GALAXY ANGEL 悠久の銀河 (紅だった人)
しおりを挟む
第1話 遭遇
薄暗いコックピットの中に1人の男が座っている。髪は紺色だが、パイロットスーツと付属されているヘルメットを装着しているため髪型はよく分からない。しかし顔はよく見えた。目をつぶり、落ち着いたその表情は子供というには成熟しており、大人というには幼さが残る。10代後半という大人の子供の狭間にしかない顔つきだ。
モニター映る景色は漆黒。モニターが落ちているわけではなく、外が宇宙だからだ。真下を除いて。
「偵察機の信号受信――特に異常はみられませんね」
宇宙に負けず劣らずの黒に染まった恒星に放った多数の無人偵察機。そこから送られてくる代りばえしない映像にパイロット――ブラッド・スカイウェイは淡々と遥か上方にいる乗艦に報告を入れた。
『だろうな。誰も好き好んでこんな住みにくそうなところを潜伏先にしないだろ』
通信越しにつまらなそうな声が聞こえる。ブラッドの上官であるランス・アップルトンだ。音声のみのため顔は見えないが、見えていればさぞ眠そうな顔をしているに違いない。
「同感ですね。まあ、だからこそという輩はいそうですが」
『いないことを祈ろう。いたら手間と金がかかる」
「これまた同感です」
苦笑しながら、ブラッドは砂と岩だらけの映像を相も変わらず見続けた。
EDENと呼ばれる大文明があった。それも遠い昔の話。時空震と呼ばれる大厄災によって巨大星間文明だったEDENはその肝といえる星間ネットワークが破壊され瞬く間に衰退・滅亡した。
その後、同じく衰退していた惑星トランスバールにEDENの遺品――ロストテクノロジー白き月が出現。月の聖母シャトヤーンからもたらされた星間航法・通信により、人々はかつての繁栄を取り戻しつつあった。
しかし、広大なトランスバール皇国領土に対し、その監視たる軍隊の数は足りておらず、そのため辺境においては軍外不正規部隊の存在が不可欠だった。
ブラッドの所属する部隊もその一つ。
第1方面軍不正規部隊第3師団37機動部隊『クリスタル・ベル』
物語は彼の部隊が辺境外惑星の調査をしている、ここから始まる。
すぐに専門家による調査隊を、といきたいところだが場所は皇国領土外。軍に追われた犯罪者や海賊が潜伏しているかもしれない。
つまり調査前の敵勢調査というややこしいことをしているのだ。手間のかかる任務ではあるが、敵と遭遇さえしなければ割のいい仕事でもある。敵がいないことに賭け、隊長のランスが他の部隊員に相談もなしに請け負ってきた。が、いつものことなので誰も反論せず――またか、と溜息はついていたのが1人いる――今日に至る。
溜息をついた1人ことブラッドだが、仕事ぶりは部隊内の誰よりも真面目である。というのもCB隊の構成員はほとんど元ストリートチルドレンであり、まともな軍隊経験者がランスとブラッドくらいしかいない。そのためだ。もっとも不真面目というわけではなく、ブラッドがより効率的に動けているだけなのであるが。
「ん?」
今まで反応がなかったレーダーが小さく動く。ブラッドはそれを送ってきた無人偵察機のログを調べる。
(熱源がある、しかも地表にか。これは外れを引いたかな)
外れとはランスの賭けに対してである。
無人惑星であるここの地表に熱源などあるはずはない。
「レーダーに反応あり」
『了解。やれやれ金と手間がかかることになったか』
「それはまだ―――っ!?」
続けようとした言葉をブラッドは言い切れなかった。報告しながら偵察機に現場の捜索をさせようとした瞬間、偵察機からの信号が途絶えたのだ。
明らかに不自然。人為的なものを疑わざるえない。
『……念のため艦の離脱準備はさせておく。こっちの守備はまかせろ』
「了解。偵察機の信号があった現場に向かいます」
『ああ。気をつけろよブラッド』
通信が切れるのも待たず、ブラッドは地表に停めていた愛機であるシヌイを飛翔させた。
今回の任務には調査の他に敵勢勢力の排除も含まれている。
戦闘になる。これは確信。問題は相手がどの程度の規模と練度があるのか。それによっては自分の取るべき行動が大きく変わってくる。頭でいくつかのパターンをシュミレートしながら、ブラッドはシヌイのスラスターを強めた。
偵察機の信号が途絶えた地点に近づくものの、景色が先ほど停泊してたものと同じようなばかりだ。何も変わらず、何も起こらない。
(静かだな。これはマズイかもしれない)
もし相手が存在し、それが武装集団なのだとしたら、とっくに攻撃があってもおかしくない。
それがないということは誘い込まれているのではないか。ブラッドの頭にはそんな不安があった。
とはいえ、確証があるわけでもないのだ。このまま撤退はさすがにできない。
偵察地点は、大きな岩というか壁の向こうだ。それを迂回しながら進み、そこに到着した。
(!?)
