病みの国のアリス (こっぺむ)
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病みの国のアリス
魔法の森。
それは幻覚作用を促すキノコが多量に生えており、その胞子によって空気中が埋め尽くされてしまっている森だ。
耐性を持っていない人間が足を踏み入れると体調を崩すし、普通の妖怪もそうそう立ち入る場所ではないらしい。
里でもさんざっぱら魔法の森には向かうなと言いつけられてきた。そもそも迷いの竹林といい妖怪の山といいただの人間が気楽に行っていい場所などあまりないのであるが。
そんな魔法の森の中を僕は歩いていた。
何ヶ月か前に好奇心から足を踏み入れ、その際に案の定と言うべきかしっかり体調を崩してしまったが、それ以降は何故か問題なくなっていたのである。
勿論何の理由もなくこの森に来ているわけではない。
初めて入ってきたときに出会った友人に会いに来たのである。
森の中ほどまで歩くと、一軒の家が見えてきた。
白を基調とした洋風の建物で、屋根は青色。至って普通の家ではあるが、この木が生い茂った森の中でぽつんと存在するそれはかえって異質なものに見えてしまう。
一応、ここが僕の目的地である。
木製のドアをノックして反応を待つ。
すると程なくして返事と共にドアが開いた。
「はいはい、どちら様で……ああ、貴女ね。ようこそ、いらっしゃい」
アリス・マーガトロイド。
彼女は僕の友人であり、そして命の恩人でもある。
初めに森に入って体調に異常をきたし、倒れてしまっていたところを彼女に助けてもらったのだ。
そのときに仲良くなって以来、ここにはよく足を運んでいるのである。
彼女が小さく手招きをし、家に上がるよう促される。
勿論それを断る理由もないし、寧ろ彼女と話をしたりするためにここに来たのだ。お邪魔します、と言って中に通してもらった。
念のために言っておくが僕は女である。
この口調と男なのか女なのかよくわからない中性的な顔立ちのせいでよく勘違いされるが、立派な花も恥じらう乙女だ。
この顔立ちのせいかよく人形のようだとかそんな揶揄のされ方をすることもあるが、僕はいくら自分の顔を見てもそんな感想は浮かんでこない。
「そういえば今日は新しい茶葉が手に入ったのよ」
そう言ってこちらへと振り返り小さな微笑みを見せるアリス。
僕にとっての『人形のよう』とはまさに彼女のことだ。
白磁を思わせるきめ細やかな肌に、二重まぶたから覗く宝石のように美しい瞳。
小さな口元はその微笑みを更に可憐なものに引き立てる。
緩くウェーブのかかった絹糸のように柔らかな髪からは常にシャンプーの良い香りがこちらの鼻腔を優しくくすぐる。
まさに理想の女の子と言っていい風貌である。
「ねえ、聞いてる?」
突然、頭の中で褒めちぎっていた顔がこちらの顔を覗き込んできた。
思わず胸が跳ね、一歩後ずさってしまう。
「う、うん、ごめん。ちょっと考え事してた。新しい茶葉の事だっけ?いつもアリスが淹れてくれる紅茶は美味しいから楽しみだよ」
怪訝な顔をしていた彼女に取り繕うようにそう言った。
しかしこれは世辞でも何でもない。実際に彼女の淹れてくれた紅茶は今までに飲んだどんな飲み物よりも美味しいのだ。
彼女にご馳走になってから少々紅茶について調べたが、適切な温度がどうとか注ぎ方がどうだとか細かい知識が必要で美味しく淹れるのはどうにも難しそうであった。
「そう。じゃあ存分に楽しみにしていて」
リビングに到着し、椅子へかけるよう促される。
それに従い椅子へ座ると、アリスは紅茶を淹れにキッチンへと向かった。
外観に揃えて、部屋の中も白を基調とした洋装だ。
所々に金の装飾をあしらえた白い家具も、窓につけられた白いレースのカーテンも、全てに統一感があって美しい。
しかし、その統一感からは逸脱しているものがいくつも存在する。
それは至る所に飾られた人形であった。
僕には人形の種類はよくわからない。彼女曰く蓬莱人形であったり上海人形であったり、仏蘭西人形だとか京人形だとか他にも何やらたくさんあるらしいが、どれがどれなのかさっぱりだ。
精緻な作りの人形たちの色合いは様々で非常にカラフルだ。
この白い空間においてそんな人形達は、まるで新品の紙の上に色んな絵の具を点々と零しているかのように際立っていた。
