D.Gray-man 孤高の鋼戦士 (星月)
しおりを挟む

未知との邂逅

 クロウリー城での激戦は終結した。アレン・ラビも軽症とは言えども傷を負い、クロス元帥の捜索という任務遂行にあたり、幾分かの時間のロスといったデメリットは多かった。

 しかしそれ以上のメリットはあった。アレイスター・クロウリーがエクソシストとして、彼らの旅に加わったことだ。依然として黒の教団は戦力に乏しく、新たな仲間の加入は嬉しいことであった。

 三人は乗車した汽車の中で些細なハプニングに遭遇したものの、無事にリナリーとブックマンに合流し、再び元帥捜索の任務にあたった。

 クロス元帥が東に向かったという情報を元に、東へと旅を続けるアレン達。

 AKUMAとの戦いに明け暮れながらも確実に旅を進めていく中、リナリーに一本の通信が入った。その相手は彼女の兄であり黒の教団室長を務めているコムイ。

 

「――追加任務? どうして、何かあったの兄さん?」

『ああ。実は今朝方にある探索部隊(ファインダー)から報告があったんだ。

 中国の西部、四川省にて活動を停止した――つまり何者かに破壊されたAKUMAの残骸が発見されたとね』

「破壊されたAKUMAの残骸……?」

『そうだ。君達はこれよりただちに四川省に赴き、調査に動いて欲しい』

 

 ゴーレムからは淡々としたコムイの言葉が届くが、その内容は決して無視できるものではない。

 現在身元が判明している全てのエクソシストには元帥の護衛という任務が行き渡っており、教団側がその彼らの行動も把握している。

 そんな中、今回のケースは例外である。教団にも情報が届いていないところでAKUMAが破壊された、それはすなわち彼らが知らないところでエクソシストが活動しているということになる。

 そして今現在、教団が生死ならびに居場所を調べ切れていないエクソシストといえば……

 

「ひょっとしたら、師匠が関わっているかもしれないってことですか?」

『あくまでその可能性があるって話だけどね』

 

 まさにクロス・マリアン元帥が当てはまる。コムイの言いたいことを察してアレンが聞き返せば、コムイは苦笑しながらもそう答える。丁度彼らはクロス元帥の消息を追って中国に来ていたのだ。そう遠くはない。

 

「たしかに元帥の情報は多くねえし、そうした方がいいのかもな」

『まあクロス元帥がその場所にいないとしても、何かしらの戦いがあったことは間違いない。新しい適合者がいるという場合も考えられる。新手のAKUMAが四川省に出現する危険性も捨てきれない以上、エクソシストにも動いてもらわなければならないんだ。頼むよ』

 

 ラビの言葉にブックマンやクロウリーも頷き、全員が任務の受理に同意したことを確認してコムイは通信を切る。

 かくしてアレン達クロス元帥の護衛部隊は進路を変更し、四川省へと向かうことになった。

 

 

――――

 

 

「……こいつはすげーさ。まさか一人でやったんかね?」

 

 現場に到着早々、山のように積み上げられたAKUMAの残骸を見てラビは呟いた。その第一声は皆の言葉を代弁するものである。

 見渡す限りそのAKUMAの大抵はレベル1であるとはいえ、30は下らないほどの多さであった。さすがに死臭(ガス)はもう排出されてはいないが、ほとんど荒れていない部品を見る限り、戦闘はつい最近行われたものと考えられる。

 

「クロス元帥がやったんならこれくらいは当然なんだろうけどさ。アレン、どう思う?」

「……多分、というより十中八九師匠が破壊したものではないですね」

 

 ラビの問いをAKUMAの残骸を調べていたアレンは否定する。長年クロス元帥に付き添って来た彼がそこまで言うのには理由があるのだろうが、当然のことながら他の者にはわからない。特に合流したばかりのクロウリーはなぜそこまで断言できるのか理解できず、首をかしげて聞き返した。

 

「なぜそこまでわかるのであるか? 何か見つけたのであるか?」

「破壊されたAKUMAのボディー、そのいくつかに打痕が見られます。この大きさなどから考えて、何か比較的大きな、拳くらいの大きさのものがAKUMAにぶつかり、破壊されたのでしょう。

 ですが、師匠のイノセンスは銃です。銃痕にしては大きすぎるので違うエクソシストに破壊されたとか、そういうことだと思います」

「へー。クロス元帥のイノセンスって銃だったんか。……でもそうなると、ここでは元帥の情報は期待できそうにねーな」

 

 ラビの言葉に皆がうなずく。

 もしもこの一連の状況がクロス元帥によって起こされたものならばまさに一石二鳥であったのだが、仕方がない。元よりそれほど期待していたわけではないので、それほどショックもなかった。

 

「いずれにせよ、我らがやるべきことに変わりはあるまい。引き続き調査を続けるだけだ。……まずは聞き込みを行っているであろうリナ嬢と合流しよう」

 

 落ち着いた声、ブックマンの冷静な言葉にその場の全員が視線を向ける。

 今リナリーは皆とわかれて一人聞き込み調査を行っていた。地元ということもあってメンバーの中では唯一中国語が流暢で聞き込みを行える人物であった。

 

「そうだな。これ以上ここを調べても何も出てきそうにないしな」

「うむ。この場はファインダーの方に任せるとしよう」

「それじゃあリナリーの元に向かいましょう。ティム!」

 

 三人も頷いた。

 アレンは自身のゴーレム、ティムキャンピーを手元に呼び出し、リナリーへと通信をつなげた。

 待つこと一分たらず。どこか焦りを感じさせるような声が響いてきた。

 

『アレン君、そっちはもう大丈夫!?』

「え、ええ。今からそちらに合流しようと思ったところです。……どうしたんです、何かありましたか?」

 

 アレンはリナリーを諌めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 息が荒れているようには聞こえないので戦闘とは無関係のようだが、どこかおかしい。

 

『えっと……聞き込みをしていたんだけど……一人の男の人がいたんだけど、ね?』

「はい」

『……蹴り飛ばしちゃった』

「……はい?」

 

 絶句。二の句が継げなかった。その場で硬直するアレン。

 リナリーはブーツ状のイノセンスを持っているがゆえに、脚力・キック力は常人離れしている。そんな彼女の蹴りを本当に真正面から食らってしまったら……。アレンは心の中でまだ見ぬ男性に合掌した。

