ラブライブ!サンシャイン!! Another 輝きの縁 (伊崎ハヤテ)
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出会い編
1話 目覚めは馴染みと共に


 同じジャンルの作品を流し読みしたら、曜ちゃん率の高さったらヤバイのなんのって。実際話が作りやすいので脳内でのシナリオ率が高くて困る。


 白い陽光に照らされて、意識が薄っすらと覚醒する。外の穏やかな風が頬に当たり起床を促す。だけどまだ起きない。

 

 だって、まだいつものあの声を聞いていないから。

 

「ほぉら、櫂! 起きなさーい!」

 勢い良く掛け布団が捲られ、肌全体を少し冷たい空気が襲う。

「寒っ」

 4月下旬とは言え、まだ少し寒い。身を縮こませるとそいつは俺を揺らした。

「こら! さっさと起きる!」

「わかった、分かったから……」

 上半身を起こし、寝ぼけ眼で朝の襲撃者の顔を見つめる。見えるのは幼なじみのしてやったりな顔。俺はそいつの名前を呼んだ。

「曜、おはよう」

 ダジャレにしてはつまらない俺の挨拶に、彼女は笑顔で応えてくれた。

「おはよ、櫂!」

 

 

 

「曜、何度も言うがよ、わざわざ俺を起こしに行かなくてもいいんだぞ?」

 朝の冷たい空気が少し和らぐ海沿いの道路を俺は自転車を引きながら幼なじみと歩く。

 今俺達が向かっているのはもう一人の幼なじみ、高海千歌の家。こいつは実家が旅館で二人が通う学校からは一番遠い位置関係にある。つまり曜は別の学校に通っている俺を起こして千歌の家に向かっているのだ。

「別にいいじゃん。幼馴染としてのよしみだよ~」

 曜の笑顔に俺はそれ以上言えなくなってしまう。実際別々の学校に進学してしまったから一緒に登校出来るだけでも儲けモンか。

「それに――」

 そういうと曜は俺の自転車の荷台に腰を下ろした。そしてサドル部分をぱんぱんと叩く。乗れってことだな。

「はいはい」

 俺は観念して自転車に跨がり、漕ぎだした。

「いいぞ~! もっとスピード上げてー!」

「俺はタクシーじゃねえっての」

 安全の為か、俺の左肩に曜の左手が添えられていた。そこから感じる曜の手の小ささ。そこから広がる温かさ。その心地よさを燃料に、俺は自転車のスピードを上げるのだった。

 

「あら、曜ちゃんに櫂くん、おはよう」

 千歌の実家である旅館にたどり着くと、玄関で彼女の姉が箒を片手に掃除していた。

「おはようございまーす!」

「おはようっす」

 俺のそっけない返事に曜が肘で俺を突く。

「ちょっと櫂、ちゃんと返事しなよー」

「い、いや、返事ならコレくらいで十分っしょ」

 姉さんは気にしないで、と曜を窘める。

「昔は『ねーちゃんおはよー!』って言ってくれたけど、ちょっと寂しい気もするわね」

 それだよ。昔は千歌の姉達二人も俺の姉さんみたいなもんだったし、ねーちゃんと言ってたけど今じゃもう恥ずかしくて言えない。

「そうだったね。この思春期真っ盛り少年め~」

 うりうり、と曜は俺の肩をぐりぐりしてくる。うっせえ、思春期真っ盛り少年のことは放っておいてくれ。このままじゃ俺の話ばかりで中々本題に進まない。俺は話を本題へと戻した。

「千歌はもう起きてる?」

 俺の問いにあねさんは苦笑いで応える。起きてないってことか。

「やれやれ、さっさと起こして学校行くぞ」

「アイアイサー!」

 曜の返事と共に俺たちは旅館の中へ足を踏み出した。

 

「ほら千歌ちゃん、起きてー!」

 ベッドに丸くなる幼なじみを叩き起こす曜。

「ん~、後五分~」

 起こされる側も安眠を貪りたいのか、必死の抵抗をしている。ふと視線を部屋に向けると、女の子した雰囲気に自分は場違いなんじゃないかと考えてしまう。

「なあ、俺、部屋の外で待ってるか?」

「何言ってんの! 櫂も千歌ちゃん起こすの手伝ってよ!」

 仕方なく俺も千歌の身体を揺する。やましい気持ちなど起こさぬように慎重に。

「おーい千歌ー、起きろー」

「んぅ?」

 俺の声に反応するかの様に千歌の眼が開かれる。眠たげな表情で俺たちを見つめると

「あ、曜ちゃん、櫂ちゃん……、おはよぉ……」

 ほにゃっとした笑顔を見せられると、自分が女の子の部屋と意識してたことが馬鹿らしくなって。俺も笑顔で応えた。

「おはよう、千歌」

 

 ここから、俺たち三人の日常が始まる。




 前シリーズは一回一回文字量が多すぎた為、書く時間が長くなってしまい、投稿時間が開きすぎてしまいました。その為、今回からは文字量を大幅に落として、早めの更新を心がけたいと思っています。どちらの方が皆様にとって読みやすいか、ご意見頂けると幸いです。
冒頭は好きなゲームの冒頭を参考にしています。わかった貴方は私とお友達。

 今シリーズではキャラクターにヴァンガードをやって貰おうかと考えています。カードの情報量が遊戯王とダンチな気がしますが、頑張ります。主人公(なるかみ+α)曜(アクアフォース)と善子(ダークイレギュラーズ)は確定しているのですが、他が決まりません。ダイヤかマリーあたりにオラクルシンクタンクをやらせたいんですが…。こちらも要望あれば下さい。

 ご意見ご感想よろしくお願いします。


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2話 目撃は水飛沫と共に

恋になりたいAQUARIUMが仕事中も脳内再生されてしまう今日このごろ。
スルメ曲ってこのことかな。

でもスクフェスであれがクールに分類されるのは何か納得出来ない。


「二人共いつも起こしてくれてありがとうね~」

 学校までの道、千歌が少し申し訳なさそうに口を開いた。

「何を今更、毎日のことだろ。なあ曜」

「そうだよ千歌ちゃん。気にすることないって!」

「えへへ、ホントにありがと~」

 少しだけ出ている寝癖を撫でる千歌。なんていうか、甘やかしたくなる衝動に駆られる。

「千歌は俺たちの中でも末っ子の妹って感じだよな」

「えー、そうかなぁ? じゃあ櫂ちゃんと曜ちゃん、どっちが上なのかな?」

 そんな千歌の問いに俺は曜と自分の誕生日を比べる。

「そりゃお前、俺の方が生まれたの早かったから俺が兄だろう」

 そんな俺の言葉に曜はふふ、と笑った。

「じゃあ今度から毎朝『お兄ちゃん、起きて♡』って起こそうかな~?」

 その提案に俺は曜に真顔で返した。

「是非明日からお願いします」

「か、櫂……。さ、流石にそれは……」

 少し顔を赤らめ、視線を泳がす曜。が、すぐに冷ややかな視線を贈られる。

「キモい」

「うん、ごめん」

 俺も彼女の視線で我に返った。しかしそれだけ甘美な響きだった。

 何時も通りの他愛のない話をしながら、俺たちは通学路を歩いていった。

「それじゃ櫂、私たちはここで!」

 びしり、と敬礼して俺とは違う道に入る曜。千歌もそれに続いて俺から離れていく。中学までは同じ学校だったが、二人が女子校に入学してからは途中まで一緒に行くことになっている。それが少し寂しいなんて、この二人には絶対話せないけど。

「おう、それじゃまた夕方、かな?」

「櫂ちゃん、またねー!」

 手を振る千歌を背に、俺は自転車に跨がりペダルに力を入れた。

 

 

 一日ってのは気がつきゃ終わっているもので、俺は帰りの道を自転車で走っていた。夕日が水平線に沈みかけ、周囲が橙に染まる空。この空になる時間帯に帰ると――

「あ、櫂ちゃーん!!」

 朝方の分かれ道で千歌が手を降っているのが見えた。

「あれ、曜は?」

「水泳部に顔を出してるって。わたしは何もなかったから先に帰ることにしたんだ」

 そう答えながら自転車の後ろに乗る千歌。二人だけで帰る時、俺はいつも後ろに乗せることにしている。俺は少し重くなったペダルに力を込めて漕ぎだした。

 

「そういやどうなのさ、スクールアイドル活動ってのは?」

 海沿いの道、車の通りも余りない道。擬似的な二人っきりの空間の中、俺は話を切り出した。

 新学期が始まって二、三週間程経った頃だろうか、千歌が突然「スクールアイドルを始める」と言い出したのだ。俺と曜は彼女の突拍子もない発現に空いた口が塞がらなかった。更に曜の話によると、部活まで発足させたのことだ。

「んー、生徒会長のダイヤさんによると『部活というのは最低五人でやるもの。一人しか部員が存在しない部活を認める訳にはいきませんわ!』ってさ」

「まあそれは生徒会長さんの意見は至極当然だな」

 俺が生徒会長に同意したのが不服なのか、千歌は後ろで立って俺の肩を掴んだ。

「もーう! 櫂ちゃんもそんなこと言う!」

「俺だって千歌のことは応援したいがよ、他校の俺がどうこう出来るもんでもないだろ」

 それはそうだけど、と頬を膨らませる仕草が背中から伝わる。が、思いついたのかすぐさま明るい表情に変わった。

「あ、でもね! 曜ちゃんが入ってくれたんだ!」

「あいつ、水泳部があるだろうに。大丈夫なのか?」

「私も最初はいいの?って聞いたんだけど、私の為にって入ってくれたんだ」

 嬉しさが声に載って聞こえてくる。本当に嬉しかったんだな。

「いい親友を持ったじゃんか」

「うん!」

 こりゃ幼なじみとして俺も人肌脱いでやらないとな。

「俺も出来る範囲で手伝ってやるよ」

「え!? 櫂ちゃんもスクールアイドル部に入ってくれるの?」

 その返しは想定していなかったぞ。

「あのな千歌、お前はふりふりの衣装を着て踊っているお前らに混じっている俺を見たいか?」

「うーん……、ごめん」

「わかればよろしい。まあ手伝うって言っても、相談にのってやる程度のことしか出来ないけどな」

「それだけでも助かるよ。あ、櫂ちゃんは作詞出来ないかな? 歌も自前で用意しなきゃいけないみたいだし……」

「作詞の才能があれば協力してやってもいいんだけど、俺、音楽の成績は万年3だからなぁ」

「え? でも櫂ちゃんって中学までは変に凝った詩とか作って――」

「千歌」

 俺は自転車を止め、真顔で千歌を見つめる。

「それ以上はいけない」

 俺の気迫に押されてか千歌はう、うんと黙ってしまった。視線を逸らしていた千歌がふと視線を小さな船着場へと向けた。

「あれ?」

「どうした?」

「あそこに人が――」

 彼女が指差した方向には一人の女の子が。歳は俺たちと同じ感じで、ここいらじゃ見たことのない制服だった。ワイン色に近い髪の毛が潮風によってさらさらと流れる様は、綺麗の一言だった。曇った表情のまま、じっと海を見つめていたかと思うと、突然にブレザーを脱ぎだした。

「ん? どうしたんだろう?」

 女の子の行動に千歌は自転車から降り、俺の隣に立った。

 女の子はブラウスのボタンをぷちぷちと外し始め――

「わーっ!! 櫂ちゃんは見ちゃダメー!!」

 千歌は慌てて俺の目を塞いだ。目の前に広げられているであろう光景がよく見えない。

「え?! まさか……、まだ4月だよ……」

 声色から顔が青ざめているのが解る。千歌は俺の目を塞ぐのをやめると女の子の元へと走っていく。枷がなくなり、俺が目にしたのは、学校指定であろう水着に身を包んだ女の子。そして彼女に必死にしがみつく千歌。千歌のことだろう、『身投げなんて駄目ー!!』なんて言ってるんだろうな。抱きつかれた女の子も慌てているのがよく見える。そしてそのまま二人はバランスを崩し、飛沫をあげて海へと落ちていった。流石にこの光景に俺も少し焦燥を覚えた。

「――っ!! ったく!!」

 俺は濡れたら困る物を置いて海へと走った。

 




自転車に乗る千歌と曜の違い。
千歌:後輪のストッパー当たりに足掛けて俺君の両肩に両手を乗っけるタイプ。
曜:右左どちらかに両足を揃え、俺君の背中にそっと寄りかかるタイプ。

実は梨子ちゃん登場まで考えてはいたけど一人一人掘り下げたいので次回に持ち越しそます。梨子ちゃんみたいな子は中々に好み。背伸びしてキス待ち顔して欲しい。


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3話 出会いは温もりと共に

 梨子ちゃん書いている内に愛着が湧いてくる。彼女とくっつく光景は浮かんでいるのでそこまでの過程を書くのが楽しみ。


●●

 私は海を見ていた。波が波止場へと打ち付ける音が周囲に響く。周囲に人はなく、まるで私一人取り残されたような。

 深呼吸を繰り返し、心の準備を整える。私がここに来た理由、海に飛び込む為に。別に死にに来たワケじゃない。ただ、海の声が聞きたいからだ。

 覚悟を決め、ブレザーをそっと近くに置く。ブラウスのボタンを外し、最初から着ていた前の学校の指定の水着になる。あとは飛び込むだけだ。

 私が助走をつけ飛び込もうとすると、不意に後ろから声が響いた。

 振り向いたと同時にその声の主は、私に抱きついた。私を説得している所からして、私を自殺願望者と勘違いしたみたいだ。

 混乱していると足がもつれ、私とその子はそのまま海に落っこちた。

 海水の冷たさに思わず身体が芯から震えた。4月なのにこんなに冷たいの?! もがいて岸に戻ろうとするけど、冷えつつある身体は言うことを聞かない。

――誰か、誰か助けて!!――

 そう心の中で叫んでいた。

 するとまた一人、人影が私たち目掛けて飛び込んできた。その人は私ともう一人の救助者らしい子の肩を抱き寄せると岸まで引っ張ってくれた。女の子とは違う、逞しい男の子の腕。私たちはそれに抱かれながら運ばれていった。

 気のせいか、心のどこかで温かさを感じる私がいた。

 

 

 

◇◇

「落ち着いたか?」

 俺は予め脱いでおいたYシャツを千歌に、ブレザーを女の子の肩に掛けた。女の子は小さくありがとう、と呟いた。

「千歌はもうちょっと冷静に物事を見ないとな」

「だってあれじゃ身投げしようとしてるみたいだったじゃーん!」

 千歌は俺のYシャツを少し震えながらきゅっと寄せる。

「よく考えてみろ。これから入水する人間が、わざわざ水着を着るか?」

「あー……、あはは……」

 俺の説明に納得したのか、笑いながら反省したように身を縮こませる。やれやれと俺は苦笑すると視線を女の子へと向けた。

「君も君だ。内浦の海は4月でもまだ寒いぞ。どうして、あんなことしたんだ?」

 女の子は申し訳無さそうに視線を落とした。何か言えない理由でもあるのか?

「無理に言わなくてもいいからな。別に――」

「海の声が聞きたかったの」

 柔らかで優しい声。それが第一印象だった。

「私、今海の曲を作りたくて、海の声を聞きたいと思って……。実際に潜ったら聞こえるんじゃないかって考えたんだけど……」

「んで、実際海に飛び込んでみて、どうだった」

 俺の問いに彼女の身体がガクガクと震えた。

「さ、寒い……」

「だろうなぁ。この時期だとちゃんとした装備がないと泳ぐのはキッツいからなぁ……」

 ちゃんとした装備、その言葉が頭の中で反芻する。

「櫂ちゃん」

 ふと千歌が俺のズボンの裾を引っ張った。私にまかせて、と言わんばかりの表情だった。

「それだったら私、丁度いいところ知ってるよ?」

「え?」

「私たちの幼なじみにダイビングショップをやってる子がいてね、その人にお願いしてダイビングして見たら?」

「でも、いいの……?」

 女の子は困ったように視線をこちらに向ける。ここで放っておけるわけないよな。

「ここで会ったのも何かの縁って奴さ。ここは一つ、こいつの提案にのってあげてくれよ。君の邪魔をしたお詫びも兼ねてさ」

「あなたも、ついていってくれる?」

「え? 俺も?!」

 その言葉に俺の表情が少し強張ってしまった。放っておけないと言ったが、その幼なじみのダイビングショップに行くのには少し抵抗があった。

「えー?! 櫂ちゃんも行こうよー!! 果南ちゃんも喜ぶよ!」

 その『果南ちゃん』が問題なんだよ。視線を女の子へと戻すと少し悲しそうな目で俺を見る。うう、そんな目で俺を見つめないでくれ。

「駄目、ですか……?」

 心なしか瞳が潤んでいる。やめてくれ、俺は女の子の涙に弱いんだ。

「わかった、わかったよ。その代わり、千歌が話をつけておいてくれよ」

「はーい!!」

「そういうわけでよろしくな。ええと――」

「梨子。桜内梨子。あなたは?」

「俺? 俺は紫堂櫂。こいつは幼なじみで妹分の高海千歌」

「よろしくねー」

 桜内さんが軽く会釈すると立ち上がった。

「じゃあわたし、そろそろ帰りますね」

「わかった。多分週末には準備が出来てるだろうから土曜日にここで会えるかな?」

 はい、と桜内さんは答えるとその場を去っていった。

 

 

 

●●

 海の声は聞こえなった。でも、温かい何かに出会えた気がした。それが嬉しくて、私は覚えかけの帰り道をぴょんと少し跳ねながら帰った。




 現在の各キャラのヴァンガデッキ事情。

千歌:未定
梨子:未定(一応初心者向けでゴールドパラディン?)
曜:アクアフォース
ルビィ:未定
花丸:グレートネイチャー
善子:ダークイレギュラーズ(当然)
マリー:オラクルシンクタンク(CEO軸)
ダイヤ:ロイヤルパラディン(アルトマイル軸)
果南:未定

 未定の子の誰かにバミューダ△をやってもらいたいとこ。ちなみに主人公は色々と変わる予定。(現在確定しているのはなるかみ ジェネシス かげろう ギアクロニクル)

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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4話 覚醒は堕天の来訪者と共に

 ヨハネ回です。スクフェスでの最初の挨拶「はぁい、リトルデーモン」にやられました。彼女とのルートは中々楽しく書けそう。


 2日後。いつものように俺と曜が千歌を起こしに行くと、もう千歌は家の前に立っていた。

「あれ、今日は早いな千歌。それと――」

 彼女の隣には桜内梨子がいた。

「桜内さんね、私の隣が家だったんだって」

 曜は嬉しそうに桜内さんの手を握った。

「そうだったんだー! 桜内さん、登校も一緒だね!」

「う、うん。よろしくね」

「ん、二人は桜内さんのこと知ってたのか?」

「そっか、違う学校の櫂ちゃんは知らないか」

 千歌の説明によると、飛び込み騒動の翌日に彼女は星浦に転校してきたらしい。

「そうか。桜内さん、千歌のことよろしく頼みますわ」

「どうして櫂ちゃんが保護者みたいなこと言うのさー!!」

 千歌が頬を膨らませると、桜内さんは柔らかく笑ってくれた。

「はい、よろしくお願いされました♪」

「もー! 桜内さんまでーっ!!」

 今まで三人だけの通学路が少しだけ騒がしくなった。

 

 

「んで、スクールアイドル活動はどうなのさ?」

「ん~、目ぼしい子はいるんだけどねぇ……」

 曜がアゴに手を当てて唸る。そんなに難航しているのか。

「桜内さんは誘ったのか?」

 俺の問いに千歌がズイっと出てきた。

「誘ったよ! それでも断られちゃった……」

「千歌ちゃん、転校の挨拶直後に誘っても混乱させるだけだってば」

「そうは言っても曜ちゃ~ん」

 絡み合う二人を余所に、俺は桜内さんの方に意識を向けた。

「ごめんな、こいつら考えたらすぐ行動しちゃうタイプでさ」

「大丈夫です。それ抜きでも二人共とっても優しいですから」

 うう、なんて優しい子なんだ。この子がいるだけで俺たちの間に華が添えられる感じだ。

「……」

「いっつ!!」

 突然頬に感じる痛み。視線を痛みの方へ向けると曜が俺の頬を引っ張っていた。

「何だよ」

「べっつにー。ただ桜内さんを何となーくやらしい目で見てた気がしたから」

 ふん、と唇を尖らせてソッポを向く曜。俺が何をしたって言うんだ?

「もう、駄目だよ櫂ちゃん? そんなことしちゃ!」

「やってねえよ」

 ただ少し和んだだけだ。誤解とは言え、桜内さんに変な風に思われるじゃないか。

 視線を彼女の方へと向けるとよく理解出来ていないのか、首をかしげている。きょとんとしてる姿もなんか、いいな。

「むぅ!!」

「いっで!!」

 また曜にさっきより強めに抓られる俺だった。

 

 

「あ、そうそう。さっき脈ありだと思った子の中にね」

 頬の痛みが引いた頃に千歌が切り出した。

「ちょっと櫂ちゃんにお手伝いして欲しい子がいてね……」

「俺が?」

 別の学校である俺に、スクールアイドルの勧誘が出来るのか? 

「櫂なら――、上手くコミュニケーションとってくれるんじゃないかなーって思うんだけど……」

 曜も言葉を選びながら喋っている。何か嫌な予感が……

 

「ふふ、見つけたわ」

 

 俺たちの会話の中に割って入る謎の声。声のする方向へ意識を向けた。藍色が混じった長髪を揺らし、少し散り気味の桜の枝の上にその女は立っていた。

「はぁ!!」

 と勢い良くそこから跳び、俺たちの目の前に着地した。綺麗な着地とは言えず、少しガニ股じみた足の開き方のまま、動かない。

「っ――!!」

 こりゃどうやら着地の衝撃で足が痺れてるな。俺が声をかけようとすると、素早く動いて右手を変な形にして頬に当てる。

「ヨハネには解るわ。あなた、『此方側』の人間じゃないわね?」

 ヨハネ? 此方側? 何だろう、以前自分も似たような言葉を吐いた覚えがある。若干の寒気を感じながらも言葉を紡ごうとするが遮られる。

「言わなくてもいいわ、リトルデーモン。ヨハネのデモンズアイの前では、隠し事なんて無駄なのよ」

 もしかして誘いたい子ってこいつ? と視線を送ると曜が苦笑いしていた。近づいて小声で耳打ちしてくる。

(ほら、櫂も昔あんな時期あったじゃない? 昔取った杵柄でさ、ちょっと会話してみてよ?)

 なんつー要望出してきやがる! あの頃の自分を思い出しただけで全身に悪寒が奔るってのに。

 ヨハネと名乗る彼女をちらと見ると反応して欲しそうにこちらをちらちらと見てくる。仕方ない、付き合ってやるか。あとでアイスかなんか奢れよ、曜。

 すっと目を閉じ、記憶に埋もれた小さなスイッチをカチッと俺は押した。

「ふっ、よもやこんな小娘に見抜かれるとは、俺も老いたものだな……」

「っ!!」

 不敵に笑って見つめ返してやる。するとヨハネは息を呑み、嬉しそうな表情を見せた。改めて彼女を見るとなかなか可愛い子だな。

「当然よ。美しさの為、天界から『追放(おと)』されたヨハネの前では全ての隠し事は開示されるのよ。さあ、貴方の真名を教えてもらおうかしら?」

 そこは見破らずに聞き出すのな。俺は湧き出る悪寒を堪えながら彼女好みのアンサーを導き出す。

「『移ろう天秤(ジャッジメント)』、ルシフェルだ。そういうお前は、『美の堕天使(ビューティー・リリス)』、ヨハネだな?」

 嗚呼、後ろの三人の視線が怖い。この後で何を言われるのだろう? だが今はっ!!

 そんな俺の苦労も知らず、目の前の中二病全開女子は嬉しさのあまり悶得るような舞らしきものを舞っている。

「やるわね、貴方。このヨハネの全ての者を魅了する『結界』の中でそこまで平然といられるなんて」

 全然平然としてねーよ。今の俺の姿や言動を動画で撮られていたら、撮ったそいつと一緒に入水してくれるわ。が、俺の思考とは裏腹に、スイッチを入れてしまった身体は更なる恥を紡ぐ。

「元最上級天使を侮るでないぞ。俺の前では貴様なぞ、『可愛いウサギちゃん(ラビット)』に過ぎん」

「ラビット……っ!!」

 可愛いウサギちゃんが伝わったのか、少し顔を赤らめるヨハネ。が、すぐに表情を戻し、スマホを取り出した。

「あなた、気に入ったわ。このヨハネの『契約者』にしてあげるわ」

 これは、アドレスを交換して友達になって下さいってことか? 交わすぞ、その契約!

「いいだろう、貴様を我が『共犯者』にしてやろう」

 互いに情報を交換する。ヨハネは嬉しそうに笑っていた。中二病がなければ可愛いと思えるんだけどなぁ。

「津島善子……、か……」

「よ、善子ゆーなっ!!」

 さっきまでの低い声からは想像もつかない、高い声。これがこの子の本当の声か。すぐに善子は我に返ったのか声の調子を元に戻す。

「その名前は忘れて頂戴。『深淵(アビス)』に置いてきた名前だから……」

 くるりと俺に背を向けて善子は歩き出した。

「バァイ、リトルデーモン。次その機器が福音を鳴らした時が、ヨハネ達が出会う時よ」

 そしてそのまま善子は去っていってしまった。残されたのは俺とヨハネのやり取りを目撃していた三人と俺。

「スゴイよ櫂ちゃん! メルアドまで聞き出すなんて!」

「やるじゃん櫂! さっすが昔取った杵柄は違いますなぁ~」

「カッコ良かったよ、紫堂くん!」

 三人はそれぞれ感想の俺に投げかけてくる。俺はそれに笑顔で応えると、がくりと膝から落ちた。

 

 嗚呼、誰か、俺を殺してくれ。

 

 

 その後、千歌と曜にめちゃくちゃアイス奢ってもらった。




 終盤の中二ラッシュ、自分でも何言ってるのかよくわからなくなってきた。でも表現したいこと全て出しきれた感じするので満足。


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5話 逃走はお姫様抱っこと共に

 ルビィちゃん可愛いよルビィちゃん。「お兄ちゃん」って呼ばれるんならとっ捕まえてニタ研で再調整してもらいたいよぼかぁ。


「ったく曜の奴……」

 いつも自転車を停めている場所に自転車がない。朝起きてスマホを見ると彼女からメールが届いていた。

『ごめん! 水泳部の朝練出るから自転車借りるね!』

 多分千歌達にも連絡してあるんだろうな。桜内さんと二人だけで話したいこともあるだろうし、迎えに行かなくてもいいか。俺は簡潔にメールを返すと学校への道を歩き出した。

 

 何時もとは違って景色が遅く流れる。たまには歩くのも悪く無いかな。

 でも、新しい発見ってのは、そんなにいいものだけじゃないわけで。

「キミぃ、中々可愛いなぁ。ちょっとオレらとあそぼ~よ」

「え、あ、あのぉ……」

「オドオドしてるのもまたいいねぇ。悪いようにはしないからさぁ」

 おいおい、こんな朝っぱらからナンパかよ。女の子一人に対して五人が彼女を囲っている。

「こ、困ります……、ルビィ、今から学校に……」

「へぇ、ルビィちゃんって言うんだぁ。学校なんかさぁ、休んじゃえばいいじゃん」

 自らをルビィと名乗る赤髪の少女はその瞳に薄っすらと涙を浮かべる。そんな様をナンパ男子共は面白がっている。

 俺には全く無関係なことだけど、目の前で泣きそうな女の子を放って学校に行けるほど俺は出来た人間じゃない。相手は五人、全員男。上手くいくことを神様に願おう。俺は意を決して彼女に近づいた。

「ごめんね、待たせちゃったね」

 あ? と俺にメンチ切る連中を無視して彼女の肩に手を置く。

「ぇ?」

 うるうるとした翡翠色の瞳が俺を見つめる。俺にまかせて、と軽く目で伝える。

「いやぁ、妹がすいませんねー。こいつ、俺がいないとすーぐ迷子になっちゃいまして。さ、学校まで送るよ」

 そのまま不良どもに背を向け、歩こうとする。が、俺の肩を不良の一人が掴んだ。

「ちょっと待ちなよお兄さん、彼女はオレらが無事送り届けてやっからよぉ、お兄さんは一人で学校行きなよ」

 まあそうなるよな。俺は笑顔を崩さずに振り返る。

「いえいえ、お気遣いなく。これが毎朝の日課ですから」

 俺の言葉に不良連中の怒気が俺に叩きつけられる。行動するなら今だな。この、五対一という圧倒的不利な状況を覆す、たった一つの冴えた手段を。

「減らず口はいいからよぉ、いいからこっちに――」

「っ――!!」

 すると俺は彼女の肩を強く抱き、足に力を込めて大地を蹴った。

「逃げるぞ!」

「ぇえ!?」

 女の子は俺の言葉に従うまま、走りだした。とっさの行動に、不良たちはワンアクション遅れて追いかけ始めた。

「待てやコラ!」

「逃げきれると思うなよ!」

「捕まえて袋叩きにしてやんぞ!」

 一目散に俺たち目掛けて怒号が押し寄せる。この子の肩を抱いて走ってもいずれは追いつかれる!

「ちょっとゴメンね!」

「ふぇ?! きゃあ!!」

 一瞬だけ止まり、彼女を担いで走りだした。うん、これならさっきよりはスピードは出るな。

「このまま逃げ切るぞ!」

 それから俺は彼女をお姫様抱っこのまま、不良たちを撒くまで走り続けた。逃げ続けている間、彼女は俺の右手をぎゅっと握り続けた。

 

 

「ここ、まで、来れば……もう、大丈夫だろ……」

 後ろから不良の気配がしなくなったので彼女を下ろした。流石に人間一人担いで走り続けるともうクタクタだ。気がつけば俺があんまり来ない区域まで来てしまった。俺たちの目の前には大きな和風のお屋敷が建っていた。

「あ、ここ、ルビィのお家……」

「君の、家か……。ゴメンね、これじゃ完全に遅刻だよね……」

 制服からして、千歌たちと同じとこだってのはわかってたはずなんだけどな。我ながら判断が甘かったか。

「いえ! 助かりました! 本当に怖くて……」

 また彼女の瞳に涙が溜まる。俺は慌てて左手で彼女を撫でる。

「泣かない泣かない。もう逃げ切ったんだから良しとしようよ」

「そ、そうですね。ルビィ、何時も泣き虫で……」

「無事で何よりだよ。じゃあ俺はこれで……」

 彼女から離れようとするとぐっと止められた。ああ、そう言えば逃げている間、ずっと握っていてくれてたんだっけ。必死に逃げてきて、まだ繋いでいることを忘れてた。

「――」

 そのことを彼女も認識したのか、繋がれた手と手をじっと見つめたと思った瞬間、彼女の顔が真っ青になった。

「っ――!!」

 そして至近距離から響く悲鳴。それは言葉に出来ない程の高音で、走って疲れ果てた俺の身体のバランスを崩すのは容易かった。

「っぁ!!」

 朦朧とする意識の中、頭部に物理的な衝撃を受ける。彼女の、驚きに目を丸くする表情を最後に、俺の意識は身体から切り離された。




 ちょっと意表をつきたいのでルビィのデッキは決まりましたが、ちょっと公表は避けようと思います。つーか黒澤姉妹にはジュエルナイト型ロイパラ使ってもらうのは安直かな。


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6話 介抱は疑問漬けと共に

 自己紹介などを聞いている限り、勝ちへの執着が一番高い気がするダイヤさん。架空ファイトでは、ヘルカイザー枠になってもらおうかしら。


「……。どこだここ?」

 再び意識が身体へと帰還してみれば、空は天井に塞がれていた。周囲を見渡せば和風の部屋に一人俺は布団で寝かされている。障子から漏れる光は既にオレンジ色。丸半日寝てたことになる。やっちまったな、と頭を抱えようとすると、額の巻かれている包帯に気づく。

「失礼しますわ」

 外からの声の後に障子が開かれた。部屋に入ってきたのは、黒い長髪の女の子だった。

「気分は如何ですか?」

 俺のそばに彼女は正座すると、俺の容体を聞いてきた。座る仕草がきちんとしていて、華を感じる女性だ。

「ああ、もう大丈夫です」

 歳は俺と同じか、上といったとこだろう。思わず口調が丁寧になってしまう。俺の返事を聞いて安心したのか、彼女は微笑むとつつ、と頭を畳につけた。

「わたくしは黒澤ダイヤ、と申します。この度は、妹ルビィを助けて頂き、ありがとうございました」

「い、いやそんな……俺は……」

「助けて頂いたのにも関わらず、そのような怪我を負わせてしまい……」

 俺は大丈夫、と頭を掻いた。

「これ、妹さんの叫び聞いて倒れちゃっただけですから。自業自得っすよ」

「いえ、それが……」

 ダイヤさんは顔をあげると、伏し目がちに俺の方を見る。

「妹の叫び声を聞いて、その、貴方が妹に粗相を働いていると勘違いしてしまって……手荒な事を……」

 あの意識を失う直前の鈍い一撃はそれか。

「妹に事情を聞いて、我が家まで運んで手当をさせてもらって現在に至ります」

 本当に申し訳ありませんと、彼女は再び頭を下げる。礼儀正しいも、ここまで来ると逆にこちらが申し訳なくなる。

「もういいっすよ。こうやって手当してもらった訳だし。それで、妹ちゃんは?」

 これ以上話を進めても彼女は謝ってばかりだろう。俺は話題を変えることにした。

「ルビィならもうすぐ帰ってくると思います。帰ってきたら挨拶に――」

「いや、もう帰りますよ。ここで半日寝てたから身体の方はもう平気ですから」

 ですが、と引きとめようとする彼女を制し、俺は部屋を出ていこうとする。すると彼女は諦めたのかわかりました、と承諾してくれた。

「ですが、一つだけ。一つだけ聞いてもいいでしょうか?」

 何ですか、と問うと彼女は聞いてもいいのかどうか戸惑っている。そんなに聞きづらい内容なのかな?

「ここまで介抱してくれたお礼です、遠慮しなくていいですよ」

 俺の言葉に安心したのか、ダイヤさんの表情が少し明るくなる。

「ルビィとここまで来るまでの経緯は、あの子から聞きました。わたくし、どうしても気になることがあるのです」

「気になること?」

 逃げる時にお姫様抱っこしちゃったことかな? 「嫁ぐ前の乙女に何をするんですか」と咎められるのかな。

「どうしてルビィに絡んでいた不良たちをやっつけなかったのですか?」

「え?」

 予想だにしない質問に頭がフリーズする。

「そこはカッコよく不良たちをやっつけてルビィを助け出すものじゃありませんの?」

 そこまで言うと、ダイヤさんははっとして視線を落とす。

「ごめんなさい、わたくし、気に入らないことや気になることがあると聞かないことには落ち着かなくて……」

 何て言うか、この人はまっすぐなんだな。どうしても疑問に思ったことは全部口にしちゃう、まるで子どもみたいに。でもそこがこの人の可愛いさなのかもしれない。

 俺はそんな彼女の疑問に答えるべく、言葉を紡ぐ。

「そりゃ、勝てないからですよ」

「勝てない? 何故?」

「相手は五人ですよ。俺一人で挑んだって勝てる訳がないでしょ」

「ならどうして、勝てないと解っていて助けたのですか? 妹に、カッコよく見られようと思ったからじゃないのですか?」

 俺の答えに更に疑問をぶつけるダイヤさん。こうなったら納得してもらえるまでとことん付き合ってやろうじゃないか。

「もしカッコよく見られたいなら全員ぶちのめしてただろうさ。でも俺にはそんな力はないし、仮にある程度善戦出来たとしても、俺が三人の相手をしている間に残りの二人がルビィちゃんを捕まえてしまうかもしれない。それじゃ駄目なんだ」

 ダイヤさんは黙って聞いてくれる。俺は考えをまとめながら彼女に出来る限り丁寧に説明する。

「カッコつけようとしていざ喧嘩してたら助けたい子を守れなかったらなんの意味もない。だったらカッコ悪くてもいい、俺もルビィちゃんも無事に切り抜けられる手段を選ぶ。それだけですよ」

 ダイヤさんは黙って俺の言葉を咀嚼した後、俺に柔らかな笑顔を向けた。

「ありがとうございます。こんなに丁寧に答えて下さるなんて」

「いやいや、自分でも上手く答えられたかよくわかんないですよ。解って貰えて良かった」

「わたくし、このようにすぐに噛みつくように疑問をぶつけるものですから、周囲に『面倒だな』と思われてしまうようで……。紫堂さんもそう思われます?」

 苦笑しながら問う彼女に、俺は笑顔を向ける。

「いいんじゃないですか? そうやって疑問をまっすぐにぶつけられる人なんてそんなにいませんよ。むしろ子供っぽくて可愛いですよ」

「かっ、可愛い?!」

 彼女は顔を赤く染めて視線を右往左往させる。そして小さく「からかわないでください……」と呟いた。

 

 

「あっ……」

 俺が屋敷を出ようとした矢先、門の近くで妹のルビィちゃんに出会った。彼女は俺を見ると、少し後ずさりした。

「大丈夫? あの後学校には無事に行けた?」

 俺が近寄ろうとすると、彼女は更に後ずさり。門の裏側に隠れて、ちょこんと小さな顔をこっちに覗かせた。嫌われちゃったかな。そりゃ初対面の男にお姫様抱っこされればそうなるかな。仕方ない、と諦めて俺は帰ることにした。

「無事なら良かった。今度からは気をつけて登校しなよ? それじゃあね」

 俺がルビィちゃんの横を通り、少し歩き出した時だった。

「あっ……、あの!」

 鈴のように可愛く、それでいて大きな声。振り返れば門に隠れず、すこしオドオドしながらも立っているルビィちゃんの姿。

「きょ、今日は本当にありがとうございました! ま、また!」

 そう言って俺に少し変な笑顔を俺に向けると、彼女は家へと逃げるように戻って行った。

「また、か」

 また明日、とでも言いたかったのだろうか。また不良たちから助けるのはごめんだぞ。

「でも、いい笑顔だったな」

 別に見返りを求めていたわけじゃないが、あの笑顔を見れて『助けてよかった』と思えた。

 俺は頭の包帯を解きながら少し身軽さを覚えた足で帰路についた。




 一番ダイヤさんの扱いに困っています。その為、このようなエピソードになってしまいました。ダイヤファンの皆様、力不足で申し訳ありません。精進します。


 アニメはあんまり参考にしない方針をとってますが、それでも情報は入ってくるもので。μ’sヲタという属性をどうやらダイヤさんは付与されたようで。最初からダイヤさんを好きなファンの方にとってはあれはアリなんでしょうか?

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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7話 思い出は抱擁と共に

 果南ちゃん回です。艦これとかやってたけど、あんまりバブみってピンと来なかったんだけど、果南ちゃんの「ハグしよ」でバブみに覚醒しました。
 松浦果南は、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!


「松浦果南ちゃんはね、私たちの一つ上の幼馴染なんだ」

 俺たちしかいないバスで、千歌が桜内さんにもう一人の幼馴染の説明をしていた。

「家がダイビングショップをやってて、そのお手伝いをしてるからあんまり学校来れないんだよね~。最近学校で会ってないし」

「そうなんだ。二人の幼馴染ってことは、紫堂くんも?」

 曜の補足を聞いて、桜内さんが俺の方へと視線を向ける。

「まあ俺もそうなるな」

「またまた、クールにとボケちゃって~!」

 俺の返事に曜がニヤニヤしながら俺の右腕を肘で小突いた。その隣で千歌もニヤけている。

「曜ちゃんと私は知ってるよぉ? 私たち三人の中で一番櫂ちゃんが果南ちゃんにベタベタだったってこと。ねー、曜ちゃん♪」

「ねー♫」

「ぐ……」

「そうだったの、紫堂くん?」

「隠し事は良くないぞぉ」

「ホントのこと言っちゃいなよ櫂☆」

 左から桜内さんが、右から幼馴染二人が詰め寄る。千歌と曜ならいざ知らず、なんで桜内さんまでこんなに寄ってくるのさ?

「黙秘権を行使します」

 ケチー、と駄々をこねる幼馴染二人と、くすくすと笑う桜内さん。俺たち四人だけのバスは連絡船のある船着き場へと走る。

 あの人の元へ。

 

 

「果南ちゃーん、来たよー!!」

 千歌が目的地であるダイビングショップが見えた瞬間、走って中に入って行った。するとぴっちりとしたダイビングスーツに身を包んだ女性が顔を出した。

「お、千歌に曜。いらっしゃーい。それともう一人……」

 女性は俺の方を見ると、にこりと笑顔を向けた。

「久しぶりだね、かい」

 この人が松浦果南。俺たち幼馴染の中のお姉さん的存在。

「お久しぶりっす、松浦……、先輩……」

 俺は目を逸らしながら彼女に挨拶した。それが不満なのか、少し頬を膨らませながら彼女は近づいてきた。

「もう、昔見たいに『果南ねえちゃん』って呼んでくれないの?!」

「もうそんな歳じゃないっすよ」

 恥ずかしくってもう呼べないんだよ。

「わかった、じゃあ……」

 そう言うと先輩はダイビングスーツのジッパーを降ろすと俺に向けて手を広げてきた。ダイビングスーツの中は、水着一枚と、とても際どい姿。

「おいで、昔みたいにハグしよ♪」

「しませんよ!」

 何をしてるんだこの人は……。そりゃ昔はよくやってたけどさ。今あんなたわわとしたとこに突っ込んだらヤバイことになる。

 先輩に意識が向かっていた俺は、後ろから迫る曜の気配に気がつけなかった。

「どーん!!」

 勢い良く曜に突き飛ばされた俺はつんのめりながら先輩の胸へと――

 

 むにゅっ――

 

 飛び込んだ。柔らかさと共にどことなく感じる甘い香りと懐かしさ。そして先輩の両腕が俺の後頭部を撫でてくれる。

「あはっ♪ これこれ、これがやりたかったの~!!」

 嬉しそうに果南ねえちゃんは俺の頭を撫でる。嬉しさが声色と撫でる手から伝わってくる。彼女の為に、もう少しこのままでいるか。あくまで彼女の為だ。

「櫂ちゃんばっかズルいー!! 千歌もー!」

 そんな俺たちに童心を刺激されたのか、千歌が俺の後ろから抱きついた。果南ねえちゃんははいはい、と千歌もろとも撫でる。

「えへへ―♪」

 甘え上手な千歌の嬉しそうな声。それはいいが、俺の後頭部に柔らかな感触が伝わってくるんだが。ねえちゃんとまではいかないが、千歌って胸大きかったんだな。ってそうじゃなくって!

「も、もうそろそろ本題に入っていいっすか!?」

 名残惜しくもあるが、俺は身体を離した。

「あはは……」

「櫂のばか……」

 桜内さんは苦笑いし、曜にバカにされた。曜、お前が発端だろうに。

 

 

 先輩のレクチャーを受け、いよいよシュノーケリングが始まろうとしている。

「ごめんね、私の為にレクチャーまで」

 ボートで移動中、桜内さんが申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。

「曜と千歌ならともかく、俺だって久しぶりなんだ。再確認出来たから問題ないさ。それより潜れそう?」

「うん。先輩の教え方が上手いから、もうすぐにでも潜れそう」

 笑顔で答える桜内さん。なんか、ダイビングスーツ姿が異様に眩しい。

 と、考えているとボートが止まり松浦先輩の声が響いた。

「到着っと。じゃあここから飛び込むよー」

 はーい、と二人の幼馴染が立ち上がる。俺たちも立ち上がり海を見下ろす。青く透き通った水面が俺たちを迎えている。ふと隣を見ると、桜内さんからは少し怯えの表情がにじみ出ていた。

「大丈夫?」

「う、うん。いざ飛び込むってなると少し怖いね」

「誰だって最初はそうさ。誰かと手を繋いで飛び込んだらどうだ?」

「じゃあ紫堂く――」

「梨子ちゃん! 私たちと一緒にいこ!」

 千歌がぎゅっと桜内さんの手を握った。それに曜も続いて、桜内さんを中心にして飛び込む形になった。

「あれ、かいは手を繋がないの?」

 松浦先輩が俺の方へと近づいて来る。

「いやいいでしょ。俺がいなくても三人なら――」

「じゃあ私が――」

 そう言うなり先輩は俺の両手を握った。スラリとしていて、スベスベな手が俺の手を包む。

「ちょっ! 俺はいいですって!」

「かいは、私と一緒じゃいや?」

 少し悲しそうな目で俺を見る先輩。うう、そんな目をされちゃ断りようがない。

「嫌じゃ、ないですけど……」

「じゃあ……、そぉれっ!!」

「おわっ!!」

 俺の返事を聞くや否や、先輩は海へと飛び込んだ。俺は引っ張られるように海へと吸い込まれていく。

「よーし、じゃあ千歌たちもー!!」

『それー!!』

 俺たちに続く形になって千歌達三人もダイブした。

 最初に来る苦しさに慣れ、目を開けると一面の蒼。蒼い空間が俺たちを迎えてくれた。それを見て思い出す、よく四人で潜った思い出。

 握られた手に意識を向け、果南ねえちゃんの方を見る。彼女は俺の方を一瞥するとにこりと微笑んでくれた。よくこうして潜って彼女を見ると、微笑んでくれたっけ。懐かしいな。

 果南ねえちゃんの視線が千歌達へと向けた。千歌と曜にとっては慣れたことだろうが、桜内さんにとっては始めての体験。不測の事態が起こらないようにと見守っているのだろう。

 当の本人を見ると、目を丸くしてただ目の前の蒼をただ見つめていた。彼女には何が見えて、何が聞こえているのだろうか。それは俺にはわからない。

 

 

 浜辺でウエットスーツの上半身を脱ぎ、一息。シュノーケリングを終えた俺たちは先輩の店の近くの浜辺で遊んでいた。

「いっくよ曜ちゃん!」

「わぷっ! やったな!」

「えいっ!」

「梨子ちゃんまで! よーし、逆襲だ!」

 水着の美女三人が水を掛け合ってはしゃいでいる。なんとも眼福な光景だ。そんな中、頬に冷たさが襲った。

「冷たっ!!」

「何呆けて見てるのさ、かい」

 俺にペットボトルを差し出す松浦先輩。俺がそれを受け取ると、彼女は俺の隣に腰掛けた。

「どうだった、久々の海は?」

「気持ちよかったですよ」

 何となくそっけない反応で返してしまう。昔はそれこそ彼女を「果南ねえちゃん」と呼んではいた。彼女が高校生になった頃だろうか、彼女のウエットスーツ姿を見て、妙に意識したのがきっかけで少し距離を置いてしまったのだ。

 後悔が混じった思い出を払拭するかのように俺はペットボトルの水を一気に飲み干した。冷たさが身体に染み入る。

「それより、千歌が無理言ってすいませんでした」

「幼馴染の頼みだもん。問題ないよ。それよりも――」

 彼女の寄りかかり、彼女の身体の重みがすっとのしかかる。

「久しぶりにかいに会えて、嬉しかった」

 少し涙声混じりの言葉に、言葉遣いが昔に戻る。

「そっか、寂しかったんだね。ごめん。実は――」

 理由を言おうとする俺の唇を彼女は人差し指で制した。

「言わなくてもいいよ。その代わり、昔みたいに『果南ねえちゃん』って呼んで欲しいな」

 上目遣いで俺の瞳を覗き込んでくる。その瞳に吸い込まれようとするのを何とか堪える。

「も、もう昔みたいじゃないんだ、そんな風にはもう呼べないよ。でも――」

「でも?」

 俺は固まった表情を解し、昔彼女に向けたであろう笑顔に近い顔を向ける。

「こうやって二人きりの時は甘えさせてもらおうかな、果南ねえちゃん」

 それを聞くと果南ねえちゃんはぷふ、と笑いを零す。

「もう、勝手なんだから。でも、それでこそ甘やかしがいがあるな」

「何だよそれ――」

 すると突然俺たちの顔面に塩水が掛けられた。

「あ、あちゃー……」

 千歌の顔がみるみる青くなっていく。果南ねえちゃんは千歌を笑いながら睨みつけると、俺の手をとった。

「やったなぁ……。よーしかい、反撃開始だ!」

 果南ねえちゃんの手に引かれて、俺も水かけに参戦した。それから俺たちは日が沈むまで浜辺でめいいっぱい遊んだ。




 気が付くと主人公が梨子ちゃんの為に行動をしたり、絡もうとしちゃうんだよね。神の見えざる手が働かすぎないように頑張ります。


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8話 衝突はアドレス交換と共に

 花丸回です。スクフェスでSRの丸のスキル発動時ボイスの「ずら?」が可愛いですね。


「すいません、スクールアイドルについての本ってありますか?」

 数日後、おれはここらで一番大きな図書館にいた。千歌に出来る限りの手伝いはすると言った手前、スクールアイドルについて知っておかなければならないと思ったからだ。かと言ってこんな田舎の図書館に資料なんてないと思うけど。司書さんは少し画面を見つめると、顔を上げて答えた。

「あー、一冊だけあったんだけどねー。今さっき貸出されちゃいましたねー。女の子が持って行っちゃったよ」

 あるんだ、資料。でもその一つだけの資料を持ってかれてしまったのなら仕方ない。

「なんか別の本でも借りるとすっかね……」

 俺はカウンターを離れるとぶらぶらと書庫をうろつくことにした。

 

「何か面白そうな本は……」

 本棚をカニ歩きしながら本を物色してどれ位経っただろう。夏目漱石や宮沢賢治と言った名作コーナーに差し掛かった。『吾輩は猫である』や『セロ弾きのゴーシュ』等の名作がずらりと並んでいる。これを機に先人の小説を読み散らかすってのもありか。

 ふと視線が止まった『坊っちゃん』を取ろうと右にずれた時だった。

「ひゃっ」

 小さな悲鳴とちょっとした衝撃。どうやら誰かと軽くぶつかってしまったみたいだ。視線を下ろすと、おれの肩位の背の女の子がいた。床には本が二、三冊散らばっている。どうやらぶつかって時に落ちたみたいだ。

「あ、ゴメンな。本選びに夢中になってて――」

「だ、大丈夫です。マルも、ボーッとしてたから――」

 おれたちは慌てて散らばった本を取ろうとする。そしてーー。

 

『あっ』

 

 本の上で、俺と彼女の手が触れてしまった。その瞬間心の臓の脈動が脳裏に響いた。まじまじと女の子を見てしまう。茶色の髪の毛を肩ぐらいまで伸ばしていて大人しい容姿に、琥珀色の瞳。頬はほんのりと朱に染まっていて、相手も意識していることが解る。

 って、このまま固まっている場合じゃない。ここは一つ、軽いジョークでも交えて有耶無耶にしないと。

「な、なんか少女漫画である展開だな」

「そ、そうですね。あの、少女漫画とか読んだことあるんですか?」

「まあ、あるっちゃぁあるかな」

 曜の部屋に行った時とかに、何度か読んだな。あいつ、意外にも少女漫画の数多いんだよな。

 改めて本を拾っていると、一つの本のタイトルに視線が吸い込まれた。

「スクールアイドルの全て……?」

「あ、さっきオラが借りてきた本なんです」

 この子がここに一冊しかないスクールアイドルの本を借りていったのか。

「もしかして……、読みたかったずら?」

 申し訳さそうにおれを見つめる女の子。まだ幼さが残る瞳に少しどきりとした。

「そうだけど、先に君が借りたんだろ? 俺はいいよ」

「でも、なんだか申し訳ないずら……」

 拾った本を抱き寄せる女の子。どうすれば納得してくれるのやら。

 ふと視線が上に向いた。おれが取ろうとした『坊っちゃん』が少し抜き出ていた。俺はそれを抜いて彼女に見せた。

「そういう君だって、これが読みたかったからおれとぶつかったんじゃないか?」

 彼女はこくんと頷いた。

「だったらさ、それを返す時におれに渡してくれないかな。そしたらおれはこいつを君に渡す。どうかな?」

 なるほど~、と女の子は納得してくれる。が、すぐに疑問を投げかけてきた。

「でも、いつ返すとかはどうするずら?」

 おれは一瞬考え、ポケットからスマホを取り出した。

「じゃあ互いに連絡先を交換しておこうか。そうすれば図書館で待ち合わせってことも出来るだろ?」

 ここまで彼女に提案しておれの思考は停止した。おい俺、何一連の流れで新手のナンパみたいなことしてんだよ! こんなんで女の子の連絡先聞けるんなら俺の電話帳女の子の名前でいっぱいだよ!

 と一人で悩んでいると、女の子が微笑んできた。

「はいっ。わかりました。アドレス交換するずら!」

 その笑顔に俺の後悔は一瞬にして吹き飛んだ。本人がいいなら良しとするか。彼女の了承も得たので、おれたちは互いのアドレスを入手した。

「国木田花丸ちゃんね。返すタイミングはいつでもいいから、連絡してくれるかな」

「はいっ」

 小さな花のような可愛らしい笑顔で花丸ちゃんは答えてくれた。

 

 

 

 

●●

「まさかナンパされちゃうなんてなぁ」

 図書館からの帰り道、マルは一人で歩く。生まれてこの方、ああやって連絡先を聞かれるなんて思っても無かったずら。でも、それと同時に嬉しかったなぁ。

「紫堂櫂、せんぱいかぁ」

 電話帳に登録された名前を見る。ふと思い出す、ぶつかった時の肩と優しそうな目。

「ちょっと、カッコ良かったかなぁ」

 少しルンルンな気分でステップを踏む。が、すぐに止まる。

「しまった、オラ、また人前で『オラ』とか『ずら』って言っちゃったずら……」

 うう、恥ずかしい。紫堂せんぱい、変に思ってないかなぁ。

 自分の口癖を少し恥ずかしいと思いつつ、家に帰るマルなのでした。




 アニメイトでサンシャインのアニメをやってたので少し見ました。「あかん、これ自分の作品が駄目になるパターンや」と途中で視聴を切りました。スポ根嫌いの根性ねじまがったカス虫にはキッツい。アニメだけがサンシャインの可能性ではない、ハズ。彼女たちに触れて二次創作を書こうと思った人、一人一人に可能性があると信じています。

 しれっと主人公の背丈の設定が追加されました。大体170㌢後半かな?

 さてキャラの紹介パートもあとは鞠莉だけとなりました。まりじゃ一発変換出来ねえ……。この後、各キャラの掘り下げパートに続く形となります。よろしければ次もお付き合い下さいませ。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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9話 襲撃は笑顔と共に

鞠莉さん回。彼女は惚れた男には一直線に好意を伝えるタイプと見抜いた。
そんな彼女の一途さが伝わればいいな。


「またここに着いてしまったか……」

 トラックの助手席から流れる景色を見ながら呟く。視線を目の前に戻せば見えてくるのは大きなホテル。

「そう言わないで下さいよ坊っちゃん。これも跡取りとしての立派な仕事の一つですよ」

 運転しているのはオヤジの側近、各務さん。俺の家は内浦の漁船を取り仕切る役職にあり、各務さんはオヤジの補佐をしている。

 トラックの荷台には大量の魚介類。これから目の前のホテルに搬入するのだ。

「淡島ホテルがウチの魚を高値で買ってくれるのも、坊っちゃんのお陰ですからね」

 俺がこの一番のお得意様との搬入に付き合わされている理由。それはこのホテルのオーナーのご令嬢様が俺を気に入ってくれたからだそうで。つまり俺は彼女の接待を任されている訳で。

「でも、頭は『本当に嫌なら行かなくてもいい』って言ってくれてるじゃないですか。毎回行くってことは満更嫌でもないんでしょ?」

 にこりと笑顔を向けてくる各務さん。俺が幼い頃からの付き合いなだけあって、俺のことは何でもわかっちゃうんだな。この人には勝てる気がしないな。

「否定はしないよ」

「それじゃあお勤め、お願いします」

 各務さんの言葉に覚悟を決めるのと同時にトラックは淡島ホテルに到着した。

 

 

「搬入こちらにお願いしまーす」

「了解しましたー!」

 ホテルの従業員さんの指示に従い、発泡スチロールに包まれた魚を積んでいく。各務さんは書類の手続きをしていた。俺たちがそうやって仕事をしていく中――、

「カーイ!!」

 その声は響いた。俺が振り向くのと同時に金髪の少女が俺の胸に飛び込んできた。

「来てくれたのね! 待ってたんだから!」

 黄土色の瞳が宝石の様にきらきらと俺を見つめる。この人は小原鞠莉さん。俺を気に入ってくれている人。俺に会えたのがそんなに嬉しいのか、俺の胸元で頭をぐりぐりと押し当ててくる。その、女性特有の柔らかさが心地良いけど、そうじゃなくて!

「ま、鞠莉さん! 他の人が見てますから!」

 俺の言葉に顔を上げ、上目遣いで首を傾げてくる。

「どうして? ワタシとカイはケッコンの約束だってした仲じゃない」

「してませんよ! 記憶を捏造しないで下さい!」

「小原さん、毎度ありがとうございます。こちらが今回の納品書です」

 跡取りが困惑しているのに各務さんは平然と書類を鞠莉さんに差し出す。鞠莉さんはそれをすらっと流し読みすると、胸元の判子をそれに押した。

「カガミ、いつもありがとう☆ じゃあカイは借りていくわね♪」

「はい、では夕刻に坊っちゃんを迎えにあがりますね」

 そう言うと各務さんはさっさと車に乗ると去っていった。もうちょっと、俺の現状に対して何か言ってくれても良かったんじゃない?

「さ、ワタシの部屋に行きましょ! 丁度いいからtea timeにしまショ!」

 俺の右腕に半ば強引に身体を絡ませる鞠莉さん。この人に恥じらいはないのか?

 でも嬉しそうに俺の手を引く彼女を、俺は引き剥がすことが出来なかった。

 

 

「さァ、入ってちょうだい」

 通されたのは一番豪勢なスイートルームかと思いきや、普通の個室だった。

「やっぱりこの部屋なんですね。鞠莉さんなら一番大きなスイートルームが似合うと思うんですけど」

「わかってないわねカイは」

 ふふん、鞠莉さんは鼻で笑った。

「ここはお客様をもてなす場所よ。オーナーである私をもてなしてどうするのよ」

「それは確かに……、ってオーナー?!」

 今この人、自分の事オーナーって言った?

「あぁ、言って無かったっけ? ワタシ、パパからこのホテルのオーナー任せて貰ってるの」

 そんなお茶を用意しながら軽く言う話じゃないぞ。この人、卒業後の進路が決まってるようなもんじゃないか。

 俺の思惑を察したのか、彼女は軽く笑ってみせた。

「将来お店を経営することもあるだろうからその予行演習だと思えばいいってパパが言ってくれたの。もちろん演習だと思わず、出来ること精一杯やってるわ」

 そう言いながら彼女はティーカップを俺の前に出した。俺は一礼してそれを喉に通した。程よい紅茶の香りに癒されながら彼女に質問した、

「お店って鞠莉さんは何かやりたいお店があるんですか?」

「んー、今のところはまだ決まってないけど……」

「けど?」

 俺をチラと見て意味深に口元を歪める鞠莉さん。

「それはモチロン、カイと一緒にお店を開けるなら何だってイイわ!」

 曇りのない笑顔でここまで好意をぶつけられるのは正直照れくさい。

「はは、ありがとうございます」

 だから俺は照れ隠しで流してしまう。鞠莉さんはもう、と鼻息をつくと思い出したように切り出した。

「あ、そうそう。ワタシ、スクールアイドルに誘われちゃったのよ」

「ぶっ!!」

 思わず紅茶を吹いてしまう。スクールアイドルという言葉に、幼馴染の千歌の顔が浮かんだ。

「ちょっと、大丈夫?!」

「いえ、平気です。それより、そのスクールアイドルに誘われたって……」

「うーん、どうしようか迷っているのよねぇ」

 彼女は悩ましげに腕を組む。

「ワタシ、音楽はどっちかって言うとパンクでロックなのが好きなのよね。ちょーっとアイドルには向いてないんじゃ……」

「でも、鞠莉さんなら似合うと思いますよ。スクールアイドル」

 俺の言葉に彼女は瞳を輝かせた。

「Really? じゃあワタシ、スクールアイドルになっちゃおうかしら?」

「でも、自分に合わないと思うなら無理にやらない方がいいですよ。俺の為じゃなくて、自分が本当にやりたいかどうか、考えて下さいね」

 千歌の為もあるし、実際彼女は似合うと思っているが、音楽性が合わないのに無理にやっても誰の為にもならない。

「解っているわ。アリガトウ、心配してくれて。なんだかんだでワタシのことを考えてくれる貴方がダイスキよ!」

 俺が自分の事を考えてくれたのが嬉しいのか、俺に抱きつく鞠莉さん。俺はなんとか彼女を引き剥がす。

「も、申し訳ないけど! 今の俺は、鞠莉さんの気持ちには、まだ応えられません」

「カイ……」

 少し悲しそうな顔をするが、すぐさま晴れた表情に変わる。

「でも、『今はまだ』なのね? じゃあワタシに応えてくれる可能性はあるのね!?」

「え、えぇ……。まぁ……」

 俺の曖昧な答えでも、彼女は更に眩い笑顔を俺に向けてくれる。

「じゃあ、ワタシもっと頑張るわ! カイが振り向いてくれるまで、カイの気持ちが確かなものになるまで!」

 その笑顔に思わず俺の頬も緩んだ。俺がこのホテルに来る理由が少しだけ解った気がした。

「さーてカイ! ここからはゲームして、遊びまショ!」

「いいですよ、今回は何して遊びます?」

「これ、ショーギってのをやりたいの! でも遊び方が解らなくて……」

「動かし方程度なら知ってますよ。一緒にやりましょうか」

「ええ!!」

 

 

 それから俺たちは各務さんが迎えに来るまでひたすらに遊びまくった。




 鞠莉さん、地味にダイヤさん並に扱いが難しいですね。
 ここでまずは各ヒロインの紹介パートは終わり。次からは各キャラの掘り下げを一回ずつ、そして合宿編に続く構想になっております。出来るだけ早く更新したいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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番外編:TURN1 始まりのイメージ

お待ちかねのヴァンガード回です。

 作者は3DSのゲームしかヴァンガードに触れたことがありません。よってガバガバなとこがあるかもしれませんが、どうぞ温かく見守って下さいませ。
 本編はめっちゃ進んでいますが、時系列はかなり前、一章が終わった辺りになります。
俺「これがホントのヴァン外編、なんてな」
ダイヤ「……」
俺「今のは番外編の番とヴァンガードのヴァンをかけたーー」
ダイヤ「説明して頂かなくて結構ですわ」



「櫂ちゃん、ヴァンガやろー!」

 おれと曜、桜内さんで千歌の部屋にいると、突然千歌がカードを持ち出してきた。

「お、いいぜ。相手してやる」

「ヴァンガード?」

 桜内さんが興味を持ったのか、視線をこちらに向けてきた。

「おぉ、梨子ちゃんも興味あるの?」

 千歌が嬉しそうに桜内さんに詰め寄る。

「うん、東京じゃあんまりそういうのやったことなくて・・・ 曜ちゃんもやってるの?」

「うん。千歌ちゃんに勧められてね。そしたら私に合うデッキがあってねー!」

 えへへ、と笑う曜。

「わたしも、やってみようかな・・・」

「あ、梨子ちゃんもやってみる!?」

「あ、でもわたし、デッキ持ってないし・・・」

「それには及びませんっ」

 千歌がふっふっふ、と笑いながらデッキを差し出した。

「はい、布教用の構築済みのデッキだよ! これを貸してあげるからやってみよーよ!」

 デッキを受け取った桜内さんは興味津々な表情でデッキのカードたちを見つめている。

「それじゃ、チュートリアルも含めて、おれが相手になろう」

「いいの?」

「ああ。対戦相手が増えてくれるのは嬉しいからな」

 こうしておれと桜内さんのチュートリアルを含めたファイトが始まった。

 

 

櫂「じゃあデッキをシャッフルする前にFVを決めるんだ」

梨子「FV?」

櫂「ファーストヴァンガード。デッキの左上端にカードの0から3の数字があるだろ? それの数値が0の奴を選ぶ」

梨子「えーと、この子かな?」

櫂「それを中心に伏せて。デッキをシャッフルしてカードを五枚引く。手札には基本グレードが1から3全部揃っていることが好ましい。いらないカードをデッキに戻して一回だけ引き直しが出来るぞ」

梨子「えーと、それじゃあ・・・」

 

 梨子は手札を二枚戻し、その枚数分だけ引き直した。櫂も同じく引き直し、互いに向き合った。

 

櫂「これで準備は完了だ。イメージしろ」

梨子「イメージ?」

櫂「このカードゲームはイメージが全ての源だ。イメージ出来ない者に勝利は訪れない(個人差があります)」

 

 櫂の台詞に違和感を覚えた梨子は二人の友人に視線を送った。

 

梨子「あの、紫堂くんの様子がおかしいんだけど?」

曜「あー、櫂はファイトになると少し性格が変わるんだよー」

梨子「そんなカードゲームアニメみたいな!」

千歌「忘れたの梨子ちゃん、今回は番外編なんだよ?」

梨子「そんなメタメタな!?」

 

 梨子のツッコミも空しく、櫂のチュートリアルは続く。

 

櫂「ここは惑星クレイ。そしておれ達は霊体だ。霊体であるおれ達には二つ能力がある。一つはユニットに憑依するライド、もう一つはユニットを味方として呼び出すコールだ。まあこれから説明していくぞ」

 

 櫂が中心にあるカードに手を伏せた。梨子もそれに倣い手を伏せる。

 

「「スタンドアップ・The・ヴァンガード!!」」

 

櫂「スパークキッド・ドラグーン!(P4000)」

梨子「えっと、ういんがる・解放者!(P5000)」

 

梨子「え、これ犬!?」

千歌「あ、ごめん梨子ちゃん! 犬苦手だったよね・・・」

梨子「ううん、カードだから平気だけどぉ・・・」

曜「千歌ちゃん、もしかしてこのデッキのトリガーって・・・」

千歌「あっ、犬が入ってた・・・」

梨子「千歌ちゃーん・・・」

 

櫂「ファイトを続けるぞ。本来先攻後攻はじゃんけんで決めるんだが、チュートリアル故おれが先攻させてもらうぞ。ドロー。ドローの後、グレードの一つ高いユニットにライドすることが出来る。おれは抹消者デモリッション・ドラゴンにライド!」

梨子「ヴァンガードが変身しちゃった!」

櫂「驚くのはまだ早いぞ。スパークキッドの先駆スキルにより、リアガードにコールする。デモリッションの後方へコール!」

 

デモリッション P7000

 

R     デモリッション   R

R     スパークキッド   R

 

櫂「ではヴァンガードにアタックーー」

梨子「っ!!」

櫂「と、言いたいが先攻に攻撃は許されない。これでターン終了だ」

 

 

 

梨子「わ。わたしのターン! ドロー。うーんと、小さな解放者 マロンにライド! 先駆スキルによりういんがるは後方へ移動! 更にマロンをもう一体コール!」

 

マロン P7000

 

マロン   マロン     R

R     ういんがる   R

 

櫂「ユニットに攻撃するときはカードを横向きに、「レスト」してやることで攻撃になる。さらに後方のユニットの、グレード0、1のユニットは前衛のユニットにそのパワーを加算することが出来る」

梨子「よし、それじゃあまずはういんがるの支援、マロンでアタック!」

 

マロン(P7000)+ういんがる(P5000)=12000

 

櫂「対して攻撃を受けるおれは手札を使って防御出来る。が、これは受けよう。ノーガードだ。さてドライブチェックだな」

梨子「ドライブチェック?」

櫂「ヴァンガードがアタックした時、山札を一枚確認し、手札に加えることが出来る」

梨子「ドライブチェック・・・。これ、「引」って書いてあるけど?」

櫂「ドロートリガーだな。カードを一枚引いて、さらにユニット一体にパワーを5000足せるぞ。ここはリアのマロンにするのがいいかもな」

 

 マロンの一撃が櫂のヴァンガードに叩き込まれ、さらにリアのマロンへと力が流れていく。リア マロン現在パワー12000

 

櫂「ヴァンガードがダメージを受けた時、こちらもドライブチェック同様にダメージチェックを行う。チェック・・・、ゲット。こっちもドロートリガーだな。カードを一枚引き、パワーをヴァンガードへ」

 

 デモリッション パワー+5000 P12000

 

 ダメージチェックで確認されたカードが櫂のダメージゾーンへ送られる。

 

櫂「これでおれのダメージは1点。これが6点になったらおれの負けだ。まだリアのマロンの攻撃が残ってるな。攻撃してみろ」

梨子「え、でもパワーが同点だけど・・・」

千歌「大丈夫だよ梨子ちゃん。パワーが同点なら攻撃はちゃんと通るよ!」

梨子「よーし、リアのマロンでアタック! マロンのスキル。ヴァンガードが解放者の場合パワープラス3000!(合計P15000)」

櫂「それは通さない。ブルージェム・カーバンクルでガード!」

 

 櫂のヴァンガードの前に小動物が立ちふさがり、マロンの攻撃を防いだ。

 

梨子「え? ヴァンガードを守った?」

櫂「これがガードだ。グレード3を除く全てのユニットにはシールドの数値が書かれている。それを中心にあるガーディアンサークルに手札から出すことで一時的にヴァンガードのパワーに加算することが出来るのさ。このブルージェムのシールド値は5000。P12000のデモリッションにパワーが加算されて17000。マロンの攻撃は届かなかったってわけだ」

梨子「な、なるほど。もう攻撃するユニットがいないからターンエンドだね」

 

 

櫂「おれのターン。スタンドフェイズ、これはレストしたユニットを元に戻すフェイズだが先攻だったおれにはレストするユニットがいない。これはスキップだな。そしてドロー。抹消者 サンダブーム・ドラゴンにライド! 更に抹消者 スパークレイン・ドラゴンをコール!」

 

サンダーブーム P10000

スパークレイン P9000

 

櫂「おれはスパークキッドのスキルを発動。ダメージゾーンのカードを一枚裏返し、このカードをヴァンガードの下に置くことで、デッキトップ5枚を確認し、その中からグレード3のなるかみのユニットをサーチする。おれは抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴンを手札に加える。そして後方に真火の抹消者 コウガイジをコール!」

 

コウガイジ P6000

 

スパークレイン    サンダーブーム    R

   R        コウガイジ     R

 

櫂「バトルだ。コウガイジのブースト、サンダーブームのアタック!」

梨子「えっと、ノーガード!」

櫂「チェックTheドライブトリガー・・・、ゲット。クリティカルトリガー(電離の抹消者 カブーニス)」

梨子「クリティカルトリガー?」

櫂「このトリガーはユニットのダメージ量を増やすことが出来る。おれはヴァンガードにクリティカルプラス1、パワーをスパークレインに与える!」

 

スパークレイン P14000

 

梨子「うわっ、一気にダメージ2?! えっとダメージチェック・・・」

 

1:希望の解放者 エポナ 2:解放者 バグパイプ・エンジェル 梨子:ダメージ2

 

梨子「こっちにもクリティカルトリガーが出た! 防御側でのダメージ増加って意味ないよね?」

櫂「確かにそうだ。だがパワーは加算されるので防御にはなる」

梨子「そっか。それじゃあ効果は全部ヴァンガードへ!」

 

マロン P12000

 

櫂「スパークレインでヴァンガードへアタック! スパークレインのスキル、ヴァンガードが抹消者の場合、パワーを3000増加させる!」

 

スパークレイン P17000

 

梨子「5000のカード一枚じゃダメージが通っちゃう・・・。エポナでガード!」

 

マロン P22000

 

櫂「凌がれたか。ターンエンドだな」

梨子「わたしのターン、スタンド、ドロー。よし、ブラスター・ブレード・解放者にライド! そのスキルにより、カウンターブラスト二枚をコストに、スパークレインを退却させます!」

千歌「梨子ちゃんすごい! いきなりカウンターブラストを使うなんて!」

梨子「紫堂くんの見てたら覚えちゃって・・・」

櫂「効果によりスパークレインは退却。いきなり使ってくるとは思わなかったぞ」

梨子「マロンを後退、そこに横笛の解放者 エスクラドをコール!」

 

エスクラド P9000

 

エスクラド    ブラスター    R

マロン      ういんがる    R

 

 

梨子「それじゃあバトル! マロンでブーストしたエスクラドでアタック!」

 

エスクラド 総P16000

 

櫂「カブーニスでガード!」

 

サンダーブーム P20000

 

梨子「ういんがるのブースト、ブラスター・ブレードでアタック!」

櫂「ノーガード」

梨子「ドライブチェック・・・」

 

円卓の解放者 アルフレッド

 

櫂「ダメージチェック・・・」

 

抹消者 サンダーブームドラゴン 櫂:ダメージ2

 

梨子「ターンエンドかな」

櫂「おれのターン、スタンド&ドロー。抹消者 イグニッションドラゴンにライド! 更にサンダーブーム・ドラゴンをコール!」

イグニッション・ドラゴンP11000

 

 

サンダーブーム    イグニッション   R

   R        コウガイジ    R

 

櫂「バトル。サンダーブームでエスクラドにアタック!」

梨子「リアガードを攻めてきた!?」

櫂「守るかどうかはファイター自身が決めるんだな」

梨子「うーんと、ノーガード!」

櫂「エスクラドは退却。コウガイジのブースト、イグニッションでアタック!」

 

イグニッション総P17000

 

梨子「これもノーガード!」

櫂「チェックTheドライブトリガー・・・、それと、グレード3からはドライブチェックを二枚行うことが出来る」

梨子「嘘!?」

 

一枚目:抹消者 ローレンツフォース・ドラゴン 二枚目:必殺の抹消者 オウエイ

 

梨子「ダメージチェックっ!」

 

小さな解放者 マロン 梨子:ダメージ3

 

櫂「ターンエンド」

梨子「わたしのターン、スタンド&ドロー。よし、孤高の解放者 ガンスロッドにライド! 後方に五月雨の解放者 ブルーノ、エスクラドをコール!」

 

ブルーノP7000

 

エスクラド   ガンスロッド      R

マロン     ういんがる      ブルーノ

 

 

梨子「バトル! マロンのブースト、エスクラドでヴァンガードにアタック!」

 

エスクラド総P:16000

 

櫂「コウガイジでガード。更にサンダーブームでインターセプト!」

梨子「リアガードがヴァンガードを守った?!」

櫂「グレード2のユニットはそのままガーディアンサークルへコールすることが出来る。これがインターセプトだ」

 

イグニッション総P:21000

 

梨子「ならういんがるのブースト、ガンスロッドでヴァンガードにアタック! ガンスロッドのスキル、ヴァンガードにアタックした時、Pを2000増加!」

 

ガンスロッド総P:17000

 

櫂「ノーガード」

梨子「よし、ドライブチェック・・・」

 

一枚目:光輪の解放者 マルク  二枚目:希望の解放者 エポナ

 

梨子「やった!クリティカル! パワーはブルーノに、ダメージはガンスロッドに!」

ブルーノ総P12000

櫂「ダメージチェック」

 

一枚目:抹消者 イエロージェム・カーバンクル 二枚目:〃

櫂:ダメージ4

 

櫂「ゲット。ダブルクリティカル。効果は全てヴァンガードへ」

 

イグニッション総P:21000

 

梨子「ういんがるのスキル発動! この子がブーストしたアタックがヒットした場合、ソウルインすることでソウルからブラスター・ブレードをコールする! そしてブルーノの更なるスキル! デッキからゴールドパラディンがコールされた時、Pを3000追加! ブルーノのブースト、ヴァンガードへアタック!」

 

ブラスター総P:24000

 

櫂「スパークレインでガード!」

 

イグニッション総:P26000

 

梨子「ターンエンド」

櫂「おれのターン、スタンド&ドロー。両刀の抹消者 コエンシャク、電離の抹消者 カブーニス、必殺の抹消者 オウエイ、抹消者 ローレンツフォースドラゴンをコール!」

 

ローレンツ     イグニッション    コエンシャク

カブーニス      コウガイジ     オウエイ

 

 

櫂「バトル。カブーニスのブースト、ローレンツでアタック!」

 

ローレンツ総P:13000

 

梨子「それじゃあ、エスクラドでインターセプト!」

 

ガンスロッド総P:16000

 

櫂「コウガイジのブースト、イグニッションでアタック! イグニッションのスキル、相手よりRの数が多い場合、P+2000。コウガイジのスキル発動。相手のダメージが3枚以上の場合、ブーストされたヴァンガードのP+4000!」

 

イグニッション総P:21000

 

梨子「うーん、ノーガード!」

 

櫂「ドライブチェック!」

 

一枚目:抹消者 ワイバーンガード ガルド 二枚目:抹消者 イグニッション・ドラゴン

 

梨子「ダメージチェック!」

 

一枚目:小さな解放者 マロン

 

櫂「ターンエンド」

梨子「わたしのターン! ドロー! 円卓の解放者 アルフレッドにライド!」

千歌「おぉ、梨子ちゃんがブレイクライドした!」

梨子「ブレイクライド?」

曜「ダメージが4枚以上の時にライドした時にガンスロッドが発動するスキルだよ。自身のPを10000、他の解放者3体のP5000追加する!」

梨子「わぁ、すごい! じゃあブラスター、ブルーノ、マロンのPを+5000! アルフレッドのスキル発動! カウンターブラスト二枚使ってデッキの一番上を確認してゴールドパラディンならコールする! 解放者 バグパイプエンジェルをコール! 更に手札から未来の解放者 リューをコール!」

 

バグパイプ    アルフレッド    ブラスター

マロン       リュー      ブルーノ

 

梨子「ブルーノのスキルで自身のPを3000追加、そしてバグパイプのスキル、このユニットがデッキからコールされた時に他のゴールドパラディン2体のPを+2000! 対象はリューとブルーノ!」

千歌「うわぁ、えげつないパワー上昇だよぉ・・・」

曜「って作ったの千歌ちゃんじゃん」

千歌「あはは、そうだった・・・」

 

梨子「バトル! マロンのブーストで バグパイプ・エンジェルでアタック!」

 

バグパイプ総P:21000

 

櫂「コウガイジとポルックスでガード!」

 

イグニッション総P:26000

 

梨子「リューのブーストでアルフレッドでアタック! リューのスキル、VをブーストしたときにRの解放者が3枚以上の時にブーストされたユニットのPを4000追加!」

 

ガンスロット総P:33000

 

櫂「っ、ワイバーンガード ガルドでガード!」

梨子「あれ、このユニットのシールド値0だけど?」

千歌「あれは守護者って特殊な防御カードだよ。手札一枚を捨てれば相手の攻撃を無効に出来るんだよ」

梨子「これじゃあガンスロットの攻撃は通らない。でもっ! ドライブチェック!」

 

一枚目:大願の解放者 エーサス 二枚目:〃

 

梨子「やったぁ、ダブルクリティカル! 効果は全部ブラスター・ブレードに! ブルーノのブーストでアタック!」

 

ブラスター総P:38000 ダメージ3

 

櫂「ノーガード。ダメージチェック」

 

一枚目:蟲毒の抹消者 セイオウポ 二枚目:〃 三枚目:ローレンツ

 

梨子「ヒールトリガー?」

櫂「相手とのダメージが同じかそれ以上の時に発動出来る。ダメージを回復する」

梨子「じゃあそれが二枚来たってことは・・・」

曜「うん、櫂はダメージ5で踏みとどまったね」

梨子「う、ターンエンド・・・」

櫂「おれのターン、スタンド&ドロー・・・。ファイナルターン!」

梨子「ファイナルターン?」

千歌「このターンで終わらせる宣言だよ!」

梨子「えぇっ!?」

曜「反面、決まらなかったらかっこわるいんだけどね」

 

櫂「おれは、抹消者 ガントレッドバスター・ドラゴンにライド! そしてオウエイのスキル発動! G3にライドした時、こいつをソウルに移動させて相手の前列のRを一体選んで退却させる! ブラスター・ブレードを選択!」

梨子「ああっ、ブラスター・ブレードが・・・」

櫂「コエンシャクのスキル発動。おれのカードの効果で相手のRがドロップゾーンに置かれた時、互いのファイターは自分のRを選んで退却させる! おれはカブーニスを選択!」

梨子「うぅ、ごめんねマロン・・・」

櫂「退却したカブーニスのスキル! 自分のカードの効果でこいつがRからドロップゾーンへ行った時、デッキトップ3枚を確認してその中から抹消者カードを1枚手札に加える! おれはワイバーンガードを選択! 更にローレンツのスキル!」

梨子「ま、まだあるのーっ!?」

櫂「抹消者のG3のカードがライドした時、カウンターブラスト。相手はRを選択して退却させる。だめ押しにイグニッションのブレイクライドスキル! 同じくカウンターブラストして、相手のRを2体選ばせて退却させる! そしてVのPを10000追加!」

梨子「わ、わたしのRが全滅しちゃった・・・」

櫂「これで終わりと思わないことだ。ガントレッドのリミットブレイク! ダメージ4以上で相手のRが退却した時にこのユニットのPを3000追加、更にダメージを1追加する!」

梨子「わたしの退却したRは5枚・・・」

櫂「そう、このスキルを5回使用する! バトルだ! コウガイジのブースト、ガントレッドバスターでアタック!」

 

ガントレッド総P:46000 ダメージ6

 

梨子「わたしの手札に紫堂くんみたいな守護者はいない・・・。う、ノーガード・・・」

櫂「ドライブチェック!」

 

一枚目:ガントレッド 二枚目 イグニッション

梨子ダメージ:10

 

 

「櫂ちゃんの勝ちーっ!」

 部屋に千歌の声が響く。おれは息を吐いて緊張を解いた。そして二人の幼なじみからの非難の視線を受ける。

「な、なんだよ?」

「櫂、大人げ無さ過ぎ・・・」

「これは梨子ちゃんにヴァンガの楽しさを知ってもらう為のファイトなんだよ? ぼろぼろに負かしてどーすんのさ?」

「し、仕方ないだろ。おれだってあそこでダブルヒール来るとは思わなかったんだし。桜内さん、ごめんな?」

「ううん、いいの。楽しめたから。でもちょっと悔しいなぁ」

「櫂ちゃんー?」

「櫂ー?」

 再び向けられる幼馴染の視線。何だかいたたまれない気持ちになる。

「わ、悪かったって。そだ、桜内さんが良ければだけどさ。ヴァンガード初めてみないか?」

「え、わたしも? でもデッキないし……」

「問題ないよ。今日のお詫びも込めて、おれがデッキ作ってあげるから」

「紫堂くんが作ってくれるの?! でも、勿体無いよ……」

「遠慮することはないよ梨子ちゃん! チュートリアルでコテンパンにするよーな櫂ちゃんに、これでもかってくらいの高額なデッキを要求しちゃいなよー!」

 意地悪な笑顔を桜内さんに向ける千歌。お前が負けた訳じゃないだろうに。

「おれらもさ、こうやって一緒にファイト出来る相手が増えるのは嬉しいから。桜内さんが興味ないって言うなら別にいいんだけど……」

「ううん、すっごく嬉しいよ。 わたしも紫堂くんたちと一緒に遊べるのは嬉しいから」

 柔らかな笑顔を向けられて、ドキッとした。

「あ、櫂ってば照れてるー。すけべー」

「すけべー!」

「みかん大好き二人組、少し黙ってろー。それで桜内さん、クランは何がいい?」

「クラン?」

「桜内さんが今使った『ゴールドパラディン』やおれの『なるかみ』、他にも色々あるぞ。どんなファイトがしたいとか、ある?」

「んー、まだわたしよく解らないから、良ければ紫堂くんと同じのがいい、かなぁ?」

「おれの? じゃあ『なるかみ』で新しく作ってやるよ」

「ありがとう、紫堂くん♪」

「よーし、梨子ちゃんの仇をうっちゃうのだ! 櫂ちゃんファイトしよ!」

「次は私も!」

「わかったよ、相手をしてやろう!」

 こうしておれ達のファイト仲間に桜内さんが加わったのであった。

 




 如何だったでしょうか。僕は元決闘者のなんちゃってファイターなので色々と間違ってるかもしれません。
 架空ファイトを書くので大変なのは、手札やPの管理ですね。何を引いたか、ユニットのパワーがどれくらい上がったのかを色々と計算しないといけないですね。毎回書いてる人が凄いや。
 さて次の対戦カードは決まっています。善子VS花丸です。ただその前に花丸用のデッキを作って回してみないとな。次はいつになるかわかりません。ですがこんなんでもいいよと言って頂けるのなら、書いてみたいと思います。

 ご意見、ご感想、お待ちしてます。


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9つの輝きとの触れ合い編
10話 俺と彼女のリスタート


 Twitterにて高海千歌誕生祭2016というタグがあったので、「乗るしかねえ、このビッグウェーブに!」という勢いで書きました。恐らく推しは梨子ちゃんですが、ちかっちもダイスキです。


 ブブブ、と突然俺のスマホが震えた。手に取り画面を見ると、『高海千歌』の文字。

「千歌?」

 ちらと外を見る。外はもう真っ暗で、穏やかな風が流れている。

「あいつ……」

 俺はため息を付いた。こんな時間にあいつが俺に用があるってことは、ちょっと思い詰めている時だ。俺は耳元にスマホのスピーカーを当てた。

「もしもし?」

『あ、櫂ちゃん? あのね……』

 声からも少し元気がないことが解った。

「今から行く。ちょっと待ってろ」

『もう、家の前にいるよ』

 その言葉に窓から下を見下ろした。そこにはスマホを片手に俺に手を振る千歌の姿。いつもは俺があいつの家の方まで行くのに。今日は変だった。

 俺は首を傾げながら部屋を出た。

 

 

「ほらよ」

 自販機から買ったオレンジジュースの缶を千歌にすっと渡す。

「ありがとう」

 千歌はそれだけ言うと、缶を開けてくぴくぴと飲み始めた。中々切り出し辛いのか、本題に入ろうとしない。

「どうだ、スクールアイドル活動は」

 俺が話題を振ってやると、彼女は嬉しそうに喋り始めた。

 やっと桜内さんが参加してくれたこと。目をつけていた一年生ばかりか、果南ねえちゃんやダイヤさん、鞠莉さんまでもが参加してくれたこと。『Aqours』ってユニット名にしたこと。練習や曲作りで皆の凄さにびっくりしたこと。

「曜ちゃんや果南ちゃん、とっても体力あるんだ。ランニングではすぐ追いぬかれちゃうし」

 メンバーの凄さを俺に説明していく千歌。まるで自分のことの様に説明していく。

「善子ちゃんや梨子ちゃんは歌が上手いし、花丸ちゃんやルビィちゃんはとっても可愛いし、ダイヤさんはとっても綺麗だし、鞠莉さんはダンスがとっても上手だし……」

 徐々に千歌の声が小さくなっていく。視線を落としてただただ地面を見つめていた。

「わたし、なんにもないなーって思い知らされちゃった」

「コンプレックスを抱いたってわけか。他のメンツの凄いとこ見せつけられて自信が無くなったと」

 俺の言葉にうん、とだけ言うとぽすっと俺の肩に頭を乗っけた。これは俺に甘えたいというサインだ。

「こーんな、なんにもない普通な私がリーダーやってていーのかなーって思っちゃって――」

「阿呆」

 ぴしり、とその額を人差し指で弾いてやる。千歌はびっくりしたように額を抑えて俺を見つめる。

「だーからお前はばかちかと呼ばれるんだ」

「いたっ、痛いよぉ櫂ちゃん!!」

 痛がる千歌を指差す。

「いいか、普通な女子高生はスクールアイドルやろうと考えて部活を立ち上げることなんかしねえよ。メンバー増やそうと一年生や先輩方、同級生にまで声なんかかけないさ」

 ふと、千歌が以前話してくれた曜が一番最初に参加してくれた話を思い出した。今ならアイツの気持ちが何となく解る。

「そんなお前がやりたいって言ったことだから、曜はお前にのったんだ。お前がやりたいって言ったから俺は出来る範囲でお前らを手伝うって言ったんだ」

 幼馴染だからってのもあるけど、そんな真っ直ぐな気持ちの千歌を支えたいって思ったんだ。

「そんなお前のやりたいって気持ちが伝わって、他の連中も参加したと俺は思うぞ。お前の誰にも負けないもの、お前にしかないもの、それは輝きたいって真っ直ぐな気持ちだと俺は思う」

「櫂ちゃん……」

 目を潤ませ、俺を見つめる千歌。自分の言ったセリフが恥ずかしくて、ちょっとこそばゆい。ここは一つちょっと変わったアドバイスでもするか。

「千歌、そうやって自分が不利な状況になったときの対処法を教えてやるよ」

「対処法?」

「ああ。とっておきさ」

 元は前やったゲームの受け売りだけど。こいつを励ますことが出来るんなら何だっていい。

「その不利な状況を全て言った後にこう言えばいい。魔法の言葉さ」

「魔法の言葉?」

「『それがどうした』ってな」

「それだけ?」

「ああ。それだけさ。それだけでも、少しは気が楽になるってもんさ」

 ホントに~、と疑う千歌。よーしそれじゃあ試してみようじゃないか。

「いいか千歌、お前の他のメンバーはとても優れている。曜や果南ねえちゃんは体力はあるし、善子や桜内さんは歌が上手いけど――」

「それが、どうした?」

「もっと強く。ルビィちゃんや花丸ちゃんはとても可愛いし、ダイヤさんはとても綺麗だ。そして鞠莉さんはダンスが上手い。だが――」

「それがどうした」

 さっきよりも強い返し。先ほどの自信を無くしてた千歌はもういない。

「こんなメンバーがいるんだ。千歌は、何も優れたことがないかも知れない。けど――」

「それがどうした!」

 もっと大きな声で叫ぶ千歌。上出来だ。

「そうだ! その言葉、忘れんなよ?」

「うん! ありがとう、櫂ちゃん!」

 えへへ、と笑う千歌。やっといつものこいつに戻った気がする。

「櫂ちゃんには、いつも甘えてばかりだね……」

 少し申し訳無さそうに俺を見つめてくる。何を今更。

「俺はAqoursのメンバーでも何でもない。俺の前では甘えん坊のちかっちでいいんだよ」

 俺がほら、と促すと、彼女は胸元に飛び込んできた。小さいころこいつが甘えに来た時はよくこうしてぎゅってしたもんだ。そうするといつも千歌は喜んでたっけ。

 優しく背中をたたき、落ち着かせる。そして胸元から伝わる、女の子特有の柔らかさ。この間果南ねえちゃんのとこでハグして貰った時にも、千歌から後ろから抱きつかれたっけ。あの時とは違い、その柔らかさは俺の胸元にある。それを自覚した瞬間、ドキッと心臓が脈動するのを感じた。

 千歌に悟られまいと優しく身を離した。

「もう遅くなるからもう帰りな」

「うん……」

 そう返事する彼女の瞳はどことなく虚ろげだ。安心して眠くなっちゃったのかな。

「ったく、しょうがない妹分だな」

 ほれ、と彼女に背中を向けると千歌はそこにのしかかった。俗に言うおんぶってやつだ。

 それから俺は無言で夜の海沿いの道路を歩いた。明かりは空に輝く満月のみ。それと身体に焼き付いた千歌の家までの行き方を頼りに俺は歩みを進めた。後ろの柔らかな感触は考えないことにした。

「んぅ……?」

 背中から聞こえる千歌の声。お目覚めのようだ。

「起きたか?」

「あれぇ、櫂ちゃん……ってご、ごめん!」

 千歌は慌てて俺から離れる。

「私ったらつい安心して寝ちゃったみたい。もうここまで来たら平気だから!」

「そうか。道は暗いぞ。家まで送るぞ?」

「だいじょうぶ! 今日はありがと!」

 そう言うと千歌は途中まで歩いていたが、突然走り去って行った。彼女の背中が小さくなる。それと同時にあまり意識していなかった彼女の柔らかさが名残惜しく身体を奔る。

「っ! こらっ!」

 反応する身体を戒める為、俺は家までの道を全力疾走した。

 

 

 

●●

 小さな揺れで、目が覚めた。瞼を開ければ景色が流れているのが見える。自分の足で歩いてない、足は抱えられたままだ。意識を背負ってくれている人に向ける。大きくて、それでいて懐かしい背中。

「んぅ……?」

 声が漏れてしまった。私の声に反応したのかその背中の主が私に声をかけてくれた。

 そっか、安心して寝ちゃったのか。それで櫂ちゃんはここまでおんぶしてくれたのか。

 もう大丈夫、と背中から降りて一人で帰ることにした。彼は心配してくれたけど、だいじょうぶと行って別れることにした。

 おんぶ、懐かしかったなぁ。嬉しさと共にさっき抱きしめられたことを思い出した。でも、胸元で櫂ちゃんの心臓の音、ばっくんばっくん早鐘みたいになってたな。なんでだろ?

 疑問に思った瞬間、私は一つの答えが脳内を過ぎった。

――もしかして櫂ちゃん、私を女の子として意識してる?――

 そう考えた瞬間、体温が一気に上昇した。その疑問を拭い去りたくて、家までの道を走る。

 違うもん、櫂ちゃんは幼馴染で友達だ。

 

 幼馴染、だよね?




 前々から考えていた、アニメで来るかもしれない重すぎるシリアスへのカウンターも兼ねての回でした。

 ここから千歌ちゃんと主人公は互いを異性として再認識したという、リスタート地点ということで。

 『それがどうした』は私が感動を覚えたゲームからのセリフです。解る人は私とお友達。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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11話 からかい上手の渡辺さん

曜ちゃん回です。しかも前後編になってしまうほどのボリュームに。


「あ、かーいっ!!」

 学校からの帰り道、曜は俺に気づくと手を振ってきた。彼女の脇には俺の自転車。曜の奴、また自転車借りていったんだよな。

「お前な、俺の自転車借りるならもっと早くに連絡しろよ」

「だって、櫂が起きるのが遅いんだもーん」

 舌をちらと出す曜を見て、それ以上俺は言及する気が失せてしまった。

「まあいい。そういや千歌は?」

「んー、『今日は一人で帰るから曜ちゃん先帰って』だってさ。どうしたんだろ?」

 ふと、昨晩の事を思い出した。もしかして恥ずかしくて俺に顔を合わせられないのか? まさか、千歌に限ってそんなことないか。

「んじゃ櫂、一緒に帰ろ!」

 そう言うと彼女は自転車の後部に腰掛けてサドルを叩いた。

「たまには曜が漕いでくれよ」

「いーじゃん、私水泳部の練習で疲れてるんだからさー!」

 ジタバタと足をバタつかせる曜。こいつ、俺の前だけすっげーわがままになるんだよな。

「はいはい、では出発しますよ、お嬢様」

「うむ、良きに計らえ。ヨーソロー!」

「お嬢様なのか船長なのかハッキリしろよ」

 俺はペダルに力を入れて漕ぎだした。

 

 

 もうこの時間になると下校時間な訳で。制服の女子高生がまばらに通学路を歩いている。そんな中俺たちは二人乗りの自転車で突っ切っている。女子生徒からの視線を感じる。二人乗りで帰ることもあれば、三人で歩いて帰ることもしてるから視線はあんまし気にならなくはなった。でも千歌との一件があったせいか、今日は妙に意識してしまう。俺は後ろの曜に問いかけた。

「曜はさ、二人乗りで下校とかに抵抗とかないのか?」

「ん? どうして?」

「どうしてって、学校で変な噂とかされたりしないのか?」

「んー、確かにうわさ話になったことはあるかな」

 やっぱりあるんだ。花の女子高生ですものね。恋バナの一つや二つくらいしますよね。

「でも、何度もこうやって帰るとこ見られ続けたら皆慣れちゃったみたいでね、もう今では櫂はお迎えの馬車みたいに思われてるよ」

「確かに他人から見ればそうかもしれないな」

「それとね、櫂は千歌ちゃんとも一緒に帰ることあるじゃない? そのせいか、浮気者の馬車って呼ばれてたりするよ~」

「はぁ?!」

 流石にそれは洒落にならん。

「んー、そんな噂が立つならもうこれ辞めようかなぁ」

「えー! イヤだよ!」

 俺の言葉に曜が身を寄せてくる。

「どうしてだよ? お前らには迷惑かけないだろう?」

「だって……」

 曜はぽすっと俺の背中に顔を埋めた。何か言っているようだが、聞き取れない。

「とにかく! イヤだよ! 迎えに来てよー!」

「うわっ! 後ろで暴れんな!」

 俺はグラついた自転車の軌道を何とか戻しながら帰り道を走った。

 

 

 

 そんなこんなで家までたどり着いた。俺と曜の家は隣同士で、よく昔は遊びに来てたな。今でも俺を起こしに来るけど。

「あー、喉乾いたなぁ。櫂、なんか飲み物買ってきてよー」

「俺はお前のパシリじゃないっての」

「いいからぁ~はーやーくー!」

 駄々をこねる曜にため息をつきながらも俺は近くの自販機へと足を向けた。最終的には従ってしまう自分が少し情けないような、でも何故か嬉しいような。

「ほれ、カルピス」

 ペットボトルを投げ渡すと、曜は嬉しそうにそれを喉に通した。

「ぷはぁ~、おいし~♪」

「それならなにより」

 しかし俺も二人乗りしたせいか、少し喉が渇いたな。何か買ってくるか。

「櫂」

 ほら、と曜がペットボトルを差し出してきた。

「櫂も自転車こいで疲れたでしょ? 飲んでいーよ」

「あ、あぁ……」

 ちょっと待て。これって間接キスだよな? あいつ、コレに口付けたよな?

 視線が曜の唇へと向いてしまう。水分をとったせいか、潤った唇はリップを塗ったように程よく光を反射している。それが妙に色っぽくて。微かに手が震え、心臓の音がドクドクと木霊する。飲んじゃう? 飲んじゃうのか俺?

「なーんちゃって! はい時間切れ~」

 俺がいざ飲もうとすると曜はそれを奪い取り、カルピスを飲み干してしまった。からかいやがったなこいつ!

「もういい。自分で買う」

 俺は肩を落として再び自販機へと向かった。残念だなんて思ってない。思って、ない……。

「あ」

 後ろで曜の声がスマホのバイブ音と共に聞こえた。俺はそれを無視しながら飲み物を選ぶ。

「ねぇ、櫂」

「んー?」

 気のない返事で返す。今日は緑茶でも飲もうか。

「お父さんとお母さん、今日帰ってこれないって」

「は?」

 そう言うと彼女はにこりと笑顔を向けた。

「だからさ櫂、今日櫂のウチに泊まらせて?」

 ガコン、と自販機が緑茶を落とした。俺はそれを拾わず、ただ曜を見つめていた。




 絶対曜ちゃんは好きな子には積極的にからかうけど、内心すっげードキドキしてるタイプだと思う。てゆーかそんな彼女が見たい。そんな曜ちゃんとの薄い本、期待しています。


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12話 続:からかい上手の渡辺さん

 まさかの後編。


「は?」

 思考が停止する。今、何と言った?

「お父さんもお母さんも定期船に乗っていっちゃったみたいで今日一日一人で過ごさなきゃいけないんだけど、せっかくだし櫂の所で久々にお泊りしようかなーって」

「久々のお泊りって……、何年前の話だよ」

 確かに曜の父親は定期船の船長をやってるし、母親もたまに家を開けることが多かったから不備に思った親父がウチに泊まらせたことはあったけど……。それも俺たちが小学生の時だ。今は俺たちは年頃の高校生。俺もこいつと一つ屋根の下一夜を共にするとなったらどうなることやら。

「それに、親父がどう言うか……」

 すると、俺のスマホが揺れた噂をすれば親父からのメールだ。

 開いてみると「すまん、今日飲みに行くので家を空ける。飯はテキトーにやっといてくれ☆」という50過ぎの父親らしからぬ文面だった。

「あの親父ぃ!!」

「ん? どうだったの?」

 ひょこっと曜が横から画面を見る。吐息がかかる距離まで近づいて来ている。ち、近い。

 文面を把握したのか、彼女は離れるとにこりと笑顔を俺に向けた。

「じゃあ、一度帰って荷物持ってくるね♪」

 俺はもう逆らう気力すらなかった。

 

 

「おっ邪魔しまーす」

 それから暫くして、曜が俺の家に来た。何故か制服のまま。

「なんでお前制服のままなんだよ」

「だって、めんどくさかったんだもん~」

 頭を掻きながら苦笑いする曜。しっかりとしてるけど、どこかずぼらだったりするんだよな。

「上がれよ。そろそろ飯作るから」

「あ、いいよ。私が作るから!」

「作ってくれるのか?!」

 正直、料理はそんなに得意じゃないから助かる。曜は荷物を下ろすと台所へと向かった。

「うん。久々に作りたいし、ハンバーグでいいよね?」

 台所にあったであろうエプロンを結び、こちらを覗いてくる。なんかいいな、エプロン姿。

「ああ。一番美味いのを頼む」

「アイアイサー!」

 びしり、と敬礼すると曜は台所へと消えていった。そこから聞こえる鼻歌が、どこか心地よかった。

 

 

「あぁ、美味かった」

 部屋に一人、ベッドに腰掛けて腹を擦る。皿を洗おうとしたら、『皿を洗うまでが料理人の仕事! 櫂は先に部屋に戻ってて!』と言われた。なんだそりゃ。

 なんて考えていると、ノックの音が聞こえた。

「どーぞ」

 返事をしてやると、すすすと少し恥ずかしそうに曜が入ってきた。

「どうした?」

「久々だし、一緒に寝ようかなーって思ってさ」

「は?」

 待ってくれよお嬢さん。もう俺たち高校生よ? いくら幼なじみとは言え、それは認められない。

「ちょ、ちょっと待て! 他にも部屋があるだろう!」

「だって櫂の家、お父さんと櫂の部屋以外倉庫みたいじゃん」

 俺と親父以外の部屋は漁に使うものを保管しておく倉庫だ。しまった、幼いころは気が付かなかったが俺の家は誰かを泊めるには適してない家だったのか!

「居間とかがあるだろ? わざわざ俺の部屋なんかで……」

 俺がそこまで言うと曜の瞳がゆらゆらと揺れた。

「櫂、私と一緒がそんなにイヤ……?」

 涙声で言わんでくれ。逆らえないじゃねえか。

「わかったよ。俺の押入れにある布団使って――っておい!」

 俺が少し視線を逸らしていたのをいいことに、曜は押入れを物色していた。

「あの曜さん!? キミは何しとるんかね?!」

「いやー、そこまでして寝かせたくないってことはエッチな本の一つや二つあるのかと」

 そう言って再び頭を押し入れに戻す曜。そして俺に向けられる、曜のお尻。何だ、俺は試されているのか?

 流石の俺もここまでされれば堪忍袋の緒が切れる訳で。

「このっ、いい加減に――」

「きゃっ」

 俺は強引に彼女をお姫様抱っこするとベッドに押し倒し、上に乗りかかった。

「ごめん……」

 少ししゅんとして俺を見つめる曜。わかればよろしい。

「……」

 それでも曜の視線が変わることはない。俺は冷静さを取り戻し、自分の状況を再確認した。

 これ、俺が曜を押し倒した形になってるじゃんか。そう意識した瞬間、心臓の音が体内を木霊する。気のせいか、曜の頬も朱に染まっていて。

 押し倒されている曜は全く抵抗を見せない。いいのか? これは同意と見てよろしいのか? 俺は頭を垂れようとして――

『ただいまー』

 突然の親父の声に身を引き剥がした。ナイスタイミングだ親父! 今だけは感謝する!「お、俺親父の様子見てくる!」

 そう言うと俺は階段を転げ降りた。

 

 

 結局その夜、俺と曜は同じ部屋で寝ることになった。俺がベッドを譲ろうとしたが、曜は布団で充分と言ってくれた。

「櫂」

 ベッドの下から曜の声が聞こえた。俺は起き上がらずになんだ、と声をかけた。

「て、繋ご?」

 俺は黙って左手をベッドの下へと向けた。そして柔らかく優しい感触が伝わってくる。

「懐かしいね、昔もこうやって手を握って寝てたよね」

「何年前の話だよそれ。でも懐かしいな」

「うん」

 それだけの会話。その後訪れるのは秒針の音だけが支配する世界。でもその沈黙はすぐ破られて。

「おやすみ、櫂」

「ああ、おやすみ、曜」

 俺は意識を手放すまで、左手に残った人肌を握り続けていた。

 

 

 夢を見た。俺の隣で笑っている女の子。その笑顔が眩しくて。

「――」

 その子の名前を呼んだ。と、同時に頬に強い衝撃。

「いでぇ!?」

 痛みに目を覚まし、飛び起きる。そして降り注ぐ笑い声。

「あははっ、おはよう、櫂! また寝坊寸前だぞー!」

 その笑顔に毒気を抜かれ、俺の頬も緩んだ。

「おはよう、曜」

 こうして俺の一日がまた始まった。




 いやー、曜ちゃんは何やらせても違和感ないから本当に動かしやすい。二次創作的にはいい子です。


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13話 裏:からかい上手の渡辺さん

 前後編と言ったな、あれは嘘だ。


 放課後、いつもの分かれ道で彼を待つ。彼の自転車を持ってまだかまだかと待っている自分が、まるで父親の帰りを待つ小さな子のように思えて、一人で笑ってしまう。そして彼の姿が見えたので、その一人笑いを誤魔化すように私は元気よく手を降った。

 

 櫂はぶーたれるけど、結局いつも仕方なさそうにでも少し嬉しそうに自転車を漕いでくれる。それがちょっと嬉しかった。

 だから出迎えをもう辞めようかと言った時は猛反対した。私と千歌ちゃんに良くない噂を立てないためだと思ってもそれだけはイヤだった。

 なんでだよと聞く櫂に、私は顔を彼の背中に押し付けて聞こえないように呟いた。

――だって……、一緒にいられる時間が少なくなっちゃうじゃんか……――

 大きな背中に私は顔を埋めた。

 

 

 喉が渇いた、と言うと櫂がペットボトルを買ってきてくれた。わがまま言ってごめんね、と心のなかで謝りながらカルピスを喉に通す。甘酸っぱい旨味が喉を癒やしてくれる。

 ふと見ると、櫂が暑そうにしている。自転車漕いで貰ったもんね。ちょっとからかってやろ。

 飲みかけのペットボトルを渡すと、難しそうな顔をして注ぎ口を見つめている。ふふ、間接キスになると思ってドキドキしてるな。

 かく言う私自身もすっごくドキドキしてる訳で。時間切れとごまかしてそれを奪い返した。あ、残念そうな顔をしている。惜しかったね、もうちょっと早く飲んでたら間接キス出来たのに。私もちょっと残念かな。

 

 

 お父さんとお母さんが帰ってこれないと解って、櫂の家に泊まることにした。ドキドキしながら家に入る。

 どうやらこれからご飯を作るところらしい。櫂は正直料理の腕は微妙だからなぁ。ここは曜ちゃんが助けてあげますか。エプロンを借りて、早速準備にとりかかる。ふと鏡を見ると、写るのはエプロン姿の自分。なんだか新婚さんみたい。照れを誤魔化す為に鼻歌を歌いながら料理した。

 ハンバーグ、櫂は美味しそうに食べてくれたなぁ。それだけでもとっても嬉しいな。

 

 

 櫂が私と一緒の部屋で寝ることを妙に渋る。他に寝るとこないんだから仕方ないじゃん。もしかして、エッチな本持ってるからなんじゃ? そうと決まればエロ本探しだ! 

 なんて、半分悪ふざけの探索をしていたらちょっと櫂を怒らせたみたいで。ベッドに押し倒されちゃった。

 ごめん、と謝るけどそれよりも今の状態にすっごくドキドキしちゃって。このまま、櫂に……

 なんて考えてたら、おじさんが帰ってきちゃった。櫂は身を離すと玄関へと逃げていった。ほっとしたような、少し残念なような。

「ちょっと、濡れちゃった、かな……」

 なんて呟いた瞬間、私の顔は真っ赤に爆発した。

 

 

 結局櫂の部屋で寝ることに。ベッドを譲ろうとしてくれたけど、流石に遠慮した。その優しさが、嬉しかった。

「て、繋ご?」

 気がつけばそんなことを言っていた。温もりが欲しくて、ちょっとでもいいから、櫂が欲しかった。

 無言で差し出される左手。握った瞬間に嬉しさと懐かしさが身体を駆け巡る。

 私は嬉しさとドキドキで、しばらく眠れなかった。

 

 

 朝。櫂よりも早く起きて、制服に袖を通す。櫂が起きないか少しドキドキしたけど。この寝坊助は起きることもなく、無事に着替え終えた。

 膝をついて幼馴染の寝顔を観察する。だらしなく開かれた口。そこに指を入れたらぱくっと食べちゃいそうで。本当に指を入れてやろうかと思ったら――

「――っ」

 櫂が何かを呟いた。寝言で何を言ったのかわからなかったけど、何となく人の名前のような気がした。

 ちくりと胸が痛み、ちょっとした苛立ちを込めて頬をつねってやる。

「いでぇ!?」

 あは、ヒドイ顔。そんな彼に私は出来うる限りの笑顔を向けた。

「あははっ、おはよう、櫂! また寝坊寸前だぞー!」

 櫂の表情も緩み、おはようを返してくる。

 

 ここから、私の朝が始まるんだ。




 まさかの曜の視点オンリーで一話丸々使うことになるとは。上手く甘々なものを提供出来れば良いのですが。
 どうすんだこれ。こんなに濃厚なイベやって他の子達勝ち目あんのか? 作者自身ビビっております。
 こうなりゃ本命(?)の梨子ちゃんイベをぶつけるしかねぇ。


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14話 『好き』の音色

俺「アニメサンシャインは見ないぞ」
ツイ「梨子ママ奈々様だー!!」
俺(奈々様ファン)「っ…、屈したりしないんだから!」

 うん、時間の問題かな。


「あれ、桜内さん?」

 いつもの分岐点に珍しい人が立っていた。声をかけられた彼女は俺を見つけると軽く会釈してきた。

「あっ、紫堂くん」

「一人で帰りなんて珍しいな」

「うん、今日はAqoursの活動はお休みなの」

 自然と肩を並べて歩き始める。

「そう言えばさ、海の曲はもう出来たのか?」

 俺の問いに桜内さんは柔らかい笑顔を向けてくれる。

「うん。自分でも納得のいく曲が完成したよ。紫堂くんのお陰だよ」

「俺は何もしてないさ。提案したのは千歌だしな」

 最初俺は果南ねえちゃんに会うのを渋ってたからな。けど彼女は首を横に振った。

「千歌ちゃんにも感謝はしてるけど、やっぱり紫堂くんがいたからだよ」

 嬉しいことを言ってくれるねぇ。あの時の彼女の言葉が脳裏に蘇る。

『あなたも、ついてってくれる?』

 何故彼女は俺にも同伴して欲しかったのだろう。丁度いいから聞いてみるか。

「始めて会ったあの日さ、どうして俺についてきて欲しかったんだ? 千歌と行っても何も問題無かっただろ?」

「それは……」

 桜内さんは少し視線をすぐに戻して笑顔を向ける。

「海に潜るのは始めてだし、少しでも一緒に潜ってくれる人が多ければ安心出来るかなーって」

「それもそうか。誰だって最初は緊張するもんな」

 それが理由か。ちょっと特別な意味があるんじゃないかと思ったけど、気のせいか。でもあの時の彼女の瞳、魅力的だったな。

「そうだ、完成した曲、聴きたい?」

「聴きたいね。音楽プレイヤーとかに録音してるの?」

 そう聞くと彼女はちょっと意味ありげに笑った。

「良ければ、紫堂くんが良ければなんだけど、わたしの家で聴かない?」

「桜内さんの、家で?」

 うん、と頷く桜内さん。マジで?

「いいのか?!」

「うん。良ければ、だよ?」

 良いも悪いもあるか。前から彼女の生演奏を聴いてみたかったんだ。こうしちゃいられない。

「じゃあちょっと急ごうか。後ろ乗れる?」

「あ、うん!」

 俺が自転車にまたがると、桜内さんが後ろにちょこんと座った。座り方もなんか大人しくていいな。他二人が大雑把なだけか。

「じゃあしっかりつかまってな!」

「きゃっ」

 小さな悲鳴を聞きながら俺は一気に緩めの坂を駆け下りた。自転車を漕いでいる間、桜内さんは俺の制服をきゅっと握っていた。

 

 俺が漕ぐのを止めると、千歌の家である旅館が見えた。後ろでは桜内さんが少し荒く呼吸している。

「ちょっと…、紫堂くん、速すぎ……っ」

「あー、ごめんごめん。早く曲が聴きたくてさ」

 自転車を降りて再び二人並んで歩き始める。が、桜内さんは息を呑んで足を止めた。

「桜内さん?」

 彼女の視線の先は千歌の家、旅館の前に置かれた犬小屋にある。そこには高海家の飼い犬、しいたけの姿が。長い髪をしたそこそこ大きい犬だ。

「うぉふっ」

「ひっ!!」

 しいたけがこちらを見て一吠えすると桜内さんは悲鳴をあげて俺に抱きついた。桜内さん、柔らかいなぁ。ってそうじゃなくて!

「桜内さん、犬が怖いの?」

「い、犬全般が駄目って訳じゃないけど、あの子は大きくて……」

 確かになぁ。しいたけは意外にデカい。けど人懐っこい。まぁあの大きさと目元が隠れている不気味さが怖がらせてるのかも。再びしいたけの一吠えに萎縮して俺に抱きつく桜内さん。

「紫堂くん、もう行こ……?」

 少しキツめな目がうるうると俺を上目遣いで見つめてくる。

「あ、ああ。行こうか」

 しいたけが見えなくなるまで、彼女は俺に抱きついたままだった。彼女の家の前に着くと自分の状態に気がついて顔を真っ赤にしたのだった。

 

「お、お邪魔します……」

 恐る恐る桜内さんの部屋に入る。女の子女の子してる、まさに女子の部屋って感じだ。壁には初めて出会った時の制服がかけられている。大事にしてるんだな。

「あ、あんまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいから」

 後ろから桜内さんがコップを持ってきてくれた。

「はい、ウーロン茶で良かった?」

「ああ、ありがと」

 それを受け取り、喉に通した。少し緊張していた身体に程よい冷たさがさっと通り抜ける。

「それじゃあ、聴いてくれる?」

 俺が頷くと彼女は端にあるピアノの蓋を開けた。一瞬目を閉じて、再び開かれた眼はいつもの彼女とは少し違う、何かを感じ取れた。

 そして彼女の演奏が始まった。

 

 

「ーーっと、こんな感じなんだけど、どうかな?」

 彼女の演奏が終わり、表情が元通りになる。俺は自然と拍手をしていた。

「本当に上手なんだな。これ一から自分で作ったんだろ?」

 うん、と恥ずかしそうに頷く。恥じらう姿が何とも彼女らしい。

「紫堂くんから聴いて、何か案はあるかな?」

「案?」

「うん。実はこれ、まだ未完成なんだ。もう少し手を加えたいと思うんだけど……」

 あー、俺にそういったこと聴いちゃうかー。俺は申し訳無さそうに手を合わせた。

「ごめん、俺音楽は万年3でさ、正直どこをどうしたらいいのかってよくわからなくて……」

「そう、なんだ……」

 ちょっと残念そうに視線を落とす桜内さん。でも感じ取ったことは全部話してみようかな。

「参考になるかどうかよくわからないんだけどさ」

 俺の言葉に再び自分に視線が向けられる。俺の伝えたいこと全部受け止めて貰えるように、今度は俺が頑張る番だ。

「この曲、すっごい大事に作られていると思うよ」

 その言葉にはっとした様に彼女の目が開かれる。図星かな。

「大事にしてて、大好きだって気持ちが音に乗ってたって言うか、何て言えばいいか……」

「うふふっ」

 俺が言葉に困っていると、桜内さんから笑いが零れた。

「あははっ、紫堂くんって面白いね。そういったアドバイス貰うとは思わなかったよ」

「う、あんまり役に立たないアドバイスでごめん……」

「そんなことないよ、参考になりました」

 ありがとう、とお辞儀をした桜内さんの笑顔は、今までで一番可愛いものだったと思う。

 

 

「今日はありがとうね」

 桜内さんは手を降って俺を見送ってくれた。俺は一人、夕日に染まる空を見上げた。

「俺、桜内さんのこと、なーんもわかってないかもな……」

 音楽万年3の俺なんかじゃ役に立たないって思ってたら駄目だ。もっとよく知りたい。音楽のこと。そして桜内さん自身のこと。

 今度、花丸ちゃんから音楽の本のオススメでも教えて貰うかな。

 

 

 

●●

 紫堂くんが去った後、部屋に一人。空になったグラスを見つめる。さっきここに紫堂くんがいたんだ。

 ピアノの蓋を再び開ける。目を瞑り、さっきの旋律をもう一度奏でた。

 紫堂くん、ごめんなさい。わたしは嘘をつきました。

 この曲は海の曲じゃないの。海の曲は別にあって、Aqoursの曲にするつもり。この曲をどうしても聞いて欲しかったの。

 これは、この曲はわたしの『好き』を込めた曲。だから紫堂くんに見抜かれた時はびっくりしちゃった。

 まだ、『好き』を直接伝える勇気はないけれど、いつか絶対伝えたい。

 わたしのめいいっぱいの、『大好き』を。




俺「梨子ちゃんってさ、少し鹿島に似てない?」
梨子「それって艦これの鹿島さんですか?」
俺「そうそう。少しキツめの目、それに反する大人しく可愛らしい性格。鹿島にあってキミにないものを理解出来れば、もう少し人気が出ると思うんだ」
梨子「鹿島さんにあって、わたしにないものって?」
俺「それは――」
梨子「それは?」
俺「おっぱ――」
梨子(無言の腹パン)

 梨子ちゃんもっと人気出て欲しいなぁ。今んとこしいりことか流行ってんじゃん。獣姦ものとか出たら許さんぞ。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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15話 男子高校生と中二病少女

 お気に入り登録件数が100に到達しました! これも応援して下さる皆さんのお陰です。ありがとうございました!
 再びの善子回。序盤はオマージュ入ってます。苦手な方はご注意を。


 俺は一人、海岸に腰を下ろして海を見つめていた。少し早めに学校が終わったので特にすることもなく、暇つぶしにここにいるのだ。潮風が心地よく吹き付けて、勉学の疲れを癒してくれる。

 そんな中、砂を蹴る音が響き、俺の近くで音が止んだ。ちらと視線を向けると、ダークブルーな長髪の右側をお団子にした少女が一人立っていた。津島善子である。彼女は何も言わずに俺の左後方に座った。

「?!」

 思わず二度見した。津島善子だと? 彼女との邂逅は俺にとって苦い思い出がある。何で彼女、このだだっ広い海岸で俺の近くに腰を下ろしてるんだ?

 まさかこいつ、また俺の『移ろう天秤(ジャッジメント)』みたいなものを期待してるんじゃないのか? 悟られないように視線を後ろへと向ける。彼女は少しそわそわしながらちらちらと俺の方を見てくる。どうやらそのようだ。

 こいつ、俺があの後どれだけひどい目にあったか知らんな? 曜と千歌にめちゃくちゃからかわれたんだぞ。桜内さんにも内心どう思われたのかと考えるだけで悪寒がする。

 が、こうして求められるのも、悪い気分じゃない。仕方ないから付き合ってやるとするか。陽が傾きかけた海岸、何となく幻想的な雰囲気に合った、イカした言葉か……

「今日は、波が騒がしいな……」

 何を言ってるんだ俺は。死にたい。なんかこう、恥ずかしいじゃなくて、死にたい。

 さーて言ってやったぞ。問題は喜んでくれてるかどうかだ。俺はちらと再び後ろを確認する。善子はぱぁっと表情を輝かせていた。喜んで頂けて何よりです。

 すぐに彼女は表情を戻し、悟ったような顔になって立ち上がった。

「でもこの波、少し泣いてるわね」

 こいつおもしれーわ。

 そう呟くと善子は少し俺との距離を縮めてくる。ごめんなさい、もう勘弁して下さい。この状況、俺一人ではもう処理出来そうにないです。ですから援軍を呼ばせて頂きました。慌てて入力したもんだから、ちゃんと伝わってるかどうかよくわからんけど。

 頼むぜ幼馴染達。この空間をぶち壊してくれ!

 じゃり、と砂を踏む音。もう来たのか。早いな。視線を音ノ方へ向けると、渡辺曜が立っていた。

「急ぐよ櫂。どうやら波が町によくないものを運んだみたいだよ」

 お前は何を言ってるんだ。こんな時に限ってこの空気に同調するようなことするんだよ。

 ふと曜の表情を見る。俺の視線に気づいたのか、悪戯っ子の様な笑顔を俺に向ける。こいつ、楽しんでやがる。俺が圧倒的不利なこの状況を。なんて幼馴染だ。

「っ――!!」

 善子は善子で、変な笑顔になって喜んでるし。もうなんだよこいつら。俺を貶める為に遣わされた堕天使か?

 ったく、この幻想的な空気はもう充分堪能したろ? 終わらせてもらうぞ、現実的な言葉を持ってな。

「急ごう、波を止めるために」

 だから何を言ってるんだ俺は! こいつとの出会いで封印してたスイッチのON-OFFが効かなくなってるんじゃないの? もうここまで来たらとことん付き合ってやるよ!

「待って!」

 そんな俺達三人の間に割って入ったのは、オレンジ色の髪をしたオレンジ娘、高海千歌。

「櫂ちゃんのメールどういうこと?! 『海岸にいるからたすてけ』って書いてあるんだけど!?」

 うん、ありがとう。この空気を終わらせてくれて。でも、何故か残念な気持ちになってるのは、どうしてだろう?

