IS~ワンサマーの親友 (piguzam])
しおりを挟む

番外編~IF世界
閑話~怒り(本編IF~ゴーストライダー)


プロットデータ整理してたら出てきたので投下www


 

 

 

もしも鍋島元次のISがオプティマスじゃ無かったら――皆に受け入れて貰え無かったら――こうなっていたであろう。

 

 

 

 

大事な家族をあのクソ忌々しいオルコットに侮辱され、俺は怒りに支配されたままクラス代表決定戦を迎えた。

その時の怒りに当てられた1組女子は俺の事を怖がり、誰一人として俺に話し掛ける事は無くなったが、それも仕方の無い事だろう。

ルームメイトの……いや、元ルームメイトの本音ちゃんも俺と目が合うと「ヒッ!?」と悲鳴を挙げて逃げてしまう様になった。

真耶ちゃんも同じく生徒の皆と一緒になって震え、かなり余所余所しい対応をされた。

それから少ししてこの学園では俺に対するアンチ組織が出来上がり、歩くだけで罵詈雑言を受けてしまう様になった。

やれ「学園から出て行け!!」とか「この暴力男!!女の子に怒るなんて最低!!」とか「早く人体実験されに行けば!?」なんて言われてる。

唯一俺の味方は一夏と箒、そして千冬さんの3人だけ……もうこの学園に居るのも苦痛にしか思えない。

そして俺の大切な家族を侮辱したオルコットとISで戦う日、俺に届いた専用機は――。

 

 

 

「元次……これがお前の専用機――『G・R』だ」

 

 

 

束さんが俺の力になれる様にと秘密裏にISへ進化、改造してくれていた俺の愛車……イントルーダークラシックだった。

まだ初期状態なので一次移行が終わるまでは只のバイク……史上最強の兵器と言われているISに、俺は自らの愛車で挑む事になった。

幸いISとしての最低限の機能としてシールドエネルギーと絶対防御は備えられていたので、俺は玉砕覚悟でオルコットとの戦いに望んだ。

カタパルトから打ち出されてアリーナの地面へと着地した俺に飛び交うブーイングの嵐と嘲笑の渦。

「地面を這う虫けらにしか見えませんわね」等と天に浮くオルコットから侮辱されるも……俺の取った行動は回避のみ。

当然だ、こっちは武器も無ければ空も飛べない、謂わば普通のバイクに防御機能が付いただけの状態。

なら俺がするべき事は、どれだけ笑われようとも一次移行までの時間を稼ぐ事だけだった。

 

 

 

「あぁもう!!飛べもしない無様なISで30分も逃げ回ってばかり……アナタには人間としての誇りすら無い様ですわね!!」

 

「……勝手に言ってろ」

 

 

 

30分。短い様で長い30分という時間を、俺は必死に逃げ回った。

速度、機動性、敏捷性の全てにおいてオルコットのISを下回るスペックのG・Rを駆使して逃げ回っていた俺に飛び交ったのは野次だけではない。

彼奴等観客席からゴミを投げ付けてきやがった……しかも悲しい事に、1組の女子もほぼ全員参加してる。

皆「男の分際で偉そうにしてんじゃ無いわよ!!」とか言ってる……挨拶を交わして友達になった筈の夜竹や相川……本音ちゃんまで……。

 

 

 

俺がキレたのがいけなかったのか?男だからって理由だけで家族を侮辱されても怒っちゃいけねえってのか?

 

 

 

俺は1人で非難を浴びる事の辛さより――この理不尽な女尊男卑思考の世界に、自分でも信じられない程の強い「怒りと殺意」を覚えた。

 

 

 

上等だ……今まではずっと、俺を馬鹿にするぐらいならどうでも良いと思ってた……けどよ。

 

「これで終わりですわ!!その不快なバイク諸共、塵に消えなさい!!」

 

今日からは、俺に少しでも敵意を向けた奴は全員――――『惨たらしく殺してやる』

自分の中に湧き上がる憎悪と殺意の『炎』に全身を焦がされるイメージを鮮明に感じながら、俺はオルコットの放ったミサイルに呑まれていく。

 

「ふぅ……やはり塵は塵に。ゴミは焼却処分されるのが相応しいですわね」

 

ミサイル爆破の衝撃、そして俺の居た場所が粉塵に包まれた向こうで、オルコットの不快な高笑いが聞こえてくる。

その耳に障る声をBGMに聞きながら、俺は――。

 

『GRRRRRRRRRRRR……』

 

「……え?…………ヒッ!?」

 

全身から湧き出す炎に包まれ、黒焦げのライダースジャケットを身に纏った『骸骨』に変貌する。

肩の部分と拳から肘までのグローブに付けられた銀の鋭いスパイクが見る者に底知れない恐怖を撒き散らす。

その異質過ぎる風貌に観客席の笑い声はシンと鎮まり、辺りは静寂に包まれた。

 

「な、何ですの?その姿は……ま、まさか、それが一次移行した姿だとでもいうのですか!?お、おぞましい!!」

 

『……』

 

空中で俺を見て戦慄するオルコットには目もくれず、俺は骨だけになった手をイントルーダーのガソリンタンクに添える。

 

『――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

ゴォオオオオオオオオッ!!!

 

俺の口から出た地獄の入り口から聞こえる悲鳴の様なボイスと同時に、俺の身体からバイクへ炎が引火した。

普通なら爆発するであろうバイクは何事も無くマフラーから大きな排気音を響かせながら、炎によって形状が変えられていく。

下向きに伸びていたマフラーは上にカチ上げられ、タンクを骨の手の平の様なパイプが通る。

装備されていたクラシックフェンダーの頂点には刺が生え、フロントフォークがチョッパースタイル然とした長さまで延長された。

車体を奔る炎はやがて収束され、熱で真っ赤に染まったエンジンと燃えるタイヤへと変貌を遂げゆく。

アップハンドルは溶けたかの如く曲がり下向きに変更され、ヘッドライト部分には馬の頭のドクロを模した飾りが付けられる。

 

 

 

 

 

歪にして燃え盛る憤怒をこの世に形為した地獄のバイク……『ヘルバイク』。

 

 

 

 

これを自由自在に操り、この世のありとあらゆる乗り物を地獄のマシンに変化させる、俺のISの真骨頂にして単一の能力。

 

 

 

 

 

速度、機動、パワー特化型IS――――『Ghost Rider』のワンオフ・アビリティー、『復讐之精霊(スピリット・オブ・ヴェンジャンス)』だ。

 

 

 

 

 

さぁ……地獄の時間だぜ?……精々苦しみな。

 

『GURAAAA!!』

 

「な!?空を(ガシィッ!!)がう!?」

 

アクセルを煽ると、まるで悪魔の鳴き声の様なサウンドをマフラーから響かせながら、ヘルバイクは炎のレールを描いて空中を疾走する。

オルコットのISを上回る……いや、現存するISの中でも最高速と加速度は他の追随を許さない『Ghost Rider』のスピードは、一瞬の内に奴の背後まで移動出来た。

そのまま『Ghost Rider』の武装のチェーンを呼び出し、それでオルコットの首を縛り上げる。

圧倒的な加速が生み出す膨大な慣性の力によってオルコットの身体はヘルバイクに引っ張られてしまう。

更に『Ghost Rider』の力は、束さんのカタログ値によれば訓練用IS100台分の出力を弾き出している。

そんな力で思いっ切りアリーナの地面に向かって俺が鎖を引っ張ればどうなるか?答えは単純明快――。

 

「きゃぁあああああ!?」

 

ゴシャァアアアアッ!!!

 

今まで体験した事の無い速度で地面に叩き付けられる結果となる。

頭から地面に落ちた衝撃で、ISの絶対防御が発動していても立ち上がれないのか、オルコットは全身を痙攣させながら手を地面に付く。

まだまだ……もっと苦しませてやるよ……もっと痛みをやるよ。

俺はそんなオルコットから視線を外し、手に持ったチェーンの端の部分をヘルバイクのリアフェンダーに繋ぐ。

そこから姿勢を戻してアクセルを5回程吹かし――。

 

ギャルルルルルルルルルルッ!!!

 

「つぅッ!?ああああああああぁぁ!!!」

 

前輪をウイリーさせながらオルコットをISごと引き摺りつつ走りだした。

ヘルバイクのタイヤが織り成す炎のレールにも攻撃性は有り、オルコットは首を支点に引き摺られながら炎に身を焼かれる。

勿論シールドエネルギーと絶対防御があるから本当に焼けている訳では無いが、絶対防御を突破すれば炎の熱さと痛みを同時に味わう事になるだろう。

俺はヘルバイクをウイリーさせたままアリーナの壁際まで突っ走り、そのまま垂直に壁を駆け上がる。

そうすると今度は生徒の安全を守る為に張られたシールドバリアーの上に立つ事になるが、オルコットがシールドの上に乗った瞬間、その下から悲鳴が挙がる。

なぜならオルコットはここまで顔面を引き摺られているからだ。

幾らシールドエネルギーがパイロットを保護していても、首を絞められたまま引き摺られるのは絵柄的にかなりの恐怖を煽る。

まだ許すつもりは微塵も無え……二度と俺に歯向かえ無いぐらい……ズタズタにしてやる。

 

ギャルルルルルルルルルルッ!!!

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!?」

 

もはや悲鳴にすら聞こえない程のくぐもった声を挙げながら、オルコットは観客席を覆うシールドバリヤーの上を俺のヘルバイクで引き摺り回される。

顔が見えないのが残念だが、苦しみに藻掻くオルコットの悲鳴を聞き取って、俺が感じたのは――。

 

『――HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAA!!』

 

家族を侮辱した奴を叩きのめし苦痛を与える事への……無上の歓喜だった。

『Ghost Rider』の仕様なのか、ボイスチェンジャーで人間の物とはかけ離れた声で笑う骸骨姿の俺は皆にどう見えるのだろう?

それは考えるまでも無く、年端もいかない少女達にはキツすぎる光景だ。

ハイパーセンサーを通して俺に見える彼女達の顔は、今までに無い恐怖に染まっている。

幾ら代表候補生とはいえ、同い年の少女がバイクで引き摺り回されて公開処刑に処されているんだ。

それを自分達の真上で見せられたら、恐怖する以外の感情は湧いてこないだろう。

俺はオルコットを引き摺りながら、時たまアリーナの四方八方に位置する支柱の部分にオルコットを叩き付けてダメージを与える。

そんなリンチ目的のドライブを何周も続け、俺は最後にオルコットをアリーナに飛び出したピットへ通じるカタパルトのレールの上に叩き付けた。

 

バゴォオオオンッ!!

 

「あぐ!?……ひ、ひぃぃ……ッ!?こ、来ないでぇ……ッ!?」

 

合金で出来たカタパルトが凹む勢いで落とされたオルコットに喋るだけの余裕は無く、バイクに跨る俺に恐怖の視線を送っていた。

普通ならこの時点で止めていただろう……俺が怒りの感情に呑まれていなければ……。

だが、この時の俺にはまだ足りなかった……まだ喋る余裕があるなら、喋れなくしてやろうとしか頭に無かった。

その心に渦巻く怒りに従い、俺はゆっくりとバイクに乗ったままオルコットに近づく。

 

「ゆ、許して……ど、どうか慈悲を……」

 

『――Sorry(悪いな)

 

縋る様な声で慈悲を請うオルコットの言葉を即座に断り、ボイスチェンジャーで自動変換された英語を喋りながら、俺は首を絞めていた鎖をオルコットの身体に巻き直して自由を奪う。

もう俺が言葉で止まる事は無いと悟ったオルコットは大粒の涙を零しながら震える口を開く。

あぁ、お前の言おうとしてる事は何か判ってる……だから――。

 

 

 

「で、でしたらわたくしがギブアッ――」

 

I do not have the mercy(俺に慈悲は無えんだ)

 

 

 

言わせるかってんだ。

この試合事態を恥も外聞も無く棄権しようと口を開くオルコットに向かって、俺はヘルバイクの後輪を持ち上げ――。

 

ズドンッ!!

 

「ごぶうぅ!?」

 

オルコットの顔面の上に燃え盛るタイヤを乗せて、フロントブレーキを掛けたまま思いっ切りアクセルを捻る。

 

ズギャァアアアアアアアアアアッ!!!

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!?」

 

『『『『『いやぁあああああああああッ!!?』』』』』

 

『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!YHEAAAAAAAAAAAAHAAAAAA!!』

 

オルコットの顔面の上で燃え盛るホイルスピンを披露しながら狂気の嗤いを見せる俺に、観客席から悲鳴が木霊した。

今まで自分達と一緒になって俺に中傷を浴びせていた女子は、オルコットに自分の未来を重ねたんだろう。

全身を痙攣させながらも燃える鎖に動きを阻害されて逃げられない恐怖。

とんでもない速度で回転する悪魔の車輪に女の命とも言える顔面を蹂躙される地獄絵図。

間違いなくIS学園で上位に残る残虐な試合内容だっただろう。

 

『そ、そこまで!!勝者、鍋島元次!!』

 

慌てた様子でアナウンスを流す教員の声を聞いて、俺はホイルスピンを止めてオルコットの上から退く。

奴は度重なる激痛と恐怖で気絶し、ブルー・ティアーズも再起不能じゃないかという程までグチャグチャに破壊されていた。

これで良い……これでコイツに対する仕返しは満足出来た。

俺は奴にひと目くれただけでアリーナを後にし、千冬さんに遣り過ぎだと怒られてから自分の部屋に戻った。

 

 

 

後日――。

 

 

 

教室に登校してきたオルコットは俺に詰め寄るなりあの試合は無効だとか『Ghost Rider』のスペックは規定違反だとか様々な文句を付けてきた。

しかも言うに事欠いて開発者を出せとか言い出すし……本気で殺そうと思った所で千冬さんが現れて、オルコットに注意を浴びせた。

 

「貴様はまだ学習しないのか?鍋島は本来、試合を行わなくともお前を病院送りにする等朝飯前なんだぞ?それでも試合で双方の決着が着いた事を無効にするつもりか?」

 

「お、織斑先生はそのクズ男の味方をすると仰るんですか!?この男の使用したISは明らかなレギュレーション違反です!!わたくしはあんな決着を認めるつもりはございませんわ!!」

 

もう良いよな、コイツ殺しても?

そう思って動こうとした俺の前に千冬さんが出て――オルコットに『死刑宣告』を下した。

 

「……もう吐いた唾は戻らんぞ?……セシリア・オルコット。今の反省の無い態度を証しとして、篠之乃束からの要請を受諾。イギリス政府並びにIS学園、そして国際IS委員会の3組織が……お前に『退学処分』を下す」

 

「……え?」

 

千冬さんの言葉にクラスメイト全員が一瞬呆け、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべる。

渦中に居る俺も同じく目を見開いてしまう。

更に宣告されたオルコット本人は、何がどうなってるのか理解出来ない様だ。

千冬さんの続けた言葉は、俺がブチキレた日の会話内容を聞いて憤慨した束さんが全てを世界中に公表したという事だった。

しかも自分の大事な人である俺を猿と罵ったとして、イギリスは全てのISを機能停止に追い込まれ、現在国の防衛が出来なくなっているという。

これにイギリス政府は頭を抱え、兎に角今回の騒動の責任者であるオルコットを強制帰国させる事にした。

本来IS学園は他の国のあらゆる権力も通じない治外法権地域なのだが、今回の事に関してはイギリスの存亡が懸かっている。

抑止力であり防衛力でもあるISが全機機能停止なんて、外の国に狙って下さいと言ってるのと同じだ。

それを理解したオルコットは学園に残りたいと千冬さんに縋るも、学園長から既に退学扱いとされている上にまだ反省してなかったオルコットを庇う気は無いらしい。

ならばとオルコットは涙を流しながら他の生徒に助けを求めるも、他の生徒は皆関わりたく無いと冷たく突っぱねてしまう。

そして遂にオルコットはイギリスのSPに連れられてIS学園を去った。

最後までSP達に引き摺られながら泣き喚くオルコットの姿は…………爽快としか言えなかったぜ……くくっ。

そして1週間程してもイギリスのISは全て機能停止のままで動かず、俺はどうなってるのか知りたくて束さんに連絡を取った。

 

『あ~、あの金髪?あれなら家も家督も全部全部ぜ~んぶ政府に取り上げられて、もう何も残ってないよ♪ペンペン草1本もってヤツだね♪』

 

束さんの話しでは、オルコットの招いた不祥事の責任として、まず代表候補生の地位を剥奪、専用機も取り上げになったらしい。

だが、オルコットのブルー・ティアーズは俺が殆ど全てを破壊し尽くしていたので、戻ってきたブルー・ティアーズは修理が不可能になっていた。

更に機能が停止しているのでデータすらどうなってるかも判らず、一度初期化して作り直した方が予算も掛からないという話しになってる。

これに政府のお偉方は頭にまで痛みを感じた。

ISの開発というのは国の予算を掛けてやる事であり、その金額は1つの機体で数兆円にもなる。

そんな莫大な予算を掛けて作られた専用機がボロボロの使えません状態で返されてハイそうですかとなる筈も無い。

イギリスに戻されたオルコットはまずイギリス王室に呼ばれ、女王直々に大変叱られた。

束さんにより発信された今回の出来事で『イギリスは他国を見下す恥知らずな国家』と世界中の笑い者にされたと。

オルコットはその場で女王直々に家督を返上させられ、今後は『イギリスの恥』という題名で名前と写真を世界各国の教科書に永遠に載せられるらしい。

有名人になれて良かったじゃねぇか。間違いなく誰もが知る有名人にな。

更に不幸は続き、政府に専用機の予算全てを返済する事を迫られて、家の財産から土地、衣服に至る全てを返済に当てたそうだ。

それでも足りなくて、オルコット自身の身柄も誰かに売られるらしい。

だが、誰もが恥知らずな女なんてのを側に置くつもりも無く、売れてはいないって話しだ。

それから数日して、イギリス政府から俺宛に多額の謝罪金が運び込まれ、束さんにISを動かしてくれと頼んでほしいと依頼された。

さすがに高官の人に土下座されたら断る訳にもいかず、千冬さんにも手伝ってもらってイギリスのISを束さんに頼んで動かしてもらう事に成功。

 

 

 

いやはや、全てが収まる所に収まって良かったぜ。

俺に喧嘩を売ったオルコットは全てを失い、もう俺に対して表立って喧嘩売ってくる奴は誰も居なくなったし。

 

 

 

あぁ、それと余談だが、IS至上主義にして女尊男卑の思考に染まっていた我が1組の女子が、全員で俺に土下座して謝罪してきたよ。

何でも俺が居ない間に千冬さんが懇々と皆に説いて説明したらしい。

ISが無ければ女は余程の実力者でも無い限り、男には身体能力で負けるのだと。

外では当たり前の様に女が男を扱き使うが、その女連中は根本的な事実に気付いていない。

女はISには乗れるが、その肝心のISは国の持ち物で自由には使えない。

例え逆上した男に襲われても、ISで対抗する事は出来ないのだと。

世界最強の千冬さんが説明するからこそ、その言葉は皆に真実として直ぐに浸透したらしい。

 

 

 

だから、今回の事で男だからと俺を罵ってゴメンナサイと全員が涙ながらに謝り――――俺は誰も許さなかった。

 

 

 

当たり前だ。簡単に許す筈が無えだろ?

 

 

 

お前等にはキッチリと、自分の言葉に責任を持って、俺とは絶交してもらう……俺もお前等なんぞとは関わりたくねぇからよ。

 

 

 

最後に歪に笑いながらそう言うと、クラスメイトは皆涙を流しながら何度も何度も謝罪を口にし……俺はそれに心を動かさなかった。

 

 

 

これが、もしも鍋島元次が歪んだ思想を持ってしまったらというIFの話……もしも、というだけの話……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

はい、どうも作者です。

 

えぇ、これはまぁ、その……どうもすみませんm(__)m。

 

この話はプロットの段階で存在し、もしも作者がゴーストライダーをISにしていたらこうなっていました。

でも作者的に主人公が嫌われる……というかここまで重い話は書きたくなかったので没案にしたものです。

いやー、かなり暗くて考えてる段階で鬱気味だったのにそれを保存していた自分に戦慄しました(;´Д`)

はい、ここで元ネタの軽い解説をば……。

 

 

 

ゴーストライダー。

 

 

 

アメリカコミックMarvelの世界で活躍する古参のダークヒーロー。

初代は70年代、そして二代目のゴーストライダーは90年代に登場しています。

ドクロの頭部に燃え盛る炎が纏ったと言う非常にアメリカンで頭のネジがぶっ飛んだデザイン。

罪なき命から血が流れた時のみ変身するのだが、常に手遅れの時点で登場するので実質的に被害者は救えてない。

その代わり被害者の恨みを盛大に晴らしてやると言わんばかりに加害者をフルボッコにする極悪ヒーローなのです(オイマテ。

 

 

 

このゴーストライダーとオプティマス、そしてあるヒーローのドレをISにするか悩みました。

 

 

 

ちなみにもう1人のヒーローとは――

 

 

 

~没案2~

 

 

 

「届いたぞ元次……お前の専用機…………名は『HULK』だ」

 

『ハァルクッ!!スマァアアアアッシュッ!!!』

 

結果、アリーナ全崩壊。

 

セシリア・オルコット再起不能。

 

 

 

……と、なりそうだったのでハルクはボツになり、結果として一番最初に考え一番好きなオプティマス・プライムになり申した。

ちょっと書いてる合間にこのデータを見つけたので乗せた次第です。

そういえば皆さんはご存知ですか?MARVELに於いて最強の怪力、つまり力自慢は誰か?

ハルクは勿論、ハルクと同じチームであるアヴェンジャーズのマイティ・ソーのどちらかでは無いかと言われていますが、実はその上が居ます。

はい、前振り通りゴーストライダーです。

彼はMARVELのイベントで理性と怒りを両立させた最強状態のハルクと普通に殴りあってました(笑)。

しかもゴーストライダーはその身に宿した悪魔の力を常時制御しながら戦っていたのに対して、ハルクは全力も全力だったという。

もし制御は関係無く全力でやってたらゴーストライダー圧勝だっただろうとも言われているそうです。

他にも戦車とか馬鹿でかいビルを片手で振り回してましたしね、彼ってばお茶目(・3・)アルェー?

 

 

 

 

ともあれ、これからもワンサマーの親友をよろしくお願いします。

 

 

?「俺様の出番はあるのか?」

 

ん?あ、メ○ちゃんは……どうしよう?どうにかして出したいけど……。

 

?「俺様を出さなければ貴様を吹き飛ばすぞ、虫ケラよ?」

 

で、出来る限り頑張ります(;´Д`)

 

?「私も勿論、出番はあるのだろうな?早く脚本を送ってこんか」

 

( ゚д゚)ハッ!?し、消防車様まで?確かに色々聞かれてますけど……

 

?「腐食したくなければやるのだ!!」

 

は、はいぃいいいい!!!

 





少しばかり書き足して投稿www


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超番外編(世界観IF~龍が如く維新)


暫くは更新できないのでその間に少し違う物語をば


 

 

 

 

 

――チュンチュン。

 

「ん、う……?」

 

朝の爽やかな空気に誘われて小鳥達がさえずり、人に朝を知らせる音色を奏でる。

ボンヤリとした起き抜けの頭でを振り、寝ぼけた身体を覚醒させていく。

今日という1日の始まりだ。

 

「……あれ?」

 

ふと、隣にあった筈の温もりが無い事に気付く。

俺と産まれたままの姿を同じ布団に納め、互いを包みこんでくれる大切な温もり。

それが無い事に疑問を持つも、それは直ぐに瓦解した。

 

グツグツグツ……。

 

トントントン。

 

自然の音とは違う、人の文明が奏でる音楽。

切り出された板の上を、俺達の力の源となってくれる作物が形を変える音。

そして、より豊かに俺達に食べる楽しみを与える鍋の中で煮込まれる音。

 

――あぁ……朝餉の支度か。

 

まだ寝ぼけ気味の頭でそんな事を考え、俺の為に早起きしてくれる大切な存在の暖かさに、口元が笑みを形作る。

布団から身体を起こし、此方に背を向けて台所に立っている彼女の後姿を堪能していると、視線に気付いた彼女が此方へ振り返った。

黒羽の様に上質な潤いを持つ長い黒髪と、天女の如く美しい笑顔。

この世の男達を魅了してやまない誘惑に満ちた身体つきを、薄い青色の着物で包み、袖をたすきで捲り上げている。

儚げな月を思わせる微笑みを浮かべる彼女は、数少ないご近所や……美しい花魁の多い京の町でも美女と評判の高い女であり……。

 

「あっ、起きられました?……おはようございます――あなた♪」

 

「あぁ……お早う、『おさと』」

 

この俺、『島田魁』の大切な女房の『おさと』だ。

 

 

 

――俺とおさと……江戸から離れた俺達は、京の街から少し離れた山奥で静かに暮らしてた。

 

 

 

「いただきます」

 

「はいっ。どうぞ、召し上がれ♪」

 

自分達の自宅で野菜を作り、山の動物を狩り、釣った魚や料理を売る、自給自足の生活。

決して裕福とは言えない生活……だが、おさとはそれを一度も苦言した事は無かった。

女として生まれたからには雅な着物も着てみたいだろうに、彼女はそんな事を一度たりとも口にしない……。

 

「私は魁様に心奪われ、身分不相応な恋をしていまいました……その想いを貫き、家からも反対され、勘当された私を、魁様はずっとお守り下さってます……武士の魂である、大切な……お義父様の形見の刀を売り払ってまで、私と共に生きる道を示していただきました……そこまで私を大事にして下さってるのに、愛しい貴方様と共に生きられる事に、これ以上何の不満がありましょうか」

 

俺が今より楽な生活をさせてやりたいと言えば、おさとは決まってこう返す。

そこまで言って貰えるのは、男としてこの上無い幸せだという事は理解してるが……俺は只、おさとにもっと色んな事をしてやりたかった。

昔、裕福な家に生まれ、何不自由ない生活をしていたおさとをこんな生活に納めてしまったのは俺の責任だ。

確かに、俺の様な下級武士……郷士に、上士の娘が嫁ぐ等、この身分社会ではあってはならない。

そう言って彼女に別れを切り出した事もあったが……彼女が家と縁を切ってまで現れた時は、もう覚悟を決めた。

俺は彼女を連れて、身分という鳥篭から解き放ち……名を隠して生きるという業を背負わせてしまった。

世の中は……特に帝のおわす御所があるこの京は異国の黒船が来航して以来、攘夷だ倒幕だと騒がしいが、俺には1つたりとも興味は無い。

天下人たる帝や、三百年の歴史を誇る徳川幕府の存在なんて、俺にとってはどうでもいい事ばかり。

 

 

 

……俺は、おさとを幸せに出来れば、それで良かったんだ――。

 

 

 

だが、天下……いや、幕末の動乱という時代のうねりは、俺達を静かに過ごさせてはくれなかった。

コツコツと貯めていたへそくりで、おさとの為に新しい上物の着物を買い付けに行った時の事を、俺は一生忘れない。

伏見の町で、勤王――帝に忠を尽くし、幕府を敵とする志士達が暴れていた時に、奴等の1人から剣を奪って、剣を振るってしまった事を。

 

「君の剣の腕、そしてその剛力……それを野に捨て置くのは実に惜しい……どうでしょう、島田君……その剣の腕、私達の組織で振るってみる気はありませんか?」

 

「……お断りします……俺は、自分とあいつの為以外に……剣を振るう気は無え」

 

「ほう?……では何故、あの場で自分から剣を振るったので?」

 

「……分かってて聞いてんだろ?……俺があそこで出なきゃ、あの異人……マヤは斬られていた……異人でも、女だぞ?……女が斬られるのを黙って見る程、腐っちゃいねぇ」

 

遠い異国から、地球儀の見方や勉学を教えるために来日した、幕府お抱えの講師であるマヤという緑髪の女を思い出しながら、俺は目の前の男に言葉を返す。

アイツは、日本の伝統文化を尊重し、伝えられる知識として異国の効率的な……もっと、日本人が飢える事の無い食物を作れる様にって想いを持っていた。

そんな真っ直ぐな思いを持つ女をただ異国の人間だからって斬る様な神経自体が、俺には理解出来なかったから助けた。

何より、それを見捨てたら、俺はおさとに一生顔向け出来なくなる。

 

「……なるほど……つまり、自分が正しいと思った通りにしか剣は振るわないと……では話を変えますが、聞く所によれば……君は、今の生活に不満を持っているとか?」

 

「ッ!?」

 

その男……鋭い眼光を持った、美形と言われる顔つきの男に自分の思いを見抜かれ、俺は目を見開く。

 

「君は、自分の大事な人に楽をさせてあげたいと……もっと良い生活をさせてあげたいと、日頃から愚痴ってるらしいじゃないですか?……それに、君の大切な人はとても見目麗しく、下衆な目を向けられる事も多いと聞きます」

 

「……だったらなんだってんだよ」

 

「……良い生活がしたい……そして大事な女性の安全を守りたい……ならば――」

 

やけくそ気味に言い返した俺の目を真っ直ぐに見つめながら、『浅葱色の羽織』を翻し、背中を向ける。

その背には、大きく白い染め抜きで描かれた――誠忠を貫く『誠』の文字が背負われている。

男は俺に背を向けたままに、口を開く。

 

「君の守りたい大切な人を脅かすかもしれない不逞浪士達を……君自身の類稀な剣の腕を駆使して斬り、京の町から排除する事こそ、彼女を守る事に繋がるのではないかと……私は思うがね……もし来てくれるなら、それ相応の生活を送れる事は、保証しますよ……では」

 

言いたい事を言って……俺を誘惑する甘言を残して、男……『土方歳三』は、去って行った。

俺はその背中を黙って見つめて見送り、その後は記憶が曖昧だった。

どうやって帰ったのかも、足取りも覚束ない……いや、判ってはいたんだ。

俺にある取り得なんか、精々が剣の腕や、尋常じゃない腕力ぐらいなもの……それ以外に誇れる事なんてそう無い。

……俺の剣の腕が高く買われて、それが――。

 

「……どうされたんです、あなた?……そんなに難しい顔をされて……」

 

――おさとを、この生活から抜け出させてやれるなら――。

 

「……おさと」

 

「??なんでしょう?」

 

 

 

「俺は――『新撰組』に入隊する」

 

 

 

――俺は、その為に剣を振るおう。

 

 

 

――その日から、俺はおさとにわんわんと泣かれた。

 

 

 

そんな事しなくてもいい、壬生狼の仲間になんて入らないで欲しいと。

この生活を変える為だと言えば、彼女は益々泣き喚いた。

入隊試験を受けに行こうとすれば、おさとは地面に土下座して俺の道を阻んだ。

 

「どうか、どうか思い直し下さいませ。私は本当に今の生活だけでよろしいのです。あなたが血で血を洗う様な事をなさってまで生活を変えられる必要は皆無にございます。今一度、今一度お考え直し下さい」

 

「……すまん、おさと……もう決めた事なんだ……お前の為なんかじゃねえ……俺は、金の為に人を斬る……俺は今よりもっと、良い生活がしてぇんだ」

 

「あぁ、そのような嘘をおっしゃらないで下さい。あ、あなたが日頃から、私に負い目を感じてらっしゃるのは重々承知しております……あなたは……私の為に、人をお斬りになるおつもりなのでしょう……どうかお止め下さいませ……」

 

「……」

 

「お願いします、魁様。私の為にとおっしゃるなら、どうか私の我侭を叶えて下さい。私の傍に居て下さい。壬生狼の仲間になどならずに、私を……今までの様に、愛して……あなたが傍に居てくれるこの生活は、私にとって何物にも変えがたい幸福なのです……どうか、お願いします」

 

「……すまねぇ」

 

「ッ!?……う、ううぅっ!!」

 

どれだけ懇願されても、俺はおさとの願いを聞く事は出来ない。

確かに、自分の為として人を斬る等、それは当人からすれば耐え難い苦痛だろう。

自分の生活が、名前さえ知らぬ他の人間の血で支えられているなんて……心優しいおさとには耐えられない筈だ。

でも、俺はこの考えを改めるつもりは無い。

 

「おさと……正直に言う……俺が新撰組に入るのは、お前の為だけじゃねぇ……俺の為でもあるんだ」

 

「……」

 

おさとは泣いているのだろう、土下座したまま声を漏らす様は、見るに耐えなかった。

俺は地面に膝を付き、彼女の身体を起こしてしっかりと抱きしめる。

おさとの顔が、丁度俺の肩の上に乗り、泣き声がより鮮明に聞こえてきた。

 

「……この村に来て……京の町に世話になって、長いよな……」

 

「……」

 

「おさと……今、京の町は荒れてる……勤王の志士なんて奴等が町で幕府の役人を斬り殺し、勤王の為だとほざいて店から金を徴収し、慰安だとか言って娘を攫い、挙句には野盗までもが勤王の志士を謳って悪さをしやがる」

 

「……はい」

 

「俺はな……あの街が……お前と過ごした思い出のある京の町が汚されていくのが、耐えられねえ……それに、あんな奴等をのさばらせておいたら、お前まで奴等の慰み物にされちまうかもしれねえ」

 

一つ一つ、俺の心の中で燻っていた想いを乗せて、俺はしっかりと自分の言いたい事を言葉にする。

今まで、おさとがそういった不逞浪士達に絡まれた事は何度もあった。

奴等のおさとを見る目は1つの例外も無く下卑ていて、己の欲望を満たそうと考える獣ばかり。

おさとの美貌、そして整った身体に豊満な胸、それを自らの黒い欲望を処理する道具としか見てない屑共。

俺はおさとを決して1人では町に行かせなかった。

そんな屑共に俺の知らない所で穢させるなんて、天が許しても俺は許せない。

だから、おさとに汚い目を向けた奴等は一人の例外も無く、骨を折り、内臓を潰し、二度と立てない身体にしてきた。

でも、二人で街を出歩くたびにそんな事が起きては、おさととゆっくり過ごすのも難しい。

実際、誰にも絡まれずに町で過ごせた事など、両手で数えられる程しか無かった。

……それでも……俺とおさとにとっては、大事な思い出の詰まった町なんだ。

 

「俺は学も教養も無え男だ……勤王が正しいか、幕府が正しいかなんて分かんねぇ……でも、一個だけ分かる事がある」

 

「……何でしょうか?」

 

ゆっくりと落ち着かせる為に彼女の頭を撫でていたお陰か、おさとはさっきまでと違ってゆるやかな声音で俺に問う。

 

「どっちにしても、大きなモノに巻き込まれて涙を流すのは、力の無い今の俺達や……町に住む人達なんだよ」

 

「……」

 

「俺が剣を振るう事で、少しでも京の治安が良くなるなら……お前をもっと色んな所へ連れて行ってやれる……もっと、楽しい思い出が沢山作れる……その為に俺が剣を振るうのは……納得出来ねぇか?」

 

「……でき……ません」

 

俺が彼女を包みこむ様に抱いていた所を、彼女は手を伸ばして俺を抱きしめ返す。

肩に乗せられていた顔は胸元へ降り、俺の胸に顔を押し付けてくる。

 

「ごめんなさい……私は欲深い、我侭な女です……どのような理由があろうと……あなた様に傍に居て欲しい……あなた様と少しでも長く共に居る事が……私の幸せなのです……う、うぅぅぅ……ッ!!!」

 

「……おさと……」

 

「い、嫌です……行かないで……あなたぁ……ッ!!」

 

彼女は震える身体で俺をしっかりと抱きしめながら、胸に顔を押し付けたままにくぐもった声で俺に訴えかけてくる。

必死に、今まで言った事も無い我侭を捏ねて、例え俺を困らせようとも、一生懸命に俺を止めようとしていた。

……そんな必死なおさとの様子に心が痛まない訳が無い。

静かな家の中で響くおさとの嗚咽が、俺の胸に深く突き刺さり、それを誤魔化すかの様に俺は彼女を抱く手に力を込める。

 

「ぐすっ…………でも……」

 

長い長い嗚咽と、悲しみに彩られた声……それがどれだけ続いたか分からない程の時間が経った時、おさとは涙を堪える様に震えた声を出した。

 

「……私だって……あなた様の想いを無視する事など、したくありません……ですから」

 

おさとは胸元から顔を離し、涙で濡れた瞳を俺に向けて、震える口を開いた。

 

「どうか、どうか、お約束下さい……必ず、毎日生きて戻ると……今までと、変わらず……私を、愛して下さいませ……ッ!!」

 

「……あぁ。約束するさ……必ず生きて帰るって……俺も、まだまだずっと、お前を愛したいからな」

 

何処までも変わらない愛を向けてくれるおさとの想いを胸に抱きながら、俺はおさとと熱い口付けを交わす。

そのまま愛しい女の身体に手を回し、着物を肌蹴させ……布団に連れて行って、彼女を押し倒し、俺は彼女を抱いた。

……こいつを守る為なら、俺は誰であろうと斬り、必ず生きてみせるという覚悟を決めて……。

 

 

 

「……来たか……待っていたよ、島田君」

 

「……入隊試験を希望します」

 

 

 

俺は、新撰組の屯所へ足を踏み入れた。

剣を売り払ってしまった俺の得物は、大太刀を鍛え直して仕上げた特注の戦斧。

剣を手離してから今日この時まで、山の熊や野盗共を何度も屠ってきた、俺の大事な武器だ。

それを手に入隊試験に臨んだ俺だが、先に試験を受けている人間を見て驚いた。

何故なら試験を受ける野良武士だというのに、太刀筋は鋭く、打ち込みは激烈……途轍も無く強い男だったからだ。

その男……『斉藤一』は難なく試験を合格し、その後に現れた、血の羽織を背負った一番隊隊長である『沖田総司』とも息を呑む攻防を披露した。

斉藤さんの強さ、そして沖田さんの動きに自信を無くした入隊希望の浪士達は逃げる様に屯所を後にし、残ったのは俺だけだった。

 

「……自分は逃げへんのか?」

 

試験官である二番隊隊長の『永倉新八』さんは、俺に視線を送りながらそう声を掛けてきた。

何故かさっきの斉藤さんと沖田さん、そして俺を推挙した土方さんも残って俺に視線を注いでいる状況。

……でも、引くつもりは無え。

 

「……俺には、京の町で暴れる不逞浪士を何とかしなきゃいけねえ理由があるんで……逃げるなんて出来ないですね」

 

俺を真っ直ぐに見てくる永倉さんにそう返しつつ、俺は戦斧を構えた。

それを見て、永倉さんも刀の柄尻に手の平を押し当てるといった変わった構えを取る。

……一瞬でも気ぃ抜いたら斬られるな。

 

「そうか……今は理由は聞かん。せやけど、試験は厳しめにさせてもらうで?……思いは立派でも、弱かったらお前の為にならんさかいな」

 

「ご遠慮なく。俺も一切手は抜きませんので……精々死なねえようにしなすってください」

 

「……ほぉ」

 

「く、くくく……あの兄ちゃん、腕によっぽど自信があるんか?それとも只のアホなんか?新八っちゃん相手によう言うでぇ」

 

「……あいつの目を見れば分かる……あれは、大事な者の為なら、自分の全てを賭ける男の目だ……あんな奴がまだ京に居たんだな……」

 

そうして始まるかと思った入隊試験だが、それに待ったを掛けた存在が居た。

新選組七番隊隊長の谷三十郎……この男は、永倉さんに俺との試験の相手の変更を申し出たのだ。

 

「どういうつもりや、谷。金と女にしか興味の無いお前が、何でこいつと戦おうとする?」

 

「あぁ?そりゃ決まってんだろ。アンタの言う通り、『女』が絡んでるのさ」

 

「……何やと?」

 

俺の目の前で話すこの二人の言葉に、俺は言い様の無い不信感を感じた。

金と女?……まさか?

 

「おい。島田とか言ったな、お前」

 

「……なんでしょうか?」

 

俺が敬語で話し返すと、谷は見るのも嫌になる様な下品な笑みを浮かべた。

それを見た他の平隊士達も同じ様な笑みを浮かべて「始まったぜ」とか言い出している。

 

「お前の女……確かおさと、とか言ったか?あの男に抱かれる為に生まれた様な女の旦那ってのは、さぞかし良いんだろうなぁ?どんな抱き心地か、スゲェ興味あるぜ」

 

「……」

 

「ありゃあ良い女だよなぁ……昔町でお前と歩いてるのを見かけたのを、今でも良ーく覚えてるぜ……色気が凄すぎて、町中だってのに興奮しっぱなしだったからな。俺だけじゃなくて俺のトコの隊士もよ。なぁお前等?」

 

谷がある一団の奴等に声を掛けると、その一団も「犯したくてたまんねぇ女だったぜ」とか口々に言い出す。

永倉さんや斉藤さんは、そんな奴等に厳しい目を向けている。

沖田さんはニヤニヤしながら「なんや、おもろい事になってきたなぁ」と、事態を楽しんでる様だ。

俺はそんな周りの空気とは違って……只静かにしていた。

 

「あんな良い女、お前みてえな奴には勿体ねぇからな。この俺がお前をぶっ殺して貰い受けて、俺がお前の代わりに守ってやるよ。その代わり夜はたっぷり可愛がってやるけどなぁ♪」

 

「……」

 

「つう訳で、今から俺がお前の試験の相手だ。永倉さんは邪魔だからどきな」

 

「アホ抜かせや、この下衆が。そないな理由で変わるなんぞ「永倉さん、良いですよ。変わって下さい」……坊主?お前何言うとんねん?」

 

谷の勝手な言い分を聞いて、永倉さんは反発しようとするが、誰でも無い俺自身が待ったを掛ける。

そんな俺の言葉に谷は更に醜悪な笑みを浮かべ、永倉さんは怪訝な表情を受かべるが、俺はそれに構わず土方さんに視線を送る。

 

「土方さん。1つ聞きたいんですけど」

 

「……何だね?」

 

俺の質問に眉一つ動かさず、土方さんは問い返す。

 

「コイツをここで殺したら、試験は失格ですか?」

 

あっけらかんと、まるで気負う事無くそう言い放った俺に対して、他の反応は様々だ。

大半はポカンと呆け、沖田さんだけが俺の物言いに大爆笑していた。

少ない面子は表情を真剣なものに変える中で、殺します宣言された谷は――。

 

「……ち……調子に乗ってんじゃねぇぞ!!この糞餓鬼ぃいいいいいいいいい!!!」

 

額に青筋を浮かべ、抜刀しながら斬りかかって来た。

しかし俺はそれに反応せずに、土方さんの方をずっと見続けている。

 

「ッ!?坊主!!何処見とるんやぁああ!!」

 

斬りかかって来る相手が居るのに見当違いの方を見てる俺に、永倉さんの叫びが届く。

そして、相手が刀を振るって俺に届くまで、あと3歩という所で――。

 

 

 

「――構わんよ」

 

「そうですか――」

 

 

 

ブジュウウウウウウッ!!!

 

 

 

「――なっ」

 

誰の声だろうか。

事の成り行きを見ていた隊士や隊長かもしれないし、もしかしたら谷かもしれない。

小さく呟かれた声らしきものは、直ぐに虚空へと染み渡り、霧散していく。

 

「ほほぉ……言うだけの事あるやないかぁ兄ちゃん。ひゃはははははは!!!」

 

「――」

 

静寂の中で、沖田さんの歓喜する声と、俺に向ける剣呑な視線だけが、この中で唯一動く存在。

戦斧を振り降ろした状態で佇む俺の目の前……刀を振り上げた体勢のまま固まる谷の、股間の下に、俺の戦斧は振り降ろされている。

地面に着いた戦斧は、その重量を加味した振り降ろしで、大地に亀裂を刻み―――その上を、『真っ赤な鮮血』が流れた。

 

「――」

 

バクチュッ……。

 

何とも形容し難い肉の『ずれる』音と共に、目の前に居た人物――谷三十郎の身体は、『真っ二つ』に割れていく。

その割れた身体は扇の様に左右に開いて地面に倒れ、脳みそや胃なんかの内臓を一通り地面に落とす。

上に掲げられていた刀も半ばから力で斬り取られ、折れた先は地面に刺さっている。

誰もその光景を見て喋ることが出来ない中で、俺は肉と内臓の山から己の戦斧を引っこ抜く。

さっきまで太陽の光を受けて鈍色の耀きを発していた戦斧は、今や血に濡れた赤色でしかない。

それを振って血飛沫を飛ばした後、肩に担ぎながら、俺はさっき目の前の生ごみと一緒になって俺の女に邪な思いを吐き出していた下衆共に視線を向ける。

 

 

 

「……次に俺の女を汚ねえ目で見てみろ……足の先から順に……なます斬りにしてやるぞ?」

 

 

 

――この日から、おさとの事を話す奴は、新撰組から居なくなったという。

 

 

 

そして次の日、俺は土方さんから七番隊隊長になる気は無いかと聞かれ、最初はそれを辞退した。

俺の女房を汚い目で見てた奴等の面倒なんか見れない、と。

――しかし、土方さんはこう返してきたのだ。

 

「安心したまえ。先の谷三十郎の部下達は、君を恐れて隊を脱走しようとした所を全員捕縛し、切腹に処した」

 

「――なに?」

 

切腹?隊を脱走しようとしただけでか?

話をしたいと呼ばれた新撰組の屯所の一室で、俺は驚愕に目を見開く。

……これが、俺が後に知った『鬼の副長』と呼ばれた土方さんの顔だった。

 

「奴等は元々素行が悪く、強姦事件も多数起こしている。こっちにばれない様にしてるつもりだったんだろうが、観察から話はきていた……新撰組に溜まる膿を吐き出せて良かったよ」

 

仲間であろうとも、新撰組という『名』に泥を塗れば誰であろうと粛清する。

……これが……新撰組、か。

 

「つまり、君には事実上、空になってしまった七番隊を作り直してもらいたい。これは谷を殺した責任と言い変えても良いだろう……引き受けてくれるね?」

 

「……分かりました」

 

そうして、俺は七番隊の隊長となり、時を同じくして三番隊隊長になった斉藤さんと共に新しい新撰組の隊長を担う事になる。

その日の帰りに土方さんから新しい七番隊の隊長羽織を受け取って、俺は帰宅し、おさとに今日の報告をした。

俺が入隊したと同時に七番隊の隊長になったと言うと、おさとは自分の事の様に喜んで、夕食を豪華にしてくれた。

やはりまだ納得はいってない様子だったが、必ず約束を果たすから、少し辛抱してくれと言うと、直ぐに笑顔を見せて頷く。

夕食の後は、おさとが俺の隊長羽織の裾直しをしてくれて、明日着ても大丈夫な様になっていた。

……本当に、俺には勿体無いぐらい出来た女房だよ……ありがとうな、おさと。

 

 

 

「――じゃあ、行ってくる」

 

「はい……どうか、お気を付けて」

 

「……あぁ」

 

 

 

翌朝、隊長のみが着用を許された浅葱色の羽織を着て、俺は玄関前でおさとと話していた。

彼女の顔色は余り優れず、俺の事が心配で堪らないというのが見て取れる。

俺は、ここまでひたむきに愛を向けてくれる彼女の存在が愛しくて……そっと、彼女の唇に口を落とした。

 

「あっ、ん……んぅ……」

 

「……ふぅ」

 

「はぁう……あ、あなた……?」

 

「……ちょっとは元気、出たか?」

 

「……はい♡……あなたの元気、分けて貰いました♡」

 

最初は驚いたように口元に手を当てていた彼女だが、直ぐに口付けの意味に気付いて、微笑みを浮かべてくれた。

俺も同じ様に微笑みを浮かべ、彼女の頬に手を伸ばすと、おさともその手に自分の手を重ねる。

……俺が守るべき確かな暖かさが……ちゃんとここにある……この暖かさが、俺が剣を振るう唯一の理由だ。

 

「じゃあ、行ってくる……飯と風呂、頼むな?」

 

「はい……」

 

俺は最後にちゃんと帰る事を伝え、戸を開いて外へ出る。

そのまま庭を真っ直ぐに抜けて、小さな門を潜ると――。

 

「――あなた!!」

 

後ろから、おさとの声が聞こえたので振り返り……火打石を両手に持つ彼女の姿が飛び込んできた。

そのまま彼女は火打石を二回、カチン、カチンと打ち鳴らす。

毎日出かける前に一日の安全祈願として、帰宅時に外の厄を家に持ち込まないために鳴らす、「切り火」だ。

 

 

 

「――行ってらっしゃいませ!!――ご武運を!!」

 

 

 

今まで出会ったどんな女よりも美しく……暖かな笑顔を浮かべて、彼女は俺を送り出してくれた。

 

 

 

――今日は何があっても、大丈夫な気がするな。

 

 

 

晴天の中で輝く太陽に目を向けながら、俺は京の町へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ――龍が如く維新、外伝紀。

 

 

 

     我、七番隊隊長、島田魁、推参。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ――CAST――

 

 

 

         島田 魁…………鍋島元次

 

 

         おさと …………夜竹さゆか

 

 

         マヤ  …………山田真耶

 

 

         沖田総司…………真島吾朗

 

 

         永倉新八…………冴島大河

 

 

         斉藤 一…………桐生一馬

 

 

         土方歳三…………峯 義孝

 

 

         谷三十郎…………八幡 

 

 

 

           ――STAFF――

 

 

 

         総合監督…………IS学園生徒会長

 

 

         総合演出…………篠ノ之束

 

 

         提供会社…………東城会

 

 

         道具提供…………真島建設

 

 

         総合出資…………堂島大吾

 

 

         挿入歌 …………「Numb」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っていう内容の映画を今度の学園祭でやろうって考えてるんだけど、どう?」

 

「アホか(バチコン!!)」

 

「痛い!?」

 

長々と自作のプロモーションを見せられて疲れたので、軽いデコピンを生徒会長に見舞っておく。

あぁ疲れた……なんでこの学園の生徒会長はこうもチャランポランなんだ。元からか、クソ。

 

「い、痛いなぁーもう!!女の子には優しくしなきゃいけないのよ!?」

 

「そうか、なら手加減の必要はねえな」

 

「あ、あれ?私一応女の子なんだけどなー?」

 

「っていうか本編ですら絡んでねぇのに番外でしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」

 

「良いじゃないのさー!!本編じゃまだ出番大分先なんだし、こういう時ぐらいはチョーシ乗っちゃうんだからー!!」

 

「ほぅ?誰の前でチョーシにのるだと?」

 

「え?く、食いつくのそこ?っていうかキャラが違うと思うんだけど?」

 

「ったく……つうか、島田魁っていえば、永倉新八が隊長を務める二番隊の伍長じゃねぇか。何で七番隊の隊長になってんだよ」

 

「そんなの、普通と同じじゃつまんないからに決まってるでしょ?」

 

「普通に謝れ。っていうかどう考えたって他の面子を呼ぶの無理だろコレ」

 

何だよこの錚々たる豪華過ぎるメンバーの数々は?

俳優費どんだけいんの?

っていうか一人は時間軸的に死んじゃってるし。

大体、勝手にヒロインにされてるさゆかも、俺と夫婦役なんて嫌に決まって――。

 

「ぐすっ、すんっ……おさとさん……健気過ぎるよぉ」

 

「」

 

感情移入し過ぎて泣いてらっしゃる。

し、しかしまぁ、この調子なら映画なんてやる気にはならないだろう(フラグ構築)

 

「ねーねーさゆかちゃん。実はこのおさと役って、濡れ場があるんだけど……(フラグ強化)」

 

「え、えぇぇぇえええ!!?ぬ、ぬぬ、ぬっ、ぬれっ!?濡れ場!?」

 

「そそっ♪島田魁役、つまり鍋島君とベットであーんな事とかぁ……あっ、こーんな事まで♪」

 

「あ、あんな事や、ここ、こんな事!?」

 

「そうなのよぉ……だから、さゆかちゃんがどうしても嫌なら……他の子に――」(フラグ要塞化)

 

「ッ!?や、やります!!!私が!!元次君のお嫁さんの!!お、おさとの役、やります!!!」(フラグ回収)

 

「そっかぁー!!良かったね鍋島君♪こんな可愛い子に濡れ場OK出してもらえ「どらぁあああ!!」って危なぁ!?」

 

オプティマスの腕を部分展開して殴り掛かるも、寸での所で避けられてしまう。

ちっ!!外したか!!なら次は百倍の力でブチ込んでやる!!

直ぐ様ファイティングポーズを取る俺と、両手を挙げて降伏を表わす生徒会長。

 

「ちょ、ちょっと待った!!ギブ!!ギブアップよ!!」

 

「この死合はネバーネバーサレンダー(決して決して諦められない)方式ぃいいいいいいい!!」

 

「いやぁああああ!?降伏は普通有りでしょぉおおおおお!?」

 

っていうか試合の字が違う!?というツッコミはスルーして拳を振りまくる俺と、その拳を避けまくる会長の鬼ごっこ。

そんな俺達の中に別の第三者が乱入。

 

「うわ~ん!!何で私の出番が無いのぉ~!?私も映画に出たい~!!ゲンチ~のお嫁さんがしたいよぉ~!!」

 

「何で私は異人設定なんですか!?もしかして髪の色!?やり直しを要求しますぅーーー!!私だって元次さんのお嫁さん役が欲しいです!!」

 

「おい○○。何故私の役柄が無いんだ?ちょっと顔を貸せ」

 

「本音ちゃん!?ほ、本音ちゃんはちょっと子供っぽいからこの役柄は無理よ!?それと山田先生は出れるだけ良いじゃないですか!?あと織斑先生は完全に私をシメる気ですよね!?その血のついたメリケンサックはなんですか!?っていうか本編で名前が出てないからって○○って表記は酷すぎるぅううう!!」

 

「うぉおおお!!ブッ殺してやるぅうううう!!」

 

「そして鍋島君は何でそんなに殺意漲ってるのかしらぁああああ!?」

 

「ちょ~っと待ったぁああ!!これどういう事かな束さんが協力した暁には束さんがゲン君のお嫁さん役だった筈だろオイ何で束さんの名前はクレジット表記だけなんだよ馬鹿なのバカでしょ馬鹿なんだよねうん間違い無いねそんな馬鹿は地球上に居る必要は皆無だから細胞レベルで分解してこの世から完全に抹消してやらなくちゃ待っててねゲン君今束さんがこのミトコンドリア並に邪魔な存在を消し飛ばしちゃうから――」

 

「篠ノ之博士もすいませんでした!!」

 

 

……これは、もしかしたら行われていたのかもしれない、学園祭前のIS学園の一日の記録である(大嘘)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






まだ発売されて日が浅いので、完全なプロローグ形式でさせていただきました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF物語~世界感チェンジ(ハイスクールD×D)

3巻最後の締めの話の構想がまだ出ないので、その間の暇つぶしにでもどうぞ。


 

もしも鍋島元次の生まれた世界がISの世界じゃ無かったら?

 

 

その場合は、能力も大きく変わっていたでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私立駒王学園。

 

 

今でこそ共学の学校だがほんの数年前までは女子高だった。

 

そのため生徒は男子の割合に比べて女子の割合が圧倒的に多い。

 

発言力もいまだ女子の方が強く生徒会長も女性であるため男子はあまり強くは出られないといった面もある。

 

勿論普通に過ごしている分にはこれといって不自由はしない学園だ。

 

 

 

とどのつまり、男子には肩身の狭い学園の筈なのだが――。

 

 

 

「がはっ――」

 

「い、痛え、痛えよぉ……」

 

「……オメェ等の負った傷よりも、あの子達の感じた恐怖の方が何倍も強えぞコラ?」

 

 

 

そんな駒王学園には、一人の益荒男が存在した。

 

「た、頼む……もう勘弁してくれ……も、もうアンタん所の学園の生徒には、手ぇ出さねえからよ。な?な?」

 

「……」

 

何処にでもある街の裏路地。

アンダーグラウンドの住人達や、法を破る事に快感を見出す若者達の巣窟。

そんな吹き溜まりの様な場所の住人達が、黒い制服を着た男一人に完膚無きまでに叩きのめされていた。

地面に倒れ伏す男達の中には、プロボクサー崩れや空手有段者、果てはナイフで武装した者達まで居る。

しかしこの男にとってはそんなものは全て平等に『大した事無い』程度の認識でしかなかった。

高校の制服に身を包んだ男はポケットからタバコとジッポを取り出して火を点ける。

 

「駒王学園2年1組の鍋島元次だ……飯時以外なら何時でも相手してやる……」

 

身長197cm、体重168kgの巨漢は只ならぬ威圧感を放ちながら言葉を切ると、地面に伏せる不良達に凄みを利かせた形相を見せた。

 

「それともう一つ……ッ!!次にウチの生徒に粉掛けた時にゃ、全身の骨粉砕されるモンと思えッ!!」

 

不良達はその只ならぬ威圧を浴びて涙と鼻水を垂らしながら、ブンブンと首を縦に振る。

偶に街に出歩けば、自分から喧嘩の中へと飛び込む男。

それが鍋島元次であり、彼の日常でもあった。

 

 

 

何時もの様に愛車のイントルーダーで登校を済ませ、同じバイク通学の奴等とバイクの話をする元次。

 

 

 

その見た目から初対面の人間にはかなり怖がられる元次だが、根がかなり良い性格だった事もあって、今では上級と同学年にはかなり親しまれている。

女子からは不良に絡まれた所を助けられた等もあって、逆に人気が高い。

それを妬んだ駒王学園の悪い意味で有名人な『変態3人組』に悪い噂を流されたりもした。

まぁ今となっては誰も変態達の言葉を信じる者はおらず、逆に袋にされる結果となっていたが。

更に元次自身が直々に出向いてシバキ回した為に、今では3人組のストッパーとしても有名になってたりもする。

何せ元次の話が出るだけで、3人は一様に顔を青くさせる程のトラウマが染み込まされている程だ。

 

「な、鍋島君!!また変態3人組が覗きをしてきたの!!もう何とかしてぇ!!」

 

「……ハァ……またか、あのボケ共が……先生は何してんだよ、ったく」

 

昼休みに友人達と話していた元次の元へ、涙を流した女生徒が切実に訴えてくる。

席から立ち上がった元次が見た先には――。

 

「ええい!!放せ女子共!!脳内で犯すぞ!!」

 

「落ち着け元浜!!寧ろこの女の感触を味あわないでどうする!!」

 

「お、おぉぉ……ッ!?DにCに……な、なんとF!?ここはパラダイスか……ッ!?」

 

エロメガネことロリコンで有名な元浜。

セクハラパパラッチ、エロ坊主と呼ばれる松田。

そして変態三人組の筆頭として学園の全女生徒から嫌われている重度のおっぱいフェチの兵藤一誠。

その3人が女子の罵声を浴びせられてるにも関わらず各々が女子の身体を視姦している。

しかも元浜に至っては強姦宣言までする始末だ。

周りの生徒達、それも男女関係無く蔑みを籠めた目で見てるにも関わらず、変態3人組は全然めげない。

 

「あんた達なんて本気で居なくなれば良いのよ!!この害虫!!」

 

「なんだと!?それが人に言う言葉か、このクソアマ!!」

 

「そういう態度を取らせてるのはアンタ達の行いの所為でしょ!!美穂なんて彼氏以外の奴に覗かれたって凄い泣いてるんだから!!」

 

「そんな事知った事か!!我々は欲求に従って女体の神秘を探求してるだけだ!!お前等の都合等知った事では――」

 

「なら、俺が自分の欲求に従って、テメェをボコボコにしても問題無えって事だよな?……元浜ぁ?」

 

ピタリ、と泣いている女子と言い争っていた元浜の動きが止まる。

元浜だけでは無く、抑え付けられていた兵藤と松田の動きも一緒に止まった。

3人の動きが止まった事で抑え付けていた女子も離れ、3人を取り囲んだ空間が出来上がる。

正面から見下ろしている元次の姿を見た瞬間、3人はガクガクと身体を震わせ始める。

だが、それももう後の祭りだ。

 

「な、鍋島……さん……あ、あのこれは――」

 

バギィ!!っと鋭い音が、喋ろうとしていた元浜の顔面から鳴った。

元次がその野太い足を振るって、顔面を爪先で蹴り抜いた音だ。

全力とは程遠くても、殺人的な筋力を持つ元次の蹴りは容易に対象を破壊出来る。

元浜の鼻は陥没し、激痛に苦しみ両手で鼻を抑える。

そんな凄惨な現場を見ても、この場に居る誰もが元浜を助けようとはしない。

全ては3人の自業自得なのだから。

 

「オメェ等のやってる事は犯罪だって知ってるか?分かるよなぁ?高校生にもなって犯罪じゃねえとか寝惚けた事言わねぇよなぁ?」

 

元次は額に青筋を浮かべながら言葉を紡ぐ。

この変態3人組が学校にR-18な代物を持ち込んでるのは、誰もが知る周知の事実だ。

それぐらいなら別に良いと元次は考えていたが、この3人はそれだけでは飽き足らずに嫌がる女子を盗み見ていた。

両者に合意の無い、嫌がる女子の肌を盗み見る行為が、元次の一番許せない所だった。

 

「お、お前のやってる事だって犯罪じゃねぇか!!暴力を振るってる癖に、偉そうな事言うんじゃ――」

 

バギィ!!

 

そこで松田の反論する言葉は途切れた。

元浜と同じ様に、元次が鼻を圧し折ったのだ。

 

「ンな事は俺が一番判ってんだよ……だが、俺を頼って来てる奴が居るなら、暴力使ってでも助けるしかねえだろーが」

 

元次は堂々と言い放って、3人の前にヤンキー座りをして目線を合わせる。

暴論であり理不尽な物言いを堂々と言い放つ元次に、3人は更に顔色を青くした。

コイツは言葉で止まる人間じゃないと、身体で理解したからだ。

普段と変わらない様子で人を怪我させてニンマリと笑う元次を見て、3人は涙を流す。

 

「俺は目には目を、歯には歯を、って言葉が好きでな……犯罪には犯罪を。テメェ等の女子に対する覗きって暴力には、拳の暴力で対応させてもらうぜ?」

 

その言葉を最後に拳が振るわれ、変態3人組は学校を早退して病院へと運ばれていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……泣いて頼まれたとは言え、やりすぎですよ、鍋島君」

 

明けて次の日、元次は昼休みに校内放送で生徒会室への呼び出しを食らい、生徒会室に居た。

そして、現駒王学園生徒会の面々+生徒会長である支取 蒼那から直接にお叱りを受けている。

しかし説教されてる本人はドンとソファーに座って何処吹く風だ。

 

「……聞いているんですか、鍋島君」

 

「ん?あぁ、ちゃんと聞いてるッスよ。生徒会長」

 

「でしたら、今後はこういう事が無い様にして下さい」

 

「いやいや。寧ろそれは俺の台詞なんスけど?逆に聞きてえんスけど、生徒会はあの3人の犯罪行為を見過ごして良いというご意見で?」

 

「そうは言ってません。ですが、貴方の遣り方は余りにも乱暴過ぎる。貴方は本来、何の権限も無い一般生徒なんですから」

 

「……ハァ」

 

淡々と言葉を紡ぐ支取生徒会長に対して、元次は大袈裟に溜息を吐く。

その行動に支取の後ろに居る他の生徒から咎める様な視線が飛ぶが、元次はその全てを無視する。

ただし、嫌に強い視線を向けてくる男子には軽めの威圧を飛ばして黙らせた。

大体元次からしてみれば、何であの3人組の所為で自分が説教を受けなくちゃならないのか、という想いでいっぱいだった。

 

「ならッスよ?ちゃんとあの3人に対して何かしらストッパーを掛けて下さいや。生憎と俺は暴力しか持ってねえんで、それ以外の解決は難しいっすから」

 

「ですから、貴方が拳を振るわなければ……」

 

「なら、会長さんは泣きながら自分を頼って来た奴には応えるな、と?」

 

「そうは言ってません。それは極論過ぎます」

 

「本質は変わんねぇッスよ。要は俺が頼られなくても良い状況を生徒会が作ってくれりゃ良いんスから。例えば……『次に覗きをした場合、強制退学』とか」

 

「……通告も無しに次の処罰をいきなり退学にするのは……」

 

元次の出した案に、支取は難しい顔をして難色を示す。

しかしそれも込みで元次は考えていたのか、特に顔色を変えない。

ならば続きがあるのだろうと考えた支取は「続けて下さい」と言葉を掛けた。

元次はそれに頷いて、自身の案を語る。

 

「先生達にかけあったら良いと思うんス。ぶっちゃけ今までの覗き行為や持ち込み禁止物に対するお咎めをしてない訳ですし、今回の覗き行為で見過ごせなくなったから、この処置を取りたいって感じで」

 

「確かにそれなら、先生達と話し合って調整してもらう事は可能ですが……」

 

「俺に拳を使うなってんなら、俺のトコに泣いて相談に来る奴を減らす為にそれ相応の解決策を作って下さい。只でさえこちとら、今日から謹慎七日間なんて言われてイラついてんスから」

 

これ以上説教されたらキレちまいそうだ。と言葉を締め括りながら髪をガシガシと掻く元次に、生徒会の誰もが息を呑む。

この男、普段から喧嘩している時の怒りもかなりのモノだが、本人曰く「キレてはいない」らしい。

そんな男がキレたらどうなるのかと、その矛先が自分達に向えばどうなるのかと慄いたのだ。

しかしそんな生徒会メンバーの中で、支取だけが今の元次の言葉に驚いた表情を浮かべる。

 

「謹慎ですか?何故貴方が?」

 

「ん?まぁアレっすよ。変態3人組の松田と元浜が騒いだ結果らしいッス。『自分達は暴力を振られた被害者だ』とかうんぬんかんぬん」

 

「……原因は自分達にあるのに反省の色がまるで無しですか……分かりました。今の鍋島君の提案を採用します」

 

「そうっすか。じゃあ俺はこれで。先生からは話が終わったら帰る様に言われてますんで」

 

「待って下さい。さすがに貴方の謹慎理由はふざけ過ぎています。私が先生に直接話をして謹慎を取り下げてもらいますので、ここに居て下さい」

 

腰を上げて帰ろうとする元次に支取が待ったを掛ける。

支取だけでは無く、後ろに控えていた生徒会の面々も同じ気持ちだった。

遣り方はどうであれ、元次は3人組に泣かされた女の子の為に拳を振るったのに、これではあんまりだ。

そう思って支取は元次の謹慎を取り下げる為に動こうとする。

だが、当の本人は手をヒラヒラと振ってその申し出に待ったを掛けた。

 

「良いっすよ、別に。体良く降って湧いた7連休だと思えば良いんスから」

 

「その言葉を聞いたら益々駄目ですね。学生の本分は勉強なんですから、そういうズル休みは承認出来ません。座って待っていなさい」

 

「げっ、藪蛇だったか……やっぱお固い会長にゃ言うべきじゃ無かったぜ」

 

「何か言いましたか?」

 

「いいえ、何も……はぁ」

 

元次の言葉を聞いた支取は眼鏡を光らせながらそう言い放ち、反論しようとする元次を視線で黙らせる。

さすがに正直過ぎたか、と後悔する元次を支取はソファーに座って待つ様に命令して生徒会室を出て行った。

今の内に逃げようかと考えた元次だが、既に自分の周りには生徒会の女子が集まってニコニコ笑いながら元次に座る様に促す。

さすがに敵意の無い女子に拳を振るう気にはなれず、元次は観念してソファーに座りなおした。

漸く大人しくした元次を見て、女子の内2人が元次の向かいのソファーに座る。

一人は黒髪の大和撫子を思わせる生徒会副会長の真羅 椿姫。

もう一人は水色のロングヘアーにキリッとした眼つきの由良 翼紗だった。

 

「あぁちくしょう、ミスったか……副会長ぅー、ここはどうか見逃して下さいっす。お願いしまーす」

 

「そういう訳にはいきません。もう諦めた方が良いですよ、鍋島君」

 

「そうそう。ここで逃げたら会長、多分君の家にまで押しかけると思うな」

 

情けなく頭を下げて懇願する大男に、生徒会メンバーの殆どがクスクスと笑っていた。

対面に座る真羅と由良も苦笑いを浮かべている。

 

「くっそ、俺のバラ色の7連休が……おいそこの男子、お前も生徒会役員だろ?ちょっと会長を止めて来いや」

 

「はぁ?何で俺がそんな事しなくちゃいけねえんだよ」

 

「止めねえと、お前が俺の謹慎処分の理由になっちゃうかもな」

 

「まさかの脅迫!?それ完璧に俺をボコすって言ってる様なモンじゃねえか!!」

 

「ボコす?そんな軽いとでも?誰にそんな生意気ほざいてんだね君は?」

 

「何のキャラだよその喋り方!?そして生意気言ってすいませんけど会長に取り合うのは勘弁して下さい!!」

 

「っち、トコトン使えねえ野郎だ」

 

「あれ?何で俺ここまで言われてんの?おかしいな、俺って何かしたっけ?目から汗が止まらねぇや」

 

結局、生徒会役員唯一の男子である匙では支取は止められず、元次の謹慎は解除されたのであった。

匙の涙、元次の7連休、そして変態3人組の覗き禁止宣告による涙……プライスレス。

こんな日もあったが、概ね鍋島元次の日常は平穏そのもの。

正に平和な日常の中で楽しく青春を謳歌していたのだ。

 

 

 

しかしある日を境に、その生活は一変する。

 

 

 

「au!?」

 

ある日の放課後。

愛車のバイクを受け取りに行く道中で、元次は変わった人間を発見した。

何も無い所で顔面からズッコケるというアクロバティックな芸を披露する人間に遭遇したのだ。

最初はキョトンとしていたのだが、何時まで経っても起きないのを心配して、元次は近づいていく。

 

「おい。大丈夫か?」

 

「auu……Thank you」

 

近づいて声を掛けた元次に反応して、目の前の人は言葉を返してくる。

声の高さからして少女らしく、良く見れば着ている服は教会のシスター服だ。

しかしどうやら外国の人間なのか、流暢な英語で喋ったので、元次は参ったなと内心思う。

英語の成績は余りよろしく無いので、聞き取れる自身が無かったからだ。

元次の差し出した手を取った少女だが、突如突風が吹いて、彼女の頭に乗っていたヴェールが飛んでしまう。

 

「kya!?」

 

「おっと(パシ)ほら、外れたぜ?」

 

しかし飛ばされる前に上手い事ヴェールをキャッチした元次が、少女へとヴェールを返した。

そこでやっと少女が顔を上げて、元次と顔を合わせる。

 

 

 

――ヴェールに包まれていたのは、まるで『聖女』の様な少女だった。

 

 

 

彼女――名前はアーシア・アルジェントというらしい。

らしいというのは、元次が聴力をフル活用して、名前らしき部分を聞き返すと彼女が微笑んだので、多分そうだというだけ。

何とか身振り手振り、そしてスマートフォンの英訳サイトに文字を打ち込んで見せるという四苦八苦のコミュニケーションを取って、元次はアーシアの話を纏めていた。

 

曰く――

 

迷子、教会、AMEN

 

断片的過ぎるが、何とかここまで拾う事は出来た。

っというか最後のだけは何か違う気がする。

多分、アーシアは街外れにある教会へと行きたいのであろうと元次は考える。

ここで会ったのも何かの縁だし、少し助けてやるかと、元次は目の前で悩むアーシアに目を向けた。

直ぐに携帯の英訳サイトに自分が道案内をすると翻訳させてそれを見せると、アーシアは嬉しそうに目を輝かせた。

ここで元次に下心が無いかと言えば、実はそうでもない。

自分の人相を見ても怖がらずに普通に接してくれるのが嬉しかったので、その恩返しも兼ねての申し出だった。

そうして、言葉の疎通が出来ない奇妙な組み合わせの二人は教会に向かっていったのだが……。

 

「うわぁああん!!」

 

二人が公園に差し掛かった時だった。

遊んでいた少年がド派手に転んで膝を擦り剥いて泣き出したのだ。

 

「ッ――」

 

「ありゃ痛そうだな……バンソーコーあったっけか?」

 

さすがに泣いてる子供を無視していくのは気が引けて、元次は応急処置の出来そうなモノを鞄から探すが、見当たらなかった。

さてどうしたものかと頭を捻る元次だったが……。

 

「……ッ!!」

 

「あ、おいアーシア?」

 

突如、隣りを歩いていたアーシアが走り出したのを見て、元次は声を掛ける。

しかしアーシアは元次には答えず、子供の元へと走って行った。

もしかして何か薬でも持ってるのかなという疑問と、さすがシスターだな、という尊敬の念が元次の中で湧き上がる。

そしてアーシアは一目散に転んだ少年へと駆け寄ると少年の擦りむいた足へと手をかざした。

 

 

 

次の瞬間――

 

 

 

「――マジかよ?」

 

 

元次は目の前の光景に驚いた声をあげる。

アーシアが擦り傷に手をかざすと淡い緑の光が輝き、傷をみるみると癒していくのだ。

良く見るとアーシアの両手の指に光る指輪の様なモノが現れている。

これは普通の世界ではありえない事だ。

手を翳しただけで光が出て、しかも今作った傷を治す等、現代医学では出来るモノでは無い。

普通ならアーシアに対して畏怖の目を向ける所だが、元次は違った。

 

――まさか俺と『似た』……いや、『対極』の力を持ってる奴が居るなんて。

 

彼の心中はそれに尽きた。

彼もまた、人ならざる異常な力の持ち主であるからだ。

その光景に見惚れていると、彼女がこちらを向いて悪戯をした子供のように可愛らしく舌をだした。

 

「……わぁ!?痛くない!!ありがとう、お姉ちゃん!!」

 

「……?」

 

と、傷を治してもらった子供がアーシアに満面の笑みでお礼を言うが、日本語が分からないアーシアは首を傾げている。

さすがにそれぐらいなら通訳出来るので、元次はアーシアに言葉を通訳して教えてあげた。

その言葉を聞いたアーシアは同じ様に笑顔を浮かべて、少年に手を振る。

少年は手を振り元気に去っていき、彼女も少年が見えなくなるまで手を振り嬉しそうに微笑んでいた。

そこからまた再開した道案内だが、先ほどよりもアーシアの表情は優れない。

理由は直ぐに分かった……あの力は、年端のいかない子供には受け入れられても、青年なら畏怖するのが普通だ。

その青年が誰を差すかは言うまでも無く、アーシアの隣に居る元次の事である。

その考えに至った元次は自分の考えを何とか伝えようと首を捻り、直ぐに携帯に文字を打つ。

日本の日常でも若人なら一度は使った事のあるであろうシンプルな英単語。

それを打ち込んだ元次はアーシアへと携帯の画面を翳す。

 

『Great』

 

その文字を見たアーシアはキョトンとした顔で元次に視線を向ける。

その視線を受けた元次は自分が出来る最高の笑顔を浮かべて、親指をグッと立てた。

所謂『グッドサイン』だ。

その動作で言いたい事、伝えたい事の全てが伝わった訳では無いのかもしれない。

だが、元次の仕草から何かを受け取ったのだろう。

元次のコミュニケーションを見たアーシアは、満面の笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「――やっと見つけたわよ、アーシア」

 

 

 

――しかし、その時間は唐突に終わりを告げてしまう。

 

「ッ!?……」

 

「……ん?誰だテメェ?」

 

唐突に現れた1人の女性。

闇夜の様な黒色の髪の女が、何とも薄ら寒い笑みを浮かべてアーシアを見ていた。

元次からすれば唐突に話し掛けてきた女程度の認識だが、アーシアは相手が誰か知っているらしい。

しかし青褪めた表情で震えている所を見れば、どうやら友好的な関係でも無さそうだ。

それに、自分を見る目がまるで路傍の石ころを見る様に冷めてる時点で、元次は目の前の女に敵意を持った。

 

「下等な人間如きが話し掛けないでくれるかしら?私はアーシアに話し掛けて――」

 

「テメェの都合なんざ知った事じゃ無えよ、このうすらボケ。しかも何だ?下等な人間如き?中二病患者はお断りなんだよ。とっとと消え失せな」

 

初対面の相手にも関わらず、元次は辛酸な言葉を吐きかけて女性を侮蔑した。

何故なら、相手の女の話し掛けてる目的のアーシアが怯えてるからだ。

ならば、友好的に話し合う必要性は皆無であろうと元次は判断した。

何よりこの手の、相手を最初から見下してる輩は男女関係無く、鍋島元次の嫌いな相手だからだ。

しかしこの元次の言い分に、黒髪の女は酷く憤慨した。

分かりやすく言うなら至高の存在と謳う『種族』の自分が下等な『人間如き』に中二病扱いされて切れたのだ。

 

「……ええ、良いわ。もう良い。貴方程度の浅はかな人間に至高の種族である私の事を理解しろと言う方が――無茶な話しだったわね」

 

バサァ

 

その言葉を皮切りに、世界が異質な変化を遂げた。

夕暮れの美しい朱色の空が変色し、紫を混ぜた歪な色合いへと変化する。

更に二人の目の前に居る存在が、本来『ある筈の無い』モノを背中から生やして――。

 

「――なんだ、堕天使か」

 

自分達の頭の上を浮遊していたのだ。

目の前の女が背中から生やしたのは烏の様な色合いの黒い翼。

しかしそんな現実から掛け離れた光景を見ても、元次は特に態度を変えない。

それどころか、逆に正体を言い当ててきた事に、レイナーレは少し驚くも、直ぐに嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「あら?知っていたの?なら話は速いわね……光栄に思いなさい。貴方程度の人間がこの至高の堕天使であるレイナーレの手で殺されるのだから。恨むならこうなった自分の不運。いえ――」

 

そこで言葉を区切った人外……レイナーレは、元次の後ろで震えるアーシアへ視線を向ける。

 

「貴方に不運をもたらした『魔女』を恨むのね」

 

「ッ!?……」

 

「……魔女?どういう意味だ?」

 

レイナーレの言い放った言葉にアーシアはビクリと震え、元次は訝しげな視線をレイナーレに向ける。

この反応は普通じゃないと感じた元次は大人しくレイナーレの返答を待つ。

何も知らないまま『聞けなくなる』のは後で面倒だからだ。

 

「ふふっ。巻き込まれた上に言葉も通じない貴方が知る由も無いでしょうけど、それで死んだら可哀想だものね……良いわ。冥土の土産に教えてあげる」

 

既に自分の中では、元次は死の運命から逃れられないと思っているのか、レイナーレは嬉々として元次の質問に答えた。

この聖女の様に心優しい少女が魔女と呼ばれた皮肉な運命――その悲しき人生を。

 

「そこのアーシア・アルジェントはね、教会を追放された異端のシスターなのよ。その理由は、その子が人以外の悪魔を癒せる力を持ってるからなの。聖女とまで呼ばれていたアーシアは今では魔女と呼ばれ、教会から唾棄された存在。私達と同じで堕ちた存在って訳。だけどそのお蔭で、私にチャンスが巡ってきたわ」

 

レイナーレの言葉を裏付けるように、アーシアの手が小刻みに震える。

顔色は先程よりも酷く、もはや青を通り越して蒼白になっていた。

何故日本語で喋っているレイナーレの言葉が通じてるのかは分からないが、アーシアの反応から嘘ではないと元次は判断する。

目の前の人外な存在が語る通りなら、この世界には悪魔と堕天使が居る事になると元次は考察した。

恐らくレイナーレの言い方から、教会は悪魔と対立してるという事になる。

その異形……人外を癒してしまったアーシアは聖女の位置から魔女の烙印を押されてしまったのだろう。

 

「堕ちた聖女のアーシアの身体にある、悪魔ですら癒す事が出来る神の与えた奇跡――神器(セイクリッド・ギア)。私はそれを彼女から抜き取る為にアーシアを保護したの」

 

「……」

 

何が保護だ。と元次は無言で毒づく。

もしもレイナーレの言う保護がもっとまともなモノなら、アーシアがここまで怯える事は無い。

ならば、恐らく今日まで酷い扱いを受けてきたのだろう。

そもそも保護した目的がアーシアの中に眠る神器目当てという時点で、下衆な思考が見えている。

元次の静かな変化に気付かず、レイナーレは更に言葉を紡ぐ。

 

「それがあれば、私もアザゼル様やシェムハザ様に愛を頂けるの。神器を抜き取った人間は死んじゃうんだけど……まぁ良いわよね、アーシア?だって貴女の人生が狂わされた忌むべき物を貴女の身体から取り除いてあげようというのだから。貴女も私に感謝して、神の元へ逝けるでしょう」

 

ブチッ!!

 

不意に、何処か分からない場所から何かが引き千切れた音が鳴り響くが、自分に酔ってるレイナーレは気づかなかった。

唯一気付いたのは、『音の発生源』の側に居たアーシアだけだが、彼女も何の音か判らなかった。

そして、遂にレイナーレは元次に視線を向けると、その手に光で形成された槍の様な物を作り出す。

 

「さあっお喋りは終わりよ。早く死にましょう?そして私はアーシアの神器を手に入れて、高みに上るのよっ!!」

 

「ッ!?NO!!」

 

「……アーシア?何の真似かしら?早くどきなさい。そこの人間を殺せないでしょう?」

 

しかしレイナーレがその手に持つ槍をいざ投擲しようとした瞬間、元次の後ろに居たアーシアが彼を庇う様に前に出る。

その動きに目を細めるレイナーレだが、アーシアは震えながらも動こうとはしなかった。

 

「――!!――!!」

 

「……はぁ?……あのねぇ、馬鹿な事を言わないでアーシア。その人間は私達を見たの。儀式を完璧に済ませるには、ちゃんと不安の種を摘んでおくのが当たり前でしょう?」

 

「――!!――!!」

 

「そうね。そいつは只の無力な人間よ。でもその男は計画の一端を知った。なら殺しておくのが得策なのよ……なにより、至高の存在たる私を馬鹿にした罪は万死に値する――」

 

「ごちゃごちゃうるせえよ、烏女」

 

ピタリッ。

 

まるで時間が止まったかの様に、公園内の空気が凍った。

最も、今の元次の言葉を理解しているのはレイナーレだけであって、アーシアは元次が何かを言ったぐらいにしか理解出来なかったが。

しかし、言われた張本人のレイナーレには耐え難い侮辱だった様だ。

目尻は吊り上がって怒りを刻み、先程までの美少女の仮面が剥がれた本性の貌は、只々醜かった。

 

「……今、何と言ったのかしら?私の耳には、私が『烏女』と呼ばれた様に聞こえたのだけれど?」

 

「ッ!?――!!――ッッ!!」

 

レイナーレの言葉で元次が何を言ったのかを理解したアーシアは早口に言葉を捲し立てて元次に何かを伝えようとする。

しかしそんな早口の英語が元次に理解出来る筈も無く、そしてアーシアの言葉を聞く耳持たずの元次は、不機嫌な表情でレイナーレを見据えた。

 

「何だ?難聴持ちかよ?ならもう一度言ってやる。ごちゃごちゃうるせえぞ、この漁り好きの烏女」

 

「ッ!?……どうやら、余程死にたいらしいわね……ッ!!」

 

元次の中傷が聞き違いでは無いと判断してレイナーレは憤怒の形相を浮かべて元次を見やる。

その表情を見たアーシアはもうどうしようも無いと思い至ったのか、呆然とした表情で地面に膝をついてしまう。

しかしそんな中で、元次は不機嫌な表情から一転して、心底馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

「的を射てんだろ?アーシアを殺してそのアーシアの持ってたセイクリッドなんたらを使って男に取り入ろうとしてんだ。死体を漁るなんて烏しかやんねえよ。その薄汚ねえ羽と合ってお似合いじゃねぇか」

 

「……下等な人間の分際でッ!!」

 

「テメェはそれ以下だっつってんだよ、『害鳥』如きが偉そうに粋がるんじゃねえ……それになぁ……」

 

元次は言葉を続けながらも、地に座り込むアーシアへと視線を向ける。

彼女は自分の責任で元次が死んでしまうと決定づけたのか、ボロボロと涙を零して謝罪を続けていた。

そんなアーシアに元次は一度笑みを浮かべてから、レイナーレが1人で語ってる間に携帯の翻訳サイトで作った英文をアーシアに見せる。

スマホを自分の手から手渡し、レイナーレへと視線を向け直した。

 

「テメェはアーシアを自分と同じ存在だとかほざきやがったが……自惚れんじゃねえぞ?テメェ如き他人の力に縋りつく寄生虫みてーな腐れアマが、こんなにも優しい女の子と同列に成り上がるなんざ一生有り得ねえ――身の程を知れや、アホンダラァ」

 

ブチッ!!

 

二度目の何かが千切れる様な音。

これはレイナーレの額から鳴った音であり、所謂堪忍袋の緒が切れたという状態だった。

そして、それはレイナーレが理性を失い怒りのままに行動する事の予兆である。

 

「――この、下等種がぁああああああああッ!!!」

 

慟哭とも取れる雄叫びを挙げながら、レイナーレは自身に作れる最大級の光の槍を持って元次へと高速で迫る。

対する元次はそんなレイナーレの行動を不敵な笑みで見据えていた。

何故、この力の前に怯えないのか?といった疑問は最早レイナーレの頭の中には残っていない。

殺す!!至高の存在へと至る自らを浅ましいカラスと称したあの男に、生まれた事を後悔させる!!

唯それだけしか、レイナーレは考えていなかった。

 

「ッ!?NO!!GENJIIIIII!?」

 

ここで、携帯に書かれた文面に意識を取られていたアーシアが悲鳴をあげた。

目の前の言葉の通じない恩人が、自分の所為で死ぬ。

そう考えただけで、アーシアの心に何とも言い難い悪寒が広がったのだ。

何より言葉が通じない不器用な遣り取りでも自分の為に道案内をし、周囲から恐れられたあの力を「凄い」と褒めてくれた元次を死なせたくなかった。

自分の為にあんな『言葉』をくれた人に、自分の所為で死んで欲しくなかった。

 

『Asia is my friend ―― Even if I have anything, I protect a friend』

 

アーシアは俺の友達だ――俺は何があっても、友達は守る。

 

元次は自分の為に叫んでいるアーシアの悲鳴を聞きながら、『何時もの様に』構えを取る。

脚を肩幅に開いて腰を落とし、腰を捻って腕を引くと、腕の筋肉が巨大な力こぶを形成した。

傍から見ればオーバーアクションの状態から渾身の裏拳を繰り出そうとしているというのが丸わかりの構え。

まるで薙ぎ払うかの様な構えを取る元次に対して、レイナーレは所詮人間のやろうとしている事だと高を括る。

……目の前の男が、アーシアの様に『力』を持っている事に気付かずに。

 

「(ギリィ!!)……」

 

「死ねぇえええええええ!!人間風情ぃいいいいいい!!」

 

その言葉と共に、立ち構える元次と飛翔するレイナーレが接近し――。

 

 

 

 

 

「――まったく……てめぇ『等』は『何時も』同じ事をほざきやがるな――ヌウン!!!」

 

 

 

 

 

ピオォォォォーーーーーン!!!!!

 

 

 

 

 

振るわれた元次の剛拳が、『大気に罅』――否。『地割れ』を刻んだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「……これは一体、どういう状況かしら?」

 

先程、堕天使の力を察知して眷属と共にこの結界内へ侵入した女性はそうごちる。

無理も無い事ではあるが、彼女は目の前の光景が信じられなかったのだ。

彼女や彼女と共にこの結界の中に入ったのは、世間一般で言われる『悪魔』という存在だ。

 

 

 

先程レイナーレが言った様に、この世界には人間以外に知的生命体が存在している。

 

 

 

それは一般的に悪魔、天使、堕天使等の人外と呼ばれる種族の事だ。

彼等は悠久の永きに渡って3すくみの対立をしていた。

次元の狭間という世界の境界の先にある『冥界』や『天界』などに住んでいるのだが、時として例外も存在する。

それは、人間社会に進出した同族の住まう土地の管理者や、人間の願いという欲望を対価によって叶える悪魔家業等、千差万別だ。

彼女はその前者、つまりこの駒王学園のある関東某県駒王市の管理を任されていた。

そして今回、仇敵である堕天使の力を感じ取り、自らの管理する土地での目的を吐かせようと魔法陣を介して転移してきたのだが――。

 

「……どんな事をすれば、あんな風に破壊出来るの?」

 

彼女達が転移してきた場所……そこは凄惨な光景が広がっていた。

元は公園だった場所なのは辛うじて分かる。

自分達の立っている側は間違いなく公園の原型を保っているからだ。

しかし――。

 

 

 

「……グラララ……やれやれ。やっぱ俺の力は危ねえな……これでも一割無いぐらいの出力なんだが……」

 

 

 

自分達と同じ駒王学園の制服に身を包んだ男――彼の拳の先は違う。

彼の立つ場所を境にした向こう側はまるで圧倒的物量の『隕石』が墜落し、滑走した様な形でエグレていた。

結界の端までの全てを破壊し、両脇の地面や噴水等が巻き込まれた様に倒壊し、全てが地面に瓦礫の山となって丘を形成している。

そしてその瓦礫の中から一対だけ外気に出ている――黒い鳥の様な翼。

 

「部長、あの翼は……」

 

「……ええ。間違い無く堕天使の翼よ……驚いたわ。下級とはいえ、人間の身で堕天使を倒すなんて……」

 

紅蓮の如き紅髪を翻す彼女の傍には、彼女を守る形で、腰に小さな魔法陣を展開した美青年が立っている。

その青年の言葉に対して、紅髪の女性は注意深く、この事態を引き起こしたであろう張本人へ視線を向ける。

彼女は相手の巨躯を誇る高校生らしからぬ生徒の事を知っていた。

同じ駒王学園に通う生徒なら誰もが知っている程の有名人だからだ。

 

「…………あの殿方、学園でも有名な方ですわね」

 

「……確か、二年の……鍋島先輩」

 

更に彼女の横に付き従う形で微笑みながら立っていた黒髪の美女は、頬に手を当てて元次の姿を見つめていた。

しかし彼女の様子は他の皆とは少し違い、微笑みの仮面の下はある種の動揺に包まれていた。

これは彼女の過去に関する事なので今は触れないが、動揺と同時に期待すらも生まれているのだ。

更にその隣に立つは、元次とは対照的な小柄な体格に白い髪と金の瞳を持つ、何処か猫の様なイメージを持たせる少女の姿もある。

皆思いは色々あるが、視線は一様に、瓦礫の中から翼を掴んで血塗れ7割死のレイナーレを引きずり出す元次へと注がれていた。

 

「彼の近くに居るのはシスターだし……何が起こったというの?」

 

「そいつぁ、俺も知りてえトコなんスけどねぇ?」

 

『『『『ッ!?』』』』

 

紅髪の美女からすれば只の独り言の様なモノだった。

だというのに、瓦礫の中から堕天使を引っ張りだした元次の視線は自分達を不機嫌そうに見ているのだから驚いてしまった。

いきなりの接触に、彼女だけで無く彼女の仲間も同じ様に硬直するが、元次は「ほぉ?」と意外そうな声を出すだけだった。

 

「随分とまぁ、ウチの学校の有名ドコが雁首揃えて居るもんだな……そうは思わねえッスか?――リアス・グレモリー先輩よぉ?」

 

「……それは貴方も同じ事が言えると思うけど?二年一組の鍋島元次君?」

 

お互いに不敵な笑みを浮かべながら会話する元次と、リアス・グレモリー。

片や日本人では有り得ないとまで噂される北欧出身という噂の美女。

そして片や神が与えた奇跡とまで謳われるであろう強靭な肉体を持つ益荒男。

美女は容姿端麗な眷属を引き連れ、益荒男は片手で堕ちた天使を地面に引き摺りながら、邂逅を果たした。

 

「かっ。そりゃごもっともで……しっかし、ネームバリューなら俺よりも凄えんじゃねえですかい?3年のグレモリー先輩とそこの姫島先輩と言えば、駒王の二大マドンナだなんて言われるじゃ無いっすか」

 

「あら、それはありがとう」

 

「あらあら。お褒めの言葉をどうもありがとうございます♪」

 

「それに、駒王一のイケメン王子って呼ばれてる木場に、一年のマスコットって呼ばれてる塔城、だっけか?1,2,3年の良い所取りなオールスターとは驚いた」

 

「あはは、君に知られてるのは光栄だね」

 

「……何で、そんなに私達の噂に詳しいんですか?……案外、ミーハー?」

 

「NO。馬鹿言っちゃいけねえよ。あの変態3人組が良くアンタ等の噂してっから自然と耳に残っちまうんだよ。言うまでも無く木場は妬み、他の女性陣は良く性的に噂されてるぜ?」

 

元次は律儀に全員と会話をしつつも、油断せず、警戒も怠らなかった。

それは名前を呼ばれた面々も同じであり、互いに一触即発の状態を保っている。

しかし、両者の間には決定的な見解の食い違いがあったからだ。

 

「まぁ、ンな事は至極どーでも良いや……そら」

 

ここで元次は引き摺って来たレイナーレを4人の前に放り投げると、拳をバキバキと鳴らして戦闘態勢に入った。

 

「まだアーシアを狙うってんなら、同じ学校のモンでも容赦はしねえ……全員血だるまになるまでぶっ潰してやるよ、来な」

 

呼吸するのが苦しくなりそうな威圧感を醸し出して拳を構える元次の言葉に、4人は目が点になってしまう。

何故、堕天使を放り投げて自分達を敵と見定めたのか?

更に言えば、アーシアとは恐らく彼の後ろで呆然としているシスターの事だろう。

つまり元次は、この4人をレイナーレの仲間だと勘違いしているのだ。

さすがにこの事態は予想外だったのか、紅髪の美女……リアス・グレモリーは慌てつつも声を張り上げる。

 

「ちょ!?ちょっと待ちなさい!!私達は堕天使の仲間じゃないわ!!」

 

「あぁ?……マジか?」

 

リアスの言葉を訝しげに聞きながらも、一応構えを解いてくれた事に一同は安堵する。

実力は未知数であり、あの天変地異を引き起こしたのが彼なら、戦うのは幾らなんでも無謀だからだ。

何よりあの威圧感を感じ取った全員が同じ答えを導き出していた――軽く向けられた威圧感で、膝を屈しそうになった。

つまり、元次の実力は自分達では足元にも及ばない強さを持っていると。

元次が構えを解いたのを見計らって、リアスは再び口を開いた。

 

「ええ。私達は『悪魔』なのよ。堕天使とは違――」

 

ボゴォ!!

 

う、と続けようとしたリアスの耳に聞き慣れない音と有り得ない光景が飛び込む。

リアスの言葉を聞いた元次は、側にあった太い電柱を片手で、しかも大した苦労も無く引き抜いてしまったのだ。

それをまるでバットの様に軽々と振り回して電線を引き千切り、肩に担いだ構えを取る。

 

「良し、掛かってきな。プチッと殺ってやんよ」

 

「なんでよ!?」

 

いきなりの撲殺宣言に、リアスは飛び出そうになってた目を戻してツッコミを入れる。

まさか自分達の存在が知られていないとは思っていなかった故の、理解の食い違いが発生していた。

 

「まぁ、あんな烏女が堕天使だとか言うなら、悪魔も居るのは分かるが……悪魔ってのはトドのつまりアレだろ?人の弱みにつけ込んで悪事を働く危ねえ奴等?」

 

「……え、ええっとぉ……それは、何の知識かしら?」

 

あんまりと言えばあんまりな言われ様だ、とリアスは眉間を指で抑える。

初対面で頭ごなしに自分達の種族そのものが否定されるとは思っていなかったリアスは口元をヒクヒクさせながらも笑みを浮かべて元次に質問する。

残念ながら引き攣った笑みを浮かべるリアスを見た元次の心中は、「何だこの変な女?」という失礼極まる考えに染まっていた。

 

「あん?漫画でも映画でも悪魔なんてそんな扱いじゃねーか。俺は世の中に散らばる知識を統合して考えてっけど?」

 

「あ、あらあら。それは幾らなんでも、ちょっと……強引過ぎると言いますか……」

 

「古典的に古い悪魔の思われ方ですね……」

 

「あ、あのねぇ!?私達はそんな古臭い伝承の悪魔じゃ無いわよ!!大体映画とか漫画の知識でそう決めつけられるのは全くもって心外だわ!!」

 

元次の間違って無いだろ?と言いたそうな理由にリアスは青筋を立てて反論する。

さすがにこの思われ方は各々思う所があるのか、姫島朱乃は困惑し、塔城は考えが古いと一蹴。

木場に至っては頬を掻きながら苦笑いするしかなかった。

まぁ元次からすれば「自分で悪魔名乗っておいて心外もクソも無えだろ」としか思えなかった。

ここに至ってリアスは漸く、元次がこの世界の常識を知らない一般人だと思い至って、一から説明を始めようとするが――。

 

「……ならよ、まだこの空模様が変わって無えのは、アンタ等の仕業じゃ無えって事か?」

 

「ッ!?気を付けて!!何処かに堕天使が潜んで――」

 

「貴様ぁあああああ!!良くもレイナーレをぉおおおおお!!!」

 

しかし、元次の言葉でまだ堕天使が潜んでいる事に気付いたリアスが注意を呼びかけたと同時に、光の槍を構えた男が元次へと突撃してきた。

しまった、完全に油断していた。

後悔と自責の念がリアスの胸中に湧き上がるが、時既に遅し。

自分達の居る位置では、元次に迫る堕天使の男を倒すのは間に合わない。

もう後数秒もしない内に、堕天使の光の槍が元次の身体に刺さってしまう――。

 

 

 

「背番号55。ゴジラ・松井ぃ」

 

バチコォオオオオオン!!!

 

「へっぶばぁあああああああああああ!!?」

 

『『『『――は?』』』』

 

 

 

ならなかった。

 

この時、アーシアを含めたこの場の全員が目の前で起きた事実を理解出来ずに行動を停止してしまう。

電柱を持った元次の後ろから襲い掛かった堕天使の男を、元次は振り向き様の電柱フルスイングで吹き飛ばしてしまったのだ。

吹き飛ばされた堕天使はレイナーレの居た瓦礫地帯を己の身体で吹き飛ばしながら飛んでいき、遂には結界の端にブチ当たった。

そのままズルズルと結界を滑る様に落ちて、地面に倒れ伏し動かなくなる。

全くもって理解し難い光景に全員が沈黙していた中で、元次は再び電柱を地面に突き刺して、リアス達に向き直った。

 

「まぁ、今の奇襲を先に教えてくれたって事と、その烏女を助けようともしねーって事は、グレモリー先輩の言う通り仲間じゃ無えって事なんだな?疑ってすんませんね」

 

「……え、ええ。判って貰えた様で何よりだわ」

 

ホント、切実に。という言葉は己の内に飲み込んで、リアスは引き攣った笑みを元次に向ける。

正直に言うなら、今の一連の動きがリアスには見えなかったのだ。

ならば、もしもあの攻撃が自身を襲った場合、避ける事も防ぐ事も叶わない。

チラリと自分の仲間……眷属である木場と塔城に目を向けるが、二人も芳しく無い表情で首を軽く横に振る。

この二人は『ある特性』によって、木場は速力、塔城は攻撃力と防御力が普通の人間以上に強化されていた。

しかしそんな二人を軽々と超えるだけの速度と攻撃力を、目の前の人間が叩きだしてしまったのだ。

これだけで警戒に値する事である。

 

「(シュボッ)……フゥ~……ったく、まだ空模様が戻らねえのか……こりゃ他にも隠れてるって事だな」

 

しかし警戒されてる当の本人はというと、気楽にタバコを吸いながら鬱陶しそうに頭をガシガシと掻いていた。

本来なら年齢の問題がある行為だがそれを注意する気になれない程、リアスは驚愕している。

 

「しゃーねぇなぁ……アーシア、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「?……??」

 

「あっ、そうだった。日本語通じねーんだっけか……えーっと、アレだ……カモン、アーシア」

 

「???」

 

「ガッデムシット。英語力たったの5か、ゴミな俺め」

 

しかもまだ何処かに堕天使が潜んでいる状況だというのに、何やらシスターの少女とコントを繰り広げている。

その光景に毒気を抜かれたのか、リアスは溜息を吐きながら苦笑いを浮かべて「しょうがないわね」と呟く。

このシスターを守ろうと行動していたのを思い出し、リアスは元次の性根が善に近いと確信する。

更に言葉が通じない事に困った表情を浮かべる元次を見ていたら、警戒するのも馬鹿らしく感じていた。

 

「そこのシスターさん。彼はこっちに来てと言ってるわ」

 

「ッ!!(コク)」

 

と、リアスの言葉を理解したアーシアは英語で返事をしながらテクテクと元次達の元へ歩いてくる。

とりあえずこれで良い?と目線で元次に問うリアスだったが、自分に向けられているのは訝しげな視線だった。

 

「……あのレイなんちゃらとか先輩にしろ、何で日本語喋っててアーシアに言葉が通じてんスか?」

 

「ああ。私達はこの世界のどの言葉でも話せるの。相手に合わせて自分の言語が切り替わってるといったところかしら」

 

「へぇー、そりゃ便利っすね。バイリンガル要らずたぁ羨ましい」

 

「貴方も悪魔に転生すれば習得出来るわよ?どうかしら?」

 

「そいつぁ遠慮しときます。転生うんぬんは知らねえけど、俺は人間なんでね……ちょっくら派手にいきますんで、アーシアと一緒にそこに居て下さい。巻き込まれても責任は取れませんので、あしからず」

 

そして、アーシアがリアス達の元まで下がった事を確認した元次は、レイナーレと対峙した時と同じ構えを取る。

その剛腕が狙う先は、先ほどレイナーレ諸共破壊し尽くした側の反対、つまり公園の無事な部分の残り半分だ。

『アレと同じ』モノが来ると予想したアーシアはその場に座り込んでジッとし始めた。

アーシアの突然とった謎の行動にリアス達は首を傾げるも――。

 

ギュウゥィィィイイン――。

 

「……部長……鍋島君の手に纏ってるのって……」

 

「えーっと……ちょーっと……マズイわね」

 

「あらあら。なんて猛々しい力の塊でしょうか」

 

「……途轍も無い、破壊の塊です」

 

元次の構える拳に集まる半透明のエネルギーの塊を視界に収めた瞬間、アーシアの行動の意味を理解した。

自分達が持つ魔力とは違い、只『破壊のみに割り振られた』強烈な波動の塊を見て、リアス達は冷や汗を流す。

細かな分析をしなくても、離れていても伝わり、肌で感じ取れる程の莫大な力の奔流。

どんな風に作用する力かは分からないが、リアス達は一つだけ分かった。

 

『巻き込まれたら確実にタダじゃ済まない』

 

それを理解したからこそ、リアス達はアーシアに倣って地面に座り、被害を少なくする為に防御結界を張る。

普段なら自信を持てる自分達の防御結界が、この時ばかりは紙切れの様に見えていた。

 

「んー……まぁ、震度10ぐらいで良いだろ――よっこらせっと」

 

何とも気の抜ける掛け声と共に、誰でも避けられそうなスローモーションで放った元次の裏拳。

 

 

 

ピオォォォォーーーーーン!!!!!

 

 

 

それは耳に残る独特な音と共に何も無い筈の空間、大気に地割れを刻み――。

 

 

 

グバババババババババッババババァ!!!

 

 

 

その先の空間が、一気に破壊された。

一瞬の空白から一転して、刹那の大爆発、とでも称する程の破壊。

拳の先から放たれた『地震の衝撃』は、公園の姿を一気に壊滅させて飲み込む。

その破壊は留まる所を知らず、遂には結界に衝撃波が衝突し――。

 

パキィイイン!!

 

一瞬の拮抗すら許さず、結界の全てを破壊してしまった。

結界を壊すと同時に衝撃波もうねりを潜め、完全に消え去る。

後に残ったのは、中央を残して盛大に破壊された公園と、瓦礫の上に横たわる2人の女性堕天使。

 

「こ、これは……」

 

「……何て、デタラメな破壊力……ッ!?」

 

「……」

 

呆然とした表情を浮かべるリアス達だった。

自身の前方に展開していた防御結界は、元次の繰り出した衝撃から離れていたというのに、粉微塵に砕かれている。

それはつまり、攻撃の余波だけで自分達の防御は意味を成さなくなった事と同義。

余りの次元の違いに、リアス達は呆然と呟く他に無かった。

 

「……あぁ……やっぱり……そうなのですね」

 

しかし唯一人、この異様な雰囲気の中でリアス達とは違う感情を持った者が居る。

その者の名前は姫島朱乃。

リアス・グレモリーと並んで駒王学園の二大お姉さまとして有名な悪魔だ。

彼女は元次の攻撃を見て、何処か納得がいった表情を浮かべ、こちらへ歩いてくる元次に熱い視線を送っていた。

瞳は悪魔らしく魔性の色気を帯び、表情は熱に浮かされた様に情欲を表す。

何故、元次と初対面の筈の朱乃がこの様な表情をするのかと言えば、彼女はずっと探していたのだ。

 

 

 

十年前のあの日の様に、『大気に破壊の地割れを刻む男』を、十年前のあの日からずっと。

 

 

 

この話に関しては彼女の出生が関係してくるので割合するが、朱乃は十年越しに自分の探し求めていた男に会えた事で、身体から沸き上がる歓喜に打ち震えていた。

しかしそんな朱乃の視線に気付いていないのか、元次はタバコを咥えたままにある少女の前に腰を降ろす。

 

「……ah……genji」

 

「おいおい。何て面してんだよ、アーシア……初めに言っただろーが」

 

この事件に立ち会う切っ掛けとなった少女、アーシア・アルジェントの泣きそうな顔を見て、元次は苦笑しながらポンと頭を一撫でする。

日本語が通じていない事を忘れたのか、元次はそのままアーシアに対して目を見ながら口を開いた。

 

「俺は何があっても、ダチを守るってよ?……これでも、ちったあ強いんだぜ?」

 

「……ッ!!(コクコク)」

 

「あー、だから泣くなってのに……ったくよぉ」

 

言葉が通じなくとも、アーシアには伝わったのだろう……自分を心配してくれる、元次の暖かな心が。

自分に対して向けられる優しい笑顔に安心したのか、アーシアは涙腺を緩ませて涙を流す。

そんなアーシアに苦笑を浮かべながら、元次は彼女の頭に乗せた手で、安心させる様に撫でる。

一頻り泣いて気持ちを幾分か吐き出せたのか、アーシアは嗚咽しながらも目から流れる涙を止めた。

そんなアーシアを見て「良し」と一声漏らした元次は立ち上がって紫煙を吐きながら、呆然とするリアス達に目を向ける。

 

 

 

「まぁ、一先ず今日は用事がありますんで……明日にでも話ましょうや?そっちも話したい事があるんでしょうし?」

 

 

 

こうして、一先ずの邂逅を得た悪魔と人間。

 

 

 

この出会いは世界に何をもたらすのか?

 

 

 

――それは、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

ハイスクールD×D 海の王者の末裔。

 

 

 

 

 

 

これは、鍋島元次の生まれた世界がISでは無かったらというIFの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍋島元次 ステータス。

 

 

 

破壊力、防御力――EX

 

最早人間の域を軽くぶっ千切った天然チートな肉体。

そのスペックの高さは「1割の出力で防御結界諸共、悪魔や堕天使などの人外をブチのめせる」程に高い。

現在までの間で元次に素のスペックで勝てるのはただ『1人』だけである。

 

特殊能力――『地震を起こせる程度の能力』

 

鍋島元次の家系である鍋島家は、代々『海の王者の末裔』として、この能力を会得している。

地震を起こすだけでは無く、その衝撃を直接撃ち込む事も可能。

震度は1~自由に操る事が可能な、正に『世界を滅ぼす力』である。

元々は祖先である大海賊白ひげ、『エドワード・ニューゲート』が口にした悪魔の実・超人系『グラグラの実』の能力。

しかし何故かこの一族の男子のみに、このグラグラの実の力は受け継がれてきた。

 

神器――むら雲切

 

元次の身の丈を遥かに超える3m超の分厚い薙刀。

その長大にして超重量を誇る一撃は海すら割る。

神器にしては珍しく特殊能力の一切無い物だが、その強度は神格の域を超えている。

有り得ないほど頑丈で絶対に刃こぼれせず曲がらず、折れず。

その世界最強クラスの『丈夫さ』こそが唯一絶対の強みである。

また、この武器に地震の力を付与させる事で超振動を起こす高周波ブレードと化す。

衝撃だけで無く斬撃の形の衝撃を飛ばす事すら可能。

 

特殊能力――武装色の覇気

 

全世界の全ての人間に潜在する「意志の力」を己の身体に具象化した現象を指す。

「気配」「気合」「威圧」などの感覚と同じである。

習得は非常に困難であるが、元次はとある事情からこの覇気を会得している。

この武装色の覇気は普通は物理攻撃が効かない筈の悪霊や不死の化け物の『存在自体』にダメージを与えられる。

故にこの覇気の前では特異体質等のアドバンテージが一切無効化されるという、正に『異常殺し』の力。

 

特殊能力その2――覇王色の覇気

 

数百万人に一人しか身につけることができない、特殊な覇気。

発動すると、周囲の精神力が弱い者を気絶させることができる。

この力で倒せるのは、圧倒的な実力差があり、戦うまでもないほど弱い相手である。

しかしまだ元次の中に眠る力であり、不安定で使う事が出来ない。

それは元次が生まれながらの強者であり、窮地による覚醒を促すという事が出来なかったからだ。

よって元次が使える威圧は、生まれながらにして持つ獣の様な凶暴性を叩きつけるという荒業しかない。

しかしこの威圧であっても大抵の相手を呼吸困難に陥れる事が可能。

 

 




詳細な能力を書いたのは、この番外が読み切りだからです(多分)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF物語~世界感チェンジ~前編(真剣で私に恋しなさい)

はーい。まずは注意事項になりまっす。

前書きに書くのもおかしいけど後書きはきちんと読んで下さい。

主人公が最強過ぎて引きます。


パワーインフレ?とかの細かい事は気にしちゃイヤン♡


だってこれ、短編みたいなものですからwww


もしも鍋島元次の生まれた世界がISじゃなかったら?

 

 

その第二弾~~~。

 

 

 

 

…………ヒロインを選んで下さい。

 

 

 

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????  

 

    

 

 →?????