里でもアリスに助けられたと言っていた人が何人かいたが、彼らは揃いも揃って『人形でいっぱいで薄気味が悪い、見つめられている気がするんだ』とか『あれは歴とした魔女の家だ。近づかない方がいい』とか言っているが、僕はそうは思わない。
たしかに至る所に潜む人形達はみなこちらの様子を伺うかのようにじっと凝視してはいるが、どれもこれも精巧な出来でこわいというよりもすごいという気持ちが湧いてくる。
これが全て人形師である彼女の手作りであるというのだから更に驚きだ。
そんな風に人形達を眺めていると、アリスがキッチンから戻ってきた。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「ううん、大丈夫だよ」
彼女は僕の対面の席に腰掛けた。
そしてそれから10秒と経たぬうちに彼女の後を追ってきたかのようにキッチンから幾つかの小さな影が現れた。
それは可愛らしくデフォルメされた人形達だ。
その子達はティーセットやお茶請けのお菓子を手にふわふわと宙を飛びながらこちらへも近付いてくる。
これがアリスの人形師としての魔法である。
どうやら彼女は人間とは違う魔法使いという種族であるらしく、里の人達の恐れはその点から生まれているようだ。
この人形達は全て魔法の糸によって操作されているらしく、しかし彼女の所作からはその様子を垣間見ることはできない。
全てが自分の意思で動いているかのような、そういう風に見えるほどに自然な動きだ。
人形達はテーブルの真ん中にお菓子の乗った皿を置き、次に僕たちの前にティーカップを置いた。
そしてカップにそっと紅茶を注いでいく。
湯気とともにほんのりといい茶葉の香りが立ち昇った。
「どうぞ、召し上がれ」
「うん。いただきます」
そう言って僕たちはカップを口につけ、少しずつ温かい紅茶を喉へと流し込む。
今までご馳走になっていた紅茶とは確かに違い、独特なクセのある味がした。
「うん、美味しい。今までのもよかったけど、これはこれでいいね」
「口に合ったようでよかったわ。こっちのマーマレードもどうぞ。さっき作ってみたの」
「うん、ありがとう。アリスがつくるお菓子はいつも美味しいから楽しみなんだ。前のクッキーも---」
そんな風に僕たちは他愛もない会話を続けた。
いつもと変わらず、最初にこうして紅茶やお菓子の感想を言って、それからは身の回りで最近起こったことであるだとか、そういった話題がなくとも昔あったことをほじくり返して話したりと、本当になんでもないような話をいつもしている。
ただ一緒にこうしているだけで楽しいのだ。
もし僕が男だったのなら恋をしていたのかもしれない。
いや、もしかすれば今のままでも恋をしてしまっているのかも。
……取り繕うことはせず正直に言えば、僕は彼女のことが好きだった。
彼女の優しげな微笑みと、時折見せる人間離れした美しさと冷たさを感じさせる眼差しが、僕は好きだった。
いつも余裕を持っているような態度も、性格も好きだ。
単純に僕は女同士の恋慕についてよくわかっていないし、異性に恋をしたこともないので、この好きがどういう好きであるかがわからないのである。
しかし女が女に恋をしたなどと相談できる相手もいないし、何かあったときに相談に乗ってもらっているアリス自身にこんなことを話すのも恥ずかしい。
故に結局のところ自分の中でこの懊悩には決着をつけるしかないのである。
そんなことを頭の片隅で考えていると、先ほども言ったような、どこか人間離れしたような眼でアリスは僕を眺めていた。
「……わたしは、あなたのこと好きよ?」
「……へっ?」
彼女の口から出た突然の告白に、一瞬だけ僕の脳が停止する。
初めは彼女の言っていることが理解できなかったのだが、しかし次第に頭が言葉を咀嚼し、意味を理解してくると同時に顔が熱くなってくるのを感じた。
見透かされていたのだ。僕の頭の中の感情を。
彼女はそんな眼差しのまま、次の言葉を吐くことなく、目を細めて僕の言葉を待っている。
顔面の熱さは臨界点を超えかかっており、頭の中は完全に錯乱しきっている。僕の眼球は一点にとどまることなくぐるぐるぐるぐると彷徨っていた。
「貴女からは何も無し?」
痺れを切らしたのか、彼女はずいと机の上に乗り出すようにして僕の鼻先数センチの位置にまで顔を近づけてきた。