「あ、善子ちゃんだ!」

 千歌が善子を見つけ、こちらに駆け寄ってくる。

「善子って呼ばないでよ千歌さん!」

 ぶぅ、と頬を膨らませる善子。仮にも年上である千歌をさん付けするあたり、案外礼儀正しい子なのかな。

「そう言えば櫂ちゃんとはメンバーになってからは初めて合うのかな。メンバーの津島善子ちゃんです!」

 ヨハネよ! と怒る善子。が、すぐに調子を取り戻し俺に語りかける。

「久しぶりね。『移ろう天秤(ジャッジメント)』、ルシフェル」

 その言葉を聞いた瞬間訪れる悪寒。そして入りたくもないのにスイッチが入ってしまう。フッといつもはしない笑いを浮かべる。

「福音を聞く前に出会うとはな。どうやら俺たちは運命の赤い糸で繋がっているようだな」

「運命の、赤い糸っ……!」

 その言葉に一瞬赤面するが、すぐに調子を取り戻す善子。

「ど、どうやらそのようね。私たちには特別な縁(えにし)、メビウスの輪があるようね」

「フッ、因果律をも超える縁、か……」

 最早何を言ってるのか自分でもわからないが、何となく善子とのコミュニケーションが成立しているようだ。彼女、とても嬉しそうだもん。後ろの幼馴染二人の視線が怖い。

「さぁて、私はそろそろ『本拠』に戻らせてもらうわ。リトルデーモンとの集いがあるからね」

「また会おう、『可愛いウサギちゃん(ラビット)』よ」

「っ! うん!」

 そう言って彼女は俺達に背を向け去っていった。あれ、最後はなんか、返事が中二っぽくなかったような。

「ねえ聞いた千歌ちゃん、『どうやら俺たちは運命の赤い糸で繋がっているようだな』だって~」

 左から曜が俺の頬を抓ってくる。痛いよ。

「聞いたよ曜ちゃん。更には『因果律をも超える縁、か……』って言ってたね~」

 更に反対側から千歌が頬を抓ってくる。

「よくもこんな恥ずかしいセリフ思いつくね?」

「どうなの、櫂ちゃ、いや『ルシフェル』ちゃん?」

 その名で呼ばないで下さい。曜はともかく、千歌までどうしたんだ? こうやって頬を抓ってくる子じゃなかったのに。

「もしかして、二人共妬いて――」

『うるさいっ』

 二人の声が木霊した後、千切れるんじゃないかって位に抓られた。

 

 

 

●●

 ヨハネは、足取る軽く海岸を走っている。天使の翼が生えているみたいに、身体が軽い。

――また、『可愛いウサギちゃん(ラビット)』って……! 『運命の赤い糸』って!――

 何だろう、この気持ち。嬉しくって走りたい。この気持ちを声にしたい。だから、叫んじゃった。

「見つけた、ヨハネのリトルデーモン!!」




 さて、アニメの善子はどうやら脱中二病したい子にされてしまったらしいですね。あの脚本家、蛇足しやがって……。でも我々には情報の取捨選択の自由があると思います。あれを受け入れるもよし、あの設定につばを吐くもよし。
 僕はスクフェス、ドラマCDに従いたいと思います。

 ご意見ご感想、よろしくお願い致します。


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16話 イチゴミルクとワンステップ

 アニメの広告絵って言えばいいのかな。彼女達の真っ直ぐな瞳を見てると、秋葉流、流兄ちゃんの気持ちが理解出来る気がする。そんな真っ直ぐな眼で俺を見ないでくれってなる。恐らく俺は、このコンテンツを六割程度しか楽しんでないだろうな。その六割で満足するしかねぇ。

 サブタイにもちょっとしたオマージュを。気がつく人は私とお友達。


「段々と暑くなってきたな……」

 図書館までの道の途中にある小さな駄菓子屋。そこのベンチでおれはイチゴミルクのアメを口に放り込んだ。ミルクのまろやかさといちごの甘酸っぱさがマッチングしてて、おれの舌を癒やしてくれる。

 何故おれがここにいるかと言うと、ある女の子と待ち合わせしているからだ。ここを待ち合わせ場所に指定すると、彼女は快く了承してくれた。

「あ、紫堂せんぱーい!」

 そうして待ってること一、二分。彼女はやってきた。国木田花丸ちゃんだ。

「ごめんなさい、待ちましたか?」

「ううん、今来たとこ。こっちこそ、来てくれてありがとう。あれ……」

 ふと花丸ちゃんの背中に誰かいることに気づいた。おどおどしながらこちらをチラと見ている。そしておれと少し視線が合ったと思ったらすぐに引っ込んでしまった。

「ほら、ルビィちゃん。この先輩は怖くないずら」

「う、うん……」

 やっぱり。こないだ助けた黒澤ルビィちゃんか。おれ、彼女に嫌われちゃったかな? まあ出会いがお姫様抱っこだもんな。でも、おどおどしながらこっちを見ているルビィちゃんが何だか可愛らしくて。ちょっとからかってみるか。

 すっとイチゴミルクのアメを彼女の前にちらつかせてみる。すると、ぱぁっと顔が明るくなる。手を伸ばそうとするので少し手を引っ込める。少し頬を膨らませて取ろうとして身を乗り出してくるルビィちゃん。

 それを何度か繰り返してやると、ルビィちゃんはすっかり花丸ちゃんの後ろから出てきたのだった。そのことに気がついたのか、顔を赤らめて俺を睨む。でも、そのにらみ顔に怖さはなかった。

「もうっ、からかわないで下さいっ」

「ははっ、ごめんごめん。可愛くてつい、ね」

「かっ、可愛い……」

 おれの言葉にぽぉっと顔を赤らめるルビィちゃん。それに呼応するかのように花丸ちゃんも身を乗り出してきた。

「そうずら! ルビィちゃんはとっても可愛いんです!」

 そう言うと花丸ちゃんはルビィちゃんをぎゅっと抱きしめる。

「花丸ちゃん、苦しいよぉ」

「ん~♪ 可愛いずら~」

 二人のそんなやりとりを見て、おれの心はほっこりとしていた。何だかこの二人を見てると、癒されるな。

 と、ほっこりしてる場合じゃないな。

「それじゃ、ここにいるのもアレだし、図書館に行こうか」

 はい、と二人にアメを渡すと、俺は歩き出した。図書館までの道中、二人が美味しそうにアメを舐める様は、おれを更にほっこりさせた。

 

 

「すいません、本の返却をお願いします」

 おれが図書館のカウンターに声を掛けるとこの間とは違う、おじいさんが対応してくれた。

「はいはい、おや彼女さん連れかい?」

「い、いや違いますよ!」

「そ、そうずら! 紫堂せんぱいとはこの間であったばかりで、せんぱいはカッコいいなって思ってるけど、まだおら達はそんな関係じゃ――、って、おら何言ってるんだろ~」

 花丸ちゃんも顔を真っ赤にして否定する。あわわ、と慌てる姿が何とも可愛いな。これ以上このおじいさん司書と話してると変な誤解が生まれてしまう。さっさと要件を済ませてしまおう。

「それでこの本の返却の処理が終わったら彼女にそれを渡して欲しいんです」

 おれが『坊っちゃん』をカウンターに出すと、それに倣うように花丸ちゃんも本を出した。

「ま、まるも同じで、この人に渡して欲しいずら」

 おれたちの説明に質問も何もせず、おじいさんははいよ、と返事をすると返却処理をこなしてくれた。

「はい、『坊っちゃん』を花丸ちゃんに、この『すくーるあいどるの全て』ってのをお兄さんに。これでいいかい?」

 ありがとうございます、と俺はおじいさんにお礼を言うと、花丸ちゃんと眼が合い二人して笑い合う。

 そんな様をおじいさんは頬杖しながら微笑んでいた。

「やっぱり二人は恋人同士だろ?」

『ちがいます!』

 おれたちが同時に否定すると、おじいさんはごめんごめんと誤ると視線を花丸ちゃんに向けた。

「そうだ、花丸ちゃん。今日もアレ、お願い出来るかね?」

 アレって何だ?

「はい! お任せ下さいずら!」

 花丸ちゃんは得意気に胸を張った。その時、胸が大きく揺れたのは、黙っておこう。

 

 

「皆久しぶりずら~。元気にしてたかな~?」

 子供向けの絵本の小さな本棚に囲まれた、児童書エリア。そこで花丸ちゃんは小さな子たちの相手をしていた。

『まるちゃんひさしぶり~』

『あいたかったよぉ~』

 子どもたちも嬉しそうに彼女の元へと集まっていく。何か微笑ましいな。

「きゃっ、こら! まるのおっぱいに触った、エッチな子はだれだ~?」

 どうやら子どもたちの誰かがうらやま、けしからんいたずらをしたようだ。花丸ちゃんはお前か~、と悪戯っ子らしき子を捕まえて頭をわしゃわしゃと撫でる。

 おいそこ代われ、と言いたくなるのを我慢しながらおれは花丸ちゃんと子どもたちの触れ合いを見ていた。

「花丸ちゃんは、よくここで子どもたちに絵本の読み聞かせをボランティアでやってるんです」

 おれの隣で体育座りで座ってたルビィちゃんが呟いた。花丸ちゃんを取られたみたいで、少し寂しそうな表情をするルビィちゃん。

「ルビィちゃんはやらないの?」

 おれの問いに彼女は首を横に振った。

「ルビィはそんなに人前に出るの、得意じゃないですし……」

 あがり症ってやつかな。でもそれならどうして――

「じゃあどうしてスクールアイドルをやってみたんだ?」

 俺の質問に、ルビィちゃんはきゅっと腕を締めた。

「ルビィはずっとスクールアイドルが好きでした。なりたいなって気持ちもあったけど、ずっとあと一歩が踏み出せなかったんです……」

 すっと上を向き、翡翠色の眼が輝く。

「その一歩を後押ししてくれたのが千歌さんだったんです。千歌さんだけじゃない、花丸ちゃんや他の皆がいてくれたから、その一歩を踏み出せたんだって」

 そこまで言うと俺の方を見て、萎縮してしまうルビィちゃん。

「あはは、変ですよね。これじゃスクールアイドルを始めた理由にもなってないような――」

「変じゃないさ」

「え?」

 きょとんとして、おれを見つめるルビィちゃん。おれは微笑んでルビィちゃんの両手を握る。

「始めの一歩をやっとルビィちゃんは進めたんだ。千歌の、おれの幼馴染のひと押しがルビィちゃんを歩かせたのなら、それはもう立派な理由だよ」

「せ、先輩……」

 俺に触れて、緊張が走るのが目に見える。が、俺の言葉を受け取り、嬉しそうに少し不器用に笑ってくれる。

 さて、後ろを押されて始めの一歩を踏み出したのなら、今度は自分から歩き始めないとな。そのきっかけには丁度いい。

 視線を花丸ちゃんの方へ向けると、丁度絵本を読み終えたようだ。

「花丸ちゃん、ちょっといい?」

「はぁい?」

 おれは花丸ちゃんの元へと寄ると耳打ちした。おれの話に彼女はうん、と頷いてくれた。

「みんなー! こんどはあそこのルビィちゃんがごほんを読んであげるって! みんなルビィちゃんのまえにあつまれー!!」

「ふぇっ!?」

 花丸ちゃんの声に子どもたちはルビィちゃんの方に興味津々な視線を向けた。慌てるルビィちゃんに俺は目についた本を本棚から抜き出し、彼女に手渡す。

「えぇ? あの、これは……?」

「あがり症を何とかする訓練だと思って。スクールアイドルになった以上、人の視線には慣れておかないと」

 本番はこの子たちよりも歳が上で、更に大勢の人に見られるんだ。訓練としてはこれが最適だろう。

「で、でも……、ルビィは……」

「大切なのは、出来る出来ないじゃない。やるか、やらないかだよ。大丈夫。おれと花丸ちゃんがついてるから」

 千歌達が背中を押すなら、おれはその手を引っ張ってあげないと。いつか、この子が一人でも歩けるようになる為に。

「は、はい!」

 ルビィちゃんは頷くと子どもたちに笑顔を向けた。

「そ、それじゃあ始めるよっ。むかしむかし――」

 

 

●●

 夕暮れの帰り道。まるとルビィちゃんは二人並んで歩いていた。口の中にはイチゴミルクのアメ。紫堂せんぱいがまる達が頑張ったご褒美だってくれたずら。甘酸っぱさとまろやかな味が好きなんだよね。

 ルビィちゃんの方を見ると、まだ包みを解かずにじっと見つめてる。

「ルビィちゃん、それ食べないずら?」

「え!? た、食べるよっ」

 何か考え事してたみたい。

「紫堂せんぱいのこと考えてたの?」

「っ!!」

 図星だったみたいずら。別れ際の紫堂せんぱい、おら達の頭を撫でてくれたんだよね。

――花丸ちゃん、今日はありがとう。ルビィちゃんはよく頑張ったね――

 撫でられた時に感じた温かさ。このぽかぽか~ってするのは何でだろ?

 ルビィちゃんもそれを思い出しているのか、小さくえへへと笑っていた。あんまりおらでも見ないルビィちゃんの可愛らしい表情。あがり症でちょこっと男性恐怖症なルビィちゃんにこんな顔をさせる紫堂せんぱいってどんな人なんだろ? ちょっと興味があるずら。

「ルビィちゃん、紫堂せんぱいに頭撫でられてたけど大丈夫だったずら?」

「え?」

 何が、という表情をする。ありゃ、男性恐怖症が治っちゃった?

「ほら、ルビィちゃん男の人苦手じゃなかった?」

「っ――」

 今更それを認識したのか、顔を真っ青にする。そしてそのままルビィちゃんは固まって、動かなくなっちゃった。

「ちょっとルビィちゃん!? しっかりするずら~!!」

 うーん、ルビィちゃんを男性恐怖症を忘れさせるくらいに夢中にさせる紫堂せんぱいって不思議な人ずら。

 その後、軽く頬を叩いてやると、ルビィちゃんは我に帰ったのでした。

 




 曜に三回も使ってしまい、更にはルビィ&まるは一緒にして掘り下げを終了。この作品の各ヒロインのストーリーのバランスが難しいな。これも全て、どんなことをしてもさせても違和感がない曜ちゃんが悪いっ。この作品の明日はどっちだ。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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17話 ご注文はサンドイッチですか?

俺「ルビィちゃんに、『おにいちゃん』って呼んでもらえるとするじゃろ?」
ダイヤ「はぁ」
俺「とっても幸せ」
ダイヤ「ぶっ飛ばしますわよお兄さま」

 ふむ、ダイヤさんにお兄さまって呼ばれるのも悪く無いわね。


「――、――い」

 誰かが俺を呼んでいる。その呼びかけに意識が形を成そうとしている。ここはどこだっけ。俺は、何してたんだろう。

「か――、――い」

 その声に呼び寄せられるかの様に俺の視界が色づけられていく。

 薄っすらと眼を開ければ誰かが俺を見つめている。

「やっと起きた。早く起きないと遅刻だよ?」

 頬杖をついて俺を優しく起こそうとする。こんなこと、曜がしてくれるはずもない。微笑む彼女の髪は蒼の混じった黒髪で、後ろで結いてあった。俺が知る人でその髪をしている人は一人しかいない。

「松浦……、先輩?」

 俺の呼んだ名前が不満なのか、顔をしかめて俺の頬を突いた。

「もう、違うでしょ? 寝坊助してちゃ駄目だよ?」

「果南……、ねえちゃん」

「よろしいっ」

 果南ねえちゃんはにこりと笑った。

「どうしてここに? いつもは曜が起こしに来るんだけど……」

「あー、曜に頼まれたんだ。水泳部の朝練あるから、かいを起こしに行ってあげてって」

「あー、なるほど……」

 ベッドから起き上がると、果南ねえちゃんは微笑んでくれた。

「おはよ、かい」

「おはよう、ございます……」

「もーう、まだかしこまってる~。私とかいの仲でしょ?」

「親しき仲にも礼儀ありって奴だよ! 俺だってもう昔の甘えん坊じゃ――」

「えいっ」

 俺の抗議を遮るように果南ねえちゃんはぎゅっと俺を抱きしめた。

「ちょ!? 果南ねえちゃ……っ!!」

「ちょっとうるさいから黙って。これで落ち着いた?」

 落ち着くどころか、朝の生理現象とこのハグが合わさってマズいことに!

「あっ……」

 果南ねえちゃんもそれに気がついたのか、顔を赤らめて身体を離した。

「ごっ、ごめん……」

 互いに視線を逸らしてしまう。身体が熱を持ち、視線を彼女に向けられない。

「じゃ、じゃあ俺着替えるから……」

「う、うん……」

 そう言って果南ねえちゃんは後ろを向いた。

「あの、出来れば部屋から出て欲しいんだけど……」

「あっ、ご、ごめん!」

 顔を真っ赤にしながら果南ねえちゃんは部屋から出て行った。何だか、顔を真っ赤にして慌てる果南ねえちゃんが新鮮で、可愛かった。

 俺はその様を思い出し笑いすると壁にかけてある制服に手を出した。

 

 

「おまたせ」

「う、うん……」

 俺が部屋から出ても果南ねえちゃんの調子は戻らないままだった。顔が赤いのを悟られまいと目線を合わせないようにしている。なんというか、そんな反応されると、俺もどうして良いのやら……。

「Oh! 改めて食べたけど、ここの魚はホントにデリシャスね!」

 そんな俺達の間に響く甲高い声。どうやら下にもう一人いるようだ。

「まさか……」

 俺は急いで階段を駆け下りた。

「いやぁ、淡島のお嬢さんに改めて褒めてもらうのは嬉しいねぇ!」

「これだけフレッシュで美味しいんですもの、ウチに仕入れるのは当然よ!」

 上機嫌なオヤジと、焼き魚をつつく小原鞠莉さんの姿があった。

「あ、カイ! グッモーニン! 朝ごはんにしまショ!!」

 俺を見つけるなり鞠莉さんは俺に隣に座るように手招きした。俺は逆らえるはずもなく、彼女の隣の椅子に腰掛けた。

「おじさん、おはよう」

 果南ねえちゃんが親父に挨拶しながら俺の反対側に座った。

「おはよう。果南ちゃんもありがとな。このバカ息子を起こしてくれて。朝飯食ってく?」

「んー、家で食べてきたからいいかなー」

 親父と果南ねえちゃんのやりとりを聞いていると、俺の前に焼き魚とご飯と味噌汁が出された。

「はい、カイのbreak fastよ」

 鞠莉さんが朝食を出してくれたみたいだ。

「あ、ありがとうございます……」

 俺が箸を持って食べようとすると鞠莉さんはそれを制した。綺麗に魚をほぐすとそれを俺の口元へ運んできた。

「カイ、あ~ん」

「い、いや、自分で食べられますよ!!」

「一回だけでいいから~! あ~ん!」

 年上の女性からの押しには俺はとても弱い訳で。俺はなされるがままに口を開けてしまう。

「あ、あ~ん……」

 そして運ばれる焼き魚。箸が口から抜かれた所でそれを咀嚼する。うん、白身魚の旨味が舌の上で踊っている。

「ハイ、よく出来ました~」

 鞠莉さんは嬉しそうに俺の頭を撫でる。その様を親父はにやにやと見ている。視線を果南ねえちゃんに向けるとちょっと不機嫌な顔をしていた。

「な、なに?」

「別にっ」

 少し頬も膨れてないか? どうしてだろ?

 その後も時たま鞠莉さんの「あ~ん」が入ったりしたが、俺は無事に朝食を済ませた。朝食中果南ねえちゃんがちょっと不機嫌だったのは何でだろ?

 

 

 案の定曜が俺の自転車を借りていったせいで、俺は学校までの道を歩かなくてはならなくなった。

「イイじゃない! こうやってカイと一緒に並んで歩けるんだもの!!」

 鞠莉さんは嬉しそうに俺の右腕に身体を絡ませてひっついてくる。

「ちょ、鞠莉さん! 流石にコレは近いですって!!」

「どうして? カイとワタシの仲じゃない」

「親しき仲にも礼儀ありってやつですよ!」

 果南ねえちゃんにも言ったセリフを鞠莉さんにも言うが、彼女は意味深な笑顔を向けてくる。

「ンー、ワタシ、ニホンゴヨクワカリマセーン!!」

「こんな時に外人ぶらないで下さいよ!」

 んふふ、と鞠莉さんは笑うと俺の腕への抱擁を少し解いた。

「でも、カイがそこまで言うなら隣にいるだけで勘弁してあげようかなー」

「そ、それくらいなら――」

 とんっ、と反対側の肩に軽い衝撃がかかる。視線をそっちに向けると、果南ねえちゃんが俺の左腕に身を寄せていた。

「ちょっ、先輩っ、何を?」

「べっつにー」

 やっぱり少し頬が膨れているし、俺と視線を合わせようとしない。

「oh! 果南もそうするならワタシも!」

 と、再び俺に抱きつく鞠莉さん。う、両腕に柔らかい感触が。

「ふ、二人共、歩きにくいから離れて下さいよぉー!」

「やだっ」

「オコトワリシマース!!」

 二人と別れるまで、俺は二人の柔らかさに包まれながら学校までの道を歩いた。

 

 

●●

「ちょっと鞠莉、あれはやり過ぎじゃないの?」

 私はかいと別れた後、鞠莉を問い詰めた。鞠莉はなんでそんなこと聞くの、と言いそうな表情だ。

「アレくらい、ワタシの国じゃしょっちゅうよ?」

「いやいや、ここ日本だから」

 私の言葉にもふふーん、と意味ありげに笑う鞠莉。

「だって、ワタシは自分の気持ちに正直に動いてるだけよ。正直に気持ちを伝えることが悪いことなの?」

「それは……」

 言葉に詰まってしまう。鞠莉は三年とそこそこ長い付き合いだけど、それでも考えの違いに悩まされることは多い。私にとって奇想天外な考えは時に助けられることもあったし、基本はそのままやらせておくって方針にしてた。

 けど、何故かあの時は違った。鞠莉に抱きつかれて満更でもない表情をしてたかいにムカついた。困らせてやろうと私も抱きついた。案の定慌てたかいの表情が何か心地よかった。

「果南はもうちょっと自分の気持ちに正直になりなよ」

「私の、気持ち?」

 気持ち、という言葉が反芻する。私は嫉妬してる? 誰に? かいに? 

 朝起こした時のことを思い出してしまう。あの時身体に触れてしまったかいの、あそこ。男の人って朝にはあんなふうになるって聞いたけど。あぁ、思い出しただけで――

「果南? 顔赤いよ?」

「――っ!! 何でもないよ!」

 思考を振り払おうと私は走った。待ってよ果南、という鞠莉の言葉も聞かず、ただただ走り抜けた。

 今までは可愛い弟だと思ってた。でも改めてかいが男の子なんだって思えた。

 

 私はかいのこと、どう思ってんだろ?

 

 そしてかいは、私のことどう思ってくれてるんだろう?

 

 いくら走っても、授業を受けても、この疑問は消えることはなかった。




 改めてギャルゲー風な主人公って初めて書くわけなんだけど、だんだん主人公のキャラが解らなくなってきた。

 幼馴染がいて、年下の子相手だと年上キャラになって優しい兄さんキャラで、年上相手だとなされるがまま。なんだこいつ。こいつに死角はないのか?

 こんな主人公で大丈夫なんでしょうか? 今更変えられるわけじゃないんだけどね。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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18話 たかが駄菓子 だがしかし されど駄菓子

 掘り下げラストはダイヤさん。もうちょっと魅力的に彼女を書きたい今日このごろ。


「なんか、あっちーな……」

 むしむしとした暑さが肌にへばりつく。本当なら自転車ですいすいと帰れるはずだったのに、どこかの幼馴染が借りていったせいで徒歩で学校からの帰り道を歩くハメになったわけで。

「こりゃアイスでも食わなきゃやってらんねーわ。ってあれ……」

「貴方は……」

 通学路でばったりと一人の女の子に出会った。長い黒髪、大和撫子を髣髴とさせる黒澤ダイヤさんだ。ダイヤさんは俺を見るなり、頭を下げた。

「その節はお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。っていうかもうだいぶ前のことじゃないですか」

「ですが、あの時は何もお返ししてませんし……」

「お返しだなんて……、介抱してもらっただけで充分ですよ」

「わたくしの気が済まないのです。妹を助けてもらったのに何のお返しもしないなど、黒澤の恥でもありますし……」

 義理堅い人だな。このまま折れてはくれないだろう。それじゃあ……。

「じゃあダイヤさん、付き合ってくれませんか?」

「つつ、付き合う!?」

 俺の言葉にダイヤさんの顔が真っ赤になった。

「そ、そんな、わたくしと貴方はまだ出会った間もなくて……。でもでも、貴方のことは――」

「ダイヤさん? あの、駄菓子屋に付き合って欲しいってだけなんですけど……」

 俺の言葉にダイヤさんの言葉は止まり、顔を真っ赤にして叫んだ。

「ちゃ、ちゃんと目的語をつけて話しなさいな!」

 

 

「いいんですの? 駄菓子屋のアイス一本がお返しで……」

「俺みたいな庶民にはこれがいいんですよ。ほら」

 店のおばちゃんにお金を払い、ホームランバーを二本持ってきた。その一本をダイヤさんに差し出す。

「あら? これをわたくしに? 貴方のだけで良かったのに」

「俺一人だけで食べるってのは俺が申し訳ないですよ。それに――」

 俺は彼女の隣に座り、アイスの包みをとってそれを口に運んだ。バニラの甘みとアイスの冷たさがなんとも心地よい。

「美味しいものを二人で食べれば、もっと美味しく感じるって言うでしょ?」

「そういうものでしょうか……。ん……」

 ダイヤさんは訝しげにアイスの包装を解き、それを口に含んだ。

「はむっ……。んん……」

 左手で髪をかきあげてアイスを食べる様はどことなく、エロい。そんな俺の視線に気づかず、ダイヤさんはバーを舐める。

「なかなか……、固いですわね。舐めたほうがいいかしら。れるっ……ちゅっ……」

 控えめに奏でられる音が、何故か卑猥だ。このままだと変な気が起きてしまいそうだ。

 俺の視線に気づいたのか、不思議そうに俺を見つめるダイヤさん。

「何ですの? わたくしの顔に何か?」

「いえ、別に……」

「もしかして、食べ方が下品でしたか? ごめんなさい、こういった物の食べ方には疎くって……」

「いえいえ! 問題ないですよ! むしろこちらが申し訳ないくらいです!」

「?」

 慌てて視線を逸し、アイスを食べるのに集中する。すると隣からダイヤさんの感嘆の声があがった。

「あら、なかなか美味しいですわね! こんなに美味しい物があるなんて、わたくし知りませんでした!」

 その後も美味しそうにアイスを口に含むダイヤさん。上品で大和撫子な彼女の意外な一面を見た気がした。

「こんなので良かったらまたダイヤさんに紹介しますよ」

「よろしいのですか!?」

 ダイヤさんは目を輝かせて俺を見つめる。美人過ぎて少し近寄り辛いイメージがあったけど、可愛いところもあるんだな。

「ええ。俺でいいのなら」

「ありがとうございます。わたくし、異性の友人というのに恵まれなくて……」

「女子校ですもんね。仕方ないですよ」

「そうなのです! そもそも――」

 それからしばらく、ダイヤさんの愚痴に付き合うことになった。

 

 

 気がつけば空がオレンジ色に染まっていた。こんな時間になるまで話し込んでたのか。それはダイヤさんも感じたらしく、話を止めた。

「あら、もうこんな時間ですのね。ごめんなさいね、わたくしの話を一方的に……」

「いいですよ。共学の俺にとっては新鮮な話ばかりでしたし」

「ふふ、ありがとうございます。あの――」

 ダイヤさんはまた申し訳無さそうな表情を向けている。俺はそれに笑顔で答えた。

「ええ。また今度、美味しい物を紹介しますよ」

 俺の言葉に彼女はぱぁっと表情が明るくなった。その笑顔は大和撫子な彼女とはまた違う、魅力を放っていた。

 

 

 ●●

 おねえちゃんが帰ってきてから妙に機嫌がいい。ルビィと話す時はいつもちょっと高圧的なのに、今日はどこか優しい。

「おねえちゃん、今日はどうしたの?」

「え? どうもしてませんけど?」

 笑顔で答えるおねえちゃん。嘘だ。絶対なにかあったに違いない。

「嗚呼、次に会うのが楽しみですわ……」

「えっ、おねえちゃん、デートなの!?」

「で、でぇと?! ただわたくしはあのお方と美味しい物を――」

 そこまで言うとおねえちゃんは顔を真っ赤にして固まっちゃった。どんな約束をしたのか知らないけど、それが今になってデートと呼ばれるものだと認識したのかな。

 

 でも、男の人との縁が全く無かったおねえちゃんが夢中になる人ってどんな人だろう。ルビィの知ってる人かな。怖い人ならどうしよう。

 

 疑問は尽きないけれど、取り敢えず固まっちゃったおねえちゃんをなんとかしよっと。

 




 ダイヤさんは駄菓子とか庶民的なお菓子に疎そう。そんなイメージで書きました。ダイヤさん書くのとっても難しい……。皆さんからみて僕の書くダイヤさんはダイヤさんなのだろうか。

 そして試験的にいれたちょいエロ要素。ダイヤさんには髪をかきあげながらモノを舐めて貰いたい。今回はルートが終わったヒロインからR-18回を解禁していこうと考えてます。その場合「X版」みたいなタイトルで別枠で投稿するつもりですけど。そもそも随分先の話だけどね。

 ご意見ご感想お待ちしてます。

《追記》ダイアではなく、ダイヤというご指摘を頂きました。本当にすみませんでした!


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19話 男子高校生の奇妙な体験

 この度、ゐろりさんとなこHIMさんとのコラボ企画に誘われました。誘って頂き、本当に嬉しい限りです。こんなスポ根嫌いのアニ(以下ネガティブ発言なので省略)


「ったく、あいつはいつも突拍子もなくっ!」

 俺は学校の帰り道を全速力で自転車で走っていた。走る原因になったのは千歌からの一通のメールだった。

『櫂ちゃんに大事なお話があります。詳しくはいつもの分かれ道前まで!』

 そんなメールを見たら、居ても立っても居られない訳で。大事な話ってなんだろうな。まさか愛の告白か!? いやまさか。俺と千歌は幼馴染なだけであって。でも本当にそうなのか? 俺は――

 なんて考えているといつもの分岐点へと差し掛かった。そこには俺に手を振る人が。

「おーい、櫂ちゃーん!」

 千歌だ。彼女の顔を見た途端、少し心臓がドクンと大きな音を鳴らした。

「よ、よう。千歌。大事な話って何だよ?」

「それは後で! こっち来て!」

 俺の緊張など知らず、千歌は俺の手をとる。いつもなら何も感じないはずなのに、妙に意識が柔らかい女の子の手に行ってしまう。

「お、おい!」

「いいから早く~!」

 それから少し走ること数分。千歌たちの通う学校、浦の星女学院にたどり着いた。校門の前には腕組している黒髪の美少女が立っていた。

「お待ちしてましたわ、紫堂さん」

 ダイヤさんは息を切らした俺に腕章を渡した。

「これを着けていれば校内を歩いても問題ありませんわ」

「ありがとうございます。でもどうしてダイヤさんが?」

「言ってませんでしたっけ。わたくし、この学校の生徒会長をしていますの」

「へぇー、そうなんですか……って生徒会長!?」

 驚き、彼女を二度見してしまう。その様に彼女は不思議そうに俺を見つめた。

「何を驚いているんですか? わたくし位にもなれば生徒会長になるのは簡単なことですわ。それに――」

 俺が腕章をつけると彼女はにっこりと微笑んだ。

「わたくしが生徒会長だろうと、貴方との関係が変わるわけではないでしょう?」

 俺が生徒会長であることを知らなくても、彼女は普通に接してくれるみたいだ。それが何故か嬉しかった。

「そうですね」

「それに貴方は他校の生徒ですから知らないのは当たり前ですもの」

 それもそうだ。

「それで他校の生徒である俺が呼ばれた理由って……?」

 俺がダイヤさんに質問した所で千歌が思い出した様に俺の手を再びとった。

「ここでお話してる場合じゃないよー!! 急がなきゃ!」

 そしてそのまま俺の手を引っ張って校舎へと走る千歌。

「ちょっ、速いって!」

 

「千歌さん! 校内を走ってはいけないと何度も――」

 ダイヤさんの静止も聞かず、千歌は俺を引きずっていった。

 

 

「とうちゃーっく!!」

 ようやく千歌が止まった場所はとある教室。もう授業は終わっているらしく、廊下はしんと静まり返っている。

「それじゃあ入るよー!」

 千歌とその教室に入ると、そこは音楽室だった。大きなピアノに十数の机だけがあった。

「連れてきたよー!」

 千歌がその机に座っている面々に声をかけた。

「千歌ちゃん、本当に連れてきたんだ……」

 桜内さんが驚きの表情を見せる。

「千歌ちゃんはこういう時一番行動力あるからねぇ」

 曜は苦笑いしている。

「あ、やっぱりかいなんだ」

 松浦先輩は少し嬉しそうに微笑む。

「ワタシもカイが適任だと思う!」

 鞠莉さんがウェルカムな雰囲気を醸し出す。

「やはりここにたどり着くとは……、やはり縁(えにし)があるようね……」

 善子が何か意味深なセリフを呟き、俺を悪寒へと誘う。

「あっ、せ、先輩だ……」

「大丈夫だよルビィちゃん。紫堂先輩は怖くないずら」

 ルビィちゃんが花丸ちゃんの後ろに隠れ、花丸ちゃんが彼女を気遣う。

 成る程、Aqoursの皆様勢揃いって訳だ。

「それで千歌よ、こんなとこまで連れて来て、どうしたんだ」

「うん、あのね……」

 少しもじもじする千歌。意を決したのか、大きく息を吸ってそれを言葉にした。

「あの、私たちのマネージャーになって下さい!」

「は?」

 今、何と言った? 俺が、彼女たちAqoursの? マネージャー?

 

 

「何でこうなるかね……」

 俺は曜と二人で家の前のベンチに腰掛けた。曜は苦笑いしながら俺にペットボトルを差し出した。

「いきなりごめんね。びっくりしたでしょ」

「まぁな」

 大事な話があるって言うからかなりドキドキしたんだぞ。俺の胸のときめきを返せ。

「つーか俺は他校の男子生徒よ? マネージャーなら同じ学校の生徒にやってもらうのが筋なんじゃねーの?」

「まぁまぁ。それでも結局櫂はオッケーしたじゃん」

「あんな必死な顔されるとな……」

 何故だか断れないんだよな。アイツのねだってくるような顔されると。俺は何だかんだで甘いな。

「櫂は本当に千歌ちゃんには甘いよね~」

「うっせ」

 小さい頃からあいつはよく俺に駄々をこねてきた。それが何か可愛らしくて。よく甘やかしてきた。今回も甘やかしなのかな。

「じゃあ櫂はさ、私がマネージャーやってって言ったらすんなり引き受けてくれた?」

「え?」

 俺が曜の顔を見ると、首を横に振り笑顔を作った。

「ううん、なんでもない。でも全員知り合いなんだからそんなに気負う必要ないって」

「そうだな。どこかの誰かさんの言葉を借りるとすれば縁(えにし)があるのかもな」

「あはは。でも櫂にとっては役得じゃないの~?」

 うりうり、と俺の腕を肘で突いてくる。

「こんなに可愛い子8人と一緒に部活動出来るなんてさ~」

「そうだな。役得と考えればいいか!」

「――っ」

 曜が小さく呟いた気がしたが、よく聞き取れなかった。が、すぐに明るい表情を俺に向けた。

「とにかくっ、櫂。これからよろしくねっ!」

「ああ。こっちこそ」

 こうして俺の奇妙な部活動が始まった。

 

 

 ●●

 櫂が私たちAqoursのマネージャーになってくれた。千歌ちゃんの提案に最初は驚いたけど、嬉しかった。櫂と一緒の時間が増えるんだって。ちょっとウキウキしてた。でも、それは私だけじゃなかったみたい。千歌ちゃん鞠莉ちゃんはもちろん、果南ちゃんや男の人がちょっと苦手なルビィちゃんもなんだか嬉しそうだった。櫂のヤツ、モテモテだな~。そんな意味も込めてからかってやった。

「こんなに可愛い子8人と一緒に部活動出来るなんてさ~」

 そしたら櫂はちょっと鼻の下を伸ばして喜んでた。

――8人じゃなくて9人でしょ。気づいてよバカ櫂っ――

 小さく呟いちゃった。でも櫂には聞こえてなかったらしく、すぐさま明るい表情を彼に見せた。

「曜」

 家に帰る時、後ろから櫂の声が聞こえた。なんだろ、と後ろを振り返ると彼は私に微笑んだ。

「可愛い子8人って一人欠けてないか?」

 その言葉が嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。

「もうっ、気づくのが遅いぞ、バカ櫂っ!!」

 ホント、バカなんだから♪

 

 




 櫂のマネージャーとしての加入回だと思ったら気がついたら曜回になってしまった。な、なにを言ってるのか解らねーと思うが、俺自身何を書いているのかわからなかった。

 サンシャインのファンブックを買いました。彼女たちの可愛さ、魅力に溢れている本です。これがあればアニメがなくとも俺はあと十年は戦えるぞ!

ご意見ご感想お待ちしてます。


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20話 男子高校生と中二病少女―偽りのラプソディー―

 スクフェス、気がついたらアクアリウム衣装全員が揃ってました。やったぜ。


 おれが1人砂浜に腰を下ろしていると、ざっざっと砂を蹴る音が聞こえた。その音の主は俺の近くで止まると、腰を下ろした。

 また、津島善子か。どうやらまた捕まってしまったらしい。どうやらやっこさん、おれにまたイカした台詞を言って欲しいようだな。この堕天使め。まあいい。求められるってのは悪くない。そこまで望むと言うのなら聞かせてあげましょう、イカした言葉を!

「今日も波が騒がしいな……」

「……」

 返事が返ってこない。あんまりウケなかったか? 同じネタだからもう飽きられてしまったか。じゃあこれならどうだ。

「おれは、この波が好きじゃねえ。波はいつもおれから大事なモンかっさらっちまう」

「……」

 あ、あれ? 反応がない。後ろにいるであろう気配の主は何も喋らない。お気に召しませんでしたか?

「いつかおれが止めてやる。この波を……」

「……」

 これでも駄目!? 自分に自信がなくなってきたぞ。おれは頭をフル回転させてセリフを考える。悪寒の逆流に逆らいながらも、答えを見つけ出そうと脳内を思考が駆け巡る。見つけたぞ、おれの世界の答えを!

 おれは立ち上がると海を見つめた。ざざん、と波の音が周囲に響く。充分な余韻を残してここでセリフを言いつつ振り返る!

「どうした、今日は随分と大人しいな。『可愛いウサギちゃん(ラビッ――」

 そこでおれの思考は停止した。振り返って見れば、そこには少女が一人俺を見つめていた。肩ぐらいまである茶色い髪。くりくりとした琥珀色の瞳が俺を見つめている。もちろんだが、津島善子ではない。この子は、国木田花丸だ。

「ずら?」

 おれの言葉に彼女は首を傾げている。俺は彼女にふっと微笑むと、一目散に海へと走りだした。

 

 

●●

 その日、まるは一人でおうちに帰るところでした。今日はAqoursの練習もなかったし、その分図書委員のお仕事をしていたので一人ぽつんと帰り道を歩いてた。いつもはルビィちゃんと一緒に帰ってたけど、今日は一人ぼっちの帰り道。仕方ないとわかっていてもどこか寂しくて。海でも眺めて帰ろうかなって思ったので視線を海に向けると、砂浜に一人腰掛ける人がいました。

「あれは……、紫堂せんぱい?」

 一人ぽつんと座って海を見つめているせんぱい。ちょっと驚かそうかなと思ってまるは後ろから近づくことにしました。でも先輩には気づかれていたみたいでした。そして先輩はこう呟きました。

「今日も波が騒がしいな……」

 え? 紫堂せんぱい、今なんて言ったずら?

 おらが何も言えずにいると、せんぱいはよくわからない台詞を言い続けた。おら、今ナンパされてるのかな? ナンパされてると思うと少し身体が火照る。で、でもまるはよくじっちゃんに『ナンパするような男にはついていくな』って言われちまってるし。でもでも、紫堂せんぱいはちょっとカッコいい人だし……。

 なんて一人で慌てていると、紫堂せんぱいが立ち上がった。無言のまま海を見ていると、振り返ってこう言ったずら。

「どうした、今日は随分と大人しいな。『可愛いウサギちゃん(ラビッ――」

 そこまで言いかけて紫堂せんぱいは固まっちゃった。そして小さく微笑むと、海へと走っていきました。

「ちょっ、紫堂せんぱい! そこからは海ずら!」

 まるはびっくりして追いかけてせんぱいの手を取りました。

「死なせてくれぇ! あんな台詞を聞かれたんならおれはもうこの海と一つになるしかねぇ!!」

「駄目ずら! とにかく落ち着いて~」

 おらが必死にぎゅっと後ろから抱きしめること数分。紫堂せんぱいは落ち着きました。

 

 

◇◇

 ざざん、と波が大きく音を立てている。おれはそれを聞きながら隣にいる花丸ちゃんに呟いた。

「ごめん」

「大丈夫ずら。紫堂せんぱいが落ち着いてくれたのでよかったずら」

 おれは半分錯乱して海に入ろうとした。それを必死に花丸ちゃんが止めてくれたのだ。ぎゅっとおれを後ろから抱きしめてくれて。

「ありがとうな花丸ちゃん。お陰で落ち着いたよ」

 別のとこは落ち着いてないけど。背中から伝わる柔らかい双丘。幼そうな顔立ちからなんてものをお持ちなんだ。あの大きさ、果南ねえちゃんと同じかそれ以上か――いや、これ以上はやめておこう。

「善子だと思ったんだ。なんかイカした台詞を言ってやろうと思ってあんなことを……。なぁこのことは……」

「大丈夫ずら。誰にも言いません。その代わり……」

 花丸ちゃんが少し虚空を見ると妙案を思いついたのかにこりと笑った。

「おらのおうちまで一緒に帰ってください♪」

 

 

●●

「へぇ、花丸ちゃんのうちって寺だったのか」

 紫堂せんぱいがまるのおうちのお寺を眺めた。最初にまるのおうちを見た人は皆おんなじリアクションをするんだよね。

「はい。おらのうちのじっちゃんが住職をしてるずら。あっ――」

 そこまで言ってまるは口を両手で塞いじゃった。しまった、また『おら』とか『ずら』とか言っちゃった。ていうか気づくの遅すぎだよ。まるのばかぁ……。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

 紫堂せんぱいが心配そうにまるを覗き込む。うう、ちょっと恥ずかしいな。

「いえ、『おら』とか『ずら』とか言っちゃって……。田舎臭いですよね……」

 紫堂せんぱいは少し考えると、頬を緩めた。

「いいんじゃないか? それくらい」

 え? いいの?

「ていうかここはバリバリの田舎だぜ? 気にする人なんていないさ。それにさ――」

「それに?」

 ちょっと照れくさそうに先輩は笑った。

「おれに対してそういうのが出ちゃうってことはさ、おれに気を許してくれてるってことかなーって思うんだけど」

 そうなのかな。まだよく自分ではわからないずら。

「いや、花丸ちゃんが気にしてるんなら治すべきだとは思うけど……」

 くすっと笑いが漏れてしまった。ちょっと戸惑うせんぱいにおらは笑顔で答えた。

「じゃあ、紫堂せんぱいにはもっと『おらずら』言うずら!」

「『おらずら』って何だよ」

 紫堂せんぱいも笑ってくれた。夕日の日差しを浴びて、せんぱいの笑顔が少し魅力的に見えて、ちょっとドキッとしちゃった。

 

 この胸のドキドキは何なんだろう。それをもっとまるは知りたいな。まるの紫堂せんぱい観察はまだまだ続きそうです。




 いつからヨハネ回だと錯覚していた? 花丸回でした。アクアリウムでの花丸ちゃんの笑顔が大好きです。
 次こそヨハネ回を書きたいです。
 ここでキャラのバランス調整が終わったら、合宿回を始めたいと思ってます。かなりの長編になるんだろうなぁ。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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21話 男子高校生と中二病少女―真実のレクイエム―

 わからない、俺にはわかりませんよ。どうして皆百合の方向に持って行ってしまうんだって。どうして俺君的な存在を作ってイチャコラしたいって考えないんだ……。
 善子回です。

 艦これは夏イベがスタートしました。その時の僕の心情『艦これよりもスクフェスのイベントじゃ!』
 どうやってイベントで5万位以内を目指せって言うんだ…。自然回復では限界なのか……


 波の音が、この砂浜に木霊する。そして後ろから聞こえる足音。ふと後ろを振り返ると青みがかった黒髪を海風にたなびかせた一人の少女がいた。津島善子である。

 また、捕まったか。だが本人であることは確認出来た。この間の花丸ちゃんのような失態は繰り返さずに済む。

 善子の瞳が悟ったように俺を見つめる。さて、前回やらかした分、思いっきりやらせてもらおう。

「どうした、『福音』はまだ鳴ってはいないぞ?」

 はっと息を呑む音が聞こえる。どうやら気に入って頂けたようだ。

「勘違いしないで頂戴。これはただの気まぐれよ。堕天使たるヨハネの力を持ってすれば、貴方を見つけることなど容易いわ」

「ふっ、つくづく俺たちは縁(えにし)があるようだな」

 俺は立ち上がり、彼女を見つめる。すると善子は顔に手を当て、不敵な笑顔を向ける。

「どうやらそのよ、んぶっ!」

 カッコいい台詞を言おうとした途中に、チラシが彼女の顔面を直撃した。パタパタと紙が揺らめき、沈黙が訪れた。

が、善子はチラシを剥ぎとった。

「もうっ! どうしてこんな時にチラシにぶつかるのよ!」

「ぷっ」

 思わず吹き出してしまった。すると善子は顔を赤くして俺を指差した。

「ちょっと笑うことないじゃない!」

「悪い、ちょ――」

 俺が何か言おうとすると今度は俺の顔にチラシが直撃した。

「……」

 俺は黙ってそれを剥がした。そして再び訪れる沈黙。

「ふっ、貴方も相当不運――」

 今度は善子の顔にビニール袋がかぶさった。彼女は黙ってそれを外し、浜辺にあるゴミ箱へ入れた。

「ぷふっ」

「ははっ」

 そして互いに吹き出してしまった。

「もう、これじゃあイカした台詞言ってもあんまり意味ないな」

「それも、そうねっ。あははっ」

 一しきり笑って、興奮が覚めると俺達は改まって向き合った。

「改めて始めましてだな。津島善子さん」

「善子って――、まあそうね。『器』としての私と会うのは初めてよね」

 『器』って、そういうことか。今彼女は善子として俺に向き合ってくれているんだな。本来(と言ったら本人に怒られそうだが)の自分を今俺にさらけ出してくれているんだ。何故か少し嬉しかった。

「『器』としてのあなたに会うのはこっちも初めてね。紫堂櫂、先輩?」

 一応俺が目上の人だからか、先輩をつけてくれるのか。そういう礼儀はあるんだな。そんなに気負わなくてもいいのに。

「べつに俺のことは先輩つけなくってもいいよ。好きに呼んでくれ」

「じゃあルシフェ――」

「それだけは堪忍してください」

 むう、と膨れる善子。ちょっと考えたのかその瞳がキラリと光った。

「それじゃあ……あなたのことは『シドー』と呼ばせてもらうわ!」

 なるほど、『紫堂』だから『シドー』なのね。なんともそれらしい名付け方だ。俺は少しスイッチを入れると礼儀正しくお辞儀をした。

「その字名、確かに受け取った。『堕天使のヨハネ』」

「っ!! うん!!――じゃなかった!」

 彼女は嬉しそうに返事をするが、すぐに思い直しそれらしいポーズをとった。

「このヨハネに名をつけられることを、光栄に思うのね。リトルデーモン」

「勘違いするな。まだお前の配下になったつもりはない。俺とお前は共犯者。そうだろ?」

 気が付くと、悪寒めいた台詞が出てしまう。どうしてだろうな。そうすることで、彼女が、善子が喜んでくれることが嬉しいからだろうか。

 嬉しそうな顔をする善子はふっと笑った。

「ええ。そうだっ――」

 そして二人を直撃するチラシ。俺たちはそのチラシを丸めると、ゴミ箱へスイングした。

「さて、善子。一つ提案があるのだが」

「奇遇ね。ヨハネも同じことを考えていたの」

 風が強く俺たちを吹きつける。俺たちは互いに微笑んだ。

「帰るか……」

「ええ……」

 これ以上、チラシとかゴミとかがぶつからないためにも、俺たちはそれぞれの家へと足を進めたのだった。

 

 

●●

 シドーと別れて一人砂浜を歩く。頭のなかに浮かぶのはヨハネに傅くシドーの顔。それを見たら、ヨハネの心の臓がドッキドキしちゃった。この気持ち、なんだろう?

 そっか、シドーがリトルデーモンになったことが嬉しいんだ。シドー本人は認めてないみたいだけど、いつかヨハネの魅力に気づかせて、本当のリトルデーモンにしてあげるんだから!




 おまけ もしも前回振り向いて花丸ちゃん以外の人だった時の各ヒロインの反応

千歌:櫂ちゃんなにしてるのー? 
曜:すっげぇ悪い笑顔してくる。録音される。
梨子:苦笑い。
果南:大丈夫、ハグしよ?
ダイヤ:貴方、頭大丈夫ですの? とマジに心配される
鞠莉:Oh! ファンタスティック! もう一回やって! と傷口に塩を塗ってくる
ルビィ:うるうると泣きそうな眼でこっちを見てくる。

 ちょっと次回何書くか、ツイッターでアンケとって見ますね。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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合宿『十千万』編
22話 合宿とげんこつと


 お久しぶりです。寝不足の頭痛と熱中症みたいな頭痛のダブルクリティカルを受けてしまい暫くダウンしていた作者でございます。
 連載開始からほぼノンストップ、2日に一本は作品あげてたからなぁ。少しガス欠かも。ちょっと連載ペースは落ちるかもしれませんが、どうぞお付き合い下さいませ。


「かーいっ!! ほら起きてよぉー!」

 夏休みに入って二三日経ったある朝のこと。おれは曜に起こされていた。

「何だよ、曜……。夏休みで学校はないはずだろ?」

「もう、何寝ぼけてんのさ櫂! 今日は合宿の日でしょ?!」

「は?」

 合宿、という言葉に一瞬で目が覚めた。合宿? 

 おれが目を丸くしていると、曜がおれをベッドから引っ張りだした。

「やっと思い出したの? 思い出したなら、準備して行くよ! 皆待ってるんだから!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。曜!」

「ん? どうしたの?」

 そう、おれは彼女に大事な質問をしなければならないんだ。極めて重要で、かつシンプルな質問だ。

「おれ、そもそも合宿やるって連絡受けてないんだが。誰がおれに連絡するって算段だったんだ?」

 おれの質問に、曜の顔面が蒼白に染まった。

 

 

「まぁったく、あなた方は!!」

 千歌の家でもある宿、「十千万」。そこの一番大きな広間の真ん中に千歌と曜が正座させられていた。二人の前には仁王立ちして二人を叱るダイヤさん。叱られている二人はしゅんとしてしまっている。

「部活動のみならず、こういったものには『報告』というものが一番大事でしょう! それに、お二人なら紫堂さんに会う機会もあったでしょう!?」

「それは……」

 えへへ、と苦笑いして曜の方を見る千歌。それにつられて曜も苦笑いする。

「櫂ちゃんと会ったらすぐ遊んじゃってそのこと言うのを忘れちゃって……。ね、曜ちゃん」

「あはは、ね、千歌ちゃん」

「ね、じゃぁありませんわ!」

「まあまあ、ダイヤ少し落ち着いて。ね?」

 あまりの剣幕に松浦先輩がダイヤさんをなだめにかかった。だがその効果も薄いみたいで。

「これが落ち着いていられますか! 事もあろうに協力をしてくれる紫堂さんに合宿の連絡をしなかったなんて、二人は紫堂さんのことを――」

「ダイヤさん」

 俺はダイヤさんの肩を叩いた。彼女は意外だったらしく、驚いた表情でおれを見つめている。

「ありがとう、おれの為にここまで怒ってくれて。でももういいですよ」

「しかしそれでは紫堂さんに――」

「それを言うなら――」

 おれは他の面々の顔を見た。そして、ほんのちょっと威圧するような視線を投げかける。

「合宿をするって知っておきながら、おれの連絡先も知っているはずなのに、誰もおれに合宿の準備を促すメール一つよこさなかった。これだけで皆同罪ですよ?」

「それはっ……」

 ダイヤさんは反論しようとするも、視線を落としてしまう。

「大方皆、合宿が楽しみで自分の準備だけで精一杯だった。そうでしょう?」

 松浦先輩や鞠莉さん、他の面々も視線を落として苦笑いしてしまっている。図星みたいだな。おれは威圧を解いて笑顔を見せる。

「それにダイヤさん、これ以上怒ったら美人が台無しですよ? アイドルならもっと笑顔の練習をしなきゃ」

「びっ、美人?!」

 ダイヤさんは顔を真っ赤にして慌てている。おれはホントの事言っただけなんだけどな。

「それじゃあ――」

 俺は曜と千歌の真ん中に歩み寄ると――、

「ふんっ」

「いでっ!」

「あだっ!」

 二人の頭に少し強めにげんこつを振り下ろした。

「これでチャラにしてもらえませんか?」

 痛そうに頭を抱える千歌達を見て、ダイヤさんもこれ以上は言えないみたいだった。

「し、紫堂さんがそれでいいって言うなら……」

 よし、ダイヤさんが納得してくれたみたいだし、これで話が進むかな。

「というか、アシスタントみたいなおれに関する説教する暇があるなら練習しましょう? 時間は限られているんだから」

「そ、そうでしたわね。皆さん、早速練習に取り掛かりましょう」

 ダイヤさんの一声に皆動き始めた。じゃあおれは給水用の麦茶でも作るとすっかな。

「櫂ちゃん」

 身支度している彼女達の邪魔にならないようにと大広間を出ようとすると千歌がおれに声をかけてきた。

 

 

●●

「櫂ちゃん」

 皆が荷物を置いて、身支度をする中、私は大広間を出る櫂ちゃんに声をかけていた。連絡をしていなかった事を謝りたくて。

「……、どした?」

 いつもの櫂ちゃんとどことなく雰囲気が違かった。さっきのげんこつの痛みがじん、と傷んだ。

「怒ってる?」

 恐る恐る聞いてみた。櫂ちゃんは視線を合わしてくれない。

「怒ってないって言えば、嘘になるな」

 やっぱり。

「あ、あの、本当にごめんなさい!」

 改めて櫂ちゃんに頭を下げた。

「櫂ちゃんへの連絡は私が任されていたのに、伝えなくて本当に――」

 ごちっ。

 さっきより優しい、けど鈍い痛み。また私、げんこつされちゃった?

 櫂ちゃんを見ると、少し口元が緩んでいる。

「ま、お前が突拍子もない提案をするヤツだということを忘れてたおれも悪かったってことだ。そんなに気にすんな」

「櫂ちゃん~…… ありがとぉ~」

 嬉しくって思わず櫂ちゃんに抱きついちゃった。すると余裕を含んでいた櫂ちゃんの表情に焦りが見えた。

「こ、こらっ! 皆がいるとこでそう簡単に抱きつくな!」

 あれ、櫂ちゃんってば照れちゃってる? 昔はこんなことなかったのに。ちょっとさっきのげんこつのお返しをしちゃえ♪

「あれぇ、それじゃあ誰もいないとこなら抱きついてもいいのぉ?」

「そういう問題じゃねえ!」

 顔を真っ赤にする櫂ちゃん。それを見て、私の心臓もドキッとしちゃった。あれ、やっぱり櫂ちゃん、私のこと女の子として意識しちゃってる? そう思っただけでどうしてこんなにドキドキしちゃうんだろう?

「千歌さん……」

「千歌ちゃん?」

 ぐっと両肩を掴まれる。振り返ると笑顔のダイヤさんと曜ちゃん。

「ダメですわよ千歌さん。そう安々と殿方に抱きついては?」

「そうだよ、千歌ちゃん。櫂の背中は――」

「あの、曜ちゃん? 最後の方聞き取れないんだけど……?」

「千歌ちゃん、ズルい……」

 あれ、梨子ちゃんも!?

「駄目ずら千歌さん! 紫堂先輩はまるの観察対象ずら!」

「ル、ルビィも……」

 花丸ちゃんやルビィちゃんまでもが私に詰め寄ってくる。

「チカ! 抜け駆けはNoよ!」

 鞠莉さんまでも!? 

 助けを求めようと果南ちゃんの方を見つめた。

「うーん、ごめん、チカ。今回は助けてあげられないかなー」

 そんなぁ~!! ていうか櫂ちゃんってどれだけ女の子と仲良くなってるのさ! 問い詰めてやる!

「逃しませんわよ、千歌さん!」

 が、ダイヤさんに大広間の方へと引きずり込まれちゃた。もぉ~、櫂ちゃんのバカー!!

 その後私はAqoursの皆にもみくちゃにされちゃいましたとさ。

 




 ついに始まりました合宿回『十千万編』。ダイヤさんの動かし方がわからない以上に、主人公がわからなくなってきてしまった。攻略対象全員に好かれる主人公を書くのって本当に難しい。

 さて次回のエピソードの順番を、ツイにてアンケートをとってみたいと思います。出来れば投票して下さいね。


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23話 NAMEー君の名はー

ダイヤ「次はヴァンガード回を投稿すると言ってませんでしたか?」
俺「やりました、やったんですよ必死に! 手札とパワー、ダメージ管理と情報量が多大すぎるんですよ! いまやっと互いにグレード2ですよ!俺にどうしろっていうんですか!」
櫂「いや、小説書けよ」



 やっと書きたかった梨子ちゃんとのイベント。


「千歌の奴、どこいったかな・・・」

 おれは千歌の家である旅館内をさまよっていた。ダイヤさんが曲のことで相談したいことがあるらしい。

「いるとしたら、ここか?」

 おれは千歌の部屋の前に足を進めた。早く千歌の奴を見つけないと、おれがダイヤさんに睨まれちまう。

「千歌、いるか? ダイヤさんが呼んでーー」

 そう言っておれは千歌の部屋の戸を開いた。が、そこにいたのは千歌ではなかった。

「ーーっ!?!?」

 そこにいたのは桜内さんだった。しかもタイミング悪く着替え中だったようだ。今の彼女は上下の下着だけの姿だったのだ。彼女らしい桜色の生地に、ワイン色のちっちゃなリボンが上下両方につけられていて、とても可愛らしかっーー

「いっ、いやぁぁぁぁあ!!」

 彼女の悲鳴と共に、ぬいぐるみやら枕やらがおれの顔面へと吸い込まれていった。

 

 

 

●●

「あ、梨子ちゃん!」

「曜ちゃん・・・」

 ダンスの練習も終え、休憩に入った時。私は梨子ちゃんを見つけると彼女の隣に座った。

「どうしたの、曜ちゃん?」

「梨子ちゃんさ、櫂と何かあった?」

「えぇ!?」

 梨子ちゃんは身を震わせて驚いた。やっぱりなんかあったみたいだ。

「何かあったっていうか、その、あの・・・」

 顔を真っ赤にしてあたふたする梨子ちゃん。櫂のやつ、なにやらかしたのやら。

「何があったかこの曜ちゃんに話してみてよ? 私が櫂をビシっと懲らしめてあげるからさ!」

 私の言葉に少し安心したのか、梨子ちゃんはことの詳細を説明し始めた。

 

「き、着替えを覗かれたぁ!?」

「よ、曜ちゃん! 声が大きいよぉ!」

 私の大声に、何人かが振り返った。おっといけないいけない。身を屈め、小さな声で梨子ちゃんとの会話を続ける。

「ホントに?  ホントに覗かれちゃったの?」

 梨子ちゃんは顔を真っ赤にして頷いた。

「櫂の奴!」

 思わず立ち上がって拳を握った。私だって、覗かれたことないのに。いやいや、覗かれたいって思ってるわけじゃないけど!

「紫堂くんは悪くないの! 全く悪くないわけじゃないけど・・・」

 梨子ちゃんの話によると、櫂はすぐさま謝ってきたみたいだった。でもーー、

「どうしてすぐ謝ってるのに、許さないの?」

「うーん、なんていうか・・・」

 頬を掻いて視線を空へと向ける。櫂とのやりとりを思い出したのか、少し眉を顰めた。

「覗かれたことは、すぐに謝ってくれたからいいの。でも・・・」

「でも?」

「つまんないことなんだけどね、紫堂くんずっとわたしのこと「桜内さん」って呼ぶの。それが・・・」

「それが許せないってこと?」

 梨子ちゃんが頷いた。そっか、ここのメンバーのほとんどは櫂に名前で呼ばれてるもんね。梨子ちゃん、それがちょっと不満なのかな。

「変かな? こんなことで怒ったままなんてーー」

「全然変じゃないよ!」

「え?」

「そういうことならこの渡辺曜にまかせなさーい!」

 私はそう言うと、スマホを取り出した。

 

 

◇◇

「本当か、曜?」

 おれが桜内さんへの謝罪に失敗して何時間経っただろうか。突然曜から電話が来た。どうやら彼女によると桜内さんはおれと千歌が初めて彼女と会ったあの桟橋にいるらしい。

「うん。また曲のヒントが欲しいからってさっき出て行ったよ」

 そうか。ならそこでもう一回謝ろう。誠心誠意の謝罪なら許してくれるはず!

「櫂、梨子ちゃんにちゃんと謝るんだよ? 事故とは言え、覗きは犯罪なんだからね」

「桜内さんに、聞いたのか?」

「まぁね。このことは皆には言わないであげる。 さ、早く行った行った!」

「サンキュー!」

 おれは通話を切ると、走り出した。

 

 

●●

「・・・・・・」

 私は廊下で一人、通話の切れたスマホを見つめていた。そして少し強くそれを握りしめた。

「なにやってんのかなー、私」

 放っておけばいいのに。これ以上誰かと櫂の距離が近くなることを望んではいないはずなのに。それでもなんとかしようと行動しちゃったのは、梨子ちゃんと櫂が、それ以前に大切な友達だからだ。

 そう思って行動したはずなのに。いざ行動した後に少し残っちゃう後悔。私ってイヤな子だ。

「どうしたの、曜」

 ふと優しい声がかけられた。その方へと視線を向けると、果南ちゃんがいた。

「果南ちゃん・・・」

「何か、辛そうな顔してるよ?」

 私が何も言えないでいると、果南ちゃんは両腕を広げてきた。

「おいで、ハグしてあげる♪」

 昔はイヤなことがあると、よく果南ちゃんにぎゅってしてもらったっけ。私は何も言わずにそこに吸い込まれるかのように彼女に抱きついた。

「よしよし、曜も甘えんぼだね」

「ごめん、果南ちゃん。私ーー」

「言いたくないなら言わなくてもいいよ」

 それが嬉しくて、涙が出ちゃうな。でもなーんか悔しいな。恐らく梨子ちゃんと仲良くなってるであろう櫂を、ぎゃふんと言わせてやりたい。そんないたずら心がむくむくと膨らんだ。

「あのね、果南ちゃん。櫂の奴がねーー」

 

 

◇◇

 いた。本当にいた。夕日が沈もうとして、空が暗くなり始めた、初めて会った時と似たような時間帯。桜内さんは出会った時と全く同じ場所に立っていた。

「ここ、本当に綺麗な場所だよね」

 おれに気づいたのか、桜内さんは振り返らずにしゃべり始めた。

「初めてここにいた時は案が浮かばずに煮詰まってたから、ここの景色に気づけなかった。紫堂くんたちに出会えたおかげだね」

「おれは何もしてないさ。千歌がそうさせたと思うぞ。千歌が桜内さんを変えたおかげで、ここの景色に気づけた。そういうことなんじゃないかな」

「そうかなー?」

「たぶんそうさ」

 そして途切れてしまう会話。ただ波の音がおれ達の間を駆け抜けてゆく。謝るなら今しかない! おれは彼女に向き合い頭を下げた。

「桜内さん、ほんっとうにごめん! 覗くつもりじゃなくってーー」

 ぽこっ。

 小さく、それでいて弱いげんこつがおれの頭へと振り下ろされた。

「桜内さん?」

 きょとんとしているおれに桜内さんは笑いかけた。

「これはその覗きの分。でもまだ許してあげませんっ」

「じゃあどうしたらーー」

「名前」

「え?」

「わたしのこと、これからは名前で呼んだら許してあげますっ。前々からわたしだけが名字呼びなのはずるいと思ってたの」

「そんなことで、いいのか?」

 おれが首を傾げていると、桜内さん少しむくれた顔ではびしりとおれに指を突き立てた。

「紫堂くんにとってはそんなことでも、わたしにとっては大事なことなのっ。出来る?」

「で、出来ないことはないけど・・・」

 なんか、改めて名前を呼ぶってのは緊張するな。

「り、梨子、さん・・・」

 まだ彼女の不機嫌そうな顔は直らない。

「千歌ちゃんや曜ちゃんは呼び捨てでしょ?」

「わ、わかったよ。り、梨子。これでいいだろ?」

「もう一回」

「梨子」

 その言葉に満足したのか、梨子は笑顔を向けて両手を合わせた。

「はいっ。オッケーです♪」

 その笑顔が沈みゆく夕日に照らされて、魅力的だった。なんか彼女にずっと主導権握られっぱなしだな。いやもとはおれが原因なんだけど。だからこんな提案をしてみることにした。

「じゃあさ、梨子もおれのこと呼び捨てにしてくれよ」

「えっ!?」

 おれの提案が予想外だったのか、驚きの表情を見せる梨子。気のせいか、夕日よりも真っ赤な顔をしてないか?

「そ、それは、その・・・」

「櫂ちゃんのえっちー!」

 梨子が戸惑っていると、突然誰かの声が響いた。視線をそこへ向けるとオレンジ髪の元気娘がおれめがけて突進してきた。

「ち、千歌ちゃん!?」

「櫂ちゃん! だめだよ! 梨子ちゃんが可愛いからって着替えを覗いたりしちゃ!」

「ち、ちがっ! あれは事故だってーー」

「言い訳は聞く耳ありませんわ!」

 おれの言葉を遮る、凛とした声。そちらへと視線を向けるとダイヤさんがすごい剣幕でにらみつけていた。

 

「紫堂さん、貴方はそんなことする人ではないと思ってましたのに、見損ないましたわ!」

「カイったらひどいわ! そんなに着替えがみたいならワタシが見せてあげたのにー!」

「鞠莉さんは黙ってて下さいます?」

「櫂先輩、そんな人だとはルビィ思ってなかったです・・・」

「ふむふむ、紫堂先輩は覗き魔と・・・」

「ヨハネのリトルデーモンにあるまじき行為だわ、シドー! 今ここでゲヘナの焔で焼かれるがいいわ!」

「かい、流石に覗きはいけないと思うよ?」

 

 どうやらAqoursのみなさんどうやら勢ぞろいのようで。でもなんでここに?

 ふと視線を曜へと向けた。おれの視線に気づくと曜はぺろっと舌を出した。あいつ、おれを売ったな!?

 

「そんな櫂ちゃんにはお仕置きだー!」

 千歌の鶴の一声に、襲いかかる8人の美女。おおう、これが桃源郷か。ってそうじゃない!

「り、梨子! 皆の誤解を解いてくれ!」

 梨子に助け船を求めるが、彼女は申し訳なさそうにちょっと不器用にウィンクした。

「ごめんね、紫堂くん♪」

 

 その後おれはめちゃくちゃ滅茶苦茶にされた。あとで梨子が誤解を解いてくれたけど、一日近くメンバーからは距離を置かれましたとさ。

 

 

 

●●

 ごめんね紫堂くん。まだあなたのことは名前では呼べません。あの後、一人で呼び捨てにする練習をしたんだけど、すっごく恥ずかしくて出来なかったの。だから、名前で呼ぶのはあなたへの気持ちを伝えてから。あなたがわたしの気持ちに応えてくれたときにとっておきます♪




 前半が曜ちゃん、後半が梨子ちゃんメインになってしまった。なんだこれ。なぜここまで曜ちゃんが出てくるようになった? 一番混乱しているのは作者自身かもしれない。櫂と曜の距離がすっげー近い。家も隣同士だからかな。櫂にとって一番相談や話しやすい相手なのかもしれない。
 そしてこれは完全に失敗だったのかもしれないけど、「櫂」と「曜」、漢字が似てるからたまに混乱するんだよなぁ・・・

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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24話 お肌のふれあい通信

ダイヤ「ヴァンガードはどうしたんですの!(胸ぐらグイッ)」
俺「ヒィィィ、許してください! 互いにグレード3行ったんですよ! もう暫くの辛抱を!」
ダイヤ「いつまでファイトを楽しみにして下さるファンを待たせるつもりなんですの!」
俺「だって…、ダイヤさんを書きたかったから……」
ダイヤ「えっ……(トゥンク)」
俺(チョロいな……)

 本当に申し訳ありません。情報量多くて、キツくて、頭痛くて……。気晴らしに本編進めないとやってられないのです……。


「紫堂さんにお願いがあります」

 朝食を終えた頃、目の前に座っていたダイヤさんが突然おれに声をかけてきた。彼女の目はいつになく、真剣だった。

「お願い? 何ですか?」

「ルビィの、ルビィの男性恐怖症を治してもらいたいのです」

「ルビィちゃんの?」

 ふと視線をルビィちゃんの方へと向けた。ルビィちゃんはおれの視線に気づいたのか、花丸ちゃんを盾にするように身体を隠してしまった。

「ああ、確かに今も隠れちゃいましたね」

「それは貴方が覗き騒ぎをするからです」

 まだ引きずるか。

「あ、あれは誤解だと梨子が説明してくれたじゃないですか!」

「冗談です」

 冗談なのかよ。まさかダイヤさんが冗談を言うなんて思ってもなかった。

「今回の合宿に紫堂さんをお呼びした理由はこれにあるとわたくしは思ってますの」

「ルビィちゃんの男性恐怖症克服に?」

 ええ、と頷くダイヤさん。そうは言ってもおれ、医者でもないんだけど。

「治すって言っても、具体的にはどうやって?」

 そんなおれの疑問に、ダイヤさんはふふんとおれに近づきながら得意げな顔をした。大和撫子な、整った美麗な顔がおれの鼻先にある。彼女の美しさが否が応でも視界いっぱいに広がった。

「わたくしに、良いアイディアがありますの。これならルビィも人前に出ても恥ずかしくないアイドルになれますわ!」

「ダイヤさん、わ、分かりましたから! ちょっと近いですよ!」

 おれの指摘でやっと自分の距離を把握したのか、顔を赤くして身を離すダイヤさん。

「し、失礼しました……」

 そんな彼女を可愛いな、と思うおれであった。

 

 

「それでは、これよりルビィの男性恐怖症克服のトレーニングを始めます!」

 千歌の家の前、もとい駐車場。車一台も停まってないここに、おれたちはオドオドするルビィちゃんを囲むように立っている。練習着に身を包んだダイヤさんが張り切っておれの方を向いた。

「その為、紫堂さんに協力して頂くことになりました。紫堂さん、よろしくお願い致します」

「は、はい……」

 皆の視線がおれに向いたのでその輪の内側に入る。するとルビィちゃんがぴくっと反応した。なんか、怖がられているって思うとちょっと傷つくな。

「これから紫堂さんにはルビィに近づいてもらい、触れてもらいます。それでルビィが悲鳴をあげるなり、怖がる反応をしなくなるまで続けます。ルビィ、準備は大丈夫?」

「う、うん……」

 ダイヤさんのやる気と反比例して引腰のルビィちゃん。大丈夫かな。

「では紫堂さん、ルビィに近づいて下さい」

「は、はい……」

 おれはルビィちゃんに向き合い、歩みを進めた。

「ピギッ!?」

 ルビィちゃんは悲鳴をあげると、一歩後ずさった。おれがまた一歩進むと、また後ずさってしまった。

「ダイヤさーん、これじゃあ訓練になりませーん……」

「仕方がありませんね。鞠莉さん! 果南さん!」

「ハーイ!!」

「な、何かな?」

 どこかご隠居じみた物言いをしながらダイヤさんはルビィちゃんを指差した。

「ルビィが逃げないように、縛っておしまい!」

「OK! ルビィ、御用だぁ~!!」

「い、いいのかなぁ……?」

 二人はダイヤさんの指示に従い、ルビィちゃんを取り押さえた。

「ひっ!? 鞠莉さん? 果南さん?!」

「ルビィ、オカクゴー!」

「ごめんね、ルビィ。これもルビィの為だから……」

「そ、そんなぁ!」

 かくしてルビィちゃんは駐車場に生えていた松の木に縛られることとなった。

「さ、紫堂さん。これで思う存分近づけますわ」

 半分ドヤ顔でこちらを見つめてくるダイヤさん。この人、実はポンコツなんじゃないか?

「じゃ、じゃあ近づきます……」

 ゆっくりとルビィちゃんへの接近を再開する。ルビィちゃんは怯えの表情を混ぜた顔をしている。

「る、ルビィちゃん。怖くないからね~」

 気休めになるかどうかわからないが、落ち着かせようと言葉を投げかけながらルビィちゃんの目の前に立った。ここまではルビィちゃんも怯えながらも叫ばないでいてくれた。

「そ、それじゃあ……、触るね……?」

「あっ、あのっ!」

 おれは縛られているルビィちゃんを余所に、彼女の右手に触れた。

「っ――!!」

 次の瞬間、響く絶叫。あまりの音量に周りは耳を塞いだ。おれはそのままその叫びを受けて、思わずつんのめる。が、足を踏ん張り、何とか持ち直した。

「あぁ、先輩、ごめんなさいです……」

「っ、大丈夫。これくらいどうってことないって!」

 ルビィちゃんを心配させないように笑ってみせる。こんなんで怯んでちゃ彼女と向き合うことなんて出来ないからな。

「櫂、先輩……」

 ルビィちゃんのまん丸な瞳がうるうると揺れる。大丈夫、まだ頑張れる。

 が、その後何度も試してみたが、やっぱり触られるとルビィちゃんは叫び声をあげてしまった。うーん、どうしたらいいのやら。

「ねぇダイヤ! ワタシにGoodなアイデアがあるんだけど!」

 そんな中手を上げたのは、鞠莉さんだった。

「何でしょうか、鞠莉さん?」

「要はカイを男だと認識しなければイイんだよね? ちょっとカイを借りてくね~♪」

「ちょっと、鞠莉さんっ!」

「えっ、あの!?」

 困惑するダイヤさんとおれを余所に、鞠莉さんはおれを旅館へと引っ張っていった。

 

 

「お待たせー!!」

 それから十分後、おれと鞠莉さんは皆の元へと戻ってきた。

「鞠莉さん、それは……っ」

 ダイヤさんを含め、鞠莉さん以外のメンバーがざわめく。ふふ、無理もない。今のおれの格好は、ダイヤさん達の学校の制服姿なのだから。もちろん、浦の星女学院は女子校である。男子生徒の制服なんてものはない。おれは、スカートを穿いて皆の前にいるのだ。

「か、かい……、流石にそれは……、キッツいかな……」

「あはは! 櫂ったら変なカッコー!」

「うわー……、櫂ちゃん……」

「し、紫堂くん……」

「シドー……、あなた、そっち方向へ堕天してしまったのね……」

「紫堂先輩、ヘンタイさんだったんずら……」

 メンバーの阿鼻叫喚の声が聞こえる。おれは、それをほぼ死にかけた心で聞いていた。

「まぁりさん!! こぉれはどういうことですのぉ!?」

 おれの声を代弁してくれるかの様にダイヤさんが鞠莉さんの胸ぐらを掴む。胸ぐらを掴まれて尚、鞠莉さんはけらけらと笑っていた。

「だってほら、男として認識されないようにするには、女装しかないと思って~」

「それは解らなくもないですが、どうしてウチの学校の制服なんですの! そもそもあれは誰の制服なんですの!?」

「んーっと、ダイヤのだよ!」

「そうですか、それなら問題は――っ、オオアリじゃないですの!!」

 かっくんかっくんとダイヤさんは鞠莉さんを揺さぶるけど、鞠莉さんは笑顔を崩さない。

「まぁこれでルビィの男性恐怖症も治るかもしれないよ。試してみようよ!」

「ま、まぁそうかもしれませんね。紫堂さん、お願いします」

 嘘でしょお嬢様。まさかこんな簡単に騙されるとは思わなんだ。が、ここまで来たらやってやろうじゃん!

 おれは覚悟を決めてルビィちゃんに向き合った。そして、彼女への一歩を踏み出した――

「っ――!!」

 一歩目で悲鳴あげられた。そりゃそうだよね。女装した男が近づいてくりゃ、悲鳴の一つでもあげたくなるよね。お兄さんわかってたよ。

「あ、そもそもルビィの男性恐怖症治すんだったらカイは男の格好しなきゃダメだったね♪」

 ことの発端たる鞠莉さんは舌を出した。

「って、そうじゃないですか! 紫堂さん、ついてらっしゃい!」

 おれはダイヤさんに手を引かれ、再び宿へと入っていった。




 可愛い子が、可愛いことしてるだけじゃダメなんですかね? それでいいじゃん。涙とか、辛いもん見たくないっつうの。


 話が長くなってきたので、前後編にします。果たしてルビィは男性恐怖症を克服出来るのか……。


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25話 今がその時だ

 ルビィちゃん後編です。今回は視点変更が2回あります。読みづらい点があれば感想などでご指摘して頂けると嬉しいです。


「本当に鞠莉さんったら・・・」

 旅館内でダイヤさんと二人、肩を並べて歩く。方や練習着に身を包んだ大和撫子。もう一方はその大和撫子の制服を着た変態。ひどい絵であることは違いない。

「鞠莉さんも悪気があった訳じゃないと思いますから・・・」

「逆に悪気がないのがタチが悪いですけどね・・・」

 と、二人で話しているとおれが鞠莉さんに着替えさせられた場所にたどり着いた。そこにはおれの服も置いてあった。

「それじゃあおれ、着替えますので・・・」

「どうぞ、お着替え下さいな」

 ダイヤさんは出て行くこともなく、おれの目の前に立っていた。

「あの、着替えづらいんですけど・・・」

「ですからどうぞ、と言ってるではないですか」

 なんとも反応に困るな。どう言えばいいのかな・・・。

「ダイヤさん、おれの裸が見たいんですか・・・?」

「なっ!? わ、わたくしがそんな破廉恥な女に見えるのですか!?」

「いや、着替えるんだから後ろを向くなり部屋から出て行って下さいよ」

「そ、それもそうでしたわね・・・」

 おれの指摘に顔を真っ赤にさせて、ダイヤさんはこちらに背中を向けた。

「ダイヤさんは、どうしてルビィちゃんの為にここまでするんです?」

 おれは着替えながら後ろを向いているダイヤさんに話しかけた。

「どうしてって、簡単なことですわ。わたくしの妹だから、ですわ」

 本当に簡単な答えだな。でもとってもシンプルで、ダイヤさんらしい。

「それにわたくしの為でもあります」

「ダイヤさんの為?」

「ルビィがあのままでは、わたくし達Aqoursのパフォーマンスにも影響が出るでしょう。わたくし達の為にも克服は必須なのです。それに――」

「それに?」

 おれの着替えが終わったのを察知したのか、ダイヤさんはこっちを向いて笑顔を向けてきた。

「いつか、あの子が殿方を好きになって、素敵な恋をしてくれたらいいなって思ってますの。それにはアレは邪魔でしょ?」

 うふふ、と上品に笑うダイヤさんからおれは目が離せなかった。

「大好きなんですね、ルビィちゃんのこと」

「大好き、というのは言葉に綾がありますけど・・・。大事な妹ですから」

 その言葉を聞いただけで十分だ。おれはぱんっと両頬を叩いた。

「紫堂さん!?」

 おれのいきなりの行動に驚くダイヤさん。おれも笑顔を向けて彼女に応えた。

「それじゃ、もう一踏ん張りしましょうか。ルビィちゃんの為に、ルビィちゃんが大好きなダイヤさんの為にも!」

 おれの言葉にダイヤさんは一瞬顔を赤くするが、表情をきりと締め直した。

「ええ!!」

 

 

 が、そんなんでルビィちゃんの男性恐怖症が簡単に克服出来るなら苦労はしない訳で。先の女装騒ぎによりルビィちゃんは完全におれを不審者とみなしてしまったのか、近づくだけで悲鳴をあげるようになってしまった。

「櫂ー!! 頑張れー!」

「ルビィちゃんも、ファイトだよー!」

 周囲の声援も虚しく、事態は全く好転しない。そうして何度かやっているうちに――、

 

 限界が訪れた。

 

「紫堂さん!?」

 おれはがくりと膝を折り、動けなくなってしまった。ダイヤさんが異変に真っ先に気づき、周囲も声をかけてくれる。

「櫂! ここが踏ん張りどころだよ!」

「ルビィちゃんを救えるのは、櫂ちゃんだけなんだよ!」

「紫堂くん! もう一踏ん張り!」

「シドー! 貴方の力はその程度なの!?」

 だがおれの足は動かない。皆、そう簡単に言ってくれるけどさ、近づく度に女の子に叫び声あげられるって相当にキツいからな? それを何度も繰り返されれば、足が止まるのも無理ないだろう。ダイヤさんの為に、ルビィちゃんの為にと自分を鼓舞し続けるが、頭で解っていても理性が追いついてくれない。

 おれは……、ルビィちゃんの為に出来ることは、ないというのか……。

 

 

 ●●

 櫂先輩が膝をついた。辛そうな顔をして挫けてしまった足をなんとかしようとしてる。それでも足は動かない。どうしよう。ルビィのせいで、ルビィのせいで先輩が辛そうな顔してる。

「もう、いいですからぁ! 先輩!」

 ルビィの声にも先輩は不敵に笑った。

「なぁにコレくらい……っ! ルビィちゃんと、ダイヤさんの為だと思えばっ!」

 でもそれが自分を奮い立たせてるのに精一杯みたいで、足は動かない。ルビィは見てることしか出来なかった。ただ見てるだけの自分が許せなかった。

 もう、見てるだけの自分はイヤだ。自分から歩き出さないといけないんだって。今がその時なんだって。

「まるちゃん!」

「ずらっ!?」

 呼ばれたまるちゃんがびっくりしてこっちを見てくる。

「この紐、解いて欲しいの!」

「で、でもルビィちゃん……」

「お願い、まるちゃん!!」

 まるちゃんは何かを感じたのか、真剣な顔をしてルビィを縛っていた縄を解いてくれた。

「ありがとう、まるちゃん」

 ルビィは今までお姉ちゃんやまるちゃんに支えられて生きてきたんだと思う。でもこれからは、自分で立って歩き出さなきゃいけないんだって。今がその時なんだって思う。

「ルビィ、ちゃん……?」

 櫂先輩や、他の皆が驚きの表情でルビィを見てる。目の前にいるのは男の人。恐怖がないって言えば嘘になる。でも。それでも。

「櫂、先輩……。今っ、行きますっ」

 一歩、また一歩、先輩に近づいていく。大事なのは、出来る出来ないじゃない、やるかやらないかなんだ! そう自分を奮い立たせてルビィは先輩の目の前までたどり着いた。

「ルビィちゃん……」

「櫂先輩……」

 そしてルビィは、櫂先輩の頬に触れ、ぎゅっと抱きしめた。自分でもびっくりするくらい積極的だった。でも触れた瞬間に身体中にドキドキが奔った。この気持ちは何だろう?

『ルビィちゃん~!!』

 でもその問いが解決する暇もなく、皆がルビィ達に押し寄せてきました。皆嬉し涙を浮かべてルビィの成長に喜んでくれてるみたいで、それが嬉しくてわんわん泣いちゃった。

 でも、押し寄せてきた皆の中に、お姉ちゃんはいなかった。皆で喜んでいる時も、離れた所でそれを見てた。

 お姉ちゃん、見てくれてた? ルビィ、頑張れたよ。今はまだお姉ちゃんと肩を並べる程じゃないかもしれないけど。でもいつかはお姉ちゃんの隣に、ううん、追い越してみたいって思いました。

 

 

◆◆

 ルビィ、ちゃんと頑張ったのね。お姉ちゃんとして、嬉しいわ。

 でもごめんなさい。どうしてだが、お姉ちゃんは皆の様に駆け寄ることが出来なかったの。

 あなたが、紫堂さんに抱きついているのを見て、内心穏やかじゃなかったの。この気持ちは何なんでしょう。

 輪の中心にいる紫堂さんとルビィを見る。二人共すっごく嬉しそうな顔をしていて。それが何故か羨ましくて。気持ちとは正反対の言葉が出てしまった。

「さぁ、ルビィの男性恐怖症も克服出来たことですし、練習を始めますわよ! ライブまで時間はないんですから!」

 

 わたくしって何て嫌な子なんでしょう。妹の成長を素直に喜べないなんて。そう自己嫌悪しながらわたくしはその輪へと向かっていった。




 ルビィ編&ダイヤ編でした。さて、次は何書こうかしら? 少し時間を空けたらアンケをとってみようかと思います。

 ご意見ご感想よろしくお願い致します。


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26話 夜這いとハグと

 鞠莉&果南回です。何故か二人はセットで回を組んでしまいがち。反省すべき点かもしれません。


 白い光が瞼を透過して、意識が目覚めた。外からはちゅんちゅんと鳥のさえずりが聞こえてきて、今が朝だと告げている。そろそろ曜の奴が起こしに来るんじゃないかと思ったが、ここは千歌の旅館。おれは一人部屋を用意されているんだった。合宿が始まってからあいつは一度も起こしに来なかったじゃないか。仕方ない、起きるか。

「……」

 瞼を開け、まず広がるのは、寝顔だった。さらさらした金髪がその人の頬から垂れ下がっている。

「んっ……、すぅ……」

 悩ましげな声をあげ、身じろぎする彼女。おれは目を瞑り、身体を反対側へとねじった。うん、これは夢だ。どうやら昨日の疲れが残ってたみたいだな。でなければこんなーー、小原鞠莉さんがおれの布団で寝ているはずがない。意識を壁時計の秒針の音に集中させ、時間を計る。よし、これだけの時間が経てば夢だって覚めるはずだ。目を開けて、後ろを振り返れば彼女はいないはずーー

「カイ、Good Morning♪」

 夢じゃなかったね。

「うわぁぁああ!?」

 思わずびっくりして大声をあげ、壁まで後退してしまう。そんな様を鞠莉さんは少し拗ねた顔で見ていた。

「もう、人をバケモノみたいに見ないでよ」

「寝起きにいないはずの人がいたらびっくりしますよ!」

「どうしていないって思ったの?」

「ていうかそもそもどうしておれの部屋にいるんですか!?」

 鞠莉さんはうーん、と言葉を選ぶように視線を天井へと向け少し考えると、笑顔で答えた。

「夜這い?」

「襲う気満々じゃないですか!」

 つーかもうとっくに朝だし!

「そんなことはともかく、せっかくのMorningなんだから早く起きましょ!」

 そう言って鞠莉さんはおれから毛布を引っ剥がした。そして彼女の視線はおれの下半身へと向けられた。

「カイ、これはナニかなー?」

「うっ……」

 仕方ないでしょう。これは朝の生理現象でもあり、起きがけに鞠莉さんみたいな美人さんの寝顔が近くにあったんだ。こうなるのは不可抗力だ。

「言わなくても問題Nothingよカイ。オトコノコってこうなるものだって聞いてるから。なんならワタシが――」

「ワタシが――なんですの?」

 鞠莉さんの後ろから響く、凛としていてドスを含んだ声。そして彼女の頭を鷲掴みする手。

「んまぁりさん、あなた何をしてらっしゃるのかしら……?」

 ダイヤさんが笑顔を崩さずに鞠莉さんを威圧している。威圧もなんのその、鞠莉さんは笑顔で答えた。

「夜這い!」

「よばっ……、違うでしょう! 夜這いというのは本来夜に異性の床に忍び込んでーー」

「ちょっと、ダイヤ!! 趣旨がズレてる!」

 ダイヤさんを制して松浦先輩が二人の間に割って入ってきた。

「ごめんね、かい。朝から騒がしくて。鞠莉に何かされなかった?」

「いえ、何も・・・」

「ワタシはカイをスッキリさせようと――」

「貴方は黙っていて下さいます!? 紫堂さん、朝から失礼しましたわ」

 ダイヤさんは鞠莉さんの首根っこを掴むと、そのまま引きずっていった。

「カイー♪ チャオー♪」

 引きずられてもなお、鞠莉さんは笑顔で手を振っていた。

 

 

●●

 朝の練習が終わり、少し自由な時間が出来た。私は足を入念にマッサージしてる鞠莉の隣に座った。

「もう、ダイヤったら頭がダイヤモンドみたいに固いんだから。硬度10ねアレは」

 鞠莉はあの後、一時間ほど正座させられダイヤの説教を受けていたのだ。それでも尚ダンスの練習で動きが鈍らなかったのはすごいと思う。

「でも、あれは流石に鞠莉が悪いって思うよ私は」

「もう、果南までダイヤの味方?」

「だって決めたでしょ? 寝る時間になったらかいの部屋に一人で行ったりしないって。一番行きそうな千歌や曜、一年生だってこの約束守ってるんだよ? 三年生である私たちが守らなくってどうするの?」

「果南は甘いわ!」

 びしり、と鞠莉は指を突き立てる。

「え、甘い? わたしが?」

「というか他のみんなも甘いって思うの。この合宿はね、カイの争奪戦だとワタシは思うの」

「かいの、争奪戦?」

「Yes.ワタシの見立てが正しければAqoursの大半はカイを好意的な目で見ているわ」

「えっ、どうかなぁ・・・」

 周囲を見渡し、他の面々を見る。皆思い思いに休憩していて、その中にヤカンと紙コップを持ったかいが入っていってドリンクを渡している。本当にマネージャーみたい。いや、マネージャーなんだっけ。

「見てみなよ、ドリンクを渡された時の梨子の顔。あれはもう恋する女の子の顔よ?」

 そう言われて改めて梨子ちゃんの表情に注目する。練習のせいか、少し顔が赤くなっている。でも、かいを見る梨子ちゃんを見てると、練習の疲労が無くなっているようにも見えた。

「あー、なんとなくそうかもねー」

「ダイヤの硬度10な頭のせいであんなルール作られちゃったけど、ワタシはどんどんカイにアピールするつもりよ!」

「ダイヤに怒られないようにしときなよ?」

 私が苦笑いしながら言うと、ダイヤはずいっと私に顔を近づけた。

「果南も、どうしてカイにアピールしないの?!」

「私?」

 Yes、と鞠莉は頷いた。

「果南ってば意識してなかったの?」

「え、どういうこと?」

「この間のルビィのトレーニングの時も、一番険しい顔してたよ? すぐにそれを解いて喜んでたけど」

 私が、険しい顔を? ルビィに?

「一番果南がジェラシー感じてるんじゃないの?」

 嫉妬してる? 誰に? 他のメンバーに? 皆がかいと仲良くしてることを快く思っていない?

 ううん、と頭を振ってそれを否定する。かいは私たちのマネージャーを買って出てくれた。そんなかいが皆と仲良くしたっていいじゃない。

「改めて果南に言っておくね」

 ストレッチが終わったのか、鞠莉は立ち上がってちょっと不敵な笑顔を向けた。

「ワタシはカイが好き。これだけは誰にも譲れないわ」

「それを私に言って、どうするつもり?」

 鞠莉は不敵な笑顔を解いてあっけらかんと笑った。

「どうもしないよ。それを聞いて果南がどうするかは、果南の自由だよ」

 そう言うと鞠莉はかいの方へと駆けていった。

「カイ~♪ ワタシにもドリンクプリーズ!」

「はいはい、今渡しますよー!」

 かいがヤカンの中身を紙コップに注ぎ、渡す。それを鞠莉は嬉しそうに受け取っていて。それだけの光景のはずなのに、何故か内心穏やかじゃない自分がいた。

 表情に出てたのか、かいがこっちに気づいて歩いてきた。紙コップをかいが差し出してくれる。

「松浦先輩、お疲れ様」

 松浦先輩。かいが恥ずかしいからと人前で私を呼ぶ時の名前。その呼び方が少し胸にチクリと刺さって。

「あ、うん。ありが――」

 手が滑って取りそこねてしまった。そのまま紙コップは地面へと落ち、中身の麦茶は砂利に吸い込まれていった。

「あ、ごめんなさい。もう一回注ぐ――」

「ううん。もう、いいから――」

 何故かここに居たくなくて、その場から走ってしまった。

 

 あーあ、私って不器用だな、ホント。

 

 

◇◇

「あ、いたいた……」

 練習が終わった夕方。一人手すりに肘掛け海を見つめる果南ねえちゃんを見つけた。おれの接近に全然気づいていない。これはチャンスだ。

「それっ」

「冷たっ!?」

 頬に冷たいペットボトルをぴたりとつけてやると、案の定驚きの表情を見せる果南ねえちゃん。

「この間のお返しだよ、果南ねえちゃん」

「あはは、覚えてたんだ……」

 おれからペットボトルを受け取ると、ペットボトル越しから海を見つめる果南ねえちゃん。

「何かあったの?」

「え?」

「何か果南ねえちゃん、様子がおかしかったから」

 おれの言葉に驚きの表情を見せる果南ねえちゃん。

「気づいてたの? あんまり顔に出さないようにしてたんだけど……」

「メンバーの体調やコンディションを見極めるのが、マネージャーの仕事ですから」

 冗談めかして笑うけど、果南ねえちゃんは視線を合わせてくれない。彼女の言葉が突然吹いた風に溶けていった。

 

「皆の前ではそう呼んでくれないくせに……」

 

「え?」

「かいが悪いんだよ~。皆に優しくて、気がついたら皆の輪の中のほぼ中心にいてっ!」

 果南ねえちゃんがおれの後ろを取り、腕でおれの首を締めた。

「ちょっ、痛いって果南ねえちゃん!」

「なのに、私だけ先輩呼びで、寂しいんだからっ!!」

 強い締め付けの中に混じる、涙声。久々に会った時とおんなじだ。

「ごめん、また寂しがらせちゃったね」

「もう、かいのバカ……」

 こつん、と頭を寄せられる。おれは何が出来るだろう。頭をフル回転させて答えを導き出す。改めて彼女に向き合って、その瞳を見つめた。

「よしっ、これからは皆の前でも『果南ねえちゃん』って呼べるように努力しますっ!!」

「本当に?」

 少し潤んだ目でおれを見つめてくる果南ねえちゃん。その瞳にドキドキして。

「は、恥ずかしがらずに、善処します……」

 こんなおれの頼りない返事でも、果南ねえちゃんは笑顔を見せてくれた。

「もうっ、かいのばか!」

 

 

 ●●

「果南、何かいいコトあったんじゃない?」

 翌日の練習の合間、鞠莉が私に聞いてきた。

「あはは、解っちゃった?」

「わかるよ。ワタシ、果南のストーカーだもん」

「何それ」

「ジョーダンよ。動きで解っちゃった」

「私、そんなに解りやすいかな?」

 靴を結び直し、勢い良く立ち上がった。うん、今ならもう一セット踊れそう。

「鞠莉、私なんとなく解っちゃった」

「何が?」

 彼女の問いに笑顔で応えた。

「おーっしえない!」

「自分で言っておいてソレ!?」

 戸惑う鞠莉を余所に、かいの元へ向かう。昨日と同じ様に、紙コップを配っていた。

「かーいっ、私にも頂戴♪」

「はい、まつう――」

 かいはそこまで言いかけて私と周囲を見た。皆かいをにやにやと見ている。かいは顔を赤くしながらコップを差し出した。

「どうぞっ果南先輩っ!」

 なんだそれ。善処した結果がそれ? でもまぁ許してあげます。

「うんっ、ありがと!」

 お礼にハグしてあげるとかいはもちろん、千歌たちも慌てる。

「ちょっ、かか、果南ねえちゃん!?」

「わぁ、果南ちゃんだいたーんー!!」

「ちょっ、果南ちゃん?」

「果南…、あなたまで……」

 

 昨日かいと話してわかったこと。わたしは、気軽にかいに触れ合える皆にちょっとだけ嫉妬してたってこと。そしてわたしもかいのことが好きなんだってこと。

 

 わたしは今まで触れ合えなかった分、かいを思いっきりハグした。




 鞠莉回のはずが果南回にシフトしてしまった。どうしてこうなった。
 私事ではありますが、少し旅行に行ってまいります。その間投稿は止まってしまいますが、原稿を書き溜めておこうと思います。ですから、気長にお待ち下さいませ。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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27話 犬に慣れよう

 イメージしろ、小さな犬を抱えて懐かれている梨子の姿を。頭を撫でて欲しそうにしてる梨子の姿を。可愛いじゃろ?


「それじゃあ今日の練習はここまで! おつかれさまー!」

 千歌の声で今日の練習はお開きとなった。他のメンバーもお疲れさまでしたー、と宿へと戻っていく。

「あの、紫堂くん……」

 おれも荷物を片づけ旅館へと足を向けようとしたその時、声をかけられた。

「あ、さくらう――」

 おれが名字を呼ぶと彼女の顔がしかめっ面へと変化する。

「――っ、梨子。どうした?」

「うんっ」

 しかめっ面を解き、おれの方へ駆け寄る梨子。すると今度は申し訳なさそうな表情を見せた。

「あのね、変なお願いかもしれないんだけど、旅館に入るまでそばにいて欲しいの!」

「え?」

 どういうことだ?

「ほら、入り口近くにいるじゃない。あの――」

 そう言って梨子が指さす先には犬小屋があった。その前には千歌が飼っている犬、しいたけが寝ていた。

「そっか、しいたけが苦手だったんだよな」

「うん。どうもあの犬はちょっと……」

 しいたけがおれ達に気づいたのか、こちらに視線を向けた。その視線にひっと息を呑むと梨子はおれの背中に隠れた。しいたけはこちらに興味を無くしたのか、首を地面に落とした。それでも梨子は怯えた表情を見せる。

「だめ、……かな?」

 そんな表情見せられたら、断れるわけないじゃないですか。

「お、おれの背中でいいなら、良いぞ……?」

「あ、ありがとう……」

 かくして梨子はおれの背中に隠れながら旅館へと歩き出した。旅館へと、犬小屋へと近づく度に梨子のおれのシャツを握る力が強くなった。

「うぅ、目を付けられませんように、吠えられませんように……」

 が、そんな彼女の願いも空しく、しいたけはおれ達を再び視界に捉えた。

「ひっ……!」

 梨子の身体が強ばり、怯えた目でしいたけを見た。当のしいたけはそのままおれ達の方へとしっぽを振りながら近づいていく。

「うぉふっ!」

 そして一声吠えた。それと同時におれの身体は二方向からの悲鳴と抱擁を受けた。

「きゃあぁぁ!?」

「ぴぃぎぃぃぃ!!」

 おれの視界にはワイン色の髪と、薄い朱色の髪。梨子はわかるとして、どうしてルビィちゃんまでいるんだ?

「ちょっと二人とも、落ち着いてくれ! とりあえず離れるぞ!」

 その後も悲鳴をあげる二人の抱擁を受けながら、おれは犬小屋から離れた。

 

 

 

「梨子はわかるとしてーー」

 犬小屋から離れた場所でおれは二人の女の子に向き合った。

「どうしてルビィちゃんまでいるんだ?」

「じつはルビィも犬が苦手で……」

 ルビィちゃんは肩をちぢこませ、涙目でおれを見つめてくる。

「櫂先輩の後ろについていけばだいじょうぶかなって思ったんですけど…、やっぱり怖くて……」

「もう大丈夫だからね、ルビィちゃん?」

 梨子がルビィちゃんの頭を撫でる。ルビィちゃんははい、と小さく呟いた。

「にしても、そんなに怖いかね。しいたけ?」

 視線をしいたけに向けると、しっぽを振ってこっちを見ている。相手してもらえないのか、少し寂しそうな表情をしてる。

「多分しいたけは、遊んで欲しいだけなんじゃないか? なぁ、しいたけよ?」

 おれはしいたけに近寄り、腰を落とした。しいたけはそれを肯定するかのように吠えた。

「ほらな、やっぱりそうなんだよ。怖がることないって」

 おれがしいたけを撫でてみるも、二人は恐れているのかあまりいい顔はしない。

「ホント、かな……?」

「うぅ、先輩が言うなら信じたいけど……」

 おれは二人に手を伸ばし、問いかける。

「二人とも、おれを信じる?」

 その言葉に揺れ動く二人。真っ先に足が動いたのは意外にもルビィちゃんだった。

「櫂先輩が・・・、そう言うなら……」

 恐る恐る近づき、しいたけとの距離を縮めていく。しいたけの息が届く範囲まで近づくと、少し怖じ気付く。

「ぴぎっ!」

 それでも視線をしいたけへと向け、震える手でしいたけの頭を撫でた。しいたけは吠えることもなく、ただ嬉しそうにはっはと息を吐いた。

 するとルビィちゃんの表情はぱぁっと輝いた。

「やったっ……、櫂先輩! ルビィ、出来たよぉ!」

 嬉しそうに跳ねるルビィちゃん。おれもつい嬉しくて彼女の頭を撫でてしまった。

「ふぁあ……、せ、先輩……?」

 顔を真っ赤にするルビィちゃん。しまった、また叫ばれちゃうか? 

 が、彼女は叫ぶことなく少しとろんとした表情でおれを見ている。

「ご、ごめん。よく出来ましたー、みたいな感じでつい……」

「い、いえ! その、嬉し、かったです……」

 顔を赤らめるルビィちゃんが可愛らしくて、ついもう一度頭を撫でる。

「えへへ……」

 何この小動物。何度も撫でたくなるような感情が沸き上がってくる。ルビィちゃんも嬉しそうに笑ってくれるのでなでなでのやめどきがわからなくなる。

「あ、あの、紫堂くん!」

 突然梨子の声が耳に入ったのが幸いしてそれをやめることが出来た。少し残念だったけど。

「梨子?」

「わ、わたしも、しいたけを撫でて、いいかな?」

「あ、ああ。どうぞ?」

 別におれの許可なんていらないだろうに。おれが許可すると梨子は恐る恐るゆっくりとしいたけへと近づいていった。

「うぅ、怖いけど……、でもっ!」

 何とかしいたけの元へとたどり着き、梨子の手がしいたけに触れた。しいたけはくぅんと鳴くと嬉しそうにしている。

 それを見た梨子は嬉しそうに表情を輝かせるとこっちを向いた。

「っ!! 紫堂くん! わたし、やれたよ!」

「あぁ、やったな!」

 おれが言葉をかけるが、梨子はどこか物欲しそうな顔をしている。どうしたんだろ? 

「梨子、どうかした?」

 おれの言葉に顔をしかめる梨子。おれが困惑していると、ルビィちゃんが耳打ちしてきた。

「もしかして梨子さん、頭を撫でて欲しいんじゃないですか?」

 ああ、そういうことか。あんまりそういうことを梨子が求めてくるとは思わなかった。申し訳ないと思いつつ、おれは彼女の頭を触れた。

「――っ♪」

 梨子は嬉しそうに目を細めている。ワイン色のさらさらとした髪のさわり心地がなかなか良くて、梳くようになで続けた。

「ありがとう、紫堂くん♪」

 彼女の満面の笑顔に、言葉を失って。梨子に声をかけようとして、おれの言葉を咳払いが遮った。

「あの、いつまで戻らないつもりですか?」

 声の主は笑顔を張り付けたダイヤさん。そして一気に顔が青ざめるおれと梨子とルビィちゃん。

 

 そしておれ達は三人仲良く、ダイヤさんの説教を受ける羽目になりましたとさ。

 




 スレにあった言葉、「しいりこ要素しつけーよ」。しつこすぎてやめてやれという声もあったようで。しいたけとの和解(?)というエピソードを作ってみました。犬を怖がってそうなルビィちゃんも添えてみました。櫂に頭を撫でられるってことに抵抗がない時点でルビィちゃんもう櫂にかなり懐いていることになるな。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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28話 傷口に絆創膏を、額に――

 また今度、誰かを泣かせるようなシナリオ書いたら、誰かにビンタするという業を背負わせるというのなら、その顔面にショットガンぶっ放すぞ。
 ゼロ距離からの散弾は浪漫。


 何時もより早く起きてしまった朝。練習の準備をしようとおれは駐車場に足を向けた。一番乗りかな、と思っていると先客が一人、そこにいた。

「――♪」

 自分達の歌を軽く口ずさみながら踊る鞠莉さん。おれはただ黙って彼女を見ていた。踊る度にふわりと舞う金髪。目の前にいるであろう観客を想像してか、見せる笑顔。ただただ魅力的だった。綺麗としか言えなかった。

 ダンスが一通り終わったのか、動きを止めた鞠莉さん。おれはふと我に返るとパチパチと拍手した。

「カイ! 見てくれてたの!?」

 おれを見つけて表情を輝かせて近づく鞠莉さん。おれは彼女にタオルを渡した。

「ちょっと早く起きちゃいまして。朝練の準備しようかと思ったら、ね。鞠莉さんも?」

「ええ。ワタシも早く起きちゃって。ちょっと通しでやってみようかなーって思ったの」

 鞠莉さんはふふんとちょっと妖艶に笑うと身を乗り出して来た。

「それで? カイはワタシのダンスを見てどう思った?」

「どうって……?」

「ミリョクテキだった? ワタシのダンスに眼が釘付けだったんじゃない?」

 ん? と更に近づいて、おれの唇に指を近づけてくる。誤魔化しも効きそうにない。ここは思い切ってバカ正直に言ってみるか。

「えぇ。とっても魅力的で我を忘れてましたよ」

「ふぇっ!?」

 途端に鞠莉さんの顔が真っ赤に染まった。いつもどこか余裕がある彼女らしからぬ反応。それが新鮮で、可愛らしかった。いつも彼女には迫られていたんだ。少しぐらい仕返ししてやれ。

「いや、お世辞じゃないですよ? 踊る時の鞠莉さんの表情とっても綺麗でした。笑顔もとっても可愛らしくて、拍手するのを忘れてました」

「――っ!!」

 更に顔を真っ赤にする鞠莉さん。耐えられなくなったのか、立ち上がってしまった。こんなに顔を赤くして照れる鞠莉さんはやっぱり新鮮で、一人の女の子なんだなと改めて思った。

「お、オゥケェ!! そ、そんなに魅力的ならもう一回アナタに見せてアゲル!」

 言うが早いが、鞠莉さんはおれの前で再び踊り始めた。が、先ほどのものとは違い、何かに欠けるものだった。本人もそれを理解しているのか、動きに焦りが見え始める。その焦りが更に動きを乱し、足を縺れさせる。バランスを崩して砂利に膝を折ってしまった。おれはたまらず、鞠莉さんの元へと駆け寄った。

 

 

●●

 情けないな、ワタシ。

 心の中でそう呟いた。魅力的かどうか聞いた時、カイならテキトーにあしらうと思ってた。そしたらまさかの直球。それは予想以上の破壊力で、ワタシの心をきゅんきゅんさせて。照れ隠しにもう一度踊ろうとするけれど、不意をつかれたワタシのカラダは思うようにいかなくて。気がついたら膝に痛みを覚えてた。

「大丈夫ですか!?」

 直ぐ様カイが真剣な顔つきで駆けつけてくれた。それが嬉しくて、またきゅんきゅんしちゃった。でもそれを表に出さないように、笑顔を見せる。

「ダイジョーブダイジョーブ! ちょっとさっきハードに踊りすぎたかなー」

 そんなワタシのやせ我慢を見抜いているのか、カレは真剣な表情を解かない。

「血が出てるじゃないですか!」

「コレくらい、ケガのウチに入らないよ」

「駄目です!」

 カイの声が荒い。ホントに、ワタシのコト心配してくれてるのかな。

「小さくても怪我は怪我です。これが元で足に支障が出たら大変ですから」

「それは、スクールアイドルとして? 一人の女の子として?」

 そんな質問を投げかけていた。だって、カイのこと好きな人Aqoursに多いし。時折、ワタシの入り込むトコあるのかなって思っちゃうから。

 カイは真剣な表情を解いて、微笑みながら傷の処理をしてく。

「スクールアイドルとしてってのはあります。パフォーマンスの低下は、アイドルとして致命的でもあるだろうし」

 傷口が、じゅわと痛む。気のせいか、転んだ時よりも、傷口が痛い。

「でも、女の子に、鞠莉さんに怪我して欲しくないのも、おれの本音です」

 その言葉を聞いて、一瞬で痛みが吹っ飛んだ。それって、カイはワタシを女の子として見てるってことなんだよね? ワタシにも、チャンスがあるってことなんだよね?

「これでよしっ。今日は念のためあんまり激しい動きは控えて下さいね」

 そんなワタシの思惑も知らず、カイはバンソウコウを貼ってくれた。そんなカレに笑顔を向ける。

「Thank you,カイ。お礼に――」

 他の皆より少しだけ、リードしていいよね?

「――っ!?」

 カイの額に唇を当て、軽く吸引してやる。いわゆる、デコチューってヤツかな? ワタシのある意味でのファーストを受け取ったカイは、顔を真っ赤にしてワタシを見つめている。

「何慌ててるの? コレくらい海外ではフツーよ?」

「い、いや、そうじゃなく――」

 そんなカイが面白くて、愛おしくて。ワタシは立ち上がってカレにウィンクした。これはさっきのお返しよ。

「それじゃワタシ、朝のシャワー行ってくるね。チャオ~♪」

 腰を抜かしたみたいに動かないでいるカイをそのままにワタシは旅館の中へ戻っていった。

 

 カイ、ワタシはアナタが好きよ。これからもドンドン攻めていくんだから、覚悟しておいてね♡

 

 この後シャワーを浴びたせいで遅刻して、更に怪我してダンスの練習に参加しなかったからダイヤにこっぴどく怒られたのは、別の話ね。

 




 ふと浮かんだ鞠莉回。鞠莉は正面から褒められたりすると、めっちゃ赤面して余裕が無くなるタイプだと思った。もっと、鞠莉を上手く書きたいと思う今日このごろでした。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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29話 裸の付き合いと膝枕

 絶対善子は女子力が高い気がする。男が風邪でダウンすると押しかけて料理とか作ってくれたり看病とかしてくれそう。
 ていうか書くか。


「やっぱいい湯だねぇ、ここは」

 旅館の露天風呂で一人、そう呟いた。空のオレンジ色が温泉を染めて、まるでオレンジ風呂に入ってるみたい。

 ここの旅館には男女合わせて二つ露天風呂があるのだが、運悪く一つが調整中らしく、今は残りの一つに入っている。客はいないし、入っても問題ないっしょと千歌の姉さんに言われたから、問題ないだろ、多分。

 千歌達は練習を終えると曲の打ち合わせとかを始めてたみたいだし、入ってくることもないだろう。残念とか思ってはいない。思っては……、いない。

 せっかくだし、一人だけの温泉を堪能するとしよう。

 が、そんな一人の憩いの時間というのは長く続くわけもなく。がらりと脱衣所に続く扉が開かれた。おれがそちらへと視線を向けると、津島善子がおれを見つめていた。

「っ、きゃあぁぁぁ!!」

 そして叫ばれた。まぁ、そうなるよね。

 

 

「ヨハネって本当に運がないわね」

「いや、本当にすまんかった」

 おれ達は二人湯船に浸かりながらうなだれていた。互いの肌を意識してしまっているのか、視線を合わせづらい。おれは立ち上がり、温泉から出ようとした。

「おれ、もう出ようか?」

「別にいいわよ。誰か入ってるって確認しなかった私が悪いだけだし」

「そ、そうか? じゃあお言葉に甘えて……」

 再び湯に浸かり、沈黙が訪れた。な、何か話題を……。

「作曲とかの打ち合わせがあるって聞いたけど、それはどうしたんだ?」

「ちゃんとしたわよ。でもすぐに解散したわ。元々ヨハネは作詞作曲担当じゃないし。みんな休憩してるんじゃないかしら?」

「そ、そうか……」

 再び沈黙が訪れる。な、何か話す内容はないか?

 話題を探そうと改めて善子を見る。しっとりと濡れた黒髪、スラっとした鼻。一言で言えば、『美人』だった。

「? どうしたのよ?」

 おれの視線に気づいたのか、善子は不思議そうにおれを見つめ返してきた。おれを見つめる瞳がまた魅力的で、魅了されたかのように思っていることを口にしてしまう。

「いや、善子って黙っていれば美人だなって」

「っ!?」

 その瞬間に彼女の頬が赤く染まった。って何を言ってるんだおれは!? おれが慌てて何も言えないでいると、善子はそれっぽいポーズをとった。

「よ、ようやくヨハネのミリョクに気づいたのね。これであなたはヨハネのリトルデーミョンに」

「デーミョン?」

「か、噛んだだけよ!」

 噛んだことが恥ずかしかったのか、湯船に口をつけぶくぶくと泡立てる善子。それが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

「そういうことしなけりゃ可愛いんだがな」

「っ!? ま、またそういうこと言う……」

 顔を赤らめる善子。またおれ、思ってたこと口にしちゃったのか。どうしてだろう。妙に身体が熱いし、心臓の鼓動が速い気がする。

「シドーも、わたしのアレは無くていいって思うの?」

 顔を赤らめながらも善子は少し悲しそうな顔をして尋ねてきた。アレってヨハネとか言っちゃったりすることか。

「そういうの無しのほうが、いいのかなぁ……」

 いつもの不敵な笑みを浮かべる彼女からは想像出来ない程弱々しくて。善子も一人の女の子なんだなって意識した。そんなこいつを悲しませたくなくって。おれは口を開いた。

「アイドルとしてどうか、なのかはわからん。これはおれ個人としての意見なんだが――」

 今日のおれ、なんだか思ったことをすぐに口に出し過ぎだな。まぁ裸の付き合いということにしておこう。

「善子と、ヨハネと話してて、昔に封印してたあの頃のおれが蘇るようになった。お前に応じるおれを誰かに見られてるって思っただけで悪寒が走ったりもしたさ」

「やっぱり――」

「でも、最近はそうやって会話するのも楽しいかなって思えるようになった。なんて言うか、ちょっと童心に帰ったって言えばいいのかな」

「……」

「少なくとも、おれは嫌いじゃないぞ」

 おれの言葉が嬉しかったのか、再びそれっぽいポーズをとる善子。

「やっぱりあなた、このヨハネのトリコになったのね」

「かもな。この調子でファンを、リトルデーモンを増やしていこうぜ」

「うん!」

 その笑顔は、とっても魅力的で、おれの脳内はふわふわとしていた。ちょっと長湯し過ぎたかな。そろそろあがるか。そう思い立ち上がった時だった。

「あれ?」

「シドー?」

 視界が歪み、善子の言葉にエコーがかかる。頭がぐわんぐわんと揺れ、立つことを困難とさせる。まずい、湯あたりか?

 そう思うも身体はいうことを聞かず、意識が遠のく。おれを呼ぶ善子の声を聞きながら、おれの意識は途切れた。

 

 

「ん……?」

 眼が覚めれば、オレンジ色に藍色が混じった空が見えた。空が見えるってことは、まだ風呂場か? 後頭部は床についておらず、枕のような何かがしかれていた。

「あ、起きたわね」

 頭の上の方から声が聞こえた。視線をそっちに向けると、善子が優しそうな表情でおれを見つめていた。

「シドー、大丈夫? あなた急に倒れちゃったのよ」

「あぁ、どうやら湯あたりでもしちゃったみたいでな――」

 ふと、その枕を見ると、それは肌色で、とても柔らかかった。っていうかこれ、善子の膝枕か!? そう意識した途端、心臓がドキドキした。

「っ、わりい、重かったよな。すぐに起き――」

 起き上がろうとするが、うまく力が入らず頭を抱える。そんな俺を善子は自分の膝枕に横たわらせた。

「まだ無理しちゃだめよ。もう少しこうしてなさい」

 桶から水を組んでおいたのか、そこにタオルを浸しておれの額にそれを乗っけてくれた。タオルの冷たさが、火照った頭部を癒やしてくれる。おれが礼を言うと、彼女はふっと笑った。

「着実にシドーもリトルデーモンの道を歩んでいるわね。ヨハネの不運をおすそ分けしちゃったわね」

「リトルデーモンの道、か。フッ、毎回善子の膝枕を堪能出来るんなら、それも悪くないな」

 後遺症なのか、また思っていることをダイレクトに伝えてしまう。おれの言葉に顔を真っ赤にした善子はぴしりとおれの額をはたいた。

「ちょっ、調子に乗らないことねリトルデーモンっ! こ、こんなこと滅多にしてあげないんだから!」

「おう、それは残念だな」

「はじめて、だったんだから……」

 顔を赤らめて小さく善子が呟いた。

「え?」

「何でもないわよっ」

 もうヌルくなっていたのか、額のタオルを奪うともう一度水に付け直し、額に置いてくれた。

「ありがとな、善子」

「よっ、善子ゆーなっ」

 再び額をはたかれる。それがどこかおかしくって、どちらからとも無く笑いがこみ上げる。

「ぷっ、あはは」

「ふっ、ぷくく……」

 二人でひとしきり笑うと、おれは彼女を見つめていた。

「なあ善子。悪いけど、もう少しこのままでいいか?」

 おれの言葉にぽっと頬を染める善子。そして一瞬微笑むと、それを不敵な笑みに変えた。

「ふ、仕方ないわね。この堕天使ヨハネの膝で、常世の眠りにつくがいいわ!」

 それからおれ達は夕闇の空の下、二人だけの時間を過ごした。

 

 残りの面々が風呂場へとやってきて、おれは湯船へ放り込まれ、再び湯あたりするのはまた別の話。




 さて、僕がこの作品の連載を始めて一ヶ月弱経ちました。一ヶ月弱で29話連載と、前作(一年半連載で30話)を大きく上回ることになりました。まああっちよりも一話一話の文字数を大きく制限してるのも原因なんだけど。

 というわけで30話突破(まだしてないけど)&お気に入り登録件数200突破企画を行いたいとおもいます。詳しくは活動報告で書くのでそちらも見て下さいね。

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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30話 夜空はなんでも知ってるの?

