社畜に恋は難しい (小林 陽)
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1話 社畜の日常①

人物紹介
霧島柊
社畜。基本的に後輩にナメられてる。
影浦雅人
今回一言しか喋らない。強い。
北添尋
今回二言しか喋らない。デカい。
絵馬ユズル
今回一言しか喋らない。若い。
仁礼ヒカリ
今回5回しか喋らない。コワイ。
マッカン
うまい
三上歌穂
今回めっちゃ喋る。かわいい。



  おっす、オラ社畜。間違えた霧島柊。

  今日も元気に死事間違えた仕事です。

  素晴らしい同僚にも恵まれていて折り鶴でも潰すようにネイバーを屠っていきます。

  ただ問題はといえば……

 

「だー、くそッ! これ終わったら鬼怒田さんに催促しにいってやる。イレギュラーゲートなんてクソくらえだ!」

 

  前方にモールモッド、左右にモールモッド、背後にモールモッド、そして奥には大量のバンダー。

 正に四面楚歌の中俺はひとり攻撃の的になっていた。

 全方位から降り下ろされる鎌をかわし、レイガストでいなし、バイパーで関節を破壊ししのぐ。距離をとればバンダーの砲撃が飛んでくる。

 こんなんどないせいっちゅうねん。そりゃまぁ俺は防御とか得意ですけど倒せるとは言ってないからね?俺の戦闘力なんて精々B級中位と同じくらいだからね?

  だから

 

「はよ来いやぁぁぁ!」

 

 戦場に俺の悲痛な声が響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 もう動かないトリオンの固まりになったモールモッドの上に乗った野獣のような青年、影浦雅人は心底めんどくさそうにため息まじりの言葉を吐いた。

 

「ったく、こんなんでいちいち騒ぐな、うるせぇな」

「うるさいわ! モールモッド10体とバンダー15体は断じてこんなんで済ませていいことじゃない!」

「にしてもキリさん叫びすぎだよ、こっちまで聞こえたよ」

「キリさんあとでヒカリちゃんにどやされるんじゃない?」

「いや……それは勘弁してくれまた俺の死事が増える……」

「いや大丈夫アタシキリのことモニターしてなかったから」

「職務怠慢だ!」

「キリなら死なないでしょ、信頼信頼」

「都合いいこと言いやがって……」

 

 ジロリと睨んでやろうとしたがヒカリちゃんはここにいないのでせめて本部のほうを睨むだけにしておいた。

 

「ちょっとキリ、睨むなよ」

 

 あらやだ、ヒカリさんエスパー?なんで分かるの?普通に怖い。

 本部のほうに釘付けだった視線をすっとカゲちゃんの方へ逸らした。

 

「さ、そろそろ交代の時間だな、引き上げましょ」

「思いっきり話逸らしたな」

「ゾエくん、次の部隊どこだっけ?」

「確か東隊ですよ」

「そうか、それなら大丈夫だ。よしユズルくん帰るよ」

「思いっきり話逸らしたな、目線と一緒に」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「だー、くそ。今日は早く帰れると思ったのに……」

 

 今日の活動報告書をまとめながらひとり呟いた。

 ホントはこの死事オペレーターであるヒカリちゃんがやるはずなんだがなぜか影浦隊と防衛任務をした時には俺がこれをやることになってしまっている。やんぬるかな。

 あぁもうダメだ、眠たい。もう寝ちゃってもいいかな。でもこれやらないと沢村さんにどやされるんだよな。

 コーヒー、買いに行くかな……。

 影浦隊の部屋には給湯室がないため買いに行かなければいけないのだ。やんぬるかな。

 自販機で愛飲している真っ黒な缶コーヒー。通称マッカンをポチるちなみに千葉の至宝M○Xコーヒーとはなんの関係もないから注意な。

 カシュとプルトップを立ててマッカンを一口。

 口にもったりした甘さと微かな苦味が広がった。なお千葉の至宝M○Xとは一切合財関係がないので注意な。

 廊下を歩きながらちびちびとマッカンを啜っていると前方から小さな少女が歩いてきた。

 

「あ、三上ちゃん、こんばんは」

「こんばんは、キリさん」

 

 軽く手を上げて三上ちゃんは笑った。

 三上ちゃんはA級3位風間隊の敏腕オペレーターである。自分も死事が忙しいはずなのに俺の死事を手伝ってくれる優しい正に天使のような女の子だ。いとうつくし。

 

「どうしたの?こんな時間に」

「いまちょうど任務が終わって帰るところなんです」

「ほぉ、こんな時間にひとりで帰ってるの?」

「えーと、今日はわたしが残って仕事をしていたので遅くなっちゃったんです」

「三上ちゃんひとりにやらせるなんて風間さんたちも酷いなぁ」

 

 しかもひとりで帰らせるとか心配じゃないのかこんな時間に。

 菊地原くんはともかく風間さんと歌川くんはその辺ちゃんとした人だと思ってたんだけどなぁ、まったく。

 

「じゃあ三上ちゃん、一緒に帰ろうちょい待ってて」

 

 そう言い残し俺は影浦隊の作戦室にむかい、バタバタとテキトーに片付けをして三上ちゃんの元へと向かった。まぁ汚いままだが問題ないだろう、カゲくんのとこだし。

 

「おまたせ、さ、帰ろっか」

「でも仕事中だったんじゃないんですか?」

「大丈夫だよ、すぐ終わるところだったからね」

「そうですか……すいません……」

「年下なんだからそういうこと気にしなくていいの、先輩の厚意に素直に甘えときなさい」

 

 俺が先輩風を吹かせながら言ってみたが返事がない。やっぱりウザすぎたか、そんなことを考えながら三上ちゃんを見たが俯いてしまっているため表情は分からなかった。

 

「……はい……じゃあお願いします」

 

 聞こえてきたのはそんな蚊の鳴くような小さな声。

 やっぱりウザがられてるよなぁ、今度から言わないようにしよ。

 そう決意して三上ちゃんと並び、歩き出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 この霧島柊という男は心底不思議な人だと三上歌歩は思う。

 ネイバーと戦っているときの鬼気迫る顔。ネイバーに強い憎しみを持っているから毎日のように防衛任務に出ていると、まことしやかに囁かれている。

 しかし歌歩にはどうしてもそうは見えない。

 こうやって自分と話しているときの無邪気な笑顔。誰にでも分け隔てなく向ける柔らかな目の光。これが偽物だとはどうしても思えない。……思いたくない。

 

「……どうした?そんなにじっと見て、俺の顔になんかついてる?」

 

 しまった。考え事をしていたらつい見つめたままになってしまっていたらしい。歌歩は赤くなった顔を隠すようにして俯いた。

 

「いえ!な、なんでもないです……すいません」

「……?そうか、それならいいんだけどさ」

 

 ちょっと不自然だったかな、と歌歩は柊の顔を伺うがどうやらそれほど不自然には思われてないらしい。内心ホッと胸を撫で下ろす。

 

「そういや最近会ってないんだけど菊地原くん元気?」

「はい、いつも通りですよ」

「そっか、ならよかった」

「……キリさんってよく菊地原くんのこと構ってますよね」

 

 歌歩は少しだけふて腐れた様子を見せてそう言った。しかし柊はそれにまったく気づく様子もなく首を傾げた。

 

「そうかな?そうでもないと思うけど」

「そうですよ、いつも菊地原くんのところに行くじゃないですか」

「まぁいっつも邪険に扱われるけどね」

「フフ、そうですね」

 

 でもあれは菊地原くんなりの愛情表現なんですよ。

 その言葉は自分の心の中に留めておいた。それくらい柊なら知っているだろう。こう見えて人の機微に聡いこの人なら特に。ただし恋愛感情以外の、と頭につくのだが。

 それのせいで歌歩に相談しに来た女子隊員が何人いたことか。そんなこと相談されても歌歩にはどうすることもできないのに。

 こんなことを考えていたからだろうか、つい悪態が溢れた。

 

「はぁ……キリさんのばか……」

「うわ、ずいぶん唐突な罵倒だね先輩喜んじゃうよ?」

「はぁ……」

「せめてなにか言って!俺がヤバい人みたいだから!」

「はぁ……」

「え、俺なんかしたっけ?ゴメンなさい。してたら説明してください」

 

 柊はパッと見小学生にも見える歌歩になんの躊躇もなく頭を下げた。

 はぁ……なんでこの人がモテるんだろうなぁ……。

 内心ため息を吐きつつ歌歩は「なんでもないです」と言った。

 

「そうかい……余計なお世話かもしれないけどなんかあったらちゃんと誰かに相談しなよ?」

「大丈夫ですよ。私、周りの人には恵まれてますから」

 

 これは本音だ。これ以上望みようがないくらいにいい人ばかり。

 

「そうだけど君はひとりで背負っちゃう感じするからさ、先輩的にはちょーっと心配になっちゃったりするのよ」

 

 柊がいたずらっぽく笑って言ったその言葉で歌歩はギクリと体を固めた。

 ―――こういうところなんだ、キリさんが人に好かれる理由は。

 いっつもヘラヘラしてるし、ギャグは面白くないし、なに考えてるか分からないし、後輩にナメられてるし、優しくする時ふざけるし、時々すごく心配になるし。

 

 でも、とても温い。優しさが、目が、言葉が本当に温くてつい甘えてしまう。

 

「キリさん……ズルいです……」

「え?ゴメン聞き取れなかった。もう一回いい?」

「あ!私の家すぐそこなのでここで大丈夫です!ありがとうございました」

 

 歌歩はぺこりと勢いよく頭を下げると柊の返事も聞かずに早足で歩き出した。あのままいたらバレてしまいそうだった。こんなにも赤い顔を見られたら全て見透かされてしまいそうだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 なんか怒らせるようなことしたっけな……。

 三上ちゃんと別れた帰り道ずっとそれを考えているのだが思い当たることがない。

 まぁあの手の冗談は嫌いな人もいるからその辺は気を遣ってはいる。三上ちゃんはちゃんと流してくれる子だと思っていたんだが案外ダメな子だったらしい。年上の俺に気を遣ってくれただけだったのかもしれない。

 はぁ……社畜の一番嫌いなもの、パワハラを自らやってしまうなんて俺はなんて酷いやつなんだろう……。

 明日にでも菓子折でも持って謝りに行こ。

 そう考えて俺は川のど真ん中に建っているいくつかある支部の一角玉狛支部の扉を開いた。

 

 




詳しくは次回以降に明らかになると思いますが主人公は本部所属の社畜です。


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2話 社畜の日常②

登場人物紹介。
霧島柊。
柿崎、嵐山、月見さんに迅なんかと同い年のピッチピチの19歳組。ただしまだ誕生日を迎えてないので18歳。社畜。
来馬辰也
血液の代わりに優しさが流れ、思いやりという皮膚で包まれた菩薩。
村上鋼
厳しい自己鍛練を重ね者だけが出来る髪形、デコだしの正当後継者。強い。
別役太一
悪意がない悪という邪悪の権化。近い内に『ハイウェイ・トゥ・ヘル』という能力に目覚める可能性が濃厚。
今結花
太一が起こすトラブルのせいでお菓子を貪り、柊が持ってくる和菓子を貪って他のオペレーターより寸胴というシルエット的特徴を手に入れた。オペレーターの中では一番好きなキャラ。

※来馬さんの年齢を間違っていたので修正しました。




 どうも社畜です。今日は現場から天気をお届けしたいと思います。

 本日の天気は晴れ時々境界民、さらに背後から銃弾が飛んでくるでしょう。

 ほら今まさに私の耳のすぐ横を弾が掠めました。だんだん精度が高くなっていきます。

 

「って、太一ィィィィ! 狙ってんだろ!」

「すいませぇぇぇぇん!」

 

 訂正です。

 本日の天気は晴れ時々凶弾の雨。さらに悲鳴が鳴り響くでしょう。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「はぁ……ネイバーに殺される前に太一に殺されるところだった」

「ハハ……確かにすごかったね……」

「撃つ弾撃つ弾キリさんに向かってましたからね」

「違うんですよ!俺が撃ったタイミングでちょうどキリさんが射線に入るんですよ!」

 

 俺は鈴鳴第一の、いや、この世の悪の権化別役太一隊員のこめかみを掴み持ち上げた。

 

「別役隊員……アレは来馬さんに場所空けてたんだ……そうしないと俺が来馬さんに蜂の巣にされるだろうが……」

「あぁぁ! 痛いっす! キリさん! 砕けちゃいます!」

「なぁに大丈夫だよ、死にはしない、ただちょーっと浮遊感に襲われるだけだ」

「それ緊急脱出(ベイルアウト)しちゃってますよね!?」

「……」

「無言は止めてほしいっす! 助けて下さい! 来馬せんぱぁぁぁい!」

「柊くん、本人も反省してるみたいだしそろそろ……ね?」

 

 来馬さんは弱小支部のリーダーでしかも太一くんのやらかしたことに謝りまくるというなかなかの苦労人だ。それに俺の死事を手伝ってくれるまさしく菩薩の如きお方だ、しかたない。パッと手を離す。太一くんがぐえ、とか言いながら地面に倒れこむ。

 

「うぅ〜いって〜」

「いってー、はこっちのセリフだ、足削られてんだぞこっちはよ」

 

 言いながら太一くんを小突く。

 最初の一発は流石に予想が出来ずにギリギリ当たってしまった。ホントに勘弁してくれよ、俺のトリガー緊急脱出(ベイルアウト)の機能ついてないんだから。

 緊急脱出いじってぶっ壊しちゃったから鬼怒田さんにもなかなか言い出せず、寺島さんにこっそり直してもらおうにもいかんせん死事が多過ぎてまとまった時間が取れないのである。社畜は辛いよ。

 

「しかし村上くんは強いね。ボーダー入って1年ちょっとだとは思えないよ」

「いえ、そんな俺なんてまだまだですよ、それにすごいのは荒船ですしね」

「そっか、そういや荒船くんに剣を教わったんだっけか」

「はい、実験台って言ったほうが正しいのかもしれませんけど」

 

 村上くんはそう言って薄く笑った。ホントにそう思ってないのは誰でも分かる。

 まぁ俺はあんまり荒船くんとは接点ないんだよな、荒船くんが攻撃手ならともかく今の荒船隊とはちょっと相性が悪いからなぁ。

 

「おっ、話をすれば荒船隊っすよ」

 

 見れば黒のジャージに白ラインのアクセント、そしてトレードマークの帽子。

 隊員全員狙撃手というとがりまくった戦法でB級10位までのしあがった。とがった戦い方は割りと好きなので個人的に応援している部隊のひとつである。

 

「あ、キリさん。今日は鈴鳴と一緒なんですね。」

「たまには組みましょうよ、ウチとも」

「いや、そうしたいのは山々なんだけど君たちと組むと俺役立たずだからさ」

「そりゃそうっすね」

「半崎くん、そこはフォローしような?」

 

 どうして俺の後輩というものは遠慮というものをしないのだろうか。狙撃してきたり、タメ口だったり、ナメてたり……はぁ、鬱になってきたから止めよう。

 

「村上くん、君だけだよ、最初から俺に敬語使ってくれたのは」

「キリさんは強いですからね」

「いやいや、んなことないよ村上くんの方が10倍くらい強いでしょ」

「まさか」

 

 村上くんは首をすくめて小さく笑った。

 空気が弛緩してきたその時耳をつんざくような警戒音。ネイバーである。

 

「俺ら……っていうか俺のせいで荒船くんたちがセットアップできてないから俺は手伝っていくよ。時間稼ぎくらいならできるしな」

「それなら俺も手を貸しますよ、荒船に恩を売っておくのも悪くないですしね」

「ハッ、やられないように気をつけろよ」

「そっちこそ」

 

『座標誤差0.82! ゲート開きます!』

 

 鈴鳴第一のオペレーター今結花ちゃんの声が脳内に響く。そういや今日はやけに静かだったな。そんなことを思いながら俺はレイガストを構えた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 今日も今日とて甘ったるいマッカンを啜りながらの残業である。

 なぜか俺の机に山積みになっている他の隊の報告書の山を切り崩しているんだが一向に減る気配がない。理由は分かっている。だいたい太刀川隊ってとこと影浦隊ってところが悪い。

 まぁ、報告書を書くのは百歩譲ってよしとしてやるよ。

 でもね、なんで毎回毎回貯めてから渡すの?月末はマジで死にそうなんだからね?

 これは一応特別手当てが出るからあんま文句も言えないしなぁ……。でも死事が多過ぎて使う暇がないんですけどどうなってんの?これブラック企業ってやつなんじゃないの?

 しかしそれを誰に言えばいいんだろうな……。直属の上司?忍田さんもあの人苦労人だしな...鬼怒田さん……も働きすぎだし……あれ?ボーダー、ブラック企業じゃね?あぁでも、そういや林藤さんがいたわ。あの人大抵暇そうだもんなぁ。いいなぁ玉狛、俺も転属したいなぁ。

 そんな下らないことを考えている内に手元にあった書類が全て終わっていた。

 おぉ……ついに無意識の内に死事をしてしまうとは……もうダメかも分からんね。

 そんな時ふと扉の開閉音がした。見ればそこにいたのは意外な人物だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 鈴鳴第一オペレーター今結花はランク戦以外ではあまり訪れないボーダー本部の廊下を足早に歩いていた。

 今日は本当に心臓に悪かった。太一が放った弾丸で柊が被弾したのである。

 それは太一のミスであり、自分が気付けなかったせいでもある。それだけは絶対に防がなければいけなかったのに。

 柊のトリガーに緊急脱出の機能がついてないのは有名なうわさだ。

 曰く、

 

  ―――霧島柊は死ぬためにわざとベイルアウトを外している。

 

 確かにそう考えればあれだけ多くの防衛任務に参加していることにも合点がいく。

 しかしあの柊がそんなことをするだろうか、戦闘中彼はほとんど攻撃をせずに味方を生かすことだけに全ての力注いでいる。

 本当に死にたいのならば攻撃手にでもなって特攻するのではないだろうか。

 だから今日はそれを確かめる目的が4割謝りたいという気持ちが6割である。

 普段柊が仕事をしている部屋のドアを開ける。

 そこにはやはり机に山積みになった書類の間から驚いたように目を丸くする柊の姿があった。

 

「どうしたの今ちゃん、こんなとこまできて」

「ちょっと謝りたくて……」

「今ちゃん俺になにかしたっけ?」

「太一の弾をキリさんに知らせるのが遅くなっちゃって……そのせいで……」

 

 今日の戦闘で柊は今までにないくらいの傷を負っていた。少なくとも鈴鳴第一と組んでの防衛任務での話だが。

 

「アレは今ちゃんせいじゃないでしょ。太一くんのせいもあるけど、ちゃんと打ち合わせてない俺も悪いしね」

 

 柊はそう言ってゆるりと笑った。

 ズルい、結花は内心そう呟いた。こうやって全部ひとりで背負い込もうとするところもそれがまったく苦に見えないところも。

 

「……でもキリさんのトリガーって緊急脱出がついてないんじゃ……」

「……まぁね、てかなんで今ちゃんが知ってんの?」

「それは……人づてに聞いて......」

「……迅か……あのやろうぺらぺら喋りやがって……」

 

 罪を擦り付けてしまった今ここにいない実力派エリートに手を合わせながら結花は言葉を次いだ。

 

「それは、どうしてなんですか?」

「うーん、どうして、か」

 

 柊は困ったように頭を掻きながら笑った。

 そしてしばしの時間をかけてポツリと呟いた。

 

「壊れちゃったから。かな」

 

 これ以上はもう聞けないと思った。この話はここで終わりだとそう柊の目が語りかけていた。

 それを見てしまった瞬間無理矢理笑顔を作り明るく装った。

 

「そうなんですか、あ! すいませんお邪魔ですよね私もう帰りますね!」

「え、いやこんな時間だし送るよ」

 

 柊の言葉も聞かずに部屋を飛び出した。これ以上ここにいたらなにかが溢れて止まらなくなってしまいそうだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ボーダーの資料で1度だけ見たことがある。四年前の第一次近界民侵攻まで柊はチームを組んでいた。

 そのメンバーのひとり、如月楓。同時に彼の彼女であり幼馴染でもあった彼女はその第一次侵攻で亡くなったという。その場に残っていたトリガーを解析して分かったことだが死因は緊急脱出が作動しなかったことにより生身でネイバーと相対することになったことだという。

 柊のトリガーホルダーはなぜかボロボロだった記憶がある。

 そして今まで聞いた柊の言葉を足した結果結花の中にひとつの仮説が生まれた。

 

 ―――霧島柊は死のうとしている。しかも彼女のトリガーを使って彼女と同じように。

 

 そう考えれば全て説明がつく。だって如月楓のポジションは射手だったのだから。

 だがそれをどうしても認めようとしない自分がいるのも確かだ。

 あの笑顔が、優しさが、死を望んで戦場に立つ人間のものだとは思えない。

 そこまで考えて結花はベッドに倒れこんだ。

 これではどこまで行っても堂々巡りだ。結論がどこまでもでない。

 本人に聞く勇気なんてない。だって怖いじゃないか、この仮説が当たっていたら。それはもう自分には振り向いてもらえないということの証左だから。

 そんな考えを振り払うようにして結花は枕に顔を埋めて小さく呟いた。

 

  「私もあなたみたいに見れたらいいのに……」

 

 

 




結構急いで書いたのでそのうち書き直すこともあるかもしれません。
来週からはまとまった時間がとれるようになるのであと2、3話くらいやって原作突入するのではないかと思われます。どうか気長にお待ち下さい。


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3話 社畜の日常③

霧島柊
社畜。志岐小夜子を讃えようの会会長。
那須玲
かわいい、枕投げしたい。
熊谷友子
大きい、とにかく大きい。胸枕してほしい。
日浦茜
太刀川、二宮と並ぶ剛の者。なんとなく太一と同じ匂いがする。
志岐小夜子
那須隊の隊服をデザインしたすごい人。男性とは話せないが柊とは2文節以下であれば問題なく会話できる。



 溜まりに溜まった死事を全て片付け心地よい解放感包まれながら俺はスキップでもしそうな勢いで廊下を歩いていた。

 太刀川隊も遠征に行ったしもうしばらくは太刀川隊の死事はしなくていい!やったねたえちゃん死事が減るよ!

 そんなことを考えているとふと背後から声をかけられた。

 

「こんにちは。柊さん」

「おぉ、那須ちゃんに熊谷ちゃん。今からランク戦?」

「はい、柊さんもどうですか?」

「そうだなー。しばらくランク戦してなかったし、行こうかな」

「久々に指導してくださいよ」

「うーん、俺から二人に教えられることはもうないんだけどなぁ」

 

 俺には弟子が3人いる。その内の二人がこの那須ちゃんと熊谷ちゃんだ。どちらも優秀なかわいいかわいい弟子だ。

 そんな会話をしながらランク戦ブースに入るとなにやら集まってわいわいとやっている集団を見つけた。その内のひとり小柄な少年が駆け寄ってきた。

 

「柊さーん! ねね、一緒に模擬戦やろうよ!人数足りないんだー」

「悪いね緑川くん、俺この二人とランク戦やるって約束してるからさ」

「えー、じゃあ那須せんぱいとくませんぱいもやろうよ。それでいいでしょ?」

「二人がいいならそれでいいけどさ」

 

 視線をスライドさせ二人を見る。二人はお互いの顔を見合わせてこくりと頷いた。

 

「だって! やろう柊さん!」

「はいはい、分かったから引っ張んないでね緑川くん」

 

 俺の言うことをこれでもかというくらい聞かない緑川くんに引っ張られるまま連れていかれた先には毎度お馴染みのメンバーがそろっていた。

 

「こんちわー」

「なんだなんだ女の子二人も侍らせて、この女ったらしがよ!」

「諏訪さんがこの前のランク戦で蜂の巣にされた那須ちゃんは俺の弟子です。ちなみに、その一個前のランク戦で諏訪さんをぶった斬った熊谷ちゃんも俺の弟子です。」

「う、うるせぇバカやろう! てかなんでそんなに俺のランク戦に詳しいんだ!」

「……それはこういう時に諏訪さんに言い返せるからですよ」

 

 俺がそう言うとなぜか堤さんと荒船くんニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「なんすか……」

「いやぁそれは……ねぇ? 荒船くん」

「そうっすよねぇ? 堤さん」

「なんだい、はっきり言ってくれよ」

「弟子の活躍が嬉しくない師匠なんていないよねぇ?」

「柊さんは自分の弟子大好きだしねぇ?」

「……ノーコメントで」

 

 いや、そういうのは本人には言わずにいるのが暗黙の了承な訳で、決して言ってはいけないブラックボックスで、それになんか恥ずかしいし、とにかく!絶対ダメなものなのだ。どれくらいダメかっていうと太刀川さんの成績くらいダメ。

 あんまりこの話を続けられると一方的に俺が恥ずかしいだけなので話を元に戻すことにする。

「よし! みんな模擬戦やろうか! チーム分けしましょ! チーム分け!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ひっでえ戦いだったな」

「そうですね、作戦とかほとんど関係なくなってましたし」

「でもおれは楽しかったですよ」

「そりゃあお前が好き勝手やれたからだろ米屋!俺らは那須に潰されたんだっての!」

「確かに那須せんぱい強かったねー。今度おれとランク戦しよーよ!」

「それはいいけど私が活躍できたのは柊さんのおかげだからあんまり期待しないでほしいな……」

 

 なぜか視線が俺に集まる。え...なに?なんかしたっけ俺。

 

「だいたいお前もお前だ柊! こっちの手全部潰してくれやがって!」

「痛い痛い! 暴力反対!」

「あー、もう腹立つ! 今からランク戦だ、行くぞ!柊!」

「パワハラだ!熊谷ちゃん助けてくれ!」

 

 一番近くにいた熊谷ちゃんに助けを求めるも熊谷ちゃんは困ったように笑ってすっと目をそらした。

 

「あー、いいなおれも柊さんとランク戦したい。よねやんせんぱい行こーよ」

「おう、いいぜ」

 

 お前らじゃない!お前らは俺を殺しに来るだろ!

 

「ダレカタスケテー!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ふー、取った取った」

 

 諏訪さんはランク戦を終えてストレスを発散できたらしいなんだか肌がつやつやしている気がする。米屋くんと緑川くんに至ってはすごい楽しそうにランク戦を振り返っている。

  その反面俺はといえばポイントも精神もがっつり削られてお家にベイルアウトしたい所存である。

 

「おい、いつまで気にしてんだよ。たかが2:8で負けたくらいで」

「落ち込んでないっすよ! ただ……ただなんで俺今日休みなのにこんな戦ってんだろうなとなんだろうなと思って……」

「……なんか悪いな」

 

 俺の社畜っぷりを知っている諏訪さんは申し訳なさそな顔をして呟いた。

 

「謝らないでください……余計辛くなります」

「あぁ……わりぃな、なんだ……その……メシでも行くか?今日はおごってやるから」

「よっしゃー! 米屋くん! 緑川くん! 諏訪さんがメシおごってくれるってよ!!」

「「マジで!?」」

「なっ! 柊てめぇ!」

 

 フーハハハハ、やられっぱなしは性に合わないのでねぇ。やられたら3倍で返さなきゃ。

 

「はい! おれ焼き肉!」

「俺ラーメン!」

「すし!」

「好き勝手言うんじゃねぇ!てかおごるなんて一言も言ってねぇぞ!」

「いーや、確かに諏訪さんは言ってましたよ!」

「それはお前と行くってことだ! バカ!」

「後輩にご飯もおごれない経済状況なんですか? 緑川くんこんな大人になっちゃダメだよ?」

「あー! もう分かった! 分かった! おごってやるよ!」

 

 計画通り、と某月君のようにほくそえむ。

 ここまで来ればもう若者に任せてしまって大丈夫だろう。

 

「ラーメンでいいな?」

「えー」

「えー」

「YES! YES! YES!」

「よし、賛成多数。ラーメン行くぞー」

 

 諏訪さんの呼び掛けに俺は親アヒルに付いていく子アヒルの如くついていく。米屋くんたちはぶーぶー言いながらなんだかんだついてきている。

 そんな時正面から不機嫌そうな顔をした青年が歩いてきた。

 

「陽介、今日は防衛任務だろう」

 

 A級7位三輪隊隊長、三輪秀次くんである。ちなみに俺はなぜか嫌われている。

 

「あ、やっべー。かんっぜんに忘れてた。悪い!秀次。つーことなんで諏訪さんおれ今日はパスです」

「おー、がんばってこいよー」

 

 諏訪さんはテキトーに手を振りながらそう言った。俺も諏訪さんと同じく手をひらひらと振っていたのだがいかんせんボーッとしていたようで三輪くんとすれ違う時に肩が軽くぶつかってしまった。

 刹那、頭の中に熱湯でもぶちこまれたような感覚を覚えた。

 

 ―――雨が降っていた。いつまでも降り続ける土砂降りの雨が彼の体を濡らしていた。

 

「キリさん? 大丈夫ですか?」

「……あぁ大丈夫だよ、気にしないでいいから防衛任務行っといで」

「そうですか……じゃあお言葉に甘えて行ってきまーす」

「おー」

「いってらー」

 

 ふぅ、とひとつため息をつく。いつ見てもこれはしんどい。見たくないのに、見てしまっていつも後悔するのに俺は見てしまう。

 

「おい! お前ホントに大丈夫か? 具合悪いなら解散するか?」

「大丈夫です……と言いたいところなんですが今回ばかりはお言葉に甘えさせてもらいます」

「そうか、送るぜ。本部の宿舎でいいな?」

 

 俺は首を横に振った。それだけで諏訪さんは分かってくれたらしく俺を死事部屋まで連れていってくれた。

 扉を開けて着替えることもなくベッドに泥のように倒れこんだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 那須隊攻撃手、熊谷友子は那須とのランク戦を終えた帰り際ロビーから出ていく柊たちを見つけた。

 声をかけようとしたのだがなにやら柊の様子がおかしかったのでそれは憚られた。

 だがなんだか気になってしまったのでこっそりと柊と彼を介抱しているらしい諏訪の後を追いかけた。

 ふたりが向かった先は作戦室を改造して作ったという柊の仕事部屋だ。諏訪は柊を部屋の前まで送ると手をひらひらと振りながらその場を離れた。

 熊谷はそこに導かれるように歩み寄った。そしてノックをふたつ。

 しばし、間延びした声がドア越しに聞こえた。

 

「……どうぞー」

 

 熊谷が扉を開ければそこにはにベッドに深く腰かけた見慣れた青年の姿。しかしいつも見ている青年より少し疲れているように見えた。

 

「あれ、てっきり諏訪さんかと思ったんだけど。なに師匠にデートのお誘いかい?にしても寝床まで来るなんてアグレッシブだね」

「そんな訳ないじゃないですか!」

 

 むしろなにかあったのはそっちの方ではないのか。

 この人はくだらないことでは騒ぐくせに本当に大変な時にはひとりで抱え込んでしまうから困る。

 

「……もしかしてサイドエフェクト……ですか?」

 

 柊の目がすっと深くなった気がした。

 

「……ただ明日の死事のこと考えてたら具合悪くなっちゃっただけだよ。サ○エさん見てしまって憂鬱になっちゃう人いるでしょ、あれと一緒」

「じゃあ……なんでそんなに傷ついた顔してるんですか」

「だから……」

「柊さん」

 

 熊谷は揺らぎのない目で柊を見つめた。

 対した柊はおどけたように手を上げて「降参」と小さく呟いた。

 

「そうだよ、サイドエフェクトの問題だよ。三輪くんのを視ちゃったんだ」

 

 吐き捨てるように柊はそう言った。

 

 柊のサイドエフェクト『過去視』

 

 発動条件は不明。体に触れることで発動するということしか分かっておらず、それも完全にランダムで、発動する時もあれば発動しないときもある。

 それに視えるものも本人にはコントロールできない。ただ間違いなく言えるのは

 

「人の視られたくないものばっか視てさホント最低だよな」

 

 人の一番視られくないものしか見えない。ということ。

 柊は自身のサイドエフェクトを嫌っている。その大きな理由がこれだ。人の心の傷を無遠慮に視てしまうという特性故に。

 だがそれを違うのだと熊谷はそう思う。しかしそれをうまく言葉にできない。ただ漠然とした感情が自分の中に渦巻いている。

 

「……あたしは……」

「やさしいね熊谷ちゃんは、いいよ無理に庇おうとしなくて」

 

 やめてくれ。彼女は切に願った。そんな顔をさせたくて言った訳じゃないのに。むしろ見たかったのはその逆だったのに。いつだって自分の伝えたいことは伝わらなくて、伝わってほしくないことばっかり伝わってしまう。

 

「すいません柊さん、あたし帰りますね」

「あ、それなら送っていくよ」

「ありがとうございます、でも大丈夫です」

「そうかい、それなら気をつけて帰りなよ」

 

 熊谷はこくりと頷いて扉に手をかけた。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 星が綺麗な夜だ。と思った。

 冬が近づいてくるとこうやって星が綺麗な日が増える気がする。

 でも冬は嫌いだ。

 星が残酷なまでに遠くなってしまうから。

 

 

 




今回飛ばした模擬戦は要望があれば別の機会に書こうかと思ってます。
...そろそろサブタイ考えるか...