 

 

 

 

 

――○○ルートが選択されました。

 

 

 

 

 

神奈川県関東の南に位置する政令指定都市。

 

 

 

人口は全国第9位。市の北端には多馬川が流れ東京都との境となっており、東部には東京湾が広がっている。

江戸時代から栄えていた歴史ある街で武士の屋敷も多く、馬が多い事から川に多馬の名前がついた。

古くからの閑静な住宅地が多いが、ここ数十年で川神の駅前付近は東京との近さから一気に近代化の熱に覆われる。

その近代開発によって若者の街と言われるようになり、駅前周辺は昼夜を問わず人が多い。

駅から離れた多馬川沿いの低地は、のどかな田園風景が広がるが東京湾岸に広がる埋立地は大規模な重工業地帯となっているなど多様な面を見せる。

 

 

 

――名を『川神市』と言うこの街。

 

 

 

「はっはっは……ッ!!さぁ、私と心ゆくまで戦おうじゃないか!!」

 

「……はぁ」

 

その街の多馬川の上を通る多馬大橋、通称『変態の橋』とも呼ばれる橋の下で、一組の男女が向かい合っていた。

向かい合うと一口に言っても、逢瀬や逢引といった胸にキュンとくる甘酸っぱい雰囲気など欠片も無い。

2メートル程の間隔を空けた間合いで睨み合う二人は、さながら武術の立会いの如き雰囲気に包まれている。

特にこの場で巨大な闘気を発しているのは、獣の様にギラついた瞳を細めて不遜に笑う、黒髪の美女だ。

均整の取れたボディラインでありながら、男なら涎垂ものの自己主張が激しい女の身体。

およそ武術をしている人間とは思えない魅惑的な身体をした美少女だが、それはこの少女には適応されない。

 

彼女を語る上で必ず出てくる言葉が「 強すぎる 」ということだ。

 

その拳は天を割り、蹴りは海を裂く、とまで言われる。

 

実家は世界中の格闘家から畏敬の念を籠めて崇められ、日本が誇る武術の総本山と呼ばれる『川神院』。

 

お飾りや親の七光り等では無く、堂々実力で次期総代と呼ばれてもいる。

 

彼女が一度ビームを放てばその光線は宇宙空間にまで達し、その異常現象を観測したNASAは後日「なんだMOMOYOか」と発言。

 

 

 

最早すべてのスペックが人類を逸脱。

 

 

 

他を寄せ付けない余りの圧倒的な強さ故に、彼女はこう呼ばれていた。

 

 

 

 

曰く、武の神――『武神』――。

 

 

 

世界最強の武神、川神百代、と。

 

 

 

 

その武神がこうまで意気揚々と戦意を滾らせているのは、目の前の男が放つ威圧感が故である。

身長は2メートルに近く、身体の線は最早人間のそれを大きく超えた規格外の筋肉に覆われた野性味溢れる体駆。

もう視線で人を殺せるんじゃないかと思える鋭い瞳。

そして何より目立つのは――左の口元から頬に至るまで刻まれた、長く太い裂傷。

それを無理矢理糸で縫合した事で生まれた、唇から続く長い傷跡を刻んだヤクザ顔負けの強面フェイス。

初対面なら気絶して泡すら吹くであろう強面な男の名は『鍋島元次』という。

幼い頃に関西の方へ引っ越した元次は高校入学を機に、転校生という形で川神の地へと舞い戻った。

そして今日がその初登校であり、また自分の顔を怖がられてハブられるんだろうなと、微妙に憂鬱気味な朝だった。

そんな思いを抱えて若干落ち込みながらの登校中、目の前の武神に声を掛けられたのが運の尽き。

 

「……いきなり戦え、なんて言われても困るんスけど?えーっと……川神先輩?」

 

「良いじゃないか。お前の放つ威圧感が、私の戦闘本能を刺激して仕方無いんだよ。お前も武闘家なら逃げるなんて事はしないだろう?」

 

「……はぁ」

 

この土手の下に連れて来られてから、戦えという願いを却下するも、百代はその言葉を受け入れない。

自分勝手な女だな、と元次は密かに苛つきを感じていた。

そして元次は、もう一つ別の苛つきの原因に目を向ける。

観客は彼女の仲間であろう7人の男女のみで、凡そ普通なら目を合わせたくもないであろう男に百代が喧嘩を売っている場面に立ち会っている。

普通なら必死に元次へと突っ掛かるのを止めている所であろうが……。

 

「あーぁ。モモ先輩完全に殺る気じゃね?」

 

「仕方無いよキャップ。ガクトよりも強そうな男って、ウチの学園にはそうそう居ないんだし。それ以上かもって思える男を見つけたら、こうなっちゃうって」

 

「まっ。男子連中なら、俺様のパワーが一番だって自負はあるけどよ……それでもモモ先輩に比べたら、俺様でも全然歯が立たねえってのに……あいつ、可哀想になぁ」

 

「姉さーーん!!ちゃんと手加減してあげなよーー!!」

 

男子連中に至っては、苦笑しながらそんな事を言うだけで止めようとすらしない有り様だ。

女子はどうも男子以上に武の力があるらしく、百代と同じで元次がどれぐらい強いのか興味津々といった具合である。

 

「っつか、俺は武術家じゃ無えっすよ?武術も習ってないトーシロに、武神なんて言われてる人が戦いを挑むってどうなんスか?」

 

この場に於いて自分を助けてくれる人間が居ないと理解した元次は、怒る気持ちを何とか抑えて百代に言葉を説く。

元次からすれば、初登校の日にこんな事をしてる場合では無いという事情があった。

この川神の地に戻ったのは、自分の大事な人に会う為。それだけなのである。

自分の顔にこの裂傷を刻んだ原因の事件……その事件の渦中に居た少女が元気にしているのか?

只それだけが知りたくて……たった一目、見たくて。

その為にこの地へと訪れた元次の行く手を阻まれ、元次は怒りをドンドンと増幅させてしまう。

そんな元次の心境を悟ってか知らずか、百代の方が先に我慢の限界に至った。

 

「何、安心しろ。これは試合じゃない……これは――」

 

「ッ!!」

 

「只の!!先輩と後輩のじゃれあいだ!!川神流、無双正拳突き!!」

 

言葉を発しながら、百代は常人の理解を超えたスピードで踏み込み、元次の眼前に現れる。

突然の行動に驚いて目を見開いた元次に、百代は獰猛な笑みを浮かべて、言葉と共に拳を放った。

一瞬で膨大な数の突きを見舞う、某白金の星と同じ様なオラオララッシュ。

この無数の打撃を、ポケットに両手を入れて突っ立っていただけの元次に躱せる筈も無く、元次はその連打をモロに浴びてしまう。

痛々しい等という表現すら生温い、正に鉄を殴った様な轟音が、元次の体中から鳴り響く。

この光景を見て、彼女の仲間である風間ファミリーの男子の面々は驚きに目を見開いてしまう。

何時もはどんな対戦相手でも……百代は自分と同じ人外の領域に達した『壁越え』の相手でも無い限り、初見でこんな大技を使った事が無い。

それを、今日転校してきたばかりだという後輩に向けて遠慮無く使うなんて。

サッと男子達の顔から血の気が引いていく。

これは、対戦相手の男子が死んだんじゃないかという思いでいたのだが……。

 

「……」

 

「……ク、ハハハ……ッ!!一体どんな躰の構造をしてるんだ?全く私の攻撃が効いていない上に、まさか――」

 

しかし、風間ファミリーの面々の目の前に広がる光景は、想像とは決して相容れない光景だった。

信じられない事に、元次は百代の拳を受けても微動だにせず、その場に突っ立っている。

それどころか、心底面白いという表情を浮かべた百代が手を見える様に翳し――。

 

「殴った私の手が、こんな風になるなんて思わなかったぞ?こんな事、初めての経験だ……痛くて仕方ないじゃないか」

 

「んなぁ!?」

 

「う、嘘?……モモ先輩の手が……」

 

その美しい手の拳が裂けて血が滴り落ちてる光景に、絶句してしまう。

しかも手首の向きもあらぬ方向を向いてしまってる事から、骨が折れてる。

そんな光景を、風間ファミリーのメンバー達は一度として見た事が無かった。

呆然とする彼等を他所に、元次は溜息を吐きながら首を左右に傾けて骨を鳴らす。

 

「(ゴキッゴキッ)……そんな手じゃもう無理でしょ?もう止めましょうや?……これ以上はしゃぐってんなら、俺も……笑ってられなくなっちまうんで」

 

暗に、これ以上戦るなら自分も黙ってはいないという言葉を伝えながら、元次は目を細める。

何より拳の骨が折れてる女を相手に暴れたくないというのが元次の偽らざる本音なのだが……元次の言葉に対して、百代は増々笑みを深める。

 

「んん?手がどうしたって?」

 

「……」

 

元次の停戦の言葉に対し、百代は挑発でもって応える。

更に彼女の折れていた筈の骨や、裂けていた筈の皮膚が百代の言葉と共に回復していく。

普通何ヶ月と掛かる筈の怪我が一瞬にして治るという、この異常な現象。

これこそ、川神百代を武神たらしめている最大の要因といっても過言ではない技、『瞬間回復』である。

瞬間回復とは文字通り、自身が負ったダメージを一瞬にして回復することが出来る荒業だ。

かなりのダメージでも瞬時に回復が可能で、百代自身の気がある限り回復し続けることが可能。

百代自体はこの技が無くとも充分に強いが、この技があるが故に、技の攻防が荒くなってしまってるという弊害も生まれている。

百代は1回の戦闘で30回くらいは使用できるが、 エネルギーの消耗自体は激しいので並の達人では1回使っただけでもヘトヘトになってしまう程の絶技ともいえる。

 

「こんなにワクワクするのは揚羽さんと戦った時でもそう無かった、初めてなんだ。なぁ、もうちょっと付き合ってくれよ。美少女からのお願いだぞ~」

 

「……ーシに……」

 

「ん?」

 

自らの全てを存分にぶつけられるかもしれない未知の強敵を前に、百代のテンションは荒ぶっていた。

もう家庭の事情等で武術の道から遠のき始めている嘗てのライバルの1人、九鬼揚羽と戦った時以来の昂ぶり。

……それが、元次の心中に気付けなかった最大の原因なのかもしれない。

小さく聞こえた呟きに冷静さを少し取り戻した百代は目の前に立つ元次に目を向け――。

 

 

 

「――チョーシにノッてんじゃあねぇぞぉおおおおおおッ!!!!!」

 

『――GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

背後にまるで『鬼』の様な巨大な存在を幻視させる、怒りに燃える元次の姿を見たのだった。

全身が緑色の肌をしていて牙の生えた口を大きく開き、黄色い傷跡が幾重にも奔るその存在は、まるで筋張ったメロンにも見える。

しかしその巨大な体躯に比例した威圧感は、まるで此方の躰を押し潰そうとしている様だ。

赤く光る丸い目に睨まれる事で背筋を昇るゾクゾクとした悪寒が氷の様な冷たさを感じさせ、躰の動きを奪っていく。

それは、紛れも無い『恐怖』……生物が原初から持ちうる、消える事の無い感覚だ。

その恐怖という感情は百代では無く、観戦していた風間ファミリーのメンバーに著者に現れた。

 

「な、なんだよ、あれ?……」

 

「ひ、ひ……」

 

「こ、こんな……足が竦んで……立て、ない」

 

「……ッ!!」

 

男子のメンバーは腰を抜かして怯えた表情を浮かべながら、目の前の化け物を見てガタガタと震える。

一方で男子達よりも強い女子のメンバーは男達程ではないが、地面に膝を付いて立ち上がれない者と、そうでない者に分かれていた。

この風間ファミリーのメンバーに於いて、百代以外に壁越えの実力を持つ少女、黛由紀江。

彼女だけは、鞘に収めていた日本刀を抜き放ち、強い眼差しで元次を見据えている。

怒りのままに百代を見据えていた元次だが、そんな死屍累々とも言える風間ファミリーの状況を見て、舌打ちを一つ零す。

 

「……ちっ」

 

その舌打ちと共に、元次の背後に佇んでいた化け物の姿が消え、場を支配していた重圧が消え去る。

同時にファミリーのメンバーの躰も正常を取り戻し、皆大きく息を吐いた。

 

「ッ!?はぁ、はぁ……ッ!?」

 

「ッ!?お前ら大丈夫か!?」

 

「はぁ、はぁ。ね、姉さん……今のは、一体――」

 

「……何故、『威嚇』を止めたんですか?」

 

「あ?止めるに決まってんだろ。そこの武神さんやお前さんはあの程度の威嚇じゃビビんねぇし、かといってあれ以上やったら後ろの人達が耐えらんねえ」

 

「……い、威嚇?」

 

地べたに倒れる自分達に駆け寄って、気付けの気を送り込んでくれる姉貴分に感謝しながら、風間ファミリーの軍師である直江大和が疑問を零す。

やがて、ファミリー全員の気を落ち着けた百代は再び元次の前に立ち、未だに真剣を構えたままだった由紀江が大和の疑問に答えた。

 

「パントマイムとかのものまねの芸と同じです。一流のパフォーマーは重みの無い物を持つ様な演技で、観客に存在しない筈の『物』を錯覚させますよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「私達が見たのは、それと同じです」

 

由紀江の質問返しに対して、大和はファミリー全員を代表して相槌を打つ。

無い筈の物を連想させる……つまりは錯覚や幻視の種。

それこそが、今の化け物の正体なのだと、由紀江は大和に伝えた。

 

「つまり、さっきの化物は私達の『想像』そのものなんです。あの人の圧倒的な威圧のクオリティーの高さにあの化物を連想させられ、それがダイレクトに伝わって来たイメージが、あの化け物の正体なんです」

 

その真実に、大和達は再び絶句してしまう。

今自分達が見た化け物は、元次の放つ威圧感で想像させられたイメージなのだという事に。

あの圧倒的な質量や聞こえてきた唸り声に至るまで、全てが元次の放つプレッシャーによって自分で描いてしまった妄想の産物だ等と、とんでもない事だと誰もが分かる。

それだけの事を、目の前の男は呼吸をするかの如く平然とやってのけたのだと。

 

「まさか、殺気だけであんな化け物を見せられるとはな……そんな奴、ジジイ以外で初めてだ」

 

「そうっすか……で?まだ戦るってんで?」

 

「……大和、お前達は先に行け。こいつの威嚇が届かない場所まで、な」

 

「ッ!?あ、あぁ。わかったよ姉さん」

 

「さて、これで心置き無くやれるだろ?もう胸が疼いて仕方が無いんだ……恥ずかしいけど、私の気持ち、受け取ってにゃん♪」

 

「気持ち、っつか拳じゃねえか……面倒くせぇ女だな」

 

「そんにゃ。ひどいにゃん♪」

 

「そこまで!!」

 

そして、再び始まろうかという場面で、1人の老人が姿を現す。

長い口ひげを蓄えた小柄な老人は厳格にして体格からは想像も出来ない程に鋭い声で、この場に割って入ってきたのだ。

 

「そこまでじゃ。この決闘、川神院総代の儂、川神鉄心が預かる」

 

「な!?おいジジイ!!そりゃないだろ、空気読めよー!!」

 

「下がらんかモモ!!お主、また派手にやりおって!!お主こそ少しは次期総代として自覚を持たんかぁ!!」

 

「仕方無いだろ!!男でここまで強そうな奴が普通に歩いてるんだぞ!?最近フラストレーション溜まってたから我慢出来なかったんだよ!!」

 

「お主はもう少し我慢を覚えんかい!!精神鍛錬をキチンとせんからじゃ!!」

 

普通に老人とその孫娘の会話にしか聞こえないが、この間に何百発という拳や蹴りの応酬が行われている。

超人家族の話し合いと家族喧嘩はこれがデフォルトなのだ。

そんな感じでブッ飛んだコミュニケーションが行われる光景を見て、元次は重い溜息を深々と吐く。

自身の記憶の引き出しを引けば、川神鉄心という老人は自分がこれから世話になる川神学園の学園長の名前だったな、と。

もう色々とバカらしくなってきた元次は、未だ衝撃波を生みながら拳をぶつけている二人を放置して、学園に向かった。

転校先、早まったか?と心の中で嘆きながら。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

それから少しして、元次は川神学園の学園長室で先ほどの老人と向き合っていた。

 

「いやはや、今朝はウチの孫が失礼を働いたのう。すまんかった」

 

「はぁ……」

 

「話によれば、あ奴は問答無用でお主に襲い掛かったそうじゃな?孫の鍛錬不足で迷惑をかけたわい」

 

「いや、まぁそれはもう良いんスけど……」

 

話ながらも今朝の事を謝罪してくる鉄心の姿に、元次は困った表情を浮かべる。

何せ、自分の入るクラス云々以前に、こうやって百代の話を切り出してきたのだから。

 

「とりあえず、俺はもうあの人と戦うのはゴメンなんで、そこだけ注意してもらえれば良いッス」

 

「ふむ……やはり、戦ってやってはくれんか?お主の叔父であるナベ……鍋島からも、甥っ子は武術をやる気が無いとは聞いておったが、百代はあの年で既に対等に戦える同年代の者がおらんのじゃ。それ故に、お主に襲い掛かったんじゃろう……お主があ奴と戦ってくれれば、良いガス抜きになると思うんじゃが……」

 

「……力と戦いに魅入られてる、か」

 

鉄心の話を聞いて、元次は頭を抱えてしまう。

簡単に言えば自分と対等に戦える者が居ないという、孤独感からくる暴走。

それが百代のあの獣染みた笑みの正体なのだと理解して、増々困った表情になっていた。

下手をすると、また何れ今回の様に問答無用で襲い掛かってくるかもしれない。

しかももっと困った事が一つ。

 

「……あのままじゃあの人、何時かマジに……」

 

「皆まで言わんでくれ。判っておる……判っておるんじゃ……孫にその様な修羅の道を歩んで欲しくは無いわい」

 

元次の言葉を遮って、沈んだ面持ちで言葉を紡ぐ鉄心。

その姿は先ほどまで孫を叱りつけていた時の武術家の顔では無く、憔悴した老人の顔だ。

元次が百代の拳に感じたモノ……それは、どこまでも深い飢餓感に近いモノだった。

まるで飢え、やせ細った獣の様に喰らう事だけを考える様な感情。

あのまま放置すれば、何れは手加減する事を煩わしく思い……人を殺めかねない。

自分の体に直に拳を受けた元次だからこそ、分かる事だった。

 

「今はモモの周りに、あの子等がおる。そのお蔭で少しは気が紛れておる様じゃが……もしもの時は、あ奴の力を封じねばならん」

 

「……」

 

「じゃが、武道家としての道に生きがいを見出しておるモモから、その道を奪うのは本望ではない……実力があろうとも、儂の様な年寄りでは駄目なんじゃ……同じ世代で無いと、の……」

 

武道家として、そして家族として真摯に百代の心配をする鉄心の姿。

そして何より、聞こえてくる数々の『正直な音』に元次の心は少しづつ動かされた。

家族を心配する、この世の何よりも素晴らしい愛情の音が、元次が何よりも大切にする音だった。

 

「……分かりました。正確にゃ言えませんが、今年中にあの人と戦ってみようと思います」

 

だからこそ、元次は鉄心の頼みに首を縦に振った。

その言葉に弾ける様に顔を上げた鉄心に苦笑しながら、少しでも力になろうと誓う。

何より自分の叔父である鍋島からも、川神に向かう際に頼まれていた事でもあった。

出来る限り、師匠の力になって欲しいと。

自分の叔父が若い頃から武道の師匠としてお世話になっていた人の頼みを無碍にするのも、叔父の顔を潰してしまうと思ったからこそだが。

 

「叔父貴も鉄心先生にゃお世話ンなったそうですし……覚えてらっしゃらねぇかも知れませんが、俺ぁ昔、鉄心先生にデカイ借りを借り受けた身分。それをここらで少しでも返しておきますよ」

 

「……ほっほ、そうか。そりゃ、良い事してきて良かったわい」

 

 

 

――そして、無事に転校を終えた元次に、更なるドタバタが振りかかる。

 

 

 

「ふふーん。このプレミアムな私が、顔だけのハッタリ男のあんたをプッレーミアムに倒してあげ――」

 

「そら」

 

「(バッヂィイイイン!!)へぶらっぷ!?」

 

 

 

同学年の体操服を常時着用しているバカっぽい少女との決闘(小指デコピン一発)に始まり――。

 

 

 

「……元、次?」

 

「……小雪……さん?」

 

「――~~~~~ッ!!元次ーーー!!会いたかったよぉーーー!!」

 

「ぬほぁ!?こ、ここここ小雪さん!?」

 

幼い頃に別れてしまった、大切な少女との再会。

アルビノ特有の白く美しい髪を翻しながら、赤い瞳の少女は想い人との再会に涙を流す。

一方で肝心の元次はというと、年月を経て女らしく成長した小雪が抱きついてきた事に赤面してしまう。

 

「会いたかった!!ずっと会いたかったよ!!ずっーーーっと待ってたんだもん!!」

 

躰は女らしく成長していても、その邪気の無い子供の様な笑顔は変わっていない。

最後に会った時の小雪の笑顔を思い出した元次は、笑顔を浮かべて小雪の頭を優しく撫でる。

 

「……お久しぶりです……お元気そうで何よりですよ。小雪さん」

 

「……むーー」

 

しかし、先ほどまで頭を撫でられて嬉しそうに元次の胸元に顔を摺り寄せていた小雪は、突然唸り始めた。

胸元から顔を離した小雪の膨れた頬とハの字を描いた眉を見て、元次は首を傾げてしまう。

自分の対応に、何か間違いがあったか?と自問自答するも、特に間違った事はしていないと思っている。

そんな元次の反応が気に喰わないのか、小雪は増々頬を膨らませていく。

 

「固いー!!何か喋り方が固いのだ!!昔はそんな固く無かったよ!!なんでそんなに他人ギョーギなのさー」

 

「い、いやそれは。俺の方が年下だって分かりましたし、一応のけじめとしてですね……」

 

「そんなのいらないもーん。僕は普通に喋って欲しいのだ」

 

「む、むぅ……」

 

「ねぇ~?……駄目なの~?(うるうる)」

 

自分の胸板に横顔を乗せながら、指でのの字を書く小雪が見上げてくる姿。

その姿に胸がキュンと締め付けられ、元次の鼓動が跳ね上がる。

 

「わ、わあったよ……これで良いか?小雪」

 

「にへへ~~♪うんうん♪これでいいのだー♪」

 

「おやおや。もしかして彼が、ユキが良く話していたあの時の……」

 

「そーだよー♪僕のたった1人の王子様なんだ~♪」

 

「んな!?」

 

「おーおー、ユキがあんなに甘えるとはな……こりゃ間違いねぇだろ」

 

「お、お二人は……確か、あの時の……」

 

子猫が甘える様に顔をスリスリさせつつ、とんでもない爆弾発言を落とす小雪に驚く元次。

そんな二人の元に現れたのは、微笑みを浮かべた知的さを漂わせるイケメンと、スキンヘッドの男だ。

顔が赤くなるのを必死で耐えながら声のした方に目を向けると、そこには元次の見覚えのある二人の姿があったのだ。

自分の顔にこの傷が出来た時に出会った二人の少年。

その二人は笑顔を浮かべながら、元次にこれでもかと甘える小雪に優しい眼差しを向けていた。

 

「あの時は自己紹介も出来ませんでしたが、改めて……私は葵 冬馬と言います。あの日から、ユキとは家族同然の付き合いをしています」

 

「同じく、井上準だ。若と一緒で、ユキとは家族みてぇなモンだな」

 

「えへへ♪トーマも準もあの後ずっと僕と一緒に居てくれたんだ♪」

 

「そう、だったんスか……じゃあ……俺も……小雪、ちょっと良いか?」

 

「ほーい」

 

あの時、別れ際に交わした拙い約束。

子供のした単なる口約束を律儀に守ってくれた二人に感謝しつつ、元次もきっちり自己紹介をする為に、一度小雪に離れてもらう。

 

「改めて、お久しぶりです。鍋島元次と申します。先日、この地に舞い戻りました……小雪の事、感謝の言葉もありません」

 

「いえいえ。ユキと家族になれたのは、私達もとても嬉しい事ですから」

 

「それに、俺も若も自分の意志でユキと一緒に居るからな。感謝なんていらねぇよ……その代わり、これからはちゃんとユキの事、守ってやってくれよな?……今までの分も、よ」

 

「……はい……ッ!!小雪を襲う害悪は、一つ残らず捻り潰してみせます……ッ!!」

 

嘗て、己が全てを投げ打ってでも守ろうとした大切な存在。

今まで自分の代わりに守ってきてくれた二人に感謝しつつ、元次は準の言葉に力強く応える。

……それが、葵冬馬と小雪の作戦の一つだとも知らず。

 

(ふふ。これで彼はユキを生涯を賭けて守る、つまり男として責任を取ると公言したも同じです。後はユキに掛かってますよ?)

 

(うん!!ありがとう、トーマ!!……生涯……お嫁さん♪やったぁ♪)

 

万感の思いを持って応える元次の姿を見ながら、小雪は頬を赤く染める。

学園内でも感情豊かで通っている小雪だが、こんな風に恋に恋する乙女の様な笑顔を浮かべたのはこれが初めてである。

遠巻きに3人の様子を見ていた男子生徒はその純真無垢さと色香を含んだ笑みにノックダウンしてしまう。

準に頭を下げる元次の姿を見ながら、小雪は妖艶な色香を浮かべて唇をペロッと一舐めした。

 

(げ~んじ♪……僕、もう子供じゃないんだよ?絶対にゲットしちゃうんだから。覚悟なのだ♡)

 

(鍋島君。長い間ユキを待たせたんですから、責任はちゃんと取らなければなりませんよ?)

 

幼き日に芽生えた感情に少女が気づいたのは、想い人が居なくなってから。

その想いは長い年月で淘汰される処か、小雪の思いという炎を激しく燃え上がらせた。

そして、躰が大人になるに連れて現れた女の欲求は、只1人の男しか欲していない。

突然の再会に驚いたのは一瞬であり、次の瞬間には元次を欲する想いが全てを支配したのである。

その少女の淡い恋心に気付いていた葵冬馬は、自分の家族の願いを叶えるために協力したに過ぎない。

風間ファミリーの軍師である直江大和にも劣らない頭脳と頭の回転の速さを、葵冬馬は家族の為だけにフル回転させる。

それは、元次の包囲網が知らない間に着々と構築されていく始まりなのである。

 

 

 

その他にも、元次は川神学園で過ごす内に、新たな騒動に巻き込まれていく。

 

 

 

「私はマルギッテ・エーベルバッハ。あなたに決闘を申し込みます」

 

「……俺には戦る気も理由も、全く無えんスけど?」

 

「正々堂々と勝負を申し込んでる相手を前にしてその物言い。臆病者と蔑まれる事を知りなさい」

 

「別に何とでも言ってくれて構わね――」

 

「えーい!!(パシン!!)」

 

「おいおいユキ。気持ちは分かるが、これは鍋島が申し込まれた決闘ってそれ鍋島のワッペンやないかーい!!」

 

「」

 

「おやおや。これは果たして受諾されるのでしょうか?」

 

「よろしい!!儂が許可する!!」

 

「ジジイてめぇ!?今の絶対見てただろ!?」

 

「知らんもーん。ワシにはお主がワッペンを投げた様にしか見えんかったもーん」

 

「こ、この……ッ!!可愛い子ぶってるのが余計腹立つ……ッ!!」

 

 

 

――なんて感じに決闘に駆り出されたり。

 

 

 

「……貴様、ふざけているのか!!」

 

「あぁん?」

 

「さっきから片腕だけで私の攻撃を適当に弾くばかり……本気で戦いなさい!!」

 

と、決闘をしたらしたで文句を言われ、頭にきてしまい――。

 

「だったら本気出させてみろや?テメェも本気じゃねぇ癖にキャンキャン吠えやがって、犬っころが……あんまりウルセェと躾ちまうぞ?ワンちゃんよぉ」

 

「ッ!!!……いいでしょう……私を侮辱した事、後悔すると知りなさい!!(スッ)」

 

マルギッテのアダ名を冬馬から聞かされていた元次のささやかな挑発。

それは、自分を優秀だと理解しているマルギッテの怒りを買うには十分な威力だった。

目を血走らせたマルギッテは眼帯を外して、自らに掛けたリミッターを解除する。

己のプライドに唾を吐いた元次に、猟犬の牙の恐ろしさを刻み込む。

最早マルギッテの頭の中には、それしか思い浮かばなかった。

 

「Hasen(野ウサギめ)Jagd(狩ってやる)!!」

 

ズドドドドドドドドドド!!!

 

自らの戒めを解いたマルギッテの本気の速度。

一般人の目から消える程の超速を持ってして、マルギッテは己の必殺技を叩き込む。

愛用のトンファーを使った凄まじいまでの乱打を撃ち出し、相手に反撃の隙間を与えない技。

これで、自分の誇りを侮辱した男を血達磨に――。

 

「うぜぇ」

 

バァアアアン!!!

 

「ぐは!?」

 

一瞬何が起きたのか、マルギッテには理解出来なかった。

一部の隙も与えずに乱撃を繰り出していた筈の自分が、何故地に伏しているのだろうか?

マルギッテはそれすらも理解出来ず、沈みゆく意識の中で、自分に背を向けて歩いて行く元次の姿を見る事しか出来なかった。

目が覚めてから聞いた話では、元次はマルギッテの乱撃を受けながらも平然としていたらしい。

そのまま片手を振り上げて、頭に強烈なはたき落としを食らっただけと聞かされて、マルギッテは格の違いを見せつけられた気がした。

しかしマルギッテはそれで意気消沈する様な事は無く、更に実力を磨いて再び元次に決闘を申し込み、それを小雪が勝手に受けるという場面が展開される。

 

 

 

以後、マルギッテと元次の決闘は最早一種の恒例行事の様に認識されていく事になった。

段々と元次の人となりを理解したマルギッテは、偶に何かに思いを馳せて顔を赤くしている場面を目撃される事にもなる。

尚、この定期的に行われる勝負に、何故自分は出れないのかと荒ぶる武神の姿も目撃されたとか。

それに対して勝ち誇るマルギッテの姿も見うけられている。

 

 

 

――といった感じで、定期的に戦わなければならなくなったり。

 

 

 

「美味!?何だこの唐揚げ、めっちゃ美味ぁ!!」

 

「こっちの卵焼きもフワフワで味が染みてて最高だ!!」

 

「姉さん、こっちのポテトサラダも隠し味の辛子が効いてて最高なんだけど」

 

「ぐまぐま……このミニハンバーグ、油のしつこさが無いのに濃厚な味わいでジューシーだわぁ……」

 

「あ!?モロ!!その肉俺様んだぞ!?普段は肉は油っこくて好きじゃねぇとか言ってるくせしやがって!!」

 

「このベーコンのアスパラ巻きは別格なんだから良いじゃんか!!っていうかガクトさっきから肉取り過ぎだよ!!」

 

「ん~♪マルさん、このほうれん草のお浸しは素朴だけど深い味わいで美味しい……ッ!!」

 

「では、私も一口……ふむ、これはいける……」

 

「……この炙り鮭にハバネロが入ってたら最高なのに……っというわけで自分でかける」

 

「こ、このちくわのしそチーズ巻も程よい酸味とちくわの素朴な味が堪りません……ッ!!」

 

『ゲンチー女子力マジパネェー!!あんた絶対ツラで損してるぜ!!まゆっちのライバル登場かよ……ッ!!』

 

「……おい……あんた等、俺の弁当食い尽くす気っすか?」

 

「「「「「「「「「「ご馳走様でした」」」」」」」」」」

 

『マイウー』

 

「聞け」

 

屋上で冬馬と準、そして小雪を含めた四人で昼食を始めようとした時に、偶々風間ファミリーと遭遇した元次は、今正にその遭遇を後悔していた。

最初は特に邪険にする気も無かったので全員で食べ始めたのだが、百代と大和が元次の弁当に目を付けたのが事の始まりだ。

丁寧に作られたおかずを見て、彼女からか?と人脈を広げる為に大和が質問し、それに対して3人(誰とは言わない)の視線が剣呑になる中で、元次は一言。

 

「作ったのは俺ッスよ」

 

この一言が意外にも程がある、というか飲んでたお茶を噴き出す程の衝撃をこの場の面子に与えた。

見た目どこかの組に居そうで絶対に一人は殺してそうな強面の男が料理をするというのを信じる方が無理があるだろう。

かといって元次の性格的に食事の為に女の子を囲ってる筈も無く、両親は関西に居るという。

意外な男の意外過ぎる家事スキルに脱帽した面々だが、ここで新たな疑問が生じる。

見た目は丁寧だけど、味は?

その暴走によって生み出されたのが、この一つの弁当箱を囲って大人数がおかずを我先に奪っていく光景である。

もはやおかずどころかご飯に至るまで食されているので、もう何も残っていない。

 

「じゃあ、僕のご飯分けてあげる。はい、アーン♪」

 

「「な!?」」

 

「え?い、いやちょっと小雪さん?それ弁当なの?マシュマロしか見えねーんだけど?おやつじゃないの?」

 

「もー何さ?元次は僕の手作りのお弁当なんて、嫌だって言うの?」

 

「そ、そんな訳無え!!……い、いただきます(あれ?結局手作りって何?っつか、どれ?……マシュマロ?)」

 

「おっけー♪はい、アーン♪」

 

 

 

何て嬉しいハプニングもあったりするが――。

 

 

 

「さぁ行くわよ!!この東西交流戦!!S組主席の私、武蔵小杉がプレミアムに活躍して――」

 

『僕も応援するー!!えーっと……あっ、元次見っーけ!!元次ー!!頑張れ頑張れー♪』

 

「……スゥウウゥゥゥ……ッ!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!!!!』

 

「「「「「「「「「「あひん」」」」」」」」」」

 

バタバタバタッ!!

 

「……へ?」

 

「フゥ……ほら、後は大将の首、獲るだけだぜ?」

 

「」

 

『おー♪かっこ良いぞー。元次ー!!後で僕と一緒にマシュマロ食べようねー♪』

 

「……こっ恥ずかしいから……こっちに聞こえてないとはいえ、もう少しボリューム下げてくれ……俺にはしっかり聞こえちまうんだからよ」

 

 

 

西と東の交流戦では、小雪の声援に恥じない様にと荒ぶってしまい、敵生徒を全員威嚇で気絶させたり……。

 

 

 

「お前が鍋島正の甥か……中々面白い面構えをしてるな、赤子よ」

 

「初対面の人間捕まえて赤子たぁ……チョーシにのってんじゃねぇぞ、この腐れ不良ジジイが」

 

「ほう?この俺に対して生意気な口を聞くものだ……画面端に叩きつけてやろうか?」

 

「何が『この俺』だタコ野郎。老人ホームに適応させてやろうか?それとも墓石の予約でもしとくか?あぁゴラ?」

 

『そこの二人やめんかい!!ってかお主等の威嚇の余波で周りの生徒泡吹いとるし!?』

 

 

 

いきなり赤子呼ばわりしてきた不良執事と猛獣も真っ青なメンチの切り合いを演じたり……。

 

 

 

「西から転校してきた松永燕だよん♪同じ元西同士仲良くしましょ、後輩君♪」

 

「心にも無え事を言うもんじゃ無いッスよ、先輩?」

 

「あらら。結構ストレートな物言いだねん?」

 

「アンタがひん曲がり過ぎてるだけだっつの。俺に仲良くしようなんて言っておきながら、アンタの血圧や心拍数、声紋は僅かにブレていた……嘘を付いた人間の反応だぜ?」

 

「……これは、接触の仕方間違えたかも」

 

 

 

明らかに一癖も二癖もありそうな先輩と知り合ってしまったり――。

 

 

 

そして――。

 

 

 

「……」

 

「くぅ~……う、うぅん……元次~……激しいよぉ♡」

 

「………………かぁ!!?」

 

(や、やや、やぁっちまったぁああああああああああ!!!?)

 

勉強を教えてくれると家に来た小雪が、一糸纏わぬ生まれたままの姿でベットインしていて、元次は頭を抱える。

昨夜、風呂上がりにバスタオル一枚という過激な格好で抱き付かれて鼻血を吹いた所までは覚えているが、その先が不明瞭。

確実にナニかをやらかしてしまったと、元次は頭を抱える。

しかし、未来はお先真っ暗なのに自分の腕を枕にして微笑みを浮かべてまどろむ姫の為ならどんとこいと開き直った。

寧ろ好きな女と結ばれて嬉しい気持ちの方が勝っているのだから。

しかし蓋を開ければ明らかにそれどころでは済まない事態に陥っている。

自らが守ると公言した存在を、自らの手で穢してしまった事への激しい罪悪感。

互いに若く、欲望に素直だった。若さ故の過ち。

しかし、そんな言葉で片付く程に生易しい問題ではない。

元次は己の心中で、新たな目標を立てる。

この白い雪の様に儚く、自分にとって何よりも大切な存在である少女と何処までも共にある覚悟を。

 

(……ふふ~ん♪元次、ゲットだぜ~♪もう元次は僕のなのだ♪)

 

……これが計画的犯行であった事に、元次が気付くのは、もう後戻りの出来ない時であろう。

寝たフリをしている小雪だが、実際は何も無かったのである。

元次も少し冷静になればベットが乱れて無いとか血の染みがコレ自分の鼻血とか色々分かる事だったが、生憎元次の心中は既に責任の取り方のみでいっぱいだった。

そして、自分にとっての勝負を掛ける場面だと考えた元次は、色々とプランを考える。

しかしそれを実行する為には、些か自分の手持ちでは心許無い。

万事休すか?と諦めかけた時に、元次はある話を思い出した。

今度の金曜日に行われる、川神市をあげての巨大な武道大会の存在を。

その優勝商品の中に、今自分が何よりも欲している物がある事を。

 

 

 

――元次は迷う事無く、その大会――『若獅子タッグマッチトーナメント』への出場を決定した。

 

 

 

勿論、大会に出る事は小雪に話してあるが、目当ての商品の事は話していない。

だが小雪からしてみれば、そのタッグマッチに自分をパートナーとして最初に誘ってくれた事が嬉しくてそれ以外の事はどうでも良かったのだ。

逆に元次はあの夜にナニがあったかを語らない上に追求も糾弾もしてこない小雪に首を傾げていたが。

 

 

 

かくして、ここに武道家達の伝説に登るチーム、『B&B(バニー&ビースト)』が結成された。

 

 

 

 

 

そして、予選をサクッとクリア(パンチorキック一発)した、本選当日の七浜スタジアム。

 

 

 

 

 

中央のリングを囲む様に四方にマスタークラスの達人達が見守る中、試合前の選手紹介が始まる。

司会者である田尻耕の紹介の元、遂に元次と小雪の出番が回ってきた。

 

『圧倒的なパワー!!そして他者を翻弄するトリッキーな足技!!このコラボに酔いしれろ!!鍋島元次と榊原小雪の『B&B』だぁ!!』

 

「僕達のアツ~イ戦いは、これからだーー!!」

 

「(目的の為にも)まっ……今回は負ける訳にゃいかねえ事情があるし……一暴れさせてもらうぜ?」

 

ニヤリと、今までに無い程に凶暴な笑みを浮かべる元次の姿に、選手達は一様に緊張する。

これまで本気で戦った事の無い男がここまで戦意を剥き出しているのだ。

ただそれだけで、選手達の雰囲気は緊張に包まれていく。

……尚、この元次の笑みを見て盛大な勘違いをしてしまう少女が1人居た。

 

(ッ!?……本気で戦ってくれるのか!?あぁ、待ち焦がれたぞ!!散々こんな美少女を焦らしてきたんだ!!たっぷりと楽しもう!!)

 

言わずと知れた戦う事が大好きな武神、川神百代その人である。

実は彼女、元次が転入してきたあの日から何度か交流は持っているのだが、その中で一つの事実に気付いた。

例えば、一緒に居る小雪を見て少しムッとしたり、元次とよく戦っているマルギッテの勝ち誇った顔を見て殺意が湧いたりと。

……あれ?私、あの二人に嫉妬してね?

っていうか暇があったら元次の事を目で追ってるよな?これって恋じゃね?

と、何時の間にか川神百代は鍋島元次に淡い恋心を持ってしまっていたのだ。

学校で嫌々ながらも、自分が道を踏み外さない様に気を使っていてくれた事を、百代は知っている。

孤独な最強という立ち位置に居た自分の事を理解してくれる人間。

しかも今まで現れなかった『強い男』という部分に、百代の女の部分が反応してしまうのは仕方の無い事であった。

そんな風に自分の想っている男が、優勝した者には川神百代と対戦出来るという大会の中で何時もよりやる気を出している。

これで勘違いしない女の方が珍しいくらいだ。

故に、百代は強者との欲求を満たせる戦いよりも、惚れた男と戦えるという事で頭がいっぱいになってしまう。

 

 

 

……この勘違いが後にとんでもない事態を引き起こすのだが、それは今は割合する。

 

 

 

そして、開幕したトーナメント本選。

元次達の当たった試合の内容は、中々に酷いモノだった。

 

「童貞が持つ未知なるパワぐはぁ!?」

 

「早!?」

 

『決まったー!!これは速い!!開始直後に背後に回り込んだ鉢屋選手を、小雪選手の見事なハイキックが仕留めたぁ!!』

 

「ウェーイ♪やったよ元次♪」

 

「あぁ。さすがだな、小雪」

 

「えっへへー♪褒められたー♪」

 

開始直後に秒殺で仕留められたり――。

 

「へへっ。いっぺんハッキリさせとこうじゃねぇか!!川神学園一のタフガイは誰なのかを!!喰らえ、不沈艦ラリアットォ!!」

 

ドゴォ!!

 

「……」

 

「……あ、あれ?」

 

「……これで終わりっすね?」

 

「あっ、ちょっと待っベゴぉ!?」

 

「島津ーーーー!?」

 

『飛んだー!!加速を乗せた島津選手のラリアットを物ともせず、返しのビンタ一発で場外へ吹き飛ばしたぁ!!鍋島選手!!正に圧倒的なパワーだ!!』

 

返す刀で沈められたり――。

 

「小雪はかなり速いし足技が凄く厄介だから、狙いは……」

 

「ん……あのおっきな子だけ狙いでいく……ッ!!」

 

「へぇ?……まぁ、小雪を狙われるよりマシか」

 

「はぁあああああああ!!」

 

「……そぉい!!」

 

「……ッ!?」

 

『おぉーっとぉ!!弁慶選手と板垣選手のラリアットが直撃!!鍋島選手が今大会初!!遂によろめいたぁ!!』

 

二回戦で戦った400万パワーズを遥かに超えたパワーコンビのデス・ミッショネルズ。

歴史に残る偉人のクローンで怪力を誇る武蔵坊弁慶。

センスと潜在能力は磨けば武道四天王にすらランクイン出来る程で、百代に匹敵する腕力を有す板垣辰子。

パワーだけなら既に百代クラスの二人が繰り出した挟み撃ちのラリアットをモロに喰らう元次。

 

『アレを避ける動作すらとらんとは……あの男は自分の耐久力を過剰評価しているのか?』

 

『どうかな。アイツはとんでもないタフガイだが、弁慶と辰子ちゃんの本気のダブルラリアットはさすがの私でもモロに食らいたくないぞ?』

 

実況とは違う特別解説員として抜擢された百代と、予選で惜しくも敗退した西方十勇士の総大将、石田三郎が揃って呆れた声を出す。

百代はそうでも無いが、石田はこれで元次は敗退したと思うほどの攻撃だった。

まるで自動車が猛スピードで衝突したと思わせる程の轟音と、首を挟み込む一撃。

人間である以上、あの一撃には耐えられないと考えるのが普通だ。

現に予選でデス・ミッショネルズと当たった石田はその一撃で地に伏した程である。

……しかし現実は、百代の予想した通りだった。

 

「……良い腕力だ」

 

「「ッ!?」」

 

地面に向かって倒れる筈だった元次は、周囲の予想を超えて真っ直ぐに立っていた。

しかも口元を吊り上げて笑みを浮かべながら、ラリアットで当てられた二人の腕を掴んでいる。

まだピンピンしている元次に驚愕する二人だが、直ぐに意識を切り換えて離れようとする。

しかし、元次に掴まれている腕が全く動かないのだ。

 

「ぐ……!?なんて馬鹿力してるのさ……!?」

 

「う~!!うぁあああああああ!!」

 

『圧倒的な腕力で両選手を掴む鍋島選手に、二人の猛打撃の嵐が襲い掛かる!!』

 

自力で腕を解放するのは無理と本能で悟ったのか、辰子は捕まれていない腕や足で元次の体中を攻撃し始めた。

相方の弁慶も杓丈を振るって猛攻撃を仕掛けるが――。

 

「……そらよ!!」

 

ドゴオォオオオ!!

 

「が!?」

 

「あぐぅ!?」

 

その全てを、元次は只の一撃で無に返してしまう。

腕を掴んだままの状態で二人を振り回し、拍手する様に手を振るった。

ただし、当たるのは元次の手の平同士では無く、掴まれている弁慶と辰子の頭同士なのだが。

 

――そうして順調に試合を勝ち進んでいく元次と小雪。

 

遂に決勝戦まで歩を進めた二人の前に立ちはだかったのは、武の大会で異色を放つ知性チーム。

風間ファミリーの軍士たる直江大和と、あの謎の武道家である松永燕であった。

ここまでの知性チームの戦い方は、攻撃役を請け負う燕と、ひたすら逃げに徹する大和というパターン一択のみ。

大和自身に武の力が無い事は明白であり、狙うなら間違い無い穴場でもある。

しかしそれを念頭に理解している燕が、餌に掛かるのを待って一撃で仕留めるというパターンもあった。

現に大和は只狩られるだけの餌では無く、普段から百代に絡まれて鍛えられた回避力を遺憾無く発揮していた。

 

「んー……どうするの?やっぱり大和を狙っていく?」

 

「いや……松永先輩のスピードだと、多分直ぐに止められるか邪魔されちまう。少なくとも『今の俺じゃ』どうしようも無いだろうな」

 

勿論、サシで当たれば負ける気はしねぇけど。と締め括って元次は椅子にどっかと座り直す。

目先の餌に拘って狩人に狩られると面倒な事になると、元次は直感していた。

特に燕は壁越えの一人にして、次期武道四天王の一人にも推薦されるのは確実の実力者。

いくら足技のみで言えば既に壁超えの域にいる小雪でも、厳しいだろう。

自分は耐えられても、下手をすれば小雪を狙われてそれでお仕舞いになってしまう。

……そう考えた時、元次は頭の中で今の状況を思い直して……俄然やる気が湧いてきた。

自分にとって初めての……『大切な人を護る』戦い。

別れたあの日からずっと掲げてきた信念を通せるかという、一種の正念場。

 

 

 

――ならば、自分が『本気』を出さない訳にはいかない。

 

 

 

『さぁ!!遂に。……遂にこのときがやって参りました!!世界中の注目を集める若獅子タッグマッチトーナメント!!その決勝戦です!!』

 

そして、遂に決勝戦の時間がやってきた。

スタジアムの熱気は今まで以上に熱く燃え上がり、誰も彼もが沸き立っている。

リングから観客席を守る為に配置されたマスタークラスの四人も、年甲斐も無くワクワクした気持ちを抑えられずにいた。

 

『激闘の末、現在残っているチームはわずか2チーム!!2日間に渡る激戦を乗り越えた四人!!両チーム!!スタジアムへ入場!!』

 

司会である田尻がマイクを持ってリングの中央から二つのチームに呼び掛ける。

リングの両端から、大和、燕、小雪、そして――。

 

『こ、これは!?鍋島選手、何という強烈な形相だぁ!?』

 

「ッ!?アイツ、傷が……ッ!?」

 

「うわ~……何時もより怖さ倍プッシュしてるねん」

 

スタジアムに入場してきた『B&B』の1人の顔を見て、スタジアム全体が騒ぎ立つ。

小雪と共に入場してきた元次は……縫合されていた傷跡が開き、『左頬が完全に裂け、奥歯まで歯が全て露出してしまっていた』

口元から耳の近くまで避けた頬の所為で、左から見れば口元が裂けた壮絶な笑みを浮かべている様にしか見えない。

正に悪鬼羅刹の如き風貌に変化した元次は、残る右の口でニヤリと笑っていた。

 

「おいおい元次……お前まさか、やる気なのかよ……」

 

誰もが元次の変貌ぶりに唖然とする中、スタジアムの飛来物から観客を守る為に立っていた鍋島正が疲れた様に声を沈ませる。

彼だけはこの中で小雪を除いてただ一人、元次がああなった意味を理解していた。

頬の傷口を開くというのは――本気の、本気で戦うという意思表示であると。

叔父の呆れ気味な言葉を聞いて、元次は更に笑みを深くした。

……傍から見てる観客が涙目で怯えるくらいに凶悪な笑顔ではあるが。

 

「悪いな叔父貴……俺にゃ今回、負けられねえ理由があるんだわ……キツイだろうけど、ちゃんと防いでくれよ?」

 

「……ったく。無茶言いやがって……おい師匠。マジで防げよ?あいつが『技』使い出したら、本気で守らねぇとヤバイからな」

 

「ぬ?『技』じゃと?あ奴は武術をしておらんのじゃなかったのか?」

 

「あぁ。武術はやってねぇよ――アレは、武術なんかじゃねぇ」

 

元次が伊達でも酔狂でも無く本気で戦うといったからには、自分の役割を果たすしかないと、鍋島は割り切る。

どの道、ここで大会を中止するなんて事は出来ないのだから。

 

「大和君。何かやばそうだから、しっかりお願いね?」

 

「はい。俺は俺の役割に徹しますよ……燕先輩も、気を付けて」

 

そして、遂に決勝戦が幕を開ける。

先に立てた作戦通りに大和はリングギリギリまで下がり、燕は最速で走りだす。

燕にも最終兵器と呼べる武器があるのだが、今回は出資してくれたスポンサーの意向でこの次の百代戦でないと使えない。

故に、燕は自分の今使える全てを持って勝利への筋道を立てていく。

 

「(口が裂けてから、鍋島君の気がグンと上がってる……狙うのはやっぱ得策じゃないね)なら……ッ!!」

 

「うん?」

 

「決勝戦なのに、気を抜き過ぎだよ!!」

 

最速のスピードで駆けながら、燕は元次の隣から距離をおいて棒立ちしていた小雪へと狙いを絞る。

小雪自身も足技は驚異的な強さを誇っているが、トップスピードにノッた燕の攻撃に対処するには遅すぎた。

 

「もらい!!」

 

スピードを乗せた正拳突きを小雪に放った燕。

狙いは正中線の腹部。

元より壁を超えた世界の1人である燕の突きを、その世界に至っていない小雪が防げる筈も無い。

真っ直ぐなラインを描いて繰り出された拳は、小雪の腹部に深々と――。

 

 

 

――”サウンドアーマー”

 

 

 

――突き刺さる事は無かった。

 

「ッ!?」

 

凡そ人体から鳴る事の無い金属を殴った様な甲高い音。

それが自身の手から鳴った音だと、痛覚で感じ取った燕は痛みに顔を顰めながら素早く後退する。

痛めた右手首を抑えながら眼前の敵に目を向ける燕だが……その光景に驚愕を覚えた。

 

「……怪我ねえか、小雪?」

 

「うん♪ありがとう、元次♪」

 

「なぁに。対した事ぁしてねえよ」

 

燕の視線の先では、拳を向けられた小雪が何かの薄い緑色のオーラに覆われて無傷で立っていた。

そのオーラは時折テレビの砂嵐の様に揺らめくが、決して消える事は無く、小雪の躰を守る役割を果たしていたのだ。

やがて、主に危害が無いと分かれば、オーラは掻き消えて必要な時まで影を潜める。

武術家として一定以上のラインに居る者達には、今のオーラの正体が理解出来た……あのオーラは、高密度に圧縮された気の鎧であると。

そして、それを燕が攻撃を仕掛けたと確認してから瞬時に作り上げた人間が誰なのかも……。

 

「痛つつ……とんでもなく固いね、その鎧……おまけに創るのも早すぎじゃないかな?」

 

「へっ。先輩が小雪に攻撃しなきゃ、作らずに済んだっての……俺のサウンドアーマーを壊してぇんなら、ダイナマイト1000本持ってきな。まぁそれでも、小雪に纏わせたガチの鎧は壊れやしねぇだろうけどよ」

 

「……冗談であって欲しい強度だよ、それ」

 

「俺は嘘は嫌いだから、そのまんま事実と受け取ってくれて構わねえがな……あばよ――スゥウゥゥ――」

 

元次は、燕が会話をする事で回復する時間を稼いでいた事は分かりきっていた。

そこまで必死に食らい付くのは何か理由があっての事であろうが、それを一々汲んでいたら試合には勝ち抜けない。

自分にも、負けられない理由があるのだから。

だからこそ、元次は燕に対して容赦無く、次の攻撃を放つモーションを取った。

動かない右腕を庇いながら、大和の居るラインギリギリまで下がっていく燕を見据えつつ、元次は大きく『息を吸う』

正しくは、この世界のありとあらゆる場所に点在し、空中を漂う気を吸い集めていく。

 

 

 

「ウゥ――サウンドバズーカァアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

そして、頬が裂けた事で普段よりも大きく開いた元次の口から――『音の砲撃』が襲い掛かった。

 

「嘘ぉ!?」

 

「こ、これは想定出来なかったな~……」

 

大会規定通り、相手を殺さないぐらいの威力まで手加減しているとはいえ、それでも元次の技はほぼ一撃必殺の威力を秘めている。

壁の如き圧倒的な質量で放たれたサウンドバズーカは燕だけでなく、リングの端で呆ける大和をも巻き込んで全てを吹き飛ばす。

閃光と煙が晴れた時、観客が目にしたのは……大きく抉り取られたリングと地面、そして壁に寄り掛かって目を回す知性チームの二人だった。

 

 

 

ここに、若獅子タッグマッチトーナメントの優勝チームが決定された瞬間である。

 

 

 

「いやいやおじさん死ぬとこだったぞ少しは加減しやがれ!!」

 

「なんちゅう技を使うんじゃい。ジジイ冷や汗掻いたわ」

 

「は、ぁ~……やっぱ危ねえな、オメェの技はよぉ」

 

「これデ武術の経験が無イとは……何とも末恐ろシい才能だネ」

 

 

 

尚、観客席を消し飛ばす筈だったサウンドバズーカだが、マスタークラスの四人が拡散させたお蔭で事無きを得た。

 

 

 

さて、見事この大会で優勝をゲットした元次だが、ここで一つの問題が発生。

元次としては優勝して優勝賞品を貰ってハイサヨナラを決め込むつもりだったのだが、それを聞いて激怒した人物が1人。

 

「おいおいおいおい!!ここまで来てお預けなんてあんまりじゃないか!!私の火照りは冷ます気なしか興味ゼロかぁ!?」

 

「お、お姉様が凄く荒ぶってるわ……あんなお姉様見た事無いわよ……」

 

「あわわ……モモ先輩の闘気が……」

 

『うねり過ぎてもう竜巻にしか思えねぇよ。しかも時々ビリビリしてるし。オラ、ここで死ぬのかなぁ……』

 

言葉は軽やかで表情はにこやかだが、放つ闘気はもう棘々しい殺気と見間違えそうな程である。

そんなちぐはぐな態度でエキシビジョンマッチへの参加を拒否してスタジアムを後にしようとした元次の前に立つは、ご存知待たされ続けた川神百代である。

彼女からすれば、漸く待ち望み、恋焦がれ続けた相手との遠慮の要らない勝負の番だと言うのに、それを目の前でお預けされたのだ。

参加理由に勘違いが生じているとはいえ、これでは百代が余りに報われない。

そんな感じで荒ぶる百代を見て元次も不憫に思い、同時に鉄心との約束を思い出した。

これは、約束を果たすのにちょうど良いかもしれない。

ここで彼女が心ゆくまで力を使えば暫くは戦闘衝動も収まるかもと、元次は考えを改める。

 

「分かりました。今、ちゃんとここで戦いますよ……本気で、ね?」

 

「ッ!?あぁ!!あぁ!!本気できてくれ!!あの時の様な適当に流すんじゃなくて、本気でなぁ!!」

 

「わーってますよ。約束ですし……小雪、下がってろ。戦るのは俺だけだ」

 

「……うん……元次!!」

 

「ん?なん――」

 

元次の言葉に頷いた小雪だが、その直ぐ後に名前を呼ばれて元次が振り返ると――。

 

「――ン♡」

 

「っ――」

 

「な――ッツツ!!!?」

 

次の瞬間には、目を閉じて頬を軽く染める小雪のドアップと、唇に柔らかい感触を感じた。

そう、振り返った瞬間に、小雪にキスをされたのだ。

これにはさすがの元次も心から驚き、躰を硬直させてしまう。

大観衆の門前でキスシーンを繰り広げたこの二人に、観客はざわめき立った。

特に百代の驚き様は半端ではない。

目をこれでもかと見開いて呆然とする姿は、普段の百代からは想像も出来ないだろう。

そんな周囲の喧騒を置き去りにして、小雪はチュルッと艶かしい音を立てながら唇を離す。

何時もの純真無垢なオーラを感じさせない妖艶な笑みを浮かべる小雪は、誰にも聞こえない様に小さく呟く。

 

 

 

――『数十キロ先で落ちたコインの音すら聞き分ける』超・聴覚を持った元次にだけ聞こえる様に。

 

 

 

――モモ先輩に勝ったら――もっと凄い事――していーよ♡

 

 

 

顔を向けずに瞳だけを向けた流し目に、そこはかとない色気を醸し出しながら、小雪は武舞台を降りた。

その際見せた後ろ姿、いや歩くたびに自己主張する小雪のお尻に元次は見惚れてしまった。

これも全ては元次に気がある他の女への牽制であり、自分も譲る気は無いという宣戦布告なのだが、それには同じ女しか気付く事は無い。

普段とは全く違う雰囲気の小雪に度肝を抜かれた観客の男子は、皆揃って内股になりながら前屈みになってしまう。

しかしそんなピンク色の雰囲気にスタジアムが呑まれかけた時、それを上回る怒気が会場を覆い尽くした。

 

「……随分と熱々じゃないか?妬けちゃうなぁ」

 

「あうあうあうあう……」

 

「か、一子!?しっかりしろ!!」

 

「た、タッちゃん……お姉様が……」

 

ユラユラと自然の法則を無視して揺らめく黒髪の中から、真っ赤に光る目を覗かせるホラーな雰囲気の百代。

目元まで影が掛かった彼女の表情は伺いしれないが、正しく怒りが天元突破してるのは間違い無いだろう。

何時もは黄色い気のオーラも、今は禍々しい黒に白い稲妻が散っている有り様である。

正しく純粋な怒りによって覚醒したスーパーな野菜な人の心境だろう。

 

「……ク……ククク……」

 

「……何を――」

 

そして、小雪が退場した入場口を見たまま呆けていた元次が向き直り、顔を俯けたまま小さく笑ったのを皮切りに――。

 

「笑ってるんだこの助平がぁ!!川上流、無双正拳突きぃ!!」

 

最強対最恐の戦いの火蓋が切って落とされた。

初めて出会った時と同じ技だが、百代は前とは違って乱打では無く、最高の一撃のみを繰り出す。

何処までも強く、何処までも速く、何処までも貫ける最優の一発。

 

「……スゥ――音壁ぇ!!!!!」

 

ガァン!!

 

「ッ!?このぉ……ッ!!禁じ手!!富士砕き!!」

 

「ッ!?いかん!!」

 

しかし、その最優の一撃を自分と百代の間に半透明な一枚の壁を作る事で防ぐ元次に、百代の遠慮も消えていく。

次に放たれた富士砕きという技は川神流の技の中で禁じ手とされる技の一つだ。

強烈な正拳突きを繰り出す技で、 百代が使用する場合は『九鬼雷神金剛拳』以上の威力がある。

地球から宇宙まで発射されるエネルギー砲の『星殺し』よりこの技が禁じ手というほど。

それをゼロ距離で放つも、音壁はその攻撃を外へ弾き、荒れ狂う余波で巻き上がった石等はマスタークラスが止めた。

富士砕きでも砕けない音壁を見るや、更に間髪入れず拳の乱打を見舞う。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!らぁ!!!」

 

ビキビキッ……バリンッ!!

 

そして、遂に百代の拳が元次の創り出した音壁を砕き、二人を遮っていた壁が消失する。

勢いのままに拳を振るう百代だが、その拳は元次に掴まれ抑えこまれてしまう。

両手を掴まれた百代は直ぐ様拳を解いて元次の手を握り直し、力比べの体勢に移行した。

目の前の男を押し倒してしまおうとあらん限りの力を篭める百代だが、ギチギチという音が鳴るだけで二人の体勢は動かない。

一瞬でも気を抜けば倒されてしまうであろう状況の中で、元次は肩を震わせながらまだ笑っていた。

 

「クク……すんませんね、先輩……嬉しくなっちまって……」

 

「嬉しく、だと?……それはさっきのキスの事かぁッ!?」

 

(モモの奴、頭に血が昇りすぎじゃ。攻撃も雑過ぎるわい)

 

頭に血が昇って怒りのままに行動する百代には、何時もの様な冷静な思考が出来ない。

取っ組み合った体勢からお得意の道連れ自爆技である人間爆弾を使用せず、背筋を反らして頭突きを放ってしまう。

 

「まぁ、それもあるっすけど――それよりもぉ!!」

 

「ぐぅ!?」

 

百代の放った頭突きに対し、元次は自由な足を振り上げて膝蹴りを行い、百代の顎を上に蹴り上げる。

顎に伝わる痛みに顔を顰めながら百代が視線を降ろすと、さっきまで俯き気味で窺い知れなかった元次の顔が持ち上がった。

 

「一番は――先輩をブチのめせば、俺もご褒美が貰えるって事ッスよぉおおおおおおおッ!!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

元次は笑っていた……それはもう、普通の人なら泡吹いて失禁してしまう程に凶悪な形相で。

邪な思い100%増しでパワーアップを果たした元次は、久しぶりに本気で相手を倒すというデストロイテンションに染まった。

顎を蹴りあげた百代の手を離さず、更に膝蹴りを終えた足を下ろして百代の足を踏みつける。

背後にあの凶悪な威嚇のイメージを出現させながら、百代と手を組んだままに大きく息を吸い込んでいく。

それと同時に、百代には元次の背後に居る化物がタキシードに身を包み、ナイフとフォークで食事に勤しむビジョンが見えた。

 

 

 

勿論、皿の上に乗るメインディッシュは――己自身。

 

 

 

――最恐の猛獣が、牙を向く時が来たのだ。

 

 

 

「スウゥ――マシンガンボォイスゥ!!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

「ぐッ!!?――あ゛ぁぁッツツツツ!!?」

 

「ガハハハァ!!!」

 

百代と両手を組んで力比べをしているという事は、百代の両手を抑えているという事に繋がる。

その状態で足すらも踏みつけて固定し、元次は口から音の砲弾をマシンガンのように連射して攻撃を行った。

さすがに武神といえども、両手を塞がれては避ける術は無く、その砲弾の嵐を一身に受けてしまう。

止む事無く続く砲弾を受け続けて、百代はフラリと躰の力を抜いてしまった。

その一瞬を、元次は見逃さない。

すかさず手を離して距離を少し開けた元次は、既に次弾……否、次砲のチャージを半ばまで終えていた。

 

「スゥアァァァ――」

 

ギシリ、という音を立てて元次の胸板や首の筋肉が大きく脈動を起こす。

躰の許容量以上の気を取り込み、弾けない様に筋肉が身を守る為に突っ張った現象である。

 

「――ボイスバーストォオオオオオオオオオオ!!!」

 

続いて吐出されたのは、口から巨大な音の砲弾を発するボイスバースト。

先の燕戦で使われたサウンドバズーカを大きく超える威力を誇る技だ。

その圧倒的な質量は、百代の星砕きやその上位である星殺しを遥かに凌ぐ。

視界を埋め尽さんばかりの光量を発して、ボイスバーストが百代に襲い掛かる。

光が止んで観客が目にしたのは、何とか意地で倒れない様に踏ん張る百代の姿だった。

 

「……ハッ……ハ、ァ……ッ!?」

 

「瞬間回復のある川神先輩を倒すにゃ、回復の方法を潰すか――」

 

息も絶え絶えといった様子の百代に静かに語りながら、元次は身を屈めて右手を後ろに引く。

力を篭めて握り締められた拳の先には、気で作られた『破壊のエネルギー』が赤い球体として、拳に付加されている。

 

「意識を保てないぐらい強烈な攻撃で気絶させりゃ、それでカタがつくよなぁ……ッ!!」

 

全身に力を込めて踏ん張りを効かせながら、元次はその拳を下から真っ直ぐ突き出す様に振り切り――。

 

「――どらぁ!!!」

 

「――ッ!?……ゴフゥ!?」

 

拳の先に溜められた破壊のエネルギーはまるでレーザーの様に撃ちだされ、百代の腹部を通り抜けた。

これぞ、音の振動を乗せて敵を真っ直ぐに殴り付ける、無駄を削ぎ落した高速正拳突き。

 

「サウンドナックル……効くでしょ、コレ?」

 

「ぐ、が……ッ!?……は、はは……まだまだ戦えるぞ……ッ!!」

 

満身創痍の状態で腹部を抑えながら片膝を付きながらも壮絶に笑う百代を見て、元次はフィニッシュを決める。

一方で百代は微かに口元から血を吐きながら、富士砕きに近い威力の技をポンポンと使う元次の強さに歓喜していた。

自分と対等以上に戦える相手がいる……自分の全力を受け止めてくれる……もっと、戦いたい!!

初めて感じる自分と同じ年代の強者の存在が百代の闘争心を昂らせ、それが男という事実に下腹部が女の喜びを訴えている。

しかしそんな百代の心中とは裏腹に、元次には早く試合を終わらせるという思いしか無かった。

百代の気が済むまで戦うという当初の目的は、さっさと終わらせて小雪のご褒美を頂戴するという目的にチェンジされている。

故に、元次は小雪に早く会いたいが為にここで攻撃を畳み掛ける事にした。

 

「そうッスか……そういや先輩は、戦いを楽しみたいって気持ちがあって、スロースターターになっちまったんでしたっけ……でも、俺はコレ以上待たせる訳にはいかねぇんで……終わりにさせてもらいますぜ!!……スウゥ……ッ!!」

 

元次は動けない百代からバックステップで距離を取って、再び大きく息を吸い込む。

背中が曲がる程に深く気を取り入れ、勢い良く背を反らし――。

 

――吠えた。

 

「オ゛ォオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアァァァァアッッツツ!!!!!」

 

「ッ!?」

 

『な、なんという怒鳴り声でしょうか!?鍋島選手の大声の圧力で、スタジアムの電光掲示板が軒並み砕け散ったぁ!?』

 

司会の田尻の言葉通り、ビリビリと肌を揺らす程の声量はスタジアムの電光掲示板や大型のナイター照明に至る全ての機器を破壊したのだ。

リングの四方に居るマスタークラスの達人は元次の声量ではなく、破損したガラス等から観客を守る事を優先して動く。

外野が阿鼻叫喚の絵図を描く中、百代は耳を塞いでいた手を離し、元次の口から『空に撃ち上がったエネルギー』を見上げた。

観客や司会者も元次の視線を追って空を見上げ――。

 

「……なんだ……アレは……?」

 

薄く透明な球体の中で、色とりどりのエネルギーがぶつかり合い、その速度を増す塊を見つけて、言葉を失う。

大きさは直径にして約1メートルも無い小さな球体。

その球体の中で弾け、ぶつかり合う色とりどりの小さな光はとても幻想的で美しい。

しかし、これは美しさを演出しているのではなく、破壊の為に威力を増幅しているのである。

ダメージの蓄積で片膝を付く百代を他所に、着々と内部で力を増やすエネルギー。

そのエネルギーチャージが充分だと判断して、元次は壮絶な笑みを浮かべて百代に照準を合わせた。

 

「内部で反響を増幅……ッ!!さぁ落ちてきな、『音の落雷』よぉッ!!!」

 

「ッ!?(あれはヤバイ!?)瞬間回復!!はッ!!――」

 

あの一撃を受けてはマズイと本能が警報を鳴らす。

その警告に従って、百代は軋む身体に鞭を打ち、迎撃では無く瞬間回復を使った。

百代の本能が迎え撃つ事よりも真っ先に回避を選ぶ程に、上空のエネルギー球の中身は強大なのだ。

今までに無い必死さで瞬間回復を使用し、全速力でその場を離脱しようとするが――。

 

 

 

 

 

「――サンダァアアアアアアアアノイズゥウウウウウウウッッツ!!!!!」

 

 

 

 

 

轟音と共に降り注ぐ『音速の落雷』を躱すだけの時間は無く、百代は天からの一撃に飲み込まれ……意識を失う。

電気という生温い放電量を超えた稲妻を打ち出す強力な技、サンダーノイズ。

奇しくもサンダーノイズによる電撃の効果は、百代の体内の気の巡りを麻痺させて、瞬間回復を使おうとした百代の行動を不能にしたのだ。

やがて落雷による光が消え、躰から煙を出しながら横たわる百代を見て、元次は息を軽く吐く。

 

 

 

「フゥ……ちと、喉潤してぇな……」

 

 

 

最恐が最強を下し、最強の称号を得た瞬間だった。

 

 




最悪だ……投稿しようとしたら、半分は削らないと文字数オーバーで投稿出来ない。


こういう中途半端になるのが一番嫌いなのに……。


という訳で、前編後編に分けます。


後編の方はまた折を見て投稿したいと考えております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IF物語~世界感チェンジ~後編(真剣で私に恋しなさい)

何故、この番外編だけ前後編と別れたのか?


答えは単純――書いたら130キロバイト超えたんだもん♪


ちなみに作者は書いてる途中で壁ドンしまくりました。


そりゃもうオラオラの勢いで。


皆さんはどうでしょうか?


あの若獅子タッグマッチトーナメントから2日明けた休日。

百代を下した事で小雪からのご褒美を頂戴する権利を得た元次は、小雪と共に外出していた。

所謂、デートである……但し。

 

「はふ~~♪空気が美味しい……かな~?」

 

「そんな疑問系で言われても困るんだが……良い景色なのは確かだな」

 

「そうだねー♪晴れてて、水が冷たくて……気持ち良いのだ♪」

 

川神の地から離れた七浜の海へ海水浴をしに、である。

若獅子タッグマッチトーナメントの優勝商品の中にあった、とある超・高級旅館の一泊二日のチケット。

それこそが、元次があの大会に参加した理由だ。

自分がやらかした一夜の責任を取る……つまりプロポーズの為に、せめて良い雰囲気の場所をセッティングしたかった。

そしてあの大会は世界の九鬼財閥がスポンサーをしていた事もあって、商品がとても豪華だった。

他の商品は必要無ければ売り払って資金にも出来るという美味い話だったからこそ、元次が飛びついた理由である。

傍から見ればそんなちっぽけな理由で、元次はあの戦いに身を投じたのだ。

苦労した甲斐もあって、旅館も近隣の治安もとても良い、正にデートにはぴったりの場所だった。

 

まぁ本来は雨雲が近づいていたのだが、元次が荒ぶって吹き飛ばしたのはご愛嬌である。

 

 

 

ちなみにその頃、とある武神は目が醒めてから舎弟に『元次が女と二人で旅行に行った』と聞かされて、阿修羅の如く荒れ狂っていた。

それはもう川神鉄心がヒィコラ言いながら納めないと川神世紀末なフューチャーまっしぐらな荒ぶり具合だ。

同じく何処かの猟犬と呼ばれる女性も正体不明のイライラに苛まれ、振り払う様にトンファーを振るって修行に明け暮れている。

 

 

 

元次も生来の耳の良さで川神から立ち昇り荒ぶる気を感知していたが、小雪との時間を割くつもりもなく直ぐに頭から追いやった。

 

「……フゥ」

 

「どーしたのー?何だか、風船が萎んで捨てられたゴムみたいな声なのだ?」

 

漸く休めると気を抜いた様に息を吐いた元次に、隣で仰向けに寝転んでいた小雪がうつ伏せに転がり、肘を突いて顔を起こしながら問い掛ける。

大会で優勝し、百代を倒した事でこれから自分にも挑戦者が来るのかと思うと、元次は少し気だるさを感じていた。

だが、元次の作り出した音壁のボートで海の上をプカプカ浮かぶのに御満悦そうな小雪の笑顔を見て、元次は戦った甲斐があったなと笑う。

そして、自分の横で寝転がる、浜辺のビーナスを独り占めしている今という時間を噛み締める。

子供の様な無邪気な心を持ちながらも、グラビアアイドルなど霞んでしまう程にグラマラスな肉体は染み一つ無い。

それでいてアルビノ体質故に白い肌は陶磁器の様に美しいと、元次は小雪にドキドキしっぱなしだった。

彼女の希望でサウンドアーマーに日焼け防止の効果を施してあるので、雪の様に染み一つ無い美しい肌が焼ける心配は無い。

 

「ゴムの声って何だよ?、っていうかリアルだと悲し過ぎる例えだな……まぁ、嵐が過ぎてホッと気が抜けただけだ。気にする事はねぇよ」

 

「ふーん?……分かった。元次が気にしないなら良いや♪よいっしょ♪」

 

「ぬぉ!?こ、こここ、小雪!?そんな密着されたら俺の心臓がふ、吹き飛んじまうんですが!?」

 

「んふふー♪でも、折角のデートなんだよー?もっと僕にドキドキして欲しいからぁ……すりすりしちゃおっと♪」

 

「は、ぶらがががが……ッ!?」

 

「うーん……元次の躰、傷だらけだね……でも、男らしくてカッコイイのだ♪」

 

「かっふぁ!?(アカン!!このままだとマジで意識飛ぶ!?)」

 

水上体育祭の時の様なスクール水着では無く、黒いビキニを着た豊満な肢体で惜しげも無く抱き付いてくる小雪に、元次は慌てふためく。

幾ら規格外な戦闘能力を有していても、心はまだ思春期の男の子。

ましてや抱き付いてくる相手が子供の頃から意識していた少女ともなれば、元次が赤面してしまうのも無理は無い。

先ほどまで泳いでいたので水気を帯びて肌に吸い付く美しい白髪も、身体を擽る様に柔らかな感触であった。

片手を首に手を回して目を閉じ、嬉しそうに鼻歌を歌いながら体中の傷に指を優しく這わせて、小雪は元次の体を愛撫する。

何時もの様に無邪気な笑顔でそうしているなら、元次もじゃれてるだけだと少しは平静を保てたかもしれない。

しかし、小雪もドキドキしているのが、彼女の薄く桜色に染まった頬と、耳に届く何時もより速い鼓動の所為でどうしても意識してしまう。

小雪も小雪で、元次とのデートを思いっ切り満喫していた。

前日は本当に楽しみで、中々寝付けなかった程である。

子供の頃から夢想し、憧れていたデートをしているのだから無理も無い。

事実、今まで出かける時は一緒に居た冬馬と準の二人は、この旅行には付き添ってない。

小雪の為を思って好きな男と二人だけにさせてやろうという配慮と――。

 

『いいですかユキ?泊まりがけのデートに誘われたという事は、間違い無く元次君はユキに告白するつもりです。どうやら彼はまだあの夜にユキを抱いていないという事に気付いて無い様子。ここは畳み掛ける時ですよ』

 

『おー!!合点承知なのだ!!』

 

『……なぁ若、ユキ。俺さ?その作戦初めて知ったんだけど?え、何?そんな作戦を進行しつつ元次とユキの外堀固めてたの?何なのそのモノ捕り作戦?ロープで巻き巻き作戦?それともアロンアルファでガッチガチ作戦?』

 

『もー、違うよーだこのハゲー。ボンドじゃなくて鎖で雁字搦めにして溶接作戦だよー。元次はすっごく義理堅いから、僕と一線を越えたら責任を取ろうとする。そしたら今度は僕が元次を貰うの♪権利書獲得なのだー♪』

 

『黒ぉ!?ヤクザの裏仕事ばりに黒ぉ!?学園じゃ天然で通ってるけどそんな事ぁ無かったね!?ユキちゃんってば見た目純白なのに中身真っ黒だよ!?ダークサイドに堕ちちゃってるよぉ!?そして何気に俺への罵倒が混じってるぅううう!?』

 

『ウェーイ♪暗黒面の力を思い知るのだ♪』

 

『おいぃぃいいい!?元次逃げて超逃げて高飛びレベルで逃げて!?人生の墓場に突っ込まれちまうよー!?』

 

この旅行で確実に檻に捕獲してしまおうという畳み掛けの為に、邪魔にならない様にするためでもある。

準だけは元次に手を合わせながら送り出すという具合で、元次は最後までそんな準の態度に首を傾げていた。

そういった事情もあって、小雪は真っ昼間から元次に猛アタックを仕掛けているのだ。

この旅行で必ず元次を落とすつもりの小雪は攻撃を止めず、片手で元次の乳首周りを人差し指でユルユルとのの字を書く。

何とももどかしくくすぐったい指遣いと、色香によって人をたぶらかす蠱惑的な笑みを浮かべる小雪。

本能が捕食されると危険を訴え、元次の脳内に赤信号が点滅する。

 

「元次が嫌なら止めるけどー……い・や?」

 

「い、嫌じゃ……ねぇ……そりゃ、嬉しいけどよ……」

 

「じゃあ、僕まだこうしてよーっと。きーまり♪」

 

「……(畜生!!可愛い過ぎる!!マジで年上かよ!?)」

 

そうして、元次は小雪にされるがまま、音壁の上に寝転んで波間を漂い続ける。

鼻歌を歌いながら指で色々な文字を書いたり息を吹きかけたりしてくる小雪の笑顔の前に何度と無く本能が暴れそうになったが、それを耐え忍んだ。

 

「ふんふーん♪……あっ、いっけなーい」

 

正に鋼の理性を持って我慢に我慢を重ねていた元次は、唐突に聞こえた小雪の声で意識を現世に戻す。

目を瞑って煩悩退散色即是空と唱えていた元次が目を開けて胸元の小雪を見ると、小雪は少し困った様に指を下唇に当てて唸っていた。

自分の胸元に当たる二つの超柔らかくデカイ果物の感触を思考から切り離して、元次は頑張って笑顔を作る。

 

「ど、どうした?何かあったのか?」

 

「んっとねー……流されちゃったみたいなの」

 

「え?ちゃんと音壁は遠くに出過ぎない様に固定してるが……」

 

余りにも聞き流せない内容に、元次は落ち着きを取り戻して周囲を見渡す。

しかし景色は変わらず、陸から見えない上に離れすぎない絶好のポイントに居るではないか。

小雪がしなだれかかってるので躰を起こさずにそう答えた元次だが……。

 

「んー……そっちじゃなくてねー……よいしょっと」

 

「そっちじゃない?じゃあなに……が?……は?」

 

「……僕のー……み・ず・ぎ♡」

 

元次の言葉に答えながら身を起こした小雪を見て、固まってしまった。

先ほどまで元次に抱き着いていた小雪は太陽をバックに微笑みを浮かべながら、『指で胸元を隠していた』

その小さな指先で、隠すには無理がある豊満な胸元の大事な所を申し訳程度に隠す――。

 

 

所謂、『指ブラ』である。

 

 

さすがにこれは恥ずかしいのか、頬を赤くして照れながら舌をチロリと出している仕草が何とも男心を擽る。

経験豊富な男ですらドキッとするであろう小雪の仕草に元次は言葉が出せなかった。

指で隠せているのは僅かに胸の大事なボタンスイッチのみであって、その豊かに実った果実は包みが無い。

女の子らしく足を開いて座り、細くはあるが痩せ過ぎでは無い健康的な美しいくびれを惜しげも無く披露しながら妖艶な笑みを浮かべる小雪。

さくらんぼな青少年には刺激的過ぎる光景である。

 

「もう何処に行っちゃったか分かんないし、旅館に一回戻って水着を買いたいんだけど~……元次はこっちの方が良~い?」

 

「さぁ直ぐに旅館に戻ろうか!?新しい水着買いに!!速攻でぇ!!!」

 

上目遣いで妖艶に微笑む小雪から視線を体ごとズラして、元次は音壁を砂浜まで戻そうとする。

心中では、このままこうしてたら絶対に切れる。自分の中の決定的な何かが切れると戦慄していたが。

 

「あっ。でも~……このまま戻ったら僕、他の男の人に見られちゃうかも……」

 

《おぉいネズミ共ぉ!!死にたくなかったら、今直ぐこっから失せやがれッ!!死にてぇんなら……別だがなぁ!!?》

 

「「「「「「ひぃいいいいいいいいい!!?」」」」」

 

小雪のポツリと呟いた一言を拾った元次は迷う事無く、砂浜に居る男達に向かって『音弾』という技を飛ばした。

本来は威嚇では無く遠くに離れた人間に声を飛ばすだけの技だが、小雪のあられもない姿を見られたく無いが故に、気絶しない程度の気迫が篭っていた。

相手を威嚇する『吠え弾』を使わなかっただけ、まだ良心的な措置だったと言えるだろう。

そんな事をしたら砂浜が失禁の跡だらけで遊べたものでは無くなってしまう所だ。

砂浜や旅館付近から男達を追っ払った元次は笑顔で小雪に声を掛けようとするが、それより先に小雪が行動を取った。

 

「えい♪」

 

ぷにゅん♪

 

「くうが!?」

 

背中に触れる極上の柔らかさと、その柔らかい物が潰れて形を変えつつ、それでいて崩れないという生々しい感触。

そして少し硬さを持った小さいボタンの刺激が剥き出しの背中を伝わり、元次は素っ頓狂な声をあげる。

その際に衝撃波が漏れて近隣の魚が逃げたのだが、今の元次には気にする余裕も無い。

なぜなら、水着の無い生肌の小雪が笑顔で遠慮など一切無く、元次の背中に抱きついたのだから。

 

「こうすれば、誰にも見られないのだ♪」

 

「が、ががががが……ッ!?」

 

「んー??ガオガイガー?」

 

処理落ちである。

 

「んぅ……元次の背中、暖かーい♪……このまま旅館まで、れっつごー♪」

 

「ご、が、ぎっ、ぼざびべ……ッ!?――ジェジェジェ、ジェットボォイスゥウウウウウウウウウウウウウッ!!?」

 

「え?なになに!?……おー!?飛んでる!?飛んでるよ僕!!わー!!風が気持ち良いー!!(ギュウ)」

 

「ぬおっはぁあああ!!?」

 

遠慮無く抱きつく小雪と、自分と小雪の間でムニュムニュと形を変える男の夢の塊。

等々理性が砕け散りそうになったその時、元次の最後の紳士な想いが小雪を素早く安全に旅館に運ぶ為に、技を使用した。

音の噴射を利用して、自分や他の人間を高速で飛ぶように移動を可能にするジェットボイスだ。

元次はそのジェットボイスの音の中に自分と小雪を包み込んで、旅館の部屋までひとっ飛びしていく。

その際に喜んだ小雪が一層強くしがみついてきたので、再びバグりそうになったが、ギリギリで小雪を風呂場に入れてサッと部屋に戻る事に成功。

 

「はっ、はっ……ッ!!……ぶ、武神先輩なんかよりよっぽどヤベェだろ……ッ!?」

 

風呂場の扉に凭れ掛かりながらズルズルと滑って床に腰を落とす元次は、百代との戦いで見せなかった程に憔悴していた。

一方で、理性で耐え切られた小雪は風呂場で不満そうに頬を膨らませていたが、直ぐに笑顔を浮かべて鼻歌を歌う。

ちなみにブラの紐が”偶々”外れやすいぐらい弱かったのは余談である。

 

『ふっふふーん♪(魅力無いって思われてる訳じゃ無いし……寧ろ僕の為に我慢してくれたって思ったら、嬉しくなっちゃうや♪)……ねー元次。やっぱり着替えてテレビ見ようよー♪』

 

「あ……あ、あぁ!!じゃあ、風呂から出たら教えてくれ。こ、小雪が着替えて出るまで、外に居るからよ」

 

『うん。分かったー』

 

小雪の提案にこれ幸いと乗っかり、元次は部屋を後にして外へ出る。

もしもまた海水浴にでも出たら、次こそは耐え切れずに野獣と化してしまう。

前科があるだけに、元次は自分の思いを小雪に伝えて尚且つその思いが成就するまで、絶対に手を出さないと心に誓うのであった。

だが何にしても、今日必ず、寝るまでには小雪に想いを伝えるという覚悟は決めていた。

 

 

 

――しかし、元次の計画はテレビを見た時点で水泡に帰してしまう。

 

 

 

九鬼財閥の従者部隊、序列2位『だった』1人の老婆――『星の図書館』と呼ばれるミス・マープルの造反によって。

 

 

 

約束通り服を着た小雪と共に宛てがわれた部屋でテレビを見ていた二人だが、突如として番組が電波ジャックを受けたのだ。

そして現れたのは喪服の様に黒いドレスを着たミス・マープル。

彼女の現代の若者に対する愚痴から始まり、今川神で自分が起こしている計画が語られた。

それこそが、東西交流戦の後、九鬼財閥が大々的に発表した武士道プランの事であると。

 

「武士道プランって、現代に甦った英雄達と切磋琢磨し、お互いを高め合うって名目だったよな?」

 

「うん。僕のクラスに居る与一と弁慶と義経」

 

「それと三年に居る葉桜って先輩を含めた四人が、今居る偉人のクローン……」

 

『彼女達は結果、優秀な子に成長した。この調子で英雄達のクローンを沢山作り、今の日本を導いてもらう。これが真の武士道プランだよ。計画は進行中なのさ』

 

今の頼りない若者では無く、クローン技術で甦らせた過去の偉人達に日本の改革と先導を取ってもらうという計画。

要は日本の要職を全て嘗て偉業を成したクローン達に挿げ替えるという事だ。

それはつまり、優れたクローンによる人類統治を行い、普通の人間を一度政治や経済から外すという無茶な計画だった。

嘗て無い程の大々的な計画を発表するミス・マープルは、更に衝撃の事実を口にする。

 

『そして、クローン達を束ねる王はもう決まっている……』

 

『葉桜清楚ですっ、あの、その皆さん。実は私……そのっ』

 

何と、全てのクローンの王となるというのは、あの心優しい文学少女の葉桜清楚だという。

これには元次と小雪も目を丸くして驚いた。

彼女が転校してきた日の自己紹介を聞いた時の事は元次も良く覚えている。

あの不良執事のヒュームに初めて喧嘩を売られた日でもあるからだ。

その時の彼女は正に虫も殺せなさそうな儚い少女という印象が強かった。

本人も誰のクローンか知らされていないという不安を持っていたが、それでも王に立つ者には見えない。

戦闘力で言うなら、あの若獅子タッグマッチトーナメントで意外な筋力を見せつけたが、それ以外は特に変わった様子は無かった。

 

『……項羽だったのだ』

 

ところが、彼女が手を顔に当てた瞬間、まるで人が変わった様に表情が一変してしまう。

儚い笑みなど消え失せ、他者に対してとても高圧的な笑みを浮かべる清楚の変貌に、元次は目を細める。

そして気にかかったのは、先ほど彼女が呟いた、恐らく彼女のオリジナルとなる人名。

 

「項羽って確か……」

 

「中国史上、最強の武人さんだよ。凄く有名な呂布よりも強いって話だったかなー」

 

「……とんでもねぇやんちゃなのが、葉桜先輩の正体だったって訳だ」

 

普段天然が入っていても、小雪は成績優秀者の上位50人しか入れないS組に席を置いている。

だからこそ、勉学レベルも普通の生徒より遥かに上なのだ。

 

『じゃあ項羽。あの工場は廃棄予定だから――あんたの力で更地に変えてくれるかい』

 

そして、ミス・マープルのそんな常識外れの頼み事を項羽は快く引き受け、工場を素手で解体し始めた。

テレビの向こうで人間の手による工場解体ショーが流れていく。

重機なんかよりも素早くパワフルに解体されていく様は、正に圧倒的な武力の持ち主だと言う事を明確に示していた。

そして、更地に変えた地面の下から日本風の大きな……それこそ古い城がせり上がってきたのだ。

天守閣に悠々とそびえる金の鯱が、戦国時代の大名の城を思わせる。

そして始まる項羽の未来についての演説。

それは、力のある者だけが上を目指せて、結果の出せない者には苛烈な処置を施すという、実力のみを重視した統治。

政治とすら呼べる代物では無く、聞き様によっては喧嘩を売ってる様にしか聞こえない。

そして話はミス・マープルが再び引き継ぎ、既に川神院に襲撃を掛けて川神鉄心を倒し、九鬼の重鎮である揚羽と英雄は捉えた事を伝えてきた。

 

『さて、これらを踏まえた上で、川神市の連中に……若者に勧告する!!川神は人材の宝庫な街だと聞いてるからねぇ。歯向かったって先は見えてるんだ。月曜日までに出頭してきな。一緒に偉人を支えようじゃないか』

 

「……要は戦っても無駄だから、怪我する前に降伏して偉人の下につけって事か……一方的に上からもの言いやがって……完全にチョーシにのってやがるな」

 

余りにも一方的な物言いに元次は血管がピクつくのを抑えられなかった。

冗談じゃない、誰があんな暴君に従うというのだ。

何より、川神には自分と同じ意見の、それこそマープルの言う生きの良い荒くれ者共がわんさとひしめいている。

その人達を筆頭として、こんな無茶な計画はブッ潰される事になるだろうと元次は高を括っていた。

 

 

 

――しかし、次のマープルの台詞で、元次の冷静な部分は粉々に吹き飛ぶ事になる。

 

 

 

『ちなみにこの川神城には、お客さんがいっぱいさ』

 

その一言を皮切りに、とあるマープルの居る部屋の中にカメラが向けられる。

……そこには、川神市や学園から集められた、所謂『人質』が項垂れて座っていたのだ。

金柳街の本屋の店長や、学園の小島先生に宇佐美先生、風間ファミリーの1人である師岡。

 

そして――。

 

『ユキ、そして元次君。私達は無事ですから安心して下さい。ちゃんと旅行を楽しまなくちゃ駄目ですよ?』

 

「なッ!?」

 

「あぁ!?トーマァッ!?」

 

丁重に捉えられたであろう冬馬の姿に、小雪は驚きと悲しみの入り混じった悲鳴を漏らす。

画面の向こうで微笑む冬馬は外傷は全く見られないが、この巫山戯た祭りの人質として利用されていた。

自らの、ひいては小雪の大恩人を人質に取られたとあっては、元次も冷静な部分が消え、熱い炎が心を支配する。

 

『少しミスっちまったか……ユキ、元次。俺達は何とか無事だ。だからここには来るなよ?これは罠だ』

 

「準!?」

 

「ッ!?……ふざけやがってぇ……ッ!!」

 

そして、次に映しだされた準も比較的健康そうに見えたが……右の頬が少し腫れてるのを、二人は見逃さなかった。

恐らく冬馬を守る為に戦って従者部隊にやられたのであろう。

 

 

 

――そして、それが引き金となり――。

 

 

 

「……どうして?……どうして皆……僕の大切な人に酷い事するの?……やめてよぉ……ぐすっ」

 

 

 

 

 

ブチッッッツツツツ!!!!!!

 

 

 

 

 

小雪の瞳から一筋の涙が零れ落ちた事で――ミス・マープルは、『最恐』を敵に回した。

 

 

 

画面の向こうでは回線が繋がれたのか百代達の声も混じり始めたが、そんな事はどうでも良かった。

兵力としてマープル達に着いてる実力集団の梁山泊や、使命の為に苦渋の判断でマープル側に着いた義経達。

更には己の野望のみで加担する西方十勇士などの存在も、元次にとってはどうでも良い。

 

 

 

只――奴等は己の大切な人を泣かせた。恩人に手を出した。

 

 

 

自分の大事な女に、カス共は涙を流させた――昔を思い出させて――心を傷付けた。

 

 

 

ならば己はどうする?そんな事は決まっている。

 

 

 

チョーシにのってる奴は――殺す。

 

 

 

それだけで有罪、死刑に値する。ここまで舐め腐るなら、自分が遠慮する必要は微塵も無い。

元次は怒りの余り、泣きながら胸に顔を埋めてくる小雪を締め付け無い様になけなしの理性で注意しながら――。

 

『んはっ!!好きな展開に(ドォン!!)ぐあ!?』

 

『『『『『ッ!?』』』』』

 

大切な女を泣かせた連中に、宣戦布告を下す。

突如、画面の向こうに映る覇王項羽が見えない何かに吹き飛ばされる様に部屋の天井へと吹き飛ばされる。

それに目を白黒させる一同だが、それで事態は終わらない。

 

『な、何だ――』

 

《テメェエエエエッ!!!!!良い度胸してるじゃねぇか!!!!!おぉ、天狗野郎!!!!?》

 

『ッ!?ぐっ、が、ぁ……ッ!?』

 

驚く項羽の目の前に、身の丈を遥かに超えた巨大な『元次の虚像』が現れ、項羽を手で握り絞めてしまう。

そのまま握り潰さんばかりの圧力で項羽を締めながら、元次の虚像は瞳を消した白目で壮絶な笑みを浮かべ項羽を睨む。

威嚇だけでは無く、歯向かおうとする生物そのものに重圧を掛ける荒業、『吼え弾』が創り出した、実体を持つ虚像だ。

鬼もかくやといった笑みを浮かべて項羽を握り潰さんばかりの締め付けに、さすがの項羽も顔に血管を浮き上がらせながら抗おうとするが、それでも拘束は外れない。

 

『お、おぉおぉぐぅ……ッ!?』

 

《ァァァァァアアアア……ッ!!!!!》

 

『な、鍋島君!?』

 

『……最悪だ。よりにもよって彼が来るのかい?』

 

『姉御はこいつに負けたんだったな……黙示録なんか目じゃねえ天災のお出ましかよ』

 

『ちょ!?こいつ5000Rの鍋島って奴じゃん!?何だこの化物染みた技!?』

 

『ッ!!!』

 

 

場が騒然とする中、梁山泊の一人らしき黒髪の女が手に持った武器を一閃して、吼え弾を斬り付ける。

それにより吼え弾の虚像が揺らめき、項羽の拘束が緩んだ。

 

『ッ!!この……無礼者がぁああッ!!!』

 

その緩みの一瞬を突いて、項羽は吼え弾の虚像を部屋の壁ごと消し飛ばす。

轟音と共に部屋に外の風が吹き込む中、義経達も周囲に警戒を向ける。

その中で項羽は荒い息を吐きながら汗を拭う仕草を取り、マープル達を驚かせた。

 

『ハァ、ハァ……ッ!!』

 

『ッ!?(あの項羽がたった一回の技で息を乱すとは……ッ!?あの鍋島とかいうBOY。戦闘力は壁超えの中でも一際とんでもないみたいだね……さすが武神を下しただけはある、か……)』

 

『与一!!』

 

『分かってるさ姉御。ちゃんと今探ってる。……ッ!?』

 

弁慶が杓丈を構え、義経が刀を抜く中で、天下五弓と評される程の弓の名手、那須与一が辺りを探る。

飛距離と威力が抜きん出た与一が真剣な表情で弓を構えて辺りを見回すが、与一は直ぐに驚愕に顔を染め、弓を降ろす。

 

『馬鹿な……ッ!?ここから1キロ先にも、2キロ先にも居ねぇ……あれだけの技を放ったってのにこの近く、いや!!……川神市にゃ居ねぇぞ……ッ!?』

 

与一の半ば呆然とした言葉に、周囲の人間も声を失う。

彼はは環境の所為で重度の中二病を患っているが、それを差し引いても弓の腕は天下に轟く程の豪傑である。

その与一の目にも写らず、コレほど大規模な攻撃をしてくるなどと、あの大会を見た者達でもさすがに想像出来なかったのだ。

しかしその空気の中で、九鬼従者部隊の序列第42位の桐山鯉が冷静に情報を述べる。

 

『彼は大会の優勝商品で、七浜にある九鬼系列の旅館に泊まっている事は確認済みです……つまり』

 

『今の技は、七浜から放ったってのかい?』

 

『はい。しかも人里から離れ海に面した旅館からという情報も付け加えられますがね……何れにせよ、川神からは相当離れているかと』

 

『その距離でテレビを見てからココに技を放つ。無茶苦茶にも程があるBOYだね』

 

マープルの呆れを含んだ言葉に、誰もが心の中で同意する。

幾らテレビで放送してるとはいえ、七浜から川神市までの距離をモノともしない技をもっているとは誰も思わなかった。

唯一例外で言えば百代や鉄心、ヒュームクラスの壁を超えた者の中でも上位の人間くらいである。

そうして場の人間が言葉を失う中、息を整えた項羽が怒髪天もかくやといった表情で怒鳴り散らす。

 

『おのれ……ッ!!王たる俺に手をあげたばかりか、姿も見せんとは……ッ!!姿を現せ!!王の言葉を遮った罪は重い!!この俺が地獄に送ってやるぞ!!』

 

《勝手な事抜かしてんじゃあねぇ!!地獄に行くのはテメェだこのタコ!!!》

 

そして、己の琴線に触れた項羽の物言いに対し、元次も音弾を使って怒鳴り返す。

急に聞こえた声に驚く者もいれば、項羽は変わらず憎々しげな表情でその声に叫び返した。

 

『鍋島ぁ……貴様も王に歯向かうというのだな!?』

 

《黙れや!!テメェ等の所為で、俺の大事な女が泣いちまったじゃねぇかぁ!?この落とし前どう付けるつもりだゴラ!!テメェ等全員の命程度じゃ一ミリも釣り合わねえぞぉ!!》

 

『ッ!?……女が泣いた、だと?……たったそれだけの理由で俺に牙を向くか!!無礼にも程がある!!』

 

《テメェの事なんぞ知った事か糞ボケ!!それにそこのババアもテメェが若者に絶望したからって、勝手に俺達全員を同列に数えるだぁ!?随分とチョーシこいてんじゃねぇか!?》

 

『く、糞……ッ!?』

 

『やれやれ。口も随分と達者な様だ……』

 

今正に王として日本に喧嘩を吹っ掛けた少女をテレビとはいえ公衆の面前で口汚く罵る元次の声に、項羽は怒りで顔を真っ赤にする。

そして自分の計画を貶されたマープルも、溜息を吐きながら元次の言動に呆れ返っている。

この放送を見ていた川神の若者達……川神院に居る風間ファミリーを中心としたメンバーは元次の破天荒さに呆然としていた。

百代も最初は笑っていたのだが、元次の大切な女が~という下りで機嫌は急降下して闘気が跳ね上がり、今は燕や一子に宥められているのだが。

 

《テメェの勝手な考えと都合で俺の恩人を巻き込むわ、女は泣かせるわ……挙句に……俺の……ッ!!俺の一世一代の勝負に水差しやがってぇええええ!!今からそっちに行って、一人残らずグチャグチャに捻り潰してやるからよぉ!!今生に別れを済ませとくんだなぁ!?》

 

『っ……どうやら、我々の放送したタイミング。そしてあの場では仕方無かったとはいえ、彼の友人達を誘拐したのが不味かった様ですね。彼が私達に牙を剥かない様、最高級の宿をセッティングしたのですが……』

 

『嘆かわしいねぇ。たった一度の失敗で当り散らすだなんて、女々しいったらありゃしないよ……まぁ良い。歯向かうってんならしょうがない。相手してやろうじゃないか』

 

『当たり前だ!!あいつだけは俺の手で必ず仕留める!!川神の若者達の事はその後だ!!』

 

元次の声が聞こえなくなると、項羽は肩をいからせながら部屋を後にし、それに続いて他の十勇士や梁山泊の面々も持ち場に向かった。

義経だけは人質の皆に複雑そうな、申し訳無さそうな視線を向けてから退出し、やる気の無さそうな弁慶と不機嫌な与一もそれに続く。

従者の桐山だけがその場に残るが、彼も人質達に「替えの部屋を用意しますので、暫しお待ち下さい」と言い残し、部下を見張りに置いて立ち去った。

後に残された人質達は、今の遣り取りを見て口をあんぐりと開けていたが、直ぐに平常を取り戻す。

一頻り怒りをぶつけて少しは落ち着きを取り戻した元次は、人質全員に音弾を飛ばす。

 

《皆さん。俺はこれからそっちに戻って、奴等を一匹残らず無残にブッ殺しますんで少し待ってて下さい。他の放送を聞いた人達も動くと思いますし》

 

『不穏な台詞が思いっ切り混ざっちゃってるけど、おじさん聞かない事にした方が良いのかな?』

 

宇佐美との会話が終わった時点でテレビの放送は打ち切られ、カメラを持った従者が部屋を後にする。

もう元次と小雪には、冬馬達の声も届かなくなってしまったが、元次は最後の音弾を飛ばした。

 

《それと……冬馬さん、準さん。聞こえていたら聞いて下さい。もう俺達にはそっちの様子が分かりませんから》

 

『ん?どうしたぁ?』

 

『なんですか?』

 

部屋の隅で座り込んでいた二人は元次の声に耳を傾けて、言葉を返す。

 

《小雪からです……絶対に助けるから、待っててと……小雪も行くって言って聞かないので……その代わり、必ず小雪は守ります……それじゃ》

 

元次はそこで、川神城に向けていた意識を戻す。

既に小雪も服を着替えて出る準備は万端だったので、元次も着ていた浴衣を脱いで自前の服に着替え始めた。

オレンジ色の袖なしでピッチリとしたシャツを着て、動き易いワークパンツを履き、元次は小雪と合流する。

必ず、自分の居ない間も小雪の心を守ってくれた恩人を助ける為に……元次は己が闘志を煮え滾らせた。

最速で現場に向かう為に元次は、ジェットボイスで空を飛んで川神へと音速で飛行していく。

しかし、道中で川神院の上を通った時に、見知った顔を発見して一度川神院に降り立った。

元次が空を飛んで現れた事に一同は驚くも、その中のブレイン的な役割を持つ大和が直ぐに復活した。

 

「や、やぁ。元次君。会えて良かったよ」

 

「直江先輩……川神先輩が居ねえみたいですが?」

 

周囲の人物を見渡して、川神院の最大戦力である百代の姿が見えない事を疑問に思い、元次は大和に問いかける。

大和はその問いに対して真剣な表情を浮かべると、事情を説明した。

百代はあのヒューム・ヘルシングを抑えるためにヒュームと共にこの川神から離れたと。

その御蔭で、マープル陣営の項羽に匹敵するジョーカーを抑える事には成功しているらしい。

 

「でも、向こうにはまだ項羽を筆頭にヤバイ連中がゴロゴロ居るんだ……まだ状況は芳しくない」

 

「九鬼従者部隊、序列2位のマープルは戦闘力はそこまで高く無いが……護衛に居るであろう3位のクラウディオは、かなりの実力者だ」

 

「……紋白」

 

大和の説明の途中で割って入ってきた同級生の九鬼紋白に、元次は複雑そうな目を向けた。

何せ九鬼の身内から……信頼していた従者から裏切り者が出てしまったのだ。

その裏切られた主人である紋白の心中は計り知れないであろう。

 

「身内の者が、お前に迷惑を掛けてしまった……九鬼の人間として、心から詫び――」

 

「必要ねえ」

 

赤子と大人、と表現するくらいに身長差がある故に、紋白は元次を見上げて謝罪を口にしようとした。

しかし、元次はそれをバッサリと切り落としてしまう。

やはり、許してもらえないのだろうか、と紋白は下げようとしていた頭を起こしつつ、悔しそうな表情を浮かべる。

紋白の謝罪を無碍に断った元次に向けて、従者部隊の面々が剣呑な視線を向けるが、元次はその一切を意に介さない。

元次の浮かべていた表情は怒りでも無関心でも無く……ニカッとした晴々しい笑顔であった。

 

「九鬼の身内の不祥事だか何だか知らねえが、俺はお前に頭下げて謝られる覚えなんざこれっぽっちも無え」

 

「え?……」

 

「俺がブチキレてんのはなぁ?あっちで好き勝手絶頂カマそうとしてるボケ共にだ。おめぇが謝る必要は無えよ」

 

「し、しかし、我はあやつらを束ねる九鬼一族の者として、迷惑を掛けたお前に謝罪せねば……」

 

「ンな立場なんざ知るか。俺がダチになったのは、九鬼財閥の娘の紋白じゃねぇ。紋白って只の同学年の奴だ。ダチに立場がどうだとか小難しい事言ってんじゃねえ」

 

何とも自己中心的な暴論。それを元次は臆す事無く言い切ったのだ。

余りにも自分勝手で、相手の立場を考えない言葉だが……それは、人の顔色を窺う必要が無い程に真っ直ぐな言葉だった。

言葉の裏を考える必要が無い程に、清々しくありのままで受け止められる言葉。

あぁ、そうだったなと、紋白は思い出していた。

自分は、元次の人の顔色を伺わない所を見て、学友になりたいと思ったのだと。

悪く言えば社会不適合者かも知れないが、アウトローとしての一本気を通している。

相手がどんな立場でも、自分が思った通りの言葉をぶつける元次の変わりなさに、紋白は笑ってしまった。

 

「そうか……なら、学友として頼もう……身内のバカ騒ぎを収めたいんだ……私に力を貸してくれ」

 

「当然だ。アイツ等に聞かせてやろうぜ……骨太のロックンロールってやつをよぉ」

 

武力では絶対に叶わない元次に対して、真っ直ぐに自分の思いをブチまけた紋白の言葉。

元次はそのへりくだらない姿勢、そして九鬼の者が放つオーラを気に入った。

故に、学校の時の様な肩肘の張ってない笑顔を見せた紋白の頼みに一もニも無く頷く。

川神若者連合に、猛獣の暴力が味方についた瞬間だった。

コレ以上無い強力な戦力が味方に付いた事に、大和達は大きく安堵の息を吐く。

 

「良かったよ。テレビの声を聞いて思ってたんだけど、かなりお冠みたいだったからさ。今は冷静なんだね?」

 

あくまで確認を篭めた、大和なりに場を和ませようとした言葉だったのだが。

それは間違いだったと再確認する事になった。

何処まで行っても、元次は鎖に繋がれていない猛獣なのだと。

 

「冷静?んな訳ねえじゃねえっすか?今もあいつらをどんな風にこの世に生まれた事を後悔させてやろうかってずっと考えてますぜ?」

 

「oh……」

 

「それより直江先輩、何時カチ込むんスか?俺ぁもうあいつらの、チョーシこいてる奴の断末魔が聞きたくてウズウズしてんスよ。動く用意なら出来てんスけど?」

 

「い、いや待って?まだ敵の戦力も把握出来てないから、さ?ほ、ほら、九鬼財閥の裏切った従者部隊の面子とかも調べないと駄目だよね?全員が裏切った訳じゃ無いんだからさ。後断末魔って殺しちゃぁマズイと思うよ?」

 

拳の骨を鳴らしながら獰猛に笑う元次に、大和は怯えながらも待ったを掛ける。

ここで元次に意見出来る唯一の人物である小雪も、早く冬馬と準を助けたいという思いがあるので、元次を止める事をしない。

それどころか準備運動をして行く気マンマンであった。

ここで大和は、こういった先走りしやすい人間を諌められる人物を小雪以外で探す。

しかし皆に一斉に目を逸らされてしまった。

クリスや一子、そして由紀江といった頼りになる武士娘達ですら、ニヤァと笑う元次が怖くて目を逸らす有り様だ。

この場で唯一の壁超えである燕は、既に視界の範囲から姿を消していた。

正に孤立無援となった大和は風間ファミリーの軍師の名に恥じない様にその頭脳をフル回転させて、何とか元次を諌めようと口を開く。

 

「さ、さすがにこの状況で味方の従者部隊の人達を攻撃しちゃマズイでしょ?ま、まずは情報を纏めて、それで戦うメンバーを選出しないと……」

 

「アァん?んーなまどろっこしィ事しなくてもよぉ、メイドと執事片っ端からハントした方が速くね?一匹づつ嬲り殺しにしていこうぜ(ゴキッゴキッ)」

 

「いやーんワイルドなお方」

 

人権なんて遥か彼方へブレーンバスターされたとんでもない作戦を、元次は首の骨を鳴らしながら提唱。

もう誰か助けてーと思いながら、大和はタパーと涙を流す。

 

「え、あたし等メイドなんだけど?ロックどころかクレイジー通り越してマッド過ぎるぜ……つうか、調べた感じじゃ裏切ったの50人程度しかいねーから。1000人中50人な?」

 

「う、うむ。さすがに我も50人の為に1000人全員を生贄にしたくは無いんだが……」

 

「1000人も50人も変わらねえよ。間違えて血祭りにあげても後で『わりぃ』って謝っときゃ、例え病院のベットの上で包帯ギプスまみれでも許してくれんだろ?九鬼の従者は心が広いって聞いた様な聞かなかった様な気がしないでもねえし」

 

「そんな訳あるかー!?それなんてとばっちりじゃ!?っというか一番重要なトコがうろ覚えではないか!?さすがの此方も可哀想に思うぞ!?」

 

コイツ、味方に入れたの間違いじゃね?と大和が思う中、不死川心の渾身のツッコミが炸裂するのであった。

結局の所、紋白の大反対と大和にマシュマロで懐柔された小雪の執り成しもあって、元次はその日に特攻するのを諦めた。

そして着実な調べの元、彼等連合軍は四つの防衛ポイントを割り出し、その各地に守勢を配置。

更に攻撃隊に人質の奪還と首謀者マープルの捕縛というミッションの枠を作って、万全の体勢で挑むのであった。

 

 

 

ここに、若者連合軍 VS クローン連合による川神防衛戦――クローン戦争が幕を開けたのである。

 

 

 

――そして、決戦の朝。

 

 

 

「……良し、ここまでは何とか順調だな」

 

敵の城近くまで来たのに敵に出くわさない事を幸運に感じながら、大和はボソリと呟く。

堂々真正面から川神城へと向かう元次と小雪、そして大和、京、風間翔一や九鬼従者部隊のあずみとステイシー。

更には紋白の依頼を受けた燕に不死川心と、戦闘力では下位クラスでしかない紋白の姿もあった。

この連合軍の総大将として、若者の力を信じられないマープルとサシで対話する事を望み、紋白はここに居る。

その目立つ一団は目立たない様に注意しつつ、川神城の正門を目指して歩いていた。

 

「まずは与一を探さないと……駄目だな、天守閣とかその上に居ると思ったのに……」

 

「じゃあ、場所移動する?」

 

ある程度川神城まで近づいた大和が望遠鏡を覗きながら与一の姿を探すが、芳しく無い様だ。

これが戦力差を少しでも埋める為に、大和の立てた作戦その一。

この騒動に不満を持っているであろう那須与一を説得してこちらの軍に寝返らせる事だった。

与一は友達を作ろうとしない中二病の末期患者だが、大和なら話を聞くかもしれない。

そう言い出した大和の案で、大和は突入組と途中まで一緒に行動しながら与一を探していたのだ。

ちなみにそのニは弁慶を説得して戦いに来ない様に懐柔する事であり、それは夕べの内にコンプリート済みである。

 

「あぁ。もう少し城全体が見えそうなポイントを……」

 

「ちょっとタンマ。コレ以上時間かけんのもアレですし、なんなら俺が那須の野郎を探しましょうか?」

 

え?という全員のありえないものを見る目が集中し、元次は不機嫌そうな顔付きになる。

それを察知した大和は慌てて元次に質問した。

 

「も、もしかして元次君も、姉さんみたいに気の察知が出来るのかい?」

 

「いや。俺は気で作った特殊な超音波の反響を利用して、物体の距離や大きさを把握出来ますから。射程距離は大体80キロってトコっすけど」

 

「モモ先輩以上のスーパーレーダーを持った存在が居ました。大和結婚しなきゃ」

 

「とんでもないチートだな、後お友達で良いと思うんだ」

 

「惜しい……」

 

何処から出したのか、京は10goodというプラカードを出して驚きを露わにしつつ大和に結婚を申し込み、玉砕。

なんだかおかしな関係だなと思いつつ、他人の恋路に首突っ込むのは野暮なので、元次は流す事に。

 

「取り敢えず、この技は多少神経を使うんで……少し周囲の警戒をお願いします」

 

「おう、任せとけ」

 

元次のお願いを快く聞いたのは、風間ファミリーのリーダー風間翔一、通称キャップ。

疑う事無くお願いを聞くのはどうかと思った大和だが、この後輩なら何でもアリに思えてしまうのも確かである。

どのみち元次の言う事が本当なら、与一の他にも誰が何処に居るのか把握出来るかもしれないと、大和は淡い期待を持つ。

……直ぐにその期待は『良い意味で』裏切られる事になった。

 

「スウゥ――エコーロケーション――”反響マップ”」

 

少し足を開いて仁王立ちした元次は、口から人間や動物には感知出来ない特殊な気で作り上げた超音波を放つ。

エコーロケーション、反響マップは超音波の反響により最大数十キロまでの物体の距離や大きさを把握するに留まらず、地上だけでなく地中や水中にも適応している。

この技を使えばマップ内の出来事は手に取る様に元次に伝わり、あらゆる場面で先手を取る事が可能になる技だ。

 

「お、見つけたぜ」

 

「は!?もう!?」

 

「うっす。ここから南西6キロ……工場地帯の一番高い建物、バネ工場の屋上で弓を片手に……携帯で何か打ち込んでるな」

 

「そんなに細かく分かるのか!?」

 

「余裕だろ」

 

もはや驚きで目が飛び出すんじゃないという勢いの紋白に、元次は笑いながら答える。

百代の気の探知能力以上に鮮明に物事を把握出来るエコーロケーションの性能に、もう呆れるしかない。

まるでカメラで見てると言われた方が納得出来る探査性能であった。

これで武闘家では無いというのだから勿体無いを通り越して才能の無駄である。

兎に角、味方に付けるべき与一の場所が判明したので、大和は皆と分かれて与一の説得に向かうのだった。

 

「あっ。直江先輩、那須与一に伝えて下さい。全部終わったら30連パイルドライバーの刑だって」

 

「……う、うん……わ、忘れなかったらね?」

 

別れ際に元次に頼まれた言伝とマジな目を見て、大和は与一に同情するのであった。

 

 

 

 

――さて、直江と別れて川神城の付近まで来た一行。

ここで元次と小雪は皆と別れて別行動を取った。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

「キーック!!トーマと準を返してもらう為に、王様の家にお邪魔するんだから、邪魔しないでよー!!」

 

「ぐはぁ!?」

 

「な、なんて速さと威力、ぶげぇ!?」

 

「くそ!!飛び道具が当たらねえし当たっても効かねえ!?あの男の作った鎧か!?」

 

「し、史進さんが手も足も出ないなんて……ッ!?」

 

「おいおい何だぁ?この程度の腕で俺に喧嘩売りやがったのか?チョーシに乗りすぎだぞ、このアバズレ」

 

「が、がふ!?……ぢぐ、しょぉ……ッ!?ば、ばけもんかよぉ……ッ!!」

 

攻撃部隊を確実に中へ侵入させる為に、二人だけで正門へ堂々と乗り込んだのである。

既に正門を守っていた従者部隊、そして天神館の生徒や梁山泊の兵隊の悉くは、血達磨で地に伏している。

勿論この阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出したのは、元次の手加減少なめの拳や蹴り、そして小雪の蹴りだ。

自分から進んで戦う事は無い小雪だが、今回は大事な家族を奪還する為に本気で戦っている。

本気になれば蹴りだけなら既に壁超え級とまで称される小雪の蹴りを止められる猛者等、この場には誰も居なかった。

 

「おら、さっきまでの威勢はどぉした?俺はまだ気が済んでねぇぞボケ。立て、もっと俺を楽しませろ」

 

「ごぶぇ!?が、ぐげぁ!?おごぇぅ!?あがぁ!?」

 

唯一その可能性があった梁山泊の史進は、元次の気を晴らすサンドバッグと化しているのだから。

片手で胸倉を掴みあげて女の子をタコ殴りにする笑顔の巨漢。

絵面的には充分アウトな光景である。

 

「オラ、オラ、オラ……っと、いけねえ。こんな雑魚に感けてねぇで、早く人質助けに行くか」

 

さすがにコレ以上は相手が死ぬと判断し、元次はポイっと史進を投げ捨てる。

ドチャリと音を立てて地面に転がった史進は起き上がらない。完全にKOされていた。

小雪も他の兵隊を得意のハイキックで豪快に沈め、元次の側に歩み寄る。

周りが気絶なり、痛みで呻きながら地面に平伏す中、二人は閉じられた正門の前に立った。

 

「さてと、漸く着いたなぁ、王様ん家」

 

「そーだねー。あれー?玄関なのに、インターホンが無いのだー?」

 

「おー?そりゃしょーがねーなー……じゃあコレだ♪――ンガァ」

 

何とも態とらしい会話を繰り広げて、元次と小雪は困った様に唸る。

だが直ぐに笑顔を浮かべた元次が大きく口を開き、その口内に膨大なエネルギーをチャージし始めた。

ギュイイイインッ!!!と気の塊が元次の口の中で物凄い音と共に唸りをあげ、一発の『ミサイル』が完成。

それを見た小雪はニコニコしながら、元次と同じ様に大きく息を吸い込む。

 

 

 

一方その頃、川神城の天守閣近くの部屋では、正門の騒ぎに乗じて京が放った爆矢の爆発音を聞いて、項羽がはしゃいでいた。

 

 

 

「早速仕掛けて来たか!!鍋島は臆病風に吹かれたのか来なんだが……いい、いいぞ!!面白い!!」

 

「何とも派手だねぇ。さて、ここまで来る事が出来るやら。昨日の鍋島BOYみたいな口だけじゃ無けりゃ良いけど――」

 

 

 

『――――おーうっさまーー♪』

 

「「ん?」」

 

昨日乗り込むと公言しておきながらこなかった元次を馬鹿にしていた二人の耳に、実に楽しそうな声が正門の方から届いた。

一体何だと思った二人が、開いている窓から顔を覗かせると――。

 

 

 

 

 

「「あーーーそーーーぼーーーッ!!!!!」」

 

 

 

ドッッッッッゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

 

 

 

 

 

元次の口から放たれた音のミサイル、ボイスミサイルが、正門を突き破って天守閣に至るまで全ての上部を吹き飛ばした。

その破壊力は百代の星殺しに近い威力を誇り、ミサイルは衰える事無く宇宙へと飛翔する。

尚、宇宙ステーションで戦いを繰り広げていた百代とヒュームはボイスミサイルがスレスレを通って行くのを見て肝を冷やしていたが、完全な余談である。

その天へと続く道の如きミサイルがMOMOYOでは無いと知って各国が泡吹いたのも完全な余談。

城のシンボルとも言うべき天守閣が消滅して煙を上げる中、元次と小雪は悠々と歩いて城内へと向かう。

 

「さぁーて。俺等『B&B』を敵に回すとどーなるか……教えてやるか、小雪」

 

「ウェーイ!!月に変わってお仕置きなのだー!!」

 

張り切る小雪にサウンドアーマーを纏わせ、二人は城の中へと突入する。

役割は昨日の内に決めておいた通りだ。

 

「じゃあ小雪。俺は項羽をシメてくっから……」

 

「うん!!僕はトーマ達を助けに行ってくる!!」

 

「あぁ……気を付けてくれよ?」

 

「だいじょーぶ♪お任せあれ、なのだー!!きーん!!」

 

心配する元次に笑顔で敬礼した小雪は、人質が居る部屋を目指して走っていった。

……本来なら、元次は小雪の事を戦いの場に連れ出したくは無かった。

それは当たり前だろう。

誰が好きの好んで大切な、惚れた女性を戦場に連れ出すであろうか?