 

 

――――

 

 時間は少しさかのぼる。

 

「――そうですか。ありがとうございました」

 

 深々と頭を下げて、リナリーは民家を後にした。

 

「ここも有力な情報はなし、か」

 

 現場に近い位置に建つ民家や商店を中心に聞き込みを行っているが、これといった成果は得られなかった。

 「大きな爆発があった」「卵のような形をした物体が空を飛んでいるのを見た」「何かの煙が立ち込めるところを見た」等々。AKUMAとの戦闘に関わっているだろう発言は多々あったが、目撃者ともなるとやはり一人もいない。それゆえに戦闘に関することはほとんどわからないまま時間が過ぎていった。

 

「でもこの街に何か手がかりがあってもおかしくはない。まだ頑張らないと!」

 

 自分に言い聞かせ、再びリナリーは歩き始める。

 そしてしばらく歩き続けた先で彼女はあるものを目にした。

 

「……これって、コロシアム?」

 

 目の前にそびえる大きな建物。巨大なコロシアムのような外観をしていた集合住宅であった。

 ところどころ外壁が崩れて廃れている部分も見受けられるが、それを感じさせないほどの広大さを誇っている。

 

「コロシアムか。……嫌な予感がするけど、行ってみるしかないわよね?」

 

 かつて仲間の神田がコロシアムで亡霊の剣士と遭遇していた記憶が蘇り、彼女の足を重くする。

 しかしやはり少しでも情報が欲しい状況下でそのようなことは言っていられない。意を決してリナリーはコロシアムへと足を運んだ。

 

「……まだ日差しのある昼間でよかった」

 

 内部にはところどころ隙間風が入り込むような空間も見受けられ、夜遅く暗くなってからではまず散策が憚れるような空間であった。特に過去に似たような状況下で亡霊を見たリナリーにとっては。

 この建物に誰かいないか、あるいはクロス元帥につながる何か手がかりがないかの調査。リナリーは長く続く廊下を歩きながらも決して些細なことも見逃さないように注意力を高めた。

 

「……ん?」

 

 突如、何事かを感じ取ってリナリーはその場に立ち止まる。前後左右を見回し異変をさぐるが……何もない。気のせいだと判断して再び歩き始めようとする。しかしそのとき今度は誰かが迫ってくるような音が聞こえてきた。

 

「っ……あ、アレン君?」

 

 ひょっとしたら分かれて調査を進めていたアレン達が戻ってきたのかと思い、何もない空間に呼びかけるが、当然何も言葉は返ってこない。

 

(……まさか、亡霊?)

 

 嫌な予感が再び彼女の脳裏に浮かぶ。そんなはずはない、そう思い込もうとするリナリーだが、

 

「……おい」

「――――ッ!?」

 

 突如リナリーの背後から、何者かの手が彼女の肩に置かれた。

 驚いて首をそちらへと振り向けば、彼女の視界に映ったのは顔さえさらすことのない銀色の外套を羽織っている男であった。テンガロンハット風の帽子を深く被っているがために表情も窺えず、鋭い瞳だけが見えた。

 

「君一体ここで何を――「はあああああ!」――え?」

 

 絶対に一般人ではない。AKUMAが化けているわけではないとしても完全に怪しかった。

 何事かを(声の低さから察するに)男が発する前に、リナリーは相手を制するべく腰を回転させて相手の頭部を蹴り飛ばす。短い悲鳴を上げて男の体は勢い良く壁に叩きつけられた。

 

「がはっ!」

 

 背中から叩きつけられたために肺から酸素が搾り出されたのだろう。壁に背中を預ける形で男の動きは止まった。

 

「あなたは何者ですか? なぜここに、どうして私に声をかけたんですか?」

「……質問の多い、子だな。何者かと言われても、ただここで生活していた者だが?」

「え? ここで生活?」

「ああ。どうして君に声をかけたのかと言うのなら、珍しくここに立ち入る女の子がいたから、迷子にでもなったのかと思って声をかけた。それだけだ」

「……え?」

 

 質問を終えると気まずい空気が生まれる。

 もしもそうだとするならば、この男性は最初からこの場にいて。そしてたまたまリナリーがこの場所に入り込んだから話しかけただけで。つまりこれら全ての話を統合すると――

 

「ひょっとして、私の勘違い?」

「……よくはわからないが、おそらく」

 

 ――リナリーの思い違いである。

 

 

――――

 

 

「本当にすみませんでした!」

 

 広場に出てリナリーが男に深々と頭を下げる。

 

「いやいや、君がそれほど気にする必要はない。こちらももう少し配慮するべきだった」

 

 リナリーの謝罪を受けて、男も自身の無事を示して言う。ようやく疑いが晴れたことで安堵したのだろう。

 その男を合流したばかりのアレン達はどこか如何わしい目で見ていた。

 

「……あれがリナリーが蹴り飛ばしたって言ってた男なんさ?」

「そうでしょうね。まああんな格好ではリナリーが不審に思っても仕方がないでしょうけど」

 

 ラビやアレンの目から見ても、目の前の男は違和感の塊のようなものだった。

 全身を覆う外套・帽子・靴と全てが銀色。まるで鋼鉄の服を着ているようだ。しかも表情もまったく窺えない。本人には悪いが、これでは不審者扱いされてもおかしくはない。

 

「うん? ……ひょっとして君の仲間、英語しか話せないのか?」

 

 アレン達の会話が聞こえてきた男がそう問いかける。

 

「え、ええ。中国語を話せるのは私だけで……」

「そうか。……ならば、これからは英語で話すとするか。そうすれば彼らも会話に入れるだろう」

 

 リナリーの返事を聞いて、男は中国語から英語へと切り替える。付け焼刃とは思えない、流暢な話し方であった。

 

「あなた、英語も話せたんですか?」

「これでも語学を学んでいたことがあってね。

 ……今さらだが、自己紹介が遅れたな。私の名はチャン・ウェイ。チャンと呼んでくれ」

 

 驚くリナリーに相対する男――チャンはそう答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急襲

「……それにしても、チャン。リナリーに頭を蹴られたと聞いたんですけど。頭の方は大丈夫なんですか?」

「ふむ。少なくとも初対面の人間に頭の心配をされるほど低脳ではないと自覚している。いたっての通り正常だ」

「あ、いやそういう意味じゃなくてですね。僕は蹴られた時の傷のことを言っているんですけど」

 

