に涙を拭い去って仕切りなおす。

 

「では早速教えてもらえないか?君の師匠は一体何者なんだ?」

「えーっと・・・・」

 

身を乗り出して質問した弦十郎に、響は早速困り顔で思案する。

 

「あのですね、話すといっといてなんなのですが、内容が内容だけに、全部というわけにはいかなくて・・・・」

「話せる範囲で大丈夫よ、私としても、あなたやあの人の技術には興味があるもの」

 

興味津々な了子が一瞥した先。

モニターには、クリスと戦っている響や、翼と『遊んでいる』遥の様子が映し出されている。

響は黄色の強い夕焼け色、遥は夜明けのような紫と、色の違いはあるものの。

二人とも同じ、『頂点部分が円になり、中心に剣が画かれている三角陣』を展開していた。

 

「えっと、端的に言ってしまうのなら、わたしと師匠は所謂『魔法使い』って奴です。師匠達みんなは、『魔導師』って名乗ってるんですけど」

「魔法使い?」

「また、初っ端からとんでもない単語が飛び出したな・・・・」

 

未来がよく聞く、しかし信じがたい表現に首をかしげ、藤尭が苦笑いして腕を組む。

 

「それで、その魔導師とやらはどんな活動を?」

「主な活動は、聖遺物の封印・回収と、それを悪用する犯罪者の取り締まりですね」

「ちょっと二課に似ていますね」

「そういえばそうですねぇ」

 

翼の質問に答えた響は、緒川の呟きに呑気に返した。

 

「じゃあ、響ちゃんや遥さんが使っているのは、魔法ってことになるわけね?」

「はい、わたしのは、シンフォギアと組み合わせた、変り種になっちゃってますけど」

 

友里に答えた響は、徐に左手を掲げた。

腕には、シンプルなデザインの腕輪が光っている。

 

「普通発動には、この『デバイス』っていう発動媒体を使います。一応無しでも出来るんですけど、あるのとないのとでは発動するスピードが違うんです」

「へぇ、そんなアクセサリーみたいな感じなんだ」

「うん!ペンダントとかイヤリング、メタルカードタイプまで。結構バリエーションがあるから、見てるだけでも楽しいよ!」

 

未来の問いに、響は首肯する。

 

「で、デバイスにも色々種類がありまして、わたしの持っているこれは『ストレージタイプ』。詠唱が必要ですけど、代わりに処理能力が高いので、発動までのタイムラグがないのが特徴です」

「そういえば、詠唱の省略も出来るって、あの子・・・・クリスにも話してたわね。そういうタイプもあったりするの?」

「それは『インテリジェントタイプ』ですね。処理能力はストレージに負けちゃうんですけど、術者の代わりに詠唱してくれるんです」

 

了子に答えた響のの補足に寄れば。

『一般的な魔導師』は、大体このインテリジェントタイプを使っているらしい。

理由としてはやはり、面倒な詠唱を省けるというのが大きいとのこと。

それに最近のインテリジェントタイプは、響の持つストレージに負けないくらいのスペックを誇っているため。

ストレージを持っているから、インテリジェントだから強いというのは理由にならないらしい。

 

「結局は使い手次第ということだな」

「そういうことですねぇ」

 

感心した様子の弦十郎に、響は大いに頷いていた。

 

「じゃあ、あなたの師匠・・・・司遥さんは、インテリジェントタイプを使っているということかしら?」

 

ここまでの情報を統合した友里は、そんな結論をぼやく。

友里に化けたことや、右腕から槍を召喚したこと。

さらに恐らくワープを使用したことから、魔法を使ったのは間違いない。

詠唱を肩代わりするというわりには、それらしい音声は聞き取れなかったと聞く。

だが、別に音声を出す必要が無いとするなら、それもまた十分に考えられる要因だった。

 

「はい、左胸にブローチがついてたと思うんですけど、それが師匠のデバイス『セタンタ』さんです」

 

気を利かせた了子が、翼と戦っている遥の画像を拡大する。

見てみれば確かに、左胸にアメジストらしき宝石をあしらった、ブローチが輝いていた。

 

「お仕事中だったとはいえ、珍しくしゃべらなかったけど・・・・」

「話したことがあるの?」

「うん、いわゆるAIってやつなんですけど、本当に人間みたいで。頼れる兄貴分なんです」

 

聞くところによれば、オーダーメイドで作られたものは、一つ一つ性格が違うとのこと。

主であり、相棒たる魔導師を叱咤激励することもあるらしく、中々高度なAIを持っていることが伺える。

そして、それらを作り出せる魔導師の技術力にも。

二課の面々は驚きを隠せない。

 

「そろそろ、本題を聞きたい・・・・司女史は何故、雪音を連れ去ったと思う?」

 

まだまだ聞きたいことはあるが、長引かせるのも考え物だ。

話が一段落したのを見計らい、翼は本題を切り出した。

再び黙して思案する響は、やがてゆっくり口を開く。

 

「・・・・多分、あの子を、クリスちゃんを助けようとしたんだと思います」

「助ける?」

「はい」

 

元から気にかけていた少女の話題と言うこともあり、身を乗り出した弦十郎。

響は頷いて、考察を語りだす。

 

「師匠はヒントをくれました、『内通者』と『バッドエンドが嫌い』」

 

響が見渡して確認すると、全員が頷く。

 

「クリスちゃんはここのところ、わたし達にやられてばかり、つまり失敗ばかりでした。加えて、上司らしい人物からの『いらない宣言』、ここに『内通者』も入れ込むと・・・・」

「なるほど、あのまま二課(ここ)につれて来ていたら、内通者を通じて始末される可能性があった。彼女はそれを危惧したのか」

「情報を流されても困るし、生かしておく理由はないものね」

 

友里、藤尭のオペレーターコンビが閃くと、今度は響が頷いた。

 

「そもそも師匠のお仕事は、刑事さんみたいなものでして。悪さする犯罪者を捕まえるのが、役割なんです」

「警察で言う捜査一課みたいな役職なのかしら?」

「そんなところですね、上位に入る人気の就職先ですよ」

 

『ただ・・・・』と、一度区切って、

 

「そういう悪い人たちに巻き込まれた子ども達と、現場でよく遭遇するらしくて・・・・大抵、モルモットだったり、魔力タンク扱いだったり・・・・」

 

それっきり、響は口をつぐんでしまったが、その先は言われなくても容易に想像できた。

つまり、そういった胸糞悪い状況に何度も遭遇してきたということだろう。

 

「だから師匠、そういう子どもはできる限り助けようとするんです」

「なるほど、弦十郎くんの同類ってわけね」

「むっ」

 

了子に横目で指摘された弦十郎は、きょとんと目を見開いた。

確かに、『子どもを守り、良き手本であること』を信条にしている彼と、子どもを積極的に助けようとする遥には、共通点があるといっていいだろう。

 

「はい!特に師匠なんか、『鬼子母神』なんてあだ名で呼ばれてて!」

「仏教における、子どもの守り神だったか、なるほど、言いえて妙だな」

 

元は、人間の子どもをさらっては食べていた鬼女。

見かねたお釈迦様に、可愛がっていたわが子を隠されたことで、己の罪深さを認識し。

子どもを守る女神へと変じたという。

遥の荒々しいまでの強さを目の当たりにしたり、子どもを助けるという信条を聞いた今では。

その名前が実によく似合うと頷ける。

 

「本当に鬼のような強さでしたね、翼さんが終始遊ばれていましたし・・・・」

「補足するなら、師匠は本当に遊んでいましたよ?アレは子どもとじゃれてるときのノリでしたし」

 

言われてみれば確かに、翼と打ち合っている間はずっと笑っていた気がする。

そして上手い反撃が返ってくれば、まるで自分のことのように喜んでいたものだ。

 

「でも、ちょっと安心したかも」

「ふぇ?」

 

区切りがついたところで、未来が切り出した。

響が間抜けな声で振り向くと、言葉通りの笑顔を見せながら、

 

「だって『寝不足の勢いで、一人でマフィアを二つも壊滅させた』なんて、大げさにもほどがあるもの」

「ああ、その話か。確かに魔法ありきだと考えるなら納得がいくな」

 

未来も、そして翼も。

響が以前ぽろっとこぼした、『狂暴女帝(バーサクエンプレス)』の話を思い出したらしい。

彼女等の言うとおり。

普通に考えるのなら、女性一人で、さらに寝不足という不安定な状態で犯罪組織を壊滅なんて。

弦十郎ほどのスペックがない限り、とてもとても・・・・。

 

「ああ、いや。それ魔法とかを隠してた以外は全部本当だよ?」

「―――――はっ?」

「えっ」

 

大人達が何の話だと首をかしげる中。

響のカミングアウトにぎょっと目を見開く未来と翼。

 

「ついでに言うなら、槍なんて上品なものを使い始めたのはわりと最近、師匠の本領は素手による格闘戦だよ?」

「・・・・つまり?」

 

頭を抱える翼に、響は苦笑いしながらとどめを差した。

 

「敵も味方も、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げ」

「お、おう・・・・」

 

うなだれた翼を見て。

話についていけなかった大人達も、どういった内容の話がなされたのかを何となく察したのだった。

 

「とにかく、司遥は、基本敵対しないということでいいんだな?」

「あ、はい、それは間違いありません」

 

仕切りなおした弦十郎の問いに、即答に近い形で答える響。

 

「もし敵意があったなら、あの場で全滅してましたから」

 

乾いた笑いながらも、自信たっぷりにさらっとなされた物騒な発言に。

大人達は、再び苦笑いをこぼすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

%月◇日

怖かった。

また居場所がなくなるんじゃないかって。

それ以上に、大好きになれた人たちに、嫌われるんじゃないかって。

だけど大丈夫だった、みんな変わらないままで優しくしてくれた。

わたしを、信じてくれた。

今はただただ、それだけが。

すごく、嬉しいんだ。




ネタばらし(全部ばらすとは言っていない)。
全部となると、長くなっちゃうもんね。
しょうがないね(涙
冒頭のあたりに出てきた二人は、緑茶に砂糖をぶちこむ人と、その義理の娘さんだったり・・・・。
ひとまず、お師匠が本格的に出てきたので、設定投げておきますね。




司 遥
年齢:25
性別:女
身長:170
体重:知らないほうが身のため
デバイス:セタンタ
詳細:響の師匠にして、恩人。
軽率な態度が目立つが、結構面倒見のいい性格。
今でこそ槍という上品な戦い方をしているが、かつてはあらゆる犯罪者を拳一つで打ち砕いてきた格闘家。
その苛烈極まる戦いぶりから、『狂暴女帝(バーサク・エンプレス)』のあだ名がついている。
また、積極的に子どもを守り、救い上げる様から『鬼子母神』とも。
扱っている『赤い槍』は、実は聖遺物(?)らしい。
意外と一途。


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16ページ目

誤字報告機能で、丁寧に修正を指摘してくださった方がいらっしゃいました。
やり方が分からなかったので、この場を借りてお礼を述べさせていただきます。
大変ありがとうございました。


『―――――てなところだ、理解できてるか?お嬢ちゃん』

「おう、やっとこブローチがしゃべってる事態になれてきたとこだ」

「まあ、それが普通の反応だよねぇ」

 

あの後、元の部屋に戻ったクリスを尋ねてきたのは。

キッチンで料理をしていた女性(『エイミィ』と名乗っていた)と、ものを言う奇怪なブローチ(こちらも『セタンタ』と名乗った)だった。

運ばれてきたベーコンエッグや野菜スープに舌鼓を打ちながら聞かされた説明に、クリスはげんなりとした顔でパンにかぶりつく。

 

「で、あたしはこれからどうなるんだよ?どっかにつれてかれて、拷問でもされるのか」

「しない!しないって!」

『おめー、うちのマスターを何だと思ってんだ』

 

ヤケ気味に問いかければ、エイミィは慌てて否定し、セタンタはため息混じりに呆れる。

 

「――――少なくとも、あなたが出会ってきた大人みたいなことはしないわよ」

 

ノックとともに、別の声がかかる。

部屋の入り口を見ると、自分を連れ去った女性(確か『ハルカ』と呼ばれていた)が立っていた。

改めて観察すれば、綺麗な人だと思う。

すらっと引き締まった体、腰に届く長い黒髪。

鋭いようでいて、どこか優しい瞳。

 

「・・・・大丈夫か?」

「本気で心配しないで、そっちの方がダメージくるわ」

 

・・・・涙目だったり、小刻みに震えていなければ、もっと良かったと思う。

正座のダメージを押し殺しながら歩み寄ったハルカは、しゃがんで視線を合わせてきた。

 

「分かっていると思うけど、あなたは『飼い主』に捨てられた。で、あたしの性分が許さないから持って帰ってきた」

 

『オーケィ?』と確認され、ひとまず頷くクリス。

 

「これからしばらくは、ここがあなたの拠点よ。傷が癒えるまで、好きに過ごしてもらっていいから」

「・・・・本当に何もしなくていいのかよ?お前等にとっても、あたしは重要人物のはずだろ」

 

クリスの呟きを、ハルカは笑い飛ばす。

 

「もう大抵は調べがついてるから、どうだっていいのよ」

 

飛び出た『どうでもいい』に、今度は面食らった。

顔が面白かったのか、小さく笑いながら、ハルカは頭を撫でてくる。

 

「言ったでしょ?あんたみたいなのをほっとくのは、あたしの性分が許さないの」

 

何だそれは、と思った。

犬猫拾う感覚で、自分を匿ったのか。

情報を引き出す必要もないのに?

 

「・・・・変なヤツ」

「よく言われる」

 

吐き捨てたクリスに、ハルカは苦笑いして答えた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「しかし、とんでもない連中が絡んできましたね」

 

響が色々と打ち明けた翌日。

残った大人達は、一昨日の戦闘データを整理していた。

その中で、表示された画像を見た藤尭がぼやく。

 

「魔法使い・・・・彼らは『魔導師』と自称しているのだったかしら」

「我々以外にも、聖遺物を扱う組織があったなんて」

「世界は広いですね・・・・」

 

呟きを拾った了子に、緒川と友里が感心したように同意。

 

「この槍も、確か聖遺物なのでしょう?」

「そう考えるのが妥当でしょう。響ちゃんは言葉を濁していたので、実際は違うやもしれませんが」

 

遥が扱う真紅の槍、『ゲイ=ボルグ』。

シンフォギアに携わっていることもあり、その名は誰もが知っていた。

一突きすれば心臓に必中し、投擲すれば30の楔となって降り注ぐ。

他にも色々能力はあるようだったが、『内通者』を引き合いに出されては、聞き出すのは憚られた。

 

「で、そんなとんでもの教えを受けている響ちゃんは、さしずめ『魔法使いの弟子』と言ったところですかね」

「お、上手いね、友里さん」

「茶化さないで」

 

口にした後で、気取った表現が恥ずかしくなったのか。

友里は藤尭の茶々に、気恥ずかしそうに俯いた。

 

「幸いなのは、あちらに敵対の意思がないことですね」

「全くだわ、響ちゃんの情報が間違っていないのなら、軍隊引っ張ってきても対処できなかったでしょうし」

 

『鼻歌交じりに地形を変えるくらい』。

遥の強さを問われ、響はそう表現していた。

 

「地形を変えるって、神代の英雄じゃあるまいし・・・・」

「けど、それを成し得てもおかしくないとされるのが彼女よ」

 

モニターの遥は、依然楽しそうに翼とじゃれている。

 

(魔導師、司遥・・・・厄介な奴が横入りしてきた)

 

彼女は、小さく舌打ちした。

 

「そういえば、こんな時一緒に頭抱えてるはずの弦十郎くんは?」

「さあ?そういえばさっきから見当たりませんねぇ」

 

仕切りなおした了子が問いかけても、スタッフ達は首を傾げるばかり。

―――――彼らが上司のデスクで、ビデオ返却で外出する旨のメモを見つけるのは、その少し後だった。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

雨が降っている。

曇天の下。

傘を差した弦十郎は、ビデオレンタルチェーンの袋を手に帰路に着いている。

・・・・と見せかけて、ある場所を目指していた。

大通りから少し離れる。

喧騒が遠ざかり、静かな住宅地に入る。

見えてきたのは、一件のマンション。

そこそこ立地の良い建物を見上げた彼は、さらに歩みを進めようとして。

 

「―――――あら、奇遇ですね」

 

目の前に、女性が立ちはだかる。

傘の陰で、不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「お久しぶりです、風鳴司令?」

 

遥が、この先は通さないといわんばかりに佇んでいた。

弦十郎もまた目を細め、相手を睨みつける。

一触即発の空気。

最強クラス同士の、ぶつかり合いが始まる。

 

 

 

 

 

 

かと思えば、そうでもなく。

 

 

 

 

 

「や、どうもすみませんね。あの子になるべく大人を近づけたくないもんで」

「いえ、こちらも配慮が足らず」

 

手近な喫茶店に移動した二人。

それぞれコーヒーと紅茶を注文した。

遥が席に座りつつ、乾いた笑みを浮かべれば。

弦十郎もまた、クリスの来歴を知っているが故に、了承の意を唱える。

 

「・・・・あれから、響はどうですか?」

「響くんですか?少し落ち込んでいたようですが、今はすっかり元気に」

 

包み隠さず答えれば、遥は心底安堵したため息を吐く。

 

「よかった・・・・やらかしておいて何なのですが、糾弾されていないか、気になっていたもので」

「何、響くんにも伝えましたが、アレだけ頼もしいお嬢さんを育てた方ですから」

「・・・・ありがとうございます」

 

信頼がこそばゆかったのだろう。

照れくさそうにはにかみながら、遥はお礼を述べていた。

 

「今更ですが、あの子には言いふらさないように言い聞かせていたものですから・・・・今後もあまり追及しないでいただけると」

「分かりました。こちらとて、せっかく生まれた信頼を壊したくありません」

 

大らかに笑う弦十郎に安心を覚えたのか、遥はもう一度はにかんだ。

 

「では、そろそろ」

 

ひとしきり笑いあったところで、笑みに獰猛さが加わった。

 

「お仕事の話、しましょうか?」

「・・・・ッ」

 

敵意があるわけではないが。

朗らかな雰囲気ではないことを察し、弦十郎もまた気を引き締める。

 

「っと、そのまえに・・・・セタンタ」

『はいよ』

 

小声で胸元に話しかけると、ブローチが点滅。

刹那。

何かの『力』が広がったことを、弦十郎は察知する。

 

「今のは・・・・?」

「結界の一種です、これで盗聴される心配はなくなりました」

「それはまた・・・・便利ですな」

 

感心した弦十郎が呟くと、

 

「他に比べて器用なだけですよ。仕事柄、単独行動が多いものですから」

 

遥は苦笑いしながら答える。

 

「では改めて・・・・そちらは、どこまでご存知なので?」

 

弦十郎が問いかければ、遥は少し考えて。

 

「二課がノイズへの対抗手段を持っていること、クリスを飼っていた黒幕と戦っていること・・・・主だった事柄はこの二つですね」

 

指を立て示してから、お冷を一口。

口を湿らせてから、『そちらは?』と聞き返す。

 

「あなた方が所謂『魔法使い』であること、あなたの仕事は我々と同じく、聖遺物の確保であること・・・・こちらも二つ。響くんが教えてくれて、把握した事柄です」

 

響は、『確信』を上手くはぐらかしたらしい。

遥は安堵しつつも、せっかく出来た信頼できる人々に、隠し事を続けさせる罪悪感が募る。

 

「司令達は、黒幕について何か掴んでいますか?」

「・・・・目星をつけている人物はいますが、確信には至っておらず」

 

眉をひそめた彼に、遥は思い当たることがあった。

 

「それはもしや――――」

 

少し意地悪かと思いつつ、ある名前を口にする。

それを聞いた弦十郎は、目を見開いた後。

うなだれながら、『やっぱり』とこぼした。

 

「まあこちらも確信には至っておりません、彼女が傀儡となっている可能性も否定できませんので」

 

運ばれてきた紅茶を口にした遥は、肩をすくめた。

弦十郎も、苦い顔でコーヒーを飲む。

 

「で、今後はどうなさる算段で?」

「・・・・ノイズを討伐しつつ、奴等のアジトを探り当てることですかね」

「まあ、妥当でしょう。クリスを飼っていたことから、組織立っているのは明白。根城を潰さないことには何も始まりませんから」

 

ここで、遥は何かを取り出し、弦十郎に手渡す。

それは、USBメモリだった。

 

「・・・・これは?」

「関係あるかどうかは不明ですが・・・・ここ数ヶ月の『アメちゃん』の行動記録です」

「・・・・!?」

 

『アメちゃん』なんて可愛い表現で誤魔化しているが、それがどこの国なのかはさすがに分かった。

手にしたUSBと遥を何度も見比べる顔は、大分困惑している。

 

「防衛大臣の暗殺容疑に、正社員にカモフラージュした工作員の、数回に渡る来日・・・・疑うなって方がおかしいんですよ」

「・・・・何故、ここまで?」

 

彼の問いかけに、遥は苦笑いをこぼす。

 

「いっやぁ、こないだそちらにちょっかいかけた件で、お上からお目玉くらっちゃいまして」

 

勤めて明るく答え、ことの重大さをどうにか和らげようとしている。

 

「だから、表立って動きにくくなっちゃったんです」

「・・・・故に、我々の支援は躊躇わないと?」

 

『そーいうことです』と笑い、遥はもう一度紅茶を口にした。

 

「ま、だからってあの子を連れ出したことに後悔はありません。言ったでしょう?私、バッドエンドは嫌いなんです」

「・・・・ええ、俺も、大いに同意しますとも」

 

わざとあくどい声を出す彼女に、弦十郎は笑って首肯する。




前話に感想がどっと来て、ちょっとビビりました。
みなさん大好きなんですね、ケルト勢ww


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17ページ目

お待たせしました。
所詮嵐の前の静けさというか、幕間というか。


「――――――なあ」

「なぁに?」

 

東京・律唱市、某マンション。

遥達魔導師が、拠点として使っている部屋。

昼食を終え、食器を片付けている中で、クリスが口を開いた。

 

「あの人は、何でこんなに・・・・その・・・・」

 

口ごもってしまったが、言いたいことは分かった。

彼女にとって大人とは、自分に危害を加える存在。

また、同年代(あるいは下の年代)の子どもは、同じ贄。

与えられるのは最低限生きられる水と食料、それからか弱い体に有り余る『痛み』。

だから、いまだに飲み込めないでいるのだろう。

躊躇いなく温もりを与える遥の存在を。

 

「そうねぇ」

 

吹き終えた皿を置き、アリアは束の間思案して。

 

「あの子も見たからかな・・・・『地獄』ってやつを」

 

少しだけ、話してしまうことにした。

今は主となっている、妹分の話を。

 

「『地獄』・・・・」

「そ、命を命と思わず、人を人と見なさず、心を心と受け取らない・・・・」

 

想起する、共に駆け抜けた現場の数々。

もはや法では裁けない悪人や、畜生扱いがまだ慈悲があると思われる『実験動物』達。

彼女自身が選んだのは分かっている、それらに遭遇する覚悟を持っていることも十分知っている。

それでも、否応なく見せ付けられる醜悪な存在の数々。

 

「そんな考えるだけで胸糞悪くなるようなバッドエンドを、あの子は何十も、何百も見てきているのさ」

「・・・・あたしも、その一つ?」

「そう、あの子が大ッ嫌いな奈落に、子どもが片足突っ込んでる・・・・ほっとく理由なんて、ないんだよ」

 

濡れた手をふきんで拭い、肩をすくめるアリア。

 

「あたしもロッテも、伊達に六十年生きてないからね。あの子の悔しさや慟哭は、痛いくらいに共感できるのさ」

「は?ろくじゅっ・・・・!?」

 

回答をそう纏めると、クリスが素っ頓狂な声を上げた。

一瞬わけが分からず、アリアは首を傾げたが。

 

「ああ、そういや言ってなかったね」

 

すぐに納得して、苦笑いを浮かべる。

 

「あたしら『使い魔』ってのは、本人、あるいは主の望んだ見た目で成長を止めることができるのさ」

「そ、そっか・・・・あ、いや、でもそしたらあの人と年齢があわねーし・・・・!?」

「姉妹そろって、所謂『中古品』ってやつでねぇ。少し前までは、別のご主人様に仕えていたんだよ」

 

ちなみに、自分達を生み出したのもその人物だ、と補足を付け加える。

女性にとってデリケートな話題とは言え、目の前の人物が見た目以上に年を食っていたのが、衝撃的だったようだ。

クリスの動揺は収まりきっていないようだった。

 

「ぃ、今、前のご主人ってのはどこに?」

「さて、ね。何せもうお星様になっちゃったし、今頃どうしているのやら」

 

暗に『この世にいない』と告げられ、急にクリスはバツの悪い表情になった。

思いやりや礼儀に疎くなってしまったとはいえ、触れてはならない話題と言うのは察したらしい。

一歩退いた後、静かに『ごめん』を口にした。

 

「いーのよ、あの人(とうさん)大分年だったし、『娘』にも看取られて大往生だったし」

 

それに、と。

 

「あの人の心残りは、あたしらがしっかり受け取っている。遥は、そんな『後始末』に付き合ってくれているのさ」

 

茶目っ気交じりのウィンクには、欠片の憂いもない。

だからクリスも、それ以上は聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

%月@日

最近の朝練に、翼さんも参加するようになった。

ランニングの後、軽く打ち合って。

それから魔導師の戦い方について、出来る範囲でレクチャー。

どうやら、この間師匠に完敗だったのが相当悔しかったみたいで。

こっちも思わず本気になっちゃいそうだった。

翼さんやっぱり強いよぉ、師匠が規格外なんだよぉ・・・・。

 

 

%月Р日

翼さんとの朝練の噂を、司令さんが聞きつけたらしい。

というわけで、早速今日から司令さんがメンバーに追加。

こっちの練習法を教えたり、逆に司令さんの鍛錬を教えてもらったり。

なんだか充実してきた気がする。

それにしても、足を括りつけて逆さになるなんて。

しかもそのままで、穴の開いた桶に、おちょこで水を汲んでいくんだよ?

桶がいっぱいになるまでひたすら腹筋するとか・・・・。

誰が思いついたんだろうなぁ。

 

 

%月Ξ日

そういえば、あれからクリスちゃんの音沙汰がないけど。

一体どうしているんだろう。

いや、師匠が一緒にいるんだから、無事なのは間違いないんだけど・・・・。

だって、師匠だよ?

『鬼子母神』『狂暴女帝』『グレアムの猛犬』『つーかあのねーちゃん飛び道具効かないんだけどマジで』なんて言われまくってる師匠だよ?

それに加えて、リーゼさんたちもいるんだし・・・・。

あれ?これ、最強のボディーガードじゃない?

クリスちゃん自身も遠距離攻撃のエキスパートっぽいし、最高の布陣だよ・・・・。

これでなのはさんやティア姉に稽古つけてもらったら、化けるんじゃないかなぁ。

ガン=カタとか習得したら、絶対強いって。

 

 

%月ゝ日

最近、未来の元気がないように思う。

なんか、なんというか。

何となく笑顔が物足りないというか、コレジャナイっていうか。

なんだか引っかかるんだよなぁ。

気のせいならいいんだけど・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも、自重してください」

「ご、ごめんなさい・・・・」

 

早朝の弦十郎邸。

未来は朝練を共にするようになった響や翼、弦十郎のために、ここに通って朝食を準備するのが日課になりはじめた。

今日もまたいつも通り味噌汁をこさえていると、いつも以上にボロボロになって帰ってきた響と翼に仰天。

即行で砂だらけのジャージを引っぺがして泥汚れを拭い、傷の手当を行っていた。

 

「特に翼さんは人前に出ることが多いんですから」

「面目ない・・・・痛っ」

「我慢してください」

 

頬の擦り傷に消毒液をつければ、痛みで翼が跳ね上がった。

隣の響もまた、未来の威圧に萎縮しながら、自分でガーゼをつけている。

いくらストッパーになりえる弦十郎が、今日に限って仕事で不在だからとて、これは少々度が過ぎている。

努力家なのはいいことだが。

やはり怪我をされると、見ている側としては気が気ではない。

 

「心配させてごめんね、未来」

「だったら怪我しないでよ、もう・・・・」

 

口調は少し怒りっぽくなってしまったが、本当に怒っているわけではない。

先日、翼が遥に大敗した現場に、未来自身もいたのだ。

相手に敵意がなかったとは言え、終始遊ばれていたあの結果が悔しいだろうというのは容易に想像できた。

そんな翼のやる気に、響が応えないわけがないことも。

 

「ほら、ご飯はもう出来てるから食べちゃいましょう」

「はーい」

 

暴れまわっただけあって、二人ともしっかり腹を減らしているようだ。

手早く着替え終えると、一緒に卓に着く。

 

「いつもすまないな」

「いえ、好きでやってることですから」

 

労いの言葉をかけつつ、舌鼓をうつ翼。

未来としても、我ながらここまで上達したものだと思う。

昔は手際が良い悪い以前の問題で、一時期台所への立ち入りを禁じられていたくらいだ。

 

「未来っ、おかわり!」

「はいはい」

 

きっかけ、として思い浮かべるのは、やはり響。

あの日手を離してしまってから、彼女がいなくなってしまってから。

どうしようもない後悔と自責と、罪悪感に苛まれて。

あの頃はとにかく我武者羅に何かをしていた記憶しかない。

根拠もなしに、ただ努力だけが響への手向けになると信じていたらしい。

まあ、結局響は生きており、幾分か強くなって戻ってきたのだが。

こうやって響を笑顔に出来ている成果を目の当たりにすると、どうしようもなく嬉しくなるのだった。

 

「・・・・」

 

ただ、最近はまた不安になることが多い。

そもそも響が擦り傷をこさえることになった理由、翼とこうやって交流を深めることになった理由。

誰かが引き受けるべき『戦い』が、誰かが対処しなければならない『危機的状況』が。

再び響を脅かしている。

 

「未来ー?」

「え?」

「どうした小日向?顔色が優れないようだが・・・・?」

 

翼が傍にいても、師匠たる遥や上司の弦十郎が支えてくれていても、響自身が強くても。

何の力も無い、こうやってご飯を作ったりして、無事を祈ることしか出来ない未来は。

親友の周囲にちらつく『陰』に、どうしても不安を感じずにはいられなかった。

 

「やはり無理をさせていたか?私達につき合わせて、睡眠を削らせてしまっただろうか?」

「ああ、いえ!そんなことは全然!・・・・ちょっと、考え事です」

「そう、か・・・・」

 

暗い気持ちが顔に出てしまっていたらしい。

気遣わしげな翼に笑顔を取り繕って首を横に振れば、それ以上は追求されなかった。

響も未来が何も言わないのを察したのか、渋々引き下がってご飯を頬張る。

親友と先輩の思いやりに感謝しながら、未来も味噌汁を口にする。

今日の朝食も、我ながら良い出来だった。




牙が抜け始めたクリスちゃんと、明かされるお師匠のアレコレ。
そして、
おや ? みく さん の ようす が ・・・ ? ▼


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18ページ目

大変長らくお待たせしました・・・・!


「未来じゃん、今日も一人?」

「ああ、板場さん」

 

今日も今日とて、響は二課本部に待機中。

彼女を待っている間に晩ご飯でも作ろうと、未来が食材を吟味していると。

通りかかったのか、板場に話しかけられた。

見てみれば安藤や寺島といった、なじみのメンバーがそろっている。

 

「買い物?」

「うん、晩ご飯どうしようかなって」

 

一旦ジャガイモを置いて立ち上がり、友人達と向き合う未来。

 

「なんていうか、そうしてると完全に主婦よね」

「そ、そうかな?料理する人なら誰だってそうじゃない?」

「いーや!」

 

首をかしげて苦笑いする未来に、板場は指を突きつけて否定する。

 

「普段の夫婦っぷりを見てる側としては、そうとしかみえない!」

「夫婦かどうかはともかく、ビッキーと仲良いのはほんとだもんね」

 

安藤も大いに同意しながら、何度も頷いていた。

 

「昔なじみなんですよね?」

「そう、だね。つい最近までは別々だったんだけど」

「別れた幼馴染と高校で再会するって、アニメみたいだねぇ」

 

未来のどことなく不安げな顔を知ってか知らずか、呑気に例える板場。

アニメ、フィクション。

言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 

(だったら響は、みんなを守るヒーローかな)

 

響の頼もしい背中を思い浮かべながら、一人笑みをこぼした。

そんなとき、けたたましいサイレンが聞こえた。

不安を煽る音に、戸惑いが伝播していく。

何が起こっているかなんて。

分かっていても、分かりたくなかった。

 

「ノイズ・・・・!?」

 

誰ともなく呟く。

戸惑いが恐怖に染まる。

 

「やばいよ!早くシェルターに行こう!」

「ヒナも!」

 

怯えながらもやるべきことを見失わなかった友人達。

安藤が未来の手を引っつかみ、一同避難場所へ急ぐ。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「こ、これって一体なんの・・・・!?」

 

サイレンはマンション付近にも響いていた。

喧騒を聞きつけたクリスは、逃げ惑う人々を見下ろして困惑している。

 

「―――――今までいたとこには、なかったみたいね」

 

肩を叩きつつ、遥が話しかけた。

 

「ノイズ警報よ。こういう『普通のとこ』じゃあ、こうやって逃げろって促してるの」

「ノイズ・・・・!?」

 

『ぶつかると危ないから』と一旦部屋に引き戻されるクリス。

彼女を玄関先で待たせると、遥は戸締りを確認するために奥へ引っ込んでいった。

待っている間、徐に首もとのイチイバルを見つめるクリス。

・・・・今の自分の『所有者』は遥だ。

彼女自身はそんなこと欠片も思っていないだろうが、今ひとつ信用しきれないクリスとしては、そう表現するのがしっくりきた。

加えて、こうやって世話してもらっている恩もある。

だから一言命じてくれれば、すぐにでも飛び出してノイズを殲滅するくらいやってやろうと思っていた。

 

(所有者・・・・命じる・・・・?)

 

考えたところで。

過ぎる、『彼女』の顔が。

かつて与えられていた、『杖』が。

 

「まさか・・・・フィーネ・・・・!?」

 

そうだ。

今のあいつにとって、自分は敵に情報を流す裏切り者に他ならない。

もしも、災害に見せかけて、何も知らない、関係のない連中諸共潰そうというのなら。

 

「・・・・~~~ッ!!!」

「ちょっと!クリス!?」

 

やる。

あいつなら、やりかねない・・・・!!

 

「どこにいくの!?待ちなさい!クリスッ!!」

 

引き止める遥を、人ごみを利用して振り切って。

クリスは、敵の元に向かう。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

街に繰り出した響は、人気のない商店街を駆け抜けていた。

既にノイズにやられてしまった人型がちらほら見受けられ、強く奥歯を噛み締める。

 

「ッきゃあああああ―――――!!」

「・・・・ッ!」

 

耳が、悲鳴を聞いた。

まだ生きている人間がいる。

わき目も振らず、一目散に足を向けた。

 

「はあ・・・・は・・・・!」

 

たどり着いたのは、とある廃屋。

大分年月がたっているのか、金属製の壁のあちこちに錆が噴いている。

 

「すみません!誰かいませんか!?」

 

中に駆け込み、声を上げる。

元の建物が、入り口より下のほうに施設があるタイプだったらしく。

暗がりに慣れきっていない目では、内部を見渡すことが出来ない。

目を凝らそうと身を乗り出した響は、

 

「―――――!?」

 

頭上からの攻撃を、ギリギリで回避した。

宙に放り出される中見上げると、天井の鉄骨にタコのようなノイズが陣取っている。

聖詠を唱えたいが、既に落下中。

先に体勢を立て直すことを優先させた。

身を翻し、陣を展開。

足場で勢いを殺してから、静かに着地した。

そこへ、身をかがめて近づく人影。

 

「み・・・・!」

 

名前を呼ぼうとして、口を塞がれた。

続けて未来は、首を横に振る。

『しゃべるな』ということらしい。

音に気をつけながらスマホを取り出した未来は、文章を打ち込んで響に見せる。

 

『気をつけて、あれは音に反応するみたい』

 

読み終えた響が視線で続きを促す。

 

『わたし達あいつに追いかけられて、寺島さんが怪我をしてしまったの』

 

未来に倣って、物陰に目を凝らしてみれば。

今となってはすっかり仲良くなった、板場、安藤、寺島の三人が身を寄せ合って震えていた。

そして情報どおり、寺島の右ふくらはぎがざっくり裂けている。

おそらく、ガラスか金属片に引っ掛けてしまったのだろう。

歩くのは困難そうだった。

 

(迂闊に歌えば、みんなを巻き込む・・・・か)

 

建物自体は、備品やらが取り払われているお陰で結構な広さがある。

だが、あのノイズのサイズを見る限り、あっと言う間に窮屈になるだろう。

戦いの最中を、怪我人含めた素人が逃げ切れるかと言えば、否である。

頭上を睨みつつ、考えにふける響。

その横顔を見つめていた未来の胸に、決意のようなものが芽生える。

はっきり言って、怖い。

一歩間違えれば死ぬかもしれない提案。

 

(だけど、響のほうが・・・・)

 

想起する。

戦いに身を投じている響の肌には、生傷が耐えない。

一歩間違えれば死ぬような大怪我だって、何度も負っている。

そんな彼女を支えるためには、隣で力になるためには。

自分だって命を張らなければならない。

覚悟を決めた未来は、スマホを取り出そうとして。

 

「・・・・ッ!?」

 

徐に、響に手を掴まれた。

何かを握らされる。

響が二課と連絡する際に使用する、通信機だった。

 

「―――――未来、聞いて」

 

抱き寄せられる、耳元で響の声がする。

 

「わたしがあいつを引きつける、その隙にみんなで逃げるんだ。それを使えば、助けも呼べるから」

 

離れていく。

温もりが、響が。

見下ろす瞳は、酷く優しくて、温かい眼差し。

 

「大丈夫、気にしないで。未来はわたしの帰る場所だから・・・・絶対に守るよ」

「ひ、ひび・・・・!」

 

数歩下がって言い切るなり、響が腕を振るった。

続けて派手な音。

石か何かを投擲したらしい。

上の窓ガラスが割れている。

当然音に反応したノイズは、そちらに突っ込んでいった。

 

「おーにさーんこーちらッ!てーのなーるほーぅへッ!!」

 

音に紛れて駆け出した響。

勝手口を蹴り破って退路を確保しつつ、不敵に笑って手を叩く。

 

「響!!」

「大丈夫!未来はみんなを連れて逃げるんだ!!」

 

触手による一撃を、アクションスター顔負けの動きで回避しながら去っていく響。

ノイズもまた、響を完全にターゲットと見なしたようだ。

悠々とした動きで、追いかけていった。

足音と蠢く音が遠ざかり、辺りは再び静かになる。

響が去っていった方を呆然と見つめていた未来は、やがてがっくりうなだれた。

 

「・・・・ちょっと、響の奴本当に大丈夫なの?」

 

敵の不在を確認した板場は、未来に話しかける。

しゃがんで視線を合わせたところで、気がついた。

―――――泣いている。

ぽろぽろと、伝う滴も、落ちる滴も拭おうとせず。

唇を噛み締め、必死に嗚咽を押し殺していた。

寺島に肩を貸しつつやってきた安藤と目を合わせ、どうしたもんかと眉をひそめていると。

 

『―――――もしもし?聞こえますか!?もしもし!?』

「わ!?」

 

未来が手渡された通信機から、声が聞こえた。

相手は大分必死な様子で、こちらに語りかけている。

 

「・・・・ゴメン、未来!」

 

束の間葛藤した板場が、半ばひったくる形で通信機を取った。

 

「聞こえてます!あの、誰ですか!?」

『ああ、よかった・・・・特異災害対策機動部の者です!』

 

少し長い名称だったが、要するにノイズの専門家だというのは覚えていた。

それを理解した三人は、どっと安堵のため息をつく。

 

『それの持ち主が離れたみたいなのですが・・・・』

「そうなんです!響って、あたしらの友達なんですけど、ノイズの囮になってくれて・・・・!」

 

板場の口から響の名前が出ると、向こうの方でもどよめきが。

どういうわけだか、あちらも響のことを知っているらしい。

 

『そこには、あなた以外の人はいますか?』

「はい!友達が三人!それで、一人が怪我してるんです!死にはしないと思うんですけど、けっこうざっくりやってて、歩けないくらいで・・・・!!」

 

張り詰めた心が、段々と緩んできたのだろう。

語る声は段々涙声になってきた。

 

『よく頑張ったわね、偉いわ・・・・ちょうど近くに、こちらの人員がいるの。急いで駆けつけさせるから、もうちょっとよ』

「あ"い・・・・!!」

 

そこで通信は切れてしまったが、安心するのは十分だった。

一旦上を向いて耐えた板場は、涙を拭ってにやっと笑う。

 

「よっし、これで大丈夫!終わったら響をどついてやりましょ!」

「そう、だね。ちょっとくらい文句を言ってやろうよ」

「心配ではありますけど、司さんならって思うと、不思議と大丈夫な気がするんですよね」

 

暗い雰囲気はどこへやら。

恐怖は拭いきれていないが、気丈に振舞うだけの元気は取り戻したらしい。

口々に明るい声を張り上げる。

 

「ねえ!未来も一緒に―――――」

 

振り返った先。

蒼い光が迸っていて―――――――




ところで。
本編の16年前、ある親子が『隙間』に消えていきました。
その際一緒に落ちていったものがあるんですが・・・・。
分かりますかね?(すっとぼけ


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19ページ目

思ったよりも苦戦した19話でござる。


願う声が、聞こえた。

 

切に求め、渇望する声が。

 

願いに答えるのが、課せられた定め。

 

だから、それに順じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラァ!!」

 

引き金に指をかけ、鉛玉をばら撒いていく。

銃口が通り過ぎたところから順に、蜂の巣にされたノイズが塵と消えていった。

上空に陣取っている連中にもボウガンの矢をお見舞いし、次々針山にして撃墜していく。

炭が舞う中。

粗方の殲滅を確認したクリスは、どっとため息をついた。

 

「・・・・?」

 

次の敵を探そうとして、ふと。

視界の隅に何かが移る。

それは、人間だった炭だった。

体形から辛うじて女性だと判断でき、助けを求めるように伸ばされた手が痛々しい。

もはや塵も同然となった体は、風に吹かれて崩壊している最中だった。

 

「・・・・ッ」

 

隠そうともせず、盛大に舌打ち。

己の失態を恥じる。

―――――考えが甘かったのだ。

突然連れて行かれて、困惑もあった。

だが人の優しさに触れて、温もりを思い出して。

やっと地獄から抜け出せると、普通の女の子のようになれると。

淡い期待を抱いていた。

抱いてしまっていた。

その結果がコレだ。

自身の至らなさが、関係のない連中を巻き込んでしまった。

 

「・・・・分かっている。あたしにゃ戦場(ここ)がお似合いなんだ」

 

苦い顔で、言い聞かせる。

もう留まっている理由はない。

今度こそ、次の敵を求めて走り出した。

ほどなくして、新しい群れを発見する。

躊躇いなく銃口を向け、発砲。

あっという間に取り囲んだ群れを、あっという間に蹂躙していく。

 

「―――――ッ!?」

 

しかし、心のどこかに焦りがあったのだろう。

わずかばかりの隙が生まれてしまう。

そこに運悪くノイズが突っ込んできた。

咄嗟に身を翻し、ガトリングを押し当てて鉛玉を浴びせる。

それで終わったかと言えば、そうではなく。

 

「っは、ご・・・・げほッ!?」

 

至近距離でぶちまけられたからだろう。

粉末が喉に入り込み、盛大に咽るクリス。

歌が、途切れてしまった。

シンフォギアの調律機能が断たれ、攻撃無効の優位性を取り戻したノイズ達。

ここぞといわんばかりに、一斉にクリスに押し寄せて、

 

「―――――はあッ!!!」

 

衝撃。

隆起したアスファルトに阻まれる。

続けて来た第二陣も、同じように防がれた。

 

「二人とも伏せなァッ!!!」

 

鋭く響く、最近聞きなれた声。

刹那、クリスは庇うように引き倒される。

 

「―――――ボルク・レーゲンッ!!!」

 

空を裂く、一条の赤い光。

上空まで達した光は、夜明けのような紫の三角陣を展開する。

一拍沈黙、直後。

弾ける様に、赤い刃を雨あられと降り注がせた。

 

「な、何が・・・・!?」

「怪我は?」

「ね、ねえ、けど・・・・」

 

助け起こされながら、辺りを見渡すクリス。

見上げると、弦十郎がほっとした顔でこちらを見下ろしていた。

すぐ傍で物音。

着地した遥が、得物を納めているところだった。

彼女が振り返る。

血気迫った表情で、肩を怒らせながら歩み寄って、

 

「こ、んの・・・・バカッタレがッッ!!!!!!」

 

盛大に、頬を引っぱたいた。

地面に倒され、困惑するクリスの胸倉を掴み上げる。

 

「勝手に飛び出してって!勝手に危ない目にあって!死んだらどうするつもりだった!?」

 

優しさなんてほど遠い顔。

だけど、クリスを心から嫌っているわけではない声。

 

「せっかくあの女狐から逃げられたんだ!!もうちょい自分を大切にしろよ!!!」

 

肩を揺さぶり怒鳴りつける姿は、さながら懇願しているようで。

 

「・・・・~~~~~ッ」

 

だからこそ、

 

「ざっけんな!!」

「・・・・ッ」

 

クリスはその手を叩き落とす。

 

「何が大切にしろだ!!!恩着せがましく『逃げられた』何ていいやがって!誰が助けてくれって頼んだよ!?ええ!!?」

 

立ち上がり、後退して距離を取る。

反撃に少なからず驚いているらしい遥と、成り行きを見守っていた弦十郎を睨みつける。

 

「この際だから、はっきり言ってやる!!あたしは大人が嫌いだ!!死んだパパとママも大ッ嫌いだ!!」

 

頭を抱えて、喚き散らす。

 

「とんだ夢想家で臆病者!!あたしはあいつらと違うッ!!」

 

子どもっぽいのは重々承知している。

それでも、沸きあがる激情を止められそうにない。

 

「歌で世界を救うだァ!?いい大人が夢なんか見てんじゃねーよ!!!!」

「・・・・そいつがお前の言い分か」

 

頃合を見計らった弦十郎が、静かに問いかけた。

 

「おうとも!本当に戦争を無くしたいのなら、戦う意思と力を持った奴を片っ端から潰していけばいい!!その方が確実で効率的だろ!?」

「なら聞くが、お前はその方法で本当に争いを無くせたのか?」

 

さらに問われて、クリスは言葉を詰まらせた。

喉を鳴らして押し黙ると、静かに周囲を見渡す。

風に舞う炭の粉。

幸いここにあるものは全て、片付けられたノイズのものだが。

クリスは思い出す。

ついさっきの、黒い遺体を。

・・・・頭が冷えたことで、思考が上手く働くようになった。

そうだ、そうだった。

そもそも『あの女』が、ノイズを操る術を手に入れられた理由。

操るための完全聖異物を起動させた、歌。

歌ったのは誰か?

他でもない、クリス自身だ。

 

「いい大人は夢を見ないといったが、それは違うぞ」

 

俯いた彼女に歩み寄り、諭すように肩に手を置く弦十郎。

 

「大人だからこそ夢を見るんだ」

 

目を見開き、弾かれたように見上げるクリス。

瞳を真っ向から見つめ返しながら、彼は続ける。

 

「大人になりゃ力も着くし、財布の中の小遣いもちったぁ増える。子どもの頃見るだけだった夢も、かなえるチャンスが増える」

 

一呼吸、間を置いて。

 

「―――――夢を見る意味が、大きくなる」

 

はっきり、断言する。

 

「お前の両親は、ただ夢を見るためだけに戦場に行ったのか?違うさ、『歌で世界を平和にする』って夢を叶える為に、自らこの世の地獄に踏み込んだんだ」

「・・・・なんで、そんな」

 

呟くような疑問に答えたのは、遥だった。

 

「そんなん決まってるじゃない、あんたに見せたかったのよ・・・・『夢は叶う』っていう現実を」

 

束の間沈黙したことで、いくらか冷静になったらしい。

気まずそうに頭をかいてから、クリスの顔に手を添えた。

じんわり響くような温もりが灯り、痛みが退いた。

 

「子どもが自由に夢を見られない世界ってのは、案外大人も寂しいものよ?」

 

『ほっぺた、ごめんなさいね』と付け加えながら頭を撫でて、いたずらっぽくウィンク。

 

「・・・・あんたも、おっさんも、物好きだな。こんな奴に構うなんて」

「お生憎さま、もう性分だからねぇ。風鳴司令もそうでしょう?」

「ですな、甘いのはもうどうにもなりません」

 

遥の問いに、苦いながらも豪快に笑う弦十郎。

そんな二人のやり取りがなんだか面白くて、クリスも思わず笑みを浮かべた。

 

「しかし、『子どもが夢を見られない世界は、大人も寂しい』ですか。中々いいことをおっしゃる」

「友人の受け売りですから、褒め言葉は彼女に会えたときにでも言ってあげてください」

「なるほど、とてもお優しい方のようだ」

「ええ、自慢の幼馴染――――」

 

はにかんだ笑顔が、急に消えた。

続けて辺りを忙しなく見渡し始めた遥に、弦十郎が首をかしげる。

 

「・・・・まさか・・・・・・まだ来ようっての・・・・!?」

「お、おい・・・・?」

「司さん?」

 

二人分の訝しげな視線に気づくことなく。

顎に手を当てて俯き、考え始めてしまった。

 

「・・・・ッ」

 

ほどなくして顔を跳ね上げる遥。

空の一点を、注意深く睨みつける。

―――――今の彼女には、彼女だけが感じ取れるものを感じていた。

邪な『力』の、はっきりした脈動が。

 

「なあってば、一体何が・・・・!?」

『――――――司令ッ!!!』

 

クリスが遥の背中を叩いたタイミングで、弦十郎に通信が。

 

「どうした?」

『今、響ちゃんの友達からSOSを受け取ったのですが、現場に高エネルギー反応が・・・・!!』

『ノイズともアウフヴァッヘンとも違う!!これは一体なんなの・・・・!?』

 

藤尭の困惑した声と、了子の悲鳴。

次の瞬間。

空高くを、青白い光が貫いた。

 

「な、んだ・・・・ありゃぁ・・・・!?」

 

荘厳なようでどこか恐ろしいそれに、クリスが釘付けになっている後ろ。

 

「ッ東方の王、西方の王、南方の王、北方の王」

 

遥が徐に陣を展開し、『力場』を発生させる。

 

「集いて閉じよ、永劫の監獄。余人は大いに嗤いながら去ね」

 

ゲイ=ボルグで地面をなぞって、石突で突く。

溢れるように広がる力は突風となり、街の隅々を駆け巡って。

やがて、沈黙を生み出した。

 

「い、今のは・・・・?」

「・・・・ここら一帯を切り離しました。すみません、事態が終息するまでは、通信が効かないと思います」

 

言われた弦十郎は、試しに二課へのコンタクトを試みる。

耳元の通信機は、だんまりを決め込んでいた。

 

「何が起こっているんです?あの光は一体・・・・?」

「・・・・端的に言うのなら、『こちらの案件』ですね」

 

光が昇った方向を見据える遥。

瞳は、鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「今のって、師匠の・・・・!?」

 

先ほどのタコも含め、ノイズを片付けきった響。

空気が変わり、人気のなくなった寂しい空間を見渡す。

 

「司、今のは・・・・?」

「師匠が張った人払いの結界です。多分、さっきの光が師匠の回収対象だったんだと思います」

 

問いかけた翼は、響の答えに納得する。

聖遺物の中でも、特に暴走の危険のあるものを優先的に確保・封印する。

それが響より聞かされた、魔導師の役割だったはずだ。

 

「しかし結界と来たか、大掛かりなことをする」

「一般人に騒がれないための処置というか、なんというか。人がいないので、割と遠慮なく暴れられるんですよ」

 

『そんなことより』と、響が眉をひそめる。

 

「こんなに広範囲に展開したってことは、よっぽどヤバい代物かも知れません」

「・・・・穏やかではないな、どういうことだ?」

 

首をかしげる翼に、響は再び説明する。

響が覚えている限りだが、遥は街一つを覆うほどの結界は苦手としていたはず。

展開出来なくはないが、どうしても一般人を一部取りこぼしてしまうため。

安全面の理由から、基本的人任せにしていたのだ。

 

「そんな司女史が、デメリットを承知で張ったということは・・・・なるほど、あまり気を抜いていられないということだな」

「はい、もうそろそろ避難の協力を要請されると思うんで、出来たら翼さんも手伝ってくれると助かります」

「ああ、分野が違うとは言え、同じく人の守護を目的とする同士。協力は―――――」

 

『惜しまんよ』と、続ける前に。

二人の視界に、何かが降り立つ。

 

「な、何・・・・?」

 

突然の来訪者に、響も翼も思わず身構える。

土煙が晴れた場所、立っていたのは。

 

「――――――みく?」

 

どこかシンフォギアに似た、尋常ではない装いの未来。

響に名前を呼ばれ、顔を綻ばせる。

 

「ひびき、みつけた」

 

大きく開いた胸元。

青い宝石が鼓動を刻んだ。




???「神獣鏡かと思ったかい?わしじゃよ」


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20ページ目

拝啓、冬の足音が聞こえてくるころ。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
わたしは感想欄の連日の阿鼻叫喚に、にやけが抑えられない日々を過ごしておりますww←
そんな20話、どうぞ。


『それ』が落ちてきたとき、何が欲しいかを聞かれた。

 

日の光じゃなくて、自分で光っている宝石が、少し不思議だったけれど。

 

その青い輝きを見ていると、何だか心が落ち着いた。

 

だから答えた、『力が欲しい』と。

 

響を怪我させないために、響を手放さないために。

 

あの子を守るため、二度と失わないため。

 

わたしは今、光を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「小日向?その姿は一体・・・・!?」

 

着物のようなアームカバーに、体に張り付いたスーツ。

足には物々しい装甲と、一見すればシンフォギアに見えなくもないが。

理性を感じられない目と、未だ胸元で脈打つ青い宝石が、その認識は間違っていると雄弁に語っていた。

 

「・・・・みく、なんで」

「響がいなくなった後にね、この石が落ちてきたの」

 

心ここにあらずといった響が、呆然と問いかける。

親友の動揺を知ってか知らずか、未来は微笑を絶やさない。

 

「この子が『叶えてあげる』って言うから、遠慮なくお願いしたんだ・・・・『力をください』って」

「――――――ッ」

 

異物が埋まり、血管の浮き出た胸元を愛おしそうに抱きしめる未来。

響の喉が、笛のような音を立てた。

 

「ねえ、響?これでわたしも戦えるよ?響のこと、守ってあげられるよ?」

 

身を乗り出し、一歩一歩近づいてくる。

 

「怪我だってさせないし、ノイズだって、響をいじめる人達だって、全部全部全部わたしがやっつけてあげる」

「・・・・小日向」

 

ここまで来れば、嫌でも分かる。

今の未来は、まともじゃない。

焦点の合わない瞳、どこか威圧のある言動。

魔導師の仕事に関しては門外漢な翼だったが、胸元の邪悪な輝きが根源であることくらい察することが出来た。

 

「だから、響―――――」

「―――――未来!」

 

未来の言葉を遮る。

まだかすかに震えている響は、一歩前に出る。

 

「未来の気持ちは、すっごく嬉しい!わたしのこと、大切にしてくれてるんだって思う!」

「うん、だから・・・・」

「だから、それを捨てるべきだ!」

 

彼女にしては、少し厳しい言葉。

未来は目を見開き、翼も隣を見やる。

 

「未来、それは確かにお願いを叶えてくれるものだよ。願えば力だって手に入る、だけど・・・・」

 

ぐ、と握られる拳。

指の間からは、赤い滴が落ちた。

 

「だけど!それだけは・・・・『ジュエルシード』だけは、絶対にダメだ!」

 

―――――眩暈がする。

脳裏に赤い記憶がちらついて、鈍い痛みが自己主張を始める。

 

「今の未来は、そいつに騙されているんだよ!体に滾っている力だって、まやかしだ!」

 

蘇る、かつて向けられた悪意が。

歪んだ正義によって下された制裁の数々が。

 

(―――――うるさい、黙れ!)