しかし、小雪は引き下がらなかった。

 

『僕は、あの二人に助けてもらったから……今度は、僕が二人を助けてあげたいんだ……ごめんね?』

 

あの日、母親に殺されそうになった所を元次に助けられた小雪は、泣いてばかりだった。

母親に殺される寸前で割って入った元次のお陰で、小雪は命を取り留めたが……代償は大きかった。

泣きじゃくる自分を庇った幼い元次の顔に、一生消える事の無い大きな傷跡を刻んでしまったのだから。

その責任感と嫌われるかもしれないという思いに押し潰されそうになっていた小雪を慰めたのが冬馬と準である。

二人の慰めと、そして元次本人が気にしてない、寧ろ無事で良かったと言ってくれたお陰で、小雪は立ち直れた。

そして、家の事情で元次が引っ越してしまった時も、側に居て一緒に過ごしてくれた冬馬と準。

自分を支えてくれた二人を助けたい。

その強い意志を無下にする訳にもいかず、元次は戦いに小雪を連れてきた。

しかし、心配なモノは心配なのである。

小雪と別れた元次は逸る心臓の動悸を感じながら、急ぎ最上階を目指す。

そこに居る筈のクローンの親玉、覇王清楚を倒す為に。

 

「こうなりゃ秒殺速攻即殺で、小雪の所までいかねぇとな……ッ!!」

 

そして、小雪と別れて10分程走った元次は漸く最上階に着くが……。

 

「あん?……心音が聞こえねえ……誰も居ねえだと?」

 

其処には項羽どころか一緒に居たはずのマープルの姿も見当たらなかった。

どうやら先のボイスミサイルで天守閣を破壊した折に移動したらしい。

 

「小賢しい真似しやがって……スゥ……エコーロケーションッ!!!」

 

ターゲットが居ない事を確認した元次は即座にエコーロケーションで項羽の姿を探す。

反響マップの有効範囲は数十キロに及ぶ。

しかも地下であろうが上空であろうが、その全てが範囲なのだ。

全ての状況を把握しながら下の階へマップを降ろし……。

 

「ッ!?くそ、小雪達と鉢合わせやがったか……ッ!!」

 

何十階と下の階で、風間達別働隊と小雪を含めたメンバーと対峙してる場面に遭遇した。

まだ開戦してそう経っていない様だが……小雪が準と冬馬に支えられて膝を着いてるのを発見して、元次は歯を食いしばる。

階段を悠長に降りてる暇等、微塵も無かった――。

 

「近道させてもらうぜ!!スゥ――サウンドッ!!!バズーカァアアアアアアッ!!!」

 

故に、下の階までの床を全て吹き飛ばして、小雪達の居るフロアへと飛び降りる。

歴史ある城を再現したであろう川神城は見る影も無い程にその内部を瓦礫の山へと変えていく。

重力に引かれて下へと落下する元次は――己の探してやまない少女と落下中に目を合わせ、大声でその名を叫ぶ。

奇しくもそれは、下で元次が飛び降りてくるのを見て笑顔を浮かべる小雪も同時だった。

 

「小雪ぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

「ッ!?元次ーーーー!!!」

 

「何!?ぐわ!?」

 

そして、自由落下を続ける事一分も経たない内に、元次は小雪の元へと降り立つ。

ズドォオオオン!!、と人が落下してきたとは考えられない重量級な轟音を響かせて、元次は小雪の元に急ぐ。

途中、小雪に方天画戟を振ろうとした項羽を蹴り飛ばしながら、元次は小雪を背にして立ち塞がった。

辺りの状況を確認すると人質は全員解放され、あずみがクラウディオと対峙し、桐山の前に与一と大和が居た。

どうやら説得には成功した様子である。

更にその奥には数十人の天神館の兵隊が倒れ付し、マープルの周りに転がっている。

どうやら先程のサウンドバズーカの余波に巻き込まれたらしい。

 

――見ツケタ――。

 

小雪を泣かせ、自身のプロポーズ計画を台無しにした張本人。

正に憎っくき仇敵を見つけた元次は、己の口元を曲げて壮絶な笑みを浮かべる。

元次がその笑みを浮かべた瞬間、この場に居る人間は誰もが背中に感じる悪寒と殺気に、反射的に元次に視線を向けた。

全員の視線を浴びながら片手で反対の肩をほぐしつつ、元次はゆっくりと小雪達の前に……怒りに燃える項羽の前に歩み出ていく。

 

「小雪に手ぇあげやがるたぁ……チョーシにのってる奴らがいるなぁ~……」

 

「……元次……ッ!!(来てくれた……ッ!!僕の、たった一人の……ヒーローッ!!)」

 

悠然とした歩み。なれど、それを止められる人物はここには居ない。

クローン軍の生き残りは、壮絶な笑みを浮かべながら自分達と若者連合軍の境に歩む元次を見て冷や汗を流す。

項羽ですら止められるかすら怪しい、暴威の権化。

その一歩一歩重々しく歩む音は、己に近づく『死神の足音』にも等しい。

元次の背後で黒いローブを来て鎌を持った『鬼の存在』が、尚の事リアリティを持たせるのだ。

やがて、2つの軍を区切る様に立ち止まった元次は、自分に敵意を向ける者達を見渡してニヤリと口元を釣り上げる。

戦力の総数ではどちらに転ぶか分からないとされているこの戦い。

 

 

 

だが唯一つ、この場の状況を現すならうってつけの言葉がある。

 

 

 

それは――。

 

 

 

「そんなに死にてーなら”絶滅”させてやるよ。オラ掛かって来な」

 

 

 

最強、参上。

 

 

 

「おーおー、派手な登場しやがって。紋様に当たったらどう責任取る気だこのヤロー」

 

「よいのだ、井上。あやつも大切な者の為に急いで来たのだからな。責めるのはお門違いであろう」

 

「さっすが紋様ぁ!!俺は何処までもお供しますぅ!!」

 

「さながらユキを守る、白馬……?の……王子様?……だと良いですね」

 

「冬馬さんは相変わらずっすね……準さんも」

 

後ろから聞こえてきたあんまりな物言いに苦笑しながら振り返ると、準は紋白を背後にしながら紋白に降り掛かる瓦礫を全て撃ち落としていた。

冬馬は戦闘力は無いのでそういった武働きはしていないが、小雪を支えながらこちらに笑みを浮かべている。

案外元気そうで良かったと安心して笑みを浮かべる元次だが……。

 

「元次……やっぱり、来てくれた……♪」

 

「ッ!?(俺が纏わせた音の鎧が破壊されてる!?)」

 

ここに突入する前に纏わせたサウンドアーマーが破壊されてるのを見て、元次は目を見開く。

恐らく相当なダメージ……いや、攻撃を受けたのだろう。

外傷は無いにしても、小雪は何処か疲れた様子で冬馬に凭れ掛かっている。

そんな攻撃が繰り出せるのは、今この場に居る実力者でも只1人。

怒りの表情で方天画戟を構える、覇王項羽だけだった。

 

「貴様……!!王を上から襲いおって!!無礼者が!!」

 

「……小雪の鎧を破壊したのはテメェか?」

 

「ぬ、鎧だと?……あぁ、その者が身に纏っていたアレか。あぁそうだ、それは俺がやったが?存外脆くて加減に困ったぞ?」

 

幾度となく虚仮にされて、項羽は頭に血が登って冷静に相手を観察出来なかった。

だからこそ、小声で呟く元次に対して笑みを浮かべながら言い放てたのかもしれない。

そして、それ故に項羽は気付く事が出来ない……目の前の猛獣が、静かに怒りの炎を燃やしていると。

 

「……なら修理代を貰うぜ……代金は――」

 

元次の質問に項羽が肯定で答えると、元次は振り返り――。

 

「テメェの血肉だぁッ!!!!!」

 

「ッ!!?」

 

今までに無い程の凶悪な形相で笑みを浮かべながら、舌舐めずりをしていた。

代金が血肉とは、恐ろしい修理代もあったものである。

以前にステイシーは豚の様な悲鳴を代金と言った事もあったが、それよりも恐ろしい。

元次の凶悪な形相に項羽の本能が真っ先に反応して、元次から距離を取って方天画戟を構える。

その肉体の反射的な回避、いや後退は……項羽のプライドを激しく傷つけた。

自分は覇王、故に後退など無い!!その覇王が真っ先に攻撃ではなく回避を選ぶ等、あってはならないと。

 

「グオ゛ォオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアァァァァアッッツツ!!!!!」

 

しかし自分自身を叱責する項羽を置いて、元次は大声を上げて空へエネルギーを打ち出す。

あの大会で百代を沈めたサンダーノイズと同じモーションだが、放たれたモノはまるで違う。

空が丸見えになるまで撃ち抜かれた城の真上に停滞するのは、赤黒い危険なエネルギーの塊だった。

しかも幾度と無く脈動を繰り返して、次第にその大きさを増していく。

この場に居る者の誰もが、その球体をみて思った――アレは、前のよりヤバイ、と。

そして、遂に城から飛び出して太陽の如く城の真上に向かったエネルギー弾に視線が行く中で――。

 

「何処見てやがるんだ?あぁ?」

 

「ッ!?く――」

 

「スァ――ボイスミサイルゥ!!」

 

「ぐ!?ぐあぁあああああああああああ!?」

 

元次は既に、行動を開始していた。

頭上に向かったエネルギーに気を取られていた項羽に近づき、至近距離で音速のボイスミサイルをお見舞いする。

回避も迎撃も出遅れた項羽はこの一撃をモロに喰らい、吹き飛ばされそうになるが――そうは問屋が卸さない。

 

「音速移動!!!」

 

「ッ!?吹き飛ぶ俺の速度より速く――ッ!?」

 

攻撃の勢いで吹き飛ぶ項羽を、元次は自身を音速で移動させる音速移動を使って捉える。

そのまま吹き飛ぶ項羽を両手で捕まえて自分の顔……否、『砲口』へ近づけていく。

 

「ミサイルッ!!」

 

「ッ!?」

 

「ミサイルッ!!!」

 

「がッツ!!?」

 

「 ミ サ イ ル ゥ ッ ツ ! ! ! ! ! 」

 

「ッツツツ!!?――」

 

超至近距離から“ボイスミサイル”連打に、さすがの項羽も意識を失いそうになった。

躰を固定された事で背後に吹き飛んで攻撃を和らげる事すら許されない。

 

「まだだコラァ!!!」

 

「ごほぁ!?」

 

しかし項羽に離れる権利が無くとも、元次にはその選択権が存在している。

掴んでいた肩から手を離し、そのままヤクザキックを腹にブチかまし、項羽と距離を取った。

近接戦闘も阿修羅の如き強さを誇る元次だが、本来の戦闘スタイルは、『砲撃』なのだ。

この世でも気功波を操れる達人の中で、更に限られた武人にしか名乗る事を許されない戦闘スタイル。

その意味を、元次は余すとこなく披露していく。

 

「スゥ――レーザーボイスッ!!!」

 

「あ゛ぐッッツ!!?」

 

今まで使用してきたボイスバーストやサウンドバズーカよりもグンと細い一陣の光線。

破壊力や爆発力を二の次に、貫通力に重きを置いた技がノータイムで放たれる。

技が発動してから音速で目標を駆逐するレーザーボイスから逃れる事も敵わず、項羽の肩を貫く様に被弾。

たったそれだけで、項羽は全身に痺れる様な衝撃を味わう事となる。

壁に寄り掛かる様に立つ項羽の様子にマズイと感じたのか、あずみと戦っていたクラウディオの操る糸が、項羽の前に防御柵を固める。

既に最初のエコーロケーションと紋白からの情報でクラウディオの獲物を把握していた元次は小賢しいと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「コレ以上の暴挙は、止めさせていただきますよ?」

 

「ア゛ア゛ン!?チマチマとセコい真似しやがってッ!!――ボイスカッタァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

項羽の援護の為に張られた糸の結界ごと、元次は音の刃で項羽の体を切り刻んだ。

幾重にも伸びる鉄の硬度を持つ糸に対して、音の振動を刃とするボイスカッターの群れで蹂躙を開始。

 

「ぬ!?鉄の硬度を誇る私の糸が!?」

 

「誰の邪魔してやがる!!チョーシにのるんじゃねぇぇええええッ!!!」

 

「ぐううぅうううう!?」

 

「げ、おわ!?オイこらぁ!!味方のアタシ等まで巻き込むつもりか!?」

 

「にょわーーー!?ば、馬鹿者!!こ、此方の雅な着物が切れる所ではない(ズバァ!!)にょわーー!?て、鉄扇が真っ二つにぃ!?」

 

「ガハハハハハハァッッツツツ!!!クローン達が俺等を統治する!?俺を地獄に送るだぁ!?腹痛えぞ!!チョーシにのってる奴ぁ皆殺しだぁッ!!!ダーッハッハハハハハァアアアッッツツツ!!!」

 

「にょにょにょにょわぁぁっ!!?じ、じ、地獄じゃ!?此処は地獄なのじゃーーー!?や、山猿なんて可愛いものでは無い!!誰かあの荒ぶる野獣を止めてたもーーー!?」

 

「アタシ等の声なんか聞いちゃいねぇ!!こいつ紋白様にロックンロール聞かせるとか言ってたけど、ロックじゃなくてヴァイオレンスメタルじゃねえか!?ハードコアなんて目じゃねぇし!!マジで誰かコイツをどうにか出来るロックな奴ぁ居ねえのか!?」

 

「ここにいるぞーーー!!」

 

「「おお!?」」

 

「そ、そうじゃ!!小雪ならあの猛獣を大人しくさせられ――」

 

「元次ーーー!!やっちゃえやっちゃえ!!!お仕置きなのだーー!!♪」

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!キィルゼムオォオオオオルゥウウウッ!!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

「おーーー!?僕の声は届いたーーー!!ウェーイ!!♪」

 

「「「これ以上そいつを煽るなーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」」」

 

そして、糸と項羽を切断したボイスカッターはクラウディオにも牙を剥き、彼の体に裂傷を刻み込む。

ついでにクラウディオと戦っていたあずみ達すらも巻き込まれそうになって罵声を飛ばすが、テンションが天元突破中の元次はそれを意に介さない。

あずみの罵声もステイシーの嘆きも不死川心の涙する悲鳴も全て無視した元次は、小雪の言葉に力を増して新たな獲物を見定める。

次なるターゲットは、項羽との戦いの横でチマチマと戦っている鬱陶しい小蠅の番だ。

そして、その小蠅こと桐山鯉に元次が目を付けたと察知した大和は慌てて与一に声を掛けながら後ろに逃げる。

 

「お、おい与一!!そこから離れろ!!テンペストが火を吹くぞぉ!?」

 

「いぃ!?さ、災厄が歩んでくるとは……ッ!?くだらねえこの世に、奴はまだ災いを齎すのか……ッ!?」

 

与一の為に中二病な言い回しを使って注意した大和は心に傷を負いながらも、「こっちだこっちぃ!!」と叫ぶステイシーの元へ飛び込む。

遅れて与一も慌てふためきながら中二病発言をし、大和達の元へ合流を果たす。

 

「くッ!?幾ら貴方が相手でも、私には諦められない大望があ――」

 

連鎖爆弾(チェーンボム)ゥウウウッ!!!」

 

「ごっ――」

 

元次に対して覚悟を決めた桐山が攻撃に出ようとした直前、元次の放った音の爆弾が桐山を直撃する。

その直撃は桐山の体半分を巻き込んでの爆発となったが、悪夢はまだ終わらなかった。

何せ、連鎖爆弾(チェーンボム)の名前の通り――。

 

「がっ、ぐっ、ぎぃ――ぐあああああああああ!?」

 

「ハッハァ!!カスは黙って寝てろぉ!!」

 

「ごぶふぁ!?」

 

「「うわぁ……」」

 

連続した爆破の嵐が、桐山の体を襲ったのだから。

連鎖爆弾(チェーンボム)は音の塊を撃ち出してから、音の塊が爆発した場所から更に連鎖的に爆発が起こる。

つまり一度目を防いでも二度、三度と連鎖的に攻撃が押し寄せる悪夢の技なのである。

その全ての爆破を食らった桐山はトドメに元次の豪快なパンチで倒壊しかけの部屋の片隅に吹き飛ばされ、そこでグッタリと動かなくなった。

通常の人間よりも体が丈夫なのが幸いし、怪我の内容はどうあれ桐山は気絶で済んでいる。

更に言うと、壁に靠れていた項羽も連鎖爆弾(チェーンボム)の余波を食らって吹き飛んでいた。

これは幾ら何でも酷い、と大和と与一は同時に呟き、味方からやり過ぎだと思わせる程の元次の暴れっぷり。

それに対して、マープルは虎の子たる切り札を切る。

 

「しょうがないね……クッキー部隊!!展開しな!!」

 

「「「「「「「「「「了解!!!」」」」」」」」」」

 

「あぁん?」

 

マープルの叫び声に呼応して返事を返した者達を、元次達は見上げる。

それは、城のアチコチの通路から元次に向かって飛び降りる、九鬼財閥が作り上げた人工知能搭載ロボ、クッキーの集団だった。

彼等は皆一様に戦士の様な……第二形態の状態でレーザーブレードを振り上げながら元次に目標を定めていた。

 

「クッキーシリーズ!?そんな物まで用意してたのか!?」

 

「ファック!!ご丁寧に全機ハッキングされてやがるッ!!」

 

「あくまで兵が足りない時の為にしか考えてなかったけどね……そこのBOYが相手じゃ仕方ない。全機で時間稼ぎを――」

 

驚愕する人質の1人だった九鬼英雄の言葉にマープルが答える最中、その『音』は鳴り響いた。

 

 

 

「スウウゥ――声噴火(ボイスイラプション)ッツ!!!!!」

 

 

 

――それはまるで、『大地の怒り』を現す様な光景だった。

 

 

 

上空を見上げてクッキー達に視線を向けた元次の放った攻撃は、一言で言えば『噴火』だ。

元次の口を火山口に見立てて発射された溶岩の様な音の噴火、ボイスイラプションがクッキー達をドロドロに溶かしたのだから。

しかし仲間がやられようとも見向きもせず、更に数十体のクッキー達が地面に着地してから元次へと向かう。

その行動に対して、元次はボイスイラプションで上を向いた体勢のまま息を吸い込み――。

 

「スゥ――ボイスプレス!!!」

 

グシャアァ

 

『『『『『――ガッ――』』』』』

 

反動を付けて砲口をクッキーシリーズに向け、音の圧力で相手を押し潰してしまった。

正面から迫ったクッキー達がボイスプレスで根こそぎ圧壊されるが、残った最後の一機が斜め横から奇襲を掛ける。

 

『油断したな!!クッキーダイナミッ――』

 

自身満々に言葉を放っていたクッキーだが、突如その言葉が止まる。

何故なら、元次の片腕がボコボコと音を立てて大きく膨れ上がり、巨大な力瘤を形成していたからだ。

更に、ビリビリと震えながら極小の電磁波を放つ謎の『振動』を腕全体に纏っている。

高性能な人工頭脳を搭載されているクッキーには、アレが何か理解出来た。

奴が目を光らせながら振るう、『アレ』は――。

 

「ビートパンチィッ!!!!!」

 

『――ギ――ギ、ギ――』

 

触れてはならない、破壊の振動である、と。

決して触れるべきでは無かった音の振動に触れたクッキーの末路。

それは、内部から自分が崩壊するのが手に取る様に分かるという悲惨なモノだった。

クッキーは自分が滅び行く前に、全姉妹機に通達する――『アレ』に決して触れるな、と。

 

「へっ。少しは勉強になったかぁ?決してチョーシにのるな――だぜ?……あの世でしっかり複習しな」

 

その言葉を最後に、クッキーは内部部品の崩壊、爆発によって全身を粉々にされた。

元次の持つ技の中でも、手加減が一切出来ない『殺す為の技』の一つ。

音の振動を載せて撃ち出す殺人拳、ビートパンチである。

残っていた全てのクッキーが鉄のガラクタと相成り、火花をあげながら機能停止する中、マープルは驚愕に顔を染める。

全部で50機。壁超えには届かずとも、そこそこの戦闘力を持つクッキー軍団が瞬く間に蹂躙されてしまったのだ。

文字通りジョーカーだった戦力も、全てがたった1人の男に藻屑とされていく。

 

「次はどいつだ?あ?――俺に”絶滅”させられてぇのは……よぉ?」

 

味方の人間達すらも呆れるほどの傍若無人な振る舞いをした元次は、クッキー達の残骸を踏みつけながら笑っていた。

 

「なんという……あれは最早、暴虐の徒だな。紋よ、あの者は……」

 

「あ、はい!!あ奴は鍋島元次!!我が友です!!自分の大切な者の為にと、それと我の依頼に応えてくれました!!」

 

ここで、元次の暴れっぷりを見て溜息を吐いたのは九鬼局。

次代の傑物である英雄と揚羽の産みの親にして、紋白の義母である。

少し前まで紋白とギクシャクしていたが、今は胸を張って親子だと言える関係になった、正に母の中の母。

何せ夫の浮気で出来た娘の紋白を笑顔で受け入れる程の大きな器量持ちだ。

母親である局の言葉に紋白が答え、局は何と言おうか迷っていたが――。

 

「違うぜ、紋白。そいつぁ違う」

 

それよりも先に、元次が口を開いた。

紋白の言葉を否定した元次は、振り返って紋白と顔を合わせずに背中で語る。

 

「俺ぁお前の依頼になんざ応えちゃいねえ……ダチの頼みに応えただけだ。そこは間違えんなよ?」

 

あっ、と紋白は声を漏らす。

そう、この男は九鬼としての紋白の依頼では無く、学友の紋白の頼みを聞いたのだと。

利害の一致もあったが、報酬を望まずに友としてその願いに応えたのだと。

 

「小雪の事もあるが、お前の頼みを忘れたつもりもねぇ」

 

「……ちゃんと、覚えていてくれたのか?」

 

「あぁ。約束したからな。嘘をつくフザけた真似はしねーよ」

 

背中を向けながらも、その大きな背中で信じさせられる言葉。

その言葉に、九鬼局は任せてみるのも母の務め、と一応言葉を飲み込んだ。

英雄が冬馬を親友に得たのと同じく、紋白も――真に親友を得た瞬間だったのだから。

 

「……呆れたモンスターぶりだね、BOY」

 

「あぁ?」

 

「正直、揚羽様と川神百代を抑えておけば問題ないと思ってたけど……まさかここまでしてやられるとは」

 

「馬鹿が、テメェが俺を怒らせやがったんだろ」

 

「それにしたって何でそんな大技連発しといて、全く気が減ってないんだい?普通ならとっくに枯渇してるだろうに」

 

敵を倒せば倒す程に弱っていくのが普通である。

例えそれがどんな達人であろうと、カロリーを消費して生きる人間なら常識中の常識。

星の図書館と呼ばれる程に膨大で、この世の歴史全てを暗記するほどの人間離れした記憶力の持ち主のマープルでも理解出来ない存在。

過去にこんな力を持った人間は只の1人として記録されていないからだ。

それはそうだろう。何処の世界に、相手を倒せば倒す程にハッスルしていく人間が居ようか?

そういった、ミス・マープルからすれば『常識』に基いて質問したというのに、元次は笑うだけである。

 

「簡単な話だ。元々俺の気の総量がバカみてぇに多いのもあるが……俺の場合、手っ取り早くエネルギーを生産する方法がある……怒れば良いってだけだ」

 

「えぇー……怒ったら怒った分だけMP回復?それなんてバグだよ?」

 

「あ?川神先輩の瞬間回復だってよっぽどバグだと思うけどな?」

 

大和の呟きが、この場に居る人間の思いを代弁していた。

敵、味方全員から『もう、何なのこの理不尽生物?』と一致して思われる程である。

そんな全員の思いも、元次からすればどうでも良い事だった。

今はマープルの前に、どうしても落とし前を付けなくてはならない相手が居るのだから。

全ての敵勢力をたった一人で蹂躙しつくした元次は悠々と歩いて倒れる項羽の胸倉を掴んで引き起こした。

 

「んじゃまぁ、そろそろ遊びも――」

 

「か、ぐ……――ぐうおおお!!!」

 

「あ?」

 

しかし、さすがは鬼神と謳われた古代の英雄のクローン。

普通なら意識を保つ事すら難しい攻撃の連打を浴びたとは思えない程のパワフルさで、元次を殴り飛ばしたのだ。

顔を殴られた元次は少し口の端を切って血を流して後退するが、それ程問題視していない。

只単に、『本命』が使える様になるまでの暇つぶしでしか無いのだから。

だからこそ、視線の先で方天画戟を杖代わりに立っている項羽に対して、元次はニヤリと笑った。

 

「はぁ、はぁ……貴様ぁ……ッ!?」

 

「……へっ……テメエ等とじゃれ合うのも、これで最後だ……――そろそろ『溜まった』かぁ!?」

 

「なにを言っ――ッ!?」

 

立会の最中に空を見上げた元次に首を傾げるが、項羽は思い出す……空に何があるのかを。

慌てて空を見上げてみれば、そこには10メートル前後にまで肥大化したエネルギーの塊が浮遊していた。

 

「さぁ降りてきな――」

 

しかも、今にも破裂しそうな勢いで脈動を繰り返しながら、主の命令を待っているのだ。

既に自分の体はあちこちガタが出て、回避は不可能。

そして、あのエネルギーを見た味方陣営は、大会で百代に使ったサンダーノイズの事が脳裏に過り、大汗を掻いていた。

誰も合図は出さなかったが、全員が見事にシンクロして城からの退避行動を取る。

しかし、先のサウンドバズーカによって出口が見えなくなっていると気付き、皆絶望を露わにする。

ちなみに小雪と準、冬馬の3人は元次への信頼故か、その場から動かずに元次の戦いを見守っていた。

唯一準だけは頬を引き攣らせて二人に「大丈夫?大丈夫だよねこれ?」と頻りに聞いていたが。

標的である項羽など目の前の状況に頭が追い付かず思考停止している程だ。

最早この先の運命が見えてしまった項羽が、呆然とそのエネルギーを見つめ――。

 

 

 

 

 

「 メ テ オ ノ イ ズ ゥ ! ! ! ! ! !」

 

 

 

 

 

音速の隕石が、轟音を奏でて大地を穿ち――川神城は文字通り、崩れ去った。

 

 

 

――ここに、川神の地を揺るがした大事件『クローン戦争』は、大爆音と共に幕を降ろしたのである。

 

 

 

そしてこの出来事から数日後、元次に対して全世界が共通してあるコードネームを付けた。

 

 

 

MOMOYOを、武神を超えた、KAWAKAMIのクレイジーな生物――生物名称、『鍋島元次』

 

 

 

体中に幾重にも刻まれた傷跡は――野生のゼブラを思わせる。

 

 

 

縞馬の擬態色の様に、人間の模様を被ったモンスター。

 

 

 

故に――コードネーム――ZEBRA――世界認定、『第一級危険生物』、と。

 

 

 

「く、あ~……ダリィ」

 

「ウェーイ♪元次、いっぱい怒られてたもんね~♪」

 

川神の地を騒がせていた事件を解決した元次だが……つい先程まで、物凄い説教を食らっていたのである。

原因は勿論、最後に使った大技、メテオノイズの事だ。

メテオノイズは口から超巨大な音の塊を空中に飛ばし、その後地上に音の塊を降らせて攻撃する技で、発動まで時間が掛かるという弱点がある。

しかし、その発動まで掛かる時間で膨大なエネルギーを更に増幅させているので、一度放てば全てを破壊する、正に究極の破壊奥義。

そんな危険極まりない技を、まだ沢山人が近くに居たのに使った件で全員から説教をもらっていたのだ。

味方側からの説教は甘んじて受けた元次だが、敵方でまだ元気の有り余ってる面子と与一にはマッスルインフェルノを一発づつお見舞いしていた。

 

「つってもなぁ~。ちゃんと全員サウンドアーマーで守ってたのにあそこまでキレる事ぁ無えだろ」

 

「あはは。皆それを知らなかったから、大丈夫なのに『死ぬ~!!俺死ぬ~!!』とか『生涯独身……寂しい人生だったなぁ』なんて色々言ってて面白かったね~♪」

 

「特に直江先輩の『フッ……やっぱり、俺みたいな特異点は世界に削除される運命なんだな』ってのは傑作だったな。あの人も昔中二病だったのか」

 

「多分、それで与一の説得出来る~って言ってたんだよー。僕、お腹抱えて笑っちゃった~♪」

 

「何とも変な所で役に立ったな、中二病が……直江先輩としてはかなり恥ずかしいだろうけど……小雪に笑われて凹んでたし」

 

そのトラウマを掘り起こしたのは他ならぬ元次なのだが、それは割合しよう。

今は皆事後処理に取り掛かったり傷の手当をしてもらいにいったりと大忙しだった。

そんな忙しい中で、元次は小雪と共に土手に座って英気を養っている。

さすがに声を連発して使ったので”少々”疲労が溜まっていたのだ。

早朝からの電光石火の如き戦いだったからか、まだお天道様は高く登っていて直ぐには沈まないだろう。

 

「やれやれ……しかしまぁ、あんだけ頑張ったのに褒美貰う処か説教喰らうとはな……骨折り損の何とやらってヤツだぜ」

 

「けたけた、可哀想~♪……それじゃあ、僕があげるよ~」

 

「え?小雪が?俺に何かくれんのか?」

 

「うんうん♪元次は頑張ったから、僕が優しーく労ってあげるのだ♪とーう♪」

 

「は?お、おいちょっ――」

 

え?と聞き返そうとした元次の下腹部に、突如心地良い重みが掛かった。

それと同時に目の前が暗くなり、視界いっぱいに小雪の笑顔がフレームINする。

そう、小雪は元次の腹を跨いで、その上に座ったのだ。

艶めかしく腰をくねらせるその姿は、普段の小雪には無い妖艶な色気が感じられる程に悩ましい姿であった。

予期せぬ突然の行動に、元次は声を出す事すら忘れる程に呆けてしまう。

それほどまでに、小雪の純真無垢な笑顔が元次を引き寄せたと言っても過言では無いだろう。

 

「ふふ~♪色々あって、先延ばしになっちゃったけど……モモ先輩を倒した時のご褒美だよ♪」

 

「え?え?……こ、小雪?」

 

突然の出来事に目を白黒させる元次に取り合わず、小雪は微笑みながら背中に隠していた両手を胸の前に突き出し――。

 

「ウェーイ♪ご褒美のマシュマロなのだー♪」

 

これまた予想外のご褒美に肩をズルッと滑らせてしまう。

もし小雪が乗っていなかったならば、思いっ切りズッコケていたであろう。

想像していたご褒美とは180度違った事に肩透かしを食らった気分の元次だが、其処は苦笑いで誤魔化す。

真昼間だと言うのに空から何処かへ落ちた『二つの流れ星』が、妙に哀愁を誘う。

 

「あ、あはは……あ、ありがたく貰うぜ……」

 

少し残念そうな雰囲気を出しながら差し出されたマシュマロに手を伸ばすが……。

 

「あっ。ダメダメー。これは……僕も食べるんだから♡」

 

「へ?」

 

小雪の手に乗ったマシュマロは寸での所で引っ込められてしまう。

そして、引っ込めたマシュマロを、小雪は半分だけ口に咥え――。

 

 

 

「ん~~♡」

 

 

 

そのまま空いた両手を元次の首に絡ませ、元次の口元へとマシュマロを運んだ。

恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、幸せそうに微笑みながらマシュマロを咥える小雪。

これまた全く予期していなかった元次は小雪の行動に呆然とし――。

 

 

 

「ん♡」

 

「」

 

 

自然と、マシュマロと”マシュマロの様に柔らかい唇”の感触をダブルで味わってしまった。

頭が理解に追い付けない中、幸せそうに目を閉じる小雪の顔を見つめる事しか、元次は出来ない。

しかし、これは小雪の言う通り自分にとって最上級のご褒美だと、元次は本能で理解する。

 

元次の唇と小雪の唇が触れ合った瞬間、体中の『細胞が進化し、一気に活性化』したのを感じ取ったから。

 

それに終わらず、体に纏わりついていた疲労が消え、気力が一気に満ち溢れてくる。

もしもこの世界に『人生のフルコース』があるなら、前菜からドリンクまで全てが『小雪のマシュマロ』で良いとさえ思った。

口の中に感じる仄かな甘味とそこはかとないフワフワした食感のマシュマロ。

――更にその先から唇に伝わる、マシュマロの様に柔らかい小雪の唇のプルプルとした感触。

そして得も言われぬ自分の全てを潤してくれる極上の甘み。

 

 

 

名を付けるなら――『マシュマロキッス』であろうか。

 

 

 

正に口元にこれ以上ない幸福感を、元次は唇から全身に伝わるのを感じ取っていた。

気付けば元次は小雪の華奢な背中に手を回し、優しく彼女を抱きしめている。

小雪も嫌がる事無く、自然とそれを受け入れていた。

 

「ん♡……はふっ♡」

 

「……」

 

「……えへへ♪……どーお?僕のご褒美♪」

 

やがて、小雪ははむっ、とマシュマロの半分を噛み切り、モグモグと頬張って飲み込み、感想を聞く。

恥じらう様に頬を染めながら元次を見下ろすルビーの様に紅い魔性の瞳。

半ば夢見心地でマシュマロを食べた元次は、自らの首に腕を絡める小雪の頬に手を当てて優しく撫でる。

最早言える事は、唯一つであった。

 

「……最ッ高」

 

「わーい♪良かったぁ♪」

 

元次の感無量と言える呟きに、小雪は全身で喜びを現す。

ギュッと元次の野性的な体に抱きついて甘える彼女の様子を見て、元次は自然とその柔らかな髪に指を通す。

絹の様に柔らかく繊細な触り心地を堪能しながら頭を撫でると、小雪は更に甘えを強くした。

顔を胸に押し付けていた抱きつき方を変えて、全身を余す所無く元次の体に密着させていく。

そうなると自然に、最初の様な同じ目線で見つめ合う構図になった。

 

「……小雪……聞いてくれるか?」

 

「……なーに?」

 

「……俺は――小雪が好きだ」

 

「――~~~ッツツ!!!」

 

「昔、小雪の笑顔を初めて見た時から……ずっと、お前が好きだった……俺は、小雪が欲しい――俺の女になってくれ」

 

そして、不意打ちも良いタイミングで、元次はストレートに且つシンプルに、小雪に想いを伝えた。

真っ直ぐに自分を、自分の全てを射抜いてしまいそうな力強い眼光に、小雪は背筋を震わせる。

勿論それは恐怖では無く、歓喜の感情故にだ。

ずっと、小雪が欲しかったモノ――胸に燻る想いを理解してから、何よりも欲したモノ。

もう届かないと分かって涙した過去……悲しかった記憶が脳裏に過る。

しかし、自分を引き取ってくれた榊原夫妻が何時か教えてくれた――想い続ければ、きっとまた会える。

慰めだったかもしれない……だが、凡そ10年近くの片想いが……本当に実った。

その事実が何よりも嬉しくて、幸せで……小雪は自然と涙を流していた。

嬉しすぎて、言葉が出ない。

だから小雪は、返事の代わりに力いっぱい、元次に抱きつく。

もう二度と、自分の前から居なくならない様に、離れない様に……そんな想いを込めて。

そんな中で、小雪は自分の体が疼くのを感じた。

下腹部から伝わる炎の様な熱さ、全身の血流が一気に加速して顔がどうしようも無く火照る。

……もう良いよね?10年も待ったんだから……好き同士なんだから……我慢しなくても、良いよね?

今の自分の疼きを正当化する様に、小雪は心の中で何度も自分を納得させる言葉を並べ――甘えた。

 

「……ねぇ、元次。知ってる?」

 

「ん?何だ?」

 

「あのね、トーマが教えてくれたんだ……女の子は――」

 

 

 

マシュマロみたいに、甘くて柔らかいんだって

 

 

 

「……へ?」

 

突如、耳元で今までに聞いた事も無い艶の篭った声でそんな事を言われ、元次は呆然としてしまう。

そういう顔に似合わない隙を見せる所も、小雪にとってはとても愛おしく感じられる所だった。

自分が何を言おうとしてるか考えて、小雪は顔に集まる熱、早まる動悸、そして下腹部にジュンとオンナの火照りを感じる。

はしたないと思いながらも、10年という月日の想いは心のダムを乗り越える程に溢れて止まらなかった。

 

 

 

ねぇ、元次……僕もう……我慢出来ないよ……僕だって……元次が……大好きなんだもん♡

 

 

 

小雪はそんな元次を見てクスリと妖しげに微笑みながら、ルビーの様に紅い瞳に女の色を灯す。

 

 

 

 

 

ねぇ、元次――”マシュマロ”――食べる?

 

 

 

 

 

――その日も次の日も、合計二日間……元次と小雪は家から1歩も出歩かなかった。

 

 

 

さて、子紆余曲折色々と忙しかった川神だが、やがて落ち着きを取り戻し……。

 

「らんらんるー♪」

 

「コラ、そんな歌を歌っちゃいけません!!」

 

「まぁ良いではありませんか、準。ユキも嬉しいんですよ」

 

川神学園も平常通りに学校を再開した。

近隣住民から変態の橋とも呼ばれる多馬大橋を、学園の生徒達が渡る中に、何時もとは少し違う光景があった。

学園でも天然不思議系美少女で有名な榊原小雪が嬉しそうな表情で、一人の男の腕に抱き付いているのである。

男の方も笑顔でそれを受け入れながら、冬馬と準と一緒に通学している。

 

「10年も想い続けた人と、恋人になれたんですから」

 

「そうだよー♪僕と元次は恋人なの♪」

 

「あはは……俺も嬉しいッスよ……初恋がキッチリ叶いましたから」

 

「そうか……良かったな。ユキ」

 

「うん♪」

 

そう、御存知川神の暴走機関車、鍋島元次その人である。

顔の傷を縫い合わせた元次は自分の腕に腕を絡めて微笑む小雪を見て幸せを噛み締めつつ、冬馬達に言葉を返す。

まぁ勿論、小雪と元次は晴れて恋人同士になった訳であるが、川神学園の生徒はそこまで驚いていない。

あの若獅子タッグマッチトーナメントの大々的な場でキスをしたのは周知の事実。

寧ろこれでくっつかなかったら、元次は周囲から大ブーイングを食らってる所である。

 

「ねー元次?夏休みはどうするの?向こうに帰っちゃう?」

 

「ん?いや。向こうには特に予定もねーし、盆まではこっちに居るぜ。小雪と色んな所に行きてーし、さ」

 

「ホントー!?じゃあじゃあ、今度七浜の新しい水族館に行こうよ!!お魚さんで英気を養うのだ♪」

 

「おう。じゃあちょっと奮発して泊まり掛けで行くか。そうすりゃナイトアクアリウムも見れるし、大会の景品を売った金がたんまりあるから問題も無え」

 

「……えー?……泊まり掛けで、僕に何するつもりさー?」

 

「さーてなー?俺には何の事やら分かんねーや」

 

「もう。スケベー♪」

 

……この会話の最中、元次と小雪に表情の変化は見られない。

どちらも幸せいっぱいと言葉が無くとも伝わる程に笑顔なのである。

傍から見れば、二人の間にはピンクとハートのオーラが大量に見えるであろう。

その幸せオーラを間近で見ていた二人は顔を見合わせて苦笑いする。

 

「やれやれ。少し妬けてしまいますね」

 

「ホント、幸せそうにしやがって……っていうかユキの奴、水族館を寿司屋と勘違いしてないよね?やだよ夕方のニュースで『水族館の魚、消失!?』なんてタイトル見るの」

 

「まぁ元次君がいるので大丈夫でしょう。それに確か七浜の方に出来た水族館には、本当に館内に寿司屋さんがあるそうですよ?何でも、資源問題を訴える為だそうです」

 

「マジでか?……時代は進んでるなぁ……子供の頃で時間が止まる偉大な発明が出来る事を祈るよ」

 

「準さん……心を病んじゃってるんスね……」

 

「ロリコンとハゲは不治の病なのだー」

 

「お前等さっきまで二人だけの世界に居たのに何で俺の罵倒の時だけ戻ってくんの!?そしてひどいわ!!」

 

と、いった感じで、葵ファミリーは今日も賑やかに登校していく。

勿論小雪と元次の仲を妬む者も居るが、大半は二人のラブラブっぷりに涙を流して諦めてしまう。

更に実力行使で小雪を奪おうにも、小雪自身が学園でも上位クラスの強さを誇っていて太刀打ち出来ない。

何より、小雪に手を出せばこの世の何よりも恐ろしい人間の皮を被ったモンスターが本気で殺しにくるので、やはり諦めて涙を飲む。

そんなこんなで、二人は川神学園での円満な恋人ライフを満喫しているのであった。

ちなみに、同じく学園で有名な風間ファミリーはと言うと……。

 

「グギギ……ッ!!羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい羨ましい妬ましい……」

 

「ッ!!……~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

「マルさん!?が、眼帯を外してどうしたんだ!?」

 

「モモ先輩がダークサイドに堕ちかけてるぅううううううう!?」

 

「姉さん……諦めよう。ありゃ突け入る隙なんて無いって。ホント」

 

「うぅー!!弟!!軍師なら何か良い案出せよー!!」

 

「いやもう無理ホント。話聞いたら10年越しの恋が叶ったらしいし、あんなにラブラブだとマジで無理(恋敵の応援なんかしたくないっての。クソッ)」

 

「それに、二人が真剣に愛し合ってるなら……モモ先輩には辛いが、身を引くべきだと自分も思う。マルさんもそう思うだろ?」

 

「ッ!?……そう、ですね……お嬢様の言う通り……です」

 

「ぐぐ!?……クリの言う通りなんだよなぁ……はぁ……クソー!!挑戦者は弱いしあいつとは戦えないし……あいつはあいつで女作っちゃうし……ッ!!うがー!!」

 

「お爺ちゃんから鍋島君との戦闘禁止ってお触れが出ちゃって……それでお姉様が荒れ狂ってるのよぅ」

 

「そりゃ……ねぇ?」

 

「さ、さすがにモモ先輩と鍋島さんの試合となると、大掛かりな準備が必要かと……」

 

『バケモン同士で何の準備も無しに戦われたら、街が火の海の包み焼きハンバーグだぜ』

 

初めて好きになった男が既に別の女を作ってイチャイチャしてるという事実に、百代は血涙を流さんばかりに悔しがった。

あのクローン大戦に於いて、ヒュームヘルシングを抑えていた百代は、苦戦の末にヒュームを倒した。

そして、勝負が付いたと同時に二人で大気圏を突破して落下している所を燕に助けられ無事生還。

元次の気を感知して会いに行こうかとも思ったが、そこで気を失ってしまった。

そして目が醒めてみれば――。

 

「何時の間にか試合は終了。優勝商品も持ち逃げって訳だ……まぁ姉さん、彼の事は諦めてまた別の恋を探すべきだと思うよ?」

 

「ううぅ~~ッ!?……今、あいつ等のイチャイチャ見てたら弾け飛びそうだしなぁ……いや、待てよ?……こうなったらNTRか?」

 

「ぶっ!?モ、モモ先輩なんでそんな事知ってんの!?」

 

「いや、大和の部屋のエロ本に、な」

 

「うぉおおおおおおお!?姉さん何勝手に人のバイブルを!?」

 

「や、大和……ッ!?一体誰をNTRつもりなんだ!!?棒付きにしか興奮出来ないのかぁッ!!」

 

「お、落ち着け京!?これは孔明の、いや姉さんの罠だぁ!!」

 

「大和をNTRのは私だぁ!!」

 

色々とカオスな意味で騒がしくなる風間ファミリー。

しかしその内容を筒抜けで聞いてしまっている元次はというと、些か微妙な気分だった。

何せ自分への気持ちだけでは無くとんでもない発言まで入っているのだから。

女が男をNTRとか無駄に男らし過ぎる発言である。

 

「……何と言うか……正面から言われた訳でもねえし……これから気を付けた方が良いんだろうか?」

 

「知らないよ」

 

「そうかぁ……ん?」

 

と、ボソリと一人事を呟いた元次の耳に、何やら聞き慣れていて、でも聞いた事の無い冷たい声が飛び込んできた。

おかしいなと思いながら声の発生源に目を向けると、そこにはそっぽを向いて頬を膨らませる小雪の姿があった。

 

「こ、小雪?」

 

「なーに?彼女が居るのに他の女の人の事ばーっかり気にしてた元次?」

 

言葉の刃が、武神の拳ですら貫けなかった元次の胸を思いっ切り抉った。

しかし、恋人が出来た元次には彼女が何故こんな態度を取るのか分かっている。

要するに、小雪は他の女の事を考えた元次に腹を立てているのだ。

自分という彼女が腕に抱き付いて甘えているのに、他の女性の事を考えるなんて、という具合に。

 

「ご、誤解だ!?俺が好きなのは小雪だけだって!!只、今後の対策を……」

 

「つーん、だ」

 

「こ、小雪ぃ……」

 

遂に元次の腕から離れた小雪は、両手を組んでそっぽを向きながら頬を膨らませてしまう。

過去にこういった喧嘩をした事が無い元次は、しどろもどろになって慌てふためく。

世界最強の危険生物も、たった一人の愛する女性には敵わないらしい。

 

「……どーしても、許して欲しい?」

 

「ッ!?そ、そりゃ勿論!!」

 

「ふーん?……じゃあ、キスして欲しいなー♪」

 

そして、元次が藁にも縋りつく思いで小雪に許しを請うと、小雪は悪戯っ子を思わせる笑みを浮かべて元次に向き直った。

え?キス?何処で?と混乱する元次だが、既に両手を後ろで組みながら目を瞑っている小雪を見れば一目瞭然。

この変態の橋のド真ん中、沢山の生徒達が見てる前でキスしろという事である。

武神との戦いがお遊戯に思えるこの状況、元次は腹を括るしかなかった。

ここでヘタれて小雪を悲しませるぐらいなら、この程度の羞恥は飲み込んでみせる、と意気込む。

目を瞑りながら「早く♪早く♪」と急かす小雪の肩に手を沿えて――チュッと唇同士で触れ合う。

 

「……ん」

 

「ん~~~~~~~~♡」

 

『『『『『『『『『おおおおおおおおお!!?』』』』』』』』』

 

外野の色々な感情が混ざった叫び声の聞こえる中、繋がった唇を離して元次と小雪は見つめあう。

元次は照れを残しながら、小雪は嬉しそうに微笑みながらと違いはあるが――。

 

「えへへ♡……もーいっかい!!」

 

「も、もう一回?……わ、わあったよ……ん」

 

「ん~~~~~~~~♡」

 

「……フゥ……これで許してくれるか?」

 

「んー♡まだダーメ♡もーいっかい!!もーいっかい!!はいはいはい!!」

 

「何処のホストのノリだよ……良いぜ。こうなったら何度でもしてやらぁ」

 

 

 

「うん♡いっぱいして♡――これからも、ずーっと……僕だけに、ね♡」

 

 

 

こうして、川神学園にとても仲の良いカップルが誕生した。

1人は昔、心に傷を負った少女。

そしてもう一人は……その少女を守ると誓った、心優しい怪物。

 

二人が付き合いだしてからも、様々なドタバタ騒動が巻き起こった。

 

やれ浮気の疑惑や武神の猛アタックや九鬼を相手取った戦争等、枚挙に暇が無い。

極めつけは川神学園に蔓延る魍魎の宴の信者や童帝との学園を巻き込んだ一大戦争もあるのだが……。

 

 

 

元次♡だーい好き♡

 

あぁ、俺も大好きだ……小雪

 

 

 

その話は、少女の笑顔が嫉妬で膨れるまで、話す必要は無いだろう。

 

 




はーい。という訳でマジ恋でした。


良く番外編とかやって『続き希望』を頂きますが……。


今回は最後まで書いたから良いと思うんだ(悟り)


今回はpixivで発見したイラストにインスピレーションを受けて書いた物です。


題名は『マシュマロを半分』と犬江しんのすけさんの作品、指ブラの『小雪さん』というイラストでした。




皆さんもぜひ一度見て下さい。小雪さんめちゃ可愛えぇ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~本編~
その男、兄弟分ナリ


歩くフラグ大魔王、織斑一夏の親友であり兄弟分の鍋島元次。
一夏がISを動かした事で巻き込まれた彼の運命は?


『インフィニット・ストラトス』通称『IS』と呼ばれるものが存在する。

 

 

とある大天才が生み出したこれは、宇宙進出を目的としていたパワード・スーツのことで、現存の兵器でこれに打ち勝つことは出来ないとされている。

ISが人類に初めて姿を表したのは、何者かにハッキングを受けて、日本の首都、東京に向けて放たれた二千発余りのミサイルを『たった一機』のISが全て撃墜した時であった。

コレが世に言う『白騎士事件』と呼ばれるISによる実戦であった。

戦車、戦闘機、軍艦……あらゆる兵器はISの登場によりその姿を歴史の表から姿を消していった。

その威力を重く見た世界各国の首脳陣営はアラスカ条約を発足。今は兵器としてだけではなく、スポーツの道具として世間で使用されている。

 

 

ただし、ISは女性にしか扱えないという欠点があり、これによって世界は完全に女尊男卑の状態となって男達は肩身の狭い思いを強いられる時代が到来しちまった。

 

 

……まぁ、俺には関係ない事なんだけどな(笑)

 

 

みーん、みーん、……み゛ぃぃぃぃぃいいん゛ッ!!!?

 

 

 

「……あっぢぃ」

 

 

 

 

季節は夏真っ盛り。時は8月5日なり。

 

蝉の活気いい泣き声があっちゃこっちゃから止め処なく聞こえる今日この頃、如何お過ごしだYO?そして最後の一匹、何があった?

ちなみに俺こと『鍋島元次(なべしまげんじ)』は肩にベルトをまわしたクーラーボックスが一つ。

体力に買い出す時のお買い物必須、主婦御用達エコ袋を反対の手に持って、ダチの家のインターホンを鳴らしたトコだ。

例年より高い気温に晒され、汗を垂れ流しながら俺はインターホンから返事が返ってくるのをいまかいまかと待ってる。

暑くて敵わねぇから早く返事して欲しいんだが……

 

「……ふむん?」

 

『シーン』

 

……返事がない、只のしかば『はい、おっ?やっと来たのk』

 

「言わせろや最後の一言までぇぇぇぇぇえええッ!!!」

 

中途半端なとこで遮るんじゃねぇよド畜生がぁッ!!!最後まで言い切れなくて気分悪いわッ!!!

 

『どおおわぁッ!?な、なんだよいきなり意味わかんねぇぞッ!!?つうか、何も言ってなかったじゃねぇかッ!?』

 

「じゃかあしいッ!!せめてもうワンテンポ遅く出やがれってんだよッ!!熱くてかなわねぇんだよパピーザパッピンスッ!!」

 

『ワンテンポってなんだよ!?って誰がパピーだ!?後パッピンスってなんだよ!?たくっ、ちょっと待ってろよ、今開けるから』

 

「早く開けねぇと大声で叫ぶぞ?『織斑一夏はMrシスドー。神に逆らいシスコンを極めんとする者』だって」

 

『不名誉なうえに理不尽すぎるッ!?しかも超越者扱いッ!?頼むから待てぇぇぇ!!?』

 

その言葉を最後にインターホンの向こうからドタドタと走る音が遠のいていく。

どうやら玄関まで走ってきてくれるようだな。うむ、よきに計らえ。

少しの間待っていると、玄関の向こう側が騒がしくなり

 

「(ガチャ)はー、はー、はー、ま……まだ言ってねぇだろうな…はー、はぁー」

 

開かれた扉の先には黒髪の無造作ヘアー、顔立ちはそこらの俳優もビックリなぐらい整ってる男。

なにやら汗だくになって、肩で息をする我が親友の姿が……ふむ。

 

「落ち着けや、ハァハァ言ってると変質者みてぇだぜ?」

 

「お前のせいだよ!?何をさも『何があったかわかりません』って顔してんだよ!?」

 

ありゃ?見た目よか元気そうじゃねぇか。

額の汗を拭いながら俺に詰め寄ってくるこのイケメンは、幼稚園から付き合いのある俺のダチ公の一人『織斑一夏』だ。

ちなみにコイツのお姉さんの『織斑千冬』さんもかなりの美人さんで、スラッとした切れ長の瞳はデキる女の人、キャリアウーマンの手本みてえな人だ。

オマケにIS無しの体術もハンパねぇ。まさしく誰もが認める天然チートなお方でありその滲み出るカリスマ性から周囲から尊敬の念が絶えたことは無い。

只、その滲み出るカリスマ=威圧感となるわけで男の影は一切、欠片とて無し。

以前これをポロッと口から零してしまったせいで24時間耐久デスレースをする羽目になった時はマジで死を覚悟しますた。

目がサイボーグみたいに紅く光ってたのは幻覚だと思いたい、マジで。

 

一方で弟の一夏の方はその輝く容姿と際限ない優しさから別名、『歩くフラグメーカー』『旗祭り男爵』『イケメンフェロモリア』『移動式メスホイホイ』とか呼ばれている。

女の数だけフラグをおっ勃て、建設した旗の分だけ爆破しにかかる『女殺し』ってやつだ。

まさに人類、いやオスの最終兵器でもあり、ダチの間では『一夏が来る時は妹、姉、母を隠せ、さもないとあっという間に旗が立つ』なんて格言すら生まれた。

もはや完全にナマハゲ扱いだなおい(笑)まぁ俺は一人っ子だからカンケーねぇが。

実際、俺と一夏の共通の友人である『五反田弾』の妹の蘭ちゃんにはあっという間にフラグ立ったからね(笑)

いやはや、ホントにモテない男の敵だぜコイツは。

 

「……ゲン……お前今トンでもなく不名誉なこと考えなかったか?」

 

なんか一夏がエラくジト目で睨んできやがる。

ちなみに今の『ゲン』ってのは俺の渾名みてえなもんだ。

名前の『元次』からとって『ゲン』。安直な上に判りやすいなおい。

まぁ自分でも気に入ってるからいいんだがよ。

 

「なに、今までのお前の罪を数えてただけだ。完全にギルティだよテメー」

 

「裁判所も弁護士もスッ飛ばして有罪確定ッ!?どんだけ理不尽なスピード裁判だよッ!!?異議ありッ!!再審を要求するッ!!」

 

「何ぬかしてやがる。オメーが墜とした女の数からしたら有罪なんて生温いぜ?本来なら即刻ギロチン首スパーンものだ」

 

「生温いと来た上に死刑ッ!?って何言ってんだ!?俺は女を落としたことなんて一度もねぇよ!!?」

 

「……はぁ」

 

「……な、なんだよその目と溜息は?」

 

「いや別に……はぁ」

 

溜息をつきたくなる俺の気持ちも察して欲しい。

なにしろこの一夏って野郎は女性にはすげーモテるんだが、その好意にはてんで疎いときたもんだ。

コイツについた別の通り名が『KING・OF・唐変木』だとか『鈍感王・オリムーラ・D(鈍感)・イチカ』。他には『恐竜よりも鈍い霊長類』なんてのも有る。

先も言ったように、コイツは旗を立てるだけ立てて木端微塵にフッ飛ばしちまうようなことを既にかーるく百八以上はこなしている。

煩悩の数超えるってドンだけだっつの。

 

おまけに被害は俺にも来た事がある。

 

例えば以前にあった事例なら、放課後の屋上というこれ以上ないシチュエーションに女生徒から手紙で『大事な話があるので屋上に来てください』と呼び出されて一夏がそこに行く。

呼び出した女生徒は頬を染めてありったけの勇気を振り絞り、一夏にこう言う。

 

『わ、私とッ!!……つ、……つ、つ付き合って下さいッ!!』

 

全てを出し切って、返ってくる返事に恐怖と不安を混ぜたまま、女生徒は顔を伏せて一夏の答えを待つ。

 

『ああ、いいぜ』

 

そして一夏は応えた。

その一言に女生徒は俯かせていた顔を上げて凄い嬉しそうな顔を浮かべる。

一夏はその女生徒に安心させるような柔らかい声と暖かい微笑でもって……

 

『で、どこに付き合ったらいいんだ?』

 

ナチュラルにトドメをブッ刺した。

 

なんて事例が多々、多々あったんだこれが。

 

その一言で女生徒のハートは粉微塵にブロークン。

泣きながら屋上を走って逃げ、次の日は学校を欠席しちまった。

この話を偶々一夏の家に遊びに行った時に聞かされた日にゃ、そこに偶々いた一夏のお姉さんの千冬さんと俺で一夏に制裁を加えたのはもはや言うまでも無し。

俺が繰り出した「百一烈拳」の乱打と、一夏のお姉さんの鉄をも切り裂く神速の居合い斬り(木刀)でボロボロにのされても文句は言わせなかったぜぇ。

 

そして制裁が終わった後に、千冬さんがスッゲー申し訳なさそうな顔で俺を見てきてさぁ。

 

『元次、すまないが……一夏の代わりにその女生徒に謝ってやってくれないか?コイツはなんでその子を泣かしたのか根本的に判ってないし、そんな心の篭っていない謝罪を受けてもその女生徒は納得しないだろう……こういった事は家族が出るものではないし……心苦しいんだが、お前以外に頼める相手がいないんだ……頼む』

 

なんて軽くだけど頭下げられた日にゃあ、覚悟を決めたよ。

なんとか事情をぼかしてその女生徒に連絡つけて、その子の家の近くにあった喫茶店『翠屋』に来てもらったんだわ。

かなり泣いてたのか、目が真っ赤になってたのが凄い心に響いた。

最初、店に入った時は俺がやったみてぇに見えたのか、喫茶店の他の客の目と女性店員の目がスッゲー痛かったよ。

でも俺達の話しに聞き耳を立ててたのか、段々と俺に同情の視線が向いてきたがな。

そんでまぁ、ここに呼んだ事情を説明して、とりあえず俺が一夏の代わりにその子に誠心誠意謝った。

 

 

そん時の一幕なんだがよ……

 

 

『……ひっくッ……ぐずっ……ううぅぅ……』

 

『ま、まぁ、なんだ……アイツも悪気があったわけじゃねえんだ……アイツの代わり……では役不足で悪いが、俺が頭下げさせてもらうよ……本当にすまねえ』

 

俺はテーブルに手を突いて頭を思いっ切り下げた。

とりあえず何かしら反応があるまでそうしとこうと思ったんだが……

 

『……ぐすっ……い……かぃ』

 

『……ん?』

 

何か小さく聞こえたので顔を上げて見るとよぉ。

 

『一回だけ……叩かせて下さい』

 

って泣きながら言われたんだよ。

俺はさすがにあんなのでもダチだからあんまりそーゆうのは見たくなかったのよ。

だからなるべく穏便に済ませようとしたんだ。

 

『い、いやでもよ?こんな事があった後でアイツを、一夏を叩いたりしたら後味が悪くな『違うんです……』るぜ?……ゑ?』

 

俺はこの時、自分の聴覚を疑ったぜ。

いや、おかしいよね?

だって『叩かせろ』って言ってる相手が『違う』なんて言うんだぜ?

じゃあ何よ?って思うだろ?

 

さてここで状況を整理してみましょうか。

 

1、この喫茶店は俺は初めて、他に知り合いはいねえ。

 

2、目の前の女の子は気弱な感じな子で誰かを叩いてるなんてこととは無縁そう。

 

3、彼女の真っ赤に腫れた目の恨みがましそうな視線は俺の顔をロックオンしてらっしゃる。

 

4、従って導き出されるアンサーは?

 

『俺ぇぇぇッ!?』

 

『……ッ!!(コクコクッ!!)』

 

思わず自分の顔を指差して絶叫したよ。

んでこの子メッチャ頷いてるし。

この時点で喫茶店内の俺に向けられる視線は憐れみと同情のみだったぜ。

 

『え!?いやちょ!?なんで俺!?なんで俺を叩きたいのよ!?一夏じゃねぇの!?』

 

『い、一夏君の顔をはたくなんて、私には出来ません!!それにもし傷がついたら可哀想です!!』

 

『ちょっと待ってくんねぇ!?俺は!?俺はいいのかよ!?俺は可哀想じゃねえぇってか!?』

 

どんだけ理不尽なんだよ畜生って話だったぜ。

さすがにコレは勘弁と思った俺は彼女には悪いが断ろうとしたんだけど……

 

『こ、このままじゃ私……こんな……こんな、モヤモヤと燻ってる想いがあったら、学校になんて行け……ませんっ……ぐずっ……ふぇぇ』

 

そう言って大泣きしだしちまったんだよ。

このまま帰るわけにもいかねえし、千冬さんから『頼む』って頭まで下げられたんだから引き下がれなかったんだよなぁ。

 

『……』

 

『ひっく……うえぇ……ぐずっ…』

 

『……ハァァ……(スッ)ほらよっ』

 

『ぐずっ……え?』

 

ぐずってるその子に俺は軽く声を掛けて、目を瞑ったまま顔を叩きやすい位置に出してた。

 

『……あ、あの?』

 

困惑してる辺り、本当に叩かせてくれるとは思っちゃいなかったんだろうなぁ。

まぁこうしたからにはイモ引けねーわけでして。

 

『……1発だけな?』

 

『ッ!?……えいッッ!!』

 

パァンッ!!!

 

そりゃあもう見事な快音が店内に鳴り響いた。

正直に言おう。

本気で泣きそうになった。

心から顔の一部分からもういろいろ痛かった。

 

『ご、ごめんなさいッ!!』ダダダッ、ガチャンッ!!

 

その子はそれだけ言うと走って店から出て行った。

 

『『『『『…………』』』』』

 

後に残されたのは、頬に見事な紅葉を刻んだ俺と、泣きそうな顔で俺を見ているお客&店員。

そして……

 

『……痛い出費だなぁオイ』

 

テーブルに残された、さっきの子のヤケ食いケーキの山と領収書だった。

まぁ、会計しようとしたら店員らしき若いお兄さんが俺の手から領収書を取り上げて……

 

『……俺の奢りだ……立派だったぞ?』

 

なんか目元を拭いながら店の奥に引っこんでいった。

……ありがとうございます。見知らぬお兄さん。

そのままとりあえず一夏の家に向かって千冬さんに報告しに行ったんだが……俺の頬に刻まれた紅葉を見て目が点になってた。

『その頬は一体どうしたんだ!?』とすげえ勢いで詰め寄ってきたので、勢いに押された俺は喫茶店であった出来事を包み隠さず話しちまった。

そしたら千冬さんが滅茶苦茶申し訳なさそうな顔になった訳で。

 

『……本当に済まない、元次……一夏が迷惑を掛けた』

 

『い、いや、気にせんで下さい。アイツのこーゆうのは今に始まったわけじゃねーっすから……ね?』

 

今度は90度の深い謝罪を貰ってしまった。

さすがに年上の、しかも長年付き合いのあるダチのお姉さんに頭下げられるのは居心地が悪かったので、慌てて頭を上げてもらった。

まぁ、キチンと謝罪してもらったしこれでいいかな?とか思ってたんだが。

 

『ゲ、ゲン?……悪かったな?俺の代わりにあの子に謝りに行ってくれたんだろ?……そのせいで叩かれたんだよな?……本当に悪い』

 

千冬さんに説明が終わった後で、一夏が悪かったって顔でリビングに降りてきた。

なんかシュンとした子犬が簡単に想像できちまったよ。

こーゆう姿を外で見せたら、女の子達は鼻から愛を垂れ流しながら保護欲の赴くままに暴走するんだろうな。

とどのつまり、一夏は何やっても、どんな仕草でも、女の子を堕とす。

 

『まぁ、なんだ?そぉ気にすんなよ?叩かれたのは……まぁ、俺が行った結果がこぉなっただけなんだしな……』

 

ぶっちゃけ俺が一夏並みのイケメンだったら叩かれることはなかったんだろう。

そう考えると一夏ばっかりを責めるわけにゃいかねぇか。

何しろコイツは昔から色んな人間に千冬さんと比べられてきたわけだしな。

千冬さんはISの世界大会『モンド・グロッソ』で総合優勝を飾り、その頂点に立つ者にのみ送られる称号『ブリュンヒルデ』の名を持つ世界最強に輝いた人だ。

その分、一夏にゃ周りから勝手な期待が掛かって、いつも姉と比べられるっていう辛い思いを経験してる。

オマケにコイツは真正のシスコン。

自分の大好きな姉の名を汚さないように周りの目にも負けずにひたすら頑張ってきた……本当にスゲエ奴だ。

そんな一夏が、今回俺が叩かれた本当の理由が『一夏と顔を比べられた』なんて知ったら大激怒モンだろうしな……黙っとくのもダチへの気配りってな。

 

……ここまでだったら充分、美談で済んだんだが……

 

 

『え?『俺が行った結果』って……お前まさかあの子にヘンなことし――』

 

『ストロングッ!!ハァンマァァァァァァァァッ!!』

 

ドゴシャァァァァァッ!!

 

『ガルボァァァァッ!?』

 

 

あまりにもふざけた一言に対して、俺が渾身のヘビーパンチを放ったのを誰が責められようか。

あ、後その女の子は後日学校で会った時にちゃんと俺に謝ってくれたよ?

 

以上。昔話だ。

 

 

 

 

……まぁ、これでもまだ治らない一夏の鈍感さに俺は匙を投げてる。

ギブ、もう無理。

そんな感じで、その辺は割り切ってる。

 

「……とりあえずよ?上がらせてもらうぜ?いい加減荷物持ってるのがダルくなってきたからよ」

 

「ん?あぁ、そうだな。冷蔵庫は何時も通りにスペース開けてあるからそこに突っ込んでくれ」

 

「あいよー」

 

過去を懐かしんでた思考を引き起こして、俺は一夏と一緒に玄関を潜る。

そのまま一緒にリビングへ行き、冷蔵庫の前で荷物を降ろしてクーラーボックスとエコバックを開ける。

 

「どれどれ?……おぉ!?どれもこれも極上じゃねぇか!?こいつはスゲーな!?」

 

一夏はエコバックの中身を見て目を輝かせている。

興奮気味に喋っている一夏の手の上には。

 

「ほらゲン見ろよこの『茄子』!!艶も色も実の大きさも凄えぞ!?こんなのスーパーじゃお目に掛かれねえよ!!」

 

「確かになぁ。コッチのレンコン、人参、ジャガイモなんかもスゲエや……ばあちゃんは野菜作らせたら右に出るモンはいねえんじゃねぇか?」

 

スーパーで売ってる市販の物なんざ比べ物にならないぐらいに品質のイイ『茄子』だ。

危ない物じゃねぇよ?

そんなモン一夏の前でチラつかせたら、一夏には殴られ、説教の嵐。

千冬さんにぬっ殺されちまうよ。

 

……ここでちょっと俺の家族の事を話そうか。

まず俺の両親なんだが、仕事は考古学者かなんからしい。

らしいってのは俺自身も良く知らねーんだ。

俺が小学校に上がった辺りから俺に家事とかを仕込み始めて、俺が小学校を卒業する半年前に世界へ旅立った。

そん時に聞いた話じゃ、なにやら古いものの研究をしてるって話しだったから、多分考古学者なんじゃねーかと思う。

俺自身、よく一夏が遊びに来たり、じいちゃんとばーちゃんが気に掛けてくれてたからそんなに寂しくなかった。

 

じいちゃんとばあちゃんは兵庫県の田舎の方に住んでる。

爺ちゃんが経営してるのは自動車の板金修理工場で、昔からの老舗で腕も確かだから、自分が生きてる内はずっとやるって言ってた。

趣味が海釣りで自前の船を持ってるスゥパーパワフルな爺ちゃんだ。

ばあちゃんは自宅で専業主婦と趣味の野菜園をやってるんだが、どーゆうわけかこの野菜がまた品質最上級に育つもんで、よくこうやって俺に届けてくれる。

ちなみにクーラーボックスに入ってるのは……

 

「こっちの方は……うお!?アオリイカに車海老があるぞ!?」

 

「おまけにキスに鮎、しまいにゃワカサギて……爺ちゃんハッスルしすぎだろ!!?」

 

そう、爺ちゃんの趣味の海釣りで釣れた魚や貝なんかが送られてくる。

ご丁寧にクール速達だからこっちも品質はサイコーなんだよな。

 

「あれ?ゲン、手紙が入ってるぞ?」

 

「あ?マジか?どれどれ?」

 

一夏がエコバックの底から見つけたのは封筒に入れられた手紙だった。

俺はそれを受け取って封筒から手紙を出す。

 

「えっとぉ……何々?『元次へ。暑いけど元気に過ごしとるん?おばあちゃん達はとっても元気です。コッチは盆地やから蒸し暑いけど、東京の方はどうや?熱中症にならんよう、ちゃんと塩分取るんやで。おばあちゃんが作った野菜とおじいちゃんが釣った魚を送ったから、それをたんと食べて元気出しや?それと、今年のお盆は帰ってくるんやったら先に電話してな。美味しいご飯作って待っとるで。身体にきぃつけて元気な顔を見しとくれ。おばあちゃんより』……ばあちゃん、ありがとよ」

 

俺はあったけえ気持ちになりながら、ばあちゃんの手紙を封筒に仕舞い込んでズボンのポケットに入れようとする。

 

「いっつも思うけど、お前のばあちゃんって優しいな……本当にいい人だと思うぜ?」

 

「あぁ、ばあちゃんもじいちゃんも俺の大事な家族だ……マジで誇りに思える人達だぜ」

 

「ははっ全くだ。……ん?おいゲン?」

 

「ん?なんだよ?」

 

「いや……こっちのクーラーボックスにも手紙が入ってるぞ?」

 

「え?マジか?」

 

「あぁ、ホラ」

 

イチカが差し出してきたのは、濡れないようにか、ビニールの袋に入ったもう一つの封筒だ。

そっちも一夏から受け取って中身を広げてみると……

 

「(ペラリッ)何々?……じいちゃん?『元次へ、元気かどうかは別にいい。偶には帰って来てツラぐらい見せやがれアホンダラァ』……アホンダラァはねぇだろアホンダラァは……ったく」

 

封筒の中身の手紙は、大きさこそばあちゃんの手紙と同じだが、たったそれだけの文字が豪快に習字用の太い筆で書き殴られてた。

 

「はははっ……なんかよ?お前の爺さんって巌さんと似てるよな?」

 

「確かにな……連れてきたら気が合うんじゃね?」

 

ちなみに巌さんとは俺等のダチ、『五反田弾』の爺さんで、昔気質の頑固親父だ。

弾の実家『五反田食堂』の店主で俺も一夏も良く世話になってる。

巌さんについてはまた今度にするとしよう。

今はまず目の前の食材たちを保存せねばなるまい。鮮度を落とすわけにゃいかん。

 

「一夏、とりあえずこいつら冷蔵庫に仕舞おうぜ?」

 

「おう、そうだな」

 

そこから二人で手分けして野菜と魚を分けて仕舞っていく。

時間はお昼過ぎ、俺達二人とも昼飯は済ませてあるのでこれから晩飯までは暇な時間になった。

晩飯はここで食う予定だし。

俺が織斑家に食材を持って来るのは恒例行事の一つだ。

ばあちゃん達が食材を送ってくれるのはありがたいが、いかんせん一人で食うにゃ量が多いんだ。

だから腐らせないために織斑家の二人にも飯を振舞うのさ。

飯を作るのは俺と一夏で交代でやっている。

俺の方が料理スキルは一夏より高いんだが、前に一夏が「食材を持ってきてもらってるのに働かないのは心苦しい」って主夫魂に火ぃつけちまったんだ。

ちなみに今日は俺の番なのよね。

千冬さん?俺はまだ死にたくない。

あのお人に料理やらせたら昨今の一家食中毒事件を再現しちまうっての。

こーいった日は一夏が千冬さんに連絡を入れる。

するとやっぱり新鮮な野菜や魚は魅力的な様で、千冬さんはちゃんと帰ってくる。

なんでも千冬さんはかなり忙しい仕事に就いてるらしく、滅多に家には帰ってこない。

俺も織斑家とは付き合いが長いが、千冬さんの仕事は全く知らない。

 

 

 

……昔、まだ俺と一夏が小学校一年生ぐらいの頃、一夏と千冬さんは両親に棄てられた。

 

 

 

と言っても元々が家に全く帰ってきた所を見た事が無いから、俺は一夏と千冬さんの両親がどういった人間か全く知らない。

だから”棄てられた”というより、知らねぇ内に”消えた”とも言えるがな。

俺がそうゆうのを疑問に思う歳になった時にゃ、もう千冬さんと一夏にそんな話題を出す事は出来ねぇくらいのタブーになってたし。

 

 

 

兎に角、そういう理由で千冬さんはこの家と、最後の肉親である一夏を守るために、女手一つ、しかも未成年の身で生計を立てなくちゃいけなくなった。

その時に俺の両親が養子縁組を申し出たんだが、千冬さんはそれを突っぱねた。

今にして思えば、多分大人を信じられなくなったんだろう……あの時の千冬さんは。

だから、家の両親は養子の話は無しにして、千冬さんが働ける歳になるまでは私達が支援するといった形で落ち着いたんだよな。

そのお陰で千冬さんは無理に働く必要が無くなったし、まだちっちゃかった一夏との時間も削らずに済んだって、泣きながら嬉しそうに言ってた。

でも親父とお袋、それに話を聞いて駆けつけてくれた爺ちゃんと婆ちゃんに申し訳無さそうにしていたのも覚えてる。

そういえばその時も、千冬さんが親父に聞いてたっけ。

 

『何故、私と一夏にここまでしてくださるんですか?』

 

親父はその質問に口の端を吊り上げてこう返した。

 

『元次の友達が……私達の大事な息子の、大切な友達が困っている……なら手を貸さない道理はないだろう?何より私も妻も、元次と友達でいてくれている一夏君とその姉である千冬君とは、長い付き合いだ。事情を知って放っておく事などできんよ』

 

あん時に見た親父の背中は……すげえデカかったなぁ。

いつか俺もあんな風にデケエ背中になりてえや。

でも、じいちゃんはもう一つデカかった……なんつうか、『山』みてえだった。

一回だけ『どうしたらそこまで背中がデカくなるんだ?』って聞いたんだ。

そしたら爺ちゃんはちょっときょとんとしたかと思ったら、いきなりすっげえ大笑いして。

 

『ぶはははははははッ!!!いいか、元次!?男の背中ってなぁよ?いつの間にかデッカくなってるモンだ。なり方なんて誰も知らねえ。只なりたいモンを目指してたら、いつの間にかなってるモンなんだよ』

 

そうやって笑う爺ちゃんは……ほんとに楽しそうだったな。

と、まぁ過去を懐かしむ事は今はいいや。

とりあえず晩飯まで暇を潰しますか。

 

「一夏ぁ、とりあえず今からどぉするよ?結構時間空いちまったけど」

 

「あーそうだな……今日は特にやることも無いしなぁ」

 

「夏休みの宿題は皆で終わらせちまったし」

 

お陰で7月は地獄だったけどな。

 

「うっ、それを言うなって……思い出したくもねぇよ」

 

「だな……」

 

なんせ千冬さんの監視付だったし。

無言のプレッシャーが重いのなんのって。

まぁでもそのお陰で中学校生活最後の夏休みは有意義に遊べるわけだが。

もしかしたら千冬さんなりの配慮だったのかもな。

 

「とりあえず音楽でもかけるか……コンポ使うぞ?」

 

「ああ、いいぜ」

 

俺はポケットからプレイヤーを取り出してリビングのコンポに繋ぐ。

コンポのボリュームを上げてリビングのソファに寝転ぶ。

 

『~♪~♪♪』

 

「お?この曲いいな。すげえゆったりとしてて聞きやすい……なんてアーティストの曲だ?」

 

「だろ?コイツは『DS455』の『かげろう』ってんだ」

 

心地いいウエッサイメロウがリビング中に鳴り響く。

俺は音楽に関してはそこそこの自信がある。

特にこういったウエッサイ系の曲は俺の好物の一つでもある。

 

「あ~いいなぁこれ……ゲン?また俺のプレイヤー渡すからコレ入れといてくれよ?」

 

「お~ら~い」

 

それから俺達は晩飯の準備が始められる時間までリビングでゆったりと過ごした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

さて、現在時刻は7時なり。

 

只今下ごしらえを終えた食材たちを一纏めにして、鍋に油を準備。

温度も上がっていつでもいけますよ状態にキープ。

後は千冬さんが帰ってくるのを待つだけだ。

 

結局、主夫魂が疼いた一夏がゴネてきたので、下ごしらえと食器なんかを任せたけどな。

 

ガチャリッ

 

と、準備を終えて待っていた所で、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

その音を聞いた一夏が満面の笑顔でリビングを出て行く。

本当に千冬さんが大好きなんだなぁ。

やっぱり『Mr,シスドー』って称号は間違ってなかっ

 

「おいゲン!?お前今またヘンな事考えたろ!?」

 

ちゃっかり扉から顔を出して俺を睨み付けてくる一夏。

なんでこーゆー時は変に鋭いかねぇ。

それをもちっとでいいから恋愛ごとに向けて欲しいぜ俺ぁ。

 

「事実以外は考えちゃあいねえよ?それよりとっとこげふんげふん……とっとと千冬さんを出迎えて来いや」

 

「おい待てコラ今何言おうとしやがった!?とっとこってなんだよ!?俺はハムスターか!?」

 

「そんなモン需要がねえよ!!」

 

「言い切りやがった!?地味に傷つくぞ!?っといけねえ……お帰り!!千冬姉」

 

「あぁ、ただいま」

 

そんな軽いやり取りをしながらも一夏の足は自然と玄関に向かっていった。

さて、コッチの準備は万端。

一夏の手伝いもあってサッサとできるぜ。

 

「今戻った」

 

と、ここでリビングに上のスーツを脱いだ織斑家の大黒柱、食物連鎖の頂点織斑千冬さん登場。

いやはや、なんとも男らしい一言だぜ。貫禄があらぁな。

 

「元次、ノコギリと鉈ならどっちがいい?特別に選ばせてやるぞ?ん?」

 

「大変失礼致しやした、後お邪魔してます千冬さん」

 

サクッと90度のお辞儀で誠心誠意の謝罪。

とんでもなく綺麗な微笑で究極の二択とは恐れ入るぜ。

つうか人に向けるモンじゃねぇ。

俺の脚が生まれたてのバンビちゃんよろしくプルプルしてるんですが?

 

「まったく……それと、『お邪魔してます』ではないだろう?」

 

俺が頭を上げると何やら悲しそうなお顔の千冬さんがいらっしゃった。

あれ?お邪魔してますって間違ってたか?

 

「私も一夏も、お前の事は家族だと思っているんだ。家族がお邪魔してます等と言わんだろうが、馬鹿者」

 

……ありゃ~、そう言われると確かに俺が馬鹿だったな。

 

「……うすっ、すいませんでした。それでは改めて、『お帰りなさい』っす。千冬さん」

 

「フッ、それでいい」

 

普通に微笑んでるとこを見ると、どうやら機嫌は治ったようだな。

そのまま千冬さんはリビングから出て行った。

多分着替えてくるんだろう。

そして、入れ替わりでスーツを片付けに行ってた一夏が戻ってきた。

 

「あれ?千冬姉は?」

 

「今さっき出て行ったぞ?多分着替えに行ったんじゃね?」

 

「そっか。まぁ、確かにスーツのままで飯を食いはしねえよな」

 

「そうゆうこった。ほんじゃ一夏。席に着いときな、今から揚げにかかるからよ」

 

「あぁ、わかった。いや~しっかし、天ぷらは久しぶりに食うな。ホントに手伝わなくて大丈夫か?」

 

「まぁ任しとけって、素材は滅多にお目に掛かれない極上、なら自然と気合も入るってもんよ。楽しみにしてな?」

 

「おう」

 

俺はそれだけ言ってカウンターを挟んだキッチンの方に向かう。

今日の晩御飯は天ぷらにしたぜ。

あんだけ美味そうな食材だし丁度いいだろう。

 

ガチャッ

 

お?千冬さん降りてきたか?……って何故にそんな疲れ切ったお顔なわけ?

何やらカウンターからドアの辺りを覗くと黒のタンクトップにジャージのズボンを履いた千冬さんが残業で疲れ切ったサラリーマンみてぇな雰囲気を纏ってらした。

 

「ち、千冬姉?どうしたんだよ?」

 

一夏もワケがわからんのかちょいキョドった声で千冬さんに声を掛ける。

あの千冬さんがこんな表情を浮かべるなんて滅多にねぇぞ?

 

「……いや、なんでもない……元次」

 

「うぇ?な、なんすか千冬さん?」

 

「すまないが夕食を一人分追加してくれないか?」

 

「ゑ?どうゆうことで――」

 

なんで一人分追加?誰か呼んだのか?

とりあえず千冬さんに詳しい話を聞こうとキッチンからリビングに戻った処で……

 

「やっほー!!ゲーンくーん!!」

 

目の前にやんごとなき膨らみ、ふつくしい渓谷がフライアウェイ。

 

ギュムッ

 

「んぶぉっ!?」

 

そして柔らかい何かで視界が強制ブラックアウト。

中々の重みが俺に襲い掛かり、後ろに倒れそうになるのを踏ん張って止める。

俺の上半身に何かが引っ付いて頭の後ろと腰に巻きついてやがる。

な、なんだこのモチモチとした柔らかさは!?そしてこのなんとも形容しがたい甘い匂いは!?

ってか顔塞がれちゃ息が出来ませんぜ!?

 

「むごっ!?ほごご!?」

 

だ、誰だ俺にコアラよろしく引っ付いてるのはよ!?

っていうかホールドが外れないんですけど!?

 

「た、束さん!?」

 

視界が塞がれて何も見えない俺の耳に驚愕って感じの一夏の声が入ってきた。

は!?いやちょまてコラ!?この引っ付いてる誰かってまさか!?

っていうかこの声はぁ!?

なんとかホールドを外して顔を動かして目の辺りをずらしてみる。

するとそこにはそれはそれは美しく見事な谷間と……

 

「はーい!!皆のアイドル篠ノ之束さんだよー!!やーやーやーお久しぶりだね、いっくんアーンド、ゲンくん!!束さんはゲンくんに会えなくてとっっっても寂しかったのだー!!すりすりすり♪」

 

俺を見下ろして満面の笑顔を浮かべている女性の顔がドアップでフレームイン。

機械的なウサ耳のカチューシャを付け、水色のドレスと白いエプロンに身を包んだこの不思議の国からやって来たような女性の名は『篠ノ之束』さん。

この束さんは昔引っ越してしまった俺と一夏の幼馴染、篠ノ之箒の姉であり、ご近所にある『篠ノ之神社』の娘さんだ。

千冬さんの親友でもあるこの人は、なんとあのIS、『インフィニット・ストラトス』の開発者であり、束さん以外の人にはISのコアは作れないと言われている。

「天才」を自称し、またその自称に恥じないだけのスペックを持つスゥパートンデモ科学者。

ぶっちゃけ俺はこの人以上に頭のいい人は俺達が死ぬまで見る事はねーんじゃねーかと思う。

ISの基礎理論の考案から実証までを1人でこなすという荒業を現在進行形でやってのけてるし。

おどけた態度でイタズラを好む飄々とした性格の人だが、それはあくまで自身が「身内」と判断している箒・千冬さん・一夏・俺の四人に対してのみ。

あとはかろうじて両親を判別できるくらいというぐらいハチャメチャな性格。

身内以外の人間に対しては徹底的に無関心な人だし、他人から話し掛けられても冷たい態度と聞いてるコッチが鬱になるぐらいの暴言を浴びせて拒絶する。

これでも千冬さんに殴られて矯正されたためにマシになった方で、それ以前は完全に無視していたらしい。

 

そんな世界が血眼で捜してる人物があろうことか自分の口で擬音を出しながら俺にそのすんばらしきナイスバディを摺り寄せてらっしゃるぜ。

あぁ、束さんか。ならこの膨らみの豊かさ、素晴らしさも頷け……いやいやいや!?

 

「……ッ!?……ぷはぁ!?た、たた束さん!?」

 

「はーい!!皆のアイドル篠ノ之たば…」

 

「それ二度目!?つうか何をしてらっしゃるの!?離れてくれません!?俺のアハトアハト88ミリ砲がスタンディングしちまうよ!?」

 

「くぉるあゲン!?食事の前にアホなこと言ってんじゃねぇよ!?」

 

ドやかましいわ鈍感一夏のボケがぁ!?

こちとらいきなり過ぎていっぱいいっぱいなんだよ!!

確かに!!確かに食事前だけども!!すんばらしいバディだけども!!一夏みたいにモテてるわけじゃないけど俺だって男なんだぜ!!

こ、ここんな柔らかさ満点のバディを持った超絶美人に抱きしめられたら、俺の主砲が砲撃体制に移行しちゃう!?

 

「えぇー?久しぶりに会ったんだからいいでしょー?去年会った時から今日まで触れ合えなかったせいで束さんはゲンくん成分『ゲンニウム』が足りてないんだよ!?深刻なぐらい不足してるの!!よって補給を所望するー!!」

 

「そんなブッ飛んだ名前の成分出した覚えはひとっかけらもねぇんですけど!?って顔を埋めるなコラァ!?」

 

「うにゅー♪久々のゲンくんのぬくもりだ~、っておやぁ?ま~た一段と筋肉が付いて逞しくなってるではないか!?背中もすっごく硬くなってるし!!」

 

「へ?ま、まぁガキの頃からずっと鍛えてますから、それなりに自信はありますが……」

 

「いやいやいや、それなりってお前嫌味にしか聞こえねーよ。正直な話、お前の身体はマッチョとか逞しいってレベルじゃねーぞ?それ以前に中3の身体じゃねぇ」

 

「言うなし。照れる」

 

「照れんな褒めてねーよ」

 

横にいる一夏が呆れながら話しかけてきた。

仕方ねーだろ?俺も正直、やりすぎた感が否めねえけどよ。

俺と一夏が話してる間にも、なにやら束さんは俺の身体のあちこちをなにやら悩ましい手つきで撫でながら驚いてる。

そんな手つきで撫でんなって。いろいろのっぴきならなくなるから。

俺の身体スペック、身長179センチ、体重85キロ、体脂肪率8パーだからなぁ。

昔、親父の身体に憧れて鍛え続けた結果がこれだったりする。

 

「ほうほう?胸板もすっごく逞しくって、腹筋もしっかり割れてるし、咄嗟に束さんを支えてくれたこの腕もぉ……カッチカチだねぇ~?…………じゅるり」

 

「最後なんか聞き捨てならねぇ音が聞こえたんですが!!?」

 

何今の水っぽい音は!?

 

「ん?気のせいだよワトソン君♪…………ぐへへへ、じゅるり」

 

「あっるぇ増えた!?ってかどこのエロ親父だよ!?誰がワトソンだ!?」

 

「ぐへへへへ♪よいではないかよいではないか♪」

 

「どこの悪代官!?後女の子がぐへへとか言うんじゃねってちょこれ以上はいかんよ束さぁぁあん!?」

 

「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……ッ!!」

 

(こ、これはもう我慢できませんなぁ、じゅるり)

 

「息荒!?目ぇ怖!?っていうか一夏!!テメェ見てねぇで助けろやオイ!?フレンドが貞操のピンチなんだぞ!?」

 

「無茶言うな!?束さんに逆らったら後で何されるかわからん上に怖え!!よって俺は放置を決め込む!!」

 

「テメッ!?」

 

即行で見捨てやがって!?友達がいのねぇ奴だな畜生!!

話してる間にも、束さんの手は俺のシャツの中にするすると入り込んで、俺の肌を直接刺激してくる。

胸元を束さんのやーらかい手で撫でられる度になんかぞくぞくっとした感覚がするんだけど!?

なんで束さんはそんな妖艶な顔で俺を見てくるわけ!?

なんだよ誘ってんのかいいのか喰うよ?喰っちゃうぞ?喰い散らかしちゃうぞコラァ!?

あーやばいって甘い匂いやらビッグなスイカのやーらかさでもうなんか俺の理性がやばばばばばばばばばばば。

 

「……束、いい加減に元次から離れろ」

 

ここで救世主サウザンドウインター様が降臨して下さったぜ。

止めてくれるのはスッゲーありがてぇが……額に青筋が奔ってるのは何故ぇ?

横にいる一夏の顔が真っ青になってるんですが?

 

「え、ちょ?ち、ちーちゃんなんでそんなに怒ってるのぉ!?」

 

「何を言っている?別に怒ってなどいない。至って冷静だ」

 

いや……背後から阿修羅出したまま言われても説得力は皆無ですたい。

しかも阿修羅の目がキュピーンって擬音出しながら光ってる。

まさかの千冬さんスタンド使い説!?

いや千冬さんなら「まぁあっても不思議じゃねえ」って納得できちまうけど。

 

「嘘だぁ!!絶対怒ってるよ!!なんか天元突破しそうな勢いじゃん!?」

 

涙目の束さんに同調してウサ耳がへにゃってなってる。

うん、そればっかりは束さんに同意です。

危うく束さんの言葉に頷きそうになるが、寸での処で踏み止まる。

頷いたら俺までデスるよ。

 

「怒ってなどいないと言ってるだろう」

 

「背後に阿修羅出しながら言う台詞じゃないよね!?もしかして束さんがゲンくんに抱きついてるのが羨ま――」

 

ガシィィイッ!!

 

「へ?」

 

ギギギギギッ!!

 

「にゃああああああ!!?」

 

もはや自殺行為以外の何者でもない台詞をのたまった束さんの顔面にプレゼントされるアイアンクロー。

千冬さんの左腕一本でぷらーんと宙吊りにされる束さん、なんだこの図。

 

「ふむ?何か言ったか束?良く聞こえなかったんだが……まぁいい。スマンが左は利き腕じゃないのでな……」

 

怒りが一巡して逆に冷え切った千冬さんは氷の微笑みを浮かべながら

 

 

 

「加減が一切できん」

 

 

 

私刑宣告。

確か千冬さんって中身満タンのスチール缶潰せたって一夏が言ってた様な……いや俺もできるけど。

そんな握力で加減が効かないと……つまりは束さん終了のお知らせですねわかります。

 

「にゃ!?にゃあああああああああああぁぁぁ!?…………(チーン)」

 

最強の狼の怒りを買った哀れな兎は、狼の手で安らかに逝った。

兎の最期を看取った俺と一夏は黙祷を捧げ、それぞれ何事も無かったかのように所定の位置に向かう。

 

 

織斑家は今日も平和です。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「う~ん!!ゲンくんゲンくん!!この海老の天ぷらぷりっぷりですっごく美味しい~!!」

 

「そいつぁ良かったです。まだまだ沢山揚げますからたんと食べてくだせぇ、ちなみに次は何揚げましょうか?」

 

「次はう~んとねぇ……じゃあ、レンコンをお願いするぜー!!タレが絡んでご飯が進む進むぅ♪」

 

「あいあい、レンコンっすね?ちょいっとお待ちんなって下さいよっと……あ、千冬さんビール飲みます?イイ感じに冷えてますが?」

 

「あぁ、もらおうか……一夏、そこの大根おろしを取ってくれ」

 

「あぁはい、タレは要る?千冬姉」

 

「いや、タレはまだあるからいい……『~♪♪~♪』……中々落ち着いた曲だな……一夏、コレは誰の曲だ?」

 

「え?あぁ、曲はゲンのプレイヤーの曲だから俺じゃわかんねえな……なぁゲン、俺はジャガイモ頼めるか?後これは誰の曲なんだ?聴いた感じはさっき言ってた『DS455』っぽいんだけど」

 

「おう、ジャガイモだな?ちょいと待ってな。後、アーティストはお前の言うとおり『DS455』で今かかってる曲は『LIFE』って曲だ……はむっ……うん、この茄子うめえ」

 

只今食事中なり、賑やかで良かとです。特に音楽がリビングを彩ってくれるのがすげえイイ。

とりあえず一夏が束さん用に新しく食器を出して、千冬さんが席に着いたところで俺が揚げ始めた。

んでカウンターの受け渡し場所から揚がった分の天ぷらを順次持っていく。

そこそこバリエーションが出揃った辺りで、束さん復活。

なんでも束さんが今日来たりゆうは俺の料理を食べたかったからだそうな。

料理やってるもんからしたら嬉しいお言葉だねぇ。

とりあえず復活した束さんも席について夕食が幕を開けた。

皆思い思いの一品を頼んでくるから作りがいがあるってもんよ。

 

「『LIFE』か……いい曲だな……それと元次、揚げるばかりじゃなくちゃんと食べてるか?」

 

「大丈夫っすよ千冬さん、合間合間でちゃんと食べてますから」

 

「ならいいんだがな……ゴクッゴクッゴク、ぷはぁ……そんな一回一回揚げずとも、全部一度に揚げてしまえばいいじゃないか?」

 

「そりゃ駄目っすよ、天ぷらは揚げたてが一番美味いんですぜ?料理やってるモンからしたら、やっぱ一番美味い時に食ってもらいたいもんなんです。なぁ一夏?」

 

「確かにそりゃ言えてるな。一番美味い時に食べてもらって、美味しいって言って貰えるのが料理やってる人には嬉しいもんだよ」

 

「そういうものか……なるほどな」

 

「そういうもんです……っと、束さん、レンコンをどうぞ。ほいよ一夏、ジャガイモだ」

 

「おぉ~!?待ってましたぁ♪!!」

 

「あぁ、サンキュー」

 

落ち着いた曲を聴きながら皆で和気藹々と囲む食卓。

そこに咲く笑顔。コレに勝る贅沢はそうねぇよな。

 

「はむはむ♪う~ん♪サクサクしててうまうま~♪……ごくんっ」

 

さて、次は何揚げよっかなぁと。

次のネタを考えながらキッチンに再度引っ込んで考えていると。

 

「ねぇ、ゲンくん?ちょっといいかな?」

 

「っと、はいなんすか?」

 

いつの間にかキッチンに入って俺の後ろに来てた束さんから声を掛けられた。

次の追加注文かなと思って束さんに視線を向けるたんだが……なんか俯いてらっしゃる。

え?何で?

 

「あのね?……お願いがあるんだけどイイかな?」

 

「お願いっすか?……まぁ、よほど無茶なモンじゃ無い限りは引き受けますぜ?どんな事ですか?」

 

「うん、あのね?かき揚げを揚げて欲しいんだ」

 

「?かき揚げっすか?それぐらいなら別に構いやしませんが?」

 

俯いた束さんからのお願いは別に無茶でもなんでもなかった。

むしろいちいちお願いって形にする意味がわからねぇ。

確かにかき揚げのタネは作っちゃいないが、それぐらい直ぐに作れるんだが……。

 

「あ、説明不足だったね?めんごめんご♪……あのね?そのかき揚げを箒ちゃんに食べさせてあげたいんだ」

 

「え?箒にっすか?」

 

箒ってのは束さんの妹の篠ノ之箒のことで俺と一夏の幼馴染であり、一夏に恋してる乙女のことだ。

実はこの束さんと箒、篠ノ之姉妹はつい去年の夏ごろまで仲が……というか、関係が最悪なぐらい悪かった。

 

9年前、ISを世界に発表した束さんは政府の、いや全世界の最重要人物として政府の監視下に置かれていたらしいんだが、それをうっとおしく思った束さんはどこへともなく姿を消してしまった。

そんで、政府の重要人物保護プログラムとかゆーので、篠ノ之家は一家散りじりに引越しせざるを得なくなっちまった。

つまりは束さんのISを作れるっつー技術を狙って、悪い事考えてるどこぞのアホンダラ共とかに人質にされないようにってわけだ。

これのせいで箒は俺たちと別れることになった。

この時既にそのイケメンっぷりを遺憾なく発揮していた一夏に箒はベタ惚れしていたから、このことで箒は束さんを心底嫌いになっちまった。

 

『姉さんがISなんか作ったから……姉さんのせいで、私は一夏と離れなきゃいけなくなったんだ!!』

 

これが箒の言い分だった。

 

用は溜まりに溜まった怒りが、身近にいた束さんに全部ブチ撒ける対象としてちょうど良かったってだけなんだがな。

オマケに重要人物保護プログラムのせいで、短期間で各地を転々としなくちゃならなくなった箒は、そういった本音をブチ撒けられる友人がいなかったからこそ過剰に意固地になって束さんを嫌った。

そんで束さんは箒を心底大事に想ってるからこそ、この一言が精神的にかなり堪えた。

自他共に認める『天才』と言えども、束さんも人の子、つまりはそれ以上箒に、大切な身内に嫌われたくなかったから束さんはずっと箒の前に姿を表せなかった。

そのままズルズルとその状態を引きずったままで去年まで二人の仲はとんでもなく悪かった。

んで、なんで俺が各地を転々としている筈の箒の事でこんなに詳しいかっつうと、だ……偶然、偶々箒と再会したんだ。

それは去年の夏休みのお盆に、爺ちゃんとばあちゃんのいる兵庫県に遊びに行った時だったんだが……偶々、箒がその重要人物保護プログラムで爺ちゃん達の家の近くの中学校に転校していたからだ。

まぁ思わぬ再会を果たした俺はそん時に箒と話しをして、束さんとの不仲を箒自身から聞いた。

だから俺はその場で箒に束さんが箒の事をどれだけ大事に想ってるか話しをして、その場に束さんを呼びつけて、二人の仲を仲介したんだ。

束さんがそん時にどんな手を使ったのか知らねえが、俺達が話してる間、箒を影から護衛、監視をしてる筈の政府の人間は誰一人として現れなかった。

その場で感情的にならないように箒を宥めながら話をしていく内に、二人は自然と抱きあってた。

束さんはそりゃもうワンワンと泣いてたし、箒も同じように『姉さん……ごめんなさい』って言いながら泣いてたけど、そんな感じで二人の仲は和解してた。

まぁ結構長い話になるからこの話は終わりにしよう。

 

今は束さんの話を聞かねば。

 

「うん……ホントならここには箒ちゃんがいる筈だから、さ……せめて同じ物ぐらいは食べさせてあげたいんだ」

 

あらら。

本当に妹想いの姉だよ束さんは。

なら期待には応えなくちゃな、それぐらい手伝ってもバチは当たんねえだろ。

 

「……わっかりました。そーゆー事ならいくらでも協力しますぜ?」

 

「ホント!?ホントにいいの!?」

 

「あったり前でしょうに、箒も一夏と同じで俺の大事なダチなんですから。それで箒が喜んでくれるなら頑張りますよ……それと……」

 

「?それと……なに?」

 

「いや、まぁ……俺にとっちゃ束さんも千冬さんも、一夏や箒と同じで大事な人ですし、俺が頑張って喜んでもらえるならそれでイイかな……って感じっす」

 

気恥ずかしくなってきたので、そのまま束さんに背を向けて俺は再び天ぷらの揚げにかかる。

 

「ッ!?(ゲ、ゲンくんってば、束さんのこともちゃんと考えてくれてたんだ)……えへへ♪ゲ~ンく~ん♪ぎゅ~♪」

 

「おわ!?ちょ、ちょっと危ないですって束さん!!今火ぃ使ってますから!!」

 

「いいの~♪今、束さんはこうしていたい気分なのだ~♪」

 

「いやいやいや!?危ないです、ってうぉぉぉぉぉ!?や、やんごとなき柔らかいものが背中にぃぃぃぃぃ!?お、お願いっすから離してくれ束さんー!?」

 

「えぇぇ~?離してもいいのかなぁ~?♪好きなク・セ・に・?」

 

「い、いやいやいや!!?た、確かに大好きっすけど!?」

 

「ぬふふ♪正直でよろしい♪ではでは、存分に堪能したまえ~♪うりうりうり~♪」

 

「うぬぉおおお!?ア、アハトアハトが強制解放しちまうぅぅぅぅぅ!?」

 

「ふっふっふ♪ゲンくんがいいならぁ……こ・の・さ・き・も・♡」

 

俺に背後から抱きついた束さんは陶磁器のように白くて細い手で俺の腹の辺りを悩ましく這い回しながら、そこで一度言葉を切った。

何?その先もなんなのよ!?まさかその先のアダルティーな展開まで期待しちゃっていいの!?いいんですか!?

極度の緊張に喉を鳴らしながら唾を飲み込んで、俺は束さんに振り返る。

 

「この先も……なんだって?束?」

 

振り返った先におわすは殺意の波動に目覚めた千冬様ですた、ジーザス。

というか、さっきより凄くなってね?

 

「どうした?続きを言ってみろ束?元次もコッチを向いて話しの続きを待っているぞ?」

 

ここで俺を引き合いに出すとか千冬さんマジぱねぇ。

 

「……えーっとぉ……つ、続きはまた来週!!それでは!!」

 

「いやドラマじゃねーんすから」

 

「じ、じゃあ束さんはご飯の続きを頂いてきちゃうから!!ゲンくん!!さっきの約束忘れないでね!?」

 

ぴゅーっとでも擬音がつきそうな勢いで、束さんはキッチンからリビングへ脱出。

後に残されたのは冷や汗ダラダラの俺とそんな俺を厳しい目で睨んでらっしゃる不機嫌MAXな千冬様、軽く詰んでね?

 

「まったく……元次、お前もあれぐらいの色仕掛けに安々と引っかかるな馬鹿者」

 

「うぐ!?……い、いやまぁ……返す言葉も無いっす」

 

「ふん、やれやれ……ところで、だ。お前に聞いておかねばならん事がある」

 

「はい?」

 

そう言って俺を見てくる千冬さんの視線は、さっきまでの不機嫌なものではなく真剣なものになってる。

 

「お前の進路のことだが……やはり、行くのか?」

 

敢えて「どこへ?」とは聞いてこないって事は一夏から聞いてたのか。

 

「……はい、俺はここから引っ越して、爺ちゃん達のいる兵庫県の高校に行くつもりです」

 

コレは中学1年で進路相談の話しが出た時に考えていたことだ。

知ってのとおり、俺の両親は海外を飛び回っている。

親父はここに永住するつもりは最初からなかったみたいで、昔から住んでる俺の住居はどこにでもある普通のアパートだ。

だから親父とお袋は高校については「お前の好きにしろ」と一言で済ましてきた。

一夏からは一緒に藍越学園を受けようって誘いがあったんだが……悩んだ結果、俺はそれを断った。

 

「……やはり、御爺さんのことか?」

 

「えぇ、まぁ……ばあちゃんの話しだと、爺ちゃんはやっぱり工場の跡継ぎが欲しいらしいんです」

 

ばあちゃんは爺ちゃんに内緒で俺に教えてくれた。

本来なら、爺ちゃんの跡は俺の親父が継ぐ筈だったらしい。

でも、昔から親父は海外を飛び回ることを夢見てたので、工場を継がずに今の仕事に就いた。

そん時の爺ちゃんの落胆振りは見てられなかったって言ってたな。

 

「幸い、俺も自動車関係の仕事には興味があったし。そう考えて見ると、俺が夏休みに田舎へ遊びにいく度に知り合いの廃車置場とかじいちゃんの工場に頻繁に連れてってくれたのは、俺に車とかバイクへの興味を持たせるためだったんじゃないかと思うんです」

 

「……」

 

千冬さんは何も言わずに俺の話をジッと聞いてくれてる。

俺は何時も爺ちゃん達の家に遊びにいく度に、そういった車関係の店に連れてってもらってた。

おかげで今じゃ大抵の修理やら改造はお手の物だ。

ここ数年は、俺が単車の免許を取ったときのためにと、スクラップの山から自分の手一つでバイクを組み上げている。

もちろんスクラップの部品じゃ危ない所もあるのでその辺りは新品を買って使っているが、ソレも今年中には組みあがって走れる状態になるだろう。

 

「その……千冬さんに一言も無しで決めたのは申し訳ないと思っています。でも、やっぱ親父が継がなかったんなら、孫の俺が親父の変わりに継ぎたいって気持ちがあったので……すいませんでした」

 

自分の気持ちを全部言い切った俺は千冬さんに頭を下げる。

家族だと思ってるなんて言ってくれたこの人に隠しながら今後の進路を決めちまったんだしな。

ちゃんと通すべき筋は通しましょう。

 

「……馬鹿者が」

 

「おっしゃるとおりですはい」

 

返す言葉もねぇとはこのことだぜ。

 

「別にお前が勝手に進路を決めたことには怒っていないさ」

 

「え?」

 

以外すぎる一言だったので俺は反射的に頭を上げる。

すると俺の視界に入ってきたのは、俺に視線を向けたまま、腕を組んで苦笑している千冬さんだった。

 

「他の高校に行くのも、それはお前の人生だ。だからお前の決めた進路が世間的に間違っていない限り、私は口出ししたりはしない。一夏のように中卒で働く等と寝ぼけたことを言っていたら話しは別だが」

 

「千冬さん……」

 

一夏の奴だって、何も最初から藍越学園を受けようとしてたわけじゃない。

アイツはアイツでどうやったら千冬さんの負担を減らせるか頭を捻っていたんだ。

その考え抜いた結果が中卒で働くことだったんだが、千冬さんはコレに猛反対。

いわゆる拳で判らせるという肉体言語的な話し合いに発展した。

当然、一夏はボロ雑巾の如くのされて、千冬さんの「家族が家族に遠慮するな!!」って言葉で考えを改めた。

それでアイツはこの近辺で学費が安くて就職率が高い、おまけに家から近くて安上がりな藍越学園を受験する事になった。

 

「だがな」

 

ここで突然言葉を切った千冬さんはおもむろに組んでいた腕を解いて、片方の手が握り拳を形作り、俺の頭上に翳され……ってちょ?