 泣きながら笑い合うくらいなら、笑い合いながら殺り合って欲しいと思う今日このごろ。
 女の子の泣き顔は俺の天敵なんだろうな。


 ワンツー、ワンツー、とダイヤさんの澄んだ声が練習場と化している駐車場に響く。おれはただぼーっとしながらそれを見つめている。おれの視線の先には、幼馴染の高海千歌の姿。おれはダンスとかを嗜んだことはないが、どことなく千歌の動きに違和感を覚えてていた。

「はい、お疲れ様でした」

 ダイヤさんの一声に皆集中力を解き、先ほどのダンスの出来を語り合う。

「だいぶ形になってきたよね」

「うん。あともうちょっとってとこだね」

「この舞が完成した時、観客皆はヨハネのリトルデーモンに……」

「ねぇねぇ、あそこのターンするとこでさ――」

 そう千歌が言いかけるが、すぐに口をつぐんでしまった。

「千歌さん?」

「う、ううん! 何でもないよ! さあもう一回やってみよーよ!」

 笑顔を見せる千歌に、どことなく不安を感じた。それは曜も同じなのか、おれに視線を向けていた。

 

 

「なんか様子がおかしいよね、千歌ちゃん」

 休憩の時間、曜がおれの隣でそう言った。

「あの時、千歌は何を言おうとしたんだろうな」

「私が聞いても、『何でもないよ』って言っちゃうし……」

 おれが腕を組んで考えていると、曜が黙っておれを見つめていた。その視線をおれは察した。

「おれか?」

「うん。櫂なら、千歌ちゃんの力になれると思うから」

 悔しいけどね、と付け足す曜。まあメンバーだからこそ言えない悩みってのもあるだろうしな。おれ、一応マネージャーだもんな。最悪憎まれ役も買ってでなきゃならんし。

「ま、やってみますかねぇ」

 おれは頭を掻きながら空を見上げた。

 

 

●●

 櫂にメールを送ると、私は周囲を見渡した。私たちは櫂を除いて全員同じ部屋で寝ている。でもここにいるのは8人。千歌ちゃんがいなかった。

「櫂、頼んだよ……」

「曜、眠れないの?」

 私の呟きが聞こえたのか、果南ちゃんが声をかけてきた。その声に釣られてか、皆上半身を起こしだした。

「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん、私たちもなんだか眠れなかったから」

 そうだ、Aqoursの皆にも相談してみよう。私は千歌ちゃんの様子がおかしいことを説明した。

「千歌ちゃんの様子が……」

「やはり……」

 梨子ちゃんとダイヤさんが顔を見合わせる。

「もしかして皆、知ってたの?」

「んー、チカっちは隠し事出来そうにないタイプだからねー」

「ち、千歌さんどうしたんだろう……」

「心配ずら……」

「水臭いわね。このヨハネに悩みを打ち明ければいいのに……」

「善子ちゃんは相談相手には一番向いてないずら」

「なんでよ!」

 花丸ちゃんと善子ちゃんのやりとりを見て、頬が緩んだ。少し肩の荷が降りた気がする。そうだよね、こうやってちょっと苦しい時は悩みを打ち明けたっていいんだ。でも、千歌ちゃんの苦しみは私たちに打ち明けられないものかもしれなくて。力になれない自分がちょっとだけ悔しかった。

「大丈夫だよ、曜」

 果南ちゃんが私の肩に触れた。

「ここは、かいに任せよ? だからかいに真っ先に相談したんでしょ?」

「あ、バレてた?」

「もっとワタシ達も頼って欲しいけど、ここはYouと同じ位一緒にいるカイが適任でショ?」

「鞠莉さん……」

 そうだね。信じて待とう。私は窓の外の月を見つめた。

 

 

 

◇◇

 曜からのメールを見ておれは布団から起き上がり、部屋を出た。どうやら気がついたら千歌のヤツがいないらしい。

「さて、どこを探すか――ってここは千歌の家だったな」

 おれは苦笑すると歩き出した。

 

 襖から漏れる光に、人影が写る。あの部屋は千歌の部屋だ。

「入るぞー」

 一声かけてから襖を開けると千歌は自分の机に座り、パソコンの画面をじっと見続けていた。

「千歌?」

 声をかけても何の反応もない。集中しているみたいだ。今まで見たことのない彼女の顔を見て、少しどきりとした。それと同時に、不安に駆られた。千歌が、おれの知らないどこかに行ってしまいそうな気がして。

 とんとんと彼女の肩を叩いた。そして人差し指をぴんと尖らせてみる。

「ん? むぁ!」

 案の定振り返った千歌の頬が人差し指にむにっと突き当たった。おれは不安を拭い去る様に笑顔を向けた。

「ひっかかった」

「むぅ、櫂ちゃんのいじわるー」

 千歌が頬を膨らませて抗議の視線を向けてくる。よかった、いつもの千歌だ。

「何見てたんだ?」

 パソコンの画面を見ると、9人のスクールアイドルらしい女の子が踊っている動画だった。雪が降る街で踊る彼女達はなんとも儚げでありながら、存在感を強く放っている。ターンをしてからの表情の変化は、本当に高校生なのかと思わせるくらい魅力的だった。

「μ'sの動画。少しでも参考に出来ることないかなーって」

「みゅーず? 石鹸か何かか?」

「もーっ、櫂ちゃんまでそんなこと言うー! μ'sは千歌の憧れなの!」

 千歌はまたふくれっ面になっておれを睨んできた。

「悪い悪い。お、このセンターの子、なかなか可愛いな」

 おれがサイドテールの子を指差すと、千歌の表情は輝いた。

「でしょでしょ!? この人はね、高坂穂乃果ちゃんって言って、千歌の憧れなんだ!」

 目を爛々とさせる千歌に気圧される。それだけこのグループのことが好きなんだな。

 その時、おれの心臓がちくりとした。なんだ、これは? いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。

「それで憧れのμ'sを参考にって言うけど、どう参考にするんだ?」

 おれの質問に顔を曇らせ、パソコンを閉じる千歌。ちょっと無理をしたような笑顔を向けると、立ち上がった。

「櫂ちゃん、ちょっと休憩しよっか」

 

 連れだされたのは、練習していた駐車場。旅館の明かりも落ちて、星空が広がっている。月明かりだけが駐車場を照らしていて、そこに俺たちふたり、ぽつりと立っている。千歌は夜空を見上げ、呟きだした。

「何回もね、μ'sの踊りとか見て、私たちのにも取り込もうかなって言おうかと思ったんだ。でも――」

 苦笑いしてこちらを向いた。その笑顔はどことなく悲しげで、見ているおれの心臓がきゅっと傷んだ。

「言えなかったよ。本当にそれでいいのかって。μ'sに近づけるのが本当に正しいのかってよくわからなくって……。それと怖いんだ。皆にその案を却下されたらって……。ら、らしくないよねっ!」

 千歌は悩んでいたんだな。自分たちがより良くスクールアイドルになるにはμ'sを真似るのが本当に正しいのか。でも、μ'sは自分の憧れだから、それをメンバーに拒絶されるのが怖くて、こうして無理に笑おうとしているのか。

「まぁ、正しくはないかもな」

 おれの言葉がショックなのか、引きつった顔をしてしまう千歌。おれはそんな彼女の肩を掴む。

「お前は、お前はどこの誰だ?」

「わたしは……、Aqoursの高海千歌……」

「そうだ。お前はμ'sの高坂穂乃果じゃない。だから、μ'sを真似る必要なんてないんだ。千歌は千歌なりに、頑張ればいいんだよ」

「わたし、なりに?」

「そうさ。お前らAqoursにしか出来ないことをやればいいんだ」

「千歌たちにしか出来ないこと……」

「あぁ。おれは、千歌たちの輝きが見たい。誰かのを真似したものじゃなく、Aqoursにしか出来ない輝きが見たいんだ」

「櫂ちゃん……」

 潤んだ目でおれを見つめる千歌。そこにはもうさっきの曇りは見えなかった。

「それにさ、前に言ったろ。おれはお前らのマネージャーなんだぜ? 皆に言えないことがあったらおれに吐き出していいんだからな?」

「うん、ありがとう櫂ちゃん! 櫂ちゃんにはいっつもお見通しだね」

「お前は顔に出やすいしな。幼馴染だからな。何年やってると思って――」

「本当に、幼馴染だから……?」

 おれの言葉を千歌が遮った。気がつけば千歌はおれに身を寄せていて、視界いっぱいに彼女の顔が映る。幼馴染の瞳がゆらゆらと揺れていて、心臓がどきりと脈動した。千歌の三つ編みをすっと撫でた。千歌はびくんと反応して、頬を赤くしておれを見つめていた。その瞳におれは吸い込まれるように引きつけられて――

 

「……」

 

 ふとそこで我に返り、視線を別の方向に向ける。

「櫂ちゃん?」

 千歌は不思議そうに首を傾げている。おれは松の木を指差した。

「千歌、気のせいかあの松の木の下、影が動いてないか?」

「んん?」

 千歌も目を細めて松の木を見つめる。すると影達はゆらりと動いた。更に耳を澄ませば、オーディエンスの声も聞こえ始めた。

 

「ふ、二人の視線がこっち向いてるけど、大丈夫だよね?」

「と、とってもロマンチックだったね……」

「ほわぁ~、紫堂先輩ちょっとかっこよかったずら……」

「ち、千歌さんと、櫂先輩が……ルビィには刺激が強いよぉ」

「丑三つ時の、せ、接吻は魔力を高めるのに……、は、早くすればいいのに……」

「いいなぁ、あんなハグ、私もしてもらったことないなぁ」

「じゃあ果南、あとでやってもらえば?」

「し、静かに!! お二人に見つかってしまいますわ!」

「もう見つかってるんだけどなぁ?」

 おれの言葉に言葉を失う8人。千歌の方に視線を向けると、顔を赤くしながらぷるぷると震えていた。

「み、みんなのえっちー!! 黙って見てるなんて、ひどいよぉーー!!」

 そういって千歌は皆を追いかけ始めた。曜の「逃げろ~」という声に従い、皆逃げ始める。おれは彼女たちの追いかけっこを見ながら、さっきの千歌の言葉を思い出す。

 

《本当に、幼馴染だから……?》

 

 幼馴染だから、おれは千歌を気にしてたのだろうか。多分そのはずだ。でも、そう言い切れる自信が、今のおれにはなかった。

 おれは、本当に千歌を幼馴染として見ているのか?

 疑問を夜空に投げかけるが、返ってくるはずもなかった。

 

 

 ●●

 みんなを追いかけながら、さっきの櫂ちゃんとのことを思い出す。櫂ちゃんが皆を見つけなかったら、どうなってたんだろう? キ、キスとかしちゃってたのかな?

 そう考えただけで肌が熱くなった。違うもん。櫂ちゃんは千歌の曜ちゃんや果南ちゃんと同じ、大事な幼馴染だもん。

 

《本当に同じなの?》

 

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。足を止め、星空を見上げた。千歌は、櫂ちゃんのこと、幼馴染として見てるよね。そうだよね?

 そう星空に質問するけど、返ってくるわけもない。私がそこで足を止めていると、近くの電柱からひょっこりルビィちゃんが姿を現した。

「千歌さん……?」

 心配してくれてるのかな。それがちょっと嬉しくて、一気にルビィちゃんとの距離を詰めた。

「ルビィちゃんつっかまえたー!!」

「ピギぃ!?」

「よーし、この調子で皆捕まえちゃうぞー!!」

 私は解けない疑問を忘れたいかのようにがむしゃらに走りだした。

 

 その後、はしゃぎ過ぎだとお姉ちゃんたちに怒られるのは、また別の話。




 基本僕は、先代ことμ'sのメンバーを出す予定はありません。アニメでも序盤でけっこう出ていたみたいですが、そこにちょっとした違和感を感じてました。なんていうか、親の七光りじゃないけど、先代の威光を借りてるように感じてしまって。μ'sがいなくても、彼女たちは魅力的に出来るはずです。
 でも千歌ちゃんを語るには別。彼女のスクールアイドルへの憧れはμ'sから始まったから。憧れだから、その背中だけを追いかけるような愚行に走って欲しくない。今回は、いつかアニメでやるんじゃないかと危惧してる変に重いシリアスへのカウンターということで。


 後ろ向きな話は終わり。これで合宿編は終盤へと行きます。次回は王様ゲーム回をやろうかな。

 ご意見ご感想、そして特別企画のおたより、お待ちしてます。


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31話 シャイ煮って何だよ

ダイヤ「アニメからは参考にしないって言いましたよね?」
俺「こ、これはアニメからじゃねーし、生放送のネタからだし……」
 完全に苦し紛れです。本当にありがとうございました。


「食材がない?」

 おれは千歌のお姉さんからの報告を聞いて耳を疑った。

「そうなの。思ったよりも皆の滞在期間が長くって……。今から買い出しに行くから夕飯はなんとかなると思うんだけど……」

 時計の針は11時を指していた。これからの昼食を何とかおれたちだけで済まさなければならないのだ。

「わかった。千歌たちには伝えておくよ。ごめん、迷惑かけて」

「いいのよ。頑張ってる千歌を応援したいのは櫂だけじゃないんだから」

 お姉さんの言葉が嬉しくて、おれは一礼すると千歌達の元へと戻った。

 

 

「――と、言うわけでお昼はおれ達だけでなんとかしなくちゃいけなくなりました!」

 おれはAqoursの面々9人が集まる部屋で食料がないことを報告した。

「それは、困りましたわね……。ここは一度各自の家に帰って食事を摂ってから再び集合するのがいいでしょうか……」

 あごに指を当て思案するダイヤさんに善子が疑問をぶつける。

「それじゃあヨハネはどうするのよ。ヨハネは沼津と家から遠いし……」

「善子ちゃんはおらの家で一緒にご飯を食べるといいずら」

「ありがとうずら丸! あと私はヨハネよ!」

「お姉ちゃん、ルビィたちも家でご飯食べる?」

「ええ、そうしましょうか」

 えーと、一年生とダイヤさんが一度家に帰宅か。さて残りの面々はどうしようかな?

「カイ!」

 おれが考え事をしていると、鞠莉さんが手を上げてきた。

「ワタシにいい考えがあるの!」

 

 

「ハーイ、お疲れ様ー!! サンキュー!」

 家で食べる組が旅館を後にした後、鞠莉さんが食料を運んできたトラックに手を降って見送った。彼女の足元には少し大きめのダンボール。

「それで鞠莉さん、この食材で昼飯を作るんですか?」

 おれがダンボールに手を伸ばすよりも先に鞠莉さんがそれを持った。

「カイは触っちゃNoよ。ワタシが作ってあげる!」

「え、鞠莉さんの手料理ですか?」

「Yes! ワタシのフルコース、味わってちょうだい!」

 こうして、おれ達は鞠莉さんの作るごちそうを食べることとなった。

 

 

「ねぇ、本当にいいの?」

 後ろから果南ねえちゃんの声が聞こえる。おれの背中には彼女の柔らかな何かが当っているが、そこは気にしない。そしておれの下には梨子、曜、千歌。

「だって果南ちゃん、気にならない? 鞠莉さんの手料理?」

「そうだよ、あの鞠莉さんが手料理なんて、想像出来る……?」

「ひ、ひどい言われようだね、鞠莉ちゃん……」

 残った果南ねえちゃん、千歌、曜、梨子とおれ達で厨房の入り口で鍋の前に立つ鞠莉さんを見つめている。

「果南ねえちゃんは、鞠莉さんの料理食べたことあるのか?」

「言われればないかも。遊びに行った時に紅茶を淹れてもらったことあるだけで、お菓子とかご飯とかはウェイターさんとかが持ってきてくれたし……」

「やっぱり気になるよ、果南ちゃん!」

 と、おれ達の思惑を余所に、鞠莉さんの調理が始まった。

「んー、今日はシチューにしようかしら……」

《おっと鞠莉選手、この夏場にシチューを出すということを考えました。これはアリなんでしょうか、解説役兼旅館の娘の千歌さん?》

《正直悪手ですね。夏場のシチュー程熱くて食べられないものはありません》

《二人して小声でなにしてるの?》

 実況風に会話する千歌と曜、ツッコミをいれる梨子に気づかず、鞠莉さんは鍋相手に呟く。

「えーと、取り敢えず美味しい物を入れていけば美味しくなるはずだから……」

 先ほど運んだダンボールから食材を取り出して入れていく。特に切ったりもしないまま。

「金目鯛と、松阪牛と伊勢海老と伊勢海老と金目鯛と金目鯛と……」

 その豪快の域を超越し兼ねない調理におれ達の体温がさっと下がるのを感じた。

《皆、取り敢えずツッコんでいいかな》

 おれの問いに全員無言で返事をした。おれは鞠莉さんに聞こえない程度の音量で叫んだ。

《何だあの料理は!? って言うかあれは料理と言っていいものなのか?》

《ほ、ほら櫂ちゃん、ビッグアメリカってことで……》

《流石のアメリカンドリームも具を切らないほどビッグじゃねーよ! っていうか何であんなに金目鯛をぶち込むんだよ!》

《そ、それは櫂、鞠莉さん金髪だから……》

《ああ、これが本当のマリーゴールド……って馬鹿!!》

 困惑するおれ達を余所に、鞠莉さんのマッドなクッキングは続く。

「調味料は、んーと、分かんないから日本酒を一升入れてっと……」

《そんなに入れたら酔っ払っちまうよ! 酒蒸しでも作りたいのかあの人? おれ達一応未成年よ?》

「それと、このマリー特性の調味料を入れて……」

 鞠莉さんが懐から取り出した謎の液体が鍋へと入ると、鍋は謎の発光現象を始めた。後光のような光を浴びながらおれ達が口を開けながら果南ねえちゃんの方を向くと、彼女は黙って首を横に振った。

 それを見て曜が台所から離れた。

《そ、そーだ! 私、魚を釣ってこようかなー!!》

《曜ちゃん、千歌も!》

《ふ、二人共わたしも!》

 二年生は一斉にその場から去っていった。残されたのはおれと果南ねえちゃん。

《果南ねえちゃん、果南ねえちゃんは何処にも行ったりしないよね?》

 昔こうやって上目遣いで見つめた時、果南ねえちゃんは折れてくれたっけ。今はその可能性にかけるっ!!

《っ……!》

 果南ねえちゃんは歯を食いしばりながらおれの視線から逃れる。

《ごめん、おじいが一人でご飯食べれてるかどうかわからないから、帰るね……》

 果南ねえちゃんまでもがおれに背を向けて去ってしまった。

《この裏切り者ぉー!!》

 我ら生まれは違えども、死する時は同じという桃園の誓いは何処へいってしまったのか。おれの嘆きを知らず、鞠莉さんの殺人クッキングは続く。

「~♪」

 マズい、これは二重の意味でマズい。彼女の料理が完成するまでにここから逃げなくては。おれの命がマズい!

 と、台所から背を向けて、歩き始めようとした時だった。

 

「カイ、美味しく食べてくれるかな~♪」

 

 その言葉に足が止まった。視線を再び厨房へと向ける。作っている内容はともかく、鞠莉さんはとても嬉しそうに料理をしていた。一番食べてもらいたい人のことを想いながら。

「ハートを掴む前にまずは胃袋を掴まないと! カイ♪、待っててね♪」

 おれは厨房を後にした。

 

 

「ハーイ、お待たせ♪ マリーの特製シチューシャイ煮スペシャルよ♡」

 そう言って彼女が盛りつけてきたのは、七色に輝きを放つシチューらしき煮込んだ何か。おれはこれを食さなければならない。

 ああそうだよ、おれは女の子が悲しむ顔を見たくないんだ。おれがこいつを食うことで鞠莉さんの笑顔が守れるなら本望だ!

「で、では……、いただきます……」

 恐る恐るスプーンでソレを掬う。掬っても尚そのシャイ煮とやらは輝きを失わない。こりゃアレだな。滅茶苦茶美味いか、食ったら爆発する類の代物だ。

 ええいままよ、と覚悟してソレを失わない口に含んだ。そしてかつてない衝撃がおれの中を突き抜け、一言漏らした。

「美味い」

 この名状しがたいどろっとしていてべちゃべちゃした何かは食感こそ微妙だが味はもったりとしていてしつこく、絡みつく。だがそれがクセになる。これは前者だったか。

「美味しいですよ鞠莉さん!」

 思わずシチューにがっつくおれを見て鞠莉さんの笑顔がさらに輝く。

「ホント!? 全部の具材が溶けこむまで煮込んだ甲斐があったわね!!」

 うおォンとおれは叫び声をあげながらシチューを平らげてしまった。気のせいか鞠莉さんが輝いて見える。あれ、鞠莉さんってこんなに魅力的な人だったっけ。鞠莉さんだけでなく周囲の空間も、おれ自身も輝き、その輪郭を消していく。

 

 そして、おれの世界は白に包まれた。

 

 ふと眼が覚めた。天井がある。そして隣に見えるのは心配そうにおれを覗き込む鞠莉さん。おれ、布団に寝てるみたいだな。

「カイ! やっと目が覚めたのね!!」

「あれ、鞠莉さん。おれ……」

 おれが何か言い切る前に、彼女はおれの胸元へ顔を埋めた。

「ごめんなさい! ワタシのせいでカイが……」

 涙ぐむ彼女の話によると、おれは一口食っただけでぶっ倒れてしまったらしい。それじゃあおれは幻覚を見ていたのか? 恐るべき破壊力だったんだな。おれは胸元を濡らしてくる鞠莉さんの肩を掴むと、彼女を離した。

「大丈夫ですよ、鞠莉さん。さっきのはその、ちょっと刺激が強すぎただけですから」

「でもっ!!」

 いつもの彼女からは想像出来ない涙目に、ちょっとドキッとした。今のおれに出来ることは――

「鞠莉さん、まだ食材は残ってますか?」

「え、ええ。残ってはいるけど……」

 困惑する鞠莉さんにおれは笑顔を向けた。

「よし、じゃあ今度は一緒に作りましょう。一緒に作って、一緒に食べればもっと美味しくなりますよ」

「一緒に、作ってくれるの……?」

「えぇ。おれも料理はあんまり得意じゃないですけど、二人で頑張ればなんとかなりますよ!」

 おれの言葉に鞠莉さんはようやく笑顔を見せてくれた。

「ええ! 夫婦で始めての共同作業よ!」

「夫婦の、ってとこは否定する!」

「もう、照れてるの? カワイイわね!」

「う……」

「さぁ、二人だけのシャイ煮を作るわよ!」

「あ、シャイ煮を作ることは確定なんすね!」

 二人だけの厨房で、おれ達は調理を始めた。

 

 

「かい、鞠莉の料理はどうだった?」

 皆が戻ってきて、果南ねえちゃんが真っ先に聞いてきた。おれはバンソコウだらけの指でVサインをして笑顔で応えた。




 ふと思いついてしまったシャイ煮回。ニコ生が先だから。いいね?

 ご意見ご感想、企画のおたより、お待ちしてます。


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32話 王様ゲーム:乱れダイヤ

 王様ゲーム編へ突入です。
 美しいダイヤさんを黒くゲスい笑顔で汚すか、真っ赤なテレ顔で乱れさせる、どっちがマシなのかね?


●●

 旅館『十千万』での合宿を終え、わたくし達は互いを労うために打ち上げをしている時のことでした。

「王様ゲーム!!」

 鞠莉さんの一言に皆さんが感嘆の声をあげている。王様ゲーム? 何でしょうか?

「ルールをイマイチ理解してなさそうな顔をしてるダイヤに改めて説明するね!」

 そんなわたくしの顔を見て鞠莉さんがルールを説明してくれました。1~9の数字と『王』と書かれた紙をランダムにシャッフルし、一人一枚引いて『王』を決める。そして『王』は番号を持った方々に一つだけ命令することが出来る。それを何回も繰り返すゲームだそうですね。

「ルールは把握しましたわ。それで、どうすれば勝ちなんでしょうか?」

「いやダイヤさん、このゲームには勝ち負けはないんですよ」

 わたくしの隣に座っていた紫堂さんが声をかけてきました。

「勝ち負けがない? それではゲームとして成立しないじゃないですか!」

「簡単に言えば余興って奴ですよ。肩の力を抜いて、楽しんだらいいと思いますよ?」

「肩の力を、抜く……?」

「そうです。ダイヤさん、練習では皆を引っ張ってくれてましたから。思いっきり羽根を伸ばしたっていいんですよ」

「それも、そうですわね……」

 どうしてでしょう、紫堂さんには随分とあっさり従ってしまう自分がいる。

「じゃあ早速始めるわよー!!」

 鞠莉さんの一言で紙の入った箱が回される。皆がそこから1つずつ紙を取り出していく。全員に紙が行き届いた所で鞠莉さんが叫んだ。

「おうさまだーれっだ!!」

「はーいっ!!」

 そう言って出てきたのは曜さん。敬礼のポーズをしてわたくし達を見渡す。

「それじゃあ曜、王様としての命令をしてちょうだい!」

「ヨーソロー♪ うーん、どうしよっかな~」

 意地悪く笑ってわたくし達を吟味する様に見渡す曜さん。そして何かを思いついたのかにやりとした。

「よーしっ、3番と5番の人はコントをすること!」

「3番…、わたくしですわ!」

 紙に書かれていた番号と一致したのでわたくしは手を上げた。5番は誰かしら……。

「ピギっ、お姉ちゃんと……?」

 5番の紙を持っていたのはなんとルビィ。内心驚いていると千歌さんが囃し立てました。

「おお、ここでまさかの姉妹漫才だ! すごいすごい!」

 千歌さんの言葉に他の皆もはしゃぎだす。どうしましょう、コントなんてやったことないのに。しかも妹のルビィとだなんて。

「お、お姉ちゃん、どうしよ……」

 心配そうにわたくしの方を見るルビィ。わたくし達姉妹はそういったモノには疎いのですよ? 命令を変えてもらえないかしら。

 そう言おうとした瞬間、曜さんが意地悪そうな顔で言った。

「ダメだよダイヤさん、王様の命令は絶対だから♪」

 くっ、先を読まれていました。こうなったらやるしかありませんわね。見せてあげましょう、黒澤姉妹の力を!

 軽くルビィと打ち合わせをし、全員の前に立つ。まだルビィはおどおどとしている。ここはお姉ちゃんとして、わたくしがボケて、ツッコんで貰わないと。

「隣の家にかごっ――」

 変に言い方を間違えた瞬間舌に伝わる痛み。噛んだ。皆さんの前で。わたくしが口を抑えていると、ルビィが慌てたように手をびしりと当てた。

「な、なんでやねんっ」

 そして訪れる沈黙。皆が顔を見合わせている。そんな沈黙を破ったのは紫堂さんだった。

「よ、よーし、これで曜の番は終わったな。次の王様決めようぜ」

 紫堂さんの声に皆従うように紙を箱の中に戻し始めた。わたくしが元の場所に戻ると、彼はお茶の入った紙コップを差し出してきた。

「お疲れ様です……」

「わたくし、とっても恥ずかしい思いをしましたわ……」

「まぁ王様ゲームってのは互いに恥の見せ合いみたいなもんですから。そんなに気合を入れなくていいんですよ」

 もう少し楽しみましょ? という彼の言葉を聞きながらお茶を飲む。冷えたお茶が恥で暑くなった身体を冷やしてくれる。

「それじゃ次、いっくよー!」

 曜さんの合図で再び箱が回され始める。紫堂さんは箱をわたくしに回しながら笑顔を向けた。

「まあ自分に役が回らないことを祈りながら、誰かを笑ってやればいいんですよ」

「そういうものなのでしょうか……」

「そういうもんですよ」

 わたくし達の会話を余所に、次の王様が決まったみたい。

「よーし、次の王はこのヨハネよ!」

 善子さんの声が響いた瞬間、紫堂さんの顔が一瞬強張った。

「紫堂さん?」

「だ、大丈夫。確率は9分の1、そうそう簡単には――」

「それじゃあ7番の人! このヨハネと一緒に堕天しよ♪」

 その言葉を聞いた瞬間、紫堂さんの顔から表情が消えた。彼が握っている紙を見るとそこには「7」の数字が。

「紫堂さん……」

「ダイヤさん……」

 紫堂さんは悟ったような顔をしてわたくしを見つめてくる。いつもとは違う表情に少しドキリとして。

「番号、交換しません?」

「駄目です」

 そんな彼が少し可笑しくて、思わず頬が緩んだ。

 

 

 ◇◇

 まさかピンポイントに番号を当ててくるとは思わなんだ。おれが王様である善子の前に立った。当の本人は本当に当たると思わなかったのか、嬉しそうな顔をしている。

「やった♪」

 小さくそう呟く彼女が可愛らしくて、まあこういうのに乗ってやるのも悪く無いと思えた。

「じゃあシドー、ヨハネと少し打ち合わせよ!」

 そう言って彼女はおれの手を引いて宴会場から出た。

 

「全てのリトルデーモンよ!」

「我が軍門に下れ!」

 それから数分後。おれと善子は黒いマントを羽織って皆の前に立った。皆の反応はもちろん沈黙。そりゃそうだよね。

「ぷふっ」

 が、その沈黙を破るように誰かが吹き出した。声の方向を向くと、ダイヤさんが口元を抑えて身体を震わせている。

「くくっ……」

 そして堰を切ったように笑い出した。それに釣られて他の皆も笑い出す。

「もう! 皆して笑うことないじゃないのよ!」

「善子ちゃん面白いずら!」

「善子ゆーなっ!」

 善子は頬を膨らませるが、おれとしては助かった。笑われた方が逆にいい。

 善子の王政は終わりを告げ、おれは元の場所に戻った。

「ダイヤさん、ありがとうございました。あそこでわざと笑ってくれなかったら心が崩壊しかけてましたよ」

「ぷふっ、くくっ……、え?」

 ダイヤさんの瞳には涙が溜まっていた。呼吸が荒く、肩で息をしている。まさか、本当にツボだったのか?

「ごめんなさい、本当に可笑しくて……」

 涙を拭いながら謝るダイヤさん。普段あんまり見ない彼女の笑顔におれの頬も緩んだ。

「それだけ面白がってもらえたのなら、何よりですよ。ダイヤさん、あんまり笑わないから」

「そうかしら? そう言えば最近あんまり笑うことなかったかもしれませんわね」

「もっと笑顔を見せましょうよ。ダイヤさんの笑顔、とっても魅力的ですよ」

「えっ!?」

 ダイヤさんの頬が赤く染まり、こちらを見つめてくる。おれ自身も何を言ったのか理解して体温が上昇する。

「い、いや、あのね! アイドルって笑顔も魅力の一つでしょ? それだけの笑顔を持ってるなら生かさない手はないでしょ?」

「そ、そうですわね! わたくし、素材がいいですもの!」

 互いに視線を逸らしてしまう。おれすっげー恥ずかしいこと言ってたんだな。視線をそろそろと戻すとダイヤさんとばっちり合ってしまった。再び恥ずかしくなって、また視線を逸らした。そんな様を見ていたのか、曜が声をかけてきた。

「二人ともー! イチャついてないで、次始めるよー!」

「なっ!? イチャついてなんていませんわよ!」

 ダイヤさんの抗議を余所に再び紙が回され、次の王様が決定する。

「お、今度は私が王様だ」

 手を上げたのは果南ねえちゃんだった。おれは自分の紙を見て、番号を把握する。6番か。

「そうだな~、いつもはわたしがハグしてばっかだからなぁ。1と6の人同士でハグしてもらおうかなぁ~」

「それじゃあ1と6の人、手を上げてー!!」

 鞠莉さんの声に従い、おれは手を上げた。そしてもう一方のペアを確認した。

「え?」

 そのペアが驚きの声をあげた。相手はおれの隣、ダイヤさんだった。

「ちょっと果南さん! こ、こんな破廉恥な命令は無効にしてくださいな!」

 ダイヤさんは立ち上がり、王様である果南ねえちゃんに食って掛かる。果南ねえちゃんはあははと笑いながら頬を掻いた。

「あー、確かに誰かにハグしてもらうようにすればよかったかもなぁ。でも命令しちゃったし、仕方ないかな~」

「仕方ないってこんなっ……」

 顔を赤くしておれの方を一瞥するダイヤさん。ダイヤさん、これは仕方ないんだ。王様の命令は絶対なんだし。でも、ダイヤさんが心底嫌なら諦めるしかない。ちょっと悲しい気もするけど。残念とは思っていない。思ってない。

「ダイヤは、かいとハグするのはいや?」

「い、嫌ではありませんけど……、そ、そんな将来を決め合った仲ならまだしも……」

「ダイヤ! 嫌じゃないならやっちゃいなよ!!」

 鞠莉さんの一言に周囲も『ハーグ! ハーグ!』と煽り立てる。折れたのか、ダイヤさんは叫んだ。

「あー、もうっ! わかりましたわよ! 紫堂さん! いつまでそこにつっ立っているんです? 早くわたくしをハグしなさいな!」

「は、はい……」

 皆の輪の中心におれ達は立ち、互いに向き合う。

「本当に、いいんですね?」

「どんと来いですわ!」

 おれは緊張しながらも彼女に近づき、そっと優しく抱きしめた。

「はぁっ……」

 おれの手が触れた瞬間にダイヤさんから声が漏れ、彼女の体温が上昇した気がした。

「ダイヤー、ダメだよー。ハグってのは互いに抱きしめて成立するんだよー」

 果南ねえちゃんの声に、ダイヤさんは慌てて身体を震わせた。

「わ、わかっていますわ! ――っ!!」

 ダイヤさんの両腕がおれの背中で交差する。そして密着するようにダイヤさんの方へ引き寄せられた。胸元に彼女の柔らかさと心臓の鼓動が伝わってくる。

「だ、ダイヤさん? 大丈夫ですか?」

 彼女の耳元でそう呟くと、彼女の身体に何かが奔ったように感じ取った。

「ひゃっ!! 耳元で喋っちゃ、だめぇ!!」

 いつもの毅然としたダイヤさんからは想像出来ない、甘く、艶をもった声色。流石にこれ以上はマズいと思い、彼女から身を離した。

「はい、ハグしたからこれでいいだろう! つ、次の王様を決めるぞー!」

 ふらふらと足が覚束ないダイヤさんを支えながら元の場所へと戻った。

「紫堂さん……」

 肩で息をしながらダイヤさんはおれにだけ聞こえるような音量で語りかけてきた。

「どう、でしたか? わたくしの、ハグは……?」

 未だ艶が抜け切らない彼女の表情に平静を装いながら笑顔で答えた。

「えぇ。とっても良かったですよ――」

 そこまで言っておれの体温は急上昇した。良かったってなんだよ! なんだか淫乱な響きがするぞ。もう少しいい答えたかがあっただろう!

 おれが後悔していると、ダイヤさんはにこりと笑ってくれた。

「当然です、素材がいいですから」

 

 

 だけど、この時のおれは知らなかった。これは、この王様ゲームの始まりに過ぎ無かったと。

 




 王様ゲーム、もといダイヤ回でした。入って来てしまった情報に、ダイヤさんが真っ黒な笑顔をしたというのを聞いて、一日書けませんでした(でも翌日には書いてたけど)。相当ショックだったみたいです。
 雑誌、ドラマCDと彼女は他のメンバーに対する呼び方が違かったりするので、「どのダイヤさんを書けばいいのだろう」とかなり迷っています。これから打ち解けていく感じでいいのかな。


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33話 王様ゲーム:9人斬りの男

 どんなに感動的なドラマがあろうと、彼女達を泣かせたのなら、あんたはおれの敵だ。

 今回は主人公である櫂くんのキャラ崩壊の恐れがあります。ご注意下さい。王様ゲームだからね、仕方ないね。


「それじゃ8番の人、ルビィのことハグして下さい!」

「はいはーい」

 王様であるルビィちゃんの命令に果南ねえちゃんが近づき抱きしめた。

 命令した本人であるルビィちゃんは抱きしめられると声を漏らした。

「ふぇぁ……」

「よしよし、みんな本当に私にハグされたいんだね♪」

 これで何回目だろうか、果南ねえちゃんがハグするところを見るのは。ダイヤさんとの一件があって以降、王様になった人は全て自分をハグするようにとの命令をするようになった。そして気のせいか皆の視線がおれに向いていた。そしてそのしわ寄せなのか、ハグする役は果南ねえちゃんが引き受けていた。まさか、みんなダイヤさんみたいにおれにハグしてもらいたいのか? まさかそんなわけないよな。

 と、考えながらも次の王様が決定した。

「Oh、次のKingはマリーね!」

 鞠莉さんが立ち上がって周囲を見渡す。そしておれの方を見るとふふんと笑った。

「さっきからおんなじ命令ばかりでつまらないわね。だから――」

 おれを指さし、おれに向けて命令した。

「カイ、あなたにはワタシ達全員に愛の言葉を囁いてもらうわ!」

「はぁ!?」

 鞠莉さんの名指しの命令に周囲がざわつく。おれが全員に愛の言葉を囁くだと?

「ちょっと待ってくださいよ鞠莉さん。流石にそれは……」

「あれぇ、王様の命令は絶対だよカイ?」

「というか、そもそも番号で指名して下さいよ。名指しの命令は無効で――」

「じゃあ3番」

 その言葉を聞いた瞬間、おれは背を向け部屋を飛び出そうとしていた。

「駄目だよ櫂ちゃん!」

 次の瞬間、千歌からのタックルを受け、倒されてしまった。おれの握っていた3番の紙がひらりと落ちた。千歌はおれが逃げないようにと腰辺りにくっついている。おれの腰に千歌の胸の柔らかさが襲う。

「ちょっ、千歌! 離せって! 当たってるから、腰に!」

「離さないよ! 王様の命令は絶対なんだから!」

「例え王の命令でも聞けんものは聞けん!」

「おーじょぎわが悪いよ櫂ちゃん! 皆待ってるんだから!」

「え!?」

 視線を皆の方を向けると、皆少し顔を赤らめたりもじもじとしている。命令をした鞠莉さんも余裕のある笑みをしているが、ちょっと顔が赤かった。そんなに皆おれに愛の言葉を囁かれたいのか? いいでしょう。この紫堂櫂、女の子の期待は裏切れない男。とばしてやるぜ、イカした言葉を。そしてその第一目標は千歌、お前だ!

 心の奥底に眠るスイッチを入れ、優しく千歌に微笑むと彼女の三つ編みに触れた。こうすると千歌はびくっとして大人しくなる。

「ふぇっ!?」

 頬を赤らめる千歌の顔に近づき、囁いてやる。

「あんまり五月蠅いと、お前をみかんみたいに剥いちまうぞ?」

「えっ、えぇぇぇえ!?」

 千歌は顔を真っ赤にして焦点を失い、その場にこてんと力つきた。なるほど、こうやって落としていけばいいんだな。

「千歌ちゃん? 大丈夫?!」

「千歌ちゃん、気をしっかり!」

 千歌を心配してか、曜と梨子が駆け寄ってきた。つぎは君たちの番だ。

「曜!」

「はっ、はいぃ!?」

 曜の手を取り、見つめてやる。するとみるみる曜の顔が赤くなっていく。そこに間髪入れずに甘い言葉をぶち込む。

「いつか、おれと一緒に未来と言う大海原をヨーソローしてくれないか」

「みっみ、未来の大海原!? それって、それって・・・」

 頭の中がオーバーヒートしたのか、目を回して倒れ込んでしまった。視線を梨子へと向けると彼女は後ずさりした。が、後ろは壁。退路を断たれた彼女の顔のそばにドンと少し大きめの音を立てて手をあてた。いわゆる壁ドンというやつだ。

「し、紫堂くん?」

 彼女の表情から怯えがにじんでいる。怖がらせちゃったかな。顔を耳元に近づけると、びくっと反応して目を瞑った。

「おれ、もっと梨子のピアノが聞きたいな。二人っきりで」

「ふふ、二人っきりでぇ!? それって、その、あの……はぁ……」

 顔を真っ赤にしてそのままへたり込んでしまった。

 それと同時にのしかかる口説いたことへの罪悪感。仕方ないじゃないか、王様の命令なんだし。おれは悪く無い。

「ついに目覚めたのね、シドー!!」

 善子が立ち上がり、それっぽいポーズをとった。愚かなり津島善子。出てこなければやられなかったのに。

「待っていたわよ、アナタの覚醒を。今こそ共に堕天を――」

「ヨハネ」

 善子の言葉を遮り、一気に距離を詰める。そのすらりとした鼻を軽く撫でてやる。

「ひゃうっ!?」

 びっくりしたのか、びくりと身体を震わせる。そこに間髪入れずに言葉を流し込む。

「堕天使ヨハネよ。我に従え。さすれば貴様を快楽をもって昇天させてやろう」

「しょ、昇天!? シドーに……昇天……」

 善子はその場で倒れこんでしまった。これで四人目。

 視線を残りの一年生に向けると、花丸ちゃんの後ろに怯えるルビィちゃんがいた。

「か、櫂先輩……」

「ル、ルビィちゃんはまるが守るずら!」

「花丸ちゃん、怯えることはないんだよ」

 花丸ちゃん達の前にしゃがみ込み、顎をくいっと持ち上げる。

「ずら?!」

「花丸ちゃんは聖歌が得意だったね。クリスマスとかに聞いてみたいな、聖歌。その後は、解るよね?」

「えぇえぇ!? 二人っきりの教会での聖歌……。そしてまるとせんぱいは……、はわわ~」

 そこから先の展開を妄想したのか、ふにゃふにゃになる花丸ちゃん。その後ろで身体を震わせるルビィちゃんの頭を撫でる。

「ピッ!?」

「怖がらないで。おれは怯えてる顔じゃなくて、ルビィちゃんの笑ってる顔が見たいんだ。ほら、笑ってごらん?」

 おれの言葉にちょっと不格好に笑うルビィちゃん。笑顔には遠いかもしれなかったが、優しく頭への愛撫を続ける。

「ふぇあぁ……」

「これは、その笑顔のお礼だよ」

「はうぅ……」

 ルビィちゃんは顔を真っ赤にするとそのまま目を回してぱたりと倒れてしまった。目を回す様も可愛いな。

「紫堂さんっ……よくもわたくしの可愛いルビィを誑かしてくれましたわねっ!」

 ダイヤさんがつかつかとおれに歩み寄り、怒りを露わにしてくる。おれはにこやかな笑顔でそれに対応する。

「何言ってるんですか、ダイヤさんだって可愛いじゃないですか。そんなに怒ってちゃ、可愛い顔が台無しですよ」

「かっ、可愛いっ!?」

 顔を赤らめるが、ダイヤさんは気丈に振る舞おうとする。

「そ、ソレくらいの口説き文句ではわたくしは落ちませんわよ! 安い女だと思わないで――」

 ぷいっとそっぽを向いた瞬間を狙い、距離を詰めて彼女の手を握った。

「安い女だと思ったことは一度もありませんよ。ダイヤさんはいつも美しくて、でも可愛い所もある魅力的な女の人だと思ってます」

「――っ!?」

 耳まで真っ赤になって視線をおれの方へ戻してきた。おれは微笑んで、トドメと言わんばかりに囁いた。

「また、ハグしてあげましょうか?」

「――はぁ……」

 その言葉を聞いた途端、力を失ったように倒れるダイヤさん。

「おっと」

 おれは崩れ落ちる彼女をお姫様抱っこのような形で抱きとめ、そのまま床にゆっくりと下ろした。

 残された二人が何か小声で会話をしていた。

 

「ちょっと鞠莉、これちょっとマズいんじゃない?」

「まさかカイがここまでやるとは……、カイ、恐ろしい子っ!」

「ふざけてる場合じゃないよ! このままじゃ私たちも……」

「よし、果南、行ってらっしゃい!」

「なんで私なのさー!」

「果南のハグパワーでカイを大人しくさせちゃうの!」

「あー……、なるほど。やってみようかなぁ」

「(出来るんだ……)頑張って果南! 骨は拾ってあげるから!」

「それ私が死ぬの確定じゃんか! もぅ……、こらっ! かーいっ!」

 

 果南ねえちゃんが少し怒ったような表情で腰に手を当てておれを見つめている。

「さっきから黙って見てれば、やり過ぎだよ? お姉ちゃん怒るよ?」

 ぷんすかと擬音出来そうな表情をしている果南ねえちゃん。昔そうやって叱ってきたっけ。おれは悲しそうな顔をして彼女に近づいた。

「ごめんね、果南ねえちゃん。これは王様の命令なんだ。それに果南ねえちゃんもちょっとは期待してるんじゃないの?」

「っ、そ、それは……」

 ちょっと顔を赤くしておれから目を背けた瞬間を見計らって彼女を軽く抱きしめた。それだけで果南ねえちゃんの動きがビクッと止まった。

「う、うわっ!?」

「こうやってハグするのは久々だね、お姉ちゃん」

「お、おね、お姉ちゃん!?」

 昔呼んでいた名前で呼ぶとさらに反応する。衣服越しに体温が上昇しているのがわかる。あともうひと押しだ。自分が出来る限りの笑顔を向けた。

「お姉ちゃん♪」

「あっ……」

 果南ねえちゃんは一声上げると、ふにゃふにゃになってしまった。残すは一人。おれは鞠莉さんの方を向いた。

「よ、よくやったわカイ! さぁて次の王様を決めなくちゃ――」

「ダメですよ、鞠莉さん」

 彼女の肩を抱き、じっと見つめる。鞠莉さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

「あ、あんまりまじまじと見ないでよ……」

 珍しくしおらしくしている鞠莉さんが可愛らしくて。

「どうして? こんなに美しい顔、ずっと見たくてたまらないですよ」

「あぁん! だ、だめぇ!」

 鞠莉さんは肩を震わせてその場に座り込んでしまった。当たりを見渡せば顔どころか耳や腕まで真っ赤にした9人の女の子達が地に伏している。その様を見て、おれの理性は帰還した。

 

 

「そ、それじゃあ皆落ち着いてきたみたいだし、次いくよー……」

 それから十分後。皆の調子が戻ってきた所で王様ゲームは再開された。おれは体育座りで肩を震わせていた。

「おれは悪く無いおれは悪く無い……」

「もう解ったから、櫂ちゃん」

「そうだよ、鞠莉さんの悪ふざけが過ぎたんだから」

 同い年の幼馴染二人が両側から慰めてくれる。それだけでも大分心が救われるってもんだ。

「で、でもすごかったね、曜ちゃん……」

「う、うん……」

 二人の緊張した声が聞こえる。仕方なかったんだ。王様の命令で仕方なく言ったんだ。おれは悪く無い。

「でもさ櫂。あれは、あの言葉は命令されたから言った冗談だから、私たちは気にしてないよ? だからそんなに落ち込まなくたってダイジョーブだよ!」

 曜がおれを元気づけようと肩を叩いてくれた。でも、冗談なのかと言われるとそうじゃないと思う自分がいた。

「冗談、じゃないかもしれない……」

『え?』

 曜と千歌の声が重なって聞こえた。しまった、声に出てしまったみたいだ。

「櫂、ちゃん……?」

「櫂、それって……」

 とたんに頬を染める幼馴染二人。そんなおれ達に紙の入ったボックスが回ってくる。

「さ、次のゲームを始めようぜ! 次は誰が王様かね~」

「う、うん! そうだね!」

「は、早く決めちゃおっか!」

 おれ達は慌てて箱から紙を引いた。

 

「さーて、次いくわよー! 王様だーれっだ!」

 その言葉におれは無言で立ち上がった。宴会場の上座まで歩き、皆を見下ろしながら『王』と書かれた紙を見せびらかした。

 

「待たせたな皆」

 

 「王の紙」を見た瞬間、おれの心は今までにない加虐心に支配された。あれだけおれは恥ずかしい台詞を言わされたんだ。お返しするには丁度いい。

 

「おれがキングだ」

 

 ここからおれの、反逆が始まる




 9人分の口説き文句とか難しすぎる。女の子からの魅力的な台詞は「俺がどう言われたら嬉しいか」をベースに作れるけど、「女の子がどう言われたら嬉しのか」がベースになるであろう男からの口説き文句を作るのは本当にムズいです。
 皆さんの満足のいく出来であることを願います。
 あと、花丸ちゃんの櫂に対する呼び方を今後「紫堂せんぱい」と変更させて頂きます。ルビィちゃんも先輩呼びなので少しでも区別しておきたいので。

 ご意見ご感想、企画のおたより、お待ちしてます。


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34話 王様ゲーム:コードS・反逆の男子R2

 王様ゲーム二回戦です。9人分の萌え台詞考えるのもけっこうキツいな……。
 今回は三人称視点でのナレーションもあります故、ご注意下さい。


●●

 櫂がとてつもない威圧感を放っている。私、渡辺曜の身体はガタガタと震えていた。忘れていた。櫂は私たち幼馴染の中で一番怒らせてはいけない奴だってこと。恐らくさっきの口説き文句を考える命令で溜まった何かが、王になったことで一気に開放されたのだろう。

「よ、曜ちゃん……」

 千歌ちゃんも同じことを考えていたのか、震えていた。

「さて、さっきは随分と恥をかかせてもらったからな。どんな命令をしようかな……」

 櫂が私たちを見下ろしながら顎に手を当てて思案顔をする。その威圧感の危機感を覚えたのは果南ちゃんだった。

「だ、ダメだよ、かい。さっきの命令の一件は終わったんだし、次に持ち越ししちゃ」

「そ、そうだよカイ! あ、あれはほんの余興だから……」

 命令した張本人でもある鞠莉さんも慌てて立ち上がった。が、櫂はにこやかに二人に微笑みかけた。

「いやだな松浦先輩、鞠莉さん。別段おれはさっきのことで怒っちゃいませんよ。ただ――」

 微笑んでいるのに、なぜか薄ら寒さすら感じてしまう。絶対嘘だ。櫂の頭の中の何かがプッツンしてる。

「皆に命令をきいてもらえるのが嬉しいだけですよ。それと、これから出す命令も余興ってことになりますね」

 櫂は私たち全員に命令するつもりだ。ど、どんな命令が来るんだろう。

「よし、これがいいかな」

 何か思いついたのか、櫂はにやりと笑うと宴会場に響き渡る声で命令を告げた。

「1~9番の者は順におれに『妹として甘える行為』をしてもらう!」

 こうして、私たちの妹プレイが始まった。

 

◆◆

《高海千歌の場合》

「これ、本当にやらないと駄目なの?」

「当然だ。王様の命令は絶対だからな」

「うぅ~。櫂ちゃんのいじわる~」

 千歌は一呼吸して、櫂に甘い目線を送った。

「か、櫂にーちゃん! チカ、櫂にーちゃんの為にミカン獲って来たの! 一緒に食べよ♪」

「ああ。ありがとな、千歌」

「えへへ~♪」

 櫂が頭を撫でると、千歌は嬉しそうに目を細めた。その様を見た梨子が呟いた。

「ねぇ、曜ちゃん。これ普段の二人とあんまり変わらなくない?」

「梨子ちゃん、そこはツッコんじゃいけない」

 尚この後千歌の顔が真っ赤になるまで櫂は頭を撫で続けたのであった。

 

《桜内梨子の場合》

「うう、恥ずかしいよ……」

「大丈夫。千歌にだって出来たんだ、梨子にも出来るさ」

「ちょっと櫂ちゃーん、今さり気なく千歌のことバカにしなかった?」

「そ、そうだよね。わたし、やってみる!」

「梨子ちゃんまで!?」

 よし、と梨子は決心すると、ちょこんと櫂の隣に立った。

「兄さん、あの、わたし欲しい画材があるんだけど……」

 梨子が用意したシチュエーションに、櫂も乗った。

「ん? 梨子はお金持ってるだろ、足りないのか?」

「う、うん。思ってたよりも高くて……」

「仕方ないな。貸しだからな?」

「やった! ありがとう兄さん。それじゃ一緒に行きましょ♪」

 梨子は嬉しそうに櫂と腕を組むと歩き出した。

「――ってストップストップ! いつまで二人して腕組したままなのさ!」

 曜は慌てて二人に詰め寄った。

「だってわたし達、兄妹だから。ねぇ、兄さん?」

「ねー」

「ねー、じゃないでしょ櫂! もう終わりだよ~! 早く離れて~!」

 曜は顔を真っ赤にしながら二人を引き剥がしたのだった。

 

《松浦果南の場合》

「うーん、妹ねぇ……。どうしよっかな……」

「あれ、果南ちゃんあんまり恥ずかしそうにしてないね?」

 千歌の疑問に、果南は笑顔で応える。

「まぁね。小さい頃から千歌やかいの面倒を見てるからね。これくらいのワガママは可愛いもんだよ♪」

「ひゃぁ、あんまり思い出させないでよぉ……」

「そ、そうですよ……。早くやって下さいよ……」

 該当者である千歌と櫂は当時のことを思い出したのか、顔を赤くした。

「はいはい。それじゃあ――」

 果南は櫂の目の前で両手を広げた。

「かいにぃ、おいで♪」

 果南の言葉に櫂は吸い寄せられる様に彼女の胸元に近づき、ぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、果南がそばにいてあげるから。かいにぃは安心していいんだよ?」

 ちょっと顔を赤らめながら果南は笑顔を向けた。櫂は彼女の胸元で小さく震えていた。

「果南ねえちゃぁん……」

「いや妹ってシチュどこ行ったの!?」

 童心に帰ってしまった櫂を引き剥がすのには、少し時間がかかってしまったのだった。

 

《黒澤ダイヤの場合》

「う、本当にやらなければなりませんの…?」

「王様の命令は絶対ですから。それとも、出来ないんですか?」

「わ、わかりましたわよ!」

 ダイヤは恥ずかしそうに俯きながら上目遣いで櫂を見つめた。

「あ、あの、兄様……。雷が怖くて、その、今夜一緒に寝て頂けませんか? っ――、はいっ! もうおしまいですわ!」

 これ以上は恥ずかしかったのかダイヤは演技をやめてしまう。それが不満だったのか周囲から非難の言葉が出てきた。

「えー、ダイヤもう終わりなの?」

「もうちょっとがんばろうよー、ダイヤー」

「だまらっしゃいですわ!」

 果南と鞠莉の言葉を一蹴する。が他の面々もアンコールを所望する。

「ダイヤさん、もうちょっとだよー!」

「あとに続く一年生の為にもう一声!」

「あなた達……、もう終わっているからと簡単に……。あー、もうっ! わかりましたわよ! やってやりますわ!」

 観念したのかダイヤはすっと櫂の身体に寄り添って彼を見上げた。

「ふ、不思議ですわね。兄様と一緒だと雷も怖くありませんわ。このままぐっすり眠れそうです……」

 周囲から黄色い悲鳴が響きわたった。たまらずダイヤが櫂の元から離れようとするが、櫂がその肩を掴んだ。

「おれも、ダイヤと一緒ならよく眠れそうだよ」

「っ――」

 櫂の言葉を聞いてオーバーヒートしたのか、そそくさと離れてその場に座り込んだ。

「こ、これは王様ゲーム……これは王様ゲームよダイヤ。紫堂さんはわたくしの言葉に返答しただけよ、勘違いしては駄目よダイヤ……」

「櫂ちゃんずるーい!」

 千歌が頬を膨らませて櫂に抗議した。梨子、果南も少し不満げな顔をしている。

「どーしてダイヤさんにはあんな台詞言ったのさー!」

「い、いやおれは会話に合わせようと……」

「むーっ!」

 さらにぶう、と頬を膨らませる千歌。そんな彼女の頭を櫂は撫でた。

「わかったよ。今度からは最低限の会話しかしないから。曜達もそれでいいか?」

「紫堂くんがそれでいいなら……」

「私は久々にかいをハグ出来たからいいかな♪」

 櫂の言葉に二人も納得したのだった。

 

《渡辺曜の場合》

「いよいよ私の出番かぁ……」

 うーん、と腕を伸ばし軽く準備運動をする曜。櫂は少し楽しみに彼女を見ていた。

「おっ、これなら……」

 曜はなにか思いついたのか、にししと笑った。そして張り切ったように声をあげた。

「はいっ渡辺曜、いっきまーす!」

 細目にして櫂に近づく曜。不思議がる櫂を余所に曜は彼を睨みつけた。

「もうこのバカ兄貴! 皆にデレデレしちゃって!」

「い、いやこれ王様ゲームだし……」

「言い訳しない! こんなに鼻の下伸ばしちゃって、だらしがないぞ!」

 櫂がいつもと違う彼女にあたふたとしていると、曜はそのキツい雰囲気を解いて悲しそうな目をした。

「せっかく私がいるのに……、もっとわたしのこと見てよ…バカぁ…」

 その言葉に一瞬周囲の空気が固まり、即座に感嘆の声があがった。曜はふん、と鼻をすすると顔を真っ赤にしている櫂に背中を向けるのであった。

 

《津島善子の場合》

「兄上! まさかアナタは兄上じゃないの!?」

 突然善子が櫂に急接近してきた。いきなりの行動に櫂も目を丸くしている。

「その瞳の色……、間違いないわ! 十年前に生き別れたヨハネの兄上よ!」

 周囲が困惑している中、櫂は彼女の肩を掴んだ。

「そのお団子髪と、すっとした鼻……。まさかお前はあの時の……」

「紫堂くんそこ乗っちゃうんだ!?」

 梨子のツッコミも虚しく、二人は抱き合う。

「会いたかった、兄上! 兄上がいればここが地獄だろうと煉獄だろうと生きていける!」

「さぁ行くぞヨハネ! 我らが兄妹の力、この世界に見せてやろうではないか!」

「ええ! 兄上!」

「いやよっちゃん、いつまで続けるの!? っていうかちょっと抱きしめてる時間長くない?!」

 梨子の言葉に、善子は悪戯っ子っぽく舌を出したのだった。

 

《国木田花丸の場合》

「次はまるの番かぁ。よぉし、にぃに♪」

 花丸はぴょんと跳ねる様に櫂に近づいた。櫂も妹を見る曜な優しい目をする。

「どうした?」

「まると一緒に図書館いこ♪ 実は取って欲しい本があって……」

「いや、図書館ならそういう為の昇降台とかあるだろ」 

 櫂の言葉に花丸は頬を膨らませた。

「もう、にぃににとって欲しいんだよぉ……。にぃにの鈍感っ!」

 言葉の意味を理解したのか、櫂は優しく微笑んだ。

「そっか、ごめんな。じゃあ一緒に行こうか」

「えへへ♪ それでその本を一緒に読むずら♪」

 櫂は微笑むと花丸の頭を撫でるのだった。

「ねえ梨子ちゃん。にぃにってどこの言葉だっけ?」

「うーんと、確か沖縄の言葉だったような……」

「細かいことは気にしちゃいけないずら」

 

《小原鞠莉の場合》

「ハァーイ! カイ!」

 鞠莉はいつもと変わらない態度でカイに接近してきた。

「あの、鞠莉さん。妹キャラって解ってます?」

「ああ、ゴメンね。アメリカとかあっちの方じゃあんまり兄妹って意識がないから」

「あー、海外はそうだって聞きますよね。ちょっと鞠莉さんには難しかったかなー」

「そんなことないわよ?」

 そう言うと鞠莉は身体を櫂に寄せた。

「兄妹だから、家族だから出来るスキンシップがあるんだよ?」

 櫂の腕に胸の柔らかさが伝わってくる。櫂が視線を逸らすのをいいことに鞠莉は更に櫂に接近した。

「あっちだとね、家族にキスするのは当然の行為なんだよ? だからぁ、キスしましょ? My brother?」

「わわー! 鞠莉さんを止めなきゃー!!」

 曜が慌てて櫂と鞠莉を引き剥がした。

「Shitt! もう少しだったのに!」

「さ、流石にそこまではダメだよー!」

 ちぇー、と唇を尖らせる鞠莉。櫂は顔を赤らめて胸を抑えたままであった。

 

《黒澤ルビィの場合》

「うぅ、皆すごい……。ルビィにも出来るかな……」

 ルビィが小さく縮こまってしまうのを花丸が励ました。

「大丈夫だよルビィちゃん! ルビィちゃんなら可愛く出来るずら!」

「ほ、ほんとぉ?」

「ああ。おれも楽しみにしてるから」

 櫂の笑顔にルビィの表情も明るくなる。

「そ、それじゃあルビィ、頑張るね!」

 ルビィはおずおずと櫂に近づくと上目遣いで彼を見つめた。

「お、おにいちゃん……」

 その言葉を聞いた瞬間、櫂の両の瞳からは大量の涙が流れていた。

「ピギぃ?!」

 突然の号泣に驚くルビィ。それに気づいた櫂は慌ててそれを拭った。

「あぁ、ごめん。余りにも良すぎて……続けていいよ?」

「は、はいっ。あのね、おにいちゃん。ルビィ、おにいちゃんのとっておいたプリン、食べちゃったの……。その、ごめんなさいっ!」

「なんだそんなことか。プリン、美味しかったんだろ?」

「う、うん……」

「なら許すっ! むしろお腹壊さなくてよかったよ。次からは気をつけるんだぞ?」

「あっ、ありがとう! おにいちゃん!」

 ルビィの言葉を櫂は目を瞑り、全身でそれを味わう。そして一言呟いた。

「これで、満足したぜ……」

「こんな感じで良かったですか?」

「ああ。最高だったよ。ありがとう」

「えへへ♪」

 櫂が彼女の頭を撫でると、ルビィは嬉しそうに目を瞑ったのだった。

 そしてそんな嬉しそうな彼女の肩を掴む手が一つ。

「ルビィさっきのプリンの話ですが、もしかして実話ではなくて? わたくしもよくとっておいたプリンが無くなることがあるから」

 ルビィが振り向いた先にいたのは姉であるダイヤだった。彼女はにっこりと笑顔を貼り付けていて、ルビィの顔面は真っ青になった。

「あとでじっくりお話しましょ♪」

「ぴ、ピギぃぃぃぃ!!」

 宴会場に、ルビィの悲鳴が響き渡った。

 

 

◇◇

「そろそろ時間も時間だし、これで最後にしよっか」

 果南姉ちゃんの言葉に全員頷いた。時計の針は9時を指そうとしていた。早いかもしれないけど、皆練習で疲れているだろうし、そろそろ寝るには良い時間かもな。

 なんて考えていると既に紙が配られていた。中身を確認するが、「王」の文字は見えなかった。うーん、残念。

「櫂、また王様になれなくて残念とか考えてるでしょ」

 隣にいた曜が肘でおれの身体をつついてきた。

「べ、別に、そんなんじゃねえよ」

「どーだか」

 どことなく曜は不機嫌だった。

「何怒ってんだよ」

「別に怒ってないよーっだ」

 やっぱり怒ってるだろ。

「あの言葉、冗談じゃないんだからね……」

「え?」

 おれが聞き返すよりも先に王様ゲームが始まってしまった。

『王様だーれっだ!!』

「はーい!!」

 元気よく手を上げたのは千歌だった。

「わーい! やっと私の番だよ~。それじゃあ……」

 千歌は立ち上がると満面の笑みをおれ達に向けた。

 

「皆で花火しようよ!」




 ぶっちゃけた話、櫂の性癖みたいなもん晒してるから、逆に櫂への皆のラブ度下がるんじゃね?
 そう思ったのは中盤から。でももう引き下がれない。これは王様ゲーム。いいね?

 ご意見ご感想、企画へのお便り、よろしくお願いします。


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35話 天に咲く花と地を這う花と

 十千万編ラストです。いやー、ここまで長かったような短かったような……。


「それじゃ、いっくよー!」

 千歌がロウソクに火を着けた途端、皆がそれぞれ持った花火をそれに近づけた。

 そして放たれる赤や緑、黄色といった火花。それに映える彼女達の顔が綺麗で、直視するのが照れくさかった。

「何を黄昏れているのよ、シドー」

 そんなおれに声をかけてくれたのは、善子だった。

「いや、別に。こんな大勢で花火やるのは久々だった気がしてさ」

 皆が綺麗だったから、なんて恥ずかしくて言えなくて、誤魔化す様におれは彼女に笑いかけた。そんなおれの誤魔化しに気づいているのかいないのか、善子も微笑みで返してくれた。

「そうねぇ。もしかしたらヨハネは初めてかもしれないわね。皆で花火なんて」

「そうなのか?」

「リトルデーモンを召喚する時に一人でやったりしたわね――って何その『寂しい青春してんな』って顔は!?」

「い、いやしてねーし!」

 思ってたけど。善子はため息をつくが、微笑んだ。

「それに、青春ってのはこれからじゃないの?」

「ああ、そうかもな」

 彼女は1年生だ。まだまだ始まったばかりだもんな。

「そ、それに、シドーとのせ、青春だってこれからなんだから……」

 その言葉に一瞬ドキッとして。

「善子、今の――」

「わーっ!! 今のナシナシ!」

 善子は顔を真っ赤にして首を横に振った。

「はぁ、らしくないわね。このヨハネとあろうものが……。そうだシドー、ちょっと付き合ってよ」

「付き合うって何に?」

 善子はにやりと笑うと手持ち花火を数本見せつけた。

「花火って言ったら、アレでしょ?」

 

「そして滅ぶ。人は、滅ぶべくしてなぁ!」

「そんなアナタの理屈!」

「それが人だよ、善子!」

「違うっ! あと私はヨハネよっ!」

 善子が持つ花火の突きを後ろに下がってかわす。お返しとばかりに花火で斬りかかるが、彼女はひらりと舞う様に避けた。

「それが誰にわかる! わからぬさ!」

「何をしていますの?」

 おれ達がチャンバラ即興劇をしていると、呆れた声が聞こえてきた。

「ああ、ダイヤ。これは、儀式よ。ヨハネとシドーの戦いの儀なのよ!」

「戦いの儀だろうとなんだろうと、危ないじゃありませんか! 誰かにぶつかりでもしたらどうするんですか!」

「す、すいません……」

 おれが謝ると、ダイヤさんはおれの方を見て、ため息をついた。

「全く、善子さんはともかく、紫堂さんはもっと常識のある方だと思ってましたのに……」

 おれは笑って誤魔化した。善子とこうやって馬鹿やってるのは楽しいからな。嬉しそうな顔してる善子を見てると、どうしても乗ってしまうわけで。でもそんなこと本人には言えないけど。

「ダイヤさんもそう怒ってないで。普通に花火を楽しみましょ?」

「そ、それもそうですわね」

 残っている花火を渡し、火を着けてあげる。音を立てて燃える花火をダイヤさんは儚げに見ていた。

「綺麗ね……」

 うっとりと見ているダイヤさんの横顔はとても綺麗で。思わず見とれていたのか、ダイヤさんが不思議そうにこっちに視線を向けた。

「どうしました?」

「い、いえ……」

 おれがしどろもどろしていると彼女は微笑んだ。

「うふふ、もしかしてわたくしに見惚れていたのですか?」

 ちょっと得意気にしているダイヤさん。いつもの美麗さとは反対にちょっと可愛らしくて、本当のことを言ってしまう。

「ええ。ダイヤさんと花火は本当に相性がいいですね。綺麗にダイヤさんが映えていますよ」

「っ! そ、そうですか……」

 予想外の答えだったのか、ダイヤさんの顔が真っ赤になった。おれも恥ずかしくて顔の温度が熱い。しばし無言で燃え盛る花火を見続けた。

「あ、危ないずらー!!」

 そんな沈黙を破ったのが花丸ちゃんの叫び声だった。声の方向を二人して振り向くと、燃える円形の物体がこちらに突進してきているのだ。

「っ、どうしてわたくしの方を狙ってきますのぉぉ!!」

 それはダイヤさんに狙いをつけたのか、逃げる彼女を追いかけた。そしてそれに続くようにルビィちゃんが追いかける。

「お、お姉ちゃ~ん!!」

 一人残されたおれの隣に花丸ちゃんがやってきた。

「あれ、ねずみ花火?」

「そうずら。ルビィちゃんと面白い花火があるっていうから、遊んでたらあれが暴れだして……」

 未だにダイヤさんはねずみ花火に追い掛け回されている。花丸ちゃんも面白かったのか、少し笑いが漏れている。

「せっかくだから、おれ達もやろうか。普通の花火で、ね」

「うん!」

 花丸ちゃんは元気よく返事をしてくれた。

 

「紫堂せんぱいは不思議な人ずら」

 二人で花火をしていると、彼女がそう呟いた。

「え? そうかな?」

「そうずら。思えば出会いのときから変だったずら。今考えれば本が返ってくるのを待てばいいだけなのに、まるのアドレスを教えることになって……」

「あー、あったな。そんなこと……」

 あの時は彼女が了承してくれたからいいものの、あれはナンパとしても最低の部類なんじゃないだろうか。

「それこそ花丸ちゃん、断ってくれたってよかったんだぜ? あんな怪しい誘いだもん、断られたってキミは悪くないよ」

「全然問題ないずら。だってせんぱい、カッコ良かったから……」

「カッコ、良かった……」

 おれの反芻に自分が何を言ったのか理解したのか、花丸ちゃんはわたわたと慌てだした。

「い、いやあの、面白い人だなーって思ったから! ぜんぜん、カッコいい人だなって思ってもないずら!」

 そこまでハッキリ言われると落ち込んじゃうな。また地雷を踏んだと思った花丸ちゃんは更に慌てる。

「えと、あの……。あ! おらちょっと花火とってきますね!」

 目をぐるぐると回しながら彼女は走り去ってしまった。何か、悪いことしちゃったかな。

 おれは立ち上がると場所を変えた。

 

「たーまやー!!」

 鞠莉さんが持ってきたであろう打ち上げ花火を見て、千歌が叫んだ。

「まさか鞠莉さん、打ち上げ花火を持ってきてくれるとは……」

「ホテルに電話したら持ってきてくれたんだって!」

「流石淡島ホテルのオーナー、やることが派手だな」

 離れた所で打ち上げ花火に着火している鞠莉さんと果南ねえちゃんと目が合った。二人が手を振ってきたのでおれ達も手を振り返した。

「綺麗だね、花火」

 そう呟く千歌の横顔が花火の光に映えて、いつもよりも綺麗に見えて。

「ああ、そうだな」

 おれは彼女のその横顔に呟いていた。すぐに照れくさくなって、夜空に咲く大輪の花を眺めていた。

 

 

●●

 千歌ちゃんと並んで打ち上げ花火を見る櫂の表情に私はドキドキしてた。花火に映えた幼馴染の男の子の顔はどうしてか魅力的に見えて。

――櫂のクセに……――

 最近の私、櫂にドキドキさせられっぱなしだ。それがどこか悔しくて。

 ちょっと仕返ししてやろうといたずら心がむくむくと湧いてきて。

「ねえねえ千歌ちゃん」

 小声で千歌ちゃんを呼び、思いついたことを伝えた。千歌ちゃんも面白そうだねぇとそれに乗ってくれた。

 私達はこっそりと他のメンバーに伝え、準備を進めた。

 

 打ち上げ花火が終わって、櫂はそれでも海を見続けていた。仕掛けるなら今しかない。私は皆に目配せした。

「かーいー!!」

「んー?」

『せーのっ!』

 私の声に櫂が振り向いた瞬間、皆で持っていたねずみ花火に火を着けて、櫂に目掛けて投げつけた。ねずみ花火はすごい勢いで回転しながら櫂向かって走っていく。それを見た櫂は慌てて走り出した。

「おまぁえらぁあぁ!! おぼぉえてろよぉぉ!!」

 必死に逃げる櫂が可笑しくって。私は涙が出るくらいに笑ったのだった。

 

 

◇◇

「ったく、酷い目にあったぞ……」

 おれはボロボロになりながら皆の元へと戻ってきた。

「あっ、櫂おかえりー!」

「おかえりー! じゃあねえよ。おれがどんな大変な目にあったと思ってんだ」

「まぁまぁ櫂ちゃん。皆で線香花火やろーよー!」

 千歌に差し出された線香花火を受け取り、火を着けた。ちりちりと小さく音をたてる線香花火を見ていると、先程までの怒りも無くなった。

「まあでも、楽しかったかな……」

 ふとこの合宿で起きた出来事を思い出す。皆の色々なことを見ることが出来た、いい思い出だったと思う。

「これでこの合宿も終わりだなー」

 そう思うとちょっと寂しい気がして――

「あ、紫堂さん。そのことなんですが、まだ合宿は終わりませんよ?」

「え?」

 おれの線香花火の火の玉がぽとりと落ちた。

「三日後の休日をとった後、今度は淡島ホテルで合宿をやろうと考えてます。さらに新曲のPVの案を探しに水族館への見学も考えています」

 その情報に思わず頭がクラクラしてきた。けど、不思議と嫌じゃなかった。Aqoursと、この9人とまた一緒にいられる。そう思うだけで嬉しかった。

 

 おれ達の夏合宿は、これからだ。




 僕ラブ13に行ってきました。そこでの感想は活動報告に載せておきますね。
 今回はあんまりフラグが立ってない女の子メインにしておきました。テコ入れですかね。千歌ちゃんはちょっとしかないけど。今後のバランス調整が大変だ。
 さて次回から舞台をホテル淡島に移ります。そこでもっと彼女達とのイチャイチャなものを書いていきたいです。

 ご意見ご感想、企画へのお便り、お待ちしてます。


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特別企画! ドラマのお時間
ドラマのお時間1


 企画のお便りが溜まったのでここで書いておこうと思います。OPは僕の趣味です。適当に流すなりお好きにどうぞ。すげえよチカは。


櫂「このままじゃ、こんなところじゃ、終われねぇ……、だろ、チカァ!」

千歌「……(鉄血のメインテーマをバックにセイントなんたらをメイスで叩き潰す千歌)」

千歌《ねぇ、次はどうすればいい、櫂ちゃん》

櫂《決まってるだろ、行くんだよ》

千歌《どこに?》

櫂《ここじゃない、どっか。おれ達の、本当の居場所に》

千歌「うん、行こう。わたし達……」

 

 

櫂「どうも皆さんこんばんは、本編主人公兼このコーナーのMCを担当する紫堂櫂です。今回はアシスタントに――」

千歌「高海千歌です! よろしくお願いします! っていうか今のOPなんなのさ! 鉄血じゃん!」

櫂「作者がやらせたかったんだと。気まぐれだからきにすんな」

千歌「むぅ……」

 

 

櫂「それでは一通目のお便りです。ハンドルネーム ハートブレイクさんからです。曜ちゃんに明日のプールの泳ぎのテストを応援して欲しいとのことです。曜、準備はいいか?」

曜「ヨーソロー! まっかしといてー!」

櫂「それでは渡辺曜でドラマのお時間、スタート!」

 

曜「え、どうしたの? 明日水泳のテストがあるの? ふっふっふ、よくぞこの曜ちゃんに相談してくれたね! そんなに心配しないで。私がいるからには宝船に乗ったつもりでいてよ! 今日一日めいいっぱい訓練すれば、なんとかなる! さ、プールに向かって前速前進だー!」

 

櫂「はい、ありがとうございましたー。前速前進という中の人ネタも含めてきましたね。自慢のヨーソローを使わなかったのも高得点ですね」

千歌「え、得点とかあるの?」

櫂「では次のお便りです」

千歌「無視しないでよー!」

 

櫂「ハンドルネーム フリーズ1984さんから。花丸ちゃんに図書館の外で話している時に男をきゅんとさせるような一言をお願いします、とのことです。花丸ちゃん、準備はいいかな?」

花丸「ずら!? まるに出来るかなぁ?」

千歌「花丸ちゃん、がんばってー!」

 

花丸「あ、あの! その本借りてっちゃうんですか? おら、じゃなかった、まるもその本をどうしても読みたくて……。この図書館にはそれ一冊しかないし……。え、先に読んでもいいんですか?! わー、ありがとうずら! それじゃあまるのおうちについてきて下さいはーと」

 

花丸「ふぅ、こんな感じでいいのかな?」

櫂「スケベですねー」

千歌「ですねー」

花丸「ふえぇ?! どうしてずら?」

櫂「そう言って男の子を自分の家までお持ち帰りする、これこそスケベです。これをスケベと言わずしてなんと――」

花丸「うわぁぁあ!! もう、言わないで下さいぃ! 恥ずかしいずら……」

 

櫂「それではじゃんじゃん行きましょう。ハンドルネーム、澪さんからですね。曜ちゃんにお姉ちゃんがいると過程してお姉ちゃんに夜眠れなくて甘えるシーンが欲しいですとのことです。曜、またお願いな」

曜「お姉ちゃんか……。私一人っ子だしな……、でも頑張る!」

 

 

曜「お姉ちゃん……。夜遅くにゴメンね? 曜、ちょっと寝付けなくて……。今日、一緒に寝ていい? わぁ、ありがとう! えへへ、こうやって一緒の布団に入ってると落ち着くね♪」

 

櫂「今の台詞、二人の姉を持つ高海さんはどう捉えましたか?」

千歌「うーん、正直私が実際にやってる台詞そのままですね。もっとも私がやってもあんまり効果ないですが」

曜「じゃあ今度千歌ちゃんにやってあげるね!」

千歌「ホント!? わーい、今度一緒に寝よっか!」

櫂「羨ましい(ボソッ)」

曜「え、櫂何か言った?」

櫂「何でもない! 次行くぞ!」

 

櫂「それでは次。ハンドルネームさらまるさん。梨子ちゃんに間違えて酒を飲んでしまって積極的に絡んで来て思わずキスしてしまうシーンをご所望だそうです」

梨子「えぇえ!? わたしだけハードル高くない?」

櫂「読者が望んだ姿だ。頑張ってくれ。大丈夫。梨子なら出来るって。信じてるから」

梨子「紫堂くん……」

千歌「いやラブコメしてないでやってよ」

 

梨子「えへへ~、何だか今日は君が輝いて見えるなぁ~。え、おしゃけ? 飲んでらいよ~。んー、ちょっと眠くなってきたから抱き枕が欲しいな~。えいっ、今日は君がだきまく――んん!? ちゅっ、んぁ……。ちゅう……、ぷはっ。積極的だね? じゃあ続きは……、お布団敷こうか?」

 

梨子「うぅ、恥ずかしいよぉ……」

櫂「さらまるさん、ありがとうございました!」

梨子「お礼言わなくて、いいから……」

千歌「梨子ちゃん……、恐ろしい子ッ!」

梨子「千歌ちゃぁん……」

 

櫂「はい、では次が本日最後のおたよりですね。ハンドルネームしましょーさんから。鞠莉と花丸に凹んでいる自分を全力で罵倒した後、優しく励まして欲しいそうです。尚、鞠莉さんか花丸ちゃんのどっちかでいいとのことでしたが、どちらかを切り捨てることが出来なかった為、二人に同時にやってもらうことになります」

鞠莉「うふふ、二人に同時になじってもらいたいなんて、とんだ欲しがりボーイだね?」

花丸「鞠莉さんと一緒で緊張するけど頑張るずら!」

 

鞠莉「どうしたの? こんなトコで立ち止まって。アナタらしくないわよ!」

花丸「そうずら! いつものあなたはカッコよくて、前だけ見てる人ずら。今のあなたはとってもカッコ悪いよ!」

鞠莉「無様!」

花丸「えーっと、朴念仁!」

鞠莉「でもワタシは知ってる。アナタは止まったままの人じゃないって。歩き出すまで一緒に待ってあげるわね」

花丸「まる達が一緒ずら。だから、頑張ろ?」

 

鞠莉「――っと、こんな感じでオウケイかな?」

花丸「緊張したずら。あんまり人を罵るのは得意じゃないから……」

鞠莉「ワタシだってそんな経験ないわよ。でも楽しかったかな?」

櫂「演者の方にも楽しんで頂けて何よりです。それでは今回はここまでです。皆さんの企画のお便りお待ちしてます。本当にありがとうございました!」

千歌「まったねー!」




 お気に入り登録件数200人突破の企画だったのですが、きがつきゃ300超え。嬉しい限りです。これからも粉骨砕身の思いで。書いていきます!
 企画の方はまだまだ募集中なので気軽にツイッターにリプお願いします!

 ご意見ご感想、お待ちしてます!


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ドラマのお時間2

 今回、作者である私もでしゃばって来ます。もし邪魔なら言って下さいね。


櫂「何やってんだチカァ!」

千歌「っ!(上半身の衣装をパージ、セイントなんたらの姉の方を斬り伏せる)」

セイントなんたらの妹の方「な、衣装ごと姉さんを切り裂いたと言うの!?」

千歌「こいつの使い方、わかってきた気がする(太刀を握りしめる)」

セイントなんたらの妹の方「この、田舎娘がぁ!!」

千歌「貴方に言われたくないよ(太刀で片腕を吹き飛ばす)」

セイントなんたらの妹の方「綺羅さん、統堂さん! わたしは――(胸辺りを太刀で刺し貫かれる)」

千歌「五月蝿いなぁ、櫂ちゃんの声が、聞こえないでしょ……」

 

櫂「はい、またまた作者の趣味OPから始まりました、ドラマの時間第二回目です」

千歌「ちょっとなにこれ! 上半身の衣装パージって私これじゃスタイリッシュ痴女じゃん!」

櫂「アニメの演出が演出なだけに仕方ないですねー。それでは行ってみましょー」

千歌「もー!!」

作者「ちかっちのちちっち、でかっちでえっちっち!」

千歌「もしもし、警察ですか?」

 

櫂「ハンドルネーム ますたーつりーさんから。ルビィちゃんに勉強を教えて欲しいと頼んで欲しいそうです。ルビィちゃん、準備はいいかな?」

ルビィ「ピギッ!? は、はい! ルビィ頑張ります!」

 

ルビィ「あの、あのね……? ルビィに勉強を教えて欲しいんですけど……。お姉ちゃん、厳しくて……。教えてくれるんですか? わぁっ!! えっ、こっちも厳しくするって? うぅ…、優しく、してね?」

 

 

ルビィ「ど、どうでしょうか?」

櫂「教える所かお持ち帰りしたいですね」

ルビィ「ピギぃ!? お、おねえちゃーん……」

 

 

櫂「続いてはハンドルネーム レイさんからです。曜に部活の学校帰りに待っててくれた彼との帰り道での会話をご所望だそうです。曜、いける?」

曜「まっかせてー!!」

 

曜「あっ、終わるまで待っててくれたの? 嬉しいなぁ! じゃあ一緒に帰ろ♪ キミと一緒に帰れるのは嬉しいなー♪ え、今日キミのとこの両親いないの? ご飯は? そうだ、ご飯作ってあげる! 曜ちゃんハンバーグを食べさせてあげる! そうと決まればお肉屋さんにレッツゴー!!」」

 

 

曜「どう、かなぁ?」

櫂「エクセレントッ!!」

曜「うわぁ!?」

伊崎「どっちかって言うと俺は曜ちゃんについてる二つのハンバーグを手捏ねしたい」

櫂「その汚え口を閉じてろ作者」

 

櫂「次のお便り。ハンドルネームさとやさんから。千歌にツンツンしたあとデレデレして欲しい。ま、ツンデレって奴だな」

千歌「うーん、どっちかって言うと私は甘えたなとこあるからツンデレって言われてもピンと来ないなぁ」

曜「じゃあ千歌ちゃん、辞める?」

千歌「辞めないっ!」

 

 

千歌「もぉ。どうしていっつも千歌の事見てるの!? チラチラと見るだけで、何もしないで。言いたいことがあるならハッキリと――え、千歌のコト、好きなの……? もぉ……、だったらもっと早く言ってよぉ。千歌だってキミのこと、大好きなんだから……」

 

 

千歌「ねー櫂ちゃん! どうだったー!?」

櫂「おれもお前のコトが好きだ!」

千歌「うわぁ!?」

曜「ちょっと櫂! まだ本編ではそこまで行ってないでしょ! 落ち着いて!」

伊崎「千歌ルートの告白編はノリでもう執筆は完了しています。あとはそこまでたどり着くだけです。そこまで応援よろしくね!」

曜「作者も宣伝しないの!」

 

 

櫂「はい、お次はハンドルネーム、アルテさんから。果南に落ち込んでる時にハグしながら頭を撫でて元気づけて欲しいとのことです。果南ねえちゃん、行けそう?」

果南「はーい。要は昔かいにやってあげたことをやればいいんだよね?」

櫂「お、思い出させないでよ……」

 

 

果南「どうしたの、砂浜に座り込んじゃって? 嫌なことがあった? ん、わかった。おいで、ハグしよ。こうしてぎゅっと抱きしめられると、落ち着くでしょ? よしよし、辛かったよね? 大丈夫。私が傍にいてあげるから。そうだ、一緒に泳ご? めいいっぱい泳げば嫌なことなんかすぐに忘れられるよ。ほら、いこっ!!」

 

果南「っと、こんなトコかな。これでかいはいつも喜んでくれたよねー」

櫂「む、昔のことだろ……」

果南「今は、どうなの……?」

櫂「……」

千歌「そこ、思い出に浸ってないで次行くよー!」

 

 

櫂「本日最後。ハンドルネームなこHIMさんから。善子にチョコを貰いたいそうです。善子、いけるな?」

善子「ヨハネよ!! この堕天使をご指名とは、とんだ欲しがりなリトルデーモンもいた――」櫂「前フリはいいからやってくれ」

 

 

善子「ハァイ、リトルデーモン。今日は特別にヨハネ特製の究極たる媚薬、『アカーシャの涙』をプレゼントするわ。これを取り込めば貴方はより高位の――えっ、いらない? ちょっと!? このヨハネからの愛を受け取らないってどーゆーこと?! 貴方への、き、気持ちを籠めたんだから、貰ってよばかぁ……」

 

 

伊崎「なります! ヨハネ様のリトルデーモンになりたいです!」

櫂「なこさんのご指名により、最後は善子として台詞を言って貰いました。善子、おつかれ」

善子「うぅ、ああ言うの、恥ずかしいんだから……」

櫂「可愛いな、善子は」

善子「っ、よしこゆーなっ!」

 

櫂「今回のドラマのお時間はここまで。ツイッター、活動報告などで企画へのお便りをお待ちしてます」

伊崎「送って下さった方のお便りは漏れなく全員分採用させて頂くつもりなのでどしどし、これでもかと言わんばかりに送って下さいね!」

 

櫂「それではありがとうございましたー!」




 皆様、企画へのお便り、ありがとうございます。少しずつ増えていて嬉しい限りです。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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淡島ホテル編
36話 重なる手 重なる鼓動


 今回から淡島ホテル編です。淡島ホテルの写真を見たりして参考にしてはいますが、それでも多少の違いが生じるかもしれませんが、どうぞお許し下さい。


 合宿の地をホテル淡島に移して数日が経った頃。夕日がロビーに差し込み、美しい景色を見せてくれる。

 そんな海を見ていると、ピアノの音が聞こえてきた。どこか聞いたことのある、優しい音。音の元へと足を運ぶと、ロビーにあったグランドピアノを梨子が弾いていた。目を瞑ってその旋律を味わっているように、弾く姿がとても魅力的に見えた。

 弾き終えたのか、目を開けて鍵盤を見つめる梨子。おれは自然と拍手をしていた。

「あれ、紫堂くん」

「なかなかいい曲だな。それこないだ聞かせてくれたやつだろ?」

「うん。よくわかったね」

 おれが覚えていたのが嬉しかったのか、微笑んでくれる梨子。

「ああ。あの曲、おれ好きだからさ」

「そう、なんだ……」

 ちょっと頬を赤らめる梨子が可愛らしくて、その顔にドキッとした。

「う、嬉しいなぁ。紫堂くんに好きって言って貰えて……」

 どうしてだろう、ドキドキが止まらない。そこから会話が続かないのでおれは別の話題を切り出すことにした。

「でも、ピアノ弾ける人ってスゴイよな。片手だけならまだしも、両手で違うことが出来るなんて。おれには到底出来そうにないなぁ」

「慣れちゃえば簡単だよ? やってみる?」

 梨子が座ってた椅子から腰をずらしておれが座るスペースを作ってくれた。

「えー、出来るかなぁ……」

 おれ、音楽は万年3だったから。不安に表情が曇ってしまう。

「わたしがメインで弾くから、紫堂くんはその音に合うと思った鍵盤を叩いてよ」

「そんな適当でいいのか?」

「大丈夫。いくよ――」

 おれの心配を余所に、彼女は演奏を始めた。次々と流れていく旋律。おれは慌ててそれに合うであろう鍵盤を叩き始めた。彼女をガッカリさせたくなくて、必死だった。

「うふふ、その調子だよ♪」

 梨子は優しく微笑んでくれている。おれの出す音に合わせてくれているのか、おれの出す音はそれほど不協和音と呼べるものにはならなかった。そして自然とおれの頬が緩み、笑顔に変わっていった。

「ふふっ」

「ははっ」

 互いに笑い合い、演奏はより良いものへと変わっていく。ああ、音楽ってこんなに楽しいものだったんだな。何よりも、梨子と一緒に演奏するのが楽しくてたまらなかった。もっといい曲にしたくて、おれは少し無理をしすぎてしまった。だいぶ遠くの鍵盤を叩こうとしてしまい、彼女が叩こうとしていた鍵盤と重なってしまった。

『あっ……』

 指だけでなく声が重なり、互いを見つめてしまう。彼女の顔は朱に染まり、重なった指から彼女の温もりが伝わってくる。

「ご、ごめん……」

「お、おれの方こそ。ちょっと冒険しすぎたみたいだ……」

 互いに指を離し、視線を逸らしてしまう。ドキドキと心臓の音しか聞こえない。気を遣わせてしまったのか、梨子の方から話題を切り出してきた。

「そ、そうだ、紫堂くん。また曲の相談に乗って欲しいんだけど、いいかな?」

「お、また新曲? おれで良ければ力になるぞ。ピアノで弾くのか?」

「ううん、これの中にあるの」

 そう言って彼女が出したのはウォークマンだった。片方を自分の耳に入れると、もう一方をおれに差し出してきた。

「これを、おれの耳に?」

「うん、そうだけど? そうしないと一緒に音楽聞けないでしょ?」

 どうやら梨子は不思議に思っていないようだ。何も不思議に思うことはない。これはアイドル活動の一環なんだ。そう言い聞かせながらおれは渡されたイヤホンを耳にはめた。

 流れてくる音楽はやっぱりうっとりするぐらい魅力的だったが、それ以上に今までにない梨子との距離感にドキドキしっぱなしだった。

 椅子に置いた手も気のせいか近づいていて、あと少ししたら触れてしまいそうで。でも当の本人は目を瞑って音楽を聞いているせいで全く気づかない。そして、手と手がまた触れ合ってしまった。

「――っ!?」

 身体中で心臓の鼓動とイヤホンから流れてくる旋律がシンクロして、新たなジャンルの音楽として聞こえてくる。彼女はなんともないのか?

「あの、梨子――」

 彼女のに呼びかけようとするが、止まってしまった。目を瞑って音楽を聞いている彼女からは真剣さが伝わってくる。

 そうだ、何をやってるんだおれは。こんなに真剣に取り組んでいる彼女に失礼だ。もっと意識して音楽を聞かないと。

 そう思うも、重なった手のひらから彼女の温もりが伝わってきて、ドキドキが止まらない。そして音楽に合わせてきゅっと握ってきて、その度に心臓が大きく脈動する。彼女は真剣に取り組んでいるんだ、気にしない気にしない。そう心に言い聞かせ続けた。

 曲も終盤になったのか、大きく盛り上がりを見せた。梨子もノリノリになってきたのか、頭を左右に振り始めた。

「――♪ ――♫」

 軽くその旋律を口ずさむのが可愛らしくて、頬が緩んでしまう。おれが微笑んでいるうちにも彼女の揺れる頭の振りは大きくなり、とんっとおれの肩に彼女の肩が当たった。

 それに驚いたのか瞼を開けて、おれと視線が重なってしまう。目線が重なった手に行き、どうやら自分がやっていたことを自覚したらしい。一気に顔が真っ赤になった。手から伝わる体温もかなり熱くなっていた。曲が終ったので、おれはドキドキしてることを悟られないように努めながらイヤホンを耳から抜いた。

「と、とてもいい曲だと思うぞ。おれから口出すことはないくらいに」

「そ、そう! さ、参考になったよ! ありがとう! それじゃわたし、部屋に戻るね!」

 そう言うと梨子はそそくさと走り去ってしまった。残されたおれは左胸に手を当てた。まだバクバクしてる。そしてその脈動と共に先程の曲が脳裏を過ぎった。

「でも、いい曲だった、よな……?」

 おれは一人呟いた。

 

 

●●

 小走りにホテルの廊下を走る。ドキドキが止まらない。一度止まって大きく深呼吸した。

 うわぁぁあ……。やっちゃったよぉ……。

 イヤホンの片方を紫堂くんに渡して近い距離で聞いてたこと。手を重ねてたことと、音楽に夢中になって彼の肩にぶつかちゃったこと。そのこと一つ一つがわたしの体温を上昇させる。

 深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着かせた。ふと視線が紫堂くんと重ねてしまった手に向いた。そういえばわたし、彼の手をぎゅっとしちゃった気がする。ドキドキと共に、あの時の感触が蘇る。特別大きいってわけじゃないけど、男の子特有の少し硬くてごつごつとした手。彼が異性なんだなって改めて意識してしまう。

 指が重なったときも、肩に触れたときにも視線が重なって。その時の赤面した紫堂くん、ちょっと可愛かったかも。もしかしてわたしのこと、意識してくれてるのかな。

「梨子ちゃーん?」

「うわっ!?」

 不意に声をかけられて驚きの声をあげてしまう。わたしの声に千歌ちゃんは目を丸くしている。

「どうしたの、そんなに大きな声出して?」

「な、なんでもないの! なんでも……。それより、何か用事でも?」

 慌ててるのをあんまり意識させないように話題を変える。すると千歌ちゃんは思い出した様にわたしの手をとった。

「そうそう! 作曲したいから皆で打ち合わせしようと思って! 梨子ちゃんを探してたんだよ! 一緒にいこ!」

「う、うん!」

 千歌ちゃんに引っ張られる形でわたしは歩き出す最中、紫堂くんの言葉が脳裏を過ぎった。

――あの曲、おれ好きだからさ――

 すっごく嬉しかった。わたしの気持ちをこめたこの曲を、『好き』って言ってもらえた。それだけで心から何かが溢れてくるみたいで。今ならどんな曲でも作れる気がした。

「千歌ちゃん」

「んー?」

「いい曲を作ろうねっ!」

「おぉー! 梨子ちゃんが何時になくやる気満々だ! 何かいいことでもあったの」

「うふふ、まぁね。でも秘密♪」

「えー、教えてよー!」

「ダーメ♪」

「むぅー! 梨子ちゃんのいじわるー!」

 なんて会話をしながらわたしたちはホテルの廊下を歩いていった。

 ごめんね、千歌ちゃん。これは梨子だけの秘密なの。

 そして紫堂くん、今はスクールアイドルとしての活動が忙しいけど、いつか必ず伝えます。わたしの『大好き』の気持ちを。




 梨子ちゃん誕生日おめでとうございます! ってな感じで淡島ホテル編最初は梨子ちゃんでした。深夜に梨子ちゃんの誕生日だと知り、急ピッチで書いて完成させました。元から構成してたから間に合ってよかった。
 もっと公式の可愛い梨子ちゃんのボイスが来ることを願っています。

 ご意見ご感想、企画へのお便り、お待ちしてます。


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誕生日記念:ルビィの一日お兄ちゃん

 今回は番外編です。本編のストーリーとは全く関係がありませんのでご注意を。


 夕暮れに染まる道を走っている。本日の主役であろうあの子に会う為に。こんな時に朝練だからと自転車を黙って借りていった曜を、今回ばかりは恨んだ。

 いつもあいつらと分かれる道に、ぽつんと立つ影が一つ。おれはその影の主に対して叫んだ。

「ルビィちゃん!」

「ピギッ!?」

 ルビィちゃんはおれの声に驚くがおれを見た途端、ぱあっと表情を輝かせた。

「かい先輩!」

「ご、ごめんね。間に合わなくて・・・」

「いえ、先輩の学校の都合もあるから・・・」

 そう、今日はルビィちゃんの誕生日。彼女の学校で誕生日会をやるので来てくれと言われていたのだ。

 が、運悪く補習やらなんやらが入り、こんな時間になってしまったのだ。

「先輩にも祝ってもらいたかったけど、こればかりは仕方ないです・・・」

 そう言うルビィちゃんの瞳はうるうるとしていて。果てしない罪悪感に苛まれた。よし、ここはお詫びも兼ねて人肌脱ぎますか。まだ誕生日は終わってないからな。

「それじゃあルビィちゃん、ここはこうしようか」

「ふぇ?」

「あと残りの時間、おれはルビィちゃんの言うことを何でも聞きます」

「えぇ? いいんですかぁ!?」

「もちろん。プレゼントの準備も一応あるからさ。ここからは、おれとの誕生日会をしようよ」

「ほんとのほんとに、ルビィのお願い聞いてくれるんですか?」

「ああ。おれに可能なものであればね」

「えっと、それじゃぁ・・・」

 もじもじと顔を赤らめてこちらを見つめてくる。そんなに言いにくいものなのかな?

「遠慮しなくていいんだよ? お兄さんに任せなさいっ」

 どん、と胸を叩いてみせる。ルビィちゃんは意を決したのか一度深く呼吸すると、おれの手を握って叫んだ。

「あの、今日一日、ルビィのお兄ちゃんになってくださいっ!」

「はい?」

 今、なんと言った? おれが、ルビィちゃんの、お兄ちゃんに?

「だめ、ですか?」

 彼女が瞳を揺らして上目遣いで見つめてくる。そんな目で見られたら断れないじゃないか、というかむしろこっちからお願いしたかったところだ。

「あ、ああ! お安いご用さ! 前々からルビィちゃんみたいな妹が欲しいなって思ってたから!」

「ホント!? じゃあ・・・」

 ルビィちゃんは少し恥ずかしそうにしながらおれの横にすす、と並んだ。

「おにい、ちゃん♪」

「ーー」

 一瞬意識が跳びかけた。お兄ちゃん。こんなに甘美な響きだとは・・・! おれを心配してくれたのか、ルビィちゃんは首を傾げた。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「い、いや何でもないよ、ルビィちゃん」

 おれがそう呼ぶと彼女は頬を膨らませた。

「むぅ、駄目だよお兄ちゃん。ルビィ達は兄妹なんだから呼び捨てしないと」

 あ、そこまでこだわるのね。

「そっか。ごめんな、ルビィ」

「うん♪ それで、お兄ちゃんの誕生日プレゼントって何?」

「ああ、ちょっと歩くから一緒に行こうか」

「うん!」

 そう言うとルビィはおれの腕に絡みついてきた。

「あの、ルビィ?」

「兄妹でもこういうことするでしょ、お兄ちゃん♪」

 そういうもんなのかね。まあ彼女が喜んでくれているならいいか。

「それじゃ行こうか」

「うん!」

 こうして一日だけの兄妹は、学校をあとにした。

 

「ここって駄菓子屋さん?」

 おれ達がたどり着いたのは、以前集合場所として使った駄菓子屋。中は店番をしているおばちゃん一人しかいない。おれはそのおばちゃんに言葉をかけた。

「おばちゃん、来たぜー! 例のアレおねがいー!」

 あいよー、と言うとお婆ちゃんは奥へと引っ込んでいった。

「おばちゃんが戻ってくるまで駄菓子でも食べてよっか。おれの奢りで、ね」

「うん!」

 ルビィは素直に返事を返した。なんだかいつもと違って、遠慮とかがない気がする。妹になったからかな?

 二人並んで駄菓子を食べていると、おばちゃんが戻ってきた。

「はーいお待ちー。あつあつだから気をつけてお食べー」

 おばちゃんが出したものを見て、ルビィは息を呑んだ。

「あっ、これって……」

 それは黄色く、揚げたてなのか熱を発している。そして塩の粒がその身にまぶしてある。

「そ。フライドポテト。好きだったろ? おばちゃんに頼んで揚げてもらったのさ」

「ルビィの為に? ありがとうお兄ちゃん!」

 嬉しさのあまり、彼女はおれに抱きついた。彼女の身体の柔らかさがおれの胸でふにゅっと形を変える。って、昨今の兄妹はこんなことしないだろ! おれは惜しむ心を押し殺し、彼女を引き剥がした。

「さ、さぁ! お食べよ! 熱々のうちにさ!」

「うん!」

 指から伝わる熱さに悪戦苦闘しながらそれを口に運んだ。

「んー♪」

 ほっこりとした笑顔を見せてくれるルビィ。やっぱりこの子の笑顔は本当に可愛らしいな。そう穏やかな気持ちになってると、ルビィはポテトを一本、おれに差し出した。

「お兄ちゃん、あーん♪」

「おれに? いや一人で食べれるから……」

「ルビィがしたいのー! あーん!」

「あ、あーん……」

 ルビィのおねだりに負け、口を開けると熱々の芋がつっこまれた。その熱さに口をはふはふとしながら租借し、飲み込んだ。

「おいしい?」

 そう聞いてくるルビィにおいしいよ、と答えてやると――

「よかった♪」

 まぶしい笑顔を見せてくれた。それだけで、おばちゃんに無理言ってよかったって思えた。

 

 それからおれ達はその駄菓子屋で一緒に過ごした。互いが違う学校だからか、相手の学校の話がとても新鮮だった。

「それで友人のさ――」

「……」

「ルビィ?」

 ルビィは船を漕いでいた。眼が閉じかけたり開いたりしている。おれの掛け声にはっとなる。

「ご、ごめんなさい! ルビィ、ちょっと疲れちゃって……」

「けっこう喋ってたもんな。仕方ないさ」

 空を見れば橙に藍色が混じった色をしている。そろそろ帰り時かな。

「そろそろ帰ろうか」

「うん……」

 そう言うルビィの瞼はまた重くなり始めたみたいで。しょうがない妹だな。

「ほら」

 おれは背を向けて、身をかがめた。

「うん……」

 ルビィも眠気が限界だったのか、抵抗もなく従った。おれの首に彼女の腕が回るのを確認したので腰を上げて、おぶってルビィの家へと向かうことにした。

 さらさらとした肌触りの手足がおれに絡んでいる。背中には二つの大きくはないけど柔らかな感触。嫌でも女の子を感じておれの身体は反応してしまう。

 落ち着けおれ! ルビィは妹、一日限定とはいえおれの妹じゃないか! 妹に発情する兄がどこにいる!

 そう言い聞かせながらおれは足に力を入れた。

 

「あら、紫堂さん。それに、ルビィ?」

 門を開けてくれたダイヤさんがおれ達の出で立ちを見て目を丸くした。

「紫堂さん、ルビィは体調を崩したのですか!?」

「いや、そんなんじゃないですよ。ちょっと眠くなったみたいでおれがおぶって連れてきました」

「それは……、ルビィが迷惑をかけて申し訳ありませんですわ……。全く、この子は……」

「ルビィは悪くないですよ。誕生日だからおれは――」

 そこでおれはダイヤさんの視線に気づいた。彼女の視線はおれの下半身に集中していた。慰め虚しく、おれの分身はその硬さを保ったままであった。

「むにゃ……、お兄ちゃん……」

 そして運悪くルビィの寝言がダイヤさんの顔をさっと青くさせた。

「あ、あなたは……」

 わなわなと身体を震わせるダイヤさん。キッとおれを睨むと、右手を振りかぶった。

「妹に何破廉恥なことをさせてますの!!」

 ぱぁん、と大きな音が夕闇に染まる空に響いた。

 

「ほ、本当にごめんなさいかい先輩……」

「い、いやおれにも落ち度があったし……。ダイヤさんが勘違いするのは無理ないよ」

 おれはルビィちゃんに見送られながら門まで出た。

 叩かれた頬を撫でる。まだヒリヒリする。こりゃ鏡を見たら立派なモミジが見れるな。

「ダイヤさんも誤解だってわかって謝ってくれたし、もう気にしてないよ」

「でも……」

 目を潤ませるルビィちゃんの頭を撫でた。

「それよりも、ルビィちゃん。今日は楽しかった?」

 彼女は返答の代わりに、首を縦に振ってくれた。

「お姉ちゃん、いつも厳しいから……。少しでもいいから甘えられる人が欲しかったんだ」

「そっか。でも、ルビィちゃんのお姉ちゃんはダイヤさんだけだよ。たまには甘えてもいいと思うよ?」

「そ、そうですか?」

「もちろん。ダイヤさんはルビィちゃんのこと大好きだと思うから」

 いつだったか、ダイヤさんが言っていた。『大事な、妹ですから』妹のことを大事にしてるから、ああやっておれを引っ叩いた訳だし。甘えられて嬉しくないはずがない。

「よ、よしっ。じゃあ今夜にでもルビィ、甘えちゃおうかなぁ」

「ダイヤさんも喜ぶと思うよ。じゃあおれはもう帰るね」

「あ、あの先輩!」

 帰ろうとするおれをルビィちゃんは呼び止めた。

「ん? どうしたの?」

「最後の、最後のお願いを聞いて貰えますか?」

「いいけど?」

「じゃあ、少し身をかがめて、目を瞑って下さいっ」

「はいはい」 

 おれが身をかがめて目を閉じると、左頬にちゅっと柔らかい感触が伝わってきた。

「もう、目を開けていいですよ……」

 おれが混乱しながら目を開くと、ルビィちゃんは顔を赤らめながら今日一番の笑顔を見せてくれた。

「今日は、楽しかったですっ。ありがとう、お兄ちゃん♪」

 そう言うと彼女は恥ずかしさから逃げるように家へと走り去っていった。

 おれは左頬を撫でて、先程の感触を思い出した。もしかしておれ、キスされたのかな?

 顔の体温の上昇と共に、ルビィちゃんの笑顔が思い浮かんだ。

 それを思い出して、頬が緩んだ。

 

「こっちも楽しかったよ、ルビィ」

 

 おれは一人呟くと家路についた。




 ルビィちゃんお誕生日おめでとう! 
 まさか梨子と2日違いとは。梨子ちゃんは元々考えていたシナリオがあったので本編として書いたのですが、ルビィちゃんは全く考えてませんでした。それ故の番外編です。満足して頂けるといいのですが。

 ご意見ご感想、企画のお便りお待ちしてます。


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37話 いつか星の海で

 アニメ放送が始まって二ヶ月弱が経ちました。一話を見て以降、アニメは見ずに二次創作を始めて、気がつきゃ37話。こんなとこまで来てしまいました。面白いと感想を送ってくれた皆様、お気に入り登録してくれた皆様に、本当に感謝しています。
 なんでこんなこと言うかって? 前書きに書くネタが無いんだよ。


「あれは……?」

 夕飯も終わり、風呂に入り終えてスッキリしてホテルの廊下を歩いてた時のこと。突き当り廊下を歩く人影が見えた。後頭部から藍色のポニーテールが揺れている。

「果南ねえちゃん? どこ行くんだろ」

 気になって後をつけることにした。

 

 果南ねえちゃんはホテルの外に出ていた。少し広がった芝生の広場には望遠鏡が置かれていた。おれの気配に気づいたのか、果南ねえちゃんは振り返っておれに笑いかけた。

「かいも天体観測?」

「いや、おれは果南ねえちゃんのあとを追いかけただけで……」

 おれが予想通りだったのか、おれの手を取る果南ねえちゃん。

「それじゃあせっかくだから一緒に星を見ていこ?」

「あっ、ちょっと!」

 おれは彼女に手を引かれるまま、天体観測をすることになった。

 

「ここをこうしてっと……」

 果南ねえちゃんが望遠鏡を調整している隣でおれは夜空を見上げた。ここらは明かりが少ないのでそこそこ星が綺麗に見える。

「そんなの無くても綺麗に見えるのに」

「まぁね。でもそれをこうやって拡大して見るとさ――」

 手招く彼女に従い、望遠鏡から夜空を覗いた。望遠鏡から見える星はとても輝いて見えていた。

「ね、もっと綺麗に見えるでしょ?」

 そうやって笑いかける果南ねえちゃんの顔がおれの横にあった。ち、近い。

「そ、そういえば果南ねえちゃんは星を見るのが好きだったよね」

「うん。広い空や海を見てると自分の小ささに気づいて、大抵のことはころっと忘れられるからね」

 そうだった。この人は朗らかであんまり悩みとか持たない人だったよな。だからあんなに包容力があるのか。

「だからかな、あんまり物事を深く考えない性格になったみたい」

「そっか。じゃあこの海と空に感謝しなくちゃね」

「え?」

「だってさ、おれや千歌は果南ねえちゃんのいつでも受け入れてくれる優しさに触れてきて育ってきたようなもんだし。そんな果南ねえちゃんを育ててくれたその環境に感謝したいって思ったんだ」

「あはは、なにそれ」

 果南ねえちゃんは笑っているけど、少し元気がないような笑い声だった。

「前まではこうやって星や海を見ていれば多少の悩み事とかはすぐにどっかへ行っちゃってた。でも――」

 果南ねえちゃんは少し悲しそうな笑顔をおれに向けた。

「最近、星を見ても吹き飛ばない悩みができちゃったんだ」

 

 

●●

「悩み?」

「そう、簡単には解決出来ないみたいでさ」

 かいが不思議そうに私を見上げている。そりゃそうだ。私がかいや千歌に悩んでいる姿を見せたことは一度もないんじゃないかな。

「それってどんな悩みなのさ」

「んー、かいには難しい感じのやつ、かな……」

 言える訳がなかった。改めてかいのこと好きだってわかったはいいけど、かいは私のことをどう思っているのか。私が好意を寄せることで、かいに迷惑がかかるんじゃないのか。不安でたまらなかった。

「そっか」

 かいはただそれだけしか言わなかった。

「聞かないの?」

「果南ねえちゃんが解決出来ない悩みなんだ、おれが聞いた所で解決出来ないだろうし。それに誰にも打ち明けることの出来ない悩みってのを持つのが人間だろ? 無理には聞かないよ」

 果南ねえちゃんの力になれないのがちょっと悔しいけど、とかいは付け足した。ああ、結局心配させちゃったのかな。

「ありがと。ごめんね」

「こっちこそ、力になれなくてごめん」

 かいが立ち上がり、夜空を見上げた。

「でもさ、おれはいつだって果南ねえちゃんの味方だよ。どんな悩みだって受け止めてやるさ。だから、どうしても辛くなったら打ち明けてくれよ」

 かいは両手を広げて笑顔を向けた。これは、わたしがかいにやる、ハグ待ちの真似みたい。

 そっか。いつの間にか、かいも大きくなってたんだね。昔はおんぶとかしたりしてわたしが支えてたけど、今度はかいがわたしを支えようとしてくれてるんだ。

「かいのクセに生意気っ」

「あでっ」

 ぴしっとデコピンを食らわせてやると目をつむった。

「でも、ありがとね」

「どういたしまして」

 空を見上げる私たちに、風が吹き抜けた。

 

◇◇

 風が吹き抜けたとたんに、右目に違和感が現れた。風に巻き上げられた砂粒でも入ったのか、痛い。

「っ――」

 目を押さえ、顔をしかめてしまう。果南ねえちゃんもおれの異変に気づいたのか、おれに近寄ってきた。

「かい?!」

「いや、大丈夫。目にゴミが入っただけだから――」

「大丈夫じゃないよ! ほら、見せて!」

「え、いや、あの!」

 果南ねえちゃんが目を押さえるおれの手を剥がし、頬に両手をあててまぶたを下げた。

「んー……」

 おれの視界全面に果南ねえちゃんの顔が広がる。大きな瞳におれが写っていて。おれの身体に緊張が走る。

「あの、果南ねえちゃん?」

「とりあえず吹いて飛ばしてみよっか。ふー…っ」

「!?」

 彼女の唇から放たれた息がおれの眼球へ吹きかけられる。本当に効果があったのか、目への違和感が無くなっていった。

「どう? もう目、痛くない?」

「う、うん……」

「なら、よかった」

 おれの視界いっぱいに広がる笑顔を見せてくれる果南ねえちゃん。それが魅力的で、おれはドキドキしっぱなしだった。

「ありがとう、果南ねえちゃん。あの……」

「ん? どうしたの?」

 不思議そうに首を傾げる果南ねえちゃん。やっぱりこの状況の意味に気づいてないみたいだ。

「あの、その……」

「はっきり言いなさいっ。かいらしくないよ?」

「ち、近いんだけど……」

「――っ!?」

 おれの指摘にやっと自分が何をしているのか把握した果南ねえちゃんは顔を真っ赤にしてぱっと身を離した。

「ご、ごめん! つい……」

 頬に手を当てて顔を赤くしてる果南ねえちゃんが可愛くて思わず頬が緩んだ。

「もうっ。早く言ってよぉ……」

「ごめん。真剣な顔してたから、言い出せなくて」

「当然だよ。かいはわたしの――」

 果南ねえちゃんはそこまで言いかけて、止まってしまった。視線が泳ぎ、どう言おうか迷っているみたいだ。

「果南ねえちゃん?」

「お、弟みたいなもんだから! 弟の不調を心配するのは当然だよ」

「そう、だね」

 弟だから、の言葉が少し胸にチクリと刺さった。おれは、果南ねえちゃんに弟としか見てもらってないのかな。

 待て。おれ、果南ねえちゃんにどう思ってもらいたいんだ? 弟か? それとも――

「かい?」

 顔に出ていたのか、果南ねえちゃんが心配そうな表情を見せる。

「だ、大丈夫! ちょっと考え事してただけだから!」

「そう? なら相談に乗るけど?」

 悩みの対象である本人に言えるわけがなかった。おれが言葉を濁していると、果南ねえちゃんは理解した様に言った。

「無理して言わなくてもいいよ。かいにもそういった悩みがあるんだね。私達似たもの同士だ」

「ホントだね」

 互いに笑いあって、空を見つめた。

「かい、いつか私の悩み、聞いてくれる?」

「うん。おれでいいなら」

「ありがと、かい♪」

 果南ねえちゃんの笑顔は、夜空の綺麗さも相まってより魅力的に見えたのだった。

 

 

●●

 かいと別れて10分は経つはずなのに、胸のドキドキが止まらない。近づきすぎて顔を真っ赤にしたかいを思い出すと、こっちも頬が熱くなった。

 もしかしてかいは、私のことを異性として意識してくれてるってことなのかな。かいも私のこと――

 頬を叩き、その疑問を脳の奥にしまい込む。結論付けるにはまだ早い。

 いつか、かいに聞いて貰うんだ。私の悩み、ううん、私の気持ちを。だから私もかいの悩みを受け止めて、ハグしてあげられるように頑張らなくっちゃ。その為にはどうすればいいのかな?

「また悩み事が増えちゃったかもな」

 私は苦笑いしながらホテルに戻った。




 今回のサブタイは僕が一番好きなアニメのED曲が元ネタ。

 果南ちゃんと一緒に星を見たいです。皆も見たいよね?

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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38話 そして最後のページからは

 例えアニメが終わろうとも、内容で炎上しようとも、私の想像は何一つ揺るぎはしない。
 さーてアニメが終わってもこっちは平常運転で、いえさらにスロット上げてやっていきますよー!
 今回は花丸回。花丸ちゃんにおれののっぽパンを食べてもらいたい。


「じゃあ今日のミーティングはここまでにしておきましょうか」

 ダイヤさんの一声に皆は立ち上がり、部屋を出始めた。おれも手を伸ばして立ち上がった。

「んー、やっと終わったか……」

「何言ってんの。櫂は殆ど発言してなかったじゃん」

 曜がジト目で睨んできた。今回は次のライブに出す曲の歌詞作りのミーティングだった。テーマが「ラブソング」らしく、なかなかに難しいテーマだった。

「自分の恋愛観を語れって言ってもなぁ。男の聞いたって参考にならないっしょ」

「そんなことないよ! その、櫂が誰のこと好きなのか皆気になると思うし……」

 曜が少し頬を赤らめてちらちらと見てくる。好きな人がいるのか、と問われてもおれ自身どう答えていいのかわからなかった。

「それこそおれの恋バナになって本題から逸れるだろうが」

「それもそっか。でも、好きな人がいないって否定はしないんだ?」

 上目遣いで曜がおれを見つめてくる。今度はおれが頬を赤らめた。

「企業秘密です。ここからは事務所を通して下さい」

「いーじゃん、教えてよー!」

「いーやーでーすー」

 曜が肘でおれを小突き、おれは自分の肩を抱いた。なんだかんだで曜とは一番につきあいが長いから、こんな風にじゃれ合うだけでもなぜだか楽しかった。

 ふと、ズボンのポケットに違和感を感じた。いつもあるはずのものがない。

「悪い、さっきの部屋にスマホおいてきたみたいだ。先に戻ってくれ」

「ほーい」

 曜の敬礼を背中に、おれは部屋へと戻った。

 

「ここに……、おっ、あったあった」

 柔らかいイスの奥に落ちていたスマホを見つけポケットにしまった。

「さてと風呂にでも入ろうかね……ん?」

 部屋を出ようとしたおれの視界に床に落ちた一冊のノートが入った。灰色の表紙とごく普通のノートだ。

「誰かが落としたのかな?」

 それを拾い、ノートの表紙に書かれている表題に目を通した。

 

「紫堂せんぱい観察日記  国木田花丸」

 

「アサガオの観察日記か!」

 表題を見て一人、そうツッコんでいた。おれ、花丸ちゃんに観察されてたの? どこかで宿題にでもされてたのか?

 女の子の私物の中身を見るなんて最低かもしれない。でも表題のインパクトに、内容に興味が湧いてきた。

「ごめんね花丸ちゃん」

 そう心の中で彼女に謝ると、おれはノートを開いた。

 

●月×日 晴れ

 せんぱいの後ろに座っていたら突然善子ちゃんみたいなことを言い始めた。相手がまるだったことに気づくと、海に向かって走っていった。

 なんとか落ち着かせると、一緒に帰ってもらった。ちょっと嬉しかった♪

 

「ああ、あったなそんなこと」

 おれはあのときの感情が蘇りそうになり、それを振り払うように次のページをめくった。

 

○月◇日 曇り

 合宿三日目。せんぱいはダンスの練習を見てた。気のせいかまるや果南ちゃん、鞠莉ちゃんをよく見てた気がする。もしかして、まる達の胸を見てたのかな? でも練習の後すぐに水をみんなに配ってたずら。せんぱいはスケベ、でも皆に優しい。

 

「いや見てねーし! 見て、ねーし・・・」

 完全に否定出来ない自分が情けなかった。

 

○月●日。 雨

 千歌ちゃんの旅館はちょっと古いのか廊下が狭いのが玉にキズずら。せんぱいとすれ違った時、せんぱいは壁によりかかってまるに道を譲ってくれたずら。でもまるの胸がひっかかってしまったずら。まるが悪いはずなのにせんぱいはひたすら謝ってた。不思議な人ずら。

 

「まあ、あのときは。ねぇ・・・」

 確かにあのときの花丸ちゃんの胸はすごかった。どっしりとしていて柔らかく、存在感があった。あれはもしかすると果南ねえちゃんよりも――

「って、そうじゃなくて!」

 おれは一人ツッコミながら日記をめくった。

 その後も読み続けていると最後のページ、今日の日付になった。

 

○月××日 晴れ

 今日は皆でラブソングの歌詞作り。どうしよう、まるは恋愛経験なんてないずら。でも、恋って聞いて紫堂せんぱいが浮かぶのはどうしてなんだろう?

 

「……」

 そういえば今日のミーティング、花丸ちゃんは一度も発言してなかったような。ちらとおれの方を向いては俯き、向いては俯きを繰り返してたっけ。それって――

 

「あーっ!!」

 

 そんなおれの思案をとびきり大きい声が妨げた。声の方向を向くと、日誌を書いた本人である花丸ちゃんが身体を震わせていた。

「は、花丸ちゃん?」

「どこかに落としたと思って戻ってみれば……、せ、せんぱいに読まれちまうなんて……」

 みるみる瞳が涙で揺れる。堪らなくなったのかおれが声をかける前に背を向けて走り出してしまった。

「せんぱいのエッチスケッチワンタッチずらぁぁあ!!」

「いやネタが古いな!!」

 おれは日誌を掴んで、彼女を追いかけ始めた。

 

「花丸さん! 手すりは滑る所じゃありませんわよ! 花丸さんっ!」

 彼女を追いかけてホテルのロビーまで来ると、ダイヤさんが階段の踊り場で階段の下に向かって叫んでいた。

「ダイヤさん! 今ここに花丸ちゃん来てませんでしたか!?」

「えぇ、花丸さんったら階段の手すりを滑って降りるんですもの。もっと女性として……」

「ありがとう! おれも急いでいるんで!」

 おれも勢い良く走り、手すりに腰を落として下まで一気に滑り降りた。

「紫堂さんまで! もうっ!」

 怒りを露わにするダイヤさんを余所に、おれはホテルを出た。

 

「花丸ちゃん! 待ってくれ!」

「せんぱいの助平! ラッキースケベ!」

おれ達は二人、海岸に添った道路を走る。第三者から見れば青春真っ盛りな情景に見えるかもしれないが――

「おれが悪かったから!」

「おら、せんぱいに汚されちまったずら~! せんぱいのヘンタイ!」

 と花丸ちゃんが大声で言うもんだから、おれへの風評被害が凄まじい。このままではおれは内浦の変態として君臨してしまうっ!

「もうおら、お嫁に行けないずらー!!」

「大丈夫だから! おれが――」

 取り敢えず花丸ちゃんを落ち着かせないと。おれは必死になって叫んだ。

「おれが責任とるから!」

「え?」

 おれの言葉に花丸ちゃんの足が止まった。おれは息を切らしながら足を止めた彼女に追いついた。

「本当にごめん。花丸ちゃんのこれ、勝手に読んで……。詫びに何でも言うこと聞くからっ……」

「本当、ですか? 本当にまるの言うこと聞いてくれるんですか?」

 花丸ちゃんは少し頬を赤らめている。

「ああ。おれには見ちゃった責任が、花丸ちゃんに詫びる責任があると思う。おれに出来る限りのことであればなんだって……」

「そ、そうですか。じゃあ……」

 花丸ちゃんは頬が赤いまま上目遣いでおれを覗き込むと、柔らかく微笑んでくれた。

「おやつ奢って下さいずら♪」

 

「――っあぁむっ……。ん~、おいしーずら♪」

 それからおれ達は海が見える場所に腰掛け、おれが買ってきたお菓子やら菓子パンを食べていた。もっとも八割方花丸ちゃんが食べているんだが。

「やっぱり一番はのっぽパンずら♪」

 頬を抑えて美味しそうに咀嚼する彼女を見ていると、思わず頬が緩んでしまう。今なら落ち着いて話せるかな。おれは彼女に向き直ると頭を下げた。

「本当にごめんな。花丸ちゃんのノートなのに、勝手に見ちゃって……」

「ああ、もういいずら。それこそ勝手にせんぱいのこと観察してたおらも悪いし、そもそも忘れておいてったおらにも落ち度があるし……」

「そう言えばそのノート、さっきの歌詞作りのミーティングに持って来てたんだよね。それって……」

 そこまで言いかけておれの心臓がドキリとした。曲のテーマは「ラブソング」だった。つまり花丸ちゃんはおれをそういう相手として意識してるってことなんじゃないのか?

「それが……、まるにもよく分からないずら……」

 花丸ちゃんは食べるのを辞め、視線をのっぽパンに落とした。

「おら、一度もその、恋ってのをしたこと無いから……。これが恋なのかどうなのかよくわからないずら……」

「そうか、恋が何かわからない、ねえ……」

 恋をしたことがない花丸ちゃんに、どうしたら恋ってものを教えることが出来るのか。おれに何が出来るのか……。

「それじゃあさ、続けてみたらいいんじゃないかな。観察」

 おれは持っていたノートを彼女に手渡した。

「え?」

 受け取った花丸ちゃんが首を傾げる。おれ自身何を言ってるのかよくわらかないけど、花丸ちゃんの力に、助けになりたいと思って、口を動かした。

「これからもおれを観察して、それが本当に恋なのかどうか、見極めてみたらいいんじゃないか?」

「いいんですか? おら、もっとせんぱいのこと観察していいずら?」

「ああ。観察対象がそう言ってんだ。何も遠慮することないさ」

「でも、せんぱいは観察されてるって知ってるから正しい観察は出来ないような……」

 あれ、おれって意外と信用ない? 

「そうずら!」

 妙案を思いついたのか花丸ちゃんはノートをおれに差し出した。

「せんぱい! まると交換日記しませんか!?」

「交換日記?」

「そうずら。そうすればありのままのせんぱいを見ることが出来ると思うから……。ダメかな?」

 ノートで口を隠しながら少し首を傾げる花丸ちゃん。おいおい、そんな風に可愛い仕草されちゃあ断れないじゃないか。

 それに、おれ自身花丸ちゃんのことをもっと良く知れるチャンスでもある。

「花丸ちゃんがそれでいいなら、いいよ。しよっか、交換日記」

「はいずら♪ あ、せんぱい。そののっぽパン食べないんですか?」

 おれの四分の一程残ったのっぽパンを花丸ちゃんは指差した。

「うん。結構大きいよね、のっぽパン。もうお腹いっぱいかも」

「それじゃあ……、あむぅ!」

 ひょこ、と身を乗り出し、花丸ちゃんはおれのかじりかけののっぽパンをぱくりと食べるとそのまま全部食べてしまった。

「えへへ、ごちそうさまでした♪」

 といたずらっぽく舌を出した。

「お、お粗末さまでした……。あの、花丸ちゃん?」

「ずら?」

 本人は自覚してないのか、首を傾げていた。おれは体温が上がるのを感じながら指摘してやる。

「その、間接キスなんだけど……?」

「――っ、あぁ~!!」

 瞬時に顔を赤らめる花丸ちゃん。

「せ、せんぱいの、えっち……」

「なんでおれなんだよ!」

 びし、と彼女の頭にチョップを軽くいれてやる。そして互いに笑い合う。ふにゃっとした笑顔が可愛らしかった。

 そうやって笑いあっていると、おれのスマホが震えた。見てみるとダイヤさんからのメッセージだった。

 

『先程の花丸さんとの件でお話があります。花丸さん共々わたくしの部屋に来て下さい。来なかったら、わかりますよね?』

 

 そのメッセージを見て、おれ達は立ち上がった。

「それじゃ、行こうか花丸ちゃん」

「はいずら」

 この後、ダイヤさんにめちゃくちゃ説教された。

 

 

●●

「うぅ、足が痺れたずら……」

 痺れが残る足をさすりながらノートを開く。今までは紫堂せんぱいを観察するために使ってたノートだけど。今度からは違う使い方をすることになるんだ。

 紫堂せんぱいとの交換日記。きっかけはせんぱいに観察日記を読まれたことから始まったことだけど、結果的にOKかもしれないずら。

 そしてふと思い出す、せんぱいの言葉。

 

『おれが責任とるから!』

 

 それを聞いた時、ものすごーく胸がきゅんきゅんしちゃった。せせ、責任って? 責任とっておらをお嫁に貰ってくれるってことずら!? って思っちゃったっけ。それを誤魔化す為におやつをご馳走してもらっちゃったけど。

「どうしたのまるちゃん? 何かにやけてるけど?」

「な、なんでもないよルビィちゃん!」

 いけないいけない。顔に出ちゃってたみたいずら。これはまるとせんぱいだけの秘密ずら♪

 観察日記の最後のページをめくり、新しく日付を別に書く。夕飯の後、せんぱいに渡そう。まず何を書こうかな?