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4話 戦う社畜

霧島柊
綾辻の絵の唯一の理解者。たまに絵を描きあって見せあったりしているらしい。らしいというのもそれを見た人間の記憶が定かではないためである。社畜。

迅悠一
セクハラ、無職、実力派エリート(自称)と並べるとわりとダメ人間。

綾辻遥
柊に絵をべた褒めされたせいでボーダー屈指の破壊力をもつに至った美人オペレーター。一時期柊との合作を作戦室に飾っていたが城戸司令の命により撤去された。
ちなみにステルスを使ってそれを回収した風間隊は順位を10位ほど落としたとか。



 あ...ありのまま今起こったことを話すぜ!『死事が減ったと思ったらいつのまにか増えていた』

 な...なにを言っているかわからねーt(以下略

 太刀川隊、風間隊、冬島隊が遠征に出掛けて早一週間俺の防衛任務に入る回数はほとんど倍になっていた。

 死事が減ると言ったな、あれは嘘だ。

 ボーダー内でも結構防衛任務を入れている太刀川隊が遠征に行ってしまったためその穴を俺が埋める羽目になったというわけだ。

 しかし、俺ひとりでは防衛任務はできない。

 つまり俺が誰と組むことになったかというと

 

「ふぃ〜疲れた〜。ぼんち揚食う?」

 

 俺にぼんち揚を差し出してくる軽薄そうな男、迅悠一である。こう見えてひとりで一部隊に換算されるほどの戦闘力をもっている。

 

「あぁ、もういっそ一袋くれ」

「帰ったらいくらでもやるよ」

「じゃあ一箱な」

 

 テキトーな会話をしながらぼんち揚をかじる。

 カリッと香ばしく、ほんのり甘い淡口醤油味の後引くおいしさ、ほど良い大きさに軽い食感とのバランスの良さ、やはりぼんち株式会社様から発売されているぼんち揚はうまい。

 ちなみに俺は雪の宿の方が好きだ。

 そんなことを考えていると迅がパッと顔を上げた。

 

「お、来るぞ」

「もう来んの?なんか今日早くないか?」

「イレギュラーゲートってやつだろ、ほらおでましだ」

 

 目の前の空間が割れ、そこから蠍のような形をしたネイバー、モールモッドが6匹。それに続いてまだまだ出るらしい。

 

「はぁ……勘弁してほしいぜまったく……」

 

 切実な願いをひとつもらし俺はレイガストを起動させた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 眼前にはモールモッドが6体、バムスターが10体、バンダーが3体がそれぞれ威嚇するかのように柊たちをじっと見ていた。

 

「迅、行くぞ」

「オッケー相棒」

 

 柊はそう声をかけ迅の足元に掌大の大きさの台を展開した。

 迅はそれを足場にまるで宙でも駆けるかの如くバンダーへ向かっていきビームを放つためにチャージされた目を切り裂いた。

 風刃を振り切ったまま落下する迅の足元に再び台―グラスホッパーが展開されていた。そこに着地しバンダーの目の高さまで飛び上がった。

 自分の腰元にあるグラスホッパーを踏んで勢いそのままに横一閃。残り2体のバンダーを沈めた。

 

「ナーイスアシスト柊」

「知ってる、いいから終わらせるぞ」

 

 言いながら柊は左手から立方体を出現させた。それがほろほろと崩れそれぞれ十分の一ほど大きさの立方体になった。銃手用トリガー『変化弾(バイパー)』である。

 それをモールモッドの関節に放つ。弾はまるで吸い込まれるようにして関節部分に着弾し破壊していった。

 迅がほとんど身動きがとれなくなったモールモッドを狩るのを尻目に柊はバムスターの前に躍り出る。

 いくら柊が弱いとはいえ流石に正隊員だ。バムスターくらいはひとりで倒せる。

 手始めに、バイパーをバムスターの目に向けて発射した。もちろん弾数が少ないため倒れたのは一番近くにいた一体だけ。

 隣にいたバムスターの足元に入り込み四肢を斬りつけて機動力を削ぐ。もちろんバイパーを使うことも忘れない。

 戦闘というのは基本的に数が多い方が有利だ。もしもの時のために出来るだけ数は減らしておくに限る。

 バムスターの足元から転がり出ると迅がほとんどバムスターを倒してしまっていた。

 残るは2匹。

 柊は迅と自分の足元にグラスホッパーを起動し飛び上がった。しかしバムスターも学習してきているのかガチンと口を閉じ急所を守った。

 まぁだからなんだという話なのだが。

 

 ――くらえ、レイジさん直伝。

 

 ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 衝撃のぉぉファーストブリットォォォ!!!

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 嵐山隊オペレーター綾辻遥は画面の前で言葉を失った。

 

 一体これはなんだ?

 

 遥が所属する嵐山隊は隊長の人柄のせいか連携を重視する隊風だ。

 しかしそれでもこのような連携はみたことがない。いやそもそもこれは連携と言えるのだろうか。お互いに言葉も交わさず淡々とネイバーを屠るその姿は正しく異常であった。

 柊の援護能力が高いのは知っていた。それこそボーダーの中でも一、二を争うほどなのだから。だがこれほどなのか、先程の戦闘にかかった時間は1分と少し。2体を除いて全て迅が討伐しているというのにこの早さはいくらなんでも早すぎる。

 だがこれは紛れもない現実……のはずだ。遥はぐにー、と頬を引っ張った。

 痛い。

 どう考えても現実だ。

 だが現実というにはあまりにも……。

 思考が堂々巡りしていた遥の耳に聞き慣れた声が聞こえた。

 

「綾辻ちゃん?回収班に連絡してくれる?」

「え、あ!はっはい!今すぐ!」

「……大丈夫?」

「大丈夫です!全然大丈夫!」

 

 そう言って遥は通信を切り回収班に連絡をした。回収班の人にも「……大丈夫?」と同じ反応を返されたのは秘密だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 なんか綾辻ちゃんにしてはやたらハイテンションだった気がするが死事のしすぎだろうか、華のJKまで死事付けにするとかボーダーマジブラック。

 でも俺もその一端を担っちゃった訳だからなぁ。今日は普段俺たちのオペレーターをやってくれる宇佐美ちゃんが休みのためどうしようかと悩んでいたところ丁度通りかかった綾辻ちゃんが

 

『私でよければやりましょうか?』

 

 と言ってくれたのである。マジ女神。まぁそんな女神の休みを潰して死事をさせてしまっているわけだが。どら焼き買っていくか……。

 そんなことを考えていると迅が伸びをしながら呟いた。

 

「いやー、やっぱ柊とだと楽だわー」

「……まぁそうだな」

 

 それについては同感だ、ボーダーの中じゃこいつが断トツに合わせやすい、いちいち説明することもないし。絶対言わないけど。

 

「やっぱ玉狛にこない?みんな歓迎するぜ?」

「遠慮しとくよ、色々と面倒なことが起きるでしょ」

「そこだよなー、いっそB級になればいいんじゃない?」

「バカ言うなお前。俺を殺す気か」

 

 ボーダーの給与システムは

 A級:固定給、出来高払い

 B級出来高払い

 となっている。ぶっちゃけ俺の戦闘スタイルだと出来高ではとてもやっていけない給料になってしまうのだ。

 

「まぁいいだろ、そんなことは。それよりこれってあとどれくらい来るんだよ」

 

 言いながら俺は足元に転がるトリオン兵の残骸を指差す。正直この規模で数多く来られると俺のトリオンがヤバい。どれくらいヤバいかというと国近ちゃんの成績くらいヤバい。

 

「うーん、まぁ言ってもあと三回って感じかな?規模はさっきのより小さいから大丈夫じゃないかな?」

「……そうか」

 

 読むな、読むな心を読むな。

 

「にしても、あのイレギュラーゲートってなにが原因なんだ?お前なんか見えてないの」

「まだ見えてないけど、たぶんそう遠くない内に解決すると思う」

「サイドエフェクトがそう言ってんのか?」

 

 俺がそう聞くと迅はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「おれの勘がそう言ってる」

 

 はぁ……。これが自分の元チームメイトだと思うと……。そのせいで未だにセクハラされたって俺に言ってくる沢村さんが何人いることか。

 

「そういえばお前熊谷ちゃんにセクハラすんのやめろよ?」

 

 あの子迅さんにセクハラされたって言いながら俺に飯を要求してくるんだぞ。そのせいで毎回俺が那須隊の飯代を俺が払わねばならないのである。解せぬ。

 

「……あぁそりゃ悪かった。弟子大好きな師匠的には許せないよなー」

「……うるせぇよ」

 

 俺は言いながら迅の尻に蹴りをいれた。

 沢村さん敵はとった。

 だからどうか俺の死事を減らしてくれないだろうか。

 

 

 




さんざん引っ張った主人公の戦闘スタイルは援護特化という。まぁだからこそいっぱい防衛任務に入ってる訳なのですが。

評価をくださった四人の方本当にありがとうございます。嬉しくて軽く小躍りしていたら家族に見つかって死にたくなった作者です。
感想、ご意見、評価お待ちしてます。


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5話 生きろ社畜

霧島柊
破滅的な美的感覚を持つため、きっと大丈夫と背中を押されて食べた加古さんの炒飯で死んだ。その後自分を死の淵に追いやった太刀川隊の仕事をボイコットしたら太刀川さんが忍田さんに殺された。結局太刀川は死ぬ。

辻新之助
イケメンながら女子と一切話せないことからよからぬ疑いをかけられ、ある一部の層の女子から熱い視線を受けている。

加古望
人間界の無害な食材を使って人を虐殺するナニカを作る錬金術師。自然摂理の法則を完全に無視してるあたり確実に賢者の石を持っていると思われる。

黒江双葉
『柊さんこれおいしいですよ、一口どうぞ』
この魔法の言葉で柊を殺してきた将来有望な若き暗殺者。



 珍しく防衛任務がない(死事がないとは言ってない)俺はマッカンを補充すべく自販機まで足を伸ばしていた。

 自販機を眺め一際異彩を放つそれをポチり。選ばれたのは綾鷹ではなくマッカンである。やはり疲れた時にはこの甘さがきく。甘くてしかもカフェイン入ってるとか受験生の味方すぎる。

 マッカンを啜りながらベンチで一休みしているとコツコツと床を叩く音が聞こえた。

 

「お、辻きゅんじゃないか」

「その呼び方はやめてくださいよ、柊さん」

「そう言われても俺にとっては辻きゅんだしな」

 

 俺にそう言われて苦笑いするイケメンはB級1位二宮隊攻撃手、辻新之助である。ちなみに那須ちゃん、熊谷ちゃんの兄弟子だ。

 

「またそれ飲んでるんですか?」

「あったりまえだろ。死事なんて苦いことばっかりなのに苦いコーヒーなんて飲んでられるか」

「相変わらずですね……」

「そういう辻きゅんだって変わってないでしょ。あ、加古さんだ」

「ッッ!?」

 

 辻きゅんはトリオン体なのではないかと疑ってしまうほどの早さで自販機の陰にかくれた。

 辻きゅんはボーダーの中でもイケメンの部類に入るがいかんせん自分の隊のオペレーター以外の女子とまともに話せないという極度の女の子嫌いで最近では全力で逃げるようになってしまった。

 

「ごめん、嘘だ」

「はぁ……ホント勘弁してくださいよ」

「いやぁ、ごめんごめん。わざとじゃないんだぜ?」

「嘘ですよね?」

「まぁいいじゃない。マッカンおごってあげるから」

 

 俺はマッカンを買って辻きゅんに放り投げた。辻きゅんがそれをパシッと受け取って一口煽った。

 

「やっぱこれは甘すぎですよ」

「それがいいんだよ」

「でも、ありがとうございます」

 

 いただいていきますね、と軽く手を上げてその場をその場を去っていった。

 俺は一息にマッカンを飲み干し空になった缶をゴミ箱に放った。乾いた空気にカランカランと缶が着地する音が響いた。

 俺は颯爽と立ち上がり風を切るように歩き出した。

 そしてしゃがみ、缶を拾ってゴミ箱に入れた。

 ……やっぱカッコつけずにちゃんと入れよう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 マッカンをいちいち買いに行くのもめんどくさくなってきたな。買い置きとかも一時期考えたのだが残念ながら三門市には売ってないのである。

 やはり聖地(千葉)まで行かないといけないか……。

 考え事をしていて注意力が散漫になっていたらしい、腹にトンと軽い衝撃を感じた。

 ――あ、まずい。

 本能で察した俺は反射的に手を伸ばし腕をつかむ。

 

「痛い……って柊さん?」

「……よぉ、黒江ちゃん元気?」

「こんなに斜めになっていることを除けば元気です」

「あぁ、ごめんね。今起こすよ」

 

 言いながら一息で黒江ちゃんを引っ張りあげる。

 黒江ちゃんはA級6位加古隊のボーダー最年少攻撃手である。その実力は若いながらに大層高く俺なんかではとても敵わない。この前ランク戦した時は9:1とかだったかな。年上としての威厳も欠片もないスコアに涙を禁じ得ない。

 

「ごめんね、ちょっと考え事してて……」

「いえ、大丈夫ですよ。それよりちょうどよかったです」

「ちょうどよかったってなにが?」

 

 これを聞かなければよかった、と俺はすぐに後悔することになる。

 黒江ちゃんは子ども特有の無邪気で純粋な笑顔で俺に死刑宣告をした。

 

「加古さんが新しい炒飯作ったらしいので一緒にどうですか?」

 

 嗚呼、短い人生だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 黒江ちゃんを転ばしてしまった手前断りきれず結局俺は加古隊の作戦室に来てしまっていた。

 

「柊さんすごい汗ですよ?大丈夫ですか?」

「ももも、もちろんDieじょうぶだよ?気に死ないで?」

「……なんか動揺してます?」

「死てないよ?なにを逝ってるんDie?」

「それならいいですけど...楽しみですね今回の新作も」

「うん、そうだね!」

 

 あぁぁぁ!恨めしい!子どもを悲しませちゃいけないと思って勝手に動くこの口が恨めしい!

 

「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない霧島くん。もう少しでできるから待っててね」

「……はい楽しみにシテマス……」

 

 なんとも漠然とした死刑までのリミットを切られたがそれに反比例するように確実な恐怖が俺の体を蝕んでいく。

 ふと俺の脳裏に楽しかった思い出が浮かんでは消え浮かんでは消えていく。ってそれ走馬灯じゃねぇか!

 キッチンの方から加古さんの間延びした声が聞こえた。

 

「双葉ー、ちょっと運ぶの手伝ってくれるー?」

「はーい」

 

 小さくてかわいらしい黒江ちゃんの動きも今では魔王が使役する使い魔にしか見えない。

 そんな使い魔がキッチンから出てくる。両手で持った皿の上にはきれいな焼きめのついたご飯に乗った納豆。ご飯を囲むようにさいの目切りにされた豆腐が飾り付けられたナニカがそこにあった。

「狂気ってなに?」と子どもに聞かれたら俺は間違いなくこれを指差すだろう。

 正座して遺言を考えていた俺の目の前に狂気の塊がコトリと置かれた。次いで卵が入った小皿が置かれる。

 

「……?」

「お好みで卵落としてね」

 

 とりあえず言いたいことがひとつ。

 ……いや、卵と炒めろよ。

 

 俺のそんな声は届くはずもなく加古さんは俺の目の前に座り、ニコニコしながら見つめていた。

 要するに「食べて感想をちょうだい☆」ということである。

  俺は覚悟を決めて手を合わせた。

 

「逝ただきます!」

「いただきます」

 

 スプーンですくいあげ口に突っ込んだ。

 いい感じにぱらぱらとしたご飯に絡み付く納豆のネチョネチョとした食感。豆腐の風味と納豆の臭みが合わさって、噛めば噛むほど口の中に形容しがたい感覚が広がる。言うまでもなくクソ不味い。

 しかし漫画で見るような食った瞬間気絶。なんてことはなくむしろ気絶できるだけ幸せだよな、と思わせるリアルな不味さだった。

 

「どう?おいしい?」

「……トテモオイシイデス」

「あぁ、よかったわ、ドンドン食べてね」

「ハイ、イタダキマス」

 

 俺の意思に反して全自動で動いてしまう口のせいで退路がなくなってしまった。俺はそこから無心で炒飯に似たナニカをひたすら口に運び続けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 炒飯を完食して満腹になったのか泥のように眠ってしまった先輩を眺めながら黒江双葉は霧島柊との出会いを思い出していた。

 

 自分の隊長である加古望がしつこくチームに勧誘している男。

 それが霧島柊を知った原因だった。

 いつもヘラヘラしていて、そのくせ弱い。試しにランク戦をしてみたら8:2で双葉の勝ちだった。

 なぜこんなに弱い人をしつこく勧誘しているのか加古に聞いたことがある。そしたら

 

「確かに霧島くんが弱いけれど、私たちにはない……いえボーダーの中でもオンリーワンの強さを持っているわ」

 

 なおも首を傾げる双葉に加古は「今に分かるわ」と笑っていた。

 そして奇しくもそれを分かる時はすぐにきた。

 加古隊と柊との合同防衛任務の時だった。

 

 ―――圧倒された。

 

 その動きの無駄のなさに、技術の高さに。

 そして憧れた。自分は加古に合わせてもらうことはあっても加古に自分が合わせることはできなかったから。

 その日から双葉は柊を尊敬するようになりご飯に誘うようになった。

 もちろんそのせいで柊の死亡率が高まったのは言うまでもない。

  ふと柊が苦しそうに顔を歪めた。

 

「ぐ……あぁ……ころさ……」

 

 双葉はどうしようかと、しばしおろおろしていたが加古も今は飲み物を買いに行ってしまってここにはいない。

 少し悩んだ末、双葉は柊の手をそっと握った。昔熱を出したとき母にこうされると安心したのを思い出したのだ。

 柊も少し安心できたのかいつもの穏やかな顔に戻った。そして初めて聞いたような声でポソリと呟いた。

 

「……咲良……」

「……え?」

 

 双葉が問いかけるも答える人間は今ここにはいない。

 だがきっとこれは柊にとっての傷なんだろうと思った。

 だから柊が起きてからも双葉はそれを聞くことができなかった。柊を傷つけずにそれを訊く術を幼い双葉はまだ知らなかった。それが酷くもどかしくて、疎ましかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 知らない天井だ。そう言おうとしたがやめておいた。この光景を何度見たことか、ここは間違いなく加古隊の作戦室だ。

 起き上がり辺りを見回す。

 

「おはようございます」

「おはよ、黒江ちゃん……どれくらい寝てた?」

「二時間くらいですよ」

 

 やっべぇ……寝過ぎたな……いや、むしろ加古さんの兵器から二時間で回復できるとか俺すごくね?

 ちなみにボーダーの作戦室の天井はみんな同じに統一されている。

 

「あら、やっと起きたのね」

 

 加古さんが向こうの部屋からひょいと首だけ出して加古さんはそう言った。

 ひょいとかわいらしい擬音をつけてみても拭いきれない死神感。見えないだけで絶対鎌とか隠してるぜ。

 

「もう、霧島くんったらお腹いっぱいになるなり寝ちゃうから感想聞けなかったじゃない」

「……えーとですね、なんというか……斬新な味で新鮮な気持ちが味わえました」

「そう、それはよかったわ。太刀川くんとか堤くんは感想言わずにどこかに行っちゃうから、困っちゃうわ」

 

 加古さんは手を頬に当て心底困ったと言わんばかりにため息をついた。

 

「でも霧島くんはちゃんと感想くれるからうれしいわ。また次もよろしくね?」

 

 俺の目の前には選択肢が2つあります。

 

 A もちろんですよ!

 B Yes ma'am

 

「……コチラコソオネガイシマス」

 

 俺の死が決定した瞬間だった。

 

 




そして彼は死事に追われて死にかけたとさ。社畜は2度死ぬ。

あと今回2話連続投稿です。


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6話 社畜の家

霧島柊
今回ほとんど出番がない。社畜

木崎レイジ
レイガストを使って敵をぶん殴る戦法を使う。柊は絶対にスクライドのファンだと思っているがそんなことはない。はじめの一歩が好き。

烏丸京介
面倒見がよく、クールで実力派という隙のないイケメン。バイトを掛け持ちしている結構な苦労人なため柊はかわいがっている。

小南桐絵
人に騙された恨みを柊ではらす斧使い(JK)年下ながら柊をナメている筆頭。
性格からしてチョロいが、CV釘宮理恵になることによってさらにチョロさが増した。

宇佐美栞
クリスマスに柊へメガネケースを送り、誕生日にメガネクリーナーを送るという外堀を埋めていく戦法を使う策士。恐らく大阪城とか攻めたことがある。



 A級ランク外玉狛第一攻撃手、小南桐絵は不機嫌だった。

 

「遅い!」

「机を叩くな。仕方ないだろう柊だって忙しいんだ。」

「でもぉ……」

 

 キッチンに立つ大男、木崎レイジに諫められ小南は机に突っ伏した。

 だいたいあの男が悪いのだ。あいつが「今日は早く帰れる可能性が微レ存」とか言うから待っているのに……。

 

「帰ってこないじゃないの……」

 

 小南は時計を睨み付けながら呟いた。もう針は12時を過ぎている。

 

「お前はもう寝たらどうだ?あいつはたぶん向こうで寝ると思うぞ」

「もうちょっと待ってる……」

「そうか……」

 

 幸い明日は土曜日で学校もない。もう少し夜更かししても構わないだろう。

 

「だが悪いな、俺は明日講義があるからもう寝るぞ。オムライス作ってあるから温めて食べろよ」

「分かったわ。おやすみ、レイジさん」

「あぁ、おやすみ」

 

 レイジが階段を上る音を聞きながら小南は柊の真っ黒な見た目のコーヒーを啜った。

 

「甘……」

 

 甘党の小南でさえ甘すぎると感じるのによくこれを好き好んで飲むものだ。

 

「そういえばあいつも好きだったわね……」

 

 そうひとりごち、窓から覗く月を見上げた。過去に思いを馳せながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 一体いつからだろう。柊がここに帰ってきても「ただいま」と言わなくなったのは。本部で寝泊まりする回数が多くなってから?本部に転属してから?

 いや、もっと前だ。

 

 ――――恐らく如月楓が死んでから。

 

 たったひとり、家族だと思っていた少女を亡くしたその時から柊は大きな傷を負ったのだ。それが今もあいつを縛っている。

 それを解いてやりたいと、いや、解いてやると思った。

 あたしだってあいつの家族だ。少なくとも小南はそう考えていた。

 でもあいつにとっては違ったみたいだ。それが悔しくて寂しくて、なにより悲しかった。

 だから小南は言い続けるのだ。

 ただ―――おかえり、と。

 あんたはここに帰って来ていいんだよ。と

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 リビングへ続く扉を開けながらそう呟いた。誰もいないというのは分かっているけどなんとなく言っちゃうよね。

 と、思ったのだが机に誰かが座っている。一瞬ぎょっとしたがなんてことない、ただの小南だ。そういや小南と夜会うのは久しぶりだ。

 いつもは俺が帰ってこないか、こいつが寝てるか、防衛任務に出てるかだからな。

 だからこれを言うのもずいぶん久しぶりだな、そんなことを考えながら口を開いた。

 

「ただいま、小南」

 

 返事がないただのしかばねのようだ。

 ではなく普通に寝ているだけだった。

 ったく、こいつはすーぐ眠くなるくせに夜更かししようとするんだから。

 こんなところで寝たら風邪引くぞ、バカ。そう言って起そうとしたが寸でのところで踏みとどまった。

 小南の目の前にはラップをかけられたオムライス。

 ……もしかしてこいつ待っててくれた?

 そう考えると起こすのは憚られるな。でもこんなところで寝たら間違いなく風邪引くしな……。

 運ぶにしたってこいつの部屋に勝手に入ったらぶったぎられること間違いなし。かといってソファーで寝かせるのもな……。

 よし、決めた。

 俺はオムライスを持ってレンジに入れた。とりあえずオムライスを温めている間に考えよう。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……んん……ハッ!あたし寝てた!?」

 

 意識が覚醒すると共に小南は飛び起きた。昨日は結局あのまま眠ってしまったようだ。

 いや、でも今自分はベッドで眠っていたはずだ。もしかして柊が運んでくれたのだろうか。部屋を見回すと必要最低限の家具の殺風景な部屋。

 どう見たって自分の部屋ではない。

 と、いうことはだ。これは……もしかして……。

 現実を認識し、とある結論が脳に届いた瞬間小南は叫んだ。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

 

 小南は部屋から戦闘体もかくやという勢いで転がりでた。

 

「な、なななななんで!なんで!なんで!なんで!」

 

 口から溢れるのは意味をもたない疑問符たち。それに答えるものは今ここにはいない。

 ―――まさか、あたしが寝ぼけて入り込んだ!?

 絶対にない、と否定できない辺り怖いところだ。

 頭を抱えて必死に昨日のことを思い出していると後輩である烏丸京介が顔をだした。

 

「どうしたんですかせんぱ……あぁ……すいません」

 

 烏丸は途中でなにかを察したような顔をするとひょいとリビングへ戻ってしまった。

 不思議に思い烏丸が見ていた自分の体に視線を落とす。

 先程暴れたせいで羽織っていたパーカーは脱げ、下に着ていたTシャツずれて肩まで出てしまっている。

 

「ちがぁぁぁぁぁぁう!!!!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「はっくしゅん!!」

「風邪ですか?」

「いや、そんなことないと思うんだけど...」

 

 昨日ソファーで寝たからかな、そういや置き手紙とかすんの忘れてたけど大丈夫だろうか。まぁ小南だし深く考えずにやってるだろ。

 

「来ましたよ!柊さん。」

「はいはい、分かったよ熊谷ちゃん、年寄りをそうせ急かさないでおくれ」

「ふたつしか変わらないじゃないですか、無駄口叩いてないでいきますよ」

「手厳しいねぇ、まったく」

 

 言いながら俺はアステロイドを展開した。

 

「はっくしゅん!」

 

 

 




短いけど2話連続投稿ということでひとつ。
新たに11人の方に評価をいただいて評価も赤色に変わり嬉しい限りです。お気に入り件数も300近いと夢のようです。3回くらい確認しました。
本当にありがとうございます。
引き続きご意見、感想、評価お待ちお待ちしてます。


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7話 いっけな〜い、遅刻遅刻〜☆

今回からちゃんとサブタイ考えます。どう見たってちゃんとしてないとか言ってはいけない。
あと原作突入です。


※8月5日加筆修正しました。


 イレギュラーゲートの原因は『ラッド』と呼ばれるトリオン兵だった。当然ボーダーとしては駆除を即断したのだがいかんせんラッドは量は多くとても当直のチームだけでは対処できない量だった。

 そのためC級隊員まで動員した大規模作戦となった。

 ご多分に漏れず俺も参加しここで一徹。

 その後それの事後処理と期限がきた死事の片付けで二徹。

「さすがにこれ以上働いたら死んじゃいます」と忍田さんに泣きついたら休みをもらえた。泣いた。そりゃあもう忍田さんがドン引きするほど泣いた。

 泣きつけば休みがもらえるのか。じゃあこれからは人目も憚らずわんわん泣こう。かっこわるすぎる。

 そんな下らないことを考えながら玉狛支部へと戻り、そのまま自分の部屋へ。

 着替えもせずにベッドにダイブした俺は一瞬にして眠りに落ちた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 朝、それは世界で一番憂鬱な時間であり辛い時間だ。

 この「はぁ……今日も死事かぁ……」と考えた時の辛さは異常。それが明日もなんだよなぁ……とたどり着いてしまった日にはもうダメだ。休みたくて仕方なくなってしまう。

 まぁ休みなんてもらえないんだが。

 寝ぼけた頭でそんなことを考えながら扉を開ける。

 

「おはよー」

「おはよ、柊」

「おはよー、柊さん」

 

 宇佐美ちゃんと迅はなにやら小学生くらいの子どもを接客中だったのでボソッと呟く程度だったのに律儀に返してきた。二人そろって地獄耳だな。

 やっぱ寝足りないなぁ……。コーヒーで目が覚めるか怪しいレベルで眠たい。

 パンをトースターに入れてから、至って普通のインスタントコーヒーに砂糖と牛乳をたっぷり入れる。そして隠し味に練乳をたーっぷりと。

 これで完成マッカン風コーヒー。練乳を入れるのはマッカンの特徴である。むしろ練乳にコーヒー入れたらマッカンになるレベル。

 あらかじめ焼いておいたトーストをとってテーブルに座りマーガリンを塗り一口かじり、コーヒーとともに流し込む。

 ふぅ、と一息。

 うん、うまい。

 

「で、その子たちはどなた?」

「それを聞くまでにコーヒーとトーストが必要なんだな」

「当たり前だろ。俺の血管にはマッカンが流れてるんだぞ。あとちなみにマッカンな」

「マッカンとコーヒーは別物なんだな」

 

 当たり前だ、マッカンをコーヒーだなんて言ったら各所から苦情が来るぞ。特に千葉と茨城から。

 

「話が逸れてるよ。迅さん、柊さん」

「おぉ、そうだね。ありがとう宇佐美ちゃん。で、どういうこと?」

 

 俺がそう言うと迅はなにやらかしこまって白い髪の子の頭に手を置いた。

 

「実はこいつは……」

「それは小南にだけでいいから。本題。」

「せめて最後まで……」

「本題」

「はい分かりました」

 

 迅は喉の調子を整えるようにンンッと咳払いした。

 

「こいつらはウチの有望な新人たちだ」

「……まさかまだC級か?」

「まぁメガネくんは違うけどね。こっちの遊真と千佳ちゃんはこれから入隊するんだ」

「……そうか」

 

 一瞬考え込みそうになってしまったがメガネくんや小さな少女の訝しげな目線を向けられているのに気がつき慌てて口を開いた。

 

「あぁごめんね。俺は霧島柊。本部所属の社畜だ。」

「これはどうも。空閑遊真です。よろしくシュウさん」

 

 小柄で髪が真っ白な少年が軽く手を上げて挨拶をしてきた。割りとフランクなやつらしい。

 

「あ、あの僕は三雲修です。こっちが雨取千佳」

 

 メガネくんは小さな少女の方へ手を向けてそう言った。

 少女――雨取ちゃんはペコリと頭を下げる。

 ……なんか……こう癒されるな……黒江ちゃんと同い年ぐらいなんだろうけどまた違うかわいさがあるね。

 

「って、やっば!もうこんな時間じゃねぇか!」

 

 慌ててトーストを口に入れてマッカン風コーヒーで流し込んだ。そしてバタバタと用意をして支部を出る。

 

「そんじゃ、行ってきます!」

 

  俺はしゅたっと手を上げてそう言うと返事も聞かずに飛び出した。

 まさかこの年になってリアル「いっけな〜い、遅刻遅刻〜☆」をやるとは思ってもみなかった。

 それなりに体は鍛えている方なので本気で走ればそこそこ早い。このまま行けばギリギリだが間に合うはずだ。

 しかし運命というものは余程俺のことが嫌いらしい。こういう時に限ってフラグを、それはもうものすごい早さで回収しておくのである。

 曲がり角を曲がった瞬間俺の目の前には女の子にしては大柄な女子高生の姿。

 ドンっと割とシャレにならない勢いでぶつかってしまったためお互いに転んでしまった。

 

「ッ〜、いった〜って柊さん?」

「熊谷ちゃん?……そんなことより!大丈夫?結構な勢いでぶつかったけど」

「あー、いえいえ大丈夫ですよ。ほら私デカいですし」

「でも女の子なんだから。ホントに大丈夫?頭打ったりしてない?」

「……大丈夫です」

「なんか顔赤いけど、痛いの我慢してない?」

「ホントに大丈夫ですッ!学校遅刻しちゃうので行きますね!」

 

 そう言って熊谷ちゃんはどこぞのジャガーのようにピューと走っていってしまった。

 ホントに大丈夫なんだろうか……後で那須ちゃんに探り入れとくか……。

 そう思ったのも束の間、俺は走り出していた。理由は簡単メールを送ろうとケータイを開いたら時計を直視してしまったからだ。

 まぁどんな時間だったかはあの様子を見ていた人間なた簡単に推測できるだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ばっかもん!!!」

「痛い!!」

 

 鬼怒田さんの怒号とともに垂直にチョップが頭に刺さる。

 

「いくら遅刻しそうだからってトリオン体になって走るやつがいるか!このバカもんが!」

「面目次第もございません……」

 

 あの後間に合わないと察した俺はトリガーオンして全力ダッシュなんとか間に合ったもののトリガー使ったところを見られていたらしく鬼怒田さんにバレて雷が落ちた、というわけである。

 

「……もういい。仕事だ」

「……死事かぁ……。なにするんでしたっけ?」

「この前のトリオン兵の解析だ。昨日話しただろう」

「あーそうっすよねー」

 

 正直まったく覚えていない。昨日はホントにただの死事マシーンだったからな。

 だがまぁ解析といっても大層なことをするわけではない。このトリオン兵がどこの国のものかを過去のデータと照らし合わせて調べるという誰にでもできる雑用だ。

 昔新トリガーの開発に積極的に関わっていたことから俺はこうして雑用に呼ばれる。

 俺はなぜかある俺の席に座りパソコンを立ち上げた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ボーダー本部会議室。月に二、三度ほどしか使われないそこでは連日会議が行われている。

 議題はもちろん――

 

「玉狛のブラックトリガーの件だが」

 

 そう口火をきったのはボーダー本部司令。城戸正宗だ。

 

「遠征部隊が帰ってくるまで3日を切った。それまで霧島を拘束しておきたい」

 

 黒トリガーに三輪隊が敗北した時点で城戸はすでに遠征組と連絡を取っていた。

 状況を説明し作戦が決まり次第連絡を寄越せと伝えておいたのだ。

 そしてこれが始まる少し前太刀川から連絡があったのだ。

 さしあたって襲撃日時だけだったものの約3日間あるのだ。それなりに作戦も煮詰めることができるだろう。

 柊がいることも含めて作戦を立てるとのことだが出来るだけ不安要素を消しておきたいのだ。

 

「だがあいつの仕事の早さは異常だぞ。今日はとりあえずウチで木っ端仕事をさせたが全部片付けおったわ」

 

 柊のあの仕事の早さはおそらくサイドエフェクトに裏打ちされたものだと鬼怒田は考える。

『過去視』の能力的なものではなくもっと副産物的な。いわばサイドエフェクトのサイドエフェクトというべきもの。

 柊の過去視は自分の脳に人の過去が流れ込んでくる感覚なのだという。

 つまり自分のものではない体験を直接見せられるということである。

 人が感じた数分。あるいは数時間かもしれないがそれを一瞬で受け止めるのにはそれ相応の器が必要なのだ。

 それ故脳が進化していき、処理速度が上がったのだろう。

 それが柊の仕事が出来る所以であり、警戒する所以でもあるのだが。

 

「ですが、今はちょうど月の真ん中ですからねぇ。3日間も彼を縛るような仕事もありませんし」

 

 悩ましげに言ったのはメディア対策室長根付栄蔵だ。

 

「防衛任務を入れればいいだろう。幸い霧島はどこに入ってもある程度こなせるわけだし」

「ですがそれを命令するのは忍田本部長ですからねぇ」

「じゃあどうするというのだね!」

 

 正に一触即発……というか鬼怒田が根付に噛みついているだけのような気がするがそんな空気の中外務・営業部長唐沢克己はふーっと煙を燻らせた。

 

「唐沢くん、君はどう思う」

「そうですね……私なら何らかの理由をつけてトリガーを没収しますかね」

 

 全員がほう、と息を吐いた。なるほど、その手があったか。と。

 

「理由はなにかでっち上げればよかろう。それこそメンテナンスとでも言えばいい」

「……いいだろう、霧島の動きはそれで止めることにする」

 

 城戸のその言葉でその日の会議は解散となった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方その頃那須邸にて。

 

「キャー、くまちゃん愛されてるぅ」

「玲……お願いだからやめて……」

「えー、だって送られてきたんだもん」

「もん。とかかわいく言ってもダメなものはダメなの!」

 

 まったく、この幼馴染はおとなしそうな見た目のくせに人の恋愛事情になるとすぐこうやって人をからかい始めるのだ。

 ずいぶんニッコリとした笑顔を浮かべた那須がケータイを熊谷の方へ向けた。

 そこには柊から送られてきたメールの文面が開かれていた。

 

 《to那須ちゃん:今日熊谷ちゃんとぶつかって転ばしてしまったのでどっか怪我してないか見てやってください。君も知ってると思うけどあの子は隠しちゃうので。お願いします。》

 

「くまちゃんこれ……いる?」

「…………ください」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「うわー、霧島愛されてるぅ」

「テラさん……お願いだからやめてください……」

「いやー、だってこの光景を見たらそうとしか思えないもんな」

「死事が恋人ダメ絶対。」

 

 だろうなぁ、とテラさんことチーフオペレーター寺島雷蔵さんは呟いた。

 まぁ確かに今の俺の状況を見れば仕方がないのかもしれない。

 俺のデスクの右側にはやりおえた富士山が。左側にはなんと東京タワーが。

 鬼怒田さんにもらった死事を全部片付けたため帰ろうとしたところを鬼怒田さんに見つかり

 

「じゃあ……これでもやっておけ」

 

 と、自分のデスクにあった死事を俺にぶん投げてきた。なんだよじゃあって完全に今考えたことじゃねぇか。

 思い出しても腹が立つ……あんのクソタヌキ……

 俺が憎悪の炎に身を焼かれているとピロンと軽い電子音が響いた。

 どうやらテラさんにメールが届いたらしい。

 それを開いてしばし。テラさんは訝しげな顔をしてケータイを俺に向けた。

 えーとなになに。

 

 《to雷蔵:まだ霧島が残っとったら伝えろ。メンテナンスをするからトリガーを置いていけ。と》

 

「お前なに、トリガー壊したの?」

「いえ、そんなことないですけど……」

 

 まぁ……壊してないし!壊れたんだし!