ブラッドは息をのむ。そこにあったものは見覚えこそあるものの、さすがに想定していなかったのだ。
(バーメル級、だと!)
正確にはバーメル級巡洋艦。トランスバール皇国軍における主力艦艇の一種である。塗装が黒という点だけが異なるが、姿形は間違えない。
相手が海賊なのかテロリストなのか知らないが、一武装集団が所持している武装にしては逸脱し過ぎだ。
さらにブラッドに追い打ちをかける事態が続く。
付近地表から、目の前の巡洋艦と同じ光が多数浮上してくる。一隻や二隻ではない。
(艦隊クラス……なんなんだこれは?)
驚きも度が過ぎると、回り回ってなんでもなくなるらしい。
ブラッドは冷静に、今まで頭にあった『相手はただの武装集団』という概念を遠くに捨てた。
相手が何者であるのかは不明なままだが、とにかく今すべき思考ではなく行動である。
ブラッドは自身の母艦へ通信を入れた。
「こちらブラッド。ランス隊長、相手の規模は想定を大きく上回っています。そちらへ合流しますので、即時撤退を!」
『おおブラッド無事だったか』
通信に応えたランスだが、何故か声が間延びしている。
「いや呑気にしてる場合じゃないですよ。未確認勢力が――」
『艦隊クラス規模っていうんだろ? わかってるよ』
「え?」
ブラッドは『敵が多い』とは言ったが『艦隊クラス』などと言葉にしていない。なのにランスはなぜそれが分かるのか。
『だってこの艦。すでに囲まれかけているからな』
「はあっ!?」
緊迫した雰囲気に場違いな、ブラッドは絶叫が響いた。
重力の弱い恒星から離脱し、母艦近くにブラッドは戻ってきている。レーダーを見ると、ランスの言う通り母艦の周りは未確認勢力でいっぱいだ。唯一の救いはまだ艦砲射程に捕らわれていないところか。
「ランス隊長!」
『戻ったなブラッド。状況は見ての通り。やることはわかっているな?』
長年の付き合いからブラッドはランスの考えを把握できた。
未だ相手から何の通信もない為、相手に敵意があるかは不明。
だが、こちらはすでに包囲下にあるのだ。しかもこんな辺境外に大規模戦力を秘匿している。そんな勢力が見逃してくれると期待するのは危険過ぎだ。
ならば、相手を敵として判断する。そして、ここまで戦力差があるならば、戦域離脱以外に戦略はない。
「艦の後方は受け持ちます」
『俺もグラムで前方に出る。おまえは駆逐艦の処理が終わったらこちらに合流だ』
CB隊の母艦は輸送船の改装機である。足は速いが、防御は弱い。巡洋艦ならば振り切れるが駆逐艦には捕捉される危険がある。
『合流後、一気に突破する』
「了解!」
ブラッドはより一層に集中力を高め、戦場に身を進めた。
数時間後。たった今CB隊が立ち去った宙域に他の艦船と比べて一際大きな黒い艦が移動してきた。ゼルという名の大型艦のブリッジには一人の青年が鎮座している。均整の取れた体格に見事な金色の長髪、そしてその顔つきは年頃の若い娘なら思わず見とれてしまうほど整ったものだった。
彼こそ、この多数の黒い艦隊の総督である。
「突破されたか」
「申し訳ございません」
青年が何気なく出した言葉に彼の側近たる女性が反応した。クセのないラベンダー色の長髪は腰まで届き、左頬に大きな傷があるものの、彼女の美貌を陰らすものでもない。
艦隊運用を任されているのは彼女である。
「気にするな損害は微々たるものだ」
巡洋艦・駆逐艦がそれぞれ2隻轟沈。また駆逐艦3隻が自力航行できないほど破壊されたが、損害はそれだけだ。確かに自軍の総数からすれば微々たるものである。
しかし、目の前の側近が気にしているのはそこではないだろうと青年は分かっていた。
「決起前に我らの存在を皇国に知られるおそれが」
「なに、心配する必要はない。見たところ不正規部隊だったようだ。皇国の愚か者どもにどんな報告をしようと受け入れられることはあるまい」
トランスバール皇国軍の上層部は、主に貴族など特権階級の人材である。つまり、平民は元より不正規部隊など部外者を下にみるような輩ばかりである。
