機動戦士ガンダムArbiter (ルーワン)
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最後の希望

――この世界には、戦いが満ちている。積み上げる瓦礫の山……繰り返す、争いの歴史……

 

 母なる惑星――地球。その惑星を中心とした宙域全体に満たすようにその女性の声が響き渡っていた。

 だが、突如として語りだしたその女性の声には、どこか悲しみや憐み、嘆きと言った負の感情を隠せずにいた。

 戦争が勃発し秩序が乱されたことで命の奪い合いを始めたことへの悲しみ、馬鹿じみた戦争が1日でも早く終わることや戦争の終止符を打つ者への祈りなど。

 だが彼女の言葉に秘める数多の思いを振り払うかのように、地球を切り裂くかのように放射された黄色く輝くビームが勢いよくよぎる。

 それは一度だけではなく、幾度もそのビームを発射したのは深緑一色に染めている戦艦――【ムサイ】だ。

 その戦艦の下部前方にあるカタパルトから隊長機と思われる頭部にアンテナが装飾されている【高機動型ザク】が隊員の機体の【ザク】を何機か連れて出撃する。

 

《すぐ戦闘だぞ!!》

 

 高機動ザクに乗る中年とおぼしき男性隊長にその隊員である1人の青年が《了解です》と言って隊長の命令に従うと、敵に向けてビームを連射している1隻のムサイの真下からピンク色に光るビームが船体を貫かれ爆炎による火の粉をまき散らしながら撃沈されてしまう。

 

「チッ! 下手くそがッ……!」

 

 その様子の一部始終を見ていた高機動ザクの隊長パイロットがヒリヒリした状態で舌打ちをして苛立っている間にレーダーから警告音が発する。

 レーダーを頼りに周囲を見渡していると、レーダーに2つの熱源反応があった。戦闘態勢に入った隊長は《来たぞ!》と言って部下たちに注意を促す。

 彼らに向かって来る2つの光――【ジム】だ。

 その内の1機が隊長機と知ったからか自分の腕に覚えがあるのか勇敢に高機動ザクに【ビームスプレーガン】で攻撃して立ち向かうと、隊長も負けじとプライドを持ってマシンガンで応戦しつつ、ブースターを使って軌道変動して距離を取りながら反撃する。

 

「当たれぇッ!!」

「クソッたれがァッ!!」

 

 自分が所属する軍のためにやけくそに応戦するが、ジムのシールドにマシンガンの弾丸が数発当たる。

 遠距離戦では体力が消耗すると考えたジムのパイロットはスプレーガンを捨て、【ビームサーベル】に持ち替えて接近戦を仕掛ける。

 その判断が功を奏し、高機動ザクをコックピットごと串刺ししたことで機体が爆発し、ジムのパイロットは勝利を得て生き残った。

 

「バカなァァァァッ!!?」

「やった……やったぞ!! 後ろ……⁉」

 

 だが、喜ぶのも束の間だった。リンクされているレーダーの熱源反応による接近警報がコックピット中を反響した。

 ジムに近づく2機の機影の正体は、【ギラ・ドーガ】だ。

 【ギラ・ドーガ】は、ジムに狙いを定め、シールドの甲板裏に付いている2発の【グレネード・ランチャー】を一斉射する。

 

「のろまがァッ!!」

 

 【ジム】のパイロットはバルカンを使って回避行動をとるが、ホーミング式の【グレネード・ランチャー】にかわし切れず、ついには撃墜されてしまう。そして同時に死の恐怖による断末魔が響き渡る。

 2人のパイロットが歓喜に浸っている間に1機の【ギラ・ドーガ】の下からピンク色に発光するビームが機体を貫き、もう1機の【ギラ・ドーガ】も一瞬で撃墜された。

 撃ったのは、グレーとネイビーブルーで染まった機体――【ジェスタ】だ。ジェスタは撃墜したギラ・ドーガが引き起こした爆炎を突き破り、次の戦域へと向かった。

 弱肉強食みたいにまた1つと尊い命が高らかに叫ぶ悲鳴と共に儚く消え去っていくと、再び同一人物の女性の声が響き始める。

 

――でも、それでもわたしは信じてる……。人はいつか、戦いの無い世界を作り上げると……

 

 その言葉を最後に戦闘の真っただ中である宙域からとあるコロニーが映し出され、その中にある倉庫の中に眠る機体と思しきものを見た瞬間、白一色に染まりだす。同時に『7:00』の経過でデジタルの目覚まし時計のアラームが容赦なく鳴り響かせ、布団に被って寝ていた少年の目をパチリと開かせる。

 ゆっくりと体を起こして頭をふるふると横に振り、アラームを止めて手を額に当てて前髪をどかして意識を確かにさせる。

 

「今のは、夢……? 夢にしてはとてもリアルに思えたけど……」

 

 この少年の名は、漆原リュート。部屋に散らばっている、ガンダム作品が登場するゲームソフトや棚の上に置いているガンダム作品に登場するモビルスーツのプラモデルが50体以上、そして極め付けは携帯のストラップやポスターにガンダムの登場キャラと大が付くほどガンダム好きの少年である。

 夜更かしして自分の好きなガンダム作品が登場するゲームのし過ぎなのだろうと考え、夢の話は置いといた。

 少年はやや古びた木材の床を歩き、幅の狭い階段を手すりと壁に手を付けてゆっくりと降りる。

 階段を降りて右側に進んでいくと、暖簾のかけてある突き当たりの部屋から肉を焼いている音と香辛料の香りが少年の食欲を刺激させる。

 その暖簾を搔い潜っていくと、椅子に腰掛けて新聞を読んでいる老人とキッチンに赴いてフライパンでウインナーと卵の中身を調理しているやや中腰の老婆の姿があった。

 

「……おはよう、ばあちゃん」

「あら、もう起きてたのね。もう朝ごはんはできちゃってるわよ、リュートちゃん」

 

 ウインナーとたまごを盛りつけた皿をテーブルに持っていくために体の向きを180度回転した祖母がリュートと呼ばれている少年に気付き、挨拶をする。

 テーブルの上にはウインナーと卵焼きの盛り付けのほかにホカホカのごはんと豆腐入りの味噌汁が並んでいる。

 

「……その前に母さんのところに行ってくる」

 

 朝食を食べる前にダイニングと隣接している4畳半の畳で仕切られた居間室に向かうと、低いテーブルに身を寄せている薄着姿の老人が座布団に座りながら新聞を広げて鼻に付いている大きないぼを指で掻きながら見ていた。

 

「おはよう、じいちゃん」

「ん? おお、自分から起きるとは珍しいじゃねぇか。母さんにも挨拶をするか?」

「……うん」

 

 祖父の後ろを通った後、祖父も一緒に室内の隅角にある仏壇を前まで行く。

 その仏壇の扉を開くと、ろうそくや位牌、線香受け皿の他に彼の両親の遺影があり、母親の遺影の前にアクセサリーが置いてあった。

 仏壇の手前に敷かれている座布団の上で正座して線香に火を付け、手を合わせて黙想する。

 母親はリュートが幼い時に体が弱いことから病死に至り他界し、父親は謎の失踪で死者扱いとして同じ仏壇に入れられたのだ。

 ダイニングから来た3人分の朝食をプレートの上にのせて運んでいる祖母の手伝いをし、居間室で食事を摂る。

 リュートは箸置きの上にある箸をとって口ごもるような小声で「いただきます」と言って先に味噌汁を手に取って乾いている自分の喉を潤し、祖父は新聞を折りたたんで朝食に手を出す。

 リュートは奥にあるカレンダーを見ると、8月のカレンダーに1日目から×が並んでいた。その後を追っていくと、今日は7月17日土曜日であることがわかった。

 そしてその日――すなわち今日はリュートの両親のお墓参りだ。

 そのタイミングを見計らったかのように祖母がやさしくリュートに声をかける。

 

「……リュートちゃん。今日こそはちゃんとお墓参りしよう」

 

 祖母が発した言葉に黙々と口にご飯粒を運んでいた箸を持つリュートの手は時が止まったかのようにピタリと止まり、遂にはそのご飯粒は下に落としてしまう。

 彼をそうさせた大きな要因は、彼の父親にあった。

 8年前、彼の父親は科学者でガンダムのプラモデル、ガンプラを機械で読み取り、プログラム内で実際に動かすことができる技術の開発に最も携わり、彼自身が発案したのが【ガンプラバトルシミュレーター】だ。もちろん、自分の作ったオリジナルガンプラも読み込むことができる。

 インタビューにも受けたことがあり、その内容も科学者の鑑とも呼べるような存在で当時7歳だったリュートも自分の父親を誇りに思っていた。

 だが、それは悲劇へと転落に突き落とされることとなった。

 リュートの父、ジュンイチが働いているルスタ・コーポレーションがガンプラバトルシミュレーター――正確にはガンプラバトルシミュレーターVer.2.0の製作公表をして以降、ジュンイチは一度も家に帰らずに研究に付きっ切りが多かったと言うが、それは仕事だから仕方ないと思って自分自身を殺してまで納得させていた。

 幼かったリュートは父親の両親が経営している居酒屋の休店日に難病に患っている彼の母親――ミエコのお見舞いに毎度の如く来ていたのだが、父親は1回も姿を現さず、ましてや母親が病死して、葬儀の時でも彼の姿はどこにもなかった。

 そして遂には最悪の出来事が起きてしまった。――それはリュートの父親であるジュンイチの謎の失踪だ。

 彼の友人でルスタ・コーポレーションの同僚でもある池田という男から聞いた話では当時の二日前、ガンプラバトルシミュレーターの完成が目前とというところまで来て最終チェック段階に入り、コーポレーションの研究室に籠っていたのだが、その翌日にどこか行ってしまったというのだ。

 警察に捜索願を出して徹底的に捜索したのだが、どこにもなく、結局死因は不明のまま、遺体のない葬儀を出すことになった。

 彼の謎の失踪により世界と約束されていたはずのGBS02計画が一時凍結し、テレビや新聞には『鑑と呼べる学者謎の失踪』などと放映され、更には世界における技術の変革の前に逃げたと世界中の科学者たちからは『全科学者の恥さらし』と嗤いながら言われ続けていた。

 だがその影響は科学者だけにとどまらず全世界にも知れ渡り、メディアからはネタを必死に取ろうとしている記者やカメラが家の前に駆け付けては質問攻めをし、世間からでは帰り道にリュートと同学年を中心とした子供からほぼ毎日いじめを受けたり、周りから冷たい目で見られ、遂には同級生、同じ学校に通う学生たちからは『疫病神』というレッテルを貼られたことで学校はおろか、外に出ることさえも拒否し、体を震撼させながら引きこもりが今まで続いていた。

 

「……ごめん。箸、洗ってくるね」

 

 と、すたすたと一目散に落とした箸をキッチンに持っていくと、先ほどの孫の反応を見た祖母はまだトラウマが解消されていないとため息を吐いて少々落ち込んでいる。

 

「……あんまり急かさない方がいいんじゃねぇか?」

「ですが……」

 

 このまま閉じこもった様子では、リュートの将来が全く見えない。

 いつ死ぬのかも分からないこの身におけば、不安を隠そうとも隠しきれずにいた。

 だが、その考えを持っているのは祖母だけではない。

 

「お前の気持ちもよく分かるけどよ、もう少しはリュートの気持ちも考えてやれよ」

「これでも結構配慮したつもりですがねぇ……。私的にはリュートちゃんが幸せになって欲しいだけです」

「それは俺とて同じよぉ……。せめて俺らが死ぬまでには立派に自立してもらわねぇとな」

 

 祖母はリュートの将来を第一に、祖父はリュート自身を考えていた。今年で16になったリュートなのだが、体は成長しても心はあの日以来変わっていない。

 リュートは、天秤が止まることなくゆらゆらと揺れ続けるかのように精神的に不安定でいつ崩壊するかも分からず、また下手に刺激すると、自分自身の感情をコントロールできなくなるという非常に危険な状態にまで陥っている可能性もある。

 そうなれば最後、リュートは一生涯孤独で引きごもりになりかねない。彼の御祖父母は、それが一番怖かった。

 

 〇 〇 〇

 

 朝食を摂り終え、長い髪をヘアバンドで押し上げているリュートは、キッチンで祖母の手伝いをしていた。

 祖母が石鹸の泡を付いたスポンジで1つずつ食器を丁寧に洗ってシャワーで落とし、リュートが水浸しの食器を食器拭きで水を拭きとる作業をしていた。

 

「リュートちゃん……」

 

 祖母から声掛けられてもリュートは答えることはおろか首を傾くことなく黙々と作業をこなしていると、突如玄関の外に付いている呼び鈴が鳴った。

 

「あ、俺が出るよ」

 

 祖父が駆け足で玄関まで行ってガラガラと木材とガラスで作られた扉を開けると、玄関前で待っていたのは片手にケースを持ったスーツ姿の男だった。

 

「あんたは……」

「ご無沙汰しています、タケノブさん」

 

 日本人特有の礼儀作法として一度会釈をするその男を目の前で見た祖父は、般若のような鋭い目つきでにらみつけて警戒する。

 

「……何用で来たんだ、池田」

 

 池田と呼ばれる男は、相手の狙いを探り出すタケノブに近づいて小言でこう伝える。

 

「ここで立ち話もあれですからお宅の中でお話がしたいのですが……」

「……わかった。居間室で話し合おう」

 

 左側にある掛けデジタル時計を見ると、現在午前九時十分。ちょうど家の前にある裏通りに朝から昼間にかけて通る人が多くなる時間帯だ。

 ここに何十年と住んでいるからこそだいたい人が通る時間帯を把握している祖父はやむを得ず池田とを家に入れさせ、奥の部屋から話を聞いていた祖母は早急に戸棚から取り出した茶葉を鉄製の網入りきゅうすに入れる。

 祖父の誘導で居間室に入った池田は奥にある仏壇に気づき、目を付けた。

 ケースを敷いている座布団の近くにおいて、仏壇の前まで足を運び、ライターの火によって付けられた線香を線香受け皿に刺した後、静かに合掌ながら黙とうした。

 その最中に祖母が居間のふすまを開け、テーブルに木製のトレーに置かれたお湯で溶かした茶を置いた。

 

「粗茶ですが……」

「どうも」

 

 2人は祖母が出したお茶を飲んで一息付いたところで祖父が直談判を持ち出し、今日来た目的を聞き出す。

 

「んで、あんたの狙いはなんなんだ?」

「話す前に資料を持ってきましたので、まずはこれを」

 

 スーツケースを開けて取り出したのは、一枚のポスターと3枚の入場招待券だった。

 祖父は取り出した物を手に取って老眼鏡をかけて1文字ずつ丁寧に読み上げる。

 

「ガンダムワールドフェスタ2024……」

「はい、再来週に開催されるガンダムワールドフェスタにあなた方の招待を持ってきました」

 

 生まれてこの方漢字とひらがなしかほとんど使ったことのない祖父は、不得意の1つであるカタカナをなんとか読み切った。

 ポスターを見た限り内容がどのようなものか把握し、この催しの告知をしたことと入場券を配りに来た意味を祖父はやっと理解できた。

 息子であるジュンイチが発案したというあの画期的な大型機械―ガンプラバトルシミュレーターの完成したことを。

 

「もう完成したのか、えーっと、あれ。てんぷらはーどるしゅみれーたー、だっけ?」

「ガンプラバトルシミュレーターです。正確にはガンプラバトルシミュレーター2.0ですが」

 

 所々間違っている。

 英語とカタカナが苦手である彼にイケダは優しくゆったりしたスピードで訂正し、少々恥ずかしい思いをして顔が真っ赤になっているリュートの祖父は一度咳払いをする。

 

「そ、そう、そのガンプラバトルシミュレーターが完成したのか」

「はい。彼が居なくなった後、私が引き継ぎ、先月それの最終テストを無事に終えたばかりなので……」

「……なるほどな。ジュンイチが残した功績を俺たちに見せようという魂胆か」

 

 だんだんと話が見えてきたタケノブに池田は、話を続ける。

 

「それだけではありません。そのガンダムワールドフェスタには目玉イベントがあるんです」

「目玉イベント……?」

「ええ。そのイベントというのは、入場者の1人が完成したガンプラバトルシミュレーターに入って操縦するんです」

「……その配役をリュートにやってもらいたい、ということか?」

「察しが早くて助かりますが、これは我々ルスタ・コーポレーションのためではなく、リュート君のためなのです。リュート君があのような状態になってしまったのも我々の責任でもありますし、何よりリュート君のお父さんが残した功績を見せたかったのもあります」

 

 池田から発した嘘や偽りによる疑問や不信感を感じさせない発言や曇りのない本気のまなざしを見た祖父は何か言い返してやろうと思っていたのだが、これらから自分からでは四の五の言える立場ではないと判断し、ため息をついた後祖母に声をかける。

 

「おい、エミコや。リュートをここに連れて来てくれないか?」

 

 リュートを呼び出すためにエミコがその襖を開けると、腰を低くして足元で聞いていたリュートがいた。

 

「あ……」

「リュートちゃん……?」

「聞いてたのか……?」

 

 祖母の反応を見て一緒に驚いたタケノブが問うと、リュートはだんまりした。

 その途中、池田はタケノブの手を振り払ってリュートの所へ行き、チケットとパスポートを前に差し出し、リュートの決意にゆだねる。

 

「リュート君、これは君のお父さんが築き上げた功績を誰よりも早く知る権利がある。受け取るか受け取らないかは君次第だ」

 

 池田の覚悟とそのチケットを見たリュートは、思わず唖然になってしまうも父に対する尊厳と世間に対する恐怖心が板挟みになって差し出した手が震えていた。

 その様子を見ていた池田は、まだ迷っているのかと悟った。壁掛けに飾られている、RX-78ガンダムの頭を模したトロフィーを持ったリュートとその父親の写真を見て、あの時を懐かしむように微笑みを浮かばせながら、ジュンイチについて語った。

 

「……君のお父さんは、本当にガンダムが好きでね。休み時間になると、ガンダムの話でかなり盛り上がったんだ。ザビ家かどうのか、赤い彗星がどうのか……。もう数え切れないぐらいその話に付き合ってさ。正直、もう参っちゃってね。そして、僕は君のお父さんから貰ったこの言葉を胸に今も頑張っている」

 

 池田の話を聞いたリュートは、幼少期にほんの少しだけ過ごした時間の中、ジュンイチから言い聞かされてきた言葉を少年は口にする。

 

「己を貫き、可能性を示せ……」

 

 池田と祖父母が彼を見守る中、リュートはその言葉を胸に意を決して自分が思いの強い父に対する尊厳を選び、池田の手からチケットとパスポートが入っているホルダーを手にする。その瞬間、池田自身の体にこわばっていた緊張が一気にほぐれ、脱力した。

 

「よく決意したな、リュート」

 

 タケノブがリュートに声をかけ、肩に手を置いた。

 

「お父さんが残したものがいいものだと信じてるから。正直まだ外に出ることは怖いけど」

「その時は、じいちゃんやばあちゃんが傍に付いてやるから安心しろ」

「ありがとう、じいちゃん。その時はよろしく頼むね」

 

 と、多少外や民衆に対する不安はあるものの安心しきってこう答えた。

 最後にガンダムワールドフェスタ開催当日に迎車が来るという話で終り、安堵で浸っている池田はルスタ・コーポレーションに戻っていった。

 昇り切った日は降り、カナカナゼミが鳴き出した頃には夕方になっていた。

 その時リュートは、チケットを握りながら縁側に座ってその夕日を眺めていた。

 

「リュートちゃん、こんなとこにいたのかい。ご飯できたよ」

 

 その後ろにある襖から祖母の声が聞こえると、リュートは体を捻りながら後ろにいるエミコに視線を合わせる。

 

「ばあちゃん……。うん、今行くよ」

 

 リュートを見た祖母は、自分が知らない間にあの時以来引きこもっていた彼が成長していたことをまだ驚いている。

 だからこそ、あの時思っていた自分の本心を相手に伝える義務があると思い、再びリュートに声をかける。

 

「リュートちゃん。ばあちゃん本当はね、リュートちゃんのこと心配してたのよ。リュートちゃんがあのままだったら、未練を残したまま天国に行けなくなる所だったよ」

 

 祖母の本心を聞いたリュートは自分から言ったことに一瞬呆然としていた後、頭は垂れ、眉を八の字にして反省の色を出す。

 

「ごめん、心配かけて。でも、僕は大丈夫だよ。それにまだばあちゃんには長生きして欲しいよ」

「……ありがとう、リュートちゃん。頑張ってね」

「うん、頑張るよ。と言っても、ただ最新ゲームのプレイするだけだよ」

 

 と、他愛のない会話で笑い合い、頑なだったリュートの表情が一気に和らいでいた。

 

 〇 〇 〇

 

 2週間後、現在七月三十一日午前九時十一分。リュートと彼の祖父母は迎えが来るという会社の迎車に乗るため家の玄関前にいた。

 リュートは一目を気にしているので帽子を被り、ラインの入った黒の長袖パーカーと地味な色のボトムであまり目立たないような格好だ。

 タケノブもリュートと同じくベレー帽をかぶっていて、つばを持って影の面積を増やしながらしばらく待っていると、『ルスタ・コーポレーション』とデカールが貼られている1台のバンが自宅の前で止まる。

 午前十時ジャスト。リュート一行はその車に乗り、オダイバーシティ東京に向かった。

 オダイバーシティ東京に着くと、等身大ガンダムを中心に会場は人で溢れかえっていた。

 行列は駐車場を超えて【ガンダムワールドフェスタ2024】という背景の色と対照的な黄色の文字で書かれていた。

 ゲートを抜け、周りを見渡すと溢れんばかりの老若男女の人々がゲートを進み、点在するスタジアムや施設に入っていく。

 リュートたちは車を降りて中に入ってみると、何千……、いや、何万もあるガンプラの模型や箱がスタジアムの中のそれぞれのエリアにあった。

 またガンダム各作品における名場面を再現した数々の展示物や登場する軍の軍服の配備など盛んなにぎやかさだった。

 この膨大にして盛大な会場にリュートと祖父母は言い返せる言葉もなく、圧倒された。

 

「ここが、ガンダムワールドフェスタって奴か。なんて人の多さだ……」

「これだけ広いと迷子になりますね……」

「たしか池田がこの会場に来いと言ってたな」

 

 タケノブはゲートでもらったマップを開き、以前池田と会う場所として指定された会場の中心部に位置するオダイバーシティ・ドームスタジオを指さす。

 その場所に関する詳細に約1万人も入るイベント会場で池田が前日言っていた、目玉イベントのガンプラバトルシミュレーター2.0のお披露目会もある。

 イベントが開始されるのは、午前十一時。若干時間的余裕はある。近くのバーガーショップで腹ごしらえに、と移動するが、リュートは怯えた表情で辺りを見渡していた。

 察したエミコはリュートの手を握り、温もりでリュートを落ち着かせる。

 

「あ、ばあちゃん……」

「大丈夫、リュート?」

「う、うん……」

 

 喘息寸前で落ち着いたリュートは、祖母エミコの手を握りながらバーガーショップへと向かった。

 バーガーショップで注文したのは、連邦軍のモビルスーツが良く使うビームサーベルの形をしたサーベルポテト、初代ガンダムに登場するジオン公国の象徴とも呼べる量産機――ザクの頭部を形にして作ったザクバーガー、あとボールと呼ばれる球体型のモビルアーマーを作ったボールナゲット。

 さすがガンダムフェスタのことであって食べ物まで至れり尽くせりの一言に尽きる。

 

「そういえば……」

 

 リュートがザクバーガーを見ると、先日夢で見たあの光景を思い出す、今まで見たことのない過激かつ鮮明な夢を。

 趣味の1つとして様々なガンダム作品を見ていたのだが、様々な作品に出てくるモビルスーツが混同して戦争した夢は、果たしてそれは夢だったのか疑問を持っていた。

 各作品に登場する機体の特徴が隅から隅まで1つ1つ間違うことなく出ていて、それらが出て戦っている戦争もリアルと思える程苛烈だったのもまた事実。

 そして一番気になるのは、反響した透き通った女性の声。助けを求める声にも聞き取れた。だが、助けを求める声なら出る意味が全く分からない。

 先ほどに出てきた夢について考えているリュートを傍から見れば、首を傾げながらザクバーガーとにらめっこをしているようにも見えた祖父母は不思議そうに見てた。

 

「リュート、何やってんだ?」

 

 祖父の言葉で我に返ったリュートは、咄嗟に「何でもないよ」と若干ロボット口調でごまかした。

 現在十時二十五分。腹が満たされたところでリュートたちは池田が待つオダイバーシティ・ドームスタジオへ向かう。

 その道中に長蛇の列があった。その列は、ドームへと続いている。ここからドームまで約400メートル。並んでいる人の数は、ざっと1万人はいるだろう。

 

「すごい行列だな……」

「なあ、池田があのドームに来いとは分かったが、どうすればいいんだ? 俺たちもこれに並んだ方がいいのか?」

「それだと、約束が違うようなものですよ」

「なら、あの人に聞いてみるか?」

 

 リュートは最後列と書かれたプラ版を掲げているスタッフにこの前貰ったパスポートを見せると、そのスタッフは驚き、慌てながらもトランシーバーを取り出す。

 

《こちら最後列スタッフ……! パスポートを所持した人を発見しました! その人は今私の近くにいます! はい、はい! わかりました……!》

 

 今でも慌ててるスタッフがトランシーバーを切ると、次はリュートたちの方に振り向き、こう呼びかけた。

 

「御三方は、しばらくここでお待ちください! 別のスタッフが案内するそうで……」

「わ、わかりました……」

 

 スタッフの指示通りにしばらく待っていると、その5分後にドームからすたすたと駆け足で向かってくる2人のスタッフと思しき人が来た。その内1人は池田だった。

 

「ハァ……ハァ……申し訳ない、具体的なことを言うのを忘れていました……」

「ったく、しっかりしろよ……」

「はははっ、では、時間もあまりないのでリュート君は私に、お2人はこのスタッフの方の誘導に従って下さい」

「わかった。リュート、頑張ってこいよ!」

「……うん!」

 

 リュートは祖父母と別れ、池田と共にスタジアムのステージ裏に向かい、祖父母はスタッフの誘導に従い、付いてくる。

 ドーム内の構成は、全周囲の観客が見れるようにフルオープン式のステージがドームの中心に配置されていて、またその上層部の観客席によく見えるように映像が空中にいくつも飛び交うことができる特殊な液晶パネルも採用していて近未来を彷彿させている。

 イベントが開演されるまで残り5分を切った。ドームの3層の観客席に既に人は集まりだしてステージを覆い尽くすカラフルな絨毯のようになっていた。

 祖父母はスタッフの誘導で孫が良く見えるようにとスタッフと池田が前もって捕獲しておいた一番最前列の席に座っていて今にも待ち遠しくなっている。

 案内されたリュートは、池田が「ここで待っているように」と、ステージ裏の近くにある控室で待機していた。

 しばらく待っていると、ドアからノック音が入った後、姿を現したのは池田だった。

 

「あっ、池田さん」

「お待たせ、リュート君。そろそろ出番だよ」

「は、はい……」

 

 午前十一時。その時間になった頃にドーム内を照らしていた明かりが落ち、一瞬観客たちがざわめきだす。

 それと同時にとてつもないボリュームのBGMが流れ始めた。ドームの端にいくつか点在しているスポットライトがステージにあてると、ステージ中央真下から1つの人影が浮かび上がる。

 その人は腰にわざと中途半端に巻き付けてぶら下がっているスカートの代わりにした大きなベルトと胸の上あたりにある大きな赤いリボン、茶色のブーツ、露出している脚部が特徴のひときわセクシーな軍服姿をしたクセっ毛のある紫色の髪をした20代と思われる女性だった。

 その女性が立ち上がると、片手に持っていたマイクを使い、歓声を盛り上げようと最初の一手を出す。

 

「みなさーん! こんにちは-!!」

 

 その女性が挨拶すると、観客席から特に男性陣から「こんにちはー!」と挨拶が帰ってきた。

 

「史上最大のガンダムイベント、ガンダムワールドフェスタ2024! いよいよ開幕だー! 私はこのイベントのMCを担当するツグミです! みなさん楽しんでってねー!」

 

 自分のことをツグミと言ったその女性に男性陣は彼女に釘付けだ。無論、リュートの祖父タケノブも例外ではない。

 タケノブは一番最前列だったためにツグミをよく見えている。なので、彼女のセクシーかつキュートなコスチュームと立ち回りに精神ごと持っていかれそうになった。

 

「ツグミちゃん、俺のタイプじゃぁ……」

「あなた……」

 

 横で見ていた彼の妻であるエミコは、昔から女性に弱いことは分かっていたが、今となっては呆れてものが言えなかった。

 

「歴代作品の名場面を再現した数々の展示物やあらゆるガンプラ、あらゆるグッズが全て揃うミラクル物販コーナー! その他多数のアトラクションがあなたをガンプラワールドへと誘います! その中でも注目は、これだーッ!!」

 

 ツグミが頭上にある浮遊する画面に指さすと、画面の手前にいるガンダムと奥にいるザクとの戦闘の画面に映し出され、会場の観客から一気に熱が入る。

 そのガンダムはプレイヤーが操縦し、ザクをビームライフルで射撃したあとビームサーベルに切り替えて攻撃していた。

 また他にもミサイルを連射するズゴック頭のガンプラや赤く塗装されたガンプラがビームマシンガンで敵を撃っている場面など様々。

 

「あなたの作った自慢のガンプラで物語の主人公になれる、ガンプラバトルシミュレーター2.0! 突如として敵の攻撃を受け、戦火に包まれる中立コロニー・フロンティアⅣ。そこで出会うガンダムと呼ばれる機体を駆り、キミは地球の危機と対峙する! そして、その革命的な機械を今ここに!」

 

 ツグミが端っこに移動すると、ステージ中央奥の真下から白い霧が噴射される。

 その一体が何も見えなくなったところで噴射を終える。霧が薄くなり始めた途端、ステージの中央に巨大な物体の影が見え始める。

 霧が晴れると、衛星の軌道のように取り囲む輪っかとそれを支えるアンテナ、そして台形型の土台で支えられている球体型の巨大な白い機械が現れる。

 

「ガンプラバトルシミュレーター2.0! それに乗るファーストチャレンジャーは、こいつだぁー!!」

 

 ツグミの合図と共に自分自身が登場した場所から光が当たった瞬間、手や腕で目を守るリュートの姿がステージに現れる。

 そしてツグミがリュートに駆け寄り、マイクを向ける。 

 

「君のお名前は?」

「う、漆原、リュートです」

「このリュート君がファーストプレイヤーです!」

 

 緊張して言い切った後、観客たちが最高潮になった。だが、中にはどよめき始めて、隣人と話しかけている人もいた。

 

「漆原リュートって、たしか行方不明になった漆原ジュンイチのお子さんだよね?」

「父親の失踪の前に母親も不治の病で病死しているんだってニュースで言っていたな。かわいそうに……」

 

 流れて出るBGMの爆音でかき消され、実際何を言っているのかわからないが、直感的に自分に対する悲哀な目や声が恐怖に感じ、再び足が震え始め、遂には体全体が震えてしまう。額から異常と思えるほどの大量の汗が頬から垂れ流れ、息使いも荒くなってた。

 すると、ツグミが手を肩に置き始める。リュートが首を振り向くと、彼女は笑顔で励ましてくれた。

 言葉は言わなかったものの「大丈夫だよ」と言っているように感じ取った。リュートも彼女の笑顔に助けられ、震えていた体が治まり始める。

 

「では、リュート君。こっちに……」

 

 研究者の1人がリュートをガンプラバトルシミュレーターに案内し、研究員の手動認識でハッチが開くと、そのコックピットは従来のガンダム作品におけるモビルスーツの1つであるユニコーンガンダムのコックピットをモチーフとしているらしいが、シート以外は全体的に白く、シートの周りを走ってる緑色の光と近未来のアレンジも加えている。

 両親との約束や自分とのケジメをつけるためにコックピットに乗り、そのシートに座ると、ハッチは完全に閉じ、研究者たちも素早いタイピングでスタンバイをしていた。

 座った瞬間、デニムのポケットから何やら硬い物の感触がする。取り出してみると、それは携帯だった。

 

「あ、携帯置いていくの忘れてたけど、まあいいや……」

 

 リュートは慌ててシートを立ち、ハッチを開けるようとするが、既に手遅れで真っ暗だった狭い部屋から光が満ち始めていた。

 その直後、何か近くで電流が走るような、静電気に触れた音みたいなのが聞こえた。

 

「うん、なんだ? うわっ!?」

 

 電源が落ちて再び真っ暗に戻り、装置内から振動が発生した。これで頭をぶつけて気を失ってしまう。

 外で装置のコントロールを行っていた研究員たちが一斉に慌て始める。その1人がタイピングをして制御するが、一向に治まる気配はない。

 

「研究長!」

「どうした!?」

「ガンプラバトルシミュレーターが暴走しています!」

「何!? どういうことだ、説明しろ!」

 

 あまりの異常さに池田やツグミも装置を作った研究員たちの元へ向かい、話をうかがう。

 

「一体何が起きたんですか!?」

「ガンプラバトルシミュレーターが原因不明の暴走を始めてるんです!」

「原因不明の暴走……? どういうことですか!?」

「わたしからでは何も……。って、池田さん、何をするんですか!?」

「ワシも行く!」

「あなた……!」

 

 リュートが危機を晒されているのに見て見ぬは出来なかったタケノブと池田はガンプラバトルシミュレーターに向かい、無理矢理ハッチを開けようと試みたのだ。

 

「リュート君を救助しに行くに決まってるでしょ!」

 

 装置の周りに発生している電磁波が池田とタケノブを弾き返す。

 

「な、なにこれ……!?」

「そんなっ!? こんな現象は、今まで無かったはずだ! 一体どうなっている!?」

「お、おい! アレ、やばいんじゃねぇのか!?」

 

 これを見ていた観客達もざわめき始める。

 

「み、みなさん! お、落ち着いてください!」

 

 司会者であるツグミが観客を落ち着かせようとするが、なかなか収まらなかった。

 その後ガンプラバトルシミュレーターがオーバーヒートを引き起こし、眩しい閃光を放った後、所々から蒸気が発生しているが落ち着きを取り戻し、機能停止した。

 

「止まった、か……。今だ、リュートを助けるぞ!手が空いてる奴、手伝ってくれ!」

 

 池田とタケノブ数名のスタッフや男性の観客の力を合わせ、強固に閉じているハッチを開けに行った。

 

「念のため救護隊も行かせます!」

「せーの! せーの!」

 

 両サイドから呼吸を合わせて持ち上げ、バールを使いながら全員の火事場のバカ力でやっとのことでハッチをこじ開けることに成功する。

 

「よし、開いたぞ!」

「リュート君! 大丈……」

 

 突然池田の動きが止まった。何が起きたのかツグミが近づいて尋ねると、池田はゆっくり後ろを振り返る。

 

「池田さん……?」

「リュート君が、いない……」

「えっ!?」

 

 池田の目の前にはリュートの姿は無く、コックピットはもぬけの殻だった。まるで魔法か手品でも使ったかのように。

 一緒に見ていた観客達も騒然になっていて、気がつけば携帯を使って写真を撮っている者までいた。特に最前線で見ていた祖母のミエコも目を疑う光景に目にして、夢だ夢だと自分の中で自己暗示していた。

 

 〇 〇 〇

 

 宇宙西暦2080――。

 中立国コロニー・イフィッシュの党首――カルディアス・レフェリーの暗殺によって冷戦状態だった一部のアースノイドとスペースノイド――地球軍事統合連盟、通称地球軍とコロニー連合軍による紛争が各地で勃発し、遂には戦争と呼べる、憎悪まじりの本格的な武力衝突にまで発展した。

 彼は、アースノイドやスペースノイドからも信頼を置き、そしてまた両者も彼に信頼を置いていた。互いに敵対心から憎しみに変わり、相手を叩き潰すことだけを考えていた両者は幾度となく戦闘を繰り返すが、どちらも引けを取らず拮抗状態が継続し、勃発してからすでに10年が過ぎようとしていた。あの男が来るまでは――

 暗い宇宙世界を地球の影からゆっくりと太陽の光が宇宙に差し込まれ、その光によって純白に輝く1隻の貨物船があった。

 

《……それにしても大佐殿、本当に奴らは中立の立場にいるフロンティアⅣを襲撃するんですかねぇ》

 

 その貨物船に乗って通信で話していたのは、パイロットスーツと思われる身軽な服装を着た中年の男だ。おまけに彼のものであろうヘルメットが宙を浮いている。

 軍の命令でその男が動かされているのは一目瞭然なのだが、その任務を請け負った本人は、奴らと呼ぶ組織的な何かををよく知っているのかどうも晴れない気持ちでいた。

 

《……無駄口を叩いている暇はないぞ、少尉。その情報は虚偽ではないのはたしかだ。この任務は極秘であることも忘れるなよ。もし回収が可能であれば、ニューヤーク基地に持ってきてくれ》

《やれるだけのことはやります》

《あぁ、それと、お前の他にフロンティアⅣに向かってる別動隊がいる》 

《別動隊?》

《ああ。上官殿の話から耳にした程度の情報だが、信憑性については保証する。もし出合い頭になった場合は、合流しても構わん》

《了解です》

 

 上官と思われる軍人から命令を受けたパイロットスーツの男は、宇宙貨物船に偽装した船を操縦しながら、目的地であるシリンダー型のスペースコロニー――フロンティアⅣへと向かった。

 

 〇 〇 〇

 

 同時刻、そのフロンティアⅣ内に設立された中立所属の機動警備部隊の施設の中で1人で書類などの処理を行っている少女がいた。

 

「うーん……」

 

 大量の書類を片づけ、段取りが付いたところで腕を真上に伸ばし、骨休めしているエメラルドのような碧色の大きな瞳に後頭部の髪の毛を朱色の輪ゴムで束ね、それを右肩にかけている金髪の少女がいた。

 彼女の胸にぶら下げていたホルダーには、写真付きのネームカード――持ち主は【レーア・ハルンク】との名前が記されている。

 レーアと呼ばれるその少女は2羽の雀が楽しく飛んでいるのどかな空を見上げると、無意識にも自分の胸に押し当てる。

 

「何か胸騒ぎがする……。課長、パトロールしてきてもよろしいでしょうか?」

「え? ああ、いいけど……」

 

 レーアは彼女曰く課長から許可をもらうと、すぐさま駆け足で更衣室に向かう。

 レーア専用のロッカーから単色の白と模様の入った紫のツートーンのパイロットスーツに着替えた後、彼女専用の機体――ガンダムエクシアに乗り込み、出撃した。

 

 〇 〇 〇

 

 フロンティアⅣでの時間で午前1時。フロンティアⅣの宇宙港に1隻の宇宙船が寄港する。

 だが、半ば退屈だった宇宙港の管理人は、その宇宙船を自動分析した結果、フロンティアⅣへの寄港許可に認定登録されている識別番号の船ではなく、目で確認できる距離から見ると、艦首両舷か前方にら突き出した脚部状のモビルスーツハッチと艦の各箇所に武装をした戦艦――アークエンジェル。

 この戦艦はフロンティアⅣの人間には見たことのない最新鋭の艦でもあった。

 

「なんだ、あの船……。登録されている識別番号じゃないぞ!?」

「え、どういう……ぐはっ!」

 

 宇宙港の管理人の後ろに静かに近づくパイロットスーツを着た男がアサルトライフルを使い、その管理人の1人を気絶させた。

 

「えっ? ふがっ……!」

 

 その音に反応した男が振り向くと、もう1人の男も水で溶かした麻酔薬で湿らせたティッシュで眠らせる。 

 

《こちらC-eガンマ。宇宙港管理制御室を制圧した》

《こちらC-eアルファ、了解。準備ができました》

「よし、アークエンジェルを寄港しろ」

 

 上官と思しき水色をした長めの髪と眼鏡をかけている軍人が命令を出し、艦部下たちもすぐさま寄港準備に取り掛かり始めると、通信が入る。

 

《あとは俺たちの好きにさせてもらうぞ》

 

 ガスマスクを付けたかのようなフェイスに両肩にスパイク型のアーマーを付けた黒い機体――【デナン・ゾン】に乗っている中年男性のパイロットがその艦の艦長に出撃命令の要請を出す。

 だが、その男は軍の人間ではなく、雇われ兵なのだ。

 その上官は雇われ兵に対してあまり好感は持てていなかった。だが、軍人として上官としての責務や任務を全うする義務があるので適当に命令を出してあしらう。

 

《ふん、お前たちの気が済むまで好きにやれ》

《おーし、お前ら、行くぞ! アレを捕獲するまで暴れるぞ!》

 

 デナン・ゾン部隊はアークエンジェルのハッチから出撃し、いくつかの別動部隊を引き連れて宇宙港から居住区エリアへと向かう。

 

「我々は、これより避難民を強制収容する!準備にかかれ。警戒も怠るな」

 

 その中に3機程のザクといくつかパイロットスーツを着た軍人を乗せているシャトルもあり、そのシャトルの中には推定30人程度いた。

 

「まさか、あなたがこの作戦に自らお出でなさるとは……。ガエリオス特務大佐」

「不服か?」

 

 大佐の身分である者が戦場へ赴くことに驚いていた尖兵の1人がジェイと呼ばれた黒い仮面を被った男に言うと、ジェイは笑いながら冗談半分で言い返した。

 反応を見るからにまだ軍に入って間もないと思われる軍人の男は、焦り始める。

 

「い、いえ……。むしろ驚きや嬉しさの方が大きいです……! 我々と共に行動できて光栄です……!」

「白兵戦の基礎はマスターしているつもりだ。敵ならば、いつどこでも撃ち殺せる心得も持っている」

 

 ジェイと呼ばれるその男は、部下の1人に語りながら【SCAR-L】と呼ばれるアサルトライフルから弾倉を抜き取り、銃弾の確認をした後、また【SCAR-L】に戻す。

 

「勿論、我々もサポートします。あなたはすべての戦争を終わらせるキーマンです。死なせたりはしません」

「……おしゃべりはここまでだ。そろそろ作戦地域に入る。これより、C.U作戦に移行する!」

 

 パイロットスーツを着用した兵たちはシャトルを出て、コロニー内の市街地に直結する扉に向かい、ある特定の施設に向かう。

 

「一部はここで待機、他はコロニー内に乗り込みか……。任務遂行する前にこの中にいる芋虫ども退治しなくちゃぁな……!」

 

 それらを観察していた1人の男がガンダムタイプのモビルスーツに乗ると、人型から鳥型に変形した後場所を移動した。

 機動警備隊が施設内で寛いでいる間、突如、機動警備部隊の施設内に警報が鳴り始めると、司令部員はヘッドホンを装着してスクランブル発進をしている戦闘員にサポートを開始する。そして、レーアのエクシアにも行き届いた。

 

《レーア機、応答願います》

 

 サブスクリーンには【SOUND ONLY】と表示されているが、その声の主は女性ではきはきしている。

 

《こちらレーア機。どうぞ》

《南第3ゲートから所属不明のモビルスーツが侵入。直ちに迎撃に向かってください》

《了解。直ちに南第3ゲートに向かいます!》

 

 と、エクシアは南第3ゲートへ向かった。

 その辺りではコロニー内の市街地の建物や森林にモビルスーツの武器による人為的な爆炎が所々発生していた。人民や動物たちが慌て始めてパニックに陥り、居住区や軍事施設は破壊され、高層ビルは穴だらけにされている。

 悲鳴は侵入してきたデナン・ゾンの所持する武器の銃声でかき消され、建物の破壊を繰り返した。

 現場に駆け付けた機動警備部隊の機体――ジェガン、ジム、ジェノアス、ストライクダガーの編成部隊が次々と発進され、デナン・ゾン部隊と交戦する。

 その間、足元や周囲で必死で走っている人たちは脱出ポットや救命ボードがある地下シェルターに入り、満員になって蓋が閉じられても「自分も入れてくれ」と言わんばかりにドアを叩いた。

 エクシアが南第3ゲート付近にまで到達すると、すでに交戦していて近くには1機のジェガンとデナン・ゾンが撃ち合いをしていた。

 デナン・ゾンが持つ中世の槍をモチーフにした武器から出るビーム弾が盾を前に出して構えて迎撃しているジェガンの持つビームライフルに直撃し、ジェガンは一時的に態勢を崩した。

 好機と思ったデナン・ゾンのパイロットはスラスターを上げて助走をつけ、加速してランスでコックピットごと貫く勢いで突進する。

 ジェガンはビームサーベルで反撃しようとするが、デナン・ゾンのランスのビーム弾が右アームに直撃して対抗できる術を無くしてしまった。

 デナン・ゾンのランスとの距離が目と鼻の先になった瞬間、ランスの勢いが止まった。

 これを見たレーアは加勢して右手に装備された【GNソード】の展開された刃がデナン・ゾンのコックピットを串刺ししていたのだ。

 デナン・ゾンは爆発することなく、止まったことを確認した後、GNソードを抜き出す。

 

《大丈夫ですか!?》

《すまない! 助かった!》

《いえ。今のうちに後退してください! まだ敵は残っています》

《……分かった。君も気を付けて!》

 

 ジェガンが後退して見送っている中、エクシアの後ろにある高層ビルの屋上からザクが片足の膝に位置するアーマーを地面に接地し、スナイパーライフルを構えてエクシアを狙っていた。 

 ザクが引き金を引いた瞬間、高層ビルよりも高い位置から黄色く輝くビーム砲弾がコックピットを貫かれ、炎を上げて大破した。その爆発に気付いたレーアは驚く。

 

《おい、大丈夫か?》

 

 空中から人型に変形し降りて現れたのは、翼を模したバックパックと高火力を誇るバスターライフルを持ったガンダムタイプのモビルスーツ――ウイングガンダムだ。それに乗る男性パイロットがレーアに告げる。

 

《遠くにいる敵から狙われていたぞ》

《あなたは……?》

《自己紹介は後だ。まずはこの場を切り抜けるぞ》

《待って、港は?》

 

 レーアは、ここから一番近い宇宙港からの脱出を提案するが、すでに敵によって宇宙港は制圧されていることを知っているその男は理由を添えながら却下する。

 

《敵によって真っ先に制圧された。これで文句はないだろ?》

《……わかったわ。少なくとも襲撃したあいつ等よりも信頼できそうね》

 

 レーアは頷きウイングガンダムの男性パイロットと結託し、行動を共にすることを意思表示する。

 だが、行く先の左手側に敵が2人に向けて迫ってきた。だがそれも、2機で対処できるほどの数では無かった。

 

《ちっ、増援が来たか。あの倉庫に向かうぞ》

 

 逆の右手側に巨大な古びてボロボロになった倉庫があった。レーアは「ええ」と首を縦に振って言い、その男と共に倉庫へ向かった。

 

 〇 〇 〇

 

 その頃、ある研究所らしき施設の中で銃声が鳴り響いている。片手にアサルトライフルを持った1人の男が複数の敵らしき兵たちと白兵戦をしていた。

 壁や床に飛び散った血痕がへばり付き、彼らの足元には所々から血が流れ出ている死体がごろごろと転がっている。

 兵たちは、アサルトライフルで隙をそうしている間も銃弾を掻い潜りながら追われている白い髭の生やした老人の男は遮蔽物に身を潜めて隠れ、弾倉を交換している隙を見て手榴弾のピンを抜き取り、敵である兵たちに向けて投げた。

 

「退避ー!」

(クソッ……! やはりあいつらはヤツの差し金でアレを狙っているのか……! ならば、早く向かわねば……!)

「ゴホッ、ゴホッ……!」

 

 白衣を着たその老人は、自分自身曰くアレに向かって持病の咳を伴いながらもがむしゃらに走り続けた。

 同時刻にその爆発による衝撃が近くにあったため、その振動でリュートの意識が回復した。

 

「うぅ……」

 

 ゆっくりと目を開けると、彼の視界にはいつの間にかハッチが開いていた。

 多少ぼやけているので頭を振って目を覚ましながら前へと進み、そして数秒ではっきり見えるようになった。

 

「ここは……。そっか、さっきの振動で……。早くここから出ないと……」

 

 重い腰を上げたリュートは振動で落としてしまった携帯を拾い、コックピットの外に出る。

 周りを見渡すと、微かに明るい照明以外何もないかなり古い倉庫の中と思われる場所が目に映った。少なくともここは、イベント会場では無いと確信した。

 

「どこなんだ、ここは……?」

 

 空気を吸うと、鉄の錆びた臭いが充満していて少々不快な気持ちにさせる臭いだ。

 このような場所では、どこにいるのかわからない。幸いスマホを持っているのでここはどこなのか地図を開く。

 

「け、圏外!? なんでこんな時に……」

 

 頼みの綱だった携帯画面の左上に表示されているはずのアンテナが表示されておらず、代わりに"圏外"と日本語で表示されていた。

 これに参ったリュートは仕方なく、コックピットから降りる。高台の足場から下を覗く。今の立ち位置からすると、10メートル以上の高さに位置していた。もう1つ気になるものがあった。

 

「なんだこれ? 足……? はははっ、まさか、な……」

 

 笑いながらも半信半疑な思いだったが、少し場所を移動して上を見上げる。自身の予感が見事に的中した。

 リュートが知らぬうちに乗っていたロボットの足らしきものの正体は純白の機体にその特徴でもあり象徴ともいえる一本角のモビルスーツ――ユニコーンガンダムだ。

 

「こ、これって……ユニコーンガンダム!? これって本物……? でも、なんでこんな所に……!?」

 

 正式にはRX-0 ユニコーンが正しい。ユニコーンガンダムとは、所謂愛称のようなものである。

 その機体は古い整備ドックに格納されていて、誰かが整備している最中だったようだ。

 

「誰だ、貴様? そこで何をしている!」

 

 突如、梯子から老人と思われる声が倉庫の中と思われる空間中に響き渡り、一瞬リュートに身の震いが体中に走った。

 その男は頭を除く全身を覆いかぶさる白衣を着ていて、肩に紐をかけたマシンガンを持っていた。

 

「えっ!? いや、あの……」

「どこから入ってきた!?」

 

 その老人はマシンガンを携えて銃口を向けながら言うと、リュートは反射的に両手を上げ、敵ではないと主張する。

 

「ぼ、僕は別に怪しい者じゃ……」

 

 だが、白衣の着た老人の警戒は治まらず、誤解も解かなかった。これでは埒が明かないと思い、信じてもらえるかどうか一か八かでリュートは本心を言った。

 

「お爺さん、その、信じてくれないかもしれないけど聞いてください! 僕は気付いたらこのモビルスーツ――ユニコーンの中にいたんです!」

 

 と、リュートは必死にその老人に悪あがきにも聞こえる真実を訴えると、その老人は目を大きく見開き、さらに警戒心を強めて銃口を再び向ける。

 

「貴様、どこでこいつの名前を聞いた!? 言え!! こいつの存在は私の信頼の厚い者たちしか知らないはずだ!」

「……だ、誰って言われても、これはアニメとかに出てくる機体で展示物か何かなんでしょ!?」

「アニメ……? 展示物……?」

 

 と、リュートは必死にその老人に悪あがきにも聞こえる真実を訴えると、大きく見開いた老人はリュートに飛びかかり、その勢いとリュートを地面に伏せた衝撃で足場が大きく揺れた。

 リュートの動きを封じ込めることに成功した老人はゼロ距離でリュートの額に銃口を向ける。

 リュートが発する食い違う意見に老人は困惑し、リュートをどかして一度冷静になってこの少年がなぜここにいるのか整理する。

 

(嘘を言っているようには見えんが、こいつはユニコーンの名を知っていた。冷静に考えてみれば、避難勧告が出されているにも関わらず一般人がここに立ち寄れる余裕などない……。となると、1つは……)

「あ、あの……。1つ聞きたいことがあるんですが……」

「……なんだ?」

 

 その無言の間に大きな揺れが起き、古びた倉庫の天井から埃が舞振ってくる中、地雷を踏んだかと思ったリュートは気まずくなるも質問を止めなかった。

 

「ここはどこなんですか? どこかの倉庫の中なのは分かるんですが……」

 

 状況が読めていなくて慌てているリュートは老人に今置かれている現状の把握を要求すると、老人は鳩に豆鉄砲をくらったように一瞬唖然な表情になる。

 

「お前……コイツの存在や価値を知って、ここに来たのではないのか?」

「存在……? 価値……? お爺さん、このユニコーンは……? あなたは何者なんですか!?」

「それはこちらのセリフだ! もしやお前は、彼女の言っていた――」

「いたぞ、こっちだ!」

 

 突如、廊下から声がした。その声の主は老人を追いかけてきた武装集団の1人だ。

 声を聴いた他の仲間の足音がリュートたちにも微かだが、聞き届いていた。

 

「え、今度は何!?」

「伏せろッ!!」

 

 老人がリュートの方角に走って体自体を地面に伏せさせる。

 老人を狙う者たちが持つサブマシンガン特有の集弾率の悪い銃弾がフェンスや機体に当たって火花が散り、金属同士の甲高い音が発した。

 これと反響する銃声を聞いたリュートは思わず驚いてしまう。

 

「うわぁッ!! ほ、本物!?」

「騒ぐな!」

 

 その銃声で老人が入ってきた通路から仲間を知らせている1人の軍兵とその奥から走る音が倉庫内に響いた。

 その後、次々と現地に着いた兵士たちがアサルトライフルを使い、2人にめかげて撃って来る。

 リュートたちは腰を低くし、ドックの遮蔽物に身を潜めて銃弾に当たらないようにする。

 

「くそっ! もう追手が来おったか!」

「お、追手!?」

「話は後だ! こっちに来い!」

「えっ!? 何を……!?」

 

 老人は無理矢理リュートの手を引っ張り、コックピットに戻る。リュートも何が起きているのか状況のすべてを飲み込めなかった。

 

「あの老いぼれは?」

「現在、目標を保管している格納庫で少年と思われる人物に接触しているそうです。1人の兵が目撃しました」

「少年? 案内しろ」

 

 入り口から多くのマシンガンを持った兵たちがぞろぞろと現れ、コックピットに入っていくリュートたちを躊躇いなく撃って来る。

 銃弾が多少両サイドを通過し、機体に火花が当たった数だけ散った。

 コックピットに辿り着き、老人は敵が近づけさせないようライフルを乱射する。そして兵たちも応戦した。

 

「ぐぅっ……!」

「お爺さん!」

 

 1つの銃弾が老人の左腕に当たったのだ。傷口から流血し、白衣の左袖が広範囲に赤く染まっていく。

 苦しんでいる老人は右手で強く押さえているも流血は止まらない。

 

「だ、大丈夫、かすっただけだ……! とにかく、シートに乗れ!」

 

 リュートは老人の命令に言う通りにシートに座ると、老人は邪魔はさせまいとマシンガンを武装集団に向けて発砲する。

 鉄仮面の男は見えやすい位置からスカーを構えてスコープを覗き見ると、老人と共にいた少年の顔を見て、驚きを隠せなかった。

 

(ッ!? なんでここに……)

「ガエリオス特務大佐? どうかされましたか?」

「あ、ああ……。相手は子供と老人だ、機体と共に捕獲しろ!」

「はっ!」

 

 ジェイと名乗る仮面の男は数名を部下たちに指示を出すと、その部下たちは命令通り援護に向かう。

 

「これを奴らに渡すぐらいなら……! 人体認証さえ完了すれば、あとはお前さんの思い通りに動かすことができる……!」

「思い通りって、まさかこれ動くの……!?」

 

 傷を負った老人は、残り少ない力を振り絞って1つのボタンを押してシステムを起動させると、足元のモニターの画面の中央に【RX-0 UNICORN】という文字が浮かび上がる。

 リュートは腰辺りにあるモニターに映っている文字を読むと、画面が映り替わって次はユニコーン全体のステータスを調べることができるモニタリングに映し出される。

 

「み、右手を出せ! 早くっ!!」

「は、はい!」

 

 威圧感に圧されたリュートは老人の言われるがままにすぐさま出した。

 彼の右手は右側のレバーよりも端にある優しい青白く光るパットのようなものを上に置かれた後に内側からスキャンされると、スキャニングされリュートの足元にあるモニターに【AUTHENTICATION COMPLETION】、翻訳すると認証完了の文字が浮かび出た。

 その瞬間老人はゆっくりと立ち上がり、ひと段落したかのように切羽詰まっていた顔がほがらかな表情になっていた。

 

「これで、こいつはお前しか動かすことができなくなった。私の役目はここで終わりだ」

「えっ?」

「この世界は戦いで満ちておる。誰かが終止符を打たない限り、"終焉なき戦争"になってしまうだろう。……そしてこいつは、お前しか言うことを聞かない。コイツをどうするかはお前が決めるんだ。もし終わらせる覚悟でいるなら、お前とこいつの力でこの世界に戦争のない未来と光を見せてくれ……」

「でも、僕はまだ……!」

 

 リュートはまだ決意も覚悟もしていなかった。それどころか、状況がすべて把握しきれていないのにも関わらずその準備さえもしていないのも無理はない。

 老人は強引にも左手で少年の腕を掴み、手のひらの上にボタン付きの、近代的な長方形の黒い物体を手渡してこう言った。

 

「己を貫き、可能性を示せ……」

 

 老人が口にしたその言葉にリュートは固まった。

 

「え、その言葉……!」

「ある男が口癖で言っていた言葉だ。決意に迷いが生じたときは、この言葉を思い出せ。そうすればユニコーンは、お前に唯一無二の力を貸し、為すべきことを教えてくれる」

「どう、して……」

 

 自分の父としか知らないその言葉をなぜ知っているのかと問いたかったリュートは、なりふり構わずその老人に手を差し伸べる。

 ハッチ開閉ボタンを押した同時にコックピットから離れた老人は、達成感を感じていた様子で安泰した表情をリュートに見せる。

 

「お爺さん……!」

「私はもう長くはない……。だが、生きている間に最後の役割を終えてよかった……。別世界から来た救世主の旅立ちを迎えることが……!」

「え……?」

 

 老人の発した言葉にリュートは口を開けたまま唖然としていた。その言葉を機にこの施設を形作っていたセメントが目の前に足場に崩れ落ちたことでパイロット保護プログラムが作動し、ハッチが閉じていく。

 倒れ始める足場のフェンスに寄り掛かり、腰を掛けた老人に少年はさらに手を伸ばす。閉じる手前の刹那、老人の足が浮いていたのが見えた。

 老人は15メートル前後の高さから落下していく。これを見た仮面の男は慌てて部下たちに指示を出す。

 

「早く老人を……!」

(ふっ、やっと託せる者がいた……。長かったなぁ……。これで奴の暴走は止められる……。そして、お前さんの悲願は、これから実現するぞ……。後は託したぞ、わしの、わしたちの最後の希望――)

 

 ハッチが完全に閉まったと同時に、人が倒れる音が倉庫内に響き渡った。

 

「あ……」

「くっ……! 早くコックピットから子供を引き下せ!」

「は、はいッ!」

 

 シート以外360度周りを見渡せるフルスクリーンのモニターが展開し、映し出された。だが、目の前のフェンスに老人の姿は無かった。影も無かった。

 

「お爺、さん……」

「おい、貴様! 開けろ!」

 

 駆け付けた兵たちがユニコーンの周りにぞろぞろと集まり、モニター付近から拳や銃のストックで強く叩いてくる音と幾人の敵の声がコックピット内を充満していく。

 

「なんで……僕の、大好きな言葉を知っているんだ……」

 

 立て続けに鳴り響く叩く音が大好きだった父の背景をかつての友達だった者や近所の人、世間から言われてきた言葉で塗りつぶされたかのように思えていた。

 

「なんで……なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!」

 

 自暴自棄のままレバーに手をかけて強く握ったリュートは、ユニコーンを動かす。

 

「なんでなんだよォォォォォッ!!!」

「うわっ!?」

「ぐあぁっ!!」

 

 ユニコーンは整備ドックの拘束具を無理矢理破壊し、機体や整備ドックの上に乗っていた仮面の男が引き連れた武装集団を振り落した。

 その様子を見ていたジェイは、これ以上の任務の続行は不可能と判断し、部下に撤退命令を下す。

 

「ここまでのようだな……。作戦は失敗だ! 総員、撤退しろ!」

「これは……僕が、やったのか……?」

 

 ふと我に返ったリュートは、無我夢中だったにしろ、ユニコーンが自分が思い通りに動いていることをまだ信じられずにいた。

 だがそのおかげで、機体の片足の膝をつかすことも爺さんに向けて手を伸ばし、ゆっくりすくい上げることも容易にできたが、いつまでも驚いている場合では無かった。

 モニターに映っている英語の文字や単語はある程度解読できる。どのボタンか一目で分かった。

 ハッチ開閉のボタンを押し、ハッチを開けてユニコーンの手に収まっている老人のところへ一心不乱に向かった。

 遺体から血が飛び散っている老人の遺体の背中を抱え込む。案の定、息もしていないし心臓も動いていない。

 

「お爺さん……。父さんと会っていたんだ……」

 

 ある意味裏切られた悲しみと怒りが同時に我慢していてもしきれていなかったリュートは老人を廊下の出入り口に移動させ、そっと寝かした。その後、安寧の黙とうをした後、老人に向けて一言言葉を残す。

 

「……お爺さんの思いは引き継ぐ。だけど、アンタと父さんの関係性が分かるまで僕は死ぬつもりはない……!」

 

 涙を拭って覚悟を決めたリュートは、レオ・ビスタルの意志を受け継ぎ、コックピットに乗って周りを改めて見渡した。

 

「ん、あれは……?」

 

 ユニコーンが収納していた大きな器具の周りに、大きな武器とシールドのようなものが置かれていた。

 ユニコーンの手で取らせると、モニターに英語で【BEAM MAGNAM】という文字が図や【5/5】という弾数も表示された。

 

「ビーム・マグナムまであるのか……!」

 

 他に別の武器がないか辺りを見渡したが、武器はこれだけで何も無かった。

 他にもこの機体に搭載されている武装はないか調べたが、現在使用できる武装はバルカン砲やビームサーベル、そしてビーム・マグナムの3つしかないが、自分の身を守る上での武装は十分と言っていい。

 

「武器もシールドも装備したし、調べる所もない。なら、外に出てみよう」

 

 いつ襲撃があってもおかしくない状況なので幸運にも配備していた装備を整えた。

 ユニコーンは巨大な門の前に立つが、流石に門は自動ドアのように開かない。

 

「これ、どうやって開くんだ?」

 

 ゲートなのは分かったが、扉を開く方法が分からないリュートは何かスイッチらしき物がないか見渡すが、暗すぎて見えづらい。

 閉ざされてる門の近くに光る何かがあった。リュートはモニターで拡大すると、巨大な門を開閉できるレバー型の装置があった。どうやら巨大な門の開閉レバーのようだ

 だが、大きさと高さの関係で人間の力では開くことはままならず、仕方なくリュートはユニコーンに乗り、操縦でユニコーンの右マニピュレーターで開閉レバーを下すと、案の定、扉が開くことに成功する。

 

「なんだ、ここは……」

 

 何かの拍子で地面がえぐられていて、近くにあるビルなどの高層建造物に大きさの違う穴がいくつも空いている。

 見る限り市街地か都心部のようだが、様々な場所から煙が上がっている。だが、リュートは今まで見た物と何かが違うと違和感を覚えた。

 その答えは空にあった。リュートが頭上に広がる空を見ると、雲と煙の隙間からはっきりと空一帯を覆い尽くすいくつも繋ぎ合わせた天窓のようなものが見える。

 その空の所々に雲があり、まるで本物の空のように見えるのだが、地球ではまず見られないこの光景にリュートはただ驚くしかなかった。

 

「え、何あれ!? 空に……!?」

 

 遠目ではあるが、金属で作られている。リュートは一度目をこすって再び空を見ると、その空に人工物が付いたままだ。

 自分が今ここにいる場所は明らかに地球じゃないと分かったリュートは、ユニコーンの端末を使って慣れない手つきで現在位置の特定を試みる。

 

「えーっと、マップ……マップはどこだ……? ……あった!」

 

 マップのアクセスに成功すると、地球と月の間にある宙域一帯をマッピングした地図がフルスクリーンに表示される。

 データの照合と合わせて徐々に拡大していくと、リュートが今いる場所は、フロンティアⅣと呼ばれる人の手で作られた巨大人工コロニーだ。

 

「フロンティアⅣ……フロンティアⅣだって!? ここって宇宙世紀の世界なのか……!?」

 

 見知らぬ建物に空一帯を覆い尽くすいくつも繋ぎ合わせた天窓のようなもの、これらによってリュートは自分が知っている世界ではなく、宇宙世紀が存在する世界だと確信を得た。

 困惑したリュートは未だに混乱しているが、一旦心を落ち着かせて目をつむりながらガンダムの世界の知識を使って推察を交えて自分が今置かれている立場と状況を整理する。

 

「落ち着け、落ち着け……。まずは状況の整理だ……。ここはフロンティアⅣでユニコーンガンダムの中にいる……。つまりは、F91の時代でもユニコーンガンダムは存在していたってことになる。僕は、今その時代に来ているってことになって――」

 

 早口で推理している中、突如接近警報のアラート音がコックピット内に鳴り響き、集中していたリュートは不意打ちを食らい、不覚にも体が飛び跳ねた。

 

「びっくりした……。アラート音……? 誰か戦っているのか……?」

 

 レーダーによれば、方角は12時の方向。ちょうど真正面にある古い倉庫を囲うさびれたゲートの向こう側から幾度となく起こる爆発と爆音が鳴り響く。

 再び熱源レーダーを確認すると、2つの影がこの倉庫に近づいていた。敵かもしれないと思ったリュートは、覚えながらも身構えていると、左手前のビルから爆発が生じた。

 その爆発に焦点を当てたリュートがスコープを使って確認すると、その爆炎から現れたのは、誰もか知っているメジャーな機体の一種。先ほど敵と交戦していたウイングガンダムとガンダムエクシアだ。

 

「え、ウイングにエクシア……!? どういうことなんだ!? なんで違う作品のガンダムが一緒にいるんだ……!?」

 

 ウイングガンダムもガンダムエクシアも本来、宇宙世紀に登場しないガンダム――いうなれば、アナザーガンダムに枠入りの機体だ。途中だったにせよ、リュートの立てた考察は思わぬ形で崩れ去っていった。

 同時刻に戦闘していたウイングのパイロットも熱源レーダーで戦場の中をただ立っているユニコーンを捉えていた。

 

《……誰だ? まだ機体が残っていたか》

「え、ウイングからオープン回線……? でも、パイロットが違う……!」

 

 2機のガンダムの内の1機――ウイングのパイロットがレーダーでユニコーンに気付き、コンタクトを取ることを試みる。

 知っている機体から聞き覚えのない男の声に動揺する男にリュートは困惑した。

 

《あなた、逃げ遅れ? 敵じゃないわよね?》

「エクシアには女の人が乗っているのか……!? 一体どうなっているんだ……!?」

 

 F91の世界に来たかと思いきや、その世界に登場作品が異なり、戦い合うモビルスーツたち。これ以上リュートは、これ以上驚くことはなかった。

 ただ、これまでで共通するものと言えば、やはり【ガンダムシリーズ】だ。ガンダムの名を冠するエクシアとウイング、そしてこのユニコーン。フロンティアⅣという名のコロニーも【ガンダムシリーズ】に登場している。これらを通じているのは確かだった。

 次第に落ち着きを取り戻したリュートは、冷静に次の考察をし始める。

 まず、こちらにコンタクトを取ってきたウイングと周囲を見渡しているエクシアのパイロットについて。関係性は不明だが、共闘している間柄だ。もし、2人が敵なら自分がやられていただろう。

 そう思ったリュートは、自分の考察に自信を持って一か八かの賭けに出る。

 

「少なくとも話ができる相手だってことだな……。この人たちと協力すれば、この状況を抜け出せるのかもしれない」

 

 ウイングやエクシアのパイロットからの呼びかけに応じるため、通信機器を作動させた。

 コンタクトを取り合うことができれば、自分が助かる確率が高いと判断したリュートは、協力を前向きに考えてユニコーンを前進させると、エクシアがユニコーンの前に阻み、初めて見知らぬ他人との会話に挑戦する恐れを感じながら接続回線を試みる。

 

《……ま、待ってくれ。僕は、敵じゃない》

 

 初めて他人に話しかけた緊張から解放されて脱力したが、これで助かるだろうと安堵の表情を浮かべたリュート。

 だが、人一倍警戒心の高かったレーアはこれを許さず、エクシアを前に出して右腕に装備している【GNソード】の折り畳式の刀身が展開され、その矛先をユニコーンのコックピットに突き付ける。

 

「うっ……!?」

《止まって。敵じゃないと言うなら、あなたの素性を明かしなさい。返答次第では、あなたごと機体を切り裂くわよ?》

(お、おっかねぇ~……!!)