 これからのせんぱいとの交換日記にやりとりにワクワクしながらまるはペンを走らせるのでした。




 取り敢えずアニメお疲れ様。内容に関して、俺は四の五の言える立場じゃないのはわかっている。だけどこれだけは言わせてくれ。今後あるかもしれないアニメサンシャインの為に。

 花田とアニメスタッフはあんまり信用するな。

 あれが脚本から降りたらすぐにでも見に行けるんだが……。 

 今回のサブタイの元ネタは、わかりますよね? アレをちょっと文字ってみました。

 アニメが終わり、意気消沈な方々も多いでしょう(終わったことより内容にショックを受けてる方が多いのかな?)。
 だけどこれからなんです。ここからが始まりなんですよ。
 彼女達が0から1にしたのなら、1から更に広げて、盛り上げてやるのがおれ達のやるべき事だと思う。止まってなんかいられない。だからおれは走り続けます。もっと多くの人に、このコンテンツのキャラクターはこんなに可愛くて魅力的なんだって知って欲しいから。

 ご意見ご感想、企画等のお便りお待ちしてます。


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39話 甘えん坊と欲望と

 ちかっちのちちっち、でかっちでえっちっち!


「はい?」

 ドアをノックする音が聞こえ、おれはドアを開けた。そこに立っていたのは千歌だった。風呂に入った後だったのか、薄着で、髪をおろしていた。後ろ手に少しもじもじしてるように見えた。

「千歌、どうかしたのか?」

「櫂ちゃん、あのね……」

 いつもの彼女らしくなく、あいまいだ。まさかまた何か悩み事でもあるのかな。

「また迷ってるのか? おれでよければ話を――」

「ち、ちがうの! えっと――」

 千歌は慌てると後ろに隠してた物をを取り出した。それは菓子の袋だった。よく見ると足下にはレジ袋があり、そこから他にもたくさんの菓子袋が顔を見せていた。

「い、一緒におやつしない?!」

 おれはその言葉に頬を緩ませるのだった。

 

「ずいぶんといっぱい持ってきたんだな」

「えへへー、櫂ちゃんと食べたくて持って来ちゃった」

 菓子の袋をパーティ開けしてテーブルに並べた。

「でも、なんか珍しいな。千歌がおれとだけでお菓子を食べようって誘うなんて。普通なら曜も一緒に来ると思ってたからさ」

 おれがジュースの入ったグラスを渡すと、千歌は少し苦笑いした。

「えっと……、笑わない?」

「笑える内容で無ければ、な」

 千歌は注がれたジュースに視線を落とすと、ぽつりと呟いた。

「最近、櫂ちゃんに甘えてないなーって、ほらやっぱり笑ってるじゃん!」

 どうやら頬が緩んでいたのがバレてしまったみたいだ。

「いや……、すまん……」

「んもーっ!」

 本当にこいつはかわいいな。

「しょうがないじゃん。櫂ちゃん、女の子にはみーんな優しいし。メンバーの皆も気がついたら櫂ちゃんと一緒にいること多いし……」

「それで、寂しくなったわけか」

 おれの言葉に力なくうん、と頷いた。

「だから……、今夜だけでも櫂ちゃんに甘えたくて……。迷惑だった?」

 申し訳なさそうにこちらを見つめる千歌。全く、こいつは。

「千歌はアホだなぁ」

「アホって何なのさぁ! うわっ――」

 反論しようとする千歌の頭を撫でてやる。

「前にも言ったろ。おれの前では甘えん坊のちかっちでいいってさ。甘えたい時にはいつでも来てもいいんだぞ」

 撫でられるうちに千歌の頬が赤く染まり、嬉しそうな表情に変わっていく。

「ありがと、櫂ちゃん」

「礼を言われることはしてないさ。それに、おれもこうやって甘えられるのは嫌いじゃないし」

「そう、なんだ・・・」

 恥ずかしいのか視線を別の所に逸らす千歌。いかん、妙な空気になってきた。

「ま、まあそんなことは置いといて、楽しもうぜ、ちかっち!」

 幼なじみの間柄でしか呼ばない、特別な名前で呼んでやる。すると千歌はまぶしい笑顔を向けてくれた。

「うん、櫂ちゃん! ちかね、ゲーム持ってきたんだよ!」

「おっ、どうせなら対戦でもするか? またボコボコにしてやるよ」

「むぅー! 今度こそ負けないぞー!」

 こうしておれ達は二人だけのお菓子パーティをすることになった。

 

 

「ここで引きつけて……、今だ、バナナの皮投下!」

「わぁーん! 櫂ちゃんのいじわるー!! もう少しで抜けそうだったのにぃー!!」

「お前はもうちょっと警戒すべきだな。おれだってただでお前に抜かせるほど甘くはないぞ」

 そう会話しているうちにゲーム内のおれのカートはゴールテープを切った。

「またおれの勝ちだな。今日だけで5勝、通算で99勝だな」

「櫂ちゃん今までの勝ち数覚えてるのぉ? 意地汚いなぁ」

「うっせ。そういう台詞は勝ってから言うんだな」

「言ったなー! じゃあもう一回だ!」

「いいだろう、返り討ちにしてやるよ」

 おれが勝負に乗ってやると、千歌は意味深に笑った。

「よーし、こうなったら奥の手を使っちゃうもんねー」

「なんだよ、奥の手って?」

「教えないよーん♪」

 そして千歌がコースの選択をした。まあいいだろう。そのちんけな策もろとも吹き飛ばし、通算100勝目をもぎ取ってくれるわ。

 スタートの合図と共におれ達のマシンは同時に発進した。ちらと千歌の方を見るが、自信満々な表情でゲーム機の画面を見ている。奥の手って一体なんだ?

 そして、その奥の手はカーブにさしかかった時にやってきた。

「よっと――」

「っ!?」

 カーブを曲がると同時に千歌の身体が傾き、隣にいるおれの身体に寄りかかってきたのだ。

「おい千歌! くっつきすぎだ!」

「へへーん! ちかはジャイロ機能で操縦してるんだもーん!」

 その手があったか。千歌が選んだコースはカーブが多い難所。こいつは物理的に妨害してくるつもりだ。千歌じゃなかったらリアルファイトに直結しかねない行為だ。

「きたねーぞ! それでもプレイヤーか!」

「リアリストだよー! えへへ、一位はもらったー!」

 千歌はそういって更におれに体重をおしつけてくる。重さと共に彼女の身体の柔らかさが伝わってきた。それが心地よくて、それ以上怒る気にはなれなかった。

 おれの腕がいいのか、千歌が下手なのかわからないが、コースを一周してもおれ達は同率一位のまま併走して走っていた。

「櫂ちゃんねばるねー。これならどうだぁー!」

 千歌が更に身体を傾けてくる。いけない。その傾け方だと彼女の女の子である場所がおれに当たってしまう。

「お、おい千歌! これ以上は!」

「もう遠慮なんかしないもーん! これでちかの勝ちだー!」

「この分からず屋ぁぁ!!」

 おれもついムキになって千歌に体重をかけはじめた。

「あっ! やったなーっ!」

 それからは互いの身体をぶつけ合いながらレースをした。それが楽しくて、どんどんとヒートアップしていく。

 そしてより強い力でぶつかろうといつもより大きく身体を引いた時にそれは起こった。

「あっ!!」

 千歌がその隙におれの方へとなだれ込んできたのだ。力をためようと引いた身体は彼女の体重に耐えられる力を持っているはずもなく、おれ達はベッドに倒れ込んでしまった。

「っつ・・・、千歌、平気か?」

 おれが視線を彼女に向けると、千歌の頭がおれの胸元にあった。

「うん、へーき・・・」

 そしておれの声に応えるように彼女の視線がおれの方へと向いて、視線が合った。

「えへへ……」

 はにかむ千歌が可愛らしくて、そしてさっきのお返しと言わんばかりにそのおでこをぴん、とはじく。

「あでっ!」

「さっきのはやりすぎだ。お陰で倒れちまったじゃねーか」

「だって櫂ちゃんが大きく引くからー……」

「むぅ……」

「まあいっか。こうやって櫂ちゃんをぎゅーって出来るし」

 そう言って彼女は笑ってぎゅっとおれの胴を抱きしめた。温かさと同時に訪れる、腹部にあたる千歌の胸の柔らかさ。

「お、おい千歌!」

 おれが反論すると千歌は頬を膨らませて睨みつけた。

「なーに? 果南ちゃんのハグはいいのにちかのは駄目だっていうのぉ?」

「そういうわけじゃっ!」

「うりうりー♪ もっとぎゅーっとして櫂ちゃんを困らせてやるー♪」

 困惑するおれを余所に千歌は更にその身体を押しつけてくる。彼女が力を入れる度に胸の柔らかさが押しつけられ、おれの雄としての部分が反応してしまう。

「あっ……」

 千歌もそれを感じたのか、一瞬で顔が真っ赤になった。

「櫂ちゃんの、えっち……」

「し、しかたないだろ。お前がそうやって身体を押しつけてくるからっ」

 体温が熱い。心なしか千歌の体温も上昇しているらしく、その胸からは心臓の鼓動が感じるような気がした。

「櫂ちゃんのこれは、ちかを女の子と感じてこうなってるの?」

 千歌は顔を赤くしながらおれの下腹部を指す。おれが頷くとふにゃりと笑った。

「そっかぁ。櫂ちゃんはちかを女の子として見てくれてるんだぁ……」

 いつもとは違う彼女の表情におれは唾を飲み込んだ。こいつ、いつの間にこんな顔するようになったんだ?

「ねえ櫂ちゃん」

 すす、と千歌は顔をこっちに近づけてきた。薄着の肩紐がするりとズレていく。ぺろりと舌をなめてこっちを物欲しそうに見ている。舐められた唇は光を帯びて、わたしを食べてと誘っているようだ。

「もうちょっとだけ、甘えても、いい?」

 千歌の顔が、その唇が近づいてくる。千歌は目を閉じておれを受け入れようとしている。

「ちょ、ちょっと千歌……」

 手をばたつかせた時、左手がテレビのリモコンに当たった。テレビの画面が光を点し、映像をおれ達に見せた。

 それはよく安いホテルにある、大人が見る映像だった。裸の男女がくんずほぐれずしている。

 その映像を見て、千歌は我に返ったのか起きあがるとおれの胸を叩いた。

「もーっ! 櫂ちゃんのスケベ! 変態! ちかにこんなことさせてー!」

「元はと言えばお前からやってきたんじゃねーか!」

「うっさい! わーん!」

 とおれ達が暴れていると、いきなり部屋のドアが開かれた。

「五月蠅いですわよ紫堂さん! 今何時だと思って――」

 姿を現したのはダイヤさんだった。そしておれ達の状態を見て動きが固まった。さてここで現在のおれの部屋の状況を整理してみよう。

 

・テレビからは男女のいかがわしい映像が流れている。

・おれの下腹部辺りに服を乱した千歌が腰を下ろしている。

 

 ダイヤさんは顔を真っ赤にしながら身体を震わせている。

「こ、ここ、こんなの・・・」

「あのダイヤさん? 話を聞いて――」

「こんなの破廉恥ですわぁぁああ!」

 そう叫ぶとダイヤさんは走り去ってしまった。残されたおれ達は互いに身体を離すとテレビの電源を落とした。

「さて、行くか千歌」

「うん櫂ちゃん」

 千歌は乱れた衣服を直すと視線を開いたままのドアに向けた。

『ダイヤさんを追いかけに』

 こうしておれ達はダイヤさんを説得するための冒険に出たのだった。

 

 

●●

 廊下を歩きながら、私はさっきの櫂ちゃんの身体の感触を思い出していた。男の子のアレってあんなに固くなるんだ・・・。小さい頃一緒にお風呂入ってた時はあんなに大きくなかったのに。

 どうして私、あんなに積極的になってたんだろ。櫂ちゃんが私で反応してくれたのが嬉しかったから? 女の子として見てもらえてるのが嬉しかったからかな?

「どうした千歌?」

 振り向いた櫂ちゃんの顔を見て、私の胸はきゅんとしちゃった。

「なんでもないよ櫂ちゃん!」

 私はムリに笑って彼の後をついていく。

 そっか、どうして最近櫂ちゃんのこと意識しちゃうのか、やっとわかった。

 

 私は、櫂ちゃんのことが好きなんだ。




 櫂は、マ●カーが上手いらしい。
 久々の千歌回です。多分一番千歌がイベントが少ないと考えて、今回書きました。今まであんまり書いてあげられなかった分、少しえっちく書いてみました。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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40話 負けず嫌いのダイヤモンド

 あんちゃん、もうちょっとツイートして下さいよ。なーんも言ってくれないのは、ファンとして寂しいよ。

 さてさてダイヤさん回です。ダイヤさんを押し倒したいか、押し倒されたいかアンケをとった所、後者の方が多かった。


●●

 破廉恥な、破廉恥な、破廉恥な!

 その言葉が脳内を駆けめぐり、部屋までの足を速くさせた。自分の部屋にたどり着くと勢いよくドアを閉め、そこにへたり込んだ。

 わたくし、どうしてこんなにイライラしているのでしょう。そもそもこれは誰に対しての怒りなのでしょう。千歌さん? いいえ、これは紫堂さんに対してのものでしょうね。どうしてでしょう。彼がメンバーと触れあっている場面を目撃すると、どうしてか心が冷静でいられない。ルビィと抱き合っていた時も、王様ゲームとは言え皆を口説いてたときも、花丸さんを追いかけてたときも。わたくしは、こんなに嫉妬深い人間だったのでしょうか。もうわたくし、自分自身がよくわからなくなってしまいましたわ! それもこれも、みーんな紫堂さんのせいですわ!

 そう思っていると、後ろのドアを叩く音が聞こえてきました。

 

 

◇◇

「あそこがダイヤさんの部屋だな」

「うん。あれ、ドアの前にいるのは、ルビィちゃん?」

 おれ達よりも先にルビィちゃんが心配そうにドアを眺めていた。

「お、お姉ちゃん! 本当に大丈夫?」

 妹のかけ声に、ドアの先にいるであろうダイヤさんは何の反応を示さなかった。

「ルビィちゃん! ここにダイヤさんがいるのか?」

「ピギッ!? あ、かい先輩と千歌ちゃん。はい。もの凄い剣幕で部屋に入っちゃって。もしかしてお姉ちゃんが楽しみにしてたアイスを食べたのがバレちゃったのかなぁ・・・」

 ルビィちゃんは瞳をうるうるさせている。おれは彼女の頭を撫でて励ました。

「多分違うと思うよ。それと、そのことは別の時に謝ろうか。んで、ダイヤさーん! 話を聞いて欲しいんですけどー!」

 おれがドアをノックしたのと同時に、千歌も声を投げかける。

「私たち、ただゲームしてただけですからー!  ちょっとヒートアップしすぎちゃったみたいな……」

 おれ達の呼びかけにも何の反応も見せてくれない。うーん、ここはちょっとずつ会話してみるか。

「ダイヤさん、はいなら二回、いいえなら一回ドアをノックして下さい。いいですね?」

 コンコン、とドアが叩かれ、了承の意を見せてくれた。

「そもそもそこにいるのはダイヤさんですか?」

 コンコン。

「何か、おれ達のことで誤解してませんか?」

 コンコン。

「あれは、千歌がハシャぎすぎただけですから。やましいことはありません。信じてくれますか?」

 コン。

「信じてくれない、か……」

「ちょっと櫂ちゃん! 千歌がハシャぎすぎただけってどーいうことなの? 櫂ちゃんがバランスを崩したんでしょー!?」

「元はと言えばお前がリアルに妨害したのが原因だろーが! そうだ、ダイヤさんも一緒にゲームしませんか? きっと楽しいですよ?」

 おれはダメもとで言ってみた。そうだ、千歌がリアルに妨害したくなるほど楽しいゲームだって理解させることが出来れば、さっきの状況だってダイヤさんにとって納得がいくだろう。

 ダイヤさんは暫くの間を置くと、コンと一回だけ叩いた。駄目か。

「あのね、かい先輩。こんな時のお姉ちゃんにはねーー」

 そう言うとルビィちゃんが耳元で囁いてくれた。なるほど、そう攻めればいいのね。

「そっかー、ダイヤさんは負けるのが怖いんですねー。ならしょうがないかー。それじゃ千歌、ルビィちゃん。おれ達でゲームしようかー」

「「はーい!」」

「ちょっと待ちなさい!」

 二人が元気よく返事をすると、ドアの方も元気よく開かれた。それがおれだけに直撃した。

「紫堂さん、あなたと言う人は、千歌さんだけじゃ飽きたらず、ルビィにまで……」

「あの、ダイヤさん? なんか壮絶に勘違いしてません?」

「おまけにわたくしを負けるのが怖いと思っている負け犬といいたいのですね?」

「いやそこまで言ってねーし!」

「わかりましたわ!」

 びしり、とおれを指さしダイヤさんは叫んだ。

「黒澤の名にかけて、そのゲームとやらで勝負しましょう!」

 かくして、ダイヤさんとのゲーム対決が始まった。

 

 

「んあーっ! 負けましたわー!」

 ダイヤさんはベッドに身を投げ出し、悶えている。まぁね、ゲーム初心者に負けるおれじゃないし。

「どうしてそこでバナナなんですのー! 納得いきませんわー!」

 悔しがるダイヤさん。そして彼女に同情するかのように千歌とルビィちゃんがおれを睨む。

「櫂ちゃん、容赦しなさすぎ……」

「もう少し手加減してあげましょうよ……」

 いや、ね。おれがハンデはいりますかって聞いたらダイヤさんが「この黒澤ダイヤに手加減は不要! 全力でかかって来なさいな!」って言うんだもん。流石に全力で相手はしてないけどね。

「千歌さん、ルビィ、口出しは無用ですわ。黒澤に負けの二文字はありませんわ」

「いや、たった今負けの文字ついちゃってますけど」

「だまらっしゃい! 黒澤に二度の敗北はありませんわ! いざ二回戦ですわ!」

 鼻息荒く、画面に食い入るように見るダイヤさん。ここまでムキになるもんかね? でも大和撫子な彼女の、負けず嫌いでちょっと子供っぽい一面が新鮮に見えた。

「わかりましたよ。ハンデはどうします?」

「なしで!」

 彼女の即答に、おれは頬を緩ませた。

 

 

「あぁー!! また負けですわー!!」

 ま、頬が緩んでも負けてやるつもりはないけどね。取り巻き二人も少し引いた目で俺を見ている。

「櫂ちゃん鬼過ぎ……」

「まさかアイテムボックス全部ダミー爆弾にするなんて……」

 だってダイヤさんが全力でって言うんだもん。おれは悪くねーし。

「あそこで、あそこでトゲ甲羅さえとれていれば、わたくしの勝利は確実でしたのに……」

 ダイヤさんは悔しそうに身体を震わせた。

「まだまだですわ! 勝つまでやるのが黒澤家! もう一度ですわ!」

「あれ!? さっきと言ってること違いませんか黒澤家!?」

「知ったことではありませんわ! いざ尋常に、勝負ですわ!」

「あーもう滅茶苦茶だよこの人!」

 

 

 その後、何度もダイヤさんと対戦した。もう見飽きたのか、千歌とルビィちゃんはベッドですやすやと寝息をたてていた。

 漢字練習帳一ページ分の敗北を重ねたダイヤさんは静かに笑った。

「ふっ、やっと見つけましたわ。紫堂さんの攻略法が……。さあ今度こそ勝利を勝ち取ってみせますわ!」

「まだやるんですか……?」

「当然ですわ! さあやりますわよ!」

 意気揚々とコースを選ぶダイヤさん。どうやら自信満々みたいだ。

「いいですよ。どんな策を練ろうと正面から受けるまでです」

「その意気ですわ!」

 きっかけはおかしかったけど、こんなに活き活きとしたダイヤさんを見るのは楽しいし、これも彼女の隠された魅力なのかもしれないな。あまり皆が知らない彼女を見ることが出来て、役得だな。

 そしてダイヤさんの秘策は、カーブに差し掛かった時におれを襲った。

「あーっと、身体が滑りましたわ!」

 ダイヤさんの柔らかな感触がおれを襲った。

「ごめんなさい紫堂さん、わたくしったら白熱してしまってついうっかり……」

 おほほ、と笑いながらダイヤさんはおれを追い越した。おれは体勢を直し、すぐに彼女を追いかけた。そして心の中で叫んだ。

――いや、千歌と同じじゃねーか!――

 何十もの敗北の末考えついたのが千歌と同じことかよ! つーか千歌は五回位でこれ思いついたわ! 一応無駄だろうがおれは彼女に抗議した。

「ちょ、ダイヤさん! リアル妨害は駄目ですって!」

「妨害? いえジャイロモードの方がわたくしの操縦に合っているみたいでして。結果的に妨害という形になってしまっているだけですわ」

「こんな勝ち方で黒澤家が喜ぶと言うんですか!」

「黒澤の家にはこんな言い伝えがありますの!【勝てば官軍】と!」

「またさっきと言ってること違うし!」

 おれは呆れながらもレースを続行した。幸い、千歌の妨害である程度慣れたし、こっちも対抗して身体を倒してダイヤさんによりかかってやる。

「ま、なんて破廉恥な! そうやって妨害するなんて!」

「今すぐあなたに鏡を見せてやりたいですよ!」

「望むところですわ! この程度の妨害で黒澤ダイヤの勝利への道、妨げられるか試してみるといいですわ!」

 おれ達は身体をぶつけ合い、レースを楽しんだ。ぶつけ合う中、必死表情をしているダイヤさんに目がいった。真剣で、でもどこか楽しそうで。いつもは見えない彼女の一面を知れて、嬉しかった。

 でも勝負は勝負。負けてやるつもりはない! そう思って彼女にぶつかろうとした時だった。

「きゃっ」

 ダイヤさんの軽い悲鳴と共にバランスを崩してしまった。どうやら千歌とは逆の状態になってしまったようだ。おれがダイヤさんを押し倒す形になってしまった。

「……」

「……」

 二人、黙りあって見つめ合う。幸いおれがベッドに両手を着いたので身体は密着していない。

「破廉恥ですわ」

 顔を真っ赤にしながらダイヤさんがそう呟いた。

「す、すいません……」

「こうやって千歌さんも誑かしたのですね?」

「い、いえ! あれは千歌が――」

「わかってますわ」

 おれが慌てて弁解しようとすると彼女は優しく微笑んだ。

「わたくしもつい熱くなってしまいました。熱くなってついあのような妨害を……。わたくしらしくありませんでしたわ」

「いえいえ。むしろおれは嬉しかったですよ」

「嬉しかった? どうしてですの?」

「あー、それはですね……」

 しまった、言うんじゃなかった。照れくさくなって視線を逸らしているとダイヤさんの視線が厳しくなった。

「そこまで言っておいて言わないのは卑怯じゃありませんか?! 男らしくはっきり言いなさいな」

「あー、わかりましたよぉ……」

 おれは頬を掻きながらしゃべり出した。

「なんつーか、負けず嫌いだったり、すっごい悔しがったりしてるダイヤさんが新鮮で、ダイヤさんの普段見えない所が見れて嬉しかったっていうか……」

「わたくしを子供っぽいと言いたいのですか?」

「そうじゃないですよ。勝負事になるとちょっと周りが見えなくなるとこ、子供っぽいかもしれないとこ。そういった所が可愛いなって思ったっていうか……」

 いかん、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。視線を彼女へ向けると口元を押さえ、顔を真っ赤にして小さく呟いた。

「破廉恥、です・・・」

 「元がいいですから」と言うと思ってたから少し意外だった。もしかしてダイヤさん、照れてる?

「あのダイヤさ――、うむぅ!」

 突然横腹を蹴られ、ベッドから転がり落ちた。なにが起きたと視線をベッドに向けると、眠っている千歌の足が伸びていた。しまった、こいつの寝相の悪さを忘れていた。当の本人はんー、と寝言を言っている。その様を見てダイヤさんはくすくすと笑いをこぼしながら起きあがった。

「どうやら、千歌さんが守ってくれたみたいですわ」

「どうやらそのようで」

 ダイヤさんは微笑むとゲーム機をかざした。

「さて、さっきの勝負が有耶無耶になってしまいましたから、口直しにもう一回戦しません?」

「ですね。でも、さっきみたいな妨害はなしですよ?」

「さあ、どうでしょう?」

 ダイヤさんは意味深に笑ったのだった。

 

 

●●

 破廉恥な、破廉恥な、破廉恥な……。

 どうしてこの人はわたくしに対して可愛いなんて言うのだろう。どうしてわたくしは言われて胸がドキドキしているのだろう。

 勝負事に熱くなって、いつものように冷静でないわたくしを受け入れてくれたのが嬉しかったからかしら。そんな子供っぽい一面を受け入れてくれて、そんな所も可愛いと言ってくれて。破廉恥です紫堂さんは。

 そっか。わたくしはあの人のことを意識しているんだ。もっとあの人に綺麗だって、可愛いって言ってもらいたいんですね。

 

 わたくしは紫堂さんのことを、愛してしまったのかもしれません。




 遂に輝きの縁、本編が40話を突破しました! そして総合評価の合計が500を超えました! 皆さんの感想のメッセージが無ければ、ここまでこれなかったかも知れません! 本当にありがとうございます!
 さて、その記念も兼ねて、ツイッターで今までの振り返り、各話毎のライナーノーツを呟いていこうと思ってます。
 「#輝きの縁」というハッシュタグをつけて呟いていきます。反応をくれるなりしてくれると嬉しいです。 

 さて、ちょっと一週間程執筆が遅れるかも知れません。そろそろ僕ラブに向けて執筆したり、コラボ作品や企画用の原稿を書かねばならないので。ネタ切れじゃないからね! ホントだからね! 必ずパワーアップして戻ってきます!


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Dream World:貴方と二人 白む空の下で

 梨子ちゃん、セブンのイメージガール当選おめでとー!
 今回は番外編。時系列は冬です。本編との差が激しいかも知れませんが、そこはご容赦下さいませ。


「450円になります。はい、丁度お預かりします。ありがとうございましたー」

 わたしは深夜のコンビニで一人、接客業に勤しんでいた。ライブの衣装の資金調達と、人前に出ても緊張しないようにと舞台度胸をつける為にこのバイトを始めた。

 でも、深夜の時間帯ならそんなにお客さんは来ないはずだった。

「あっ、いらっしゃいませー」

 店に入ってきたのはガタイのいいおじさん達が数人。どうやらトラックの運転手さんみたい。ここを休憩場所にしようとしたみたいで、その人たちが一気にレジに押し寄せてきた。

「さ、三百円になります・・・」

 高身長のおじさん達に気圧されて声が小さくなり、少し恐怖を覚えてしまう。そんな時だった。

「二番目にお待ちのお客様、こちらへどうぞー」

 聞き慣れた声。視線をそっちへと向けるとわたしと同い年の子が隣のレジを開けたのだ。おじさんはそっちへも流れていき、わたしへの負担は軽減されたのだった。

 

「ありがとうね、紫堂くん。休憩中だったんじゃない?」

「まあな。でも監視カメラで見てて梨子がピンチそうで、いても立ってもいられなくてな。大丈夫、店長には言ったから」

「紫堂くん……」

「恋人のピンチには真っ先に駆けつける、それがモットーですから」

 そう、わたし桜内梨子は彼、紫堂櫂くんとお付き合いしています。ちょっとしたことから海で溺れていた所を助けて貰って、一目惚れして、色んなことがあって今に至る。あの時、告白して本当に良かったな。

「梨子? どうかした? 顔が真っ赤だけど」

「な、何でもないの! なんでも!」

 いけない、顔に出ちゃってたみたい。頬を押さえるけど、とっても熱かった。

「ムリはするなよ。倒れられちゃ、たまったもんじゃないから」

「ありがとう。もう大丈夫だから・・・」

 心の底から心配してくれているのが表情から伝わる。本当に紫堂くんは優しいなぁ。梨子にはもったいない彼氏さんです。

「さ、残りの時間も頑張ろうぜ」

「うん!」

 紫堂くんがにかりと笑ったので、わたしも出来る限りの笑顔で応えた。

 

 

「お疲れさま、これお茶」

 控え室でおにぎりを食べていると、紫堂くんが紙コップに入った暖かいお茶を差し出してくれた。わたしはありがとう、と言うとそれを受け取った。

「でもこの時間帯にシフト入れられるなんて災難だよな。例外はあるとは言え、殆ど客がいない時間だし」

「店長さんの都合もあるし、仕方ないよ。それに、紫堂くんが終わるまでここで待っててもいいって言ってくれたし」

「あー、そうだな」

 紫堂くんは少し苦い顔をして、監視カメラの先の店長さんを見る。わたしと彼のシフトは運悪く全く被らないようになってしまった。さっきみたいに彼が助けに来てくれることはあるけれど、基本は一人だ。シフトの都合上仕方ないと思っていても、やっぱり寂しいな。

「せっかく梨子と同じとこで働けるようになったのに、ちょっと残念だなー」

 紫堂くんも、わたしと一緒にいたいんだ。それが嬉しくて、隣に座る彼の肩にぽすっと体重を預けた。

「梨子?」

「紫堂くんの休憩が終わるまで、こうしてたいな……。駄目?」

 そうやって彼を見つめると、優しくわたしの肩を抱いてくれた。やっぱり落ち着くなぁ。

「駄目な訳ないだろ。おれだって充電したいしな」

 そうやって互いに身を寄せ合って十数分が経った頃だろうか。紫堂くんが名残惜しそうに身体を離した。

「よし、充電完了っと。それじゃ行ってくるな」

「うん……」

 寂しそうな顔が伝わってしまったのか、彼は微笑んでわたしの頬に右手を添えてきた。

「大丈夫さ。すぐに戻ってくる。だから待っててくれ」

「うん、わたし、待ってるね」

 それに応えるようにわたしもその手に自分の左手を触れさせた。少し大きくて固い男の子の手だった。

 

 

 空が白んできて、朝が来ることを告げている。わたし達は二人でコンビニから出た。

「もう朝か。今日は学校ないし、どうしよっか?」

 紫堂くんがそう尋ねてきた。わたしと彼の間にはレジ袋が一つ。さっき買ってきた暖かいコーヒーが入っている。それの両端を二人で持っている。

「今日は練習もないし、せっかくのお休みだからわたしの家でゆっくりしてく?」

「おっ、いいのか?!」

 わたしの提案に紫堂くんの顔が輝く。嬉しいそうにしてくれる顔を見ると、バイトの疲れも吹き飛んじゃうな。

「うんっ! 紫堂くんと一緒に居れるのが、一番幸せだから……」

 相当照れくさかったのか、顔を赤くしながら彼は視線を逸し、別の話題に入った。

「い、いやーしかし、やっぱ疲れるなー、深夜のバイトってさ」

「ふふ、そうだね。でもそんな時こそ、これだよね」

 レジ袋に入っているあったかい缶コーヒーを取り出して彼に差し出した。

「ああ。でも本当に暖かいな」

「そうだね。こんなに手が暖かくなっちゃったよ」

 コーヒーを自分のコートにしまうと両手を彼の頬に当てた。

「ホントだ、あったかい――」

 そう言おうとした瞬間に、わたしはちょっとつま先立ちして自分の唇を彼の唇に押し当てた。そして伝わって来る、紫堂くんの温もり。

「もっと暖かくなったでしょ?」

 頬の熱を感じながらわたしは微笑んだ。これは、一緒に頑張ってくれた紫堂くんへのプレゼントです♪ 彼は嬉しそうに笑ってキスをしてくれた。

 それからレジ袋がなくなったわたし達は、手を繋いで家まで帰りました。




 40分で仕上げました。当選の知らせを受けて一時間弱で構成を考え、昼休みに完成させました。自分の妄想力が怖い。

 この番外編では二人は付き合っている設定ですが。いずれ本編との差が生ずるかもしれません。故のDream Worldです。これも好きなエロゲのワードの一つだったり。
 梨子ちゃんとのルートの最後でもある告白のストーリーは頭の中でしっかりと構成しております。そこまで行くのが楽しみです。それまで待って頂けると嬉しいです。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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41話 寂しがりやのバーグサンド

 恋アクドラマCD、二年生編もとい、久々の曜ちゃん回。長い間ほったらかしにしてゴメンね。
 ツイッター上で「読みましたよー」ってフォローして頂ける方が多くて嬉しい限りです。ハーメルンで書いてる方ともどんどん仲良くなって、絆の輪が大きくなっている気がします。嬉しい半面、僕の歪みを受け止めてくれるのか心配だったり。


 くぁ、と欠伸をして身体を伸ばす。淡島へと続く桟橋で一人待ち人を待つ。目指すは淡島マリンパーク。なぜおれがここで待ち合わせしているのかを説明しなければならない。

 

「新曲のPVですか?」

「ええ。そのヒントを得るためにわたくし達は三組に分かれて三つの水族館に行こうと考えていますの」

 ダイヤさんとの勝負を終え、部屋から出ようとした時に彼女に呼び止められ、その話を聞いた。どうやら学年ごとに別々の水族館に行くらしく、最初は千歌達二年生の番だそうだ。

「それで、おれにその水族館行きに同伴しろと」

「はい。そして楽しむ彼女達をこのカメラで撮って欲しいのです。何かのヒントになるかと思いますので」

 

 おれ達は現在、淡島のホテルを活動の拠点にしているので本来ならそのまま行っても問題はないのだが、おれが同伴するということを知った千歌達は一度帰って支度すると言い出して、朝早く家へと戻って行った。こうしておれは一人桟橋で待ちぼうけをくらっている訳だ。

 

「櫂! お待たせ!」

 一番におれの元へやってきたのは、曜だった。ハーフパンツにシャツとジャケット、小さな帽子を被っていて、完全に余所行きの格好だった。

「ん。ずいぶんとおめかししてきたな」

 そうおれが言うと、視線を逸らしながら頬を掻いた。

「だ、だってこれってデートみたいじゃん。ちょっとはおしゃれしてみたいかなーって思って、さ……」

「PVのヒントの為に水族館に行くだけだろ。そんなにおしゃれする意味あるか?」

「もー、櫂君は女心ってのがわからないんだから」

 ジト目でおれを見つめる曜。そりゃ男だからわからないに決まってるだろう。

「それでさ、櫂。どう? 似合ってる、かな?」

 両手を広げてくるりと一回転する曜。ラフな格好や制服しか最近見てなかったからか、とても新鮮だった。

「あ、ああ。中々いいと思うぞ」

「そ、そっか……」

 少し頬を赤らめて俯く曜がいつもよりも女の子っぽく見えて、おれの心臓はどきりとした。

 互いに気恥ずかしいのか、視線を逸らし沈黙が訪れる。周囲から聞こえる波の音だけが響く。何か言おうとして口を開けた時だった。

「おーいっ! 櫂ちゃーん! 曜ちゃーん!」

 桟橋に響く、幼くて元気のある声。声の方を向くと、千歌と梨子が小走りでこっちに向かってきていた。

「遅くなってごめんね。紫堂くん、曜ちゃん。だいぶ待った?」

「そんなことないよ梨子ちゃん。私も櫂と合流したばっかだし」

 柔らかい桜色の上着に、ふわりとしたスカートからすっと脚が伸びている。少し高めのヒールを履いた梨子に目を奪われていた。

「お? 櫂ちゃんったら梨子ちゃんに目が釘付けですな?」

 肘でおれをつく千歌。おれは我に帰って必死に目を逸らそうとしたが、梨子のすらりとした脚から目が離せなかった。梨子が少し恥ずかしそうに身を捩った。

「え、やっぱり地味だった、かな?」

「いやいや、そんなことないって! むしろ綺麗っていうか……」

「え!?」

 ぼっと顔を赤くする梨子。おれも自分が言ったことの意味を理解して顔が真っ赤になった。

「ねーねー、櫂ちゃーん! ちかは?!」

 ありがたく空気を読まない千歌がぴょんと跳ねておれに訪ねてきた。肩紐のあるショートスカートと薄手のセーターという組み合わせ。動き易さを考えた、彼女らしいファッションだった。

「ああ。似合ってるよ」

 跳ねる頭を撫でると少し顔を赤くしながら嬉しそうに目を瞑った。心なしか頭のアホ毛もぴこぴこと揺れ動いている。

「って、そんなことしてる場合じゃないよ! 早くしないと船行っちゃうよ!」

 曜の慌てた声に視線を船着き場に停泊している船に向ける。汽笛を鳴らしてそろそろ出航の合図をしている。

「わーっ! 急がないとー!」

「ち、千歌ちゃん待ってよぉ!」

 それを聞いて慌てて走り出す千歌と梨子。おれもそれに慌てて続いた。

 

 

 船を降りたおれ達を迎えたのはイルカの激しいジャンプだった。

「きゃあっ!!」

 水しぶきに驚いた梨子がおれに飛びついた。柔らかな感触が身体から伝わり、おれの体温を一気に上昇させる。それは梨子も同じらしく、顔を赤らめながら身体を離した。

「ご、ごめん紫堂くん。びっくりしちゃって……」

「む、ムリもないさ。ここはいきなりイルカの水槽があるからな」

「なんでこんな所にイルカの水槽があるのぉ……」

 少し涙目になって水槽を見つめる。

「さぁねえ。ここを作った人に聞いてくれ」

「それ、理由になってな――、っきゃあっ!」

 再びイルカが跳んで、水しぶきに驚く梨子。そしてまたおれの腕にひっついた。

「ご、ごめんね紫堂君……」

 涙目で上目遣いは卑怯だって。おれはその視線から逃げるように目線を逸らした。

「い、いいって。なんなら水族館に着くまでそうしてればいいんじゃないか?」

「それじゃ、お邪魔しまーす!」

 おれ達の会話を聞いていたのか、曜が梨子とは反対側の腕にひっついた。

「お、おい曜! なんでお前もくっついてくるんだよ!」

 おれの問いに曜はいたずらっ子っぽく笑った。

「きゃあー、イルカこわーい!」

 わざとらしく俺の右腕をぎゅっとする曜。右腕に彼女の柔らかさが伝わる。梨子よりはあるんじゃないかな。

「よ、曜ちゃん、真似しないでよぉ!」

 負けじと梨子もおれの腕をぎゅっと抱きしめてくる。なんだこの両手に花な状況は。

「曜ちゃんも梨子ちゃんもずるーい! よーし私だって!」

 何を思ったのか、千歌が後ろから抱きついてきた。背中に広がる、双丘の柔らかさ。千歌の奴、大きくなったんじゃないか? 曜と同じ位の大きさに感じるぞ。

 なんて考えていると、曜がむすっとした表情でおれの右頬を抓ってきた。

「櫂、鼻の下が伸びてるぞー。エッチなこと考えてたんじゃないのー? このスケベー」

「なっ、ち、ちげーって!」

 と、おれが慌てた表情をしていると、反対の頬をぷにっと柔らかくつつかれた。

「紫堂くんのスケベ♪」

「り、梨子まで!」

 更には後ろで抱きついていた千歌がぎゅっと首もとを締めるようにしてきた。

「櫂ちゃんのスケベー!」

 首を絞められる痛みと共にふにゅっとつぶれる千歌の胸。痛みと柔らかさの波状攻撃がおれを襲う。

「お、お前ら! こんなことしてる場合じゃないだろ! いいから水族館に行くぞ!」

 おれは三人の抱擁を受けながら、水族館への道を歩き出した。

 

 

「ってなんでカエル館なのぉ!」

 梨子の叫びが館内に響いた。ことの発端の千歌が口元で人差し指を立てた

「駄目だよ梨子ちゃん。カエルが驚いて出てこなくなっちゃうから」

「出てこなくていいよぉ……」

 涙目になっておれの袖をきゅっと握ってくる。

「水族館のPVを作るんだから水族館に行くんじゃないの?」

「甘いよ梨子ちゃん! そんなありきたりな考えじゃアイドルとして目立てないよ!」

「ありきたりでいいよぉ……」

「梨子、いいことを教えてあげよう」

「紫堂くん?」

 梨子の視線がおれに向く。

「千歌がああやっておねだりする時は、諦めることだ」

「えぇ……」

「思い出してみろ。『お願いー!』っておねだりする千歌のことを」

 子犬のように目をうるうるさせながらお願いする千歌の顔が瞼の裏をよぎった。

「あれを断れると思うか?」

「うん、ムリ、だよねぇ……」

 それが千歌の可愛さなんだけどな。

「千歌という環境にあらがうんじゃなくて、適応するのが大事なんだ」

「もう、櫂ちゃん! 私をバカにしてるー!」

 千歌が頬を膨らませてこっちを見てくる。

「バカにしてないぞ。ただ千歌が可愛いってことを話してただけだ。な、梨子?」

「う、うん。バカにしてたわけじゃないからね千歌ちゃん」

「か、可愛いだなんてそんなぁ……」

 可愛いと言われてふにゃっとした笑顔を見せてくる千歌。こういう所はお世辞抜きに可愛いんだよな。

「あ、じゃあ二人にいいもの見せてあげる!」

 そう言って彼女はおれ達の前に両手を差し出した。おれ達がそれをのぞき込むと、握られていた手が開いた。

 両手にいたソレはゲコっと一鳴きした。

「やっと見つけてきたんだ、ほら、カエルだよー」

「きゃあぁぁぁああ!」

 梨子は驚きのあまりおれの顔に抱きついた。

「ちょっと梨子! 当たってる! 色んなとこがおれに! あとマジで苦しいから!」

 この後、曜が助けてくれるまで梨子に締められ続けた。梨子、いい技持ってるじゃないか。

 

 

「もう、私が目を離してる隙に何やってるんだか……」

 カエル館を出て広い場所をおれ達四人は歩く。曜が呆れながらおれを見ていた。

「そういう曜こそどうしたんだよ。おれ達とは別行動とってたみたいだし」

 助けにくるまで、曜の姿が見えなかった。こいつにしては珍しい気がした。

「別にいいでしょ。女の子にはね、たまには一人でいたい時があるんだよ」

「そんなもんかね」

「そーゆーもんだよ」

 と曜と二人で会話していると、千歌の明るい声が聞こえてきた。

「それじゃあ、ここでお昼にしよーよ!」

「うん。丁度シートも持ってきたし。ここで食べようか」

 梨子がレジャーシートを広げると、おれ達はそこに腰を下ろした。風が心地よく吹いて気持ちいい場所だ。

「あの、これ、朝家で作ってきたんだけど……」

 梨子がおずおずと少し大きめの箱を取り出してきた。彼女が蓋を開けると、そこにはサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。それに千歌の目はキラキラと光った。

「うわー! これ全部梨子ちゃんが作ったの!?」

「お母さんに手伝ってもらったりもしたけどね。皆で食べよ?」

 そのサンドイッチを見て、曜がきゅっと唇を噛んだように見えた。が、すぐに笑顔に戻ってそれを手に取った。一口食べると驚いたような反応を見せた。

「梨子ちゃん! このたまごサンド、すっごく美味しいね!」

「ありがとう。すっごく好きなんだ、たまごサンド」

「櫂ちゃんも食べてみなよ!」

 千歌に進められるまま、おれはたまごサンドを口に運んだ。口の中でたまごの柔らかさが広がり、独特の甘さが舌を誘惑する。

「お、確かに旨い! 美味しいよ!」

 おれの反応に、梨子の顔がぱぁっと輝いた。

「ホント!? よかったぁ……」

 その喜んでいる表情を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなるな。

 とそのまま梨子のサンドイッチに舌鼓をうっていると、曜が立ち上がった。

「ふー、ちょっと食べ過ぎたみたい。私、ちょっと飲み物買ってくるねー!」

 おれ達が返事をする前に曜はそのまま走っていった。

 

 

●●

「何やってるんだろうな、私」

 ベンチで一人、炭酸飲料を飲む。しゅわしゅわとした刺激がのどを駆けめぐる。それが体中を刺激してくれればこの胸のもやもやも消えてくれるんじゃないかって思ったけど効果はないみたい。

「隣に住んでる幼なじみってことで、油断しすぎたかなぁ」

 また独り言がこぼれた。今日のデート(?)でわかったのは、梨子ちゃんも千歌ちゃんも櫂のこと好きなんだってこと。梨子ちゃんのあれは事故かもしれないけど、千歌ちゃんの異常なまでのスキンシップは絶対櫂のことを意識してるからだ。

 そんな中に私が入っていいのか。そうすることで櫂に迷惑をかけてしまうんじゃないかって。

 更に梨子ちゃんが作ってきたサンドイッチ。本当に美味しくて、妬けちゃうよ。あんなの見せられたら私のこれなんか――

「どうした、一人でベンチに黄昏れて」

 そんな私の思考を遮る声。櫂が私を正面から見下ろしている。

「か、櫂!? 千歌ちゃんと梨子ちゃんはどうしたの?」

「あいつらなら仲良くお昼を食べてるよ」

「そうじゃなくて! どうしてこっちに来たのさ!」

「どうしてってそりゃーー」

 櫂は頬を掻いて私の隣に座った。言葉を選ぶように考えると彼はこう言った。

「一番の幼なじみがなんか悩んでるのを感じたから、かな」

 一番の幼なじみ。その言葉を聞いて胸が少し、ずきっとしてしまう。

「いやさ、なんか最近曜と話してないなーって思ってさ。お前、なんかここに来てから調子おかしかったろ? どうしても気になって、さ」

 すっと胸の痛みが少し和らいだ気がした。そっか。櫂はわたしのこともずっと見てくれてたんだ。千歌ちゃんや梨子ちゃんだけでなく、わたしのことも。

「もう、櫂はバカだなぁ!」

 私は笑うとベンチから立ち上がった。

「な、おれはお前のことを心配してだな!」

「まんまと曜ちゃんの策にひっかかったな! こうすれば櫂は私のことを心配してくれると思ったのだよ!」

「なんだよそれ。んじゃ策にかかったおれにどうして欲しかったんだ?」

「えっ、そ、それは……」

 しまったそこまで考えてなかった。視線をベンチにおいたままにしていた小さな弁当箱に送ると櫂に悟られてしまった。

「もしかしてこれか?」

「あっ!」

 私が反応するよりも早くそれを手に取り、櫂は蓋を開けた。

「ほー、ハンバーグサンドか」

「……」

 一度家に帰って、櫂に食べて貰おうと思って作ったハンバーグのサンドイッチ。梨子ちゃんのサンドイッチに比べれば数も一つしかないし、形も少し歪んでて。見劣りすると思って出せなかった。

「これをおれに食べて欲しかったのか?」

 黙って頷くと、櫂はそれを口に運んだ。梨子ちゃんのを食べておなかいっぱいのはずなのに。

「ちょっと櫂! ムリして食べなくていいって!」

 私が止めようとするけど櫂は黙々と食べる。あらかた食べて、一息つくと、笑って見せた。

「ムリなら、こんな顔はしないさ」

「櫂……」

 胸がきゅんとした。もう、櫂のクセに生意気だよ。

 再び櫂の隣に腰掛けて、ぽすっとその肩に体重を預けた。

「お、おい、曜!?」

「櫂、ちょっとだけこうさせてくれる……?」

 男の子の固い身体。うわ、さっきまでは平気だったはずなのに、私すっごいドキドキしてる。

「しゃ、しゃーないな。少しだけだぞ?」

 あ、意識してくれてる。それだけで嬉しくなる。

「ねえ櫂っ。私、もうちょっと頑張ってみるね!」

「お、おお。頑張れよ」

 多分櫂はスクールアイドルのことだと思ってるのかな。そんな女心がわからない櫂には、こうだっ。

「あっ、櫂っ」

「ん? お、おい!?」

 口元に残ってた、ハンバーグサンドのソースを指で拭う。それを舐め取った。うん、良い味付け。

「残ってたぞっ。もうちょっときれいに食べてよね」 

 一気に櫂の顔が真っ赤になる。私も頬が熱い。

 私は、櫂のことが大好き。今は、まだ櫂にとっては「幼馴染」ってだけかもしれない。そのままで終わるかもしれない。でも可能性がないわけじゃないってわかったから。いつか伝えてみせるんだ、私の、「大好き」って気持ちを。

 

 ふと、遠くから賑やかな声が聞こえて来た。よく見ると千歌ちゃんが梨子ちゃんの手を引っ張ってるみたい。

「ち、千歌ちゃん! もうカエル館はいいからぁ!!」

「そんなこと言わないでー! もーいっかい見ればカエルの良さに気づくからー!!」

 そんな二人の様子を見て、櫂がため息をつきながら立ち上がった。

「しょうがない、行くか、曜!」

「ヨーソロー!!」

 私はそれに元気よく敬礼で応えたのだった。




 俺だってさ、梨子ちゃんの特製玉子サンド食いたいよ。でもね、俺卵苦手なんだよぉ!!

 久々に曜ちゃんを書くに当って、「あれ、これは本当に渡辺曜なのか?」と悩むことが多かったです。ほったらかしにし過ぎたバチが当たったな。反省。今度彼女の回を書くときは、水着回にしようかな。

 あ、二年生組の衣装は千歌が水着SRの覚醒前、曜はSSR覚醒前、梨子が恋アク覚醒前の服装になっております。更にカエルを差し出す千歌は以前イベント報酬だった覚醒前のSRだったり。

 特別企画なのですが、出来れば10月末日までに一つ投稿したいなと考えています。ですから皆様からのアイデアをお待ちしてます!
 ご意見ご感想も待ってます。


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42話 一夜限りのお兄ちゃん

 ルビィちゃん、2位から9位の大暴落ですね。中間結果発表と、公式も酷いことをしなさる。セブンの様に上位三人だけを発表するわけにはいかないものなのか。


 夜の廊下を歩いていると、部屋のドアが勢い良く開かれた。

「ルビィちゃん!?」

 部屋から出てきたのはルビィちゃんだった。ルビィちゃんはおれを見ると、おれの元へ走ってきた。ぽすっと柔らかい感触が伝わってきた。

「おねぇちゃぁん……!!」

「えっ、ちょっ、ルビィちゃん!?」

「ルビィ、怖い夢見たの……。怖くて起きちゃって、一緒に、いてくれる……?」

 身体が震えている。そんなに怖い夢を見たのかな。おれはおれの服を涙で濡らす彼女の背中を叩いてあげた。

「大丈夫だよ、おれがそばにいてあげるから」

「うん、うんっ。ありがと、おねえちゃ――」

 そこまで言ってルビィちゃんが顔を上げた。そしておれがダイヤさんでないことを知ると、顔が青ざめた。

「っ――」

 ルビィちゃんが息を呑んだ。まずい。このままだと大声で叫ばれてしまう。おれは慌てて口元で人差し指を立てた。

 ルビィちゃんもそれを理解したのか、口元を塞いだ。

「ちょっと落ち着くトコ行こうか」

 おれの提案にルビィちゃんは口を塞いだまま頷いた。

 

 

「どう? 落ち着いた?」

「はい……」

 ホテルの一階にあるバーでホットミルクを飲んでルビィちゃんは落ち着きを取り戻した。

「ごめんなさいかい先輩。先輩に迷惑かけて・・・」

「迷惑だなんて思っちゃいないよ。ただいきなりでびっくりしたけどね」

「あぅ……」

 首をちぢこめるルビィちゃんが可愛らしくて、思わず頭を撫でてしまう。

「ふあぁあ?!」

 ルビィちゃんはびっくりしたのか、変な声をあげてしまった。

「あ、ごめん。まだ慣れないかな?」

「い、いえ。今のはちょっとびっくりしただけです。先輩のことはもう平気です……」

 おれのことはもう平気なんだ。それが嬉しくて、頬が緩んだ。

「じゃあさっきおれがびっくりした分、これでチャラってことで」

「もう、なんですかそれっ」

 柔らかな笑みを見せてくれるルビィちゃん。やっぱりこの子の笑顔は可愛いなぁ。

「ルビィちゃんはああやって怖い夢を見るとお姉ちゃん、ダイヤさんのとこへ行ったりするの?」

 おれの問いに彼女は小さく頷いた。

「お姉ちゃんはルビィがやってくると、ため息をつきながら『そんなとこにいないでいらっしゃいな』って言って一緒に寝てくれるんです。ルビィの背中を叩きながら、落ち着かせてくれて……」

 嬉しそうな顔をするも、その顔を曇らせてしまうルビィちゃん。

「お姉ちゃんにはいっつも迷惑かけてるって思っちゃうんです……。それが申し訳なくて……」

「そんなことないと思うよ。ダイヤさん、すっごくルビィちゃんのこと大事にしてると思う」

 前にダイヤさんと二人っきりで話した時のことを思い出した。

「「いつか、あの子が殿方を好きになって、素敵な恋をしてくれたらいいなって思ってますのーー」」

 迷惑だと思ってるならあんなことは言ったりしないはずだ。

「ほんとう、かなぁ……」

「本当だとも。ルビィちゃんが気づかない所で、ダイヤさんは君のことを気にかけてるよ」

「そうだと、いいなぁ……」

 ルビィちゃんは心配そうにマグカップに視線を落とした。

 

 ミルクも飲み終え、ルビィちゃんの瞼が少し重くなり始めた。おれは立ち上がって彼女に手を差し伸べた。

「そろそろ、部屋戻ろっか」

「はい……」

 少し返事も虚ろになりながらも、ルビィちゃんはおれの手を握ってくれた。小さくも柔らかい、女の子の手だった。

 

「あっ……」

 ルビィちゃんは自分の部屋の前で小さく声を漏らした。視線の先にはドアのカードキーの差し込み口がある。瞳をうるうるさせながらおれを見つめてきた。

「せんぱい、どうしよぉ。ルビィ慌てて飛び出してきちゃったからカギ持ってないよ……」

「マジか……」

 ふと、おれの部屋のカードキーをポケットから取り出した。視線をルビィちゃんに戻すと、どうしようどうしよう、と今にも泣き出しそうだった。そう、これは彼女を救うための致し方ない処置だ。何もやましいことはない。

「ルビィちゃん」

「はい?」

 おれは自分の部屋のカードキーを彼女に見せた。

「今夜は、おれの部屋で寝ようか」

 

「お、お邪魔します……」

 ルビィちゃんが恐る恐るおれの部屋に入って来た。

「何もとって喰いはしないよ。遠慮しないでおいで」

「はい……」

 部屋を見渡してベッドを確認する。しまった。おれの部屋はシングルベッドしか置いてない。ソファがあるから、少し窮屈だけどおれはそこで寝るしかない。

「じゃあおれはこっちのソファで寝るから、ルビィちゃんはベッドで寝てな」

「そんな! 悪いです! ルビィがソファで寝ますから!」

「いや、女の子をソファに寝かせる方こそ悪いよ。おれのことは気にしないで」

「駄目です!」

 頬を膨らませて抗議してくるルビィちゃん。なんかハムスターが頬袋を膨らませてるみたいで可愛らしいな。って今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 このまま意見が平行線のままではいつまで経っても寝られやしない。折衷案を出すしかない。

「つまり、残された案は一つだけだよ、ルビィちゃん。二人で同じベッドに寝るしかない」

「ピギッ!?」

 ほら躊躇った。これなら最初に言ったおれのプランを押し通せーー

「ル、ルビィ、先輩となら、いい……ですよ……?」

「はい?」

 おれの思考は停止した。

 

 

●●

 少し小さめのベッドでルビィとかい先輩は二人、寝ています。わわ、男の人と一緒に寝るなんて初めてだよぉ。

「狭かったら言ってくれな。直ぐにでもソファで寝るから」

 先輩はルビィのこと気遣ってくれてる。嬉しいけど、申し訳なかった。

「ぜったい、いいませんっ」

「はは、ありがと」

 隣から聞こえる先輩の声。どうしてだろう、緊張しているはずなのにどこか落ち着く。部屋を飛び起きた時に先輩を間違えてお姉ちゃんと呼んじゃった時のことを思い出す。お姉ちゃんと先輩が似てるのかな? そんなはずないのに。

 気になったついでに、先輩に聞いてみた。

「先輩は、どうしてルビィにここまで親切にしてくれるんですか?」

 最初に会った時から、かい先輩はルビィが困ってる時に助けてくれた。どうして先輩はルビィにここまでしてくれるんだろう。

「んー、笑わないって約束してくれるか?」

「は、はいっ」

「妹みたいだから、かな」

「いもうと?」

「ああ。おれは一人っ子で、それでも幼なじみでもある千歌が甘えん坊で妹みたいに感じたこともあったけど、なんて言うのかな……」

 言葉を選びながら先輩がこっちを振り向いた。

「千歌はあっちから甘えてきた時に相手するんだけど、ルビィちゃんは守ってあげたくなるっていうか本当の妹みたいに感じるみたいな……。あー、何言ってるんだおれはっ」

「ふふっ」

「わ、笑わないって約束しただろ」

「ご、ごめんなさいっ。でも、先輩が可愛くて……」

 自然と笑いがこぼれてしまった。そっかぁ、先輩はルビィのこと妹みたいに思ってくれてたんだ。でも妹としか見られてないのかなって思うとちょっと悲しかった。

 その想いを紛らわすように、身体を先輩に寄せた。

「る、ルビィちゃん!? その……」

「じゃあこの夜だけ、先輩がルビィのお兄ちゃんになって下さいっ」

「え、えぇ!?」

「それじゃあ、おやすみなさい、お兄ちゃん♪」

 困惑するお兄ちゃんを余所に、ルビィは瞼を閉じた。

 今はまだ、お兄ちゃんにとってルビィは「妹」なのかもしれない。でもいつか、それ以上になれたらいいなって思うの。

 観念したのか、お兄ちゃんが背中を優しく撫でてくれた。温かくて、ルビィよりも大きな手。すっごく安心するな。

「お休み、ルビィ」

 「大好きな」お兄ちゃんの声を聞いて、ルビィは意識を閉じた。

 

 

◇◇

 翌朝。カーテン越しの窓からは小鳥のさえずりが聞こえる。おれは重い頭を抱えて上半身を起こした。

 眠れなかった。こんなに女の子と密着して寝たことなかったからすっげー緊張してしまった。ルビィちゃんがしっかりと服を掴んでいるから寝返りは打てないわ、更にぎゅっとしてきて柔らかい感触がおれの理性を襲うわ、まあ殆ど一睡も出来なかった訳で。

 視線をその張本人へと向けると安らかな顔ですやすやと寝息を立てている。そんな顔を見ていると不満を言えるはずもなく。つい、彼女の頭を撫でてしまった。

 ダイヤさんは、ルビィちゃんと一緒に寝た後はこうやって撫でていたのかな。大事な妹を、愛でていたのかな。

 そんなことを思っていると、ゆっくりとルビィちゃんの瞳が開かれ、まだ身体を起こした。

「うゅ……?」

「おはよう、ルビィちゃん」

 おれが頭を撫でると、まだ寝ぼけているのかふにゃっとした笑顔で、

「おはよぉ、お兄ちゃん……」

 と応えてくれた。

 

 その後、自分が言ったことに赤面して、そんなルビィちゃんの頭を優しく撫でたのだった。




 中間発表で一番下と言われりゃ、その推しの人はどんな気持ちになるのか、とか公式は考えるべきだと思ったりする。「ああ、この子はどうやっても今回は一番になれないな」ってどんよりとした気持ちになると思うんだ。
 つーかそもそもセンター決めではなく、センターの順番を決める選挙なら皆幸せになれると思うんだ。最後は最後で美味しい役だしね。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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43話 飴と鞭 アームロックとデート

 恋アクドラマパート、三年生編です。想像以上に長くなってしまいました。


 おれ達は三津シーパラダイスにいた。今日の水族館視察は三年生、鞠莉さんとダイヤさん、果南姉ちゃんだ。

「もぉー、ダイヤったらホントーに頭固いんだから」

「そうですね。流石のおれでも付き合いきれませんでしたよ」

「でも良かったのかな? ダイヤをあのまま置いてっちゃって?」

「果南、あの硬度10の『三津』トークを聞きたいの?」

 左右から二人の会話が聞こえる。おれは違和感を無視しながらそれに耳を傾けた。

「それは……、うん、ムリだね……」

「でしょ? あんなカタブツはほっといてカイとのデートをEnjoyしましょ?」

「ってPVの為の見学でしょ? デートじゃないよ」

「どっちも同じ! せっかくカイと一緒なんだもん。楽しまなきゃNoよ!」

「それもそうだね。楽しんじゃおうか」

「あのー、お二人とも、楽しむのはいいんですけどね……」

 ついにおれは我慢出来ずに口を開いた。

「ご両人、おれにくっつき過ぎです」

 おれの両の腕に伝わる、大きくて柔らかな感触。これって二人の胸だよな? 何だ、二人しておれを誘惑しているのか?

「えー、だって言ったでしょ? これはデートだって」

「そーだよかい。細かいことは気にせず、楽しもっ♪」

 果南姉ちゃんまで……。

「そもそもデートってのは男女二人でやるもんじゃないんですか?」

 おれの質問に鞠莉さんがんー、と口元に指を置いて考える。

「ダブルデートってのがあるじゃない!」

「ダブルデートってカップルが二組いて成立するもんでしょ!」

「かいは、私とデートするの、嫌?」

 果南姉ちゃんが悲しそうな顔でおれを見つめてきた。う、そんな顔されたら……。

「嫌じゃ……、ないです……」

 ほら、こう答えちまうんだよ。

 おれの答えを聞いて、鞠莉さんは笑っておれの右腕を引っ張った。

「イヤじゃないなら、楽しもーよ!」

「あ、ちょっと鞠莉、引っ張っちゃダメだよ!」

 今度は反対側の果南姉ちゃんが左腕にぎゅっと抱きついた。うう、胸が……。

「もうちょっとかいのペースに合わせよーよ」

「果南ったら何言ってるの!! 時間は限られているんだから、じっとしちゃいられないの!」

「それはわかるけど落ち着いて~!」

 鞠莉さんも意固地になったのか、ぎゅーっと右腕に抱きついてきた。両腕にたわわとした感覚がっ。

 と、おれが年上の美人二人に引っ張られている時だった。

「破廉恥ですわよぉぉおお!!」

 凛とした声が徐々に近づいてきていた。二人がびっくりして両腕を離したのでおれは声の主を見た。ダイヤさんがものすごい勢いで走ってきていた。

「わたくしを置いてきぼりにした挙句、更にはそんなふしだらなこと! この黒澤ダイヤ、容赦――きゃっ!!」

 おれ達の目の前でどこからか飛んできたゴミ袋を踏んでバランスを崩すダイヤさん。

「危ないっ!!」

 自然とおれの身体が動き、倒れようとする彼女を抱きとめた。

「あっ……」

「大丈夫ですかダイヤさん……」

「え、ええ……」

 ダイヤさんは顔を赤らめながら答えてくれた。よかった、怪我が無くて。気のせいかダイヤさん、おれのことぽーっとしながら見つめていないか?

「ワーオ、ダイヤったらダイタン♪」

 鞠莉さんの言葉に我に返ったダイヤさんは勢い良くおれの身体から離れた。

「ふ、二人共破廉恥ですわよ! 殿方の腕にそんなに身体を寄せて……」

「んー、フツーだと思うけど?」

「と言うか、直前までダイヤだってカイに身体を寄せてたじゃない?」

「そ、それは……」

 二人の反論にダイヤさんは口を噤んでしまう。

「わたくし、だって……」

 ダイヤさんは顔を赤くしながら視線を落として身体を震わせている。

「ワタシはカイのフィアンセだから、No Problemよ!」

 鞠莉さんはおれの腕に更に身を寄せた。

「いや問題アリですよ! 勝手に決めないで下さいよ!」

「私はその、かいのお姉さんだし……?」

 果南姉ちゃんまでもがおれにくっついてくる。お姉さんだからって、胸を腕にくっつける理由にはならないでしょ。

 ダイヤさんは我慢の限界だったのか、大声で叫んだ。

「わたくしだってその、紫堂さんと夜の戦いをしましたもの! わたくしにも身を寄せる権利はあるでしょう!?」

「夜の――」

「戦い!?」

 左右二人の視線がおれに集中する。

「かい!? それってどういうことなの?」

「教えてプリーズ!!」

 案の定二人に問い詰められる。言った本人であるダイヤさんは両手で赤くなった頬を押さえている。

 まさかダイヤさん、二人でレースゲームしたあの夜のこと言ってるんじゃ……。

「あの夜、紫堂さんは(ゴールに)行こうとするわたくしを攻めて……物凄いテクニックでしたわ……」

『イこうとするダイヤを攻めた!?』

 二人の視線と、両腕にかかる圧力がさらに増した。このままではマズい。補足をしなくては!!

「二人共勘違いしてますよ。あの夜、おれとダイヤさんは――っ、手がぁあぁあ!!」

 時既に遅し。果南姉ちゃんがおれの左腕をアームロックし始めたのだ。

「かーいっ、ちょっとお姉ちゃんとお話しよっか♪」

 変化のない声色と張り付いた笑顔、それに恐怖を感じた。

「ヒドイわカイ! マリーとは遊びだったの!?」

「そもそも遊び以前におれと鞠莉さんは――あででっ!?」

 アームロックの激痛に、うまく喋れない。おれが拷問に苦しんでいる間にも、ダイヤさんの説明は続く。

「更にわたくしが行こうとする所(アイテムボックスのある場所)を何度も何度も的確に……」

『イこうとする所を何度も何度も的確に!?』

 どうしてダイヤさんは大事な目的語を省くのだろう。もしかしてワザとか?

 と、思うおれを余所に、鞠莉さんが身体を震わせていた。

「カイ……っ、このウワキモノー!」

 パァン、と音をたてて彼女がおれの頬をひっぱたいた。音は大きいものの、痛みはそんなになかった。もしかして鞠莉さん、手加減してくれてる?

 が、もう一方のお姉さまは手加減などしてくれるはずもなく。

「かーいっ! そんな子に育つなんて、お姉ちゃん悲しい、なっ!!」

「いででっ、そ、それ以上はいけない! 左腕が変な方向にぃぃい!」

 その後ものダイヤさんの意味深な発言を真に受けた二人からの責を受け、おれは悲鳴をあげ続けたのであった。

 

 

 先輩方三人の会談により、一人30分おれとデートすることで手打ちとなった。ちなみにおれの発言権は無く、三人とのデートに臨むことになったのだが……。

「……」

「あのー、果南姉ちゃん?」

 おれの呼びかけに果南姉ちゃんは少し頬を膨らませてそっぽを向いた。まずいなぁ、完全に拗ねちゃってるよ。こうなった彼女は機嫌が直るのに時間がかかるんだよなぁ。

「さ、30分と時間が限られてるしさ、いこ?」

「別に、私は二人に乗っかっただけだし、かい一人で行けば?」

「そんなこと言わずに……」

 成り行きとは言え、果南姉ちゃんとの二人っきりの時間が出来たんだ。喧嘩したままじゃイヤだ。

「ダイヤさんの言葉はあれ、嘘だからね? いや、嘘っていうか変に言ってただけで……」

「私を誘わずにダイヤとゲームしてたんじゃない」

 誘ってくれたっていいじゃない、と膨らんでいた頬を更に膨らませる。いつもの落ち着いた彼女からは想像できない、ちょっと子供っぽい姿。拗ねた時だけに見せる、もう一つの彼女の顔。久々に見たそれに、思わず頬が緩む。

「な、何笑ってんのさ!」

「いや、別に。どうしたら許してくれる?」

 こうなった時の対処は覚えている。こうやって聞くと、果南姉ちゃんはこう答えるんだったな。

「手、繋いでよ……」

「はいはい」

「はいは一回!」

 おれは差し出された手をきゅっと握ってやる。伝わってくる、すらりとした、女の子の手。

「あっ……」

 果南姉ちゃんから声が漏れた。うわ、おれ果南姉ちゃんの手を握ってるんだ。最後に握ったのは、小学校高学年位だったからあの頃と全然違う。改めて、彼女が異性だってことを意識させられ、どきどきと脈動した。

 それは果南姉ちゃんも同じなのか、頬を赤くしておれを見つめていた。

「久々に握ったな、かいの手」

「そうだね、久々だったね。で、感想は?」

「んー、なんというか……」

 繋いでいない方の手を頬に当てて考えるそぶりを見せる。少し考えるとにかりと歯を見せて笑った。

「男の子の手って感じかな」

「なんだよそれ、おれが今までそうじゃなかったみたいに」

「成長したってことだよー!」

 そう言うと彼女はおれの手を引いた。

「ちょっ、果南姉ちゃん?」

「ほらっ、ボサっとしないの! 30分は短いんだから!」

「それおれが先に言った!」

「なにー!? 聞こえないぞー!」

 よかった、元の果南姉ちゃんに戻ったみたいだ。おれは手を引かれるまま、彼女とのデートを楽しむことにした。

 

 色んな水槽を眺めながら果南姉ちゃんと歩いていると、装飾品を売っている露店を冷やかすことにした。

「ねーかい、これなんてどうかな?」

 彼女が取り出したのは、金色のイルカのイヤリング。それを両耳にあてがっている。おれの前でハシャぐ果南姉ちゃんはとっても新鮮だった。

「お、いいんじゃない? 果南姉ちゃんイルカ好きだねぇ」

「うん。あの流線型で泳ぐのに特化したフォルムが最高なんだよねー。それに可愛いし、こっちの言うこと理解してるみたいだし!」

 熱弁する姿が可愛らしくて、頬が緩んだ。そうだった、好きなものに関してはすっごい喋るんだよな。

「そのイヤリング、ちょっと貸して」

 彼女は素直におれの言うことを聞いてイヤリングを手渡した。おれはそれを店のおじさんに渡した。

「すみません、これつつんでもらいます?」

 あいよー、とおじさんは奥へと引っ込んでいった。それと同時に果南姉ちゃんが飛び出してきた。

「ちょっとかい!? 別に買わなくてもいいんだよ! 似合ってるかなってかいに見て貰いたかっただけだし!」

「十分似合ってたよ。それにこれはさっきのお詫びも兼ねてるし。受け取ってくれると、嬉しいな」

「かい……」

 お待ちーと、おじさんがイヤリングの入った袋を渡してくれた。なんだか妙にハートとかが多い包みだな。

「お二人さんカップルだろ? おまけしといたよー」

 おじさんの気遣いに苦笑いがこぼれた。それを受け取った果南姉ちゃんは顔を赤くしながらはにかんでくれた。

「かい……、ありがとっ」

 それは、今日一番の笑顔だった。

 

「果南ったらずーるーい!!」

 そんな中突然鞠莉さんが叫びながらおれ達に突進してきた。

「うわっ、鞠莉?」

「デートは30分と決めてましたけど、物を貰うなんてのはルール違反ですわよ!」

「ダイヤまで? そもそもそこまで細かいルール決めてなかったじゃん!」

 果南姉ちゃんを責め立てた二人の視線がおれに向けられる。変なことを言ったら大変なことになるなこりゃ。

「わかりました、お二人にも何か買いますから」

 その言葉にダイヤさんと鞠莉さんの顔がぱあっと輝いた。

 ルール追加。おれこと紫堂櫂はデート相手に何かを買ってあげること。

 もつかな、おれの財布。

 

「んー、カイー!! 次はマリーの番だよー!」

 その後すぐに時間になったので鞠莉さんとのデートに切り替わった。そうなるや否や、彼女はおれに抱きついてきた。

「うわっ、鞠莉さん、くっつきすぎですって!」

「えー? 30分限定とは言えワタシは今カイのコイビト、Girlfriendだもん! カップルなら抱きついてもいいでしょ!」

 そう言って唇をおれの方へと寄せる。

「抱きつきはまだしも、キスは駄目ですって!」

「それじゃあいつもと変わらないじゃなーい!! この30分はトクベツなの! いつもと違うアナタとの時間を過ごしたいのー!」

 そこまで言ってくれるのか。鞠莉さんの真っ直ぐな好意が嬉しかった。それにおれも応えてあげないと。

「わかりました。じゃあこの30分だけおれは鞠莉さんの恋人です」

「やっとわかってくれたのねカイ! それじゃあーー」

 彼女の台詞を遮り、彼女を思いっきり抱きしめた。その瞬間に彼女の体温が上昇するのを感じた。

「じゃあ、デートを始めようか、鞠莉」

「っ!?」

 今このときだけ呼び捨てで名を呼んでやる。ぼっと顔が赤くなるのを感じながら身体を離し、彼女の手をぎゅっと握った。

「い、いきなりは反則よ、バカ……」

 小さな、それでいて可愛らしい呟きをおれは内心ドキドキしながら聞きながら、彼女の手を引いて歩き始めた。

 

「うわーおっきい!」

 彼女と眺めているのは大きな水槽。そこには大小様々な魚達が優雅に泳いでいる。おれ達は座ってその魚達のダンスを見つめていた。

「本当だ、壮観だね」

「これだけ大きな水槽ならこれをバッグに踊るってPVもありかも知れないわね!」

「え、PV?」

 おれの言葉に鞠莉さんは呆れた顔を見せた。

「もう、忘れちゃったのダーリン? ワタシ達PVの為にここに来てるのよ?」

「ああ、そうだっけ。すっかり忘れてたな。っていうかダーリンって……」

 おれの指摘に彼女はふふーん、としたり顔をする。

「だってワタシ達、30分限定の恋人なんでしょ? カイがワタシを呼び捨てするなら、ワタシだってアナタを特別な呼び方してもいいでしょ?」

「それは、まあそうかもしれないけど……」

「でしょ? んー、ダーリンッ♪」

 心底嬉しそうな顔をしておれの腕に抱きつく鞠莉さん。彼女が嬉しそうなら、まあいいか。

「それにしても大きな水槽だな。ジンベエザメも泳いでるな」

「あの子、中々シャイニーな感じに可愛いわね。よーし!」

 鼻息荒く鞠莉さんが立ち上がった。あ、なんかいやな予感。

「あの子、ワタシのホテルで飼う!」

「いやムリでしょあれは!」

 どれだけ大きいと思ってるんだ。

「大事なことはねダーリン。出来るか出来ないかじゃない、やるかやらないかなのよ!」

「それ千歌の台詞! これはそのレベル超えてるって!」

「やだー! 飼うったら飼うのー!」

「代わりにジンベイザメのぬいぐるみ買ってあげますから、我慢してください!」

「え、本当に!? Really?」

 ぴた、と鞠莉さんの駄々が止まった。おれが頷くと嬉しそうにおれを抱きしめた。

「やったぁ♪ カイ、Thank you♪」

 その後、お土産コーナーでジンベイザメのぬいぐるみを買い、彼女に渡した。

「ありがとう、カイ! ワタシこれを大事にするね!」

「ええ。そうしてもらえると嬉しいかな」

「初めてカイから貰ったpresent~♪」

 嬉しそうにそれを抱きしめる、鞠莉さんが可愛らしかった。

 

 最後はダイヤさん。なのだが、彼女は変にそわそわしていた。

「どうしました、ダイヤさん?」

「い、いえわたくし、殿方のデートなんて初めてで・・・。いえ同性の方ともしたことはなくってよ!」

 慌てて訂正するダイヤさん。その慌てようが可愛くて頬が緩んでしまう。やっぱりルビィちゃんのお姉ちゃんなんだな。

「って、何を笑ってるんですの!?」

「いえ、何でもないですよ。どうします? デートをやめるってことも出来ますけどーー」

「それはイヤですわ!」

 おれの言葉を大きな声で遮るダイヤさん。おれがびっくりしていると顔を赤らめてそっぽを向いて小さく呟いた。

「わたくし、果南さんや鞠莉さんのデートを遠目からずっと見ていましたのよ? わたくしだけなしだなんて寂しいじゃない・・・」

「それもそうですよね。よしっ」

 おれは彼女の手を握った。意外に小さな手がすっぽりとおれの手の中に収まる。

「ちょっ、紫堂さん!?」

「じゃあこの30分、めいいっぱい楽しみましょう!」

 デートが初めてだってんならおれがリードしてやればいい。おれだって本物のデートなんてしたことないけど、さっきまで二人分のデートっぽいものを経験してるわけだし、少しぐらいは彼女よりデートがなんたるかはわかるはずだ。

「まずダイヤさんは何を見たいですか?」

「わ、わたくしが見たい物ですか? それこそ紫堂さんがーー」

「おれが見たいものじゃなくて、ダイヤさんが見たい物でいいんですよ! おれは、あなたが見たい物を一緒に見たいから」

「紫堂さん・・・」

 ダイヤさんは顔を赤くしながらもにっこりと微笑んでくれた。

「じゃあペンギンで・・・」

「わかりました。時間もないことだし行きましょう!」

 おれは彼女にムリをさせない程度の速度で歩き出した。歩いているうちに慣れてきたのか、ダイヤさんは腕を組むようになり、体重をおれに預けてくれるようになった。

 

「ペンギンはいいですわね。見てると癒されますわね」

 おれ達はペンギンがたくさんいる島の近くにあるベンチから、ペンギン達を見ていた。ペンギン達が気持ちよさそうに泳いでいたり、ひょこひょこと歩いている。

「ダイヤさん、ペンギン好きなんですか?」

「鳥類でなら一番好きかもしれませんね。歩いてる姿とか可愛らしいじゃありません?」

「ああ、そうかも。じゃあ哺乳類では?」

「んー、小さい犬とかいいですわね。昔は犬のパジャマを着たルビィが可愛くーー何でもありませんわ」

 途中で切ったけど、ルビィちゃんのこと言ってたな。やっぱりダイヤさんはルビィちゃんのこと大事に思ってるんだな。おれは聞かなかったことにして、次の質問を切り出した。

「爬虫類なんかではどうです?」

「爬虫類はちょっと・・・って、わたくしばかりが質問に答えてばかりではありませんか!」

 ダイヤさんが少し不満げな顔をする。

「今よりももっとダイヤさんのこと知りたいなーって思ってたんですけど・・・。イヤでした?」

 おれの言葉に顔を赤らめて視線を逸らすダイヤさん。

「い、イヤではないけれど、わたくしばかり質問を受けて不公平っていうか・・・」

 そうだ、と思いついたのか、ダイヤさんが距離を縮めた。

「今度は紫堂さんがわたくしの質問に答えて下さる?」

「お、おれですか?」

「ええ。紫堂さんがわたくしのことを知りたいのと同じように、わたくしだって貴方のことをもっと知りたいのよ?」

 少し得意げな顔をおれに向けてくる。おれにここまで真っ直ぐに興味を持っていると言ってくれるのが嬉しかった。

「いいですよ。答えられる範囲であれば何でも答えますよ」

「では遠慮なくいかせてもらいますわよ。紫堂さん、貴方は好きな人はいるのかしら?」

「ぶっ!?」

 予想してなかった質問に、むせてしまう。いきなりそこ聞くか?!

「い、いやあの、ダイヤさん? いきなり直球すぎやしませんか?」

「わたくし、気になることは放っておけない質ですから。それで、どうなんですか?」

 ずい、とおれの方に向かってくるダイヤさん。こりゃ答えるまで解放してもらえそうにないな。

「そ、そうですね……。いないと言ったら嘘になるのかな……」

「はっきりとおっしゃいな」

 はっきりって言われても……。Aqoursの皆と一緒にいることが多くなって、女の子ってのをイヤでも意識するようになった。ドキドキすることも多くなった。だからーー

「いますね、好きな人は」

 まだ誰のことが好きかどうかなんてよくわからない。でもダイヤさんを含め、あの9人の誰かを意識していることは確かだった。

「そ、そうですか……」

 安心したのか、それでもどこか不安げな表情をしてダイヤさんは身を退いた。よかったこれで――

「それでは、誰のことが好きなんですか?」

「いやそれ聞いちゃう!?」

 そこまで聞かれるとは思わなかった。まだおれ自身誰が好きなのかわからないってのに。

「わたくしは質問に答えましたわよ! ですから紫堂さんも答えなければ不公平ですわ!」

「お、おれは・・・」

 脳内に皆の顔が浮かぶ。皆魅力的で、何度もドキドキさせられた。おれは、誰のことが好きなんだ?

 なんて考えていると、目前のその一人から言葉を投げかけられた。

「さぁ! 答えて下さいな!」

 視界いっぱいに広がる、ダイヤさんの顔。整った顔が鼻先近くまで接近していて、おれの返答を待っている。

「あ、あのダイヤさん?」

「なんですか!?」

 少し鼻息荒くおれを見つめてくる。どうやら質問に夢中で気づいてないみたいだ。

「その、近いです……」

 下手すると、そのままキスしてしまいそうな距離だ。おれの指摘にダイヤさんは間近で顔を赤らめた。そして縮こまるかのようにゆっくりと顔をひっこめた。

「し、失礼しました……」

 顔を真っ赤にして視線を地面に落とすダイヤさん。おれも心臓がドキドキして次に喋る言葉が見つからなかった。

 そんな中、きゅるる、と鳴き声がおれ達の目の前で聞こえた。そこに視線を向けると、ペンギンが一羽、こっちを見ていた。ダイヤさんもそれに気づいたみたいだ。

「ペンギン?」

「ですね。あ、なんだかこのペンギン、ダイヤさんにそっくりだ」

「わたくしに!? どこか似てるっていうんですの?」

「ほら、口元」

 指さした嘴の近くには黒く小さな点がぽつりとあった。そしておれは自分の口元を指した。

「ダイヤさんの口元のほくろにそっくりじゃありません?」

「ああ、そういう……。これ、やっぱり気になります?」

 ダイヤさんが口元のほくろを触った。気にしてたのかな。

「いいと思いますよ、それ。なんというかその、少しエロくて……」

「エロっ!?」

 再び顔を赤らめるダイヤさん。そして小さく呟いた。

「破廉恥ですわよ……」

「す、すみません……」

 おれも自分が言ったことの意味を知って、顔が熱くなった。

「って、どうしてここにペンギンがいますの!?」

「確かに。っていうか脱走じゃないですか!?」

 おれ達がそんな疑惑を向けているのを感づいたのか、ペンギンはぺちぺちと走り去って行った。

「まずいですわ! 追いかけますわよ!」

「え、ちょ、ダイヤさん!?」

 おれが言うよりも早く、ダイヤさんは駆けていった。おれも慌てて彼女の後を追ったのだった。

 

「よくよく考えれば、係の人に言えばいい話でしたわね……」

「そ、そうですね……。もうちょっと早く気がつけばよかった」

 おれ達は足取り重く館内を歩く。時計を見ればもう少しで30分経過するな。

「あ……」

 隣のダイヤさんの足が止まった。彼女の視線の先には、ぬいぐるみが置いてある売店があった。

「ペンギン……」

 そう小さく呟くのをおれは聞き逃さなかった。

「ちょっと寄っていきましょうか」

 彼女は無言で頷くと置かれているペンギンのぬいぐるみを手に取った。

「ダイヤさん、ペンギン大好きなんですね」

「ええ、世界で2番目に」

「じゃあそれを買いますか」

「いいんですの!?」

 年上の女性とは思えないぐらい可愛らしい笑顔を咲かせるダイヤさん。こんなステキな笑顔が見れるなら、財布が軽くなってもいいか。

「ありがとうございます紫堂さん。大切に、しますね……」

 顔を赤らめ、うっとりとした表情でぬいぐるみをぎゅっとするダイヤさんに眼が離せなくて。

「ダイヤさん」

「はい?」

 どうしてだろうか、さっきの質問に答えなきゃいけないような気がした。

「おれはまだ、誰が好きなのか、そもそもそれが好きって感情なのか、自分でもよくわかってません。でも――」 皆と過ごしてきた短いかもしれないけど、大切で、楽しい思い出が脳裏を過る。

「ダイヤさん達、Aqoursの皆がかけがえのないモノだってことは、はっきりと言えます」

「そう、ですか」

 ダイヤさんは顔を赤くしたまま、柔らかな笑みを浮かべると、小さく呟いた。

「わたくしにも――が、あるのですね?」

 小さくて途中が聞こえなかったけど、彼女は満足そうな顔をしていた。

「あ、そうだ。ダイヤさん。最後におれからも一つ質問いいですか?」

「なんですか?」

「ペンギンが世界で2番目に好きって言ってましたけど、一番好きな物はなんなんです?」

 それを聞かれたダイヤさんは、少し悪戯っ子っぽく笑うと、おれの腕に身体を寄せた。

「教えてあげませんっ」

 それから果南姉ちゃんと鞠莉さんが来るまで、おれ達は30分限りのデートを満喫したのだった。




 さて、ダイヤさんは何と言ったんでしょうねぇ? それは彼女のルートに入ってからのお話ということで。
 投稿が遅れて申し訳ありません。一人一人のデートも追加で書いていたので時間がかかりました。
 一人に焦点当てるだけなら二三日で出来るんだけどね。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。

 出来れば企画は10月末日には企画回を投稿したいので応募待ってます!


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44話 ロックオン・キス

 恋アク一年生編の前のお話です。鞠莉さん、何か歯ギター出来そうなイメージ。パンクなロックが好きみたいだし。


「あれ、鞠莉さん?」

 ふといつもミーティングしている場所を通りかかると、鞠莉さんが思案顔で紙とにらめっこしていた。彼女はおれの気配に気づいたのか、笑顔を向けてきた。

「あら、カイ♪」

「何をしてるんですか?」

 おれが彼女の隣に座ると、紙をおれに見せてきた。紙には浦ノ星女学院の校庭やら港やら広い場所が可愛い文字で書かれていた。

「ライブの場所を何処にするかを考えているの。どこもこれって決まらなくて……」

 ボールペンを唇に当てて、うーんと悩む鞠莉さん。そんなに悩むことなのかな。

「浦ノ星のスクールアイドルなんだから、自分たちの学校でやるもんじゃないんですか?」

「それじゃ在り来り過ぎてNoよ!」

 ずい、とおれの方へ身体を寄せる鞠莉さん。

「スクールアイドルだからって自分の学校でやるのはおーどー過ぎて面白くないわ! もっとインパクトのあるライブにして、もっと私達の事を覚えて貰わないと!」

「それで、ライブ会場の候補をあげてた訳ですか」

「ねぇ、カイはどう思う?」

 席を近づけ、おれに意見を求めてくる鞠莉さん。さらりとした金髪がおれの肩にかかる。いいシャンプーを使っているのか、ふわりと甘い香りが広がる。

「じゃあこの港の魚市場とかは? 中々広く使えそうですけど、っていうか漁港をライブとかに使えるんですか?」

 おれの質問に鞠莉さんはふふん、と猫の様に可愛らしい口をした。

「カイ、ワタシを誰だと思ってるの? 小原の家の力を使えばラクショーよ?」

「そ、そうですか……。っていうか家の力を使うってスクールアイドル的にアリなんですかね?」

「さぁ? そこはうちはウチ、よそはヨソってとこで!」

 そんなもんなのかね。まぁ盛り上がらなくて失敗するよりかはマシか。

 しかし鞠莉さんは思案顔を解かない。

「でもホントに魚市場でライブするアイドルってどうよって思うのよねー。何というか魚臭いイメージしない?」

「あー……。解らなくはないような……」

 魚市場のマスコットキャラで終わってしまいそうな気がするな。

「じゃあ砂浜はどうですか? 広いしお金もそんなにかからないし」

「それも考えたんだけど、逆にお金がかからな過ぎてインパクトに欠けるのよねぇ。水族館はPVで使うから今回はナシだし。もうぜんっぜん決まらないのよぉ!」

 頭を抱える鞠莉さん。普段はおれを誘惑して、どこかフザケてる印象だったけど、真剣に考えているんだな。

「んー? なーに? マリーの顔をまじまじと見て?」

「いえ、鞠莉さんって意外にもAqoursのことよく考えてるんだなーって」

 おれの言葉に鞠莉さんは顔をしかめた。

「ナニそれ? それってワタシがいつもフザケてるって言いたいの?」

「いやそういう訳じゃ! 鞠莉さん、いっつもおれを誘惑してくるし、この間もダブルデートとか提案してくるし、その、何て言うか――」

 おれが慌てて説明をしようとしていると、、おでこにぺちりと衝撃が走った。視線を彼女に戻すとふふっと笑う鞠莉さんがいた。

「もう、ジョーダンよ。そんなに真に受けないでよ」

 鞠莉さんはおれから少し離れるとメモに視線を落とした。

「千歌っちに誘われて、最初はえーって思ったわ。ワタシはロックでパンクな曲が好きだったし、アイドルみたいな曲は合わないんじゃないかって」

 すぐさま顔を輝かせて鞠莉さんは興奮気味に続けた。

「いざ聞いてみたら『何このシャイニーなの?!』って思ったの。意外とハマっちゃって気がついたら好きになってた。食わず嫌いだったみたいね」

「やってみたら意外と自分に合ってたとかよくありますからね」

「うん、こんなに楽しい物があったなんて知らなかった。気がついたらワタシもスクールアイドルの虜になってたのかも。で、その大好きなスクールアイドルの為に、ワタシの持てる力を持ってAqoursを盛り上げていきたいって思ったの。ビジネス感覚は一番あると思ってるから!」

「そうですか。鞠莉さんがスクールアイドルのこと、Aqoursのこと好きになってくれてよかった」

 最初誘われたことを話してくれた時はそんなに乗り気じゃないように見えたもんな。鞠莉さんの中でそんな風に感じ方が変わってくれて、嬉しいおれがいた。

「でもね、ワタシが一番好きなのは……」

 ちょっと艶っぽく笑うと鞠莉さんは距離を詰めてきた。おれは逃れようとチェアから少しムリな体勢になる。

「カイ、アナタなのよ? スクールアイドルとして踊ってるマリーを一番見て貰いたいのは……」

 更に近づいてくる鞠莉さん。おれは反射的に彼女から離れようとしてしまう。そりゃ鞠莉さんは美人だし可愛いとこだってあるけど、おれ自身彼女のことが好きなのかどうかまだよくわからない。好意を向けてくれるのは嬉しいけど、それにまだ応えられない自分が申し訳なかった。

「鞠莉さん、あの――」

 何か言おうとした時だった。体を支えてた手が滑って後ろに滑った。身を寄せてる鞠莉さんも巻き添えで。

「きゃっ!」

 小さな悲鳴を聞きながら背中を軽く打ち付けた。座高の低いチェアだったからそんなに痛くはなかったけど、その後の体勢がマズかった。

「……」

「……」

 二人して黙ってしまう。鞠莉さんがおれに覆い被さる感じになったのはまだいい。しかし倒れようとする鞠莉さんを支えようとしてとっさに出したおれの左手は彼女の右の胸を掴んでしまっていたのだ。

「えっち」

 少し顔を赤らめて鞠莉さんが小さく呟いた。

「ごご、ごめんなさい! すぐに――」

「いいよ? カイがシたいなら」

 顔を赤くしながらも余裕のある表情で彼女は真っ直ぐおれを見つめてきた。鞠莉さんの右手がおれの左胸に添えられる彼女の柔らかな手の感触が伝わり否が応でも心臓の鼓動が早鐘のようになる。

「ふふっ、すっごいドキドキしてるね。ワタシのこと、そういう対象として見てくれてるのね。嬉しいな・・・」

 そのまま彼女の顔が近づいてくる。断らないと。まだおれと鞠莉さんはそういう関係じゃない。そうなる前にシてしまうの筋ってのが通らない。でもおれの口からは何も出なくてーー

「えいっ」

 再び額に伝わるぴしりとした痛覚。鞠莉さんはいたずらっ子っぽく笑っていた。 

「ジョーダンだよっ。もうカイったら本気にし過ぎ!」

 そう言って鞠莉さんはおれ身体を離すと立ち上がった。

「あー、楽しかった! やっぱりカイと遊ぶと楽しいわねー!」

「ちょっ、おれの事からかってたんですか!?」

 反論しようとおれは立ち上がった。ヒドイなぁ。このおれのドキドキを返してもらいたいよ。

「じゃあ、カイの純情をもて遊んだお詫びとして――」

 顔を近づけ、頬にちゅっと小さな吸引の音が響いた。おれ、頬にキスされた!?

「これで許してね♪」

 おれが何かを言おうと口を開けたが、彼女はひょいとおれから距離をとって部屋から出た。

「それじゃワタシ、これから自主練するから! チャオ~♪」

 そのまま鞠莉さんは去ってしまった。部屋には顔を赤くして立ち尽くすおれ一人。左手にはさっき彼女の胸を触った、柔らかな感触がまだ残っていた。

「ッ!! お前はもっと落ち着けよ!」

 おれは下半身の熱り立つ自分を叱った。

 

 

●●

 うわ、どうしよう。まだカラダが熱い。心臓もドキドキしてる。

 さっきバランスを崩してカイを押し倒しちゃった。それでカイにワタシの胸、触られちゃった。

 嬉しかったのと同時にこのドキドキを知られちゃったらどうしようって思っちゃった。触られたのが右の方で良かった。

 でもカイのハートもすっごいドキドキしてたな。やっぱりワタシのことを意識してくれてるからだよね? だったら嬉しいなぁ。

 ねぇカイ。マリーはアナタのことを愛してます。今はまだカイはワタシの気持ちに応える準備が出来てないのかもしれない。ワタシにまだ振り向いてないのかもしれない。でも、いつか振り向いてもらうから。改めてアナタにロックオンしたの。あのキスはそれも兼ねてるの。だから、覚悟しててよね、カイ?




 鞠莉さん、デコチューからほっぺチューに変化。さあ櫂の唇にチューするのはいつになりますやら。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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45話 堕天使の昇天

 善子ってかなりバランスのとれた身体してると思う。ニーソが似合うのなんのって。エロいことしたい。


●●

 くるっと回ってそこから思いっきりジャンプっと。そこからしゃがんで決めポーズからのウィンク!

 私、Aqoursの堕天使ことヨハネは誰もいないホテルの搬入口で一人、ヒミツの特訓をしているの。少しでも良いダンスにして、見てくれた皆をヨハネの下僕、リトルデーモンなってもらうんだから! 

 でも流石にノドが乾いてきたわね。ちょっと休憩しましょうか。

「あっ、しまった……」

 自販機でペットボトル買うの忘れちゃった。やっぱり堕天使のヨハネには不運がついて回るみたい。仕方ない、ホテルに戻って買うしかないわね。そんな時だった。ぴとっと首筋に冷たいモノが当てられた。

「きゃあああぁ!?」

 いきなりのことに大声をあげてしまった。もう、一体誰なのよ? 振り返ると、にやりと笑う一人の男の子がいた。

「し、シドー!」

「よう、善子。朝練お疲れ様」

 

 

◇◇

 案の定善子はおれの接近に気づいていなかったみたいだ。意外と可愛らしい悲鳴を聞いて思わず笑いが溢れた。

「どーゆーつもりよ!」

 当然善子が食ってかかってきた。さて、ここまでの経緯を説明してやらなきゃな。

「いや珍しく朝早く起きて散歩してたら、お前が一人で練習してるのが見えてな。飲み物持ってなさそうだし、買ってきたってわけ」

「そ、そうだったの……」

「飲み物無くて困ってたんだろ? ちょっと休憩にしよーぜ」

 おれの提案に応える様に善子はペットボトルを受け取った。

「リトルデーモンにしてはやるじゃない! もらっといてあげる!」

「誰がリトルデーモンか」

 おれの言葉に善子は不敵に笑い、謎のポーズをとった。

「忘れたのシドー? あなたはこの堕天使ヨハネのカンパニー、リトルデーモンなのよ?」

「はいはい、そーだな善子」

「テキトーに受け流さないでー!! あと善子じゃなくてヨハネよ!」

 駄々をこねる善子に、おれはため息をつきながら付き合ってやる為に心の奥底にあるスイッチを押すのだった。

 

「カッコ悪いとこ見せちゃったかもね」

 二人で腰を降ろして給水していると、善子がペットボトルから口を離して呟いた。

「カッコ悪い? 何が?」

「一人で練習してる所。必死になってるの見られちゃって笑われるっていうか……」

 善子は視線を落とし、落ち込んだ様子を見せる。朝の風が冷たくおれ達に吹きかける。

「じゃあ聞くけど、どうして善子は一人で練習してたんだ?」

「決まってるじゃない!」

 そういうと彼女はすくっと立ち上がり、ポーズをとった。

「この世界の人間を、ヨハネのリトルデーモンにするためよ!」

 要するにファンを増やしたいってことだなとおれは脳内で解釈すると、立ち上がった。

「その為に努力してる奴を、カッコ悪いとはおれは思わないぞ? むしろカッコいいことだと思う」

「カッコいい? ヨハネが?」

「あぁ。それこそ人一倍努力してるお前を笑う奴がいたらーー」

 おれは右手を顔に当て、それっぽいポーズをとった。

「おれの右腕で灰燼と化してくれるわ!」

「シドー・・・」

 善子の視線で少し恥ずかしくなったおれは姿勢を正し、彼女に向き合った。

「それにさ、カッコ悪いことだっておれ達に見せたっていいんだぜ?」

「え?」

「それが、仲間ってもんだろ」

 そうだ。そうやって弱い所や出来ない所を見せ合って補い合う、それが仲間、チームってものだとおれは思うから。

「仲間・・・。ふふっ、それもそうね」

 柔らかく笑う善子。飾らない彼女の笑顔はどこか魅力的だった。が、その笑顔はすぐ嘲笑へと変わった。

「それならもうヨハネはシドーのカッコ悪い所見てるわね。お風呂で湯当たりして膝枕してもらうとかね・・・」

 あの時の情景が脳裏に蘇った。後頭部に感じる柔らかな膝の感触。そしてタオル一枚だった、善子の肌。顔が熱くなっているのを感じた。それを悟られ、冷やかす善子。

「ふふっ、顔が赤くなったー!」

「う、うるせー! そういうお前だっておれに裸見られて恥ずかしくないのかよ!」

 おれの指摘に善子の顔も真っ赤になった。

「あ、あれはアナタが先に入ってたのが悪いんじゃない! 膝枕までされたくせに! 初めてだったんだから!」

「その言い方はやめろ! 色々誤解を生むから!」

 なんて言い合っていると、互いに笑いがこみ上げてきた。

「なんかヨハネ達、もう前からカッコ悪い所見せっぱなしだったみたいね」

「そうだな。これからも互いにカッコ悪いとこ見せていこうや」

「そうね。でもそれ以上にカッコいいヨハネを見せてあげるんだから!」

「ああ、楽しみにしてるよ」

「よし、もう少し頑張ってみるわー!」

 そう言って善子が身体を伸ばした時だった。先ほどから吹き付けていた風に煽られて積まれた段ボールがぐらぐらとバランスを崩し始めた。そしてそれらは善子めがけて落ちてきていて。

「善子!」

 おれの身体は自然と彼女へと突進していた。

 

 

●●

「善子!」

 シドーが叫ぶと、ヨハネに向かって突進してきた。え? え? どうしたの?

 戸惑っているとシドーはぎゅっと身体を抱きしめてきた。

「え、ちょ、シドー?」

 どうしよう、まだわたし、心の準備がっ。

「掴まってろっ」

 そう言ってシドーはわたしを抱いたまま反転した。そして次の瞬間彼の背中に落ちてくる段ボール。どうやら積んでた段ボールが風で崩れたみたいで。シドーはそれを必死に背中で受け止めてくれた。頭の後ろに当てられた右手が大きく感じた。

「無事か、善子・・・?」

 段ボールの雪崩が終わると、シドーが声をかけてきた。

「え、ええ。アナタのお陰で・・・」

「よかった・・・」

 そういって彼は抱擁を解いた。

「シドーもしかしてアナタ、崩れるあれからわたしを守ろうとしてくれたの?」

「まぁな。身体が勝手に動いちまったよ」

 ふと彼の右手を見ると赤い線がついていた。そこから更に赤が流れていて。

「ちょっと! 血が出てるじゃないの!」

「あ、ホントだ。段ボールの断面で切ったみたいだ」

「もう、バカっ! ちょっと待ってなさい!」

 わたしは救急箱を取りに、ホテルへと走った。

 

「これでよしっと」

 包帯を巻き終えるとシドーはそれをまじまじと見ていた。

「何よ?」

「いや、意外にも包帯巻くの旨いなーって」

「よく腕に巻いたりしてたからね。自然と上手くなっちゃったのよ」

 そう、堕天使のアイテムとして巻いていたこともあったな。今のヨハネには必要ないからやならなくなったけど。

「あー、おれも昔やってたなー。包帯」

「シドーも!?」

「まあな。これが解かれた時、おれの封印が!って感じにな」

 苦笑いするとシドーは立ち上がった。

「ありがとな、善子」

「善子ゆーなっ」

 わたしは堕天使ヨハネなんだからっ。

「そんなに自分の名前嫌いか?」

「だって、今時善子よ? 善い子って・・・」

「そうかぁ? おれは好きだけどな善子」

「ふーん・・・ってえぇ!?」

 突然の告白にびっくりした。わたしの中の血が温度を上げているのを感じた。

「すすす、好きってどういう・・・」

「だってお前、優しいし、実は面倒見がいいし、本当に『善い子』だと思うぞ?」

「なんだ、そういう意味ね……」

 『そういう意味』じゃなかったことに、ホッとするのと同時に少し寂しさを感じて、わたしは慌てて彼から少し離れた。

「き、気安いわねリトルデーモン! そんな言葉でこの堕天使のヨハネを口説けると思ったのかしら!?」

「い、いや口説くとかそんなつもりじゃ……」

「まあいいわ、今日はこの位で勘弁してあげる。次会う時こそ、アナタをこのヨハネのリトルデーモンにしてあげるんだから!」

 シドーに背を向け、走り出した。どうしてだろう。シドーに「好き」って言われて心の臓の脈動を強く感じた。好きの意味が《名前》じゃなくて、《わたし》だったら良かったのにってほんの少し思ってしまった。

 おかしな話ね。シドーを魅了して、リトルデーモンにしようって思って今まで動いてきたのに。気がついたら、このヨハネが、わたしが、シドーに魅了されてるなんてね。

 

 頬の熱を感じながら、わたしは部屋への通路を走った。

 

 

 

 あ、段ボールが崩れたこと、ホテルの人に言わなくちゃ。




 急遽作った善子回でした。ドラマCDから彼女の優しさをちょこちょこ感じて、「絶対善子って彼女になったら甲斐甲斐しく世話を焼いてくれそうだな」と思いました。
 まだどれくらい先にになるのか分からないけど、そんな善子との甘々な生活も書いていきたいですね。

 ご意見ご感想、企画へのお便り、お待ちしてます。


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Dream World:二人が愛すりゃ――

 シコってる回数は推しの梨子ちゃんよりも善子の方が多いんじゃないかと思う今日このごろ。お久しぶりです。

 ハロウィンってことで善子との外伝です。本編よりも更に後の話なのでご注意を。


「沼津百鬼夜行祭?」

 その珍妙な単語を聞いて、思わず声が裏返った。おれの反応に善子はふっと笑った。

「そ。わたしの家の近くでやるのよ。知ってるでしょ?」

「ま、まあ内容だけなら……」

 コスプレして街を練り歩こうってイベントがあるってのは知っていた。東京でやっていたものらしいが、数年前から沼津でもやっていたらしい。昔の記憶が蘇るからとおれはスルーしていたが。

「衣装の参考に丁度いいかもな。それにデートにもなるし、見に行くか」

 そう、おれは縁あってこの津島善子と恋人関係にある。そこに至るまで、善子曰く様々な業(カルマ)を重ねてきた。まあ今語るべき内容ではないからこのことは置いておくとしよう。

「フッ、何を言ってるのシドー? ヨハネ達も参加するのよ!」

「はぁ!?」

 善子からの提案に再度声が裏返った。

「参加するのか!? おれも!? 何故に!? Why?!」

 おれの混乱を余所に善子は不敵に笑い、顔に手を当てた。

「フッ、知れたこと! かの地に堕天使ヨハネありと知らしめる為よ!」

「だからっておれが参加する理由にはならんだろーが。見ててやるから参加して来いよ」

 すると善子は頬を膨らませて地団太を踏んだ。

「やーだー! わたしはシドーと一緒に参加したいのー!ヨハネとルシフェルで沼津を支配したいんだからー!」

「そっちの名前で呼ぶな! あー、わかったよ。おれも参加する!」

「流石ヨハネのパートナー! わかってくれるって信じてたわ!」

 駄々をこねるのを辞め、すぐにいつものヨハネに戻る。我ながらこいつに逆らえないのが少し情けなかった。でもーー

「お前、おれが断れないと解ってただろ」

「うふふ♪」

 おれの問いに、無邪気に笑うこいつに従うのも悪くないなと思える自分がいた。

 

「またせたわね、シドー!」

 沼津駅改札で待っていると、善子がやってきた。

「お、善子。気合い入った衣装だな」

「ふふん、でしょう? この日の為に頑張って作ったの」

 そう言って彼女はその場でふわりと回ってみせる。ゴシック風味な服の背中から悪魔らしい羽が生えていて、悪魔っぽさが出ている。すらりとした足をガーター付きのニーソックスが覆っていて、そことなく色気を出している。

 うん、一言で言うなら「神様こんな子をおれの彼女にしてくれてありがとう」だ。

「どうしたの、シドー?」

 見とれていると、善子が不思議がって首を傾げた。無自覚なのがなんともまた可愛らしくて。

「な、なんでもない!」

 見とれていたと思われたくなくて、視線を逸らした。

「それにしても、参加することを渋ってたシドーがそんな格好をするとはねぇ……?」

 善子は嬉しそうにおれの格好を見る。

 おれは軽装な甲冑に身を包み、右目と左手を包帯を巻いた格好でその場に立っている。道中の電車ですっげー見られたぞ。「ママー、あれなにー?」「子供は見ちゃいけません」とも言われた。精神的にめっちゃくちゃ辛かったぞ。

「押入にこんな衣装が入っていてな。修復したら問題なく着れてな……」

 でも木の葉を隠すなら森の中、なのか沼津に着いても変な風に見られることも無かった。それはまあ、ありがたいかな。

 善子は肩を振るわせて俯いている。

「その、変だったか?」

 おれが心配そうに声をかけた瞬間、善子はおれに飛びついた。

「最高よシドー! ここまでスゴい魔装を持っているなんて! ヨハネ、嬉しい!」

 嬉しそうな顔でおれの頬に頬ずりする善子。彼女の体温が嬉しくて、頬が緩んでしまう。うん、こいつの笑顔が見れたから、道中の電車の中での視線とかどうでもよくなってしまうな。

「さぁて、この冥府魔道を共に歩こうか、ヨハネ!」

「ええ! 行くわよシドー!」

 おれ達はポーズをとると、魑魅魍魎が跋扈する魔都へと足を踏み出した。

 

 善子とのデート、もとい百鬼夜行の中を歩いていると屋台が並んでいる区画へと出た。綿飴や焼きそば、夏祭りなどに出てくる食べ物をコスプレで身を包んだ人々が売っている。その中でも一際異彩を放っているのがーー

「悪魔の眼球焼き?」

「なんだか面白そうね」

 二人でその屋台の方へと足を向けた。見た目はたこ焼きのそれと同じなのだが、イカスミでも生地に混ぜ込んだのかその球体は真っ黒だった。その上にちょこんと辛子を乗っけて黄色く光る瞳を再現している。

 その怪しげな風貌と名前の響きが善子のセンサーにヒットしたみたいで。

「シドー! あれ食べてみたい!」

「はいはい」

 おれは財布を出してそれを一つ注文した。後ろではーやーくー、と堕天使が騒いでいるが無視しておこう。

「ほい、お待たせ」

「ん、ありがと♪」

 おれから悪趣味なたこやきらしき物体を受け取ると、善子はそれにつまようじを刺した。そして中からあふれる薄ピンクの何か。それをこぼさないようにしながら彼女は口に眼球焼きを運んだ。

「あっ、おいしい!」

 善子がぱぁっと顔を輝かせる。どうやら悪シュミな外見に反して美味らしい。

「ほら、シドーも食べてみなさいよ」

 そう言うと善子はつまようじでそれを刺すとおれの口元に向けてきた。

「お、おれはいいって! 善子が食えよ!」

「いいからー! ほら、あーん!」

 仕方なくおれは口を開けてその黒いたこ焼きモドキを食べた。そして瞬時に言葉が漏れた。

「あ、旨い」

「でしょー!」

 噛んだ瞬間口に広がるつぶつぶとした食感。刺した時に溢れていたあれはたらこだったのか。それが上にちょこんと乗っていたからしと混じり合い、程良い刺激と塩味を生んでいる。そして生地も外は少しサクッとしていて中はふんわりと食感も心地よい。悪魔な見た目とは裏腹に、天使の様な美味。これはまさにー

「堕天使な味、だな」

「わかってるじゃないシドー!」

 善子は嬉しそうにもう一つおれに差し出した。

「いや、おれはもういいよ。残りは善子が食べなよ」

 おれの言葉に彼女は顔を赤らめながら、俯いた。

「わ、わたしだってもっとシドーと、こ、恋人らしいことしたいのよ……」

 これってデートだったよな。善子のペースに合わせ過ぎて本来の目的を忘れてた。なら、彼氏として恋人の要求に応えるとしますか。

「あ、あーん……」

 おれが口を開けてやると、善子はぱぁっと表情を輝かせておれの口内に眼球焼きを入れたのだった。

 

「シドー! 次はあれやろ!」

 善子が指さす先には小さなステージ会場らしき舞台があった。どうやら撮影スペースらしく、決めポーズと共に台詞を言わなきゃならないらしい。

「これこそヨハネのリトルデーモンを増やすチャンスよ」

「おれもやるの!? 恥ずかしいって!」

「なぁに? シドーったら恥ずかしがってるの?」

「何度もステージに出てるお前はいいかもしれんが、こちとらただの学生よ? アイドルでもなんでもないっつーの」

 イベントの雰囲気に乗ってるからいいものの、ただでさえ恥ずかしい格好してるんだ。それを誰かに晒して更には写真も撮られるなんて、恥ずかしくて死にたくなる。

「わたしは、シドーと思い出を作りたいのー!」

「思い出なら別の作り方もあろうだろうがー!」

「シドーは、わたしと写真撮られるの、いや?」

 しおらしい表情でおれを見つめる善子。こいつ、おれがその表情に弱いと知ってやってるな。ふん、甘く見られたもんだ。

「いやじゃ、ない……」

「じゃあ一緒にいこっ!」

 まぁ逆らえないんだけどね。

 こうしておれは善子に腕引かれながらステージの方へと歩いていった。

 

「まさかコンテストも兼ねていたとは……」

「おまけに優勝出来ちゃうなんてね♪」

 おれ達はステージを後にして並んで歩く。善子は優勝の景品であった丸っこい悪魔のぬいぐるみを抱き抱えている。

「しかしシドーも中々かっこいい台詞を言うのね」

「昔とったなんとやらってな」

 先ほどの光景が脳裏を過ぎった。

『堕天使ルシフェルが命ずる!』

『このヨハネのリトルデーモンになりなさい!』

 よくこんなおれ達二人で優勝出来たもんだ。会場の人、すっげーシャッター切ってたな。心なしか善子の方を向いてたような気がしたし。それだけ善子が可愛かったってことだよな。彼氏としてはすっごく嬉しい反面、ちょっと妬けてしまった。

「シドー? 何その『おれの善子をそんなに易々と撮るなって』顔は?」

「エスパーかお前は」

 自分の心の内を読まれておれは心底驚いた。善子は不敵に笑う。

「堕天使に不可能はないのよ。それにね――」

 ぬいぐるみを抱いたまま、おれの肩にぽすっと体重を預ける善子。

「津島善子は、アナタだけのリトルデーモンなんだよ?」

 その言葉が嬉しくて、彼女の肩を抱いた。そのままキスでもしようかと思って向き合おうとした時、周囲の建物の存在に気づいた。

「あれ、ここって……」

 建物からはえる看板には「休憩90分○○円」など「本日限定! コスプレしてきた方五割引!」と書かれている。ここってあれだよな。男女がそういうことをする場所だよな。どうやらカップルたちの列と一緒に歩いてきたせいか気づかずにここまで来てしまったみたいだ。

 善子もそれに気づいたらしく、顔を赤らめている。

「ああの、シドー? ここって……」

 おれは財布の中身を確認した。うん、入れないことはない。どうするおれ? ここで男になるか!?

