東方迷狼記 ――亡霊に仕えし人狼―― (silver time)
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冥狼異譚の章
世界に棄てられし君


東方で書いてみたかった……ただ、それだけなんだ



実際の所スペルカードを考えてたら思い付いちまっただけなんだ



本当はサブタイトルにルビ振りたかったけど諦めた

世界に棄てられし君(全てに絶望した少年)


世界とは何か

 

人によっては輝いて見えたり、濁っていたりするものである

 

それは、世界とは何者に対しても平等であり、同時に全てに対しても無関心である

 

それがどう見えるかは人それぞれだ

 

 

そして

 

 

 

ある少年にとって世界は後者のように見えた。

特に理由もなく、他者からの理不尽な悪意をその一身に受けた

 

 

少年は他人を信じることを、自然と誰かに期待する事を辞めた

 

 

 

 

だが、

 

高校に進学した少年の人生に一つの変化が起きた。

 

その変化は良くも悪くも、彼の中の何かに少なからず影響を与えただろう

 

 

二人の少女と過ごしたその時間はとても居心地が良かったのだ

 

その中で、少年は自然と求めた。

どんなことがあっても揺るがない"本物"を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ソレはやはりまやかしに過ぎなかったのだ

 

 

 

 

その場所はいとも容易く崩れ去った

 

それは無理もない事であった

 

期待というものはその者に対しての一種の思い込み、己の中で膨れ上がった勝手な自己解釈でもある

 

結果的に言えばお互いに思っていたものとは違っただけの話だ

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

余りにも平等なこの世界から一人の少年の命が消え去った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥界

 

 

罪のない死者が成仏するか、転生するまでの間を幽霊として過ごす世界

 

そこは現世とは明らかに違う世界ではあるが、現世と同じように四季が存在し春には桜が咲き、秋には葉が紅葉する

 

そんな冥界に建つお屋敷『白玉楼』に住んでいる亡霊少女、西行寺幽々子は白玉楼の縁側に腰掛けお茶を啜っていた

 

何ら変わりない花どころか葉すら付かない巨木を見ながら、もしこの巨木に桜の花が咲いたらなと想像していた

 

変わりない毎日に退屈していたのだ

 

「今は妖忌も居なくて、私一人だけ……紫ともしばらく会っていないし」

 

唯一の楽しみであるお団子を手に取り、退屈ねぇ……と誰も居ない空間の中独り言ちた

 

そしてその独り言を聞いている者が一人、そこにいた

 

 

「……あら?」

 

真正面の巨木の幹に子供が座り込んでいた

 

多少黒ずんだ灰色の髪をした小さな男の子がいた。

その髪は光の当たり具合によっては銀色にもみえた

 

幽々子は縁側から立つと、男の子のいるところまで歩いていく。

 

「こんな所でどうしたの?」

 

そう語りかけるが、男の子から声が返される事は無かった

 

「…貴方は亡霊?それとも……」

 

 

――妖怪さんかしら?

 

「……」

 

それでも返答は変わらず無言だった

 

もう一度口を開こうとしたその時、

 

「分からない」

 

小さな声で、今にも消えそうな程にか細い声で、男の子はそう言った

 

「分からない?」

 

幽々子がそう聞くと、伏せている顔を僅かに縦に揺らすと

 

「自分が分からないんだ。俺は死んだ、死んだ筈なんだ。死んだはずなのに」

 

「……」

 

「俺は妖怪じゃない、妖怪じゃなかった、人間だった。でも」

 

 

 

じゃあ、今の自分は何なんだ?

 

 

 

「……」

 

幽々子にはこの子供が何者であるのかがわかった

 

この子供は友人である八雲紫と同じ、妖怪であると

 

「多分、妖怪だと思うわ。私の友達に似てるもの」

 

子供は僅かに、伏せていた顔を上げた

 

 

 

その子供の瞳には何も写っていなかった。

まるで死人のように、生気が感じられなかった

その何の感情も宿していないような無表情のまま、その死んだような瞳に幽々子を写した

 

「妖怪?……妖怪か、ははっ、名実共に妖怪になっちまったのか」

 

まるで疲れきったような、枯れた笑い声を上げて、顔を伏せた

 

「まぁいいや……もう、どうでもいい」

 

疲れたきったように、その目を閉じていく

 

「生きてたって、意味なんてないんだから」

 

 

 

 

 

「最初から、本物なんて求めなければ良かった」

 

 

少しずつ、目の前の少年から色が失われていったように感じた。

どんな目に遭えばこんなに絶望したような顔をするのだろうと、亡霊の少女は考えた

 

同時に、この少年にもう1度笑ってほしいと思った

 

思ってしまった

 

 

だからこそ、この亡霊少女は目の前の少年に興味を持った

 

 

「ねぇ」

 

声を掛けられた直後、俯いたままの首が強制的動かされる。何も見えなかった視界が反転し、桃色の髪をした女性の顔が映る

 

「名前は何て言うの?」

 

「………………比企谷、比企谷八幡」

 

名乗ったところで意味などない、それでも、どうせ忘れる名だろうと思い、大きく間を開けてそう名乗った

 

 

 

「比企谷八幡……じゃあ八幡、もっとお話しましょう」

 

 

 

――だから、もっと聞かせてちょうだい?

 

 

 

 

 

 

 

冥界に生まれ落ちた人狼

 

冥界に住む亡霊

 

これは、新たな物語の始まり

 

 

そして、比企谷八幡という少年が歩んだかもしれない一つの物語

 

 

 

 

 

東方迷狼記 ――亡霊に仕えし人狼――

 

 

 




如何でしたでしょうか?

妖怪となった八幡はどう過ごしていくのやら……

楽しみにしていてください!

それと八幡の能力ももう考えていたりします


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虚ろな瞳の狼少年

本当にお久し振りです!
そして、すいまっせんしたァァァ!!

全くの無更新でかれこれ三ヶ月ほどお待たせしました

苦しい言い訳ですが後書きにちょこっと謝罪コーナーをば

それでは気を取り直してどうぞ!