 予想の斜め上を行くチャンの答えにアレンは苦笑する。

 たしかに服装のこととか色々大丈夫なのだろうかと思うところはあるのだが、それを口にはしない。

 強力な脚力の持ち主であるリナリーのキックが頭に直撃してしまったのならば、常人ならばまず怪我することは免れないはず。

 

「それこそ問題はない。彼女のようなか弱い女の子のキックを食らった程度で怪我をするような、やわな鍛え方はしていないのでね」

 

 しかしチャンは全然平気であると淡々とした口調で言った。その言葉からはリナリーを気遣っている一面が窺える。見た目とは想像できないが、穏やかな性格だと理解し安堵するアレン。

 一方、チャンのその発言を聞いてラビはリナリーをじっと見つめた。

 

「……か弱い女の子? リナリーが?」

「なにかしらラビ。その目は?」

「いや、なんでもないです」

 

 リナリーは笑顔であるが目は全然笑っていない。ラビは逆に恐怖を覚えてすぐに視線を逸らした。

 

「まあ確かに、最近の美少女は声をかけられた相手には挨拶がわりにキックをかますとはな。私も知らなかったよ」

「もー、だからあれは違いますって!」

(……やっぱこいつ結構気にしてるさ)

 

 からかうような発言に、リナリーは頬を膨らませて講義する。

 先ほどは大丈夫と言ったがやはり思うところはあるのだろうなとラビは思った。

 

「いやいや、だがあの一連の動きは確かにすばらしかったぞ。実に洗練された動きだった」

 

 リナリーを宥めながらも、先ほどの動きを思い出しチャンは賞賛の言葉を述べる。彼の目からしても彼女の動きは見事なものだったのだろう。リナリーも気を良くしたのか頬が少しゆるむ。

 

「そうですか? そう言って頂けると嬉しいです」

「ああ。本当に良い太ももだっだぁっ!?」

「ちょっ、リナリー何をしているんですか!?」

「あ、ごめんなさい。つい条件反射で」

 

 しかし、気がついたら今度はチャンの腹部の中心にリナリーの膝がモロに入っていた。あまりの威力にチャンは膝から崩れていく。咄嗟にアレンが止めに入ったことにより、それ以上の追撃は防がれた。

 

「だ、大丈夫であるか?」

「ああ、すまないありがとう」

 

 クロウリーの手を借りてどうにかチャンは体を起こすが……

 

「だが、一つだけ言わせてほしい。スカートの中に短パンを履くのはどうかどっ!?」

 

 ……今度は彼の頭にリナリーのかかとが落とされ、顔が地面に沈んだ。俗に言う“かかと落とし”である。

 アレンとラビが二人ががりでリナリーを押さえつけたことでようやくチャンは解放された。クロウリーの肩を借りて立ち上がる。

 

「……あんたも勇者だな」

「しかしお主随分頑丈だのう。痛みはないのか?」

 

 ラビとブックマンの賞賛の言葉。それを受けてチャンは言った。

 

「先ほども言っただろう。か弱い女の子に蹴られたくらいで、怪我はしないと」

(変態なのか紳士なのかわからねえ! ってか答えになってねえさ!!)

 

 あまりにも堂々と答えるもので、ラビは思わず心の中でツッコミを入れた。悪気がない様なのが厄介である。

 

「まあ、その話はそれくらいにして。……チャン。あなたに幾つかお聞きしたいことがあるのですけど、よろしいでしょうか?」

 

 このままでは話がまったく進まないと判断し、アレンが話を流れを絶つ様に前に出た。

 服の間からチャンはアレンの表情を観察すると、重々しく息をこぼして……

 

「いいだろう。私が話せることなら何でも」

 

 そしてアレンの要望に答えた。

 

「ありがとうございます。それではまず、この街で発見されたある機械の残骸についてですが……」

 

 礼を言ってアレンは語り始めた。所々に説明を入れることを忘れない。

 AKUMAのこと、ここ数日の間に戦闘が行われたということ。さらに黒の組織のことなど。何か知っていることならば教えて欲しいと。

 

「――成程。あれはAKUMAというのか。……悪魔。ふん、確かにそう呼ぶのがふさわしいのかもな」

「お? なんだ、チャンひょっとしてあいつらのこと知ってたんさ?」

 

 それはまるで名前を知らないだけでその存在のことは知っていたような言い方であった。

 不思議に思ったラビはチャンに尋ねる。するとどこか重々しさを感じる声が返ってきた。

 

「知っている。忘れられるわけもない。私の両親はそのAKUMAによって殺されたのだから」

「なっ――!?」

 

 それは静かではあるが怒りや憎しみが込められたものであった。

 予想外の返答に一同は言葉を失う。――その中でも特に、同じ境遇であるためかリナリーは表情が曇った。

 

「数年前の話になるか。あの機械、君たちの言うAKUMAが街に飛来したのだ。飛び交う銃弾のような砲撃の嵐。家々が壊れ果て、両親はそれに巻き込まれて死んだよ。私だけが運よく生き延びた」

「ひょっとしてあなたがこのコロシアムに住んでいるというのは……」

「両親がいなくなったことで、当然ながら収入の見込みが一挙になくなったものでね。生活難に陥り、少しでも予算を減らすためだ。恥ずかしい話だがな」

 

 それを聞いてリナリーは先ほどチャンが言っていたことを理解した。

 チャンの表情は窺えないものの、きっと良い顔はしていないのだろう。淡々とした口調がかえって彼の心が穏やかなものではないことを示しているようにも感じられた。

 

「……すまんな。御主に辛い過去を思い出させるようなことを聞いてしまったようだ」

「なに、気にすることはない。私自身も割り切っていることだ。だから謝る必要はない」

「そうか。そう言ってくれればこちらも助かる」

 

 ブックマンの謝罪にもチャンは気さくに答えた。彼が前向きに考えているのだろうか、それとも人柄が良いのかはわからないが、重い過去をずっと引きずっているよりはマシだろう。ブックマンも安堵して表情に余裕が戻る。

 

「それならばもう少しだけ話を聞いてもよろしいであるか? 私達はそのAKUMAについて調べるためにここに来たのである」

「ああ、構わないさ。きっと私は君たちの知りたいことについて知っているはずだ」

「は? どういう意味さ?」

 

