王子(女子)の戦車道 (謎の作者E)
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戦車道開始だ!
普段は艦これ書いてます。
外伝系は読んでないのでそっちとは矛盾が生じるかもしれません。
赤竜高校の生徒会室は異様な雰囲気に包まれていた。一人の少女が土下座しているのである。
「お願いします!」
「ですから、何度言っても同じです」
会長席に座る長い黒髪の少女、生徒会長である
「我が校に戦車道は不要です」
「そこをなんとか!」
宇佐美はため息を吐いた。このやり取りは今始まった物ではない。すでに二十分が経過している。普段は冷静な宇佐美も疲れ、イライラを募らせていた。
「だいたい何故戦車道に拘るのです。そんなマイナーな武道を今さら始めて何の得があるのです?どうせ大会も毎年同じ高校が優勝しているんでしょう? 」
戦車道は金のかかる武道だ。わざわざ停滞した競技に金をつぎ込む必要がないというのが宇佐美の考えだった。
「いや、去年の大会では連勝を重ねていた黒森峰女学園がプラウダ高校に敗北しました」
「どうせまぐれでしょう?二度も三度も起こりません」
「そんなことは有りません」
学ランの少女がガバッと体を起こした。男性にも見える端正な顔立ちがあらわになる。
「戦車道にまぐれなし!他の高校も力をつけてるんです。これからは盛り上がりますよ」
「そこまで言うのなら、次も黒森峰女学園が負けるような事があれば、来年は戦車道を開始する。これでどうかしら?」
いい加減疲れていた宇佐美は適当な条件で妥協することにした。一度負けたぐらいで長年優勝してきたチームが潰れるはずがない。寧ろ隙がないくらいに強化されるはずだ。しかし学ランの少女はニヤリと笑い、立ち上がった。
「充分です、会長。では誓約書をお願いします」
「はあ、面倒ね」
宇佐美は先程の条件を紙に書い判子を押し、学ランの少女に渡した。
「ありがとうございます。失礼しました」
少女は満足げに頷くと直ぐに部屋から出ていった。宇佐美はそれを見送ると大きく息を吐いて机に突っ伏した。
「本当に黒森峰が負けたらどうしましょうか」
暫くぐったりとしていた宇佐美だったが、別の仕事を思い出し、仕事を始める。その頃には、戦車道のことはすっかりと忘れ去っていた。
*
「残念!今年は無理だ」
生徒会室から出てきた学ランの少女、
「えー、マジ?『王子』のお願いを断るなんてあり得ないんですけど」
「言語道断、即刻処刑すべき」
「待て待て落ち着け、話はこれからだ」
江戸川は報告を聞いて直ぐに生徒会長を攻撃しようとする二人を全力で押さえた。幸い体格に恵まれ、身長も高い江戸川は普通の女子よりも力が強い。優木の手をしっかり握って引き寄せ、小柄な溜池の体を抱え上げることで二人の行動を阻止する。廊下に黄色い悲鳴が響いた。
「来年は行けるぞ。今年黒森峰が負けたら来年は始めると約束させた」
ようやく落ち着いた二人を放す。二人は一瞬残念そうな顔をするが、直ぐに会話に戻った。
「マジか、さすが『王子』だし」
「でも、本当にプラウダは勝てるのか?」
溜池が疑問を口にする。プラウダ高校が優勝できたのは黒森峰側の車両が川に転落したのが原因であった。単なる実力だけでは勝てなかったのではないかという意見も多いのだ。
「うん?今年の優勝はプラウダにはならないよ。きっと大洗だ」
そんな中、江戸川が出した名前は二人にとって全く予想外のものであった。
*
江戸川 羽鳥は転生者である。彼は若くして死した後、この世界で再び産まれ、ガールズ&バンツァーの世界だと気がついた時から戦車道を志していた。しかし貧乏な家に産まれたことと学力の不足で今まで戦車道とは縁のない生活を送っていた。
しかし、彼女が赤竜高校に入学して半年が経過した時、全てが変わった。黒森峰女学園は全国大会にて大洗女子学園に敗北。赤竜高校の生徒会長、宇佐美は江戸川との約束に従い赤竜高校でも戦車道を行うことを決定した。
そして時は流れ四月、江戸川はなんとか二年生に進級し、選択科目に戦車道を選んだ。そして意気揚々と新たに作られたガレージに向かった。
「来ましたね。江戸川 羽鳥」
「宇佐美会長、当たりましたよ」
ガレージの前には生徒会長の宇佐美が立っていた。ガレージは扉が閉められているため、中に有るであろう戦車は見えない。
「あなたには先見の明が有るようですね。まさかここまで戦車道が流行るとは……。これは私からのお願いです。どうか戦車道チームの隊長になってくれませんか」
「はい、お安いご用です」
宇佐美は満足げに頷くとガレージへと続く道を開けた。江戸川は宇佐美の横を通り、ガレージの扉に手をかけた。
「戦車の購入には元の予算に加え、私の個人資産も継ぎ足しました。戦車の元祖とされるイギリス製です」
ゆっくりとガレージの扉が開く。中に光が射し込み、巨大な鉄の塊が姿を現す。
「こ、これは……!」
戦車は次回から出ます。
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なんとも微妙な戦力だ!