「何でこうなったんだっけ……」

 

 

元人間の少年比企谷八幡は現在、白玉楼にて西行寺幽々子のお世話係として住み込みで働く事になった

 

この事に庭師である魂魄妖忌は難色を示していたものの、人手が増えるのならまあいいかと思う事にした

 

「お世話係か……」

 

元々、専業主婦を目指していたのは伊達ではなく、大体の家事は何の問題も無くこなせた。

料理や洗濯、掃除等を淡々とこなしてゆき、そんな毎日を送っていた

 

そして今は全ての家事が一段落し、やる事が無くなり暇を持て余していた所である

 

「……何やってんだろ」

 

白玉楼の縁側で一人黄昏て、いや、その気力が失われた本当に屍喰鬼(グール)と間違われそうなほどに疲れきった眼で、唯々庭に立つ巨大な大木を見上げて、誰にも聞こえないほどに小さな声でそう短く呟いた

 

身体が小学生ぐらいまで縮んだ事

 

記憶がハッキリと残っている事

 

この場所が冥界である事

 

自身が仕える事になった主が亡霊である事

 

自身が妖怪になった事

 

少し前に知った多くの情報を頭の中で整理していく。それくらいしか彼の暇を潰せるものはなかったのだ

 

 

 

もう、彼にとって価値を見いだせる物は何も無いのだから

 

 

 

 

 

「…………大丈夫かしら、あの子」

 

「幽々子様、今更ですがあの妖怪を引き入れてよかったのですか?」

 

陰から比企谷の様子を伺っている二人の影、

比企谷の様子を見守る桃色の髪を持つ亡霊幽々子と未だに警戒を解かない白髪の庭師妖忌

 

「妖忌、八幡はもう家族も同然なのよ?」

 

「しかし……」

 

正直の所、妖忌はまだ比企谷を受け入れられずにいた。家事の腕は別として、素性の知れぬ妖怪を主の傍に置いておくのは危険だと考えていた

 

「……ねぇ妖忌、あの子に何かしてあげられないかしら?」

 

「……難しいと思いますぞ、あの妖怪の、いえ、あの小童の目には何も写ってはおりません。あの小童に一体何が起こったかは私の知る所ではありませんが、恐らく私達に出来る事は無いでしょう」

 

白玉楼の縁側で虚ろな目で空を見上げている比企谷を、妖忌はもぬけの殻、魂が入っていないように感じた

 

実際、ここ数日の間比企谷の挙動はゆっくりとし、何処か無気力さを感じさせた

 

少しでも目を離せばそのまま消えてしまいそうな程に

 

「……幽々子様。あの小童を私に任せてはくれませぬか?」

 

「……一応聞くけど、どうするの?」

 

「なんて事はありませぬ。あの小童に活を入れてくるだけの事」

 

 

 

 

 

 

 

 

白玉楼の縁側で比企谷は唯々空を見上げ続けている。

何も写していない虚ろな瞳を、自身の心を表しているような空っぽな冥界の空

 

このまま消えてしまいたいと、何も感じたくないとさえ願うようになってしまった

 

ひょっとしたら、空を見上げていたのは理不尽な神様に訴えていたのかもしれない

 

死んだ後、生前の記憶を有したまま新たな生を迎える所謂転生といった、彼からしたら迷惑以外の何者でもない贈り物をしてくれた神様に、あのまま死なせてくれれば良かったのに、と

 

 

 

 

「邪魔をするぞ、比企谷」

 

 

 

後ろからここ最近になって聞きなれた、老人の威厳のある声が後ろから投げかけられた

 

「何をしておったのだ?」

 

「……別に、何も…………」

 

「ずっと空を見ていたのか?」

 

「…………」

 

比企谷にそう言葉を投げかけるも、何も返っては来なかった。

まるで関わりたくないと、他人を拒絶するかのように

 

「全く、妖怪とはいえ可愛げの無い(わっぱ)だ。そのうち幽々子様にその牙を突き立てるのやもしれんとこっちは気が気では無い」

 

「……さっきからずっと見てたろ」

 

「……ほう?気付いていたのか」

 

「……生憎、他人からの視線には敏感なんだ。悪意ある視線には特にな……」

 

それと、西行寺さんも見てたろ、と続け縁側の端の方へ視線を移すと、白玉楼の壁から隠れきれていない桃色の髪が小さく揺れた

 

「それで何だよ。もう仕事は終わらせたぞ、何も無いなら独りにしてくれ……」

 

再び、比企谷は視線を何も無い空っぽな空へと移した

 

そのすぐ後に、比企谷の足元からカランと乾いた音が聞こえた

 

「……?」

 

音の正体を確かめるべく下を向くと一本の木刀が転がっていた

生前、大抵修学旅行先で売ってある男子が買っていきそうな普通の木刀だ

 

「取れ」

 

いつの間にか正面には妖忌が立っておりこちらを見下ろしている

 

「……何で?」

 

「私が稽古をつけてやる。取れ」

 

「……取る必要が無い。というか、その稽古に付き合う理由もない」

 

一際大きなため息をついて、比企谷は立ち上がるとその場を後にしようとした

 

だが、

 

「……待て」

 

「………………」

 

比企谷は歩みを止めた。その理由は至極明解、比企谷の喉元に刀の切っ先がギリギリ触れるところで止められていたのだ

 

「……何がしたいんだ?」

 

「私としては貴様を今この場で斬り殺しても良いと思っている。何故幽々子様が貴様を家族も同然と認めああも気になされているのかは私にも解らぬ。

そしてこの所、いや、貴様が此処に来たその時から貴様はまるで魂が入っていないようだった。その事を幽々子様は心配なされたのだ。幽々子様はどうしたものかとお悩みになられていた。私はそれを解決するためにこうして貴様と剣を交えようとする訳だ」

 

「ちょっと待て、何故それで剣の稽古なんだ」

 

「それは剣を振れば解る」

 

「意味が分からん……」

 

割と本気で訳が分からない比企谷を余所に木刀を取れと妖忌は促す

 

別に生きたいとは思っていない、むしろ死にたいと、殺してくれとまで思っている。

故に、此処で斬り殺してくれるのならばそれもまた良いだろう

 

「………………」

 

だが、比企谷は地面に転がっていた木刀を拾い上げた

 

死にたいとまで思っていた彼が何故応じたのかは分からない

 

それは比企谷自身も同じだった

 

(……拒否していればあのまま殺してくれたのに、何故俺はこんな無駄なことに付き合うんだ)

 

無意識に木刀を手に取った自分が分からなかった。

そう思考するのに反して、体は木刀を正面に構える

 

「…………その意気や良し」

 

そして妖忌も比企谷に向けていた刀を鞘に戻し、左手に握っていた木刀を構える

 

「さあ、打って来い。ワシが見定めてやろう」

 

「ああもう、どうにでもなれ!」

 

比企谷は半ばやけくそに駆け出して木刀を振るい、妖忌はそれを木刀で受け止めて応じた

 

 

 

 

(……本当に大丈夫かしら?)