 

かぶりを振って、暗い記憶を追い出す。

 

「ッ目を覚ますんだ未来、それは頼っていいものじゃない!」

 

もう一歩踏み出した響は、懇願を叫んだ。

見守っていた翼は、親友のためにあえて心を鬼にしたのだと判断。

共に聞き入れてくれることを願いながら、未来に目を向けた。

 

「―――――――何で?」

 

向けた後で、それは間違いだったと思い知らされる。

 

「何でそんなこと言うの?どうして捨てろなんて言うの?」

 

こてん、と。

未来は首をかしげた。

 

「せっかく強くなったのに、せっかく力を手に入れたのに、何で?何で?ねえ?響?」

「未来ッ・・・・!」

 

未来に呼応しているのだろう。

胸元の青が鮮やかさを増す。

 

「響?どうして?なんで?捨てろ?やだよ?響?なんで?どうして?ひびき?響?ひびき?なんで?なんで?なんで?どうして?ねえ?なんで?どうして?どうして?どうして?」

 

瞳が、ますます『蒼』に飲まれる。

壊れた機械のような早口でまくし立てる。

 

「ひびき、だって、いやだ、どうして、はなれないで、ひびき、やだ、やだ、やだ、ひびき、ひびき、ひびき、ひびき、ひびき、ひび――――――」

 

不意に、口が止まった。

糸が切れたように俯いた未来は、わなわなと震え始める。

 

「・・・・ふ・・・・・ふ、ふふ・・・・・」

 

聞こえた声は、嗚咽でも、怒号でもなく。

 

「・・・・あはは・・・・はははははははっ・・・・・・・」

 

笑い声。

 

「あはははははははははは!はっはははははははは!ふふふふふふふっ・・・・・・!」

「未来・・・・?」

 

頭を抱え、腹を抱え。

困惑する響と翼の前で、ひとしきり笑った未来は。

ゆらりと、にやりと、顔を上げた。

 

「・・・・そっか、響は信じられないんだね?わたしが急に強くなったから、驚いたんだね?」

 

まだ笑いを抑えられないのか、未だ小刻みに震える未来。

浮かべた笑みは、気味悪い以外の何者でもない。

 

「そうだよね、びっくりしちゃったんだよね」

 

それじゃあ。

体が傾く、踏み込む。

気づけば未来は、目の前に。

 

「わたしの強さが分かれば、きっと分かってくれるよね?」

 

息が、耳にかかる。

甘い声が、鼓膜から全身を侵す。

痺れた指先を動かそうとして、叶わなくて。

目の前の瞳に移りこんだ、自分の間抜け面を凝視した響は。

 

「―――――許せ、小日向ッ!!」

 

次の瞬間、翼に庇われた。

二人の間に上手いこと刀を滑りこませた翼は、峰で未来を突き飛ばす。

流れるように響を抱き寄せ、切っ先を突きつけた。

 

「しっかりしろ、司」

「ご、めんなさ・・・・」

 

意識は幾分か戻ってきたようだが、相変わらず心ここにあらずといった状態だ。

帰ってきた声に、覇気はない。

響を気遣い、後ろに下がらせた翼。

目を伏せて呼吸を整えると、刀を構える。

 

「・・・・邪魔するんですか?翼さん」

「白状すれば心苦しくはある、だが、今のお前を司と戦わせるわけにはいかん」

 

顔にもはっきり『不本意』と書かれている。

だが、未来を放置できないのも事実。

故に、こうして戦闘体勢をとっているのだろう。

 

「・・・・そうですね、翼さんほどの人を倒しちゃえば、響だって認めざるを得ませんよね」

 

手元に、光。

粒子は集まり凝結し、一振りの細剣を生み出す。

 

「みく、つばささん・・・・!」

「安心しろ、殺しはせん」

「すぐに終わらせるからね、響」

 

ちりちりと、闘気が肌を蝕む。

翼は未来から放たれるプレッシャーを読み取り、改めてその異常性を確信する。

 

「どこの聖遺物か知らないが・・・・小日向を誑かす不埒者め、痛い目にあってもらうぞ!!」

 

両者、同時に踏み込む。

翼の突きを危なげなく避けた未来は、お返しに一閃。

続けて袈裟切りを放つ。

翼はこれを足運びで難なく避け、下からの切り上げを繰り出した。

体勢が傾いたところに、容赦ない一閃を浴びせようとして。

 

「―――――ッ」

 

間に入る、人影。

味方であると辛うじて判別したからこそ、翼は慌てて動きを止めた。

 

「司ッ!?」

「・・・・ぁ、ぅ」

 

飛びのいた目に映ったのは、刃があたった響。

首元をわずかに赤くしながら、何度も首を横に振る。

震える唇は何かを訴えようとして、しかし上手く言葉を紡げないようだった。

未来を庇うように両手を広げた姿は、どこか痛ましい。

・・・・無理からぬことではある。

響にとって、未来がどれだけ大切な存在か。

常日頃から話を聞いている身として、十分理解しているつもりだ。

 

「ッ司、何をしている!?早く離れろ!!」

 

それでも、明らかに異常である未来に近づいては危険だ。

構えなおした翼が声を荒げたときには、もう遅く。

 

「ひびき、つかまえたっ」

 

後ろから腕が回り、響を拘束する。

甘えるように擦り寄り、わざとらしく耳元に口を近づける。

 

「これでもう、一緒だね・・・・ずっと、ずーっと」

「・・・・っぁ」

 

瞳から、光が失せる。

焦点を見失った虚ろな目を、眠るまいと必死に抵抗して開けていたが。

 

「司!?しっかりしろッ!!司!!」

 

翼の呼び声も虚しく。

やがて響は、静かに意識を手放す。

倒れこむ彼女と一緒に座った未来は、足元に渦のような円を展開。

剣を生み出したものと同じ粒子が、急速に二人を包み込んで。

周囲に霧をばら撒いた。

 

「くっ・・・・!」

 

一気に視界を奪われ、思わず後ずさりする翼。

 

「ッ小日向!考え直せ!誘惑に負けるんじゃない!!」

 

払っても払っても纏わりつく霧と格闘しながら、まだ近くにいるはずの未来に向けて叫ぶ。

 

「司ァ!どこだ!?返事をしろッ!!お前が倒れたら、誰が小日向を止めるんだ!?」

 

響も探し回りながら、周囲を何度も見渡して。

 

「―――――――一歩、遅かったようね」

 

霧の奥から、覚えのある声。

 

「司女史・・・・!」

「一旦ここを離れましょう・・・・この霧、魔法的な効果もあるみたい。さっきからジャミングが酷くて、周囲を探れないのよ」

 

盛大にため息をつきながら、乱暴に頭をかく遥。

言葉と一緒に、顔にも『参ったな』という気持ちがにじみ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来が発生させた霧はすでに背後まで迫っている。

導かれてやってきたのは、捨てられて久しいマンションだった。

壁や配水管を伝って駆け上がり、とある一室に入る。

中には弦十郎や緒川の他に、いるだろうなと思っていた遥の部下らしき猫耳達。

そして、

 

「雪音・・・・?」

「んだよ、いちゃ悪いか」

「ああ、いや・・・・驚いただけだ」

 

翼が名前を呼ぶと、不機嫌そうに睨んできたクリス。

その後慌てて首を横に振れば、小さくため息をついた。

 

「アリア、状況は?」

「正直芳しくないわね」

 

空中に浮かぶウィンドウを忙しなく操作しながら、猫耳の片割れ、アリアは苦い顔をする。

 

「あの霧が出たタイミングで、預かった結界の主導権を乗っ取られた。周辺のスキャンはもちろん、サーチャーも機能しない」

「まあ、この子らを送る前でよかったけどね。途中で横入りされたら目も当てられない」

 

奥からやってきたもう一人の猫耳、ロッテが肩をすくめながら、顎で元いた方をさす。

遥がそちらを見ると、板場、寺島、安藤の三人は体を強張らせた。

 

「・・・・で、ブツの見当はついてる?」

 

少なからず怯えさせたことに罪悪感を感じながら、遥は意識を部下に戻す。

 

「ついてる、十中八九『ジュエルシード』でしょう」

「魔法はもちろんのこと、戦闘経験だってない子だってね?よっぽど強く切実に願ったんでしょうね」

「ジュエル・・・・それって司が言っていた・・・・!?」

 

会話の中からつい先ほど聞いた単語が聞こえ、翼が反応を示した。

瞬間、三人はぎょっとなり同時に凝視する。

 

「・・・・って、そっか、さっきまで一緒にいたんだっけか」

 

が、遥だけは納得のいったように肩の力を抜いた。

 

「一応聞かせてくれる?あんたらのとこで、何があったのか」

「・・・・はい」

 

正直、置いてけぼりにされている感が否定できないが。

現状を一番理解しているのは彼女等だ。

目の前で響を連れ去られた雪辱を晴らすためにも、翼は出来る限りのことを話すことにする。




わたしにはこれが限界でした。
誰か、ヤンデレの上手な書き方を教えてください・・・・。


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21ページ目

今回で『ジュエルシード騒動』は終了。
連投ラッシュも多分落ち着くと思います。


「―――――以上が顛末です」

 

静けさの中、話し終えた翼は苦い顔で締めくくる。

 

「すみません・・・・司が連れ去られたのは、私の不徳の致す所です」

「いや、響くんだって、友人が戦うのは我慢ならなかったんだろう。そう自分を追い込むな」

 

落ち込む彼女の肩を叩き、弦十郎はそうフォローを入れる。

 

「・・・・ふぅーっ」

 

一方の遥は、徐にたばこを取り出して一服。

紫煙を燻らせながら、目を伏せた。

束の間、なにやら考え込んで。

 

「・・・・魔導師の回収対象である、暴走の危険のある聖遺物。あたし達は『古代遺産(ロストロギア)』と呼称している」

「ロストロギア・・・・」

 

携帯灰皿に灰を落としながら、反芻する緒川に首肯。

 

「今回未来ちゃんをおかしくしたのは、『ジュエルシード』っつーエネルギー結晶体だ。その特性は――――」

 

――――――『願いを、叶える』。

言って、もう一度煙を吸う遥。

 

「願いを・・・・なるほど、シンプルですが、悪用されれば危険極まりないですな」

「というのもありますけど、アレの厄介なところはその叶え方です」

 

弦十郎の言葉を肯定しつつも、付け加える。

 

「何をどうしたのか、あれに関わった『願い』は、全部歪んで実現するんですよ」

 

再び一服して、指を立てる。

 

「強くなりたいと願った犬は魔物に変貌、一緒にいたいと願ったカップルは街一つを覆う大樹に閉じ込められた」

「それ、叶えてるっていうのか?」

 

あんまりな例に、クリスから疑問の声が上がった。

 

「ジュエルシード的には叶えてるんじゃない?願った本人が望まない形ってだけで」

 

『ああ、でも』と、遥の顔に笑みが浮かぶ。

 

「もう昔の話なんだけど、『大きくなりたい』っていう子猫の願いを、そのまんまでっかくすることで実現させたことがあってね」

 

聞けば、気配を察知して駆けつけた遥の前に、アフリカゾウサイズの巨大な猫が現れたという。

当時を思い出しているのか、喉を鳴らして笑っていた。

もちろん今はそんな余裕ないので、すぐに治めていたが。

 

「まあ、とにかく、碌なもんじゃないっていうのは確か」

「なるほど・・・・では、未来くんも?」

 

再びこっくり頷く遥。

 

「翼ちゃんの話を聞く限り、『響を守りたい、力になりたい』というのが、未来ちゃんの願いと見て良いでしょう」

 

先ほど聴取した響の友人達や、聞いたばかりの翼の話を思い出しながら。

考察を続けつつ、語る。

 

「ジュエルシードは、込められた願いが強ければ強いほど、発生させる暴走体の力を上昇させます」

「となると、未来さんはよっぽど強く、切実に祈ったということになりますね」

「ええ、でなきゃ、こんなに手こずらされませんって」

 

大きくため息をついた遥は、再三たばこに口をつけた。

 

「・・・・それで」

 

ここで声を上げたのは、意外にも板場。

すっくと立ち上がった彼女は、戸惑いがちに遥に詰め寄る。

 

「未来は元に戻るんですか!?まさか、ずっとこのままってことは・・・・!?」

 

不安でいっぱいの瞳に見つめられ、思い出す。

確か彼女を含めた友人達は、未来が変貌した現場にいたはずだ。

説明を受けた今も、十分怖いはずなのに。

若干噛み付くような形であるが、友人の安否を気遣う。

 

(・・・・あんたが思ってるより、あんたの味方はいっぱいいるよ)

 

小さく微笑んだ遥は、吸殻をしっかり消火して。

板場の額を小突く。

 

「なーに寝ぼけたこといってんの、そのための専門家(あたしら)だっての」

 

見上げる彼女に、いたずらっぽくウィンク。

 

「ま、どーんとまかしときなさいな」

「わ、わわ・・・・!」

 

頼もしい大人の姿に、幾ばくかの安心を覚えたのか。

かすかに微笑んだ板場の頭を、思いっきり撫で回したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ん?」

 

意識が浮かび上がる。

寝ぼけた頭が、段々はっきりしてくる。

 

(なにが、あったんだっけ・・・・?)

 

探る、探る。

自分の記憶を。

まどろみに負けてしまいそうになりながら、どうにか今までを想起する。

 

「響、おきたの?」

 

もぞりと、体の上で何かが動く。

寝ぼけ眼が、見慣れた瞳と見詰め合う。

そのまま何となく視線をずらせば、生き物には有得ない無機物を見つけて。

 

「・・・・―――――ッ!!!?」

 

全てを思い出した響は、飛び起きようとする。

だが、体が上手く動かず、起き上がれない。

 

(何が・・・・!?)

「ひーびき」

 

慌てる体に、何かが纏わりついてきた。

もはやこうなっては、身じろぎするしか出来ない。

普通なら、ここで恐怖が最高潮になるのだが。

もう一度見慣れた瞳を見たことで、どうにか落ち着けた。

 

「響、おはよう」

「・・・・おはよー」

 

未だ暴走体となっている未来に、半ば諦めながら返事。

それから周囲を見渡してみた。

どこかこじんまりした内装から見て、アパートの一室だろう。

結界で人がいないのをいいことに、目の前の親友は遠慮なく不法侵入したらしい。

次に行ったのは、自身の状態の確認。

・・・・なのだが。

まず体を見やった響は、眉をひそめて口を引きつらせた。

視界に写るのは、見間違えようのない肌色。

どうやら、脱がすとまではいかないが、服をはだけさせられているようだった。

 

「・・・・未来、これは?」

「ごめんね、驚いたかな?でもこっちの方が、響のあったかさを感じられるから」

 

問いかければ、頬を染めて擦り寄ってくる未来。

普段と違い直接肌に触れるので、くすぐったくって仕方がない。

しかし退かそうにも、両手は言うことを聞いてくれなかった。

背中に伝わる感触から、後ろ手で拘束されているのだと分かる。

どうも紐や布の類ではなさそうなので、力技で抜けるのは期待しない方がいいだろう。

一応、『裏技』を使えば、金属などの硬い物質でも力技が仕える。

幸い、手首のデバイスは取られていないようだが。

忌々しい『青』に心を侵され、明らかに危険な状態になっている未来を、出来ることなら刺激したくなかった。

 

「えへへー、ひーびきー」

 

・・・・決して。

幸せそうに顔を緩ませている未来が、可愛いからではない。

ないったら、ないのだ。

 

「・・・・ねえ、響」

 

どうしたもんかと、途方に暮れていると。

未来が不意に動きを止めた。

 

「わたし、ちゃんと響の力になれてるかな。響のこと、守れてるかな」

「未来・・・・?」

 

背中に腕が回る。

強く、強く、抱きしめられる。

 

「あの日・・・・響の手を離しちゃったあの日から、ずっとずっと・・・・怖かったの」

 

『あの日』と言われて、思い当たる出来事は一つしかない。

響が家族を失った日、響が師と出会った日。

それは響にとってだけでなく。

未来にとっても、大きなターニングポイントとなっていた。

 

「響に何にも出来なくて、それどころか助けてもらった自分が、たまらなく情けなくて・・・・」

 

響は口を閉じ、黙して耳を傾ける。

 

「周りの大人達は・・・・お父さんやお母さんまで、言ってたの・・・・『響は死んだ、生きているはずがない』って、『だから、もう諦めなさい』って・・・・!」

 

未来の手に、力が篭る。

 

「そんなことないって、反抗した、だけど、いつまで経っても、響は帰ってこなくて・・・・あったかい響はもういないんだって、現実を突きつけられて・・・・そしたら、段々、怖くなって・・・・!」

 

顔を上げて、目を合わせる。

 

「今、こうやって、せっかく再会できても・・・・響はまた、危ないことやるし、怪我だって、大きいのも小さいのも、いっぱいいっぱいこさえてくるし・・・・!」

 

ほろほろと、滴が、涙が。

拭う間もなく、零れ落ちた。

 

「も、ぅ・・・・もうやだよ、怖いよ、響がいなくなるなんてやだよ、このあったかさが無くなるなんて、耐えられないよ」

 

揺れる瞳が、懇願する。

 

「ひびき、もうどこにもいなくならないで、ずっと一緒にいて、ひびきが今まで背負ってきた、怖いこと、辛いこと、全部全部わたしが引き受けてあげるから、だからッ・・・・」

 

もはやジュエルシードに操られているなどと、考えられなかった。

 

「お願いよ・・・・遠くへいかないで・・・・ひびきぃ・・・・!!」

 

今語られたのは全て、このごろの未来が抱えていた本音だ。

また失う恐怖に耐えながら、帰ってこない不安に怯えながら。

それでも未来は、響を支えようと必死だった。

隣にいられるように、出来ることは何でもやって。

二度と手放さないように、二度と失わないように。

響が師に憧れて、誰かの命を守る一方で。

未来もまた、自分が抱く闇と戦っていたのだ。

 

「・・・・ッ」

 

衝撃的だった。

未来の本音も、それに一切気づけなかった自分も。

こうやって発破をかけられなければ、知ることすら適わなかったなど。

情けないにも程がある・・・・!

 

「――――――ッみく」

 

更なる暴走の危険など、もう知ったこっちゃなかった。

腕に簡単な強化をかけて拘束を引き千切り、強く強く抱き返す。

 

「ひびき?」

「・・・・未来、ごめん」

 

対する未来は、響があっさり拘束を解いたことに驚いた様子だったが。

やがて、戸惑いながらも身を委ねた。

 

「わたし、自惚れてた・・・・未来がこんなに不安になっていたのに、『人助けだ』って調子に乗ってた」

 

腕に力を込めながら、声を絞り出す。

 

「こんな近くの、大事なものに気づかないなんて・・・・これじゃあ、師匠に追いつかなくて、当たり前だ・・・・!」

 

ここで腕を緩める。

涙溢れる瞳を見つめて、滴を拭う。

 

「ありがとう、未来。こんな奴見限らないで、真剣に思いつめてくれて・・・・本当にすごいや」

 

額を重ねる。

触れた部分から、未来の熱が伝わる。

 

「・・・・わたし、強くなるよ。もう二度とこんなことがないように、二度と未来を泣かせないように・・・・だって未来は、たった一つ残った、わたしの『帰る場所』だから」

「・・・・響」

 

呆然と名前を呼ぶ未来に、微笑む。

 

「――――だからッ」

《福音たる響き、この手に宿れ。其は天罰下す怒号が如し》

 

そして次の瞬間。

表情を引き締め、胸元に張り手を打ち込む。

 

「――――未来から、出て行けッ!!!!」

―――――ディバインバスターッ!!!!

 

刹那、未来の胴体を光が貫いた。

濁流に押し流され、ジュエルシードが分離する。

意識を手放し、倒れる未来を受け止めながら、響は鈍く息を吐き出す。

『念話』、所謂テレパシーによる詠唱。

もう半年になる付き合いの無口な相棒(デバイス)は、無事認証してくれたらしい。

土壇場の思い付きが実ったことに安堵しつつ、警戒は解かない。

甲高い音を立てて輝き、暴風を身にまとうジュエルシード。

その様は、まるで怒りに震えているようだった。

 

「我、使命を受けし者!契約の元、その力を解き放て!」

 

怒りたいのはこっちだと、デバイスが着いた左手を翳しながら。

響は咆える。

 

「声は空に!祈りは天に!束ねた覚悟は、この胸に!!」

「―――――司!」

「おいおい、何の騒ぎだこりゃぁ!?」

 

先ほどの一撃が目印になったのだろう。

翼と、意外なことにクリスも駆けつけてくれた。

ジュエルシードを警戒し立ち止まった二人の前で、響は最後の一節を唱える。

 

「この手に魔法をッ!!ヤーレングレイブル!!セット!アップ!!」

 

ブレスレットのプレート部分が煌き、足元に三角陣。

『朝日』が溢れ、響を包み込む。

一拍沈黙、やがて膨らむように爆ぜる。

現れた響の格好は、大きく変わっていた。

迷彩柄のズボンに、黒いシャツ。

師に影響されてか、ヴァイオレットのコートが靡いている。

短いなりに長かった髪は結い上げられ、武士のように引き締まった雰囲気を醸し出していた。

未来を横に抱きかかえた響は、鋭く目を見開く。

 

「・・・・それが、魔導師としての姿か」

「はい、心配かけてすみません。クリスちゃんも、来てくれてありがとう」

「勘違いすんな。あの人に借りがあるから、言うこと聞いてるだけだ」

 

歩み寄った翼には苦笑いを、その後ろのクリスには感謝を向けながら。

気を失った未来を、近くの壁に寄りかからせる。

改めてジュエルシードに目を向ければ、黒いもやを生み出しているところだった。

溢れたもやは青を包み込むと、毛玉のようなバケモノに変貌。

唸りを上げて、こちらを睨みつけていた。

 

「で?どうすりゃいい?この場で一番詳しいのはお前だろ?」

「・・・・今のアレは、もう何も取り込んでいない。急ごしらえの殻を纏った、脆い存在だ」

 

少しからかい気味にクリスが問いかければ、響は一歩前に出る。

 

「つまり?」

 

同じくやる気満々な翼には一瞥向けた後、相手にいの一番に殴り掛かることで答えた。

遠慮のない拳をもろにくらい、体を大きく抉られる毛玉。

衝撃に耐え切れず、建物の外に吹っ飛んでいく。

それを目の当たりにした翼は、隣のクリスと見合って、同じタイミングで笑みを浮かべた。

 

「・・・・なるほど」

「分かりやすいッ!!!」

 

響に続いて、毛玉に飛び掛る。

向けられた触手を全て斬り伏せ、再生中の部分に容赦無く鉛玉を浴びせる。

 

「おおおおおお―――――――ッ!!!!!」

 

痛みに咆える顔面を、重い拳が抉り取る。

大事な、大切な親友に手を出されたこともあるのだろう。

その動きは、普段に比べて大分暴力的だった。

 

「ははっ、気合十分ってか?上等ォ!」

「羅刹そのものだが、味方であることが頼もしい限りだッ!!」

 

どこか恐ろしいながらも、頼もしい暴れっぷりに触発され。

クリスも更にミサイルを追加し、翼も二刀流に切り換えて。

連撃に苛烈さを加える。

 

「ッロードカートリッジ!!」

 

響の声に呼応し、手甲が動く。

内蔵されたリボルバーが稼動し、薬莢を複数吐き出す。

右の手甲が変形。

推進器を装備した、物々しい姿に変わる。

ブースターを吹かし、全身に力を込める響。

纏ったエネルギーが最高潮になったところで、足元を固定していた陣を引っ込める。

 

「―――――ラケーテンッ!!!」

 

突撃、肉薄。

タイミングを見計らって飛びのいた、翼とクリスに見送られながら。

懐に飛び込み、拳を引き絞って。

 

「フゥァンんマァアアアアアアアアアア―――――――ッッッッ!!!!!」

 

持てる全ての敵意を、覚悟を、打ち込む。

一瞬沈黙した刹那、周囲を巻き込みながら轟音を轟かせ。

もろいが厄介な『殻』を吹き飛ばした。

 

「ッ福音たる響き、この手に宿れ!」

 

揺れる足元に体勢を崩しながら、響はすかさず次の魔法を詠唱する。

 

「許されざるものを、封印の輪にッ!」

 

ジュエルシードを、朝日色の輪が取り囲んでいく。

 

「ジュエルシードッ!封印!!」

 

邪悪な輝きを拘束せんと、輪が狭まる。

だが、相手もただでやられてくれない。

自らの周囲に暴風を発生させ、最後の抵抗を試みる。

 

「・・・・止まれ」

 

往生際が悪いと、あろう事か、響は素手で掴みかかった。

 

「・・・・止まれ!」

 

指を組み、押さえ込む。

荒れ狂うエネルギーに弾き飛ばされそうになりながら、歯を食いしばって耐える。

 

「止まれええええええええッ!!」

 

手甲に皹が入り、指の間からは血が噴き出す。

最後の踏ん張りどころだと、咆哮を上げる。

痛みに耐えながら、意地でも手を離さなかったことが、功を奏したのだろう。

抵抗していたジュエルシードも、段々と力なくなっていき、やがて眠るように沈黙した。

響はしばらく体を強張らせて、闘志を滾らせていたが。

やがて何もないと分かると、ゆっくり息を吐き出した。

 

「・・・・っふぅー」

 

ジュエルシードは確保したまま、その場にへたり込む響。

手を広げれば、中は真っ赤に汚れていた。

 

「うへぇ・・・・あいたたた・・・・」

「――――――敵討ちは出来た?」

 

惨状に引くべきか、痛みに悶えるべきか。

響が困った顔をしていると、頭上が陰った。

見上げると、未来を背負った遥が見下ろしてきている。

『敵討ち』。

その言葉について考え込んだ。

 

「・・・・何というか、今回はそんなこと思いませんでした」

「というと?」

 

あくまで余裕を持って、微笑みと共に問いかける遥を、響は真っ向から見つめ返す。

 

「ただ、未来を失くしたくなくて、泣いてる未来の涙を拭ってあげたくて・・・・本当に、それしか考えてませんでした」

「・・・・ま、及第点かな」

 

遥はしゃがむと、響に視線を合わせる。

 

「あたし個人としては、『復讐』を全否定するつもりはないさね。その気持ちは、よーく分かるから・・・・だけどね、響」

 

表情を引き締める遥。

響も釣られて、口元を結ぶ。

 

「大事なのは、『大切なもの』を見失わないことだよ。復讐に限らず、目標ばっかりに突っ走らないこと、たまには立ち止まって、振り返りな」

 

『いいね?』と確認すれば、響は力強く頷いた。

とはいえ、今回のことで十分懲りたようだし。

今背負われている未来や、後ろで見守っている翼達。

さらには弦十郎達含めた、周囲の大人がいる限り、心配は要らないだろうと。

遥は小さく、安堵の息をついた。




実は感想欄に予言者がいらっしゃって、内心ガタブルな自分でした(震え声

劇中のビッキーの手甲ですが。
イメージが一番近いのは、海外アニメ『RWBY』に出てくる『ヤン・シャオロン』の武器です。
某動画でのコメントで、風鳴司令が大量発生していたので、気づいたらこうなっていました。


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22ページ目

コーヒーブレイクというか、インターバルというか。
そんなお話です。


@月㏄日

あれから、わたしの周囲に色々と変化があった。

未来は正式に、外部協力者として登録されることになった。

思えば、わたしの装者デビューから何かと巻き込まれまくっているので。

そっちの方が安全かもしれない。

弓美ちゃん達いつもの三人は違うけど、何かあったら力になるといってくれた。

それから、師匠達。

『クリスちゃんお持ち帰り』の件で元々お上に睨まれていたらしいけど、今回の一件でついに呼び出しをくらったらしい。

といっても叱られにいくとかそんなんじゃなくて。

ティア姉が言ってた向こうの連中が、いよいよもってとんでもないことになっているようだ。

だから『見逃すから、こっちに戻って戦力になってくれ』と、むしろ頭を下げられたとか。

とはいえこっちのこともほっとくわけにはいかないので、リーゼさん達が残るらしい。

で、クリスちゃんはどうなるかって話になるんだけど。

なんと、うちの装者として働くことに。

アリアさん曰く『これでクリスに何かあろうもんなら、内通者は見つけたも同然』だそうだ。

『あたしらの苦労のためにも、そんな大間抜けじゃないことを祈る』とも。

ちょっと挑発的すぎじゃないですかねぇ・・・・。

 

 

@月B日

久々にモルドから連絡があった。

あの子と話すのは卒業式以来だから、かれこれ半年ぶりになるのかな。

わたしがこっちに来ちゃったもんだから、会うことすら難しくなっちゃったしね。

モルドの方は騎士団の巡回であっちこっちしているらしい。

ティア姉達が追っている連中のことで、てんてこ舞いだと言っていた。

大変と言っている割には楽しそうなあたり、相変わらずの戦闘狂だよなぁ。

いや、そこがモルドの頼もしいところで、いいところなんだけどさ。

わたしも実際何度もお世話になりましたし?

もう、感染者の一人くらいとっちめても驚かないよ、わたしゃ・・・・。

 

 

@月M日

未来が、かわいい。

いや、あの!

聞いて、聞いて、聞いて!

あの一件以来、わたしが出動するたびに手を握って来るようになったんだけど。

むっちゃ可愛いの!

しっかり手を繋ぐんじゃなくて、遠慮がちに『きゅっ』ってしてくるのがいじらしくて!

もう!もう!

それに加えて『いってらっしゃい』とかはにかまれてみろォ!!

やる気以外の何が出るってんだこんちくしょうめッ!!!!

お陰でここんとこの出撃は、全部無傷ですんでます。

未来の愛が滾っているからね!しょうがないね!

 

 

 

@月S日

今日は休日だったので。

クリスちゃんの歓迎も兼ねて、みんなでデートすることに。

翼さんもクリスちゃんも普段いかないとこに戸惑っているみたいだったけど、楽しそうだった。

で、途中なんとヴィヴィちゃん達と遭遇。

せっかくだし、ということで、一緒に遊ぶことに。

思えばすんごい大所帯だったよなぁ。

そうそう。

それで、みんなでカラオケにいったんだけど。

翼さんの選曲にはびっくりした、まさか演歌を歌うとは思わなんだ・・・・。

いや、様になってたけど、かっこよかったけど!

ヴィヴィちゃん達もノリッノリで合いの手入れてて、とっても満喫した様子。

年下の子達に囲まれて、クリスちゃんもすっかり打ち解けたみたいだ。

最後にアドレス交換していたのは、何だかほっこりした。

そういえば、帰り際翼さんがすっごく優しい顔してたのが気になった。

未来もなんだか距離が近かったし、何があったんだろう?

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「響さーん!はやくはやくー!」

「あはは、みんな速いってー」

 

夕暮れに染まる中。

高台に続く階段を、子ども達が一気に駆け上がっている。

一日遊び倒したにも関わらず、まだまだ元気いっぱいな彼女達についていく形で。

響もまた、早足で階段を上っていく。

 

「ったく・・・・なんであんな元気なんだ」

「はは、大丈夫かー?」

 

その後ろの方では、クリスや翼がへとへとになりながら付いてきていた。

一番下でとうとうへこたれてしまったクリスに、今回の保護者役を買って出てくれた『ノーヴェ・ナカジマ』が手を貸す。

 

「ノーヴェさんは、いつもあの子達の面倒を?」

「去年までは、時々響もふくめてだな。まあ、今となっちゃ慣れっこだ」

 

未来に答えながら、子ども達の声で賑やかな上を眩しそうに見上げる。

 

「おーい!」

 

と、中々来ない四人に気づいた響が、声をかけてきた。

 

「みんなもおいでよー!すっごい綺麗だよー!!」

「そう慌てないの!今いくから!」

 

笑い声をあげながら、無邪気に手を振って再び高台に消えていく響。

 

「・・・・なあ」

 

未来も手を振り返しながら、微笑ましく顔を綻ばせていると。

ノーヴェが口を開いた。

 

「普段のあいつって、あんな感じか?」

「え?」

 

一瞬問いの意味が分からず、彼女の方を振り向くと。

過去を想起しているような、切ない顔をしていた。

そんな様子を目の当たりにしてしまったから、適当に流すのは躊躇われて。

 

「・・・・ええ、常に快活で、我々を鼓舞してくれます」

「・・・・そうか」

 

戸惑う未来に代わり、翼が答える。

ノーヴェはただ、静かに目を伏せた。

 

「・・・・初めて出会った頃のあいつな、あんな風に笑わなかったんだよ」

「えっ?」

 

今度は翼が呆ける番だった。

翼だけではない。

未来もクリスも、ぎょっとしてノーヴェを見る。

それは、普段の響から想像もつかないことだという証だった。

 

「笑うこと自体は出来たんだけどさ、なんつーか、余裕がなくて・・・・笑顔を浮かべても、すぐに思いつめた顔するなんてのはしょっちゅうだった」

 

ノーヴェの脳裏に過ぎるのは、かつての響。

何かに駆られるように、焚きつけられるように。

貪欲に努力し、ひたすらに限界まで鍛錬を続けて。

力を求め続けていた、たった一人の少女の姿。

 

「あたしらに出来たことっつったら、崖っぷちに全力疾走するあいつを止めることくらいだった。まあ、遥さん含めて、そういうのに厳しい人達がそろっていたから、言うほど大変ってわけでもなかったんだけど」

 

加えて、度重なる『無茶』で『やらかした』人々と、倒れる姿を見て苦い思いをした人々ばかりだ。

自分を痛めつける響を、止めないわけがなかった。

階段を上りきる。

夕焼け色の中、あちこちを指差しながら盛り上がる子ども達。

響は一つ年下の友人、『アインハルト・ストラトス』に抱きつきながら。

街のあちこちを案内しているようだった。

 

「だから、ちょっとうらやましいよ。響を、あんな笑顔に出来るお前等が」

 

感慨深く呟いて、ノーヴェはそう締めくくった。

その声に気づいたのか、響が振り返る。

 

「ほらほら!未来!」

「ちょ、ちょっと!」

 

こちらを見るなり、溢れんばかりの笑みを浮かべた彼女は。

すぐさま駆け寄って未来の手を取り、元の位置に戻っていく。

 

(・・・・今日は、本当にいろんなことがあった)

 

そんな彼女達を見つめた翼は、一人思う。

常日頃より剣として、時には歌女として。

年頃の少女が送るような『日常』から、かけ離れた生活を送っていた翼。

だが今回、響や未来に誘われて、ノーヴェを始めとした新しい出会いを経験して。

知らない世界を見ているみたいで、楽しかった。

 

(『戦いの向こう側』・・・・か)

 

在りし日の奏が言っていた言葉。

戦いや使命の向こう側には、大切なものがあると語っていた。

敵を倒すだけではいけないことは、翼自身よく分かっている。

ただ、奏の語る『向こう側』については、久しく意識していなかった。

言いだしっぺの本人がいなくなってからは、なお更だった。

改めて、前を見る。

そこには変わらず、笑顔ではしゃいでいる友人達の姿。

 

(・・・・多分、これこそが)

 

―――――――(わたし)が守るべきもの。

 

「翼さーん!」

「ああ、今行く」

 

夕焼けを見据えた翼は、響の下に歩み寄る。




響「無茶してでも強くならなきゃ!(使命感」
魔王「あ?」
BONJIN「は?」
響「」


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23ページ目

意識が浮上する。

ゆっくり目蓋を開けば、朝の澄んだ空気を感じた。

束の間ぼうっと天井を見つめた後、起き上がる。

まだ体にだるさを感じるが、概ね好調な目覚めだ。

噛み殺せないあくびを一つして、ふと、隣に目を遣った。

 

「・・・・んー・・・・すぅ・・・・・」

 

響が、静かに寝息を立てていた。

いつもなら一緒に起きるのに、珍しいと思ったが。

そういえば昨日、弦十郎からお休みを言い渡されたと言っていた。

ここ最近はゴタゴタしていたが。

クリスという新しい仲間が加わったことで、二課にも余裕が出来たからだろう。

恩師でもあるアリアとロッテのコンビからも説得され、今日は鍛錬もしないとのことだった。

 

「・・・・ん」

 

が、鍛錬も出動もないとはいえ、学校はいつも通りある。

まだまだ余裕はあるものの、遅刻するのは考え物だ。

いつになくぐっすり寝入っている、幸せそうな顔を邪魔するのは憚られたが。

背に腹は抱えられない。

 

「ひびきー?朝だよー?」

 

まずは肩に手をかけ、控えめに揺さぶってみる。

響は小さく唸るだけで、起きる様子は無い。

こそばゆそうに眉をひそめ、寝返りをうつ。

 

「ひびきー?」

 

再び揺すりながら、今度は耳元で名前を呼んでみる。

もちろん、返事は無かった。

・・・・何となく、むっとなってきた。

 

「・・・・起きないとちゅーしちゃうよー?」

 

もう一度、囁いてみる。

相変わらず、無反応。

時間も押している。

これはもはや実行しかあるまい。

・・・・気恥ずかしさは、否定できないが。

しかし、しかしである。

普段はとぼけているように見えて、意外と隙が無い響が。

今はこんな無防備な様をさらしている。

いたずらせずにいられようか、いや、いられまい。

 

「―――――」

 

意を決して、瞳を閉じる。

間抜けな寝顔に、顔を近づける。

呼吸を控えたことで分かる、響の気配。

背徳感に後ろ髪を引かれるが、すでに響との距離は数センチ。

引き返すという選択肢は、消えてしまっていた。

とうとう触れた口元。

小さなリップ音がして。

 

 

鼻先をついばむだけに終わった。

 

 

さすがに唇同士を触れ合わせる度胸は、未来には無かった。

ある種の達成感を感じながら、顔を離した彼女は。

 

「・・・・~~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

次の瞬間、顔を真っ赤にしてベッドを飛び出した。

一瞬『やばい、響踏んだかも』なんて心配したが、頭いっぱいに溢れる羞恥心がすぐに彼方へ放り投げてしまった。

蛇口を全開にして、ありったけの水で顔を洗うついでに頭も冷やす。

唇に意識が行かないように心がける。

だって、さっき、わたしがやったのは――――――。

 

「にゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」

 

奇声とも唸り声ともつかないような声を上げながら、うなだれる。

さっきから心臓がうるさくて敵わない。

洗面台に寄りかかり、胸と口元を押さえながら。

未来は確信した、してしまった。

 

(――――――わたし、ひびきがすきだ)

 

自覚した瞬間から、濁流のように今までが想起される。

綺麗な目元、可愛い鼻先、素敵な笑顔に、優しい手のひら。

ああ、やばい。

わたしったら、何で今更自覚するんだろう。

思えば、アレとかソレとかコレとか。

大分大胆なことやってた気がする。

だけど、その度に響は笑って、喜んでくれて。

人よりも、たくさんたくさん苦労してきた響だから、笑えなかった響だから。

笑ってくれるたびに、未来もまた嬉しくなったのだ。

彼女がまた笑顔になれると、『普通の女の子』として生きていけるのだと。

心の底から安堵できるのだ。

 

「・・・・は、ぁ・・・・!」

 

動悸が治まらぬ胸元を握り締める。

ゆっくり顔を上げれば、女の子として色々とアウトな姿が鏡に映っていた。

まずはしっかり水をふき取って、身支度も済ませてしまおう。

響もいい加減起きてくる頃だろうし、朝ごはんも用意しなければ。

いつもの習慣を思い出したことで、ある程度落ち着いてきた。

『そうと決まれば』と、未来は早速行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ベッドに残された響は静かに悶えていた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

Z月+日

わたしのしんゆう。

まじてんし。

 

 

Z月*日

ちょっとやらかした。

というのも、司令さん達にやった魔法の説明で、言葉が足りないところがあったからだ。

『シンフォギア無しで対抗できるのは師匠だけっすからねー』なんていったら驚かれて、そこで発覚。

『そういう人命の関わる大事なことは、きちんと説明しなさい』と注意されてしまった。

なお、師匠がノイズに対抗できる理由については、ゲイ=ボルグでだいたい理解してもらえた。

能力からして殺る気満々な感じだし、何となくの予想は出来ていたらしい。

ちなみにリーゼさん達については、ノイズ的には人間にカウントされないようだ。

触れたらアウトなのは一緒だけど、向こうから寄ってくることはないとか。

『それはそれで便利だ』と二人とも笑っていたから、わたし達が気にしてもしょうがないだろう。

 

 

Z月G日

翼さんからコンサートのチケットを貰った。

近々あるアーティストフェスタに、急遽出演させてもらうことになったらしい。

ほほーぅなんて感心していたけど、未来が何だか浮かない顔をしていた。

聞いてみると、記憶を失う前のわたしが、『響ちゃん』が惨劇に巻き込まれた現場だということだった。

あー、そういえばそんな話してたっけねー、何て思いながら、空気が重くなるのをなんとか阻止。

・・・・わたしはともかく、そこで奏さんを亡くした翼さんを歌わせる主催者ェ。

けど、当の本人はあんまり気にしてる様子は無かったし、むしろ何かを決意しているようだった。

『是非とも、私の歌を聴いて欲しい』と言われては、断る方が野暮でしょう?

あ、でも、事故云々を抜きにしても楽しみかも。

ライブだなんていった記憶がないからなー。

しかも翼さんが出演するとあれば、期待も膨らむって話ですよ!




ひびみくのないシンフォギアなんて、ピーマンがない青椒肉絲。
異論は認めます(


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24ページ目

前回更新してから、目に見えてお気に入りが増えた件について。
何ですかみなさん、ひびみく大好きすぎでしょうww
大変ありがとうございます、同志がいてくれてうれしいです(土下座


雲ひとつ無い夜空から、鉛玉が降り注ぐ。

あまりの範囲の広さに、ノイズは避けることすら適わず。

次々体を蜂の巣にしては、無様に散っていく。

 

「うおおおおおぉぉぉぉ―――――ッ!!」

 

雄叫びを上げながら、クリスは出現してしまった哀れな連中を片付けていた。

 

「・・・・」

 

二課本部。

司令室の席に座っていた弦十郎は、静かに戦いを見守っている。

『翼にも響にも知らせないこと』。

半ば駄々に近い形でクリスが提案し、やむなく大人達が飲み込んだ条件だった。

彼女が大人に噛み付くのは、珍しいことではない。

生い立ちを考えれば、容易く納得できるからだ。

だが、比較的心を許しているリーゼ達にも食って掛かったのは意外だった。

『何故』と、あやす様にアリアが問いかけた。

『根拠が無ければ聞き入れられない』と付け加えて。

するとクリスは、どこか気恥ずかしそうに目を伏せて、呟いた。

 

――――――今日は、あいつらにとって大事な日だから

 

今日は、翼にとっても響にとっても、意味のある日。

二年前に、全てが始まった場所でのライブ。

片割れを失った場所、それまでの軌跡を失った場所。

二人にとって、そこに赴くこと自体が大きな意味を持っている。

クリスの今回の主張は、そんな二人を彼女なりに気遣ってのものなのだろう。

弦十郎が驚くと同時に、微笑ましさを覚えたのが数十分前。

 

「・・・・む」

 

気づけば、ノイズの数はかなり減っていた。

頭を矢で貫き、弾丸が胴体に穴を開け、ミサイルが群れを吹き飛ばす。

が、クリスが押しているとは言え、切りのいいところで『増援』がやってきている。

群れの奥にいる建造物のような大型が、小型を次々生み出しているのだ。

面倒くさそうに舌打ちしたクリスは、そちらを先に片付けることにしたらしい。

まずは両手のボウガンをガトリングに変形させ、真正面にぶっ放す。

出来上がった『道』を半ばまで駆け抜け、小型ミサイルで牽制。

大型の足元を穿ち、体勢を大きく崩す。

どう、と倒れたところを狙い、今度はミサイルを背負うクリス。

向かってくる小型を片付けながら狙いを定め、発射。

甲高い音を立てて襲い掛かったミサイルは、起き上がることが適わない大型に肉薄。

直後、地面を揺らして爆発し、黒煙を夜空高く上げた。

 

「ノイズの反応、全てロスト!」

「クリスちゃん、お疲れ様」

『・・・・おう』

 

オペレーター達も全滅を確認したようで、事後処理の準備をしつつ、クリスに労いの言葉をかけていた。

照れくさそうに言葉を返していたクリスは、ふと、二課のカメラに気づく。

しばらくこちらをじぃっと見つめていた彼女は、徐に笑みを浮かべた。

まるで『どうだ』と言わんばかりの顔に、司令室の誰もが一瞬呆けるものの。

やがて静かに笑いが起こる。

声を上げるもの、吹き出して震えるもの。

しかしどの笑い声にも、バカにするような雰囲気は一切無い。

むしろ微笑ましいものを見たような、ほっこりした雰囲気が蔓延した。

 

「・・・・懐かない野良猫みたいな子が、変わったわねぇ」

「ああ」

 

感慨深そうに呟いた了子に、弦十郎は静かに同意した。

 

(聊か、牙が抜けすぎている気もするけど・・・・)

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「うおぉー!」

 

クリスがノイズ討伐に精を出していた頃。

会場に着いた響はまず、そのスケールに圧倒されていた。

思わず柵の近くまで駆け寄り、あちこち見渡していることから。

何時に無く昂っているのがよく分かる。

 

「ほら、こっちだよ」

「あ、うん」

 

はしゃいでいる響を微笑ましく思いながらも、未来は声をかけて先導する。

今日は待ちに待った翼の復帰ライブ。

もちろん他のアーティスト目当ての客もいるが。

それを考慮しても、すれ違う人々の口から『翼』の名前が聞かれるのが多いように感じた。

響もつい先日知ったことだが、海外からのオファーも来ているという話だ。

防人の役目が音楽と密接に関わっていることを抜きにしても、翼の歌には目を見張るものがある。

その魅力がはっきり見える形となっているのが、響はどこか誇らしかった。

 

「忘れてるからかなぁ、一回来たはずなのにわくわくするや」

「もう・・・・」

 

実際はこの会場に来たのは今回が初めてなのだが。

『あの響』と『今の響』は『別もの』なのだ。

思えば、もう二年もの間『響』として生きている。

体は『立花響』であるが、中身は一回り歳を食った別人女性だ。

・・・・いつか、いつか。

このことを未来に打ち明ける日が来るのだろうか。

今の今まで目を逸らしていた事柄に、頭がうずく。

・・・・いや。

まだ二年しか経っていない時点でこんなことを考えるのは、早計だろうか。

・・・・何となく、胸に灯った熱が冷めてしまった。

気落ちした心に気づき、慌てて平静をつくろおうとするも。

 

「響?どうしたの?」

 

隣の親友には、目ざとく見つかってしまった。

 

「あーっと、ほら!空気に酔っちゃったみたい、大人しくしてれば元気になるって」

「・・・・そうね、みんな始まる前から盛り上がっているもの」

 

どうにかなかったことに出来たが、今は危なかったように思う。

隙を見せてしまった自分に喝を入れつつ、響は会場を見渡した。

相変わらず喧騒に包まれている観客席。

ここで起こった悲劇など、無かったかのように振る無人々。

自分に関係ないと割り切っているいるのか。

触れてはいけないと定めているのか。

 

(・・・・まだ二年なのか、もう二年なのか)

 

切なげな横顔を、未来は静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

会場の控え室。

翼は背筋を正し、独り静かに黙していた。

考えているのはこれまでのこと。

剣として戦ってきた日々、歌女として歌ってきた日々。

防人として精進を続け、ひたすら人類を守護してきた人生。

このまま刃として果てるのだと、戦場に折れて散り行くのだと。

そう思っていた。

・・・・響に出会うまでは、少なくともそう思っていた。

はっきり分かるターニングポイントは、やはりあの子に出会ってからだ。

自らを助けた師に憧れて、『誰かの涙を拭いたい』と拳を振るう彼女。

翼に比べれば、守りたいものの規模は余りにも小さい。

だが、守った人々の笑顔を見て、同じように笑顔を浮かべる響の表情を目の当たりにして。

やり甲斐を感じているのはどちらかなんて、火を見るより明らかだった。

理由は分かっている。

流されるわけでもなく、誰かに強制されるわけでもなく。

他でもない自分の意思で戦っているからだ。

それが、明確な翼と響の差。

そんな頼もしい後輩に少しの羨ましさを覚えると同時に、嫉妬を差し引いてもなお有り余る安堵を覚えたものだ。

響は戦いが終わるたび、『お疲れ様です』など、何かしら声をかけてくれる。

剣呑な態度を取ってしまっていた初期から、根気強く続けられたその言葉は。

喪失感から忘れかけていた、『孤独じゃない』という温かさを思い出させてくれた。

奏と一緒だった頃の温もりを、取り戻してくれたのだ。

 

―――――そんなことないですよ

 

―――――翼さんだって、歌でみんなを元気付けているじゃないですか

 

―――――それって単に戦って守るより、ずっとずっと凄いことだと思います

 

いつか、この心情を伝えて礼を言おうとしたとき。

首を横に振って制した響は、そう返してくれた。

 

―――――わたしは、翼さんや二課のみんなが思っているほど強くありません

 

―――――誰かを傷つけるのが、本当はまだ怖いくせに

 

―――――一番手加減できると思い込んでいる(これ)に逃げている、臆病者なんです

 

自嘲気味に笑って続けられた言葉を、本当は否定したかった。

しかし、切なげな顔が躊躇わせてしまった。

『どんな言葉も届かない』と、響が構えた『盾』の前では。

どれほどの言葉も通じそうになかった。

そのとき上手いことを言えなかった自分が、今でも恨めしい。

『臆病だ』と言う優しい手に救われた人間が、どれほどいるのか。

救われた一人が目の前にいることに、気づいているのか。

きっと今の翼では、どれほど雅な表現をしても届かないだろう。

 

「風鳴さん、そろそろスタンバイお願いします」

「―――――はい」

 

ならば歌おう。

歌って歌って、歌声を彼方まで奏でて。

君がどれほど温かい存在かを伝えよう。

君に手を握られて、救われた人がいる事を教えよう。

誰かのために『傷つく勇気』を持ち合わせた、素晴らしい防人であることを伝えよう。

そんな君もまた、独りぼっちじゃないことを教えよう。

 

(・・・・君は、臆病者なんかじゃない)

 

ステージへ踏み出す。

数多の歓声が会場を振るわせる。

その中にはきっと、響もいることだろう。

 

(どうか、聞いてくれ)

 

剣でも、防人でもない。

頼りないながらも、君の先輩を名乗る。

『風鳴翼』の歌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Z月O日

なんていうか、すごかった。

翼さんかっこよかった。

こう、こう・・・・。

聞いてて安心するって言うか、ほっとしたっていうか。

普段の翼さんとはまた違った、戦士とは違う安心感を覚えた。

後は、えっと・・・・。

うん、やめちゃおう。

これ以上何か行ったら陳腐になっちゃう。

無理に語ることはやめて、今日はここまでにしちゃおう。

 

P.S.

翼さん、海外オファーを受けることにしたみたい。

こっちにはわたしもクリスちゃんもいるし、少しくらい任せても安心できるって言ってくれた。

やっぱりこういう信頼って嬉しいよね!

気合入れて返事したわたし、悪くない!




というわけで、年内最後の更新となりました。
みなさま、よいお年をーノシ


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25ページ目

今年最後といったな、あれは嘘だ
(訳:なんか書きあがっちゃったので、投稿しちゃいますねー)


「ふむ・・・・」

 

手の中で『それ』を遊ばせる。

足元には青二才達の屍。

身に纏う鎧や、手にした『これ』で仕留めた。

元より連中とは、切りのいいところで手を切る予定だったのだ。

相手が同じことを考えているのも見抜いていた。

今回は相手がことを急いて、自分が返り討ちにしただけ。

ただそれだけ。

そんなことより、彼女には重大なことがあった。

『それ』を掲げる。

陽光を浴びて、象牙質の刃が淡く煌いている。

ドルイドによって柄の部分まで刻まれた祈りの言葉が陰を作り、手触りと見た目に良いアクセントを加えていた。

―――――彼女が疑問を抱いたのは、つい最近現れた『これ』が記憶と余りにもかけ離れていたからだ。

刃から柄、石突にかけて、鮮血で染め上げたような赤。

そんな強烈過ぎて忘れようにも忘れられない見た目で、()()()()()()()()()()()

青二才達の親玉も含めた伝手を頼り、どうにか発見できた『これ』。

彼女の記憶どおりの、淡い白の刃と墨染めの柄。

地下に埋蔵され、保存状態が良好だったが故に『完全聖遺物』として手元にきた『これ』を目の当たりにして。

兼ねてより懸念していた仮説が、現実味を帯びてきた。

 

「異世界、か・・・・なるほど、私の見識もまだまだということだな」

 

言葉こそ自嘲気味な文体だったが。

浮かべた笑みはそれと裏腹に、新しい愉しみを見つけた喜びに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「・・・・はい・・・・はい・・・・!」

 

鳴り響き渡る、ノイズ警報。

帰路に着いていた響も、険しい顔でどこかにいるノイズを睨みながら、通信を受け取っていた。

時折漏れてくる会話内容から察するに、スカイタワー付近に飛行タイプの大型が出現したようだ。

 

「分かりました、直ちに出撃します!」

 

静かな強い口調で返事をし、通信が終わった。

 

「未来」

「うん?」

 

そのまま現場に向かうかと思いきや、踵を返して未来を見る。

緊張をほぐすように、微笑みながら返事をする未来。

 

「司令さんが言っていたんだけど、万が一の場合は学校のシェルターを開放して、一般人を避難させるんだって」

 

そんな気遣いが効いたのか、響は少し柔らかい表情になっている。

 

「未来には、避難誘導の手伝いをして欲しいんだ。もちろん、危ないと思ったら遠慮なく逃げてもいいから・・・・」

「分かった、だけど危ないのはお互い様でしょう?」

「そりゃぁ、そうだけどさ・・・・」

 

指摘され、言いよどむ響。

未来は『心配』の二文字が消えない彼女の手を取り、頬に寄せた。

 

「わたしは、響を信じてる。だから、響もわたしを信じて?」

「・・・・うん」

 

控えめに手を握られる、いつも通りのおまじない。

力強く頷いた響は、今度こそ戦場に向かった。

市街地に飛び込み、人目の少ない路地裏に。

脚に強化をかけて、壁を蹴りながら一気に屋根に上る。

 

「我が身は雷光、颯より駆ける一条の光ッ・・・・!」

――――ソニックムーブッ!