 

「フンッ!!」ゴシャアアアッ!!

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

「遠くに引っ越すことになるのなら相談ぐらいしろ馬鹿者」

 

目から鱗、ならぬ目からスター状態の俺。

殴られた頭を抑えて蹲っちまう。

この人いま本気の本気で殴ったぞ……いくら俺に並大抵の攻撃が通じないからってこれはないわ、涙ちょちょぎれそう。

っていうか!?

 

「つ~~~~ッ!?お、怒ってなかったんじゃ……ッ!?」

 

「怒ってなどいない、あぁ別に家族と思っていた奴に何の相談も無しに遠方の高校を受験する話を内緒で決められたからといって怒るほど私は狭容ではないさ」

 

怒ってる。

確実に疑う余地も無いぐらい間違いなく怒ってるよこの人。

だって顔は笑ってても目は一切合財笑ってねぇもん。

一呼吸で言いたい事全部言い切ったし。

これで俺に謝る以外にどうしろとおっしゃいますかね?

 

「……すいません」

 

「悪いと反省してるならこのぐらいの罰は甘んじて受けることだ(私にぐらい話してもいいだろうに……この馬鹿が。束に迫られてあんなにデレデレとだらしない顔をした罰だ)」

 

「うっす」

 

その後は特に何事も無く、一夏が俺が殴られた時の音を耳にして「ご愁傷様」って目で見てきたり、箒に食べさせるかき揚げを一夏と一緒に作ったりして束さんに渡した。

何やらIS技術の量子変換で保存しとけば覚めずに出来たて熱々のまま運べるやらうんたらかんたら言ってたけど話半分で聞き流した。

俺は男だからISなんざ乗れねえし、覚えても仕方ねえからな。

そのまま夕食はお開きになって後片付けをし、束さんが箒にかき揚げを届けるために帰る事になった。

帰り際に束さんがまた抱きついてきたのでその感触を楽しみながら鼻の下を伸ばしていると……千冬さんからさっきの倍以上の速度でアッパーカットをもらい俺の意識は堕ちていった。

 

目が覚めた時には、太陽がサンサンと照りつく織斑家の庭で大の字に寝転がっていたよ。

日が照るまで意識を刈り取るとか千冬さんの本気ってどんだけだっての。

一夏が言うには、千冬さんに「その大馬鹿者はそのまま放置しておけ」と凄まれたらしく、俺を家に運び込めなかったそうな。

千冬さんは既に出勤したらしくもう家にはいなかった。

 

 

 

中学校生活残り半年とちょっと。

残りのこっちで過ごす生活をめいっぱい楽しもうと、シャワーを浴びにいく道中で俺は決意した。

 




過度な期待はしないでねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人助けはフラグの香り?

あの『突撃!束さんの織斑家晩御飯奇襲計画』があった夏の日の8月5日から約3ヶ月。

 

 

今日は12月9日土曜日、つまりは休日なり。

 

 

時間はまだ夕方5時にも関わらず辺りは日が落ちて暗くなってきてる。

そんな中を吹きすさぶ風の寒さにうち震えながら、現在俺は商店街の真っ只中を一人で歩いていた。

今日は特に用事も無く家でまったりゴロゴロしていた俺だったが、突如携帯が鳴り、ダチからの着信を知らせてきた。

電話は弾と一夏からで久しぶりに男だけでカラオケに行こうとの誘いがあったので現在カラオケ屋に向かっている最中だ。

なんでも、弾は家に妹の蘭ちゃんの友達が遊びに来ていて追い出されたそうだ。

電話口でそれを淡々と呟く弾の声に不覚にも涙が止まらなかったぜ。

しかも蘭ちゃんから一夏には追い出した事を気づかれないようにと口を酸っぱくして言われたらしい。

事情を知らない一夏が「弾は暇人なんだな」と笑いながら言ってたのを電話越しに聞いたが、その時の一夏に対する弾の心境は計り知れない。

さすがに弾が不憫過ぎたので今度愚痴にでも付き合ってやろうと思ってる。

 

一夏も一夏で、あの天ぷら食った日から千冬さんが帰ってこねぇからやる事無くて暇なんだとよ。

やっぱ間違いなくシスドー極めてるわ、アイツ。

本人は否定してるけどかなりムキになって顔赤くしてたら説得力は皆無だぜボーイ。

 

ちなみに束さんなんだがあの日から一向に姿を見せない。

まぁあの『天才』って呼ばれる人の事だから捕まったりはしないだろうし、心配は毛程もしてねぇが。

やっぱ出現率かなりレアなんだろあのボインボイン兎さんは。

 

ちなみに俺の方で変わった事と言えば、今年の夏休みに爺ちゃんの家に帰った時にやっとバイクを完成させた。

小学校5年生から始めて苦節5年の汗と涙の結晶。

あーでもないこーでもないと頭を捻り続けた末に出来上がった俺の大事な相棒。

爺ちゃんの職場の人に修理のヒントをもらったり裏技(カスタム的な)を伝授してもらったり溜め込んだお年玉と小遣いで俺専用の工具を買ったりと。

あのバイクには色んな思い出が詰まりまくっている。

爺ちゃんが地主の山の広場まで持って行き、職場の人達が見守ってくれてる中でエンジン始動。

5年間整備と手入れをし続けたエンジンは待ちわびていたかのようにあっさりと火が灯り、奮発して入れたハイオクガソリンを喰い散らかしながらその重厚な雄たけびを山一帯に轟かせた。

広場にいた人達も自分の事のように喜んで祝福してくれたし、軽く試走した時の爽快感はもはや言葉にゃできねえ。

マジで免許を取るのが待ち遠しくて堪らんねぇよ。

俺の誕生日は4月1日だからかなり早い段階で免許がとれるしな。

まぁ実際はまだ車検も通してねぇし、カウルからタンクから塗装がジャンクのまんまなので見た目は継ぎ接ぎだらけなんだけど。

車検は爺ちゃんが完成祝いに通しておいてくれるっつってたし、塗装も向こうに引っ越した時に本格的にやるから実際、問題はゼロだったりする。

ちなみに一夏には完成したと言ったら「見せてくれ!!」ってすっげえキラキラした目で詰め寄られたけど塗装がまだだから塗りあがったら見せると言っておいた。

ちょい不満げな表情してたが「どうせならカッコよくしてから見せたい」って言葉で納得してくれた。

 

 

 

 

以上が俺を取り巻く環境で変わったことだ。

 

 

まぁとにかく、今日のカラオケの件は急だったので現地集合ということになり、俺はこのカップル溢れる商店街を一人寂しく歩いてる。

しかしさっきから歩いている俺の心境は少々居心地が悪かったりする。

それはなぜかっていうとだ……

 

「アハハ♪それでさぁ……あっ(ササッ)」

 

「?どうしたのよ?って……(ササッ)」

 

俺の目の前を塞ぐように歩いていた女子高生が俺に道を譲って左右に別れていく。

それで俺が通り過ぎたのを確認すると、また二人並んで歩いて行った。

ちなみにこの間、俺は一度も女子高生達に視線は合わせていない。

 

(前から来る通行人が俺を見る度に慌てて道を譲ってくるのは止めて欲しいもんだな……ハァ。)

 

前にも言ったが、俺は中学3年らしからぬ身長と体格を持ってる。

その事に関しては後悔はしてねぇが、いかんせん傍から見ればかなりゴツい。

もう一つは俺の服装のせいだろう。

 

靴は茶色の革靴、止め具は銀。

 

ズボンはオリーブドライのダボついたカーゴパンツ。

 

シャツは黒一色で真ん中に白字でjokerと書かれたロゴ。

 

ネックレスはちょい太めのシルバーチェーンを装着、トップは3センチぐらいのマリファナリーフ。

 

上は茶色のナイロン生地のジャンパーで前は全開。

 

うん、自分で着ておいたなんだが完全に普通じゃねぇわな。

それなんてギャング?仕様の服装だ。

別に狙って着てるわけじゃないが俺好みのコーディネートをするといつもこうなる。

既に弾や一夏は慣れてしまったのか、こういった服装でも一々つっこんではこない。

顔はそこまでコワモテってわけじゃねぇんだが、やっぱり傍から見ると俺は威圧感がハンパないらしい。

 

まぁそんな感じで普通の人達は俺に道を譲りながら歩いてる。

 

ってあぁ!?ちょいそこの金髪のイケメン君!?何を震えながら俺を見てるのよ!?

鼻水出てる出てる!?そんな風に怯えるから隣の彼女さんが呆れてるじゃねぇか!?

このままじゃ周りのカップルにあらぬ誤解を与えちまうだろうがとっとと失せろボケェ!!

 

俺の睨む視線と目が合った金髪君は彼女の手を引いて逃げるように去って行った。

擦れ違った時に「ビビりかオメーは!?」って彼女の怒号が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

フゥ、やっと行ったか、って今度は特攻服着たリーゼントマスク!?コラァ俺を見て90度のふつくしい礼をしてくんな!!

「押忍!!!」ってお前押忍じゃねぇよ押忍じゃあ!?テメェ一体誰だよ!?

周りのカップルがひそひそ話してドン引きしてんじゃねぇか畜生!?

特攻服着てるならバイク乗っとけよなんで普通に歩いてんだよテメェはぁぁぁ!!?

 

頭下げた状態からリーゼントマスクは動かないので俺はスルーして先を急ぐ。

 

 

あぁもうイヤんなるぜ。

さっさとこの居心地悪い空間から逃げようそうしよう、うんそれがいい。

いっそ音楽でも聴いておこうか。

こーゆう時はハイになれる曲で気分転換しなきゃな。

周りの視線に耐え切れなくなってきたので俺はポケットからイヤホンを取り出して耳に付けようと……

 

「や、……やめて下さい!!」

 

「ん?」

 

したところで、前方に何やら一人の女の子を取り囲んでいる3人組のチャラ男を発見。

 

「いいじゃんか、これから俺達と遊びに行こうよ」

 

「そーそー、退屈はさせないよ?俺等女の子を悦ばすのは自信あるからさ♪」

 

「そ、そんなのいいです!!結構ですから!!……ひ、人を呼びますよ!?離して下さい!!」

 

「んー?あれなんだよねぇ。俺等紳士だからさ?女の子には手を上げたくないからイイ子にしてて欲しいなぁ♪それに人を呼ぶって……皆素通りしてるけど(笑)?」

 

「だ、誰か……!!」

 

囲まれてる女の子は背は低く、緑色のショートカットの髪型で眼鏡をかけた大人しそうな印象の可愛らしい子だ。

どうやら前方の3面を男に取り囲まれ、更には腕を掴まれて逃げ場を塞がれてしまったようで街灯を背にして怯えている。

周りの通行人は巻き込まれないように視線を下に向けて素通りしてやがる。

 

まったく、せめて警察にぐらいは連絡してやれよ。

 

「うぅぅ……」

 

「まぁまぁそんな嫌そうにしないでさ。俺等と一緒に行こうぜ?」

 

「まだ後何人か友達いるからさ。君みたいな可愛い子が来るって知ったら喜ぶだろうし♪」

 

「い、嫌です!!離して!!」

 

「あ~……あんまり聞き分け悪いとさぁ、いくら紳士な俺等でも怒るよ?……黙ってついて来い(ギュッ)」

 

「い、痛ッ!?」

 

チャラ男達はニヤニヤしながら女の子との距離を縮めて詰め寄っていたんだが、女の子の態度に業を煮やしたのか、腕を掴んでいた奴が脅し始めた。

握ってる腕に力を込めたようで女の子は小さく呻きながら顔を歪める。

いい加減腹が立ってきたぞコラ。

大体紳士だってんなら女の子に暴力振るうんじゃねぇよアホンダラ。

 

沸々と腹が煮えてきた俺は周りの視線も気にせずにズンズンと歩いてアホタレ共に近づき。

 

「おら、早く歩k」

 

「おうコラ」

 

ガシッ!!

 

「へ?(メキメキメキッ!!)ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

「キャッ!?」

 

女の子の腕を握っているチャラ男Aの腕を掴んで強めに力を込める。

かなり痛いようで、女の子を掴んでいた手を離して叫びだしやがった。

まぁスチール缶をベキョッと軽く握りつぶせるぐらいの握力で握ってますからね。そりゃあ痛いだろう。

とそんな事を考えていたら女の子が腕を離された時の衝撃でフラついたのか、俺に向かって倒れてきた。

そのままじゃこけるのが確定コースだったので、とりあえず片手で抱き止める。

 

「(ボフンッ)あぅ!?……あれ?……痛くない?」

 

抱きとめた女の子は地面に当たって痛みがくると思ってたようだが、痛みがこなかったのが不思議だったのか瞑っていた目を開けて首を傾げてる。

そりゃあ俺が支えていますから、痛みなんぞくるワケないでしょうに。

 

「そりゃそうだろ?地面じゃねーんだから」

 

「ふぇ?……え?――えぇえええええ!?」

 

何故叫ぶし。

 

俺が声をかけると、女の子は俺に視線を向けて、そこでやっと自分の状況がわかったようで顔を真っ赤に染めて叫んだ。

何この小動物。ワタワタと慌てる姿が実に可愛いんですけど。

 

「あ、ああのあのあのののの!!?」

 

女の子は俺を見つめながら何やら理解不能な言語を捲くし立ててくる。

ドンだけ慌ててるのさYOU?もはや言葉にすらなってねぇよ。

 

「とりあえず落ち着け。そんで……立てるか?」

 

「ひ、ひゃい!!?」

 

俺の言葉を聞いてくれた女の子は飛び上がるように俺から離れて立ち上がった。

しかし顔の赤さはまったく消えていない。

そんな真っ赤な顔でモジモジせんで下さい、目のやり場に困るッス。

 

「あ~なんだ、とりあえず大丈夫か?」

 

「は、はい!大丈夫でしゅ!?……あぅ、噛んじゃった……」

 

女の子は台詞を噛んでしまったのが恥ずかしかったのか真っ赤な顔で俯いちまった。

その様は実に可愛らしいんだけどね……いや、どぉすりゃいいのこの状況?

俺は一夏みてぇにどぉすりゃ女の子が笑顔になるかなんて知らんぜよ?

あの『移動式メスホイホイ』みてぇに自然と女の子に優しくするなんて芸当は無理ですたい。

 

「いでででででで!?テ、テメェいきなり何しやがる!!離せよ!!」

 

「あ?」

 

っと、いけねえいけねえ、バカの手を握り締めてたの忘れてたぜ。

俺に腕を握られたバカは痛みに顔を歪めたまま俺に声をかけてきやがった。

その声に反応して体を震わせた女の子は俺の後ろに逃げるように隠れた。

残った二人のチャラ男は状況についていけねーのか、口を開けて呆けてるし。

ていうかこんな状態で中々強気じゃねーかこの野郎。

 

女の子をこんなに怖がらせて俺がこんなモンで済ますと思ってンのかこのアホンダラは?なら身体に判らせてやんよ。

 

俺はバカの掴んだ手を離さないでそのまま腕を上に上げてバカを持ち上げる。

そうするとバカは宙吊り状態で足が地面から離れた。

 

「あ゛あぁあああぁぁああぁあ!?う、腕がああぁああぁぁ!?」

 

持ち上げられた腕から伝わる鋭い痛みにバカは耐え切れずに顔を歪めて吼えながらジタバタと浮いた足を動かしてる。

まぁこんな野郎がどう痛がろうとも、どうでもいいがな。

 

「随分と強気なモンじゃねーか?身の程わきまえねえと、この細腕ポッキーみてえにへし折っちまうぞコラ?(ギュウウウウウッ!!)」

 

「いぎいいいい!?や、止めてくれ、いや止めて下さいいいいい!!」

 

ギリギリギリッ!!

 

「うぎゃあああああああ!!?」

 

「なら口閉じてろやボケ」

 

俺は握りこむ力を段々と上げたり、掴んでる腕をグリグリと捻るように握りこんで痛みを加えていく。

これって力加減が難しいからなぁ……加減間違えるとマジでポキッと逝っちまうし。

 

「……はっ!?テ、テメェふざけんな!!オラア!!」

 

「ッ!?危ない!!」

 

ん?なんだやっと状況が呑み込めたのかよ?

俺が声のした方に視線を向けると、さっきまで呆けてたチャラ男Bが俺の顔面に向かってなんとも弱そうなパンチを放ってるとこだった。

片手にバカを掴んでる状況で、もう既にパンチは俺の顔面の近くに迫ってたので回避は間に合わない。

チラッと横に視線を向けるとチャラ男の行動に俺より早く気づいていた女の子が切羽詰った顔でそれを見てた。

まぁこんなもん避けるまでもねぇがな。

俺の顔面に迫ってくるパンチを見ながら、俺は顔の位置を少し下にずらす。

すると顔面に当たる筈だったチャラ男Bのパンチは俺の額に着弾点を変え……。

 

バキャアアアア!!

 

「キャア!?」

 

俺の額にクリーンヒット。

そりゃもう綺麗に吸い込まれて盛大にいい音がなった。

女の子はそれを見ないように両手で顔を覆って悲鳴をあげる。

 

「へっ!!ざまぁ見――ギャアアアアアアアアアアアア!?」

 

「お、おい!?何で殴ったお前が――ひ!?」

 

「ゆ、指がああああああああ!!?」

 

「……え?」

 

チャラ男Bは俺を殴って気が良くなったのか、アホ面を笑顔に変えた……が、すぐに顔を歪めて手を抑えながら蹲り、みっともなく叫び声をあげる。

両手で顔を覆っていた女の子は殴ったバカの悲鳴が聞こえるとは思わなかったのか、不思議そうな声を出して手を顔から外す。

俺と女の子の視界の先にいるチャラ男の拳は4本の指が稼動域を超えてあらぬ方向にひん曲がっていた。

まぁそこそこ速度の乗った拳で硬すぎる額にブチ当たったんだからな、謂わば鉄の壁を殴った様なもんだ。

そうなっても仕方ねえだろ。

大体テメェ等みてえな貧弱野郎のパンチが効くわきゃねえだろうに。

俺と喧嘩するってんなら千冬さん並みの威力ないと俺に怪我なんかさせらんねぇぞ?

 

「ほいっと(ポイッ)」

 

「(ドサッ)ギャア!?い、いぃ痛えぇ……ッッ!?き、救急車ぁ……ッ!?」

 

「あ……あぁ……(ガクガク)」

 

片手で吊るし上げていたチャラ男を青ざめた顔で震えてるチャラ男Cの横に放り投げる。

ようやく俺の手から解放されたチャラ男Aは握られていた部分を抑えながら涙をぼろぼろ溢してやかましく吼えてやがる。

俺に握られた部分は赤黒く変色していて、中で内出血を起こしてるのが判る。

まぁあんだけの事仕出かしたんだ、折らなかっただけでも感謝して欲しいもんだぜ。

とりあえず最後に残ったチャラ男Cを俺は鋭く睨みつける。

 

「おい、テメェ」

 

「ひ!?」

 

俺に睨みつけられたチャラ男は鼻水を垂らしたまま情けない声を出して怯える。

すると、震えるソイツのポケットからジッポライターが落ちて俺の目の前に転がった。

 

「このバカタレ共連れてさっさと失せろ。後よ、次にこんなことしてみろや?そん時ゃ――」

 

俺はそこで一度言葉を区切って足元に転がってきたジッポライターを人差し指と親指で縦に挟んで持ち上げ、鼻水垂らしてるソイツの前に掲げる。

そのままの体勢で指に力を込める。

 

ベキベキベキャアアッ!!!

 

するとジッポは無惨に潰れていき、俺の指と指の間で原型が無くなってペチャンコになった。

それを目の前で見届けた鼻水君は歯をガチガチと鳴らして怯えまくってる。

 

「テメエ等の男の象徴がこうなるまでしこたま……蹴り食らわしてやっからよ……いいな?」

 

「ハ、ハイイイイイイイッ!!!」

 

俺のありがたーい忠告を聞いたチャラ男は他の二人に手を貸して引きずるように走っていった。

奴等が完全に見えなくなると辺りから「見た目はワルなのに……カッコイイ」とか「逞しいなぁ~」とか「あんな人に守ってもらいたい……」だとか、なんか色々聞こえてくるが放置。

とりあえずアホが消えたのを見届けて、俺は鼻息をフンと一つ鳴らしてから……。

 

 

 

 

耳にイヤホンを嵌めてプレイヤーのスイッチを入れてから目的のカラオケ屋までの移動を再開する。

 

 

……いやさ?別に後ろの女の子を忘れてるわけじゃないよ?

でもまぁ俺はあの『歩くフラグメーカー』と呼ばれる一夏みてえに女の子を安心させる言葉とかがポンポン出てくるわけじゃねえのよ。

ってわけで、鍋島元次はクールに去「ま、待って下さい!!」……オゥ、ノー……。

音楽が鳴る前に、後ろから声が聞こえた、聞こえてしまったぜ。

聞こえてしまった以上は無視するわけにもいかないので、諦めてイヤホンを外し後ろに視線を向ける。

 

「あ、あの!!助けてくれてありがとうございました!!あなたが助けてくれなかったら、私……何をされていたか……本当にありがとうございます!!」

 

視線を向けた先には、やっぱりさっき絡まれていた女の子がいて、俺にふかぶかと頭を下げていた。

正直、俺はそうやってお礼を言ってくれる女の子にすっげえ驚いた。

 

 

 

実を言うと、俺は千冬さんとか束さんとか、学校の女友達以外のあんまり知らん女ってのにはあんまりイイ印象を持ってなかった。

 

 

 

知っての通り、今の世の中は束さんの作ったISの影響で世の中は完全な女尊男卑の世界になってる。

そのせいではあるが、世の中には『ISに乗れるのは女だけ=ISに乗れるから女は偉い』というイカれた思考を持つバカな女が結構な数いる。

偶に街を歩いていると、女が当たり前のように男をパシらせるという光景がよく目に付く。

幸い、同年代で俺に盾つこうとする女は少なかったが、それでも全くいなかったってわけじゃねぇ。

中1の頃の話しだが、今はもう転校しちまっていなくなった女のダチがいたんだが、そいつが中国の出身てことで陰湿なイジメをしてるグループがあった。

当然、それを知った俺と一夏、弾の3人でその現場に乗り込んだ。

その中のボスみてえな女(という名の動物園から逃げ出してきたゴリラ)が「男は黙って女に従っておけばいいのよ!!この屑!!」とかなんとか抜かしてきやがったんだ。

最初は穏便に事を運ぼうとした俺達だったが、そのゴリラ女が言った「こんな薄汚い中国女を庇うなんてアンタ等皆バッカじゃないの!!?」って言葉で一夏がプッツン。

だが、率先して殴ろうとした一夏を押さえつけて、俺がそのゴリラ女に拳をプレゼントしてやった。

大事なダチを貶したクソゴリラに、俺が手加減無しで思いっ切り振るったアッパーはゴリラのアゴを粉々にブチ砕き長期入院を余儀なくさせた。ざまあみろって思ったね。

そして騒ぎを聞きつけた教師が来て俺は連行、3ヶ月の謹慎処分と謹慎が解けた後は少年院への護送が決定された。

この決定に一夏達は大いに反抗してくれた。

特に一夏は俺がアイツの代わりに殴ったからって罪悪感が強かったからかなり必死だったらしい。

だが、俺が人に拳を振るったことは紛れも無い事実でありそのゴリラの母親も同じようなバカ、オマケに政治家で女性の発言権が強いこの時代。

 

この決定は、一夏達がどれだけ講義しようと変わることは無かった。

 

……まぁでも、ある人が助けてくれたお陰で、俺の処分は全面的に無しになったが……そう、束さんである。

どこで聞きつけたかも知らねぇし、どうやったかも知らねぇが、いつの間にか俺の処分は取り消され、あのゴリラとバカ親は刑務所と少年院に突っ込まれてた。

後で一夏達に聞いた話ではこの決定に、なんと学校中が反対してくれたらしい。

理由としてはあのゴリラより俺の方が他の奴等には好印象だったからというのと、そのゴリラ女が驚く程学校の嫌われ者だったというのが大きかったそうだ。

そしてこの事件がニュースに流れた際、ニュース局に匿名で俺があのゴリラを殴るまでのやり取りが録画されたビデオが送られてきたらしく、それが名前や顔のボカシを入れて放送された。

更にトドメとばかりに、あのゴリラの母親がやってきた政治的汚職や汚ねえ性癖なんかが全て匿名で新聞会社にリークされ、醜い部分が白日の下に晒されたバカ親は社会的抹殺。

俺は家で謹慎してる時、このニュースを見てこんな事ができる人物は束さんしかいないって確信してた。

機械的なウサ耳を付けて楽しそうに笑っている束さんを頭に思い浮かべながら、俺は嬉しくて……感謝の涙が止まらなかったっけ。

 

 

 

……でも俺はこの後で本当の地獄を見たのさ。

 

 

 

謹慎中に束さんが俺の家に現れて「束さん頑張ったからぁ……ゲンくんからのご褒美が欲しいにゃ~♪」と俺に可愛らしい猫なで声で要求してきたのよ。

さすがに多大なご迷惑をかけた上にあわや少年院行きになる所を助けてもらった俺としては、断るつもりは一切無かったので、束さんの望むままに一日中色んな我儘を聞いていた。

やれご飯を作ってとか「あ~んして?」とか歌を歌ってとか色々頼まれたんだがそこら辺はまだ良識的でよかったんだが……。

そんで昼頃だったか?束さんが突然「お昼寝したくなってきたから、ゲンくんは束さんの抱き枕になってもらおうではないか!!」ってお言葉で俺は抱き枕化。

魅惑的なボインボインの膨らみがあるバディを惜しげなくくっ付けられて、束さんという美人にほにゃっとした柔らかい笑顔で見つめられて緊張しまくっちまって思考回路がショート。

混乱状態になった俺は何を思ったか、密着していた束さんの腰に手を回して更に強く抱き寄せた。

そん時に束さんは「あっ……ゲンくん」とか言いながら頬を桃色に染めて潤んだ瞳で俺を見つめてくるだけで、まったく抵抗しなかった。

束さんが何も抵抗しなかったので、そのまま空いていた片手を頬を撫でるように添える、するともっと瞳がとろんとしてきた。

そのまま数十秒間そうしていた俺と束さんだが、突如束さんが目を瞑ってしまう。

俺の視線は束さんのぷるんとした可愛らしい唇に釘付けになり、その魔性のような魅力と仄かに香る桃の様な甘い香りに抗わず、吸い込まれる様に顔を近づけて……。

 

 

 

 

 

 

「一夏から謹慎中で落ち込んでると聞いて心配して来てみれば、女を侍らせて優雅に昼寝とはな……随分といいご身分じゃないか?あぁ?元次?」

 

 

 

 

 

死を覚悟した。

 

 

もうね、本気で殺されるって思ったさ。

背筋が冷えるとか悪寒が奔るとかぞくぞくっとするとかそんなチャチなモンじゃねえ。

もっと恐ろしいモノの片鱗を感じたぜ。

声を聞いてるだけだってのに、まるでケツの穴に氷柱を突っ込まれた感覚が俺を支配した。

まずどうやって俺の家に入ったんですかとかどうやって一切物音を立てずに俺の部屋まで移動できたんですかとか女性が「あぁ?」とかどうなんですかとか色々疑問はあったがとても聞けません。

ギギギッと油の切れたロボットみたいな音を出しながらなんとか後ろへ振り向くと……。

 

 

 

 

 

「女の敵にはキツイ仕置きが必要だな……さて、覚悟はいいか?私はできてる」

 

 

 

 

 

そこにいたのは、光が消えた上にとんでもなく澱んだ瞳で俺を見つめ、刃引きされた日本刀を肩に担いでいらっしゃる無表情の千冬さんですた。しかも抜刀状態です、ぷぎゃー。

どっから出したそのポン刀とか俺まだ覚悟決めてませんとか考えてるうちに、俺目掛けてその刀が振り下ろされて……ちなみにその日から3日間の記憶が一切ないのはデフォ。

何故か束さんがいなくなって床に少量の血痕が残ってたり、俺の隣で千冬さんが寝てる上に3日間も時間が「跳んでいた」のは本気で訳がわからなかったぜ。

 

 

 

ま、まぁ話が逸れたが、つまり世の中には救いようのないバカ女が少数ではあるがいるわけで、全員が全員そうだとは思ってねぇがどこで猫被ってるか判らないので俺は無意識に女性を避けてたってわけだ。

とりあえず、今目の前にいる女の子はかなり常識人であったことにホッとしたぜ。これは世の中の女性に対する見方を改めなきゃな。

 

「いや、当たり前の事しただけだからよ。気にしねえでくれ」

 

むしろあそこで見捨てたりして後で千冬さんにバレたらブッ殺されちまうし。

 

「そ、そんな、気にしないなんてできません!!是非何かお礼をさせて下さい!!」

 

「え?い、いやいやいや。俺待ち合わせしてて急いでるからよ。それにそんな打算的なこと考えて動いたわけじゃねぇし」

 

「で、でも助けてもらったのに何もお礼をしないわけにはいきません!!」

 

女の子は下げていた頭を上げて必死な表情で俺に詰め寄ってくる。

結構小柄な女の子なので、必然的に上目遣いで俺を見上げてくるではないか。

近くで見るとこれまたかなりの美少女で段々と気恥ずかしくなってきた。

さてこれは困ったぞ、まさかこんな展開になろうとは。

弾と一夏もそろそろカラオケ屋についてるだろうし、ここで時間食うわけにもいかねぇんだが。

 

「え、ええっと、とりあえずどこかのお店でお話を……って、あーーー!?」

 

うぉ!?なんだ!?

俺がこの状況をどうするか頭を捻っていると女の子がいきなり叫び声を上げた。

 

「ど、どうした?」

 

「き、今日私、電車で街に来たので、終電が近いからもう帰らないと!?ど、どうしよう~~!?まだ何もお礼してないのに~~!?」

 

女の子はそう言ってあわあわとテンパッてる。

しかしこの一言は俺にとってはこの上無く都合がいいものだ。

俺も時間が無い、彼女も時間が無い。

つまり目的は一緒だ。

 

「なぁ、お嬢さん?」

 

「ふぇ?な、何ですか?」

 

「もし良かったらよ……一緒に駅まで行かねえか?」

 

「……ほえ?」

 

女の子は俺の言葉の意味が判らなかったのかポカンとした表情を浮かべた。

なんかおっとりしてたりワタワタしてたりで忙しい女の子だな。可愛いからいいけど。

 

「いやな?俺は駅前のカラオケ屋に行くんだが、道は一緒だろ?だから駅前まで送らせてくれねえか?」

 

「……あ、あの?それはいいんですけどぉ……お礼の方は」

 

「だからよ?その一緒に行くってのをお礼代わりにさせてくれって言ってんだよ」

 

「……えぇえぇ!?な、なんでそれがお礼になるんですか!?」

 

女の子は俺の言葉が意外過ぎたのか、大声をあげて俺に再び詰め寄ってくる。

その表情は「私、意味が判りません!!」ってのがアリアリと出てた。

 

「まぁあれだ、またさっきみてえな馬鹿が現れねえとも限らねえだろ?せっかく助けたのにそれが水の泡になるのは嫌だからよ、俺に駅まで送らせて欲しいってわけだ」

 

「そ、それじゃあまたアナタに迷惑がかかっちゃいますよぉ!!全然お礼になってないじゃないですか!!?」

 

そう叫びながら両手をブンブンと振り回してる様は実に可愛いらしいです。

俺としてはこの子の笑顔が守れただけで充分お礼になってるんだがなぁ。

 

「礼にはなってるぜ?俺が守ったお嬢さんの可愛らしい笑顔が曇らずに済むんだからよ」

 

言ってから思った。

俺どんだけ臭い台詞吐いてんだよって。

似合わないにも程があるお。

まさかこの俺が納豆みてえな臭いがする台詞を吐く日が来ようとはな。

 

「へ!?か、かか可愛らし!?……あ……あぅぅ……ッ!?」

 

俺の言葉を聞いた女の子は素っ頓狂な悲鳴をあげて顔を真っ赤にしたまま硬直。

おいやめろそんな顔すんな萌えちまうじゃねえか。

 

「あ……あぅ……」

 

何やら呻くようにそれだけ振り絞って女の子はモジモジと指を絡めだした。

やばいどうすりゃいいんだこの状況。

タスケテケスタ。

とりあえず強引にでも話を進めねえと間が持たん、ていうか俺が持たん。

 

「ま、まぁとりあえずよ?そーゆーワケでだ、いっちょ俺の心の満足のために駅まで送らせてくれねえか?……な?」

 

「……(コクンッ)」

 

小さく、それでいてしっかりとした頷きを返してくれた女の子だが、その仕草が破壊的に可愛いすぎて俺は言葉もかけずに歩き出す。

すると女の子は顔を伏せたまま俺の横にちょこんと並んで駅までの道のりを一緒に歩く。

伏せた顔の隙間から見える頬と耳は病気なんじゃねえかと思えるぐらいに赤くなってた。

なにこの空気?状況が理解できねえよ畜生。

 

マジで助けてマイフレン。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……」

 

「……(チラッ)」

 

さて、あの商店街通りを抜けて、今は駅までの道中をさっき助けた女の子と歩いてるんだが……。

 

「……」

 

「……(チラッチラッ)」

 

会 話 が 無 え 。

 

いやもうとにかく気まずいぞこれ。

なんていうかこれ以上ないぐらいに空気が重いってゆーか……ねえ?

それにさっきから女の子の方は俺をチラチラと見てくるだけで話しかけてこようとはしねえし。

それが気になって視線を向ければ……。

 

「……(チラッ)」

 

「ッ!?(ボフンッ!!)……ぁぅ」

 

なんか俺と目が合うと、これ以上無いってぐれえ顔を真っ赤に染めて俯いちまう。

つまりこの気まずい雰囲気から脱出するには俺の方から話しかけなきゃいけねえわけなんだが……。

 

「……」

 

「……」

 

話 題 が 無 え 。

 

やばい。やばすぎるぞこの沈黙。

なんか話題は無えのか?考えろ、考えろ俺の滅多に使わない灰色の脳みそよ。

もはや知恵熱でも起こすんじゃねえかと思うぐらいに脳みそをブン回すと、俺の頭に4つの選択肢が浮かんできた。

 

1、押し倒す。

 

2、口説く。

 

3、歌う。

 

4、い た だ き ま す 。

 

碌な選択肢が無えんですけど?俺の脳みそが灰色ではなくピンク一色だった件について。

どうなってんだ俺の脳みそは……一度、束さんにオーバーホールしてもらった方がいいのかもしれん。

つうか1と4が意味一緒じゃねぇか。

3に至っては意味が判らん、あれか?辛い時こそ歌おうってか?この空気で歌ったら完全にアホだろ。

そんでもって2、俺は一夏じゃねえ。

駄目だ、脳内まで素敵にパニクッてやがるぜ。

 

「あ、あの……大丈夫です……か?」

 

と、俺がどうしようもない脳みそに絶望していると、今まで黙っていた女の子の方が話しかけてきてくれた。

ただ、何故か視線は俺の目線より若干上を向いてるが。

 

「う、うん?大丈夫って何が?」

 

「その、おでこです……叩かれてましたし……怪我とかは」

 

なんだ?チャラ男に殴られた額を心配してくれたのかこの子?

本当にイイ子だなぁ……そこいらのバカ女と比べるなんて失敬にも程があるぜ。

 

「なに、あんなヘナチョコパンチぐれえ何発受けたって問題ねえよ。俺はサイボーグ並にタフだからな」

 

俺は額を指で突っつきながら笑う。

あれくらいじゃ蚊ほども効かんのです。雑魚とは違うのだよ、雑魚とは!!

 

「サ、サイボーグって……もぅ、茶化さないで下さいよぉ」

 

「ははっ、悪い悪い。まぁ本当になんてこたぁねぇから気にすんなって」

 

女の子は何やら口をアヒルみたいにして、少々膨れっ面で俺を見てきた。

心配してるのにそれはないですって感じがアリアリと出てらっしゃる。

やばい、マジ可愛い。

こんな仕草を続けられたら無意識にテイクアウトしちまいそうだ。

 

「……馬鹿ですよね?あの人達」

 

「ん、んん?何がだ?」

 

「わ、私が可愛いなんて、心にもないこと言い出して……私なんかより可愛い人なんか沢山いるのに……そう思いませんか?」

 

思いません。あのチャラ男達に関しては、女を見る目だけは褒めてやってもいい。そこだけな?

っていうかドンだけ自分に自信が無いのよこの子は?

普通にあれだよ?そこいらにいる女の子ってレベル超えてるんですけど。

こんなこと他の子の前で言ったら怒られると思うぜ?

 

「……なんで自分に自信が無いのかなんて知らねえけどよ……お嬢さんはそこいらにいる女より、遥かに可愛いぜ?」

 

「はえ!?そ、そんなことありません!!わ、わわわ私なんか!!……私なんか、引っ込み思案で、ドジばっかりで……本当にダメダメなんです……ハァ」

 

いや、溜息つくぐらいなら初めから言わなきゃいいんじゃないか?

照れたり落ち込んだりと忙しいモンだな。

これ以上気まずい空気になる前にフォロー入れておこう。

 

「引っ込み思案ってのも、見方を変えりゃお淑やかだとか奥ゆかしいになると思うがなぁ……あら?」

 

「お、お淑やかだなんてそんなこと……?……ど、どうしたんですか?」

 

「いや……今更なんだけどよ」

 

「?」

 

女の子は俺が突然変な声を出したのが気になった様で、首をコテンとしながら俺を見つめてくる。

うん、やっぱり小動物みたいで可愛いじゃねえか。

 

「俺等……お互いの名前知らねえなって思ってよ」

 

「……あ」

 

俺の言葉に呆然、と言った感じで声を返してくる女の子。

そのポカンとした表情の女の子を「そうだよな?」といった表情で見つめて足を止める俺。

 

「……」

 

「……」

 

しばし見つめあう俺達。

別に恋焦がれとかそんな色っぽい雰囲気じゃないけどね?

 

「……」

 

「……」

 

「……ぷっ……く、くくく」

 

「……ふ、ふふっ」

 

そしてどちらからとも無くクスクスと笑い合う。

なんかさっきまでの空気がとんでもなく馬鹿らしく思えてきちまったぜ。

もう駅前に着いたってのに、二人ともここまでの間で自己紹介してねえんだもんな。

 

「あははっ……そ、そういえば、ちゃんと自己紹介してませんでしたね?」

 

女の子はそう言って俺に向き直り……

 

「初めまして……って言うのもおかしいですけど……ふふっ……私の名前は『山田真耶』です。今日は、私の事を助けて頂いて本当にありがとうございました」

 

女の子……真耶ちゃんは俺にふわりとした自然な笑顔を向けてくれた。

その自然な笑顔があんまりにも可愛くて……思わず見惚れちまったよ。

 

「お、おう。どういたしましてだ……しっかし……」

 

「?なんですか?」

 

「あ~、その、あれだ……今の真耶ちゃんの笑顔、スッゲー可愛かった……なんつーか……見惚れちまったぜ」

 

あぁ駄目だ。どうなっちまったんだ俺ぁ、ドンだけらしくねえ台詞吐いてんだっての。

まさか俺も一夏病が移ったのか?

だ、だとしても俺は一夏程モテたりしねえから判断基準が良くわからんぞ。

 

「ッ!!?は……はぅ……あ、ああありがとう……ございますぅ」

 

俺の言葉に真耶ちゃんは赤い顔のまま言葉を返してくれたんだが……あれ?

これってもしかしてケッコーいい雰囲気じゃね?

で、でも真耶ちゃんって明らかに俺より年下だよな?幼すぎるってわけじゃねーけど、年上には見えねえし。

駄目だ、真耶ちゃんの笑顔にあてられたかこりゃ?

 

「あ、あの!!あ、あなたのお名「おぉ~い!!ゲーン!!」……え?」

 

「ん?」

 

真耶ちゃんが俺に何かを聞こうとした時に、後ろから俺の名を呼ぶ誰かの声が重なった。

その声に従って後ろを向いてみると、一夏と弾がカラオケ屋の前で手を振っていた。

あちゃー、もうアイツ等着いてたのか。

 

「なぁにしてんだー!?早く来いよ!!こっちはお前待ちなんだぞ!?」

 

俺にそうやって声を掛けてくる赤髪のロンゲでバンダナをした妹に頭の上がらないシスコン『五反田弾』が大きく手を振ってた。

弾の横にいる一夏はなにやら呆れた視線を弾に送ってる。

あ、あのアホタレが!!空気読めよ!!っていうか公衆の面前で大声で呼ぶな!!恥ずかしいわ!!

周りの通行人がクスクス笑ってんじゃねえか!?

 

「……お、お友達です……よね?」

 

「あ、あぁ。ったく、こんな公衆の面前で大声出さんでも……ど、どうしたのよ?真耶ちゃん?」

 

「……え?な、なんですか?」

 

「い、いや今アイツ……俺のダチをすっげえ睨んでなかったか?」

 

俺が向こうで騒いでる弾から真耶ちゃんに視線を向け直したときに、真耶ちゃんの目が弾をすっげえ睨んでるように見えたんだが。

つってもなんか拗ねてますって顔で怖さは皆無だったけどな。むしろ可愛かった、いいぞもっとやれ。

 

「え!?そ、そんなことないですよ!!?」

 

「そ、そうか?ならいいんだが……」

 

「そうです!!に、睨んでなんていませんよ!?あ、あはは(ちょっとくらい睨んでも、バチは当たらないと思います!!せっかく勇気を出して聞こうとしたのにぃぃ!!)」

 

俺の言葉に真耶ちゃんはなんか必死な感じで否定の意志を見せてきた。

ま、真耶ちゃんも何か必死な感じだし、触れないでおこう。

こーゆーのは引き際が肝心なんだよな。

 

「すぅ……はぁ……よしっ、いきますっ、大丈夫できるっ、頑張れ私っ」

 

今度はなんか深呼吸して小声で気合入れ始めたんですが……どうしたんだ真耶ちゃんは?

やっぱり女の子は触れ合いが少なくて俺には良く判らんぜ。

束さんは年齢の割りに幼いとゆーか……ファンシーすぎて普通の女の子の参考にゃならん。

千冬さん?あの人が普通の女の子なら世の中はIS無しで女尊男卑になってるっての。

やれやれ、俺の周りにはどうしてこう普通の女の子がいないかねぇ……つうか殆どの女友達は一夏に惚れてるし。

結果、俺には真耶ちゃんの行動が良く判らんのです。

 

「あ、あの!?よ、よよよ良ろしかったら!!あ、あああああな、あなたのお名「ーーー学園行きの最終電車が参ります。お乗りのお客様は2番ホーム乗り場にてお待ちください」ま……ってうそ!?電車が着ちゃいましたぁぁぁ!?」

 

「え!?あ!?マ、マジだ!?」

 

真耶ちゃんの驚く声に従って駅を見れば、電車がホームに入ってきた所だった。

ってこれ逃したら真耶ちゃん帰りの足無し!?やばいって!!

 

「あ、あわわわわ!?い、行かなきゃ!!まだ聞いてないのにぃぃぃぃ!!?ご、ごめんなさい!!いつかまた、必ずお礼をしますからぁぁぁ!!」

 

「ってうお!?」

 

電車が駅に入ってくるのを理解した真耶ちゃんは急いで駅の中に走っていった。

あまりの急展開に俺はそれを見ているしか出来なかったんだが。

 

「……ま、いっか」

 

俺は特には気にせずに踵を返してカラオケ屋の前で待っている一夏と弾の元に向かう。

いつかまたお礼をしますって言ってたがまた会うかもわかんねぇしな。

それにさっきのアナウンス、途中からしか聞こえなかったが……確か「学園」って言ってた。

つまり、真耶ちゃんはその「なんちゃら学園」の生徒さんってことだ。

駅から学園行きの直行列車が出てるってことは、相当なお嬢様学校じゃねえとありえねえ。

多分、蘭ちゃんの通ってる「聖マリアンヌ女学院」みてえな超名門の学校だろう。

俺みてえな奴が会いにいける事は無えだろうし、大体来年にゃ俺はこの街には住んでねえ。

従って、もう真耶ちゃんとは会うことはねえと思う。

 

「くぉるぁぁぁ!!ゲン!!テメエ!!?なんかやたら遅えと思ったら、あんな可愛い女の子連れて何してやがった!?」

 

「まぁ落ち着けよ弾。でも意外だな?ゲンが女の子と一緒に歩いてたのは」

 

と、俺が熟考しながら歩いてたので、すぐに親友達の下に着いた。

しかしそう思ったのも束の間、弾の奴は何やら血の涙を流しながら俺の胸元を掴んできやがった。

一夏は一夏で珍しいものを見たって顔してる。

 

「よ、遅れて悪い。っつうか何やってたって言われても、別に真耶ちゃんとは何にもしてねえよ」

 

俺がそう答えると、弾は更に憤怒の表情を浮かべる。

 

「真耶ちゃんだとぉぉぉ!?既に名前で呼び合う仲か!?あぁん!!?」

 

あーもーめんどくせえなぁ。

勘ぐられなくても、そんな色っぽい仲じゃねえっての畜生。

 

「弾、テメエあんまりしつけえとハニトー一気飲みさせんぞオイ?」

 

「ちょっと待て!?ハニトーは固形物だろ!?一気飲みとかなんて恐ろしいこと考えやがる!!?胸焼けとかそんなチャチなモンじゃねえぞ!!?」

 

「ははっ大丈夫だって弾。ゲンもそこまで無茶はしないだろうし」

 

「アタリマエ、ジョウダンダヨダンクン?インディアンウソツカナイ」

 

「ならそのカタコト言葉と目の笑ってない笑顔ひっこめてもらえませんかねえ!?つかインディアンなのお前!?」

 

隣でギャーギャー言ってくる弾を受け流しながら、俺達はカラオケ屋の入り口を潜る。

やっと今日の目的であるカラオケを始めることができたぜ。

ちょい面倒な一日だったが、真耶ちゃんみたいな可愛い女の子と出会えたし、あのチャラ男君達にはほんのチョッピリ感謝しとく一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいアーンして?つうかしろボケ弾」

 

「ちょ、おいやめろそんなもん無理矢理入れるな入らんわ止めてよして触らないでけだものぐむむむむむむむむむむむむむ!?」

 

「ゲン!?落ち着け!?だ、弾の頬がヤバイぐらい膨らんでるぞ!?鼻から少し出てるって!!?」

 

「人間の、げふんげふん。弾の限界に挑戦ってことで(笑)」

 

「ぐむぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

「弾ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常への一歩

時は3月17日。

 

冬真っ盛りの寒い季節なり。

 

3月8日に、俺こと鍋島元次はめでたく中学を卒業し、受験の方も爺ちゃんとばあちゃんの地元である兵庫県の高校に推薦でパシッと合格しますた。

現在は生まれ育ったあの街を離れ、爺ちゃんとばあちゃんの家に住んでる。

 

 

 

卒業した日は一夏の家で俺と弾、一夏、千冬さんそして中学1年の後半から仲良くなった御手洗数馬とその数馬に惚の字の女の子3人、弾の妹で一夏に惚の字の蘭ちゃんという大所帯で、卒業祝いアンド俺の送別会を派手にやり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだったぜ。

俺と一夏で料理を作り、弾が買出し、蘭ちゃんと数馬達が部屋の飾り付けと、見事に役割を分担してパーティはあっという間に始まったさ。

皆、思い思いの料理を口に運び、中学時代のバカやった思い出話に花咲かせ、転校しちまったダチはどうしてるか、とか、とにかく話題の種は尽きなかった。

途中で弾がギターを弾き始め、それに勝手に便乗した一夏と数馬が歌い、女達は2人の歌声に酔いしれていた。

只、それを見た弾が悔しそうな表情を浮かべていたのはちょい可哀相だったが(笑)。

俺は俺で弾のギターにリズムを合わせて、昔に宴会芸としてマスターしたボイスパーカッションを駆使し、DJの真似事をしてた。

その後でコンポから曲を流し、『dazzle 4 life』の『mylife』とか『大地』の『baby please』といったウエッサイ系を中心に歌って、更に場全体を盛り上げることに成功。

千冬さんは進んで輪の中に入ってきたりはしなかったが、離れたテーブルに座って酒を飲みながら、俺達の事をクールに微笑みながら見てたのでこのパーティを楽しんでいたのは良く判った。

 

 

まぁ、そんな感じでパーティは楽しく進んでいたんだが……。

 

 

最後辺りでトラブルが起きた……いや、別に危ないトラブルってわけじゃなかったんだがな……。

 

 

そう、あれは俺が皆の輪から抜け出して千冬さんのトコに行った時だったっけ……。

 

 

 

『ん?なんだ元次?アイツ等の傍に居なくていいのか?』

 

俺が近寄ると、千冬さんは怪訝な顔で俺に声を掛けてきた。

その言葉に俺は笑いながら千冬さんの座っているソファーの隣に腰を下ろす。

 

『ハハッ。まぁ、アイツ等はアイツ等で楽しくやってますからね。俺一人がコッチ来ても問題無いと思いますわ。……それに、いつまでも千冬さんをお一人ってのもどうかと思いまして。』

 

俺はあの恋する乙女達の『気を利かせて下さい』的なアイコンタクトをしっかりと受信して道を譲っただけだしな(笑)

事実、蘭ちゃんも数馬ラヴァーズも目的の2人と話して楽しんでるし、弾は何やら巻き込まれた感じだったが。

だが、俺の言葉に千冬さんは面白く無さそうな顔を見せてきた。

 

『フン、どうだかな。お前は明日の昼には、この街から居なくなるだろ?ならアイツ等も、最後にお前と騒ぎたいんじゃないか?……別に気を使って、無理に私と居なくていいんだぞ。酔っ払いの相手なんぞ楽しくないだろう』

 

千冬さんはそう言って俺から視線を外し、グビグビと手に持っていたビールのロング缶を飲み干して、すぐさま新しいロング缶を開けていく。

ビールを豪快にゴクゴクと掻っ込むその横顔が、なんというか拗ねてる様にこの時の俺には見えた。

やっぱりまだあの天ぷら食った夏の日の事怒ってんのかねぇ?

千冬さんと会うのはあれ以来だしな……それ以外に怒らせるようなことした覚えねえし。

つうかあれは束さんに文句言って欲しいと思うんですよぼかぁ。

全てはあのけしからんわがままボディがいけないんだ!!

まぁそんなこと口にしたら、2~30回はブッ殺されるのは目に見えてるから言いませんがね?

もうあんな『黄金体験』は経験したくねえです。

 

『いやいや、別に無理なんてしてませんぜ?』

 

『ほう?じゃあ何故……態々部屋の隅で、一人で飲んでる私の傍に来た?納得いく説明をしろ』

 

俺の言葉にビールをがぶ飲みしながら鋭い眼光を一度だけ俺に向けて、再びそっぽを向く千冬さん。

言葉にニードルがありすぎて辛いぜぇ。

理由はちょいとこっ恥ずかしいモンだったから言いたくなかったんだが、千冬さんの『納得いかなきゃブチのめすぞ』と語る眼光には逆らえなかった。

 

『いや、その……笑わないでくださいよ?』

 

『いいから言ってみろ、笑うかどうかはその後だ』

 

あ、結局笑えるんだったら笑うんですねコンチクショォ。

俺の念押しに千冬さんは続きを促してきたので、小さく深呼吸をしてから俺は千冬さんの傍に来た理由を語ることにした。

 

『……さ、最後くらいは……千冬さんと2人だけで、話しておきたいなぁ……と、思いまして』

 

『ほぉ、そう……か?……?……な、なぁッ!?』

 

俺の言葉に最初はどうでもよさげに軽く返そうとしてたが、いきなり千冬さんは目を見開いて俺に勢い良く顔を向けた。

思い返しても、ビールの飲みすぎで顔が真っ赤になってたのがスゲエ印象に残ってる。

 

『まぁその……ほら、今まで千冬さんと話す時はいつも一夏も交えてだったじゃないっすか?って、それが不満だったってワケじゃねーんすけど……今夜ぐらい、一夏を交えずに千冬さんと2人だけで話したいなぁ……なんて』

 

ここまできたら全部言い切っちまおうと思って話したんだが、途中から自分で言ってるセリフが恥ずかしくなり、照れ隠しに後頭部を掻きながら顔を千冬さんと反対方向に向けた。

そんで、俺は千冬さんから何らかのリアクションが返ってくるのを待ってたんだが……。

 

『な、なななにを……ッ!?っっえ、ええい!!このぉッ!!』

 

ギュッ

 

『ふおぉっ!?ちょちょちょちょ!?』

 

返ってきたのは言語的なリアクションじゃなくて、肉体的なスキンシップ。

 

 

つまりは千冬さんからの、まさかのハグですた。

 

何故にWhy!?

 

 

腹筋周りに感じる二つのやーらかい膨らみが実に!!実にマーヴェラスだったぜ。

ちなみに夏の頃と比べると、俺の身体は更に進化を遂げてる。

現在の身長186センチ、体重91キロ、体脂肪率は変わらず8パーセントと相変わらずの我がマッチョボディ。

体育の着替えで周りのヤロー達の羨望の視線をあびるのはちょっと、いやかなり誇らしかったりする。

でも身体はマッチョでも中身は少年ハート、こんな嬉し恥かしイベントに顔を赤くするなってのは無理なもんですたい。

慌てて視線をそっちに向けて見ると、千冬さんは俺にしな垂れかかるように全身を押し付けてた。

顔も、俺の胸元にしっかりと押し付けているので俺からは千冬さんの表情は窺えなかった。

俺の背中に回された千冬さんの柔らかく、それでいてしなやかな腕が仰け反ろうとする俺をちょっとキツイかな?ってぐらいの力でグッと留めている。

 

『ち、ちちちちちちち千冬さん!!?こ、これれれぇりゃぁは一体何事でござんす!!?』

 

いきなりの事態に俺の思考回路は完全にアウト、冷静になんて考えは忘却の彼方へ旅立ったわ。

言語中枢にも支障を来し、もはや何を言いたいのか自分でも判らなかった。

まだこの時は他の奴等は騒いでいたので、コッチの様子には気づいてなかったのが救いだった。

 

(……大馬鹿者の卑怯者め……大体こいつは、いつもそうだ……いつも、いつも、いつだって……ここ一番で相手が最も喜ぶ言葉を口にして、こちらの女という部分を刺激してくる……ッ!!これでは……一人でずっと拗ねていた私が馬鹿みたいではないか……一夏のことは言えんぞ、この女の敵め……この、この!!このぉ!!)

 

ギュウゥゥゥウウッ

 

『お、おおう?う、おぉぉぉ……だ、段々と締め付けがキツ、く……ち、千冬さ……がふっ……!?』

 

千冬さんは俺の問いには何も答えずに俺の背中に廻した腕の力をジワジワと上げてこられる。

いわゆるプロレス技のベアハッグ、もしくは鯖折りを掛けられている状態だ。

腰や腹回りが急激に圧迫されて満杯状態の俺の胃袋に甚大なダメージが与えられてんですけど!?

ち、千冬さんの体の感触を堪能していた罰ですかこれはぁ!?

 

『……げ、元次ぃ!!』

 

『は、はい!?』

 

俺が腹筋の締め付けに苦しんでいると、突然千冬さんが大声で俺の名前を呼んできたので反射的に返事を返す。

その声を聞いて胸元に視線を落とすと……とんでもなく顔が赤くなった、潤んだ瞳で上目遣い状態の千冬さんが俺の視界に飛び込んできた。

 

ぬおおぉぉぉぉ!?な、なんだこのレアな千冬さんは!?

こんな可愛い千冬さん初めて見たぞ!?

ホントに同一人物か!?

 

いつもは不敵に笑う表情か厳格な表情、若しくはさっきまでのような不機嫌な表情しか見せなかった千冬さんの……初めて見る『女の子』を思わせる表情に、俺は心臓がドクンドクンと跳ねっぱなしだ。

そしてさっきの大声で皆様もこちらの状況に気づいたご様子。

身内である一夏は今まで見たことがない千冬さんの表情に呆然として口をポカンと開けて呆けている。

数馬も千冬さんとは付き合いが薄いからか、一夏程じゃねぇがかなり驚いてた。

蘭ちゃん以下、女性陣は俺たちの様子を理解して、顔を真っ赤に染めたまま此方を穴が開くほど凝視してらっしゃった。

止めて、そんな食い入る様に見つめてこないで。穴開いちゃう。

ちなみに弾はというと、血の涙を流しながら『……憎しみで……人が殺せたら……ッ!!』とかほざいてる。

テメェ、だったら俺と変わってみるか?

確かにこんなに可愛い千冬さんが間近で見られんのはご褒美だけどよぉ……同時にこの万力の如き締め付けにも耐えなきゃならねんだぞ?

下手すりゃアバラがバッキバキに折れるぜ?内臓が口からファイヤーしかねねえぞ?

 

『元次ぃ……(ウルウル)』

 

千冬さんは瞳をウルウルさせながら俺にしな垂れた体勢を維持したまま、俺の名前を切なげに呼んでくる。

がはっ!?な、なんですかこの可愛すぎる凶悪な兵器は!?

圧迫死する前に萌え死んじまうってこれは!?

 

『わ……私だって……私だってなぁ……』

 

『……千冬さ、ん……』

 

俺を上目遣いに覗き込んでくる普段は強い意志を感じさせてくれる瞳は弱弱しく潤んでる、桃色に染まった顔、女性特有の甘い香り、とても強い酒気。

その全てが俺の理性を湯煎されたチョコレートの様に蕩かして…………ん?

 

 

…………。

 

 

……………………んん?

 

 

 

 

 

 

 

『酒気』?

 

 

…………あら?

 

頭の中に浮かんできた引っかかる単語に頭を捻っていると――。

 

カラン

 

『……あ?』

 

足に何か当たったのでチラリとテーブルの下に視線を向けてみると…………アラ不思議。

テーブルの下には、縦に潰されたビールのロング缶が大量に落ちてたぜ。

それこそ10本や20本じゃきかねえ数の空き缶の山がテーブルの下に築かれてた。

 

…………OH……。

 

『私――私だってなぁ!!』

 

つまりこの御方は今ぁ……。

 

『ち、千冬さ――』

 

とてつもなくぅ……。

 

 

 

『私だって!!寂しいんだぞぉぉぉぉぉぉぉおお!!』

 

ギュウウウウウウウウッ!!

 

ゴキャぺキゴキゴキゴキィィィィイッ!!

 

『えべがぎゃごぉおおお!?』

 

酔っ払ってらっしゃるぅぅぅぅぅぅううううう!?

すでに酔い真っ盛りの千冬さんが手加減出来る筈もなく、全壊パワーで繰り出されたハグという名の鯖折りで俺の背骨から尋常ではない音が鳴り響いた。

人間のヘシ折りシーンを目の前で見せられた女性陣は『きゃああああああああ!!?』といかにも女の子らしい悲鳴を上げて目を背ける。

なにやら桃色気味だった空気は完全に払拭され、織斑家のリビングはさっきとは違う意味で騒然となる。

数馬と弾なんか俺があんな悲鳴を上げるとは想像だにしていなかったのか、顔を青くして部屋の隅でブルブルと震えてた。

 

『ち、ちち千冬姉ぇぇぇ!?ブレイク!!ブレイクゥゥゥゥウウウ!!ゲンが死んじまうって!?もうなんか目が逝きかけてるからぁぁぁぁあああ!?』

 

目の前で惨劇を目撃する羽目になった一夏はそれでやっと正気に戻り、千冬さんに組み付いて俺から引き離そうとする。

しかし一夏が必死で引き離そうとしてる相手は、世界に名を轟かせるかの織斑千冬さん。

カテゴリは『霊長類最強』ではなく『地上最強の生物』とされている戦乙女。

従って、一夏一人の力ではどうにもなる筈もなく……。

 

『ええい離せ一夏ぁ!!邪魔をするなぁ!!』

 

ギュウウウウウウウウッ!!

 

バキバキバキグチャボギイィィィィッ!!

 

『かぺ!?……あ……が……ガクッ(ビクン、ビクン)』

 

絶対に鳴っちゃいけない様な音が自分の体から鳴ったのを最後に、俺の意識は堕ちた。

 

『元次ぃぃ……私はお前のぉ……お前の事がぁ……』

 

『お、落ち着いてくれ千冬姉!!もうゲン堕ちたから!?何も聞こえてないからな!?顔スリスリしてないで離してやってくれって!!』

 

『うるさいぞ一夏ぁ!!もう元次は離さん!!誰にも渡して堪るかぁああ!!』

 

ギュウウウウウウウウッ!!

 

ドグチャアァァッ!!

 

『……(チーン)』

 

『ゲェェェェェェンンンンンン!?しっかりしろぉぉぉぉぉぉおお!?』

 

そして次の日の朝は小鳥の囀る声で目が覚めたよ。

リビングのソファーで毛布を掛けた状態で寝てたわけだが……毛布捲ったら千冬さん出てきた時は本気で焦った。

なにせ昨晩は危うく命を狩り獲られる寸前だったし。

つうか一晩寝たら治るってどんなスペックしてんだよ俺の身体ぁ……タフにも程があるだろ。

大分気持ちよさそうに寝てたので、起こさないようにソファーから起き上がって一夏と一緒に朝飯を作ったっけなぁ。

んで、千冬さんが起きたので「おはようございます」ってにこやかに挨拶したら顔真っ赤にして洗面所に駆け込んで行っちまった。

多分昨晩の記憶があったんだろうなって思った。

まぁその後は顔の赤みが取れない千冬さんと俺、一夏の三人で昼の電車の時間までまったりと過ごした。

荷物は既に業者が向こうに運んでくれたから手荷物はボストンバック一つのみ。

アパート自体は借りたままになってるがな。

理由としては、親父とお袋が日本に帰ってきた時に使うからって事で借りたままになってる。

ハウスキーパーが毎週掃除してくれるそうだ。

あの贅沢夫婦め。

まぁ俺としても、夏休みとかにこっちに遊びに来たときに泊まれる場所があるのは有難いので文句はなかったが。

そんでいよいよ電車の時間が近づいて、俺たちは駅に向かった。

ホームに入ると、なんと昨日のメンバーが全員来ていたのでかなり驚いた。

態々見送りに来てくれたらしく、弾と数馬は「元気でやれよ」とか「楽しかったぜ」って笑いながら声を掛けてくれた。

数馬には「頑張れよ(主に恋愛面で)」という意味で、弾には「後は任せたぜ(一夏の被害にあう女性陣に対して)」的な意味で激昂をおくっておいた。

弾はそれを聞いてかなり微妙な表情を浮かべていたが(笑)。

蘭ちゃんは今まで一夏のことで(主に恋愛とか恋愛とか料理とか)色々相談を受けたりアドバイスしたりしてたから、かなりお礼を言われた。

「元次先輩、私頑張りますので応援してて下さいね!!」なんて言われたから「おうよ、頑張ってあの朴念神を落としてくれ」って返しといた。

数馬ラヴァーズにも同じ様な相談を沢山受けていたので蘭ちゃんと同じ様な内容で返しといた。

 

 

そんでいよいよ一夏の番だったんだが……。

 

『……』

 

『なんだよ一夏?お前は何にもないのかよ?』

 

『あはは……色々言いたいことはあったんだけどな……なんか、いざとなったら全部ブッ飛んじまった……ぐすっ……うぐっ』

 

一夏の野郎、事もあろうに泣き出しやがったんだ。

箒とのお別れの時も、鈴とのお別れの時も泣き出さなかったくせしやがって。

鈴ってのは前に話した1年前に引っ越しちまった中国出身の女友達で、一夏に恋する乙女の一人だ。

まぁ、俺は一夏とは幼稚園の頃からずっと一緒だったからなぁ……気持ちはわからんでもねえけどよ。

俺だって自分の兄弟みてぇに育ってきた相手と別れるのは寂しいが、そんな締まりのねえツラを最後に見てえわけじゃねえんだよ。

 

『まったくよぉ……一夏』

 

『ぐじゅっ……なんだよ?』

 

『テメーはダチの旅立ちをそんな情けねえツラで見送る気かよ?』

 

俺がそう言うと、一夏はハッとした顔になり服の袖で涙を拭って真剣なツラになった。

そんな親友の様子に俺は苦笑いを浮かべちまう。

 

『俺の新しい門出だぜ?……笑顔で見送ってくれや、兄弟』

 

俺は一夏にそう言って拳を突き出す。

それを見た一夏も笑顔で俺に拳をつき返して、コツンッとぶつけ合う。

 

『わかった……またな?兄弟』

 

『おう、いつかまた遊びに来るさ……それまで元気でな、後早く女作れ』

 

『後半全く関係ねえだろうが!?……ったく』

 

俺たちは互いに笑いあっていた。

そして最後は……。

 

『……とうとう、お別れだな』

 

『……そうっすね』

 

俺がずっと尊敬してきた女性……千冬さんだ。

千冬さんはいつものように真剣な表情で俺を見ていた。

 

『……元気でやるんだぞ?』

 

『うっす、千冬さんこそ風邪とか引かねえようにして下さいよ?』

 

『フン、年下に心配されるほど落ちぶれてはいないさ……元次』

 

千冬さんは一度言葉を切ると何時もの様な不敵な笑いではなく、慈愛に満ちた微笑を浮かべた。

 

『偶には帰って来い……私も一夏もいつでも迎えてやる』

 

そう言って微笑んでる千冬さんは……とても綺麗だった。

その微笑みを見て俺は本当にダチや家族に恵まれてるって再認識した。

ホント……すげえ人だよ、千冬さん。

俺は千冬さんに向かって居住まいを正して。

 

『今まで、お世話になりました!!』

 

しっかりと頭を下げる。

こんな女性優遇の世の中で俺が真っ直ぐ生きてこれたのは、こんなに強い……尊敬できる女性が身近にいたからだから。

その感謝の気持ちを込めて、しっかりと頭を下げる。

それが俺なりの、今までずっと世話になったモンとしてのケジメだからな。

そんな俺に千冬さんは苦笑いを浮かべるだけで特に何も言ってこなかった。

そして、特急列車がホームに入ってきた。

俺は列車に乗り込んで列車のドアのところで皆と向き合ってた。

 

『じゃあ、またな!!』

 

俺の言葉に皆は口々に『またな~!!』とか『お元気で!!』とか返してくれた。

あ、でも千冬さんには昨日の鯖折りのお礼にささやかな仕返しをプレゼントするとしようかねえ。

 

『あぁ、そうそう千冬さん』

 

『ん?なんだ?』

 

俺たちが話してる間にもプルルルルと発車音の警笛が鳴り出したので俺は列車のドアから軽く身を乗り出して……。

 

『昨日の千冬さん……すっげー可愛かったですよ(笑)』

 

千冬さんの耳元でそっと呟く。

 

『なあぁッ!?お、おまっ――!?』

 

そのままサッと身を列車に戻すと、ちょうどいいタイミングで列車の扉が閉まった。

窓の先には顔を真っ赤にして慌てふためいてる千冬さんの姿が見えたぜ。

ふっふっふ、俺らしくないうえに、かなりこっ恥ずかしかったが……こ う か は ば つ ぐ ん だ ! !

 

俺はそのまま爺ちゃんの家までの旅路を、さっきの千冬さんの赤い顔を思い出しながらゆったりと向かっていった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

まぁ、以上が俺が卒業してから今日までの日常だったんだが……なんで俺がこんなことを思い出しているかというと……。

 

「腹減った上に寒いなぁチクショー」

 

現在、雪かきという重労働の真っ最中だからである。

兵庫県の俺が住んでいる町は雪が物凄く降る地方であり、1日の降雪量は酷い時で80センチ近くにもなる。

俺は学校が始まるまでの間は爺ちゃんの整備工場のアルバイトみたいなことをすることになってた。

だが、余りにも雪が多い場合は従業員の何人かを町の除雪に当てて、地域貢献みたいなこともしてるそうだ。

俺は今回、除雪のシフトになっていたので町外れの山にある集落の除雪を手伝っていた。

老人の比率が多い集落で、雪かきも儘ならなかったらしく、道も家の屋根も相当なことになってた。

脚立を使って屋根の上に登り、雪を下に落としては、下に落とした雪を迷惑にならないようにスコップを使って山側に捨てる。

その作業をかれこれ朝から5時間ぶっ通しでやってきたんだ。

愚痴の一つや二つは勘弁してほしい。

 

「もう少しで昼や。それまで頑張ろうやゲンちゃん、働いた後の飯は格別に美味いで?」

 

俺の愚痴に返事を返してくれたのは、俺と一緒に除雪に来た従業員の人だ。

この道(自動車会社)のベテラン……というわけではなく、実はちょっとした訳アリの人で、俺と同じ新入社員扱い。

防寒着に包まれるその体躯は2メートルにも及ぶ大柄な男で、身体はかなりマッチョな人だ。

防寒用の帽子から朗らかに笑いかけてくるその眼光は、とてつもない意思を秘めた力強い眼でもある。

 

「わかってますって冴島さん。とりあえず次の一軒でこの集落は終わりですし、さっさとやって休憩に入りましょう。集落の人が鹿鍋作って俺らを待ってるそうですから」

 

「ほお?鹿鍋かぁ。随分オツやないか。よっしゃ!!気合入ってきたでぇ。ほなもう一踏ん張りしよか」

 

「ういっす」

 

俺は話しかけてきた大男にそう返して雪かきの続きに取り掛かる。

この人の名前は『冴島大河』さん。

見た目はかなりコワモテで背中には一面を覆い尽くす虎の刺青が入ったお人。

つまりヤクザ、極道な御方だ。

なんでそんな御方が防寒着着てえんやこらと雪かきしてるかっつうと、まぁ色々あったのである。

ちなみに俺の喧嘩の師匠みたいなこともしてくれている。

ホントべらぼうに強えんだこれが……たぶん千冬さんとタメ張ってるんじゃね?

まぁ戦い方とゆーか、喧嘩スタイルは俺と同じでパワータイプだから千冬さんとはまた違った強さになると思う。

とりあえず俺と冴島さんは適度な雑談を交わしつつ、目的の家の除雪を終えて、荷物を置かせてもらってる集落の集会場に戻った。

 

「まぁまぁ、ご苦労さんやったねぇ、お二人さん」

 

「いやぁ、とんでもないっすよ。おばあちゃん」

 

集会所に戻った俺たちを出迎えてくれたのは、この集落に住むお婆さんで俺と冴島さんに鹿鍋を用意してくれた人だ。

こういった田舎じゃあ隣人の暖かさが身に染みるとゆーか、俺がこっちに住んで最初に感動したのはそこだったりするんだよなぁ。

 

「むしろ俺らの方は感謝しとります。わざわざ昼飯の用意までしてもろて」

 

「あぁええんよええんよ。この集落にゃ、若い男手が少ないもんでねえ。ホンマに来てくれただけで感謝しとるんやさかい。ささ、座って待っといてぇな」

 

「ほんまおおきにな。おばあちゃん」

 

「ゴチになりまっす」

 

お婆ちゃんは俺たちに話しかけた後で部屋の奥に引っ込んでいった。

俺と冴島さんは靴を脱ぎ、防寒着を脱いで床に腰を下ろす。

部屋の真ん中には炭火を入れる釜があり、それのお陰で部屋は暖かかった。

冴島さんはポケットからタバコを出して一服し始める。

 

「ふぅ~……しっかし、思いの外しんどいなぁ。雪かきってのは」

 

冴島さんは笑いながら俺に話しかけてきた。

まぁ俺も雪かきは中々に重労働だと思う。

爺ちゃんぜってえ俺と冴島さんの体格で決めただろこの配役。

今回俺と冴島さんじゃなきゃこんなに早く終わってねぇぞ。

 

「まぁ、町中とかはまだ楽なんすけどね。今回は山ん中の集落ですから。とりあえず鹿鍋頂いたら会社に戻りましょう」

 

「せやなぁ……まぁでも、ゲンちゃんに助けられんかったら今頃俺は熊の腹ん中やったし、素人やのに仕事までさせてもろとるんや。贅沢ゆうとるとバチが当たってまうわ」

 

冴島さんはそう言ってカラカラと笑ってるけど実際は笑い事じゃなかったからね、あれ。

今の台詞でわかったと思うが、実は冴島さんは数日前に俺が助けた人だ。

ある日の夕方、爺ちゃんの家の裏山から熊の鳴き声と人の声が聞こえた俺は、居ても立ってもいられず、家を飛び出した。

そこで目にした光景は、体長6メートルはあろうかという巨大なツキノワグマとその熊相手に拳で応戦してた冴島さんだった。

熊のほうはこの辺で「ヤマオロシ」と呼ばれる熊のボスの様な奴で、この辺の猟師から恐れられている存在だ。

普段はもっと山奥に居るはずだが、どうやら気まぐれで降りてきたらしく運悪く冴島さんが遭遇してしまったということだ。

冴島さんは単体でもかなり強い人なんだがその時は3日間飲まず食わずだったらしく体力をかなり消耗していたらしい。

あわやヤマオロシに喰われる寸前で俺乱入。

かなり梃子摺ったが、なんとか撃退することに成功した。

つうかぶっちゃけ怒った千冬さんのほうが万倍恐かったから怯まずに戦えたんだがな。

そっからが大変だった。

冴島さんは気絶していたので俺が背負って帰ったが、運悪く爺ちゃんと婆ちゃんが帰宅。

ヤマオロシと一戦交えたと説明すると、爺ちゃんからは拳骨、婆ちゃんからは散々心配された。

んで次の日に冴島さんが起きたので、状況説明と、何であんなとこに居たのかを聞いた。

なんでも冴島さんは遭難したらしく当てもなく山を歩いていたらヤマオロシと出会ってしまったらしい。

なんとも不運な。

そんで冴島さんは直ぐにでも北海道に行かなきゃならない事情があるらしいが、手持ちの金はゼロ。

ならウチで働いて稼げと爺ちゃんが冴島さんに提案した。

 

『部屋は元次の部屋の隣に空きがあるし、衣食住は面倒みてやる。だからウチで働いていけ』

 

この一言で、冴島さんのバイトが決定。

冴島さんは見ず知らずの自分にここまでしてくれてありがとうって泣いてたっけ。

 

「まぁ、さすがに目の前で人が喰われそうなのを放っておいたら、人として終わりですからねぇ……」

 

「……そぉか……それでも、ホンマにありがとうなゲンちゃん。お前は俺の命の恩人や」

 

そう言って、頭を下げてくる冴島さん。

なんか年上に感謝されるとムズムズしてくるぜ。

 

「いやぁ……まぁそれにですよ?もしあそこで冴島さんを見捨てたりしたら、俺は二度とあの人達に顔向け出来ませんから」

 

「あの人達?誰や?」

 

「あぁ、冴島さんには話してなかったっすよね?俺が前に住んでたとこに居た人達です。……えっと」

 

俺はポケットから携帯を出してデータフォルダを開き、一夏と千冬さんの写真を引っ張り出す。

携帯には笑顔の一夏と腕を組んで視線をこちらに向けている千冬さんの姿が映ってる。

 

「この二人です。男の方が一夏って奴で……まぁ、俺の兄弟みてえなもんです」

 

冴島さんに見やすいように、俺は携帯を差し出す。

 

「兄弟……か。そぉ思える関係ってのはええもんやな。……ん?この姉ちゃんは?」

 

「この人は一夏の姉で千冬さんって方っすけど……どうかしたんすか?冴島さん?」

 

なんか千冬さんの写真をじーっと見てるけど……惚れた?

 

「いや、な?この姉ちゃん、どっかで見たような気ぃするんやけど……ふ~む」

 

「それって多分テレビじゃないすか?千冬さんはISの世界大会、『モンド・グロッソ』で優勝した世界最強って言われてる人ですし」

 

一時期はテレビでかなり引っ張りダコだったらしいし。

引退した今でもテレビへの出演依頼がきてるって一夏が言ってたからなぁ。

 

「ああ!?それや!!思い出したわ……やっぱ生身でも強いんか?この姉ちゃん」

 

冴島さんは疑わしそうな声で聞いてくる。

まぁISがなけりゃ男の方が強いってのは当たり前だしな。

だが、千冬さんは例外中の例外だぜ?

 

「強いっすよ。はっきり言や、冴島さんとタメ張りますね」

 

「ほぉ……そら凄いなぁ」

 

「ぶっちゃけ、ヤマオロシより怒った千冬さんの方が万倍恐いっすから。」

 

俺の一言に冴島さんはポカンとした表情を見せてくる。

あれ?俺なんか変なこと言ったか?

 

「ぶっ!!そ、そうかそうか!!あのヤマオロシよりおっかない姉ちゃんか!!そら恐いわな!!ははははははは!!」

 

しかもいきなり腹抱えて大笑いする始末。

え?そんなに笑えること言った覚えはねえんだが……まぁいいか。

 

「ごめんごめん、お待たせ~。出来立てやで冷めんうちに食いんちゃい」

 

するとタイミング良くさっきのおばあちゃんが鍋を持って登場。

中央の釜に鍋を置いて、椀によそい始めてくれた。

鍋から漂う山の幸と味噌の香りが俺の腹を刺激してくる。

 

「お!?来たか!!よっしゃ!!ほんなら腹いっぱい食うたら会社に戻るとしよか」

 

「そうしますか……ほんじゃ」

 

俺と冴島さんは手を合わせて。

 

「いただきまーす」

 

「いただくわ」

 

「はい、どうぞ」

 

食材に感謝を捧げ、山の幸を美味しく堪能した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ただいま戻りやしたー」

 

「集落の除雪、終わりましたで」

 

集落の婆ちゃんにお礼を言った俺達は、会社に戻り休憩室に足を運んだ。

他の除雪作業に向かった社員の人達もそこで各々休憩してた。

 

「おう、元次、冴島。お疲れさん」

 

俺達に声を掛けてきたのは爺ちゃんだった。

それに反応して他の社員さんたちも「お疲れー」と言ってくれた。

そっか、今日は爺ちゃんも除雪に回ってたのか。

 

「おう、爺ちゃんもお疲れ」

 

「鍋島はん、お疲れさんです」

 

俺は爺ちゃんに声を掛けてホットキャビネットからコーヒーのブラック缶を二つ取り出す。

 

「ほい、冴島さん」

 

「ああ、スマンの」

 

一本を冴島さんに渡して、俺は休憩室のテレビに何気なく視線を移す。

やっている番組は『メイドは見た』っていう確か最近売れっ子のアイドル『澤村遥』が主演のドラマだ。

そしてメイドが何を見たのか語ろうとした瞬間……。

 

 

 

『ば、番組の途中ですがここで緊急ニュースをお送りします!!』

 

突然、番組が変わって焦った表情のニュースキャスターが出てきた。

このいきなりの切り替わりに他の社員から「はあ!?ざけんなや!!」とか「いいとこだったのにー!!」とか「遥ちゃんの姿カムバーーック」やらブーイングが巻き起こり始めた。

俺?興味ねえからどうでもいいわ。

そして休憩室のブーイングが最高潮に達したとき……

 

 

 

 

『と、東京の高校受験会場で『男性のIS操縦者』が発見されました!!!』

 

 

 

一気にブーイングの熱が冷めた。

 

社員の様子はそれぞれ違うが大抵が『信じられない』って顔をしてる。

かくいう俺もその一人だ。

 

『ISは女性にしか乗れない』っていう前提条件があったからこそ、今の世の中は女尊男卑になってる。

つまりはその前提条件が完全に覆されたってことになる。

オイオイ、誰だよそんな偉大すぎる馬鹿をやらかした奴は?凄すぎるぜ。

俺は緊張で乾いた喉を潤そうと、手に持っていたコーヒーを豪快に口に含み……。

 

 

『発見された学生の名前は『織斑一夏』君という地元の男子中学生で「ぶうぅううううううううううううう!?」』

 

 

爺ちゃんのハゲ頭に思いっきりブチまけた。

無論そのまま返す刀で思いっきり殴り飛ばされたが。

あんのアホは一体何やらかしてんだよ……。

頬に感じる痛みに悶えながら俺はアホすぎる兄弟分を思うとそう言いたくなる気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

そして……。

 

時間は過ぎ、今日は3月27日。

高校の入学式を3目前に控えた俺は、中学の制服に袖を通して入学する予定の高校の体育館にいた。

他の新入生も『男子』だけ全員集められている。

そいつ等の目には期待と不安が見え隠れしているのが手に取る様に解る。

何故俺達男子だけが集められたかというと答えは単純。

 

『IS動かせる男が一人見つかった!?』

『他にもいるかも!?』

『じゃあ探せばいんでね?』

 

 

 

とゆうわけで適性検査を全国の高校、中学で開始ってわけだ。

そんなわけで俺は態々バイトを休んで高校に足を運んで今に至る。

検査は中盤まで進んだが、今のところ誰も適正は出ていない。

悔しがる奴、泣く奴しか見てねえからな。

正直に言おう。

めんどくさいことこの上ないわ。

俺はIS興味ねえからさっさと工場に行って知識を吸収したいんだがなぁ。

 

「次はぁ~……鍋島元次って人~」

 

お?やっと出番かよ。

ったく、長いったらなかったぜ。

 

「うーす」

 

俺は適当に返事をして前まで歩いていく。

すると其処には如何にも面倒くさそうな女が一人とISが置いてあった。

 

「ほら、さっさとしてよね。こっちも暇じゃないんだから……ったく、メンドクセ~な。なんで男なんかに時間かけなきゃいけない訳?意味解んない」

 

あ、駄目だ。

コイツ俺の嫌いな性格の女だ。

果てしなくウゼエ。

女は俺の名前を呼ぶだけ呼んで、俺の方を見向きもせずに携帯をポチポチ弄ってる。

それでいいのか社会人よ?

とりあえず馬鹿女は無視して俺はISに近づいていく。

目の前には待機状態で地面に鎮座しているISが一機あるだけ。

 

……どぉすりゃいいんだ?

触りゃいいのか?コレ?

 

「何してんのよ、さっさとそれに触れなさいよ。それで検査は終了よ。全く、男ってほんと役立たずなんだから」

 

馬鹿は携帯を弄りながらコッチを見向きもせずにそう言ってくる。

あぁ、駄目だ。

マジで殺しちまいそうだ、とりあえずさっさと終わらせてコイツから離れよう。

俺はここから早く離れたい、帰りたいっていう一心でさっさとISに触れる。

 

 

ブオン

 

 

起動しちゃいました♪

 

 

 

体育館からどよめきが上がってくる。

 

「え!?嘘でしょ!?男なんかがISを……ヒィッ!?」

 

あぁクソなんてこった、起動しちまった、させちまったよ。

っていうかこの状況どぉすんの?

俺早く帰りたいんだが?

 

「あ、あの……一緒に来てもらっていいですか?」

 

「あぁ?なんつったコラ?」

 

「ヒィィィィィッ!?」

 

イライラしてた俺が八つ当たり気味に返事を返すと、さっきの馬鹿女が腰抜かして涙目で俺を見てた。

あぁ、そういやさっきから俺を見てなかったもんなコイツ。

俺は盛大にため息を吐きながらその馬鹿女が立ち上がるまで待つことにした。

とりあえず今後の方針としてこの騒動の切欠を作ったアホ一夏に全力全壊のパンチを見舞うことを心に決めて。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

政府って怖い

「はぁ……全く、あの愚弟は……どうやったら入試の試験会場でISを動かすという事態に遭遇できるんだ」

 

ここは日本にある『IS学園』の職員室の給湯室。

そこで疲れきった溜息を吐きながら身内への愚痴を吐き出すのはIS学園の教師『織斑千冬』であった。

彼女の手に持っている紙カップの中身は既に湯気が消え、温くなっていた。

ホットで注がれた筈のコーヒーは冷め切り、それを飲んだ千冬は余りの味の悪さに顔を顰める。

 

彼女が溜息を吐く原因の一つに、1週間前にあった騒動が深く関係している。

それは千冬の弟であり、家族である織斑一夏が『女性しか動かせない筈のISを動かした』という事件のことだった。

しかも動かした場所は高校の試験会場。

一夏は本来受ける筈だった『藍越学園』の試験場所で迷い、何故か隣にあった『IS学園』の入試会場に入り込んでしまったのだ。

『藍越学園』と『IS学園』、とんだファインプレーである。

そこからが大変だった。

男性でISを動かしたケースは一夏が初めてであり、急遽このIS学園への強制入学が決まったのだが、男性用制服の発注や寮部屋の確保等、やることが山積みになってしまった。

弟には内緒にしてこのIS学園に勤務していた千冬だったが、等々身内に自分の職場がバレるのかと思うと、溜息の色が更に濃くなっていく。

幸い、弟の件については先ほどやっと片が付いたので千冬はコーヒーでも飲もうと給湯室に寄ったのだが、その途中で自分の隣の職員用デスクに見慣れた影を見つけた。

 

「……はぅ……(ぽ~)」

 

「……はぁ」

 

しかし、その影を見つけると千冬は更に溜息を吐き、そのまま素通りして給湯室に向かった。

その職員は両肘をデスクに突いて、両手を組んだ状態で顔を乗せたまま、ぼーっと空中を見ていた。

彼女の名前は『山田真耶』と言いこのIS学園の『先生』であり、『職員』である。

見た目は十代の少女と見紛う程小柄だが、立派に成人した女性であり現役時代はISの『国家代表候補生』にまで昇り詰めた事もあるISのプロで、千冬の後輩。

小動物の様な愛らしさと親しみやすさで生徒からの評価もとても高いが、一部の生徒からは敵視されている。

敵視と言っても別段過激な事ではなく、様は妬みである。

ちなみに妬みの原因を補足すれば、IS学園裏ランキングで『IS学園一の巨、いや爆乳』に輝いてるとだけ言っておこう。

 

だが、千冬が溜息を吐くのは真耶の女性の象徴を妬んでいるから……ではなく、彼女の様子がおかしいからであった。

それも去年の12月頃から今日までずっと継続してである。

具体的には、授業中や昼食中であっても、瞳を潤わせてボ~っと空を眺めている時があるからだ。

普段からおっとりしているが、ここまで露骨に意識が彼方へ飛ぶ事など今までは無かったので対処法が解らず今日まで来てしまったのだ。

かといって肉体言語に走ろうにも、別段何かポカをやらかしたわけでもなく仕事はキッチリするので、注意するにもしにくい状態だからだ。

だが、そのままというワケにもいかない。

来月からは千冬は一夏の編入する予定の1年1組の担任に決定しており、真耶は副担任だ。

どうにかして新学期が始まる前に真耶の異変を直さなければならないと感じていたが、どう対処したものかと千冬は頭を悩ませていた。

 

「あら?織斑先生、ちょっとお疲れかしら?」

 

と、給湯室で溜息を吐く千冬に声を掛けたのは保健医担当の柴田美弥子であった。

彼女を一言で表すならそう……『大人のお姉さん』である。

簡単に言えば色気ムンムン。

 

「あぁ、柴田先生。いや、ちょっと問題がな……」

 

「問題?……弟さんの事かしら?まぁ大変よね、家族がいきなり『世界初の男性IS操縦者』になるなんて」

 

柴田は給湯室の戸棚からカップを取り出しながら千冬に尋ねる。

そのままポットからお湯を注いでコーヒーを作り、千冬の対面に腰掛けた。

 

「いや、愚弟の件は先ほど片付いたんだが……問題はあれだ」

 

「あれって……あぁ、山田先生ね?」

 

柴田は千冬が後ろ指で指し示す方向に視線を向けて、納得した顔になる。

視線の先には、未だに同じ姿勢のまま虚空を見つめる真耶の姿があった。

 

「そうだ。今はまだ何もミスはないが、万が一という事もある。ISに関しては、何かあってからでは遅いからな」

 

千冬はそう言ってコーヒーをもう一度啜り、またもやしかめ顔になる。

ブラック派の千冬には、味を変えるのに砂糖とミルクを入れる気にはならなかったので仕方ないが。

千冬の話を聞いた柴田は頬杖を突いて真耶に視線を向ける。

 

「やれやれ、あの様子じゃ山田先生、まだ会えてないのかしら?『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』に」

 

「……待て……なんだ?その珍妙なネーミングの輩は?」

 

柴田の口から飛び出した珍妙過ぎる単語に千冬は突っ込みを入れる。

千冬の頭の中では童話の様な王子様の格好をしたロボットが想像されていた。

 

「あれ?織斑先生はご存知ない?」

 

「全く知らん」

 

柴田の少し意外そうな問いに、千冬はにべも無く返した。

その答えに柴田は顔を傾げるが、思い至った様にポンと手を合わせる。

 

「あ~そうね、織斑先生こないだの飲み会断ったから知らないんだわ。」

 

柴田の言うこの間の飲み会とは一夏達の卒業記念パーティーの日の事であった。

その答えになるほど、と千冬は頷く。

 

『昨日の千冬さん……すっげー可愛かったですよ』

 

(ッッ!?イ、イカンイカン!!あれは忘れねば!!)

 

と、同時に別れ際に言われた元次の言葉を思い出して赤面しそうになるが、なんとか平常心を保つ。

その様子に柴田は気づかなかった様で、その飲み会の話しを語り始める。

 

「まぁ、その飲み会の時にね?山田先生に皆で話を聞いたのよ。「最近上の空だけど何かあったの?」って。でも、山田先生ったら恥ずかしがっちゃって何も言おうとしなかったの」

 

「ふむ、それで?」

 

バレなかった事に内心安堵しつつも、千冬は柴田の話に耳を傾ける。

 

「それで話を聞くためにガンガンお酒を進めながら問い詰めたんだけど……聞いてみると山田先生、去年の12月に一人で外出した時に変な男達に絡まれちゃったらしいのよ」

 

「去年の12月……山田先生の様子がおかしくなったのと時期が合うな」

 

千冬は顎に指を添えて思考し始める。

そして千冬の言葉に柴田も同意の頷きを返す。

 

「それで山田先生、3人がかりでホテルに連れ込まれそうだったそうよ」

 

「……全く……女1人に男3人掛かりで、しかも力づくとは……その男共は腐ってるな」

 

千冬は不機嫌な表情を隠そうともせずにその男達を罵る。

他の女性なら陰口と言われるかもしれないが、織斑千冬は正しく『世界最強』に輝いた人物。

彼女が言うと、陰口ではなく叱責になる。

 

「周りの通行人に助けを求めたけど、皆関わりたくないから素通りしちゃって……腕を掴まれて逃げられなかった山田先生は、そのまま連れて行かれそうになったんだけど……」

 

「そこでその、『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』とやらが登場と?」

 

「そう!!もう凄かったらしいわよ?山田先生が詳細に教えてくれたんだけどね?山田先生の腕を掴んでた男を片腕で持ち上げて、握力だけで黙らせちゃったんですって!!」

 

「ほう、中々やるようだな」

 

まるで自分の事の様に興奮しながら話す柴田に千冬はそう言ってあの乱入者の実力を褒めた。

チラッと自分の良く知る人間に重なったが、まぁ違うだろうと千冬はその考えを捨てる。

 

「しかも他の男が殴りかかってきてオデコに当たったら、逆に殴った男の方の骨が折れたそうなの!!ケロッとした顔で『俺はサイボーグ並にタフだからよ』って笑ってたらしいわ!!」

 

「随分と頑丈なものだな……なるほど、それで鋼鉄(アイアン)か」

 

「最後は呆然と立ってた男の落としたジッポライターを指だけで縦に握り潰しながら『とっとと失せろ』って一言で追い払ったらしいわ!!」

 

「……度胸、威圧感も相当あるようだな」

 

またもや千冬の脳裏に、良く知る男が現われるが、いやまさかな。と嫌な予感を無理やり振り払う。

もしそうだったらその時は……と、若干危ない事を考えながら。

 

「そう!!しかも男達を追い払った後は何も言わずに立ち去ろうとしたらしいんだけど、お礼をしたいって言って引き止めた山田先生に『ならお礼代わりに駅まで送らせてくれ』って言ってきたらしいのよ!!当然、山田先生は『それじゃお礼になりません!!』って言ったそうだけど、その人は『礼にはなってるぜ?俺が守ったお嬢さんの可愛らしい笑顔が曇らずに済むんだからよ』って笑いながら返してきたんですって!!」

 

「……随分と気障な男の様だな。まぁ先程出てきた男共より億倍マシだが」

 

キャーキャー言いながら興奮した様子で話す柴田に、千冬は苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

それと同時に、千冬には先程から引っかかる事があった。

 

「しかし、何故柴田先生はそんな珍妙な名前で呼んでいるんだ?」

 

それは彼女が相手の名前を呼ばずに、珍妙な名前でしか呼んでいない事だった。

千冬の問いに柴田は先程とは打って変わって苦笑いを浮かべていく。

 

「あ~、それはねぇ……なんでも、山田先生が名前を聞こうとしたら、その人の友達が先に彼に声を掛けてきたり、駅に終電が入ってきたりしちゃったらしくて……結局名前は聞けなかったそうなの」

 

「それは……なんとも間が悪かったようだな」

 

なんとも言えない顔をした千冬に柴田は同意する様に頷く。

 

「それ以来、あの調子。何度もその人と逢った場所に行ってるみたいだけど、全然会えないんだって。その人の友達がその人の名前らしいものを呼んでたのは覚えてるらしいけど、私達には教えてくれなかったわ。だから私達はそう呼んでるの。他にも不良みたいな格好をしてたそうだから、『悪な王子様(バット・プリンス)』とか『無頼漢の王子様(ギャングスタ・プリンス)』とか、皆好き放題に呼んでるわ」

 

「ホントに言いたい放題だな……まぁ何にしても、その……『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』?とやらに会わない事には、山田先生が元に戻る事も?」

 

「無い可能性は……高いんじゃないかしら?」

 

千冬はこれ見よがしに項垂れる。

真耶がああなった原因は良く解ったが、もはや解決の見込みはかなり薄くなってしまった。

さてどうしたものかと思考を働かせようと……。

 

ガラガラガラッ!!

 

「お、織斑先生、柴田先生!!き、緊急報告です!!直ぐ職員室に!!」

 

したところで、何やら慌しい表情を浮かべた職員が入ってきて職員室に戻るよう促された。

ゆったりとリラックスしていた二人は職員の表情を見て只事ではないと察し、二人は表情を引き締めて職員室に戻る。

職員室に戻ると、結構な数の職員が既に席に着いて待っていた。

ちらりと真耶の表情を伺ってみると、彼女も表情を引き締めて仕事モードに入っていた。

これなら問題ないだろうと、千冬も自分の席に着く。

全員が揃った所で、一番前の教頭が口を開いた。

 

「集まりましたね……皆さんに緊急に集まって頂いたのは他でもありません……先程、日本でまた一人『男性のIS操縦者』が発見されました」

 

『『『『『ッッ!?』』』』』

 

教頭の口から発せられた言葉に職員は全員、驚愕に顔を染めていく。

だが、それは当たり前の反応であった。

何せ織斑一夏、一人の発見であっても世界中で大騒ぎになる程のニュースだったのだ。

それがこの短い期間に、しかも同じ日本で、二人目の『男性IS操縦者』が発見されたのだから。

 

「先日の織斑先生の弟さんである織斑一夏君同様、彼にはIS学園に入学していただく事になります。皆さん、スクリーンに映像を出しますのでご注目下さい」

 

教頭先生の言葉に、職員全員が教頭の横に展開されたスクリーンに注目する。

それを確認した教頭は映像を映し出す。

 

そこには、大柄な男の全体写真が映し出された。

顔は中々整っているが、なによりその男の顔を引き立たせるのは『眼』だった。

鋭く、切れ長の瞳は、力強い『雄』を見る者に連想させる。

体躯は大きく、盛り上がった筋肉の逞しさは威風堂々とし、雄雄しさが溢れ、この女尊男卑の世界で男達が失った本物の『男』の姿があった。

その雄雄しい姿に、何名かの職員は頬を染めながら、感嘆の溜息をついた。

そう、この場に居る二人(・・)の人間が知る男……。

 

「彼の名前は鍋島「元次!?/ゲンさん!?」……え?」

 

突然割って入った声に、教頭は呆然と呟きながら目を向ける。

教頭の視線の先には、デスクから立ち上がって驚いている千冬と真耶の姿があった。

他の職員の目も千冬達に向かい眼が点になっていた。

いつも冷静な千冬がここまで取り乱すことはそう無かったからだ。

 

「「……(ん?)(え?)」」

 

ここでおかしいぞと視線を自分と同時に声をあげた相手に向ける千冬と真耶。

そして無言のまま数秒間見つめあい……。

 

「な――なんで先輩がゲンさんの事を知ってるんですかぁぁあああああ!?」

 

 

爆発。えくすぷろーじょん。

 

 

まずは真耶からの先制攻撃。

公私混同しないように昔の呼び方を控えていたが、それを忘れるほどにテンパッてる。

 

「そ――それは私の台詞だぁぁああ!!何故真耶が元次のことを知っている!?何故だ!?」

 

そして千冬からのカウンター。

千冬も同じくプライベートの呼び方に戻っていた。

しかしこれが、この言葉が千冬にとって最大の失敗だった。

威圧感を出しながら声を張り上げる千冬に向かって、真耶は悠然と言い返す。

 

「こ、この人ですよぉ!!私を変な男の人達から守って駅まで送り届けてくれた、優しくて逞しい男の人は、このゲンさんなんですぅ!!」

 

「なッ!?」

 

当たって欲しくなかった予感が大的中した千冬は声をあげ。

 

『『『『『なぁにぃいいいいいいいいいいいッ!?』』』』』

 

ここで他の職員も大爆発。

職員室で大音響で響く驚愕の声。

正しくIS学園が揺れた。

そのまま食い入るようにモニターを見つめ直す職員達。

 

『ウッソ!?あれが『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』!?私すっごく好みなんだけど!?』

 

『山田先生の話しじゃかなり補正入ってると思ってたけど……イイ!!凄くイイ!!』

 

『あんな逞しい腕で抱きしめられたら……壊れちゃうかも……』

 

『織斑君もイイけど……この人もイイわ!!』

 

『ちょ!?これで15才!?このまま大人の渋みが加わったら……がはっ!?』

 

『こんな人に山田先生の話どおりに助けられたら……山田先生じゃなくてもコロッといっちゃうよ……』

 

『……元次君が保健室に来たら、色々と教えてあげないと……フフフ♪』

 

そしてアチコチであがる好意的なひそひそ話し。

IS学園の教師はタフガイな男が好みな人間も多かったようだ。

とりあえず最後の柴田先生には後でゆぅっくり話を聞くことにする、主に肉体言語で。

千冬は職員室をバッと流し見て、もはや手遅れだと悟り。

 

(あ――あの、大馬鹿者ぉぉおおおッッ!!王国でも築きあげるつもりかぁぁああああああッッ!?)

 

余計に大変な恋路になってしまった事に、心の中で元凶に対して絶叫した。

 

 

 

 

「……あ、あの?……話を……」

 

尚、スクリーンの横で呆然とする教頭先生がいたそうな。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ぶるっ

 

な、なんだ!?急に悪寒が!?……き、気のせいか?……んんッ!!

よぉ皆、元気?俺は元気じゃないぜ。

 

私、先ほど『世界で二人目の男性IS操縦者』なんていらねえ称号を授与させられた鍋島元次です。

 

 

体育館のド真ん中でISを起動させ、とりあえずムカつく馬鹿女が立ち上がるまで回復したので俺はソイツと一緒に校長室まで向かった。

そしてこの高校の校長が来たので話合いを開始したんだが……聞き終えてから、俺はため息が止まらなかったよ。

えらく長ったらしい校長と馬鹿女の話を要約するとこうだ。

 

『ISを使える男子は俺と一夏だけ、だから俺や一夏を誘拐して実験やら解剖やらを企む輩が出てくる可能性がある。なので俺にはIS学園に入学してもらう』とのこと。

 

IS学園はどの国家にも属さない独立国家の様なものなので其処なら身柄が安全らしい。

つまり、中学時代に必死に勉強して努力した結果は水の泡、俺は入学前にこの高校を退学処分ってわけだ。

そのどうしようもない事実に俺は密かに心の中で涙を流したよ。

とりあえず、だ。

女だけじゃなく、俺にまで面倒フラグをぶっ建てた一夏は再会したら力の限りブチのめす、うんそうしよう。

 

まぁ、そんなこんなで俺は家に帰宅して事情を爺ちゃん達に話そうとしたんだが……家に帰ったら冴島さんがなにやら心配そうな表情で俺を出迎えた。

何事だろうと思ったんだが、先に冴島さんに着いて来るように言われて奥の和室まで連れて行かれた。

ワケも解らず和室に入ると、中には黒服を着た屈強な連中と偉そうなデブのおっさん、その秘書みてえなメガネを掛けた女が家のリビング(和室)に座ってた。

テーブルを挟んだ反対側には爺ちゃんと婆ちゃんが座ってる。

 

え?なにこの状況?ワケわかんねえ。

 

俺が我が家のカオス過ぎる状況に困惑していると、爺ちゃんから座る様に促された。

とりあえず座ってみると、再び話し合いが再開された。

まぁ話し合いとゆーよりも……一方的な強制の話だったが……話の内容は俺の身柄の引渡しだ。

このデブのおっさんは日本政府の高官なのだが、俺や一夏っていう男子のISが動かせる人間を解剖、実験すれば他の男でもISが操縦できるから俺の身柄を取りに来たらしい。

 

お~いおい……さっそく学校で受けた注意しなきゃなんねえ出来事が目の前で起きてるんですけど?

しかも注意してきたはずの日本人の手で、どうなってんの政府ってとこは?

 

デブのおっさんの話が終わったとこで、一夏にも手を出すのか?って爺ちゃんが聞くとデブのおっさんは鼻で笑いやがった。

 

「やれやれ……鍋島さんでしたか?」

 

「……なんだ?」

 

デブに鼻で笑われた事が癪に障ったようで、爺ちゃんは不機嫌そうに返した。

 

「織斑一夏はねぇ、あの『世界最強』と謂われた『ブリュンヒルデ』織斑千冬の弟なんですよ?そんな彼に解剖させろなんて言えるわけがないでしょう。」

 

デブは爺ちゃんにそう返す。

 

なるほど。

要は一夏に手を出して千冬さんの怒りを買いたくないってわけだ。

ビビりなだけかよ、このデブのおっさん。

 

「それに織斑千冬はあのIS開発者である篠ノ乃束の親友でもあります。彼に手を出したが最後、日本中のISが機能停止なんて事になったら目も当てられないでしょうが?」

 

「……」

 

爺ちゃんはデブの話を目を瞑って黙って聞いている。

デブは爺ちゃんから視線を外すと、なんともウザイ笑みを浮かべながら俺に視線を合わせてきた。

俺を見るその目は、人を見る目じゃなく物を見るような目だった。

 

つうか俺も束さんと千冬さんとは仲良いんだけど?まさかその辺の調査とかしてねえのかこのオッサン?

 

「だが、我々は運が良い。同じ様に貴重な男性IS操縦者がもう一人、しかも日本で!!何の後ろ盾も無い格好のモルモットが現われたんですから!!」

 

デブはそう言ってウザイ笑みを更に深めていく。

 

多分、コイツは俺を政府に差し出せば出世できるって思ってんだろう。

つまりは一夏ってブランド品には手が出せねえからセール品の俺に手を出したと?

っていうかコイツは遂に俺の事をモルモット呼ばわりですか、そうですか。

コレもうキレてもいいよね、俺?

こいつ等全員ブチのめしてもお釣りがくるぐれえの言われようだぞオイ。

 

俺がそう思っているとデブは手を上げて黒服達を見る。

すると黒服達はテーブルの上に銀色のアタッシュケースを5個置いていく。

そして中を開けると、中には札束がギッシリと入っていた。

 

「5億あります。これでそこのモルモットの身柄……買わせて貰いましょうか」

 

デブはそう言って爺ちゃんと婆ちゃんに視線を向ける。

爺ちゃんと婆ちゃんは依然黙って目を瞑ったままだった。

デブは爺ちゃんの様子なんざお構いなしにベラベラと喋り続ける。

 

「あなた方は生い先も短い、それだけあれば充分でしょう?……おい」

 

デブはそう言って黒服達に再び声を掛けると黒服達は立ち上がり、俺に近づいてくる。

どうやら金置いた時点で商談成立だと思ったんだろうが……テメエ等俺の事舐めすぎじゃねえか?

爺ちゃんと婆ちゃんに生い先短いだぁ?

事もあろうに目の前のいけすかねえクソデブは俺の大事な家族侮辱しやがった。

もう我慢の限界だわ、俺をモルモットと呼んでくれた礼も含めて一人残らずたたっ殺してやんぜ。

 

俺は立ち上がって、近づいてきた黒服の二人をブチのめそうと拳を握った瞬間……。

 

「ぬぅん!!」ドグシャアッ!!

 

「ぐぎえ!?」

 

「だらあぁ!!」ズドオオンッ!!

 

「がばあ!!?」

 

俺の左右から、とても野太い腕が振るわれ黒服達の顔面にクリティカルヒット。

ブン殴られた黒服2人は障子を突き破り、縁側の窓を割りながら庭先へ放り出された。

ブッ飛んでいった二人は仰向けに庭先で倒れて動かなくなった。

鼻や口から血が止め処なく出ているので、多分鼻と顎が割れたんだろうな。

突然の事で呆然としてるデブと不愉快な仲間達。

俺が視線を横に向けると、一本の腕は怒り顔の爺ちゃんでもう一本は……これまた怒り顔の冴島さんだった。

 

「な、何をするんだ貴様ら!?」

 

デブはいきなり振るわれた豪腕にビビって声が上ずってた。

爺ちゃんと冴島さんはデブに向かってかなり怖え顔で睨みつける。

 

「……何をするだぁ?――舐めてんじゃねぇぞアホンダラァ!!

 

ビリビリビリッ!!!

 

爺ちゃんの怒り心頭で撒き散らされた怒声は、ガラスをビリビリと振動させるほどに凄まじかった。

それと同じで、冴島さんは体から怒りの赤いオーラを撒き散らしていく。

前に俺は冴島さんのこの状態に『猛虎の怒り』って名前を付けた。

俺と喧嘩修行してる時に目覚めた技で、この状態のときの冴島さんはどんな攻撃を受けても怯まないし堪えない。

ちなみに俺も似たような状態にはなれるが、冴島さん程タフにはなれねえ。

なんせ横断歩道にいた女の子を守るためにセダン車の突撃を生身で受け止めたからね、この人。

マジで千冬さんレベルの実力者だよ。

 

「この俺に孫を――大事な家族を売れだぁ!?クソふざけた事ぬかしやがって!!おどれ等全員叩きのめしたらぁ!!」

 

爺ちゃんはそう言って両手を大きく広げ、ファイティングポーズを取る。

盛り上がった筋肉の塊とも言える豪腕と鬼の様な形相に黒服達は引け腰になってた。

まぁ爺ちゃんの事だから俺を見捨てる事はねえとわかってたけど、『大事な家族』とまで言われるとは……正直、かなり嬉しい。

 

「な!?こ、この!!大体貴様は誰なんだ!?この家の人間ではないだろう!!」

 

デブは爺ちゃんには何言っても無駄と悟ったのか、憎々しく爺ちゃんを睨みつけ、そのまま俺の横に居る冴島さんを指差して喚き散らす。

 

「じゃかましいわボケが!!」

 

「ひぃぃッ!?」

 

これまた冴島さんは爺ちゃんを上回る大声でデブに怒鳴り返した。

その怒声と怒りに満ちた形相で睨まれたデブは腰を抜かして無様に後ろに下がる。

それを庇うように秘書の女と黒服の一人がデブの前に回るが、黒服と女も冷や汗をビッシャリ掻いてた。

 

「おどれはなぁ……死に掛けとった俺を助けてくれた恩人を侮辱しおったんや!!例えこの家の人間や無くても、恩人を実験動物扱いしよる奴を殴らんでおれるかぁ!!」

 

そう言って冴島さんは上着に手をかけて豪快に脱ぎ捨てる。

露になった上半身の背中には悠然と大地に立って威風堂々と雄たけびを上げる虎の刺青が彫られていた。

 

「き、貴様!!一般人が政府の人間に手を上げてタダで済むと思ってるのか!?一生牢獄に入ることになるぞ!?」

 

デブは我が意を得たりって顔で、座ったまま無様に喚き散らすが冴島さんはどこ吹く風って感じで鼻で笑う。

 

「へっ!!おどれ等が御上やろうと関係あらへんわ……筋の通らん勝手な事言いよるアホを殴れんで何が『仁義』じゃ――何が『極道』じゃあ!!