 

影で見守る主の心配を余所に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……は!」

 

妖忌の振るった木刀を腹に受け、比企谷は地面を転がっていく

 

身体中には砂が付着し唇の端が血で滲んでいる。木刀で打たれたのか、着ていた着物の裾から覗く人肌には打撲の痕が浮かび上がっていた

 

「はぁ…………はぁ……」

 

「ふむ、こんなものか……妖怪の割には呆気ないものだな。まあ、産まれたばかりならばこんなものだろう」

 

仰向けで地面に転がり、どうにか気道を確保し新鮮な空気を肺に送り込む

 

流石にここまでになると、幽々子も傍観することは出来ない

 

「……妖忌、流石にやり過ぎよ」

 

「……本当にこの妖怪を此処に置いておくのですか?剣を交えましたが此奴は未だに何も観ようとしておりませぬ。いっその事楽に死なせた方が良いのでは?」

 

「ダメよ。絶対にダメ」

 

「何故そこまでこの妖怪に拘るのですか」

 

あの妖怪にどうしてここまで拘わるのか、妖忌には理解出来なかった。

不確定な要素程恐ろしいものは無い。あの妖怪がいつ牙を剥くかも分からない

 

そして何よりも、瞳に何も映していない者ほど予想出来ないのだ

 

「……」

 

幽々子は何も言わなかった。無言で、生気を宿さない瞳で妖忌を見据えていた。

 

口では何も語らなかったが、その目は如実に訴えかけていた

 

あの子殺さないで欲しいと

 

妖忌は呆れたような顔をし、我儘な子供を諭すように語りかける

 

「……幽々子様、あの童をここに置いていても、あの童が変わらなければ意味が――」

 

そこまで言いかけ、口を止めた

 

背後でザッ、と砂を踏みしめる音が聞こえてきた

 

「……まだ立つのか」

 

後ろを振り向くと、そこには木刀を支えにして立ち上がった比企谷の姿があった。着物の裾から見える素肌にはいくつもの打撲痕が痛々しく、その目には相変わらず何も映ってはいなかった

 

「……」

 

妖忌は無言で木刀を構えると、比企谷に一瞬で迫り木刀を横薙ぎに一閃する

 

妖忌の木刀は比企谷の身体に到達する前に比企谷の持っていた木刀によって阻まれた。

 

「……!?さっきまでとは力が違う……」

 

先程までの比企谷は、妖忌の木刀を辛うじて防いでも、力の差で押し負け大きく体制を崩していた。

 

だが今はどうだ、さっきまでとは違い妖忌の振るった木刀を完全に受け止めていた。

 

「………ぁぁ」

 

くぐもった呻き声を上げ、力任せに木刀を振り妖忌の木刀を弾く。

 

「――!」

 

「……ぃ…ぁぁ……ぁ」

 

そこからはひたすらに剣の応酬が続く。獣のように力任せに木刀を振るい、妖忌はそれを的確に弾き、受け流していく

 

本能のに従うが如く、一本の棒切れを振るう姿は、まるで獣そのものだった

 

 

 

いつの間にか再び始まったこの稽古とは程遠い打ち合いを、幽々子は静かに見守っていた。

 

本当に、何故あの子を、あの妖怪を迎えたのかは未だに自分自身にも分からない

 

きっとそこには明確な理由なんてないだろう。もしかするとただの気まぐれに過ぎないのかもしれない

 

だがあの時、比企谷を見つけたその時、今にも消えてしまいそうな彼を見た時

 

 

幽々子はその姿を美しいと感じた。

 

朧気で儚い、幻想の如く

 

何物にも変え難い美しさを幻視した。

 

 

 

 

 

「――そこ!」

 

先程までの一方的な戦いとは一変し、妖忌が放つ斬撃を全て叩き落としていった。

それは獣ように鋭い勘と、常人離れした怪力によるものだ。

 

時に足で木刀を蹴り上げたりしながらも妖忌の剣速になんとか食らいつく

 

そして

 

「――!」

 

顔へと振るわれた妖忌の木刀は、比企谷の大きく開けた口に収まっていた。

犬歯を剥き出しにし、木刀を噛み砕かんばかりに顎を締めるその姿は、いや、(すがた)そのものがヒトではなくなっていた。それはまるで犬のように――

 

「そうか……それがお前の本当の姿……人狼か……!」

 

「…………!!」

 

比企谷の口元は狼のそれに変貌していた。着物の裾から見えた素肌は黒ずんだ灰色の毛に覆われ、その背から一本の尾が波打つように揺れていた。

 

そして更に顎を締める力を強めていき、木刀に突き刺さった牙が亀裂を広げていく。

 

 

(理性を失っているのか……?クッ、このままでは幽々子様にも……)

 

そして、木刀が完全に噛み砕かれその牙が妖忌へと襲い掛かる。

 

「……甘いわ!」

 

腰に差している刀、楼観剣の柄で比企谷の顎を思いっきり打ち上げる。

 

その隙に妖忌は距離を取り楼観剣を鞘から抜き放ち、構える。

 

そして比企谷は後ろへと大きく仰け反り、体制を立て直すと小さく唸り声を上げ睨みつける。

 

(……仕方があるまい。こうなってはもう手のつけようが無い。元々此奴を稽古に付き合わせた私にも責任がある。)

 

楼観剣

 

妖怪が鍛えたとされる刀で、妖忌が所持している二振りの内の一本。

 

一振りで幽霊を十匹殺傷(消滅?)出来るという楼観剣の切っ先を比企谷へと向ける

 

 

霞の構え

 

 

相手の目を狙うように、刀を顔の真横に構え、銃の照準を合わせるように切っ先を向ける。

 

 

 

――先に動いたのは比企谷だった。

 

 

木刀とは違う、明確な殺傷能力を持った真剣が己に向けられているというのに。

比企谷は気に留めた様子もなく妖忌へと一直線に駆け出す。

 

 

 

(――獲った!)

 

 

妖忌は霞の構えのまま楼観剣の切っ先を前方へと押し出す。

 

その速度は並の人間、人外でも捉える事が出来ないほど疾く、精巧に比企谷の脳天へと突き刺さるべく殺到した!