 

短く詠唱。

体が帯電したのを確認し、クラウチングで構えて飛び出す。

人目が無いことをいいことにした、ショートカットだ。

屋根を踏み、屋上を蹴り上げ、風を切る。

五分としないうちに、大型がゆっくり旋回する現場が見えてきた。

ぐ、と奥歯を食いしばって、更に加速。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!!」

 

努めて冷静にギアを纏って拳を叩きつければ、着地点周辺の群れが消し飛ぶ。

仲間の成れの果てが飛んできたことにより、やっと敵の襲来を認識したノイズ達。

 

「・・・・今日のわたしは、紳士的だ」

 

響は不敵に笑いかけながら、拳を引き絞って構える。

 

「痛みも無いまま、蹂躙してあげる」

 

鋭い目元、プラズマが走った。

『何を小癪な』といわんばかりに向かってきた一体を、まずは正拳突き。

脇から覆いかぶさろうとしてきたものには裏拳をお見舞いして怯ませ、反対側から来た三体を殴り飛ばす。

そのまま振り向き様に踵を振り上げ、先ほど怯ませた一体にとどめを刺した。

 

「・・・・ッ」

 

飛びのく。

頭上から飛行型が飛び掛ってくる。

地面に突き刺さった奴等にラリアットを叩き込んで刈り取り、まだ滞空しているものは稲妻を発射して仕留めた。

 

「司!」

「待たせたなッ!!」

 

ここで翼とクリスが合流。

響だけでも苛烈だった攻撃に、斬撃と鉛玉が加わり。

ノイズ達に対して哀れみすら覚える状況となる。

しかし、いかんせん数だけはそろえているノイズ。

殴っても、斬っても、撃ち抜いても。

一向に数が減る気配がない。

理由は分かっていた。

 

「アレをどうにかしないことには、いたちごっこを繰り返すだけか・・・・!」

 

翼が苦々しく見上げる先。

悠々と空を飛ぶ大型が、次々ノイズを吐き出していた。

 

「司、お前の魔法でアレを仕留められるか?」

「結論からいうなら出来ます、だけど、広範囲への攻撃は調整が難しくて・・・・」

 

背中合わせで響に問いかければ、自信なさげな返事がきた。

 

「最悪ここら一帯の電子機器、全部ダメになっちゃいます」

「・・・・なるほど、それは困るな」

 

主に、事後処理に回る二課スタッフが。

ところ構わずあちこちを破壊しているイメージがある装者達だが、考えるところはきちんと考えているのである。

 

「なら、あたし様の出番だな!」

 

頭を悩ませようとした二人の下に、同じく背中を預けに来たクリスが自慢げに話しかけてきた。

 

「何か策があるのか?」

「まさか絶唱・・・・!?」

「んなわけねーだろ、バァーカ!」

 

クリスは特攻を心配する響を笑い飛ばし、正面の群れを片付ける。

 

「ギアの出力を上げて、臨界点まで引き上げる。ギリギリまで溜まったエネルギーを解き放てば、地面のもお空のも、一気に片付けられる!」

「だがチャージ中は無防備になる、妨害は避けられんぞ・・・・!」

 

なおも案ずる翼にも、くどいとばかりに鼻で笑った。

 

「こちとらお前等や『あの人』に、でっけぇ借りが出来てんだよ!借りっぱなしは柄じゃねぇ、(タマ)ァ張らせろや・・・・!」

「・・・・ぃよっし!」

 

いっそ獰猛なまでの笑み。

戸惑う翼の代わりに答えたのは、響だった。

 

「こうなったらもうしょうがないですよ翼さん!クリスちゃんの案に乗りましょう!あれですよ!『女は度胸』ですッ!」

「・・・・ははは、そうだな。この際力押しも悪くないッ!!」

 

響の後押しが聞いたようだ。

戸惑いを消し去り笑みを浮かべた翼は、言うなり刀を大剣に変形させる。

 

「そこまで言うのなら決めて見せろ、雪音ッ!」

「言われるまでもねぇ、そっちこそ驚きすぎて呆けるんじゃねぇぞォ!?」

 

荒っぽいようで頼りがいのある会話を聞きながら、響もまた前に飛び出す。

クリスの晴れ舞台となるこの状況だ。

こちらも派手な技を使ってやろうではないか。

そうと決まれば、と、ステップで人型に急接近した響。

 

「―――――秘拳」

 

背後から首に肘を叩きつけ、

 

「―――――燕返しッ!!!!」

 

続け様にサマーソルトを叩き込んだ。

何のことはない。

かの有名な『佐々木小次郎』の技を、遥が従手正拳版にアレンジした技である。

人に向けて使えば、確実に首を圧し折っていく危険な技。

ノイズ相手だからこそ、遠慮なく使えるのだ。

 

「―――――抜剣・天破の型」

 

まだまだといわんばかりに、全身に魔力を迸らせる。

想起するのは、親友の一人の動き。

足技が綺麗なあの子の、とっておき・・・・!

 

「『天衝星煌刃』ッッッ!!!!」

 

駆け出し、目の前の人型に。

深く、深く、蹴りを突き刺す。

沈黙した次の瞬間。

突き抜けた衝撃波が大地を揺らしながら、群れを一掃していった。

やられるばかりではないと、ノイズ達が響を取り囲んだ。

が、群がった傍から雨あられと降り注ぐ刃に貫かれる。

 

「行け、司ッ!」

「はいッ!!」

 

出来た道の向こうには、鬼に見えなくも無い大型。

響は足元で闘気を練り上げ、突き進む。

道中の妨害も、翼の援護により難なく突破。

 

「撃ッ!槍ッ!!」

 

あっという間に駆けつけた響は、練り上げた力を拳に伝えて、

 

「ゥ(ルァ)旋ッ槌ッッ!!!!!」

 

強力なアッパーカットを叩き込んだ。

威力はまさに『衝撃的』。

頭どころか胸の辺りまで吹き飛ばされた大型は、やがてどう、と倒れこんだ。

 

「 魂をオォォォォ・・・・! 」

 

響と翼が暴れている間に、クリスの準備が整った。

淡い光を纏った彼女は、腕を交差させて一旦溜めると。

 

「 ぶっぱなせええええええええええッッッッ!!!!! 」

 

もはや咆哮となった歌声を響かせながら。

ミサイルを放ち、グレネードを放ち、ガトリングを放ち。

炎と硝煙と鉛玉を盛大に撒き散らかす。

響と翼に気をとられていたからだろう。

ノイズ達はまともに避けること叶わず、上空の大型達もミサイルの直撃を受けてしまう。

悲鳴のような音の中、炭のシャワーが降り注いだ。

響も翼もクリスも、神経を研ぎ澄ませて周囲を探る。

やがて敵の全滅を判断し、それぞれ息を吐いたり目を伏せたりしながら、気を抜いた。

 

「お疲れクリスちゃーん!ナイス殲滅ゥー!」

「おい!この、抱きつくなッ!!」

 

両手を広げるなり、クリスを抱きしめる響。

クリスは抵抗を試みるが、悲しいかな。

鍛えられた腕から逃げるのはほぼ不可能だった。

歩み寄ってきた翼は、そんな二人を微笑ましそうに見守っている。

もちろん響がやりすぎるなら止めるつもりだが、今のところ二人を邪魔するつもりは無かった。

 

「おめーはよ・・・・!」

「あははは!・・・・お?」

 

やっと解放されたクリスが悪態をついていると、響に通信が入る。

一言断って一歩下がり、答える響。

 

『―――――響!!』

「未来?」

 

聞こえてきたのはオペレーターの声ではなく、未来の声。

しかも切羽詰った様子から、ただ事ではないようだ。

 

『学校が、リディアンがノイズに―――――!!!』

 

言い終える前に、ブツンと音を立てて。

未来の声は途切れてしまった。

無情に鳴り響く、通信切断の音。

 

「――――――」

 

目に見えて、響の顔から血の気が引く。




そういえばゲイボルグって動物の骨でできてるらしいですね(

で。
今度こそ、今年最後の投稿です。
来年も、皆様に良いことがありますように。
それでは。


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26ページ目

あけましておめでとうございます。
今年もうちのビッキーをどうぞよろしくお願いします。


最悪だと、リーゼ・アリアは舌を打ちそうになる。

特異災害対策機動部二課の司令室。

倒れた弦十郎と、リーゼ・ロッテの応急処置を進めていた。

 

「アリア、さん・・・・!」

「大丈夫、二人ともここでくたばるようなタマじゃない・・・・くたばらせて、溜まるか・・・・!」

 

―――――響達がスカイタワーに赴き、未来がリディアンに戻ってきた頃。

突如として、リディアン校舎をノイズの群れが襲撃。

元から発令されていた避難勧告により、人が少なかったことが幸いし。

生徒達の被害はゼロという結果となった。

その成果の下には、自衛隊員数人の犠牲があるが。

今は死を悼んでいる場合ではない。

装者全員が出払ったタイミングでの襲撃を目の当たりにし。

リーゼ達は、遥達魔導師や弦十郎が危惧していた、『黒幕』が動き出したのだと判断。

一目散に地下に向かえば、『内通者』にして今回の全ての騒動の下手人『櫻井了子』が、既に弦十郎と対峙しているところだった。

アリアがダメージを受けた緒川と戦えない未来を引き受け、ロッテが弦十郎と共に了子改め『フィーネ』と名乗った女性と交戦。

魔法による援護もあり、一見こちら側が優勢に見えたが。

フィーネが取り出した『あるモノ』により、戦況は逆転。

()()()()()()()()を受けたロッテは重傷を負い。

弦十郎もまた『了子』の声に動揺した隙を突かれ、腹に風穴を開ける重傷を負った。

当然アリアも戦おうとしたが、フィーネが天井を崩して瓦礫を降らせたために、断念。

負傷者達の救出には成功したが、結果として主犯を取り逃がしてしまったのである。

 

「わたし達、どうなるんでしょうか・・・・」

 

重傷者を二人も目の当たりにし、さすがの未来も不安になったらしい。

手当てをしっかり手伝いながらも、震える声でアリアに問いかける。

 

「・・・・さっき、響に通信は通じてたろ」

 

アリアの確認に、未来は頷く。

他でもない本人が、ごく短いながらも響と会話したのだ。

当然の反応といえた。

 

「学校に群がるノイズは、あいつらが何とかしてくれる」

 

怯えている頭に手を乗せて、少し乱暴に撫で回す。

 

「あんたらだって、あたしが守ってやるから・・・・!!」

 

だから、と。

あとは視線に力を込めることで伝えた。

もう、怯えることは無いんだと。

一番頼りになる(マスター)は、遠い世界で命のやり取り。

とてもじゃないが、すぐに駆けつけるなど不可能だ。

響達も先ほどの通信を受け取ったからには急いでいるだろうが、それでも数分はかかると見ていい。

荒事向きのメンバーのうち、頼れる二人は負傷でダウン。

結果として、アリアや緒川が人一倍尽くさなければならない状況となっていた。

 

「・・・・ッ」

 

・・・・だからなんだと、アリアは奥歯を食いしばる。

やることは今までと変わらないじゃないか。

ただいつもよりきついだけ、ただそれだけだ。

大丈夫、大丈夫。

『守る』なんて、四六時中やっていることじゃないか。

言い聞かせたアリアは、自らの両頬を叩く。

さらにかぶりを振って気合を入れたその顔は、迷いなど無かった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――――ッ!!!!」

 

雷光を纏い、瓦礫を撒き散らしながら着地した響。

我武者羅に駆けつけたため、翼やクリスは置いてけぼりにしてしまった。

変わり果てたリディアンの惨状に、喉が引きつるのを感じる。

呆然と、荒廃した校舎を見上げていたが。

 

「・・・・みく」

 

やがて我に返り、辺りを見渡し始める。

探すのは大事な親友。

まるで迷子のように忙しなくキョロキョロしたのち、おぼつかない足取りで駆け出す。

 

「未来?・・・・未来・・・・!?」

 

名前を呼び、視線をめぐらせ、瓦礫を掻き分ける。

途中ノイズにやられた炭をいくつも見つけ、不安にかられる。

 

「ッ未来!!未来ゥ!!」

 

コンクリートを放り投げ、炭を安堵と落胆がない交ぜになった顔で見下ろし。

体中煤だらけになりながら、探して回った。

 

「未来うううぅ――――――――!!!!!」

 

最終的には、どこに届けるわけでもなく。

大切で大好きな名前を咆えるだけになった。

 

「一体、どこに・・・・未来・・・・!」

 

少し痛む喉で呼吸をしながら、膝から崩れ落ちる。

まだ心は折れていない。

だが、その胸中は大いに荒れていた。

たった一つ残った『宝物』を、たった一つ残った『帰る場所』を。

失くしてしまったかもしれない不安に、体は重たくなった。

つんとなった鼻の奥を押さえようと、乱暴に顔を拭っていたとき。

耳が、小石が動く音を拾う。

 

「・・・・未来?」

 

期待と喜びを抱いて見上げれば、校舎の上に了子が佇んでいた。

長い間こちらを見下ろしていたらしい彼女は、小さく鼻を鳴らす。

 

「・・・・荒々しい狂犬かと思えば、年相応の顔も見せるのだな」

「了子、さん・・・・?」

「――――否、我が名は『櫻井了子』に非ず」

 

弱々しく呼ばれた名前を、彼女は力強く否定して。

次の瞬間、足元から光を迸らせる。

風に煽られ解き放たれた髪が、光に染め上げられるように色落ちしていく。

服が爆ぜ、一糸纏わぬ肌に黄金の鎧が装備されて。

 

「・・・・我が名は『フィーネ』、終わりの名を持つ者だ」

 

目を見開く響の前に、降臨した。

突如として変貌した了子や、目の前に現れたネフシュタンの鎧に、響は一気に混乱する。

 

「りょ、こさ・・・・まさか敵・・・・いや、でもそんなはずは・・・・だって、だって・・・・!!」

 

焦燥のままに、身を乗り出す響。

瞳は懇願するように揺れている。

 

「嘘ですよね?だって、アームドギアのこととか相談に乗ってくれたし、メディカルチェックでいつもお世話になっているし、それに、それに・・・・!!」

 

何より、『魔法』という隠し事をしていた自分を受け入れてくれた。

嘘をついていたそれまでの響と、魔導師としてのそれからの響を受け入れてくれた一人なのだ。

『敵だ何て、信じられない』というのが本音だったが。

 

「それらは何もかも、お前と言うモルモットを観察するためにやったことだ。聖遺物との融合症例という、珍しい個体だからな・・・・丁重に扱うのは、当然だろう?」

「そん、な・・・・」

 

殴られたように、頭が揺れる。

響は深くうなだれ、黙りこくってしまった。

戦意を失ったのかと、見下ろしていたフィーネはそう判断したのだが。

 

「・・・・あなたの目的は、何ですか?それは、学校をこんなにしてでも叶えたいことなんですか?」

 

足元の砂利が握り締められたのを見て、即座に違うと改める。

そして、ちょうどいいとほくそ笑みもした。

 

「何だ?仇を討ちたいのか?」

 

響のデータは、まだまだ足りない部分がある。

今の自分は、目の前の彼女と同じ融合症例。

加えて、完全聖遺物との融合なのだ。

慢心ではなく、遅れを取るとは思えなかった。

 

「そうさなぁ、小日向未来の所在は私も知らぬ。もしかしらたらそこらに埋まっているやも知れんしなぁ?」

「――――――」

 

未来の名前が出た途端、響の全身から稲妻が迸る。

フィーネは目論見が上手くいったことに満足し、笑みを深めながら続ける。

 

「どうする?私を殺すか?少なくとも今のお前には、その権利があるぞ」

「・・・・いいえ、殺しません」

 

重ねた挑発に対し返ってきたのは、否定の言葉だった。

雷光を纏いゆっくり立ち上がった響は、敵を見上げる。

 

「殺さないので、殴らせてください」

「・・・・は」

 

開ききった瞳孔、張り付いた無表情。

しかしその内に秘めた溢れんばかりの怒りを見抜き、フィーネは嗤う。

 

「やってみろ、小娘」

 

閃光が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

リディアン地下。

機能停止した本部にいてもしょうがないと、緒川や藤尭、友里らを伴い、アリア達は移動することになった。

直前に目を覚ましたロッテや弦十郎をそれぞれ支えながら、薄暗い地下道を進む一行。

 

「まさか了子さんが敵だったなんて・・・・」

 

アリアと一緒にロッテを支えていた友里が、未だ信じられないような声でこぼす。

 

「広木防衛大臣の暗殺の手引きに、イチイバルの紛失・・・・他にも疑わしい暗躍はありますね」

「ああ、だが、これまで過ごしてきた時間の全てが、嘘だったとは思えない・・・・」

 

弦十郎の低い声が響けば、重い空気が蔓延した。

 

「甘いのは分かっている、性分だ」

「・・・・本当よ、それで足元掬われてちゃ世話無いわ」

 

そんな雰囲気を自ら払拭しようと続ける弦十郎に、アリアは呆れ顔で突っ込みを入れる。

 

「はは、手厳しい・・・・」

「けど、まあ、人としては悪くない」

 

次の言葉に、苦笑いしかけた顔が呆ける。

その顔が面白かったのか、喉を鳴らして笑ったロッテはにやりと笑う。

 

「ほんと、あんたってうちのご主人サマにそっくり・・・・だからこそ、司令官として不足じゃない人物だって、信じられる」

「・・・・ありがとうございます」

 

どうやらリーゼ達なりに、フォローを入れてくれたらしい。

弦十郎がはにかめば、二人は薄く笑って受け入れた。

会話をしているうちに、地下シェルターにたどり着いたようだ。

一番近くの扉を開けると、先客がいた。

 

「未来!?」

「ヒナ!」

「小日向さん!」

「板場さん!寺島さん!安藤さん!」

 

いつぞや弦十郎達も出会った、響の友人達。

ちょうど逃げ込んだ個室がここだったらしい。

未来達学生が無事を喜び合っている傍で、藤尭達が持ち込んだ端末を繋げていた。

 

「よかった、こちらの施設は干渉を受けていません!映像、出ます!」

 

一抹の望みは叶ったようだ。

電源の入った画面に、映像が映し出されて、

 

『うおおおおおおおおお――――――ッッッッ!!!!!!』

「な、なになに!?」

 

聞こえてきたのは、雄叫びと殴打の音。

驚いた友人達も含め、一同が画面を覗き込めば。

険しい顔の響と、それを愉しんでいる女性が、激闘を繰り広げていた。

砂埃が薄れ、全身にかすり傷と泥汚れを着けた響の姿が映る。

対する女性は無傷、肩で息する響を前に、笑みを浮かべる余裕すら見せている。

 

「了子さん・・・・」

「いや、今はフィーネと呼んだほうがいい・・・・残念だけど、あれは敵だ」

 

まだ何か思うところがあるのだろう。

了子の名を呟いた友里に対し、ロッテが言い聞かせるように断言する。

その間にも状況は進む。

ボロボロながらも戦意を失っていない響が、再び突っ込む。

鞭を避けて懐に飛び込む。

障壁に阻まれてしまったが、響にとって想定内だったようだ。

素早く何度も殴りつけて破壊し、右手を引き絞って、一閃。

捻りを加えた一撃が綺麗に決まり、フィーネが吹き飛ぶ。

地面を転がりながらも、何とか体勢を立て直すフィーネは、再び鞭を伸ばす。

直撃するかと思われたが、響は回避するついでに引っつかむと、思い切り引き寄せる。

さすがのフィーネも、これは予想外だったのだろう。

何より鞭が鎧と一体になっていることもあり、一緒に引っ張られていく。

 

「ぃよっし!取った!」

「やっちゃえビッキー!」

 

画面の隅には、やっと追いついたらしい翼とクリスが見える。

フィーネの態勢は完全に崩れ、防御は難しい状態。

誰もが響の優勢を信じて、

 

『―――――――は』

 

だからこそ、敵の隠し玉に気づかなかった。

怪しく笑ったフィーネの手元、いつのまにか一振りの槍が握られていて、

 

 

 

 

 

 

響の胸を、骨の刃が貫いた。

 

 

 

 

 

 

『は・・・・が・・・・!?』

 

戦いを見守っていた面々が、困惑で黙り込む中。

一番混乱していた響は、口から血をこぼしながら胸元を見やる。

最初はまだ事態を飲み込めていないようだったが、やがて何が起こっているのか。

自分がどうなっているのかを理解したらしい。

湧き上がるような苦悶の声を上げ、痛みに悶える。

 

『・・・・~ッ、司ァッ!!!』

 

我に返った翼が、咄嗟に響の名を呼ぶが。

状況が好転するわけが無かった。

 

『驚いたろう?これが何か、お前になら分かるのではないか?』

『ぁ、ぐ・・・・!』

 

フィーネから、耳元で囁くように問いかけられる響。

同時に凶器が深く差し込まれたため、返事をする余裕は無い。

 

『司遥の持つゲイボルグは、私の記憶とは余りにもかけ離れていたのでな?探した甲斐があったというものだ』

『まさか、それもゲイボルグだというのか!?では、司女史のは・・・・!?』

『あれもまさしく本物だ。これと同じく《絶対殺害》の能力を発現し、ノイズに対抗しているのがその証拠』

 

響の鈍い悲鳴をバックに、フィーネは自慢げに続ける。

 

『だが、お前達も察しているとおり、これほどの聖遺物が二振りも存在するなど、本来なら有得ないこと。故にどちらかが贋作であると疑うのが普通ではあるが・・・・』

『あの人がノイズを倒して見せた、だから確認のためにそいつを取り寄せたってことか・・・・!?』

 

笑みが深くなる。

それはクリスの言葉を肯定していることに、他ならなかった。

 

『更に司遥の周辺を探ってみれば・・・・あやつの友人である《アリサ・バニングス》と《月村すずか》、それぞれが経営する会社の物流データに、行き先が偽装されている箇所をいくつも発見した。どちらも日本政府が手を加えたような跡を残してなぁ?』

 

次に飛び出てきた思いも寄らなかった人名には、シェルターにいた面々も目を丸くした。

 

「それって・・・・!」

「どっちも一流企業のトップじゃない!?何でここで出てくるのよ!?」

「っていうか、偽装って・・・・!?」

 

視線が、一番訳知りであろうリーゼ達に集中する。

複数の眼差しが一辺に突き刺さった二人は、息を詰まらせた後、静かにため息をついた。

彼女達が何かを言う前に、

 

『同じ名前と能力をもつ聖遺物、お前達師弟が操る魔法の力、そして月村とバニングス両名の物流の行方・・・・これらの事柄を吟味して、私は一つの可能性にたどり着いた』

 

フィーネが答えを口にする。

 

『――――――お前は、魔導師は、《異世界》と関わりがあるな?』

『・・・・ッ』

 

響の顔から、苦悶が薄れる。

目を見開いた、呆けた顔。

正直な反応に、フィーネは満足げに笑った。

 

『そうかそうか、私の予想は当たっていたか』

『しま・・・・あ"ぁ"ッ』

 

響が失態を嘆く前に、さらに凶器を押し込まれる。

傷口と口元から新たに血が噴き出し、短い悲鳴が上がった。

 

『我が大願の成就には、犠牲が伴う・・・・今の時点で、魔導師(おまえたち)の存在は少々厄介者なのだよ』

 

突如として、地面が揺れだした。

当然地下に所在するシェルターも影響を受け、リーゼ達や弦十郎を除いた面々が慌てて机やベッドの下に逃げ込んだ。

 

『古来より月が不和の象徴とされているのは、何故か。それは月こそが、相互理解を阻害する人類最古の呪い《バラルの呪詛》の要だからだ』

『の、ろい・・・・?』

『月の光は《統一言語》を破壊し、人と人の繋がりを絶った。だから私は月を穿つ!人類の相互理解を取り戻し、再び我が元に集わせるために!!』

 

状況は変化する。

辛うじて残っていた校舎が吹き飛び、地中から色彩鮮やかな建造物が飛び出した。

 

『この、《カ=ディンギル》を以ってなぁッ!!!!』

 

土煙を巻き上げて天を衝く様は、荘厳の一言に尽きたが。

『バラルの呪詛』『統一言語』『人類の相互理解』。

新たなワードが立て続けに並べられ、翼もクリスも、弦十郎達二課の面々や、未来達学生も。

飲み込みに時間がかかった。

 

『司遥が不在なのが幸いしたな、いくら私とて、あれが相手ではどうなるか分からん。そういう意味では、捻りつぶしやすいお前達に感謝しているよ』

『言ってくれるじゃねぇか、ええ・・・・!?』

 

フィーネに嘲笑を向けられ、青筋を浮かべるクリス。

翼も、響さえ居なければ即座に標的に斬りかかるような威圧感を纏っている。

今にも戦いが再開されそうな、緊迫した雰囲気。

しかし、

 

『・・・・ふ、ふふ』

 

そんな張り詰めた空気に、水を差す笑い声。

 

『あはは・・・・あははははははははは!!』

 

フィーネが目を向ければ、響が苦しいながらも笑っていた。

 

『あははははは!・・・・ごぼッ、ふ・・・・はははは・・・・!』

『・・・・何が可笑しい』

 

咳き込み血反吐を吐き出しながらもなお笑う響に問いかければ、彼女はフィーネへの嘲笑を向ける。

 

『だってそれ・・・・師匠がいなくならなきゃ、何にも出来なかったってことじゃないですか』

『・・・・』

 

黙り込むフィーネ。

図星だと判断した響は、獰猛に笑う。

 

『この、臆病者』

 

小さな抵抗の一環として、血の混じった唾を吹きかけてやった。

知人の思いも寄らない暴挙に、ぎょっとなる一同。

反面、逆境に屈さない態度に若干の好感を持ちもしたが。

すぐに、その認識は間違いだったと改める。

 

『―――――ッ』

『ごがぁ、ぐッ!?』

「響!!!」

 

フィーネは即座に槍を引き抜くと。

腹に蹴りを加えた上で、柄を使い抱き飛ばす。

響は血を撒き散らしながら、大きな瓦礫に激突。

朦朧とする目が、投擲の構えを取るフィーネを捉える。

何をするのかを察した翼が飛び出したが、時は既に遅く。

 

『―――――――』

 

生ものに突き刺さる、鈍い音。

再度心臓を穿たれた響は、一度痙攣する。

そしてそれっきり、動かなくなってしまった。

 

『つ、司?おい、司・・・・!?』

『なあ、どうしたんだよ?さっきまでの威勢はどうしたよ?何とか言えよ!!バカッ!!!』

 

翼とクリスが声を張り上げるも、返事は無い。

まさか、そんなはずは。

希望を捨てきれない一同の期待を、裏切るように。

 

「・・・・ガングニールの反応、途絶」

 

ギアが、解除される。

後に残っているのは、半開きの目で虚ろを見つめる響だけ。

 

「・・・・ぁ」

 

風に吹かれるがまま、ぴくりとも動かない響。

 

「・・・・あぁ」

 

未来が恐れていた。

懸念して、怖がって、だから目を逸らしていた悪夢が、今。

現実となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやああああぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




またしても死にかけるビッキー。
と思ったけど本家でも盛大な死亡フラグ立てていたし、大丈夫ですよね?(


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27ページ目

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「き、さ・・・・まああああああああああ―――――――ッッッ!!!!!」

 

響の惨状を目の当たりにし、真っ先に憤慨したのは翼。

雄叫びを上げるなり、ギアの機動力を生かして急接近。

フィーネが張った鞭に刃をぶち当て、血気迫る表情で肉薄する。

 

「よくも、よくもォッ!!!!!!」

 

競り合う箇所から火花が飛び散り、攻撃の重さを物語っていた。

 

「はは、悔しいか?」

 

修羅を前にしても、フィーネは余裕を崩さない。

翼を煽るように顔を寄せ、嗤ってみせる。

 

「そうだろうなぁ?お前が至らないばかりに、再び『ガングニール』が手折られたのだからなぁ!?」

「っああああああああ―――――――!!!!!」

 

離して空いた片手に、もう一本刀を握る。

かかる負荷が減ったからだろう。

フィーネもまたもう一本鞭を展開して振るう。

攻撃はフィーネの方が早い。

故に翼は苦々しい顔で防御に回り、一度後退した。

次のアクションを起こそうとした敵を止めるように、銃弾が降り注ぐ。

フィーネは鞭の先にエネルギーを溜めて振り払う。

発射された先、クリスは身を翻して回避し、銃口を突きつけた。

 

「あなたもご立腹?意外ね、クリス」

「ッハ、何勘違いしてやがる」

 

鼻で笑いながら、引き金の指に力を込める。

 

「あたしだって人並みには怒るんだぜ?」

「・・・・そのようね」

 

静かに返事が返ってくると同時に、出現したデカブツが唸りを上げ始める。

何事かと上を見上げれば、頂上付近に光が溜まっているのが見えた。

 

「なるほど、『穿つ』ってのはそういうことかい・・・・!」

 

普段から銃火器に触れているクリスは、この建造物の正体が巨大な砲塔であると見抜く。

 

「文字通りぶち抜こうたぁ、親玉さんの考えることはスケールが違うなァ?ええ?」

「幾千、幾万もの永きに渡って人類を別たっていた呪詛だ、これくらいやらねば解けはせん」

「んじゃぁ、仮にもお役所側のあたしは、邪魔をするとしようかねェッ!!」

 

辛抱溜まらんといわんばかりに、イチイバルが火を噴く。

弾丸の雨を背負い、翼もまた攻撃を再開する。

対するフィーネも、完全聖遺物を扱うだけある。

鞭で翼を無力化し、エネルギー弾でクリスを牽制し。

指折りのフォニックゲインを誇る二人を相手に、大立ち周りを見せている。

 

「ッはあああ!!」

 

バカ正直に突っ込んでくる翼の足元を打てば、砂利が舞い上がる。

既に前進していたばかりに、砂や小石をもろに浴びてしまう翼。

視界をつぶされて動けないところに強烈な一撃。

哀れ直撃を受けた翼は大きく吹き飛ばされた。

 

「おおおおおッ!!」

 

入れ替わるようにクリスが突っ込む。

鞭の嵐をステップで掻い潜りながら、光の矢を浴びせる。

策略もへったくれもない、物量任せの弾幕。

ただの人一人なら、あっという間に飲み込まれてしまうが。

フィーネは鞭を回転させると、流星のようなそれらを殆ど絡め取ってしまう。

 

「バカがッ」

 

纏まったエネルギーの中心にかすかな火花をぶち込めば、次の瞬間に爆炎がフィーネを包み込んだ。

 

「生きてるかァ?まだ終わっちゃいねェぞォ?」

「分かっている・・・・こちらとて、まだまだ足りない・・・・!」

 

刀を構えなおしつつ、『まだ斬り足りない』と殺る気を滾らせる翼。

傍にいるだけで肌をひりつかせる殺意に肩をすくめつつ、クリスも同意するように獰猛な笑みを浮かべる。

敵の方に目を向ければ、案の定炎の中から無傷で現れたところだった。

 

「第二ラウンドってな・・・・!」

 

低く構えた翼が飛び出す。

一撃を首を傾けて避け、突き一閃。

そこから流れるように袈裟斬りを放つ。

さすがのフィーネもこれは避け切れなかったようで、刃が胴体を捕らえた。

深く、大きく裂かれる体。

だが痛がる様子を一切見せない。

翼の疑問は、すぐに解決した。

ばっくり裂けた箇所が、まるで巻き戻るように塞がっていく。

 

「もはや人としてのありかたを捨てたか・・・・!」

「ネフシュタンの恩恵だ、羨ましかろう?」

 

もちろんネフシュタンの力もあるだろうが、やはり聖遺物と融合しているが故のものだろう。

そういえば、響も傷の治りが速かったように思う。

最も、今のフィーネのように目に見える速度ではなかったが。

 

「だったらこれはどーよ?」

 

クリスがボウガンを両手に構えて、引き金を引く。

先ほどと同じ流星群が降り注ぐ。

『バカの一つ覚えが』なんて思いながら、フィーネが迎撃していると。

ふと、違和感に気づいた。

光の群れのいくつかが、まるで意思を持っているように動き回り、鞭を回避している。

 

「ぐ・・・・!?」

 

何時の間に背後に回っていたのだろう。

背中に複数が突き刺さり、肩や腕も何箇所か掠めていく。

 

「―――――全部とまではいかねーが」

 

何をしたとクリスに目を遣れば、少し辛そうに鼻血を拭っている姿が見えた。

 

「やってみるもんだな、マニュアル制御」

 

そういえば、二課の前で初めてイチイバルを使用して見せたとき。

響にそんなことを言われていた。

どうやら鼻血は、相当脳に負荷をかけた影響が出たかららしい。

しかし無茶をしたなりの成果を得られたと、クリスは笑っていた。

フィーネは苦い顔をするものの、すぐに平静を取り戻す。

何故なら背後の砲台は、未だに無傷だからだ。

まだまだ油断は出来ないが、この分なら、守りきった自分の勝ちだ。

言い聞かせながら、翼の斬撃を受け止めた。

チャージが最終段階に入り、一層輝きを強くするカ=ディンギル。

弾き飛ばされた翼が、苦い顔で見上げていると。

 

「・・・・なー、人気者」

「・・・・?」

 

不意にクリスが口を開いた。

同じく見上げる横顔は、何か腹を決めているようだ。

 

「あたし、そろそろ抜けてもいいか?」

「・・・・どういうことだ」

 

こんな時になんだと問いかければ、クリスは肩をすくめる。

 

「いやさ、考えなしにやらかした影響っつーのかな。ちと目がやばいんだわ」

 

そう苦く笑う瞳は、確かにどこか焦点があっていない。

 

「この分だと、足手まといになっちまいそうだからさ・・・・だから」

 

それっきり、口を結んで黙りこくるクリス。

・・・・彼女の様子を見て、翼は察してしまった。

付き合いが短いながらも、頼もしいと感じ始めた後輩が。

何を考えているのかを。

 

「・・・・『命は捨てるものではなく、賭けるもの』」

「・・・・あー、あの人が言ってたってやつか」

 

いつかの何気ない会話の中、響が遥に教えてもらったという心構え。

『死に物狂いは否定しないが、それで死ぬのは許さない』という意味合いだったはず。

他でもない己の魂を賭けて、賭けた魂と一緒に最上の結果をもぎ取れということだった。

 

「多少の休息は構わないが・・・・死ぬのは許さん」

「へーへー、分かりましたよ」

 

言葉足らずの会話で、プランは決まった。

再び翼が斬りかかる。

いつになく苛烈な連撃に、フィーネは集中せざるを得ない。

見切り、防御し、カウンターを返し。

そんな剣戟の最中、クリスのミサイルが狙いを定めているのが見えた。

 

(・・・・まさか)

 

目の前の翼と見比べ、目を見開けば。

思ったとおり、ミサイルがこっちに飛んできた。

回避しようにも、翼が喰らいついて離さない。

なんてこった、こんな自爆めいた手段を用いてくるなんて。

小さく舌打ちしたフィーネは、強硬手段に出る。

まず一方の鞭で翼を締め上げ、もう一方をカ=ディンギルの一部に絡ませる。

向かってくるミサイルに翼を叩きつけてから、鞭を引っ張れば。

爆風に乗り大きく跳躍したフィーネは、危なげないながらも危機を脱することが出来た。

 

「ッもう一発は!?」

 

が、安堵するのも束の間。

先ほど見たミサイルは二発。

一発は今爆破させた。

ならもう一つは?

視線をめぐらせていたフィーネが、弾かれるように上空を見上げれば。

ミサイルに跨ったクリスが、天高く昇っていくところだった。

 

「ッそちらが本命だったか、だがカ=ディンギルの発射は止められまい!!」

 

爆風から怯むことなく飛び出してきた翼を往なしながらも、輝きが最高潮に達した砲台を根拠に、勝ち誇った声を上げるフィーネ。

 

「おうさ、止められねぇから・・・・・」

 

大気圏ギリギリまで上昇し、宙に舞い浮かぶクリス。

 

「邪魔させてもらうぜ」

 

遥か下の光を見下ろしながら不敵に笑い、息を吸い込む。

 

「 Gatrandis babel ziggurat edenal 」

 

腰のアーマーを展開し、無数の結晶をばら撒く。

 

「 Emustolonzen fine el zizzl 」

 

手にした拳銃から僅かな光を放てば、結晶に何度も反射して増幅されていき。

クリスは背中に、蝶を背負う。

 

「 Gatrandis babel ziggrat edenal 」

 

次に拳銃が変形。

砲身を長く、合体させることで口径を大きくし。

その先端に増幅させた光を集中させる。

 

「 Emustolonzen fine el zizzl... 」

 

終わる。

儚く、切ない音色が、絶唱が。

口から漏れる血を何とか堪えながら、全身を引き裂くような痛みに耐えながら。

クリスは地上に狙いを定めて、引き金を引く。

同時に発射されるカ=ディンギル。

果たして。

クリスの目論見どおり、砲撃同士が真正面から競り合うことになった。

 

「一点集束・・・・押し留めているだと・・・・!?」

 

衝突部分では激しく火花が飛び散り、夜空を明るく照らしている。

 

「・・・・ッ」

「くっ、おのれ・・・・!」

 

翼は苦い思いを胸に抱きながらも。

横槍を入れさせないように、何度もフィーネに斬りかかっていた。

 

(・・・・あんたがこれを見たら、何て言うんだろうな)

 

もはや朦朧とした意識の中、クリスはぼんやり考える。

 

(やっぱり怒るかな、かもなぁ、ひたすら死ぬなって教えてたし、あたしが飛び出してったときも鬼みたいに怖かったし)

 

やはり人力と機械とでは、持久力に差が出てしまう。

イチイバルの砲撃が、徐々に押され始める。

 

(けどさ、それでも憧れちゃうんだよな)

 

想起する。

向けてくれた微笑を、知らないことを教えてくれた優しい声を。

傷を労わって、ゆっくり頭を撫でてくれた、暖かい手を。

 

(地獄を知っても、何度も最悪の結末を見ても・・・・その上で笑ってられるあんたが、どうしても眩しく見えちまう)

 

目に見えて、イチイバルが劣勢になった。

手元の銃に亀裂が入るのが、文字通り手に取るように分かる。

 

(あたしもあんたみたいになれるかな、『自由に夢見ろ』って言いながら、誰かを救えるような奴に・・・・)

 

翡翠の光が迫る中。

クリスはふいに、笑みを浮かべた。

 

(なれたら、いいいなぁ・・・・)

 

刹那。

閃光、轟音。

あまりの光と音に、誰もが目を伏せ動けなくなる。

数秒だったか、数分だったか。

何もかもが治まった後、恐る恐る夜空を見上げてみれば。

まず見えたのは、一部が抉られた月。

それからよく目を凝らせば、キラキラとした滴のようなものが落ちて行く。

何か、なんて。

確認するまでも無かった。

 

「起動を逸らされ、掠めるだけに留まったか・・・・小娘、やってくれる・・・・!」

 

はがれた月の欠片を見つめながら、フィーネは忌々しく顔を歪めた。

 

「――――――どうせ、一撃ではないのだろう」

 

そんな彼女を、翼の声が引き戻す。

フィーネの背後では指摘どおり、カ=ディンギルが次をチャージし始めている。

 

「安堵するのはまだ早い・・・・私が、まだいる」

 

頭はすっかり冷えて、激情は幾分か治まったようだが。

こちらを睨む目は、未だに怒りを孕んでいた。

 

「何度でもやってみろ、何度だって止めてやる」

 

翼は切っ先を突きつけ、構える。




もう一方のシンフォギアものとかぶらないように努めたのですが・・・・。
個人的に、二番煎じ感が否めなくてぐぬぬ。

え?ビッキー?
次ぐらいに復活するんじゃないですか?(投げやり


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28ページ目

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二課の面々が待機している一角は、重々しい空気が支配していた。

響にクリスと、仲間が立て続けに倒れ、現在奮戦している翼もいつ限界を迎えるかと言う状況。

間違っても優勢なんて言えなかった。

 

「これは・・・・司令!」

 

そんな中。

何を見つけたのか、藤尭はどこか明るい声を上げる。

 

「見てください!ここ!」

「・・・・これは」

 

若干興奮気味な彼が指差す箇所。

長い間隔で、ほんの数ミリ単位で刻まれる山を見て。

弦十郎は目を見開いて、画面と藤尭を見比べた。

―――――ほんのわずかな。

やっと指をかけられるような取っ掛かり。

しかしそれは、大きな希望となる。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

着地と同時に剣を突き立て、勢いを殺す。

目の前には未だ健在の敵と、無傷のカ=ディンギル。

―――――上等だと。

険しい顔から一辺、不敵な笑みを浮かべる。

 

(この逆境、防人として覆し甲斐がある・・・・!)

 

剣を引き抜き立ち上がれば、同じく険しい顔で睨む浮かべるフィーネが。

踏み込んで接近し、掬い上げるように一閃。

顎を上げて避けたところに、続けて下からの一閃を繰り出す。

限界以上に仰け反ったフィーネの体勢が、後ろに崩れる。

好機を見逃さず、翼はさらに踏み込んで一閃。

刀身が肌に喰らいつき、胴体を深く裂く。

 

「・・・・ぐッ」

 

すぐに再生するにしても、痛みは感じるらしい。

怯んで後退し、膝を突くフィーネから目を逸らさないまま。

持っていた剣を空に放り投げる。

すると剣は物理法則を無視して巨大化、遅れて飛び上がった翼は両足のブレードからバーニアを吹かして飛び蹴り。

翼が持ちえる攻撃の中で、絶唱に次ぐ威力を持った『天ノ逆鱗』が襲い掛かる。

対するフィーネは、鞭を組み合わせて強化した障壁を複数展開。

翼の奥義を、真っ向から受け止めた。

拮抗する『剣』と『盾』。

どちらも高性能であるが故に、火花を散らして拮抗する。

 

「・・・・ッ」

 

真っ向勝負では埒が明かないと判断したのだろう。

フィーネは歯を食いしばりながら腕を振り上げると、それにあわせて障壁も傾く。

哀れ姿勢を崩すかと思われた翼だが、どうやら違ったようだ。

徐に刀を手に、大きく跳躍する。

握り締めた刃からは、炎が迸っている。

 

「ッ狙いは始めからカ=ディンギルか!?」

 

そうはさせるかと、フィーネは組み合わせていた鞭を解き、翼へと伸ばす。

鋭く空を引き裂き伸びていく鞭は、狙い通り翼を貫こうとして、

 

「スティンガーブレイドッ!!エクスキューションシフトッ!!」

「ちぃッ!」

 

フィーネは狙いを外さざるをえなかった。

手首を捻って半ば無理やり標的を変えれば、降り注ぐ光弾のうち、自分に向かってきていたものを叩き落す。

翼が目だけで振り返ると、第二波を展開してフィーネを威嚇するアリアの姿が。

見られていることに気づくと、血気迫る表情に変わる。

 

「構うなッ!!行けッ!!」

 

迫力ある中に、罪悪感がない交ぜになりながらも、託してくれている。

発破をかけられた翼は、カ=ディンギルの突起部分を蹴り付けて、より一層高く舞い上がる。

 

「獣畜生がッ!!」

「言ってろ!手負いの怖さ思い知らせてやるッ!!」

 

翼の闘志に呼応するように、炎も青く染まるほど燃え盛る。

歯を食いしばり、どこまでもどこまでも夜空を駆け抜けて、

 

「ぅうおおおおぉぉおおおおおおあああああああああああ―――――――――――ッッッッッ!!!!!!!」

 

雄叫びとともに、砲身を叩ききった。

 

「・・・・ぁ・・・・・ああ・・・・!」

 

機械に炎をぶつけたからだろう。

爆発が起こり、翼はあっというまに暴風と火炎に飲み込まれる。

フィーネが絶望しきった表情で、アリアが苦い顔で見上げる中。

カ=ディンギルは、その身を灼熱に両断された。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「―――――派手にやったなぁ」

 

うん、ちょっとやりすぎちゃったかも。

 

「いいさ、よくやったよ」

 

あなたにそう言ってもらえたなら、嬉しいな。

――――ねぇ

 

「何だ?」

 

私は、もう大丈夫だよ。

あなたが居なくなって、独りぼっちだって思い込んで、すごく辛かったけど。

だけど。

頼ってくれる後輩が出来て、守りたいものがはっきりしたから。

だから私は、もう大丈夫。

 

「・・・・そっか」

「あーあ、お前だけ先に行っちゃって、何かさみしーなー?」

 

ごめんね。

 

「責めてないって、また前を向けるのはいいことさ」

「・・・・けど」

 

なぁに?

 

「あたしは、いつでも一緒だかんな?お空から見守ってるって意味じゃない。あたしの『歌』が傍にあること、お前にだって分かるだろ?」

 

――――そっか

やっぱりあの子は、あなたの『歌』を。

ちゃんと受け継いでいるんだね。

 

「ああ・・・・『あいつ』が忘れていようがいまいが、それだけは変わらない」

「『あいつ』はこれからも、『歌』を紡いでいく」

「だからお前も、ここでくたばんなよ?」

 

分かってる。

『あの子』が掲げた信念も、『あの子』がこれから成すことも。

先達として、私が出来る範囲で見守るよ。

 

「うん、それが聞けただけで十分だ」

「そんじゃ、あたしはそろそろ行くわ」

 

うん、分かった。

実は私も、ちょっと眠たくって・・・・。

 

「はは、頑張ってたもんな」

「ちょっとくらい寝こけたっていいさ」

 

そう、だね。

ちょっと休ませて貰おうかな。

 

「おう、そうしろそうしろ。出番まで寝てろ」

 

うん、それじゃあ。

――――おやすみ、奏。

 

「おやすみ、翼」

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「お、のれッ!どこまでも邪魔をしおって・・・・!」

 

鞭で地面を抉って憂さを晴らしながら、フィーネはアリアを睨む。

 

「エレベーターシャフトに偽装した塔の建造、『不朽』の特性を持ったデュランダルをエネルギー源に利用・・・・構想自体は大したもんだったけど」

 

一方のアリアは響を磔から解放しつつ、真っ向から視線を受け止める。

 

「あの子らを侮ったツケだね、ご愁傷様だ」

 

響の体を横たえさせ、抜いたゲイボルグを手ごろな場所に突きたてて。

改めて、フィーネと向き合う。

 

「こちらとしても、月を破壊なんてさせるわけにはいかない・・・・重力変動による大規模な天変地異の数々、お祭り騒ぎにしちゃやりすぎだ」

 

治安維持に携わるものとして、放っておく理由も無いのだろう。

ある種の決意を秘めた顔で、背筋を正したアリア。

呼吸を整えて、目を開く。

 

「自力で異世界なんて答えにたどり着いたことに敬意を表して、改めて名乗ろうじゃないか」

 

足元に魔法陣。

攻撃準備を整えながら、続けた。

 

「時空管理局本局、第07執務隊隊長補佐。リーゼ・アリアだ。櫻井了子改めフィーネ、強盗、傷害、その他諸々の容疑で拘束する」

「・・・・そこは逮捕ではないのだな」

「『管理外の犯罪は管理外の法で』、諸々例外もあるけど、基本方針はそうなの」

 

『管理外』ということは『管理している』場所もあるということだろう。

意気消沈していたフィーネも、ここで捕まるわけには行かないと構える。

当然、アリアもここで見逃すつもりは無い。

ここで逃がしてしまえば、また月の破壊を目論むことが目に見えているからだ。

 

「人類の言語をバラバラにする呪詛・・・・それが本当だとしても、月の破壊なんて力技が過ぎる。悪いけど、あんたの企みはここで終わりだ」

「言ったな獣、止めて見せろ・・・・!」

 

数時間は戦いっ放しのはずなのに、フィーネは衰えを見せない。

だが、弦十郎に始まり、ロッテや響、クリスに翼と。

倒れていった彼らの全てが無駄ではないはずだ。

 

(あと、一息・・・・!)

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「ここです!ほら!」

 

時間は、翼が攻防を再開したところまで遡る。

急に大声を上げた藤尭は、パソコンの画面の一箇所を指し示した。

弦十郎と一緒に、友里や緒川、板場達学生も覗き込む。

基本的なデータが表示された画面。

『Gungnir』と示された、心電図らしきレーダーが。

数秒ごとに、かすかな起伏を刻んでいた。

回復を優先させるため、負担が少ないらしい猫形態になっていたロッテは。

頷くように鼻をふこふこ鳴らし、やがて納得して首を縦に振る。

 

「・・・・響は、まだくたばってないってことか」

「・・・・ッ!?」

 

下された判断に真っ先に飛びついたのは、未来だった。

半ば乱暴に友人達を掻き分けて画面に飛びつき、食い入るように見つめだす。

 

聖遺物(ロストロギア)との融合で、若干人間やめてたのが幸いしたんだろう。崖っぷちのギリギリとはいえ、まだ諦めていいってわけじゃない」

 

『落ち着け』という意味合いで、未来の手をたしたし叩きながら、仮説を述べるロッテ。

 

「確かシンフォギアに使われている聖遺物は、歌で起動するんだったね。それって適合者じゃなくてもいいのかい?」

「ええ、一人ひとりのフォニックゲインは少なくとも、数がそろえば巨大なエネルギーとなります。それこそ、停止状態の完全聖遺物を起動させるくらいには」

「それじゃあ、あたしらが歌えば響は起きる・・・・!?」

 

友里の答えを聞き、板場の顔が目に見えて明るくなった。

安藤や寺島とも見合わせて、一気に元気を取り戻す。

 

「で、ぶっちゃけどうよ?」

「十分にありえます!電源を切り換える必要がありますが、学校の設備がまだ生きているのなら、スピーカーを通じて歌を届けることが可能です!」

 

専門家達のお墨付きを貰ったとあっては、賭けない手はない。

 

「あんたにも手伝ってもらうからね。響のこと、支えてくれるんだろう?」

 

ほっと一息ついたロッテは、今ひとつ事態を飲み込めていない未来を見上げる。

未来は話しかけられてもなお、呆然としていたが。

やがてじわじわと涙が溢れてくる。

――――響が助かる。

それが分かっただけでも、十分幸福なのだろう。

 

「ほーら、泣かないの。この後大一番が控えてるんだから、ビシっと決めないとね」

「・・・・っ・・・・・ん・・・・!」

 

ロッテが涙を拭ってやれば、未来は何度も頷いた。




盛り返していきますよー!


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29ページ目

いやぁ、筆が乗る乗るww



追記:ミスって同じものを投稿していました。
すぐに消しましたが、混乱させてしまった方は申し訳ございません。


剣型の光弾を降らせれば、エネルギー弾に飲み込まれる。

鞭で穿てば、敏捷な動きで避けられる。

片や百戦錬磨の使い魔、片や聖遺物を知り尽くした賢者。

一進一退の攻防は、本人達ですら時間の感覚が薄れるほど続いていた。

 

「・・・・ッ」

「――――!」

 

一際大きな金属音。

何度目か分からない鞭の襲撃を、アリアが蹴り飛ばした音だ。

身を翻して着地をすれば、疲労の色を濃く見せるフィーネの姿が。

もっとも、肩で息をしているこちらもどっこいどっこいなのだが。

 

「存外にしぶとい獣だ、そろそろ死んでもいいんだぞ?」

「冗談・・・・!」

 

疲れていてもなお、口だけは回るようで。

フィーネの嫌味に対し、アリアは鼻で笑って否定した。

 

「あんたこそ、随分粘るじゃないさ?」

 

笑ってから、目を細める。

 

「ご自慢の砲台は真っ二つ、壊す予定の月も一部を剥ぎ取っただけ、敵対勢力もまだあたしが残っている上に、あんた自身も疲労困憊」

 

意外にも黙って耳を傾けるフィーネ。

聞いてやってもよいと思ったのか、単純に遮るのが面倒だと思ったのか。

 

「なのにあんたは観念するどころか、諦める素振りも見せやしない・・・・何故そこまで月にこだわる?あんたは何に執着している?」

 

アリアの問いかけに、フィーネは完全に沈黙した。

構えを解くと、目を伏せる。

辺りは一気に静寂に包まれ、風と虫の声しか聞こえない。

 

「・・・・もう、数千年前の話になる」

 

相手の呼吸が離れていても聞こえるようになった頃。

口が開く。

 

「私はこの世の創造主たる存在と、人間達を仲立ちをする巫女の役割を担っていた。だが私は何度も言葉を交わす内、いつしか『あの御方』に恋心を抱くようになっていた」

「・・・・は?」

 

アリアは、思わず間抜けな声が口を着いて出た。

慌てて口を塞ぐものの、もう後の祭り。

フィーネは機嫌悪そうに睨みつけている。

 

「・・・・だから私は、『あの御方』にいたる塔を建設しようとした。他でもないこの口で、直接想いを伝えるために」

 

当時を想起しているのだろう。

夜空を仰いだフィーネの目は、星空を見ていない。

 

「だが、人の身に余る所業は、『あの御方』の逆鱗にふれた。制裁の稲光の元、塔と共に一つだった言葉を砕かれたのだ」

「・・・・ッ」

 

話が見えてきた。

見えてきたからこそ、アリアは戦慄する。

『人の身に余る塔』に、『言語を別たれる』。

それは、とある『神話』の内容に酷似していたのだから。

 

「『バベルの塔』・・・・まさか、実際にあった出来事たぁね」

「よく知っていたな。異世界の者でも覚えがあるほど、語り継がれているとは」

 

自嘲気味に笑うフィーネ。

それは即ち、かの神話が現実のものであることを雄弁に語っていた。

更にもう一つ。

アリアは口元を引きつらせながら、考察を述べる。

 

「っていうか、何?あんたまさか、『あの御方』とやらに告るためだけに色々やらかしていたわけ?」

 

今までの話を総括すれば、嫌でもそんな結論にたどり着く。

彼女の言を丸々信じるのなら。

それこそ数千年もの間、今日まで計画を練り続け、『櫻井了子』として二課に潜り込み・・・・。

 

「―――――一途ってレベルじゃない」

「獣には分かるまいよ、胸を焦がす情熱を・・・・恋しくてたまらない苦しさを」

 

冷や汗まじりに『理解が難しい』と告げれば、胸元を押さえつつ見下される。

 

「・・・・」

 

恋心が分からない。

そう断言されたが、生憎アリアは少なからず知っていた。

すぐ近くに、似た感情を抱いた者が居たのだ。

周囲にからかわれたら赤面させ、言葉を交わせば年頃の表情を見せ。

そしてもう二度と会えなくなれば、涙と共に慟哭する。

あの頃はまだ契約していなかったが、割と分かりやすい娘だったこともある。

だからアリアは知っている。

恋焦がれ、胸を焦がすほどの想いを。

愛しい人と共に歩む、喜びを。

 

「・・・・さっきから獣獣って、ちょっと見下しすぎじゃないの?」

 

盛大にため息をつき、頭をかいて思考をリセット。

 

「そりゃ、恋愛なんてしたことないけどさ。何にも知らないと思ったら、大間違いだよ?」

 

すっきりした視界で、改めてフィーネを見据える。

 

「だいたいあんた、一つ見落としているのに気づいてる?」

「見落とし?」

 

怪訝な顔になるフィーネ。

無理も無い。

お互い満身創痍なこの状況で、更に見落としがあると指摘されてたのだ。

気にならないわけが無い。

くだらない内容なら切り捨てると、鞭を握り締める。

 

「あんたもそうだけどさ、長く生きてる連中って尽く人間を下に見るよね。まあ、色々知識を溜め込んでいるのもあるんだろうけど」

「ほう、では、私に止めを刺すのは人間だと?」

「おうさ」

 

やはりバカバカしい。

聖遺物を起動させる力や、思いもよらない観点での行動から。

完全に軽蔑しているわけではないが。

それでも懲りずに争い続ける姿を見るたび、諦めと幻滅を抱かずに居られなかった。

 

「何を期待しているのか知らんが、人の道を外れた身として忠告しよう。連中に過度な願望を抱くのはよせ」

「っは!」

 

『人間』を捨てた身として、目の前の人外に告げる。

が、アリアはあろうことか鼻で笑って切り捨てた。

 

「人ならぬ身だからこそ、言ってやるよ」

 

何を根拠にしているのかは分からない。

だが、彼女ははっきりとした確信を持って宣言する。

 

「―――――人間を、舐めるな」

 

『何故?』を問う暇はなかった。

二人が向き合う中、何かが聞こえてくる。

 

「・・・・何だ、これは?」

 

時折雑音が入るそれに、フィーネは眉を潜める。

 

「不快な、歌・・・・」

 

言い掛けて、我に返る。

この場にそろっているもの、起動するための条件。

 

「歌、だと・・・・!?」

 

答えを導き出したフィーネがアリアを見れば、奴は不敵に笑っていた。

 

「貴様・・・・!」

「あたしの役目はここまでだ!そろそろ出番だよ!」

 

今までの攻防も、これまでの問答も全ては時間稼ぎ。

いつの間にかはめられていたのだ。

殺意に屈することなく、アリアは声を張り上げる。

 

「――――――響ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

ここはどこだろう。

寒くて、暗くて、怖い。

覚えているのは、貫かれた痛み。

・・・・ああ、そうか。

わたしは死んだのか。

となると、ここは死後の世界になるのだろうか。

だとするなら、随分こざっぱりとした寂しい場所だ。

・・・・いや。

思えば、これが相応しい末路かもしれない。

未来から『響』を奪って、今までずっと騙してきたのだ。

そんなわたしは、天国にも地獄にも行く資格がないということだろう。

未来は泣くだろうか。

また泣いてしまうだろうな。

騙されていたにも関わらず、(わたし)を思ってくれた優しい子だ。

きっとどん底に落ちてしまうほど落ち込んでしまうだろう。

気になるし、それは嫌だけど。

もう、今となってはどうしようもない。

 

「―――――諦めちゃうの?」

 

うん、諦めちゃう。

命の生き死にをどうこうするなんて、とても人の手じゃ成しえないこと。

だから、しょうがない。

 

「もったいないなぁ、せっかくみんなが頑張っているのに」

 

みんな?頑張る?