アリスさんの香りがふわりと鼻をくすぐる。
「えっ、えっと、あの」
彼女はその位置から動くことなく、黙って言葉の続きを待っている。
もはや彼女の顔を見ることすら能わない。
僕は無意識的にうつむき、膝の上で落ち着き無く動かしていた手指を視界に収めた。
「その、ぼく、僕も、好き……です」
「わたしのものになりたい?」
「う、うん、是非に……!」
「そう!よかったわ!」
心の底から嬉しい、といった弾むような声が聞こえた。
下を向いていたのでその時の彼女の顔は見えなかったが、きっと花の咲くような笑顔を見せていたに違いない。
それを見られなかったのが勿体なかったと感じるが、やはりまだ顔は上げられない。今にも爆発しそうなのだ。恥ずかしくて恥ずかしくてそんな顔を見せられはしないし、今アリスの顔を見ればもっと酷いことになるに違いない。
「だったらこれからどうしようかしら……。今回は何にしようかなあ」
アリスは元の位置に戻り、マーマレードを食べているようだ。そのままぶつぶつと独り言を話している。
勿論その言葉の一つ一つを拾って会話をしようという余裕は今の僕にはない。
居ても立っても居られず僕は立ち上がった。
「ご、ごめん、トイレ借りてもいい?」
「ええ、どうぞ」
未だに顔の熱の収まらぬ僕に対し、彼女は常に変わらない落ち着いた顔色をして微笑みかけてきた。
思わず顔を上げてその顔を見てしまった僕は再度素早く顔を下げ、急ぐようにしてその部屋を出た。
トイレで一息を吐き終えた僕は洗面台で手を洗いながら備え付けの鏡で自身の顔を見た。
もう紅潮してはいないし、普段と変わらない表情をしている。
これならまだ彼女に顔を見せられるが、顔を見た途端にまた真っ赤なリンゴのようになってしまわないかと少し不安が残る。
だからと言ってこのままずっとトイレにいるわけにもいかない。
随分と長く用を足していると思われても恥ずかしいからだ。
入念に手を洗い終え、ハンカチで手を拭う。
このトイレはリビングを出た先の廊下の突き当たりにある。
廊下にも本棚がいくつか設置されており、その一つ一つにもびっしりと分厚い本が敷き詰められていた。
アリスのいるリビングへ向かいながらその本の背表紙を眺めていくが、どれ一つとして内容が理解できるようなものだとは思えない。
恐らくこれを全て読破しているのだろうから、やはり頭の良さは並外れているのだろう。
そんな風に眺めながら歩いていると、一つの本棚に妙な違和感を感じた。
一箇所だけ本の並びがめちゃくちゃなのである。
一巻の次が4巻だったり、3巻が逆さまだったりと、几帳面なアリスにしては杜撰だ。
見たところ全部で4巻目までしかないようなので、直すのには然程時間を使いはしない。
僕の手は自然とその本に伸び、きちんお整列させ始めていた。
こういったことはどうにも気になってしまうのである。
表紙を見てもどうってことはないただの魔道書であった本をきっちりと整列させ終えて満足した僕は、アリスのところへ戻るために踵を返した。
瞬間、僕の背後--つまりは本棚の方向から何かとても重いものを引きずるような音が聞こえてきた。
咄嗟に振り返ってみると、本棚が一人でに左側へ動いているのが見えた。
本棚の後ろにはぽっかりと穴が開いており、その奥には部屋のような少し広い空間が見える。
言わずともわかるであろう、隠し部屋だった。
勝手に入るのも見るのもよくない、そう僕は思った。
当たり前のことだが、隠してあるのだから人に見られたくないものがあったりするかもしれない。
魔法や人形の研究も毎日のようにしていると言っていたから、その成果の全てが此処に詰まっているのだろう。
だから僕はすぐにその場を後にしようと考えたが、しかし開いた瞬間を見てしまっているのだ。
それはつまり否応なしに部屋の中の一部でも視界に収めてしまっているということだ。
その刹那に見えたものは何だったか。
廊下の窓から射す陽光に照らされた室内。
リビング等と同じように白を基調とした壁に、木材で作られた薄茶色のフローリングに、夥しい量の赤がへばり付いていた。
絵の具だとか、そういう赤色じゃない。
一度村の入り口付近で妖怪にやられたと思しき人の死体を見たことがあるが、その時の--
とん、と。
優しく何かが僕の背中を押した。