そんな連中の耳にどんな報告をしようと、『辺境外に大艦隊がいた』などと信じてもらえないだろう。
「しかし良い部隊だったな。たった2機の戦闘機がここまでやるとは思わなかった。そう思わないか?」
「はっ……」
側近は深く肯定しなかった。それを認めてしまえば相手が強さによって失敗した、と弁解をしているようで、それが彼女のプライドを刺激していたのだ。
「ぜひ召し抱えたいな。特にあの奇形な戦闘機には興味がある」
青年が奇形と評したのはシヌイの方である。グラム高速戦闘機は皇国でもシルス高速戦闘機と並んで広く使われているが、シヌイの方は存在を聞いたことすらなかった。
「決起が成れば、必ずあちらから頭を垂れてくる事でしょう」
「そうだな。楽しみにしていよう」
口ではそう言いながらも、青年はCB隊が自分から降ってくるとは思っていなかった。
側近は至極優秀であり忠誠心も高いが、その主たる青年への評価が過剰であるのが数少ない欠点だ。
青年は顔を上げ、ブリッジの大型モニターに目をやる。
映るは星々の海。幼少の頃は遠い銀河の果てに夢を馳せたものだが、実際来てみるとそこには希望ではなく、寒さしかなかった。
しかし、それももうすぐ終わる。自分たちを外へ追いやった連中に鉄槌を下す時が近い。
「作戦はすぐだ。頼んだぞシェリー」
「はい。エオニア様」
エオニア・トランスバールとシェリー・ブリストル。
2人の主従が表舞台に立つのはもうすぐである。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第2話 2つの不正規部隊
辺境惑星での撤退戦から10日あまり。
ブラッドたち
モンドに限らず、各方面軍の総司令部は発展している都市衛星という半面と強固な防衛衛星という半面を持っている。民間用の港には、そこらの宇宙港とは比べものとならないほどの多数の宇宙船が停泊していた。
そんなモンドだが他の方面軍と違う施設が一点。不正規部隊の司令部も併設しているのが特徴だ。
「ふざけるな!!」
その不正規部隊の司令部にて一つの怒号が響いていた。怒号とともに投げられたデータディスクを軽々と避けたのはランスだ。
「……大真面目ですが、何か?」
「大真面目の結果がこれか! いくら任務に失敗したからといって、こんなデタラメなデータで報告を上げてくるバカがいるか!!」
ランスに怒鳴っている相手は、不正規部隊を統括している人物の一人である。貴族出身ではないが、事あるごとに不正規部隊を見下しており評判が悪い。
隣に立っていたブラッドは、床に落ちたディスクを拾いランスの代わりに向き合う。
「お言葉ですが、嘘か真かはデータを見ていただければ判断がつきます。ですので、もう一度目を――」
「バカの相手をするほど私は暇ではない! とっとと出ていけ!」
完全に頭に血が上ってしまった統括者に、ブラッドは内心溜息をついた。今、彼に何を言っても聞く耳をもたないだろう。
ランスと目配せし、2人は簡略な敬礼を残し司令部を後にした。
「短気過ぎるぞ、あの男」
母艦のある宇宙港へ向かう通路をブラッドとランスは並んで歩いている。先日の辺境外での概要を、任務の発令者たる統括者に報告したわけであるが、思った以上に反応が苛烈であった。
「いつも口の悪い人ですが、ちょっと過剰でしたね」
「どうせあの惑星の開発でどっかと癒着でもしてたんだろ」
「そんなところでしょう」
トランスバール皇国にとって、軍上層部の汚職の多さは見えない――意図的に隠ぺいされた社会問題である。一般皇民はともかく、軍の内情がよく見える不正規部隊員にとって、今更地方総司令部の人間が汚職をしていたところで、別段驚くことでもない。
「……まあでも、今回に限ってはあいつの気持ちも分かりますがね。逆の立場だったら、俺だって信用できない情報ですよ、これは」
ブラッドがデータディスクを見せるように掲げると、ランスも肩をすくめながら「まあな」と答えた。
それほど、2人が辺境で見た黒い艦隊は常識外れの数だったのだ。どうやって艦を揃えたのかは元より、それを運用する人員、維持費用をどう集めたのか。説明のつかない事が多すぎる。