 クロウリーの発言に意味深な言葉を返すチャン。ラビが不審に思って聞き返すと、チャンは苦笑して言った。

 

「簡単な話だ。おそらくだが、私は君たちの言う現場にいたはずだ。そのAKUMAが現れた時にな」

「なっ――!?」

 

 意外な言葉が返ってきて思わず皆目を丸くする。チャンの言うことが事実だというのならば、彼は大切な証言人ということになるのだから。

 

「その話は本当ですか!? それならばそのことを、できるだけ詳しく教えて――!」

 

 深く聞き出そうとしたアレンであったが、突如彼の左目が反応を示した。AKUAMを自動的に探知するレーダーが。

 事態を理解したアレンは腹立たそうに声を荒げて、闘技場方面へと駆け出す。

 

「こんなときにっ!」

「アレン、どうしたであるか!?」

「AKUMAです! 北西からAKUMAがこちらへ向かって来ています! 数も相当なもの!」

「ちっ、マジかよ。タイミング悪すぎさ! ようやく手がかりを掴めたと思ったってーのに!」

「落ち着けラビ。とにかく我らは迎撃に向かうぞ!」

「チャンはコロシアムの物陰に隠れていて。話の続きは後で聞かせてもらうわ」

 

 アレンに続くように、ラビやリナリーも駆け出す。チャンにも声をかけることを忘れない。ここで彼を失うわけにはいかない。貴重な情報を持つ証人であるということは勿論、彼らが守るべき人命なのだから。

 

「な、待て! 君たちは大丈夫なのか!?」

 

 走っていく彼らに対し、チャンは怒鳴り声を発する。

 心配してくれたのだろう。それを理解してリナリーは彼の不安をかき消すように微笑んだ。

 

「大丈夫よ。私達はイノセンスの適合者、エクソシストだから」

 

 そう言うともう振り返らず、影は消えていく。

 その姿を見送ると長い廊下でチャンは一人立ち尽くす。先ほどと同じく一人の状況になった。

 壁によりかかり、一息つくとチャンはある単語を口にする。

 

「――イノセンス。それに、エクソシスト、か」

 

 リナリーが言ったこと、先ほどのアレン達の説明にもあったものだ。

 AKUMAを破壊できる唯一の物質が“イノセンス”であり、その適合者のことを指して“エクソシスト”と呼ぶと。

 

「……俺は……まさか……」

 

 自分自身の体を見つめて呟くチャン。

 どこか半信半疑のような言葉ではあったが、その瞳には強い意志が宿っていた。

 

 

――――

 

 

「判! (マルヒ)! 劫火灰燼(ごうかかいじん)、火判!!」

 

 ラビが自身のイノセンスである槌を地面に叩きつける。

 すると大蛇のような巨大な火柱が発生して次々とAKUMAを襲い、飲み込んでいった。あまりの炎熱にそのボディーが耐え切れず爆発する。

 今の攻撃だけでも五体はレベル1を破壊しただろう。しかし未だに減る気配を見せないAKUMAの群れ。その事実にラビの中で苛立ちが募っていく。

 

「くっそ! さっきからキリがねえさ!」

「AKUMA達、どうやら最初からこの地を狙って来たみたいですね」

「この数から察するにそうじゃろうな。味方が破壊されたことで確信をもったのじゃろう」

 

 アレンの推測に同調するようにブックマンは冷静に分析する。

 単なるAKUMAの発生にしては数が多い。街で発見されたAKUMAの三倍近くはあるだろう。

 

「それがどうした! 敵がどれだけこようと関係ない。私が一滴残さず吸い尽くしてくれる!」

「……本当、イノセンス発動時のクロちゃんは頼りになるさ」

 

 次から次へと自慢の牙で獲物を刈り取る吸血鬼……もといクロウリーを見てラビは呆れを通り越して感心する。普段の穏やかな性格から好戦的な性格へと変貌する仲間、戦場ではこれほど頼りになるものはいないだろう。

 

「でもこの近くにエクソシストがいるのなら、この騒ぎで現れてもおかしくはねーんだけどな……」

「きゃあっ!」

「おおっと!? リナリー、大丈夫さ!?」

「うん、ごめんラビ。ありがとう」

 

 一人考えていると、突如背後から衝撃があった。

 ラビが振り向くとリナリーが衝突したということに気づく。声をかければ無事だということがわかるが、果たしてリナリーを相手にして反撃するようなAKUMAがいるのだろうかと疑問に思い、視線をそちらへ向けると。……そこには鎧を纏った大男のような形状のAKUMAがいた。

 

「おい。まさかあれレベル3以上じゃ……」

「多分ね。大丈夫だよ、あいつは私に任せて!」

「ちょ、おいリナリー! ……くっそ!」

 

 今まで見たことのない形状。それでいてリナリーが苦戦するということを考えると相手はレベル3より上。それはリナリーもわかっているだろう。しかしリナリーは再び単騎で突っ込んでいく。ラビの制止は届かない。加勢に向かおうとするが、そこにレベル2の弾丸が迫った。咄嗟に槌で防御するが、これでは加勢には迎えない。

 

「テメーら、いい加減にしろ!!」

 

 ここで時間をかけている余裕はないのだ。

 ラビは槌を大きく振るい、再び弾丸を放とうとしていたAKUMAをなぎ払った。

 

 

――――

 

 

 アレン達がレベルの低いAKUMA達を一掃している中、リナリーはレベル3と肉弾戦を繰り広げていた。

 彼女のイノセンスである黒い靴(ダークブーツ)で空を自在に舞い、強力な蹴り業を絶え間なく打ち込む。しかしレベル3も驚異的な反射速度でその攻撃をいなし、反撃。互角以上に渡り合っていた。

 

「はあっ、はぁっ……はっ!」

「どうした女。随分息が上がってきているようだが?」

「うる、さい!」

 

 しかし戦況はリナリーが不利な状況へと向いている。

 消耗が激しいのだ。動きはそれほど激しくはないはずなのに、息は荒れてリズムも乱れている。

 調子に乗られないようにと、AKUMAの挑発に言葉を返すことさえやっとのことだった。

 

(どうして……黒い靴が、こんなにも重い……!)