 

「ほらほら、耳を澄まして?何か聞こえない?」

 

言われたとおり、耳に意識を集中させる。

・・・・確かに、何かが聞こえる。

これは、歌。

リディアンの校歌だ。

でも、何で今になって?

 

「みんなが諦めていないからだよ、未来だってもちろん、一緒に歌っているもん」

 

未来・・・・。

言われてみれば確かに聞こえる。

か弱いように見えて、芯の通った綺麗な歌声だ。

未来だけじゃない。

弓美ちゃんや創世ちゃん、詩織ちゃんも一緒に歌ってくれている。

みんなが、歌を響かせている。

 

「これでも諦めちゃう?みんなの頑張りを棒に振っちゃう?」

 

そんなわけない。

こんなに信じてくれる人達がいるんだ。

諦めることの方が失礼になる。

・・・・だけど、不安だ。

目覚めたら、立ち上がったら。

また、未来に嘘をつかなきゃいけなくなる。

そのことがどうしても気がかりになって、躊躇ってしまう。

 

「―――――へいき、へっちゃら」

「起きた後のことなんて、起きた後でも考えられるよ」

「大事なのは、あなたが、今、どうしたいか」

 

わたしが、今、どうしたいか。

・・・・もし。

もし、許されるのなら。

また、立ち上がってもいいのなら。

わたしは、この歌は・・・・!

 

「そう、その意気だ!」

「ほら、みんなが待ってるよ!」

 

ああ、分かっている。

許されていいのなら、立ち上がっていいのなら。

未来のところに・・・・!

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!」

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

光が昇る。

白んだ空に、『朝日』が灯る。

雑木林で、カ=ディンギル頂上で。

そして、フィーネの目の前で。

 

「なん、だ・・・・それは・・・・!?」

 

立ち上がった響を前に、目に見えて動揺するフィーネ。

彼女の動揺も仕方ない。

何せ、死んだと思った相手が立ち上がったのだから。

 

「何故再び立ち上がる!?ゲイボルグは確かに心臓を穿ったはず!!鳴り渡る不快な歌の仕業か!?」

 

誇らしげに笑うアリアの向かい、一歩踏み出しながら問いただす。

 

「お前が今纏っているものはなんだ!?それは私の作ったモノか!?それともまた魔法だというのか!?」

 

対する響は沈黙を保ったまま、ただただ光に包まれている。

 

「お前が纏っているのは何だ!?何なのだ!?」

「―――――は」

 

最後の問いかけに、響は笑う。

この人は、何を言っているんだと。

ならば教えてやろうじゃないかと、迸る『歌』を握り締めて、

 

 

 

 

「シンフォギアアアアぁぁあああアアアアアァァァぁああああああァァァぁぁぁ――――――――ッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

ありったけの雄叫びを上げながら。

翼やクリスと共に、大空に君臨する。




一期もいよいよ大詰め!
響は、未来は、どーなるのかッ!(笑


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30ページ目

今度はちゃんと30話ですよー。


大きく息を吸えば、肺が夜明けの空気で満たされる。

たった数時間心肺停止しただけで、こんなに懐かしく感じるものなのかと。

響はどこか感心しながら、息を吐き出す。

 

「何感傷に浸ってやがるこのバカッ!一辺ガチでおっ死んだんだぞッ!」

「あたっ!?」

 

どうやら思っていたよりも呑気な顔をしてしまったらしい。

クリスに遠慮なく頭をど突かれる。

 

「いたた、クリスちゃんひどいよぉ・・・・」

「ったく、死に目に立ち会ったこっちの身にもなれってんだ」

「全くだ、小日向達の歌で限定解除が叶ったから良いものの、普通ならとっくに涅槃行きだ」

 

翼は翼で、クリスもクリスなりに心配してくれたらしい。

二人を呆れさせてしまったが、また言葉を交わせることが響には嬉しかった。

 

「高レベルのフォニックゲインによる限定解除・・・・二年前の意趣返しか」

《んなこたぁどーでもいいんだよ!》

「念話までも・・・・!」

 

地上から睨み上げてくるフィーネを見下ろし、クリスが拳を握る。

この形態になれば、シンフォギアでも念話が仕えるらしい。

 

《世界に尽きぬノイズの災禍も、お前の仕業なのか!?》

 

響が一人感心している隣で、翼も一歩前に出て問いかける。

 

《ノイズとは、先史文明時代の人類が、同じ人類のみを殺戮するために開発した自立型の兵器だ》

 

律儀に同じ念話で返しつつ、嫌な笑みを浮かべるフィーネ。

語られた事実に、装者達が目を見開くのが分かる。

 

《バビロニアの宝物庫は開けっ放しでなぁ?私は十年に一度の偶然を、このソロモンの杖にて手繰り寄せているだけに過ぎない》

「・・・・ッ」

 

眉をひそめる響は、なんてこったと内心悪態をつく。

太古の昔から、幾千、幾万もの人間に地獄を見せ続けた怪物たちが。

同じ人の手で作られていたなどと・・・・。

やるせない気持ちに浸る暇もなく、フィーネがアクションを起こす。

空に向けてソロモンの杖を起動させれば、ありったけのノイズが街中を埋め尽くした。

街の惨状もそうだが、フィーネの一番近くにいるはずの恩師を案じた響は、そちらに目を遣る。

 

「邪魔をされては叶わん、そこで傍観しているがいい」

「ちょうど一休みしたかったところだ、遠慮なく休ませてもらうよ」

「減らず口を・・・・」

 

――――いた。

先ほどと同じ場所で、いつぞや響を拘束したのっぽのノイズに拘束されている。

 

《こっちは大丈夫、言ったろ?連中にとっちゃ、あたしは駆逐対象外だ》

 

見られていることに気づくと、アリアも念話を送ってきた。

正直後ろ髪を引かれる気分だったが。

他ならぬ本人から行けと言われれば、行くしかない。

響は力強く頷き、大空を駆け抜ける。

生憎適正が無かったため、自力での飛行は初めてだったのだが。

師匠たる遥や、その友人達の姿を何度も見ていたお陰か、イメージはしっかりつかめていた。

加えてガングニールが補助してくれているのか、思ったよりも余裕がある。

 

「いい加減芸が乏しいんだよッ!!!」

 

現場にたどり着けば、クリスが辛抱溜まらんと言わんばかりにレーザーをばら撒いていた。

地上では翼が大軍に突っ込み、片っ端から切り捨てている。

 

「・・・・ははっ」

 

二人の暴れっぷりに釣られ、獰猛な笑みを浮かべた響。

翼が手をつけていない一帯に向け、やや乱暴に着地。

雷光を迸らせて、拳を振り上げる。

殴打の音が鈍く響き、四肢が鋭く空を切る。

胴体をぶち抜く、頭をかち割る、首を圧し折る。

攻撃を受け流し、カウンターとばかりに魔力砲撃を叩き込む。

背後に大型。

叩きつけをするりと回避して懐に飛び込む。

爪を剥き出すように拳を構えて、胴体に狙いをつけて。

 

「おら、おらっ、おらッ、オラッ!!!」

 

獣のように荒っぽい、所謂『デンプシーロール』を。

重く深く、往復して突き刺し。

 

「―――――吹き飛べッ!!!」

 

最後にアッパーカットを決めて、フィニッシュ。

まだまだ猛攻は終わらない。

黒い砂塵の中から奇襲し、缶をつぶすように叩きつけ。

横薙ぎを回避して後ろに回りこみ、振り上げた踵で薪割りのように真っ二つ。

 

「ほらほら、どうしたの?」

 

ゆらりと立ち上がり、まだまだ残っているノイズを見渡す。

 

「獲物はここだよ?殺したいなら、向かってこないと」

 

挑発気味に笑いかけて、再び突撃する。

―――――一方その頃。

 

「ビッキー、何だか生き生きしてない?」

「アニメじゃないんだから、こんなの女子がしていい顔じゃないわよ・・・・」

「いつにない暴れっぷりだな・・・・いや、頼もしいけどさ」

「あーあ、こりゃ遥の影響受けまくりじゃないのさ」

 

猛攻を目の当たりにしていた面々は、顔を引きつらせていたなど。

響は知る由もなかった。

 

「ゥオラアアアアアァッ!!」

 

クリスが雄叫びと共に引き金を引けば、大空にレーザーが迸る。

 

「やっさいもっさい!!」

 

光の豪雨が降り注ぎ、上空のノイズを面白いくらいに仕留めていく。

 

《すっごい!乱れ撃ち!》

《バカッ、全部狙い撃ってんだっつの!》

 

響が感嘆の声を上げれば、クリスは全力で否定した。

しかし、これだけの数を正確に狙うというのは言うまでも無く高等技術である。

なので、どちらにせよ褒められることに変わりはない。

 

《あはは、それじゃあわたしは・・・・!》

 

クリスに触発されたのか、響は地面を蹴って上空に上る。

数多のノイズを見下ろしながら、陣を展開。

これまでの戦いで、『下ごしらえ』は十分に成されている。

いけるはずだ。

 

「――――――星よ集え、咎人に裁きの光を」

 

詠唱に呼応して、陣がゆっくり回転を始める。

すると吸い寄せられるように、何かが集まっていく。

 

「・・・・光?」

 

いや違う、恐らく魔力だ。

細々と固まった魔力が、手を掲げる響の下に集まっていく。

 

明星(あかぼし)は、全てを滅する焔と成せ・・・・!」

 

・・・・集まっている先の光が、妙に大きい気がするのは気のせいだろうか。

気づけば巨大な球を固定するように、リング状の陣が包み込んでいる。

 

「二人とも退いて!巻き込むよッ!!」

「おま、まさか・・・・!?」

 

掲げた手以外の手足を同じリングで固定して、響は下で戦っている二人に警告。

溢れんばかりの光を目の当たりにしたクリスは、いやぁな予感を抱いた。

 

「スターライトオオオォォォ・・・・!」

「やっぱりかよド畜生ォッ!!」

「雪音!?何を!?」

 

果たして、それは的中することとなる。

『この後』を察したクリスは身を翻すと、銃火器に疎いゆえに状況を飲み込めていない翼の首根っこを引っつかむ。

出せるだけの全速力で、必死に距離を取って、

 

「ッブレイカアアアアアアアアアア――――――――!!!!」

 

瞬間、背後から衝撃波。

崩れた体勢を整えつつ、翼とクリスが振り向けば。

群れの九割を吹き飛ばされたノイズの、成れの果てが。

大量の炭はビルを覆うほどの高さに上昇すると、轟音を立てながら街になだれ込んでいった。

 

「あ、のおバカッ!そこまで似らんでもよろしいッ!」

 

使い切れずに捨ててしまった魔力を再利用して放つ、『集束砲撃』なんて大技を使った響に対し。

アリアは全力で突っ込みを入れていた。

 

「お前なぁ・・・・!」

「あはは、テンション上がっちゃって、つい」

「『つい』でもろとも吹っ飛ばすんじゃねーよ!」

 

駆け寄ったクリスが響に掴みかかるのも無理は無い。

反省する様子のない彼女に、クリスは頭を抱えた。

 

「二人とも、茶番はそこまでのようだぞ」

 

フィーネを探していた翼の気配が研ぎ澄まされる。

それを感じ取った二人もまた、表情を引き締める。

カ=ディンギルの麓。

フィーネは徐にソロモンの杖を手にすると、腹につきたてた。

苦悶の声を上げながら膝を折ると、体が杖に絡みつく。

次の瞬間、空に幾つもの『門』が開き、フィーネに纏わり着いていく。

翡翠の光と共に、生き残ったノイズ達も向かっていく。

それはアリアを拘束していたものも例外ではない。

解放されたアリアはノイズの波を避けながら、響達の傍に上昇してくる。

 

「ノイズに取り込まれている・・・・!?」

「いや、逆だ!」

「ああ、あいつがノイズを取り込んでやがる!」

 

翼の呟きをクリスと共に否定しながら、アリアは身構える。

 

「―――――来たれ、デュランダル!」

 

赤いドロドロの中、フィーネの声が轟いて。

黄金の光が、昇ったと思ったら。

土煙の中から、赤い何かが昇る。

竜だ。

全身が鮮やかなワインレッドの竜が、響達の前に姿を現す。

そいつは嘴にエネルギーを溜めると、徐に解き放つ。

刹那の沈黙、瞬間。

轟音と共に、響が出した以上の火柱が昇った。

振り向けば、火の海と化した街並みが。

 

「――――逆さ鱗に触れたのだ」

 

呆然とする耳に、フィーネの声が届く。

 

「相応の覚悟は出来ておろうな?」

 

元の方に向き直る面々。

正真正銘、これが決戦だ。

唇を噛み締めた響は、拳を打ち合わせた。

 

「おらぁッ!!」

 

まずは牽制と、クリスが竜の体を満遍なく打ち抜く。

すると、傷ついた側から再生していく。

 

「はッ!」

「どりゃぁッ!!」

 

これならどうだと、翼が斬撃を飛ばし、響が続いて拳を打ち込み風穴を開ける。

だが、やはり巻き戻るように損傷が再生していった。

 

「ネフシュタンに加えて、デュランダルも備えてんだ。これくらいの再生は当たり前か・・・・!」

 

一連を見ていたアリアはそう結論付け、苦い顔をする。

 

「加えてソロモンの杖でノイズと融合してる・・・・あたしじゃ手出しの仕様が無い・・・・!」

「ご明察だ、獣」

 

竜の胸元、扉のような殻が開き中が見える。

深い赤のドレスに身を包んだフィーネが、デュランダルを携えていた。

 

「お前達もだ!所詮は欠片から作られた玩具!完全聖遺物に叶うと思うてくれるな!」

 

勝ち誇った声が上がったが、翼とクリスは今ので何かヒントを得たらしい。

目を見合わせると、徐に響を見やる。

 

「え、と・・・・?」

「・・・・要するに、あんたが切り札になりそうってこった」

 

いまいち飲み込めないらしい響に、アリアが説明する。

ざっくりしているのは、フィーネに悟られないためだろう。

肩を叩き、じぃっと教え子の瞳を凝視する。

暗に『やってくれるか?』と、問いかけていた。

響はなお困惑していたが、やがて一度目を閉じて。

清閑な瞳を見開く。

 

「―――――やってみます」

 

プランは決まった。

翼は剣を掲げると、力を込める。

彼女の思いに呼応した剣は、その刀身を巨大化させた。

 

「はあぁッ!!」

 

強化された『蒼ノ一閃・滅波』を叩き込み、竜を大きく負傷させる。

その中、クリスは攻撃を掻い潜りながら懐に飛び込み、フィーネの前へ。

敵地なのをいいことに、周辺を乱れ撃つ。

 

「ちぃッ・・・・!」

 

クリスを追い出すために殻を開ければ、まん前に剣を振り上げる翼が。

視界が遮られた隙に、急接近されてしまったようだ。

一瞬の動揺を、翼は見逃さない。

雄叫びと共に再び『蒼ノ一閃』を叩き込み、フィーネへ直接攻撃を仕掛ける。

黒煙に包まれる竜。

爆破の衝撃に煽られ、飛び出てくるものがあった。

 

「デュランダルを!?」

 

飛び出そうと身をかがめた響。

ふと飛来してきた物体に気づき、掴み取る。

正体は、自身を貫いた『こちら』のゲイボルグ。

 

「そいつが切り札だッ!!」

「勝機を逃すなッ!掴み取れッ!!」

 

投げてよこしたアリアが地上から叫び、翼もまた声を張り上げる。

クリスは狙撃で飛距離を稼げば、デュランダルが不自然に跳ねた。

仲間達の思いを受け取った響は、口元を引き締めて。

飛来してきたデュランダルを、引っつかむ。

 

 

 

 

そして、世界が反転する。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

『が、ぐううううう・・・・!』

 

やはり聖遺物二つ分のエネルギーは、負荷が大きいのだろう。

飛びそうな理性を歯を食いしばって保ちながら、響はくぐもった声を上げる。

溢れんばかりのエネルギーに、周辺は地鳴りを上げて揺れる。

それは、未来達がいる地下にもダイレクトに襲い掛かっていた。

未来は一緒に歌ってくれた生存者達と共に、備え付けのベッドの下に避難していた。

二課の職員達は変わらずモニターを見つめていたが、誰もが苦い顔をしている。

画面は、未来のいる場所からも見えた。

顔以外を真っ黒に染めた響は、獣のように唸りながら。

自らを荒ぶらせる衝動と、必死に戦っていた。

 

「このままでは、また・・・・!」

 

藤尭の不安げな声が聞こえる。

口ぶりから察するに、前にも似た状況があったのだろう。

見れば、弦十郎の表情も硬くなっている。

 

(このままで、いいの・・・・?)

 

搾り出すような声を聞きながら、未来は思う。

このままでいいのかと。

響が遠くに行くのは嫌だ、怪我するのだって嫌だ。

死ぬなんて以ての外だ。

だが、それだけでいいのか。

そうやって口で言うだけでいいのか。

縋って引き止めて、困らせるだけでいいのか。

 

(・・・・ダメだ)

 

そんなんじゃダメだ。

だって響が傷つくのは、いつだって誰かを助けるためで。

だからこそ、今まさにこうやって苦しんでいて。

願うだけではダメだ、求めるだけではダメだ。

守られているだけでは、ダメだ・・・・!

 

「・・・・ッ」

「未来さん、どちらへ!?」

 

気づけば未来は、駆け出していた。

気持ちは逸っていたが、緒川の問いに答える余裕は残っていた。

振り向きつつ、はっきり宣言する。

 

「地上に出ます」

「無茶よ!危険だわ!」

 

当然、反対の声が出た。

だが譲れないものがあるからこそ、未来は反論する。

 

「少しでも、響の力になりたいんです!守られるだけじゃない、響のことを守れる自分になりたい!」

 

思ったよりも大声が出た。

 

「頼りきりなんて、願うだけなんて、もう嫌なんです!!」

 

それでも、溢れる思いを止められない。

だから未来は、静止を振り切り走り出す。

 

「子ども一人で突っ走らないの、危なっかしい」

「ロッテさん!?」

 

廊下に飛び出して間もなく、ロッテが追いついてきた。

負傷を気にしてか、肩に乗っかってきた彼女はウィンク。

 

「――――彼女の言うとおりだぞ!」

 

振り向けば、弦十郎達もついて来ている。

 

「こんなナイスなアイデア、乗らない手はありません!」

「こういうとき活躍すんのはモブキャラって、相場が決まってるもんね!」

「わたし達だって、ビッキーを応援したいんだ!」

 

友人達の後押しもあっては、頼もしいと思わないわけが無い。

気持ちを高揚させた未来は、思いっきり速度を上げる。

目の前にシェルターの出口。

ノイズの侵入を防ぐため、硬く閉ざされている。

 

「開けんのが面倒だ!吹き飛ばすよッ!!」

 

肩のロッテが言うなり、未来の周囲に剣型の光を発生させる。

 

「スティンガーブレイドッ!!!」

「おおおおお――――ッ!!!」

 

鋭く発射された刃が扉を穿ち、堅牢な守りに綻びを作る。

そこへ弦十郎が飛び込み、一撃。

哀れ扉は、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「ッ響!!」

 

土埃を掻い潜りながら外に飛び出れば、響の声がすぐ上から聞こえる。

相変わらず苦悶の声を上げ続けている響。

弦十郎が『正念場だ!』と声を張り上げれば、こちらに気づいて振り向く。

 

「強く自分を意識してください!」

「昨日までの自分を!」

「これからなりたい自分を!」

 

続いて、緒川、藤尭、友里が。

 

「あなたのお節介を!」

「あんたの人助けを!」

「今度は、わたし達が!」

 

寺島が、板場が、安藤が。

 

「感情に振り回されるなッ!乗りこなせッ!!」

「教えたはずだよッ、響ィ!!」

 

ロッテと、合流したアリアも。

響が闇に飲まれぬよう、声援を送る。

 

「屈するな司、胸に抱えた覚悟。私に見せてくれ!」

「お前を信じ、お前に全部賭けてんだ!お前が自分信じなくてどうすんだよッ!」

 

翼とクリスも寄り添いながら、必死に語りかける。

未来は、

 

「・・・・ッ」

 

何も、言えなかった。

自分を手放してしまいそうな響の姿を突きつけられて、かけようと思っていた言葉が吹っ飛んでしまった。

心が、恐怖に支配される。

響が離れていく恐ろしさに、全身が麻痺する。

 

(ダメ・・・・何か、何か言わなきゃ・・・・!)

 

一方では、かすかに残った勇気が必死に奮い立とうとしていた。

何でもいい、何か言葉をかけてやらねば。

今ここで、何もしなかったら。

小日向未来は、一生後悔するぞと。

なのに体は言うことを聞かない。

唇は震え、歯の根は上手くかみ合わない。

 

「ゥウ・・・・!」

 

もたついている間に、とうとう響の顔を黒が覆ってしまった。

 

「うううゥゥゥうううおおおオオオおお■■ガアアアアア■■■■■――――――――ッッッ!!!!!」

 

赤い瞳がぎらつく。

牙を剥く。

湧き上がるように咆哮が轟く。

 

「――――――」

 

もう、なりふり構わなかった。

息を呑んだ未来は、ありったけの声を張り上げる。

 

 

 

「響いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ――――――――ッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

―――――止まった。

咆哮が、振動が。

 

「響!」

「ビッキー!」

「司さん!」

 

自分に倣って名前を叫ぶ友人達の声を聞きながら、未来は固唾を呑んで見据える。

情けないことに、もう何も浮かばなかった。

どうか、どうか。

手を組んで祈らないのは、一緒に戦うという最後の意地だ。

かくして、その『奇跡』は降臨する。

響の手元と胸元、光が灯る。

灯った光は、体を塗りつぶしていた黒を押し返していく。

握り締めていた聖遺物も、一つとなり。

現れたのは、一振りの槍。

 

「デュランダルの原初の姿、ドゥリンダナだと!?バカなッ!!」

 

フィーネの焦った声が聞こえる。

彼女の頭脳を以ってしても、あの槍の出現は予想外だったらしい。

 

「どうやって顕現させた!?何を束ねた!?」

 

叫ぶような問いに答える前に。

響は、未来に視線を向けた。

目が合い、緊張で硬直する未来に、戦場に似つかわしくない柔らかい笑みを湛えて。

 

―――――ありがとう

 

ギリギリ読み取れるかすかな動きで、たったそれだけを告げる。

そして瞬きの合間に向き直ると、携えた『黄金』を振り上げた。

 

「響きあうみんなの歌声がくれた・・・・!」

 

響だけではない。

翼やクリスも合わせた、三人分の闘気に呼応し。

輝きがあふれ出す。

 

「シンフォギアだああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

 

雄叫びと共に振り下ろせば、赤い竜は再生で対抗しながらも切り裂かれていく。

交差する。

響と、フィーネの視線が。

それも束の間。

巨大な『雲』を吹き上げて、赤い竜はその体を派手に崩壊させたのだった。




何とか決着です。
ひびみく出来てるかしら・・・・(


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31ページ目

皆さん、前回の『槍』への反応ありがとうございます。
『ガーチャー』やってる身として、一回やってみたかったネタなので。
個人的にちょっとした達成感を感じておりますww


ネフシュタンの『無限再生』。

デュランダルの『不朽』。

ゲイボルグの『絶対殺害』。

反発し、せめぎ合う特性を抱えたこれら三つ。

結果として矛盾を超えた矛盾を生み出し、互いを消滅させる形となった。

もはや手元に残っているのは、潰し合いを逃れたソロモンの杖のみ。

万全の状態ならいざしらず、崩壊が始まっているこの体ではとても戦えそうになかった。

 

「潮時、か」

 

此度も失敗。

あと一歩というところで、悲願は叶わなかった。

・・・・別に、『死』自体はもう慣れた。

内にくすぶる魂は、既に何百もの人生を重ねている。

流石に子どもが注射を嫌がるような嫌悪感は少なからず抱くが、むしろそれだけだった。

それに敵対した者達にとっては、それが一番いいのだろう。

今回もまた、手酷く裏切ったのだから。

――――だと、いうのに。

瓦礫が動く。

夕日が暗がりに差し込み、思わず目を細める。

 

「―――――ああ、よかった」

 

茜色の中、こちらを見つけて笑う少女。

 

「やっと見つけましたよ、立てますか?」

 

 

 

 

 

 

 

―――――何故、この子は。

躊躇い無く手を差し出せるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終わるなり、ふらっと居なくなった響。

落ち着かない未来の前に再び現れたのは、夕暮れ時のことだった。

どこか達成感溢れる顔で彼女が抱えていたのは、フィーネ。

もはや抵抗すら諦めたらしい。

呆れきっているその姿は、『疲労困憊』『満身創痍』という言葉が似合っていた。

 

「・・・・何を、考えている」

 

手近な瓦礫に座らされたフィーネが力なく問いかけた。

敵対していた自分を助けたことが、疑問だったらしい。

対する響は、小さく唸りながら考えて、

 

「・・・・大した理由はありません、何となく、ほっとけないなって思ったんで」

 

程なくして、照れ笑いしながら答えた。

 

「・・・・なんだ、それは」

「やっぱり可笑しいですかねぇ」

 

フィーネの呆れた声に、気の抜けた誤魔化し笑いを返す響。

が、不意に黙り込むと、静かに口を開く。

 

「・・・・もう終わりにしませんか、了子さん」

「フィーネだ」

 

なお呼ばれる『了子』の名前が、即座に否定される。

ため息を一つついたフィーネは、ふらつきながら立ち上がる。

手助けしようとした響の手を拒絶しながら、こちらに背を向けた。

 

「・・・・『統一言語』が失われ、相互理解の方法を失った人類は、ノイズを創造した。『同胞』と分かり合うことよりも、『敵』を排除することを選んだのだ」

「・・・・人が、ノイズを」

 

誰とも無い呟きを肯定するように、フィーネは拳を握る。

 

「だから私は、この道しか選べなかったのだ・・・・!」

 

・・・・本当は。

フィーネだって、もっと穏便な方法を選びたかったんじゃないだろうか。

『ただ想いを告げる』という自分勝手な目的に、誰かを巻き込みたくないという良心があったのではないだろうか。

だけど彼女のそんな願いを他所に、人間達は相手を糾弾して、傷つけて、脅かして。

変わり映えしない醜い様を、永い永い間見せ付けられたのだとしたら・・・・。

それでも、

 

「人と人とが繋がることの大切さ、分からないわたし達じゃありません」

 

それでも響は、『人』を信じる道を選ぶ。

かつて彼女を追い詰めたのは『人』だったが、救い上げたのもまた『人』なのだ。

繋いだ手の、抱きしめてくれたときの温もりを。

響は信じたかった。

振り向いたフィーネは、一度目を閉じる。

そして次の瞬間、勢いよく見開いて。

 

「はああッ!!」

 

鋭く、鞭を伸ばした。

すぐさま反応した響が懐に潜り込み、拳を向けるが。

狙いがそちらでないフィーネにとっては、些細なことだった。

 

「私の勝ちだァッ!!!」

 

遥か上空、切っ先が伸びた先は。

カ=ディンギルにはがされた、月の欠片。

 

「でええええええッ!!!!!」

 

突き刺さる手応えを感じるや否や、足元を巻き込んで一本背負い。

鞭は抜けてしまったが、フィーネは笑みを消さなかった。

 

「月の欠片を落とすッ!!」

「はぁッ!?」

 

素っ頓狂な声と共に、一同の視線が空に向く。

宣言どおり、月の欠片がゆっくりと下降してきていた。

 

「後々の禍根はここで潰すッ!!」

「あんたも無茶苦茶やるなぁ!」

「遥だけでお腹いっぱいだってのに・・・・!」

 

リーゼ達の嘆きを無視して、フィーネは続ける。

 

「例えここで私が果てようとも、アウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度でも蘇るッ!!いつかの時代!どこかの場所で!再び『あの御方』に相見えるためにッ!!」

 

彼女の体は、既に崩壊を始めている。

なのに声に衰えが無いのは、死に慣れているからか、それとも単なるやけっぱちか。

 

「私は永遠の刹那に存在し続ける巫女!フィーネなのだああああああッ!!!」

 

ゲラゲラと、笑い声が響く。

事態を飲み込んだ順から、動揺が伝播する。

そのまま、恐怖に昇格しかけて。

 

「・・・・そうですね」

 

胸に、拳が当てられる。

何かを託すような仕草に、フィーネも笑い声をやめる。

響は一歩引きながら、笑いかけた。

 

「人と人とは、いつか繋がれる事。言葉を超えて、世界を超えて、分かり合えること。了子さんが伝えていってください」

 

今度こそ、フィーネは呆ける。

託そうと言うのか。

一度は憎しみを抱いた相手に、自らを含めた人類の行く末を。

 

「わたしには出来ないから、了子さんなら、出来ることだから!」

 

緊迫した状況にも関わらず、笑顔をやめない響。

――――本気だ。

冗談や道楽ではない。

この子は本気で、敵対者を信じようとしている。

 

「・・・・本当に、ほっとけない子ね」

 

完敗だ。

第三者に判断を下されるまでも無く、フィーネの敗北だ。

だから彼女もまた、笑みをこぼす。

歩み寄って、胸を小突き返す。

 

「胸の歌を、信じなさい」

 

そして、親が我が子に送るような声を最後に。

フィーネの体は完全に崩れ去った。

風に乗り消えていく、成れの果て。

響は神妙な面持ちで、見送っていた。

 

「起動計算出ました、このままだと、直撃します・・・・!」

 

感傷に浸っている暇はない。

フィーネとの会話の裏で仕事をこなしていた藤尭が、計算結果を報告する。

空の巨大な物体は、先ほどよりも接近していた。

 

「響!あんたがやったドカーンってやつで、あれ吹っ飛ばせないの!?」

「うん、無理」

 

響は、板場の問いかけをばっさり切り捨てる。

 

「『未熟者』って、こういうときに役立たずなんだよね」

「そんな・・・・!」

「お二人はどうなんですか?」

「ビッキーの先生に、何とかこっちに来て貰えるように言うことは・・・・!?」

 

肩を落とす板場の後ろで、寺島と安藤がリーゼ達に詰め寄るも。

 

「頼ってもらってなんだけど、あんだけのものを吹っ飛ばす魔法は持ち合わせてないねぇ」

「遥もかなり遠方にいるから無理だね、それ以前に火力が足りない」

「そう、ですか・・・・」

 

申し訳なさそうな顔の前に、あえなく撃沈した。

 

「ま、あの人に頼りきりってのも情けねぇ話だ」

「ああ、私達でなんとかするしかあるまい」

 

空を睨む、装者三人。

飛び立とうとする背中を、

 

「―――――響!」

 

未来は引き止めた。

黙して振り向き、凝視する響。

向ける瞳は、何かを決意しているようで。

 

「――――へいき、へっちゃら」

 

ふと、笑みを浮かべた響は、歩み寄る。

未来の手を取り、頬に寄せながら額同士を重ねた。

 

「すぐに戻るから、待ってて」

「ひびき・・・・!」

「未来」

 

離れる額。

手はしっかり握られたまま、花の咲くような笑顔が見えて、

 

「大好き」

 

短く、それだけを告げた。

 

「ひびっ・・・・!」

 

なお引きとめようとする手を交わしながら、大空に飛び立つ。

心残りを振り払うように、やや乱暴に加速して。

 

「 Gatrandis babel ziggurat edenal 」

 

風を切り、

 

「 Emustolonzen fine el baral zizzl 」

 

雲を超え、

 

「 Gatrandis babel ziggurat edenal 」

 

星へ至り、

 

「 Emustolonzen fine el zizzl... 」

 

天上の彼方へ。

息吹が感じられない闇の中。

響は、拳を握ろうとして、

 

《おいてけぼりたぁ、つれないじゃねぇか!》

 

聞こえた声に、振り返る。

 

《こんな大舞台で挽歌を歌うことになるとは、司にはつくづく驚かされっぱなしだ》

《ま、腹いっぱい歌うにゃちょうどいいんじゃねぇの?》

 

追いついてきた翼とクリスが、笑いかけてくれる。

 

《すぐに戻るんだろ?早いとこすませるぞ》

《・・・・うん!》

 

自然と、三人は手を繋いでいた。

胸に沸きあがる旋律を隠さないまま、静かな空に奏でる。

本当の剣になれて、悪くない時をもらったと。

両隣から、まるで語りかけるような歌声が聞こえる。

 

《みんながみんな、夢を叶えられないのは分かってる》

 

そうだ。

世界はいつだって『こんなはずじゃないこと』で溢れている。

 

《それでも、夢をかなえるための未来は、みんなに等しくなきゃいけないんだ》

 

遥との出会いで、変わったのだろう。

クリスの声は、やけに穏やかだった。

 

《命は、尽きて終わりじゃない》

 

想起する。

片割れを失った空虚な日々。

日常のどこかに、いつも側に居た陰を追い求めた日々。

 

《尽きた命が残したものを受け止めて、次代に託していくことこそが命の営み》

 

そんな中現れた後輩は、片割れの『歌』をしっかり受け継いでいた。

助けを求める誰かのために、声を張り上げられる覚悟を秘めていた。

 

《だからこそ、剣が守る意味がある》

 

翼は、響との出会いで何かしらのきっかけを掴んだのだろう。

響個人としては、何もした覚えはないのだが。

微笑を向けられてしまったら、否定するのは失礼な気がした。

前を見る。

月の欠片は、もう目の前。

 

《例え声が枯れたって、この胸の歌だけは絶やさない》

 

こんな自分にも、託してくれる人が居る。

『歌』を信じろと、応援してくれる人が居る。

何より、待ってくれる優しい人が居る。

 

《終わりの音告げる鐘の音奏で、鳴り響き渡れッ!!》

 

ならば、自分に出来ることは一つ。

信じてくれる人達のため、大好きなあの子のために。

この世界を、明日に繋げること・・・・!

翼は剣を最大まで巨大化させ。

クリスはありったけのミサイルを背負う。

響は腕と脚のジャッキを限界ギリギリまで伸ばし、加えて稲妻を纏わせた。

狙いは、月の欠片のみ。

 

―――――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!

 

雄叫びを上げて、叩き込む。

ミサイルが、斬撃が、拳が。

撃ち抜き、切り裂き、砕き壊し。

巨大な岩塊は、あっという間に破砕する。

 

「げ、ほ・・・・!」

「大丈夫か・・・・!?」

 

絶唱を口にしたからだろう。

響の口元から、血が零れる。

気遣ってくれるクリスも、響より余裕はありそうだが。

疲労が限界まで達しているのが分かった。

 

「二人ともまだ動けるか?ここにいては危険だ、早く地上に・・・・」

 

一番余裕があるらしい翼が、二人を気遣って手を取ろうとする。

 

「ッぁぶな・・・・!」

「何を・・・・!?」

 

取ろうとして、クリスもろとも突き飛ばされた。

こちらに手を向けた響は、心底安堵した顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、岩石が衝突する。




死亡フラグ「いつからへし折れたと錯覚していた・・・・?」


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32ページ目

ついに・・・・。


『ルナ・アタック』。

突如月が欠けたことにより、世界中を震撼させた大事件。

首謀者は騒動の最中で落命しているが、世間にとっては些細なことだった。

露見した新たな力『シンフォギアシステム』の存在。

単体で戦車と渡り合うほどの戦闘力から、『明らかな憲法違反である』とメディアは批判。

海外諸国も、アメリカを中心に追求をしていく方針を固めている。

だが、アメリカにはフィーネと共謀した容疑があるため。

訳知り連中の心境は複雑だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告げられた言葉が、頭にこびりついて離れない。

胸が引き裂かれるような感覚を覚えて、腹がかき回されるような感覚を覚えて。

隣にあの子がいない現実が、嫌でも突きつけられて。

それでも、期待してしまうのだ。

彼女が寮の扉を開けて、『疲れたよー』なんていいながら戻ってくることを。

『待たせてゴメン』なんて平謝りしながら、ご機嫌取りに抱きついてくることを。

だから。

隣に誰も居ない日々を彷徨いながら、帰ってこない彼女を待ち続ける。

戻ってこない温もりを想起しながら、体を凍えさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降っている。

土砂降り一歩手前の、大量の雨粒に打たれながら。

未来は傘も差さずに、バス停に立つ。

と、乗る予定のバスが来た。

乗客達の、好奇や心配の視線にさらされながら、乗り込んだ。

――――あれから既に、三週間が経過している。

弦十郎達二課のスタッフは未だ後始末にてんてこ舞い。

その上でノイズにも対処しなければならないのだから、多忙を極めていることだろう。

・・・・装者達は。

翼とクリスは、リディアンから遠く離れた山奥で、ボロボロになっているのを発見された。

響は、いなかった。

すぐに捜索隊が組織され、リーゼ達魔導師達も手伝ってくれたらしい。

だけど、結局成果を得られず。

 

「・・・・」

 

我に返る。

目の前には墓。

未来と同じように、雨にずぶ濡れになりながら。

ぽつんと佇んでいた。

――――現在。

響の生存は絶望的として、行方不明扱いから死亡扱いに切り替わるとのことだ。

国の機密を握っている人間なので、死んだことは公表されない。

戒名も無いシンプルなデザインの前に、未来が渡した写真が立てかけられている。

だが、ここに響は居ない。

まさしく形だけの、虚しく悲しいお墓だった。

しばらくの間、未来はぼうっと突っ立っていたが。

やがて雨粒に負けないほどの涙をこぼし始め、崩れ落ちる。

 

「・・・・そつき」

 

持ってきた花を握り締め、声を絞り出す。

 

「うそつきぃ・・・・!」

 

濡れた顔を拭わず、墓石を睨みつける。

 

「帰ってくるっていったじゃない、すぐに戻るっていったじゃない!何で死んじゃうの、何でまた追いてくのぉ・・・・!?」

 

腰に上手く力が入らない。

響がいないと分かっていても、ここから離れたくない。

 

「出来ないなら最初から出来ないって言ってよ!わたしだって、響が大好きなんだよ!?響ばっかりずるいよぉ、わたしにも大好きって言わせてよぉ!!」

 

堰を切った想いは、止まらない。

何度もしゃくりあげながら、雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔で。

独りきりなのを言いことに、大声でまくし立てる。

 

「こんなの、もうやだよぉ・・・・戻ってきてよ、ひびきぃ・・・・・!」

 

仕舞いには、声を上げて泣き始めてしまった。

子どもっぽく泣き叫ぶ彼女を、誰が責められようか。

大切なものがあって、もう二度と触れられないところに行ってしまって。

どれほど切望しても、どれほど希っても。

この声は、願いは。

居るかどうかも分からない神様にすら、叶えてもらえない。

 

「・・・・ぅ、く・・・・ふえ・・・・・!」

 

未来の目元が真っ赤にはれて、涙が収まってきた頃。

呼応するように、雨脚も弱まる。

辺りは静まり返り、遠くにカエルの声が聞こえるほどだ。

落ち着いた未来がなおもしゃくりあげながら、静かに呼吸をしていると。

 

「――――ッ?」

 

聞こえた大きな音に、肩を跳ね上げる。

恐らく車がぶつかったのだろう。

 

「きゃあぁ――ッ!誰か助けてえぇ!!」

 

ほどなく聞こえた悲鳴に何を思ったのか、未来はふらふらと立ち上がっていた。

音や声からして、すぐ近くのはずだ。

おぼつかない脚に喝をいれながら、未来は走り出す。

辺りには、ノイズの警報が鳴り響いていた。

 

「あ・・・・ああ・・・・!」

 

―――――思ったとおり。

件の女性は、墓場からの階段を下りてすぐの場所に居た。

車でノイズから逃げていたようだが、運悪く電柱にぶつけてしまったらしい。

囲まれた女性は、不安げにノイズを見渡していた。

 

「こっち!」

「え、あ・・・・!?」

 

ノイズの間をすり抜けて、女性の手を掴み。

未来は再び走り出した。

―――――二人で、逃げ惑う。

『春先』と『二年前』を思い出す構図に、未来はまた泣きそうになる。

だが今はダメだ、泣くときではない。

意味のない咳払いで、涙を抑えながら。

未来は見知らぬ女性と共に、どこにいくでもなく逃げ回る。

 

「きゃっ・・・・!」

 

後ろが気になり振り向けば、突進している個体が見えた。

咄嗟に女性を突き飛ばして逃がし、自身も飛びのいて回避する。

女性を案じて見てみると、上手いこと物陰に倒れこんでいた。

 

(・・・・あの時と、同じ)

 

フラッシュバックする。

今よりもずっと情けなかったあの頃。

走り去る響を、引き止めることすら叶わなかったあの頃。

途端に、胸が熱くなった。

情熱でも、怒りでもない。

だけど、確かに成し遂げたいと思う熱さが灯った。

 

「―――――ほら!おいで!」

 

気づけば未来は、両手を広げて叫んでいた。

ノイズの注目が、一点に向けられる。

 

「こっちだよ!」

 

ダメ押しでもう一度叫びながら、踵を返して走り出す。

 

「小日向!?バカな真似はよせ!!」

「戻って来い!おい!行くなぁッ!!」

 

背後から聞こえた翼達の声に。

これで一緒に居た女性はもう大丈夫だと、未来は小さく安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・は・・・・はッ・・・・はあ・・・・!」

 

もうどれほど走っただろう。

やはりノイズというのは諦めが悪いらしく、何時間も駆けずり回っている感覚だ。

既に全身は鉛のように重たく、膝も気を抜けば爆笑して使い物にならない始末。

未来はシンフォギアなんて持ち合わせていないし、ノイズ達はそんなのお構い無しに追ってくるので。

結局は走らざるを得ない。

しかし、同じ状況が続くかと言えば、そうでもない。

 

「あぁッ・・・・!!」

 

坂道、足がもつれ躓く。

受身を取れなかった未来は、アスファルトの上をきりもみしながら転がっていく。

それなりに長い坂道だった所為で、下に降りきってもなお転がっていき。

 

「げほげほッ・・・・ッあ、ぐぅ・・・・!」

 

仕舞いには、電柱にぶつかって止まった。

全身が痛くてたまらない。

多分何箇所か折ってしまったのだろう。

苦しみながら咳き込んだ未来は、周囲が陰っていることに気づいて。

 

「――――――――あぁ」

 

こちらを見下ろす、大型と目が合ってしまった。

鬼のように歯を食いしばっているようなノイズは、見上げられるなり腕を振り上げる。

未来なんて木っ端微塵になってしまいそうな、大きな腕だ。

呆然と見上げた未来は、息と共に状況を飲み込んで。

 

(ああ、よかった)

 

場違いなほど、穏やかな笑みを浮かべた。

 

(響のとこ、行ける)

 

逃げ場は無い、逃げる体力も無い。

逃げるつもりもない。

そっと目を伏せた未来は、ノイズが動く気配を感じ取って。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――ッ!!!!!!」

 

轟く、咆哮。

 

「 ブ レ イ ク ッッッッッ!!!!!!!!」

 

未来の目の前、降り立つ光。

 

「インッ、プァルッ!!!ッスウウウウウウウウウ―――――――!!!!!」

 

マフラーを靡かせた彼女は、ノイズの顎にアッパーカットを突き刺して。

重い、重い一撃で、消し飛ばしてしまった。

 

「――――」

 

破壊の余波で、髪が靡く。

濡れた体に炭が付着し、泥だらけだった服が更に汚れてしまうが。

今の未来には、そんなこと些細極まりなかった。

 

「――――ごめん、遅くなった」

 

倒れる残骸から庇うように立った響は、言葉通り申し訳なさそうに振り向いた。

 

「・・・・ひびき」

「うん、みく」

 

呆然と呼べば、返事が返ってくる。

鼓膜を震わす声は、幻聴じゃない。

――――いや、安心するのはまだ早い。

温もりを感じていない以上、本格的に自分がイカれている可能性は否定できない。

 

「・・・・~~ッ」

「ッ未来!」

 

痛みを堪えて立ち上がれば、案じた響が即座に駆け寄り抱きとめる。

 

「未来、大丈夫?」

 

腕を回されて、温もりに包まれてやっと。

響が本物だと確信した。

 

「わたしだけ機密事項が多すぎて、中々帰れなかったんだ・・・・待たせて、ごめん」

 

目が合った響が何か言っているが、それどころじゃない。

響が生きていた、それは嬉しい。

響がまた笑ってくれた、それも嬉しい。

響の温もりが失われなかった、そりゃあめでたいことだ。

だけど、それ以上に。

未来の胸には、怒りが燃え盛っていた。

 

「―――――ッ」

 

腕を振るう。

手のひらに針を刺した様な痛みが走り、響の顔がそっぽを向く。

無理に動いた所為で、体の痛みがぶりかえったが。

そんなの今は関係ない。

 

「・・・・みく?」

 

響の頬の片側が、目に見えて赤く腫れ上がっていく。

呆然とする胸倉を掴み上げた未来は、息を吸い込み。

 

「響の、バカッッッッ!!」

 

ありったけの声で、怒鳴りつけた。

 

「み・・・・!?」

「どうして自分を大切にしてくれないの!?死に掛けたの、これで何回目よッ!?」

 

反応する隙も与えない。

聞こえていようがいまいが関係ない。

 

「何も知らされずに待たされるこっちの身にもなってよ!!!響がいない間、ずっと怖くて怖くて、寂しかったんだよ!?」

「ぁ、ぅ・・・・」

 

口答えは許さない。

こうでもしなければ、こっちの主張を聞いてくれない。

 

「わたしは帰る場所なんでしょ!!?だったらちゃんと帰ってきてよッッ!!例え世界が救われたって、響が隣に居なきゃ意味無いじゃない!!!!」

 

本当は分かっている。

こんなのよくないって分かっている。

だけど、もう我慢なら無い。

耐えられない。

大好きなあなたが居ない世界なんて、生きてたってしょうがない。

 

「・・・・ッ」

 

ああ、ダメだ。

また泣きそうだ。

それでも言わなきゃ、言ってやらなきゃ。

 

「・・・・死んでやるんだから」

「・・・・ぇ」

 

目を見開いた響に、止めを刺す。

 

「響が死んだら、わたしだって死んでやるんだからあぁーッ!ぅわああああああああ――――ッ!!!」

 

涙が溢れてしまった。

泣き顔を見られたくないから、肩口に顔を埋める。

響を逃がさないよう、しっかり抱きしめる。

体はまだ痛い、だけど響が居なくなることがもっと怖いし辛い。

言っていることはしっちゃかめっちゃかになってしまって、もう泣き声しか上げられない。

 

「・・・・」

 

響は、しばらく突っ立ったままだったが。

やがて、泣き叫ぶ未来の肩を、まるで割れ物を扱うように。

優しく、そっと抱き返す。

 

「ふ、ぐっ・・・・ひびきぃ・・・・?」

 

未来が顔を上げれば。

響の顔が、近づいて。

 

「―――――いいよ」

 

――――唇に感覚が残ってもなお。

何をされたのか理解するのに、少しの時間を要した。

今度は未来が呆然とする番だった。

 

「わたしが死んだら未来も死ぬ、未来が死んだらわたしも死ぬ」

 

少し強く抱き寄せて、耳元で囁かれる。

 

「一緒に死のう、未来」

 

――――『告白』と呼ぶには、余りにも歪んでいる言葉だった。

いや、重たさで言えばむしろプロポーズの方が近いかもしれない。

だが。

響の表情、声のトーンは本気だ。

本気で、共に果てるつもりだ。

対する未来は、まだ呆けていたが、

 

「――――――ッ」

 

結局最後には、安心しきった満面の笑みを浮かべて。

響に身を寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.月S日

人がわたし達を見たら、きっと後ろ指をさすと思う。

でも、これでいいと思えてしまうわたしがいる。

わたしは、未来が好きだから。

こんな異物に優しくしてくれる健気なあの子が、大好きだから。

だから。

あの子のために、わたしは死にたい。




これで一期は幕です(
ラヴラヴ重依存な二人。
「ふ」じゃないんです、「う」に点々なんです(

笑顔で終わっていますから、ハッピーエンドでもいいですよね?
え?アウト?
そうですか(´・ω・`)


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幕間
33ページ目


前回のエンダアアアアアアについて、意外と好印象でちょっと拍子抜けしてる自分です。
結構重めに書いたつもりでしたが、世間一般ではこれが普通なのでしょうか?

追記:管理局の年数についで盛大に勘違いしてしまったので、修正・・・・。


――――海鳴市。

律唱市の二つ隣に位置する街である。

高度な教育が受けられる付属学校や、山中に佇む温泉宿。

コーヒーとシュークリームが絶品の喫茶店など、語れる名物は多々あるが。

ここを訪れた人はまず、地名にも入っている海を褒めるという。

 

(なるほど、悪くない眺めだ)

 

駅のホームから見える海を見て、噂の真偽を一人納得する弦十郎。

すぐにかぶりを振って切り替え、早々に改札を通る。

今回この街を訪れたのは、観光目的ではない。

スマートフォンで送ってもらった地図を確認しながら、街中に繰り出す。

賑やかな駅前を抜け、喧騒が大人しくなった住宅街へ。

 

「・・・・ここか」

 

景観を壊さないように佇むマンションを見上げる。

地図と照らし合わせても間違いなさそうなので、目的地はここで間違いないようだ。

入り口にいた守衛に声をかければ、話は通っていたようで。

いくつかの質問と顔写真を撮られた後、入ることを許された。

今度は地図と一緒に送付されたメモとにらめっこしながら。

エレベーターを上がり、廊下を進む。

そして、目的の部屋にたどり着いた。

 

「―――――」

 

柄にも無く緊張してきた弦十郎。

呼吸を整えてインターホンを押せば、程なくスピーカーから声が聞こえた。

 

『はい?』

「こんにちは、本日お約束していた風鳴です」

『ああ、今開けますね』

 

声からして恐らく女性。

また程なくして、扉が開く。

出迎えてくれたのは、小柄な日本人女性。

 

「こんにちは、どうぞ中へ」

「お邪魔します」

 

招き入れられた先は、掃除の行き届いた綺麗なリビング。

ソファに座っている、見たところ三十代半ばの女性。

こちらを見るなり笑いかけてきた彼女こそ、弦十郎が会いに来た相手だった。

 

「初めまして、特異災害対策機動部二課司令官、風鳴弦十郎です」

「こちらこそ初めまして、時空管理局本局総務統括官、リンディ・ハラオウンです」

 

立ち上がったリンディと、握手を交わす。

――――かつては最前線で犯罪と戦っていたという彼女。

にじみ出る貫禄には、遥を始めとした才覚ある人材を見抜いた説得力があった。

 

「遠いところをご足労いただき、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそお待たせしました」

 

響や遥という共通の顔見知りが居るお陰か。

お互い第一印象は悪くない。

 

「お茶、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

リンディと共にソファに座れば。

先ほど案内してくれた女性が、お茶を出してくれた。

日本人である弦十郎を気遣ってか、日本茶のいい香りがする。

 

「ありがとうアルフ」

「いいよ、今お茶菓子も持ってくるから」

 

しかし。

和やかな中にも、幾ばくかの緊張が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 

(緑茶に角砂糖?バカな、さらにミルクだとッ!!?)

 

 

 

 

 

まず弦十郎が聞いたのは、相手方に―――『時空管理局』側に頼んでいた、響の捜索。

ルナ・アタックのあと、報告に戻ったリーゼ達が直ちに手配してくれていたのだ。

 

「そうですか、響君は見つかりましたか・・・・!」

「ええ、外傷は激しいですが、こちらの医務官は優秀です。加えて響さん自身の回復力もあります」

 

吉報に思わず身を乗り出した彼に微笑みかけながら、リンディはお茶を一口。

 

「二週間もすれば、そちらにお返し出来るかと」

「よかった・・・・」

 

ひとまず、一番の懸念がなくなったのはありがたい。

自分のことのように喜ぶ弦十郎を微笑ましく思いつつ、リンディは話を続ける。

 

「しかし今回に関しては、上層部も相当堪えているようです。曲がりなりにも政府所属のそちらに、魔法および次元世界のことも露見してしまったのですから」

 

この近場に広がるまさしく『海』、この空の遥か上に広がる『星の海』。

弦十郎が、そこに加わる『次元の海』の存在を知ったのは、つい先日のこと。

宇宙とはまた違う、様々な可能性に溢れた場所。

そんな広大極まりない場所の秩序を守るべく発足されたのが、魔導師達の組織『時空管理局』である。

異世界から異世界を渡る彼らは、『魔法』と呼ばれる異能を駆使して。

人々に害をなす異常現象や、力に溺れ驕る犯罪者達に立ち向かう。

組織の例に漏れず、一枚岩ではないところが玉に瑕だが、そこはご愛嬌。

設立から81年。

前身を含めれば一世紀近くに渡り、次元世界の平和を守ってきたのは間違えようの無い事実なのだから。

 

「それは・・・・大変ご迷惑を」

「いえ、露見自体は特に問題ではないのです・・・・我々管理局が危惧しているのは、もっと別のところにあります」

 

そこからリンディが語るには。

基本的に『管理外世界』、つまりは管理局の手が入っていない世界には不干渉が鉄則。

特に地球のような魔法や異世界の概念が無い世界では、魔法を秘匿することが多い。

理由としては、現地の秩序を守るためというのが大きい。

もし架空の存在であると長年信じられてきたものが、実在していたと知られれば、大混乱に陥ること間違いない。

過去の記録によれば、実際にそれが原因で戦乱の渦に沈んでしまった世界があるということ。

以来管理局は、管理外世界の扱いに関して慎重になっている。

 

「幸い地球(ここ)には、いくつかの『パイプ』を作ることが出来ています。なので、こちらが危惧するレベルの混乱も、当分は起こらないと思っていただいても構いません、ですが・・・・」

「ええ、それは地球(こちら)で何も起こらなかった場合の話。そちらに我々が接触した今、異世界(むこう)側から脅威がやって来る可能性が生まれている・・・・そうですね?」

 

手短な首肯。

弦十郎は難しい顔でお茶を啜った。

リンディの言う『パイプ』、『協力者』については。

先日管理局について打ち明けられた際同席していた。

仕事上よく顔を合わせる、蕎麦を愛してやまない彼が。

既に異世界について知っていたとは、弦十郎にとって衝撃的だった。

 

「そこで、今回の同盟ですか」

「ええ」

 

管理局の特徴として、晩年人手不足というのが上げられる。

億を越える人員を確保しているとは言え、次元世界はそれこそ無限に広がっているからだ。

――――――浜辺を想像してほしい。

砂粒の一つ一つが次元世界とすると、それら全ての形状・状態・破損具合などを把握するには、途方の無い時間と労力を必要とする。

それが砂粒に億単位で収まる存在が行うのなら、なおさらだ。

故に、いくら戦力を雇っても、全ての事件・事故に対処するのは難しいというのが現状だそうだ。

今回管理局側から二課に持ちかけられたのは、同盟。

どちらが上とかいうのではない、対等な関係による協力関係。

『辺境』の外部組織にすがるほど、『味方』を欲しているということだろう。

 

「残念ながら同胞の中には、『魔法を扱う我々こそが至高』という選民思想を持っている輩もいます。なのであなた方をこちらに引き入れ、彼らの『大義名分』を潰してしまうのです」

 

当然、管理局から介入されやすくなるというデメリットもありますが。

そう付け加えられる。

これを最後の忠告と受け取った弦十郎は、顎に手を当てて熟考。

リンディも急かすことなく、静かに待つ。

やがて、

 

「――――分かりました」

 

弦十郎は、無意識に閉じていた目をゆっくり開く。

考えていたのは、戦力たる『子ども達』のこと。

環境や『定め』により、戦場に身を投じなければなかった彼女達。

正直、次元世界とやらがどれほどのものか、弦十郎には皆目検討もつかない。

しかし、例えどんな脅威が来ようとも、何が敵に回ろうとも。

大人の都合のために戦ってくれるあの子達のために。

己の信念を曲げることは、したくなかった。

 

「同盟の件、了承しましょう。それで不要な争いが減るのなら儲けものです」

「・・・・そうですか」

 

彼の人柄を、遥辺りから聞いていたのだろう。

リンディが浮かべた笑みには、安堵と頼もしさが込められていた。

 

 

 

 

 

 

――――――響が未来の下に帰還する、二週間と少し前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

M月Y日

あれから、また周囲が少しずつ変わってきた。

大きいのは、二課が師匠達の組織、管理局と同盟を結ぶことになったことだと思う。

司令さんは近々、向こうにお呼ばれすることになってるらしい。

それから、わたしのデバイス『ヤーレングレイブル』に人格が搭載された。

これでナムナムしなくてよくなったから、ノイズとの戦闘中に魔法が発動しやすくなる。

まだまだドイツ語しかしゃべらない機械的な子だけど。

付き合いが長くなればいろんなことを学習して、師匠のセタンタさんみたいになるらしい。

ちょっと楽しみ。

 

P.S.