 それを差し引いても、なんかおかしい気がするんだよなぁ……。まぁ理由の見当はついてるが。

 

「テラさん、お願いなんすけど俺はもう帰ったことにしてくれませんか?」

「確かにこの命令も変だしな……。いいけど鬼怒田さんに言うんじゃねぇぞ」

「了解です」

 

 はてさて、これまた面倒な予感がするぜ。

 

 

 

 

 




原作突入しながらもことごとく原作イベントを回避して昭和のラブコメを始めた社畜。なにしてんだこいつ。
三回くらい書き直したんですがこのパターンが一番しっくりきました。

新たに16人の方に評価を頂きました。ご意見、感想、評価お待ちしております。





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8話 大脱出

 昨日と同じく俺は鬼怒田さんに呼び出され、開発室に来ていた。しかし昨日と違うのは開発室長室。つまり鬼怒田さんの部屋に呼び出されたことくらいだ。

 

「お前のトリガーを出せ、霧島。」

「なんででしょうか」

「メンテナンスだ。なにやらお前のトリガー緊急脱出が壊れているらしいじゃないか」

「そんなこと誰が言ってたんですか?」

「うわさだがワシの耳に届くくらいだ。規模は想像出来るだろう」

 

 どうやらボーダー内でも結構有名なうわさらしい。なぜ知られているのだろうか。

 たぶん、というかまぁ間違いなく迅だろう。

 

「まぁ……いいですけど、このトリガーは壊れてませんよ?」

「それでも、だ。お前はまとまった時間取れないだろう。だからワシが直々に見ておいてやる」

「それはどうも。いやでもその間の防衛任務はどうするんですか?」

「休んでくれていい。忍田本部長にも許可を取ってある」

「ホントですか!?」

 俺は喜びのあまり飛び上がって喜んだ。

 やったねたえちゃん死事がないよ!

 

「しばらく新トリガー開発のモニターとして借り受けることを条件にな」

「おぅふ……」

 

 着地の衝撃に耐えられずゆるやかにへたりこむ。

 結局死事量的には変わらないというか増えてる。全然増えてますよこれぇ!

 どうせ足掻いても無駄なんだろうなぁ……。訓練された社畜は知っているのだ。足掻いたところで死事がなくなることはないとな。でもため息はでちゃう。だって量が多いんだもん。

 見てくださいよこの机いっぱいの書類を!とばかりに机を叩いてみるが鬼怒田さんは思いっきり見てみぬふりを決め込みやがった。

 こんのクソタヌキ……。

 

「じゃあ、早速やりましょうか。どんなトリガーですか?」

「ああ、今じゃなくていいぞ。お前の書類が一通り片付いたらワシの部屋にこい」

「……分かりました」

 

 やだ!なんか鬼怒田さんが俺にやさしい!いつもなら俺の死事とか関係無しに連れ出すのに!ちょっとしたチョロインならあっさり堕ちちゃってますよ!

 でも俺の死事は手伝ってくれないってことなんだよな……。やっぱ優しくねぇわ……。

 そういう現実には気が付かなくていいんだよ。俺のバカ野郎。

 とぼとぼと自分のデスクに戻りひとつため息を落とす。

 今日も一日頑張るぞい。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  本部開発室長、鬼怒田本吉は霧島柊のトリガーを懐に入れて充分すぎるほどに蓄えられた脂肪を揺らしながらずんずんと歩いていた。

  霧島のこのトリガーを城戸に預けてしまえば誰にも触れることができなくなる。

  あとは五分の……いや、作戦を立てる時間がある分遠征組の方が有利な状況で戦えるかもしれない。

  そんなことを考えていると書類を抱えた開発室の職員が話しかけてきた。

 

「室長、この書類なんですけど……」

「あー、書類ならとりあえず霧島に渡しておけ」

「ですが、室長宛てのものは?」

「それはワシの机に上げておけ。そんなことも分からんのかバカもん!」

「はっ、はい!すいません!」

 

  勢いよく頭を下げて職員は去っていった。

  確かあいつは雷蔵のところに最近転属してきた若者だったはずだ。

  まったく、雷蔵の奴め。部下の指導くらいちゃんとしておかんか。あとで一言言っておかねばならんな。

  そう決めて、鬼怒田は司令室に向かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「お届けものでーす」

 

  その一言とともに俺の机にダンボールがどかっと置かれた。

  それを運んできた最近開発室に転属してきた少年をギロリと睨み付けた。

 

「田辺くん。君は鬼か何かの末裔かな?」

「なにがですか?」

「何故わざわざ俺が死事をしていたところに置いているのかな?」

「あ、あぁぁぁぁ!!!すすすいません!!!」

 

  田辺くん叫びながら勢いよく頭を下げた。

 

「謝るのはいいけど、出来れば手の上からダンボールどかしてからにしてほしいな」

「すっ、すいません!ってあ……」

 

  田辺くんはそんな情けない声を上げた。

  なんだよ、もう。と顔を上げると書類の波が眼前に迫っていた。

  この子誰かに似てると思ってたがやっと分かった。

  太一くんに似てるんだ。

  この無自覚のクラッシャーぶりといい、悪意のない悪っぷりといい。

 

「すすすすいません!!!!」

「待て!頼むから動くな!」

 

  田辺くんは書類をどかそうと手を伸ばしてきたが恐らくこれ以上触らせると間違いなく状況は悪くなる。

  じっちゃんの名にかけてもいい。

 

「いいか?手を上げてゆーっくり後ろを向け」

「え?いや、でも」

「デモもテロも国民運動もない!!!頼むからゆっくり出ていけ。頼むから、な?」

「……はい……そこまで言われたら仕方ないっす……」

 

  おぉ、よかった。太一くんより聞き分けがある。これでもう俺は胃を痛めずに済む……。

 

 

 

 

  と、思うじゃん?

 

 

 

 

 

 

  振り向いた田辺くんは足元にあった書類を踏みつけてスッテンコロリン。俺のデスクに後頭部を打ち付けその衝撃で無事だった書類が宙を舞う。

 

「ギャーーーーーー!!!!!」

 

  このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが……。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「あーあー、ほんっとに。バラバラじゃんか」

 

  ひとりごちながら床に落ちた書類を拾い集める。その中の1枚に明らかに異彩を放つものがあった。

 

「なんだこれ?」

 

  無造作に並べられた数字と文字。紙も書類用の紙じゃないし誰かがなんかのゲームしたのが混ざってしまっただけだろう。

  俺はその紙を握り潰し、ゴミ箱にシュートした。それが見事に入ったのを確認してまた書類を片付け始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

  これと言って特に何も起こらないまま一日が終わりついに遠征部隊が帰って来た。

  ――最悪だ。

 太刀川隊が帰ってくるということは最近開放されていた報告書地獄が戻ってくるということであり、さらに彼の死事量が増えるということである。

 さっき最悪と言ったが間違いだ。

 本当に最悪なのは自分がここを抜け出せていないこと。

 完全に抜け出すタイミングを逸してしまった。

 彼は内心冷や汗をダラダラとかきながらトリオン体を駆る。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 深夜、それが太刀川慶率いる遠征部隊が選んだ時間だった。

 夜闇に紛れ誰もがいない街を駆ける彼らはどこか架空のものじみていて。しかし明確な敵意を持っていた。

 そんな彼らにかけられたのは飄々とした声。

 

「こんな時間にジョギングですか?」

「ぜひおれも一緒したいなぁ」

 

  遠征部隊の前に立ち塞がったはふたりの青年。

  彼らもまた、明確な意思を持ってそこに在る。

 

 

 




ちなみに田辺くんは一発キャラだと思われます。
しかし加古、太一、田辺くんで柊を絶対に殺すチームを結成する可能性が微レ存。
あと柊が脱出したカラクリは争奪戦後に明かされる予定です。そう考えるほど難しくないですが積みゲーを崩してる合間くらいに考えてみて下さい。
ご意見、感想、評価、お待ちしてます。


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9話 開幕

  A級7位三輪隊隊長。三輪秀次は絞り出すように言葉を吐いた。

 

「どういうことだ霧島……なんであんたがここにいる……」

「どうしてもこうしてもないよ。俺は迅に呼ばれたから来ただけだ」

「ふざけ――」

「まぁまぁ、落ち着けよ三輪。それじゃ霧島の思う壺だぞ」

「……はい」

 

  あら、残念。柊は内心そう呟いた。

  この人数差だ。出来るだけいつもの冷静さを失わせておきたかったのだが。その辺は流石と言う他ないだろう。太刀川に遮られてしまった。

 

「この際お前がどうやって抜け出してきたかはどうでもいい。」

 

  それはよかった。そんなことを聞かれたところで柊は「普通に歩いて出てきた」としか答えられないからだ。

 

「それより問題なのはお前が黒トリガーのために戦う理由だろ。聞けばお前は黒トリガーと知り合ったのは最近らしいじゃないか。そのためにお前が戦う理由が分からん」

 

  あぁ、なんだ。そんなことか。だとしてもなおも自分の答えは変わらない。

 

「俺は(仲間)に助けてくれと。そう言われたから来ただけです」

 

  本当にただそれだけ。

  ただ、迅が助けようとしているから。

  ただ、親友が守ろうとしているから。

  ただ、仲間が。滅多に助けを求めない仲間が俺に助けを求めてきたから。

  だが、たったそれだけの理由で柊は組織にも反旗を翻せる。

  そう答えた柊を見て太刀川はクックッと笑った。

 

「そうだそうだ。しばらく見てなかったから忘れていたが、お前はそういう奴だったよ。霧島」

「まぁそんなことはどうでもいいでしょ。それよりあんたらは退く気はないんですか?」

 

  柊は一番まともに交渉ができそうな風間の方を向いた。

 

「悪いな。これは任務だ。それにお前たちも戦えばただじゃ済まないのは分かっているだろう?」

「模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く固く禁ずる……ね。」

「それを言うならうちの後輩だって立派なボーダー隊員だよ。あんたらがやろうとしていることもルール違反だろ。風間さん」

「なん――」

 

  噛みつこうとした三輪を太刀川が遮った。その顔には迅によく似た笑みを浮かんでいた。

 

「いや、それは違うな、玉狛での入隊手続きが済んでても正式入隊日を迎えるまでは本部ではボーダー隊員として認めてない。俺たちにとっては1月8日まではただの野良ネイバーだ。――仕留めるのになんの問題もない」

 

  はぁ……と柊はひとつため息を吐いた。

  なんでこんなことは覚えてるのにいつも成績は残念なんだよ……。

 

「あちゃ〜。それは忘れてたなぁ。でもまぁ、それでもいいよ。おれたちが戦うことに変わりはない。」

「あくまで抵抗を選ぶか。」

 

  だが、と風間は続けた。

 

「お前も分かってるだろうが遠征部隊に選ばれるのは黒トリガーに対抗できると判断できる部隊だけだ。いくら霧島がいるとはいえ、たったふたりで俺たちに勝てるつもりか?」

「いやいや、過大評価ですよ。俺がいたところで精々遠征部隊を止められるくらいでしょ」

 

  こういうところでも煽るのを忘れない自分の相棒の性格の悪さは筋金入りだと思う。相変わらず敵に回したくない男だ。

  こんなことを思うのも久しぶりだな。そんなことを考えながら迅は口を開いた。

 

「だから、援軍は呼んである」

 

  それが合図だったかのように屋根に男たちが着地した。

  目を引く真っ赤なジャージに胸元には五つの星。

 

「嵐山隊、現着した」

 

  A級5位嵐山隊。隊長嵐山準が高らかにそう宣言した。

 

 

 ***

 

 

 

「忍田本部長派と手を組んだのか……」

 

  不味いな。風間は小さく呟いた。

  迅悠一をはじめとする玉狛支部。

  嵐山隊を筆頭とする忍田本部長派。

  この二つが手を組んだ時点で、黒トリガー二つと本部隊員の3分の1。戦力の上で完全に城戸派を上回っている。

  その上無派閥の霧島柊。

  無派閥に属する人間は、御し難くどちらかといえばアウトローな人間が属している。

  だが、得てしてこの霧島柊という男はそんなアウトローに好かれやすい人間である。

  彼がその気になれば無派閥派の人間をまとめあげることだって可能なのだ。

  さらに厄介なことに無派閥派の人間は能力が高いのだ。

  A級6位加古隊、元A級6位影浦隊、そして霧島の弟子の那須玲が率いる那須隊。

  これらを先ほどの部隊にプラスすれば正しく圧倒的な戦力差。おそらく、誰かが黒トリガーにならなければ覆らないほどの差になってしまう。

 

「太刀川、分かってるな」

「もちろん、こりゃ意地でも取りに行かなきゃだな」

「そんなにやる気なとこ悪いけど嵐山たちに柊がいればはっきり言ってこっちが勝つよ」

 

  迅はなおもニヤケ面を崩さずに言う。しかしそれを崩さないのは迅だけではない。

 

「お前のサイドエフェクトがそう言っているって?」

「そういうこと」

 

  それを聞き太刀川はクックと笑った。

 

「ここまで本気のお前は久々に見るな。面白い」

 

  腰に下げた刀によく似たトリガー、弧月を抜き、太刀川は獲物を前にした獣のような目で彼らを見据えた。

 

「お前の予知を覆したくなった」

 

  迅もまた鈍く光るそれを抜いた。いつの間にか薄ら笑いは消えていた。

  そこに浮かぶのは太刀川と似通った獰猛な笑み。

 

「やれやれ、そう言うだろうなと思ったよ」

 

 

  ――後輩を守るため。

 

  ――恩人を救うため。

 

  ――欲を満たすため。

 

  ――矜持を貫くため。

 

  ――任務を果たすため。

 

  ――約束を守るため。

 

 

 

 

 

『戦う理由』は人の数だけ。

 

 




正確には「まとめあげる」ではなく「土下座して回る」だと思う。
こんなことも見抜けないなんて風間さんもまだまだね。

新たに11人の方に評価を頂きました。ありがとうございます。
ご意見、感想、評価、お待ちしてます。


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10話 逆鱗

霧島柊
いつの間にか中学生とかに好かれている気がする。実は案外ロリコンなのかもしれない。

嵐山準
柊の数少ない友人。高校時代は柊と同じクラスだった。

時枝充
割とスタイルが被っているので柊は好いている。テンプレートなキノコヘッドだが、そもそもたけのこ、きのこ、の問題ではなくブルボンが好き。

木虎藍
柊が素で褒めたり信頼したりするからあっさりとなついたチョロい子。とりまるに淡い恋心を抱いているがまったく気付かれていない。ボーダーの男性隊員は鈍感でないといけないという規則があるのだろうか。

佐鳥賢
ボーダーNo.2土下座マン。なおNo.1は霧島柊であることは言うまでもない。






  A級3位風間隊、風間蒼也は苛立ちを隠せなかった。

 元々連れてくるはずだった冬島は船酔いに加え、謎の腹痛でトイレに籠ってしまった。

 そして嵐山隊という想定外の存在。

 忍田本部長派というのは「町の平和が一番」その理念を掲げている。

 言わば一番の穏健派と言っても過言ではない。いや、なかった。と言うべきか。

 だから忍田が部隊を繰り出してくるのは弟子の太刀川でさえ読めなかった。

 その上霧島柊。彼と迅の持つ「風刃」はもはや相性がいいとかそういう問題ではないのだ。

 故に最初に狙いを付けたのは霧島柊。

 

「奈良坂、当真、古寺、お前たちで霧島を抑えろ。最悪倒せなくていい。迅を援護する余裕を与えるな」

「いいんですか?数の有利がなくなりますよ」

 

  聞き返したのはNo.2狙撃手の奈良坂透だ。

  確かに今は7対10でこちらの方が数が多いが柊は乱戦でこそ、その真価を発揮する。

 

「問題ない、どちらにしろ迅に狙撃は当たらん。」

「でも、いなくても大丈夫って訳じゃないからな」

「キリさんを倒しゃいいんだろ?オッケー、オッケー」

「了解」

「相変わらず固いなー、奈良坂。もっと気楽に行こーぜ」

「あんたはもう少し気を張ったほうがいいと思うが」

 

  感覚派の当真と理論派の奈良坂はまったくといっていいほど相容れない。だからこれはいつものことなのだ。仕方ない。

  そう言い聞かせながら古寺は冷や汗を拭いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「みたいなことになってそうだけどどうする?」

 

  迅たちは屋根の上に退避しこれからの作戦を立てていた。

  実は彼らが集まるのは今が初めてだったりする。つまり細かい作戦はないのである。

  作戦を今立ててそれを実行できるというのは一重に実力の高さだが、それが事前に作戦を立てていた遠征部隊との違いにならなければいいが。

 

「まぁ、それについては問題ないよ」

「そうだな、俺の方に人数割く以上風間さんはお前のところ行くだろうし」

「そういう点では三輪隊がどう動くかだよなぁ」

「それならウチの足止めに来ると思いますよ。三輪先輩の鉛弾がある」

「でも佐鳥先輩の援護はないですしね」

 

  嵐山隊のオールラウンダー木虎藍はチラリと柊を見た。

 

「いやぁ、ホントに無理言ってゴメン。でも木虎ちゃんたちだからこんな無茶言えるんだ」

「……そこまで言われたら仕方ないですけど」

 

  顔を背け、素っ気ない言葉を放った。しかし木虎に尻尾が付いていたらちぎれんばかりに振っていただろう。

 

「おっ、来たぞ。上手くやれよ嵐山」

「そっちもな迅、柊」

 

  言いながら嵐山は拳を向ける。

  それを見た柊と迅ははにかみ笑いを浮かべながらコツンと拳をぶつけた。

 

  ――きれいだ。

 

  木虎は素直にそう思った。

 

  『仲良きことは美しき哉』

 

  ふと頭にその言葉が浮かんだ。

  それはこのことなんだな、とそう思った。

 

  聞けば柊はなんの説明もされずにここに来たという。ただ迅が、親友が助けを求めたから。

  たったそれだけで罰則を受けると分かっているのに戦えるものなのか。

  無遠慮で見返りを求めない友情。そんな友情があることに驚いて、美しいと思った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  嵐山たちが三輪隊を引き付けてくれたお陰で戦局は『迅、霧島VS太刀川、風間、歌川、菊地原、奈良坂、古寺、当真』と変化した。

  2対8での戦いだ。普通なら答えなど分かりきったことなのだろう。

  そう普通なら。の話だが。

 

 

 

 ***

 

 

 

  あともうほんの少し何かがあれば一気に堰が切れてしまいそうな張り詰めた空気。最初に仕掛けたのはやはりというかなんというか太刀川だ。

  弧月のオプショントリガー『旋空』。斬撃を瞬間的に拡張するそのトリガーは太刀川ほどの実力者が使えばその間合いは射手に匹敵する。

  しかしここにいるのは太刀川のライバルに、その相棒。挨拶程度の『旋空』に斬られてやるほど弱くも優しくもない。

  柊は迅と自分の足元に半透明の板『グラスホッパー』を出現させた。

  ちょうど迅が踏み切る位置に配置されたそれを踏みつけ後退した。

 

「おっ、来るぞ柊。左だ。」

「はいよ」

 

  言いながら柊は自らの左側頭部に一点集中させた『シールド』を展開した。

  刹那、鉄板に石をぶつけた時のような反響音。

 

「こりゃ当真くんだわ。めんどくせぇな」

 

  柊の読みは当たりである。なぜなら弾は家と家のほんの僅かな隙間を縫って霧島に着弾したのだ。

  迅がいなければまず間違いなく柊は落ちてしまっていただろうという最高の弾だった。

  故に当真は頭を抱えた。

 

「うっそだろ!?今ので無理なのかよ!くっそ、あのサイドエフェクトずっこいわ〜」

 

『当たらない弾は撃たない』

 

  それが当真の信条だが今のは迅の予知がなければ確実に当たっていた。

 

「だからまぁ、ノーカンだな」

 

  あっけらかんと言い放ち当真は動き出した

  今度は分かっていても反応できない弾を柊に当てるため。自らの信条を貫くため。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  風間隊の連携のレベルはボーダートップクラスであることは疑いようのない事実だ。そして霧島柊も連携のスペシャリストであることもまた事実。

  どちらが上かなど今まで知るよしもなかったがただひとつ言えるのは風間隊はあくまでなにかを狩るための動きで、柊は誰かを活かす動きであるということ。

  それが一体どういう意味を持つのか、風間はまだ知らない。

 

  太刀川が迅に斬りかかり抑えている間に、風間隊はいつも通りの連携攻撃を仕掛けるため、展開した。

  風間が迅の側面から突貫した。もちろんそこを防いだのは柊の『レイガスト』。

  トリガーの中で屈指の堅さを誇るそれはさすがの風間と言えど一撃では割れない。

  風間は両手に持った『スコーピオン』を目にも止まらぬ速さで振るう。五連撃を越えたところで柊は左手に立方体を展開した。

  そして風間の退路を立つようにして背後から『変化弾』が襲う。

  風間は背中に『シールド』を展開してそれをシャットアウトした。そして軽くバックステップを踏み距離を取って注意を引いた。

  次の瞬間、迅の背後に歌川と菊地原が姿を現した。

 

「気を付けたほうがいいよ。そこ」

 

  柊が呟いたが、彼らは聞く耳も持たずに突っ込む。今更霧島がなにかをしようと関係ない。霧島がなにか仕掛けるより迅の首が離れるほうが早い。

 

 

  ――はずだった。

 

 

  次の瞬間には菊地原と歌川の視界が反転していた。

  斬られたわけではない。飛んだのだ。

  柊が展開した『グラスホッパー』で。

  空中に投げ出されたせいで身動きが取れない菊地原たちに降り注いだのは『変化弾』の雨。

  さすが那須師匠なだけあって軌道がいやらしい。

『シールド』を張っていても足が少し削られてしまった。

  それでもなお柊が追撃をするために『変化弾』を展開した瞬間太刀川が『旋空』を放った。

  僅かに柊が顔を歪め自らと迅の足元に『グラスホッパー』を展開した。

  それを踏みつけ先程より鋭角に飛んだ。

  それを見て太刀川が内心舌打ちをひとつ。

  さっきのように山なりに飛べば狙撃の餌食。故に柊は『グラスホッパー』の角度を調整したのだろう。

  相変わらず変態だ。

  そのお陰で彼らは家に隠れながらしかも先程よりも長く太刀川たちより距離を取った。

 

 

  「風間さん、どうしますか?」

  トリオン体に標準装備された通信機能。歌川はそれを使い、風間に話しかけた。

 

「恐らく白兵戦では敵わないだろうし、狙撃にも対応されたからな」

「そんなことないですよ。ウチの連携なら――」

「だからだ。菊地原」

 

  菊地原は訝しげに首を傾げた。

 

「あいつに連携は効かないんだ」

 

  連携というのは基本的な動きが決まっているものだ。それの早さや完成度で敵を圧倒し、倒す。それが連携というものである。風間隊の連携はボーダー随一だ。しかし霧島柊もまた連携のスペシャリストである。それもその実力はボーダー随一の連携を誇る風間隊の連携に参加できるほどのもの。

  つまりそれがなにを指し示すかと言えば、柊は連携の隙を狙って崩せるということ。

  それが緻密な連携であればあるほど柊に読まれやすくなり、一瞬の隙を突かれ崩される。

  正直風間隊の相性は最悪と言えた。

  だがそれでも負けてやる訳にはいかない。

  自分に与えられた任務を全うするために。

 

 

 

 ***

 

 

 

  太刀川たちの動きが止まったことで柊と迅の動きも止まった。

 

「あちらさんは作戦会議中かね」

「みたいだな、お前なんか見えてないの?」

「今はちょうど別れ道かな。最高から最低まで色々見え――」

「……どうした?」

「不味い!退くぞ!!」

 

  最近になって滅多に聞かなくなった迅の叫び、要するに信号は赤。

  念のためグラスホッパー2回分後退し、前を向く。

  そこに広がる光景に思わず言葉を失った。

 

  豆腐のように切り裂かれ崩れ行く廃墟。それをやったのは目の前の男太刀川慶。

 

「あんた……バカじゃねぇのか……?」

 

  今は使われてないにしてもそれは確かに家なのだ。

 誰かが生きた証。それをなんの躊躇もなく破壊した。

 

  ――それは紛れもなく霧島柊の逆鱗。

 

  戦闘に絶対はない。

  しかし、ただひとつ言えることはボーダーで一番怒らせてはいけない人間を怒らせたということだけ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  A級2位冬島隊、狙撃手当真勇はスコープを覗きながらチャンスを待っていた。

  そして絶好のチャンスが訪れた。

  太刀川の『旋空』で辺りを更地にし、射線を通す。

  忍田を師に持つ太刀川はそれに最後まで反対していたが、切り札がない状態で迅に挑むわけにもいかず了解した。

  それにこの作戦はどちらかと言えば柊に効く作戦なのだ。

  ただでさえ、狙撃に対抗する手段がないのに、柊はこれを見れば間違いなく動きを止める。それは恐らく一瞬だが、当真に取っては充分すぎるほどの時間だ。

 

  そしてそれは来た。

 

  柊が崩れ行く廃墟を眺めながらなにか呟く。

  話に聞いていたより効いている。隙だらけだ。

  当真は迷うことなく引き金を引く。さっきより距離も近い。迅を経由してからでは絶対に間に合わない最高の弾。

  撃った瞬間に当たるのが分かる。

 

  柊の方から反響音が響く。それも3発。奈良坂と古寺も撃ったらしい。まぁ確かにあれを見逃したら狙撃手失格だ。

  そんなことを考えているとふと、当真は違和感に気がついた。

 

  ――反響音……だと?

 

  もう一度スコープを覗けば霧島の体の回りにはひび割れた3枚の半透明な板。

 

「はぁ!?うっそだろ!」

 

  思わず叫ぶ。

  そんな訳がない。それこそ迅のように予知でもしてなければ無理だ。

  必死に頭を回すが答えにはたどり着かない。突如頭が回った。比喩ではない本当に宙返りした時のように視界が回転した。そして自分の体がその目に映った時察した。自分は斬られたのだと。

 

「くっそ、今度は当ててやる」

 

  そんな捨て台詞を吐き当真は緊急脱出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「悪いね。ウチの相棒がお怒りなんだ。こっちも本気で行かせてもらう」

 

  迅はそう呟いて『風刃』を振るった。

 

「避けろッ!!!」

 

  太刀川の鋭い叫びもむなしく菊地原の首が飛ぶ。

 

「ついに抜いたか、風刃」

 

  仲間がひとり斬られているというのに太刀川は心底楽しそうに笑った。

  まるで『風刃』と戦えるのが嬉しいと言わんばかりに。

  もちろん太刀川もバカではない。『風刃』にひとりくらい落とされるのは織り込み済みだ。なんの問題もない。

  ふと柊が口を開いた。

 

「問題ない。とか思ってる?」

「……さぁな」

「それ間違いだよ」

「なに……?」

 

  刹那、背後から3本の光が弧を描き、ある方向に向かって戻っていった。

 

「なっ……!」

 

  それを見て誰もが声を失う。

『風刃』は目に届く全ての範囲に斬撃を伝播させるトリガーではなかったのか。

 

「まさか……」

 

  唸るようにして言ったのは風間だ。

 

「佐鳥を使って位置を補足したのか……」

「せいかーい。いやぁ嵐山たちには迷惑かけたよ。なんせひとり少ない状態で耐えてもらわなきゃいけなかったんだから」

 

  だとすれば廃墟を破壊し、射線を通したのは下策だったのかもしれない。

  柊を怒らせ、狙撃手たちの場所が割れてしまった。そこに畳み掛けるようにして迅の『風刃』が抜かれた。

 

  ――いや、違う。

 

  射線を通したのはベストな判断だったのだ。

  下策だったのは霧島柊という最大のジョーカーを怒らせたこと。

  だが、それでいい。

 

  ――そっちのほうが面白い。

 

  迅の力が柊の援護を得て迅がより強くなるというのならその迅を倒してこそ本当の決着だ。

  太刀川はニヤリと笑って2本目の弧月を抜いた。

 

 

 

 

  決着の刻は近い。

 

 

 

 




個人的にグラスホッパーの可能性は無限大だと思ってます。あれってなにに反応して弾いてるんでしょうかね。
利便性も高いし強いと思うんですけどあまり使われていないってことはたぶん扱いが難しいんでしょうね。

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ご意見、感想、評価、お待ちしてます。


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11話 ジョーカー

太刀川慶
偶然柊のテストを拾った時、難しい顔をして「あめ……む……しま……き……ふゆ……」と呟いていたという。

風間蒼也
自分の成長が止まった時期にグンと背が伸びた柊を見て「奴が俺の身長を……」と呟いていたのを目撃されている。

歌川遼
A級三位チームの隊員だし初期ポイントも結構高かったから実力者だと思われるがいかんせん影が薄い気がする。ただ風間隊は結構好きなのでいつか活躍させてやりたい。

菊地原士郎
首ちょんぱしたタイミングが狙撃手四人同時だったため原作より影が薄れた。
重ねて言うが作者は風間隊のことが好きである。

三輪秀次
今回嵐山に壁ドンされる。


 黒トリガー『風刃』

 目の届く範囲どこにでも斬撃を伝播させることができる。また先ほど彼らがやったように細かい位置情報さえ分かっていれば対象の位置が見えなくても斬れる。

 そんな強力な性能に隠れがちだがもちろん弱点も存在する。

 

 例えば、防御力。

 本部で開発されたトリガーではないため、所謂『シールド』や『エスクード』などに代表される防御用トリガーは使えない。迅のように未来予知の能力でもなければ遠距離専用の武器に成り下がってしまうだろう。

 

 例えば、ギミック。

 前述の通り、他のトリガーをセットできない以上、攻撃に関しては本人の剣の腕に大きく左右されてしまう。

 

 しかし、それは霧島柊がいることで解消される。

  一言にサポートがうまいと言ってもひとりひとりに得意な形がある。

 

 相手の攻撃から味方を守り、攻撃に専念させることがうまい『時枝充』

 自らが追い詰めたところを味方に倒させることがうまい『出水公平』

 相手にやりたいことをさせないことで味方に敵を倒させることがうまい『辻新之助』

  彼らはボーダー屈指の名サポーターだ。

 

  しかし霧島柊はその全てにおいて彼らを上回るのである。

 

『風刃』の能力を100%引き出せる迅悠一とその迅悠一の能力を100%発揮させられる霧島柊。

 故にこうなることもまた必然なのかもしれない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  太刀川が二本目の『弧月』を抜いた。

  それはつまり100%を出すということであり迅との接近戦に持ち込むということだ。

  太刀川が接近戦で迅の動きを止めて、そして風間と歌川が『カメレオン』を使い奇襲を仕掛ける。

  それは元々打ち合わせていた動きだ。しかし思った以上に苦戦している。単純に数の有利が減ったというのもあるが一番のファクターは霧島柊。

 

「太刀川、俺も加勢する。霧島のトリガーを制限するからお前が決めろ。歌川」

「了解!」

「了解です、風間さん」

 

 

 

 ***

 

 

 

  太刀川は迅と距離を詰めて右手に持った『弧月』を上段で振るう。

  迅はそれを『風刃』横から打ち付け、鍔迫り合いに持ち込んだ。

  そこを『カメレオン』で姿を消していた風間が迅の真横に現れ、腰から肩にかけて斬りつけた。

  刹那、風間の腕は跳ね上がり、体が泳いだ。だが『スコーピオン』はどこからでも攻撃できるのが強みだ。故に足から地面へと『スコーピオン』を潜らせて柊の足を狙った。

  眼前には半透明の壁。不規則なノッキング音が響く。反射で手をクロスさせて防御の構えをとった。衝撃。

 

  「ッッ!スラスターか……!」

 

  小柄な風間の体はゴムボールのように真後ろに飛んだ。

  そんな最中、風間は見てしまった。そして叫ぶ。

 

「待てっ!歌川!」

 

  柊の背後に歌川が姿を現す。

 

  ――それは釣りだ。

 

  『グラスホッパー』を持たない歌川は空中でそれをかわす術はない。

  風間がやられたのと同じように歌川の『スコーピオン』を振るう軌跡の中に『グラスホッパー』が設置された。腕が弾かれ体が泳ぐ。

  その隙を迅は見逃さず体を反転。風刃で地面を斬りつけた。

  その斬撃は電柱へと伝播し、歌川の首を飛ばした。

  迅の奇行ともいえる行動に太刀川は疑問を抱きながら剣を振るった。

  そこの間に入ったのはシールドモードとなった『レイガスト』を持った柊。

 

「まぁ、やっぱりそうだよなぁ」

 

  ぼやきながらもう一本の『弧月』で突きを放つ。

 

「旋空」

 

『弧月』が伸び、その勢いのまま『レイガスト』ごと押す。柊は足だけでは踏ん張れず引きずられてしまう。

  ばっと太刀川が剣を引き、バックステップで後ろに下がる。

  太刀川がいたところに斬撃が走る。

  あと一瞬遅ければ真っ二つになっていただろう。

 

「おーい、風間さん生きてる?」

「当たり前だ。」

「しっかしキッツいなぁ。霧島ってあんなに強かったっけ?」

「確かにあそこまで化け物じみた能力はなかった気がするがな」

 

  恐らく太刀川が街を破壊した時からだったはずだ。柊の動きのレベルが段違いに上がった。

  風間と歌川がかけられた罠が特におかしい。完全に動きを読んだ上で、しかもひとつだけピンポイントに『グラスホッパー』が設置してある。

 

「あれ迅の予知ですかね?」

「いや、それにしては正確すぎる」

「かといってあいつのサイドエフェクトでもないでしょ?」

「そうだな――いや待て……!」

 

  その瞬間風間の中で今までバラバラだった要素が一本に繋がった。

  恐らくボーダーの中でもかなり特殊な戦法を持つ風間隊を率いる風間だから気がついた仮説。

  だがそんなことが可能なのか……?