 

冴島さんはそう吐き捨てると腕を構えて黒服達と対峙する。

 

「俺は俺の命を救ってくれた恩人を守るだけや。おどれらがゲンちゃんに手ぇ出すんやったら……俺は、『極道の義理』を通す……それだけや」

 

怒れる鬼のような爺ちゃんと唸る猛虎と見紛う程のオーラを魅せる冴島さんの二人に黒服達は恐怖しながら縁側に後ずさっていく。

それを追う冴島さんと爺ちゃん。

この時、冴島さん達が逃げる黒服達に距離を詰めていってしまったので、俺と婆ちゃんとの間が開いてしまった。

 

「く、くそぉおおお!!」

 

と、ここでデブの傍に居た黒服が婆ちゃんに向かって飛びかかってきた。

多分人質にでもしようとしてるんだろう。

それを見て顔を笑みに歪ませるデブと黒服達、だが冴島さんと爺ちゃんが焦らない所を見て直ぐにデブ達は顔を疑問に変える。

まぁ、答えは至ってシンプルなんだがな。

テーブルを挟んで雄たけびを上げながら飛び掛る黒服、婆ちゃんはそれを見ても特に動かない。

そりゃ当たり前だよな、なんせ……。

 

「ああああああああああ!!」

 

俺が居るんだからな。

 

婆ちゃんに向かって叫びながら飛び掛る敬老精神の欠片も無い黒服の頭目掛けて、俺は思いっきり足を振り上げ……。

 

「ずぉらあッ!!」

 

ドグシャアアア!!

 

「ごぎぇ!?(バキバキバキィィィ!!)」

 

力の限り振り下ろす。ただそれだけで終わり。

婆ちゃんに飛び掛ろうとした黒服は声にならない悲鳴を上げてテーブルに叩きつけられ、テーブルは負荷に耐え切れずに真っ二つに割れてしまった。

それっきり黒服は全く動かなくなり、その一連の動きを見て呆然とするデブ達。

まさか中学を卒業したばかりのガキにやられるとは思ってなかったんだろうが、生憎と俺はそこまで弱くねぇんでな。

 

「婆ちゃん。大丈夫か?」

 

「平気やで、元次が守ってくれたでな。ありがとうね、元次」

 

婆ちゃんはそう言って優しく微笑む。

いやー、良かったぜ。

これで婆ちゃんに傷でも負わせようもんなら、こいつ等マジであの世へ叩き送るとこだった。

 

「あ~、悪い爺ちゃん。テーブル壊しちまったわ」

 

俺は後ろ髪を掻きながら爺ちゃんに謝る。

黒服なんざどーでもいいがテーブルはちょいとやりすぎたぜ。

 

「ふん、後でお前の小遣いから差っ引いとくからな」

 

「ちょ!?そりゃねぇぞ!!」

 

なんてこった!?小遣い=会社のバイト代なんですけど!?

色々買いたいモンとかあったってぇのによ……この怒り、黒服とデブに全部ぶつけさせて貰うぜ(八つ当たり)。

さぁ、テメエ等が誰を敵に廻したか、しっかりとその身体に教えてやるぞコラアァ!!

俺は婆ちゃんを部屋から出して、拳をバキバキと鳴らしながら縁側へ歩く。

 

「さて、と……随分と好き放題くっちゃべってくれたじゃねぇか?テメェ等の目には、俺が本当に実験動物(モルモット)に見えるか?ひょっとすると……肉食動物(グリズリー)の間違いかも知れねぇぜ?……うおらあぁぁあああああ!!

 

獰猛な笑みを浮かべながら、俺は色々な怒りを抱えて黒服達に踊りかかっていく。

 

そこからはもう、一方的なジェノサイドゲームだった。

爺ちゃんは迫る黒服をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、冴島さんはその豪腕で黒服を掴んで武器として振り回し、他の黒服達を殴り飛ばす。

俺?一人残らず力の限り男の急所を蹴り上げて悶絶した所を地面に叩きつけてやったよ。

 

 

最後に残ったデブは「か、かか金はそのままやるから!!み、見逃して――」とかなんとか言ってたけど全員スルー。

みっともなく喚くデブを庭に引きずり出してやり……。

 

「おぉりゃああああああ!!」

 

ズドォォオオン!!

 

「がべえ!?」

 

まずは冴島さんがデブの背中に回って豪快にジャーマンスープレックスをかまし(重量投げの極み)。

 

「があああああああ!!」

 

バギャアアアアアア!!

 

「ぼぎぅ!?」

 

その状態のデブの顔面を爺ちゃんがハンマーを叩き落とす様に硬い拳で殴りつけ(重撃追い討ちの極み)。

 

「らっしゃぁぁあああああ!!」

 

グシャアアアアアア!!

 

「ぶえぎゃぁぁあああぁああああぁああああぁぁあ!?」

 

俺がデブの男の勲章を豪快な踵落としでフィニッシュ(急所悶絶破壊の極み)。

 

名づけて『地獄巡りの極み』をカマしてやった。

いや~、かなりスカッとしたぜ。

 

 

その後は全員使っていない畑に犬神家状態で埋めておいた。

多分そのうち誰かが回収するでしょ?

そんで残った女には「とっとと帰れ」と言って家から追い出したんだが……今度は30人近い黒服連れて来やがった。

しかも今度は違う政府の人間を連れて。

 

懲りねえ奴らだな全く。

 

もう一度全員ブチのめしてやろうかと思ったんだが、今度は新しく連れてきた政府の高官が「誠に申し訳ありませんでした!!」って言っていきなり土下座してきた。

これにはさすがに俺も爺ちゃんも冴島さんも面食らっちまったが、家の前で土下座されたままにする訳にもいかず、とりあえず話を聞こうと今度はこっちから家に招いた。

再び和室に座った一同。

テーブルはパックリと割れてるがそれは関係なしに全員座る。

黒服達はさっきの黒服とデブを回収しに行ってるが。

そんで新しい高官の話を聞くと、中々に馬鹿らしい話だった。

あのデブは自分の出世のために政府の意向を無視して勝手に突っ走ったらしい。

その事を知った束さんが激怒、俺に手を出せば日本中のISを止めた上に日本経済のあらゆる物を滅茶苦茶にすると連絡(脅し)があったそうだ。

んでさっきの秘書の女が政府に連絡して、あのデブを止めるためにこの高官さんが急いで来たらしい。

まぁ束さんを怒らせたら何処の国も終わるしな。

今の世界防衛の要はISと言っても過言じゃねえし、世の中の女からしたらかなり困ることだ。

 

「今回の謝罪として家の修繕費は全て出させて頂きます。どうかそれであの男の事、水に流して頂けないでしょうか?」

 

どうやら高官さんの話じゃ今回の騒動で壊れた物は全部直していただけるらしい。

つまりはそれで手打ちってことか。

こりゃありがたいぜ、小遣い差っ引かれずに済むしな(笑)。

 

そして、さっきの馬鹿の話が落ち着いた所で高官さんが出した話は、俺のIS学園への入学についてだ。

俺が学校で聞いた話と差異は無く、婆ちゃんは賛成して「身体に気ぃつけて行ってきぃや?」と言ってくれた。

爺ちゃんは渋い顔をしてたが最後は婆ちゃんと同じで納得してくれた。

やっぱ危ないままよりはマシって思ってくれたんだろう。

そんで当の本人の俺はというと、IS学園へ行く前にある条件を出した。

それはこないだまで通っていたバイクの教習についてだ。

教習所での卒業検定は合格していたから、後は免許センターでの検定だけだったんだ。

IS学園の入学式は4月2日で今日は3月27日。

俺の誕生日は4月1日だから、検定を受ける暇がねぇ。

だから俺が政府に出した条件は「誕生日になる前に検定試験を受けれるようにすること」だった。

俺が高官さんにそう言うと、高官さんはこれを受諾し、明日試験を受けれることになった。

まぁ其処までは良かったんだが……。

 

「じゃあ、そーゆー事でお願いします」

 

俺は向かい合って正座している秘書のお姉さん(馬鹿じゃなくマトモな人だった)に頭を下げてお願いする。

 

「はい、免許の件についてはわかりました。それと、入学前にコチラを読んでおいて下さい」

 

そう言って秘書のお姉さんが俺の目の前に持ってきたのは……。

 

ドンッ!!

 

「……え?なにこれ?」

 

電話帳ぐらいのサイズの本だった。

しかもドンッ!!って音が鳴るぐらいにはブ厚いです。

 

「IS学園の入学前の参考書です。」

 

「……ゑ?」

 

この厚さで入学前?冗談だろ?

手に取ってみると重さは5キロくらいはあって、表紙には大きく「必読」と書いてあった。

え?これ全部覚えるの?

参考書ってお姉さんアンタ……辞書の間違いじゃねぇの?

 

「本来ですと、IS学園に入学する生徒は小学校の授業過程からISの授業をしてますので……彼女達からすれば、コレは今までの授業の復習になります」

 

「……これ、全部覚えなきゃダメなんすか?」

 

打ちのめされそうな現実に俺はちょっと涙目になる。

正座しながら涙目になるちょい大柄な男、うんキメエな。

 

「ッ!?い、いえ!!コレはあくまで復習ですから!!最初の30ページ程の内容さえ理解できれば、まだ最初の授業にはついていける筈です!!」

 

お姉さんは何やら焦りながらそう言ってくれたので、俺は安堵する。

まぁまた勉強し直しなのはメンドイが、30ページぐらいなら何とかなんだろ。

どの道俺にIS学園に行かないって選択肢は存在しないしな。

俺は笑顔でお姉さんにお礼を言ったんだが……何故かお礼を言われたお姉さんは顔を赤くして「と、当然の事ですから……」なんて言ったっきり黙っちまった。

……いや、えーっと?……まさか、ねぇ?

出会ってまだ、数時間だし?ありえねえだろ?

軽く頭をよぎった考えを振り払い、俺はお姉さんと話し合いを煮詰めてIS学園の制服(何故か既に出来ておりサイズも良い感じ)を受け取って、話し合いは終了。

そのまま学園の制服を婆ちゃんに作り直して頂いた。

後、帰る時に顔面が潰れたデブに「俺は束さんと仲良いんですよ?後、千冬さんと一夏もね(笑)」と教えてやると顔真っ青にして「たしゅけふぇ……」とか言ってたが知ったこっちゃねぇよ。

 

とりあえずそれで全ての話合いは終わって、高官さんとお姉さんは黒服を引き連れて帰った。

そんでまぁ、夕飯頃……俺は縁側に座って携帯を取り出し、ある人に電話をかける。

 

ピッ、プルr

 

ピッ

 

「もっすも~~~っす!!やっほー、ゲンくん!!お久しぶりだねぇ!!!わざわざ電話かけてくれるなんて、束さんはとっても嬉しいじぇい♪」

 

受話器の向こうから聞こえてくる相変わらずのハイテンションに俺は苦笑いを浮かべちまう。

 

「あはは……お久しぶりです。束さん。すいませんね、いきなり電話かけたりして……」

 

目当ての相手は1コールもしない内に出てくれた。

そう、世界の束さんです。

まぁ庇ってもらったお礼は、ちゃんと言っておかねーとな。

 

「ノンノンノン♪ノープログレムだよん♪束さんはゲンくんのためなら、時間関係なくフルオープンなのです♪それでそれで?一体どうしたのだね?」

 

一日越えてる!?どんだけサービスいいのよ束さん。

束さんは無関心の相手は虫程度にしか思ってねーが、俺や一夏や千冬さん、それに箒にはとことん甘い。

それは束さんが、自分が認めた数少ない身内に嫌われたくないっていう心の現われだろうって前に千冬さんが言ってたっけ。

まぁ箒の一件は俺も良く知ってるから間違いねぇんだろうけどな。

 

「え~っとですね?今回の事で、束さんにお礼を言いたかったんですよ」

 

「お礼?お礼って……もしかして政府のゴミ共のこと?」

 

政府をゴミ扱いですか。パネェなおい。

 

「まぁ、そうです。政府の人から聞きましたんで……本当にありがとうございます。俺のために怒ってくれたんでしょ?」

 

「あ~。その事かね?いいよいいよ!!束さんの大事なゲンくんを事もあろうに解剖しようとしたんだから。当たり前の事しただけなのさ♪」

 

電話越しに束さんの楽しそうな声が聞こえてくる。

束さんは本当に気にしてないようだが、世話になったお礼はちゃんとしとかねえとな。

 

「そうゆう訳にゃ行きませんよ。ですからお礼はキッチリさせてもらいますんで……所で束さん、今から俺の家に来れます?」

 

「え?ゲンくん家に?そりゃ~行けるけど……どうしてかにゃ~?」

 

何やら電話の向こうで首を傾げながらウサ耳をピコピコ動かす束さんが想像できたんだが……可愛い過ぎるぜ。

 

「いやぁ、今日のお礼にと思って束さんのために鹿鍋を作らせて頂いたんですが……どうです?」

 

そりゃもう、俺の渾身の力作と言っても過言じゃねーぐらいに気合入れましたとも。

味についてはかなり自信作だぜ。

 

「ゲンくんの手料理!?しかも束さんの!?束さんのためだってぇ!?行きます!!行きますとも!!いや行からいでか~!!ちょっと待っといてね~!!」

 

「あい、わかりました。ではまた後で」

 

ピッ

 

電話を切って、果たして何時どっから現われるんだろうなぁと何気な~く空を眺めると……。

 

 

 

ズドォォォオオオオオオンッ!!

 

 

 

空からドデカイ人参が庭に降ってきて、地面にブッ刺さりますた☆

 

 

 

突然すぎる事態に携帯を片手に持って呆然とする俺。

え?何コレ?新手のドッキリ?

まさかこれって……いやいやいや、ちょっと……いや、滅茶苦茶早すぎじゃね?

今電話切ったばっかりなんですけど?

 

呆然とする俺を他所に、庭にブッ刺さった人参から煙が噴出して縦に真っ二つに割れた。

そして……。

 

「ゲンくーん!!束さんを受け止めてーー♪!!」

 

桃から生まれた桃太郎ならぬ、人参から生まれたバニーガール(間違いではない)が俺目掛けて飛翔、ってまたこのパターンかい!?

慌てて俺は飛んできた束さんをしっかり受け止めて、前回のようにふつくしい谷間に顔を突っ込まないようにする。

あれは確かにご褒美だが、今回は千冬さんいねえから……もしまたああなったら俺が暴走しちまうかもしれん。

 

「た、束さん……相変わらずコッチの予想をブチ破る登場の仕方をしますね……」

 

俺は人参ロケットを見ながら苦笑いを浮かべる。

 

「んっふっふっふ♪束さんは常に進化するのだよ!!いや~、前に使ってたヤツは衛星に見つかって打ち落とされちゃってね!!この新型ロケットはステルス機能やらハイパーセンサーやら色々詰め込んだ最新型なのだー!!」

 

束さんはそう言って満面の笑みを見せてくる。

だが、俺はそれに苦笑いを返すしかできねえ。

この見た目がフザケまくった人参にステルス機能て……色んな意味で度肝抜かれるわ。

 

「……このロケットの名前はなんつーんですか?」

 

願わくば、まともな名前でありますように。

 

「ん?これは『我輩は猫である』だよ?」

 

「名前はまだ無い、って誰が上手い事言えと!?」

 

さ、さすが束さんだぜ……コッチの予想の斜め上どころか半回転上を上回る事をやってのける!!そこにシビれる!!アコがれ……ねぇよ!!

とりあえず庭先で抱っこしてても仕方ないので、束さんを抱えたまま部屋に入るとしますか。

つうか俺としてもこのままの体勢で束さんを抱えてると……本気で理性飛ばしちまうよ。

 

「と、とりあえず束さん?部屋に入るとしましょうか?お、美味しい鍋が待ってますので」

 

俺は理性を総動員して体中に感じるわがままボディと束さんの甘い匂いを考えないように会話する。

すると顔が耳まで赤くなった束さんが俺の正面に向き直って……ん?『耳まで真っ赤な束さん』?

……あるえ?

何故束さんが耳まで赤くなってんの?どゆこと?

 

「そ、そう、んっだね……さ、さすがに束さんもぉ……いつまで、も……く、ふぅ……そ、ソコを『揉まれる』のは、あぅ……は、恥ずかしいかな?」

 

束さんは俺と喋る合間にも何やら身体を艶かしく震わせ、顔は何かに耐える様に時折目をキュウッと瞑っていた。

え?『揉まれる』?……あ゛。

束さんの言葉に疑問を感じて俺が手を置いてる場所を再確認すると……。

 

「……(モミモミ)」

 

「んん!!ぁ、はぁん!!」

 

俺が手を動かすと途轍もなく柔らかい感触が伝わり、束さんは悩ましい声をあげて身をくねくねと捩る。

 

 

 

俺のデカイ手が鷲掴んでいる場所はそう……束さんの……ナイスヒップでした☆

 

 

 

oh……カンッペキにやらかしちまった。

手を止めると、荒い息を吐く束さんとバッチリ目が合う。

 

「……その……束さん?」

 

「はぁ……はぁ……な、なぁに?ゲンくぅん……」

 

止めて、そんな色っぽい声で俺の名前呼ばないで。

我慢できなくなるから。

じゃなくてなんか言え、言うんだ鍋島元次。

なんとかこのデンジャーな状況をひっくり返す様なナイス話題を出すんだ。

唸れ俺の灰色の脳細胞よぉおおおおお!!

俺は息を吸って、束さんの目をしっかりと見つめて、この状況を引っくり返す言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「た、束さんってその……安産型っスね☆」

 

 

 

 

 

あ、駄目だ。

テメーから地雷原に特攻かけちまったい。

まだ桃色一色だったのか俺の脳細胞よ。

いい加減ジャンクヤード行きにしちまうぞ?

 

「ふぇッ!?……も、もぉ~……ゲンくんのえっちぃ」

 

「サーセン」

 

仰る通りです、すいませんスケベで。

でも頬を桃色に染めて、ちょっと口をアヒルみたいに突き出す束さんは最高に可愛いです。

そのまま微妙な空気を引きずりつつ、俺は束さんを抱えて居間に戻った。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふ~、ふ~、はい、あ~ん」

 

「あ、あ~~ん♪もぐもぐ……ごくん。う~ん!!デリシャスだよーー!!」

 

ほっぺたに手を添えてもっきゅもっきゅと鹿肉を頬張る束さん。

うん、眼福眼福♪

やっぱこーやってストレートに「美味しい」って言われるのが一番の報酬だぜ。

 

「へへっ喜んでもらえてありがてえっす。次は、どれいきます?」

 

「白菜!!白菜さんを下さいなー!!」

 

「はいはいっと……ふ~、ふ~、はい、あ~ん」

 

「あ~~ん♪」

 

はい、只今俺は束さんに鹿鍋を食べさせてます。

えっちい事言った罰だそうです。

でも、全然苦じゃねえんだが?罰になってねえぞこれ?

 

「もっきゅもっきゅ……ごくんっ。ぷは~♪ご馳走様!!いやぁ~♪束さんはもう幸せいっぱいですたい!!」

 

そして、最後の一杯を平らげた束さんはご馳走様と言ってお腹をスリスリと撫でる。

一人用に作った子鍋の中身はもうカラッポだ。

 

「はい、お粗末さまです」

 

「う~む♪余は満足じゃぁ~♪ってゲンくん?庭にあるあのおっきな風呂敷は何~?」

 

束さんが指差す先には、俺の身長の半分ぐらいまで高さがある大きな風呂敷だった。

それが庭先にポンと置いてある。

 

「あぁ、あれは後でちょいと、ね」

 

俺は食器を片付けつつ束さんに相槌を返して、台所に向かう。

そして、洗面器に張った水の中に食器を入れて再び居間に戻っていく。

 

「ふ~ん?まっいっか♪……はふぅ~。所でゲンくんや?束さんはどーでもいいんだけど、お家の人達は?」

 

俺が居間に腰を下ろしたのを確認すると、寝転がった束さんから爺ちゃん達の事を聞かれた。

まぁ束さんからすりゃ俺以外の人間が居たら嫌だなぁって感じなんだろうけど。

ちなみに束さんは俺の家の人間、つまり爺ちゃんや親父達を馬鹿にしたりはしない……前に束さんが婆ちゃんを馬鹿にした時に、俺が本気でキレたからな。

以来、まぁちょっと頭の片隅に止めてる程度にゃ家族の事を覚えてくれてる。

物凄ぇ複雑な気分だが、要は束さんと箒の両親程度にゃ覚えてくれた訳だ。

 

「今日は誰もいませんよ?皆、俺のIS操縦者になった記念パーティーをやるって言ってましたから。多分知り合いの家に泊まりますよ」

 

爺ちゃんや婆ちゃんだけじゃなく、冴島さんや会社の人達も行ってるしな。

冴島さんも爺ちゃんもかなりの酒豪だし、向こうに泊まるだろ。

 

「はれれれ?それはおかしくないかな?だって主役のゲンくんがここに居るのに?」

 

束さんは寝転がりの姿勢から上半身を起こして、俺に疑問をぶつけてくる。

まぁ主役抜きのパーティーなんざパーティーとは言えねえからな。

 

「俺は断ったんスよ。理由はまぁ……束さんに、今日どうしてもお礼を言いたかったのと……束さんに聞きたい事があったんで」

 

「……う~ん♪束さんはゲンくんが気を使ってくれた嬉しさで胸もお腹もいっぱいだよ~♪よい、しょっと♪」

 

束さんはそう言いながらにへらっと笑って俺の胡坐の間に腰を下ろしてくる。

普段なら俺はこんな体勢になったらテンパるが、さっきの俺の言葉に束さんが一瞬だけ悲しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。

 

「……束さん(なでなで)」

 

「ふわっ……はぅぅ」

 

俺は束さんの頭を優しく撫でながら、聞きたかった事を口にする。

しかし撫でられた時の束さんの反応グッジョブだぜ。

 

「なんで、俺にISが動かせたんですか?」

 

「……」

 

俺の問いに、束さんは黙ってしまう。

そう、俺がどうしても聞きたかったのはこの事なんだ。

今回の事で、俺には『世界でたった二人のIS操縦者』なんてレッテルが貼られちまった。

下手すりゃ……いや、下手しなくても、これからISは俺と切っても切れない関係になったわけだ。

つまりもしかしたら……俺は爺ちゃんの工場を継げなくなるかもしれねえ。

束さんは、俺の夢を知ってたし、応援もしてくてれた。

だから、束さんが無理矢理ISを動かしたとはどうしても思えなかったんだ。

 

「……」

 

「束さん……教えてくれ」

 

俺の問いに、束さんは肩を震わせている。

これはそう……多分、恐怖だ。

束さんはこの後の言葉で、俺に嫌われるんじゃねえかと思ってる筈だ。

やれやれ、別に嫌いになんてならねえってのによ。

 

「……ゴメンね……実を言うと……束さんにも、わからないんだ」

 

暫くそうして頭を撫でていると、束さんはポツポツと語りだした。

その声はかなり震えていて、ウサ耳はペタンと倒れてる。

 

「ゲンくんが……どうしてISが動かせたのか、全然わかんないの……ほん、と、うに……ゴメン、ねぇ…ひっぐ……た、束ざん、のぉ……ぐずっ……あぃえずが……迷惑、がけ、でぇっ……」

 

そして、語っていく内にとうとう束さんは泣き出しちまった。

あぁ、畜生……束さんを泣かすつもりなんて微塵も無かったってぇのによ。

俺の身体に背中を預けて、震えた声で謝り続ける束さん……俺はそんな束さんの肩に手を添える。

 

「ッ!?(ビクッ!!)」

 

すると、束さんの体が大きく震えた。

俺はそれを確認してから、優しく声を掛ける。

 

「束さん、いいんですよ」

 

「……ふぇ?」

 

俺が声を掛けると、束さんは俺の方に振り返る。

振り返った束さんの顔は涙でグチャグチャになってた。

 

「別に束さんのせいじゃねぇし、そもそも俺は怒ってねぇっすから」

 

俺はそんな束さんに笑いかけながら言葉を紡ぐ。

俺としてはなんで俺がISを動かせたかを確認したかっただけだしな。

 

「で、でもでもぉ……ぐずっ」

 

その答えに納得がいかないのか、束さんはぐずりながら俺を弱弱しく見つめてくる。

俺はそんな束さんの頬に触れて、涙を拭う。

 

「まぁ、爺ちゃんの工場を継げるかは微妙になりはしましたが……俺は諦めてねえっすよ?いつかは『世界で二人しか存在しない男性IS操縦者の一人が経営する自動車工場』なんて風に売り出すかもしれねえですし」

 

俺はそう言って束さんの瞳を見つめる。

泣いてる束さんもキュートだけど、俺は笑ってる束さんのほうがイイね。

 

「だからほら……束さんはいつもみてぇに、ほにゃっとした可愛い笑顔を見せて下さいや?束さんに泣かれると俺も辛いっすから……ね?」

 

「ゲ、ゲンくぅん……ふぇぇえええ~~(がばっ)」

 

「おっと、あ~、よしよし……まったく(笑)」

 

遂に感極まった束さんは正面に向き直って抱き着いてきて、ぼろぼろと大粒の涙を零して泣き始めた、

俺はそんな束さんの頭をゆっくりと撫でて慰める。

そんでその状態のまま15分程してから、落ち着いた束さんの魅せてくれた笑顔は……最高に可愛かったです。

でもまぁ俺と束さんの距離が近すぎたせいで……。

 

「……ゲンくん」

 

「た、束さん?」

 

その近すぎる距離を、束さんは潤んだ瞳で見つめながら俺の首に腕を廻して、更に縮めてくる。

俺の方はというと……なんつーか、今の束さんには抗えなかった。

しかも前回は千冬さんの乱入って形で収まっていたが、今回は千冬さんいねえ。

つまり俺の貞操ピーンチ。

あー、どうしよ?さっきまで泣いてた手前拒否したら自殺でもしかねんし、いやでもこんな流れに任せていいのか俺?

そんな事を考えてる間に束さんとの距離は後数センチになっ

 

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「にゃあああっ!?」

 

った所で、何やら途轍もなく重厚な雄たけびが庭の方から響いてくる。

その雄たけびを聞いた束さんはびっくり仰天、後ろ向きにひっくり返り居間に寝転ぶ形になった。

あー、そっか。『アイツ』が来るの忘れてたぜ。

 

「な、ななな何!?今のは!?」

 

束さんは身体を起こしながらかなり慌てふためく。

まぁ普通の人が『アイツ』の『吼え』を聞いたらこうなっても仕方ねぇか。

 

「大丈夫っすよ。束さん。今のは俺の『ダチ』ですから」

 

「ダ、ダチって!?友達!?あ、あああれは人間の出せる声じゃないと束さんは思うんだけど!?」

 

「そりゃそうっすよ”人間じゃねー”っすもん」

 

「……へ?」

 

俺の受け答えに束さんはぽかーんとした顔で呆けた。

おぉ?束さんのこんな表情は珍しいぜ。

 

『グォッ!!グォッ!!』

 

「あー、ちょい待ってろ!!直ぐ行くからよ!!」

 

庭先の扉から響く声に、俺はそう返してから未だに呆けている束さんに声を掛ける。

 

「束さん?」

 

「……ふ、ふぇ?」

 

お?良かった、ちゃんと再起動してくれたぜ。

 

「俺は今からダチに会ってきますが、どうします?ここに居ますか?」

 

「……えぇっとぉ……ひ、人じゃあ無いんだよね?」

 

「はい」

 

俺の返事に、束さんはウサ耳をピコピコさせながら恐る恐る聞いてくる。

なんだこの萌えの塊は?

まぁ、人間じゃねぇ分、束さんが拒絶するこたぁねぇと思うんだが。

 

「か、噛まれないかな?」

 

「んー、それについては大丈夫かと、まぁ例え噛んできそうになっても、束さんは俺が守りますから、安心して下さいよ」

 

「ッ!?は、はぅぅ……じゃ、じゃぁ、お願いするよん……(俺が守る、かぁ……ゲンくんってばもぉ♪ふにゃぁ~♪)」

 

「お任せ下さいなっと」

 

俺は束さんに軽く答えながら居間の扉を開けて縁側の廊下を歩いて行く。

束さんはそんな俺にしがみ付いて歩いているんだが……やーらかい物体×2.いやはやごっそさんです。

そして、庭側の廊下の入り口に着いた俺(束さん装備)はドアを開けて庭に出ると……。

 

 

目の前に白い丸が書かれた茶色の壁があった。

 

 

 

「……へ?」

 

 

俺の腰元の束さんは、呆けた声を上げると同時に視線を上に向けて――。

 

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「わひゃあああああああああああああああ!?」

 

俺達を見下ろしてくる体長6メートルはあろうかというツキノワグマの咆哮にビビって尻餅をついた。

そう、この辺の猟師が恐れる存在にして熊のボスの中のボス、『ヤマオロシ』である。

ヤマオロシは一通り咆哮を上げると、立っていた状態から四足歩行に戻り、俺達に近寄ってくる。

 

「よぉ、久しぶりだな。ヤマオロシ」

 

俺は自分から近づいてヤマオロシの頭を撫でる。

 

『グォン♪グォォオオ♪』

 

俺が頭を撫でると、ヤマオロシは嬉しそうに俺の手に頭を摺り寄せながら甘えてくる。

うむ、可愛い奴め。

実はこのヤマオロシ、1週間くらい前に俺と冴島さんの二人でブッ倒したんだ。

あれはまだ、この町に雪が降ってた頃、俺と冴島さんは再びコンビを組んで集落の雪かきに向かったんだが、その時に集落に現われた。

以前の冴島さんはヤマオロシにやられたが、今回は体力、体調共に万全。

しかも俺と一緒だったので、軽く捻ってやった。

その後、山に帰す時に治療した上で食料として野菜を分けてやったんだが、それから俺と冴島さんに懐いてる。

しかも知能が他の熊より高いのか、俺と冴島さんが「人を襲うな」と言って聞かせた所、本当に人を襲わなくなったから驚いたぜ。

まぁ、猟師とかには容赦ねーらしいけど。

そんで今回は俺がここに呼んだんだ、理由としては俺と冴島さんがここから離れるからである。

 

「なぁヤマオロシ。聞いてくれ」

 

『グォ?』

 

俺の言葉にヤマオロシは首を傾げる。

 

「もう直ぐな。俺と冴島さんはこの町から居なくなるんだ。だから今日は別れの…」

 

『ッ!?グォッ!!グォォォオオオオッ!!』

 

ヤマオロシは俺の言葉を聞くと、まるで悲しむかのように切ない声で泣き叫びだした。

しかも身体で表現するかの様に、その巨体を振り回し始める。

 

「っておい!!やめろ!!(ガシイッ!!!)」

 

『グォォオオオオッ!!グォォォオオオオッ!!』

 

「ぬぐ!?こ、こら!!止めろってヤマオロシ!!落ち着け!!」

 

コレは不味いと思った俺はヤマオロシの首にしがみ付いて暴れないように押さえ込む。

だが、体の大きさだけなら完全に俺を上回ってるヤマオロシは俺を振り解こうと躍起になって身体を振り回す。

 

「はわわわわわ!!?ゲ、ゲンくん!!?」

 

そして俺の後ろから束さんの切迫した声、いや悲鳴が聞こえてきた。

チラッと後ろを見てみると、束さんは腰が抜けたまま動けないのか、地面に座っていた。

や、やばい!!このままヤマオロシを暴れさせたんじゃ、束さんが傷ついちまう!!!

 

「こぉら!!ヤマオロシ!!この!!――止まれッ!!

 

『ッ!?(ビクッ)……グォォン……』

 

俺の威圧を込めた雄叫びを聞いたヤマオロシは、身体を大きく震わせて大人しくなる。

だが、相変わらずその寂しそうな鳴き声は泣き止まねえ。

とりあえず落ち着いたヤマオロシの首から手を離して、俺は未だ尻餅を突いている束さんに歩み寄る。

 

「束さん、大丈夫っすか?」

 

「う、うん。大丈夫だけど……ゲンくんすっご~い。声だけで熊を大人しくさせちゃったのら……カッコよかったよ♪」

 

束さんはそう言いながら差し出した俺の手を取って立ち上がり、にへらっと笑ってた。

いやはや、コレぐらいなら千冬さんも冴島さんもできますよ?

褒められて気恥ずかしくなってきた俺は、再びヤマオロシに向き合う。

 

「なぁ、ヤマオロシ……確かに、俺も冴島さんもこの町から出て行くが……何もずっと戻ってこねぇってわけじゃねえ」

 

『……グゥゥ』

 

「またいつか、ちゃんと戻ってくる……だからよ、それまで待っててくれねぇか?……な?」

 

俺は伏せの状態で地面に寝転がっているヤマオロシの頭を撫でながら、優しく諭す。

ヤマオロシが俺の言葉を理解してるかはわからねぇが、俺は誠意を込めた眼差しでヤマオロシを見つめ続ける。

 

『ウゥ……ウゥ……グォォン(ペロペロ)』

 

するとヤマオロシは俺の手を舐めながら擦り寄ってきた。

多分、納得してくれたんじゃねぇかと思ったので、暫くはヤマオロシの好きにさせておいた。

そして、庭に置いていた風呂敷をヤマオロシに咥えさせてやる。

コレの中身は野菜とか鹿肉とかのヤマオロシへの餞別だ。

その後はヤマオロシは山へ帰って行き、束さんも「鹿鍋ありがとうねゲンくん!!また会いにくるから!!元気でねー!!」と満面の笑顔で帰って行った。

ぴょんっと擬音がつきそうなぐらい華麗に人参ロケットに飛び込んで、人参は夜空へ去っていった。

 

まぁ、それは良かったんだけどよぉ……。

 

「はぁ……コレ、俺が片付けなきゃなんねぇワケ?」

 

溜息を吐く俺の目の前には、束さんの人参ロケットが着地で作ったデケェクレーターがあった。

間違いなくこのままにしとくと爺ちゃんがキレるので、俺はせっせと穴を埋めて、明日の試験に備えて寝床に着いた。

 

さてさて、俺の明日はどっちかねぇ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ち、別れ、再会、喧嘩!?

ガラガラガラッ!!!

 

チュンチュンチュン。

 

時間は朝の5時、まだ夜が開けて間もない時間だ。

爺ちゃんの家の隅っこに建てられたちょいと古い木造のガレージ。

その錆びかけた入り口の鍵を開け、癖のあるシャッターを力で抉じ開けて朝の澄んだ空気をガレージの中に吹き込む。

 

ザッザッザッ。

 

昇りはじめた太陽の光が差し込むガレージの棚にはオイルの缶が陳列し、壁にはアメリカンなお姉ちゃんのポスターが俺に向かってセクシーなポーズを決めてる。

所々の床は欠け、ブチ撒けたオイルの染み等、もはや新品の面影は残っていないセメントの地面を踏みしめながら、俺はそのガレージの中央に鎮座する『ソレ』に手を添える。

3月の終わりとは言え、未だに気温が低いこの地方の気温のせいで目当ての『ソレ』は冷え切っていた。

だが、手に伝わる表面の温度とは裏腹に『ソレ』は自身の魂に炎が灯るのを今か今かと待ち侘びている様に俺は感じた。

 

「よっと……」

 

俺はそのまま『ソレ』に跨り、コイツの命とも言える『鍵』を指定の位置に差し込む。

そのまま『鍵』を起動手順に則り、稼動位置まで捻る。

手はじゃじゃ馬とも言えるコイツの手綱に添えてあり、後はコイツの魂に目覚めの炎を灯すだけだ。

 

「……長いこと待たせちまって悪かったな」

 

俺は胸に湧き上がる気持ちに従って『セル』を廻し『アクセル』を吹かす。

 

キュキュキュキュッ!!

 

そして……。

 

キュキュ、ドドドッドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

『コイツ』……否。

 

「さぁ、ファーストクルージングと洒落こもうぜッ!!『相棒』ッ!!」

 

ドドドドドドドドドドボボボボォォォォオオオオオンッ!!

 

俺の『相棒』は俺の握る手綱の思いのままに、歓喜の咆哮を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝っぱらからうるせぇぞ元次ぃいいッ!!もちっと静かに出しやがれアホンダラァッ!!」

 

「サーセンした」

 

やべっ、朝っぱらからカッコつけすぎたぜ。

 

 

あの『政府?だか何だか知りませんが丁重にお帰り下さいませ豚ヤロー』事件から3日たった今日。

俺事、鍋島元次は東京へ引越し……いや、帰るの方が正しいのかコレ?

と、とにかく、俺は僅か1ヶ月で再びあのアパートへと引っ越すことになった。

まぁIS学園に通うにはアッチのアパートに戻るしかねぇからな。

こっから通うなんて無理無理無理。

一応、親父とお袋には話しておいたが、二人とも「好きにしろ」の一言で終わりだった。

放任してんだか俺を信用してんだかわかんねえお二人だったぜ。

只、最後にお袋から「可愛い、若しくは綺麗なお嫁さん、ちゃんとゲットしてきなさい♪」と言われた時は盛大にズッコケたが。

お母様?アナタは俺がIS学園に何しに行くかわかってらっしゃるんでしょうか?息子は心配です。

 

とりあえず俺が早朝から何をしているかと言うとだ。

 

「暖気するにしてもやり過ぎたか……嬉しさでテンションがハイになっちまった所為だな、こりゃ」

 

俺の『相棒』……俺が廃車から組み上げたアメリカンバイク、『イントルーダークラシック400』の暖気をしてたってわけだ。

これからのシェイクダウン、つまりは東京までのロングドライヴの為に。

 

ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

「しっかし……ヤバイぐらいいい音だよなぁ、やっぱ……さすが『音の魔術師』と呼ばれる秋田さん特製マフラーだな。俺のリクエストってゆーか、理想そのものじゃねぇか」

 

俺が己の過ちに反省しているすぐ横で、腹の底まで響く様な重低音を撒き散らす相棒の唸り声に、俺は反省そっちのけでウットリしちまう。

あぁ、この鼓膜を叩く野獣の唸り声みてぇな重低音たっぷりのアイドリング……堪らんぜ!!

 

『イントルーダークラシック』は400ccながらも、ナナハンクラスに負けず劣らずの重厚な鼓動感を奏でるバイクだ。

同じ排気量のアメリカンクラスでは最長のホイールベースと堂々たるワイドで重厚なボディを兼ね備えている。

まさに、ゆったりとロングクルージングを楽しむのに適した一台だ。

実は、俺がガキの頃出会ったバイクは他にもネイキッドタイプのバイクがあったんだが、俺には似合わねぇからソレは却下した。

一応爺ちゃんの薦めで廃車の状態のままガレージの隅に保管してあるが、俺がライドするこたぁねぇだろう。

そんで次に見つけたのがこの『イントルーダー』だったわけなんだが……一目見てビビッときたんだよな。

マジに雷に撃たれたってのはああいうのを言うと今でも思ってる。

ジャンクパーツで作ったコイツだが、ジャンクパーツの中にはカスタム用の部品が多くあったので、ソレを多様してある。

ハンドルは純正のブルパックハンドルからアップハンドルに変更してあり腕のポジションも最適だ。

車体は軽くローダウンを行い、乗り心地を損なわずにスタイルアップを可能にした。

デカイ車体が低い姿勢で這い回るイントルーダーの姿は、圧巻の一言に尽きる。

オマケにタンデムシートも肉厚で、同乗者も疲れ難い一品だ、いつかは可愛い女の子を乗っけてドライヴに行きたい所存。

 

ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

そしてコイツの自慢のポイントその1は、さっきから鳴っている排気音だ。

 

なるべく重厚な音が欲しかった俺は、爺ちゃんの職場の人にレクチャーしてもらいながら、このマフラーを作り上げた。

レクチャーしてくれた秋田さんという人はワンオフマフラーで自由自在に音を作ることが出来るから『音の魔術師』なんて皆から呼ばれてる。

まぁ、本人はガキじゃねぇんだからソレは止めてくれって皆に言ってるが。

本来なら二本出しに設定されているマフラーを腹下で一本に集合させリアエンドまで伸ばした長く太いマフラーは、惚れ惚れするスタイルを演出している。

随所に太陽の光を受けて輝く新品のメッキパーツをあしらった外観は一種の芸術にも思えてしまう程キマッてる。

マッシヴなスタイルとはかけ離れているが俺みたいな野獣っぽい男が乗るんだ、バイクはカッコよく決めたかったのでコイツは凄い好きだ。

水冷Vツインエンジンを積んだコイツの走りはそのジェントルな見かけによらず、獰猛な走りを可能にしてくれる。

まさに羊の皮を被ったモンスターってわけだ。

改めて考えりゃ考える程、コイツは俺好みのバイクだぜ。

 

後、もう一つの自慢ポイントは、コイツの『塗装』だ。

 

コイツの塗装は俺が1から全部してる分、他の部分より思い入れも深い。

全体のベースカラーはシルバーだが、それ一色じゃ物足りなかった俺は、シルバーの上にメタリックブルーでフレイムスパターンの塗装を施した。

車体の先端から後ろ向きに流れる蒼い炎のアクセントはしっかりキマッていて、本気でカッコイイと思ってる。

そのフレイムスパターンをタンク、フェンダー、と全体に施したお陰で、コイツは上品なだけじゃなく男らしさも演出できてる。

まぁ、このフレイムスストライプは前に観た映画の変形するコンボイトレーラーからヒントを得ただけなんだけどな。

 

ちなみに俺の荷物は特に無し。

もう目ぼしい荷物は東京のアパートに送ってあるが、どうしてもコイツだけは自走で持って行きたかったからこーゆー形になったわけ。

しかもIS学園にはバイクでの通学許可は取ってあるから、これからの登下校はコイツでのクルージングが楽しめる。

ホントーに最高だぜ。

後は、俺がコイツで自走して東京に行くだけなんだが、俺は家の前でもう一人の同乗者を待ってる。

そう、冴島さんだ。

冴島さんは北海道に行かなきゃなんねえ事情があったから、旅費を稼ぐ為にウチでバイトしてた。

それが大体2週間続いたからそろそろ旅立つって一昨日の夜に俺と爺ちゃんに言ってきた。

それを聞いた爺ちゃんは、明後日の俺の東京行きのクルージングに同乗して旅費を浮かす事を提案したんだ。

IS学園から、東京までの旅費は全て政府が負担してくれるってことで話が決まってるから、俺と一緒に行けば冴島さんは実質ゼロ円で東京まで行ける。

それにこの提案は、冴島さんが行き先の北海道で生活に困らないようにっていう爺ちゃんの配慮だった。

俺としても一人旅は寂しかったから俺はその案を快く受け入れ、冴島さんも同意してくれた。

昨日はそれを聞いた会社の皆とお別れ会って事で家でしこたま飲んでたけど、今頃は準備も終わってる筈なんだが……。

 

ザッ

 

「おはようさん、ゲンちゃん……ほぉ~……それがゲンちゃんのバイクか?エライごっついやんけ」

 

っと、やっと来たみてぇだな。

俺は思考を一度切り替えて、声を掛けられた方に振り向く。

そこには、初めて会った時の服装に身を包んだ笑顔の冴島さんがリュックタイプのバックを片手に佇んでいた。

オリーブドライのコートに迷彩柄のズボン、黒のハイブーツの出で立ちに坊主頭、そして2メートルを超える身長、盛り上がった体躯。

うん、改めて見ると威圧感がパネェっす。

 

「おはよっす。冴島さん……もうイイんすか?」

 

「……あぁ……待たせてスマンな、もういつでも出れる」

 

俺の問いに、冴島さんは少し間を空けて返事をした。

もうイイのかって言葉の意味はそのままで、お別れは済みましたかってことだ。

俺はここを第2の故郷だと思ってるから、また夏休みとかに帰ってくるが冴島さんは違う。

冴島さんは極道だ。

俺も爺ちゃんも、冴島さんの事情は一切聞いてない。

だから、またここへ遊びに来れるかもわからねえってことだ。

なら最後の挨拶はいいんですかって意味合いもある。

まぁ、冴島さんがイイって言ってんなら別れの挨拶は済んだんだろう。

 

「わかりました。そんじゃ乗って「ちょっと待ってぇな、元次」って婆ちゃん!?」

 

俺がタンデムシートに乗るよう促してる途中で婆ちゃんが風呂敷片手に出てきた。

あれ?なんで婆ちゃんが出てくるんだ?

昨日の内に皆に挨拶は済ませたんだけどな。

そんな疑問顔の俺を他所に、婆ちゃんはニコニコと笑いながら俺と冴島さんの前で止まる。

 

「な、鍋島はん?どないしたんでっか?」

 

俺と同じ様に冴島さんも婆ちゃんが出てきた意味がわからねぇのか、疑問顔で婆ちゃんに声を掛けた。

 

「これ、これ持っていき」

 

「え?ってこりゃあ……弁当?」

 

俺は婆ちゃんに言われるままに、婆ちゃんの持っていた大きな風呂敷を受け取る。

すると、持った風呂敷の中身は硬い箱のような物で、ほんのりと暖かかった。

 

「ば、婆ちゃん……これって」

 

俺の問いに婆ちゃんは依然ニコニコと変わらない笑顔を向けてた。

 

「元次の好きな鳥の唐揚げとか、甘~い卵焼きとか、お婆ちゃんたっくさん作ったでな。お腹空いたら食べるんやで?」

 

「ば、婆ちゃん……ッ!!俺……ッ!!」

 

やべえ、不覚にも本気で泣きそうだ。

俺がイントルーダーに乗れるって浮かれて馬鹿やってる間に、婆ちゃんはこんな嬉しい事……してくれてたのか。

こんな……唐揚げなんて、手間隙かかるような面倒なモン……俺より朝早く起きなきゃなんねぇのに……俺の好物ってだけで作ってくれたのかよ。

ぢぐじょう゛……俺、ホントに婆ちゃん大好きだ。

せめて泣かない様に、涙が零れないように身体を屈めて耐えていた俺を、婆ちゃんはちっさい背で、細い腕で、俺を抱きしめてくれた。

俺なんかより全然小さくて……腕も細いのに……体全体が、婆ちゃんに包まれてる感じがする。

 

「体に気ぃつけるんやで?後な、偶には電話してきて、元次が元気でやってるって事をお婆ちゃん達に教えてな?」

 

「……お゛う゛……婆ちゃんも、身体に気をつけてくれよ?……何かあったら言ってくれ。俺が、世界中どっからでもよぉ……すっ飛んで駆けつけて、婆ちゃんを守っからよ」

 

「うんうん、おおきにな」

 

俺の誠意一杯の言葉を婆ちゃんは嬉しそうに聞いて俺の背中をポンポンと叩いてくれる。

その光景を冴島さんは暖かい目で見ながら笑っていた。

うぅぅ、なんだかなぁ……えらくこっ恥ずかしいトコ見られちまったぜ。

俺は気恥ずかしさを覚えながら、婆ちゃんからゆっくりと離れる。

そして婆ちゃんは、今度は冴島さんに向き直った。

 

「それとな、冴島さんの分のお弁当も入っとるで、冴島さんもちゃんと食べてな?」

 

「ッ!?お、俺の分まで用意してくれはったんですか!?」

 

冴島さんは心底驚いた顔で婆ちゃんを見つめる。

その冴島さんの表情が面白かったのか、婆ちゃんはカラカラと笑う。

 

「ほっほっほ、そんなん当たり前やんか、孫の分だけ用意するやなんて冴島さんに失礼すぎるやろ」

 

「い、いや、せやけども……俺は鍋島はんの家に来てから、ゲンちゃんにも、お二人にも世話んなりっぱなしで、こ、これ以上世話んなるわけには……」

 

冴島さんはそう言って申し訳なさそうに顔を歪めるが、婆ちゃんはそんな鍋島さんを見ても、にっこりと微笑んでる。

 

「そないなこと言わんといてぇな。私の中では、冴島さんはもう家族の一人なんよ?」

 

「……鍋島はん…」

 

婆ちゃんの言葉に、冴島さんは目尻を柔らかく落として、俺みてぇに泣きそうな表情を浮かべる。

その光景を見ながら俺は、改めて婆ちゃんはスゲエ人だって思った。

例えどんな人でも、婆ちゃんは分け隔てなく接してその優しさを向けてくれる。

今時の偉ぶってばかりの、女尊男卑って風潮に流されてるだけの馬鹿な女共とは違う……本当の意味で、強い女の人だ。

さすが、俺の自慢の婆ちゃんだぜ。

前に束さんが婆ちゃんを馬鹿にしてブチ切れた時も、感情のまま怒る俺を叱ったのも他ならぬ婆ちゃんだったしな。

俺がそん時の事を思い出してると、婆ちゃんは冴島さんの手を握って笑顔のまま語りかけていた。

 

「それに私だけやないよ?家のあの人も、あの人の会社の皆も、元次かて、み~んな冴島さんの事を家族と思うとるんや……なんや、私らには話せへん事情があるのはわかっとる……せやけど、一つだけ約束して?」

 

「……な、なんですか?」

 

婆ちゃんの言葉に、冴島さんは肩を震わせながら、震えた声で聞き返す。

 

「あの人の会社のお客としてでも、家の客人としてでも、どんな形でもええ。どんな形でもええから……また、元気な姿を見せに来てな?……美味しいご飯作って、いつでも待っとるで……な?」

 

「ッ!?……か、必ず……何があろうと、必ずまた来ますッ!!」

 

冴島さんは涙声でそう返すと、婆ちゃんの手を離れて居住まいを正し、地面に膝を突く。

そのまま手を大地に降ろして……。

 

「不肖、冴島大河……鍋島家の皆さんに頂いた数々のご恩、生涯忘れませんッ!!」

 

地面に額を擦りつけて、婆ちゃんに土下座した。

以前、冴島さんは『極道の土下座は安いモンやない、ホンマもんの誠意を示すもんや』って言ってたのを俺は思い出した。

この土下座はつまり、冴島さんが本気で婆ちゃん……いや、爺ちゃんや俺に恩義を感じてるってことなんだろう。

さっきから変わらない涙声も、間違いなく感謝の気持ちが溢れて出てるものだってことが俺にはよく解る。

 

「全部に片が付いたら、また必ず、必ず伺いますッ!!それまで皆さん、お身体に気をつけてッ!!お元気でいて下さいッ!!……う、うぅぅッ!!」

 

冴島さんは土下座の体勢のまま、感極まった様に泣き声をあげる。

婆ちゃんはそんな冴島さんの背中を撫でながら「ええんよ、ええんよ」と微笑みながら声をかけていた。

それから10分ぐらいして、気持ちが落ち着いた冴島さんは顔を上げて、婆ちゃんにまた頭を下げると、イントルーダーの傍に歩いていった。

 

「……そんじゃあ、婆ちゃん。行って来ます」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

俺は婆ちゃんに最後の挨拶を済ませて、冴島さんとイントルーダーに近づいて運転席に跨る。

弁当の入った風呂敷は、冴島さんがリュックに入れて背負ってくれたのでかさ張らずに済んだ。

 

「そんじゃあ、冴島さん。乗って下さい」

 

「ああ……よっと(ギシッ)」

 

ドドッドドッドドドォォォンッドォォォンッ。

 

タンデムシートに冴島さんが跨ったのを確認して、俺はアクセルを軽く吹かす。

そしてクラッチを握ってギアを入れ、バイクを支えていたスタンドを畳み、ギアを繋いで発進する。

 

「じゃあ行きますか!!しっかり掴まってて下さいよ!?冴島さん!!」

 

「おう!!頼むでゲンちゃん!!」

 

ドドドドドドドロロォォォォォオオオオオオォ…………。

 

唸り声をあげるイントルーダーに乗り込んだ俺と冴島さんは一路、東京までのロングランに乗り出す。

家の玄関から笑顔で手を振って見送ってくれてる婆ちゃんを背にして。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ドルルルルォオオン……キキッ。

 

空港の駐車場にイントルーダーを止めて、俺はエンジンを切り、スタンドを立ち上げる。

 

「フゥ~……着いたぁ~!!」

 

「やっと着いたなぁ……お疲れさんや、ゲンちゃん」

 

運転席から降りて背伸びをしながらやりきった表情を浮かべる俺に、冴島さんは労いの言葉をかけてくれた。

只今の時間は午後20時、朝5時に家を出発して約15時間。

いやはやホントに疲れたのなんのって。

まさか初ドライブがこんな長距離クルージングになろうとは……まぁ楽しかったけどね?

なるべく休憩をとりながら来たから「もう一歩も動けません」って事にはなってないし、天気も良かったから雨にも濡れずに済んだぜ。

 

昼頃に立ち寄ったサービスエリアで婆ちゃんの弁当を冴島さんと食べる事にしたが、俺だけじゃなく冴島さんの弁当も冴島さんの好物ばっかりだった。

冴島さんと二人揃って、ほっこりした気分になりながら美味しく残さず頂戴しましたとも。

そっからはなるべく休憩を入れつつ、各サービスエリアの名物を堪能したりしながらここまで来たけど、中々に楽しいクルージングだったぜ。

 

……最後の最後に、冴島さんと本気の素手喧嘩も出来たしな……。

勝敗については語らねぇけど。

っていうか勝敗なんつー無粋なもんは考えず、だったし。

 

「いやいや、冴島さんもお疲れ様でした。座りっぱなしってのも結構辛かったんじゃないすか?」

 

俺はこの旅に同行してくれた冴島さんを労うが、冴島さんは俺の言葉に首を横に振った。

 

「俺はそこまで疲れてへんよ。ゲンちゃんみたいに運転してたわけやないからな」

 

「そうっすか……けどまぁ、これで冴島さんともお別れっすね……」

 

「……そうやな」

 

俺はそう言って夜空を見上げる。

改めて考えてみりゃ俺と冴島さんって奇妙な縁だよなぁ。

山で遭難していた冴島さんをヤマオロシから助けて、一緒にバイトして、一緒に東京まで来て……それもここでお別れか。

 

「考えてみりゃなんか面白い縁ですよね、俺達。『世界でたった二人の男性IS操縦者の一人』と凄腕の極道って」

 

「ふっ、確かにな……せやけど、ゲンちゃんに出会えてホンマに良かったと俺は思てるで?」

 

「それは俺も同じですよ。冴島さんに会えて本当に良かったっす。喧嘩の修行も見てもらえましたし」

 

実際、千冬さんや一夏と別れたあの時から1ヶ月ちょいしか経ってねぇが俺はあん時より大分強くなったって自信がある。

それは一重に冴島さんの修行と、そしてヤマオロシと戦ったことが大きい。

冴島さんは極道だけど、人として尊敬できる人だった。

世話になった人への感謝の心を忘れず、子供や老人にも優しく接する。

なんて言うか……そう、その辺の代紋担いでるだけで粋がってるヤツがチンピラなら、冴島さんは『本物の極道』かな?

義理人情を重んじる昔気質の古いタイプの極道だと思う。

まぁ、そっちの方が粋がってるだけのチンピラより全然カッコイイけどな。

 

「……なぁ、ゲンちゃん」

 

「?なんですか、冴島さん?」

 

と、そんな事を考えていたら冴島さんが凄え真剣な顔で俺を見つめてきた。

俺はその雰囲気が真面目なモンだと思い、姿勢を正して冴島さんと正面から向き合う。

 

「何度も言うようやけど、お前は俺の命の恩人や……あんな馬鹿でかいヤマオロシ相手にしても怯まず、見ず知らずの俺の命を必死に救ってくれて……感謝しかあらへん……ホンマにありがとうな」

 

「冴島さん……」

 

冴島さんはそう言って俺に頭を下げてくる。

冴島さん程の強い極道が、高々15のガキに頭を下げる、それは本気で俺に感謝しているからだと思う。

どんな相手でも、世話になった筋は通す人だからな。

やっぱ凄えよ冴島さんは。

 

「今、俺にはやらなアカンことがある……恩を返さんうちに別れるのは申し訳ないと思っとる。せやけど……」

 

ここで冴島さんは言葉を区切って頭を上げ、俺と視線を交わす。

 

「絶対にこの恩は忘れへん。またいつか、必ず会おう……それまで、元気でな?」

 

そう言って冴島さんは微笑んだ。

俺は冴島さんのその言葉をしっかりと胸に刻み、冴島さんに頭を下げる。

 

「くれぐれも、気をつけて下さい。それと、また会いましょう!!それまでお元気で!!」

 

「あぁ……お前も、IS学園で頑張るんやで。……ほなな」

 

「――はいッ!!」

 

冴島さんの言葉に返事を返して再び顔をあげ、俺と視線を交わした冴島さんは力強い笑みを浮かべたまま振り返り、カバンを持って空港の入り口へ向かって行く。

俺は冴島さんが入り口に入って完全に見えなくなるまで、そこで見送っていた。

……あなたがどんな想いを背負ってるか、それは分かりませんが……無事で帰ってきて下さいよ、冴島さん。

 

「さて……帰りますか」

 

冴島さんが空港へ入ったのを確認した俺は、再びイントルーダーに跨ってキーを廻す。

 

目指すは今日からの寝床となる懐かしきあのアパートだ。

明日はIS学園で入学試験を受けることになっている。

それをあのお姉さんからあのブ厚い参考書を貰った後に聞かされた時は軽く絶望したが、俺と一夏は特例中の特例。

筆記試験は免除した上での実技試験のみになってる。

どのみち俺達はどうあがいてもIS学園に入学しなきゃいけねえから実際は通過儀礼みてえなモンだろ。

一夏はもう終わってるらしいから、明日は俺一人で試験を受ける。

まぁ、一夏に会うのは入学式になるだろう。

俺のIS適正発覚のニュースはまだ世間に公表されてないし、一夏はまだ知らない筈だ。

サプライズで驚かしてから俺のありったけの気持ち(主に怒りとか怒りとか怒りとか)をプレゼントしてやろう。

 

そんな黒い事を考えながら、俺は自宅への道のりを走り出す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ドルルルルォオオン……キキッ。

 

 

「さて、と……あそこがIS学園への直通道路か?」

 

時間は跳んで次の日の昼。

俺は今、IS学園行きのモノレールの最終駅までバイクで来ていた。

IS学園はその性質上、ISを専門として扱う上に各国のISについて学びたいって少女が通うエリート校だ。

つまりは世界各国から多種多様な人が集まる。

そんな国際色豊かな上に広さが要るIS学園を日本の敷地内に建てられるワケもなく、建てられた先は孤島の上。

しかもテロリスト対策も兼ねて孤島が丸々一個学園の敷地になってるという豪華絢爛な学園だ。

そんなセキュリティ万全のIS学園へのアクセスは大きく分けて2つある。

 

1つは学園の生徒や来賓客が使うモノレール。

 

これは自宅通学や休日の外室時に一般的に使われるルート。

もう1つは、IS学園への直通道路。

モノレールの線路に隣接するように奔っている1本の道路だが、コッチは主に業者のトラックや車での出勤教師が使っている。

他には車を使わなきゃいけねえ政府の高官とかも使っているらしい。

まぁ、全部あのお姉さんからの受け売りだがな。

 

「えーっとぉ?検問は……おっ、あそこだな」

 

駅の周りを見渡すと、駅の入り口外れに小さな建物と、そこに座って窓口に顔を出してる職員の姿があった。

俺は入り口までバイクで進んでいく。

 

ドドドドドドドドドド……キキィッ、ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

建物の傍にバイクを停車させ、アイドリング状態のまま俺は窓口に声を掛ける。

 

「すいませーん」

 

「あっ、はーい……どういった御用でしょうか?」

 

しかし俺を見た途端、職員の女の人は顔を怪訝なものに変えていく。

まぁIS学園に男が、しかもバイクに乗って来るなんて事はまずないだろうからな。

そんな顔になるのも頷けるし、加えて俺の服装も理由の1つだろう。

学園の制服でも無く、政府のお偉いさんが着てる様なスーツでも無い。

まず上半身は焦げ茶色のジャケットで背中には黒色で象形文字の様な不死鳥が描かれている。

爺ちゃんの会社の塗装担当のお姉さんが作ってくれた一品で、背中の不死鳥はポンティアック社の『ファイヤーバードトランザム』に描かれていたマークだ。

下は紺色のダボついたジーパン。

靴は茶色の革靴。

インナーは白の半袖シャツ1枚で、シルバーチェーンのネックレスを下げている。

ネックレスのトップには3センチ弱のクラウン(王冠)をご用意しました。

腕時計はシルバーのジルコニア製カスタムでビシッと決めている。

 

うん、やりすぎた♡

 

いくら今日は制服じゃなくてもいいからって、自由にしすぎたな。

とりあえず反省は後廻しにして、職員さんに『アレ』を渡しますか。

 

「あっ、すいません。俺はこーゆーモンです」

 

俺はポケットの財布から、先日政府のお姉さんから受け取った『パス』を窓口に置く。

それを受け取った職員のお姉さんは、さっきまでの怪訝な顔から焦る様な顔つきに変わっていく。

俺が渡したのは、政府が出した『俺がIS操縦者だと示すパス』だ。

今日IS学園に行くときに出すように言われてたから、多分向こうも話は聞いてるんだろう。

 

「し、失礼しました。鍋島元次さんですね?お話は伺ってますので、どうぞ」

 

職員さんが手元のディスプレイを操作すると、目の前のゲートがせり上がった。

よし、これで行けるな。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「い、いえ。学園まで、お気をつけて下さい」

 

俺が職員さんにお礼を言うと、職員さんも頭を下げて言葉を返してくれたので、俺はゲートを潜ってIS学園を目指す。

さぁ、とっとと実技試験とやらを終わらせますか。

どぉせたいした事はしねえだろ。

なんせ俺はまだ起動出来るって事が解っただけなんだしよ。

 

俺はそんな風に軽く考えながらアクセルを廻す。

 

バルルルルォォオオオオオオ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後で思い返せば、これがフラグだったんだろう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ドルルルルォオオン……キキッ。

 

「ここが……IS学園か」

 

クルージングすること15分、俺はIS学園の正面入り口に着いた。

着いたことは着いたんだが……。

 

「……広すぎだろ、こりゃあ」

 

そう、広すぎるんだ。

正面玄関から後ろにそびえ立つ建物まで、とにかくデカイ。

もうこっからどう行ったらいいか全然わかんねぇ。

勝手に一人で歩き回りゃ迷子は確実だ。

俺はバイクをアイドリング状態のままスタンドを立てて降りる。

 

「さあて、確か迎えが来るって話しだったな……どこに?」

 

政府のお姉さんの話では、校門からは学園の教師が迎えに来てくれるって話しだった筈……なんだがねぇ。

 

「ん~……人っ子1人いねぇんですけど?」

 

そう、俺のいる玄関前には誰一人として人影が見えない。

ここに来るまでの間にすれ違った人間もいなかったから、行き違いになったなんてこたぁねぇはずだ。

ってことは向こうがまだ来てないって事になる。

 

「……とりあえず、待ちますか」

 

ここから動いたら迷子になりかねないと判断した俺は、先方の教師が来るまで待つことにした。

そのまま玄関を見ていた視線を外して、バイクの横まで歩いて戻る。

 

「……ん?」

 

だが、その途中で奇妙な感覚を感じた。

野生のヤマオロシと闘った事で鍛えられた感覚が、何かを訴えてるように思える。

その奇妙な感覚に従って集中してみると……。

 

「なんだ?……視線……か?」

 

俺が感じたのは、誰かが向けてくる視線のようなものだった。

それも1つや2つじゃなく、結構な数の視線を感じる。

だが、それはヤマオロシの様な野生の動物が放つ獲物を狙う視線とは程遠いものでよく解らない。

しかも、別に悪意とか敵意がある視線ってわけじゃ無いのでどぉしたものかと首を捻る。

 

「ッ!?(バッ!!)」

 

だがその時、とんでもなく強烈に攻撃的な感覚を感じ、俺の感覚が鳴らす警報に従って咄嗟に身体を屈める。

 

ビュオンッ!!

 

すると頭上を、とても鋭い風切り音を出しながらナニカが通過した。

俺の頭があった位置を薙ぎ払う様に軌道を描いていたのがチラッと見える。

これは『蹴り』かッ!?

 

「らぁッ!!(ブオォンッ!!)」

 

俺は反射的に後ろに向かって、屈めた身体をバネの様に伸ばし、振り向き様に裏拳アッパーを繰り出す。

振り向いた俺の視線の端には、黒のスーツに身を包む女性の姿があったが、振り上げた腕が重なって顔が見えねえ。

おいおい!?なんだかわかんねぇけどこの女ヤベエぞ!?

俺に気付かれずに接近して攻撃を繰り出すなんて、千冬さんレベルの実力者と見て間違いねぇだろう。

 

「フッ!!」

 

しかも俺が繰り出したアッパーを、身体を後ろに下げるだけで避けやがった。

こりゃガチで相当気合入れてかからねぇとマズイな。

俺は女が離れて間合いが空いた隙にファイティングポーズをとって、襲撃者の顔を見る。

まったく、よくもいきなり不意打ちカマしてくれたなこのアマ……あっるえ?

俺の目の前に佇むのは、不敵な笑みを浮かべたクールビューティーを思わせる女性……っていうか『世界最強のブリュンヒルデ』。

 

「……フン、別れてからたった1ヶ月で、随分と強くなったじゃないか。驚いたぞ?」

 

狼を思わせる鋭い目つきの中に、見る者を魅了するような圧倒的カリスマを瞳に宿した美しい女性。

世の中の女性達が羨望を寄せる極上のプロポーションを黒スーツに包んだ『出来る女』を体現した御方。

 

「元気にしていた様だな……元次」

 

っていうか千冬さん……千冬さん!?

 

「……ハァァアアアアアアアアッ!?ち、ちちちち千冬さんんんんんッ!?」

 

え!?いやちょ!?待って待って待って!?

何故にここに千冬さんがおるとよ!?

余りにも予想外な事態に俺の脳みそはパニック状態。

ワケがわからず困惑してしまった。

そんな風に慌てる俺を、千冬さんはニヤニヤと笑いながら眺めてる。

所謂、「してやったり」みてぇな顔で。

 

「え!?いやえーと!?お、おかしいぞ!?なんで千冬さんがここにいんの!?これは夢か!?イッツアドリーム!?」

 

「どれだけ私がここに居る事が予想外なんだお前……」

 

目の前の千冬さんは呆れた表情を浮かべていたが、でもそんなの関係ねぇ!!

 

「は!?そうか解ったぞ!!これは夢だ!!千冬さんに会いたいと願う俺の強すぎる願望が見せる夢――」

 

「あ、会いたッ!?ば、ばばばばばば馬鹿者!!お、お落ち着かんかぁ!!」

 

ゴォズウゥウン!!

 

「おっづぁん!!?」

 

思考がパニックに陥った無防備な俺に振り下ろされる拳骨、そして鳴り響く豪快な破砕音。

い、痛てぇぇええええ!?

これは正しく、本物の千冬さんの鉄拳!!ゆ、夢じゃねぇのかよ。

千冬さんの制裁によって地面にひれ伏した俺が顔をあげると、視界には肩ではー、はー、と息をする真っ赤な千冬さんの姿が。

あー、今俺、夢の中で会いたいと願う願望がうんたらかんたら言ってたよなぁ……うわ、恥ずかし。

自分の台詞を思い返して、俺も顔が赤くなる。

そのまま少しばかり気まずい空気が流れるが、いつまでも地面に寝ているわけにゃいかないので、俺は服を叩きながら起き上がる。

 

「あー、痛たたた……えーっとぉ……お、お久しぶりっす。千冬さん」

 

「あ、あぁ……久しぶりだな……げ、元気にしていたか?」

 

「え、ええ。ぼちぼちとやってます……」

 

「そ、そうか……あー、ん、んん!!と、とりあえず、だ。そのバイクを持って着いて来い」

 

「あっ、は、はい」

 

何やらぎこちない会話を繰り広げた俺と千冬さんだったが、咳払いをした千冬さんの言葉通りに、俺はバイクのエンジンを切って自分で押す。

俺が動ける様になったのを確認した千冬さんは校舎に向かって歩き出したので、俺はその後ろに着いて行く。

 

「……完成したんだな。そのバイク」

 

そうして歩いていると、前を歩く千冬さんが声をかけてきた。

 

「はい。苦節5年、やっとこの『イントルーダー』に乗れるようになりました」

 

「そうか……お前は小学生の時から、ずっと頑張って作っていたな……まぁ、なんだ……おめでとう」

 

千冬さんは俺に向き直って、笑顔でコイツの完成を祝福してくれた。

その笑顔につられて、俺も顔が綻ぶ。

 

「はい。ありがとうございます」

 

そのまま二人で歩いていき、駐輪場の一角にバイクを止めて、千冬さんと一緒に玄関を潜った。

校舎の中を迷い無く進む千冬さんを見て、俺は一つの疑問が仮説に変わっていった。

 

「まさか千冬さんって……」

 

「まぁ、ここまでくれば、大体は察しがついてるだろう?」

 

「やっぱり千冬さんは、このIS学園の教師って事っすか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

千冬さんは俺の言葉に軽く相槌を打ちながら答える。

俺の目の前を歩く千冬さんの服装は仕事帰りにいつも着ていた黒のスーツ。

そして、迷い無く校舎の中を歩く姿。

つまりはこの学校の関係者、もしくは教師が千冬さんの仕事ってことになる。

まぁ考えてみりゃ納得がいくわな。

千冬さん程ISを教える上で適した人物はそうはいねぇし。

束さん?あの人がどうでもいいと考えてるその辺の人に物を教えるとでも?

しっかし千冬さんが先生かぁ……長年の疑問が解けて良かったぜ。

あれ?ってことは……。

 

「じゃあ一夏も、もう千冬さんの事知ってるんすか?」

 

一夏は俺より先にIS学園の試験を受けてる。

当然千冬さんの事を知ってるモンだと思ったので質問してみたが……。

 

「いや、アイツはまだ知らない。アイツの試験の時は、私は顔を出してないからな」

 

返ってきた答えは予想と違った。

まぁ別に俺が困ることじゃねぇしいいか。

多分、アイツは俺の登場と千冬さんの登場で二重で驚くことになんだろう。

そんな事を考えている俺だったが、実はさっきから少々居心地が悪かったりする。

それは……。

 

「……」

 

『ね、あれがあの鍋島君よ』

 

『あれが『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』……ヤダッ♪写真より断然男前じゃない♪』

 

『さっき上から見てたけど、織斑先生の不意打ちの蹴りを避けて反撃してたわ』

 

『う、うそッ?織斑先生の攻撃を避けたの?やっぱり他の男より強いんだぁ……じゅるり』

 

『山田先生も可哀相ねぇ、せっかく愛しの王子様が来たのに、今日に限って出張だなんて……』

 

『アタシ、声かけちゃおうっかな♪』

 

『でも、織斑先生が傍にいるし……チャンスは一人になった時ね』

 

『ちょっと、抜け駆けは禁止よ』

 

なんかすれ違う教師の皆さんが俺を見てひそひそと何かを喋ってる。

オマケに熱い視線のオプション付きで、こんな視線浴び続けたら溶けちまうぜ。

チラッと視線を送ってみると、何やらニコニコしながら小さく手を振ってくるではないか。

その笑顔はどんな意味合いが込められてるんでしょうか?

 

「……やっぱ男のIS操縦者ってだけで珍しいからっすか?この視線は……あれ?」

 

「……」

 

「ち、千冬さん?」

 

視線に耐えられなくなってきた俺は、前を歩く千冬さんに声を掛けたんだが……俺に視線を返す千冬さんは不機嫌MAXな表情。

ヤクザも真っ青な厳しい視線、というかガンを俺に飛ばしてらっしゃる。

あ、あれ~?俺って何かした?メンチ切られる様な罪は身に覚えありませんよ?

 

「……ふん、なんでもない」

 

いや、絶対何かあるでしょ。

 

「……それにしても、一夏に続いてお前までISを動かすとはな」

 

千冬さんは話題を変えるように俺に別の話を振ってきてくだすった。

とりあえずこの熱視線と千冬さんの不機嫌な視線から逃れたかった俺は、千冬さんの出してきた話題に乗っかる事にした。

 

「そ、そうっすね。なんか束さんも解らないって言ってたっす」

 

「何?……お前、束に会ったのか?」

 

どうやら俺は一発目でロシアンルーレットの弾に当たっちまったらしい。

俺の言葉に反応した千冬さんの表情は更に不機嫌さを増して120パーセントって感じになった。

なして!?今の会話に不機嫌になる要素は皆無でしょ!?

目の前におわす千冬さんは歩を止めて俺を見、いや睨んでらっしゃる。

「早く答えろやコラ」と言わんばかりの視線だ。

 

「は、はい。束さんが俺を政府から庇ってくれたんで、そのお礼に鹿鍋をご馳走した時に聞きました」

 

「……ほぉ?」

 

轟ッ!!!

 

俺が束さんに会った経緯を話すと千冬さんの体から途轍もない瘴気が湧き上がり、不機嫌、いや怒り1000パーセント達成。

目指せ1000パーセント♪じゃねえ!?

何でこんなに千冬さんは不機嫌つうか怒り状態なわけさ!?

 

「そうか……鹿鍋、かぁ……それは羨ましいなぁ♪」

 

(お前が真耶を助けた事で新たな恋敵が学園中に蔓延するわ、お前との関係を根堀り葉堀り聞かれるわという状況の中、お前は束と『2人っきり』で楽しく鍋を突いていた、と?……ふ、不負腐)

 

千冬さんはそう呟いて、見惚れるような笑顔を浮かべる。

只、瞳にハイライトは一切入っちゃいなかったけどね。

なんで千冬さんがこんなに怖いかはわかんねえけど、一個だけ、一個だけ解る。

 

 

 

俺殺される。

 

 

 

そのままハイライトの消えた笑顔の千冬さんに連れられて、俺は校舎の奥に進んでいく。

正直、生きた心地がしなかったぜ。

その後、なんやかんやいろいろあって今俺の目の前に居るのは……。

 

 

 

 

 

「さぁ、殺ろうか♪準備はいいな元次♪」

 

 

 

 

広いアリーナで日本の量産型ISである打鉄を装備したイイ笑顔のブリュンヒルデ。

ぶっちゃけ千冬さん(絶賛闇モード)です☆

 

 

 

そして相対するは、同じく量産機の打鉄を装備した無名のルーキー。

はい、俺っちこと鍋島元次です♪

 

 

 

すいません冴島さん、俺は先に逝く事になりそうです。

 

 

「っていうか何で千冬さんがいんの!?試験って動作確認とかじゃねぇんすか!?」

 

「何を言ってる?れっきとした動作確認だぞ?――実戦形式のな♪」

 

「それなんて無理ゲー!?」

 

入試で世界最強と対戦とかドンだけレベル高けえんだよIS学園!?

マジで他の生徒さんが凄く思えるぜ。

俺と千冬さん以外にも、アリーナの観客席には教師の方々が座って俺達、いや正確には俺を見てた。

って本気でガチンコ勝負すんのかよ!?

依然イイ笑顔を浮かべる千冬さんの手元には、既にポン刀が装備されている。

確か量子変換された武器だったと思う、参考書に載ってたな。

 

「さぁ……始めるぞ……これより、鍋島元次の実技試験を開始する!!」

 

その言葉と同時にシグナルが鳴り響き、千冬さんは身を屈めて大地を猛スピードで滑走して俺に突撃してくる。

ええい!!こうなりゃやってやんよ!!

俺は投げやりに覚悟を決めて打鉄の手を肩と水平に上げて構えを取り、千冬さんの刀のみに全神経を集中する。

ISはマルチフォームパワードスーツってヤツで、平たく言や人間の手足の延長、鎧みてぇなモンだ。

もちろん足は浮遊してるから、そっくりそのままいつもと同じ動きができるってワケじゃねぇ。

 

だが、近い動きは出来る。

 

後はパイロットの身体能力や経験なんかも重要らしい。

千冬さんは呼び出した刀を肩に担いだ形で構えながら、左肩でタックルするような体勢で突撃してくる。

俺はその場から動かずに、右足を目一杯下げて攻撃に備えるだけだ。

そして、千冬さんの射程距離に入った瞬間。

 

「ハァッ!!(ブオンッ!!)」

 

気合一閃。

 

肩に担いだ刀を袈裟懸けに振り下ろして俺の胸辺りを薙ぐ様な軌道を描く。

よし!!予想通り!!

集中力を限界まで引き上げた状態で刀のみを観てた俺には、刀の描く軌道が辛うじて解っていた。

俺は千冬さんの刀が俺の射程距離に入った瞬間。

 

「だらぁあああッ!!(ズガンッ!!)」

 

広げていた両手を力の限り引き戻して、拳で刀を挟み込む。

これぞ冴島さんとの喧嘩修行で会得した真剣白羽取りの拳バージョンだ。

 

「なッ!?」

 

まさか避けるでもなく当たるでもなく、受け止められるとは千冬さんも思ってなかったんだろう。

驚愕に目を見開いて、僅かに動きが止まる。

おっし!!ここだ!!

目の前に転がり込んできたチャンスに、俺は後ろに下げていた右足を千冬さんの突撃で掛けられた力に逆らわず。

 

「どぅおりゃあああああッ!!(ズドォォオンッ!!)」

 

「がはッ!?」

 

力の流れに沿って背中を反らし、右足を思いっきり前に突き出すヤクザキックをお見舞いする。

俺が放ったヤクザキックは見事千冬さんのどてっ腹にブチ当たり、千冬さんは苦悶の声を上げて身体が浮き上がった。

 

「くっ!?はぁぁッ!!(ズバァアッ!!!)」

 

「うげっ!?」

 

だが、そこはさすがのブリュンヒルデと呼ばれた千冬さん。

浮き上がった身体を空中で回転させて、今度は逆袈裟切りに刀を振るう。

さすがにそれはかわしきれなかった俺はモロにヒット。

胴体を痛みが襲い、吹き飛ばされる。

 

「うぉおッ!?っと!!(ズザザザザザッ!!)」

 

そのまま地面を仰向けに滑り、勢いの落ちた所で俺は立ち上がる。

あ、あの体勢から反撃するか普通!!?

前に視線を向けると、腹を抑えながら苦しそうな表情を浮かべる千冬さんがいた。

苦しそうな表情なのに目は生き生きランランと輝いていらっしゃいましたがね。

 

「ふふっ……やるじゃないか、元次……こんなに楽しい戦いはモンド・グロッソでもそうは無かったぞ」

 

「俺はもういっぱいいっぱいなんですがね」

 

会話を交わしながらも、俺は注意深く構えを取る。

この試合、勝っても負けても俺はIS学園に入学する事になるが、向こうが真剣ならコッチも真剣にやらねぇとな。

しっかしさすがは千冬さんだぜぇ……引退したってのにその実力、一切の衰え無しだ。

まあ引退したのがかなり早かっただけで、実際は全然若いんだから当たり前っちゃ当たり前だけどな。

 

「さぁ!!続きを始めるぞ!!」

 

そんな会話をしている間に千冬さんは回復しきったようで、さっきまでの苦しそうな表情はどこへやら。

今は生き生きとした表情を浮かべてらっしゃる。

仕方ねぇ、この人相手にどこまでやれるか……いっちょ死ぬ気で逝きますかぁ!!!

俺の方へカッ飛んでくる千冬さんを見据えながら、俺はしっかりとファイティングポーズをとって迎え撃つ体勢に入る。

 

「はぁぁああああああああッ!!」

 

「おぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

互いに気合の雄叫びをあげながら、俺と千冬さんは二度目の接近戦を開始した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「はぁっ……ッ!!はぁっ、はぁっ……ッ!!」

 

「ふぅっ、ふぅっ……どうした?もう終わりか元次?」

 

開始から45分、俺は息が上がりまくってた。

普段では考えられないスピードでの喧嘩、しかもかなりの格上が相手と来れば良く頑張ってる方だと思う。

ISの防御にしてISを使った試合で重要な『シールドエネルギー』は最初の1000から減りまくって、残存65.

千冬さんの方はエネルギー残存数350とまだまだ余裕がある。

こりゃどう足掻いても勝ちは絶望的だな。

 

「はぁっ……無茶言わんで下さいよ……げほっ、こちとら今日がISの搭乗初体験なんすよ?できれば初体験はもう少し優しくリードして――」

 

「もし、違う意味合いで言ってるなら切り落とすぞ?」

 

「すんませんしたッ!?」

 

やたらと眩しい笑顔を浮かべる千冬さんに「どこを?」なんて聞けなかった。

何故ならこの人には殺ると言ったら殺る……『スゴ味』があるから!!

 

「まったく(もう少しムードというものを考えろ馬鹿も――ち、違う!!時と場所を考えろ!!馬鹿者が!!)」

 

なんだいなんだい!!場を和ませようとした小粋なジョークじゃねぇか!!?

さて、どうしたもんか……俺の体力、シールドエネルギーは共に枯渇寸前。

対して千冬さんは体力、シールドエネルギー共に余裕がある。

俺がまだ使っていない手札と言えば……1つ。

 

千冬さんと同じ武器はあるんだが……どうやって取り出すんだコレ?

 

そう、俺の乗ってる打鉄にも千冬さんが呼び出したポン刀がインストールされてる。

しかも2本あるんだが……取り出し方がわかんねえ。

千冬さんは刀を鞘から抜くような動作をしてる最中に、粒子が集まって刀の形を形成していた。

俺も似たような手順で腕を振って見たが、まったく出てこない。

それこそ粒子の影すら出なかった。

それについて考えたかったが、千冬さんの苛烈な攻撃を捌いたり反撃したりで手一杯だったせいでまったく考えていなかった。

だが、今この瞬間は千冬さんが俺の言葉に応えてくれたので、多少頭を働かせる余裕が生まれた。

 

外見の手順は真似たが駄目……なら……イメージもいるのか?

 

馬鹿馬鹿しいが、頭を軽くよぎった仮説にいっちょ賭けてみますか。

どうせエネルギーはほぼ残ってねぇんだし。

俺は手の平を見つめながら、ポン刀を抜き出すイメージを頭の中で思い浮かべる。

すると――。

 

「……ん?……ッ!?……ビンゴってな……」

 

俺の手に今までは影も形も見せなかった粒子が漂った。

だが、その光景に驚いてしまい、頭の中のイメージを消してしまう。

すると、粒子はまた消えてしまった。

だが、コツは掴む事ができたぜ。

後はぶっつけ本番。

 

体力もシールドもねぇなら……玉砕覚悟で逝きますか。

 

「……千冬さん、次が俺の最後の攻撃です」

 

俺の言葉と、引き締めた表情に千冬さんも又表情を引き締める。

 

「そうか……確かにそのエネルギー残量ではそうなるな……いいだろう。来い!!」

 

千冬さんは声を張り上げて刀を居合いの様に持ち直して構える。

対する俺は右腕を左肩の辺りまで持ち上げるだけだ。

俺の初めてする構えに千冬さんは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべるが、直ぐに表情を真面目なモノに変える。

 

「すぅ……おぉぉおおおおおおッ!!」

 

俺は雄叫びをあげながら千冬さんに向かってスラスターに火を入れて突進する。

千冬さんは突進する俺を見据えたまま、油断無く刀を握りこんで、俺を待ち受けていた。

俺は突進している間に、頭の中でイメージを固める。

 

「おぉおおおッ!!」

 

思え!!この右手には刀が握られていて――。

 

俺と千冬さんの距離が縮まり、後少しで千冬さんの刀の射程距離に入る。

その段階で、俺の右手には粒子が漂い始めていた。

 

――後は鞘から思いっきり!!

 

「はぁぁあああああッ!!(シュバッ!!)」

 

そして、遂に千冬さんの刀が居合いの型から抜刀される。

抜き出された刀は爆発的なスピードで弧を描き、このままのスピードで突進すれば成す術も無く斬られるだけだ。

だが、それは俺の『得物』が間に合わなかった時の話。

 

「(引き抜く!!)おぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

ズバァッ!!

 

ギリッギリのタイミングで、俺の刀は間に合った。

右腕に漂っていた粒子は形を成し、一振りの日本刀が手に納まる。

イメージと連動して振りぬいた右腕と刀は、そのまま千冬さんの刀と軌道を交差して。

 

バキィィイイイイイイイッ!!

 

戦場に、鉄を断ち切る様な甲高い音が響いた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

……カラン……。

 

 

一瞬の静寂の後、金属の落ちる音がアリーナに響く。

落ちたのは刀の切っ先の部分……その先端がアリーナの地面に刺さっていた。

 

折れた刀……それは、千冬さんの刀だった。

俺の呼んだ刀と違って、千冬さんは最初から刀を展開して闘っていた。

そして、俺が攻撃をする時に千冬さんは避けきれない攻撃を刀で受けたり逸らしたりしてきた。

つまりは刀の耐久性が極端に低くなっていたってわけで、俺の呼び出した新品の刀の斬撃には耐え切れなかったんだろう。

俺には一夏や箒、千冬さんと違って剣道の経験は無い。

ファイトスタイル完全に拳だからな。

だからさっきの俺の斬撃はそこらのチンピラの様なモンだった。

それでも打ち勝てたのは、一重に剣の耐久度のせいだと解る。

これで勝負はついた。

 

「……俺の負けっすね」

 

「……」

 

俺の言葉に、千冬さんは何も答えてくれなかった。

そう、勝負は俺の負けだ。

刀の勝負は打ち勝った……でも、それだけだ。

俺の斬撃は千冬さんの肩を抉っただけに終わり、まだ千冬さんのエネルギーは120もある。

対して俺の残存エネルギーは11、奇跡的にちょっとだけ残った。

あと一撃貰えばそれで俺の負け。

ちくしょ~悔しいぜ。

 

「……まったく」

 

だが、俺の言葉に千冬さんが返してきたのは……苦笑と「しょうがないヤツだ」みたいな台詞だった。

え?何が?何がしょうがないんすか?もしかして負けたのが?むしろ千冬さんに勝てって方が鬼なり。

 

「元次。私は言った筈だぞ?『実戦形式の動作確認』だとな」

 

「え?……えぇ?」

 

千冬さんの言ってる事が解らずに俺は生返事を返してしまう。

 

「これは只の試験であって、勝負では無い……だから『勝敗の決め方』も違う」

 

「……ゑ?」

 

千冬さんはそれだけ言うと、アリーナの観客席に目を向ける。

俺もそれにつられて観客席に目を向けると……。

 

『『『『『『……』』』』』』

 

なにやら呆けた表情を浮かべる教師陣の皆さんがいらっしゃったぜ。

口が半開きのポカーン状態でぽけっとしてる。

女性が浮かべるにゃあんまりイイ表情じゃねぇな。

 

『柴田先生』

 

『……え?あっ!?は、はい!!』

 

と、ここで千冬さんが観客席に向かってオープンチャネルって名前の無線を飛ばした。

その声に反応して、一人の女性職員がハッとした感じで立ち上がってマイクを握る。

なにやらその先生は……大人の色気ムンムンですたい。

 

『しょ、勝者!!鍋島元次!!』

 

そして、立ち上がった先生のアナウンスに、俺は耳を疑った。

……え?お、俺の勝ち?

 

「な、なんでっすか!?」

 

「コレは試験だと言っただろう?だから勝敗の基準は『判定』になり、私の刀が折れた時点で『お前が私の武器を破壊した』という事でお前の判定勝ちとなる」

 

千冬さんはそれだけ言って言葉を切ると「私もヤキが回ったか」とか言ってるけど……納得いかねぇ。

どう考えたってこの試合は俺の負けだ。

こんなモン勝ちでもなんでもねぇよ……でも言わない。

だって言ったらまた再戦なんて事になりかねねぇし、俺はバトルジャンキーじゃねぇっす。

もう千冬さんとのバトルなんてこりごりだぜ。

 

「まぁなんにしても、だ。これにてお前の実技試験は終了となる」

 

千冬さんはそう言って腰に手を当てて俺を見てくるが……俺は千冬さんを直視できずにいた。

いやね?最初こそ千冬さんの雰囲気がヤバかったり、喧嘩に集中してて気付かなかったんだが……ISスーツってエロいね☆

特に千冬さんのようなナイスバディな女性が腰に手を当てて腰をくねらせるポーズをとると、目のやり場に困りMAX。

 

「……?おいどうした元次?なぜ私から目を背ける?」

 

俺が視線を合わせないのを怪訝に思ったのか、千冬さんは目を細めながら俺に近づいてくる。

やめて!?そんな格好で近づかないで!?

 

「い、いや!?な、なななな何でもないッスよ!?」

 

「あからさまに怪しいぞ。何だ?人の話を聞く時は人に目を合わせんか馬鹿者」

 

千冬さんは全く気付いてないのか、はたまた気にしてないのか、俺に無防備に近づいて俺を下から見上げてくる。

し、しかも胸を突き出すように腰を曲げてるから余計に強調されてまんがな!!?

 

「いや!?だからその!?そ、そんな格好で近づかんで下さいって!!俺だって男なんですから!!……あ゛」

 

言ってから気付いた。

あ、これ絶対ボコられるって。

 

「何?……ッ!?(バッ!!)」

 

そして俺の言葉でやっと自分がどう見られているのか気付いたのか、千冬さんは自分の身体を隠す様に手を身体に当てる。

千冬さんのお顔は既に真っ赤っ赤に染まってた。

 

「こ、このッ……このッ!!(プルプル)」

 

そして千冬さんはプルプルと震えながら、折れた刀を突き出すように構え、てちょっと待って!!?

 

「お、落ち着いて千冬さん!!もう終わりでしょ!?もう試験は終わったんでしょ!?」

 

俺の必死の制止も空しく。

 

「この――助平がぁああああああああああッ!!(ヒュボッ!!)」

 

「お待ちを(ズドンッ!!)おぶげがばっ!?」

 

真っ赤に染まったお顔の千冬さんが繰り出した地獄突き(刀バージョン)が深々と俺の喉元に刺さった。

マジで痛えよちくしょう。

 

 

 

暫くの間アリーナでは、喉元を抑えてもがき苦しむ俺と真っ赤な顔で蒸気を吹き上げる千冬さんの二人が見られたとさ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

久しぶりだな、兄弟

 

 

春。

 

それは麗らかな季節であり、出会いと別れの季節でもある。

冬眠していた動物達は厳しい冬を乗り越え野を闊歩し、樹木は次世代の生命を生み出し、己自身を彩る。

俺達人間は苦学を共にした学友と涙ながらに別れ、新たな出会いに胸を躍らせる季節でもある。

 

つまりは、色んな意味で再スタートを切る季節ってヤツだ。

 

そんな再スタートの季節、俺っち事鍋島元次は何をしてるかっつうと……。

 

パアンッ!!!

 

『痛てッ!?……げぇッ!?関羽ッ!?』

 

パアンッ!!!

 

『誰が三国志の英雄か馬鹿者』

 

教室の中から華麗に鳴り響く打撃音と、変わりが無さ過ぎる兄弟分に溜息を吐くのを我慢してる所だ。

 

 

あの恥らう千冬さんに折れた刀の面で地獄突きを喰らってから回復した俺は明日、つまりは今日の入学式についての説明を受けた。

その説明で、俺は今日の入学式に参加しなくていいと千冬さんから言い渡された。

理由としてはまず1つ目に、俺のIS適正発覚のニュースはまだ世間には公表されてない事が要因だということだ。

1人目の一夏は発見されてから直ぐにニュースになったが、そのせいで一夏は日中夜問わずにマスコミに張り付かれる事になり、碌に外出出来なかったそうだ。

俺のIS適正発覚がニュースにならなかったのは、適正検査を受けた学校に政府から圧力が掛かった事と、あのデブのお陰?らしい。

あのデブの手打ちの条件に『俺がIS学園に入学するまでは世間に公表しない』ってのを政府の人が追加してくれてた。

そうしないとまたデブの様なヤツが来たら『俺も爺ちゃんも冴島さんも、今度は手加減しない』って言ったからだろう。

それ聞いてあの喧嘩を見てたお姉さんが顔真っ青にしてたし。

 

2つ目の理由はまぁ……何と言うか……。

俺が千冬さんに2つ目の理由を聞いたらこう返されたよ。

 

『お前は図体がデカイ上に目つきも鋭い。そんな男がニュースに公表されてもいないのにIS学園の入学式に出ていたら、不審者扱いされてもおかしくないだろうが。そんな展開はお前も望んでいないだろう?』

 

……だそうです。

……理由はまぁ、理解はできました……が……納得はいきませんぜ千冬さぁん……ぐすっ。

 

つまりは『お前ゴツイし怖いから入学式出るな。女の子達を脅かすな』ってハブられたです。

こん時ばかりは自分のマッチョな体を恨んだっての畜生。

そんな訳で、俺は入学式に出ずに、入学式の後で校門で合流した千冬さんと共に俺の新しいクラスである『一年一組』に足を運んでいた。

 

『おい元次』

 

『はい?なんすか千冬さん?』

 

その道中に俺は前を歩く千冬さんに声を掛けられたので、それに返事を返す。

 

『その制服、改造したのか?』

 

千冬さんが振り向きながら聞いてきたのは、俺のIS学園の制服だ。

最初に渡された生徒手帳に『IS学園の制服は改造OK』と書いてあったので、俺は貰ったその日に婆ちゃんに改造してもらった。

上半身の制服はそのままノーマルだが、ズボンは足の太さを太くしておりダボっとしている。

USワークパンツみてえにルーズな仕様だ。

後、装飾品の装着もOKと、かなり服装については校則が緩い。

とりあえず首周りだけの短くて太めのシルバーチェーンは首元に着けた。

制服に隠れて見えねえけど、そーゆートコもオシャレしたい年頃なんです。

 

『あ、はい。俺、ピチッとしたズボンとか嫌いなんスよ』

 

ゆったり開放感がある長ズボンが俺の好きなタイプだからな。

 

『そうか……まぁ、なんだ……そこそこ似合ってるぞ』

 

そこそこっすか、随分と手厳しい事で。

まぁ、口に出しゃしませんがね?

 

『へへっ、ありがとうございます。千冬さんに褒められると嬉しいっす』

 

似合わないと言われるより百倍イイね。

結構千冬さんて辛口評価だから、そこそこならイイ線いってると思う。

 

『な、何を嬉しそうにしとるか馬鹿者……あ、あくまでそこそこだ……っと、着いたぞ。ここだ』

 

そんな風に駄弁っていたら、いつの間にか教室まで着いた。

教室の入り口の前で千冬さんから「呼んだら入って来い」って言われて待とうとしたんだが……。

 

『え……っと……織斑一夏です……』

 

教室の中から、懐かしくもあり、数日間分の怒りの矛先である兄弟分の声が聞こえてきたんだ。

どうやら自己紹介の途中らしい。

その声が聞こえた千冬さんは、一夏の自己紹介が終わってから入ろうと扉に掛けていた手を止めたんだが……。

 

『……』

 

何故か名前の後は無言。

教室に沈黙が降臨し、俺と千冬さんが訝しく思っていると……。

 

『えっと……以上です!!』

 

がたたたッ!!!

 

長い沈黙の後、エラク気合の入った声でそう締めくくり、椅子のひっくり返るような音があちこちから鳴りだした。

かくいうコッチもずっこけそうだったぜ。

あ、あの馬鹿野郎は……何を高校デビュー初っ端でやらかしてんだ。

 

「はぁ、まったく……元次、私が呼んだら入って来い」

 

「はぁ……わっかりました、千冬さん」

 

そう言って千冬さんは、手に持ってた出席簿を軽く素振りしながらドアを潜っていった。

そんで最初に戻って、今は一夏の頭に何かが振り落とされた音が三度響いた所だ。

多分さっき素振りしてた出席簿だろうが……千冬さんが振るとあんな音がすんですね、わかります。

さて、宝具SYUSSEKIBOのこたぁ頭の片隅に追いやって……自己紹介、どうしたもんかね?

ここで千冬さんが出て行ったとなりゃ、この後で俺を紹介するのかもしれねえ。

つまりは一夏がブッ壊したこの空気を俺が回復しろって事っすか?

何と言う無茶振り、また俺がアイツのケツを拭くの?罪状追加だなこりゃ(笑)

 

『さてと、諸君。私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物にするのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな』

 

と、千冬さんが先に自己紹介しちゃったよ。

世界最強の後で自己紹介とかハードル上げないで欲しいぜ。

しかも千冬さんらしい自己紹介というか……まさしく暴君に相応しい言動。

しかし、教室には俺が予想してた困惑のざわめきではなく黄色い声援が響いた。

 

『キャ―――――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!』

 

ちょっ!?千冬様ってアンタ……似合いすg、げふんげふん!!

あ、危ねぇ……教室からヤバイ殺気を感じたっス(汗)

 

『ずっとファンでした!』

 

お?ミーハーな子もいるんだな、まぁそれぐらいの理由なら解る。

 

『私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!』

 

ここって世界各国レベルじゃねぇのか?

北九州ならまだ近い気がするんだが。

 

『あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!』

 

やめときなさい、サシでやったら軽く死ねるよ?

まだ命は惜しいだろう?

 

『私、お姉様のためなら死ねます!』

 

コラ最後、命は大事にしろって。親御さん泣くぞ?

キャイキャイと騒ぐ女子達の声が響く中で、千冬さんはかなりうっとおしそうな溜息をつくのが聞こえた。

 

『ハァァ………毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のところにだけ馬鹿者を集中させてるのか?』

 

あらら、千冬さん本気でうっとおしがってら……まぁ、あの人騒がしいのはあんまり好きじゃねぇし、妥当っちゃ妥当か。

だがしかし、千冬さんのうっとおしがる声にも黄色い歓声は鳴り止まない、それどころかよりヒートアップした。

 

『きゃああああああっ!お姉様!もっと叱って!もっと罵って!』

ちょい待てそこ逝くお嬢さん、マゾ公言してんじゃねえ。

『でも時には優しくして!』

鞭と飴か、でも千冬さんは鞭しかくれねえと思うぞ?

『そしてつけあがらないように躾をして~!』

お ま え も か 。

 

一部、不穏な声が聞こえるが……聞かなかった事にしたい。

つうかこんなんばっかかIS学園、俺は3年も身が持つか不安になってきたぞ。

 

『で?挨拶も満足に出来んのか、お前は?』

『い、いや、千冬姉、俺は……』

スパァーンッ!本日三度目の出席簿がお見舞いされる。

千冬さん、身内贔屓しないからってポンポン人の頭を叩いていいもんじゃないと思いますぜ。

一発につき脳細胞2万個は死んだろあの音。

一夏の頭が悪くなる分にゃ一向に構わねぇが鈍感レベルが上がったらどうするんスか。

朴念神の上なんて拝みたくないっす。

ってありゃ?そーいや俺さっきまで「千冬さん」って呼んでたけど怒られなかったな?

 

『織斑先生と呼べ』

『………はい、織斑先生』

 

『え……?織斑くんって、あの千冬様の弟………?』

『親戚とかなのかな……?同じ名字だし、もしかして姉弟だったりして?』

『じゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係して?』

『ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ』

 

お?今のやりとりで何人かは一夏と千冬さんの関係に気付いたみてぇだな。

だが三番目の嬢ちゃんよ、それだと俺が説明つかねぇぞ。

 

『さあ、SHRは終わりだ。……と、言いたいところだが、諸君らにはもう1つ説明しておく事がある』

 

『『『『『?』』』』』

 

ここで千冬さんは凛とした声でSHRの締め括りを宣言しようとしたが、途中で言葉を切って生徒の注意をまた引いた。

やれやれ、やっと俺の出番かね?

 

『先月、全世界で行われた男性のIS適性検査の結果だが……実はもう1人、男性のIS操縦者が見つかっている』

 

『『『『『…………えぇぇぇえええええ!!!?』』』』』

 

千冬さんの宣言に、教室から驚愕の声が上がる。

まぁそりゃ驚くよな、男が一夏1人かと思ったらもう1人いるなんて衝撃ニュースをいきなり聞かされりゃ。

 

『ほ、本当か千冬姉!!?』

 

あ、一夏がまた千冬姉って呼ん……。

 

ズパァァアアン!!!

 

ってなんかさっきまでと打撃音が違う!!?

どんだけレベル上げたの千冬さん!?

一夏も男が1人だけじゃねえって解ってテンション上がってんだよ!?

もう少し手加減してあげた方がいいんじゃねぇっすか!?

 

『ベリィッ!!?』

 

一夏!?お前なんだよその悲鳴は!?ニワトリでもあげねぇぞそんな悲鳴!?

 

『織斑先生と呼べと何度言わせる!!……もう1人の男の事だが、今日までニュースにならなかったのはソイツの入学までの生活の面を考えてのことだ』

 

千冬さんは一夏に怒鳴ったが、その怒声で教室が静かになった隙に俺の事情を説明していく。

ま、まさか教室を静かにするために、一夏を強くブッ叩くとは……恐るべし、千冬さん。

すると、俺の事情を聞き終えた生徒達はひそひそと何かを話し合っている。

扉越しだから良くは聞こえねぇが、まぁ気にしても仕方ねえだろう。

どうせもう直ぐツラを突き合わすんだしな。

 

『ソイツはさっきから扉の前で待っている……入って来い』

 

と、ここでやっと千冬さんからお呼びがかかった。

さあて、行きますか。

俺は服装の乱れを軽くチェックしてから扉に声を掛ける。

 

「失礼します」

 

パシュッ

 

俺の声に反応して目の前の自動ドアが開き、俺は中に足を踏み入れる。

扉は俺の背より若干小さく設計されていたので俺は頭を軽く下げて扉を潜る。

よっしゃ、俺の高校デビューの自己紹介だ、一夏みてぇにポカやんねぇようにしねぇとな。

 

「よっと…………え?」

 

だが、扉を潜って教室に入った俺は、目の前に広がる光景に間抜けな声を上げてしまった。

俺が教室に入ってから視界に入ったのはまず教卓、教師が使う机。

だがそれは別に問題じゃねえ、あっても不思議なモンじゃねぇからな、むしろ無いほうが不自然だ。

そして、その教壇の左手、俺から見て教室の手前側にいる何やら不機嫌そうな千冬さんも……問題っちゃ問題だが今は別にいい。

 

扉を潜って最初に視界に飛び込んできたのは……。

 

 

 

「お、おおお久しぶりででです!!げ、元次さん!!!わ、私の事、覚えて……ます……か?」

 

鮮やかな緑色のショートカットの髪を揺らし、レモンイエローのワンピースを着て、ちょっとサイズが大きいメガネを掛けた女の子。

去年の冬に町中でチンピラ共に絡まれてた少女……俺を上目遣いに見上げてくる、真耶ちゃんの赤く染まったプリティーフェイスだった。

 

うん、あの日と同じでどもりまくってるね……じゃあなくて!!?

 

「……え?えぇ?えええええ!!!?ま、ま、まま、真耶ちゃん!!?」

 

な、なんで真耶ちゃんがここに!?どぉなってんだ!!?

一体全体なにがどう化学反応を起こしてこんなワケ分かんねえ状況に!!?

余りにも突然すぎる再会にテンパッた俺は声を大きくして反応してしまう。

だが俺の傍にいた真耶ちゃんはそんな大声も気にした様子は無く、頬を赤く染めたままに可愛らしい笑顔を浮かべる。

 

「ッ!?はい!!お、覚えててくれたんですね!?また元次さんにお会いできて嬉しいです!!わ、私!!ずっと元次さんにお礼をしたかったんです!!」

 

「は!?え!?お、お礼って何だ!?」

 

その余りにも嬉しそうな表情に俺は今がSHRということも、自己紹介の前ということも完全に頭からスッポ抜けて真耶ちゃんに聞き返してしまう。

どうにもここ数日、毎日が驚きの連続で俺の心臓が持ちそうにありませんや。

 

「あ、あの時!!元次さんが私を変な人達から守ってくれた事です!!相手は3人もいたのに、たった1人で私を助けに割って入ってくれた事のお礼ですよ!!私、ちゃんと元次さんにお礼をしたくて、ずっと元次さんを探していたんです!!」

 

「は、はぁ!?ず、ずっとって……まさか真耶ちゃん、あの商店街を?」

 

「そ、そうです!!ずっとあの商店街の辺りで元次さんを探してました!!」

 

「……Holy Shit」

 

俺の問いに、真耶ちゃんは瞳を潤わせながら答えてくれた。

その答えを聞いて、俺は悪態をつきながら額に手の平を当てる。

おいおい待ってくれ、ずっとってまさか……き、去年の12月からずっと俺を探してたのか!?

俺があの商店街を通ったのは、偶々近くのATMに寄ったからであって普段はあの商店街に足を運んだりはしていなかった。

つまりはあの寒い季節の中、真耶ちゃんは1人で当ても無く俺を探し回っていたってことだ。

なんてこった、女の子にそんな事させちまうなんて……ってちょい待て?

 

「あ、あのなぁ……真耶ちゃん?俺はあん時言った筈だぜ?『真耶ちゃんを駅まで送らせてくれりゃ、それが充分お礼代わりになる』ってよ」

 

俺の呆れながらの問いに、真耶ちゃんは首をブンブンと音が鳴りそうな勢いで横に振る。

 

「あ、あんなのお礼になんてなってません!!だって、私が駅までまた変な人に絡まれないようにって元次さんが守ってくれた事がお礼になんてなったりしないじゃないですか!!」

 

「おいおい……意外と頑固なのね、真耶ちゃんって」

 

今度は頬をハムスターのようにぷっくりと膨らましながら声を張り上げてくる真耶ちゃんに、俺は溜息を吐いちまう。

なんつうか……俺としてはお礼なんて別にイイんだがな……なんせもう充分『受け取ってる』しよ。

俺がそんな事を考えていると、真耶ちゃんは頬を萎ませて俺をしっかりと見つめてくる。

 

「だ、だからですね元次さん?……ち、ちゃんと、私のお礼を受け取ってください!!」

 

真耶ちゃんはそう言いながら、俺の両手を握って上目遣いで見てくる。

だからもう充分受け取ってるんだって、そんなしっかり見つめないでくれ、可愛いすぎるぞ真耶ちゃん。

ううぅ、コレ『言わないと』わかっちゃくれねぇよな……仕方ねぇ、か。

俺はこれから言う恥ずかしい台詞に覚悟を決めて真耶ちゃんと視線を交える。

 

「あ~、その……な?……真耶ちゃん?」

 

「はい!!なんですか!?どんなお礼がいいですか!?」

 

俺の問いに、真耶ちゃんは瞳を輝かせながら聞き返してくる。

なんか「私!!どんな事でも頑張ります!!」って感じだ。

なんせ瞳からキラキラと星が出てるように見えるし。

悪いけどその期待にゃ応えてあげらんねぇぞ?

 

「あ~……お礼ならよ、もうさっき受け取ったぜ?」

 

「……はぇ?」

 

俺の言葉に真耶ちゃんは呆けた声と、ポカンとした表情を浮かべる。

よし、この隙に言い切っちまおう。

 

「あん時、俺はこうも言った筈だ。『俺が守った真耶ちゃんの可愛らしい笑顔が、曇らずに済むならそれでいい』……ってよ?」

 

「ふ、ふえぇッ!!?……あ、ああぁぅうぅ~(ぷしゅ~)」

 

俺の言葉を聞いた真耶ちゃんは顔から煙を噴きながら、あの日と同じ様に可愛らしい声を上げて押し黙る。

だぁぁあああああああ!!?クッソ恥ずいぃぃいいいいいいい!!!

多分、俺の顔は今かなり赤くなってると思う。

なんせさっきから顔が熱いのなんのってな事になってるし。

 

「さ、さっき見せてくれた真耶ちゃんの笑顔は……ま、まままぁ、曇って無かったし……その、なんだ。……か、可愛かったし……よ…」

 

「あ……あぁぁ……ひぅ……(ぼぉーーーーッ!!!)」

 

ドンドンと畳み掛ける様に紡がれる俺の気障過ぎる言葉に、真耶ちゃんの顔のボルテージもガンガン上がっていく。

さっきまでヤカンみてぇに煙吹いてた顔が、今や蒸気機関車になってるからな。

俺も顔の血管が弾けそうですたい。

 

「だ、だからまぁ、な?俺としてはもう充分なわけよ……俺は本当に、真耶ちゃんから礼を貰いたくて助けたってわけじゃねぇんだ……なのに、さっきの笑顔まで見せてもらって、その上で礼なんざせびろうモンならバチが当たっちまう」

 

「……」

 

「と、とゆーわけで、この話はもう終わりだ。……悪いがそれで納得してくれねぇか……な?」

 

お、おし!!全部言い切った!!もうコレで恥ずかしい台詞は打ち止め!!もう出ません!!

伝えたい事を伝え切った俺は、真耶ちゃんからの返事を待ってたんだが……。

 

 

 

「……ひゃぃ」

 

 

 

返ってきたのは、なんとも呂律の回っていない、気の抜けた返事だった。

なんか俺を見つめる瞳は蕩けてる上に、顔の赤さは増すばかりの表情を浮かべてらっしゃる。

おいマジでどーすりゃいいんだこの状況。

もう恥ずかしすぎてブッ飛びそうなんだよ、いっそのこと誰か俺を殺してくれ。

 

 

とか何とかアホな事を考えていた俺だったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。なら望みどおりにブチ殺してやろう」

 

いきなり背後から聞こえた冷たい声に反応する前に……。

 

ゴキィイイッ!!!!!

 

聞くに堪えない鈍い打撃音と共に、見事な延髄蹴りが俺の首筋にブチ込まれた。

その鮮やか過ぎる荒業に、視界はグラリと横にズレ、俺の身体はよろけて地面に倒れていく。

ってちょい待て!!?

 

ズザァアアアッ!!!

 

「痛ってえええええええええええ!!!??」

 

なんとか地面に倒れ込む前に足を踏ん張って、蹴られた首に手を当てながら蹴りをカマされた背後に視線を向ける。

そこには綺麗なポーズで大人の女を思わせる黒いストッキングに包まれた美脚を上げたまま静止してる千冬さんが。

あ、なんだ延髄蹴りじゃなくて廻し蹴りですか……ってちょっとぉ!?

 

「あだだだだ!!?い、いきなり何をカマしてくれるんすか千冬さん!!?俺じゃなかったら死んでますよ!!?」

 

そりゃもう惚れ惚れするぐらい綺麗に入ったからね!?

俺じゃなかったら確実にポックリ昇天、貴女堀の中にブチ込まれてますよ!?

 

「何だ生きてたか?殺すつもりで蹴ったんだが」

 

「確信犯!!?」

 

俺の抗議も何のその、やたら怖い目つきで俺を睨んでくる千冬さん。

しかも殺すつもりとは恐れ入るぜ、後どうやって俺の心メトリーしたんです?

それといつまでそのポーズでいらっしゃるんでしょうか?黒に包まれたピンクが……俺からは丸見えです。

やべっ、鼻血出そうって今度は後ろから殺気が!!?

慌てて振り向くと、真耶ちゃんが頬を膨らまして俺を見てますた。

もう顔全体で語ってますね、「いつまで見てるんですか!!!」って。

スンマセン、男は皆こんなモンです。

 

「ふむ、では次は確実に仕留めるか」

 

確実にって何すか!?そんなに俺が嫌いっすか!?さっきまでの優しい千冬さんカンバックッ!!!

背後から響く千冬さんの底冷えする声にもう一度振り返って向き直ると……またもやお美しい脚が迫ってました☆

いつの間に詰めたんすか?空いてた距離。

ってマジでやべえよ!?