めでたく未来と付き合うことになったけど。

未来がまだ恥ずかしがっているので、しばらくは内緒にすることになった。

翼さんやクリスちゃんも協力してくれるのはありがたいと思う。

 

 

M月O日

お付き合い内緒にするはずだったのに、弓美ちゃん達にもうバレた。

ウサインもびっくりなフラグ回収。

いや、わたしが全面的に悪いんだけどさ。

でも未来が可愛いっていうのにも責任があると思うんだ。

うん、そうだよ。

無防備に寝顔さらすあの子が悪いもん。

でも、創世ちゃんと詩織ちゃんはびっくりさせちゃったので、申し訳なく思う。

最終的に受け入れてくれたのはありがたいけど。

弓美ちゃんは終始『あたしそういうの嫌いじゃないから!』って、テンション高かった。

とりあえず、手に持ったペンとメモは仕舞おうか。

 

 

M月D日

クリスちゃんに『マニュアル制御』のコツを聞かれたので、魔導師の必須スキルである『マルチタスク』についてレクチャー。

ちょっと意外だったのが、結構理論的なこと言っても伝わってたことだ。

・・・・了子さんのとこに居たころ、しっかり勉強させてもらってたのかな。

普段優しい了子さんを見ていた所為か、その辺勘繰っちゃうなぁ。

聞く勇気は無いけれど・・・・。

 

P.S.

一週間くらいで、ボウガンの矢を連帯飛行させててビビった。

やばい、これ本当になのはさん辺りに弟子入りしたら化ける(確信)

やだよぉ、あのおっかない弾幕の使い手が増えるよぉ(泣




というわけで。
Gの前にちょっとした幕間が入りまーす。


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34ページ目

またちょっと短いですが、またキリがよかったので。
あ、序盤はブラックコーヒーの準備推奨です。


ふと、目が覚める。

感じるはずの朝日が無いことに戸惑い、顔を上げれば。

呑気な顔で寝ている響が。

どうやら寝ている間にホールドされたらしい。

背後に回った腕はしっかり未来を捕まえており、簡単には抜け出せそうに無い。

だが、未来自身早く起きすぎたと思っていたので、ちょうどいいと思っていた。

響と両思いになったという、夢のような幸せを噛み締めながら顔を埋めると。

 

「むー・・・・・ぁふあ」

 

件の恋人が、唸りを上げながらあくびを一つ。

どうやら起きてしまったらしい。

未来は咄嗟に寝たふりを決行し、目を瞑って黙してしまった。

本当に無意識だったため、始めは何やってんだろとか思っていたが。

いつぞやの『いたずら』を思い出し、響がどうするのかが気になった。

なので響には悪いが、お寝坊さんを演じさせてもらうことにする。

 

「みくー、朝だよー?」

 

温かい手が添えられて、体を揺さぶられる。

もちろん、これくらいで起きてやるつもりは無い。

わざとらしくならないよう心がけながら、唸り声。

 

「みくー?」

 

なお揺さぶられるが、まだ起きない。

朝練や学校には、まだ余裕があるはずだ。

もう少しだけ粘ってみる。

やがて、

 

「・・・・起きてー?ちゅーしちゃうよー?」

 

来た。

耳元で響の声がして、くすぐったさに全身が粟立つ。

起きているのがバレないか、気が気ではない。

が、未来があの時鼻先で妥協してしまった『ちゅー』を、響がどうするのか。

やはり気になってしまうのだ。

早鐘を打つ心臓を必死に抑えながら、目を閉じ続ける。

 

「・・・・」

 

手が握られた。

決行することにしたらしい。

絡まった指にかかる重さから、響が近づいているのが分かる。

未来が思ったよりも早い。

もう、抑えた呼吸を感じるほどの距離。

あと少し、もう少し。

心なしか、握る力が強くなって、

 

「――――!?」

 

触れた唇に驚き目を見開けば、してやったりとほくそ笑む瞳が目の前に。

 

「おはよう、みく」

「・・・・おはよう」

 

・・・・途中からか、それとも最初からか。

起きているのがバレていたようだ。

体を起こす。

顔が熱い、どうなっているか何て確認する必要は無い。

 

「あはは、顔真っ赤」

「言わないで・・・・!」

 

あまり触れたくないのに、響は嬉々としてからかってくる。

付き合うようになってから、こういった『いじわる』が多くなった。

なのに『嫌だ』という気持ちにはならないのだから、性質が悪い。

多分、謝りながら『きれい』だの『かわいい』だの褒め殺してくる響の所為だと思う。

 

「・・・・みーく」

「なに?」

 

名前を呼ばれ、顔を上げれば。

わざとらしく響が近づき、囁く。

 

「みくは、してくれないの?」

「・・・・~~ッ」

 

やっと落ち着いた熱りが、ぶり返った。

せめてもの抵抗にねめつけるが、目の前のおバカさんはニコニコ笑うだけ。

挙句目を閉じてスタンバイするものだから、余計に物怖じしてしまう。

が、既に腰に手を回され、逃げようにも逃げられない。

 

「未来」

 

また名前を呼ばれる。

我に帰って見れば、妖しく揺らぐ響の目。

捕らえられた今、『やめる』という選択肢も消えた。

恐る恐る、目を閉じる。

まだ残る恥ずかしさを抑えるのに4秒。

意を決して動くまでに5秒。

顔を近づけるのに6秒。

聞こえたリップ音にほっとするまで、7秒。

合計22秒。

ただキスするだけにしては、聊か時間をかけすぎた。

 

「えへへー、みくー!」

「わ!?」

 

やりとげたという気持ちで唇を離せば、飛びつかれる。

子犬のように頬をすり合わせた響は、満足げに笑っていた。

 

「みく大好きー!」

「・・・・うん、大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響がかっこよくて可愛くて、つらい」

「うん、あたし等はコーヒーが飲みたくてつらい」

「でも仲睦まじいエピソード、ナイスです」

「ビッキーもだけど、ヒナも惚気ると大概だよね・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

M月F日

むあああああああああああん!

未来可愛いよおおおおおおおお!

出撃するときのおまじないもそうだし、毎朝ご飯作ってくれるのもありがたいし。

ちゅーするたびに顔真っ赤にする初々しさとか、毎回きゅんきゅんしっぱなしだし。

戻ったときの『お帰りなさい』とか、健気過ぎてとんでもない破壊力。

なんだこの子、天使か。

ああ、天使だったわ。

知ってた。

 

P.S.

『みくかわいい』のテンションのまま抱きついたら、料理中だったので怒られた。

ちょっと反省・・・・。

 

 

M月P日

待ちに待った夏休みでっせ!

で、もう済んだ話だけど。

大分経ったし、ちょっとくらいいいかな。

司令さんが、緒川さんといっしょにミッドに行って来て、正式な同盟手続きを済ませてきた。

場所は聖王教会で。

カリムさん立会いの下、書類にサインをしてきたらしい。

これで二課は正式に管理局の身内扱い。

デバイスを始めとした技術的恩恵や、こっちを狙う次元犯罪者の情報をもらえることになる。

代わりに、向こうの応援要請なんかを出来る限り受けることになっているけど。

リンディさんや師匠を始めとしたこわーい人達が睨みを効かせているし、よっぽどな無理難題は滅多に来ないと見ていいと思う。

何はともあれ、新しい二課がスタートだ。

わたしも、支えてくれる未来のために頑張ろう。

 

 

M月B日

早速要請というか、アドバイスに近いかもしれない。

リンディさんに、魔導師ランクの昇格試験を受けないかと誘われた。

たまーに師匠なんかに突っかかってくる『選民思想』の皆さんに舐められないために、少しでも高いランクの方がいいというお話だ。

今のわたしは『B+』だから、次は『A』ランク。

普通より頭一つ飛び出た程度だけど、十分一目置かれるくらいだ。

ティア姉が確かAAA+だったはずだから、合格すれば少し近づくことになる。

師匠が推薦状を書いてくれるそうなので筆記は免除されるし、Aくらいならむしろ持ってて損は無い。

なので、近いうちにミッドに渡ることになりましたー。

リンディさんの計らいで未来も一緒に行けることになったけど、遊びで行くわけじゃないからね。

だからハネムーン言うなし。

 

P.S.

わたしについて『対して強くない』って表現したら、クリスちゃんに『寝言抜かすな殺すぞ』って顔で睨まれた。

いや、苦戦させた覚えあるし、そんな顔しちゃうのも分かるけどさぁ。

これまでの戦いが上手くいってたのって、結局のところ『初見殺し』なんだよなぁ。

翼さんにはもう対応されきっちゃってるし、クリスちゃんにも苦戦し始めたし・・・・。

冗談抜きで何とかしないと、絶対に後悔する。




と、いうわけで。
次回から『おいでませミッドチルダ編』です。


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35ページ目

閲覧、評価、お気に入り登録。
本ッ当に、ありがてぇ・・・・ありがてぇよぉ・・・・!


「渡航目的は、『昇格試験』と『短期留学』でよろしいですか?」

 

「はい、では、書類を確認します」

 

「入界許可証、本人証明書、魔導師資格証、古代遺産(ロストロギア)所持及び使用許可証・・・・」

 

「どれも不備はありませんね」

 

「所持している古代遺産をお見せ下さい・・・・はい、では反応を登録しますので、一旦お預かりします」

 

「はい?あ、融合していらっしゃいましたね。じゃあ、こちらへお願いします」

 

「お連れの皆様は少々お待ちください」

 

 

 

 

「―――――はい、お待たせしました。こちらもお返しします」

 

「これで全ての手続きは終了です、お疲れ様でした」

 

「それでは」

 

「ようこそミッドチルダへ、よい旅を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空に無数の衛星が浮かび上がっている。

地球でも、月が昼間に昇っている時があるが。

大きさ、量、共に圧倒される。

 

「なんつーか、本当に異世界来ちまったんだな」

「うん、不思議な感覚・・・・」

「二人とも驚いているのか?案ずるな、私もだ」

 

第一管理世界『ミッドチルダ』。

首都クラナガンにある『次元港』前で、未来、翼、クリスの三人は、一様に空を見上げていた。

そんな彼女等を見た響は、微笑み一つ。

 

「ほら、皆こっちだよー」

「あ、うん!」

 

驚くのも分かるが、何時までもここに居るわけにはいかない。

響に先導され、『迎え』との待ち合わせ場所へ。

 

「しかし、地球とあまり変わらないのだな。てっきり、もう少し・・・・」

「魔法関係の技術とかは、断然こっちが上ですけどね。生きてる人間も地球と同じ、いい人も悪い人もいます」

 

遠くに見えるビル群を眺めながら翼がぼやけば、響がのんびり返す。

 

「お迎えに来るのは、どんな人なの?」

 

未来が問いかけると、響は束の間黙る。

どう紹介しようか考えているようだ。

 

「ティアナ・ランスターさん、師匠の一番弟子で、わたしの姉弟子。『幻影の銀弾(ミラージュ・シルバー)』と名高い現役の執務官だよ。親しい人は気軽に『ティア』って呼んでる」

「姉弟子・・・・では、ランスター女史も格闘を?」

 

響の姉弟子、つまりは同じく遥に師事している人物。

故に、同じ近接戦闘を得意とするかと思うのが自然ではある。

が、響は難しい顔で首を捻った。

 

「いやあ、どっちかっていうとガン=カタかなぁ。ティア姉の得意分野は射撃なんですよ」

「そうなの?何か意外・・・・」

「ご家族の影響なんだってさ」

 

と、話している間に目的地に着いたようだ。

駐車場を見渡して程なく、車に寄りかかっていた女性と目が合った。

 

「――――響!」

「ティア姉!」

 

落ち着いた雰囲気の彼女が気楽な顔で手を振れば。

響も人懐っこい笑みで駆け寄る。

 

「お帰り、みんなも長旅ご苦労様」

「えへへ、たーだいま!」

「こんにちは」

 

肩までの長い髪、瑠璃色の透き通った瞳。

だが見るものが見れば感じ取る、隙の無さ。

それぞれ挨拶を交し合い、ティアナが乗り付けた車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みを利用して。

響は魔導師ランクの昇格試験のために。

翼とクリスは現地の魔導師と触れ合うことでの、技術向上のために。

未来は彼女達のサポートとして、異世界『ミッドチルダ』に渡った。

未来はともかくとして、響達装者が不在の今、地球はノイズに対して無防備なのだが。

弦十郎を始めとした大人達による『四日くらいなんとかしてやる!』という頼もしい発言のもと。

装者三人+αの、自分磨きの旅となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――三人は『転移酔い』大丈夫だった?慣れてない人だと、結構辛いって話だけど」

「はい、酔い止めは用意していましたが、幸い使うことはありませんでした」

「それは結構、でも具合悪くなるようなら遠慮なくいいなね?」

「はい、ありがとうございます」

 

『転移酔い』、所謂車酔いのようなものだと聞いていたが。

翼を始めとした『転移初体験組』は、幸い無事だった。

 

「響のときは結構酷かったらしいからねー」

「そ、それ今言わなくてもいいでしょー!?」

「なんだ、吐いたのか?」

「吐いてないよ!!」

 

響の名誉のために言っておくと、本当に吐いていない。

ただ危なかっただけである。

賑やかにはしゃぐ響を微笑ましく見ていた未来は、ふと、窓の外に目をやって。

―――――街のど真ん中に、クレーターが開いているのを見つけた。

 

「――――ぇ」

「な、なんだありゃ!?」

「これは、一体何が・・・・!?」

 

未来が絶句すると同時に、クリスも身を乗り出す。

翼も同じ方を見て戦慄するが。

 

「うっわ、これ誰がやったの?師匠?」

「んなわけないでしょ、『フッケバイン』よ」

 

響は随分軽いノリで苦い顔をし、ティアナもまた変わらない調子で呆れていた。

 

「フッケバイン・・・・?」

「最近までこっちで暴れてた犯罪者集団、師匠(せんせい)がこっちに戻された一番の理由ね」

 

聞けば、強い殺人衝動と引き換えに力を手にした集団とのこと。

魔法とは別種の力を使う上に、所謂『魔法無効化』なんて反則に近い技も使ってくるものだから。

ティアナはおろか、遥までもが苦戦を強いられたらしい。

 

「そんなことが・・・・」

ミッド(ここ)は数多の世界と繋がっているからね。いいものも悪いものも、大小様々に入ってくるのよ」

 

ティアナが子どもの頃は、犯罪発生率が五割を上回っていたという話だ。

力を持てば、驕る人間も少なからず現れる。

人・モノ、共に出入りの盛んなミッドチルダでは、それだけ『悪いもの』も入りやすく、生まれやすいということだろう。

 

「まぁ、そのためのあたしらなんだけど」

 

なお、復興作業は現在も進行中という話だ。

事件解決に当たった魔導師達が、昼夜問わずに駆け回っているお陰で。

進捗も概ね順調とのことだった。

 

「っと、そろそろ着くわよ」

 

気づけば車は閑静な住宅街に。

そしてとある一軒屋に止まった。

車を降りて表札を見れば、そこそこ達筆な字で『司』と書かれていた。

傍には流暢な筆記体で、ローマ字読みが添えられている。

 

「ここが・・・・」

「うん、ミッドの(うち)

 

取り立てて特徴の無い二階建ての家。

響の実家のような場所であり、ミッドチルダに滞在する間の宿でもあった。

未来が感心して見上げている間に、響とティアナが慣れた様子で鍵を開ける。

 

「たっだいまー」

「お、お邪魔しまーす・・・・」

「はい、いらっしゃい」

 

響を先頭に、家の中に入ったが。

何となく、違和感を感じた。

全体的に薄暗いというか、空気が重いというか。

 

「何?」

「あ、いや・・・・なんでも」

 

首をかしげた響はティアナに目をやるも。

自分より経験を積んでいる姉弟子は、特に警戒している様子は無い。

気の所為か、と、まだ納得していない頭を無理やり落ち着かせて。

リビングのドアを開けば、

 

「今だあぁ――――ッ!!」

「――――――うりゃッ!!」

「わぁ、ッ!?」

「ッ下がれ雪音、小日向!!」

 

突然カーテンが開き、続けて発砲音らしき乾いた音。

驚いた響が身構え、翼が後ろ手にクリスと未来を庇い、クリスは更に未来を庇う。

見通しの良くなった室内。

少女達の、満面の笑みが咲き誇って。

 

「おいでませ、ミッドチルダ―――ッ!!」

「お、おう!?」

 

クラッカーを手にしたヴィヴィオ達が、ポーズを決めていた。

一度は構えた面々も始めは呆けていたが、やがて各々笑みを浮かべた。

 

「にゃはは、ドッキリ大成功だね」

「なのはさん!」

 

はしゃぐ少女達の奥から出てきたのは、亜麻色の髪をゆらした女性。

『なのは』と呼ばれた彼女の手には、焼きたてのおいしそうなクッキーが。

 

「ほら、立ちっぱなしもなんだし、座って座って」

「あ、はい」

「こっちですよ、ほら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

M月J日

ミッドチルダよ!

わたしは帰ってきたああああああああああ!

今日から三泊四日。

昇格試験を受けるついでに、ティア姉やらなのはさんやら。

手の開いてる人達に、色々と稽古をつけてもらう予定ですッ!

家に帰ったら、早速チームナカジマのみんながサプライズしてくれて、嬉しかった。

なのはさんも元気そうだし、聞いたところに寄れば師匠もどうにか無事らしい。

ミウラちゃんにフーカちゃん、ユミナちゃんも怪我が無くてよかったよ。

モルドやマシュ達は残念ながら先約があったらしいけど、なんとも無いらしい。

特にモルドにいたっては、感染者を一人仕留めたとかで、注目を集めているとか。

いつぞやぼやいたことが実現しちゃったよ・・・・。

ひとまず、知り合いに死人が出なかっただけでももっけの幸いだと思おう。

 

P.S.

今日になって判明したんだけど。

ヴィヴィちゃんのデバイスの愛称が、クリスちゃんと一緒だった。

クリスちゃん、口では興味ないみたいなこと言ってたけど、『クリス』と戯れてるのを見る限りまんざらでもなさそう。

気づけばティオやウーラにも集られていたし、意外と動物に好かれやすいのかも・・・・?

いや、あの子らはデバイスなんだけども。

 

 

M月P日

ミッド滞在二日目。

明日の試験に向けて、翼さんやクリスちゃんと一緒に、ティア姉に稽古をつけてもらった。

ヤーレングレイブルこと『グレイ』との調子を確かめたり、クリスちゃんがマルチタスクについてしっかり習っていたり、翼さんも遠距離相手の対応を伝授してもらったり。

で、最後にシュートイベーションをやった。

五分攻撃を耐えるか、ティア姉に一撃いれるかって訓練なんだけど。

冗談抜きで、死ぬかと思った。

ティア姉本気で仕留めに来るんだもーん!勉強になったけどさ!

何重にも幻術使ってくるのはさすがに反則だと思うんだ!

おかげで終わる頃には、わたしもクリスちゃんも、翼さんまでグロッキーになっていた。

明日早いけど、今夜はぐっすり眠れそうだぁ・・・・。




別名『正直やりすぎたスマンなミッドチルダ編』。
スタートです。


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36ページ目

お待たせしました、最新話です。


朝、ミッドチルダ。

司邸の食卓には、響以外の全員が揃っていた。

響は試験の受付が早くにある上に、会場が遠くにあることもあり。

既に外出している。

なお出かける際、未来が『いってらっしゃい』のキスをした現場を。

ティアナに目撃されるという出来事があったが。

全くの余談である。

 

「そういえば」

 

談笑しつつの朝食。

その最中、チーズオムレツに舌鼓を打っていた翼が、ふとティアナに目をやる。

 

「昨日、一昨日と結局聞けず仕舞いでしたが、ランスター女史は何故、司女史に師事を?」

「あー・・・・やっぱり気になるか」

 

翼が質問したことで、他の二人も『そういえば』とティアナを注視する。

昨日の訓練でも見たが、そもそもティアナの武器は両手の拳銃と幻術。

遥仕込の体術も使って見せたが、ガンナーらしく射撃が目立った。

遠くから狙い撃つティアナと、突っ込んでド突き合う遥。

対極な二人の接点が、翼にはどうにも掴みづらかった。

ティアナも客観的にそう見られているのは自覚していたようで、苦笑い一つ。

そして、ぽつりと零す。

 

「恋人だったのよ、兄の」

 

――――時が、止まった。

特に気にしない様子のティアナは、何食わぬ顔でコーヒーを一口。

直後、

 

「な!?」

「えぇっ!?」

「はぁっ!?」

「予想通りのリアクションありがとう」

 

『恋人』だなんて予想外に甘い響きに、再起動した面々はぎょっとなったり立ち上がったり。

そんな子ども達を微笑ましげに見ながら、ティアナは続けた。

 

「まあ、実際のところは『両片思い』ってやつだったのかな。特に公言したわけでもないけど、周りが見て分かるくらいには意識してたと思う」

「な、何だか意外です・・・・」

「そりゃあ、『狂暴』だの『女帝』だの言われてるし、驚くのも無理ないけど」

 

『あの人だって女の子だった』と呟いて、サラダのプチトマトを食べた。

 

「まだ小さかったあたしのことも、邪見にせず可愛がってくれてね。『姉さん』と兄さんと、三人で出かけたことが多いくらいだった」

「なるほど、その頃から子どもには優しかったのですね」

 

懐かしそうに思い出を語るティアナの顔は、本当に幸せそうで。

だからこそ、危うく違和感を見逃すところだった。

 

「・・・・あ?でも『だった』って、何で過去形?」

「兄さん、亡くなってるのよ。十年以上前に」

 

特に隠すことでもなかったのか。

クリスの疑問に、こともなげに即答した。

『亡くなった』、つまりはもうこの世には・・・・。

 

「もう言ったでしょ?十年以上前の話なんだから、とっくに乗り越えてるわよ」

 

暗くなりかけた雰囲気を、ティアナが『そんなことより』と笑って吹き飛ばす。

 

「っていうかむしろ、その後の姉さんの暴れっぷりの方が印象強すぎるというか」

「また暴れたのか、あの人・・・・」

 

げんなりしたクリスに苦笑いで同意しながら、想起するように虚空を見つめた。

 

「そもそもの死因が、犯罪者に返り討ちにあったって奴でね。しかもそれが『海』・・・・実際に異世界に渡る連中の獲物だったから、葬式で罵られたのよ。『陸の面汚しだ』って」

「そんな・・・・!」

 

『海』。

時空管理局で言うところの『次元航行部隊』。

管理局の本部を中心とした『花形』とも言える部隊で、組織の中でも大きな力を持っている。

そのため、治安維持のための予算も人材も『海』が優先となり。

ミッドチルダを守る『地上部隊』は、少ない予算と人員で治安を守らねばならなかった。

今は大分改善されているらしいが、昔はそういった背景のある『溝』が深かったらしい。

 

「なるほど、それは司女史でなくても憤りますね」

「確かに、ブチ切れてもしゃーねぇ」

 

大切な存在を罵られれば、翼やクリスだって似た行動を取るだろう。

実際に家族や相棒を失っているからこそ、共感できる。

響を失いかけた未来もまた、力強く頷いていた。

 

「一応言っておくと、師匠も最初は堪えてたのよ?『墓前だし、騒がしくするのは』って。でも、耐えてたあの人にゴーサイン出したのが、葬式やってくれた神父様だったの」

 

曰く。

『神前で暴れるのは良くないが、人々を守るために倒れた者を罵るなど言語道断』

『一発くらいなら、神も目を閉じて許してくれることでしょう』

とのこと。

 

「なんつーか、その神父も大概だよな」

「両親がいないこともあって、兄さんが管理局に入るまでお世話になってた人でもあったから。神父様でも、頭に来るときはあるのよ」

 

そう、コーヒーを飲み干した。

 

「で、天涯孤独になったあたしを師匠が引き取って、今に至るってところかしら」

「そうだったんですか」

 

聞けば、一時期日本に住んでいたこともあるらしい。

そのため、ノイズの知識もある程度は持っているのだとか。

 

「兄さんから引き継いだ『ランスターの弾丸』と、師匠が教えてくれた『司の拳』。この二つで、あたしは強くなろうって決めたの」

 

もう二度と、兄のような悲劇を生まないために。

握った自らの手を見つめる眼差しは、優しさの中に確かな決意があった。

我に帰ったティアナは、恥ずかしそうに口に手を当てる。

 

「って、やだ。何だか語っちゃったわ」

「そんな、とても参考になるお話でした」

 

同じく『守ること』を役目にしている同士として、そしてその役目の先輩の体験談として。

翼は微笑みながら首を横に振り、素直な感想を口にした。

何だか照れくさくなったのか、ティアナは誤魔化すようにパンを頬張ると。

 

「ん?」

 

着信音が鳴る。

どうやらデバイスに通信が入ったらしい。

あとわずかだった朝食を急いで食べ切った彼女は、一言断って席を外した。

 

「・・・・響は」

 

食事を再開しようとしたところで、未来が呟く。

 

「響は、何で強くなろうと思ったのかな」

 

『誰かの涙を拭いたい』という信念は聞いている。

だが、その根源は何なのか?拭うだけなら戦わなくともいいのではないか?

ティアナの話は興味深いと同時に、未来に新たな疑問を抱かせた。

・・・・響が遥に出会ったのは、未来の許を去ることになった『あの日』。

はっきり聞いたわけではないが、話を聞く限りはそうであろうと推測出来る。

その時に何を思ったのか、何を願ったのか。

無邪気な笑顔に、清閑な顔つきに隠しながら。

響は『それまで』について、あまり語ってくれなかった。

 

「――――――ゴメン!」

 

暗い空気を払拭するように、ティアナの声がかかる。

 

「これから出勤しなきゃ行けなくなった、今手の開いてる人いないらしくって」

 

『ご勘弁!』だなんて両手を合わせ、言葉通り申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

「それは構いませんが、一体何が?」

『―――――それでは、次のニュースです』

 

只ならぬ様子に、翼が思わず問いかければ。

ティアナの代わりに、テレビが答えてくれた。

 

『《黒炭事件》の、新たな犠牲者が発見されました。犯行は今日未明と見られ――――』

 

テレビ画面には、地球でもよく見る立ち入り禁止のテープと、何事かと集まる野次馬達。

そして現場検証を行う捜査官達で、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「これか?」

「そう・・・・こないだの騒ぎで、ミッドが今不安定なのを突かれててね。こういうのが増えてるのよ」

「それは・・・・」

 

幸い、翼達が今日訪れる予定の『八神家』とは反対方向らしいが。

物騒な話題に、顔をしかめざるを得ない。

 

「本当は、こういうときこそあたしみたいなのが同伴できたら良いんだけど・・・・」

「それなら問題はありません、私も雪音も腕は立ちますし、こちらでシンフォギアを扱う許可も得ています。そうそう危機的状況にはならないかと」

「だな、むしろこっちがぶっ飛ばしてやるさ!」

 

心配げなティアナに、頼もしく返事をする翼とクリス。

 

「それに、こういうときのために行き方も教えてもらってますから、大丈夫ですよ」

「・・・・ここまで来たら、心配するほうが野暮か」

 

未来にもダメ押しされたとあっては、折れるしかなかった。

 

「じゃあ、くれぐれも気をつけること、危なそうなとこには極力近づかないようにね」

「はい」

「心得ています」

「ま、覚えとくよ」

「うん、よろしい!」

 

素直な返事に満足げに頷いたティアナは、いそいそと出勤の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

昼時、魔導師試験場。

推薦状により筆記を免除された響は、代わりに午前・午後と実戦試験を課せられていた。

午前の内容はタイムアタック。

制限時間はもちろんのこと、破壊してはいけないターゲットや障害など、決められた条件を厳守しつつ。

ゴールを目指すというものだった。

日常的に民間人を助けている響は、これを難なくクリア。

文句なしの高得点を記録した。

 

「いっただっきまーす」

 

今は昼食休憩の最中である。

未来が作ってくれたお弁当を、幸せそうに頬張る。

いつもながらおいしい料理に、一人舌鼓を打っていると。

 

「―――――うまそーだな」

「へ?あっ!!」

 

不意に声がかかったと思ったら、唐揚げがさらわれていった。

『愛妻弁当』を取る不届き物はどこのどいつだと、顔を上げれば。

半年振りに見る、快活な笑顔。

 

「モルド!」

「はは、実はオレも今日が試験。黙ってた甲斐があったぜ」

 

言うとおり、いたずらが成功したと笑う彼女は、『モルド・クラン・コールブランド』。

小麦のような金色の髪に翡翠の目。

青春を共にした、竹馬の友であると同時に。

互いを刺激し切磋琢磨する、良い好敵手(ライバル)でもある。

 

「っていうか、わたしのからあげー!」

「悪ぃって、代わりにオレのハンバーグやるから」

「むぐッ!?」

 

抗議の声を上げたが、口にハンバーグを放り込まれては黙らざるを得ない。

隣に座る友人をねめつけながらも、もらったハンバーグはしっかり味わう。

噛めば噛むほど広がる肉の旨みに、玉ねぎの甘さとケチャップベースのソースが、実にマッチしていた。

 

「メールは見た、一昨日はどっちもこれなくて悪かったな」

「んむ・・・・騎士団のお仕事に、その応援。忙しかったならしょうがないよ」

 

珍しく申し訳なさそうに眉をひそめるモルドに、首を横に振って許しを伝えた。

 

「さんきゅ・・・・でも、ま」

「な、何?」

 

薄く笑って受け入れた彼女は、感慨深そうに響を凝視する。

 

「お前、やっぱ変わったよな」

「それヴィヴィちゃん達にも散々言われてるよ、そんなに劇的なビフォーアフターなわけ?」

「あのなぁ・・・・」

 

不満そうにこぼす響にため息をついたモルドは、端末を操作して写真を表示。

 

「『これ』が『こう』なるって、誰も予想しねーっての!」

 

到着した日に送った写真と一緒に突きつけられた一枚には。

酷く落ち着いた、良くいえば大人っぽい控えめな笑みを浮かべる響の姿が。

未来達と一緒に写っている、弾ける様な明るさなど微塵も感じない。

対照的な表情だった。

――――モルドが覚えている限り。

隣に座る好敵手(しんゆう)『立花響』は、ストイックに強さを求める努力家だったはずだ。

失ったからこそ、これから手に入れるであろうものを守り抜くために。

『失う恐怖』に怯えなくていいように、まずは自分を叩き上げる。

そんな目標に突っ走っていたから、笑う余裕はあまりなかった。

だから今でも、物静かに強さを突き詰めていると思っていたのだが。

 

「別に悪いっつってるわけじゃねえけどさ、たった半年でこうなったら『何事か』ってなるもんさ」

 

肩をすくめながらおにぎりを頬張るモルドに、響は少し考えてから。

 

「んー、やっぱり未来のお陰かなぁ」

 

さほど迷わず、そう答えた。

 

「ミクってあれか、お前がよく話してくれた友達」

「今は恋人だよー」

「あー、そうだった」

 

・・・・普通に『同性愛』を肯定しているこの光景。

思いやりのある人間には心配されそうであるが、ミッドチルダではさほど問題は無い。

理由としては、やはり様々な文化が出入りしていることが大きいだろう。

『珍しいっちゃ珍しいけど、騒ぎ立てるほどじゃないよね』というのが、共通している認識だった。

 

「未来が覚えてくれたから、諦めずに待っててくれたから・・・・だからあっちをふるさとだって認識できたし、帰ってきたんだなぁって思えたんだ」

「惚気か?おあついこって」

「んふふー」

 

どこか自慢げに笑ってみせる響に、モルドは呆れた笑みを浮かべた。

 

「そういや、午後は一対一の試合だったな」

 

話題を切り替え、午後の課題のことを切り出す。

 

「うん、勝敗は関係ないみたいだけど・・・・やっぱり負けたくないよね」

「だよなぁ」

 

メインに見るのは戦闘技能のため、予め勝敗は関係ないと通達されている。

だが勝ち負けが生死に直結するような現場に居るものとして、敗北はあまりよろしくないというのが感想だった。

 

「あたったらどうする?」

「もちろんぶった斬る」

「ですよねー」

 

口調は軽かったが、浮かべた笑みは人斬りそのもの。

懐かしい表情を見た響の顔にも、獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「精々斬られんなよ?」

「そっちもブチのめされないようにね?」

「ぬかせ」

 

食べ終えた弁当を包みなおした二人は、拳を付き合わせた。




やりすぎたスマンな要素第一弾、モルドの登場です。
持ってきたお弁当は妹さんお手製。
ビジュアルイメージは『CV沢城』と言えば、おそらく伝わるかと・・・・。


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37ページ目

なんだか思ったよりも長くなミッドチルダ編です。

追記:最後のあたりを大幅書き直しました。


『黒炭事件』。

フッケバインによるテロが治まって間もなく発生した、連続殺人事件。

一番の特徴は、名前にあるとおり遺体が炭化して発見されることだろう。

時間帯は決まって深夜や早朝などの、人通りが少ない頃。

一人、あるいは五人以下など、少数で歩いているところを狙われている。

 

「―――――これは」

 

現場検証を行っていたティアナは、報告書と照らし合わせながら確信めいた様子で目を見開く。

火で焼かれたわけでも、電気で燻されたわけでもない。

そもそも証言に寄れば、悲鳴を聞いて駆けつけると新しい遺体が転がっていたという。

その際、焼いた熱気どころか、臭いすら感じなかったらしい。

他の捜査官や警邏隊員達は、すわ新たなロストロギアかと警戒しているようだったが・・・・。

 

「ティアナさん、やっぱりこれって・・・・」

「ええ、多分同じこと考えてる」

 

歩み寄って来たのは、ティアナに通信を繋げた張本人『セレナ・グラシア』。

同じく資料を片手に傍らに立ち、目を向ける。

ティアナもまた後輩に目を向け、同じ考えであることを伝える。

 

「ランスター執務官、グラシア執務官。何か心当たりが・・・・?」

 

そんな二人の様子に気づいた捜査官が、不安半分、期待半分の顔で問いかけてきた。

顔を見合わせた彼女等は、それぞれ頷いて。

代表して、ティアナが口を開く。

 

「本当に心当たりなので、確信ではないのですが・・・・」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

ミッドチルダ南部。

都市部から離れた、どこかのんびりとした雰囲気の地域。

 

「―――――よし!それじゃあ、今日はここまで!」

「押忍ッ!」

 

海が望めるその場所で、元気いっぱいな声が響いた。

浜辺にはたくさんの子ども達に、その前に立っている見た目幼い少女と犬の耳と尻尾を生やした屈強な男性。

そして、二人と並んで立つ翼とクリスの姿が。

 

「臨時講師のねーちゃんらにも、ちゃんと挨拶な」

「はいッ!」

「ありがとーございました!つばさせんせー!クリスせんせー!」

「ああ」

「ぉ、おう・・・・」

 

ここは『八神道場』。

時空管理局特別捜査官『八神はやて』の家族が経営する、小さな子ども向けの格闘教室。

今日は『八神家』で、剣術を中心に教授を受ける予定だったのだが。

翼とクリスが子ども達に気に入られてしまい、途中から体術を教えていたのだ。

 

「悪いな、お前等も勉強のために来たろうに」

「いえ、良い経験でした」

「それに、あたしは途中から口だけだったしな・・・・」

 

見た目幼い少女『ヴィータ』が労いの言葉を口にすれば、翼は微笑を見せ、クリスは気まずそうに目を逸らす。

 

「そう言うが、アドバイスは適格だった。そう悲観することでもあるまい」

「べ、別に・・・・バカの動き見慣れてたし・・・・」

 

そんなクリスを、屈強な男性『ザフィーラ』がフォローした。

褒められたのが照れくさいのか、いよいよもって明後日の方向を向いてしまうクリス。

反抗的な態度だったが、彼女のそれはむしろ微笑ましさが感じられた。

 

「二人ともお疲れ様、ヴィータさんとザフィーラさんもどうぞ」

 

終わったのを見計らったのか、未来が四人にスポーツドリンクを差し出す。

それぞれありがとうを口にしながら、喉の渇きを潤おしていく。

 

「で、これからはどうするんだ?」

 

実年齢に驚かされたヴィータに問いかけられ、三人は顔を見合わせる。

 

「予定では午後から休みなので、どこか観光でも、と」

「ティアナさんやなのはさんに、休んだ方がいいってアドバイスもらっているので」

 

翼と未来が答え、クリスも小さく頷く。

 

「――――その件だが」

 

そんな彼女等に歩み寄ってくる女性。

ヴィータやザフィーラと同じく、八神家の一員。

『シグナム』だ。

 

「もう少し付き合ってもらえないだろうか?」

 

桃色のポニーテールを揺らした彼女は、翼に木刀を差し出す。

 

「わたしも不完全燃焼でな、若き防人の真髄を見てみたい」

「は、はい!喜んでッ!!」

 

尊敬すべき強者からの誘いが嬉しかったのだろう。

翼はいつにない生き生きとした表情で、木刀を受け取ろうとして。

はっと我に帰り、未来とクリスに目をやる。

 

「大丈夫ですよ、翼さん」

「そこまで喜んでるんなら、むしろ止めらんねっての」

「す、すまない。ありがとう」

 

是非とも剣を学びたいという翼の意思を汲み、未来とクリスは別行動を取ることになった。

 

「道とかは分かるのか?」

「はい、この後ヴィヴィオちゃん達と待ち合わせているんです」

 

それなら心配は不要だと、ヴィータもザフィーラも納得する。

 

「雪音、すまないが、小日向のことは頼んだぞ」

「ああ」

 

まだまだ平和な環境に慣れていないクリスとて、未来が守るべき一般人であることは十分承知している。

だから翼の言葉にも、しっかり頷いて答えた。

 

「では、話も纏まったようだし、早速始めるとするか」

「はい!よろしくお願いします!」

 

一礼して構えあった翼とシグナムを横目に。

ヴィータやザフィーラに挨拶した未来とクリスは、首都クラナガンに戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

『響が通っていた学校を、見てみたい』。

ヴィヴィオ達にどこを見たいかと聞かれたとき、未来はこう答えた。

どこか観光地の名前が出てくると思っていた彼女たちは、少し驚いたようだったが。

自らの母校であることもあり、快く了承してもらえた。

『せっかくなので、制服で待ち合わせましょう!』の提案の下。

念の為に持ってきていた制服に着替えた未来とクリスは、待ち合わせ場所に足を運ぶ。

 

「あ、こっちですよー!」

 

到着してみれば、すでにヴィヴィオ達はそろっていた。

季節に合わせた半袖姿で、元気いっぱいに手を振る。

 

「こんにちはー!一昨日ぶりですね!」

「こんにちは、お待たせしました」

「なんのー」

 

未来も手を振り返しながら、ヴィヴィオ達と合流。

 

「あ、ティオ!」

「にゃー!」

「わ、っと・・・・はは」

 

隣でアインハルトのデバイス『アスティオン(愛称ティオ)』が、早速クリスの肩に飛び乗っていた。

クリスも始めこそ驚いていたが、からかってくる響が居ないこともあってか、素直に受け入れる。

 

「すみません、クリスさん」

「いいよ・・・・いやってわけじゃないし」

 

指先で撫でられたアスティオンは、嬉しそうに頬ずりしていた。

そんな微笑ましい光景もそこそこに、一行は移動を開始。

ご飯がおいしいお店や、センスある雑貨のお店など。

所々街を案内されながら進むこと、十分。

見えてきたのは、荘厳な建物。

 

「ここが?」

「そうです!」

「St.ヒルデ魔法学院!」

「初等科から高等科までの最大十二年間、がっつり魔法について勉強できるとこなんですよー!」

 

建物を見上げた未来に、ステップを踏んだヴィヴィオが前に出る。

続けてリオとコロナが両手を広げて、簡単な概要を説明してくれた。

 

「響さんが通っていたのはほんの一年だけでしたが、とても慕われていました」

「『コールブランドとタチバナ』と言えば、わたし達の世代では知らない人はいないくらいなんですよ」

「立花?」

 

校門をくぐりつつ、アインハルトとユミナが解説を入れてくれるが。

もう聞くことがないと思っていた名前に、未来は目を見開いた。

 

「え?」

「ああ、ユミナさんは知りませんでしたね。響さん、あちらでは『司』の名字を名乗っているんです」

 

同じく驚いたユミナに、リオが説明してくれる。

 

「『厄介ごと対策だ』って、響は言ってたの。色々と巻き込まれた所為で、変な意味で有名だから・・・・」

「なるほど・・・・」

 

未来がそう付け加えると、納得したようだった。

 

「しっかし、あたしも驚いてる。てっきりこっちでも同じ名字だと思ってた」

「―――――それは、遥さんが『ストライカーオブストライカー』ですからね。先輩以上に知らぬ者はいない有名人ですから」

 

クリスが話を切り出すと、誰かが話しかけてくる。

一同がそちらを見れば、淡く桃色掛かったショートヘアの少女が歩み寄ってきていた。

アインハルトやユミナと同じ制服を着ていることから、ここの生徒らしい。

肩には、アインハルトのアスティオンや、ヴィヴィオのセイクリッドハートとも違う。

小動物型のデバイスが乗っていた。

 

「マシュさん!ちょうどいいところに!」

「ごきげんよう皆さん、そちらのお二人も初めまして」

 

『マシュ』と呼ばれた彼女は柔和に笑いかけてきた。

 

「あなたは?」

「マシュ・K・コールブランドと申します。こちらは私のデバイスのキャスパリーグ、普段は鳴き声から取って、『フォウさん』と呼んでいます」

「フォーウ!」

 

紹介された『キャスパリーグ』こと『フォウ』は、よろしくと言いたげに一鳴き。

マシュの肩から飛び立つと、未来の肩に乗り移った。

未来が撫でてやると、嬉しそうに身を寄せる。

 

「というか、コールブランドって・・・・?」

 

小動物特有の可愛さに癒されながらも、疑問を口にする未来。

その名は今しがた聞いた、響と関係のある名前だったのだから。

問いかけられたマシュは、首を横に振る。

 

「それは姉のことです。立花先輩が在学中は、姉妹そろってお世話になっていたんですよ」

「あー、あいつ大分お節介焼きだからな」

 

普段から構われているため、がっつり覚えがあったクリスは、言いながらげんなり。

 

「小日向未来さんと、雪音クリスさんですよね?お二人のことは、先輩から教えてもらいました」

 

名前を呼ばれた二人が何故を問う前に、マシュが一枚の写真を見せてくれる。

それは確か、一日目に『友達に送るから』と撮らされた集合写真だった。

 

「特に未来さんのことは、在学時から良くお話してくださっていたので、個人的に初対面な気がしないです」

「そうなんだ」

 

・・・・自惚れでないのなら。

別離している間にも、響は未来のことを想ってくれていたのだろう。

そこにまだ恋愛感情が無かったにしても、何となく嬉しさを覚えてならない。

 

「んで、さっき言ってたすとらいかーなんてらってのは何だよ?」

 

顔をほころばせる未来に『ごちそーさん』と内心で送りながら、クリスがもう一度切り出す。

するとマシュは、ちょうど近くにあった掲示板に目をやった。

生徒会からの報せや学校便りが張られている中に、魔法学校らしく管理局の募集ポスターが貼られている。

 

「高町なのは一等空尉の『エースオブエース』に並ぶ、優秀な魔導師に送られる称号です」

「現役の古代ベルカ式魔導師の中で、最高峰の実力持ちですもんね」

 

『ベルカ式』に関しては響から少し聞いていたので、未来やクリスも何となく分かった。

この世界の戦乱の時代に広く使用された、戦闘特化の『魔法の流派』。

個々の資質に強く依存するため、一時はかなり衰退していたという話だが。

優れた術者には『騎士』の称号が送られ、『一対一なら負けは無い』と言わしめるほどの実力を秘めていたらしい。

他にも細かく『近代』だの『古代』だのに分かれたりするらしいが、ややこしくなるからとその時は省略されてしまった。

今では資質に頼らず扱いやすい『ミッドチルダ式』に並ぶ、主流な術式の一つらしい。

 

「お前のかーちゃんすげーな」

「えへへ、自慢のママでーす!」

 

『高町一家』に関しては、ある程度の事情は聞いている。

ヴィヴィオが、なのはが引き取った孤児であることも。

なので、どうみても日本人ななのはの子どもが、金髪に虹彩異色でもさほど疑問に思わなくなっていた。

 

「さあ、校内へどうぞ。ここは暑いですから」

 

言葉通り自慢げなヴィヴィオを微笑ましく見ていると、マシュに促される。

確かに地球より幾分か過ごしやすいとは言え、季節は夏。

熱中症で倒れでもしたら話にならない。

導かれるがまま、マシュを加えた一行は校舎へ入っていく。




翼さんにシグナムさん要素つけたくて、蛇腹剣使わせたいとか野望を持っていたんですが。
すでにマリアさんが使っていて若干うろたえてますガタガタ
はばばばば、ろくすっぽプロットを練らなかったツケががががが。


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38ページ目

前話投稿後。
プロットを確認してみたら、広げた風呂敷の規模に軽く絶望してしまったので、急遽練り直しました。
よって、『三騎士』やら『ヴィヴィオのパパさん』やらはなかったことになってしまっています。
私の至らなさにより、読者の皆々様には大変なご迷惑をおかけしますが。
何卒、拙作をお見守りくださいますようお願い申し上げます。


「――――――あのエースオブエースの故郷に、そんな危険生物が」

 

ティアナから話を聞いた捜査官は、信じられないと目を見開いた。

元々『管理外第97世界』こと地球は、魔法の無い世界として知られていたのだ。

そこから連想して、魔法を始めとした超常的存在がないと思い込んでいたのなら、驚くのも無理は無い。

 

「炎や電気と言った『熱』を用いずに炭を生成、しかも人体からとなると、『ノイズ』の可能性も出てきます」

「失礼」

 

こっくり頷いたティアナに、途中から話を聞いていた別の捜査官が手を上げた。

 

「確かに『特異災害』のことをご存知なら、その可能性を考えるのも無理は無いでしょう。ですが、あれらは管理外97以外での観測はされていないはずです」

 

『少なくとも、管理局による観測が始まってからは』、と。

ノイズについて知っていたらしい彼は、そう付け加える。

否定や嫉妬からの意地などではなく、結論を急いて誤ったほうへ行かないための意見。

事件を解決したいと、真摯に望むからこその発言だった。

 

「問題はそこなんです」

 

ティアナも、彼の気持ちを十分汲み取った上で、頷く。

 

「地球固有の特異災害が、何故今になってミッドに現れたのか・・・・そこがどうも引っかかっているんです」

 

遥からの情報に寄れば、ノイズを居のままに操る手段は実在する。

だがそのためのアイテムは、現地の組織によって厳重に管理されているはずなのだ。

妹弟子の響や、恩師であり上司でもある遥が、一定以上の信頼を置いている人々。

特に遥は、常時無様を晒すような間抜けに力を貸さないことから、相手がそれなりの実力を持っていることは明白。

故に、『手段』が簡単に奪取されたとは考えにくかった。

 

(この辺りは、師匠に確認を取ってみないと)

 

思考にふけっていたティアナは、一人頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、コールブランドさん」

「ごきげんよー!」

 

未来達一行が校舎内を歩いていると、St.ヒルデの生徒に遭遇した。

二人とも大きな楽器を抱えていることから、どうやら吹奏楽部らしい。

 

「その人達は?見ない制服だよね?」

 

ユーフォニアムを抱えた生徒が、珍しそうに未来とクリスを見つめる。

隣のトロンボーンを抱えた生徒も、何度も頷いていた。

二人ともリボンの色が同じことから、マシュと同じ学年のようだ。

 

「立花先輩のご学友です。ここを見学されたいということで、今案内をしていました」

「え、タチバナって、あのタチバナ!?」

「やだ、うっそー!」

 

未来が挨拶するよりも早く。

生徒達は身を乗り出し、黄色い声ではしゃいだ。

ヴィヴィオ達のべた褒め具合から何となく察してはいたが、想像以上に響は人気者だったようだ。

 

「っていうか、先輩帰ってきてるの!?」

「ええ、ランクの昇格試験を受けるために戻っていらっしゃるんです」

 

戸惑う未来の代わりにアインハルトが答えると、また黄色い声が沸きあがった。

 

「なんつーか、ここんとこ驚いてばっかだな」

 

半ば呆れたクリスの声に、未来は黙って頷く。

 

「あの!そっちのタチバナ先輩って、どんなですか!?」

「やっぱりクールでカッコイイですか!?」

「えっ?」

 

すっかり興奮した生徒達が、そろって未来に詰め寄った。

別に話すこと自体はやぶさかでもないが、彼女らが口走った『クールでカッコイイ』というフレーズにまた戸惑ってしまう。

だって未来が知っている響は、太陽みたいに明るくて、あったかくて。

傍にいるだけで元気をくれるような人なのだから。

 

「・・・・端的に言うなら『バカ』だな」

「えっ?」

 

そんな未来をフォローしたのは、意外なことにクリスだった。

気だるげに出てきた思っても見なかった答えに、今度は生徒達がぎょっとなる。

 

「スキンシップ激しいし、考えているように見えて結局力技で解決するし、理想論語りまくるし」

「あ、あの」

「けど」

 

不安げな一同を安心させるように、語気を強めて一旦区切る。

 

「言ったことはきちんと実行するし、出来ないならできないで、やれることを死ぬ気で成し遂げるし・・・・なんだ」

 

自分でも何を言いたいか、上手く表現できなくなってしまったのか。

どこか照れくさそうに頭をかきながら、しかし清々しい笑みを浮かべる。

 

「背中くらいは、預けてやってもいいと思ってる」

「・・・・そう、なんですか」

 

予想と違う響の評価に戸惑っていたものの。

あちらでも信頼されているということを悟った生徒達は、安堵した笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(さてさて)

 

 

 

 

 

 

「ここが、先輩達が通っていた教室です」

 

実はここの生徒会長だったマシュに鍵を開けてもらい、中に入る。

モニター型の黒板や、天板を上げれば出てくるタッチパネルなど。

日本にあるような最先端の学校と、変わりない内装だった。

 

「ちょうどそこが、立花先輩の席だったんですよ」

「えっ」

 

内部を見渡しつつ何となく進んでいた未来は、たまたま傍にあった机を見た。

 

「まさにここで勉強してたってか」

「はい、実力は姉さんに並ぶ学年トップクラス。筆記の方も、慣れた頃には50位以内に入っていらっしゃいました」

 

ちょうど真ん中の列の、一番後ろ。

全体を見渡せるその席に、そっと手を触れる。

誇らしげに語るマシュの声を聞きながら、思いにふけっていた未来だったが。

 

「未来さん?」

「・・・・あれ」

 

やがて手に落ちた雫を見て、我に帰る。

机を汚してはいけないと、咄嗟に飛びのき。

乱暴に顔を拭う。

 

「おい、どうした?」

「どう、してだろう、ごめん、ちょっと待って」

 

気遣ったクリスに背中を擦られながら、どうにか涙を止めようと努める。

ヴィヴィオ達は未来を案じて近寄り、マシュは自分の説明がいけなかったのではとおろおろする。

彼らに対し『大丈夫』を繰り返しながら、未来は涙の訳を必死に考えた。

ヴィヴィオ達に何かされたわけでもないし、マシュの解説も実によく分かりやすかった。

悪いところなんて何一つ無く、むしろ響のことをたくさん知れて嬉しいわけであって。

 

(知れて、嬉しい・・・・?)

 

唐突に、すとんと。

答えが湧いて出てきた。

そうだ、自分は。

小日向未来は。

 

「響のこと、何にも知らなかったんだなぁ・・・・」

 

実際。

確信を以って言えるのは、幼い頃の思い出だけだ。

記憶を失った後の響は。

家族と死に別れ。

魔法使いの弟子となり。

今は恋人として隣に立っている『響』については。

びっくりするほど、何にも知らなかった。

責められ続けるあの子を見ていたから、傷つき続けるあの子を見ていたから。

身代わりになることも、ましてや一緒に戦ってやることも出来ない未来は。

ただただ傷を癒してやることしか出来なくて、痛みからあの子を守ることが出来なくて。

それがとてつもなく悔しくて、悲しいのだ。

もちろん知らない原因は、響本人が話してくれないというのが大きい。

だが裏を返せば、響に信用されていないという根拠に十分成り得る。

 

「響・・・・!」

 

ああ、ダメだ。

涙が溢れてとまらない。

悔しくてたまらない、悲しくてたまらない。

胸に広がった後悔に、押しつぶされそうになって。

 

「・・・・わたしは」

 

必死に堪える未来の涙を拭いながら、マシュが笑う。

 

「そちらで過ごしている立花先輩を知りません。だから、あの人があんなに笑えることにびっくりしていて」

 

一昨日自身のデバイスに送られてきた、一通のメール。

見たことが無い、弾ける様な笑顔を思い出しながら、自らの知る『立花響』を語る。

 

「先輩は『強さ』を求めるストイックなお方でしたから、あんなに無邪気な表情を見せることはありませんでした」

 

『鉄仮面』や『能面』というわけではない。

ただ、笑っても物足りなくて。

怒れば常人を遥かに超える威圧を放って。

そんな彼女を、時には恐ろしいとすら思ったこともあった。

 

「あなたについて語る先輩は、とても生き生きしていて」

 

例外はただ一つ。

地球に置いてきた親友(みく)について語る時。

記憶を無くし、無実の確証がない罪過に苛まれた中。

一緒に傷つこうとも、傍に寄り添って笑いかけてくれた、大好きな存在のこと。

未来の名前を口にするときだけは、人間じみた鮮やかな感情を見せてくれたものだ。

 

「だから、実はずっと気になっていたんです。先輩の笑顔を簡単に引き出せるあなたのことが」

「マシュさん・・・・」

 

話を聞いているうちに泣き止み、目元を腫らした未来が名前を呼べば。

マシュは再び笑って応えた。

 

「何も知らないから邪魔だなんてことはないはずです。立花先輩なら、そんなこと絶対に言いません」

 

特にあなた相手なら。

自信を持って、宣言する。

 

「――――よければ、あなたが知っている先輩について、教えてもらえませんか?」

「わたしが?」

「はい、一番傍にいた人から聞きたいんです。ありのままの先輩を」

 

未来は、目元の腫れを取り払うようにこする。

かぶりを振って上げた顔には、後悔も切なさも無かった。

 

「気をつけろー、ノロケがぶっこまれるぞー」

「く、クリス!?」

「あ、やっぱりそういう関係なんですね」

「それじゃあ、コーヒーがおいしいお店にいかなくては」

 

湿っぽい空気に止めを刺すべくクリスが茶化しを入れれば、アインハルトとユミナが同調して頷く。

言うほどのことでもないからと、明言したわけではないのだが。

どうやら感づかれてしまったらしい。

別段隠す気もなかったが、最近やっと羞恥心を乗り越えた未来にはまだハードルが高かった。

顔がみるみる赤くなり、油断すれば湯気が出そうなくらい熱る。

 

「のろけって・・・・」

「つまりコイバナですよね!?」

「わぁーっ!」

 

正直逃げ出したい。

しかし、ヴィヴィオ達小学生組にキラッキラした目を向けられては、逃げ場は無い。

 

「ほら、みなさん」

 

盛り上がる彼女等を嗜めるように、マシュが手を叩いた。

ああ、さすが生徒会長なんて、救い主を見つけた気分で未来は振り向いたが。

 

「あんまりいじってしまうと、聞きたいコイバナを聞けなくなっちゃいますよ」

 

ブルータス、お前もか。

ローマ帝国の英雄にして、『皇帝』の語源にもなったとされる人物の台詞が、頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「それでは、作戦を決行する」

 

「驕る支配者に、鉄槌を・・・・!」




「」ギュピッギュピッ


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39ページ目

先日の事です。

急に増えたお気に入りにビビる。

何事かと調べる

2/2日間ランキング14位

「」



ありがとうごぜぇます・・・・ありがとうごぜぇます・・・・!