 善子の方を見ると満更でもない表情をしていて。おれはどきどきしながら彼女の手を握ると――

「来た道を戻ろうか!」

 逃げた。うん、学校とかにバレて善子だけじゃなくて千歌達に迷惑をかける訳にはいかないもんな。それは善子も察してくれたみたいで。

「そ、そうね。ヨハネ達にはまだ早いかもしれないしね!」

 おれ達は半笑いしながらその場所を後にしたのだった。

 

「ご、ごめんなさいねシドー。わたし……」

「別に善子が謝ることじゃないさ。その、おれ達にはまだ早かった、それだけさ」

 沼津の駅前でおれ達は立っていた。時間はもう九時だ。名残惜しいがそろそろ帰らなければならない。おれは軽く善子を抱きしめてすぐに身体を離した。

「じゃあまた明日な。今度はフツーのデートしようぜ」

「シドー!」

「ん?」

 おれが振り向くのと同時に唇に当たる、柔らかな感触。それが唇だと理解するのに少し時間がかかった。

「今日は、これで許してね?」

 顔を真っ赤にして善子が耳元で呟いた。おれが何かを言おうとすると彼女は身体を離した。

「それじゃあねマイパートナー、シドー! お互い夜道には気をつけることね!」

 おれが何も言えない間に善子は走り去っていった。彼女の背中が小さくなっていく。おれはその恋人の背中に向けて小さく呟いた。

 

「ハッピーハロウィン、善子」




 やっと頭痛が治まってくれました。更新遅れてごめんなさいね。
 せっかくのハロウィンだし、なんか記念回書くかと思い書きました。僕が最初に書いた作品の主人公と、誕生日がハロウィンの翌日なので凛ちゃんを出そうかなと思いましたが、やっぱり辞めました。先代の残滓は、一切出さない。アニメの話を聞いて、そう誓ったから。その分善子とのイチャラブを書けたから良しとしますか。

 最近、公式や同じ二次創作作家さんからの供給が、自分の需要と噛み合ってねーなと感じる。俺が見たいのは、おれ君的存在に対しての彼女達の言葉なんだ。百合の様なカップリングやおれ君の重い設定じゃないんだ。
 ま、スルーして自分が書きたいもの書いていきましょ。

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46話 深海の白い悪魔とぬいぐるみと

 恋アクドラマパート一年生編です。
 頭痛が治ったと思ったら風邪をひきました。なんなのもう。善子と同じく不運と踊ってしまったのかしら。善子には責任をとって僕とおセッセしてもら(ここから先は血まみれで読めない)


 

 沼津駅の改札前、そこでおれは一人いた。

 今日は一年生達をつれて深海水族館の見学だ。おれも同伴すると知った善子達は一足先に出て行ってしまった。どうやら準備があるらしい。曜達の時も思ったが、PVの参考にする為の見学なのになんでおめかしが必要なのかねぇ。おしゃれするってことは、皆おれに「異性としての対象」として見て貰いたいってことなのか。

 まさかな、とそんな思いを振り払い、女心のわからないおれは彼女たちを待ち続けた。

 

「シドー!」

 突然響く声に目を開けると、目の前には自称堕天使を名乗る女の子が。

「堕天使ヨハネ、契約者シドーの求めにより召喚☆」

 反応を求めるかの様にちらとおれの方を何度か見る善子。テキトーにあしらって拗ねられるのも面倒だし、ここは乗っておくか。おれは苦笑いしながらもそれっぽいポーズをとった。

「よく来た我が共犯者ヨハネよ。予定の時間よりもだいぶ早いが、流石だな」

「フッ、堕天使は配下たるリトルデーモンを待たせないものよ」

「それってさ善子、おれと一緒に水族館行くのが楽しみで早く来すぎたってことか?」

「っ!! うっさい! それとわたしはヨハネよ!」

 おれの指摘に顔を赤くしてかみついてくる善子。彼女はまたフッと笑うとポーズをとっておれを見つめてきた。

「それより、どう? この漆黒の装束は? リトルデーモンとしてのアナタの意見を聞きたいわね」

 漆黒の装束、と言ってはいるが、ショッキングピンクなシャツの上に真っ黒なジャケット、青のスカートと都会の女の子っぽい格好で彼女が年頃の女の子なんだなと再認識した。

「ああ。可愛いと思うぞ」

 思っていたことをストレートに言ってやると、彼女の顔が真っ赤になった。

「ふ、普通に言わないでよばかっ」

 そのまま顔を逸らしてしまう。いつもとは違う反応をする彼女が可愛らしくて。いつも以上に彼女を女の子と意識してしまって、おれも次の言葉が出ないでいた。

 

「おっ、お待たせしましたっ」

「おぉ、善子ちゃんが先に来てるずら」

 そんなおれ達の沈黙を破ってルビィちゃんと花丸ちゃんが改札から出てきた。二人の声を聞くと善子はいつもの調子に戻った。

「遅いわよ二人とも。このヨハネを待たせるなんて」

「ごめんね善子ちゃん。中々今日着ていく服が決まらなくて」

 そういうルビィちゃんはロングスカートに袖の短めのもこもことしたセーターっぽいもので抱き心地の良さそうな印象だ。

「まるもどうしようか迷っちゃって……」

 そういう花丸ちゃんは青いミニスカなワンピースだ。大胆な彼女の格好にびっくりした。

「ど、どうですか先輩?」

「おら達の格好、せんぱいにはどう見えるずら?」

 二人が上目遣いでおれに問いかけて来た。おれは笑って二人の頭を撫でた。

「ああ。二人ともとっても似合ってるよ」

 その言葉に二人は心配そうな表情を解き、ふにゃっとした笑顔を見せた。

「えへへ、よかったー」

「おしゃれした甲斐があったずらー」

 二人の笑顔を見てると、なんだかほっとするな。って、そんなことしてる場合じゃないな。

「よし、皆揃ったことだし、水族館に行くか!」

『おー!』

 花丸ちゃんとルビィちゃんは二人して声を出して歩き出した。それに続こうとするおれの袖をくいとひっぱられる。

「善子? どうかしたのか?」

 善子が少し恥ずかしそうにおれの袖を掴んでいる。

「ヨハネよ。そのシドー、わたしにはあれ、してくれないの?」

「あれって?」

「あれはあれよ! ずら丸とルビィには、してたじゃない……」

「あれって、二人の格好を誉めた時に頭を撫でたことか?」

「そ、そうよ。堕天使ヨハネが命ずる、わたしの頭を撫でなさい!」

 なんだかんだで善子も頭を撫でられたいのか。堕天使な台詞に隠れた彼女の不器用さが、少し愛らしく思えた。

「仰せのままに、堕天使さま」

「んっ……」

 ぽむ、と頭に手を乗せると善子が小さく声を漏らした。いつもの彼女とは違うその表情に、内心どきりとした。

「ふふ……」

 少し頬を赤らめ、視線を落としておれの手を受け入れる善子。そのちょっと大人しい様が、可愛くてナデナデの手が止まらない。そして彼女の頭にあるシニヨンを撫でた時だった。

「ひゃあっ!!」

 少し甲高い声をあげて善子がぴょんと跳ねて一歩後退した。その顔は真っ赤だった。

「きき、気安いわねリトルデーモン! このヨハネの大事な、『デーモン・コア』に触れようなどと!」

「撫でろって言ったのはお前の方だろ。第一、なんでそんな大事なコアが頭に乗っかってるんだよ」

「う、五月蝿いわね! ヨハネのこれに触るのはまだ早いって言ってるの!」

「まだ、ってことはいつか触らせてくれるってことか?」

「そ、それは……っ」

 更に顔を赤くする善子。普段の逆襲と言わんばかりにおれは問い詰める。

「楽しみだな、善子のそれを触れる時が」

「っ、ばかーっ!!」

 限界だったのか善子は涙目になりながら花丸ちゃんとルビィちゃんの方へと走っていってしまった。うーむ、少しやりすぎたかな。

おれは少し反省すると、三人を追いかけた。

「せんぱいはやっぱりスケベずら」

「か、かい先輩、善子ちゃんを泣かせるなんて……」

 追いつくと、涙目の善子から話を聞いたのか、二人に睨まれた。善子は涙目のまま、舌をぺろりと出して笑顔を向けた。

 可愛いと思ったけど、前言撤回。やっぱり可愛くねぇ。

 

 沼津にある深海水族館は、深海生物を専門に扱っている水族館らしく、館内もその生物達に合わせてか最小限の明かりで通路を照らされていた。だからちょっと油断していると壁やら柱に身体をぶつけてしまうこともよくある訳で。

「ぴぎっ」

 後ろからルビィちゃんの声が聞こえたので振り向くと、彼女は柱を目の前に頭を抱えて涙目になっていた。

「うぅ、頭ぶつけちゃいました……」

「暗がりだからね、仕方ないさ。大丈夫?」

 おれはルビィちゃんに手を差し出した。悲鳴をあげられるかと思ったが、特に躊躇う様子もなく彼女はその手をとった。

「ありがとうございますっ。あの、かい先輩」

「ん?」

 ちょっと申し訳なさそうに、それでいて亜子を赤らめながらルビィちゃんは上目遣いでおれを見つめてきた。

「暗いから手を握ってても……、いいですか? ルビィ、またぶつかっちゃいそうで」

 うるうるとした瞳にドキリとして、おれは視線を逸らしながら答えた。

「べ、別に構わないよ? ルビィちゃんがそうしたいなら……」

「はいっ、ありがとうございますっ!」

 ルビィちゃんは元気な返事と共に幼さ残る手でおれの手を握ってきた。その小さな手から伝わる女の子の柔らかな肌と温もり。

「じゃ、じゃあ行こうか――んがっ!!」

 彼女をリードしようとして真っ先に壁に顔面をぶつけてしまった。かっこわりいな、おれ。

「もう、シドーったらなにしてるのよ」

 鼻を押さえていると善子が呆れた顔をして近づいてきた。

「この程度の暗闇、魔界出身のヨハネなら楽勝よ。シドーも堕天使ルシフェルなんだからこれくらい余裕でしょ?」

「生憎こちとら元天使なんでな。真っ暗闇にゃ慣れておらんのだ」

「堕天使? 先輩も堕天使とかそっち側だったんですか?」

 ルビィちゃんがおれを見つめてくる。うう、そんな哀れむ様な目で見ないでくれ。おれは心の中のしょーもない古傷を押さえながらルビィちゃんに微笑んだ。

「元、ね。善子に合わせてやるために、さ……」

「あー、なるほど……」

 理解してくれたのか、ルビィちゃんは苦笑いした。理解が早くて助かります。おれ達二人の様を善子は頬を膨らませて怒りを露わにしていた。

「だからわたしはヨハネよ! シドーも合わせるとか言わない!」

「はいはい、んでヨハネ様は暗闇には慣れっこって話だったな?」

 おれが話を合わせてやると、善子はおれの目の前に手を差し出した。

「これから先は更なる深淵が待っているわ。今のシドーとルビィでは一歩歩いた瞬間に闇の餌食になってしまうでしょう。そこで特別にこのヨハネが水先案内人に――」

「あ、いいです」

「最後まで言わせなさいよー!」

 むきー、と怒る善子。このまま彼女を観察するのもいいかも知れないが、他のお客さんに迷惑をかけるのはよくないよな。

「仕方ない、じゃあ案内してもらうとするか。ルビィちゃんもそれでいい?」

「は、はいっ」

 ルビィちゃんの了承も得たので差し出された善子の手を握った。

「あっ……」

 彼女から漏れ出た感嘆の台詞。それと同時に彼女の体温が上がった様な気がした。

「し、仕方ないわね! シドー! その手を離さないことね!」

 少し顔を赤くした善子が可愛らしくて思わず頬が緩む。彼女の牽引に従おうとした所で大きな声が響いた。

「あぁー! 善子ちゃんにルビィちゃん二人して何してるのー!?」

 むすーっと頬を膨らませる花丸ちゃん。善子はふふん、と不敵に笑った。

「何って二人のリトルデーモンをここから先の深淵へと案内するところよ」

「え、ルビィもリトルデーモンにされちゃったの?!」

「そんなことはどうでもいいずら! 二人とも紫堂せんぱいの手をとってずるいずら! まるも、まるも!」

「は、花丸ちゃん。そう言ってもおれの腕は二本しかないし……」

「むぅ……。二人だけずるいずら。あっ、そうだ!」

 頬を膨らませた花丸ちゃんは何か思いついたのか、おれの背中にぴったりと身体を寄せ、腰に両腕をまわしてきた。背中には大きくて柔らかな感触が。

「ははっ、花丸ちゃん!? な、何してるん!?」

「えへへ、ここが空いてたずら♪」

 慌てるおれを余所に嬉しそうにする花丸ちゃん。まあ彼女が嬉しそうならいいか。

「「……」」

 そして両脇から鋭い視線が。

「シドー、鼻の下伸びてるわよ」

「かい先輩のえっち……」

「の、伸びてなんかねーし! えっちでもねーし!」

「そんな先輩には……、えいっ!」

 そう言うと、ルビィちゃんはおれの腕に身体を寄せてきた。決して大きくはないが、柔らかい胸の感触が伝わってくる。

「ちょっ、ルビィちゃん!?」

「ルビィの特等席は、ここです♪」

「ちょっとルビィまで!? な、ならわたしだって!」

 そう言うと善子もおれに体重を預けてきた。スレンダーな身体つきがおれをドキドキさせる。

「いやお前は案内してくれるんだろ!? くっついてどうするんだよ!」

「気が変わったのよ! シドー! 早くヨハネ達を次のエリアへ導くのよ!」

「この気まぐれ堕天使め!」

「と言う訳で紫堂せんぱい、よろしくお願いするずら♪」

「ちょっと花丸ちゃん!?」

「えへへ。かい先輩、頑張って下さいね☆」

「ルビィちゃんまで!? お前等ぁー!」

 仕方なくおれは一年生たちを引っ張りながら水族館の通路を歩き始めた。両腕背中からの柔らかさ同時にかかる重み。でも不思議と不快感を感じなかったのだった。

 

「なんだこれ」

 それが目の前に広がる光景に関してのおれの感想だった。

 

「しーら! かんす!」

「シーラっ! カンス!」

「ジィーザァスクライストォー!」

 

 一年生達が冷凍されたシーラカンスの前で謎の踊りと声をあげているのだ。何かの儀式と思われても仕方ない。周囲の人も変な顔して見ている。他人のフリをしておきたいが、放っておけるはずもなかったのでその儀式の間におれは割って入った。

 

「おいお前等、なにやってるんだよ?」

「フフ、知れたこと」

 善子が怪しげに笑う。

「今から深海の悪魔、シーラカンスを召喚するための儀式を執り行っているのよ!」

「ちがうよぉ! シーラカンスは悪魔じゃないよぉ!」

 ルビィちゃんが少しムキになって抗議した。

「ふっ、力のない者には解らないのね。シドーとこのヨハネになら――」

「いや全然わからんがな」

「ちょっとー!!」

 善子の言葉を遮って否定してやると彼女はぷんぷんと怒った。そしておれに対して指さした。

「じゃあシドーはどの生き物悪魔っぽい感じがするのよー!」

「悪魔っぽい生き物って言われてもねぇ・・・」

 おれは周囲の水槽を見渡しながら考えた。

「そうだ、リュウグウノツカイなんてどうよ?」

「リュ、リュウグウノツカイ!? わ、悪くないわね。あの白い身体で油断させて相手を更なる深淵へと引きずり込み――」

 気に入ってくれたのか、善子はぶつぶつと言っている。

「かい先輩、ありがとうございました」

 ルビィちゃんがぺこりとお辞儀をしてきた。

「別に対したことしてないよ。それにしてもさっきのあの動きは何なのさ?」

「えと、まるちゃんと話してたんですけど、シーラカンスって名前が――」

 そう言って彼女はおれから少し離れると跳ねながら手足を大の字に広げた。

「シーラ!」

 そして勢いよく両手を自分の顔の前まで戻した。

「カンスっ!って感じだと思いませんか?」

「あー、言わんとしてることがわからなくもないような・・・」

 それで面白がって花丸ちゃんと二人して踊ってたのか。

「その動き、ダンスの方にも活かせるといいな」

「はいっ!」

 その嬉しそうな笑顔が可愛くて、おれの頬が緩んだ。そして違和感を感じて周囲を見渡した。

「あれ、そう言えば花丸ちゃんは?」

「さっきルビィとお話ししてたのに、どこ言ったんだろ?」

 ルビィちゃんと一緒に花丸ちゃんを探していると、善子が不気味に笑った。

「きっと深淵に引きずり込まれてしまったのね。深海の悪魔、リュウグウノツカイに!」

「気に入ったんだね、それ」

 ルビィちゃんのつっこみを余所に善子の妄想は続く。

「リュウグウノツカイに魅せられたずら丸は、それの導きによってヨハネ達の届かない深淵へと足を踏み込んで――」

「まるがどうかしたの?」

「ひゃああぁぁぁ!?」

 善子の後ろから現れた花丸ちゃんに驚いて悲鳴をあげる善子。花丸ちゃんは何が起きたのかわからず、きょとんとしている。

「ずら? 善子ちゃんはどうかしちゃったのかな?」

「ああ。いつものだから気にしないでいいよ」

「善子ゆーなっ!」

「そうだ! だいぶ歩いたし、ちょっと休憩しませんか?」

 善子を華麗にスルーして花丸ちゃんが提案してきた。

「そうだな。なんだかんだで歩いてきたし、そうしようか」

 他の二人も同意してくれたので休憩出来る場所へと移動しようとすると、紫堂せんぱい、と花丸ちゃんに呼び止められた。

「花丸ちゃん?」

「紫堂せんぱいは、まると一緒にドリンクを買いに行くずら♪」

 そう言うと花丸ちゃんはにっこりと笑顔を見せた。

 

 

「えーとっ、確かここに……。あ、あったずら!」

 飲み物を買いに行く道中、花丸ちゃんが立ち寄りたいと言った場所におれ達は足を運んだ。そこは土産物屋らしく、多くの種類のぬいぐるみが置いてあった。

「まるは、さっきお手洗いに行った時にここを通りかかったんだ。それで可愛いぬいぐるみを見て、ルビィちゃんにプレゼントしようかなって思ったずら」

「花丸ちゃんはルビィちゃんのこと本当に好きなんだねぇ」

「うん!」

 花丸ちゃんは嬉しそうに返事をすると、メンダコのぬいぐるみを手にとって喋りだした。

「ルビィちゃんはいっつも図書室で一人本を読んでたまるに声をかけてきてくれたずら。一人でいることが多かったまるにはそれがすっごく嬉しかったから、ルビィちゃんのことが大好きなんだ」

 おれが黙って彼女を見つめていると、その視線に気づいたのか慌ててぬいぐるみを元の棚に戻す花丸ちゃん。

「い、いや大好きって言っても! 友達としての大好きですから! せんぱいは安心して下さいね!?」

「はは、わかってるって。安心?」

「あぁー!! い、今のも忘れて欲しいずらー!!」

 しまったと表情に出てしまってる花丸ちゃん。それが可愛らしくて、頬が緩んだ。花丸ちゃんは調子を戻そうと咳払いをした。

「そ、それでルビィちゃんにはどんなぬいぐるみが似合うかなって思ってせんぱいにも相談にのってもらおうかなって思ったずら」

「なるほど、それ位ならお安い御用さ。うーん、何がいいかな……」

 ぬいぐるみを見渡してルビィちゃんに合いそうなものを探す。グソクムシとかマニアックな物も売ってるな。

「ん? これって……」

 その生き物のぬいぐるみが視線に入った。脳裏にあいつの顔が過ぎった。おれがそのぬいぐるみを見つめていると、花丸ちゃんがにこにこ笑顔でこっちにやってきた。

「せんぱい! これなんかどうかな!?」

 自分へのプレゼントじゃないのに、嬉しそうな表情を向ける花丸ちゃんは手に持ったぬいぐるみをおれに見せてきた。

「お、ルビィちゃんにピッタリかもね。そうだ、花丸ちゃん」

「ずら?」

「善子はどうなんだ? 善子のことは好きなのか? もちろん、友達としての、ね」

「もぅ、せんぱいはちょっといじわるずら……。うーん、善子ちゃんは……」

 彼女は少し考えて、笑顔で答えた。

「面白い、かな」

「まあ、そうだよな」

 その答えに思わず吹き出してしまう。

「善子ちゃんのアレに、乗ったりツッコんだり、とっても楽しいずら。善子ちゃんのお陰で、ほぼルビィちゃんしかいなかったまるの世界は広がったと思うから、善子ちゃんには感謝してるずら」

「じゃあ、善子にも感謝の気持ちを伝えなきゃな」

 おれはそう言って、おれは見つけたぬいぐるみに手を伸ばした。

 

「あぁー!! シーラカンスのぬいぐるみだぁー!!」

 ドリンクも無事に買い終えたおれ達は、さっきの土産物屋で買ったぬいぐるみをルビィちゃんに渡した。ルビィちゃんは嬉しそうにそれを抱きしめている。

「何よぉ、ルビィにだけ。このヨハネへの貢物はないの?」

「そんな善子ちゃんにはこれずら!」

 そう言って花丸ちゃんが渡したのは、リュウグウノツカイのぬいぐるみ。それを見た善子は眼を輝かせた。

「わぁーお♪ わかってるじゃないのずら丸! この堕天使ヨハネに相応しい贈り物よ! ありがと♪」

「えへへ~、二人に喜んで貰えて嬉しいずら」

 二人の笑顔につられて、花丸ちゃんにも笑顔の花が咲いたのだった。

 

 

●●

「しーら! かんす! 僕はシーラカンスだよ!」「我が名はリュウグウノツカイ。深海に巣食う、白き悪魔」

 ルビィちゃんと善子ちゃんがまるが買ってあげたぬいぐるみで遊んでいる。まるはそれを少し離れたとこで見てる。

「混ざらなくていいのか?」

 そんなまるの隣に、紫堂せんぱいがやってきた。まるはその問いに首を横に振った。

「二人が嬉しそうにしてるだけで、まるはそれで満足ずら」

「でもおれは、花丸ちゃんにも笑顔でいて欲しいな。だからっ――」

 ぽす、とまるの頭に何かがのしかかった。それを手にとってみると、さっきおらが手に取ったメンダコのぬいぐるみが。

「これって――」

「さっき手に取ってたでしょ、それ。気に入ったのかなーって思ってさ。ちょっと戻って買って来たんだ」

 せんぱいは、ちゃんとまるのことも見てくれてたんだ。それが嬉しくて、胸の中のどこからかぽかぽかと温かい。

「も、もしかしていらなかったか?」

 まるが俯いているのを見て、せんぱいはちょっと慌ててるみたい。ちょっと脅かしてみようかな、といたずら心が湧いてきたずら。

「せんぱい! まる、とっても嬉しいずら!」

 ぎゅっとせんぱいに抱きついてみた。せんぱいの少し硬くて、男の人の身体。密着してると、わわ、ちょっとドキドキしてきたなぁ。

「え、ちょっ、花丸ちゃん! その、当たってるから!」

「えへへ~、当ててるって言ったらどうするずら?」

「なっ!?」

 恥ずかしさを隠しながら笑って言ってみたら――、ふふ、せんぱいの顔、真っ赤ずら♪

「なーんて、冗談ずら♪ せんぱい、顔真っ赤ずら~」

 せんぱいが次の言葉を言う前に、ぺろっと舌を出してせんぱいから離れた。

「せんぱい、ぬいぐるみありがとうずら! 大切にするずら!」

 そのまませんぱいの顔を見ずにルビィちゃん達の元へと駆け寄る。

「あらずら丸、その愉快な人形どうしたのよ?」

「紫堂せんぱいがくれたずら!」

「あっ、いいなぁ花丸ちゃん!」

「でしょー!? えへへ、おらだけのものずら♪」

 こうしておら達は三人でお人形で遊びました。

 紫堂せんぱい。Aqoursの中でも端っこにいるまるのことも見てくれる、先輩が大好きずら♪ いつかこの気持ちを伝えることが出来たらいいな♪




 風邪と闘いながらの執筆は、どうもオチがこれでいいのかと鈍らせてしまう。風邪引いたら小説書かずにじっとしてろってことか。それでも書きたくなるのが小説家の性か。

 さて、この物語も通算50話以上を超えることになりました。それを記念して何かしたい。案が2つあるのです。

1.どなたかが書いて送って下さったイラストからシチュエーションを想像して、小説を書く。

2.ツイッターで「#一番目と二番目に来たキャラでシナリオを書く」みたいなのをやって、出た二人と主人公でシナリオを書く。

 どっちがみんな見たいかな? つーか1に関しては挿絵頂戴って言ってるようなもんやし。ご意見お願いします。

 次回は曜ちゃんメインで水着回やりたいなぁ。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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47話 黒光りするKと寄り添うY

 おまたせしました。曜ちゃんと水着回でございます。


「海だー! ヨーソロー!!」

 眼前に広がる蒼い海を前にして曜は嬉しそうにはしゃいで砂浜へと駆け出した。

「んな海とか毎日見てるだろ」

「もう、櫂ってば風情がないなぁ! せっかくの海水浴なんだよ!?」

 淡島ホテルでの合宿も終え、最終日くらい思いっきり遊ぼうという千歌の提案で、Aqoursとおれを含めた10人は海水浴に行くことになったのだ。

 が、その提案者たる千歌の寝坊が原因で、おれと曜と梨子の二年生組は他の面々から置いてきぼりを食らう羽目になったのだ。

「よーし、今までいっぱい練習した分、思いっきり遊ぶぞー!」

 余程楽しみだったのか、曜は跳ねたりしながら準備体操をしている。

「はしゃぎすぎて日焼けとかするなよ? アイドルはお肌が命なんだからさ」

「わかってるよーっだ」

 なんて二人で話していると後ろから千歌の声が聞こえてきた。

「よーちゃん、櫂ちゃん! おまたせー!」

「お、おまたせ……」

 水着姿の千歌の斜め後ろからはタオルで前を隠した梨子がいた。そんな彼女に千歌は頬を膨らませた。

「ダメだよ梨子ちゃーん! せっかくの海水浴なんだから、タオルとって~!」

「む、ムリだよ~! 紫堂くんがいるのに恥ずかしいよぉ……」

「スクールアイドルになったら櫂ちゃん以外の男の人の前に出ることになるんだから、これも練習だと思って~!」

「きゃあっ!!」

 そのまま千歌は梨子のタオルを剥ぎ取ってしまった。桜色の水着に身を包んだ梨子は胸の部分を腕で隠した。

「うぅ、恥ずかしい……。あの紫堂くん、あまり見ないでくれます……?」

 少し涙目になりながらおれを見つめる梨子。桜色の水着にパレオやらがついていてどことなくおしゃれだ。頭に乗っかった中くらいの麦わら帽子がさらに彼女の魅力を引き立てている。

「そんなに恥ずかしがることないさ。今の梨子、とっても綺麗だと思うぞ、おれは」

「っ……」

 更に顔を赤くして両頬に手を当てる梨子。恥ずかしがる姿がまた魅力的なんだよなぁ。

「櫂ちゃん櫂ちゃん! ちかはー!?」

 千歌がぴょんと跳ねておれに近づいてきた。オレンジ色を基調として胸元辺りにワンポイント緑色の葉っぱのような模様が一つ。これ、みかんなのか? 千歌らしいな。

「ああ、らしくていいんじゃねーの?」

「えへへ♪ 櫂ちゃんに言われると、なんだか嬉しいなぁー」

 誉められた千歌はほにゃっとした表情をしながら身体を揺らした。そんな彼女を微笑ましく見ていると、おれの肩が叩かれた。

「曜?」

 おれが叩いた主の方を向くと、曜は自分の身体をおれに見せつけるようにしてきた。

「ふっふー、この曜ちゃんの水着に何かもの申すことはないのかなー?」

 水色のチェックに、胸元にはひらひらがついたビキニ。そこから強調される胸は刺激的で。

「お、お前の水着とか何度も見てっからこれと言って何もないっての」

 でも、いつも軽口をたたき合っている仲だからか、思っていることとは違うことが出てしまった。それを聞いた曜は肩を振るわせて梨子からタオルをふんだくるとーー

「櫂のばかーーーーっ!!」

 丸めておれに投げつけた。それを顔面に受けて視界が遮られ、砂浜を走る足音が一つ遠ざかっていった。タオルを取って辺りを見たら、曜の姿はなかった。

「櫂ちゃん」

「紫堂くん」

 二人の声に振り向くと、千歌と梨子がおれをにらみつけていた。

「櫂ちゃん、今のはないと思うなー」

「うん、曜ちゃんちょっと可愛そう……」

「追いかけなよ、櫂ちゃん!」

「いや、おれは……」

「「早くいく!!」」

 二人の女の子に同時に言われ、おれは曜を追いかけることになった。

 

 

「うーん、アテもなく探すよりも誰かに聞いた方が早いよな……」

 まだ夏も真っ盛りな訳で、海水浴場は海水浴客でにぎわいがある。こりゃ先に行ったであろうダイヤさんを探した方がいいかもな。

 なんて考えていると、聞き慣れた声が聞こえてきて。

「ああっ、またハズレましたわ!」

「お姉ちゃん、落ち着いてー!」

「冷静になればやれるずらー」

 声の方へ足を向けるとダイヤさんが目隠しを外して砂浜に置かれたスイカを睨みつけていた。果南姉ちゃんがおれの存在に気づいて声をかけてきた。

「お、かい。遅かったね」

「うん、遅れてごめん。所でーー」

「ハァイ、カイ」

 おれの言葉を遮って鞠莉さんがおれを呼んだ。そこに視線を向けると、とんでもない光景が待っていた。

「カイ……、ワタシの背中に、サンオイル塗ってくれなぁい?」

 鞠莉さんがビキニの背中を紐解き、肌を晒している。紐解かれたビキニの上には、彼女の胸が少しつぶれるように形を変えていて――

「かい?」

 果南姉ちゃんの声にはっと我に返った。いけない、おれはこんなとこで足止めを食らってるわけにはいかないんだ。鞠莉さんには悪いがここは素通りさせてもらおう――

「かい、足が鞠莉の方へ向いてるんだけど……?」

 はい、身体は正直でした。果南姉ちゃんが冷めた目でおれを見ている。

「かーいっ、そんなに簡単にひっかかっちゃダメでしょ? もう、お姉ちゃん悲しいぞ?」

「ご、ごめんなさい。でも――」

「破廉恥ですわよ!」

「うわっ!」

 ダイヤさんの気配を感じた瞬間、木の棒が振り下ろされた。すんでの所でかわせてよかった。

「破廉恥ですわよ紫堂さん! 鞠莉さんの安価な罠にひっかかるなんて! わたくしだって――」

「わたくしだって?」

 おれに指摘に顔を真っ赤にさせるダイヤさん。もしかして、ダイヤさんも鞠莉さんみたく塗って貰いたかったとか?

「Oh? ダイヤもカイに塗って貰いたかったのカナー?」

 鞠莉さんがおれの考えを代弁すると、更に顔を赤く染めるダイヤさん。

「な、何を破廉恥なことを! わたくしがそんなこと――」

「じゃあダイヤはさっき何て言おうとしたの?」

「わたくしは、わたくしは……」

 鞠莉さんの問いつめに、ダイヤさんは目をぐるぐる回しながら叫んだ。

「わたくしだって、紫堂さんにサンオイル塗って差し上げたいのです!」

「はぁ!?」

 ダイヤさん、今、何て言った? おれに、サンオイルを塗る? 塗られる側じゃなくて?

「それとっても面白そう! カイ、やってみていーい?」

 ダイヤさんの提案に、鞠莉さんの視線がこっちを向いた。その視線に危機感を感じ、おれは後ろへと後ずさる。

「あ、そーだっ。おれ用事を思い出して――」

「逃がしませんわっ!」

 顔を真っ赤にして、冷静さを何処かへとかなぐり捨てたダイヤさんに肩を掴まれる。こ、このままではっ!

「か、果南姉ちゃん! 何とかして!」

 助けを求められた果南姉ちゃんはんー、と少し考えると少し頬を染めてはにかんだ。

「ごめんね、かい。私もちょっとやってみたいから、ね」

 頼みの綱にも裏切られおれはそのままレジャーシートの、鞠莉さんの隣にうつ伏せに倒された。

「ふふ、覚悟して下さいましね、紫堂さん?」

 ダイヤさんが自分の手にサンオイルをかけると、おれの背中に広げていった。

「うわっ」

 少し冷たくて、それでいて柔らかい感触が伝わってくる。おれ、今、ダイヤさんに背中を触られてるのか!? うつ伏せだから状況が把握出来ない。 

「紫堂さんの背中、大きいのですね……。意外と逞しいのね……」

「ほんとう? じゃあ私もっ」

 少し上気したダイヤさんの声に続いて、果南姉ちゃんの声が上から響いてきた。そして触れられる、懐かしくも、ハリのある手。

「わっ、ホントだ……。しばらく見ない間に大きくなったね……何だか、嬉しいかもっ……」

 気のせいか果南姉ちゃんの声色も少し艶っぽいのは、気のせいだよね?

「何だか楽しそうね! それじゃあワタシも……」

「ま、鞠莉さん! どうして胸にサンオイルを塗っているのです!」

「だって、広い面積のあるもので塗ったほうがいいでしょ? だからこのマリーのバスト――」

「破廉恥ですわ! 紫堂さんの背中にそれを押しつけるなんて!」

「じゃあ、仰向けならいいの?」

「そういう意味ではありません!」

「あ、あの。二人して何してるんですか!?」

 会話が気になり、うつ伏せを解いて現状を確認しようとするが――

「か、かいは見ちゃだめっ」

 果南姉ちゃんに両腕を押さえられてしまう、首筋になにやら二つの柔らかい感覚が伝わってくる。これってもしかして……。

「――っ! ご、ごめん……」

 果南姉ちゃんの方も自分のしてることを認識したのか、すぐに身体を離した。そんなおれ達を余所に、鞠莉さんとダイヤさんの口論は続く。

「とにかく! 胸を押しつけるなんて駄目ですわ!」

「えー! ダイヤのケチー!」

「ケチとかそんな問題ではありません!」

「とかなんとか言いながら、ホントはダイヤがカイにしたいんじゃないのー?」

「わたくしが? 紫堂さんに何を?」

「胸を使ってサンオイルを――」

「するわけがないでしょう!?」

「そうだよねー、ダイヤの大きさじゃ無理だよねー!」

「言ってくれますわね? わたくしだってやれば出来ますわ! 見てなさい!」

「ちょっとダイヤさん!?」

 どうやらダイヤさんも胸にサンオイルを塗ろうとしてるみたいだ。鞠莉さんやダイヤさんからそんなことしてもらうのも悪くないかもしれないけど――ってそうじゃなくて!

「おねえちゃん? なにやってるの?」

「紫堂せんぱいを押し倒して、せんぱい何か悪いことでもしちゃったずら?」

 そして背中越しに聞こえる、ルビィちゃんと花丸ちゃんの声。その声に我に返ったのかダイヤさんの声に落ち着きが戻ってくる。

「あらルビィ、戻って来たのね。わたくしたちはその――」

「カイにサンオイルを塗ってあげようってことにしたんだよ!」

「サンオイルを? かい先輩に?」

 ルビィちゃんの怪しむ声が聞こえる。そうだ反論しておれをこれから解放してくれ!

「面白そうずら! やろ、ルビィちゃん!」

「う、うん!」

「え、そこは止めてくれるんじゃないの!?」

 おれのツッコみ空しく、二人が駆け寄っておれを撫でる。

もちもちした手と、小さくて可愛い手の感触がおれの四肢を走る。

「わわ、男の人って固いんだねぇ……」

「せんぱいも、意外と男の子だったんずら……」

「ワタシ達もこうしちゃいられないわ! カイに塗ってあげなくちゃ!」

 そして三年生のお姉さま達も続き、おれは五人の女の子からサンオイルを塗られることになってしまった。両手両足、そして胴体に女の子の手の感触が何ともこそばゆい。このままじゃ……。

「シドー! 何してるのよ!」

 なんて、思っていると善子の声が聞こえた。見上げると黒いビキニの善子が肩を震わせていた。

「シドー……、ヨハネのリトルデーモンでありながら他の子にその肌を触れさせるなんて……」

「そう思うなら助けてくれないか?」

「それより、千歌さんやリリーは?」

「あいつらなら多分あとで合流すると思う。あっ!」

 そしておれは本来の目的を思い出した。そうだ、おれは曜を探しに来たんだ! ここで油を売ってる場合じゃない。サンオイルなだけに。

「善子、曜の奴を見なかったか? あいつとはぐれちまってさ」

「だからヨハネよ! そう言えば一人で歩いてるのを見たわね」

「ホントか!? どっちに行ったか教えてくれないか?」

「いいけど、その代わり……」

 善子は少し頬を赤くして笑顔を向けてきた。

「このヨハネにも、サンオイル、塗らせて♪」

 おれはこの時、本当に善子が小悪魔に見えたのだった。

 

 

●●

 私は一人海水浴客賑わう海岸を歩いていた。もう、櫂の奴、私の水着見てもあんなことしか言わないんだから! そりゃ、幼いころから一緒にいて、水着姿なんて飽きるほど見てるかもしれないけどさ……。櫂に見てほしくて、可愛いって思って貰いたくて、選んで買った水着なのに……。

「ねえキミ、かわいいねぇ」

 なんて思ってると、男の人二人が声をかけてきた。見るからにチャラそうで、ナンパをしてそうな人たちだ。

「ちょっと遊んでかない? 焼きそばとかおごるからさぁ」

「い、いえ! 友達と会う約束があるので――」

「じゃあ一緒に待つからさ、それまでオレらと遊ぼーよ」

「でも私、急いでるから――」

「そんなに時間はとらせないからさ、なぁ?」

 断ってるのに、離れようとしない。気のせいかこの二人、私の身体をじっと見てる? 舐めるような視線に恐怖が湧いてくる。足に力が入らない。

「ちょっと、もうしつこいですよっ……」

「いいからこっち来なよ。な?」

 男の手が私を掴もうとして、思わず目を瞑った。助けて、櫂!

「すいませんね、おれの連れがご迷惑をおかけして」

 突然聞こえてくる、聞き慣れた幼馴染の声。男の手はその声の主に掴まれていて、私に触れる直前で止まっていた。

「誰だっ――」

 男は息を呑み、櫂を見る。そして掴まれた腕を振り払った。櫂はそのままにこやかな調子で続ける。

「こいつ、迷子になってまして。お二人が捕まえてくれたお陰で助かりました。ありがとうございます。こいつは連れて帰りますので……」

 櫂の言葉にすんなりと男たちは従って、その場を去って行った。男たちが見えなくなると、緊張を解いた櫂は大きく息を吐いた。

「あー、怖かった。喧嘩になったらどうしようって思ったぞ……」

「櫂? 本当に櫂なんだよね?」

「んん? まぁ、一応な」

 答えた櫂自身も苦笑いしている。それもそうだ。私の知ってる櫂はこんなに肌黒くない。今の櫂の肌は黒に近かった。

「ここに来るまでに鞠莉さん達にサンオイルを塗られてな……。極めつけに善子が更に塗りたくったのがめっちゃくちゃ黒くてさ。こんなんなっちまった。まあ、あんな類いの連中を脅すには丁度良かったみたいだけどな」

「あはは、確かにね。ッ――、あれ?」 

 そんな櫂の様が可笑しくて笑ってると、ぺたんと砂浜に座り込んでしまった。立ち上がろうとしても力が入らない。

「曜、どうした?」

「ご、ごめん。安心したら力入んなくなっちゃったみたい……」

「怪我はないんだよな!?」

「うん、大丈夫だよ。櫂が助けに来てくれたから……」

「良かった……」

 ほっと胸を撫で下ろす櫂。それだけ心配してくれたってことなのかな? それが嬉しくって、少し胸がキュンってした。

「ほれ、おぶされ」

 黒く染まった背中をこっちに向けてくる。私は無言でその背中にしがみついた。

「うわっ、気のせいかちょっとヌルヌルしてない!?」

「サンオイルだからな、悪い。お姫様抱っこの方が良かったか?」

「そっちの方がもっと恥ずかしいよっ! このままで、いいよ」

「ん、わかった」

 櫂の手が、私の太腿あたりにくっついて、緊張が走った。それを悟られたくなくて、冗談を言ってしまう。

「あ、でもこれだけヌルヌルだと、水着がズレちゃうかも~」

「なっ!?」

「あーっ、もしかして想像しちゃった? 櫂のスケべ♪」

「降ろすぞ」

「ごめんごめん! 冗談だよー!」

 そして訪れる沈黙。櫂の意外に大きくて立派な背中に顔を寄せて、彼の成長を実感する。

「あん時は恥ずかしくて言えなかったけど」

 そんな時、不意に櫂がぽつりと呟いた。後ろから見ると櫂の頬は少し紅く染まっていて。

「その水着、いいと思うぞ」

 少しぶっきらぼうに言う所が私と話してる時の櫂らしくて。嬉しくて少しぎゅっと彼の背中に抱きついた。

「よーしっ! じゃあ櫂、皆の所へ急いで戻ろ!」

「おま、人を顎で使いやがって!」

「いいから! 全速前進! ヨーソロー!」

 私が背中を叩くと、櫂は馬の様に走り出した。

 

 

 ○○

 バスの窓から夕日が差し込んでくる。その夕日を見ていると、じわりと今日の疲れが滲みてくる。でも、皆でめいいっぱい遊んだからか、むしろ清々しい疲れでもあった。

「千歌ちゃんと梨子ちゃん、疲れて寝ちゃったみたいだね」

 ひょこ、と曜がおれの方に身体を寄せてきた。前の席に座ってる千歌と梨子は互いに頭を預けて、小さく寝息をたてていた。

「あれだけはしゃげばな」

「あの後、千歌ちゃんが『私も櫂ちゃんにサンオイル塗るー!!』って言って聞かなかったもんね」

「それに梨子も乗ったのが意外だったよな」

 お陰で日焼け知らずの身体になりました。アイドルよりもお肌を大事にするマネージャーって何なの?

「そう言えば学校でのライブに決まったみたいだな」

「うん、やっぱり浦の星のスクールアイドルだから、初めてのライブは学校でやりたいもん」

「最終調整の二日間は、おれも付き合うよ」

「ホントに!?」

 疲れが吹き飛んだのか、目を輝かせる曜。そんなに嬉しいのか?

「ここまでマネージャーとして付き合ってきたんだ。最後までやらせてくれよ。それに見たいんだ。お前や千歌がどんな輝きを見せてくれるのか、さ」

「櫂……」

 曜は少し惚けた表情をすると、おれの肩に頭を乗せた。少し湿った髪から何処と無く色気を感じる。

「よ、曜?」

「ごめん、ちょっと疲れちゃったから近くのバス停まででいいから、さ……。こうさせてくれる?」

 肩越しからの上目遣いの破壊力は凄まじく、おれはドキドキを悟られない様にそっぽを向いた。

「あ、ああ。着いたら起こしてやるよ」

「ん…、ありがと、櫂……」

 そして曜の手がおれの手に重なった。その柔らかで小さな頃握りあった手の感触を味わいながらおれ達は帰路についたのだった。




 やっと調子が戻ってきました。書き出しをちょっと書いたら、あれよあれよと妄想が吹き出し、こんな感じになりました。全員登場させると、長くなっちゃうね。次からは一人に絞って書きたい所です。

 さて、そろそろ企画の方が溜まってきたのでそっちを書いた後は、学校での最終調整編に入ります。そこでもう少し彼女達を掘り下げた後、各キャラの分岐シナリオを書いていく予定です。どうかお付き合い下さいませ。

 ご意見ご感想、企画へのお便り、よろしくお願いします。


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48話 バランスとキュビズムと

 閑話休題なお話。二年生編です。


「ち、千歌……。う、動くぞ……」

「だ、ダメだよ櫂ちゃん……。今、動いたらぁ……」

 千歌の部屋、おれは肩を震わせる。千歌もおれを涙目で見ている。

「いや、これ、動かないでいるの、キツすぎっ……」

「あっ、あっ、櫂ちゃん――」

「もうっ――」

 

 そこでおれはバランスを崩し、ずっと上げてた片足を床に下ろした。そしてブーイングの声が上がった。

「あー!! もうダメじゃんか櫂ー!」

「そーだよ櫂ちゃん! 被写体が動いちゃデッサンにならないよー!」

「そうは言うけど二人共、あのポーズは紫堂くんにはキツいでしょ……」

 二人してぶーたれる千歌と曜を見て、梨子は苦笑いした。うん、苦労を理解してくれる人がいてくれるだけで気が楽になるな。おれは肩を鳴らして腰を下ろした。

「夏休みの宿題のデッサンなら互いを描けばいいだろ? おれを被写体にすることないんじゃないのか?」

「いいでしょべつにー!」

「そーだ! 被写体が喋るなー!」

「わたしも、紫堂くんを描きたいなーって思ってたから……」

 千歌や曜はもちろん、梨子までもがおれを描きたいみたいだ。

「気持ちは嬉しいけどさ、あんなポーズはキツいって。五分ももたないぞ?」

 片足上げてじっとしてるって地味に難しいんだよな。合宿でこいつらと一緒に身体を鍛えておけばよかったかな。

「確かに紫堂くんきつそうだったよね。ポーズ変える?」

「駄目だよ梨子ちゃん! 芸術家たるもの一度決めたポーズで描かないと!」

「芸術家?」

「あっ」

 突然曜が言葉を漏らすと少し申し訳なさそうな表情をした。

「どうした曜?」

「あー、えっと……、怒らない?」

「内容次第かと」

 曜は視線をそらしながらスマホを取り出した。

「スマホで写真撮ってそれを見ながら描けば良かったんじゃないかなーって……」

「「あ・・・」」

 千歌と梨子の声が重なって響いた。

 

 千歌の部屋でおれはじっと三人の絵が出来るまで待っていた。写真も撮ったから被写体である必要もなくなったから帰ろうとしたのだが、「せっかくだから出来た絵を一番に見て欲しい」と言われたのだ。

「できたー!」

 そうして待つこと十数分、千歌が元気よくぴょんと跳ねた。そして作品を先生に見せるかのようににこにことスケッチブックを差し出した。

 

ーSide千歌ー

 よぉし、出来たぞー! 両側を見渡すと、曜ちゃんと梨子ちゃんはまだみたい。ちかが一番乗りだね。真っ先に櫂ちゃんに見て欲しくて一生懸命に描いたこの絵、櫂ちゃんは誉めてくれるかな?

 うきうきしながら絵を見せると、櫂ちゃんは笑った。けど、それはなんか苦笑いって感じで。

「千歌、お前やっぱり絵下手だなぁ」

「えー!? 一生懸命描いたのにぃ……」

 しゅん、と落ち込んでると、ぽふっと頭に手を置かれた。昔も落ち込んでたりしてるとこうやって頭を撫でてくれたっけ。そんな懐かしい感覚が身体をぽっと温かくしてくれる。

「でも、一生懸命な気持ちみたいなモンは伝わったぞ。美術の宿題としては駄目かもしれんが、おれは嫌いじゃないぞ」

「えへへ……。ありがと、櫂ちゃん」

 その言葉が嬉しくて、頭を撫でてくれるのが嬉しくてにこにこしちゃうな。

「じゃあその絵は櫂ちゃんにプレゼントってことで!」

「え、いいのか?」

「うん! 櫂ちゃんがもらってくれると、千歌とっても嬉しいな!」

「でもさ千歌ちゃん」

 曜ちゃんが私に近づいてそっと耳打ちした。

「それじゃあ美術の宿題どうするの? 未提出って訳にはいかないでしょ?」

 あっ、そうだった……。

「ごめん櫂ちゃん! 返却してもらった時にあげるから、今は千歌に返してくれる?!」

「はいはい」

 櫂ちゃんはまた苦笑いすると、絵を返してくれた。

「良い評価もらえるといいな」

 優しい雰囲気で言われるのが嬉しくて、私も元気よく返事した。

「うんっ!」

 やっぱり、千歌は櫂ちゃんのこと大好きなんだなーって思いました。

 

 

ーSide梨子ー

 よし、これで大体完成かな。あとはもうちょっと細かい部分を……。

「おぉ、梨子ちゃん凄いねぇ」

「きゃあ!?」

 集中してたせいか千歌ちゃんに気づけず、声に驚いてしまった。驚いて彼女に抗議の視線を送った。

「ち、千歌ちゃん!」

「ご、ごめん梨子ちゃん。そんなに真剣だと思わなくて……。でも梨子ちゃんすっごく上手だね!」

「お、出来たのか?」

 そんなわたし達に気づいたのか、紫堂くんが近寄ってきた。

「見てもいいか?」

「う、うん。あともうちょっとだけど」

「どれどれ……」

 紫堂くんはわたしの隣に腰掛けると、顔を寄せてきた。

「し、紫堂くん!?」

「ん? どうかしたか?」

「どうもしてないけどぉ……」

 すぐ隣には紫堂くんの顔がある。近い、近いよぉ……。

「うわ、すっげえ上手いな。これホントにおれか? 気のせいか妙にきらきらしてる気がするけど……」

「そ、それは……」

 当の紫堂くんはそんなこと気づきもせず、わたしの絵を見て誉めてくれている。嬉しいけど、恥ずかしいよぅ……。

 と、少しもじもじしていると、紫堂くんと視線が合った。彼の瞳がわたしを見ている、そう思うだけで体温が上昇する気がした。紫堂くんも自分の状態に気づいたのか、慌てて距離を離した。

「ご、ごめん! ちょっと近すぎたな」

「ううん!! 別に……」

―嫌じゃなかったから―と口に出しそうになって、口を噤んだ。紫堂くんは顔を赤くしながら視線を逸らしている。

「お、櫂ってば顔が真っ赤だぞー? もしかして梨子ちゃんのミリョクにメロメロになったのかな?」

「よ、曜ちゃん!」

「うっせーぞ曜……。そーいうお前は出来たのかよ?」

「あともうちょっとだもーんっ」

 曜ちゃんのからかいに真っ赤な顔のまま反論する紫堂くん。そんな二人の関係を、少し羨ましいなと思う自分がいました。わたしも、ああやって冗談言い合えるようになれたら、それ以上の関係になれたらって。でもわたしは地味だし、彼に釣り合わないって思ってた。でも今顔を赤くしてる紫堂くんを見て、もしかしたらわたしにもチャンスが? って思っちゃいます。それじゃあ、わたしももうちょっと頑張っちゃおうかな♪

 

 

ーSide曜ー

「よーっし、これで出来上がりっと!」

 鉛筆を動かす手を止め、出来上がった絵を見る。うん、上出来。

 私の絵の完成に真っ先に千歌ちゃんが食いついた。

「お、曜ちゃんの絵見せてー!」

 千歌ちゃんに続いて櫂もこっちにやってきたので、スケブを二人に渡した。そして次の瞬間、感嘆の声が聞こえてきた。

「おぉ、曜ちゃんも上手だねぇ」

「あぁ。ん? ここ……」

 櫂が気づいたのか、右耳辺りを指さした。

「ここがどうかしたの紫堂くん?」

「実はさ、おれ右耳に小さなほくろがあるんだよ。ほら」

 そう言って櫂は自分の耳を見せた。梨子ちゃんはほんとだー、と驚いていた。

「曜ちゃんすごいね! 私も今まで気づかなかったよ!」

「おれも驚いたぞ。こんな小さいやつ、気づかれてないかと思ってた」

「えへへ。長い間お隣の幼なじみやってるからねー」

 だって、当たり前だもん。大好きな櫂のこと、ずっと見てたから。そーいう細かなとこ、覚えちゃったもん。

「小さい頃から一緒にいるからね。小学生低学年までは一緒にお風呂入ってたし」

 なんて、言える訳なくて、冗談混じりに言ってしまう。うわ、幼い頃お風呂入ってた頃の思い出が蘇ってきて、恥ずかしくなってきたよぅ。

「おま、曜! んな恥ずかしいこと言わんでいい!」

「あ、櫂ちゃん顔まっかー!」

「千歌ー!」

 櫂は恥ずかしさを誤魔化そうと千歌ちゃんの頭をぐりぐりする櫂。手加減してるのか千歌ちゃんも笑いながら、痛いよ櫂ちゃんー、とじゃれ合っている。

 そんな二人がちょっとだけ羨ましかったり。私もああやって千歌ちゃんみたいに気軽に触れ合えたらなって。いざ近づこうとすると、気がついたら軽口や冗談言い合ったり、からかったりしてる。それ以上の関係になるのが少し怖くて、それ以上の行動を躊躇っちゃう自分がいる。不甲斐ないな、私は。

 でも、いつか。いつかこの気持ちを伝えたい。だから、そんな勇気が出るまでもう少し待っててね、櫂。

 

 

○○

 そうして三人のデッサンが完成し、そのまま解散という流れになる時だった。

「そうだ、せっかくだし、紫堂くんの絵も見てみたいなぁ」

 梨子の一言がおれ達三人を凍りつかせた。

「り、りこちゃんそれは――」

「櫂に描かせるのはちょっと……」

 幼なじみ二人が目を泳がせる。おれも出来るなら描きたくないけど……。

「なぁに? 紫堂くんは絵が苦手なの? わたし、もうちょっと紫堂くんのこと知りたいなーって……」

 興味と恥ずかしさを混ぜた表情でおれを見つめる梨子。そんな顔されたら、断りにくいじゃないか……。

「い、いいけど。ホントに下手だからな?」

「大丈夫、笑わないから。描いてみて♪」

 笑うとかそんなレベルじゃないんだけどなぁ……。

 

「ど、どうぞ……」

 恐る恐る出来上がった絵を梨子に差し出した。

「どれどれ――」

 笑顔でそれを受け取った瞬間、梨子の表情が固まった。そして肩を震わせながら笑顔を作る。

「こ、個性的な絵だね……」

 知ってるよ、その感想は下手というのをオブラートに包んだ表現だって。梨子の瞳には雫が溜まっていった。そして黙って見守っていた千歌と曜もおれに批難の視線を向けた。

「櫂ちゃん、人のこと言えないじゃん!」

「そうだよ! だれがピカソの泣く女を描いてって言ったんだよー!」

「う、うるせー! 何を隠そう、おれはキュビズムの芸術家目指してんだよ!」

「何それ! 千歌初めて聞いたよ!」

「言い訳するなー!」

「いいの二人共、描いてって頼んだのはわたしだから……」

 涙目のまま、幼なじみ二人を落ち着かせようとする梨子。それを見て更に二人の視線が尖る。

「あー、櫂ちゃんが梨子ちゃん泣かしたー」

「泣かしたー」

「あー、はいはい、おれが悪うございましたよ!」

 

 この後、何とか梨子の涙を止めて、おれ達四人の写生大会は終わったのだった。

 もう少し、絵の勉強しようかな。

 




 ジングルベルが止まらないのドラマパートを聞きました。むしろこっちが楽しみだったのですが、感想は……。
 うん、まぁ、いいんじゃないかな。最近キャラのイメージとかに俺が敏感になってるだけかもしれないし、もう一度聞いたら面白く見えるはず。はず……。

 ご意見ご感想、企画へのお便りお待ちしてます。


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49話 ほろ酔いと二人の距離と

 閑話休題一年生回です。公式からの供給がなんだ、自分が書きたいと思うから書くんだ。それを思い出したから。ただ書き続けていくんだ。鋼の意思をもって。


「お泊まり会? 善子の家で?」

「はいっ。かい先輩は明日大丈夫ですか?」

 夕方にかかってきた電話を取ると、ルビィちゃんが善子の家でのお泊まり会におれを誘ってきた。

「気持ちは嬉しいけれど、こう言うのって女子だけでやるもんじゃないのか? おれがいるとかえって気を使うんじゃ……」

「あ、そこのところは大丈夫でした。花丸ちゃんも大賛成でしたし、善子ちゃんも満更でもない顔してましたよ?」

「へぇ、じゃあみんながいいって言うなら参加させてもらおうかな」

「ほんとですか? やったぁ♪」

 喜んでいるルビィちゃんの様子が目に浮かび、思わず頬が緩んだ。

「それにしてもルビィちゃん、だいぶ変わったね」

「えっ、そ、そうかなぁ……」

「うん。前は花丸ちゃんの後ろでびくびくしてたのに、気がついたらおれを誘うまでになってるんだもん、驚いたよ」

「そ、それは先輩だったから……」

「おれ、だったから?」

 その言葉にちょっとドキッとして。つい言葉を反芻してしまった。電話越しのルビィちゃんの声は、少し照れているように聞こえた。

「せ、先輩だからなんですよ? ルビィが、ここ、こんなに積極的になれるのは……」

「ルビィちゃん……」

 嬉しい感情と照れくさい感情が入り交じってそれ以上何も言えなくなってしまっていると、ルビィちゃんから話を切りだした。

「あ、明日に備えて、もう寝ますね! 先輩、おやすみなさい!」

「う、うん、それじゃあ明日駅でね!」

 おれはちょっとドキドキしながら通話を切った。明日か、楽しみだな。

 

 

●●

 液晶画面に映る、「かい先輩」の文字を見てふぅ、とため息を吐いた。男の人だからじゃなくて、かい先輩だからドキドキしてるのかな。

「ルビィ? もう準備は大丈夫なの?」

「ぴぎっ! おねえちゃん……」

「どうしたの、そんなに驚いて」

 心配そうにルビィを見つめるおねえちゃん。気のせいか、合宿以降お姉ちゃんのルビィに対する言葉が少しだけ柔らかくなったような気がする。なにかあったのかな?

「な、なんでもないよ!」

「そう? 明日は善子さんのおうちにお泊まりなんだから、あまり迷惑かけないようにね?」

「う、うん……」

 実はかい先輩が一緒に参加すること、お姉ちゃんには言ってません。言ったら「破廉恥ですわ!」と猛反対されそうだから。ごめんね、お姉ちゃん。どうか、ルビィの我が儘をゆるして?

 このお泊まり会で、もっとかい先輩と仲良くなるんだ!

 

 

◇◇

「お、一番乗りは花丸ちゃんか。おはよう」

「あ、紫堂せんぱい、おはようございます♪」

 麦わら帽子を被った花丸ちゃんがにこりと笑顔を向けてきた。そのひまわりみたいな笑顔が可愛らしくて、おれもそれに笑顔で返した。

「話はルビィちゃんから聞いてるずら。来てくれてありがとうずら」

「いや、こっちこそ誘ってくれてありがとね。あとその帽子、似合ってるよ」

「ずらぁ♪」

 麦わら帽子越しに頭を撫でてやる。すると目を細めて嬉しそうにする花丸ちゃん。うん、可愛いなぁ。

「せんぱいが来るって聞いて、まる、一生懸命おしゃれしてきたんだぁ。ちょっと田舎っぽい気がしたけど、似合ってるって言ってくれて、嬉しいずら♪」

 その場でくるり、と回ってみせる花丸ちゃん。白いワンピースがふわりと揺れて、純真無垢な彼女らしさを引き立てている。

「ま、まるちゃーん、先輩ー!」

 そんな花丸ちゃんに見とれていると、慌てた声が聞こえて来た。その声の方向を向くと、少し大きなトランクを押すルビィちゃんが走り寄ってきた。

「お、遅れてごめっ、ぴぎゃぁ!」

「おっと」

 おれ達の前でバランスを崩すルビィちゃん。思わず彼女を支えようと身体が動き、ルビィちゃんをぎゅっと受け止める。

「ご、ごめんなさい先輩」

「そんなに急がなくてもいいんだよ?」

 走ってきてバランス崩すなんて、やっぱりダイヤさんの妹なんだなって思えるな。

「ルビィ、楽しみで楽しみで……」

 俯くルビィちゃん。安心させたくてその頭にぽすっと手を置いた。

「大丈夫、おれも楽しみであの夜眠れなかったから。ほら目の下にくまがあるだろ?」

 目の下をなぞって見せると、ルビィちゃんはくすっと笑ってくれた。

「先輩、くまなんてありませんよ?」

「と、とにかくおれも楽しみだったの!」

「そーゆうことにしておきます♪」

 花丸ちゃんがおれ達に近づき、トランクに視線を向けた。

「ルビィちゃん、荷物おっきいねー」

「うん、何かあるといけないからってお姉ちゃんが……」

 花丸ちゃんや俺のショルダーバッグ二つ分が入りそうに大きいルビィちゃんのトランク。ダイヤさんの過保護っぷりが伺える。うん、優しいお姉さんじゃないか。

「じゃあルビィちゃんの荷物はおれが押そうか。重いし、またバランス崩しちゃうといけないし」

 おれがトランクの取っ手に手をかけると、ルビィちゃんは慌てた。

「そ、そんな! 悪いですよ! これじゃルビィ何も持ってないし……」

「そう? じゃあ……」

 おれは自分のショルダーバッグを降ろすと、彼女に差し出した。

「おれの荷物を持ってくれるかな? これならいいだろ?」

「は、はいっ」

「ルビィちゃんだけずるいずら! まるも!」

「じゃあまるちゃん、一緒に持とうか♪」

「うん!」

 後ろでは一人で持てるバッグをルビィちゃんと花丸ちゃん二人で持っている。運びづらいだろうに。

「二人とも、早く行くぞー」

「「はーい」」

 そしておれ達は、沼津行きの電車に乗った。

 

 

「よく来たわね、我が可愛いリトルデーモン達ーーってあなた達何してるの?」

 善子の視線がおれの荷物を二人で持つ花丸ちゃんとルビィちゃんに向いた。

「せんぱいの荷物を二人で持ってるずら!」

「そんなの見れば解るわよ。何でシドーの荷物を二人して持ってるのって聞きたいの」

「何でって……」

 ルビィちゃんは花丸ちゃんと顔を見合わせて、互いに笑い合った。その様を苦笑いしながら見つめる善子。

「まあいいわ。じゃあ我が居城へと案内するわ。ついてきなさいっ!」

 善子はくるりとおれ達に背を向けると歩き出した。そしてぽつりと一言。

「羨ましくなんてーー、ないんだから」

「ん、どうした善子?」

「な、なんでもないわよっ! そうだ、途中でコンビニに寄ってもいいかしら?」

「構わないけど、どうしたんだ?」

「これだけのリトルデーモンが集まっての儀式なんですもの。儀式には供物が必要でしょ?」

「あー、お菓子とか買おうってことか」

「流石シドー! 解ってるじゃないの!」

「当然だ、おれを誰だと思ってる。貴様の共犯者ぞ」

 嬉しそうに笑う善子。最近はこいつに合わせるためにスイッチを入れるのも苦じゃなくなってきたな。どうしてだろ。それだけこいつに慣れたってことかな。

「うわぁ……」

「改めて見ると、凄いずら……」

 うん、後は周囲の視線に慣れることかな。

 おれは肩を落として歩き出した。

 

 

「それじゃあ、合宿お疲れさまっ。かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 おれの音頭の後に三人が続き、グラスのカチン、と心地よい音が響いた。

「フッ、潤いを求める乾いた喉に、悪魔の生き血が潤してくれるわ……」

「あぁ、善子はコーラだったな」

「善子ゆーなっ! そう言うシドーは何飲んでるのよ?」 

「フッ、おれか?」

 おれは不敵に笑って見せた。

「黒白の共演……、混沌が生み出す甘さ、とでも言っておこうか」

「カフェオレね。なかなかいいセンスをしてるじゃないシドー」

「わわ、せんぱいと善子ちゃんが良くない共鳴を始めちゃったずら……」

「だからヨハネよ! ずら丸は麦茶だったわね」

「うん、いつも家で飲んでるから、大好きなんだ♪ それでルビィちゃんは苺ミルクだね」

「うんっ、ルビィ甘いもの大好きだから……」

 小さくうなずきながらくぴくぴと飲むルビィちゃん。うん、飲み方も小動物みたいで可愛いなぁ。

 なんて和んでいると、善子が立ち上がり、DVDの入ったケースを取り出した。

「せっかくだから楽しみましょ! このヨハネ、リトルデーモン達に楽しんでもらえるように借りてきたの! 一緒に見ましょ♪」

「善子ちゃんが借りてきたDVD? 大丈夫ずら?」

「大丈夫ってどーゆう意味よ! 安心なさい、みんな楽しめるようなものにしたから。さっそく再生よ!」

 そう言うと善子はDVDプレイヤーに円盤を入れたのだった。

 

 

「はわぁ……、思ったよりも凄い内容だったずら……。喉乾いたから麦茶飲もっと」

「でしょ? 一生懸命選んだんだからっ」

 善子は鼻高々に胸を張っている。

「戦闘シーンが迫力あったね。しかも主人公の女の子の名前、ルビィと同じだったし」

「ああ。そこには驚いたな。もしかしてそれも狙ってたのか善子?」

「ヨハネよっ。そうね、タイトルを見てびびっと来たのもあるし、一番の決め手はあの子の武器かしら?」

「ああ、銃にも変形出来るサイスな。あのギミックはいいよな」

 おれが賛同してやると、善子は目を輝かせて近づいてきた。

「シドーも解るの!? 流石ヨハネの契約者ね♪」

「ロマンがある物は今でも好きさ。途中であの武器を振り回すルビィちゃんを想像してたよ」

「る、ルビィが?」

 おれと善子の視線がルビィちゃんに向いた。視線を受けた本人はぴん、と跳ねた。

「そうねぇ、でもルビィには悪いけど、あの武器に振り回されそうね」

「うう、ルビィ、あんな激しい動き出来ないけど……」

「あの格好のルビィちゃんも見てみたいね。格好だけなら意外と似合うかもしれないな」

「せ、先輩まで……、ピギィ……」

 少し恥ずかしがって縮こまるルビィちゃん。うん、やっぱり小動物だな。

「あれ、そう言えばずら丸は? さっきからずいぶんと大人しいけど」

 確かに、観賞中は「ほぇー」とか「ずらぁー!」などと感嘆の声をあげていた花丸ちゃんがさっきから会話に絡んでこない。あの感動っぷりからは積極的に感想を言いそうなのに。

 なんて考えていると――

「じゅらぁー!!」

「ぴぎぃー!?」

 花丸ちゃんがいきなりルビィちゃんに抱きついてきた。そのままぬいぐるみに対する扱いのように頬ずりしている。

「んー、るびぃちゃんは苺のあまーい香りがするずらー」

 そう言ってルビィちゃんを見つめる彼女の目は少しとろんとしていて。いつもの彼女でないことを証明している。

「あ、ずら丸ったら間違えてヨハネのコーラを飲んじゃったみたい」

 善子が空になった自分のグラスを持ち上げて驚きの表情を見せる。それに続いて抱きしめられたままルビィちゃんが口を開いた。

「そういえば花丸ちゃんって炭酸で酔っちゃうんだった。この間ルビィのおうちで飲んだら大変なことにーー、ぴぎっ!」

「んー!! ルビィちゃん何か言ったずらかー?」

 花丸ちゃんがルビィちゃんを睨みつける。このままじゃルビィちゃんが大変なことに! おれは二人に近寄って花丸ちゃんをはがそうと試みた。

「ほ、ほら、花丸ちゃん落ち着こ、ね?」

「あっ、せんぱいずらー!」

 彼女は獲物をおれに変えると、おれめがけて飛び込んできた。

「どわぁ!?」

 そのまま彼女に押し倒される形になる。花丸ちゃんの腰は丁度おれの腰の上にある。この構図はマズいじゃないか?

「ちょっとアナタ達! ヨハネの居城で何やってるのよー!」

「は、花丸ちゃん! る、ルビィには刺激が強すぎるよぉ・・・」

 二人の抗議も聞かず、花丸ちゃんの瞳はおれから逸れない。

「せんぱいはぁ、こーひーとぉ、みるくの混ざった匂いがするずら……。おらはぎゅうにゅー飲めないのにせんぱいはずるいずら……」

「ず、ずるいってそんなこと言われても……」

 花丸ちゃんは顔を赤くしておれを艶めかしく見つめている。これは、酔っているからなんだよな? いつもの幼さ残る彼女からは想像出来ない表情と、柔らかい身体の感触に、ドキドキと心臓が高鳴っていた。

「そんな、なまいきなせんぱいはぁ、食べちゃうずら♪」

「え、ええー!!」

「食べちゃうって駄目だよまるちゃん!」

「ちょ、マズいって花丸ちゃん!」

 そんな二人の抗議を余所に、花丸ちゃんの顔はどんどんおれに近づいていく。密着していく身体、白いワンピースという薄着だから肌色が多く、それが更におれを刺激する。おれの緊張を読みとったのか、花丸ちゃんは艶めかしく笑った。

「でもせんぱいの身体は正直ずら♪ いっただきまーす……」

 更に花丸ちゃんが近づいてきて、唇と唇が振れるまであと数センチ。が、そこで事切れたようにこてん、と花丸ちゃんはおれの胸元に頭を置いた。

「は、花丸ちゃん? もしもーし?」

「すぅ……。くぅ……」

 彼女は寝息を立てていた。そのことに安堵しておれ達三人はほっと胸をなで下ろした。

「あー、一時はどうなることかと思ったぞ……」

「先輩ごめんなさい、もっと前に言っておけば……」

「ルビィちゃんのせいじゃないさ。こうなるなんて誰も思いやしないって」

「とか言っておきながら、ちょっと残念だったりするんじゃないのシドー?」

「ぐ……」

 善子の冷やかしを否定出来ない自分悔しかった。善子はため息をつくと、立ち上がった。

「もうそろそろ夕方ね。夕飯の支度をしてくるわ。シドーはずら丸をベッドに寝かせといてくれる?」

「ああ、わかった」

 おれの了承を聞くと、善子は部屋を後にした。

 

 

●●

「シドーの、ばか……」

 キッチンで一人、ヨハネは呟いていた。何よシドーのやつ、自分ではわかんないだろうけど、鼻の下、伸びまくってたじゃない。

「ヨハネだって……」

 夕飯の支度をしながら視線を自分の胸元に向けた。大きさではずら丸に負けるかもしれないけど小さい訳じゃーー

「って何考えてるのよ!」

 自分にツッコミを入れて、深くため息をついた。ふと思い起こせば最近はシドーのことばかり考えている気がする。

 自分に合わせてくれるのが嬉しくて。合わせることも嫌いじゃないって言ってくれて。わたしの、「善子」って名前を「いい名前だ」って言ってくれて。シドーは、ヨハネのリトルデーモンなのに。堕天使であるこのヨハネが配下であるリトルデーモンに、恋するなんて。誰かを魅了するヨハネが、魅了されるなんて。

「善子ちゃん?」

「ひゃあ!?」

 突然声をかけられ、悲鳴をあげてしまう。ルビィがちょっと驚いた表情でこっちを見てる。

「ルビィ? どうしたのよ。支度ならこのヨハネ一人で十分よ」

「えっとね、善子ちゃん。ルビィにも手伝うことないかな? 今は、かい先輩とまるちゃんだけにしておきたいなーって思って」

 そうやって笑うルビィの表情は、どことなく苦しそうで。それで何となくわかっちゃった。この子もシドーのこと、好きなのかもって。何よ、シドーったらモテモテじゃない。これじゃ、ヨハネが入る余地ないじゃない。

「ヨハネよっ。じゃあそこの野菜を洗ってくれる?」

「うんっ!」

 そうよ。ヨハネとシドーは悪魔の契約を交わしただけの関係。それだけなんだから。それ以上でもそれ以下でもないの。

 そう吹っ切って準備に集中することにした。どうしてか、今日のタマネギは妙に目を刺激するわね。視界が妙に歪んでしょうがないわ。

 

 

○○

「ん……?」

 ふと目覚めれば天井が広がっていた。ここは、善子ちゃんのおうちだったな。いけない、まるってば寝ちゃってたのかな。

「お、起きた?」

 横を向けば男の人の背中。その背中の主はまるが起きたのを知るとこっちを向いてきた。

「紫堂せんぱい……? おら、どうして……」

「あー、それは……」

 せんぱいが視線を逸らす。もしかしてーー

「もしかしてまる、酔っぱらっちゃったとか?」

「……」

 せんぱいの沈黙は肯定の意味だと何となくわかった。とたんに自分の顔の体温が上がっていく。

「あぁー、おらやっちまったずらー!」

 恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまう。よりにもよってせんぱいに見られちまったずら。どど、どうしよ。せんぱい、おらの変なとこ見て、嫌いになっちゃったかな?

「だ、大丈夫。そんなに変じゃなかったから」

「下手な嘘はよすずら! みんなに迷惑かけて、おら、おら……」

「花丸ちゃん」

 せんぱいの手がまるの頭に置かれた。どうしてだろう、この人の手が置かれると、嬉しくてどこか安心するずら。

「善子やルビィちゃんはどう思ってるかはわからなくても、少なくてもおれは、迷惑だとは思ってないよ。ちょっと嬉しいってのもあるかな?」

「嬉しい?」

「ああ。花丸ちゃんの今まで知らなかった新しい一面が見れたんだ。これでもっと花丸ちゃんと仲良くなれたらいいなってね」

「せんぱい……」

 気のせいか、まるの胸はぽかぽかしていた。まるで頭に置かれたせんぱいの手から温かさが伝わってくるみたいずら。

「それに、ちょっとは役得だったし……」

 せんぱいが顔を少し赤くしてこっちを見てくる。その視線の先は、まるの胸元で。その意味がちょっとわかっちゃった。

「せんぱい、ちょっとえっちずら……」

「う……」

 せんぱいが視線を逸らした。ふふ、今日はせんぱいにあのことを知られちゃったけど、その代わりにせんぱいがちょっとえっちなことを知れたずら。これでおあいこずら♪

「シドー! 夕飯が出来たわよー! ずら丸を起こしてきてくれるー!?」

 なんて考えてると、善子ちゃんの声が廊下から聞こえてきて。おらとせんぱいは互いに笑い合った。

「じゃ、行こうか」

「はいずら♪」

 まるが手をとると、せんぱいは手を引いて起こしてくれた。そのままおら達は善子ちゃんの部屋を後にするのでした。

 

 

◇◇

 夕飯を食べ終え、四人で遊んでいると、気がつけばもう夜もいい時間になっていた。流石におれはソファで寝ると言ったのだが、他の三人に「一緒の部屋で寝て欲しい」と言われれば仕方なくそれに従わざるを得ない訳で。照明から光は落ち、周囲は暗黒とした視界が広がっている。そしてその両隣にーー

「すぅ……」

「ずらぁ……」

 何故かルビィちゃんと花丸ちゃんがいる。しかも二人とも照明が消えるや否や、おれの方へと寝ころんできたのだ。うん、おれは寝てるだけだ。仕方ないんだ。そう言い聞かせ、眠りにつこうとした時だった。

「シドー、起きてる?」

 なんて考えていると、善子の声が聞こえてきた。どうやら善子からはおれの状況は解らないらしい。

「ん? どうした?」

「今日は、来てくれてありがとね」

 いつもの彼女らしくない、台詞に、少し驚いた。

「どうした? 善子らしくないな」

「ヨハネよっ。なんか無理に来てもらった気がして、ね……」

 暗闇だから表情は見えないが、その声からどこか少し元気がないようにも聞こえた。

「おれは善子と、善子だけじゃなくルビィちゃんや花丸ちゃんたちと一緒に居たいって思ったから来たんだ。無理矢理なんかじゃないさ」

「わたしと、居たいの? シドー……」

「ああ。それにルビィちゃんから聞いてるぞ? 満更でもない顔してたってな」

「ルビィの奴ー!」

 声の調子がいつもの善子に戻ったみたいだ。やっぱり善子はこうでないとな。

「感謝するわ、シドー。これからもヨハネのリトルデーモンとしてそばにいなさいよ?」

「ああ。おれはおまえの共犯者。おまえの覇道の手伝いをしてやろうじゃないか」

「ふふっ」

 互いに小さく笑ったあと、身じろぐ音が聞こえた。

「おやすみなさい、シドー」

「ああ。おやすみ」

 そして今度こそ、おれの意識は静寂へと導かれるのだった。




 DVDの件、最近僕が見たアニメが元ネタです。それが解る方は僕とお友達。
 あと、暫く執筆はお休みします。イベントが梨子ちゃんなので。今回は石使ってでもとりますよ。人間の力、見せて、やるぜぇ!

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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50話 香水とお茶会と

「最後まで望みを捨てなかった者が勝つ」「作り続けた奴が勝つんだよ」
 この台詞を胸に、これからも書いていきます。


「あら、紫堂さん」

「あ、ダイヤさん」

 昼過ぎの淡島への連絡船に続く桟橋で、おれはダイヤさんと出会った。

「紫堂さん、本日は来て下さってありがとうございますわ」

「いえ、そんなお礼を言われる程のことじゃないですよ」

 ダイヤさんに顔を上げるように促す。その表情はまだ何か言いたげで――

「ここでだべってるのもあれですし、もう行きましょうか」

「それもそうですわね」

 おれ達は連絡船へと足を運んだ。

 

「しかしいきなり鞠莉さんの家、っていうかホテルでお茶会に誘われるなんて思ってもなかったですよ」

「鞠莉さんはいつも突然言い出しますからね」

 そう、おれ達は鞠莉さん主催のお茶会に誘われて淡島へと行くことになったのだ。鞠莉さんと果南姉ちゃんは淡島に住んでいるからいいとして、おれとダイヤさんは連絡船に乗らなくてはならなかったので桟橋前で待ち合わせをすることにしたのだ。

 改めて横で歩くダイヤさんを見る。気のせいかいつもよりも綺麗に見えるし、服もどこか良いものに見えた。しかもどこか甘い香りがする。香水でもしてるのかな?

「どうかしまして?」

 おれの視線に気づいたのか、首を傾げるダイヤさん。その様がまた綺麗で、ぷいと視線を逸らしてしまった。

「な、なんでもないですっ」

「? そうですか……」

 これはお茶会の為におめかししただけなんだ。おれはそう思うことにすると足を速めた。

 

「さ、どうぞダイヤさん」

 連絡船に先に乗ったおれは彼女に手を差し出した。すると彼女は少し苦笑いしてその手をそのままに船に乗り込んだ。

「大丈夫ですわよ。これくらいの船の揺れで体勢を崩す程、柔じゃありませんから」

「そ、そうですか」

 おい、どうして内心がっかりしてるんだおれ。そう自問していると、連絡船は動き出した。揺れにお気をつけ下さい、と船長さんがアナウンスした時だった。

「きゃっーー」

「おっと」

 少し大きく船体が揺れると、ダイヤさんがバランスを崩した。おれはとっさに後ろから彼女の肩を受け止めた。

「あ、ありがとうございます……」

 顔を赤らめながら後ろを向くダイヤさん。その表情におれの心臓はドキドキしっぱなしで。照れ隠しで彼女をからかってしまう。

「これくらいの船の揺れで体勢を崩す程――、何でしたっけ?」

 それを聞いた彼女の表情は少し拗ねたように見えた。

「い、意地悪ですわ……」

 もっときっとした表情でおれを睨むかと思いきや、俯いてしまった。予想外の反応におれが何も言えないでいると、彼女はちょっと悪戯っぽく微笑んだ。

「そろそろ座りましょう? またバランスを崩すといけないから、紫堂さんに掴まってますね♪」

「あ、は、はい……」

 淡島に着くまで、ダイヤさんはおれの腕にずっと寄り添っていた。

 

 

「んで、ダイヤは何してるの?」

 迎えに来てくれた果南姉ちゃんの開口一番の言葉はそれだった。ムリもない。おれの隣にいるダイヤさんはおれの腕に自分の腕を絡ませているのだから。

「どうしてか最近のわたくしはよくつまづくことが多いんです。ですから紫堂さんに支えて貰おう、との考えですわ」

 これは仕方なくですわ、という彼女の表情はどこか嬉しげで。そんな顔されるとおれも断れなかったのだ。

「という訳なんですハイ……」

 苦笑いするおれをふーん、と睨む果南姉ちゃん。ふっと息を吐くと笑顔をおれ達に見せた。

「いーよ、それで。さ、鞠莉が待ってるからいこっ」

 彼女はそう言うと、空いているもう一方のおれの腕に寄り添った。

「え、ちょ、果南姉ちゃん?」

 戸惑うおれを余所に、果南姉ちゃんはおれに重心を預けた。

「どうしてか私も今日妙にころびかけるんだよねー。だからさかい、わたしも支えてくれる?」

 だめ? と首を傾げておれを見つめる。う、おれは彼女のそんな表情に弱いのだ。普段頼ってこない彼女からのお願いは、おれの首を縦に頷かせた。

「ちょっと果南さん! 紫堂さんが困っているではありませんか! 転びやすいという見え透いた嘘は駄目です!」

「嘘じゃないもーん。かい、かいはお姉ちゃんのこと信じてくれるよね?」

「どうなんですか紫堂さん!?」

「かーい?」

「う・・・、おれのことはいいから早く行きましょう! ね!」

「……」

「……」

 二人のお姉さまから睨まれながら、おれは淡島ホテルへ足を動かすのであった。

 

 

 そうしてホテルへの道を歩いていると、ドドッドドッと大きな音が近づいているのが聞こえた。しかもその音はどんどんおれ達に向かってきているのだ。不安になったのか、ダイヤさんのおれの腕を抱く力が強まった。

「し、紫堂さん、これは?!」

「いや、おれも知りませんよっ」

「あー、これってまさか……」

 音の正体が解っているのか、苦笑いする果南姉ちゃん。それでも何故かおれの腕に更にぎゅっと抱きつく。果南姉ちゃんの大きな柔らかさとダイヤさんのそこそこな柔らかさがーーってそんなこと考えてる場合じゃなくて! 

「ハァーイ、Everyone♪ってどうしたのそんなに怯えた顔して?」

 その轟音と共にやってきたのは鞠莉さんだった。馬に乗った彼女はおれ達を不思議そうに見下ろしていた。

「ま、鞠莉さん! なんてものに乗ってるんですか?」

「馬だよ? この子はね、相棒のスターブライト号♪」

「いや、どうして馬で来るんですか! びっくりしますよ!」

 おれとダイヤさんの指摘に鞠莉さんは首を傾げた。

「どうしてって、みんなをお出迎えするならハデな方がいいかなって思っただけなんだけどなー?」

「鞠莉のことたからそんなことだろうと思ったよ」

 苦笑いする果南姉ちゃんに釣られて、おれも笑顔がこぼれた。そうだ、こうやって突拍子もないことをするのが鞠莉さんなんだよな。相も変わらず奇想天外な人だ。

「それで、ダイヤと果南はどーしてカイの腕にくっついているの?」

 鞠莉さんが目を細めておれ達を見つめる。マズい、このままじゃ鞠莉さんもおれにひっつくんじゃ――

「あ、あのこれには――」

「まあいいわ。それじゃマリーの後ろについてきてね♪」

 鞠莉さんは特に気にすることなくおれ達に背を向け、馬を歩かせた。その行動が意外と感じたのはおれだけでなく、ダイヤさんと果南姉ちゃんも首を傾げていた。

 

 

「さ、ここがマリーの部屋よ。ゆっくりしていって頂戴♪」

 この部屋に通されるのも、何回目だろうか。この淡島ホテルのオーナーたる人物の部屋はやっぱりこじんまりとしていた。

「やっぱりこの部屋なんですね。オーナーなんだからもう少し大きな部屋にしたらいかがかしら?」

 ダイヤさんが部屋に入るなり、そう呟いた。そんな彼女の言葉を鞠莉さんは「チッチッ」と舌を鳴らしながら指を振った。

「ワタシはオーナーであって、お客様じゃないのよ? ワタシにスイートルームを割く余裕があるならお客様に提供したいのよ」

「鞠莉さんって意外と周りのこと考えたりしてますよね――いででっ」

「意外はヨケイよカイ?」

 鞠莉さんは笑いながら頬を抓った。そんなおれ達を余所に、果南姉ちゃんが部屋に置かれたベッドに飛び込んだ。

「それでも立派な部屋だよねー。一人で生活するには問題ないと思うし」

 そのままはしゃぐようにベッドの上で跳ねる果南姉ちゃん。胸元も揺れているなんて口が裂けても言えない。

「さぁて、Tea Partyの準備に取りかかるわね。カイ、ちょっと手伝ってくれる?」

「おれ、ですか?」

「鞠莉さん、わたくしたちもお手伝いしますけど」

「アリガトね。でもちょっと男手がいるから、二人はそこでくつろいでて♪」

 はーい、と返事する果南姉ちゃんの声を聞きながら、おれは鞠莉さんと一緒に部屋を後にした。

 

 

「さて、さっきのアレはどういうことか説明してもらおうかしら?」

 ビスケットやらチョコレートなどのお菓子を乗せたワゴンを押していると、鞠莉さんは突然口を開いた。

「さっきのアレ?」

「トボケないでよ。さっきダイヤと果南がアナタにぎゅっとくっついてたじゃない」

 鞠莉さんが少し頬を膨らませておれを睨んでいる。もしかして、ヤキモチ妬いてるのかな。いつも破天荒な彼女とは思えぬ表情が可愛らしかった。

「ああ。そのことですか。あれはーー」

 おれは鞠莉さんに会うまでの過程を説明した。それを彼女は少し不満げに聞いていた。

「ズルい」

「え?」

「ダイヤと果南だけズルいー! ワタシだってカイに抱きつきたいのにー!」

 両腕をぶんぶんと駄々っ子の様に振る鞠莉さん。さっきからおれは彼女のわがままっぷりに戸惑いっぱなしだ。

「ええ!? そう言われましても……」

「ずーるーいー!」

 ホテルの廊下で駄々をこねる鞠莉さん。このままじゃ泊まっているであろうお客さんやダイヤさんたちにも聞こえかねない。

「わかりましたよ! じゃあ鞠莉さんもどうぞっ」

 おれは覚悟を決めて足を止めると、彼女の前に身体を差し出した。

「え?」

「ダイヤさん達だけがやったのが不公平というのなら、鞠莉さんも抱きついて、いいですよ?」

 言いながらおれは何を言ってるんだと訳が分からなくなっていた。でもこれで鞠莉さんの不満が解消されるならそれでいい。

「ホントに? ホントにカイをぎゅってしていいの?」

「ぎゅっとするだけなら。キスとかは駄目ですからーー」

「カイー!」

 おれの説明を最後まで聞かず、鞠莉さんはおれに抱きついた。おれの真っ正面から彼女の抱擁を受ける。胸元に伝わる、彼女の柔らかい感触。

「おぉう、まさか正面から来るとは……」

「一回は一回だもん♪ ここからでも問題ないでしょ?」

「ま、まぁ問題ないですけど……」

「ふふ、こうやってぎゅっとしてみたかったの……」

 心底嬉しそうな声を聞いて、少しドキッとして。それだけおれのことを好いていてくれることに嬉しさを感じて。思わずその肩に手を置こうとした時ーー

「こちょこちょこちょーっと」

「うひゃっ!?」

 両脇をくすぐられ、素っ頓狂な声をあげてしまう。そんなおれの様を鞠莉さんは満面の笑みで見ている。

「変な声ー!」

「ちょ、鞠莉さん、くすぐりは反則ですよ」

「だってカイがくすぐりナシって言ってないから」

「フツーくすぐりませんよ!」

「そう? ま、カイをHug出来たからこれでさっきのことは無かったことにしてあげる。さあ、早く戻りましょ!」

 鞠莉さんは機嫌良くおれから離れると部屋へと歩き出した。

「鞠莉さん! 待って下さいよ!」

 おれはそんな上機嫌な彼女の背中を追いかけたのだった。離れた時、少し惜しいと思ったのはおれだけの秘密だ。

 

 

「おかえりなさい。ずいぶんと遅かったのですね?」

 部屋に戻るとダイヤさんがそう聞いてきた。

「いえ、少し手間取りまして……」

「ちょっとお菓子の準備があってね♪」

 そう言うと鞠莉さんはクロッシュを取り、更に乗せられたお菓子を見せた。

「こ、これはプリンじゃありませんか!」

 ダイヤさんの表情がきらきらと輝き、身を乗り出した。頬が紅く染まり、興奮していることを示している。

「えぇ。ウチのシェフに頼んで作って貰ったの。ダイヤが喜んでくれるって思ってね♪」

「わたくし、プリンが大好物ですの! ですからーー」

 そう言うとダイヤさんはおれ達の視線に気づくと少し恥ずかしそうに縮こまった。

「す、すみません。少し興奮しすぎました・・・」

 その様が可愛らしくて、おれと果南姉ちゃんの頬が緩んだ。それは鞠莉さんも同じみたいで。

「いいのよ。待っててね、今紅茶を淹れてくるから」

 鞠莉さんがおれ達に背を向け姿を消すとダイヤさんが口を開いた。

「わたくし、今まで鞠莉さんは突拍子のないことばかりする人だと思ってました。ですがその見解は改めなくてはならないみたいですね」

「なんだかんだでメンバー皆のことをよく見てますよね」

「それが鞠莉だよ♪」

 ベッドから立ち上がった果南姉ちゃんがチェアに腰掛けた。

「普段はおちゃらけて破天荒だけど、見てる時はちゃんと見てくれてる。それが鞠莉の良い所なんだよ」

 その破天荒が結構凄いけどね、と果南姉ちゃんが苦笑いする。そう言えば鞠莉さんはおれに好意を寄せているけど、おれのどんな所を見て好きになったんだろ?

 そう彼女のことを考えていると、顔が熱くなっていた。

「んー、どうしたのかい? 顔真っ赤だよ?」

「えっ、そ、そんなことないよ!」

「どこから見ても真っ赤ですわよ。もしかして、鞠莉さんのこと考えてたんですの?」

「えっ!? どうしてそれを?」

「ふふっ、女の勘、です♪」

「っていうかかい、バレちゃってるけど?」

「あっ!」

 なんて三人でわいわいと騒いでいると、紅茶を持った鞠莉さんが戻ってきた。

「なーに、三人で盛り上がっちゃって。マリーも混ぜて欲しいわね!」

 それからおれ達四人はプリンなどのお菓子を囲んで、お茶会を楽しんだ。ホテル特製のお菓子はどれも美味しかったし、ダイヤさんや果南姉ちゃん、鞠莉さんの笑顔が見れて、おれもそれが嬉しかった。

 

 

「今日は楽しかったですわね」

「ええ。時間が経つのも忘れてましたよ」

 それはオレンジ色に染まり、陽が海へと沈みかけていた。

「こんなにおしゃべりしたのも、あんなに笑ったのも久々かもしれませんわね。プリンにはしゃいだり、大笑いしたりして少し恥ずかしいですけれど」

「いいんじゃないですか。友達に、仲間にそんな姿を見せたって。その方が鞠莉さん達だって嬉しいはずですよ」

「紫堂さんは?」

「おれ、ですか?」

 その質問に足を止めた。ダイヤさんも足を止めて俯いている。

「紫堂さんも、そんなわたくしの一面を見て、嬉しいって思ってくれますの?」

 そんな彼女の背中から、夏にしては少し冷たい風が吹き抜けてきた。

 

 

●●

「そりゃ嬉しいですよ。ダイヤさんの、友達の知らなかった一面を見れるのは」

 友達、と言う言葉に少し胸が痛んだ。紫堂さんはわたくしのこと、友達としてしか見ていないってことだから。

「そう、ですか」

 笑顔を張り付け、自分の気持ちを悟られないようにする。そのまま彼と並んで歩き始めた。風が冷たいせいかしら、少し涙が出ますわね。

「でもプリンってはしゃぐダイヤさんの笑顔、とっても魅力的でしたよ。いつもの落ち着いた微笑みとは違っていて、可愛らしかったです」

 その言葉にきゅんとしてしまう。嗚呼、どうしてこの方の言葉はわたくしをときめかせてしまうのだろう。

「あ、ありがとうございます……」

 視線を自分の足に落としてしまう。そしてどうして「嬉しい」と感じてしまうわたくしがいるのでしょう。

「あ、えーと、その、ダイヤさんーー」

 しどろもどろな彼の言葉に顔を上げると、紫堂さんは少し顔を紅くしていて。

「どうかしまして?」

「ついでに言いますと、今日のダイヤさん、すっごく綺麗でした、よ?」

「綺麗?」

 反芻されて頬を掻く紫堂さん。照れてる彼の顔、少し可愛いわね。

「お茶会だからか今日、おめかししてきたでしょ? 香水までつけてきて。今日会った時、ちょっとドキッとしましたよ」

「っーー!」

 見てくれてた。本当は紫堂さんにもっとわたくしを見て貰いたくて。出来る限りのおめかしをして、普段はつけない香水までつけて。今まで言って貰えなかったから見てくれてないのかと思ってた。

「え、ええ。お茶会に招待されたんですもの、それらしい格好をしなくてはと思いまして」

「真面目ですね。もうちょっとラフな格好でも良かったのに」

「紫堂さんは、そっちの方が良かったですか?」

 わたくしの問いに、彼は笑顔を見せた。

「でも、ダイヤさんらしくていいと思いますよ」

 やっぱりわたくしはこの方のことを好きになってしまったのね。彼の一言一言で嬉しさを感じるわたくしがいますもの。

 今はまだ、彼はわたくしのことを仲間や友人と思ってるかもしれない。でも生憎ですがわたくしは負けず嫌いですの。いつかわたくしに振り向いてもらいますから。お覚悟の程、よろしくおねがいしますね? 紫堂さん♪




 最近どうもオチを考えてない状態で執筆することが多い。仕事が忙しいから? 最近のサンシャイン事情に俺自身のモチベーションが低下しているから?
 なんて言い訳なんてしてる場合じゃない。もっと皆さんに満足して頂けるよう、精進します。

 次からは学校編。一人一人とイチャコラしますよー!

 ご意見ご感想、企画へのお便り等よろしくお願いします。


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学び舎でのふれあい編
51話 改めて二人で登る坂は


 真剣で私に恋しなさいAを買いました。艦これやラブライブを知る前から大好きだったのでとっても嬉しいし、楽しいです。
 いやこれ浮気じゃないから。小説を良くするための参考書だから。


「櫂ーっ! 朝だぞーっ!」

 白いまどろみの中、明るく元気な声がおれの意識を刺激した。その声にあらがうように身をベッドに寄せる。

「おーきーろーっ!」

 声と同時に布団が引きはがされ、外の少し冷たい空気が肌を刺す。

「うおっ」

「いつまで寝てんのさ櫂。そろそろ学校行く時間だよ?」

 もうそんな時間なのか。寝ぼけ眼で起こしにきた奴を見る。灰色が混じった様な短髪。少しふわりとしていてどこか女の子さがある、そんなおれの隣の家に住む、幼なじみ。

「曜、おはよう」

 おれの朝の挨拶を聞くと嬉しそうに敬礼のポーズをした。

「おはヨーソロー!」

 

「そういや今日、母さん帰ってきてるんだっけ……」

 制服に袖を通し、部屋を出る。おれの母さんはビジネスで世界を転々としてる人だ。親父は漁師の仕事があるから内浦から離れられないし、母さんも仕事を辞める気が無かったからおれは殆ど親父の手で育てられた。

 でもだからって母さんのことは嫌いにならないし、偶に帰ってきてはおれを目一杯可愛がってくれるからいいんだ。

 居間に出ると曜が台所で母さんと並んで調理していた。台所にはのれんがかかっていて、そっちの様子は見えないが、どうやら楽しげに会話しているようだ。

「それでねおばさん、櫂ったらサンオイルで真っ黒になって迎えに来てね――」

「あらあら、櫂ったら」

 曜の奴、母さんに合宿のこと喋ってんな。恥ずかしいから辞めてくれ。おれが居間にいることを知らずに、二人の会話は続く。

「私のことナンパしてた人たちも櫂のこと見ただけで逃げちゃったくらいなんだよ!」

「どれだけ黒かったのかしら。そういえば海に言った割にはぜんぜん日焼けしてなかったし」

「だよねー。私も最初は誰だかわかんなかったよー」

 おれはそんな二人の会話を聞きながらトースターにパンをセットした。

「でもね、そんな櫂でも格好良かったよ」

 嬉しそうな声で曜が呟いた。

「普段はフザケ合って、軽口たたき合うような関係だけど、いざって時になると私のこと解っててくれて、それがすっごく嬉しくて……」

 おれがいないから出来るであろう話。それを聞いておれは照れくさくて、恥ずかしくて。その場から離れようとした時。

「櫂。もう少しでハム焼けるからそこで待ってなさいな」

「えっ!?」

 曜が驚きの声を上げて居間に顔を出した。流石母上様、おれの気配に気づいていらっしゃったようで。おっとりとしているようでかなり勘がいいのが母さんの特徴だ。なんだかんだであの親父も母さんには逆らえないでいるからな。

「い、いつから居たの……」

「んー、曜ちゃんが櫂のサンオイルの話をした時からかしら~」

 おれの代わりに母さんが答えてくれた。それを聞いた曜は顔を真っ赤にしながらこっちに近づいてきた。

「か、櫂のーー」

 チン、とトースターからいい感じに焼き目のついた食パンが射出される。それを曜は掴むと大きく振りかぶってーー

「すけべーっ!!」

 おれの顔面へと食パンをブン投げた。焼きたてのパンの熱がおれの顔の肌を焼き尽くしたのだった。

 

 

「いやー良い朝だなー! この顔のやけどがなければすがすがしい朝になったんだろうなーっ!」

 家を出て曜と並んで学校への道を歩く。曜は申し訳なさそうに俯いている。

「ご、ごめんってば……」

「別に気にしちゃいねーよ。程良い目覚ましにもなったしな」

 鼻先をなぞって火傷の程度を再確認する。うん、この程度なら冷たい水で顔洗えばそんなに残るものじゃなさそうだ。

「そう言えば櫂の制服見るの、久々かもね」

 曜が隣で嬉しそう笑う。確かに制服に袖を通すのも久々な気がする。

「それ言ったら曜だってそうだろ」

「あはは、それもそうだね」

 曜は腰と頭に手を当て、ポーズをとる。

「どう? 似合う?」

「どうも何も、いつもと変わらんだろうが」

 おれの言葉に曜は頬を膨らませて抗議の姿勢をとる。

「もーっ、もうちょっと何か言ってよー! それともアレかな? この制服曜ちゃんに見とれて何も言えないのかな?」

 口元に手を当て、煽るように笑う。どうしてだろう、こいつに煽られるとどうもその気になってしまう。

 おれは彼女に向き直り、微笑みながら自分の中で精一杯の良い声で言葉を紡いだ。

「ああ。あまりに魅力的過ぎて輝いて見えるぜ、曜」

 ここまで大げさに言えば「もう、櫂ったら大げさだよー」と言うだろう。

 が、おれの予想と反して、曜は顔を朱に染めて俯いた。

「そ、そっか。ありがと……」

 その小さな呟きに、妙に彼女を意識してしまって。おれはそっぽを向いてしまった。この空気をなんとかしようと話の種を探していると、曜がその空気を破った。

「あ、あのね櫂……」

 曜の声に視線を向けると彼女は頬を掻きながらしどろもどろしていた。

「さ、さっきの話なんだけどね……」

「さっきって言うと?」

「ほ、ほら、おばさんと話してたアレ……」

「あ……」

 その言葉を聞いた瞬間、頬が上気した。曜の奴、さっき『格好良かった』って、『嬉しかった』って言ったんだよな……。互いに何と声をかけていいのかわからず、沈黙が訪れる。暫く蝉の声がおれ達の間に響いた後、曜は笑った。

「あ、アレはね! 日頃の息子さんの勇姿をおばさんに教えてただけだし、そもそも櫂が聞くより前は櫂のドジな所言ってたから!」

「そ、そっかー! 仕事で滅多に帰って来れない母さんにおれのこと教えてくれたのかー! ありがとなー!」

 慌てて取り繕う曜に合わせる。あの言葉の真意を聞くのを、おれは避けていた。曜と今以上の関係になってしまうのが少し怖くて。だから笑顔を貼り付けて互いに笑いあってしまう。それが情けなくて、曜に申し訳なかった。

「でもよ、勇姿だけならともかくドジな所を教える必要無かったんじゃねえのか?」

 おれが軽く睨むと曜はえへへと後頭部に手を置いた。

「だって櫂の色んなとこおばさんに教えたくてさ~。だっておばさん、滅多に家に帰らないじゃん」

「そうだなぁ。ありがとよ」

 くしゅ、と曜の頭を撫でる。それを曜は嬉しそうに目を瞑る。

「ライブが終わったら、母さんの土産話でも聞こうぜ。多分それまでは家にいると思うし」

「うん! 楽しみだなー!」

「でも今は――」

 足を止め、目の前に佇む校舎をおれ達は見つめる。

「ライブ、成功させようね、櫂」

「あぁ」

 おれ達は頷き合うと、校舎へと入っていった。

 

 

●●

 ごめん櫂、一つだけ嘘ついてた。私はドジな所なんて一つもおばさんには言ってないよ。だって私の目に映る櫂は、いつだってカッコいいから。

 私はまだ、櫂に気持ちを伝えていない。そもそも伝えようと決心すら出来てないんだもん。こうやってふざけ合って笑い合えるこの距離が楽しくって、それ以上の関係になるのが少し怖くて。あーあ、我ながら情けないな。

 でも、もう少し自分の気持ちに向き合って、伝えるかどうか決めようって思う。待ってくれなくていい、誰かを好きになってもいい。都合がいいと思われるかもしれない。私が覚悟を決めたその時は――、

 

 

 聞いてくれるよね、櫂?





 やっぱり一人に焦点を当てた話はいい。一人だけに注目するから文字数少なくて済むし。

 さて、次回は番外編です。1月1日はダイヤさんの誕生日なのでその記念回を書こうかと。彼女とのデートを書くのも楽しみです。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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Dream World:あなたと共に跨ぐ年

 ダイヤさん誕生日記念回です。本編ではまだ恋人関係になってない櫂とダイヤさんの、少し進んだ未来です。


「やっべ、間に合うかな……っ」

 空は真っ暗に染まり、歩道を点々と電柱の明かりが照らしている。おれはそんな夜道を走る。本当なら余裕でこの道を歩いているはずなのに、少し寝てしまったせいで走る羽目になってしまった。あの人の、大事な日になるっていうのに。

 おれは更に足を速め、人でごった返している神社へと急いだ。

 

「おっそいですわよ!」

 集合時間から五分遅れて待ち合わせ場所にたどり着くと、案の定神社の入り口でダイヤさんは仁王立ちして待っていた。鼻は紅く、寒い中おれを待っていてくれたことを物語っている。

「ご、ごめんなさいダイヤさん。歌番組の途中で寝ちゃって……」

「言い訳は聞きたくありませんわ。せっかくの初詣デートだと言うのに遅刻して、これも日頃の生活の乱れではなくて!?」

「返す言葉もございません……」

 彼女のお説教に自分の不甲斐なさを感じていると、ダイヤさんはコホンと咳払いすると小さく漏らした。

「こ、これでは楽しみで少し早く来すぎたわたくしが莫迦みたいじゃありませんか……」

 そっか、ダイヤさんも楽しみにしてくれてたんだな。おれとのデート。じゃあ楽しみしてくれてた分、満足させなくっちゃ。

「ダイヤさん、ほんっとうにごめんなさい! お詫びに何でもおごりますから!」

「本当、ですか?」

「はい、ですから機嫌直して下さい。ね?」

 ダイヤさんは満更でもない表情をしておれの腕に寄り添った。

「じゃあ後で甘酒をご馳走してもらおうかしら。わたくし、甘酒には少し五月蝿くってよ?」

「ええ、満足するまでご馳走させて下さいお嬢様」

「よろしい、ですわ♪」

 嬉しそうにおれの腕に頭を寄せるダイヤさんを連れて、おれは賑やかな神社へと入っていった。

 

 

「しっかし気がつけばもう今年も終わりですね。早かったなー」

「そうですわね、紫堂さんの告白からもう三ヶ月。あっという間の三ヶ月でしたわね」

 そう、おれは九月の半ばにダイヤさんに告白し、恋人になった。その事を思い出すだけで嬉しさで顔がにやける。

「ダイヤさんとこんな関係になるなんて。夢みたい――いひゃひゃっ」

 突然ダイヤさんに頬を抓られた。視線を彼女に向けると抓りを解いておれに微笑みかけた。

「夢じゃないでしょう?」

「ええ、それはもう痛いほどに」「紫堂さんと一緒にいて、こんなにも毎日が楽しかったことはありませんでした。それを『夢』なんて言葉で片付けられたくありませんから」

 ダイヤさんもおれとの関係を嬉しく思ってくれてる、それだけで胸がぽかぽかと温かくなる。だからおれからも彼女に体重を少し預ける。

「少し早いけどお参りしましょう。来年の抱負も兼ねて、ね」

「はい、ダイヤさん」

 互いに寄り添っておれ達はお参りの列に並び始めた。大分時間かかりそうだけど、ダイヤさんとならあっという間に過ぎるだろう。

 

 

 ちゃりんと賽銭箱に五円玉を投げると目をつむって願い事を脳内で反芻させる。

――来年もダイヤさんと一緒にいられますように――

 念じきって目を開けるとダイヤさんはまだ神様にお願いしているみたいだ。充分過ぎるほど祈るとゆっくりと瞼を開けた。

「随分と熱心にお願いしてましたね。何を祈ったの?」

 おれの問いにダイヤさんはにっこりと微笑んだ。

「うふふ、ヒミツです♪」

「えー、教えて下さいよぉ」

「だーめ♪」

 少し意地悪く笑うダイヤさん。よーし、こんな時は……。

「それじゃあダイヤさん、一勝負と参りましょう」

「勝負、ですか?」

 おれは頷くとおみくじを売っている場所を指差した。

「ルールは簡単です。相手よりも良いおみくじを引いた方が勝ち。負けた方はお願いしたことを言う。どう?」

「それは面白いですわね。今年最後の大勝負、わたくしの勝ちで締めくくらせて頂きますわ!」

 ダイヤさんは不敵に笑った。

 

 

「んあーっ! また負けましたわ!」

 ダイヤさんは頭を抱えて悶えた。これで三連敗だ。おれが勝ってはもう一回、もう一回と勝負を挑まれている。流石のおれもおみくじでは手の抜きようがない。ダイヤさんはひたすら敗北を重ねていった。

「もういい加減に観念して願い事言ったほうがいいんじゃ――」

「まだ、まだ終わりませんわ! このまま負けてはわたくしは紫堂さんに負けっぱなしで今年を終えてしまいますわ! それだけは!」

「もう、負けず嫌いなんだから。これで最後ですよ? どっちが先に引きます?」

「負け先で、わたくしから引きますわ」

 鼻息荒くみくじ筒を振るダイヤさん。おれもそれに続き、出た棒を渡して紙を貰う。

「覚悟はいいですわね?」

 彼女の問いに頷くと、ダイヤさんは紙を持つ手に力を込めた。

「せーのっ」

 ダイヤさんの掛け声と共に紙を開き、運を確認する。

「お、小吉。ダイヤさんは?」

「……」

 ダイヤさんは肩を震わせて紙を見せてくれた。そこに書かれているのは「大凶」の二文字。

「はぁ――ッ」

「ちょ、ダイヤさん!」

 力なく崩れ落ちそうになるダイヤさんをおれは抱きかかえた。

「もうお終いですわ……。今年は紫堂さんに負けたままで終わるのね……」

「しっかりして下さいよ。それに、もう今年終わるから!」

「でも……」

 そのままおれは彼女をきゅっと抱きしめた。

「ごめんなさい、ダイヤさんが何をお願いしたのか知りたくて……。それで勝負事にして……」

「紫堂さん……」

 軽率だったと思う。彼女の願いを知りたいからと勝負事に持っていって、それで負けが続けばダイヤさんは気分が悪くなるかもしれないのに。

 そう自分を責めていると優しく背中に両手が添えられた。

「紫堂さんは何も悪くありませんわ。些細なことで熱くなりすぎたわたくしに責任はありますもの」

「でも――んむぅ!?」

 続けようとしたおれの口を、ダイヤさんの唇が塞いだ。瞬間に流れてくる、甘美な感触。彼女は即座に唇を離すと顔を真っ赤にしながらもおれの唇に指を添えた。

「もう、黙って? せっかくの記念日が台無しでしょ?」

「あ……」

 周囲に耳を澄ませば除夜の鐘が鳴り響いている。時計を見るともう今日は2017年1月1日。新年だ。

「せっかくの新年。もう水に流しましょ?」

「そう、ですね。それに――」

「きゃ――っ」

 ダイヤさんを抱きしめてその唇を奪う。不意打ち気味だったからか、彼女は小さく悲鳴をあげた。そうして十数秒間キスをしていただろうか、唇を離すとダイヤさんを見つめた。

「誕生日おめでとう、ダイヤさん。今年も一緒にいましょうね」

「もうっ、ズルいです紫堂さん。不意打ちなんて……」

「不意打ちはお互い様でしょ? じゃあキスします、って言えばいいですか?」

 おれがにやりと笑うとダイヤさんは頬を染めた。

「ばか……」

 そのまま目を閉じたのを了承の意味と捉え、唇を重ねた。すぐに唇を離して互いに見つめ合っていると、とろんとした表情で微笑むダイヤさん。

「わたくしのお願い事は、もう叶いましたわ」

「え?」「叶ったって言うよりも、今も叶っている最中と言うべきかしら?」

「それって――」

 おれが彼女の願い事を理解した瞬間、ぎゅっと腕に抱きつかれた。

「さ、甘酒を飲みにいきましょ? もちろん、紫堂さんのおごりで、ね♪」

「あ、覚えてました?」「当然です。デートに遅れてきたことはそれでチャラにしてあげますっ」

「えぇ、五分の遅刻くらい見逃してくれても……」

「お黙りなさい。五分でも遅刻は遅刻。このわたくしを待たせたことに変わりありませんから」

「はいはい、仰せのままに、お嬢様」

「『はい』は一回でよろしくてよ!」

 なんて言い合いしてるとどこか可笑しくって、互いに見つめ合って笑い合う。

「紫堂さん、今年もわたくしは負けるつもりはありませんからね? 覚悟しておいて下さいましね?」

「そっちこそ、負けたからってもう一回って挑まないで下さいね?」

「あら、何のことかしら?」

 嬉しそうにおれの肩に体重を預けるダイヤさん。その表情が可愛らしくて、寒いはずなのにおれの身体はぽかぽかしているのだった。

 

 新年、おれは彼女とどんな風に過ごすことになるんだろう。どんな楽しいことが待ってるんだろう。ダイヤさんと一緒にそれを体験して、一緒に笑い合えたらいいな。

 

 おれは少し彼女に体重を預けて彼女の知ってる甘酒を出してくれている店へと歩くのだった。




 改めまして、新年あけましておめでとうございます。そしてダイヤさん誕生日おめでとう!
 Gマガ読んでて好きな異性に対してはけっこうさり気なく寄り添ってくるタイプだと読み取れたのでちょっとちゃっかり者な面を出してみました。ダイヤさんと櫂くんがここに至るまで書いてあげるのが作者たる私の使命ですね。

 それでは皆様、今年もお付き合いくださいませ。


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52話 重ねた手と手

 最近僕ラブへの準備に必要なものがそこそこあって頭痛の種が増えつつあります。それでも、やる、かも。

 果南回です。


「よっと」

 私が力を入れてちかの右手を倒す。ちかから驚きの悲鳴が聞こえた。

「うわぁ!」

「果南ちゃんのかちー!」

 ようがわたしの右手を持ち、高く掲げる。何だかちょっと照れくさいな。

「やっぱり果南ちゃんは強いねー」

 ちょっと恨めしそうにちかが頬を机にくっつけてこっちを見ている。

「千歌ちゃんが弱いだけなんじゃない?」

「なんだとよーちゃん! じゃあ千歌としょーぶだ!」

 ちかとようがにらみ合い腕相撲することになったので私は席を譲った。窓の外に視線を向けると晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 ライブに向けての最終調整。今日の分の練習が終わって、時間を持て余した私たちはちかの突拍子な提案で腕相撲することになった。いつもちかの提案には驚くけど、楽しいからまあいいかってなる。

「うりゃっ!」

「うわーん! また負けたー!」

 どうやら勝負がついたのか、ようが得意げな顔をしている。対してちかは泣きそうな顔をしていた。そんなちかに手を広げた。

「しょうがないなちかは。ほらおいで?」

「果南ちゃーん……」

 ちょっと泣きべそかいて私の胸に飛び込むちか。いつまで経ってもちかはちかのまんまだね。そんな彼女の頭をよしよししていると。

「ん、三人で何してるんだ?」

 聞き慣れた声、かいの声を聞いた瞬間にドキッとした。ちかも私の胸に埋めていた顔をかいの方へと向けた。

「あ、櫂ちゃん! 皆で腕相撲してたんだよ!」

「果南ちゃん強いんだよ。私もさっき負けちゃったし・・・」

 曜も少し嬉しそうな顔をして櫂に説明している。あれ、どうしてだろう。二人とも普通に櫂に話してるだけなのに、どうして私、胸がちくちくしてるんだろ?

「へぇ、面白そうじゃんか。じゃあおれもやってみようかな」

 そう言ってかいが一歩前に出た。え、かいと私が腕相撲するの? そう考えただけでドキドキが止まらない。なんて思っているとーー

「待つんだ櫂ちゃん!」

「果南ちゃんと戦いたくば、私たちを倒すことだー!」

 私の前に立ちふさがるように千歌と曜が立った。その様を見て櫂は苦笑いしながらYシャツの袖を捲った。

「なんだよそれ。ま、いいだろう。かかってこい!」

 こうして、私たち四人の腕相撲が始まった。

 

「じゃあまずはかいVSちか、だね」

 名前を呼ばれた二人が机越しに向かい合う。どこから来る自信なのか、ちかは不敵に笑っていた。

「ふっふっふ、櫂ちゃん、覚悟はいいかい?」

「ほほう、自信満々だな」

「千歌もアイドル始めて体力ついたからね。以前の千歌と思わないことだね」

「じゃ、負けた方は罰ゲームありにでもするか?」

「いいよ、負けた方は勝った方の言うこと何でも聞くってことにしよーよ!」

「なら俄然、負ける訳にはいかないな!」

 ニヤリと笑ってちかの手を握るかい。ただ握ってるだけなのに、また胸がちくってした。

「果南ちゃーん? かけ声まだー?」

 ちかが首を傾げてこっちを見る。いけない、今の私は審判なんだからしっかりしないと。

「じゃあ二人とも、準備はいい? よーい・・・スタート!」

 わたしのかけ声と共にちかとかいの二人が力を入れる。

「ふっ、ぬぬぬ……」

「っ……」

 声を上げて力を込めるちかと、何も言わずにその握られた手を見つめるかい。勝負は長引くかと思ったけど、徐々に千歌の手の甲が机の木目に近づいていってーー

「わぁっ、ま、負けたー!」

 力つきる様に机に突っ伏すちか。勝者であるかいはふっと息を吐き出した。

「おれの勝ちだな千歌。あとでコンビニ行ってきてもらおうか」

「むぅー!!」

 頬を膨らませるちかの頭をようがよしよしと撫でた。

「待ってて千歌ちゃん。千歌ちゃんの仇はこの渡辺曜が討つであります!」

 びしり、と敬礼のポーズをするよう。

「今度は曜が相手か。千歌と一緒に買い物してもらうぞ!」

「ふっふっふ、千歌ちゃんに勝ったからっていい気にならないでよね。渡辺曜、容赦せん!」

 手を握り合うようとかい。それを見て、また胸がちくり。それを振り払い、二人を見つめた。

「じゃあいっくよー。よーい、スタート!」

「ふっ!」

「ぬっ!」

 力を入れて相手の手を倒そうとする二人。震える二人の手は動かず、勝負は拮抗した。

 そんな二人を見ながら、私はさっきから胸にひっかかる何かについて考えていた。ちかとようは小さい頃からの幼なじみだし、かいだってそうだ。親しく話していてもおかしくないのに。どうして胸の奥辺りがちくちくするんだろ? もしかして二人に嫉妬してるのかな? 幼なじみ二人にもこんな感情を持っちゃうの、いけないよね?

 なんて、考えているとーー

「うわっ」

「よし勝った!」

 どうやら勝負がついたみたいで嬉しそうに拳を握るかいと、悔しそうにかいを見るようがいた。

「むぅ、櫂のくせに生意気だー!」

「そーだそーだ!」

 ちかとようが文句を言う。

「おれは真っ正面から正々堂々と勝ったんだっての。そんな風に言われるいわれはねーよ」

「むぅー! 果南ちゃん!」

「え、私?」

 ちかとようがかいから隠れるように私の背中に回り込んだ。

「果南ちゃん、仇をとってくだせぇー!」

「千歌と曜ちゃんの分まで、お願いしやす……!」

 そのまま座らせられ、かいと向き合う。うわ、なんだろ、妙にドキドキする。かいにはバレてないよね?

「ここまで来たらやろうか、果南ねえちゃん」

「う、うんっ!」

 肘を机に置き、かいの手を握る。水族館デートの時は緊張してあんまり感じれなかった、かいの手。昔と比べてすっごく大きくなった男の子の手。それにまたドキドキしちゃってて。

「それじゃいっくよー! スタート!」

 ようのかけ声に反応が遅れてしまった。

 次の瞬間に襲いかかる私の手を倒そうとするかいの力。慌てて力を入れるが、なかなかスタート位置に戻らない。

 こうやって腕相撲したの、いつ以来だろう? ふと昔の事を思い出す。あの時も私が勝って、かいってば涙目で「つぎはかなんねえちゃんに勝って見せる!」って言ってたっけ。「楽しみにしてるよ」って返したけど、もうかいは覚えていないんだろうな。

 昔は私がかいの手を引っ張っていたのに、今じゃこんなに力強くなってたんだね。嬉しさと共に力がこみ上げてくる。それじゃかいのお姉ちゃんとして、頑張らなくちゃね! 私はかいの腕を倒すべく、更に力を込めた。

 

 

○○

 窓から海の景色を眺める。視線を学園へと続く道路へと向けるとコンビニへと走る千歌と曜の姿が。

「どう? 二人とも元気に走ってる?」

「ああ。二人とも必死に走ってるよ」

 そう言いながらおれは自分の右手を見つめた。手のひらには強く握りしめられた感覚が強く残っていて、手の甲は机にたたきつけられてじんじんとした感覚がある。すると、心配そうな果南ねえちゃんの声が聞こえてきた。

「ごめんねかい? 痛かったでしょ?」

「いや、こんなの痛いの内にも入らないよ」

 笑顔を向けると安心した表情を見せておれの隣に立った。

「でもびっくりしたよ、かいがあそこまで強くなってるなんて。ちょっと油断してた」

「毎日軽い筋トレはしてたからね」

「軽いってどれくらい?」

「んー、腕立てと腹筋二十回ずつかな」

「そこそこやってたんだ。でもどうして? かいは部活やってなかったんでしょ?」

 あー、それ聞いちゃうか。恥ずかしいから言いたくないんだよなー。

「まあ色々と、ね」

 おれがはぐらかそうとすると果南ねえちゃんは頬を膨らませた。そんな子供っぽい表情がなかなかに可愛い。

「誤魔化さずに教えてよー」

「や、やだよ恥ずかしい」

 すると少し意地悪そうな顔をしておれに顔を近づけた。

「そういえば負けた方は勝った方の言うこと聞くんだよね?」

「あ……」

「と言うわけで、教えてね♪」

 にっこりとした笑顔に負けておれは軽くため息をついた。

「誰にも言わないでよ? アレは果南ねえちゃんが中学に入った頃だったかな、おれと腕相撲したの覚えてる? おれ何回やっても勝てなくて、それが悔しくっていつか勝って見せるって言ってさ。それから毎日筋トレしてて――」

 言った後に恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなる。果南ねえちゃんに笑われるんじゃないかな。

「えっ、あの時のこと、覚えてくれてたんだ……」

 が、当の本人は驚いた様に目を見開き、何かを噛みしめる様に頬を紅く染めた。そんな彼女の表情に見惚れてしまい、おれは言葉を失った。

 そんなのを悟られたくなくて、無理に言葉を振り絞る。

「こ、これでいいだろ! それでも果南ねえちゃんに勝てなかったけどね」

「ううん、嬉しかったよ」

 そう言う果南ねえちゃんの表情は本当に嬉しそうで。

「かい。ついでにもう一つお願い事聞いてくれる?」

「な、なに?」 どんなことお願いされるんだろうと身構えるおれに、果南ねえちゃんは微笑むと、手を差し出した。

「私がいいって言うまで、手、繋ご?」

「それだけで、いいの?」

「うん。それだけ。ほら、早くっ」

「わ、わかった」

 差し出された手をきゅっと握る。腕相撲勝負の時には感じる暇も無かったが、その細くて柔らかな感覚にドキドキしてしまう。それを悟れまいと無表情を意識するが――、

「あ、かいってば顔赤いよぉ?」

 ぷにっと空いてる方の手で頬を突かれる。それがまた恥ずかしくて。

「も、もういいだろ、そろそろ離しても――」「だーめっ」

 そのまま果南ねえちゃんは窓を開けて腰を縁に下ろした。

「ちかとようが戻ってくるまで、こうしてようよ。ね?」

 おれに向けるその笑顔におれはこれ以上何も言えず、果南ねえちゃんの隣に腰を落とした。

「ふふっ」

「あははっ」

 おれ達は自然と笑顔をこぼし合い、千歌と曜が見えるまで手を繋いでいたのだった。

 

 

●●

 海からくる風を受けながら、かいの手を握る。昔はかいの手を引いて遊んでたっけ。あの頃と較べて、かいは大きくなったんだね。しかも覚えてくれてた。それが嬉しくてきゅっとかいの手を更に握ってしまう。

「どうしたのさ、果南ねえちゃん」

 握られて少し驚いたように私を見つめるかい。少し顔が紅くなっていて、可愛いな。

「なーんでもないよっ」

 胸のときめきを誤魔化すように笑いかける。胸の高鳴りと、蝉の鳴き声が木霊する昼下がりだった。




 そーいや前シリーズでも腕相撲したっけ。懐かしいなぁ。これが最後のキャラの掘り下げ。全員分出来たらやって、分岐点作ります。やっと佳境ってとこでしょうか。走っていきますよ、自分の中の愛だけで。

 ご意見ご感想、お待ちしてます!


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53話 金剛石の輝き方

 最近FGO始めました。じぃじが来てくれて嬉しい反面まだ全然育てて上げられてない。
 ダイヤ回です。ダイヤルートの告白イベントは脳内で完成しているので書くのが楽しみ。でもそこまでに繋ぐシナリオが浮かばないのが現実。


 見慣れない廊下を一人おれは歩いている。自分でも何やってるんだろうなと考えてしまう。

 ライブに向けての最終調整、と言っても軽く合わせの練習をしてしまえば殆ど終わってしまう程彼女達の準備は出来ていた。今日の練習を終え、皆思い思いの時間を過ごしていた。

 こんな最後の練習にもおれは顔を出している。合宿の時と違って水などの準備もしなくていいので、何のために呼ばれているのかと自問してしまう。ダンスやら全体的な動きに関して客観的に欲しいと言われて見てはいるものの、スクールアイドルに関してのノウハウがないおれにすれば何がいいのか悪いのかもよくわからない。合宿の時から少し思っていたのだが、おれは彼女達に本当に必要な存在なんだろうかって思ってしまう。

 そう考えながら視線を廊下の床に落としていると、誰かの足が視線に入るのと同時にぶつかってしまった。

「っ! ちゃんと前を向いて歩きなさいな、って紫堂さんじゃありませんか」

「あ、ダイヤさん。すいません……」

 視線を上げると段ボールを抱えたダイヤさんがおれを睨んでいた。少し大きな段ボールを少し苦しそうに持っている。

「随分大きな段ボールですね。どこかへ持って行くんです?」

「ええ、これを生徒会室に持っていこうと思って。予想以上に大きくて……」

「なら、おれが持ちますよ」

「え、でも紫堂さんはどこかに用事があったのではなくて?」

「いや、アテもなく歩いてただけなんで。手伝いますよ」

「じゃあお言葉に甘えようかしら……」

「ええ。甘えちゃって下さいな」

 そう言いながら彼女から段ボールを受け取る。うん、これくらいなら大丈夫だ。改めて持ち直すとダイヤさんは肩の力を抜いた。

「実を言うと、少し持つの大変でしたの。生徒会の仕事だから皆に手伝ってもらうわけにもいかないし……」

「深く考えすぎじゃないですか? ダイヤさんが困ってたら皆助けてくれると思いますよ。現に今おれがこうしてるみたいに」

「そう、ですか?」

「えぇ。ダイヤさんが困ってたら真っ先に駆けつけますよ?」

「紫堂さん……」

 少し嬉しそうな顔をしていたダイヤさんだが、すっと目が細められた。

「そんな台詞をメンバー全員に言ってるのではなくて?」

「言ってないですよ! 多分……」

 そう言っておれは視線を逸らした。多分と完全に否定出来ない自分が情けなかった。

「全く……」

 呆れながらもダイヤさんは軽く笑った。

「さ、生徒会室はこちらですわ。わたくしが案内して差し上げますわね」

 そう言う彼女の声色は少し嬉しそうに聞こえた。

 

「失礼しまーすっと」

 ダイヤさんの案内で生徒会室にたどり着く。ゴミ一つもない、綺麗な部屋で、生徒会長であるダイヤさんの性格が現れているようだった。

「その箱はここに置いて下さいます?」

「はーい」

 彼女に指し示された机に段ボールを置き、一息つく。そんなおれをダイヤさんは嬉しそうに笑顔を見せた。

「本当に助かりました。そうですわ、紫堂さんまだお時間は平気かしら?」

「特に予定もないですし、もう少しお手伝いしますよ」

「いえお手伝いではなく、もしよろしければここでお茶していきませんか?」

「え、いいんですか?」

「手伝ってくれたお礼です。それに紫堂さんとはもう少しお話したかったから……」

「ダイヤさん……」

 その言葉に嬉しさがこみ上げてきた。ダイヤさんみたいに綺麗な人にお話してみたいって言われて、喜ばない奴がいたらお目にかかりたい。おれが喜びを隠せないでいると、その表情を読みとったのか彼女の顔が紅くなっていく。

「お、お湯を沸かしますわね!」

 彼女は慌ててケトルの方へと駆け寄ってティータイムの準備をし始めたのだった。

 

「それでですね、千歌の奴ったら――」

「うふふ、そうなんですの――、あら?」

 紅茶を二人で飲みながら談笑してると、彼女のスマホが震えた。

「ルビィからですわ」

「ルビィちゃんなんて言ってるんです?」

 おれの問いにくすりと笑いながらスマホの画面を見せた。

「《コンビニに新作のアイスが出るけどどうする!?》ですって。あの子にはわたくしがアイスにしか目がないとでも思ってるのかしら?」

「え、そうじゃないんですか?」

「そ、そうですけど……《一つは確保しておきなさいな》っと。ふふ、ルビィったら」

 そう呆れたように言うダイヤさんの顔はにこやかで。この人はルビィちゃんのこと大好きなんだなってわかった。

「可愛いじゃないですか。お姉ちゃんであるダイヤさんの分もとっておこうとしてたし」

「そう聞いておきながら、わたくしが食べようとして冷蔵庫を開けたらないことが多いのよ?」

「ま、まあそこもまた可愛いってことで」

「可愛い、ね……」

「ダイヤさん?」

 その言葉に少し元気をなくしたように見えるダイヤさん。

「正直、ルビィのそういった所が羨ましいですの。あの子はわたくしの持ってないものを持ってますから」

「……」

 おれがダイヤさんの言葉を黙って聞いているとさらに彼女の独白は続く。

「わたくしもあの子みたいに可愛く出来ないものか、と一人試してみたんですが――」

「ですが?」

 額に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔をするダイヤさん。

「これじゃないって感じがして……。暫く鏡の前で頭を抱えてしまいましたわ……」

 ど、どれ位のものだったんだろう。逆に気になるな。

「わたくしには、あの子のように可愛くなるのはムリなのでしょうか……」

 そうか、ダイヤさんはルビィちゃんみたいな可愛さが自分にはないと思って、悩んでいるのか。この様子だと他のメンバーには言ってないんだろうな。自意識過剰かもしれないけど、おれにしか言えない悩みとして相談してくれたのかな。そうだとしたら嬉しいし、それに応えてあげたい、そう思った。

 おれは深呼吸すると出来る限りダイヤさんに近い声色を出した。

「当然ですわ、ワタクシは素材が違いますから」

「なっ!」

「どうですか? ダイヤさんに似せてみたんですけど、似てました?」

 からかわれたと思ったのか、ばん、と机を叩き立ち上がるダイヤさん。

「ど、どういうつもりですか! 全く似てもいませんわよ!」

「そう、それですよ」

「え?」

 おれの言葉にきょとんとするダイヤさん。おれはそんな彼女に会話を合わせるために立ち上がる。

「おれがどんなに努力したってダイヤさんの真似は出来ないし、ダイヤさんにはなれない。それと同じようにダイヤさんはルビィちゃんにはなれないんです」

「っ……」

 おれが放つ言葉がショックなのか、視線を落とすダイヤさん。おれはそんな彼女の手を握った。

「でも、ダイヤさんにはダイヤさんにしか出来ない魅力がありますよ。それこそルビィちゃんには出来ないことが」

「わたくしにしか、出来ないこと?」

「そう。それが何なのかはおれは言うことは出来ません。それは自分で見つけるものだと思うから」

「紫堂さん……」

 真っ直ぐおれを見つめるダイヤさんにおれは微笑む。

「それに、おれはダイヤさんの可愛い所、知ってますから」

「え?」

「この前のお茶会でプリンって聞いた時のダイヤさんの嬉しそうな顔、本当に可愛かったんですから」

「なっ!?」

 瞬時に顔が真っ赤になるダイヤさん。握った手からもその体温の上昇がわかるくらいだ。

「お、覚えていたんですかっ?!」

「ええ。あれだけはしゃぐダイヤさんはほんっとうにーー」

「い、言わなくていいですから!」

 慌てておれの言葉を塞ぐダイヤさんは顔を真っ赤にしながらその眼は少し潤んでいて。それこそ今しか見れない可愛さをおれは堪能していることになる。

「まあ要するにそんなに気にしなくてもいいと思いますよ。これからダイヤさんだけの魅力ってのを自分で見つけていきましょうよ」

「そう、ですわね。紫堂さんに話したら少し楽になりましたわ」

「少しでもダイヤさんの気が楽になったのなら良かったです。何か相談したいことがあったら喜んで聞きますよ」

「そう、それなら……」

 そう言う彼女の視線は繋がれた手に向かっていた。

「手を握った理由をお聞かせ願えるかしら?」

「あっ、すいません! とっさに……」

 咄嗟に握ってしまったことを思い出して、今度はこっちが赤面してしまった。うわ、おれなんつー恥ずかしいことを……。

「わ、悪気があった訳じゃないんです! 力説してるうちについ……」

「別に怒ってる訳じゃありませんわ。そんなにお気になさらずに。それより、もう帰る時間じゃなくて?」

 生徒会室の壁時計を見ると、17時を時計の針は指していた。視線を窓に向けると、空は橙と藍色が混じったものになっている。

「やばっ、もう帰らないと! ダイヤさんは?」

「わたくしはもう少しここでやることがありましから。あ、カップは片づけておきますわよ?」

「ありがとうございます! それじゃあ!」

「紫堂さんっ」

 ダイヤさんの声に急ぐ足を止め、振り返った。

「また、わたくしの仕事を手伝って下さいます?」

「もちろんです。おれの力が必要になったら連絡してください。すぐにでも駆けつけちゃいますから!」

 その言葉にダイヤさんはにこりと微笑んで手を振ってくれた。おれはそれを背に、生徒会室をあとにしたのだった。

 

 

●●

 紫堂さんが出て行った生徒会室に一人、残るわたくし。この部屋に一人でいることはよくあることなのに、彼が行ってしまった後はどうしてか寂しさが残る。

 彼が使ったティーカップ。それを見るとどうしてかドキドキしてしまう。そして思い出したように自分の両の手を見つめる。

「さっき紫堂さんが握ってくれた……」

 そう意識すると更に脈動が大きく自分の中で響いてしまう。嗚呼、わたくしはこんなにあの人を意識しているのね。

「紫堂さん……」

 その両手を自分の胸元に寄せ、彼のぬくもりを感じようとしてしまう。即座に自分がしようとしていることを理解してしまって。

「は、破廉恥ですわよダイヤ!」

 その手で頬を叩き、邪な気持ちを追い払う。そう、今はライブに向けてやれるだけのことをしなくては。

 でも、それが終わった後は紫堂さん、このわたくしをこんなにした責任、とってもらいますからね?