それは本当に力をこめられていないかのような、とても脆いものを扱うかのような優しい一押しであったが、つんのめるようにして僕は部屋の中に足を踏み入れてしまう。
殆ど反射的に後ろを振り返ると、おもむろに閉まっていく隠し扉と、目を伏せているアリスの姿が目に映った。
やがて扉が閉まると同時に部屋の中は完全な闇が支配する。
窓の一つと無い部屋だ。
隠し扉はほんの少しの隙間もあらず、光の射し込むような余地はない。
自分の手も体も見えないような状況の中、何かが身じろぎするような音が聞こえた。
それはアリス以外の何者でもないだろう。
扉が閉まる瞬間に見えた彼我の距離はとても短い。
素早く、しかし音を一切立てないように、僕はそろそろと移動する。
が、それと同時に腕が強く何かに引っ張られた。
手で掴まれている感触ではない。
まるで腕に括り付けられた糸で一方的に吊られたような、そんな痛みを伴った感触とともに、僕は地面に引き倒された。
「っつぅ……!」
床に手をついて顔を上げると、一つ二つと壁際に明かりが灯っていくのが見えた。
壁に付けてあった蝋燭に火がつけられたようだ。
勿論一人でに発火したわけではない。
火に照らされてようやく見えたが、どうやら人形がマッチを持って蝋燭に火をつけてまわっているらしい。
やがて全ての蝋燭に火が灯されると、この部屋の全容が明らかになった。
外からも見えた壁や床に飛び散る血痕、人一人を寝かせられるような大きな作業台。
その近くには鋏や鋸のような道具に、見たこともないような器具も纏めて置かれている。
天井からは枷が幾つかぶら下がっており、床には点々と家中で見たような人形が転がっていた。
自分の腕を見ると、やはり右腕には細いワイヤーのような糸が絡み付いていた。
今、眼の前で此方を見下ろしているアリスの手に繋がっているのだろう。彼女の目は恐ろしいほどに冷えており、しかし何処か嬉しそうに口元をほころばせている。
「何故かしら、いつもこの部屋を見つけちゃうのよね、みんな」
そう言って彼女は目を細める。
目の奥が冷えている以外は普段と変わらない笑顔だ。
僕はもうこれから起きることをなんとなく予想していた。
僕は殺される。
この部屋の惨状を見てそう思わない者などいるわけがない。
先程まで高鳴っていた胸は、今は全く違う理由で強く脈打っている。
恐怖心だ。
底冷えするほどの恐怖が僕の心を支配している。
僕は少しでも抵抗しようと手元に転がっていた人形を引っつかんだ。
全く意味はないだろうが、彼女に投げてぶつけるためだ。
しかし、それは成されることはなかった。
彼女に妨害されたわけではない。
僕は人形を掴み、持ち上げ、そして自分で取り落としていた。
「今の、感触……」
人形というものは基本的に布や陶器で出来ているものだ。
しかしその人形の肌の部分は、もっと違う、何かとても身近な物の感触がした。
「あら、びっくりした?そうよ、その人形の肌は全部本物なの」
「えっ……?」
「だから、全部本物の人間の皮で作ってあるのよ」
彼女はそんな信じがたいことを言って、僕が落としたそれを拾い上げた。
そして僕の眼前に見せつけるかのように突き出した。
蝋燭の火に照らされたその肌は、僕の肌と全く同じ質感を持って照り返していた。
そのガラスの瞳は僕のことを何処か哀れむように見つめている。
堪らず強い吐き気を催した。
心臓は今までにないほどに早打ち、動悸ともに目眩も起こした。
こみ上げるものをなんとか抑えつけ、アリスへと向き直る。
「でも肌の一部が変色しちゃったから失敗作なの。
あとあなたの後ろに落ちているのは本物の眼球を使ってみたのだけど、水分がとんでしぼんじゃったのよね」
アリスは僕の背後を指差してそう言った。
しかし僕にはそれを確認できるような気力はない。
そんな僕の様子を見て、彼女はふいに左手の人差し指を動かした。
その瞬間、右腕が強く引っ張られるような痛みとともに僕の体が持ち上げられた。
そのまま作業台の上に叩きつけられるように乗せられた。
その威力で肺の中から空気が多量に漏れ出し、咳き込んでしまう。
「う、ぐぅっ……!かはっ、げほっ……!」
「あら、ごめんなさい。ちょっと乱暴だったかしら」
これからもっと残虐なことをするだろうに、彼女は極めて心配そうな声音でそう言った。
自分の行動を残酷であると思っていないのか、素材である僕がどこか痛めてしまっていないか心配なのか、僕にはわからない。