迫り来る脚に、俺は急いで、身体全体を蒼い炎で覆うイメージを頭に浮かべる。

そして、千冬さんの蹴りが俺の首元に……。

 

「フンッ!!!(ゴキャアアアアアアアアッ!!!)」

 

さっきより豪快な打撃音を立ててブチ込まれた。

その音に、俺の後ろから『きゃあッ!!?』と、真耶ちゃんの悲鳴が響く。

 

「…?……!?」

 

「い、痛てぇ……ガチで死ぬかと思ったぜ」

 

「げ、元次さん!!?」

 

だが、俺は千冬さんの蹴りを真正面から受けた状態で、依然として立っている。

これぞ冴島さんの使う『猛虎の怒り』の下級バージョン、『猛熊の気位』だ。

ネーミングについてはツッコミ無しで頼む、文句がありゃ冴島さんにどぞ。

この『猛熊の気位』状態の俺は、大抵の攻撃じゃ怯まないんだが……千冬さんの今の蹴りは本気で効いた。

やっぱ冴島さんと同レベルの千冬さんにゃあんま意味ねぇか。

一応、この状態でなら木に括りつけた丸太の振り子の様な突撃は問題なかったんだが……それ以上っすか、千冬さんの蹴りの威力は。

 

「……フン、やたらと頑丈になりおって」

 

俺に蹴りが通じなかった事が不満なのか、千冬さんは鼻息を荒く鳴らして脚を降ろす。

言っときますけど、かなり効きましたからね?

 

「いやいやいや、充分効いてますって……(ゴキゴキッ!!)あたた……つうか千冬さん。なしていきなり蹴りなんすか?」

 

俺は二度も蹴られた首をゴキゴキと鳴らしながら廻しつつ、千冬さんに質問する。

いくらなんでもこんな理不尽な暴力は振らねえ人なんだがな。

すると、千冬さんは腕を組んで、依然として不機嫌な表情で俺を睨む。

 

「何、簡単な話だ。どこぞの図体がデカイ大馬鹿者が『教師』といつまでも乳繰り合っていた事への制裁だ」

 

そう言って千冬さんは俺から視線を外して明後日の方を向く。

図体がデカイ大馬鹿者って……まんま俺を指してますね、わかります。

つうか誰が乳繰り合ってんですか誰が。

『教師』とだなんてそんな背徳的な燃えるシチュは俺としては大歓迎……あん?

 

……『教師』?

 

 

……え?『誰が』?俺がさっき話してた相手が『教師』?

 

 

 

…………ま さ か ?

 

何やらいや~な予感がした俺は、ゆっくりと後ろに視線を向ける。

すると……。

 

「だ、駄目ですよぉ元次さぁん……わ、私と元次さんは『生徒』と『教師』なんですよぉ…だからそういう関係は…… で、でもでも元次さんがそう望むなら私は♪」

 

どうしよう、なんかスゲエ話しかけ辛い事になってるんだが。

千冬さんと話していて少しばかり目を離した隙に、真耶ちゃんは妄想の世界へとダイブしてらっしゃった。

しかもスゲエ嬉しそうに。

俺の目の前には両手で両腕を抱きかかえる様に手を組み、目を瞑ってだらしない顔をしてる真耶ちゃん。

しかもその腕に持ち上げられて真耶ちゃんの胸が強調されて……ってちょい待て!!?

 

(な、なんつーデカさだよ!!?)

 

俺の視線は真耶ちゃんの胸部にある豊かに育った二つのロマンに向かってしまう。

だってだって千冬さんより大きいんだぜ!!?束さんを超えてるんだぜ!!?

しかも真耶ちゃんの服ってば胸元にピンクのフリルがついてるのに谷間が見えるんだぜ!!?

前に会ったときは、かなり大きめのコート羽織ってたから解らなかったのが悔やまれる!!

身長と童顔に似合わな過ぎる至高の塊が目の前にあ。

 

ベキャアァァアアアアアアアッ!!!

 

「あい痛でぇぇええええええええッ!!!??」

 

今度は脳天ですか!!?しかも踵落としですか!!?

宝具SYUSSEKIBOは使わないんすか!!?

『猛熊の気位』を解いていた俺はあまりの痛みに脳天を抑えて蹲ってしまう。

 

「教師のどこに目を向けているかこの馬鹿者!!!(直ぐにデレデレしおって!!そんなに大きい胸がいいのかこの助平が!!……私のISスーツ姿が直視できん等と言ってた癖に!!!)」

 

なんで反対方向向いてたのに解っちゃうんです!!?

的確過ぎて怖えよ!!!?

 

「ふぇッ!!?だ、大丈夫ですか元次さん!!?(サスサス)」

 

「お、おぅ……サンキュな、真耶ちゃん」

 

「い、いえいえ♪」

 

俺の叫びを聞いたせいか、真耶ちゃんは夢の世界から無事帰還。

蹲る俺の傍にしゃがんで頭を撫でてくれる。

あぁ、こっ恥ずいけど真耶ちゃんの手が俺の痛みを癒してくれるぜ……じゃなくて、真耶ちゃんが正気の今の内に聞いておかねぇと。

 

「な、なぁ真耶ちゃん?」

 

「?は、はい。なんですか?」

 

「いやその……真耶ちゃんって『教師』なのか?」

 

俺はてっきり制服が間に合わなかった生徒の1人かと思ったんだが。

俺の質問に真耶ちゃんはきょとんと首を傾げた後、直ぐに得意げな表情を浮かべて。

 

「はい♪私はこの1組の『副担任』です。もし、ISの事で解らない事があったらなんでも聞いて下さいね?なんてったって私は『先生』なんですから!!」

 

真耶ちゃんはそう言って得意げに胸を張る。

止めて、こんな至近距離で胸張らないで、すっげえ気になるから。

……同年代か、下手すりゃ年下だと思ったのは言わないでおこう。

得意げに胸を張る真耶ちゃんの顔を見ながら、俺は前に思った事を心の奥底に厳重にロックする。

 

「……ん、んん!!……げん……鍋島、」

 

と、凄い得意顔な真耶ちゃんを暖かい目で見ていたら、千冬さんからお呼びが掛かった。

しかも名前で呼ぼうとしたのを一度苗字に戻して、だ。

 

「なんすか?千冬さん……じゃねぇや、織斑先生」

 

俺も千冬さんが苗字で呼んだので、同じく苗字で応える。

なんか今更な気がするがな。

 

「(ムッ)……予定が大分狂ったが、まぁいい……さっさと自己紹介を済ませろ」

 

「え?自己紹介って…………あ゛っ」

 

千冬さんの言葉に最初は首を傾げた俺だが、段々とその意味を理解し、変な声を上げてしまう。

 

Q,思い出せ、鍋島元次よ、俺は何処に入ってきたんだ?

 

A,IS学園1年1組の教室。

 

Q,じゃあ何のために教室に入った?

 

A,これから一緒に学ぶ同級生に自己紹介のために。

 

Q,じゃあ今までの行動は?

 

A,全て見られてた。

 

Q,俺の高校1発目の自己紹介は?

 

A,色んな意味でアウト。

 

頭の中で組み上がるパズルの回答は最悪のものであり、俺はギギギッと油の切れたロボットの様な動きで生徒達のいる方へ振り向く。

振り向いた俺の視線の先に映るは……。

 

 

 

 

 

『『『『『『…………(ポカーン)』』』』』』

 

 

 

 

 

もはや顎が外れてるとしか言い様のねぇ淑女の諸君だった。

駄目だこりゃ、完全にヤラかしたぜ☆

しかも列の一番前にいる一夏までもが顎が外れてる。

まぁ俺が来るとは思って無かったんだろう。

しっかし、この状況で自己紹介すりゃいいのか?

さすがに困った俺は横におわす千冬さんに視線を向ける、「助けて下さい」って意味を込めて。

 

「はぁ、まったく……(パァアアンッ!!!)」

 

『『『『『『キャッ!!?(ビクゥッ!!!)』』』』』』

 

俺の視線の意味を理解した千冬さんは教卓を出席簿で叩いて大きな音を出し、生徒を正気に戻す。

その音を聞いて、一夏以外の女子が正気に戻った。

 

「今から鍋島に自己紹介をさせる。全員静かにするように……鍋島」

 

千冬さんは生徒が騒ぐ前に言い切ってコッチに流れを作ってくれた。

俺は視線で千冬さんに感謝を示してから生徒に向き直る。

すると、目が合うのは31人分の視線。

こりゃ確かにキツイな、まぁしっかりと自己紹介しますか。

 

「あ~、とりあえず自己紹介すんぜ。俺の名前は『鍋島元次』だ。こんなナリだが、歳は皆と一緒。さっき千冬さん、じゃねぇや、織斑先生が言った様に俺もISを動かせる。ISに関してはド素人だが、まぁ仲良くしてくれりゃありがてえ。「そこまででいいぞ鍋島」……え?」

 

と、俺が順調に自己紹介を進めていたら、千冬さんからストップが掛かった。

いきなりなんでだ?って思って千冬さんに視線を向けたんだが……何やら、すんごいイイ笑顔を浮かべてらっしゃる。

あっるえ?なんかその笑顔見てると背筋がゾクゾクしてくるんですが?

何そのSッ気たっぷりの笑顔は?

俺が千冬さんの表情に薄ら寒いモノを感じていると、千冬さんは前に進み出て……。

 

「さて、お前達も色々と鍋島に聞きたいことがあるだろう?そこでだ、質問したい者は挙手しろ。鍋島に答えさせよう」

 

とんでもねえ事をおっしゃって下さった。

ってちょい待って!!?

 

「ちょ!?千冬さん!?何言ってんすか!!?」

 

そんなモン聞いてねえんですが!!?

だが、俺の抗議もニヤニヤした顔で受け流し。

 

「何、これぐらいはやっても構わんだろう?お前は自己紹介の大鳥なんだからな」

 

「初耳なんすけど!!?」

 

なんてこった!!?つまりはこっちが言わなくても良かった事を突っ込まれた時は答えにゃならんのか!!?

そんな面倒なこと絶対やらね……。

 

ズババババババババッ!!!!!

 

俺が千冬さんに詰め寄ろうとした瞬間、俺の背後から軍隊張りの速度で挙手の手が綺麗に上がってた。

……一夏と他2人以外、全員手ぇ上げてるよ。

一足遅かった……はぁぁ。

俺は心中で溜息を吐きながら、生徒の方へ向き直る……って何時の間にか真耶ちゃんまで手ぇ上げてるじゃねぇか!!?

 

「ふむ。では、手前の席からいくか」

 

まさかの全員の質問に答えるんですか!?

鬼!!

 

「では、相川から順に質問を」

 

「はい!!あの!!鍋島君は織斑先生とどうゆう関係ですか!?」

 

俺の心中ガン無視で質問コーナーは幕を開けた。

仕方ねぇ、とりあえず答えられる質問は答えて行きますか。

 

「織斑先生とは前に住んでた家が近所でな。良くガキの頃から遊んでもらった」

 

「はーい!!じゃあ、織斑君とも仲良いの!?」

 

「おう、一夏とは幼稚園から中学までの付き合いだ。俺にとっちゃ、血の繋がってねえ兄弟みてえなモンだな」

 

「中学までって、高校は違うトコを受けたの?」

 

「俺の爺ちゃんが兵庫県の方で自動車工場をやっててな。俺が後を継ぐ予定だったから、高校は兵庫県の高校を受けたんだ」

 

「彼女はいる!?」

 

「いねえなぁ」

 

「タイプの女性は!?」

 

「やっぱ優しさのある子だな」

 

「趣味は!?」

 

「音楽鑑賞と料理、それと自動車やバイクの雑誌を読む事だな」

 

「お菓子も作れるの~~~?」

 

なんだあの裾がダボダボの子は?なんか見てると癒されるぜ。

 

「パフェだろーがケーキだろーがドンと来いや」

 

「わ~~い♪じゃあじゃあ、パフェ作って~~~♪」

 

やけにのんびりした喋り方だな。よっしゃ、俺を癒してくれたお礼に、美味しいパフェ作ってやんよ。

 

「任せとけ」

 

「やった~~♪言ってみるもんだね~~♪」

 

さぁ次だ次。

 

「特技はあるんですか!?」

 

「ん~~~、特技っつうか、昔宴会芸でボイスパーカッションを覚えたぜ」

 

ダチ連中には『口の中に楽器が詰まってる』とまで謂われた技だぜ。

 

「聞いてみたい!!聞かせてください!!」

 

「いいぜ。スゥ……~~~♪(解りやすく、赤い配管工のテーマをやる)」

 

『『『『『おぉぉ~~~~~!!!?』』』』』

 

「~~~♪プァプァプァ~~~~ン(レゲエDJのスクラッチエフェクトであるサイレンを鳴らす)ふぅ……こんな感じだ」

 

「すっご~~い!!」

 

「ヒューマンビートボックスってヤツね!!」

 

「じゃあ次次!!織斑先生のキックを受けてたけど、なんで気絶しなかったの!!?」

 

「そりゃあ鍛えてるからな」

 

「身長何センチ!?」

 

「186だ」

 

「じゃあ、体重は!?」

 

「91キロ」

 

「重!?もしかして太ってるの?」

 

「生憎と、体脂肪率は8パーなんだなこれが」

 

『『『『『羨ましい!!!妬ましい!!!』』』』』

 

「じゃあ殆ど筋肉!?」

 

「まぁそうなるな」

 

「はいはいは~い!!山田先生とはどういったご関係!?なんか『助けられた』って言ってたけど!?」

 

「真耶ちゃんか?これはさすがに真耶ちゃんのプライバシーがあんじゃ……」

 

「わ、私はいいですよ元次さん!!」

 

「あ、いいの?ってことらしいが……聞かせろってことね、OKOK。つってもたいした話じゃねぇよ?去年の冬に真耶ちゃんがチンピラに絡まれてたのを助けたってだけだ」

 

「た、たいした事無いなんてありません!!だって元次さん、相手が3人いても怯まずに私を助けてくれたじゃないですか!?す、すす、すすす凄くカッコよかったですぅ!!」

 

「そ、そうか?なんか照れるな……ありがとな、真耶ちゃん」

 

「は、はぃ♪」

 

そんな感じのテンポの良さで質問は大体消化してきたんだが……。

 

「…………ハッ!!?ゲ、ゲゲゲゲゲ、ゲェンンンンンンンンンンッ!!!??」

 

今頃になって一夏が覚醒した。

いくらなんでも遅すぎやしねぇか兄弟?

俺は俺を指差して驚愕の声を上げる一夏に苦笑いを贈ってやる。

 

「よぉ、一夏。久しぶりじゃねぇか」

 

「ひ、久しぶりって!!それよりお前!?その制服は!!?」

 

「見てわからねぇのかよ?俺もIS動かしちまったんだよ」

 

俺の言葉を聞いて、一夏は目を輝かせる。

 

「じ、じゃあ!!お前も一緒にこの学園に通うんだよな!?なぁ!?」

 

「だからそうだって何遍も言ってんじゃねぇか」

 

ホント何回言わせる気だ?痴呆でも始まってんのかよ?

俺の答えをきいた一夏は……涙を流し始めた。

え?なんで?

 

「よ、良かったぁ!!俺、マジで1人で女の子だらけの中でやっていかなきゃならねぇと思うと……すっげえ不安だったから!!」

 

「一夏……」

 

お前、そんなに泣く程不安だったのか……弾辺りが聞いたらキレてくるぞ?

まぁ、泣いてる親友を放置するほど俺は薄情じゃねぇんでな。

 

「それが!!まさかゲンが一緒にこの学園で過ごしてくれるなんて!!頼もしくて泣けてきたぁ!!」

 

一夏は感極まったのか、涙を流しながら俺に向かって走ってきた。

両手を広げてる辺り、ハグをしようとしてるんだろう。

何故か周りの女生徒は「素敵な友情だね!!」とか「ハァハァ……泣いてる一夏君」とか「元次×一夏!!今年の夏は決まりよ!!」とか言ってる。

とりあえず最後の子、後でちっとツラ貸せ。

 

 

 

 

俺はそんな周りの視線を敢えて無視して、俺に走りよってくる一夏に笑顔を浮かべながら……。

 

 

「ゲンーーーッ!!!うぅおぉぉお~~!!これは夢か!?夢なのかーー!?」

 

 

 

 

「ゼィイイッ!!!(ズドゴォオオオンッ!!!)」

 

 

 

 

 

「ぐぼぉあ悪夢ぅぅううううううううッ!!!??」

 

顔面に腰の入ったストレートパンチを見舞った☆

 

『『『『『えぇぇぇぇえええええええええええええええッ!!!???』』』』』

 

周りで見守っていた女生徒から驚愕の声が上がるが、俺はそんなこと知ったこっちゃねえッ!!!

俺は俺のパンチで床にノックダウンした一夏の胸倉を掴み上げて引き起こす。

さあッ!!俺の怒りをしっかりと刻めやゴルア!!!

 

「寝言タレてんじゃねーぞゴルアッ!!!テメエがISを起動しちまったせいで俺まで検査を受ける羽目になるわ、受けたら受けたでISが起動しちまうわ、必死こいて受験した高校は退学扱いになるわ、政府のクソッタレたアホはやって来るわ、千冬さんには殺されかけるわ、テメエは女だけじゃなく俺にまで面倒フラグぶっ立てやがってッ!!なんだ?恨みか?恨みでもあんのか!?それとも喧嘩売ってんのか良い度胸だ買うぞ幾らだごるあああああああああああああああああああッ!!!!」

 

俺は引き起こした一夏をブンブンと振り回しながら怒鳴り散らす。

完全に両足がブラブラと浮いてる一夏は、糸の切れたマリオネットの如くプラプラと揺れるだけだった。

周りの女生徒達は怒れる俺にビビッて近寄ろうとはしない。

 

「…ず……ずびばぜん……です……た……ガクッ」

 

『『『『『織斑君ーーーーーーーーーーーーーッ!!!???』』』』』

 

そして遂に一夏は気絶。

女生徒達から悲鳴が沸き起こる。

まぁなれてない子達からしたらこの光景はショッキング過ぎたか、反省反省☆

 

「はぁ、やれやれ……鍋島、ちゃんと片付けておけよ?」

 

「ういーす」

 

『『『『『織斑先生、手馴れてる!!!??』』』』』

 

「ちゃんと鍋島も手加減して殴っていたからな……よし、お前等!!これでSHRは終了だ。5分後に授業を始める」

 

千冬さんはそう言って教室の扉から出て行った。

後を追う様に真耶ちゃんも教室を出て行き、周りにいた女生徒も慌てた様子で自分の席に着いて教材を準備し始める。

俺は空いていた一夏の隣の席に腰を降ろして、カバンから参考書とノートを取り出す。

一夏?アイツの席に放り投げておいたから、その内目を覚ますんじゃね?

さて、後は千冬さん達が来るのを待つだけだが……。

 

「えへへ~~♪ゲンチ~。パフェ、忘れないでね~?」

 

「任せとけ、ホッペが落ちるぐらい美味いヤツ作ってやんよ」

 

「わ~~い♪パフェパフェ~~♪」

 

俺まだこの子の名前知らねえんだが?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイナスイオン娘と電撃イライラ娘

 

「であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられます。……はい。では、ここまでで質問はありますか?」

 

教卓の横に立ってディスプレイを操作しながら立体映像を解説する真耶ちゃんから、俺達は質問があるか問いかけられる。

だが、誰も質問は無いらしく教室の誰もが挙手しなかった。

まぁこの段階で聞く子はいねえか、俺でも何とか解るレベルだしな。

 

さて、今は1時間目の授業の真っ最中で、ISについての法律などに関して学んでいる。

これは入学前に配られた参考書に書いてあったので俺は問題ないわけだが、ちょいと別の事でアクシデント?が発生してる。

つっても、別に教科書を忘れたとか筆記用具がねえとかってわけじゃねえ。

とゆうか俺に問題が発生したわけでもないんだがな。

あの後、一夏は授業前になんとか目覚めてギリギリのタイミングで千冬さんの制裁を受けずに済んだ。

チッ、運のいい奴め。

その事に大げさに息を吐いて安心していた一夏だったが俺と話しがしたかったのか、俺を見てモヤモヤした表情を浮かべていた。

まぁ、俺としてもダチと話したい事はあったのでとりあえず次の休み時間にでも話をしようと考えていたんだが……。

 

「…(キョロキョロ)……ッ!?……ッ!?」

 

一夏の奴は授業に入ってからいうもの、なんか滅茶苦茶に挙動不審だ。

教科書を見たかと思えば顔を真っ青にして他の子の手元を凝視したり、その視線に気付いた女の子に笑いかけて女の子が顔を赤くし……ちょいコラ?

またか?またなのか?また1人落としたのか?

やめろボケこれ以上は本当に止めてくれギブギブもう無理容量オーバーだって、この学園98パーの人間が女なんだぞ?

こんな場所で何人も女落とすなんて自殺行為は止めてくれ、つうか巻き込まれるコッチの身にもなりやがれ。

 

と、そんな感じで一夏が授業にこれっぽっちも集中してねーのは、横目でチラッと見た俺でも解った。

つまり、それは教卓で授業をしているお二人さんからは俺以上に良く解るわけで……。

 

「織斑君?今までの所でわからない所がありましたか?」

 

「うえッ!?」

 

まぁ、当然の如くお声が掛かった。

余りにも挙動不審過ぎる一夏に、教卓で生き生きと教鞭を振るっていた真耶ちゃんが優しく声を掛ける。

一方で真耶ちゃんから声を掛けられた一夏は素っ頓狂な声を上げて驚いてた。

しかし一体どうしたんだ一夏は?アイツは俺より頭は良いし、アイツのIS適正が発覚したのは俺より2週間も早かった。

だから俺より勉強する時間はあった筈だから、俺と違って今の授業内容ぐれえなら、余裕で解ってると思ってたんだがな?

ちなみに俺はちょいちょいと解らねえ場所はあったが、何とか着いていけてる状態だ。

 

「質問があったら聞いてくださいね?何せ私は先生ですから♪」

 

と、俺が一夏の状況に疑問を浮かべていると、真耶ちゃんはとても柔らかい微笑みを浮かべながら、一夏に声を掛けていた。

しかも胸を張って言うもんだから自己主張の激しい二つの塊が更に主張され、げふんげふんッ!!見てないっすよ千冬さん!?

あ、危ねえ所だった……千冬さんの目つきがかなりヤバかったぜ。

俺が冷や汗を流しながら安堵している横で、真耶ちゃんの微笑を見た一夏は俺とは違う意味で、同じ様に冷や汗をダラダラと流しながら。

 

「……先生」

 

小さく手を上げ、真耶ちゃんに挙手する。

俺はその隣で一夏は何処が解らなかったのか考え、俺に解る問題だったら教えてやろうと……

 

「はい♪織斑君」

 

「殆ど全部、解りません!!」

 

ズガンッ!!

 

「キャッ!?」

 

思っていた所で無駄に元気の良い一夏の発言に驚愕、頭から机にダイブをかました。

あ、あんちくしょうの度肝を抜くコメントのおかげでイイ音がしたぜぇ。

しかも隣の女の子がその音で驚くというオプション付き。

 

「わ、わりぃな。驚かしちまって」

 

俺はぶつけた額を摩りながら驚きの声を上げた女の子に小さい声で謝る。

するとその子は「気にしてないよ」と返してきた上に俺の額まで心配してくれた。

大丈夫、あんぐらいじゃ堪えませんって。

 

「え!?……ぜ、全部ですか?…い、今の段階で解らないっていう人は、どのくらいいますか!?」

 

と、俺が隣の子に謝ってる横で、一夏の台詞に愕然とした真耶ちゃんの声が響いた。

だが誰も手を上げたりはしない、もちろん俺も。

誰も手を上げなかった事に真耶ちゃんは安堵の息をつき、一夏は手を上げない俺を見て信じられないって表情を浮かべた。

おいこらテメエ。いくらなんでも失礼すぎやしねえか?

 

「ゲ、ゲン……お、お前は解るのか?嘘だよな?」

 

って等々聞いてきやがったよコイツ。

そんなに俺が授業に着いていってるのが信じられねえのか、この野郎。

俺は一夏を鼻で笑ってやろうかと思ってたんだが、一夏の言葉に反応したクラスの全員が俺に視線を向けていた。

さすがにこの状況で鼻で笑うだけなんて事はできねえ上に、真耶ちゃんも「わかりますよね!?」って切実な視線を向けてたので、俺は一夏に答えてやることにした。

 

「俺はなんとか着いていけてるぞ……つうかよ一夏?オメーはなんで着いてこれねえんだよ?俺より早くIS適正があるって解ったんなら、俺より勉強する時間はあっただろーが」

 

「うっ、いや……それは……」

 

俺の問いに一夏は顔色を更に悪くして押し黙っちまった。

一体どうしたってんだ?まさかマスコミのせいで碌に勉強出来なかったのか?

 

「……織斑。入学前の参考書は読んだか?」

 

その一夏の様子に怪訝なものを感じたのか、真耶ちゃんの反対側に控えていた千冬さんが一夏に歩み寄って聞いてきた。

千冬さんは俺にも視線を向けてきたが、俺の机に参考書が出ているのを見つけて視線を再び一夏へ向ける。

 

「え?え~っと……あの、ブ厚いヤツですか?」

 

千冬さんの問いに心当たりがあった様で、一夏は挙手して聞き返す。

 

「そうだ。必読と書いてあったろう?」

 

あぁ、確かに書いてあったね、しかもデカデカと表紙に。

あれを見た爺ちゃんが「大事なモンならちゃんと管理しろ」って、捨てそうになってたのを持ってきてくれたぐれえだ。

まさかあんなモンを間違えて捨てたりし。

 

「電話帳と間違えて捨てました」

 

ズガンッ!!

 

「キャッ!?」

 

スマン、また驚かせちまったな。

まさか予想がドンピシャとは……一夏ェ……。

 

ズパアンッ!!

 

「ギャバンッ!!?」

 

「キャアッ!?」

 

今度は俺じゃねえぞ!?

ってなんだ、一夏が千冬さんに頭ブッ叩かれただけか。

しかし、いつ聞いても惚れ惚れする快音だなぁおい。

その出席簿何で出来てるんです?

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者……後で再発行してやるから、1週間以内に覚えろ。いいな」

 

呆れる千冬さんからの死刑宣告に一夏は顔を青色に変える。

横で聞いてた無関係の俺ですら、その衝撃内容に顔が引き攣っちまったよ。

この、人が軽く殺せる重さを誇る百科事典並の参考書をたった1週間で覚え切れってか?

さすがにこれは一夏に同情しちまったぜ。

 

「い、いや!?1週間であの厚さはちょっと……」

 

げ!?馬鹿、口答えなんてしたら!?

 

「やれと言っている」

 

あ~、一足遅かったか……狼を思わせる鋭いメンチを切りながら、千冬さんは一夏にそう告げる。

まぁ宝具SYUSSEKIBOが火を噴かなかっただけマシだろうよ。

俺なんか絶対出ると思ってたしな。

 

「……はい、やります」

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そう言った兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそう言うものだ」

 

うあちゃあ、こりゃ耳の痛え台詞だな。

確かに最初出てきた『白騎士』は日本に迫ったミサイルを悉く切り落としてたし、ISは一歩間違えば兵器にもなりえるんだよな。

その辺は車やバイクだって一緒だ。

なんせ『走る凶器』って公認されてるぐらいだしな。

教習所でもその認識だきゃあ口を酸っぱくして何度も説明され、頭に叩き込まれたモンだったぜ。

 

「え、えっと、織斑君?分からないところは授業が終わってから放課後教えて教えてあげますから頑張って、ね?」

 

と、過去の教習所での事を振り返っていると、真耶ちゃんが千冬さんの言葉で撃沈してた一夏に励ましの言葉を送っていた。

その言葉を聞いた一夏は瞳を輝かせて、真耶ちゃんをこの世の救世主みたいな目で見始めた。

まぁ気持ちは解らんでもないがな。

 

「は、はいっ、それじゃまた、放課後お願いします」

 

「はい、頑張りましょう♪」

 

真耶ちゃんはそう言って一夏に微笑みかけると踵を返し……た途中で俺に振り返る。

しかも、なにやら俺を見つめる瞳はそわそわしてるっつーか、何かを期待してるような眼差しだった。

え?何よ真耶ちゃんその眼差しは?

 

「あ、あの。よろしかったら元次さんも織斑君と一緒にいかがですか?」

 

「え?俺も?」

 

「は、はい。さっき織斑君に聞かれた時に、なんとか着いていけてるって言ってましたから……め、迷惑でしたか?」

 

なるほど。しっかりと俺の事まで考えてくれたんだな真耶ちゃん。

なんて優しいんだよ真耶ちゃんってば。

俺は俺を見つめてくる真耶ちゃんから視線を外して考え込む。

さっき一夏に言ったように、俺は今の授業内容でなんとか着いていけるってレベルだ。

たかが30ページと侮っていたが、1ページの内容がかなり濃密で理解が及んでいない所があるのも正直な話だ。

よし、一夏と一緒に教えてもらうか。

 

「いや、迷惑なんかじゃねえよ。真耶ちゃんが大丈夫なら、むしろ俺から頼みてえんだが……」

 

俺の返事を聞いた真耶ちゃんは、瞳をパァッと輝かせて嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「だ、大丈夫ですよ!!1人や2人教えるのも変わりはありませんから!!」

 

「そっか、そんじゃあお願いし「待て、山田先生」、え?」

 

俺が真耶ちゃんにお願いしようとしていたら、何故か教卓の横で控えていた千冬さんから待ったが掛かった。

その言葉に疑問を浮かべた俺真耶ちゃんは、?顔で千冬さんに視線を向ける。

 

「え?な、なんでしょうか?」

 

「イヤなに、山田先生1人に馬鹿共の世話を押し付けるわけにはいかないからな。鍋島は私が受け持とう」

 

どうやら俺には放課後すら気の休まる時間が無いらしい。

千冬さんの個人指導……何やらスパルタンなスメルがするのは気のせいでしょうか?

つうか馬鹿共って……千冬さんの中じゃ俺と一夏はセット扱いですかい。

するとさっきまで嬉しそうな顔をしていた真耶ちゃんは、千冬さんの言葉にワタワタと慌てだした。

 

「い、いえ!?大丈夫ですよ!!そ、それに織斑先生の方が、担任として忙しいんですから、これぐらいは私が……」

 

「担任として忙しい等という理由でクラスを疎かにしていては、私の立つ瀬が無い。スマンが山田先生は織斑を教えてやってくれ、織斑は基礎すら出来ていないからな。基礎の叩き込みなら、私より山田先生の方が適任だ」

 

「あ、あうぅ……わ、わかりましたぁ(あうぅ~、せっかく元次さんと居れると思ったのにぃ~)」

 

千冬さんの正論に真耶ちゃんは項垂れて涙をタパー、と流す。

そ、そんなに俺に教えられなかったのが悲しいのか?

いやまぁ、俺としても真耶ちゃんとの授業は楽しみだったけどね?

そんな真耶ちゃんの姿を見た千冬さんは満足そうに頷いて俺に視線を向けてくる。

 

「とゆう事だ。鍋島。放課後は空けておけ、私が徹底的に叩き込んでやろう」

 

千冬さんはそう言って、クールな……というかSッ気たっぷりな笑みを持って俺を見てくる。

だからなんでそんなにスパルタ思考なんですかい?

優しくして優しく、俺はマゾじゃねえっす。

まぁでも千冬さんもわざわざ忙しい時間を俺のために割いてくれるってんだ。

しっかりと覚えねえと、それこそ千冬さんに失礼ってもんだよな。

 

「わーかりやした。織斑先生、宜しくお願いしまっす」

 

「宜しい……処で、だ」

 

俺が返事を返すと、千冬さんは満足そうに言葉を返してくれたんだが、何やら最後に俺を睨みながら質問を投げかけてきた。

いやちょ?なんすかその怖い視線は!?俺何かした!?ちゃんと返事したよ!?

 

「お前はいつまで、教師を下の名前で、あげくちゃん付けで呼ぶつもりだ?」

 

俺が千冬さんの厳しい視線の意味を図りかねていると、千冬さんはそう言って、更に睨みをキツくしてらっしゃった。

ってしまった!?ま、真耶ちゃんってどうしても年上に見えねえからずっとちゃん付けで呼んだままだった!!

俺はずっとやらかしていた事にやっと気付き、急いで真耶ちゃんに向き直る。

 

「す、すまねえ真耶ちゃ、じゃなくてすいませんっした。山田先生、以後気を付けますんで」

 

俺はちゃんと真耶ちゃんに視線を合わせて、言葉遣いも正し、軽く頭を下げて謝罪する。

ふぅ~、危ねえ危ねえ、千冬さんが注意してくれなきゃ多分ずっと真耶ちゃんって呼んでた自信があるぜ。

これでいいだろ、と思った俺は謝罪するために下げていた頭を上げる。

 

「……むぅ~(ぷぅ~)」

 

「あ、……あれ~?……や、山田先生?」

 

すると何故か頭を上げた俺を出迎えたのは、頬をプックリ膨らませてご立腹顔の真耶ちゃんですた。

あっるえ?なんでさ?ちゃんと敬語使ったぜ?

 

「……なんでもないです(あのまま名前で良かったのに……元次さんの馬鹿)」

 

いや、絶対何かあるだろその視線は?

なんでそんなに非難がましい視線を浴びせてきますかね、真耶ちゃんよ?

馬鹿な俺にも判る様に教えてプリーズ。

 

「では、授業を再開する(なんとかあのままにする事は回避できたか……元次は渡さんぞ、真耶)」

 

そして千冬さんの号令で授業は再開し、その後は滞り無く終わった。

……何故か、授業中の質問に、俺が当てられる回数3割増しになってたけどな。

すっげえニコニコした真耶ちゃんの額に浮かぶ青筋が怖かったです。

 

そんでもって今は休み時間、俺は授業以外はなるべく勉強したくねえので、教材は机の中に仕舞っておく。

すると、休み時間の号令が掛けられて千冬さんが出て行った瞬間、一夏が俺の横に歩いてきた。

なぜか滅茶苦茶嬉しそうに笑ってるし。

 

「いや~!!久しぶりだな、ゲン!!ホントお前が一緒でほっとしたぜ!!」

 

一夏はそう言って俺の机に腰掛けてきた。

まぁ俺もここに男が1人じゃねえのは本気で助かるからな。

一夏の嬉しそうな気持ちも判る。

 

「まぁ、それは俺も同じ気持ちだ。所で一夏、お前もそうだが、他の奴等は元気にしてんのかよ?」

 

「あぁ、俺も弾も数馬も皆元気だよ。弾は相変わらずナンパに精を出してたし……付き合わされる方としては堪ったモンじゃなかったけどな」

 

「あの馬鹿弾も相変わらずか、やれやれだな」

 

俺たちは互いの近況を話して笑いあう。

離れていても変わりの無いダチの様子に、俺は笑顔を浮かべる。

 

「にしてもよぉ、一夏?参考書を捨てるなんて、オメエどんな芸術的プレーだよ」

 

「うぐっ、そ、それを言うなって。さすがにあんなブ厚いのが参考書だなんて夢にも思わなかったんだからよ」

 

俺の呆れながらの言葉に、一夏はそう言って苦い顔をする。

いやいや、大きく必読と書いてあったっての。

さすがにどう考えても電話帳に必読とは書かねえだろうが。

 

「ははっ、まぁ変わりねえようで安心したぜ」

 

「1ヶ月やそこらで変わるワケねえだろ?そう言うゲンは……なんかまた一段とマッチョになってねぇか?」

 

「あ?そうか?あんまり変わってねえと思うがな?」

 

俺は自分の身体を見渡しながら答える。

実力的には1ヶ月でかなりレベルアップしたが、体格はそこまで変わってないと思う。

 

「いや、とゆうかだぞ?千冬姉の本気の蹴り3発も食らってピンピンしてる時点でおかしいからな?1ヶ月前より明らかに頑丈になってんじゃねえか」

 

一夏はそう言いながら、蹴られてもいねえのに青い顔をしながら、自分の首元を摩り始める。

多分想像の中で自分が千冬さんに蹴られたらどうなるか置き換えたんだろう。

しかしだ一夏よ、そりゃ暗に千冬さんの蹴りが人外だと言ってるのと変わらねえからな?

あの人に聞かれたら瞬殺されっぞ?

 

「まぁ、向こうに行ってからも鍛えてたからな。今の俺なら、バイクの40キロぐらいの突進までなら耐えられるぜ?」

 

『猛熊の気位』の時限定の話だがな。

 

「どこまでタフさに磨きをかけるつもりだよ?このアイアンボディめ」

 

何やら呆れた顔をされたが、褒め言葉ドーモ、こちとら頑丈なのが取り柄なんです。

ちなみにこんな心暖まる会話を繰り広げている中で俺と一夏の視線は、教室の外には一切向かっていない。

まぁ、それは何故かっつーと……。

 

『ねぇねぇ、あの2人がISを動かした男子でしょ!?』

 

『しかも1人は千冬様の弟だって』

 

『結構イケメンだよね~!!』

 

『で、もう1人の方がSHRで先生が言ってた2人目の男子よね!?』

 

『うわぁ~!?すっごい逞しい!!』

 

『顔はアイドル系のイケメンってわけじゃなくて、ワイルド系!!男前なイケメンだわ!!』

 

『思いっきり寄り掛かっても、全部受け止めてくれそう……』

 

あんな会話が繰り広げられてる廊下に視線を向ける勇気なんざ俺も一夏も持ち合わせてねえっての。

 

教室と廊下にいる女の子達の、誰か話かけろよ! という雰囲気と抜け駆けすんじゃねぇ! という、相反する雰囲気が混ざり合って結局何もしないということになっている。

さらにISを使える男子は俺ら2人のみ、しかも一夏がISを動かしたというニュースは全世界で放送されたため、知らない人はまずいない。

かくいう俺に関しても、学園内で不審者と勘違いされねーようにという配慮の元、朝のSHRで全学年の全クラスの生徒に話が行き渡ってる。

なので1年だけではなく2,3年の先輩たちも一目俺らを見ようと廊下に押し寄せていた。

そしてその大人数からの好奇心の眼差し、受けている側の俺達としては堪ったモンじゃねえよ。

そんなワケで、俺と一夏は全身全霊で廊下から意識を外してたっつーワケです。

 

「一夏……俺ぁ今、動物園のパンダの気持ちってのがわかったぜ……今ならアイツ等と愚痴も言い合える……」

 

「それは俺も同意だ……はぁ……お前がいなかったらと思うと、正直ゾッとする」

 

しかしまあどれだけ意識から外そうとしても、だ。

やっぱ俺らからでも見える範囲で向けられる好奇の視線を完全に無視するなんて出来るはずもなく、俺らは自分達に突き刺さる視線の数にげんなりする。

弾あたりが聞いたら代われとか良いそうだが、代われるモンなら是非代わってやりてぇな。

正直、どうしていいかわかんねえよ。

 

「ちょっといいか?」

 

「え?」

 

「んあ?……って、おい?」

 

その時、突如横合いから掛けられた声に俺と一夏は声を返すが……俺達が振り向いた先にいたのは、かなり懐かしいヤツだった。

 

「……久しぶりだな、2人とも」

 

凛とした透き通る声で俺達に話しかけてきた少女は、大和撫子を髣髴させる黒髪をポニーテールに結い上げている少女だ。

彼女は、あっちこっちから刺さる女子の視線に参っている俺らを苦笑い気味の表情で見ていた。

 

「箒?」

 

「おー、おー、久しぶりじゃねえか箒?……そういや、なんか見覚えのあるヤツだな~と思ってたら箒だったのか」

 

俺らに声を掛けて来たのは、一夏からすりゃ6年振り、俺からすりゃ2年振りに会う幼馴染、『篠ノ乃箒』だった。

『篠ノ乃箒』、かつて隣近所に住んでいた俺と一夏の幼馴染にして、あの大天才、束さんの妹だ。

束さんみてえな天才と言える頭脳はねえが、類い稀な剣術の才能の持ち主で実家の篠ノ乃流剣術を道場で学んでいた剣道少女。

一夏と同門で剣道を学び、一夏にお熱を上げまくっている乙女でもある。

1時期は引っ越して一夏と離れ離れになった事を束さんを恨む事に矛先を向けていたが、それは俺が解決したから問題無し。

そんな懐かしいプロフィールを頭の中で思い出してると、箒は俺の言葉に呆れた表情を浮かべていた。

 

「一夏は6年振りだからともかくとして、だ……ゲン、お前は2年前に会っておいて私の顔を忘れてたのか?薄情な幼馴染だな」

 

あからさまに肩を落として大げさに溜息を吐く箒だが、それは勘弁して欲しいぜ。

 

「へへっ、悪いな箒、なにせここんとこ驚きの連続でな。休む暇が無くて色々参ってんだよ」

 

俺は手を振りながらケラケラと笑って箒に謝る。

ホント、一夏がIS動かしたり俺までIS動かしたり、千冬さんが教師だったり真耶ちゃんが年上だったりと、イベント盛り沢山でしたよ。

そんな俺の言い訳を聞いた箒は「仕方ないヤツめ」といった苦笑いの表情を浮かべた。

 

「まったく……まぁ良いだろう……そ、それとだ。一夏」

 

ここで箒は俺から視線を外して、一夏に視線を送る。

その頬はちょいと赤みが差してて上気していた。

おっ?さっそくアプローチをかけに行ったか箒のヤツ。

いいぞいいぞ、行け行け押せ押せ箒さん。

 

「え?なんだよ?」

 

「す、少し2人で話がしたいんだが……屋上に行かないか?」

 

何の気無しに返してくる一夏に、箒は感情を荒立てないように、慎重に言葉を選んで一夏を屋上に誘う。

何か、傍から聞いてりゃ「少しツラ貸せやコラ」って喧嘩のお誘いみてえに聞こえちまうよ。

 

「え?だったらゲンも一緒に……」

 

テメッ!?ちったあ空気読みやがれアホンダラァッ!!!

どう考えてもお前だけと話したいから誘って来てんじゃねえか!?

一夏は空気の読めない発言をしながら俺の振り向いて来たので、箒の今の表情は見えてねえが……俺からは丸見えなんだよドアホウッ!!

もうなんか「頑張ったのに駄目でした」って泣きそうな表情になってんじゃねえか!?

これで俺がのこのこ着いて行ったら完全に悪者だってえの!!

 

「俺は良いって。二人だけで行ってきな」

 

俺は今にも泣きそうな表情の箒に向かって苦笑いを送って2人に言葉を返す。

それを聞いた箒は、顔をパアッと輝かせるが……。

 

「なんでだよ?俺達、3人とも幼馴染じゃねえか。3人一緒で話そうぜ?」

 

俺の気を利かせた言葉を台無しにしてくれやがる馬鹿一匹。

だから空気読めっつってんだボケ!!?

俺らは幼馴染だが、箒はお前とはもう一歩進んだ関係を望んでるんだっての!!

俺は脳みそをフル回転させて、この馬鹿が納得する言い分を考える。

 

「……あ~、ほれ。俺と箒は2年前に会ってるからよ。けど、一夏と箒はツラ突き合せんのは6年振りだろ?俺は後で良いから、二人で積もる話でもしてこいや」

 

良し、これなら馬鹿も動くだろ、これで動かなきゃブチのめすだけだが。

俺の言葉に一夏は納得行ってないような表情を浮かべたが、そこはニッコリと笑って拳を見せれば解決。

さっそくにそのジェスチャーの意味を理解した一夏は顔を青くして、箒の手を引いて教室から足早に出て行く。

一夏に手を握られるという突拍子な行動を取られた箒の顔色は熟成リンゴにグレードアップした。

そのまま教室から2人は出て行き、何人かの生徒が一夏達を追って行った……。

 

「……(じ~)」

 

「…oh…早まったか?」

 

しかし、だ。

 

何人かの生徒が一夏達、正確には一夏を追って行ったとは言え、まだ何人かは残っているわけで……その視線の全てが俺にヒット。

さっきよりも辛い状況になっちまった。

次の授業が始まるまで、あと10分弱は時間がある。

つまりはあいつ等が帰って来るまでの間、1人でこの視線に耐えなきゃならねえ……耐え切れっかな?俺?

 

「ねえねえゲンチー」

 

「あ?」

 

と、俺が今置かれてる状況に冷や汗を流していると、さっきの裾ダボダボな女の子が俺に話しかけてきた。

それ自体はありがてえんだが……やべえ、俺この子の名前知らねえぞ……な、何とかなるか?

 

「な、なんだ?」

 

「ん~とねえ~、しののんとゲンチーとおりむーは~知り合いなの~?」

 

裾ダボダボな女の子……略して裾ダボ子さんは、妙に間延びした声で俺に質問してきた。

してきたのはいいんだが、しののんとおりむーとゲンチーって……俺と一夏と箒の事か?

妙なネーミングセンスだな。だが裾ダボ子さんは可愛いから許す。

 

「知り合いっつーか、俺と一夏がガキの頃からの付き合いってのはさっき自己紹介ん時言ったよな?」

 

「うん~。覚えてるよ~」

 

「実はな?ありゃ箒もその1人なんだわ、箒は事情があって小4の時に引っ越しちまったから、箒と一夏は6年振りに再会したってえわけだ」

 

「おぉ~!?衝撃事実だぁ~♪」

 

え?どの辺が?

俺が裾ダボ子さんの発言に首を傾げてると、周りから『幼馴染!?なんて羨ましいポジションを!!』とか『世界で2人だけの男性IS操縦者と幼馴染なんてズルイ!!』だなんて声がザワザワと上がっていた。

そんな外野を見てから視線を戻すと、裾ダボ子さんはニコニコしながら俺を見てるではないか。

こ、今度はなんすか?

 

「えへへ~♪じゃあじゃあ、次の質問行ってみよ~♪」

 

え?次っすか?

 

『『『『『行ってみよー!!』』』』』

 

「って何時の間にか外野全員が視聴者!?」

 

驚愕しながら周りを見渡すと、外野の全員が手を上げてシャウトしてたっす。

なんだこの団結力、ノリがいいな皆。

こ、これがIS学園の生徒……女子パワーってヤツか!?怖えよ!?

既に周りの女子は顔を輝かせてワクワクとした表情をアリアリと浮かべていた。

さすがにこの空気で何も答えないのはKY過ぎるので、俺は色々と諦めて席に着く。

 

「やれやれ……つってもよ、何が聞きてーんだ?俺のプロフィールはさっきの自己紹介で大体答えたトコだぜ?」

 

俺は隣の席に座る裾ダボ子さんに聞き返す。

答えられる範囲なら答えるが、何を答えたら良いか全然解んねえよ。

 

「あ~そだね~……ん~と~、ん~と~……じゃあまずは~……」

 

その後、裾ダボ子さんが聞いてきた質問は多種多様だった。

俺の飯の好みから、一夏の服の趣味とか、とにかく色んな質問だった。

まぁ、その辺はしっかりと答えられたから良かったんだが……。

 

「じゃあ、次で最後~♪」

 

「おう、なんだ?」

 

時間も大分進んで、もうすぐ休憩時間が終わるって頃に、裾ダボ子さんが最後の質問と言ってきた。

今まで遠くから聞くだけだった外野の生徒はというと、今は学年関係無しに俺と裾ダボ子さんを囲むように立っていた。

女子と男子の比率がハンパねえっす。

 

「ゲンチーは~私の名前知ってる~?」

 

「……」

 

どうしよう、最後の最後で答えらんねえ質問きちゃった☆

 

現在の俺、冷や汗ダラダラっす。

 

今までの質問に淀みなく答えていた俺が初めて言葉に詰まった事で確信したのか、周りの女子は『え?ウソ!?』みたいな目で見てらっしゃる。

仕方ねえじゃん!?俺最後に入って来たんだぜ!?誰の自己紹介も聞いてねえんだよ!!

俺が最後に入って来た事を知ってる1組女子は『そういえば……』みたいな事を呟いてた。

やっばい。どうしようこの気まず過ぎる空気。

しかも俺が黙っている時間に比例して、裾ダボ子さんの顔が悲しそうに歪んでいくではないか。

なんだこのヤバすぎる時限爆弾は。

 

「あ~……スマン、俺は自己紹介の最後に入って来たからな……良けりゃ名前……教えてくんねえか?」

 

その沈黙と視線に耐え切れなくなった俺は、諦めて事実を口にする。

引き伸ばしたりしたら更に泥沼になるかもしれねえからな。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってヤツだ。

俺が正直に暴露すると、裾ダボ子さんはにへら~っと笑ってくれた。

 

「うん~♪もし、ゲンチーがウソついたら悲しかったけど~……正直に言ってくれたから~許してあげる~♪」

 

どうしよう、すっげえ良い子がここにいる。

なんて優しいんだ裾ダボ子さん。

この子の笑顔見てるとなんかほっこりした気持ちになってくるぜ……癒し系とはこの事か!?

 

「私の名前は~布仏本音だよ~♪さぁ呼んでみて~♪」

 

裾ダボ子さんはそう言ってワクワクしてるような、期待してるような視線を送ってくる。

 

え?

 

「……の、……のどぼとけ?」

 

『『『『『だああああああッ!!!??』』』』』

 

近い様で遠すぎる間違いに周りの女子がずっこける。

シンクロ率高けえなおい。

 

「ち~が~う~!?の・ほ・と・け!!布仏だよ~!!酷いよゲンチー!!」

 

「わ、悪い!?えらく呼びづれえ苗字だったからよ」

 

「も~!!ば~か~!!(ぺしぺしぺし)」

 

痛恨のミスをやらかした俺に布仏ちゃんのポカポカパンチが見舞われる。

身体に痛みはねえが、涙目で怒ってくる布仏ちゃんの姿に心が締め付けられて、ソッチのダメージが甚大だ。

周りの女子はそんな布仏ちゃんの姿を見て苦笑いを浮かべてた。

うん、今のはカンッペキに俺が悪かったな、これは反論の余地もねえや。

 

「しっかし言いにくい苗字だな……なぁ、のど、ンンッ!!……の、布仏ちゃんよ」

 

「あ~!?またのどぼとけって言いそうだった~!!う~!!ゲンチーのばか~!!(ぺしぺしぺし)」

 

「い、いやホントにすまねえな。でも本気で言い難くてよ」

 

「う~!!う~!!」

 

なんか頬膨らまして睨むような視線で俺を見てくるが……小動物にしか見えねえんですけど?

ああ、もうメンドクセェ。もう名前でいいだろ。

 

「悪いけど苗字は言い辛くてかなわねえからよ、本音ちゃんって名前で呼ばせてもらうわ」

 

「ふえ!!?」

 

俺は面倒くさいと思って簡単な名前で呼んだら、本音ちゃんは変な声を上げた。

ありゃ?なんか驚いてる?もしかして名前で呼ばれた事あんまねえのか?

 

「な、なんだ?もしかして駄目だったか?」

 

「う、ううん……だ、駄目じゃないけどぉ~……うぅ~(お、男の子から名前を呼ばれた事なんて無いから……な、なんか恥ずかしいよ~)」

 

本音ちゃんは何やら百面相をしながら唸り声を上げて悩んでいた。

なんだ?そんなに悩む事なのか?

箒や鈴なんかは名前で良いって言ってたから、別に問題無いと思ったんだが。

何やら周りからは『抜け駆けされた!?』やら『布仏さんって意外と策士!?』って声が聞こえる。

まあ本音ちゃんの苗字は面倒だから無理だわ。

 

「そんじゃあ、これから1年間よろしく頼むぜ?本音ちゃん」

 

「う……うん~……よ、よろしくだよ~。ゲンチー」

 

俺が笑顔で本音ちゃんに言葉を掛けると、本音ちゃんはダボダボの裾で顔を半分隠したまま下から覗き込むように返事してくれた。

な、なんか今の本音ちゃん見てると……こう、保護欲みてえなモンがそそられるっつーか……あぁ、癒されるぜ。

他の女子の何人かも『の、布仏さん……がはあッ!?』とか言って萌えてるしな。

恐るべし本音ちゃんの小動物パワー、真耶ちゃんとイイ勝負してるぜ。

 

そんな感じで本音ちゃんに萌えていると、始業1分前のチャイムが鳴り他クラスの外野は急いで教室から出て行った。

まぁこのクラスの支配者(と書いて担任と読む)は千冬さんだからな。

チャイム無視で喋ってたらアウチだろ。

ウチのクラスの女子も席に着いて教材を準備し始めた。

最初から席に着いていて手暇になった俺は何気なく教室のドアを眺めたんだが、其処にはちょうど箒が帰ってきていた。

俺と視線が合った箒は、俺に小さく頭を下げてくる。

多分2人っきりにしてくれてありがとうとかその辺だろう。

俺は手をヒラヒラ振って「気にすんな」とジェスチャーを送り返す。

箒は俺のジェスチャーを受け取ると、ホクホクとした笑顔で席に戻っていく。

どうやら一夏と楽しく会話できたみてえだな、良かった良かった……ってありゃ?一夏はどうした?

箒1人で戻って来たのが気になった俺は、もう一度教室のドアに視線を向ける。

すると其処には、何やら教室を眺めてボーっとしてる一夏の姿があった。

俺は何やってんだ?と声を掛けようとしたが……。

 

パアンッ!!

 

「とっとと席に着け、織斑」

 

「……御指導ありがとうございます。織斑先生」

 

一夏の後ろから千冬さんが姿見せた時点で諦めた。

薄情?アイツがボーっとしてたのが原因だ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「え!?じゃあゲン!!お前ここまでバイクで来てんのか!?」

 

「おおよ、苦節5年の集大成の相棒で、俺はIS学園まで来てんのさ」

 

「今から5年と言えば……し、小学生の時から作っていたのか!?」

 

「その通り。ガキの頃からコツコツと、爺ちゃんや会社の人にアドバイス貰ってな」

 

「それは……凄いな」

 

「すっげえええッ!!?なぁなぁゲン!!今度俺も乗せてくれよ!?」

 

「いいぜー。風を切る快感が良く解るぞ、ありゃあ」

 

「くうぅー!!楽しみだなあ!!」

 

時間は跳んで今は3時間目授業が終わった後の休み時間。

俺は一夏と箒と一緒に席に座って雑談を楽しんでいた。

さすがに授業以外で参考書は開きたくねえからな。

こういったダチとの雑談も、学校生活には必要なんだよ。

そうして俺達3人は、空白の時間を生めるように談笑に花を咲かせていた。

 

 

 

 

 

だが、この時、俺は忘れていたんだ。

世の中には……。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「え?ああ。何だ?」

 

「あ?」

 

どうしようもなくウザくて……。

 

「まあ、何ですのそのお返事は!?私に話しかけられているだけでも光栄なのですから、それ相当の態度というものがあるのではなくて?」

 

俺のだいっ嫌いなタイプの女が何処にでもいるってのをな。

 

いきなり俺達に話しかけてきた女は、白人系の外国人だった。

席に座る俺達を見る目は、完全にコッチを見下してる目だ。

もうその目を見た瞬間、コイツは俺の嫌いな女だってのが解ったよ。

どうせ、多方今時の女尊男卑の志向に染まりきったアホな女だろう。

女性しかISを使えないからって男を性別だけで見下すアホ。

 

今の言葉も大げさに驚いて俺達を更に見下すためだけに出したんだろう。

 

俺はいきなりコッチを見下してきたアホ女に対して視線がキツくなっていく。

一夏も鈴の一件があったから、この手のアホに対しては少々キツイ所がある。

現に一夏の視線も嫌なモノを見る目に変わったからな。

箒も同じなのか、厳しい視線をアホに向けていた。

全くよぉ、せっかく楽しく喋ってたってのになんでこうなるんだっての。

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし。ゲンは?」

 

「俺は自己紹介の最後に入ってきたんだぞ?こんな奴知ってるわきゃねえだろうが」

 

俺達は互いに確認しあうが、結果は2人とも知らないってオチ。

箒には振らねえぞ?巻き込んだら可哀相だからな。

つうか誰だこのアホは?

だが、金髪は俺達の言葉が気に食わなかったのか、大げさに机を叩いて身を乗り出してきた。

 

「私を知らない!?セシリア・オルコットを!?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこの私を!?」

 

だからさっきから知らねえって言ってんじゃねえかこのアホ、その耳はお飾りかっての。

しっかし、イギリスの代表候補生ねぇ……これが代表候補生かよ。

 

「あ、質問いいか?」

 

と、ここで身を乗り出して捲くし立ててくるアホに一夏が待ったを掛ける。

おいおい、何の質問をする気だよこの馬鹿一夏は?そんな態度とったら調子づくに決まってんじゃねえか。

 

「ふん!!下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

ほら見てみろ、変なポーズとって調子乗り出しやがったよ。

それとテメエ、貴族って言葉を辞書で引き直して意味調べてこいやアホンダラ。

そして一夏は、えらく真剣な表情と雰囲気を佇ませて……。

 

「……代表候補生って何だ?」

 

どんがらがっしゃん!!!

 

トンでもねえ事を言い出しやがった。

俺だけじゃなく、周りで事態を見守っていた女の子達もずっこけた。

あげくの果てには廊下側の女子までも、だ。

質問を許したアホ女まで呆然としてるし。

 

「あ……あ、ああ…」

 

「?あ?」

 

「信じられませんわ!!日本の男性というのは、こうも知識に乏しいものなのかしら!?常識ですわよ!!常識!!」

 

金髪アホはキーキーと喚きながら俺達に食って掛かる。

なんで一夏の野郎はこうも場を引っ掻き廻してくれるんだかな。

つうかコイツと他の奴らを一纏めにすんじゃねえよ。

こんな朴念神が大量にいたら、世界は間違いなく破滅してるっての。

 

「んで?ゲン、代表候補生ってなんだ?」

 

だからなんでここで俺に振るんだボケがあッ!?

見ろ!!お前の性であの腐れアマの視線が俺に向いてきたじゃねえか!!

俺は心中で溜息を吐きながら、一夏の質問の答えを頭の中で呼び出す。

 

「国家代表IS操縦者、その候補生の事だ。解りやすく言えば、千冬さんの優勝したISの世界大会モンド・グロッソに出場してるのが現役の国家代表、んで候補生ってのはそのまんまの意味でその国家代表になるかも知れねえ候補生ってこった」

 

「ほほ~なるほどな。解りやすい説明サンキュー、要するにエリートか」

 

俺の説明に、一夏は納得したようで1人で頷いてる。

まぁ俺も参考書の受け売りなんだがな。

 

「そう!!エリートなのですわ!!」

 

ここで一夏の言葉を耳聡く聞いたアマは得意顔で復活。

そのまんま何処へなりと消えてくれりゃあ良かったものを。

 

「本来なら、わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡のようなもの。その幸運を少しは理解していただけるかしら?」

 

あぁ、俺のアンラッキーを呪うぜ。

テメエみてえな屑アマとクラスを共にしちまったんだからな。

もう良い。耳障りだし正論で黙らせるとしようかね。

また一夏が地雷踏み抜く前によ。

俺は悪な笑みを浮かべて一夏にサインを送る。

これは俺が何かやらかす時のサインだ。

一夏もこのアマには頭に来てたのか、似たような笑みを浮かべて頷いてくれた。

さあて、やりますかね。

 

「そんじゃあ、その代表候補生に1つ聞きてえんだがよぉ、構わねえか?」

 

俺が質問をすると、クソアマは一夏に向けていた視線を俺に向けて鼻息を1つ鳴らした。

 

「はぁ、まったく男という生き物は何度も聞かなくては学習しないのかしら?……ええ、よろしくてよ。私は寛大ですから」

 

クソアマはウザッタイ笑みを浮かべて俺を見下してきやがる。

横に視線を向けると、本音ちゃんが遠目に心配そうな表情を浮かべていたので一夏にしたのと同じ様に悪な笑みを送っておいた。

随分余裕で返事してくれたし、遠慮なくいきますか。

 

 

 

 

「じゃあ聞くがな……テメエは千冬さんよりスゲエ人間なのか?」

 

 

 

 

この時、周囲の音が割れた気がした。

クソアマは俺の言葉に凍りついた様に動かなくなる。

この手のアホにはこういった正論を並べた方が拳より効くだろうしな。

 

「なっ……」

 

「俺と一夏はよぉ、それこそガキの頃から千冬さんを見てきたわけだが、代表候補生になってもあの人はテメエみたいに偉ぶったりはしなかったぜ?それは国家代表になった時も、世界最強になった時もそうだ。人を見下さない、性別で他者を軽んじない。そんな人間として尊敬できるスゲエ人の背中を見続けてきた俺と一夏に、男だからどうたらこうたら言ってるテメエとクラスが一緒になったぐれえで、何をどう幸運だと思えやいいんだ?」

 

「そ、それは……」

 

俺の言葉に、クソアマは言葉が続かずに押し黙る。

まぁ、これは正論中の正論だからな。

 

「大体がだぜ?テメエは全世界の人間が知る様な何かを成し遂げてニュースにでも出たのかよ?そうでなきゃついこの間までISと無関係だった俺と一夏がまだ代表候補生のテメエの事を知ってるわきゃあねえだろう。テレビなんかで紹介されるのは国家代表ぐれえだぞ?……むしろテメエが言うエリートは知られて当たり前ってんなら、一夏や俺みたいに全世界に顔が知られた人間とクラスが一緒になるほうが幸運なんじゃねえのか?確率で言や、60億人のウチのたった2人だぜ?」

 

コイツは俺達が知ってて当たり前みてえに言ってるが国家代表ならいざ知らず、候補生までテレビで紹介された事は一度も無い。

精々が女性向けの雑誌ぐらいなモンだ。

そんなモン俺達が買うわきゃあねえだろうに。

 

『そうだよねえ、まだ国家代表じゃないわけだし』

 

『オルコットさんちょっと自意識過剰すぎるよ』

 

トドメとばかりに周りの女子達からも俺に賛同する声が聞こえてきた。

まぁ、正論しか言ってねえから当たり前だわな。

むしろここでこのクソアマに賛同するのは、性根の腐った同類ぐれえだしな。

 

「まぁ、俺も一夏もアンタ等は俺達と同じクラスになれて幸運です。なんて『戯言』を言うつもりはこれっぽっちもねえからどうでもいいがな」

 

言いたい事を言い終えた俺は、席に座って教材の準備を始める。

始業1分前のチャイムが鳴ったからだ。

隣を見てみると、一夏がスゲエいい笑顔で俺にサムズアップしてた。

一夏もかなり頭に来てたみてえだしな、まぁ俺も大分スッキリしたぜ。

箒は箒で苦笑いしてたがな。

 

「い、言わせておけば……!!」

 

と、俺らが視線でやりとりをしていると、俺の横で棒立ちになってた馬鹿がプルプルと震えながら俺を睨み付けてた。

まぁ、ヤマオロシや冴島さん、千冬さんみてえな本物の強者の睨みには程遠いもので、俺にはどうって事ねえんだが……早く席に着いたほうがいいぞ?

 

「大体あな」

 

ズパアアアアアアアンッ!!!

 

「ひぎっ!!?」

 

あ、遅かったか。

俺を睨み付けてくる馬鹿に、特大の雷が振り下ろされる。

その雷を振り下ろされた馬鹿女は頭を抱えて蹲るが、断罪者は容赦しない。

もちろんその特大の雷を振るった相手は……。

 

「授業時間だ。さっさと席に着け馬鹿者」

 

千冬さんしかいねえよな。

馬鹿女に鉄槌を下した千冬さんは、只それだけ言って馬鹿女に着席を促す。

一夏の時以上の速度で振り下ろされた出席簿の威力がどんなもんかなんて知りたくもねえが、馬鹿女が喋らない辺り相当なモンだろうな。

馬鹿女は何も言う余裕がねえのか、頭を抱えてフラフラと自分の席に帰っていった。

俺は馬鹿女の背中を見るのを途中で止めて、前を見る。

その俺とすれ違う様に千冬さんが教卓へ歩いて行ってたんだが……。

 

「……『人として尊敬できる凄い人』という言葉……う、嬉しかったぞ……元次(ぼそっ)」

 

「いっ!?」

 

俺はすれ違う時に千冬さんが呟いた言葉に、小さくだが驚きの声をあげちまった。

慌てて視線を千冬さんに向けてみると、耳たぶ、いや耳全体が赤くなってた。

……え?何?もしかしてさっきの台詞、全部聞かれてたってワケ?……だああああああああああああッ!!?

滅茶クソ恥ずいんですけどぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!!???

余りの羞恥加減に、俺は顔が赤くなってくのが抑えられなかった。

そのまま授業は始まったが、何故か教卓の上でイイ笑顔を浮かべる真耶ちゃんがスッゴク怖かったです。

何故か俺を見つめ、いや睨んでくるぷっくり顔の本音ちゃんに「生まれてきてごめんなさい」と言いたい気持ちでいっぱいになったぜ。

 

 

 

 

 

ちなみにその4時間目の授業は1時間目と比べて、俺が当てられる回数が5割増しになった事を明記しておく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

同居人は電気ネズミ?

 

「え~っとぉ……成程なぁ。こりゃあ、こうなってんのか……よっしゃ、終わりっと」

 

最後の復習を終えた俺は、筆記用具やノートを片付けてカバンに仕舞い込む。

 

「おい、一夏。俺はもう終わったぞ、オメエはまだかよ?」

 

「え、ええぇっとぉ~……って、えぇ!?も、もう終わったのかよ!?俺まだ半分も終わってねえのに!?」

 

「そりゃあ……ここで予習してるかしてねえかの差が出たなぁ」

 

教科書を詰めたカバンを肩に掛けて立ち上がった俺は、まだ席に座って四苦八苦状態で弱音を吐く一夏に苦笑いを送ってやる。

現在の時刻は放課後、俺と一夏は教室で居残り勉強をしていた。

まだ廊下に女子生徒が陣取ってるけどな。

朝方に約束した勉強会は5時限目が終わった瞬間始まり、俺達は実質6時限目に突入したわけだが……。

 

「うぐぐぐ……い、意味が解らん。なんでこんなにややこしいんだよ」

 

一夏は真耶ちゃんが作ってくれたテキストを開いた状態で頭を抱えて煙を噴出していた。

まぁ何の予備知識もなけりゃそうなるのが当たり前、俺だってそうなってただろうな。

俺は逆にある程度の知識はあったし、解らない箇所も少なかったから直ぐ終わった。

 

「でもよぉ。そのテキスト、大分解りやすく纏めてあんぜ?下手すりゃ参考書より解りやすいと思うぞ」

 

俺は一夏の上から、真耶ちゃんお手製のテキストをざっと見てみる。

要約できるところはかなり簡単に纏めてあるし、重要なところは字の色が変えてあった。

1人のためにこんな解りやすいテキスト作ってくれるなんて、やっぱ真耶ちゃんって優しいなぁとしみじみ思う。

 

「そんな事言われてもなぁ。知識がゼロじゃ厳しいっての……はぁぁ……本当なら山田先生が教えてくれる筈だったのになぁ……職員会議のバカヤロー」

 

「ははっ、仕方ねえよ。何か緊急らしいしな……まぁ、俺は逆に千冬さんの監視が無くなって大分楽だったがよ」

 

なんせ浴びせてくるプレッシャーが半端ねえっす。

俺達は互いに違う意見を言いつつ、視線を教卓に向ける。

そこには、俺と一夏の居残り勉強を指導してくれる筈だった千冬さんと真耶ちゃんの姿は無い。

最後の授業が終わり、俺達が「さぁ、勉強始めよう」って気合を入れた時に、真耶ちゃんと千冬さんは緊急の職員会議に出なければならなくなった。

それで仕方なく、千冬さんと真耶ちゃんは俺達のために作ってくれたテキストを渡して教室を後にした。

そっからは俺達2人して黙々とテキストをやっていたわけだが、一夏は教えてくれる筈の真耶ちゃんが居なくてかなり大変みてえだ。

まぁ俺は千冬さんからのキツイ視線が無くなったのがありがたかったけどな。

いやはや、伸び伸びできるってのぁ良いモンだ……。

 

ズドンッ!!

 

「痛っででェェええええええええええええええええええええええッ!!!???」

 

「うお!?な、なんだどうした!!?」

 

俺のふくらはぎに尋常じゃない痛みがぁぁああああああああッ!!?

そんな事に思考を働かせていたら、いきなり俺のふくらはぎに尋常じゃない痛みが奔った。

俺の叫びを聞いた一夏が切羽詰った声で心配してくれたが、痛みに悶える俺はそれどころじゃなかった。

しかも平たいモノでド突かれるような痛みじゃなく、何か鋭いモンで突き刺すような痛みだ。

俺はいきなり奔った痛みに耐え切れず、ふくらはぎを押さえてピョンピョンと飛び跳ねちまう。

こ、こんな鋭い痛みをいきなり俺に与えてくるのは!?

 

「人の好意を無下に扱うとはいい度胸だな。鍋島」

 

「も……戻ってらしたんですかい織斑先生ぇ……痛てえ~」

 

「だ、大丈夫ですか元次さん!?」

 

やっぱりですかアナタですかチクショー。

ピョンピョンと跳ねながら後ろを振り向いてみると、其処にはローキック気味に脚を突き出した千冬さんがいらっしゃいました。

もう1人の声の主はワタワタと慌てながらも、痛がる俺を心配して下さる真耶ちゃんだった。

目を凝らして良く見てみりゃ千冬さんのヒールの踵部分から煙が上がってるじゃねえっすか。

つまりその先っちょで俺のふくらはぎを突いたってわけっすか、どうりで滅茶苦茶痛えわけだよ。

ってだから俺はマゾじゃねえってばよ千冬さぁぁあん!!!俺にゃ痛みなんぞご褒美にならんわ!!?

 

「痛てて……あ、ありがとうっす、山田先生」

 

「い、いえいえ。でも、大丈夫なんですか?凄い音がなってましたけど……」

 

ふくらはぎを軽く摩りながら、俺は心配してくれた真耶ちゃんに礼を言う。

いくらこの痛みが俺の自業自得とは言え、真耶ちゃんが本気で心配してくれてるのがスッゲエありがたかった。

ほんと優しい人だぜ真耶ちゃん。

 

「だ、大丈夫っすよ。なんてったって俺は」

 

「『サイボーグ並にタフだから』……ですか?」

 

「……あ」

 

不安そうな表情を浮かべて心配してくれる真耶ちゃんに言葉を返そうとしたんだが、俺が言うつもりだったセリフが真耶ちゃんの口から出てきた。

あ~、そっか……初めて会った時も、こんな会話したじゃねえか。

脳内で勝手に納得していると目の前の真耶ちゃんはさっきまでの不安げな顔から一転、クスクスと忍び笑いをしてた。

 

「ふふっ……なんだか、あの時と同じですね」

 

「ははっ、確かに、ね」

 

あの時と同じで、俺と真耶ちゃんは可笑しくなって笑ってしまう……が。

 

「フン……自業自得だ、馬鹿者」

 

此方の御方はヤベエぐらい不機嫌ですはい。

痛みの引いてきた脚をトントンと地面に当てていると、俺に蹴りをプレゼントして下さった千冬さんから追加の叱責が飛んできた。

不機嫌そうな表情でそう吐き捨ててるが、俺には千冬さんの表情が何やら面白くなさそうな感じ、っていうか拗ねているように見える。

まぁいくら怖えからって折角時間を割いて教えてくれるって言ってくれた千冬さんにあの言葉は失礼すぎたよな、反省しねえと。

 

「あ~、その~……すんませんでした。折角教えてくれるって言ってもらったのに、あんな生意気言っちまって」

 

俺は千冬さんに向き直ってしっかりと頭を下げて謝罪する。

今回は全面的に俺に非があるしな。

 

「……分かればいい。で?テキストの内容は終わったのか?筆記用具は片付けてあるが」

 

俺がしっかりと反省してるのが伝わったようで、千冬さんは剣呑とした雰囲気を幾分か和らげて俺に聞いてきた。

もちろん完璧にテキストが終わってる俺は千冬さんの問いに胸を張って答える。

 

「モチのロンっすよ。ちゃんと予習はしてましたんで。それに、織斑先生がわざわざ作ってくれたテキスト、馬鹿な俺でも解り易かったっすから」

 

「ハァ、まったく……調子のいい奴め(パコン)」

 

「へへっ、すいません」

 

俺の胸を張っての答えに千冬さんは苦笑いを浮かべて、軽く小突く様に出席簿で俺を叩いた。

千冬さんの言葉に、俺は後ろ髪を掻きながら謝罪を口にする。

そーいや、俺って出席簿で叩かれたのコレが初めてだな……今まで全部蹴りだったし。

さて、千冬さん達も戻って来たことだし、俺は帰りますか。

まだアパートの荷物整理も終わってねえし。

千冬さんに蹴られた拍子に落っことしたカバンを拾い上げて、俺はもう一度千冬さんに向き直る。

 

「じゃあそーゆーワケで、そろそろ俺は帰りますわ。ほんじゃ一夏、また明日な」

 

「え、ちょ!?待っててくれねえのかよ!?」

 

俺が一夏に別れの挨拶をすると、一夏は何やら悲痛な表情を浮かべて俺を見上げながら、焦った声音で聞いてきた。

まぁ、嫌っちゃ嫌だろうなぁ……ここで俺が帰ったら親しい知り合いは箒と千冬さんだけになるし。

しかも廊下には好奇心の視線を雨あられと降らせてくる女子軍団がわんさと待機中。

うん、この状況に1人になっちまうんだったらそりゃ焦るわな。

 

箒はというとこの学園の剣道部に入ったらしく、初日から遅れるわけにゃ行かねえからって5時限目の授業が終わったら即効で出て行った。

つまり、この学園の寮まで行かねえと会えない状況だ。

俺はバイクでの通学が許可されてるから寮には入る必要はない。

つうか、男の俺にゃ女子寮に住む勇気なんてありまっせぇん!!ハードル高すぎるぜ。

一夏は寮生活を承諾したらしく1週間後には部屋が準備できるので、それまでは俺と同じく自宅通学になってるらしい。

俺も最初はまぁ、部屋が準備できるなら……って考えてたけど、やっぱり住みなれたアパートを選んだ。

女子寮に置いておけない様な、男の子の夜の教科書とかもあるしな。

もし、寮の中に持ち込んだりしたら千冬さんに殺される、間違いなく、弁解の余地無く。

まぁ、何が言いたいかと言うと、だ。俺が居なきゃ一夏は後数時間は肩身の狭い思いをするってこった。

 

「オメエにゃワリィと思ってる……が、家の荷物整理がまだできてねえんだ。だから早く帰りてぇんだよ」

 

寝るだけなら問題ねえとしても、色々片付けたいしな。

音楽CDの整理やら夜の教科書の隠蔽工作やら、やることは山積みだ。

 

「そ、そっか……じゃあ仕方ねえよな。……わかった、また明日な。ゲン」

 

「おう、すまねぇな。じゃあお疲れ~」

 

俺は仕方なさそうに挨拶してくる一夏に返事を返して、教室の扉に向かう。

 

「待て、鍋島。お前にはまだ連絡する事がある」

 

「え?」

 

だが、俺が教室から出る事は叶わなかった。

我が家へ帰ろうとする俺を引き止めたのは、千冬さんだった。

え?何だ、俺に伝える事ってのは?

俺は疑問の表情を浮かべて、背後にいる千冬さんに視線を向けなおした。

 

「何っすか?織斑先生」

 

「あぁ、正確には織斑と鍋島の2人になんだが……」

 

「「……?」」

 

え?俺と一夏の2人に?一体どうしたんだ?

何故か疲れた様な表情を浮かべながら話す千冬さんに、俺と一夏は顔を見合わせて混乱する。

千冬さんの隣りにいる真耶ちゃんも千冬さん程ではねえが、若干疲れた様な雰囲気を纏っていた。

そして、たっぷり10秒間ぐらい沈黙してから。

 

「お前等2人には、今日から学園での寮生活を始めて貰う」

 

何やら不穏なワードを口になされた。

 

「「……ゑ?」」

 

千冬さんの口から出た言葉が余りにも理解不能過ぎた俺は、何ともマヌケな声を出しちまった。

それは一夏も同じだった様で、俺とまったく一緒の声を出してた。

……え?何ですと?「お前等2人には、今日付けで寮生活を始めて貰う」って?

つまり今日から学園で暮らせと?なるほどなるほど……いやいやいやいや!!?おかしくね!!?

 

「……はあっ!?な、何でだよ千冬姉!?俺は寮の部屋が空いてないから、1週間は自宅通学って話じゃ……」

 

ズドンッ!!!

 

「ぴかすッ!!?」

 

俺より先に復活した一夏が千冬さんに質問するが、そんな一夏に無常にも振るわれる宝具SYUSSEKIBO。

その強力な振り下ろしの一撃で一夏は机に頭からダイブし、参考書に熱っついキッスをカマした。

うっわぁ~……痛そ。

殴られた頭を抑えて、震える一夏を尻目に千冬さんはただ一言。

 

「織斑先生だ」

 

呆れた表情を浮かべたままに、それだけ言ってため息を吐く。

……いや、その為だけにブッ叩くのはどうかと思うんすけど……じゃなくて!!?

 

「ど、どどどどーゆう事っすか千冬さん!!?なんで俺が寮生活しなきゃなんねえわけ!?マジでワケわかめなんすけど!?」

 

千冬さんの一撃で沈んだ一夏と入れ替わりで、今度は俺が千冬さんに詰め寄る。

しかも一夏と同じように千冬さんと名前で呼びながら。

 

「俺はバイクでの自宅通学って事になってる筈ですぜ!?何がどうなったら俺が学園の寮に放り込まれる事態になったんすか千冬さんッ!!?」

 

俺の必死な様子での疑問に千冬さんは一夏から俺に視線を変えて、腕を組んで俺に向き直った。

そして向き直った千冬さんの目を見つめながら俺は、何故寮に入らなきゃいけねえのかっていう説明を求める。

いやホント何がどうなってんだよ!?折角政府から直に許可取ったってのに!!

納得のいく説明をプリーズ!!

 

「それは判っている。だが政府からの通達と、先ほどの職員会議でお前の自宅通学は取り消しになった」

 

「はぁ!!?な、何すかそりゃ!?理由はなんなんです!?」

 

「喚くな。今から順を追って説明してやる。だから落ち着け……いいな?」

 

「……わかりました」

 

千冬さんの諭すような優しい声でそう言われ、俺は少しづつ、昂ぶっていた感情を落としていく。

そして、完全にテンションが落ち着いた俺は、もう一度自分の席に戻って話を聞くために腰掛ける。

俺が腰掛けた時には一夏も頭部の痛みが引いてたので、俺と同じように千冬さんに視線を向けていた。

俺と一夏が完全に聞く態勢になったのを確認した千冬さんは1度頷いてから、口を開いた。

 

「まず第一に、お前等2人は『世界で2人だけの男性IS操縦者』だ。これは理解しているな?」

 

「あ、ああ。でもそれがどうしたんだ、ちふ……お、織斑先生」

 

またもや千冬姉と言いかけた一夏だったが、済んでの処で言い直したおかげで制裁は免れたようだ。

そんな一夏の様子を見て、千冬さんは溜息を1つ吐く。

 

「はぁ……いいか、織斑。今言った通り、お前と鍋島は『世界にたった2人しかいない』貴重なケースなんだぞ?その意味が判らんのか?」

 

「え?……え、えぇっと……?」

 

席に着いた俺と一夏に千冬さんが説明してきたのは、俺達2人が『IS操縦者、しかも男性』だという事だけだった。

それを聞いた一夏は首を傾げて考え込むが、考えても千冬さんの言いてえ事が分かんねえのか、更に首を捻って考え始めた。

だが、この時俺には千冬さんの言いてえ事がなんなのか、薄っすらと判り始めた。

 

「……もしかして、俺等の身柄の安全ってヤツっすか?」

 

「そういう事だ。お前にしては珍しく察しが良いな」

 

「す、すごいですね、元次さん。こんな直ぐに話を理解できるなんて」

 

ちょ!?俺にしてはって酷いっす千冬さん!!

それと真耶ちゃん、感心してくれるのは嬉しいけど、俺は一回同じ目に会ってるからわかっただけだぜ。

千冬さんは俺の答えに満足したのか、俺の答えを頷いて肯定してくれた。

まぁこちとら実際に体験してるからこそ判った事なんだがな。

 

「……?どういう事だよゲン?」

 

俺と千冬さんのやり取りを見ていた一夏の純粋な疑問に千冬さんはため息を更に一つ、真耶ちゃんは仕方ありませんよ、と苦笑してた。

一夏はまだ答えに辿り着いてねえようで、傾げていた首を戻して俺に問いかけてきた。

だがそれも仕方ねえだろう、あーゆうのは一度体験しねえとわかんねえモンだかんな。

 

「一夏、俺達は『世界でたった2人しか存在しねえ男性のIS操縦者』ってレッテルが貼られてる。ここまではいいよな?」

 

「ああ。でも、なんでそれが俺達を急いで寮へ入れる理由になるんだ?」

 

「つまり、だ。ISを動かせる男なんて存在は、今の時代が気にいらねえ男連中からすりゃあ、ひょっとしたらこの時代の風潮をブッ壊せるかもしれねえ存在になりえるってこった」

 

「は?……この時代をブッ壊せる?俺とゲンの存在が?」

 

一夏は俺の言葉に更に顔色を混乱させていく。

他の連中からすりゃ、俺と一夏は可能性って名前の宝箱だからな。

まったく有難迷惑な話だぜ。

 

「あぁ、まず第一に俺とオメエがISを動かせる原因ってのは今の所不明、誰にも見当がついてねえ状況だろ?」

 

「そうだな。色々検査したけどわかんねえって話だった」

 

「そこで科学者連中はこう考えるだろうよ。『検査が駄目なら、俺かオメエのどっちかを解剖、実験すりゃ他の男でもISが使えるんじゃね?』ってな」

 

「……」

 

ここでやっと話の全体図が見えてきたのか、一夏は顔を青くして冷や汗を流し始める。

俺が何を言いたいのかを少しづつ理解し始めたんだろう。

 

「でも、だぜ?俺は勿論、お前も進んで解剖だとか実験なんかされたかねえだろ?それに、そんな道徳に喧嘩売るようなマネを政府が公にやる筈もねえ」

 

「あ、当たり前だろ!?それに、そんな事したら政府の支持なんて誰もしなくなるじゃねえか!!」

 

「そう、公にやりゃ政府はそれで終わり。なら非公式にやりゃどうだ?」

 

「……それって……つまり、俺かお前を…」

 

「そーゆう可能性があるってこった。勿論、日本がやるか、他の国がやるか、企業がやるかはわかんねえが、喰らいつく可能性はあるだろうよ。なんせ俺達は『男がISを動かせるかもしれねえ可能性』を持ってんだ。リスクしょってでも、後の事を考えりゃ釣りどころか一財産築けちまうからな。……まぁ、オメエは千冬さんの存在があっから政府も手は出さねえだろうし、俺も束さんが庇ってくれたから、そこまで心配はいらねーんだろうけどよ」

 

俺は寮に強制的に突っ込まれる理由を語って、溜息を吐く。

あ~ったくよぉ~……まぁそーゆう事情なら仕方ねえよな。

このIS学園はどの国からも強制や権力なんかが及ばない、所謂独立国家ってやつだ。

この学園に住めば、俺達の身柄は安全になる。

どこぞの国や企業にちょっかい掛けられる前に放り込んじまえって事かよ。

と、俺がそんな事を考えていると、一夏は表情を難しくしていた。

 

「俺達はギリギリの所に居るって事か……でも、良くあれだけの言葉でわかったな?」

 

まぁ、一夏の疑問も最もだろうよ。

俺は普段、そこまで察し良くはねえしな。

千冬さんと真耶ちゃんも「何で直ぐに分かった?」って視線を俺に向けてるし。

とりあえずタネ明かししとくか。

 

「いや、な……実はよ、俺にIS適正があるってわかった日に、政府の馬鹿が家に来たんだよ。俺を『モルモット』として買い付けにな」

 

「はぁッ!!?な、なんだよそれッ!!?」

 

「えぇッ!?だ、大丈夫だったんですか元次さん!!?」

 

「……何だと?(政府からそんな通達は無かった筈だ……隠蔽されたか)」

 

俺が頬を指でポリポリと掻きながら口にした事実に、真耶ちゃんと一夏は心底驚いた。

まぁ、もしかしたらそうなるかもって事態を既に経験してるんだからな。

驚かれても仕方ねえか。

 

「マジもマジ。政府の高官の1人が俺を自分の出世のために政府に引き渡そうとしやがったんだよ。政府には俺から進んで実験体になる、なんてウソ吐いてな。まぁ頭キて全員ブチのめしたけどな」

 

俺はそのまま続けて3人にあの時のやり取り、大立ち回りを事細かに説明してやった。

だが、最後まで説明すると、さっきまで一夏が浮かべていた怒りの表情は、ご愁傷様って表情に変わったがな。

まぁそう思っても仕方ねえだろうよ、俺と爺ちゃんと冴島さんに物理的に地獄に送られた後で、束さんの怒りを買ったんだからな。

特に一夏は、俺と爺ちゃんと冴島さんという超パワータイプ3人の連携技、『地獄巡りの極み』を聞いた時は身震いしてたし。

 

『地獄巡りの極み』。頭、顔面、金的と連続でダメージを与える究極の極悪技、トコトン男泣かせな技です☆

 

「まぁ、事情は理解できましたよ。でも、着替えとかがねえから、一回家に帰っていいっすよね?」

 

事の経緯が分かった俺は、千冬さんに視線を向けて質問する。

さすがに制服で過ごせなんて言われたら泣きます。

 

「そうだな、じゃあ俺も一緒に……」

 

俺の言葉に追従するように一夏も家に帰る趣旨を千冬さんに伝える。

まぁどうせなら、一夏と一緒に帰るのもアリか。

俺の相棒であるイントルーダーを自慢してえしな、それに乗せてやる約束もしたしちょうどいいだろ。

 

「あっ、いえ織斑君の荷物なら……」

 

「私が用意してやった。有難く思え」

 

だがしかし、千冬さんからは逃げられない。

なんかターミネーターのBGMが流れている気がするのは気のせいだろうか?

しかし千冬さんが?あの家事スキルが壊滅的に不足している千冬さんがかよ。

なんか嫌な予感がするぜ……一夏もなんか嫌な汗が出てるし。

 

「まぁ生活必需品だけだがな、着替えと携帯の充電器があれば十分だろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

そして俺達の嫌な予感は大的中。

一夏は千冬さんから渡されたカバンの軽さに項垂れた。

なんてこった……相変わらず大雑把だな千冬さん、この年頃の男にゃ生活に欠かせない娯楽が山ほどあるってのに。

ドンだけ質素な暮らしになるんだ一夏は……なんか漫画でも持って来てやろう。

着替えと充電器だけなんざ、可哀相すぐるぜ。

 

「鍋島の方の荷物も取りに行ったんだが、開封されていないダンボールばかりだったからな。2箱程開けて見たが、どれも違ったので諦めた」

 

ナイス判断です千冬さん。

アナタなら箱開けて探してたら、中身ブチ撒いちまう所ですやん。

さすがにそれは片付けるのが手間になっちまう。

 

「あぁ、それとだ。鍋島」

 

千冬さんは、なにやら思い出したかのように俺の名前を呼んで、俺の傍に歩んできた。

俺は何を言われるんだろうと考えながら千冬さんの次の言葉をまったんだが……。

 

「ダンボールの中にあった不埒な本とDVDは、全て処分しておいたからな(ぼそっ)」

 

俺の耳元で囁かれたお言葉は、まさかの死刑宣告だった。

 

ってちょぉ!!?

 

「な!!俺の宝に何て事をぉぉおおおおおおお!!!?」

 

酷い!!酷すぎるぜ千冬さん!!貴女には血も涙もないんすか!!?

余りにも非道すぎる千冬さんの仕打ちに、俺は千冬さんに抗議するが……。

 

「あぁ?文句があるのか貴様?」

 

「ありません!!??」

 

速攻で謝罪しましたよ。

アカン、これ以上突っ込んだら本気で殺される。

目が真っ黒に淀んでたし。

 

「言っておくが次は無いぞ……で、これがお前達の部屋のルームキーだ。無くすなよ」

 

千冬さんはポケットから2つの鍵を出して、俺と一夏に差し出してきた。

俺達はそれを受け取って部屋番号を見てみると……。

 

「ハァァ……グッバイ、宝達よ……ん?……あれ?俺は1030で……一夏は1025?……え?1人部屋なんすか?というか俺達それぞれの個室を準備なんて、エライ豪華じゃねっすか?」

 

「あ、ホントだ。てっきりゲンと一緒かと思ってたんですけど? 問題ないんですかそれ?」

 

俺と一夏の鍵番号が違ったので千冬さんに聞いてみると、千冬さんは苦い顔を浮かべた。

良く見ると、真耶ちゃんは何やら心配そうな表情を浮かべてる……え?なんで?

 

「……急遽部屋を用意したが、空きの部屋が存在していなかったのでな……お前達は、それぞれ女子と同部屋になる(元次を寮長室に住まわせたかったが、職員全員から反対されるとは……これ以上女を落としたら……どうしてくれようか?)」

 

「「……ゑ?」」

 

何かまたもや不穏なワードが出たんだけど?

女子と同部屋……え?マジで?

そして千冬さん、何故に俺を睨むんですか?俺聞いただけですよ?

 

「で、でもですね!?1ヶ月あれば調整がつきますので、それまでの辛抱です!!(ホントはそれ以上掛かるけど……元次さんが他の子を落とす前に、何とかして移動させなきゃ!!先輩だけでも強敵すぎなのに、他の職員の皆さんも好意的だし!!)」

 

項垂れる俺達に、真耶ちゃんはそう言って励ましてくれた。

まぁかなり緊急で用意してくれたんだし……贅沢は言えねえよな……ハァ。

 

「それと、何点か注意事項がある。山田先生」

 

そう言うと千冬さんは、傍に控えていた真耶ちゃんに声をかける。

寮で暮らすならそーゆうのはあるか、ちゃんと聞いておこう。

 

「あっ、はい。ええとですね、まず夕食についてですが、夕食は6時から7時寮の1年生用食堂で取って下さい。各部屋にはシャワーがあります。トイレの方はすいませんが、教員用のトイレを使ってください。トイレも調整が済み次第、寮に増設しますので」

 

「ふむふむ……真耶ちゃん、部屋にキッチンとかは?」

 

「それなら、システムキッチンがありますよ。冷蔵庫も電子レンジも、更に更に食器や調理道具まで完備です♪」

 

「ヒュゥ♪そいつぁ気前がいいねえ」

 

それなら同居人への挨拶がてら、何か振舞うとしますか。

 

「後は……えっと、大浴場もありますが、お二人はまだ使用できません」

 

真耶ちゃんは手元のノートを見ながらそう言ってきた。

まぁそりゃ当たり前だわな。

そんな事しちまったら警察でカツ丼もの……。

 

「え?どうしてですか?」

 

おいコラそこの馬鹿たれ、テメエは何を当たり前の事を聞いてんだよ。

なんだそんなにカツ丼食いてぇのか?

一夏のアホ極まる発言に、千冬さんは眉間を揉み解す仕草を見せる。

いやはやお疲れ様です千冬さん。

 

「はぁ……阿呆かお前は、女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「……い!?い、いやいやいやいやそうじゃなくて!?」

 

千冬さんの呆れながらの言葉に、やっと自分の言った事の意味を理解した一夏は首を音がなるぐらいの勢いで横に振る。

頼むからぼーっとして女子風呂に突撃なんて勘弁してくれよ。

色んな意味で喰われちまうぞ?

 

「お、織斑くんっ!女子とお風呂に入りたいんですか!?だっだめですよ!?」

 

ここで一夏の言葉を字面通りに受け取った真耶ちゃんが、顔を真っ赤に染めて一夏に詰め寄った。

そうしたくなる気持ちは良く分かるが……真耶ちゃんって純情だなぁ。

 

「え!?い、いや、入りたくないです!!!」

 

「ええっ!?女の子に興味がないんですか!?それはそれで問題があるような……」

 

ゴメン、それは深読みしすぎだぜ真耶ちゃん。

アナタは一夏を真っ当な道に戻したいんすか?それとも社会的に抹殺したいんすか?

 

ってなんか廊下の女子軍団がキャイキャイと騒ぎ出してるな?一体なんだ?

廊下の女子連中が気になった俺は、耳を凝らして聞き耳を立ててみる。

 

『織斑くん男にしか興味がないのかしら?』

 

『も、もしかして鍋島くんの事が……ゴクリッ』

 

『織斑くんと鍋島くん及び彼らの中学時代の友人関係を徹底的に洗って!!今日中によ!!使える情報源は全部使って!!花屋だろうとホームレスだろうと惜しんじゃダメ!!』

 

あっらあ!?なんか話がヤバイ方向へ行ってるんすけど!?

つうか何時の間にか俺まで巻き込まれてるじゃねえかチクショォォオオオオッ!!!?

おおおい!?後ろのやつ!!変な事考えんな!!

なに携帯取り出して連絡取り合ってんだよおおおおおお!?

 

余りにも手際の良すぎるIS学園の女子に戦慄していると……。

 

「ま、ままままさ、まさか元次さんも!!?ダ、ダメです!!ダメダメダメ元次さんは絶対ダメですよぉ!!?」

 

「なんで俺まで!?巻き込むのやめてくんねえか真耶ちゃん!?」

 

今度は俺に飛び火する始末、どうしてこうなった。

 

何時の間にか俺の前まで移動して、俺の胸元をポカポカと叩いてくる真耶ちゃん。

何でいっつも一夏が何かする度に俺が巻き込まれなくちゃならねえんだよぉぉおおおおお!!?

っていうかこのままじゃ俺ホモ扱い決定!?そ、それだけは回避しなけりゃダメだ!!

 

「お、女の子に興味が無いなんて不潔すぎますぅ!!お願いですからちゃんと女の子を好きになって下さい元次さぁんッ!!」

 

「待って!?何で俺がホモって路線で話が超絶爆走してんの!?俺はノーマルだからね!?真耶ちゃんみてえに可愛い女の子とか千冬さんみてえに綺麗な女の人が好きな普通の男だか……あ゛」

 

「は、はひゃぁぁあああっ!!!???!!?」

 

「ぶっ!?お、おおおおおま、おお前はいきなり何を、何を言い出すかぁぁあああ!!?」

 

「ゲン……何やらかしてんだよお前は……」

 

今度は盛大に俺が自爆。

 

まさかの目の前にいるお2人を例えに出すというお馬鹿アクシデントを披露した。

そして俺の言葉に顔を真っ赤になさる千冬さんと真耶ちゃん。

俺の隣で首を振って呆れる一夏、なんだこの図。

 

『キャーーッ!!?鍋島くん大胆ッ!!』

 

『千冬様と山田先生を同時に口説くなんてッ!?やっぱり見た目通り肉食なのね!?』

 

『肉食どころか『超』肉食よッ!!??きっとあのおっきな腕で捕まえて、動けないのを良い事に好き放題しちゃうんだわッ!!!』

 

『あの大きな身体で覆いかぶさられて……あの逞しい腕で抑えつけられて……そ、そそ、そのまま……ブハァッ!!?』

 

『ちょ!?この子鼻血噴いて倒れた!?メディーックッ!!?』

 

『くけけけけけけけけけけけけけけけッ!!!!』

 

『ちょっとぉぉおおお!!?何かレベル5患者がいるぅぅうううう!!?監督助けてーー!!??!』

 

どうしよう、廊下のカオス度がヤバイ、ヤバ過ぎる。

とゆうか俺の評価が野獣みてえになってるのはこれ如何に。

もうなんか収拾つかないぞこれ。

真耶ちゃんは何か頬に手を当てて顔真っ赤にして「わ、わわ、わ私みたいな子がす、すすす好きって……は、はうっ!? あうあうあうあうあうぅぅ~~~…!?(真っ赤)」って言葉にならない悲鳴を上げてるし……。

しかもイヤンイヤンと身体をくねくねしてらっしゃる。

やめて、真耶ちゃんのでっけえロマンの塊が大変な事になってるから、目のポイズンなブツ振り回さないで。

一方で千冬さんは「き、きれ……綺麗……私が……綺麗な女……ぶつぶつ(真っ赤)」って呟きつつ、顔を伏せてる。

 

ダメだ、この状況どうしたらいいんだ?どうやったらこの状況から抜け出せる?

 

ブーッブーッ

 

と、ここで何故か俺の携帯のバイブレーションが起動し、メールか電話かの着信を告げてきた。

この空気から目を逸らしたかった俺は、藁にも縋る思いで急ぎ携帯を開く。

着信はメールだった様で、俺は受信ボックスをタップしてメールを確認する。

 

 

 

『送信者:プリティキュートでラヴリーな束さん♪』

 

 

『件名:酷い酷い!!』

 

 本文:束さんは綺麗でも可愛いでも無いの!?

 束さんとの事は全部遊びだったんだね!!?

 うわぁ~んッ!!!ゲン君の飽きっぽいボス猿ぅッ!!!

 

 

 

携帯まで俺の敵だった件について、そろそろ俺の精神キャパシティも限界ですたい。

 

つうか登録名が何時の間にか変わってるじゃねえかよ、誰だ変えたヤツ即刻ブチのめしてやっから今すぐ俺の前に来やがれ。

そして束さん、アナタはこの状況をどっから見てらっしゃるんですか?

遊びも何も、そんな美味しすぎる体験はした覚えありません。それと誰が猿ですか誰が。

メールに添付されていたデフォルメの涙目ウサギがメッチャ可愛いかったぜ。

 

現在の1年1組付近の状況、カオス。

色んな意味で阿鼻叫喚の地獄絵図になっとります。

 

とりあえず携帯をポケットに仕舞って、辺りを見渡す。

正面には真っ赤なリンゴ状態の千冬さん&真耶ちゃん。

廊下には鼻から真っ赤な華を咲かせて倒れる生徒、興奮してキャーキャー言ってる生徒、何やら危ない生徒。

 

 

……よし。

 

「じゃあ俺帰るわ」

 

逃げよう、それがいい。

 

「おい待てゲン!!この状況どうにかしていけよ!!お前が事の発端だろうが!!?」

 

しかしそうは問屋が卸さない。

俺の隣でこの状況に呆れていた一夏が復活。

帰ろう(逃げよう)とした俺の肩を掴んで、かなり必死な表情で引き止めてくる。

一夏にしてみりゃ、この状況に1人取り残されるのは絶対勘弁だろうな。

 

だがしかし、一言言わせて頂こう。

 

「事の発端はテメエの思わせぶりなホモ発言だろうがぁぁああああああああああああッ!!!!!(ドゴォォオオオオンッ!!!)」

 

ついでに一発ブン殴らせろやぁぁぁあああああああああああッ!!!!!

 

「そうでしたぁぁああああああああッ!!??!」

 

責任転嫁も甚だしい事をのたまった一夏に渾身のラリアットをカマして満足した俺は、足早に教室を後にした。

 

あ、束さんにメール送っとかねえとな。

えーっと……『凄えキュートですよ(涙目ウサギが)』でいいだろ。

 

 

何故かその後で来た返信は♪マークが1個だけだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

ドルルルルォオオン……キキッ、ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

「ふぅ~……夕焼けのクルージングってのも、中々オツだったな」

 

現在、IS学園の正面入り口まで帰ってきた俺は、停車したイントルーダーに跨ったまま、IS学園を囲む海を眺めている。

夕焼けの赤色が、海を幻想的な色に染め上げていて落ち着く光景が視界いっぱいに広がった。

自宅で纏めてきた荷物と途中のスーパーで買い物してきた食材を大きなリュックに詰めて背負っている。

そのままもう少し海を眺めていようかと思ったが……。

 

「……ん?……ありゃあ、一夏か?」

 

IS学園の学校側から、キャイキャイと姦しい声が聞こえてきたので、そっちに目を向けると女子の軍団が歩いていた。

そして、その前方に少し距離を離した状態で一夏が歩いていた。

どうやら今学校から出た処のようだな。

遠目に見える一夏は、頭を項垂れるような体勢のまま、1年寮棟へ歩いていく。

たまにチラッと後ろを見ているトコを見ると、どうやら相当疲れているみてえだな。

 

「1年寮棟までは歩いて15分くらいの距離だし、ちょっくら乗せてやりますか」

 

俺はクラッチを切って、ニュートラルに戻していたギアをファーストへ蹴り込み、クラッチを繋ぐ。

そのままアクセルを緩く煽って、20キロぐらいのスピードで一夏の元へ走り出す。

 

ドルルルルォオオオオオオオオオオッ。

 

「おーい!!一夏ぁ!!」

 

「え!?ゲ、ゲン!!?」

 

俺が走りながら声をかけると、一夏は驚いたようにコッチに振り返って俺を視界に入れる。

すると、まるで待ち望んだ相手が来たような輝かしい表情を見せてきた。

しかも振り返ったのは一夏だけじゃなく、一夏の後ろを歩いていた女子も俺の声に反応して振り返ってきた。

 

ドルルルルォオオン……キキッ、ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 

「よぉ、今終わったのかよ?お疲れさん」

 

俺はギアをニュートラルに戻して一夏の横に停車し、一夏を労う。

大方、放課後にやってたテキストがこの時間になるまで終わらなかったんだろう。

途中で切り上げるなんてあの千冬さんが許す筈もねえしな。

 

「おぉ!?そっちも今帰ってきたのか!?し、しかも……こ、これがゲンのバイクか!!?すっげえええッ!!?カッコよすぎじゃねえか!!?」

 

一夏は瞳をキラキラと輝かせながらイントルーダーを色んな角度から眺めている。

まぁ俺達の年頃の男ってのは、バイクに憧れるのが当たり前だしな。

女子も興味があるのか、同じ様にイントルーダーを見て目を輝かせてるし。

 

「だろ?コイツが俺の相棒のイントルーダークラシックだ」

 

ドドッドドッドドドォォォンッドォォォンッドォォォォオオオオォンッ。

 

一夏の視線に気を良くした俺は、アクセルを煽って自慢のエキゾーストサウンドを周りにバラ撒く。

うるさすぎず、小さすぎない音量の重低音サウンドが腹に心地よく響いた。

その音の心地よさに、一夏は更にテンションを上げていく。

 

「おぉおおおおッ!!?マフラーサウンドも、それにこのブルーの炎の柄のペイントもカッコイイなッ!!!これもゲンが塗ったのか!?」

 

「へへっ、このフレイムスパターンも俺の自家塗装だ。コイツで俺の手が加わってねえ箇所は1つとしてねえよ」

 

俺は笑顔を浮かべながら一夏の質問に答えつつ、スタンドを起こしてバイクを立たせる。

そして、タンデムシートをポンポンと叩いて一夏に声を掛けてやる。

 

「さぁ、乗れよ。一夏、寮まで乗っけてやるぜ?」

 

「え!?い、いいのか!?(キラキラ)」

 

俺の言葉に一夏は目を更に輝かせて聞き返してきた。

 

「何だよ?乗っけて欲しいっつったのは、お前じゃねえか」

 

もはや一夏の目の輝きは、ショーウインドウ越しにトランペットを見つめる少年の様だった。

そんな一夏に俺は変わらず笑顔で答える。

 

「お、おう!!じゃあ乗せてくれ!!」

 

俺のOKを受け取った一夏はワクワクした表情でタンデムシートに跨る。

俺は一夏が完全にタンデムシートに跨った事を確認して、スタンドを畳む。

 

ドドッドドッドドドォォォンッドォォォンッ。

 

軽くアクセルを吹かしこんで、俺はクラッチを繋ぐ。

さあて、一夏にもコイツの素晴らしさを教えてやりますか。

 

「んじゃあ、行くぞ。一夏」

 

「おう!!」

 

一夏からのOKサインを合図に、俺はアクセルを煽ってイントルーダーを発進させ寮を目指す。

強めに吹かしたアクセルのパワーでリアタイヤを軽くスピンさせながら、イントルーダーは唸り声を上げて走った。

 

ドドドドドドドロロォォォォォオオオオオオォ…………。

 

 

 

尚、女子達は置いてきてしまったが、後で特に文句は言われなかった。

なんでも「男同士の会話に入り込めなかった」そうな。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「いや~!!さいっこうに気持ち良かったぜ!!サンキューなゲン、あれは確かに病み付きになる!!」

 

「だろ?流れる風景にバイクの鼓動音、あんな贅沢は、俺達の年で味わえるモンの中でもそうねえさ」

 

今、俺達は1年生寮の廊下を喋りながら歩いている。

これから俺達が厄介になる寮の部屋へ向かってる最中ってワケだ。

駐輪スペースにバイクを止めてから今に至るまで、一夏のテンションは上がりっぱなしだ。

まぁ初めてバイクに乗って自転車とは違う体感速度をその身で感じたら誰でもこうなる。

オマケに、俺が家から一夏のために持ってきてやった漫画とか携帯ゲームなんかも嬉しそうにしてたしな。

 

「確かに、あの風景は贅沢だったな~。あ~あ、俺もバイク欲しくなってきたぜ」

 

一夏は上機嫌にそう言って笑いながら俺と並んで歩く。

俺も一夏がバイクを手に入れたら一緒にツーリングとか行ってみてえもんだぜ。

そんな感じで男二人で楽しく話し合いながら廊下を進んで行く。

すると、一夏の部屋である1025室のプレートが目についた。

 

「お?ここだな。一夏の部屋は」

 

「お、ホントだ。しっかし、女子と同部屋か……緊張するなぁ」

 

「まぁ、仕方ねえよ。俺達の都合だしな。真耶ちゃんも1ヶ月の辛抱だっつってたし」

 

俺はそう言って不安がる一夏の肩を叩いて励ます。

まぁ俺も不安っちゃ不安だけどな。

 

「そうだな……っていうか、ゲン。今思い出したけどよ、お前が勝手に帰ったりするから千冬姉と山田先生が元に戻るまで大変だったんだぞ」

 

「ば~か。元はと言や、お前の不用意な発言の所為だろーが」

 

俺はぶ~垂れてくる一夏にそう言い返してやる。

お前が、なんで俺達は風呂に入れない?なんて聞いたりしなきゃ、あんな事にはならなかったっつの。

 

「ぐっ、そ、それは反論できねえ」

 

「むしろ反論したらブチのめす所だがな……まぁなんだ。今日はゆっくり休めよ、明日からも授業だしな」

 

「そうだな……ゲンは夕飯どうするんだ?食堂使うのか?」

 

「いや、今日は同居人に、飯を振舞うつもりだ」

 

ま、引越しの挨拶も兼ねて、1つよろしくってことでな。

俺の言葉を聞いた一夏は表情を成る程といった感じに変えて頷いた。

 

「そっか……よし、今日は俺も同居人と親睦を深めておくとしよう」

 

「それがいいだろうよ。じゃあな」

 

「おう、また明日」

 

俺と一夏は別れの挨拶を済まして別れる。

一夏は深呼吸をして意を決した表情で、部屋に入った……『ノックなし』で。

あんの馬鹿は……頑張れよ。

さっそくヤラかした一夏を尻目に、俺は自分の部屋を目指す。

アイツを注意しにいって、俺まで巻き込まれんのはゴメンだからな。

 

「っと。……1030、ここだな」

 

そして、目当ての扉についた。

俺は扉の前に立って、軽く深呼吸をする。

これから1ヶ月の同居人だ、教室の時みてえにヤラかさねえようにしねえとな。

後、できればあの金髪クソアマみてえな馬鹿女が同居人じゃねえ事を切に願うぜ。

 

「スゥ……ハァ……よっし(コンコンコンコン)」

 

覚悟を決めた俺は、扉を軽くノックする。

なんでも、前に観たトリビアの温泉ってTV番組で言ってたんだが、ノック2回はトイレノックらしい。

 

『は~~い。ちょっと待って~~~』

 

そしてノックから数秒、部屋の中から同居人が返事をくれた。

ってあれ?この妙に間延びした声は……。

 

ガチャッ

 

「だぁ~れ~?……お~!?ゲンチーだ~♪」

 

扉を開けて部屋から顔を出してきたのは、何やら黄色いネズミ……じゃなくて。

 

「ほ、本音ちゃんか?」

 

ぽややんとした笑顔を浮かべて黄色い電気ネズミに着ぐるみに全身を包んだ、IS学園の癒しっ子。

本音ちゃんその人だった。

 

「いえ~っす♪いつもニコニコお菓子を求めて貴女の傍に♪布仏本音でぇ~す♪」

 

「そりゃたかってるだけじゃねえのか?」

 

そして中々に強かな子です。

いつもニコニコしてお菓子をねだりに現われる……恐ろしい娘ッ!!

 

「にへへ~♪とゆうわけでゲンチ~、お菓子ちょ~だ~い♪」

 

「どーゆうわけよ!?」

 

しかもさっそくたかられたぜ。

しかしこれから1ヶ月も本音ちゃんと過ごすのか?

俺はさっきから「お菓子お菓子~~」と言って長い裾をパタパタと振ってくる本音ちゃんをしっかり見る。

束さんに勝るとも劣らない柔らかな笑顔、絡む者をぽわ~んとした気持ちにさせてくれるオーラ。

そして小動物的な仕草……。

 

「ゲ、ゲンチ~?……そ、そんなに見つめられると~……は……恥ずかしぃよぉう」

 

そして時折見せる、女の子らしい恥じらいの仕草。

長く余った裾で恥ずかしがってる顔を見せまいと、しかしこっちの事は見ようとする故に、顔半分だけを隠す萌え技の使い手。

 

……うん。

 

「本音ちゃん」

 

「な、なぁ~にぃ?」

 

俺はさっきからマイナスイオンを大量発生させてくれる本音ちゃんに真剣な表情で声を掛ける。

すると、俺に声を掛けられた本音ちゃんは、身長差のせいで下から上目遣いに見上げてくる体勢になった。

 

「本音ちゃん……これから暫く、よろしくな!!」

 

俺はさっきまでの真剣な表情を崩して、本音ちゃんに笑顔を見せる。

うん、この部屋割りなら1年間そのまんまでも文句ねえわ俺。

こんなマイナスイオン発生娘のためなら、俺いくらでもお菓子作ってあげちゃう。

 

「ふぇ?……こ、これからよろしくってぇ~~?何の事なの~~?」

 

「え?」

 

だが、本音ちゃんは俺の言葉に首を傾げて、俺に疑問を投げかけて来た。

あれ?まさか真耶ちゃんから話が行ってねえのか?

俺は真耶ちゃんから同居の話が行ってるモンだと思ってたので、この反応は予想外だった。

仕方なく俺は首を傾げて不思議がる本音ちゃんに、確認と説明をしようと思い、部屋の中に入れてもらった。

 

やれやれ、どうやら俺にはまだ一仕事あるようで。

 

部屋に備え付けられた椅子に、本音ちゃんと向き合って座った所で、俺は軽く溜息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

走れ元次!!マイナスイオンを守る為に!!