 

 原因は彼女のイノセンス、黒い靴にあった。戦闘開始時にはなんともなかったはずなのに、今はもうただ足を動かすことさえ困難なほど重みを感じていた。

 

(それでも……!)

「はあああっ!」

 

 リナリーは一度着地すると、壁蹴りの要領で空中に舞い、AKUMA目掛けて回し蹴りを放つ。

 しかし最初のころと比べるとその動きはあまりにも遅く、単純なものであった。それゆえに見切ることは決して難しいことではない。

 

「遅い!」

「――くっ!?」

「駄目だな、これでお仕舞いにしてやろう!」

 

 軽々と自らに迫る足を掴み取るとそのままその靴を殴りつける。

 

「っ――!?」

 

 そしてその攻撃と同時に、リナリーの体は突如地面へと落下した。

 黒い靴はもはや動かすことさえできずそのまま足から落下。クレーターを作るほどの勢いで、足は地面に埋まってしまった。

 

「なんで、どうして。……このっ!!」

 

 どうにかして抜け出そうにも体が重くてまともに動かせない。

 体の不調ではなかった。事実腕などはいつも通り動き、戦闘にも支障はなかった。ただ靴だけが重かった。イノセンスの不調が考えられるが、こんなにも突然起きるものだろうかと甚だ疑問だ。

 

「無駄だ。私がいる限り、お前はもう終わりだ」

「どういうこと? ……まさか、私の黒い靴に何かしたの!?」

「AKUMAにはそれぞれ特有の能力が与えられている。

 ……そして我がダークマターの能力は『質量操作』。攻撃を受けた対象はその重さが倍になる。一度ならば二倍の質量、二度ならば四倍の質量とどんどん質量が増していく。もはやお前の靴はお前を縛り付けるただの鉄枷でしかないのだ!」

「なっ……!?」

 

 リナリーは驚きのあまり言葉を失う。

 ここまでリナリーはAKUMAの反撃により、何度も黒い靴を攻撃されていた。ただでさえ普通の靴よりも質量のあるリナリーの黒い靴。現に今もこうして地面に沈み込むほどの質量になっている。これではどうしようもない。

 

「さて、もう私が相手をするまでもないな。……おい、レベル1」

「くっ――!?」

「やれ」

 

 興味を失ったのだろうか、レベル3はリナリーに背を向けて一機のレベル1を呼んだ。たちまちそのAKUMAのいくつもの銃口がリナリーへと向けられる。

 リナリーは脱出しようともがいても抜け出すことはできない。

 装備型のエクソシストとて体はただの人間にすぎない。レベル1であろうとも砲撃を受け、AKUMAウイルスをその身に打ち込まれれば――たちまち死んでしまう。

 

「やめろっ!」

「リナリーに手出すなさ!」

「させない。次はお前達の番だ!」

「ちぃっ!?」

 

 仲間の危機を察したアレンとラビがすぐさま目の前のAKUMAを破壊し、救援に向かうがそれはレベル3によって阻まれてしまう。アレンは剣で斬りかかり、ラビは槌を振り下ろすが、それぞれ片腕で防がれてしまう。

 押し切ろうと力をこめる中、二人はレベル1がその銃弾を発射するのを目にした。

 

『リナリー!!』

「――――ッ!」

 

 ただ叫ぶだけで、見ていることしかできなかった。

 リナリーは逃げられないことを理解すると、自身に迫る最期の瞬間を目を閉じて待つ。

 ――そして一瞬、何かやわらかい衝撃があった感覚を覚えた。

 

 打ち込まれるいくつもの銃弾。着弾と同時に発生した砂埃が戦場の視界を奪う。アレンとラビは一度レベル3から距離を取り、リナリーの安否を伺った。

 

「――――あれ?」

 

 煙の中、頭を抱えていたリナリーがポツリと呟いた。

 おかしい。たしかに銃弾が放たれるところを目にしたというのに。しかしいつまでたっても襲われるだろう痛みを感じることがない。

 おそるおそる目を開けると、視界が暗いということを――誰かが自分を庇うように抱きしめていることに気づいた。

 

「……無事か、リナリー」

「え、なっ……チャン!?」

 

 それはまさに彼女達が必死に守ろうとしていたチャンだった。

 背中にAKUMAの砲撃を受けたのだろう。煙は周辺の土からだけではなく、チャンの背中からも舞い上がっていた。

 

「なんで、どうしてあなたがここに!? どうして私を助けて……!」

「女性を助けるのに理由がいるのか? それは知らなかったな」

 

 致命傷を負ったはずなのに、それでもチャンはリナリーの不安を一蹴するように笑みを浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鋼戦士、参戦

 ――かつてそこは人々が集まり、活気がある町並みであった。

 町に住む人間や訪れた者ならばそう語る。だが今はそんなことを言ってもほとんど誰も信じないだろう。その光景は今となっては見る影もないのだから。まるで何か大きな自然災害や大火災にでも見舞われた直後のように、建物の多くは崩れ去り、瓦礫の山と化していた。町のあちこちから煙が立ち込めるばかりで人の姿さえ見えなかった。

 

「……ぅっ……ぐっ……」

 

 そんな廃墟と化した光景の中、一つの瓦礫の山の中から一人の少年が這い出てきた。

 苦しそうに呻き声を上げながらもしっかりと両腕で瓦礫を左右に押し退けて、ようやく彼は外へと飛び出した。気を抜けばすぐさまよろけてしまう体に鞭を打ち、しっかりと立ち上がる。

 

「そんな。……こんな、ことって……」

 

 そして目の前に広がっている光景に、言葉を失った。

 とても信じることができなかった。つい先ほどまでにぎやかな繁華街が広がっていたというのに、短時間でこれほどまでに破壊されてしまったのだから。突如町に現れた、未知の物体によって。

 だが、いつまでも愕然としているわけにはいかない。惨劇を見て彼の脳裏にある人物の顔が思い浮かんだのだ。

 

「――っ、父さん!! 母さん!!」

 

 がむしゃらに瓦礫を掘り起こしていく。かつて自宅であった場所であるが、ここにいたのは自分だけではない。彼の両親、彼の大切な人も共に同じ時間を過ごしていた。

 二人の無事を願いつつ呼び続けながらもひたすら手を動かす。きっと大丈夫だと、自分が助かったのだからきっと生きていると。そう信じて疑わなかった。

 そしてやがてあるものを見つけて彼の動きは止まった。何者かの顔であった。それを見つけて彼に笑みが浮かぶ。

 