 っていけないわね、また惚けてしまいましたわ。わたくしはもう一度活を入れると積まれている書類とにらめっこを開始した。




 さてこの最終掘り下げでもある学校編。各ルートの分岐点シナリオを考えついたはいいものの、全員分の掘り下げシナリオを用意出来てないのが致命的な問題点です。っていうか鞠莉が浮かばねぇ。どーすっかなホント。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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54話 時間差オレンジ☆ボム

 今回のサブタイは直ぐに浮かびました。毎回こんな感じだといいのになぁ。


●●

「あー、お腹空いたぁー!」

「じゃあここでお昼にしよっか」

「さんせーい!」

 空き教室で梨子ちゃんと机をくっつけて向かい合う。楽しい楽しいお昼ご飯の始まりだ。

「あれ、千歌ちゃんもお弁当?」

 お弁当箱をカバンから取り出した梨子ちゃんは私が出した弁当箱を見て目を丸くした。

「なぁに梨子ちゃん!? もしかして私が弁当とか持ってくるとは思ってなかったなー!」

「そ、そんなことはーー、思ってました……」

「もーっ!」

 私が頬を膨らませていると梨子ちゃんは苦笑いして弁当の箱を開けた。

「ごめんね千歌ちゃん。ほらこれあげるから許して、ね?」

 フォークに刺したプチトマトを差し出される。もう、しょうがないなぁ。

「あーんっ」

 私が口を開くとプチトマトが運ばれていった。咀嚼すると程良い酸味が口の中を駆けめぐる。

「どう?」

 梨子ちゃんの問いに私は笑顔を向けた。

「うん、おいしーよっ!」

「ふふっ、よかった♪」

 微笑んだ梨子ちゃんはまたおかずをフォークに刺して私の口元に運んできた。

「はいっ、あーん♪」

「あーんっ!」

「お、二人して昼飯か?」

 そんな中、櫂ちゃんの声が廊下から聞こえた。

 

◇◇

「あ、櫂ちゃんだ!」

 おれを見つけるなりぱぁっと千歌の顔が輝いた。隣では梨子が嬉しそうに微笑んでいる。

「あれ、曜は? てっきり三人で食べてるかと思ったんだけど」

「曜ちゃんは泳ぎが苦手なルビィちゃんに特訓をしてるから、ルビィちゃんと食べるんじゃないかな?」

 梨子の問いに合点がいった。そういえば今朝はちょっと荷物多めだったもんな。

「櫂ちゃんはお昼まだ?」

「いや、まだだけど」

「だったら一緒に食べよーよ!」

 千歌が椅子を新たに机の近くに置き、ぽんぽんと叩く。丁度いい時間だし、食べるとするかな。

 席に着くと、買ってきたパンを広げる。

「おやぁ? 櫂ちゃんはコンビニで買ってきたパンなの? 寂しいなぁ」

「お前、コンビニパンなめんなよ? 最近のコンビニのパンホント美味いんだからな? そーいうお前だってーー」

「ふっふー、これを見てもそう言えるのかなー?」

 千歌は不敵に笑うと、弁当箱の中身を見せた。綺麗に整った具と、ご飯が食欲をそそらせる。

「どー、櫂ちゃん? このお弁当を見てもそんなことーー」

「これ本当にお前が作ったのか?」

 おれの言葉に千歌がぴたりと動きを止めた。この弁当、あまりにも整いすぎている。千歌は不器用って訳じゃないけどここまで綺麗な弁当は作れないはずだ。その証拠に、汗が頬を伝っている。

「千歌ちゃん?」

 梨子の言葉にも反応せず、身体を振るわせている。図星か。大方一番上の姉さんに作って貰ったんだろう。

「うぅ、だって梨子ちゃん達とお弁当食べようって話になったから……、でも私そんなに上手く作れないし、だからぁ・・・」

 アホ毛までしゅんとさせる千歌。そんな彼女を梨子は微笑んで自分の弁当のおかずをフォークで刺した。

「はい、千歌ちゃん」

「梨子ちゃん?」

「そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。わたしは千歌ちゃんと一緒に食べられるだけで嬉しいから♪」

「梨子ちゃん……」

 少し眼をうるうるさせる千歌。本当にいい友達を持ったな。

「さ、食べて? あーん……」

「あーんっ、おいしー!」

 ぱぁっと嬉しそうな笑顔を向ける千歌。アホ毛までもぴんと蘇り、元気になったのが伺える。

「嬉しそうだな、千歌」

「だって本当に美味しいんだよ! 櫂ちゃんも食べてみなよ!」

「食べてみろって言ってもな……。梨子、いいのか?」

 おれが視線を梨子に向けると彼女はにっこりと微笑んでおかずを刺したフォークをこっちに向けた。

「はい、どーぞ。あーん♪」

 そのままおれの口元へとそれを進めていく。待て、さっきの千歌みたいにやるつもりなのか? 当の本人は特に気にしてないようで、首を傾げている。

「紫堂くん?」

 ええい、ここで据え膳を食わずは男の恥よ。意を決して口を開けるとおれの口の中にウィンナーが躍り出た。

「どう? おいしい?」

 感想を聞きたそうにしている彼女を見ながら租借する。少ししょっぱめな塩加減がおれの好みだ。

「うん、美味しい。ありがとな」

「ふふ、どういたしまして♪」

 そう言って彼女はまたウィンナーを刺すと、今度は自分の口に入れた。「あっ」

 思わず声を出してしまった。だって、そのフォークはさっきおれが口にしてしまったのだから。つまりこれって間接キスにーー

「ーーっ!?」

 それを梨子も察したのか、途端に顔を真っ赤にする。握ったフォークとおれの顔を何度見している。

「あの、梨子ーー」

「わ、わたしっ、ちょっとお手洗いに行ってきます!」

 梨子は慌てて教室から出て行ってしまった。うーん、少し悪いことしちゃったかな。後で謝っておかないと。

「梨子ちゃんどーしたんだろ? もしかして辛い位の味付けだったのかな?」

「ま、まーそんなとこじゃないかな……」

 千歌はそんなことを気にもせずに首を傾げながら自分の弁当を食べていた。

「あ、そーだ櫂ちゃん!」

 何か思いついたのか千歌は自分が握ってたフォークをおれに持たせた。

「千歌?」

「梨子ちゃんもいないし、今度は櫂ちゃんが千歌にあーんってしてよっ!」

「はぁっ!?」

 彼女の突拍子もない提案に思わず声が裏返ってしまった。おま、さっきの梨子とのやりとり見てなかったのかよ。あれって本来恋人同士がやるもんじゃ……。

「はーやーくー! 昔はこうやって食べ合いっこしたでしょー!」

 両手をばたばたさせてせがむ千歌。そっか、こんなやりとり昔したっけ。千歌にとってはその延長線上なのかもな。少しの安堵と同時にチクリと胸が痛んだ。

「わかったよ。ほれ、あーんしろ」

「あーんっ」

 嬉しそうに開けた千歌の口に、アスパラベーコンを入れてやる。口を閉じて美味しそうに租借する千歌。

「んーっ! おいしー♪」

 アホ毛まで動いている位に喜びを表現する千歌。ま、こいつが喜んでるならいっか。そんな彼女の頭を撫でてやる。

「えへへー、こうやって食べ合いっこした後櫂ちゃんはいつも頭撫でてくれたよねー♪」

「そうだったか?」

「そうだったよー」

 なんて二人で笑い合ってるといきなり教室のドアが開いた。そちらに視線を向けると梨子が顔を赤くして立っていた。

「梨子ちゃん?」

 凄い勢いで席に戻ると、梨子は洗ったであろうフォークをおれに差し出した。

「ああ、あの、さっきのあれは、ふ、不公平だから、今度は紫堂くんがわたしにあーんして下さいっ!」

「いや、なんでそーなるっ!?」

 再びおれの裏返った声が教室に響きわたった。 

 

 

●●

「あー、美味しかった♪」

 櫂ちゃんと別れ、梨子ちゃんと並んで廊下を歩く。梨子ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

「千歌ちゃん、美味しそうに食べるね。嬉しくってわたしのお弁当ほとんどあげちゃった」

「あっ、ごめんね梨子ちゃん。私の分も……」

「ううん、気にしないで。その分千歌ちゃんの分のお弁当も頂いちゃいましたから♪」

「それもそーだね。お弁当の食べ合いっこ、楽しかったなぁ♪」

「それに、紫堂くんにも食べてもらったし、食べさせてもらったし……」

 途中で声が小さくなる梨子ちゃん。ん? どうしたのかな?

「梨子ちゃん、どーしてそんなに顔まっかなの?」

「だ、だってっ、紫堂くんにあーんってしちゃったし、してもらったし……。うぅ、どーしてあんなお願いしたんだろ・・・」

「んー?」

 どーして梨子ちゃんはそんなに恥ずかしがってるんだろ? 私だってさっき大好きな櫂ちゃんにしてもらったし。

 

 そう、大好きな。

 

「あっ」

 そう考えた瞬間に私の体温が上がった。顔が熱くてぽっとしてる。そっか、大好きな櫂ちゃんに[あーん]してもらったんだ。昔と同じ感覚でやってもらっちゃってたんだ。食べた後に櫂ちゃんに撫でてもらった、場所を押さえる。うわわ、どーしよ。もう恥ずかしくて軽々しく頭撫でてなんて言えないよぉ。

「千歌ちゃん? 顔真っ赤だよ?」

 そんな私を梨子ちゃんは首を傾げて見つめている。私はこの胸のどきどきを誤魔化す為に走り出した。

「あっ! 丁度いい歌詞のフレーズが浮かんだ! 部室先に行くねーっ!」

「ま、待ってよ千歌ちゃーん!」

 必死に追いかけようとする梨子ちゃんの声を聞きながら私は廊下を走った。

 部室にたどり着き、戸にもたれ掛かる。走ったドキドキと櫂ちゃんにたいするどきどきがごっちゃになった胸を押さえる。少しあがった息のまま名前を呟いた。

「櫂ちゃん……」

 梨子ちゃんが戻るまでに落ち着かなきゃ。そう思って私は両頬を叩くのでした。




 鞠莉の最後の掘り下げのエピソード、構想が出来ました。これで全員分構想が完了したことになりますね。あとは書くだけ。おーし、頑張るぞー!

 ご意見ご感想お待ちしてます。


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Dream World:お姉ちゃんの気まぐれなわがまま

 はい、果南ちゃんの誕生日回です。彼女の誕生日を知ったのが2月の初め。頭を捻ったり書いてる途中にネタを思いついたりと何とか完成することが出来ました。メンバーの誕生日は把握しておかないとな……。


「どーして遅れるかなおれはっ!」

 海がオレンジ色に染まり、空が藍色になりつつある夕方に、おれは走る。冷たい空気が肺を突き刺し、呼吸を困難にさせる。が、そんなこともお構いなしに走り続けた。一刻も早く彼女に逢いたくて。いつも千歌達と別れる道に、彼女は立っていた。おれは彼女に親しみのある名で呼んだ。

「果南姉ちゃん!」

 その声に彼女は振り返り、優しそうに微笑んだ。

「あっ、かい……」

 果南姉ちゃんのもとにたどり着き、近づくなり頭を下げた。

「ごめんね、今日果南姉ちゃんの誕生日だってすっかり忘れてて……、ホントにごめんっ!」

「大丈夫だよ、気にしてないから。ちか達に祝って貰ったし、かいは違う学校だし、仕方ないよ」

 嬉しそうな声に顔を上げると、その笑顔には、どこか寂しさが残っていて。

「仕方ないもん、ね……」

 そんな果南姉ちゃんの顔を見てたら居ても立ってもいられなくて。

「この埋め合わせはするよ。何だってするから」

「かい?」

 そう言わないと気がすまなかった。昔も、今までも姉として慕っていた彼女のそんな顔は見たくなかったから。

「何だってする、ねぇ……?」

 ちょっと意地悪そうな顔をしておれを見る。もしかして、曜の奴の影響受けてないか? 

 なんて考えていると果南姉ちゃんはスマホを取り出して画面をいじると、スピーカーを耳に当てた。

「あ、おじさん? 今日かいを借りてもいいかな? うん。今日おじぃ居なくてさ。うん! ありがと!」

 通話を終えるとにやりと笑顔を向けてきた。

「――と言う訳で、今日から明日の朝までかいにはウチに来てもらうよ!」

 うん。うん?

「ちょっと待って! なんでそーなるのさ!」

「いやー、今日おじぃが出かけちゃっててね、一人で過ごすのも退屈だったから。かいに一緒に居てもらおうって。おじさんには許可とったので」

 果南姉ちゃんはおじぃと二人暮らし。そのおじぃがいないってことになると二人っきりで同じ屋根の下で暮らすことになる訳で。

「いやいや、それはマズいって!」

「どーして? 昔はよく一緒にお泊まり会とかしたじゃん?」

「あれは昔だからで、今は――」

「私と二人っきりは、いや?」

 すっと近づき、おれを見つめる。だから、そんな寂しそうな顔しないでよ。逆らえないじゃんか。

「イヤじゃ――、ないです……」

「よしっ、決まりっ! いこっ!」

「ちょっ、引っ張んないでよ!」

 果南姉ちゃんがおれの手を引っ張っていき、おれは彼女の家にお持ち帰りされるのでした。

 

「ただいまーっ。さ、かいもそんなとこに立ってないであがってよ」

「お、お邪魔しまーす……」

 緊張しながら靴を脱ぎ、果南姉ちゃんの家にあがる。最後にこの家にあがったのは、中学生にあがる直前頃だろうか。あの頃から全然変わってないな。

「さて、どーやって埋め合わせしてもらおーかな……」

 顎に手を添えて考える果南姉ちゃん。そして思いついたのかおれの方を見た。

「そうだ、かい。夕飯作ってよ」

「いきなりだね。っていうか果南姉ちゃん、おれが料理そんなに上手くないって知ってるでしょ?」

「私も手伝うから大丈夫だよ」

「大丈夫って……」

「いいから、かいの料理が食べたいんだよーっ!」

 腰に手を当て、少しムクレる果南姉ちゃん。いつも大人っぽい彼女からは想像出来ないわがままっぷりが少し可愛かった。誕生日祝うの遅れちゃったし、一日言うこと聞くって約束だったから仕方ないか。

「わかったよ。その代わり、ちゃんと手伝ってよ?」

「うんっ。材料は冷蔵庫にあるから」

 Yシャツの袖を捲り、冷蔵庫を開ける。流石松浦家、エビやら烏賊などの海の幸がたくさん入ってる。

「じゃあシーフードなチャーハンにでもしようか」

「うん、そうしよっか」

 いつの間にか部屋着に着替えた果南姉ちゃんがおれの隣に立って夕食の準備を手伝ってくれている。

 肩と肩が触れ合えそうな距離に意識が嫌でも彼女の方に行ってしまう。ポニーテールにして露わになっているうなじが何とも色気を保っていて。そんなおれの視線に気がついたのかこちらを向く果南姉ちゃん。

「かい? どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、ちょっと距離が近すぎやしませんか?」

「えーっ、そうかなぁ?」

「そうだよ」

「もしかしてかい、照れてる?」

 図星だったことを悟られなくなくて、出来る限りの真顔を張り付けてやる。

「黙秘します」

「そっかー、えい、えいっ」

 そういうと彼女はちょっかいを入れるようにおれの方に身体を軽くぶつけてきた。

「ちょっ、果南姉ちゃんっ! こっちは包丁持ってるんだから悪戯しない!」

 今までの彼女ならしないことに少し混乱してしまう。果南姉ちゃん、どうしたんだろ?

「かいが照れてること認めないからだよー」

「ありゃ、バレてた?」

「うん、バレバレ。知らなかった? かいって嘘つくと右頬がひくひくするんだよ?」

「え、うそ?」

 おれは思わず右頬を触った。が、おれの頬は痙攣してない。その様を果南姉ちゃんはにやりとして見ている。

「嘘だよっ。でも、嘘つきは見つかったみたいだね」

 もしかしておれ、鎌を掛けられた?

「果南姉ちゃんには叶わないなぁ」

「そりゃ千歌達のお姉さんだから」

 それからも果南姉ちゃんにしては少し積極的なスキンシップを受けながらおれは夕飯を作ったのだった。

 

「ごちそうさまーっと!」

 両手をぱんっと合わせる果南姉ちゃん。おれはその食器を流しへと運んだ。

「お粗末様でした。どうだった味は?」

 果南姉ちゃんはんー、と少し考えるとにっこりと笑って答えた。

「んー、まあまあかな?」

「作らせといてそれ?」

「冗談だよ。少し上達したんじゃない?」

「おれのウチだってたまに親父が家に居ない時だってあるんだ、嫌でも料理は覚えるよ」

 最近は何とか自分でも美味いって思えるもの作れるようになったし。何より誰かに、果南姉ちゃんに食べてもらって「美味しい」って言って貰えるのは嬉しい。

「さてと、そろそろお風呂に入ろうかなー」

 おれが皿を洗っていると立ち上がって伸びをする果南姉ちゃん。そしておれを見るとにやりとした。

「かい、一緒に入る?」

「なっ!? 何言ってんのさ!」

 そう言っておきながら彼女の肢体を見てしまう。すらりとした四肢に、大きな胸部。そんなモデルみたいな体つきをした彼女と一緒にお風呂なんか入ったらおれはーー

「冗談だよー。もうかいったらそんなに顔真っ赤にして。何想像してるのさ?」

「いやだって果南姉ちゃんがそんなこと言うから……」

「ふふ、それじゃあ入ってくるね。あ、そうだーー」

 一度台所から出て行きかけて果南姉ちゃんは足を止めてこっちを向いた。

「後で入って来ても、いいんだよ?」

「入りませんからっ!」

 おれの言葉にまた笑って今度こそ彼女は姿を消した。どうしてだろう、今日の果南姉ちゃんはいつもよりも積極的だ。誕生日だからかな? まぁそんな果南姉ちゃんも可愛いからいいか。

「んで、お前はいい加減落ち着け!」

 おれは先ほどのやりとりで興奮してしまった下半身の自分自身を叱りつけると、皿洗いに没頭した。

 

「ふーっ、いいお風呂だったぁ……」

 皿洗いを終えてお茶を淹れてくつろいでいること十数分、果南姉ちゃんが戻ってきた。少し濡れた髪がどこか色っぽくて直視出来ない。

「さ、かいも入ってきなよ」

「うん、そうさせてもらおうかなーーってよくよく考えたら風呂あがったときの服とかないじゃん」

 風呂あがった後に制服は着たくないからな。どうしたものか。

「あー、それは心配しなくてもいいよ。かいがお風呂入ってる間に着替え用意しておくから。安心して入ってきなよ」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 おれは果南姉ちゃんの厚意に甘えて、風呂に入ることにした。

 

 

●●

「じゃあ着替えはここにおいとくね。あ、制服洗っておこうか?」

「ありがとー、じゃあ上のYシャツだけでいいから」

「はーい」

 私は風呂場にいるかいに向かって声をかけた。そしてかいのYシャツを手に持った。

「あ……」

 汗で少し湿ったかいのYシャツ。これを、かいが着てたんだ。そう思うだけでちょっとドキドキする。

「かい……」

 風呂に入ってる本人に聞こえないように小さく呟き、そのYシャツをぎゅっと抱きしめる。汗で濡れてるけどそんなに不快感はない。むしろかいのだと考えると、嬉しい位だ。そんな顔を寄せて臭いを嗅いでいると――

「果南姉ちゃん? どうかした?」

「ひゃぁっ!」

 突然聞こえてきたかいの声に、びっくりして声をあげてしまう。追い打ちをかけるようにかいが不思議そうに問いかけてきた。

「そ、そんなに驚いた? 何か出ていく気配がしなかったからまだ何かあるのかなーって」

「いやあの、えっと……」

 かいのYシャツをぎゅっとしてたなんて言えるわけもなくて。必死に頭を回転させて言い訳を考える。

 かいのYシャツをぎゅっとしてたなんて言えるわけもなくて。必死に頭を回転させて言い訳を考える。

「だ、だいぶ服のサイズ大きくなったんじゃないかなーって思ってさっ!」

「あー、果南姉ちゃんの家に遊びに来たのも大分前だからね。着るものも大きくなるさ」

 良かった、変に思われてないみたい。なんてほっとしてるとかいが問いかけてきた。

「どう?果南姉ちゃん。おれは少しは大きくなったでしょ?」

 それは服の大きさに関しての問いだったのかもしれない。その問いに私は近頃のかいの背中を思い浮かべて答えた。

「うん、大きくなってるよ。かいは。もう私よりも・・・」

 答えながらかいのYシャツをさっきよりもぎゅっと抱きしめた。

 

 

◇◇

「ふう、さっぱりした」

 おれが居間に戻ると果南姉ちゃんは待ってたと言わんばかりの表情でおれを迎えた。

「待ってたよかい」

「待ってたって?」

 おれが近づくと果南姉ちゃんは少し顔を赤らめながらとんでもない提案をしてきた。

「ねぇかい。膝枕してくれる?」

「はぁ!?」

 何を言いやがりますかこの姉様は。

「いやふつー女の子がやるもんでしょそれって」

「私はかいに膝枕してもらいたいんだよー」

「いやでも……」

「いいからーっ」

 頬を膨らませる果南姉ちゃん。これ以上異を唱えてもしょうがないのでおれは彼女の近くに正座すると、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「はい、どーぞ」

「へへ、ありがとー」

 ぽす、と膝に果南姉ちゃんの頭が乗っかった。頭の重みが下半身に伝わる。心地よさそうにしてる彼女の表情を見ていると、あんまり重く感じなかった。

「使い心地はいかがですか、お嬢様」

「うーん、ごつごつしてて固い?」

「やらせといてそれ?」

「でも――」

 果南姉ちゃんは手をおれの頬へ添えた。

「不思議と落ち着く、かな」

 柔らかな笑顔と手から伝わる温かさにつられて頬が緩んだ。

「じゃあ暫くこのままでいようかな」

「うん、そーして♪」

 おれ達はそのままゆっくりと二人の時間を過ごした。

 

 

 それからどれ位時間が経っただろうか。ふと時計を見るともう寝てもいい時間になっていた。

「あの、果南姉ちゃん。そろそろ寝る時間だけど」

「……」

「果南姉ちゃん?」

 視線を彼女に向けると、果南姉ちゃんは小さな寝息をたてて寝ていた。

「すぅ、すぅ……」

「そんなに男の膝枕が気持ちよかったのかね。おーい」

「んぅ……」

 呼吸をする度に胸が揺れる。小さな頃の憧れだった果南姉ちゃんのそれは、青少年には刺激的すぎる描写な訳で。むらむらとする気持ちを振り払い、彼女を起こさないようにお姫様抱っこする。彼女の部屋に連れて行き、ベッドに横たわせる。

「ん……」

 余程疲れていたのか、運んでいる最中も全く起きなかった。そんな彼女の頭を一撫ですると、おれは部屋をあとにした。

「おやすみ、果南姉ちゃん」

 タオルケットを拝借すると、おれはソファに横になり眠りについた。

 

 

 つんつん。

 頬を突かれる感触を感じて意識が目覚めた。瞼から透過する明るさからどうやら朝らしい。誰だ?

「おーい、朝だよ~」

 つんつん。

 再びのつんつんと少し大人びた声に瞼を開く。そこには起きたのが嬉しかったのか、笑顔を向ける果南姉ちゃんがいた。

「あ、やっと起きたね。寝坊助だよ?」

「あ、おはよ、果南姉ちゃん」

「うんっ、おはよっ」

 果南姉ちゃんは笑顔を向けると立ち上がって台所へと向かった。

「待っててね。すぐ朝ごはん作るから」

「あ、うん……」

 おれの抜けた声にすぐさま翻して額をつついた。

「いつまで寝ぼけてるの? ほら顔洗ってきなよ」

 その声に従っておれは洗面所で顔を洗った。冷たい水が思考を研ぎすませてくれる。鏡を見ながらおれは昨日の彼女の様子について考えた。

 昨夜のあれは、本当に果南姉ちゃんだったんだろうか。あんなにおれに夕飯を作れや、膝枕してくれだと言っていた彼女。そして今日はもういつも通りのしっかり者の果南姉ちゃんだ。そのギャップの差に頭がついて来ない。誕生日だったからなのかな。

「かーい? 朝ごはん出来たよ~。一緒に食べよー」

「今行くよー!」

 考えても答えが出るもんじゃない。おれはそう言い聞かせて居間へと戻った。

 テーブルにはアジの開きやタコサラダなど、海の幸が多めの朝食だ。

「じゃあ、いただきます♪」

 彼女の笑顔を見ながら、おれは朝食を摂ることにした。

 

 

「昨日は、ありがとね。かい」

 朝食を食べ終えて彼女の家を出る間際、おれは果南姉ちゃんの声を背中で聞いた。振り返ると少し顔を赤らめて頬を掻いている果南姉ちゃんがいた。

「えっと、その……。昨日はだいぶ我儘言っちゃったかなーってさ。ベッドまで運んでもらっちゃったみたいだし、後から申し訳なくなっちゃって……。誕生日だし偶には誰かに甘えてみるのもいいかなぁってさ……」

 やっぱり、昨日のもちゃんとした果南姉ちゃんだったんだな。そんな彼女をおれだけが見れた、それが嬉しくって。

「あれ位、我儘にも入らないよ。むしろおれは今まで果南姉ちゃんに、その、甘えてた時もあったし、お世話になったもん。少しでも恩返し出来たなら、いいんだけど」

「かい……」

 果南姉ちゃんは嬉しそうに笑うと、両手を広げた。

「じゃあさ、最後の我儘、聞いてくれる?」

「うん」

「ハグ、しよ?」

「うん……」

 彼女に歩み寄り、その抱擁を受ける。身体の柔らかさ、温かさが伝わり、懐かしさがこみ上げる。

「それと、これは昨日のお礼っ」

 そう言うと彼女はおれの額に唇を触れさせると、ちゅっと小さく音を立てた。え、これって?

「え!? あ、あの。果南……、姉ちゃん?!」

 混乱するおれを余所に、彼女は抱擁を解くとおれから離れた。その顔は、少し紅くなっていて――。

「ありがとうかいっ。今までで最高の誕生日プレゼントだったかも!」

 ばいばい、と手を振って自分の家に走り去ってしまった。キスされた額を触れる。うわ、何だか熱い。冬の寒さがまた丁度良く、心地よい気分だ。

「誕生日おめでとう、果南姉ちゃん」

 おれはそう呟くと自分の家への道を歩き出した。

 

 家に帰るや否や、朝帰りしたおれを親父や曜がひたすらに問い詰めてきたのは別の話だ。




 気づいた事がある。この主人公、いっつも遅れてるぞ。ルビィちゃんの時も、ダイヤさんとの初詣デートでも今回でも! 何なの、おれの引き出し少なすぎねぇか? と、自分の可能性の少なさに絶望する今日此頃。

 そしてお知らせ。僕にはバレンタインは実装されてない、更にはネタも浮かばなかったのでバレンタイン回を書くつもりはありませんでした。が、来ちゃいましたよ創作の神様が。という訳でバレンタイン回書きます! さあさあタイムリミットは4日。間に合うのか。乞うご期待です。

 ご意見、ご感想、お待ちしてます。


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Dream World :ちょこっと節分なバレンタイン zero to nine

 バレンタイン回です。2日で完成出来るとは思わなんだ。


 おれは浦ノ星女学院への道を自転車で駆けていた。何故おれがこうして自転車を漕いでいるのには理由がある。

 学校が終わり、家に帰ろうと思っていた矢先に曜から一通のメールが届いた。「放課後浦ノ星に来て! 忘れたら怒るぞ!」と書かれていた。アイツが機嫌を損ねるとまあ面倒なことになるのは明らかなのでおれは自転車を走らせた、に至るのだ。

 そして走りながら一つの考えを巡らせていた。今日はバレンタインデー。女の子が男の子にチョコを上げる日だ(違かったりするけど)。わたくしとて一人の男。貰えるんじゃないかなーって日中そわそわしてた訳で。そんなイベントも無く、今日一日を終わってしまいそうになってた矢先に曜からのメール、期待しない訳がない。もしかして、曜以外の皆からも貰えるかも? と考えていると、校門に立っている曜の姿が見えた。

「あっ、櫂!」

 おれを見るや否や、表情を明るくさせる。おれは彼女の目の前で降りると、少し呼吸を整えた。

「おまたせ。それで、おれをここに呼び出して何の用だ?」

「えへへ、それはナイショ! ほら、ついてきて!」

 曜の案内で通されたのは下駄箱。おれも彼女達の練習に付き合ったりしてるからここには見覚えがある。

「ほら、ここに靴入れてあがったあがった!」

 曜が開けてくれた下駄箱に靴を入れて、おれは校内へと入っていった。

 

 

 曜に案内された教室で待たされること暫くして、引き戸が開かれた。

「櫂ちゃん、お待たせー!」

 千歌が元気な顔を見せて、思わず頬が緩んだ。千歌に続いて他のメンバーも教室に入ってきた。何故か皆後手に何かを持っている。おれは逸る心を抑えて平静を装って千歌に問いかける。

「それで、おれを学校まで呼び出して何だよ?」

「紫堂くん、今日は何の日か知ってる?」

 梨子の問いにドキドキしながら答えた。

「何の日って、今日は世間一般的にはバレンタインデーだな」

「そうずらっ。という事で――」

「かい先輩にチョコを作ってきました!」

 ここまでは予想範囲内だ。だが落ち着け紫堂 櫂。ここで食い入ってはナメられる。あくまでクールにいこうぜ。

「へ、へー。それは嬉しいな。ありがとな花丸ちゃん、ルビィちゃん」

「喜ぶのはまだ早いわよシドー! リトルデーモンたるシドーの為に皆で手作りしたんだから!」

 善子の言葉に期待を高まらせる。今まで千歌や曜、果南姉ちゃんからは貰ってはいたけど、9人と大人数に貰えるのは初めてだから素直に嬉しかった。

「それじゃあ前フリはコレくらいにしておいて……」

「紫堂さんにあげるとしましょうか」

 果南姉ちゃんとダイヤさんの言葉を聞いて皆頷き、後ろに隠していたものを取り出した。皆が持っていたものは――。

「升?」

 米を量る時に使う升を持っていた。全員。その意外性におれが瞬きしていると――、

「カイ、大事なイベントを忘れてるよ?」

「大事なイベント?」

「イェス! 2月は節分もあるんだよ!」

「という事で、豆をチョコでコーティングしてみましたー!」

 ここでおれがおかれている状況を整理してみよう。

1.節分ということでチョココーティング豆を持っている。9人が。

2.その9人がおれの目の前にずらりと並んでいる。

3.バレンタインはチョコをあげるイベント。

 ここから導き出されるアンサーは。

「ようやく櫂にも理解出来たみたいだね。でも、ちょっと遅かったかもね!」

 曜はにやりと笑うと升から豆を幾らか握って、勢い良くおれに投げつけた。

「それー! 節分あーんどバレンタインってことで櫂ちゃんにチョコ豆を投げつけろー!」

「ごめんなさい紫堂くん、えいっ!」

「ちょっとすけべな紫堂せんぱいにはチョコっとしたお仕置きずらー!」

「い、痛くしませんからっ! え、えーいっ!」

「少し生意気でエッチなリトルデーモンにはお灸を据えなくてはね!」

「エッチかどうかわからないけど、これも行事だし、皆で決まったことだから。悪く思わないでよね、かいっ」

「し、紫堂さんったらこんなに皆に破廉恥なことを……、見損ないましたわっ!」

「カイーっ! いざオカクゴー!」

「ぐあーっ!」

 9人の美女から投げられるチョコ豆の弾幕を受けて、おれは断末魔をあげるのだった。

 

 

「ったく、なんでおれがこんな目に……」

 よろよろと廊下の壁伝いに玄関までたどり着いた。酷い目にあった。ある程度の豆なら「散弾ではなぁ!」と切り抜けられたと思ったが、10分近く9人から投げ続けられたら堪ったもんじゃない。オマケに剣林丹雨の様な豆を受けきり地に倒れ伏しているおれに「じゃ片付けはお願いねーっ!」と全員逃げるように去っていってしまったのだ。おれは一人散らばったチョコ豆を掃除するハメになってしまったのだ。

 ふと、じわりと視界が歪んだ。慌ててその目を拭う。そうだ、これはバレンタインってことで浮かれてたおれへの罰なんだ。おれはこれを甘んじて受けて明日への糧にしなくてはならないんだ。そう思うことにした。そうでないと今年一個もチョコを貰えなかった現実に押し潰されてしまいそうだったから。

 ため息を付きながら自分の靴がしまってある下駄箱を開けた。そこには――。

「……」

 9つの個性溢れるチョコが入ったビニールの袋があった。それぞれには一言メッセージが書かれて紙が入っていて。

 

『いつも千歌達を見守ってくれてありがと! 櫂ちゃんから元気を貰ってます! これからも一緒にいてね♪ 高海 千歌』

 

『大好きな紫堂くんへ――、って大好きってそういう意味じゃなくて! でも嫌いでもないから勘違いして欲しくないっていうか……っ、とにかく、梨子の気持ちを受け取って下さいっ! 桜内 梨子』

 

『櫂へ。どーせ誰からもチョコ貰えないって泣きべそかいてそうだからチョコ、あげるね。曜ちゃんに感謝するんだぞ! これしか作るつもり、ないんだからね? 渡辺 曜』

 

『紫堂せんぱい、ハッピーバレンタインずら! こんな端っこにいるまるを見てくれて本当にありがとうです。ルビィちゃんと一緒に作ったこのチョコ、受け取って欲しいずら♪ 国木田 花丸』

 

『かい先輩、あの、チョコです! 受け取って下さい! 花丸ちゃんと一緒に作ったから味には自信ありです♪ 自信ありすぎてちょっとルビィ達もつまみ食いしちゃいました。 黒澤 ルビィ』

 

『シドー! この暗黒でビターなチョコを受け取りなさい! ヨハネだけのリトルデーモンでいなさいよね! あと、来月にちゃんとお返ししないと堕天させちゃうんだからね! 貴方の堕天使・ヨハネ☆』

 

『かい、ハッピーバレンタイン♪ 毎年かいにはあげてるから新鮮さはないかもしれないけど、今年はいつも以上に愛情、詰まってるからね♪ 松浦 果南』

 

『紫堂さん、こちらわたくし特製のチョコになりますわ。本来なら気持ちは物に込めずに直接伝えるのがわたくしですが、貴方に何かを贈りたいと思ってしまったの。貴方がわたくしをこうさせたのよ? わたくし達のこと、どうか見守って下さいましね♪ 黒澤 ダイヤ』

 

『カイ! ワタシは手作りは何度やっても失敗しちゃったから高級チョコを贈るわね! 皆と違って手作りじゃないけど、カイへの気持ちは誰にも負けないんだから! あ、あとチョコ豆の残りもあげるわね。 I Love You♡

小原 鞠莉』

 

「みんな……」

 再び眼が湿っぽくなってしまう。これ見よがしに下駄箱の下に置いてあった紙袋に皆の気持ちを仕舞い、靴を履き替えて学校をあとにした。

 自転車で駆け下りていると坂の終わりに人影が見えた。誰かを待つ、9つの影。おれはそこ目掛けて声をかけた。

「あっ、おーい、櫂ちゃーん!」

 その影の一人が手を振って迎えてくれる。おれは更にペダルを漕ぐ力を強めたのだった。

 




 と、こんな感じのバレンタイン回でした。これを期に、皆さんも推しの子からのチョコ受領のイベントを妄想してはいかがでしょうか?


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55話 潜行の紅玉

ダイヤ「今回は随分と投稿が遅れましたのね?」
俺「果南の誕生日回とバレンタイン回を連続で書いてればガス欠もしますわな」
ダイヤ「本音は?」
俺「ガンダムブレイカー3のDLCが楽しすぎた」
ダイヤ「貴方、去年もそんな感じで投稿遅れまくってたのではなくて!?」

 すいません。あまりに楽しすぎて……。大分落ち着いたのでまた元のペースで書いていきますね。


「ほらルビィちゃん、もう少し!」

「ぴ、ぴぎっ、ひぃー!」

 プールサイドに足を運べば曜とルビィちゃんの声が聞こえてきた。靴と靴下を脱ぎ、ざらっとしたタイルを歩いてプールに足をつける曜に近づく。ひと泳ぎしたのか彼女の髪や肢体は濡れていて、いつもとは違って色気を放っていた。そんな気を振り払い、曜の背中に声をかける。

「よう、どんな塩梅よ?」

「櫂、どうしてここに?」

「千歌に教えてもらったんだよ。どうせ曜のことだから昼飯も忘れてやってるんじゃないかと思ってさーー」

 後ろに隠してたレジ袋を見せる。

「お昼ご飯を買ってきてやったぞ」

 それを見た途端、曜の腹の音が聞こえたような気がした。

「わぁ、ありがと櫂! おーいルビィちゃん! お昼にしよー!」

 プールの対岸にようやくたどり着いたルビィちゃんに声をかける。それを聞いたルビィちゃんはビート板を持ってこちらに近づいてきた。

「やっとお昼だよぉ……。ピギッ、かい先輩?」

 おれの存在に気づくと手に持っていたビート板で身体を隠す。

「ん? どうかしたのルビィちゃん?」

 おれが近づくとまた小さくぴっ、と鳴くと後ろに引いた。

「もぉ、女心がわからないんだから櫂は。ルビィちゃんは自分の水着姿が恥ずかしいんだよね?」

 曜が近づくとその背中に隠れてしまうルビィちゃん。どうやらそうらしいな。

「大丈夫だよルビィちゃん。恥ずかしがることないって。水着も十分似合うよ」

「先輩……。ぴぎぃ……」

 ルビィちゃんは顔を赤らめると更に曜の背中に隠れてしまった。

「もう、櫂ったら。そんなに見たいなら曜ちゃんの水着を見せてしんぜよう! どう、どう?」

 それっぽくポーズをとる曜。曜の奴、出るところは出てるからな。その、胸とか。なんてこと言えるはずもなく。

「お前のスクール水着姿なんて飽きるほど見てるっての。どうもなにもねえって」

「櫂のばかーっ!」

 拗ねた曜の怒号が青空に響いた。

 

「というかルビィちゃんって泳げなかったんだね」

 屋根付きのベンチに腰を下ろし、サンドイッチを口に運ぶ。おれと曜に挟まれてルビィちゃんは俯いている。

「はい……、ルビィあんまり体力には自信なくて・・・」

「あんなにダンスは得意なのに?」

 向かい側の曜の問いかけにルビィちゃんが頷いた。練習をよく見てたけど確かにルビィちゃんってダンスは上手かったよな。要領がよくて、振り付けとか考えてるダイヤさんや鞠莉さんにも驚かれてたもんな。

「確かに水泳は体力勝負なところあるからな。んで、曜に頼んでみたって訳か」

「ふふ、この曜先生に頼むとはお目が高い。ビシバシとルビィちゃんを鍛えていくよー!」

「ぴ、ぴぎっ、お手柔らかに、ね……?」

 やる気満々な曜に対して少し怖じ気付くルビィちゃん。正直人選ミスだと思う。曜の奴は飛び込みで日本代表になれる程の実力者だ。厳しい練習にも耐えてその実力を身につけてきた。が、人に教えるのとそれはまた違うだろう。多分、教えられてきたように厳しめな練習をルビィちゃんにさせるんじゃないだろうか?

「曜、程々にしとけよ?」

「わかってるよー! あ、腹ごなしに泳ごっか!」

「ぴぎぃ・・・」

 意気揚々と立ち上がる曜に従うようにルビィちゃんは立ち上がった。程々にするって言ってたから少し様子を見たら校舎に戻ろうかな。

 

 

「さぁルビィちゃん! もう一往復!」

「ぴ、ピギィー!」

 なんてそう簡単にことは上手くいくはずもなく。曜の練習は厳しかった。もう軽く200メートルは泳いでいるんじゃないか?

「お、おい曜、流石にこれはやりすぎじゃないか?」

 おれの問いに曜はきょとんとしていた。

「え? これくらいはふつーでしょ?」

「お前の程々に期待してたおれがバカだったよ!」

 遠目から見ても息も絶え絶えなルビィちゃん。そんな彼女を見たらいてもたってもいられなくて、思わず声をかけた。

「ルビィちゃん! もうそこで立っていいから!」

 が、おれの声も届いていないのかそのままばしゃばしゃとゆっくりと進むルビィちゃん。そんな彼女の限界は、すぐに訪れた。

「ぴぎっ・・・」

 力を無くしたように後ろのばた足が徐々に弱まっていく。浮力のバランスが崩れ、後ろからどんどん沈んでいく。そして、ビート板を掴んでいた手が離れた。

「ルビィちゃん!」

 曜の叫び声を聞くや否や、おれはプールめがけて走り出し、着の身着のまま飛び込んだ。

 

 

●●

「・・・、ぅゆ?」

 ふと眼をあけると四角いタイルが張られた天井が見えた。ここは、保健室かな?

「ルビィちゃん、気がついた?」

「かい、先輩?」

 ルビィを見つめるかい先輩がほっと息をついた。

「あれ、ルビィは・・・」

「覚えてない? あまりのハードな水泳の練習に、ルビィちゃん溺れちゃったんだけど」

「あ・・・」

 意識が途切れる瞬間の感触が蘇った。プールに沈んだルビィを抱えようとするがっしりとした、曜さんとは違う、男の人の腕だ。

「かい先輩が、助けてくれたんですか?」

「ああ、うん、まぁね」

 ルビィの問いに少し恥ずかしそうに顔を背ける先輩。どうしたんだろう?

「先輩?」

「いや、人工呼吸の為には、マッサージが必要だろ? それで、さ……。ルビィちゃんの、胸、触っちゃったから……」

 その言葉を聞いた瞬間、体温がちょっと上がっちゃった。

「いや、ホントにごめんっ。ルビィちゃんを助けようとして必死で後になってことの重大さに気づいたっていうか……」

「もう、かい先輩。それだけ必死に言ってると逆効果ですよ?」

「そ、そうかな?」

「でも、それだけ必死にルビィのこと心配してくれたんですね」

 嬉しさに身体がぽかぽかする。かい先輩は本当にお兄ちゃんみたいな人だ。

「前にも言ったかもしれないけど、ルビィちゃんは妹みたいなもんだからね。可愛い妹の為には必死になるさ」

「可愛い、いもうと……」

 今、ルビィの顔、すっごい赤いんだろうな。すっごい顔が熱いもん。いっつも先輩はこうやってルビィをドキドキさせるんだ。だから仕返ししちゃうんだ。

「ありがとね、おにいちゃん♪」

「っ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、先輩の顔が耳まで赤くなった。ふふ、効果は抜群だね。

「ルビィちゃん、それ、禁止。色々な意味で」

「先輩だってルビィのこと可愛い妹って言ったじゃないですか。これで、おあいこですっ」

「まいったな……」

 先輩ったら、まだ顔が赤い。ちょっと可愛いかも。互いに照れてるのか言葉が続かない。窓からは夕焼けの色が差し込んできていて、ちょっといいムード。こ、このままルビィの気持ち、言っても――

「あの、せんぱ――」

「ルビィちゃーん!」

 突然響く声。同時に保健室の戸が開かれて曜さんが入ってきた。

「ルビィちゃん、良かったぁ……」

「曜さん、ごめんなさい。ルビィが体力無さすぎて……」

「ルビィちゃんは悪くないよ!! 悪いのはルビィちゃんの体力面を考えてなかった私のほうだよぉ」

「そうだぞ曜。おれは程々にって言っただろうが」

「ホントにごめん……」

 かい先輩の指摘にしゅんとする曜さん。

「大丈夫ですっ。曜さんのお陰で少しは泳げるようになりましたっ。これからはルビィだけで頑張ってみます」

「ルビィちゃん――ッ!?」

 曜さんがほっとしたのも束の間、さっと顔が真っ青になった。あれ、曜さんの肩に手が?

「ルビィがプールで溺れたと聞いたのですが?」

「ダ、ダイヤさん……?」

 曜さんが震えてる。かい先輩も青い顔をしてお姉ちゃんを見ている。

「曜さん、紫堂さん。説明――、して下さいますわね?」

『はい……』

 そのあと、二人はお姉ちゃんにたっぷりお説教されてました。

 ごめんね、かい先輩。でも、必死に助けてくれてありがとうです。この気持ちを、ルビィの大好きって気持ちをいつか伝えられるといいなぁ。




 察しの良い方はもう解ってるかもしれませんが、今回もファンブックの一枚絵からのネタです。現在、サンシャインのモチベはこの本と皆様からの応援のメッセージのみになっております。ですので感想を頂けると喜んで踊りながら書きます。どうか応援の程、よろしくお願いしますね。
 それと、はようファンブック2の発売はよ。


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Dream World:言葉を交わしてはなまる笑顔

 はい、花丸ちゃん誕生日回です。一番難産だったのは、サブタイだったというのはここだけの話。


「せんぱーいっ!!」

 バス停で立っていると、花丸の声が聞こえてきた。デートの集合時間が近いせいか走って向かってきている。おぉ、めっちゃくちゃ揺れてる。どことは言わないけど。

「ま、待った……?」

「い、いいや、今来た所だよ」

「そっかぁ、良かったぁ……」

 息を絶え絶えにしながらにこりと微笑む花丸。そんなおれの視線は呼吸を整える彼女の胸に行ってしまう。

「む、せんぱいからやらしい視線を感じるずら」

 流石お寺の娘、そういうものにも鋭いか。どう言い訳しようか考えていると花丸がにやりと笑った。

「そんなエッチなせんぱいにはーー、こうずらっ!」

 ぎゅっと身体を寄せてくる。うわ、花丸の胸の感触がっ。

「あ、あのー、花丸ちゃん?」

「せんぱい、すっごーくきんちょーしてるずら。どっきんどっきんいってる」

 花丸がおれの胸板に耳を澄ませる。ふわりと彼女の使っているであろうシャンプーの香りが、花丸が女の子だってことを嫌でも意識させる。

「あれれ、せんぱい、こっちのほうもドキドキしてるずら?」

 花丸は少し顔を赤らめながら上目遣いでおれを見つめてきた。そして視線を下半身の方へ落としていく。

「やっぱりせんぱいはすけべえずら」

「っ、ちょーしに乗るなっ」

 べし、と弱めにその頭に手刀をお見舞いしてやる。すると彼女は頭を押さえて離れた。

「うう、暴力彼氏さんずら……」

「そっちが変に誘惑するからだろ」

「元はといえばせんぱいがまるのことをいやらしい目で見たのが悪いずら」

「う……」

 否定出来ないのが悲しい。恋人になって解ったのは、花丸が想像以上のからだつきをしてたってことだ。

「ふふー、またせんぱいの顔が紅くなってるずら。可愛い♪」

「先輩を誂うもんじゃありませんっ」

「先輩でもせんぱいはまるの彼氏さんずら。大好きな彼氏さんのことを誂いたくなるのは摂理ずら」

 花丸と付き合ってから、殆ど舌戦で勝てたことが無い気がする。流石本の虫なだけあるな。今回もおれの負けだ。

「ほらバス来たから乗るぞ」

「あ、逃げたずら」

「うっさい」

 そう言いながらおれは花丸の手を握ってバスのステップを踏み込んだ。

 

 

「着いたずらー!!」

「おお、中々大きいな」

 沼津の大きな図書館に着くと花丸は興奮した様子でその建物を見ていた。彼女がどうしてもここに行きたいという願いに、おれはデートと称して連れてきたのだ。

 早速中に入ると、本棚がビル街のようにおれ達を迎えた。

「わーっ、すごいずらー!!」

「花丸、図書館では静かに、だぞ?」

「えへへ、そうだったずら……」

 学校で図書委員をやってる花丸が感嘆の声をあげる位、この図書館は本がいっぱいある。

 二人で並んで歩いていると、花丸がふと足を止めた。

「あ、この本っ夏目漱石の『こころ』ずらっ!」

 本棚に駆け寄りそれに手を伸ばそうとするが、如何せん身長が足りないのかつま先立ちになる。それでも届かないのを見て微笑みながらも彼女の後ろに立ってそれをとってあげた。

「えへへ、ありがとずら」

「届かないなら素直におれに言えばいいのに」

「こーゆーものは自分で取るのがオツなんだよ?」

「そーゆーのは背が足りてから言うもんだぞ?」

「むむぅ……」

 少し顔を赤らめて本を開く花丸。お、もしかしておれ、花丸に舌戦で勝った? ちょっとした充実感が湧いてくる。

「そう言えば、せんぱいは前にもこうやって本をとってくれたよね」

「花丸の学校で、だったよな」

「思えばそこからまるはせんぱいの事を意識し始めたずら」

「そうだったんか?」

「そうずら。大切な、思い出だよっ」

 そうはにかむ花丸を見てると、愛おしさが湧いてきてしまう。ある程度読んだのか花丸は本を閉じるとそれを本棚へと戻そうと背を向けた。

「借りなくていいのか?」

「だって返すときもまたこっちに来なきゃいけないし、そもそもまるはここのカード作ってないから。ここで少し読めただけでも充分ずら」

 そうやって微笑む花丸の表情は、少し名残惜しそうで。

「あ、そうだ先輩。じゃあ今度は先輩が本棚に戻して欲しいずら」

「おれが?」

「まるじゃ背が足りないから……」

 苦笑いする彼女を見て、ふとあることを思いついた。

「そうだな、じゃあ――っと!」

「ふわっ!?」

 花丸を後ろから抱きしめて持ち上げる。丁度いい高さになっただろう。これで花丸でも本を戻せるはずだ。

「花丸、これなら自分で戻せるだろう?」

「ず、ずらぁ……」

 彼女が戻すのを確認するとゆっくり下ろした。次の瞬間、花丸はおれの胸をぽかぽかと叩いた。

「もう、いきなり女の子を持ち上げるなんてヒドイずらっ」

「悪い悪い、でも自分で本を戻すのがオツなんだろ?」

「もう……」

 頬を膨らませて抗議の視線を向ける花丸。だが身長差もあって上目遣いのそれは、可愛さを含んでいて。思わずその頭を撫でてしまう。

「むむ、そんな意地悪なせんぱいには――っ」

「むぅ!?」

 両肩に手を置いたと思うと、軽くジャンプしておれの唇を奪った。おれが反応せずにいると、花丸は顔を赤らめながらにかりと笑った。

「こうずら♪」

 全然敵わないな、花丸には。

 

 

「おぉ、こんなとこにまるが」

 図書館を出て、おれ達はゲームセンターに足を運んでいた。何やらAqoursとのコラボで花丸がイメージガールに選ばれたらしい。スタッフの格好をした花丸のパネルが入り口に立っていた。恋人がこんな風に有名になるのは、彼氏としては複雑な反面、嬉しいな。

「正直、こういうゲームセンターのイメージガールに就任するなんて思ってもなかったずら」

「似合ってないと思ってるの?」

「もっと相応しい子がいると思うずら。善子ちゃんとか、千歌ちゃんとか」

 花丸の意見も解らなくはない。でも、あいつらにはない魅力があるっておれは思う。

「ま、ここまで来たんだし、遊ぼうぜ。花丸は何がやりたい?」

「まる、クレーンゲームやりたいずら!」

「おし、花丸が欲しいものなんでもとっちゃるぜ!」

「ホント!? せんぱい頼もしいずら!」

 それから操作を変えたり二人で仲良く遊んだ。花丸は見てる時も、操作してる時もコロコロと表情が変わった。アームが景品の所に動く時は真剣で、アームがそれを掴んだ時はぱぁっと明るく輝いて、景品が運ばれてる時はハラハラドキドキして失敗した時はしゅんと落ち込む。クレーンゲームだけじゃなく、他のゲームでもこんな感じで、見ていて飽きなかった。この姿を、皆魅力的だと思ったんじゃないかな。実際おれもそう思ってる。

「はーっ、たっくさん遊んで大満足ずら……」

 花丸は景品のぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえて嬉しそうな顔をしていた。

「うん、楽しんでくれて何よりだ」

 そんな彼女の頭にぽふ、と手を置いて撫でた。それを受けながら花丸は首を傾げた。

「どうして頭を撫でるの?」

「おれの恋人さんが可愛くてしょうがないから」

「っ!?」

 それを聞いた花丸は顔をぬいぐるみに隠した。そしてチラと目線だけを向けた。耳まで真っ赤だ。

「せんぱい、そーゆーのズルいずら……」

「さっきのキスのお返しってことで」

「ずらぁ……」

 花丸はゲームセンターから出るまで、ぬいぐるみから顔を出さなかった。

 

 

「シメはやっぱりここずら」

 落ち着いた花丸が案内してくれたのは、大きな本屋だった。

「ここにはよくお世話になってるずら。今日は何買おうかなぁ……」

 目を輝かせて店に入る花丸。が、次の瞬間店の空気がピリッとしたものに変わった気がした。店の人を見るとどうやら視線の先は花丸のようだ。

「なぁ花丸、この店はいつも行ってるのか?」

「うん、沼津に来た時は寄ってるよ♪」

「因みに一回の買い物でどれくらい買ってる?」

「んー、ハードカバーのを20冊位かな?」

 その量に少しクラっとした。こりゃ荷物持ちかなこりゃ。

「あっ、あの本!」

 なんて思ってたら花丸はさっさと歩いてしまった。本当に本の虫なんだな。なんて思っていると。

「ん? あれって……」

 一冊の本に視線が吸い込まれた。

 

 

「あー、楽しかったずら。満足な買い物だったなぁ……」

「それは何よりでございます、姫」

「でも大丈夫? 一人でその本を持って?」

 おれ達はバス停でバスを待っていた。おれの両の手には大きな紙袋が。ざっと見て30はある。おい、さっき言ってた数よりも多いじゃねえか。

「ごめんね。まる、張り切って買いすぎちゃって……。半分持つずら」

「いや、いいよ。これこそ彼氏冥利に尽きるってもんですよ」

「でも……」

「じゃあ代わりにこれを受け取ってくれるかな」

「ずら?」

 バッグから包装で包まれた一冊の本を取り出す。

「開けていい?」

 おれが頷くとその包装を解いて中身を見て目を丸くした。

「せんぱい、これって……」

「読みたそうにしてたろ、それ」

 夏目漱石の『こころ』。さっき花丸が図書館で読みたそうにしてた本だ。さっきの本屋で見つけてこっそり買っておいたのだ。

 嬉しそうにぱらぱらと中身を見る花丸。が、ちょっとその表情が曇った。

「せんぱい、これ、小学生向けのヤツ……」

「えっ、嘘っ!?」

 おれも内容を確認すると確かにひらがなが多い、どう見ても高校生が読む代物じゃなかった。

「ごめんな花丸。よく確認してなかった……」

「でも、嬉しいずらっ」

 にこりと笑ってその子供向けの本をぎゅっと抱きしめる花丸。

「まるの誕生日に、だーいすきな人から本を貰う、こんなに嬉しいことはないずら!」

 そんな花丸が愛おしくて、彼女を抱きしめた。花丸もおれの首に手を回す。

「誕生日おめでとう花丸」

「ありがとずら、せんぱい♪」

 更に身を寄せ合い、おれ達は口づけを交わした。

 

 

「それにしても小学生用の本を買ってくるとは思わなかったずら」

「それに関しては本当に申し訳ない……」

「もっとせんぱいにはまるのこと知ってもらわないとダメずら」

「うん、おれももっと花丸のこと知りたいし、花丸一色に染まりたいって思うよ」

「だからぁ、ズルいずらぁ……」

 顔を背けて顔を真っ赤にする花丸。うーん、今日は2勝2敗の引き分けかな。

 こうして、花丸との誕生日デートは終わったのだった。




 花丸ちゃんを書くにあたって一番難しいのは語尾のずらのバランス。親しくない人間には変に見られないように基本少なめ(少なく出来るとは言ってない)の敬語、親しくなるとずら多め、恋人関係になるとずらとタメ口の混同。そんなさじ加減のつもりで書いている。今回は誕生日回ということで本編よりも二人の関係が進んだ状態。まだそこのさじ加減が難しいです。そもそもまだ彼女の攻略の道筋見えてねーし。でもいつか必ず幸せにします。

 ここだけの話、R18なシチュは浮かんでるのよね、彼女。でもまだ書かねーからな!

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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56話 男子高校生と中二病少女―黒衣の逆三角―

 ライブお疲れさまです。そして二期が決定したようですね。それに関してはあとがきにて。
 今回は善子回です。


「今日もハードな練習だったわ……」

 夕日が水平線へと沈む逢魔ヶ刻。ヨハネはその闇に染まりかけの外の空気を味わっていたの。自主練で火照った身体を海からの風が吹き抜けてくる。消費した魔力が回復するまでここで休んでよっと。

 そう思った時だった。砂を蹴る音が後ろから響いてヨハネの後ろで止まった。

 誰だろうと振り返ると、スマホを見ながら腰掛けるシドーの姿があった。って、シ、シドー!? どうしてここに!?

 シドーの顔を見た瞬間に顔が熱くなって直ぐに顔を背けた。両手に頬を当ててちらちらと見てしまう。

 な、何を慌ててるのよヨハネ。リトルデーモン相手に情けないわよ! もっと毅然としなくちゃ!

 とはいえ、何を言えばいいのかしら。夕日が綺麗ね――ダメね、ありきたりすぎる! どうすれば……

 

 

◇◇

 抜かった。まずこの状況に関する感想はその一言に尽きる。

 ダイヤさんの説教を正座しながら聞いた為か、おれの両足はじんじんと痺れていた。ちょっと座って休もうとしたらコレだ。おれの右斜め前には善子がいる。そしてその善子がちらちらとおれを見ている。これは、アレか。まーたおれにあの空間へと誘えという視線か。この堕天使め!

 だが、こいつとそんな会話をするのは悪くはない。ひねり出してやろうじゃねえの。堕天へと導く言葉を!

「今日は、波が煌めいてやがるな」

「ぷっ……」

「……」

「……」

 少しの沈黙の後、おれは口を開いた。

「おい、そこの自称堕天使」

「自称じゃないわよっ! 堕天使なの!」

「んで、せっかく人が捻った台詞に対しての感想が吹き出しってのはどうなのよ堕天使さまよ?」

「そ、それもそうね……」

 そう言うと善子は目を細め、それっぽい感じの指を顔に添えた。

「でも、この風、少し泣いているわね」

「波だっつてんだろ!」

「ふふっ」

「っ、くくっ」

 やり取りがツボにはまったのか、互いに笑い合う。やっぱこいつといると楽しいな。悪くない。

「シドーはどうしてここに?」

「あー、訳あって少し足が痺れてな。ちょっと羽休めってとこだな。善子は?」

「ヨハネよっ。ヨハネは自主練のあとの休憩よ。それにしても奇遇ね。堕天使が二人、こうして出会うなんて」

「ふっ、確かにそうかもな。おれ達は何か縁があるのかもしれんな」

「縁……」

 そう呟く善子の顔は何だか少し赤くて。それを誤魔化すようと顔を振って立ち上がった。

「そうね、ここで会ったのも何かの縁。ここは堕天使同士の語らいと洒落込みましょ。隣、座るわね」

 そう言うと善子はおれの隣に腰掛けた。肩が触れ合う寸前の距離。なぜだか少し緊張してしまう。いや、前に鞠莉さんのホテルでこんな感じで会話しただろう。何を今更緊張することがあるんだ。

「いいだろう、こうなれば空が常闇に染まるまで語り合おうか!」

 夕焼けのせいか、善子の表情がいつもよりもちょっと魅力的に思えた。おれの答えが嬉しかったのか彼女の笑顔が更に輝いて見える。

「っ! うん! それじゃあ、シドーの好きなアニメって何?」

「アニメ? んー、そうだな……」

 

 

「やっぱりシドーも男の子ね。ロボットアニメが好きなんて」

「男の子ですから。やっぱりロマンだろロボットって」

 それからおれ達二人は互いの好きなものについて語り合っていた。

「わからなくはないわね。堕天使たるもの、常にロマンを追い求めなくてはならないもの」

「堕天使がそうあるべきはどうかはようわからんが、理解があって嬉しいぞ」

 幼なじみ三人、千歌はまぁそこそこあるみたいなんだけど残りの二人はどうも理解が薄くてな。こうやって語り合える相手がいるのは嬉しいな。

「当然よ、ヨハネはあらゆる方面でリトルデーモンの心を掴むんだから。あらゆる方面の情報を収集するのは、ヨハネの使命でもあるのよ」

「こないだのお泊まり会の時のDVDのチョイスといい、善子はほんといい趣味してるよ」

「っ!!」

 それを聞いた善子は少し顔を赤らめながら立ち上がった。

「当然よ! 配下たるリトルデーモンの心をつかみ続けるのもヨハネのーー」

 そこまで善子が言った時だった。少し強めの風が彼女の後ろから吹き抜けて、善子のスカートを持ち上げた。腰掛けていたので善子の腰辺りに頭があったおれはばっちりその中を見てしまって。

「っーー!!」

 善子が慌ててそれを押さえるが時すでに遅し。おれの脳裏にその光景は焼き付けられてしまっていて。

「黒」

 とっさにそう呟いてしまった。その瞬間、おれの眼前には人差し指と中指が。間一髪で避けて立ち上がると、善子が鬼のような形相でおれを睨んでいた。

「よ、善子?」

「シ、シドー……、今すぐその眼を潰しなさい……」

「ま、待て。落ち着こう善子。な?」

「ヨハネよっ!」

 そして善子の猛烈な突きがおれを襲った。それをなんとか回避する。このままじゃ失明するのも時間の問題だ。なんとか彼女を落ち着かせないと。

「落ち着け善子、たかが布一枚見られただけだ。大したことじゃないって」

「シドーにとっては大したことなくてもヨハネにとっては一大事なの! よりにもよってシドーにっ!」

 おおう、そこまで言うか。女の子にとってはそうなのかもしれないな。でも、善子がそんなにまで恥ずかしがるとは思わなかった。よし、ここはーー

「おわっ!?」

 善子に向き合おうとした瞬間、砂浜に落ちていた大きめの石にバランスを崩される。そしてそこに善子の身体が突進してきて。

「ちょっ!?」

 おれ達二人は砂浜に倒れた。

 

 

 これは、ラッキーなのかアンラッキーなのか、今の状況についてどう言えばいいのかおれは解らなかった。

 善子の身体はおれに覆い被さる形で倒れており、彼女の柔らかな感触が胸板やら足に絡みつく。そして二人の顔の距離も近く、おれ達は言葉を失ってただ見つめ続けることしか出来なかった。

「その、あれだ」

 まだ整理も出来てない頭で言葉を出していく。落ち着け紫堂 櫂。ここで言葉を間違えればおれは終わりだ。

「これもまた、恥の見せあいってことで一つ――」

「ならないわよっ!」

「じゃ、じゃあこうしようか」

 おれは軽く息を吐くと、力を抜いた。その様を、善子はきょとんとしている。

「おれは抵抗もしない、逃げもしない。だから、好きに仕返しでもするといい」

「……」

「おれはその、お前のアレも見ちまったし、今こうして倒れ込んでるのもおれの責任だ。その落とし前はつけないとダメだ。目を潰す以外の何かで、さ。今回のことは水に流してくれると嬉しいんだけど……」

 言ってる途中で不安になってきたな。こんな提案、のってくれるかな?

「ふ、ふーん? 何されても大丈夫なのね?」

 おっ、のってくれたか。信じてたぞ、善子。

「ああ、目潰し以外ならな。ビンタでも何でもいいから一発殴ったっていい。好きにしてくれ」

 目を瞑って善子からの制裁を待つ。

「へ、へー……、リトルデーモンとしていい心がけてじゃない。じゃあお言葉に甘えて――」

 きゅっと目を閉じて顔面への衝撃に備える。が、そんな強い衝撃は無く、ぴし、と額にデコピン一つ。

「へ?」

「まだ目開けちゃダメよ!」

 そう善子が言うと、身体に柔らかさと重さが同時に襲いかかってきた。え、これさっきよりも密着してません?!

「あの、ちょっ、ヨハネ様!?」

 混乱してるおれを余所に、善子の声が耳元に届いた。

「黙ってこうされてなさい、リトルデーモン」

 この距離。もしかしておれの顔の隣に善子の顔があるんじゃ。

「いや、でも――」

「さっきのデコピンがお仕置き。それでこれはそれを癒やす為の、ぎぎ、儀式なんだから」

「ぎ、儀式?」

 儀式だと? おれ、生贄としてリリースされるのか?

「あなたはヨハネにとって、――な、リトルデーモンなのよ! も、もしも堕天使のデコピンで後遺症とか残ったら大変じゃない! だからこうして治療の儀式を……」

 一部聞き取れなかったが、おれを心配してくれてるってことなのかな。なんだか嬉しかった。

「ああ、ありがとうな、善子」

「ヨハネよぉ……」

 ヨハネといいはる堕天使様が、妙に可愛らしくて思わず彼女の肩を叩きながら、もう片方の手でシニヨンを撫でた。

「ひゃっ」

 軽い悲鳴をあげて起き上がる善子。その顔は真っ赤に染まっていて。

「き、気安いわよばかーっ!」

 おれは二度目のお仕置きを受けることとなった。当然だが、ビンタはデコピンよりも痛かった。

 

 

●●

「全く、まだまだこのヨハネに相応しいリトルデーモンには程遠いわね」

「力不足を感じましたよハイ」

 シドーは両頬を抑えている。往復ビンタは流石にやりすぎたかも。明日も頬が腫れてるなら湿布でもあげようかな。

「そういや善子、さっきのデコピンの後のあれは――」

「ヨハネよっ!」

 シドーの指摘にドキッとしながら声を出した。どど、どうしよう。制裁を受けるってことで抱きついちゃったけど……。必死に考えながら言葉を紡いた。

「フッ、あれは治癒の儀式でもありながらあなたに呪いをかける儀式でもあったのよ!」

「呪い?」

「そう、呪い。あれをヨハネが他のメンバーに言ったらどうなるかしらね?」

「なっ!?」

「どうなってしまうかイメージ出来たようね? そうなりたくなかったら、この先もこのヨハネのリトルデーモンとして言うことを聞いてもらうわ!」

「おま、それって脅しじゃねーか!」

 脅し、その言葉にちょっとギクリとした。そうよね、やってることはそれと変わらない。シドー、嫌、だよね?

「まぁでも、お前のその、パンツ見ちまったし、押し倒したりしたし? 貸しを作ったって思えばいいか」

「なっ、そーゆーことは言わないでよ!」

「ああ、すまんすまん」

 苦笑いしながらそれを受け入れてくれた。それが嬉しくて、ポーズをとる。

「やはり、徐々にリトルデーモンっぽくなって来たわね。いい調子よ。それじゃシドー、また明日ね?」

「ああ、また明日」

 シドーの口から出た『明日』が嬉しくて、走って去ってしまった。明日もシドーに会える、そう思うだけで足が軽くなった。

 シドー! 明日もこのヨハネがあなたをもっとヨハネにとって大好きなリトルデーモンにしてあげるんだから!

 

 

◇◇

「堕天使っつうより悪魔だろ……」

 おれは砂浜で一人、呟いた。まさか抱きつかれてそれを脅しとして使ってくるとは……。とんだ小悪魔だよ。

「でもまぁ、良しとしますか……」

 さっき倒れ込んでしまった時の感覚が脳裏を過る。胸元から伝わった善子の大きくは無いが柔らかな感触。善子が女の子なんだって改めて認識させられた。あれを味わえたんだから役得ってもんでしょう。それでデコピンと貸しと往復ビンタで済んだんだ、安いもんだ。

「さて、どんな貸しの返し方を要求してくるんだか」

 そう呟くおれの頬は、緩んでいた気がした。

 




 今回は改めて櫂が善子を女の子として意識する回でした。どこかの二次作家さんが仰ってた通り、善子は甘やかし、甘やかされるのが出来るキャラなんですよね。そこが可愛い。彼女とのルートは構成はそこそこ出来てるから書くのが楽しみです。

 さてアニメ二期について。僕が危惧してるのはライバルとして登場したセイントなんたらについて。
 恐らく二期にもセイントスノーは出てくるでしょう。が、強キャラ感出しといてAqoursの引き立て役として10話前後でカマセ役の様に踊ったっていう影だけの描写にされてあっさり負けるかもしれない。そして二次作家さんが敗れた彼女達の陵辱系を描くかもしれない。はてさて、ソレスタル・ビーイングの明日はどっちだ。

 と、冗談半分はさておき、アニメ二期に関しての心情、今後の僕の動きは活動報告にて書いておきましょうかね。

 長文失礼しました。ご意見ご感想、お待ちしてます。


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57話 ますます増すシャイニー笑顔

 劇場版SAOを2回見に行きました。週替り特典とかそういうので映画を売り込むのが好きじゃなかった。でも原作者書き下ろし小説とか出されちゃ行かないわけにはいかないよね?
 鞠莉回です。さて、彼女の回を書いたはいいが、今度は分岐ルートで彼女をどう扱うのが迷いどころ。


「確かここにあったと思うんだけど……」

 強めの日差しが照りつける屋上。おれはあるものを探しに一人ここにいた。練習後だったのでAqoursのメンバーは誰もいないはず、だった。

「あれがないと……」

「あれってもしかして、これのこと?」

 屈んで床を見ていたおれに差し込む突然の影。視線を上へと向けるとそこはピンク色の――

「カイのエッチ♪」

「うわぁ!?」

 突然の鞠莉さんの襲来に驚いて後ろへと下がった。もしかしておれが見たのって――

「ふふ、カイったら何かを探してスキだらけだったんだもの。ちょっとイタズラしてみちゃった♪」

「ま、鞠莉さん……、ちょっと悪戯がすぎるんじゃないですか?」

 おれが非難の視線を向けても彼女はきょとんとしていた。

「ワタシ、カイになら見られてもいいけど?」

「わーっ! スカート上げないで下さいよ!」

「ジョーダンよ。カイってばからかうとカワイイわね。曜がからかうと面白いっていうのもわかるわね」

「曜のやつ……」

 あんにゃろ、なんちゅーこと教えてやがる。あとでとっちめてやらんと。

「それで、捜し物ってこれじゃないの?」

 そう言うと彼女は一冊のノートを取り出した。ノートの表紙にはおれの名前が書かれていて。それを鞠莉さんは広げて読み始めた。

「ふむふむ? 『千歌:今日も元気よく踊っている。朝の寝坊っぷりが嘘のようだ。ルビィちゃん:昨日溺れたのが響いていたのか少し動きが鈍い気がする。あとでケアが必要か』これって、皆の状態の観察記録?」

「よ、読まないで下さいよ恥ずかしいから!」

 取り上げようとするおれの手を躱しながら鞠莉さんの音読は続く。

「『曜:何時も通り。特に心配することなし』ダメよ? 幼馴染のことはよーく見ておかなくっちゃ。案外気づいてないかもしれないよ?」

「ご忠告どうもっ!」

「全然当たらないよ~? 『梨子:性格のせいか、どこか動きが控えめな気がする。あとで話してみようか。果南姉ちゃん:踊るのが楽しいのか、表情に出ている。あと胸が凄い揺れる。花丸ちゃん:体力面に自身がないと言っていたにも関わらず皆についてきている。あと胸が凄い揺れる』もう、カイってばやっぱりエッチなのね?」

「健全な青少年ですみませんねっ!」

 くそ、ひらりひらりと躱されてしまう。千歌の家での練習でも見たけど、この人飄々とした態度とは裏腹に、身体能力高いんだよな。また避けられた。

「おぉ、おっしぃ~♪『ダイヤさん:舞踊などを嗜んでいるからか、やっぱり綺麗だ。所作の一つ一つが美しい。善子:堕天使的なアレンジでもいれるんじゃないかと思ったが、以外と真面目にこなしている。驚きだ』もうこれ、皆の感想になってない?」

「否定出来ないですねっ!」

「ワタシは……」

 そこで鞠莉さんの動きが止まった。少し驚いたように目を開き苦笑いすると、ノートを開けたままおれに差し出した。

「ホント、良く見てるんだね」

「まぁ、マネージャーですから」

 開かれたページには鞠莉さんのことが書かれていた。

 

『鞠莉さん:どこか様子がおかしい。練習中は集中しているが、間々に視線をグラウンドに向けたりしてる。その時の表情がどこか、暗い?』

 

「誰にも悟られないようにしてたんだけどなー」

「練習してる皆とは違う視点で見れるのがマネージャーの利点だと思いますから」

 確かにこの学校での練習になってからどこか彼女の様子に違和感を覚えていたのだ。丁度いい機会だし、聞いてみよう。

「鞠莉さん、何かあったんですか? メンバーに話せないことならおれが聞きますよ?」

「カイ?」

「困ってる女の子がいたら手を伸ばす、そんな性分ですから。今の鞠莉さんを放ってはおけないです」

「そう、ね。カイになら話してもいいかな」

 そう言うと彼女は視線をグラウンドへ落とした。そこには彼女たちが立つであろうステージが完成しつつあった。

「もうステージが出来てるのを見て、『ああ、ワタシ達があそこで踊るんだ』って改めて思ったの。それと同時に、ちょっと怖くなっちゃったの」

「怖くなった?」

「うん、もしも失敗したらどうしようって。もしワタシがステップを踏み違えたら、ワタシじゃなくても他の誰かがーーって考えると怖くて、ね。どこかで雨降って中止にならないかなって思っちゃってるの」

 振り向いた鞠莉さんは苦笑いした。

「ワタシったらイヤな子ね。自分だけでなく皆が失敗するんじゃないかって疑ってる。ホントに、イヤな子……」

 苦笑する彼女の声はどこか涙声で。そんな彼女を助けたくて、力になりたかった。だからおれはそんな彼女に――

「ていっ」

「いたっ」

 デコピンを一発お見舞いした。鞠莉さんは驚いて額を押さえておれを見つめる。

「今のはメンバーのことを疑った分です。そしてこれはーー」

「あたっ!」

「自分自身を疑った分です」

「つつ、随分とカワイイオシオキね?」

「基本女の子に暴力はふらない主義ですから」

「ジェントルマン、なのね」

 くすくすと、笑う鞠莉さん。うん、さっきよりは表情から堅さが和らいだかな。

「鞠莉さんなら、千歌達なら大丈夫ですよ。あれだけ練習してたんですから。それを誰よりも近くで見てたおれが言うんです。それとも、おれの事も信じられませんか?」

「そんなことっ!」

「なら、信じて下さい。おれを、メンバーの皆を、鞠莉さん自身を」

「自分自身を……」

「よくマンガで言うでしょ? 自分自身を信じられないものには道は開けないって」

 おれの言葉に鞠莉さんはくすりと笑った。

「ごめんなさい、ワタシあんまりマンガ読まないもの」

「ありゃ、ダメでしたか」

「でも、元気が出たわ。ありがとね、カイ」

 鞠莉さんのいつもとはどこか違う笑顔に、少しドキリとして。

「なら良かったです。鞠莉さんには元気で、笑顔でいて欲しいから」

「じゃあ、もっと元気でいるために、皆を信じるために、少しワタシに勇気をくれる?」

「くれるって、どうやってーー」

 その疑問はすぐに解決された。鞠莉さんがおれに抱きついてきたのだ。胸元に彼女の豊満なボディの感触が伝わりおれの体温は急上昇した。

「ちょっ、鞠莉さん!?」

「困ってる女の子がいたら助けちゃうんでしょ? じゃあこんな時にはどうすればいいかぐらい、解るんじゃない?」

「……」

 おれは彼女の背中を子供をあやすように優しく叩いた。ぽんぽんと一定のリズムで叩いてやると、鞠莉さんはふっと大きく息を吐いた。

「ふふ、カイにやってもらうとなんだか落ち着くわ。これも愛の力かしら?」

「リラックス出来るなら何よりでございます」

「あれ、強く否定しないのね?」

「う……」

 彼女の言うとおり、否定出来ないでいた。聞き出す形になったとはいえ、他の誰にも言えなかった悩みを打ち明けてくれたことが嬉しかったし、ちょっとしおらしい鞠莉さんが可愛らしく思えたからだ。

「ようやくカイもその気になってくれたのね。嬉しいわ。じゃあ、もっとその先へ、ステップアップしてみない?」

 少しとろんとした表情でおれを見つめる鞠莉さん。改めてみると金髪が映える整った顔をしていて、そのキレイさに視線を逸らせない。徐々にその顔を近づけてくる彼女におれは身体を離すことが出来なくて。

「ま、鞠莉さんダメですってこんな――」

 ぴしっ。

 額に広がるちょっとした痛み。もしかしておれ、デコピンされた?

「さっきのデコピンのお返しよ。なぁに? キスでもされちゃうと思った? やっぱりカイってばエッチなのね」

「そ、そんなことはーー無いと言いたいです……」

「それ、ただの願望じゃないの。でもそんなエッチなカイもスキよ?」

「ありがとうございます……」

 なんて抱き合っているのにふさわしいとは言いにくい内容の会話をしていると、鞠莉さんがおれから離れて身体を伸ばした。

「んーっ、カイに洗いざらいブチマケたらスッキリしたわ。ありがとね、カイ。これ返すわね」

 ノートを返す鞠莉さんの表情は、いつもの明るさを取り戻していた。

「吹っ切れたようで何よりです。どういたしまして」

「今度お礼をさせてくれるかしら」

「お礼なんて、おれはマネージャーとしてやるべきことをやってるだけですから」

「ワタシがしたいのよっ。だから、楽しみに待っててちょうだいね。いい!?」

「は、はい……」

 鞠莉さんは手を振って階段への戸に手をかけた。

「カイ、ありがとね! ワタシ頑張ってみるわね! だからちゃんと見て頂戴ね?」

「はい、楽しみにしてますよ」

「それじゃ、チャオー!」

 そう言って彼女は階段を降りていった。再び一人になったおれは返してもらったノートに視線を落とした。

「とりあえず書き直しておくか……」

 鞠莉さんのことが書かれたページに修正を施す。

 

「鞠莉さんの件、解決」

 

「これでよしっと」

 笑顔が戻った鞠莉さんの表情が脳裏を過ぎった。あれだけ魅力的な笑顔を向けてくれる鞠莉さん、そんな彼女がライブではどんな輝きを見せてくれるのか。

「ライブ、楽しみだな……」

 おれは一人、屋上で呟いた。




 ふと考えた。
・この作品、存在しないハズの内浦~沼津間に電車が通ってる。

・そもそも櫂自身が特異点じゃね?

・んじゃ特異点ってことでFGOとコラボ的な話かけんじゃね?

 ということでもしも需要があればサンシャイン×FGO、内浦聖杯戦争なんてものを別枠で書いてみてもいいかなーって考えてます。


ご意見、ご感想お待ちしてます。


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58話 花丸先生の女性の扱い方講座

ダイヤ「また投稿が遅かったですわね。理由を聞きましょうか」
俺「職場の休み時間が30分と短縮で全然書けないのです……」
ダイヤ「本音は?」
俺「ぐだぐだ本能寺周回中で書いてる暇ない」
ダイヤ「三千世界に屍を晒しますか?」

 念願のノッブを手に入れたぞ!


「あぶないずらーっ!」

 二階への階段の踊り場にて頭上から声が響いてきた。声の方へ視線を向ければ栗毛色の髪をした女の子が本を抱えながらこちらへと落ちてきた。

「うぉっとっ!」

 おれは彼女に駆け寄り、受け止めた。思った以上に衝撃が強く、おれは壁に叩きつけられ、彼女が持っていた本は踊り場に散らばってしまった。

「つつ……、怪我はない? 花丸ちゃん」

「だ、大丈夫ずら……」

 おれの胸元でにこりと笑う花丸ちゃん。ふにゃりとした笑顔が可愛らしい。それはそうと胸にふにゃりと柔らかいものを感じるんだが。

「図書委員の仕事?」

「うん、ちょっとムリしすぎちゃったずら……」

 周囲に散らばる本の量は一人で抱えるには明らかに多すぎる。

「これくらい、言ってくれれば手伝うよ」

「えっ、でもせんぱいに悪いずら。Aqoursとは関係ないのに……」

 そんな彼女の頭にぽんと頭を乗せて撫でてやる。

「関係わけないだろ。一応おれは花丸ちゃんの先輩なんだから」

「ありがとうずら……。それとせんぱい――」

 嬉しそうな表情を解いてジト目でおれを睨む。

「いつまでくっついたままずら?」

「っと! ごめんな!」

 ついついその柔らかさを堪能してしまった。そんなおれを彼女はジト目で見つめてきた。

「やっぱりせんぱいはえっちずら。そんなにまるの身体は抱き心地がいいの?」

「そりゃもちろん」

「即答ずら?!」

 そりゃあなた、低めの身長で出る所は出てるんだ。ふわふわとしていてぎゅっとしてたくなる。なんてことまでは言えるはずもなく。話題を変えることにした。

「ほ、ほら、散らばった本を拾って図書室に急ぐよ?」

「ず、ずらっ……」

 それから花丸ちゃんは図書館に着くまで自分の身体を隠すように本を抱えたのだった。

 

「ここが図書室ずら」

 花丸ちゃんのあとを着いてきてたどり着いたのは図書室。その名の通り、ずらりと本が並んである。

「へぇ、内浦の図書館にも負けないくらいあるな」

「スクールアイドルとして活動する前はここがまるの活動場所だったずら。本に囲まれてると落ち着くんだぁ」

 少し懐かしそうに本棚を見つめる花丸ちゃん。彼女の見せる年相応とは違った雰囲気に少しドキリとした。

「じゃあ前の方が良かった?」

 おれの問いに彼女は首を横に振った

「そんなことないずら。ルビィちゃんや善子ちゃん、皆のお陰で本しかなかったまるの世界は広がったずら。もちろんせんぱいも、ずら」

「おれは何もしてないよ。やると決めたのは花丸ちゃん自身だ」

「でもせんぱいがいるからまるはーー」

 そこまで言って花丸ちゃんは顔を紅くして固まってしまった。そして何かを振り払うかのように背を向けて本を抱えた。

「と、こんな話をしてる場合じゃないずら。本を戻さないと……っ!」

「手伝うけど?」

「だ、大丈夫ずら! せんぱいはもう戻ってもいいずら!」

 たたた、と駆けて本棚へと行ってしまう花丸ちゃん。んー、何か余計なこと言ったかな。

 あのままじゃ放っておけないと思ったおれは、彼女の消えていった本棚へと脚を向けた。

 

 

●●

「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……」

 一人本棚でまるは呟いた。最初はルビィちゃんから誘われたスクールアイドル。せんぱいは関係ないはずなのに。なのに、どうして最近はせんぱいのこと考えちゃうんだろう? 

「まる自身のことまでわからなくさせる……、紫堂せんぱいはやっぱり不思議な人ずら……」

 恋愛の曲を作る時もせんぱいの顔が浮かんだ。これってもしかしてまるはせんぱいのことを意識してるってことなのかな? そう思うとぽっと顔が熱くなった。

 いけない、今は図書委員としての仕事をしなきゃ。返本処理の終えた本を棚へと戻していく。すると一冊の本がまるの目に飛び込んできた。

「あっ、あれは!」

 ずっと読みたいと思ってた本。読もうとしたら誰かに貸し出されていたから今まで読めなかった本がある。それを読みたいとまるは手を伸ばす。けど、背の低いまるじゃそれは届かなくって。

「んーっ! ずらーっ!」

 気合いの入った声を出しても届く筈もなく、現実の残酷さを思い知った。こんなことなら苦手な牛乳さんを飲んでおけばよかったかなぁ。

 しかたないと、諦めて昇降台を探そうと辺りを見渡した時だった。

「欲しい本はこれ?」

 さっきまで話してた声が後ろから聞こえてきたかと思うと、その人の影はまるの背中に影を落とした。

「ずらっ!?」

「おれでもちょっと高いか。よっっと」

 声の主は驚くまるを余所に、密着して本を本棚から抜き出す。わわ、近い、せんぱいの身体が・・・。背中に男の人の身体の感触が伝わってくる。さっき抱き留めてもらった時の感触が蘇る。意外とがっしりした、紫堂せんぱいの身体だ。

「はい、花丸ちゃん」

 せんぱいはにこりと笑って本を差し出した。まるはそれを受け取ると即座に身体を離した。

「えっちずら」

「なんでだよ!」

 自覚がないのかショックを受けるせんぱい。そーゆー自覚がない所がますます質が悪いずら。

「女の子の後ろにいきなり立つのは失礼ずら。おらじゃなくてルビィちゃんだったら大声出してたかもしれないよ?」

「た、確かに……。ごめんな……」

 申し訳なさそうな表情をするせんぱい。う、そんな表情されるとまるまで申し訳なってくるよ……。あっ、そうだ。

「これからはまるがせんぱいに、女性に対しての扱い方とかを教えてあげるずら!」

「えっ、いいよ。別にーー」

「今日のこと、他の皆に言ってもいいずら?」

 まるがじっと睨むと、せんぱいが苦虫を潰したような顔をする。ちょっと脅してるみたいで気が引けるずら。

「よ、よろしくお願いします……」

「じゃあ今日のこととか色々、交換日記に書いておくずら! 覚悟しておいて欲しいずらー!」

 せんぱいは苦笑いしながら「よろしくね」と言ってくれた。これでもっと近くからせんぱいを観察出来る口実にもなるし、交換日記の書くことが増える、一石二鳥だね。えへへ、渡すのが楽しみずら……!

 

 

◇◇

「まさか年下の子に教えを請うことになるとは……」

 図書室の机に座っておれは呟いた。花丸ちゃんは図書委員の仕事として準備室に入っている。手伝おうかと言ってみたが、「ここからは関係者以外立ち入り禁止ずら!」と断られてしまった。彼女に何かあるといけないのでこうやって仕事が終わるのを待っているのだ。

「おれ、女の子との距離が近すぎたのかねぇ」

 そこまでじゃないと思ったんだけどな。曜や千歌と一緒にいたことが多いからそこから辺の距離感がわかりにくいのかもな。反省。せっかくのいい機会だし、本とか読んでて詳しい花丸ちゃんに色々教わるとしよう。

「せんぱい、お待たせしましたずらー!」

 なんて考えていると、花丸ちゃんが準備室から出てきた。

「お、お疲れ様。仕事はもういいの?」

「仕事は殆ど終わってたずら。大半はーー」

 そう言うと花丸ちゃんは一冊のノートを取り出した。それはあの時の合宿の時に使ってたノートだ。おれの観察日誌だったが、今ではおれと彼女の交換日記だ。

「これを書いてたずら。女の子への扱い方をまるが知る限りびっしり書き込んだずら」

「へぇー、さすが花丸ちゃん」

 おれがノートを開けようとする手をぴし、と鉛筆で叩く花丸ちゃん。ジト目でおれを睨んできた。

「せんぱいー? 交換先の女の子がいる前で交換日記を開くなんてマナー違反ずら!」

 おっとそうだったか。早速教えられちゃったな。おれは彼女に頭を下げた。

「これからのご教授、よろしくおねがいします、先生」

「ずら! よろしくされたずら!」

 嬉しそうに胸をはる花丸ちゃんがとっても可愛らしかったのだった。これからが、ちょっと楽しみだな。

 

 

「授業料は一回いちのっぽパンを所望するずら!」

「随分やっすい先生だな」

「何か言ったずら?」

「いーえなんでもないですよ先生」





 花丸回でした。本を取ろうとするけど身長的に届かなくて彼女の後ろから本を取ってあげるって話にしたかったんだ……。気がつきゃ花丸ちゃんともフラグが薄い気がしてきた今日このごろ。全員分のルート書くと名言したので一人一人のフラグの薄さが目に見えてきた気がする。何の、個別ルートで濃くしてみせましょう! 今回で何となーく花丸ちゃんとのルートの方向性が見えてきた気がしますし。

さて、内浦聖杯戦争も一人一人の鯖の構成が完了しました。あとは書くだけなんだけど、ホントに需要あるかなぁ? FGOでシリーズ初めて触れた人間だし、FGOのイベント並にキャラ崩壊の危険性があるんだけど。まぁ是非もないよね。


 ご意見、ご感想お待ちしてます。


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59話:桜色スケッチブック

 どうも、別枠でも梨子ちゃん贔屓が激しい作者です。内浦聖杯戦争の方でも梨子ちゃん回を書いた後、そのままのノリで温めてたこの回を書き始めたらもう完成しちゃいました。


「ん、あれは……?」

 夕日が沈みかけの校舎。廊下は東側にあるせいか少し薄暗い。そんな中一つの教室の戸が開けられていて、オレンジ色の光が差し込んでくる。

「美術室、か……」

 誰かいるのだろうかと気になって中の覗いてみる。

「~♫」

 中では梨子がイーゼルにスケッチブックを乗せて絵を描いていた。スケッチの対象は、スニーカーかな? 時折それを見つめてはスケッチブックに視線を戻して鉛筆を走らせる。鼻歌を歌いながら描いてるの所を見ると、楽しそうにやってるのが伺える。夕日を浴びてスケッチをしている梨子は、様になっていた。

 中に入ろうとして、足が止まった。

『せんぱいは女の子の扱いがなってないずら!』

 ふと花丸ちゃんの言葉が脳裏を過ぎった。そうだな、ここでいきなり入ったらびっくりさせちゃうかもな。おれは開きっぱなしの教室の戸を軽く二回ほど叩いた。

「っ! あ、紫堂くん」

 おれを見つけるとぱぁっと表情を輝かせる梨子。それが何だか嬉しくておれの頬も緩んだ。

「ごめん、邪魔だったかな?」

「ううん、大丈夫だよ」

 ぽんぽん、と隣の椅子を叩く梨子。あそこに座っていいってことかな。

「じゃあ失礼してっと……」

 彼女の許しを得たので、その席に腰を降ろした。

「学校の課題?」

「ううん、練習も終わって暇だなって思ってたからちょっと久々に絵でも描こうかなって思ったの」

 視線はスケッチブックに向けながら鉛筆を走らせる。おれはこういう類の良し悪しは解らないけど、素人目で見てもすごく上手なデッサンだと思えた。でも、ライブの告知のチラシのイラストは、梨子は描いてなかった。

「すごく上手じゃんか。どうしてライブのチラシを書かなかったんだ?」

 おれの言葉に少しぴくりと身体を揺らす梨子。ちょっと顔を赤らめてこっちを向いた。

「ありがとう。紫堂くんに言われると、すっごく嬉しい。でもなんて言うのかな、あぁ言う感じの告知のイラストと、わたしが描くものはちょっと違うような……」

「あー、言わんとしてることが何となく解るような……」

 スクールアイドルのキャピキャピした感じと、今梨子が描いているこれはどう見ても真逆なイメージだ。

 梨子は視線を落として苦笑いした。

「やっぱり地味だよね……前の学校では美術部員だし、アイドルとかそういうのにも疎くって……。向いてないのかな?」

「そんなことないと思うぞ。曜だって飛び込みの選手で水泳部と掛け持ちだ。水泳部のスクールアイドルがいるんだ、元美術部のスクールアイドルがいたっていいハズだ」

 おれの言葉に梨子はくすくすと笑った。

「何その理論? でも、ありがとう」

「どういたしまして。それに絵だけじゃなくて梨子はピアノも得意だろ? 梨子の作った曲おれは好きだし、向いてないってことはないと思う」

「そ、そう!? ありがとぅ……」

 梨子は恥ずかしそうに小さく呟くと視線をスケブに向けた。彼女の反応が可愛らしくておれも何だか照れくさい。そのまま鉛筆が走る音がおれ達の間に流れた。

「……」

「……」

 時折梨子の視線がちらりちらりとおれの方へ向いている。描かれるラインもさっきよりもどことなく先鋭さが失われている。

「あ、ごめん。気が散るか? ならおれ出るから――」

「ううん、そんなことないよ! むしろ居て欲しいっていうか……」

 互いに沈黙が続いてしまう。何だこの空気。とにかく彼女の気を散らさないようにしなきゃ。

「じゃ、じゃあおれ美術室ぶらぶらしてるから!」

「う、うん!」

 こうしておれは美術室に掛けられた作品やら石膏像を見ながら時間を潰した。そうしていると時折梨子からの視線を受けているような気がして。彼女の方を見ると慌てたようにスケッチブックを見つめ直していた。

 何度かそんな無言のやり取りをしつつ、使い込まれた机を撫でながら夕日を見て歩いていると。

「っ!!」

 突然、左の中指に痛みが走った。左手を見ると、中指から血がにじみ出ていた。撫でていた机に視線を向けると、頭が取れた画鋲が机に打ち込まれていた。恐らくそれにかすってしまったのだろう。鋭くなっていたらしく、どくどくと血が流れている。

「梨子、救急箱ない? ちょっと画鋲で怪我しちった」

「えっ!?」

 一目散におれの所へやってくる梨子。おれが指を見せるとはっと息を呑んだ。

「た、たいへん! 早く、消毒しなくちゃ!」

「うん。だから救急箱を――って桜内さん!?」

 梨子はおれの手を取ると口を開けておれの指を運び始めた。ちょ、何してんのさ!

「つばぐらい自分で着けられるから! っていうかそうじゃねーし!」

「だ、ダメだよ! もしもその画鋲が錆びてたらバイキン入っちゃうかもしれないし!」

「そ、それこそ自分で出来るって! そもそもそういうのって蛇に噛まれた時の対処法じゃなかったか!?」

「あっ――」

 おれの指摘にぴたりと身体の動きを止める梨子。みるみる顔だけでなく、首筋や手先も紅くなっていく。

「わ、わたし、救急箱とってくるね!」 ぴゅーっと逃げるように走り去ってしまった。一人取り残されたおれはさっき梨子が掴んでいた左手をまじまじと見つめた。

「やって、もらえばよかったかな……」

 そう言った瞬間、おれの右手は全力でおれの顔面を殴ったのだった。

 

 

「はいっ、これでよしっと」

 ぱたん、と梨子が救急箱を閉じた。おれは怪我した指を見た。巻かれた絆創膏はキツ過ぎずかつユルすぎず、程良い感じだった。

「ありがとう梨子。上手なんだな」

「そ、そんなことないよ。でもごめんね。怪我させちゃって……」

「梨子が謝ることないさ。逆に考えれば、梨子が怪我しなくて済んだってことになるしな」

「紫堂くん……」

 少し潤んだ梨子の目がおれを見つめる。照れくさくてそれが直視出来なくて、話題を変えた。

「所で、デッサンは完成したのか?」

「あっ、うん! お陰様でいいのが描けましたっ」

 完成した絵を梨子は見せてくれた。鉛筆一本から生まれた濃淡がスニーカーを形成している。自分の拙い表現では『凄い』という言葉しか浮かばなかった。

「これ、コンクールとか出したら賞とかとれるんじゃないか?」

「わたしなんてまだまだだよ。上には上がいるもん」

「でも、おれは梨子の描いたこれ、好きだなぁ。ん?」

 画用紙の隅、関係のない所が黒く塗りつぶされている。これは、なんだ?

「梨子? この黒いのは何?」

 質問された梨子ははっと声をあげた。

「な、なんでもないの! なんでも! それよりも、早く帰ろ? そろそろ陽が沈んじゃうし」

 それもそうだな。日が落ちたらけっこうこの辺り暗いし。ちょうどいいから彼女を送っていくとしよう。

「じゃあ、下駄箱前で集合ってことで。おれは自分の荷物持っていくから」

「う、うん」

 そう言っておれは美術室をあとにするのだった。

 

 

●●

「危なかった……」

 紫堂くんが去った後の美術室。わたしは隅の塗りつぶされた所を見た。

「消しといてよかったなぁ」

 さっき紫堂くんが美術室をぶらぶらしてた時。彼の横顔を見てとっさに『紫堂くん♡』って書いちゃった。直ぐに恥ずかしくなって鉛筆で塗りつぶしちゃった。うう、ホントのこと知ったら紫堂くんどんな顔するかな?

 スケッチブックをカバンに戻して、美術室を出た。ここで彼が言った言葉が脳裏を過る。

 

『梨子の作った曲おれは好きだし、向いてないってことはないと思う』

『逆に考えれば、梨子が怪我しなくて済んだってことになるしな』

『おれは梨子の描いたこれ、好きだなぁ』

 

「ッ――!」

 思い出しただけで胸がドキドキする。紫堂くん、ズルいよ。こんなにわたしをドキドキさせるなんて。いつかこのドキドキを、この気持ちを伝えられる日が来るといいな。

 先に玄関で待っていた紫堂くんにわたしは声をかけたのだった。

「お待たせ、紫堂くん!」




 書いてる途中でも「あ、これいいんじゃないか」って追加することがあります。今回もそうでした。梨子ちゃん回書いてるとホントに楽しい。サクサク書けちゃいますね。でも贔屓過ぎるのではないかと悩むことも。一番好きだからサクサク浮かんでしまう。是非もないよね。

 さて、これで学校でのピックアップ回が全員分終わりました。あとは問題の分岐点の一歩前ルートになります。ついにここまで来れました。ここまでやれたのも読んで下さった皆様のおかげです。これからも自分なりの彼女達の物語を書いていこうと思います!

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Dream World:君と過ごす当たり前の日常に

 曜ちゃん誕生日回です! ただ一つ謝罪させて下さい。この回では曜ちゃんと櫂は恋人関係です。そしてその恋人になる経緯が一部含まれています。まだ曜ルートは脳内構成のみで執筆もまだしてない状態です。ですから皆様の多くは首を傾げる内容かもしれません。もう少し早く執筆出来ていれば……。
 それはさておき、本文をお楽しみ下さい。


「櫂ーっ!」

 いつもの分かれ道で待ってると、聞き慣れた声が降ってきた。それと同時に襲いかかる衝撃。背中には柔らかい感覚、首筋に濡れた髪の触感が伝わってくる。おれは恋人の濡れた髪をくしゃくしゃと撫でた。

「遅いぞ曜。今日はスクールアイドルの練習だけじゃなかったのかよ」

「いやー、練習の後に水泳部の方も練習が入ってしまいまして……」

 えへへ、と頭を掻く曜。そんな笑顔を見ると、遅刻したことも許してしまう。でもそこはおれ達。ホントの事は言わない。

「ま、今日と言う日に免じて許す。おれに感謝しろよ?」

「ははーっ、ありがたきしあわせっ」

 おれの腕に抱きつく曜。胸の奥がぽっと温かくなるのを感じながらおれ達は歩き出した。

「んじゃ曜、誕生日デート始めるか。どこ行きたい?」

「ヨーソローっ! じゃあまずはね――」

 

 

 松月にておれ達は向かい合ってデザートを食べていると、曜が自分のケーキを一部切り取っておれの目の前にチラツかせた。

「ほら、櫂っ。あーん、して?」

「あ、あーんっ……」

 口を開くと、みかんの乗ったスポンジケーキが運ばれてきた。口を閉じて租借するとみかんの果肉が口の中ではじけた。スポンジにもみかんが練り込まれているのか、甘みと酸味のコンビネーションが美味なるハーモニーを奏でている。

「どう、櫂? おいし?」

「あぁ。すっげーおいしー」

「よかったぁ。じゃあ私にもあーんして?」

「ん。ほれ」

「あーんっ……。んー、美味しー♪」

「てゆーかさこんなんでいいのか、曜?」

「ん? なにが?」

 曜はおれから受け取ったフォークをくわえたまま咀嚼している。

「せっかくの誕生日なんだぞ? もっと特別な所行かなくていいのかよ?」

「いーのっ。こうやって櫂と一緒に居られるだけで特別なんだから」

「曜……」

 その言葉に嬉しくて頬が緩んだ。そうか、一緒にいる毎日を大事にしてくれてるんだな。

「それにぃ、ここは櫂の奢りだしね♪ すいませーん、ケーキおかわりー!」

「おまっ、それが本音か!」

「こんな時の為に今日はダンスの練習も、飛び込みの練習もいっぱいやってきたのだ☆ ケーキの二つや三つ、余裕で入っちゃうよ! んー、おいしーっ!」

 運ばれてきたおかわりのケーキを口に運んで美味しそうな顔をする曜。その表情を見てたら、怒る気なんてなれる訳がない。

「この後、おれんちで夕飯食べるんだろ? 食べ過ぎないようにしろよ?」

 おれの言葉に口元にクリームをつけながら、「ヨーソロー!」と敬礼する曜であった。

 

 

「ふー、食べた食べたっと!」

「いい食べっぷりだったな」

 松月からの帰り道、二人手を繋いで歩く。夕日の日差しを浴びながら微笑む曜は、いつもよりもどこか魅力的に見えた。

「この時期限定のみかんスポンジケーキ、美味しくっておかわりしちゃった」

「おれが破産しない程度に堪能してもらえて何より」

「それでー、次は櫂の手作りのハンバーグっ♪」

 曜の言葉におれは顔をしかめた。

「本当に大丈夫かよ、おれに任せて、さ」

「大丈夫だいじょーぶ。私、櫂のこと信じてるから」

「曜……」

「それに、弟子の上達っぷりも見ておきたいからねっ」

 ふふんと得意げに胸を張る。そっか、恋人関係になってもその師弟関係は変わらないのね。

「それじゃ師匠を唸らせる至高のハンバーグを馳走してやりますかね」

「うむ、楽しみにしておるぞっ」

 なんて他愛ないやりとりをしている内におれの家に着いた。

 家の戸を開けるなり、曜が「ただいまーっ」と言って靴を脱いだ。君の家じゃないでしょうに、という言葉は言わないでおこう。

「じゃあ私は着替えてくるねー。櫂、覗いたらダメだからね?」

「覗かねーよ。これから晩飯の準備するんだっての」

 おれの言葉に曜は手をひらひらと振りながら奥へと消えていった。

 前に起きた事件がきっかけで、おれの家に簡単ではあるが曜の部屋が出来た。事件が解決した今でも、曜がおれの家に泊まりに来るときはその部屋を使うことになっている。いつの間にか曜の奴は部屋着などを運んでいたようだ。

 おれも簡単に着替えを終えて台所に立つ。冷蔵庫を開けて材料に不足がないか確かめる。よし、問題なさそうだ。

 誕生日っていう特別な日に、曜はおれとただ一緒にいるだけでいいって言ってくれた。それが嬉しかった。ならおれがすべき事は一つ。この夕食を完璧に作って、曜を満足させる。それがおれが曜にしてやれる一番特別なことだと思うから。

「よしっ」

 おれは決意を固めると挽き肉をボウルに入れたのだった。

 

 

「ごちそうさまーっ」

「はい、お粗末様でした」

 曜がぱんっと両手を合わせてごちそうさまと言ってくれる。それだけでなんだか嬉しかった。

「お味はどうでしたかな、先生?」

「うーむっ、味は悪くはなかったのぉ」

 見えないあごひげを撫でる素振りを見せながら老師っぽい口調で喋る。

「ただ中に入ってたタマネギがまだ大きかったかな。そんなに食感を楽しむもんじゃないからね」

「あー、確かにな。そこんとこはまだ精進が必要だったな」

「でもそれ以外は完璧だったよ。曜ちゃん感激だよぉー」

 うれし泣きのような仕草を見せる。これだけころころと表情やらキャラが変わるのはそうとう満足してる証拠だ。

 おれが皿を洗おうと立ち上がると、曜がそれを制止した。

「あ、皿は私が洗うよ。その代わり櫂には用意して欲しいものがあるんだ」

「用意して欲しいもの? なんだよ?」

 おれの問いに曜はにひひと笑った。

「私と勝負しよっ」

 そう言って彼女は戦ゲームのソフトを取り出したのだった。

 

 

「やったー! 櫂に勝ったー!」

 曜が嬉しそうに両手を上げる。おれは力なくコントローラーを床に置いた。

「か、紙一重だったか……。あそこのメテオはずりぃよ」

「むっふっふー、この渡辺 曜容赦せん! そーいう櫂だって掴みからのコンボとかえげつなさ過ぎだって」

「これでも曜に合わせてレベル落としてんの。本気ならあれだからな? 瞬殺だかんな?」

「ぷぷっ、負け惜しみは見苦しいぞー」

「負け惜しみじゃねーし」

 いたずらっ子っぽく笑う曜にめらりと対抗心が沸いて出てきた。

「それじゃあ次は手加減なしでやってよ。それで私に勝てたらご褒美あげるからさ」

「言ったな。後になって取り消すんじゃねーぞ」

「取り消さないよっ。じゃあ始めるよーっ!」

 おれは軽く首を二三回回すとコントローラーを握った。

 

「ほいっ、おれの勝ちっと」

「うぅー、一騎落とすだけで精一杯だった……。櫂ってば大人げなさ過ぎー!」

 曜の非難の視線が心地よい。悪いがおれは恋人相手だろうと手を抜くことはしないのだ。さっきのはあれだ、誕生日ってことだったから接待モードだっただけだし。

「本気でやれって言ったのは曜の方だろ。おれはそれに全力で応えただけだしな」

「むぅ、確かに……。じゃあ、ご褒美あげるね」

「おう、何が貰えるのかたのし――」

 おれの言葉を遮るように曜の唇がおれの唇に重なった。すぐにそれは離れ、曜の紅葉とした表情が視界いっぱいに広がった。

「ルール追加ね。負けた方は勝ったほうにキスする。いい?」

 おれは無言で頷いてそのルールに了承した。

 それから何回の勝利と敗北を繰り返しただろうか。勝つ度に曜のキスがおれの唇を潤し、負けるとおれが彼女の唇を啄む。そんなのをやっている内に、ゲームそっちのけでおれ達はキスをしていた。

「んっ、ちゅっ……。かい……」

「曜……。んっ」

「ちゅぅ……、ねえ櫂。私誕生日にもう一つ欲しいのがあるんだけど……」

 顔を離し、少し恥ずかしそうにおねだりする曜。何となく欲しているものを察しながらも、「なんだよ、言ってみろよ」と彼女の耳を軽く舐めながら言ってみる。

「ひゃうっ! あ、あのね、櫂のこと……、欲しいなぁって」

 来ることが予測出来たであろうその言葉を聞いて、おれの中の何かが弾けた。

「仰せのままに、お嬢様」

「んむっ!? はっ、あーー」

 その日は、大いに盛り上がる誕生日になった。最後はこんな感じになってしまったけど、これからの毎日をもっと曜と楽しく過ごしたい、そう改めて思える日であった。

 




 はい、曜ちゃん回でした。自分が持ちうる限りのイチャイチャを詰め込んでみました。本編の今後の展開も踏まえての内容だったので伝わらない内容も含んでしまいました。なので、9人分の分岐シナリオの後は、まず曜ルートを書いていきたいと思います!

 それともう一つご報告が。この輝きの縁、R18枠を作ります! 以前から花丸ちゃんやダイヤさんなどでプレイの内容は脳内で妄想しまくっていたのですが、もう我慢の限界です。この誕生日回の続きを、翌日に新しい枠として投稿します。
 どうか、そちらの方もお楽しみ下さいませ。

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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60話 9つに分かれた道に立つ

 選択肢回です。やっとここまでこれました。


「勉強会ですわっ!」

 部室にダイヤさんの声が響く。千歌は涙目で目の前の用紙を見つめ、善子は白目をむいて倒れ伏す。梨子とルビィちゃんがそれぞれに「千歌ちゃん、しっかりして!」「よしこちゃん、だいじょうぶ?!」と声をかけている。かく言うおれも無事ではなく、押し寄せる数学の問題の波状攻撃を受け、意識が朦朧としている。

「かーいっ、倒れるにはまだ早いよ」

「そうだぞ紫堂一等兵! 貴様それでも軍人かーっ!」

「学生だよ……」

 おれの力ないツッコミを余所に鞠莉さんが「ちかっちもヨシコもカイもファイトーッ!」とチアガールの服を着込んでぽんぽんを振っている。

「さぁ紫堂さん、まだまだいきますわよ!」

 どこから持ってきたのかメガネをくいっとあげるダイヤさん。どうやらまだまだ彼女のシゴキは続きそうだ。

「どうして、こんなことに……」

 おれは弱々しく天井を仰ぎ見たのだった。

 

 

 思えば、千歌のあの一言から始まった大惨事だったと思う。

「お泊まり会だよっ!」

 ライブを二日後に控えていた昨日、千歌が部室で提案したのだ。

「お泊まりって、この学校でですか!?」

「イイじゃない、みんなでお泊まり! 楽しそう!」

 驚きの声を出したのはダイヤさんだった。その後に賛成の意を示したのは鞠莉さんだ。

「確かに準備はもう殆ど出来てるし、明日はゆっくり休んで万全の状態でライブに挑むつもりだったからね。ちょうどいいかも」

 果南姉ちゃんもどうやら賛成みたいだ。曜もうきうきと楽しそうな表情を浮かべている。

「皆でお泊まりって鞠莉ちゃんのホテル以来だったよね!」

「えへへ、また皆でお泊まりしたいなぁ……」

「まるも大賛成ずら!」

「くっくっく……、夜の校舎を堕天使の居城にしてくれるわ……」

 一年生組も大賛成みたいで、視線が生徒会長であるダイヤさんに集中する。ダイヤさんは大きくため息をつくと、苦笑いした。

「まあ、千歌さん辺りがそう言うんじゃないかと思っていたので一応書類は作っておきましたわ」

「やったーっ!」

 千歌が嬉しそうに跳び跳ねる。周りも嬉しそうにしている。一つ屋根の下で絆を育む、いいじゃないか。思う存分やるといい。

 なんて微笑ましく思っていたら曜がおれに声をかけてきた。

「何自分は無関係ー、なんて顔してるのさ櫂。櫂も参加するんだよ?」

「え?」

 今コイツなんて言った? おれも参加する? 女子9人とお泊まり会? 正気か?

「いやいや曜さん、ちょっと待って下さいよ。おれ男よ? 女子校に泊まるのは流石にまずいっしょ?」

「じゃあこの間みたいにダイヤの制服借りて女装すればイイじゃない!」

「なるほどそっかー、そうすれば女の子としてここにお泊まり出来るよねーっておバカ! っていうかみんなは怖くないわけ? 男のおれが泊まるってことがどんなにマズいか」

「どう、マズいずら?」

「それは……」

 花丸ちゃんの質問に口ごもってしまう。もしも万が一の過ちがあるかもしれないじゃないか。

「その顔は、えっちなこと考えてるずら。せんぱいはやっぱりすけべさんずらっ」

「すけべー!」

 おいそこの渡辺、同調するんじゃない。おれが反応に困っていると、善子が口を開いた。

「もしかしてシドーは誰かがシドーのことを襲うってこと考えてるんじゃない?」

「えっ! せ、先輩誰かに襲われちゃうの?」

「二人とも何勘違いしてるのかな? 逆だよ逆! おれはーーあっ」

 善子がにやりと笑っている。こいつ、かまかけやがったな。

「やっぱりすけべさんずらーっ!」

「全く、紫堂さんったら……、でも心配なさそうですわね」

「今の会話のどこに心配ない要素があるのかなダイヤさん!」

 心配するおれに梨子が優しく語りかけてきた。

「大丈夫、みんな紫堂くんのこと信じてるから」

「そーだよかい。それにこういうことはメンバー全員で楽しまないと」

「メンバー全員?」

「そーだよ櫂ちゃんっ!」

 千歌がおれに近づき手を握った。よく見れば他の皆もおれを見ている。

「櫂ちゃんも立派なAqoursのメンバーなんだよ! 一人でも欠けちゃダメなんだから!」

「千歌……」

 千歌の言葉に心臓がぽっと暖かくなるのを感じた。そうか、みんなおれのこと信頼してくれてるからおれをお泊まり会に誘ってくれてるんだ。おれはこの信頼に応えてやらないとな。

「わかった。でも、おれ専用に部屋を用意してくれよな?」

 おれの言葉に9人がぱあっと笑顔を咲かせた。

 

 

 なんて感動もつかの間、お泊まり会は勉強会と代わってしまった。「スクールアイドルたるもの、学校を代表するもの。勉学にも励んでいる姿が必要なのです!」と生徒会長たるダイヤさんの言葉からこれは始まってしまった。

 最初はおれも傍観者だったのだがダイヤさんに勉強は出来るのかと聞かれて目を逸らした所、勉強する側の席に座らせられるのであった。

「もう、櫂ったら仕方ないなぁ。この曜ちゃんが勉強を教えて差し上げよう」

 そう言って曜がおれの隣の椅子に座った。確かにこいつ、意外と勉強出来たよな。テストの時期になると学校が違うのにテストの結果をよくおれに自慢しに来たっけ。

「櫂、なにか失礼なこと考えてない?」

「何にも考えてないであります、曜教官」

「ふふん、よろしい。それでどれがわからないの?」

 おれが数学の問題を見せた所、ふむふむと読み解く曜。そして直ぐに顔を上げて笑顔を見せた。

「なーんだ、こんなの簡単じゃんっ! いい? ここにぴゃっと代入したらぱぱっと展開して、ずばばと解いちゃえばいいんだよ」

「……」

 ははーん。さてはおめー、教えるのがへたくそだな? あまりにふわっとした教え方で全然参考にならん。

「曜」

「何かな紫堂君っ」

「チェンジで」

「えぇーっ!? どうしてさ!?」

 困惑する曜を放っておいて、今度は梨子に教えを請うことにしよう。

「梨子、ここの問題なんだけど……」

「うんっ、わたしでよければ教えるよ」

 にこりと笑って引き受けてくれた。梨子の解説は丁寧で、おれの頭でも理解出来た。

「どう? 解りやすいといいんだけど……」

「いや、本当に解りやすいよ。ありがとう。梨子は家庭教師とか向いてるかもな」

「そ、そうかなぁ……?」

「梨子ちゃーん、千歌のことも助けてよぉ……」

 千歌が机に力つきて倒れ伏した。

「はいはい、千歌ちゃんは何がわからないの?」

「どうしてこの世界から争いが無くならないのか」

「それ勉強関係ないよね!?」

「ふっ、それは人が人である限り起こってしまうものなのよ……」

「よっちゃんまでつられて来ちゃった!!」

 千歌の現実逃避に同じ勉強する側であった善子が同調し始めた。

「人が変わらない限り争いが無くなることはないわ。だからこのヨハネが粛正しようと言うのよっ!」

「そんな、人を裁くなんて、そんな権利善子ちゃんにはないよっ!」

「ヨハネっ! 争いを無くすには誰かが業を背負わなければならないの。その業、この堕天使であるヨハネが背負うのよっ!」

「エゴだよそれはっ! でも、それを善子ちゃん一人が背負う必要はないよ。私も一緒に背負うから……」

「千歌ちゃん……」

「さぁいこう善子ちゃんっ、私たちの歌で世界を救うのだー!」

「ええっ!」

「よーしこちゃんっ!」

「いだっ!」

 善子の頭にぽかり、と手刀が炸裂した。あきれ顔の花丸ちゃんが善子を睨んでいた。

「妄想してる暇があったら問題を解くずら。おらとルビィちゃんの教えを無駄にするつもりずら?」

「うっ、だって堕天使に勉強なんてふさわしくーー」

「ふさわしいふさわしくないは関係ないずら。耳元でお経を唱えてあげるずら」

「そ、それは勘弁してちょうだいっ! おトイレいけなっ、ヨハネが堕天使でいられなくなっちゃうっ!」

「お経で成仏しちゃう堕天使なのっ!?」

 おれがつっこみたい所をルビィちゃんがつっこんでくれた。善子は花丸ちゃんとルビィちゃんがいれば平気かな。わいわいと騒ぐ皆を見て休憩も出来た。もう一踏ん張りしますか。

「ほら、千歌。現実逃避してないで勉強すっぞ」

「えー……」

「梨子先生ならちゃんと教えてくれるから安心だ」

 そう言って梨子に視線を向けるとーー

「家庭教師梨子ちゃん、かぁ……。えへへ、なんかいいかも。そうすればもっと近くで……、ひゃー、恥ずかしいよぉ……」

 梨子先生は家庭教師の響きが大変気に入ったのか、夢の世界へと旅だっているようだ。おれと千歌は顔を見合わせて笑った。

「自習するしかないな」

「そうだねっ」

「おっ、ここで曜ちゃん先生の出番だね?」

「「遠慮します」」

「何で千歌ちゃんまで言うのさーっ!」

「ちょっと皆さん、少し騒がしいんじゃありませんの!?」

 ダイヤさんの声が部室に再び響きわたった。

「これでは勉強にならないじゃありませんのっ! いいですか? いずれ来るラブライブの大会の為には学校を代表するアイドルだと示す必要があります。赤点などをとることがないようにこうして勉強会を開いているのではありませんかっ!」

「だ、ダイヤ、少し落ち着いて……」

 果南姉ちゃんが制止すると少し落ち着きを取り戻したダイヤさん。ふと周囲を見渡すとある違和感に気づいた。

「あら? 鞠莉さんはどちらに?」

 彼女の指摘におれ達も鞠莉さんが部室にいないことに今更気づいた。そんな中、おれ達のスマホが震える。Aqours共有lineからだ。

「「勉強なんてまっぴらごめんなので暫く学校をうろついてマス。終わったら連絡ちょうだいね! チャオー」」

「まぁりさぁーん!!」

 ダイヤさんは般若のような顔で部室から飛び出していった。その様を見て誰かが吹き出した。

「ぷっ……」

 それを皮切りにおれ達は大いに笑うのであった。

 

 

 陽も沈み、夕暮れ空が徐々に藍色に染まっていく。おれは人気のない廊下を歩いていた。

 勉強会も終わり、自由時間になったので校内をぶらついていたのだ。そしておれの足は調理実習室の前で止まった。

「曜」

「あっ、櫂! どうしたの?」

 室内では曜が調理道具を使って夕食の支度をしていた。夕食の相談をしていた時に「この渡辺 曜に任せるであります!」と10人分の夕食を作ると自ら進み出たのだ。

「ほんとに平気か? 10人分って結構きつくないか?」

「大丈夫だって。むしろ腕がなるであります! 櫂も皆みたいにどこかで時間潰してれば? 出来たらlineで呼ぶから」

 曜の様子を見る限り無理はしてないようだし、楽しんでるみたいだ。おれは曜を手伝ってもいいし、手伝わなくてもいい。

 さて、どうするか……

 

・曜を手伝う

・せっかくなので近くの海岸に行く

・音楽室に行く

・コンビニでジャンプを読みに行く

・教会を覗いてみる

・屋上で外の空気でも吸いに行く

・ステージの様子を見る

・プールに行く

・生徒会室に行く




 今回はここまで。次回からは以上の選択肢ごとのシナリオを書いていきます。今回を投稿した一日後にこれら9つを同時に予約投稿していくつもりです。全員分読むも良し、自分の推しだけを読むも良しです。
 どの選択肢も気合いいれて作ってある(と思いたい)ので読んで頂けると嬉しいです!

 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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水色の約束

 おれは曜の隣に立ち、Yシャツの袖を捲った。

「櫂?」

「流石に10人分を一人でやるのはキツいって。おれも手伝うよ」

「櫂……。もう、一人で大丈夫って言ってるのに」

 そう言う曜の顔は迷惑そうではなく寧ろ嬉しそうで。その後小さく「ありがと」と呟いたのを、おれは聞き逃さなかった。

 

 

 と、カッコつけたはいいものの、おれの料理スキルはそんなに高くないことを全く勘定にいれてなかった。

「曜、ハンバーグはこれくらいでいいか?」

 おれがこねたハンバーグを見せれば「空気がまだ入ってる!」と厳しく言われ、ゆで卵をゆでれば「茹ですぎて固いよ!」と却下された。

「これじゃ手伝うっていうよりも足を引っ張ってる気がしてきた……」

「もう、手伝うならそれなりの技術を持ってよね?」

「おっしゃるとおりで……。どうする? 誰か呼んでおれと交代させる?」

「それはだめ」

「なんでさ」

「なんでもっ」

 そう言う曜はどこか嬉しそうで。そんな彼女の顔に目が離せないでいると沸騰した鍋がふきこぼれた。

「うわやべっ! ってあっつ!」

 その鍋の柄を手づかみしてしまい、とっさに手を離す。う、熱くてひりひりする。そんなおれを曜はけらけら笑って包丁を一定のリズムを奏でながら野菜を刻む。

「もう、櫂はおっちょこちょいだなー。そんなんじゃ一人になった時食べていけないぞー?」

「そんときは曜がおれに飯作ってくれよ」

「えっ……」

 突然包丁のリズムが止まった。視線を曜に向けると顔を紅くして固まってしまっている。

「曜? どうかしてーー」

 そこまでいいかけておれは自分の言ったことの意味を理解した。「おれに飯作ってくれ」ってこれプロポーズのようなもんじゃないか!

「いい、いや、その、あれな! 今後おれ一人でも飯作れるように見本として作ってくれって意味だから! 決してそんな意味じゃないっていうか!」

 おれの言葉に固まっていた曜が慌てたように再起動した。

「な、なーんだ! そーだよねー! もー、櫂ってばー! この曜ちゃんじゃなかったら本気にしちゃうとこだったぞ! もうちょっと言葉には気をつけないとー!」

 曜はバンバン、とおれの背中を叩いた。練習とかで鍛えたせいか、その力は妙に強かった。

「あはは! わっりー!」

 なんておれの言葉を最後に、互いに黙ってしまう。ちらと曜の方を見ると顔を紅くしたままこっちをちらちらと見ている。う、なんだか変な空気に。話題を変えるとしよう。

「いよいよ明日だな、ライブ」

「――っ、うん。そうだね」

「会場席から見てるからな」

「うん」

「はりきりすぎてドジるなよ?」

「しないよ!」

 見つめ合って、自然と笑顔になって笑い合った。よかった、さっきみたいな雰囲気もうどこにもない。

「櫂。私たちのことちゃんと見ててよね。めーいっぱい輝いてみせるから!」

「ああ。曜達がどんな輝きを見せてくれるのか、この目に焼き付けておくぞ」

「ありがと。あ、あと、さ……」

 曜がおれに向き直った。

「今度、櫂の家に料理作りに行って、いい? ほら、櫂が一人でも料理出来るように教えたいから……」

 そんな幼なじみの言葉にドキリとしてしまって。おれはその動揺を悟られないように、答えた。

「あ、ああ。よろしくお願いしますよ、曜先生」

「ヨーソロー! 曜ちゃん先生の料理教室は厳しいぞー?! ちゃんとついてくるように!」

 おれの返事にぱあっと表情を輝かせ、敬礼のポーズをとる曜。その笑顔は、今日一番輝いて見えたのだった。

 

 

●●

 櫂のやつー! なんてこと言うんだよぅ……。「飯作ってくれ」だなんて……。それってぷぷ、プロポーズみたいじゃんかさ……。ただでさえ最近フツーに接するのキツくなってるのに、あんなこと言われたらもっと意識しちゃうよ……。

 でも、千歌ちゃんや他の皆に行かずに私を手伝ってくれたの、すっごく嬉しかったよ。ちょっとは期待しても、曜からぐいぐいいっても、いいんだよね?