  内心悩みながら呟いた。

 

「サイドエフェクトの……共有……」

「……は?そんなバカな!」

「いや、ありえる。恐らく霧島に限って、だが」

 

 未来を見る迅悠一。

 過去を見る霧島柊。

 

 一見両極に位置するように見えるが実は彼らのサイドエフェクトはある一点において酷似している。

 それは『一瞬にして情報が頭に流れ込む』ということだ。

 その膨大な情報量を処理するために彼らの脳は常人のそれより進化している。

 しかも柊のサイドエフェクトは人に触れなければ発動しない。つまり今は大量の空き容量が存在している状況だ。

 そこに同じように人より大きな処理速度を必要とする迅のサイドエフェクトで見える映像を送っても柊は処理しきれるだろう。

 それは先ほどの攻防と狙撃手全員の攻撃を防ぎきったので明らかだ。

 ただひとつ一体どうやってそれを回線に乗せているのかそれだけが疑問だが、そんなことは今はいいだろう。

 

「だとしたら、それかなりやばくない?」

「いや、そうだとすれば弱点がある。そこをつけばあるいは、というところか」

「そういうことなら話は早い。風間さん作戦お願いします」

 

 風間はこくりと頷いて作戦を話し始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 まだ砂煙が舞う中それを閃光が斬りさいた。それは砂煙を斬るだけでなく柊へと向かってきた。

 オプショントリガー『旋空』である。

 ただこれは斬撃が飛ぶわけではなく伸びるのだ。

 故に刀の腹を思いっきりかちあげればコントロールを失う。

 シールドモードの『レイガスト』を斬撃の下に潜らせスラスターを起動。『弧月』を弾いた。

 迅が追撃をするべく『風刃』をふるった瞬間柊の頭の上に鋭い閃光。

 

 ――読み逃した!

 

 ぐりんと体を捻り直撃を避けた。しかし腕が体を離れ宙を舞う。

 柊は舌打ちをしながら後退する。

 

 ――不味いな……そろそろ時間が。

 

 ズキンと頭に激痛が走った。そろそろ決めないと持たない。

 トリオン体での通信機能を使いながら後退していると背後に鈍い衝撃が訪れた。

 背中を見ても、誰もいない。そう思った刹那。

 見たことのない景色が流れ込んできた。

 

 ――降りしきる雨。見渡す限りの黒。嗅ぎなれた線香の匂い。

 

 バツンと頭の中でなにかが切れる音がした。

 視界がぐらつく。いや、実際に倒れているのだ。

 そして柊の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 やはり風間の推測はあっていた。

『未来視』は常時発動型のサイドエフェクトだ。しかし柊の『過去視』はある引き金を引かないと発動しないタイプのサイドエフェクト。

 故に『未来視』の方が必要な容量は大きいのではないか。というのが風間の予想だった。

 そして風間の予想は当たりだった。柊の容量では迅の見ていた映像が全て受け取れなくなっていたのだ。

 元々狙撃手を減らしてから使う予定の短期決戦用の切り札だったのだろう。

 そして、見せたくはないが風間の過去を見せることですでにいっぱいいっぱいだった柊の頭をショートさせ、ふらついた柊の隙をつき風間が斬りさいた。

 先ほどまでは柊に策を通されたが今度はこっちの勝ちだ。

 

「迅、これで2対1だ。それに『風刃』の残弾は残り一発。いい加減諦めたらどうだ?」

「諦める……ね」

 

  迅はなおもニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべた。

  そして口が弧を描いたまま呟く。

 

「2対1?違うよ。2対3だ」

 

  なに?風間が迅と間合いを詰めるために一歩踏み出す。

  だが風間がそれ以上進むことはなかった。

  足元にささやかな抵抗を感じた。それを確かめる間もなく当たりに爆炎が起きる。

  そして砂煙が舞って視界が狭まった。

  不味い。

  身を隠すため『カメレオン』を起動した。

  しかし少し遅かったらしい。その体を撃ち抜いたのは二筋の光。

 

「佐鳥……!」

 

  風間は吐き捨てるように今ここにはいない変態狙撃手に言葉を投げつけた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  さっすが、相棒。頼りになるねぇ。

  迅は内心そう呟いた。

  柊は自分へのサポートはもちろん、自分のささやかな願いも叶えてくれた。

 

  ――もう一度太刀川と本気の勝負がしたかった。

 

  だからだと思う。柊は太刀川と自分が剣を交えているときは風間たちの動きを止めて、一対一の戦いにしてくれた。

  柊にはこれからのことを話してない。だがきっと気づいてる。

  だからこそあいつは出来るだけ粘ってくれたのだ。自らが苦手とする狙撃手にも狙われながら迅が『風刃』を差し出さなくていいように必死に。

  ただ結局太刀川たちに乗せられた感はあるが、あれについては迅にも思うところがあった。

  それにあれで怒らなかったら柊ではない。

  自分たちが慕った(隊長)ではないのだ。

 

「悪いけど太刀川さん。俺はもう負けないよ。」

「こっちのセリフだ。バカ」

「バカとか太刀川さんにだけは言われたくなかったなぁ」

 

  こんな殺伐とした状況なのにふたりはまるで公園で遊ぶ子どものような笑顔だった。

 

  「「言ったな!!!」」

 

 

  夜闇に閃光が走った。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  夜空に彗星の軌跡が描かれた。

  建物の陰に隠れながら嵐山は自分の隊のオペレーターである綾辻遥に連絡をとった。

 

「今のは誰だ?」

「風間さんです。あと『緊急脱出』はしてませんが柊さんも戦闘不能みたいです」

「柊さんが?」

 

  木虎が信じられないと言わんばかりに声を上げた。

 

「嵐山さーん見ました?俺のツイン狙撃?」

「悪いな、これが終わったら作戦室で見ておくよ」

「おい木虎見たか?これでおれを少しは尊敬――」

「嵐山さん、どうしますか?迅さんは一騎討ちするみたいですけど」

「じゃああいつが決めてくれるさ。おれたちは任された仕事をやりきろう。それに柊があれだけ頑張ったんだ。俺たちだけ『ダメでした』なんて言えないだろ?

 

  そう言って笑った嵐山はいつもの優しい兄のような目ではなく『男の子』の目をしていた。

 

「どうした?木虎?」

「あ、いえ!なんでもありません!それよりどうしますか?」

 

  先ほどまでの攻防で嵐山が『鉛弾』に被弾し足を潰され、時枝の腕が飛び、木虎は米屋との戦いであちこちからトリオンが漏れ出てしまっている。トリオン量が低い木虎にとってこれは痛い。

  だが、それだけの戦果は上げている。米屋を『緊急脱出』させたことにより相手の壁役が減った。それに米屋が落ちたことにより、数的同数だったのが数的有利に立てたことが今でも彼らを釘付けに出来ている最大の理由だ。

 

「迅と太刀川さんの一騎討ちが始まった以上、すぐにこの戦いは終わるだろうから、このまま射撃戦で釘付けにしよう」

「了解」

「了解。佐鳥先輩早く合流してください」

「なんだ?そんなに先輩に助けてほ――」

 

  木虎は通信を切り三輪の方へ向いた。

 

「踏ん張りどころですね。嵐山先輩、時枝先輩」

 

  こう見えて嵐山隊はうまく回っている。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  そうだ、俺はこれを求めていたんだ。

  この肌が焼き付くようなひりつくような感覚を、

  心が踊る斬り合いを。

  溶けてしまいそうなほど愉しい戦いを。

 

  ――嗚呼、愉しい。

 

  ずっとこうしていたい。

  終わらないでくれ。

 

  もっとやろう。

 

  少しだけ。

 

  あと、少し。

 

  あと――

 

 

 

 

  夜空に光が尾を引いた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  嵐山隊との戦闘中ながら三輪は背中を向けて背後の広がる光景に目を向けた。

  そして絶句。

 

  ――まさか、そんな訳が……。

 

  しかし得てして嫌な予感ほど当たってしまうものだ。

  三輪隊オペレーターの月見蓮から耳を疑うような言葉がかけられた。

 

『三輪くん、作戦終了よ』

「……!」

『太刀川くんが緊急脱出。残ったのは私たちだけよ』

「くぁあ〜、負けたか〜!つーか7対2で勝ったの!?太刀川さんたち相手に!?黒トリガー半端ねーな!キリさんもただ仕事できる人じゃなかったんだな〜」

 

  そんな出水の独り言も聞かず三輪はギリッと歯噛みした。

  柊の幼馴染はネイバーに殺されていたはずだ。

  だから少しだけ、信用していた。本部に所属こそしているものの志は自分と同じなのではないか、と。

  だが、違った。所詮裏切り者の玉狛支部出身。裏切り者の支部にいたのだから奴自身も裏切り者であることもまた当然。

 

「嵐山さん……いずれあんた達は後悔するぞ。あんた達は知らないんだ。家族や友人を失った人間でなければネイバーの本当の恐怖は理解できない」

 

  生涯忘れることはないだろう。目の前でネイバーに襲われた姉が自らの手の中で冷たくなっていく恐怖。

  それを知らないからネイバーと手を取り合うなんて世迷い言を吐けるのだ。

 

「迅も霧島も、ネイバーを甘く見すぎだ。いつか絶対に痛い目に合うぞ」

「甘く見てるってことはないだろう。迅だって母親を殺されてるし、柊のことはお前だって知ってるだろう?」

「な……!」

 

  三輪は動揺を隠せない。ボーダーに入ってそれなりに経つが、そんな話は一度もなかったはずだ。

 

「それに五年前には師匠の最上さんを亡くしてる。親しい人を失う辛さはよく分かってるはずだ」

「だが!それでも霧島は……!」

 

  嵐山はただ黙って三輪を見ていた。だからこんなことを言ってしまったのかもしれない。

 

「その幼馴染はボーダーだったんだろ!?だったらそれは自分のせいだ!霧島が気にするのはただの傲慢――」

 

  空気が凍りついた。

  嵐山の右手が三輪の襟首を掴み、壁へと叩きつけた。衝撃で空気が漏れ出る。

  嵐山の顔に浮かぶのは憤怒。その声音は聞いたことがないほど低かった。

 

「ふざけるな、三輪。それを言うことは絶対に許さない」

 

  嵐山が手を離すと三輪の体は崩れ落ちた。

  三輪に背を向け歩き出した嵐山が吐き捨てるように呟いた。

 

「あいつは今でも自分を責めてるんだ……だから止めてくれ」

 

  三輪にはその意味は分からなかったが、嵐山の言葉は鋭く、重く三輪にのしかかった。

 

「ッッ!」

 

  なんの意味もなく壁を殴り付けた。今はこの行き場のない怒りをなにかにぶつけたかった。

  そうしないと押し潰されてしまいそうだった。

  立ち上がり、本部に向けて歩きだす。出水は黙って三輪に並んだ。

  何も言わないのが今はありがたかった。

 

 

 




先日ついにお気に入り登録数が1000を越えました。本当にありがとうございます。
そこで区切りもいいことですし皆さんからアンケートをとって記念話なんかを書きたいと思います。
詳しくは活動報告で説明しますので覗いていってくだされば幸いです。

新たに15人の方に評価を頂きました。ありがとうございます。
ご意見、感想、評価、お待ちしてます。



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12話 種明かし

沢村響子
ことあるごとに柊が世話を焼いているのにもうだいぶ長い間部下のまま足踏みしている。本当に頑張ってほしい。

柿崎国治
高身長、スポーツマン、ボーダーとモテ要素は一通りもっているはずなのに超イケメンの嵐山、普通のイケメンの迅、年下キラーの柊と一緒にいたせいで 学生時代モテた試しがない。



今回ちょっと長めです。
そしてついに黒トリガー争奪戦編完結です。どうぞ、お楽しみください。



「お疲れ〜柊。ぼんち揚食う?」

「お疲れ。いや、今までどこに隠してたんだよ」

 

  言いながらもぼんち揚を一枚食べる。

  こいつのように毎日ボリボリ食べたい訳ではないが定期的に食べたくなる味である。

 

「そんでお前はこれから本部に戻るわけ?」

「まぁそうだね。おれが行かないと穏便には終わらないでしょ」

「穏便ね……悪いな。守れなくて」

 

  迅はニヤケ笑いを浮かべたまま顔の前で手を振った。

 

「いやいや、お前が来てくれただけでよかったんだって。それに元よりこうなる可能性の方が高かったんだから」

 ら」

「だけど……」

「大丈夫だって、形見を手放したくらいで最上さんは怒らないよ」

「違ぇよ。最上さんがどう思ってるかじゃなくてお前はどう思ってるんだよ」

 

  ぼんち揚を食べる手が一瞬ピタリと止まる。

  しかし、すぐに元のニヤケ顔に戻ってしまった。

 

「大丈夫だよ、おれは遊真たちが楽しく過ごせればそれでいいんだ」

「……そうか、お前がそこまでするんならそれ相応の奴なんだろうな。遊真くんも、三雲くんも、千佳ちゃんも」

「当たり前田のクラッカー。あいつらは近い内に大きな戦力になるよ」

「……楽しみにしとくよ」

 

  こいつが言うならきっとそうなのだろう。てかそこまでさせて弱かったら俺が許さん。

  さっき迅の『未来視』を借りた時にチラッと見えたが俺が鬼怒田さんにものっそい量の書類を渡されている未来が見えた。

  迅のサイドエフェクトが確定している未来は先まで見えるので避けられない未来ということだ。

  少なくともあの死事量分は強くなってもらわなければ困る。

 

「そんじゃ、おれは今から本部に向かうから」

「了解、ゆっくり追いかけるわ」

 

  迅は頭の上でピッと指で空を切ると飛び上がりそのまま目にも止まらぬ早さで駆けていった。

  それを見届け俺はとぼとぼと歩いていく。

  普通、戦闘体が破壊されると『緊急脱出』して本部へと戻るのだが生憎俺のトリガーには『緊急脱出』機能がついていないのだ。つまり今俺は生身である。

  トリオン体の迅には追い付けない。てかホントに早く行かないと天羽くんとかが出てきそうで恐い。

  ここまでやっちゃったら城戸さんも形振り構ってないだろうし。

  だがあいつが『風刃』を出せばこの話は終結するだろう。

  悩んだんだろう。誰にも相談せずにひとりで抱え込んで。悩んで悩んでこうすることを決断したのだ。

  だから俺にはその決断にはなにも言えない。

  でも、

 

  ――どうして俺になんの相談もないんだ。

 

  ――――どうして俺に弱音を吐かないんだ。

 

  ――――――どうしてひとりで抱え込むんだ。

 

  それだけがなんだかやりきれなくて悲しかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  俺は今回の戦いで俺たちのオペレーターをしてくれた本部長補佐、沢村響子さんの元へ向かっていた。

  本部長室の扉をノックする。部屋の奥から「どうぞ」とパリッとした声が聞こえてくる。さすが本部長補佐。できる女っぽい。

 

「こんばんはー」

「あぁ、なんだ霧島くんか」

「なんだってなんすか、なんだって」

「ちょっと身構えちゃったじゃない」

「忍田さんかと思ってですか?」

「なにか言ったかしら?」

「気のせいじゃないですか?」

 

  なんだ今の目。完全に獣の目だったぞ。

  さすが本部長補佐。上司に似て虎っぽい。

 

「それはそうとですね。今回はありがとうございます。ホントに助かりました」

「気にしないで。たいしたことはしてないわ」

「いや、沢村さんがいなきゃ迅の『未来視』も共有できなかったと思うので」

「それこそ私じゃなくてあのプログラムがすごかったのよ」

 

  沢村さんは言いながら沢村さんのデスクに置いてある。桜色のUSBメモリを指差した。

 

「……そうですか、ありがとうございます」

「なんで霧島くんがありがとうなの?」

「え、あ……いやそんなことより今回のお礼ですけどいつも通りでいいですか?」

「……ありがとう」

 

 ちなみにいつものというのは俺が忍田さんと沢村さんの書類死事を一手に引き受け死事が早く終わった忍田さんをご飯に誘うという作戦である。

 何度かこの作戦を敢行したことがあるがどれも結果は芳しくなく、ただ俺が死にかけただけだった。

 もうちょっと頑張ろうよ沢村さん。いい年した男女がなんでそこまでして結ばれないの?

 

「沢村さん、今回こそ頑張ってくださいね」

「はい……頑張ります……」

「それじゃ、俺は戻りますんで」

「うん、おやすみ霧島くん」

「……はい」

 

 おやすみかぁ、できるかなぁ……。永遠におやすみなら近い内にしそうだけど。

 若干鬱になりながら俺は本部長室を後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今の内に少しでも書類を減らしておこうと、死事部屋に戻る。

 扉を開け、電気をつけようとスイッチに手を伸ばした。しかし人の気配を感じ、 ピタリと動きを止めた。

 

「誰かいるのか……?」

 

 一応呼び掛けてみるが帰ってきたのは静寂。

 うわ、これめちゃくちゃ恥ずかしいやつだ。と、思った矢先部屋の奥からぬっと男が出てきた。

 

「……やっと戻ってきたのか、柊」

「……カッキー……?」

 

 電気をつければ見慣れた柿色の隊服。見まごう事なき俺の友だち柿崎国治だった。

 

「なんで俺の部屋にいるの?もしかして死事やってくれてた?」

「そんなわけないだろ!鬼怒田さんから逃げてるんだよ!」

「あぁ、そうだ。カッキーが影武者やってくれたんだっけ」

「そうだよ!危なかったんだからな!」

 

  俺が迅から連絡を受けて開発室を抜け出すにあたり、忍田さんが影武者を用意してくれた。俺は遠征部隊が出発する前にトイレで影武者、つまりトリオン体を弄って、見た目を俺にしたカッキーと入れ替わったわけだ。

 

「バレない内に抜け出せた?」

「鬼怒田さんが鬼の形相で会議室に向かった時にこっそり抜けたからセーフかな?」

「ちなみに誰のトリガー使ったの?」

「そりゃあおれの――」

 

  カッキーは言いながら気がついたようだ。みるみる内にサァと顔が青くなった。

  トリガーを使うとその反応が本部に送られる、そして誰が使ったかも調べることができるのだ。

  まぁ、つまりそういうことだ。

 

「……ドンマイ☆」

「うるせぇぇぇぇ!!!」

「ちょっ、待って!殴るのはダメ!殴るのはダメ!!」

「お前どうしてくれるんだよ!俺が降格したらウチの隊解散だぞ!!!」

「いやー、大丈夫大丈夫。 タブン」

「なんかボソッと言っただろ!」

 

  やたらうるさいカッキーはおいといて、死事、死事。

  机に向かい、カリカリやり始めるとカッキーはボスっとソファーに座り、俺が買ってきたマッカンを啜った。

 

「うっわ、やっぱ甘いわ。よくこんなん飲めるな」

「きっさまぁぁぁぁぁ!!!」

 

  よくも俺の唯一の味方を!死をもって償え!

  鉄槌を下すべく俺が腕を振り上げるとカッキーは持ち前の運動神経で俺の腕をガッシリ掴んだ。

 

「おい、離してくれよ。ちょっとハグしようとしただけじゃないか」

「殴る気まんまんじゃねぇか!」

 

  カッキーはその腕をグリンと捻り上げた。

  カランと乾いた音が鳴る。

 

「はさみって!お前正気か!?」

「マッカン……マッカンを返せ……」

「いいだろ一本くらい!報酬だ報酬!」

「…………うむ、よかろう」

「悩みすぎだろ……」

 

  呟きながらカッキーはもう一口マッカンを煽った。

  しばし、沈黙が流れた。

  それを破ったのはカッキーだ。

 

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

「内容によるな」

「お前らはどうやって連絡とってたんだ?」

「あー、なんだそんなことか」

 

  俺は自分のデスクをごそごそと探索しだした。

  えーっと、どこにあるんだろ。いかんせんデスクの上に書類多いので探し物も一苦労だ。

 

「お、あった。はいこれ」

「……落書き?」

「やっぱそう思うよねー」

 

  俺がカッキーに渡した紙は一見無造作に配置されたひらがなと数字。百人に見せたら間違いなく百人落書きと言うだろう。

  しかし俺は違った。

 

「これはさ、俺たちが昔作った暗号なんだ」

「暗号?」

「そ、ホントにピンチの時に使うんだとよ」

 

『いい?わたしたちの内誰かがピンチになったらこれを使って知らせるんだよ?そしたらどこにいようとすぐに駆けつけるから』

 

  とか、なんとか言ってたっけか。まったくこんなこと覚えてる迅もバカだが俺も相当のバカだな。

 

「へぇ、それで連絡取り合ったわけだ」

「うん、だいたい合ってる」

「だいたい……ってどこが間違ってんだ?」

「俺は一回しか送り返してないぞ」

「……それで万全だった遠征部隊倒したのか?」

 

  カッキーが戦慄しながらそう言った。

  しかしそれは間違っている。

 

「いや、万全じゃなかったから俺らは倒せたんだよ」

「どうしてだ?かなり前から準備してたんだろ?」

「いや、そこじゃなくてさ。もっと突発的な不幸な事故があったじゃない」

 

  カッキーは指をあごに当ててしばし考え込むと不安そうに呟いた。

 

「……腹痛?」

「そう、それ。いやーあれと船酔いのおかげで冬島さんが出てこれなくなったからずいぶん楽になったよ」

「お前酷い言い方するな、ホントに冬島さん死にそうだったんだぞ」

「いやいや、なに言ってるの。あれカッキーのせいじゃない」

「……は?」

「は?じゃなくてね。あの水強力な下剤入ってたんだよね」

「お前が持たせたんじゃねぇか!」

「いや、俺は止めたじゃない。それなのにカッキーが持ってっちゃったから……」

「お前……嵌めやがったな……!!」

 

  カッキーはまるで人でも殺すかのような目で俺を睨んできた。

  いや、悪いとは思ってるよ。思ってるだけで言わないけど。

  俺が察してくれ、とカッキーを見つめているとカッキーはハァと深く息を吐いてスポーツマンらしいニッカリとした笑みを浮かべた。

 

「まぁいいよ。お前らがそこまで本気なんだ。むしろこれで俺を巻き込まなかったら怒ってたわ」

 

  俺はカッキーの言葉に思わず顔を俯かせた。

 

「おい、どうした?俺の言葉に感動しちゃったか?」

 

  なおも顔を背け、目頭を抑える。

 

「分かってる、分かってる。泣くなって柊」

 

  俺は顔を上げて吐息とともにゆっくりと言葉を吐いた。

 

 

 

 

「カッキーの言うことがイケメンすぎて気に入らない」

「うっさいわ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  息がつまるような静寂が流れる部屋にノックの音が響いた。

  入れ、と言ったのは城戸だ。

 

「失礼します」

 

  その言葉とともに入ってきた黒髪痩身の男、霧島柊はポーカーフェイスで迅の隣に並んだ。

  口火をきったのもまた城戸だった。

 

「話はついさっきの戦いのことだが」

「……はぁ」

 

  霧島は訝しげな顔をした。きっと『風刃』の件を迅から相談されるなりしていたのだろう。

  そして気に入るかどうかは別として話はそこで決着するだろうと思っていたはずだ。

  その予想は外れであり、当たりだ。

 

「霧島、お前への罰がまだだったな」

「……どういうことか聞いていいですか?」

「どうしてもこうしてもないだろうが。ワシを騙してまで迅の元へ向かいおって」

 

  鼻息荒くそう言ったのは鬼怒田だ。

  柊のトリガーを見分けるのは容易い。人のものと比べて随分と傷がついているのだ。

  故に油断した。

  カバーに派手な傷がついていれば霧島柊のものなのだとそう思い込んでしまっていた。

  柊が戦っていると聞いて鬼怒田はすぐに提出されたトリガー解析した。

  結局それは誰のものでもないトリガーに柊のカバーをつけただけのものだった。歯噛みしてももう遅かった。その時にはすでに戦いが始まっていたのだから。

 

「それにお前は嵐山隊とは別に忍田本部長から命令は受けてないらしいが?」

「……そうですね」

「いや、それは違うな」

 

  認めかけた柊に横槍を入れたのは忍田だった。

 

「私は命令書を出したはずだが?」

「しかし、霧島のことは開発室が借り受けている。それには命令の優先権も委譲されるのだよ」

 

  要するに現在柊への直接命令権は忍田ではなく、鬼怒田にあるということだ。

  現在命令権を失っている忍田が出した命令書はただの紙に等しい。

 

「これを見越していたのか……城戸司令……!」

「…………」

 

  忍田は苦虫を噛み潰したような顔で城戸を睨んだ。しかし当の城戸はそれを黙殺し、柊へと目を向けた。

 

「……分かりました。でもお願いがあります」

「内容によるが、なんだ」

「柿崎隊員には罰を免除してください」

「……あぁ、お前が罰を受けるなら聞いてやろう」

「ありがとうございます。それで罰というのは?」

 

  城戸は正しく爆弾とでも言うべき言葉を投下した。

 

「次のランク戦のシーズンが始まるまでに新チームの立ち上げ、あるいは部隊への所属を命じる」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「城戸司令……あなたは知っているでしょう……」

「…………」

 

  城戸は忍田の言葉を黙殺した。

  分からなかったわけではない。むしろ分かっているから答えなかったのだ。

  忍田が聞きたいのは、柊が隊を組まない理由だ。

  柊は大規模侵攻の時に自身のチームメイトであり、恋人である少女を亡くしている。

  そこから彼はチームを解散し、もう二度とチームを組むことはなかった。

  恐らくそれは怖かったのからだろう。チームを作ってもまたいなくなってしまうかもしれない。

  自覚はなかったのかもしれない。

  だが、無意識の内にも確実にそれは柊の体に絡み付き、いつしか決して消えない呪いと化していたのだ。

  その気持ちは城戸にも分からなくもないが、これ以上あの戦力を遊ばせていくわけにはいかなかった。

 

「霧島を部隊に入れるのは決定事項だ」

「しかし……」

「人と組めばあれほどの力を発揮するのだ。フリーにしておくには惜しいだろう」

「…………!」

 

  城戸の話は一応筋が通っている。

  だから忍田はなにも言えない。

  それの真意が別のところにあるとしてもだ。

 

「質問がないならこの場は解散とする」

 

  忍田は視線だけで射殺せるのではないか、というほどに鋭い目を城戸に向けて去っていった。

  それに唐沢が続くと会議室には城戸、鬼怒田、根付の三人になった。

 

「存外うまくいきましたな」

「そうですね。これで霧島くんが城戸司令派の部隊に入れば最高なんですがねぇ」

「この際文句は言うまい。霧島が玉狛に流れないだけでもいいだろう」

 

  柊に部隊への所属を命じた理由は単純。

  本部に縛り付けたかったのだ。それもできるだけ自由のきかない形で。

  正直なところ城戸たちは柊の力を過小評価していたのだ。

  迅との連携がうまいのは知っている。しかしそれの全盛期はチームを組んでいた四年前がピークだと思っていたのだ。

  実際はまったく衰えていないどころか、トリガーの進化と、さらにはサイドエフェクトの共有という反則じみたことまでやってのけた。

  迅に黒トリガーがないことを差し引いても組ませるとA級トップ部隊をも食いかねない。それに加えて空閑遊真の黒トリガー。

  『風刃』と天羽がいるとはいるとはいえ可能性は下げておきたいというのが本音だ。

  まぁ柊はチームに入れてしまえさえすればよほどのことがない限り逆らうような真似はしなくなるだろう。

  今まで自分ひとりが罰を受ければ良かったところを今度はチームで責任をとることになるのだ。

  身内に甘いあの男がそれをしてまでボーダーの派閥争いに荷担するとは思えない。

 

「どこに入るか……か」

「……城戸司令?」

 

  根付の言葉には答えず立ち上がり、会議室を出た。

  霧島がどこに入ろうと知ったことではない。

  要は戦力を引き剥がせればいいだけなのだから。

  だが、できれば奴がもう一度心から笑えるような。そんな仲間がいるチームに入れればいい。

  城戸はフッと自嘲した。

  自分にはこんなこと似合わないことは知っている。

  いつか誰かに言われたことがあったな……。

  それを思い出して城戸はもう一度笑った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  俺はガックリと肩を落とし、とぼとぼと廊下を歩いていた。

  もちろん反論したものの、命令だと言われれば逆らえません。どうも社畜です。

  隣を歩く迅がぼんち揚をかじりながら能天気な言葉を向けてきた。

 

「いやぁ、大丈夫、大丈夫。未来はいい方向に動いてるって」

「なに、お前なんか視えてんの?」

「う〜んまぁ、視えてるっちゃ視えてる」

「なんだそりゃ」

「今未来がいっぱい視えててさ。正直どれに転ぶか分かんないんだよねー」

「……それいい方向に行くか分かんないってことじゃないのか?」

「どれに行ってもいい方向には行くよ。ほらお前人には恵まれてるじゃん」

「まぁ働く環境には恵まれないけどな」

「……なんかごめん」

「言うな。辛くなる」

 

  なんだろう、話をどこに変えても俺が傷つくだけの気がする。

  でもあれだな、チームに入ればちょっとくらい死事減るかもしれんな。よし、そう思い込もう。プラスに考えると人生楽しいって誰かが言ってた。

  俺がそんな決意を固めていると廊下の奥の方からカッキーと嵐山が歩いてきた。

 

「お疲れさん、二人とも」

「呼び出されたみたいだけどどうしたんだ?」

「後で話すわ。それより飯行かない?俺腹減ってるんだ」

「いいねぇ。柊さんゴチになりまーす」

「なりまーす」

「あざーっす」

 

  なんだこいつら流れるように俺に奢らせようとしてくるんだけど。

  そんなことで逼迫するような懐事情じゃないからいいけどよ。

 

「じゃあなに食う?」

「牛丼!」

「鍋ー」

「俺は蕎麦がいいな」

「……ラーメンだな」

「なぜ聞いた!?」

「いいだろ!だってみんなバラバラなんだからよ!」

 

  まったく協調性の欠片もないやつらだ。

  俺ははぁ、とため息を吐いた。

  だがまぁ、こいつらといるのは悪くない。そんなことを街灯に照らされて、長く伸びる影を見ながらふと思った。

 

 




公式Q&Aより
Q 戦闘体の見た目はどれだけ変えられますか?身長や体型、性別を変えたり、はたまた、全くの別人にもなれるんでしょうか?

A 多少の操作は可能ですが身長などを大きく変えすぎると生身との違和感が原因でトリオン体の操縦がうまくできなくなります。しばらくそのままでいると慣れてきますが、生身に戻ると結局違和感を感じるので、戦闘体の外見をいじることはあまり行われなくなりました。

だからたぶんできる。そう信じてる。

新たに9人の方に評価をいただきました。ありがとうございます。
感想、評価、感想、 アンケートの回答お待ちしてます。


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◆ わらしべ長者

先日お気に入り登録してくださった方の合計が1000を超えました。
皆さんのおかげで少しずつこの物語も前に進んでいます。
こんな話を書けるのも皆さんのおかげです。この場を借りて最大級の感謝を。



  風間隊オペレーター、三上歌歩はボーダーの食堂で少し少し遅めの昼食を食べていた。

  メニューは親子丼。歌歩の好物だ。

  それを口いっぱいに頬張り、舌鼓をうっていると横から声をかけられた。

 

「おっす、三上ちゃん」

 

  その声が聞こえた瞬間、歌歩の体はビクンと跳ね上がった。

  たぶんこれがこの人以外の誰かだったらこんなにも驚かなかっただろう。そう歌歩が密かに思いをよせる男。霧島柊ではなかったら。

 

「こっ、こんにちは、キリさん」

 

  歌歩は慌てて口の中の飲み込み、ごまかすために精一杯の笑顔を取り繕った。

 

「しかしあれだね、君は随分おいしそうにご飯を食べるね」

「……なにがですか?」

「いや、あんな口いっぱいに頬張ってたからさ」

 

  見られてたっ!