 

次に瞬きした瞬間には串刺しになっている事だろう。この一瞬、妖忌は幽々子に対してどう言おうかについて考え始めた――

 

 

 

 

 

その一撃が当たっていれば、の話である。

 

 

 

「───ッ!!??」

 

 

楼観剣の切っ先が目の前の狼へと突き刺さり、肉を切り裂く感触がしたはずだった

 

しかし、楼観剣は見事に半分狼の貌をした比企谷の眉間へと突き刺さった。

 

そう、視覚的には確かにそう見えたのだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

しかし手応えはなかった。

 

その手に残る筈の肉を断った感触すらしなかった

 

その手で命を奪ったという実感が無かった

 

さらに言えば、楼観剣が刺さっているのにも関わらず、顔色どころか眉一つ動かさないでいた比企谷に対して物凄い違和感が――

 

 

「――ッ?!まさか!」

 

 

それに気づいた時、目の前の比企谷の姿がピントが合っていない写真のようにぼやけ始め、そのまま霧散した。

 

 

そして――

 

 

 

 

「――後ろか!!」

 

瞬時に後ろの方へと体を向けつつ、後方へと下がろうとした。その瞬間

 

 

妖忌の左胸を比企谷の木刀が直撃した。

 

「ぐッ……!」

 

 

後方に下がろうとしたのが幸いし、妖忌の肺に溜まっていた空気が押し出された程度ですんだ。

 

妖忌は後方へと大きく下がると、呼吸を整えて再び正眼の構えをとる。

 

 

しかし、もう刀の打ち合いが始まることは無かった。

 

 

「────────」

 

 

ドサりと、比企谷の体が電源を切られた機械のように止まり、その場に崩れ落ちた。

 

いつの間にか半人狼化が解けたのか、イヌ科のそれを思わせる大きな口から人間の口元へと変わり、その肢体を覆っていた灰色の毛は消えており、打撲痕が目立つ元の素肌へと戻っていた。

 

 

「――危なかった……」

 

取り敢えずの所妖忌は安堵したと同時に、妖怪として産まれたばかりにも関わらず、理性を失っていたとはいえ自分をここまで追い詰めた比企谷に畏を抱き、興味を持った

 

 

「――妖忌、もう一回言うけどやり過ぎよ」

 

稽古から殺し合いへと発展した事の顛末を見届け、幽々子は怒っているというよりは困ったような顔を浮かべ、妖忌に言う

 

「申し訳ありません、幽々子様。年甲斐も無く本気を出してしまいました」

 

「そういう問題じゃ無いわ。妖忌ったら、途中からこの子の事殺そうとしてたでしょう?」

 

「……やはりこの童は少々危険かと。目を見張るものはありますが、此奴(こやつ)自身が自身を制御出来るかどうか」

 

「……」

 

幽々子は少し考えるように胸の下で腕を組み、くぬぬと唸ると意を決したように小学生程の比企谷の体を持ち上げ、妖忌に話す

 

「それなら妖忌、貴方が八幡に稽古を付けてあげて。今日よりも優しく」

 

「稽古ですか?しかし……」

 

「目を見張るものがあるんでしょう?」

 

「…...………」

 

 

暫しの間、妖忌は無言で思案し、幽々子に答える

 

 

「……分かりました。私が此奴を鍛えましょう。これから先どうするかは此奴自身が考えることでしょう」

 

幽々子はそれを聞くや否や比企谷を抱えて中へと戻り、妖忌は一際大きな溜め息を吐いて後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、剣を構えよ」

 

「妖忌、今日はアレがアレでアレだから休みたいんだが」

 

「仕事は一段落しただろう。やる事もないだろう。ならば剣の修行をするしかあるまい?」

 

「いや、1日中寝ているという選択肢は――」

 

「そんな暇があるなら修行に打ち込めい!」

 

 

初めて剣の稽古とやらを受けさせられてからもう既に何週間以上も経った日のこと

 

妖忌に打ちのめされてからあとの記憶が無いわけだが、あれからも剣の稽古、というか修行を続けさせられていた。

 

心なしか、初めの時よりはそう厳しくはなくなった。

 

面倒だとも思うが、この修行自体は嫌いではない。

 

 

……それにしても、妖怪になってから最初の頃は何もかもがどうでもよかったのに、今はこの白玉楼で過ごす時間がとても心地良いのだ。

 

手の掛かる白玉楼の主である西行寺幽々子

 

今では俺の剣の師匠でもある魂魄妖忌

 

飯を作って、掃除をして、剣の修行をして

 

早くも当たり前と化してきているこの日常を享受するのもいいと思えてきた

 

 

「さあ、打ってこい!」

 

「……今回は絶対一本取ってやる」

 

 

 

 

 

今の俺は人狼として、幽々子様に仕えて生きている。

 

人間ではなくなってしまったが、生前、俺が人間であった頃の記憶は忘れないだろう

 

 

 

――もし、もう一度だけ家族に、小町に会えたなら俺は――

 

 

 

「……ッて!?」

 

「剣に迷いがあるぞ。集中せんか」

 

「……ぜってぇ取ってやる」

 

 

 

 

――いや、もう会えないだろうな。

 

だから、ゴメンな小町。お兄ちゃん早くに死んじゃって

 

 

そう心の中で締めくくり、手に持った木刀を強く握りしめる

 

 

 

 

今日の夕飯を何にするかを考えながら

 

 

 

 

 




皆様本当にスイマセンでした!

D×Dの方もそうですが、現在作者はスランプに陥っています

だからなんだよ、あくしろよ。という声もあると思います。いや、絶対ある。

そんな訳でD×Dも現在半分までしか書き上がっておらず

テストも近く、というか明日からテストでますます時間が掛かりそうです。

それでも暇を見つけては何とか書いていきたいと思っていますのでどうかこれからも作者の拙い作品達を、



よろしくお願いしまぁぁぁぁぁす!!!