「それでブラッド。これからの事はどう考えている」
「どうとは?」
「ここに帰還するまでに、あの黒い艦隊について考えていただろう。聞かせろよ」
本来、こういった大局的な視点でものを見るのは、部隊長であるランスの役目だが、CB隊ではいつの間にかブラッドがその役目を負うようになってしまっている。ブラッドが色々思考を巡らし、ランスが決める。平時においては隊長と副隊長というよりは、隊長と参謀といった間柄に近いのだ。
「……ずっと考えていました。あの艦隊の数は自衛にしては過剰ですし、海賊行為で使うにしても維持費を考えれば割に合わない。そうなると――」
「侵略か」
ブラッドは深く頷く。
「あれだけの数があれば、国境付近の採掘惑星数個は奪取できるでしょう。そうすれば、収入と出費のつり合いは取れます」
ですが、とブラッドは続ける。
「そこまでやれば正規軍が動きます。いくら多いとはいっても方面軍の動員数には届かない。戦闘になれば負けは必須でしょう。全くの無意味となります」
「そこまで頭が回ってないんじゃないか?」
「あそこまで艦隊を揃える手腕があるのにですか?」
それはないと断言するブラッド。その態度にランスは満足げな表情を浮かべ、先を促してきた。
しかし、ブラッドの思考もそこまでである。
「だから、分からないんです」
「分からない?」
「ええ。つまりあの艦隊は、動いても動かなくてももう終わりなんです」
動けば殲滅させられ、動かなければ多数ゆえの補給不足で自滅である。
「でも、あの艦隊を集めた人物は無能じゃないと思っている。だから何かあるはず。この堂々巡りです」
これ以上の判断には情報が少なすぎる。結論はでないだろう、とブラッドは考えを落ち着けていた。
「まあ、何にしてもあの艦隊と関わる任務は避けたほうがよさそうだな」
「同意します。命がいくつあっても足りませんからね」
先の戦いでランスもブラッドも黒い艦隊の強さは身に染みている。しかも不正規部隊が戦場に駆り出されるとしたら、それは最前線に違いない。もっとも、不正規部隊だからこそ、任務を回避する手段が多数ある。場合によっては正規軍よりマシかもしれないのが救いだ。
「方針は決まったな。それじゃ後は頼む」
ランスがそう発言したのは、市街地と宇宙港の分岐路でのことである。
「……また女性ですか?」
ランスの目的をすでに察しているブラッドは肩をすくめて言った。
この上官は、宇宙港に寄るたびに女性を買うか、ひっかけるかして夜をともにしている。プライベートの事なのでことさら止めるよう諫めたりしないが、もう少し節度を持ってくれれば威厳も出るのに、と思う一方でこの奔放さが彼の美点の側面でもあるので、いつもブラッドは微妙な気持ちだ。
「そう嫌そうな顔をするな。なんならおまえも来るか。たまにはいいぞ、女も」
ランスのたまにと、ブラッドのたまにの感覚には大きな開きがあるような気がする。
「遠慮します。初心なんですよ、俺は」
これは半分本当、半分嘘である。
ブラッドが女性の扱いに関し、同世代と比べても不得手かつ苦手としているのは事実だ。だが、それ以前にこういったことを嫌気する理由がある。それを知ってるくせにわざと進めてくるランスに意地の悪さを感じていた。
「怒るな怒るな。冗談だぞ」
ブラッドの小さなイラだちを察知したのか、ランスは大らかに笑いながら肩を軽く叩いてくる。
「でも、市街地へ行くのは冗談ではないのでしょう?」
「それはそれ、これはこれだ」
そう言って、ランスは市街地へ足取り軽く歩いて行く。
止める言葉も考えていたが、どうせ押し問答になるのは目に見えており、ブラッドはその後ろ姿が見えなくなる前に、母艦へ戻るために足を宇宙港へ向けていた。
「ブラッド!」
母艦までもうすぐといった場所。前方からブラッドに駆け寄ってくる少女がいる。
「リノか。どうしたんだ?」
リノ・アップルトン。CB隊員の1人だ。