 

 モニター越しの迫る刀身の切っ先もだが何より臆していたのがエクシアのパイロットの威圧だった。とにかく慎重に言葉を選びながら2人に敵意はないことを優先的に考えて必死で弁明しようとした途端、ウイングのパイロットが間に入る。

 

《待て。少なくともあいつらの仲間じゃない、ってことは確かだろうがよ。その機体のデータを照合して見たんだが、一致する機体は無かった》

 

 思わぬ助け舟に呆然としていたリュートを蚊帳の外にレーアとウイングのパイロットは、ユニコーンが敵か味方かに対しての議論をし続ける。

 

《それがなんなの? 敵側の最新鋭の機体かも知れないのに。それに、中立って言ってるけど、裏では軍事機密を持ってもありえなくもないでしょ?》

《こいつがそうだとしでもパイロットまで敵なら俺たちは討たれてたはずだろうがよ。その気がないにせよ、結果論で生きている俺たちがその証拠だ。他に弁明はありますかな、お嬢さん?》

 

 ウイングのパイロットの理屈による説得力にリュートに対しての警戒心がマックスだったレーアが眉を八の字にして遂に黙り込み、GNソードを収納して敵意を失せた。この空気の中、ウイングのパイロットは一回ため息を軽く吐いてリュートに声をかける。

 

《……もし戦力になるなら助かる。いつまでもこんなところに居られないからな》

《……は、はい!》

 

 最悪の事態から免れたリュートは、通信でウイングのパイロットの申し出を快諾した。これで多少の不安要素は取り除いただろうかと安堵の様子だったが、再び接近警報のアラート音が鳴り響く。

 

《な、なんだ……!?》

 

 9時方向レーダーに機影あり。ちょうどレーアとウイングガンダムの男性パイロットの背後の方角から微かだが二つの光が見え始める。

 リュートはスクリーンを拡大すると、2機の敵と思われるザクがザクマシンガンを構えながら迫って来たのが見えた。

 

《もう来やがったか……!》

《ザクが2機……! 2人とも下がって!》

(もし、原作通りの威力なら、彼らを引き離して……撃つ!)

 

 ここからある程度距離が離れていたため、一足先に気付いたリュートはユニコーンを2機のガンダムより前に出てスコープで敵を捉え、レバーの赤いボタンを親指で押して左マニピュレーターで銃身を抑えながらビーム・マグナムの引き金を引いた。

 銃口の先から一瞬球体型のビームエネルギーが徐々に膨らみながらマグマのように赤く光り、周囲にプラズマを発していた。

 その球体エネルギーが2機のザクに襲いかかり、2機のうちの1機は機体全体が徐々に溶けだし、もう1機はビーム弾の周りを徘徊するプラズマにかすって爆破した。

 これらを呆然と見ていたリュートは驚きのあまり言葉が出なかった。

 

「アニメ以上の火力じゃないか、これ……!」

 

 ビーム・マグナムの火力は自分が見たものの想像以上だった。

 いつもアニメで見ていたビーム・マグナムの火力がこんな恐ろしいものとは思わず、トリガーを引いたレバーを握っていた手が震えだした。

 ユニコーンが銃口から煙が出ている銃身を下した瞬間、元から銃身に装填しているエネルギーパックの1つがポンプアクションで外れ、地面に落ちた衝撃で埃が舞い上がる。

 

「こいつは驚いたな……」

「なんて火力なの……」

 

 レーアもウイングのパイロットもリュートと同じくビーム・マグナムの火力に呆然としていた。

 かくして、絶望しながらも立ち上がって生き残ることを選択したリュートは、彼の専用機体となったユニコーンを武器に飛ばされた世界で生き残るためにまずは2機のガンダムとそのパイロットと共にフロンティアⅣの脱出を試みる。 




どうもルーワンです。指摘がありましたら、感想に報告お願いします。また面白かった、などの感想を書いてくれると、幸いです。


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目覚める光

前回のあらすじ
 ガンダムバトルシミュレーターに乗り込み、突然のアクシデントで戦争が勃発した世界に迷い込んでしまった漆原リュート。古びた倉庫内で敵に追われていた老人が何かしら関わっていたユニコーンガンダムを託され、命を落とした。
 いまだ現状が混濁しながらも老人の願いを受け止め、決意する。その後に2機のガンダムと遭遇し、彼らと共に脱出を試みる。


 フロンティアⅣ内で囮役として買って出た、主に市街地での混乱を目的で動いていたデナン・ゾン部隊は2つ目の守備部隊の戦力を削ぐことに成功していた。

 デナン・ゾン部隊の鎮圧として向かっていたジムやジェガン、ストライクダガー、ジェノアスの編成部隊は、市街地のあちらこちらに無残な姿になっていた。

 中には爆発による炎が機体を纏っている物やコックピットに穴が開いている物、腕や足と言ったパーツが散乱している物などだ。

 それに対してデナン・ゾン部隊の損失は多少あるものの、フロンティアⅣの編成部隊と比べれば一目瞭然で少なく、勝利を導いた。

 デナン・ゾン部隊を率いる隊長が休憩がてらに通信を使って雇い主との連絡を取り、本命の進行具合の確認をすると、自分の予想とは全く違う結果を突き付けられる。

 

《何ッ!? 失敗しただぁ!?》

《……特務大佐の部下から話を聞いた限り、どうやら隠し玉を持ってたらしくてね。先に奪われてしまったようなんだ》

《ちぃっ! しゃーね、俺たちが一本角を捕獲しに行く! 雇い主様の尻拭いはお役御免だが、これに成功すれば、ボーナスも入れとけとお偉いさんにも言っておけよ!》

《了解だよ。これが先ほど工業地帯に派遣した兵士の1人が残した、例の機体の映像と消失した座標です。くれぐれも油断しないように、オーゲン》

《わかってら! 聞いたな! 休憩は終りだ! 目標をとっ捕まえに行くぞ!》

 

 オーゲンという名の気迫のある男性パイロットは、その雇い主からビーム・マグナムをこちらに向けて射撃した映像とユニコーンが眠っていた古い倉庫の座標のデータを手

 

に入れ、6名の部下を率いてリュートの乗るユニコーンを奪取するため、雇い主から得た座標を頼りに向かった。

 

 〇 〇 〇

 

 リュートとエクシアのパイロットであるレーアはウイングの男パイロットの後に付いて移動していた。

 ユニコーンのコックピットに乗っているリュートはフルスクリーンのモニターを確認すると、それぞれの機体にタグみたいなのが表示されている。

 どうやら他の機体をフルスクリーンのモニターに移してマークすると、自動的に照合される。

 青と白のフレームに胸部の真ん中にに黄緑に光っているコアのようなものがあるのが【TYPE:GN-001 NAME:GUNDAM EXIA】、後ろに翼が生えたガンダムが【TYPE:XXXG-01W 

 

NAME:WING GUNDAM】と書かれていたが、それ以前にリュートは不思議に読めてしまっているのも自分自身でも驚いている。

 そんな中、ウイングのパイロットが通信越しで1つの提案する。

 

《今んとこ、この近くに敵はいなさそうだな。少し休憩がてらに簡単な自己紹介でもしとくか?》

 

 今置かれている状況は、フロンティアⅣは所属不明の機動兵器部隊によって襲撃を晒されている。

 少なくとも2機はそれぞれ単独行動していたところ、偶然出くわし、利害の一致ということで共闘することになったとリュートは読んでいた。

 だとすれば、互いに見ず知らずの人間にとってこれは、今後共闘する関係にあたって必要不可欠であるのは確かだ。

 

《そうね。でも、まずはあなたの顔から見せてもらえます?》

《ん、なんだ? 俺に興味が沸いてきたか、お嬢さん?》

《いつまでそのヘルメットを被っているおつもり?》

《こりゃあ、手強いお嬢さんだな》

 

 と、隙を見せないレーアに手詰まりを感じたウイングガンダムのパイロットは仕方なくヘルメットを脱ぐと、その正体はトップはストレート、襟足は若干カールした茶髪ロ

 

ン毛に同色の顎鬚と眉を生やした中年の男だ。

 

《俺はカレヴィ、カレヴィ・ユハ・キウルだ。地球軍所属で階級は少尉だ》

 

 カレヴィと名乗ったその男の後にエメラルドのような碧色の大きな瞳をした金髪の少女――レーアが名乗り出る。

 

《私はレーア・ハルンク。このフロンティアⅣの機動警備隊のクルーでしたが、警備隊は壊滅させられ、今はどの軍にも所属しないフリーのパイロットですけど》

《へぇ、その若さでか。中々優秀なパイロットとお見受けする》

《セクハラのつもりでそう仰ったなら、たとえ軍人さんでも訴訟しますよ?》

 

 一応紳士と淑女の立場を利用して接待をしたつもりのカレヴィだったが、先ほどのレーアの発言にとっつきにくくなり、危ぶみの表情を隠せなかった。

 

《……全く、ガードがお硬いことで。んで、最後はその最新鋭っぽいモビルスーツに乗っているお前さんだ。さぁ、俺たちを救ってくれたそのお顔を拝ませてもらおうか》

 

 カレヴィはウイングからユニコーンにコックピット越しにテレビ通信要請を送ると、自動的にエクシアとウイングのコックピットのモニターにリュートの顔が映し出す。

 まだ幼げが残る顔つきを見て未成年だと見抜いたレーアとカレヴィは、ただ驚くしかなかった。

 

《って、おいおい、まだ子供じゃねぇか!?》

《声からして妙に若いなぁとは思ったけど……。……私より年下かも?》

 

 と、幼げさが微かに残っているリュートを見て最後の一言はボソッと小言で言うレーア。

 

《……お前さん、名前は何だ?》

 

 モニター越しからとはいえ、蛇の如く睨まれるようにも見えたリュートは思わず委縮するが、話し合う時には自分が気を付けないといけない事項が3つある。

 1つ目は、自分の正体を隠すこと。これは第一条件かつ当たり前なことなのだが、自ら異世界から来たと言っても誰も信じてはくれないのは見えている。

 2つ目は、ガンダムに関する知識を必要最低限に出して話を合わせると。無知に越したことはないが、逆に過剰に出し過ぎると、怪しまれるからだ。

 3つ目は、この世界の住人と誰かと友達以上恋人未満に止めておくこと。仮に元の世界に戻れたとしても、これ以上関係を持ててしまっては、通信手段がないので両者が辛

 

くなってしまう。

 これらを持って対話するしかリュートが生き延びることに必要な条件だが、見ず知らずの人と対話することに緊張しているリュートは口が震えている。

 

《……う、漆原リュートです。一応、僕は民間人ですけど……》

 

 同行すると言っても赤の他人を心の内から信頼していないので警戒しているリュートは、顔を険しくして他者に愛嬌を感じさせない自己紹介する。

 そのような反応は範疇かつ自然な反応なのだが、先ほどの行為から予想以上に警戒していて防御が硬い。

 モニター越しで見ていた彼の表情に精神的に参ったウイングガンダムのパイロットは、お手上げ状態だ。

 

《……そんなこわばった顔すんなよ。休憩とは言っても今は戦闘中だ。そんな状態じゃ身が持たねえぞ?》

 

 と、信頼を勝ち取るために説得するが、そのような生温いもので信頼を勝ち取るには難しい手強い相手だとカレヴィは常に参っている。

 

《ま、短い間だろうが、よろしく頼む》

《……ところで、リュートのその機体は一体何なの? 見たことのないモビルスーツだけど?》

 

 レーアの質問で一瞬身震いしたリュートは恐れていた質問とは全く違うので少し安堵していた。

 自分が機動兵器――つまり、モビルスーツについてある程度知っているという設定で話しかける。

 レーアやカレヴィの反応からしてこのモビルスーツは、最新鋭の機体でほぼ間違いなく、リュートは話に合わせて答える。

 

《あ、えーっと、この機体は、ユニコーンっていう名前らしいんだ》

《ユニコーン……。幻獣の一種の名前だな。ずっとあの倉庫に保管していたのか?》

《僕もそこ辺りはあんまりわかんないけど、たぶんそうみたい。それと、1つ聞きたいことがあるんだ。このコロニーを襲撃している奴らは何なんだ?》

 

 この世界に関わりを持たないリュートにとっては素朴な質問だが、カレヴィはその質問を渋々だが答える。

 

《たぶん雇われ兵の集団とかだろうな。ここまで規模があったのは、予想外だが》

《それだけじゃないわ。コロニー連合軍もこのフロンティアⅣ襲撃に一枚噛んでる可能性もある》

 

 カレヴィが出した答えに一部訂正を求めるレーアが物申した発言の中にあった気になる1つの言葉をリュートが復唱した。

 

《コロニー連合軍?》

《だが、根拠は? 前の戦闘で奴らがこっそり回収して改造を施したってことも考えられるが?》

《改造されたにはやけに新品に見えたし、装備も正規軍だったと思うけど?》

《……随分とコロニー連合軍に詳しいじゃないか、レーア》

《……ええ、だって私は元コロニー連合軍の軍人よ》

 

 レーアのカミングアウトで今回の戦いでそれ程数は見ていないのにコロニー連合軍の所有物だと言い当てたことの裏付けになったのだが、残る疑問はなぜコロニー連合軍を

 

辞めることになったその理由だ。

 

《レーアがコロニー連合軍の元軍人……!?》

《……なるほどな。道理でコロニー連合軍のモビルスーツを知り尽くしてはいるか》

《それ程物知りじゃないけどね。私はもうコロニー連合軍の人間ではないけど、それとも私を情報を持った捕虜として地球軍本部でも売り渡すおつもり?》

《いや、やめておこう。すでに軍を抜けた身なら軍の決まりでこちらから強制する権利はないし、そもそも俺はそういうのはしない主義だ》

《でも、どうしてコロニー連合軍を辞めたんだ?》

 

 リュートがその質問をした瞬間、カレヴィが2人の間に割って入り、クローズ回線に切り替えてリュートにこう伝えた。

 

《おい、そんな質問をするのは野暮だぞ》

《うん?》

 

 女性と話したことすらなかったリュートはカレヴィの発言での意味が分からず、首を傾ける。

 

《……複雑な事情があるからよ。そういえば、リュートはなぜあの古い倉庫に居たの? 避難勧告は、すでに出されたはずだけど?》

《うっ……》

 

 一回ため息を吐いたレーアが痛いとこを付いていく質問にリュートは再び瞬間的な身震いして激しく動揺する。

 余計なことを言ったカレヴィにぶちかませたいところだが、今はレーアの質問に対して納得のいく答えを出すことが先決だ。

 この状況において、ある程度把握していたが、いざ質問攻めをされると、どう言い訳を言ったらいいか全く思いつかない状態でいた。

 いきなり単刀直入に「異世界から来た」と言っても、信じててもらえるかどうかの不安の要素が残ってしまう。

 ここに入って避難していたら、偶然こんなものがあったと言っても不自然に思われがちだ。

 レーアもカレヴィもリュートを一応民間人と認識しているが、避難勧告を出してなお、倉庫に居続けた理由に説明がつかないことから疑問を抱いていた。

 モニター越しといえども、特に彼女の睨んだ目が蛇のように見えて多少恐怖を感じ、蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ、と思ったリュートは彼女の威圧に押されてしま

 

い、ついには目が泳ぎ始める。

 白衣の老人と同じ手でレーアやカレヴィに、にわかに信じがたい、言い分に聞こえるであろう事実を信じてくれるかどうか試してみることにする。いや、リュートの場合、

 

これしか説得方法が思い付かなかった。

 苦渋の決断に迫られたリュートは一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

《……その、落ち着いて聞いてほしい。実は……》

《……休憩タイムは終わりだ。どうやら、お客さんのお出ましのようだ……!》

 

 自分が今に至るまでの経緯を打ち明けようとした時、カレヴィがウイングの熱源レーダーに反応があり、リュートやレーアに警戒を促す。

 せっかく覚悟を決め、告白しようとしたのに敵が来たことに台無しになってしまった。不幸中の幸いだが、それでも敵に感謝すればいいのかどうか悩んでいた。

 

《えっ、敵……!?》

 

 そして、ユニコーンのコックピット中に警告音が鳴り出し、モニターには赤い文字で【CAUTION】と表示される。

 レーダーを見ると、時計の数字になぞって10時の方角に敵機体と思われる反応があり、その数5は超えているアイコンがこちらに向かっている。

 警戒態勢に入り、敵がこちらに向かって来ている方角にリュートは、ユニコーンが装備されている【ビーム・マグナム】をいつでも撃てるよう発射態勢を整えるが、カレヴ

 

ィはウイングの左アームでマグナム銃本体を下させる。

 

「あれはデナン・ゾン……! でも、まだこれだけ距離が離れてるなら……!」

《待て、あそこの方角には街がある! まだ市民が避難しきれてない可能性もある! 下手に当たれば、下敷きになるぞ!》

 

 あの大規模の街にはそれ相応の避難シェルターがあるが、唐突の出来事でパニックになり、まだ避難の誘導が終えていないことをカレヴィは向かう途中で情報を得ていた。

 戦艦の主砲並みの威力と射程距離がある【ビーム・マグナム】では、第二次被害が起こり得る可能性がある。

 あの威力を初めて見てそう見据えていたカレヴィは、誘導してからどれぐらい経っているか時間を計って憶測で止めさせた。

 

《じゃあ、どうすれば……!》

《幸いにも奴らは俺たちにしか眼中になさそうだ。まずはこちらにおびき寄せて、あの街から遠ざけることに専念するんだ!》

 

 カレヴィの指示は的確でレーアも彼の意見に賛同し、街とは真逆の方向に移動して敵をおびき寄せる。

 4倍スコープでユニコーンの姿を捉えたオーゲンは、デナン・ゾン部隊とザク部隊に指示する。

 

《見つけた! リックとマーフィンは部下を連れて他の2機を押さえろ! その間俺たちは一本角を鹵獲する!》

 

 オーゲンの指示でザク部隊はデナン・ゾン部隊の左右に展開し、エクシア、ウイングそれぞれに集中攻撃する。

 これ以上無関係の人間が死ぬところを見たくないカレヴィは、自分やリュートやレーアを囮に敵機体をこちらに引き寄せるも数的にはリュート側が不利。

 質が同等以上でならば分かれて戦うか、そのまま後退し続けながら戦い、勝機を見出すしか選択しか無かった。

 その刹那に2機のバズーカ装備のザクがそれぞれ3機に向けてに同時に撃ち出すと、カレヴィの掛け声で3機はそれぞれ違う法学に向けて散開した。

 着弾した場所は、先ほどまで立っていた場所の手前だった。着弾による爆風がリュートたちの機体に襲い掛かる。

 敵の指揮官機が、部下たちに機体によるジェスチャーで3つのグループに分かれ、バズーカ装備ザクⅡはマシンガンに持ち替え、2つのグループに分けて、さらに追い打ち

 

をかけるかのようにレーアとカレヴィの両方に攻撃を仕掛ける。

 この戦略にカレヴィだけは違和感が拭いきれなかった。だがようやくオーエンたちの真の狙いがようやく見えた。

 それぞれの2機ずつに分かれたザクⅡがウイングとエクシアの相手にして主武装のサブマシンガンやバズーカで足止めしている間に残りの指揮官機も含めたデナン・ゾンの

 

3機は、まっすぐユニコーンに向かっていく。

 

「貰ったぞ、一本角!」

 

 指揮官機である黒いデナン・ゾンが【ビームライフル】でユニコーンに向けて数発撃ってくる。

 その一発のビームがユニコーンの胸部コックピットに向かっていた。

 ユニコーンの捕獲のつもりが戦闘で熱くなって本来の目的を忘れていたオーゲンが我に返り、「しまった」と言わんばかりに焦り始める。

 

「イチかバチか……!」

 

 リュートは目を瞑ってここで死んでしまうんだと思っていたが、ユニコーンが自動的に左アームでシールドを使い、防御に徹していた。

 ビームの弾丸がシールドに命中しそうになった瞬間、武装していたシールドの一部が変形し、着弾することなく、四散したのだ。

 何か変だと思ったリュートはゆっくりと目を開けると、無事だということに気付く。

 

「やっぱり、Ⅰフィールドは機能してくれた……! とりあえずここは逃げないと……!」

 

 リュートがいきなり上手く操縦ができるようになったわけではない。

 ユニコーンに搭載されている管制システムがリュートの防衛本能の思考を解析し、ユニコーンの動作を指示していたのだ。

 すぐさま威嚇射撃のつもりでバルカンを撃ちながら後退しつつ、敵から引き離せるルートを探る。

 

《チィッ……! 回り込め、挟み撃ちだ!》

 

 後退で移動した先に一直線の道路に出ると、そこに先回りした2機の灰色のデナン・ゾンが迫りくる2つの壁のようにユニコーンの前と後ろを塞いでいた。

 片方は【ビームライフル】装備のデナン・ゾン。もう片方は中世の槍をモチーフにした【ショットランサー】を装備したデナン・ゾンだ。

 ブースターで加速して徐々に距離が迫ると同時にライフル装備のデナン・ゾンはショットランサーを捨て、【ビームサーベル】のグリップを取り出して振りかざした瞬間、

 

リュートの視界に一瞬動きが遅く見えた。【ビームサーベル】の振る軌道が遅く見えたことで、先の軌道の予測もできるようになる。

 敵はコックピットは狙わず、無力化目論見で右腕の切断を狙い、右斜め上から入る。

 リュートはデナン・ゾンの動きを見た瞬間、左斜め上の振りかざしと予想し、ユニコーンを左側ギリギリで避けさせて両前腕のボックスタイプ収納備された【ビームサーベ

 

ル】を右マニピュレータで取り出す。

 

「うあああああッ!!」

 

 もう1機の敵の懐に飛び込み、発振した【ビームサーベル】を横にして機体を真っ二つに斬ると、デナン・ゾンの上半身は地面に落ち、下半身は倒れた。

 得意とする死にゲーを何度もプレイしたことで必然的に養って身につけた判断力と行動力が功を奏したのだ。

 後ろにいたもう1機のデナン・ゾンが敵討ちのつもりでスラスターの出力を上げて【ショットランサー】で突貫しようと試みる。

 ユニコーンの脚力と2つのスラスターの勢いでジャンプし、着地ギリギリのところで左手で【ビーム・マグナム】を撃ち、もう1機のデナン・ゾンを撃破した。

 だがリュートは、無我夢中で生き残ることだけを考えているだけなのだが、慣れない戦闘だからかすでに息が上がっている。

 

「こ、このぉ……ぶっ殺してやる!!」 

 

 仲間と呼ぶ者をリュートに殺されたことで怒りに狂ったオーゲンは、自分の機体でユニコーンに突進してくる。

 

「はぁ……はぁ……。まだ来るのか……!」

 

 デナン・ゾンは左アームに内蔵されている【ビームシールド】を展開し、右マニピュレーターで【ビームライフル】を取り出して撃ってきた。

 リュートはシールドを使って防御しつつ、【バルカン砲】で威嚇しながら後退したが、オーゲンは怒りに呑まれてるのか一向に退こうとはせず、むしろスラスターを上げて

 

猪突猛進の進撃をする。

 ついには【バルカン砲】の弾薬が切れる寸前。それにこれだけ接近を許されては、頼れる綱は【ビームサーベル】だけの接近戦しかなかった。

 ユニコーンに【ビームサーベル】を右マニピュレーターで持たせて、デナン・ゾンを待ち構えると、突如通信が入る。

 

《リュート、下がって!》

「な、何……!? がぁッ……!」

 

 レーアからだ。指揮官のデナン・ゾンのバックパックが爆発し、地面に墜落する。

 リュートは最初は何が起こったのかわからなかったが、デナン・ゾンの背後からレーアがエクシアのライフルモードにした【GNソード】でブースターを狙い、破壊した。

 

《大丈夫、リュート? カレヴィ、今よ!》

《お前ら、下がってろよぉ! こいつを食らえ!》

「ク、クソがぁぁぁッ!!」

 

 真上にいたウイングが【バスターライフル】で銃口を敵に向かって引き金を引き、銃口から眩い黄色の光が指揮官機に直撃する。

 2,3秒後、黄色いビーム砲弾が消え、黒いデナン・ゾンは跡形もなく消えた。ただ、1つ残ったのが、撃たれた機体の真下に穴が開いてしまったことぐらいだ。

 戦闘が終わった直後、初めての戦闘を経験したリュートは、生き残ることだけに使っていた集中力が切れて糸が切れた操り人形のようになっていた。

 

「なんとかなった……」

 

 腕で額をこすって、リュートにはまだ気力があった。

 リュートは先程から自分を見ているカレヴィやレーアにこんな変な雰囲気を和らげようとするのだが、なぜか解消しない。

 

《なあ、リュート。さっきお前の戦闘を見ていたんだが……》

《そ、それがどうしたのか、カレヴィ?》

 

 顔が少々下がり気味になっていたリュートは何を言い出すのかわからなかったので唾を飲み、覚悟を決めた。

 

《すごいな、どこで操縦を覚えたんだ? 2機で挟み撃ちにされても乗り切れるなんて、並大抵の操縦技術じゃできないぞ!》

「へ……?」

 

 リュートは意外な返答に腑抜けてしまった。偶然できたものをカレヴィから称賛されてしまい、拍子抜けに緊迫していた体全体の筋肉がほぐれ脱力する。

 確かにユニコーンに搭載されているインテンション・オートマチック・システムで自分が思っただけで機体がその通りになることは事実。しかし、脳の反射神経によるで対

 

応できるとしたら、それなりの努力や技量を要する。一般人でもあり、素人であるこの少年にどのような素質を持たせてしまったとしか考えようがない。

 

《確かに素人の動きじゃなかったわ。それに、ちらっと見たけどそのシールド……ちょっと特別製ね》

 

 レーアがエクシアをユニコーンの左側に移動させ、左アームに装備している白いシールドについて指摘すると、それに乗っかって自然に戦闘時にシールドが機能したことを

 

思い出す振りをした。

 

《あ、ああ、そういえば、ビームが当たりそうなったとき、このシールドの一部が変形したら、分散したんだ》

《……やっぱりね》

《やっぱりって……?》

《そのシールドは、【Iフィールド】というビーム系の武器を無効化にできるシステムが内蔵されている。兵器の中じゃぁそんなに出回らない代物だ》

 

 うん、それは知ってる、と思いながら小さく頷くリュート。

 さすがは軍人に属しているカレヴィ、兵器の種類やその特徴を熟知している。

 リュートは知らない振りしながらレーアにⅠフィールドの。

 

《えーっと、要はこれは対ビームバリア……みたいなものなの?》

《まぁ、だいたいそんな感じね》

《……そ、そういえば、カレヴィ。他に仲間はいないの?》

 

 と、リュートがいいタイミングで話を切り出して話題を変える。

 

《いや、元から単独行動だ。仲間は連れてきてない》

《レーアは?》

《私の方は仲間というより同僚がいたんだけど、戦闘中に私以外全滅してしまったのか応答がないの》

《そうか……》

《となると、実質上俺たちだけの孤立無援状態という訳か。んじゃ、先に進むか。お前ら、俺の後に付いて来い》

 

 当てがあるのか突然カレヴィが言い出すと、「え?」とリュートもレーアも同じタイミングで同じ唖然とした表情をしながら同じ言葉を発声した。

 そして何を考えているのだろうかといった志向も全く同じだった。

 明らかに疑問を抱いている2人を見て感づいたカレヴィは、焦った顔をしながらも必死に奨めた。

 

《とにかく生き残りたけりゃ、俺に付いて来い!》

 

 怪しい目で見ている2人は、考える時間が欲しいとカレヴィに伝えて一度オープン回線を切り、他の回線を傍受しないように互いにクローズ回線に切り替えて相談しあう。

 とは言うもの、スクリーンに出してる表示の中に回線の切り替えする表示があるのだが、操縦はなんとかできても機械をいじるのは初めてでどれを触ればいいのかさえも分

 

からず、ましてや、ここは同じ科学文明でも異世界の機械であることに変わりはない。

 と、リュートが悩ましく考えている隙に液晶パネルに表示されている文字がいつの間にか日本語に改訂されていた。

 すかさずリュートは、液晶パネルをタップしてレーアの乗るエクシアとのクローズ回線の接続に成功する。

 

《あーあー、聞こえる?》

《ええ、聞こえるわよ》

《それでどうする? 僕はここに来たばかりだから地の利が無いんだ。レーアの意見が聞きたいんだけど……》

《正直不本意だけど、他に行く当ても無い。仮に脱出できたとしても、どのコロニーへの入港もできないし、下手をすれば、宇宙で彷徨うはめになることも……》

《うぅ、考えたくもないなぁ……。ここはカレヴィに任せるしかないってことだよね》

 

 リュートもレーアも他の案が出ない以上、これしか答えることができなかった。やむを得ず、リュートがカレヴィに繋ぎ、同行することを伝える。

 カレヴィは了解を得た直後、付いてこいと言わんばかりに勝手に移動し始め、2人の少年少女はウイングの背中を追う。

 移動してから何分か経ち、カレヴィが立ち止まった場所は橋だ。所々に穴が開いていて、全体的にボロボロで今にも崩れそうな状態だった。

 その崩れそうな橋の奥に巨大な建造物があった。

 その建造物について疑問に思ったレーアはカレヴィにいくつか質問攻めをする。

 

《ここ港だけど?》

《知ってるよ》

《真っ先に制圧されたって聞いたけど?》

《言ったよ》

《何か考えがあるなら、先に教えてくださる?》

 

 カレヴィに何度も質問したレーアは、本人の狙いが今まで黙っていたことに少々呆れていた。

 

《カレヴィ、あの建物に何かあるの?》

 

 その後に訪ねたリュートもレーアも最初は全くもってカレヴィがやろうとしていることがよくわからずにいた。ここでカレヴィが正解を口にする。

 

《あそこにはアークエンジェルがある。あれに乗って脱出する》

 

 その答えを聞いたレーアは頭を悩まし、次は状況がよく呑み込めていないリュートがカレヴィに質問攻めをした。

 

《味方の?》

《いや、敵のだ》

《本当に?》

《本当だ》

《賊のやることじゃないのか、これぇ……?》

 

 イメージとのギャップに呆れていたリュートは、カレヴィは本当に軍人なのか疑い始める。

 敵から母艦を奪取することに軍のやり方とは言えないし、むしろかけ離れている。

 

《そんなことしなくても救命ボートとか……》

 

 異世界から来た少年は、少なからずもレーアの意見で脱出した方が良いと考えてはいたが、カレヴィは先行きの理由を言って却下する。

 

《残っていると思うか? それに、ボートだけじゃ避難民は乗り切れない。あれが要る》

 

 カレヴィの説明で小刻みに頭を縦に頷いて一応納得したが、それは敵の本拠地に直接乗り込むこととほぼ同じで危険極まりない行為、死に急ぐみたいなものだ。

 かと言って、別の脱出方法も見いだすことができず、やむを得ずカレヴィの発案に賛同する。

 リュートたちは危険な橋を渡り終え、巨大な建物の中に入る。奥へ進み、片隅で様子を探っていると、徘徊している敵機体の奥に艦首両舷から前に突き出した2つの脚部の

 

ような形状のモビルスーツハッチを持つ白をベースとした戦艦が停泊している。

 

(あれはアークエンジェル……! その前にはジンクスⅢにトールギスまで……! やっぱり、いくつもののガンダム作品がこの世界に集結しているんだ……! でも、シリー

 

ズ別で統一しているわけでもなさそうだ。何か共通点とかがあるのかな?)

 

 リュートが敵に傍受されないようにクローズ回線でカレヴィに話しかけると、カレヴィは首を縦に振って「ああ」と言って肯定する。

 モニターで望遠鏡のようにズームインして索敵すると、アークエンジェルの周囲を徘徊している4機の白に塗装されたジンクスⅢと1機だけ騎士のような風格を持つ機体―

 

―【トールギス】が確認できる。おそらくそのトールギスが指揮官機のようだ。 

 

《なんだその荷物は!》

 

 怒濤の声を吐いた眼鏡をかけている淡い青紫色をした長い髪の男が機体でおよそ9平方程の大きさのコンテナを運んでいる手下に容赦なく怒鳴りつける。

 彼の部下も多少は驚いたが、心を落ち着つかせて答えた。

 

《修理用の予備パーツって聞いてます……!》

《基地に戻れば、いくらでもあるんだぞ! 捨てていけ!》

 

 わかりました、と少しおどおどしながらも指示に従った部下は、その予備パーツをすぐに元の位置に戻していくと、別の所で作業している機体のところへ向かう。

 

《もっと急げないのか》

《避難民の収容作業を中断されては?》

《ダメだ。捕虜と民間人は最優先だ》

《ですが、この人数では収容スペースも……》

《気密が保てばいい。戦闘区画も使え。備品も捨てても構わん》

 

 あくまで武器の持たない民間人や捕虜を虐殺せず、また仮に誰かが武器を持っても武器で傷を負わせるぐらいで殺さないつもりだろう。

 隊長の意図を見抜いた宇宙兵は避難民はともかく、敵である地球軍の捕虜に対しても超が付くほどのお人好しと理解して、少々呆れている。

 

《少尉は……》

《甘いか?》

《いえ、作業急ぎます》

《頼む。定時報告だ、少し外す》

 

 トールギスが宇宙港のあらゆる区画と繋がっている連絡廊へ移動した。

 残った敵モビルスーツならば艦を奪取することができるとカレヴィは判断し、好機と悟った。

 

《隊長機が消えたな。今だ、レーア、リュート!》

 

 機が熟したと言わんばかりにカレヴィがリュートとレーアに合図を送ると、リュートとレーアは同時に頷いて打ち合わせ通り行動した。

 敵は5機、隊長機がいない連中ならたった3機でも倒せると判断したのだろう。カレヴィはウイングのバスターライフルでリュートとレーアに合図代わりで強襲を仕掛け、

 

1機のジンクスⅢが爆炎を散らしながら破壊された。

 

「なっ、敵襲!? どこから入ってきた!?」

 

 その爆発音に他のジンクスⅢが現地に向かうと、施設を支える巨大な鉄骨の上にウイングガンダムが正々堂々と立ち構えていた。

 調子に乗っているカレヴィは、いかにも賊らしい顔つきとそれらしい口調でノリながら決め台詞を言い、鉄骨から飛び降りる。

 

《悪いなぁ、あの艦は貰って行くぜ!》

《いたぞ、あそこだ! 攻撃しろ!》

 

 機影を発見した1人のジンクスⅢのパイロットが応援を呼び、アークエンジェルからのスクランブル発進によってウイングの前だけで十数体が集められた。

 遠距離からウイングに向けて集中攻撃するが、飛行形態に変形したウイングの機動力では捉えられない。

 敵の攻撃が収まったその瞬間にウイングは飛行形態からモビルスーツ形態に変形してバスターライフルで反撃するもその距離にことごとく回避される。

 

《バカめ! たった1人だけでこの人数を相手にできると思っているのか!?》

《ふん、誰が"1人だけ"だって?》

 

 安心しきっていた1機のジンクスⅢのパイロットが言って装備している中世の槍をモチーフとした【GNランス】で攻撃を仕掛けた直後、その機体の右アームに真上からビー

 

ム弾が直撃し、その後エクシアが目の前に降りて刃が展開されている【GNソード】で刹那のごとくジンクスⅢを真っ二つにした。

 そしてその後にリュートは冷静に、スコープを除いてさっきの戦闘で拾ったデナン・ゾンのビームライフルで機体の頭部を正確に狙い撃ち、レーアはエクシアの機動力と【

 

GNソード】で高機動を生かした近接戦闘で他のジンクスⅢの右アームを切断して無力化する。

 1つ1つと倒れていく機体を見た他のパイロットたちは、隊長不在のこの機を狙った上での奇襲で指揮系統を失い、混乱していた。

 

「な、仲間だと!? クソッ、はめられた……!」

 

 内心、リュートもレーアもこのやり方に対しては不本意だが、生き残るためにはカレヴィのやり方に従うしかなかったのだが、カレヴィが立案した作戦に賛同していたつも

 

りのレーアがその不満さと背徳感に耐えかね、眉を八の字にしてため息を吐いた後、愚痴を言う。

 

《正直、こういうのあまり好きじゃないんだけど……》

《今頃愚痴るなよ。お前だって賛同してたじゃねぇか》

《他の手段が思い浮かばないからやむを得ず、よ。そこの所間違わないで下さる?》

《へいへい、わかりましたよっと……》

(このまま事が進めればいいんだけど……。あの隊長機が戻ってきたら、かなり危なくなる……)

 

 呆れてものが言えないカレヴィは、最後の大詰めに取り掛かる。

 ウイングはバスターライフルの銃口をジンクスⅢの胴体――つまり、コックピットに向けるが、無駄な殺生はしない主義で追い詰めた兵士をこれ以上殺そうとはしないし、

 

弾薬やエネルギーの無駄使いにもなると考えている。

 

《さあ、命が惜しければ、その艦を渡すんだ!》

《そこまでだ!》

 

 アークエンジェルの上から定時報告をしにいったトールギスが予想より早く戻ってきたことにカレヴィはこれは予想外と言わんばかりに舌を鳴らす。

 

「ちぃっ! 戻ってきやがった……!」

《た、隊長……!》

《胸騒ぎがすると思って戻ってみたらこのザマか……。一度ならず、二度までも我が艦を……。この盗人がァッ!!》

 

 その男は、隊長を務めている自分への不甲斐なさと部下を傷つき、失ったことに対する怒りに燃えていた。

 愛機であるトールギスが先手を仕掛けて【ビームサーベル】で接近戦を試みると、仕方ないともう一度舌を鳴らしたカレヴィのウイングも真正面から迎え出てシールドの格

 

納ラックから【ビームサーベル】を取り出す。

 距離が刀身が接触するところまで近づくと、の緑色に光るビーム刃とピンク色に光るビームの刃が激しく衝突し、鍔迫り合いで起こる副作用のプラズマが走る。

 

《お前らが間抜けなんだよッ!!》

《その声……! まさか、カレヴィか!?》

《ん? 誰だ、お前?》

 

 敵の隊長機パイロットから名前を呼ばれたカレヴィが真面目な顔つきでそう答えると、見事に彼の名前をいい当てたその男は、額に血管が浮いてひどく逆上する。

 

《貴様ァッ!! この私を忘れたとは言わさん!》

 

 カレヴィに侮辱された男は、その腹立たしさや屈辱に熱くなりながらも巧妙な操縦でトールギスが回し蹴りをするが、それに対する華麗な操作技術で愛機であるウイングを

 

傷1つ付けること無く見事にかわす。

 その様子に爆笑したカレヴィは、忘れてはいなかった。遊び半分で根っからの真面目なエイナルを愚弄していただけなのだ。

 

《ははッ! 相っ変わらず暑苦しいなぁ、エイナル!》

 

 2機の機体は足を地面に着くと、2人はお互いににらみ合いをして相手の動きを窺いながら立ち往生した。

 そのそばで2人の戦闘を見ていたレーアがエクシアを動かし、右腕に装備しているライフルモードにチェンジした【GNソード】でトールギスに狙いをつける。

 

《援護する!》

《バカ! 手ぇ出すな!》

 

 旧友であるエイナルのことを理解しているカレヴィはレーアに警告するが、時はすでに遅く、トールギスが急接近してビームサーベルでエクシアに攻撃を仕掛ける。

 

「目障りだな!」

《レーア、危ない!!》

 

 リュートは反射的に足元のペダルを思いっきり踏んでスラスターを上げた。ユニコーンはシールドを捨てて少しでも機体を軽くし、エクシアに向かう。

 

「速い……!」

 

 レーアはやられると思い、瞬発的に目を閉じた。だが、何も起きないと疑問に思ったレーアは目をゆっくりと開くと、目の前に違う方向から別のビームの刀身が出ていた。

 

ビーム同士の衝突で火花を散らしながらもトールギスの攻撃を受け止めていたのは、ユニコーンだ。

 ユニコーンが腕に付けたまま発振した【ビームトンファー】で攻撃を間一髪で食い止め、機体ごと前に出してトールギスを押し返す。

 

《ハァ、ハァ、危なかった……。大丈夫か、レーア!》

《え、ええ……》

 

 無事だということを確認して安堵した同時に心臓が止まるかと思い、内心ひやひやしていた。

 もしタイミングを間違えていたらレーアは死に、今頃止められなかった自分がナーバスになっていたのだろう。

 問題は合い見えてしまったこの強敵をどう切り抜けるか。ただレーアを助けたい、攻撃を食い止めるだけを考えていたのでその後の作戦は一切考えていない。

 ましてやこのまま見逃してくれるという可能性も皆無。まさに月とスッポンだ。

 カレヴィでさえ互角のやり様とエクシアに急接近したその腕前にリュートは恐怖を抑え、冷静になって立ち尽くすことが精一杯だった。

 

「ほう、私の攻撃を受け止めた挙句押し返すとは……。……面白い!」

 

 顔色が変わったエイナルはカレヴィ以外との兵に巡り合えたことで自分の中に眠る闘争心が目覚め、猛りだす。

 その闘争心に火が付くと、誰であろうと関係なく勝敗が決するまで刃を交え続ける、彼の体質をよく知っているカレヴィは再び戦闘に入ったらリュートの命が危険だと判断

 

し、リュートに警告を促す。

 

《まずい……! リュート、レーアを連れて今すぐそいつから離れろ!》

《え……!? ……ッ!!》

 

 エイナルはこの隙を逃さずスラスターを展開し、凄まじいスピードでユニコーンに向けてトールギスを突進させる。

 カレヴィの助言が意味不明よそ見していたリュートは反応が遅れ、ユニコーンが頭部バルカンでけん制しながら左腕のラックから【ビームサーベル】のグリップをなるべく

 

早く取るが、トールギスは避ける素振りもなく、むしろバルカンの弾丸をすべて盾で受け止め、そのままユニコーンに蹴とばした。

 

「うわあああッ!!」

「きゃぁっ!!」

 

 恐れ知らずの凄まじい突進力でユニコーンは後ろに飛ばされ、後ろに立っていたエクシアも巻き添えを食らってしまう。

 

《リュート! レーア!!》

 

 カレヴィはすぐさま援護に向かうが、エイナル直属の部下たちが乗る複数機のジンクスⅢが射撃モードのGNランスでウイングを攻撃して足止めする。

 いち早く気づいたカレヴィはシールドで防御する。

 バスターライフルを使って敵機体を一網打尽にしたいどころだが、攻撃を仕掛けたジンクスⅢは奪還目標であるアークエンジェルの前に位置していてここで使えば、航行に

 

支障する甚大な損傷を与えかねない。

 

「チィッ!!」

 

 狙いが相手にも知られている以上、嫌とする手で打って出られたと思ったカレヴィは舌打ちをしてしまう。

 

《いててて……。レーア、大丈夫!?》

《な、なんとか……。リュート、上!!》

「もらった!」

 

 跳躍したトールギスはビームサーベルを前に突き出してそのまま下にいるユニコーンとエクシアに串刺ししようとする。

 

《リュート、シールドを使って!》

《シールド……? そうか……! レーアは離れて……!》

 

 咄嗟に下したレーアの判断にリュートは近くに転がり落ちていたシールドを前に出すと、同時にシールドの中心に位置する装甲が再びスライドして変形した。

 トールギスのビームサーベルとユニコーンのシールドが衝突すると、青白色に発行している【Ⅰフィールド】によってビームサーベルの形状がゆがみ始め、ビームが四方向

 

に流れ出る。

 その光景がエイナルに苦渋の表情を浮かばせた。

 

「くぅっ、Ⅰフィールドか!!」

「こんのぉ……!」

 

 ユニコーンはその隙に足をトールギスの腹部辺りに忍ばせて蹴り上げるが、モビルスーツの操作に熟知しているエイナルは微調整をしてすぐにトールギスの態勢を整える。

 だが、同時に違和感を覚えていた。機体の反応速度はトールギスよりも上、にも関わらず1つ1つの動きがあまりにも遅すぎるし、蛇足しているのだ。

 考えた末、導きだされた答えをエイナルは口ずさむ。

 

「あのパイロット、素人か……?」

 

 もしそうだとしたら、己の力で真剣に剣を交えたいエイナルからすれば侮辱されたことと同じだった。

 歯ぎしりしながらレバーを強く握りしめ、怒りに狂ったエイナルは、トールギスを再びユニコーンに突進させ、シールドは飛ばされたものの立て直したばかりの態勢が再び

 

崩れて突き飛ばされる。

 リュートは歯を食いしばって衝撃に耐えているが、先ほどの攻撃で反応速度や判断能力が鈍ってきている自覚はあるもの、連戦の疲れからかフラフラして自分の力で立って

 

いるのもやっとな状態。だが、生き残ることを信念に戦うことを覚悟しているリュートはここで引くわけにはいかなかった。

 

「こんな所で……こんな所で死んでたまるかぁッ!!」

 

 生き残るという強い意志を持って自分を奮い立たせた時、リュートの瞳孔が大きく見開き、身体の奥から異様な鼓動が発し、それは徐々に早くなっていく。

 足元からモニターが動き、そして【NT—D】と書かれた文字が表示されると同時に瞳はルビーのように徐々に赤く変色して発光し、コックピットシートも違う形に変形する。

 戦闘中にスクリーン越しからユニコーンの動きが止まったことに気付いたカレヴィとレーアの目が釘付けになる。

 

「リュート、何やってる!? まさか、さっきの衝撃で機体が動かないのか!?」

「そんな……。リュート……!」

「無様に死ねぇぇぇッ!!」

《エイナル、やめろォォーッ!!!》

 

 トールギスが再びビームサーベルを横にしてコックピットごとユニコーンを串刺ししようと突きたてた瞬間、僅か数十センチのところでビームサーベルのビーム刃の先端が

 

Iフィールドとは違う見えないバリアと衝突し、プラズマを発したそれは、ビームサーベルどころか機体ごと空中に弾き返す。

 

「な、何ッ!? うわっ!!」

 

 エイナルは熟練の操縦技術によるスラスターの出力の微調整を施し、なんとか態勢を立て直した。

 何をしたのだと言わんばかりにユニコーンを再び見ると、ユニコーンの各部位の装甲と装甲とバックパックの装甲の間の溝から体全体を駆け巡る線のような溝が全部位同時

 

に赤く発光した後、赤い粒子が放出される。

 下から順に、足は踵がスライドで持ち上がったことでハイヒールの形になり、それぞれのサイドの装甲が上に向けるように変形し、踝は前の形態で足の一部となっていた装

 

甲が持ち上がり、足首の装甲板と合体し、その上で少し上にスライドすることでサイコフレームが露出する。

 脹脛は特に後ろの装甲がスライドしたことで収納されていたブースターが展開され、膝の部分は内側からサイコフレームの突起物が押すことで前の形態の膝の装甲が割れた

 

のような形状になる。

 太ももは上に持ち上がるように、フロントスカートの一部は外側に、サイドスカートの下の部分は下にスライドし、リアスカートはそれぞえ1基ずつ収納されていたブース

 

ターが展開され、腹を含めた胴体の部分や肩、両アームはスライドでサイコフレームが露出されるだけでなく、ボリュームも増していく。

 バックパックは収納されていた2つのブースターが展開されて合計4つになるだけでなく、ビームサーベルバックパックの両サイドに移動して取り出し可能になる。

 頭部の白い仮面は収納されてツインアイズが現れ、額の角はV字型に割れて黄金に輝くアンテナになり、頭部のサイド装甲は180度回転する。

 そう、ユニコーンは、モビルスーツの到達点の1つである、ガンダム形態へと変形を遂げたのだ。

 内から出てくる赤く輝く透明な膜みたいなものが一瞬にしてユニコーンを包み込む。そして、ユニコーンが変形したその姿を見たレーアが無意識にその名を口にする。

 

「ガン、ダム……?」

 

 唐突な出来事にレーアとカレヴィ、そして対峙したエイナルは一瞬の驚きを隠せず、言葉を失うも一瞬我に返り、アークエンジェルの手前まで一度後退する。

 

「あの機体は一体何なんだ!? ガンダムタイプに変身……いや、変形しただと……!?」

《エイナル、聞こえるか?》

《アレギオス特務大佐……! どうされたのですか!?》

 

 エイナルがトールギスを下がらせた後、ジェイがエイナルに通信を寄越し、会話に出る。

 この状況で通信が入るということは、何かあったのだろうかと悟っていた。

 

《作戦は失敗した。エイナルたちも帰投しろ》

《りょ、了解です……! それと現在宇宙港で3機の敵機体と交戦中……、その中の1機が変形し、ガンダムタイプになりました……!》

《ガンダムタイプに変形しただと……? ……わかった、艦をフロンティアⅣの近くまで移動させる。あとで合流して話を聞こう》

 

 通信を切り、戦闘に戻って集中しなおしたエイナルはガンダムタイプに変形したユニコーンに対して攻撃をすることだけを考える。

 エイナルは変形したユニコーンから先ほどとは全く違うオーラを感じ取り、より警戒心を高めてパターンの読めない相手に真剣かつ、慎重に行動を取る。

 そして真剣勝負がどうのこうの言うより、今この場にいる部下にはユニコーン相手では、手に余る。そうさせないためにも、部下を使ってウイングやエクシアを足止めする

 

よう指示を与える。

 

《私はあの機体を抑える! 他に動ける者がいたら、他の2機に攻撃し、負傷者を逃がせ!》

《りょ、了解です!》

 

 エイナルはユニコーンとの戦闘を続行し、ジンクスⅢのパイロットはエイナルの指示通りにカレヴィの乗るウイングとレーアの乗るエクシアを狙って攻撃する。

 

《エイナルのやろぉ……! 強制的に分断させようって魂胆か!》

《このままじゃ、リュートが……!》

《今はこいつらを叩くことが優先だ、レーア!》

 

 カレヴィの言う通り、今は目の前の敵に集中することが第一優先だ。レーアとカレヴィは囲う6機の相手をし、1機ずつ確実に仕留めるが、エイナルが育てただけであって

 

そしてそれぞれ3機に相手になっているので容易に倒れてはくれない。

 エクシアは、GNソードで得意のレンジで攻撃を仕掛けるが3機のジンクスⅢは散開し、それぞれの角度から遠距離射撃をする。レーアは、GNソードをライフルモードに切り

 

替えてこれらを迎撃する。

 カレヴィもやむをえず格闘戦法で3機を相手にするが、ウイングはどちらかというと射撃戦が自分のレンジなので接近戦は苦手と言うべきだろう。だがそれでも、カレヴィ

 

はやりこなして他の2人と合流するのだと心に決めていたのだ。

 隊長であるエイナル率いる隊員らの攻撃により、カレヴィとレーアはユニコーンからみるみるうちに離されていく。

 動きを見せない直立不動のユニコーンにエイナルは、一か八かの機転で速攻を仕掛けることで畏怖している自分を奮い立たせる。

 トールギスがシールドからビームサーベルを取り出してブースターで加速し、ユニコーンに向かって突進すると、ユニコーンはジャンプし、バックパックの格納ラックから

 

ビームサーベルを手に取って振りかざす。

 トールギスは間合いに入る前にそのまま後退してその攻撃をかわすが、高出力のビーム刃に触れた鋼鉄製のフロアは1秒もしないうちに溶解し始める。

 両足が着地して1秒もしないうちにバックパックスラスターを点火して急加速し、ユニコーンに向けて脚力の瞬発力で突進してビームサーベルを再び振りかざすカウンター

 

攻撃を仕掛ける。

 ユニコーンはシールドを捨てて機体を身軽にし、左アームのビームトンファーを展開して曲げたアームを前に出してトールギスのビームサーベルを食い止める。

 態勢的にトールギスが有利だが、ビームトンファーの出力が徐々に上がり、トールギスのビームサーベルを押し上げる。

 その隙にユニコーンは機体の重心を前に出してトールギスを押し返した。

 エイナルはトールギスの両足とビームサーベルのビーム刃を地面に着かせて失速させると、今度はユニコーントールギスの間合いを取りながら刹那の速さでビームサーベル

 

とビームトンファーの見事なまでの連撃攻撃を繰り出す。

 

「なんだ、この得体の知れない力は……! まるで次元の違う相手と戦っているかのようだ……!」

 

 攻撃を仕掛けても防がれてしまい、反撃を仕掛けるもその隙を見いだせずにいたエイナルは、思わず焦りが見え始める。

 ビームサーベルの刀身同士が衝突してプラズマが勢いよく迸る。

 高出力で発振したユニコーンのビームサーベルがトールギスのビームサーベルを飲み込むかのようになっていた。

 真正面にぶつかれば勝てないと判断したエイナルはトールギスを一旦バックステップで退き、ユニコーンとの距離を置く。

 息が乱れているエイナルは一度集中し、再びユニコーンに挑む。

 

「ならば、これはどうだ!」

 

 軍で上位階級を持ち、いくつものモビルスーツ同士の白兵戦で勝ち続けているエイナルは臆することはなかった。

 円盤型のシールドで発光したユニコーンの攻撃を受け流して弾かせると、その隙が見え始める。エイナルはそれを逃さなかった。

 

「終りだァッ!!」

 

 トールギスがビームサーベルの刀身を横に倒し、コックピットを突こうとした瞬間、ユニコーンの両腕の内、左腕のボックスタイプに収納されている【ビームトンファー】

 

を手に持たずに180度回転して展開すると同時に左腕を素早く振り上げ、トールギスの右腕と胴体を繋ぐ間接部を斬った。

 

「な、何……!? あの一瞬で、だと……!?」

 

 白兵戦では軍一と勝ち誇っていたエイナル自身のプライドは、斬り落とされたトールギスの右腕が地面に落ちた時金属が発する鈍く重々しい音と同時に崩れ落ちた。

 裏に突けこまれた挙句、トールギスの右腕を失われた以上、勝算が無くなってしまったエイナルは一度後退し、再びユニコーンとの距離を取る。

 白兵戦はガンダム形態になったユニコーンが勝利を収め、連戦連勝の白兵戦が誇りだったエイナルにとっては屈辱的だった。

 

「クソォッ!!」

《隊長……! あ、トールギスの右腕が……!》

 

 トールギスの右腕を見たエイナルの部下が感傷に浸っていると、再びジェイと呼ばれる男の声が無線通信を通して響きだす。

 

《エイナル、こちらの準備は整った。もういい、帰還しろ》

《……クッ、限界か!! カレヴィ、勝負は預ける! そして、そこの正体不明機とそのパイロット! この屈辱は忘れん!!》

 

 落胆から立ち上がったエイナルと残った残党機はターミナルから離れ、撤退していくと同時にタイムリミットが来たのか、ユニコーンのサイコフレームに赤い光が失い、元

 

の形態――ユニコーンモードに戻っていた。

 

「ガハァ……ッ!! ハァ、ハァ、ハァ……。し、心臓が、破裂しそうだ……!」

 

 ユニコーンのコックピットの中では、同時に額から多く汗を垂れ流し、呼吸をかなり乱れてはいるが、リュートも正気に戻っていたが、右手が心臓を強く押さえている。

 部隊と共に宇宙港を離れる際に発言したエイナルの捨て台詞にカレヴィは顔を苦々しくする。

 

「勝負とか言ってんなよ、恥ずかしい……」

「なん、だったんだ、今のは……。隊長機が突っ込んできたのは覚えてるけど、その後は、意識が持っていかれて……。ダメだ、何も覚えてない……」

 

 心臓が苦しくするほど無我夢中で戦っていたのだろうかと、錯覚に思えたリュートが自分の顔に右手の掌で覆っていると、カレヴィから通信が入る。

 

《リュート、大丈夫か?》

《う、うん、大丈夫……》

《それにしてもリュート、お前はすげぇよ! まさかスイッチが入ったエイナルとここまでやりあえるとはなぁ!》

《ま、まぐれだよ……》

 

 リュートは悟られないよう激痛に耐えながらも喜びで高らかに笑うカレヴィの話に付き合い、愛想笑いをした。

 自分自身には見覚えのない奮闘に興奮して声を荒げてるカレヴィとの間に別からの通信が割り込んでくる。レーアだ。

 

《リュート。その、ありがとう、助けてくれて……》

 

 無意識にも髪の毛をいじって少し照れ隠ししながら感謝するレーアにリュートは彼女が無事だったということだけでも大満足だった。

 あと少し遅ければ、殺されるところだったところを助けたあの瞬間は、何もせずに死んでまた新たなトラウマを引きずるよりかは遥かに爽快感があった。

 

《……とにかくレーアが無事で良かったよ》

《べ、別に助けてって言ったわけじゃないから……、そこはちゃんと理解してよね!》

 

 レーアのツンデレっぷりにリュートは、思わずのほほんと癒されていくのであった。

 

(うわぁ、テンプレだぁ……)

《あーあー、聞こえますか? こちらアークエンジェルブリッジ。ルル・ルティエンス中佐です》

 

 一同は第一声からしてその声の主は女性だと分かっていたが、女性にしては何か幼げがあると思い、テレビ通信を付けると、シーツに座っている女性が写し出された。

 シーツの大きさからして体格は小学生か中学生並みに小さく、地球軍の軍服を着ている紫色をした、首まで届いているボブカットで大きな黄色い瞳がクリクリとしている。

 

《現時刻よりアークエンジェル艦長代行に着任しました》

《そういや、地球に降ろすために人を送るって聞いてたな。ずいぶん早い到着だが、今までどちらに?》

《えーと、それは……》

 

 言わずもがな、ルルが口をもごもごしている辺り、カレヴィはおおよそ1つの答えにたどり着き、彼女の代わりに答える。

 

《捕虜になってた、と》

《うぅー……》

 

 何も言い返してこない、ということは、図星だったようだ。

 大変だったのはわかっているのでここら辺りで話を切ると、今度はカレヴィよりも年をとった男がそのタイミングで出てくる。

 

《副長代行のマドック少佐だ。すまんが、発進のため宇宙港を開けてもらいたい》

 

 ルルの次に現れたマドックという男は、左目の近くに十字傷を負った軍人の男だ。

 間を置き、カレヴィが「了解だ」と承諾を得て、宇宙港の全体図のデータを受け取り、宇宙港に向けて発進した。

 データで地図を見ると、ここから宇宙港の機関室に着くにはモビルスーツで行っても3分はかからない場所にあったため少し補給を受けた後にハッチに向けて移動した。

 ハッチに向かう連絡廊の通っていると、激痛を迸っていた心臓がやっと落ち着き、息遣いの安定からリュートの苦々しかった表情がほころんだ。

 

(やっと心臓が落ち着いた……。それにしても、どうしてあの時だけ、記憶がなかったんだだろうか……。少なくとも記憶がなくなる以前の出来事は覚えているのに……)

 

 突然かつ一時的な記憶喪失の原因を考えた末にリュートはあることを思い出す。

 

(そういえば、あのトールギスと対立していたとき、無意識にもあの発言してしまった後から記憶が消えた。なら、自分のその発言かその意思が発動キーなのかも?)