某チャットアプリにて


友人「いい加減続き上げろよ」

silver「なんにも思いつかないんだよ……(泣き)」

友人「話の大筋は出来てんだろうが」

silver「繋ぎの会話とかが思い浮かばないんだよ!(怒)」

友人「ダメだコイツ早く何とかしないと(哀)」


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迷い狼は慟哭す。

イベント期間中に何とか仕上げた一品。
ぜひご笑覧あれ。

あとこれから進学の準備で投稿遅くなるやもです。
まあ関係なく楽しんで嘲笑ってやってください。





※補足 このお話は前回の最後のシーンよりも少し前の話です。どういう経緯で心を開いたかが描かれておりますので、混乱した方はまず全話からお読みください。


暗い。

 

 

 

 

 

どこまでも続く、暗い暗い闇の中。見渡す限り地平線の先すら見えない純黒の闇の中に、少年は立っていた。

今にも自分の存在がこの闇の中に溶けて消えてしまいそうな、そんな奇妙な感覚さえも感じさせる。

気味が悪い。率直に抱いた印象がそれだった。意識がハッキリとせずに、まるで体と心が少しづつズレていってるのではと錯覚させるほどに。

 

それは紛れもなく夢の世界であった。

自身の心が生み出した空虚な世界。眠っている自分が視ている記憶の残滓。

そんな何も見えない真っ黒な世界は、何の反応も返してはくれなかった。

 

それから少しの間、唯々その真っ暗な世界を揺蕩っていると、唐突に光が現れた。

 

「――――――」

 

それは、少年の前世の記録(・・)だった。真っ暗だった世界はいつの間にか光と色彩を取り戻し、見覚えのある景色へと変貌した。

 

多くの調度品と椅子と机が教室の三分の一程のスペースを占めた、中央に長机がポツンと一つあるだけの部屋。その場所に、三人の男女が存在していた。

 

見覚えのあるピンクの髪と黒のロングヘアー、そして──自分自身がそこに居た。

 

「────」

 

どんな話をしていたか、どんな事をしていたか。そんな細かな出来事が思い出せない。自分がここに居合わせ、何かを言い見聞きし、客観的に見てかなり特殊な、他愛のない会話を交わしていたはずなのだ。

 

それを、思い出せない。

 

「─────」

 

景色は再び切り替わった。

 

学校の屋上、その場所で少年は一人の女子に何かを言っていて―――

 

『────!』

 

それを傍観していた男が少年に何かを叫びながら掴みかかった。

 

 

 

思い出せない。

 

 

重要ななにかだったはずではある。

それでも、思い出せない。

自分が覚えている記憶が、無機質で傍観的な記録へと風化していく。

 

更に、景色は霧のようにぼやけ始め、夜闇の中の竹林を作り出した。

 

そこにはまたもや少年と、二人の男女がいて

 

『──────。』

 

少年が何かを喋っている。

その喋っている内容、自分が言ったことすら忘れ始めていた。まるで霞がかったように記憶がぼやけ、これから先の、自分が覚えていた何かを遠ざけるように───

 

 

 

やめろ、止めろ。

 

これ以上忘れたくない(・・・・・・)

 

これ以上思い出したくない(・・・・・・・・)

 

 

 

 

今ある景色に亀裂が走り、再び景色は切り替わってゆく───

 

 

 

 

 

 

『あ──のや─方、嫌──わ。』

 

 

 

 

 

 

『も──人の─持──えてよ。』

 

 

 

 

 

やめ、ろ。やめてくれ。

 

 

もう十二分に分かってる。

嫌っていうくらい理解してるんだ。

 

 

 

 

だから───

 

 

 

 

 

『あなたのやり方、嫌いだわ』

 

 

 

 

 

 

『もっと人の気持ち考えてよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オモイダサナケレバヨカッタノニ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────はっ!」

 

目が覚めた。

視界に映ったのは木張りの天井。今自分がいる場所は六畳はある和室造りの一室。

自分に与えられた部屋で、少年は布団から体を起こし、

 

 

「······またか。」

 

ぐるりと辺りを見回して、そう呟いた。

四方のは白い壁と襖と障子を以て一つの個の空間を生み出しており、さっきまで見ていた鉄の引き戸や窓ガラス、そしてコンクリートで構成された一室を欠片も連想させない造りだ。

 

この所、このような夢ばかりを見る気がする。

 

八幡が妖怪として生まれ変わり、成り行きで此処冥界白玉楼で働く事になった訳だが、彼の生前の理想に近い専業主夫、もとい主のお世話係を始めたあの日から。

 

かの亡霊少女が八幡を拾ったその日、彼が妖の者へと転生したその日から、この夢をよく見るようになった。

 

何度も何度も、自分の行いが夢の中で再演され、それを見る度に自分が愚かしく感じた。まるで後悔という名の鎖が、自分の体を、心を縛り、少しずつ蝕んでいくかのように。

 

それと同時に、少しづつ自分の記憶が薄れつつあった。

 

一言一句として忘れられない自分の発した言の葉という名の剣。

それらは確かに自分の体を貫き、一生消えることのない跡を刻んでいた。

それらがまるで風化し、時間が経って少しづつ傷が塞がっていくように。

 

何をしたのかははっきりと覚えている。

どんな結末に至ったのかも覚えている。

それでも、自分が言葉にした内容も、脳裏に焼き付いて離れない彼女達の顔も、何もかもが霞がかり、鮮明には思い出せなくなっていく。

 

八幡は恐ろしく感じた。

少しづつ、確実に、自分の記憶がすり減っていくその感覚を。

自分が体験した記憶が、無機質で無感情で、ただそんな事があったと大雑把にしかわからない、第三者の視点から眺めるような、記録と化していく感覚を。

 

「····情けねえな、ホントに。」

 

八幡は思考を無理矢理に遮って、心を強制的に鎮火させる。

近くに畳まれている紺色の着物を手に取り、その着物へと着替え始めた。

最初は着方が分からず四苦八苦したものだが、今では手馴れたように着物に袖を通す。

 

「······今日も一日頑張るぞい、かね。」

 

気だるげに欠伸をして、眠たげな(まなこ)を何とか開いて部屋を出る。

さあ新しい日課の始まりだ。

眠たげなオーラは隠さずに不精力的に仕事をこなそう。

 

彼の朝は、めいっぱいの朝食を作ることから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近よく夢を見ることが多くなった気がする。白玉楼の主、西行寺幽々子はそう思っていた。

 

夢の内容をハッキリと覚えている訳では無いが、どうにも夢というには明らかに現実的で、少なくとも見ていて気持ちの良い夢ではなかった。

 

見たことのない部屋で談笑する三人の男女。天井のない開けた場所、どこかの屋上で一人の少年がついこの間拾った少年とどことなく似ているもう一人の少年に掴みかかっていた場面。

そして―――

 

「いったい何かしら······」

 

観ていて気分の良いものでは無かった。

まるで、あの子の頑張りとその全てが否定されたかのような。

そして、あの子が抱える歪みを垣間見た気がした。

 