 

 おっといけない、櫂のことも大事だけど、今は明日のライブに集中しなくちゃ。千歌ちゃん達と、一緒に輝きたいから! だからさ、櫂。それを一番に見て欲しいな。櫂がいれば、もっと渡辺 曜は輝いていけると思うから! ヨーソロー!



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みかん色の約束

 おれの足は海へと向かった。

 丁度陽が沈みかけの海は空をオレンジ色に染め、幻想的な景色を作っている。そんな海辺には、先客がいた。

「おっ、千歌もいたのか」

「櫂ちゃん……」

 砂浜に体育座りで千歌は海を眺めていた。おれはその隣に腰を下ろす。

「珍しいな、千歌が海にいるなんて」

「もぉ、櫂ちゃんったら。千歌がどこにいると思ったの?」

「んー、学校裏のみかん畑とか。千歌みかん好きだろ?」

「あーたしかにね。いつもならそうしたと思うんだけど――」

「けど?」

 千歌はふにゃっとした笑顔をおれに向けた。

「なんだかむしょーに波の音とかが聞きたくなってね。それとね、なんとなくなんだけど、櫂ちゃんが来てくれるかもって思ったんだ」

 その言葉にドキッとした。千歌が、おれが来てくれるかもしれないと思ってくれたのが、なぜだか嬉しかった。おれはその胸の高鳴りを悟られないように言葉を紡ぐ。

「そっか。予感が当たったな」

「うん、これって奇跡だよ……」

 ふと肩にちょっとした重みがかかる。視線向ければ千歌の頭がおれの肩に乗っかかっているのだ。

「千歌?」

「櫂ちゃん、わたしがスクールアイドルの活動をやるって言った時、手伝うって言ってくれたよね」

「あぁ、確かそうだったな」

「千歌はね、すっごーくうれしかったんだ。今までこれといって熱中出来るものがなかった千歌のやるって言葉についてきてくれた。応援してくれるって言ってくれた」

 彼女の一人称が「千歌」になり、その頻度が多くなっていく。これは、彼女が甘えたがってるってサインだ。おれはそれに応えるようにこっちからも体重を預けた。

「今までずっと一緒にいた幼なじみと、いつか何かやりたいなーって思ってたんだ。こうやって学校にまで来てくれて、櫂ちゃんも活動してくれる。それだけで嬉しい」

「活動って言うけど、おれは殆ど何にもしてないぞ。むしろ皆の為になってるのかなって思っちまうよ」

「そんなことないよ!」

 いつになく真剣な顔でおれを見つめる千歌。

「いつも櫂ちゃんは千歌達が上手く練習出来るようにしてくれてるよね。一通りダンスの練習とかが終われば水を出してくれたり、どこか様子がおかしいって思ったらこっそり話をきいてあげたり。ちゃんと見てるんだからね?」

「千歌……」

 千歌はちゃんと見てくれてたんだな。正直な話ダンスとかが得意な訳でもなく歌も上手くもないおれは、皆の役にたっているのかと不安だった。だからせめて皆が効率よく、快適に練習出来るように動いてたつもりだった。それでも彼女達の役にたてているのか不安が拭えなかったから、こうやって見てくれてたという事実がその不安をぬぐい去ってくれた。

「ありがとな、千歌」

 千歌の頭を撫でると、嬉しそうな表情をする。なんだか、犬を撫でてるみたいだ。

「へへー♪」

 気をよくしたのか、千歌は更に体重をおれに預けてきた。

「なんだ、今日の千歌は妙に甘えたがるな」

「当然だよっ」

 頬を膨らませて少し身体を離す。

「最近櫂ちゃん、千歌のこと構ってないでしょ? だから千歌、ちょっと寂しくて……。だからこーやって櫂ちゃん成分を補充してるのだっ」

「はは、何だよそれ」

 でも確かに最近あんまり構ってやれなかったもんな。ここはライブ前の充電ってことでたくさんよしよししてやるか。メンバーのコンディション管理は、マネージャーの仕事だから。

「じゃ、思いっきり甘えていいぞ。思いっきり充電して、明日のライブに活かしてくれよ」

「うんっ!」

 そう言うと千歌はもっと身体を寄せてきた。こうしてると、昔を思い出すな。果南姉ちゃんの影響を受けてなのか、千歌はよく「ぎゅーってしてっ」って求めてきたっけ。あの頃と違って、千歌はもう女の子の身体をしていることだ。かかる身体の重みに、女の子特有の柔らかさを感じる。

「っ!」

 脳裏に淡島ホテルでの千歌に押し倒されたことを思い出した。事故とは言え、身体を重ねてしまったな。そして千歌の身体に、おれが反応してしまった。あのことがあっても尚、千歌はこうしてあの時程ではないとしてもスキンシップを求めている。単に忘れているだけなのか?

「櫂ちゃん? なんかむずかしい顔してるよ?」

 考えが表情に出ていたのか、千歌が首を傾げておれを見つめていた。「なんでもない」と頭を撫でてやる。そうだ、これは今までやってきたスキンシップだ。あの頃と、おれとコイツの関係はなんら変わらない。そう無理矢理思うことにした。

「あ、そーだ櫂ちゃんっ!」

 何か思いついたのか、千歌はおれから身を離した。

「ライブが終わったらさ、千歌の家に来てよ!」

「千歌の家に? それまたどうして?」

「今まで千歌達のスクールアイドル活動を応援してくれたお礼がしたいの!」

 赤い瞳をきらきらと輝かせている千歌を見ると、断れなくて。

「わかった。久々にお邪魔するもの悪くないかもな」

 おれの返事に嬉しそうに笑う千歌。

「やったぁ! 約束だよ!」

 千歌はおれに向き合って小指をつきだした。おれもそれに応える形で小指をそれに絡ませた。

「ゆびきりげーんまん、うそついたらみかん百個のーますっ、ゆびきった!」

「それマジで拷問じゃねーか!」

「えへへっ」

 おれのツッコミに笑う千歌の笑顔は、沈みゆく幻想的な夕日よりも魅力的に感じるのであった。

 

 

●●

 えへへ、ついに櫂ちゃんを千歌のうちに誘っちゃったのだっ……。でもいつも家で遊んでるかんじみたいになっちゃうかな?ううん、今回は違うんだ。千歌達のために一生懸命頑張ってくれた櫂ちゃんをおもてなしするんだ。うう、後々になって緊張してきたよ……。こんな千歌でも、櫂ちゃんをおもてなし出来るのかなぁ? ううん、出来るかじゃなくて、やるんだ!

 だけど、それよりも今は明日のライブに集中しなくちゃ! その為にも、今は櫂ちゃん成分を充電するぞー! 櫂ちゃん、千歌達の輝きを、ちゃんと見ててね!

 そのあと、くっつぎすぎで恥ずかしくなっちゃったのは、櫂ちゃんには秘密なのでした。



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桜色の約束

 音楽室の開いたドアから光と共にピアノの音がもれている。おれはそこにいる人物を予想しながらドアから音楽室をのぞき込んだ。

「♪――」

 目を瞑って歌を口ずさみながら梨子は歌っていた。その綺麗な旋律と歌声に、おれは声をかけられないでいた。

 歌い終えたのか演奏をやめて一息ついた所を見計らって前のようにドアを軽くノックする。

「あっ、紫堂くん!」

 おれに気づいたのかぱぁっと表情を輝かせる。おれはそれが嬉しくって音楽室の中へと入っていった。

「ピアノの綺麗な音が聞こえてさ。ちょっと見に来たんだ」

「ありがとう。せっかく学校にお泊まりになったんだもの、ちょっとピアノを弾いてみようかなって」

「こうやって改めてピアノを聞くのは、淡島のホテル以来だっけか」

「そう、だね……。あの時も紫堂くんと二人っきりで……」

 あの時は梨子と一緒に演奏することになって、梨子の手に触れてしまったっけ。それを思い出した瞬間、体温が上昇した。彼女の方を見ると、おれと同じなのか頬を赤らめて視線を逸らしている。

「い、いよいよだな、ライブ!」

「そ、そうだね! 今までがあっと言う間過ぎて、実感が湧かないよ……」

「緊張してる?」

 おれの問いに梨子は苦笑しながら首を傾げた。

「うーん、どうなんだろう。自分でもよくわからない感じかな」

「そうか。明日のライブ、ちゃんと見てるからな」

「あっ……」

 おれの言葉に梨子が言葉を漏らした。

「? どうかした?」

「あのね、衣装を着て踊ったり歌ったりするところを紫堂くんに見られるんだって思ったら――」

 梨子の顔が再び赤みを帯びる。

「ちょ、ちょっと緊張してきたかも……」

 緊張を解そうとしたんだが、逆効果だったかな。だとしたら余計なことしちゃったかもな。

 なんて思っていたのが顔に出ていたのか、梨子は優しく微笑んでくれた。

「でも大丈夫。それと同時にせいいっぱい踊ったり歌ったりするわたしを、紫堂くんに見て欲しいって思えるから」

「梨子……」

「そ、それでね紫堂くん……」

 安堵していると、梨子がもじもじとおれの方を改めて向いてきた。

「あ、あのね。わたし、す……、っ……」

 顔を赤らめて何かを伝えようとする梨子に、なぜだかどきどきしてしまって。彼女の続きをじっと待つ。

「っ……、付き合って欲しいの!」

「付き合う?」

 おれが反芻すると、梨子は顔を真っ赤にしたまま慌てたように言葉を続けた。

「そ、そうなの! わたし、作曲以外にも作詞もやってみようかなって考えててね! ラブソングなんて書いてみようかなーって思ってるの! でもわたし男の人との恋愛とか経験無くてーーいや、女の子ともないよ!? とにかく恋人関係の雰囲気を感じてみて、曲を作ってみたいと思ってるの。だから、ね?」

「……」

 つまりはこういうことか。ラブソングの作詞をしてみたいから恋人関係の雰囲気を味わってみたいから恋人役をしてくれってことなのかな。

「だ、ダメ、かな……?」

 不安そうにおれを見る梨子。このシチュエーションで恋人ごっこをしてくれと言われるとは思ってもなかった。夕日が沈みゆく音楽室というシチュエーションに期待しすぎたのかもしれないな。ちょっと残念に思ってしまった。

 でも梨子の頼みでもあるし、メンバーが困っていたら助けるのがマネージャーの勤めだ。出来る限り力になりたい。

「いいぞ。それで梨子の作る音楽がもっと良くなるなら、手伝わない訳ないだろ」

「紫堂くん……」

 それにしてもおれが、役作りとは言え恋人か。それに選ばれたのが嬉しい反面、本当の恋人じゃないってことが少し残念に思えた。って何を勘違いしてるんだおれは。これは梨子の作詞活動の一環なんだ、そんな浮ついた気持ちは捨てないと。

「じゃ、じゃあ明日のライブの後デートの日程とか決めよっか」

「デ、デート!?」

「仮とは言え恋人同士だし、ラブソングとかの参考に幾らかなると思ったんだけど……、ダメか?」

「そ、そうだよね! 仮にも恋人同士なんだしね! うん! 作詞とかの参考になるよね! ダメな訳ないよ!」

「あ、ああ。じゃあそれで決まりってことで」

「う、うん! 楽しみだなぁ……」

 今まであんまり聞かなかった梨子の早口に若干驚きつつも、楽しそうな彼女の表情に、それ以上何か言おうとは思わなかった。

「その為にも、ライブを絶対成功させなくちゃね」

「そうだな。楽しみにしてるよ」

「うん!」

 元気に返事する梨子の笑顔に、おれは目が釘付けだった。恋人役、ちゃんとやらないとな。

 

 

●●

 うわぁ、やっちゃった……。やっちゃったよぉ……。音楽室でピアノを弾いてたらまさか紫堂くんが来てくれるなんて……。これはチャンスと思って「好きですっ」って告白しようとしたら、こんなことになるなんて……。

 で、でもこれからよ梨子! なんとか恋人役を引き受けてもらったんだもの、デートをしてもっと紫堂くんの事を知るんだから!

 でも、紫堂くんとデートするって考えただけですっごいドキドキしてきたよ……。その反面、すっごく楽しみ。二人でお出かけなんて初めてだから。もっと紫堂くんの事知りたいな。

 その為にも明日のライブ頑張ろっと。紫堂くん、こんな地味な梨子だけど、応援して下さいね。



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紅色の約束

 下駄箱が並ぶ玄関へと足を運ぶと、ふわりと赤毛のツインテールが視界を過ぎった。おれが知ってる中でそんな髪をしているのは一人しかいない。思わずその主の名を呼んでしまった。

「ルビィちゃん」

「ぴ、ピギッー!?」

 おれよりも背の低いその女の子はびっくりしたように叫ぶと身体を下駄箱に隠してしまった。

「ごめんね、驚かせちゃったかな?」

「か、かい先輩……?」

 おれだと解ると警戒を解いて、トコトコとおれに近づいてきた。少し潤んだ上目遣いでおれを見ている。ホント小動物みたいだな。

「かい先輩、どうしてここにいるんです? もしかして、どこか行こうとしてました?」

「ああ。飯が出来るまでまだ時間かかりそうだし、コンビニで時間潰そうかなって思ってたとこなんだ」

「あっ、ルビィと一緒です!」

 途端にルビィちゃんの表情がぱあっと輝いた。

「ルビィ、今日発売の新作アイスを食べたくて……」

「そっか、じゃあせっかくだし、一緒に行こうか?」

「はいっ!」

 おれの提案に嬉しそうにルビィちゃんは頷いたのだった。

 

 

 夕暮れの橙色と藍色が混じりつつある空の下、波の音を聞きながらコンビニへの道を二人で歩く。おれの後ろをちょこちょこと後ろからルビィちゃんがついてくる。少し歩く速度を落とすと、すぐに彼女との距離は近くなった。それにルビィちゃんは何の抵抗感を示さなかった。

「そう言えばルビィちゃん、男の人は苦手じゃなくなったの?」

「かい先輩だけですよ? こんなに仲良く男の人と話せるの……」

 ルビィちゃんは少し頬を紅く染めておれを見つめている。いつもとは違う彼女の視線にどきりとした。

「そ、そっか。でもそれじゃあ、いざステージの時とか男の人がいたら大変じゃないか?」

「うゅ、確かにそうかも……」

 ルビィちゃんはしゅんと落ち込んだ素振りを見せた。よかった、いつものルビィちゃんだ。

「もっと慣れるように練習しないとね」

「はいっ。今までルビィはお父さんしか男の人とは話せませんでした。でもやっとお父さん以外の人と話せることが出来ましたっ」

「それ、おれの雰囲気がルビィちゃんのお父さんに似てるってことなんじゃないの?」

 ちょっと意地悪な返しをしてやると、うーんと頭を捻った。

「ど、どうなんでしょう。お父さんはいつも優しい人だからそうかもしれない……」

「んー、まだおれはルビィちゃんぐらいの娘を持つ年頃じゃないんだけどなぁ」

「へへ、そうですね。迷惑、でした……?」

「いや、そんなことないよ」

 ぽふりと彼女の頭に手を乗せた。ルビィちゃんは悲鳴をあげることなくそれを受け入れるのを確認すると手を左右に動かして撫でてあげる。

「それくらいルビィちゃんと仲良くなれてるなら嬉しいよ」

 最初は花丸ちゃんの後ろからおれを見てたルビィちゃん。近づこうとすると更に縮こまったり悲鳴をあげたりしてた彼女が、今はこうやって隣に並んで歩いてくれてる。それだけで嬉しい。娘の成長を見守っているみたいだと思ったが、言うのはやめておこう。

「えへへ、せんぱい、くすぐったいですよぉ……うゅ……」

 そんなおれのなでなでを嬉しそうに受け入れてくれるルビィちゃんの笑顔がとても印象的だった。

 

 

 コンビニに入ってルビィちゃんと別れて数分。雑誌の立ち読みも終え、レジの列に並ぼうとしたらちょっと寂しそうな顔をしているルビィちゃんがいた。

「あれ、ルビィちゃん。お目当てのアイスは?」

 おれの問いに、しゅんと肩を落とすルビィちゃん。

「全部売り切れちゃってました……」

「あー、新発売のアイスだもんな。売り切れは必至か……」

「はい……」

 ツインテールまでもしゅんとしてしまっている。なんとかしてあげたいと考えていると、ルビィちゃんはお菓子やらジュースが入ったカゴを指さした。

「かい先輩、そのカゴはなんですか?」

「これ? 夕飯の後、お菓子パーティーみたいなことしようかなって考えててさ」

「わぁ、お菓子パーティー! あっ、ルビィもお金払いますっ」

 そう言って小さなお財布からお金を出そうとするルビィちゃんをおれは制止した。

「いいよ、これはマネージャーのおれからの奢りってことで」

「先輩……、ありがとうございますっ」

 嬉しそうに頭を下げるルビィちゃん。彼女に喜んでもらえるのはこっちも嬉しい。

「じゃあおれは会計してくるから、ルビィちゃんは先に店を出て待っててくれるか?」

「はいっ!」

 少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。ルビィちゃんがコンビニから出るのを確認すると、おれは足を動かしたのだった。

 

 

「おまたせ。じゃあ行こっか」

「はいっ。あ、荷物半分持ちますね」

 「ありがと」と言っておれは右手に持っていたレジ袋を彼女に渡した。暫く二人で歩いていると、おれは足を止めて自分が持っていたレジ袋に手を突っ込んだ。

「そうだ、ルビィちゃん」

「はい? あっ、これってーー」

 おれの方を向いたルビィちゃんの表情がぱぁっと明るくなった。おれが差し出したのは、ホームランバーのアイス。

「新作って訳じゃないけど、これ。他のメンバーには内緒だぞ?」

「先輩……」

 おれからアイスを受け取ると、嬉しそうな表情をしながらおれの顔とアイスを交互に見る。それが子供っぽくて、可愛らしくて。買っておいてよかったなって思えた。頬を緩ませながらおれは自分用のアイスを取り出した。

「せっかくだし、ここで食べちゃおうか?」

「はいっ!」

 停留所近くのベンチに腰掛け、二人でアイスを食べ始めた。

「えへへ、先輩が買ってくれたアイス―♪ ぺろっ」

 そう言ってルビィちゃんは白いアイスをぺろりと舐め始めた。

「んん……、れるっ、ちゅっ……」

 ルビィちゃんがアイスを舐める様を見てると、どことなく変な気分になってしまう。ダイヤさんは咥えて食べてたけど、ルビィちゃんはちろちろと舐めるんだな。姉妹で食べ方が違うんだね。ルビィちゃんはそんなおれのドキドキを露知らず、舐め続けている。

「ぷはっ、先輩?」

 ある程度堪能したのか、ルビィちゃんが首を傾げておれを見つめてきた。

「先輩、あの、全然食べてませんよ?」

「え、あ、ああ! 食べるとも!」

 少し溶けてゆるくなったアイスを口に運ぶ。うん、少し溶けても美味しいな。

「あ、そうだ先輩、ライブが終わったら時間ってありますか?」

「んー、残りの夏休みの期間は特に予定ないから比較的ヒマだよ」

 おれの返答が嬉しかったのかルビィちゃんは嬉しそうな表情をした。

「も、もしよければ今度ルビィに泳ぎを教えてもらいませんか!」

「おれが!?」

「はい。曜さんの教えはアレでしたので……」

「あー、確かになー……」

 先程の勉強会の曜の教え方を思い出す。アイツは何でも出来るけど、教えるってことになると、どうも上手くないからな。おれもクロール位なら出来るし、問題ないかな。

「ああ。おれで良ければ教えよっか」

「やった!」

「そうだ、男の人の視線に慣れる為にも市民プールに行ってみようか」

「えっ、し、市民プール!?」

「うん、今後おれ以外の人とも話せるようにしないとダメでしょ? もう少し男の人の視線に慣れておくのも大切だと思うから。言ってもおれと一緒にいるだけなんだけどね」

 今回はマネージャーとしてここにいるが、浦の星は女子校。ましてや女の子と一緒にプールに入るなんて絶対ヤバイだろ。下手すりゃ警察沙汰になるかもしれないし。でもルビィちゃんのこの様子じゃ無理そうかな。

「わっ、わかりましたっ! ルビィ、頑張りますっ!」

 ルビィちゃんは鼻息荒く決意を示してくれた。ならその決意におれも応えなくっちゃな。

「よーし、じゃあおれも曜程じゃないけど、少し厳しめにいくから、覚悟しといてな?」

「はいっ!」

 元気のある返事を聞いて、おれは残りのアイスを食べきるのであった。

 

 

●●

 ってかい先輩は言ってたけど、二人で市民プールまでおでかけって……。それってデートなんじゃ……。うわぁ、ルビィ緊張してきちゃったよ……。先輩は真剣に教えてくれそうだからこっちも真剣に取り組まないとっ! でも、少しは、ほんのちょっとでも手とか繋いでも、いいかなぁ?

 

 いけないいけない、今はライブに集中しなくちゃ。

 かい先輩。明日のライブでめーいっぱい踊って、歌いますっ。だからその後はナデナデして欲しいなぁ……。

 

 その為にもルビィ、頑張ルビィ!



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花色の約束

「お邪魔、しまーす……」

 大きく重たい木の扉を開け、教会に入る。浦の星はミッション系のスクールということで、教会があるのだ。それがなんとなく興味を惹いて、思わずおれは中に入った訳だ。

 怒られないよな、と思ってると聖堂の奥からキレイな歌声が聞こえてきた。聖堂に続く内扉に耳を当てるとそれはより鮮明に聞こえてくる。誰が歌っているんだろうとこっそりその扉を開けた。

「♪――」

 大きなパイプオルガンの前には花丸ちゃんがいた。目をつむり、聖歌を歌っている。いつもとは違う花丸ちゃんに、おれは気がついたら歩み寄っていた。聖堂に点々とあるろうそくの光が彼女を弱く照らす様は、なんとも絵になっていた。少しづつ近づくおれに気づかず、花丸ちゃんは歌っている。

「♫――」

 その表情は練習で歌ってる時と同じで、楽しそうだった。一通り歌ったのか、胸に手を当てて深く深呼吸をする花丸ちゃん。おれは思わず彼女に拍手を贈った。

「ずらっ!?」

 その突然の拍手に花丸ちゃんはびっくりしてこっちを向いた。が、おれだと解るとほっとした様子を見せた。

「なんだ、せんぱいかぁ。変態さんならどうしようって思ったずら」

「綺麗な歌だったから思わず、ね」

「えへへ、ありがとうずら」

 片づけをしておれに近寄る花丸ちゃん。が、すぐにジト目でおれを見つめた。

「でも、音もなく現れるのは頂けないずら。まる、びっくりしちゃったずら」

「あー、ごめんね」

「まだまだせんぱいはじぇんとるめんには程遠いずら。お詫びにのっぽぱんを所望するずら!」

「今、あげられるお菓子はないよ?」

「むぅ、ならなでなでを欲するずら!」

「なでなでって、頭を撫でればいいの?」

 おれの問いに「ずら」と頷く花丸ちゃん。

「と言うか他にどこをなでなでするずら? もしかしてまたえっちな事を――」

「考えてないから!」

 これ以上躊躇ってると更に余計な誤解を生み出し兼ねないな。おれは花丸ちゃんの頭に手を置くと、その頭を撫で回した。

「ずらぁ♪」

 花丸ちゃんは目を閉じて嬉しそうにおれのなでなでを受けてくれている。それが何だかこっちも嬉しくなって、ぽんぽんと頭を軽く叩いてやる。

「おぉう、アレンジを入れてくるとは、せんぱいも中々やるずらねぇ」

「お褒めに預かりまして、光栄です」

 ふにゃっとした表情がどこか犬っぽくて可愛らしかった。それから花丸ちゃんが「も、もういいずらっ」と顔を紅くして離れるまでおれは撫で続けるのであった。

 

 

「花丸ちゃん、聖歌が得意だったんだね」

 二人で教会の長椅子に腰を下ろして話し合う。

「元から歌うのが大好きで、ちっちゃな頃はよくお寺のお庭でよく歌ってたずら。音楽の先生からのスカウトで聖歌隊に入ることになって……、お寺の子が聖歌隊ってやっぱり変かなぁ?」

 視線を落とす花丸ちゃんの頭を、もう一度手を置いて撫でてやる。

「そんなことないと思うよ。お寺の子だからって聖歌を歌っちゃいけないなんてルールもないさ。親御さんは反対とかはしなかったの?」

「むしろ大賛成だったずら。じっちゃんなんかは大喜びで発表会があるといっつも来るずら」

「なら、問題ないでしょ。それにしても発表会かぁ。ちょっと面白そうかもな」

「興味あるずら?!」

 途端に花丸ちゃんが身を乗り出すように近づいてきた。おれの視界いっぱいに花丸ちゃんの嬉しそうな表情が映る。

「ライブから一ヶ月後に聖歌隊のコンクールがあるんだぁ。だからもし、せんぱいが良かったら来て欲しいんだけど……、どうずら?」

「へぇ、コンクールか。いいねぇ、花丸ちゃんの聖歌、もっと聴いてみたいし。聴きに行くよ」

「やったぁ♪ 絶対、ぜーったいに来て欲しいずら!」

 ぐいぐいと更に整った可愛い顔を近づける花丸ちゃん。さ、流石に恥ずかしいな。

「は、花丸ちゃん、わかったから。顔、ちょっと近いって」

「あっ……」

 途端に顔を真っ赤にして花丸ちゃんはおれから離れた。両膝に手をおいてもじもじとしている。

「や、やっちまったずら……。これじゃおら、せんぱいのことどーこー言えないずらぁ……」

「べ、別にイヤって訳じゃなかったから! むしろ可愛いっていうか、役得っていうか……」

「せんぱい……、ありがとずらっ」

「お互いに接し方とかを学んでいけばいいんじゃないかな。それこそ交換日記のネタになるだろうし」

「それもそうずらね。お互いまだまだ若いってことずら」

 ふう、と息を吐いて悟ったようなことを言う花丸ちゃん。そんな彼女がまた可愛らしくて、その頭を撫でた。

「コンクール、楽しみにしてるよ。でもその前にライブを頑張らないとな」

「はいずらっ! ちゃんとライブの方の歌もさっき練習してたずら!」

「偉い偉い。でもこれ以上歌いすぎて喉傷めるのはマズいからもう辞めとこっか」

 おれの提案に、花丸ちゃんは何か思いついた様に長椅子から立ち上がった。

「あ、せんぱい。良かったら明日のライブの歌、聴いて欲しいずら。最後の調整ってことで、いい?」

「うん、おれで良ければ」

 花丸ちゃんは嬉しそうに頷くと、再びパイプオルガンの近くに立ち、目を瞑った。後で喉のケアとお礼も兼ねてのど飴でも奢ってあげようかな。

 

 

●●

 目を瞑って精神を統一する。コンクールの時はたくさんの人がいるけど、今この教会にはせんぱいだけがいる。

 紫堂せんぱい。図書館でまるで少女漫画みたいな出会い方をしたせんぱい。それからせんぱいとちょくちょく顔を合わせる機会があって、仏様のお導きなのかせんぱいはおら達Aqoursのマネージャーになってたずら。他の皆とも知り合いで、気がつけば皆の輪の中心にいる、不思議なせんぱい。

 そんなせんぱいのことを、いつの間にかまるは目で追うことが多くなった。せんぱいに頭を撫でてもらうと、ぽっと胸の奥があったかくなることがあるずら。この気持ちはなんだろう。ここで会ったのも何かの縁ずら。もっとせんぱいに大接近して、この気持ちが何なのか確かめるずら!

 

 でも、それ以上にせんぱいにまるのことを良く知ってほしいって思う。だからせんぱい、明日はまるの、まる達の歌をしっかり聴いて欲しいずら! 約束を込めて、今歌います。

 

「君の心は――」



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黒白色の約束

 外の空気を吸おうと屋上に顔を出すと、沈みゆく夕日を見つめる女の子がいた。

「……」

 黙って立つ彼女の頭の右側にはシニヨンが一つ。間違いない、善子だ。ただただ夕日を見つめていて、おれの存在にはまだ気づいてないようだ。 おれは彼女に近づき、隣に立った所で一言呟いた。

「今日は、風が穏やかだな」

 善子はようやくおれの存在に気づいたのか、少し驚いた表情をするも直ぐにそれを元に戻した。

「ええ、明日の嵐の前の静けさのようね」

「して、堕天使様は明日にそなえて力を蓄えている所と見えた」

「そうよ。逢魔が刻は堕天使がこの世界で唯一力を貯めることが出来る時間だもの、大切にしなくちゃね」

「して、本音は善子?」

「ただ、風に当たりたかっただけよ。ーーって善子言うな!」

「ぷっ」

「ふふっ」

 互いにおかしかったのか、頬が緩み笑いあう。やっぱこいつといると、笑顔が絶えないな。

「いよいよ明日だな」

「ええ、このヨハネの存在を、外界へと発信する良い機会だわ」

「ふっ、楽しみだな。堕天使ヨハネが現界するその時が」

「そう、楽しみにしていて頂戴、リトルデーモン。このヨハネが光り輝く時を」

「堕天使なのに光り輝いちゃうのかよ」

「いいじゃないのよ別に!」

 頬を膨らませて抗議してくる善子。あんまり緊張はしてないみたいだ。

「明日に向けて、準備は万全か?」

「当然でしょ。練習はもちろん、脳内でのライブも完璧なんだから。さっきも一人で練習してたんだから」

 おれはふふんと胸をはる善子の頭を、軽く小突いた。善子は涙目で頭を押さえながら抗議の目線を送ってきた。

「いたーっ! なんで小突くのよーっ!」

「明日本番だってのに必要以上に身体を動かすんじゃありませんっ。それで明日転んだりしたら大変だろうが」

「ふっ、このヨハネに忠告するなんて、貴方も立派になったのねリトルデーモン。マネージャー気取りかしら?」

「マネージャーだよ」

 再びさっきよりも優しく小突く。再び頭を押さえて少し涙目になる善子。

「二度も殴ったわね! パパにも殴られたことないのに!」

「殴られずにスクールアイドルになったヤツがいるか!」

「何よソレ!」

「おれも知らん!」

 気がつけば二人で漫才をしてしまっている。そうして互いに笑い合う。こいつといると、何だか楽しくてたまらない。

「まぁ何にせよ、あんまり身体には無理させんなよ」

「それは、リトルデーモンとしての忠告なのかしら? それともマネージャーとして?」

「どっちもだ」

 その言葉に善子がきょとんとした表情をする。おれは彼女に近づいて言葉を紡ぐ。

「もし、本番で善子が倒れたりしたらって考えただけでおれは怖い。その後善子はもう一度立ち上がれるのか、二度と起き上がれないんじゃないかって――」

「シ、シドー! ちょっと……近い……」

 顔を赤らめて顔を背ける善子を見て、今おれが何をしていたのか理解した。

「わ、悪い、つい心配で……」

 身を離して善子に謝る。彼女に接近し過ぎたことが、以前砂浜で倒れ込んだ時の記憶を蘇らせる。あの時の善子の身体の柔らかさが脳裏を過り、身体を熱くさせた。

「ま、全く。み、身の程を知りなさいよねっ……。もう……」

 善子も善子で、顔を赤らめている。その雰囲気に、なぜだかおれの胸はドキドキしていて。

「こ、これはリトルデーモンに躾が必要なようね」

「し、しつけ?」

「そう、更にヨハネ好みのリトルデーモンに調教してあげるんだから!」

 そう言うと善子はびしりとおれを指差した。

「シドー、ライブが終わったらヨハネの買い物に、付き合ってもらうわよ。堕天使のリトルデーモンに相応しいアイテムやら、儀式に必要なものをいっぱい買うんだから!」

「え、要は荷物持ちやれってことかよ!」

「まぁ、そういうことになるわね♪」

 笑顔でいい返事をしやがる。何とかして断ろうと口を開くと、善子がそれを遮った。

「断ろうとしても無駄よ。アナタはもう呪いにかかってるもの!」

「呪い?」

「忘れた? 皆に前にシドーに浜辺で押し倒されたって言ってもいいのよ?」

「あっ!」

 そうか、善子の奴、それでおれを脅す気か! あれがバラされればおれは皆から冷たい目線で見られるどころか、マネージャーから外されるかもしれん。善子め、堕天使って言うよりも悪魔だぞ。

 そんな考えが表情に出ていたのか、善子の表情が不安げになる。

「べ、別にそんなにイヤって言うなら考え直してあげるけど……」

 その表情はちょっと寂しさも含んでいて、胸がちくりと痛んだ。そうだ、いつも楽しく冗談を言い合ってる間とは言え、善子も女の子。女の子の悲しむ顔は見たくない。ここは善子に付き合うとしよう。おれはスイッチを入れて、それっぽいポーズをとった。

「何を言っている堕天使ヨハネよ。誰がイヤだと言った。お前がそれだけ我と行きたいというのなら付き合ってやろうではないか」

「し、シドー……!」

 善子の表情がぱあっと明るくなった。その嬉しそうな顔に、少しドキッとした。こいつ、こんな表情もするんだな。そのドキドキを悟られないように言葉を続ける。

「しかし、この我を買い物に付き合わせるというのなら、相応の対価を求めるぞ」

「ふっ、堕天使ヨハネがリトルデーモン一人を満足させられないと思っていて? 見てなさい、必ずアナタの総てを満たしてみせるわ!」

「ならば、期待しているぞ。契約者よ。ならばこそ、明日は成功させなければな」

「そっちこそ、約束忘れないことね。堕天使ヨハネの活躍、しかとその眼に焼き付けることね!」

 おれ達は意味不明なポーズをとったまま、互いに笑い合った。その不気味とも思える笑い声は、曜の連絡が届くまで屋上に響いたのであった。

 

 

●●

 うぅ、誘っちゃった……、シドーを。っていうかこれってデートじゃない? その場のノリで言っちゃったけど、これ完全にデートじゃないの!

 でもシドーも楽しみにしてるって言ってくれたし、満足してもらえるようなデートプラン考えなくちゃ。うわ、なんだか緊張してきた。リトルデーモンのくせに、こんなにヨハネをどきどきさせるなんて。この借りはこのデートで必ず返させてあげるんだから!

 その為にも、明日のライブは絶対成功させなくっちゃ。ライブを成功させて、胸を張ってシドーとのデー、買い物をするんだから!

 だからシドーちゃんと、ヨハネの輝きを、見ているのよ! 堕天使ヨハネとの約束なんだからね!



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シャイニー色の約束

「本当に出来たんだな……」

 おれは校庭に出来上がったステージを見上げて一人呟いた。ステージを照らす夕日が少しずつ弱くなり、周囲は暗くなりはじめている。そして再び陽が登った時、このステージで千歌達はライブをするんだな。なんて考えていると。

「シャイニー☆」

 突然スポットライトが点灯し、ステージの中央に集中する。その先には鞠莉さんがいた。

「鞠莉さん、何遊んでるんですか?」

「遊んでいるとは心外ね。ステージの装置がしっかり動作するのかチェックしてるんだから」

 そうだったのか。本当にこの人は裏でやることやってるんだから。

「そういうことならおれにも言って下さいよ。本来はこういうのマネージャーであるおれの仕事でしょ?」

「あー、それもそうね。でも、ウチがお金とか資材出してるから、責任はこっちにもあるし」

 鞠莉さんから差し出された手を握って、ステージにあがる。ステージからの景色はちょっと高くて、少し違って見えた。

「そう言えば結局鞠莉さんの家の力を借りることになっちゃいましたね」

「まぁいいんじゃない? パパもノリノリでお金出してくれたから。お陰でカメラも回ることになっちゃったけどね」

 珍しく苦笑の表情を見せる鞠莉さん。

「Aqoursをより良く広める為には手段なんて選んでられないもの。より良質なライブやPVを見せてワタシ達のことを好きになってくれる人を増やすんだから!」

「そうですね。じゃあその為にもステージの点検も念入りにしておきましょうか」

「イエーッス!!」

 鞠莉さんは嬉しそうに元気よく返事を返してくれたのだった。

 

 

『音響関連、No Problem! イェーイッ!!』

 鞠莉さんはマイクを握ってノリノリに歌っている。はしゃぐ彼女を見ていると、本当に一つ年上なのかって思える。でもそんな彼女が可愛らしかった。

「鞠莉さん、明日は本番なんだから程々にして下さいよー。それに五月蝿すぎってクレーム入れられたらライブどころじゃないんだから」

「解ってるわよー」

 マイクの電源を切ってこっちに近づいてくる鞠莉さん。おれはコンソールに視線を戻した。

「じゃあ次はシャボンのチェックいきますね。えーと……」

 コンソールとにらめっこしながらボタンを探す。すると後ろから柔らかい感覚が。

「んー、これじゃない?」

 鞠莉さんが後ろから身体を押し付ける様に立って、ボタンを押した。が、見たところ、ステージには変化はないようだ。

「違ったかな? じゃあ……」

 そう言って身体をずらしながらボタンを押そうとする。

「あ、あの鞠莉さん? その、当たってるんですけど」

「ん? 当たってるって、何が?」

 きょとんとした表情でおれを見つめてくる。うわ、おれの肩に顎まで乗せてるから彼女の顔が近い。改めて彼女との距離感を認識すると、体温が上昇した。

「む、胸とかその、色々?」

「ふぅーん、カイは、ワタシとくっつくのイヤ?」

「イヤとかそういうのじゃなくてですね……」

「カイ、顔赤くてカワイイ♪ えい、えいっ」

 つんつんと頬を突っついてくる鞠莉さん。それがまた恥ずかしくて、おれは気にしないようにした。

「それよりも! 早くボタン探さないと! んーと、これか?」

 スイッチを押すと、近くの装置が音をたてる。お、今度は上手くいったみたいだ。

「鞠莉さん!」

「ええ! 見に行って見ましょ!」

 ステージに戻ると、ライトに照らされたステージにシャボン玉がふわふわと浮いていた。それがなんとも綺麗で、二人でステージに立ち尽くしてしまう。

「綺麗……」

「ええ。これを本番で見れるのが楽しみですよ」

「ねぇカイ。解ってる? 明日のライブは昼からで、夜にはやらないのよ?」

 つまり、この光景は今しか見れないってことか。何だか得した気分だな。

「鞠莉さんと一緒にチェックしたお陰で、いいものが見れましたよ」

「ワタシもよ……」

 とすっと肩に鞠莉さんの頭が乗った。ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上は言わないでおいた。

「今だけのこの景色を、当日ここにはいないカイと見る、それがとっても嬉しい」

「鞠莉さん……。おれも、嬉しいですよ」

「ホントウ?」

 ちょっと心配そうに見つめる鞠莉さんに、おれは笑ってみせた。

「ホントウですとも。鞠莉さんがスクールアイドルを始めて、一緒に行動するようになって。今までじゃ知り得なかった鞠莉さんを知ることが出来た。そんな鞠莉さんと一緒に見れるのが、嬉しいですよ」

「カイ……。はっ、そーよっ!」

 何か思いついたのか、おれから身体を離す。

「カイ、ライブが終わった後、ヒマかしら?」

「ええ。都合のいい日はあると思いますけど」

「じゃあ、今度ワタシの家に遊びに来てちょうだい!」

「鞠莉さんの家って言うと――」

 淡島のホテルにってことだな。

「Yes. カイには色々とお世話になったし、そのお礼がしたいの」

「お礼も何も、おれはマネージャーとしての仕事をやっただけですよ」

 それも充分かどうかも解らないのし、お礼を貰うに相応しい働きはしてないと思う。でも、鞠莉さんは頬を膨らませて抗議してきた。

「ワタシがカイにプレゼントしたいのよーっ! ワタシからのプレゼントはもらえないって言うの!?」

「そうじゃないですけどっ!」

「じゃ、決まりね♪」

 手を合わせて嬉しそうにする鞠莉さんに、おれはそれ以上言えなかった。それにお礼って何貰えるんだろうってちょっと楽しみだし。

「よーしっ、これで明日のライブがもっと楽しみになっちゃった! カイ、ちゃんと見ててよね!」

「ええ、席からちゃんと見てますよ。鞠莉さん達のことを。楽しみにしてますから」

 センキューと笑顔で言う鞠莉さんに、おれは目が離せなかったのだった。

 

 

●●

 フフ♪ ついにカイを誘っちゃった。カイをマリーのトリコにするプロジェクト、その第一段階に!

 始めて見た時から好きになった男の子。その彼とこんなに一緒にいることが出来た。それだけでスクールアイドルをやって良かったって思えるの。でもそれ以上にスクールアイドルなワタシを彼に見て欲しいって思える。だからカイ、ちゃんと見てて頂戴ね。サンサンと輝く、シャイニーなマリーを!



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海色の約束

「あっ、かーいっ!」

 特にアテもなく外を歩いていると頭上から果南姉ちゃんの声が降ってきた。視線を上へと向けると果南姉ちゃんがプールのフェンス越しに手を振っていた。

「果南姉ちゃん、なんでそこにいるのさ?」

「ダイヤに頼んで鍵を借りてきたんだ。ちょっとプールを眺めてたくてさ。かいもおいでよ!」

「りょーかい」

 おれは回り道をしてプールへの入り口へとたどり着いた。下駄箱には果南姉ちゃんのものであろう靴が置いてあったので、その隣に自分の靴を置いてプールサイドへと入った。

「かい、こっちこっち」

 果南姉ちゃんは飛び込み台近くに腰を下ろして足をプールに浸している。おれはそんな彼女の隣に腰掛ける。

「お、ちょっと狭いか?」

 飛び込み台の間は案外広くなくて、果南姉ちゃんの肩が触れ合ってしまう程だ。

「どうする? もっと広いとこいく?」

 おれの提案に彼女は首を横に振った。

「ほら、私の方にもうちょっと寄ればいいじゃない」

「いやでも……」

「私とかいの間柄でしょ? 遠慮しないのっ」

「はい……」

 おれは果南姉ちゃんの指示に従って少し彼女に近づいた。肩が触れ合う距離になると果南姉ちゃんが体重をおれの方に預けてきた。

「ふふ、懐かしいね。昔はかいの方から寄りかかってきたよね」

「いつ頃の話をしてんのさ。それっておれが小三のころのやつじゃないか」

「あの頃のかいは可愛かったなぁー。あ、今でも可愛いよ?」

「可愛い言われても反応に困るよ……」

「そうだね、ごめん」

 そう言うと果南姉ちゃんは視線をプールの水面に向けた。パシャパシャと足を上下に動かし、水面を波立たせる。おれはそんな様をずっと見続けて、おれ達の間には沈黙が訪れた。

「ちかには、感謝しないとね」

 どれくらい互いに無言だったろうか。不意に果南姉ちゃんが口を開いた。

「ちかがスクールアイドルを始めるって言って、梨子をウチに連れて来なかったら、かいとまた仲良くなれなかったかもしれない」

「あ……」

 最近果南姉ちゃん達と過ごしているせいで忘れていた。おれは、最初は彼女を避けていたんだ。初めて「女性」を意識したのが果南姉ちゃんだっで、昔から一緒に遊んできた果南姉ちゃんをそういう目で見てしまった自分がイヤで、彼女に申し訳なくて、距離をとってしまったことも。

「あの時はホントにごめん。おれ――」

 頭を下げようとするおれに、手を置いて頭を撫でてくれる果南姉ちゃん。

「いーよ、謝らなくて。今はこうしてまた仲良く出来るんだもん。それだけで十分」

「でもーー」

「じゃあさ、今度ウチのお店の手伝いをしてよ。そんなに申し訳なく思ってるなら、ね」

「え、果南姉ちゃんの手伝い?」

 果南姉ちゃんの家はダイビングショップを経営している。そこの手伝いをしろってことか。

「もちろんかいさえよければ、だけど。いい?」

「あぁ、うん。おれでいいなら」

「やたっ」

 嬉しそうに小さくガッツポーズをとる果南姉ちゃん。嬉しそうに笑う今の彼女は年上に見えないくらい可愛らしかった。

「私は店番午前中だけだからさ、お昼食べたら一緒に海で遊ぼうよ。久々にね」

「あぁ、いいね。千歌達も誘ったら楽しそう――って果南姉ちゃん?」

 不満そうにする果南姉ちゃんを見て、言葉が止まってしまう。あれ、おれ、何かいけないこと言ったかな?

「かいっ、私はかいと二人っきりで遊びたいんだよっ」

「あっ、そうだったのか。ごめん……」

「かいの鈍感っ」

 ぼすっと頭をおれの肩に預けてくる。今日の果南姉ちゃんなんだか積極的じゃないか?

「こりゃいっぱいビシバシこき使ってやらないとね。覚悟しといてよー?」

「お手柔らかにお願いします……」

「その分、午後はいっぱい遊ぼうねっ」

「う、うん。でもその前に――」

「わかってる。ライブ、でしょ?」

 果南姉ちゃんは頷くと自身に満ちあふれた表情を見せた。

「この為に練習してきたんだもん。大丈夫、私たちならやれるよ」

「うん、果南姉ちゃんなら、皆なら出来るよ」

「ありがと、かい。一つお願い、いいかな?」

「ん?」

 果南姉ちゃんはおれの目の前で両手を広げてみせた。あぁ、そういうことか。

「ハグ、しよ?」

「うん」

 そう答えるとおれは近づいた。ぎゅっと優しく果南姉ちゃんの両腕がおれを包み込む。おれの胸板に彼女の柔らかな胸が触れる。それだけでドキドキしてきた。

「あれ、かい。もしかしてドキドキしてる?」

「そりゃそうだよ。果南姉ちゃんみたいにキレイな人にこうされれば誰だってこうなるって」

「そういうもん?」

「そういうもんです」

「へぇー。ってことはさ――」

 そういうと果南姉ちゃんは抱擁を解いておれの顔を見つめた。おれの視界いっぱいに果南姉ちゃんが映っていて、さらにドキドキした。

「かいは私のことキレイって思ってくれてるってことだよね?」

「ーーっ!!」

 その言葉に体温が上昇するのを感じた。その様を見て、果南姉ちゃんが嬉しそうに笑った。

「図星なんだ。かいは素直だねー♪」

 なんかさっきから果南姉ちゃんにやられっぱなしだな。よし、ここは少し仕返ししてやらないと。

「思ってるもなにも、おれは果南姉ちゃんが中学に上がった時からキレイだって思ってたよ。キレイ過ぎて、会いに行くのを躊躇うくらいに」

「ふぇっ!?」

 今度は果南姉ちゃんの方が赤面する番だった。恥ずかしいのか視線を下に落とす様が可愛らしい。

「あれ、なんだか果南姉ちゃんもドキドキしてない? これでおあいこだね」

「も、もうおしまいっ!」

 そういって果南姉ちゃんは少し乱暴に身体を離した。そしてそのままの勢いで立ち上がった。

「う、うんっ! 大分明日のライブへの充電出来たかな! ありがとねかい! 私、ちょっとようのとこ行ってくるね!」

「あ、果南姉ちゃん!」

 おれの言葉も聞かず、彼女はそのままプールサイドを駆けていった。「プールサイド走るのは危ないよー」というおれの言葉はそのままプールサイドに溶けていった。

 

 

●●

 まさかかいから反撃を受けるなんてね。うわー、今でも心臓がドキドキしてるよ。私は歩くスピードを落とした。陽はすっかり沈んでいて、夜空には少し星がちかちかと輝き始めている。そんな空の下、一人私は歩いている。

「かい……」

 幼なじみの男の子の名前呼んで、きゅっと胸を抑えつけた。小さな頃から一緒にいたかい。あの頃は小さくて可愛かった。でもこの間手を繋いだり、さっきハグした時に気づいた。もう「男の子」じゃなくて「男の人」なんだなって。いつの間にか背も抜かれちゃったし、気がついたら大きくなってた。

 そんなかいの事を想うだけで、胸が締め付けられるし、ドキドキする。好きな人のことを考えると、こんなにドキドキするんだね。

「もうお姉ちゃんじゃ、いられないのかもな――」

 そう一人で呟いて、即座に頬を叩いて活を入れる。

「らしくないぞ松浦 果南! 今はライブに集中だ!」

 そうだ、今は目の前のライブに集中しないと。かい、私の踊ってる姿をかいに見て欲しいな。そしたらもっと輝けると思うから!



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金剛色の約束

「やっぱりな」

 暗い廊下に生徒会室の上窓から光が漏れていて、おれは一人呟いた。ノックすると、「どうぞ」と澄んでいて簡潔な返事が返ってきた。おれが生徒会室に入ると声の主が視線を上にあげた。

「あら、紫堂さんじゃないですか」

 ダイヤさんは生徒会長の席に座って何らかの書類にペンを走らせていた。

「『あら、紫堂さんじゃないですか』、じゃないですよ。こんな時にも生徒会の仕事ですか?」

「こんな時、だからですわ。出来た時間は有効に使わないと」

「少しは空いた時間を学校の為だけじゃなくて、自分の為に使ったらどうです? 適度に休憩いれないと、いざって時大変ですよ?」

「それは、そうですけど……」

「ちょっと待ってて下さい。紅茶淹れますから」

「あっ、ちょっと!」

 このままじゃ埒が明かないな。無理矢理にでも休んでもらおう。湯沸かし器に水を注いで電源を入れる。が、どこを探しても紅茶の茶葉やらティーバッグが見当たらない。

「えっと、どこだ……」

 おれがもたもたしていると、後ろからダイヤさんのため息が聞こえた。

「もう、わたくしが淹れますわ」

 過程は情けないが、結果としてダイヤさんに休憩をとってもらうことに成功したのであった。

 

 

「全く、場所を把握してから言って欲しいものですわね」

「おっしゃる通りで……」

 ダイヤさんはおれを役員のであろう席に座らせると紅茶を出してくれた。う、我ながら本当に情けない。

「そんなにわたくしに休憩をとって欲しいのですか?」

「ええ。メンバーの体調管理もマネージャーたるおれの仕事ですから」

「あら、マネージャーなら紅茶がどこに置いてあるのかとかを把握しているものじゃなくて?」

「うっ、確かに……」

「ふふっ」

 してやったりと微笑むとダイヤさんは自分の席に座った。

「そう言えばこの間も紫堂さんとこうしてお茶をしましたわね」

「そうでしたね。あの時もダイヤさんに紅茶淹れてもらったっけ」

「わたくしの悩みも聞いてもらいました。あの時の紫堂さんのモノマネは今でも思い出したら笑ってしまいますの」

「えぇ、そんなに強烈でしたかね?」

「とっても。そうだ、またあのモノマネやって下さらない?」

「絶対嫌です」

 あの時のことを思い出す。ダイヤさんを励まそうと必死にやったけど、後々になってあれはないわーと自分でも思ったものだ。それをもう一度やるなんてとんでもない。

 なんて思ってたら、ダイヤさんは何かを思いついたようにパンと両手を鳴らした。

「そうだ、わたくし家で練習して、ルビィのモノマネが出来るようになったんです。見て下さいます?」

「えぇ?! ダイヤさん、家で何してるんすか……」

 苦笑いするおれを余所にダイヤさんは一呼吸入れると、その凛とした声からは想像もつかない声を出した。

《ぴ、ぴぎっ、おねえちゃん、おねえちゃんの分のアイスも食べちゃったの。ご、ごめんなさい……》

 そしてまた一息。そして一瞬の静寂が訪れたあと、おれの口から笑いが零れ出た。

「ぷっ、ダイヤさん……、そんな声も出せるんですねっ……」

「似てました!?」

「予想以上です……っ」

 いかん、腹が痛くてそれ以上の言葉が出ない。腹を抑えていると、ダイヤさんが嬉しそうな表情をする。

「よかったぁ。紫堂さんに喜んでもらって」

 その表情がとても可愛くて。ダイヤさんも女の子なんだなって改めて思えた。

「鏡の前でルビィのモノマネをして改めて実感しましたわ。声だけ似せても、わたくしはルビィのようにはなれないと。ならば紫堂さんが言ってくれたように、わたくしにしか出来ない輝き方をしようと思えましたの」

「ダイヤさん……」

 腹のよじれが治ったおれの手をとって見つめてくるダイヤさん。そのまっすぐな瞳にドキッとした。

「紫堂さん、本当にありがとう」

「い、言ってるでしょ。メンバーのコンディションを万全の状態にするのがマネージャーの仕事です。それに――」

「それに?」

「何ていうのかな、ダイヤさん何か放っておけないんですよ。こうやって時間が出来れば自分のことよりも生徒会のの仕事やっちゃうし、もう少し自分に時間を使ってもいいと思うから」

「紫堂さん……」

 ダイヤさんの手が、おれの手を更にきゅっと握ってきた。

「ありがとう、紫堂さん。でもこれは生徒会長であるわたくしの使命でもありますの。わたくしが生徒会長である内は完璧な生徒会でないと。ここだけは譲れません」

「……」

 それが彼女が選んだ意思ならおれにとやかく言うことは出来ない。なら――

「ですが――」

 そんなおれの思考をダイヤさんの言葉が遮った。

「紫堂さんが、もし良かったらですけど……、これからも手伝ってもらうことは可能かしら?」

 なら、おれは彼女を手伝って、少しでもその負担を少なくしてあげたいって思えた。

「お安い御用ですよ。おれで良ければ何なりと使ってやって下さいな」

「ありがとう、紫堂さん」

 そう言って笑うダイヤさんの笑顔は、誰のでもない、彼女だけの笑顔だったと思ったのだった。

 

 

●●

 せっかく出来た自由な時間。生徒会の仕事を少しでも片付けようと思ったらとんだお客が来ました。

 紫堂 櫂さん。気がついたらあの人はわたくしの傍に居てくれる。スクールアイドルの活動が関係ないことでも、力になろうとしてくれている。それが、とっても嬉しい。最近気づけば彼の事を目で追おうとしている自分がいる。嗚呼、わたくしはこんなに貴方に夢中になってしまったのね。

 紫堂さん、これだけわたくしを夢中にさせたのですから、次は貴方に、わたくしに夢中になってもらいますわよ? まず手始めに明日のライブでわたくしにしか出来ない輝きを見せてあげますわ!



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61話 白光は波になって形を変えて

 お待たせしました。共通ルート最終話です。更新遅れてごめんなさい。仕事が繁忙期を迎え、またまた身体を壊してしまいました。季節が変わる頃はいつもこれだもんな。


「ありがとうございました! これからも私たちAqoursをよろしくお願いします!」

 

 千歌の声に万雷の拍手をする観客の中におれはいた。周囲はステージにいる彼女たちに対して感激の声をあげている。周りの興奮している様を見て、おれは心の中でガッツポーズをとっていた。

 みんな、そのステージから見ているか? ここにいる観客全員がAqoursに目が釘付けなんだぜ。非公式とは言えマネージャーとして、友人、先輩後輩として誇らしいよ。

 彼女達がステージから姿を消すと、いてもたってもいられなかったおれは、彼女たちの元へと走った。

 

「千歌!」

 人数分のタオルを持ったおれはステージ裏にいた千歌達に声をかけるた。皆の顔は汗塗れではあるが、良い笑顔をしていた。おれの声を聞いた千歌の表情が急変した。

「櫂ちゃん、かいちゃーん!」

 顔をくしゃっとしておれに抱きついてきた。おれは慌てて彼女を抱き留めた。

「おいおい、いきなりなんだよ」

「だって、ライブ大成功したんだもん! 嬉しくて嬉しくて私――」

「おぉよしよし、嬉しくて涙が出ちゃったか。いつまでも甘えんぼだな」

 あやす用に千歌の背中をぽんぽんと叩く。落ち着いたのか身体を離して目元の涙を拭った。

「えへへ、ありがとね。櫂ちゃん」

「こっちこそ、素晴らしいライブをありがとな」

「櫂!」

 曜の声に振り返る。曜は満面の笑みで右手を挙げた。おれもそれに応える形で右手を挙げると、勢いよくハイタッチした。

「お疲れさま、曜。ちゃんと見てたぞ」

「うん、ありがと。櫂が見てると思ってたから、頑張って踊れたよ!」

 その言葉が少し照れくさくて、手に持ってたタオルを投げ渡した。

「とにかく、汗拭いておけよ。せっかくのいい笑顔が台無しだぞ」

「ヨーソロー!」

 顔を覆い始めた曜を余所に、梨子に視線を向けた。

「梨子、おつかれ」

「あ、紫堂くんっ。わたしのことも、ちゃんと見てくれた?」

「もちろん。見ていたさ」

「よかったぁ、こんな地味なわたしでも見てもらえたんだぁ……」

 ほっと胸をなで下ろす梨子に、おれはタオルを渡した。

「自分で言うほど、梨子は地味じゃないと思うぞ。少なくとも梨子が作った曲は、皆の心に残ったさ。おれもそうだから」

「紫堂くん……」

 頬をぽっと赤らめながら口元をタオルで隠す梨子。それが可愛らしくて頬を緩ませていると、後輩二人が前に出てきた。

「かい先輩!」

「紫堂せんぱい!」

「お、ルビィちゃんに花丸ちゃん。よく頑張ったな」

「はい! ルビィ、先輩の為に頑張りました!」

「まるも! まるもせんぱいに見て欲しくて頑張ったずら!」

「おいおい、見てもらうべき人は他にもいるだろうが。ほら、タオル」

「あ、ありがとうございます! あの、先輩……」

 タオルを受け取ったルビィちゃんが物欲しそうな瞳で見つめている。

「ん? どうした?」

「きょ、今日頑張ったご褒美に、その……、な、ナデナデしてくだしゃい! あっ、噛んじゃった……」

「そういうことなら、それっ。ダンスちゃんと出来てたよ。バテずに良く出来ましたっ」

「ふわぁあ……」

 優しく、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。ルビィちゃんも満更でもないのか、可愛い声を出していた。

「あ、ルビィちゃんズルいずら! せんぱい、まるにもして欲しいずら……」

「はいよ。花丸ちゃんの歌声、とっても綺麗だったよ。歌が好きなんだって気持ちが伝わってきたよ」

「ずらぁ……」

 もう一方の手で撫でてあげると、花丸ちゃんもうっとりとした表情でおれのよしよしを受け入れてくれる。なんだかいけないことをしてる雰囲気になるな。

「シドー、何してるの。このヨハネにも何か言うことがあるんじゃないの?」

「あ、善子。おつかれー」

「ヨハネっ! ってゆーか対応がかるーい!」

「じゃあどうして欲しいんだよ」

「そ、それはっ……」

 善子が少し顔を赤らめて視線を逸らす。もじもじとして、善子らしくない感じだ。すると、花丸ちゃんが意味深な笑顔をした。

「もしかして善子ちゃん、せんぱいによしよしされたいずら?」

「なっ、リトルデーモンに労われるなど、堕天使のは、恥なんだから!」

「んじゃせんぱい、おらとルビィちゃんをもっとよしよしして欲しいずら」

 おれがそれに応えて二人の頭を撫でていると、善子はぐぬぬと表情を歪めた。

「そ、そーよっ! 私だってシドーに誉めてもらいたいの! とゆーことで誉めなさいよっ!」

「よしこちゃん素直じゃないんだからー」

 「ヨハネよっ!」とルビィちゃんを睨む善子の前に立ち、おれはスイッチを入れながら会釈した。

「堕天使ヨハネ。我が共犯者よ。今宵の宴で更に配下のリトルデーモンが増えることであろう。これはそれを祝しての、共犯者からの福音だ。受け取ってくれ」

 ぽふ、と手に頭を乗せて優しく撫でてやる。最初は驚いた顔をしていた善子だが、受け入れてくれたのか目を閉じてリラックスした表情を見せた。

「なんだかんだで一番善子ちゃんが嬉しそうずら」

「ーーっ! 気安いのよリトルデーモンにくせにっ! で、でも一応受け取っておくわ!」

 そして小さく「ありがと」と呟く善子。それと同時にスイッチが切れ、自分が言った事が脳内を駆けめぐる。うわ、おれなんちゅー恥ずかしい台詞言ってたんだよ……。

「かい、私たちへの労いがないんだけど?」

「そうデースっ!」

 果南姉ちゃんと鞠莉さんがおれの前に出てきた。

 「タオルで足ります?」とタオルを差し出すが、それを受け取った上で果南姉ちゃんは両手を広げてきた。

「足りる訳ないでしょー。ほら、おいで。ハグしてあげるから」

「いやそれ労う側の言葉なんじゃ……」

「いいからほらっ。こうしてかいをハグ出来ることが私にとっての癒しなんだから」

 これは部員を労う為の行為なんだ、何もやましいことはない。そう観念して果南姉ちゃんに近づいた。するとぎゅっと優しく抱きしめられた。

「はーっ、やっぱりこれ落ち着くなーっ」

「果南姉ちゃんがリラックスしてくれて何よりです。それとライブお疲れさま。ちゃんと見てたから」

「うん、ありがと」

 きゅ、と抱きしめる力が少し強くなる。柔らかさと同時に暖かさをどこかに感じ取った。

「カナンだけずるーい! ワタシもー!」

 頬を膨らませて鞠莉さんが両手を広げていた。これ、鞠莉さんにもやらなくちゃいけないノリか。

「はい、今いきますよ鞠莉さ、んっ!?」

 おれが行こうとした瞬間に鞠莉さんが抱きついてきた。果南姉ちゃん以上に強いハグに思考が停止する。

「んーっ! ライブの後にはカイをハグするに限るわねっ!」

「んな仕事の後のビールが旨いみたいなノリで言わんで下さいよ!」

「あら、なぁに? ビールみたいにカイをいただいちゃっていいの?」

「んなこと一言も言ってねー!」

 鞠莉さんの唇がおれに近づいていく。待ってくれ、ファーストキスぐらい自分で決めさせてくれっ!

「鞠莉っ、何やってんのさっ!」

 幸い、果南姉ちゃんが彼女の後頭部にチョップをおみまいしてくれたお陰でおれの初めては奪われずに済んだ。

「いったーい! カナン、何するのよー!」

「それはこっちの台詞。お姉ちゃんの目の黒い内はかいには手を出させないよ」

「むきーっ!」

「落ち着いて下さいよ鞠莉さん。ちゃんと鞠莉さんの綺麗なダンスは見てましたから」

「ホント!? Really?」

 おれが頷くと、今までの軽いノリとは違った、少し違った雰囲気の鞠莉さんがいた。

「嬉しい……。アリガトね、カイ!」

「は、はい……」

「いつまでステージ裏にいますの? そろそろ着替えますわよ」

 いつもと違った鞠莉さんの様子にドキッとしていると、ダイヤさんの凛とした声が聞こえてきた。おれは彼女に近づき、タオルを差し出した。

「お疲れさまです、ダイヤさん」

「紫堂さんも、わたくし達が認めたマネージャーだとしても他校の非公式部員なんですから、すぐさま来るのは少しマズいのではなくて?」

「あー、そうかもしれませんね……」

 ダイヤさんの言い分ももっともだ。こうやっておれが軽々しく彼女達に近づくのを、これから出来るであろうファンが見たら面白くないし、彼女達の風評も傷つくかもしれない。でもーー

「すいません、ダイヤさん。でもダイヤさん達のライブを見てたら居ても立ってもいられなくて。一番に感想言いたくて。ダメ、ですか?」

「ダ、ダメとは言ってませんけど……、それで感想は?」

「ステージで踊るダイヤさん、綺麗でしたよ。華があるっていうか、歌声も素晴らしかったです」

「っ、と、当然ですわ! わたくし、素材がいいですもの!」

 顔を赤らめてそっぽを向くダイヤさん。鞠莉さんの「ダイヤ照れてるー!」の言葉に、きっと彼女を睨みつけたのだった。

 

「ねー、櫂ちゃんに締めの言葉言ってもらおーよ!」

「え、おれが?」

 千歌の突然の提案に面食らう。皆一人一人に何か言おうと考えてはいたけど、これは考えてもなかったぞ。

「皆はいいのか? マネージャーでステージに立ってもないおれが言って?」

「何を今更、ですわ」

「水くさいわよ、カイ!」

「かいも私たちの仲間なんだから」

「そうよ、シドーは私たちのリトルデーモンでもあるんだから!」

「ずら。ここまで来たら紫堂せんぱいも道づれずら」

「先輩の言葉があったらルビィ、もっと頑張れると思うんです!」

「うん、わたしも紫堂くんの声を聞きたいな」

「櫂、ここまで言われてるんだから、応えなきゃ男が廃るよ?」

「櫂ちゃん!」

 どうやら9人全員賛成のようだ。皆、おれの事を仲間だと思ってくれてるんだな。話を聞くか、練習の手伝いくらいしかしてないこのおれを。じゃあそんな皆の期待には応えないとな。

「じゃあ僭越ながら……」

 軽く目を閉じて、少し考えを纏めると息を吐き出した。

「皆、今日のライブ本当にお疲れさま。皆一人一人輝いていたと思う。けどここで終わりじゃない、そうだろう?」

 9人に疑問を投げかけると、皆頷いてくれた。

「ならここが、Aqoursの新しい出発点だと思う。ここからもっと多くの人に見てもらって、もっと輝いていこう。その為なら、おれは幾らでも力を貸すよ。男であるおれがこの台詞を言うのはおかしい気もする。だけど言わせてくれ。おれを、ラブライブに連れて行ってくれ!」

「「おーっ!」」

 皆の歓声が一つとなって、おれ達はもっと強い絆で結ばれたと思う。

 

 

「ねぇ櫂ちゃん、最後の台詞って甲子園ネタだよね?」

「言わないでくれ千歌、自分でも恥ずかしいって思ってるから……」




 本来はこの話は存在せず、そのまま一人一人の分岐シナリオへと進む予定でした。ですが流石にライブがどうなったのかを無視したまま進めるのはいかんだろと考えて作りました。櫂がどのヒロインとのルートを選択しても違和感の無い様にするのに大分苦労しました。どの推しの方でも、満足して頂けたら嬉しいです。

 さて、次回から分岐シナリオになります。最初は、曜ちゃんから書いていこうと思います。櫂とは幼馴染故にちょっと手こずっていましたが、面白いアイデアが浮かんだのでそれを書くのが楽しいです。


 ご意見ご感想、お待ちしてます。


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Dream World:花丸の完璧京都講座

 今回は番外編です。「輝く花を愛でる雲は……」の作者さんである山橋 黒豆さんと互いの作品を入れ替えて執筆してみるというコラボ作品です。
 黒豆さんの花丸ちゃんとのイチャラブっぷりったらもう本当に見てて楽しいです。砂糖を吐いてしまう程に。それではどうぞ。


「着いたずら~! 」

 新幹線に揺られ、改札をくぐり花丸が空を見上げて叫ぶ。

 ――今日はいつものデートとは違って、奮発した遠出だ。

「ここが……古都・京都! ふわぁ、初めてきたずら! 」

「それはよかった。連れてきた甲斐があるよ」

 今日は彼女である花丸と一緒に一泊二日で京都旅行に来ていた。

 寺生まれなせいか、こういうところに行きたいという願望は、やっぱりあるよね。

「まずはどこから行こうか? 」

「東本願寺! 」

 ――即答である。さっきからぴょんぴょん跳ねて、いつものおっとりした印象は何処に行ったんだとツッコミを入れたくなってしまう。

「じゃあとりあえず……あっちかな? 」

「よーし、せんぱい、早く早く! 」

「あ、ちょっと」

 いつもよりも数倍元気にはしゃぐ花丸に引っ張られて、大通りを歩く。なんだか周りにほほえましく見られている気がする、恥ずかしい……。

「ここが本願寺……? 」

「東本願寺ずら」

 東ってことは、西もあるのか?ううん、お寺とかには詳しくないからよくわからん。

 首を傾げていると花丸が人差し指を立てて、「――東本願寺というのは、」と解説を始める。

「正式には真宗本廟という名前で、真宗大谷派の本山ずら。なんで東本願寺という呼ばれ方をするかというと、あっちに本願寺があって、その東にあるから東本願寺って呼ばれるようになったんだぁ。ここの見どころは――」

「――花丸、花丸さんや? 」

 つらつらと解説をしてくれる花丸を遮って手を挙げる。

「なんずら?」

「……専門用語が多くておれにはさっぱりだ」

「ええ、そうかなぁ? 」

 まず最初の真宗……なんとか派ってのがまずわからん。あれか、学校で習う浄土宗とかの一種か?

「……せんぱいってお寺とか宗派とか、からっきし? 」

「自慢じゃないが全くわからん」

「そんなぁ」

 がっくりと肩を落とす花丸。こんなことになるなら事前にでも勉強しておけばよかったなあ。

「とりあえず中入ろうか」

「でも……」

「見たいんでしょ? 」

「……それじゃあまるだけが楽しむことになっちゃうよ。せんぱいはただおらについてくるだけになっちゃう」

 寂しそうに口をとがらせる花丸の頭を撫でる。

「ふえ……せんぱい? 」

「気にしすぎだよ……おれは、花丸が楽しそうなら楽しめるからさ」

「ほんとう……? 」

「おう」

 少しだけ潤んだ瞳でおれを見上げていた花丸が目をこすって、再び笑ってくれる。

「じゃあ、まるはおもいっきり楽しむから……せんぱいはわからないことがあったらまるに訊いてね? 」

「そうするよ」

 そこからは、花丸先生のお寺講座を聞きながら東本願寺、西本願寺、と巡っていった。

 ――正直なところ、花丸の言ってることは半分もわからなかったけど……いつもより二割増しの笑顔が見られるから、それでいいや、という気分になれた。

 

 

 

 

 西本願寺を出て、予定していたお店に入った。

 花丸たっての希望で、海鮮丼が食べられるお店だ。

「……海鮮丼って、沼津港でも食べられるのに、いいの? 」

「沼津と京都じゃまた違うずら。まるは京風を味わいにきたからいいの、いいの♪」

 花丸の食へのこだわりに「お、おう、そうなのか……」という曖昧な返事しかできなかった。

 普段はのっぽパンばかり食べてるけど、意外にグルメなんだな。

「……それにしても、どれもお値段高めだけど、平気ずら? 」

「うん、好きなの頼んでいいぞ。おれは――」

 本当はそれなりに大丈夫じゃないけど、彼女に見栄は張らせてほしい。

 ――花丸の分まで注文を終え、終始にやけの止まっていない彼女に向き合う。

「楽しそうでなりより」

「うん、楽しくて、そこにせんぱいまでいて……おら、幸せでどうにかなってしまいそうずら」

 にへらという擬音が聞こえてきそうな笑顔で、頬に両手を当てて夢見ごこちのご様子。

 正直に言ってくれるのは嬉しいけど、同時に真っ直ぐに伝えられて、照れてしまう。

「おれも、花丸と一緒に旅行ができて幸せだ」

「――っ、えへへ……照れちゃうね」

「そ、そうだな……おれも」

「…………」

「…………」

 お互いに顔を赤くして黙っていると、「お待たせしました」とやけにぶっきらぼうな店員さんに海鮮丼を置いて行かれる。

 怖いんだが……もしかしてさっきのやりとりのせいか、そうなのか。

「た、食べようか」

「う、うん」

 そうして同時に一口――

「「おいしい! 」」

 ――あまりのおいしさに感想も同時だった。

 そこに気付いてまた二人で顔を見合わせて、照れ笑いを浮かべる。

「次は何処に行く? 」

「金閣寺は外せないずら」

「じゃあ次はバスで移動かな? 」

「ずら! 」

 花丸と次の行先を話しながら食べているはずなのに、いつの間にか花丸のどんぶりは空になっていた。食べ終わるの早すぎると思う。

「早食いすると太るらしいよ? 」

「むっ! ……本当に最近、ちょっと体重が……」

「えーっと、それは……」

 それほど見た目は全く変わってない……すると……胸に?

「どこ見てるずら? 」

 視線が吸い寄せられているのを察知され胸を両手で隠される。

「へんたいさん」

「いや、違う、そういうんじゃ……」

「いいや、視線がへんたいさんのソレだったずら」

 頬を膨らませてすねる花丸をなだめようと言葉を探す。

「何が理由でも人の胸をじろじろ見るのはダメ、へんたいさんずら」

「すいませんでした」

 口論じゃ花丸には全く敵わないこともあり素直に頭を下げる。

 そうするとポン、と下げた頭に花丸の手が乗せられる。

「もう、今日は特別だよ? 」

 そう言って慈愛に満ちた笑顔を見せてくれる花丸がこそっと顔を寄せて、ちょんとキスをされる。

「……えへへ、今日は特別な日だから、特別ずら♪」

 花丸の顔がまた照れ笑いに変わり、その瞬間、あのぶっきらぼうな店員さんが水を持ってくる。

「「…………」」

 ……いちゃつきすぎたのかな。なんだか申し訳なくなって、その後は無言でお店を出た。

 

 

 

 バスを使い、寄り道をしながら金閣寺までやってきた花丸先生はさっそく講座を開き始めた。

 前置きに「金閣さんは有名だからせんぱいもわかるところあるよね? 」と訊くのは余計だと思うけど。

「――金閣寺の正式名称、せんぱい、わかるずら? 」

「えーっと、なんか鹿が入ってた気がする……」

「鹿苑寺、ずら、建立した人はさすがにわか……ってますか?」

 なんで敬語になる。久しぶりに敬語の花丸を聞いた。

「えーっと……な、待て、学校でも習うよな」

「うん、建立した人だけなら小学生で習うよ」

 室町時代の将軍だってことと、あの坊主の肖像は出てくるけど……なんて名前だったかまでは……

「――足利義満、室町幕府の三代目将軍ずら」

「あ、言われてみるとそんな名前だったな……」

 そうだったそうだったと曖昧な反応をしていると、花丸が「そんなんで勉強大丈夫? 」と心配してくる。大丈夫じゃないけど、余計なお世話です。

 これ以上、勉強の話をされても困ると思い、無理やり話を転換する。

「そ、それにしても、花丸は金閣寺、好きなのか? 」

「当然ずら! 」

 おお、予想外の食いつきだった。そんなおれの驚きを尻目に花丸は金閣を見上げながらうっとりした表情で語りだす。

「金閣さんと言えば、三島由紀夫の『金閣寺』だから一度は自分の目で見てみたかったんだ」

 なるほどね、小説の舞台だったのか……それなら花丸が夢中になって見入っているのもわかるな。

「どんな話なんだ?」

「金閣さんを放火する話ずら」

「えっ」

 その展開はさすがに予想できなかった。さらにそれが作者の、ひいては日本文学の傑作なんて呼ばれてることを花丸から補足してもらい、「いいのかそれで」という思いがこみ上げてくる。

「読むんだったら貸してあげるよ。語れる仲間がほしいと思ってたところずら」

「そ、それなら……もしかしたら時間かかるかも知れないけど」

「じゃあ旅館に戻ったらね。後日、ちゃんと感想は聞かせてもらうずら」

「ま、任せとけ……」

 キラキラした顔で言われては、彼氏として引くわけにもいかず……。

 はぁ、仕方ないけど、暇な時間を縫って読むとしますかね。

「そろそろ、次に行く? 」

「そうだな、あんまりのんびりしてると周りきる前に時間になっちまう」

「近くには龍安寺と仁和寺があるけど……」

「じゃあそっちに行ってから旅館に行こうか」

「うん! 」

 こうして一日目の京都散策はひたすらに寺を巡り、花丸先生の講座を聞く旅行となった。

 ――ところで花丸が提案したルートだと旅館と反対方向なんだが、間に合うかな……

「せんぱい、はやく! 」

「そんなに急かすなって……」

 ……まぁ多少遅れても問題はないか。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、紫堂様」

「なんとか間に合っ……た、ずら? 」

「……ぎりぎりだけどな」

 本当にぎりぎりになってしまったけど、何とかチェックインの時間に間に合った。

 中居さんに連れられて、部屋に通される。

「こちらのお部屋になります」

「「……広い! 」」

 ホテルで言うならスイートルームか? というほどの広さと豪華さを持った部屋におれと花丸は開いた口がふさがらなかった。

「……せんぱい、一泊おいくらなの? 」

「知らん、おれは鞠莉さんに相談したらこうなったんだよ」

「ええ……」

 仕方ないだろ、『それならココね、ワタシのオススメよ☆』って言ってたし、ホテルオーナーをしてる鞠莉さんのことなら信用はできると思ったし、しかもお金は鞠莉さんの口添えでおれが予約するより安するって言ってたんだから。

「鞠莉ちゃん……恐るべし」

「おれも、あの人の感覚を疑うべきだった」

 まさかこれで値段も高いなんてことないよな……?

 ――と思ったら、明細は目を疑うくらいに安かった……もはや価格崩壊の域だ。

「鞠莉ちゃん……恐るべし」

 一回目より感情のこもった花丸のことばがやけに部屋に響いた。

「ま、まぁ来てしまったからには楽しむことにしよう」

「ずらっ! 」

 花丸と半ば強引に納得すると、とりあえず備え付けのポットにお茶をそそぐ。

 きっとこれ、茶葉もいいやつなんだろうなぁ。

「はい、花丸」

「ありがとう……ん、お茶もおいしーずらぁ♪」

 なんだか花丸に湯呑が妙にマッチしている気がする。そんな風に彼女をみつめていると、湯呑を持っておれの方にやってくる。

「どうした? 」

「ふふ、甘えに来たずら」

 湯呑を机に置いて、胡坐をかいていたおれの膝にいそいそと座る。

「んー、落ち着く……♪」

「彼氏を椅子にしていうセリフか? 」

 頭を撫でながら苦笑いをすると、花丸は幸せそうに微笑んだ。

「せんぱいが彼氏だから、こんなことしちゃうし、せんぱいに包まれてるみたいで幸せな気持ちになれるんだよ? 」

「……花丸」

 その言い方はずるいんじゃないか? と、内心で言い訳をしながら、おれは怒るどころか、腰に手を回して強く抱きしめてしまう。

「わわ、ますますせんぱいに包まれちゃってるずら……」

「痛かったか? 」

「全然、むしろドキドキしちゃう……から」

 花丸の耳が赤くなっていくのが見えて、愛おしさがあふれてくる。

「あ、そうだ……」

 花丸を膝に置いたままおれはカバンから一冊のノートを取り出した。

「交換日記、持ってきてたの? 」

「まぁ、花丸に会える日には持ってきてるからな」

「じゃあもらってあげるずら」

「どうぞ」

 恋人になっても交換日記は続けていた。おれと花丸を繋いでくれたものだから、なんとなく手放しづらくておれも花丸もそこにあったことを気ままに書いて、一人の時に読んで、笑って、照れてを繰り返してる。

「でも読めるのは明日うちに帰ってから……もどかしいずら」

「そんな楽しいことは書いてないけど」

「内容じゃなくて、せんぱいがおらに向けてあったことを教えてくれる……それが楽しみだから」

 ふふ、と少しだけ大人びてみえる笑顔にドキッとする。花丸はおれを見上げて、頬にキスをしてくれる。

「今日はせんぱいと一緒に色んなところに行って、本当に楽しかったずら♪」

「おれも……花丸が楽しそうにしてくれて、計画した甲斐があったよ」

 花丸に応えるように唇にちょん、と軽くキスをする。それに花丸がさらにキスをしてくる。

 キスの応酬はいつしか二人の間に流れる空気を甘く、ピンク色にしていく。

「んっ……ね、せんぱい。この後の予定は? 」

「夕ご飯だけど……まだ時間あるかな」

「じゃあ……」

 首に手を回して、身体を押し付けて花丸が迫ってくる。

 振り払えるはずもなく、そのままおれは花丸に押し倒される格好になってしまった。

「まるはもっといちゃいちゃしたいずら」

「へ、や、ちょっと!? 」

 花丸先生! それはまだ時間的にも早くないかな!?

 突然の豹変に、それは声には出なかった。スイッチの入った花丸はますます熱い身体をおれに押し付けてくる。

 その熱と女の子特有の柔らかな感触に意識が飛びそうになる。

「せんぱい……♪」

「ま、まって――いやぁぁぁぁぁぁ! 」

 結局、このままケダモノと化した花丸を振り払うことなんてできず、夕ご飯の時間もぎりぎりになってしまうのでした。




 花丸ちゃんのかわいさを伝えるために別次元からやってきました。「輝く花を愛でる雲は……」の黒豆です。
     
 今回は「輝く花」では都合上あまりできない遠出をさせてあげることにしました。黒豆の大前提である「花丸ちゃんかわいいよ花丸ちゃん」をこちらでも体現できたらいいなと思います。
     
花丸「どこに行っても変態さんは変わらないずら?」
     
 むしろ変わっては黒豆のアイデンティティが七割ちょっとが失われるので勘弁してくださいね。

 ……そうそう、「輝く花を愛でる雲は……」も興味があればご覧ください(露骨な宣伝)。
 常にオリ主と花丸ちゃんがいちゃいちゃするやや不健全な小説ですので、よろしくお願いします。


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渡辺 曜との未来:水色と白光は波濤を越えて
Dream World:輝ける時を、君と


 お久しぶりです。鞠莉の誕生日回です。そして今回はあとがきにかなり深刻なことを書かせて頂きます。


『櫂ちゃんはそれでもいいの!?』

「いいもなにも、仕方ないだろうが」

 夕陽が窓から差し込む中、おれは身支度をしながら千歌と電話越しに会話している。これから今は会えない恋人の為のプレゼントを買わなければならない。

『今日は鞠莉さんの誕生日なのに?』

「鞠莉は今日ホテルで関係者を含めたパーティをするって話だったろ。恋人とはいえそういう催しに出ちゃいかんだろ」

 面識のない人が大勢出るパーティに行っても面白くないでしょうし、というのが鞠莉の意見だった。正直おれもそう思う。そう言った人達に変な目で見られたくないし。鞠莉にも嫌な思いはして欲しくないからな。

「とにかくこれは二人で話し合って決めたことなんだ。それに今おれは内浦にはいないからな」

 おれの言葉に千歌は「あ、そっか」としゅんとした。今おれは恋人である鞠莉ともっと一緒にいられるように勉強するために大学へと進学した。内浦から離れての一人暮らしは少し寂しくあったけど、これも彼女と共に暮らすためと思えば苦ではなかった。

『まぁ櫂ちゃんが納得してるならいっか』

「そう言うこと。心配してくれてありがとな。千歌達は千歌達で明日盛り上がればいいさ」

 「うん、じゃあね」と千歌が通話を終えた。少し寂しさがこみ上げるのを誤魔化すようにおれは身支度を急いだ。

 アパートのドアに鍵をかけて階段を降りる。おれはひょんなことで鞠莉と恋人関係になった。ホテル経営を夢とする彼女の力になりたくて内浦から少し離れた場所で勉強をしているが、寂しくないと言えば嘘になる。千歌に言った言葉は半分強がりだ。仕方ないと言いつつも内心は鞠莉の誕生日に一緒にいられないことが、たまらなく辛かった。

「ま、だからこそ今からプレゼントを考える時間があると思えばいいか」

 と自分に言い聞かせようと一人呟いた時だった。

「あら、誰のプレゼントを買うつもりなのかしら?」

 今ここにいるはずのない声に驚いて、振り向いた。するとその声の主であろう人物がおれに抱きついてきた。

「カイー! 会いたかったーっ!!」

「ま、鞠莉!? どうしてここに!?」

「どうしてって、当たり前でしょ?」

 少しおれから離れた鞠莉は優しく微笑んだ。

「大好きなダーリンに会いに来たに決まってるじゃないの!」

「なるほどそれは嬉しい……ってパーティはどうしたんだよ」

 おれの言葉に鞠莉はんー、と考えると再びにっこりとした表情を見せた。

「バックレた!」

「バックレたって、おいおい……」

 心配するおれを余所に、鞠莉はおれの腕にぴったりとくっついた。

「さ、行きましょ!」

「行くってどこに?」

「決まってるでしょ!? バースディデートよー!」

 そう言って彼女はおれの腕を引っ張っていく。突然の恋人の来訪に驚きを隠せず、彼女に問いかけた。

「いや、抜け出してきて良かったのか? 次期経営者がパーティー抜け出してきてさ」

 街中を二人寄り添って歩く。流石に気になったので聞いてみた。

「ああ、それならノープロブレムよ。カゲムシャをたてたから」

「影武者? ホントにそれで誤魔化せるのか?」

「ふふ、小原の財力を嘗めないでちょうだい、カイ」

「もっとお金の使い方を考えたほうがいいと思うよおれは」

「でもそういうのは、カイが将来仕切ってくれるんでしょ?」

 そう言うと彼女はおれの肩に頭を乗せてきた。おれが頷くと鞠莉は嬉しそうに笑った。

「じゃあ今はそれでいいのっ。カイにお財布の紐を握られる前のゼータクってことでっ」

 さぁいきましょと笑う彼女に、おれは体重を預け返した。

「はい、社長」

「まだ社長じゃないでしょ? それにカイ? スルーしてたけどワタシの呼び方忘れちゃったの?」

 物欲しそうにおれを上目遣いで見つめてくる。それはおれ達が付き合う時に決めたんだった。恋人になった彼女への愛称を。

「忘れるわけないだろ、マリー」

 そう呼ばれた彼女は、うっとりとした表情でおれの腕をぎゅっとするのだった。

 

 

 が、そんな表情をしていたのは30分前の話。鞠莉はおれの腕にくっついたまま頬を膨らませていた。

「でも流石に誕生日のプレゼントを買ってないのはナンセンスじゃない?」

「うっ、おっしゃるとおりで……」

 まさか鞠莉が今日こっちに来るとは思わなかったし。後日渡せばいいやと考えていたのが仇となった。

「まぁ連絡も無しに会いにきたワタシも悪かったわ」

 ごめん、と言おうとした口に人差し指を当てられる。

「謝らなくていいわ。でもその代わり、今日はめーいっぱいデートしましょ♪」

「ありがと。今日はおれが奢るから」

「ワタシも出すわよ。二人で割り勘した方がいいでしょ?」

「いいのか? せっかくのデートなのに?」

「こっちはいきなり来たんだし。そのお詫びも兼ねて、よ」

 ふにゃっとした笑顔を向けてくる鞠莉。まあ実際そうしてくれた方が助かる。一人で暮らしてるからお金にあんまり余裕なかったし。ここは彼女の好意に甘えるとしよう。

 そんなおれの金銭的心配を知っているのかいないのか、鞠莉は少し興奮気味だった。

「それにね、ワタシは割り勘とかやってみたかったのよ!」

「ああ左様ですかお嬢様。でも、今からレストランとかの予約出来るかなぁ」

 ああ言うのって一週間位前から予約しないと駄目だと思うし。どうしたものかと考えていると。

「別にいいわよ、そんなに豪勢なものじゃなくて」

「え、いいの?」

 鞠莉は「イェーッス!」と元気に答えた。

「たまには庶民的なものも味わってみたいのよ。それに、その方がカイのお財布的にも助かるんじゃない?」

「あ、やっぱりわかる?」

 やっぱり鞠莉はおれの懐事情を理解していたみたいだ。破天荒かと思えば、実は周りのことを考えてくれている。それが鞠莉という恋人の良いところだ。

「わかるわよ。大好きなカイのことだもの……」

「鞠莉……」

 大好きな恋人が、自分のことをここまで考えて理解してくれている。それがたまらなく嬉しかった。

「早速だけど、そろそろいい時間だしまずはディナーにしない? カイがよく行ってるご飯とかと食べてみたいわね!」

「ん、よしきた。じゃあ案内するよ」

 そしておれは彼女を行きつけの定食屋に案内するのだった。

 

 

「あー、お腹いっぱいっ!」

「満足して頂けて何よりです」

 定食屋の暖簾をくぐり出て、鞠莉は伸びをした。

「まさかマスターからサプライズがあるとはね」

 鞠莉はんふー、と満足げだ。定食屋の親父さんが鞠莉が誕生日だと知ると「話に聞く坊主の恋人さんならお礼をしなくちゃな」と小鉢やらデザートを追加してくれたのだ。日頃行っておいて良かった。

「でもホント驚いたさ。おれもサプライズしてくるなんて思ってなかったし」

「でもそれってカイがよくここに通ってて、ワタシのことを話してくれてたからでしょ? すごく、嬉しい・・・」

 頬を少し紅く染めておれを見つめる鞠莉。その表情が愛しくて彼女の手を握る。

「うん、おれもすごく嬉しいよ。マリーが恋人になってくれて。今はあんまり会えないけれど、マリーと一緒にいる為ならって思うと苦にならないし」

「カイ……」

 二人で見つめ合う。が、周囲の空気を察して互いに身体を離した。

「さ、つ、次はどこいこうか!」

「ゲーセン! ワタシゲーセン行ってみたい!」

「了解。おれの行きつけに案内するよ」

 おれ達は互いに笑いあって、再び歩き出した。

 

「ワタシ、あんまりゲーセンって行ったことないのよね」

 ゲーセンの騒がしい音の中、鞠莉はおれの耳元で呟いた。

「そうだったのか? 他のメンバーと行ったことあると思ったけど」

「んー、どうしてか周りから行こうって話になったことないのよ」

 確かに。あの9人だとゲーセンに行こうって言い出すイメージないもんな。淡島のホテルならゲームもありそうだが、経営者の立場である以上鞠莉はやりそうにない。

「カイ? 何か失礼なこと考えてなーい?」

 目を細めておれを睨んでくる鞠莉。おれはなんでもないよ、と彼女の頭を撫でた。

「さて、何をしようか?」

「マリーね、あれやりたい!」

 そう言って彼女が指さしたのはクレーンゲームだった。ガラスケースの中には海の生き物のぬいぐるみが入っている。そこへ鞠莉は近寄るとコインを入れた。

「覚悟しなさい、キュートなぬいぐるみちゃん~ マリーのベッドに連れて帰るんだから!」

 そう意気込みながらアームを操作していく。ここだと決めるとアームは下降してアシカのぬいぐるみを掴んだ。

「オゥケィ、いい子ね。そのままそのまま……」

 が、途中まで動くとぬいぐるみはアームから外れて落ちてしまった。それと同時に鞠莉が「オゥ!」と悶絶した。その後も何度もやるが悉く失敗してしまう。

「カイ~……」

 珍しく目をうるうるさせてこっちに助けを求めてくる。そのあまり見れない表情がおれの頬を緩ませた。

「おれがやるよ。マリー」

 すると鞠莉の表情がぱあっと輝いた。おれは指をほぐしてコインを投入した。実はおれ、あんまりクレーンゲームやったことないんだよね。主にレースゲームかアクションゲームしかやらないし。ま、千円位でなんとかとれるだろ。そう思っておれはボタンを押し始めた。

 

 

「まさか二千円ももってかれるとは……」

 やっとぬいぐるみが下に落ちた。侮っていた訳じゃなかったけど、ここまで搾り取られるとは。何度か諦めようとしたけど、後ろで少しはらはらしながらおれを見つめる鞠莉を見ていたらここは男を見せなきゃと思った訳で。二千円でぬいぐるみを買えたと思うことにしよう。

「はい、マリー」

 おれが彼女にぬいぐるみを差し出すと、鞠莉は一度は受け取ろうとするがその手をぴたりと止めた。

「マリー?」

「ごめんなさいね、カイ。マリーの我が儘でだいぶお金を使わせてしまって……」

 しゅんと落ち込む鞠莉の頭を優しく撫でた。

「カイ?」

「マリーの為に使ったお金だ、何も惜しくはないさ」

「カイ……」

「おれとしては、マリーには笑って欲しいからさ。その為の努力なら、何の苦にもならないよ」

 おれが優しくぬいぐるみを渡すと鞠莉はおれに抱きついてきた。

「ありがとう、カイ! これはそのお礼ーー」

 そう言って、鞠莉はおれの頬に唇を押し当てた。付き合う前から誘惑と称してここにキスされてきたっけ。でもその時とは意味合いは違っている気がして。驚きよりも嬉しさの感情が勝っていた。

「マリー……」

「さぁカイ! もっと遊びましょ! ワタシ今度はあれやりたい!」

 おれの腕を引いてくる鞠莉におれは苦笑いしながらもついていくのだった。

 

 

「あーっ、楽しかったっー!」

 おれの家までの帰り道に、鞠莉は伸びをしている。あれからけっこうゲーセンで遊んだな。

「シューティングにレースゲー、どれも上手かったなマリーは」

 あまりの上手さに少し人だかりが出来た位だ。ホントに初見だったのか?

「ああ言うのは直感で動くものだからかしらね。気がつけばいいスコアいってたわ!」

「けどその反面クレーンゲームは苦手だったな」

「む、言わないでよバカ……」

 少し頬を膨らませておれに寄りかかる鞠莉。いじける彼女が愛しくておれの方からも少し体重を預ける。

 そうして歩いていると、おれのアパートにたどり着いた。

「ねぇ、カイ。今日は素敵なバースディプレゼントをありがとね」

 鞠莉はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。

「ごめんな、ちゃんと用意出来なくて。本来ならアクセサリでもと考えてたんだけど」

「ワタシが連絡もなしにいきなり来たんだもん、しょうがないわよ。それにカイがくれたものなら何だって嬉しいわ」

「鞠莉……」

 鞠莉は少し顔を紅くしておれに抱きついてきた。胸元から彼女の柔らかさが伝わって、どきりとする。

「ねぇ、カイ。ワタシ、あと一つ欲しいものがあるんだけど?」

「ん、何が欲しいのさ?」

 恥ずかしそうな顔を近づけて、彼女は耳元でささやいた。

「カイとの、赤ちゃん♪」

「っーー!」

 その言葉に体温が一気に上昇した。顔を離すと、鞠莉も顔を真っ赤にしていた。そして「だめ?」なんて甘えた声で首を傾げてきたらこちらの理性も吹き飛んで。

「駄目な訳、ないだろーー」

「カイーー、んっ、ちゅ……」

 アパートの前で盛り上がったおれ達は、そのままおれの部屋で一夜を共にするのだった。




 さて、僕はアニメを一話見て以降、このシリーズを執筆してきました。沼津、内浦の地理も特に考えずに書いてます。千歌の家と曜・櫂の家は自転車で行ける程の近さですし、内浦には駅があったりと本当になんちゃって内浦なので、このまま通すつもりです。
 ですが、一つだけマズい点が。鞠莉登場回で櫂とその各務さんは、車で淡島ホテルへと向かっているのです。島にある淡島ホテルに。流石にこれはアカンやろと感じ、ここで弁明させて下さい。
 魚を卸した場所は淡島ホテルへと繋がるホテル専用の小さな港(?)。そこで櫂と鞠莉は専用船で淡島へと渡り、鞠莉の部屋に移動したということにして下さい。
 今回ばかりはこういった解釈で見て頂けると幸いです。実際に沼津観光しちゃったから今後はこういった部分は少しずつ修正していきたいですね。

 感想お待ちしております。


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Dream World:生誕を共に祝うは契約を結びし者

 善子誕生日回です。相も変わらず善子と付き合っているifストーリーです。いつか善子ルートを書く予定なのでそのつもりで読んで下さいね。


「もしもし?」

 震えるスマホを取ると、スピーカーから聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。

「くっくっく……。天から追放されし堕天使ヨハネ、召喚に応じ参上した。問おう、貴方が私のマスターーー」

「あ、間に合ってますー」

「ちょ、ちょっとぉ!」

 通話を切ろうとすると声の主が慌てて抗議の声をあげた。

「通話を切らないでちょうだい!」

「スイマセンね新聞屋さん、うち新聞はもう間に合ってるんですわ」

「今のがどう聞こえたら新聞の勧誘に聞こえるのよ! もうシドー、パートナーの声を忘れちゃったの?」

 少し不安そうな声を聞いて、苦笑いしながら頭の中のスイッチをいれた。

「忘れる訳がないだろう? 永久なる愛の契約を結びし我が愛するパートナー、善子よ」

 わかればよろしい、と善子はスンと鼻を鳴らした。以前なら「善子じゃなくてヨハネ!」と訂正しただろうけど、それはもう過去の話。ひょんなことからおれと恋人になってから、彼女はおれにだけ善子という真名(そう本人は自分の本名を呼んでいる)で呼ぶことを許可してくれている。

「それで、どうしたんだ善子?」

「あ、あのねシドー。明日私の家に泊まりに来ない?」

「明日?」

 視線を壁に貼られたカレンダーに向ける。明日は7月の12日。更にその翌日は善子の誕生日だ。

「べ、べつにね、予定があるならいいの。誘うの急すぎたかなーって思ってたし」

 そう言う善子の声はどこか寂しそうで。

「その日は特に予定ないぞ。それに、善子からの誘いなら喜んで受けるさ」

「っ!! ありがと!」

 嬉しそうな声にこっちの頬も緩む。こういった素直な所は、年下の女の子なんだなと思える。

「じゃあ明日沼津駅集合でいいかしら?」

「そっちは練習があるんだろ? おれが迎えに行くよ」

「いいの? シドーにも学校あるでしょ?」

 なんだかんだでおれことを心配してくれる、その気持ちだけで嬉しくなってしまう自分がいた。

「おれは帰宅部だしな。そっちに行く位なんともないさ。それに、より長く善子と一緒に居たいからさ」

「シドー……、ありがとっ!」

「それじゃあ練習終わる頃に連絡するから。楽しみにしてるぞ、善子」

「さようなら私のリトルデーモン。また明日会えるのを楽しみにしてるわ」

「ああ、おれもだ」

 そう言って通話を切ろうとするが、善子からは何も反応がない。

「善子?」

「シドー、その、あのねっ、あの言葉、聞きたいな……」

 ああ、そうだったな。電話の最後にはあの言葉を返すんだったな。最近忙しくて善子に電話出来なかったせいか忘れていた。ちょっと恥ずかしいけど、善子が喜んでくれるならいいか。

「愛してるよ、善子」

「うんっ! 私も、愛してるわ、シドー」

 互いに愛の言葉を囁いて、おれ達は通話を終えた。そしてその後恥ずかしさがこみ上げるのと同時に体温が上昇したのだった。

 

「シドー!」

 善子の通う学院の校門で待っていると、善子の声が走ってきた。彼女に手を振ろうとするのよりも早く善子はおれに抱きついてきた。

「シドー! 会いたかった!」

「いつも電話とかで話してるだろ」

「だって、最近テストとかで全然会えなかったし……。シドーは私に会えて嬉しくないの?!」

 おれの胸元から顔を離すと、善子は拗ねた顔を見せた。その顔が可愛らしくて、優しくその頭を撫でた。

「嬉しいに決まってるだろ。こうしてぎゅっと抱きしめてたいくらいにな」

「ふふっ、なら良かったっ!」

 嬉しそうに頬を緩ませる善子をぎゅっと抱きしめようとしたが、不意に学院の方向から千歌達の声が聞こえてきた。

「おーい、善子ちゃーん! おっかしーなー、どこ行っちゃったんだろー」

「善子ちゃん着替え終わったらすぐに出てっちゃったもんね」

「よっちゃん何か用事とかあったんじゃないかな?」

 曜や梨子、二年生達の声が校門近くに近づいてくる。すると善子は「やばっ!」とおれから身を離し、堕天使なポーズを取り始めた。

「ふっ、ここで会おうとは本当に奇遇ねリトルデーモン。こんな所までのこのこと、何の用かしら?」

 声色を低くしておれを指さす善子。そこにはさっきのおれの胸元に飛び込んできた可愛らしい彼女はいなかった。

「あれ、かいだー」

「あら、カイ。久々ねー!」

「紫堂せんぱい、お久しぶりずらー!」

 善子の声を聞いて、他の面々もこっちに気づいてこっちに近寄ってきた。

「さぁシドー! 答えなさいっ! あなたは何の目的でここにいるのかを!」

 善子はつき合う前のノリでおれに詰め寄ってくる。少し寂しい気もするけど、まぁこれはこれで久々で悪くない。おれも彼女に付き合うべくスイッチをいれた。

「フッ、しれたことよ。この学院を我が支配下におくためよ!」

「なんてこと、シドー。貴方、ここはヨハネの支配する土地と不可侵の条約を結んだじゃないの!」

 善子もそれに乗り、周囲がまたかと苦笑いと呆れの視線を送る。つき合ってから善子は今まで以上におれに堕天使的なノリで接するようになった。おそらく照れ隠しとしてなんだろうけど、そんなに照れなくてもいいと思うんだけどな。

「まーた善子ちゃんとせんぱいの夫婦漫才が始まったずら」

「ずら丸! 夫婦漫才ゆーなっ! くっ、シドーっ! 誰があなたを堕天使として覚醒させたと思うの!」

「下克上だよ、堕天使ヨハネよ! お前は自ら育てた闇に食われて滅ぶのだ!」

「そんな理屈!」

「それが堕天使だろう! 隙あらば育てた者でさえ寝首を掻く! 互いに妬み、食い合う! わかっていたハズだ!」

「それでも! それでもーー……」

 そこで善子がぴたりと止まった。おれも違和感を感じて辺りを見渡すと、さっきまでおれ達の寸劇(?)を見ていた千歌達がいない。もう彼女達は坂を下りていた。

「行きますわよルビィ。見てはいけません」

「まぁ、ここはかいとよしこ、若い二人でゆっくりってやつで」

「果南さん、ルビィたちまだそこまで歳じゃないよぉ・・・」

 坂を下る8人。おれ達は互いを見て笑い合った。

「じゃ、おれ達も行こうぜ」

 おれが差し出した手をゆっくりと握って満面の笑顔を見せる善子。

「うんっ!」

 その笑顔が可愛らしくて善子の手をきゅっと握るおれだった。

 

 千歌達と別れてバスに乗る。別れ際、善子は彼女達に「シドーは私が再調整しておくから!」と言っておれをバスに押し込んだ。おれは強化人間か何かか。

 そんなおれの気を知らず、善子はおれの腕に寄りかかっている。

「なあ善子、もう他のメンバーにもつき合ってるってバレてるんだからさ、皆の前であんなノリでいることもないんじゃないか?」

「うっ、それはそうだけど……」

 少し顔を赤らめておれに腕に顔を埋めた。

「こうしてシドーにべたべたなの皆には見られたくないっていうか……。し、シドーのせいなんだからね! こんなにも私をメロメロにさせたんだから……」

「おれのせいなのかよ」

「それとも、シドーは皆の前でもこうであって欲しいの?」

 善子が顔を上げて不安そうにおれを見つめる。その上目使いがまたとても可愛らしくて。

「いや、今のままでもいい。善子がしたいようにすればいいさ」

「じゃあ、このままがいいっ」

 そう言って善子は嬉しそうにぎゅっとおれの腕を抱きしめた。他のメンバーの前では見せないであろうこの表情をおれだけが見れる。それはそれで役得だからいいか。

「ねぇシドー。家に着くまで、こうしててもいい?」

 善子が体重をおれに預けながら上目遣いでおれを見つめてくる。くそ、おれの彼女はどうしてこう一々可愛いんだ。

「あぁ、いいぞ。練習で疲れたろ? バス停着いたら起こしてやるから少し休んでろよ」

「そーするっ♪」

 身体にかかる善子の重みがどこか心地よくて、おれも軽く身体を預けた。それを受けて善子は小さく笑いながら目を閉じたのだった。

 

「ただいまーっ」

「おじゃまします……」

 バスから降りて沼津市内を歩くこと数分。おれは善子の家にあがりこんだ。つき合ってから何度かお邪魔したことはあるが、緊張するな。

「何を緊張してるのよシドー。私のリトルデーモンとあろうものが、情けないわよっ」

「リトルデーモンだろうと、彼女の家にあがる時は緊張するもんだっての」

 「そう?」と首を傾げる善子はそのままリビングへと通じるドアを開けた。

「あら、おかえりよっちゃん」

 リビングには善子と同じ髪の女性が一人。善子の母親だ。

「ただいま、ママ」

「あら、よっちゃんの恋人の紫堂くんも。いらっしゃい」

「はい、お邪魔してます……」

 実は津島家には一度ご挨拶に行っているのだ。善子は母親との二人暮らし。父親は単身赴任で中々こっちに帰ってこれないらしい。うちとはある意味逆の家庭でもあったせいなのか、善子の母親は快く受け入れてくれたのだ。

「あらあらよっちゃんったら紫堂くんをお持ち帰り? ふふ、隅に置けないんだから」

「ちち、違うわよっ!」

「はい、お持ち帰りされちゃいました」

「シドーものらない!」

「紫堂くん、いつでも『お義母さん』」って呼んでいいからね? 私お赤飯炊いちゃうから」

「ま、ママってば気が早すぎよ!」

「はい、ありがとうございますお義母さん」

「だからシドーも乗らないでよー!」

 善子が顔を真っ赤にしてわたわたしている。ああ、おれの彼女は本当に可愛いな。ほっこりしていると、お義母さんとも目があった。すると彼女は何かを察したのかぐっと親指を突き立てた。なるほど、彼女も慌てふためく善子を愛でるのが好きらしい。あらあらうふふと嬉しそうに笑っていた。

「改めて紫堂くん、いらっしゃい。お泊まりのことは善子から聞いているわ。今日はここを居城だと思ってちょうだいね。あ、よっちゃんと同じ部屋でいいのよね?」

「ありがとうございます。はい、それでお義母さんが問題ないなら」

 何か今変な単語が出た気がするが、気にしないでおこう。蛙の子は蛙、つまりはそういうことなんだな。

「し、シドー、こ、こっちよ。我が間へと案内してあげるわ」

 恥ずかしさに耐えきれなかったのか、善子はおれの手を取ると再び廊下へと引っ張っていった。

「よっちゃん~。紫堂くんとのリトルデーモンも、期待してるからね~」

 お義母さんの言葉に耳まで真っ赤にすると、善子は更にずんずんとおれを引っ張るのだった。

 

「もうママったら……」

 自分の部屋のベッドに善子はため息をつきながら腰掛けた。おれもその隣に腰掛けてさっきの光景を思い出す。

「夕飯食べた後風呂に入ることになった時も「「一緒に入るの?」」とか聞いてきたもんな……」

「素で聞いてきてるから恐ろしいわね……。全く、自分の娘がお風呂でそういうことになったらどうするのかしら?」

「お、そういうことって何なのさ善子?」

「そっ、そういうことって……」

 おれの質問に顔を紅くする善子。少し戸惑うと、視線を逸らして小さく呟いた。

「ぎっ、儀式よ、儀式っ。聖なる、ね」

「聖なる、か。それって漢字違うんじゃーー」

 続きの言葉を、善子はおれの顔に枕を押し当てて遮った。

「うっさい、ばか!」

 こういった面でウブな善子も、また可愛らしい。今日はもう寝ようか、と切りだそうとすると、善子は携帯ゲーム機を取り出した。

「それより、ゲームしましょっ! またシドーと一緒にゲームしたいからっ!」

 その嬉しそうな表情に、おれは心の中で自分をブン殴った。そうだよな、そういう行為だけが善子との絆を深める手段じゃない。彼女が求めるやり方でもっと仲良くなっていけばいい。

「よし、つき合ってやるよ。おれを驚かせてみせろっ」

「フフフ……、このヨハネの新型を甘く見ないことねっ!」

 こうしておれ達はゲーム三昧としゃれこむことになった。あんまりムードとかないかもしれないけど、これはこれでいいか。

 

 そして気がつけば日付が変わろうとしていた。おれ達はベッドの縁に寄りかかっていた。善子はと言うと、おれの肩に頭を乗せて、うとうとと船を漕いでいた。

「ん……」

「善子、寝るんならちゃんとベッドに寝ないと」

「まだ……、起きてる……」

 そう言うが善子の瞼は9割は閉じられている。眠そうにする善子が可愛らしくてその頭を優しく撫でる。

「そろそろ善子の誕生日が来ちゃうぞー。明日はそれこそ皆でお祝いするんだろ?」

「だから、こそよ……」

「え?」

 善子は眠気を引きずりながらゆっくりと喋った。

「誕生日に、なる瞬間を……、大好きなシドーと、迎えたいのよぉ……」

「善子……」

 誕生日という自分が生まれた特別な日を、おれと迎えたい。その善子の気持ちが嬉しくて、彼女の肩を抱いた。

「ありがとう善子。おれ、善子と恋人になれて良かった」

「ん……、私も、よ……。私を受け入れてくれて……。好きだって言ってくれて……」

 互いに寄り添って体温を感じあっていると、時計の針は12時を示していた。7月13日。善子の誕生日だ。おれは少し彼女から離れると、自分のバッグから小さな箱を取り出した。

「善子、誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼント。黒いペンダントとか探すの苦労したんだぞーー」

 視線を善子に戻すと、善子は自分のベッドに頭だけを乗っけて眠っていた。

「くぅ……。すぅ……」

「耐えきれず眠っちまったか……。これも不幸体質のなせる業か……」

 善子はおれと誕生日になる瞬間を迎えられなかったかもしれない。でも、おれにとってはちょっと幸運かもしれない。こんなに可愛い善子の寝顔を見れるんだから。プレゼントは朝に渡すとしよう。喜んでくれるよな?

 おれは彼女を抱き抱えてベッドに横たえる。そして敷かれた布団に潜ろうとして、ふと考えた。そうだ、折角だしサプライズなプレゼントをしよう。

 おれはそのまま善子の布団に潜り込んだ。起きたら善子の寝顔をもっと拝めるし、起きる瞬間も見れるかもしれないからな。もし逆でも善子はおれの寝顔を見れるという訳だ。どんな反応をしてくれるだろうか。楽しみだ。

「おやすみ、善子」

 彼女の唇に軽くキスをして、おれも瞼を閉じた。今日が、善子にとっていい誕生日でありますように。

 

 

 因みに寝起きの善子が驚いておれに張り手をかまし、午前中は拗ねてしまったことはまた別の話だ。




 善子とは甘え甘えられな関係を書いていきたいなと思う今日このごろ。構成も大分出来ているので、今のルートが書き終えたら善子ルートを書こうと思ってます。
 その為にも曜ルートを終わらせなくちゃ。

 感想お待ちしてます。


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Dream Wolrd:柑橘色の日常を君と

 千歌ちゃんの誕生日回です。去年の今頃は、千歌ちゃん回を書いてたっけかな。あ、この小説も一周年を迎えました。そして気がつけばもう8月。9月になったら小説を書けるのだろうか……。


 ヒグラシが鳴く時間帯になっても、むしむしと暑い。そんな夕暮れの道を一人歩く。視界におれの家が入ると、自然と頬が緩んだ。あのおれ達の家に帰れば、あいつがいる。おれの帰りを今か今かと待っている彼女が。今日は散々悩んで買ったお土産があるんだ、あいつのぱぁっと輝く笑顔を見れたら仕事の疲れなど吹き飛んでしまうだろう。でも本当に喜んでくれるのだろうかと半分不安にもなる。やっぱり別の、そうーー、指輪とかネックレスでも良かったんじゃないか。

 そうこう考えている内に家に着いてしまった。ここまで来たらなるようになれ、と覚悟を決めてドアを開けた。夕陽に照らされた玄関で「ただいま」と呟く。が、待っていたであろう人物は来ない。いつもならぱたぱたと犬のように嬉しそうな顔で来てくれるんだけどな。今回はパターンBか。

 ダイニングに入ると、中央にあるテーブルに突っ伏して寝る女の子。おれは彼女のみかん色の髪をそっと撫でた。

「ただいま、千歌」

 おれの声に反応したのか、千歌はぴくりと身体を動かした。そしてゆっくりと上体を起こすと寝ぼけ眼でおれを見つめる。

「あ・・・櫂ちゃん……」

 改めておれを認識したのか、眠たげな眼は瞬く間に嬉しさを纏う。

「櫂ちゃん! おかえりなさい!」

 おれが帰ってきたのが嬉しいのか、飛び起きておれに抱きついてきた。が、すぐに頬を膨らませておこりんぼな表情を見せる。

「今日は遅かったね~。待てずに千歌ってば寝ちゃってたよ~」

 怒った顔も可愛いなこいつは。おれは彼女を優しく抱きしめた。

「ごめんな。今日はいつもよりも話が長引いてな。それに、お土産も買ってたから」

「お土産!?」

 その言葉を聞いた瞬間、拗ねてた千歌の表情はぱぁっと輝いた。ころころと変わって可愛らしいし、見てて飽きない。

「夕飯食べてからプレゼントしてやるよ。もしかして、もう夕飯食べちゃってたか?」

「ううん、まだだよー。櫂ちゃんと一緒にご飯食べたいんだもん、先に食べる訳ないよ」

「そっか、待たせてごめんな。着替えたら食べよう」

 おれが優しく頭を撫でると千歌は嬉しそうにそれを受けてくれた。

「うんっ! 待ってるからね、あ・な・た♪」

「その呼び方は止めてくれ、恥ずかしいから」

「えへへっ」

 そう笑う千歌の左手の薬指には、指輪がきらりと輝いていた。

 

 

 千歌とつき合って数年後、おれは彼女にプロポーズした。あの時の涙を浮かべながら了承してくれた彼女の顔は、今でも覚えている。それからおれの家で千歌は暮らすようになった。実家の方は千歌のお姉さんが継いだので特に問題にはならなかった。まぁ夕方まで千歌は旅館の従業員として働いている訳なんだが。

「それでね、お姉ちゃん達ってばヒドいんだよ! 『まだ叔母さんにはなりたくないから子供は作るな』って!」

「お姉さん達の冗談だろ。気にするなって」

「だってぇ……」

 むう、と頬を膨らませて不満そうな千歌。拗ねたり、頬を膨らませても可愛い。

「ほら、今日の主役がそんな拗ねた顔してちゃダメだろ?」

「あっ、そーだった……」

 気づいた千歌がえへへと頭を掻いた。おれはビールの入ったグラスを掲げた。

「誕生日おめでとう、千歌」

「うん、ありがと櫂ちゃんっ」

 千歌の嬉しそうな顔を見て、おれはかちんとグラスをぶつけた。

 

 夕食を食べ終えて、おれは足下に置いてあった紙袋を取り出した。少し渡すのを躊躇うが、千歌に差し出した。

「千歌、誕生日プレゼントだぞ」

「わーい! 待ってましたーっ!」

 プレゼントの言葉に今日一番の眼の輝きを見せる。二十歳を超えてもこの無邪気な表情が出来る、千歌が可愛らしい。

「ああ、千歌が欲しいって言ってた、松月のみかんどらやき10個セットだ」

「やったぁーっ! ありがとー!」

 らんらんとした目で紙袋を見つめる千歌。嬉しさのあまり、紙袋に頬ずりをし始めた。

「これで、家での激務にも耐えられるよぉー! みかんどらやき10個で千歌は10年戦える!」

「流石にそれは大げさすぎだろ……」

「それ位嬉しいってことだよー! 櫂ちゃん、本当にありがとうっ!」

 千歌はそのままおれに抱きついておれを上目遣いで見つめてきた。「ちゅーっ!」と目を閉じながらキスをおねだりするので、おれもそれに応えて唇を重ねた。が、すぐに千歌は顔を離して無邪気に笑いかける。

「ねね、櫂ちゃん。お風呂入る?」

「んー、そうだな。最近暑かったし、汗を流しておきたいな」

「ふっふっふ、実はもう沸かしてあるのだー!」

「そうなのか? 気がきいてるな、千歌」

 得意げな千歌の頭を優しく撫でる。千歌はそれを目を瞑って幸せそうに受けている。

「えへへ~。あ、じゃあ、一緒に入っちゃう?」

 何を思いついたのか、千歌は少し顔を赤らめながらおれを見つめてきた。その表情から、彼女の狙いが何となく理解出来てしまう。

「ひ、一人で入ります……」

 むぅ、と膨れる千歌。千歌と一緒に風呂に入る、それはとっても魅力的ではあるけれど、そのまま風呂で盛り上がって致してしまう気がするからな。せっかくの誕生日なんだ、そういうのは夜中でいいだろう。

「ほら、後にアレ、してやるからさ」

「あっ、そうだね……」

 「アレ」という言葉に千歌はさっきよりも頬を紅くさせると、大人しくなった。どうして一緒に入るよりもドキドキしてるんだか。千歌のさじ加減はよくわからん。おれは苦笑しながら洗面所へと足を向けた。

 

 

 コンコン、とおれの部屋の戸が叩かれた。どうぞ、と戸に向かって声を投げかけると寝間着に着替えた千歌がやってきた。解かれた髪はしっとりと濡れており、彼女が風呂から上がってすぐということを示している。

「えへへ、櫂ちゃん。その、お願い出来る?」

 そう言って千歌はバスタオルとドライヤーを取り出した。

「ああ。おいで、千歌」

 おれが手招きしてやると、嬉しそうにとことこおれの脚の間に腰掛けた。バスタオルを千歌の頭に乗せて、少し力強くくしゃくしゃと拭いてやる。

「ちょっと痛いよ櫂ちゃん~」

「これくらいいつもやってるだろ」

「そうだけど~、いたたっ!」

「もう大人なんだから、少し位我慢しなさいっ」

 痛がっているのが冗談と知りながら満遍なく髪に付着した水分をタオルに吸収させる。偶に風呂上がりの千歌の髪を乾かす作業をおれはすることにしている。こうすると、千歌がとっても嬉しそうな顔をしてくれるし、おれも千歌とふれ合う機会が増えるのは嬉しいからな。

 あらかたふき取ったので、ドライヤーのスイッチをONにして優しく撫でながら髪を乾かしていく。

「ん……」

 千歌の気持ちよさそうな声が洩れる。気持ちよくなってくれているのが嬉しくて、その頭を優しく撫でた。が、それと同時に少し不安になった。

「千歌」

「ん~?」

 千歌がこちらを向く。おれはドライヤーを止めて彼女を見つめた。

「本当にいいのか? こんな誕生日で。ほら、普通ならどこかに食事に行ったりとかするし、プレゼントだって比較的手に入れやすい松月のどらやきだったり。全然特別じゃないじゃんか。こんな代わり映えのしない誕生日でいいものかと不安になってさ」

「櫂ちゃん……」

 千歌は優しく微笑むと、立ち上がっておれを抱きしめた。千歌の柔らかさと温もりが伝わってきた。

「素敵なプレゼントならね、もう貰ってるよ」

「え?」

「千歌はね、こうして櫂ちゃんと一緒に居られるだけで十分なんだ。幼なじみで、ずっと大好きだった櫂ちゃんに好きだって言って貰えて、その、結婚までしたし……」

 微笑みながらも千歌の顔はぽっと紅く染まる。恥ずかしそうに、言葉を探すそぶりを見せながら彼女は言葉を紡いでいく。

「櫂ちゃんと過ごす毎日が、千歌にとってはかけがえのないものなんだ。そう、千歌は毎日プレゼントを貰っているのだ! だからね、そんなに気にすることないんだよ」

「なんだよそれっ」

 思わず可笑しくて吹き出してしまう。千歌はそれを見て少し拗ねた表情を見せる。

「あっ、笑ったな~。そんな櫂ちゃんは、こうだっ!」

 おれを抱きしめていた千歌の手がおれの脇へと差し込まれた。そこで指が暴れだし、こそばゆい感覚がおれを襲った。

「ちょっ、千歌! くすぐりはやめろって! あははっ!」

「うりうり~! 大事な所で笑っちゃう櫂ちゃんなんてこうしてやる~!」

「悪かった! おれが悪かったって! 降参するー!」

 わかればよろしい、と千歌がくすぐりを止めてくれる。呼吸を整えておれは彼女の頭を優しく撫でた。

「ありがとな千歌。おれと一緒にいることをそれだけ大切にしてくれて。いつも隣に居てくれる千歌が、大好きだ」

 おれの告白にぽっと顔を紅くするも、すぐにそのまま満面の笑みを返してきた。

「うんっ! 千歌も櫂ちゃんのこと大好きだよっ! もっと、もーっと千歌に素敵なプレゼントをちょーだいっ!」

 おれはそれに応える形で千歌をぎゅっと抱きしめるのだった。




 千歌ちゃんは多分かなりストレートに「好き」を伝えるタイプの子だと思うので、素直な言葉を選びました。そのせいか妙に書いてて恥ずかしかったです。

 感想お待ちしております。


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1話:二人だけのFirst Voyage

 はい、曜編突入です。推しの方々に、楽しんで貰えると嬉しいな。


「暑い……」

 午後三時に浦の星女学院の前で自転車と共に待ち人を待つ。じりじりと陽光はおれ達を照らし、汗を出させる。自転車の黒いシートもすっかり熱を帯びて、これから漕ぐということを考えただけで気がまいってしまう。それでもそこから動かずに待っていると。

「櫂ーっ!」

 元気な声に振り返ると、曜が全速力で走ってきた。おれの目の前で止まると、膝に手をついて呼吸を整える。

「はぁっ、はっ、待った?」

「シートが熱くなるくらいには待ったかな」

「どれどれ……、うわっあっつ!」

 シートに触った曜は一瞬で手を引っ込めた。そして申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね櫂……。だいぶ練習が長引いちゃって。ここに長く待たせることに――」

 しゅんとする曜の頭を撫でる。プールに入った後だからか、髪の毛が湿っていた。気にせずくしゃくしゃと撫で続けた。

「気にすんなよ。付き合い長いとこれくらい慣れっこだ。それに、今日は料理教えてくれるんだろ?」

 高熱のシートに跨がり、座るように彼女に促す。すると曜はぱあっと顔を輝かせ、抱きつくように後ろに跨がった。

「ありがとっ、櫂」

「乗ったな、じゃあ行くぞっ」

 ぎゅっと曜の身体の柔らかさが伝わってきて、ドキッとしたのを悟られない様に地面を蹴った。それと同時にプールの塩素の香りがふわりと香るのだった。

 

「うわー! はやーい!」

 坂を自転車で降りる中、後ろで曜のはしゃぐ声が聞こえてきた。風がおれ達を吹き抜けて一瞬で熱を持った身体を冷ましてくれる。

「もっと速くはしれーっ!」

「ちょ、曜!」

 腰に抱きついた曜の両腕が更に抱擁を強めた。そして背中に柔らかい二つの何かが更に密着する。

「なーにー!?」

「くっついてる! 密着しすぎだって!」

「風が強くて聞こえないー!」

 そういって更に強く抱きしめてきた。そんなに強い風は吹いてない。こいつ、おれが反抗出来ないからってからかってるな。よし、ならこっちがからかってやる。

 両手に力を込めて、ハンドルを思いっきり引いた。すると自転車は勢いよく浮いた。

「きゃっ!!」

 曜の小さくない悲鳴を聞いておれはにやりと笑って後ろを振り返ってみる。

「どうした曜? まさかあれくらいでびっくりしたか?」

「す、するわけないじゃん!」

「じゃあーー」

「ちょ、きゃぁっ!」

 何度も力を込めて自転車を跳ねさせる。その度に曜の悲鳴が後ろから聞こえてきた。

 坂が終わり、平らな道を走る。すると、背中を連打される感触が。

「もーっ! 櫂のバカ! びっくりしたじゃんか……」

 普段はあんまり聞かない声色に、ちょっとドキッとした。

「普段からかってくるお返しだ」

「べ、別にからかってないし……」

「ほう、じゃあおれの目を見て『からかってません』って言えるのかよ?」

「今自転車乗ってるから出来ませんー!」

 べーっと舌を出す曜。最近二人っきりで長い時間がなかったせいか、新鮮に感じるな。自然と笑みがこぼれた。

「へへっ」

 それは曜も同じらしく、後ろから笑い声が聞こえるのだった。

 

 

「とうちゃーくっ!」

 近くのスーパーにたどり着くと曜は元気よく後部席から飛び降りた。

「ではこれからハンバーグの食材を購入する! 準備はいいか紫堂訓練兵!」

 おれが「あいよー」と気の抜けた返事をすると頬を膨らませて指さしてきた。

「ばかもーんっ! 最初と最後に『サー』をつけないか!」

「サーお前の場合は『マム』ではないのではないですかサー」

「細かいことは気にするな! それと気合いが足らんぞー!」

「気合いって……、そういうお前はなんでそんなに元気なんだよ」

 すると曜は頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。

「だって、こうやって二人でご飯の材料買うの初めてだし……」

 そんな彼女の表情に見惚れてしまうのをなんとか我慢して、おれはスーパーへと足を向けた。

「んなの、いつもの買い物してるのと変わらんだろ。ほら、暑いからさっさと行くぞ」

「ヨーソロ~」

 曜は敬礼しながらおれの後ろへと続くのであった。

 

 

「えへへー、いっぱい買っちゃったね」

 おれ達二人の両手にはスーパーの袋。ハンバーグの材料を大量に買い込んだのだ。

「流石にこれ買いすぎじゃないか?」

「何言ってるのさ櫂。櫂が失敗してもいいように大量に買ったんだから?」

 感謝してよね?としたり顔でおれを見つめてきた。

「言ってくれるな。必ず曜の満足いく出来のハンバーグ作ってやるよ」

「期待しないで待ってるよー」

 にししと笑って流される。曜のくせに生意気な。高校に上がってからか、曜は妙におれをからかうようになった。こいつの煽りにはどうしてか頭にくることはない。長いつきあいだからだろうか。

 袋を自転車に載せてサドルに腰を下ろした。それに併せて曜も後ろに座った。

 スーパーからおれと曜の家はそう遠くなく、すぐに到着した。おれは買い物袋四つを持ち上げる。

「じゃあこれ全部台所持ってくな」

「わたしも手伝うよ」

「これくらい持てるっての。それにお前は部活の練習で疲れてるだろ? 少し位休めよ」

「ありがとっ。じゃあそうさせてもらおうかなー」

 曜は手をひらひらと振ると、自分の家へと向かった。さて、おれも荷物の搬入しなくちゃ。

 そんな時、スマホが震えた。親父からのlineだ。

「なになに――っ!?」

 内容はこうだった。曜の両親と暫く船旅に出るそうだ。どうやら曜の親父さんと意気投合したらしい。そして母親もそれに同意したらしく、三人での旅となったらしい。

 ちょっとびっくりしたけど、親父と曜の親父さんも仲がいいからな。それに母親も着いていくとは思わなかったけど。まぁ今までもどっちかの親が居ない時にもう一方の家にお世話になることもあった。でもおれと曜も今は高校生。一人で数日生きる位出来る筈だ。

「櫂……」

 驚いた様子で曜がスマホを持って近づいてきた。

「お、その様子じゃお前も今聞かされたクチか。でもまぁなんとかなるだろ――」

「私、その話聞かされてなくて、鍵を家に置きっぱにしちゃった……」

「は?」

 その言葉を聞いて、即座に彼女の家の扉のドアノブを動かす。が、開く様子を見せない。

「櫂、私……、どうしよう……?」

 少し涙目になっておれを見つめる曜。そんなこいつを、おれは放っておけるはずもなく。

「両親が戻ってくるまで、おれの家で過ごせよ」

 こう言うことしか出来なかった。それがどんな意味を持っていたのかを、おれはこの時知らなかったのだった。

 

 

●●

「両親が戻ってくるまで、おれの家で過ごせよ」

 櫂からその言葉を聞いた時、一瞬理解が出来なかった。最悪千歌ちゃんちに泊めてもらおうと思ってたから余計にびっくりしちゃった。

 だって、親がいない家で二人っきりだよ!? 意識するしないのベクトルの問題じゃないよ! イヤでもドキドキしちゃうって! 何フツーに言ってるのさバカ櫂は!

