独りぼっちのミミッキュ (アンコール・スワットル)
しおりを挟む
独りぼっちのミミッキュ
ここはシオンタウン、ポケモンタワー。
亡くなったポケモンの魂が安らぐ地であり、ガス状のポケモンや頭蓋を被ったポケモンが生息している。
「キュッキュ!」
ゴースに似た黒いポケモンがそこに居た。尻尾を手のように動かし、食べ物を探すときにはゴムのように伸び縮みをしながら散策をした。
「ミミ! ミミ!」
尻尾をぶんぶんと振り、ゴースやゴーストの群れに挨拶をした。
「ゴッゴッ!!」
「ゴースースー!!」
ゴーストは手をひらひらと振り、ゴースはスモッグをこちらに撒き散らしている。
「ミッミッ! ミッミッ!」
呼吸をしない身体にも関わらず、反射的にむせてしまった。
煙が晴れた時には、もうゴースたちの姿は遠くへと消えていた。
「ミー……」
しなれたように尻尾を垂らし、とぼとぼと巣へと帰ることにした。
これは今に始まったことではない。毎日、毎日ゴースたちに話しかけようと試みるも、邪険にされてしまう。
自分は少し姿が違うだけで、同じゴースなのに。どうして邪魔者扱いをされるのか、分からなかった。
それでも、毎日続けていれば何時かは仲良くなれるだろう。そう信じ続けて悠久の時を彷徨い続けている。
人の足音に反応し、視線を向けると一人の少年とポケモンが駆け足で進んでいた。
「ピカチュウ! 早くゴーストポケモンをゲットしてナツメにぎゃふんと言わせないとな!」
「ピッカア!」
どうやらポケモンの名前はピカチュウと言うそうだ。久し振りの来客が気になり、影から後を付けてみることにした。
「ピィ?」
ピカチュウが突然立ち止まり、こちらを振り向いた。慌てずゆっくりと顔を隠す。
「どうした? ピカチュウ!」
「チュウ!」
トレーナーはピカチュウに声をかけるも、ピカチュウは何事もなかったかのように先の方向に駆け出した。
トレーナーも気にすること無く、走り出した。
道中、ゴースたちと出会い、自分では仲良くなれなかった彼らと楽しそうに接している。
一匹のゴーストが、トレーナーと共にポケモンタワーを後にした。
「ミッキュッ!」
自分もピカチュウのようにポケモントレーナーと仲良くなりたい。焦る気持ちを抑えきれず、ポケモンタワーを飛び出した。
尻尾をぶんぶんと動かしながら、きょろきょろと辺りを見渡した。
「キュゥー……」
しかしトレーナーを見つけられず、しおれた尻尾は往く宛もなく地面をぺちぺちと叩いている。
◆
――あれから19年が経過した。
「ミミ?」
とてて、と駆け寄ると薄汚れたぬいぐるみが大きな木の下に捨てられていた。
「ミィー」
あの頃出会ったピカチュウを思い出し、ピカチュウがトレーナーに見せた笑顔が脳裏に浮かんだ。
自分もピカチュウに憧れ、様々な地を旅して回った。だがトレーナーに捕まえられることはなく、今も野生として独りぼっちのままだ。
尻尾を使い、器用にぬいぐるみから綿を取っていく。空洞になったぬいぐるみを、ワンピースのように上から被ってみる。
「ミミミッ……」
突如世界が闇に覆われ、たたらを踏んでしまった。
「ミッ! キュッ!」
お腹の辺りに目だし穴を開け、再び被ってみる。
「ミッミッ! ミッミッ!」
尻尾を揺らしながら、ぴょんぴょんと跳びはねている。
「ミッ!」
枝に引っかかり、ぬいぐるみの尻尾が外れてしまった。もっとも、元からくたびれていたので、引っ掛からずとも何時かは外れてしまっただろう。
「ミィーー」
しょぼくれたように耳を後ろに倒し――ぬいぐるみなので最初から倒れているが――行く宛を無くしたぬいぐるみの尻尾を悲しげに見つめていた。
暫くすると、なにかを探し始めた。
「ミミッ!」
稲妻の如く雄々しく曲がった枝を発見し、空いた足で掴んでみた。
本物の尻尾みたいにパタパタと動かし、納得の笑みを浮かべた。
「ミキュ?」
ふと視線を向けると、ピカチュウのコロニーを発見した。ピカチュウのぬいぐるみを被った自分を想像し、とてちてとてちてと早足で向かっていく。
「ピカァ?」
「ピ!」
「チューチュー!!」
「ピカピカ!!」
旗から見ると薄汚れた気味の悪いピカチュウ。群れは三々五々に別れ、散り散りになって逃げていった。
「キュゥー……」
とぼとぼと踵を返し、うなだれながら歩いているとあの時の――シオンタウンで見かけたピカチュウを発見した。