  歌歩はバッと手で顔を覆った。

 

「リスみたいでかわいかったけどね」

 

  一瞬なにを言われたのか分からなかった。そして数秒かけてやっと理解する。

  顔がリンゴのように真っ赤に染まり、机にがんと頭を打ち付けた。

  え?今私!?私が褒められたの!?それともリスが褒められたの!?

  明らかに冷静さを失っている歌歩の質問に答えるものは誰もいない。声に出していないのだから当たり前だが。

 

「おーい三上ちゃーん、だいじょーぶかー?」

 

  柊の声が耳元で聞こえてまたビクンと跳ね上がる。

 

「…………だいじょぶです…………」

「……?とてもそうには見えないけど」

「大丈夫です!大丈夫ったら大丈夫なんです!」

「お……おう、そうか……」

 

  歌歩に詰め寄られ完全に気圧されてしまったらしく柊はそんな曖昧な返事をした。

  話を逸らすならここだ。

  過去数度しか発動したことのなかったサイドエフェクト『女の勘』がそう言っている。

 

「そっ、そういえば!キリさん福引きに当たったって聞きましたけど!」

「うん、そうだよ。一泊二日の旅行券」

 

  だがしかし、逸らす方向を間違ったようだ。その剣先は歌歩の方へ向かっている。

 

「誰と行くか……決めたんですか?」

 

  自分がそれに誘われないことくらい分かっている。それでも聞いてしまうのはなぜだろう。

  どうせ傷つくことは分かっているのに。

  柊は首を傾げながら口を開いた。

 

「さぁ……たぶん好きな人と行くと思うよ」

「……そうですか」

 

  それはあまりに残酷な言葉だった。

『好きな人』

  そうぼかされたのは、柊には確実に好きな人がいて、しかもそれは自分でないということの証左だったから。

 

「キリさん……行かなくていいんですか?ほら、それ……渡しにいかないと」

「ん?あぁそうだね。じゃあ行ってくるわ」

「はい……がんばってくださいね」

 

  歌歩は無理矢理笑顔を浮かべた。そうしないと普通にしていられないから。

  食堂を後にする柊はちょうど入ってきた那須隊の攻撃手にして弟子の熊谷友子となにやら楽しげに話し始めた。

  やっぱりあの人なのだろうか。可能性としては十分ありえる。だって自分より熊谷の方が一緒にいる時間が長いのだから。

  それに柊はああいう方が好きなのだろうか……。

  歌歩は熊谷の胸と、自分の胸に視線を行き来させる。

  それに身長だって……。

  歌歩ははぁ……と深くため息をついて親子丼をつついた。

  そんな歌歩の元にまたも不意打ちで声をかけられた。

 

「どうした?三上」

「……風間さん……」

「あぁ、分かった。お前がそういう顔をする時はたいがい霧島のことだ。大方あの旅行の話だろう」

 

  ちょっとしたエスパーのように当てた風間に驚きつつ歌歩はため息混じりの返事をした。

 

「はい……どうやら熊谷せんぱいと行くみたいです」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「おっす、熊谷ちゃん。今日はひとり?」

「はい、今日はちょっと個人戦をしにきただけなので」

「そっか戦績は?」

「あんまりよくなかったです……。荒船さんに4対6でしたし……」

「いや、それでもスゴいよ荒船くんに4対6でしょ?師匠が知らない内に随分強くなっちゃって」

 

  柊はまるで自分のことのように笑いながらそう言ってくれた。

  こういう時この人の弟子でよかったと素直に思う。

  自分たちの活躍をまるで自分のことのように喜んでくれて、しかも忙しいにも関わらずランク戦は毎回チェックしてくれるというのだから、頭が下がる。

  だからかもしれない。

  少し甘えたくなった。

 

「柊さんこの後大丈夫ですか?今日やった個人戦の反省会したいんですけど」

 

  言った瞬間、後悔に襲われる。柊の笑顔が曇った。

  たぶん長く付き合った人では人ではなければ分からない変化だが、分かる人間には一目瞭然だ。そして奇しくもここにいる熊谷友子はそれが分かってしまう人間のひとりだった。

 

「うん……ゴメンね、俺今から今ちゃんのところ行かなきゃいけないんだ」

 

  しばし、驚きで言葉がでなかった。しかし頭だけは冷静に回っていた。

  いつもだったら『仕事でさ』との言葉が返ってくる。それなら断られても仕方がない。

  でも今回は違った。

  わざわざ『今ちゃんに』と明言したのだ。それも半ば口癖になりつつある『仕事で』の枕詞もつけずに。

  それはつまりそういうことなのだろう。

  先ほど荒船から聞いた柊が二泊三日で旅行に行くという話。

  きっと結花と行くのだろう。そのために会いにいったのだ。

  だったらせめて自分は笑って送り出そう。

 

「そうですか、残念。じゃあまた今度お願いしますね」

 

  でも、『残念』という言葉が出て来てしまったのはなぜだろう。

  自分の口から意図せず出たその言葉がどこまでも自分の本心を表していることに気がつくにはそう時間はいらなかった。

 

  柊さんは今せんぱいと行くのか……。

 

  頭の中で吐き出したその言葉は声にはならずに吐息となって空に消えた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  鈴鳴第一オペレーター今結花はランク戦が終わった後の作戦室で残務処理をしていた。

  そんな時、作戦室の扉が叩かれる。

  キリさんだ。

  モニターを見ずとも分かる。柊はなぜか扉をノックして訪問するのだ。

  結花はパネルを操作し扉を開けた。

  扉が開けば、そこにいるのはやはり柊だ。

 

「おっす、今ちゃん」

「こんにちは、柊さん。どうぞ掛けてください」

「うん、ありがと」

 

  結花は手で椅子を指し示した。柊はそこに座った。

 

「すいません、お茶もだせなくて」

 

  本拠地である鈴鳴支部でならすぐにでも出せるのだがいかんせんここにはあまりこないため物を置いてないのである。

 

「いいよ、いいよ。むしろ下手なもん置いたら太一くんに破壊されちゃうでしょ」

「あはは、そうですね」

 

  なまじリアリティがある辺り笑えない。結花はから笑いを浮かべた。

 

「それより、今日はどうしたんですか?」

「あぁ、そういえば、はいこれ」

 

  柊は手に持ったファイルから数枚の紙を取り出して結花に結花に渡した。

 

「……これは?」

「鈴鳴の書類。なんかの手違いで玉狛に来てたから届けにきましたよ」

「そうだったんですね、ありがとうございます」

 

  結花はそれを受け取り、机に置いた。

 

「そうだ、柊さん。これからなにか予定ありますか?」

「いや、ちょっと野暮用がね」

「そうですか……」

 

  残念だ。一緒にご飯でも。と誘うつもりだったのだが。

 

「あ、やべ。ゴメン今ちゃん、もう行くわ。」

 

  柊は時計を見て、忙しなく立ち上がった。

 

「あ、はい……」

「そんじゃ、また今度」

 

  そう言って作戦室を去る柊の背中に小さく手を振った。出来るだけ早く、また今度が来るといいな。

  そんなことを願いながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  少女は願った。

  早くまた、今度が来ればいいと。

  しかし、こんなものを見たいわけではなかった。

  こんな残酷な現実を突きつけられるかのような。

  食堂へ向かっている最中のことだ。廊下で柊が風間隊のオペレーター、三上歌歩になにかを渡していた。はっきりとは見えなかったが、横長の長方形の包み紙。

  でも、それだけで察してしまう。

  それを期待していなかったわけではないから。

  きっと柊は歌歩と行くのだろう。そうでなければ歌歩があんな笑顔を浮かべるわけがない。

  あんな幸せそうな笑顔。

  胸の中にすうっと寒々しい風が吹いた。

  この感情をなんと言うのだろう。

  淋しさか、喪失感か、あるいは――

 

 

 

 ***

 

 

 

『はぁ……』

 

  ガックリと肩をおとし、とぼとぼと歩く三人の少女。

  三人とも目に見えて落ち込んでいる。 そして悩みまで共通している。霧島柊だ。

  そんな三人が十字路でばったりと顔を合わせる。神様というやつがいるのならそいつは相当趣味が悪いらしい。

 

「ど、どうも」

「うん……こんばんは」

「……こんばんは」

 

  いくら冬だといえ、寒過ぎる。いつからボーダー本部はツンドラ気候になったのだろう。

  それも当たり前といえば当たり前だ。

  三人が三人とも会いたくない理由があったのだから。

  ピリピリとした雰囲気の中もうひとつの廊下から嬉しげな声が聞こえてきた。

 

「やった!ホントにありがとう霧島くん!」

 

  沢村の年甲斐もなくはしゃいだ声。あまりの珍しさに三人が耳を傾けた。

 

「二泊三日よ!?嬉しくないの!?」

「に……ぱ…」

「ついに念願が叶う!やった〜!」

「………すー」

 

  沢村のは大きくて聞こえるのに柊の声は小さくて聞き取れない。

  だが、沢村の言葉だけでなんとなく察してしまう。

  再びショックを受けそうになる少女一同だが頭にある疑問が浮かんだ。

 

「……あれ?」

「……うん?」

「……ん?」

 

  顔を見合わせる。

 

  少し情報をすり合わせようか。

 

  喋らずとも意思を伝えられた瞬間だった。

 

「みんな柊さんが旅行券当たったって話は聞いたのよね?」

 

  肯定。

 

「じゃあ、誰と行くかは聞いた?」

「聞いてないけどなんとなく……」

「あたしも……」

 

  うん?と再び三人の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「じゃあ、せーの、で指差してみようか」

 

  音頭を取ったのは熊谷だ。

 

「はい、せーのっ」

 

 

 

 

 

 

  ……………………?

 

  またも疑問符。

 

  歌歩は熊谷を、熊谷は結花を、結花は歌歩を。

  とんだ輪廻の輪が出来上がっていた。

  そんな三人に朗らかな声がかけられる。

 

「どうしたの、こんな道のド真ん中で」

 

  自分たちがこんなことになっているのに件の件の男はいつも通りである。

  それの怒りも含めて少女たちは叫んだ。

 

『キリさん!!』「柊さん!!」

 

『どういうことですか!!!!!』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  今現在俺が置かれている状況を整理しよう。

 

  福引きで旅行券が当たる。

  ↓

  沢村さんにあげるために探す。

  ↓

  食堂を探したけどいない。

  ↓

  熊谷ちゃんと喋る

  ↓

  ちょうどランク戦が終わったので今ちゃんに書類を渡す。

  ↓

  結局本部長室にいた沢村さんに旅行券を渡す。

  ↓

  沢村さんめっちゃ喜ぶ。

  ↓

  なんか有名な和菓子屋の商品券くれる。

  ↓

  死事部屋に戻る最中三上ちゃんと会う。

  ↓

  商品券あげる。

  ↓

  三上ちゃんが喜ぶ。

  ↓

  死事

  ↓

  マッカン買いに行こうとしたら沢村さんに会う。

  ↓

  忍田さんを誘えたらしくめっちゃテンション高い

  ↓

  めんどくさいので「にゃんぱすー」と答えていた。

  ↓

  ばったり三上ちゃん、熊谷ちゃん、今ちゃんと会う。

  ↓

  すごい勢いで詰め寄られる。←イマココ

 

  ……なるほど、分からん。

  なんだこれ、どうなってるの?

  俺が死事している間になにがあったの?

 

「だって、柊さん……今せんぱいと旅行に行くんじゃ……」

 

  歯切れ悪く言ったのはかわいい弟子のひとり熊谷ちゃんだ。

  しかしまだまだだな。

 

「熊谷ちゃん俺はね……二泊三日も休み……もらえないんだ……」

 

  三人が揃って目を見開く。

  その「あ!そういえば!」みたいな反応やめてくれませんかねぇ。ちょっと傷つくんですけど。

  てか女の子となんて行くわけないでしょ、恋人でもないんだから。行くとしたら、迅とかあの辺誘うわ。

 

「……ってことはキリさん」

 

  おずおずと伺うように聞いてきたのは三上ちゃんだ。

 

「ん?なに?」

「キリさんは旅行行かないんですか?」

「まぁそうなるね。残念ながら。」

 

  俺がそう言うと三人はほっと胸を撫で下ろした。

  なんだそれ、俺がいないと自分で死事しなきゃいけないから安心してるの?先輩泣いちゃうよ?

  涙がこぼれないように上を向いていると、ふとダースベーダーのテーマが鳴る。

 

「……はぁ、電話だから席外すね……はぁ……」

 

  俺がこんなに憂鬱なのも電話の相手が城戸さんからだからだ。

  どうせ忍田さんと沢村さんが休むことになったからお前が書類やれとかそういうことだぜ。

  はぁ……しんど……。

 

「はい、もしもし、しゃ……霧島です」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  取り残された十字路、少女たちの間には微妙な空気が流れていた。

  ちなみに沢村は見たことのないテンションのまま去っていってしまった。それもまたこの気まずさの一因なのだが。

  一番の要因はそれぞれがそれぞれ勘違いしていたことだ。

  恥ずかしさはいまだ留まることを知らず、三人の顔を朱に染め上げている。

 

「その……」

 

  その中でも一番顔が赤い三上が口を開こうとした瞬間結花の背後から「せんぱーい」と間延びした声が聞こえた。

  悪の化身別役太一だ。

 

「来馬せんぱいがもう帰るって言ってました!」

「……分かった」

 

  結花は呟いて熊谷と三上にペコリと頭を下げて、太一の後についていった。

  三人がいたことで成り立っていた均衡はひとりいなくなればすぐに崩れる。

  熊谷と三上もその波に乗って解散した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……」

 

  俺はもう何度目か分からないため息をついた。なにがいいたいかって、死事が多い。

  こんなことなら沢村さんに渡さない方がよかったな……。でも、どうせ行く相手もいないしなぁ……。

  そういえば、さっき会ったあの子たちは何してたんだろうか。わざわざあんなところで話す内容……。

  たぶん俺が上げた商品券の話だろ。ほら三人とも和菓子好きだし。

  もらったものをまた誰かに上げるなんて申し訳ない気がするが、まぁ折角なら俺より喜んでくれる子が使った方がいいだろう。

  あの三人が仲良く和菓子でも買いに行ってくれればそれこそ僥倖だ。

  あぁ、いかんいかん。 手が止まっていた。

  今回は割りとシャレにならないレベルで死事が多いので今日も今日とて残業である。

  書類の束を切り崩しながら俺は切に願った。これだけやってやったんだ。

  頼むから沢村さん。

  幸せになってくれ。

 

 

 

 

 




アンケートをとったら休日をあげてくれ。っていうのが多かったんですが、残念。社畜に休みはないのさ。
まぁ近い内にやるので別の機会に回させていただいたいただけなのですが。
今回のテーマは『修羅場』です。
意見を下さったシミタカさまありがとうござます。
そんなわけで楽しんでいただけましたでしょうか。これからも応援よろしくお願いします。


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13話 勧誘

この前投稿した話が『厨二なボーダー隊員』にそっくりだという指摘を受けたので書き直しました。
混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。


  忍田さんが気を遣ってくれたのか今日は珍しく死事が少なかったので、サクッと終わらせて太刀川隊の作戦室に来ていた。

 

「そんなわけでさー。これからどうすればいいと思う?」

「さーねー。とりあえず思い浮かぶまでゲームするー?」

「うーん、今やってるけど全然思い浮かばないねー」

 

 なんかこの子と話してると俺までのんびりしてしまう。

 

「なんでこんな速いの……このふたり」

「キラー使っても全然差が埋まんないんだけど」

 

 結局俺のヨッシーとハナ差で国近ちゃんのピーチがゴールして、今回のレースが終わった。

 

「久々にやったけどやっぱ楽しいなー、これ」

「そりゃあ、あんだけ俺らにスター突撃かませば楽しいだろうよ」

「いや、最後はちゃんとやったじゃないですか。まぁ国近ちゃんには負けたけど」

 

 てかなんでそんなに強いの?本人がスター使ってるの?

 

「さてと、俺は戻ろっかね」

「えー、なんで?まだやるでしょ?」

「それに付き合ってこの前徹ゲーしたでしょ。あの後死ぬかと思ったんだから」

 

  まさかの防衛任務二連チャン。頭はガンガンするし、トリオンカラカラだしとにかく眠たい。

  寝たら死ぬぞ。寝たら死ぬぞ。寝たら死ぬぞ。

  と、とあるシンジくんのように自分に自分に言い聞かせながら戦っていた。

  もうあんなのはこりごりだ。

 

「そんなこと言いつつ、手は次のステージへと動いてますよ」

「まぁ……もう一戦くらい……さ」

 

  いいじゃん!ゆっくりゲームするのなんて久々なんよ!

 

「じゃあキリさんステージ選んでいいよー」

「ありがと、じゃあ俺はここかな」

 

  俺が選んだのは虹の道。使うキャラはクッパ様だ。

 

「落とす気マンマンだ!」

 

  この後めちゃくちゃ落とした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「そんで、お前ホントはなにしに来たんだよ」

「なにって……ゲームですけど」

「それ以外にもあるんだろ?俺は分かってるぜ?」

 

  俺の動きはまったく分かってないみたいですけどねー。覇王翔吼拳に正面からぶち当たってる太刀川さんがなんか出来る上司みたいな感じで言った。

  いや、あなた戦闘特化でしょ。ぶっちゃけ実務能力は茶野くんとかの方が高いよ。

 

「いや、ホントにゲームしにきただけですって」

「バレたからって照れなくてもいいんだぜ?おれには分かってる」

 

  ピンと立てた指をチッチッチと舌を鳴らして振る。

  なにこれ、折っていいの?ものっそいウザいんだが。

  指にくらいつきそうな手を必死で抑えてるにも関わらず太刀川さんはさらにドヤ顔で的外れな言葉を吐いた。

 

「霧島、お前ウチに入りたいんだろ?」

「いんや、全然」

 

  若干くい気味に返事をする。

  そのあまりの早さに太刀川さんは口をポカーンと開けてアホ面を晒していた。

 

「じゃ、じゃあなんで来たんだよ!」

「だからゲームするためですよ」

「キリさん暇そうにしてたからわたしが誘っただけだよ?」

「どうしたんすか、太刀川さん?」

「え、なにこれ俺がおかしいの?それともお前らがおかしいの?」

「どっちでもいいでしょ。さ、国近ちゃん勝負しようぜ」

「オッケー、次は負けないよ」

 

  半ば放心状態の太刀川さんを放って俺は国近ちゃんとKOFを始めた。

  まぁ、太刀川さんには悪いけど仕方がないことなんだ。

  これからどうなるか分からないのに特別手当てがでる太刀川隊の死事を手放すわけにはいかない。

  てか、太刀川の死事を無料でやるなんて考えられない。

  そんなわけだからすいません、太刀川さん。

  心の中で小さく謝ったが国近ちゃんのユリと激戦を繰り広げている内に忘れてしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

  さて、次は諏訪さんのところで麻雀でもしようかな。そんなことを考えながら、ぼんやり歩いていると、ふと腕に小さな抵抗を感じた。

  振り向けばそこには加古隊のジャージを着た黒江ちゃん。

 

「こんにちは、どうしたの?生憎今お腹いっぱいだから炒飯は無理だよゴメンね」

「なんでそんなに必死なんですか?今日はそれじゃないですよ」

「じゃあなんで?」

「それはね、霧島くんをウチに入れるためよ」

 

 耳元でささやかれ、ぞわりと背中が粟立つ。

 勘弁してくれ、こういう不意打ちには弱いんだ。

 だがそんなことは些細な問題だと言うことを文字通り身を持って、知ることになる。

 

「……加古さん?」

「どうしたの?」

「純情な未成年をこういう風に勧誘するのは褒められた行為じゃないと思いますけど」

「あら、てっきり霧島くんはこういうのが好きだと思ったのだけれど」

「黒江ちゃんもいるんですからやめてください。黒江ちゃんが変なこと覚えたらどうするんですか」

「大丈夫よ、双葉だっていつもやっているもの」

 

 驚きで言葉がでない。黒江ちゃんみたいな子どもが一体いつこんなことをするんだよ。最近の世の中ホント怖いわ。

 いや……ホントに。

 首もとに当てられたスコーピオンを眺めながらしみじみ思った。

 ちなみにトリガーで斬られても首は飛ばないが意識は飛ぶ。そりゃぁもう余裕で飛ぶ。一度斬られたことがあるが、あれはヤバい。三途の川に片足突っ込んでたね。

 てかこれ恐喝罪じゃないの。というかそれ以前に人間としてなにか欠如してると思うのですがあのその。

 割とガチな恐怖に震えていると加古さんはスコーピオンを首もとに当てたまま囁いた。

 

「霧島くん、ウチの部隊に入りなさい」

「加古隊はガールズチームじゃなかったんですか?」

「そんなことないわ、ただ才能のある子を集めていったら女の子ばっかりになってただけよ」

 

 その女の子にはあなたは含まれてるんでしょうかねぇ。

  嫌みのひとつでも言ってやろうかと思ったがさすがにスコーピオンがあるので無理、下手こくと死ぬ。

 

「そうですか、俺には才能はないのであんまりオススメしませんよ」

「謙遜のしすぎは時に暴力よ?素直に認めなさい」

「いえーい、俺てんさーいあっ!すいません斬らないで」

「ちゃんと……答えて?」

 

 笑顔でいうあたり怖い、すごく、とても、非常に怖い。

 助けて!黒江ちゃん!と目を向ければ黒江ちゃんは俺がなにかを企んでいると思ったらしく背中に背負った弧月に手をかけた。

 悲しい。すごく悲しい。ホントに悲しい。

 まさか可愛がってた後輩と目を合わせただけで刀に抜かれそうになるとは誰が思っただろう。

 さて、このままふざけ続けるのも加古さんに悪いな。

 

「少し、考えさせてください」

「他の部隊にも誘われたの?」

「まぁ、はい」

 

  歩いてる途中にカゲくんに言われた。

 

『ウチんとこ来るんだろ?』

『え、やだよ』

『ちっ(マンティス首ちょんぱ)』

『…………(絶句)』

『来るんだよな?』

 

  なに?スコーピオン使う人ってみんな人を脅して思い通りにさせるの?

  まぁ、実際に手を出してない分加古さんの方が百倍マシなんだけど。

 

「だからって言うわけじゃまないですけど、少し考える時間をください」

「……まぁいいわ」

 

  やっと俺の首からスコーピオンが離れ、加古さんは俺を解放した。

  そしてトリガーをオフにすると黒江ちゃんと並んで作戦室のほうに歩きだした。

  はぁ、加古さんがトリオン体でよかった。

  生身だったらまた、見たくないもんをみてしまうところだったから。

  胸をほっと撫で下ろしていると加古さんがクルリと踵を返し、撫で下ろした胸をドキリと跳ねさせるような笑顔を見せた。

 

「いい返事期待してるわね」

「……善処します」

 

  俺が言ったのを楽しげに聞きながら加古さんは再び歩きだした。

  全部お見通しだったわけね……。

  きっとあの人には分かっている。

  俺が隠した本当の理由も、俺が抱いているトラウマじみたものも。

 

「勝てねぇなぁ……」

 

  その言葉は気がつけばするりと零れていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  死事部屋に帰って来て俺は酷く驚いた。それはもう変な声がでてしまうほどに。

 

  ――死事が増えてない……だと……。

 

  いつもならあべのハルカスくらいあったやつをアパホテル&リゾート<東京ベイ幕張>くらいにしてもまたあべのハルカスに戻っているというのに!

  なにこれ、ちょっと俺にやさしすぎるんじゃないの。ドッキリか、それともこの後に恐ろしい揺り戻しが待っているのか。

  とりあえずドッキリの線から探そうか。

  机の裏を覗きこんで探すが、ない。

 じゃあ次は……

 俺が棚と棚の間にライトを当てて覗きこんでいるところに来客を示す音がなる。

 俺はそのまま「どうぞー」と声を出した。

 チラリと見えたそこには我が愛弟子那須ちゃんがいた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 なにをしてるんだろう……。

 

 那須玲は素直にそう思った。

 尊敬する師匠が本棚と本棚の間に顔を突っ込んでなにかを見ていた。

 基本的にはカッコいい人なのだが局所的に残念さが爆発しているのが柊なのだ。

 ふぅとため息を吐き那須は柊に話しかけた。

 

「……どうしたんですか?」

「ん?ドッキリカメラ探し」

「なんでそんなこと……」

「いや、今日は死事が増えてなかったんだよ。これは絶対誰かの陰謀だよ」

「忍田本部長の厚意だと思いますけど……」

「いや!俺は信じない!絶対迅とか諏訪さんあたりの嫌がらせだね」

 

 うわぁ……幸せ慣れしてないなぁ、この人……。

 まぁ、だからこそ自分の親友は苦戦しているのだろうが。

 度を超えた柊のめんどくささに辟易していると柊が顔をこちらに向けた。

 

「そういや那須ちゃんどうしたの?」

「えっとですね……あの、勧誘に来ました」

「新聞ならお断りだよ」

「分かってるくせに」

 

  那須がクスリと笑いながら言えば柊もまた違う笑みを浮かべた。

 

「……那須ちゃんも?」

「はい、そうです。……やっぱり私たち以外にも誘われてるんですね」

「ありがたいことにね……」

 

  ありがたい。なぜ柊がそう言いながらも苦しそうな表情になっているのか那須には分からなかった。

  聞けなかった。そこには自分ごときが踏み込んでいい場所じゃなかったから。

  受け入れ、傷つく覚悟がなければ踏み込むことのできない場所。

  そこを踏み込むのは自分の親友であればいいと願いながら那須は頭をさげた。

 

「改めてお願いします。私たちのチームに入ってください」

「……ごめん。少し、考えさせてほしい。まだ俺のなかでも整理がついてないんだ」

 

  柊は無理矢理に作った笑顔のようなものを浮かべた。それは酷く痛々しげで少し気が引けた。

  なんだか……こう自分が柊に対してなにか酷いことをしているような。そんな気持ち。

  那須はそのもやもやした気持ちに蓋をして、柊に「分かりました」と笑って言った。

 

 

 

 ***

 

 

 

  那須ちゃんが帰ってからかれこれ二時間が経っていた。

  死事もないのになんでこんなところにいるんだと言われそうだが、なんてことはない。ただボーッと考え事をしていたのだ。

  中身はもちろんチーム所属のことだ。

  俺は今加古隊、二宮隊、影浦隊、柿崎隊、那須隊、茶野隊の六つのチームに勧誘されている。太刀川隊なんてなかったんや。

  勧誘されているんだが……どうしてだろうな。

  なんだかまったく頭が回らない。

  メリットもデメリットも明らかなのに答えがでない。

  いや、そんなことは別に問題ではないのかもしれない。

  問題はきっと俺のなかにあるもの(・・)だ。どうしようもなく絡み付いてほどけないこれをどうにかしない限りはきっと俺は進めない。

  背もたれに体を預ける。見慣れた天井。スプリングがぎしっと悲鳴をあげる。

 

「許してくれるかな……」

 

  まろびでたその言葉はなんの意味も持たず、宙に溶けた

 

 




9月です。お前はもっと秋らしくしなさい。具体的には早く涼しくなれ。

ご意見、感想、評価、お待ちしています。


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14話 弱さ

 墓地というのは静櫃で神秘的な雰囲気に包まれている。それがこの冬場なら特に。

 俺は買ってきた鮮やかな青い花。リンドウを供えた。

 そして目を瞑り、手を合わせた。

 

「元気してたか?俺の方は相変わらずだよ」

 

  静かに語りかける。

  今はもういない俺のチームメイトに。

  俺が殺した恋人に。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 A級三位部隊を率いる風間蒼也はうどんを受け取って食堂をぐるりと見回した。

  生憎今は昼飯時、どこもかしこも満席だ。

  そんな時、食堂の隅にひとりで数十枚の紙幣を数えてはノートになにか書き込んでいる諏訪を見つけた。

 

「諏訪、相席いいか?」

「おう、いいぜ。でも汁飛ばすなよ」

「当たり前だ。それよりお前はなにをやっているんだ?」

「これか?賭けだ賭け。霧島がどこの部隊に入るかのな。雷蔵と組んで胴元やってんだよ。お前もどうだ?」

「今のところどこが有力なんだ?」

「一番人気は柿崎隊だな。次に影浦隊」

 

 確かにそのふたつの可能性は高い。

 柊なら親友である柿崎の頼みは断らないだろうし、今のところ霧島の力を一番活かせるのは影浦隊だ。太刀川隊なんてなかった。

 

「じゃあ人気がないのは?」

「那須隊だな」

「……やはりか」

 

  本人は決して認めようとしないが、柊は弟子である那須、熊谷、辻の三人を溺愛していると言ってもいい。

  どれだけ仕事が忙しくても彼らのランク戦はチェックするし、そこで活躍すれば柊の死事の速度は倍になるという噂もある。

  要は単純に弟子の成長や、活躍が好きなのである。

  それだけ聞けば那須隊や二宮隊が有力だろうが、霧島の指導方法は手取り足取り教えるタイプではなく、気づかせて成長を促す方針だ。

  しかも厄介なことにその方法は彼女らの敵になったほうがやりやすいのである。

  だとすれば柊は迷わずそちらを選ぶだろう。

  現に実力はA級に匹敵するだろう二宮隊ですら人気はない。

  霧島柊という男を知っていて那須隊や二宮隊に賭けるのはよっぽどのギャンブラーか馬鹿だ。

 

「諏訪、一口いくらだ」

「一口千円からだ。でも珍しいな、お前がこういうのに参加するなんて。」

「……む、万札しかないな」

「あ?じゃあしゃーねーな。ツケてやっても――」

「仕方ない。これで賭けるか」

「は?お前正気かよ!てかギャンブルとかするタイプじゃなかっただろうが!」

「目立ってるぞ、諏訪」

「誰のせいだと……!まぁいいわ。で、どこに賭けるんだよ」

「―――――だ」

 

  風間の発した言葉を諏訪は信じきれないようでポカーンと風間を見つめている。

 

「聞こえなかったのか?」

「逆だバカ!……お前本気で言ってんのか!?」

 

  諏訪の声は食堂中に響き、周囲の注目を集めた。

  その中でも風間は動じず静かに口を開いた。

 

「あぁ、俺は那須隊に賭ける」

 

  一拍。そしてざわめきが爆発した。

  風間は財布から一万円を抜き取り、諏訪の元へ置いた。そしてニヤリと笑ってこう言った。

 

「分の悪い賭けは嫌いじゃないんだ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  どれくらい手を合わせていたのだろう。

  立ち上がり、少し冷えた手をポケットに突っ込む。

 

  じゃあ、また近い内に来るわ。

 

  胸の中で小さく呟いた。

  本来ここにはあまりたくさん来るべきではないのだ。こいつにはゆっくり眠っていてほしいから。

  そう思っていても来てしまうのはきっと俺の弱さだ。

  ひとつ、嘲笑ともため息とも分からない息を吐き、背中を向けて、歩きだした。

  墓地の出口に寒いのかトレンチコートの襟をかきこむようにして立っている女の子がいた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「とりあえず、マフラーでも巻けば?」

 

 鈴鳴第一オペレーター今結花は柊が差し出したマフラーを見て、ピシリと固まった。

 

「いや!あの……大丈夫……です」

「……?いや、遠慮しなくていいよ?さっき寒そうにしてたじゃない」

 

 察しろ!恥ずかしいんです!

 

 心の中では威勢よく叫んでいるが現実は残酷である。

 現実では真っ赤になって俯く結花と不思議そうに結花を見ながら紺のマフラーを差し出す柊の姿。

 その柊がなにか名案でも思い付いたかのような顔をした。

 そしてニヤリと笑う。

 

「あれ?どうしたの?一緒に巻く?」

「……………………いいですよ。巻きましょう?マフラー」

 

 結花は精一杯胸を張ってできるだけなんともなさげに、余裕をたっぷりにそう言った。

 もちろん強がりである。

 こうやってからかうことが得意な柊でもこんな予想外なことをされればその憎たらしい笑顔もすぐに困り顔に変わるはずだ。

  そんなことを思いながら結花は柊を見上げた。

  そしてそれを見た瞬間この手が愚策だったと知る。

  結花の視線の先には小さな子どもでも見るような笑顔を浮かべた柊。

 

「よーし、分かった。そんじゃ巻いちゃおっか」

「いや、それは実は言葉の綾と言うかなんと言うか。というかそれはどうかと思いますし――」

「え?今ちゃんが言い出したんじゃない。今更逃げられてもなぁ……」

 

  なにこれ!いつからこんなに積極的になったんだ!バカ!