「あーあ、引き分けちゃったかー」

「言ってくれるぜ、こっちを圧し折る勢いでぶん殴ってきたくせに」

 

魔導師試験場。

やっと解放された響は、ぐーっと伸びを一つ。

呑気な顔で残念そうにする響に、モルドはため息を一つこぼした。

――――午後に執り行われた一対一の試合は。

響対モルドという、知っている者からすれば夢のような対戦カードとなった。

片や『狂暴女帝』の弟子、片や将来を期待されている若い魔導師。

そんな彼女等の試合は、予想通り接戦となった。

拳が唸り、斬撃が咆える。

一進一退の攻防は、タイムオーバーによる引き分けという結果に終わった。

 

「だーって、モルド相手に手ぇ抜くとか有得ないし?」

「だな、したらぶっ殺す」

 

くるりとステップを踏んだ響。

仕草こそ軽快だが、向けた瞳はぎらついている。

久しぶりに見た懐かしい一面に、モルドの顔も自然とあくどくなった。

 

「まあ、何はともあれ、二人とも合格だ」

「枕を高くして寝れるねー」

 

なんて、次の瞬間にはのんびりと会話を交わす。

そんな時だった。

試験場の外が、何やら騒がしい。

何事かと顔を見合わせた二人は、外へと駆け出して―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を、少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手近な喫茶店に連行された未来は、ええいままよと語った。

自分の知っている響が、いかに頼れて、素敵で、かっこいいかを。

そりゃあもうノリッノリで。

結果、ヴィヴィオ達がどうなったかは推して計るべし。

 

「お前思い切るとすげぇよな」

「はんせいしています・・・・!」

 

呆れたクリスが指摘すれば、耳まで真っ赤にした未来は両手で顔を覆った。

 

「でも、嫌われるよりはずっといいと思います。先輩が向こうでもお元気そうでよかった」

「マシュちゃん・・・・!」

 

慰めるように未来の肩を叩きつつ、一緒にいたマシュはフォローを入れる。

短い時間ながら、もはや友達とも言うべき関係になった彼女を。

未来は感慨深く親しげに呼んだ。

現在時刻は夕方。

ヴィヴィオ達とは既に別れており。

姉が同じく試験だったらしいマシュと一緒に、お迎えに行っているところだった。

夏に日が長くなるのは、ミッドチルダでも変わらないようで。

思ったよりも日の光が残っている街を、三人で歩いている。

 

「あ、ここ?」

「ですね」

 

やがて、開けた場所に出る。

試験場や共用のグラウンドらしき建物に囲まれたスペースは、憩いの広場になっているようだ。

日が傾いた今でも、キャッチボールしたり、魔導師らしく魔法の練習に励む子ども達の声で賑わっている。

空や大地が違っても、人々の営みは変わらない。

上手く出来た魔力光を親に褒められ、嬉しそうに笑う子どもの顔は。

地球で見かける笑顔と、なんら変わりなかった。

 

「・・・・ん?」

 

ふと、耳が音を拾う。

甲高い音が近づいたと思い振り向くと、巨大なトラックが突っ込んできているところだった。

突然のことに呆ける未来達のギリギリ手前でドリフトし、広場の中央に飛び込む。

進行方向には、逃げ遅れた子ども。

 

「ッキャスパリーグ!!」

「フォーウッ!!」

 

口を押さえる未来の隣から、マシュが飛び出す。

呼び声に応えたキャスパリーグが一鳴きし、光となって体に入り込む。

一拍置いて現れたのは、藍色のライトアーマーを纏ったマシュ。

魔法で加速して子どもの前に立つと、巨大な盾を突き立てる。

展開されるのは、響も防御に良く使う魔法陣。

火花を散らしながらトラックをいなしたマシュは、見事子どもを守りきった。

 

「ッ大丈夫か!?」

「怖かったね、怪我は無い?」

 

すぐさま再起動した未来とクリスが駆け寄り、同じく走ってきた親に子どもを引き渡す。

親は何度もお礼を言いながら、子どもと一緒に泣きじゃくっていた。

親子を慰める未来を庇うように、マシュと並んでトラックを睨むクリス。

ちょうど通りかかったらしい魔導師部隊が、横転した車体を取り囲んだ。

杖を向けられた運転席から、黒い装いの男達が這い出てくる。

彼らは魔導師だけではなく、怯える巻き込まれた者や、何事かと集まってきた野次馬にすら敵意を向けて。

 

「我等は『パシフィスタ』ッ!!管理局の支配から世界を解放する、執行者なり!!」

 

一人が宣言している間に、残りが荷台に飛び込む。

すると、暗がりの中から重々しく、鉄の塊が現れた。

いや。

よくよく見ると、何かの機械であることがうかがい知れる。

横たえたそれを複数人係で立ち上げれば、街路樹と同じくらいの大きさになった。

宣言している男の下に、何かが届けられる。

 

「力に溺れ、支配者を名乗る管理局(しんりゃくしゃ)よ!」

 

スイッチだった。

 

「―――――裁きの時間だッ!!!」

 

拳を叩きつけるように、ボタンが押される。

装置が稼動を始め、周辺に揺らぎが生まれたと思ったら。

未来とクリスにとっては、いやというほど見慣れた。

鮮やかな脅威達。

認識した僅かな間に、奴等は四方八方に飛び出して。

 

「っこっの――――」

「魔法が――――」

「ダメだ!逃げ――――」

「本部に――――」

 

まずは一番近くに居た魔導師達が。

 

「何だあいつ――――」

「やばい!早く――――」

「く、くるな!うわぁ――――」

「助けてぇ!誰――――」

 

続けて、逃げ遅れた野次馬達が。

成す術もないままあっというまに蹂躙され、炭の山が増えていく。

頼みの魔導師達すら敵わないクリーチャーの群れ。

発せられる無機質な殺意に、恐怖が伝播しようとして、

 

「Killiter Ichaival tron...!」

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!」

 

負の連鎖を断ち切る、二つの音色。

銃口が火を噴き、雷光が駆け抜ける。

ミッドチルダでは嗅ぎなれない、火薬のにおいが混じった煙。

砂埃を振り払って現れたのは、辛抱溜まらんと飛び出していったクリスと。

 

「響!」

「立花先輩!?」

 

未来を、マシュを。

そして人々を守る用に立ちふさがる響。

向けられた背中と靡くマフラーが、これ以上は許さないという気迫を滲ませている。

ふと、首だけでこちらを向いた響は、大丈夫だと薄く笑った。

次の瞬間には前に向き直り、クリスと共にノイズに突っ込んでいく。

 

「無事か、マシュ!」

「モルド姉さん!」

 

響の見慣れない姿に戸惑っているマシュの下に、大太刀を背負った和服の少女が駆け寄ってきた。

彼女が話にちょくちょく出ていた姉なのだと、未来はこっそり納得する。

 

「話は後だ!連中は響が引き受ける、オレ達は市民の避難を!」

「ッはい!」

「わたしも手伝う、どこに誘導すればいいの!?」

 

すぐ我に返り、協力を名乗り出た。

 

「あんた、確か・・・・」

「ええ、立花先輩の彼女さんです」

 

きっと響がノリノリで語ったのだろう。

マシュの言葉に、『やっぱり』といいたげに目を開く。

 

「協力は助かる、ぶっちゃけオレも詳しくは把握してねぇけど、響がやってくれてるなら大丈夫だろ」

 

モルドが目を向けた先。

拳を叩き込み、稲妻を迸らせてノイズを蹂躙する響の姿が。

心なしか、『悪い顔』がはっきり刻まれているように見えた。

 

「全員逃げてください!とにかくここから離れて!」

「バケモンはあいつらが食い止める!慌てず、迅速に!」

 

響やクリスの出現に困惑していた人々も、脅威たるノイズと戦う姿に安堵を覚えたのだろう。

モルドやマシュ、未来による誘導で、安全地帯に向け足を速める。

怪我人に手を貸している中、響達が気になった未来は目を向けた。

次々現れるノイズ達を、次々仕留めていく二人。

ミッドチルダに来る前。

拳銃やミサイルなどの『質量兵器』は、あまり良い印象をもたれていないと聞いていたが。

勇敢に立ち向かっている今は、誰も気にしていないようだ。

友人が糾弾されないことにほっとしながら、未来もまた足早に離脱していた。

 

「埒があかん!出力を上げろ!」

「はいッ!」

 

ノイズを呼び出した彼らにとって、響達の出現は予想外だったらしい。

苦い顔をした男から指示を受け、仲間は装置のコントローラーをいじった。

大きくなる駆動音、強くなる光。

空間の滲みもはっきり濃くなり、量も質も高まる。

溢れた小型は続々合体し、大型へと変貌を遂げていく。

巨体の間には、あぶれた小型がちょろちょろと動き回り。

邪魔者である響とクリスへ向かっていく。

 

「・・・・ッ」

「くっそ、群れ雀が・・・・!」

 

流石の二人も、この物量には苦い顔をする。

歯を食いしばり、足を踏ん張って必死に耐えているが。

半歩、一歩と、じわじわ後ずさっていく。

戦いを見守っていたモルドやマシュ。

そして途中から加わった魔導師の増援達は、その様子を苦い顔で見ていた。

この場にいるものは、それぞれ響達から聞いたり、仲間の命がけの通信を受け取るなどして。

ノイズに魔法が効かない事を十分に知っている。

しかし、人を守ることを生業としている身からすれば。

何も出来ないこの状況は、歯痒い以外の何者でもなかった。

 

「あの子達の手助けすら、許されないというのか」

「奴等まさか、ここまで計算して・・・・!」

 

増援の隊長が目を向ける先、苦戦する響達を見て悦に浸っている男達。

小娘二人など、所詮はこの程度と思っているのだろう。

 

「ッおおおおおおおおお!」

 

その見下す視線が癪に障ったのか、響は雄叫びと共に放電。

攻撃範囲を少しでも広げ、一匹でも多く葬らんと奮闘する。

逆境だろうが関係ない。

味方が少なかろうと関係ない。

踏ん張る理由なんて、戦う理由なんて。

 

「響・・・・!」

 

後ろに守りたいものがあるだけで、十分だ・・・・!!

 

「ッくそ!!」

 

だが、気合だけで何とかなるほど、世の中は甘くない。

ノイズの物量と、まだ一般人が近くに居るという焦燥が、ほんの僅かな隙を生み出してしまった。

合間を縫うように、一匹のノイズが防衛ラインを突破する。

悪態をついたクリスが振り向いた隙に、更に数匹が飛び出していく。

 

「未来ッ、逃げ――――!」

 

未だ避難を手伝う未来に警告を飛ばすが。

脇からノイズ達にのしかかられ、邪魔される。

シンフォギアを纏っている今、触れてもなんら問題はないのだが。

鬱陶しいことこの上なかった。

 

「がああああ!!!!」

 

放電で消し飛ばし、獣のように咆えながら踵を返す。

ノイズは、未来の目の前。

魔導師の一人が咄嗟に飛び出しているが、複数匹相手では無駄死にして終わりだろう。

 

「未来ッ!!!!!」

 

間に合わないと分かっていても、手を伸ばして。

 

「Imyuteus Amenohabakiri tron...」

 

ずどん、と。

振ってきた巨大なものに、未来と魔導師は守られた。

理解が追いつかない二人は、哀れにも潰されたノイズを見下ろしている。

 

「盾・・・・?」

 

未来を速やかに保護しつつ、モルドは呆然と呟いた。

 

「―――――(ツルギ)だッ!」

 

否定の声があがったのは、上から。

見上げれば、巨大な剣の上に佇んでいる人影が見える。

 

「翼さん!」

「おっせーよ!」

「二人ともすまない」

「リインもいるですよー!」

 

物理的に無理がある縮小をした剣を手に取り、響、クリスと並ぶ翼。

その肩に、小さな人間のようなものが乗っかっていた。

 

「ってか、あんた午前中一緒にいた・・・・」

「ああ、八神女史のパートナー『リインフォース(ツヴァイ)』殿だ」

「はいです!それに、来たのはリインだけじゃないですよ!」

 

ちっちゃな妖精リインが自信満々に胸を張れば、

 

「セタンタ」

「レイジングハート・エクセリオン!」

「バルディッシュ・アサルト!」

「シュベルトクロイツ!」

 

応える様に、頼もしい声。

 

―――――Stand byReady

―――――Set Up !!

 

閃光。

響達の前、ノイズに立ちはだかるように。

四つの人影が舞い降りる。

 

「高町一尉!ハラオウン執務官!」

「八神捜査官に司執務隊長まで!」

 

全て女性だったが、知っている顔だからこそ、人々は分かりやすく反応した。

ある者は頼もしい守護者として、またある者は畏怖の対象として。

 

「――――小便は済ませたか?」

 

畏怖の代名詞である遥が、一歩前に出る。

 

「神様にお祈りは?隅っこでガタガタ震えながらみっともなく命乞いする準備はオーケィ?」

 

目に見えて怒気を孕ませながら、口元をぱっくり割って笑みを浮かべる。

こんなに早く駆けつけると思っていなかったのだろう。

男達の顔は、目に見えて恐怖に歪む。

 

「遥ちゃん、出来るだけ穏便にね?」

「そうだよ、お子さんもいるんだし、教育に悪いよ」

「分かってるって、ノリよ、ノリ」

 

一昨日も出会ったなのはと、写真で何度か見せてもらった女性『フェイト・T・ハラオウン』にたしなめられながら。

ゲイ=ボルグを肩に担いだ遥は、徐に振り払う。

ただそれだけで、一番前に居た群れが消し飛んだ。

 

「翼ちゃん、響ちゃんにクリスちゃんも、もう一頑張りいけるか?」

「はやてさん!」

 

一歩下がり、気さくに話しかけるはやて。

 

「なぁに、こっから盛り返すとこだったんだ!」

「防人の切れ味、とくとご覧にいれましょう・・・・!」

 

やる気たっぷりに返事をする子ども達を、頼もしそうに見て頷いていた。

一方で響は後ろが気になり、ちらっと目を向ける。

未来は魔導師達に連れられ、後方に避難しているところだった。

モルドやマシュも付き添っているので、よっぽどのことが無い限り安心していいだろう。

息を一つ。

頭を切り換えて前に出る。

 

「ついておいで響、一気に決めるよ!」

「はいッ!!」

 

師弟そろって、飛び出した。




ノイズ終了のお知らせ。


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40ページ目

今回でミッドチルダ編は終了です。


――――『一方的』。

目の前の光景は、その一言に尽きた。

 

「あっはははははは!ほらほらぁ!弾幕薄いよォッ!!」

「他でもない本業だ、負けられんぞ司ッ!!」

「はいッ!!わたし達もやってやりましょうッ!!」

 

遥を筆頭に、響と翼が前衛で大暴れ。

 

「遠慮はしねぇッ!鉛玉の大バーゲンだッ!!!!!」

 

彼女等が零した個体は、クリスが片っ端から狙撃して撃破。

 

「一緒に援護射撃、お願いしますッ!」

「あの子達がおる今なら、遠距離攻撃が通じます!」

「ぃよっしゃぁ!女の子ばかりに任せてられるか!そうだろォッ!?」

「うおおおおお!!!」

 

さらに、装者達の歌により、ノイズが実体化したことも合間って。

なのはを始めとした砲撃魔導師達が、クリスを援護。

触れたらアウトなのは相変わらずだが、始めは手も足も出せなかった歯痒さが起爆剤となったのだろう。

ありったけの砲撃が、雨あられと降り注ぐ。

 

「そ、そんな・・・・!」

 

結果として、一時間足らずでノイズはほぼ壊滅してしまった。

 

「そうら隙ありだァッ!!!!」

 

男達が呆然としている隙をつき、飛び出す影。

モルドだ。

援護射撃を行う魔導師達と同じく、力になれるのが喜ばしいのだろう。

獰猛に笑った彼女は、大太刀をめいいっぱい振り上げて。

 

「――――タケムラ流ッ!!」

 

刀身に魔力を迸らせる。

 

「――――神罰ッ!!!」

 

速度と威力が増した一閃。

もはや守るものが何も無い装置など、両断以外の末路は許されない。

 

「く、くそッ・・・・!」

 

ノイズも装置もなくなり、完全に優位性を失った男達。

破壊された装置の煙に紛れ、脱出を試みるが。

 

「はい、そこまで」

「ここからは通行止めですよ」

 

進行方向に立ちふさがったのは、ハンドガンを構えたティアナと、レイピアを向けるセレナ。

 

「もう帰るの?つれないわねぇ」

「あなた方は今回の首謀者の疑いがあります、大人しく同行を」

 

背後には既に、フェイトと遥が佇んでいた。

まさに『前門の虎、後門の狼』。

逃げ場など到底無い。

普通なら、そう考えるが。

 

「ッああああああああ!」

 

悲しいかな。

『崇高な思想』を持っている彼らは、そう考えなかった。

リーダー格は雄叫びを上げながら、上着を肌蹴させる。

コートの下にあったのは、まるで腹巻のように巻きつけられた爆弾。

遥にフェイト、ティアナにセレナと、誰もが一度は聞いたことのある魔導師が一辺に四人。

この状況を、己もろとも葬る絶好の機会と呼んだのだ。

彼女達四人に見せ付けるように、手元の起爆装置を見せた男。

浮かべた笑みは、『ざまぁ見ろ』と言いだけだったが。

 

「・・・・ぁ?」

 

駆けつけた旋風。

視界にマフラーが翻り、プラズマ走る瞳に射抜かれて。

 

「ったぁ!!」

「おぼッ!?」

 

一瞬だけ見えた夜空を最後に、意識がブラックアウトした。

男の手から離れ、宙を舞うスイッチ。

たまたま飛んできたそれを遥がキャッチすれば。

爆弾を引っぺがした響が、空高く放り投げる。

 

「ほいッ」

 

十分な高さに達したところで、遥は躊躇いなく起爆。

予想通りの花火にすらならない火炎が咲いて、消えたのを確信し。

気を失っていない、残りのメンバーに笑いかける。

 

「お話、聞かせてもらえるよね?」

 

『ノー』を答える猛者は、誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『パシフィスタ』。

元は管理局の強硬派に抗議する、平和的な政治組織だった。

メンバーの殆どが、強硬派による支配が強い世界出身の者達であり。

『彼らの同類にはなりたくない』と、始めこそ対話による和解を目標に掲げていたが。

当然選民思想に染まった強硬派が、聞く耳を持つわけが無い。

それどころか『公務執行妨害』と称して、お縄にしようとすらしてきた。

言葉で何度訴えても、帰ってくるのは暴力だけという状況に痺れを切らし。

数年前から武装集団となってしまったのだ。

『選民思想の連中を庇う者も敵だ』と、穏健派すらも敵視し、危害を加えるその危険性から。

管理局の中でも上位に入る要注意団体として、マークされていた。

また、そもそもの原因が身内にあることもあり。

新人局員の研修にて、行き過ぎた選民思想がどういった影響を生むのかと言う一例として取り上げられることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔導師にも、一般人にも、少なからず犠牲が出てしまった今回の騒動。

だが人々には、犠牲を差し引いても余りある、英雄譚が生まれた瞬間でもあった。

 

「響!」

「おぉ、未来!」

 

そんな『ヒーロー』の筆頭である響が、事情聴取を終えて一息ついているところに。

未来が駆け寄ってきた。

飛び込む彼女を受け入れ、ついでとばかりに一回転。

疲れが吹き飛んだ顔には、満面の笑みが咲いている。

 

「大丈夫だった?怪我は無い?」

「無いって、師匠達来てからワンサイドゲームだったし」

 

『未来だって見てたっしょ?』と、笑いかける。

 

「まあ、流石にちょっとつかれたかな。人助けのためとは言え、ロストロギア使っちゃったし」

 

遥が一筆したためてくれた許可証があるとは言え、地球で言うところの拳銃や刀剣といった武器を所有しているようなものなのだ。

実際クリスのイチイバルは、ミッドチルダ的に見た目も効力ももろアウトラインに入ってしまっているため。

もう少しかかりそうだった。

ティアナが一緒についている以前に、今回の功労者の一人なので。

そうそう滅多に厄介ごとにはならないだろうが。

 

「おっす、お疲れ」

「お疲れ様です、先輩」

 

話しているところに、モルドとマシュもやってきた。

彼女等もまた、目撃者の一人として聴取されていたようだ。

 

「お疲れー!マシュも久しぶりだ、大きくなったね」

「はい、身長その他諸々、しっかり成長しています」

「フォーウ!」

 

慕っている先輩に褒められたのが嬉しいのだろう。

マシュは気合たっぷりにガッツポーズし、キャスパリーグも一緒に胸を張る。

 

「で?そっちが例の?」

「うん!未来、こちらわたしの親友の、モルド!」

「モルド・クラン・コールブランドだ、よろしく」

 

妹の微笑ましい一面もそこそこに、気さくに話しかけるモルド。

話に聞いていたとは言え、初対面なら礼儀は大事。

 

「小日向未来です、響がお世話になってます」

「お、おう」

 

そう考えた未来は、一度丁寧に頭を下げた。

思っても見なかった反応に、モルドは思わず一歩下がる。

響の友人、現在は恋人というだけもあり、もっと気さくな態度を想像していたのだ。

何か悪いところがあったかと首をかしげる未来と目を合わせたモルドは、そっと響に耳打ち。

 

「出来た嫁さんだな」

「あげないよ?」

「とらねーよ!」

 

モルド自身にそういう趣味は無いし、何より取ろうとも思わない。

未来を褒めた瞬間に見せた、鋭い目に射抜かれてはなおさらだ。

意外と嫉妬深いかもしれない親友の一面に冷や冷やしていると、

 

「やぁやぁ若人諸君、盛り上がってるね?」

「師匠」

 

管理局の制服に身を包んだ、遥が歩み寄ってきていた。

黒い制服が、彼女の雰囲気を引き締めている。

見れば、後ろから翼とクリスも着いて来ており。

クリスは長い聴取に疲れきったのか、目に見えてぐったり肩を落としていた。

 

「今日はお疲れ様、みんなが頑張ってくれたお陰で、被害も最小限に止めることが出来た」

「そんなことないです、師匠達が来なきゃ、もっと大変なことになってましたし」

 

労いの言葉に、首を横に振った響。

脳裏に浮かぶのは、増加するノイズに手も足も出なくなったあの時だ。

危機的状況に陥っていた未来の下に駆けつけることが出来ず、ただ手を伸ばすことしか出来なかった。

届かない悔しさを思い出した響は、無意識のうちに手を見つめていた。

 

「だったら反省点踏まえて先に進みな、後悔の無くし方なんて、それしかないんだよ」

「わわ・・・・!」

 

遥はしょぼくれた響の頭を乱暴に撫で回す。

 

「それに、あんたとクリスが踏ん張っていなかったら、あたしらだって間に合わなかったんだ。まるっきりダメってわけでもないさね」

「司女史の言うとおりだ、二人がいち早く戦っていたからこそ、私も小日向を守ることが出来たしな」

 

翼にも頷かれたとあっては、これ以上の自虐は無礼と判断したようだ。

響は一度俯いて頬を叩く。

そうして顔を上げれば、笑みを浮かべた。

 

「師匠、わたし頑張ります。頑張って、後悔しないようにします!」

「うむ、その意気だ!」

 

拳を握って力強く宣言すれば、遥は満足そうに頷いた。

教え子の向上心が嬉しいのだろう。

また頭を撫で回す様は、師弟というより兄弟のようだった。

・・・・兄弟のように、微笑ましい光景だったが。

 

「――――じゃあ、頑張るついでに」

 

ここで終わるのなら、『狂暴』だなんてあだ名されていない。

徐に響の肩を引っつかむと、体の向きを変える。

 

「これもどうにかできるよね?」

 

強制的に回れ右された響の目に飛び込んできたのは、無数のカメラレンズと、マイク。

どうみても、こちらの報道陣だった。

 

「・・・・へっ?」

 

いつの間に来たのだとか、何で気づかなかったんだろうとか思いはしたが。

肩に置かれた手が無くなったことに気づいた響が、勢い良く振り向けば。

 

「ふははははははッ!頑張れー我が弟子よー!これも修行だー!」

 

全速力で後退する、遥の姿が。

既に距離は開ききっており、引き止めることは叶わない。

 

「ちょ、ちょっと!!?師匠!?」

「まーたないッ!さらばー!!」

「ししょーッ!!」

 

ぴゃーっと飛び去っていく遥を見て、思い出す。

『そういえばあの人、メディアが苦手だった』と。

 

「あのッ!」

 

はっとなって、元の方を振り向けば。

 

「司執務隊長のお弟子さんですよね!?お話聞かせてください!」

「今回大変ご活躍されたとのことですが、何かコメントを!」

「お写真ッ!目線こちらにお願いしまーすッ!」

「あ、わわわわわ・・・・!」

 

シャッター音、フラッシュ、録音機にマイク。

音と光が、一度にどっとなだれ込んでくる。

流れ込んできた情報量に、響は一気にキャパオーバー。

ノイズなら殴って終わりだが、相手が人間である手前それは出来ない。

 

「落ち着いてください!ちゃんと答えますから、一旦離れて!」

 

インタビュー慣れしている翼が庇ってくれているが、たった一人では裁ききる量にも限界がある。

唯一の救いは、モルドが未来やクリスを安全圏まで連れて行ってくれたことだろうか。

だが、あちらにもマイクを向ける記者がちらほら見受けられる。

 

「お弟子さん!」

「コメントを!」

「お疲れ様です!」

「お話ー!」

「写真を!」

「一言!一言!」

 

現場はもはやしっちゃかめっちゃか、翼もそろそろ限界を向かえそうだ。

 

(どうして、どうしてこうなった・・・・!?)

 

プルプル震えながら思うのは、エスケープする師匠(あんちきしょう)のさわやかな笑顔。

 

「・・・・師匠の」

 

ノイズよりもおっかない連中のど真ん中に放置されたこの状況。

サバイバルの方がまだマシだ。

そんな怒りと、困惑とがない交ぜになった、パニックになった頭で。

響はありったけの声で叫ぶ。

 

「ししょーのバカアァーッ!!わーんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんねー」

 

街灯モニターから聞こえた悲鳴に、遥は苦笑いを零す。

人の気配が無いビルの上、画面を見てみれば、駆けつけたティアナに引き取られる響の姿が。

バカと言われてもしょうがないことをやったので、甘んじて受け止めることにする。

上着の内ポケットからたばこを取り出し、一本咥えて火をつける。

煙を吸い込み、風に燻らせた遥は、

 

「―――――珍しいじゃないの、こっちによりつくなんて」

 

いつの間にか隣に居た、長身の青年に話しかけた。

 

「俺だって来るとは思わなかったさね・・・・ま、必要なことだったんでな」

「そう」

 

『いる?』とたばこを差し出すが、青年は首を横に振る。

 

「やめたよ、連れが好きじゃなくてね」

「あら」

 

断られたら、素直に引き下がる。

それが遥なりの、喫煙者としてのマナーだった。

 

「で、用事は終わったの?」

「いや、これからだ」

 

柵に寄りかかっていた青年は、言うなり背筋を正す。

 

「あんたを見込んで、頼みに来た」

「・・・・内容によるわよ、これでもお上の犬なんでね」

 

一度おどけて、犬の鳴き真似。

しかし、青年の真剣な眼差しを目の当たりにし、伊達や酔狂ではないと判断。

もう一度煙を吸い込みながら、体を青年に向ける。

 

「・・・・近いうち、地球ででかい騒ぎが起こる。俺と連れも、その渦中にいる」

 

紫煙を吐き出し、続きを促す。

 

「頼みたいのは、終わった後のことだ。俺はあんたやあんたの弟子にしょっぴかれるだろう、そうなって然るべきだ・・・・だけど、連れとその『家族』は、そうなっちゃいけねぇ、なってほしくねぇ」

 

すると青年は、足元に膝を着いた。

膝だけではない、手や額も擦り付け、ひれ伏す。

 

「権力を持っている、あんただからこそ頼む。どうか、子ども達を守ってやってくれ」

 

口調には丁寧さの欠片もないが。

五体倒置するその姿に、嘘偽りは見受けられなかった。

『身内』ならではのフィルターがかかっているやもしれないが、少なくとも遥はそう判断する。

 

「・・・・『お役所』を敬遠していた奴が、変わったわね」

 

だからこそ、その肩に手を置く。

 

「大丈夫よ、お役所に残っても、あたしの信念は変わっていない」

 

『よっぽど救い様が無い限り』と付け加えながら、青年を起こす。

 

「何より、可愛い弟の珍しい頼み事だ。引き受けるのが姉貴ってもんでしょ」

「・・・・ああ、助かる」

 

断られることも視野に入れていたのだろう。

青年の顔に、目に見えて安堵が満ちた。

 

「まあ、やらかそうってんなら、容赦なく叩き潰す。それがあたしの仕事だからね」

「それで構わねぇよ、こっちだって加減はしねぇ」

「その意気だ」

 

不敵に笑い合って、互いの拳を打ち付ける。

 

「それじゃ、その時まで元気でね。(カナタ)

「おうよ、遥」

 

後顧の憂いはなくなったのだろう。

満足そうに背を向けた青年は、ふと思い出したように振り返る。

 

「そうそう、お役所はあんまり好きじゃねぇが、姉貴のやりかたは嫌いじゃねぇ」

「あら?そう?」

「ああ、平等に守りたいときは邪魔だが、子どもを守るにゃ最大の武器だ。だからこそ、あんたを頼ったからな」

 

『それだけだ』と言い残し、青年は今度こそ去っていった。

一人残った遥は、吸殻を携帯灰皿に仕舞いながら、街並みに目を遣る。

街灯モニターには、いつのまに撮ったのか、ノイズを相手に奮闘する響の姿。

 

「これから忙しくなるよ、響」

 

勇ましい横顔に、届かない呟きを零す。

 

 

 

 

 

 

 

なお、この後。

響を囮にエスケープした件について、なのはにこってり絞られるのだが。

それはまた、別のお話。




次回からG編に入ります。

さて、フラグの数を数えなきゃ(白目


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まとめ

現時点で公開できる設定をまとめました。
参考程度に目を通してくださいな。


原作リリカルなのはとの差異

 

・無印、A's共に劇場版。

・無印は原作どおり、ルート分岐はA'sから。

・ゲーム版『BOA』『GOD』ルート。

・グレアムおじさんはやらかしていない(重要)。

・リインフォースⅠは生存していたが、拙作本編の5年前に『眠る』。

・ティアナが幼い頃からなのは達と面識がある。

そのため、『無理・無茶の危険性』を学んでおり、例の『魔王降臨』は割と穏便に済んでいる。

が、実力行使が無かった分、説教を数時間ガッツリされたので、別の意味でのトラウマがしっかり刻まれた。

・遥は起動六課に参加しなかったものの、捜査の面から協力。

フェイトと連携しながら、スカリエッティについて調べていた。

 

 

 

 

用語

 

『時空管理局』

無限に広がる次元の海の秩序を守る治安維持組織。

警察と軍隊と裁判所が合併したような機能を持つ。

第1管理世界ミッドチルダを中心に活動。

組織の例に漏れず一枚岩ではないが、そこはご愛嬌である。

 

『聖王教会』

ミッドチルダで最も崇拝されている宗教。

かつて世界全土を巻き込んだ戦乱に終止符を打った王族『聖王』を祀っている。

また、管理局と対を成す魔導師の組織でもある。

がっつりお役所な管理局とは違い、こちらは民間より。

教会が主催するボランティアをきっかけに、魔導師を志す若者も少なくない。

 

『レアスキル』

呼んで字の如く。

普通の魔導師が持ち得ない、希少な技能を指す。

相手の魔力を吸収・分析して、技能を模倣する『蒐集行使』や。

シールドやバリアを始めとした防御魔法の効力を底上げする『魔力防御(シールダー)』などが上げられる。

 

『魔力変換資質』

一般的な魔導師が、火や雷などの属性魔法を扱う際。

魔力をその属性に変換するための術式を、一小節加えなければならない。

が、この『変換資質』を持っていると。

その一手間をはぶいて属性魔法が扱えるようになる。

基本一人に一属性だが、稀に複数持っている魔導師もちらほらいる。

 

『魔槍・ゲイ=ボルグ』

古代ベルカの時代に作られた兵器。

魔力を解放すれば、必ず心臓を貫く『因果逆転』のまじないがかけられている。

また、一切の飛び道具が通じない『矢避けの加護』や、空気中の魔力を取り込んでリンカーコアを回復する『仕切りなおし』などの様々な恩恵を使用者に与える。

代わりに、この槍を手にしたものは必然と争いの最中に放り出されるというジンクスがある。

普段は刺青として、遥の右腕に待機している。

 

『呪槍・ゲイボルグ』

フィーネが対響用として手に入れた『地球の』ゲイボルグ。

先端は動物の骨で出来ており、全体にまじないの紋様が刻まれている。

長く地下に封印され続けてきたお陰で保存状態が良い。

完全聖異物。

 

『ドゥリンダナ』

トロイヤ戦争の大英雄、へクトールの槍。

折れた穂先がフランスに渡り、デュランダルになったとされている。

ルナ・アタック決戦の際。

響が発現した『束ねて繋げる力』により、一時的に顕現した。

その後ネフシュタンの鎧と対消滅を起こしたため、現存していない。

 

『第07執務隊』

遥が率いる執務官の小隊。

前任の不祥事が発覚したために一度解体された後、遥を始めとした『問題児』達を集め再編成された。

結成当初こそ『何をやらかすか』と周囲から恐れられていたが、遥の人柄と隊員達の主張がいい感じに噛み合い。

思ったよりも大人しい部隊になった。

が、施設を吹き飛ばしたり、地形を大きく変えたり、犯罪者にトラウマを植え付けたり。

やらかすときは盛大にやらかすため、『チームジェノサイド』と揶揄されている。

やっぱり問題児。

 

 

 

 

人物

 

司 響

年齢:16

性別:女

身長:160

体重:乙女の秘密

使用術式:近代ベルカ式

魔力変換資質:電気

デバイス:ヤーレングレイブル

シンフォギア:ガングニール

詳細:皆大好きおっぱいのついたイケメン。

―――――の、中に紛れ込んだ『異物』。

未来から『響』を奪ってしまったと思い込んでおり、時折罪悪感に苛まれながらも、『響』として生きることを決意している。

基本的に明るい性格だが、本来の響と違い思慮深い一面もある。

精神が成熟しているためか、無茶をしがち。

また、本来の響よりも身長が少し高め。

近代ベルカ式の魔法の使い手、電気の魔力変換と格闘術を駆使して戦う。

好きなおやつはいもけんぴ。

 

 

司 遥

年齢:25

性別:女

身長:170

体重:知らないほうが身のため

使用術式:古代ベルカ式

デバイス:セタンタ

使用武具:ゲイ=ボルグ

詳細:響の師匠にして、恩人。

第07執務隊のトップを勤めている。

今でこそ槍という上品な戦い方をしているが、かつてはあらゆる犯罪者・ロストロギアを拳一つで打ち砕いてきた格闘家。

その苛烈極まる戦いぶりから、『狂暴女帝(バーサク・エンプレス)』のあだ名がついている。

実は世話になった一家の影響で女子力が高く、特にお菓子作りが得意。

その腕前たるや、本職の『母親』を唸らせるほど。

好きなおやつはシュークリーム。

 

 

モルド・クラン・コールブランド

年齢:16

性別:女

身長:160

体重:情報が公開されていません

使用術式:真古代ベルカ式

デバイス:ミツタダ

魔力変換資質:炎

詳細:響の中等部時代の親友。

ベルカの騎士『コールブランド家』の末裔にして、次期当主。

男勝りでさっぱりした性格。

『タケムラ流』という地球(日本)由来の剣術を習得しており、免許皆伝も受けている。

現在は聖王教会の新人騎士。

響とは『親友』と書いて『ライバル』と呼ぶ関係であり、互いに刺激しあいながら切磋琢磨する仲。

また、響の過去を知る数少ない人物でもある。

好きなおやつは雷おこし。

 

 

マシュ・K・コールブランド

年齢:15

性別:女

身長:158

体重:機密事項です

使用術式:古代ベルカ式

デバイス:キャスパリーグ

レアスキル:魔力防御(シールダー)

詳細:響の中等部時代の後輩、モルドの妹。

自己主張控えめだが、割とノリがいい性格。

現在は母校の生徒会長を勤めている。

資質の関係上攻撃の手札は少ないものの、防御に関しては現役の魔導師に勝るとも劣らない。

また、攻撃が全く出来ないというわけでもないので、侮る無かれ。

好きなおやつはせんべい。

 

 

セレナ・グラシア

年齢:19

性別:女

身長:168

体重:データが破損しています

使用術式:古代ベルカ式

デバイス:ディアーナ

魔力変換資質:氷

詳細:遥の部下で、ティアナの後輩。

戦乱時代から続くベルカ騎士の大家、グラシア家の養女。

線が細く、可憐な花のような儚さを感じさせるが、その実芯の強い女性。

デバイスの形状がレイピアなため、接近戦はもちろん出来るが。

いかんせん隊長を始めとした07隊メンバーが前に出てオラオラするので、だいたい後方で支援砲撃をするのが主。

また、荒くれ者ぞろいの部隊で貴重な常識人であり、突っ走るメンバーを上手いこと嗜めて引き止める貴重なブレーキ係でもある。

地雷さえ踏まなければ。

好きなおやつはアップルパイ。

 

 

 

 

 

以降、オリジナル要素が少ない原作主要人物の皆様。

そこ、手抜きとか言わない。

 

 

 

 

 

高町なのは

言わずと知れた『リリカルなのは』の主人公その人。

両親が孤児だった遥を引き取った縁で、姉妹同然に育った。

そのため、遥の手綱を握れる数少ない人物となっている。

幼い頃は先陣切って活躍する遥に羨望を抱き、共に無茶をしたものの。

例の『撃墜』を経験してからは懲りて、原作と同じく『安全第一』を掲げている。

響に集束魔法と、弾幕の対処法を教えた。

最近、愛娘が遥の特攻癖を真似しないか心配。

 

 

フェイト・T・ハラオウン

なのはと遥の親友で幼馴染。

原作と同じく面倒見の良い優しい性格。

PT事件の際、なのは達が手を伸ばしてくれたことを恩義に感じている。

だが同時に、遥に初対面で『じゅげむ』を暗唱された衝撃が忘れられない。

JS事件では同じ執務官としてタッグを組み捜査。

決戦も共に突入し、スカリエッティ一味を確保している。

響に電気の魔力変換の扱い方を教えた。

 

 

八神はやて

なのはと遥の親友で幼馴染。

『夜天の王』『歩くロストロギア』と名高い古代ベルカ式の魔導師。

その実馴染みやすい関西弁のお姉さんで、家事・炊事をそつなくこなす。

ただ、いわゆる『おっぱいソムリエ』の面を持っており、友人を始めとした知り合いは一人残らず揉まれている。

つつましい胸も『育て甲斐があるよね』と言い切る、割と節操がない。

さすがに初対面相手にはやらないし、相手が嫌がっているかどうかも見極められるため、ちょっと困った一面程度に留まっている。

響も例に漏れず毒牙にかかっているため、対面すると身構えられる。

クリス逃げて、超逃げて。

翼さんも油断しないで。

 

 

ティアナ・ランスター

遥の一番弟子で、響の姉貴分。

実兄が遥と親しかった縁で引き取られ、弟子入り。

訓練校に入るまでは地球で過ごしていた。

原作と違ってそこまで焦っていないので、『少し、頭冷やそうか』は発生しなかったものの。

相方であるスバルに付き合う形で、結局オーバーワーク。

模擬戦で無理な突撃を行ってしまい、怒ったなのはに撃墜。

ベッドから目覚めた後、スバル共々正座でがっつりお説教された過去(くろれきし)がある。

口には出さないが、響のことは妹のように思っている。

 

 

リーゼ・ロッテ、リーゼ・アリア

元管理局艦隊提督『ギル・グレアム』の使い魔。

猫素体、可愛い。

グレアム亡き今は、遥に契約を引き継いで活躍し続ける。

使い魔とは本来、契約が満了になるか、主が死ぬと消滅してしまうものだが。

グレアムの『心残り』を全うするために、元部下だった遥に契約の移行を依頼。

彼らの想いを十分理解した遥もこれを了承し、現在の主従になる。

響が弟子入りした際は、遥に代わって指導したこともしばしばあった。

なので、響にとっては『第二の師匠』ともいえる。



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喪失、融合症例第一号
41ページ目


いわゆる新章突入ってやつです。


T月U日

油断すると暑い日が来るけど、大分涼しくなってきたように思う。

通学路にあるもみじとか、若干赤みがかってきたし。

秋の足跡が聞こえるみたい、なんてね。

秋と言えば『食欲の秋』だよ。

特に鮭が楽しみかなぁ。

オーソドックスに塩焼きやムニエルも良いけど、グラタンとかフライとか。

皮もパリッパリに焼き上げればおいしいし。

いつだったっけ、師匠がもらってきた鮭で作った『皮せんべい』。

あれむっちゃおいしかったなぁー。

いや、皮だけじゃなくて、他もおいしかったけど!

ハラスとか、三平汁とか。

あ、ダメだ、おなかすいてきた。

自分で自分に飯テロをかましちゃったので、今日はここまで。

 

 

T月P日

モルドから連絡があったんだけど、ミッドでは未だにわたし達のことが話題に上がるらしい。

もう二つ名までついちゃってるとかで、頼んでないのに丁寧に教えてくれた。

まずわたしが『雷光の歌姫(ライトニング・ディーヴァ)』。

翼さんが『剣戟の歌姫(ブレイド・ディーヴァ)』。

クリスちゃんが『銃撃の歌姫(バレット・ディーヴァ)』。

と、それぞれ呼ばれているらしい。

最後にわたし達三人を纏めて『トライ・ディーヴァ』と・・・・。

ちくしょう他人事だと思いやがって。

ニヤニヤすんな。

わたしあれ以来マスコミがもっとトラウマになったからね!?

いいもん、未来がいるからいいもん。

ぎゅっぎゅして癒されてくるもん。

 

 

T月J日

今度ある文化祭の出し物について話し合われた。

といっても、たこ焼きとかの模擬店をやれるのは二年生からで。

一年生は展示物が中心になるらしいけど。

投票の結果、うちのクラスはモザイクアートになるようだ。

うちの校舎とか、翼さんとかを表現するっていう話だ。

実はわたし、ちまちま地味ーにやる作業が好きだったり。

あの、何にも考えずにずずいっと入り込める感じがいいんだよねぇ。

 

 

T月O日

翼さんから、またライブのお誘いを頂いた。

日本やアメリカを始めとした各国が主催する、『QUEENofMUSIC』に出演するということで。

なんと、VIP席のチケットを貰っちゃった!

翼さん、海外の歌姫とコラボするって話だし、期待も高まるってもんですよ!

名前はなんだったかな。

マリア・・・・かでんなんてらさん。

ごめんなさい、長くて一発で覚えられなかったっす。

後でググらないと。

残念ながら当日は野暮用も重なっているけど。

山口から東京までなら、半日くらいで移動できるよね。

うん、だったら多分大丈夫。

・・・・魔法の使用は禁止?

バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。

何はともあれ、楽しみだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。

見慣れたベッドルームが、薄く明るい。

あくびを噛み殺しながら体を起こし、伸びを一つ。

窓に近寄りカーテンを開ければ、朝の街並みが見えた。

眩しい朝日に一度目を庇うものの、頭はすっかり冴え渡る。

今日も今日とて、概ね好調な目覚めだった。

 

「・・・・よし」

 

しっかり朝日を浴びた後は、手早く着替えを済ませてキッチンへ。

『家族』が起きてくるまでに、朝食を準備しなければならない。

自分の職業を知っている者達からすれば、『意外だ』なんて言われてしまいそうだが。

『おいしい』と顔をほころばせるのを見るのが好きなので、基本的に自ら進んで鍋を振るう。

特に妹分達の食べっぷりは、見ていて楽しい。

こういった『女の子らしいこと』に、もはや縁がないものと諦めていたこともあって。

今ではすっかり料理好きになった。

 

「・・・・ん?」

 

マイエプロンを身につけつつ、トマトが残っていたからスープでも作ろうかしら。

なんて考えながら、ドアを開けると。

耳が、低く轟くような音を拾った。

うるさいというわけではないが、人によっては不快だと感じる音。

それがいびきだと分かったからこそ、ある程度の検討をつけてため息。

足音をそっと忍ばせて、音源のソファを覗き込めば。

 

「やっぱり・・・・」

 

いた。

『家族』というか、『居候』が。

大口を開けて、だらしなく眠っている。

昨日は自分たちが眠るまで帰ってこなかったところを見るに、よっぽど遅かったのだろう。

 

「起きて」

 

もう一度ため息をついて、体を揺さぶる。

眠るのは一向に構わないが、せめてベッドに移動して欲しい。

こんな大きな体を担げる自信は無いので、彼自身に移動してもらわなければ。

 

「ねえ、起きなさい」

「・・・・んが?」

 

奮闘すること一分弱。

ようやく目蓋がうっすら開いた。

焦点の合わない瞳が、こちらを捉えたのが分かる。

 

「寝るならせめてベッドに行って頂戴、風邪引くわよ」

 

眠気に追い討ちをかけるべく、強い口調で語りかける。

彼はなおぼんやりした後。

小さく呟いた。

 

「―――――アリーシャ?」

 

飛び出てきたのは、全く知らない名前。

響きからして、恐らく女性だろう。

この野郎、完全に寝ぼけてやがる。

あと、違う女の名前出すなんていい度胸じゃない。

 

「・・・・ふんッ!」

「おっぶ!?いっでぇ!?」

 

苛立ちを隠すことなく、顔面に張り手。

当然避けられなかった相手は、直撃をくらう。

よっぽど驚いたのか、そのままソファーから転げ落ちてしまった。

 

「起きた?」

 

鼻っ柱を抑えて震える彼に問いかける。

返事は、ひとしきり悶えた後に帰ってきた。

 

「・・・・おう、気前のいい目覚ましサンキューな」

「どういたしまして」

 

得意げににっこり笑いかければ、こちらの勝ちは確定した。

 

「どうする?まだ寝る?」

「いや、流石に起きたよ・・・・」

 

コーヒーを要求してくる彼に、自分でやれと返しながら朝食の準備に取り掛かる。

 

「ああ、そうそう」

「あ?」

 

コーヒーメーカーに豆をセットする彼に、食材を切る手を止めずに話しかける。

 

「おはよう、師匠(Master)

「・・・・おう、おはよう」

 

間もなくして、他の家族達も起きてくる。

ある者は同じくコーヒーを飲み、ある者はまだ艪を漕いでいる。

血の繋がりは無いが、同じ屋根の下で暮らす大事な『家族』。

こうして今日も、彼女は残り少ない平和を噛み締めるのだった。




みんな大好きG編の始まりですよー。
バトルマシマシ、フラグマシマシ。
出血大サービスでお届け(予定)しますww


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42ページ目

今回序盤、ちと色っぽいです。
R指定つくかどうかはちょっと判断突かなかったので、前書きにて注意喚起をさせていただきます。


――――熱い。

吐息がかかった場所が、触れられた箇所が。

じんわり温もりを伴って、体を温める。

 

―――みく

 

名前を呼ばれる。

耳から甘い痺れが侵入して、脳を犯す。

 

―――みく

 

背筋に電流が走る。

肌が粟立つ。

体が言うことを聞かない。

手足には全く力が入らない。

だというのに、逆らおうとは全く思わなかった。

 

―――みく

 

温もりに包まれる。

優しい手のひらに撫でられる。

熱く、甘く、溶けてしまいそうな心地よさ。

何もかも委ねようと、手を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

身を起こす。

いつも通りの寮の部屋。

当たり前だが、ちゃんと衣服を着ていた。

束の間、呆然とした未来は。

 

「・・・・~~~ッ!!!」

 

次の瞬間。

なんつー夢を見ているんだと、一人悶える。

それもこれも、昨晩『大人のキス』なんてかましやがった恋人のせいだ。

ああそうだとも。

決して『そういうの』を夢見た自分だけが悪くない。

 

「ひびきの、ばかぁ・・・・!」

 

熱った顔を必死に抑えながら、搾り出すように呟いた。

もっとも。

一番文句を伝えたい本人は、遠い空の下にいるのだが。

羞恥と恨めしさがない交ぜになる傍らで、どうしているのか気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくち!」

「何だ?風邪か?」

「かなぁ?」

 

爽やかな秋晴れの下、響は盛大にくしゃみ。

怪訝な顔のクリスの隣で、首をかしげた。

ここは山口某所、米軍基地。

米国からの依頼である、サクリストSことソロモンの杖を引き渡すため。

響、クリス両名は、その移送任務に携わっていた。

途中ノイズの群れに遭遇したりしたが、二人の敵ではなかった。

特に響のコンディションは終始絶好調であり、クリスの仕事は半分も無かったほどだ。

当然『何かあったのか?』と問いかけられたが。

意味深ににやついた彼女を見て、クリスは何となく察しがついたのだった。

 

「これにて移送任務は終了です、お疲れ様でした」

 

二人が取りとめも無い会話をしている脇で、友里が手続きを済ませる。

アメリカ兵が差し出した電子書類に、同じく電子の判子を押して。

これで、目的は果たされた。

 

「見せてもらいましたよ、ルナ・アタックの英雄の力を」

 

ほっとする響達に話しかけてきたのは、今回の任務で同行した学者。

『ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス』だ。

自ら『ウェル』と呼んでくれと言ってきたので、遠慮なく『ウェル博士』と呼んでいる次第である。

 

「え、英雄ですか・・・・」

 

送られた賛辞に対して、響が浮かべたのは苦笑い。

褒められているのは分かるが、最近その英雄扱いで大変な目にあったばかり。

どうも素直に喜べなかった。

 

「女の子には、あまりピンとこない表現ですか?」

「えっと、すみません。褒められているというのは十分に伝わっていますが、なろうと思ってなったわけじゃないので、どうにも・・・・」

 

誤魔化すように、乾いた笑い。

ウェルもウェルで、『急に付いた偉大な称号に戸惑っている』と判断したらしい。

 

「どうか胸を張ってください、不安定になりつつある世界は今、英雄の存在を必要としているのです」

 

響を微笑ましそうに見つめながらも、だからこそと拳を握る。

 

「そう!誰からも羨望される――――」

 

何か思い入れがあるのか、語りに力が入って。

 

「――――英雄の存在をッ!!」

 

伏せていた目を、くわっと見開いて締めくくる。

 

「は、はあ・・・・」

 

勢いに押された響は、いまいちピンときていない様子だった。

 

「ま、厄介な連中に目を付けられやすいってのは、覚えといた方が良いかもな」

 

助け舟を出してきたクリスに、『あの子のためにも』と囁かれて。

響は表情を引き締めたのだった。

 

「皆さんから託されたこのソロモンの杖は、ボクがきっと役立てて見せますよ」

 

『ソロモンの杖』。

72のコマンドで、ノイズを操ることが出来る聖遺物。

アメリカは今後、このソロモンの杖を解析することで、ノイズ対策への光明を見出そうとしているのだった。

 

「不束なソロモンの杖ですが、よろしくお願いしますッ!」

「頼んだからな」

 

頭を下げる響に、忠告するように託すクリス。

ウェルは二人に対し、強く頷くことで答えた。

何はともあれ、これで移送任務は終了。

米軍基地を出る頃には、響の足取りが軽くなっていた。

 

「この分なら行けそうだな」

「うん!夜までに向こうに戻れる!」

 

何を隠そう、今日は『QUEENofMUSIC』。

兼ねてより翼から招待を受けていた、大規模ライブがある日である。

最も、響にとってそれは喜びの半分。

もう半分はやはり、未来に会えることだろう。

離れていたのはたった半日だけだが。

二人の仲睦まじさを思い知らされているクリスからすれば、予想通りだった。

 

「二人が頑張ってくれたから、司令が東京までのヘリを手配してくれたわ」

「マジっすか!?」

 

報告を終えた友里からの、思っても見なかった朗報。

響は身を乗り出し、満面の笑みを浮かべたが。

直後、背後で轟音。

振り向けば、大型が米軍施設を破壊しているのが見える。

 

「マジっすか・・・・!?」

「マジだ!行くぞ!」

「わーん・・・・」

 

がっくり肩を落とす響だが、クリスと共に施設へとんぼ返りする。

嘆きこそすれ、やるべきことを見失うほど幼稚ではない。

避難する米兵の流れに逆らい、ノイズの前へ。

聖詠を唱えてギアを纏う。

が、

 

「っふん!」

 

出会い頭に放ったのは、ジュエルシードとの戦いでも見せた砲撃。

閃光が、一気に群れを薙ぎ払う。

 

「お、おい・・・・?」

 

中々荒っぽいやりかたに、さすがのクリスも顔を引きつらせた。

恐る恐る、響の様子を伺ってみれば。

口元を結び、眉間に皺を寄せ。

先ほどとは打って変わって、明らかに不機嫌な彼女が。

たったそれだけでこの後を察したクリスは、内心で静かに合掌するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

『こちらの準備は整いました』

 

「そう、グズグズしている暇はないということね」

 

「さあ、世界最後のステージの幕を上げましょう」




ノイズ「来たよー」
響「ようこそいらしゃい、死ね」
ノイズ「」
クリス「南無ー」


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43ページ目

前回までの閲覧、お気に入り登録、評価。
毎度ありがとうございます。


ノイズが発生した米軍基地にて、案の定無双を成し遂げた響とクリス。

現在は、弦十郎が手配したヘリの中で、東京に向けて帰還中だった。

 

「いつまで拗ねてんだよ」

「あたっ」

 

難しいような、不服そうな顔で黙る響。

ノイズを殲滅し、山口を発ってからずっとこの調子だった。

大方、帰れるのを邪魔されて怒っているのだと見当をつけ、遠慮なくど突くクリス。

 

「もう、とっくに拗ねてないよぉ」

「じゃあ何だってんだよ、柄にもなくだんまり決め込みやがって」

「うん、ちょっと・・・・」

 

響は半分生返事を返して、再び考え込んでしまった。

今回も速やかにノイズを討伐し、犠牲者を僅かにでも減らせた。

それは大変結構なのだが。

引っかかっているのは、誰が、何の狙いでやったのか。

夜通しの移送中に出くわしたノイズの群れは、何者かの指示を受けて動いている節があったし。

実際弦十郎を始めとした二課スタッフ達も、それを確認していた。

さらに、杖の受け渡しが完了した直後の、ノイズ襲撃。

昨夜のことも踏まえ、偶然にしては出来すぎている気がしたのだ。

特に米軍基地への襲撃なんて、(私怨を抜きにして)タイミングがいいなんてものじゃない。

しまいには騒ぎのドサクサに紛れて、ソロモンの杖を奪われるという始末。

二課本部の見解に寄れば。

何者かがノイズを操り、ソロモンの杖強奪を決行したということだ。

杖以外の手段と考えて思い出すのは、ミッドチルダでの出来事。

彼ら自体はあの一件でほぼほぼ御用となったらしいが、残党が居ないとも言い切れない。

そうでなくても、魔法の効かないノイズを『優秀な戦力』と見る物好き(わるいひと)はたくさん居るはずだ。

その場合、ノイズに対抗できる力を持った響達に、少なからず接触があると考えるべきだろう。

計画遂行の邪魔な存在として、あるいは抑止力のために引き入れたい戦力として。

 

「ふんッ!」

「あたッ!?」

 

思いっきり頭をひっぱたかれ、意識が現実に戻った。

 

「く、くりすちゃぁん?」

「似合わねーんだよ、ばーか」

 

隣を見れば、呆れ顔のクリスが手をひらひらさせている。

 