ガレージ内に格納されている戦車は六両。三種類の重戦車に一種類の軽戦車が三両。重戦車のうち一両は他の戦車と比べてかなり巨大だ。
「これ、TOG2じゃないですか。なんでこんなものを……」
「ええ、店にあるイギリス戦車の中で一番高価でした。大きくていかにも強そうでしたので」
得意気な顔をした宇佐美がガレージに入ってきて説明した。TOG2はイギリスの試作重戦車だ。巨大な戦車だが設計が古く、防御力も高いとは言えない。
「あー、はい。そうですね」
江戸川は若干テンションを下げながら別の戦車に視線を移した。次の戦車は他の重戦車よりも少し小型で素早そうな印象を受ける。
「えっと、エクセルシアーだっけ?」
「エクセルシオールです。やっぱりラテン語はいい響きね。これは二番目に高価でした。なにやら速さと防御力を両立した素晴らしい戦車らしいわ」
エクセルシアー重突撃戦車は快速な戦車であるクロムウェルをベースに作られた試作重戦車だ。原型ほどの快速さは無いが、それでも重戦車としては充分以上なスピードを出せる。ただし装甲の厚さが前後に集中しており、側面が弱いのが欠点だ。
「まあ、側面をさらさないように使えばなんとか……」
逆に言えば敵は積極的に側面へ回り込もうとするだろう。全体を指揮する隊長の手腕が試される戦車だろう。
「それと、これはチャーチルか」
どっしりとした平べったい巨大、履帯の裏には細かい転輪が無数に並んでいる。TOG2程ではないがかなり長い戦車だ。
「いえ、ブラックプリンスと言うようです」
「え、ブラックプリンス!?」
江戸川は改めて重戦車、ブラックプリンスを見た。確かに江戸川が見間違えたチャーチルと比べて全体的に幅広でエクセルシアーとほぼ同等の太さだ。主砲もかなり長い。
ブラックプリンスは歩兵を支援する歩兵戦車の最終形だ。高い防御力と攻撃力をあわせ持つが速力が低く、採用されなかった試作戦車だ。
「またレアな戦車を買いましたね」
「はぁ、レアなんですか?とりあえず高価な奴を買っていったのですが」
どうやら宇佐美はよくわからずに高価な戦車を買っていったらしい。彼女が買った戦車はどれも強いから高かったのではなく、珍しかったから高かっただけであった。特にTOG2なんかはドイツ製の強力な戦車が二両買えるぐらいに高いのである。
「まあ、重戦車は良いとして。こっちは無いでしょう」
江戸川が視線を向けたら先には三両の軽戦車が並んでいる。全て同型で、背が低くのっぺりとした印象を受ける。
「この戦車に何か問題があるんですか?」
「暑いんですよ。このカヴェナンターは」
江戸川は頭を押さえながら答えた。このカヴェナンターはブラックプリンスの二倍以上のスピードが出せる快速の戦車だが、車高を押さえる目的で冷却機が前に付いているのだ。さらに冷却用のパイプが車体の中央を横切っており、内部が非常に暑くなるという欠陥があった。
「こいつ、車内の温度は四十度です」
「それは……確かにキツそうですね」
「なんでこんなの買ったんですか?」
宇佐美も今までの得意気な顔から一転して申し訳なさそうな表情になった。
「重戦車三両で予算が尽きてしまって……。三両セットで安かったので買ったのですが。そういう理由で安かったのですね」
「そんな前日の売れ残りのパンみたいな……」
あんまりな販売方法に江戸川も呆れを隠せない。しかし弱点が多いとはいえ、重戦車には無いスピードを補ってくれるカヴェナンターは必要な戦車であった。
「わかりました。責任をとってカヴェナンターには私が乗りましょう」
宇佐美は一度大きく息を吐くと、カヴェナンターに手を掛けて言った。
「え、会長が乗るんですか?」
「ええ。私の任期は四月で終わりですし、カヴェナンターが無いと数が足りません。買ってきた私と生徒会の役員で一両は埋まります」
江戸川は止めようと思ったが、反論の材料が無かった。宇佐美の言うことは的を射ていたし、隊長が四十度の車内に居ては指揮能力に関わるため、江戸川自身が乗るわけにもいかない。