「父さん!」

 

 見間違えるわけがない。生まれてきてから今までずっと見続けてきた、父の顔だ。

 すぐに父親の顔の周りの土を掘り、引き出せるようにと作業を再開した。こうなればもう苦労はない。すぐさま瓦礫をどかして父親の顔へと手を伸ばし――

 

「――――ッ!!??」

 

 ――救い出そうと触れた瞬間に、父親だったものは砕け散った。とても人間の体とは思えないほどもろく崩れ去った。

 

「あ、あ……っ、ぅああああああああああああ!!」

 

 希望は潰えた。大切な者の死という事実さえも生ぬるい、死体さえをも残さないという悲劇であった。

 目の前の現実を受け入れられずなかった少年。彼の悲痛な叫びが無人の廃墟に木霊する。

 

 ――やがて、涙が枯れ果てたことでようやく彼は立ち上がることができた。

 せめてもの弔いとして父親がいたはずの場所を元に戻し、無事に眠れるようにすると母親の捜索を再開するも……無駄なことであった。彼が見つけたときには崩れた建物に押し潰されて、すでに息を引き取っていた。

 まだ死体が残っているだけ父親よりも幾分もマシである。そう考えればよいのかもしれないが。……とてもではないが、微塵たりとも喜べない心境であった。だから母親の遺体を父親がいたすぐ近くに移動させ、そして埋めた。これでせめて二人は一緒にいられると思ったから。

 作業を終えると、近くの瓦礫に腰かける。もう立っていることさえ辛かった。肉体的にも、精神的にも。

 

「……なんで、どうして俺だけ生き残ったんだろう」

 

 いっそ自分も死んでしまえばよかったとさえ思えてしまう。

 このような精神的状況ではまともな思考さえできない。口にするのは絶望を語るものばかり。生きる気力さえ失せて自然と視線も下がった。

 

「……あれ?」

 

 するとその視線の先で、彼は一つ異変に気づいた。

 

「俺、いつの間にこんな格好してたっけ……?」

 

 この場には不釣合いな間抜けな声。

 つい先ほどまで突然の事態に我武者羅になっていたがために気がつかなかったが、彼自身も気づかないうちに服装が変わっていた。いや、性格には今まで彼が着ていた服の上に、見知らぬものが被さっていたのだ。

 

 

――――

 

 時間が経過していくにつれて煙が晴れ、視界も回復していく。

 しかしそこに広がっていたのは信じられないものだった。

 

「お、おい。アレン。弾丸の着弾点を見てみろ! あの銀色の服は……」

「あれはまさか、チャン!? 彼が撃たれたということですか!?」

 

ラビに促され、アレンはリナリーがいた場所、アクマの銃弾が打ち込まれた場所を目にする。すると彼の瞳には、先ほど見た銀色の服が映りだされた。クロウリーもその姿が視界に入ってしまい、動きが鈍る。

 

「リナリーを助けたのであるか! くっ、なんということだ……!」

「アレイスター、悔いている暇などないぞ! まだアクマは健在じゃ!」

 

 そんなクロウリーを叱咤するとブックマンは自身のイノセンス、ヘブンコンパスで押し寄せてきたアクマ二体を串刺しにし、破壊した。

 彼の言うとおりまだアクマは数が残っている上にレベル3も破壊できていない。後悔などする暇もなかった。

 

「今はこの場を生き残ることを考えるのだ。

 ……ラビとアレイスター、おぬし達は戦闘を続行してアクマたちを食い止めろ。決してアクマをリナ嬢に近づけるな! ウォーカーは儂と共にリナ嬢の下へ向かうぞ!」

「わかりました!」

「ああ。この場は任せろさ! そっちは頼むぞ!」

「やるしかないであるか。……ならば、存分に暴れさせてもらう!」

 

 年長者ということもあって、ブックマンはたくみにアレン達に指示を飛ばす。

 皆その言葉に従い、ラビとクロウリーはこの場に残るアクマの方へ、アレンとブックマンはリナリー達の方への駆け出した。

 

 

――

 

 

「なんで、どうしてあなたがここに!? どうして私を助けて……!」

「女性を助けるのに理由がいるのか? それは知らなかったな」

 

 未だ激しい争いが繰り広げられている戦場の中、リナリーの悲しい嘆きが響く。

 守りたかった、守らなければならない相手(チャン)に守られた。それを重々理解しているからこそ、リナリーは顔を歪め、気持ちを露にする。

 そんな彼女を見かねたのかチャンは何でもないと言う様に、柔らかい口調で語りかける。

 

「……馬鹿!」

 

 その心遣いは理解できる。だからこそリナリーは彼を「どうしようもない馬鹿だ」と言った。

 

「リナリー、チャン!」

「御主、まさかアクマの砲撃を受けたのか!?」

 

 二人の元にアレンとブックマンが駆け寄る。どうやら戦いをラビとクロウリーに任せ、こちらに来たようだ。

 

「私は大丈夫、それよりもチャンが私を庇ってアクマの砲撃を……」

「な、そんな……」

「やはりか。それでは、もう」

「……気にすることではない。この程度の攻撃、なんともないさ」

 

 リナリーの説明に、言葉を失う二人。

 しかし肝心のチャンはまるで何事もなかったかのように、立ち上がった。

 

「何を馬鹿なことを言っているんですか! 寄生型のエクソシストでもない人間がアクマの砲撃を受けたら……!」

「……待て小僧。チャン、御主なぜそのように平然としていられるのだ?」

「え……?」

「ブックマン、何を言っているの?」

 

 強く怒鳴りつけるようアレンだが、チャンは答えない。

 するとブックマンが代わってチャンに問いかけた。アレンやリナリーが疑問に思っているところを尻目に、ブックマンは疑問を投げかけた。

 

「本来ならば、すでにチャンの肉体はアクマウイルスに犯され、崩壊を起こしているはず。それなのになぜ御主はそのように立っていられる?」

 

 それはチャンの異常を示すもの。

 常人ならばすでにその体を保つことさえできないはずなのに、目の前のチャンはこうして立ち上がっている。これが表すことは、一つしかない。

 