 でも、目の前に困ってる女の子がいたらとりあえず助けちゃうのは、やっぱり櫂の良いところだよね。つまり、私を女の子として見てるってことで……。

 うわー、すっごく恥ずかしくなってきた。お、落ち着くんだ渡辺 曜! 逆に考えるんだ、櫂の事をもっと好きになれるチャンスだって! 私の事も櫂にアピール出来るかもだし!

「はい、お世話になります……」

 ドキドキとワクワクを抑えながら私は返事をするのでした。




 中々書くのが難しいと思っていた曜ちゃん。が、とても面白いネタが降りてきてくれました。これならイケる、満足して貰えるって思えました。忘れない内に書きたかったので個別ルートトップバッターは曜ちゃんです。ここからは曜ちゃんオンリーで行きますよ。どうかお付き合い下さいね。


 ご意見ご感想お待ちしております。


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2話:船出の支度は唐突に

 ポメラだけを持ってスタバで一時間ちょっとで完成しちゃいました。誘惑するものが少ないと効率いいね。さて曜編二話目です。


「お、お邪魔します……」

「いつもおれの家には入ってるだろ。何そんなに畏まってるんだよ」

「だ、だって……」

「変な奴」

 むー、と頬を膨らませる曜を余所に、内心おれはドキドキしていた。この間曜を家に泊めた時に滅茶苦茶ドキドキしたんだ、あれが数日間続くと考えただけでもどうなるかわかったもんじゃない。理性を崩壊させて、気まずくなりたくないからな。出来る限り今まで通りの態度でいよう。

「あ、櫂。着替えとかどうしよう……」

 曜の困った表情と声に、おれは顎に手を当てて考えた。

「もう夕方で遅いから服とかは明日買うことにしよう。それで今日だが――、よければおれの服を貸すよ」

「櫂の、服を?」

「母さんの服は殆ど家にはないからな。イヤなのはわかるが、我慢してくれや」

 苦笑いするおれを、曜はすごい勢いで顔を横にブンブンと振った。

「イヤなんかじゃないよ! こっちはお世話になる身だもん、ワガママ言える立場じゃないし。それにーー」

 曜が顔を赤くして視線を落とした。おれが「それに?」と続きを聞くと、「なんでもない! バカ!」と言われた。お世話になる身がバカとか言っていいのかねぇ。でも、曜がどこか可愛らしいと思えたのだった。

 

 

 が。

「ほら、挽き肉のこね方が甘いよ!」

「火加減に注意してって言ったでしょ!」

 本来の目的であるお料理教室になった途端にその可愛らしさは虹の彼方へと行ってしまった。今いるのは同居人渡辺 曜ではなく、スパルタ鬼教官渡辺 曜だ。

「ほら、まだ中が赤いよ! 火が通ってない証拠だよ!」

 出来上がってはハンバーグを割ったり味見をする。そして改善点やらを指摘してはおれに作り直しを要求するのだ。

「も、もう勘弁してつかぁさい……」

「もうへばったのか? 情けないぞ紫堂訓練生!」

「少しは休ませて下さいよ渡辺教官殿……」

「この曜、容赦はせん! こうなったら櫂には大勢の人を満足させる料理人になってもらうんだから!」

「そこまでの腕前になろうとは思ってないっす……」

「この曜ちゃんに教えを請うとはこういう意味だ!」

「ルビィちゃんが泣きながら泳いでた理由が解ったよ……」

「何か言ったかね!?」

「サーなんでもありませんですサー」

「ならばよろしいっ、早速次のハンバーグを焼くのだ!」

「へーい」

「返事はサー!」

 ぷんぷんと怒る曜を余所に、おれは台所へと戻った。

 曜に教わった通りに出来るだけ近いやり方でハンバーグを焼く。ひっくり返して丁度良い焼け目になっていたので蓋を被せてもう少し待つ。待っている間に曜の事を考える。

 曜の奴、よっぽど中身が赤くない限りおれの作ったハンバーグは残さず食べてくれてたな。そんなんで体重とか大丈夫なのか? 友人というよりは、Aqoursのマネージャーとして心配してしまう。おれのせいで太ったりして、スクールアイドルとしての、飛び込みの選手としての曜を駄目にしてしまうんじゃないかって。

「っと! そろそろか!」

 おれは慌てて蓋を外してハンバーグの様子を見るのだった。

 

 

「うん、今までで一番いい出来だよ。片面がちょっと焦げてるのを除けば、ね」

「ああ、ありがとう」

 そんなことを考えながら作ったハンバーグは渡辺教官に一番良い評価を貰えた。

「それじゃああと少し。次位で良いものが作れると思うからっ」

「ま、まだ作るのかよ!?」

「当然っ。櫂には料理上手くなって欲しいから」

「何も一日で上手くなろうと思っちゃいねーよ。それにさ、成り行きとは言え、同居することになったんだ。時間はまだまだあると思うぞ」

 おれの言葉に曜ははっとした。

「あー、それもそっか。ごめんね、櫂」

「いや、それだけ真剣に教えてくれてるんだ。礼を言いたいのはこっちの方だ。でも、いいのか? こんなに食べて?」

 「何が?」と首を傾げる曜。おれは思い切ってさっき生じた疑問を彼女にぶつけてみた。

「何も今まで作った失敗作全部食べなくても良かったんだぞ? それで身体壊したりしたら元も子もないし」

「失敗作なんかじゃ、ないよ」

 曜の声色が真剣さを増していた。おれがその声に彼女を見つめると、幼なじみは柔らかな笑顔をおれに向けてきた。

「櫂の作ってくれたものだもん。櫂自身がどう思ってようと私にとっては全部ごちそうだよ。櫂の作ってくれたごちそうなら、幾らでも入っちゃうんだから」

 その言葉に、急激に体温が上昇した。いかん、曜にそう言って貰えたのが妙に嬉しい。おれが言葉に詰まっていると、曜の顔面もみるみる真っ赤に染まっていく。

「そ、それにね! それを見越して今日はいつも以上にハードに練習したんだ! だから実質プラスマイナスゼロだよ!」

「そ、そっか! じゃあ問題ないよな!」

「そう! 問題ないんだよ! よ、よーし! じゃあ今度はこの渡辺教官自らが手本を見せるとしよう! シェフ曜ちゃんのハンバーグに酔いしれるといい!」

「おぅ、楽しみにしてるぞ!」

 まかせとけー!と言って曜は台所へと消えていった。曜の姿が見えなくなると大きく息を吐いた。こんなんが数日間も続いたら、どうなっちまうんだろうおれ。

 

 

●●

 ジューっと焼けるハンバーグをじっと見つめる。言っちゃった。ホントのこと。櫂が作ってくれるってだけですっごく嬉しかった。だから幾らでも食べれたし、テンションもあがって、ちょっと厳しめにしちゃったかな。その後誤魔化すように話を持っていっちゃうのが、曜の悪い癖だなぁ。もっと素直に言えればいいのになぁ。櫂の言うとおり、時間はたくさんあるんだ。出来るだけもっと素直に、櫂に気持ちを伝えるんだ!

「うわっ!」

 なんて考えてたら焼く時間を設定するの忘れてた! そのハンバーグの出来は、櫂は絶賛してくれたけど私的には納得のいかない内容でしたとさ。




 GWに黒豆さんとお友達と一緒に沼津内浦の観光に行きました。声優さんのサインを色々な場所で見てキャラを本当に好きなんだなって感じ取れました。
 それで、内浦を見て回って思ったこと。こんなとこにJKなんて素敵な生き物が住んでる訳がねえ!
 失礼しました。次回も曜ちゃんの可愛い所を書いていきますよ。一人のキャラだけを書いてると、むしょーに他の子書きたくなるのはここだけの話。

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3話:おれ/私達の家

「曜ちゃんだけ書くの飽きたー! 他のキャラも書きたーい!」なんて思うも、いざポメラを開くとスラスラと書いてしまう。なんなの自分。


「櫂、はやくーっ!」

「そんなにせかすなっての……」

 バスから降りるなり曜はショッピングセンターへと駆けていく。まぶしく陽光が照りつける中、元気一杯だ。反対におれは大きく欠伸をした。瞼も重く、気分が上がらない。

「どうしたの? 寝不足?」

 「まぁそんなとこだ」と答えると曜が不適な笑みを見せた。

「ふっふっふー、もしかして櫂ってば隣に私がいると意識しすぎて眠れなかったなー。すっけべー」

「うるせえ」

「きゃー、櫂が怒ったー!」

 楽しそうに曜は走っていく。悔しいが曜の言った事は本当だった。前に泊まった時は曜は自分の着替えを持ってきていた。が、今回は事情が事情故に彼女には就寝用の衣服がなかったのだ。仕方なくおれがシャツやらなんやらを貸したのはいいが、それがいけなかった。女性らしい盛り上がりの身体を見てなんだかいけない気持ちになるし、そんな曜がおれの隣で寝てるもんだからいつも以上に緊張してこの様である。服とか買ったらあいつ用の部屋つくってやらんとな。そうでもしないとおれの理性が持たない。

「でもいいの? 洋服代櫂が持つって?」

「気にすんな。元はといえば親父達の不始末が原因だ。あとで親父に請求するから」

「じゃあ、めーいっぱい買っちゃおうかなっ」

「数日間過ごす用でいいんだからな」

「わかってるって! ほら、行こう!」

 曜は嬉しそうにおれをショッピングセンターへ引っ張っていくのだった。

 

 

「じゃーんっ! これどうよ!?」

「おー、いいと思うぞー」

 嬉しそうに笑うと、曜は再び試着室の中に戻る。そして暫くしてそのカーテンが再び開かれる。姿を変えた曜がノリノリでポーズをとる。

「じゃあじゃあ、これは!?」

「最高に素敵だね」

「もーっ、櫂ってばさっきからそればっかじゃんか」

 曜は頬を膨らませてカーテンから首だけを出す。

「別に家で過ごす普段着なんだから、なんだっていいだろうが」

「私は櫂に選んで欲しいんだよぅ……」

「そうは言ってもおれは服とかのセンスとか無いからなぁ」

「センスとかあんまり期待してないから」

 ずばっと言うね君は。おれが苦笑いしていると、曜は優しく微笑んだ。

「私に似合いそう、着て欲しいって思った服でいいんだよ。それを着てみるから。だから、選んで? ね?」

 そんな幼なじみの表情に、どきりとして。ここで応えなきゃ男が廃る、そう思って店の中をぐるりと見て回ってみる。その中で曜に似合いそうなものを見繕ってみる。

「ほら、これ。ちょっと着てみろよ」

「うん!」

 笑顔でそれを受け取るとカーテンを閉める。そしてさっきよりもゆっくりとカーテンが開かれた。

「どう……かな?」

「あぁ、似合ってるぞ。曜」

「……っ!」

 頬を少し朱に染めてはにかむ曜。自分で選んだ服を着るよりも嬉しそうな表情に、こっちの頬も緩んだのだった。

 

 

「あー、だいぶ買ったなー! 櫂が変な服選んでくることもなかったし」

「お前な、おれがどんな服選ぶと思ったんだよ」

「んー、バニーさんとか?」

「コスプレじゃねーか」

 なんて二人で会話していると、何かに気付いた曜がおれを追い越して制した。

「櫂、ここからは私一人で買い物するから……」

「どうしてだよ? ここまできたんだ、おれも選ぶよ」

「そーじゃなくてっ……!」

 曜は店の看板を指さした。指さした先に書かれた文字は「ランジェリーショップ」。下着を売る店だ。そのことを理解したおれの身体は急激に体温を上昇させる。

「櫂のスケベ……」

「っ! ちょっと外で待ってるな!」

 曜のジト目を余所におれは店から離れるのだった。

 そんなに時間がかかることなく、曜は店から出てきた。右手には買ったであろう袋が。

「い、意外と早かったな」

「……」

 ぷい、とそっぽを向いて置いていこうとする。おれは慌ててその後を追いかけた。

「ごめんって、曜。一緒に買い物するのが案外楽しくってさ」

「……」

「ほら、ちょっと疲れたろ? どこかで休憩しようぜ。飲み物奢るからさ」

 ぴたりと足を止めて、曜は「みかんフロート」と呟いたのであった。

 

 

「んー、冷たくておいしーっ!」

 ベンチに腰掛けて一通りみかんフロートを堪能したのか、曜の機嫌はすぐに治ってくれた。

「満足してくれてなにより……」

 おれは苦笑いしてストローをくわえて自分のフロートを飲み込んだ。うん、コーヒー味の苦みが美味い。

「櫂、そっちは美味しい?」

「ああ、なかなかのもんだぞ」

「へぇー、どれどれっ」

 言うや否や、曜はおれのストローをくわえる中身を吸い出した。って、それ間接キスじゃないのか!? おれが指摘する間も無く、曜は離れていった。

「うん、ちょっと苦くてそれでいて美味しいねっ」

「よ、曜、お前……」

 曜はにっこりと笑うと、目を輝かせた。

「あーっ、ゲーセンあるよ! 櫂、遊んでこーよ!」

 おれの同意も聞かぬ間に手を掴んで引っ張る。

「ちょ、曜!」

「シューティングゲームしよ! 得点が低かった方がアイス奢るってことで!」

「まだ食べる気かよお前!」

「とーぜんっ! 櫂の財布をすっからかんにしてあげるんだから!」

 まぁ曜が楽しそうならいいか。それにしても曜の奴、おれと間接キスしたこと全然気にしてなかったな。おれが意識しすぎるだけなのか? もしかするとおれは、そういう対象として見られてないだけなのか?

 ちくりとした胸の痛みを気にしないように、おれはゲームを楽しんだ。

 

 

●●

 うわ、やっちゃった。櫂が口付けたストローに、か、間接キス、しちゃったよ……。思わずゲーセンの方に櫂を引っ張っていっちゃった。櫂、迷惑に思ってないよね?

 実を言うと、私も寝不足だったんだ。前に一緒に寝た時よりもドキドキして。あー、あの時よりも櫂のこと好きになってるんだなーって改めて思っちゃった。櫂に悟られないようにしてたんだけど、バレてないよね?

「――う、曜」

 突然櫂の言葉が聞こえてきて目を開いた。夕暮れの陽の光がバスの窓から差し込んでくる。そっか、私バスの中で遊び疲れて寝ちゃったんだっけ。

「ずいぶん寝てたな。はしゃぎすぎだぞ」

 頭上から櫂の声が聞こえてきた。視線を上へと向けると、櫂が優しく微笑んでいた。もしかして私、今櫂の肩に頭を乗っけてる!? 慌てた様子を悟られない用に櫂から離れた。

「そうかも。二人で遊ぶの久々だったからね」

「楽しんでもらえたなら何よりだ。ま、これがライブお疲れさまの労いってことで」

「えへへ、ありがとっ」

 調子に乗ってまた肩に頭を乗っけてみる。すると、櫂は黙ってぷいっと視線を逸した。あ、ドキドキしてくれてるのかな? そう考えるとこっちまでドキドキした。

 櫂の家に着くと、ちょっと緊張してきた。また、この家にお世話になるんだ、そう思って言葉が勝手に出た。

「お邪魔、します……」

「曜」

 櫂の言葉に顔を上げると、櫂はにやりと笑っていた。あ、笑顔も素敵だなぁ。なんて考えていると。

「『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』だろ? 今はここが曜の家でもあるんだし」

「櫂……」

 嬉しさが胸の中から溢れて、ぽっと温かくなった。こういうこと言える櫂だから、好きになったんだよねぇ。彼の笑顔に、私は精一杯の笑顔で応えたのだった。

 

「うん、ただいま!」

 

 

「ところで櫂、私の家でもあるのに私の部屋がないのはどうしてなのかな?」

「あー、すまん。明日は部屋の片付け手伝ってくれるか?」

「ヨーソロ~!」




 さて、次回はちょっと番外編、ヴァンガ回を書きたいと思います。一年生メインでファイトしたいなーと考えてます。ご意見ご感想お待ちしております。


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4話:船室を片づけと思い出と

 お久しぶりです。遅れた理由はあとがきにて。


「渡辺さんお疲れさま!」

「うん、おつかれー!」

 水泳部の部員仲間に手を振って別れを告げると、私は櫂から借りた自転車に跨がった。坂を一気に駆け下りると空気が流れていって、プールで濡れた私の身体を冷やしてくれる。午後二時という太陽が高い時間にこんなに気持ちよく帰れるなんて、櫂に感謝しなくっちゃ。

 そのまま自転車をこぎ続け、櫂の家へとたどり着いた。いつもの場所に自転車を戻して扉の前に立つ。チャイムを押そうとした手が止まった。ふと昨日の櫂の言葉が脳裏を過ぎって、自分がいうべき言葉が自然と決まった。

「ただいまーっ!」

「おぅ、おかえり」

 私の帰宅に気付いたのか、リビングの奥から櫂が段ボール箱を抱えて姿を現した。珍しくその頭にはバンダナが巻かれている。

「片づけはどんな感じ?」

「んー、四割片づいたってとこだな」

「まだ四割なの?」

 しかたねーだろ、と櫂は苦笑いした。櫂と一緒に暮らすことになって三日程経って、櫂がこう提案したのだ。「曜の部屋を作ったほうがいい」と。私は無くても平気だし、申し訳ないからいいって言ったんだけど、「そうでもしないとおれが持たない」と必死に言うから、その言葉に甘えることにした。

 櫂の家は倉庫として使ってる部屋が多く、片づければ一部屋くらいは空きが作れそうだったので、櫂がその片づけをしてくれているのだ。

「よーし、ここからは私も手伝っちゃうからね!」

「今日は部活の練習があっただろ。着替えてからでいいから、少し休んでおけって」

 む、それもそうかもね。櫂のお言葉に甘えることにしよう。洗面所で櫂に買ってもらった部屋着に袖を通す。櫂が私の為に選んでくれた服。そう思っただけでちょっと頬がニヤケた。

 さて、着替えてる間に片づけは少しは進んでるかな? そう思って戻ってみると。

「……」

 櫂は段ボールに囲まれた状態であぐらをかいて座っていた。さっきの部屋の様子と見比べた所、片づけは全然進んでないみたいだ。

「ちょっと、櫂ー? 何休んでんのさー」

「お、曜。お前もこっち来て見てみろよ」

 楽しそうに笑う櫂の隣に座って、彼が見てたものを見る。櫂が持ってたものは、アルバムだった。沢山の写真が貼られている。

「これってーー」

 その写真には、三歳から四歳と思える子供が二人写っていた。それはどこか私たちに面影が似ていて。その写真の二人は、いっつも笑顔で写っていた。

「これって・・・、小さい頃の私たちだね」

「ああ、掃除してたら出てきたんだ。つい気になってな」

「あー、掃除あるあるだねー……」

 そう言う私も、そのアルバムに引き付けられていた。早く、次のページ、と櫂を急かして見ることに熱中してしまう。気がつけば互いの肩は密着していて。

「ほんと、二人で写ってる写真が多いよねー」

「それだけ二人でいる時間が多かったってことだよな。変わんねーな」

「ホント、変わらないね。今も、昔も」

 櫂の肩に体重を預けようとして少し躊躇ってしまう。櫂は、今までの関係のままでいいと思ってるのかな。櫂がそう望んでいたら、私はーー

「数年後、おれ達はどうなってんのかね」

 櫂の言葉にどきりとして。そのつぶやきに、問いかけてしまう。

「櫂は、どうありたいの?」

 私の質問に、視線をこっちに向ける櫂。櫂の瞳の中に、私が映り込んでいる。その表情は、少し不安げで。

「おれはーー」

「ううん、何でもない」

 でも答えを聞くのが怖くなって、話題を打ち切ってしまった。もし、今ここで答えを聞いたらこれまでの関係が終わってしまう気がして。それ以上の関係になりたいと思ってるはずなのに、変わってしまうのが怖くて。櫂に自分のことアピールするんだって意気込んでたのに、情けないよね。

「曜?」

「さ、片づけするよ! このままだと今夜も私、櫂の部屋で寝ることになるんだからね?」

「それは困る! 曜も帰ってきて早々悪いが手伝ってくれ!」

「ヨーソロー!」

 私は笑顔を向けて、彼に敬礼で応えたのだった。

 

 

◇◇

『櫂は、どうありたいの?』

 曜が質問を打ち切ってくれて、少しホッとしてる自分がいた。答えに困っていたからだ。曜のヤツ、なんつーこと聞いてくるんだ。

 答えはYesでもNoでもない。今まででさえかなり近い距離感だったけど、スクールアイドルの活動を手伝うことになってから曜との距離はもっと近づいた気がする。そうなれば嫌でも曜のことを意識してしまう訳で。これ以上の関係になるのも悪くないと思いながら、今までの二人でいられなくなることが、少し怖い。望みながら、その望みへと至ることを怖がっている、我ながら情けない話だ。

 少なくとも、このなんちゃって同棲生活が終わるまでは今までの関係でいよう。この特殊な環境が曜のことを意識させているのかもしれないし、それでは曜に失礼だ。これが終わってから、それでも尚曜のことを想っていたら――

「櫂ー? ぼっとしてどうしたのー?」

 思考を遮る声に我に返ると、視界いっぱいに曜が映っていた。ち、近いって。

「な、なんでもねえよ」

「変な櫂。いいから片付けるよー」

 そして二人で段ボールを運び出す。部屋から出した段ボールは親父の部屋の前に置いておこう。

「いいの? おじさんの部屋の前で?」

「こうやって突然のことで息子を苦しめるからな、その仕返しってことで」

「相変わらず仲良いね」

 苦笑いする曜に、まぁなと返した。唐突に飲みに行ったり、船旅に出ていくことが多いが、それは隣の曜や曜の両親がおれの面倒を見てくれると踏んでの行動だ。信用してるんだか、甘えてんだかよくは解らないが。少なくとも親父は曜のことを悪くは思ってない訳で。これなら曜が彼女でも親父も文句は――

「ッ!!」

 思わず、段ボールに頭を突っ込んでしまう。今おれ、何を考えていた? 考えないように、と言っておきながらこの様だ。全く、情けない。

「櫂、どうしたの?」

 曜は驚いた様子でおれを見る。おれはなんでもない、と返すと頬を叩いた。しっかりしろ、紫堂 櫂! この同居状態が終わるまでは普通に接しなければ・・・

「なんでもないって。急がねえとまた同じ部屋で寝られる羽目になっちまう」

「じゃあ遊んでないで片づけてよー」

「うっせ」

「じゃあぱっぱと片づけよっ! 今日中にはここを曜ちゃんの根城にするんだから!」

「根城って……。善子の影響でも受けたか?」

 おれがその手を取ると、曜はへへっと笑った。その笑顔が可愛らしいと思うのだった。




 遅れて申し訳ない。睡眠環境が劣悪になり、疲労が取れない状態が続いたせいか、全然小説が纏まらずにここまで遅くなってしまいました。曜ちゃんどう書きゃいいのかもうわかんねぇ。
 次は、曜ルート続きか、善子ルートか梨子ルートを併設していこうと思ってます。

 感想お待ちしております。


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5話:変わらぬ日々の航海を君と――

 勇者王ガオガイガー、「覇界王」買いました。いやホントに面白いしカッコいい。勇者王を好きで良かったと心から思える作品です。ただ深入りしすぎるとサンシャインが光になってしまうので気をつけなければ。


 波の音が聞こえて、意識が目覚める。瞼をゆっくり開けると陽の光が窓から差し込んできて思わずまた閉じた。夏休みなんだし、もう少し遅く寝てても問題ないだろう。そう思っていると、幼馴染の声が聞こえてきた。

「起きろかいーっ! 朝だぞーっ!」

 被っていたタオルケットを強引にはぎ取るそいつの名前は、渡辺 曜。ひょんなことからおれの家に同居することになったおれの幼なじみだ。

 おれが瞼をこすりながら彼女を見つめると、曜は両手を腰にあてておれを見下ろしていた。

「いつまで寝てるのさ櫂。早く起きた起きた」

 身体を起こして視線を壁掛け時計に向けると、時刻は6時半。夏休みに起きる時間としては少し早い。

「曜、ちょっと起きるの早すぎんじゃね? まだ学生は寝てる時間だろうに……」

 再び横になって眠ろうとすると、おれの肩を激しく曜が揺さぶった。

「いや、起こしたんだから起きようよ! 二度寝しないで!」

「いーやーでーすー、紫堂くんは夏休みにしか出来ない二度寝ライフを満喫したいんですー」

 そうゴネるも空しく曜の揺さぶり攻撃は続き、おれは起きる羽目になってしまった。まぁ偶には早く起きるのも悪くないと思っておこう。

 顔を洗っておいで、と曜が母親じみたことを言うのでそれに従い洗面所に足を運んだ。冷水を手で掬い、顔面に当てる。冷たさがおれの意識を引き締め、眠気を追い出してくれた。

 リビングに戻ると、テーブルには割と豪華な朝食が置かれていた。普段の焼き魚と味噌汁と飯程度の質素な代物とは違い、冷や奴やレタスのサラダ等が付け足されており一瞬他人の家の朝ご飯にあがりこんだかと勘違いしてしまった。

「ごめんね、食材勝手に使っちゃって」

 曜が台所から出て来た。彼女はショートパンツにタンクトップ、そしてそれにエプロンをまとっていた。幼なじみのラフな格好に、エプロンの組み合わせに見とれてしまう自分がいた。が、曜に悟られる前に平静を装い、イスに腰掛けた。

「いや、全然使ってくれて構わないさ。しっかしすごい量だな。食べきれるかね……」

「何言ってんのさ櫂。よく私の家のご飯食べてたじゃない」

「それは夕飯の時だけだろうが。よく親父がいなくて夕飯はお世話になったことあったけど朝には親父は帰ってきてたし、渡辺式朝ご飯は初見なんだっての」

 そっか、となんだか嬉しそうな表情をする曜。が、すぐに自慢げな表情になった。

「ふふーん、これも櫂の料理が上達する為の教材なんだから! 曜ちゃん先生の朝ご飯から学ぶがよい!」

「はいはい、いいから食べようぜ先生。もうお腹ぺこぺこだからさ」

「それもそうだね。それじゃあーー」

 曜が席につき、互いに手を合わせる。「いただきます」のかけ声と共に、おれ達の朝食は始まった。

 

「ごちそうさまっと」

「えへへ、お粗末様でしたっ」

 嬉しそうな表情で笑いかける曜。これはおれが皿を洗ってやるかな。

「じゃあ今度はおれが皿を洗うぞ。曜はそこで休んでな」

「え、皿洗いも私がやるって! 櫂だと皿割りそうだし!」

「あのな、流石にそこまでおれも不器用じゃありませんよ!?」

「えー、ホントでござるかぁ?」

「なんだその語尾は? じゃあ皿洗いを手伝いながら見てもらおうじゃないか」

 「ヨーソロー♪」と少し悪戯っぽく笑う曜。なんかこいつの思惑に乗ってしまった気がするけど、気にしないでおこう。

 そうして二人並んで台所で皿洗いをする。おれが洗った皿を受け取った曜がタオルで軽く拭いてカゴにいれていく。その作業がとても手慣れているように見えて、釘付けだった。

「もう櫂、手が止まってるぞー?」

 腰をおれにぶつけ、急かしてくる。おれは我に返ると皿洗いに没頭する。

「♪~」

 すると曜の腰が何度もおれの腰にぶつかってきた。なんだよ、と抗議の視線をぶつけると「紫堂くんの皿洗いが遅いから暇なのであります」といたずらっ子のように笑いかけてきた。

「えへへっ」

「ははっ」

 それからおれ達は笑いあいながら皿洗いを続けた。

 

 

「お疲れさま、櫂」

 おれが淹れた茶の入ったカップを受け取ると曜がそう言った。

「あれだけ豪勢な朝食を作ってもらったんだ、これくらいのお礼はしないとな」

 手伝ってもらっちまったけどな、と付け足すと曜は笑った。

「えー、あれ位豪勢に入らないと思うけど? 普通の家庭なら」

「そういうもんかね?」

「そういうもんだよ、きっと。あ、今日どうする?」

 曜がお茶を飲むとそう聞いてきた。

「私今日は水泳部の練習もないし。お昼ご飯のことも考えなくちゃね」

「んー、昼飯ね……」

 顎に手を当てて考えているとふと案が浮かんできた。

「曜、昼は釣った魚でもどうよ? ある程度釣ったら果南姉ちゃんのとこ行って一緒に焼き魚でも食べようぜ」

「あ、それいいかも! 焼き魚なら私でも食べられるしね!」

 名案だったのか、それを聞いた曜はぴょんと身を乗り出した。

「うし、なら善は急げだ! 曜は果南姉ちゃんに連絡頼む。おれは釣り具を引っ張り出してくるから」

「ヨーソロー!」

 びしりと敬礼をして返事をする曜。こうしておれ達は昼飯調達に動き出した。

 

 

「かーいーっ」

「なんだー」

 じりじりと太陽の陽がおれ達二人を焦がす。額からつーっと汗が流れ落ちて瞼の上を滴り落ちた。

「つーれーなーいーっ」

「釣りってのは忍耐勝負なんだぞ。奴らが餌に食いつくか、おれ達が根をあげるかのな」

 被ってた麦わら帽子を少しずらして太陽を見る。丁度真上に近い。昼食をとるには丁度いい時間だが、おれ達はまだ一匹も釣っていない。

「これじゃあ餌に魚が食いつく前に干からびちゃうであります……」

 曜も顔の汗を拭っていた。釣り始めて90分はいただろうか、流石の曜でもきついか。

「水分補給はちゃんとしとけよ。ほらこれ」

 前もって買っておいた清涼飲料水を曜に渡す。ありがとー、と曜はそれを受け取って一気に半分程飲み干した。おれは再び海に視線を向けて浮きをじっと見つめた。

「はいっ、櫂も飲んでおきなよ」

「んー」

 曜から差し出されたペットボトルを受け取り、飲む。清涼飲料水のちょっとした甘さが身体を癒してくれてーー

「っ!?」

 ちょっと待て、今のペットボトルって曜が飲んだやつじゃなかったか?慌てて視線を彼女に向けるが、曜はきょとんとした顔でおれを見つめている。

「ん? どうしたの櫂?」

「な、なんでもねーよ」

 落ち着け紫堂 櫂。当の本人が気にしてないんだ、おれがこんなに意識する必要ないんだ。間接キスって言ってもあれだ、間接的に粘膜的接触をしただけだ。そんな重大なことでも無いはずだ。おそらく。

 なんて半ば混乱しながら自分に言い訳をしていると、曜の状態を見て変に意識してしまう。彼女の肌からも汗が吹き出て、それを曜は拭っている。濡れた肌にぴったりとくっつく衣服が妙におれを緊張させる。おれは平静を装いながら自分の被っていた麦わら帽子を曜に被せた。

「櫂?」

「けっこう日差し強いだろ。曜も一応スクールアイドルなんだし、日焼けには気をつけろよ」

「うん、ありがと……」

 暑さのせいか、顔が紅い曜は嬉しそうに帽子を深く被った。それがなぜだかこっぱずかしくておれは釣りに集中することにした。

「おっ、かかった!」

 すると曜が声をあげて立ち上がった。視線を曜の釣り竿に向けると、ウキが沈み込み、水しぶきがあがっている。

「お、ようやく今日の昼飯が! 曜、逃がすなよ!」

「ヨーソロー!」

 曜は力強く釣り竿を握ってぐいっと引っ張り上げた。

 

 

「それで、その結果がこれ?」

 ダイビングスーツ姿の果南姉ちゃんは笑いながら呆れていた。おれ達が持ってきたケースの中にはさっき曜が釣った魚が一匹のみ。

「う、申し訳ない……」

「私たち頑張ったんだけどね……」

 しゅんと落ち込むおれ達を、果南姉ちゃんは笑って許してくれた。

「いいよ、食材はこっちにたくさんあるから。その魚も一緒に食べよ?」

「果南姉ちゃん……」

「ありがとう果南ちゃん!」

「いいってことよ。それじゃあ曜は調理手伝って。櫂は……、そこでゆっくりしてて」

「え、おれも何か手伝うよ」

 そう言って身を乗り出すが果南姉ちゃんは少し休んでて、と言ってくれた。曜に料理を教わってる身とは言え、まだまだ未熟。ここは彼女の言う通りにしておこう。

「それじゃ曜は先に下準備とかしといてくれる? わたしはちょっと着替えてくるから」

 そう言って果南姉ちゃんは自分の部屋へと戻っていった。

「よーし、じゃあ頑張って作っちゃうぞー!」

 腕まくりをした曜は台所へと移動して料理の下準備を開始した。トントンと小気味よく包丁がまな板を叩く音が聞こえる。楽しそうに作業をする曜に、おれは目が離せなかった。

「いい顔して料理するね、曜は」

 いつの間にか着替え終えたのか、部屋着の果南姉ちゃんが隣にいた。

「そうだね。あいつの料理を食べたことはあったけど、料理してる顔はあんまり意識して見たことなかったから意外だよ」

 10数年の付き合いになるけど、新しい発見があるもんだな。

「あれは、櫂に食べてもらいたいって心から思ってる表情じゃないかな?」

「え、そうかな? だって果南姉ちゃんもいるじゃないか」

「まぁわたしも入ってるかもしれないけどさ、それでも一番は櫂だと思うよ」

「そういうもんかね?」

 首を傾げるおれの頭を優しく撫でる果南姉ちゃん。

「そういうもんだよ。料理ってのはね、食べてもらいたいって思う人のことを想いながら作ると美味しくなるものなんだよ」

「へぇ……。じゃあ果南姉ちゃんにはいるの? 食べてもらいたいって思ってる人」

「わたし?」

 果南姉ちゃんは腕を組んで考えた後、「今は、いないかな」と苦笑いして応えるのだった。

 その日おれ達は、アジの開きやらイカ焼きなどシーフードの焼き物をたらふく食べたのだった。

 

 

●●

「ふぃーっ! 食べた食べたっ! 遊んだ遊んだっ!」

 少し遅めの昼食を食べた後、果南ちゃんと遊んだ私たちは夕方頃に家路を歩く。夕陽が私たちを照らし、涼しげな風が吹いてきた。

「あの後果南ちゃんも仕事無かったから素潜りとかいっぱいしたねー」

「ああ。曜がいきなり飛び込もうとした時にはびっくりしたが」

 櫂のイヤミのこもった視線を受けて申し訳なさそうに縮こまる。

「えへへ、私、ここの海大好きだからねぇ。思い切ってよく飛び込んじゃうのだ!」

「飛び込んだ後の後始末をするこっちの身にもなってくれよ。乾かすのはおれなんだからな」

「じゃあ今度は服を全部脱いでから飛び込むね!」

「そう言う意味じゃありません! ここはヌーディストビーチじゃねーんだぞ」

 顔を紅くして恥ずかしがってる櫂が面白くってついからかってしまう。なんだかんだで私を女の子として見てくれてるんだよね。その事を言うと、「ただの腐れ縁だからだっての」とか言いそうだけど。

 二人肩を並べて歩いていると、道路の脇で鉄のパイプを組み立てる男の人たちがいた。私たちに気づくとこっちに声をかけてきた。

「おーい、曜ちゃん! 今日はデートだったんかい!?」

「そんなんじゃないですよーっ!」

 私が元気よく返事を返すとがっはっはと豪快に笑った。

「そりゃそうか、櫂にゃそんなこと出来ないよなぁ?」

「おい、どう言う意味ですかコノヤロー」

 櫂が抗議の視線をぶつけるが、すぐに視線を鉄パイプに向けた。

「これ、お祭りの準備?」

「ああ。いよいよ明明後日と迫ってるからな。そろそろやっておかないと」

 そっか、もうそんな時期なんだ、内浦夏祭り。内浦で開かれるお祭りで当日は屋台がいっぱい並ぶんだよね。今までは千歌ちゃんと櫂、そして果南ちゃんと一緒に回ってたな。

「曜ちゃんは今年も千歌ちゃん達と行くのかい?」

「うーん、たぶんそうかも?」

「残念だったな櫂、曜ちゃんと二人っきりじゃなくて」

 余計なお世話だっての、と言う櫂の頬は紅くなっていた。櫂は、私が櫂と二人で夏祭り行きたいって言ったらどう思うかな? 迷惑じゃ、ないかな?

 

「ただいまぁー……」

 家に着くなりすぐにソファーに横たわった。なんだか遊び疲れちゃった。

「今日はけっこう長く外にいたな。ちと肌がヒリヒリするぞ。曜は平気か?」

 櫂の質問に私はにっこりと笑って答えた。

「うん、出かける前にばっちりUVケアはしといたから!」

「おぉ、曜の口からUVなんてのが出るとはな。ようやく色気付いたってことかねぇ」

「むっ、聞き捨てなら無いぞー!」

 頬を膨らませて抗議の意を見せると櫂はからからと笑った。

「なんにせよ、陽に焼けなくって良かったよ。中途半端に焼けたスクールアイドルってのは微妙だろうしな」

「あー、確かにそうかも……。そだ、櫂。これ、ありがとね」

 なにが、と聞く櫂に麦わら帽子をとって口元を隠す。

「日焼けを気にして被せてくれたんでしょ?」

「一応、マネージャーでもあるからなおれは」

「そうだとしても、嬉しかったよ。ありがとね、櫂……」

 感謝の視線を向けると、みるみる櫂の顔が真っ赤になった。「あ、照れてるー!」とからかうと、「うっせ」とそっぽを向かれちゃった。

「日差しは防げたとしても、めっちゃくちゃ汗かいただろ。先に風呂入ってこいよ。夕飯はそれからでもいいだろ」

 「おれはその後でいいから」と櫂が言うのでその言葉に甘えることにした。お風呂場に行こうとしたが、ぴこんと思いついて足を止めた。

「櫂」

「んー?」

「覗いたら――、ダメだからね?」

 ちょっと意味深に間をあけて言ってみると、櫂はまた顔を紅くした。

「いいから入れバカ」

 櫂は顔をぷいっと背けてしまった。はいはーい、と答えて私はリビングを後にした。耳まで真っ赤になった櫂の顔が脳裏に残って、笑いが止まらなかった。

 シャワーで軽く汗を流すと、ゆっくりと湯船に浸かった。被せてくれた麦わら帽子の感触を思い出し、くしゃっと頭を撫でた。

「なんだかんだで優しいな櫂は……」

 浴槽で一人呟いた。どんなに冗談や悪態を言い合いながらも、櫂は優しくしてくれる。それが昔から嬉しくて、気がつけば幼なじみとしてじゃなくて男の子として意識するようになってしまった。この気持ちを伝えたいと思うけれど、今までの関係が壊れてしまうのではと思うと後一歩が進めない。我ながら情けないと思う。

「櫂……」

 櫂の事を想うと身体が奥からじゅんと熱くなってくる。その火照りを沈めようとして、ぴくりと身体を止めた。

 ここのお風呂は櫂の家のものだ。つまり私の後に櫂も入る訳で。私の入った後の浴槽に。

「~~っ!」

 そう考えた瞬間、火照りは熱へと変わった。何を考えてるんだ私は! こ、これじゃあ変態みたいじゃないか!

「ちょっと頭を冷やそうっと……」

 浴槽から立ち上がり、今度は冷たいシャワーを浴びる。

「夏祭り、か……」

 私の小さな呟きは、シャワーの音にかき消されるのだった。




 ふと果南ちゃんの家で思ったこと。淡島でカエル館見ましたが、どう見てもあれ二人で住むには狭すぎやしないかね? まぁウチの作品には関係ないがね。
 それと作品内に書きました内浦夏祭りですが、存在しません。まぁ今後の展開を作る為のイベントなので。
 今後も書いていく予定ですが、どうも筆が乗らないことが多く、更新速度が落ちると思います。どうか気長にお待ち下さいね。

 感想お待ちしてます。


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6話:君のいない夜

 お久しぶりです。投稿スピードが遅くなっていくのを感じる今日このごろ。グレンラガンの再放送も始まってしまい、おれは執筆を続けることが出来るのだろうか……


「全く曜の奴……」

 悪態をつきながら階段を降り、曜の仮部屋へと足を向けた。戸には小さなホワイトボードがあり、そこに「ようのへや」と青文字で書かれている。曜が自前で用意したらしい。その戸をガラリと開けて中にいる曜に声をかけた。

「おい曜、またおれの棚から勝手にマンガ借りただ、ろーー」

 おれの言葉は途中で止まってしまった。中にいた曜は着替えの最中だったのか、下着だけを身につけていた状態だった。意外にも白い肌には、水色の下着はマッチしていてーー

 そうじゃなくて、おれはノックをするべきだったと後悔した。目の前の同居人はみるみると顔を赤に染めていく。ああ、赤を帯びた肌にも水色が映えーー

「このエロかいーっ!」

 曜は部屋にあるであろうものをひたすらにこっちに投げつけてきた。

「わ、悪いって! でも、似合ってる!」

「そーゆー問題じゃないでしょばかーっ!」

「だいたいお前の裸なんざさんざん見てるっての! そんなに怒るほどのことじゃないだろ!」

「小学生の頃の話でしょそれ! あほーっ!」

 そして曜が投げつけた目覚まし時計が、おれの頭部にクリーンヒットした。曜の「あっ」という声を聞きながらおれの意識は闇へと飲み込まれていった。

「ん・・・」

 目を覚ませば、廊下の天井が見えた。どうやらおれは廊下で気を失っていたみたいだ。ずき、と痛む頭を押さえると、包帯が巻かれていた。曜がしてくれたのだろうか。その曜を探そうとして、手元に置いてある書き置きが視線に入った。

 それを手にとって目を通す。紙には簡潔に「実家に帰させてもらいます」とだけ書いてある。

 って実家!?

 急いで家を飛び出して隣の曜の家を見る。ゆっくりドアノブに触れてみるも、鍵はかかったままみたいだ。

「実家ってどこだよ……」

 夏空の下、おれは呟いた。

 

「曜ちゃんなら、うちにいるよ。暫く泊めてだって」

「そっか。千歌の家なら安心だな」

 周囲を探して千歌に電話をした所、曜の居場所が特定出来た。まぁ家以外であいつが行く先は果南姉ちゃんのとこか千歌の家しかないだろうし。

 ほっとしていると、千歌の少し尖った声が聞こえてきた。

「曜ちゃんから聞いたよ~? 櫂ちゃん、曜ちゃんの着替えを覗いたんだって~?」

「の、覗きたくて覗いた訳じゃねーよ」

 そう反論すると、「いーわけはしないっ!」と千歌に静かに怒られた。

「とーにーかーく! 今日一日は千歌の家に泊めておくから、明日はちゃんと謝るんだよ~!?」

「わ、解ってるって。じゃあ千歌、曜のことよろしく頼むな」

 うむ、任されたー!と千歌の得意げな声を聞いて、通話を切った。

「さて、どうするか……」

 いきなり一人で過ごすことになってしまったな。家に自分以外がいない日なんてのは前からあったし、今は同居人である曜がいなくなっていつもの一人の状態に戻っただけだ。

「とりあえず本とか読んで過ごすかね……」

 リビングで一人呟いて、おれは自分の部屋へと戻った。気のせいか、家の中が少し静かに感じられた。

 

 

●●

「よーちゃん?」

 千歌ちゃん家の窓で外の景色を眺めていると、千歌ちゃんの声が聞こえてきた。視線を向けると障子からぴょこっと千歌ちゃんが顔を出してきた。その仕草が可愛らしくて、思わず頬が緩んだ。

「櫂ちゃんから電話来たよ。いいの? 出なくて」

 私は電源を切って黒い画面のままになったスマホを見た。きっと櫂の奴、何回も電話かけてきてるんだろうなぁ。

「いいんだよ、櫂にいい薬だよっ」

 ふんっとそこから顔を背けて海を見つめる。

「その割にはよーちゃん、どこか寂しそうだよ?」

「そっ、そんなことーーっ」

「そんなに怒ってないんでしょ、櫂ちゃんに覗かれたこと」

 言葉に詰まってしまった。千歌ちゃんにはお見通しだな。

「うん。でも恥ずかしさ半分、冗談半分で物を投げてたら櫂気絶しちゃって……」

「申し訳なくて櫂ちゃんに合わせる顔無いって?」

「すごいね千歌ちゃん。全部正解だよ」

「よーちゃんの幼なじみですからっ」

 ふふん、と自慢げに胸を張る千歌ちゃん。そんな可愛い幼なじみを見ていると、心が和む。

「まぁよーちゃんとお泊まり出来るのは私も大歓迎だし、暫くこっちにいなよっ!」

「うんっ、ありがと。千歌ちゃん」

 窓を開けると、優しく海風が部屋に吹いてきた。

 

 

◇◇

「っと……。もうこんな時間か」

 ふと目を覚ますと窓からは夕陽が差し込んできていた。どうやら本を読みながらごろごろしていたら眠りこけてしまったらしい。

 こうやって部屋でぐだぐだしてたら、曜が来て「夕飯だぞ、起きろーっ」って起こしに来てくれたっけ。今日もそんな感じに来てくれると思ってしまったのだろう。我ながら曜に甘えすぎているな。まぁ今日はその曜がいないので自炊しなくてはならない。

「腹減ったな……」

 とりあえず台所へ言ってみよう。そこにある材料から、何か料理を作るとしよう。そう判断して、おれはベッドから起きあがった。

 

「その結果がこれか……」

 三分経過を知らせるタイマーを聞きながら一人呟く。カップめんのふたを開けて、粉末のスープを入れて混ぜる。よし、ラーメンの完成だ。

「いただきますっ」

 両手を合わせてラーメンを啜った。旨みと共に何とも言えない感情が流れ込んできて、リビングを見渡した。

「ここ、こんなに広かったっけ……」

 曜と一緒だった時は、夕飯が終わった後でもかなり騒がしかった。二人で他愛のない話をしたり、バカな話をして笑い合ったり。そういった何気ないやりとりに、どうしてか懐かしさと寂しさを感じられずにはいられなかった。

 飯を食べ終えて、片づけた後に辺りを見渡した。どうも家全体の雰囲気が落ち込んでいるように見えた。

「風呂入ってとっとと寝るかね……」

 小さくため息を吐いておれはリビングを後にした。

 

●●

 夜空に輝く月を、明かりの落ちた部屋で眺める。綺麗に見えるはずのお月様は、どうしてか寂しそうに見える。

「よーちゃん?」

 隣の布団で寝てた千歌ちゃんが目をこすりながら声をかけてきた。

「ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん、だいじょーぶ」

 んー、と軽く伸びをして頬を叩く千歌ちゃん。そして私に質問をなげてきた。

「やっぱり寂しいんじゃないの? よーちゃん」

「さ、寂しくなんかないよっ」

「そうかなぁ? なんか今のよーちゃん、いつもよりも寂しそうに見えるよ?」

「そんなことないってっ。それに久々に千歌ちゃんと一緒にいれて嬉しいし」

 その言葉にてへへ、と嬉しそうに頭を掻く千歌ちゃん。

「それはチカとしては嬉しいけどね。でも櫂ちゃんもよーちゃんがいなくて寂しいんじゃないかな?」

「えぇ? それはないんじゃないかなぁ?」

 だって私は訳あって櫂の家に同居させて貰ってるんだし。内心では櫂は迷惑なんじゃないかって思ってる位ーー

「迷惑って思ってるなら、チカの家に電話してこないと思うけど?」

 千歌ちゃんが首を傾げて問いかけてきた。ふと視線を枕元にあったスマホに向けた。さっき電源をつけたらかなりの数の着信があった。全部櫂からのものだった。

「櫂ちゃん、曜ちゃんが出て行っちゃってスゴく寂しくて、心配だと思うよ?」

「……」

 櫂が私のことを心配してくれてる、それが嬉しい反面、朝のやりとりで怪我を、気絶させてしまったことが申し訳なくなる。あの怪我、大丈夫かな?

「明日は櫂ちゃんのとこ戻ろ? チカも一緒に謝ってあげるから」

「うん……」

 私は小さく頷くと、夜空の月を再び見るのだった。

 

 

◇◇

「え、出ようとしない?」

 翌日、炊いておいた白米をかきこんで千歌の旅館に足を運ぶと、千歌が落ち込んだ様子でおれに説明してくれた。

「んで、曜はどこに?」

「よーちゃんなら私の部屋にいるよ。でも、今は会いたくないって……」

 千歌の視線が家の奥へと向けられた。確かに、一度へそを曲げた曜はかなり頑固だ。時間の経過で機嫌が直るのを待つしかない。

「ごめんね櫂ちゃん、チカじゃ力になりきれなくて……」

 しゅんと落ち込む千歌の頭を優しく撫でた。

「千歌のせいじゃないさ。元はと言えばあいつの着替えを覗いちまったおれが悪い訳だし」

「櫂ちゃん、一つ聞いていい?」

 なんだ、と聞くと千歌は少し言うのを躊躇うそぶりを見せて口を開いた。

「櫂ちゃんはさ、よーちゃんと一緒に生活することになってさ、よーちゃんが迷惑かけたって思ったことある?」

「迷惑?」

 

 

●●

 昨日と同じ窓で、外を眺める。真っ青な空と、白波混じる海。その違う青を見つめていると、不意に頬を突っつかれる感触がした。

「よーうちゃんっ」

 えへへ、と笑顔を千歌ちゃんが向けた。それに微笑み返すと視線を外に向けた。

「櫂ちゃん、全然迷惑だって思って無かったでしょ?」

「うん……」

 櫂が迎えに来たと知った私は、顔を合わせるのが怖くて千歌ちゃんに退いて貰えるようにお願いしてしまったのだ。少し考えると千歌ちゃんはいいよと了承してくれた。ただし、隠れて櫂との会話を聞いて欲しいという条件つきで。千歌ちゃんの問いに、櫂はこう答えた。

 

「迷惑だなんて、思ったこともなかったぞ。逆にいないと何だか家が静かでさ。あいつがここ最近の生活の中心にいたんだって思い知らされたさ。あいついないとロクな飯にありつけないんだこれが」

 

 「一番最後のが本音なんじゃないの~」、という千歌ちゃんの言葉に「否定は、出来ないな」と櫂は苦笑いして答えた。そんな二人の会話を聞きながらくすりと笑った。

「だから、よーちゃんが気にすることないんだよ。いつも通りに接すればいいんだから」

「うん……」

 千歌ちゃんに別れを告げた櫂の背中は、どこか寂しげで。そんな気持ちにさせてしまった原因が自分にあると思っただけで胸が痛んだ。そんな私の考えを読みとったのか、千歌ちゃんが私の背中を押した。

「さ、こうなったらもうすべき事は解ってるんじゃない?」

「千歌ちゃん……」

 そ、そうだよね。いつまでも逃げてちゃダメだよね。ちゃんと櫂と向き合わなくちゃ。

「うん、夕方に櫂の所いってくる!」

「今すぐいくのー! お昼食べたらでいいからーっ!」

 よーちゃんのヘタレー!、と千歌ちゃんは頬を膨らませて更に強く私の背中を押した。

 

 

◇◇

「あれ、かい?」

「や、果南姉ちゃん」

 おれの足は自然と淡島へと向いていた。そのまま帰って家で昼飯にしようという気がどうしてもなれなくて、ここに来てしまったのだ。

「果南姉ちゃん、おれーー」

「その前にーー」

 果南姉ちゃんはそう言ってアジの干物をおれの目の前に出した。そしてそのまま微笑みかけてきた。

「お昼ご飯にしよ?」

 スタイルのいい美人とアジの開きのミスマッチさに、思わず頬が緩んだ。

「ふむふむ、曜と喧嘩をね……」

「喧嘩って言えるのかどうかも怪しいけどね」

 焼き魚をたらふく食べて、おれ達はそのままテラスのテーブルで話し込む。果南姉ちゃんはにやりと笑ってきた。

「ようが着替えてるって知って、わざと開けたんじゃないの? 一つ屋根の下で住んでるんだもん、ついむらっと来たとかーー」

「そ、そんなんじゃないって! からかわないでよ……」

「ごめんごめん。それで、ようがいなくなって落ち着かないんでしょ?」

 その言葉におれは頷いた。さっきの千歌と別れたあと、自分の気持ちを整理した。

 この数日間曜と一緒に暮らしてたせいか、曜と一緒にいることに慣れすぎてしまったらしい。一日一緒にいなかっただけで、こうも落ち着かない気持ちになってしまう。

「大切なものとか身近なものは、無くした時にその大事さに気づくものなんだよね……」

 果南姉ちゃんが少し寂しそうな顔をしていた。まさか果南姉ちゃんも何かを無くしたことがーー

 そんな考えが顔に出ていたのか、果南姉ちゃんが苦笑いした。

「ああ、違うんだ。前に聞いた曲の歌詞がそんなこと言っててさ。頭の中に残ってたんだ」

「……」

 果南姉ちゃんの言う、「大切なもの」を曜に当てはめると合点がいった。そっか、おれの中でいつの間にか曜は、こんなにも大切で、大事な存在になってたんだな。一緒に居て欲しいと思える存在に。でも曜にこれをどう伝えよう。会ったらまた言い合いになってしまうんじゃないか。そう考えてると、この間の果南姉ちゃんの言葉が脳裏を過ぎった。

「「料理ってのはね、食べてもらいたいって思う人のことを想いながら作ると美味しくなるものなんだよ」」

「答え、出たんじゃない?」

 その問いに、おれは頷いた。

「うん。何となく、ね。ちょっと家に戻るよ。ごめんね、ご飯ごちそうになった上に話し相手になってもらって」

 申し訳ないと思ってると、果南姉ちゃんは笑顔を向けた。

「気にしなくても大丈夫だよ。かいとようは私にとっても大事な幼なじみだし。困ってたら助けるのはお姉ちゃんとして当然でしょ」

 にかりと笑う果南姉ちゃん。彼女には感謝してもしきれないな。

「そうだ、それこそ今度の夏祭りはようと二人っきりで行ってみなよ」

「夏祭り、か……」

「そう。仲直りのきっかけとしてはいいんじゃない?」

 不慣れなのか、ぎこちないウィンクをしてくる果南姉ちゃん。そうだな、準備してたおじさん達の手前照れくさくて言えなかったけど、二人で楽しむのもいいかもな。

「うん、そうしてみる。ありがと、果南姉ちゃん!」

 また二人で遊びにおいで、そう言う果南姉ちゃんの顔は、どこか寂しそうだった。

 

 

●●

「うう、結局来てしまった……」

 腕時計を身ながら櫂の家を見上げた。時刻は17時。お昼ご飯を千歌ちゃん家で食べた後追い出されて、いざ櫂の家に行こうと思ったんだけど足が向かわず、コンビニやら学校やらをうろうろしているうちにこんな時間になってしまった。我ながらヘタレだなぁ。

「どうしよ……」

 家の戸に手をかけて止まる。櫂は怒ってないと解っているはずなのに、顔を合わせることに抵抗感が出てしまう。また千歌ちゃん家に戻ろうかと思ったその時だった。

「ん?」

 がちゃりと戸が開いて、櫂が私を見つけた。私たちは互いを見たまま沈黙してしまう。

「よぉ」

 沈黙を先に破ったのは櫂だった。何事もなかったかのように声をかけてきた。

「よ、よぅ……」

 私もそれに釣られて返してしまう。あぁ、言うべきなのはそんなことじゃないのに。早く謝らなくちゃ。

「あ、あのね櫂。私ーー」

 くぅうー。それは突然私のおなかから響いてきた。お昼食べてからずっと外を歩きっぱなしだったからかな。恥ずかしさで言葉が出ずにいると、櫂が苦笑いした。

「腹、減ってるんだろ。飯食ってけよ。偶然多めに作っちまってさ」

 偶然な、と念を押す櫂がどこかおかしくて、頬が緩んだ。

「うんっ」

 私の返事に櫂もにっこりと笑ってくれたのだった。

 

 

◇◇

「お粗末さまでしたーっ!」

 腹を満足そうにさする曜。どうやらかなり空腹だったみたいだ。

「どうだった? おれ100%手作りのハンバーグは?」

「うん、すっごく美味しかったよ! ほぼ満点! もう私が教えることないんじゃないかな……」

 満足げだった曜の表情が少し曇ってしまう。それを見て胸の奥がきゅっとした。

「教えてもらうことなら、もっと沢山あるさ」

「え?」

「実はさ、これ作るのに何度も失敗してるんだ。焼き加減がイマイチだったり、こね方が微妙で途中で崩れちまったりと。これは最後で偶々上手くいったやつでさ」

 そう、おれは家に戻ってからずっとハンバーグを一人で作っていた。こいつに、曜に食べてもらいたくて。だが、気持ちだけでは技術は身につかず、何度も焦がしたりぼろぼろにしてしまった。自分の未熟さが身に染みた。

「今日の夕飯だけじゃない、昨日だってろくなもん食べられないわ、起きる時間はめちゃくちゃになるわで、そこでおれは一人じゃ何も出来ないって思い知らされたよ」

 曜をじっと見つめる。この数日で感じたことを思い切って言ってしまおう。

「おれは、曜がいないと全然ダメなんだって気づいたんだ。だからさ、ここに居て欲しい。ダメか?」

「櫂……」

 少しの沈黙の後、ふっと息を軽く吐くと曜はにっこりと笑った。

「しょうがないなぁ、櫂が一人前のシェフになれるようにマンツーマンで居てあげるよ。でも覚悟しといてね? この曜ちゃん先生の指導はきっついからね? 今まで以上に厳しくいくから覚悟しておくよーにっ!」

「ヨーソロ、渡辺教官!」

「ヨーソロは私の台詞だよ!」

 そう言った後、おれ達は吹き出して笑い合った。こういったじゃれ合いも心の底から楽しいと思える。楽しそうに笑う曜の笑顔を見て確信した。

 ああ、やっぱりおれは曜のことを好きになってたんだと。ずっと隣に居て欲しい大切な人になったんだって。




 今回はかなり難産になってしまいました。どうも僕は「雨降って地固まる」的なシナリオが苦手なようです。
 大概のアニメでこういったシナリオやると30分以内ですぐ仲直りとかになりやすいと思います。そこで僕は思うのです。「そうやってすぐ仲直りすんなら最初っから喧嘩なんかすんなや」と。
 ただAqoursの皆とのイチャラブを書きたい、より良いものを書きたい、その為のシナリオとして今回書いたわけですが、慣れないことはしないほうが良いですね。でも今回のシナリオを引き立たせるために前回の日常回を書いたわけでもありますし。うーん、難しい。

 感想お待ちしております。


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7話:薄着とお誘い

 二期の制作陣を見た。予想通りではあったけど、落胆した。どうやら、私の望むものはないようだ。


「曜?」

 夕食を食べて各々別に過ごしていた夜。飲み物を取りに来たおれの耳には曜の「ふっ、はっ!」と声が聞こえてきた。気になったのでこうして彼女の部屋の前にいるのだ。

 軽くノックすると、曜の「どうぞー」の入室許可が出たので戸を開けた。

「曜、何してんの?」

「見ればっ、ふっ、わかるでしょっ!」

「まあ解らんでもないがな」

 言っている内にも曜は上体起こしを何度も繰り返している。おれの視線に気づいたのか、少し申し訳なさそうに運動を止めた。

「ごめん、もしかして上にも響いちゃってた?」

「いや、響いちゃいなかったが近くを通った時に聞こえて、気になったもんでな」

「じゃあ続けても問題ない?」

「ああ、いいぞ。おれは部屋に戻るから」

「あっ、そうだ!」

 曜は身体を起こしてずいとおれに近づいてきた。らんらんと輝く眼がおれを見つめていた。

「櫂、よければ私の運動手伝ってよ!」

「手伝う? おれに何か出来ることとかあるのか?」

「もちろんだよ! 二人でしか出来ない運動とかもあるし!」

 遊んでとせがむ犬の様におれを見る曜。そんな風に見つめる曜が可愛らしくて、ちょっとドキドキしてしまう。でも、彼女の力になれるのなら手伝ってみますか。

「しょうがないな、手伝ってやるよ。で、何すればいいんだ?」

 快く了承すればいいものを、どうしてか偉そうに答えてしまう。こいつの事が好きなんだって解って、緊張を誤魔化そうとしてしまう。うーむ、何とかしないとな。

 でも今は曜のトレーニングを手伝おうとしよう。

「じゃあ、また上体起こしをするから、足を押さえて欲しいんだ。ちょっとした負荷がかかるとまたいい感じに鍛えられるからね」

 おれは頷くと、彼女の足を手で押さえて体重を少しかけた。曜はよし、と一層気合いをいれて運動を再開した。

「っ!?」

 そこでおれは曜の今の格好を再認識した。曜の奴、運動しやすいようにスパッツとスポーツブラのみ、そんな格好でいた。異様に肌の面積が広くてドキリとしてしまう。上体を起こした曜の胸やら、汗に濡れた肌にイヤでも視線が向かってしまう。こ、これはまずいぞ。

「ん? ちょっと櫂、力が弱まってるよー! しっかり押さえてくれないと運動にならないじゃんかさー!」

 そんなおれの緊張も知らず、曜が抗議の視線を送ってくる。いけない、押さえることに集中しないと。

「い、言われんでもわかってるっての!」

 さっきよりも強めに押さえると「ならばよろしいっ」と曜は運動に集中し始めた。

「っしょ……、よいしょっと!」

 胸板を脚に当てる度に、胸が膝あたりに柔らかく潰れる。そして彼女が再び床に背を置くとゆっくりと胸は形を戻す。なんというか、視線に困る。あいつ、こんなにも女の身体になってたんだな。今まで簡単にふれ合ってきたけど、ここまで裸に近い曜とふれ合うなんてことなかった。イヤでもドキドキしてしまう。

「そういえばっ、パパーーっ、お父さんから電話あったよ」

「ん? な、なんて言ってたよ?」

 幸い曜が話題を提供してくれたのでそれに乗っかる。このまま無言で運動につき合ってたらおれがどうなったかわかったもんじゃない。

「明日には家に帰るって!」

「えーー」

 その報せに、一瞬思考が止まった。おれの表情に曜も身体の動きを止めた。

「櫂?」

「そっか、良かったじゃんか。っていうかおやじの奴、おれには何の連絡もなしかっ」

「あはは、おじさんらしいね」

「放任主義が過ぎるっての……」

 おじさん達が、曜の両親が帰ってくる。それはとても喜ばしいことだ。でもそれは、この曜との共同生活が終わってしまうことを意味していて。少し寂しく感じてしまう自分がいた。

「やっといつもの生活に戻るのか。教官殿のしごきから解放されると思うと、清々するな」

 が、それを悟られまいと気丈に振る舞おうとして皮肉ったことを言ってしまう。同時に素直に言えない自分への嫌悪感が募る。そんなおれの内心を知らず、曜は頬を膨らませてこっちをにらんでくる。

「むぅ、そんなこと言うんだったら、抜き打ちでご飯食べに来るからね! ちゃんと自炊出来てなかったらおしおきであります!」

「勘弁してくれよ渡辺教官……」

「ふふふ、ならば日々精進するがよいっ」

「精進って言うけどさ、お前ハンバーグの作り方しか教えてねーじゃんか。他の料理も教えて欲しかったっての」

「っ、じゃあさ、またーー教えに来ても、いい?」

 ぴたりとまた思考が停止する。また曜がここに来てくれる。今まで朝方に勝手に上がり込むことだってあったハズなのに、それが妙に嬉しくて。

「しょ、しょうがねえな。レパートリーがハンバーグだけじゃなんだし、もっと教えてもらおうか」

「むぅ、生意気な生徒であります。これはもっとビシバシ教える必要がありそうであります! シゴキがいがありそう!」

「ほう、じゃあちゃんとしごける為には準備出来る場所が必要だな」

「? うん……」

「この部屋残しとくから、好きに使えよ」

「いいの?」

 曜が驚いた表情でおれを見る。せっかく片づけたんだし、このまま放っておいてまた倉庫として使われるのも忍びない。

「ああ。だからさ、また来いよ。それでおれが完璧に自炊出来るようになるまで教えてくれよ」

「うんっ、この曜ちゃんにお任せだよ!」

 嬉しそうに敬礼しながら笑う曜。おれもそんな彼女の表情を見て、頬が緩む。突然訪れる、悪くないムード。こ、これは言うべきなんじゃないのか、自分の気持ちを。「「自炊の仕方どころかおれの為に毎日飯を作ってくれ」」とか言ってもいいんじゃないかこれは? そう考えてーー

「そ、そういえばさ曜。明日は夏祭りじゃんか。一緒に行く相手、決まってる?」

 結局ヘタレた。うう、我ながら情けない。でも仕方ないじゃないか。今までの関係のままでいたいというブレーキが働いてしまった結果だ。おれは悪くない。

 曜はんー、と天井を仰ぎ見て考えた。

「特に、決まってはないかな。特に予定がなければ千歌ちゃん達と一緒に行こうと思ってるよ」

「そっかーー、ならさ、おれと二人で行かないか?」

「え?」

 いや、おれは何を言ってるんだ。これってとどのつまりデートのお誘いってことになるんじゃないのか? デートってあれだ、付き合った男女がするものなんじゃ? いや、この夏祭りを機会に曜に気持ちを伝えるってのもアリか?! 

 なんて考えているとーー

「うん、いいよ」

 曜は二つ返事で了承してくれた。間髪いれずの返事におれの脳内処理が追いつかない。

「マジでか?」

「マジで」

「ホントに?」

「ホントに」

 おれの問いに素直に頷く曜。そしてにかりと笑顔を見せた。

「どうしたの櫂? そんなに驚いちゃって。私と櫂の間柄でしょ? 小さな頃から二人で行ってたじゃん。後から千歌ちゃん達とも合流してさ」

「あ、ああ。そうだったな」

「もしかして誘うのに緊張してた? 全く、紫堂くんはウブでありますな~」

 このこの~、とおれを肘でつついてくる。曜の奴は全然緊張してないみたいで。変に意識してたおれがバカみたいだ。

「う、うるせーよ。どうせ暇だろうしと思って誘っただけだってーの」

「はいはい、そういうことにしといてあげる♪」

 そう笑って曜は立ち上がって戸に手をかけた。

「ちょっと汗流してくるね。予想以上にはかどったよ。ありがとね櫂」

「どういたしまして……」

「あ、女の子の部屋漁るなよ~?」

 そう言って彼女は脱衣所へと向かってしまった。一人部屋に取り残されて溜息をつく。そうだな、まだ伝えなくていいか。この夏祭りが終わってからでも、いいか。そう思うことにした俺だった。

 

 

●●

 脱衣所で身に纏っていたものを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。流れ出るお湯が肌についた汗を洗い流してくれる。

「おれと二人でいかないか、ね……」

 櫂が言ってくれた言葉を思い出して肌が、身体全体が熱くなる。櫂が私を夏祭りに誘ってくれた。それがとてつもなく嬉しい。

「もう、私ったらバカ曜なんだから……」

 それと同時に自分の言動を悔いてしまう。またいつも通りの反応で返してしまった。もっと嬉しいって気持ちを櫂に見せるハズだったのに、今まで通りに振る舞ってしまう自分がいる。何度も櫂に告白しようとしてるのに、最後の最後でブレーキをかけてしまう自分が忌々しかった。

「夏祭り、かーー」

 櫂と二人で夏祭りに行くーー、そう考えただけでちょっとにやけてしまう。ちっちゃい頃から櫂と二人でお祭り会場まで行って、千歌ちゃんや果南ちゃんと合流した事は何度もあった。でも今回の様に櫂から誘われたのは初めてだ。櫂と二人きりで夏祭り。これってもしかしなくてもデートだよね。うわ、改めて考えると緊張してきちゃった。

「っていうか私何してたんだろ……」

 緊張を覚えたのと同時にさっきまで櫂としてきた事を思い出して、体温が上昇した。私、ほぼ下着同然の格好で櫂と二人で過ごしてたんじゃん。もしも櫂が私に興奮してーー

「ってこのバカ曜は!」

 その思念を振り払おうと、シャワーを冷水に切り替えて頭を冷やす。今は明日の夏祭りのことに集中しないと。

 そう考えて私は気合いをいれる為に勢いよく両頬を叩いたのだった。




 曜ルート、これで七割から八割が終わりました。見立てではあと二、三話で終わるかも? 早く終わらせて次の女の子に移らなくては。

 感想お待ちしてます。


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8話:打ち上げ花火、上から見ても下から見ても――

 流石に本ルート佳境ということもあり、執筆も大分時間がかかりました。お待たせしました。


 朝に家のチャイムが鳴り、戸を開けると曜の両親が立っていた。二人を見るなり、曜は飛びかかるように抱きついた。

「パパっ! お帰りっ!」

 嬉しそうに父親を抱擁する曜を見て、思わず頬が緩んだ。曜は意外とお父さん大好きっ子だからな。こうやって甘える姿は小さな頃から見てるし、懐かしさが脳裏を過ぎった。

「櫂くんもすまないね、こんなことになって。てっきりお父さんが声をかけてるもんだと思ってからね」

 申し訳なさそうに曜の両親が頭を下げた。それこそこっちが申し訳なくなってしまう。

「ああ、気にすることないっすよ。親父が後から言うなんてのはよくあることなんで」

 この数日間なんだかんだで楽しかったしな。逆におじさんとおばさんには感謝してる位だ。

「それで、その親父は?」

 おれの問いに二人が言いづらそうに目線を合わせた。

「それが、沼津に着くや否や、仕事があると言ってね」

 はーん、バックレた訳か。あの親父、帰ったら覚悟してろ。と、今は曜の両親との再会に水を差すのはよくないか。

「じゃあおれはこれで。それじゃ曜、またあとでな」

「うんっ、夕方にね!」

「おや、曜は櫂くんと何か予定があるのかな?」

「そうなんだ~。夕方の夏祭りにねーー」

 これ以上聞くと恥ずかしいので、おれはそそくさと自分の家へと引っ込んだのだった。

 

 

 少し暑さが落ち着き始めた夕方。オレンジ色の空に太鼓の音が混じって聞こえてくる。おれは自分の家の戸の前に立っていた。財布よし、スマホ問題なし、虫除けスプレーの準備もOK。あとは曜を待つだけだ。

「櫂っ、おまたせ!」

 そうして待っていると隣から声が聞こえてきた。水色の木地に、金魚が泳いでいるデザインーー、曜はそんな浴衣を着て家から出てきた。髪の毛は整えられていて、透き通った朱色のガラス細工が飾られていた。

「どう、かな……?」

 ちょっと顔を赤らめながら曜が聞いてきた。元気で活発ないつもとは180度も違う装いに、言葉を失う。

「櫂?」

「あ、ああ。すっごく似合ってると思う、ぞーー」

 あまりの綺麗さに皮肉る事も出来ず、素直な言葉が口から出る。それを聞いた曜は満更でもないような表情をする。

「そ、そっか……。せっかくだから着てけばってママがね、言ってくれたの」

 えへへといつも通りの笑顔を向けているハズなのに、見ていてドキドキする。曜も何だか恥ずかしそうに視線が逸らし気味だ。互いに沈黙が続き、何とも言えない空気が漂う。

「こ、ここにずっといるのもなんだし、早く行こうぜ! おれロクに昼飯食べてないからさ~」

「そ、そーだね! いこ!」

 曜が同意してくれたので、二人並んで夜道を歩く。特に話すこともなくただ曜が履いた下駄のカランコロンの音が響く。手を繋ぐべきかと迷っているが、それを中々切り出せない。おかしい、こいつと話すのにこんなに緊張したっけ。曜の浴衣姿が、おれを狂わせているのか?

 なんて切り出すのに迷っていると、車道側を歩いていた曜が沈黙を破った。

「ここら辺、この時間はとっても静かだね」

「そ、そらそうだろ。元々田舎だし、皆祭りに行ってるんだろきっと」

「それも、そうだね……」

 会話がそこで途切れてしまう。おれのアホ、そこからもっと話すこととかあっただろ! どうしてここで終わらせちまうんだ!

 なんて考えていると。思い詰めている間におれよりも少し先を歩いていた曜の背中に、光が当たった。そしておれの後ろからは車の走行音が追いかけてきた。

「曜ーー」

 とっさに彼女の元へと駆け寄り、肩に手を置いて引き寄せた。車は難なくおれ達を追い抜いていった。

「か、櫂?」

「ちょっと車道側歩き過ぎだぞ。ちょっと危なかったから、さ」

「う、うん……ありがと……」

 顔を紅くして俯く曜。おれは今の構図を再確認してドキリとしてしまう。無我夢中で考えてなかったが、曜を抱き寄せる形になってしまっている。視界いっぱいに曜が写り、さっぱりとして少し甘い匂いがおれをくらくらさせた。このままじゃいけないと、肩に置いた手を離した。

「き、気をつけろよ。目の前で事故られちゃたまったもんじゃないしな」

「う、うん。気をつけるね……」

 いつもなら反発してきそうなものだが、曜はしゅんとしていた。が、すぐに柔らかい笑顔をおれに向けると手を差し出した。

「じゃあさ、櫂が手を繋いでくれる? そうすれば事故にはならないと思うし。ね?」

「し、仕方ねーな。おれをそっち側に引き込むなよ?」

 差し出された手を、おれはゆっくりと握った。すると曜はいつもと似た笑顔で返してくれた。

「ヨーソロ~。ちゃんと手綱を握ってよね?」

「じゃじゃ馬かお前は」

 おれもいつもに近いであろう笑顔で応えたのだった。

 

 

「うわぁ、すっごい賑わいだ!」

「時間も時間だしな、夕飯として買う人も多いんだろ」

 お祭り会場にたどり着くと、曜はうきうきとした表情を見せた。祭り囃が鳴り響き、出店の人々は声をあげて呼び込みをしている。その中をたくさんお祭り客が歩いている。

 そんな様を見て曜はおれの手を引っ張った。

「ほら櫂っ、いろんな屋台とか見て回ろうよっ!」

「そんなに急いだって屋台は逃げないだろっ」

「急ぐよ! こうしてる間にも食べ物は売り切れるかしれないんだから!」

「わ、わかったって! だからってそんなに引っ張るな~!」

「えへへ、曜ちゃんはね、焼きイカが食べたいであります! あとね焼きそばも!」

 会場に飾られた数々の提灯の灯にうっすらと照らされて、曜の満面の笑顔はまた魅力的に見えた。

 そんな彼女の笑顔を見ているとドキドキよりも、安らぎを覚えるおれがいた。彼女と、曜と祭りを楽しみたいと。

「全部は奢らねえからな! ちょっとは自分で持つんだぞ」

「ヨ~ソロ~!」

 おれの手を引っ張りながら曜は楽しそうに笑った。

 

「お、射的だ」

 綿飴を頬張っていた曜がぴたりと脚を止めた。射的屋の景品にはゲームのハードやらソフト、ぬいぐるみからプラモデルまで、たくさんの種類が置かれている。曜の視線は三津シーのマスコットキャラクター、うちっちーに向いているようだ。

「私、あれとりたい! おじさーん!」

 そのまま射的屋に歩み寄り、曜はお金を店の人に渡した。おじさんからコルクの詰まった銃を受け取って、構える。

「よーし、一発で眉間をぶち抜いてやるぞー!」

「ぶち抜くなよ……」

 おれのツッコミにえへへと笑うが、うちっちーに狙いを定めると表情を引き締めた。曜の奴、本気であのぬいぐるみが欲しいと見える。

「ていっ」

 かけ声と共に放たれたコルクは見事うちっちーの土手っ腹に命中する。が、少し後ろに動くだけで倒れはしなかった。曜はおじさんへと視線を向けるが、「倒さないとダメだからねぇ」と一蹴されてしまった。

 それで火がついたのか曜は何度もコルクをぬいぐるみに当てる。が、一押し足りないのか倒れるには至らない。ぬいぐるみ一つに必死になる曜の表情を見て、居ても立ってもいられなくなって。

「おじさん、二つ分いい?」

 曜が払った二倍の金を渡してコルク銃を二丁持った。曜の隣に立ち、彼女に声をかけた。

「曜、おれに合わせられるか?」

 二丁の拳銃をうちっちーに突きつけるおれを見て、曜はにやりと笑った。

「ふふっ、この曜ちゃんを誰だと思ってるのかな? 全然余裕だよっ」

「そうかよっ」

 おれ達は特に合図もなく同時にコルクを掃射した。放たれた三つのコルクはぬいぐるみに全弾命中して、台に座していたそれを崩れさせたのだった。

「おめでとさんー! はい、ぬいぐるみっ」

「ーーっ!」

 おじさんからぬいぐるみを受け取った曜は、嬉しそうな表情でおれを見つめた。そしておれのとこまで駆けてくるとーー

「櫂っ!」

 手を高く上げたのでおれも合わせてハイタッチした。

「ありがとねっ。櫂のサポートがなかったらもっと時間かかってたよ~」

「諦めるつもりなかったのかよ」

「もっちろん! 諦めという文字は曜ちゃんの辞書には存在しないのでありますっ!」

 ぬいぐるみを抱きながらにひひと笑う曜が可愛らしくて、頬が緩んだ。

 

 夏祭りもあっと言う間に佳境を過ぎ、花火が打ち上がる時間となった。夕焼けの色と夜の暗闇の色が混じり合う空の下、おれ達は坂道を登っていた。

「ほら櫂っ! 早く行こっ!」

 嬉しそうに早足でおれを引っ張る曜。おれは彼女に引っ張られバランスを崩しそうになりつつも彼女についていく。

「よ、曜っ! 急いだって花火は逃げないっての!」

「花火は逃げなくても、花火を見る絶好のポジションはすぐ無くなっちゃうよー!」

「それはそうだが――!」

「どうせなら高い所から見たいじゃんかさー!」

 そう言っておれをひっぱる曜の足はどんどんと早くなっていって。

「いやもうここでも充分だろう」

「まだまだ! もっと高い所を目指そうよ!」

「おれは花火を見たいだけで山登りしたい訳じゃないっての!」

「何の何のここまで来たら――、きゃっ!」

 曜がバランスを崩し、尻餅をついた。曜はバランスを崩した際におれの手を離していたからか、おれも倒れることはなかった。

「曜!」

「いつつ…」

 曜は痛そうに腰を擦っている。おれは彼女の足に視線を向けた。

 浴衣から曝け出された脚は、どことなくいつもとは違った色気を醸し出していて。おれは邪念を追い出し、足に触れた。

「大丈夫か?」

「う、うん…」

「少し足動かすぞ。どこか痛む所はないか?」

 軽く足を動かしてみるが、曜は表情を歪めることはなかった。

「へ、平気みたい。どこも痛まないよ」

「そうか、良かった…」

 スクールアイドルでもあるが曜は飛び込みの選手でもあるんだ。こんなことで選手生命を絶たれると考えただけでもぞっとする。

「私は大丈夫だけど、下駄が……」

 脱げた下駄をよく見ると、鼻緒が千切れてしまっていた。もうこれでは坂道を登ることは出来ないだろう。

「欲張って高い所登ろうとするからだ」

「うう、言葉も出ないよ……」

「ホントに、しょうがねぇなっ」

 おれは曜に背を向けて屈んだ。

「櫂?」

「降りるにももうその様子じゃ歩けんだろ。何か踏んづけてケガでもされちゃたまったもんじゃなし。おぶってやるから、荷物ちゃんと持ってろよ」

「う、うん……」

 曜は素直に頷くと、自分の荷物を持っておれの背中におぶさった。背中に柔らかい胸の感触が伝わってくる。その柔らかさに身体が反応してしまう。

「櫂?」

「何でもないっ。降りるぞっ」

 おれはムラムラを振り払って少し早足で降り始めた。

「おぉっ、中々に早い~! それゆけ~」

「揺らすなっての! ハデに転びたいのか」

「えへへ、ごめんごめんっ」

 曜の少し無邪気な声にムラムラも収まり、おれは海に向けて歩き出した。

 

 

 海岸近くの道路にたどり着く頃には、すっかり陽は沈んで夜となっていた。花火を打ち上げるには丁度いい頃合いだ。

「櫂、ごめんね? 私のせいで……」

背中で大人しくしていた曜が、しゅんとした様子で声をかけてきた。

「なんだ、そんなこと。こんなのもう慣れっこさ」

「でもーー」

「気にすんなって。これくらいで負担を感じる程ヤワじゃないって。伊達にお前等の後ろを追っかけてきた訳じゃないからな」

 話しながら幼い頃の思い出が蘇る。千歌が突拍子もない事を提案して突っ走って、曜がそれに賛同して並んで走る。おれはそれを必死に追いかけて、おれを追い越した果南姉ちゃんが偶にこっちを振り返って励ましてくれる。幼い頃はいつもこんな感じで、危ないこととかやらかしてよく親父や千歌の家族とかに怒られたっけ。そんな経験に比べれば、これくらいどうってことない。

「でも花火、いい場所で見たかったのに……」

「そう悪くはないと思うぞ」

「えーー」

 ひゅるるるー

 そう言う曜の言葉は打ち上げられた花火の音で遮られた。

「わぁ……」

 どん、と一際大きな音が響き、曜の感嘆の声が後ろから聞こえた。どうやら花火が始まったみたいだ。打ち上げる場所に比較的近かったのか、おれ達の遙か頭上で花火は次々と咲いていった。

「すごい、綺麗だね……」

「だな。高い所から見る花火も綺麗だろうけど、こうやって下から見上げる花火も悪くはないだろう?」

 曜は黙って天上に咲く火花の芸術を見つめている。ふむ、せっかくだしおれも花火を見たいな。

「曜、少し下ろすぞ」

「あ、うんっ」

 丁度バスの停留所があったのでそこのベンチに二人で腰を下ろした。ひゅう、どん、ひゅう、どん、と花火が打ち上げられる音と炸裂する音が混じり、ぱらぱらと弾ける音が間をおいて聞こえてくる。

 その音で再び幼少期に想いを馳せる。皆で浴衣を着て、こうやって花火を眺めたっけ。花火が音を立てるのと同時に千歌が「どっかーんっ!」って叫んで、それに同調する様に曜も「どーんっ!」って千歌と一緒に跳ねる。それを果南姉ちゃんと二人で眺めて笑い合った、懐かしい思い出。

 あの頃無邪気にはしゃいでた彼女に視線を向けると、うっとりとした表情で花火を見上げている。あの頃の面影を残しつつも、女の子らしい表情にドキドキしている自分がいた。

「ん? どうしたの?」

 おれの視線に気づいたのか微笑を含めておれを見つめる曜。告白するには悪くないロケーションなのだがーー

「な、なんでもねーよ」

 思わず彼女から目を逸らしてしまう。未だ曜との関係の変化に怯えている自分が情けない。

「変な櫂っ」

 おれの小さな溜息は、花火の爆音にかき消されたのだった。

 

「あ、もう大丈夫だよ」

 花火も見終えて再び曜を背負って家にたどり着く頃には、8時になっていた。

 曜はおれの背中から自分の家の玄関前に降りると、ニコリと笑顔を向けてきた。

「櫂、夏祭り誘ってくれてありがとね。すっごく楽しかったよ!」

「どういたしまして。二人きりで祭り行くのも悪くないな」

「そう、だね……」

 そう言ってはにかむ曜の表情は少し照れていた。こ、このタイミングなら言ってもいいんじゃないか。自分の気持ちをーー

「じゃあ、そろそろ帰るね。ここまで背負ってくれてありがとっ」

 柔らかな笑顔でおれに敬礼してくる曜。しまった、また仕損じたか。どうもタイミングが合わないな。

「ああ。また明日な」

 残念だけど、今日は諦めるか。大丈夫、明日があるさーー

「櫂」

 背中からおれを呼び止める曜の声が聞こえた。振り向くと、曜がおれの首に腕を回してーー

「んっーー」

「っーー!?」

 唇に、柔らかい感触が伝わってくる。視界には眼を瞑る曜がいっぱいに写っていて、その柔らかいものが彼女の唇だと少し遅れて理解出来た。でも何で? 何でおれ、曜にキスされてるんだ?

 混乱して反応出来ないでいる内に、曜はおれから離れた。

「今のはーー、さっきのお礼だよっ」

 少しとろけた表情で曜ははにかむと、裸足で家へと駆けていった。残されたのは、呆然と立ち尽くすおれ一人。

 

 その後の記憶は、ほとんど覚えていなかった。




 さぁさぁ曜ルートもクライマックス、ここまで話が伸びるとは私自身思ってもいませんでした。恐らく後一話で終わると思うので、どうかお付き合い下さいませ。
 曜ルート終わったら幾つかのルートを並行して作成していきますよ。一人だけ重点的に書いてるとね、飽きるんですよ。より良い文章を作る為にも、気分転換は必要ですからね。

 感想お待ちしてます。


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9話 嵐の航海者

 曜ルート最終話です。ここまで長かった…


「う、もう朝か……」

 いつも起きるよりも早い時間、ダルい足取りで階段を降りる。昨日の出来事のせいで一人で悶々としたり、何度も寝返りをうつはで全然寝付けなかったな。

 曜との別れ際の出来事をふと思い出す。あいつの声に振り返ったと思ったら、キスされてて……。キスした後の曜の笑顔がとっても可愛らしくてーー

「ーーっ、更に悶々としてどうすんだおれ!」

 雑念を祓おうと両頬を叩く。今日は登校日だ。学校へ行って少し一人で考えてみよう。

 おれは気分を落ち着けると、台所へと足を運んだ。

 

「ーー」

「あっ……」

 早起きは三文の得とはよく言うもので。いつもより早く家を出ると、家を出る曜に出会った。

「お、おはよう」

「お、おはよう……」

 曜はおれを見ると顔を紅くして視線を逸らした。おれも気まずさを覚えて何て言おうか迷っていると、曜の方から話しかけてきた。

「きょ、今日は早いんだね。ほら、いつもこの時間ならまだ寝てるじゃん」

「ま、まぁな。実はあんまり寝付けなくてさ」

「あっ、そっか……」

 おれの寝不足の原因が理解出来たのか、申し訳なさそうな顔をする曜。そのままおれに背を向けて走り出そうとする。

「じゃ、じゃあ私、急いでるから!」

「あっ、曜!」

 おれの言葉を聞かずに、そのまま曜は駆けだしてしまった。小さくなる曜の背中をおれは追いかけられずにいた。結局その背中が見えなくなるまでおれはそこに立ち尽くしていた。

「いつもは勝手に借りてくのにな……」

 そう一人呟いて、おれは自転車に跨がった。

 

 

●●

 うう、やっちゃった。何をやってるんだ私は。櫂の顔を見た途端に逃げちゃった。

 だって、昨日の今日だもん。昨日の夜ついに櫂に、その、キスしちゃったんだもん。家に戻った後、すっごいドキドキして。どんな顔で会えばいいのか全然わからなかった。それで会わないように櫂が起きてないであろう時間に学校に行こうと思ったら、櫂の奴も早起きしてたし。櫂の顔見てたら昨日のドキドキが戻ってきちゃって。視線が合うのも恥ずかしくなって思わず走って逃げちゃった。うう、この渡辺 曜、一生の不覚。

 でもキスだけじゃダメだよね。せっかく勇気を出したんだもん。自分の気持ちを、櫂に「好き」って言葉を伝えなくちゃ。あ~っ、その場面を想像するだけでドキドキするよぉ~。やっぱり、伝えるの辞めようかなぁ……

 

 

◇◇

 その日の授業は、どうも身が入らなかった。先生に名指しされても上の空だったり、気がつけば授業が終わってたなんてこともあった。まさかこんなにも頭の中が曜のことでいっぱいになるなんて思ってもなかった。

 それだけ自分にとって彼女が存在になっていたんだって改めて思い知った。その気持ちを伝えようとすることを、おれは戸惑ってしまった。今までの関係ではいられなくなることが怖くて、切り出せなかった。

 そうしている間に、曜からのキスを受けた。そして互いに気まずくなって顔すら合わせられないでいる。もしかしてこのまま、あいつと疎遠になってしまうんじゃーー

「ーーっ!」

 頬を叩いて邪念を追い払う。それだけは、絶対にイヤだ。あれが曜の気持ちなら、おれもその気持ちに応えなきゃいけない。だから今度はおれから伝えよう。おれの中にある、好きって気持ちを。

 

 

●●

「あ、もうこんな時間……」

 机に突っ伏していた顔を上げると、空は夕焼け色に染まっていた。そっか、HRの後水泳部の練習に顔を出す気になれなくて、誰もいない教室で時間を潰してたんだっけ。

「帰らなきゃ……」

 溜息を吐いて教室を後にした。夕焼けに染まる廊下は人気が無く、寂しさと怖さを感じた。

ーーこんな時に櫂がいてくれたらなーー

 ふとそんなことを考えてしまい、ドキリとした。何を考えてるんだ私、櫂の顔を見ただけで緊張して逃げ出した癖に。こうやって居ない時だけあいつのことを欲してしまう。隣に居て欲しいのにいざ近づくと自分から逃げてしまう。矛盾もいいとこだ。

 そんな私の口からは、乾いた笑いと溜息しか出なかった。

 

 俯いて学校の門を通ると、ちりんちりんと自転車の鐘が聞こえてきた。音の方へ視線を向けると、幼なじみが自転車に腰掛けていた。

「よっ」

「櫂? どうしたのさ、こんなとこまで?」

 予想してなかった櫂の登場に、ドキドキする。

「まぁその、うん、あれだ」

 櫂は少し言葉を探すように視線を逸らすと、ぽんぽんと自転車の後ろを叩いた。

「迎えに来たってとこだな。ほれ、帰るぞ」

「う、うん……」

 私が大人しくそれに従って腰を下ろすと、櫂はゆっくりと自転車を走らせた。

 

 自転車が坂を駆け下りて、周りの景色が流れていく。私は櫂の背中に軽く掴まりながら彼に大きな声で話しかけた。

「珍しいねー! 櫂から迎えに来てくれるなんて!」

「そうか? いつもの事だろ。それにお前、おれが自転車で登校してると解ったら、迎えに来いって連絡するだろー!」

「そう、だね……」

 「いつも」と言う櫂の言葉にちくりと胸が痛んだ。そっか、もう櫂は「いつもと同じ日常」に切り替えようとしてるんだ。昨日の出来事を見なかったことにして。

 それが普通だよね、うん。いきなりキスされたら誰だってどうしていいかわからなくなるもん。櫂がいつも通りに接しようとするのも理解出来る。何やってたんだろ私。こんな、こんな想いする位ならーー

「それにさ」

 下り坂が終わり、流れてく景色が緩やかになる頃に櫂が呟いた。徐々に自転車のスピードが落ちていき、浜辺の近くで止まった。

「ちょっと曜と話がしたくてさ」

 

 

◇◇

「話ってなんなのさ櫂」

 少し落ち込んだトーンで曜が尋ねる。そんな彼女の顔を見るだけで心臓がドキドキする。落ち着け紫堂 櫂。昨日のことについて自分の気持ちを伝える、簡単なことじゃないか。

「曜、昨日のことなんだけどさーー」

「あ、あのことなんだけどさ、忘れてくれてーーいいから」

 おれの言葉を曜が遮った。え、今なんて言った? あのことを、忘れろって?

「おい曜、何を言ってーー」

「昨日のことは忘れてって言ったの。ほらアレは、なんていうかーー、場の空気に酔ったみたいな? だから大した意味は無くてーーだから、ね?」

 そう言って笑う曜。でもその笑顔はどこか無理してるみたいで。おれがいつも見てる笑顔よりどこか悲しげで、辛そうだった。違う、おれが見たいのはそんな笑顔じゃない。

「曜ーー」

「いやー、昨日の花火はとっても綺麗だったよねー。この曜ちゃんも気分が昂揚しちゃってたよー」

「曜ーー」

「お互いあのことは無かったことにしてさ、今まで通りにーー」

「曜っ!」

 少しきつめに声を荒げると、曜がびくりと肩を揺らした。その隙に彼女の肩を掴んだ。

「か、櫂?」

「ったく、ちっとは人の話を聞けっての」

 そのまま頭に軽くチョップを入れてやると、頭を押さえた。

「ご、ごめん」

「それにな、おれはあのキスを、イヤだなんて思ってもないっての」

「え?」

「むしろ、嬉しかったんだ。そりゃされた時は寝るまで記憶が曖昧だったさ。でも横になって改めて『曜にキスされたんだ』って思ったら、すっげードキドキした」

「……」

 曜は顔を赤らめながら視線を落としている。今なら言葉による遮りも無いだろう。伝えるなら今だ。

「ドキドキする位、曜の事が好きになってたんだ。幼なじみって関係から、おれはもっと進んだものになりたい」

「櫂……」

「だからさ、曜がよければなんだけどおれとーー」

 そこから先は再び遮られてしまった。たださっきと違うのは言葉ではなく、物理的にだ。

「んっ……」

 曜がおれの首に腕を回して、飛びつくように唇を重ねてきた。昨日は驚いて解らなかったけど、キスってこんなにも甘いんだな。

「よければも何も、私だって櫂のこと好きだよ! こんなにも嬉しいことないよ!」

「曜……」

 曜の「好き」と言う言葉に胸の奥がじんとした。ああ、おれ達は両想いだったんだな。嬉しさのあまり視界が少し潤んでいる。

「ふふっ、櫂ってば目がうるうるしてるぞ~?」

「そういうお前だってそうじゃんか」

 えへへと無邪気に笑う曜の目の端からは綺麗な滴がぽろぽろと落ちていて。

「じゃあさ、櫂。お互いの涙を誤魔化すのにとっておきな方法があるんだけど?」

「とっておきな方法?」

「そう。えいっ」

 曜は笑うとぎゅっと抱きしめてきた。おれの顔の横に、曜の顔が乗っかる。なるほど、これなら互いの顔は見えないな。それにーー

「櫂、すっごくドキドキしてるね……」

「当たり前だろ。好きな子とこうやってくっついてるんだから。曜こそ心臓の音がスゴいぞ?」

「櫂のスケベ……」

「いやこれはスケベじゃないだろっ」

 互いに笑い合う。付き合っても、そう簡単には今まで幼なじみな雰囲気は変わらないな。でもそれでいいんだ。すぐに変わらなくてもいい、ゆっくりと変わっていけばいい。曜と手を繋いで肩を並べていけば、どんな風になっても楽しくやっていけそうだから。

「これからもよろしくね、櫂っ」

「ああ、こちらこそ」

 二人で見つめ合ってゆっくりと顔を近づける。唇の感触を味わうかのようにキスをした。

 この先にどんな荒波が、どんな嵐が来ようと、二人で乗り越えよう。おれ達の航海は、まだ始まったばかりなのだから。




 この様な終わりで本当にすまない……。

 9人分の分岐ルートを書いたのが5月。そして現在は9月。一人に時間かけすぎでしょう。もうアニメ始まっちまうがな。予想以上に手こずったので、今後は複数のキャラを同時進行で執筆していきます。この四ヶ月間曜しか書いてなかったから他の子の書き方忘れてるかもしれんし。
 実は善子と梨子のルートの第一話は執筆が完了してるので少し間を開けたら投稿しようと思います。その前に梨子ちゃんの誕生日回を書かねば。去年はキャラ回を当てることで誕生日回としてちゃんと書いてあげられてなかったからね。全力で書きますよ。

 では感想お待ちしてます。


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白光と桜色が奏でるメロディ
1話 始まりのピアニッシモ


 お待たせしました、梨子ルートです。一番の推しでもあるので、一番力が入ってるかも。


「梨子?」

 紫堂くんの言葉でふと我に返った。いけない、今は明日のデートの打ち合わせをしてたんだった。

「ど、どうしたの紫堂くん?」

「いや、さっきから梨子からの返事が無かったからさ。具合でも悪いのかなって。どうする? 明日じゃなくてもおれは構わないけど……」

「ううん! わたしは大丈夫だから!」

 言えないよ、電話越しとはいえこうして二人きりでお話出来るのが嬉しくてぼーっとしてたなんて。向こうは恋人のフリだと思って協力してくれてるんだもん、ちゃんとしなくちゃ。でも、フリじゃなくて本気に思って欲しいな……。

「そっか。でも待ち合わせ場所、本当に沼津駅でいいのか? おれが迎えに行こうか?」

 その言葉にドキリとした。デートってだけでも緊張するのに迎えにきてくれるってことになったらもう眠れないよ・・・。

「だ、大丈夫! 待ち合わせ場所に行くまでの心境とかも参考にしてみたいから!」

「わかった、梨子がそれでいいなら。それじゃ明日、沼津駅で」

「う、うんっ、楽しみにしてるね!」

 紫堂くんに「おやすみなさい」と言った後、通話を切った。わたしは大きく息を吐くと、ベッドに横たわった。

「紫堂くん……」

 星形のクッションをぎゅっと抱きしめて彼の名前を呟いた。明日はデート。ラブソングの作詞のためという名目で紫堂くんがつきあってくれる。彼からしたらなんちゃってデートかもしれないけど、わたしからしたら本物のデートみたいで、ものすごく緊張してしまう。落ち着くのよ梨子。明日の為に服は選んだし、身だしなみはばっちりなんだから。多分。でもでも、「気合い入れすぎ」って思われちゃったらどうしよう。やっぱり少し地味に、それはそれで「デート楽しみにしてないのか」って思われちゃうかもだし……。うわーん、緊張して眠れないよぉ……。

 

 

◇◇

 沼津駅前でくぁ、と大きく欠伸をする。あまり良く眠れなかった。女の子と待ち合わせるのは何度も経験したけど、デートってことになるとまた意味合いが違ってくる訳で。三年生の先輩方とのデートは水族館見学の途中で発生したイベントであって、最初っからデートという目的での待ち合わせなんて生まれて初めてだ。うわ、さっきから心臓がドキドキしっぱなしだ。ぴしゃりと頬を叩いて自分に活をいれる。しっかりしろおれ。作詞もやりたいっていう梨子の力になるって決めたんだ。しっかり恋人役をしないと。

「紫堂くん!」

 遠くから梨子の声がした。声の方を向くと急ぎ足で彼女が近づいてきた。

「お、遅くなってごめんなさーー、きゃっ!」

 足がもつれたのか梨子がバランスを崩した。おれはとっさに彼女にかけよって抱き留めた。

「おっと。大丈夫か?」

「う、うん。平気……」

 えへへと苦笑いする梨子を立たせて向かい合った。見ると、肩で呼吸しているのが解る。そんなに急いで来たのか。

「ごめんね、紫堂くん……。その……、待った?」

「いや、おれも今来たとこ。でもそんなに慌てる必要は無かったんだぞ?」

「だって、楽しみにしてたから……」

 ごめんなさい、と目を伏せる梨子。それだけ楽しみにしてくれてたのか。その表情にどきりとしてしまう。

「楽しみにしてくれてたのなら、恋人冥利につきるな」

「あっ、うん……」

 少し頬を染めてはにかむ梨子にまたどきりとして。どうしてこんなにドキドキするんだろう?

「あ、それと、どうかな? 出来る限りおしゃれしてみたんだけど……」

 梨子はその場でひらりと回ってみせた。ジーンズ地のジャケットに、桜色のワンピース。おれが今まで一緒にいた女の子とはひと味違った可愛らしさだった。そうだ、服を誉めるのも彼氏の勤めだよな。

「ああ、すっごく似合ってる。綺麗だ」

「ーーっ!!」

 その言葉に嬉しそうな笑顔を向けてくれる。そんな表情を見せてくれるとこっちも嬉しいな。よし、こんな感じで彼氏として振る舞っていこう。

「それじゃあ改めて、今日はよろしくな。素敵な歌詞が作れるといいな」

「あ、う、うん! よろしくお願いしますっ」

 行儀良くお辞儀する梨子に、おれは手を差し出した。それを見て、梨子は首を傾げた。

「紫堂くん、これは?」

「これはってーー、恋人同士のデートなら、手を繋ぐのがセオリーだろ?」

 ほら、と促すと梨子は恐る恐る手を握ってくれた。細くてすべすべした、柔らかい女の子の手。ぽっと温かみを帯びたその手をきゅっと握り返すと、おれ達は並んで沼津の町を歩き出した。

 

 

●●

 うう、紫堂くんから手を繋ごうって言ってくれるなんて・・・。思っても無かったよ。良くて一緒に肩を並べて歩く位に思ってたから心の準備が……。

 なんて思っても彼と繋いだ手は離れようとしなかった。大きくて少し堅さを感じる、男の子の手。しかも好きな人の手だもん、握っていたくなるのも仕方ないよね。

 このドキドキが紫堂くんに伝わってるのかな。伝わって欲しいようで欲しくないような……。

 なんて思いながら緊張で上手くしゃべれないまま、二人で沼津の街を歩いて暫くして。わたし達は喫茶店に入ることにした。

「ごめんな、沼津って東京に比べてなんにもないだろ?」

 苦笑いしながら席に座る紫堂くんに続いてわたしも座った。

「大丈夫。静かな街だし、わたしにぴったりだよ」

「静かなのはいいけど、その分デートスポットもないし。そこんとこ不向きな街だよホント」

「地味なわたしには、丁度いいかも。ゆったりとしててーー」

「梨子」

 紫堂くんがわたしの手をとってきゅっと握った。

「そんなに地味地味言わない方がいいぞ。恋人が自分を卑下してちゃおれも悲しいし。何より自分で言うほど梨子は地味じゃない。むしろ綺麗だと思ってるくらいだ」

「紫堂くん……」

 彼の言葉が嬉しくって熱のこもった視線で見つめていると、紫堂くんの顔がぽっと赤くなった。それを見てたこっちの体温も上がってきて。

「って彼氏なら言うと思う! 参考にするといいんじゃないかな!」

「う、うん! そうだね! あ、ありがと……」

 恥ずかしくなってお互いに目を逸らしてしまう。わたしはテーブルに貼られたメニューを見てそれを指さした。

「ちゅ、注文しよっか! 外暑くって喉カラカラだよ!」

「そ、そうだな! すいませーん!」

 紫堂くんが店員さんを呼ぶのをちらと見つめる。さっきのあの言葉、あれは紫堂くんの本音だったのかな? それとも恋人役として? どっちなんだろう……。

「梨子は何飲むか決めた?」

「あっ、うん! じゃあこれをーー」

 紫堂くんに呼ばれて慌ててメニューをあまり見ずに指さして注文する。店員さんは少し目を見開くと、微笑んで下がっていった。よし、今がチャンスかな。

「じゃあ注文したものくるまでに、幾つか質問いいかな?」

「質問?」

 紫堂くんが首を傾げた。

「紫堂くんは今恋人役をやってもらってる訳だけど、恋人の好きなものとか知りたいって思うじゃない? その為の質問ですっ」

「ああ、なるほどね。好きな食べ物とか聞いて、作ってあげるとかよくあるシチュエーションだもんな。じゃあ幾らでも質問してくれよ」

 部活動として一緒にいるだけじゃ、まだまだ紫堂くんのことよくわからないもの。もっと色々なことを知って、もっと紫堂くんのこと好きになりたいな。丁度良い機会だし、いっぱい聞いちゃおうっと。

「じゃあまず、紫堂くんの好きなものをーー」

 

 持ってたメモ帳が文字でいっぱいになった頃、店員さんが戻ってきた。

「お待たせしました、アイスティーのストレートとーー」

「はい、おれです」

 紫堂くんが手を挙げてそれを受け取る。あれ、そういえばわたし何を頼んだっけ?

「イチゴジュースのラバーズデコレーションスペシャルです」

「ーーっ!?」

 思わず二度見してしまった。店員さんの視線がわたしに向いている。どうやら注文したのはわたしだったみたいで。小さく手を挙げた。

「ではごゆっくりどうぞ♪」

 にこやかな笑顔と共に店員さんは去っていった。わたしの目の前にはピンク色のドリンクが一つ。そこまでは良かった。紫堂くんのそれよりも大きいグラスにささったストローはハートを象っていてその先端は二つに別れていた。

 これってもしかしてよくマンガとかで見る、恋人二人で飲むっていうものなんじゃ……。

「うわ、こりゃすごいな……」

 紫堂くんも驚きの表情を隠せないでいた。

「え、えっとね! あの、慌ててメニュー見ないで頼んだっていうか! 狙って頼んだわけじゃないっていうか……」

 もう自分でも何言ってるのかよくわからなくなってきたよ。早く飲みきってしまおう。

「ん……、あれ?」

 ストローをくわえて中身を飲もうとするけど、思うように飲めない。もしかしてこれ、二人でくわえないと飲めないのかな? そうして飲むのに苦戦していると。

「こうしないと、飲めないんじゃないか?」

 紫堂くんはそう言うと、もう一方のストローをくわえた。そして息を吸うと、液体がストローから口へと流れ込んできた。

「うん、これで正解だったみたいだな」

 にかりと微笑む紫堂くん。近い、顔が今まで以上に近いよぉ・・・。緊張した身体は、ジュースの味など解る訳もなく。全然味とかよく解らなかった。

 視線が彼と合うと、ようやくこの状況が理解出来たのか紫堂くんの顔も真っ赤に染まった。

「わ、悪い! 距離、近かったよな!」

「う、ううん! メニューをよく見ないで頼んだわたしが悪かった訳で、紫堂くんは全然……。あ、ちょっとお水もらうね・・・」

 火照った頭を冷やしたくて、近くにあったコップを掴んで一気に飲み干した。冷水が喉を通過して身体中に行き渡るのを感じた。ふぅ、これで少し落ち着けたかなーー

「あ、それおれが飲んでたやつーー」

「ーーっ!!」

 こ、これ紫堂くんのだったの!? つ、つまりこれって間接キスになるんじゃ……っ! 再び体温が上昇してしまう。火照った頭で彼を見てしまう。

「おれは問題ないけど、梨子はいやじゃないか?」

「わ、わたしはいやじゃないけど……。いやじゃ、ないけど……」

「梨子?」

 紫堂くんが心配そうに見つめてくる。顔がぽおっとして、ふらふらとしてきた。いけない、ここで倒れたらーー

 そう思う頭とは裏腹に、私の意識は途絶えた。

 

 

◇◇

「ん……」

 沼津駅前の人の座れる所で待つこと二時間位だろうか。おれの膝の上で梨子は目覚めた。

「し、紫堂くん? あれ、ここは……?」

「沼津駅前。あのあと梨子、目をぐるぐる回して倒れちゃったんだぞ?」

「え、そう、なの……?」

 梨子が起きあがって辺りを見渡す。外は橙色に染まっていて、時間の経過を表している。それを見て、梨子の顔面が蒼白に変わる。

「ごめんなさい、紫堂くん……。わたし、折角紫堂くんが協力してくれてるのに、上手く喋れなくて。それにこんなーー」

 梨子のせいじゃない、と言っても、俯いて小さく「ごめんなさい」と声を振り絞るだけで。そんな彼女の目には涙が溜まっていて。そんな彼女の顔は見たくなくて。

「また今度、デートしよう」

「え?」

 梨子が顔をあげてこっちを見る。

「たった一回のデートじゃよくわからないと思うぞ。何度もデートしたり、デート以外でも一緒にいて、そうしてく中で生まれる感情とかがラブソングの歌詞とかの参考になるんじゃないかな」

「紫堂、くん……」

 梨子がうるうるとした瞳で見つめてくる。その視線が恥ずかしくて、誤魔化すようににやりと笑ってやる。

「それに、梨子の寝顔が拝めたんだ、役得と思っておくよ」

「も、もうっ! 紫堂くんっ!」

 ぽっと赤くなって抗議の視線を向ける梨子。が、すぐに嬉しそうな顔を見せた。

「じゃあ、また今度付き合ってくれる?」

「もちろん。それと、今度一緒に学校から帰ろうぜ。校門前まで迎えに行くからさ」

「いいの?」

「ああ。恋人と一緒に帰るってのもカップルあるあるだろ?」

「ありがとう……」

 梨子はベンチから立ち上がると、こっちを振り向いた。

「じゃあ、わたし帰るねっ」

 おれが送ってくよと言うと、「それは今度の楽しみにとっておきますっ」とくすりと笑った。

「じゃあね、紫堂くんっ」

 そしてそのまま小走りに去っていった。おれは彼女に言ったことを思い出すと、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。おれ、かなり恥ずかしいこと言ってなかった!?

 でも、おれと手を繋いで顔を真っ赤にする梨子を見て、すっごいドキドキして。もっと梨子のそばにいたいって思った。だから「また今度」って言ったんだ。

「うーん、自分で自分のことがわからなくなってきたぞ……」

 この感情は、恋人役としてのものなのか、おれ自身のものなのか。それを見定めたい。そう思うのであった。




 実を言うと、次の回も執筆は完了してます。でも他のキャラも執筆していきたいので、もう少し待ってて下さいね。

 感想お待ちしてます。


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2話:坂下りフォルテシモ

 最近文字数が少なく感じる今日此の頃。すまない、モチベとかが色々下がっててな……。


 登校日の学校の帰り、空は夕日の色に染まっていて。おれはまっすぐ家に帰らず、梨子達の学校の校門前に立っていた。不審者だと思われるんじゃないかと少しドキドキしながら待っているとーー

「紫堂くんっ」

 跳ねた声が後ろから聞こえてきた。振り返ると嬉しそうな表情をする梨子がいた。

「お、学校お疲れさま」

「紫堂くんも、迎えに来てくれてありがとうね」

「お礼を言われることじゃないさ。登校日って言っても大したことなかったし。何よりーー」

 おれは彼女に手を差し伸べて笑いかけた。

「今日も恋人役として、梨子の手助けを出来るのが嬉しいからな」

「紫堂くん……」

 梨子は頬を赤くしてその手を恐る恐る、ゆっくりと握ってくれた。その手の温かさにおれの心臓が高鳴る。それを悟られないように手をぎゅっと握り返した。

「じゃ、今日は梨子の家まで送っていくな。帰り道を一緒に帰る恋人同士ってシチュで」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 柔らかな笑顔で返事をしてくれる梨子の顔は、夕日に照らされてとても魅力的だった。

 

「そういえば今日も練習あったみたいだけど、他の連中はどうしたんだ?」

 二人で手を繋いだまま並んで会話をする。前回のデートがあったからか、梨子には幾分かの余裕があるみたいだ。

「作曲で一人で音楽室で考えたいから、って嘘ついちゃった。みんなにこんなとこ見られたらまずいかも」

「そしたらラブソング作曲の雰囲気掴みの為だって言えばいいんじゃないか? 作曲の為だって言えば他の連中も文句言わないだろ」

「それは、そうかもだけど……」

「ま、誰かに見つかったら帰り道でばったり会ったってことにしときゃいいだろ。あ、そしたら手を繋いでるのは不自然か……」

 少し名残惜しいが、それで梨子が変な風評被害を被ることになるのは良くない。おれが繋いでいた手の力を緩めるとーー

「待って!」

 梨子が大きな声でおれの手をきゅっと更に握ってきた。

「このままで、いいから。わたし、紫堂くんともっと手を繋いでいたいの。紫堂くんは、いや?」

 不安げにおれを見つめる梨子。それはズルい。そんな風に見つめられて手を離すことは出来ないって。

「り、梨子がいいなら、それで」

 気がつけば体温が上がっ心臓がすごい速さで脈打っていた。うわ、おれすげードキドキしてる。おちつけ、これは作曲の為の雰囲気掴みなんだ。しっかり恋人役として振る舞わないと、梨子に失礼だ。

 雑念を振り払って梨子の方を見つめると、彼女は顔を赤くして視線を落としていた。

 こうして隣で見ていると、梨子って本当に綺麗なんだなって思えた。風にふわりと赤みがかった髪が揺れる。髪が乱れるのがイヤなのか髪を押さえる様がまた映えて、今までのおれの周囲には居なかった女の子だと改めて認識させて。

「綺麗だな」

「え?」

 気がつけばそう口走っていた。そして次の瞬間自分が何を言っているのか理解した。そしてすぐに言い訳を探そうとしてしまう。

「ほら、夕日! が綺麗で、さ……」

「あ、ああ! うん、そうだね……」

 少し梨子も慌てた様子で沈みゆく夕日に視線を向ける。「本当に、綺麗だね」と言う彼女の横顔はとても魅力的に見えた。

「引っ越した時は不安で仕方なかったけど、帰り道から見るこの夕陽が本当に綺麗でね、毎日見る度に不安な気持ちが薄れていったの」

 そうか、あんまり意識したことなかったけど梨子は東京から引っ越してきた転校生だったよな。

 梨子はおれの方を向くと、優しく微笑んだ。

「綺麗な夕陽と千歌ちゃんが、わたしを温かく迎え入れてくれたから。もちろん、他のクラスメートの皆もとっても優しかったのもあるけどね」

「そっか千歌が……」

 千歌が梨子を助けてくれてたんだな。あいつは自覚はないだろうけど、幼なじみとしてちょっと誇らしかった。

「それにね、紫堂くんのお陰でもあるから……」

「え、おれが? それってーー」

 今の言葉の意味を尋ねようとするが、スマホが大きな音をたてて震えた。その騒音にお互い驚いてしまい、手を離してしまった。全く、こんな時に誰だよ。

 画面には親父の名前。親父の奴、人のメールは読むの忘れるクセに、おれが読まないと怒るんだよな。緊急のかもしれんし、読んでおくか。

「ごめん、ちょっと親父からメールだ」

 梨子にすまないと言っておき、届いたメールの確認をする。

「んー、ん? おいおいマジかよ……」

「どうかしたの?」

 苦い顔をするおれに梨子は首を傾げて尋ねてくる。隠してもしょうがないし、正直に言うか。

「親父が四日位帰ってこないんだよ」

「えっ! お父さん、どこか悪いの?」

「あー、入院とかそういうのじゃなくて。親父は漁師でな。どうやら漁をしに遠くまで行くんだと。まぁ家を空けることはよくあることなんだ」

 でもこんなに急に行くなんて連絡することなかったんだけどな。メールに添付されていた写真には、海上で自撮りしている親父がいた。あの親父、帰ってきたらとっちめてやる。

「それじゃご飯とかはどうするの?」

「朝と昼はなんとかなるんだけど、問題は夕飯だな……」

 仕方ない、カップ麺とかでしのぐしかないか。最悪となりの曜の家に上がり込んで食べさせてもらうしかないな。

「あのっ、紫堂くん」

 梨子の声に視線を向けると、少しもじもじしながら彼女は提案してきた。

「よ、良ければあの、晩ご飯作ってあげようかなーって思うんだけど……」

「えっ、梨子が、おれに?」

 おれの問いにこくんと頷く梨子。女の子がおれの家に上がって飯を作ってくれるなんて、生まれて初めてだぞ。でも本当にいいのかな。

「気持ちは嬉しいけど、なんか申し訳ないよ。そこまでしてもらう訳にはーー」

「申し訳なくなんて、ないよ」

 梨子は優しくおれの言葉を遮った。

「わたしは紫堂くんの力になりたいの。今もこうしてわたしのわがままに付き合ってくれてる訳だし、今度はわたしの番だと思うんだけど、だめかな?」

 顔を伏せ気味に、そして瞳は上目遣いでおれを見つめている。彼女がそう思ってるなら、おれから断る理由は無いよな。

「本当に作ってくれるのか?」

「うん。流石に今晩は難しいけど、明日からなら」

「じゃあお願いしても、いいかな?」

「はいっ」

 優しい笑顔で頷いてくれる梨子。それを見て、心の奥からとても温かな気持ちになった。あー、彼女がご飯を作ってくれるってこんな気持ちなんだろうな。

「それじゃあ今日はここまででいいよ」

「え、家まで送るけど?」

「それは明日以降の楽しみにとっておきますっ。何より献立とか考えておないとね」

「ありがとな。絶食して楽しみにしてるよ」

「もう、ちゃんと食べないと作ってあげないよ?」

「う、カップ麺で我慢します」

「それでよしっ。じゃあまた明日ね」

 手を振って歩き出す梨子に手を振り返して見送った。さて明日から楽しみだな。

「でもその前に家を綺麗にしとかなくちゃな」

 おれは苦笑いすると、家に入っていった。

 

 

●●

 どうしようどうしようーー

 紫堂くんの家でご飯を作ることになっちゃった。お父さんがしばらく居ないって聞いて、困った顔をしてる紫堂くんを見ていたらついそんなこと言っちゃって。

 でも紫堂くんの嬉しそうな顔を見たら、頑張ろうかなって思えて。それに彼の為にご飯を作れることが嬉しい。よーし、美味しいって思ってもらえるように明日からの献立を考えなくっちゃ。あとで苦手なものとかあるか聞いてみようかな。




 さて、アニメ二期が近づいてきましたね。僕は恐らくその頃になるとマトモな精神構造にはならないと思います。まぁ情報元やらなんやらを極力シャットアウトするつもりですがそれでもどうなるか……。
 アニメをやってる三ヶ月間は別の小説を書いてみようかと考えています。けものフレンズとかネタがあるんだよね。


 ご意見ご感想お待ちしてます。


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