ピカチュウの方もこちらに気づき、近づいてくる。
「ピッカァ!」
「……キュ」
先のピカチュウたちの様に逃げられてしまうのではないか。不安が先走り、思うように声が出せない。
「ピッカァ!」
片手を上げ、再び元気よくピカチュウは鳴いた。
「ミ……ミ……ミミッキュ」
「ピッカァ!!」
「ミ……ミミッキュ!」
「ピカピカ!!」
「キュッキュ!!」
どうやら件のトレーナーとこの地に来ているようだ。今はテントを張っている最中で、
ポケモンタワーで見かけたことを覚えており、遠く離れたこの地で邂逅できたことを喜んでいる。
「ピカ?」
「ミミ、ミミ」
「ピカピカ、ピカチュウ!」
「ミー……」
ピカチュウはトレーナーとの旅路を嬉々として伝えており、若干羨ましく感じた。
「ミキュミ?」
「ピカピカ!」
「ミキュッキュ!」
自分も何時かはピカチュウのように、毎日を楽しく過ごせるトレーナーと出会えるだろうか。ピカチュウはきっと出会えると言うが、長い間野生として過ごしてきた自分ではいまいち実感が持てない。
「おーい! ピカチュウ!!」
「ピカピ!!」
どうやらトレーナーが呼びかけているようだ。
「キュ?」
「チュウ!」
またね、と元気よく話しかけるピカチュウ。
羨ましい。もし……もし、自分がこのピカチュウになれたら、どれだけ日常が豊かで幸せになれるだろうか。
このピカチュウさえ居なければ……もし、このピカチュウに自分が成れたら、どれだけ楽しいのだろうか。
身体から黒いなにかが溢れ出ている気がした。
「ピカピカ!」
怖がられたのか、ピカチュウは走り去ってしまった。
そうだ、それでいい。このままピカチュウと一緒にいては、自分が自分で保てなくなってしまう。
「ピッカァ!」
「おい! 大丈夫か!!」
どうやら、自分を病気か何かかと勘違いしたピカチュウがトレーナーを連れてきたようだ。
ああ……自分はなんて愚かな考えを抱いてしまったのだろうか。ピカチュウとトレーナーの姿を見ていると、自分なんて入る余地が無いことに気がついた。
トレーナーと一緒に居る時のピカチュウは非情に嬉しそうで、自分はこの笑顔を壊そうとしたのかと、恥ずかしさと後ろめたさで胸が締め付けられる思いがした。
「キュッキュ! ミミッキュ!」
顔を上げ、元気よく尻尾――木の棒だが――を振り大丈夫なことを主張した。
「お! 元気そうじゃないか!」
「ピカピカ!」
「ピカチュウと遊んでくれてありがとうな!」
トレーナーは自分の頭をポンポンと叩き、手を振りながら戻っていった。
「チュウ!」
ピカチュウはパタパタと尻尾を振り、また会おうと全身で伝えている。
「ミッキュ!」
楽しい時間も何時かは終わってしまう。ピカチュウとの時間は短くも、非情に有意義で、今も胸の中がぽかぽかとしている。
「キュゥ」
気がつくと、このぬいぐるみを見つけた大木の前に来ていた。
そう言えば、自分もかつてはトレーナーと一緒に過ごしたっけな。だけど自分は病弱で、道半ばで尽きてしまった。
「キュ?」
あれ? それは何時の出来事だろう。自分は産まれてからずっと、野生として独りぼっちで生きてきた。
それなのに、どうしてトレーナーとの想い出が胸いっぱいに広がってくるのだろう。
どうしてこんなにも、悲しくなるのだろう。
人間の足音が近づいてくる。
どこか……心が安らぐ、そんな足音だ。
「キュゥ?」
誰? そんな思いを籠めて人間――老婆に話しかけた。
老婆は目を見開き、信じられないと……驚いた表情で自分を見つめている。
かつてパートナーだったポケモンが、毎日のように抱きかかえていたぬいぐるみだ。
「おかえりなさい。ミミッキュ」
かつて呼ばれていた、自分の
日本語で“ミミッキュ”と書かれたモンスターボールを両手で持ち、自分と視線の高さを合わせて優しく微笑んでいる。
「キュ! キュ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ね、老婆の胸に飛び乗った。
「ミミッキュ!」
――ただいま!
無印23話の初回放送が1997年9月2日なので、過去の話は19年前になります。
ピカチュウのぬいぐるみは、設定通り20年前からありました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む