幽々子は取り敢えず目先の朝食を残さず平らげることにした。

何をするにしても、まずは目先の事を一つずつこなしていくに限ると、幽々子はそう思う事にした。

 

朝食が終われば洗い物をこなし、洗濯をこなし、掃除をこなす。家事が一段落すると今度は最近になって始まった妖忌との剣の修練に励む。

 

ここ最近のあの子、八幡の生活サイクルはこれの繰り返しだ。

寧ろこれ以外にやる事が無い、と言った方が正しい。

娯楽の類が無いのだから仕方の無い事だが、やる事が無くなると前と同じように縁側でただじっとしているだけなのだ。

何かを頭の中で議論しているのか、はたまた何も考えずにいるのか、その真実は彼しか知らない。

 

「······やっぱり、私からも何かしなきゃ。」

 

あまり長くは無かった思考の果てに、幽々子はとにかくあの子に、八幡に何らかのアプローチを試みる事を決めた。

思えば、八幡と幽々子が面と向かってお互いに言葉を交わした事はあまり無い。

最初に八幡と出会った、あの日以来まともに会話すら出来ていないのだ。

 

だから、少しづつでいいから、心を開いてくれるように、あの子と話してみよう。

幽々子がやるべき事は決まった。

 

その原動力となっている動機は、たった一つのシンプルな答え。

 

 

ただ、あの子の笑顔を見てみたいから。

 

 

 

故に、白玉楼の主はその腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣の修練を終えて、八幡は白玉楼の庭を一望できる縁側に腰掛けて茶を啜っていた。

 

苦味が強く、大人でも慣れない者には苦手意識が残るという玉露を、敢えて高温の湯で苦味が抽出される方を味わうという今の子供の容姿の姿だと割と苦行な楽しみ方をしている。

 

「······にが。」

 

訂正、やっぱり無理だったようだ。

 

一旦湯呑みを脇へと置いておき、一息つく。

あれからというもの、こなすべき仕事がすべて終わった後にはこうして縁側で庭を眺めながら茶を啜るというジジ臭い事をするようになった。

その真相が何もやる事がないのでただボーッとしているだけなのだが。

 

「いつの間にか、受け入れてるのか···?」

 

人でなくなり、この白玉楼で過ごすようになってからというもの、すんなりと今の状況を受け入れることが出来た自分に軽く驚愕を覚えた。

そんな自己評価に意味は無いと、彼はすぐさまそんな考えを切り捨てたが。

 

思えば、今の自分が身を置いている環境はかなり良いものでは無いのだろうか。

そう八幡は考えた。

おっとりとしていて考えの読めない、そしてとても優しく接してくれる西行寺幽々子という女性。

最初は彼を警戒したが、今では剣を教えてくれる師であり祖父のような老人、魂魄妖忌。

 

彼らと過ごす日常が八幡はとても心地のいいものだと感じた。そして同時に、ここでならもう1度探せるのではないかと考えた。

 

彼が求める『本物』という何かを。

 

「······ある訳ねぇだろそんなもん。」

 

そんな考えに至った自分の思考をすぐさま切り捨て、否定した。

だから何なのだ。そうやって何度も希望して、同じ数だけ絶望してきたのかを忘れたのか。

 

自分は"誰か"にとっての都合のいい道具であり、詰まるところただのゴミ箱だ。

自分たちの負の感情を自分というゴミ箱に捨てる、そういった負を集積し切り捨てるただの都合のいい捌け口なのだ。

 

だから、期待するな。希望するな。

どうせいつも通りだ。ただの憐れみなのだ。同情なのだ。そして気まぐれなのだ。

 

感情(こころ)を閉ざせ。願望(こころ)を閉ざせ。

否定しろ(あきらめろ)廃棄しろ(あきらめろ)

 

何もありはしない。

理想は届かぬから理想なのだ。

幻想は有り得ぬから幻想なのだ。

だから、もう願うな。

 

意識が、感情が、黒い波に覆われていく。

いつ終わるかも分からぬ二回目の命。それを投げ出す術は、何か。

 

 

「──そうだ。」

 

 

あの人を、西行寺幽々子を殺せばいい。

 

殺さなくとも襲うふりさえすれば、魂魄妖忌の一刀によりすぐさまこの(ぜつぼう)を終わらせることが出来る。

 

1度終わった命だ。ようやく終わった人生

(あくむ)だ。それがまた繰り返される。

そんなのはゴメンだ。

また苦しむくらいなら、また同じ事を繰り返すくらいなら、自分から終幕を望もう。

 

そうして、思考も感情も深く潜っていたからだろうか。

背後から聞こえた声、その人物が自分の真後ろにいた事に気づかなかった。

 

 

 

「となり、いいかしら?」

 

 

 

彼が求める(おわり)の鍵、西行寺幽々子がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·········」

 

「それでね、紫はよくそうやって話をはぐらかしたりしてからかってくるのよ。だから私からもやり返しちゃうんだけど。」

 

「·········」

 

「それにね、普段は威厳のある妖怪の賢者様みたいに振る舞うんだけど、実際そうなのだけど、失敗するとあたふたして可愛くて。」

 

なんだこの状況は。

少年は心の中で困惑の声をあげた。

 

隣には自分の望みを叶えるための鍵が、その女性が惚気話というか、友人の話を微笑みながら語っていた。

別にこちらは望んでもいないのにだ。

話のタネにされたその友人には、申し訳程度の黙祷を捧げておこう。別に死んでいる訳では無いが。

 

(どうするか······)

 

一先ず、状況を整理しよう。

自分の望みはこの二度目の生を終えること。そのためには隣で談笑している女性を手にかける、若しくはこの首を落とす処刑人の前で襲う振りをすればいい。

それだけで、この二度目の悪夢は終わる。

 

(·········さっさと襲えばそれで終わりじゃねえか。)

 

今、隣で楽しそうに話す女性は明らかに無防備だ。タチの悪いチンピラが襲いかかろうものならたちまち組み伏せられそうな程にか弱い雰囲気を常時発しまくっている。

なら、さっさと襲い掛かって仕舞えばいい。それで終劇(エンディング)だ。

 

「でもやっぱりね、紫はとっても頼りなるの。妖怪の中でも強くて何でも知っていて、私の知らない事や心が踊るような話を聞かせてくれたり─」

 

(·········)

 

「それにね、紫には式神っていう······えっと、使い魔?みたいなものがいて、藍っていう狐の式神なんだけど、紫と同じくらいなんでも知ってるのよ。でも、紫よりも藍の方がお姉さんらしいかしら?」

 

(············襲えよ)

 

「偶に持って来てくれるお土産もすごく美味しくて、紫には悪いかもだけど、持って来てくれるお土産が一番の楽しみになっちゃって─」

 

(襲っちまえよ······それで全部終わりだろ。)

 

襲おうと爪を立てる。人間よりも鋭い犬歯を剥き出しにする。命を刈り取れる距離だ。半分狼の人狼の身体能力があればすぐ様殺れる位置だ。

 

(もう疲れたんだろ、もう嫌なんだろ、絶望したくないんだろ?だったら─)

 

それでも、八幡は動こうとしなかった。

何度も何度も思考は、脳は体に命令を下しているのに、動こうとはしなかった。

 

(襲っちまえよ······!)