《艦長代行、ずいぶん若く見えたけど……》

 

 と、レーアが通信を通してルルに関して語り始めると、深く考え込んでいたリュートは少しリフレッシュ気分で口に出した。

 

《ああ、僕も思ったよ。まさかあんな小さい女の子が艦長代行だなんて……。おまけに階級が中佐だってもう驚きだよ》 

《お偉いさんのご息女らしくてな。安全な移送任務を与えられたんだろうが……》

 

 カレヴィの話を聞く限り、所謂『依怙贔屓(えこひいき)』というやつだ。

 それが軍の出身ではない身内ならまだ納得いくが、男が多く、厳しい訓練を積んでいるイメージを持つ軍にルルのような華奢な軍人には甘く接している彼女の身内である父

 

親がいるとなると、軍の印象にも支障が来たす。

 

《愛されてるってことでしょ?》

《……そうだろうね》

 

 正直この話を聞いて呆れていたリュートとレーアが宇宙港を開ける機関室の目の前の扉まで来ると、突然警報が発令して警報機で辺りが真っ赤に染まり、3人は警戒態勢に

 

入る。

 

《接近警報!》

「な、なんだ!?」

 

 突如、天井からいくつか眩しい光が降り注いで来た。

 リュートたちは機体のシールドを使って影を作っても眩しさは変わらず、やむを得ず瞼を閉じる。

 

《2人とも、大丈……、って、ええーっ!?》

 

 眩しい光は徐々に消え始め、視界が見えるようになり、リュートは近くにいるカレヴィやレーアの安否を取ろうとした。

 奥まで見えるようになると、フロンティアⅣが木端微塵に破壊されて、部品が浮遊しながら全体に散らばっていた。

 この光景を見たカレヴィやレーアも思わず驚愕する。

 

「コロニーが……。なんてこった……!」

「こんなの……こんなのって……」

 

 たった一撃の攻撃で無残な姿になったフロンティアⅣを見たリュートは、これをしでかした奴に対して初めて怒りを覚えた。

 幸いにもフロンティアⅣ内に点在する脱出ポットや救命ボートが機能し、外壁からいくつも射出されていた。

 

《ネズミが。逃げられると思うな! このガンダムと私が来たのだからなぁ!》

「あれはデンドロビウム……! でも、なんなんだあの大きさ……!」

 

 声と共にどこからともなく現れたのは、ガンダム頭を中核に、左右にあるコンテナ、右腕に相当する細長い筒状のビーム砲と左腕の収容型の大型ビームサーベルを持った巨

 

大なモビルアーマー――【デンドロビウム】だ。ユニコーンのモニターには【TYPE:RX-78GP03D NAME:GP03 DENDOROBIUM】と表示される。

 オープン回線で聴いたその声にレーアは心当たりがあった。そして、その声の持ち主の名前を小言だが、思わずその名を口にしてしまう。

 

「ルスラン・シュレーカー……」

《2人とも、来るぞ!!》

 

 デンドロビウムが突撃し、右腕に当たる巨大な細長い筒のようなものからビーム砲を発射してきたが、各自はその射線軸の外に回避した。

 そのビーム砲は直線を描き、フロンティアⅣ・宇宙港の残骸に直撃し、跡形もなく消えた。

 戦闘の最中に、アークエンジェルから通信が入ってきた。艦長代行であるルルからだ。

 

《こちらアークエンジェルです! 今の振動はなんですか?》

《アークエンジェル! 良かった……》

《ドックは無事だったか! アークエンジェルはそのままそこで隠れてろ!》

 

 通信で艦長でもないカレヴィが勝手に停止命令を出して艦長代行は困惑する。

 

《はいぃッ!? 港のハッチはどうしたんですか!?》

《その辺に浮いてるんじゃねぇのか!? それより敵と交戦中だ! 絶対出てくるなよ!》

 

 カレヴィは、戦闘に集中するためアークエンジェルとの通信を切った。

 

「副長代行、ハッチって浮かぶんですか?」

「古今東西、ハッチは開くものです」

 

 こちらに真っ直ぐに向かってくるデンドロビウムにカレヴィはスコープを展開し、狙いを定めながらバスターライフルで迎撃する。

 だが、直撃することなく照射されたビームは四方向に四散してしまう。

 

「何!? Ⅰフィールドか!!」

 

 デンドロビウムの反撃に移り、オーキスと呼ばれる巨大アームドベースの砲身から再び高火力のビーム砲を打ち出し、左アームには大型ビームサーベルで薙ぎ払いをする。

 デンドロビウムの異常なまでに卓越した機動力と火力、おまけにⅠフィールドを搭載しているとなれば、リュートたちは、成す術もなく苦戦していた。

 ここをどう打破するか考えていたカレヴィがリュートにしか頼めない対抗策を出す。

 

《リュート! またあの時のようになってくれないか!?》

《あの時って?》

《お前の乗っているユニコーンがガンダムになったんだ。そいつになれば、何とかなるかもしれん!》

《こいつが、ガンダムに……?》

(やっぱりなれるんだ……!)

 

 カレヴィの発言でリュートにとってはより確信を得たのだが、先ほどから心でガンダムになれ、と念じてもユニコーンはガンダム形態になることはなかった。

 デストロイモードへの発動条件が見いだせない中、他人からいきなりなれって言われても無理な話である。

 

《とにかく俺たちの手段はそれしかないんだ!》

《そんなこと言われても、やり方なんてわかんないよ!》

《だったら、意地でなんとかしろ!》

《無茶苦茶だよ!》

 

 デンドロビウムの再度の攻撃を回避し、カレヴィの滅茶苦茶で無茶苦茶な質問にリュートは頭を悩ました。

 ユニコーンのデストロイモードがしばらく使えない限り、この巨躯に圧倒的なスピードで翻弄したリュートらには遠距離攻撃で迎え撃つしか方法が無かった。

 先ほど、ユニコーンはトールギスの右腕を切り落としたついでのドーバーガンという武器を使った。だが動きが速すぎて、狙いが定められない。

 弾数が残り3発しかないビームマグナムはあまり無駄撃ちはしたくない。相手の動きを読んで、そのタイミングに撃つ、リュートの頭の中ではそれしか方法がなかった。

 

「まとめて消し去ってくれる!」 

《また来るわ!》

 

 デンドロビウムのパイロットであるルスランは、3機が固まっているこの機にまとめて片づけると判断し、オーキスのコンテナからマイクロミサイルで攻撃する。

 

「何!?」

 

 3人は分散しつつ再び回避しつつ、追ってくるミサイルを迎撃する。

 リュートはデンドロビウムの背後に回りドーバーガンでブースターを狙って5発撃った。そのうち3つが着弾し、破壊することに成功する。

 

「よし、当たった!」

 

 デンドロビウムの姿勢が不安定になってきたところで今度はレーアがデンドロビウムに接近し、アームドベース【オーキス】の機首左側面に搭載しているⅠフィールド・ジ

 

ェネレーターをエクシアの【GNソード】で斬撃を入れて破壊する。

 

「これでビーム系の武器が効くはずよ!」

「なめるな!」

 

 デンドロビウムに再び加速した。

 Uターンしてユニコーンたちが直線状に入ったとき、次は両サイドのコンテナからミサイルが発射された。

 そのミサイルは機体よりも大きかったが、動きは遅く、簡単に回避することができる。

 

「そんなもので……!」

「馬鹿め!」

 

 大きなミサイルの一部がパージし、その中から多くの小型ミサイルがユニコーンに向けて発射する。

 リュートはペダルを踏み、スラスターを全速力にして逃げるが、10数はある誘導ミサイルが追いかけて距離も近づいてくる。

 着弾されるギリギリのところでかわすのだが、ミサイルもUターンしてユニコーンに再接近した。

 

「付いてくる!? 誘導ミサイルか……!」

 

 突如、下から黄色いビームがすべてのミサイルを撃ち、爆破させた。

 ユニコーンは爆風と衝撃に備え、シールドを使って凌ぐ。

 

《リュート! 大丈夫か!?》

《カレヴィ! 助かった……!》

 

 先ほどの攻撃はカレヴィの愛機、ウイングの【バスターライフル】だ。そして後方からもエクシアがユニコーンの援護に入る。

 

《どうするの、カレヴィ?》

《あれは火力も機動力も半端じゃない。まずは武装を無効にし、最後はコアである機体にトドメを刺しかない!》

 

 承諾した2人は、ウイングを並行して並びながらデンドロビウムに向けて直線状に突進した。

 

「たった3機でデンドロビウムに勝てると思うな!」

 

 さらにビーム砲が発射され、射線軸から退避すると、今度は再び直線状に突進しながら追尾ミサイルを積んだ大型ミサイルを発射した場所からコンテナが開く。

 

《今だ、リュート!》

「うおおおっ!!」

 

 その瞬間カレヴィがリュートに合図を送り、リュートのユニコーンは【ドーバーガン】、カレヴィのウイングは【バスターライフル】で発射される前に左右のコンテナを同

 

時に狙撃した。

 見事に命中し、両方のコンテナは大爆発を引き起こした。デンドロビウムの大半を占めるアームドベース【オーキス】の武装はほぼ無効化されたのは確実だが、コアである

 

モビルスーツが見当たらない。

 アームドベース【オーキス】を切り離したステイメンで脱出し、長引けば勝機が薄くなると考えたルスランは不本意だが、彼らの前から立ち去ろうとしている。

 カレヴィとレーアは敵機体の撤退の確認をしたが、フロンティアⅣを破壊した張本人に情けをかけない者が1人いた。

 

《逃がさない!》

 

 フロンティアⅣを破壊したルスランに対する怒りが収まっていなかったリュートは無我夢中にも再びNT-Dの発動に成功し、リュートの2つの瞳がまた赤く発光している。

 ユニコーンのシールドも連動し、真ん中の【Iフィールド】を中心にX字にサイコフレームが展開した。

 

《え、リュート!?》

《あのバカッ……!》

 

 ブースターを最大出力にすると、ユニコーンの通った後にサイコフレームによる薄っすらと赤い残像が残るほどの倍以上の速度になった。

 執念と怒りで猛狂っているリュートは異常なスピードの慣性で生じるGに耐えつつ、意識を失わないようにしながらハンドルをしっかり握ってるのがやっとだった。

 

「なんだあのスピードは……!?」

「うおおおおおッ!!」

 

 そのスピードでユニコーンはビームサーベルを取り出してトドメを刺す。

 

「バカなぁぁぁッ!!」

 

 デンドロビウムの本体であるガンダム試作3号機――通称ステイメンは破壊され、宇宙に大きな爆炎が散った。

 爆炎から小さな光が流れ星のように高速で移動しているのが見えた。おそらく爆発寸前に脱出ポットをルスランが手動で脱出装置を起動したのだ。

 そして、ガンダム形態になったユニコーンもユニコーンモードに戻り、また心臓に強く抑えているリュートはトールギス戦よりも息遣いが荒く、額から汗が止まらなくなっ

 

ていたのだが、リュートはユニコーンがデストロイモードへ変形する発動条件と思われるものを得ることができた。

 

「グゥッ……! ハァ、ハァ……!」

(あぁ、そういうことか……! デストロイモードの発動するには、敵対相手に対する強い意思が必要なんだ……!)

 

 簡単に言えば、心の底からあの敵に勝ちたい、殺したいといった明確な意思でほぼ間違いなかった。

 トールギス戦での強い生存意欲も遠回しにその敵に勝ちたいことから発動できたのだ。そして、これはこの世界でのニュータイプの存在が否定された瞬間でもある。

 だが、問題はデストロイモード形態になったその代償となる心臓が破裂しそうな程の激痛だ。

 いつでもなれるというわけではないのでタイミングが必要となってくる。

 ある程度NT-Dシステムの長所と短所が分かってきた所だが、先ほどから息苦しさが徐々に無くなる所がむしろ増すばかりで体もフラフラしている。そして遂には、目まいを

 

し始めて遠のく意識を保っていることさえやっとな状態だ。そしてこのタイミングで通信が入る。レーアからだ。

 

《リュート!》

(ああ、レーアの声が聞こえる……。返事したいけど、ダメだ……。声が出ない……。辺りもぼやけてて……)

 

 決着を付けるために向かったユニコーンを追いかけていたレーアのエクシアがやっと追いつき、そしてカレヴィのウイングも追いついた。

 

《バカ野郎!! なぜ1人で飛び出した!! 一つ間違えていれば……》

 

 何よりも命を重んじるカレヴィは画面越しに怒涛の活を入れるが、態勢が安定していないことや異常なほどの息遣いの粗さ、目の視点が合っていないことからリュートの様

 

子が明らかに違うことに気付いた。

 

《リュート……?》

《……ご、めん。もう、あんな、無茶、な……》

 

 と、シート側に倒れたリュートをモニターで見ていたレーアは焦って名前を連呼して呼びかけるも応答はない。

 

《ダメだわ、返事がない!》

《こちらカレヴィ! アークエンジェル応答してくれ!》

《こちらアークエンジェルです。カレヴィ少尉、どうしました?》

《戦闘は終わったが、1人気を失ってる! 一刻も早く合流したい! 医療班も呼んでくれ!》

《えぇっ!? そ、それは大変です!! すぐに向かいます!》

 

 フロンティアⅣを壊滅したデンドロビウムを破壊したユニコーンのパイロットは意識不明の状態に陥った。

 レーアのエクシア、カレヴィのウイングは静止したユニコーンを担いで反対側にある宇宙港へ移動し、リュートの意識回復のためにアークエンジェルに急行した。

 

 〇 〇 〇

 

「捕獲は失敗しましたか……。これは困ったものですね」

 

 その言葉遣いから戦闘で死亡したオーゲンたち雇われ兵を派遣した雇い主と思われる人物は、デスクに置いてある電光ランプだけの明るさだけで豪華なティーカップを片手

 

で持って口まで持っていき、一回すする。

 ティーカップを元に戻した後、デスクに散乱しているいくつかの写真やとある機体のデータ資料からある1枚の写真を手に取る。

 その写真はかつてリュートがこの世界に来たときに初めて会った老人が写っていた。

 

「これもあなたの意志なのですか、レオ・ビスタル……」

 

 思い通りにいかなかったことに腹が立ったのか、その男は手に取ったレオ・ビスタルと呼ばれたその老人の写真を握りつぶしていた。

 



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フォン・ブラウンへ

前回のあらすじ
 フロンティアⅣを脱出するために、民間人を乗せれる大きな艦を求めていた。カレヴィは敵から艦を奪うという蛮族的な提案で港に向かう。
 そこには、カレヴィが顔なじみであるエイナルと対峙することになり、彼の卓越した操作技量でリュートはピンチに追い詰められてしまう。その刹那、NT-Dが発動し、ユニコーンがガンダム形態のデストロイモードに変形、敵の撃退及びアークエンジェルの奪取に成功する。
 新艦長代行のルルと新副艦長代行のマドックがフロンティアⅣにある宇宙港の扉を開けて欲しいと要求し、向かっていた途中だった。だが、そこにはさらなる敵、デンドロビウムが行方を阻むが、彼らの奮闘で撃退に成功し、アークエンジェルに帰還していった。


 デンドロビウムの攻撃によって破壊されたフロンティアⅣから100キロメートルもしない宙域にたゆたゆと浮かんでいる小規模の微惑星群があった。

 大小それぞれで、小さいものでは10メートルから大きいものでは1キロメートルといった隕石が存在する。

 その中にあるおよそ300メートル程の隕石の影で隠れている【レウルーラ】と呼ばれる全長250メートル程ある赤い戦艦にいくつかのモビルスーツが近づいてくる。

 

《こちらエイナル機。レウルーラ、着艦許可を求む》

《こちらレウルーラ。着艦を許可します》

 

 1機のジンクスⅢが戦闘で破壊されたフロンティアⅣの破片を持って影に紛れながら安全を確保している隙に戦闘で右腕を失ったトールギスと肩を組んだ大破しているジンクスⅢ、その背後に残党部隊が後を追っていた。

 艦首とブリッジの間にあるモビルスーツ用の射出口のハッチが開くと、スラスターの逆噴射でスピードを減速したトールギスがまず最初に着艦し、部下たちのモビルスーツを誘導する。

 次々と機体を戦艦に着艦させて格納庫に入る。

 エイナルの後に、生き残った彼の部下たちの損傷を受けたジンクスたちが帰還していく。

 先に機体を整備ドックに格納し終えて降りたエイナルは、格納庫で隊員の誘導をしている副隊長に指示を出す。

 

「……ロイド、後は頼む」

「……わかりました。手を空いている者は、怪我人を医務室へ!」

 

 格納庫を後にして廊下の壁に配置している移動式のハンドルを掴み、状況報告をするためブリッジへと移動する。

 

「エイナル・ブローマン少尉、入ります……」

 

 廊下の両端に備えられている移動式の手すりを使ってブリッジに向かう道中、エイナルはユニコーンとの戦闘の光景を思い出す。

 変形する前のユニコーンの桁違いの強さにエイナルは浮かない顔をする。

 ブリッジ前の扉に到着すると、多少活気のない声でエイナルはブリッジの中に入る。

 その中央にある艦長席の前に立って宇宙を見ていたのは、左胸に3個の勲章を装飾した黒い軍服に目と口以外を覆う仮面を身に纏った男。

 声に気付いたその男は首だけゆっくり動かしてエイナルを見る。

 

「エイナルか。どうした、そんな浮かない顔をして」

「……いいえ、大丈夫です」

「それよりもお前の艦はどうした?」

「地球軍の奇襲により奪われてしまいました……」

「そうか。ふっ、地球軍もかなりの物資不足とみる。それで君がこの前言っていたあのことだが……」

《首尾はどうだ、ジェイ・アレギオス》

 

 エイナルが見たという所属不明の機体についての会話に入ろうとした途端、突如2人の頭上にある巨大なモニターにスイッチが入る。

 その渋い声の主と思われる、精気を感じさせない目に茶色と黒が混じった髭と顎髭を生やし、黒に近いグレーの軍服を着ている壮年の男がモニター越しから伝わってくる貫禄を添えて座っていた。この男の名は、ヴァルター・ハイゼンベルグ。コロニー連合軍を統括する、大佐の階級を持つ男だ。

 その男の後ろから秘書らしき者もいる。眼鏡をかけている青い短髪の青年が不気味にも爽やかな笑顔をしながら立っている。

 仮面の男とエイナル、そしてブリッジにいる全クルーはモニターに向けて敬礼した。

 

《ハイゼンベルグ総帥、ご報告します。任務は失敗、目標を取り逃がしました》

《……相当なへまをしたようだな、お前らしくもない》

《エイナル、君にも何か言うことがあるんじゃないですか?》

 

 報告の最中にヴァルターの隣に立っている眼鏡をかけている青年がエイナルの僅かな動揺に目を付け、声をかけてまるでこの目で見てきたかのような口ぶりで問いかけた。

 

《どういうことだ、トルドアス?》

《それは私が申し上げます……! 敵の奇襲により我が艦――アークエンジェルが奪取されてしまいました……》

 

 苦く渋った表情で追加報告をしたエイナルの失態にヴァルターは、右手を額に付けて呆れている表情を浮かばせる。

 

《その敵に惨敗し、のこのことジェイの艦に帰ってきた、ということか》

《申し訳……ありません……》

 

 エイナルはそれ以外に何も言うことは無く、ただそれだけしか言えなかった。

 だがそれ以上に、学生時代からの友であるカレヴィとリュートが乗ったユニコーン(本人は正体不明の変形型ガンダムタイプと認知している)にこれまでない屈辱感と自分に対するの無力さを味わったが、どちらかというと後者の方が心残りがあった。

 

《ったく、それでもお前は忠誠の騎士か、エイナル? みっともないったらありゃしないね》

 

 そこにもう1つモニターから深緑の長い髪をした女性がテレビ通信を使い、げらげら笑いながらエイナルに対して毒舌を吐き散らす。

 これを聞いたエイナルは拳を握りひたすら怒りを抑えて文句の1つでも言いたいと思っていたが、その女性が発言した偽りのない真実に言い返す言葉が無かった。

 

《……分を弁えるんだな、べロニカ・アイゼンシュタット少佐》

 

 冷静にもジェイはベロニカ・アイゼンシュタット――通称ベロニカという女性に注意を促したが、ベロニカはジェイに苛立ちしながら言い返した。

 

《ふん、極秘任務に失敗したあんたに言われる筋合いはないね。んで、あんな簡単な任務だったのにどうして失敗したのさ、えぇ? ジェイ特務大佐殿?》

 

 気に食わないジェイに煽りをかけて本性を露にさせることが目的だったのだが、精神的に我慢強い体質でベロニカの挑発にも乗らなかった。

 だが隣にいたエイナルが彼自身尊敬の対象であるに対する冒涜に我慢できず、声を荒げる。

 

《アイゼンシュタット少佐!! 大佐に対する侮辱を撤回頂きたい!!》

《止せ、エイナル》

《おおっと、おっかないね~。ちゃんと忠実で獰猛な飼い犬に頑丈な首輪を付けておくれよ、ジェイ特務大佐殿》

 

 楽し気にエイナルに対する皮肉を言っておいて笑い出すベロニカにジェイは何も言わず、鋭い眼光でにらみつける。

 

《そこまでにしろ、アイゼンシュタット少佐。今我々の知るべき情報は、なぜ目標を取り逃がしたの理由だ。ジェイ、報告を続けよ》

《はっ。目標であるレオ・ビスタルが密かに開発した機体識別コード――RX-0、通称ユニコーンは、彼が予め用意されていたパイロットによって捕獲に失敗しました》

 

 ジェイが口にした「ユニコーン」という言葉にエイナルは、先ほど戦った頭部に角が付いた純白の機体を思い出す。

 形や色合いからしてユニコーンと呼ぶに納得はしていたが、彼の愛機――トールギスに搭載されている他の機体の名前や識別コードを認識できるモニターには、名前どころか識別コードさえ表示されず、代わりに【NO DATA《データなし》】と表示されていたので本物かどうかわからず、自信が無かった。

 

《……その極秘任務とどう関わりが……?》

《それは僕が話すよ、エイナル。その前に、先ほどジェイから送られた彼の研究室に保存されていたデータと画像を今から皆さんに配ります》

 

 タイミングを見計らった様子でトルドアスが入り込み、それぞれのモニターにドックに保管されている完成直後のユニコーンの画像データを配信する。

 それは、横に伏せることができるモビルスーツ1体分が収納する超大型トラックにユニコーンを搬送されている最中の画像だった。

 

「この機体は……!!」

 

 これを見たエイナルは交戦経験のあるユニコーンの画像に小走りして近づき、間違いないと言わんばかりに今見ているその画像と忘れもしない直に戦うも敗れ、苦渋を飲まされたその機体の特徴が合致し、確信を得る。

 

「この機体です!特徴も一致しています!」

「……ブローマン少尉は既にユニコーンとの戦闘経験があったか」

 

 その話に割りきったかのようにトルドアスは続けてジェイから送られたとされるユニコーンの資料を見ながら説明する。

 

《なら、話は早いね。ユニコーンは、【NT-D】と呼ばれる特殊管制システムを持ち、デストロイモードというガンダムタイプ形態に変形することができます。これを発動する鍵となるものはまだ解明されていませんが、機体の大半に内蔵されているフルサイコフレームと呼ばれる特殊な構造部材が露出し、発光することで性能が格段に上がると言われています》

《ガンダムタイプ形態に変形だってぇ? へぇ、面白いものを作るじゃん、あのジジイ》

 

 ガンダムタイプ形態に変形する、性能の向上という言葉に興味を持ったベロニカ。

 彼女の場合、その機体に対して戦争の新しいおもちゃと考えている。

 

《そして、もう1つの特殊管制システムもユニコーンに内蔵されていますが、残念ながらこれに関するデータは残されていませんでした。アレギオス特務大佐やブローマン少尉の証言を鑑みてあくまで僕の推論ですが、恐らくパイロットの脳波で機体を操作できるシステムかと思われます》

《脳波で機体を動かせるだと……? 道理で子供に託した訳だ》

 

 納得したヴァルターの後にエイナルは、苦渋を浮かばせながらユニコーンとの戦闘を思い出して整理する。

 

(普通の形態の場合、性能はともかくパイロットは戦闘経験がないただの子供ならまだ分かるが、ガンダム形態になってからはまるで別人のように私を圧倒した。そのもう1つの特殊管制システムに何か秘密があるのが自然か……)

《話は聞かせてもらったぜ、大将の腰巾着》

 

 ベロニカに続き、またもやモニターの割り込みが生じた。次に出たのは、強靭な体つきをした男。

 その男は、日焼けしたように肌が褐色で全身に岩のように硬そうな筋肉を持ち、軍服が今にもはち切れそう。

 彼の名はヴォルガ・ライゴン。階級は中佐で命知らずに特攻を仕掛け、残酷なまでに敵を縦横無尽になぎ倒した戦歴を持つ男だ。

 敵対しない限り、同じ軍としてはあり得ない行為に律儀主義のトルドアスがその男を見過ごせず、鋭い眼球を添えながら注意を促した。

 

《盗み聞きとは感心しませんね、ライゴン中佐》

《へっ! あえて言うなら、地獄耳って言って欲しかったぜ。自慢じゃねぇがよく聞こえるんだわ、これが》

 

 ヴォルガがポジティブに調子に乗って自分の右耳を指さし、改心するところか開き直る。

 

《下らん話をしている暇は無いぞ、ヴォルガ》

 

 ヴォルガが出ているモニターに水色の長い髪と蛇のように鋭い深青の瞳、すらりとしたモデル並みの体格をした女性が多少呆けながらもヴォルガに厳しく言いつける。

 彼女の名はマリアージュ・ミコット。ヴォルガと同じく中佐の階級を持つ女性であり、敵の戦術を既に正確に読み、反撃を読むことができる。

 マリアージュの発言に眉をそばめたヴォルガは嫌々ながらも進言に従う。

 

《わぁってるよ、マリア。それに、ルスランが今話題沸騰中のユニコーンってヤツにこてんぱんにされちまったらしいしな》

 

 ヴォルガが発したその一言に衝撃が走り、しばらく沈黙の空気が漂った。

 ルスランの乗る機体――デンドロビウムの性能を一同は熟知している。中核であるガンダムΙ試作3号機《ステイメン》が【オーキス】と呼ばれる巨大アームドベースとドッキングすることで対モビルスールから対戦艦、巨大モビルアーマーにまで幅広い攻略が可能になる。

 コロニー連合軍で武装の数、火力、機動力が最強クラスにも入るデンドロビウムの破壊に一同は、ただ驚愕するしかなかった。

 

「あれほどの巨躯相手に勝つとなると……。ジェイ特務大佐、やはり……」

「ユニコーンに間違いないだろう。大きさだけでなく、スピードもパワーも勝てない相手ではなかったはずだ」

《マリアージュ、貴様は今どこにいるのだ?》

《ジェイ特務大佐から連絡を得て、現在地球軍に奪取されたアークエンジェルを追跡中です。それと、先ほどアークエンジェルにユニコーンと思われる機体が2機のガンダムタイプによって収容されていく様子を確認しました》

 

 その証拠にマリアージュと呼ばれた、スカイブルーの長髪をした女性の口述通り、アークエンジェルの右カタパルトデッキに入ろうとしている、エクシアとウイングに抱えられているユニコーンガンダムを捉えた映像のデータが送られてきた。

 もちろんアークエンジェルが感知できるレーダー圏外ギリギリでの遠距離撮影なので多少画像は荒いが、モザイク越しでも全身純白が特徴のユニコーンに相違はない。

 ヴォルガとマリアージュが乗る艦の名は、ヴェサリウス。正式名はナスカ級と呼ばれる人型が両腕とくっついた両脚が前に出したような青緑色をした艦だ。

 

《随分と手の早いことですね、特務大佐》

 

 笑顔で称賛したトルドアスにジェイは悪い気はしなかったが、その笑顔の裏にある底が見えない相手にたとえ味方でも心を許すつもりはなく、それらしいリアクションをせず冷酷な表情をしたまま返事を返す。

 

《褒めたって何も出ないぞ?》

《貴様らの艦なら追尾はできよう。何としてても捕獲しろ、マリアージュ、ヴォルガ》

 

 ヴェサリウスの最高速度はアークエンジェルとほぼ同じ。アークエンジェルの速度を見誤る事がなければ、レーダーに引っかかることなく、追跡が可能だ。

 総司令であるヴァルターの命令を受諾したマリアージュとヴォルガは、同時に《了解》と言いながら敬礼して通信を切った。 

 

《総帥、我々はフォン・ブラウンへ向かいます》

《フォン・ブラウンへ? 何のためだ?》

《あぁ、なるほど。もしかして期待のルーキーたちのことですか?》

《さぁな。では、総帥。これにて》

《今後の貴君らの健闘に期待する》

 

 総司令官らしからぬ気まぐれなヴァルターの寛大にジェイは深々と頭を下げた後、ヴァルター自らモニターを切った。

 ジェイらに対する今しがたタイミングを見計らっていたトルドアスがヴァルターに声をかける。

 

「よろしいのですか、司令?」

「ここ数年で、奴ほどの優秀な人材はいない。……できれば、裏切らないで欲しいものだ。今思えば、トルドアスよ」

「何でしょう」

「何故そこまでしてユニコーンに()()()()?」

 

 ヴァルターはトルドアスがユニコーンのことになると、妙に欲望が丸出しに見えていたらしい。

 そのことを見据えていたかのようにトルドアスは顔色が変わることなく、その質問に答える。

 

「僕はコロニー連合軍にとってプラスになることをしているまでですよ。少なくとも、レオ・ビスタルが残したユニコーンは奪取に成功すれば、地球軍に対する脅威となり得ます。もちろん、一時ではなく永遠であることを保証します」

 

 ここまで言わせると、ヴァルターはこれ以上疑問を問い投げることができなかった。

 

「……まあ、いいだろう。お前の仕事に戻れ、トルドアス。私は、クアッカに呼び出されているのでな」

 

 ヴァルターは表情豊かなトルドアスを置き、一言だけ言い残してブリッジを後にした。

 クアッカとは、コロニー連合行政統制機関を英語表記にした略称であり、行政統制機関には、まとめ役の統制機関局や人民権保障局、未成年教育局、農業水産局、厚生労働局、そしてコロニー連合軍が所属する総合軍事局が存在しており、各コロニーの代表と各省庁の代表が集まって今後を話し合う場所のことだ。そしてヴァルターは、総合軍事局のトップである。

 彼の後ろ姿を見たトルドアスは一度メガネの節を指で押し上げ、笑みを浮かばせながらヴァルターの後ろ姿に向けて気づかない程度でこう呟いた。

 

「ええ、もちろん。ノルマ以上の働きに答えますよ」

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルがフロンティアⅣを出港してから1時間が経過しようとしていた。

 戦闘後に突然意識不明の状態に陥っていたリュートがぼやを少しずつ取り除きながらゆっくりと目を覚ますと、天井に着いている蛍光灯が真上からまばゆく照らしていた。

 意識が多少ぼやけていたが、晴れるまでに時間はかからず、自分が今置かれている態勢においておそらくどこかの部屋のベッドの上で寝ていたことはすぐわかった。

 

「……あれ、ここは……?」

「あっ、起きた」

 

 2人の声がした方に首を向くと、レーアが並列に椅子に座ってリュートを看ていたのだ。

 ここに彼女がいて自分が寝ているということは、ここは医務室とすぐ判断した。

 

「レーア……」

 

 と、言ったカレヴィは席を立ってベッドを囲っているカーテンをめくり、その場から立ち退いた。

 すでに脳内にモヤが晴れていたリュートは上半身を起こして、今いるレーアにこれまでの状況の提示を求める。

 

「レーア、僕はどうなって……?」

「あの大型モビルスーツを撃退した後、あなた気絶してたのよ」

「そういえば、突然意識がぶっ飛んで……。それから、何も覚えてないんだ」

 

 自分でも記憶の確認をしたが、デンドロビウムのコアであるガンダム試作3号機が意図的に切り離された後、ユニコーンで突進して破壊した。

 そして、ユニコーンに内蔵されている特殊管制システム――【NT-D】の発動キーが明確な意志だという記憶も微かだが、残っていてそれ以降の記憶は全くなかった。

 記憶の確認の最中にカーテンが開く音が聞こえた。入ってきたのは、カレヴィだ。

 

「一通り検査させてもらったが、特に異常は見られなかったみたいだぞ。過呼吸や意識不明の症状は、おそらく戦闘における緊張の延長線上に起きたんだと思う。だが、しばらく安静すれば問題ないから安心しろ」

 

 明るく言うカレヴィにリュートは心の底から喜ぶことができなかった。

 あのマシンには、ユニコーンには人の命を危ぶまれるものだということを知っていたのだ。

 

(違う、違う……。そんな生易しいものじゃない……! あれは代償を求めるシステムだ……!)

 

 そう解釈するしかなかった医者の結論に少しばかり腑に落ちなかったリュートはあのシステムの恐ろしさを知るあまりに顔は渋って掛け布団を強く握った。

 その隣で見ていたレーアがリュートの表情を見て不思議そうに思え始めた途端、ドアからノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 と、フーゴが言うと、ドアがスライドした後、カーテンをめくったのは黒い軍服を着た、先ほど通信で顔出ししていた幼女姿の女軍人がみんなに笑顔を送った。

 

「みなさん、お疲れ様でした!」

 

 と、爽やかな笑顔ではきはきと言ったルルだったが、その行いが仇となり、これを見ていたリュートらも何を言えばいいか分からず、口を開いたまま唖然する。

 案の定、この室内に沈黙の空気が漂い、満たされていくもルルはただ笑うしかなかった。

 

「あ、はは、はは……」

 

 立案者であるルル曰く『爽やかな笑顔で癒そう!大作戦』は見事に崩れ落ちたが、咳払いし、開き直って話を変えてカレヴィに問う。

 

「と、ところで、カレヴィさん。このお2人ですか? カレヴィさんと共に戦ってくれたお仲間の」

 

 発言するルルを一同は見ると、その中でリュートはその襟元に北極と南極付近に国旗を載せた地球のマークと【E.M.U】と書かれた文字があった。

 

「ああ、レーアとリュートだ。おかげで随分助かった」

「改めて。私がアークエンジェル艦長代行の……というか、なりました! 地球軍事統合連盟北米支部所属のルル・ルティエンス中佐です! そして、こちらが副艦長代行となったマドック・ハニガン少佐です」

「マドック・ハニガンだ。よろしく」

 

 レーアとリュートの目の前に立って握手を求めてきた礼儀正しいその女性の目は大きくくりっくりしていて、身長は彼女の頭頂がリュートの胸部と腹部の真ん中あたりだ。

 リュートとレーアが実物を改めて見ると、このような幼女が代行であるが、艦長という位に立っていることに何とも不思議でたまらなかった。

 

「は、初めまして、レーア・ハルンクと言います……」

「う、漆原リュートです……」

「ちなみに艦長代行は、君たちよりも年上だ。姿形はあのようになっているがな」

 

 横からマドックが口をはさんでルルのことを語ると、両頬が膨らんでまるでフグのようになったルルがマドックに叱咤する。

 

「もうマドックさん、デリカシーがなさ過ぎです!」

 

 リュートもレーアもさすがにそうだろうとは分かっていたが、軍人でもあり、中佐というかなりの上の立場に就いていながらこの幼女姿の彼女のギャップに対して驚きを通り越して人類に対する未知の領域に踏み込んだみたいだった。

 隣に居合わせているマドックもデパートに行って欲しいものに駄々をこねている子供を見る母のように困り果てた表情をして見てられなかった。

 

「でもまあ、よく捕虜から脱出できたもんだ」

「偶然にもわざわざ目標の戦艦に乗せてくれた敵がいたのでやりやすくなった。不幸中の幸い、という奴だな。あと今この艦に乗っているクルーは、同行してくれた者たちやフロンティアⅣの残存兵を呼びかけで集めてきた者ばかりだ」

「そんで、これに乗っていた敵の兵隊さんたちは?」

「全員気絶させた。今は牢屋の中にいる」

 

 相手にされなかったことでルルはショックを受け、涙目でデスクの裏でしゃがんでいじけてしまう光景を見ていたリュートとレーアは、呆れて苦笑いをする。

 

「あと、コロニー連合軍の動きは?」

「今のところは無い。だが、この艦は元々あっちのものだ。取り戻すためにまた仕掛けてくる可能性はあるだろう」

 

 艦一隻奪ったところでさほど戦力差が塗り替えられる程でもないのは明白だが、精神論を述べれば、可能性の話でもやりかねない口実を述べるマドックにカレヴィは否定はしなかった。

 それとは別のものを目標にしているコロニー連合軍の現状を先ほどフロンティアⅣでの戦闘の中で確証はないが、1つの説としては有力だと思っている。

 

「それも否定はしませんが、奴らは恐らくリュートが乗っていた機体――ユニコーンを再び狙ってくると思います」

 

 カレヴィの意外な発言をしたことでリュートは驚き、艦長室内の空気が突如変わり出す。

 

「その名の通り角の生えた白い機体のことか? だがカレヴィ少尉、その根拠や確証はあるのか?」

「確証はありませんが、根拠はあります。港に着く前、こいつらと一緒に敵モビルスーツと交戦してましてね。俺やレーアには反撃する隙を与えない攻撃を仕掛けたのに対し、ユニコーンにはわざとコックピット以外を狙い、動きにくくしているかのようにも見えました」

「それに関しては私が彼の証言の保証人になります。確かに相手によって敵の動きが違っていました」

 

 コロニー連合軍がユニコーンを狙う理由を聞きたかったマドックに自分の直感的思考での説明だが、あの時に一緒にいた、赤の他人であるレーアもカレヴィの理由に嘘偽りがないことを証明している。これらによりマドックはカレヴィの証言が事実であることを前提に話を進めることにするが、1つだけ少尉に対する疑問が生じた。

 

「なるほど……。だがカレヴィ少尉、なぜ君はコロニー連合軍がユニコーンを狙っていることに()()()()?」

「それは……」

 

 左目から放たれる鋭い眼光と威厳、そして核心を突く質問にカレヴィの体は緊張で強張りだす。

 徐々にマドックの目を逸らし始めたカレヴィがリュートに目線を向けた時、一瞬だけカレヴィにほんの少しだけ悲哀の表情が出ていた。

 その一瞬をリュートは逃さなかったが、カレヴィは今この部屋にいる者たちに向けてこう発言した。

 

「……俺、いや私――カレヴィ・ユハ・キウル少尉は、アルビス・アトラー中将より、来訪したフロンティアⅣに滞在しているレオ・ビスタルと呼ばれる科学者の確保、および彼の元で開発された新型モビルスーツの回収または破壊が私に任命された極秘任務を仰せつかっておりました」

「なんと……!? アルビス・アトラー中将だと!?」

 

 その名を聞いたマドックの顔色は驚きに満ちていた。

 同時にカレヴィのカミングアウト発言に挙げた、軍人のアルビス・アトラーの名を初めて聞いたレーアは、あまり大声に出さずにルルに質問する。

 

(艦長代行、そのアルビス・アトラー中将という人は?)

(地球軍に所属している軍人で現総司令官エイリーク・アナハイム大将の補佐をしている方で地球軍のナンバー2とも呼ばれています)

 

 と、静かにレーアの質問を返した。

 

「じゃあ、その新型モビルスーツがユニコーンなら、あのお爺さんは……」

「リュートの言うそのお爺さんとやらは、恐らくレオ・ビスタルに間違いないだろうな」

「年齢に関しては多少の差異はあるだろうが、失踪した時期からすれば、まず間違ってはいないだろう」

 

 カレヴィとレーアのその発言にリュートの足が崩れ落ちて落胆し、「お爺さん……」と悔しそうに歯を食いしばりながら呟いた。

 リュートの前に近づく足音。その音の主はマドックだ。

 マドックは腰を低くしてリュートの肩に自分の手を置いて励ましの言葉を送る。

 

「顔を上げるんだ、リュート君。亡き者に対して嘆いても仕方がない。カレヴィ少尉、よく話してくれたな」

「リュートがレオ・ビスタルやユニコーンとの関わりを持った以上、遅かれ早かれ話さないわけにはいきませんからな」

「それで話を戻すが、なぜ民間人である君はあのモビルスーツに乗っていたのだ?」

「それは、その……」

 

 まず何を言い訳にしようか考えていたが、これといったものはいくら言葉を組み替えてもいずればれてしまうし、何より嘘をつくことに罪悪感を感じるからだ。

 ここは正直に話すしかなかった。いや、()()()()()()()、ということだけを伏せれば、自分は地球から来たと自然な話になると考えた。

 しかし逆を言えば、それは半ば事実ではないし、ここにいる皆を騙すことになってしまう。下手に本当のことを話せば、会話がこじれて敵対されるのもままならない。不本意だが、敵対せず相手を納得させるにはこの方法しかなかった。

 

「……僕はその時地球からフロンティアⅣに着いたばかりでした。しばらくしてから、戦争が勃発したので近くにある巨大な倉庫のような施設に隠れていました。

そしたら謎の組織に追いかけられていたお爺さんが僕にユニコーンを託し、そしてあることを言ったんです。

『誰かが終止符を打たない限り、"終焉なき戦争"になってしまうだろう』って……」

 

 マドックは顎を左手の人差し指と親指で前後に摩り、リュートが発したレオ・ビスタルの言葉を聞いてボソッとその言葉を復唱した。

 

「……"終焉なき戦争"か」

「それと、レオ・ビスタルからこれを貰いました」

「これはUSBメモリーだな。分かった、預かろう」

「……あの、1ついいですか? 戦争に巻き込まれた僕たちは、これからどうなるんです?」

 

 機体を動かせる上、地球軍と行動と共にしたことは事実上、リュートやレーアが地球軍の戦力にならざるを得ないのは明白だ。

 そしてこれからの生活をどう過ごせばいいのか、まだ民間人である彼らに尋ねてこれからの方針を決めるしかない。

 

「本来なら君たち次第、と言いたいところだが、リュート君の場合、カレヴィ少尉の話が本当ならば、ユニコーンは重要機密扱いだ。地球軍本部あるいは重要基地に着くまでは我々と共に行動する他ならない。その点については、リュート君も理解してくれるね?」

「……はい」

 

 マドックの判断は妥当かつ的確だったが、死んでしまったレオ・ビスタルとの願いを叶えたいリュートにとっては都合が良かった。

 ユニコーンに乗って敵でありながら人を殺めた感覚が恐怖で身震える程残っていた手をリュートはギュッと握りしめた。

 

「それでレーア君。君の意見も聞きたいのだが……」

「……私もリュートと同じく地球軍に入ります」

 

 コロニー連合軍の軍人だったレーアの意外な回答にリュートは驚く。

 地球軍側に付くことはコロニー連合軍と対立することと直結することを知らないほどレーアは馬鹿ではないのはリュートやカレヴィも十分理解している。

 考えられる可能性は、自分と同じ、コロニー連合軍とのけじめをつけることか、あるいは――。

 どんな理由があるにせよ仲間に加わることに異論はなかったが、レーア自身は本当にそれでいいのだろうかとリュートは無意識に感情移入してしまう。

 

「レーア、いいの?」

「ええ。一応あなたやカレヴィに恩義もあるわ。けど本音を言えば、こんな馬鹿げた戦争を一刻も早く終わらせたいだけよ」

「一応は余計だっての……」

 

 と、レーアの毒舌発言にカレヴィは不満を募らせながら呟いた。

 戦争に対して批判するレーアの強く握る拳を見たリュートは、その険しい表情からして戦いを終わらせる戦いに参加する意志や気持ちの他にそれ以上の何か別の感情的な――私的な意味があるのではと感じていた。

 

「……ありがとうございます、リュートさん、レーアさん。上層部の正式な処置が下りるまではあなたたちを民間人として扱い、私たちと共に行動してもらいますが、我々地球軍の助力するあなたたちを快く歓迎します。今後ともその力をお貸し下さい!」

「しし、失礼しまぁ――」

 

 廊下から女性の慌ててる素振りを見せながらも少々のんびり口調な声が聞こえた。

 扉が開き、近づいていくと共に赤い髪を靡かせている女性が部屋に入ってリュートとレーアを見た一瞬驚いて引き気味の態勢になり、そして口から震え声を出し始める。

 

「な、な……」

 

 その女性は頬を赤くしながらしどろもどろになり、遂には糸がちぎれたのか2人に襲い掛かる。

 リュートとレーアは対応できず、目の前まで接近されてしまう。

 2人はダメかと悟って目をつぶったが、体中から感じ取れる感覚から抱擁を受けているように思えるようになり、目を開けるとその通り抱擁を受けていた。

 

「何ぃこの子たちぃ~!!」

「え、え……!?」

「この女の子、お人形みたいで可愛いし、そしてこの男の子! 女の子みたいにお肌ツルツルぅ~!!」

 

 その女性の目は、小動物にでも触れたかのようにとろけた表情をしていた。

 レーアには真正面で見つめ、リュートにはほっぺに肌を擦り付けるといった彼女の暴走っぷりにリュートとレーア以外の3人は、物が言えずに唖然としていた――というより気が引いた、というのが正しい。

 レーアはちらりと見た表情と発言、悪意を感じない抱きつかれ方であからさまだが至福を受けていることを分かっていたが、リュートは未だに困惑している。

 

「か、艦長代行……! 何なんですか、この人は!?」

「艦長代行! どうしたんですか、この2人はぁ~!!」

「え、えーっとぉ……」

 

 リュートとレーア、そしてその女性に同じタイミングで質問されたルルはどちらかの質問から答えようか困りながら迷っていた。

 その女性がある程度落ち着いた所で改めて自己紹介をするが、最初にしたのはその女性だ。

 

「先ほどはお見苦しいところを晒して申し訳ありません……。私は急遽アークエンジェルのオペレーターに配属されました、ノエル・クリンプトン曹長です」

 

 と、明るい声で挨拶するもリュートは未知の生物と遭遇したかのようにカレヴィの影に隠れて怯えていた。

 

「あ、そうだ、思い出した! 避難した際に怪我をした人なんですが、幸いにもけが人はそれ程多くなく、避難民の中にいたお医者様や看護師さんたちと協力してアークエンジェルにある医療物資で賄うことができましたぁ。ただ、1つちょっとした問題が起きてしまいまして……」

「ちょっとした問題?」

「はい。実は、避難民の方からクレームが発生してしまいまして。とてもではないんですけど、中々抑えるのが難しくて……」

「早速クレーマーか……」

 

 と、ルルは楽しい表情から一転して悲しそうな表情になり、そう呟いた。

 アークエンジェルが宇宙港を出港してからまだ1時間も経ってはいないこのタイミングでのクレームを発したということは、おそらくフロンティアⅣを守れなかった際に対する地球軍への当てつけなのだろう。

 地球軍兵士にとってはどうにかして鎮めたい気持ちがあり、そしてこの艦を仕切るルルが誰よりもその気持ちを多く持っていたが、フロンティアⅣの防衛失敗という地球軍

 

の失態にここにいる兵士では誰もその事実に抗うことはできない――いや、できるはずがなかった。

 かといって、このまま放置するわけにはいかず、フロンティアⅣを守れなかった責任として避難民たちを安全な場所に下させることが軍人としての義務であり、誠意だ。

 

「では、私たちはブリッジに行きます。ノエル曹長は、2人を案内してください」

「了解です。フーゴさん、リュートくんのことはもう大丈夫ですよね?」

「ああ。だが、彼は病み上がりだからあまり無理はさせないことだ」

「分かりました!」

 

 ルルとマドックはとブリッジに戻って本来の仕事に戻り、カレヴィも今後の敵の動きが気になるとのことで共にブリッジへ行くことにした。

 状況が状況で仮ではあるが、リュートとレーアへの地球軍入団の歓迎会は早く終わった。

 残ったリュート、レーア、ノエルが医務室から出ると、ノエルが艦内を案内することになった。

 その道中、レーアが何やらもぞもぞと腕やら肩やら体のあらゆるところを擦っている。そして、ノエルに相談した。

 

「あのー、ノエルさん。着替えありませんか? さすがにこのままだと、体中がかゆくなりそうで……」

 

 宇宙空間での耐性を持つスパッツタイツで作られたパイロットスーツを着ているレーアを見たノエルは、「あっ!」と声を上げてしまう。

 

「ちょっと待って、私の個室に案内するから! あ、そうそう。リュート君も来てもいいけど、乙女の部屋は見ちゃだめだよ?」

「は、はぁ……」

 

 ノエルのマイペースに2人は多少唖然した。もちろん本人は、中を見るつもりは毛頭無いだろう。

 ルートを変更して、ノエルとレーアは女性専用の集団部屋に入り、リュートは廊下で待った。

 度々年の近い女の子同士の会話が背に付けている壁から聞こえてくる。

 

「これなんかいいんじゃない?」

「……ちょっと派手すぎませんか?」

 

 服の選りすぐりしている2人。これは、いつ終わるのかと気が遠くなりそうな程の時間が経過した。

 しばらくして、リュートの耳に終わりを告げる言葉が聞こえた。

 

「きゃー、レーアちゃん! よく似合ってるよ!」

「じゃ、じゃあこれにします……」

「終わったよ!」

「や、やっとですか……」

 

 かれこれ30分は経ったであろうか。相変わらずの天真爛漫な態度で声を出すノエルに対してリュートは声を聞いて待ってただけでも、疲弊の顔が伺える。

 

「じゃーん!」

 

 ノエルが部屋を出た後にレーアも出てきた。

 彼女の着ている服は白の半袖ワンピースに女性用ジーンズの組み合わせだ。

 ワンピースの長い裾がミニスカートの役割を果たし、これを見たリュートは少しばかり心のときめきを感じ、満更でもなくレーアを見続ける。

 

「似合う……かな?」

 

 男の子に見せる恥ずかしさと自分に自信がない故に頬が少し赤くなっているレーアは、交互に体を捻って自分でも確認しながら尋ねてきた。

 リュートは我に返り、なるべく短時間でどのようなことを言えばいいのか必死で考えた。

 

「い、良いんじゃないかな?」

 

 さすがにこれしか言えなかった。

 顔が赤くなっているレーアに釣られ、右手の人差し指と親指を使って帽子のつばをつまんで深く被りながらも顔が赤くなる。

 

「ほら、ボーっとしてないで。案内するよ」

 

 ノエルは、女の子同士であるレーアと雑談をしながらアークエンジェル内に設けられている施設を案内する。まず一番近かったのは、食堂だ。

 奪取したてだったのでまだ手を付けてはいないが、コロニー連合軍に使われていた頃はとてもではないが、美味しくはなかったらしい。

 次に案内されたのは、先ほど機体を収納した格納庫だ。この空間は、両艦首にあるどちらのモビルスーツハッチも繋がっていて状況に応じて同時発進することもできる。

 その後ノエルは割り当てられたリュートとレーアの部屋も案内し、宇宙にいる間で寝るときの注意点もいくつか教えた。

 

「じゃぁ、次は……」

「正気か!? あそこに行けば、敵に攻める口実を与えるだけだぞ!!」

 

 ルルやマドック、カレヴィがいるブリッジに入ったその時、怒声がブリッジの中で反響した。その声の主はカレヴィだ。

 避難民よりも艦の安全を第一優先と考えていた故にルルの提案に猛反対していたカレヴィは我に返って周囲を見渡し、ブリッジクルーやたまたま居合わせていたリュート、レーア、ノエルの3人組を見ると、思わず黙り込む。

 中立都市は、どちらの軍も属さない。仮にどちらかの軍がフォン・ブラウンに侵攻したとして、もう1つの軍がその排除に向かわなければならない動機になり得るからだ。

 つまりアークエンジェルがフォン・ブラウンに立ち入った時、コロニー連合軍に宣戦布告することなく殲滅されるということになる。

 

「で、ですが、これしか2つの問題を同時に解決する最善策がありません……! それになんと言われようと、代行ですけど、艦長は私ですから!」

 

 互いに意見をぶつかり合い、いがみ合っていたのは、艦長代行と中年の兵士パイロットだ。

 両者はどちらも引けを取らなかったが、これ以上何を言っても無駄だと判断したカレヴィは「ふん、勝手にしろ!」と怒りをあらわにしながら、ブリッジから退室した。

 対立で緊張が解けたルルはふぅーっとため息混じりの呼吸をしてから脱力した。その間にノエルたちが艦長代行の元へ駆け寄り、レーアが声をかける。

 

「あの、艦長代行……。カレヴィと何かあったんですか?」

「あ、レーアさん。ええ、今回の行き先に関して少々…。意見を言うのは良いですけど、まさかあそこまで強情とは……」

 

 これはさすがに想定外、と頭を抱えるルル。

 

「その行き先というのは?」

「月面都市フォン・ブラウンです」

「フォン・ブラウン……?」

「月に建造された中立都市ですね」

「そうだ。まずあのモニターに映っている地図を見てくれ」

 

 ルルが座っている艦長席の前にある巨大なモニターには月とコロニーを模した図形がある地図らしきものが映っていた。

 大型モニターに表示されているマップによると、アークエンジェルの現在地は月と破壊されたフロンティアⅣの中間に位置している。

 月と小さな一部のコロニー群がやっと見えるぐらいの縮尺地図でここからフォン・ブラウンまでの直線状での走行距離はかなりのものだ。

 

「現在、我々がいる場所はここだ。ここからフォン・ブラウンまで3000キロメートルの距離がある」

「そんなに距離が……。それで着くのにどれぐらい時間がかかるんです?」

「このままのスピードなら丸1日かかると思っていいだろう」

 

 現在アークエンジェルの速さは100ノット。時速に正すと、1時間に約190キロメートル進むことを示す。

 マドックの言う通り、艦に問題がない場合で単純計算での速さならどんなに早くとも15時間はかかることになる。

 

「それに宙域及び先ほどフロンティアⅣのようなコロニー内で戦闘が起きた時、半径約30キロメートル圏内のコロニーに侵略できないよう入港を禁止されていて、それ自体は法定でも掟でもないですが、もし進路上にコロニーがあるなら迂回しなければなりません」

「なるほど……。それで艦長代行はそのフォン・ブラウンに向かうんですか?」

「艦に民間人が乗っている以上、もう後戻りはできませんからね……。今のところ中立を保っている場所はここしかありませんから」

「あとは向こう側の判断次第、といったところだな。フォン・ブラウンに着くまで君たちは休息でも取っていなさい。いつ敵に襲われるか分からないからね」

「分かりました」

 

 マドックの進言にリュートとレーアはノエルと共にブリッジを後にし、艦の案内を再開した。

 そしてルルは次の目的地に向けるために自身を持ってアークエンジェルの操舵手である分厚い唇が特徴の天然パーマ黒人のヒュー・ジョイマン軍曹に指示を出す。

 

「……進路をフォン・ブラウンへ!」

「了解。進路をフォン・ブラウンに変更します」

 

 操舵士がアークエンジェルを動かし、月面都市フォウ・ブラウンに向けて進行した。

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルが方向転換して進行した様子をヴェサリウスのレーダーを表示される台で確認していたヴォルガがマリアージュに知らせる。

 

「おい、マリア! アークエンジェルが方向を変えたぞ!」

「大声で出さなくとも聞こえる。進路は?」

 

 ヴォルガは台の表面に映し出されているレーダー図をヴェサリウスの現在位置を中心とした宇宙地図に併せて展開する。

 アークエンジェルを示すアイコンの座標をインプットして地図を拡大すると、その方角先に月があった。

 

「方角先の延長線上に月? ……中立都市フォン・ブラウンか!」

 

 ひらめいたヴォルガが言い当てた場所を聞いたマリアージュは、彼らの意図を読み取った。

 マリアージュやヴォルガはアークエンジェルの元所有者であるエイナルのこだわりは耳にしていた。

 本来なら、フロンティアⅣで起きた戦闘において避難民と敵である地球軍を捕虜として受け入れ、コロニー連合軍に属しているコロニーに降ろすつもりだっただろう。

 

「……なるほどな。たしかそこにはアルフレッド・ルー・ガジー少佐とのつながりがあると聞いたが……」

「あの貴族気取りのキザな野郎のことか?」

「ああ。正直あまり顔を合わせたくはないが、地球軍がそこに向かっている以上、致し方ない。……ガジー少佐につなげ」

 

 苦々しい表情をしたマリアージュは仕方なくブリッジクルーに指示を出す。

 ついた大型モニターには、片手でワイングラスを揺らしてワインの匂いを楽しんでいた、先端がカール状になっているちょび髭の男が映し出される。

 アルフレッド・ガジーと呼ばれているその男は楽しみを邪魔されたことに対して不機嫌になり、一旦ワイングラスを近くにある高級テーブルに置いてマリアージュに対して物申した。

 

《なんだね、ミコット少佐。私は今、最高級ワインの匂いを嗜んでいる最中だぞ!》

 

 ガジーの高飛車な発言と傲慢な態度にマリアージュとヴォルガは一瞬癪に障ったが、事を早く進むために怒りを抑えたマリアージュはすぐに本題に移す。

 

《……嗜好を邪魔されたのなら、謝罪しよう。だが、事は一刻を争う。地球軍は今、お前の管轄であるフォン・ブラウンへと侵攻しようとしている》

《報告感謝する。その地球軍がこちらに来るのなら、我々ナイトバロン隊が木っ端微塵に吹き飛ばせてあげようぞ》

《それと、その中に我々にしか知らされていない機密事項の機体がある。それを奪取できれば、貴様の名誉も上がることだろう》

 

 言葉巧みに誘導するマリアージュにガジーは耳を傾ける。

 

《ほう、それは面白い。なら、奪ってみせようではないか。その機体に関する情報をこちらに転送しろ》

《……わかった。今送る》

《確かに情報は受け取った。なるほど、ユニコーンか…。ご苦労だった、ミコット少佐。後のことは私に任せよ》

 

 近くにあった端末を見て不敵な笑みを浮かばせたガジーの顔を最後に通信が切れ、モニターが真っ黒になった。

 そんな彼を心から思っていないヴォルガは怒りを自分の手のひらにぶつけて、ガジーに対する文句の1つや2つを言い放った。

 

「ふん! 最後まで癪に障る野郎だぜ!」 

「同感だ。私もあいつの顔はもう見たくない」

「んで、これからどうするんだ、マリア?」

「無論、我々もフォン・ブラウンに向かう。万が一のため、ヴォルガは戦闘員を呼び出して戦闘準備をしろ」

「了解だ。このストレスは戦闘で発散してやる!」

 

 マリアージュの指示でヴェサリウスはフォン・ブラウンへと進路を取り、アークエンジェルの追跡を続行した。

 

 〇 〇 〇

 

 その頃、アークエンジェル艦内での案内を終えたリュート、レーア、ノエルの3人は自動手すりを使って廊下を移動していた。

 今後使われるであろう必要最低限の場所のいくつかを巡りに巡って、リュートの表情にどっと疲れが出ている様子。

 

「ふぅ……。意外と広いんだな、アークエンジェルって」

「そうね。かれこれ30分は経ったと思うけど」

「だいたいこんな感じかな。実を言うと、私もこの艦全体のそれぞれの名称の全部をまだ覚えきれてなかったから不安しかなかったけど、まあ結果オーライね」

 

 十字路の廊下の角前で眼鏡をかけた茶色のボブカット髪の女性クルーがリュートの前で姿を現す。

 死角からの出合い頭で2人はのけぞったが、女性クルーはノエルに声をかける。

 

「あ、クリンプトン曹長……! ちょうど良かった……!」

「どうしたの?」

「実は、一部の避難民が徐々に暴徒化していって手に負えなくなってる状態なんです……!」

「ええッ!? 案内して!」

「はい……!」

 

 その女性クルーとノエルは暴徒化している避難民の所へ大急ぎで向かった。

 