 

  またも罵倒するがその言葉は外には出ずに結花の内側で虚しく響く。

  というか、いつからそんなバカップルのようなことをする関係になったのだ。

  結花は必死に頭を巡らせるがどれも勝手に自分が勘違いした思い出しかない。

  だが今回ばかりは期待していいと思う。いや、期待したい。

  だが、確かに嬉しいが恥ずかしいこともまた確かである。

  結花はぎゅっと目を瞑ってその時を待った。

  しばし。そっとやさしく手を掴まれた。

  ドキリと心臓が跳ねた。

  動揺して手が開いているのか、握っているのか曖昧な形になる。

  まさか、こんなに柊が大胆だとは思わなくて。でもそれがどこかうれしくて。

  曖昧に握られた手にするりと肌触りのいい布がすべりこみ、握らされる。

  そして手首を握られ、首にぐるぐるとマフラーが巻かれた。

 

「はい、完成です」

「………………え?」

 

  なにかやりきった感を出している柊の顔を見て思わず間抜けな声が漏れる。

 

「……どういう……え?」

「そんな不思議そうな顔されても……。今ちゃんが一緒に巻こうって言ったからさ」

 

  たっぷりと数十秒間結花は考え込んだ。

  …………確かに言ってなかったな……。

  きっと柊にとっては結花がマフラーを巻けないから一緒に巻いてあげようか?ということだったのだろう。

  その結論に辿り着いた瞬間結花の顔はぼふっと急速に赤くなった。

  確かにこれは自分の勘違いだ。

  勘違いだが叫ばずにはいられなかった。

  柊の脇腹をつかみ、捻るようにつねった。

 

「このっ……ばか!!」

「いってぇぇぇ!!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「それで、なんの話?まさか俺の腹つねりにきただけじゃないでしょ?」

「それは……キリさんが……」

「ごめん、聞き取れなかった。もう一回いい?」

「もういいですよ」

 

  柊のマフラーに顔を埋めるようにして呟いたのでどうやら柊には聞こえなかったのかようだ。それがよかったのかはまだ知らない。

  それを考えるのが怖くて、結花は唐突に話を切り出した。

 

「キリさん……チームに入るんですよね」

「……まぁ、そうだろうね」

「ウチに来ることはできないんですか……?」

 

  結花の言ったひとことで柊の顔は少し歪む。

 

「ごめんね……城戸さんからは『本部で』って条件出されちゃったからさ」

「そうですか……」

 

  本当は知っていたのだ。つい先日来馬が直接誘ったことも、そして断られたことも。なのに聞いてしまった。そして柊にこんな顔をさせた。

  自分はなんて醜いのだろう。ただ、自分が諦めきりたいがためだけに柊を傷つけた。

  お日様の匂いがする柊のマフラーに顔を埋め、サイテー、と一言。

  それが聞こえていたのかは分からないが、柊はでもね、と呟いた。

 

「たぶん、頼み込めば鈴鳴に入ることもできると思うんだ」

「……え?」

「まぁ、その時には今ちゃんたちにも迷惑かけるんだろうけどね」

 

  言いながら柊は苦笑いした。きっと仕事のことを言っているのだろう。

  それくらいちゃんと受け入れられる。というか柊と仕事はセットである。ハッピーなセットについてくるおもちゃのようなものである。

 

「大丈夫ですよ。私たちだってそれくらい分かってますから」

 

  だから結花は胸を張ってそう言った。

  それを見て柊は弱々しく笑った。

 

「だからさ……俺は……どうすればいいと思う?」

 

  一瞬なにを聞かれているのか分からなかった。

  そんなことを柊が聞いてくると思わなくて、いや、思えなくて。

  結花が初めて見る柊の弱さだったから。それがどうしても信じられなかったから。

  それが自分にだけ聞こえた都合のいい幻聴なのではないかと柊の顔をじっと見つめるがどうやら現実らしい。柊の目が今までにないほど弱々しかった。

  結花は手を軽く握って自らの胸に押し当てた。

  今、自分の目の前にはほんの僅かなものが乗れば簡単に傾く天秤がある。

  そして結花の手に一本の藁が渡された。

  これを結花が鈴鳴のところに置いてしまえば柊は鈴鳴に来てくれる。

  そうすればもっと自分を見てもらえる。

  天秤に手が伸びる。

 

「キリさんは……」

 

  でも、そこに続く言葉を結花は紡げなかった。

  きっと、ふと香ったお日様の匂いのせい。

 

「……キリさん自身で決めるべきです」

 

  柊が弱さを見せる相手に自分を選んでくれたのは素直にうれしい。

  でも、私が好きになったのは柊だ。霧島柊が好きなんだ。

  こんな風誰かに道を決めてもらうのはただの甘えだ。霧島柊はそんなこと絶対にしない。いや、してほしくないのだ。

  それは結花が好きになった霧島柊の姿ではないから。

 

「例えキリさんと選んだ道が一緒だとしてもキリさんは

  私が選んだ道じゃ、きっと納得できないと思います」

 

  それがあなただ。

  私が好きなあなただ。

  だからどうか変わらないでいて。

  私があなたを好きで居続けるために変わらないでいて。

  そんな身勝手な理由で結花は握った藁を投げ捨てた。

  だから言葉を重ねない。

  どれだけあなたに勘違いされてもいい。私が分かっていればそれでいい。

 

「私はあなたに後悔してほしくないんです」

 

  柊はそれに答えなかった。でもそれでよかった。もう大丈夫だと分かったから。

  柊の目に柔らかな光が戻った。

  そしてゆるりと笑った。

 

「ごめん、今ちゃん。情けないとこ見せちゃったね」

「いいですよ、それくらい。でもこういう時はありがとう、ですよ」

 

  結花が冗談混じりに言うと柊はふっと笑って結花の頭に手を伸ばした。

 

「ありがと、今ちゃん」

 

  意外にも大きな手でやさしく撫でられた。

  顔が真っ赤にゆで上がり、胸がドキンと跳ねた。

  それを隠すように結花は三度マフラーに顔を埋めて顔の赤さをこのマフラーの温さのせいにした。

 

 




次回か、その次で迷子の社畜編(テキトー)は終わると思います。
ごゆるりとお待ち下さい。
あと、ふと気がついたのですが未だに彼のプロフィールを作ってませんでした。
この章が終われば書きますね。

ご意見、感想、評価、お待ちしています。


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15話 世界で一番やさしいサイドエフェクト

霧島柊
企画部の人に頼んで「働いたら負け」「休みをください」「働きたくない」とプリントしてある服を作ってもらった。(全一色、全十五種)
なお、その服はヘビロテどころか毎日着ているという。
ちなみに左から入隊一年目、二年目、三年目である。
服にプリントされた言葉が段々と直接的なものになっているような気がするのは気にしてはいけない。
今年はどんな言葉が入るか賭けが行われているとかいないとか。





 恒例の書類死事タイムですよっと。

 忍田さんが気を利かせてくれているとは言え、多いもんは多い。

 特にこの入隊者の書類の確認俺の死事かなぁ。

 よしんば隊員にやらせるとしても暇そうな太刀川さんとかいるじゃんか。

 心の中では愚痴を吐き続けているがそれとは別に手は勝手に動いている。

 基本、死事をやる時は俺の意識と体は切り離されて自律式死事マシーンと化す。

 なにそれすごい、酷い。

 今日も今日とてそんな風にやっていたのだが、ふと来客を知らせるチャイムが鳴った。

 俺は誰かも確認せずに「はーい」と返事をしてしまった。ドアが開いた時そこにいたのは、紙やらなにやらが飛び出している段ボール箱を抱えた熊谷ちゃんだった。

 それを見た瞬間扉を閉めてロックをかける。

 1拍置いてドンドンと扉を叩く音が木霊する。

 

「ちょっ、柊さん!?開けてください!」

「その手に抱えた段ボール箱を置いてきてから出直しなさい!!!」

「え?いやこれは……」

「言語道断!死事を持って師を訪ねるとはなんとも愚かな行為よ!」

「……仕事?違いますよ?これは資料ですよ」

「それをまとめる死事でしょ?知ってるんですよ!私は!」

 

 なんせ四年間も社畜なんですからねぇ!

 そう続けようとも思ったがさすがに鬱になりそうなのでやめておく。

 

「いいから開けてください!」

「嫌だ!今日の死事はこれだけなんだ!」

「だから仕事じゃないんですって!」

「……本当だね?」

「柊さんは自分が育てた弟子のことを信じられないんですか?」

「………………」

 

  それには答えず無言で扉を開ける。俺が自分の弟子を信じていないわけないだろう。

  だが往々にして、俺が信じていても相手に裏切られることがままあるのだ。それが意識していても、いなくても。

  扉が開くと同時にがっと熊谷ちゃんの足が差し込まれた。

  必死に閉じるボタンを連打するもどうやらトリオン体らしい。ピクリともしない。

  それどころか扉を手でつかんでガガガと無理矢理扉を開ける。

  アレー、これ手動でオープンするタイプじゃないダケドナー。

  てかホラー。マジホラー。

  今の俺の状況を整理してみる。

 

  デカい、強い、死事持ちとかいう最強の熊谷ちゃん。

  ↓

  それがゾンビが如く迫ってくる。

  ↓

  怖い

  ↓

  現実逃避の準備を始める。←イマココ

 

  これをホラーと呼ばずなんと呼ぶ。バイオなんかよりよっぽど怖い。

  熊谷ちゃん(トリオン体)に襟首をがっしり掴まれて、なすすべなく引きずられ、ポーイと緊急脱出用兼仮眠ベッドに投げ捨てられた。

 

「なんで閉めたんですか?」

「え、あの、いや、違くてですね……」

「そんなにあたしが嫌でしたか?」

「いえそんなことはなくてですね。(師匠)熊谷ちゃん(弟子)が大好きだということを今一度ちゃんと言っておくということと、嫌なのは死事ですということを明言しておきたいと思いますはい」

「…………」

 

  なぜだか知らないがいきなり俯いて押し黙ってしまう。なんでや、死事のせいですか?なるほど、分かります。私、すごく分かります。

 

「まぁ、いいや。それで、なんで君がこんな物騒なもの持ってきたのさ」

「……それはさっき、廊下を歩いていたら迅さんが『ちょーっとお願いがあるんだけど』って言ってきたので仕方なく」

「……野郎……熊谷ちゃんになんてもん運ばせてやがる……」

「ただの書類なんですけど……」

「それは死事ってついてないからなんでもないことみたいに聞こえるんだよ」

「柊さんは死事になんの恨みがあるんですか……」

「聞きたいかい?」

「遠慮しておきます」

 

  この即答である。

  なに?なんか未来とか見えてんの?ほとんどくい気味だったけど。

 

「……てか、これ結局誰の死事なんだ?」

「迅さん……ですかね……?」

「よし……殺るか」

「字が違う気がする……」

 

  ハハハ、なにを言っているんだ。どこも間違ってないぞ?俺の中では殺意100%だからな。

  そんなことを考えながら、俺は段ボール一杯の書類を見ないようにしながら部屋の隅に運んだ。

 

「あ、そうだ。熊谷ちゃんなんか温かいものでも飲む?って言ってもコーヒーくらいしかないんだけど」

「はい、いただきます」

「はいよー」

 

  熊谷ちゃんがそう答えたのを聞きながら俺は給湯室に入ってコーヒーを作り始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  遡ること数十分、熊谷友子はソロランク戦を終えて、ボーダーの廊下を歩いていると、背後からお尻をぺろんと触られた。

  こんなことをするのはひとりしかいない。

  熊谷は反射で振り向き、勢いそのままに拳を振り抜いた。

  赤く染めた頬をさすりながら迅は唸った。

 

「うーん、体重の乗ったいいパンチだ」

「…………」

「あ!一発で終わらないんだ!ちょっ!まっ!」

 

  もう一発殴って熊谷はふうと息をついた。

  こんなに思いっきり殴れるのも迅がトリオン体だからだ。さすがに生身だったら最初の一発で許している。

 

「それで、どうしたんですか?」

「それ……殴る前に聞いてくれないかな……」

「迅さんがセクハラするのが悪いんですよ」

「反省はしている。後悔はしていない」

「してください」

 

  熊谷にピシャリと言われ、迅は肩をすくめた。

 

「まぁ、そんなことより、今日は熊谷ちゃんに頼みがあるんだよねー」

「普通人に頼み事をするときにセクハラしますかね?」

 

  せめて、頼み事が終わってからにならないものか……。いや、それも困るか。

 

「そんな小さいことを気にしないで、この話はきっと熊谷ちゃんにとっても悪い話じゃないからさ」

 

  迅はそう言って怪しげな笑みを浮かべた。

  柊もそうだがこういう顔をするときは大抵ロクでもないことを考えているのだ。拒否しても無駄なことを嫌というほど知っている熊谷は諦めて

 

「はぁ……とりあえず話だけなら聞きますよ。あたしはなにをすればいいんですか?」

「簡単だよ、これを持っていってほしいんだ」

 

  迅が軽く持ち上げたのは先程から抱えてる段ボール箱。

  少しはみ出しているのは書類だろうか。

 

「仕事……ですか?」

「そ、だから頼むよ。急ぎの仕事なんだってさ」

「じゃあなおさらセクハラなんてしてないで行けばよかったじゃないですか……」

「いやぁ、ついね」

「ついじゃないですよ!つい、じゃ!」

 

  思わず大声を上げてしまうが迅はまったく堪えていないといったようにヘラヘラと笑う。

 

「じゃあ、セクハラしたお詫びにひとついいことを教えてあげよう」

 

  迅の顔が微かに真剣さを持った気がする。柊や嵐山など付き合いの長い人間しか分からないほど微かに。

  そして静かに口を開く。

 

「言えなかったことはさ、いくら遅くなってもちゃんと伝えるべきだよ」

 

  ばっと弾かれたように顔を上げた。

  この人は知っているのか。

  あの日、あたしが言えなかったことを。なにも言えなかったことを。

 

「なんか思い当たることがあるみたいだね」

 

  答えない。いや、正確には答えられない、言うべきか。

 

「……そっか、でも頼む。君にしかできないことなんだ」

 

  言いながら熊谷に段ボール箱を渡して、迅は手を振った。

 

「お願いねー」

「……はい、がんばります……」

 

  熊谷は小さくペコリと頭を下げて柊の仕事部屋へと歩を進める。

  未来の天秤を動かす藁をその手に握り、一歩一歩確実に。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  そして今に至る。

  熊谷は柊の入れてくれた自分好みに味付けされたコーヒーに息を吹き掛けながらチロリと柊の様子を伺う。

  先程熊谷が持ってきた段ボールを部屋の隅に押しやり満足げな顔をして体が心配になるほど甘いコーヒーを啜っていた。

 

「ん?どうしたの?俺の顔になにかついてる?」

「いえ!そんなことはないんですけど……!」

「じゃあどんなこと?」

「……それは……その……」

 

  マグカップから漂う湯気で顔を隠す。

  なにを話すかは決めている。だがそれがまだちゃんと整理出来ていないのだ。

  そんな熊谷を見てか、柊は話をスッとスライドさせた。

 

「あ、そうだ。さっきまでソロランク戦やってたんでしょ?結果はどうだったの?」

「あ……えと……ザキさんと10本やって6:4でした」

 

  違う。

 

「へぇ、カッキーに勝ったんだ。また強くなったんじゃない?」

「そうですかね?ちょっと分からないですけど……」

 

  あはは、と曖昧に笑う。

  違う。違う。違う。

  本当はそう叫びたいのに。こんなことを話したいわけじゃない。

  でも言葉はまだ整理出来てなくて、ようやく生まれた言葉もすぐにほどけて、口から出る前にホロホロと消えてなくなる。

  じゃあどうすればいい。あたしは――熊谷友子はどうやってあなたに言葉を届ければいい。

  そんなの決まってる。正直に、ただあなたにだけ届くように。

  熊谷は顔を上げて、柊をまっすぐに見つめて立ち上がった。

  静かに近づき、柊の手をぎゅっと握った。

 

「なっ!ダメだ!今君は――」

 

  生身だろ。柊はきっとそう言いたかったのだろうが、もはや遅かったらしい。

  熊谷が握っているのと逆の手で自らの頭を抑えた。

 

「やめろ……離せ……」

 

  聞いたことのないほどに冷たく、低い声。

  それでもやめない。

  これがあたしの伝えたいことだから。

  しばらくするとふっと柊は腕の力を抜いた。

  そして小さく呟いた。

 

「君は知ってるだろ……どういうつもりだ」

「……なにが視えましたか?」

「俺の質問に答えてくれないかな。どういう――」

「いいから!……お願いします」

「……君の目の前で倒れる那須ちゃん。それが救急車で運ばれた。君が病院についた時には那須ちゃんはコードをいっぱいつけて眠っていた。それがすごく怖かった……たぶんそんな感じ」

「……当たりです。流石ですね、柊さん」

 

  心からの言葉だったのに柊はハッと皮肉るように笑った。

 

「こんなこと正解してもなんの役にも立たないよ。精々気味悪がられるのが関の山だ」

 

  歪んだ笑顔を見ながら熊谷は改めて思った。

  柊は自らのサイドエフェクトを憎んでいるのだ。

  彼の能力は無遠慮に、人の心の一番痛いところに土足で踏み込む能力なのだ。

  それは最も霧島柊が嫌う行為であり、憎む行為なのだろう。

  でも、

 

「それは違いますよ、柊さん」

「……まったく、熊谷ちゃんはやさしいね。庇ってくれなくていいのに」

「庇うつもりなんてないですよ。だって柊さんの能力は誰よりもやさしいんですから」

「…………」

 

  柊冷たい仮面のような表情に変わり、押し黙った。

  初めて見る表情に僅かな動揺を感じながら熊谷は口を開いた。

 

「だって、そうでしょう?人の一番見たくない過去が見えるってことはそれを分かってあげられるってことじゃないですか」

「……分からないよ。そんなこと」

「それでもいいんですよ。柊さんは分かろうとしてくれるじゃないですか」

「それはやさしさじゃないよ。視てしまった罪滅ぼしに分かったつもりで接しているだけの最低の自己満足だ」

 

  吐き捨てるように言ったその顔は酷く苦しそうで、辛そうだった。

  自分がそれをさせているかと思うと胸が張り裂けそうだったが、今更退くことはできない。

 

「分かったつもりでもいいんだと思います……。きっと分かろうとすることがやさしさだから」

「…………」

 

  柊は押し黙ったまま、コーヒーを啜る。そしてカタンと音を立ててカップを置いた。もう湯気は立っていない。

 

「……もうこんな時間か。ごめん、熊谷ちゃん。そろそろ鬼怒田さんに書類出しに行かなきゃなんだ」

「あ……そうだったんですね……。じゃ!じゃああたし帰りますね!」

 

  熊谷は勢いよく立ち上がり、小さく頭を下げて部屋を出た。

  もういい加減分かる。

  柊がなにかを隠す時に浮かべる笑みも、自分がやってしまったことが取り返しのつかないものだということも。

  柊は言っていた。

  自分は分かったつもりになっただけの最低の人間だ、と。

  もしかしてあれは熊谷に向けられた言葉でもあったのではないか。

  だとすれば、だ。一体、最低なのはどこの誰だったのか。

  熊谷は窓ガラスに映った自分自身の姿を殴り付けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  熊谷ちゃんが部屋を出ていった数分後、入れ替わるようにして入ってきたのは俺の元チームメイト、迅悠一だった。

 

「おーっす、どうした柊。浮かない顔して」

「さてな、どうしてだと思う?」

「なるほど〜、トリガー起動してにじりよって来るくらいにはおれのせいか〜。っいったい!!!」

「とりあえずはコレで勘弁してやる」

 

  思いっきり頭をひっぱたき、俺はソファーにどかっと腰かける。

 

「それで、なにしに来た?」

「ん〜?決まってるでしょ。親友のお手伝い」

「それが迷惑だってことにさっさと気づいたほうがいいぞ」

 

  俺の皮肉を聞く素振りもなく迅は俺の机へと歩み寄り、倒されていた写真立てを立てた。

  そこに写っているのは小さな少女に飛び付かれ半ばおんぶのような体制になっている黒髪の少年。その左右にはそれを見て、オロオロと慌てている幼げな少女と楽しげに笑っている茶色がかった黒髪の少年がいる。

  胸元には夏だというのに柊の花が咲いている。

  それを懐かしげに眺める迅にポツリと呟く。

 

「……あの子がさ、言ったんだよ……」

 

  迅はなにも言わずに俺の言葉を待ってくれている。この辺はやはり間合いを分かっている。

 

「『柊さんの能力は誰よりもやさしいんですから』ってさ」

「……誰かさんみたいだね」

「だろ、あんまりにもそっくりだからビックリしたよ」

 

  でも、俺は最低だ。

  その言葉が熊谷ちゃんから出たことに驚いて、怖くて受け入れられなくて、遠ざけた。

  知らず、握った拳に力が入る。

  それを見て迅はニヒルに笑った。

 

「くだらないね、ばーっかじゃない?」

「…………」

 

  思わず、迅をまじまじと見てしまう。その間も迅はその気持ちの悪い笑顔を崩さない。

  ダメだ。

  そう思った時には遅かった。

  俺のなにかが切れる音がした。

 

「……ハハッ、ハハハハハ!!!」

 

  静櫃な部屋に俺の笑い声が響く。

 

「はー、あー、ダメだ。お腹痛い」

「笑いすぎだろ……」

「いやー、悪い、悪い。そうだよな」

 

  だいぶ痛くなった腹をさすりながら俺は迅を見た。

 

「ありがとな、迅」

「いやいや、気にしなくていいよ。だって……うん、これはいいかな」

「なんだ?気になるだろ。言えよ。」

「やだよ、言ったら怒るだろ」

「言ったら怒るようなことしてるわけだし、これギルティだろ」

「いやいや、推定無罪って知ってる?」

「なにそれ食えんの?」

「うわ、目がマジだ!?」

 

  大袈裟なほどに驚き、するするっと軽やかに俺の横を抜けた迅は扉を開けた。

  そして背中を向けたまま小さく、一言。

 

「決めたんだな……」

 

  まぁな。そう返そうとしたのに迅は俺の答えも聞くことなく、去っていった。

 

「まぁ、お前のお陰でもあるんだけどな」

 

  もう届かないことを知っていても、言葉は自然と口から溢れた。

  俺は深いため息をつき、迅がわざわざ立てて帰った写真立てを眺めた。

 

  決めたよ、楓、咲良。俺は――

 

 

 

 

 







ノゲノラの作者は素直にすごいと思います。文才ある上、自分で絵書いちゃうんですからね。
いやぁ……すごい。
一体いくら稼いでんだろゲフンゲフン。
なにが言いたいかって言うと、絵を描く才能が欲しかった。ふと思っただけです。すいません。

ご意見、感想、評価お待ちしています。


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16話 斯くして未来はゆっくりと前進を始めた




  翌日、俺はとある部隊の作戦室へと向かっていた。

  全員揃っていてくれると嬉しいのだが、いかんせんああいうチームだ。揃うときなんてちゃんと用がある時しかないだろう。

  彼らの作戦室は俺の死事部屋からそう離れていない。歩いて五分もすれば着く。

  俺は彼ら――B級二位影浦隊の作戦室のチャイムを鳴らした。

 

 

 

 ***

 

 

 

  そのニュースは光が如く、ボーダーに駆け巡った。

  そのニュースとは、

 

『霧島柊が影浦隊に所属すると決めた』

 

  ということだ。

  いや、正確には影浦隊の作戦室に入る柊をとあるA級隊員Mが、同い年のKと歩いていたところ、発見したという。

  前者だけが騒いでいるならともかく、後者も目撃したのだからこれはそう捉えてしまっていいだろう。

  それを食堂で聞いていた那須隊狙撃手、日浦茜は弾かれたように走り出した。

 

「大変、大変、大変」

 

  うわ言のように呟きながら向かったのは自らの隊の作戦室。

 

「大変です〜!!!」

 

  ラグビーのトライでも決めるかのように飛び込んできた茜を見て、熊谷は目を剥いた。

 

「うわっ!なに!?どうしたの!?」

「そ……それが……柊さんが……」

 

  柊の名前を聞いて熊谷の顔が僅かに強張る。

  昨日のことは鮮明に頭に焼き付いている。

  そんな熊谷の様子に茜が気付くはずもなく、声を上げた。

 

「柊さんが……影浦隊に入るって!!!」

 

  不思議と驚きはなかった。

  だってそうだろう。

  そもそも、可能性の低いことだった。

  影浦隊の方が彼を活かせる。

  あたしが、彼を傷つけた。

  でも、どうしてだろう。

 

「……先輩?」

 

  こんなに悔しいのは、悲しいのは、寂しいのは、どうしてだろう。

 

「え!?先輩!?」

 

  はらりと一粒、涙が零れ落ちる。

  ダメだと思った。

  これが壊れたらもう止められないと思った。

  俯き、枯れてしまえと思いながら手を強く握る。

  ふと、その手を温かいなにかに包まれる。顔を上げればそこには熊谷の親友、那須玲が慈母のような笑顔を浮かべていた。

 

「……玲……ごめん……ごめん」

「大丈夫だよ……大丈夫、大丈夫」

 

  柔らかな声と共に熊谷の背中を撫でる那須の手にすがりつく。

  壊れたようにごめんと言い続ける熊谷を茜も驚いたように見ている。自分の尊敬していた先輩がまさかこうも泣き崩れてしまうとが思っていなかったのだろう。

  茜はその信じがたい光景を眺めながら立ち尽くしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

  風の噂を耳にして三上歌歩はぽけーっと呆けた顔をしながら歩いていた。

  理由はひとつ。

  霧島柊の所属する部隊の件だ。

  風の噂で聞いたがどうやら影浦隊に所属するらしい。

  それは少し、意外だったとも言える。

  柊のことだ。きっと親友である柿崎の頼みは断らないと思っていた。

  それに彼の大好きな弟子である那須や、熊谷、辻などに説得されればあっさりとそちらに転がりそうなものと思っていた。

  それなのに、歌歩が無意識に選択肢から除外していた影浦隊に入った。

  歌歩の所属する隊の隊長、風間も予想を外した。

  実は諏訪が行っていた賭けのオッズでは影浦隊が二番手だったのだが沢村本部長補佐を筆頭とする『みかみかの笑顔守り隊』の働きによりそれの存在すら知らなかった歌歩には知る由もない。

  そんなことも知らずぽぼんやり歩いていた歌歩は前方に件の男を発見した。

  深い青色のコートの下に『働いたら負け』と大きくプリントされたTシャツを着こんだ長身の男。

  紛れもなく、霧島柊である。

  とててっと小動物のように柊に近づき、コートの端を引っ張って柊を引き留める。

 

「お、三上ちゃん。おはよ、今日も早いね」

「おはようございます。キリさん」

 

  いつもと変わらない笑顔を浮かべてそう言う柊。

  でも、もうきっと違うのだ。

  彼はB級二位影浦隊所属の霧島柊になるのだ。そうなれば今までのように気軽に、柊のもとを訪ねることはできなくなる。

  それはなんだか少し寂しくて、寒い。

  だからかもしれない。こんなに未練がましい言葉が漏れたのは。

 

「もう……決めたんですか?」

「あぁ、チームのことね。うん、決めたよ」

 

  清々しげに言う柊を見て、歌歩の心に棘。

  隣にいるのに柊が遠い。

 

「楽しくやれそうですか?」

「うーん、まだ分かんないけどね。でもまぁ楽しそうなところではあるよ」

「そうなんですか……」

 

  なんだか、嫌だな。

  そうは言えなかった。本来なら祝福すべきところだったから。四年ぶりに彼がチームを組むことを決心できたことを本当は喜ぶべきことなのだ。

  なのに――なのに、どうしてこんなにも――

  その歪んだ考えを振り払うようにして歌歩は口を開いた。

 

「き、キリさんは今からなにしに行くんですか?」

「俺は今から那須隊の作戦室に行くつもりだよ。でもどうしてそんなこと?」

「あぁ、いえ!なんとなく気になって……」

 

  柊は興味があるのかないのか「ふーん」と、言ったきりだった。

  普通なら分かっただろう。これがもう終わり。のサインだと。

  しかし今日は普通ではなかったのだ。

  こんなことを聞いてしまったことを歌歩はすぐに後悔する。

 

「どうして那須隊ののところに?」

「……そりゃまぁ、話があるからだけど」

 

  歌歩は一瞬考える素振りを見せたが、すぐにポンと手を打った。分かったのだから、言わなくてもよかったろうに、口が滑った。

 

「那須先輩たちに謝りにいくんですね?」

 

  そんなことがなければこんなこと聞かなくてもよかったのに。

  柊は不思議そうに首を傾げた。

 

「……いや、なんで?」

「…………え?行かないんですか?」

「だからなんで俺が謝らなくちゃいけないのさ。向こうが誘って来たのに」

 

  理解することができなかった。それはあまりにも柊らしくなくて。

  感情も理屈も置き去りにして、拒絶が走り出した。

  けれど残酷にも歌歩の頭は正常に回り、ゆっくり言葉を咀嚼していく。

  少し時間を置いて、ストンと歌歩の頭にひとつの理屈が組上がった。

  それはつまり、自分は悪くない。ということか。

  ゾワリと背中が粟立つ。恐怖ではない。怒りだ。

  柊は今こう言いたいわけだ。

  那須隊に用があるけど、「誘ってくれたのにごめんね」と、その一言さえも、言わないつもりらしい。

  だって、それは向こうが誘ってきたから、自分が入れてくれと頼んだわけではないから。

  先程、この感情を怒りと呼んだが、訂正する。失望も追加だ。

  そうか、これが私の好きになった人か。

  ――私が大好きだった。そう、だった。今はもう違う。

  歌歩はきっと今だかつて誰にも見せたことのないほど鋭い目付きで柊を睨み付け、胸に渦巻く感情と共に言葉を吐いた。

 

「…………テーです……」

「ん?なにどした?」

 

  今はそう聞いてくる姿さえ、腹立たしい。

  感情が――爆発した。

 

「最低です……あなたは……最低です!!!」

 

  柊にありったけをぶつけて、歌歩は柊の脇を走り抜ける。

  横を抜けた時に柊に肩がぶつかったせいなのか、酷く胸が痛かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

  なんかいきなり三上ちゃんに『サイテーです!』と罵倒された挙げ句、軽いタックルまでくれて全力疾走で逃げられた。

  俺がなにをしたって言うんですか。

  泣きそう。先輩ちょっと泣きそうだよ三上ちゃん。

  三上ちゃんには悪いけど今の優先順位はこちらだ。

  ……だが、なにもしないというのも憚られる。風間さんに気を遣ってもらうようにメールを打っておく。

  ……これで、よし。ケータイをポケットに突っ込み、那須隊の作戦室の扉を叩く。

  しかし、返事が一向に返ってこない。もう一度インターホンを押す。

  なおも返事はない。

  いないわけではないんだと思うんだよな。なんか聞こえるし。

  …………もしかして避けられてる?

  なにそれ、今日厄日?辛すぎるんだけど。

  自然と肩はガックリと下がり、口からはため息が転げ出る。

  また今度にしようかな……。

  クルリと踵を返し、一歩踏み出した瞬間ゴーっと音を立てて扉が開く。

  振り向けば暖かそうなヒートテックに薄い青色のカーディガンを羽織った那須ちゃん。珍しく生身である。

  おっす。と手を上げた俺に那須ちゃんはにっこりと笑いかけながらトリオン体に換装した。

  そして俺が口を開く前に後ろ襟を掴んでずるずると引きずって作戦室に運ぶ。

  なんか、最近こういう扱い多い気がする。

  抵抗しても無駄だと知っている俺はなんの抵抗もなく、されるがままになっていた。

  そしてぽーいと投げ捨てられた。若干飛びかけていた意識を手繰り寄せ、目を開けるとそこには熊谷ちゃんちゃんに抱きつき、「どぅわああああ〜!!!」と個性的というにはあまりにも特殊な泣きかたをする茜ちゃんと、俺のことをポカーンと間の抜けた顔で眺める熊谷ちゃん。よく見れば目元が赤い。

 

「……どうかしたの……?」

 

  俺の声に反応して茜ちゃんが振り向いた。

  そして目を見開き、なにやらプルプルと震えた震えた指を俺に向けた。

 

「な……な……な……なんでぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  人間アンプリファイアーかと間違うほどの茜ちゃんのシャウトを間近で聞き、俺の耳はほとんど使い物にならなかったが、那須ちゃんに目と仕草で、ここに座れと言われたことは分かった。

  でも、せめて下になにか敷いてくれませんかね。下フローリングで正座すると非常に痛いのですけれど。

  そんな思いのこもった目線を向けても返ってくるのは沈黙だけ。へへっ、辛いぜ。

  そんな俺を気遣ってくれたのか、椅子に座っていた那須ちゃんが口火を切った。

 

「それで、柊さんはなんのために来たんですか?」

「そりゃあまぁ……那須隊に入れてもらうために……」

 

  パキーンとどこぞのイマジンブレイカーさんのようなな音が聞こえてきそうなほど見事に空気が固まる。

  あれ?もしかして俺歓迎されてない?誘われてたと思ってたのは俺の勘違いですか?なにそれ死にたい。

  そんな言葉を込めて那須ちゃんを見れば彼女も動揺しているようで震える声で聞き返してきた。

 

「え……柊さんって……影浦隊に入るんじゃ……」

「いんや、そんなことないよ。ってか誰がそんなこと言ってたの?」

 

  聞き返せば那須ちゃんと熊谷ちゃんの視線はすうっと茜ちゃんの方に向かった。

  なるほど、犯人は君か。

 

「えぇ!?わたしですか!?」

「君が伝えたんでしょ?」

「みんなが噂してたんですよ!柊さんが真剣な顔で影浦隊の作戦室に入っていったって!」

「いや、それはちょっと報告書作成の量を減らしてくれって頼みにいっただけだから」

 

  まぁ、無理だったけど。

  ヒカリちゃんに書類やらせようなんて俺には無理ですわ。てかゾエくん。君はおもむろに席を外すんじゃないよ。

  カゲくんとヒカリちゃんができないんだから後は君しかいないだろ!ユズルくんはまだ子どもだからいいのだ。子どもは死事のことなんて考えずにのびのびと遊びなさい。

  で、なんの話だっけ。とこちらの子どもは口をポカーンと開けて呟いた。

 

「え……?それだけ?」

「え……?それだけじゃダメ?」

 

  この場にいる全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

  なんか意識のすれ違いが起きているような気がする。

 

「このままじゃ埒があかないからちゃんと言うね。那須ちゃん、熊谷ちゃん、茜ちゃん。俺を那須隊に入れてください」

「え!?そんな土下座なんて!頭を上げてください!」

 

  那須ちゃんが慌てて、俺の顔を上げさせようとグイグイと肩を引っ張る。しかし、俺の意思は固く、那須ちゃんのようにか弱い女の子が引っ張ったくらいではまったく揺るがない。ごめん、意思が固いとか嘘。ただおろおろする那須ちゃんが面白かっただけ。

  だが、楽しんでいたのも束の間、体がひょいと持ち上げられる。

 

「顔をあげてください」

「う……うぃっす」

 

  俺の弟子が怖すぎる件。君、俺のことこうやって持つの気に入ってるの?