 

されども、体はその場に縫い付けられたかのように、或いはその空間を固定したかのように動かない。

それはまるで、自分自身が拒んでいるかのようだった。思考ではなく、自分の中の奥深くにある感情が。

 

(何度同じ事を繰り返す!もう散々知ってきただろ!)

 

思考が、彼女にその牙を突き立てようと強く意識し、体に司令を送る。

それでも体が反応することは無かった。

 

(また同じだ、同じなんだ!受け入れられることなんて─)

 

「ねえ。」

 

「っ!?」

 

隣から声が掛けられた。

 

「な、なんすか?」

 

急に話し掛けられたからだろうか、狼狽えつつも八幡は言葉を何とか返した。

この時すぐさま反応できた自分をうんと褒めてやりたい気分だった。

だがそんなものも、すぐに意味をなくすのだった。

 

「八幡は、何か話したいことは無いの?」

 

 

 

 

「────別に、何も。」

 

虚を突かれたとは、こういう事だろうか。

一瞬で思考が真っ白になったがすぐさま再起動し、平静を装うとした。

 

「嘘でしょう?」

 

それすらも、一瞬で打ち砕かれた。

 

「───俺は何も、言いたい事なんて」

 

「そんな事ないわ。だって、何かに迷っているように見えるもの。」

 

そんな事は無い。そんなことは無いのだ。

無いはずだ。迷いなんてない。

 

「何かを諦めたような、そんな風に見えるもの。だって人は、()を見れば何を思っているかは分かるから。」

 

「迷って、悩んで、何かを選んで、そして諦めた。八幡を見てると、そんな感じがするの。」

 

否定の言葉を探す。

否定の言葉を捜す。

否定の言葉を、さがす。

 

「······何が、分かるっていうんだ。」

 

「何も分からない。そんな気がするだけ。だから、八幡の口から聞きたいのよ。」

 

「必要、無い。」

 

「それじゃあ、どうしてそんなに苦しい顔をするの?」

 

「意味は無い。」

 

「どうして辛そうな声を出すの?」

 

「うんざりしているだけだ。」

 

 

 

 

「どうして、泣いているの?」

 

「っ!!」

 

思わず、八幡は頬に手をやった。

しとり、と。僅かに指先が湿ったものに触れた。

 

「な、んで。」

 

泣いている。

涙を流している。

何で泣いているんだ?

 

「違う······」

 

違う。これはタダの、そう、タダの生理現象だ。

目にゴミが入ってそれを体が追い出そうとする排出装置だ。

だからこの涙も

 

「貴方は、怖がっているの?」

 

「─────」

 

核に、触れた。

何人たりとも立ち入らせなかった、自分自身すらも目を背けていたその原初(始まりの感情)に。彼女はたどり着いてしまった。

 

「·········」

 

「苦しいなら、全部吐き出して。何もかも。」

 

「俺は······」

 

 

 

「だから聞かせて?貴方の物語(じんせい)を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつりぽつりと、八幡は少しづつにだが語った。

自分が人間だった頃の、一度目の生のお話を。

正直に言って、それは悲惨と呼べるものだった。

小さな時から周囲から除け者にされて、居ないものとして扱われ、幾多もの悪意と負の感情の捌け口にされてきた。

ヒトに裏切られ続けて、いつしか彼は誰かを信じることをやめた。やめてしまったのだ。

 

高校、という場所でもそれは変わらなかったというか、余りそういった目立つ行為はなかった。しかしそこならば、彼の言う『本物』というなにかを手にすることができたかもしれない。だがそれは叶わなかった。

 

「楽になったかしら?」

 

「·········えぇ」

 

「まだ、言いたい事は無い?」

 

「十分ですよ。ええ、もう十分です。」

 

心を開いてくれただろうか?

安心しきってくれたのだろうか?

幽々子はまだ不安げにそう考えた。

 

さっきよりも顔色は優れている。憑き物が取れたかのように、その変化は明らかだった。

 

だがまだだ。完全に八幡の心の闇を払拭できた訳では無い。

元よりそんな事を簡単に出来はしない。

今までの負の感情と記憶と、それらが混ざりあって出来たものが心の闇なのだ。

それらを払拭する術を、彼女は持っていない。

 

まるで時間が経つと共に鉄が錆びてゆき、風化していくように。

心の闇という錆が彼の心を侵し、簡単には落ちることのない穢れを刻み込んだ。

 

こうして誰かの心を癒そうとした事が皆無だった幽々子では、彼の錆に侵し尽くされた心を元通りにする事は出来ない。

 

例えるなら、水で濡らしたタオルで錆を拭い取ろうと奮闘するも全く錆は落ちず、逆にタオルが錆の汚れで汚されていくように。

 

こういったものを元通りに戻す事は、まず不可能に近かった。

 

そして一方で、八幡は幽々子に襲いかかろうとした考えを撤回し、そんな結論に至った己の思考と倫理を恥じた。

これだけ親身になって語りかけてくれる人にそんなことが出来るかと、軽く自己嫌悪に陥った。

 

それでも、彼はまだ己の生の終わりを諦めてはいなかった。

 

方法が変わっただけで方針は変わらない。

人狼になった事で幾らか頑丈になってしまったが、所詮は人と同じだ。鋭利な刃物で己の腹をかっ捌くか。水の底へと沈み理想を抱いて溺死するか。

それだけだった。

 

親身になってくれた彼女には悪いが、もうこれは決めた事なのだ。彼の、最後の希望(ねがい)なのだ。

 

「·····ありがとうございます。お陰で、少し楽になれましたよ。」

 