「私たちも行ってみましょう、リュート」

「う、うん……!」

 

 レーアの後にリュートも向かうとするが、突如リュートのズボンの裾を握られ、止められてしまう。

 

「え?」

 

 声のリュートが振り向くと、そこには誰もいない。

 

「ね、ねぇ、お兄ちゃん……」

 

 幼げのある声は自分の足元から聞こえた。

 リュートは顔を下に向けると、メルヘンチックな小熊の人形を腕に抱いている、茶髪ツインテールの小さな幼女がいた。

 

「ア、アイリのママ知らない……?」

 

 その女の子は怯えながらもリュートに尋ねる。

 

「え、えーっと……」

 

 初めて会う小さな女の子から尋ねられたリュートはその質問に戸惑いを隠せず、何を言えばいいのかすらも分からず、ただ途方に暮れていた。

 そこにリュートが付いて来ていないことに気付いたレーアが引き返してきた。 

 

「リュート、何してるの? あれ、この子……」

「あ、レーア。この子、お母さんとはぐれたみたいなんだ……」

 

 すぐに助け舟を出したリュートに答えたレーアはその幼女に近づき、かがんで目線を合わせ、笑顔で問いかける。

 

「君、名前は?」

「アイリ……」

「そう、私はレーア。そして、この人はリュート。一緒にお母さんを探そう、アイリちゃん」

「……うん!」

 

 自らアイリと名乗ったその幼女は喜びで目を大きく見開き、そして大きく頭を上下に振って健気に肯定した。

 道中、廊下の壁からいくつものの罵声が反射して響きだした。その声を頼りに迷うことなく罵声を出した張本人の元へたどり着く。

 彼らが目にしたものは何とかして鎮めようとするクルーたちに押しかけて来る避難民たちだ。その数はそこにいるクルーたちの4倍ほどだ。

 

「あんたら地球軍がしっかりしていれば、故郷を失うことはなかったんだ! どう責任取ってくれんだよ!!」

「なあ、本当に大丈夫なのか!? この艦沈まないよな!?」

「お願いです……! 宇宙港前で離れ離れになった子供を探すためにフロンティアⅣに戻ってください!」

 

 大切な物を失って怒りを露わにして罵声を発する壮年の男、戦争に怯えて不安を隠し切れない若い男性、溢れてくる涙を堪えて尋ねる若い女性など1つの強い感情を持った人間が様々いた。

 クルーたちは必死になって抑えようとするが、それでも治まる気配はなかった。

 そこに女性クルーが呼び出したノエルも合流する。

 この状況を見たノエルはなんとかして、早く治まらないという気持ちでスピーカーを持ってここにいる避難民に声をかける。

 

「み、皆さん、落ち着いて下さい! 焦る気持ちは分かりますが、まずは冷静に……!」

「冷静になったとしてこの後どうするんだよ!? ずっと待たないといけないのか!?」

 

 押し寄せる避難民の波にノエルは混乱し、魂が抜けたかのように硬直した。

 たどり着いたリュートやレーアも合流すると、避難民側に押されていた。

 彼らの言い分にしかめっ面のレーアは怒りで我慢ならず、リュートにアイリを預け、ノエルの持っていたスピーカーを取って避難民に向けて叫んだ。

 

「いいから黙って話を聞きなさいッ!!」

「なっ……!」

「先ほどブリッジに行って確認してきました。私たちは今、月にある中立都市フォン・ブラウンへと向かっています。着くには丸一日程かかりますが、それまでは非常食で我慢していただければと思います。私たち地球軍は、あなた方を見捨てることは決してありません。だから、私たちを信じてください!」

 

 自分が言いたいことを言いまくるだけでなく、思いを沿って発言し、レーアの内にあるストレスは発散され、レーアの言葉を聞いた避難民たちは落ち着きを取り戻した。

 リュートが手を繋いでいるアイリを引き連れてレーアの元まで近づくと、辺りを見回していたアイリが紫色のカーディガンを着た1人の女性を見つめる。

 

「あ、ママだ!」

 

 聞き覚えのある声を耳にしたその女性は辺りを見回し、手を振っている幼女を見つけた。

 

「あれは、アイリ……! アイリ……!!」

「ママー!」

 

 アイリはリュートの手を離し、そのまま母親と思われるその女性にダッシュする。

 女性は涙を流しながら、健気に笑う幼女の頬を自分の頬でゆっくりこすりながら二度と離さないと言わんばかりに強く抱擁した。

 

「良かった、この艦に乗ってたのね……!」

 

 離れ離れになった家族が無事再会した光景にリュートは、無意識にも微笑んでいた。

 そしてリュートの脳内で彼を呼ぶ母親と思われるボブカット女性が幾度も浮かび上がる。

 外で一緒に遊んで楽しんでいる時、家で一緒にテレビを見て笑っている時、夕飯を食べて不注意でしかっている時、そして患者ベッドで横たわってリュートの頬に手を当て

 

て涙流している時など。

 だが同時に現実みたくシンクロしていて直接声をかけてるかのようにも思えた。

 

「……-ト。……リュート、リュートッ!!」

 

 だがこの声は現実の方だった。耳元で語りかけて来るレーアの呼びかけにリュートはハッと驚いて我に返る。

 

「あ、あれ……? レーア……?」

「やっと返事してくれた。何突っ立っているのよ、リュート。帰るわよ」

「え? う、うん……」

 

 リュートの近くにアイリとその母親が手を繋ぎながら自分たちとは逆の方向に向けて帰って行った。

 いつの間にどれほどの時間が経ったのだろうと頭を抱えながら既に出ているレーアの元へと向かう。

 先ほど、レーアの言葉を聞いていた1人であるリュートはかなり高いカリスマ性を持つレーアに声をかける。

 

「……よく避難民たちを説得できたね」

「自分でも驚くぐらいにね。今でも驚いてる」

 

 レーア自身、うまく行くとは思ってもみなかった、と夢でも見ているかのような表情がそう物語っている。

 それでもリュートは勇敢なレーアに対して尊敬を持つようになった。

 

「でも、レーアはすごいよ。自分ができないことをサラッとやってのけてさ」

「そんな大したことはしてないわよ。それに、リュートだっていつしかできるようになるから」

 

 と、満更でもなくレーアは照れ隠ししながらもにこやかな顔になった。

 リュートも彼女の笑顔に釣られて無邪気に笑い出す。

 

「お、なんだなんだぁ? 随分と楽しそうじゃないか、お前ら」

 

 背後から2人の様子を見てニヤニヤしているカレヴィに悪寒を感じた。

 

「カ、カレヴィ!?」

「いつからそこに!?」

 

 振り向いて驚いた2人――特にリュートから出された質問に指を髭顎に当ててアドリブ付きで返す。

 

「んー、レーアが『そんな大したことはしてないわよ。それに、リュートだっていつしかできるようになるから』ってとこぐらいか? それにしてもなんだお前ら、仲のいい恋人かオシドリ夫婦みたいな雰囲気出しやがって」

「こぉッ……!?」

「オシドリ夫婦……?」

 

 カレヴィが発した、冗談半分の発言に真摯に受け止めたレーアは言葉をつめて顔を真っ赤になり、リュートは呆れたような表情をする。

 未だに照れているレーアは2人を後にする。

 

「って、レーアどこに行くの?」

「じ、自分の部屋……! もう寝る! おやすみ!!」

 

 と、一度リュートたちに向けて体を振り返って声を高らかに上げて自分の部屋へと戻って行った。

 リュートは何事かと呆然と立ち尽くし、元凶であるカレヴィは右人差し指で右頬を上下にこすって少し反省の態度をみせる。

 

「やれやれ、ちょっとからかい過ぎたか」

「からかい過ぎって、カレヴィ……」

「それとリュート、お前に言いたいことがある」

 

 発言と同時にカレヴィのおどけている顔から一転して突如シリアスな表情へと変える。

 

「ユニコーンをあのガンダム形態に変形させることはなるべく避けてくれ。お前だって薄々気づいてただろ」

「……でも、その力がないとここにいるみんなもお爺さんとの約束も守れない。だから……」

「だから、その力は切り札にしたい、だろ?」

「やっぱり、カレヴィにはお見通しか」

「まあな。だが、俺はエスパーじゃねぇ。他人の行動を読むのが得意な軍人さ」

 

 と、決まり口調での捨て台詞を吐いてこの場から去って行った。

 そしてリュートもノエルから教えてもらった自分の部屋に戻ってフォン・ブラウンに着くまでの間、ぐっすりと眠りに入った。

 そしてフロンティアⅣを出港してからかれこれ丸一日が経過した。

 狭い空間のベッドの上で寝ていたリュートが両腕を天井に向けて欠伸をしながら仮眠から目を覚ます。

 体を起こし、窓の外の向こう側は絶えることなく輝き続けている多くの小さな星々が少しずつ左から右にスライドして移動しているが、見える限りの周囲を見渡しても自分が見た夢の中の最後の光景と全く同じだった。

 それだけではない。手のひらにうっすらと残っている握ったレバーの感触、今でも起きている自然に体が浮くことができる宇宙特有の無重力空間もだ。

 

「夢……じゃない……」

 

 これだけ揃えれば、リュートはもう腹を括るしかなかった。自分が今見ている世界は、自分がいた世界ではないということを。

 だが受けきれていない部分もあったので軽い錯乱状態に陥ってしまうが、ベッドに座り、深呼吸をして少しずつ落ち着かせた。

 

「そういえば、艦が移動している……?」 

 

 わずだが、乗り物が動いている実感と横に少しずつスライドしながら移動している星々に気付く。

 寝る前に一度宇宙を見たが、1ミリも動いていなかった。となれば、行く場所が決まったということになる。

 リュートはすぐにルルたちに目的地を聞き出すためブリッジに向かおうとした途端、突如アナウンスが鳴り出す。

 

《こちらアークエンジェル艦長代行のルル・ルティエンスです。避難民のみなさん、間もなくフォン・ブラウンに到着します。準備が終えた方は、クルーたちが指示しますので、従ってください。繰り返します。間もなくフォン・ブラウンに到着します。準備が終えた方々は、クルーが指示しますので、従ってください……》

 

 アナウンスの声の主はルルだ。フォン・ブラウンという聞いたことのない言葉にリュートは、内心とても気になったのですぐに向かう。

 扉が開いてブリッジに辿り着くと、最初に彼の瞳に映ったのは、宇宙に浮かぶ、明らかに地球の色ではない白い土壌に丸い輪の中にある巨大な人工物だった。

 

「何だ、あれ……」

「あっ、リュートさん」

 

 声に気づき、自由に方角を向ける艦長席を少年に向けて声をかけたルルにリュートは、目の前のガラス越しや大型モニターに映る巨大な人工物について尋ねる。

 

「ルル艦長代行、あれって……?」

「月面都市フォン・ブラウンです」

「月面都市……。あれが……」

 

 ルルの指を差した先に、所々に点滅する色の赤い光が点在している巨大な人工物があった。リュートは目をこしらえると、巨大人工施設の中に密集している高層ビルや住宅だけでなく、森林のような緑色と深緑色に彩る箇所や池のような湖のような水だまりも見える。

 フロンティアⅣだけでもすごいというのに、それの何倍の広さにリュートはただただ驚くしかなかった。

 リュートが圧巻している間に突如警報が鳴りだす。

 目の前まで来ているフォン・ブラウンから現れたのは、ジム・コマンドと呼ばれる宇宙仕様を示す白と赤のツートンカラーとバイザーが特徴の機体が2機、アークエンジェルに近づき、アークエンジェルもブースターの出力を徐々に下げて停止する。

 本来、このような場合は、戦艦の艦長や宇宙航行用シャトルの旅団長が代表として面を合わせるのだが、艦長代行であるも幼児体系のルルが相手では、さすがにまずいので副長代行であるマドックが代わって交渉を試みる。

 だが自分が代表として交渉することに期待していたルルは眉を逆八の字にし、両頬を膨らませて少し怒りが込めている不満げな顔をした。

 

《こちら月面都市フォン・ブラウンの機動警備隊だ。貴殿らの艦は武装戦艦のようだが、貴殿らの所属と目的の提示を要求する》

 

 1機のジム・コマンドがブリッジに近づいて相手の事情を伺っていると同時に、もう1機が旋回して艦に怪しいものが取り付いていないか周囲を確認しつつ1か所1か所を厳重に注視している。

 

《……我々は地球軍に所属している者だ。先ほど、戦闘で壊滅したフロンティアⅣの避難民およそ500人を収容している。彼らを比較的安全であるフォン・ブラウン市に降ろ

 

すことと艦の燃料及び補給を目的としている。フォン・ブラウン市の責任者を呼んでくれ》

《……了解した。回線をそちらに繋げると同時に事情を話すので少し時間を頂けないだろうか?》

 

 マドックは「了解した」と言って受諾し、ジム・コマンドの1人のパイロットがマドックの応答に答えて別の無線を繋ぐ。

 5分が経過したとき、市長と思われる少し裕福さが醸し出す室内の内装と服装、そしてふくよかな体系をしているちょび髭を生やした30代後半から40代前半の男が高価な机の上に両手の指を重ねた腕を乗せ、アークエンジェルの大型モニターに突然映し出し、気品にそぐう丁寧な口調で対応する。

 

《……フォン・ブラウン市長を務めています、アルべルト・シンバリスと申します。事情は機動警備員から聞きました。……誠に心苦しいのですが、他を当たって頂きたい》

《なぜです?》

《我々は、フォン・ブラウン市とそこに住む人民の安全を最優先としています。戦争に乗じてテロリストなど他の勢力からの侵略行為を防ぐため、ターミナルへの入港を禁止しているのです。避難民にとっては辛いでしょうが、これも決められた事項なのだと熟知してほしいのです》

 

 アルベルトの発言にこの状況下で最も妥当で適切な対処をしている。大して問題ないようにも見えるが、マドックやカレヴィは違和感を感じていた。

 

《ならば、食飲料だけでも貰い受けたい! 数少ない食料にこのような大人数で行けば、地球――いや、別のコロニーまで持たないことはあなたにだって分かっていることだろう!》

《そのような余裕もこちらにはないのです。聞き入れないのでしたら、敵対勢力とみなして排除させてもらいますのでお引き取りを。では、これにて》

 

 と、捨て台詞を残して通信をあちら側から切られ、2機のジム・コマンドはフォン・ブラウンに帰還していった。

 リュートやブリッジのクルーたちは、冷淡な対応に唖然としていた。アルべルドが発した言葉を言い換えれば、自分たちに死ね、と言っているようなものだった。

 これにリュートもあのアルベルトという男がどういう者なのか、やっと理解できた。それは、ルルやマドックと同じ思いなのだろう。

 上からの物言いと余りにも身勝手で居場所を失った部外者に慈愛を与えず、見た目とは裏腹に腹黒い口だけの男にルルは怒りを覚え、金髪アフロと分厚い唇が特徴の黒人男性操舵士のコーウェン・ジョイマンに次の指示を出す。

 

「……ジョイマン操舵士、アークエンジェルを動かしてください。強行突入を行います」

「えッ……!? しかし……!」

 

 フォン・ブラウンに限らず、中立都市の中やその周囲で騒動が起これば、地球軍に面目が立たず、信用ができなくなった民間人がコロニー連合軍に応援してしまうリスクがある。コーウェンは、それを恐れていた。彼だけではない。地球軍全員も彼と同じ気持ちだ。

 だが、ルルは後を引かなかった。避難民の受け入れについての会話を公にすれば、むしろ追い込まれるのは、アルベルトだと確信を持っていたからだ。

 

「あのアルベルトという人の言うことに耳を傾ける必要はありません! 確実に戦闘は起きますけれど、あんな態度で言われたらこっちが黙っていません!」

「……私も同じ気持ちです、艦長代行。リュート、カレヴィ少尉と共に先に機体に乗って出撃準備をしろ。今回の戦闘は、避難民とフォン・ブラウン市の市民たちを守ることが先決だ。それと、フォン・ブラウン市所属の機体のコックピットへの攻撃は、なるべく避けるように!」

「……はい!」

 

 願ってもない指示に返事したリュートはすぐにブリッジを後にし、ユニコーンを収納している格納庫へ移動したと同時にマドックがクルーたちに鼓舞した指示を出す。

 

「これより、月面都市フォン・ブラウンへの強行突入する! ノエル曹長、各員に衝撃に備えるよう伝達!」

「は、はい!!」

〔こちらアークエンジェル・ブリッジ! 各員及び避難民の皆様は、衝撃に備えてください!! 繰り返します! 避難民の皆様は、衝撃に備えてください!!〕

 

 ノエルがアナウンスを発した後、艦尾の数基ある大型スラスターを点火させたアークエンジェルがフォン・ブラウン市に向けて動き出す。

 気づいたパイロットの1人が機体をアークエンジェルに振り向くと、凄まじいスピードで追い越していった。慌ててもう1機のパイロットにも連絡をする。

 

《おい、あれ! どうする、追いかけるか!?》

《……行かせてやれ》

 

 と、老兵と思われる男が渋い声で答えた。意外な応答に思わず驚いてしまう。

 そのパイロットは、先程の会話でフォン・ブラウン市の治安や政治をも任されているアルベルトが皆を率いる器じゃないと判断したのだ。

 

《あの軍隊なら、この市を良い方向に変えられるかもしれん》

 

 と言って、フォン・ブラウン市に向かって強行突入するアークエンジェルを追うことなく、敬礼して見送った。

 フォン・ブラウン市現市長――アルベルト・シンバリスの警告を無視したルルは、アークエンジェルをフォン・ブラウン市の近くにある宇宙港に向けて突貫させる。

 宇宙港付近に設置されている、複数の迎撃用対空ビーム砲が正常に作動してアークエンジェルを迎撃するが、艦全体を覆う【ラミネート装甲】がビームを吸収して変換し、被ダメージを抑えている。

 ビームの嵐を乗り越えたアークエンジェルはフォン・ブラウン市に近い宇宙港に到達し、多少強引だが、着陸に成功する。

 緊急着陸で艦内部はその反動で揺れ、ノエルのアナウンスによってそれぞれ何かに捕まっていた避難民から悲鳴が生じた。

 

「皆さん、ケガはありませんか!?」

「艦長代行、そんな余裕はありませんぞ!」

「あ、そうでした……。戦闘員は直ちに出撃準備を!」

 

 艦長代行の指示でリュートたちはパイロットスーツに着替えて格納庫へと向かった。

 フォン・ブラウン市の中心部に位置する市長とその関係者が務めるフォン・ブラウン市庁。

 そこでアークエンジェルが自分が発した警告を無視してそのままフォン・ブラウンの宇宙港に向かっていることを偵察兵を通して知ったアルベルトやその周囲にいるスーツ姿をしたガードマンたち、彼を支える秘書、そしてアルベルトに信頼を置ける人たちが居る市長室では、大騒ぎになっていた。

 

「一体何を考えているんだ、あの地球軍は! と、とにかく! あいつらを街に近づけさせるな!」

 

 怒りと焦りの余りにその広い額には血管が浮き出ている彼を見ていた彼の部下たちは、鬼でも見たかのように顔が真っ青になっていて体全体も震えながらも指示に従う。

 

「こ、このことをあの方に知られたら――」

 

 対処に関する指示を部下たちに的確に出しながらも精神の方もかなり参っていた。

 その証拠に表情は焦りで険しくなり、額からも異常なほど汗が出ているが、その口ぶりから何かを恐れているようにも見える。

 予想外の出来事で混乱している最中、屋敷にありそうな金の獅子をした西洋型のドアノブを施した豪華なドアからノック音が聞こえた。

 それに驚いたアルベルトは1人のスーツ姿のガードマンにそのドアを開けるよう指示する。

 

「誰だ、こんな時に……! おい、お前。お前が出ろ」

「へ、へい……!」

「アルベルト、地球軍が宇宙港に侵略したのか?」

 

 青と白の軍服に腰に中世のサーベルを掛けた身だしなみ、カールを効かせた髭をした壮年の顔、貴族気取りな口調をした声、訪問したのはコロニー連合軍に所属しているアルフレッド・ルー・ガジー少佐だ。

 その彼の背後にガジーと同じく中世の軍服と帽子を身に纏っている銃を持った4人の護衛たちが付いている。

 ガジーを見たアルベルトは震えながら後ずさりする。

 

「ガガガ、ガジー少佐!! これは、その……」

「どうなんだ?」

 

 ガジーから発する冷たくも鋭利な眼光で睨みつけられ、アルベルトは畏怖する。

 何か言い訳をしようとアルベルトが事情を説明したいのだが、頭の中がパニック状態で何を言えばいいかわからなくなっていた。

 

「ちち、地球軍は、迎撃用の対空ビーム砲をすり抜け、すでに宇宙港に到達してしまいました……」

「それは本当か?」

「は、はい……! 間違うございません……!」

 

 恐怖に囚われているアルベルトの発言を聞いたガジーは、拍子抜けして強張っていた体全体は脱力する。

 

「でかしたぞ、アルベルト」

「へ?」

 

 自分の思うように動いてくれて機嫌がいいガジーは、アルベルトとアルベルトを仕えていたガードマンたちや他の関係者に次の指示を出す。

 

「アルベルト、お前たちはフォン・ブラウン市にある機動警備隊全員を呼び起こせ!」

「は、はいぃぃぃぃ……ッ!!」

 

 と、アルベルトとその場にいた者たちはすぐに取り掛かった。

 その間ガジーは部屋を後にし、フォン・ブラウンの裏宇宙港に停泊させてもらっている彼の艦である赤一色に染まった大型戦艦――グワジンに戻る。

 行き着いた先はブリッジ。マリアージュからどの艦が地球軍と詳細を知らされてなかったので艦長席に座っている、艦長ニック・マンゼスにフォン・ブラウンの宇宙港に侵入したとされる地球軍について尋ねる。

 

「どれだ、フォン・ブラウン市に侵攻した、地球軍の艦は?」

「索敵兵から送られた情報によると、アークエンジェルとのことです。なんでもあの艦に避難民がいるとか」

「避難民だと? ほう、それはいいことを聞いた。マンゼス、戦闘員の準備は?」

「とっくに済ませてあります」

「結構。ナイトバロン隊も出せ。カーバンにもそう伝えろ!」

「はっ!」

 

 ブリッジを後にして格納庫に向かったガジーの指示で2隻のグワジン級大型戦艦のそれぞれ前後方向にカタパルトハッチが開く。

 左右に独立して設置されているモビルスーツデッキからザクやリック・ドムがそれぞれから一斉発進した後、左肩アーマーに騎士のマークが貼り付けられている10機のギャンで構成されたナイトバロン隊を筆頭に合計30を超えるコロニー連合軍の機体がアークエンジェルが強制停泊しているフォン・ブラウンの宇宙港へ向かった。

 アークエンジェル艦長代行のルルが独断した強引な着陸方法で避難民が集まっている食堂やクルーの部屋では、大荒れ状態になっていた。

 避難民たちがタオルや中身があふれ出したスーツケースなど宙に浮いているそれぞれ自分の荷物や持ち物を回収していると、ルルの声が鳴り響く。

 

〔避難民の皆様、大変ご迷惑をおかけしました! ですが、もう安心してください。フォン・ブラウンに到着しました! 荷物がまとめた方はクルーが誘導を行いますので、指

 

示に従ってください!〕

「た、大変です! 1時の方向――フォン・ブラウンからモビルスーツが接近しています…! 数は25!」

 

 レーダーで確認したノエルが慌てた様子でブリッジ周囲状況を伝える。

 ガジーの命令で動かされた機動警備兵たちが乗る機体はジム、量産型ガンキャノン、ジム・コマンドとダガーLだ。

 どの機体もフォン・ブラウン市から出撃し、アークエンジェルを排除しに進行している。

 当然の因果に愛機であるウイングから通信が入る。カレヴィからだ。

 

《だから言ったじゃねぇか。俺たちが行けば、敵に口実を与えるだけだってな》

《……司令部からの命令です。任務に支障が出るからと……》

《たかが1隻の移送任務だろうに。ガキの使いかよ》

《むぐぅぅぅ……》

 

 不満げに言うカレヴィの命令を下した上位者に対するいちゃもんに地球軍の命令を誠実に受け止めているルルの眉はひそめ、両頬はフグのように膨れ上がっていた。

 

《口を慎め、少尉。敵は既に近づいているのだぞ》

《失礼しましたー、副長代行殿》

 

 棒読みでマドックの返事に答えたカレヴィはアークエンジェルとの通信を切り、戦闘に集中するも下らない命令にやる気が中々起きない。

 

「これだからガキのお守りなんてなぁ……」

《言っても仕方ないでしょ》

《やれやれ…。大人が責任を取らねぇとなぁ…! カレヴィだ。ウイングで出る!》

 

 射出口の扉が持ち上げるように開き、機体の足元に接続されているカタパルトから金属同士の摩擦による火花を散りながら先頭にウイングが射出される。

 

「レーア機、出ます!」

 

 次にレーアのエクシアが射出された。

 彼女の機体の後に続こうとしてカタパルトに乗ろうとしたとき、1人の整備士の壮年男が通信で話しかけてきた。

 

《おい、小僧!》

 

 未だに慣れない通信に突然鳴り響いた声に驚いてしまい、赤と茶色と白のトリコロールが特徴のコロニー連合軍のパイロットスーツを着ていたリュートの全身が一瞬身震い

 

した。

 

《な、なんですか……?》

《ビームマグナムはまだ整備中で使えねぇ! 代わりにここに置いてあったライフルとビーム・ガトリングガンを使ってくれ!》

 

 ユニコーンの両サイドから一部のハッチが開き、右側はビームライフル、左側は2丁のビーム・ガトリングガンと連結させたシールドを持った整備アームが出現する。

 ユニコーンの両腕に装備させる武器の形状をフルスクリーンで見ていたリュートはむしろ都合がよかった。

 あとは自分の腕とこいつの性能次第だが、ピンポイントで箇所を攻撃することができるのか、まだ戦闘を経験したばかりのリュートは正直不安だった。

 【ビーム・マグナム】の瞬間高火力で辛うじて出来ることは敵機体を数機撃破することぐらいだが、フォン・ブラウン市の機動警備隊の機体相手ではマドックの命令に反す

 

ることになるし、長期戦にも不向きだ。

 両アームに武器を取り付けた後、ユニコーンのリアアーマーにビームライフルの弾薬を整備士の手作業によって装備される。

 

《は、はい……! あ、ありがとうございます……!》

 

 後ろの扉が閉じ、ユニコーンを前に進ませて片足ずつカタパルトの上に乗せると、カタパルトがユニコーンの両足を固定し、射出シークエンスに入る。

 そのタイミングを見計らったかのように通信用サブモニターにノエルが映し出される。

 

《リュート君。今からわたしが3人のオペレーターを務めます。敵の状況はこちらから伝えますので、各個撃破でお願いします。ではリュート機、出撃してください》

《わかりました、ノエルさん。漆原リュート! ユニコーンガンダム、行きます! ぐぅ……!》

 

 カタパルトの射出の勢いでリュートはGに押されながらも耐えた。

 正体を知ったレオ・ビスタルの願いを実現するために、リュートは地球軍として奮迅するのであった。



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散る命、懸ける命

前回のあらすじ
 謎の敵集団、コロニー連合軍による襲撃を脱したアークエンジェルは避難民を下すために破壊されたフロンティアⅣを離れ、月にある中立都市、フォン・ブラウンへ急行する。
 だが、裏にコロニー連合軍が密かに糸を引いていた。ヴォルガを月へ送らせ、ユニコーンの捕獲及び地球軍の全滅を図り、強襲に襲われた。


 最後に出撃したユニコーンはカレヴィのウイングガンダム、レーアのガンダムエクシアと合流し、アークエンジェルの排除に向かう敵モビルスーツの所へ向かう。

 カレヴィのウイングを筆頭にレーアのエクシアとリュートのユニコーンがアークエンジェルが入ってきた宇宙港の出口を通ると、そこには空は宇宙、地面は月のリュートにとっては初めてのエリアに立つ。

 

「これが月……。すごい、初めて見た……」

 

 まだ選ばれた者しか月に行くことが許されなかった時代で育ったリュートにとっては、ごく身近にあるのに未知の世界に来たような感覚だった。

 

《ボヤッとするな、リュート! 敵が来るぞ!》

 

 初めて見た光景にポカーンと浮きながら感傷に浸っている時に発令された接近警報とカレヴィの声でリュートは我に返る。

 接近するモビルスーツは、ビームガンを持ったジムとバズーカ装備のジム・コマンド、両肩に固定されているキャノン砲を持ったガンキャノン、そしてバックパックにミサイル装備のフライトユニットを装着したダガーLが同時に一斉射撃をし、真横から降っているゲリラ豪雨のようになっていた。

 寄港の門の開口部のサイドに機体が丸ごと隠れる岩肌があり、リュートは右側、レーアとカレヴィは左側に寄ってそれぞれ盾代わりに使って射撃武器で応戦する。

 ユニコーンはひたすらライフルとビームガトリングガンを交互に撃ち続けた。

 2つのガトリングガンの銃口部分が回転し、数秒に2、3発の緑色の光の弾丸が何体か敵機体の各箇所に貫き、破壊とはいかないものの戦闘不能にまで陥らせた。

 銃撃戦では勝てないと判断したのか、1体のジム・コマンドがシールドを前に突き出しながら接近した。狙ったのは、リュートが乗るユニコーン。

 

「こっちに向かってくるなら……!」

 

 背中に付いているビームサーベルを手に取って迫ってくるジム・コマンドにリュートはビームライフルを使うが、既に動いているため狙いが定まらない。遂には、ビームサーベルの刀身が接触する範囲にまで接近を許してしまう。

 ユニコーンの後ろから先回りして襲撃を仕掛けようとしたジム・コマンドの胴体が切断され、爆破することなく倒れる。無論、コックピットは外していて上半身と下半身のつなぎ目に横一文字に切られていた。

 その背後に刃が展開している【GNソード】の刀剣を上から振りかざしたガンダムエクシアがいた。

 レーアが助けてくれたのだと感づいたリュートは、オープン回線を使って感謝を伝える。

 

《あ、ありがとう、レーア……》

《礼はあとでいい。まだ敵は残ってるんだから》

《う、うん……!》

 

 数で押し寄せたフォン・ブラウン市の機動警備隊よりも質で迎撃するリュートたちが優勢で順調に1機ずつ、確実に戦闘不能にしていくリュートたちにフォン・ブラウンの機動警備隊は苦戦を強いられる。

 

「フォン・ブラウン市のモビルスーツ側に陣形が乱れています」

「ノエル曹長、エリア周辺に増援はありませんか?」

「今のところは……あっ、じゅ、11時の方向にこちらに向かってくる複数の機影を確認……!」

 

 周囲をレーダーで監視していたノエルは左上から突如浮上したアイコンに気付き、命令を待たずしてすぐに接近するアイコンの識別番号を確認する。

 アイコンの識別番号を見たノエルは驚きながらも艦長代行と副艦長代行に通達する。

 

「この識別は……コロニー連合軍です!」

「えぇッ!?」

《コロニー連合軍だと!? いくらなんでも早すぎるぞ……!》

《もしかして、フォン・ブラウン市とコロニー連合軍は裏で繋がっていたってこと?》

《かもしれんな。ノエル曹長、敵の数はわかるか?》

 

 慌てているノエルは冷静さを保っているマドックに返事してすぐさまレーダーを真剣に見つめて数えだすが、10や15と言った短時間で数えれる数ではなく、目で追いながら近づいてくるアイコンを目測でその数を口にする。

 

《え、えーっと、数は……10、20…ウソ、30以上!?》

 

 排除しにかかってきたフォン・ブラウン市所属の機動警備隊の10機も多かった。

 ノエルの通達を聞いていたリュートやレーア、ルルは驚き、カレヴィとマドックは予想していなかった展開に苦渋の表情を浮かぶ。

 現状アークエンジェルにはまだ避難民たちが残っている。仮にここを立ち退けたとしても、いつどこで避難民たちを降ろせるのかも食糧問題も先延ばしということになる。

 

《……どうやらここはコロニー連合軍の縄張りらしいな。合流されたらまずい。直ちにフォン・ブラウン市のモビルスーツを無力化しろ!》

 

 フォン・ブラウン市の機動警備隊とコロニー連合軍が合流すれば、たちまち形勢が逆転されてしまう。

 逃げ場がない以上、合流される前に機動警備隊のモビルスーツを戦闘不能にさせるしかなかった退路を切り開く方法がなかった。

 リュートらは踏ん張って接近してきたフォン・ブラウン直属のモビルスーツは全機戦闘不能にさせた。

 右腕だけ失われた機体、胴体だけ残されている機体、から次々とパイロットが機体を捨ててコックピットから降りる。

 ユニコーンは【ビームガトリング・ガン】で乱射し、後方にウイングとエクシアは自慢の旋回能力と機動力で弾丸の雨を掻い潜る。

 接近に成功したユニコーンは、左マニピュレーターに【ビーム・トンファー】を装備し、1機のジムⅡに攻撃を仕掛ける。

 ジム・コマンドも【ビームサーベル】を使い、それぞれのアームが震えている程の鍔迫り合いをする。

 リュートはペダルを踏んですべてのスラスターの出力を上げてそのまま縦一文字に切り裂き、胴体と右腕の接続ジョイントの切り離しに成功し、右腕の失ったジム・コマンドは頭部バルカンを連射しながら後退する。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

《リュート、敵が近づいている! 2時方向と8時方向!》

 

 方向を正確に言ったカレヴィを頼りに左右に近接武器で近づいてくるジム2機。

 リュートはペダルを踏んで機体を空中に飛ばせ、そのまま胴体と両腕の接続部位を縦真っ二つに溶断する。

 エクシアやウイングもユニコーンに合流し、近接武器で20秒につき1体というスピードで次々と中破していき、ある程度戦力を削がれた部隊は後退していった。死者も出ていないので、誰から恨まれることもない。だが、ひと時の安堵に浸っている余裕は無かった。

 

《こちらカレヴィ! フォン・ブラウンの機体はすべて無力化した!》

《なんとかなった……》

《コロニー連合軍、来ます…!》

 

 ノエルからの通信でリュートたちは疲労が積もって集中が薄くなりながらも警戒し始める。

 ノエルの言う通り、ナイトバロン隊を筆頭にコロニー連合軍のモビルスーツがこのエリアに足を踏み入れる。

 だが、リュートたちの立ち位置から姿が見えるほどの位置にいるコロニー連合軍のモビルスーツは攻撃してくる素振りは見せない。

 

《攻撃してこない……?》

《様子見?》

《何仕掛けて来るか分からん。油断するなよ》

 

 疑問に思ったリュートとレーアは、カレヴィの指示でコロニー連合軍のモビルスーツに壁から目を光らせながらも警戒を怠ることはなかった。

 

「フォン・ブラウンの機動警備隊は全滅か…。ふん、使えない奴らめ」

 

 ガジー自身が立てたナイトバロン隊に所属する一親衛隊隊員がブリーフィングで見たユニコーンの姿を発見する。

 旗艦とリンクしている隊員のコックピットスクリーンから岩陰の後ろでこちらの様子を窺っているユニコーンの姿が見えていた。

 

「あれがユニコーンか…。なるほど、マリアージュから送られた資料の通りだな。さて、まずは紳士的に話し合いをしようではないか」

 

 ガジーは無線通信を使って部下に待機命令を下し、オープン回線を開く。

 

《地球軍よ、まずは武器を収めてもらおうか。我々コロニー連合軍は、諸君らと話がしたい》

「話だって……?」

《おっと、申し遅れた。私の名は、アルフレッド・ルー・ガジーである。話は他でもない。諸君なら、分かっていよう。そう、ユニコーンのことである!》

 

 ユニコーンを目的として事を進めていくガジーの発言でリュートは苦々しい表情をしながら驚き、カレヴィは自分自身が恐れていた事態に警戒を強めていった。

 

《やはり、ユニコーンが目的か…!》

《交渉を望むのなら、こちらからの攻撃は一切しないと約束しよう。だが交渉を破棄した際、ユニコーン以外の機体及び艦を破壊し、ユニコーンを捕獲する》

《か、カレヴィさんたちは、そのまま待機してください! 艦長代行である私が応じます!》

《艦長代行……!》

 

 鵜吞みできないまま話し相手をルルが引き受ける。

 勇気を振り絞って言うも、内から出てくる動揺を隠しきれてはいなかった。その証拠に唇や体全体が震えている。

 今後彼女の判断で行末が決まるリュートも隣にいるマドックも息を吞みながら、その眼差しを艦長代行に向けて見守りながら祈っている。

 

《わ、私は、アークエンジェル艦長代行……、ル、ルル・ルティエンスです…!》

《君が? 随分と若いではないか》

《け、結論を言う前に、あなた方に聞きたいことがあります…! どうしてあなた方はユニコーンを狙っているのです……!?》

《ふん、敵にこちらの情報を提示するバカがどこにいる? それにユニコーンに明け渡してもらえば、この場は引こうと言うのだ。諸君らの艦には、避難民がいると聞く。軍人よりも民間人を守ることを先決する貴様たちにとっては、安い話ではないか》

 

 アークエンジェルに避難民が乗っている情報を知ったことよりもその情報を活用して狡猾なガジーが唱える小の虫を殺して大の虫を助ける思考回路を聞いたアークエンジェルの全クルー気に食わず、ガジーに対して。

 それはルルも同じだった。

 

《簡潔にいいます……。私は、その思考を持つ陰険なあなたの応答に答えるつもりはありません! あなた方コロニー連合軍にユニコーンとそのパイロットを渡すわけにはいきません!》

 

 感情交えの返答をしたルルにガジーは、聞く耳を持たなかったのか全く動揺する素振りを見せなかった。

 

《……まあ、結果論ではそうだろうとは分かっていたさ。なら、聞く相手を変えよう。アークエンジェルに乗っているフロンティアⅣの避難民たちよ、我が声が聞こえているのであれば我々コロニー連合軍にユニコーンを提供してほしい。さすれば、君たちに無条件でフォン・ブラウンでの市民権と名誉を与えよう》

《なっ……!?》

 

 ガジーの声を聞いていた避難民1人1人が動揺し始め、アークエンジェル艦内が騒がしくなる。

 甘く誘う恩恵で避難民に決定権を委ねたガジーの狡猾なやり方にカレヴィ、レーア、マドックは険しくし、ルルとリュートは猛反発した。

 

《ひ、避難民たちは関係ないじゃないですか……!》

《どうしてあの人たちなんだ! あの人たちは戦争の被害者なんだぞ……!》

《君たちには聞いていない。私は避難民たちに聞いてるのだ。さあ、避難民の代表者よ。私の問いに答えよ》

 

 と、冷静さを保ちながら2人を振り払う。

 買収とも呼べるガジーの行いにリュートやルルら地球軍は手も足も出来なかった。

 ほんのひと時の接待とはいえ、第三者である避難民たちの決断に委ねるしかなかった。

 

《やだ!》

 

 ガジーの誘いを強く断ったのはアークエンジェルブリッジにいる女性の声だったが、聞いたことのある声なのだがあまりにも幼過ぎている。

 その声の主は、ブリッジの中央でぬいぐるみを強く抱いて堂々と立っているアイリだった。

 

《アイリちゃん……!》

《な、何だ、このガキは!?》

《おじちゃん、みんなにおかしあげよーとしたでしょ!》

《お、お菓子……!?》

《しらない人からおかしあげる人はわるい人だってせんせーからきいたもん! だから、おじちゃんはわるい人だからダメ!》

 

 と、ガジーに注意する。

 子供らしい発想で思わずリュートやレーア、カレヴィ、そしてアークエンジェルにいるクルーたちや避難民、ガジーの率いた部下の一部の人間が失笑する。

 

「アイリー!」

 

 アナウンスでアイリの声を聴いた母親が慌ててブリッジに駆け込み、すぐにアイリを抱きかかえる。

 

「あ、ママー!」

「もう。すみません、すぐに出ますから!」

「待ってください、奥さん」

「はい、何でしょう?」

「……良いお子さんに育ちましたな」

 

 と、笑みを浮かばせながらアイリの母親にその言葉を放った。

 アイリの勇気に感心したマドックが放ったその一言にアイリの母親は一瞬驚いたが、一転してにこやかな表情に変わり、軽くおじきしてブリッジを出た。

 そして、それを良く思わない者もいた。世の中を知らない純粋な子供から辱めを受けてひどい意味で予測を裏切られたガジーの怒りは頂点に達していた。

 

《お、おのれぇ……、ガキがこの私をコケにしおって……! もう容赦はしない! ユニコーンを鹵獲し、それ以外の機体とアークエンジェルを完膚なきまでに叩き潰せぇッ!!》

 

 額から血管が浮き出ているガジーの怒涛の声がオープン回線を通して響き渡り、部下に命令した。

 ガジーの部下たちが乗るそれぞれのモビルスーツが左アームに装備している2連ビームクローを軍配代わりに前に出して宇宙港に向けているゲイツを通り越し、波のごとく宇宙港に押し寄せる。

 

《来るぞ!》

 

 ユニコーンとエクシアはウイングに合流し、コロニー連合軍のモビルスーツとの射撃合戦が熾烈なまでに発展する。

 質はカレヴィたち程までに達していないものの、回り込まれば、数的に不利だ。

 機体を1つ攻撃できなくしてもまた別の機体が前線に立ち、少しずつ集中力と気力が削がれ、各々の機体が持つ武器のエネルギーや弾薬が消費されていく。

 

《カレヴィ、これ以上は……!》

《わかってる! 援軍は呼べんのですか!?》

 

 再びアークエンジェルに繋いで地球軍の救援要請を要求する少尉に対応するマドックは渋い顔をする。

 

《艦長代行には内緒で打診しているが、難しいな……》

《じゃあ、来れないということですか!?》

《その可能性は大いにあるだろう》

 

 大量の敵に僅か3機でなんとか互角に戦えてるのがやっとな状態だった。圧倒的な数量にいずれ弾薬が底を尽いてしまう。

 と、リュートは小言で呟いたが、[NT-D]を発動したとしてもあの数を相手にするのは、リスクの高い諸刃の剣を使うようなものだ。

 別の方法で多勢に無勢なこの状況を打開できないか必死になって考えている最中にカレヴィはマドックに1つの提案を出す。

 

《娘に甘いパパさんに直接言えば、なんとかなるんじゃ?》

 

 まさしくリュートがそれだ、言いたげな表情で思ったのだが、マドックは表情を渋くしてその提案を撤回した。

 

《彼女にもプライドというものがあるだろう》

「この状況でそう言ってる場合じゃないのに……」

《副長代行の気苦労が絶えんようですな》

《軍人とはそういうものだ》

「あっ、フォン・ブラウン市の方向からモビルスーツ群の接近を確認! 数25!」

 

 ノエルの発した言葉にリュートたちが描いたビジョンにユニコーン奪還とそのほかの機体及びアークエンジェルの沈艦という最悪のシチュエーションが見え始める。

 

《に、25……!?》

《くそっ、こんなとこでお釈迦になるのはごめんだぞ!》

《ほう、フォン・ブラウンから援軍とは。少しは奴らも使えるということか》

 

 フォン・ブラウンのモビルスーツの増援を確認したガジーも怒りが少し落ち着く。

 そしてフォン・ブラウンのモビルスーツが見える範囲にまで迫ってきた。

 接近する機体は、ジム・コマンドを先頭にダガーLやジムⅡ、旧式のジンやザクと編隊がバラバラだった。

 フォン・ブラウンからのモビルスーツが射撃武器の射程圏内に入った瞬間、攻撃した機体はリュートらのではなく、押し寄せるコロニー連合軍の機体であるザクやリック・ドムだった。

 味方と思って安心しきっていたパイロットが乗るそれらの機体のコックピットにビーム弾が直撃し、次々と爆炎が生じた。

 

「えっ……?」

「なっ……!?」

 

 誰もが予想だにしていなかった現状にリュートらが状況を把握しきれずに唖然としている間にフォン・ブラウンのモビルスーツのその内の1機から通信が入る。

 

《地球軍のみなさん、私はレジスタンスのリーダーをしているライノ・ブルスです》

《れ、レジスタンス……!?》

《詳しいことはこれが終わった後で説明します。まずは避難民たちを安全な場所に移しますのでこちらの誘導に従ってください!》

《は、はい、分かりました!》

 

 コロニー連合軍のモビルスーツに対抗するライノ・ブルリス率いるアンチ・ガジーに属するパイロットのモビルスーツの肩アーマーには【Anti-G】という文字が赤いペンキで記されていた。その内の5体の機体が宇宙港に入って避難民の移動を援護し、他の機体はコロニー連合軍のモビルスーツに集中攻撃をした。

 これを見たガジーは再び怒りで沸騰し始める。

 

《くぅっ、またしてもこの私を…。お前らクソ虫の飼い主である私を怒らせるとどうなるか思い知らせてやる!! 全機、一度艦に戻れ!!》

 

 今まで高みの見物で戦場を見渡していたはずのガジーが無線通信を使って感情を乗せながら生存しているナイトバロン隊や残党部隊に指示を出すと、一斉に後退した。

 避難民の子供に馬鹿にされた屈辱が拭いきれていなかったガジーは、般若も面相のような表情をしていた。

 彼の周りにいたグワダンに配属されたクルー及びニック艦長は、おびえながらしどろもどろしている。

 ブリッジ内を漂う気まずい空気を打ち壊したのは、突如第1ゲートに強制入港したマリアージュの艦であるヴェサリウスだ。

 

「あの艦はナスカ級……!? マリアージュのヴェサリウスか!?」

 

 通信クルーはガジーの命令に従って機器をいじってオープン回線を開くと、ブリッジにある大型モニターにパイロットスーツを着たマリアージュが映し出された。

 

《何のつもりだ、マリアージュ!?》

《簡潔に言おう、アルフレッド・ルー・ガジー。勝手ながら、我々もこの戦闘に介入させてもらう》

《なんだと?》

《先ほど話をしたが、我々コロニー連合軍は機体識別番号RX-0 ユニコーンの奪還及び破壊が第一目的だ。利害は一致していよう》

 

 マリアージュは言葉巧みに使って共戦協定を申し込むが、プライドが高いガジーはその協定の申し込みを断る意思を示す。

 

《ここは私の管轄だ! 私のやり方でユニコーンを捕らえ、手を組んだ反勢力と地球軍を完膚なきまで叩き潰すことが筋というものだ!》

《だが、その筋というものも敵がお前の持つ軍より強ければ、意味がない》

《グッ……!》

 

 中核を付いてくるマリアージュにガジーは何も言えず、言葉がのどに詰まる。

 そこに隣の艦長席で聞いていたニックがガジーに囁く。

 

(ガジー少佐、恐れながら。ここはミコット少佐の提案に乗った方が得策かと。現状、レジスタンスは地球軍と手を組んでいます。ここでミコット少佐と手を取り合わない限り、打破することはほぼ不可能と思います)

 

 と、耳打ちした怯えながらもガジーに説得するニックにガジーは怒りを放置して冷静になり、思いとどまって考え始める。

 先ほどでのレジスタンスの奇襲に戦力は3分の2にまで減少した。全体の戦力的に同盟を組んだ地球軍とレジスタンスが上だ。

 今のような戦力で再戦を挑むことは、自滅行為と似たようなものだ。

 ここはどんな手段を使ってでも勝つことと名誉に拘っていたガジーはやぶさかではあったが、マリアージュと手を組むしか道が残されていなかった。

 

(……わかった)

《マリアージュ、今日は特別に貴様と手を組もう。今、我々が置かれている状況を伝えよう。現在、我々は地球軍とレジスタンスの奇襲に戦力が大幅に削られ打破することが難しくなっていると言ったところだ》

《大まかな状況は把握した。それでその後は何をすればいいのだ?》

《……私の考えは、フォン・ブラウン市を支えてる(ピラー)を攻撃を仕掛けるつもりだ》

《自分の管轄を捨てるつもりか? 随分と傲慢だな》

《反乱を起こした時点であれに価値はない。だが、奴らなら必死になってフォン・ブラウンを守るだろうな。貴様ならこのチャンスを逃すはずはあるまい?》

 

 と、冷酷にユニコーン捕獲を前提に次の手段を考慮しながらマリアージュに問いかける。

 

《これに関してはある意味才能を持っているようだな。まあいい。その時は好きにさせてもらう。水先案内人として貴様の部隊を借りるぞ》

 

 と、言い残してマリアージュは通信を切った。

 その直後にヴェサリウスから著しく突起したバックパックと全体がピンク一色の機体――ガーベラ・テトラ、黄土色をした重量型機体のジ・O、そして後方にシグー4機とグフイグナイテッドが2機を含め合計10機の機体が発進した。

 彼らが行った後、表情が一変したガジーはニックに声をかける。

 

「ニック、あれを使ってもいいか?」

「あれ……? ま、まさか……!?」

 

 〇 〇 〇

 

《コロニー連合軍、戦線を離脱していきます!》

《なんとかなったか……》

《ですが、これで終わる奴らじゃない。また何か仕掛けてくるはずはずです》

《考えられるとしたらフォン・ブラウンしかないだろうな。奴さん、相当お怒りだった》

《彼らが撤退した方角は第1ゲートの宇宙港があります。あそこにはコロニー連合軍の軍艦が根城にしているらしく、一度補給してそこからフォン・ブラウンに向かうのであれば、早くても30分はかかると思います。そして、ここからフォン・ブラウン市の最短ルートでモビルスーツでも15分はかかると思います》

 

 まだ時間があるとしても先ほどの戦闘で弾薬や機体のブースター残量があまり残されていない。このまま戦闘継続すれば、じり貧だ。

 そう思ったカレヴィは、迷わず補給を選択する。

 

《補給をはさんでも間に合うかどうかの瀬戸際だな……。ブルリスさんとやら、水先案内人を頼めるか? 俺たちのクルーにここの土地勘を持ってる奴がいなくてな》

《わかりました。私たちが生まれ育った街を守るために、改めて地球軍のみなさん、力を貸してください!》

《断る理由はありません! 私たちからもぜひお願いします!》

《みんなは、先にフォン・ブラウンに向かってくれ。あとで落ち合おう》

 

 と、レジスタンスのクルーは同意し、一足先にフォン・ブラウンへ向かった。

 利害が一致したルル率いる地球軍とアンチ・ガジーのレジスタンスは一時的な共同同盟を組んだことでリュート一行とライノは一度アークエンジェルに戻って補給した。

 ユニコーンを機体ドックに収納した後、戦闘に少しは慣れ始めたと思っていたリュートだったが、整備ドックで機体を固定された瞬間疲れが体全体に一斉に来た。

 リュートは宇宙用ヘルメットを取って体にこびりつき、充満していた汗を頭を激しく横に振って振り落とした。

 

「やっぱりまだ慣れないな……。体の所々に疲れと筋肉痛がする……」

 

 ハッチからノック音が聞こえた。

 カレヴィかレーアかなと思ったリュートはハッチを開くと、そこに立っていたのはカレヴィではなく、気品のある色白の肌と銀髪の男だった。

 その男は上からリュートと同じ目線になるようしゃがんで腕を前に出し、手に持っている物を差し出す。

 

「はい、これ。差し入れだよ」

 

 リュートが手に取ったものは、キャップが付いているお手頃サイズの銀色パック。その中身は手に取った感触ですぐにゼリーだと分かった。

 

「あ、ありがとうございます……。これは、ゼリー?」

「宇宙用の栄養ゼリーだ。結構おいしいよ」

 

 ライノはポケットに入れていたもう1つの宇宙用栄養ゼリーを取り出し、そのパックに付いているキャップをねじって口に付けて。

 リュートもライノの真似して口に運んだ。

 その舌触りからゼリーで間違いなく、キャップに口を付けてフルーティーな味がその舌で感じ取った。その味と満腹感で疲れが嘘のように吹き飛んだ。

 

「あ、おいしい……」

「口にあってよかったよ。それより、まさか君みたいな子がモビルスーツに乗ってるとはね。驚いたし、君ってすごいな」

「あ、いえ…。僕はまだ乗ったばっかりなので……」

「でも、それでもすごいと思うなぁ、僕は」

「そ、そうでしょうか…?」

「うん、本当にすごいよ。モビルスーツ乗りの先輩としてそんな君に聞きたいことがあるんだ」

 

 その言葉にリュートは食いついた。

 多少興味を持った顔つきで「……何でしょう?」と言う。

 

「君は、もうすぐ散りに行くその命に何を懸けたい?」

 

 意味深かつ意外な質問にリュートは思わず「え?」と言ってきょとんとした表情で戸惑いを隠せていなかった。

 その反応を見たライノは申し訳ないことを言ってしまったと苦笑いしながら謝罪した。

 

「あぁ、ごめん。少し意地悪な質問だったね。……もうすぐ補給が終わる。ガジーとそいつの手先からフォン・ブラウンを守ろう!」

「……は、はい!」

 

 真っ直ぐな瞳で訴えるリュートと約束を交わしたカレヴィは、愛機ウイングガンダムのコックピットに戻り、発進準備に入った。

 残された時間はあと10分。すでに補給を終えた機体からカタパルトデッキに移し、ライノ・ブルギスの案内で宇宙港からフォン・ブラウン市へ急行する。

 第1ゲートから宇宙に出て、約5キロメートルの道のりで移動する。ジム・コマンドが足を止めた場所はガラス張りの巨大なドームベース。

 

《ここがフォン・ブラウンの居住区エリアです》

 

 一同は頷き、ライノは皆の同意を得る。

 ジム・コマンドが居住区へ通じるゲートを開き、長いうす暗い巨大なトンネルの中を突き抜けると、フォン・ブラウンの居住区内の侵入に成功した。

 フロンティアⅣと同じく中心部に高層ビル、その周囲に居住区敷地の外側にはある程度の高さの丘があった。真上には、ガラスと格子だけの青空が広がった天井だ。

 

「ここが……。今のところ、敵の姿はなさそうだけど……」

《みなさん、聞こえますか? まもなく敵モビルスーツが居住区エリアに侵入します! 各機、攻撃態勢を取ってください!》

《来たか……!》

《仲間からの連絡ですでに民間人の避難は始めていますが、まだ少し時間がかかるそうです。あと(ピラー)の周囲には防衛線を張っています。少しは時間を稼げるかと思います》

 

 アークエンジェルからの通信が入ったノエルの指示にカレヴィは承諾をすると、別の出入り口からザクやリック・ドム、グフが現れる。

 先回りして陣取っていたユニコーン、エクシア、ウイングが遠距離武器で攻撃を仕掛けた途端、カレヴィがリュートとレーアに注意事項を通達する。

 

《いいか、防衛目標になっている(ピラー)はこの居住区の天井を支えてるんだ。これらを破壊されるわけにはいかないぞ!》

《もし破壊されたら?》

 

 問いだしたレーアの仮定の話での質問にカレヴィが即答で答える。

 

《フォン・ブラウンの人口は、およそ5000万人だそうだ》

《ご、5000万人……!?》

《聞くんじゃなかったわ……》

 

 カレヴィが叩きだしたその数字にリュートは驚愕し、質問したレーアは手を額に当ててひどく後悔していた。

 どんな頑丈な柱でも攻撃を受け続けてしまえば、脆くなってしまう。事態は一刻を争う。

 

《来るぞ、構えろ!》

 

 奥のゲートが開き、多くの敵が出現した。先ほど戦ったザクやリック・ドムの中に新たな機体が彼らの目視で確認できた。

 他に主に右アームには鋼の剣、左アームには巨大なマシンガンを付けたシールドを持っている青い機体のグフと白に近い灰色の機体グフ・カスタム。

 そしてナイトバロン隊のギャンも確認されている。敵の狙いはカレヴィの言う通り、それぞれの巨大な柱に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 

《手分けして、殲滅するぞ! 俺は右の(ピラー)で防衛線を張る! お前らは左側を頼む!》

《僕たちは固まらなくていいの?》

《相手はこっちの戦力を大方把握してるはずよ! 私たちが固まれば、確実にレジスタンスが攻撃の的になるわ!》

《……なるほど。なら、急ごう!》

 

 カレヴィの指示通りにリュートとレーアは西の柱、カレヴィは東の柱に向かい、残されたレジスタンス機も二手に分けて(ピラー)の護衛に回る。

 ユニコーンは(ピラー)に向かう最中のザクやジンをビームガトリングガンで弾幕を張りながら突進し、複数の敵の機体も一度後退し、射撃を開始した。

 シールドでガードしながら、ユニコーンと同じ高さの建物の陰に移動した後も、そのまま撃ち続けた。

 カレヴィはウイングの【バスターライフル】で巨大な柱に直撃しないよう撃って遠くにいるコロニー連合軍のモビルスーツを掃討する。

 エクシアはユニコーンの援護をしながら、【GNソード】と【ビームサーベル】の二刀流と滑らかな動きで次々とコロニー連合軍の機体を斬り裂いた。

 ガジー直属の部下であるギャンを駆る精鋭部隊――ナイトバロン隊だ。

 命令に赴くまま与えられた任務を遂行するナイトバロン隊の精鋭パイロットたちは3方向に分断し、それぞれのΙ柱《ピラー》に攻撃を仕掛ける。

 一番早く接近警報に気付いたリュートやレジスタンスたちは射撃武器で攻撃する。

 各機のギャンも手持ち武器の【ミサイルシールド】で応戦する。

 ユニコーンの傍にいたレジスタンス2機のダガーLと1機のジムⅡがミサイルの直撃を食らい、炎をまき散らしながら爆破した。

 

「レジスタンスが……!? あの機体か……!」

 

 閃光と爆音で気付いたリュートは、左手に持つミサイルシールドからミサイルを連射しながらユニコーンに接近するギャンと相対する。

 反撃にユニコーンは後退しながらビーム・ガトリングガンで弾幕を張り、ビーム弾に着弾したミサイルは爆発し、近くにある別のミサイルを誘爆する。

 爆炎にギャンのパイロットは誘爆の恐れを感じ、機体を止めさせて様子を見た。

 だが、その爆炎の中からユニコーンが飛び出し、ガトリングガンからビームライフルに持ち替えてスコープで一点射撃をすると、ギャンの右アーム間接部に命中した。

 事実上、高出力のビームサーベルを失ったことで戦闘力がダウンしたギャンのパイロットは死なば諸共と道連れ覚悟でユニコーンに突貫していく。

 徐々に近づいてくるギャンに向けてリュートはビームライフルを使うが、頑丈なシールドで防御される。

 再びビームガトリングガンに切り替えて自爆する前にひたすら弾幕を張り続けると、距離が縮む度、右腕に右足に胴体にと着弾する確率が上がり、遂にはギャンの撃墜に成功する。落下地点がユニコーンが目の前でシールドを前に出して耐衝撃及び耐閃光防御をする。

 撃墜に成功したが、リュートは心のどこかでやるせない思いに浸っていた。その悔しさから握りしめた拳を自分の膝に叩く。

 

「コロニー連合軍は命を粗末にして……!」

 

 これはゲームではなく、本物の戦争だ。命の取り合いだ。

 それらを区別しているリュートは人殺しを望みたくなくてそれでもやらなきゃいけない使命感を持ちながら出撃した結果がこれだ。

 リュートは敵の撃破方法を変えて次の戦闘に臨む。

 味方機の撃墜に気付いたギャンは、各機が持つ射撃武器でユニコーンに集中攻撃するもリュートの卓越した処理能力と反射神経、そしてユニコーンの反応速度でこれらすべての弾丸をかわした。

 ユニコーンはまず向かって右側のギャンにビームライフルで狙撃する。

 ギャンがシールドで防御するもビームガトリング特有の集弾率の悪さで各部位にビーム弾が命中し、その部分が徐々に広がって溶解し始める。

 ユニコーンの背後からザクとグフが近づき、はさみうちを仕掛けるもレーアが駆るエクシアがライフルモードにしたGNソードで妨害する。

 

《何ボーっとしてるの、リュート! まだ戦いは終わってないわよ!》

《……わかってるよ! でも、どうしてあの人たちは…!》

 

 と、歯を食いしばってコロニー連合軍の兵士が捨て身を投じてまで戦うことを止めないのかが理解できなかった。

 この戦闘でリュートの感情を感じ取ったレーアは少し驚いたが、話を置いて戦闘に集中するよう呼びかける。

 

《……とにかく、今はこの戦闘を終わらせることだけを考えましょう》

 

 同じ通信である程度余裕を持てたカレヴィがアークエンジェルと繋ぎ、民間人の避難進行状況を聞き出す。

 

《住民の避難はまだ終わっていないのか?》

《もう少し時間が要ります》

《そりゃそうか……。俺たちが暴れて敵を引き付ける。時間を稼ぐんだ!》

《わかったわ》

《うん……!》

 

 レーアの助言で苦悶の最中だったリュートは、首を大きく横に振って敵モビルスーツを戦闘不能にさせることだけに戦闘に集中した。

 その頃、北エリアと第1ゲートを繋ぐ回路でヴェサリウスから発進されたガーベラ・テトラとジ・O、そして後方にシグーとグフイグナイテッドが待機していた。

 ガーベラ・テトラに乗るマリアージュは、ジ・Oが愛機のヴォルガとクローズ回線で密談をしている。

 

《首尾はどうだ、ヴォルガ》

《あぁ、いつでも行けるぜ》

《よし、始めろ》

 

 マリアージュが合図を出すと、後方で待機していたシグーが一斉にしてフォン・ブラウンに侵入し、1小隊に1機のリアアーマーに装着されているシグーがバズーカ砲に白一色の弾倉を装填し、空中に向けて発射すると、砲弾が空中で破裂し、中から煙幕がフォン・ブラウン全体を覆った。

 

「煙幕!?」

「なんだこれ? レーダーが乱れてる…?」

《……そういうことか! 2人とも俺の所に来い! 背中合わせだ! ブルリスの旦那、レジスタンスの仲間に2~3機で背中合わせをしろと伝えてくれ!》

《……りょ、了解した!》

《それとレーア、GNドライブの出力を最低限にしろ!》

《わ、わかったわ…!》

 

 気付いたカレヴィの指示でリュートとレーアはカレヴィのウイングと合流し、ユニコーン、エクシア、ウイングは互いに背中を合わせた。

 合流した直後、レーアはカレヴィに言われた通りGNドライブの出力を最低限にすると、エクシアの胸部のクリスタルコアの光が徐々に失いつつある。

 気付いた頃にはすでにスクリーンに映し出されている光景はすべて煙でレーダーや通信にはノイズが入って使えなくなっていた。

 各機のスクリーンから見えるのは、周囲に立て続けに反響する爆音と所々ちらほらと明るくなる、機体の損傷による爆炎だ。

 