  そんなくだらないことを口にする前に俺の目の前にいた那須ちゃんが手を差しのべる。

  そこにあるのは柔い笑顔。

 

「私は――いえ、私たちは柊さんを歓迎します」

 

  それに俺も笑い返して、手を取った。

  その手はいや、この部屋の中は酷くやさしくて、温い、太陽みたいな匂いがした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  こんな顔は見せたくなかった。こんな涙で濡れてぐちゃぐちゃの顔は柊に見せたくなかった。

  だから、わざわざトリオン体に換装してまで隠したのにどうして、まだ涙が溢れるんだ。

  これじゃ、また同じ事の繰り返しじゃないか。

  ごしごしと目を拭うも、溢れだす。

  どうすれば――どうすれば止まる。

  再び、腕で目を拭おうとした時そっとその手を大きな手で掴まれる。

  そして無言で頭を撫でられる。

  それが無性に恥ずかしくて、安心して、熊谷は柊の胸にすがりついた。

  そうすると余計に、涙が零れることに気がついた。

  でも、もうよかった。

  その涙はさっきと違ってすごく暖かかったから。

  柊の胸も、手も、すごく、温かったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  失敗した。返す返すも失敗した。

  その日の夜、三上歌歩は自らの枕を全身で抱き抱えながら、身悶えしていた。

  今日の防衛任務が終わった後、廊下を歩いていた歌歩の耳に届いたのは柊が那須隊に入ったということ。

  最初はもちろん嘘だと思った。

  だが、徹底的に問い詰めたところ、本当らしい。事実忍田本部長にチームの加入願いも提出しにいったらしい。

  つまりはそう。

  歌歩の勘違いだったのである。

  だというのに、歌歩は思いっきり、全力で、全身全霊で罵倒したのにまさか勘違いだったなんて。

  明日からどんな顔をして柊に会えばいいというのだ。

  そんなことを考えながら枕に顔を埋めて足をバタバタと上下させた。そして小さく唸る。

 

「うぅぅぅぅ〜……キリさんのばかぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




社畜のチーム探し編終了。
いやぁ、ここまで長かった気がします。でも時間にすると2ヶ月くらいしか経ってない不思議。
今回は連続投稿で自己紹介も作りました。そちらの方も読んでくだされば幸いです。
ご意見、感想、評価、お待ちしてます。


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◆ My name is

多大な、というかほとんど全部ネタバレされます。
最新話まで読まれた人には推奨しますが、未読の方にはブラウザバック推奨です。
随時加筆します。

11月26日隊服の欄を加筆しました。



  ボーダー本部所属 B級12位那須隊

 

【MEMBER】

 

  SH 那須玲

 

  AT 熊谷友子

 

  SN 日浦茜

 

  SH 霧島柊

 

  OP 志岐小夜子

 

 

【PARAMETER】

 

  近 ???

 

  中 ???

 

  遠 ???

 

 

【UNIFORM】

 

  女子 原作通り

  霧島柊 GANTZスーツ

 

 

【FORMATION&TACTICS】

 

  ???

 

  ???

 

  ???

 

 

 

【PROFILE】

 

  霧島柊

  ポジション:シューター

  年齢:19才

  誕生日:2月20日

  身長:181cm

  血液型:O型

  星座:みつばち座

  職業:社畜

  好きなもの:弟子の活躍、休み、マッカン

  好きな曲:トイザらスのCM曲

 

【FAMILY】

 

  母、父、妹

 

【RELATION】

 

  迅 悠一←相棒

 

  熊谷 友子←弟子(かわいい)

 

  三上 歌歩←慕ってくれる数少ない後輩

 

  那須 玲←弟子(かわいい)

 

  今 結花←一緒に太一……退治する?

 

  辻 新之助←弟子(かわいい)

 

  マッカン←うまい

 

  太刀川 慶←働け

 

  影浦 雅人←働け

 

  仁礼 光←働け

 

  死事←くたばれ

 

  沢村 響子←頼むから幸せになってくれ

 

  忍田本部長←お願いだから死事減らして……

 

 

 

 

【PARAMETER】

 

  トリオン:6

 

  攻撃:3

 

  防御・援護:13

 

  機動:7

 

  技術:10

 

  射程:4

 

  指揮:8

 

  特殊戦術:2

 

  TOTAL:54

 

 

【TRIGGER SET】

 

  MAIN TRIGGER(右)

 

  レイガスト

  スラスター

  シールド

  グラスホッパー

 

  SUB TRIGGER

 

  変化弾〔バイパー〕

  グラスホッパー

  シールド

  バッグワーム

 

【EXTRA】

 

  ボーダー唯一の援護特化スタイルとその死事っぷりから広く知られている。しかしあまり防衛任務以外で会うことがないのは大抵死事部屋に引きこもっているからだろう。

  指導者の資質もそこそこ高く、数は少ないが、優秀な隊員を育て上げた。

  もっと弟子をとればいいのに、とよく言われるが死事が忙しすぎて無理。

  一応自分の部屋は玉狛にあるが、死事が忙しすぎて現在死事部屋の仮眠ベッドから仮眠がとれそうになっている。

  那須にバイパーを教えただけあって腕は確か。リアルタイムで引くイヤらしいバイパーや、味方の機動力を上げるグラスホッパー、フルアタックしやすいように味方にシールドをはるなどの援護で徹底して味方にとらせるスタイルをとる。

  なんの役にも立たないが【過去視】というサイドエフェクトを持っており、人の最も見られたくないところを否応なしに見てしまうという特性故に苦しんでいたが、熊谷はそれを【世界で一番やさしいサイドエフェクト】と評した。

 

 

 

 

 

 

  社畜(勘違い)

【しゃちく】

  マッカンと弟子と休みをこよなく愛する社畜。

  キャラ設定を【社畜】としか決めていなかったらいつの間にかやれ「死にたがっている」とか「ただいまと言わない」とか言われていた。許せ。

  気がつけばいつも死事をしているため誰かと会う機会がマッカンを買う時しかない。そのせいでばったり会うシチュがワンパターンになってしまうという困り者でもある。

  ホントに休みが二、三ヶ月に一回らしい。誰か彼を救ってやってくれないか。

 

 

 





見た目とか、CVとかも決めようかと思いましたが、作者自信細かく決めていなかったこともありめんどゴホンゴホン。
皆様の想像していた社畜の姿を今更変えても読みにくくなるだけだと思うのでやめておきます。



これからも引き続きご意見、感想、評価、お待ちしてます。


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17話 変わったこと、変わらないこと





  チームに所属して死事が減るとか思っていたのはどこのどいつだ〜い?

 

 

 あたしだよっ!

 

 もう何回もこの手をくらってもまだ信じちゃう純粋な心を持ったあたしだよっ!

 なんでや! なんでソロの時より睡眠時間が少ないんや!

  確かに言ったさ!

 

「ウチは年頃の女の子が多いので深夜のシフトは勘弁してくれませんか?」

 

  って聞いたさ。超低姿勢で。城戸さんに。直接。

  なんかあっさり頷いてくれたからおかしいと思ったよ。

  でも流石にソロの時と同じシフトで防衛任務入れてくるとは思わないでしょ!

  一般的にボーダーでは週に三回ほど防衛任務に入ることになっているが暇とかお金が欲しいという理由から即席チームが入るため、実際は週二回ほどである。

  しかし、俺はその即席チームの人数が足りないときに入ったり、チーム内での欠員が出た場合などに入れられるためまったく減ってない。それどころか増えている気がする。

  ここしばらく週七くらいで防衛任務に出てるんだけど。あれ、一週間って十日くらいあったっけ?

  正直、このままだとわりとマジでヤバいんだが。どのくらいヤバいかって言うと米屋くんの成績くらいヤバい。

  俺がそろそろ過労死をしてしまいそうなこともそうだが、チームで戦術練習をする時間がとれないのである。那須ちゃんたちも学校があるのでその時間に合わせて無理矢理時間を作っているがそれもそろそろ限界に近い。

  でも、那須隊の方のシフトを融通してもらってるから文句も言えねぇしな……。

  はぁ、ともう何度目かも分からないため息を吐いて止まっていた手を再び動かし始めた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  無意識に「休みがほしい」とか「かゆ……うま……」とか書いていたことに気づいて気分転換にマッカンを買いに部屋を出た。

  130円入れて慣れた手付きでマッカンのボタンをポチる。もはや慣れすぎて目隠ししても出来るレベル。

  備え付けのソファーにドカッと腰掛け、マッカンを啜る。

  このどこまでもどこまでも変わらない安心安定の甘さ。鬼畜蠢くボーダーの中で唯一俺のことを甘やかしてくれる正に慈母のごとき存在である。これがなくなったら俺は自費で買って自販機に入れるまである。それ自販機に入れなくてよくね。

  そんな益体もないことを考えながら、マッカンをちびちびと啜る。

 そんな時、ふと背後からまだあどけなさの残る声が聞こえた。

 

「あ!柊さん!」

 

 それに引っ張られるようにして振り向けばそこには俺の弟子でありチームメイトである女の子熊谷ちゃんと茜ちゃんがそこにいた。

 

「ふたりともこんにちは。あれ、もう学校終ったの?」

「柊さん嫌だなー。今日休みじゃないですか」

「……創立記念日かなにかかな?」

「いや、普通に土曜日ですよ」

 

 ほら、と言いながら熊谷ちゃんが差し出したケータイの画面を凝視する。

 そこには紛れもなく、土曜日の文字。

 少しの間顎に手を当てて考える。

 ピンと指を立てて熊谷ちゃんたちに向けた。

 

「それでは問題です。俺は昨日何時から死事を始めたでしょうか」

「はい! 8時!」

「そうですね。普通ならそうなんじゃないですか?」

 

 元気に手を上げて答えてくれる茜ちゃんと落ち着いて答える熊谷ちゃん。これだけ見ると姉妹みたいだな。

 

「残念8時じゃなかったんだなぁ」

「じゃあ7時とか!」

「それも違う気がするなぁ」

「気がするって……もしかして自分でも覚えてないとか?」

「熊谷ちゃん鋭いね」

「分かるわけないじゃないですか……」

 

 ですよねー。知ってた。

 いや、ホント何時からだったかな。確か昨日は堤さんと諏訪さんと一緒に防衛任務に入って、そこからずっとデスクワークだったから……。

 もしかして、もしかしてなんだが。

 

 ――俺、徹夜してね?

 

 それも昨日の十二時からだったからもうそろそろ一日半だな……。

 そこまで考えたところではたと気づいた。

 

「……まさか、これから防衛任務だなんて言わないよね?」

「そうですよ。だから来たんですよ」

 

 その言葉が聞こえた瞬間俺の体が光速で動き出す。

 立ち上って踵を返し、二人に背中を向けて走り出した。この間約0.5秒。トリオン体なんて目じゃないぜ!

 一陣の風となり廊下を駆け抜けた俺は一番近かった風間隊の作戦室に転がりこんで叫んだ。

 

「助けて! 死事に殺される!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「柊さん、ください」

「はいよ」

 

 言いながらバイパーを展開し、蠍のような化け物、モールモッドの関節を狙って打ち込む。

 単体ではそれほど威力は高くないバイパーも集中させればそれなりの威力を誇る。モールモッド自慢の鎌を根元からへし折り、バランスを崩したところに熊谷ちゃんの弧月一閃。

 ズン、と地面に沈んだモールモッドを眺めながら熊谷ちゃんは耳に手を当てた。

 

「小夜子、ネイバー反応は?」

『もう消えました、那須先輩達のほうも終わったみたいです』

「そんじゃ合流しよっか。中間地点までナビゲートしてくれる?」

『了解です』

 

 その言葉が聞こえたのとほぼ同時に頭の中のマップに赤いラインが引かれた。

 相も変わらず優秀である。

 

「あぁ〜、疲れたぁ。もう帰りましょうよ」

「ダメです、さっきみたいに風間さんに怒られますよ」

「だよねぇ。風間さん怖いからなぁ」

 

  先程風間隊の作戦室に押し入ったらあっさりと風間さんに締め出されて「お前はそれで給料をもらっているんだろう。それに特別手当てまで出てるんだ。文句を言うな」

  と叱られてしまった。

  ぐう正論でぐうの音もでない。ぐう。

  でもね、風間さん。特別手当もらってても使う時間がないのよ?

  と、思いはしたが言いません。社畜ですから。ええ。社畜って逆らわないから社畜って言うんですよ……。

  俺の放つ負のオーラが伝染したのかドンヨリ空気が重くなった。

  それを察した熊谷ちゃんは慌てて軌道修正にかかる。

 

「そっ、そうだ、柊さん。そういえば隊服新しくしたんですね」

「うん、小夜子ちゃんが作ってくれたんだ。似合う?」

「う〜ん、え〜っとはい。似合ってます」

「気を遣わなくていいからね。それ余計傷つくだけだからね」

「……すいません」

 

  熊谷ちゃんが目を逸らしてポソリと呟く。

  まぁそらそうなるわ。だってほら。俺の隊服GANTZスーツみたいなんだもん。

  ていうかGANTZ。どっからどう見てもGANTZ。これでもかってくらいGANTZ。使用料請求されそうなくらいGANTZなのである。

  まぁ、正直仕方ないところではあったのだ。

  那須隊の隊服というのはあくまで小夜子ちゃんが考案した機能性と女性らしさを両立させた最高の隊服であり、男の俺が着るには些か勇気がいるものであった。

  しかし、チームに入れてもらったのだから着ない訳にもいかない。だから小夜子ちゃんに元々の隊服に寄せた感じで俺用の隊服を作ってもらったのである。

  それがこのGANTZスーツだ。

  いや、これも実は妥協したほうで、モジモジくんスーツかサイヤ人プロテクターの中選ばれたのは綾鷹ではなくGANTZスーツだったというだけだ。

 

「まぁいいじゃない。これでやっとチームっぽくなってきたしさ」

「そうなんですけど……。あれ? そういえばチームで隊服がバラバラっていいんですかね?」

「う〜ん。たぶんいいと思うよ。玉狛だってバラバラだし冬島さんのとこもバラバラだしね」

「そういうものなんですか……」

「うん、そういうもんだ」

 

  そんな話をしながら俺達は合流地点へと向かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  柊が那須隊に入って早くも一週間が経った。彼が入ってなにか劇的な変化があると思って少しだけ身構えていたのだがそんなことは一切なく柊は相変わらず社畜だし、悲しいことに自分は一歩も進展していないし、ほとんど変わらない。ただ、変わったことと言えばこうして防衛任務の後柊に送ってもらうことくらいだろう。

 

「そういやもうすぐ大晦日なんだね、熊谷ちゃんはなんか予定とかあるの?」

「……ないですね。たぶんいつも通り玲の家族と一緒に紅白見ながら年越すと思いますよ」

「へぇ、そっか」

「柊さんはどうするんですか?」

「俺は普通に死事だよ……はぁ、しんど」

 

 がっくりと肩を落としてはぁ、と深くため息をついた。

 それを見て熊谷は少しだけ悲しくなった。

 ボーダーという組織には休みは存在しない。もちろん隊員には与えられるがボーダー自体が活動をやめるときはネイバーからの侵攻が無くなったと完全に分かるまでで、それまで活動をやめることはない。

 故にお盆や三が日大晦日などと言った一般の企業では休みになるような日にも通常業務が存在する。

 出来れば避けたいその日に柊は毎年自ら志願して出るのだという。

 

  ――自分には帰る家なんてないから。

 

 優しい柊は決してそれを言葉にはしないが、それもまた優しいが故にそう思っているのだろう。

 押し黙った熊谷を心配してか柊が覗きこむようにして声をかけてきた。

 

「……もしかして那須隊で集まりとかあった?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど……」

「………………」

 

 柊の目がほんの一瞬ではあるがすっと深くなった。宵闇のような深く、吸い込まれそうな黒に思わず目を逸らした。

 いつもは温い柊の目もこういう時ばかりは自分の全てを見られているような感覚に襲われて怖くなってしまう。

  そんな熊谷の怯えさえも見透かしているのかもしれない。柊はすぐにもとの柔らかい目に戻った。

 

「まぁでも俺は入隊式終わった後に玉狛で打ち上げ兼、新年会もやるからね。それだけを楽しみに正月を乗りきりますよ」

「それもう新年会じゃないじゃないですか」

「いいのいいの、あんなのお酒を飲むための口実なんだから」

「ダメな大人ですね」

 

  思わず小さく吹き出してしまう。

  呑んだくれて仕事の愚痴を誰かれ構わず吐き出す柊の姿がありありと想像できたからだ。

  しかしその直後僅かに違和感を覚えた。

 

「…………あれ?」

「ん、どうしたの?」

「柊さんって今何歳でしたっけ?」

「…………180くらいかな」

「身長のことなんて聞いてませんよ?」

「7――」

「体重も聞いてないです」

「…………ば、ばんざ〜い」

 

  なおもふざけ続ける柊の姿に思わず深いため息が零れた。

  それを子どものようにビクビクしながら柊の様子がかわいくてもうちょっとだけ続けてみようかと自分の中の悪魔が囁いたが、優しい天使は悪魔の手助けをすることを望んでいた。人生面白いほうに3000点である。

 

「もう知りません。沢村さんに相談することにします」

「それはダメ! それじゃ城戸さんとかにバレちゃうから! 俺クビになっちゃうから!」

「知りません」

 

  断固とした姿勢でNOと言い続け早足で歩く熊谷に柊は慌てて追いすがる。

  口八丁手八丁で熊谷を丸め込もうとする柊の姿を見ながら熊谷の内心はほくそ笑んでいた。

  普段一方的にドキドキさせられてるんだからこれくらいやり返しったってバチはあたらないはずだ。

  ほとんど八つ当たりのようになっている熊谷はそのままズンズンと歩みを進め、曲がり角を曲がろうとした。

  その時不意に腕をグイと強く引かれた。そして肩をガシッと掴まれ、身動きがとれなくなる。

  目の前には真剣な顔つきをした柊の顔。

  少しの間その真剣な表情に見とれていたがすぐに自分がスッピンだということに気がついて慌てて顔を手で覆い隠した。

 

「熊谷ちゃん!」

 

  しかしそれをまったく気にするようすもなく柊は真剣な顔で熊谷の顔にドンドン近付いてくる。

  ややもすればお互いの吐息が掛かるほどの距離。そこで柊は近所の人に丸聞こえなのではないかというほどの声を上げた。

 

「何でもひとつ言うこと聞くから秘密にしておいてください!」

「し……知りませんっっ!!!」

 

  茹で上がった熊谷の叫び声とともに柊の頬に季節外れの紅葉が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  今日は厄日なんだろうか。熊谷ちゃんには呑んでいることがバレるわ、ビンタされるわ。結局その後走って逃げちゃったし。

  別にいいじゃないですか! 一年に一回くらいお酒呑んで、普段の不満を爆発させたっていいじゃないですか!

  だって正月だってのに五日までフルタイムフル出勤ですよ? しかもいつの間にか入れられてたし。誰が好き好んで正月なんかに働くんだよ。普段こんなに働いてるから正月くらいゆっくり休んだって許されるとおもうんだ。

  とりあえず俺はこのやり場のない怒りと書類のを太刀川さんに突き返すべく太刀川隊の作戦室へと向かった。

  なんで俺があんたのレポート書かにゃならんのだボケぇ!。

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さん。お久しブリーフ(精一杯の冗談)
こんなに更新が遅くなってしまったのには色々理由があったのですが言い訳になってしまうので言わないでおきます。
楽しみに待っていてくださっていた皆様本当に申し訳ありませんでした。
これからは以前と同じペースで更新、と言いたいところなのですがしばらくは二週間に1話更新を目指していきたいと思います。
こんなに遅くても待っていてくださった方。これからも彼らの物語を生暖かい目で見守ってくだされば幸いです。



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18話 社畜の青春

嵐山準
重度のブラコンとシスコンという普通なら引かれかねない属性を持っているが引かれるどころか家族思いと解釈されイケメンポイントが更に上がる。人間やはり顔なのか。

迅悠一
ブラコンでもシスコンでもないが尻が好き。加古さんにチャレンジしようとした過去があるがチャレンジした後炒飯を食べ吐瀉物が喉に詰まり死亡という割りと冗談になってない未来を見たため現在までノーチャレンジ。

柿崎国治
ブラコンでもシスコンでもなく尻フェチではないものの脚フェチ。最近木虎の脚ブレードに可能性を見出だしたとかなんとか。

霧島柊
重度の弟子コン。しかし嵐山と違って普通に引かれる。なんなら弟子たちからも引かれることがある。人間やはり顔なのか。




「柊の玉……ガチガチじゃねぇか……」

 

 俺の友人カッキーは小さく呟いた。

 

「……固すぎだろ……こんなん……」

 

 頬をやや赤らめ、唇を小さく噛んで吐息とともにその言葉を吐き出した。

 吐息すらも聞こえてしまうほどの静寂のなかでも俺は固くするのを止めることができなかった。

 

「んんッ……」

 

 カッキーは先程より熱い吐息を漏らすと深いところをさらけ出してきた。

 

「……いいの?」

 

 カッキーは神妙な顔つきで小さく頷いた。

 俺は躊躇することなくカッキーが晒した深いところよりもさらに奥、急所を目掛けて手を伸ばす。

 

「あっ! まっ! それは……」

「ダメだ、もう待てない」

 

 カッキーには悪いが俺はもう耐えられない。

 

「雑煮がない正月なんて耐えられるかー!」

 

 俺は心の底からその言葉を吐き出し、王手飛車取りをかける。

 残念ながらもうカッキーの玉が生きる道はない。

 完全に詰みである。

 カッキーはうぐぐと変な呻き声を漏らしながら「負けました……」と呟いた。

 

「よーっし、ほら行ってこいカッキー。この寒空の中人数分の雑煮を買ってくるがよい」

「そういや雑煮ってどこで売ってるんだよ……」

「確かに。お汁粉はよく見るけどな」

「あぁ……確かに……」

 

  少なくともボーダーにある自販機にはなかったはずだ。通いすぎて商品がいつ変わるか分かっちゃってるくらいヘビーユーザーの俺が言うんだから間違いない。

 大の男が四人でこたつを囲みながらうんうんと唸る。そんな時、俺の右隣に座っていた迅がこんな提案をした。

 

「じゃあどうする?材料買ってここで作るか?」

「うーん、それはいくらなんでも不味くないか?」

 

  やんわりと取り成したのは嵐山。ボーダートップも知名度を誇りなおかつ実力も高いという隙がないスーパーなイケメンである。これで「コンクリートロードはやめといた方がいいぜ」とか言ってくるくらい嫌なやつだったならどうとでも嫌いになれたのだが困ったことに滅茶苦茶良い奴なのである。

 

「あぁ、でもそういえば母さんが雑煮作ってるって言ってたなこれ終わったらみんなで来るか?」

 

 ほら、こういうことサラッと言っちゃうくらいいいやつなんだよ、こいつ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど正月にガヤガヤ押し掛けるのも悪いからな」

「確かにそれもそうだよなー」

「ま、柊とおれはしばらく死事だけどねー」

「おいバカ。頑張って現実逃避してたのにいきなり現実を突きつけるんじゃねぇよ」

 

  明日も明後日もこいつと一緒とかなんなの? てかなんなら大晦日からこいつと一緒なんですけど。更に言うなら去年もこの面子だった気がするんですがどういうことですか沢村さん。

  あ、そうだ、沢村さんで思い出した。

  俺はおもむろに立ち上がり机の後ろにあるやたら巨大な棚をごそごそとやってお菓子の箱を取り出した。

 

「せめて餅だけでも食べるか」

「おぉ、うまそー」

「五平も……え!? こんなとこいつ行く暇あったんだよ」

「違う違う、沢村さんのお土産」

「あぁ、……例のあれか……」

 

  カッキーがやや遠い目をして言った。

  説明しよう! 例のあれとは俺が一ヶ月程前に福引きで当たった旅行券(ペアチケット)を沢村さんにあげたもののまったく進展しなかったという事件である。ちなみに一泊二日の旅だったため二人の二日分の死事は俺がやったぞ☆ 早く幸せになってくれよ……。

 

「でもほら、今日もふたりで初詣に行かせたしちょっとは進展する……といいな」

「おい、諦めんなよ」

「嵐山の言うことにも一理あるよなぁ。男女が同じ宿で一泊してなにもないってさ……」

「なー、今時中学生でもいくところまでいくよなー」

 

  カッキーの何気ない一言に空気が鉛弾を使われたが如くどんよりと重くなった。

 

「え……あっ、なんか……すまん」

「謝らないでよ、余計辛くなる……」

「チッ、この裏切り者が……」

「扱い酷くね!? お前らなんて俺より全然モテてたじゃねぇか!」

「そうだそうだ! そこんとこどうなってんだよ」

「柊の立場はどこなんだよ……」

「強いて言えばリア充の敵と言っておこう」

 

  ホントにリア充とか許せない。俺がこんなに死事して死にそうになってるのに女子とイチャイチャしてるとか絶対許さない。

 

「そういやカッキー。君んとこの大学のバスケサークルと熊谷ちゃんがバスケしたって言ってたんだけどもちろん安全なんだろうなそいつら」

「待て、目を血走らせるな。大丈夫そいつら全員彼女持ちだから……あっ」

「その思い出したような表情はなんだよ。言ってみろよ」

「落ち着け柊! 瞳孔開いてるから!」

「とりあえずその手を離そうか。ゆーっくりでいいから。そうゆーっくり」

 

  迅と嵐山の制止によりやや平静を取り戻しカッキーの襟元から手を離す。

 

「それで? どうしたんだ?」

「……その内のひとりが熊谷のこと気になってるって言ってました」

「そいつはどこにいるんだ! ぶち殺してやる!」

「だから落ち着け! まだ手は出されてないから!な、柿崎!」

「…………うん」

「出されてるんじゃねぇかぁぁ! どこまでだ! どこまでだぁぁ!」

「でもあの連絡先教えたくらいでその先はよく知らないっていうか……」

「ふざけおって!バスケサークルに入ってるやつなんて皆ロクでもない奴ばっかりなんだろ!」

「……すいませんそいつテニスサークルっす……」

「余計危険じゃねぇかぁぁぁ!」

 

  テニスサークルなんかに入ってる奴なんて皆ヤリ目のヤリ〇ンばっかなんだろ!

  カッキーの胸ぐらを掴んでグラングランと揺らす。

 

「テニスサークルの輩と付き合うなんてお父さんの目が黒い内は許しません!」

「だからまだ連絡先しか……ぐはっ……」

 

  変な声をあげて動かなくなってしまったカッキーをポーイと投げ捨て今度は嵐山の方を見る。

 

「……どうなんだ?」

「ちょっと俺には分からないかな……」

 

  困ったように笑う嵐山を尻目に迅はこそこそとこの場から逃げようとしていた。

  その首をガッと掴み引き戻す。

 

「お前なんか見えてんのか?」

「いや、とりあえず大丈夫だった気がします」

「ホントだな?」

「ホントのホントです。本当と書いてマジと読みます」

 

  迅がここまで言うのなら当面心配いらないのだろう。だがしかし、釘は刺しておかねばなるまい。

 

「なんか変な未来が見えたらソッコー俺に報告。いいな」

「了解であります!」

「カッキーは……とりあえずそいつを血祭りに上げておいてくれるかな」

「出来るか!」

「じゃあそいつにちゃんと釘指しておいてくれるかな。熊谷ちゃんのこと悲しませたら痛覚100%で戦場に放り込んでやるってさ」

「目がガチなのが怖すぎるんだけど……」

「柊、それは言いすぎじゃないかな、流石に」

 

  やんわりと取り成してくる嵐山に勢いよく指を突きつけた。

 

「想像してみろ! 佐補ちゃんが大学に行ってテニスサークルの男子と仲良さげに喋っている姿を!」

「はっ………………!」

 

  嵐山は雷にでも打たれたかのごとく動かなくなってしまった。

 

「お、おーい嵐山? 大丈夫かー?」

「その通りだ柊! テニスサークルなんてダメだ。絶対ダメだ! お兄ちゃんは許さないぞ!佐補ぉぉぉぉ!!!」

「うるさいのが増えた……」

「この暴走機関車どうやったら止まるんだよ……」

 

  迅とカッキーはなにやら冷えきった目でこちらを見てくるがもはやそんなのは関係ない。

  俺はもう見つけたのである。

  嵐山というベストパートナーをな。

 

「よーっし、テニスサークルの魔の手から熊谷ちゃんと佐補ちゃんを守るぞ!」

「応!」

 

  この後滅茶苦茶作戦立てた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「おーい、お汁粉買ってきたぞー」

 

  俺と嵐山で三門大学テニスサークル殲滅作戦も後は詰めに取りかかるだけというだけというところでカッキーが自販機で売ってる缶のお汁粉を4本持って部屋に入ってきた。

  てかいつの間に買いに行ってたんだろう。作戦立てるのに必死で全く気がつかなかったなぁ。

  ストレスをぶつけたため幾らか冷静になった頭でそんなことを考えた。

  カッキーはこたつの天板にお汁粉を並べて自分もこたつに脚を入れた。

 

「ほら、二人とも、それ一旦終わらせてこっち来なよ」

「はいはい」

 

  生返事をしながらパソコンを畳んで俺たちもこたつに入る。

  あぁ、やはりこたつはいいね。流石世界三大人をダメにするものの一角だけある。

  ちなみに残りの二つは人をダメにするソファーと実家な。

 

「カッキー脚伸ばしすぎだろ。超狭いんだけど」

「こういうのは早いもん勝ちだろ」

「だよねー」

「…………」

 

  退かぬというなら押し通る!

  下の畳を滑るようにして足を潜りこませる。低空飛行した足は油断しきった奴等の足を掬い上げそのまま退かした。

  フッ、こたつ争奪戦では屈指の強さを誇る俺にはまだまだ勝てんよ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

  グッグッ、グイー、ゲシゲシ。

  無言でこたつの中でどれだけ自分の面積を確保出来るか。つまり侵略戦争が始まった。

  しかしどこまでいっても決着がつかず、埒が明かないということで全員あぐらをかいてコンパクトになることにした。

  てか、一般サイズのこたつに俺たちが四人で入るとか無理だよな。普通。

  ある程度落ち着いたところでカッキーが口火を切った。

 

「さ、年も明けたということでお汁粉で乾杯とするか」

「それ確か去年も言ってたよね」

「なんなら一昨年もな」

「うるせぇな! こういうのは形式が大事なの!」

 

  それも去年言ってたな。そんなことを考えながらプルトップを上げた。

  そして缶を軽く上に上げた。

 

「それでは、新年もお互い健康に頑張りましょう。乾杯!」

『かんぱーい!』

 

  コツンコツンと缶をぶつけ合い一口煽る。

  お汁粉の暖かさと甘さが腹の底からじんわりと体全体に広がる。

  思わずおっさん臭い言葉が漏れた。

 

「あー、染みるなぁ」

 

  そして更にもう一口煽る。

  目の前を見れば楽しげに笑う友達。なんだかんだ文句を言いながらもこういうのも悪くないと思う自分もいる。ここでこうしていると高校時代を思い出す。

  あの時はいつでもなんでも楽しくて見るものすべてがキラキラ輝いていた。

  でもその青春と呼ばれる時間が過ぎ去ってもそれに負けない時間を過ごすことだって出来る。例えば、今こうして笑っているように。

  だから俺たちの青春はいつまでも終わらず、どこまでも続くのだ。

 

  了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? なんか忘れてね?」

「お前の気のせいじゃなくて?」

「いや、そんなはずないんだよ。なんかっていうか……誰かっていうか……」

 

  喉に小骨が引っ掛かったかのような感覚。

  あと少しの刺激で思い出す気がするんだが……なんだっけ。

 

  俺が一休さんよろしく唸っていると唐突に部屋の扉が開いた。

  その人の姿を見たとき全て察した。

 

「皆、ハッピーニューイヤー」

「加古……さん……」

 

  そういえば今日はオペレーターが休みだったり他の隊のオペレートしていたりで人数不足だったところに加古さんが颯爽と現れ、「私がやるわ」と言ってくれたのである。その時はホントに感謝してた。その時は。

  今は? そうだな。遺言とか考えてるかな。

  加古さんが手に持った寸胴鍋を眺めながら。

  俺は震える声を振り絞り、それを指差した。

 

「ちなみにそれはなんですか?」

「炒飯をお雑煮でリゾットにしてみたの。お正月だし皆も食べるでしょ?」

 

  食べるわけねぇだろ!

 

  そんなことストレートに言える奴がどこにいるんだよ。言えるわけねぇだろ。目が全然笑ってねぇんだぞ。マジで怖い。

  だから俺たちにはもう首を縦に振ることしか許されていなかった。

 

  前言撤回。青春どころか俺たちの人生が終わるかもしれません。

 

 

 

 






とりあえず言いたいことは全国のテニスサークルの皆さんすいません。しかしこれはあくまで霧島くん個人の意見でありまして私の意見など欠片も入っていないことをここに明記しておきます。


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◆ 例えばこんなメリークリスマス

わーい、メリークリスマ〜ス(白目)
言いたいことは色々あると思いますがとりあえず読んでもらえれば幸いです。


  とある休憩室での一幕。

  風間隊のイケメン担当歌川くんがふとこんなことを言い出した。

 

「キリさんってどれくらいまでサンタさん信じてました?」

「バカヤロー!」

 

  それを聞くやいなや俺は歌川くんの頬をビンタした。

 

「なんてことを言うんだ! 三上ちゃんも風間さんもまだ信じてるんだからな! バカ言うんじゃない!」

「バカはお前だ」

 

  その言葉とともに頭に思いっきり拳骨を落とされた。

  首が勢いよくカクーンと下がり首を痛める。間違いなく筋いってますありがとうございます。

  しかし、風間さんはどうやって俺のこと殴ったんだ? 身長差20センチくらいあるはずなんだけどな。と思って足元を見たらソファーに乗ってた。しかも律儀に靴脱いでるんだが。

 

「三上はともかく俺が信じてる訳がないだろう」

「わ、わたしも信じてないですよ!」

「いやいやゴメンね三上ちゃん。歌川くんがうっかり口を滑らせたばかりに夢を壊しちゃって……」

「だから信じてないですって!」

「分かってる……分かってるよ」

 

  子どもを見守る子どものような目で優しい目をしていると三上ちゃんは必死に違います!と俺の体をグラングランと揺らして否定の意を示す。

  あははー、三上ちゃん。そんなに揺らすと風間さんにやられた首が余計痛んじゃうなー。これから割りとハードな死事が残ってるんだけどなー。

  そんなことを考えていると三上ちゃんが衝撃の一言を発した。

 

「わたし歌川くんより年上なんですよ!」

 

  瞬間世界が凍てついた。

  なん……だと……。三上ちゃんが歌川くんより年上?