「そういう小難しいことは、おっさん達に任せりゃいいだろ。お前はお前でいつもどおり、現場を引っかきまわしゃいいんだ」

 

言いつつそっぽを向く顔は、何となく赤く見えた。

・・・・何時のことだったか。

修行時代、似たような励まし方をしてくれた人がいた。

今でも姉貴分として慕っているその人は、目標の一つだ。

 

「・・・・ありがと、クリスちゃん」

「ちょっせぇ、調子にのんな」

 

照れ隠しに飛んできた二撃目は、思ったよりも痛くなかった。

 

「響ちゃん、クリスちゃん」

 

友人の優しさにほっこりしていると、友里がモニターを見るように促した。

暗い画面が灯り、煌びやかな光景が映し出される。

そこにいたのは、

 

「翼さん?」

 

と、翼とコラボすることになった海外の歌姫。

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』その人。

 

「おいおいいーのかよ、テレビ中継なんざ受信しちまって」

「本当はダメなんだけど、今回だけね。二人とも頑張ってくれたし、これくらいしなきゃバチがあたっちゃう」

 

口元に人差し指を当て、ウィンクする友里。

ヘリパイロットも笑ってくれているのが、ガラス越しに分かった。

 

「ほら、始まるわよ」

 

再び促された二人は、改めて画面に目をやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

座席数が余裕で五桁に至る会場は満員。

人と言う人がごった返しているそのど真ん中で、二人の歌姫が高らかに歌い上げる。

人間に定めなど無く、過去を引き千切って飛び立てる力があると。

強く、勇ましく。

時折相手の力量を測るように、力強く。

己のうちにある『歌』の全てを、響かせる。

やがて、高く、細く響くビブラートで、締めくくった。

東西それぞれが誇る歌姫のパフォーマンスに、観客が沸かないわけが無い。

曲が終わってもなお鳴り止まぬ歓声は、二人の歌のすばらしさを物語っていた。

 

「みんな!ありがとう!」

 

歓声が一段落したころを見計らい、翼が口を開く。

 

「私はいつも、みんなに勇気をもらっている!だから今日は少しでも、私の勇気をみんなに分けられたらと思っている!」

 

世界に羽ばたくと、自分も加えた全ての人に歌を届けるのだと宣言したのが、効いているのだろう。

翼ファン達は歓声と共にサイリウムを振り回す。

 

「私の歌を、世界中に全部くれてあげる!」

 

続くはマリア。

衣装をなびかせ、手を払う。

 

「振り返らない、全力疾走だ!」

 

不敵に笑いながら告げるのは、強気な台詞。

 

「ついてこれる奴だけ、ついてこいッ!!!!」

 

次の瞬間、翼に負けないくらいの歓声が巻き起こる。

この日本にも、それだけファンがいるということだろう。

 

「そして、あなたにも。日本のトップアーティストに出会えたことに、感謝を」

「私も、すばらしいアーティストに出会えたことに、感謝する」

 

差し出された手を、翼は躊躇うことなく握り返した。

二人が握手を交わしたことで、納まりかけていた会場は再び沸きあがる。

 

「私達で伝えていかなきゃね、歌には世界を変える力があるということを」

「ああ、人と人とが繋がるための力だ」

 

マイクから離れて、そんな希望に満ちた会話を交わす。

出会ってまだ数時間の相手だが。

翼はマリアと親しくなれそうな、そんな予感を抱いていた。

マリアもマリアで、先ほどまでの凛々しいものとは違う、穏やかな笑みを浮かべている。

握った手が、とても頼もしく感じた。

頼もしく思うのも束の間。

手が離れて、背を向けられる。

・・・・どうしてか。

一瞬決別されたように錯覚してしまい、翼は呆けた。

 

「―――――そして」

 

予感は当たる。

マリアが徐に衣装を翻せば、会場に溢れる翡翠の光。

観客の悲鳴で我に帰り、見てみれば。

通路と言う通路に所狭しと並ぶ、日頃から顔を合わせている仇敵達が。

 

「な、何を・・・・!?」

 

目を見開く翼へ、あるいは怯える観客達に。

檄を飛ばすように、マリアは声を張り上げる。

 

「――――うろたえるなッ!!!!」

「・・・・ッ」

 

肩が跳ね上がったが、お陰で思考を切り替えられた。

・・・・大変残念なことだが、目の前にいる彼女は敵だ。

呼び出されたノイズが微動だにしていないことから、マリア本人、あるいはどこかにいるであろう仲間が操っているのだろう。

普通なら、ソロモンの杖を思い浮かべるが。

ミッドチルダでの経験から、そうとは限らないと苦い顔をする。

 

「あーら怖い、可愛い顔が台無しよ?」

「そういえば鞘走るのを躊躇うとでも思ったか・・・・!?」

 

念のために首もとの装飾を外し、いつでもギアを纏えるように構えれば。

目ざとく見つけたマリアが、挑発的に笑いかけてくる。

目的は未だ不明だが、一般人のすぐ傍にノイズがいるという非常事態。

戦うことに躊躇いはない。

 

『待ってください!翼さん!』

 

歌おうとしたところで。

耳元の通信機から、緒川から制止の声が聞こえた。

 

『今は会場に人がいる上、ここの様子は全世界に生中継されています!』

「・・・・くっ」

 

熱った頭が冷える。

シンフォギアとは基本秘匿される存在だ。

さらに最近は『魔法』だの『異世界』だのに関わりを持ったこともあって、ますます公表しにくくなっている。

加えて本番前に緒川から、『傷ついた人々を癒すのも、風鳴翼の役目だ』と諭された。

今ここで剣に変じてしまえば、その役目も全うできなくなる。

 

「・・・・何故、こんなことを」

 

ならばせめて、と。

搾り出すような問いを投げかける。

言葉で答える代わりに、マリアは息を吸い込んで。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl ....」

 

紡がれたのは、同じなようで違う旋律。

呆気にとられる翼の前で、マリアが閃光に包まれる。

 

「――――ライブ会場にて、アウフヴァッヘン波形を感知!」

「波形パターンを照合します!」

 

放たれているのは、アウフヴァッヘン波形。

当然、二課でも観測されていた。

スタッフ達が忙しなくキーボードを叩き、マリアが見せたギアの解析を進める。

エリートたる彼らの仕事は早く、一分と立たぬうちに結果が示された。

 

「・・・・ッ!?」

 

モニターに大きく表示された結果に、弦十郎はデスクを叩きつつ立ち上がる。

 

「ガングニールだとォッ!?」

 

響や奏のものと違い、全体的に黒い装い。

色以外の目に見える違いと言えば、彼女が漂わす強者のオーラを象徴するマントだろう。

 

「――――私は、私達は『フィーネ』」

 

会場中の、世界中の畏怖の視線を集めながら。

マリアは高らかに宣言する。

 

「終わりの名を持つ者だッ!!!」




このマリアさんは『精神安定剤』がない代わりに、『起爆剤』がいます。
ビッキー達、火傷で済むといいですねww←


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44ページ目

お、お久しぶりです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうかカタカタ
突然ですが、先日の事です。

某イラスト投稿サイトを漁る。

シンフォギアの検索でいい感じの絵師さんを見つける。

覚えしかないシチュエーション。
覚えしかない台詞。

「」



こ、これは勘違いしてもよろしいでしょうか。
都合のいいように解釈してもよろしいのでしょうかガタガタ
これで間違えてたら赤っ恥ものですね!!←


「ははっ、強がってやんの」

 

「まあ、あいつにしちゃ上出来な切り出しだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――!!」

 

ヘリの中。

真っ先に行動を起こしたのは響だった。

今日いくはずだった場所の惨状を目の当たりにして、友人達に、何より未来に何が起こっているのか察したのだ。

一瞬青ざめた顔は、見る間に血相を変えて。

踵を返すと、ハッチに向け突っ走ろうとする。

 

「おい待て!どこに行くんだよ!!」

「当たり前だろ!?未来のところだッ!」

 

肩を引っつかんだクリスに、半ば怒鳴る形で返事した。

 

「だからって突っ走りすぎだッ!」

「だけど!だけど!」

 

全身を振り回し、拘束から逃れようとする響。

勢いは凄まじく、元々白兵戦向きではないクリスは、いとも簡単に振り切られそうになる。

見かねた友里が加勢しようと手を伸ばすと。

切りの良いタイミングで、着信音。

震える手でスマホを取り出した響は、すぐに通話ボタンを押す。

 

「未来!?」

 

縋るような声に対し、呆れたため息が聞こえた。

 

『電話して正解だったみたいね』

「未来!大丈夫、すぐに行くから!」

『まずは落ち着きなさい。どうせ変に暴走して、クリスや友里さんに迷惑かけてたんでしょ?』

「そんな呑気なこと言って!!大丈夫なの?近くにノイズはいないの!?」

『無事じゃないなら悠長に電話してないわよ』

 

ぴしゃりと強く言われ、響は言葉を詰まらせる。

 

『わたしも弓美ちゃん達も大丈夫だし、ノイズだって今は暴れる様子も無いし』

「で、でも・・・・!」

『それに響が焦っていたら、こっちだって不安になっちゃう』

「あう・・・・」

 

拗ねた様子の声に、今度こそ沈黙した。

未来の言うことも一理ある。

頼りになる側が不安定だったら、助けて欲しい側は頼みの綱を失ってしまうのだから。

他ならぬ大好きな存在に諭されたことで、響も幾分か頭が冷えた。

静かに目を閉じて、ゆっくり呼吸。

いつの間にかにごっていた頭が冴え渡る。

と、

 

『オーディエンスを解放する!』

 

なだめられている間に、状況が進展したらしい。

モニターに目を遣れば、数歩引いたノイズと、足早に去っていく観客の群れが。

 

『・・・・そういうわけだから、こっちはもう大丈夫』

「・・・・うん」

『翼さんがまだ残るみたいだから、そっちの方を心配してあげて』

「分かった」

 

よくよく見れば、確かに。

翼はステージの上から降りる気配がない。

恐らく、目と鼻の先に居るマリアを警戒しているのだろう。

一方の彼女は、どこか険しい顔で避難する観客を見送っていた。

 

「・・・・だけど、未来も油断しないで」

『響がいるもの、ほどほどにしておくわ』

 

『響が来てくれるから、大丈夫』。

暗にそう告げられた。

信頼を伝えられ、顔をほころばせる響。

もう、すっかり落ち着いていた。

 

「ったく、ひやひやさせやがって」

「ごめん」

 

電話を切って一息ついた響に、クリスがニヒルに笑いかける。

 

「友里さんも、ごめんなさい」

「いいのよ、代わりにしっかりお願いね」

「はい」

 

友里に対し、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――ビッキー、何て?」

 

所変わって、QUEENofMUSIC会場。

同じく通話を終わらせた未来がほっと一息ついたのを見計らい、安藤が話しかける。

 

「会場から出ても気をつけて、だって」

「そうですね、司さん達がいても、『万が一』は有得ますし」

 

響からの忠言を聞いた寺島は、深く頷いて同意した。

 

「で、未来は落ち着いた?」

「・・・・うん」

 

実のところ。

未来が響に電話を入れたのは、不安からの動揺が大きい。

出現したノイズへの恐怖が、他のオーディエンスの悲鳴で増長されてしまい。

気がつけばスマホを手にしていたのである。

そしていざ繋がってみれば、現場にいる未来以上に狼狽している響の声が。

複数人が同じ感情を持ったとき、人は自分以上に反応している者を見ると落ち着くといわれている。

ひたすら安否を気遣ってくる響を目の当たりにした未来も、例外ではなかった。

 

「何か、未来見てたらあたしらも落ち着いたわ。アニメもびっくりの夫婦っぷりよね」

「あはは、何かごめんなさい」

「いいよ、不安だったのはこっちも一緒だし」

 

友人達も、見慣れた『婦妻』のやり取りを見て落ち着きを取り戻したようだ。

各々立ち上がりながら、手荷物をまとめていた。

 

「んじゃ、とっとと出て行きましょ!」

「そうですね、どちらにせよここは危険です」

 

頷き合って、足早に去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

目的がつかめないと、翼は顔をしかめる。

もう見ることはないと思っていた『ガングニール』を纏い、装者としての姿を見せたマリア。

始めは『全国家の国土譲渡』なんて夢物語をのたまっていたが、ほどなくして全ての人質を解放した。

まだ翼は逃がしてもらえそうに無いが、守るべき一般人が脅威から遠ざかったことに安堵する。

気持ちを切り替え、改めてマリアとにらみ合った。

 

「何が、目的だ?」

 

小細工なしに、もう一度問いを投げる。

これまでの挑発的な態度から、二課と敵対しようとしているのは事実。

だが、戦う理由が見えてこないのだ。

いつか響が言っていた。

『理由も無いまま戦うなど、獣のようだ』と。

翼としても、大いに同意できる。

何より今の自分は、生中継で世界中の視線にさらされているので。

問いかけには、戦えないなりの抵抗の意味も込められていた。

 

「さぁて、戦ってみたら分かるんじゃない?」

「・・・・」

 

・・・・どうやらこの装者は、翼と戦うのがお望みらしい。

今といいつい先ほどといい、やたら挑発的だ。

もしかすると。

目的の一つに、防人としての翼を引きずり出すというものがあるのかもしれない。

 

「歌女に武勇を求めるのは、いかがなものか」

 

あくまで歌女としての範囲で身構え、屈しないという意思表示をする。

 

「・・・・そう、あくまで無力を装うと」

 

変わる、マリアの気配が。

溢れた闘気に、マントが揺れたように見える。

すぐにちょうど風が吹いただけだと分かったが、目の前の敵にはそれほどの気迫が溢れていた。

 

「ならば、力尽くで引きずり出すまでだ」

 

一歩、踏み込む。

襲い掛かる、圧力、闘気、敵意。

手にした剣型のマイクを構えた翼は、向かってくる敵を迎撃しようとして。

 

 

 

 

翻る黒いコートと、濡れ羽色の長い髪を幻視した。

 

 

 

「―――――ッ!?」

 

一瞬見えた幻覚に戸惑いながらも、マリアの剣型マイクを受け止める。

元々戦闘用ではない上に、シンフォギアで強化された肉体から放たれる一撃に、単なるマイクが耐えられるはずが無い。

案の定、翼のマイクは大きく変形した挙句に圧し折れた。

もちろんそれで攻撃をやめてくれるわけが無い。

武器を失い一気に不利になった翼は、マリアの猛攻を避け続ける。

 

(一度カメラから逃れて、ギアを・・・・!)

 

何よりノイズに囲まれているというこの状況。

今こそ大人しくしている連中だが、マリアの、あるいはどこかに潜伏しているであろう仲間の号令一つで飛び掛ってくるだろう。

そうなった場合、ギアを纏わぬ翼などただの的だ。

コンマ数秒のうちに志向を走らせ結論を出した翼は、横目で見つけた舞台袖に向け駆け出す。

 

「・・・・!」

 

逃がすものかと奥歯を噛んだマリアは、マイクを投擲。

仕留めるとまでは行かなくとも、歩みを止める痛みを与える一撃が。

翼の脚を捕らえんと迫る。

それに対し、翼はハードルの要領で飛び越え、難を逃れたように見えたが。

着地の衝撃でヒールが圧し折れ、体勢が大きく崩れてしまう。

 

「まだステージから降りることは・・・・!」

 

隙を突き、背後に急接近したマリア。

翼の腹に、脚を滑り込ませ。

 

「――――許されないッ!!」

 

一撃。

大きく蹴り飛ばされた翼は、勢い余ってステージから投げ出される。

地上に振り向けば、こちらを見上げるノイズの群れ。

 

(さよなら、歌女であった私・・・・!)

 

一度浮かべた自嘲の笑みは、次々暗転するモニターを目にしたことで不敵に変わる。

 

「Imyuteus Amenohabakiri tron ...」

 

長年付き添ってくれたマネージャーに、内心で感謝を告げながら。

歌った聖詠は、風を切った。

一閃。

吹き荒れる太刀風に、無数のノイズが切り捨てられる。

力強い歌声と共に降り立った翼は、刀を振り払いマリアを見上げる。

中継が立たれた今、もはや遠慮する必要は無い。

先ほど見えた幻も気になるし、何より会場を出てすぐの場所には、オーディエンスを含めた一般人がまだいる。

何にせよ、早期解決が望ましいのは変わらなかった。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「おっ、やっこさんもやる気になったか」

 

「こっからだぜ、お姫さん」




さて、翼さんが見た幻とは・・・・(すっとぼけ


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前回までの評価、感想、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
アクセス伸びるたびにうへうへ小躍りしながら喜んでいます。
どうしようもないやつですネ!←


まず行動を起こしたのは翼。

立ちふさがるノイズを次々切り捨てながら、怒涛の勢いでステージに舞い戻る。

勢いを殺さぬまま足を踏みしめ、マリアへ突撃。

刃を打ち付ける。

マリアは咄嗟に剣型マイクで受け止めるが、一秒と持たずに切断されてしまった。

先ほどとは真逆の結果に苦い顔をしながら、バックステップで距離を取る。

 

「っは!」

 

そして徐にマントを翻したと思えば。

単なる布のはずのそれが、意思を持ったように飛び掛ってきた。

アームドギアを使ってくるとばかり思っていた翼も一瞬驚いたが、すぐに切り換えて応戦する。

弾き飛ばせば、明らかに布ではない手応え。

重く、硬い連撃が次々繰り出される。

もちろん攻撃の手数はマントだけではない。

 

「はぁッ!やあぁーッ!!」

 

時折蹴り技も加える猛攻は、確実に翼と渡り合っていた。

 

「・・・・ッ!」

 

一方の翼は、マリアの攻撃をしっかり捌きながら考える。

先ほどからちらついて敵わない『コート』と『マフラー』。

その幻は、マリアが格闘技を使い始めてから頻繁に見えるようになってきた。

何度も見ているお陰で、『彼女達』が何者か分かってくる。

そして、何故見えるようになったのかも。

 

(もう、惚けられない・・・・!)

 

歯を食いしばった翼は、強く一閃してマリアを弾き飛ばす。

二刀の柄同士を連結させ、一つの刃に。

手中で回転させれば、刀身に炎が迸る。

足元を滑るように移動し、崩れた体勢を立て直す標的との距離を一気に詰めて。

一閃。

 

「~~~ッ!」

 

斬撃と灼熱が、マリアを襲った。

『風輪火斬』。

ルナ・アタックの際顕現した炎の属性をきっかけとし、シグナムとの鍛錬でヒントを掴んで編み出した技。

弛まぬ鍛錬の成果は、十分に出ていた。

 

「――――ッ」

 

追撃を与えて終わらせようと、振り返ったところで。

上空に、気配を察知する。

 

「やああああーーーーッ!」

「デェーッス!!!」

 

咄嗟に飛びのけば、遅い来る二つの『凶器』。

桃色の丸鋸と翡翠の鎌が、翼がいた地点に突き刺さっていた。

 

「イガリマとシュルシャガナ・・・・」

「到着デース!」

「伏兵か・・・・!」

 

新手の登場に、眉をひそめる。

『イガリマ』に『シュルシャガナ』。

恐らく彼女達が纏った聖遺物の名前だろう。

マリアのガングニールと同じ黒い装いの二人は、響よりも幾分年下に見えた。

 

「――――私一人でもよかったのだけれどね、これでこちらの勝利は確実になったというもの」

 

切られた箇所を押さえていたマリアが立ち上がる。

手が退けられ、翼は驚愕に目を見開いた。

傷がないのだ。

いや、かすかに焦げたような跡はあるが、それだけだった。

確かに捕らえたと思った刃も、炎も、彼女には効いていない。

どういったカラクリがあるのか、翼には予想がつかなかった。

 

「さあ、何して遊びましょうか?」

 

そう、愉しそうに浮かんだ笑みに、翼は今度こそ確信する。

マリアは、そして合流してきた少女達も十中八九・・・・!

 

「フォトンランサーッ!ジェノサイドシフトッ!!」

「土砂降りのッ!十億連発ッ!!!」

 

刹那、稲妻と鉛玉が降り注ぐ。

翼を庇うように地面を両断する攻撃。

 

「待たせたな!」

「助けに来ました!」

 

放った本人である響とクリスが、翼の傍に降り立った。

これで三対三。

数のは同じになったが、目の前の彼女等が翼の思っているとおりなら。

 

「だああああああ!」

「はああああああ!」

 

黒煙の向こうから、先ほどの新手たちが飛び出してくる。

鎌の少女はクリスに、丸鋸の少女は響に斬りかかる。

 

「わたし達は大丈夫ですッ!」

「だな!あんたもヘマすんなよッ!」

 

思わず振り向いた翼に各々呼びかけながら、一対一の戦闘に入り込んだ。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「―――――いよっと!」

 

翼から少しはなれた場所。

身を翻した響は、足元を揺らしながら着地。

追ってきた丸鋸の少女と対峙する。

ヘッドギアからツインテールのように伸びた格納庫に、見た目にそぐわぬ狂暴な得物を持っている彼女。

第一印象は『細い』だった。

同じ女の子として、少し心配になるくらいの痩せ型。

 

「・・・・ちゃんと食べてる?」

 

遥や弦十郎のような、子どもによく構う大人に囲まれていたからだろう。

口から自然と、そんな言葉が漏れていた。

 

「この場でする会話じゃないし、あなたに答える義理も無い」

「だよねぇ」

 

場違いな発言であることを自覚していたからこそ、響は苦笑い。

 

「けど、今回の騒ぎはちょっとやりすぎなんじゃないかな?アメリカンジョークにしちゃ度が過ぎてる」

「目的のためには必要なこと、冗談でこんなことはやらない」

 

ふと、丸鋸の少女は不快そうに顔を歪める。

 

「そもそもこの会話に意味はあるの?私にとってあなたは敵、目的の邪魔をする障害」

「んー、色々聞くのはわたしの流儀というか、趣味というか」

 

戦場に似つかわしくない呑気な声で、響は続ける。

 

「ほら、色んな人が、色んな理由で戦うからさ?対峙する相手への、せめてもの礼儀みたいなものだよ」

 

響にとって目の前に居る少女は、ノイズのような無機物ではない。

同じように怒って泣いて、笑うことが出来る人間だ。

そんな彼らの心を踏みにじらないようにする、響なりの気遣いだったが。

 

「そんなの、ただの偽善じゃない・・・・!」

「あはは、手厳しいなぁ」

 

丸鋸の少女は、一層顔をしかめた。

 

「誰かの痛みに、触れて欲しくない場所に土足で踏み入って・・・・!」

 

どうやら響の態度が癪に障ったようだ。

少女の全身から、敵意があふれ出す。

 

「きれいごとばかり言う人が、私達のことなんて分かるはずがないッ!!!」

「そうつれないこと言わないの」

 

乱れ撃たれる小さな丸鋸の群れ。

構えた響はステップで回避。

続く第二波を弾き飛ばしつつ前進し、一気に少女へ詰め寄る。

 

「せっかく誰かの為に戦えるんだからさ。理由があるなら、助けになりたいんだよ?」

 

攻撃はしない。

ダメだぞと言いたげに額を小突いて、微笑む。

やろうと思えば即座に無力化出来るが、それは響のポリシーが許さなかった。

 

「ッそれこそが偽善!!」

 

しかし、今の少女にとっては逆鱗に触れる内容だったようだ。

巨大な丸鋸で薙ぎ払い、響と距離を取る。

 

「痛みも何も知らないくせにッ、『誰かの為に』なんて言って欲しくないッ!!!」

「――――」

 

今度は、響が顔をしかめる番だった。

少女の猛攻をため息交じりに回避すると、再び懐へ。

防御の為にというか、本能的に手が突き出される。

思ったとおり、ここまで近づかれるのには慣れていないらしい。

手を払いのけて引っつかみ、足を軽く蹴る。

そうすれば少女は成す術もなくひっくり返った。

 

「っあ・・・・!」

「なーんでそんなこと言うかなぁ?そういう決め付けはダメだよって、習わなかった?」

 

片腕を掴んだまま地に伏した背中を押さえつけ、動きを封じる。

 

「ッそんなこと教えてくれる親なんて、居なかった!!」

 

拘束技に苦しみながらも、少女はなお威勢よく叫ぶ。

だが上を見上げた瞬間、目を見開いた。

 

「――――奇遇だね」

 

だって、今まで気味悪いくらい笑みを浮かべていた顔が。

 

「わたしもいないの」

 

泣き出しそうなくらい、悲痛になっていたから。

人畜無害そうな能天気が一転し、どこか物悲しげなしかめっ面。

呆けた少女ももちろんだが、響もどこか気を抜いてしまったのだろう。

 

「離れろデェーッス!!!」

「ッ・・・・!」

 

襲い来る翡翠の一閃を、紙一重で回避する。

飛びのいた響が前を見れば、鎌の少女が味方を守るように立っていた。

 

「悪い!突破された!」

「いいよ、気にしないで」

 

少し遅れてクリスが合流する。

ミッドチルダへ行って以来、接近戦も練習し始めた彼女だが。

やはりまだ苦手意識があるようだった。

とはいえ、クリスという心強い後衛が来てくれたのはありがたい。

響は改めて、二人と向き合おうとして。

 

「・・・・!?」

 

視界の隅で、閃光。

弾かれるように見上げれば、天を突かんばかりに巨大なノイズがいた。

 

「増殖分裂タイプ・・・・」

「こんなの使うって聞いてないデスよ!」

 

どうやらこれの出現は、少女達にとっても予想外だったようだ。

同じように見上げた二人は、各々驚きを隠せないようだった。

 

「司ッ!雪音ッ!」

「な、うっわ!?」

 

翼の鋭い警告。

再び煌く閃光を見た響は、咄嗟にクリスを抱えて離脱する。

直後、砲撃魔法に負けないような規模のレーザーが通り過ぎた。

呼び出したはずのノイズを攻撃し、響達と少女達を隔てる。

 

「おいおい、自分らで呼び出したノイズだろ!?」

 

クリスは驚愕と呆れが入った声を上げたが、行動の答えはすぐに分かった。

ボコボコと、まるでマグマが湧き出るように。

ノイズの体が増殖していったのである。

マリア達の姿は見えない。

隙をついて撤退してしまったようだ。

 

「っは!」

 

まずは牽制と翼が斬撃を放てば、ダメージは通るもののすぐに再生していく。

ついでに体積も増えていく。

 

「なるほど、増殖分裂とはよく言ったものだ」

『皆さん!会場の外には、まだ大勢の人が居ます!』

 

緒川からの通信。

声は切羽詰っている。

 

『そのままノイズが溢れてしまえば・・・・!』

「みんなが・・・・未来が!!」

「けど下手にちょっかい出しても増えるだけだぞ!どうする!?」

 

言っている間にも、ノイズの体は膨らみ続けている。

猶予は無い。

 

「――――絶唱」

 

口を開いたのは、響。

 

「絶唱を使いましょう!あのコンビネーションなら、纏めて吹き飛ばせますッ!」

「おいおい正気か!?だいたいアレは、お前への負担だって・・・・!」

 

響、クリス、そして翼の脳裏には、同じ戦法が浮かんでいた。

つい先頃完成させた、装者三人による必殺技。

しかしそれは、要である響を蝕みかねない危険な技だった。

 

「未来が死ぬ方が、もっとやだ」

「予想通り過ぎて安心したぜコンチクショウッ!!」

 

クリスが案じて詰め寄れば、響は真顔のままやや早口で宣言。

こうして話している間に、ノイズは先ほどの倍に増えていた。

 

「議論の猶予は無い、やるしかあるまい」

「ったぁく・・・・わーった!」

 

三人は頷きあい、手を繋ぐ。

示し合わせることなく、同時に息を吸い込んで。

喉を、振るわせた。

 

「 Gatrandis babel ziggurat edenal 」

 

音色が響く。

 

「 Emustolonzen fine el baral zizzl 」

 

魂をくべて、命を燃やす旋律。

 

「 Gatrandis babel ziggurat edenal 」

 

己の得物に込めるわけでも、解き放つわけでもなく。

 

「 Emustolonzen fine el zizzl... 」

 

手を繋いだ先へ、集束する。

 

「スバーブソングッ!」

「コンビネーションアーツッ!」

「セット!ハーモニクスッ!」

 

瞬間。

迸る光、風、力。

その中心で歯を食いしばって耐えるのは、響。

『S2CA』。

装者三名による絶唱のコンビネーション技。

シンフォギアの決戦機能の一つである絶唱を、響の『束ねて繋げる力』で集束し。

一気に打ち出す大技。

しかし、装者三人分の負担が響一人に襲い掛かる、諸刃の剣でもある。

 

「耐えろ司!」

「持ってかれんな!しっかりしろッ!」

 

エネルギーを送り込む二人は、脇から檄を飛ばす。

その声が、何度も暗転しそうになる響の意識を繋ぎとめていた。

体を黒く明滅させながら、獣のような唸り声を上げながら。

一歩間違えば身を滅ぼす力を、一点に集束する。

 

「――――ッ!!」

 

束ねきったタイミングで、手甲を合体。

 

「フォニックゲインをォ・・・・!」

 

見た目も威力も倍増した拳を構えて、飛び出す。

 

「力に変えてええええエエエェェェェ―――――――ッッッッ!!!!!」

 

ありったけの雄叫びと共に、突撃。

ノイズの巨体に、重く重く拳を打ち込む。

迸る七色の光が吹き荒れ、ノイズの体も、本体も。

纏めて巻き込み、蹂躙し、消し飛ばす。

そして跡に残ったのは、哀れにも葬られた黒い残骸。

響は束の間滞空してから、着地した。

 

「お、おい!」

 

降り立つと同時に膝をついた響に、クリスが駆け寄る。

 

「どうした?まさかバックファイアを中和できなかったとか・・・・!?」

「あー、違う違う」

 

珍しくおろおろする彼女に、響は苦笑い。

 

「ちょっと降りるのに失敗しただけ、へーきだよ」

「そ、そっか・・・・?」

 

完全に納得したかと言えばそうでもないが、ここは退いてくれるようだ。

クリスにありがとうを込めて笑いかけた響は、ふと自分の手のひらを見つめる。

 

(偽善、かぁ)

 

目を細めれば、赤い汚れを幻視した。

春先から続いた激動の日々で、危うく忘れるところだった『罪過』。

実のところ、丸鋸の少女に言われた『偽善者』の言葉は間違っていなかった。

 

(結局図星を突かれて逆ギレしちゃっただけだしなぁ、かっこ悪いなぁ・・・・)

 

弱々しく握り締めて、小さくため息を漏らす。




本来なら
調「偽善者クソァ!」
響「上等だゴルァ!」
みたいになる予定でしたが、出来上がってみると結構おとなし目に。

次回もどうぞよろしくお願いします。


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いつぞやぼやいたイラストの件ですが、なんとご本人様からメッセージをいただきました。
何というか、もう、お話しできて光栄でした(((;°Д°)))
改めてありがとうございます。
おかげで頑張れそうです・・・・!

書いてくださった方も含め、閲覧、評価、お気に入り登録してくださっている皆さま。
大変ありがとうございます。
やる気の素でございます・・・・!


夜天の空を、虹霓が衝く。

突如として顕現した七色を見上げ、人々は不安や困惑、動揺を露にしていた。

しかし、それは何も知らぬ者達の反応。

現場に駆けつけた友里を始めとした訳知り達は、固唾を呑んで見守っていた。

 

「――――響」

 

もちろん、未来もその一人。

自然と口をついて出た名前に、我に返る。

ああ、多分気づいているからだ。

この場違いな虹を解き放ったのが、愛しくてたまらない人だということに。

いつも扱う魔法のように、鼻歌交じりにやっているのではない。

己の内で荒れ狂う衝動に抗いながら、苦しみに耐えながら体を動かしていることだろう。

根拠は無い、確証もない。

ただそうであろうというのは、何故だが容易に想像できた。

 

「・・・・ッ」

 

これで終わる気がしない。

響はこれから、新しい戦いに身を投じるのだろう。

そうなればまた、春先のように大怪我を負う可能性が出てくる。

いや、響の強さを信じているし、信じたい。

それに、翼やクリスにくわえ、最近は遥やティアナといった頼れる大人達も居てくれるのだ。

自分の考えすぎだと思いたい。

なのに、胸に湧き出た不安を上手く拭うことができない。

 

「・・・・響」

 

指を組んで、目を閉じる。

溢れそうな涙を抑えるように、顔を伏せる。

そうして分かったのは、自分に出来ることの少なさだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

P月L日

疲れた。

もろもろの隠し事がが多分に含まれるから明言できないけど。

めっちゃ疲れた。

何か、こう。

頑張って作った料理がこげた挙句、同時進行で作っていた鍋料理が吹き零れたみたいな感じで、クライマックスが百連発過ぎて・・・・。

ぬわぁー、つかれたよー、みくー。

 

P.S.

未来に顔を埋めてみたら意外とフローラルな香りがした。

いいなぁと思うと同時に、自分の変態っぷりに戦慄。

わたしはもうダメかもしれない。

 

 

P月U日

昨日のゴタゴタを受けて、早速ミーティング。

その中で翼さんが気になることを言っていた。

曰く、『マリアさんの動きが、師匠、ないしわたしにそっくりだった』。

何か戦い方が良く似ていたらしい。

それって師匠がマリアさんも教えていたってことだろうか。

マリアさんわたしより年上だし、子どものころに会っていたって言うなら十分納得できる。

というか、否定する材料が少なすぎて困る(泣

本当にやってないだろうな、師匠・・・・。

 

 

P月R日

一昨日の騒ぎは管理局の耳にも届いたらしい。

早速助っ人を送ってくれると通達が来た。

師匠は来れないけど、代わりにティア姉が来るとか。

今回は人間メインに相手しそうだし、ティア姉スキーニングとか結構得意だから。

わたし達がノイズを引き受ければ意外といけるかも・・・・?

あー、ダメダメ。

師匠を始めとして『舐めプ』で痛い目にあった体験談はちょくちょく聞くし、油断大敵!

一見笑い話のように見えて、結構笑えない内容なのが多々あったからなぁ。

頭にドリルが直撃して一月昏睡とか、割りと笑えないっすよ師匠・・・・。

 

P.S.

とか思っていたけど、わたしもわたしで笑えないことを笑い話にしていて戦慄。

師匠達の規格外が感染している・・・・!

 

 

P月Y日

ゴタゴタが起ころうと起こるまいと、時間は進むものなのですよ・・・・。

気づけば『秋桜祭』まで一週間を切っていた。

モザイクアートもほぼほぼ完成しているし、あとは教室を飾り立てるだけ!

うちのクラスは余裕が出来そうなので、もろもろの準備が終わり次第他のクラスを手伝いに行く予定だ。

うーむむ、経験的に二度目の文化祭なのだし、大いに楽しみたいところだけど。

なんだかなぁ、ひと悶着ありそうな予感がビシバシするんだよなぁ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

時空管理局本局、第07執務隊執務室。

地球にて新たな聖遺物(ロストロギア)絡みの騒動が発生し、すぐにこちらの人員を手配した。

とはいっても行くのはティアナ一人だが、彼女はいわゆる『先遣隊』。

他のメンバーも手が開き次第、随時向こうに渡る予定である。

 

「・・・・ふぅむ」

 

デスクワークの中、遥は二課から送られてきた資料を見ていた。

曰く、『主犯達の戦い方が遥に似ている、覚えは無いか』。

映像の中、翼と衝突するマリアを見ていた遥は、一人納得する。

確かに、似ていると。

遥自身は、マリアはもちろんのこと、後から合流してきた少女達にも覚えは無い。

覚えは無いが、心当たりならあった。

 

「『連れ』、ねぇ・・・・なるほど、あいつが肩入れするわけだ」

 

雄叫びを上げ、マントと従手だけで翼と拮抗してみせるマリア。

 

「・・・・本当に、()()()()()()

 

感慨深く呟いた言葉には、不思議と色々な意味が込められているように聞こえた。

なんにせよ別件が重なってしまった遥は、今回参加出来ない。

何も思わないといえば嘘になるが、他はともかく弟子達の実力は信じている。

精々どっしり構えて、吉報を待つことにしようと結論付けた。

 

「んんー・・・・!」

 

伸びを一つ。

一心地ついたところで、そういえばと思い出す。

向こうに派遣することに決めた人員の一人に、実は地球出身者がいた。

現在はこれまた別件を捜査しているため、この場にはいないが。

よくよく考えると、彼女もまた『似ている』気がする。

どうなることやらと案じる反面、面白くなりそうだとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、この数日後。

件の彼女が、第07執務隊名物の『やらかし』をやらかし。

後始末に追われることになるのだが。

ここでは語るまい。




遥「だから地雷を踏むなとあれほど・・・・」
容疑者「反省してるっす」ガタガタ


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「かわいくなりたい」という曲が、ひび←しらに聞こえてしょうがない今日このごr・・・・って、ひぃっ!?
未来さん待って!浮気とちゃうねん!だから歌うのやめてただの鏡がおっかなく見え、アッー!(


「―――――敵襲だぁーッ!!!」

 

 

 

「調と切歌達は任せなさい」

「どうか、気をつけて」

 

 

 

 

 

「ここはもうダメだ!総員、撤退準備!」

 

「アレはどうしますか!?」

「妹と違って、リンカー頼りの劣等個体だ!捨て置け!」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだぁ?ガキ一人に寄って集って、クソダセェ」

「目障りだ、失せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

あれから一週間。

ライブの騒動も一応の落ち着きを見せ始め、世間には『いつも通り』が戻ってきた。

だが問題が解決したわけではないのだ。

無事に援軍であるティアナを迎え入れた二課。

武装組織『フィーネ』の所在と目的を探るべく、既に捜査に入っていた。

日本古来より受け継がれる忍術を駆使する緒川と、幻術による隠密行動を得意とするティアナの相性は抜群で。

現場に乗り捨てられていたトレーラーから追いかけた捜査は、当人達も驚くほど早く佳境に入っていた。

 

「しかし、非殺傷設定ですか。中々便利ですね」

「殺しがご法度なのはどこでも一緒ってことですよ」

 

とある反社会的な自営業の事務所。

弦十郎への報告を終えた緒川が感心した様子で話しかければ、ティアナは証拠品を集めながら肩をすくめる。

 

「お互い超常的な力を扱いますし、犯罪者(むこう)は大抵法律なんてお構いなしですから。殺さないように加減してたら、こっちがやられちゃいます」

「なるほど、気兼ねなく全力を出すための手段と」

「そのとおりです」

 

お互いが粗方集め終えた証拠品を確認し、十分な収穫があったと満足げに頷く。

もはや長居する理由も無い。

外に出払っているだろう組員達が、戻ってくる可能性だってある。

余計な厄介ごとが起きる前に、撤退することにした。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

都心から離れた沿岸の、捨てられて久しい廃病院。

マリアが属する『フィーネ』は、ここを根城にしていた。

 

「そしたらデスよ?なんとそれを、ご飯にザバーっとかけちゃったんデスよ!?」

 

シャワールーム。

明るく賑やかに話していた『暁切歌』は、相方の『月読調』の反応が薄いことに気づく。

隣を見やれば、何かを思いつめているようだった。

切歌の心配げな視線に気づかない彼女が思うのは、つい一週間前に出会ったガングニールの装者。

『理由があるなら言ってごらん』と、戦場に似つかわしくない笑顔を浮かべた敵。

 

「・・・・ッ」

 

軽薄なその顔に苛立ちを覚えた調は、壁に拳を叩きつける。

何が『誰かの為』だ。

へらへらと無責任な笑顔を浮かべて、何の効果がある、何の意味がある。

何より、助けになりたいのなら、どうして。

 

「誰かの力になりたいっていうのなら、どうして・・・・!」

 

――――どうして、あの二人を助けてくれなかったの?

思い浮かべるのは、今でも慕っている姉妹。

妹はこの世にはいない。

とある実験にて自爆紛いのことをし、最終的には瓦礫に潰されたと聞いている。

更に同時に発生していた火災により、死体すら残らなかったとか。

姉は一度姿を消した。

きっかけは、『施設』がどことも知れぬ武装勢力に襲われたとき。

文字通り『捨て駒』にされた彼女の生存は、絶望的だった。

再会したのはほんの数ヶ月前。

(Ma'am)』と慕っている女性が今回の計画を打ち明けた現場にいたのだ。

・・・・少し信用なら無い男を連れて。

 

「本当に誰かの為になりたいのなら、悪いことをしてでも成し遂げなくちゃいけないのに・・・・」

 

姉の方は奇跡的に助かっていたとはいえ、数少ない大好きな存在を失い、取り上げられたのだ。

彼女達が周囲に懐疑的になるのは、必然だった。

 

「・・・・そうデスね、わたし達は間違っていないデスよね」

 

調の手を労わるように握った切歌は、両手を重ねてそっと包み込む。

応える様に調も手を重ねて、握り返す。

そこにいたのは世界に喧嘩を売ったテロリストではなく、数少ない居場所に必死に縋る子どもだった。

 

「――――例え間違いだったとしても」

 

二人が振り向けば、マリアがいた。

二人と同じくシャワーにうたれながら、口火を切る。

 

「私達は、自分の正義とよろしくやっていくしかない」

 

二人にというよりは、まるで自分に言い聞かせるように。

強く、静かに言い切った。

実に四年もの間行方をくらましていた彼女。

一糸纏わぬからこそ分かるその体は、ただ細いだけではない。

指は所々節張り、肌にはうっすらとした傷跡があちこちに残っている。

豊満な胸を除き、無駄な脂が無い引き締まった体。

舞台で舞い、歌う為ではない。

戦場を駆け抜け、敵を屠るために鍛えられた体だった。

 

「――――!?」

 

沈んだ空気を破壊したのは、けたたましい警報。

マリアは顔を跳ね上げると、水滴を拭くことすらおざなりに。

バスローブをまとって飛び出す。

 

「マム!何が!?」

 

とある一室に飛び込む。

慌てるマリアに振り向いたのは、『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ』。

マリアだけではなく、切歌や調にとって『母親』のような存在だ。

 

「大丈夫よ、ネフィリムが少し暴れただけ。時期に治まるわ」

 

ナスターシャは微笑みつつ、穏やかな声で説明する。

対するマリアは安堵を浮かべるも束の間、モニターの中で蠢く『獣』を忌々しそうに睨みつける。

 

「――――いや、何突っ立ってんだお前は」

「いっ!?」

 

その頭を遠慮なくド突く拳。

見上げると、呆れた瞳が見下ろしてきている。

 

「ばーさんが言ってるんだし大丈夫だろ、何かあったら俺が出る」

「彼の言うとおりです。ネフィリムが我々の切り札であること、どうぞお忘れなく」

 

どうやらもう一人いたようだ。

拳を落とした男とは違う、いっそ頼りないくらい細い男性。

諭すように、落ち着いた口調で語りかけた。

マリアは二人(主にド突いた方)をねめつけると、観念したようにため息をつく。

この場は彼らの言を信じるべきと判断したようだ。

 

「マム!マリア!」

「一体何が!?」

 

落ち着いたところで、切歌と調も走ってくる。

二人もよっぽど慌てていたようで、あろうことか下着姿だった。

 

「だーも!おめーらもなんちゅーカッコしてんだ!服を着ろッ!服を!風邪引くぞ!」

「みゃあああああ!」

「ッ触らないで!」

 

年上として思うところがあるのだろう。

嗜めるよう頭に強く手を置くと、手のひらをぐりぐりひねってお小言。

この中で一番子どもなので、叩くような真似をしないのは好感が持てるが。

それじゃあさっき叩かれた自分はなんなんだと、マリアは難しい顔。

張り詰めた空気は緩み、一気に賑やかになった。

 

「ナスターシャ教授、そろそろ視察の時間では?」

「ええ、今後のためにも、今回の視察を疎かに出来ません」

 

タイミングを見計らい、細い男がナスターシャに進言。

ナスターシャも頷き、同感の意を示す。

 

「留守は任せましたよ」

「ネフィリムの餌調達の算段でも考えながら、ゆっくり待ってますよ」

 

モニターの大人しくなった『獣』を見ながら、男は目を細めた。

 

(さて、連中は『餌』に食いついているでしょうか・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

物音で未来は目を覚ます。

薄暗い部屋の中で最初に感じたのは、肌寒さ。

起き上がってみると、隣で寝ているはずの響がいない。

どこにいるのかは、すぐ見当がついた。

月明かりの中見渡せば、何やらごそごそ動く影。

 

「――――響」

「未来?」

 

振り返った響の顔は、気まずそうに眉を下げている。

 

「ごめん、起こした?」

「ううん、いいの・・・・行くの?」

 

どこに、とはあえて聞かない。

シンフォギアを始めとした秘密を共有しているとは言え、あくまで一般人である未来に全てを打ち明けられるわけではないことを、知っているから。

 

「うん・・・・ちょっと」

 

恐らく、マリア達の潜伏場所に行くのだろう。

言葉を濁した響を見て、未来は何となく察した。

これ以上を詮索したところで困らせるだけだし、何より仲間達を待たせてしまう。

だから、手を取って頬に寄せる。

 

「いってらっしゃい、気をつけて」

「・・・・うん、ありがと」

 

いつものおまじない。

響は感謝と一緒にキスを送って、足早に出て行く。

その背中を見送った未来は、やはり不安になっていた。

本当は分かっているはずなのに、響は大丈夫って言えるはずなのに。

何故だろうか。

あのライブ以来、自分の手を見つめてはぼんやりする響は、どこか危なげない。

 

(・・・・だめ、悪いほうに考えちゃだめ)

 

そうやって暗い顔をすれば、響はもっと不安になるはずだから。

かぶりをふった未来は、このまま起きていても埒が明かないと、ベッドに戻ることにした。




GX5話で、「ええい!バックアップは何をしている!?早うおべべを持てーい!!」となったのは私だけではないはず。


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48ページ目

個人的にとうとう・・・・な回。


深夜、某所。

 

『夜分遅くの出動を強いてしまい、申し訳ありません』

『やっと掴んだ尻尾だ!ここで終わらせるつもりでいくぞッ!』

『明日も学校だし、ぱぱっと片付けちゃいましょう』

 

夜風に潮の香りを感じながら、装者三人は物陰に待機している。

時計を見れば、作戦開始時刻。

ギアを纏い、頷き合って飛び込む。

廃病院内を駆け抜けて間もなく、出迎える顔馴染み(ノイズ)達。

 

「っは!盛大なお出迎えだなッ!!」

 

クリスのやる気たっぷりな声を背後に聞きながら、響はノイズに突っ込む。

頭を引っつかんで握りつぶし、壁に叩きつけて潰す。

屋内と言うことも合ってか、得物を持っているとどうしても動きに制限がかかってしまう。

故に翼もクリスも、無手の響を援護するような戦い方になっていた。

 

『Master』

 

もはや恒例となった討伐(さぎょう)の中、響のデバイス『ヤーレングレイブル』が反応を示す。

 

『Chemische reakitonen in der atmosphare schlieben.(大気中に薬品の反応があります)』

「本当?」

 

暗がりに目がなれたからだろう。

言われて、気づく。

――――赤い。

いつの間にか自分たちの周囲を、赤い霧が取り囲んでいる・・・・!

 

『Warnung. Compliance-rate.(警告、適合率低下)』

「くっそ!どうなってやがる!?」

 

変化は、警告と同時に起こった。

拳を打ち付けても、ノイズが倒れない。

銃弾で打ち抜いても、刃で両断しても。

傷ついた箇所から再生し、再び向かってくる。

 

「ノイズが倒せない・・・・!?」

 

頼みの綱であるシンフォギアの不調。

背筋が寒くなるが、動かないわけには行かない。

アンチノイズプロテクターがいつ切れるかとひやひやしながら、近寄ってくる個体を突き放す。

 

『新たな動体反応を検知!気をつけて!何か来るッ!!』

「――――ッ」

 

事態は動く。

友里の警告と同時に響が振り向けば、飛び掛ってくる巨体が見えて。

 

「GUOOOOOOOOOOOOOッ!!!」

「っぐ・・・・!」

 

腕が叩きつけられる。

目の前の闇に目を凝らせば、こちらに噛みつかんとする異形の姿。

既存のどんな生物にも当てはまらないが、有名なホラー映画のクリーチャーに良く似ていた。

 

「あ、っぐ・・・・!?」

 

爪を食い込ませ押し込んでくるバケモノは、獣らしく唸り声を上げて響に牙を突き立てる。

遠慮なく抉りこむ牙は、肉を削ぎとろうとしていた。

 

(うっそでしょ、食われる!?)

 

生き物としての恐怖が走った響は何とか抵抗を試みるが、バケモノは離してくれそうに無い。

新たに血が噴き出し、牙が更に深く食い込む。

 

「――――頭下げなッ!響!!」

 

焦る響を諌めたのは、鋭い警告。

咄嗟にかがめば、橙の光がバケモノにぶち当たった。

すぐにヤーレングレイブルが治癒を促進する術式を起動し、傷を止血する。

腕の調子を確かめた響が振り向くと、銃口を向けるティアナの姿が。

 

「ティア姉!っていうか何時の間に!?」

「『かくれんぼ』が得意なの、知ってるでしょ?」

 

ノイズには抵抗できないからと本人も言っていたため、てっきり留守番していると思っていたのだが。

どうやら得意の幻術で着いてきていたようだ。

 

「それに、隠れているのはあたしだけじゃないわよ」

「えっ?」

「いい加減出てきたら?バレてんのよ」

 

響の傷を癒しながら、暗がりに話しかける。

が、ティアナが望む返事が来る前に、あのバケモノが再び牙を向いてきた。

 

「あーもう、邪魔」

 

ため息混じりに銃口を向ければ、展開した魔法陣が鎖を吐き出す。

それらはバケモノを縛り上げ、足元にひれ伏させた。

 

「――――いやぁ、随分乱暴なレディだなぁ」

 

遅めのテンポで拍手が響く。

暗闇の中から、出てきたのは。

 

「ウェル博士・・・・!?」

「やぁ、お久しぶりですね」

 

一週間前。

米軍基地の襲撃にて行方不明となっていた、ウェル博士その人。

その手には、奪われたソロモンの杖が。

 

「いつからっていうより、最初からグルだったってことかしら」

「ご明察、貴女は随分頭が回るようだ」

「そんな・・・・!」

 

てっきり味方だと思っていた人物の裏切り。

響はショックを隠せない。

 

「そいつを、ソロモンの杖を・・・・!」

 

だが、声を張り上げる者がいた。

 

「世界のために役立ててくれるんじゃなかったのか!?」

 

クリスだった。

歯を食いしばった彼女は、鋭くウェルを睨みつける。

『裏切られた』と一番傷ついているのは、クリスなのだろう。

 

「もちろん役に立てますとも」

 

悲痛な声に対し、涼しい様子で答えるウェル。

 

「ただ、こちら側でないと本懐を成しえないのでねぇ」

「くそ・・・・!」

 

全く悪びれた様子のない彼に、クリスは隠さず舌打ちした。

 

「しかし、良いのですか?あなたはノイズに対抗できないのでしょう?」

「やり方はいくらでもある、舐めないことね」

「なるほど、僕くらい簡単に仕留められると・・・・」

 

目を向けられたティアナは、鼻で笑いつつ銃口を向ける。

隣の響も慌てて構えて前に出る。

 

「さすがに厄介ですね、この状況は」

 

言う割には、そこまで焦っていないようだ。

理由はすぐに分かった。

重々しい金属音。

吹いてきた不自然な風に目をやれば、飛行型のノイズが、バケモノが入ったゲージを抱えて飛び去っていくところだった。

 

「っ・・・・!」

 

即座に翼が飛び出し、後を追う。

目標はすばしっこく、すでに海上に。

もちろん翼も大きく跳躍して追いかけるが、いかんせん飛距離が足りない。

苦い顔で、歯を食いしばった時。

 

『翼ァッ!そのまま突っ切れェッ!!!』

 

弦十郎から、咆哮ともとれる通信。

一瞬戸惑うも、信じた翼は更に飛ぶ。

瞬間、海面を盛り上げて飛び出してくる巨体。

潜水艦丸々を基地にした、新しい二課本部だ。

翼は遠慮なく船体を踏みつけて跳躍。

 

「っはあああああああああ――――ッッ!!!!」

 

飛距離は稼げた、標的は目の前。

情け無用の一太刀を、浴びせようとして。

 

「っはぁ!!!」

 

横合いから、一閃。

防御こそしたものの衝撃を殺しきれず、翼は海に叩き落される。

 

「翼さん!?」

 

ウェルを捕縛しつつ、屋内に飛び出した響達。

翼の安否も当然気になるが、感情をどうにかなだめて乱入者に意識を向ける。

朝日が昇る中、海面に突き立てた得物に着地したのは。

 

「お待ちしておりましたよ、マリア・・・・いいえ」

 

拘束されているというのに、ウェルはなおも余裕を持って話しかける。

まるでこちらを挑発するように、淡々と続けた。

 

「―――――フィーネ」

 

思わず振り返る。

息を呑む。

今この男は、何と言った・・・・!?

 

「ハッタリ・・・・なわけが無いか」

「ええ、そのとおりです」

 

威嚇のために銃口を向けていたティアナとクリスだったが。

ティアナの方は落ち着き払ったウェルの様子から詭弁でないと判断し、構えを解く。

――――響達が相対した古代の巫女『フィーネ』は。

『あの御方』に想いを告げるために暗躍してきた存在。

自らが宿った子孫がアウフヴァッヘン波形を浴びれば、即座に復活する『リインカーネーションシステム』を用いて、数千年もの長い間生きながらえてきている。

『前の器』である櫻井了子の肉体は既に崩壊した。

ということは、マリアは次の器ということになる。

 

「マストッ!ダァーイッ!!!」

「やあああああッ!!!」

「――――ッ!?」

「ちきしょ、次から次へと!!」

 

ショックを覚える前に、新手。

ライブの時に出会った鎌の少女と丸鋸の少女が、響とクリスに襲い掛かる。

 

「ウェル博士は私が見張ってる!遠慮せず対処しな!!」

 

ティアナの頼もしい言葉を聞きながら、巻き込まないようにその場を離れる。

撃ち出される丸鋸を避けつつ着地したのは二課本部。

すでにマリアと翼が、剣戟激しく撃ち合っているところだった。

 

「君は知っているの?マリアさんが・・・・」

「フィーネだっていうことは知っている」

「っだったらなおのこと止めるべきなんじゃないの?」

「まだそんなことを・・・・!」

「敵だけじゃない、自分まで傷つけて・・・・君たちは、何がしたいのさ!?」

 

まだ人格を乗っ取られていない、いや、既に乗っ取られているかもしれないマリア。

赤の他人の自分たちはいい、だが、傍にいるこの子達はどうなる?

一週間前と同じく不機嫌そうに顔をしかめる少女に、響は食って掛かる。

 

「~~~~ッ!!」

 

問いに対し、激情した少女は牙をむくように口を開く。

 

「―――――月の落下、ですって・・・・!?」

 

奇しくも同じ問いを投げたティアナは、ウェルの返答に驚愕する。

 

「ええ、三ヶ月前の『ルナ・アタック』で欠けた月は、現在も徐々に公転を狂わせています。このままでは年が開ける前に、地表に落下してくるでしょうね」

「そんな大事、騒ぎにならないはずがない!それこそ、米国の宇宙開発機構なんかが見逃すはずが・・・・!」

 

ティアナの言うとおり。

宇宙開発の分野はまだまだ発展途上だが、西暦2000年代に比べればその発展振りは飛躍的だ。

特に先頭を走る米国が、そんな重要事項を見落とすとは考えにくい。

 

「もちろん見逃していませんよ、ただ黙っているだけで」

 

肩をすくめたウェルの返答を聞き、ティアナは最悪の答えにたどり着く。

 

「まさか、自分達だけが助かろうとしている連中がいる?」

「またまたご明察です」

 

なんてこったと、頭を抱えそうになる。

ルナ・アタックから三ヶ月、世界は未だに不安定だ。

人々に巣食った不安で、何かしらの不和が生まれると思っていたが。

まさかここまで悪い形で出てくるとは・・・・。

 

「一番頼るべき組織が信用なら無い、ならば、自ら行動するしかないじゃないですか」

 

最もな意見に、ティアナは口を噤んでしまった。

 

「――――自分勝手な人の所為で、弱い人達が見捨てられる・・・・だからわたし達が、その弱い人達を守るんだ!」

「ぐ・・・・!」

 

巨大な刃を、手甲で受け止める。

本来人に向けるべきでないものが目の前で火花を散らす様を見て、心穏やかでいられない。

だが、響は反撃に転じなかった。

攻撃できなかった。

――――一緒なのだ。

三ヶ月前のあの頃、自分に牙を向いてきたクリスと。

一撃一撃に、何かを込めて、訴えて。

目の前の響にぶつけてきている。

クリスにも事情があった。

ならば、似た思いを響かせるこの子もきっと・・・・!