《お前ら聞こえるか!?》

《カレヴィ……!? どうやって通信を!?》

 

 通信が使えない状態なのにカレヴィの声が聞こえたことに煙で見えない周囲を警戒しているリュートは驚いた。

 ウイングから出す音声に多少ノイズが入り混じってはいるが、接触回線自体に問題はない。

 

《接触回線は、うまく起動しているみたいね》

《なあ、カレヴィ。これはいったいどうなって……?》

《ミノフスキー粒子だ》

《ミノフスキー粒子……? そうか、ジャミング機能か……!》

 

 ガンダム作品においていくつか知識を持っていたリュートが【ミノフスキー粒子】というワードを聞いたことでどういう効果があるのかさえも思い出した。

 その証拠にレーダーや通信がノイズで使えない状況に陥っている。

 

《そうだ。煙に紛れ込んでミノフスキー粒子を入れた特注品みたいなもんだ。ったく、随分と手の込んだことをしやがる!》

《うん……。でも、どうして……?》

 

 こうなった原因についてリュートは納得したが、どこか違和感を感じていた。

 (ピラー)を破壊するだけなら、なぜこのようなことをする必要があるのかという疑問が生じていてそれだけが残って気持ち悪く思えている。

 

《けど、これだけ見えないんじゃ、迂闊に攻撃のしようがないわね…!》

《それは相手も同じだ! こういう時、シールドを前に出して煙が落ち着くまでジッと待つのが一番だ!》

 

 カレヴィが指示した煙幕の対処法は適確だ。

 周りに聞こえてくるのは様子見しているのかそれとも迷っているのか分からないモビルスーツの足音。

 相手が見えない以上、味方同士の自滅のパターンも考えられる。それだけは何としてても避けたかった。

 しばらくしていると、煙がたちまち消滅して周囲が見渡せるようになる。ミノフスキー粒子の濃度も薄くなり、フォン・ブラウン内での通信が回復して使用可能になる。

 

「よし、煙が晴れてきた…!」

《……ちら、ラ……ノ……ルス……。だれ……応……てく……》

 

 ノイズ混じりだが、レジスタンスのリーダー――ライノ・ブルスの声を無線通信が拾った。

 ミノフスキー粒子の影響も多少あったが、聞こえてくる声の大きさからしてそう遠くはなかった。

 

《これはライノさんの声……! リュートです! ライノさん聞こえますか!?》

《リュー……んか……。私……まも無事だ。今、じ……ちの座標を送……。……こで合流し……》

《もしもし、ライノさん? もしもし!》

 

 だが、リュートがいくら呼びかけてもライノからの応答はなかった。

 

「ライノさん、まさか……!」

 

 多少煙が残っているが、レーダーや視界に支障はない。

 最悪の結果になるまでにたどり着きたかったリュートはユニコーンのバックスラスターを起動し、2人を置いてライノ・ブルスの元へ急ぐ。

 

《待て、リュート! どこへ行く!?》

 

 ウイングやエクシアもユニコーンの後を追う。

 道中には戦闘で敗れた機体の残骸があちらこちらと散らばっている。それらを掻い潜りながらライノ・ブルスが待っているエリアへ向かう。

 

「発信源はこの辺りだけど……」

 

 たどり着いたのは、北エリアの最南端――このエリアで第1ゲートから最も離れている場所だ。ここでもまだ煙やミノフスキー粒子が宙を舞っている。

 情報源だったライノ・ブルスの応援要請の発信源はここ辺りで途切れてしまった。

 目の前にある大きなビルで背もたれしながら座っているライノ・ブルス機のジム・コマンドがいた。

 だが、右アームの腕先にはビームサーベルで斬ったような溶断跡が、左レッグにはビーム系統の射撃武器で打ちぬかれた跡があり、戦闘不能に近いほど損傷が激しかった。

 リュートはユニコーンを前に出して先ほどカレヴィがやってみせた接触回線を試みる。

 

《ライノさん、聞こえますか!? ライノさん!!》

《……君は、リュート君か?》

《良かった…。繋がった……》

 

 気絶して意識を取り戻したライノの頭部から血が流れていてヘルメット越しでも確認できた。

 とてもではないが、負傷した人間が損傷した機体を操縦することは厳しいだろう。

 そう思ったリュートは早く助けないとの思いでライノに、《今、ハッチを開けます…!》と、伝えてユニコーンがビームライフルを収納してジム・コマンドの凸凹になっているコックピットハッチに手をかけた瞬間、意識がまだ遠のいでいるライノが力を振り絞って叫んだ。

 

《来るなァッ!! これは罠だ!》

《え?》

 

 ユニコーンの左右に微かに立ち上る煙の中から赤く光る太い鞭が勢いよくユニコーンの両腕を巻き付き、互いに引き合った。

 巻きつけられた位置はビーム・トンファーが展開できないように手と前腕を主に巻き付いている。

 

「な、なんだこれ……! ウィップ……!?」

 

 敵の接近に気付けなかったリュートは慌ててレバーを前後に動かしてユニコーンももがいているが、思うように動かない。

 左右から巻き付いているものの正体は、2機のグフイグナイテッドの右前腕から出ている【スレイヤーウィップ】と呼ばれる武装の1つ。

 ユニコーンがもがいてそのウィップを外そうとしている間にユニコーンを捕らえた機体から接触回線が発動し、その機体のパイロットの声が聞こえる。

 その声の主であるパイロットはヴォルガ。そして彼の乗る大型モビルスーツのジ・Oだ。

 接触回線でリュートの声を聞いたヴォルガは、にんまりと笑い出す。

 

《あの仮面野郎の情報通りだな。ガキが乗ってやがる》

《お前たちもコロニー連合軍か……!? あのガジーという男の仲間なのか!?》

《少し違うな》

 

 ノイズ混じりの声と共にユニコーンの目の前の煙の中からマリアージュのガーベラ・テトラも姿を現し、ユニコーンに少しずつ近づいていく。

 

《女の人……!?》

《たしかに我々やガジーは同じ軍に所属する同胞ではあるが、仲間ではない》

《あの貴族野郎のことを仲間とかは正直心外だけどな》

 

 彼女の発言を聞いたリュートは、いくつか疑問が晴れた。

 自身にとって色々疑問だったこの煙について問いただす。

 

《仲間じゃない……? じゃあ、この煙とミノフスキー粒子はお前たちがやったのか!? (ピラー)を壊すだけなら敵同士との連絡を絶つ必要はないからおかしいと思ったんだ……!》

《ミノフスキー粒子の特性まで知っているか。そうだ、ユニコーンをおびき出すためにこの方法を使わせてもらったが、どうやら妨害された賢しいお仲間が来たようだな》

 

 マリアージュはユニコーンを追っていた、到着したばかりのカレヴィやレーアを示唆した。

 ユニコーンがジ・Oに捕らえられている光景を見たカレヴィやレーアは思わず《リュート!》と第一声を発してしまう。

 マリアージュはオープン回線に切り替え、レーアやカレヴィに警告した。

 

《動くな、地球軍。さもなくば、このパイロットの命はない》

《何だと……!? だがそれだと、ユニコーンを操縦できる者がいなくなるぞ!》

《我々が必要なのはユニコーン本体だ。間違えてはいな――》

「今だ……!」

 

 チャンスを窺っていたライノはコロニー連合軍が勝ちを確信して多少浮かれているこのタイミングを逃すはずもなく、ジム・コマンドのスラスターの出力を最大にしてユニコーンに向けて突進した。

 機体同士の接触をした後、左手に持っていたビームサーベルでユニコーンを捕らえていた右側のスレイヤーウィップを溶断したことで引っ張っていた片方のグフイグナイテッドは態勢を崩して転んだ。

 

「何……!?」

《ライノさん……!》

《リュートくん、今のうちに……!》

《はい……!》

 

 ユニコーンはバックパックに収納したビームライフルを武装し、シールドの上に乗せてもう片方のグフイグナイテッドを狙撃した。

 放たれたビームの弾丸はグフイグナイテッドのコックピットを貫通し、爆発した。

 きつく縛っていたスレイヤーウィップは緩くなり、遂には自然に解けた。

 ユニコーンはジム・コマンドのハッチを壊し、傷だらけのライノだけを取り出してウイング、エクシアの元へ合流する。

 

「逃がさねぇぞ、ユニコーン!」

 

 ジ・Oが飛び出し、ユニコーンを追いかける。

 ヴォルガは、気迫を背負いながら徐々に距離が詰まっていくジ・Oをユニコーンの方面前方から放射系統のビーム弾が急襲する。

 

「何ッ!?」

 

 一足先に気付いたヴォルガはこれを回避し、その延長線上にいたグフイグナイテッドが巻き添えで撃沈した。

 

《お前らの相手は俺たちだ!》

《リュート、早くライノさんをアークエンジェルへ!》

《うん、わかってる!》

 

 コロニー連合軍を足止めをするウイングとエクシアを残し、ユニコーンはそのままアークエンジェルに向かった。

 途中、宇宙に抜けることとヘルメットにひびが、スーツに穴がある可能性もあるのでライノをコックピット内に入れて補助席に座らせた。

 リュートがモニターで確認しながら戻ってきた航路を辿っている中、ライノが力のある限り口を動かして語り掛ける。

 

「リュートくん、すまないな……。こんなことになって……」

 

 戦闘で激痛を伴いながら小言ながらも自分が持つ全力を限り、ライノはリュートに言わなくていけないことを言う。

 

「……今はしゃべらないでください。傷口が開きます」

「ははっ、これは手厳しいなぁ……」

「ライノさん、あの質問のことなんですけど……」

「……まだ、気になっていたのか。忘れてって言ったのに……」

「僕はあの言葉が他人事に思えなくてずっと悩んでいたんです。僕はまだモビルスーツに乗ってまだ1日目しか経っていないし、今日から軍人だって言われてもまだピンと来なくて…。だから、ライノさんは過去で何かを懸けたように僕も何かを懸ければ分かる気がして……」

 

 リュートの今の感情を読み取ったライノはそこに昔の自分がいると錯覚を起こし、リュートを迷っていた過去の自分と合わせ鏡のように照らし合した。

 その錯覚に口を出さずに一瞬驚いたが、ライノは今のリュートの心情に触れるように優しく語りかけた。

 

「……リュートくん、これだけは忘れないでくれ。人は少しずつ成長していくこそ、見えない真実も見えるようになる……。君はまだ若いんだ……。その質問の答えを求めるのは、この戦いが終わった後でも――ううっ……!」

「ライノさん……! クソッ、間に合ってくれ!」

 

 ライノの様態が急変したことでリュートの中に焦りが生じ始め、ペダルを踏んでスラスターの出力を上げて1秒でもアークエンジェルに着くことだけを専念した。

 その頃、コロニー連合軍を足止めをしているカレヴィやレーアはエース級の強さを誇る2人のパイロットとその機体、そしてシグー4機に苦戦していた。

 4機のシグーはガーベラ・テトラとジ・Oにそれぞれ2機ずつ臨時編成し、アタッカーとサポーターの役割を果たして連携している。

 

「くっ、あのサブアーム付きの巨躯モビルスーツは攻撃を仕掛ける隙がねぇし、あの出っ張りモビルスーツは二手三手読んで攻撃を仕掛けて来やがる……!」

《あの護衛機もそうよ。かなり訓練を積んでいるみたいね……!》

《中々しぶとい奴らだな…。マリア、一気に方を付けるか?》

《私も同じようなことを考えていた。ユニコーンの行き先は大方ついてるし、おまけに奴らはエネルギー切れ寸前だ。ここでこいつらを攻撃してもさして問題はない》

 

 コロニー連合軍側の機体がウイングとエクシアに弾倉を装填したばかりの射撃武器の銃口を一斉に向ける。

 レーアとカレヴィは機体を一度下がらせて逃げる隙を伺っている。

 マリアージュは各機に《やれ!》と命令すると、2機のガンダムタイプの後ろから高出力のビーム砲がコロニー連合軍の機体を襲う。

 いち早く気付いたマリアージュとヴォルガは左右に分散して回避したが、シグー4機のパイロットはこれに気付くも対応に遅れ、内側の2機は溶解、外側の2機は掠れて紫電が発生して四散した。

 ビームが放たれた方角を辿ると、ビーム・マグナムを両手で構えたユニコーンがいた。

 ユニコーンがウイングとエクシアに合流すると同時に2機のコックピットのサブモニターからリュートの顔が映し出される。

 

《カレヴィ、レーア、大丈夫!?》

《リュート…! ライノさんは…!?》

《大丈夫、アークエンジェルを守っていたレジスタンスが引き取ってくれたんだ。それよりも……!》

《あいつらをここから追っ払う、だな……!》

 

 レーアやカレヴィに向けていたリュートの眼差しはガーベラ・テトラとジ・Oに向けると、一気に眼光が鋭くなった。

 そして、後方にはアークエンジェルを守っていたレジスタンス部隊が到着し、リュートたちと合流する。見た通り形勢逆転だ。

 

《なんださっきのビームの出力は…! 半分は溶解し、もう半分は掠めた程度で爆発だと……!?》

《どうする、マリア。あの位置からまた同じビームを食らったら……!》

《分かっている…! だが、ここで戦ってもやられるのがオチだ……!》

 

 マリアージュの発言が最もだ。

 生き残るためにはここは引き下がる手段しか残されていない。その代わり、生き恥を晒すはめになるが。

 それでもマリアージュもヴォルガも今後でまだやるべきことが残っている。尚更、生きることを固執していた。

 マリアージュが苦悶している中、突如ドーム内を響き渡る爆音と共に揺れが起こる。

 ここは月。地震などもってのほか。だとすれば、残された可能性は1つしかなかった。

 

《爆発……!? こんなところで……!?》

《こんなことする奴はどこの馬鹿だ!?》

《ヴォルガ、今だ!》

《おう!》

 

 リュートたちが一瞬ひるんだところを見てマリアージュは、ガーベラ・テトラのビームマシンガンで地面に向かって射撃し、煙幕を作った。

 

「しまった……! 待て!」

 

 ユニコーンを前に出すも、ガーベラ・テトラとジ・Oはすでに一目散に第1ゲートに向かって逃げた。

 

「くそっ……! 逃げられた……!」

《レジスタンス部隊は、ここに残ってくれ。俺たちだけで行く!》

 

 ガーベラ・テトラとジ・Oを追撃を開始してから、10分が経とうとしていた。

 だが残りの敵機体の姿は現れず、奇襲のつもりで周囲を警戒したが、彼らが巨大なドーム型の施設に着いても、不自然にも現れることは無かった。

 

《妙に静かだな……》

《敵はもうこの辺りにはいないんじゃ……》

 

 カレヴィに問いかけた瞬間、宇宙なのに突如有りもしない地響きが起きたのだ。おかげでリュートは危うく舌を噛みそうになる。

 

《何……!?》

《マジかよ……》

 

 3機のガンダムタイプを覆う巨大な黒い影に向けて振り返ると、姿を現した真ん中に砲台を取り込ませた緑色の巨大な二本足の大型モビルアーマー――ビグ・ザムがいた。

 そのビグ・ザムからパイロットと思われる声らしきものがオープン回線から流れ出ている。

 

《グフフ……グフフフ……。壊してやる……。壊してやる壊してやる壊してやる、何もかも壊してやるゥゥゥゥッ!!!!》

 

 あのビグ・ザムのパイロットは、狂人と化したガジーだ。

 整っていた髪はぐしゃぐしゃになり、目は赤く迸っていて、口からよだれが溢れている。もはや別人だった。

 ビグ・ザムは、巨大な3本の爪を持った足で踏みつけをするも、リュートたちは回避に成功したが、彼らの機体が先ほどまで上に乗っていた巨大で頑丈なゲートが機体の重量と馬力でいとも簡単に破壊されてしまう。

 

「ビグ・ザム…。なんてパワーなんだ……!」

《アークエンジェル! 出航は待て!》

 

 緊迫している彼らの現状を把握していない艦長代行は首をかしげて、落ち着いた様子と口ぶりで連絡して来たカレヴィに理由を尋ねる。

 

《どうしたんです?》

《巨大な敵機動兵器と交戦中だ!》

 

 その言葉が出た瞬間、一気にルルの落ち着きがなくなった。

 

「たた、大変! マドックさん、手伝わないと……!」

「危険です、艦長代行! 彼らに任せましょう」

 

 今艦を動かすと、別動隊の敵モビルスーツが奇襲を仕掛けられる可能性がある。

 また無事にたどり着いたとしても、返り討ちにビグ・ザムが持つ強力な兵器――【大型メガ粒子砲】に沈められる恐れもあるからだ。

 あたふたしたルルは手助けしようとするが、マドックの助言で「……わかりました」と意気消沈した口調で言ってやむを得ず手を出さないことにするも、心中では何もできない自分に悔しく、腹立たしく感じていた。

 ビグ・ザムの中心部の砲台から光が一点に集結し始め、【大型メガ粒子砲】を放射する。本体が角度を上げるにつれ、巨大な人工物と月の一部が焼き尽くされる。

 射線軸の左右に分断して後ろから攻撃を仕掛けるも、胴体の周囲からいくつものビーム砲が飛び交かい、迂闊に近づけられない。

 カレヴィはウイングを砲撃の死角である頭上付近に移動して【バスターライフル】を放射させるが、機体の手前でビームが分散されてしまう。

 

「Iフィールド…! ビームが効かないんだったら、これで…!」

 

 死角の1つである機体の股間付近で取ったリュートはインサイトを使ってトリガーを引き、フロアを滑空しているユニコーンによって【ハイパー・バズーカ】の一発の砲弾が飛行機雲のように煙を巻きながら胴体へ直進する。弾速はビーム兵器と比べてやや遅いが、約30mとこれだけの巨体に高確率で着弾する距離だ。

 ガジー以外の誰もが確実と判断した途端、着弾する寸前にビグ・ザムが両肘を一度曲げて跳躍して回避に成功する。

 

「なっ……!?」

「この距離でも回避できるだと……!?」

 

 ここが宇宙とはいえ、その巨体に似合わない反応速度と機動性がガンダムタイプの機体に乗る彼らを驚愕させた。

 

「貴様も壊してやろうか!?」

 

 両足の先端にあるクロー型ホーミング式ミサイルを発射し、3機のガンダムタイプに反撃する。大きさはモビルスーツのおよそ4分の3程度。直撃すれば、容易く貫通してしまうだろう。各機が距離を取りつつ射撃武器で迎撃すると、着弾と同時に爆発して黒煙が巨体の周囲を舞う。

 煙が晴れると、3機のガンダムタイプは姿を消した。ヴォルガは、レーダーにも目に付くが、ノイズが走って場所を特定することができない。

 

「さぁ、出ておいで~。私がきれいさっぱりに壊してあげるからさ~」

 

 額に血管が浮き出て苛立ちの表情をしているガジーは、笑い飛ばしながら目視で確認する。

 こちらの動きが見えない状況を利用してそれぞれは速やかに近くの陰に潜み、連絡を取り合いながら対策を練り始める。

 

「くそっ、あんなのがいるって聞いてないぞ!?」

 

 予想外の機動性を見せた巨大な敵が数々の戦闘を生き抜いてきた隊長の頭を悩ませ、焦らせた。

 ビグ・ザムは、【Iフィールド・ジェネレーター】を搭載している機体の1つ。装甲の一部として露出しているデンドロビウムとは違い、それ自体を本体に内蔵している。唯一効力があるのは、補給の際に受け取ったユニコーンの【ハイパー・バズーカ】やエクシアの右腕部に装備されている【GNソード】といった実弾、実剣の類と至近距離からのビームを撃ち抜くことだが、最大の問題は、スラスターの燃料が切れる前に機動性と反応速度を封じ、どれだけ短時間で撃破できるかだ。

 

《それでも……。それでも、やるしかないんだ。ライノさんが大好きなフォン・ブラウンを僕たちが守らなきゃ誰が守るんだ!》

 

 このような事態に陥る事を想像していなかったリュートだったが、ここにいる他の2人よりも心を折れかけてはいなかった。

 リュートの必死さにカレヴィやレーアにも熱が入り、ビグ・ザムの破壊を決意する。

 

《そうね…!》

《リュートの言う通りだ! ここで引いちゃ何もかもが無駄になっちまう!》

《カレヴィ、後ろ!!》

 

 いち早く気付き、問いかけたレーアがその予想だにしなかった回答に少し声を荒げて混乱しながら驚愕する。

 カレヴィの言う通りだと言わんばかりに無意識にもリュートの口角が少し上がっていて、これを見たカレヴィは思わず鼻で笑ってしまう。

 カレヴィが機体を動かそうとした瞬間、その後ろからカレヴィの近くにあった建造物が突然破壊され、その煙からビグ・ザムの上半身が突き出る。

 

「み~っつけた~!」

「しまった……!」

 

 カレヴィはすぐに機体をユニコーン側に移動させるが、ビグ・ザムは上半身中央の【大型メガ粒子砲】をチャージが3秒もかからないうちに発射する。

 コックピットは避けたが、ウイングの左足から脹脛部位まで溶解されてしまい、爆発したことで本体が転倒する。

 

《カレヴィ……! このぉ……!!》

 

 ユニコーンのハイパー・バズーカで攻撃するも俊敏な機動力で避けられてしまうが、牽制にはなった。

 隙を狙って比較的安全な場所まで移動してウイングの状態を調べる。

 

《カレヴィ、大丈夫!?》

《左脚がやられただけみたいだ……! だが、さっきの衝撃でシステムが死んじまったみたいだな……!》

《もしかして、動けないのか!?》

《そうみたいだな……!》

 

 通信用モニターは、何とか生きているが、その他のシステム機構は何度もレバーを引いたり、いくつもあるボタンや収納されているキーボードを手あたり次第に押したが、反応しなかった。

 

《くそッ!! こんな時に限って!》

 

 カレヴィがレバーの上を思いっきり叩き、激怒する。

 それもそのはず、相手が巨大モビルアーマーに対抗できるのは、現状では戦闘経験が浅い機動警備兵のレーアと民間人のリュートしかいない。下手をすれば、全滅に陥ることになる可能性もあるからだ。

 もう一度冷静になり、透明なバイザーが覆いつくす険しい顔の額から汗が垂れ流れていた。何よりも自分より二回り若い2人を生かすことを第一に頭の隅から隅まで使ってフル回転して考えた。

 

《だったら、カレヴィ! 僕たちに指示をくれ! 僕たちがアイツを倒す!》

《だけどよ……!》

《どっちみち、私もリュートもどちらかが全滅するまでやらないといけないのはわかってる。今は、戦争なんでしょ?》

 

 2人の意志の強さの現れにカレヴィは、驚く。動けるのは、この2人しかいない。腹をくくり、ここで賭けに出る。

 

《お前ら、やれるか……!?》

 

 カレヴィの問いにリュートとレーアは、シンクロしたかのように同時に頷くと、2人の覚悟を見たカレヴィは安堵の表情が浮かび、リュートとレーアに次の指示を出す。

 

《言い顔つきじゃねぇか、お前ら…! まずは、あの細長い脚部にフレームが露出している部分がある。そこを狙え! そうすれば、動けなくなる!》

《足の露出部分を狙えばいいんだな! 了解だ!》

《なら、間接部ね。後は私たちに任せて。行きましょう、リュート!》

 

 承諾した2人は、機体を動かし、ビグ・ザムの所へ向かわせる。

 ユニコーンとエクシア――リュートとレーアの後ろ姿を見ながら「頼んだぜ、お前ら…!」と言って無事の帰還を祈った。

 モニターで探しているビグ・ザムを視認できたリュートは、スコープを使い、ユニコーンの【ハイパー・バズーカ】で先手を打つ。

 ユニコーンの接近を感づいたヴォルガは、機体を一度回避させる。

 ビグ・ザムが高くジャンプし、足から片足3つ、合計6本のクローを噴出しつつ後退した後、主砲の発射態勢に入る。そのかぎ爪型ミサイルは、ユニコーンを追尾する。敵の目がユニコーンに向けている間にレーアの駆使するエクシアが懐に入る。

 

「はあああッ!!」

 

 【GNソード】の薄い刃が右側の脚と足の関節が露出している脆い部分に斬撃を入れる。案の定、ビグ・ザムの態勢は崩れ、片足の膝が着き、動かなくなる。

 ユニコーンが旋回して後ろに回り、リュートはスコープで狙ってレバーのボタンを長押しして弾薬を出し惜しみすることなくバズーカで集中砲火を開始した。

 

「うおおおおっ!」

 

 弾が無くなるまで撃ち続けた。連射するたび、爆炎と黒い煙が立ち上る。バズーカの弾が底をついた頃には、巨大な黒い煙が立ち上っていた。

 

「やった、のか……」

 

 リュートが気が緩み始めたその時だった。

 

「なっ……!?」

 

 煙の中からビグ・ザムがブースターだけでユニコーンに突進してきたのだ。

 ずば抜けたスピードでかわせるなど到底できず、遂にはすごい勢いで宇宙の彼方まで行くかのようにユニコーンは回転しながら突き飛ばされてしまった。

 

「うわあぁぁぁッ!!」

「リュート!」

 

 体当たりされた衝撃の後に飛ばされたときのスピードのGが異常レベルでベルトで固定はされてるものの、コックピットから宇宙に放り出されそうな勢いだ。

 ユニコーンに狙いをつけたビグ・ザムの巨大ビーム砲に光が徐々に集まりだす。

 レーアはエクシアを近づけて阻止を試みるが、ビグ・ザムの胴体の周囲に設置されているビーム砲に阻まれ、なかなか手が出せない。

 

「くっ、近づけない!」

「約束したんだ…! この街を守るって……! だから、僕の命に代えても約束を守る!」

 

 半ば朦朧としている意識を意地でも呼び覚ましたリュートは、レバーとペダルで何とか態勢の立て直して【NT-D】を発動し、ガンダム形態で迎え撃つ。

 気狂ったガジーはユニコーンをロックオンし、【大型メガ粒子砲】を発射すると、ユニコーンは【Iフィールド】を搭載したシールドを使ってそのまま直進する。

 【Iフィールド】はしっかり機能しているが、あまりの質量と威力にユニコーン本体を宇宙の彼方にまで押し出しているようにも見える。

 ユニコーンのコックピットのメインモニターに再び【WARNING】と表示され、警告音が鳴っていた。

 

「グゥっ……うおおおおぉぉぉ!!!」

 

 ペダルを踏んでブースターで加速し、この状態で突破かつ、再度ビグ・ザムに突撃してきたのだ。

 攻撃の放射が終わると、ユニコーンはシールドを捨て、一気に間合いを詰めた。

 ビグ・ザムはビーム砲で対空防御をしたが、リュートの操縦により回避されて傷1つ付けることはなかった。

 最終的にユニコーンがビグ・ザムの主砲である巨大ビーム砲に取り付く。

 

「この、くたばり損ないが……!」

 

 ガジーはレバーを上下に動かしながらユニコーンを振り落そうとするが、しつこくもしがみつき、ついにはユニコーンは耐えた。

 ユニコーンはシールドに連結していた2つのビームガトリング・ガンで巨大ビーム砲の内部を乱射した。

 撃ち続けるたび、砲台の中枢機器に爆炎が次々と発生し、最終的には巨大ビーム砲から火炎が上に向けて吐いた。

 ビグ・ザムは仰向けになるように後ろに倒れると同時にユニコーンは離れ、ガジーは笑い続けながらコックピットを纏った炎の中に消えてビグ・ザムは大爆発した。

 ユニコーンもユニコーンモードに戻り、リュートは再び破裂寸前の心臓を強く抑えて耐えていた。

 

「ぐうっ…!」

《リュート、大丈夫?》

《う、うん、なんとか……》

 

 連絡用モニターで様子を伺ってきたレーアに言う気力もほとんど無く、頑張ってこの一言だけが限界だった。

 

《こちらアークエンジェルです。敵部隊の撤退を確認しました。帰還してください》

 

 ノエルが帰還の指示を出すと、部隊長であるカレヴィが「了解だ」と答えたその後にリュートたちは損傷しているウイングを回収し、アークエンジェルへ帰還した。

 カレヴィたちの報告を受けたルルはすぐにフォン・ブラウンのレジスタンスに戦争は終わったと報告すると、フォン・ブラウン前市長があなた方に話がしたいとの返事が来た。数十分後にフォン・ブラウンから前市長を乗せた移動用のカーゴがアークエンジェルに入った。

 立ち合い場所は艦長室でその場にいたのは、ルルとマドック、前市長のビル・ウーバンという名の杖を使って歩く嘆願眼鏡の老人と護衛用として頼んだレジスタンス兵2人

でビル前市長は帽子を取り、両手で杖の上の部分で態勢を安定にしながらルルとマドックと対面した。

 

「私は、フォン・ブラウンの代表として派遣されましたビル・ウーバンと申します。この度はフォン・ブラウンの秩序を取り戻してくださり、本当にありがとうございます」

「い、いえ…。私たちはフロンティアⅣの避難民を降ろしたかっただけなのですが……」

「あなた方が来なければフォン・ブラウンの明るい未来はなかったでしょう。我々フォン・ブラウン市民は、あなた方を英雄だと思っています」

「え、英雄だなんて……。そんな、なんか恥ずかしいですぅ……」

 

 英雄という言葉にルルは照れ隠ししてしまい、少々見るに絶えなかったマドックが一回咳払いして艦長代行であるルルの代わりにビルに要求する。

 

「ゴホン。ビル前市長殿、少々、いえ、かなり差し出がましいことを申しますが、避難民の受付と食料や飲料、そして艦の燃料を少し分けてはくれませんでしょうか? 我々は、すぐに地球軍本部に向かわなければなりませんので」

 

 丁寧かつ謙遜しきったマドックの要求にビルは優しく笑い出し、マドックにこう答えた。

 

「そんなに謙遜しないでくだされ。我々フォン・ブラウン市民はお礼を兼ねて前向きにあなた方のサポートをいたします。必要なこととあらば、躊躇わずに申してくだされ」

「……心より、痛み入ります」

 

 ビルの、フォン・ブラウン市民全員の純粋な厚意にマドックは思わず涙ながらに感謝の意を述べた。

 同時刻にリュートはアークエンジェルに戻った後、すぐにまた医務室のベッドの上で休憩していた。

 だが、前回よりも体も各部位が動かせるほど比較的短い時間で回復しているのですぐさま起き上がることができた。

 

「む? もう大丈夫なのか?」

「はい。今日もありがとうございました」

「礼には及ばんよ。また気分が悪くなったらいつでも来なさい」

「肝に銘じときます」

 

 と言って、リュートは医務室を後にしてリハビリがてらに廊下を歩いていると、近くで腰掛けて窓ガラス越しにボーっとしているレーアがいた。

 気になったリュートはレーアに声をかける。

 

「おーい、レーア」

 

 リュートの声に気付いたレーアは我に返って一回瞬きして声がした方角へ向くと、こちらに向かって歩いているリュートを見た。

 

「あぁ、リュート。もう体は大丈夫なの?」

「まぁね。前よりか幾分か大丈夫だよ。それよりも、こんなところでどうしたんだ?」

「……リュート、あなたが言ってた言葉を覚えてる? コロニー連合軍がなぜ命を粗末にするんだ、とか」

「え? う、うん……」

(そうか、レーアは元コロニー連合軍の兵士だったっけ……)

 

 レーアの経歴を思い出したリュートは、レーアが自分が発したその言葉を深堀りする意味に今納得した。

 地球軍にとって敵であるコロニー連合軍に所属していた彼女ならではの戦う理由を聞いて地球軍と比べても自分がイメージしたものでもそこまで大差はないが、それでも聞く価値はある。

 

「あの人たちにとっても自分の命よりも大切な物があるの。人それぞれだけど、それがあるから命を懸けることだってできるのよ」

「自分の命よりも大切な物……」

 

 彼女の言葉にリュートも心当たりがあった。

 ビグ・ザムに吹き飛ばされて心が挫けそうになった時、自分の命よりもライノ・ブルスとの約束を守ることを重んじていた、あの瞬間だ。

 その時、コロニー連合軍兵士の気持ちを今知ったリュートは、拳を握る。

 

「そうか……。あの人たちもこんな気持ちで戦ってたのか……」

「……情が移ったのなら戦わない方が賢明よ」

 

 リュートの今の気持ちを汲み取ったレーアは捨て台詞を残してリュートが来た道に向けて立ち去ろうとしたその時、「それでも僕は戦う」と意志の強い言葉を言い放った瞬間、レーアの足が止まった。

 算段があるのか、それとも根も葉もない出まかせで言ったのかレーアはリュートを再び見ると、明らかに表情が違うリュートの瞳は曇りのない透き通っていた。

 

「その気持ちは地球軍の人たちだって同じだと思う。戦闘っていうのは上からの命令もあるけれど、気持ちとか信念とか……そういう物同士のぶつかり合いがほとんどだと思うんだ。僕もお爺さんの願いを叶えたい思いがあるから、互いに譲れない思いがあるから……。だから、僕は戦う。戦い続ける」

 

 リュートの確固たる意志を感じたレーアは一瞬きょとんとしたが、途中安堵した表情に変わっていた。

 

「……そう」

 

 と、言い残してリュートの前から去っていった。

 

 〇 〇 〇

 

 いくつか上がっている煙や倒壊しているビルがまだ残っているフォン・ブラウン市内でただ1人佇んでいる女性がいた。

 その女性の髪は背を軽く届くまで長く、ブランド物を着飾っていている。そして手元にはフォン・ブラウンで戦闘をしているユニコーンの写真。

 探している愛おしい恋人をようやく見つけたかのようにその写真だけを見つめて微笑んでいた。

 

「……あなたもここにいるのね、おじいちゃん」

 

 女性はユニコーンの写真をブランドもののベージュのコートのポケットに入れて再び足を前に出して歩きだした。



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偽りの友情

前回のあらすじ
 コロニー連合軍によって送り込まれた巨大モビルアーマー、ビグ・ザムの撃破に成功し、後退させたリュートたち。しかし地球に戻ろうとするも、燃料が切れる寸前でしばらく時間がかかるらしい。そこでルルが取った行動は――


 ある一方、フロンティアⅠ内にある総督府の会議室でコロニー連合行政統制機関、略して【CUACA(クアッカ)】の定例会議が執り行われていた。

 それぞれに1つのデスクを持ち、中央にある大型のモニターを囲うように各局の代表と補佐役が座っている。行政統制局がまとめ役を買って出て貫禄のある面子が各自で集計したデータの状況報告や新たな目標の開示だけではなく、各局が導きだした提案の提出などができる。

 そして、1枚の紙を持った厚生労働局代表の男性が今、状況報告をしていた。

 

「――以上が厚生労働局の状況報告です」

 

 厚生労働局代表の男が座りながらマイクで言い終えると、各局のよりひと際目立つデスクに肘を付けて聞いていた行政統制局の代表が指揮を執る。

 

「ありがとう、レインバー代表。では最後に、ハイゼンベルグ代表。状況報告を」

 

 すると、ヴァルターは突然立ち上がり、各局に向けてゆっくりと最初の口述をする。

 

「……各局の皆さん、まずはモニターをご覧ください」

 

 中央のモニターに手を向けると、その合図で座っていた補佐役が端末を操作する。

 映し出されたのは、ガンダム形態になったユニコーンを捉えた画像。これを見た各局の代表は思わず驚き、会議室は騒然とする。

 思いがけない展開に行政統制局は、各局に落ち着くよう伝える。

 

「静粛に。皆さん、静粛に。ハイゼンベルグ局長、これは一体どういことですか?」

「脅威です」

 

 このようなことを起こした理由に単刀直入に結果論を答えたヴァルター・ハイゼンベルグに行政統制局の代表は困惑の表情を強いる。

 ヴァルターは、彼らがすべてがすべてを把握しきれないまま話を続ける。

 

「そのモニターに映し出された機体は、識別番号RX-0、名はユニコーン。かつて我が盟友だったレオ・ビスタルの遺産とも呼べる最新鋭の機体。私は、それを極秘裏に部隊を動かして盟友とその機体の奪取を試みた結果、残念ながら彼は死に、機体は敵の手に渡ってしまいました。そして、その機体の性能は未知数。ある時には複数の我が軍の手腕のパイロットたちが成す術もなく蹂躙され、またある時には、要塞と呼ぶにふさわしい破壊不可能の巨大モビルアーマーをたった1機で撃墜したと聞きます」

「それほどまで恐ろしいのか、そのユニコーンというのは……」

「だからこそ、この定例会議で報告する必要があったのです。この脅威を放置すれば、後の禍根となる。今すぐ、手を打たなければならないのです!」

 

 ヴァルターは各局よりかは行政統制局の代表の心に訴えるように思いっきりデスクを叩く。

 行政統制局の代表はヴァルターの真意をある程度把握した。それが本当なら、スペースノイドのために一刻も早い対応をしなければならない。

 代表は出席した同じ局の者たちと相談し合い、先に他の局の者たちを返した方がいいと判断した。

 

「……あなたの意図は分かりました。詳細は後日にそちらに連絡をし、手続きが終え次第、伺いに参ります。それでいいですね、ハイゼンベルグ局長?」

「お待ちしております、私たちが知っていることであれば、何でも話しましょう」

「本会議はこれにて閉廷します」

 

 このクアッカには過去10年間、今までこのような状況報告はなかった。だが、あの男が築いた軍の中に切り札と呼べる者がいる。その者がユニコーンと戦闘した場合、勝利の有無の確認も確かめなければならない。彼の意見がこのコロニー連盟の存続に関わるからだ。

 その一方ヴァルターは顔色一つも変えず、補佐を連れて他の局共々会議室を後にした。

 

 〇 〇 〇

 

 マリアージュ・ミコットとヴォルガ・ライゴンはそれぞれの愛機であるガーベラ・テトラとジ・Oで駈けて中佐以上が持つことが許されている戦艦――ナスカ級戦艦、通称ヴェサリウスに乗り込んでリュートたちがビグ・ザムと戦闘している間、船舶していた第1ゲートから脱走し、フォン・ブラウンから辛うじて抜け出すことに成功した。

 格納庫と隣接しているパイロット用の待機ルームでマリアージュとヴォルガは宇宙用給水ボトルで摂取しながら休憩を取っていたが、マリアージュは左手でボトルを強く握りしめながら右手で壁に拳をぶつけて悔しい表情をしていた。

 

「くっ、まさかこの私がここまで追いつめられるとは……!」

「落ち着けよ、マリア。失敗は誰にもあるぜ。ジェイがいい例だ」

「あんな得体の知れない奴と一緒にするな!」

 

 と、気楽なヴォルガににらみつけて叱咤するマリアージュはより不機嫌になった。

 彼女の性格をよく理解して配慮したつもりのヴォルガだったが、我ながら地雷を踏んでしまったなと後悔していた。

 気まずい沈黙の間を割り込む、壁に設置している連絡端末からコールが鳴り響く。

 一番近くにいたマリアージュがその端末のコールスイッチを押して対応する。

 

《なんだ、アシュリー?》

《ミコット少佐、ハイゼンベルグ総帥から通信が入っております》

《総帥から……? わかった、少し時間を頂戴したいと伝えてくれ。すぐ行く》

《了解しました》

 

 マリアージュは通信を切り、颯爽と待機ルームを抜け出て軍服に着替えてブリッジに向かい、通信越しで対面した。

 ブリッジのモニターには、前回と同じく椅子に座ったまま貫禄を醸し出しているヴァルターにマリアージュは敬礼する。

 

《遅くなり、申し訳ありません。ハイゼンベルグ総帥、その、御用と言うのは……?》

《用は他でもない。ユニコーンについてだ。ユニコーンを奪還対象から破壊対象に変更することを伝えに来たのだ》

 

 ヴァルターが発したその言葉にマリアージュは考えた。

 戦局を左右すると言われているユニコーンをまだ奪還できていない最中に手放すということは、自ら負け戦にしていることと同じことだ。

 それでもなお、ヴァルターの心からこみ上げってくる自信ありげの発言にマリアージュは消去法で残された1つの提案事項に絞り出す。

 

《……そのことを申すということは、ユニコーンと同等以上の物が手に入った、と》

《察しがいいですね、ミコット少佐》

 

 モニター画面の外からフラッと現れたトルドアスはここが自分の立ち位置と主張しているかのように自然とヴァルターの後ろに立つ。

 

《トルドアス……。まさかお前が……!?》

《ビスタル・メカラニカに古い友人がいましてね、僕はお互いに対等の立場でビジネスの話を持ち掛けて交渉したに過ぎません》

《トルドアスの機転がなければ、今後の戦闘で苦戦に強いられていただろう》

 

 コロニー連合軍に入って間もないトルドアスの軍に対する功績はすべて紛れもない事実で華々しいものだ。

 だが、トルドアスよりもキャリアがあるマリアージュだけは、自分自身が持つ個人情報だけを提供しない者になぜ信頼を置くことができるのか腑に落ちなかった。

 

《……どうした? 不満があるなら申してみよ、ミコット少佐》

《……いえ。何もありません》

 

 納得できない相手の目前でその話をするわけにはいかず、元より総帥であるヴァルターの耳に煩わせれば、自分自身に危害が及ぶことにもなりかねない。

 ここでは黙ることが一番の最善策だ。

 

《そうか。ミコット少佐、貴君の健闘を祈る》

 

 と、総帥という上に立つ者として軍人への激励をしたヴァルターが通信を切った直後、マリアージュはため息を吐いた。

 

「マリア、大丈夫か?」

「……ああ。アシュリー、回頭30。アクシズに向かう」

「アクシズ……? そうか、奴らが次に向かうとするなら地球か!」

 

 彼らの言うアクシズは、地球とコロニーの間にある小惑星を改装した秘密基地の1つでコロニー連合軍からすれば、やや地球圏寄りの前線基地だ。

 地球軍のものとなってしまったアークエンジェルは、人材や情報交換などするために地球に降りなければならない。

 アークエンジェルよりも一足早く、地球に近いアクシズに向かって補給を行い、奇襲を仕掛ける算段だ。

 

「了解しました。回頭30! これよりアクシズに向かう!」

 

 マリアージュの意図をくみ取ったアシュリーという名の女艦長は大声を発し、ヴェサリウスをアクシズに向けて発進させた。

 

 〇 〇 〇

 

 月面でビグ・ザム撃破及びコロニー連合軍の撤退に成功した1人であるリュートは、アークエンジェルの4人部屋にある1つのベッドで身を任せて横たわっていた。

 戦闘という命の取り合いを経験したばかりのリュートの表情から体力的にも精神的にも疲れ果てていることを物語っていた。

 

(正直、ここまで生き延びるなんて思ってもいなかったなぁ……。今思うと、あれに乗ったことが始まりだったんだよなぁ……。そう、あのガンプラバトルシミュレーターに乗ったことから何もかもが始まったんだ……)

 

 ガンプラバトルシミュレーターに乗ったリュートが知らぬ間にこの世界に飛ばされて、託された初めて会った老人にユニコーンガンダムと呼ばれた機体、偶然出くわした軍人のカレヴィや元コロニー連合軍でありながらも機動警備隊に所属していたレーアとの共闘、ユニコーンを狙うコロニー連合軍。そして、フォン・ブラウンの防衛。

 ここまで色々な出来事があったのにそこまで経った時間はたった1日だ。

 飛ばされた時代が戦争の真っ只中で立て続けに起こったやむを得ない戦闘という不幸が同時に重なっていて今生きていることを喜ぶべきか、元のいた世界とは疎遠の、しかもモビルスーツという人型機動兵器が流通しているこの戦争時代に飛ばされ、いずれ死ぬのかも分からない今後に絶望しても元の世界に戻れる保証もない。

 

(そして、NT-Dシステムが発動した時のあの感覚……。考えるのは、やめだ。もう寝よう……)

 

 ユニコーンがNT-Dを発動した時に金縛りのような怪現象に考えることを後にしたリュートは、目を瞑って睡眠を取る。

 

(ここは、家……?)

 

 一度目が覚めると、目の前には見覚えのある木材でできた天井とひも付きのレトロな照明器具、横から吹いてくる暖かい風と照らす朝日の日差し。そして、朝の知らせを告げるスズメの鳴き声。

 リュートにとってここは間違えるはずもない、漆原家の自分の部屋だ。

 今まで見てきたものはすべて夢でいつの間にか寝てしまったのか、と息を吐いて心の底から安堵している表情が窺えた。

 ピンポーン。

 突然玄関のチャイムが鳴り出す。

 壁にかけてあった時計の短い針は7時を指していた。

 

「こんな時間に誰だろう……? じいちゃん、ばあちゃん……?」

 

 過去に対人恐怖症を持っていたリュートだったが、今ではだいぶ落ち着いているもまだ出れる気にはなれなかった。

 代わりにリュートの祖父母のどちらかが出ていたが、声をかけても返事はなかった。

 

「まだ寝てるのかな…?」

 

 ピンポーン。

 再びチャイムが鳴り出し、仕方なく、リュートは起き上がり、階段を降りて家の隅々まで探したが、祖父母の姿どころか影すらなく、困り切っていた。

 ピンポーン。

 次第に間隔が短くなっているチャイムの音に玄関に出ることが怖かったリュートは意を決して唇が震えていながら「どちら様?」と言って玄関に出ると、そこにいたのは、うつむきながら奇妙に突っ立っているもう一人の自分だった。

 

「え? 僕……?」

 

 人間を着被った、得体の知れない物がケタケタと不気味に笑いながら人間の言葉でリュートに迫り寄ってくる。

 

「う、うわぁぁぁぁぁッ!!」

 

 その怖さにリュートは悲鳴を上げてドアを閉じて鍵をかけたが、その得体の知れない物が粘土のように奇妙な形になってドアは押し破られる。

 気付けば、辺りは自分の家それでもリュートはどこか別の場所でと、遠くへ逃げるも転んでしまい、足をすくんでしまう。

 

「あ……あ……あ……」

 

 得体の知れない物がリュートに襲いかかった瞬間、天井から発光する球体が現れ、髪の長い女性の姿へと代わり得体の知れないものたちを追い払った。

 そして、リュート自信、怖さからの緊張が解けたのか急に気を失ってしまう。

 その悪夢でハッと目を覚まして起き上がったリュートだったが、その割には多くの汗をかいておらず、息も乱れていない。

 呼吸を整えるために1回深呼吸をして落ち着きを取り戻した後、ドアを開けて廊下に出ると、彼の右側から「リュート」と男の声が聞こえた。カレヴィだ。手すり型のベルトコンベヤーを使い、長い茶髪を穏やかな波のようにゆっくりと靡かせながら、リュートに向かってくる。

 

「カレヴィ……」

 

 回復はしているが、いささか声に張りが無く、まだ衰弱している。カレヴィはそのことを見逃さなかったが、あえて言わなかった。いや、言えなかったのだ。

 

「……ゆっくり眠れたか?」

「……まあね。避難民の人たちは?」

「既にフォン・ブラウンの移住の手続きを始めてる頃だろう。あ、そうそう。艦長代行がブリッジに集まってくれ、だとさ」

「ブリッジに? どうしたんだろう?」

「おそらく、次の目的地が決まった、とかだろう。とにかく行ってみるか」

 

 具体的な内容が分からない2人は、ブリッジへ向かった。

 ブリッジと廊下を繋ぐ自動ドアが開くと、ブリッジにはルル艦長代行とマドック副長代行の他にレーアも来ていた。

 

「あ、リュートさん! カレヴィさん!」

 

 その中で真っ先に声を掛けたのはルルだ。

 彼女の表情や態度からして何か嬉しいことでもあったのだろうかと思い、ルルに尋ねてみる。

 

「何があったんです?」

「はい。今回は2つ発表したいものがあるのでみなさんを呼んだんです。1つ目は次の目的地です。場所は、地球にあるニューヤーク基地です。私たちは一刻も早く地球軍本部に戻り、本隊と合流しなければならないのです」

 

 妥当で理にかなった判断だ。

 ここ、月の周囲にはコロニー連合軍の管轄エリアが張り巡らされているが、抜け道がある。

 アークエンジェルを奪取した際、データにインプットされているコロニー連合軍の管轄エリアの隙間をすり抜け、地球にまでたどり着くというものだ。

 相手も人間で地球と月の間に広がる宇宙圏の隅々まで徹底警戒することは骨だからだ。それを利用して包囲網を突破する。

 

「なるほど。それで2つ目は……?」

「そのことについては、私が説明しよう。実は補給前にエンジンの燃料を担当者に調べたのだが、ギリギリで底を尽きかけていたようなのだ。ここは軍事施設ではないので修復が完了するには早くても1日以上時間はかかってしまう」

「マドックさんと話した結果、運搬及び整備の方たちを除く全クルーは今から臨時休暇を取ることを決めました!」

「……臨時休暇?」

 

 と、リュートは首を傾げる。

 

「はい! あ、そうだ! リュートさんとレーアさんは、これから共に戦う仲間なんですから、着替えなどの必需品を揃わなければなりませんね!」

「えーっと、軍の人は私服とか持っていっていいんですか?」

「そのことなら心配いらない。軍の法律では、自分の所持品は必要最低限持っていくことを約束されている」

「そうだとしても、お金は……」

 

 リュートが所持しているのは、荷物すべてを元の世界に置いて来てしまったので何も無いので服を買えるお金がない。

 それ以前にこの世界でリュートがいた世界の硬貨や紙幣が使える可能性もかなり低い。

 どちらにせよ、自分の力だけでは物が買えないことに変わりない。

 

「それでしたら、謝礼金を使いましょう!」

「謝礼金? そんなものまで貰ってたんですか?」

「前市長から小切手をもらいまして贅沢に2人の分を使っても、半分以上は残ると思うので大丈夫だと思います」

 

 ルルがポケットから取り出した小切手をリュートは屈んで細かく見ると、桁数が多かったので数えてみたら『100万』だった。

 小切手に書かれていたその数字に思わずリュートは驚愕した。

 

「ひゃ、100万……!?」

「はい! これを使ってお二人の服を買いに行こうかと思って! あ、そうだ。カレヴィさんも一緒に行きます?」

「いや、俺はパスだ。まだやらなくちゃならんことがあるんでね。お前らだけでも遊んで来いよ」

「あと交通機関の方は大丈夫なんですか? 戦闘であっちこっち暴れまわったから……」

 

 リュートは被害が遭ったとされる広い街や都会へ渡るには欠かせない交通機関は動いているのか質問をする。

 コロニー連合軍との戦闘でアスファルトや高層ビルなどが壊れてしまっていることから復興には時間がかかるだろうと思っていたが、その心配はなかったようだ。

 

「前市長から聞いた話だと、少し遠回りになりますが、幸いにもフォン・ブラウンの次に大きいグラナダという場所と繋ぐ快速電車が今頃再開しているはずです」

「グラナダ……」

 

 グラナダは月の裏側にある、フォン・ブラウンに次ぐ2番目に大きい月面都市でフォン・ブラウンから最短距離で10,000kmも離れている。

 グラナダへ向かうには、この宇宙港から少し離れた場所に空港のジェット機に乗らなければならない。

 

「これで心配事は無くなったな」

「艦長代行の言う通り、戦争が終わるまでしばらくここしか生活できないから服とかも必要になっていくしね。ね、レーアちゃん」

「あ、はい。そうですね」

「艦長代行、それなんですが……」

 

 と、マドックが渋々と口述する。

 

「どうしたんです、マドックさん?」

「港区の入り口でどうやらメディアたちが待ち構えています」

 

 先ほどの戦闘で、フォン・ブラウンの市民たちから彼らを英雄として祀り上げている。ブリッジのモニターに居住区でユニコーン、エクシア、ウイングとコロニー連合軍のザク、ドム、グフ系統の機体の戦闘をしている光景を、ニュースを通して映し出されている。

 ノエルはこのことも考え、艦から出たときにマドックは記者やカメラマンに捕まって、予想以上に時間が掛かってしまうのではないかと不安に思っていたのだ。

 

「大丈夫です、私に考えがあります! マドックさんは、クルーたちと一緒にメディアの人たちに適当にごまかしてください」

「……分かりました」

 

 と、いらない大役を任されてしまったと言わんばかりにため息を吐くマドック。

 何かを閃いたノエルは自信ありげに言ったが、何も言わずになぜかルルも一緒に共同部屋に入り、2人にここで待てと指示をする。

 リュートとレーアは2人の女性軍人の用が終わるまで部屋の外でしばらくの間無言の状態で待機していた。

 

「遅いなぁ、ノエルさんと艦長代行」

 

 この2人若い男女の間の沈黙を漂う空気を打破したのは、リュートだった。

 ため息を吐いたレーアも無言状態に飽きてきたのかリュートに女子のことについて少し説明をした。

 

「女の子というのは、こういうのに結構手間取るのよ」

「そ、そうなの……?」

 

 レーアは、助言でますます女子の不思議に不思議を重ねていき、ついには分からなくなっていくリュートの顔というより頭を見つめて、どこかしら変に思っていると、何となくわかった。

 

「ところで、どうしてフードなんて被ってるの?」

 

 リュートにとって一番触れられたくない部分をピンポイントで当ててきたレーアに少し嫌気がさしていたのか顔を少し険しくする。

 だが、彼女の怖さは既に知っているのでなるべく穏便な言い方でごまかす。

 

「そ、それはお気になさらずに……」

「そんなこと言われたら、余計気になるじゃない。それに、その恰好だと怪しく思われるわよ。今すぐそれはやめて」

「大きなお世話だよ」

 

 聞かれたくなかったリュートの冷淡な発言にレーアは、不機嫌になって少年の頬をつねる。

 

「いてててッ!! な、なにしゅるんなにょ(何するんだよ)!」

「あなたがフード取るまで離してあげないから!」

 

 そう言いつつ、レーアのつまむ力はますます強くなってくる。

 また透き通った爪が当たっていて余計に痛さが増していてこれ以上の痛みに耐えられなかったリュートは、降参せざるを得なかった。

 

わふぁった(わかった)わふぁったふぁら(わかったから)!」

 

 すぐさまフードを取り、レーアは頬を抓ている手を離す。

 リュートの頬は赤く腫れて、触れた際につめ跡が残っている。余程レーアの力が見た目以上に強く、痛かったのだろう。

 

「うー……痛かった……」

「お待たせしました!」

「ごめんごめん、待たせちゃったね!」

 

 部屋から出て2人を詫びるノエルとルル。ノエルの服装は肩まで素肌を晒すピンク色のワンピースに青いデニムとカラフルな組み合わせだ。また左肩におしゃれな紐の長い鞄をぶら下げている。

 ルルは、優しい感じのパープルカラーのちょっとしたドレスのような可愛らしい私服にショートパンツのデニム、そして靴底が少し厚い白いサンダルを履いていた。

 女の子としての性分でテンションが上がっているルルは、リュートたちに感想を訊く。

 

「ジャジャーン! えへへ、どうですか? 似合います?」

 

 ルルはくるりと回転し、ひらひらしたスカートを親指と人差し指で摘まんで可愛さをアピールする。

 

「うふふ、とても可愛いですよ」

「ところでこれは一体……?」

「変装です!」

「そう。これなら誰も軍人だとは思わないでしょ?」

「まあ、それは……」

 

 ノエルの言う通り、確かに2人の姿からしたら誰も彼女らを軍人とは到底思えない。

 これならば、誰からも声をかけられずにスムーズに行けるとリュートたちの首が2、3回縦に頷き、納得した。

 その後にノエルが一言付け加えみんなに注意を促す。

 

「あと、艦長代行と相談してたんですけど、万が一の場合のことも考えて、仮の身分で統一しようとみんなに教えてあげようと思って」

「その仮の身分って?」

「私たちは、異母兄弟という設定だよ。見てわかると思うけど、私が最初に生まれた人との間で生まれた長女で、レーアちゃんは2人目で、リュートくんが3人目、そして艦長代行が……」

 

 リュートたちを見たルルはしかめっ面しながらカエルみたく両頬を膨らませ、不機嫌な態度になる。それを見たリュートやレーアも苦笑いしながら察した。

 

「……4人目で末っ子という訳ですか」

「多少不本意ですが、仕方ないっちゃ仕方ないですけどー……」

 

 と、その表情をしたままぷいっとそっぽを向ける。

 ルルの悪い癖をとっくに知っていたノエルは、一回ため息を吐いて口述する。

 

「ま、まあ、その姿でねだったら大好きなスイーツが手に入るかもしれませんよ、多分……」

「……。そ、それじゃ、行きましょう!」

 

 ノエルのおかげで寄りを取り戻したルルは、3人の先陣に出てアークエンジェルの裏口から小型の宇宙ボートで出ると、マドックの言う通り、宇宙皆との出入り口で多くのメディア待ち構えていた。

 なんとか彼らの目を盗んで出られることに成功し、空港へ向かった。

 空港に着いたリュート一行はチケットを買ってグラナダ行きのジェット機に乗り、グラナダへ向かった。

 ジェット機の一列の座席が3席、4席、3席の中から2つの廊下に挟まれている4席、進行方向で右側からルル、ノエル、レーア、リュートの順で座る。

 しばらく宇宙遊覧している最中、ひじを付いて窓越しで眺めていたリュートはあるものを見る。それは【機動新世紀ガンダムX】に登場する巨大な宇宙太陽光発電だ。

 

(宇宙太陽光発電まであるのか……。なんかもう、至れり尽くせりだな……)

 

 この世界に来てから様々なガンダム作品に登場する機体や施設を見てきてさすがに驚きを通り越して呆れ始めている。

 正午12時が過ぎた頃に3層の台がある台車を手押してきたキャビンアテンダントから昼食が手渡され、リュートらはご馳走したその1時間後の午後1時過ぎ、ジェット機は宇宙空港を通してグラナダ市に到着し、リュート一行は降りた先に一番近いショッピングモールを探した結果、『ジャソンモール』だ。

 そのモノレール・ステーションに向かって歩いている中、どこか落ち着かない様子のレーアが3人に声をかける。

 

「あの、すみません。ちょっとトイレに行ってもいいですか?」

「まだ時間はあるので大丈夫ですよ。なるべく早く戻ってきてくださいね」

「はい、すぐ戻りますから」

 

 駆け足で急いだレーアはステーション内にあるトイレで用を済まして手を洗ってから出た瞬間、入り口前の壁に背もたれをした、青緑で染まった髪の男から声をかけられるる。

 

「……まさか軍を抜けたあなたがあのコロニーで暮らしていたとは驚きましたよ、レーアお嬢さん」

 

 その男の声はレーアにとっては身に覚えのある声でその時同じ場所にいたことを証明する言葉も使っていた。

 無視するわけにはいかなかったレーアは立ち止まり、冷静を保ったままその男に返答した。

 

「……こっちも驚いたわよ。中立の立場にいたフロンティアⅣを襲撃するなんてね、ルスラン」

「私は、私を救ってくれたあの方の指示に従ったまでのこと……。同盟を組まなかったフロンティアⅣは破壊しても構わないとの仰せだったので」

 

 ルスランと呼ばれた男が言う『あの方』が誰なのか、元コロニー連合軍の出身であるレーアはすぐに検討が付いた。

 コロニー連合軍を統括する総帥――ヴァルター・ハイゼンベルグだ。性格もよく知っている。

 己の意見とそぐわない者には死を、従う者には隷属をと、甚だしい独裁政権にレーアは怒りで覚えていたが、場所が場所なので抑えて次の題について話をする。

 

「……あなたたちの目的は、ユニコーンなんでしょ? まさか最新鋭だからの理由で狙っているわけじゃないわよね?」

「そのことについてはお答えしかねます。私も詳しいことは伝えられていないので」

「……そう。私は行くわ。友人が待っているの」

 

 これ以上話を深掘りしても情報を得られる物はないと悟ったレーアは足を前に出して立ち去ろうとした時、ルスランが再び声をかける。

 

「最後にもう1つ。レーアお嬢さん、あなたは今地球軍に属しているんですか? あの少年のことはともかく、2人の女性は地球軍の軍人です」

「……そうだとしたら?」

「その時は……私の手であなたを討ちます」

 

 意志は既に固まっているルスランが言い放った言葉にひたむきな表情をしていたレーアの体は強張り、額から1粒の汗が流れていた。

 

「おーい、レーア!」

 

 後ろから行き交う人々の声や発車時刻のアナウンスの声を掻い潜ってリュートの声に気付いたレーアはすぐに首を前に戻してリュートを見る。

 

「あっ、リュート……」

「あまりにも遅いからルルさんもノエルさんも心配してたんだよ」

「……ごめんなさい。誰かに話しかけられた気がしたんだけど、気のせいだったみたい」

 

 気を取られていたレーアは再び後ろを振り返ったが、さっきまでそこにいたルスランの姿はなかった。

 

「もうすぐモノレールが来るよ。早く……え?」

 

 リュートは後ろから何かを感じて再び後ろを見ると、行き交う人込みの中でただポツンと立っている、白い気を纏ったレオ・ビスタルの姿が彼の瞳に映った。

 だが、一瞬にしてその姿はなくなった。慌てて辺りを見回しても同じだ。

 

「リュート、どうしたの?」

「……いや、なんでもない。行こう」

 

 顔だけ見ると、どこかおぼつかない表情をしている。ルスランが言い放ったあの言葉がまだ頭から離れずにいたのだ。

 だが、レーアはこのことを皆の前で言うつもりもなく、適当にごまかす。

 リュートとレーアはルルとノエルが待っているジャソンモール行きのモノレールへ向かう最中、レーアも再び後ろを振り返った後、身寄りのルスランに対して罪悪感を感じた。

 

(ごめんなさい、ルスラン……。私は、私が信じる道を行くわ……!)