  三上ちゃんが高2なのは覚えていた。しかし歌川くんってどうみても高1に見えんよ。なんなら俺より落ち着いてて全然大学生に見える。

  それにほら風間さんと並んでると……ね。

 

「いってぇ! なにするんですか!」

「お前がなにか言いたそうな顔をしていたからな。主に俺の身長のことを」

「ソンナコトナイデスヨアハハー」

 

  あらやだ風間さんエスパー?ばっちり心見透かされてるんですけど。

 

「そういえば三上ちゃんって兄弟いっぱいいたよね? 年は幾つだっけ?」

「上から10歳、5歳、3歳です」

「その子たちにはもちろんサンタさん来るでしょ? その時に三上ちゃんのところにだけプレゼントないと怪しまれちゃうんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。両親が仕事で忙しいのでわたしがプレゼント買いに行くんですけどその時に自分の分は買って置いておくので」

「聞いてもいいかな? それっていつから?」

「えーっと、志歩が小学生になったときからだから……四年前ですね」

「そっか、大変だね」

「そんなことないですよ。それに……わたしが一番お姉ちゃんなので」

 

  そう言って三上ちゃんは笑って見せた。しかし俺にはその表情がどうにも寂しげに見えた。

 

「……もう買ったのか?」

「なにをですか?」

「今年のクリスマスプレゼントだ。もう買ったのか?」

「いえ、まだですけど……」

「そうか……じゃあ霧島。一緒に行ってこい」

 

  いきなり名指しされて思わず声が出た。

 

「えっ!? なんで俺なんですか?」

「なんだ、嫌なのか?」

「嫌とかそういうんじゃなくて普通に死事が……」

「そっ、そうですよ! そんなのキリさんに悪いですよ! ただでさえ忙しそうなのにそんな……」

 

  その言葉を聞いて俺は飛び出しかけた言葉を引っ込めた。

  ちくしょう。この人これが狙いかよ。ズルイ人だ。

 

「あー、三上ちゃん。それいつ行くんだ?」

「え!? いや悪いです! 大丈夫です!」

「出来れば明後日以降にしてもらいたいんだけど大丈夫?」

「大丈夫ですけど……って! ホントにいいんですか?」

「大丈夫大丈夫。先輩に任せておきなさいって」

 

  三上ちゃんの頭をポンポンと叩きながら俺は立ち上がる。そしてマッカンをゴミ箱に投げ入れ部屋を出る。

 

「あ、そうだ。予定が決まったらメールしておいてね」

 

  それだけ言い残して俺は休憩室を出た。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「だいたいさぁ! なんだってこんなに仕事があんだよ!」

「しょうがないだろ急に休みの申請したんだから!」

 

  あの後俺は即行で本部長室に向かい、部屋にはいるやいなや土下座した。

  流石の忍田さんもドン引きだったが事情を話してもう三点倒立しそうな勢いで頼み込んだら「なんとかしよう」と言ってくれた。

  まぁもちろん大量の死事とともになんだけどね。

  こんなんは予想の範疇だったんだよ。でもね、これ明らかに二日分以上あるよね。

  どう考えたって終わるわけがないので風間さんとか迅とかカッキーとかに押し付けた。嵐山は忙しいので声をかけなかったのだがふらっとチームで来て手伝ってくれたりする。嵐山隊には今度焼き肉とかおごらなきゃいけない。たぶん俺いけないだろうからお金だけ渡すことになるんだろうけど。

  え? カッキー? カッキーはほら、アレだよ。暇そうでしょ? どうせ放っておいても男女仲良くバスケとかスポーツに興じるくらいしかないんだからここで死事させておいた方がよっぽど彼のためになると思うし有意義だと思うんだ。これは別にリア充への妬みでも嫉みでもないから、全然悔しくなんかないから。

  俺の横で書類を抱えたカッキーが恨めしげに呟いた。

 

「そもそもなんでお前がこんな必死になるんだよ。風間さんに言われたってだけじゃないだろ?」

「……別にいいだろ」

「よかねーよ。こんだけ人巻き込んで別にじゃすまねぇだろ」

 

  それは確かにもっともだ。俺は素直に納得して口を開いた。逃げ場がなかったってのもあるが大きな理由は友達にあまり嘘はつきたくなかったのだ。

 

「…………三上ちゃんが兄弟多いの知ってるだろ」

「あぁ、そりゃまぁな」

「あの子さ、根っからのお姉ちゃん気質だから皆に甘えられてるけどさ、たまにすげぇ寂しそうな顔するんだよ」

 

  本当はここでやめるはずだった。あまり言い過ぎても三上ちゃんに悪いしそれが礼儀だと思っていたから。

  でも話してしまったのはたぶんカッキーだったからだと思う。

 

「特に親の話になるとすげぇ寂しそうなんだよ。たぶんずっと我慢してきたんだよ。それにさ、なんつーかあの子結構損な性格してるじゃん。頼られたら断れないっていうかひとりで抱え込んじゃうっていうか」

「…………はぁ、バカか。お前は」

 

  バシッと割りと強めに後頭部を叩かれる。なんか俺最近叩かれてばっかじゃね?

 

「んだよ、いったいなぁ」

「損なのはお前こそじゃねぇか。それを素直に言えばいいんだよ」

 

  カッキーはそう言って立ち上がると俺が渡した以上の書類を持って立ち上がった。

  そして

 

「焼き肉だからな!」

 

  振り向きそう言い残して部屋を出ていった。

  はぁ、と深いため息を吐いて椅子に思いっきりもたれ掛かる。

 

「どっちが損な性格なんだか……」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 三門市の隣、四塚市の一番大きなショッピングモールの中に入っているこのラーメン屋。ここがこの世で一番美味しいとんこつラーメンを出すお店だと三上歌歩は確信する。

 もちろんスープや麺を単体でみてもかなりクオリティが高いがコシのある太麺に絡み付くこってりスープが暴力的な旨味を生み出し、更に分厚く切られたチャーシューがそれに拍車をかけている。

 一口、二口と次々と麺を口に運んでいるとそろそろ野菜がスープでしなしなになったのが分かった。

 中盤戦に突入したのだ。

 と、また意気揚々と箸を伸ばし、口への運んでいる途中にふと気づいた。

 完全に柊のことを忘れていたのである。

 恐る恐る伺うように顔を上げて柊のことを見るとばっちり目が合ってしまった。

 思わず目を逸らす。

 目が合うということは向こうも自分のことも見ていたということであって……。

 急速に歌歩の顔が真っ赤に茹であがった。

 

 ――もしかして見られてた!? 食い意地の張った女だと思われてる!?

 

 そっと、静かに箸を置いておしぼりで口の周りを拭く。

 それを見て柊は勘違いしたのだろうがキョトンとした顔で聞いてきた。

 

「あれ、食べないの?」

「え……あの……いえ……」

「あんなにおいしそうな顔して食べてたんだから好きなんじゃないの?」

「そう……ですけど……」

 

 ちろりと柊を伺う。すると柊はなにかを察したような顔をして自分の丼から脂できらきらと眩いほどの光を放つ至宝(チャーシュー)を差し出してきた。

 

「いる?」

「そんなっ、悪いですよ……」

「そんな顔で言われてもなぁ。いいから遠慮せずにもらっちゃいなさい」

 

 そこまで言われたら断れない。こんなに言ってくれてるのに断ったら柊のメンツにも傷がつくだろうからしょうがない。あくまで柊のためにこれをもらってあげよう。

 自分への言い訳を完成させて三上は少し腰を浮かして、前のめりになり柊が差し出したチャーシューを口に入れた。

 一噛みごとに溢れ出る脂が体に染み渡り、幸福感に満たされる。

 ほぅ、と小さく吐息を漏らし、目の前を見ると薄い微笑みを浮かべている柊と目が合ってしまった。

 

「な……なんですか?」

「いや、おいしそうに食べるなぁと思ってさ」

 

 その言葉に思わず顔を伏せる。単純に恥ずかしかったのだ。

  れんげをそっと取り母親が食べていたように麺をれんげに取って気持ち上品に食べる。

  正面からクスッと笑い声が聞こえて歌歩はバッと顔を上げた。

 

「黙って食べてください!」

「はーい、すいませーん」

 

  柊はニヤニヤとした笑いを浮かべたまま間延びした声で謝って自分のラーメンをズルズルと啜りだした。

  歌歩の頬は更に赤みを増していく。

  この世で一番美味しいラーメンの味も今は分からなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  妹たちの分を購入し、残るは弟のリクエストを残すのみとなった。

  それを買うために本屋へと二人は本屋へと向かった。

 

「柊さんって本好きですか?」

「好きだよ。図書館のヘビーユーザーだったからね」

「じゃあ『僕たち』シリーズって分かりますか?」

「知ってるよ。懐かしいなぁ。すごい好きだったんだよなぁ……」

「……それを欲しいって言ってたんですけど、わたしはちょっと知らなくて……」

「……確かもう絶版になっちゃったんじゃなかったかな」

「え、それじゃあ……」

「あぁ、大丈夫だよ。俺が持ってるのあげるよ。たぶん家にあるんじゃないかな」

「そんな、悪いですよ!」

「もう俺も読まないからいいよ。むしろもらってくれた方がありがたいな」

 

  そこまで言われたら断ることもできない。歌歩は素直に頷いて「ありがとうございます」と言った。

  柊は微笑んで歌歩の頭をポンポンと叩いた。

  いつもは温いその手つきが今回はなんだか寂しげに感じた。表情を伺ってもその顔には笑顔がベッタリと張り付いていて分からなかった。

  でも、その表情はいやに歌歩の心をざわつかせた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お、おじゃましまーす」

 

  一応ボーダーの施設ではあるのでおじゃましますというのには若干の違和感があったがリビングに入るとその感覚も霧散した。

 

「おかえり〜っておっ、三上ちゃんだ」

「久しぶりだね〜」

 

  二人並んでテレビを見ている光景はまるで本当の家みたいでここに流れている雰囲気あるいは空気といったものだろうか。それが独特の暖かさを感じさせた。

 

「どうしたの? ……まさか無理矢理? 分かった警察にって痛い!」

「捕まるっつーんだよ。三上ちゃんJKだぞ」

「うわぁ古っ。今時JKとか言う人いるんだ」

「え? まだ普通に使うよね? もしかして死語?」

「死語だって知らずにドヤ顔で使って若者ぶってた人がここにー!」

「……まぁ、とにかく三上ちゃんお客さんだからおもてなししてあげて宇佐美ちゃん」

 

  迅の首を絞めつつ両手を合わせてそう言った柊に宇佐美は「それも古いよね」とぼやきながらキッチンへと消えた。

 

「そんじゃあ俺はちょっと行ってくるわ」

「え、あ……はい」

 

  柊はそう言ってリビングから出ていってしまった。

  残されたのは白目を向いてぐったりとソファーにもたれ掛かる迅とその隣に小さくなって座る歌歩である。

  別にここに来るのは初めてではないのだが前回来たときの違いはたぶん柊への気持ちの違いなのだろう。

  あの時はまだ自分の気持ちをはっきりと把握できていなかったのだ。

  でも、今は痛いくらいに分かっている。分かってしまったのだ。

  あの人はたぶん――

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  俺がほとんど掃除が出来ていないためホコリを被った本棚の奥。

  そこに三上ちゃんが言っていた『僕たち』シリーズがある。

  『僕たち』シリーズは高校生の男女が日常の中に起きる小さな謎を解いたり解かなかったりする話である。どちらかといえば登場人物の心情に重きをおいた物語で俺たちはそれのリアルさに惹かれていた。

  強烈な懐かしさを感じながら背表紙を手でなぞる。

  ふとあることに気付いた。

  一巻だけ足りないのだ。この物語の集大成とでも言うべき最終巻だけがすっぽりと抜け落ちていた。

  顎に手を当て、記憶を探る。

  さほど時間もかからずに答えは見つかった。

 

「…………あぁ、そうだ…………」

 

  部屋を出て隣の部屋の扉を開ける。

  目に飛び込んでくるのはあの日とまったく変わらない状態でまるで美術館の展示品のように保存されたあいつの部屋。

  ただここはあいつの匂いもしなければ暖かさもない。

  これを見るたびにあいつはもういないという現実を突きつけられるのに、寂しさに押し潰されそうになるのに片付けることが出来ないのは何故だろう。

  まぁ、それは考えても仕方がない。今まで考え続けて出なかったのだから後でいい。いつかでいい。

  そう結論付けて部屋に入る。

  あいつが死んでから部屋の掃除は俺がやっている。

  だから、あれの場所は分かっている。あの日からずっと変わらない。

  机の上に乗ったひとつの物語。俺もあいつも大好きだった本の最終巻。

  これの発売日は大規模侵攻の前日だった。

  どうしてあの時先に読ませてやることが出来なかったのだろう。

  ページを開く。

  栞は物語のラストシーンの一歩手前の位置に挟まれている。

 

『人の死は辛いよ。でもねそれを認めてその子の分まで生きてやることが大切なんだと僕は思う』

 

  担任が主人公にかける言葉が目に入った。

  これを読んだ当時はそれが正しいことなのだろうと思っていた。

  でも、今は違う。

  俺は絶対に死んでいった人のためになんて生きてはやらない。俺に一言もなく勝手にいなくなった奴のことのために生きてなんてやるもんか。文句があるなら直接言いに来やがれ。

  はぁ、と息を吐く。

  俺はダメだな。あの子には笑って渡したいのにいざ渡そうとすればこんなにも後悔ばかりだ。

  本を持ってベッドに倒れこむ。

  それから俺は少しの間目を閉じた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  柊が戻ってきたのは30分近く経った後だった。

  柊は大きな袋を歌歩の隣に優しく置いた。

 

「はい、メリークリスマス」

「……ありがとうございます」

 

  言いながら歌歩は柊の笑顔を眺めた。

  なんだろう。この言い表せない感覚は。

  喉に刺さった小骨のような、梅雨の湿気のような、そんな気持ち悪さがそこにはあった。

 

「どうしたの? なんかついてる?」

「……いえ、なんでもないですけど……」

「けどどうしたの?」

 

  やっぱり何かが変だ。いつもの柊ならきっとここまで踏み込まない。人が言いたくないことを言わせるような人ではないのだ。

  やはり今の柊はなにかがおかしい。

 

「何かあったんですか?」

「……何にもないよ。あったとすれば今日のどら焼きはつぶあんだってことじゃない?」

 

  俺こしあん派なんだけどな。とぼやきながら柊はどら焼きをかじる。

  違和感は消えないままなのに柊の立ち振舞いはいつもと変わらぬままだ。

  だから踏み込めなかった。

  なんだかその姿は痛みを隠す野生の獣のようで酷く脆く、しかし美しかったから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  昼過ぎ、死事部屋のベッドで目を覚ませば枕元に筆箱大の箱が置いてあった。

  なんだこれドッキリ?

  この年になってまでサンタさんなんて信じられんぞ。

  ぼんやりとして締まりのない頭でそんなことを思いつつも箱の包装を丁寧に剥がすとそこには宇佐美ちゃんからもらったメガネケース。いやメガネ入ってないからただのケースだな。

  そのケースの中に僅かな重さを感じて開けてみる。

  そこにはあるはずのないものがあった。

  黒縁のシックなメガネがそこにあったのだ。

  確かこれこの前メガネ屋で見たブルーライトカットのやつだな。

  死事でパソコンに向き合うため目がボロボロになっている俺には普通にありがたい。

  そのメガネの下に小さな手紙のようなものを見つけた。

  そこには女の子らしいまるっこい字で

 

『メリークリスマス! 健康に気をつけてお仕事がんばってください!』

 

  と書いてあった。

  三上ちゃんの優しさがホントにありがたい。

  君だけだよボーダーの中で俺の体調を心配してくれるのは……。

  三上ちゃんの優しさをひしひしと感じながらも俺は小さく笑った。

 

  ――まさかこんなことがあるとはねぇ……。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  クリスマスの目覚めは毎年早い。

  枕元にあるプレゼントをみた弟妹たちが騒ぎだしてそれどころではないのだ。

  襖一枚挟んだ向こうできゃっきゃと声を上げる弟妹たちの声を目覚ましに歌歩は目を開ける。

  時計を見ればまだ7時。休みなのだからもう少し寝ていたいと思うのは仕方のないことだと思う。

  歌歩はぼやけた目を擦りながら時計の横をじっと見る。ピントが合った目に飛び込んできたのは赤と緑のクリスマスカラー。

  やや不審に思いながら手に取り包装を丁寧に剥がす。

  そこにはどこか見覚えのあるメガネケース。

  首を傾げてそれを開けるとそこには歌歩が柊に上げたものとまったく同じメガネがそこにあった。

  忘れもしない。この前買い物に行った時柊が似合ってると言ってくれたものだ。

  そしてなにより自分が柊に贈ったものである。

 

「…………へ?」

 

  寝ぼけた頭では状況が整理しきれず変な声がついて出た。

  まだ混乱しているがとりあえず歌歩はメガネを手に取り、かけてみる。

  そして似合ってるかどうかを確認するためによたよたと洗面所へと向かった。

  歌歩開けた襖からひんやりと冷たい風が吹き込み、メガネの下に置いてあった。小さな紙がヒラヒラと舞った。

  そこには

 

『メリークリスマス! 健康に気をつけて防衛任務頑張ってね』

 

  とあった。

  ひょんなことからやたら文面が似通っていたことが判明したり、お互い同じメガネをかけてばったり遭遇してなんだか気まずくなったりするのだがそれはまた別の話である。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  一方その頃、ボーダーの企画でカメレオンを用いて三門市の子どもたちにプレゼントを配りまくった風間隊とオペレーターの霧島柊がくたばっていたのだがこれもまた別の話である。

 

 

 




本当はクリスマスにあげるはずだったんですが死ぬほど忙しかったのと長くなったのとでこんなに遅くなってしまいました。 申し訳ない。
さて、皆様は今年はどうもありがとうございました。皆様のおかげで書きつづけることができます。本当にありがとうございます。
そして新年もよろしくお願いいたします。
では、メリークリスマス。そして明けましておめでとうございます。
どうでもいいんですがわざわざ靴を脱いでソファーに上がる風間さんがかわいいと思いました。


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19話 デビュー

 1月5日。高校生や中学生などは冬休みでウハウハな一方。世間一般では死事始めという地獄を味わっているのではないだろうか。

 その日はボーダーにおいて少しだけ特別な意味合いを持つ日である。

 そう、入隊式が執り行われるのだ。

 前途ある若者たちが各々の光輝く夢を持って入隊していく姿は非常に美しい。

 しかし、そんな裏では汚い大人たちの必死の死事があることを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 新入隊員のデータ入力に入隊式当日の動線配備や進行。開発室と協力して隊員に配られる訓練用トリガーの設定。それに加えて通常業務。それがA級5位嵐山隊に課せられる死事である。

 しかしいくら彼らの本分は学生であり日中は学校に行くしただでさえ忙しいのが嵐山隊という部隊である。

 では、誰がヘルプに入るのかと言えばもうお分かりだろう。

 そう、私である。

 もうヘルプとかそんなレベルでなくメインを張っている私である。

 なんならトリガーの設定とか全部俺がやってる。おいこれ開発室の死事じゃねぇのかよ。俺も頼みごとしたからしょうがないっちゃしょうがないんだけど等価交換って知ってる?

 まぁ言っても書類に書いてあるトリガーを組み込むってだけの簡単な作業だから俺に回したんだろうけどさ。でもね鬼怒田さん、この書類穴だらけなんだ。

 嵐山隊でこんなガバガバな書類書くのなんてひとりしかいねぇよちくしょう。

 トリガーの設定も一段落したところで椅子にもたれ掛かり伸びをする。

 時計をチラリと見れば午後5時。よーっし、定時で帰ろっかな。人生の内で一度は言ってみたいセリフを心の中で呟きながら俺は佐鳥くんのガバガバ書類を直していく。

 そもそも打ち込む前のデータが今手元にあるってどういうことだよ。完全にやらせる気だったじゃねえかよ。

 頭の中で文句を垂れ流しながらも手はカタカタとキーボードを叩いている。俺ぐらいの社畜になると別のこと考えながら書類とか打てちゃうから。嫌な進化である。

 それにしてもあれだ。前日になってもトリガーの設定が出来てないってどうなんだよ。いやまぁテニサー撲滅委員会の作戦会議で三門市内全域の立体図作ってトリオン核爆弾で全滅させるシュミレーションとか作ってた俺らが悪いんだけどさ。

 でもため息は出ちゃう。だって休みたいんだもの。

 深いため息を吐きながら俺はひとりキーボードと夜を越した。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「遊真たち目立ってるかなぁ」

「目立つだろうなぁ。むしろあの子たちが目立たなかったらそれはそれで問題だろ」

「あー、確かに」

 

  本人には預かり知らないところではあったのだが入隊前から鮮烈な印象を残し、なおかつ一発目に小南から一本取る空閑くんにバカみたいなトリオンを誇る千佳ちゃん。この玉狛が誇る二大巨塔が霞むとかそれどんな化け物? 本部粉砕するくらいしないと無理じゃね?

 ………………あれ、これヤバくね?

 

「なぁ、千佳ちゃんってさ狙撃手だよな」

「そうだな」

「狙撃手の訓練ってさ一通り触るじゃん」

「そうだな」

「あの子がアイビス使ったらどうなるわけ?」

「…………ダイジョブだよ」

「おい待てなんで目逸らした」

「いやいやいや、大丈夫大丈夫。鬼怒田さんなら許してくれるって」

「鬼怒田さんだからダメなんだろうが!」

 

 だってあの鬼怒田さんだぞ。開発室職員じゃない俺によく自分の死事を押し付けてくる鬼怒田さんだぞ。許してくれるはずがないだろ!

 そう思っていたが迅の一言により俺はあっさりと意見を変えることになってしまった。

 

「でも千佳ちゃん鬼怒田さんの娘そっくりじゃん」

「あぁ……確かに」

 

 鬼怒田さんには超がつくほどに溺愛している娘がいる。正確にはいた。という方が正しいだろうか。今は奥さんと別れたため中々会えないため普段娘に注ぐエネルギーをどこに向けているかというと死事とその娘さんと同い年くらいのボーダー隊員たちを可愛がることである。

 確か最近だと茜ちゃんがお気に入りなのだが鬼怒田さんが茜ちゃんの頭を撫でたりしていると完全にそれ系の犯罪者にしか見えない。お兄さん的にそれはちょっと見過ごせないのでさりげなく引き離したりしたら俺のデスクに山盛りの書類が積み上げられていた。あのクソタヌキめ……。

 おっと話が逸れた。とにかく鬼怒田さんは幼女が好きな変態なので千佳ちゃんは絶対に責められないだろう。

 

「後は……まぁ空閑くんなら大丈夫か。強いし」

「そうだな遊真は、な」

「なんだよその思わせ振りな言い方。なんか見えてるわけ?」

 

 俺が聞くと迅はニヤリと笑みを深めた。

 

「なにも目立つのは遊真たちだけじゃないってことさ」

 

 その言葉を聞きながら俺は大きくため息を吐いた。

 こいつがこういう顔してるときって大抵ロクでもないこと考えてるときなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 言いながら愛するマイホームの扉を開ける。そこではすでに夕食が始まっていた。

 

「あ、シュウさんだ」

「おっす遊真くん、それに雨取ちゃんとメガネくんも」

「こんばんは」

 

 雨取ちゃんはちょうど口にカレーを入れていたところらしく口をリスみたいに膨れさせてペコリと頷いた。

 なんだこの小動物かわいいんだけど。俺の汚い心が浄化されていくのを感じる。

 というのに日本人ばなれした巨漢が俺の目の前に現れた。

 

「帰ってきたんならさっさと手を洗ってこい」

「はーい、すいません」

 

 言いながらテキトーに手を洗い、キッチンへ向かう。

 するとそこではレイジさんがコトコトとカレーを煮込んでいた。

 相変わらずエプロン姿がゲイバーの店員にしか見えない件。

 しかし、これをホントに言うと全力の拳骨を落とされるのでやめておく。

 知ってるか? 漫画とかに出てくるたんこぶってデフォルメじゃないんだぜ。

 ガチの人間から放たれるガチの拳骨は頭皮が腫れて浮くんだよ。

 あぁ、思い出したらなんだか痛みが……。

 

 さりげなく頭をさすっていると目の前までレイジさんの岩のような手が迫っていた。

 思わずビクッと体を仰け反ってかわすとレイジさんが怪訝そうな顔をしていた。

 

「あぁ、すいません。ちょっとボーッとしてて」

「熱でもあるんじゃないか? こっちはいいから座って待ってろ」

「ありがとうございます」

 

 でもねレイジさん。たぶん熱じゃなくて死事のしすぎだと思うな。これどこに行けば処方箋だしてくれんの?

 そんなことを考えながら迅の隣に座る。

 好き好んで野郎の隣なんかに座りたくはないのだが、雨取ちゃんの隣は宇佐美ちゃんが座っていた。

 残念ながらただでさえ女っけが少ないのにその内一人は県外にいるので更に少なくなっている。

 

「あれ、そういや小南は? 防衛任務?」

「さぁ、たぶん違うと思うよ。なんか小綺麗にして出ていったから」

「あぁ、なるほど。それお嬢様モードだろ」

「そういえば確かに見たことない服だったな」

「友だちにでも会いに行くんじゃねぇか?」

 

 まぁ、わざわざ隠してまで会いに行くのを友だちというのかは知らないけど。

 そんなことを話しているとコトリと目の前に大皿が置かれた。

 大きな皿からレイジさんがスパイスから作った特製カレーのスパイシーな香りが鼻腔をくすぐって食欲をそそられた。

 ちなみに基本的に辛いものが苦手な俺でも食べられるようにやや辛いくらいになっている。

 どれくらい辛いかというとだいたいカラムーチョと同じくらい。だが辛いもので食べられる限界がカラムーチョなだけであって正確に同じなのかは知らん。

 レイジさんにペコリと頭を下げて俺は手を合わせる。

 

「いただきまーす」

 

 スプーンでカレーとご飯を一緒に掬う。ちなみに俺のおすすめの比率はご飯が6でカレーが4。これだとあんまり辛くなくて非常に食べやすい。

 その黄金比の醸し出す極上の味わいに舌鼓を打っていると俺のはす向かいでご飯を食べていたメガネくんに話しかけられた。

 

「柊さん、ちょっといいですか?」

「あぁ、いいけど。どうした? 好きな子でも出来たの?」

「そんなっ! 訳ないっ……ですよ……」

 

 え、なんで千佳ちゃんチラ見しながら顔赤くするのさ。いや、マジだったの? 余計なことしてゴメン!

 恐る恐る千佳ちゃんの方をチラリと見れば千佳ちゃんはきょとんとした顔でカレーを食べていた。

 ……なるほど。

 

「なんか……ホントごめん」

「大丈夫です」

 

 俺とメガネくんの間に微妙な空気が流れる。それをぶち壊したのは迅だった。

 

「まぁまぁ、そんなことよりなんか話があったんだろ?」

 

 そう言って迅はメガネくんを見た。その目の奥には楽しげな笑みが見えたような気がした。

 それを訝しげに思いながらも俺はメガネくんに声をかけた。

 

「ごめん、なんだっけ?」

 

 俺がそう聞けばメガネくんははっと思い出したように口を開いた。

 

「この後ってなにか予定ありましたか?」

「いや、特にはないけど」

「じゃあご飯食べ終わったらちょっと付き合ってもらえますか?」

「何かするの?」

「ちょっとランク戦に向けて作戦を練ってるんですけどそれの相談にと思って……」

「ふーん、そか」

 

 テキトーな返事をしながら俺は隣にいるゴーグルを見やった。

 俺の視線に気づいた迅はバチコーンとウインクをひとつ。

 

 ま、こいつの差し金だろうとは思っていたけどな。

 

 俺が答えなかったのを不安に思ったのかメガネくんはおもむろに俺の顔を覗きこんできた。

 

「あぁ、うん。大丈夫だよ。先に作戦室行っててくれる?」

「はい、ありがとうございます!」

 

  メガネくんはばっと頭を下げると心なしか早足で部屋を出ていった。

  それを横目で見ながら俺はカレーをカレーをパクパクと食べ続けた。

  迅がニヤニヤしてるってことはどうせロクでもないことなんだろうなぁ。

  もう俺に迷惑がかかることが決定してるも等しいので先にやりかえしておくことにした。

  どうでもいいけど電車のなかで指先踏まれると痛くて変な声出ちゃうよね。

くらいやがれ、迅。

 

「いってぇ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  作戦室のドアを開けるとパソコンの前でなにやらカチャカチャとやっているメガネくんがいた。

  一瞬昔の自分がフラッシュバックしたもんだから「まだ死事なんてしなくていいんだよ……」 と優しく囁きながら抱き締めてしまいそうだった。ふー危ない危ない。

  そんなことを考えていると俺に気がついたらしいメガネくんがいそいそとコーヒーの準備を始めていた。

  うーむ、出来る子だな。いや、まだ信用しちゃダメだ。太一くんはこの後コーヒーを持ったまま転んで俺の頭にあっつあつのブラックコーヒーをダイレクトアタックしてきたからな。

  いつでもその場から離脱できるように半身で座ってメガネくんを待った。

  しばし待つとメガネくんは両手にマグカップを持ってしっかりとした足取りで俺の前にマグを置いた。

  これで第一関門突破。しかしまだ油断してはいけない。

  太一くんは余程焦っていたのか入れ直したコーヒーに死ぬほどコーヒー豆をぶちこんだのである。いやぁ、あのときは三日くらい寝られなかったね。控えめに言って死ぬかと思った。

  そんなことを思っていたのだがメガネくんはマグの横にすっとミルクと砂糖を置いた。

 

  ……こいつ……中々やるな……。

 

  素直にミルクと砂糖をたーっぷり入れたマッカン風コーヒーを口に運びながら口を開いた。

 

「それで、何するのさ」

「柊さんにランク戦での作戦の相談にのってほしいんですけど」

 

  ……へぇ、そうかそうか。そういう子なのか。

 

  一瞬空いた間を否定と捉えたのかメガネくんは恐る恐る俺の顔を覗きこんだ。

 

「あぁ、別にいいよ。今なら時間もあるし」

「ありがとうございます!」

 

  ガバッと頭を下げるメガネくん。なんだよ。そんなに頭を下げてこられたら俺が悪い人みたいじゃん。

 

「ほら、頭上げて。さっそく検討していこうぜ」

「はい。じゃあこういう場合なんですけど」

「あぁ、それはね……」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  柊が出ていき宇佐美と千佳が風呂に入ると必然的に部屋には迅と遊馬だけになる。

 二人の仲は別段悪くない。というか遊馬には割と目をかけているほうだ。

 だからこんな風に会話も普通にする。

 

「ねぇ、迅さん。柊さんって今那須隊でしょ?」

「そうだな」

「ランク戦で敵同士なのにウチらが強くなる手伝いしてくれるの?」

 

 その質問を聞いて迅はくすりと笑った。

 

「大丈夫だよ。あいつにとってのランク戦ってのはそういうもんじゃない。柊はお前たちが思ってるより器の大きいやつなんだぜ?」

 

  言いながら迅は笑みを深めていく。まるで親に甘えきった子どものように、信じきったもの特有の笑顔で迅は言い切った。

 

「だって、柊はおれたちの隊長だからな」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

  メガネくんは全てのマップでの一応の基本方針を考えていたらしい。

  それはどれもこれもそこそこの出来でどれも及第点といったところだった。

 

「そんじゃあ今度模擬戦しよっか」

「……はい?」

「いやだから模擬戦。君の勝ちの絵を書く才能は高いと思うよ。でも圧倒的に経験が足りない。だから模擬戦で経験を積もう。そしたらきっとこの作戦の改善をすることだって出来るよ」

「……相手はどこなんですか?」

「それはもちろん俺の所属する那須隊。後はいくつかチームに声かけてみるわ」

「いいんですか?」

「なにが?」

「その……なんか柊さんのチームの手がバレちゃうんじゃ……」

「あぁ、なんだそんなことか。気にしなくて大丈夫だよ」

 

  ランク戦が進んでいけばいずれ手なんてバレることだし所詮ランク戦なんて実戦のための練習なのだ。そこに徹底した情報統制なんてしても仕方がないだろう。

  それに俺らとしてもどこかと練習試合はしておきたかったのだ。

  しかしメガネくんにはそれは分からないのかポカーンとしたままありがとうございます。と呟いた。

 

「日程は決まり次第こっちから連絡するわ」

 

  言いながら俺は立ち上がって歩きだす。そしてドアに手をかけたところでふと思い出した。

 

「あ、そうだ。俺ばかり知ってるのはちょっとフェアじゃないからそれ使いな」

 

  指差した先にあるのはパソコンの隣にぐちゃっと置いてあるUSBのひとつ。

  それをメガネくんが手に取ったのを見届けて俺は部屋を出て、死事を始める。

  とりあえず半日休みをもらえればちゃんと戦えると思う。

  しかし半日休みもらうために5日間働かなきゃいけないのはどうしてなの……。

  そんなことを考えながら俺は一番したくなかった自室での死事を始めた。

 

 

 

 




もう何度言ったのかも分かりませんが更新遅れてホントに申し訳ありません。
たぶんあと2週間で私の方も落ち着いてくると思うのでそれまでしばしお待ちくだされば幸いです。


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