「……私も確信がないために断言はできないが。おそらく、この私が纏っているものこそが、君たちの言うイノセンスだからだろう」

 

 それはすなわちチャンがアクマウイルスを消す物質、イノセンスで防いだということ。そして彼がアレン達の仲間・エクソシストであるということだ。

 

「……イノセンス? 纏っているものって、その服のことですか?」

「服だけではない。この外套はもちろんのこと、帽子に靴、手袋。私の体を覆うもの全て。私はこの鉄壁の守りを鋼鉄ノ外套(メタルコート)と呼んでいる」

「……ッ!!」

 

 アレンの予想をさらに上を行く、鋼鉄のイノセンス。それこそがチャンのイノセンス、メタルコート。

 三人を守るように、その姿をより強く映るように背を向ける。その彼の外套には傷一つついていなかった。それを見た三人は驚愕し同じことを思った。

 

(……ファッションとかセンスで着ているわけじゃなかったんだ)

 

 チャンに対してとても失礼なことを。

 気まずい空気が流れるが、知ってか知らずかそれを一蹴したのはチャンであった。

 

「わかっただろう。私が君たちの言う、アクマを破壊した男だ。だからこそ心配はしなくていい。私もここから参戦させてもらうぞ。……リナリーは戦えないようだしな」

 

 リナリーを一瞥してからチャンは戦場を見やる。

 たしかに彼の言うとおりリナリーが戦闘続行不可能な今、戦力が増えることは嬉しい限りであった。鉄壁の防御力を見せてくれたチャンが加勢してくれるならば、戦況は大きく変わるだろう。

 

「是非とも頼む。ウォーカー、御主も戦場へ戻れ。リナ嬢は私が守り抜く。

 ――天針(ヘブンコンパス)、加護の針・東の罪(イーストクライム)!!」

 

 ブックマンの言葉に応じ、ブックマンとリナリーの周辺を包み込むように黒い針が出現する。対象者を守護する堅固な防壁、これならば並大抵の攻撃では壊せないだろう。

 

「随分と奇怪な武器だな。イノセンスと一言で表しても、こんなにも差があるものか」

「リナリーのことはブックマンに任せましょう。……行きますよ、チャン!」

「了解した、アレン。この身も鋼鉄で守護されている。そう易々と墜とされはしない!」

 

 率直にヘブンコンパスの感想を述べると、チャンはアレンに続く形で戦場へと飛び出す。

 左右から一機ずつレベル1が迫ってくる中、二人は各々の武器を展開して地を蹴る。

 

十字架ノ槍(クロス・スピアー)!」

 

 右からの接近に対処するのはアレン。迫り来る弾丸を最小限の動きでかわし、相手との距離が0になるまで迫ると、左腕(イノセンス)を槍状に変化させる。槍のエネルギー体は切れ味も抜群。レベル1を切り刻み、個体は爆発した。

 

「はあああああっ!」

 

 雄たけびを上げてチャンは駆ける。

 左から迫るレベル1。チャンは砲撃を受けながらもひたすら真っ直ぐ進む。レベル1の攻撃ならば受けきれるという自信があるのだろう。

 

拳弾丸(バレットパンチ)!」

 

 振り上げられる拳。それは何も特別な効果はない。衝突の寸前にわずかに手首の回転が加えられているだけ。しかしそれはただ強く、そして重い。

 アクマのボディーに振り下ろされたその一撃は、硬いアクマのボディーをまるで銃弾のようにいとも簡単に打ち抜いた。

 

「ふんっ!」

 

 腕を引き抜き、さらに次へと目標を定めるチャン。後ろで聞こえる爆発音には目もくれない。彼が視界に捉えたのは、自分に背を向ける形でクロウリーと激しくもみ合っているレベル3、リナリーと戦っていたアクマである。

 

「クロウリー、後退しろ!!」

「むっ!?」

「――流星拳(メテオナックル)!!」

 

 チャンの咄嗟の指示に反応し、クロウリーは後ずさる。

 その声にレベル3もチャンの方へと振り向くが、遅い。レベル3の体をチャンの打撃技が襲う。目にも止まらないほどの攻撃の嵐。防ぎきることはできず、レベル3は直撃を許してしまった。

 

「ちぃっ! ……不意打ちとは、やってくれたなエクソシストが」

「生憎仇に対して手段を選ぶほど、俺はできた人間ではないのでね。……さて、形勢逆転だな。悪いがお前にはここで消えてもらう!」

 

 チャンの声に呼応するように、クロウりー、そしてラビとアレンも並び立つ。他のアクマ達は二人が全て殲滅したようだ。後はこのレベル3を残すのみ。

 

「一体四か。さすがに、これは分が悪いか。……ならば!」

「なっ!? あいつ、逃げる気だぞ!」

 

 レベル3は大きく跳躍し、空中に身を躍らせる。自身の不利を悟ったのだ。レベルの上昇により、知能も増大したのだろう。

 

「追いかけましょう!」

「いや、その必要はない。そう簡単に逃がすものか! ……鋼鉄ノ網(アイアンネット)!!」

 

 ラビやアレンが駆け出そうとするが、それはチャンによって制せられた。

 チャンは左半身をレベル3の方角に向け投擲の構えを取ると、素早く右手を殴りつけるように前に出す。するとその動きに合わせ、外套の右手首の部分が細い槍のように射出される。雲の糸の様に広がるそれは、凄まじい速さで瞬く間にレベル3を捕らえ、自由を奪う。体の自由を奪われたレベル3はなすすべもなく、地面に横になった。

 

「バカな。このようなもので私の動きを止めようなどと……図に乗るなエクソシスト!」

「そうであろうな。もとよりお前を逃がさないことが目的だ。だからこそ、少しでも時間を稼げればそれで十分すぎる!」

 

 そう言ってチャンは再び戦場を駆ける。

 レベル3は自分を縛る鋼鉄の網を振りほどこうともがくが、イノセンスの一部であるそれはそう簡単には脱出できない。

 その間にもチャンはどんどん距離を詰める。まさにレベル3の目の前に迫ると、地面を蹴って跳躍する。空中で左手の握りこぶしを右手で包み、大きく振りかぶった。

 

「や、やめろーーー!」

「――鋼ノ衝撃(メタルバースト)!!」

 

 着地と同時に響く轟音。チャンの拳により、レベル3の腹の中心に大きな風穴が開いた。

 