名前で分かるが、ランスの妹でもある。セミロングの茶髪はランスの金髪とは大きく異なり、白人のランスに比べ彼女の方は黄色に近い肌だ。似てない容姿なのは、血のつながりがないためである。ブラッドにとっても妹分のような間柄だ。
「どうしたじゃないよ。早く戻ってきて。大変なんだから!」
「だから何がだ? きちんと説明してくれ」
腕を強く引くリノにブラッドは苦言を吐いた。
年の割によく気が付く少女なのだが、慌てていると説明を省くクセがあるのが困りものだ。
「隣のドッグに『ケルベロス』が入港してきたんだよ。それでまたいつもの――」
「ああ。またあいつらか……」
ケルベロスとは、CB隊とは別の不正規部隊の母艦名である。その名を聞いた途端、ブラッドの脳裏には一癖も二癖もある所属隊員たちの顔が思い出された。何があったのか知らないが、碌な事になってない事だけは断言してもいい。
そして、その予測はすぐに事実としてブラッドの目の前に現れた。
「フハハハハッ!!」
広い宇宙港でも響き渡るほどの重低音。それを発してる大男がいる。
それだけならいいのだが、彼の足元にCB隊の部隊員が横たわっているのが目に入り、ブラッドは表情を強張らせた。
「ギネス! なにやっている!」
「おお、ブラッド・スカイウェイ! 待っていたぞ!!」
ギネスと呼ばれた大男が不敵な笑顔で振り向く。
ブラッドはその顔を確認しながらも、倒れ込んでいた隊員に駆け寄った。痣はないが、軽くせき込んでおり、首を絞められたことがうかがえる。
「おまえの居場所を聞いたが、喋ってくれなくてな。ちょっと強めにゆすってやった。まあ、許してくれ」
たぶん、ギネス本人としては本気で謝罪しているつもりなのだろうが、その受け取り手であるブラッドにはそのように聞こえない。
ブラッドはリノに手で指図をし、倒れていた部隊員を母艦に連れてくよう促す。リノも慣れたもので、ブラッドの指示をすぐに理解し、行動に移った。
「……それで、ヘル・ハウンズがうちに何のようだ?」
いつもより低めの声でブラッドが問う。
今の一件が腹に据えかねているのだ。とはいえ、一応相手は謝罪しているので、さらなる謝罪を要求するわけにもいかず。また乱闘騒ぎになって、憲兵隊のお世話になるのもごめんだ。ゆえに何も言わずに声だけが低くなっている。
それはそれとしてヘル・ハウンズだ。
ギネスが所属している彼の部隊も不正規部隊である。5機の戦闘機と一隻の母艦からなり、第1方面不正規部隊中において最強と噂される部隊の1つだ。もっとも、海賊船と一緒に民間船を攻撃する、必要以上に戦場をかき乱すなど、悪名の方が際立っており、部隊の強さの割に正規軍には受けが悪い。
「なに、君たちが無様に撤退してきたというんで、様子を見に来たんだよ」
そう答えたのはギネスではない。さきほどからギネスの後ろにいたのだが、ブラッドの敵愾心がギネスに向いていたので、そちらに視線を向けなかったのだ。
ギネスには劣るものの、こちらも長身である。だが、大男というよりは優男で、長い髪と甘いマスクは一見してモデルのようだ。ついでにいうと、なぜかいつも手に宇宙薔薇を持っている。カミュ・O・ラフロイグ。ヘル・ハウンズ隊の隊長である男だった。
「カミュか。隊長だったら、少しは部下を抑えておいてもらえないかな?」
「それは無理だ。ギネスが戦闘中以外で僕の言うことを聞くと思うかい?」
無責任な発言であるが、すごく説得力のあるセリフだ。思わずブラッドは首を横に振ってしまった。
「それで、何があったんだい?」
「……戦闘に負けて無様に撤退してきたんだよ」
少し考え、ブラッドはカミュの言葉を引用した。
「ほぅ。君たちがね……」
自分で言った言葉でもあるクセにカミュは意外そうな顔である。
破天荒で知られるヘル・ハウンズ隊だが、意外な事に彼らはCB隊に対して一定の評価をしているらしかった。
ギネスに言わせれば『ライバル』とのことらしい。ランスがいれば『おまえらと一緒にすんな!』と言っていた事だろう。
「興味深いな。君たちを退けるなんて、よほどの手練れが相手だったのか?」
「まあ、そんなところだ」