 

「ぁ、ぐ・・・・!」

 

不意に、攻撃がやんだ。

我に帰った響が観察すると、少女が纏っているギアの節々が、プラズマを散らしてショートしていた。

 

「時限式は、ここまでなの・・・・!?」

「それってまさか!?」

 

『時限式』。

その表現はよく知っていた。

見れば、翼と対峙していたマリアも膝をついている。

纏ったガングニールは、同じくプラズマを散らしていた。

あれは適合係数が低下したときに見られる現象だと、翼が話してくれたのを思い出す。

先ほどの響達も、もう少し下がればああなっていた。

 

「・・・・ッ!」

 

かつての相棒と同じ苦しみを味わう目の前の女性に、翼は一瞬怯んだが。

すぐに心を鬼に変え、刀を構える。

殺しはしないが、加減はしない。

理由がどうあれ、彼女達が誰かを傷つけるやり方を選んでいるのは間違いないのだから。

 

「話はベッドで聞かせてもらうッ!!!」

 

苦い顔のマリアに接近。

峰を向け、昏倒狙いの一閃を叩き込もうとして、

 

 

 

 

 

 

「――――ホルスッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『Yes, Ma'am.』

『Standbay Ready, set up.』

 

マリアの声に呼応して、炎が翻る。




えーっとですね。
私はいわゆる『強い女性』というやつが好きでして。
だから私が女性キャラを書くと結構頼もしい感じになってしまうんです。

はい!以上ッ!
誰にするでもない言い訳おしまいッ!!←




ちなみにデバイスの名前にちょっと仕掛けをしていたり。
多分すぐにバレると思いますが(


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49ページ目

文章量が減りつつある今日この頃。
や、山場はどっと増えるはずだから(震え声


「な――――!?」

「っはああああああああ!」

 

予想だにしなかった灼熱に気圧され、思わず退く翼。

その後を追うように、火柱から刃が飛び出してきて。

不安定な剣に、喰らいついた。

 

「ぐ、ぅ・・・・!」

 

まともに立ち直っていないところに追撃をくらい、押し込まれる翼。

不自然に体が反れた、無理のある体勢。

次第に後退した翼は、

 

「おおおおおお――――!!」

 

横合いから飛び込んできた響に助けられた。

重い一撃を受け、防御に回らざるを得なくなったマリアは飛びのき、後退する。

 

「司、すまない」

「適材適所です。あの人は、わたしが・・・・!」

 

謝る翼に、響は首を横に振る。

総合的な実力は翼が上とは言え、対魔導師の経験はまだまだ発展途上。

将来は別として、今遅れを取ってしまうのは仕方の無いことだ。

改めてマリアを見る。

腹が見えるほど丈の短いシャツに、ホットパンツ。

腰布を揺らしたベルトは大きく無骨。

両手足はそれぞれグローブとブーツのみで、防具らしい防具はない。

まるで野盗のように身軽な格好の彼女は、カトラスを逆手に構えてこちらを睨んでいる。

 

「魔導師、だったんですね」

「ええ、運良く出会えたの」

「そうですか・・・・グレイ」

『Jahool』

 

短い会話。

響はヤーレングレイブルに号令。

主に応えたデバイスは、ギアを解除した体にバリアジャケットを纏わせる。

睨み合う二人。

 

「――――ッ」

 

先に動いたのはマリアだった。

陽炎を残して消えた彼女。

目を見開いた響が、振り向き様に拳を振れば。

手甲がカトラスとぶつかる。

距離を取ったマリアは再び肉薄。

切り落としを繰り出し、勢いを利用して回し蹴りも放つ。

一撃目は防ぎ、二撃目で飛ばされた響。

すぐに持ち直すと、正拳一閃。

逸らして避けたマリアの頬を、鋭い拳が掠める。

接近した響の腹に、蹴り。

突き放すことは出来たが、ダメージは通らない。

『頑丈なことだ』と内心で悪態をつきながら、斬撃三つ。

飛んできた斬撃を、響は躊躇無く殴り飛ばす。

 

『船体の損傷増加!』

『このままでは、潜行が困難になります!』

 

デバイスが拾ってくれた司令部の様子を聞きながら、反撃に出る。

踏み込んで接近。

懐に潜り込んで体当たりをかまし、吹き飛ばす。

宙に放り出されたマリアは身を翻して体勢を立て直し、足元に魔法陣。

 

『Rocket Move』

 

ティアナと同じミッドチルダ式の円陣を足場に、飛び出す。

ただ突っ込むのではない。

響を囲むように展開した円陣を、何度もバウンドしながら加速する。

 

「・・・・!」

 

段々捕らえきれなくなるマリアに苦い顔をしていた響は、何かを思いついたようだ。

徐に背を向けると、隙間を縫うように走る。

当然マリアも追いかける。

響が足を止めたのは、船体の端。

あと一歩下がれば転落してしまうようなギリギリの場所。

 

「何考えてんだ!?落ちるぞ!!」

 

案じるクリスに追い討ちをかけるように、マリアは響の正面に。

 

「ホルス!」

『Lord Cartridge』

 

薬莢が吐き出される。

炎に包まれる刀身。

 

「――――煌火」

 

熱と光が尾を引きながら、

 

「――――一ッ、閃ッ!!!」

 

響に襲い掛かって。

 

『――――Explosion !!』

 

飛び散る薬莢、走る雷光。

身をかがめた響は、無防備なマリアの動体目掛けて。

 

「――――紫電一閃ッッッ!!!!」

 

重い重い、カウンターを突き刺した。

回避はもちろん防御すらままならず、木の葉のように放り投げられるマリア。

船体に強く体を打ちつけた後、何度かバウンドしてようやく止まった。

 

(やっぱりフェイトさんと一緒、すばしっこい分防御が薄い・・・・!)

 

一方の響は警戒を解かないまま、予想が当たったことに安堵する。

苦しそうにえぐづきながら立ち上がるマリア。

油断はしない。

終わりが見えてきたからこそ、響は兜の緒を締める思いで構えなおす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潮時、か」

 

「ばーさん、ちょっくらいってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず変化が起きたのはティアナ。

接近戦の苦手なクリスを援護しつつウェルを拘束していた彼女は、ふと。

自身のすぐ横に、何かが降り立つのを見る。

 

「・・・・!?」

 

思わず目を向けたティアナが最後に見たのは、跳ね上がる視界。

 

「ぉ、おい!?」

 

援護を受けながら鎌の少女に対抗していたクリスは、突然倒れたティアナに呼びかける。

返事は無く、何も出来ない彼女からウェルが逃げていく。

 

「くっ、そ!待ちやがれ!!」

「こっちの台詞デス!」

 

敵の声を背に受けながら、ウェルの再確保と、ティアナの安否を確かめに行こうとして。

後頭部に打撃を受けた。

 

「ッ雪音!?ランスター女史!?」

 

陸の異変に気づいた翼。

見れば鎌の少女がウェルとソロモンの杖を確保して、こちらに飛び移ってきている。

急に傾き始めた形成に、翼は歯軋り。

新手を迎え撃とうと、体を傾けて。

 

「こっちなんだよナァ」

「翼さんッ!!」

 

耳を劈く雷音、空気を裂く斬撃。

背後に響が現れ、切り落としを受け止めていた。

 

「はは、さすがは姉貴の弟子だ。よく受け止めた」

 

振り向けば黒いコートが翻り、ニヒルな笑みが話しかけてくる。

一瞬遥だと思ったが、違う。

体形が、そして何より声が別人の男。

だが何故だろうか、どことなく既視感を覚えて仕方が無い。

まず目を引くのは、腰の辺りで二つに割れたコート。

遥との違いは、肩に金属パーツが着いていることだろう。

無骨なズボンをはいている下半身と違って、上半身は何も着ておらず。

鍛えられた体と、刻まれた無数の傷跡が惜しげもなくさらされていた。

手にする得物は巨大な剣。

本来刺突目的で尖っている切っ先が、何故か丸みを帯びているのが気になった。

 

「けど、足りネェな」

 

剣に関する疑問は、嫌でも解消される。

縦二つに割れる刀身。

ぎょっとなる二人の前で、開いた隙間から小さな刃が列をなして現れる。

そして轟くエンジン音と共に、高速で回転し始めた。

ただの剣ではないと予想していたが、正体がチェーンソーだというのは予想外だ。

 

「――――!」

 

叩きつけられる殺意。

当てられた響の視線は、高く掲げられた凶器に釘付けに。

斬撃の予兆を見せた得物に向けて、咄嗟にシールドを展開する。

 

「は・・・・!?」

「ぐッ・・・・!?」

 

一閃。

シールドが当たり前のように裂ける。

斬撃が届いたのは響だけではない。

背後に庇っていた翼も、胴体を引っ掻かれた。

非殺傷設定になっていたようで、出血こそしないものの。

意識を刈り取るには十分すぎる一撃。

 

「――――守りたいなら、尽くを蹂躙しろ」

 

暗転する世界。

重力に逆らえず、体が傾く。

 

「『強敵だから仕方ないね』なんざ、戦場で通用しねぇぞ」

 

後頭部への衝撃が止めになって、完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

K月M日

そういえば師匠、弟さんいましたね。

敵として会うなんて予想外だったけど。

え、これどうなるの。

わたし勝てるの?未来守れるの?

不安だああぁ・・・・。




響「素早いなら待ちかまえればいいじゃない」
某アルケミストな少佐「全く以てそのとおり」盛々ッ

というわけで、この作品のマリアさんは魔導師だったよという回でした。
見返してみると、わりとイケイケ()な恰好してるなぁ・・・・。


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50ページ目

前回までの評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。


『フィーネ』が所有するエアキャリアの中。

拠点は潰されてしまったが、『虎の子』とその餌は確保できたので最悪の事態だけは回避できた。

しかし、次なる拠点や『虎の子』の餌など、目下の課題は山積みだ。

 

「派手にやられたなぁ」

 

手当てを終え腹を押さえるマリアに向け、からかうようにケラケラ笑う。

対するマリアは気まずそうに顔を伏せていた。

初めての対魔導師戦で敗北したのが堪えているらしい。

 

「まあ、そう落ち込むな。あの嬢ちゃん、お前みたいなタイプに慣れてるみたいだったし、対策もある程度出来てたんだろ」

 

言葉こそ労っているようだったが、言い方と表情は全く違う雰囲気。

 

「それに比べて、お前は俺くらいしか手本がいなかったもんなぁ?圧倒的な経験不足!負けたっテェしょうがねぇや!」

 

指を刺して腹を抱えこみ、声を上げて笑い出す。

完全にバカにしている態度だ。

 

「・・・・~~~ッ!!」

 

流石のマリアも、辛抱溜まらんと立ち上がる。

腹が痛んだが気にしていられない。

感情のままに壁を殴れば、笑い声がやんだ。

 

「負けないわよ!!次も!その次も!!」

 

口元を吊り上げたまま見上げてくる彼に、宣言する。

 

「二度と負けない!それでいいでしょう!?」

「・・・・ああ、上出来だ」

 

息を荒く見下ろす教え子に、彼は満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――司(カナタ)?」

 

二課本部。

幸い響達に外傷は無く、その日の午前中にはそろって目覚めることとなった。

それぞれのメディカルチェックを終えてから、早速ミーティング。

ウェルの裏切りや謎のバケモノももちろん気になるところであったが。

弦十郎達が何より気にしたのは、響達装者や熟練の魔導師であるティアナを一撃で昏倒せしめた青年について。

彼については意外にも、被害にあったティアナが知っていた。

 

「っていうか、司って・・・・?」

「お察しのとおり、私の師匠・・・・司隊長の、双子の弟さんに当たります。響も話だけなら聞いていたわよね?」

「うん」

 

ぎょっと目を向けた藤尭に首肯して、響に確認するティアナ。

響もまた、手短に頷いて答える。

 

「元は地上部隊所属の魔導師だったんですが、六年前に退職。その後は音信不通でしたが、隊長のところにはたまに連絡をよこしていたようです」

 

モニターに表示された、肩に大剣を担いだ青年『叶』。

浮かべたニヒルな笑みは、遥にそっくりだった。

 

「あの人の兄弟ってことは、やっぱり強いのか?」

「ええ、最低でも隊長(せんせい)と同格・・・・くらいは考えていた方がいいわ」

「最低で?」

 

大声までいなかくとも、驚きを露にする翼。

響を除いて遥の実力を良く知る人物なのだから、無理も無い反応である。

 

「それに、叶さんも素手から得物持ちに転向してるみたいだし、正直実力は未知数・・・・私一人はもちろん、前線メンバーが束になってかかっても対処できるかどうか・・・・」

 

頭に手をあて唸り始めてしまうティアナを目の当たりにし、新たに現れた敵の底知れなさを実感する。

 

「この剣・・・・というか、チェーンソー?これについて何か情報は?」

「それなら既に、リンディ統括官からデータが送られてきている」

 

どうやらティアナが倒れた際に、彼女のデバイスクロスミラージュが手配したらしい。

緒川に答えた弦十郎の手には、送られてきた書類が握られていた。

 

「あれもまた古代遺産(ロストロギア)の一種だそうだ。名前は『魔剣・カラド=ボルグ』、あらゆるものを切断することが出来る、驚異的な切れ味が特長と言う話だ」

「あー、よりにもよってそれかぁ・・・・隊長のゲイ=ボルグとは兄弟関係にあたる、ベルカの戦乱時代の武器ですね」

 

それなりに名のある古代遺産(ロストロギア)だったようだ。

一旦項垂れてから仕切りなおしたティアナが、補足を入れてくれた。

 

「なるほど、だからあの時司だけではなく、私も斬られたということですか・・・・」

 

刃があたった部分に触れ、納得する翼。

あの時は手加減されていたようだが、もし相手が本気で、非殺傷設定を解除していたならば・・・・。

考えただけで、体が震えた。

 

「語られているとおり、切れ味に定評のあるロストロギアです。その威力は凄まじく、地形すら変えてしまいます」

「うへぇ、そんなに・・・・」

「あんたも見たことあるはずよ」

「へ?」

 

げんなりした響は、次の瞬間ぽかんとした。

 

「ほら、スバルの地元のアルトセイムに、『ボルク・バレー』ってあるじゃない?」

「ああー、ミッド版グランドキャニオン・・・・って、まさか・・・・?」

 

二課の面々には聞いたことが無い地名が出てきたが、響が何となく口にした例えのお陰でイメージは出来た。

そして、程度は違えど同じ想像をして、段々目を見開く。

 

「そのまさか、アレやったの、まさにコレ」

「ウソォ!?」

 

思わず立ち上がる響。

クリスも立ち上がるとまでは行かないが、椅子を激しくずらして驚いている。

聞けば、『敵将に止めを刺した際、余波で七つの丘を斬り裂いた』という伝承が残っているらしい。

地球ならフィクションとわきまえた上で納得する内容だが、生憎ミッドチルダは魔法を始めとした何でもアリな世界。

故にぶっ飛んだ内容の言い伝えでも、確かな説得力と現実味を帯びてくる。

 

「てっきり雨とかで削られたもんだと・・・・!」

「それならもっと蛇行してるでしょうが」

「た、確かに・・・・」

 

言われて納得した響は、ゆっくり座りなおした。

 

「遥さんの弟かぁ、また厄介なのが出てきましたね」

「ですが連中の拠点は潰しましたし、向こうの一人には響がダメージを与えています。すぐに行動を起こせないはずです」

「そう考えるのが妥当でしょうな・・・・」

 

藤尭のぼやきにティアナがフォローを入れ、弦十郎は納得する。

加えて、『フィーネ』に属する装者全員がリンカー頼りであり、今回の負荷がまだ残っていると考えられる。

叶という最高戦力がいるとはいえ、彼らも下手に動き回るような愚か者ではないはずだ。

話し合いはそれからも続いたが、ダメージを受けた装者達を考慮して、あまり時間が経たない内にお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

響達学生組は、午後から登校した。

学校は二課が誤魔化してくれたようで、教室に入るなり体調を心配された。

純粋に心配してくれるクラスメイトや担任に嘘をつくことに、今更ながら罪悪感。

『大丈夫、これは必要な嘘だ』と言い聞かせながら、席に着く。

 

「大丈夫?」

「ん、へーき」

 

気遣わしげな未来にも笑って誤魔化しを入れて、いそいそと準備。

午後は、ここのところ恒例となっている文化祭の準備だった。

既に響達のクラスは準備を終えており、はっきり言って手持ち無沙汰な状態。

なので、クラスとは別に出し物がある生徒は練習に、それ以外は担任に割り振られて他クラスの応援に向かっている。

響はというと、前者に該当する板場に首根っこを引っつかまれて、未来と一緒に空き教室へ連行された。

 

「――――いっやぁ、助かった!練習にかまけて衣装が全然出来てないことに気づいてさ!」

「もう、バキュラの『任せとけ!』は簡単に信じないほうがよさそうだね」

「なにをー!」

 

賑やかにはしゃいでいるが、針を動かす手は止めない。

友人達の微笑ましい様子に顔をほころばせた未来はふと、隣に目をやった。

先ほどから不自然な細静かな響は、『電光刑事バン』の未完成のヘルメットを持ったまま、ぼうっとしていた。

いや、一応作業はしていたが、その手さばきは余りにも遅い。

 

「響?」

「ふぇあ?あ、何?」

 

名前を呼べば、変な声を上げて反応した。

急いで笑顔を取り繕う彼女に、『重症だな』と確信する。

 

「響、本当に大丈夫なの?さっきからずっとぼんやりしてるじゃない」

「えっと、ゴメン・・・・」

「謝らなくていいけど、ぼーっとしてるのはあたしも気になった」

 

響の変な声に反応したのか、板場が身を乗り出せば、他の二人もしっかり首肯。

『ほらね?』と未来に見つめられた響に、逃げ場はなかった。

 

「そりゃあ、あたしらみたいな小市民には言いづらいかもしれないけどさ。友達がそうやって頭抱えてると気になるじゃん」

「板場さんの言うとおりです、相談は出来なくても気晴らしには付き合えますから」

 

『だから頼っていいんだ』と、友人達は暗に伝えてくる。

対する響はというと、どこか気まずそうに目を逸らし、『あー』だの『うー』だの唸っていたが。

 

「・・・・うん、本当にどうしようもなくなったら、お願い」

 

やがて観念したように、乾いた笑みを浮かべた。

それは肯定ではない、やんわりとした拒絶。

察したからこそ、友人達は一度ため息。

だが、これ以上押したところで折れるとも思えない。

だから、薄く笑うだけに止めた。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

響の『不調』は、帰ってからも続いていた。

課題を終わらせて伸びをすると、ため息。

バラエティ番組でひとしきり笑った後、ため息。

これならどうだと未来が腕を振るったご飯には、幸せそうに顔を綻ばせたが。

結局ため息。

ため息をつくと幸せが逃げるというが、だとしたら一体どれほどの幸運を逃がしているのだろう。

それくらい、今日の響はため息が目立っていた。

 

「あ"あ"あ"ああああぁぁぁ・・・・」

 

今もそうだ。

日課である日記をつけ終えた後、一番深いため息をついていた。

そのまま机にのさばった響は、ぼうっと窓の外を見る。

いや、見ているように見えて、意識は内側に向かっているのが分かった。

やはりどこからどう見ても重症である。

 

「・・・・ッ」

 

昨夜から午前中の『お勤め』で、何かあったのだろうか。

尋常じゃない様子に、未来の胸は締め付けられる。

心に巣食った不安のこともあり、行動は早かった。

 

「響ッ・・・・!」

「未来?」

 

項垂れている背後から、ぎゅーっと抱きしめる。

流石に驚いたらしい響は顔を上げて、振り向く。

さて、一方の未来はどうしようかと悩んでしまった。

何か声をかけるべきだろうが、上手い言葉が見つからない。

『響は悪くない』と言ったところで逆効果だろうし、『頑張ってるね』じゃちょっと薄っぺらい。

かと言って下手に褒めたところで、素直に受け止めてくれるだろうか。

温かい背中に額を押し付け、ぐるぐる考えていると。

 

「・・・・あのね」

 

沈黙を破り、響が呟く。

 

「もし、もしだよ?わたしが死んじゃったら、未来はどうする?」

「ッひび・・・・ッ!?」

 

縁起でもない例えに、思わず顔を上げた。

なんてことを言うんだと責めようとして、気づく。

響の体が、震えていた。

自分でも良くないことを言ったと思ったらしい彼女は、顔を向けたまま小さく震えている。

・・・・今日の響は、いつになく弱気だ。

 

「・・・・そうだなぁ」

 

そんな珍しい姿を見たからこそ、未来も言いたいことが何となく定まった。

緩んだ腕をもう一度抱き寄せて、先ほどより強く額を擦り付ける。

 

「響が死んじゃうなら、わたしも死んじゃおうかな」

「・・・・ッ」

 

強張る体をあやすように、苦しくならないように抱きしめる。

 

「だって、響一人だと寂しいだろうし、わたしも響がいないと寂しいから」

「・・・・一緒?」

「うん、一緒」

 

・・・・少し、重たすぎる気もするが。

今語ったことは、紛れも無い未来の本心だ。

響がいなくなったら、きっと怖いほど冷たくて、ときめきを忘れるほど色を失ってしまうだろう。

当然そんな世界は望まないし、こっちから願い下げだ。

何より、

 

「響が言ってくれたんだよ?『一緒に死のう』って」

 

ルナ・アタックの後の、想いの何もかもをぶちまけたあの日。

響がそういって受け止めてくれて、晴れて結ばれた日。

今でもはっきり思い出せるし、これからも忘れない。

 

「響が一緒にいてくれる分、わたしも寂しい思いなんてさせないから」

 

だから、どうか。

 

「そんな暗い顔しないで、笑ってよ。笑ってる響が、大好きなんだから」

 

それっきり、響は何の反応も示さなくなった。

未来もまた、急かすことなく待つ。

やがて、未来の手に温もりが加わった。

響の手だった。

 

「――――ありがとう、元気でた」

「うん、よかった」

 

手を解いて体ごとこちらを向いた響が、改めて抱きしめてくる。

肩口に顔を埋めた未来は、囁く感謝に呟き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

K月M日

そういえば師匠、弟さんいましたね。

敵として会うなんて予想外だったけど。

え、これどうなるの。

わたし勝てるの?未来守れるの?

不安だああぁ・・・・。

 

P.S.

励まされて気づいたんだけど。

未来は何というか、一緒にいると落ち着くというか。

太陽、でもないな・・・・。

陽だまり、うん、陽だまりだ。

あったかくて、いるだけでほっとして、安心できる場所。

落ち込んじゃいられない、怖がっちゃいられない。

未来のためにも、頑張らなきゃ。




※このビッキーは『生きるのを諦めるな』を受け取っていません。


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51ページ目

毎度の閲覧、ご感想、誤字報告。
誠にありがとうございます。


秋桜祭。

リディアン音楽院が主催する文化祭の名称である。

学生達が気合を入れて装飾した敷地内を、外部から招かれた一般人が闊歩する。

 

「あー・・・・」

 

とある一角。

何というか、ごつい見た目の男が気だるげに立っていた。

服装自体はカジュアルで、別段問題ないのだが。

右肩から首にかけて刻まれた刺青と、目元を隠すサングラスが、彼の雰囲気を一気に『そっち』の人に変えていた。

あからさまに避けている人の流れが、『関わりたくない』という意思を正直に表している。

 

「完全にはぐれたな」

 

まいったなと言いたげに、がしがし頭をかく男。

どうやら同行者とはぐれてしまったようだ。

やがてここにいても埒が明かないと判断したのか、ゆったり歩み始めて。

 

「うわ!」

「っとと・・・・」

 

足元に衝撃。

見下ろせば、小学生くらいの子どもが尻餅をついているところだった。

視線をさらに下げると、ズボンが汚れている。

子どもが持っていたアイスが、ぶつかった拍子についてしまったようだった。

 

「ごっ・・・・あ、う・・・・」

 

咄嗟に謝りかけた子どもは、ぶつかった人物を見上げて言葉を失う。

いかつい見た目に臆してしまったようだ。

男はため息をついてしゃがみこみ、子どもと目線を合わせて。

 

「悪ぃな坊主?お前のアイス、俺のズボンが食っちまった」

 

にやっと笑いかけ、きょとんとする子どもの顔を面白がりながら、続ける。

 

「ちょうどそこに店もあるし、奢らせてくれや」

「・・・・う、うん」

 

言うなり列に並んだ男は、宣言どおり子どもにアイスを奢っていた。

 

「次は気をつけろよー?」

「うん!おじさんありがとー!」

 

ぶつかっても怒るどころか、許した上に新しいものを買ってくれた男に、子どもはすっかりなれたらしい。

別れ際に大きくてを振り、笑顔でお礼を言っていた。

 

(あ、意外といい人)

 

一連の様子を見ていた周囲の人々は、ほっと胸をなで降ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

I月L日

きゃっほーい!秋桜祭ダー!

・・・・って、もろ手で盛り上がれたらよかった。

いや、途中までは普通に文化祭だったんだよ?

だけど、まさかステージにあの子達が出てくるなんて思いもしないっしょ?

乱入もありとはいえ、鎌の子と丸鋸の子が出てくるなんて誰が想像つくよ・・・・。

当然追いかけてったけど、まさか学校で戦うわけにも行かなくて。

結局、決闘の約束を取り付けて見逃すことになってしまった。

 

P.S.

ついでに叶さんも来ていた。

グラサンといい、刺青(師匠と同じく、あれがカラド=ボルグの待機状態っぽい)といい。

どう見てもその道の人にしか見えなかったよ・・・・。

あと、あの二人。

シラベちゃんとキリカちゃんは、歌がむっちゃ上手かった。

正直、可愛かった。

 

 

I月Y日

決闘の約束しようが、日常は続くものです・・・・。

クラスメイト達は、昨日のステージについて大いに盛り上がっていた。

確かにクリスちゃん可愛かったよね。

本人にいったら蜂の巣にされそうだけど・・・・。

それから、シラベちゃんとキリカちゃんについても。

事件のこと何にも知らなかったら、普通に歌が上手い二人組みだよね。

・・・・何も知らないって、こういうときちょっと羨ましい。

 

 

I月D日

秋桜祭最終日。

今どきキャンプファイヤーするなんて珍しいと思う。

それはそれで趣があってよかったけれども!

未来はもちろんのこと、弓美ちゃんや詩織ちゃん、創世ちゃん達ともフォークダンス。

楽しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――それじゃあ改めて、あなたたちが見たものについて教えてくれるかしら?」

「う、うん」

「分かり、ました・・・・」

 

都内のある廃倉庫。

数日前、原因不明の爆発が起こり。

さらにノイズの反応が検知されたこともあって、周辺住民を不安にさせた。

もとより誰も足を運ばない場所。

目撃者が望めなかったこの事件だったが、意外にもいたのである。

それが、ティアナがつれていた少年達だった。

地元の野球チームに参加している彼らは、その日の練習帰りにここであったことを目撃したらしい。

下手人達とも一言二言会話したとかで、しばらく黙っていようと思っていたが。

緒川を始めとした二課の面々が調べだしたのを見て、『自分達が喋ったと思われたらどうしよう』と、現場を覗いていたのを同行していたティアナが発見。

『悪い人達にバレないよう、守ってあげる』と何とか説得し、今に至る。

 

「不思議だと思ったこと、変だと思ったことも遠慮なく話して。突拍子も無い内容でも、十分ヒントになるから」

 

真っ黒に煤けて散らかった屋内を見渡しながら、ティアナが笑いかければ。

少年達は互いを見合って、こっくり頷いた。

 

「始めは、工事だと思ったんです。大きな音がして、人の声が聞こえて」

「そうそう、ここ誰も使ってないって話だったから、解体作業でもしてるのかなって気になって、覗いたんだ」

 

周囲を見渡すことで、当時を思い出しているのだろう。

とつとつ語り出す。

 

「それで?」

「そしたら機械もないし、だけど音は聞こえるしで変だなって」

「それで、中を覗いたんだ」

 

子どもは危機管理能力が未熟な分、大人でも制御できない『野次馬根性』が強い。

好奇心に負けて、近づいてしまったらしい。

 

「そしたら、人が・・・・多分外国人だと思うんだけど、いっぱい倒れてたんです」

「始めは死んでるのかなってびっくりしたけど、唸ってたから、多分生きてたんだと思う」

「それでそれで、その真ん中・・・・ちょうどここの辺に、女の人が立ってたんだ」

 

少年の一人が徐に歩き出し、部屋の中央から少し奥まった場所に立つ。

 

「どんな格好だった?顔は見えたのかしら?」

「格好はなんていうか・・・・ろしゅつ?っていうんだっけ、肌が結構出てた・・・・」

「顔は見えなかったけど、その・・・ぉ、おっぱいあるの分かったから、女の人だなって」

「あとあと!海賊が持ってるみたいな剣持ってました!」

「よく分かったわ、ありがとう」

 

服装について語るとき、少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

ティアナは年頃の反応を見せる彼らを微笑ましく思いながら、気にするなと言う意味を込めてお礼を告げる。

 

「それで、君達はどうしたの?」

「大変だって、オレ達も危ないから逃げようって思ったんだけど・・・・」

 

少年達の顔が、青ざめる。

 

「ノイズ、が・・・・ノイズが、いつの間にか後ろにいて・・・・死ぬって思って」

「そしたら、その女の人が倉庫から飛び出してきて・・・・どうやったかは分からないけど、多分助けてくれたんだと思います」

「でも僕たちが見ちゃったのを怒ってたみたいで、すっごい怖い顔で睨まれて・・・・!」

 

『その後は無我夢中で逃げ出した』と、目元にじんわり涙を浮かべながら締めくくった。

 

「・・・・まずは無事でいてくれてよかったわ、よく逃げ切った。えらい!」

 

ティアナはしゃがんで視線を合わせ、怯える少年達に言い聞かせる。

 

「それからご協力ありがとうございます。正直目撃者はいないって思っていたから、貴重な情報よ」

 

『お手柄だ』と彼らを見渡して、笑いかける。

 

「後はわたし達に任せてちょうだい、悪い人は懲らしめてあげるから!」

「う、うん!」

「お願いします!」

 

恐らく、男の子だからと意地を張っていたのだろう。

必死に涙を堪えていた彼らに、ガッツポーズしながらウィンクしてみせれば。

少年達も目元を拭って笑った。

持ち直した彼らのためにも、解決の糸口だけでも掴まねばと。

ティアナは決意を新たにする。




「四期ー!?すごーい!やったー!」とどったんばったん大騒ぎしている自分です。
夏が待ち遠しい・・・・!


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52ページ目

ウェル「半年近くスタンバってた気がします」(






大変長らくお待たせいたしました・・・・!


「――――ふぅ」

 

時空管理局、転送ポート。

別件の後始末をやっと終えたセレナは、待合室で一息。

行き先は本数の少ない辺境、いわゆる『ローカル路線』だ。

『管理局の任務』という大義名分があるため、順番は早めに回ってくるが。

それでも手持ち無沙汰な時間が出来てしまうのは仕方の無いこと。

なので回ってくるまでの間を利用して、手元にある現地の情報を確認しようとウィンドウを開く。

暗唱できそうなくらい記憶し始めている文面を流し見ていると、ある画像で手が止まった。

 

「・・・・ッ」

 

翼と火花を散らしてぶつかるマリアの姿。

覚えしかないその姿形に、顔が目に見えて曇る。

・・・・思いやりが強くて、海や大地のような優しさを称えている彼女のことだ。

こんな茨の道に飛び込んだ理由は、きっと・・・・。

 

「どーん!」

「わ!?」

 

不意に後ろから肩を叩かれ、思わず声が出る。

大声を出したことを恥らいながら振り向けば、

 

「た、隊長?」

「やっほ」

 

気さくに笑う遥が。

わざわざ見送りに来たのかと思ったが、手に持ったボストンバッグを見つけて違うと判断する。

そこで、疑問が浮かんだ。

 

「まさか隊長も来るんですか?確かまだ調査が残っているんじゃ・・・・?」

「そのつもりだったけど、事情が変わったのよ」

 

参ったなと頭に手をやり、隣にどっかり座り込む。

 

「『連中』、どうもあっちに人を送ってコソコソしてるみたい。一番ホットな騒動が起こっている今、用心するのは当然でしょう?」

「そう、ですけど・・・・」

 

『一番ホットな騒動』の所で、ウィンドウを指差す遥。

気になっている画像の所で止めていたため、セレナの返事は歯切れが悪い。

 

「それに愚弟も何だかやらかしてるっぽいし、ティアナにはちょっと手に余るから。根回しを少々」

「そっか、『グレアムの双子猛犬(オルトロス)』・・・・」

 

隣に居る上司とその兄弟は、その並々ならぬ荒っぽさで有名だ。

『チームジェノサイド』を率いている今の方が、随分大人しくなったと評されるくらいには。

不敬だろうかと思いつつ納得している彼女に、遥は片目をつむって振り向く。

 

「ついでに、あんたも用がある奴がいるでしょう?」

「ぃ、いえ、まさか!天涯孤独でしたから、会いに行くような家族なんて・・・・」

「『家族』だなんて、一言もいってないんだけどなー?」

 

慌ててウィンドウを閉じるセレナだったが、遥の言葉に喉を詰まらせた。

部下の可愛らしい一面にくすくす笑いながら、遥は伸びを一つ。

 

「・・・・ま、お互い向きあうものがある同士、頑張りましょ」

「はい・・・・」

 

会話が一段落した所で、係員に呼ばれる。

いいタイミングだと思いながら、二人は同時に立ち上がった。

 

「さて、と・・・・いくよ、グラシア執務官」

「はい、司隊長」

 

お仕事モードに切り換えて、一歩を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

響達装者が、敵の装者『暁切歌』と『月読調』から決闘の申し込みを受けた。

動きがあったのは、それから一週間後のこと。

二課本部にアラートが鳴り渡り、装者と魔導師が召集された。

 

「カ=ディンギル跡地に、ノイズの反応・・・・明らかに誘ってるわね」

 

モニターに写るウェルと、それを取り巻くノイズ達を睨みながら、ティアナはそう判断する。

 

「言いだしっぺの二人がいないのは気になるけど、なんにせよ油断は禁物よ」

 

言われるまでも無いが、それがまだまだ子どもである自分達を思っての発言であるのは分かっていたため。

響達はこっくり頷いた。

欠けた月が照らす中を、音と息を殺しながら駆け抜ける。

そうして見えてきたカ=ディンギル跡地。

現場にたどり着けば案の定、どこか得意げなウェルが待ち構えていた。

 

「・・・・調ちゃんと切歌ちゃんは?わたし達が約束したのは、二人なんですけど」

 

やや圧を含めながら響が問いかけると、ウェルはからかうように肩をすくめる。

 

「皆さんを呼び出したのは良いのですが、過程が褒められたものではなかったのでね。お留守番ですよ」

 

圧をものともせず涼しげにかわしたウェルは、ふと、目を細めた。

 

「ところで、我々の虎の子である完全聖遺物、名を『ネフィリム』というのですが」

「・・・・重要情報じゃないんですか、それ。バラして大丈夫です?」

「まあ、そう急かないで下さい。話はここからです」

 

一瞬目を見開いて驚愕した響は、やや矢継ぎ早に問い詰めた。

 

「このネフィリム、非情に荒くれ者でしてね。唯一宥める手段が餌しかないのですが・・・・」

 

なお余裕を崩さないウェルは、嫌な笑み。

 

「その餌というのが、聖遺物の欠片なんですよ」

 

瞬間、重々しい足音。

ウェルの背後から、ノイズを蹴散らしながら現れたそいつは。

瓦礫を撒き散らしながら、響の目の前に降り立って。

 

「ああ、そういえば」

 

浮かべた笑みを悦に満たして、ウェルは見下す。

 

「――――そこに一人、聖遺物との融合体がいましたねぇ?」

「――――ッ」

 

待ちきれないと言わんばかりに上がった咆哮。

その意味を理解した響は、一気に闘気を尖らせる。

 

「バカを腹の足しにしようってか!?」

「そんなこと――――!!」

 

当然、翼とクリスの二人が黙ってみているわけがない。

だが、翼が言い切る前に、斬撃。

クリスの方にも炎が襲い掛かり、後退を余儀なくされる。

 

「マリア・・・・!」

「・・・・」

 

静かにカトラスを構えるマリアの背後、遮るようにノイズが出現する。

もとよりソロモンの杖を操るウェルは、マリアサイドの人間。

二課勢と違い、魔導師の姿であっても問題ないということだろう。

何より彼女自身もまた、強大な戦士である。

特に制限時間を気にしなくて良い魔導師の方が、戦いやすいのだろう。

 

「グオオオオオオオッ!!!」

「こ、の・・・・!」

 

牙を剥き、爪を構え。

響を捕らえんと襲い掛かってくるネフィリム。

もちろん捕まればどうなるかなんて、火を見るより明らかなので。

響も全力で逃げ回る。

 

「ッ仮に喰わせたとして!!」

 

ネフィリムの腕を足場に飛び上がり、横っ面を蹴り飛ばして距離を取る。

身を翻しながら雷の短槍を数本展開、着地と同時に発射。

ほぼ全てが命中したネフィリムは、込められた雷で身動きが取れなくなった。

 

「人間っていう不純物が混じりまくってんだけど、その辺はいいのかな!?」

 

ネフィリムが動けなくなったのを確認して、響はウェルを見上げる。

 

「その程度想定済みです、問題ありませんよ」

「いやな断言だね・・・・!」

「ネフィリムを強化できる、敵戦力を削れる。一石二鳥じゃありませんか」

「『獲らぬ狸の皮算用』って言葉が日本にはあるんですけど、っとぉ・・・・!」

 

雄叫びを上げて、麻痺から復帰したネフィリムが突っ込んできた。

爪先が引っかかり、響の右腕にかすり傷が出来る。

響は巨体の下を滑り込んで潜り抜け、背後を取った。

 

「ッだいたい!!」

 

魔法陣を足場に飛び込み、背中へ蹴りを突き刺す。

ちょうど背骨にあたる部分にクリーンヒットし、もがくネフィリム。

 

「『世界を救う』だなんて大層な目標掲げておきながら、やってることは力押しの暴力塗れ!『英雄御一行』がやるようなこととは、到底思えないんだけど!?」

 

再び真っ直ぐウェルを睨みつけて、問いただした。

QUEENofMUSIC会場の占拠に始まり、つい先日ティアナから報告があった、無人倉庫における傷害事件。

『月の落下を阻止する』という目標があることはわかっていたものの、やり方が暴力的にも程があると思ったのだ。

しかしウェルは笑みを崩さないまま、響をなお見下して。

 

「――――あなたこそ、そんな血に汚れた手で何を守れると?」

 

その言葉は、響の心を大きく揺さぶった。

 

「な、にを・・・・!?」

「知らないとでも思いましたか?残念、敵の弱みくらい調べますよ」

 

毅然とした表情が、一気に崩れたのが面白いのだろう。

くつくつ震える腹を抱えながら、ウェルは続ける。

 

「二年前の同級生に限らず!フィーネを下し!月の欠けたをも破砕したッ!!」

 

痛みから再び戻ったネフィリムが、響に喰らいつく。

その様は、好物を目の前にした獣畜生のようで。

事実涎をたらしながら、執拗に噛み付こうとしてくる。

 

「ぶっ壊し続けてきた拳で!お前はまた傷つけるんだよッ!誰かの希望を!誰かの未来をッ!!」

「ち、ちが・・・・!!」

 

ウェルの言葉に、どうにか反抗しようとする響。

その揺らぎが、動きを鈍らせた。

突き出した拳は、大きく開いた口の前。

気付いたときにはもう遅く、ただ閉じられる牙を見ているしか出来なくて。

 

「――――ぁ」

 

激しい痛み、軽くなった左腕。

次の瞬間には、切り株から鮮血が噴き出して。

 

「ッああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――!!!!!!!!!」




ぼちぼち更新できればと思うので・・・・。
何卒・・・・何卒・・・・!


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53ページ目

筆が乗ってきたので、投下。



あ、未来さんおめでとうございました!(


「響・・・・!」

 

現場から遠く離れたビル。

愛機をライフルに変形させ隙をうかがっていたティアナは、苦い顔をした。

たった今腕を食われた響は、膝から崩れ落ちて項垂れている。

左腕の夥しい出血が痛々しく、叶うことならすぐにでも援護射撃をしたいところだった。

――――しかし。

ちらりと、周囲へ視線をめぐらせる。

ティアナの上空をちらちら飛び交う、無数の飛行型。

恐らく叶あたりに読まれていたのだろう。

響がダメージを負うと同時に、周囲を包囲されたのだった。

 

(一発でも撃ち込もうなら、即座にこちらも狙い撃たれる・・・・!)

 

頼れといっておきながら、ノイズが出た途端無力に成り下がる。

そんな自分に嫌気が差して、ティアナは思わず舌を打った。

と、

 

「《ティーアナ》」

「《ッせんせ、じゃなくて、隊長!?》」

 

思っても見なかった人物からの通信に、ティアナは肩を跳ね上げる。

 

「《そっちに向かってる最中、状況はどう?》」

「《すみません、意気揚々と出ておいて、何の役にも立てず・・・・》」

「《はは、ノイズ相手ならどうしようもないさね》」

 

相変わらず真面目な一番弟子に苦笑いを零した遥は、『それよりも』と切り替える。

 

「《ノイズは気にしなくていい。こちらが合図をしたら、あの眼鏡をぶち抜け》」

「《ッ、アイマム》」

 

現状唯一ノイズに対抗できる御仁の援護とくれば、これ以上に心強いことはない。

気を取り直したティアナは、再びスコープを覗き込んで、

 

「―――――」

 

見えた現場に、絶句する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャハァッ!!やった!パクついたァッ!!!!」

 

左腕の切り株を押さえ、膝をつく響を見下ろして。

ウェルは狂気じみた声で狂喜する。

ネフィリムは口元から血を零れさせながら咀嚼し、飲み込んだ途端。

その体を更に大きく変化させた。

溢れんばかりの力に咆哮したネフィリムは、更なる力を求めようと。

その視線を、(エサ)である響に向ける。

 

「くっそ!そこどけええええええッ!」

「司!!っぐ、邪魔をするな!マリア!」

「悪いけど、これが私の役目なの」

 

ノイズの群れに手一杯なクリスと、渡り合っているものの中々マリアを突破できない翼。

ノイズを従えたマリアは、どうあっても道を譲る気は無いらしい。

すぐ目の前にあるのに届かないもどかしさに、翼は奥歯を噛み締める。

と、

 

「ああああああああううううううううぅぅぅ・・・・・ぐうううううるるるるるるる・・・・・!」

 

聞こえていた響の悲鳴に、変化。

痛みに悶える苦悶の声から、どこか荒々しい唸り声。

マリアも気になったのか、翼達と一緒に振り向いて。

 

「ッガアアアア■■■■■■■■■アアアア■■アア■■■■アアアア■■■アアア!!!!!!」

 

刹那、大気ごと揺さぶるような咆哮が鳴り渡った。

あまりの衝撃に身を庇っていた面々は、それぞれ腕をどかすなり目を開けるなりして。

真っ黒い中に、赤い目を爛々と光らせる響に、息を呑んだ。

 

「暴走、だと・・・・!?」

「なんてこった・・・・っおい!バカッ!しっかりしろォ!!」

「グルルルルル・・・・!」

 

仲間の声には目もくれず、ただ敵であるネフィリムを睨むのみ。

やがて、辛抱ならんと低く構えた響は、

 

「■■■オオオ■■■■■■■■■オオオオ■■■オオオ■■■■■■ッッ!!!」

 

再び咆哮を上げて、突撃した。

何を小癪なと同じく咆えたネフィリムも、鉤爪を叩きつけようとして。

響の()()に圧しとめられた。

 

「バカな、左腕!?」

「再生したというの?こんな短時間で・・・・!?」

 

戦い続けながらも驚愕する翼とマリアの横合いで、響の猛攻は続く。

ネフィリムの胴体を何度も何度も執拗に殴り続けて怯ませると、黒い影を凝縮。

手にした突撃槍を、その胸部へ深く突き立てる。

もちろん突き刺すだけに留まらず、そのままずらして引き裂いた。

露になった中身の中心には、鈍く脈打つ心臓が。

 

「や、やめろ!!そいつは世界を救う鍵なんだぞォッ!!?」

「ガアアアア■■■■アア■■■■ッ!!」

 

ウェルの悲鳴を無視した響は、躊躇わず引っつかみ。

あろう事か引き千切って抉り出した。

 

「あああああああああああああああああああああああッッ!!!!?」

 

ネフィリムの悲鳴に呼応するように、ウェルもまた悲鳴を上げる。

その声が癪に障ったのだろう。

ぐずぐずと体を崩壊させていくネフィリムの傍で、心臓を投げ捨てた響がウェルを見た。

ウェルは爛々と輝く目に射抜かれ、情けなく尻餅をつくしかない。

 

「ッ、まずい・・・・!」

「待て!マリ、っぐ!」

 

響の狙いがウェルに移ったことを察したマリアは、翼の足を拘束魔法で引っ掛けて足止め。

雄叫びを上げて飛びかかろうとする響へ向け、斬撃を飛ばそうとして。

 

 

 

 

 

割り込んできた刃に、阻まれた。

 

 

 

 

 

「――――!?」

「・・・・ッ」

 

同じ色の目に移りこむ、間抜けな自分の顔。

 

「ぶっへッ!?」

「ガァウ!?」

 

ウェル達のほうにも変化。

何かが顔面に当たったウェルは大きく仰け反り、響もまた乱入してきた何者かに踏みつけられた。

倒れたウェルを庇うように、待機していた叶も参入してきたのが見える。

だが、今のマリアにとっては実に些細なことだった。

 

「そ、ん・・・・・何で・・・・!?」

 

マリアのカトラスと迫り合うのは、細くも力強いレイピア。

携えているのは、今まさに相対しているのは。

忘れはしない、忘れるはずも無い。

死んだ、はずの。

 

「セレ、ナ・・・・・!?」

「・・・・久しぶりだね、マリア姉さん」

 

弾きあう。

動揺にややよろめきながら後退したマリアと向き合うのは、セレナ。

翼達もミッドチルダで世話になった、遥の部下。

野盗のような格好であるマリアに対して、凛とした騎士のようなバリアジャケットを纏っていた。

 

「・・・・・ちぃと趣味悪いんじゃねぇか?姉貴」

「あれに関しては無実を主張するわ。確かに似てるなとは思ったけど、それだって任命した後だったし」

「だったら運が悪いってレベルじゃねぇな、オイ・・・・」

 

マリアと近しい叶も、彼女の妹については聞いていたのだろう。

突き刺すような目を向ければ、遥は肩をすくめた。

 

「ッガアアアアアアアア!!」

 

と、遥の体勢がぐらついた。

踏みつけて捉まえていた響が、解放しろといわんばかりにもがいている。

暴走していなくても抵抗する人はするだろうが、今の状態を考えれば決して想像に難くなかった。

そんな愛弟子を見下ろして、遥はまいったなとため息。

即座に慣れた手つきで槍を取り回し、魔力を込めて、

 

「――――刺し貫く死棘の槍(ゲイ=ボルグ)

「ぐがァッ!?」

 

その胸を、背中から一突き。

貫かれると同時に、吹き飛ぶように黒が霧散して。

色が戻った響は、虚ろに宙を見つめた後。

やがて眠るように気を失った。

 

「司!」

「大丈夫だよ、リンカーコアを直接叩いただけ」

 

マリアから目を離さないまま、セレナは思わず駆け寄りそうになる翼達を諌めた。

すぐに気を取り直した遥は、一度閉じた目を開いて、真正面から叶を見据える。

 

「こういうの、感動の再会って言うらしいわね」

「雰囲気もクソもあったもんじゃねぇけどな」

 

やや粗暴な口調ではあるが、双子なりに通じるところはあるらしい。

片や役人、片や犯罪者と対極の立ち居位置にいる二人だが、不思議と剣呑な空気はなかった。

束の間、黙した読み合いが続いて。

 

「・・・・ねえ、今日はこの辺にして帰ってくれたりしない?こんな『狭い場所』で、あんたとやりあいたくないんだけど」

「同感だな」

 

ふと、遥がそんな目を見張るような提案をすれば。

意外にも叶は同意を答えた。

 

「姉貴相手とくりゃ、帰るほうが懸命だ」

「そんな!カナタ!!」

 

当然ながら、マリアは抗議の声を出す。

無理も無い。

死んだとばかり思っていた妹が、生きて目の前にいる。

すぐにでも詳細を根掘り葉掘り聞きたいところなのだろう。

 

「俺だって久々の姉妹の会話ってやつをさせてやりてぇが、今日は諦めた方がいい。お前、もうそれ以上戦えねぇだろ」

「・・・・ッ」

 

弟子の動揺なんてとっくに読み取っていた師の言葉に、図星を突かれたマリアは押し黙る。

 

「仮にこれ以上戦ったとしても、連中には腕のいい狙撃手が控えてる。加えて、防人嬢ちゃんもまだまだやる気と来た」

 

叶は、ティアナが控えているであろう方向を見据えながら、淡々と言葉を告げていく。

 

「それ以前に、お前が万全だろうと、逆立ちしたってこのおねーさまにゃ敵わねぇよ」

「よく分かってるじゃない、さっすが我が弟」

 

ニヒルな姉の笑みへ、叶は睨みを一瞥向けた。

 

「《ネフィリムは惜しいが、ドクターだけでも確保できりゃどうとでもなる。何より見逃してもらえるってんだ、遠慮なく帰宅させてもらおうじゃねぇか》」

「《・・・・・・分かった》」

 

念話に切り替えられた言葉に、マリアも何とか納得したらしい。

翼達からは、やや長い沈黙の後でこっくり頷いたのが見えた。

 

「んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なく帰ぇるぜ」

「おう、帰れ帰れ」

 

しっし!と手をひらひらさせて、遥はウェルを担いで去っていく叶を見送った。

一方のマリアは、どこか名残惜しそうに、それでいてまだ納得の行かない難しい顔でセレナを見つめ続けて。

やがて、踵を返して飛び立つ。

 

「・・・・・またね、姉さん」

 

去り際、そんな呟きが聞こえたので振り向いてみると。

どこか泣きそうな顔で見送る、妹の姿が見えた。



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54ページ目

こちらもぼちぼち更新していきますよー。


「――――次元漂流者っつーのがある」

 

エアキャリア内。

重い空気を払拭するように、叶が口を開く。

 

「高エネルギーに巻き込まれるなり、次元の裂け目に落ちるなりして、全く別の異世界に漂流しちまった奴のこと。ま、端的に言っちまえば『次元規模の迷子』だな」

「じゃあセレナは、六年前のアレで、あっち側に・・・・?」

「大方そうだろうよ、そもそもミッドチルダがある場所がちょいと特殊でな」

 

調の問いに、叶は首肯する。

 

「次元の狭間って奴には、海みてーに流れがある。仮に、その流れを『海流』って呼ぶが・・・・」

 

そこから語るには。

第一管理世界『ミッドチルダ』が存在する地点は、その『海流』が合流する地点に存在しているのだそうだ。

それを裏付けるように、ミッドチルダに流れ着く次元漂流者は、他の世界に比べて倍以上の数が確認されているらしい。

 

「俺も現役の間何人かあったことあるし、地球の出身だって奴もちらほらいた。何より、死んだと思っていた知り合いが別世界に流れて生きてたって言うのは、魔導師の間じゃよくある美談なんだよ」

 

叶は語る傍ら、ちらとマリアの様子を伺ってみた。

俯いているように見えて、話はしっかり聞いているらしい。

沈黙を保った彼女は、呟くように問いかけた。

 

「・・・・あなたのお姉さん、セレナの上司のようだったけど、どんな人なの?」

 

姉の人となり。

兄弟なだけあって、何度も聞かれた質問だ。

だから叶も、間を置かずに答える。

 

「基本的にゃ俺と同じだよ。姉貴なりの考えで、お役所に留まっちゃいるがね」

「・・・・わたしと関係があるから、というのは」

「ない」

 

マリアの危惧するところを察して、今度は瞬時に言い切った。

 

「もっというと、とっ捕まっても悪いようにゃならねェよ。まあ、俺やらお前さんやらは拘束されるだろうが、こいつらはそうしなくていいように動くのが姉貴だ」

「わ・・・・!」

「デース!?」

 

言いながら、調と切歌の頭を撫でまわす。

 

「・・・・そう」

 

安堵を零したその顔には、迷いなど無かった。

 

「そういや、ドクターはどこに行ったんだ?」

 

立ち直った弟子に満足しながら、切り替えがてら話題を変える叶。

あそこまで邪魔をされたウェルが、大人しくしているとは思えなかった。

 

「さあ?」

「そういえば、見かけてない・・・・」

 

首をかしげる二人を見て、何となく嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

$月@日

また暴走やらかしちゃったり、セレナさんとマリアさんがご姉妹だったり。

色んなことがあったけど、一応生きてます・・・・。

それよりも、師匠が教えてくれたことがちょっと、っていうか、大分気がかりだ。

何でも、夏休みに出会ったパシフィスタの連中が、こっちに人を送ってコソコソしているらしい。

まだこっちに関わるかどうかは不明だけど、気をつけてと言って。

師匠は別行動になってしまった。

なんだろう、何もなきゃいいけど・・・・。

 

 

$月I日

戦力外通告、されちった。

いや、別にわたしが悪いとかそう言うんじゃないけれど。

こないだの暴走が原因で、ガングニールの侵食が楽観視できないとこまで来たらしい。

見せてもらったレントゲンでは、胸の辺りが真っ赤に染まっていた。

魔法を使う分には何とかオーケーをもらえたので。

今後はティア姉やセレナさんと一緒に、バックアップを担当することになった。

翼さんやクリスちゃんが謝ってきたけど、二人が悪いってわけじゃないからいいよって伝えておいた。

 

 

$月O日

ノイズと戦えなくなって。

自分でも気がつかないくらいに、よっぽど落ち込んでしまっていたのか。

セレナさんが気分転換にと、模擬戦をしてくれた。

オラオラいく師匠達を支えているだけあって、やっぱり強い人だったなぁ。

技巧派っていうのかな、油断してるところを何度も拘束されたし。

逃げられないようにしてからの砲弾雨あられはえげつないっすよ・・・・。

何より『氷』の魔力変換のお陰か、戦闘中のどこをとっても綺麗なんだよね。

こう、キラキラしてて、でも気取ってるわけでもなくて。

でも信じられるか?こんなに素敵な人が、怒らせたらいっちゃんやべーやつなんだぜ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

白日の下。

幽鬼のように、ふらふらと歩く。

瓦礫に躓き、砂に塗れながら。

『探し物』を求めて彷徨う。

 

「――――あぁっ」

 

体が傾く。

目下には陥没した地面。

 

「ひぃえええぇぇぇえええええぇぇぇええええええあああああああああああああ!!」

 

ざりざりと、抵抗する間もなく滑り落ちていく。

情けない悲鳴を上げることしかできず、惨めな思いと、どうしようもない怒りが込み上げたが。

 

「あああああああ・・・・・ぐうぅ・・・・・・ああ?」

 

やっと止まった底の方。

砂に埋もれたものを見つけて。

縋り寄る、掘り起こす。

掻き分けて、掻き分けて、掻き分けて。

 

「・・・・くひっ、ひゃ、ははははははははは!」

 

手中。

確かな鼓動に、笑いが止まらなかった。




博士のトチ狂いっぷりが書けてるとよいのですが・・・(」


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