「が、はぁっ……!?」

「これで終わりだ。……堅さとは強さ。鋼鉄の拳を前に、壊せないものなど存在しない」

 

 ゆっくりと拳を引きぬき、チャンが語り終えると同時にレベル3は機能を停止する。

 押し寄せるアクマはこれで全滅した。この争いは終了した。

 

「やれやれ、ようやく終わったか」

「……あ」

「リナリー! ブックマン!」

「二人とも無事であるか!」

「何はともあれ、これで万事解決さ」

 

 ヘブンコンパスも発動が停止し、その中からブックマンとリナリーが姿を現す。二人とも怪我はない。レベル3が破壊されたことで黒い靴の重さも元に戻ったのだろう、リナリーは自分の足で歩いている。

 その姿を確認してアレンやクロウリーは安堵し、ラビの顔にも笑みが浮かぶ。

 

「……さて、果たしてどこから話すべきか」

 

 仲間の元に駆け寄り、無事を祝っているアレン達を見て、チャンは一人呟いた。

 

 

――――

 

 

 全員の治療を済ませ、一同は再び先ほどは中断されてしまった話の続きを始めることにした。

 

「それじゃあ、チャン。もう一度話の続きを聞かせてください」

「了解した。だがその前にアレン、一つだけ確認したいことがある」

「何ですか?」

「君は先ほど誰よりも一早くアクマの接近を感じ取っていたな。君はアクマを感知できると考えて良いのか?」

 

 戦いの前のことを思い出し、チャンはアレンにたずねる。

 何も知らなかった彼から見れば異常なことだっただろう。突如アレンが乱れたと思えば、他の仲間も彼の言葉を信じ、動き始めたのだから。しかしだからこそ、仲間がそこまで信じるのだから効果はあるというもの。

 

「え、ええ。ある程度アクマが近づけば僕はそれに反応して、すぐに知らせます」

「そうか。……ならば、これを展開し続ける必要はない、か」

「……え?」

「――メタルコート、展開終了」

 

 チャンがそう言うとイノセンス、メタルコートの発動が解けた。

 帽子と手袋はなくなり、普通のコートに収束される。これにより、今まで隠れていたチャンの顔も明らかになった。その姿に、一同はまたしても驚くことになった。

 

『……若っ!!』

「むっ。そうか、そういえばまだ君たちには素顔を見せてはいなかったか。あの格好では顔を見せることも適わなかったからな」

 

 その反応は予想外だったのだろうが、すぐに納得して言いつくろう。

 程よく伸びたツンツンした黒髪、黒目。ここまでは中国人ということを考えれば普通だ。だがしかし、それなりに整った容姿であるその顔はとても若々しい。

 

「え? ちなみにチャンって何歳なんさ?」

「19歳のはずだ。たしか来年で丁度二十歳を迎える」

「嘘!? そんなに若かったんですか!?」

 

 今までの大人びた雰囲気や話し方から二十代後半はいっているだろうという予想があったが、それは的外れも良い所であった。ラビの質問に淡々と答えるチャンにアレンは驚くしかない。

 

「あのメタルコートは私にとっては守り神のようなものでね。できるだけ肌身離さず装着しているようにしているんだ」

「……なあ。それじゃあそこから教えてもらえねーか? イノセンスはいつ発動したんさ?」

 

 懐かしむように微笑むチャン。思い入れがあるということを感じられる。それをラビも理解し、まずはその点から聞いていくことにした。

 

「良いだろう。……私がこのメタルコートの存在を知ったのは、先ほど話した、両親が殺されたときだった」

「アクマの襲撃の時ですか?」

「そうだ。私は両親と家にいたのだが、家はもろくも崩れ去り、私もその下敷きとなってしまった。

 ……だがそのときに、まるで私を守るようにこのメタルコートが出現した。気がついたらこれを着ていたんだ」

「イノセンスが勝手に発動したと……?」

 

 たしかに適合者が近くにいればイノセンスは自動的にその適合者の下へと赴くことがある。

 しかしチャンのように最初から装備型のイノセンスが特定の形を持って出現するのは数少ない異例である。だがチャンが嘘をついているようには見えない、おそらく事実であるのだろう。

 

「それのおかげで私は助かった。今こうしてここにいるのも、生活を送れるのもメタルコートがあってこそ。そうでなければこうしてこのコロシアムで過ごすなどできないだろうしな」

「それはどういうことですか?」

「詳しくは私もわからないのだが、このコートを展開していると防御力が上がることに加え、あらゆる環境条件をもクリアしてくれるようなんだ。熱さや寒さをはじめ、強風などの天候条件。……それに、一時期ためしに海に潜ってみたりもしたが、不思議と水圧も感じなかったな」

「……あれで海で泳いだんですか?」

「で、でもそれが本当ならこれほど頼もしいことはないわよ」

 

 試すことは大事であるとはいえ、あまりにもシュールな絵が思い浮かんでアレンは言葉を失った。

 だがこれが全て本当ならばチャンはかなりの戦力となる。リナリーのような身体能力の強化はないようだが、堅い守りとそこから発揮される爆発的な威力を持つ打撃、そしてあらゆる障害をクリアするイノセンス。幅広い分野での活躍が期待される。

 

「じゃが、そこまで理解しているのならば我らが言っていたことも理解できたじゃろう?」

「ああ。イノセンスとそれに選ばれた神の使徒・エクソシストだろう?」

「そうさ。俺達は同じイノセンスの適合者を探してるんさ」

 

 ブックマンの問いに頷く。その様子から可能性を感じたラビはさらに言葉をつなげた。

 

「アクマを破壊できるのはエクソシストだけなのである」

「そしてチャンはその力を持っている」

「どうでしょうか? ――エクソシストになりませんか?」

 

 クロウリーとリナリーにつなげて、アレンはチャンに道を示す。

 同胞への誘い。これから先待ち構えていることは決して優しいものではないだろう。今日の戦いでもそれをチャンはその身で感じたはずだ。

 

「いいだろう。どうせこのまま暮らしていてもまともな最期は期待できない。

 このような俺でもできることがあるというのならば……喜んで力になろう。俺を仲間に入れてくれ」

 

 それでもチャンは修羅の道を行く。少しでも自分のできることを成し遂げるために。自分のような犠牲者を再びださないためにも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。