 

 市街地までの距離は多少あったので徒歩で少し移動したところにモノレールステーションがあり、自動運転からアナウンスまでを完璧にこなすAIを搭載したモール直行便のモノレールに乗ってグラナダ市街地から少し離れたところにある『ジャソンモール』に向かう。

 多く建ち並ぶビルとビルの間を走行してジャソンモールまであと10キロメートルほど距離があったのでリュートは暇つぶしに外の景色を見ていると、いくつものの重工機械を使ったビルの建築や外で公園で犬を連れて散歩する人、ボールで遊ぶ家族、道路の上で走り続けている多くの車と、自分がいた世界と変わりなく、どこか親近感を感じた。

 

〔間もなく終点。ジャソンモール、ジャソンモールです〕

 

 AIがジャソンモールの到着をアナウンスをすると、窓から1つの巨大な施設が見え始める。

 1人の少年と3人の少女が目的地としている、ジャソンモールは縦幅1000メートル、横幅500メートル、全長30メートルの長方形型に近い巨大なモールだ。

 その施設の一番目立つ所にフランスを彷彿させる筆記体で『JASON』と書いていて、その駐車場もまだ10時半なのに多種多様の車にほぼ埋め尽くされている。

 このモノレールのステーションは、ジャソンモールと直結しているので行きも帰りも楽だ。

 飛行機とターミナルを繋ぐモバイル・ラウンジのような通路を通り改札口に切符を入れて通過してジャソンモールに入ると、ゲートにあるこの広さに見合った人盛りも出店している店もかなり賑やかに振舞っていて多くの人も行き交っていた。

 

「すごく広いなぁ……。ここだったら、なんでも揃ってそう」

「じゃあ行ってみようよ、レーアちゃん! 結構良いのがあるかもよ?」

「そうですね。行きましょう」

 

 ショッピングにウキウキしているのか、テンションが上がっているノエルとルル。後を追う2人もやれやれと少々呆れていた様子でモール内を進む。

 彼らが今いる位置は、ジャソンモールの3階の西エリア。服が売っているエリアは、その下の階の2階にある、彼らが向かう場所だ。

 途中人々がよく利用するカートが使う時だけ宙に浮いているこの光景を見たリュートは、自分がいた世界より発展した近未来の文化や技術に驚いて自分の目を疑った。

 

「何してるの?」

「あっ、いや…ちょっとこれ見て驚いてただけだよ」

「リュートって、どれだけ田舎に住んでいるのよ……」

「あ、あはは……」

 

 呆れた様子で言うレーアだったが、リュートに関しては、これらのような近未来な物を驚かないわけにはいかない。

 彼の居た世界と比べて、少なくとも発展しているのは明らかで自分の世界よりも遥かに文明が先進したのだろうと考察した。

 若干遠目で見ていたノエルは、リュートのぼさぼさヘアに視点を置き、首を傾げながら睨み付ける。

 

「ねぇ、リュート君。今思ったんだけど、その髪型だと、不衛生に思われるから先に髪を切ってきたらどう? ちょうどここには理髪店があるし」

「散髪、ですか……」

 

 ノエルの発したその言葉にリュートはひたすら伸びた前髪やもみあげを触る。

 あの事件以来、ずっと外に出ることはなかったし、かなりご無沙汰だったので、"過去の自分を脱ぎ捨てる"という意味で快く賛同した。

 

「ヘルメットを被るとき、髪の毛が鬱陶しかったんでちょうどいいかなと思います」

「よし、かん……いや、ルルさん、レーアちゃん、私はリュート君を理髪店に行ってくるので先にレーアちゃんの買い物を済ましてください」

 

 と、ノエルはカバンから札束を取り出し、ルルに手渡す。

 月面都市で使われるお金がどんなものか少し興味があったリュートは、ちらっとその札束を見る。

 その札束はノエルの手で見えない部分もあったが、黄緑色の製紙に100という数字と人物像が描かれているものは見えた。

 

(見た限り、アメリカのドル札に近いな……)

「分かりました! いってらっしゃーい!」

 

 と見送ると、ノエルも子供っぽく笑顔で手を振って返し、傍で見て恥ずかしがるリュートを引き連れ、マップを確認しながら理髪店へ向かった。

 

「さ、私たちも行きましょう、レーアさん!」

「は、はい!」

 

 ルル達と別れた地点から距離はそこまでなかったものの、休日である今日の人の多さに多少時間はかかったが、ようやく理髪店があるエリアに到着した。

 だが安堵も束の間、中が見えるガラスから待機スペースと思われる場所に人の多さがうかがえた。ドアの前にある黒板型の広告板にはチョークで"およそ30分待ち"と書かれていた。

 30分ならば、それ程待てる時間だとリュートもノエルも考え、そのドアノブに手をかける。

 ドアを開けた先には、セットチェアと鑑が奥につれて両側に3つずつあり、それぞれに1人ずつ係員が対応している。

 現在の待機している人数は、リュートを除いておよそ16人。待っている間、リュートは近くに置いている雑誌入れの棚から漫画を選ぶ。

 その中の一冊に『宇宙守護神ガルジアン』というタイトルの漫画を見つけると、興味を持ったリュートはその漫画を手に取る。

 表紙には、少年がその手に持っている何かを見つめ、悲しい表情になっているイラストで飾られている。

 最初の1ページを開いて見てみると、男主人公がロボットに乗って人間の姿をした敵側の宇宙人と戦う少年漫画の続巻だった。さらに次のページに見ると、"マサキ"と呼ばれる主人公は、連戦連勝しているうちに、戦うことに嫌気が差し、母船からかなり離れ、無我夢中で走り続けていた所から始まった。

 途中に土砂降りの雨に見舞われ、迷子になってしまったマサキは、1つの小屋を見つけ、持ち主である老人に雨が止むまでを条件として入れさせてもらった。

 なぜこのような所に子供がと疑問に思った老人はマサキに問うと、暖かいココアを飲みながら自分の素性とこれまでの経緯を少しだけ明かした。

 事情を知った老人は、マサキに向けて「自分が今、成そうとするその意味を見つけろ」とアドバイスを送る。

 

「成そうとする意味……」

 

 リュートもそのセリフを追って言うと、今まである言葉をふと思い出す。

 

――己を貫き、可能性を示せ

 

 この漫画を通して父が残したその言葉の意味をリュートは、少しだけ理解できた。

 

「次のお客様どうぞー」

 

 整髪スペースから現れた女性の理髪師の声かけにノエルが気付き、リュートにも促した。

 

「はーい。リュートくん、順番が来たよ」

「あ、はい」

 

 リュートはその漫画を所定の位置に戻し、女性理髪師の指示に従って整髪スペースへ向かい、セットチェアに座る。

 理髪師の手で着々と準備をするも、リュートは漫画で読んだそのセリフをこの胸に刻み、鏡に映る自分の姿に向けて決意を固めるのであった。

 

 〇 〇 〇

 

 同時刻、ルルとレーアの2人は若い女子に人気のレディースショップであまり目立たないカジュアルな服やラフな服を選んでいるのだが、どの服が個人的に一番似合っているのか、選び迷っていたのだ。

 レーアは「う~ん」と唸り声を出しながら違う2つの服を交互に自分と重ねて似合うかどうか比べている途中、違う服を持ってきたルルに声をかけられる。

 

「レーアさん、これも持ってきたよ。まだ、迷ってますね……。試着室で着替えてみたらどうでしょう?」

「……そう、します」

 

 金髪の少女は、ルルが持ってきた服と一緒に持っていき、試着室の中に入る。

 カーテンがめくるたびに、持ってきた服で様々なコーディネートが紹介される。まるでファッションショーみたいだ。

 そして様々な服に着替えるレーアを見ているルルは、ファッションショーに来たたった一人の来客。自分では選びきれないレーアは、正直困っていたのだ。

 肝心の服選びなのに時間を取らせてしまっては、他のお客さんに申し訳ないと気持ちでいっぱいだった。

 

「う~ん……レーアさん、何でも似合っちゃうから、こっちも選ぶのに一苦労なんですよねぇ。どの服を着ても素敵に見えちゃいますから」

「そ、そうですか……」

「だったら、これが良いんじゃないかしら?」

 

 そこに2人が発した一言に照れながら恐縮するレーアとどのような服を選べばいいかわからないルルの間に黒髪のツインテールをした褐色肌の少女が突如割り込んでレーアにどこから取り出したのか白のカーディガンと黄色のレース、ジーンズのショートパンツを渡す。レーアより少し小さい体格からして明らかに店員ではなく、客人の少女だ。

 

「え? ど、どうも……」

「えっへん! どう――イタタタタタッ!!!」

「ごめんなさい、うちのバカが余計なことを!」

 

 突然後ろからその褐色少女の腰まで届く長いツインテールの片方を掴む。

 痛い思いをしながら引っ張り出されるその少女と相反するかのように色白の肌に肩まで乗っかるぐらいの長さの白銀色のボブカットの髪に氷のようなスカイブルーの瞳をしたもう1人の少女が現れ、代わりにレーアたちに慌てて謝罪する。

 

「バカはいいでしょ、バカは! それにあたしはただこの子におススメの服をチョイスしただけなんだけど!?」

「それが余計だって言ってるの、ラーナ! 他人には他人の選び方ってものがあるんだから!」

「見た限りこの子は服選びに迷ってたのよ! これも人助けだとあたしは思うわよ、アイーシャ!」

 

 互いに自分の主張を言い張り、引けを取らない2人の少女は睨み続ける。

 

「で、でも、ありがとうございます……! せっかく選んできてくれたんですから、ちょっと着てみますね!」

 

 このままでは、事態の収拾がつかず、せっかく持ってきてくれた褐色の少女に対して申し訳なさを感じたレーアは、再び試着室に入ってドアを閉めて褐色少女が持ってきてくれた服を試着する。

 鏡で着替え終わったその姿を見たレーアは、これが自分なのかと思うほど自分でも何気なく見惚れていた。

 

(……しばらくこんなおしゃれな服に着替えてなかったからか、なんだかすごく新鮮に感じる……)

 

 と、一番ときめいていた。

 

「レーアさーん、まだですかー?」

「あ、もうすぐ出ます……!」

 

 ルルの呼びかけで我に返ったレーアは、緊張しながらドアを開き、その服に着替えた自分の姿を見せる。

 彼女の姿を見たルルは目を見開いて思わずの詠嘆を漏らし、ラーナと呼ばれた褐色の少女はの表情を見せ、アイーシャと白肌の少女はラーナに対して呆れていたが、服との相性に文句を付けず、微笑む。

 

「おー!」

「ふふん、やっぱり私のセンスに狂いはなかったわ!」

「というより、この人が美形だけなんだからじゃないの? でも、すごく似合ってますよ」

 

 彼女らの言葉にレーアは少々恥ずかしく感じたが、コーディネートされるのも悪くないと心から思えていた。

 そして、感謝の意を込めてラーナとアイーシャに向けて会釈した。

 

「あ、あの、ありがとうございました……!」

「あーいいのよ、いいのよ! これも人助けと思えばどうってことないわよ」

 

 と、高らかに声を上げて鼻を高くしているラーナの様子にアイーシャは、一回ため息を吐く。

 

「まったく調子乗って……。次からは自重――」

「さぁ、どんどん持っていくわよ!」

「って、人の話を聞きなさいよ!」

 

 いつの間にか両手に服を持っていたラーナを見たアイーシャ。最低限のエチケットを守ってほしいという彼女の願いは、数秒も持たずに打ち砕かれた。

 

 〇 〇 〇

 

 リュートとノエルが理髪店に入り、髪を切り始めてから15分が経過した。

 最後の仕上げで髪切りばさみを置いた女性理髪師は、リュートの頭に付いている髪の切れ端を小さなほうきでさっさっとはたき落とし、我ながら上出来と言わんばかりに一回首を縦に振る。

 

「……終わりましたよ!」

 

 久しぶりに髪を切ってイメチェンした自分の姿を見たリュートは一瞬驚き、そしてまた1つ揺るがない決意で満ち溢れていた。

 自分の髪を切ってくれた女性理髪師に感謝した後、ノエルと合流すると、彼女もまた驚きの顔を隠せずにいた。

 

「おぉー、よく似合ってる!」

 

 ぼさぼさだったリュートの髪は全体的にきれいに整えられ、サラサラしていた髪を生かしたヘアスタイルになった。

 

「そ、そう、ですか……?」

「リュートくん、元から顔立ちがいいからたぶん女の子も寄ってくると思うよ!」

「は、はぁ……」

 

 ノエルは散髪代を払い、リュートと共に服がたくさん売られているエリアへと向かう。

 

「この辺りで服を買おうか。さすがにリュートくんはまだ未成年だからお金を渡せられないけど、代わりに最後まで付き合うよ」

 

 と、ノエルは微笑む。

 だが、リュートは、少し申し訳なさを感じたのか右頬を人差し指でこすり出しながら言い始める。

 

「たぶん、女の人よりかは早く終わると思いますよ? 男の人は、オシャレを目指すために服選びに時間をかける人もいますけど、着れればそれでいいと思う人もいると思うので。じゃぁ、あの店にしましょう」

 

 リュートは指さしたその店は、見せびらかすように店の前の掛け軸にそれぞれ違うワイルドなロゴが入ったパーカーや黒いデニムパンツなどかなりラフな男性服がかけられている。

 

「あ、あー、そういうことなのね……」

 

 これを見たノエルは、多少引いた様子で興味があったリュートのことが少しだけ理解できたような気がした。

 その間にリュートは、様々な店の色んな服から適当に選び、試着して、気に入った服をそのままかごに入れていく。

 最終的に決定したのは、黒、灰色、白といった3色の半袖タイプのパーカーに半袖や長袖、ジーンズ、寝巻用のジャージ、下着、靴下を3日分、これだけあれば日替わり交代ができるようになるのでかごに入れた。

 レジで会計した結果、金額自体は大層なものだったが、予算内に買うことができた。

 自分のものなのでもちろんリュートの両手には1つずつの大きなビニール袋を持っている。その間、ノエルはリュートの服を買った際にもらったレシートをまじまじと見ていた。

 

「これだけ買ってこの値段かー。店にもよるけど、これは少し破格かなぁ~。ちょっと得しちゃった」

「まあ、お金のない人だったらさっきみいたいな見せ来ると思いますよ。そう言えば、2人は今頃何やってるんだろ?」

「たぶんまだレーアちゃんの服を選んでいる最中じゃないかなぁ?」

「色々と思うんだけど、女の人って本当におしゃれがすきって……うわッ!!」

 

 曲がり角を曲がると、走っている誰かと激突した。

 床に散乱した服を袋の中に戻しているノエルの視線の先には黒のジャケットと色々な文字が書かれているデザインの白のTシャツ、そしてジーンズを着こなす自分とそんなに年が変わらない多少ツンツンとした赤髪が特徴の少年が自分と同じ体勢で転んでいた。

 

「リュートくん、大丈夫!?」

「いてて……。あっ! だ、大丈夫ですか!?」

「い、いや、平気。それよりこっちこそすまない。周りを見ていなかった」

 

 口調からして悪い人ではないと判断したリュートは無意識にその少年に手を差し伸べると、リュートは一度立ち止まって考え始める。

 自分の手を見たリュートはいつの間にか自分から離れていた赤の他人と自然に会話できるようになっているだけでなく、手を差し伸べている自分に驚いてしまい、思わず言葉が詰まる。

 輪切りにしたレモンのような黄色い瞳で見てリュートの動きを不審に思った赤髪をした少年が声をかける。

 

「あのぉ、大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です……! それにしても、なんか急いでいたようですけど……」

「……恥ずかしいことにこう見えて方向音痴なんだ。だから、慌ててはぐれてしまった皆と所に向かおうとしているのだけれど……」

 

 一瞬手を開きながら再び赤髪の少年の腕を掴んで立ち上がらせて少年の事情に納得したリュートはこのままでは可哀想だと思い、助け舟を出す。

 

「あの……自分も探しましょうか……?」

「えっ? いいよ。これは自分がやらかしたことだし、さすがに赤の他人に手伝ってもらうわけにも……」

「でも、方向音痴なんでしょ?」

 

 自分が告白したものとはいえ、それを言ってしまえば、何も言えなくなった赤髪の少年は意地を張るのはやめて、素直に出してくれた助け舟をありがたく使う。

 

「……わかった。確か友達に服を買いに来た女の子がいるんだけど、たぶんそこにいるかもしれない」

 

 幸いにも自分たちが元々レーアたちと合流するために向かう方角だった。そのエリアを見て回れば、すぐに見つかるだろうと思い、そのエリアに向かう。

 

「偶然ですね。実は、僕も行こうとしてたところなんです。道もわかるんでもしかしたら途中で会うかもしれませんし」

「そうか。道中よろしく頼むよ、えーっと……」

「……あっ、名前言ってませんでしたね。僕は、リュート。漆原リュートと言います。こちらは、ノエル……姉さん」

「よ、よろしくね~」

「俺はソアル――ソアル・ガエリオスだ。短いかもしれんが、よろしくな」

 

 互いに自己紹介を終えたところで、さっそくレーアたちがいるエリアに向かうと、1人のオールバックの茶髪に今にも青単色のTシャツが張り千切れそうな筋肉質でリュートやソアルより背の高い男が陸上アスリート並みに完璧なフォームで人と人の間を走りながら現れ、2人の前にピタッと止まる。

 

「ソアル。探したぞ」

「カルロス! ラーナとアイーシャはまだいるか?」

「ああ、今のところはな。ところで、このお2人は?」

 

 身長の高さから見下ろされる眼光と屈強な体格にリュートとノエルは少し怖気づく。

 

「ど、どうも……」

「こいつはリュートって言って、今から皆の所に行くところなんだ。んで、このガタイのいい奴がカルロスだ。こう見えてこいつは、俺より年下なんだぜ?」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 減らず口のソアルの発言にカルロスと呼ばれる男は太い眉の間にしわを寄せて表情を渋くし、その男の見た目に見合わない年齢を聞いたリュートも驚いてしまう。

 

「『こう見えて』は、余計だからやめてくれ。改めて俺は、カルロスだ。よろしく」

「は、はい……」

 

 握手を求めているカルロスにまだ他人に慣れていないリュートとノエルは恐る恐る右手を差し出すと、カルロスの方からぐいっと手を引っ張って握手する。

 コミュニケーションを久しくやっていなかったリュートから見れば、お人よしかつやや積極的で社交性を持つソアルをまぶしく見えていた。

 

「よし、改めて皆の所へ行こう」

 

 3人の少年と1人の女性は、それぞれが待っている自分たちの連れの所に向かった。

 道中、リュートたちはモール内で空中に映し出されるスクリーンからテレビを見る。ちょうどニュースをやっていた。

 

〔……続きまして、フロンティアⅣのニュースです。昨日未明、機動調査委員会が帰還しました。突如フロンティアⅣが壊滅した原因は何だったでしょうか?〕

 

 と、女性アナウンサーが発声したと同時に『機動調査委員会帰還。壊滅したフロンティアⅣの原因は?』というテロップや壊滅したフロンティアⅣの写真も表示される。

 画面が移り変わり、頭部がスキンヘッドでメガネをかけた男が映し出され、写真のフラッシュに照らされ続けながら手に持っている紙を読み上げる。

 

〔これまでの調査を踏まえた結果、外骨格にはレーザー級のビームに照射されたであろう溶け後があり、内部には第1及び第2、第3世代のモビルスーツの残骸をいくつか発見しました。これらによって、第三者による襲撃が壊滅の原因と断定いたしました〕

 

 と、判定結果を言ったその男にリュートは、敵だったデンドロビウムとの戦闘前のあの光景を思い出す。

 他人の住む場所を守れなかったことにただただ悔しかった。別世界とは言え、誰かに壊されていく光景におそらく誰でも慣れないだろう。

 拳を強く握りしめているリュートを見たソアルは、声をかける。

 

「リュート、どうしたんだ?」

「え……? あ、ああ、いや、何でもないんだ……」

「もしかして、フロンティアⅣの住民とか?」

 

 自分にとって再びあまり言いたくないところに突っ込んできたソアルにリュートは、苦々しく虚実を言う。

 

「そ、そのはずだったんだけどね……。変なタイミングで戦闘が起こってそれどころじゃ、なかったんだよね……」

「……そうだったのか。大変だったろ? でも、どうしてここに?」

 

 これに関しては初めての質問にリュートは、自然な回答はないものかと脳内をフル回転した結果、咄嗟にある言葉を思い出し、口述する。

 

「え、えーっと、たまたま近くを通ってた民間企業の船に乗せてってもらったんだ……。行き先は、フォン・ブラウンだったけど、グラナダにノエル姉さんが住んでたから昨日こっちに移動したんだ」

「へぇ~」

 

 と、納得するソアルにリュートが何とかごまかせた安堵よりもまたしても誰かに嘘を言ってしまったことの背徳感のため息をついていると、カルロスが小走りになる。

 

「お、着いたぞ! おい、ラーナ! アイーシャ!」

 

 カルロスが指さした先には、試着室の前でトークしながら待っている褐色肌の少女ラーナと白肌の少女アイーシャ、そしてルルがいた。

 カルロスの声に気付いたアイーシャは、ソアルに近づいて怒りを表しながら説教する。

 

「ソアル! もーどこ行ってたのよ!」

 

 怒られたソアルも左手で自分の後頭部を撫でながら面目ないと苦笑いをする。

 

「すまんすまん、アイーシャ。ちょっと道に迷っててさ、その時リュートとノエルさんとカルロスに助けてもらってたんだ」

「あ、リュートさんも終わってたんですね」

「ソアルとカルロスに出会って目的が同じだったんで一緒に行動していたんです。ところでレーアは?」

「あー、レーアは今……」

「ラーナさん、この水着のコーデはどうですか?」

 

 話の途中に試着室のカーテンが開き、腰に付いている大きなリボンが特徴のイラスト付きの黄色い紐とひらひらが付いた水着と黄色の短パンのセパレート型の水着を着たレーアが現れる。

 これを見た男性陣は両頬を赤くして絶句し、女性陣は目が輝き出す。

 

「おー!!」

 

 照れながらも自分でコーデした服を見せびらかしたレーアは辺りを見渡すと、後方にリュート、ソアル、カルロスの男性陣がいることに気づき、異性の前の恥ずかしさに顔が真っ赤に染まり出す。

 

「あぁ……あ……あ……。キャーッ!! 見ないでー!!」

 

 思わずレーアは試着室のカーテンを締めて叫び出すと、叫びに気付いた女性店員たちは駆け付け、慌てた一同はリュートら男性陣を即刻店の外に出した。

 しばらくすると、元の服に着替え、試着室から出てきたレーアは女性店員たちやリュートら、他のお客さんにも謝罪した。

 その後、会計を済ましてソアルたちと一緒に店を後にした。

 

「全く、びっくりしたよ……」

「本当にごめんなさい……」

「もう済んだことだ、これ以上謝る必要はないぞ」

「でも……」

 

 不本意だったとはいえ、特に男性相手の人生を狂わせかねない事をした事にレーアは、罪悪感で一杯だった。

 

「レーア、そんなに落ち込まないで。僕やソアルたちは大丈夫だからさ」

「リュート……。あ、リュ――」

 

 リュートの髪型が変わっていたことに今頃気付いたレーアは再び彼の名を呼ぶが、絶妙なタイミングでラーナが2人に近づいて嗅ぎながら声をかけられ、遮られてしまう。

 

「ねぇ、2人ともお風呂に入った? なんか妙に臭いがあるんだけど……」

 

 全体的に思い返すと、フロンティアⅣからの脱出やフォン・ブラウンでの戦闘……、事の連続で体を洗う余裕なんて無かったが、この状況では真新しいレーアの件を言っておいた方が自然で有効だろうとリュートは判断し、口述した。

 

「……あー言われてみれば。さっきまでドタバタしてたから汗かいたかもしれない」

「だったら、ちょうどこの近くに人工温泉がありますよ」

「えっ、温泉があるんですか!?」

 

 ルルは端末機器でマップを開き、温泉があることを確認する。

 未だに月への移住どころか大規模な建設さえしていない世界に住んでいるリュートは月面にただ施設が建てられているだけでなく、水質や水温まで管理していることにも驚愕する。

 

「はい! 体を清めるついでに選んだ服のコーディネイトも見れますから一石二鳥です!」

「おぉ、それいいね! ね、ソアルも行こうよ!」

「んー、でもなぁ……」

 

 と、ラーナは言うが、ソアルは他人の邪魔にならないだろうかと懸念していたが、その必要はなかったようだ。

 

「ソアルくんたちがいいなら、私たちは構いませんよ?」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

「よーし、それじゃあ温泉へレッツラゴー!!」

 

 リュートとソアルたちは、ジャソンモール内にある人工温泉浴場行きのバス停へ向かった。

 リュート一行は、温泉行きのAIを搭載している直行バスに乗り、人工温泉へ向かった。

 バスに乗っている間、リュートとソアルはお互いの情報を知人にも伝えたり、談笑したりなどと楽しい時間を過ごした。

 だが、その時間もあっという間に過ぎ去り、人工森林に囲まれたエリアの前方には、煙が上がっている施設が見えて来る。恐らく目的地の人工温泉がある施設だ。

 

「ここが月面温泉かぁ~」

「早く温泉に入りたーい! 中に入ろ!」

 

 辿り着いた温泉がある施設には「月面温泉」と書かれていて、その建物の天井や露出している骨組みに杉の木が使われていた。

 それをいち早く気付いたのは、カルロスだ。

 

「ほう、日本に植生している杉の木だな。これを建てた人は、よっぽど日本が好きだったとみる」

「そういえば、リュートは日本人だよね?」

「うん、そうだけど? それがどうしたの?」

 

 アイーシャの質問の意図にリュートは理解できなかったので質問で返すと、アイーシャはふと笑みをこぼす。

 

「ううん、名前からしてそう思っただけ。あたしたちにも共通の友達がいるけど、日本の友達は初めてだと思うから」

「友達……」

 

 その言葉を最後に聞いたのは、いつぐらいだろうか。ああ、そうだ。たしか幼稚園児の時だったなとあの日を懐かしむように思い浮かんでいた。

 

「どうしたんだ、リュート?」

「あ、いや、ずっと前まで友達がいなかったからさ、その、嬉しいんだ……」

「……過去に何があったか知らないけど、ここで運が回ってきたな」

 

 その浴場も建物で和をイメージしていて大半本物の木材で建造されていて、内装にも屋根を支える支柱や壁が主だった。

 駐車場は停まれる車がないほど混雑しており、また次々と浴場に入っていく客人たちも後が絶たない。

 生まれた時からこの造りを見てきたリュートにとってはどこか懐かしく思えていた。

 いざ中に入ってみると、まだ真昼間にも関わらず、人で溢れかえっていた。

 

「す、すごい人気だな……」

「え、ええ……」

「これが温泉かぁ~。初めてくるから緊張しちゃう~」

 

 いつの時代も色あせることのないおの光景にリュートにとっては驚愕するしかなかった。

 廊下や壁、案内の看板や支柱も外壁に使用していた木材で作られていて休憩所の床もすべて畳と和を徹底的に追及している。

 これを採用して造らせた人は、よほどの温泉マニアか日本の温泉に心を奪われたのかもしれない。

 

「と、僕が前に出ないと。みんな、靴はこっちに入れて」

 

 日本人のリュートが日本のマナーのお手本となるため先導する。

 現在の時刻は、午後3時30分。リュートとレーアは券を買い、モールで買った服とバスタオルを持ち出してそれぞれの脱衣所に向かった。

 女湯では、レーア、ラーナ、アイーシャの3人が温泉の中にあるカウンターに並んで汗でまみれた体を洗っていた。

 そんな中、頭から水を流してさっぱりしているラーナが興味津々に浮かれながら頭を洗っているレーアに問い尋ねる。

 

「ねぇねぇ、レーア」

「うん、何?」

「リュートのこと、どう思ってるの?」

「い、いきなりなんの話!?」

 

 予想だにしなかった問いにレーアは思わず、顔を真っ赤にし声を荒げる。

 

「もし、リュートが異母兄弟じゃなかったら、付き合っちゃうんじゃないかと思って。もちろん、あたしの感なんだけど」

 

 フロンティアⅣの宇宙港での戦闘以降、そこまでリュートに対する意識は向いていなかった。

 ただ、若干弱きな彼はやるときはやる男でこれまでの戦闘で勝利を収めていた。それだけは、評価するが、ほかは全くもって無関心だ。

 

「……そんなわけないでしょう。それにリュートもわたしのこと、ノエル……姉さんと同じくただの姉として見てるだけかもしれないし」

「それはまだ分かんないじゃん。他の3人に会ってからそこまで経ってないでしょ?」

「それは、そうだけど……」

 

 その様子を見たラーナの焦点は顔から胸へと代わり、良いこと思い付いたとニヤリと笑う。そして、レーアの後ろに回って胸を鷲掴みする。

 

「いいから、素直になりたまえ! 本当はリュートのこと、どう思ってるの?」

「ちょ、ちょっとラーナ! やめて! ひゃっ……!」

 

 多少感じながらもラーナに止めるように説得するもラーナは止めない。

 貧相な体を持つラーナにはレーアの胸に嫉妬していないわけではないのだが、思春期のお年ごろが興味のわく恋バナがうやむやになっていて気になっているのだ。

 

「良いではないか、良いではないか! 本当のこと言うまで、無駄に育ってるその2つの脂肪の塊をもみ続けるぞよ!」

 

 テンションが上がってきた所で黙々と体を洗っていたアイーシャは体に水をかけた直後、すぐさまレーアをいじめているラーナに目を向ける。

 

「ラーナ」

 

 アイーシャの甘い声と共に背後から悪寒を感じたラーナは、危機を感じて一瞬硬直した後、その場から離れるように2人に言い分する。

 

「さ、さあ、体も心も洗ったし、先に入ってくるね……!」

 

 ラーナは駆け足でお風呂に入り、悪寒で冷え切った体を温めなおす。

 その間にアイーシャは一回ため息を吐き、視線をレーアに向ける。

 

「ごめんなさいね、レーア。全く、ラーナは……」

「い、いいのよ……。その辺りで許してあげて……」

「……まあ、多少は懲りたでしょ。私たちも温泉に入りましょうか」

「ええ!」

 

 と、レーアとアイーシャは温泉に入り、疲れ切ったその体をゆっくりと癒されていった。

 

 〇 〇 〇

 

 一方、男湯では、リュートたちが汗で染みている服を脱いでいると、物が落ちた音が聞こえた。落ちた物の正体はレオ・ビスタルから貰った長方形の黒い物体だ。

 立て続けに起きた出来事で忘れていたリュートは形見と思っているその物体を取り、レオ・ビスタルの信念と思うたびに強く握った。

 リュートたちは体を洗い、温泉に入って水温がちょうどいいのか気持ちよさそうに肩まで浸かるリュートは慣れない色々な疲れが取れるまで長風呂するつもりだ。

 ここでふとリュートは思い出す。それはソアルに対してだ。

 

「あ、そういえば、ソアル。ショッピングモールで言いかけたことって何なの?」

「ああ、あれか。……ノエルさんとお前、兄弟って言ってたけど、あんまり似てないんだなって思ってさ」

 

 ルルの万が一の予想が当たったと思ったばかりにリュートは、内面では驚いていた。

 そして、ルルから教わっていたその設定を口に出した。

 

「あ、あぁ、兄弟って言っても異母兄弟なんだ……。それは似てなくて当然かな」

「そうか。……俺たちも似たようなものだな」

「……どういうこと?」

「俺たちも本当は兄弟じゃないのさ」

 

 と、ソアルの軽々しいカミングアウトを聞いたリュートは、2つの相反する感情に侵されていた。

 初めての知人としてソアルたちと共有する秘密を持てたことによる喜びと偽りの諸事情で自分たちと同じだと共感させたことによる罪悪感。

 後者のことですぐに真実を言おうとするが、嘘を言った理由、ルルとの約束、今後のことを考えたリュートは、悔しながらも思いとどまり、別の質問をする。

 

「……それは、どういう?」

 

 その質問にカルロスが過去の経緯を流暢に答えた。

 

「……小さい時、戦争で親を亡くしてな。戦場の中逃げ回って何気なく集まったはいいが、どこに行けばいいのかすら分からず、体力はすり減らされ、喉はカラカラ、もうだめかと思ったときもあった。でも、そんな時、俺たちを救ってくれたのは、今の父さんなんだ」

「……そのお父さんってすごくいい人なんだね」

「ああ! 俺たちの父さんは、強くて、かっこよくて、優しくて、暖かくて……。俺たちにとって自慢の父親さ」

 

 自分たちの父親について明るく話すソアルたちにリュートが背負う罪悪感は徐々に増してくる。

 レーアたちだけでとどまらず、初めて出会ったソアルたちにも本当のことが言えないこそばゆさと罪悪感にリュートは、少し冷静になるためにソアルと距離を置く。

 

「……ちょっと熱かったみたい。先に上がるよ」

「ん? おお……」

 

 何か普通と違うと感じて疑問を抱いていたソアルは、リュートの背中を見つめていた。

 脱衣所に上がったリュートは、皮膚に付着している水分を売店で買ったバスタオルで拭き取って服に着替えた。

 袖のないTシャツに裾がふくらはぎまで届くパーカーと膝まで届くデニムとシューズの組み合わせだ。そして、黒い物体もポケットの中にしまい込む。

 リュートは髪にまだ付いている水分をタオルで拭き取りながら脱衣所を出ると、ちょうど男湯の向かい側にある女湯と書かれた暖簾からレーアと鉢合せになった。

 

「あっ、リュート」

「おっ、レーア。どうだった、この温泉は?」

「ええ、気持ちよかったわ……」

 

 ラーナとの会話でリュートのことで少し気になっていたが、再びリュートを見てもレーアの心にはときめかなかった。

 じーっと見つめて来るレーアにリュートは、引き腰気味に尋ねる。

 

「……どうかしたの?」

「う、ううん、何でもない……」

 

 と言ったものの、会話が続かない。これは気まずいと感じた2人は、何かしゃべろうと話題を作る。

 

「お、おかげでリフレッシュできたし、ノエルさんたちの所に戻るか」

「そのことなんだけど……」

 

 苦笑いするレーアの後ろから、大きい影と小さい影が彼女に近づいてくる。

 朧げだが首にはタオルをかけ、片手には牛乳瓶を持って口まで運び、クビックビッと音を出しながら爽快そうに飲む2人の少女なのは確かだ。

 

「はぁ、さっぱりしたぁ~。良い温泉でしたね、艦長代行!」

「はい! やっぱり、温泉はいいですね! あっ、リュートさん。そっちも上がってたんですね」

 

 ノエルとルルだった。2人とも全く違った服装で暖簾を通り、リュートとの再会を果たした。

 

「ルルにノエルさん!? 入ってたんですか!?」

「はい! ちょうど着替えの服もありますので!」

 

 リュートはレーアの服の量が想像以上に多かった謎が今解けた。

 おそらく用意周到の2人は、こっそりと自分の分まで買っておいたのだろう。ルルは困惑の表情を兼ねて舌を出し、にっこりと笑った。

 

「えへへ、女の子はついつい買っちゃうものなんです」

 

 と、ルルが可愛らしく反省していると、彼らの背後からぞろぞろと人が出始める。ソアルたちだ。

 

「ふぅ~、さっぱりした~。初めての温泉は格別だな」

「湯が適温より少々高かったが、かなり疲れが取れた気がする」

 

 ソアルとカルロスが、ラーナとアイーシャが話していると、ちょうど目線があった。

 

「お、ソアルやカルロスも上がったんだ。そっちはどうだった?」

「ああ、結構いいお湯だったぞ」

「こっちもだよ、たまにはいいかもね。温泉。今度、暇ができたらお父さんも連れてこ」

「……そうだな。きっと父さんも喜ぶだろうな。そう言えば、リュート。どうしたんだよ、先に上がっちゃうなんてさ」

「ええと、それは……」

 

 ソアルに対して言い訳を考えていたリュートが悩みに悩んでいる内にちょうど腹の虫が鳴り始める。

 その音はソアルを含むここにいるみんなにも聞こえていた。

 

「あ……」

「何だ、お腹がすいていたのか。俺たちにも言ってくれればよかったのに」

 

 と、爆笑を引き起こした。

 

「……あはは、面目ない」

「そういえば、何も食べていませんでしたね。あっ、あっちに食堂があります。あそこで何か食べて帰りましょう」

 

 ルルの機転でリュートたちは賛同し、この施設の中にある食堂に向かうことにした。

 声をかけてきたリュートに首を思いっきり横を振ると、様子を窺っていたラーナが気になってあることを言い出す。

 

「もしかして……さっきの怒ってる?」

「さっきの?」

 

 その言葉にリュートは少し気になり出したが、ハッと気付いたレーアはなんでもない、なんでもないとあたふたしながら話を逸らそうとしている。

 

「い、いや、別に怒ってないから! リュートも気にしないで!」

「そ、そうです! なんでもないですよ、ねえ、ノエルさん!」

 

 と、突然焦りだすルルもレーアと話を合わせるかのようラーナに促す。

 

「う、うん! わたしと艦長代行がいたずらしてレーアちゃんのお肌がすべすべで柔らかったから触ったとかしていないから……!」

「へぇっ!?」

 

 リュートはノエルが発言した「すべすべ」や「柔らかった」の言葉を無意識にも想像してしまい、思わず顔が赤くなってしまう。

 

「ノ、ノエルさん! それ言っちゃってますよ!?」

「あ……」

 

 ルルの注意でノエルはうっかりする性格で墓穴を掘り、口を手で閉じたが、時は既に遅かった。

 まだ女心を熟知していなかったリュートは言いたくなかった訳を知らず、混乱している。

 女湯で起きた出来事にレーアの顔は思わず赤くなり、鋭い眼光の矛先を唯一の男子であるリュートに向ける。

 視線を感じて我に返ったリュートも若干萎縮し、重心をレーアから遠ざけるよう後ろに下がる。

 

「ねぇ、リュート……。まさか妄想なんてしてないわよね?」

 

 その笑顔の背景にある悍ましい何かを持ったレーアが甘い声で醸し出して問いだす。

 察知したリュートは、近くにいるだけで感じ取れる威圧感と恐怖に圧迫されてしまい、どうして自分なのかと弁解の余地を設けることができなかった。

 

「な、何も聞いてません……」

 

 彼の額やこめかみから多くの汗が流れ出て、なるべくレーアを見ないようにする。

 目が泳いでいると見て取れたレーアは、接近して彼が思っていることを追求するべくもう一度同じやり方の質問攻めをする。

 

「なぁんで目を逸らすのかなぁ?」

「そ、逸らしてなんかいません……」

 

 それでも、リュートは否定し続けた。肯定してしまうと、レーアからの逆鱗に触れることを恐れていたからだ。

 

「と、とにかく食堂に急ぎましょう、2人とも! 席埋まっちゃうかもしれないんで……」

「あぁ、そうですよね。すみません」

 

 ルルは、レーアを敵に回すと恐怖が陥ることを覚えたリュートを窮地から救出した。

 リュートは小声でルルに「ありがとう」と感謝を述べ、お返しに「どういたしまして」と答えた。

 食券販売機には、並べてある料理の種類は豊富のバイキングだ。数種類の定食、トッピング付きのカレー、ラーメン、うどん、デザートなどがある。またドリンクバーまで設備されていた。

 一同はそれぞれ好きな料理を選び、1つの長方形のテーブルを囲むように座った。

 

「う~ん! おいしい! ほっぺが落ちちゃいそうです~」

 

 半分に切ったたくさんの果物とマシュマロ、アイスを載せたパフェの生クリームをスプーン1さじですくい、口に入れしっかり味わうルルとラーナ。

 スパゲティをフォークで上手く包んで食べるアイーシャ、トンカツを頬張るカルロスと食事に堪能していた。

 リュートは気にかけたが、面倒なことになると思い、話すことを止めて、唐揚げ定食のメインディッシュ――唐揚げを見ると、幼い時に実家で祖父母がよく作ってくれたから揚げが大好物の1つでよく食べていたなと言わんばかりに少し口角を上げで懐かしく思い返す。

 それと同時に家に帰りたい、祖父母に会いたい、という願望が芽生え始めていた。

 食事中、振動音が鳴り響く。

 その振動音を発していたのは、ソアルのポケットだ。音と同時に振動も感知して携帯のような端末をポケットから早く取り出し、それを耳に付けて電話に出る。

 

「はい。……はい、はい。……わかりました、彼らにもそう言っておきます」

 

 ソアルが電話機能を持つ端末をポケットの中に収納し、ラーナ、カルロス、アイーシャに声をかける。

 

「みんな、帰るぞ」

 

 ソアルの言葉を聞いたラーナは頬を膨らませてブーイングを出し、カルロスとアイーシャは少々驚いた様子で見ていた。

 

「えぇー、これからいい時なのにぃ~」

「父さんからか……?」

「ああ。ちょっと手を貸してほしいんだってさ」

 

 せめて今日、本当のことを言い出したかったリュートだったが、ソアルたちにその事を言える勇気がなかった。

 

「……そっか。……それは、仕方ないね」

「ああ、本当にすまない。でも、今日は楽しかったよ、リュート」

「僕もだよ、ソアル。……その、また会えるかな?」

「それは分からないけど、きっとどこかで会えるさ。そろそろ時間だ、じゃあな」

 

 彼らの言う『父さん』の元へと向かうソアル、カルロス、ラーナ、アイーシャの4人の少年少女はモノレールへ向かう。

 陽気に楽しんでいた彼らから見れば、嘘で塗り固められた自分しか見えていない。

 今でも罪悪感に駆られているリュートは、同時に本当の自分を見ていないことに悔しく感じていた。

 リュートは泣いた。今の今まで耐えていた苦しみを解放して、足に力が入らず腰を下ろし、拳を強く握って泣いていた。

 

「リュート!?」

「リュートさん!? どうしたんですか!?」

 

 突然泣き始めたリュートにルルとレーアは愕然し、彼のそばまで駆け寄る。

 

「実は……」

 

 話を聞いたルルは、想定してなかった実際の出来事にただ驚くしかなかった。

 

「まさか、私の立てた設定が裏目に出たなんて……」

「今回の件は仕方ありませんよ。メディアに足止めをくらわせないためとは言え、彼らが血の繋がりのない兄弟なんて誰も分かる訳ありませんでしたから……」

「彼らに嘘を言ってしまったことに変わりありません。その嘘で共感させたことに一番罪悪感を感じます……。でも……」

「一番辛いのは、リュートくんです。あの子、初めて友達ができたらしくて本当の自分をさらけ出せなかったことが悔しいんだと思います」

 

 泣きじゃくるリュートを見たルルとノエルは、このままではいつ起こるか分からない戦闘で支障がきたす恐れがある気持ちもあったが、それ以前に元気になってほしい思いが一番強かった。

 ルルはその気持ちに駆られ、リュートの前に立って説得する。

 

「リュートさん、もうこれ以上自分を責めないで下さい!! 今は戦争の真っただ中ですけど、リュートさんもその内いつかは恋人を作って、守るものができて、守りたいもののために戦って……。私は1人の人生の先輩として、リュートさんには前を見て明るい未来を謳歌してほしいんです!!」

 

 涙を流しながら必死に語りかけるルルの姿を見てもリュートの心が再び開き始めることはなかった。

 余程嘘を付いたときの罪悪感を感じていた。

 

 〇 〇 〇

 

 月の近くを漂っている微惑星群に隠れている一隻の赤い戦艦があった。それは、ジェイの母艦であるレウルーラだ。

 そのブリッジで黒一色の軍服を着た鉄仮面を被った男――ジェイが腕を組んで獲物を待ち伏せている狩人のように密かに睨みつけていた。

 そこに1人の軍人がブリッジに入ってジェイ対して敬礼した後、その後ろから3人次々とブリッジに入る。

 ジェイの後ろに綺麗に横並びで立ったのは、リュートたちがフォン・ブラウンにある『ジャソンモール』で偶然にも出会ったソアル、カルロス、ラーナ、アイーシャの4人だった。そしてソアルとアイーシャは藍色の、カルロスとラーナは小豆色の軍服を着ている。

 それぞれの軍服の左肩にはワッペンが付けられていて、ソアルは左から1つの台形が横並ぶ『少尉』、カルロスは、『/』が2つに直角三角形が1つ並ぶ『曹長』、ラーナとアイーシャは『/』の形と三角形がそれぞれ1つ並ぶ『軍曹』の階級を持っている。

 

「遅れて申し訳ありません、とうさ……いえ、大佐」

「いや、こちらの都合に合わせてしまってすまない。それより、休暇は満喫したか?」

「はい。我々にこのような貴重な時間を設けてくださり、心から感謝しています」

 

 ソアルが代表して感謝を述べた後に頭を下げたことでその赤い髪が揺らぐ。

 顔を上げると、その顔はとても生き生きしていた。艦の強化ガラスの反射で見えたジェイは一瞬にこやかになるが、表情が元通りになる。

 

「……概要だけを説明する。先ほど、ヴェサリウスから連絡が入った。ヴェサリウスはこれよりアクシズで補給を行い、地球軍に奪取されたアークエンジェル包囲網を作ると

 

のことだ。これよりグワダンは――」

「……ヴェサリウスと連携してアークエンジェルを追い込み、その後に我らがアークエンジェルに搭載されているモビルスーツを相手にする、という訳ですね」

「察しが早くて助かる。お前たち――オルドレア隊は、それまで待機だ」

 

 4人の少年少女はジェイの指示に敬礼をしてからの「了解」が見事にシンクロしてブリッジを後にし、浮遊移動しながら廊下で他愛ない会話をし始める。

 

「……いよいよだな、ソアル」

「……ああ。士官学校を卒業して初めての戦場だ。失敗は許されない」

「それに『パパ』にもいい所見せないとね!」

「……気持ちは分かるけど、ここでその言葉は厳禁よ、ラーナ。今は『アレギオス特務大佐』なんだから」

「わ、わかってるわよ……!」

「いいか、みんな。俺たち――オルドレア隊の力をコロニー連合軍とハイゼンベルグ総帥、そして『大佐』に示すぞ!」

 

 強い意志を持った4人の少年少女は、共通する願いを叶えるために彼らは地球軍に立ち向かう。



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覚悟

グラナダでレーア、ルル、ノエルと共に買い物をしていたリュートは、ソアルと名乗る赤い髪の少年と血の繋がりのない兄弟と出会う。だが、リュートにとっては、初めての友達でありながら、偽りの自分を曝け出したことで、ソアルから彼らには血の繋がりがないと言わせたことにショックを受けていた。


「ただいまです……」

「……おかえりなさい、艦長代行」

 

 夕方、アークエンジェルの補給及び整備がほとんど終えていた。

 その中の待合室にいるマドックがある一点を見て困った表情をしていた。そんな中、ドアが開き、廊下から馴染みの声が活気を感じられない程小さく響き渡る。

 グラナダから帰還したリュート一行。彼女の後ろで虚ろな表情で歩くリュートに気付いたマドックは、ルルに問い尋ねる。

 

「彼、どうかなさったのですか?」

「ちょっと色々あって……。今はそっとしておいた方がいいかと思います」

 

 友達と呼べる存在ができたのだが、嘘で自分を偽っていたリュートはソアルたちへの罪悪感がまだ拭いきれず、落ち込んでいた。

 ルルの目線がマドックからマドックの前のソファーに座っている女性に変わる。

 

「……それで、マドックさん。この方は?」

「あぁ、この方は――」

 

 彼女の目に映ったのは、屋内であるにもかかわらずサングラスをかけ、ブランド物を着飾った深紅色をしている腰まで届く長髪の女性。

 かつかつとハイヒールでモデルのごとく優雅に歩きながら、ルルの前に立ち、貴族育ちを彷彿させるような言葉遣いや口調で口述する。

 

「初めまして。私は、こういうものです」

 

 その女性がバックから取り出した財布を開き、1つの紙を渡される。

 渡された1つの名刺をルルが読み上げると、驚きを隠せずにいた。

 

「……エイリー・ビスタル!? レオ・ビスタルのご遺族なんですか!?」

「ええ。レオ・ビスタルは私の祖父です。そして、私もそこで働いておりましたわ」

「……立ち話もなんですから、どうぞ」

 

 この世界で誰でも知っているレオ・ビスタルに孫がいたことに驚いたのだが、エイリー・ビスタルと名乗ったその女性に対して、ルルは警戒を怠らず慎重に事を進める。

 レオ・ビスタルの名が出るとなれば、恐らくユニコーンのことだろうとルルは彼女の魂胆を読み、あえて伏せた状態で話をする。

 この場にいある一同がソファーに座った直後、ルルが早速本題に取り掛かる。

 

「さて、あなたがレオ・ビスタルの孫である証拠を見せてください!」

 

 と、多少強気で言い放ってみたルル。

 だがエイリーは動じることなく、余裕の微笑みを浮かびながら無言でコートの内ポケットの中からユニコーンの写真が残っている携帯端末を再び取り出す。

 その端末の中に入っているアルバムを開くと、その中の1枚にエイリー・ビスタルとレオ・ビスタルが同時に写っているここ最近に撮った写真があった。

 だが、その写真1枚では、確固たる証拠としては成立し得ない。ルルは、再びエイリーに問いかける。

 

「……これでいかがかしら、艦長代行さん?」

「動画は……? もしあなたがレオ・ビスタルの孫なら、一緒に映っている動画の1つや2つはありますよね?」

「……随分と疑い深い艦長代行さんだこと。一緒に映っている動画はありませんが、これでいかがかしら?」

 

 写真では加工された可能性があると踏んだルルがレオ・ビスタルとエイリー・ビスタルが一緒に映っている動画の提示を求めると、エイリーはため息を吐いて再び携帯端末を操作して音声付きの動画を流した。

 撮影主は恐らくエイリーだろう。目の前で椅子に座っているレオ・ビスタルとその老人の手前にあるロウソクが円形状におよそ10本を刺さった誕生日ケーキの動画。

 その動画の背景は真っ暗だったが、画面中央にある誕生日ケーキのロウソクがわずかに周囲を照らし、撮影された場所はレオ・ビスタルかエイリー・ビスタルのどちらの住居か、あるいは同居している自宅の中だということが分かった。

 

〔ハッピーバースデイ、おじいちゃん〕

 

 動画を流してからの第一声は祖父であるレオ・ビスタルに祝福を与えているエイリーだ。

 だが、レオ・ビスタルはあまりいい気分にはなれず、思わずため息を吐いて忠告する。

 

〔またそれか……。気持ちはありがたいが、いい加減よしてくれ〕

〔ダメだよ。1つ年が増えたことをちゃんとお祝いしなきゃ〕

〔大きなお世話だ、エイリー〕

〔はいはい。それじゃ、ろうそくの火を消して一緒に食べましょ〕

 

 レオ・ビスタルがロウソクの火に向けて息を吹きかけ、消えたところで動画はここで終わっていた。

 エイリーに関しては声だけだったが、リュートたちが今聞いている声に間違いはなく、動画でレオ・ビスタルもエイリーと呼んでいたので99%本人だろう。

 それでも納得いかず、どこか腑に落ちなかったのか、ルルは沈黙を貫いていた。

 

「艦長代行……?」

 

 マドックから声をかけられてもルルは動じることなく、眉間にしわを寄せながら黙り続ける。

 しばらくしていると、それ以降何もしていないのに勝手にため息を吐いてがっくりした表情を見せる。

 

「……あなたがレオ・ビスタルのご子孫であることは認めましょう。それで、私たちにご用件とは?」

「……この艦に識別番号RX-0ユニコーンが保管されていると、お伺った次第です」

 

 ルル達はその言葉を聞き、やはりとエイリーをにらみ付け更に警戒を強める。

 

「知らない、とは言わせませんよ? 先ほど、フォン・ブラウンで戦闘がありましたよね? 私もその辺にいまして、この目で見たのです。交戦している機体の中にユニコーンが確認されたのも、あなたたちの艦に入っていくのも。それもあなたたちのパイロットがそれを所有している」

「……あなたの目的は何ですか? ユニコーンを工場に持ち帰ることですか!?」

「……中らずと雖も遠からず、ですわね」

 

 口述したその答えにルルとマドックは、すぐには理解できなかった。

 彼らが理解するまで待たず、エイリーの口述はさらに続く。

 

(わたくし)、いえ、我々、ビスタル・メカラニカは、あの機体を取引先に引き渡さねばならないのです」

「……引き渡す? 軍の方にですか?」

「それは、企業秘密ですので」

「……分かりました。少々お待ちになってください。ある人を連れてきます」

 

 ルルはそう言って腰を立ち上げると、隣に座っていたマドックが不安そうに小言で語りかける。

 

「……艦長代行、いいのですか?」

「大丈夫です。私――いえ、あの子を信じてください」

 

 振り返ったルルの表情には余裕の微笑みがはびこっていたが、一方でどこかに不安の念が拭いきれずにいた。

 マドックもルルが言いたいことは分かっていた。すべては彼女が言っていたあの子次第だと――。

 

 〇 〇 〇

 

 ルルの足が止まった目の先には、一つの扉。軽く呼吸を整え、そのドアの付近にある開閉ボタンを手にかける。

 ドアが開くと、彼女の瞳には部屋の脇に配置している2つの二段ベッドのうち、左側の一段目のベッドで横たわっているリュートの姿があった。

 だが、彼はまだ寝ておらず、グラナダで初めてできた友達に自分を偽っていたショックを引きずっていた。

 その音に気付いたリュートは、しばらくそっとして欲しかったので誰が来たのか知らず、その態勢のまま用件を問う。

 

「……何の用ですか?」

「……リュートさんに会って頂きたい方がいます。ビスタル・メカラニカで働いている、エイリー・ビスタルと名乗る女性です」

 

 彼女の名前、正確には性を聞いたリュートの目は落ち込みで活気を感じられなかったが、徐々に見開く。

 そして、体を立ち起こしてルルに顔を向け、聞き間違いではと懸念を入れて念のため、もう一度問い尋ねる。

 

「今、ビスタルって……?」

「……はい」

「その人は今どこに!?」

「待合室に――」

 

 場所を聞いて確信を得たリュートはすぐさまベッドから降り、エイリー・ビスタルが待っている待合室へ走って向かう。

 

「あ、リュートさん!」

 

 息を切らしててもリュートは走り続け、そして、応接室と繋がるドアの目の前にたどり着き、呼吸を整えて一歩前に出る。

 ドアを開くと、そこには携帯をいじっているエイリー・ビスタルと引いまだに困惑しているマドックの姿があった。

 マドックが先に気付き、少々小声で彼の名前を呼ぶ。

 

「あ、リュート――」

 

 ドアが開く音に気付いたエイリーは視線を呼吸を整えてこちらを見ているリュートに向けると、自分が想像していたパイロットの人物像とはかけ離れていた。

 現状や服装からして潜入して間違えて入ってきた子供だろうとエイリーは考え、リュートに声をかけて軽く注意喚起する。

 

「ちょっと、ここは君が来るような所じゃ――」

「あなたがエイリー・ビスタルですか?」

 

 だが、リュートはエイリーしか見えていなかった。

 真剣な眼差しと圧迫感を感じさせる声で問いかけるリュートに子供と思って軽く見ていたエイリーは、少々おののいてその問いに答える。

 

「……ええ、そうだけど?」

「あなたに伝えなくちゃいけないことがあります。フロンティアⅣで襲撃されたあなたの御親族の、レオ・ビスタルとユニコーンについて」

 

 その名と機体名を口にしたリュートにエイリーはすでに彼をただの一般人とは、見ていなかった。

 表情をかえて再びリュートに問いかける。

 

「……あなた、何者なの?」

「……僕は、レオ・ビスタルから託されたユニコーンのパイロット、漆原リュートです」

 

 リュートが名乗った直後、後を追いかけて息を切らしているルルもようやく応接室にたどり着く。

 とりあえず揃った面々でリュートはレオ・ビスタルが敵に追われて亡くなったこと、ユニコーンを託されたことなど、これまでの経緯をエイリーに話した。

 この少年の言っていることは真実であることを前提にして話を進めた。

 

「……祖父は、もうこの世にはいないのね」

「……お爺さんは最後まで平和を願っていました。でも、自分ではいつか限界が来てしまう……。だから、誰でもいいからこの戦争を終わらせてほしいと言っていました」

「そう……」

「エイリーさん、僕はユニコーンを託された責任として、お爺さんの最期を見送った者として、お爺さんの夢を引き継いで叶えるために戦っているんです。自分の意志で戦争を終わらせるために戦うことにしたんです!」

 

 発した言葉から説得力が高く、意志の固いことだけでなく、実の祖父であるレオ・ビスタルと面識があったことも読み取れた。

 本当に会っていなければ、このような子供が――いや、大人でもしっかりした口述を述べることは難しいだろう。

 それ以上に、エイリーはリュートのような人が息子も同然のユニコーンのパイロットに選んだことに心の中でとても安堵していた。

 

「……根っこからの平和主義者がこの子の運命を変えたのね。わかったわ、取引の件は断ることにする」

「でも、それだと、工場は……」

 

 それはここにいる誰もが懸念したいたことだった。だが、エイリーはけろっとした表情で拭い去る。

 

「ああ、別にいいですよ。それにあなたがユニコーンを本当に動かせるかどうかも見てみたいのもあるし、ユニコーンを修理にできる整備士を配備しなくちゃ誰が直すの?」

「エイリーさん……ありがとうございます。そういえば、レオ・ビスタルさんから渡されたものがありました」

「渡されたもの……?」

「これです」

 

 ポケットからボタン付きの黒い物体を取り出してテーブルの中心に置くと、真っ先にエイリーが思わず驚いた表情をしながら言いだす。

 

「これ、祖父が愛用していたメモリースティックじゃない!? 道理で見つからなかった訳だわ……。少し借りるわね」

 

 エイリーは自分のカバンの中からノートパソコンを取り出して起動すると、メモリースティックを手に取ってボタンを押す。

 メモリースティックの先端からUSBメモリーに似た金属部位が突出され、そのままパソコンの専用コネクタに接続すると、液晶画面からフォルダの選択画面が表示される。

 様々なファイルアイコンの中からエイリーが指定した1つのファイルアイコンを選択すると、中に入っていたのはメモと動画のアイコン。

 それぞれのアイコンの下にメモのアイコンには『無題』、動画のアイコンには『愛する孫エイリーへ』と表示されていた。

 メモよりも動画が気になっていたエイリーは真っ先に動画アイコンを選択すると、最初はモニター全体に黒い画面を覆った。

 開いて間もなく、レオ・ビスタルと背景にどこかしらの研究施設が映し出された。意を決したエイリーは再生アイコンを押す。

 

〔……この動画を見ているということは、そこには私の愛する孫――エイリーが見ていることだろう。まずはこのようなことになってしまってすまない。だが、私にはこうするしかなかったのだ。カルディアス・レフェリーの暗殺から戦争をし続けて10年が過ぎようとしているこの世界に、再び怨嗟が降りかかろうとしている。私はそれを予知してしまったのだ。だからユニコーンを作り、お前や従業員たちに被害が行き届かなくなるようユニコーンを動かして逃げたのだ。もしこれが仇となって迷惑をかけてしまったのなら、気の済むまで私はいくらでも謝罪しよう〕

 

「爺さん……」

 

〔最後になったが、エイリー。お前は信頼に値するたった一人の孫娘だ。お前からすれば、私は愛想の悪い、不器用なジジイだったかもしれん。だが私は、お前と一緒に時を過ごせてとても嬉しかったぞ。もう私に時間は残されていない。これが最後の言葉だ。お前が信頼する仲間と共にこの世界を救ってくれることを常に願っている。……後は頼んだぞ。そして、今の今まで多くの迷惑かけてすまなかったな〕

 

 と、およそ1分のレオ・ビスタルの思いが詰まった動画がここで終わっていた。

 しばらく沈黙を保ったまま、リュートはエイリーの顔を見ると、彼女の目に涙があふれ出ていた。

 遺言同然の動画をレオ・ビスタルの遺族に見せれば、誰も泣かない者なんているはずもないだろう。ましてや、彼のような人ならばなおさら。

 

「エイリーさん……」

 

 と、リュートが必死に声をかけると、我に返ってすぐに溢れた涙を拭うために眼鏡を外してハンカチで拭き取った。

 

「分かってるわ……。メモを見ましょう」

 

 気持ちを切り替えて動画を一時しまって次はメモのアイコンにカーソルを合わせてクリックで開くと、最初に浮かび出た物は、3行から4行の文章で書かれたものがいくつかに区切っていてその長文の上には必ず日付が書いてある。これらをパッと見した限り、エイリーは1つだけ確信を得て言えるものがあった。

 

「これ……メモというより、日記みたいね。読んでみるわ。C.Y.17年、12月24日。いつも通りに地球軍事統合連盟、コロニー連合軍からの新型モビルスーツの発注が後を絶たない。戦争の発端は、中立国コロニー・イフィッシュの党首であるカルディアス・ノア・ストランドの暗殺――狂乱のクリスマス・イブと言われる、ちょうど2年前に起きた事件だ。それによって、地球軍とコロニー連合軍は対立し、好き放題に戦争をやっている。ビジネス的に言えば感謝を、人間的に言えば、罪悪感を感じていた。これが私が戦争に対して初めて皮肉を言うようになった瞬間だ。私は、これからもこれに書き記し、戦争に対して皮肉を言い続けることだろう……」

 

 と、一番上のに書いている文章を読み上げたエイリーは、このメモをレオ・ビスタルがこれまで書いた日記と断定した。

 マウスでスクロールしてさらに読み上げていくと、それ以降戦争に対して皮肉を言い続けていた。

 エイリーはある文字を見た瞬間、手を止めて1つの日記を目で読み解く。

 

「これは……?」

「どうしたんですか、エイリーさん?」

「リュート君、このページの日記を見て」

 

 エイリーが指定した日記にリュートが続いて見る。

 

 --------

 

 C.Y.21年 5月2日

 先日、電話で手伝って欲しいとのことで私の古い友が彼の家に私を招いた。元から金持ちだったため、その公邸の輝きは相変わらずだった。

 彼の要望は何かしらの実験装置の開発だと言うのだが、何やら胸騒ぎがしてならなかった。しばらくして、私の助手や彼の研究員の手を借りてその装置は完成した。

 完成した後私は、しばらくコーヒーを飲んで休んでいたのだが、突如外が慌ただしくなっていた。何事かと思って廊下に出てみると、1人の少女が意識不明のまま担架に運

 

ばれて去っていた。私は無意識にも少女ではなく、装置のところへ戻った。誰かが導かれているような、私はその装置から目を離さなかった。

 私はその装置の一部をビスタル・メカラニカに持ち帰り、残業として研究することにした。

 

 C.Y.21年 5月18日

 これまで起きた戦争が功を奏して様々なモビルスーツ専門の企業が立ち上がった。これを機にビスタル・メカラニカの存亡が危うくなり、遂には倒産にまで至った。

 これ以上戦争の道具を作りたくなかった私にとってはこれで良かったかもしれないが、エイリーを除く社員はどうだろうか。きっと、不満が募っているに違いない。

 私は、彼らをモビルスーツ製造を生業とするいくつものの他の企業に頼んで入れてくれないかと承認するまで頭を下げ続けたが、定員だからとの理由でほとんどが雇えてもらえなかった。だが、私と同じモビルスーツ製造をしている大学の友人に頼んだ結果、8割がた雇ってもらえることにした。