はぐらかすつもりはないのだが、ブラッドの発言はそのようになった。あれは完全な負け戦であり、あまり話して愉快になるものでもなかったためだ。
「その情報。いただけないかい?」
「何?」
聞こえていたが、ブラッドはそう聞き返していた。
「このところつまらない戦闘が多くてね。適度な相手を探していたんだ」
「だが! おまえたちといい勝負をする相手なら、不足はない!」
カミュに追従してギネスも答える。この2人、性格は全く似てないが、事戦闘員としての感性はよほど近いらしい。
(本当に戦狂いだな、この人たちは)
強者と戦いたいという感性はブラッドもそうだが、ランスもあまりない。
別段、弱いものしか相手をしないというわけではないが、命の天秤が水平より上にいくような任務を好まないためである。もっとも、任務の都合、強敵やら多数の敵やらを相手する機会も多々あるため、好み云々は関係ないのだが。
ふと、ブラッドはポケットにしまってあるデータディスクを思い出した。
別段苦労して作成したわけではないが、先ほどの統括者に受け取ってもらえる可能性は低く、このままでは無駄となる。さらにいえば、今回は任務失敗の為、得られる予定だった報酬もなく、損失した経費を何かで埋めたいと考えていた。以上、2つの点を結び付けて、ブラッドは口を開いた。
「ここに君たちのほしい情報を収めてある。相応の金額を払えば渡してもいい」
「……随分みっともないことを言うじゃないか」
カミュが呆れたような顔つきとなる。
ブラッドとて同じ気分だが、いかんせん生活するためには金銭が必要だ。せっかく相手がほしがる物が手元にあるのだから、使わない手はない。
「だが、まあいい。これくらいでいいかい?」
カミュから提示された金額を見て、ブラッドは内心小さく驚いた。思っていたより金額が多い。
それだけ、彼がこの情報を重要視しているのかが分かる。
(腐っても優秀な不正規部隊の隊長か)
情報の有用性をきちんと把握してるあたり、どれだけ人間性に問題があっても、やはりヘル・ハウンズ隊は侮れない。ブラッドは再度それを認識した。
「交渉成立だな」
提示された金額を受け入れ、ブラッドはディスクをカミュに渡す。
「確かに。では、僕たちはここで失礼するよ。アデュー」
カミュにとってお決まりのセリフを残し、彼はギネスとともに母艦へ戻っていった。
「お疲れさま」
カミュとギネスが見えなくなったところで、リノがひょっこり戻ってきた。タイミング的に見計らっていたのだろう。
「……毎度の事だけど、本当疲れるよ」
ブラッドが体内の不満を出すように大きく溜息をついた。肩が重くなったような気がする。
「でも、
「それはそうなんだが……」
事実であるだけに、ブラッドには反論する言葉が浮かばない。
「頼りにしてるんだよ、副隊長♡」
「調子がいい奴」
ブラッドが軽く小突くと、リノはいたずらが見つかった子供のように小さく舌を出した。
(しかし、ヘル・ハウンズ隊も興味を持つか)
ブラッドはケルベロスに目を向ける。
ヘル・ハウンズ隊は小事に拘らない。彼らが目をつけるのは決まって大事。たとえ事前でそう分からないとしても、後になって大事だったという事も多い。母艦名と同じく嗅覚が鋭いのだ。
それを踏まえると、いよいよあの黒い艦隊がキナ臭く感じてくる。
「どうしたのブラッド?」
「いや、何でもない」
リノの声かけに、思考の海に沈みかけていたブラッドはその意識を現実に戻した。
(まあ、すぐにどうにかなることはあるまい)
帰港したばかりのCB隊はやる事が大量に残っている。ランスがやる分は残しておくとしても、暇があるわけではない。
「さっさと、仕事を片付けるよ、リノ」
「りょ~かい」
歩き出したブラッドに、下手な敬礼しながらリノも続いた。
騒がしい日だったが、まだブラッドたちはいつもの日常の中にいた。
しかし、不穏な足音はすぐそこで迫ってきている。
それに気づくものは未だ、誰もいない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む