 

「ねぇねぇ、ゲンチ~?」

 

「ん?なんだ本音ちゃん?」

 

俺は本音ちゃんの呼びかけに、部屋をキョロキョロと見渡しながら答える。

さて、只今本音ちゃんと向かい合ってソファーに腰掛けてるんだが……すげえな、本音ちゃんの私物。

俺の視界には部屋のアチコチを埋め尽くすかの如く大量のぬいぐるみが陳列されてる。

それこそ種類は多岐に渡り、統一性は全くねえ。

なんか……デフォルメされた動物の可愛い系のぬいぐるみばかりだな。

部屋の中の設備は高級感あふれる佇まいがあり、ベッドもフカフカそうでどこかの高級ホテルを連想させるような感じだ。

一体幾ら掛かってんだろうな?物壊したら洒落になんねえぞ。

そんな事を思いながら部屋のアチコチを見渡していると、突然本音ちゃんが両手を左右に広げて俺の視界に入って来た。

 

「こ、こら~。お、女の子の部屋を、そ、そんなにじろじろ見ちゃ~ダメなんだぞ~!!」

 

本音ちゃんはそう言って手を振り回しながら頬を膨らませたご立腹顔を見せてくるが……いやはや、怒ってるみてえだが俺からすりゃ和むっす、そのお顔。

 

「ははっ、ワリィな本音ちゃん。いやな?なんかぬいぐるみがいっぱいだな~と思ってよ」

 

俺がそう言うと、本音ちゃんはぷっくり膨らませてた頬を萎めて、にへらっと笑顔になった。

 

「にへへ~♪この子とか~、ちょぉ可愛いんだよ~♪」

 

本音ちゃんは笑顔のままに、ベットに転がっていた熊らしきもののぬいぐるみを抱き寄せてほっこりと笑ってる。

うん、すげえ幸せそうだな。

つうか、ぬいぐるみを可愛がる女の子ってのは良いな、見てて和む。

ましてや電気ネズミのような着ぐるみを着てる本音ちゃんには良く似合ってるぜ。

 

「後は~、お菓子があったら~ちょぉちょぉ幸せだよ~♪ハムハム……うまうま~♪」

 

そう言ってポッキーをカリカリと音を立てながら口に含む本音ちゃんの姿は、まごう事無きネズミだった。

ってちょい待て?どっから出したのそのポッキー……まぁ可愛いからいいけどよ。

俺は本音ちゃんの幸せオーラ全開の姿に、知らず知らずの内に笑顔を浮かべていた。

 

「はむはむ♪……それで~?さっきゲンチ~が言ってた~これからよろしくって、どぉ~ゆぅ~事なの~?教えて教えて~」

 

その幸せを体現して、マイナスイオンを辺り一面に放出していた本音ちゃんは、一度ポッキーを食べていた手を止めて俺に視線を合わせてきた。

っとと、いけねえいけねえ、早く本音ちゃんに事情を説明せにゃいけねえな。

俺はその和みオーラに飲まれかけていた思考を叩き起こして、本音ちゃんに向き合う。

 

「あ、ああ。……実は……よ……その~。まぁなんと言ったもんか、だな……」

 

「ふむふむ?」

 

本音ちゃんは言いよどむ俺を首を傾げながらじ~っと見ている。

 

「実は……俺も、この部屋に割り当てられてんだ」

 

「ほぉ~ほぉ~……ふぇ?」

 

そして、やっとの思いで俺がこの部屋に来た理由を話すと、話を聞いていた本音ちゃんはピシリッとでも擬音が付きそうな感じで硬直した。

まぁそうなるよなヤッパ……でも俺はここ以外に住む場所がねえんだ、何とかして受け入れてもらわねえと!!

 

「いや、だからまぁ……お、俺が、本音ちゃんのルームメイトって事なんだが……」

 

「ふ、ふぇぇ~~~!!??」

 

俺がルームメイトって事を理解したのか、本音ちゃんは持っていたぬいぐるみを空中に放り投げて驚愕する。

しかも驚いた時に口を大きく開けたので、食べかけのポッキーが俺に飛んできたっす。

 

「は……はぅ~(ゲ、ゲ、ゲンチ~と一緒……ゲンチ~と……一緒……ど、どどどどうしようぅぅ~~!!?)」

 

本音ちゃんは唸り声?を出しながら俯き、更にどっから出したか、ポッキーの箱をテーブルに置いてカリカリと食べ始め……。

 

「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリッ!!(5倍速)」

 

って早!?なんかすげえ勢いでポッキーが消えてくんですけど!!?

一本食べちゃ直ぐに新しいのを食べてまた次のを……な、何て早業を!!?

俺は目の前の早食いマシーンと化した本音ちゃんに驚愕するが、本音ちゃんはそんな俺にお構い無しでポッキーを平らげていく。

更によく見てみると、着ぐるみの耳がピコピコと動いて……いや、ちょっと待て?おかしいぞ。

俺は目を擦ってもう一度よく見てみる……やっぱり耳はピコピコと動いてた。

い、一体どんなギミックで動いてるんだよあの耳!?そのギミックはすげえ可愛いけど、すげえ気になる!!

 

「カリカリカリッ!!……うゅぅ……(は、恥ずかしいけど~……でも……ゲンチ~と一緒、かぁ……ちょっと……嬉しいかも……よ~しっ)」

 

そして、顔を俯けてポッキーを齧っていた本音ちゃんは食べるのを止めると、顔を上げて俺に視線を合わせてきた。

俺は本音ちゃんの顔を見て、ゴクリッと喉を鳴らす。

……受け入れて、もらえっかな?

俺は本音ちゃんの口から出るであろう言葉に緊張していると……。

 

「……えへへ♪じゃあ~今日からゲンチ~とは「るーむめいと」だ~♪よろしくね~♪」

 

その、見る者を和ませるのほほんスマイルを浮かべて、俺にそう言ってくれた。

見知らぬ男と住むというのに、一言も嫌とは言わずに俺の同居を許可してくれた本音ちゃん、君はマジ天使だぜ。

 

「……あ、ああ!!今日からよろしくな!!本音ちゃん!!」

 

俺は自分にできる最高の笑顔を持って本音ちゃんに挨拶を返す。

いや~拒否されなくって良かったぜホント。

俺、千冬さんからよく顔が怖いって言われてっから、拒否されると思ってたし。

そこから俺は、まずこの部屋割りが緊急で1ヶ月だけ用意されたものって事を話して1ヵ月後にはまた変わると伝えた。

次に、同じ部屋に住む取り決めとして、シャワーの時間なんかを本音ちゃんと話し合って決めた。

 

「後は……うし、とりあえずはこんなモンだな?」

 

「そうだね~着替えの時は~ゲンチ~が脱衣所で良いよ~?」

 

「おう、了解だ。そんじゃあ、ちょっくら着替えてくるぜ」

 

「は~い♪いってらっしゃ~い」

 

決める段取りも全て決まったので、俺は本音ちゃんに声を掛けてから脱衣所にバッグを担いで入った。

バッグを開けて着替えを探し、とりあえず一番上に入れてあった薄い青色のジーパンと黒のタンクトップに着替え、ネックレスはそのままにしておいた。

寮の中は暖けえし、とりあえずはこれでいいだろ。

俺はそう結論付けて脱衣所から出る。

部屋に視線を戻すと、本音ちゃんはベットの上で寝転がってゴロゴロしてた。

うん、遊び盛りな猫っぽいぜ。

 

「あ~。お帰り~……わぁ~」

 

だが、俺を見つけた本音ちゃんは声を掛けてきたのに、いきなり俺を見たまま止まってしまった。

な、なんだ?なんか変なトコあったか?……社会の窓はちゃんと閉まってるし……別におかしなトコはねえと思うが。

 

「ど、どうした?本音ちゃん」

 

俺は沈黙に耐えられず、本音ちゃんに聞いてみる。

 

「ゲンチ~って、やっぱり~すっごいマッチョさんだね~」

 

そう言って本音ちゃんは俺の傍に近寄って腕を触ってくる。

つうかマッチョさんて……本音ちゃんの一つ一つの言動が和むのは仕様なのか?

どこの商品だ?即決で買うから誰か連絡先教えてくれ。

このマイナスイオン娘が商品化してんなら100万までなら即出すぜ。

 

「ん?そうか?」

 

俺はバッグを床に置いて、腕を触ってる本音ちゃんに聞き返す。

 

「うん~。力入れてないのに硬いよ~……ね?ね?ちょっと、腕グッてしてして~♪」

 

本音ちゃんは俺を下から見上げながら力こぶを出すように腕を曲げてくる。

あぁ、力を込めてみろってことか。

 

「あぁ、こうか?(グッ)」

 

俺は本音ちゃんのやった様に腕を折り曲げて軽く力を込める。

すると、鍛えあげた俺の筋肉が膨張し、硬度を増した。

 

「おぉ~!?すっご~い!!カッチカチだぁ~♪えいえい♪」

 

何やらテンションが上がった本音ちゃんは、俺の力こぶをペタペタと触って驚いている。

しかもそのまま両手を組んで、俺の力こぶにぶら下がってくるではないか。

……ふむ。

 

「ほい(グイッ)」

 

「おぉ?おぉ~♪足がプラプラしてる~♪」

 

ちょいと悪戯心が沸いた俺はそのまま腕を上に上げて、本音ちゃんを吊り上げてみる。

しかし女の子って軽いな、全然苦にならねえぞ。

本音ちゃんは足をプラプラさせながらブラーンと俺の腕にぶら下がって笑っていた。

そんなに楽しいのかね?

しかしなんで本音ちゃんはこんなに和む子なんだか……。

 

ズガァアンッ!!!

 

「は!?な、何だ!?」

 

「ふぇ?なんだろ~?」

 

と、そんな事を考えていたら何やら扉の向こう、つまりは廊下から何かを破壊する音が鳴り響いた。

防音ドアなのに部屋まで音が響くという事は、相当の音の筈だ。

俺は驚いて目を丸くしている本音ちゃんを降ろして、廊下に向かってみる。

 

「(ガチャッ)なんだよ今のは……ん?」

 

ドアを開けてみると、さっきの音に引き寄せられてか、廊下は女子で溢れかえっていた。

しかも何やら、全員薄着すぎて目の毒な光景だ。

何人かは下着のまんまの子もチラホラと見えるし。

……いくらIS学園が女子学園とはいえ、それは去年までの話だぞ?

今年は俺も一夏もいるんだから、少しは自重して欲しいぜ。

そして、この騒動の種はどこかとキョロキョロと視線を彷徨わせてみる。

すると、ある部屋のドアの前に女子が群がっていた。

どうやら、あそこが騒動の種みてえだな。

俺は部屋から出てその騒動の原因を探るべく、件の部屋の方へ向かう。

 

「ちぃとワリィが通してもらうぜ」

 

「あっ、うんごめ……」

 

何故か俺が声を掛けた女子は黙っちまったが、俺は気にせずに奥へ奥へと進んで行く。

周りは目の毒だし、早く部屋に戻りてえぜ。

 

『ちょ!?ね、ね、あれ!!』

 

『え?って鍋島君!?』

 

『うわ~!?すっごい身体!?ムキムキじゃん!?しかも暑苦しくない!?』

 

『タンクトップ一枚とか何のご褒美ですか!?』

 

『首元のネックレスがセクシー過ぎだよ……色気のあるマッチョって反則……』

 

『……抱かれたい』

 

『くきええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!』

 

『誰今の!?』

 

周りが何か騒がしいが、今は放置。

構ってたら俺の精神キャパシティを軽くオーバーしちまうよ。

そんなこんなで、俺は騒ぎの元凶の近くに着いた。

やれやれ、誰だよ入学初日からハッちゃけてる元気なヤツは……。

俺は溜息を吐きたくなる衝動を抑えつつ、元凶に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ!?よ、良かったゲン!!今助けてもらおうかと」

 

「さ、帰ってチョロQしよ(クルッ)」

 

元凶の顔を拝んだ瞬間、クルッと華麗に回れ右。

またテメエか一夏。

 

「待てぇぇええええ!!?頼むから帰らないでくれ!!つうかチョロQなんて持ってねえだろうが!!?(ガシッ!!)」

 

しかし失敗。

必死な表情で立ち上がった一夏は、回れ右して帰ろうとした俺の肩を掴んで引き止めてきた。

もうマジでイヤになるぜ、一体1日に何回イベント起こしたら気が済むんだよコイツ。

俺はさっき我慢した溜息を吐いて、もう一度回れ右をする。

振り向いた俺の視界に広がるは、必死な顔で俺に縋りつく一夏、そして何かで貫通させたかのような穴が沢山空いてるドア。

そして、ドアのプレートには1025の文字が彫られている。

 

「一夏、正直に言え。何をヤラかした?」

 

「俺が原因なのは確定かよ!?」

 

当たり前の事を聞くんじゃねえよ。

テメエ以外にこんな次々とハプニングを起こす奴ぁそういねえっての。

 

「あ?じゃあ違うってのか?」

 

「ちが……違わない……です」

 

俺の問いに一夏は項垂れながら答えた。

ほれ見ろ、やっぱりテメエが原因じゃねえか。

俺は項垂れる一夏から視線を外して、穴だらけの扉に目を向ける。

貫通されたドアの周りには木片が散らばっていて、部屋の中から衝撃を与えたのが分かった。

そうじゃねえと廊下に木片は散らばったりしねえからな。

 

「……んで?一夏、こりゃ一体何事よ?つうかお前のルームメイトは誰だったんだ?」

 

俺は扉を見てから一夏に事の顛末を聞いてみる。

一夏が廊下で扉にへばりついてたって事は、このドアは中にいる一夏のルームメイトがやったかも知れねえ。

つまり、一夏が何かルームメイトにいらん事して部屋を追い出された可能性が高い。

しかし防音ドアって普通のドアよりはブ厚いモンの筈なんだがな……それをこんな綺麗に貫通するなんて、一体どんな女傑がいるんだよ?

 

「ル、ルームメイトは箒だ。これは箒が木刀で……」

 

どうにも俺の幼馴染は剣道少女から剣姫へとアップグレードしてた様子。

見ねえ内に箒の奴も中々に腕を上げたモンだな。

 

「そんで?オメエは一体全体何をヤラかして、箒に木刀で追い出されたんだよ?」

 

「そ、それは、何と言うか……事故っていうか」

 

俺の質問に、一夏は言い淀みながら、視線を明後日の方向に向けていく。

なんだよ、要領得ねえっつうか、歯切れの悪い言い方だな。

コイツは言いたい事はハッキリ言う性質だから、コイツが言いよどむって事は相当の馬鹿ヤラかしたんだろう。

 

「はぁ……ったくよ……おい!!箒!!」

 

『……その声!?ゲ、ゲンなのか!?』

 

俺は溜息を吐いてから、穴だらけの扉に声を掛けると中から箒の焦った様な声が聞こえてきた。

 

「あぁ、俺だ。悪いが話しがしてえ。入っても大丈夫か?」

 

俺は今入ってもいいか箒に問いかける。

ここで何も言わずに部屋に入ったら、一夏の二の舞になりかねんしな。

 

『ち、ちょっと待ってくれ!!5分でいい!!』

 

その言葉の後に部屋の中からバタバタと騒がしい音が鳴りだした。

この状況で5分はキツイっすよ、箒さん。

箒の言葉に項垂れながら、俺は扉から視線を外して廊下に視線を向け直す。

 

「ねー、ねー、あそこって織斑君の部屋なんでしょ?イイ情報ゲット♪」

 

「夜に遊びに行ってもいい!?答えは聞いてない!!」

 

「え!?いや、ちょ!?」

 

廊下に視線を向けると、そこには女子に囲まれてワタワタと慌ててる一夏の姿があった。

ご丁寧に皆さん薄着、キャミソールのみの子も沢山いらっしゃる。

1人2人ならまだ眼福のレベルで済ませられるが……正直この光景は目の毒っていうか、オーバーキルだぜ。

一夏も目のやり場に困っている様で、話しかけてくる女子に視線を合わせられずにいた。

っていうか最後の子、アナタ特攻かける気満々ですね。

 

「そういえば、鍋島君の部屋はどこなの?」

 

「あっ!!私も知りたい!!」

 

「私も私も!!」

 

「なぬう!?」

 

ってしまった!?今度は俺がターゲットか!?

俺がぼーっと一夏の困ってる姿を眺めていると、今度は俺に女子の矛先が向かってきた。

しかも1人2人と触発されて、連鎖反応の如く俺に群がってくる。

増殖っすか!?アンタ等耳いいなおい!?

ってコラ一夏!!テメエ何を「良かった」みてえな目で俺を見てきやがる!!

事もあろうにまた巻き込みやがったなこの野郎!!

俺が一夏に恨みがましい視線を送っていようが、女子連中はそんな事お構い無しにキャイキャイと騒いでいる。

さて、この状況をどうしたもんかと俺が頭を捻っていると……。

 

ガチャッ

 

「す、すまない、待たせた。2人とも入ってくれ」

 

穴あきドアを開けて、胴着と袴に身を包んだ赤い顔の箒が登場した。

その瞬間、俺は女子に群がられている一夏の首根っこをムンズと掴んで……。

 

「おらよっと!!(ブォオンッ!!)」

 

「ちょ!?やめギャアスッ!?(ゴオンッ!!)」

 

部屋の中へ放り投げてやった。

毎回俺を面倒ごとに巻き込んでくれる代償だ、このボケ。

そのまま状況に着いてこれずに硬直している女子を放置して、箒を引きずり部屋に入る。

まぁ人間1人が片手で軽く持ち上げられた上に、飛んでいくなんて普通はねえわな。

すかさず扉を閉めて鍵を施錠、うんパーフェクトだ。

鮮やか過ぎる自分の手並みが恐いぜ。

 

「あいててて!?お、お前いきなり何すんだよ!!」

 

「だ、大丈夫か?一夏」

 

だが、俺の手腕が気に入らなかったのか、立ち上がった一夏は頭を摩りながら俺に猛抗議してきた。

そんな一夏を心配そうな目で見つめる箒。

お前等一体何があってあんな事になったんだよ。

普段からそんな感じでいろっての。

 

「あぁ?テメエの起こした騒動に巻き込んどいて、更にはあの空間から助けてやった事に文句があんのか?いい度胸だもういっぺんあの空間にブチ込んでやんぞコラ?(バキゴキ)」

 

「サーセンしたー!?」

 

俺が爽やかな笑顔を浮かべつつ拳を鳴らしてやると、一夏は90度のふつくしい礼を見せてくれた。

最初からそうしとけってんだ。

 

「ったく……それで?一体何があって、箒はあんな事したんだ?」

 

俺は部屋の椅子に座って、事の経緯を聞くために箒に声を掛ける。

箒は当事者だしな、一夏と違ってちゃんと答えてくれると思うが。

 

「あ、あぁ……実は……」

 

そして、俺の問いかけに、箒は気まずそうな表情を浮かべて話し始めた。

どんどんと話されていく内容に、最初は相槌を打っていた俺だったが、途中からは呆れに変わっていった。

箒の話を分かりやすく纏めるとこうだ。

 

箒、部屋で部活の汗を流す為にシャワーに入る。

一夏、さっき俺が見た通り、ノック無しで部屋に侵入。

箒、ルームメイトが来た=同姓と思って、タオル1枚でシャワー室から出る。

お2人、エンカウント。

箒、余りに突然過ぎて硬直。

一夏、焦って部屋から出ようとし、何・故・か箒のタオルに指を引っ掻ける。

ハラリとタオルが宙を舞った。

箒、覚醒。羞恥と怒りが相まって木刀を装備。

一夏、顔を青くして部屋からトンズラ。

結果、穴あきドアの出~来上~がり~☆

 

「判決、一夏ギルティ」

 

「相っ変わらずのスピード裁判だな!?弁護士制度は何処行った!?ちゃんと公正にやってくれよ!!」

 

「むしろ今の話し聞いてテメエを弁護する奴なんざ欠片もいねえよクソボケナス」

 

「親友の言葉が酷い!!酷すぎる!!」

 

喚く一夏を無視して、余りのアホらしさに俺は目を手で覆って天井を見上げる。

っつうか一夏君よい?何をどうやったら部屋から出ようとして箒のタオルを剥ぐなんてエキセントリックな業に変わるんだよ。

どこのラブコメ主人公だテメーは、ラッキースケベもここまでくるとスキル認定されてもおかしくねえぞ。

 

「ほ、本当にすまない、一夏。は……恥ずかしかったのと、怒りがごちゃごちゃになってしまって……す、すまなかった」

 

しかも俺が呆れていると、今度は何故か被害者の箒が謝るという始末。

いや、箒が謝る事は微塵もねえだろ……多分一夏に嫌われたくねえって乙女心なんだろうが……その辺は束さんと良く似てるわコイツ、やっぱ姉妹だって事か。

まぁ俺が出会う前の箒のままだったら、一夏をブチのめして怒るだけだったろうがな。

あの頃の箒はコミュ障っつっても差し支えねえぐらいに対人スキルが無かったし、その辺りも成長したんだな。

 

「い、いや!!?箒が謝る事はねえよ!!むしろ俺の方が悪かった!!女子と同部屋って事前に聞いてたのに、本当にすまん!!」

 

さすがにこれは無いと思ったのか、一夏も慌てて箒に頭を下げて謝罪した。

そりゃそうだろう。コイツはノックも無しに部屋に上がったあげく、嫁入り前の女の肌を見たんだ。

謝罪しなきゃブチ殺すところだったぜ。

 

「まぁ、とりあえずアレだ。どっちも謝った。喧嘩両成敗ってことで、ここらで終わらそうぜ」

 

「そ、そうだな」

 

「う、うむ。そうしよう」

 

俺はこの空気を払拭するように明るい声で2人にそう告げて、この騒動に終止符を打つ。

いつまでも引きずらすわけにゃいかねえからな。

 

「だがまぁ、一夏。テメエはじっくりと反省しとけ。経緯はどうあれ、嫁入り前の女の肌を見たんだ。箒じゃなかったら責任取らされるか、警察でカツ丼か、千冬さんになぶり殺されるか、のどれかかも知れなかったんだぜ?」

 

俺の言葉に、一夏は顔を真っ青に変えていく。

コイツにとっては特に千冬さんになぶり殺されるってのが一番の恐怖だろうな。

俺はチラリと箒に視線を向けてニヤリと笑いかける。

すると視線の合った箒は、首を傾げて疑問の顔で俺を見てきた。

どれどれ、ここらでいっちょ恋する乙女を応援してやりますか、幼馴染としてな。

俺は未だに顔を真っ青にして震えている一夏の肩に手を置いて優しい笑顔を向ける。

 

「箒に感謝しときな、裸を見られたってのにたった1回頭を下げただけで許してくれたんだ。ここまで優しい女はそういねえぞ」

 

「な!?」

 

ここで俺の放った言葉に箒は驚き、一夏は天使を見るような目で箒を見始めた。

 

「そ、そうだよな!!?本当にありがとう箒!!俺、箒が幼馴染で本当に良かったよ!!箒と一緒の部屋ってのもスゲエ嬉しいぜ!!」

 

「な、ななななな!!?……あ、あぁぁ……(ボォオーーーッ!!!)」

 

箒は一夏の言葉に顔をトマト色にして俯く。

そんな箒と相変わらずな一夏に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。

おーおー、初々しいねえ……とゆうか、一夏はなんでこうも恥ずかしいセリフがポンポンと言えるかねえ。

まさに特A級フラグ建築士の名に恥じない建築っぷりだぜ。

 

「箒?どうしたんだ?」

 

「……はっ!?な、何でもない!!なんでもないぞ!?」

 

「ホントか?具合が悪かったら言ってくれよ?(ニコッ)」

 

「あ、あぁ……あ、ありがとう」

 

そして、恥ずかしくなって俯く箒に心配する声を掛ける我等がフラグメーカー、一夏。

オマケに爽やかな笑顔のプレゼント付きだ。

そんな一夏の爽やかスマイルを受けた箒は恥ずかしがりながらも、ちゃんと感謝の言葉を伝える。

おしおし、俺の忠告その1、『一夏は鈍感だから、暴力は逆効果。なるべく素直に』を忠実に守っているようで安心したぜ。

俺は視線を向けてくる箒にこっそりとサムズアップを送ってやる。

すると、箒は顔を輝かせてアイコンタクトで『ありがとうゲン!!本当にありがとう!!』と返してきた。

まぁ、幼馴染の味方ぐれえしたってバチはあたんねえだろ、6年振りに会いたかった男に会えたんだ。

これでバチが当たるってんなら、俺は神をボコってやる。

さて、後はもう1つの問題を片付けねえとな。

 

「そんじゃあ、箒に一夏。後は……」

 

「あぁ。後は部屋の取り決めだよな。ありがとうなゲン!!ちゃんと纏めてくれて……」

 

「ドアのケジメ……だよな?」

 

「「……ゑ?」」

 

俺は何やら勘違いしてる一夏にイイ笑顔でそう言い放つ。

すると、俺の言葉を聞いた幼馴染ズは、目を点にして呆けた顔を浮かべる。

おいおい、まだ最大の問題が残ってんだろうに。

俺はそんな2人に依然としてイイ笑顔を浮かべたまま、部屋の入り口を親指でクイッと指し示す。

俺のサインを受け取った2人は、呆けた顔のままに入り口へと視線を向けていく。

 

『(ドア)嫁入り前の乙女の身体に何て事してくれるんスか!?』

 

そこには、箒の突きで穴あきチーズへと変貌したドアが鎮座している。

もはや穴だらけでドアとしての役目は果たせねえだろう、防音なんてもっての他だ。

 

「「……」」

 

もはや言葉も無いといった感じで喋らない箒と一夏。

しかし段々と現状を理解したのか、薄っすらと冷や汗を流し始める。

俺はそんな幼馴染2人にイイ笑顔を浮かべたまま、ドアに向かって歩いていく。

目指す先は勿論廊下だ。

 

「えっと……あの、元次さん?」

 

一夏の「嘘だよな?」といった感じの声が聞こえてくるが当然無視。

そのまま滑らかな動作で『携帯』をポケットから取り出して、『ある御方』の番号をタップする。

勿論、依然として歩みは止めずに廊下を目指す。

 

プルルルルル。

 

『(ピッ)ん、んん!!んん!!……ど、どうしたんだ?げ、元次?(い、いきなり電話してくる奴があるか!!)』

 

ありゃ?なんかタイミング悪かったか?

 

「あ~、もしもし。すんません織斑先生。いきなり電話して」

 

目当ての相手は直ぐに出てくれた。

そう、皆ご存知千冬さんだ。

 

『……い、今は放課後、プライベートの時間だ……何時も通りで良い(コ、コッチはお前のさっきの発言の所為で緊張してるというのに!!何故お前は普段通り会話してこれるんだ!?)』

 

「あっ、そうっすか?そんじゃあ千冬さん。ちと大事なお話しがありまして」

 

『は、話し!?だ、大事な話だと!?ち、ちょっと待て!!……う、うむ……いいぞ、何だ?(何だ!?このタイミングで今度は何を言い出すつもりだ!?)』

 

「いえね?寮のドアを破壊した馬鹿モンがいまして」

 

ここまで喋っている段階で、後ろの一夏がどんな顔をしているか想像するのは難しくねえ。

まぁそれでも止めねえけどな。

 

『……何処のどいつだ?入学初日にそんな事を仕出かした命知らずは?』

 

俺が起きた事を有りのまま報告すると、電話先の温度が数10度下がった気がする。

現に、電話している俺ですら背筋が寒くなったぜ。

 

「皆ご存知一夏っす」

 

『……そうか……元次、一夏に伝えておけ。『そこを動くな』と』

 

「了解っす。『そこを動くな』ですね?頑張って下さい。今度、メシでも作りますんで」

 

『あぁ、楽しみにしている……ではな(さて、愚弟をどう調理して殺ろうか)(ピッ)』

 

千冬さんとの心冷える話を終えた時には、俺はドアに手を掛けて廊下に半分出ていた。

そこで顔だけ部屋に向けて、幼馴染ズを見る。

 

「……(ガタガタガタガタガタッ!!!)」

 

「い、一夏!?しっかりしろ!!」

 

そこには、顔を真っ青にして身体をガタガタと震わす一夏と、そんな一夏を心配する箒の姿があった(笑)。

まぁしっかりと物壊したケジメはつけねえとな。

あっ、後は俺を巻き込んだ罰も兼ねてっから、そこんとこよろしく。

 

「じゃあな。しっかりと怒られてこいよ?一夏」

 

俺は震える兄弟分にそれだけ言って、部屋を出る。

そして、廊下に視線を向けると……。

 

「「「「「……(ジ~ッ)」」」」」

 

そこには今か今かと俺に質問を投げかけようとしてる女子の群れがいた。

普段なら慌てる俺だが、今の俺には切り札があるんだぜ?

 

「あ~、廊下にいる皆。ちょっと聞いてくれや」

 

「「「「「何々!!?(ワクワク)」」」」」

 

俺が先に廊下の女子達に声を掛けると、女子達は勢い良く喰らい付いてきた。

その目は1つ残らず、何かを期待するように輝いていた。

まぁ、悪いがその期待にゃ応えらんねえぞ?

 

「まず1つ、これから織斑先生がここに来る」

 

「「「「「……」」」」」

 

そして、俺の口から出た単語に、女子はピタリッと動きを止めてしまった。

それを確認した俺は、そのまま会話を続ける。

 

「2つ、目的っつうか、理由はこの扉についてだ」

 

「「「「「……」」」」」

 

俺が後ろの扉を指し示しながら言葉を続けると、誰かの喉がゴクリと鳴った気がした。

仕上げに、俺は苦笑いを浮かべてトドメの台詞を放つ。

 

「3つ、このままこの場に居てもいいけどよ。織斑先生の説教に巻き込まれる事は間違い無しだぜ?」

 

「「「「「撤退ーーーーー!!!」」」」」

 

まるで蜘蛛の子を散らすかの如き勢いで、女子軍団はそれぞれの部屋に帰っていった。

よし!!勝利!!

俺は広くなった廊下を悠々と歩いて自室を目指す。

やれやれ、これであの馬鹿が起こしたハプニングにケリがついたな。

俺は疲れた首をコキコキと鳴らしながら、部屋のドアを開ける。

 

「あ~♪ゲンチ~♪お帰り~♪」

 

ドアを開けると長い裾をパタパタと揺らし、着ぐるみの耳をピコピコさせてる笑顔の本音ちゃんが出迎えてくれた。

心なしか、本音ちゃんの周りの空気がぽややんとしてる様に見える。

あぁ……あの馬鹿野郎のせいで荒んだ心が本音ちゃんのマイナスイオンで潤い、癒されていくぜ。

 

「おう、ただいま。本音ちゃん」

 

俺はそんな本音ちゃんに笑い掛けて、持ってきていたバッグに歩み寄る。

時間は6時前、始めるにゃちょうどイイ時間だろ。

 

「ふんふ~ん♪……はにゃ?ゲンチ~は何探してるの~?」

 

時間を確認した俺は、バッグから目当てのモノを取り出して準備にかかる。

そんな俺の様子が気になったのか、本音ちゃんが声を掛けてきた。

さて、始める前に本音ちゃんにも聞いておかなきゃな。

 

「なぁ、本音ちゃん」

 

「んにゅ?な~に~?」

 

俺が声を掛けると、本音ちゃんは首を傾げながら俺に問い返してきた。

俺はそんな本音ちゃんに笑いながら手に持った茄子を見せ……。

 

「よけりゃあ俺とディナーでも一緒に、どうだ?」

 

首を傾げる本音ちゃんにそう問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ま、まま待ってくれ千冬姉!!?そんなの入らな、ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!??』

 

『一夏ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!??』

 

ん?何か聞こえたって?気のせいだ本音ちゃん。気にしたら負けだぞ?

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ジュー、ジュー。

 

フライパンの上で熱せられた具材が情熱的なダンスを踊り、室内に食欲をそそる香りが充満していく。

うし、良い感じだ。

後は片栗粉とごま油で仕上げを……っと。

 

「ごっは~ん♪ごっは~ん♪ゲンチ~、まだなの~?もうお腹ペコペコ~」

 

「おう、もうちょっとだから待っててくれ」

 

「は~い♪ディ~ナ~♪ディ~ナ~♪」

 

う~む、やっぱ本音ちゃんは見てるだけで和むぜ。

部屋のテーブルには、ウキウキと楽しそうな笑顔を浮かべた本音ちゃんが、今か今かと歌いながら俺の料理を待っていた。

はい、俺こと鍋島元次は只今調理の真っ最中でごぜーやす。

あの後、俺の夕飯一緒にいかが?って誘いを本音ちゃんは快くOKしてくれたので、俺は2人分の夕食を作ってる。

今日の献立はマーボー茄子とえのきの味噌汁にゆで卵とツナを入れたサラダ、白米です。

既に味噌汁とサラダは仕上がっているので、今はメインのマーボー茄子を仕上げている最中だ。

トロミ粉を入れて充分にトロミが出てきたら……ほい、あがりっと。

出来上がったマーボー茄子を皿に移して、フライパンに水を張ってから、俺は出来上がった料理片手にキッチンを後にする。

 

「ほいお待ち。今日のメイン、マーボー茄子だ」

 

「わ~い♪おいしそ~だよ~♪」

 

コトン、と静かに皿をテーブルの中央に置き、俺は本音ちゃんの向かい側に腰を降ろす。

既に箸を片手に装備した本音ちゃんの目は夕飯に釘付け。

俺はそんな本音ちゃんの様子に苦笑いしながら、手を合わせて飯の挨拶を口にする。

 

「それでは」

 

「ではでは~♪」

 

「「いただきます(ま~す♪)」」

 

俺に合わせて本音ちゃんもいただきますの挨拶をして、おかずに箸を伸ばしていく。

さぁ?俺の料理は本音ちゃんの口に合うか?緊張の一瞬だ!!

俺が固唾を飲んで見守る中、本音ちゃんは迷わずマーボー茄子に箸をつけて口へ運んでいく。

 

「あ~ん♪モグモグ……ごくんっ」

 

「……ど、どうよ?うめえか?」

 

マーボー茄子を口に含んだ本音ちゃんは、口の中でしっかりと噛んで味わってから飲み込む。

すると、そのまま何も言わずに押し黙ってしまった。

ま、まさか口に合わなかったか!?

何も言わない本音ちゃんの様子に、俺は冷や汗が流れそうになるが。

 

「……お~い~し~い~!!!ゲンチ~の料理、ちょぉちょぉちょぉ美味しい~~!!♪」

 

「しゃあッ!!!(バキッ!!)」

 

次の瞬間には満面の笑みで、本音ちゃんは俺の料理を褒めてくれた。

その余りの嬉しさにテンションが上がってしまった俺は拳をグッと握り、持っていた箸を粉砕しちまった。

おっと、ヤベエヤベエ、ちゃんと手加減しなくちゃな。

いや~、しっかし口に合って良かったぜ!!

これで不味いなんて言われた日にゃあ、もう二度と料理なんかできなくなる所だった!!

俺は新しい箸に交換して、笑顔で料理をパクつく本音ちゃんに視線を向ける。

どうやら次はサラダに取り掛かるみてえだな。

 

「ハムハム♪……うまうま~♪」

 

本音ちゃんはご機嫌に食事を進め、ドンドンと夕飯を平らげていく。

やれやれ、気に入ってもらえて良かったぜ、俺も食うとしますか。

本音ちゃんが料理を本当に美味しく食べてくれるのを見届けたので、俺も自分の食事を開始する。

その後は、本音ちゃんと2人で楽しく喋りながら食事を堪能し、デザートに約束していたパフェを振舞った。

コチラも本音ちゃんにはとても大好評だったぜ。

何せ一口食べる度に「幸せだよ~♪」って呟く本音ちゃんの周りに花畑が見えたからな。

パフェとゆうかデザートについては、また材料がある時に作る事を約束した。

本音ちゃんに聞いた所、IS学園には弁当派の生徒や自炊派の生徒のために購買部で食材なんかも売ってるらしい。

もはや何でもアリだなこの学園。

とりあえずそんな軽い雑談を交えて、夕飯は終わりを告げた。

 

 

 

 

その後は特に何事も無く、それぞれ風呂に入った俺たちは就寝する事にしIS学園入学1日目の夜が終了。

 

さぁ、明日はどんな日になるかね?

軽い期待に胸を躍らせながら、俺は意識を落としていく。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「むにゃむにゃ……も~食べられないよ~」

 

「待て本音ちゃん、俺達は今から朝食だ。古典的なギャグ呟きながら寝ぼけてねーで起きなさい」

 

「らめぇ~……そのパセリはデザートなのぉ……むにゃむにゃ」

 

「ドンだけ質素なデザートだよ」

 

さてさて、一夜明けておはようございます。

 

只今俺っち事鍋島元次は、ルームメイトの本音ちゃんを担いで食堂へと向かっている最中にございます。

いやね?本音ちゃんってば起こしたけど起きねー上に、寝ぼけ眼で俺に向かって両手を広げてきてさぁ……。

『抱っこ~して~』なんておっしゃりまして……ねぇ?

仕方なく、仕方なーく抱っこして食堂を目指してるわけです……が。

 

『あ、あれって……鍋島君と布仏さん!?』

 

『ホントだ!!ってなんで鍋島君は布仏さんを抱っこしてるの!?羨ましすぎる!!』

 

『きっと50メートル幾らかで乗せてくれるのよ!!』

 

『マジで!?私幾ら持ってたっけ!?』

 

『私、1万円下ろしてくる!!』

 

『何処で!?学園にATMは無いわよ!!?』

 

『もしもし『スカイファイナンス』さんですか!?大至急!!急ぎで入用なんだけど!?』

 

『ちょ!?ファイナンスって、アンタ何街金に電話してるのよ!?とゆうかどうやって学園まで持ってこさせる気!!?』

 

周りの目が……痛いっす。

っていうかいつの間にか俺の扱いがタクシーと同じになってるじゃねえか。

そんなサービスは一切行ってねえので、あしからず。

キャイキャイと聞こえてくる周りの声をなるべく意識しないようにしながら道を進み、俺はやっとの思いで食堂に到着した。

だが、食堂に入っても、相変わらず周りから好奇の視線が飛んできやがる。

ハァァ……こればっかりは慣れねえと仕方ねえか。

俺は心中で溜息を吐きつつ、食堂の食券売り場まで歩いていく。

そのまま食券販売機に並んだんだが、ここで一つ驚いた事がある。

 

「ほぉ~、スゲエ数の料理だな」

 

それは販売機に表示されてる料理の数だ、アメリカからフランスなんかの国旗表示の横に料理がカテゴライズされてやがる。

なるほど、IS学園には様々な国の子が入学してくるから、その国それぞれの食事が用意されているってワケか。

流石国立の学校はスケールが違うぜ……こりゃ食堂での食事も楽しみになってきたな。

食堂のおばちゃんに聞けば、何かしら新しい料理を覚えられるかも知れねえ。

俺はこれからの食堂利用に胸を躍らせつつ、食券を俺と本音ちゃんの分、買い込んで行く。

俺は牛丼の大盛り、本音ちゃんはトーストとサラダ、ミルクのセットだ。

女の子の食事量なんかわからねえが、隣りの販売機の子がこれ買ってたし、これでいいだろ。

 

出てきた食券を持って、俺は食堂のおばちゃんの元へ行き、食券を渡して一言。

 

「おはようっす。『お姉さん』、特盛で頼んます」

 

社交辞令をカッ飛ばす。

仕方ねーじゃん、特盛無かったんだからよ。

 

「アッハッハッハッ!!良い子だねアンタ!!よし、特別に特盛で出してあげよう!!」

 

だが、俺の言葉に気を良くしたおばちゃんは豪快に笑いながら、俺の牛丼を特盛にしてくれた。

いやはや、言ってみるモンだぜ。

 

「はい、お待ち!!しっかし、アンタデカイねえ。その図体じゃ普通盛りだと足りないだろ?今度から量増やして欲しかったら言いな。お世辞はいいからね」

 

しかも次からは言えば普通に増やしてくれるらしい。

なんて優しいんだIS学園のおばちゃん達は。

カウンターの奥を見れば、おばちゃん達皆が笑顔でウンウンと頷いていた。

こりゃありがてえぜ。

 

「へへっ、どうもありがとうっす。『お姉さん方』」

 

「あらやだ!!も~、まったく口が上手いねえアンタ!!気に入ったよ、またおいで!!」

 

「うい~っす」

 

俺はやいのやいのと豪快に笑ってるおばちゃん達に挨拶を返して、席を探しに向かう。

さて、まだ時間に余裕はあるが出来立ての内に食いてえしな、さっさと席を探そう。

片手にトレー(牛丼とトーストセット)もう片手に電気ネズミ(本音ちゃん)装備で席を探しに冒険を始めると。

 

「痛ててて……き、昨日は酷い目に遭った……」

 

「だ、大丈夫か、一夏?……あれは確かに、酷かったな。心なしか私怨が篭っていた様に感じたぞ」

 

「ア、アハハ……お、織斑君の悲鳴、部屋に居ても聞こえたしね」

 

「凄かったねー。もうなんか、この世の地獄を体験してますって感じだったし」

 

「し、篠ノ之さんは、だ、大丈夫だったの?」

 

「あ、あぁ。私は何も無かったが……正直、ホッとした……」

 

何やら朝っぱらから辛気くさいオーラを漂わせてる一夏と、それを心配する箒。

それと……確か同じクラスの女子2人の計4人でカウンター席に座っていた。

まだ横に席が空いてるし、あそこにするか。

俺は一夏達の後ろから本音ちゃんを抱えて、席に向かっていく。

 

「ハァ……初日からアレはねえよ」

 

「す、すまない。私の所為で……」

 

「いや、箒の所為じゃねえって。アレはどう考えてもゲンの仕業だろ?全く、アイツは……」

 

「何が俺の仕業だこのボケ(ガンッ!!)」

 

何やらほざいてる一夏に、俺はイスの底面を蹴り上げてケツに刺激をプレゼント。

俺の仕業?ありゃオメエの自業自得、それ以外の何者でもねえっての。

 

「おうっ!!?だ、誰だ!?ってゲン!?」

 

「よぉ、兄弟。テメエ朝っぱらから辛気くせえオーラ出してんじゃねえよ、コッチまで気が滅入るだろーが」

 

「お前の所為だかんな!?そこんとこわかってるか!?わかってるんだよなブラザー!?」

 

喚く一夏を無視して、俺はトレーをテーブルの上に置く。

今は朝食の方が大事なんだよ。お前に構ってる暇はねえんだ兄弟。

あっ、後本音ちゃんを降ろさねーとな。

 

「ゲ、ゲン。おはよう……ってお前、何を担いでいるんだ?」

 

「あっ、お早う鍋島君!!って本音ぇえ!!?」

 

「お、お早う……え!?な、なんで鍋島君がほ、本音ちゃんを、だ、だだ抱っこしてるの!?」

 

俺が本音ちゃんを降ろそうとすると、一夏の横に座っていたクラスの女子が驚きの声を上げて聞いてきた。

1人は純粋に驚愕し、もう1人は顔を赤くして驚いてる。

 

「ん?あぁ、そりゃ本音ちゃんが俺のルームメイトだからだ」

 

「「え、えぇーーーーーーーッ!!?」」

 

うお!?そ、そんなに驚く事か!?

女子の質問に答えた俺に、女子2人からのデケエ声が浴びせられた。

両手塞がって耳を塞げなかったから耳が痛えよ。

 

「にゃむにゃむ……むぅ~……はれ?……はれれれれれ~ッ!!?」

 

「おっ?やっと起きたか、本音ちゃん」

 

俺の肩に顎を乗せるように熟睡していた本音ちゃんだが、流石に辺りの騒がしさで目を覚ましてくれた。

つうか良く今の今まで寝てられたモンだな。

とりあえず本音ちゃんが目を覚ましたので、俺はゆっくりと本音ちゃんをイスに座らせてあげる。

 

「あ、あれ!?ゲ、ゲンチ~!?」

 

「ん?何だ、本音ちゃん?」

 

「え、え~っとぉ……な、なんで私は食堂にいるのかな~?」

 

「いや、何でって朝メシ食いに来たんじゃねえか」

 

一体何を言ってるんだこの娘?的な答え方をしたんだがこれがお気に召さなかったのか、本音ちゃんは袖をブンブン振り回して俺に詰め寄ってくる。

 

「そ、そうじゃなくってぇ~!!どうやって私は、ここまで来たの~!?」

 

更に本音ちゃんは俺を近距離で見つめながら問い返してくる。

ってあれ?もしかして本音ちゃん覚えてなかったのか?

 

「い、いや。朝に本音ちゃんを起こしたら、本音ちゃんが『抱っこして』って俺に言ったんだが?覚えてねえのかよ?」

 

「ふ、ふぇぇえええええ~~!!?し、ししし知らないよぉ~!?(だ、抱っこして、なんて恥ずかし……あれ?)」

 

俺が本音ちゃんの問いに答えると、本音ちゃんは驚きの声を上げて顔を真っ赤にしてしまった。

って事は……もしかして本音ちゃん、ありゃ寝惚けてたのか?

だとすると……俺は勝手に本音ちゃんを抱っこした事に……やっべえ。

色んな意味でヤラかした事に俺の全身から冷や汗が流れてくるが……。

 

「ね、ねぇ、ゲンチ~……」

 

「……あ、あぁ」

 

追撃の手は止まず、本音ちゃんは長い裾から出した両手の指をコチョコチョと合わせながら俺の名前をコールし。

 

「じ、じゃあ……こ、ここまで私を、ずっと……だ、抱っこして~……くれた、の?」

 

赤く染まった顔で俺をチラチラと見上げながら問いかけてきた。

その仕草、可愛いけど今は勘弁願いてえっす。

 

「……まぁ……そうだ、が」

 

「は、はうぅ~……あ……あ、ありがとぅ……です……」

 

「い、いや、なんかスマン」

 

俺の答えを聞いた本音ちゃんは、恥ずかしそうに顔を俯かせてしまった。

一応お礼は言われたが、俺の心は罪悪感がマッハです。

本音ちゃんからすりゃ、勝手に抱き上げられたあげく食堂まで勝手に連れて来られたんだからよ。

ホントごめんなさいっす。

 

「……う、うん♪じゃあ、ご飯を食べよう~♪(だ、抱っこされたのは恥ずかしかったけど~……ちょっと、得しちゃった~♪)」

 

そして、本音ちゃんは少し間を置いてから、いつも通りの笑顔でそう言ってくれた。

俺はそんな本音ちゃんに海よりも深く感謝して会話に乗る事にする。

 

「そ、そうだな。本音ちゃんのは勝手に決めちまったけど、それで良いか?」

 

「うん~♪これで良いよ~♪」

 

どうやら朝食セットはトーストで良かったらしい。

本音ちゃんって朝はパン派なんだな。

 

「うし、そんじゃあ……」

 

俺と本音ちゃんは一緒に手を合わせて。

 

「「頂きます(ま~す)」」

 

それぞれの朝食に手を伸ばす。

本音ちゃんはトーストに噛り付き、俺は牛丼を豪快にカッ混んでいく。

う~ん、濃いつゆの濃厚な味と紅生姜の酸味がマッチしてて凄く美味えぜ。

IS学園のおばちゃん達……かなりの猛者だな。

これは是非とも味の秘訣をお教え願わねば。

ある程度口に含んだ俺はどんぶりから口を離して口の中の牛丼を咀嚼する。

良く噛んで、味わって食べましょうってな。

 

「う、うわ~……お、織斑君もそうだけど、鍋島君も凄い食べるね?」

 

「男の子って言うより、さすが男って感じかな?」

 

俺が牛丼を味わっていると、一夏の隣りに座っている女子からそんな事を言われた。

とゆうか俺が大食いなだけなんだけどな。

俺は女の子達に話し返すために、口の中身を飲み込む。

 

「んぐっ……ごくんっ。ははっ、俺はガタイがこんなだからな。他の奴等より格別燃費がワリイんだ」

 

そう言って苦笑いすると、女子2人も「あ~、なるほど」みたいな顔を浮かべる。

この自慢のタフなボディはマッスルなアメ車並に大食らいなんです。

 

「まぁ、こればっかりは仕方ねえさ。ただ金欠の時は女の子の低燃費さが羨ましいけどよ。なぁ一夏?」

 

「あ?あぁ。確かにそう言う面では羨ましいけどな。食費が大分浮きそうだし」

 

「あははっ、それってモロ主夫の会話だよ」

 

「ふ、二人とも結構家庭的なんだね、ふふっ」

 

「いや、ゲンの場合はそう言う問題では無い気がするが……まぁいいか」

 

2人の手元にある皿を指差しながら茶化す様に言うと、2人はクスクスと笑いだした。

一夏も俺の言葉に賛同するように腕を組んで頷いている。

横にいる箒は苦笑いを浮かべていた。

目の前の女子達2人の皿には、本音ちゃんと似たり寄ったりのメニューが並んでいる。

つまりは小食低燃費で財布にエコロジーってやつだ。

 

「所でお2人さん、名前教えてくれねえか?俺まだクラスの人間は一夏と箒と本音ちゃんしか名前知らねーからよ」

 

俺がそう言うと、2人は顔を見合わせてから笑顔で俺に向き直った。

ちゃんとクラスの人間は知っとかねえと、また本音ちゃんの時と同じトラブルが起きかねえからな。

 

「はいはーい!!じゃあ私から!!出席番号一番、相川清香でーす!!部活はハンドボール部で、趣味はスポーツ観戦とジョギング!!よろしくね、鍋島君!!」

 

赤っぽい髪のショートヘアーの女の子、相川はそう言って俺に手を差し出してきた。

すると何やら周りから『ずるい!!』とかって声が聞こえてきたが、とりあえず無視。

何せ俺と一夏の扱いは好奇心から来るモンだろうし、一々気にしてたらキリがねえっての。

俺は相川の差し出した手を握り返して、言葉を返す。

 

「おう、知っての通り鍋島元次だ。仲の良い奴等からは『ゲン』って呼ばれてるが、好きに呼んでくれりゃいいぜ。よろしくな、相川」

 

「うん!!よろしくね!!」

 

そして、次は黒髪のロングヘアーの女の子だ。

こっちはさっきの相川と違って、ちょいと気弱そうな感じの子だな。

 

「わ、私は、夜竹さゆかっていいます。よ、よろしくね?鍋島君」

 

夜竹は相川と違って、ちょいと遠慮気味におずおずと手を差し出してきた。

俺はゆっくりと夜竹の手に触れて握り返す。

一気に握ったら驚きそうだしな。

 

「夜竹だな?鍋島元次だ。相川同様、俺ん事ぁ好きに呼んでくれ」

 

「う、うん。よ、よろしくね?……げ、元次……君(うぁああ!?い、いいいきなり名前呼びしちゃった!?お、怒られないかな!?)」

 

何だ?名前で呼んだかと思ったら顔赤くしてる……男に慣れてねえのか?

まぁなんでもいいけどよ。

 

「おう、よろしくな。夜竹」

 

「あっ、……うん!!(良かったぁ……げ、元次君の手って、すっごく大っきいな……やっぱり男の子だなぁ)」

 

夜竹はふわっとした女の子らしい笑顔を浮かべて俺に言葉を返してくれた。

よし、これでクラス内の知ってる奴は5人だな。

この調子でドンドンクラスの奴等の名前を覚えていかねえとな。

 

『くっ!?もっと……もっと早く話しかけていれば!!そうすれば握手する事が出来たのに……!!』

 

『大丈夫!!まだ二日目!!チャンスはあるわ!!』

 

『でも、昨日のうちに押し掛けた子がいるって噂も……』

 

『ダニィ!?』

 

『あっ!?もしもし『ワークス上山』さんですか!?実はピッキングツールが欲しいんですけど……え?『ウチは武器屋』?お客のニーズに応えられないんですか!?呆れますね!!』

 

『待て!?アンタ一体何する気!?』

 

……外野の声は聞かなかった事にしよう、そう!!俺は何も聞かなかった!!

よし!!この話はこれで終いだ!!

俺は牛丼を食う事を再開する。

目を逸らしてなきゃやってらんねえよ。

 

「……む~(ぷく~)」

 

しかし何故か俺の横に座ってる本音ちゃんは俺を見つめながら何やら唸ってらっしゃるではないか。

え?俺がこの2人と喋ってるのが悪いんすか?

俺にクラスの仲間との親睦を深めるなとおっしゃるんですかい本音ちゃん?

 

「ど、どうした?本音ちゃん?」

 

「……何でもないよ~だ~(ぷいっ)」

 

「え、えぇ~?」

 

気になって笑顔で聞いてみるも儚く撃沈。

ぷっくりと膨れたほっぺたをそのままに、本音ちゃんはそっぽを向いちまった。

ま、まずい!?ひっじょ~にマズイ!!?

このままでは俺の部屋に機嫌の悪い本音ちゃんが設置されてしまう!?じ、冗談じゃねえぞ!?

一夏の所為でささくれる心を癒してくれる本音ちゃんがこのままじゃ、俺が精神崩壊しちまう未来はそう遠くねえ!!

それだけは回避しねえといけねえぞ!!

 

「ほ、本音ちゃ~ん?そんな頬膨らませてたら河豚になっちまうぞ~?」

 

俺はスマイルを維持したまま本音ちゃんに声を掛ける。

冗談も交えつつその顔止めて欲しいな~っていう意味を掛けたナイスな言葉だ。

良し、これなら本音ちゃんも……。

 

「(ブチッ!!)……いいもんいいもん、河豚でいいも~んだ」

 

しかし空振り、バッターアウト。

あれ!?ミスった!?何かが千切れる音が聞こえたんだけど!?

心なしか、本音ちゃんの額に十字路の形をした怒りマークが見えるとです。

そのまま本音ちゃんは、目の前の朝食セットをパクパクと八つ当たり気味に食していく。

あぁ、何とかして機嫌直していただかねえと!!

 

「え、えぇっと……そ、そうだ!!実は新作のパフェを考えてんだが……」

 

「(ピクピクッ)……」

 

俺の苦し紛れの言葉に、本音ちゃんの着ぐるみの耳がピコンッ!!と反応を示す。

おっし!!食らい付いた!!

本音ちゃんは昨日俺の手作りパフェを食べてその美味さを良く知ってると思ったが、効果は抜群みてえだ。

このまま大物を釣り上げるために、俺はここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「それがよぉ、種類がいくつかあってな~。誰か試食してくれる甘いモン好きな人を探してるん……」

 

「え!?ゲンの新作パフェ!?おいおい水臭いぞゲン!!俺がいるじゃ(ドゴォッ!!)ばぐらっちょ!?」

 

「「織斑君!?」」

 

「一夏……それは無いぞお前……ハァ」

 

(((((今、鍋島君の手がブレて見えなかった!!??)))))

 

何やら聞こえた戯言を手で軽く払い、俺は本音ちゃんに笑顔を送り続ける。

現在の本音ちゃんのほっぺた状況はまだ7割ほどふっくらとしてる模様、続けていきます!!

 

「しかもちゃんと評価してくれる上に、食べてて美味しいってのを全身で表現してくれるような可愛い子じゃないとダメなんだよな~(チラッ)」

 

「ッ!? う、うぅ~」

 

俺がチラリと意味ありげに視線を送ってみると、何時の間にか俺を見ていた本音ちゃんとお目目がバッチリエンカウント。

直ぐに本音ちゃんはそっぽを向いてしまったが既にほっぺたの膨らみは2割程を残すのみ、若干だが笑顔も見えてきた。

良し!!このままいけば勝つる!!

 

「って事で本音ちゃんよ……俺の新作パフェの試食……して、くれるかな?」

 

俺は最後のダメ押しに本音ちゃんの頭を撫でながら聞いてみる。

これでダメなら俺の明日はねえ、さあ!!どうだ!?

そのまま本音ちゃんはたっぷり数十秒沈黙して……。

 

「……い、いいとも~♪」

 

「そ、そうか!?ありがとな!!」

 

何時も通りのぽややんとした笑顔を見せてくれた。

うし!!うし!!これで俺は明日からも闘えるぜ!!

嬉しくなった俺は本音ちゃんの頭をそのまま撫で続ける。

 

「う、うにぃ~~♪(ゲンチ~の手……ゴツゴツしてるけど~……あったかい~♪)」

 

おうおう、えらくふにゃっとした笑顔を見せてくれるじゃねえの。

こりゃドンドン撫でてこのマイナスイオンオーラで食堂を覆ってやんなきゃな。

俺はそのままぽややんオーラを周囲に霧散させてくれる本音ちゃんの頭を撫で続けていると……。

 

 

ズドォオオオンッ!!!

 

「いッ!!?」

 

「あにゃッ!!?」

 

『『『『『『ッ!!??(ビクゥッ!!!)』』』』』』

 

突如、食堂全体を震わせるような轟音が鳴り響いた。

な、なんだってんだよ朝っぱらからッ!!?

俺や俺以外の生徒がこぞって音の発生源に目を向けると……。

 

 

 

 

「……(ゴゴゴゴゴゴゴ……)」

 

 

 

なんか鬼がいなすった。

 

 

いや千冬さんなんですけどね?

もうなんか体から放つオーラが鬼と言っても差し支えねえんですよ。

この俺ですら鬼と見紛う程にビビるオーラを体から撒き散らしてるわけで……。

 

「あ、あ、あぁぁ……」

 

まず箒は顔を青じゃなく白色に変えてガタガタと震えていた。

うん、その気持ちは良くわかるぜ。

 

『『『『『……(ガタガタガタガタガタッ!!!)』』』』』

 

食堂に居る他の女子は俺の隣の相川や夜竹も含め、誰も喋らなかった。

いや、正確には喋れなかった。

この場に居る一夏以外の誰も彼もが千冬さんの放つ圧倒的なオーラにヤラレちまったんだ。

一夏、良かったなお前、気絶してて。

俺でも気絶しときてえぐらいヤバイぞ、今の千冬さん。

そんな鬼人状態の千冬さんに食堂の目が集中していると……。

 

 

「……貴様等いつまでチンタラと食ってるつもりだッ!!!!!食事は迅速にッ!!!!!さっさとせんかぁッ!!!!!」

 

特大級の豪雷が降り注いだ。

 

 

千冬さんの怒号を皮切りに、食堂のアチコチで鳴り響く食器の騒がしいサウンドミュージックが開演する。

かくいう俺達もそうだ。

もはやしっかりと噛むなんて考えはハイパースペースの彼方まで飛び去り、ただ目の前の飯を腹に入れる事だけを必死にやる。

なんで!?なんで千冬さんはあんなに怒ってんだ!!?まだ時間は充分にあるってのに!!?

飯をカッ込みながら、俺は食堂に備えられた時計に目をやるが、時間はまだ充分に残されていた。

もう本気でわけわからん!!?

 

「いいかよく聞け小娘共ッ!!!!!私は1年の寮長だッ!!!!!遅刻したらグラウンド10周させてやるからそのつもりでいろッ!!!!!(元次の馬鹿者め!!昨日の今日で朝っぱらから別の女といちゃつきおって!!!コッチは只でさえ愚弟の壊した扉の修理依頼で寝不足だというのに!!!)」

 

俺は千冬さんの宣告を聞きながら、その内容に戦慄した。

確かIS学園のグラウンドのトラックは、1周5~6キロはあった筈だ。

それを10周……つまりは合計5~60キロですね、軽く死ねます。

 

 

 

まぁ、遅刻しなきゃ……ってやべえ!?本音ちゃんパジャマのまんまじゃねえか!?

 

 

 

本音ちゃんも飯を食べてる途中で気付いたのか、今は涙目になってる。

このままじゃ本音ちゃんは憐れグラウンド10周……いやいや、本音ちゃん死んじまうって!?

状況を把握した俺は更に牛丼をカッ込むスピードを上げて、さっさとどんぶりの中身を空にする。

すると、俺と同時に飯を食い終えた本音ちゃんがワタワタと慌てていた。

何せここから寮までは普通の人、若しくは本音ちゃんではどう頑張っても10分はかかる。

SHRは後15分弱。

このままじゃ遅刻してグラウンド10周は免れないだろう。

 

「あ、あうぅ~~~!!?死んじゃうよ~~~~!!?」

 

もうなんか本音ちゃんの涙腺は崩壊寸前、マジ泣き5秒前だ。

 

だが!!

 

「本音ちゃん!!(ガシッ!!)」

 

「ゲ、ゲンチ~~!!ぐすっ、ぐすっ、もう、もう、ゲンチ~のパフェ……食べられないのかな~……ぐすっ」

 

この俺が!!そんな事ぁさせねえ!!

IS学園のマイナスイオン発生娘のスマイルを守ってみせらあ!!!

 

「任せとけ!!(ガバアッ!!!)」

 

「ふえッ!!?ゲ、ゲンチ~!?」

 

俺は戸惑う本音ちゃんを抱き上げて、背中におんぶの形で背負う。

俺の筋肉は何もパワー特化なだけじゃねえ!!

 

「しっかり掴まってろよぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!(ズドドドドドドッ!!!!!)」

 

「ふぇぇええええええええええええええッ!!!!???」

 

『脚力』がありゃ、スピードだって出せんだよおぉぉおおおおおッ!!!

『元次TAXI』を甘く見んなよぉぉおおおおおおおおおッ!!!!!

 

俺は本音ちゃんを背中に装備したまま原付並のスピードで校舎を駆け抜け、階段をジャンプで飛び、カーブをドリフトするかの如く豪快に滑り抜ける。

極めつけは高台からのショートカットジャンプ、そして走ること7分で、1年寮の自室に到着。

フラフラ状態の本音ちゃんを部屋の中に放り込む。

そして本音ちゃんは3分で制服に着替えて、再び俺の背中にドッキング。

またもや風になる俺と応援する本音ちゃんのタッグでショートカット、ドリフト、ジャンプを繰り返し……。

 

「(ズバァァアアアアアアアンッ!!!)と、到着ぅ!!そしてもうダメぽ!?(ズダァンッ!!)ぜはぁー!!ぜはぁー!!ぜはぁー!!ぜはぁー!!」

 

「わわわわわッ!!??だ、大丈夫、ゲンチ~!!?」

 

「14分25秒!!ま、間に合ったか!?ゲン!!急いで座れ!!」

 

「お、おう。サンキュ、箒、本音ちゃん」

 

「ゴ、ゴメンね~ゲンチ~」

 

「き、気にすんなって本音ちゃ、げほっげほぉっおうえ゛ぇっ!!?」

 

「あわわ!!?ど、どんとすぴーくだよ~!!?」

 

何とかギリッギリのタイムで俺は1組教室に到着。

教室に駆け込んで力付き、床に膝を突いた所で箒と本音ちゃんに支えられながら自分の席に着いた。

いやもう自分の足じゃ全く動けねえ上に呼吸がシンドイ。

さ、さすがにこの距離は本気でキツかったぜぇ……まさか朝からこんなに疲れる羽目になるとは……恐るべし、千冬さん。

俺は自分の席に体全体を預けて、呼吸を整える事に専念する。

 

『良かったね本音!!間に合って良かった!!』

 

『元次君、本音ちゃんの為にあんなになるまで頑張ったんだ……カッコイイなぁ』

 

何やら後ろの方から聞こえるが、呼吸困難寸前の俺には何を言ってるのか聞き取る余裕が無かった。

俺はそのまま身体を起こして、横の列にいる箒に感謝の言葉を掛けようとして……。

 

「はーっ、はーっ……あ、あれ?……なぁ、箒?」

 

「ん?どうしたゲン?水か?」

 

「い、いや。そうじゃなくてだな……」

 

俺は水筒を差し出してくる箒に首を振って否定し……。

 

「……一夏は?」

 

俺の横に、居なきゃいけねえ筈の人間が居ない事を聞いてみる。

 

 

 

『『『『『……あっ』』』』』

 

俺の言葉に1組全員がしまった、みたいな声を上げる。

もうそのアクションだけで全てが分かってしまった俺は、窓の外に広がる空を仰いで黙祷を捧ぐ。

 

 

「…いい奴だったぜ。兄弟」

 

本当に、いい奴だった。

 

 

その数秒後に、食堂の方から断末魔の様な悲鳴が聞こえたが1組生徒は全員聞かなかった事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

傲慢なる愚者、野獣の怒りに触れる

KOOLとはひぐらしの造語で、落ち着くようにしていても結局はキャラクターが正常な判断力を欠いて暴走している状態のこと


「はーっ、はーっ、……な、何で…げほっ、俺……ばっかり……」

 

机にグッタリともたれ掛ってる我等がイケメン、一夏は疲れた様に息をぜーはーぜーはーと吐いていた。

そんな一夏の傍に控えるは、俺と一夏の幼馴染にして一夏に恋する乙女、箒だ。

そこに本音ちゃんも寄って来て、一夏をつんつんと突いていた。

これこれ、そんな虫を突く様な真似は止めなさいって。

 

「私もゲンチ~がいなかったら、おりむ~と一緒になってたんだ~……うぅ、ほんと~に間に合って良かったよぅ」

 

「だ、大丈夫か?一夏……なんだか、私は昨日からお前の心配をしてばかりな気がするぞ……」

 

「あぁ……俺を心配してくれるのはお前だけだよ、箒ぃ。お前は本当に優しいな」

 

「い、いや!?わ、私は別に、その……お、幼馴染の心配ぐらい、普通にするだろう……」

 

「その普通が俺にはスゲエ嬉しいんだって……本当にありがとうな、箒」

 

「……き、気にするな、当然の事だ(い、一夏と普通に話して笑い合える……なんて幸せなんだ)」

 

箒は一夏の言葉に顔を赤くしつつ、お礼を言われた事に頬の緩みが止められてなかった。

いいぞ箒、一夏の、いや好いた男の言葉は素直に受け取るんだ。

俺はそんな恋する箒に密かにエールを送ってやる。

 

はい、只今3時間目の授業が終了した休み時間です。

 

朝の鬼人と化した千冬さんによる恐怖の号令に間に合わなかった一夏は、気絶していたところを叩き起こされグラウンドをマジで走らされていた。

只、授業に遅れているからって理由で3週に負けてもらったらしい。

ちょうど今さっき帰って来たところで、一夏は朝の俺と同じ様に机に座って倒れ伏している。

どれ、苦行を終えてきたダチに労いの言葉ぐれえ掛けてやりますか。

俺も席を立ち上がって、机にダレている一夏の傍に歩み寄る。

 

「おう、お疲れさん一夏」

 

「……あんのなぁ!?ゲン!?お前のパンチで気絶したから俺はあんな目に遭ったんだぞ!?少しは悪びれろっての!!1ミリグラムの反省も無しか!?」

 

だが、俺が労いの言葉を掛けると、一夏は急に立ち上がって俺に詰め寄ってきやがった。

しかも俺の所為ときたかコノ野郎。

まぁ確かにその自覚はあるが、あれはタイミング的にもお前が悪いと俺は思うぜ。

詰め寄ってくる一夏を見ながら、仕方なく俺は謝罪を口にする。

 

「そうか、悪かったな。次は気絶しねえ様に気を付けろよ?」

 

「ったく、判ればい……ってちょっと待てぃ!?謝るのはそこなのか!?謝る部分が根本的に違うだろ!?」

 

「いや、まさかアレ程度で気絶するとは思わなくてなぁ……本当にスマン、一夏。次からはもう少し頑丈になっといてくれ」

 

「次もやるのは確定なのか!?やらないという選択肢は存在しねえのかよ!?それとせめて手加減してくれ!?」

 

はっはっは、何を言ってるんだブラザーよ?

お前が俺を面倒ごとに巻き込んだ瞬間に俺の拳はオートで飛ぶんだぜ?

それをやらねえなんて選択肢は存在するわけねえだろ。

 

「ゲ、ゲン。一夏も悪気があったわけではないのだ。どうか次は手加減してやってはくれまいか?」

 

およよ?今度は箒が来たか。

しかも一夏を庇うタメに言ってくるとは……成長したじゃねえか。

今ので一夏の中でお前の好感度は鰻登りだぜ?お前の後ろでキラキラした視線を送ってるからな。

ふむ、箒が相手に回るとちょっと厄介だから……懐柔するか。

 

「所で箒?一夏の好きな食べ物や女の好みなんだが(ぼそっ)」

 

「一夏、さすがにお前が悪かった時は甘んじて受けろ」

 

「ちょっと箒さぁぁあああああん!?ゲン!!テメエ箒に何を吹き込みやがった!!?」

 

あっという間に手の平を返した箒に絶望する一夏。

悪いが、テメエに恋する乙女達限定なら俺はある程度コントロールできるんだぜ?

そのまま俺に食って掛かる一夏を軽く受け流しながら過ごしていると、授業開始1分前のチャイムが鳴った。

 

「ほれ、一夏。早く席に着いとけ、また千冬さんの制裁を喰らいたかねえだろ?」

 

「げ、もう時間かよ?わ、わかった。もう千冬姉の制裁は腹いっぱいだしな。大人しく座っとく」

 

俺の言葉に、一夏は苦い表情を浮かべながら席に着き教科書とノートを広げていく。

さて、俺も準備しますか。

チャイムが聞こえた辺りで席に着いていた俺は、一夏と同様に教科書とノート、参考書を机から引っ張り出して用意していく。

千冬さんの作ってくれたテキストのお陰で今の所授業には着いていけてるし慌てる必要は無いな。

 

そしてチャイムから1分ジャストで、キリッとした黒スーツに身を包んだ千冬さんと可愛らしいワンピース姿の真耶ちゃんが入って来た。

しかし真耶ちゃんは何故か俺を見つけると、顔を赤くして俯きそのまま俺と視線を合わさないようにしているではないか。

え?なんでだ?俺何か真耶ちゃんにした……昨日の俺の自爆した台詞のせいか(汗)

俺は何となく、教卓に近づいていく2人を座ったまま眺めてみる。

う~む……キリッとしたクールビューティーなオーラを放ち、デキる大人の女を思わせる千冬さん。

そしてほわんとした柔らかい雰囲気と少女の様な可愛らしさを体現している真耶ちゃん……ホントに対照的な組み合わせだな。

でも、この組み合わせを見てると何故かピッタリだと思えちまうんだよなぁ……謎だぜ。

オマケに一番俺が気になっている謎は、真耶ちゃんの持つあの大きな夢の塊だ。

幼い見た目や身長とミスマッチながらもどこか全体的にマッチしていて、それでいて自己主張の激しいあの男達の浪漫。

一体あの中にゃどれだけの男の夢が詰め込まれてんだ?

真耶ちゃんの最大積載量『夢いっぱい』ですか?

 

ズドォオオンッ!!!

 

「んごがッ!?(ゴォオンッ!!!)」

 

そんなけしからんドリームの塊に文字通り夢を馳せていた俺に振り下ろされるは、我等が担任である千冬さんの宝具SYUSSEKIBO。

その凄惨たる威力は、俺のド頭を打ちぬき机に広げていた参考書と熱い熱いベーゼをカマせるぐらいの威力でした。

なんてこった。俺の栄えあるファーストキスは参考書か、幸せにするぜ?

 

「私の目の前で不埒な視線を教師に向けるとは、随分といい度胸だな?」

 

余りにも突発的かつ衝撃的な制裁に俺の頭が軽くお花畑っていると、頭上から俺に降り掛かる怒りのお声。

あ、これは大分カチ切れてらっしゃるね。すいません千冬さん、でも男の子は皆好きなんです。スケベなんです。

 

「げげげ元次さん!?ダ、ダメェ、ダメですまだ明るいですよぉう!!?」

 

千冬さんのお言葉で気付いてのか、真耶ちゃんの声はすっげえどもってた。

絶賛、参考書とキスしてる俺にゃどんな表情をしてるかわからねえが……っておい待て!?

 

「なぁにぃ!?暗かったらいいのか真耶ちゃん!?(ガバアッ!!!)」

 

真耶ちゃんのまだ明るいって部分のみに反応して、俺はさっきのダメージなんか無かったかの如く起き上がる。

俺の馬鹿丸出しの発言に、自分の胸を抱きしめるようにして恥ずかしがっていた真耶ちゃんの顔の赤みが更に濃くなっていくではないか。

 

やっべ、食い付いちまった。

 

「はひぇ!?そ、それふぁそのんにょ!?」

 

いや真耶ちゃん言葉になってね、って殺気!?

俺が殺気を感じた先に見たのは、出席簿を放り投げて軽く助走をつける千冬さんの姿なり。

ちょ!?そんなスピード乗せて何を!?

 

「教師に何をほざいとるか貴様ぁぁあッ!!(ガシイッ!!!)」

 

「すいま(ベキャアッ!!)べぇこんッ!?」

 

真耶ちゃんの発言を勝手に改造して夢いっぱいに受け取った俺に対して、千冬さんはマジ容赦無かった。

ムエタイの世界王者もビックリの速度で俺に叩き込まれる千冬さんの飛び膝蹴り。

首を押さえ込む首相撲状態からの蹴り技である『カウ・ロイ』が俺の鼻っツラに寸分の狂いも無く撃ち込まれたとです。

滅茶苦茶痛え、っていうか千冬さんいつからそんな技使えるようになったんです!?

そのまま蹴りの勢いで首相撲状態から強制的に開放され、その勢いで俺の視界は反転した後ろの様子を捉える。

 

『『『『『ピィッ!?』』』』』

 

すると、目の前で起きた惨劇の惨さを物語る俺の顔を上下逆さ向きに拝んでしまった女子は、皆一様に小鳥の様な悲鳴を上げた。

まぁいきなり上下逆さの顔が見えるようになったら怖えよな、皆すまねえ。

 

「むむむ~む~むぅ~!!(ぽっこり)」

 

だが、クラスの女子連中が恐怖している中で1人だけ例外が存在した。

IS学園の癒しマスコット、皆大好き本音ちゃんその人だ。

何やら俺が聞いた事がねえ程に激しく唸って俺に厳しい視線を送ってらっしゃるではないか。

しかも頬の膨れ具合が今朝と比べて段違いに大きくなってるし。

 

……俺は何も見てねえ、見てねえったら見てねえぞ。

 

とりあえず見たものに蓋をして、俺は撃ち抜かれた頭を起こして前に視線を向け直す。

元に戻った視界の先には、何時の間にか出席簿を持ち直して俺を射殺さんばかりに睨む千冬さんがいた。

しかも出席簿はちっとも曲がってねえ!?

鉄パイプで殴られても平気な俺の頭を殴って曲がらないとか……マジでその出席簿何で出来てるんすか千冬さん?

アレっすか?アダマンチウム製っすか?

 

「鍋島……グラウンドを100000周してくるか?ん?」

 

「以後気をつけます!!勘弁して下さい千冬さん!?」

 

「は、はうぅ(い、いけない!!集中しなきゃ!!先輩の授業の進め方を参考にしなくちゃいけないんだから!!……あぁん、元次さぁん……そんなご、強引になんてぇ……えへへぇ♪)」

 

千冬さんの提案した処刑メニューにすぐさま謝罪を口にする俺。

いくら俺がタフでも100000周とか無理、絶対無理、つうか一夏と単位が違う。

 

「馬鹿者が……んん!!さて、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

俺の誠心誠意の謝罪が功を奏したのか、千冬さんは俺を一言叱責するとクラス全体に響く様な声で俺達に話してきた。

千冬さんの声の真剣さに、さっきまで怯えていたクラスの女子達も慌てて真剣に授業を聞く体勢に入る。

俺も下げていた頭を上げて教卓に視線を送るが……教卓に立っていたのは、真耶ちゃんではなく千冬さんだった。

あれ?真耶ちゃん何処行ったんだ?

不思議に思った俺が目線だけで真耶ちゃんを探すと、真耶ちゃんは教室の隅にパイプ椅子を使って座っていた。

何やら手元にはノートとペンを持っている。

え?なんでだ?

確かに『実践で使用する各種装備の特性』なんてISを使うならかなり重要な項目だと思うが、真耶ちゃんだって先生ならノートを取る必要なんてねえだろうに。

 

「……?……ッ!?(げ、元次さんが私を見てる!?すっごい真剣な表情で見つめてる!?……あ……あぅぅ)」

 

俺が真耶ちゃんを目線で見ながら首を捻っていると、俺の視線に気付いたようで俺と視線を合わせると真っ赤な顔になって俯いてしまった。

ま、まぁさっき『貴女の胸を暗かったら拝んでよろしかったんですか?』なんて面と向かって聞いちまったからなぁ。

思い返すと俺もかなり恥ずかしい……授業に集中しよう、今は真耶ちゃんと目が合うと気まずい。

真耶ちゃんの恥ずかしがる行動に俺も気恥ずかしさが伝染してしまったので、俺は目線を再び千冬さんに戻す。

 

「あぁ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

だが、俺が視線を戻したと同時に、千冬さんは何かを思い出したように話の内容を変えてしまった。

ん?なんだ?『クラス対抗戦』って?

俺が知りもしない単語に首を捻っていると、千冬さんは話の続きを始めた。

 

「知らない者もいるかも知れないので一応説明しておくが、クラス代表者とはそのままの意味だ。クラス同士で行われる対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席等……まあ、クラス長のような役割と思ってもらって構わん。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

千冬さんの説明にざわざわと教室の女子が色めき立つ。

だが、俺はまだちゃんと理解できなかったので女子の騒ぎに交じって騒ぐ事は出来なかった。

隣を見てみると、一夏もぽかんとした表情を浮かべていたので一夏も何の事かわかってねえみてえだ。

えぇっとぉ~……千冬さんの言ってた事を纏めると、つまりぃ?

 

まず1つ目、クラス代表者なる者は、再来週から始まるクラス対抗戦……つまりはクラス同士のガチ喧嘩をやるクラスの代表だろ?

 

んで2つ目、クラス代表になると、会議とか委員会への出席がある……これはつまりクラス委員長の仕事も兼任って事だな。

 

次は3つ目、クラス同士の実力推移を測り、向上心を煽る目的もある……要は『あのクラスより強くなろうぜ!!』って競争する心構えを持たせるって腹だな。

 

最後に4つ目、この代表は一度決まると進級するまで変更できねえっと……うん、要はかなり面倒くさい役割ってわけだな。

 

決めた、俺絶対クラス代表にゃならねえ。

そんなモンになっちまったら、只でさえ面倒な今の生活が更に面倒になるのは分かりきってる。

しかも会議とか委員会とか、俺には全く持って似合わねえ場所じゃねえか。

俺は千冬さんの言った内容をしっかり噛み締め、絶対にクラス代表にはならないと心に誓う。

 

「さてそれでだ。誰が代表者になる?自薦他薦は問わない。誰かいるか?」

 

千冬さんの言葉に一度クラスから音が消える。

さあて、俺以外なら誰でもいいぞ。

誰かなってくれ。

俺がそんな事を心中で思っていると、1人の女子が手を挙げた。

 

「はい!!織斑君を推薦します!!」

 

しかも推薦されたのは、我等がフラグメーカー一夏君だ。

あらら、一夏の奴まぁた面倒事に巻き込まれちまったんだな。

 

「私もそれがいいと思います!!」

 

「私も私も!!」

 

一人が言い始めたことで連鎖反応の如く多くの女子が一夏を推し始める。

俺は心の中でほくそ笑みながら、今の話に挙がってる兄弟分に目を向けるが……。

 

「……(ぽけ~)」

 

一夏の奴は、まるで何事も関係ないかのように呆けていた。

なんだ?あいつ別に代表になってもいいの……いや、ありゃ多分「このクラスに他にも織斑っているんだな」ぐらいにしか考えてねえんだろう。

いくら一夏でも、自分の事が話題になってたら普通に反応するしな。

 

「候補者は織斑一夏と……他にいないか?いないなら無投票当選だぞ?」

 

「……へっ!!?お、織斑って俺の事だったのか!?」

 

千冬さんがフルネームを呼んだ事でやっと一夏は、織斑が自分の事を指していると気付いたのか、自分を指差しながら後ろの女子を見渡していた。

もちろん、そんな一夏の視線に頷きを返してくる女子一同。

つうか当たり前だろうに、一番初めの女子が「織斑君」と呼んでただろうが。

IS学園は女子の花園、その中で君付けされんのは異分子の俺かお前だけだろうに。

俺はアホ過ぎる一夏の言動に額に手を当てながら心中で溜息を吐き、事の成り行きを見守る。

そして、千冬さんの「いなければ無投票当選」って言葉を思い出したのか、一夏は慌てて千冬さんの立っている教卓に向き直った。

 

「ちょ!?ちょっと待った!!俺はそんなのやりません!!辞退します!!」

 

そして一夏は千冬さんに辞退する旨を必死な表情で伝えるが……。

 

「自薦他薦は問わんと言った。推薦された以上、拒否は許さん」

 

「うっそぉ!?」

 

それは儚くも千冬さんに却下される。

あぁ、なんという悲運だ、哀れ一夏よ、骨は拾ってやるからな?

俺は不運を背負った幼馴染に黙祷を捧げつつ、事の成り行きを見守る事に専念する。

 

「お、落ち着け織斑一夏!!KOOLだ、KOOLになれ!!この状況を打破するには!?……だ、だったら!!ちふ、……お、織斑先生!!俺はゲンを推薦します!!」

 

ゴンッ!!

 

思わず机にヘッドバットをカマす俺がいました☆

成り行きを見守っていたら、いきなり渦中に道連れにされたとです。

やべえ、ワケわかんねえ。

俺が状況に着いていけずに困惑していると……。

 

「織斑先生!!私も鍋島君が良いと思います!!」

 

「わ、私も……です!!」

 

そこに女子からの賛成の声が続く始末。

しかもそれを皮切りに、アチコチから俺を推す声が聞こえてくるではないか。

その光景を見て安堵の表情を浮かべる一夏君。

ふむ?つまり諸悪の根源はコイツか、また俺は巻き込まれたのか、そうかそうか成る程。

 

 

 

 

 

「一夏ぁ、焼却炉逝こうぜ?久しぶりにキレちまったよ♪」

 

そんなに俺に処刑して欲しかったのか?まったくこのイヤしんぼめ☆

骨を拾う前に俺が骨にしてやるよ。

 

 

 

 

 

俺は輝くような笑顔を浮かべて一夏と視線を合わせる。

すると目があった一夏は顔の色を青ではなく土気色に変えていくではないか。

なんだよ人の笑顔見てそんな顔すんなよマイブラザー。

 

「ま、まままま待て待て待て待て!?落ち着け、落ち着くんだゲン!?そこは普通屋上だろ!?いや屋上も嫌だけど、焼却炉って俺に何するつもりなんだ!?」

 

「落ち着け?落ち着けだって?何を言ってるんだい一夏君?俺はこれ以上ないぐらい落ち着いてるよ?今まさにどうやって目の前にいるフラグメーカーを惨たらしくブチ殺してやろうかと考えられるぐらい冷静だよ?」

 

「落ち着けてない!?それ全く冷静じゃないからな!?しかも丁寧語な分怖えよ!?」

 

「それで?焼き方はミディアム?それともレア?ロースト?はたまたウェルダン?さぁどれがお好みですかぁああッ!?(バキバキッ!!!)」

 

「助けてーーーーー!?」

 

俺はキラースマイルを浮かべつつ拳を鳴らして一夏ににじり寄っていく。

周りの女子は俺の笑顔に当てられてガタガタと震えていたが、俺は目の前のアホタレをあの世に叩き送らねばならないのでとりあえず放置。

そして俺が必殺の拳を一夏に繰り出そうとしたその時。

 

「待て、鍋島」

 

後もう一歩で射程距離に届くといった所で、千冬さんが教卓から俺にストップを掛けてきた。

その声に、俺は仕方なく拳を下げて千冬さんに向き直る。

一夏の野郎、滅茶苦茶安心していやがるな、後で覚えとけよコラ。

 

「何すか?織斑先生」

 

「今は私の管轄時間だ、織斑を殺るのは後にしろ」

 

「よ、良かったぁ、助かっ……って時間が延びただけ!?惨劇は回避できないのか!!??運命は打ち破れないのかよ!?」

 

千冬さんはそう言って俺と一夏に座るよう促してきた。

なんだ後ならいいのか、なら今は我慢するとしますか。

 

「わっかりました。織斑先生」

 

「うむ。では、候補者は織斑と鍋島の2人か……なら多数決を取るとするか」

 

俺と一夏が席に着いたのを見計らって千冬さんはそう言ってクラスを見渡し始める。

あ、ソッチは続行なんですね畜生。

既にクラスの女子達は、俺と一夏のどっちに投票するかでキャイキャイと姦しく話し合っていた。

俺はそんなクラスの様子を眺めながら、諦めの溜息を吐く。

もうこの空気じゃ辞退はできねえし、何より千冬さんがそれを許す筈もねえか……はぁぁ。

そんな感じで俺が諦めたように外を眺めていると……。

 

 

「(バァンッ!!)納得がいきませんわ!!!」

 

 

あ?何だ?

 

俺はいきなり鳴った音の発生源に目を向ける。

そこには、机に両手をついて怒りの表情を浮かべた……昨日の腐れアマの姿があった。

周りの女子も何事かと腐れアマに対して疑問の表情を見せている。

何だコイツ?何にそんなに怒ってんだ?

俺がソイツの起こした行動に首を傾げていると、ソイツはまるでマシンガンの如く喋りだした。

 

 

「そのような選出は認められません!!大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 

……あ?

 

ソイツはいきり立ちながら、俺と一夏を指差して喚き散らしてきやがった。

何だコイツ?昨日は男って事で見下してきて、今度は直接喧嘩売ってきてんのか?

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!!わたくしはこのような島国まで態々来ているのは、IS技術の修練に来ているのです!!サーカスの練習に来ているのではありませんわ!!大体こんな国にこの様な施設が有ること事態が可笑しいのです!!極東なぞのわざわざ遅れている国にこの様な重大な施設を作るなど!!」

 

……おい、コイツ掛け値無しの馬鹿だろ?今のテメエの発言がどれだけの人間敵に廻してるかわかってねえのかよ。

しっかし極東の猿、極東の遅れている国、ねえ……何考えてんだか。

つうか、IS学園の生徒は殆ど日本人だぞ?このクラスだってそうだし……自分がどう見られてるか分かって発言してんのか?

今、クラスの中ではこのアホが何か言う度に、アホに対する視線が厳しくなっていく。

そりゃそうだよな。自分達日本人が猿呼ばわりされたんだもんな、同姓でも言って良い事と悪い事はあるだろ。

しかも教卓の千冬さんもかなりイライラした表情になってるし。

だが、それでも腐れアマは周りの視線に気付かずにドンドンとヒートアップしていく。

 

「大体!!文化として後進的な国に暮らさなくてはいけない事自体!!わたくしにとっては耐え難い苦痛で……!!」

 

カチンッ!!

 

確かに今は女尊男卑だろうさ?だがよ、物事にゃ限度ってもんがある。

こいつは自覚さえもしていないんだろうな、言動も表情も目も、全てがちょっと良い玩具を与えられて調子に乗っている餓鬼としか、俺の目には映らなかったんだからな。

あ~あ、今度は文化が後進的と来たか……って何だ今の音は?

俺が腐れアマの戯言からヤバイ単語を拾っていると、何やら横から変な音が聞こえたのでソッチに視線を向けてみる。

 

「……ッ!!!」

 

其処には、怒りの表情で今にも立ち上がらんとする一夏がいた。

良く見れば反対側の箒も、拳を震える程握って厳しい表情を浮かべている。

あ~くそ、そういやコイツ等って日本に誇り持ってんだよなぁ……こりゃ言い返すつもりなんだろうが……仕方ねえ。

いっちょ思いっ切り意趣返しすんのに協力してやるか。

俺がそんな事を考えている間にも、俺の親友は立ち上がって腐れアマに視線を向けていた。

さてさて、じゃあ俺もやりますか。

 

「イギリ…」

 

「おう、待てや一夏」

 

一夏が何かを言おうと立ち上がって、周りの目がコッチに集中した瞬間、俺は声を大きくして一夏の名前を叫ぶ。

すると台詞を遮られた一夏を含めた全視線が俺に集まる。

さあて、掴みは上々っとくらあ。

 

「一夏、言い返すんじゃねえぞ」

 

俺はまず、怒って冷静さを失った兄弟分に言葉という名の冷水をブッかけてクールダウンを図る。

だが、俺の言葉に一夏は俺に対して怒りの表情を向けてきた。

クラスの女子も、俺がいの一番に言い返すと思っていたのか、目を丸くする。

 

だが、それでいい。

 

「何でだよ!?日本が馬鹿にされてんだぞ!!ゲンは悔しくないのかよ!?」

 

「フン、貴方は言い返さないのですね?やっぱり図体がデカイだけで、その程度の男ということですか。まぁ事実をしっかりと受け止めているようですから、その辺は評価してさしあげてよ?」

 

一夏と腐れアマは極端な意見を2人同時に俺に浴びせてきやがった。

一夏は悔しそうに、腐れアマはフフンと馬鹿にした笑みをもって。

さて、俺の怒りのボルテージもイイ感じになってきたし、今回も遠慮なくやらせてもらうぜ。

俺は悔しそうに表情を歪めている一夏に、俺がヤラかす時のサイン、ニヤリとした悪い笑みを送りつつ……。

 

 

 

 

 

 

 

「俺ぁなぁ、一夏。お前や箒っていう大事なダチに、あんな『ゴミ屑でド低脳なド腐れアマ』と同じ底辺に堕ちて欲しくねえから止めてんだぜ?」

 

特大の爆弾をブッ放つ。

 

 

 

 

 

 

 

俺の放った爆弾の威力に正しく、周囲の時が止まった。

俺に怒ろうとしてた一夏ですら呆けた表情を浮かべ、周りの女子は鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔になってた。

いや、千冬さんはなんかイイ笑顔を浮かべてるな。

そんな周りの様子が可笑しくて、俺は更に顔を笑顔に変えていく。

 

「――今……なんとおっしゃいました?」

 

そして、いの一番に復活したのは、あの腐れアマだったが……おー、おー、こりゃイイ感じにプッツンしてんな。

俺を見る視線はもはや絶対零度に近く、人を見る目じゃなかった。

まぁ、俺は元からコイツを人並みの目でなんて見ちゃいなかったがな。

俺はそんな腐れアマの視線を受け流しつつ、もう一度言い放ってやる。

 

「あぁ、言葉が足りなかったぜ。『ゴミ屑以下、クソ以下でド低脳なアバズレのド腐れアマ』だったわ」

 

「ッ!?……ひ、人をゴミ屑呼ばわりするなんてッ!?貴方には人としてのモラルというものが無いのかしら!?これだから猿は困りますわ!!」

 

俺の再度放たれた爆弾に、腐れアマは青筋を立てながら俺に叫ぶが俺はそれを正面から笑顔で受け止める。

ハッ、テメエなんぞが凄んだところで何とも思わねえっつの。

そして、腐れアマの叫び声を皮切りに、一夏達もハッと正気に戻った。

 

「お、おいゲン待ってくれ。どーゆう意味だよ?俺が言い返したらアイツと同じ底辺に堕ちるって?」

 

そして復活してきた一夏は俺にさっきの言葉の意味を問いかけてきた。

今は頭も冷えたみてえで、普段通りの口調で話しかけてきてるな。

周りの女子もわかんねえのか、一夏と同じ様な視線を俺に送っている。

よし、全員正気に戻った所で、教えてやりますか。

 

「簡単な話だ。一夏、そこの腐れアマは日本の事を『文化として後進的な国』とか俺達日本人を『極東の猿』って言っただろ?」

 

「あ、あぁ」

 

俺の問い返しに一夏はとりあえず頷いたので、俺は更に話しを進めていく。

 

「おかしなモンじゃねーか。コイツは『文化として後進的な国に住む極東の猿が造ったモン』に乗って、その功績を自慢してんだぜ?とんだお笑い草だろ?」

 

「ッ!?」

 

「え?……あ、あぁ!?そうだった!?ISは束さんが造ったモンだもんな!?確かにそれは可笑しい話しだぜ」

 

「だろーが」

 

俺の言葉に一夏は今思い出したみたいな顔をし、腐れアマは衝撃を受けたような表情を浮かべた。

クラスの女子も俺の言葉に『そうだよね、何もオルコットさんが造ったってワケじゃないし』等の言葉が飛び交い始めている。

そう、コイツが自慢してるISは束さん、つまり日本人が造ったモンだ。

それに乗ってその功績を自慢しつつ、造った国と人を馬鹿にするなんて滑稽の極みだろ。

つうか、こんなモン序の口、まだまだあるぞ。

 

「それに、この国にIS学園を作るのがおかしいって、日本はIS発祥の地だぞ?むしろ其処以外に適任な地があんのかねえ?あるってんなら是非にともご教授願いてえもんだぜ」

 

「うッ!?……くぅうッ!!?」

 

俺の第2攻撃、いや口撃か?に対しても、腐れアマは俺を睨みながら唸るだけで適切な答えを返せずにいる。

当たり前だ。造られたモンの発祥の地、所謂メッカ以外に適切な場所なんてどこにも存在しねえんだからな。

 

「それに、さっきテメエは俺の事をモラルがねえだとかどうだとか抜かしてたが、そいつぁテメエが言えた義理じゃねえぞ?」

 

「な、何故ですのッ!?人をゴミ呼ばわりするアナタの様なロクでもない人間に、わたくしの様な高貴な人間が何も言えない立場だなんて有り得ませんわッ!!」

 

腐れアマは俺の言葉に食って掛かり、その顔に怒りを露にし始めた。

おいおい?テメエはさっきまでの自分の発言を思い返して見ろってんだよボケ。

俺は直ぐ傍で言い返そうとしている一夏を手で制して止める。

まったく、俺の事で怒ってくれんのは嬉しいけどよ兄弟、この程度の返しに一々怒ってたらキリがねぇぞ?

俺は余裕綽々の笑みを持って腐れアマに言い返す。

 

「だってそうじゃね?俺はテメエ個人を馬鹿にしてるが、テメエは『日本に住む日本人全員』を猿呼ばわりしたんだぜ?堂々と人種差別発言をカマしたテメエの方こそモラルが欠けてんだろ?」

 

「なッ!?」

 

俺のニヤつきながらの指摘に、腐れアマはハッとした声を上げてクラスを見渡す。

すると腐れアマに返ってくる視線は敵意や厳しい視線の2種類しかなかった。

まぁコイツの言った事はそんだけモラルの欠けた上に馬鹿な言葉だったってわけだがな。

完全な自業自得だ。

普通ならここまで言った辺りでもう止めてやる所だが……この腐れアマは俺の兄弟を侮辱したんだ。

後でもっとやっときゃ良かったと後悔しねえ様にトコトンやらせてもらうぜ?

 

「しかもテメエがさっきから自慢してるISの世界最強、つまりブリュンヒルデは千冬さん。さっきからテメエが馬鹿にしてる俺等と同じ日本人で、テメエが猿呼ばわりした一夏の姉さんだぞ?これでテメエが『織斑先生は猿じゃありませぇん』なんて一夏の家族なのに贔屓してんだったら、それこそモラルがねえクソ以下の人間だと思うが?」

 

ここで俺が放った言葉にクラスの目が千冬さんに向く。

教卓に立ってる千冬さんは腕を組んだ姿勢でかなりイラついた表情を浮かべていたので、腐れアマは今度こそ顔色をサーッと青色に変えてしまった。

まぁ千冬さんが不機嫌なのは、俺が言ったブリュンヒルデって名称にだがな(笑)千冬さんそのアダ名嫌いだし。

でも、俺が言ったアダ名に不機嫌半分、腐れアマの発言に不機嫌半分ってトコだろう。

それこそISの世界で頂点に立っている人の人種を猿だと目の前で暴言吐いたんだ。

例え千冬さんが愛国心に薄い人間だったとしても、言われて平気かって言われたら全然平気じゃねえだろう。

ホント根性あんぜこのクソアマ、あの天然チートな千冬さんに真っ向から喧嘩売るなんてな。

俺でも絶対にしたくねえ事を平然とこなしたソコんトコだけは評価してあげよう(笑)

 

「オマケにテメエが日本人を馬鹿にしてるって事は、テメエが自慢してるISの開発者である束さんの事も馬鹿にしてんだぜ?これでイギリスのISが全部止められてみろ?テメエはどうケジメをつけるつもりなんだ?」

 

「そ、それは!?」

 

俺は更に追い討ちを掛けていく。

まさかIS開発者の束さんを猿と馬鹿にしといて、その可能性を考えなかったのかよ?

あの人外国人嫌いだし、日本人で良かったと言ってるぐらい日本の文化を好んでる。

箒と一緒で和が好きなんだよな。

束さんが人嫌いなのは全世界でも知られてる程に有名な事だし、その束さんが大事に思ってる俺や一夏、千冬さんに箒をいっぺんに馬鹿にするって……多分、あの人怒り狂ってんじゃねえか?

 

「更に更にだ。テメエは確かイギリスの代表候補生だったよなぁ?」

 

「そ……それが何ですの?」

 

そして俺が繰り出すは次なる議題。

この腐れアマが『代表候補生』って立場に居る人間だってのに、あんな軽はずみな発言をした事の馬鹿さ加減を指摘してやるぜ。

さっきまでのはあくまでこの腐れアマが『個人』として言ってはならねえ事であって、コイツの立場を加えりゃ、それはかなり最悪なモンになる。

ま、コイツが口から吐いた言葉は無かった事にゃできねえし、今更後悔した所でもう遅えんだがな。

 

「参考書で読んだけどよ。代表候補生ってのぁ、それこそ国家代表になるかもしれねえ立場の人間。つまりはその国の代表って意味合いがあるらしいじゃねえか?」

 

俺が言い出した言葉に、クラスの人間の視線は千冬さんから俺に注目を変える。

腐れアマはまだ何かあるのかと俺の言葉に身構えているが、もうこの爆弾は止める事も避ける事もできねえぞ?

 

「ならよぉ……国を代表してるモンが、『日本は文化として後進的な極東の猿の島国』だなんて発言カマすって……これってよ、イギリスの代表者が日本って『国』に喧嘩売ってるのと変わらねえだろ?」

 

「なッ!?」

 

俺のニヤけた笑みで繰り出した言葉に、腐れアマは青かった顔色を白く変えていく。

どうやら俺の言ってる言葉が理解できたみてえだな。

 

「代表候補生は国が選出する人間……つまりはその国の意思と変わんねえ。つまりテメエの言葉は、それこそイギリスって国の言葉だと取られるんだぜ?テメエのさっきの発言は謂わば『イギリス』の発言になる。これがここじゃなく公な場所だったりしてみろ?それこそ一発で外交問題に発展だろーよ」

 

「あ……あ……」

 

腐れアマは等々言葉にならねえ単語を呟きながら身体を震わせだした。

自分の発言がどんな事態に繋がるかも考えずにあんな事のたまったんだ、その震えは自業自得だぞ。

 

「テメエは自分の立場も考えずにあんなアホ丸出しの発言をカマしたんだ。今更震えてんじゃねえよボケ」

 

俺はそこで言葉を切って震える腐れアマから視線を外し、今度は一夏に視線を合わせる。

 

「そんでもって一夏」

 

「お、おう」

 

俺の問いかけに、一夏はオドオドしながら返事を返してくる。

その表情は何かバツが悪そうな顔だった。

別に今からお前を怒ろうってわけじゃねえんだからそんな顔すんなっての。

俺はバツが悪い表情を浮かべている一夏に苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「と、まぁそういうわけだ。お前があそこでこの馬鹿の口車に乗って言い返したら、オメエは『イギリスを馬鹿にした男のIS操縦者』として、イギリスに何か要求されたかも知れねえんだぜ?」

 

そう言われた一夏は自分の発言がどう取られるか理解したのか、かなり後悔した表情に変わっていく。

まぁ一夏の場合はまだ何も言ってねえんだからそこまで問題にゃなんねえだろ。

 

「そうなると、オメエもアイツと同じ穴のムジナになっちまう。俺はな一夏?自分の親友だと思ってる男にそうなって欲しくねえと思ったから止めたんだ」

 

「……あぁ、サンキューな。ゲン……しっかし、普通あそこまでボロクソに言うか?もう少し手加減してやっても良かったんじゃねえか?」

 

お?あんだけ言われても相手の心配をするってか?本当に優しいモンだなオメエはよ。

一夏はそう言いながら、腐れアマを心配するような目で見る。

 

「これでも手加減した方だぜ?大体、何かの代表に立つって事ぁその分デケエ責任がついてくるモンだ。そんなもんガキでも判る常識だろ……違うか?代表候補生さんよ?」

 

俺は一夏から視線を腐れアマに移しながら言葉を掛ける。

腐れアマはもはや言い返す言葉もねえのか、ただ俯いて聞いてるだけだ。

つうか、俺が言ってる事なんざ参考書の3ページ目に載ってた、謂わば基本中の基本なんだぞ?

それを代表候補生が理解してねえ時点でダメだろ。

 

「……」

 

「なんだだんまりか?そりゃそうだ、言い返す事なんざ出来ねえ事だからな。テメエが何言おうがそれでどうなろうが知ったこっちゃねえが、テメエの吐いた言葉の責任(ケツ)取れねぇ(拭けねぇ)ガキが粋がるんじゃねえよ、アホンダラが」

 

俺は締め括りにそれだけ言って腐れアマから視線を外し、前教卓に視線を向ける。

するとそこにいらっしゃる千冬さんは、中々にイイ笑顔っつーか、スッキリした笑顔って感じだ。

でもまぁ、この空気に終止符を打たなきゃいけねえのは千冬さんなんだよな。

俺は大分スッキリしたが、それで終わりじゃねえもんな……すんません、場をかき乱しちまって。

こりゃ一夏に言えた義理じゃねえか、反省しねえと。

 

「……ませんわ」

 

「え?」

 

ん?お次は何だ?

何やらボソッと小さく呟く様な声が聞こえたかと思ったら一夏の聞き返す様な声が続いて聞こえたので、俺はもう1度後へ振り返る。

すると……。

 

「……高が男の分際で……言うに事欠いてわたくしをゴミ屑ですって?……許せませんわ!!」

 

そこに居たのは、何やら俺を睨みつけながら激しく怒りを露にした馬鹿だった。

つうか、高が男って……まだ自分の言ってる事の意味が判ってねえのかこの馬鹿は?

もうアレだな……こりゃブチのめした方が手っ取り早いわ。

中1ん時に鈴をイジめてたあのゴリラ並にアホだ。

俺は呆れを多分に含んだ視線で目の前のアホを見ていると、アホは俺に指を突きつけて……。

 

「そこの二人!!決闘ですわ!!!二度と生意気な口が聞けない様に調教してさしあげてよ!!」

 

高らかに俺と一夏に喧嘩を売ってきた。

結局は自分の思い通りにいかなきゃ力でねじ伏せるってわけか……良いじゃねえか。

チラッと一夏に視線を向けて見ると、一夏もノリ気な様でその目に燃えるような闘志を滾らせていた。

俺もかなり喧嘩っ早いが、コイツも大概だな。

 

「あぁ、いいぜ。四の五の言うより判りやすい。ゲンだってフラストレーション溜まってんだろ?」

 

一夏は自信満々に馬鹿に言い返して俺に視線を向け直してきた。

なんだよ一夏、テメエ良く判ってんじゃねえか、さすが俺の兄弟分だぜ。

 

「まぁお前の言う通りだぜ一夏。それにさっきの説教も、昨日の説教も、どっちも全っ然俺らしくねえ。ムカつきゃさっさとブチのめしちまえば早え話しだってのによ。まったく、俺はいつからこんな丸くなっちまったんだか」

 

俺は一夏の言葉に笑顔で答えると、一夏も同じように笑顔で返してきたので今度は馬鹿に視線を向け直す。

そうだよな、コイツが鬱陶しいならあのゴリラみてえにブチのめしゃいいんだよな。

 

「決闘だとかご大層なセリフほざいてるが、要は俺らと喧嘩がしてえだけなんだろ?良いぜ、力で向かってくるってんなら、力でねじ伏せてやるだけだ」

 

「フン、言っておきますけど、態と負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしてさしあげてよ」

 

腐れアマはそう言って俺と一夏を物でも見るような目で見てきやがる。

だから自分の立場考えろっつうに。

俺がまたもや説教しなきゃなんねえのか、とか思ってると、俺より先に一夏が前に乗り出した。

 

「侮るなよ、真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

 

そして一夏は腐れアマを真っ直ぐに睨みつけて堂々と言葉を返す。

その一夏の堂々とした姿勢に、一夏に恋焦がれてる箒は頬を赤く染めて魅入っていた。

良いねえ、こりゃあ一夏もイイ感じに火が滾ってるってわけだ。

 

「はっ、言い返せない事実を突き付けられてシカト決めるしか能がねえガキがチョーシに乗っちゃいけねえぜ」

 

「くッ!?……コホン。まあ、良いでしょう。イギリスの代表候補生でありこのIS学園の試験官を新入生で唯一倒した実績のある、入試主席のこのわたくしが格の違いというものをお見せしてあげますわ!!」

 

腐れアマは一夏の視線を受け流すと、高らかにそう宣言しポーズを取る。

だが、俺は少なからずこの腐れアマの言葉に驚いていた。

入試で試験管を倒した?

俺が受けた試験内容は、皆と同じで千冬さんとのガチバトルだ。

一夏は千冬さんがいねえ時に試験を受けたらしいから、一夏は除外するとしても特例でもねえ限り他の子は変わんねえだろう。

そりゃつまり……この腐れアマに、あの『千冬さん』が負けたってことか!!?

コイツ性根は腐りきってるが、腕は確かって事か……こりゃ油断できねえな。

 

「……ん?入試ってあれか?ISを動かして戦うってやつ?」

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

と、俺が腐れアマに対して警戒心を高めていると、急にきょとんとした一夏が腐れアマに質問していた。

 

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

 

「は……?」

 

ここで出た爆弾発言に、腐れアマは顔を呆けた物に変えて呆然とする。

かくいう俺も驚きを隠せないが。

つうか一夏、オメエ相手が千冬さんじゃねえにしてもIS初搭乗で試験官に勝ったのかよ?スゲエな。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが……」

 

……いや、それってつまり……ねぇ?

俺は初めてこの腐れアマに同情したが、一夏は持ち前の図太さで遠慮なく斬り込む。

 

「女子では、ってオチじゃないのか?」

 

その瞬間、一夏が発した犬も食わねえような下らねえオチに辺りは沈黙に包まれ、腐れアマはさっきまで舞い上がっていた自分を思い返したのか白い肌が段々と赤く染まっていく。

一夏……ある意味、お前の方がヒデエと思うぞ。

この人数が聞いてる中で『あなたはド盛大にド恥ずかしい勘違いをしてやがりました。ザマァ(笑)』ってド直球で宣告するとは……ヒデエ。

俺が腐れアマに爪の甘皮ほど同情していると、羞恥を誤魔化す為にかは分からないが、腐れアマは俺にキッと視線を向けてきた。

 

「あ、あなたはどうなんですの!?」

 

「俺如きが勝ったんだ。ゲンならさくっと勝てただろ?」

 

一夏も腐れアマに続いて俺に視線を向け、その行動によってクラス全体の目が俺に向いてきた。

つうか一夏よ、オメエ試験官が千冬さんだったらそんなセリフ吐けねえぞ。

信頼されてんのは嬉しいがその信頼は裏切る事になるぜ。

 

「期待してるトコ悪いが、俺は負けたぞ?」

 

「へ?……なん……だと?」

 

千冬さんは俺の勝ちだって言ってたが、俺はアレを勝ちだなんて思っちゃいねえからな。

俺は苦笑い混じりにそう告げるとその事実が信じられないと言うように、今度は一夏の顔が驚愕の色を浮かべ、それに反比例するように腐れアマの表情は喜色を帯びていく。

 

「おーっほっほっほ!!、あれだけ大層な事をおっしゃるからどれ程の者かと思えば……大きな事を言ってもあなたは所詮その程度!!口だけの男という事ですわね!!た・か・が試験官にすら勝てないのですから!!おーっほっほっほ!!」

 

おし決めた、この腐れアマはぜってーにブッ倒す。

言うに事欠いて試験官……千冬さんを高がだとか抜かしやがって……ゼッテーにブッ倒す。

俺の大切な人達を馬鹿にし続ける腐れアマに対して怒りのボルテージがドンドン上がっていくが、俺は静かに耐える。

今ここでこの腐れアマを殴っても何の解決にもなりゃしねえ……正々堂々、コイツの自慢してるISの試合で片を付けてやる。

そんな決意を胸に俺は静かに耐え忍ぶが、一夏は俺に気まずそうな、それでいて悔しそうな視線を向けていた。

多分、大勢の前で恥じ掻かせて申し訳ないとか思ってんだろうが……気にしなくていいのによ。

この空気は、俺が千冬さんに負けたからだしな。

俺は俺に対して腐れアマが出してるウザくて耳障りな笑い声を耐え忍んでいると……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぅ……成る程な……つまり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり聞こえた、静かで、それでいて圧倒的存在感を感じさせる声に、全員が声の発生源である『教卓』に視線を向ける。

それは悔しそうに俯いていた一夏や箒も、耳障りに笑っていた腐れアマも、その笑い声を耐えていた俺も例外なく、だ。

その圧倒的存在感の主……つまり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴様にとって、『私』は『高が』程度の『存在』……と……そう言ってる訳だな?……小娘

 

『世界最強』の名を欲しいままにする御方……千冬さんはその名に恥じない威圧感を持って、腐れアマに視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『……え?』』』』』

 

ここで1度、クラスの全員が目を点にして呆然とした声を出した。

一夏と箒なんか、顎が外れんばかりに驚いて俺を凝視してくる。

な、なんだ?一夏は確かに千冬さんが相手じゃなかったし、知らなくても仕方ねえが箒がなんであんな顔すんだ?

女子は皆千冬さんが相手したんじゃねえのか?……一体どうなってんだよ?

っつうか、なんであの腐れアマまで同じ顔してんだ?

 

「……え?……ど、どういう意味でしょうか?織斑先生……恥ずかしながらわたくし、織斑先生のおっしゃってる言葉の意味が……」

 

俺が周りの様子を把握できずにいると、呆然とした感じの腐れアマの声が聞こえた。

その腐れアマの言葉を皮切りに、一夏や箒なんかの俺を見ていた視線が千冬さんに移り変わる。

俺も同じように千冬さんに視線を向けると、千冬さんはすっげえイイ笑顔で俺に視線を向けてきなすった。

え?なんですかそのイイ笑顔は?

 

「言葉通りの意味だ。鍋島の入学試験を担当したのは『私』だからな」

 

いやだから他の子と一緒で……ん?……んん?……『俺の試験を担当したのは千冬さん』?……あっれえ?

俺は千冬さんの言葉を聞いて、何か引っかかるトコが出てきた。

その事について頭を捻り、思考をブン回していると……。

 

『『『『『えぇぇぇぇえええええええええええええええッ!!?』』』』』

 

「うおぉおッ!?な、何だ!!?」

 

教室から爆音が鳴り響いた。

もうなんかトンでもなくデカイ声で悲鳴を挙げているのは、我が1組生徒一同だ。

俺が振り向いた先に居るのは、もう滅茶苦茶驚きまくっている子ばかりだった。

こ、この女子の反応!?……そしてさっきの千冬さんの笑顔!?……ってちょっと待て!?ま、まま、まさか!?