 残されたエイリーと元人員の中には、私に一生付いていくと言う者もいた。

 1人でも出来ないことはなかったのだが、1人でも多く人員が私を助けてくれることに感謝しかなかった。私は、彼らの力を借りて人生最後のモビルスーツを作る。

 

 C.Y.25年 5月21日

 私は多額の資金を使ってフロンティアⅣで使われなくなったモビルスーツ製造工場を借りて製造したモビルスーツが完成した。識別番号RX-0、名はユニコーンだ。

 名前の由来は見たままだが、我ながら悪くない。この機体は、一見バイザータイプの機体だが、NT-Dシステムが発動するとガンダムタイプに変形する面白い特性を持つ。

 早速実用段階に入ったが、インテンション・オートマチックシステムと同じ特殊管制システムである、NT-Dシステムが機能しないのだ。理論上、機能するはずなのに。

 何度も実践してもモニターは機動するのにOSがかみ合わないのか全く動こうとしない。また一からやり直しか。

 

 C.Y.25年 6月15日

 先日、旧友の家から持って帰った装置の一部の解析した結果が完了した。驚くべきものが発見された。

 この装置の周波数は、サイコミュ系統の装置に非常によく似ている。だが、偶然に出来上がったものだ。専門の力を借りて見分けても準サイコミュが一番妥当だろう。

 今思えば、あの装置は動かす際のOSや実行プログラムでしかなかったはずなのに、なぜサイコミュシステムが生まれたのだろうか。私は、そこが不思議でならなかった。

 

 C.Y.25年 7月21日

 NT-Dが機動しないまま1か月以上が過ぎた。医者の宣告であと数か月しか生きれない私は、とても焦っていた。

 気が気でなかった私は、最後の賭けに出た。ユニコーンに搭載されている2つのシステムと一緒にサイコミュシステムを組み込んだ結果、NT-Dが動いたのだ。

 開かれることのない開かずの扉が最後の賭けという鍵を使って開けたことに私は久しぶりに歓喜を覚え、エイリーや社員たちと共にこの喜びを分かち合った。

 私は、ユニコーンに組み込んだ準サイコミュシステムをバイオセンサーに近かったことから『A.R.B.I.T.E.R.system』と呼称した。他の社員にはまだ伝えていないがな。

 私は『A.R.B.I.T.E.R.system』が、ユニコーンが戦争で穢れてしまった世界を救ってくれると確信もなく信じ切っている。

 自分が作ったシステムだからではない。自分を依怙贔屓しているわけでもない。それでも、なぜか信じ切ってしまっているのだ。

 もし、私が何かあった時はエイリー、後のことはよろしく頼む。『A.R.B.I.T.E.R.system』を、ユニコーンのパイロットを助けてやってくれ。

 

 ーーーーーーーー

 

 日記はこのページで終わっていた。

 最後の日記に記された『A.R.B.I.T.E.R.system』という大文字と小文字のアルファベットとコンマで構成された1つの文章が大きく目立っていた。

 この文字を普通に読むと、『アービターシステム』だが、その言葉すら聞いたことがなかったリュートは眉を細めながらその言葉を小声で連呼して、様々なガンダム作品に登場するシステムに限定して振り絞ってもこのシステムに該当するもの、近しいものは見つからなかった。

 その可能性を取り除いて、考えられる可能性は1つしかない。この世界で初めてできたオリジナルの可能性だ。

 

「アービターシステム……。初めて聞いた名前だけど、あなたのお爺さんらしい、洒落た名前ですね」

「ええ。リュート君、どういう縁か分からないけど、おじいちゃんのユニコーンを動かせるのはあなたしかいない。だから、よろしく頼むね」

「……はい!」

「ルル艦長代行、最後になりましたが、これからよろしくお願い致します」

「他のクルーたちにもあなたが来ることは伝えました。私の方からもよろしくお願いします!」

 

 お互い完全に和解し、エイリー・ビスタルを一クルーとして快く迎え入れたリュート一同は握手した。

 

「ああ、それとリュート君を借りますね。ユニコーンの件で少し詳しく聞きたいので」

「はい、分かりました」

 

 ルルが返事すると、エイリーはリュートの肩を叩き、小言で伝える。

 

「しばらくしたら、私の部屋に来てちょうだい。ちょっと大事な話があるの」

 

 彼女の言う話しとは、おおよそユニコーンに関することか何かかと予想はしていたリュートだったが、それと同時に疑問も抱いていた。

 それは、レオ・ビスタルがなぜリュートがこの世界に来ることを予言していたか、どうして追われていたのか、だ。

 その孫娘であり、共に働いていた彼女になら、直接有力な情報は得られずともそれに関する情報は手に入れられるはずだと踏み、約束する。

 

「……わかりました」

 

 承諾を得たエイリーは「また後で」のジェスチャーとして右手のひらを立てて、リュートと別れた。

 アークエンジェルに着いたその5分後、グラナダのモールで買った私服や生活用品の簡単な仕分け作業を終えて、エイリーがいるとされる部屋に向かう。

 エイリーの部屋にたどり着いたリュートは、自動ドアをノックする。

 

「ビスタルさん、リュートです」

「入っていいわよ~」

 

 ドア越しから響く、普段と違って妙に色気を醸し出すエイリー・ビスタルの声。

 ドアが開き、リュートは一歩前に出て部屋に入ると、目の前には簡易デスクと回転と移動の両方をこなすタイプの椅子、そして周囲に彼女と思われる女性1人でも持ち運べる量の荷物が置いてあるが、肝心のエイリー本人がいない。

 「あれ?」と不思議と思ったリュートはおよそ5,6畳程の部屋の周囲を見渡すと、右側でこちらを背にして着替えている最中の下着姿のエイリー。

 

「なな、何してるんですか!?」

 

 この場合は不可抗力だが、紫色のランジェリーを身につけた女性の裸体という刺激の強いものを見てしまったリュートは反射的にエイリーを背にして動揺しながら叫んだ。

 

「見ればわかるでしょ? 着替えてるのよ」

 

 彼女の手元には地球軍の軍服。余り物であったので実際着ていたところだ。

 裸の後ろ姿をまだ焼き付いているリュートは硬直していくのに対し、エイリーは落ち着いていて軍服を着用した後、最後に長い髪を編み始める。

 

「だ、だからって、こんなタイミングで着替えなくても……!」

「あら、私は君のような年相応の男の子が入ってきても全然気にしないわよ?」

「こっちが気にしますよ!」

 

 と言うと、小悪魔にいじりだすエイリーはクスクスと笑い出す。

 

「もういいわよ。こっち向いても」

 

 エイリーの一声で安堵と疲労が入り混じった、疲れによるため息を吐いたリュートは、ぐるっと180度回転して、態勢をエイリーの方角に向けたようやく本題に入る。

 

「……そ、それで、話っていうのは?」

「話は他でもないわ。レーアちゃんから具体的な内容を聞いたのだけれど、あなた、どうしてその倉庫に入ったの?」

 

 戦場と化したフロンティアⅣで出会ったレーアと同じ質問をするエイリー。

 またか、と心の中で嫌々に思ったリュートはまだそれの言い訳をまとまっていなかった。

 

「あー、えーっとですねぇ……自分は、こう見えて臆病なので近くの建物に立てこもっててですね……」

 

 苦々しい表情をしながら、ちぐはぐな口ぶりでごまかそうとするが、エイリーはなぜかため息を吐いた。

 

「……もっとましな言い訳したら? 別世界の訪問者くん(・・・・・・・・・)?」

 

 すでに見透かしていたエイリーの発したその言葉と鋭い眼光にリュートは恐怖を感じながらも威嚇の表情でにらみ返して、警戒したまま後ずさりする。

 

「そんな怖い表情をしないでよ。でもまあ、無理もないか。今の君にとっては、私を警戒するべき人物と捉えてるんでしょうね」

 

 発言しながら回転仕様の椅子に向かってスローテンポで歩き、遂には座るエイリー。

 今ここでユニコーンを持ち出してアークエンジェルから逃げてもいいのだが、エイリーがどのような行動をしでかすか分からないし、たった1つしかない自分の居場所を自ら手放すことにもなる。

 ここで今浮かばせている余裕の微笑みの裏を慎重に探ることが最善の方法と考えていたリュートだったが、その隙が一向に見当たらない。

 

「でも、そんなのは無用よ。だって私は、君を助けるつもりで呼んだのだから」

「僕を、助ける……?」

 

 意外にもリュートは困惑したが、それでもエイリーは口述し続ける。

 

「ええ。君は、この世界に存在するはずのない存在……。君のいた世界に戻れる手段が見つかるまでは、頑張って生き延びるしかないのが現状なのよね」

 

 自分と共有できる仲間を得られたことで天涯孤独だったリュートにとってはこの上ない天の助けなのだが、心の底から素直に喜ぶことができなかった。

 元の世界に戻れる……。仮にその世界に戻れたとしてもその先は生き地獄でしかない。だが、同時にそこには祖父母もいる。

 ここは希望の光が見えて喜ぶべきなのか、行き逝く果てが絶望に打ちひしがれてどんよりな表情をするべきなのか、どのような表情をすればいいのか悩んでいたのだ。

 喜ぶどころか、意外にも突然黙り込んだ少年に疑問に思ったエイリーは、声をかける。

 

「どうしたの、リュート君?」

「あ、いえ……。1つ聞きたいことがあります。どうして僕がこの世界に来るって分かってたんですか?」

「……それは、おじいちゃんが予知していたのよ。正確には、おじいちゃんの予知と私の推論だけどね。信用してなかった訳じゃなかったけど、おじいちゃんの話を聞いた時はさすがにそんな事、起こるはずないと思ってた。でも、君の話を聞いた瞬間、正直鳥肌が立ったよ」

 

 ――生きている間に最後の役割を終えてよかった……。別世界から来た救世主の旅立ちを迎えることが……!

 

 エイリーの発言からレオ・ビスタルが死ぬ間際に残したあの言葉が蘇った。

 レオ・ビスタルがエイリーだけ話をしたのは、誰にも悟られたくなかったからで、エイリーがあの時に自分のことで話さなかったことは自分への配慮だと今確信した。

 

「リュート君、私はこれから君という存在が確定される書類を作る。もちろん、これは違法だけど、君をこの世界で生きるにはこれしかない」

「できるんですか、エイリーさん!?」

「私には、凄い友達がいるからね。あとは私に任せて、君はゆっくりしているといい」

「……分かりました、お願いします」

「あ、それと大事なものを忘れるところだった」

 

 と、何かを思い出したエイリーは席を立ち、駆け足でまとまっている荷物の所へ向かい、その中で一番大きな荷物を細長い腕で抱え込んでよっこらしょと取り出す。

 その中身だけを取り出し、リュートに渡されたものは、パイロットスーツだ。

 

「これは、パイロットスーツ……?」

「そのパイロットスーツは、【DDS】とよばれる対G用薬剤投与システムが搭載されているの。これなら、NT-D発動時にGの負荷が軽減されるわ。そして、これを使ってNT-Dに慣れる特訓をする。今のあなたじゃ、NT-Dに振り回されてるだけ。強くなりたいなら、相応の覚悟はしておくことね」

「特訓……」

 

 その言葉を繰り返して口述すると、リュートはつばを飲み込み、パイロットスーツを形相の顔で見つめた。

 エイリーの部屋を退室し、頂いたパイロットスーツをロッカーに戻すためにロッカールームへ向かう。

 だが道中、リュートは今でも気持ちは晴れやかにはなれなかった。それは、自分は生涯この世界で生きていくしかないのかという懸念だ。

 仮に戻ったとしても一体どのような人生を送るのか、それ以前に送ることができるのかやるせない気持ちが彼を苦しませている。

 ため息を吐き、疲れた表情をしていたら、角前でカレヴィとばったり会い、考え事で目の前にある物を見えていなかったリュートは思わず驚いて声を荒げてしまう。

 

「か、カレヴィ……!?」

「おう、リュート。なんだ、そのパイロットスーツは?」

「エイリーさんから貰ったんだ。ユニコーン専用のパイロットスーツだって」

「そうか。あと2時間でアークエンジェルが出港する。まだフォン・ブラウンか避難民の人たちに心残りがあるなら、今のうちに済ました方がいい」

 

 カレヴィの進言にリュートは前向きに検討した結果、フォン・ブラウンで共に戦ったライノ・ブルスの見舞いを思い付いた。

 残り2時間でフォン・ブラウン市にある病院ならば、今行けば出港まで十分間に合う。

 憂鬱な表情から少しばかり明るい表情になったリュートは、気の利いた発言をしたカレヴィに感謝した。

 

「うん、そうしておくよ。ありがとう、カレヴィ」

 

 顔を上げて快く立ち去っていったリュートの背中を見ていたカレヴィは、表情を変えて角前で出合い頭になるまでのリュートが歩いていた廊下を歩き始める。

 歩き続けて彼の足を止めた先は、エイリーの部屋。

 カレヴィはドアをノックすると、リュートの作成していたエイリーは感づき、そのデータを一時保存した後、パソコンの電源を落とし、「どうぞ」と答えた。

 カレヴィを見たエイリーの表情は、想定していなかった人物が来たと言わんばかりに焦りが少し見え始めている。

 

「あら、あなたがこの艦に乗っていたなんて。久しぶりね、カレヴィ。ビスタル・メカラニカ以来かしら?」

「今はそんな気分じゃねぇんだ、エイリー。……リュートに何か吹き込んでねぇだろうな?」

 

 自然な会話で持ち掛けて気を紛らわそうとするエイリーにカレヴィは、その作戦を見通すかのような般若のような形相と鋭い眼差しでにらみ付ける。

 恐らくリュート視点で自ら自分は異世界人とカミングアウトするはずはない。偶然会ったリュートの表情を読み取って憶測でここまで辿り着いたと、エイリーは推測した。

 今ここで幼なじみであるカレヴィにリュートの真実を語っても信用に値するかどうか正直見当が付かない。

 かといって、互いが互いを知っている腹で嘘で誤魔化せるほどカレヴィは容易い相手ではないし、出会って間もないリュートの秘密を守る義務がある。

 カレヴィの指摘にリュートとの約束を破り、真実をここで打ち明けて納得させるか、それとも守り続けるかの板挟みの状況の中、エイリーの答えはすでに決まっていた。

 

「……何のことかしら? 私はただ、ユニコーンのことを話しただけよ?」

「もう一度言う。リュートに何を吹き込んだ?」

「……あなたが同じ質問をし続ける限り、こちらも同じ答えで答えるわ。昔から感が鋭かったあなたにとっては納得がいかないでしょうけど、これは事実だから」

 

 リュートとの守秘義務を選んだエイリーは、罪悪感を抱えながらもカレヴィを押し通し続けて部屋を後にしてユニコーンが保管されている格納庫へ向かう。

 

「あ、そうだ! リュート君と一緒にユニコーンの調整をするんだった! すっかり忘れてわ!」

 

 と、ワザとらしく、あざとい言い方をしてこの場から逃げ出した。

 

「……まあいいさ。今回は引き上げるが、あいつに何かしたら、例えお前でもただじゃすまさねぇからな……!」

 

 と、エイリーの苦手対象に入っているカレヴィはその形相を変えることなく、彼女をにらみ続けながら背筋を凍えさせるような捨て台詞を吐いて部屋を後にした。

 その扉が閉まり、カレヴィの足音は徐々に小さくなり、遂には聞こえなくなった。最初から既に神経を敏感にしていたエイリーは疲労し、脱力する。

 

「ふぅ、見ないうちに更に鋭くなったわねぇ、あのやろぉ……。リュートには何もしないっつーの……」

 

 と、多少口が悪くなった挙句愚痴を盛りつけた独り言を呟いた。

 隠し事がなかったのなら、これを喜ぶべきだろうが、この場合は本当に喜ぶべきなのか迷っていた。それは彼をよく知っている自分自身でも分からないまま向かう。

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルが出港する1時間50分前、リュートはパイロットスーツをロッカールームに収納した後、アークエンジェル周囲を徘徊していた。

 カレヴィの進言で一言言わないといけない相手であるライノ・ブルスが所属するレジスタンスを探していたのだ。

 ライノ・ブルスの見舞いの発想は良かったものの、彼が所属するレジスタンスの同胞についての情報の当てもなく探し続けていたので正直困っていた。

 そこにルル・ルティエンスと眼鏡をかけた老人が何かを話しながらリュートの前を横切って歩いていた。

 

「あれは艦長代行……。それと、あの話している人は誰だろう……?」

「あ、リュートさん。どうしたんですか?」

「あ、いえ。それよりもこの人は……?」

「この方はフォン・ブラウン前市長のビル・ウーバン氏です」

 

 ルルと対話していた彼がフォン・ブラウンの前市長――ビル・ウーバンだ。

 ビル・ウーバン氏はルルの前に出て被っていた茶色のハットを取り、リュートに向けて自己紹介した。

 

「初めまして。私はビル・ウーバンと言います」

「あっ、こちらこそ初めまして……! 僕は漆原リュートと言います……!」

 

 少年の名前を聞いたビルは一度その名前を復唱し、以前ライノ・ブルスが言い聞かされていた名前と一致した。

 

「おぉ、君か! ブルス君から話は聞いているよ。その若さながら、フォン・ブラウンを守るために戦ってくれたんだね!? 本当にありがとう!」

 

 興奮から声を高らかにしてリュートの手を握るなどオーバーリアクションな接待にリュートは戸惑いを隠せなかったが、ビル・ウーバンが言い放った口述の中に

 

『ブルス君』という言葉があったことを聞き逃さなかった。

 リュートは早速、自然な流れから話題を変えてライノ・ブルスの行方を尋ねる。

 

「あ、い、いえ……! そ、それよりも、ウーバンさんはライノ・ブルスさんを知っているんですか!?」

「ブルス君は、今近くにあるフォン・ブラウン市病院で入院しているが、元気だよ。なんだね、彼に会いたいのかね?」

「……はい。出港する前にブルスさんに会わないといけないと思いまして」

「なるほど。わかった。私の車で送ってあげよう」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 次から次までビル氏の厚意にリュートは、深々と頭を下げて感謝した。

 

「ルティエンス殿、私はこの子を病院まで送りますのであとはよろしくお願いしますぞ」

「はい! リュートさん、いってらっしゃい!」

 

 ルルに見送られながらリュートはビル氏の車でライノ・ブルスが入院しているフォン・ブラウン市病院に向かい、10分足らずでその市病院に着いた。

 受付にいるナースにライノ・ブルスが入院している部屋を聞くと、ライノ・ブルスが入院している部屋は4階にある417号室と区分されている個室だ。

 ビルより先にたどり着いたリュートが扉をスライドしてその部屋に入ると、足元に何かが当たる。

 

「いたッ……!」

 

 声からしてどうやら小さな女の子が出合い頭に当たってしまったようだ。

 しゃがんだリュートは反動で尻もちをついている女の子に故意ではない衝突に対して謝罪するが、見たことのある顔の女の子だった。

 

「あぁ、ごめん! 大丈夫!? あれ、君は……」

「あ、リュートおにーちゃん!」

 

 当たって尻もちを付いた少女は、フロンティアⅣの避難民としてアークエンジェルに乗り込んでいたアイリだ。

 こんな所で会うなんて正直思っていなかったリュートは、驚きを隠せずにいた。

 

「アイリ! ここは病院だから走っちゃダメって……あら、あなたはアークエンジェルにいた……」

「やっぱり、アイリちゃんとそのお母さん! でも、どうしてここに……?」

「きょーはパパにあいにきたのー!」

「ぱ、パパって……じゃぁ、アイリちゃんのお母さんとライノさんはご夫婦……!?」

「まぁ、そういうことになるわね……」

 

 と、苦笑いするアイリの母親。

 

「うるさいなぁ。もう少し静かにしてくれないか?」

 

 騒がしい声に釣られたのか白で染まったこの部屋の奥にあるカーテンの隙間から不機嫌で寝ぼけた顔がひょっこりと出る。病衣姿のライノ・ブルスだ。

 頭部には包帯が巻かれ、左腕には透明の液体がパックされている点滴用の針が埋め込まれているが、元気な声や機敏な動きからして命に問題はないようだ。

 

「おお、誰かと思えばリュート君じゃないか! ビル前市長殿が連れてきたんですか?」

「この子が君に会いたがっていたものでね、すぐ連れてきたんだ」

「ライノさん、まだ休んでいた方が……」

「僕はこう見えてタフなんだ。怪我なんて1日あれば十分……いてて!」

 

 と、元気アピールで動かしたことが裏目に出てしまい、体中に痛感する激痛によりゆっくりとベッドに横たわる。まだ戦闘の傷が完全に癒えていないのだ。

 慌てたライノの妻が駆け寄ってゆっくりとライノの体を寝かして最後に掛け布団を掛ける。

 

「もう……。先生がしばらく安静にしてって言ってたじゃないの」

「ははっ、すまないな、リィズ。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

 

 と、茶目っ気なライノは苦笑いし、リィズと呼ばれたライノさんの妻もその笑顔に釣られて微笑んだ。

 そのタイミングを見計らったウーバン氏は、咳払いしてリィズとアイリの前に立つ。

 

「ああ、申し訳ないが、奥さんと娘さんは少し間退室してください。すぐ終わりますから」

「……分かりました。ジュースでも買おうか、アイリ」

 

 市長の言葉の中身にある恐怖を少し感じながらも、自分の娘の心配してくれたことに納得したリィズは、アイリを抱きかかえて部屋を後にする。

 ドアが完全に閉まり切ると、早速リュートは薄々感じながら自分を残してもらったウーバン氏の意図を尋ねる。

 

「市長、僕を残したってことは、コロニー連合軍のことですか?」

「……察しが早くて助かるよ。これから話すことだが、これを聞いてしまったら、もう後戻りできないかもしれない」

「どういうことです?」

「まずはこれを見てもらった方が早いだろう」

 

 ウーバン氏のかばんから表紙に金箔に塗られた十字架とパーツで部分装飾された白い本を出し、リュートに手渡す。

 

「これは聖書?」

「……中身の最初のページを見てくれ」

 

 ウーバン氏の言う通りそのページを開いてみると、タイトルなのかページの真ん中に奇妙な言葉が大きく書かれていた。

 

「破壊の神と創造の神、それすなわち表裏一体の神なり……? 何だこれ?」

「この聖書は、ガジーの執務室だけじゃなく、ガジーに関係がある人物の自宅と同じものがいくつか発見された」

「……カルト教団か。こりゃまた面倒なことに首を突っ込んだな」

 

 リュートもその言葉に耳にしたぐらいだが、聞いたことはあった。

 彼がいた地球にもそのような宗教は存在していた過去があり、それらもまたあがめられた指導者の命によって人々を虐殺したりしていた。だが、現時点では既に全てのカルト教団は解散されていて、予兆も確認されていない。

 そして、ライノが発言した、『面倒なことに首を突っ込んだ』ということは、まだこの世界にはカルト教団が潜んでいるということになる。

 夕日に照らされていながら窓からフォン・ブラウン市の景色を遠くに眺めているウーバン氏にリュートは再び尋ねる。

 

「じゃぁ、このカルト教団もどこかで本拠地を構えているってことですか?」

「いや、今はどこでもメールや電話が使える時代だから通常は一個人が点在しているだろう。そして、こっそり集会するのだから、発見するのは容易ではない。さて、話はここまでにしよう。アイリちゃんと奥さんが待ってるからね」

 

 自分から話し始めたウーバン氏は途中、手を叩いて表情を変え、自分から辛気臭い話は幕を閉じた。

 

「分かりました。リュート君も今日は来てくれてありがとうな」

「いえ、出港する前にライノさんに会っておこうと思ったものですから。レジスタンスの人たちはこれからどうするんです?」

「アルフレッド・ルー・ガジーの非道な独裁政権は崩れたし、奴のおひざ元で暮らしていた連中も全員逮捕したしな。あとは、市民の信用に足る人物が新市長になって、このフォン・ブラウンを守る機動警備隊を再結成してくれることを祈るだけかな。君たちがここに戻ってくれることとは限らないしけど、また会えると信じてるよ」

 

 ライノの笑顔とその言葉にリュートは照れ臭くて真っ赤な顔をしていたが、心の中では感じたことがないほど歓喜していた。

 それだけで自分たちがしてきたことは間違っていなかった、困っている人たちを助けることができたと心の底から誇れるように思ったのだ。

 

「……僕もです」

「では、この辺で。お大事にな、ライノ君」

「はい。今日はありがとうございました」

 

 別れの挨拶を済ましたリュートとウーバンは病室を出ると、目の前にライノの妻と缶ジュースを飲んでいる娘が座って待っていた。

 気づいたウーバン氏は、その2人に駆け足で近寄って感謝を伝える。

 

「奥さん、今日は突然お邪魔してすみませんでした」

「いいえ、来てくれただけでも感謝しています。ありがとうございました、新市長」

 

 明るく感謝を述べたリィズの視線は、ウーバンからリュートに向けて話を続ける。

 

「それで、この子はどうするんですか?」

「リュート君はあの艦に乗せます。彼には行くべきところがあるんです」

「リュートおにーちゃん、もうあえなくなるの?」

 

 と、眉間を寄せて悲し気な表情で訴えてくるアイリに何を言えばいいのか悩んでいたリュートは、レーアの行動を思い出して幼児にも分かる簡単な言葉でしゃがんで優しく答えた。

 

「……しばらくお別れするだけだから。またどこかで会えるよ、きっと。アイリちゃん、元気でいてね」

「……うん! あ、これおにーちゃんにあげる!」

 

 小さなバックパックのポケットから皮と綿で作った男女の小さな人形が取り出された。その2つの姿は、髪の色や形からしてリュートとレーアだろう。

 今までこのようなことがあったのだろうかとリュートは、人形を抱きしめながら祖父母以外の他人から優しく受け入れている温もりに思わず泣きじゃくる。

 

「おにーちゃん、だいじょーぶ?」

「……うん、大丈夫だよ。アイリちゃん、これ、僕とレーアお姉ちゃんだよね?」

「うん! そうだよ!」

 

 そのことを聞いたリュートは満足げな顔をして、涙を拭ってもう一度人形を見た。

 

「……ありがとう」

 

 入院しているライノ・ブルスの様子を見に行くという目的を達成しただけでなく、自分を支えてくれる人たちを心の底から守りたいと思い始め、彼らのために戦うことの決意を固めたリュートは、ウーバンの車で再び宇宙港に戻った。

 その1時間半後のアークエンジェル出港時間、ブリッジにいたルルは、マドックやクルーたちと共に最終確認をした。

 

「メインスラスター及びサブスラスター出力、規定値超え確認。ラミネート装甲、各武装チェック、異常は見られません」

「内部重力バランサー、安定。各換気排出器官、正常。システム、オールグリーン。艦長代行、いつでも行けます!」

「はい。では、アークエンジェル、発進してください!」

 

 ルルの合図でアークエンジェルは多くのフォン・ブラウン市民の歓声に見守られながら宇宙港から旅立ち、目的地点であるニューヤーク基地に向かうため、地球へ出港。

 その様子を黒と灰色のツートーンカラーをした機体がライフルの形をしたカメラで映し、その映像を月の裏側周辺で漂っている微惑星に隠れているグワダンに送られた。

 中継役を買って出た機体は、【ザクⅢ強行偵察型】。その名の通り、偵察のために作られたザク系統の機体である。

 ザクⅢ強行偵察型から映像信号をキャッチしたグワダンのブリッジクルーは、すぐに知らせた。

 

「偵察機より入電! 光学映像、出します!」

 

 そのブリッジクルーの操作でグワダンの大型モニターにアークエンジェルが宇宙港から出ていく様子が映し出された。

 

「アークエンジェルが動いたか。これより我らも作戦行動に入る!」

「グワダン、発進! 追尾目標アークエンジェル! レーダーにギリギリ引っかからない距離で追えよ!」

 

 艦長の指示で微惑星に突き刺して艦体を固定していたアンカーを収納し、アークエンジェルに向けて発進した。

 同時にジェイは体を180度方向を変更してドアの方へ向かっていく中、艦長にこう伝える。

 

「しばらくは任せる、ヒューイ。私は、機動遊撃部隊との最終ブリーフィングに行ってくる」

「その機動遊撃部隊とは、オルドレア隊のことですかな?」

「今回の作戦においては、彼らしか頼めないからな。それに、私はあらゆるもの全てを教えたつもりだ」

「……了解しました、大佐」

 

 承諾を得た直後、ジェイはブリッジを後にする。

 2ブロック先にあるブリーフィングルームでソアル率いるオルドレア隊がジェイの到着を今か今かと心待ちにして座っていた。

 ジェイがこの部屋に来室すると、4人のパイロットたちは一斉にして立ち、一糸乱れぬ機敏な動きでジェイに向けて敬礼した。

 彼も敬礼して手を下すと、パイロットたちも続いて手を下して着席する。

 

「これより最終ブリーフィングを行う。まず最初に伝えるべきことがある。先ほど、フォン・ブラウンからアークエンジェルが発進したことが確認された。現在レウルーラはアークエンジェルを追跡中だ。アークエンジェルは、現在2つの管轄エリアの抜け道を通る。我々はその抜け道を利用し、強襲を仕掛ける」

 

 ジェイの背後にある長方形のモニターを起動し、戦闘中のユニコーンと移動中のアークエンジェルの映像が映し出され、教卓の内棚に置いていたレーザーポイントを取り出して順序に説明を追っていく。

 

「前回のブリーフィングでも言ったが、ミコット少佐の情報でアークエンジェルにユニコーンが搭載されていることが確定された。ユニコーンの他に搭載されているガンダムタイプの機体も2体と確認されているが、どちらも高い戦力を保持している。だがあくまでユニコーンの奪還、又は破壊が我々の最優先目標だ。レウルーラもアークエンジェルの追撃に参加し、可能な限り支援をする。またユニコーンは、ガンダム形態になる。そうなった場合は、むやみに戦闘を繰り広げるな。しばらく経過すれば、自然と元の形態に戻り、戦力も大幅に下がる。勝敗を決するのはスピードだ。これが戦局を左右されるだろう」

 

 ジェイの作戦の説明を終えたところで一番前に座っていたソアルがスッと挙手し、この作戦とは無関係の質問をする。

 

「大佐、1つ質問があります。……この作戦とは無関係ですが、ユニコーンのパイロットは少年、という噂を聞いたんですが、本当ですか?」

「ああ、本当だ。身振りからして民間人のようだったが。それがどうかしたのか?」

「……いえ、何でもありません。質問は以上です」

「各員は戦闘に備えろ、解散」

 

 最終ブリーフィングが終わり、ジェイのあとにオルドレア隊がブリーフィングルームを退室すると、居ても立っても居られず先ほどの質問を訪ねてきたのはラーナだ。

 

「……ソアル、なんであんな質問したの?」

「ラーナ、あれは……」

 

 黙秘をし続けるソアルの代弁をしようとするアイーシャにラーナは、チームの仲を壊さないよう振り払う。

 

「今はソアルに聞いてるの、アイーシャ。ソアル、あたしの質問に答えてよ」

 

 部隊を預かる一隊長としての使命や威厳を損なわせないために内側でため込んでいた不安がラーナの往生際の悪さに負けて遂に吐き出した。

 

「……あの時、ユニコーンのパイロットが少年という事実からか、なぜかあいつのことを思い出してしまってな。せめて、あいつじゃなければなって思ってな」

「リュートのことね……。それは、あたしたちだって同じ気持ちよ! それに、リュートがユニコーンのパイロットっていう可能性はかなり低いから、心配する必要なんてないのよ、ソアル。仮にそうだとしても、隊長が不安がってちゃ、あたしたちまで不安になっちゃうわよ……」

「ラーナの言う通りだ。ソアル、お前がやりたいことをやればいい。俺たちは底まで付き合うよ」

 

 見透かしていたラーナを筆頭として一同にから鼓舞されたソアルの表情は、だんだんと良くなっていった。

 

「……ああ、そうだな。すまない、ラーナ、みんな」

 

 〇 〇 〇

 

「レーア!」

 

 後ろからアークエンジェルの廊下に響くリュートの活気ある声にレーアは、振り返る。

 

「どうしたの?」

「渡したいものがあるんだ、これを」

 

 たどり着いたリュートはポケットからアイリからもらったレーア似の人形を渡す。

 

「これ、私?」

「アイリちゃんが作ってくれたんだ。僕のもあるよ」

 

 もう1つのポケットからリュートの人形も取り出し、レーアに見せびらかす。

 

「そう、あの子が……」

 

 反応は泣きじゃくるまではいかなかったが、リュートとほぼ同じで自分似の人形を見て微笑んでいた。

 このタイミングで何か声をかけなければと考えたリュートは、人の温もりを感じた自分の意志をレーアに伝える。

 

「……レーア、僕はあの人たちと会って思ったんだ。こんな時、自分のことで精一杯なのに僕を気遣って慰めたりしてくれたんだ。今の僕は戦うことしかできないけど、あの人たちを守りたい、守る戦いを僕はしたい!」

 

 表情や偽りのない言葉、曇り1つもないリュートの瞳にレーアは、まるで別人に会ったかのように驚きを隠せずにいた。

 だが、その驚きは同時に嬉しさでもあった。

 レーア目線、最初に見たリュートはおどおどしていた。戦争に巻き込まれた一般人なのにモビルスーツに乗って戦闘を繰り広げていたから無理もなかったが、今のリュートは見違えたかのようにその面影が全くない。

 

「……リュート、変わったね」

 

 言葉と一緒に優しく微笑むレーアにリュートは、まんざらでもなく照れ臭く感じて思わず赤面する。

 

「そ、そうかな? じゃぁ、僕は行くから」

「行くってどこへ?」

「特訓だよ!」

 

 姿が見えなくなるまで彼の背中を見続けたレーアは、嬉しい表情をしながら自分が成すべきことを成すために移動した。

 エイリー・ビスタルは、自分の部屋でパソコンを使ってリュートに関する書類を作成していた。この世界でも生きられるように住所や電話番号といった偽の個人情報を作成していたのだ。

 ある程度区切りがついたところで腕を伸ばして休憩を取っている最中、突然ドアが開く。

 そこには、パイロットスーツを持ちながら決意を固めて真剣な表情をしているリュートがそこにいた。

 リュートの表情を読んだエイリーは、彼の意志を感じた。

 

「腹は括ったって顔だねぇ~。良い表情だ」

 

 早速、モビルスーツ格納庫に向かい、前方のエクシアと後方の修復中のウイングに挟まれているユニコーンのコックピットを開いて専用パイロットスーツを着たリュートが強くなるために自分の意志を背負ってこれに乗る。

 

「それで、ユニコーンをどうするつもりですか?」

「まずはシステムを起動させて。そこからOSとか色々見てみるから」

 

 リュートがシステムを起動すると、エイリーは、ビスタル・メカラニカに勤めていたことだけあって慣れた手つきでタッチ画面の表示を多種多様存在するOSまでたどり着き、アルファベットと記号で構成されたシステムを間近でしかめっつらして睨み付ける。

 

「んー、やっぱりデフォルト設定にしているけど、あんまり適したものじゃぁないね。かと言って、少し変えただけでも崩れるから微調整がしづらいし……。しょーがない、調整用のOSとNT-Dの解除条件の変更をするしかないかー。その間リュート君は、NT-Dに耐える時間の増加でもやっておきなさい」

「どのくらいかかるんですか?」

「まあ2、3時間あれば、十分ってとこかな。ほらほら、しっかり訓練したまえ。こちらはOSのプログラムコードを新しく書いておくから」

 

 と、ペースに呑まれているリュートに言わせる言葉も余裕も成すすべもなく、仕方なくユニコーンのNT-Dを発動して特訓に移る。

 リュートは一回深呼吸をして集中力を貯めて発声する。

 

「NT-D起動……!」

 

 彼の呼びかけにユニコーンも呼応し、ガンダム形態であるデストロイモードに変形した。

 

「今のところ、大丈夫そうだな……」

 

 リュートが考えている時点で意識も呼吸も安定しており、実践でも戦闘継続に支障がない。

 このまま5分持ちこたえる訓練を何回もしていれば、ガンダム形態のユニコーンを意識と伴いながら使用することができる。

 リュートはそう考えながら、意識を保つことに専念していると、突然明かりが消えたかのように自分の周囲のコックピットも何もかもが消え、闇の中に放り込まれた。

 

「え、なにこれ……!? エイリーさん!」

 

 困惑したリュートは慌てて周囲を見渡すも、地平線さえ見させない程その闇は広がっている。

 何か別の方法はないものかと途方に暮れていると、目の前に1つの光の玉がゆらゆらと漂っていた。

 今にも消えてしまいそうなその光の玉に手をかざすと、その光は広範囲にわたって光に包まれる。

 あまりの眩しさにリュートは腕で目を守り、その明るさが元に戻ると、どこからか足音が聞こえた。ゆっくりと、こちらに近づいていく足音にリュートは耳にしていた。

 そして、周囲の暗さに順応したおかげでリュートの目の前にわずかな光が差し込んでもはっきり見えるようになった。

 彼の眼にはすぐ目の前にガラスのようなものが張っており、その手前に気泡も見えている。どうやら液体で満ちた何かのマシーンの中にいることは確かだ。

 そこに2人の男性と思しき影がこちらに迫ってくる。

 

「これは……どういうことだ……? なぜ彼女が……!」

「彼女……? これは、誰かの記憶なのか……?」

 

 暗闇で顔は見えなかったが、驚きと怒りで声を荒げている男性が理由を問う1人の人間は臆せず、悠長に答える。

 

「あの実験体は、戦争を終わらせる鍵なのです。そして、これから行う実験の内容を伝えましてね、彼女も同意してくれました」

「だ、だが! だからといって、こんな非人道的なものを私は同意するものか! 今すぐ中止するんだ!」

 

 だが、その流暢な男はその心意気は買うが、周りをよく見えていないと言わんばかりに一度ため息を吐く。

 

「……あなたは、平和を願っていた彼女自身の思いと願いを踏みにじるおつもりですか?」

「そうではない! それとは別の、戦争を終わらせる方法は他にもあるということだ! 誰も犠牲を必要としない方法を!」

「……随分とイデアリストですね。だが、理想を語ってもその理想に追いついていない現実じゃどうしようもない」

 

 だが理想を語っていた男は、諦めきれなかった。どのような現実を言われようとも、必ず救う道があると信じて。

 その証拠に男の握った拳は己の信念を宿して固く、震えていた。

 

「それに、あなたはもっと現実を目に向けるべきだ。漆原ジュンイチ研究員」

「なっ……!?」

 

 この実験を推していた男が口にした思いがけない名前にリュートは肝を抜いていると、リュートに目に映った光景は再び暗闇に戻ろうとする。

 焦ったリュートは、光景に向けて手を伸ばす。

 

「……ッ! 待って! もう少しだけ見せ……」

 

 だが、その光景はリュートの答えにそぐわず、再び暗闇の中に消えてしまい、そしてリュート自身も闇に呑まれてしまう。

 

「――ト君……。リュート君!」

 

 誰かが呼ぶ声にリュートは、少しずつ目を開く。

 視点を調整しつつ起き上がって最初に目にしたものは、こちらを心配して接近しているエイリー・ビスタルの姿だった。

 

「う、うわぁぁッ……!」

 

 完全に意識が回復した時、リュートは思わず驚嘆の声をあげ、エイリーもそれにつられて驚き、屈んでいた体を仰け反る。

 

「驚かさないでよ……。ユニコーンのフルサイコフレームの光が消えたから何かあったのかと少し焦ったわ……。あなた、特訓中に意識を失ってたのよ」

(意識を失ってた……?)

 

 エイリーが発したその言葉に驚きを隠せなかった。

 誰かの記憶を見た時でも確かに意識もあったし、起きている自覚もあったが、あれがもし夢だったのなら、まだ自分が生まれた地球でいつか見てた夢のように現実味を帯びている。未曾有の出来事に直面したリュートは、整理ができないどころか状況が把握できなかった。

 

「ねぇ、リュート君! 聞いてる!?」

「あ、はい……。その、心配かけてすみませんでした……」

 

 反省している様子でこれ以上何も言えなかったエイリーは、一度ため息を吐く。

 

「まあ、いいわ……。とりあえず医務室で休憩してなさい。次は、6分を目安として行きましょう」

「……分かりました」

 

 エイリーの指示に従ってリュートはユニコーンから降り、先ほど見たものは何だったのかを考えながら医務室へ向かう。

 

(あの時見たものは、本当に夢だったのか……? でも、あの時は、確かに眠る要素なんてなかったのに……)

 

 エイリーの発言に嘘はなく、考えるに考えるを重ねる毎に頭がパンクしそうになるのでこれ以上の考慮は考えないようにした。 

 

 〇 〇 〇

 

 横から「大佐!」と多少焦りが混じっている声が聞こえた。

 声と共に駆け寄ってきた者は、ナイトフォース隊という部隊名の隊長であり、トールギスのパイロットでもあるエイナルだ。

 

「なぜ我々をこの作戦に参加させてくれないのですか!?」

 

 その不満からエイナルは、ジェイに真っ向から抗議をする。

 

「ブローマン少尉……。この作戦は、スピードを重視した追跡戦なのだ。君のトールギスや君の部下のジンクスⅢでは、到底ではないが、時間がかかってしまう」

 

 ジェイの判断は、的確で効率的だ。

 エイナルの愛機であるトールギスとジンクスⅢは、比較的バランスの取れた機体。

 並外れた技術力と機動性を重要視される、この作戦においては、足手まといになる可能性もあるからだ。

 ジェイは、各隊の隊員が持つモビルスーツのスペックをある程度把握した後、算出された答えがソアル率いるオルドレア隊の単独行動。

 理にかなった結果でも腑に落ちないエイナルは、抗議を続ける。

 

「しかし……!」

「これは、命令だ。ブローマン少尉」

 

 悪あがきと思われたジェイから叱咤されたエイナルは、興奮から覚めて一度冷静になり、しばらく無言になった。

 

「……すみません、熱くなりすぎました。失礼します」

「待て、ブローマン少尉。己の復讐心だけで戦える程、戦争は甘くない。それだけは、ゆめゆめ忘れるな」

「……肝に銘じておきます」

 

 幾度も戦争と対立したことがあるジェイだからこその説得力がある発言にエイナルは、その言葉を胸に閉まって去っていった。

 彼の背中を見つめているジェイは、ただ密かにエイナルが強くなってくれることを祈りながら見届けた。

 

 〇 〇 〇

 

 リュートが特訓を開始してから2時間が経過した。

 かれこれ5回目の特訓でエイリーが片手にタイムウォッチをもって計測していると、NT-Dを発動してから間もなく10分が経過しようとしていた。

 最初の一回目の時に見たあの夢はもう見なくなっていた。結局、あれは何だったのかとリュートは、

 残り10秒になったところでカウントダウンをし始める。

 

「5、4、3、2、1……よし、終わり!」

 

 合図と共に高い集中力を維持してきたリュートはふっと途切れ、脱力する。

 そして、ユニコーンもデストロイモードからユニコーンモードへと変形する。

 

「お疲れさん、かなり稼働限界時間を延ばせるようになってたね。これなら、次のステップへ進める」

 

 これまで専用パイロットスーツを着ているからかどうかは分からないが、これまでと比べて意識ははっきりしている。

 だが、集中力を保持し続けたからか、息が荒いでいるリュートは多少フラフラしている。

 

「ビスタルさん、そろそろ休憩したいんですけど……」

「はいはい。次の特訓は、無法宙域で行うから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、リュートはエイリーが言う『次のステップ』の意図を読み取った。

 

「……実際に飛ばすんですか?」

「お、察しが早いねぇ! でも、無法宙域まではまだ時間があるからその間、医療室とかでしっかり休憩してもらいなさい」

「……わかりました」

 

 エイリーの助言でリュートは、その通りにすることにした。

 体を浮かしながら移動して医療室へ向かうと、この廊下の途中に飲み物の自動販売機がある少し広まったエリアにルルがジュースを受け取ってため息をついていた。

 そしてまた、徐々に近づいていくリュートにルルも気付いていた。

 

「あ、リュートさーん」

「艦長代行……」

 

 ルルは手を伸ばしてこのエリアに止めるポールの役目を作る。

 

「エイリーさんから聞きましたよ、ガンダムタイプ形態になったユニコーンを使って特訓をしているって」

 

 この時リュートは、彼女に謝ればならないと感じていた。

 グラナダでソアルたちに偽りの自分を(さら)け出してしまったショックで黙り込んでしまった自分にルルは必死に説得したが、無言を貫いていた。いや、聞いてはいたが、言葉を返せなかったのだ。

 リュートは軽く深呼吸をしてルルに向けて口を開く。

 

「ええ、まあ……。あの、艦長代行、この間はご心配をかけてすみませんでした」

 

 深々と頭を下げるリュートにルルはあたふたしながらも自分の意見を述べる。

 

「い、いいんですよ、もう……! それにリュートさん、初めての友達に偽りの自分を曝け出す辛さは、痛いほどよく分かりますから……」

「僕が落ち込んでた時、艦長代行が言っていた言葉、僕は今でも覚えています。それほど大切にしてくれているんだなって思いました」

 

 リュートが何気なくその言葉を言うと、今度は頬を膨らませて怒った表情でリュートに叱咤する。

 

「当たり前です! 仲間なら尚更ですよ!」

 

 ルルが放った心に思ってる言葉にリュートの過去が否定され、鎖から解放されたかのように体が軽く感じた。

 そして、その過去にあやかって自分自身までも嫌いになりかけていた自分に思わず笑いがこみ上げる。

 久しぶりの笑いだろうかとリュートは考えたが、もう忘れたと割り切り、この瞬間を体全体で感じ取っていた。

 突然笑い出したことにルルは、何か変なこと言ってしまったのかと理由を問いながら怒り出す。

 

「な、なにが可笑しいんですかー!」

「あ、ごめんなさい。今まで自分自身を皮肉ってた自分が可笑しくって、つい……。でも、ありがとうございます。それだけでも、僕は嬉しいです」

 

 リュートの表情を見たルルは、すごく楽しそうに感じていた。

 

「……リュートさん、なんかすごく生き生きしています! 今まで最高に生き生きしています!」

 

 笑うリュートに連れてルルも笑い出す。

 咄嗟にリュートはあることを思い出した。それは、次の特訓の内容である無法宙域での出撃許可の件だ。

 

「あ、そうそう。艦長代行、次の特訓は無法宙域で実際に機体を飛ばすんですが、その許可をください」

「無法宙域でですか……」

 

 と、口を開いたルルがその答えを渋る様子がおかしいと思ったリュートは疑いたくはなかったが、念のために少し揺さぶりをかけて問い尋ねる。

 

「何か、不都合なことでも?」

「そうじゃないんですけど、ただそのエリアは、通った艦が行方不明になるっていう噂が後を絶たなくって……。何もなければ、いいんですけど……」

「そのエリアを通った艦が行方不明になる……?」

 

 ミステリアスを漂うその言葉にリュートは興味を持つ。

 

「んーこの件はマドックさん、ノエルさんと要相談ですね。周囲に敵がいなければ、おそらく問題はないかと思いますが、念のため、武装も忘れないでください」

「……分かりました。では、僕は医療室に行って休憩を貰ってきます」

「わかりました……」

 

 医療室へ向かうリュートに対してルルはただ心配でしかなかった。

 それは、リュートがやられるという不安からではなく、いつの日かリュートが別の何かになるのではという恐怖からだ。

 代行であるが、一戦艦の艦長という立場とモビルスーツ乗りという立場を間近で交えてルルはそう感じるようになった。

 

 〇 〇 〇

 

 同時刻、アークエンジェルのレーダーに引っかからないギリギリの距離を保っているジェイが持つ艦――グワダン。

 そのブリッジで不動立ちで佇むジェイは遠くに見据えているアークエンジェルを睨みついていた。

 そして、頭上にあるマップが表示されているモニターを一回見ると、ジェイはあることを思い出す。

 

「……そう言えば、アークエンジェルが向かうエリアにはある噂が蔓延っていたな」

 

 そのある噂と言うのは、ある無法宙域で通る艦及び宇宙船が行方不明になるという噂だ。

 コロニー連合軍でもその噂は聞きつけていたが、コロニー間で正式な航行ルートではないためその真偽はまだ謎のままだ。

 

「なんでもあのエリアを艦が通れば、必ず行方不明になるという噂でしたかな。まさか、それを利用してアークエンジェルもろとも始末する気では……」

「奴らを甘く見るな。仮に私がそうだと言っても、その作戦は失敗に終わる。負ける戦で勝負する程、私は愚者ではない」

 

 仮面越しから睨み付けられる鋭い眼光とその声に似合った重圧にヒューイは悪寒を感じ、自身が口述した失言を撤回しつつジェイの作戦を聞き出す。

 

「これは、失礼しました……。では、いかがのように?」

「無論、我らも突破する。そのために私やオルドレア隊がいる」

「さすがは、特務大佐。言うことに説得力が感じられますな」

 

 花を持たせようとする艦長の意図に効率を重視する仮面の男には効かず、次の命令を出す。

 

「おだてる余裕があるなら、警戒態勢の命令を出したらどうなんだ?」

 

 これんはヒューイもお手上げだった。仕方なくジェイの命令に従い、通信士に声をかける。

 

「これは手厳しいですな……。通信士、艦内スピーカーをこっちにつなげ」

「了解」

 

 艦長の命令を聞いた通信士はモニターを確認しながらタイピングを打ち、艦長席の手元にある連絡回線に繋ぐ。

 

「連絡回線、繋ぎました!」

 

 通信士の合図によって艦長席の手元から受話器を取り出し、艦内に響くほどの音量でクルーに告げる。

 

《艦内クルーに告ぐ。本艦はこれより無法宙域に進入する。各クルーは、速やかに警戒態勢に移行せよ。繰り返す、本艦はこれより無法宙域に侵入する。各クルーは速やかに警戒態勢に移行せよ。まだ時間はある。慌てずに整えておけよぉ。以上だ》

 

 受話器を戻して一息入れたヒューイは、1つの可能性としてあり得ることについて再びジェイに問い尋ねる。

 

「……それで奴らがあれを突破したら、どうなさるおつもりですか?」

「その時は、そこに付け入る隙があるなら、突き込む……!」

 

 謎の仮面の男――ジェイは、ユニコーンに対して心の奥で静かに闘志を燃やし、大いなる野望を抱いていた。

 

 〇 〇 〇

 

 フォン・ブラウンを出港してからおよそ5時間が経過した現在、アークエンジェルはコロニーを中心とした半径3000キロメートルにも及ぶコロニー連合軍の管轄エリアの間をすり抜け、コロニーエリアと地球圏の間に広がる無法宙域に間もなく差し掛かろうとしていた。

 アークエンジェルの2時方向にポツンと小さく佇んでいるように廃墟コロニーが漂っている。そのコロニーはかつての党首が暗殺されたコロニーでもある。その名はアイランド・イフィッシュという。

 ユニコーンにはすでにエイリーが手掛けていた、リュートに合わせている調整OSも組み込んでいてリュートに合わせた戦い方ができる。

 ルルはすでに全クルーにユニコーンの訓練飛行ということで報告しており、ブリッジクルーは索敵をしていた。艦長代行の隣には、エイリーが見守っている。

 

「アークエンジェル、停止! クリンプトン曹長、周囲に機影は?」

「今のところ、ありません。一分毎に索敵データを更新し、ユニコーンに転送します」

「CICも迎撃準備完了です」

 

 アークエンジェルが停止すると、ブリッジの準備が終わったところでルルは受話器を取り出し、リュートがすでに乗っているユニコーンに繋ぐ。

 

《リュートさん、今から私たちがバックアップしますから訓練頑張ってください!》

《ユニコーンにリアルタイムで図れるよう計測器を仕込んでおいたから思う存分頑張ってきな》

《ありがとうございます、艦長代行、みなさん》

 

 アークエンジェルの左カタパルトデッキが開き、射出カタパルトに乗せたユニコーンを接続アームで武装させる。

 右アームには、ビームライフル、左アームには、2丁のビーム・ガトリングガン付きのシールド、そしてバックパックはハイパーバズーカが装備される。

 

《進路クリア。ウルシバラ機、どうぞ!》

「漆原リュート! ユニコーンガンダム、行きます!」

 

 リュートの掛け声で射出カタパルトが起動し、ユニコーンを無法宙域に投入する。

 特訓に集中するためにリュートが深呼吸をすると、突然脳内で頭が割れるような痛みが襲いかかる。

 

「うぅっ……!」

『……けて』

 

 そして一瞬だったが、脳内に響くような音をリュートは声だと捉えていたのだ。

 突如謎の頭痛に苛まれている少年はこの痛みに気にしていられず、辺りを見渡す。それと連動してユニコーンも周囲を見渡し始める。

 通信モニターでモニタリングしていたルルたちもリュートの異変に気づき、ルルが声をかける。

 

《リュートさん、どうかしたんですか?》

《今、声が聞こえて……》

《声?》

 

 ブリッジで一緒に聞いていたノエルは索敵モニターで索敵するが、モニターにはそれらしきアイコンが出てきていない。

 

《でも、この宙域に電波発生源は感知できていません。何かの聞き間違いじゃ……》

 

 頭を捻って渋い顔をするノエルの言うことにリュートは、それを否定する。

 

(確かに聞こえたあの声は、脳内に響くような感じだった……。アークエンジェルの後ろのも少し気になるけど、今は目で凝らして神経を集中して見つけるしかない……!)

 

 ある程度、頭痛が引いてきたリュートはもう一度呼吸を整えて冷静になり、全神経を研ぎ澄まして遠くに見据えるように見渡す。

 

『……ね……い、だ……て……』

 

 再び脳内に響きわたる音。これもまた、リュートが先ほど聞いた声らしき音と同じものだった。

 今の音を聞いたリュートは、聞こえた方角をある程度絞り出すことができた。その方角は、ユニコーンから見て1時の方向にある。

 

「まただ……。聞こえたのは、たしかあの辺り……」

 

 その方角を中心に目を凝らしていると、遠くにポツンとある破壊されたコロニーの影から一瞬だけ光が見えた。

 

「光った……? あれか!」

 

 何かの声と関連性が掴んだと踏んだリュートは独断でペダルを強く踏み、ブースターを点火してユニコーンをそこへ向かわせる。

 

《リュートさん、どこに行くんですか!? 今すぐ戻ってください!!》

 

 想定外の行動に出たことで慌てたルルはすぐに帰還命令を出すが、リュートはこれを無視して進み続け、遂には広範囲に渡る通信範囲さえもわずか数秒で越えてしまう。

 

「ユニコーン、シグナル範囲外……!」

「艦長代行……!」

「右回頭10! アークエンジェル、緊急発進! ユニコーンを追いかけます!」

 

 ルルの口頭でアークエンジェルはブースターを使用して、ユニコーンを追跡するために再び進行する。

 




この小説を見ている方たちに大切なお知らせがあります。
今日から自分が書いた二次小説を見直し、途中から修正して新しく投稿することになりました。前回書いた小説を読んでくださった皆さんには本当に申し訳ありません。
これからも自分が書いたものをどんどん修正して、最終話まで面白い小説に仕上げていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします!
                                ールーワンー


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中立国の姫君

 NT-Dの稼働限界時間を引き延ばす訓練の最中、何かを感じ取ったリュートは、命令を無視してユニコーンを動かす。異常な行動をとった彼を慌てた様子で追いかけるアークエンジェルの後方で様子を監視していたレウルーラの索敵士がジェイやヒューイに伝達すると、ジェイは少々驚いた表情で索敵士に確認を取るために繰り返して言う。

 

「アークエンジェルが進路を変更しただと?」

 

 これを聞いたレウルーラの艦長は、焦燥感を露にしながらジェイに自分があると思える可能性を示唆する。

 

「もしかして、俺たちに感づいたんじゃ……」

「いや。ならば、すでに全速でこのまま真っ直ぐ地球へ向かうか、あるいは何かしらこちらに先手を打っているはずだ。それはないだろう」

 

 ジェイはヒューイが出したその可能性をおそらく取るであろう行動を添えながら否定し、今いる宙域やアークエンジェルがとった行動を基に別の可能性を模索している。

 

「では、大佐はどのようなお考えで?」

 

 ジェイはアークエンジェルがいる座標に人差し指を置き、進路変更したと思われる方角に真っ直ぐとなぞっていくと、その延長線上にはとあるコロニーにたどり着く。

 そのコロニーはかつて、アースノイドとスペースノイドが互いが互いを憎みいがみ合い、対立するきっかけになった廃墟となったコロニー――アイランド・イフィッシュ。

 そこにはジェイにとってあまり良い記憶ではなく、仮面越しにしかめっ面がより増していることがうかがえたが、沸き立つ私情よりも任務を優先するよう冷静になる。

 

「この方角に何があるのか分からないが、アークエンジェルを追跡を続行する。念のため、モビルスーツで先行する。各員、第一戦闘配備に備えろ」

 

 下されたジェイの命令によってグワダンはブースターを使用してスピードを上げ、進路を変更したアークエンジェルを追いかける。突然起きた艦の方角変更には、次の戦闘に備えるため休憩室で本を読んで英気を養っているソアルも気付いていた。

 

「艦がやや右に傾いている……。何かあったのか?」

 

 ソアルは、この違和感を知るためにカルロスたちを置いてブリッジへと向かう。宇宙袋の中にあるオレンジジュースを飲みながら羽根休めしていたラーナは、ただならぬ様子で出ていった彼を見逃さなかった。

 

「あ、ちょっとぉ~。ソアル、どこ行くの!?」

「あいつ、ブリッジの方角に向かったぞ。何かあったのかもしれん」

「私たちも行きましょう」

「あ、待ってよ~」

 

 ソアルの様子を悟ったカルロスやアイーシャも後を追い、焦りながらもやっとジュースを飲み終えたラーナも急いで2人の後を追う。

 

 〇 〇 〇

 

 アークエンジェルがユニコーンの追跡中、カレヴィとレーアはルル艦長の指示で自分のモビルスーツに乗っていた。訳も分からずに乗っていた2人は、ブリッジで訓練を見届けていたルルとエイリーから聞かされると、リュートが思いがけない行動に出たことに唖然していた。それは、その場にいたルルやエイリーも同じでいまだに混乱していた。

 

《リュートが単独で向かっただと!?》

《どういうことなんですか、エイリーさん!?》

 

 まだ日は浅くともリュートの性格をある程度知っていた一同からすれば、起こしたその行動自体、リュートの身に何かあったのかあるいは異常とも捉えていた。

 先ほどまで訓練に付き合っていたエイリー・ビスタルなら何か分かるかもしれないと尋ねてみたが、返ってきた答えは2人が予想していたものになった。

 

《私に聞かれても分からないよ……! まだあんたたちより、付き合い短いんだから!》

 

 周知はしていたが、彼女の最もな言い分を怒涛の声に乗せ、これ以上何も言えなかった。これまでなかったリュートの異常な行動の究明をしたいレーアとカレヴィの眉を八の字にさせる。

 

《それに今、ユニコーンの方向先にちょうど広範囲に及ぶ磁場が発生していてとてもじゃないが、特定できそうにない》

《磁気嵐の影響か》

 

 磁気嵐――。地磁気が通常の状態から変化し、乱れが生じることを言う。磁気嵐は目に見えないが、金属に触れると、磁場が発生する。一度発生すれば、当分の間レーダー等が使い物にならなくなるのだ。

 

《……見つけ出すのは困難が極まる、ということか。さすがに磁場の中枢まで行くことはないだろうが、それを差し引いてもそこに何があるのかだけは確実だろうな》

《そういうことだね。あぁ、そうそう、ウイングとエクシア》

《声……? オープンチャンネルにでも設定してたのか……?》

《それがノエル曹長の話を聞いた限り、近くに機影は見つからないんです。ただ、リュートさんの様子や声を聞いた限り、どこか慌てているようにも見えて……》

 

 顎を手の上に乗せてリュートが起こした行動の模索をしているエイリーが発した言葉に、レーアは変わり始めたリュートが言っていた言葉と重ねると、1つの結論に至るが、ふと思いついた可能性を首で横に振って真っ向否定した。

 

《レーアさんはモビルスーツで先行してください。カレヴィさんは、アークエンジェルの護衛をお願いします。理由はどうであれ、今はリュートさんの保護を最優先としてください!》

《そうですね……。一刻も早くリュートを連れ戻しましょう、カレヴィ》

 

 レーアの意見にカレヴィは賛同すると、エイリーが朗報を持って再び現れる。

 

《わかったよ、2人とも。ユニコーンが向かうとされる場所が判明した》

《思ったよりも早かったな。どこなんだ?》

 

 エイリーに表示されたのは、ノイズを除去してわずかにデータ化されたアークエンジェル周辺の座標地図。その進行方向に広大な宇宙の中から見つけてほしいと言わんばかりに1つの白骨化した巨大な建造物が佇んでいた。

 

「この建造物……アイランド・イフィッシュか」

「そう。2年前に元党首が主催のアースノイドとスペースノイドの和平式典が開かれた場所。かつてコロニー・イフィッシュと呼ばれた廃墟コロニーだよ。おそらく、磁場の発生源はあそこだ」

 

 その名を告げると、レーアの目は大きく見開き、忘却していたはずの忌々しい光景が蘇る。

 側にいたカレヴィは明らかに様子がおかしいと悟り、額から汗を垂れ流し、怯えた表情で過呼吸状態になって屈んでいるレーアに立ち寄る。

 

「おい、どうしたんだ? レーア、大丈夫か?」

 

 何度尋ねてもレーアは、答えてくれなかった。

 カレヴィは答えてくれるまでレーアの名を叫び続けると、レーアは我を取り戻し、発作が止まった。

 

「ごめんなさい……。なんでもないわ……」

「……あの場所で何があったのか?」

「いいえ、大丈夫よ。すぐ治まるから……」

 

 今回は出撃を控えて強引にもアークエンジェルで待機させることもできたが、レーアの瞳を見たカレヴィは、何かしらの意志を感じ取れた。

 

「……無理だと思ったら、すぐにでもアークエンジェルに帰還しろ」

 

 過呼吸状態が止まってから比べるほどでもないほど落ち着いていたが、カレヴィの気配りでこれ以上の究明は彼女自身にも気遣うのでできなかった。

 

「……分かったわ」

 

 計画を共有してなすべきことを伝えて通信を終えると、カレヴィはすぐにウイングに乗った。それと同時に一回ため息を吐き、リュートの行動の考察に入る。

 

(何を考えてんだ、リュート……。あそこに何かがあるのか?)