最後の願いは己の死。

それが彼に残された希望だ。

それでも、この暫定主の少女に己の内を吐き出せたことは、彼にとっての唯一の救いだった。人にとって、救いとは千差万別。

今の彼にとっての救いは、もうこれ以上悪夢を見ることの無い、健やかな眠りだった。

 

八幡は立ち上がり縁側をあとにしようとし幽々子に背を向け──

 

「待って。」

 

──た、その瞬間に。背後から手が伸び八幡の体を抱きとめた。

 

「八幡、早まらないで。」

 

「っ···何がです─」

 

「死ぬ事が救いだなんて、そんな悲しい事を考えないで。」

 

また、思考が止まった。

 

辞めてくれ。止めて、くれ。

 

「八幡、もう一度だけ考えてみて。

 

貴方のいた世界に、あなたの求める本物は見つからなかった。そしてもう、誰かを信じるのが怖くて仕方ない。だから、死んで救われたい。もう悪夢を見たくない。そうよね?」

 

「·········だから、なんだって言うんだよ。」

 

「でも、ここは何もかもが貴方の居た世界と違う。」

 

「だから何なんだ。」

 

「······貴方がこうして、二回目の命を得たのは、どうしてかしらね?」

 

「だから、何なんだよ!」

 

幽々子の手を振り払って、八幡は力の限り叫んだ。

憤怒、とも違う。だがそれは、怒りを以て現出した感情だった。

 

「だったらどうした!考え直して、やり直せって?また苦しめって言いたいのか!?どうせ同じだ!勝手に期待して、失望して!同じ事ばっかりだ!ここなら違う?ああそうさ違うさ!何もかも違う!普通の人間どころか生者すら居ない!だけど、ここに俺の求めるものがあるのか!?二回目の命を得たのだって、神様の気まぐれとかだろ!?俺を憐れんだのか、はたまた弄んでるのかは知らねえけどな、所詮そんなもんだろ!意味なんてない!やり直した所で意味なんて無い!繰り返すだけだ!怖いんだよ!また裏切られるのが怖いんだ!自分だけが異質で、異物のように扱われるのが辛くて、悲しくて、そして、怖いんだよ!もう楽にさせてくれよ!だから、もう、好きにさせて······くれよ·····」

 

そう言い切った時だった。自分の視界が突如として真っ暗になり、柔らかい何かに包まれる感覚に陥った。

それが、幽々子によって抱き締められたという事に気付くのは少ししてからだった。

 

「苦しいのね。悲しいのね。辛いのね。

そして、怖いのね。」

 

抱き締める力は強く、そもそも抵抗しようとしない体は自然と幽々子の抱擁を受け入れていた。

人狼ではあるものの、今の八幡にこれを押し退ける力も意思も、残ってはいなかった。

 

「それは誰もが同じ、苦しくて、悲しくて、辛くて、そして怖い。貴方程裏切られてきたのならそれは尚更。」

 

「でも、死んで楽になりたい、なんて悲しい事は言わないで。」

 

視界の端、桃色に煌めく何かが、視界の端でひらひらと舞う様に漂っていた。

それは蝶だ。細かい種類などは分からないどころか、あんなに桃色の光を放つ蝶なんて見たことがない。

とにかく、あれは蝶だった。

それが八幡を、いや、幽々子の周りをひらひらと舞い踊るように飛んでいた。

 

「私には、全ての生きとし生けるものの命を奪ってしまう力があるの。」

 

「私は、この力が好きじゃないわ。ただ奪うことしか出来ないなんて、悲しいでしょう?」

 

「八幡、貴方が本当に望むなら、この力で八幡を楽にしてあげる。でも、私はそうして欲しくない。そんなの悲しすぎるんだもの。」

 

「だから、もう一度だけ聞かせて?八幡の本当の願いを。」

 

「っ、俺の······願い。」

 

優しく語りかけ、そう促してくる。

素直な、自分の願い。

 

「俺は·········『本物』が欲しい···!」

 

「それはどんなもの?」

 

「分からない······分からない、けど。俺はそれが欲しい!揺らぐことのない、偽物の何かじゃない。そんな、なにかが欲しい!」

 

聞くべきことはすべて聞いた。

幽々子はただ抱き締める力をうんと強めて、語りかけた。

 

「それでいいのよ。自分か何が欲しいか、自分が何をしたいか、それを求めるの。」

 

「許されるのか·····?俺なんかが、それを求めても。」

 

「俺なんか、じゃないわ。貴方も、私も、妖忌も、みんなが何かを求める『権利』を持っている。それは他人が決める事じゃないの。」

 

 

「だから、貴方の好きなように生きなさい。」

 

 

 

生まれて初めて、少年は大きな声を上げて泣き叫んだ。今まで心の奥へと押し込めていたありとあらゆる悲哀の感情が、ダムが決壊したかのように流れ出た。

恥も外聞もなく、誰かの胸に顔を埋めて泣いた。こんな事など小学校の頃以来だろうかと、後に彼は思ったらしいが。

 

そんな彼を、幽々子は強く抱き締め、鈍い銀色にも見えるくすんだ灰色の髪を優しく梳くように撫でていた。

まるで親が子供をあやすかのように。

 

そんな彼の、天にまで響く程の咆哮、いや、その慟哭は冥界の寒空に響いていった。

 

その音は、まるで狼が月へと向けてあげた雄叫びのように儚いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽々子様、妖忌、夕食出来ましたよ。」

 

「待ってたわ〜八幡。妖忌、一先ずご飯にしましょう。」

 

「全く、本当にわかっているやら。」

 

「?なんかあったんすか?」

 

「いつもの事だ、また置いておいた菓子を、な。」

 

「あーなるほど。またですか。」

 

「まただ。」

 

「もー。八幡まで私をいじめる〜!」

 

「少しは自重なさって下さい。それとつまみ食いもよしてくださいよ。」

 

「それもばれてたの!?」

 

「カマかけただけだったんすけど······幽々子様、明日の夕食は覚悟してくださいね?」

 

「あ〜!ごめんなさい!ごめんなさい!だからそれだけは〜!」

 

「決定事項です異論は認めません。」

 

「これではどちらが主で従者かまるで分からぬな······」

 

 

 

 

 

冥界の木々に春の季節が訪れる頃。

桜の花びらはひらひらと舞い踊り、四季の始まりを告げる風が頬を撫でる。

 

新たな門出を祝うように。

それは、冥界で新たな生を得た彼にも言えることだった。



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