「会長、必ず勝って戦果を示します。それまでは……」
「このカヴェナンターで戦い抜きます。指揮は任せますよ」
他の履修者を呼びにいくと言って宇佐美はガレージを出ていった。一人残された江戸川はこれからの戦略を考え始めた。
「TOG2とブラックプリンスの主砲は17ポンド砲か……」
17ポンド砲はイギリスが作った砲の中でも強力なものだった。かの有名なティーガーの装甲も貫通することができる。そんな砲を持った戦車が二両もあることは江戸川にとって心強いものだった。
「カヴェナンターで偵察、エクセルシアーで撹乱してTOG2とブラックプリンスで撃破……かな。いや……でもそれくらい誰でも思い付くし」
しかし、江戸川は戦車道の経験者でもなければ重度のミリオタだった訳でもない。萌え系のコンテンツからミリタリーに入ったいわゆる『にわか』であった。この世界に生まれ変わってからも貧乏だった家の手伝いで戦車の勉強などする暇がなかった。戦術なんて何一つ知らないし、各戦車の特徴すら曖昧な記憶頼みだ。
「うーん、わからん」
そして深く悩む江戸川は全く気がついていなかった。自分がいつの間にか沢山の人間に囲まれていることを。そしてその全員が携帯のカメラを自分に向けていることを。
「ん?な、なんだお前ら」
大量のシャッター音が鳴り響き、江戸川はようやく囲まれていることに気がついた。そして自分を取り囲む人々にある特徴があることも看過した。江戸川は彼女たちを特に頻繁に見かけているのである。
「ふふーん、『王子』の悩み顔と驚き顔、ゲットだし」
「おい、優木。こいつらはなんだ」
江戸川は人々の中に優木と溜池を見つけると問いただした。優木はいたずらっぽく笑うと号令をかけるように二度手を打った。江戸川を囲んでいた少女達は一斉に動き始め、綺麗な列を作って停止した。
「モチ、王子親衛隊だし。全員戦車道履修者だし」
「王子の居るところ全て、我々は着いていきます」
江戸川は数秒驚いたが直ぐにため息を吐いた。このようなことはこの学校に入学してから何度かあった。その度に江戸川は暴走する彼女たちを止めるのに必死になっていたのだった。宇佐美が江戸川のことを快く思っていなかった理由の大半も彼女たちが起こす問題行動だ。
「お前らは本当にどこでも着いてくるなぁ」
「当然だし」
「うん。一蓮托生」
二人の返事を聞いた江戸川は困ったように、そして少し嬉しそうに苦笑した。やたら自分を持ち上げる彼女たちのことを苦手としている江戸川だが、だからといって嫌っている訳ではない。江戸川も自分を慕ってくれる彼女たちの事は好きであった。
「おや?初めて集まったにしては統率が取れた動きですね」
ガレージの入り口には宇佐美と生徒会の役員が立っていた。いつもの表情を崩さない宇佐美とは違い、他の役員は親衛隊の動きに驚いている様だった。宇佐美はそんな役員を置いて江戸川や前まで歩いていく。
「会長、士気と連携はバッチリです」
「ええ」
宇佐美は頷き、そして大きく息を吸った。
「これより、我が赤竜高校は戦車道を開始します。もう底辺高とは呼ばせない。赤竜ここにありと日本中に知らしめるのです!」
宇佐美の演説は拍手と歓声で迎えられた。江戸川も拍手をしながら、内心では内心では興奮していた。生まれ変わって十七年、彼女の念願が今叶おうとしていた。
(ようやくスタートラインだ。西住みほ……、必ず追い付いて見せる)
大洗女子学園には入学出来ず、生前何度も見た西住みほが輝いたあの年を戦うことはできなかった。それでも江戸川は諦める気はなかった。何年かけても追い付いて見せる。江戸川は決意を胸に乗車と定めた戦車、ブラックプリンスへと歩いていった。
と、言うわけで江戸川 羽鳥の乗車はブラックプリンスになります。王子です(正確には王太子だけど)。はい、好きなんです作者が。
外伝とかは読んでないのでそっちとは矛盾が生じるかもしれません。
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