彼女は作業台の近くに落ちている器具を物色している。
その間、作業台から逃れようとしたが、駄目だった。
もうもはや右腕だけではなく、左腕も、両足も、全く気付かない間に糸が括り付けられてあったのだ。
どれだけもがいてもビクともしない。
「あなたはどの部位を使おうかな、と思っていたのよ。
だって髪はさらさらしてて触りたくなってしまうし、目もとっても綺麗。肌はきめ細やかだし……」
彼女はやがて一つの器具を拾い上げた。
それは大きな解体用のハサミだ。
所々錆び付いていて、使用感を感じさせる。
何に使用しているかなんて考えたくもない。
「そうそう。リビングにあった人形には臓器が入っているのよ。胃とか心臓とか……あとは脳の入っているのもあったわね。だから今回もそれでもいいのだけれど……」
彼女は僕の浴衣の帯を豪快にそのハサミで切り裂いた。
帯が無くなればもう浴衣は脱げたようなものである。
僕の鍛えてもいない体が彼女の前に晒された。
アリスは愛おしそうに腹部に手を当てながら言葉を続ける。
「肌も眼球も、どう処理すればいいかは前回で覚えたわ。だから今回は全部使ってみましょう」
「全、部……?」
「ええ。
繋ぎに糸を使ったりはするけれど、殆どあなたの素材を使って、小さなあなたをつくるのよ」
アリスは隠しきれなかったかのように「ふふっ」と笑い声を零した。
そんなとても、とても楽しそうな顔をしながら彼女はハサミを僕の腹に突き立てた。
「お邪魔するぜー」
声とともにアリスの家の扉が開いた。
ノックもなしに勝手に家の中に入ってきたのは金の長髪を持つ少女だ。
黒い服にロングスカート、その上から白いエプロンを着用している。頭の上には黒くて大きな三角帽子。
一般的な魔女のイメージそのものの様相である。
「いつもいつも、ノックくらいしてちょうだい」
「悪いな。次は気をつけるぜ」
「それ、毎回言ってるけど次はいつになったらくるのかしら……」
アリスはそんな少女に対して文句を言いながらも、しかし決して拒みはしなかった。恐らくはそれほどに気の置けない仲なのだろう。
「お、焼き菓子があるじゃないか。食べてもいいか?」
「ええ、どうぞ。紅茶を淹れるから適当に待ってて」
少女は言葉に甘えるように目の前の焼き菓子を口に運んだ。
そして美味しそうに顔を綻ばせる。
「さて、今日借りてく本はっと……」
もう一つ摘んで啄ばみながら、少女は本棚の前に立った。
其処には沢山の魔道書が収められている。
適当に本を取ってはペラペラとめくり、そして懐へしまっていく。
四冊ほどの選定が終わった頃、アリスが台所から戻ってきた。
いつも通りティーセットは後ろをついて飛んでいる人形たちが持っている。
「ちゃんと返しなさいよ。それで何冊目?」
「さあな。覚えてないぜ」
少女は肩を竦めてそう答えた。
悪びれる様子も見せないところから、常習犯であることが伺える。
彼女はもう何か持っていけそうなものはないかと呟きながら本棚の上部を見上げた。
そこには--
「なーアリスー。また人形増やしたのか?」
「ええ。それはつい最近作ったのよ」
「なんかやたらとリアルに出来てるというか……、正直気味が悪いくらいだぜ」
少女は興味深そうに目を細めて凝視する。
本棚の天辺に位置するので、彼女の身長では手を伸ばしてもギリギリ届かない。脚立が何かが必要な高さである。
「それくらい徹底的に本物に近づければ自我も宿ってくれるかと思ったのだけど……」
「失敗だったか。それにしても完全自立化、まだ諦めてなかったんだな」
「使いにくいだけかもしれないけれど、一応ね」
アリスは少女を待つことなく先に椅子に掛けて紅茶を飲んでいた。
少女も興味を失ったかのように椅子に掛けてカップを手に取る。
それから暫くは他愛のない話が続いていた。
主に少女の方が話すことが多かったのだが。
そんな彼女達の楽しげな光景を、僕は本棚の上からじいっと見つめ続けていた。
体は一切動かない。
目を閉じることも口を開くことも出来ない。
きっと僕はこれからずっと、こうやってアリスのことを、客人のことを眺め続けるしかないのだろう。
他の人形達と一緒に。
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