 

 まだ出合って日が浅いのもあるが、リュート本人がいきなり行動を起こすこと自体初めてのことだった。

 だが、ルルやエイリーの証言を足して鑑みたカレヴィは、リュートが起こした行動には何か意味があるのだと悟ってはいたが、その何かまでは見当が付かなかった。

 

「ま、行ってみれば、分かるってことか」

『進路クリア! キウル機、どうぞ!』

「カレヴィ・ユハ・キウル! ウイングガンダム、出る!」

 

 アークエンジェルのブリッジから見て左側のカタパルトデッキが開き、ウイングが射出され、アークエンジェルの上に乗った。

 続いてエクシアが自動アームによってカタパルトまで運ばれ、呼吸が安定してきたレーアはリュートの無事を祈ることだけを考えながら射出態勢に入る。

 

『続いて、ハルンク機、どうぞ!』

「レーア・ハルンク! ガンダムエクシア、出ます!」

 

 アークエンジェルから射出された2機のガンダムタイプはユニコーンを追いかけるためにアークエンジェルより先にアイランド・イフィッシュへ急行する。

 

 ○ ○ 〇

 

 アイランド・イフィッシュと呼ばれるコロニー付近の無法宙域で見た光の発生源を調べるため、リュートはユニコーンを前へと進めていく。

 光だけではない。リュートが頭痛と共に襲った脳内に響くような声と思しき音も直感ながらあの方角からだった。その光と音とそしてルルが言っていたこのエリアを航行する艦が行方不明になる噂を繋げた結果、リュートは最悪の事態を予想していた。

 リュートはユニコーンを一度立ち止まらせ、周囲を見渡す。それでも確認が取れなかったのでレーダーを目視するが、すでに磁場の影響を受けていてノイズが走っていた。

 

「レーダーが使えない……。この辺りのはずなんだけど……」

 

 もう一度リュートは周囲を見渡していると、突如自分の脳内に語りかけるような不可解なものが聞こえ始める。

 

【助けて……怖い、怖い……】

 

「まただ……でも、前よりは聞こえやすくなっている……。確実にこの辺りにいるはずだ……」

 

 確証はないが、リュートの感覚では確実にこの近くだと感じていた。再び周囲を注意深く見渡していると、再び光が先ほど見た時よりも大きく点滅した。それをリュートは逃さなかった。

 光が少しずつ大きくなどから点滅している光が距離が縮まるたびに徐々に大きくなっていて点滅する箇所も離れている。それも1つだけではない。場所こそ違うが、立て続けに3連続点滅している瞬間もあった。

 リュートが最悪の事態一歩手前の予想は合っていた。それは――。

 

「間違いない、あれは戦闘の光だ!」

 

 地球とコロニーで噂が飛び交うこのエリアで光があらゆる場所で発するものといえば、火薬や熱暴走の光。そして、この世界において点滅するその光は、戦闘によるモビルスーツが爆発した光でほぼ確定した。

 

「助けを求めている人がいる……。急がないと……!」

 

 助けを呼ぶ声がもし本当なら、手遅れになる前にリュートはもう一度ペダルを踏んでユニコーンの推進力を加速させた。

 

 ○ ○ 〇

 

 追尾中に見失ったアークエンジェルを探して走行しているレウルーラの中で1人の一般兵士が観測中に手掛かりと言えるものが見つかった。それをモニターで録画し、端末にアップロードさせた後にジェイ・アレギオスに見せる。

 

「不規則に点滅する光……。それにいくつもあり、座標もバラバラ……。間違いない、アークエンジェルはそこにいる」

 

 様々な要点を見つけたジェイは、これを戦闘による爆発の光だと推測した。方向からして、点滅しているのはその方角だけでアークエンジェルがそこに関与していていることは確実だった。

 だがその方角にもう一つの巨大建造物の存在も確認された。かつて、宇宙西暦最悪の事件と言わしめられた狂乱のクリスマス・イブ事変の舞台となったコロニー、アイランド・イフィッシュだ。

 これを見たジェイは、悩んでいた。

 

「……皆、揃ったな」

 

 ジェイの号令の下、ブリーフィングルームで集められたのはアルドレア隊の4人。無言で大佐に向けて敬礼した後、まずアークエンジェルの居場所について話しかける。

 

「まず、アークエンジェルの居場所が特定した。あの艦は廃墟となったコロニー・イフィッシュの近くにいる」

 

 オルドレア隊の目の前にある巨大なスクリーンに映し出されたのは、巨大な廃墟コロニー、アイランド・イフィッシュが映る宙域。

 これを見たオルドレア隊の4人は脳内でトラウマを思い出し、その影響で表情はポーカフェイスを保てず、息も荒々しくなっていく。

 彼らの父であるジェイもこればかりは、見ていられなかった。迷わずすぐさま、父としての意見を述べる。

 

「まだあの過去を引きずっているのなら、無理強いは――」

「……問題ありません、すぐ治まります。なぁ、みんな?」

 

 顔を見上げたソアルたちの額から多量の汗が流れていた。そして、まだ息も乱れている。が、何でもなかったかのように平然としていて首を縦に振る。

 彼らから強い意志を感じたジェイは、同じ軍の上官としても彼らの1人の父親としてもこれ以上に喜ばしいことはなかった。

 

「……お前たちは、本当に強くなったな。では、作戦内容を通達する」

 

 ○ ○ 〇

 

 10キロを切った所にあるアイランド・イフィッシュ周辺にはコロニーのパーツが無尽蔵に漂う空間が存在し、そこにアーガマと特に戦艦サイズはある巨大なパーツに隠れる3隻のザンジバルが対峙していた。

 アーガマは少しずつ後進し、ザンジバルとの距離を保っている。その2つの艦の間にアーガマを防衛している深緑色の小型モビルスーツ【ガンイージ】と緑と黒のツートンカラーの【ネモ】で構成された少数編隊。それらの機体の一部に地球をバックに3つの剣が1点に交わるマークが張られていたとそれらの2倍はあるカラーリングが黄土色で統一されている、【ストライクダガー】や【ザクⅡ】、【ジン】、【リックドム】といった旧式機体の混同編成部隊。どちらかが正規軍なのかは一目瞭然だった。

 3機のリックドムが編隊を組んでバズーカ砲でアーガマに一斉攻撃。外れはすれど爆風でアーガマ及びその乗組員には少なからずともダメージは残る。

 これ以上攻撃をさせないパイロットが自分の愛機を駆ってこれらを至近距離で阻害する。サイドスカートから取り出したサーベルで砲身を溶断。そして、右腕と胴体の関節部を手刀で切断する。僚機が襲われていることに気付いた2機のドムはその機体に攻撃を仕掛けると、マニピュレーターでドムの頭部を鷲掴み、これを盾替わりとして身を守る。2機のドムは再び砲撃でこれを一網打尽にし、爆散したと思いきや、爆炎から生じた煙の中から浮かび上がる光と共に宇宙全体に響き渡るような声が轟く。

 

「アタシのこの手が光って唸る! アンタを倒せと輝き叫ぶ! シャァァァニィィィング……フィンガァァァァァァッ!!!」

 

 その機体に乗っていたのは、女性だった。そして、煙を突っ切って1機の機体がドムたちの前に現れたのは、右手に光を纏い、急接近するのは格闘を駆使したガンダムタイプの1つ――その名は【シャイニングガンダム】。

 ファイター系統のガンダムタイプが先頭に立って右拳でピンポイントで敵モビルスーツの頭部を鷲掴みし、更にもう1機を右マニピュレーターと同様に左マニピュレーターを光らせ、持ち前の機動力で攻撃をかわし最終的には再び頭部を鷲掴みする。

 

「ヒィィィィト……! エンドォッ!!」

 

 その言葉を最後に鷲掴みされた2機のドムは持ち上げられると、機体のあらゆる個所から熱を帯びて風船のように膨張し、遂には爆散した。

 

《クソ……! これじゃ囲まれる……!》

《臆するんじゃないよ、厄介なのは数だけさね! 訓練の通りに連携を取って1機ずつ撃破しな!》

 

 幾多の危機を乗り越えた騎士のように男勝りの勇敢さと口調、そして轟くような甲高い声で兵士たちを鼓舞していると、そのガンダムタイプの後ろから1機のジンが奇襲を仕掛けてくる。

 再び接近警報が鳴り響き、目の前には機影が見られず、後方にいると気付いた女性パイロットは接敵するが、それより先に両機の間に挟んできたオレンジが強調している飛行形態のモビルアーマー。

 変形すると、ガンダムタイプのモビルスーツになり、この機体の名は【Zプラス】。有人操縦式の人型ロボット兵器「モビルスーツ」 (MS) の1つだ。地球軍事統合連盟の英表記にした略称を意味する【E.M.U】という金色に輝く文字が書かれているシールドで実弾を防御し、カウンターで接近するジンをビームスマートガンで狙い撃ちするが、距離が距離だから外れることもしばしばだが、そのパイロットは臆することなく、ビームサーベルで仕掛けやっとのことで撃破に成功した。

 息切れするZプラスのパイロット宛に通信が入る。主はシャイニングガンダムのパイロットからだ。

 

《まだまだ動きに無駄が多いよ! もっとコンパクトに生かせな、ショウマ!》

《この機体、先生のと比べて大きいんだよ! それに前へ飛び出しすぎる先生を追いかけるのに必死だったからフォローするこっちの身にもなってほしいよ!》

 

 その女性からショウマと呼ばれた少年は、呆れと怒りを乗せてぶつけると、シャイニングガンダムの女性パイロットはかかかっと笑い出す。

 

《言い訳は聞きたくないね! 数で押してるなら懐に入ったほうが、なお殺りやすいってもんだろ?》

《それは先生だけが語れる理論と経験だけであって、誰でもできるってわけじゃないんだって!》

《無駄口を叩いている暇があったら、さっさと援護しろ! 敵はまだいるんだぞ、フェズ・シーア少尉、ショウマ・シーア軍曹!》

 

 通信先はアーガマ。アーガマの艦長が言い争っている2機のガンダムタイプのパイロットに喝を入れる。

 

《んじゃ、後退しやすいようにアタシらが殿役を務めてやるよ。ショウマ!》

《あいよ、先生!》

 

 フェズの掛け声でショウマは機体をモビルアーマーに変形。シャイニングガンダムを乗せて敵陣営のど真ん中に向かう。

 

《おい、どこに行く!? 勝手な行動はするな!》

 

 再び通信で同じ軍隊としてあるまじき行為を行おうとする2人の応答を問いかけようとしていると、その隙に1隻のサンジバルがコロニーのパーツと思われるデブリの影から少しずつ艦体を晒して、アーガマに向けて砲撃をする。

 アーガマの艦長は回避をしようにも周囲を漂うモビルスーツ並の大きさのデブリが進路を阻み、身動きが取れず、遂には左尾翼に被弾。艦全体に振動が響き渡る。

 ブリッジにある機器につかまって体を安定させて振動に耐えながら必死にモニターで目を通しているオペレーターが艦内の被弾状況を口述する。

 

「左尾翼及びサブエンジン、被弾! 推力、70%にまで低下!」

「サンジバル級より新たに敵モビルスーツを確認! 尚接近中!」

「主砲とミサイルで弾幕を厚くすると伝えろ!」

 

 こげ茶の肌をした白髪の艦長は、速やかに対応するも苦々しい表情をしながら部隊やブリッジクルーに指示を出す。

 他の部隊よりも前に突出しているジェガン編成部隊はいくつも漂うデブリに隠れながら攻撃してくるストライクダガーを発見すると、その機体は一目散に退避する。

 その機体を確実に撃墜するため、追いかける2機のジェガン。だがたどり着いた先にストライクダガーの姿はなく、レーダーを通して四方八方にはストライクダガーとザクⅡの部隊がその2機に標準を合わせて、蜂の巣にする。

 

《くそ! 他は前に出過ぎるな! 陣形を立て直せ!》

 

 ストライクダガーを追いかけなかった残党のジェガン部隊は艦長の命令を聞いてアーガマ付近にまで後退した後、アーガマの目の前の1つの船一隻入れるほどの大きさのデブリからもう1隻のザンジバルが再び現れ、砲撃を仕掛ける。

 

「12時の方向に砲撃!」

「回避ー!」

 

 艦体の右側のサブスラスターで左にスライドして回避に成功したが、その手前に配備していたネモの編成部隊の内の数機が撃墜してしまう。

 謎に包まれた敵による、ここら一帯に漂うデブリ群を利用した絶え間ないヒット&アウェイ戦法に対抗する術がなく、己の無力さを痛感していた艦長は嘆いていた。

 

「クソぉ! これじゃ、ジリ貧だぞ……!」

 

 モビルスーツ隊を前に出さない理由は、周囲にデブリ群が漂っているため死角が多く、すでに敵に囲まれている。それも要因の1つだが、彼らにとってもう1つある。それはアーガマに絶対に守らねばならない対象が乗っているからだ。

 開く音がした後ろのドアから宇宙服を着た、黄緑色の瞳と淡い紫色をしたポニーテールの少女が現れ、艦長に尋ねる。

 

「グランおじさま! 戦況はどのように……!」

「パルウェ嬢!? ここにいては危険です! すぐに戻りください!」

 

 身の安全を、と艦長は必死に主張するも、『パルウェ』と呼ばれたその少女は首を横に振って一向に食い下がらない。

 

「戦場に成り果ててしまった被災地に赴くと決めた時から既に覚悟はできております! それに私にもこの戦場を見届ける義務があります!」

「無茶言わんでください! うわっ!」

「きゃっ……!」

 

 再び被弾による振動が艦内を響き渡り、そして再びオペレーターが被害状況を口述する。

 

「第2居住ブロックに被弾! 損害重大……!」

「やむを得ん、パージしろ!」

 

 艦長の指示通りに艦体から見て、被弾の後が見受けられる左側の居住ブロックを切り離した瞬間、僅か数秒で爆発し、難を逃れた。幸いにもそのブロックには人はいなかった。

 アーガマが集中砲火している間にショウマのZプラスの機動力を借りてシャイニングガンダムがザンジバルに近づく。それに気付いた敵たちは防衛するためにすぐに対応するが、すでに遅かった。

 シャイニングガンダムはZプラスを飛び降りて、周囲のデブリを利用して自機をピンポール玉のように宙域を移動。ある程度スピードにのったところでザンジバルに向けてブースターを最大出力にまで上げて蹴りを入れる。

 ファイタータイプの機体は格闘を重視しているため、他の機体と比べてとても頑丈に作られている。それにより、ザンジバルに風穴が開き、所々に爆炎が生じて遂には1隻轟沈した。

 

「一丁上がり!」

「やったぜ!」

 

 だが、喜ぶのも束の間だった。レーダーを監視していたアーガマ・オペレーターの1人が僚機に伝達した。

 

《フェズ・シーア少尉、ショウマ・シーア軍曹! 我が艦の7時の方向に敵モビルスーツがアーガマに接近している! 即刻に援護されたし!》

《ちっ、後ろに回り込まれてたか! 仕方ない、ショウマ、一度アーガマに戻るよ!》

《分かってる! 乗って!》

 

 母艦の危機であればさすがに見逃すわけにはいかない。シャイニングガンダムとZプラスを除く4機の守備部隊のモビルスーツの火力とアーガマのブリッジ下部にある迎撃ミサイルと後部上面中央にある1門の主砲でこれらを迎撃。その内の1機のストライクダガーが接近戦に不向きなネモに向かってビームサーベルで攻撃を仕掛け、2機は徐々にアーガマに戻ろうとした途端、後方から伏兵のドムがデブリから現れる。

 不覚を取られたネモのパイロットは、ドムのヒートサーベルによって腹部を中心に両断された。

 

「ラグベル機、シグナルロスト……!」

 

 アーガマでナビゲートをしていた男性軍人から告げられたアーガマの艦長は、一瞬ハッと驚いた表情をしたその後に歯を噛みしめ旧友の名を口にする。

 

「ギルバート……! すぐに状況を報告しろ!」

「後部主砲、被弾! 敵モビルスーツ、会敵します!」

 

 だが、落ち込んではいられない。一瞬の油断が全滅へ導くからだ。

 みんなの命を預かっている艦長として同じ戦線に立つものとして、凄まじい精神力でその無念を断ち切り、各クルーに気迫交じりの指示を出す。

 

「弾幕が薄い! すべての武装を使ってもっと濃くしろ!」

 

 ブリッジのコントロールで標準を合わせた主砲は1機のストライクダガーに向けて砲撃し、コックピットごと貫く。

 主砲は威力こそ高いが、その分クールダウンの時間が長く、それまでの間はミサイルを発射して時間を補わなければならない。

 ストライクダガーの小隊はそれをすでに見抜いていて、その内の1機が主砲に向けてビームライフルで攻撃し、ビーム弾は主砲の砲口を掠り、その部分が熱暴走で爆発し、アーガマを振動させる。

 その様をモニターで見ていたフェズも徐々に焦りが増していき、それはショウマにもその勢いを言葉と共にぶつけてくる。

 

《まずい! ショウマ、もっと早く――》

《やってるよ! でも、あいつらが近づけさせてくれねぇんだって……!》

 

 Zプラスの足元から数機のジンがマシンガンで狙い撃ちしている。シャイニングガンダムを乗せているZプラスを操る今のショウマの操作技術では回避するのがやっとの状態。

 アーガマより遥かに上回る数的物量に分断され、危機的状況にまで陥っている。それを証明するかのように1機のストライクダガーが弾幕をすり抜け、アーガマを右側から回り込んでブリッジと確認。ブリッジに向けてライフルを突き付ける。

 これを見た艦長は咄嗟に艦長席から離れ、傍にいたパルウェを窓に背を向けて守るように抱きしめた。だが、パルウェは額から汗を垂れ流しても決して目を逸らさなかった。パルウェを含むブリッジのクルーたちが自分たちの最期だと覚悟していると、横から淡い赤色に輝く閃光の弾がストライクダガーのビームライフルを溶解し貫いた。狙撃されたストライクダガーは一度後退し、ビーム弾が放たれた方角に頭部カメラを回すと、次は頭部が狙撃された。

 

《なんだ!? 狙撃か!?》

《いや、今のは狙撃用のライフルじゃない、普通のビームライフルだよ……!》

 

 一瞬で駆け巡るビーム弾の軌道を見逃さなかった挙句、使用された武器やその武器に装填されているビーム弾の種類も言い当てたフェズの口述に驚いたショウマは撃ってきた方角を見ていると、一筋の光を見つける。

 

《え、あの距離で……って、先生、あれ!》

 

 指さした先にそれはフェズらがいるエリアに向かって接近していた。道中のデブリの中を掻い潜り、ストライクダガーに向けて突進してくる白い影――リュートが乗るユニコーンだった。

 ストライクダガーはバルカンで牽制をしつつ近接レンジに入り、シールドをバックパックのサーベルラックからビームサーベルを取り出して間合いに入る。

 対するユニコーンもスラスターを使って接近しつつ左マニピュレーターにビームサーベルを装備し、脚部スラスターの逆噴射で減速しながらシールドごと左アーム、頭部と順番に溶断する。

 2度の閃光と爆発音が聞こえたことに違和感を覚えたパルウェは恐る恐る目を開けて周囲を見渡していると、自分や艦長、見慣れたブリッジクルーたちがまだ生きていることに驚いていた。

 

「生き、てる……?」

「な、なにが起きたんだ?」

「かか、艦長! 前を見てください!」

 

 驚いている操舵士の言うとおりにブリッジクルーたちが前を見ると、こちらを撃つはずだったストライクダガーがいつの間にか既に戦闘不能の状態になっていた。

 その横でユニコーンがアーガマを背中にして立ち尽くしている。まさに救世主と呼ぶにふさわしいその姿にパルウェは目を見開き、発する言葉も見つからないままただ恍惚としていた。

 

「なんだ、あのモビルスーツは……? 俺たちを助けてくれたのか?」

 

 交戦しているシャイニングガンダムとZプラスが周囲にいる敵機を排除し、ある程度クリアリングできた頃合いを見計らってアーガマへ向かうと、ユニコーンを見たフェズらもアーガマクルーと同じ反応をする。

 

《先生、あの機体……!》

《初めて見るタイプのモビルスーツ……。新型?》

 

 フェズがユニコーンガンダムを凝視している間にショウマが予めZプラスに搭載されている索敵機器で調べていたが、ユニコーンが来たとされる方角に他の機体の影も形もなかった。

 

《さっき撃ったビームもあの機体の武器で間違いなさそう。でも、どこから来たんだ? 別の中立コロニーから来たとは考えにくいけど……》

《少なくとも敵には思えない。とりあえず合流するよ》

 

 間一髪の所で突如現れたユニコーンの姿に驚いた2人はとりあえずアーガマとの合流を果たそうとしていると、Zプラスの方で再び警報が発せられた。

 

《先生、4時の方向に3機のモビルスーツが接近してる! そして、その後方に5……いや、6!》

《くそっ、どうも敵さんは帰してくれるつもりはないみたいさね!》

 

 正面から前衛の守備陣営を突破した3機のストライクダガーがこちらに迫ってくる。リュートもレーダーで敵の接近に気付き、アーガマを守るためにユニコーンを前に出して接敵する行動を取る。

 少なくとも彼らと同じ敵ではないことは間違いないのだが、どこにも所属していない傭兵がこちらに味方するメリットがどこにあるのかとグラン艦長は状況証拠を整理する。

 どの立場に置いても敵側の方が数は多く、数の利だけではなく、ここ周辺の地理の利も乏しいこちらに手を貸してまで戦うメリットに艦長は角の生えた純白のモビルスーツのパイロットの意図が読み取れずにいた。

 接敵すると、左アームでシールドを構えながらユニコーンに向けてビームライフルを連射する。リュートもブリッジをやらせはしないようにとユニコーンにシールドを前に出させ、Iフィールドを展開。シールドを構えながらビームライフルを連射し、機動戦闘を行いながらけん制するが、リュートが思う以上に戦闘は熾烈を増していく。後方にジンやザクⅡの部隊が接近しつつあったのだ。

 リュートはこの場でNT-Dを使用したくはなかったが、己1人でアーガマを守ることに手一杯でこの手段しか乗り切る方法がなく、アーガマに協力を仰ぐしかなかった。

 

「艦長、あの機体からオープン回線での通信が来ています! 応じますか?」

「……ああ。だが、油断はするな」

 

 初めて見る機体に救われたとしても、まだ信用していない艦長はクルーたちに密かに攻撃指示がいつでも出せるよう万全な状態にしてから首を1回縦に振ってオペレーターに合図を送り、ユニコーンとの通信回線を入れさせた。

 

《……よかった、繋がった! こちらユニコーン! アーガマ、聞こえますか!? 聞こえているなら、応答してください!》

「声がまだ若い……? モニターに切り替えれるか?」

「や、やってみます……!」

 

 オープンチャンネルなので多少ノイズが混じっているのだが、リュートの声を聞いた壮年の艦長は、まだその声に張りがあって若々しく聞こえた。

 指示でモニターに移し替えると、リュートの顔を見た艦長とブリッジクルー一同は思わず騒然とする。

 

「子供……!? あれに乗っているのは子供なのか……!?」

 

 機体性能の良さを差し引いてもまだ20も満たしていないであろう子供が5機のストライクダガーやジンを圧倒したことに驚いていたが、まだ油断はできなかった艦長はそれを押し殺しながら、冷静に言葉を選びながら相手の素性や目的を見抜いていく。

 

《……こちら、ルージニス中立公国、第06機動艦アーガマ艦長、グラン・デオ・ビリオ少佐だ。援護に感謝するが、君は一体何者だ? 所属を提示されたし》

(ルージニス中立公国……? 初めて聞いた名前だ……。公国って言ってたから地球かコロニーにある大きな国、なのか? それに中立公国でこんな軍事力持っているのなら、まるでコズミック・イラの世界のオーブだ……)

《えーっと、僕は、地球軍事統合連盟……志願兵の漆原リュートと言います!》

《志願兵……だと?》

 

 少年が発した言葉にグランの脳内は、疑問だらけになっていた。疑問を抱いたグラン艦長がリュートに色々と尋ねようとすると、突如警報が鳴りだす。

 

「11時の方向に敵MS出現! 数30!」

《ちっ、まだ敵がいたか……! 漆原リュートと言ったか。今、アーガマは敵の奇襲で動けない状態だ。すまないが、力を貸してくれないか》

 

 艦長から出た己の名にリュートは、焦りと言った後ろめたさから一転してアーガマに乗っている人たちの信頼に応えたい、使命を全うしたいと情熱に満ちた目に変わった。そして、それから連なるように自ら鼓舞する。

 

《……はい!》

 

 リュートも高らかに声を上げてユニコーンのスラスターを起動し、アーガマに接近中の敵MSの迎撃に向かわせる。

 グラン艦長はリュートのまっすぐな表情を見ると、不安な要素がなく、ましてやいつの間にか大船に乗ったような気分に浸っていた。そして、一度息を吐いて敵陣営に向かっていくユニコーンのブースターの光に対して一言呟いたのだった。

 

「あの少年……。もしかしたら、この世界を変えてくれるかもしれん」

「なぜ、そう思うのですか?」

「……分からん。だが、あの少年は、何事もやり遂げそうな気がしてな」

 

 艦長に問いかけたクルーの1人そがの言葉を聞いてもただ謎に満ちたまま言葉を失っていた。

 距離がまだあるが、モニターを拡大して敵の編成部隊が見えてきた。ザクやAEUイナクト、ジンやジムと言った量産型MSが無規則に隊列していた。統一性がないように思われるこれらの機体は、どれも開発初期に作られた機体で機体性能もそこまで高くはない。が、数はユニコーンやアーガマに搭載されている機体よりも圧倒的に多い。分断され囲まれると、全滅も免れない。そうならないためには――

 

(ここは、1機ずつ減らしていくしかないか……!)

 

 真剣な眼差しでモニターで機体を区別しながら分析していると、話の区切りにリュートの目の前にシャイニングガンダムがひょっこりと現れる。これにはリュートも驚き、思わず声を上げる。

 

「シャ、シャイニングガンダム!? モビルファイターの機体まであるのか……!?」

 

 モビルファイター――。元来、スポーツ目的として作られた機体でパイロットの動きや五感をフィードバックして機体にそのまま反映される《モビルトレースシステム》が搭載されており、それによって性能はモビルスーツよりも上回っている。

 驚いている間に突如通信回線の通知音が鳴り響く。グラン艦長からかと思ったリュートはその通信回線をオンにすると、モニターに現れたのは、淡い紫色の髪をした、初めて見る女性だった。

 

《アーガマを助けてありがとな、見かけないMSのパイロット……って、まだガキんちょじゃないか!》

《え、マジで!? うわ、俺とあんまり年変わらんじゃん!》

 

 そして、フェズの言葉に釣られたかのようにショウマもモニターでリュートの顔を見ると、嬉しさと驚きが同時に表情に出した。

 嵐のように突如現れた2人にリュートは、何を話せばいいか戸惑っていた。リュートの顔の表情を見たフェズは察し、自分から声をかける。

 

《っとと、悪い悪い! 自己紹介がまだだったね、あたしは地球軍事統合連盟所属のフェズ・シーア少尉だ。そして、こいつが――》

《ショウマ・シーア軍曹だ、よろしく!》

《ち、地球軍事統合連盟……!? なぜルージニス中立公国と行動を共にしているんですか!?》

 

 ガンダム作品だけではなく、戦争の中の世界を描いたあらゆるロボット作品を見ていれば、中立というからには地球軍事統合連盟という枠組みで入るわけではなかったのは明らかだった。

 

《訳は後で話すよ。んで、あんたの名は?》

《リュ、リュート……。漆原リュート、です……》

《リュートか、よろしくな!》

《自己紹介はそれぐらいにしな! さぁ、敵さんのお待ちかねさね!》

 

 顔を見て身が引き締まっているのが見て取れるフェズの言葉にリュートやショウマも先の敵部隊を見ると、敵部隊から一斉攻撃を仕掛けられる。

 先手を打たれたリュートらは回避に専念、散開した。

 載せていたシャイニングを降ろさせ、Zプラスはモビルスーツ形態に変形した。そして、手持ちで武装しているビームスマートガンで先頭に立っているザクに狙いを定める。

 

「動くなよ……当たれぇ!」

 

 アシストシステムを使って補いながらショウマの直感と技量をもってトリガーを引く。

 一発目は容易く回避させられたが、次に出る行動を先読みしながら狙い撃つと、その直感は的中し、見事にコックピットを貫いた。

 

「よっしゃ! 一丁上がり!」

《次来るよ、ショウマ!》

 

 だが、喜びは束の間だった。飛行形態に変形したイナクト2機が電磁力で弾丸を飛ばすリニアライフルでZプラスを集中攻撃する。

 ショウマはまずいと言わんばかりに飛行形態に変形し、回避を試みるもイナクトの方が機動性が上、どれだけ振り切ろうとも必ず追いついてくる。

 埒が明かないと判断したショウマはやむを得ず、モビルスーツ形態に再変形。Zプラスの腰に内臓されている《大腿部ビーム・カノン》でビームをばらまいて迎撃を開始した。

 2機のイナクトが急旋回してこれを回避すると、その進行方向に仁王立ちしているシャイニングがそこにいた。右手首を上に2,3回曲げて挑発する。

 挑発に乗ったかどうかは不明だが、そのまま突っ切るイナクト2機は先端に取りついているリニアライフルを撃ち続けるが、シャイニングは腰部の《ビームソード》を取り出して素早い連撃で弾丸をすべて切り落とした。

 

「逃がしゃしないよ!」

 

 フェズはバックパックのスラスターで機体を移動させ、追撃を開始すると、シャイニングの真上から弾丸の雨が降り注ぐ。奇襲を仕掛けたのは3機のジンだ。

 【76mm重突撃機銃】と呼ばれるフルオート式のアサルトライフルでバラまくように攻撃。遠距離から仕掛けられた挙句、周囲には機体が隠れそうな物がない。頭部のバルカンで牽制しながら、苦行を強いられているフェズはやむを得ず一時離脱を図る。

 ファイタータイプの機体はその名の通り格闘を重視した機体であり、それに見合った対実弾、対ビームコーティングが施されていて頑丈に設計されているが、今のような集中砲火を食らうと、単機ではカバーしきれない。

 

「ちっ……!」

 

 フェズは舌打ちをしたが、その後にわずかに微笑んだ。

 今まさにイナクトがシャイニングに向けて集中攻撃を仕掛けようとすると、横やりからピンク色に光るプラズマがその内の1機のイナクトの腕を貫通、爆散した。

 その方角を見やると、その延長線上にはリュートの乗るユニコーンの姿があった。その機体が装備しているビームライフルの排出口から煙が出ている。

 もう1機のイナクトは状況が一気に危うくなったと判断し、撤退を試みるが、シャイニングを駆るフェズに止められ、ビームサーベルで一刀両断。爆破した。

 だいぶ戦闘に慣れたリュートだったが、それでも張りつめていた緊張は解け、ほぼ同じタイミングで安堵の息を吐いていると、突如通信が入る。フェズからだ。

 

《サンキュー、リュート。援護助かった!》

《い、いえ……》

 

 その直後、再び通信が入る。ショウマが乗るZプラスからだ。

 

《油断するなよ、10時の方向から増援だ! 数は……30!? このままアーガマに向かってくるぞ!》

 

 長所とも呼べるZプラスの索敵能力でショウマは、敵の増援の情報をすでに手に入れていた。

 リュートらでもスコープによる視認はできた。敵の数は前よりもはるかに多かった。近くに敵の増援の母艦がいない限り、このような数にはなりえない。また今の勢力では、ガンダム形態のユニコーンの力を持って継戦できたとしても最終的には数に押され、全滅も免れないのは自明の理だった。

 

《このままだと、数で潰されちゃう! そうなる前に早く撤退しないと!》

《そうは言うけど、アーガマはまだ動けないんでしょ!?》

《なら、耐え凌ぐしかなさそうさね……! まずはチャールズとアーノルドのおっさんと合流する! 2人とも、全速力だよ!》

 

 気合の入ったフェズの呼びかけでリュートやショウマも覚悟を決め、未だに修理が終えていないアーガマを今持っている最大戦力で死守するためにフェズが名を呼んだ2人がいる宙域までそれぞれが乗る機体の最高速度と最短ルートで移動する。

 3人の視界に最初入ったのは、飛び交い合う色の違うビーム。スコープで覗いてみると、大規模の敵モビルスーツ軍に苦戦を強いられているジム・カスタムとネモⅢ、そしてその後方にアーガマがあった。

 ジム・カスタムとネモⅢは少しずつ後退、アーガマは砲撃で2機の援護射撃をするが、いずれは全滅してしまう。刻は一刻を争う。

 

《くそ、もうあそこまで接近してたか!》

 

 交戦するアーガマとアーガマのモビルスーツは防戦一方。砲撃やミサイルなどを出し惜しみせず迎撃に使っていても迫ってくる敵の数が想定以上に多く、処理しきれずにいた。

 すぐに先手を打つ必要があったフェズはリュートとショウマに指示を出す。

 

《2人とも、横っ腹から分断してアーガマへの負荷を少なくするよ! リュート、付いてきな!》

《は、はい……!》

 

 Zプラスに乗ったシャイニングとユニコーンは軍列の横からそれぞれが武装している射撃武器の中で一番射程距離のある武器で攻撃を仕掛けようとすると、それに気づいていたかのように先に攻撃を開始する。

 

《気づかれていたか……! 1回後退するよ!》

 

 不意を衝かれた、と言うことはまさにこのことだった。思わずリュートは2機の前に立ってシールドで防御をする。

 敵のモビルスーツ軍が先に狙ったのは、1機になっているユニコーンだった。攻撃を仕掛けられたリュートはすぐに回避するにもまた別の敵に攻撃を仕掛けられ、手も足も出ない状態だった。NT-Dを使ってこの場を切り抜けたかったのだが、前にルティエンス艦長と【NT-Dを使わない】という約束をしてしまったがために苦し紛れに使うことを躊躇っていた。

 苦戦しているユニコーンを見たフェズとショウマ合流するために周囲の敵機を次々と落としていくが、いまだに敵機の数は数十とある。リュートは、NT-Dを使うという最終手段が脳裏に浮かんだ。

 

「これじゃ埒が明かないさね……! 仕方ない、はああああぁぁぁ……ッ!!」

 

 構えの態勢に入ったフェズが気合を込めると、シャイニングのフェイスカバーと頭部フィン、アームカバー、ショルダーカバーとレッグカバーが同時に展開、そして足部アウトリガーが設置された。そして、緑色のコアからシャイニングガンダムが金色に上塗りされていき、周囲に分かるように光輝いていた。

 その様子をリュートやユニコーンを囲っていた敵機がその輝きに注目し、リュートも光輝くシャイニングガンダムを見てこうつぶやいた。

 

「あれは、真スーパーモード……!」

 

 あまりの眩しさにリュートは思わず腕を前に出し、影を作って光から目を守っていると、突如通信が入る。Zプラスからだ。

 

《リュート、早くそこから離れるんだ! 先生の大技が来るぞ!》

《え、大技……!?》

 

 ショウマからの警告を聞いたリュートは、その中にあった大技という言葉に気づき、射程圏外までユニコーンを移動させた。その様子を望遠カメラで確認したショウマは通信でフェズに連絡した。

 

《先生、リュートが離れたよ!》

《OK! んじゃ、派手にやろうさね!》

 

 腰にマウントしているビームサーベルのラックを取り出すと、両手で持ち直し、携えた直後に出力口から機体よりも長いビームの刃が出現した。

 

《流派が奥義、シャイニングフィンガーソードォォォォォ!!》

 

 シャイニングを覆っていた黄金がすべてビームソードに吸収され、超巨大に成り果てたビームソードを敵陣に向けて横薙ぎに払い、一振りだけで相当な数の敵機の撃墜に成功した。

 が、それでも敵はまだいる。残った敵は引くどころか、その場にいる数でリュートらの機体に攻撃を仕掛け、袋叩きを仕掛けようとする。

 

《くそ、まだいるのか! ここは一度後退して――》

 

 すぐに後退しようとしたその時、シャイニングは1ミリたりとも動かない。敵が動かないシャイニングに向けて攻撃しようと仕掛ける。

 すぐさまリュートはユニコーンをシャイニングの前に出し、シールドで守り、ビームライフルで迎撃する。

 

《シーア少尉、どうしたんですか!? 返事してください!》

 

 シャイニングに向けて必死に呼びかけていると、何度も息を切らして今でも危篤状態に陥りかねないフェズがリュートに向けて通信で言い始める。

 

《……リュート、アーガマを守って、くれ……! シャイニングは……アタシは、奥義を発動したら、しばらく動けなくなる、んだ……!》

《そんな……!》

《アタシのことは、いい……。アーガマ、を守ってくれ、あれには、お姫さんたちが、乗っ……てる……》

《姫……?》

《リュート、あとは俺に任せて、アーガマの援護を頼む!》

《でも……わかった》

 

 2人を残してアーガマの守りに入ってもショウマとフェズの安全は確保できないのは明らかだった、ショウマがいくら腕が立つといってもいくらでも湧き上がる敵には到底無理なのは分かり切っていた。

 リュートはユニコーンをシャイニングの前に出させ、シールドで敵の猛攻を防いでいる間に大技を繰り出した反動で動けないシャイニングをZプラスが救助して敵との距離を取るが、中々差が広がらない。

 リュートもユニコーンが今持っている武装で対応しているが、敵から凌ぐことだけを考えていて気が付けば弾数も残りわずかでこのままでは全滅も免れない。

 心拍数が徐々に上がっていく中、敵の接近がすぐそこまで来ているアーガマをモニターで見ていたリュートは、人を見殺しにできない気持ちが強く感じたため、艦長との約束を破ってNT-Dを使うことを決意する。

 

「艦長、ごめんなさい……。……僕は、この力を使います!」

《ショウマ、フェズさん少尉を連れて少し離れてくれ》

《あんた、一体何を……?》

 

 力に溺れて自我が崩壊するのを恐れない、その力を自分の制御の下に置く――、そういう自分自身に自己暗示をかけてリュートはNT-Dを起動した。

 複数の敵機がライフル等の射撃武器で一斉射撃を行うと、ユニコーンの各装甲の隙間から赤い光を発し、その機体を守る見えないバリアで弾道の軌道を屈折した。その時、リュートは苦痛にもがいていた。

 

「思い出すんだ……! デンドロビウムと戦ってた時のように、自分の意志で……あいつらを倒すと……!」

 

 前の戦いでは、ただ勢いだけでNT-Dを発動していたが、今回は自分の意志でNT-Dを発動しつつ、意識を保ったままにすることに集中していた。

 手に携えていたレバーをいつも強く握り、歯を思いっきり食いしばって、システムなんかに負けないようにと強い意志を抱いて自我を保とうとする。

 そしてユニコーンは、ガンダム形態へ変形。その苦痛に耐え凌いだリュートの意識は辛うじて健在だが、額から流れ出る汗の量からしてそう長くは戦闘ができないことを物語っていた。

 

《な、なんだユニコーンが変形してる!?》

《あれは、ガンダムタイプ、だと……!?》

 

 変形した機体の背中を見ていたフェズとショウマはガンダムタイプに変形する機体を見たことがない理由から唖然するしかなかった。

 同時刻、アーガマ艦内のとある部屋。戦闘による揺れ以外は何も感じない暗闇の中で佇む1つの影が何かを感じたようにベッドからハッと目を覚ます。

 そして、体をゆっくりと持ち上げて自身が強い力を感じた方向に向けると、口角を少し上げてこう呟いた。

 

「王子様が来てくれた……」

 

 ユニコーンは後ろにいる2機のガンダムタイプの機体に一度振り返り、周囲にいる複数の敵機を一瞬で排除。そして、アーガマの乗組員たちを守るために数多の敵機に向かう。

 リュートらが先行して回路切り開いている間に手薄となったアーガマ防衛網は危機に瀕していた。多くの敵モビルスーツがまる群がるゾンビのようにアーガマとそれを防衛する機体に押し寄せている。

 なんとか撃墜して食い止めているものの、このままでは弾薬が底をつき、全滅しかねない。敵の集団の横っ腹に高火力のビームが放射され、巻き添えを入れて十数機の敵機体が爆破した。

 横槍から奇襲を仕掛けたのはガンダムタイプになったユニコーンだった。接近に気づいたいくつかの敵機がユニコーンを対処するが、速すぎる速度と読みきれない挙動で中々撃墜に至らない。

 

「集団戦なら、これで!」

 

 リュートはユニコーンのバックパックにマウントされているビームマグナムと左アームにマウントされているビームガトリングガン、その他持っている武装でアーガマ周辺の敵に向けて弾を出し惜しみなく一掃した。その間にリュートはアーガマとの無線回線をつなぐ。

 

《グラン艦長! 早く艦を後退してください!》

《リュート少年か!? 磁場の影響で艦が後退できない! 殿を頼む!》

《分かりました!》

 

 艦長の言葉に従い、リュートはデストロイモードになったユニコーンの機動力を駆使して上下左右と宇宙を舞いながら1機、また1機と数秒間隔で撃墜していく。

 これをブリッジで見ていた艦長やパルウェ、クルーたちがユニコーンの活躍にただ呆然としていた。

 

「これがあの少年の、いや、あの機体の力、なのか……!?」

「数多の敵相手にここまで……。凄い……!」

 

 多くの敵機を次々と倒していくリュート。NT-Dを稼働してから間もなく5分が経過しようとしていた。連続高機動によるGに耐えつつ、レーダーを見て周囲の位置を把握しながら戦っている驚異の集中力が切れかかっていた。

 撃墜しても、撃墜しても後方から何度も敵機の増援を確認される。これにはリュートは舌打ちをする。

 

「敵は増える一方だ、このままじゃ……! あ……!」

 

 その"敵の数が減ることはない"という現状にリュートは見覚えがあった。

 

「こいつら、この前やってたゲームのボスキャラ似ている……!」

 

 ゲームのボスキャラの中には雑魚キャラの集団を駆使し、プレイヤーを攻撃してくるボスが存在する。その中にあるコアとなっているボスを倒せば、ボスキャラ共々雑魚キャラも消滅する。

 もしこの現状と同じならば、どこかにその"コア"となっているボスを倒せば、雑魚キャラ、もとい敵機の増加が止まるということになる。

 今でも探しに行きたいところだが、ガンダム形態となったユニコーンが加勢したところでなんとか拮抗状態にまで保っている。

 

「どこかにこいつらを生み出す装置か何かがあるはずなんだ……! でも、敵が多すぎて、ここを離れられない……!」

《……だったら、ここは私たちに任せなさい!》

 

 ユニコーンのレーダーの接近警報と同じタイミングで聞き覚えのある声が耳に入る。

 方角はその声に驚いたリュートが来た方角と同じ。そして、スピードも従来のモビルスーツとは比べものにならないほど速い。不審に思ったリュートは接近する機体の形式番号を調べると、見知った文字が浮かぶ上がる。

 敵モビルスーツ軍に横槍を入れて攻撃したのは、赤く光るガンダムエクシア――【TRANS-AM(トランザム)】システムが発動しているガンダムエクシアだった。

 トランザム発動により通常よりも速度がはるかに違うエクシアを捉えきれない敵モビルスーツ軍は翻弄、分断。その隙にアーガマのモビルスーツと連携を取りつつ1機ずつ確実に数を減らしていく。

 

「ガンダムエクシア……! レーアなんだね!」

《喜ぶのは後! まずはこいつらをなんとかするから、あなたは成すべきことをしなさい!》

《でも、レーア1人だけでじゃ――》

《さっき言わなかった? 私たちって――》

 

 レーアが発言した後、ユニコーンから見て2時の方角――エクシアの背後から黄色と緑色の極太のビームが多くの敵機体を焼き尽くす。

 その方角を見ると、アークエンジェルとその甲板上で立って、掃射したばかりのバスターライフルを持ったウイングガンダムがいた。

 

「アークエンジェルにウイング!? カレヴィたちまで!」

《リュート、説教は後だ! まずはこいつらを蹴散らすぞ! アークエンジェル、援護を頼む!》

「ゴットフリート、再装填急げ! 同時にヴァリアント、イーゲルシュテルン発射用意! 後部ミサイル発射管はコリントスを装填!」

《ヴァリアント掃射後、ゴットフリートで蹴散らします! ヴァリアント、てーっ!》

 

 艦の両脇にある2基のリニアガンから黄色く光る実弾が敵モビルスーツを貫き、爆散させた。

 

《カレヴィさん、行きますよ! ゴットフリート、コリントス、てーっ!!》

 

 艦長の指示に武装のゴットフリートとコリントス、そして甲板上で立っているウイングのバスターライフルによって残りの敵モビルスーツを全滅させた。

 その隙にリュートはユニコーンを動かしながらデブリだらけの宙域を見渡す。その中に一際大きなデブリがリュートの目に映った。

 その中に入ってみると、何かしらの鈍い音が響き渡る。奥へ進んでみると、そこに自動で先ほどまで戦っていた機体のフレームやパーツを造成して組み立てている、何とも不気味な機械が多数存在していた。

 周囲にある金属類を口とも言える部分から摂取し、パーツごとに変化している不気味な機械にリュートは既視感を感じていた。

 

「なんだこれは、まるで巨大なプラモの工場みたいだ……!」

 

 NT-Dが切れるまで時間がない。リュートは、モニターの録画で証拠として押さえ、弾薬が残っている武器ですべての機械を破壊した。その直後にユニコーンのサイコフレームは光を失い、元の形態に戻っていった。

 パイロットであるリュートも多少息は乱れているものの、意識は辛うじて保っている。訓練の成果がここで現れた。

 破壊した機械と同時に磁場が収まり、通信もレーダーもすべてクリアになった。そこに通信が入る。相手はノエル曹長だ。

 

《こちらアークエンジェル。残存の敵機体は全滅しました。速やかに帰還してください》

《こちら、リュート……。これより帰投します……》

《……それと、戻ったらみんなに何をすべきか、わかるよね?》

 

 ノエルの言いたいことをある程度分かっていた、リュートは何も言い訳も言わずに素直に答える。

 

《……はい》

 

 ヘルメットを外したリュートは息を切らしながらもユニコーンを動かし、亡骸になったモビルスーツ製造工場を後にして恐る恐るとアークエンジェルへと戻っていった。

 

 〇 〇 〇

 

 ジェイの命令にオルドレア隊一同は大佐に向けて敬礼をし、体を捻ってモビルスーツ格納庫へ向かうためブリッジを後にし、出撃準備に入る。

 ジェイ元い、レウルーラのブリッジの下にある艦首上下のカタパルトデッキのハッチが同時に開き、各員が持つ機体のコックピットに艦からの無線通信が入る。

 

《目標は磁場の中にいる。中に入れば、回復しない限りノイズで遮断されてこちらとの無線通信が――》

《――一切できなくなる。それぐらいのことは熟知していますよ、ローバック艦長》

 

 艦長の長話をこれ以上聞きたくなかったので終止符を打ったのは、アイーシャだった。その言葉とは裏腹にヒュ-イ艦長はモニター越しから発する彼女の威圧感にしどろもどろになる。

 その瞬間切り替わってきたのは、彼らの上司であるジェイ・アレギオスだ。

 

《私だ。各員、聞こえるか? ブリーフィングで言った通り、あくまで第一目標はユニコーンの奪還あるいは破壊だ》

《はいはい、わかってますよー、あのユニコーンって奴をサクッと倒して――》

《侮るな。ユニコーンの他にも手練れがいる。油断をしていると、命取りになる》

《うっ、ごめんなさい……》

 

 ジェイが一区切りして大まかな作戦の再確認を終えると、今度はソアル個人に声をかける。

 

《それと、ソアル。その機体は機動力と火力に優れているが、扱える者が少数に限られるじゃじゃ馬だ。機体に振り回されるな》

《わかっています。そのために訓練したつもりです》

 

 と、強気で二つ返事で返すソアルにジェイは、同じ軍人の隊長として、育ての親としての喜びの感情を込めて一瞬微笑みだす。

 

《……諸君らの健闘を祈る!》

 

 ジェイは通信を切り、ニック艦長とアイコンタクトをしてブリッジクルーに次の支持を出す。

 

「総員、第一戦闘配備! オルドレア隊出撃! 本艦も前に出る!」

 

 それぞれが共有する意思を背負ったオルドレア隊は、各員が持つ機体のメインシステムを起動した後、カタパルトシステムで各機体をカタパルトデッキに移した。

 

《ソアル・アレギオス! フリーダム、出撃する!》

《ラーナ・アレギオス! ノーベルで行くわ!》

 

 最初に射出されたのは、ソアル・ガエリオスが乗る、黒いラインと蒼い翼が特徴の白いガンダムタイプ【フリーダムガンダム】とラーナ・ヴァーロドムが乗る金色に輝く長髪にセーラー服やハイヒールとを着ている女性型デザインのガンダムタイプ【ノーベルガンダム】。

 射出されたフリーダムは、ソアルがスイッチを押したことでフェイズシフト装甲(以降の口述をPS装甲とする)を展開し、バックパック以外の各部位が灰色から基調となる白と強調された赤と黒、そして青のカラーリングに変色した。

 

《カルロス・アレギオス! デュナメスで出る!》

《アイーシャ・アレギオス! リィアン、発進します!》

 

 その後にカルロスが乗る、【ガンダムデュナメス】と呼ばれる、両肩アーマーの先端に追加されている緑色の装甲を持つ狙撃特化型のガンダムタイプとアイーシャが乗る【リィアン】と呼ばれる、後方に搭載している疑似太陽炉から赤いGN粒子を放出しながら飛行する小型戦艦型の支援機が射出された。

 下のカタパルトデッキから射出されたリィアンは縦軸に回転し、機体以上の長さを持つ対艦ライフルを持ったヅダを乗せてソアル機、ラーナ機と合流し、一時的に彼らが過ごしていた忌まわしい地――コロニー、アイランド・イフィッシュへ向かう。

 ブリッジで彼らを見届けるジェイに近づく足音。その持ち主は、エイナルだった。彼の後ろにエイナルと同じ志を持った僅か数人の部下たちもその場に居合わせていた。

 

「大佐、我々にも出動の許可を。……覚悟はすでにできております」

 

 フロントガラスに反射して見ゆる彼らの目を見たジェイは、彼らの持つ覚悟は本物なのかある質問をエイナルに問い、それを見極める。

 

「それは、己のプライドを守るための覚悟か?」

 

 過去の醜態を晒してしまったことのあるエイナルは内心痛いところを突き付けられたが、その質問に対する答えを口に出すのに5秒もかからなかった。

 

「いえ。我々は軍人です。軍人になったからこそ、死ぬまで……いや、真の平和が訪れるその時まで戦い続ける覚悟であります!」

 

 エイナルの必死そうな顔や言葉からの上っ面の覚悟ではなく、その奥から並々ならぬ決意を感じ取れたジェイは、自分が求めていた理想とはやや違うものの目的とは決して離れていなかった。

 

「……お前たちの意志は受け取った。先ほど、アークエンジェルが急遽進路を変更し、これをアルドレア隊が先行、及び偵察の任を与えた。ブローマン小隊は彼らの護衛を任されたい」

 

 と、ジェイからの命令を言い渡すと、エイナルとその部下たちは一糸乱れぬ敬礼をしたあと、ブリッジから離れて格納庫へ向かう。

 エイナルも部下たちの後を追おうとすると、足を止めてジェイに向けて個人的に対する宣言をする。

 

「今度は、自分を見失いません!」

 

 その言葉を聞いてエイナルの更なる成長に心の底から喜ばしく感じたジェイは微かに口角を上げてほほ笑んだ。そして、彼らにこう告げる。

 

「……頼んだぞ」

 

 〇 〇 〇

 

 発信源を頼りにユニコーンは前に進み、ようやくアークエンジェルへと帰還。モビルスーツから降りると、そこにはルルやカレヴィ、レーアが待っていた。

 最初にリュートに接近したレーアは怒りの感情を押し殺しながら頬に向けて思いっきり平手打ちをし、その音が格納庫内に響き渡り、その場にいた者たちを気圧させた。

 

「……あなたの身勝手な行動でどれだけの人が迷惑をかけたか、分かっているの?」

 

 近くで氷のように冷酷な表情で見つめられたリュートは、事実を突き付けても何も言い訳することもするつもりもなく、ただ素直に謝罪した。

 

「……ごめん」

 

 そして、リュートはルルたちの方を見て、頭を下げてもう一度謝罪した。

 

「皆さんもご迷惑をおかけして、すみませんでした……」

 

 沈黙の中、最初に啖呵を切ったのはカレヴィ。レーアの言動に多少戸惑いつつも咳をしながら、頬が腫れているリュートに向けて発言をする。

 

「……あー言いたいことはもうレーアに先に言われっちまったし、俺から言うことは……まあ、そのーなんだ。もう二度とやるなよ、リュート」

「リュートさんの場合、まだあくまで民間人の立場なので軍人からもお咎めはありません。今回は、厳重注意で事を済ませます。十分反省しているのが見て取れるので」

 

 心配していたとはいえ、無事に帰ってきたことだけでもよしと感じたカレヴィとルルの寛容にリュートは涙を流してもう一回頭を下げた。

 

「あ、それとリュートさん、実は艦内にお客様が来ているんですが、なんでもルージニス中立公国の方があなたにお会いしたいらしくて」

「ルージニス中立公国の……?」

 

 ルルの言葉にリュートは戸惑いを隠せなかった。姫君はもちろん分かっているが、なぜ姫君たちがこの宙域にいるのかが理解できなかったのだ。

 そもそもルージニス中立公国とは何なのかさえ、よく分からないので偶然にも隣にいたレーアに問いかける。

 

「レーア、ルージニス中立公国って何?」

「知らないの? コロニー・サイド6にある世界規模の軍事力を誇る中立公国よ。あくまでルージニス中立公国は自衛のための軍事って主張していて戦争、紛争も一度も起こしたことがないって聞くけど……」

「あの、アーガマ……っていう艦は、ルージニス中立公国のものなのかな?」

「さぁ、そこまではわからないけど……」

 

 アーガマの所持者がルージニス中立公国のものという点は些細なことでしかない。仮に肯定した場合、なぜあそこで屯っていたのかがリュートにとって最大の疑問だった。中立を貫いている国であれば、尚更だ。

 自問自答を繰り返しているうちに身のこなしを整え、保健室に行ってレーアにぶたれた頬をガーゼで手当てし、気が付けば、ルージニス中立公国の姫君がいる応接室の前まで来ていた。

 先にルルがドアをノックしてしばらくすると、マドックが出迎えてる。その後にカレヴィ、レーア、リュートの順番で入っていくと、彼の目に映ったのはアーガマの艦長グランの隣に姫君と呼ぶにふさわしい気品を漂わせる少女が2人座っていた。

 それぞれメインカラーがオレンジ色と淡い紫色の同じドレスコートを着ており、オレンジ色のドレスコートを着ている少女は金髪で短めに髪留めをしており、年もリュートやレーアとほとんど変わらない。

 

(……貴族から招かれるなんて思ってもみなかったけど、間近で見ると、結構華やかなだな)

 

「遅くなり申し訳ございません。私は、アークエンジェル艦長代理のルル・ルティエンス中佐です。隣にいる方はマドック・ハニガン少佐、その後方には右からカレヴィ・ユハ・キウル少尉、レーア・ハルンク志願兵、そしてリュート・ウルシバラ志願兵です」

 

 服装からして姫君と思われる2人の少女は立ち上がり、タイミングを見計らって真ん中に座っている髪留めをしている姫君が最初に穏やかで流暢に口に出した。

 

(わたくし)たちからも改めて自己紹介を。私は、ルージニス中立公国第8公王、アーサー・ストランドが長女、パルウェ・ストランドと申します。こちらが――」

「執事のユースタス・ラグウェイと申します」

「此度は危機に瀕していた中、援護及び救助していただき、ルージニス中立公国代表として感謝を申し上げます」

 

 ルージニス中立公国の姫君はスカートの裾をつまんで華麗にお辞儀をし、感謝の意を述べると、アークエンジェル・クルー一同が一番気になっていたことをルルが代弁して問いかける。

 

「あの、さっそく本題に入りますけど、どうしてルージニス中立公国のお嬢様方がこのような場所におられたのですか?」

「話が長くなってしまいますが、私たちは父の派遣の元、あなた方地球軍とコロニー連合軍から許可を得て戦場と化した被災地へ赴き、戦争の被害者の方々を施してきました。いわば、ボランティアです。今回はあなた方地球軍事統合連盟の制空権にあるサイド6だったので今はここにはいませんが、用心棒としてフェズ・シーア少尉とショウマ・シーア軍曹を要請した次第です。帰りの途中に原因不明の磁場の発生による艦の機器の故障、そして多数のMSに襲撃されました」

「……そこにウルシバラ志願兵が援護に駆けつけ、窮地を脱した、というわけですか」

 

 経緯を述べているうちにルルが勝手に納得していると、パルウェは席を立ち、リュートの前まで移動する。

 

「リュート・ウルシバラさん、あなたが私たちを見つけたおかげで九死に一生を得ました。このご恩は決して忘れることはないでしょう」

 

 高潔を身に纏っている相手に話すこと自体、貴重な経験なのでリュートも変に舞い上がっている。それに、美麗な顔立ちに透き通るような香水の香りにリュートの冷静さは失われつつあった。

 彼の両側で様子を見ていたレーアは少々呆れていて、カレヴィは思いっきり口を開けまいと閉じて震えながらも笑いを必死に堪え、咳をして誤魔化していた。

 高鳴る鼓動を落ち着かせてリュートも本心をパルウェに伝える。

 

「……あ、いえ。あの時、気にしないふりをしていたらきっと後悔していたと思うんです。僕もあなた方を見つけて良かったです。本当に、良かった……」

 

 それはリュートの本心でもあった。戦争の中、死ななくてもいい人たちを助けられたことがリュートにとっては唯一の救いになっていた。それを見抜いてたかのように微笑みだすパルウェは、1つリュートとレーアに個人的に気になっていたことを話す。

 

「それにしても、あなたとレーアさんは私とそこまで歳が変わらないことに驚きました。それと失礼を承知ですが、ルティエンス艦長も女性で、しかもここまでお若い方とは思いませんでした」

「……よく言われます」

 

 と、毎回初見の人と会うたび必ず言われることに既に慣れたルルが苦笑いすると、パルウェは今思いついたことを提案をする。

 

「そうだ。リュートさんとレーアさん、これから()()()とお話してくれませんか?」

「私ならまだわかりますけど、なぜリュートまで……?」

「詳細は、後でお話しします。ルティエンス艦長、このお二人をお借りしてもよろしいですか?」

「……一応、彼らは民間人の身分ですのでお二人を束縛する義務はありませんが、念のため監視はさせていただきます」

 

 そう告げ口を言うと、パルウェは問題なしと言い、リュートらの付き添いとしてノエル・クリンプトン曹長が抜擢された。

 場所をアーガマに移したいとパルウェ本人の願いを聞き入れ、承諾。ユースタスの誘導でアーガマに乗り移るカーゴ船に向かう最中、リュートはパルウェの提案の中にどうにも気になった言葉があった。

 

「あの、パルウェ、姫。先ほどから気になっていたのですが、その、『私たち』という言葉がどうも気になるのですが……」

 

 リュートの疑問を聞いたパルウェは、一瞬辛そうな顔を隠すように下を向き、そして上げて彼らに彼女だけが知っている秘密を打ち明かす。

 

「……実は私には妹がいます。名前はサリィー。もうすぐ15になるというのにまだ家族以外人馴れしていません。ですから、少なくとも妹が年相応であるあなた方だけでも慣れるお手伝いをしてほしいのです」

「なるほど、そういうことだったんですね。まあ、僕たちができることであれば、喜んでお引き受けします」

「……ありがとうございます、リュートさん」

 

 パルウェのカミングアウトに首を縦に振って納得するリュート。その2人の後ろで間に目をつぶり、顎に手を添えていて何やら考え事をしていたノエルの傍らで気になっていたレーアが問いかける。

 

「ノエルさん。さっきからずっとこんな感じですけど、何か気になることでもあるんですか?」

「……姉とは違い、とてもシャイな妹分のお姫様かぁ。これはありかも……!」

「……連れていく人を間違えたかもしれないわね」

 

 と、レーアは苦笑いして呆れていた。

 

「……着きました、こちらです。この部屋にマリィーお嬢様がおられます」

 

 修理中のアーガマに移り、たどり着いたのは応接室。この部屋にパルウェの妹がいると聞いたリュートらは、パルウェと会った時とは全く違った緊張感を持っていた。

 最初にパルウェが一歩前に出てドアをノックをする。

 

「マリィー、私です。姉のパルウェです」

 

 サリィーと呼ばれる妹の姫君から声で5秒も経たないうちにドアは横にスライドして開くと、何者かが飛び掛かりそのままリュートに抱き着く。

 何が起きたのかとゆっくり下を見下ろすと、リュートの胸に飛び込んできたのは、パルウェと色違いのドレスを着た一回り小さい女の子だった。

 

「えーっと、マリィー……姫?」

 

 恐る恐る声をかけてみるもその少女の手は震え、泣きじゃくっていた。何かあったのかと思ったリュートはパルウェに確認を取らせると、間違いないと首を縦に振る。そして、そのことを知ったリュートは再びその少女に問いかける。

 

「あの、何かあったのですか? マリィー姫? 僕でよければ、相談に乗ります」

 

 リュートは一度少女を離して少しかがんで経緯と問いかけると、俯いて聞こえずらくて最初は何を言っているのか分からなかった。だが、何度も問いかけて震えた口から聞こえてきた言葉は――。

 

「た……」

「た?」

「……た、助けてありがとうございます、救世主様」

 

 彼女の目に涙が溢れ、頬は赤く染まり、リュートに向くその笑顔は恋をしているかのような表情をしていた。

 

「へ、救世主……様?」

 

 問いかけてきた返答は、予想を遥かに上回っていた。そしてサリィーがまんざらでもなく放った「救世主様」という言葉はリュートを驚嘆させ、レーア、ノエル、パルウェ、ユースタスを茫然自失させた。




都合が悪く、投稿が遅れて申し訳ありません。
次の投稿は、なるべく早く投稿できるよう心がけます。
よろしくお願いいたします。


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