俺は勢い良く千冬さんに振り返り、今だにイイ笑顔を浮かべている千冬さんに向かって手を勢い良く挙げる。

 

「千冬さぁん!?ガッツリと聞きたい事が出来ちめーました!!クラスの子へクエスチョンしやがっちゃってもよろしいでしょうか!?」

 

「クククッ……あぁ、いいぞ(あぁ……焦る元次もまたイイものだな……いつもアイツの言葉に振り回されている分、尚更に心地いい)」

 

ちょ!?何すかそのSッ気たっぷりの笑みは!?ってそれどころじゃねえよ!?

俺はもう1度後ろのクラスメイト達に視線を向け直し、今朝知り合ったクラスメイトを探す。

 

「え、えーーっと!?なぁ相川、夜竹!!」

 

「「は、はい!?」」

 

俺の叫ぶ様な声による呼びかけで、相川と夜竹は飛び上がるように起立し、俺と目を合わせた。

大声になってスマンけど今は勘弁してくれよ!?

千冬さんの言葉でもうなんかいっぱいっぱいな俺は2人の様子に構わずに質問を始める。

 

「お、お前等も試験官は千冬さんだったんだろ!?」

 

できればそうであって欲しいんだけど!?

 

「ち、違うよ!?私は別の先生だったよ!?」

 

「う、うん!!私も違う!!」

 

「んな!?」

 

だが、無常にも返ってきた返事は試験官が千冬さんでは無いという真実。

じ、じゃあ次の質問は!?

俺はクラスをもう1度見渡し。

 

「本音ちゃん!!君に決めたぁ!!」

 

「ふぇえ!?な、なになに~!!?」

 

IS学園の癒しNo,1ガール、本音ちゃんをセレクトする。

口調がどこぞの赤帽少年に変わったのは気にすんな!!

本音ちゃんがあの電気ネズミっぽいのが原因だ!!

 

「し、試験の内容は、お互いシールドエネルギーが1000の状態からのガチバトルで間違いないよな!?なぁ!?」

 

次は試験内容の確認だ!!こ、これはさすがに合ってんだろ!?

いやむしろ間違っていませんように!!

そんな感じで神に祈りながら、俺は本音ちゃんに質問を投げかけて答えを待つ。

 

「ち、違うよ~~!?『生徒がシ~ルドエネルギ~1000で、試験官の先生は500』だよ~~!?」

 

「What!?マ、マジかよ!?」

 

俺の問いかけに本音ちゃんはトレードマークの長い裾をパタパタと振りながらトンでもねえ真実をご教授くだすったぜ。

っていうか!?こ、ここも違うのか!?

なんかドンドン俺の試験内容だけレベル上がってる気がすんだけど!?

 

「マジだよぉ!?そ、それに、試験官の先生との実技内容は『先生のエネルギ~を400まで減らすか、武器を1つ壊す事』だったもん~~!!」

 

「ブルァァアアアアアアアアアッ!?」

 

本音ちゃんの口から出た余りにも衝撃的な答えに俺は驚愕の叫びをブチ撒けてしまった。

ちょ!?おま、何だよそのイージーレベル!?

え!?本音ちゃん達ってそんな楽なモードだったの!?

じ、じゃあ次は……ええい面倒だ!!

俺はクラスを見渡すのを止めて、全員を視界に納める。

 

「こ、この中の誰でもいい!!誰か俺と同じ試験内容だったって奴か、千冬さんとバトッた奴はいねえか!?居たら手ぇ挙げてくれ!!!」

 

『『『『『……(シーン)』』』』』

 

誰も、誰一人として俺の言葉に手を挙げる子はいなかったです、ぷぎゃー。

え?つまりこのクラスで千冬さんとバトッたの俺だけ?

俺はクラスを見渡していた姿勢からゆぅっくりと教卓に向き直る。

 

「……フッ」

 

そこにおわすわ、何やらとてもイイ笑顔を浮かべて俺に視線を送る千冬さん。

うん、今日も今日とて美人だ……じゃねえよ!!?

 

「ど、どどどどーゆう事っすか千冬さぁぁあああああん!?(ガァアシィイイイッ!!!)」

 

俺は机から身を乗り出して教卓に近づき、千冬さんの両腕をギュッと握り締めて顔をズズイッと近づける。

傍から見りゃキスしそうに見えるぐれえ近く、だ。

 

「な!?なななな何をしてるんですか元次さぁぁああああんッ!?(そ、そんな距離で見詰め合うなんて!!するなら私にすればいいじゃないですかぁ!!?元次さんの馬鹿ぁああああ!!)」

 

横で真耶ちゃんが体全体を使って俺を叱ってくるが、すまねえ真耶ちゃん!!

今の俺は真耶ちゃんに構ってる余裕なんざ皆無なんです!?

 

「んあッ!?な、何をするんだ、げ、げげげ元次!?は……は、は離れ、離れ……ろぉ!?(ち、近い近い近い近い近い近い近い!?いきなり近すぎだ馬鹿者ぉおおおッ!?)」

 

「いーや離しませんよ千冬さん!!この鍋島元次!!キッチリカッチリと全部話してもらうまでは何があろうと千冬さんから離れませんぜ!?」

 

俺が近づいた瞬間、千冬さんの顔色は茹蛸の如く赤くなり、千冬さんは身を捩って逃げようとするが、俺は千冬さんの腕を傷つけない様に、かつしっかりと握って離さない。

普段の俺なら絶対に力負けするだろうが、今は『猛熊の気位』プラス火事場の馬鹿力でパワーアップしてる。

いきなり近づいたのはワリイと思ってるが、今はそれどころじゃないっす!!

何で俺の試験内容が皆と全然違う上にハードだったのか、しっかり説明してもらわんといけねえ!!

 

「ひぅッ!?……あ、な…なぁ……ッ!?(は、離れない……だと!?……な、なな、何が、あ、あって……も?……ぁぅ……ハッ!?く、くぅぅッ!?ま……また、性懲りも無く……一々女を、期待させるな!!……馬鹿者ぉ)」

 

「む、むむむむぅぅうううう~~~~~~~~!!!(ゲンチ~の~……ゲンチ~のぉ~……ぶぁかぁ~~~~~!!)」

 

色々と必死な俺は千冬さんを鬼気迫る程に真剣な表情で見つめ続ける。

そうして数秒程今の姿勢を維持していると、千冬さんはおずおずと俺に逸らしていた顔を向け直してくれた。

さぁ、色々と説明してもらいますぜ!?

 

「まぁず1ぉつ!!なんで俺以外に、このクラスに千冬さんが担当した子がいねーんすか!?」

 

「そ、それは、私が担当した実技試験は、お前だけだからだ(くぅ……こうなったら早く質問に答えていくしかあるまい)」

 

千冬さんのおずおずとした言葉に、俺は少しづつ情報って名前のパズルを組み合わせていく。

まだまだパズルのピースが足りねえからドンドン聞かねえと!!

 

「じ、じゃあ2つ、なんで千冬さんが俺の担当を!?」

 

「……お前の身体能力、力量等を加味した上で、私が決めた……お前の実力では、他の教員を瞬時に倒しかねん。データ収集が目的の実技試験でそれは困る。そう判断した上で私が担当したのだ」

 

「んな殺生な」

 

千冬さんの言葉にそう呟いてしまった俺は悪くないと思う。

俺と千冬さんとの実力差がドンだけ開いてると思ってんですかい?

いくら俺がレベル50くらいと仮定した先生方を倒せる位置に居たとしても、レベル不明の千冬さんに勝てるわきゃあ無いでしょうに。

要は中途半端な強さってわけね、俺。

扱いにくい位置に居たから、どうせならレベル不明と闘わせようってか?泣けてくる。

 

「……さ、最後の質問っす。なんで俺だけ試験内容があんなにハードだったんですか?」

 

これが最大の疑問だ。

いくら俺が強いと千冬さんに思われてたとしても、あそこまでハードな内容じゃなくて良かったと思うんだが。

 

「そ、それは!?……だな……その……(い、いい、言えるわけあるかぁぁああああああ!?たった1ヶ月会えなかっただけでさ、寂しかった等と!!『成長したお前と心ゆくまで楽しみたかった』等と!?恥ずかしくて言えるかぁ!?)」

 

だが、俺が聞いた最後の質問に千冬さんは言いよどんで、視線を明後日の方向に向けてしまった。

あの……千冬さん?今の質問俺が一番聞きてえ事なんすけど?

そのままの姿勢でジーッと待っていたが、千冬さんは一向に目を合わせてはくれない。

なんだ?そんなに話しにくい事なのか?

 

「だ、だから……その……くッ!?えぇいッ!!それは機密事項……だぁッ!!(ズドォッ!!!)」

 

「あっ痛でぇええッ!?」

 

俺が言いにくそうにしている千冬さんをずっと覗き込んでいると、いきなり足の甲に鋭い痛みが奔り、俺はその痛みで千冬さんの腕を離してしまう。

しかも俺の拘束が緩んだ瞬間に千冬さんは縮地並のスピードで俺から距離を取って、荒く息を吐いていた。

い、今ぜってーあのヒールで踏んだでしょ千冬さん!?滅茶苦茶痛えんだから加減して欲しいっす!!

俺は余りの痛みに顔を顰め、足の甲を抑えてしゃがみこむ。

 

「はぁ、はぁ、……と、とにかくだ!!お前の試験内容が他の者と比べて難易度が高かったのは、全てお前の所為だ!!少しは反省しろ!!」

 

「い、いやちょ!?そりゃいくらなんでも理不尽すぎでしょうに!?俺の所為って何すか!?一体俺の何を反省しろってんです!?」

 

「知るか!!お前の存在でも反省しておけ!!大馬鹿者!!(い、いきなりあんな事をしおって!!あ、あんな……あんな……事を……ぶつぶつ)」

 

「遂に存在を怒られた!?ひでえ!?」

 

千冬さんは荒く吐いていた息を整えると、痛みに悶える俺に理不尽な叱責を飛ばしてそっぽを向いてしまわれた。

ちくしょうちくしょうちくしょう!!?酷すぎるぜ千冬さん!!?

幾ら何でも俺の存在を否定するこたぁねえでしょうに!?

俺が千冬さんの心暖まるお言葉に項垂れていると、千冬さんと入れ替わりで俺の目の前に真耶ちゃんと本音ちゃんが詰め寄ってきた。

しかも2人のお顔はふっくらとしてらっしゃるではないか。

え?このクソ忙しい時に今度は何なんですお二人さん?

 

「げ、元次さん!!じ、女性にみだりに近づいたりしちゃダメです!!節度を弁えて下さい!!(私なら、い、いつでもいいのにぃ!!なんで先輩とばっかりなんですか!?)」

 

「そ~だ~!!ゲンチ~は女の子との接し方を~~!!もっとちゃんと考えなきゃダメ~~~!!(ぶぅ~~~!!ゲンチ~のばかばかばかばかぁ!!)」

 

「……は?あ、いや!?別に俺は……」

 

真耶ちゃんと本音ちゃんは揃いも揃ってしゃがみ込んでる俺を上から見下ろしながら怒ってきた。

腰に手を当てていかにも「怒ってるんですよ!?」って雰囲気をプンプンさせてだ。

2人が怒ってるのは、千冬さんとの距離が近すぎたって事らしいが。

た、確かに女性に対して失礼なぐらい近すぎたかもしれねえが、あん時は仕方無かっただろ!?

っていうか真耶ちゃん!?アンタ昨日と言ってる事が真逆だかんな!?

焦った俺はそんなつもりで千冬さんに近づいたわけじゃねえと弁解しようとしたが……。

 

「「俺は~~!?な~~に~~!?(俺は!?何ですか!?)」」

 

「……何でもありません。すんません」

 

「「む~~~~!!!(ぷく~)」」

 

ダメでした。

この2人の顔見てたらもうなんか反論する気も起きねえよ。

とりあえず謝ったし、今はさっきの問題を片付けなけりゃな。

俺は立ち上がって睨んでくる2人から視線を外し、離れた場所で腕を組む千冬さんに視線を向ける。

 

「あ~、つまりなんですか?俺が中途半端に強えから、俺の試験レベルを上げたって解釈でいいんすか?」

 

「……概ね、そんな所だ」

 

「だからって、他の子がイージーモードで俺がEXハードってのは酷えっすよ。俺はIS初搭乗なのに、世界最強とガチバトルだなんて……」

 

俺はそう言って大げさに肩を落とす仕草をする。

なんか納得がいかねえっての。

俺がそう言うと、周りの女子が何やら話し始めた。

 

『ねぇ?今の話が本当なら、鍋島君って弱いってわけじゃ無いのよね?』

 

『う~ん……でもさぁ、幾ら相手が千冬様だったとしても、鍋島君がどれぐらい戦えたかじゃない?』

 

『あっ、確かに。鍋島君は負けたって言ってたけど、それがどんな負け方かによるよね?』

 

『もしかして、瞬殺されちゃったんじゃない?』

 

俺が耳を澄ませて聞いてみると、皆俺と千冬さんの試合が気になってるって感じだった。

まぁ確かに試合内容は気になるか……話すつもりはねえけどな。

と、俺がそんな事を考えていると……。

 

「……鍋島はああ言ってたが、試験はコイツの『負け』ではない」

 

『『『『『……え?』』』』』

 

女の子達の騒ぐ声が聞こえていたのか、千冬さんは不機嫌そうに俺を睨みながらそう言うとクラスの女子に視線を向け直した。

っていうか千冬さん?一体何をおっしゃるつもりですか?

 

「……ど、どういう事だよ、ちふ、……ど、どういう事ですか?織斑先生」

 

千冬さんの言葉に一夏がワケが判らないといった顔で質問するが、千冬さんと言い掛けた時に千冬さんに睨まれて言い直しながら質問を続けた。

その一夏の質問はクラスの総意だったのか、クラスの女子も聞きたそうな顔で千冬さんに注目する。

千冬さんはその無数の視線を鬱陶しそうにしながら……。

 

「言葉通りの意味だ。織斑……鍋島は私に『負けた』んじゃない。寧ろその逆、『勝った』んだ。なのに、それをコイツが受け取ろうとしないだけだ。」

 

クラスターボムを投下した。

 

「ちょ!?千冬さん!!?それは言わないやくそ……」

 

『『『『『えぇぇぇぇえええええええええぇえええぇえッ!?』』』』』

 

「ぎゃああああああ!?耳がぁああああああ!?」

 

千冬さんの爆弾発言に、正しく教室が揺れた。

しかもさっきの比じゃねえ、マジで鼓膜がイカれると思うほどの轟音だった。

オマケに、その轟音が鳴り止んだ時のクラスの女子の顔は凄いとしか言いようがねえ。

皆『信じられない』って表情のオンパレードだ。

まぁそれもそうだろう。

今の話題の真ん中にいるのは『世界最強』の位置に立ってるあの千冬さんなんだ。

その千冬さんが、ISに初めて乗った素人に負けたなんて夢にも思わねえだろう。

もっとも、あれは俺の勝ちなんかじゃねえんだがなぁ……。

俺がそんなクラスの様子に苦笑いしていると、妙に真剣な表情を浮かべて、千冬さんが俺に向き合ってきた。

 

「鍋島……いや、元次。正直に答えろ……何故お前は『負けた』等と言った?」

 

そう俺に問いかけてくる千冬さんは「嘘は許さない」といった雰囲気を纏わせて、俺を見てくる。

 

「あの時の試験……お前は私の乗ったISのシールドエネルギーを400以下に減らし、その上で私の武器も破壊した……試験内容からすれば、完全にお前の勝利なんだぞ?……なぜ受け取らない?」

 

俺はあの入試の時に、千冬さんに言わなかった『理由』の説明を求められた。

おいおい……ここで俺の名前を呼ぶって事は、『教師』としてじゃなく『家族』として聞いてるって事かよ。

周りを見渡すとクラスの全ての目が俺と千冬さんに集中していた。

しかも一夏や箒までもだ。

ここまできたら答えるしかねえじゃねえか……ハァ。

俺は心中で溜息を吐きながら、後ろ髪をガリガリと掻いて千冬さんに向き直る。

 

「……俺にとっての『喧嘩』って奴ぁ『相手をブチのめすか、コッチがブッ倒れる』か……それまで喧嘩は終わりじゃねえって考えてます」

 

「……」

 

俺の言葉を、千冬さんは何も言わずにただ黙って聞いている。

特に何も言われなかった事から、俺は更に話しを続ける事にした。

 

「あん時の試験……最後の俺のエネルギー残量は11で、千冬さんは120あった……千冬さんの武器を破壊したっつっても、それは1本だけで、もう1本あったじゃないすか?あん時、最後にもう1本の刀を呼び出して斬れば、間違いなく千冬さんの勝ちでした」

 

「……それで?」

 

「だからっすよ。勝利条件がどうとか、判定だからとか、そんなモン俺は認められなかったんす」

 

俺は千冬さんの真剣な表情に苦笑いしながら答えた。

そう、俺にとっちゃあの試験だって、言っちまえば『喧嘩』の延長だ。

俺は真剣に、全力で千冬さんと真っ向から『喧嘩』をしてその結果は俺の負け。

ただ、試験って事で判定があったからこその勝利だ……俺はそんなモン、認められなかった。

 

「喧嘩は倒れた奴が負け……あん時、判定とかが無けりゃ俺は間違い無く千冬さんにゃ勝てなかった……だから俺はあの試験は俺の『負け』だって言ってるんです……試験だからとか、ISに乗るのが初めてとか、相手が世界最強とか、判定がどうとかそんなモンは関係ねえ……俺が、『鍋島元次』本人が、あの『喧嘩』は『負け』だって思ってる以上、あれを『勝った』なんて言いたくねえってだけっす」

 

俺は真剣な表情でそう締めくくり、目を瞑って一息つく。

結構長々と語ったが、結局は俺自身の『意地』ってだけなんだがな。

って良く考えたら、俺は大勢の女子の前で何を熱く語ってんだよ……うっ!?そう考えると恥ずかしくなってきた。

余りの恥ずかしさに、俺が目を開けるのを戸惑っていると……。

 

「……判った」

 

と、静寂に包まれたクラスから、一言だけ俺の耳に飛び込んできた。

俺がその声に目を開けると、視界に飛び込んできたのは苦笑いしてる千冬さんだ。

ん?判ったって……何が?

 

「お前がアレを勝利と受け取りたく無いというなら、それでいい。理由が知りたかっただけだからな。……話が脱線し過ぎたが、今はクラス代表を決める時間だ。鍋島、席に戻れ」

 

千冬さんはそう言って出席簿で俺を席に促す。

どうやら試験の事は納得してもらえたみてえだな……良かったぜ。

俺は安堵しながら千冬さんから視線を外し席に戻ろうとクラスの皆へ向き直った。

すると……。

 

『『『『『(キラキラキラッ!!!)』』』』』

 

「うげっ……」

 

向き直った俺を迎えたのは、何やら目をキラキラと輝かせて俺を見てるクラスメイトの視線の嵐だった、一夏や箒まで交じってやがる。

もうなんか目からスターの大放出状態で見てるこっちの目がチカチカしてくるっす。

やめて、本気で穴空いちゃうから。

しかもその視線の中には、何やら面白く無さそうな本音ちゃんの視線まで交じってるし。

俺もうどうしたらいいのさ?

色々と心中穏やかでなくなってきたのでせめてクラスメイトと視線を合わさないようにと、さっさと席に着く。

 

「さて……話しを戻すが、候補者は織斑、鍋島、オルコットの3人だ。投票制にするつもりだったが、お前等はそれでは納得できんだろう?」

 

俺が席に着いたのを見計らって、千冬さんはクラス全体を見渡しながら授業を開始する。

その声によって現実に引き戻されたクラスメイトは、もう一度視線を千冬さんに向け直した。

つうか、あのキラキラ状態のクラス全員をたった一言で元に戻すって……千冬さん、マジぱねえよ。

 

「あぁ。男が喧嘩売られたんだ。ここまで来て引っ込むつもりはない」

 

「……あ、当たり前ですわ!!例え相手が誰でも、一度決闘を宣言した以上、投票に身を任せる等という選択肢はありません!!」

 

千冬さんの確認する言葉に、一夏は真剣な表情で、さっきまで放心していた腐れアマは必要以上に声を大きくして各々返事をした。

 

「ふむ、なら話しは早い。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、鍋島、オルコットの三名は用意しておくように。」

 

一夏と腐れアマのヤル気満々な台詞を確認した千冬さんは俺達の喧嘩場所を指定して言葉を締め括る。

ま、ここまで来たらイモ引くわけにゃいかねえよな。

っていうか一夏と腐れアマには確認しておいて俺に何の確認も無しとはどーゆう事?差別酷いよ千冬さん。

いや俺も充分乗り気だけどさ。

 

「もう喧嘩売った買ったは成立してるしな。もちろん俺も暴れる気だぜ?」

 

俺は闘志みなぎる対照的な2人を見ながら笑顔で返す。

 

一夏はそんな俺に挑戦的な笑みをもって俺と視線を交わしてくる。

大方、俺が千冬さんに勝ったって言われてたのがアイツの闘志って名の火にガソリン注いだんだろう。

アイツの目標は千冬さんを、家族を守るって事だったしな。

 

一方で腐れアマは、俺に対して怒りを隠そうともしない表情で睨んでいた。

まぁあんだけボロクソに言われりゃそんなツラにもなるか。

オマケに馬鹿にしていた俺が、実は自分なんかよりずっとハードな試験をクリアしてたってのがトドメだろうよ。

あんだけ自信満々に言ってた試験官を倒したって事実は、実は全然たいした事無かったんだ。

クラスでそれを公言されりゃ大恥掻くのは当たり前。

しかもアイツの成績がトップでしたってのは自称だったのに比べて、俺の成績は世界最強の千冬さんからのお墨付きとくれば女尊男卑の志向に染まりきったアホには面白くないだろう。

 

俺がそんな事を考えていると、腐れアマは俺を指差して……。

 

「織斑先生が貴方の様な下劣極まる品性の欠片も無い人間に負けた等と、わたくしは認めません!!わたくしが貴方を完膚なきまで叩きのめして差し上げますわ!!逃げるなら今の内でしてよ?」

 

途轍もなく馬鹿な台詞をプレゼントしてくれやがった。

おいおい……周りを見てみろよ?もうなんかクラスの視線が「呆れて何も言えません」ってなってんぞ?

挙句にゃ千冬さんまで同じ顔してるし……やっぱり馬鹿なのか?

いやまぁ俺は普通に言い返すだけだがな(笑)。

 

「ぴーぴー喚くんじゃねえよゴミアマ。テメエは喚くしか能がねえのか?あぁ、後シカト決め込むのがあったか?いやぁ悪い悪い!!」

 

「ごッ!?あ、貴方は暴言のバリエーションだけは豊富なようですね……!?そこだけは褒めて差し上げますわ!!」

 

「テメエに褒められたってこれっぽちも嬉しくねえよ。いい加減そのベラベラ喋る口閉じとけ、授業の邪魔だろうに」

 

「ぐぐぐ……ッ!?」

 

さすがに俺も腐れアマに構うのが面倒くさくなってきたので、適当にあしらって視線を外した

いい加減本気で鬱陶しいぜ。

これ以上アイツを視界に収めるのすら嫌んなってきたし。

一夏もこれ以上は言うつもりは無いみてえで、俺と同じ様に席に着いて教卓の方を向いていた。

とゆうか、もうクラスの誰もが授業の続きを始める体勢に入ってる。

教卓に居る千冬さんも、そんなクラスの様子に同意なのか、腐れアマ以外の全員が授業の続きが始まるのを待っている。

 

 

まぁ、つまりはもうこの議題は終了したって事だったわけで、俺はもうアイツの事なんてどうでも良かったんだ。

 

 

 

 

なのに…………。

 

 

 

 

 

「……フンッ!!!人に罵詈雑言を言うだけ言っておきながら勝手に会話を終了させるとは、『親』の教育がなってませんわね!!……全く」

 

 

 

 

 

この腐れアマは…………。

 

 

 

 

 

「貴方の『家族』は、どうやら貴方同様に『下種な人間の集まり』の様で――

 

(ドガァァァアアアアアアアアンッ!!!!!)

 

――ヒィッ!!!??」

 

 

 

『『『『『きゃぁあああぁあぁぁあッ!?』』』』』

 

 

 

事もあろうに……。

 

 

 

 

「今ッ!!何つったゴラァッ!!!!!」

 

俺の『怒り』に触れやがった。

 

 

 

俺はこれ以上はねえってぐらいの怒声を、ヤマオロシに使った時より強い威圧を込めて叫ぶ。

体中に湧きあがる怒りの勢いで自分の机を思いっ切りブン殴り、粉々に破壊して立ち上がる。

俺はそのまま後ろに振り返って、腐れアマを射殺すつもりで睨みつけてやる。

 

「ヒ、ヒィィイイイイイッ!?」

 

すると、俺と目があった腐れアマは顔色を青くして地面に座り込んでいく。

俺はそんな引け腰の腐れアマを見下ろしながら只怒りのままに声を大にして叫ぶ。

 

「この俺のッ!!俺の『家族』を侮辱しやがったのかッ!!?あぁッ!!?」

 

(ガシィッ!!!)

 

「かはッ!?あっ!?い、嫌ぁ……」

 

さっきまで平和だったクラスを、俺の怒りと俺の怒りによる恐怖が染め上げていく。

俺の声に腐れアマだけでなく、周りのクラスメイトも涙を流して震えていた。

だが、俺はそれに構っていられるほど冷静じゃなかった。

 

コイツは!!この腐れ金髪は今何てほざきやがった!!??

俺の『家族』を!!あんなに優しい婆ちゃんやお袋を!!

ガキの頃からずっと俺を見守ってくれてた親父や爺ちゃんを!!

事もあろうに『下種な人間の集まり』だとかほざいて侮辱しやがったのか!!?

許さねえ!!コイツだきゃあ何があっても許さねえ!!!

 

俺はズンズンと大股に歩いて腐れアマに近づき、胸倉を掴んで足が浮く位置まで持ち上げ、鼻がぶつかりそうな位置で自分の怒り全てを浴びせる。

もう既に涙と鼻水でグチャグチャになっている腐れアマに殺意の視線を浴びせながら罵声を咆哮した。

 

「優しくしてりゃ頭に乗りやがってッ!!ブチ殺がすぞこんガキャアッ!!」

 

「あ、あぁ……あぁあぁぁ」

 

腐れアマは俺の叫びに只震え、言葉にならない声をあげるだけだ。

もういい、ISでの正々堂々とした喧嘩なんか知ったこっちゃねえ。

今この場でブチ殺してやる。

俺は体中に湧きあがる怒りのままに拳を握りこんで、腐れアマの顔面をグチャグチャにしようとした。

 

「落ち着け、元次(ヒュボッ!!)」

 

「あぁッ!?」

 

だが、今まさに握りこんだ拳を腐れアマの顔面に叩き込もうとした時、教卓の方面から出席簿が俺目掛けて飛んできた。

俺はそれを叩き落すために、握りこんだ拳を出席簿に向けて振り放つ。

その時に腐れアマを掴んでいた胸倉から手を離した。

 

「(ドサッ)きゃッ!!?あ、あぁぁ……」

 

俺は出席簿叩き落して、それを投げてきた人間に振り向く。

すると腐れアマは短い悲鳴を上げながら後ずさって俺から離れていく。

俺は腐れアマには一切構わずに教卓を睨んだ。

 

「千冬さんッ!!!アンタ邪魔すんのかよッ!?」

 

教卓に立っていた人間……千冬さんにも、俺は威圧感を込めた声で叫ぶ。

だが、俺の威圧を込めた叫びに対して、千冬さんも同じ様な……いや、俺以上の威圧感を纏って俺を正面から見返してくる。

 

「お前が怒る気持ちは痛いほど判る……だが私は教師だ。生徒が生徒をなぶり殺す現場を見過ごすワケにはいかない……さっきも言った様に、この騒動の決着は1週間後のクラス代表決定戦でやれ。それで満足しろ」

 

「……」

 

俺はグツグツと煮え滾る怒りを少しだけ抑えながら考える。

千冬さんは今この場は怒りを収めて来週のISを使った戦いでこの腐れアマを叩きのめせって言ってるんだ。

今ここで俺が暴力を振るうなら、千冬さんはそれを止めないといけないと。

教卓に立っている千冬さんを良く見てみると、千冬さんも拳が真っ赤になるまで握りこんでいた。

俺と同じで、腐れアマの言葉にキレてんだろう。

机から立ち上がって俺に視線を向けてる一夏もそうだ。

千冬さんも一夏も俺の家族とは昔から縁があるし、何より2人とも俺の家族は良い人達だって言ってくれていたからな。

 

ここが潮時か……これ以上暴れたら、俺は2人の信頼を裏切る事になっちまう。

 

俺は一夏と千冬さんの真剣な目を見て、怒りを落ち着かせていく。

落ち着かせるというよりも、怒りに蓋をして抑え込むようにだ。

この怒りは……1週間後にぶつけてやりゃあいい。

俺が気持ちを抑え込んでいくと、俺の怒りに呼応してオートで発動していた『猛熊の気位』も解けていった。

 

フゥー……ッ!!フゥー……ッ!!…………すんませんでした、織斑先生」

 

昂ぶっていた気持ちと精神を大きく息を吐く事で鎮め、普段通りになった俺は千冬さんにしっかりと頭を下げる。

俺が切れた所為で迷惑かけたしな。

金髪?アイツに下げる頭なんざねえよ。

 

「……落ち着いたか?」

 

俺が下げていた頭を上げて目にしたのは、俺に優しい声音で問いかけてくる千冬さんの姿だった。

表情はいつもと変わらねえが、優しい眼差しで俺を見てくれていた。

 

「もう大丈夫っす。それと、机すんませんでした」

 

俺の視界の先には、俺のパンチでブッ潰れてグチャグチャのアートに変貌した電子机だったモノが鎮座している。

あれ、かなり高そうだったが……請求されませんよね?

 

「まったく……鉄製の上に、厚さ5センチもある電子机を拳1発で叩き壊す奴があるか、150キロまで耐えられる代物だぞ?」

 

千冬さんは俺の言葉に、机を一目見てから溜息を吐いて俺に小言を贈ってきた。

いやマジすんません。

本気の本気でブッ叩きましたから(汗)

 

「今からその残骸を持って備品庫に向かえ。それと入れ替えで新しいのを貰って来い。職員には連絡しておく」

 

千冬さんはそう言って教室のドアを指す。

まぁブッ壊したのは俺だもんな。

責任持って片付けておかねえと。

 

「で、でも織斑先生?その電子机、100キロはありますよ?元次さん1人では、大変なのでは?」

 

と、俺が自分の机に戻っていくと、真耶ちゃんが千冬さんにそう質問していた。

俺が真耶ちゃんに目を向けると、なんと真耶ちゃんは俺を見てウインクしてくれるではないか。

その真耶ちゃんのウインクを見て俺はかなり驚いた。

今さっきの俺の怒り状態っつーか、ブチキレ状態を見ても変わらず接してくれんのかよ……真耶ちゃんって本当に優しいんだな。

やべ……滅茶苦茶嬉しいぜ。

俺はなんか暖かい気持ちになりながら真耶ちゃんに笑い返して声を掛ける。

 

「大丈夫だぜ真耶ちゃん。よっこいせっと(グォオ)」

 

俺は真耶ちゃんに笑い掛けてから、苦も無く机を担いで肩に乗せる。

100キロなんてなんのその、超パワータイプ舐めんなよ?

 

「わぁ……本当に力持ちなんですね。元次さん」

 

そう言って微笑んでくれる真耶ちゃんとその様子を見て満足そうにしている千冬さんに、俺は感謝の意味を込めてウインクを1つ返す。

 

「ッ!?……は、早く行って来い(全く……いつでも油断ならないな、お前は)」

 

「は……はうぅ(ウ、ウインク返しされちゃった……もぉ、卑怯です)」

 

俺がウインクを返すと、千冬さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまい、真耶ちゃんは何やら唸り声をあげてしまった。

うん、2人とも可愛い……声に出しゃしませんがね?恥ずかしいにも程があるっての。

 

「へ~い、んじゃ行ってきますわ」

 

俺はそのまま教室の扉に向かい、途中で心配そうな顔をしている一夏と箒に笑顔を見せておいた。

アイコンタクトで「もう大丈夫だから心配するな」と伝えて。

それがちゃんと伝わったのか、二人はちゃんと頷いてくれた。

ホント……良い奴等だぜ。

そのまま扉を開けて外に出ようとしたが、俺はもう1つの用を思い出して足を止める。

 

「あ~、そうそう。皆」

 

『『『『『ひッ!?(ビクゥッ!!!)』』』』』

 

俺が教室に振り返りながらそう言うと、クラスメイトの子達は皆俺を怖がってる顔をしていた。

まぁあんなモン見ちまったらそう見られても仕方ねえよな。

これは完全に俺の自業自得だ。

俺はそんなクラスメイト達に苦笑いしながら声を掛ける。

 

「悪かったな、急に怒鳴っちまって……怖がらせてスマネェ……そんじゃ」

 

俺はそれだけ言って教室から廊下に出て、備品庫を目指す。

 

……1週間後の喧嘩……何が何でもぜってーに勝つ!!!

 

俺は絶対に負けられない喧嘩に覚悟を決めて、備品庫までの道のりをゆっくりと歩いていく事にした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鍛錬時々スイーツ

 

「よっこいせっと……ハァ……やっちまったな……」

 

先程、俺自らの手で人生の終止符を打ってしまった戦友である電子机を備品庫へ持って行き、入れ替えとして新たな戦友を担いだ俺はあの戦場(クラス)へ足を運んでいた。

既に授業は終わりのチャイムが鳴っており、クラスではもう休憩時間に入ってる筈だ。

 

まぁそれ自体はいいんだが……教室へ向かう俺の足取りはかなり重かったりする。

理由はまぁ……言うまでもなく、さっきの時間で俺がクラス内でヤラかした暴力騒ぎの所為だ。

別にあの腐れアマに暴力を振るった事自体はどうでもいい。

むしろ思いっ切りブン殴ってやれなかった事の方がとても悔やまれる。

だが、俺はあの場で腐れアマ以外にも、全く関係の無いクラスメイト全員を怖がらせちまった。

どうにも俺って奴は、怒りに呑まれると周囲の人間を善悪関係無しに威嚇しちまう。

まだ千冬さんや冴島さんの様に、特定の人間のみを威圧するって事ができねえ。

その所為で今回の騒動では、クラスの全員に俺の怒りの感情を浴びせるという最悪の結果になっちまった。

 

「まぁ……怖がられるのは仕方ねえか……カンッペキに俺の自業自得だしな……」

 

俺は自分に言い聞かせながら自分のクラスを目指すが、やっぱやっちまった感がハンパねえ。

 

これで俺は十中八九、クラスから孤立すんだろうなぁ。

いやでも恐らく一夏と箒辺りは俺に変わらず接してくれると思う。

あの2人と長いことツルんできた俺には、そんな確信めいたモンがあった。

 

だが、それは長い時間を一緒に過ごしてきたあの2人だからだ。

俺が今回の件で一番ヘコんでるのはその2人の事じゃなく、他のクラスメイトの事だ。

 

「……多分、本音ちゃん達はもう……無理だろうなぁ……ハァ」

 

俺は盛大に肩を落としながら、電子机を担ぎ直して歩いていく。

 

そう、俺が一番ヘコんでるのは、ルームメイトの本音ちゃんや、今朝方に自己紹介をした相川と夜竹って3人にも怖がられてるだろうって事だ。

せっかく自己紹介して今朝は仲良く喋ってたってのに、多分もう俺とは目も合わせちゃくれねえだろう。

自慢じゃねえが、俺の怒りを全身に浴びても俺に変わらず接してくれる人間ってのは、そうはいねえ。

長い月日を一緒にバカやってきた弾や数馬、弾の妹の蘭ちゃんとかは俺が怒る理由も知ってるし、そんな俺を受け入れてくれる。

だが、あの3人は無理だと思う。

なんせ知り合ってたった2日しか経っていねえ上に、アレだけの怒りって感情は浴びた事がねえ筈だ。

俺の本気の怒りは、野生の王者であるヤマオロシでさえもビビっちまうような代物だし。

あんな普通の女の子達がソレを全身で受けた日にゃあ……ショックで倒れてもおかしくねえ。

ホント……マジでやっちまったな、俺。

せっかくの高校生活も、これでハブられんの確定か。

特にルームメイトであり、俺の心のオアシスである本音ちゃんに怖がられるって思うとマジ気が重いぜ。

それもこれもあれも全部あのド腐れアマの所為だ、俺をどれだけ怒らせりゃ気が済むんだあのクソアマが。

おのれ腐れアマめ……神に誓ってぜってーにブチのめしてやる。

俺は腐れアマに対する怒りをもう一度チャージして心の奥に仕舞い、そのままクラスを目指す。

 

そして沈んだ気持ちで歩くこと10分、ついに魔の戦場(クラス)へ到着してしまった。

俺は扉を開ける勇気が持てず、その場で立ち止まってしまう。

 

「……ここでこうしてても仕方ねえか……ええい!!ままよ!!」

 

俺は投げやりに気持ちを切り替えて、遂に自動ドアの前に立って扉を開ける。

 

シュンッ

 

『『『『『……』』』』』

 

俺が教室に戻った、というか自動ドアが開いて俺の姿を捉えたクラスメイトは、全員静かに、それでいて俺をじっくりと凝視してくる。

オマケに誰も喋ろうともしないので、クラスの雰囲気はかなり重い。

しかも1つだけ空席がある。

そう、あの腐れアマの座っていた席だ。

まぁあの腐れアマが何処に行こうが何しようが俺にゃ関係ねえ。

俺はなるべくクラスメイトと視線を合わさないように自分の席があった場所まで歩いていく。

 

「おう、お帰りゲン」

 

「随分と遅かったな、道にでも迷ったか?」

 

すると、俺を視界に収めた一夏と箒は、周りの目も気にせずに俺に声を掛けてきた。

2人の表情は、まるでさっきあった騒動なんてまるで覚えてないって感じでにこやかだ。

しかも箒にいたっては冗談まで飛ばしてきてくれる。

あぁ……やっぱりコイツ等はイイ奴だな……ダチで良かったぜ、ホント。

俺は目の前にいる友達想いの2人に笑顔を浮かべていく。

 

「なに、ちょいと美味しく道草食って……いや飲んできただな。それでちょいと遅くなっただけだ(ドスンッ)」

 

「お前、千冬姉の授業中に飲みモン飲んでたのかよ?勇気あるな」

 

「なーに、オメエ等が言わなきゃいいだけだろ?」

 

「授業中に飲食は、余り感心できんな」

 

「そう固てー事言うなって箒」

 

箒の軽口に同じ様に軽く返しつつ、俺は電子机を床に降ろす。

中に入っていた参考書の類いは床に固めて置いておいたので、それを真新しい机に仕舞う。

俺が遅れた理由を聞いて呆れ顔を浮かべる一夏と箒だが、あんな事があったんだ、ちょっとぐれえ許してくれ。

 

俺達がそんな会話を繰り広げている間も、他のクラスメイト達は一切喋らない。

そのせいか、俺達の声はよく響く。

わかってたとはいえ、これはキツイもんだな。

俺は周りの沈黙を誤魔化すかのように、一夏と箒に何か明るい話題を振ろうとして……。

 

シュインッ

 

「ただいま~……あ~、ゲンチ~だ~♪お~かえり~♪」

 

「んえ?……」

 

教室の後ろのドアから掛けられた声に、俺は間抜けな声を挙げてしまった。

そして俺が振り向くと、声の主はトテトテとゆったりとした歩きでニコニコしながら俺の傍に来る。

 

「およ?ど~したのゲンチ~?なんか~豆鉄砲が鳩喰らった~!?みたいな顔になってるよ~?」

 

「のほほんさん、それ逆だぞ?」

 

「豆鉄砲が鳩を食らう……何やら珍妙というか……えげつない光景だな」

 

「うぇ……止めてくれよ箒……銃口に鳩が首突っ込んでる光景が頭に浮かんできちまった」

 

俺に声を掛けてきた子に、俺の傍にいた一夏と箒がそれぞれ声を返していく。

しかし俺は余りにも信じられない出来事で頭がバーストしそうになっていてその子に声を返せずにいる。

え?ウソ?なんでだ?

 

「んむ~?どうしたのさ~?ゲンチ~?」

 

俺の呆けた顔を見て首を傾げる、電気ネズミのような髪留めを左右に結いつけた、ダボダボの裾がトレードマークの女の子。

混乱の真っ只中にある俺はその子の声にハッとして、少しばかり現実に戻って来た。

 

「……本音……ちゃん?」

 

「うん~?な~に?ゲンチ~?」

 

俺のルームメイトにしてIS学園の癒し系アイドル、本音ちゃんは首をコテンと倒しながら、昨日と変わらぬ様子で接してくれた。

うん、相変わらず仕草の1つ1つが和む……じゃなくて!?

俺は恐ろしいまでのマイナスイオンオーラを放つ本音ちゃんの雰囲気に当てられて夢見気分になりかけていた思考を振り払う。

 

「……恐くねえのか?」

 

「んに?なにが~?」

 

俺の何とか搾り出した一言に反応した本音ちゃんは更に首を傾げてしまうが、俺には本音ちゃんが何時も通り接してくれる理由が分からなかった。

だからこそ、俺は更に言葉を続ける。

 

「だからよ……俺が恐くねえのか?……さっきの俺のツラ、見ただろ?」

 

俺は拒絶されるかもっていう怖れを呑み込んで、真剣な表情で本音ちゃんに問う。

あん時の俺の形相はマジで『良い子には見せらんないよ』っていうか『トリコのゼブラがぶち切れ』状態だったし……絶対恐がってると思ったんだが。

 

「……ぜ~んぜん♪」

 

だが、俺が戸惑い躊躇しながらも搾り出した一言は、本音ちゃんの笑顔を乗せた言葉で呆気なく答えられた。

いや、しかも全然って……微妙に自信無くしそぉだぜ。

本音ちゃんの何時も通りの様子に毒気を抜かれて俺がぼけ~っとしてる間にも、本音ちゃんは笑顔で言葉を続ける。

 

「だって~、ゲンチ~は、セッシ~に大切な人の事を~わる~く言われたから、怒ったんでしょ~?」

 

本音ちゃんの言うセッシ~って……あの腐れアマの事か?

 

「まぁ……そうだけどよ……」

 

「でしょでしょ~?確かに凄かったけど~、ちゃんとした理由があったもん~、だから~♪わたくし布仏本音は、全く恐くなかったので~す♪」

 

「……本音ちゃん」

 

やべっ、滅茶苦茶嬉しいっつーか、何この天使様?いやこの女神様は?

さっきまでビビッてた俺が今の言葉でどれだけ心が暖まった事か……本音ちゃんマジ女神だぜ。

俺が本音ちゃんの言葉にほんわかとしていると、本音ちゃんは笑顔を崩さずに俺と視線を合わせてくる。

 

「それに~……ゲンチ~と仲悪くなっちゃうのはやだもん~♪ゲンチ~のパフェ食べれなくなっちゃうよぅ♪」

 

あれそっち!!?

 

「後半が本音か!?」

 

「ちゃっかりしてるな、布仏」

 

「にひ~♪」

 

本音ちゃんのちゃっかりとした言葉に一夏は驚きの表情で突っ込みを入れる。

そんな一夏にものほほんとした表情でニコニコ笑顔を絶やさない本音ちゃん、君本当にちゃっかりしてんな。

一夏の横に居る箒も、呆れながらも本音ちゃんの言葉に笑顔を見せていた。

一夏、突っ込んだら負けだ。

俺も突っ込みたくなったが、寸での所で踏ん張ったぜ?

まぁどうあれ、俺みたいな乱暴者を暖かく迎え入れてくれた本音ちゃんには感謝してもしきれねえ。

ちゃんとお礼はしねえとな。

 

「本音ちゃん」

 

「はいは~い♪」

 

俺は現在進行形で周りにマイナスイオンを撒き散らしてくれてる本音ちゃんに笑顔で声をかける。

 

「約束のパフェ、感謝を込めて今日は特別に2個、デザートに出させてもらうぜ」

 

俺は笑顔で指を2本立てながら本音ちゃんに感謝の気持ちを伝える。

そして、俺の感謝を込めた提案に本音ちゃんは目の色を輝かせた。

うん、この笑顔が見れるならパフェを作る苦労なんて安いモンだぜ。

 

「ホント~!?2個も作ってくれるの~!?ホントにホント~!?」

 

「あぁ、勿論だ。腕によりをかけるからよ。楽しみにしててくれ」

 

「わ~い♪や~りぃ~♪」

 

俺の言葉に本音ちゃんは可愛らしくガッツポーズを作って喜びを露にした。

そんな本音ちゃんの様子を微笑ましく見ながら、俺は心中で安堵の息を吐く。

しっかし……俺を恐がってねえ子が本音ちゃんだけでもかなり有難いとこ……。

 

『『『『『な、鍋島君ッ!!!』』』』』

 

「ぬほぉう!!!??」

 

俺が本音ちゃんの有難さと優しさを噛み締めていると、何やら急にクラスの全員が俺に向かって雪崩れ込んできた。

え!?いやちょ!?マジで何事ですか!?

俺が行き成りの事態にテンパッていると、女子のやたらキラキラした視線が雨霰と降り注ぎ始めた。

 

「わ、私達ももう怖くないよ!?」

 

「うんうん!!さっきはチョ~怖かったけど、家族とか大切な人の事言われたら仕方ないよね!!」

 

「お……おぉ?」

 

まず先陣を切って俺に詰め寄ってきたのは相川と夜竹だ.

2人ともちゃんと俺を視界に捉えながら話しかけてきてくれる。

その2人の目には、恐怖とかの感情は一切見えなかった。

お前等も……俺の事をハブらないでくれんのかよ?……ありがてえぜ。

そして、俺に畏怖の眼差しを向けていないのは相川と夜竹だけじゃなく、詰め寄ってきた女子の誰も彼もだ。

 

「同感。いくら今は女の方が立場が上でも、人として言っちゃいけない事は変わらないもんね」

 

「私は日本人じゃないケド、オルコットさんのアレはダメだっていうのはわかるヨ。私だって、自分の住んでル国の事とか、家族の事悪く言われたら嫌だシ」

 

「っていうか、例え試験でも千冬様に勝った鍋島君に女の方が強いなんて口が裂けても言えないって」

 

「そうだね~。さっきの鬼も逃げ出す様な迫力ギガ盛りのコワモテフェイスと、頑丈な鉄製の机を一発でオジャンにしちゃうパンチなんか見せられたら無理無理。あたし等なんかパンチ一発でザクロだよ?」

 

「鍋島君は、大事な人のため怒ったんデショ?ワタシ、そういう人って、凄いと思ウ……ワタシも……アンナ風に……守ってもらいたいナ♡」

 

「それに、家族とか大切な人の為に怒れる人って……カ、カッコイイし」

 

「あっちょっと!?アンタ達何抜け駆けしてんの!?」

 

「『俺が、『鍋島元次』本人が、あの『喧嘩』は『負け』だって思ってる以上、あれを『勝った』なんて言いたくねえ』……もうなんか、アレで溶けちゃいそうだった」

 

「ねね!?昨日もそうだったけど、さっきの鍋島君って、体から何か蒼い炎みたいなのが見えたんだけどあれ何!?教えて教えて!!」

 

「あ~あ。アタシもあんな風に怒ってくれる彼氏欲しかったなぁ~。まぁ彼は彼でいい所があるんだけど♪」

 

「へ!?アンタ彼氏いたの!?」

 

「これより異端審問会を始める!!罪状はNU・KE・GA・KEについてだ!!」

 

あれ?なんか後半余計なのが多々混じってる希ガス。

 

1人女の子連れてかれたし。

っていうか誰かヒートアクション使いたがってた?修行すれば使えるぜ?

そのままクラスの雰囲気はさっきとは打って変わって賑やかなモノに変貌してしまった。

そんな様子を眺めながら、俺は笑顔を浮かべてしまう。

良かったぜ……このクラスで、ホントによ。

俺は肝っ玉の据わってるクラスの女子達に感謝の思いを抱きながら、授業開始1分前のチャイムの音を聞く。

そのチャイムで全員が席に着き、1分後には一般教科担当の先生が入って来た事で、4時間目の授業が開始された。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「はい、じゃあ今日はここまでです」

 

授業終了のチャイムと同時に一般教科の先生はクラスから退室し、それを皮切りにアチコチが賑やかになっていく。

なんせこれから昼休みだからな。

かくいう俺もガソリンタンクが空ッ欠だ。

なんせ本音ちゃんを乗せての全力疾走が効いたの何のって奴だ。

早いトコ食堂でエネルギーを補充しねーとな。

俺は教科書を中に仕舞って座ったまま背伸びをする。

あ~、ゴキゴキと骨が鳴るのが心地いいぜ。

 

「おーい、ゲン。一緒に飯行こうぜ!!」

 

「おう、今行く」

 

と、俺が身体を伸ばしてリラックス運動をし終えたトコで、一夏が声を掛けてきた。

傍には既に箒と相川がスタンバってる。

 

「ゲンチ~♪一緒に行こ行こ~♪」

 

「げ、元次君。わ、私、お弁当なんだけど……い、一緒にいいかな?」

 

そして、教室の後ろからほわわんとした声で本音ちゃんが、何やら遠慮気味に弁当を持った夜竹が、それぞれ俺に声を掛けてくれる。

よっしゃ、俺も行きますか。

 

「あいよ、本音ちゃん。夜竹も遠慮すんなよ。皆で食った方が、飯ってのはウメーからな」

 

「う、うん。ありがとう♪」

 

「よ~し♪レッツゴ~♪」

 

俺達6人は食堂へ向かうが俺達の後ろをまるでハーメルンの笛吹きよろしく、色んなクラスの女子が着いてくる。

相変わらず他のクラスからは珍獣扱いだな、俺達は。

そんな俺と一夏のIS学園での扱いというか捉えられ方に一夏と2人で苦笑いしながら、俺達は更に歩を進めて行く。

そして食堂に到着した時には、ぞろぞろと列を成していた女子がバラけていった。

まぁ皆昼休みは大事だもんな。

俺は頭の中でそう結論付けて、食券を買う為に一夏達と並ぶ。

弁当持参の夜竹には、先に席の確保を頼んでおいた。

一夏と箒は日替わり定食、相川はパスタ、本音ちゃんはオムライスと、皆好きな物を頼んでいく、

かくいう俺はというと……。

 

「お姉さま、特盛りでお願いしゃーす」

 

またもや社交辞令をカッ飛ばしていた。

 

「はいはい!!特盛りだね!?任せときな!!」

 

そして、俺の社交辞令で気を良くしたマダムから受け取ったのは、トレー二枚。

さて、あいつ等は……。

 

「ゲンチ~!!コッチだよ~♪」

 

俺が辺りを見渡して一夏達を探すと、何やら俺に向かって飛んでくるのほほんボイス。

お?いたいた。

掛けられた声に従って視線を彷徨わすと、俺に向かって手を振って、いや裾を旗の様にパタパタしていた本音ちゃん達を発見。

その席へ歩み寄って行く。

最初こそ俺が来るのを笑顔で待っていた皆だが、俺の昼飯を見て一夏と箒以外は唖然とした表情を浮かべてしまう。

俺はとりあえず席に着き、トレーをテーブルの皆に邪魔にならねー様に置いていく。

さぁ、楽しい飯時の始りってな。

 

「いや~、ヤッパ昼はコレぐらい食わねえと身がもたねえぜ」

 

「鍋島君ドンだけ食う気!?」

 

夜竹が確保してくれていた窓際の景色が綺麗なテーブル席まで昼食を持ってきた俺に、相川から驚愕のツッコミが飛んできた。

相川が驚愕の表情で指差す俺の昼飯メニューは、フライドポテト山盛り一皿とフライドチキンの詰め合わせ10本入り。

そして大ジョッキに並々と注がれたアメリカンコーラだ。

朝は米だったから、昼はアメリカンなチョイスにしてみた結果がこれだったりする。

 

「へへっ、何せ朝は本音ちゃんを乗っけての全力疾走、昼前に大声出したりと、まぁかなりガソリン使ったからな。もう空っ欠なんだよ」

 

「す、凄い量だね……だ、大丈夫なの?」

 

「ゲンチ~は~大食いキャラだ~♪」

 

俺が笑顔で相川に声を返すと、俺の横に座っている本音ちゃんと夜竹もビックリした様な声で、俺に聞いてくる。

それと本音ちゃん?こんな野獣みてーな男で大食いキャラとか言わないで、男の腹ペコキャラとかマジ誰得ですか。

そんな俺に構わずに、一夏と箒は慣れた様子で自分の飯にありついていた。

まぁコイツ等はこんな光景は見慣れてるか。

箒は2年前に会った時に束さんと俺と3人で飯を食ったからな。

そん時の俺の食事っぷりに驚いてたから、もう慣れたってわけだ。

 

「まぁ、話しはそれぐらいにしとこうや。そんじゃま、いただきます。んあ~~。(ドザザザザッ)」

 

「ってポテト一気!?豪快にも程があると思うんだけど!?」

 

「ほわ~。ワイルドな食べ方だね~♪」

 

「本音!?ワイルドってだけじゃ済ませられないレベルだから!?」

 

「あ、あはは……」

 

俺は呆ける夜竹達に飯を促して、自分の飯を食い始めた。

まずはポテトを皿ごと傾けて一気に口の中へ放り込む。

細身のシュリングポテトなんざちまちま食うのめんどくせえからな。

そのまま口の中でモグモグと咀嚼し、ジョッキのコーラをゴクゴクと豪快に流し込んで口の中を潤す。

うんむ、塩味がイイ仕事してやがるぜ。

オマケに喉を通る炭酸も爽快で滅茶苦茶心地いい、こりゃ最高の昼飯になりそうだ。

口の中のポテトを片付けた俺は、そのままフライドチキンに被りつく。

おお!?チキンもジューシーでプリプリな肉と、辛めでサクサクとした衣がマッチしてて最高に美味えわ。

 

「あっ、そうだ。なぁゲン」

 

「ん?もぐもぐもぐ……バキバキバキッ!!!ゴックン。ふぅ、何だ?」

 

「骨まで食べた!!?」

 

「げ、元次君?ほ、骨は普通食べれないと思うんだけど……」

 

「心配はいらないさ、夜竹。ゲンには骨も関係無い。精々カルシウムが多めに取れるとか考えてるんだろう」

 

「そ、そういう問題……かなあ?」

 

「しののんは~驚かないんだね~?」

 

「ゲンのスペックに一々驚いていたらこれから大変だぞ?布仏」

 

と、ここで何かを思い出したかのように声を挙げた一夏が、そのまま俺に振り向いて声を掛けてきた。

俺は一夏に手をパーに開いて、待てとサインを出して口の中のチキンを骨ごと噛み砕いて飲み込む。

後ちょい待て箒、その言い方は俺を人外って言ってるのと一緒だ。

さすがにこちとら人間辞めてねえっての。

そして俺がチキンを飲み込んだのを確認した一夏は、やけに真剣な表情で俺を見てくる。

 

「ISの事について教えてくれ」

 

「……あぁ?」

 

そして、とても真剣な表情で一夏が紡ぎ出した言葉は、俺にとって余りにも予想外過ぎた。

え?何言ってんのコイツ?

一夏の予想外にも程がある言葉に面食らっていたが、俺は何とか意識を戻して一夏に視線を合わせる。

 

「いきなり何言ってんだお前?」

 

「いやほら、1週間後に俺達はオルコットと戦うだろ?でも俺はISの事は全然わかんねえから、ゲンに教えてもらおうと思ったんだ」

 

一夏の言葉に、テーブルに着いていた面々は、色んな反応を見せてくる。

相川は興味深そうに、夜竹と箒は俺たちを心配そうに見つめ、本音ちゃんはオムライスをパクついて……ちったあ心配してくれませんか本音ちゃん?

ドンだけマイペースなのよ?いや見てて和むけどさ。

そんな周りの反応には構わずに、一夏は只じっと俺の事を見てくる。

いやまぁ一夏もアイツに負けたくねえから真剣に話してるんだろうが……聞く相手が違うだろぉに。

 

「ハァ……アホか。俺だってISの事なんざ全然わかんねえよ」

 

俺は溜息を吐きながら一夏にそう言って、再び目の前のチキンにかぶりつく。

大体、俺はまだ予習してるから一夏よりは先にいるが、それ以外の女子にはISって面でかなり遅れてる。

彼女達は小学校の頃からISについての授業を積み重ねている。

その積み重ねはかなり膨大な量だし、たった2、3日の積み重ねしかしていない俺や、全くしていない一夏とは知識の面では比べるまでもねえだろう。

 

「え?で、でもよ。ゲンは千冬姉に勝ったんだろ?それって、ISに詳しいからじゃねえのか?」

 

「もぐもぐもぐ……バキバキバキッ!!!ゴックン。だから俺は勝ってねえって……まぁ、いいか。あのな一夏?ISってのはマルチフォームパワードスーツ。要は剣道で使う面や小手なんかの防具みてえなモンの延長だ。それは判るだろ?」

 

「あぁ、確かに試験で使った時はそんな感じだったな」

 

「つまりだ。ISってのは俺達が普通の動きをするのを延長したようなモンってわけだ。だから俺は普段通りの喧嘩で使う動きで千冬さんと戦えたんだよ。勿論、空を飛んだりするのはIS専用の動きってゆーか、操作方法があるんだろうがな。俺は千冬さんが飛ばない様に、必死こいて地面に縫い付けたから戦えたが」

 

「……つまり、急ごしらえで頭だけISを理解しても?」

 

「身体がそれに着いてこれねえだろーな。幾ら頭ん中でスゲエ動きが出来るって理解しても、それを可能にすんのは自分の身体だけだ。勿論、頭も必要だが、俺は他の子達より身体スペックがズバ抜けてたからこそ、IS初搭乗でもそれなりに戦えたってわけさ」

 

俺が千冬さんと戦えたタネ明かしをすると、一夏は項垂れてしまった。

まぁ唯一何とかなるかもって可能性が目の前で否定されたんだから仕方ねえよな。

だが、俺達にはまだ色々やれる事が残っているんだぜ?

俺は項垂れる一夏を見ながら、更に言葉を続けていく。

 

「だからよ。ISの知識面については、箒に教えてもらえ」

 

「わ、私か!?」

 

「え?箒に?」

 

俺が笑いながら繰り出した言葉にいきなり渦中に巻き込まれた箒は素っ頓狂な声を挙げて驚き、一夏は?顔で箒を見やる。

ふっふっふっ、こんな感じで幼馴染のフォローっつーかアタックチャンスは作ってやらねえとな。

俺は1度コーラで喉を潤し、慌てる箒と?顔の一夏をもう1度見る。

 

「ゴクッゴクッゴクッ、プハァ……あぁ、箒だって小学校の頃からISの勉強してきてんだろ?だったら知識面では俺なんかより箒の方が断然適任だ」

 

「だ、だが私は、他の女子と同じで余り詳しくは無いぞ?」

 

「そうは言っても、俺や一夏よりは詳しいじゃねえか。それにお前が一夏に教えてやれば、放課後寮の部屋でも教えてやれる。短期間での詰め込みはできるだろーよ」

 

「……そうだな。箒、迷惑じゃなかったら俺にISの勉強を教えてくれねえか?」

 

俺の言葉に一夏は納得したのか、箒に視線を向けて真剣な表情で頼み込む。

すると、いきなり真剣な表情で見つめられた箒は頬を赤く染めてワタワタと慌てだした。

俺はそんな箒に、一夏からは見えないようにサムズアップを送って頷きを見せる。

こっからは箒次第だぜ?

それでやっと俺の意図に気付いたのか、箒は俺に感謝の視線を送ると今だに真剣な表情を浮かべている一夏に正面から向き直った。

 

「スゥ……ハァ……わ、わかった。私が出来る限りは、ISについて教えてやろう」

 

箒がそう一夏に返すと、一夏は顔を輝かせて笑顔を浮かべた。

その笑顔だけで、もう何か色んな席から「羨ましい!!」って視線が飛んできてるし。

すまねえがこれも幼馴染みの特権だと思ってくれ、女子一同。

 

「ありがとうな、箒。よろしく頼むぜ」

 

「あ、あぁ。お前もちゃんと頑張るんだぞ?」

 

「わかってるって。教えてもらうからには、真面目にするさ」

 

一夏はそう言ってやる気を漲らせて飯の続きを始めた。

その傍らで箒は幸せそうな表情を浮かべて笑顔を見せている。

だがまぁ、これだけで終わりってわけじゃねえぞ。

 

「それと、箒にはもう一つやって欲しい事がある」

 

俺はそんな微笑ましい幼馴染みの2人を見ながら、顔に笑顔を浮かべて言葉を続ける。

すると、さっきまで夢見心地だった箒と、飯に齧り付いていた一夏は揃って、?顔を浮かべて俺を見てきた。

なんつうかお前等息ピッタリだな。

 

「もう一つ?一体なんだ?」

 

そして、話題に挙げられていた箒が俺に聞き返してきたので、俺は箒に笑顔で答えを口にする。

 

「それはな……」

 

俺の出した言葉に一夏は驚き、箒は是非もなしと言った顔で頷いた。

そして、俺が言った頼み事は今日の放課後に始める事となり、俺達はそこで話を打ち切って、食事を再開した。

さぁ、放課後に向けてエネルギーを補充しとかねえとな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

バシーンッ!!

 

開け放たれた窓から爽やかな春風が流れ込む道場に、竹刀で打ち付けられる乾いた音が響く。

と言っても、俺は今着いた所だがな。

何かやたらとギャラリーがいる入り口を潜り抜けて、道場の中に視線を向けると。

 

「あいてて……ヤッパ強いなぁ、箒」

 

「そう言うお前は……お前は、かなり鈍ってしまったな」

 

そこには、床に尻餅をついた状態で対戦者……箒に言葉を掛けてる一夏が居た。

ドチラも防具に身を包んで竹刀を持ってるトコを見ると、ちょうど立ち合いが終わったトコのようだな。

 

「あっ、ゲンチ~。こっちだよ~♪」

 

と、俺が道場の状況を把握していると、壁際に座っていた本音ちゃんが裾をパタパタ振って声を掛けてくれた。

本音ちゃんの傍には他の剣道部員の子達も固まっている。

やっぱりここでも俺と一夏に対する視線は変わらねえのか、剣道部員の女の子達は何やらヒソヒソと話してる。

このまま入り口に居ても仕方ないので、俺はとりあえず本音ちゃんの居るほうに歩いていく。

 

「おっす」

 

「お~っす♪」

 

そのまま本音ちゃんとイェーイって感じでハイタッチをする。

ただ俺の背が高いから、俺はそのまま手を前に出す感じになったがな。

 

「どうだったの~?買い物出来た~?」

 

そして、本音ちゃんは両手を合わせながら目をワクワクと期待させて俺を見てくる。

やれやれ、ホント食いしん坊ってゆーか……甘い物に目がねーんだな、本音ちゃん。

俺はそんなwktk状態の本音ちゃんに笑顔を見せる。

 

「大丈夫だ。ちゃんと目当てのモンはゲット出来たぜ。今日は楽しみにしてな」

 

「うぇ~い♪早く夜になんないかな~♪」

 

俺の言葉に本音ちゃんはニッコニコしながらそう言って目の前でクルクルと回りだす。

って何だ?なんか周りの様子がおかしいぞ?

ちょいと耳をダンボ耳にしてっと……。

 

『ね、ねぇ……今、布仏さん『早く夜に』って……まさか!?』

 

『ま、まま、ままままさか!?噂に聞くナイトバルーン(夜の風船)を買ってきたの!!?』

 

『鍋島君に美味しく!!美味し~く実食されちゃうの!?ペロリされちゃうの!?い た だ き ま す されちゃうの!?』

 

『きっと骨の髄までシャブシャブされちゃうんだわ!!残さず美味しく食べられちゃうのよ!?』

 

『小動物チックな布仏ちゃんを野獣味溢れるワイルドな鍋島君が捕食するのね!?キャプチャーしちゃうのね!?』

 

『野獣の本能全開だね!!』

 

『うぅぉぉおおおお!!?漲ってきたぁぁあああああ!!!』

 

『ギギギ、くやしいのうくやしいのう』

 

『まだ……まだ間に合う!!『ワークス上山』さんに注文した『ピッキングツール内臓ヘアピン』が届けば……!!』

 

『アンタ乱入する気満々なの!?』

 

なんてこった、全く持って聞きたくなかったぜ。

 

余りにも頭が痛すぎる、つうか俺の扱いは既に野獣で決定なのか?

泣いてもいいよねコレ?IS学園怖い。

大体常識的に考えて、購買にナイトバルーンは売ってねえ。

つうか最後から二番目、さすがに貞操の危険を感じたら俺も暴れるぞ?

俺は今聞いた事を頭から追い出して、目の前で回っていた本音ちゃんに目を向ける。

 

全く、こんな純真無垢な子に対してなんて事……。

 

「う、うぅ~~!!!(ゲ、ゲンチ~のえっちぃ!!……こ、こっち見ないでぇ~!?恥ずかしぃよぉ~!!?)」

 

そこには俺の視線から胸やお尻を抑えて隠そうとする本音ちゃんの姿が、ってちょい待て!!?

今の聞こえてたの!?そしてなんでそんなに恥ずかしそうにするかね!?食べないよ!?いや美味しそうだけど!?

俺そんなに飢えてないからな!?無理矢理なんてしねえから!?

そんな本音ちゃんの様子に気づいた俺は急いで本音ちゃんに否定しようとするが、本音ちゃんは只俺を見つめるだけだ。

只、真っ赤な顔で、ウルウルとした子猫のような目で、只、只、俺を見つめるだけ。

心なしか、非難の色が入ってるように見えるとです。

 

やべえ、どうしたらいいんだこの状況。

 

「ゲン」

 

ここで焦る俺の後ろから何やら悲しそうな、それでいて不機嫌そうな声が聞こえてきた。

これはチャンスとばかりに振り向くとそこには悲しそうな表情を浮かべた箒が居た。

一夏はというと、まだ床に座り込んでヘタっている。

ナイスタイミングだぜマイ幼馴染みよ。

 

「よ、よお。どうだった?6年振りの一夏の太刀筋は?」

 

コレ幸いとばかりに箒に声を掛けるが、当の本人は相変わらず浮かない表情だ。

 

「……正直、あそこまで腕が鈍ってるとは……これは相当厳しいぞ」

 

「あっちゃ~……まぁ、アイツは中学ん時は帰宅部だったしなぁ……俺みてえに鍛えてたわけじゃねえし」

 

「やはり、千冬さんの事か?」

 

「あぁ、アイツは中学時代はバイトしまくって、少しでも千冬さんの負担を減らそうとしてたからな」

 

「……そうか……コレは試合までにかなり鍛えなおさないとマズイな……正直、IS以前の問題だぞ」

 

箒はそう言って腕を組んだまま難しい顔をしてしまう。

そう、俺が昼食時間に箒に頼んだのは『一夏と剣道の試合をしてくれ』って事だったんだ。

実は俺と一夏が箒と別れる前、その時の一夏の剣道の腕前は、箒より上だった。

箒としては、今日こそどれぐらい一夏に近づけたか確かめたかったんだろうが、生憎とアイツの腕前はかなり落ちてる。

千冬さんは高校を卒業したと同時に「これ以上迷惑はかけられない」って、親父達の援助を断ったからなぁ。

その所為で千冬さんは多忙の身となり、一夏はそんな千冬さんを助けたくてバイトに精を出していた。

さすがに親父達も、働ける年になった本人から断られたら引くしかなかったって悔しがってたっけ。

まぁそんな訳で、今の一夏の強さってのは正直俺でも解らなかったので、今の腕試しに発展したわけだ。

俺が直接闘り合っても良かったんだが、一夏の同門にして全国優勝経験のある箒の方が今の一夏がどれぐらいのモンか確実に理解できると踏んで、俺は箒に頼んだ。

その箒がここまで難しい顔をするって……こりゃあ大変だぞ、一夏の奴。

 

「なぁゲン?何で俺と箒を立ち合わせたんだよ?これって何か意味があったのか?」

 

と、俺と箒がどうしたモンかと頭を捻っていると、そこに状況が理解出来ていないお花畑野郎が登場。

その能天気さに俺と箒は揃って溜息をつく。

ホントどうしてやろうかコイツ?

俺と箒の溜息の意味に気付いていないのか、一夏は防具を付けたまま首を傾げる。

重たくねえのかソレ?

 

「はぁ……お前の今の実力を測るためだっての」

 

「俺の今の実力?」

 

「そうだ。ISとは昼食時にゲンが言った様にマルチフォームパワードスーツとされる代物、謂わば手足、いや鎧の延長だ。」

 

俺の溜息混じりの発言を引き継いで、箒が一夏に言葉を続ける。

俺と箒の言葉を聞きながら、一夏は何とか理解しようとフムフムと頷いている。

 

「つまり、今のお前の身体能力が、ISの能力をどれだけ引き出せるか大きく左右する。だから今の手合わせで一夏の戦闘能力を測ったのだが……」

 

「……だが?」

 

箒の言い難そうな表情に、一夏は疑問の色を強くして箒を見つめる。

仕方ねえ、俺が代わりに言ってやるか。

 

「結果は、オメエ弱すぎ。ダメだこりゃ。鍛える意味あんのかテメエ?ってトコだ」

 

「もう少しオブラートに包んで言ってくれませんかねえ!?俺の涙腺が崩壊寸前なんだけど!?」

 

俺の言葉に一夏はそれこそ食って掛かるが、テメエが弱すぎて話しになんねえのが悪い。

つうか男が泣いてもキモイだけだ、価値があるのは女の涙だけだっての。

 

「っていうか、ISを使った練習はしないのかよ?ぶっつけ本番なんてヤダぞ俺」

 

「俺だって嫌に決まってんだろ……でも仕方ねえんだよ。『空いてねえ』んだから」

 

俺は一夏の最もな言葉に項垂れる。

俺だってIS使っての練習とかしたかったっての。

 

「へ?空いてねえってどうゆう事だよ?」

 

「一夏、このIS学園は世界で最もISを多く所有しているが、それでも全校生徒が満足に使える台数じゃない。だから訓練機は、順番待ち……予約制なんだ」

 

一夏の言葉に、横で難しい顔をしていた箒が仕方無さそうに説明していく。

まぁ俺も受付で聞くまではそんな事実は全く知らなかったからな。

一夏が首を傾げても不思議じゃねえか。

 

「よ、予約制?じ、じゃあ……」

 

一夏の嘘だよなっていう縋るような、弱りきった子犬の様な表情に、箒を始め周りの女子はウッとした表情になるが、俺は構わずに箒の言葉を引き継ぐ。

 

「あぁ、受付に聞きに行ったが、次の空きは早くて1ヶ月後だとよ。それまでは訓練機の空きはねーらしい」

 

「マ、マジかよ……」

 

俺の無慈悲な言葉に、一夏は膝を突いて絶望を露にする。

これで俺達はあの腐れアマとの喧嘩、マジにぶっつけ本番でISを乗りこなさないといけねえってワケだ。

 

「ま、どっちにしろオメエは1週間の間、箒に剣道とISの知識の両方を見てもらえ。幾らなんでも両方とも不足してちゃ試合どころか、老後の笑い話しにもなんねえよダボが」

 

「お前はホンットーに人の傷口を抉るのに遠慮ってモンがねーな!?ドSか!?」

 

「バカ、お前だからだよ」

 

「嬉しい言葉の筈なのにこれっぽっちも嬉しくねえ!?」

 

ギャーギャー喚く一夏を箒に任せて、俺は道場の入り口へ向かう。

まぁこっから先は俺が居ても意味はねえしな。

俺は俺でやる事は決まってるし。

 

「ってちょっと待てよゲン!!お前はやらねーのかよ!?」

 

「あ?何をだ?」

 

だが、俺が入り口へ向かおうとしていると、一夏が声を掛けてきた。

俺は入り口に身体を向けたまま、首だけで振り返って一夏に聞き返す。

 

「だから、お前は計らなくていいのかよ!?自分の力!!」

 

「……いや、誰が相手してくれんだ?」

 

「……あ」

 

俺は一夏の言葉に従って、辺りを見渡すが、誰も俺と目を合わそうとはしねえ。

だって一夏の言ってるのって、さっきまで一夏がやってた立ち合いって意味だからな?

つまり、誰が俺と喧嘩やってくれんの?って事だ。

当然、誰も俺とはやりたくねえみてえで、皆視線を逸らしていくではないか。

まぁこんなガタイしてりゃ当たり前か。

それに、俺があの腐れアマにブチ切れて机をパンチでブッ壊したのは、既にどのクラスも知ってる話しだ。

女子はホントに噂の伝達率がすげえよ。

だが、ここまで言われて何もしねえのは、些か空気が読めてねえだろう。

つまり……。

 

「じゃあここは言いだしっぺの一夏に相手してもらうか(ゴキゴキゴキッ!!!)」

 

「いやいやいや!?ぜってーいやだっての!!?お前と喧嘩なんかしたら試合前に死んじまう!!?」

 

俺はにこやかに拳を鳴らしながら一夏に歩み寄っていくが、一夏は手をブンブンと振って俺の誘いを断りやがった。

おいおい一夏君よ?君には拒否権なんて存在しねえんだぜ?

 

「なぁに言ってんだよ一夏?テメエ3時間目に千冬さんが言った言葉忘れてんのか?」

 

「……へ?」

 

俺の言葉に一夏は呆けた声を出すが、俺はソレには構わずに言葉を続ける。

 

「あん時、千冬さんはこう言ったんだぜ?『今は私の管轄時間だ、織斑を殺るのは後にしろ』ってな(ゴキゴキゴキッ!!!)」

 

俺は輝く様な笑顔を浮かべつつ、首を廻して骨を鳴らしながらあん時の千冬さんの言葉を一夏にもう一度教えてやる。

すると、俺の言葉でやっと思い出したのか、一夏は面の中で大量の汗を掻き始めた。

全くよぉ……俺をクラス代表になんぞ推しやがって……漸く処刑の時間が来たぜ。

俺は『猛熊の気位』を発動し、呆けた一夏の顔面に向かって勢い良く上体を後ろに逸らして……。

 

「人を毎度毎度の如く面倒に巻き込むんじゃねえよこのヴォケェェエエエエエエッ!!!!!(ドグアァァアアアアアンッ!!!)」

 

「すみまぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!??(ピューンッ!!)」

 

『『『『『織斑君(一夏)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!???』』』』』

 

渾身のヘッドバットをカマした。

 

俺のヘッドバットを食らった一夏は宙に身体を浮かせて5メートル程宙を滑空して、床に落下する。

ざまあみろってんだ。

床に落下した一夏は余りの衝撃に起き上がれないのか、手をプルプルと震わせて宙を彷徨わせる。

 

「い、いい一夏!!?しっかりしろぉぉおおおお!!?ゲ、ゲン!!もう少し手加減してやってくれと言っただろう!!見ろ!?鉄製の面があらぬ方向に曲がってるではないか!?」

 

倒れた一夏に走り寄った箒は一夏の上体を抱き起こして、俺に非難を飛ばしてくる。

その声に従って一夏を見てみると、一夏の着けている防具の面の網部分の鉄が、あらぬ方向にひん曲がりまくっていた。

だが寸での所で一夏に直接当たりはしなかったようで、面の中に見える一夏の顔には傷1つ付いてなかった。

 

「チッ何だ、中にはダメージ入ってなかったのかよ?よっしゃ、次は確実に通すとすっか(ゴキゴキゴキッ!!!)」

 

「何でそうなる!?後生だから勘弁してやってくれ!!後生だから!!」

 

俺が冗談で拳を鳴らしながら近寄ると、箒は俺に喧嘩で勝てないと判断したのか俺の前に両手を広げて必死な表情で止めに掛かってくる。

ったく、冗談だってのに本気にするなよな。

俺は更に追撃をかけるつもりは更々無かったので、さっさと引き上げる。

 

「冗談だ冗談。箒、一夏の介抱は任せたぜ?」

 

「あっ、おいゲン!?何処へ行くんだ!?」

 

「俺は俺でヤル事があんだよ。じゃあな~」

 

俺はもう一度入り口へ向かい、後ろから声を掛けてくる箒に手だけ振って歩いていく。

さぁ、部屋に戻って仕込みをしねーとな。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

カチャカチャ……。

 

晩飯も終わった夜の余暇時間。

部屋の中では俺セレクションのウエッサイメロウソングが部屋を心地いい音で満たしていく。

今かかってる曲は『bigron』の『T-Luvin』という最高にクールな曲だ。

そんな曲をバックソングに、俺は鼻歌を歌いながら冷蔵庫から材料を取り出す。

 

俺はキッチンで『あるモノ』を作っていた。

造形は美しく、食べやすい様に、ソレでいて彩りも豊かに、といった感じの作りこみだ。

ガラス陶器の美しくも彩のない透明な器の中に、まずは麦の色をしたコーンフレークを敷き詰める。

次にプリン、そして1センチの角切りにしたカステラとバナナを並べる。

更に上から生クリームを盛り、仕上げはイチゴをトッピングし、隣にバニラアイスを丸くして置く。

最後のアクセントはキュウイでお終い。

コレにて洋風パフェの完成っと。

 

コレを4つ作って冷蔵庫に一旦仕舞う。

もう1つのパフェを完成させてから出さねばなんねーからな。

 

次のパフェは和風だ。

 

まずは一番下の段。

コチラもさっきのパフェと同じ様にコーンフレークを敷き詰め、生クリームを敷く。

その上の段に抹茶アイスを多めに、バニラアイスを少なめに入れて、更に小豆に白玉、そして甘み休みにサクッとしたウエハースを2本刺す。

これで俺の和風パフェは完成だ。

うん、どっちもいい出来に仕上がったな、これならアイツ等も満足するだろう。

俺はパフェの器をお盆に乗せて鼻歌混じりにリビングへ戻っていく。

 

「さぁ、お待たせだ。出来上がった……ぜ……」

 

だが、一歩リビングへ足を踏み入れると俺は言葉を失った。

それは何故かというと……。

 

「でへへへへへ~~~♪ぱふぇぱふぇ~~~~♪(ダラダラダラ)」

 

「ほ、本音ちゃん!?涎が凄い出てるよ!?お、女の子なんだからシャキっとしないと!!」

 

「の、のほほんさんの気持ちは良く解るぜ……ゲンの作る料理やデザートは最高にウメエからな……ゴクンッ」

 

「い、一夏!!男がはしたないぞ!!男子たるもの、毅然と食事を待つ心構えを……ゴクリッ」

 

「す、すっごい誘惑感……鍋島君って、見た目に似合わずかなりの料理スペック持ってるんだ……ジュルッ」

 

「もう清香ちゃん!!ダメだよ、女の子が袖で涎を……よ、涎を拭うなん……て……コクッ」

 

扉を開けると、そこには欠食児童の群れが……いやまあ一夏と箒、夜竹に相川と本音ちゃんなんですけどね?

皆して俺が持つパフェの皿を凝視してるし。

まぁそんだけ楽しみにしてもらえんのは、料理人冥利に尽きるんだがな。

一夏達は全員テーブルについて、俺のデザートを今か今かと待っている。

ちなみに何故一夏達がいるかというと、本音ちゃんが昼の休憩時間に誘ったからだ。

材料は多めに買っておいたから良かったが、下手すりゃ足りなくなる所だったぜ。

つうか、何か皆トロけた顔してんのは何故?

唯一マトモだった夜竹ですら、小さく喉を鳴らしてるし。

まぁいいか、余り深く考えるのも面倒だ。

例え本音ちゃんの涎がナイアガラの滝みてえになってても考えない。

そのまま俺はテーブルに近づき、最初に聞いていたリクエスト通りにパフェを各自に配っていく。

 

相川と一夏、本音ちゃんにイチゴパフェ。

 

夜竹と箒、本音ちゃんには和風パフェ。

 

本音ちゃんは約束通りに2個の配布だ。

それぞれをテーブルに置くと、皆目を輝かせて自分のパフェに釘付けになってしまった。

 

「ま、まぁとりあえず食ってくれ。お代わりはねえが、満足できると思うぜ?」

 

「そ、そうだな!!それじゃ、いただきます!!」

 

『『『『頂きまーす!!』』』』

 

そして一夏の声を皮切りに、全員が一斉にパフェに口をつける。

さあて、お口に合うか!?

 

『『『『『パクッ』』』』』

 

……一口食べて、誰も何も言わずにモグモグと咀嚼し……。

 

「……う……うんめぇぇえええええええええええええッ!!!がつがつがつ!!!」

 

一夏の、腹から響き渡るような大声が部屋に木霊した。

っていうかうるせえ!?

叫び声を挙げた一夏はガッつくようにパフェをドンドンと平らげていく。

もう少し味わって食えよな。

他の皆はというと、もうなんか幸せに蕩けきっていた。

 

「はぁ~~……これはファミレスなんか比べ物になんないよぉう……それに、部屋の音楽もイイ感じで優しいメロウだし……この雰囲気が凄く良い……」

 

「うむ……和風パフェと言うだけはある……小豆も白玉もいい味で、全く嫌味が無い……さすがはゲンだ」

 

「はむはむはむ♪ん~~♡ちょぉちょぉちょぉ幸せだよ~~♡」

 

「うわぁ……!?元次君のパフェって凄く美味しい……どうしよう。食べるの勿体無いかも……はぁ♡……それに、この音楽がまた優しくて、幸せな気分になっちゃう♡」

 

もう全員が幸せいっぱいって顔で頬張ってやがる。

その顔を見てると、俺も自然と顔が綻んできた。

 

さて、それじゃあ行きますか。

俺は冷蔵庫から和風と洋風をそれぞれ1つづつ出してお盆に乗せて蓋を被せてドアに向かって歩いていく。

 

「はむはむ♪う~ま~う~ま~♪……あれ?ゲンチ~、どっか行くの~?」

 

と、俺が部屋から出ようとする動きに気付いた本音ちゃんが、声を掛けてきた。

俺はその声に首だけで振り返って、?顔の本音ちゃんに笑い掛ける。

 

「なに、ちょっと配達にな。本音ちゃんはゆっくりパフェを食べててくれや」

 

「ふ~ん?わかった~。行ってらっしゃ~い♪」

 

俺の言葉に本音ちゃんは納得してくれたのか、電気ネズミの着ぐるみの長い裾を振って笑顔で見送ってくれた。

そんな本音ちゃんに微笑ましい気持ちを貰いながら、俺は部屋から廊下に出る。

さて、行きますか。

俺は放課後に見たマップを思い出しながら、ある部屋を目指す。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「さて、と……105、ここだな(コンコンコンコン)」

 

さて、歩くこと5分で、俺は目的の部屋に到着したので、その部屋をノックする。

そして部屋の主が言葉を返してくるまで待つ事にした。

さっき通り縋った職員の人に聞いた部屋だから、ここで間違いねえと思うんだが。

 

『はぁ~い。どちら様ですか?』

 

ノックしてから何の音沙汰も無いので俺が部屋の番号間違えたかな?と首を捻っていると、部屋の中からのんびりした声が聞こえた。

うん、この声は間違いねえな。

俺は部屋の主に声を返す為に、軽く咳払いをする。

 

「夜にすいません。鍋島っす」

 

『……ふぇ?……え、えぇぇ!!?げ、元次さん!!?ち、ちちちちょっと待って下さい!!?(ガタガタバタンバタンッ!!!)』

 

すると、訪問者が俺だと解って驚いたのか、さっきまでのリラックスした声はどこかへ飛び、部屋の中からバタバタと慌しい音が聞こえてきた。

おいおい、何をそんなガチャガチャとひっくり返してるんですかい?

そしてそのまま2分ぐらい待っていると……。

 

「(ガチャッ)……こ、こんばんわです。元次さん」

 

何やら花柄の可愛らしいパジャマに身を包んだ真耶ちゃんが恐る恐るといった感じで顔を出してきた。

年齢的には幼いんだろうが、真耶ちゃんにはピッタリ似合ってるから不思議だな。

ちなみに3桁の部屋番号は、全部教師の寮だそうだ。

 

「へへっ、こんばんわ。真耶ちゃん。ゴメンな?急に来ちまってよ」

 

「い、いえいえ!?げ、元次さんならいつでも大歓迎です!!で、でも、どうしたんですか?こ、こんな時間に……(よ、夜に女性の部屋に男の人が来る……ま、ままままましゃか!!?)」

 

俺が謝罪を口にすると、真耶ちゃんは首が取れそうな勢いで左右に首を振っていく。

何やら真耶ちゃんの顔は熟れたリンゴの様な赤みを帯びているジャマイカ。

しかも瞳も何を考えてるのかウルウルと潤いを見せている。

た、確かにこんな時間に女の部屋に来るってのは良い事じゃねえよな……さっさと用事を済ませよう。

 

「あぁ、実は夕食のデザートにパフェを作ったんだが……少しばかり余っちまってな。良かったら真耶ちゃんにと思って……ほい」

 

俺はお盆の蓋を開けて、中から洋風パフェを取り出す。

すると、さっきまで何かを期待していたような真耶ちゃんの顔は明らかに落胆したような感じに早代わり。

 

「あっ……そ、そうなんですか。……ありがとうございます(わ、私のばかばかばか!!そんなワケないじゃない!!……はぁ……)」

 

真耶ちゃんは何やら暗い雰囲気を背負いながら肩を落としてしまった。

な、何か悪い事したか?俺?

とりあえずいつまでも俺がパフェを持っていても仕方ないので真耶ちゃんに差し出したんだが……それを受け取ると、真耶ちゃんはまた瞳を輝かせていく。

移り変わりが激しいな真耶ちゃん。

 

「わぁ……!!す、凄い美味しそうです!!こ、これって元次さんが作ったんですか?(わ、私より上手かも)」

 

そして、パフェを受け取った真耶ちゃんは、俺を見上げながらそう聞いてきた。

うんうん、見た目は合格って事だな。

 

「おう、まぁ、今日のお礼にと思ってな……ありがとうな、真耶ちゃん。俺の事を避けないでくれてよ」

 

俺はそう言って、真耶ちゃんに頭を下げる。

今日の3時間目に、あんなにブチ切れた俺を、何時もと変わらない態度で接してくれた事への感謝を込めて。

まぁ、その感謝の印がパフェってのも、安いモンだがな。

 

「い、いえ!?そんな感謝される様な事じゃないですよ!?せ、先生が生徒を見捨てたりなんて、絶対にしませんから!!」

 

「例えそうだとしても、だ。俺はあん時、真耶ちゃんが変わらない態度で接してくれたのがスゲエ嬉しかったんだ……だから、俺は何度でも感謝するぜ?」

 

俺はそこで言葉を区切って、下げていた頭を上げる。

すると、俺の視界に入って来たのは、俺を見つめて微笑んでる真耶ちゃんだった。

ヤッパ優しいよな、真耶ちゃんは……ホント、良い女だぜ。

 

「まぁ、そのパフェは俺の感謝の気持ちだと思って受け取ってくれ。味については保証するぜ?」

 

「クスッ……ハイ♪では、有難く頂戴します♪」

 

「あぁ、是非そうしてくれ……それじゃ、急に来てゴメンな?」

 

「いえいえ♪……ま、また……いらして下さい……お休みなさい、元次さん♪」

 

「あぁ、お休み。真耶ちゃん」

 

俺がお休みの挨拶をすると、真耶ちゃんは微笑んで頷き、部屋の中へ帰ろうとする。

俺はそんな真耶ちゃんに背中を向けて帰ろうとするが……。

 

「あ~、そうそう……真耶ちゃん」

 

俺はさっきから言いたかった事があったのを思い出して、途中で歩を止める。

そのまま背を向けていると、後ろで真耶ちゃんが扉を閉めようとしていた手を止めたのが、気配でわかった。

 

「?はい、なんですか?」

 

「いや、その……まぁ、なんていうか……」

 

「?」

 

俺が言い難そうにしていると、後ろの真耶ちゃんの空気が怪訝なものに変わっていく。

まぁ言い淀むのは勘弁して欲しい。

なんせその……面と向かっては言い辛いっつーか……ねえ?

だがここで言っておかないと、後々までそのままかも知れねえし……よし、言っとこう。

俺は気持ちを固めて軽く2,3回咳払いをする。

 

「……あの、よ……いくら女子しかいねえっつっても……もう少し、ボタンは閉めた方がいいぜ?」

 

「ふぇ?……ッ!!?(バッ!!!)し、ししし失礼しみゃす!!?(バタンッ!!!)」

 

俺の頬をポリポリと掻きながら発した言葉に、最初は呆けた声を挙げた真耶ちゃんだったが、俺の言葉の意味を理解すると急いで部屋に隠れた。

俺はその様子を見届けてからもう一度歩を進める。

いやね?真耶ちゃんは可愛い花柄のパジャマを着てたんだけども……ボタンがね……結構、開放的状態だったというか……かなり深い谷間がよく見えたと言うか……ごっそさんです。

とりあえず今見た物は脳内データフォルダにしっかりと最高画質で保存しておき、俺は次の目的地を目指す。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「寮長室……ここか……おし(コンコンコンコン)」

 

次なる目的地、寮長室は生徒寮の中にあったので、かなり帰りは早くなる。

とりあえずこれで、消灯時間には間に合うだろう。

帰りの時間の余裕を確認した俺は、さっきと同じ様に扉をノックする。

 

『……誰だ?こんな時間に?もうすぐ消灯時間だぞ』

 

すると、中から返事のような説教のような声が聞こえてきた。

まぁ、それが寮長の仕事だもんな。

 

「すいません、鍋島っす」

 

『なッ!!?……げ、元次か?どうした?』

 

俺が返事を返すと、中から千冬さんの焦った様な声が聞こえてきた。

あり?なんか忙しかったか?

 

「遅くにすいません。ちょっとしたお届けものがあるんですが」

 

『届け物だと?……ち、ちょっと待ってろ(ガチャガチャバタンバタンズドゴォォオンッ!!!)』

 

まぁ真耶ちゃんと同じで物を片付ける音が、ってちょい待て!!?

なんだ最後の音は!?千冬さんドンだけ散らかしてんだよ!?いや家事能力はねえのは良く知ってるけども!!?

最後のあの轟音は一体何を片付けた音なのよ!?……は、激しく気になるぜ。

 

そんな謎極まる音に思考を巡らしていると……。

 

「(ガチャッ)す、すまんな。待たせた」

 

部屋の扉が開いて、中からタンクトップとジャージのズボンという出で立ちの千冬さんが出てきた。

開かれた扉の奥に見える部屋の中は、特に何もおかしい所は見当たらない。

……あの音は何だったのかは忘れる事にしよう、うんそれがいい。

 

「いやぁ、いきなりすいませんね、織斑先生」

 

「べ、別に構わん……それより、今は放課後だ。何時も通り千冬さんでいいと言っただろう」

 

「あ~、さーせん。どうにも切り替えが上手くいかなくて……まぁいっか、とりあえずコレ。デザートにでも食って下さいっす」

 

「む……コレは……パフェか?」

 

俺がお盆から和風パフェを取り出して、千冬さんに手渡すと、千冬さんは疑問顔で俺に向き直ってきた。

まぁいきなりデザート渡されたらそうなるわな。

 

「そうっす。ちょいと機会があったんで作りました」

 

「ほう、お前の手作りか……それは有難い。お前の料理はどれも美味いからな……しかし、急に作って持ってくるとは……驚いたぞ?」

 

俺の言葉を聞いた千冬さんはうっとりした表情で和風パフェを見つめてる。

この人も外見の所為で決められがちだが、和風の甘味が大好物なんだよな。

そういうトコはやっぱり女の人だね、うんうん。

 

「まぁ、そのパフェは今日のお礼も兼ねてますんで……今日はありがとうございました。千冬さんが止めてくんなかったら、間違い無く俺はあの腐れアマを半殺しにしてましたわ」

 

俺は千冬さんにそう言ってから頭を下げる。

実際問題、あん時千冬さんが止めてくれなきゃ、俺はあのまま握り締めた拳で腐れアマを二度と立ち上がれないぐらいにボコしてただろうしな。

そうなったら、担任である千冬さんや、親父達に迷惑がかかってただろうし。

前に鈴を虐めてたゴリラを叩きのめした時は、親父達にも迷惑かえちまったのになぁ……やっぱキレたら後先考えねえや、俺。

 

「半殺しで済んでいたら、オルコットにとっては御の字だったろうな……さて、消灯時間も近い。早く部屋に戻るんだぞ」

 

千冬さんは俺の言葉にそう言って微笑むが……千冬さんは、俺が半殺し以上の事をすると思ってたんですかい。

失敬な、幾ら俺でも……多分、恐らく、きっと……もしかしたら、殺ってたかも(汗)

ま、まぁ実際にゃやってねえんだし問題ないだろう!!

俺は軽く頭をよぎった思考を振り払う。

 

「わかってますって。それじゃ、お休みなさいっす。千冬さん」

 

俺は千冬さんの言葉に返事を返して、踵を返す。

さぁ、さっさと部屋に帰らなきゃな、早くあの癒しっ子のいるオアシスへと。

 

「あぁ、お休み……そうだ、元次」

 

「へい?何すか?」

 

だが、いざ部屋に戻ろうとした時に、千冬さんが俺に声を掛けて来たので、俺は振り返った。

俺が振り返った先の千冬さんは、何やら不敵な笑みを浮かべて扉に背を預けていた。

 

「男が啖呵を切ったんだ……逆上せ上がってる小娘の天狗っ鼻をへし折ってやれ……ではな」

 

千冬さんはそれだけ言うと、部屋の中へ引き返していった。

俺はそんな千冬さんの姿を見ながら、獰猛な笑みを浮かべてしまう。

 

「……キッチリとブチのめしてやりますよ」

 

小さく小声で、聞こえないように呟いて、俺は自分の部屋へ引き返していく。

千冬さんが応援してくれてんだ……これで負けたら末代までの恥だと思って喧嘩してやるぜ。

 

 

まぁ、そんなこんなで俺は寮の部屋へと帰って来たんだが……中にはまだ一夏達が居て、皆で楽しそうに喋っていた。

そのまま俺も混ざって皆で雑談を楽しみながら、俺達は就寝時間まで部屋に居た。

そして就寝時間が近づいたので、一夏達は自分達の部屋に戻っていった。

俺と本音ちゃんも寝る事にしたんだが、その時本音ちゃんが俺のISの知識面でのコーチを買って出ると言ってくれた。

本人は「パフェのお礼だよ~♪」と言ってたが、また何か作ってあげる事にする。

なんせ可愛いからな。

 

それで俺達は眠りにつき、IS学園2日目の夜は終了した。

 

 

 

 

 

 

そこから暫くはホントに怒涛の日々だったぜ。

 

一夏もISの授業は必死に聞くようにして、わからない所は箒に教えてもらい、箒が空いて無い時は他の女子にも聞いていた。

そして放課後は一夏達は剣道場で剣道の試合をして一夏は昔の剣の感を取り戻す事に専念していた。

更に夜は俺と本音ちゃん、一夏、箒の4人でISの知識面の勉強を合同でやって、レベルアップを図った。

疲れた頭に糖分を送り込むために、俺も夜は色んなデザートを作って皆に振舞ったしな。

 

一方の俺は、授業に専念するのは勿論の事、一夏の放課後の鍛錬も手伝った。

段々と剣の感を取り戻してきた一夏が、剣VS剣の戦いに慣れすぎない様にするためだ。

なんせISには剣以外にも銃やグレネードなんかが搭載出来るからな。

 

そん時の鍛錬の一幕。

 

『オオオオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァアアアアッ!!!(ズドドドドドドドドドッ!!!)』

 

『うわわ!?ちょ!?ゲ、ゲェェン!!?百一烈拳は卑怯だろ!!?っていうか前から思ってたけど何でリアルに使えるんだよ!?もはや削岩機の域じゃねえか!?』

 

『おぉ~~!!?ゲンチ~の手がいっぱい増えてる~~!!?』

 

『馬鹿野郎!!相手が銃で弾幕張ったらこんなモンじゃすまねえんだぞ!?これぐれえ全部避けろや!!』

 

『無茶言うなーーーー!!!?ってしまっぼばばばばばばばばぁぁああああッ!!?(ドガガガガガガガガッ!!!)』

 

『『『『『織斑君(一夏)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!???』』』』』

 

『だーはっはっはっはっは!!!コイツァ面白れーや!!!そらそらそらそらそら!!しっかり避けろよぉおおおッ!!?(ズドドドドドドドドドッ!!!)』

 

『元次君!?な、なんかスッゴク生き生きとしてるんだけど!?』

 

『日頃の恨みが~~えくすぷろ~じょんしてるんだね~~♪』

 

『呑気に言ってる場合じゃないぞ布仏!?『うぉらぁ!!猛熊5連蹴撃!!!』『ぎゃーーーー!!?』ってゲンこらーーー!?お前は試合前に一夏を潰す気かーーー!!?』

 

『あぁん!?手加減していいのか箒よぉ!?ここで一夏がボロ雑巾になりゃ、同部屋のお前が一夏を優しく介ほ……』

 

『ガンガン行っていいぞゲン!!相手は待ってはくれんのだからな!!これぐらいの内容は当然だ!!』

 

『箒いぃぃいいいいいいいい!!?何て事をいぶばばばばばばばばぁああああッ!!!??(ズドドドドドドドドドッ!!!)』

 

『だーはっはっはっはっは!!!余所見してんじゃねーぞくらぁ!!!』

 

『いっそ一思いに殺せーーーーー!!!?』

 

なんてこともあったが、概ね問題なく修行、というか鍛錬はこなしてこれた。

何度か一夏の顔がパンプキンみたいになってたが、全く問題は無かったぜ。

そして今日はあの宣戦布告から3日目になる。

んで、授業が終わった休憩時間、俺達は放課後の鍛錬の方向性について話しあっていたんだが……。

 

「うぁ~……しんどい」

 

「オメエの事で話してんだぜ?しゃきっとしやがれ」

 

一夏は相変わらずうなだれていた、まぁ最近はかなりハードな鍛錬ばっかだからな。

だけど女子はそんな一夏を待つわけはなくチャイムが鳴ると同時に俺達に詰め寄ってきた。

やれやれ、まだ俺達の扱いは変わらねえか。

まぁまだ入学して5日だしな。

入学から続く様子見は終わったのか、教師が教室を出るなりいきなりこの光景である。

ってかおい誰だ、『もう出遅れるわけには行かないわ!』とか言った奴。

 

「ねえ!!織斑くん、鍋島くん!!二人は他にどんな友達がいるの?」

 

「織斑君は彼女とかいるの?」

 

「今日のお昼ヒマ?放課後ヒマ?夜ヒマ?」

 

「いや一度に訊かれても……」

 

俺の方は大体プロフィール答えたからそうでもねえが、一夏は自己紹介で何も言わなかったからなぁ。

色々知りたがりな女子達に質問攻め食らってるし。

 

「千冬お姉さまって普段はどんな感じなの!?」

 

「え……う~ん?……どんな感じって言われてもなぁ……ゲンはどう思う?」

 

ってココで俺に振るんかい。

一夏の声と視線に、周りの女子が一斉に俺を見てきた。

しっかし、家での千冬さんかぁ……ここでだらしないとか言ったのがバレたらブチ殺されるだろうし……う~ん。

未来の惨劇を阻止すべく、散々悩んだ末に俺が繰り出した答えは……。

 

「……案外可愛いトコあるんじゃねえかな?」

 

THEお茶を濁す☆

 

これしかねえよ。

だが、俺が女子連中に視線を向けると、女子連中と一夏は、何故か俺の後ろを見ていた。

皆一様に顔が青色ではないか。

あれ?これってまさか?

 

メキャアッ!!!

 

人体で

 

絶対に鳴らない音が

 

俺の頭で鳴った

 

by元次

 

「って痛えぇぇええええええええええええッ!!!??」

 

こ、この突き刺す様な痛みは!!?

俺は頭頂部を抑えながら後ろへ振り返る。

 

「や、ややや休み時間は終わりだぁ!!!貴様等とっとと散れぇ!!!(だ、だだ誰が可愛いだこの馬鹿者!!?そういう事は思っていてもこんな場で言うな!!!)」

 

そこには、蒸気を噴出しながら赤い顔で出席簿を持つ千冬さんの姿がございました。

かなり恥ずかしかったのか、最早呂律も回ってなかったっす。

みんなもプライバシー問題には気をつけよう☆

手元の出席簿の角から煙が上がってるトコを見ると、あの角っこで俺の頭をデストロイ!!したんですね、わかります。

そんな千冬さんの怒声に、女生徒は皆走って自分の席に戻っていく。

それを確認した千冬さんは、俺を一睨みすると、教卓へと戻っていった。

やっぱりあの濁し方はまずかったか……すんませんでした。

 

「……それと織斑に鍋島、お前たちには学園で専用機を用意する事になった」

 

俺が心の中で千冬さんに謝罪を述べていると、千冬さんは教卓の上から俺と一夏を見下ろしてそう言った。

だが、千冬さんの言った言葉の意味が判らねえのか、一夏はチンプンカンプンな顔をしていた。

かく言う俺もそうだ。

千冬さんの言う『専用機』ってなんだ?

 

「せ、専用機!?1年のしかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出ることで……」

 

「いいな~私も専用機欲しいな~」

 

だが、周りの女子は千冬さんの言葉の意味が判ったのか、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

かくいう俺はその『専用機』とやらの情報を知る為に教科書の最初のページ辺りからペラペラと中身を見ていた。

えーっと?専用機、専用機……どこだ?その項目は?

だが、幾ら探せど探せど、専用機と書いてある項目は一切存在しない。

そんな焦る俺と、チンプンカンプンな顔をしている一夏の様子を見て、千冬さんは一夏に視線を送った。

 

「織斑、教科書6ページを音読しろ」

 

俺は千冬さんの言葉を聞いて、教科書のページを捲っていく。

音読されても、自分で読まなきゃ理解できねえからな。

えっとぉ……教科書6ページ?……ってこれは……ISのコアについて?

俺がちょうど目当てのページを見つけると、グットタイミングで一夏の音読が始まった。

 

「へ?は、はい。えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ乃博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』……」

 

「つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。お前等の場合は一般人なので、データ収集もかねてIS学園の所有となるISが用意される。理解できたか?」

 

「な、なんとなく……」

 

「そーゆう事っすか……」

 

一夏は千冬さんの言葉に生返事を返したが、俺にはどうゆう事か大体解った。

要は男のIS操縦者のデータが欲しいから、政府が俺等のISを用意するって解釈でいいんだろう。

そうでなきゃ、態々一般人である俺と一夏のために調整したワンオフカスタムのISなんて贈ったりしねえだろうからな。

 

「あの……先生、篠ノ乃さんって、もしかして篠ノ乃博士の関係者なんでしょうか……」

 

と、そんな事を考えていると、女子の1人が千冬さんに質問していた。

まぁそりゃ気付くよな、篠ノ乃なんて苗字はかなり珍しいし。

 

「そうだ、篠ノ乃はあいつの妹だ」

 

そして、千冬さんは女子の質問に頷いて言葉を発した。

すると教室が驚きと驚愕の歓声で響き渡る、そりゃそうだろうなぁ。

なんせISの生みの親の妹がクラスメイトなんだからな。

 

「えええーーーっ!?す、すごい!このクラス有名人の身内が二人もいる!!」

 

「篠ノ乃さんも天才だったりするの!?今度ISの動かし方を教えて~!!」

 

女子はワッと立ち上がる子もいるぐらいテンションが上がっていた。

千冬さんの授業中に度胸あるなぁオイ。

そして、そんな女子達に箒は苦笑いを浮かべて視線を合わせていた。

 

「あ~、すまないが、私もISの事は皆と同じぐらいしか知らないんだ。ISが出来上がったのも、私が小学生の頃の事だったしな。期待に応えられなくてすまない」

 

箒が苦笑いしながらそう言うと、アチコチから「あ~そうだよね。私達と同い年だもんね」とか「天才の妹ってだけで、色眼鏡で見たりしたら失礼だよね」といった反省する様な声が挙がった。

中には、態々箒に「ごめんね!!篠ノ乃さんは篠ノ乃さんだもんね!!」「家族だからって全部同じなワケないよね。本当にごめんなさい」って謝りにいってる子もいた。

俺はそんな光景を見ながら、心の中で安堵した。

なんせ昔は、束さんの事を憎悪してたからな……昔のままだったら、多分アイツはキレてただろうし。

箒のあの反応と表情には、そんな怒りとか憎しみなんてモンは一切入ってなかった。

それは完全に、束さんと箒の中が戻ってる証だろう。

俺はその事実が何より嬉しくて堪らねえんだ。

ふと視線をずらして見ると、一夏も同じ様に嬉しそうな視線を箒に送っていた。

その一夏の視線に気付いた箒は、恥ずかしさで顔を赤くして俯いてしまった。

かっかっか、頑張って一夏を射止めろよ?箒。

 

「……では、授業を始めるぞ」

 

俺がそんな幼馴染み達の姿に暖かい気持ちになっていると、女子が静かになるのを見計らっていた千冬さんから、授業開始の宣告が出た。

そして、全員が教卓へ視線を向け、今日も授業が始まる。

 

 

さぁ、あの腐れアマをブチのめすまで後4日、やれるだけの事はやりますか。

刻々と近づく大喧嘩に胸を熱く燃やしながら、俺は授業に身を入れていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遂に開戦!!炸裂する怒りの拳!!

真面目な話し、バトル描写苦手です……(汗)


さて、天気は快晴。

体調もすこぶる良好。

正にこれ以上ねえぐらいの喧嘩日和ってやつだな。

 

遂に訪れた土曜日の放課後。

 

今日、これから俺と一夏、そしてあの腐れアマとの盛大な喧嘩が始まるわけだが……。

既にアリーナの応援席には1組のクラスメイトが着席して試合が始まるのを今か今かと待っている。

更には2年、3年の先輩達が噂の男性IS操縦者の腕前を見ようとこぞって見学していた。

まぁ大半は興味本位なだけだろうがな。

刻々と喧嘩の時間が迫っているにも関わらず、俺と一夏、そしてアリーナの応援席ではなく、ここまで一緒に着いて来てくれた本音ちゃんと箒は、4人揃ってピットに居た。

サンサンと輝く太陽が浮かんでいる清々しいまでに青く澄み切った大空には、既にあの腐れアマが専用ISを纏って浮いているにも関わらずだ。

本来なら俺か一夏のドチラかが、もうあの大空へと乗り出して盛大に喧嘩をおっ始めている筈だった。

そう……その筈だったんだ。

なのに俺達4人が雁首揃えて未だにピットに居るのは……。

 

「……なぁ、兄弟?」

 

今正に大空に浮いて苛立ちを露にしてる腐れアマをモニターで見ていた一夏は、モニターから視線を逸らさずに俺に声を掛けてきた。

 

「……なんだ?兄弟?」

 

一方で、俺もモニターから視線を逸らさずに、一夏へ問い返す。

まぁ言いてえ事はわかっちゃいるんだがな。

 

「来ねえなぁ……IS」

 

「……来ねえなぁ……最悪、訓練機使う事になりそうだな」

 

「「ハァ……」」

 

俺達は2人揃って下を向いて溜息をつく。

そう、俺達がこんな場所でいつまでも燻ってんのは、政府から支援される筈の専用機が未だに届いてねえからだ。

何やら開発っつーか、調整がギリギリまで掛かったらしく、俺達は必然的に待ちぼうけを食らう羽目になった。

つうか俺達にプレゼントする予定があったならこんなギリギリまで掛かるなよな。

まだ宅急便の方が早いしサービスいいぞ。

これで着払いで送ったりしてきてみろ?俺キレちゃうよ?ほんとだよ?

 

「もうちょっと~待ってみようよ~。焦っちゃダメダメ~」

 

「布仏の言う通りだぞお前達、試合前にそんな落ち込んだ気持ちでどうする」

 

そんな感じで喧嘩に水を指されたようなアンニュイな気分で肩を落とす俺達に、本音ちゃんと箒は俺達に激を飛ばしてくる。

本音ちゃんはニコニコとした笑顔で、箒は凛とした雰囲気を携えた真剣な表情でだ。

しかしこんな時でも本音ちゃんは笑顔を忘れないのね。

その笑顔を見てるだけでなんか疲れた心が急速に癒されていくぜ。

 

 

 

荒んだ現代社会の荒波に疲れているそこの貴方。一家に一匹布仏本音は如何?

マイナスイオン溢れる笑顔とピコピコ動く耳と尻尾がチャームポイント☆

貴方の帰りを「おかえり~♪」とほわっとした癒しボイスで向かえてくれます。

 

 

 

うん、このキャッチコピーで売り出しゃ間違い無く完売御礼だろうな。

むしろ俺なら速攻買う。

ちなみに俺と一夏は既にISスーツを纏っているんだが、俺達はデザインがそれぞれ違う。

まず一夏は上下ピッチリとしたインナーのようなスーツで、何故か知らねえがヘソ出し短パンルック。

何やら教職員の方々からコレにするようにと強い希望があったそうな。

まぁ一夏は細身だからまだ見れるが……何処に需要があったんだろう……そーゆう趣味の職員が居たって事か。

そして俺だが……まぁ、ソコまで変じゃねえ。

上は一夏と同じでピチッとしたインナーみてえなモンだが、下は制服の様なダボっとしたズボンタイプだ。

しかもご丁寧にポケットまで付いてる。

俺としてはこれで良かったと思ったぜ、一夏みてえにヘソ出し短パンルックだったら……軽く死ねる。

 

「しっかしよぉ……いつ見ても、アレだな」

 

と、俺が自分の身体を見下ろしながらスーツについて考えていると、何時の間にかモニターから視線を外した一夏が俺の事を見ていた。

俺を見るその表情は感心してる様な呆れてる様な微妙な表情だった。

 

「なんだよ?何か変か?」

 

俺は自分の体が何かおかしいのかと思い、色々とチェックしてみるが、どこもおかしい所は見当たらなかった。

 

「いや、変っつーか……一体どうやったらそんなマッチョになるんだよ?普通俺達の年代では俺位が普通の肉体なんだぜ?」

 

一夏はそう言いながら俺の体を見つめくる。

やめれ、男に見つめられる趣味はねえっつの。

まぁ確かに俺の体は同年代の中でも抜きん出てるっつーか、ハッキリ言や異常だろうな。

腹筋は6つに割れて筋が浮き上がってるし、胸の筋肉も発達しまくって完全なブロックになってる。

意識していなくても浮き出ている背筋に、カチカチに固まって筋が出てる横腹。

肩の筋肉も盛り上がってこぶみたいになってるし。

ボディビルダー程ではねえが、それでもかなりマッチョな部類だ。

 

「鍛えりゃ自然とこうなるってだけだ。俺は只ひたすらに親父や爺ちゃんを目指してただけだしな」

 

「はぁ……そうかい」

 

俺はそう言って腕をグッと力を込めて曲げる。

すると俺の筋肉は盛り上がり、ISスーツの抵抗も関係無しにその存在を主張していく。

その様を見せ付けられた一夏はげんなりとした表情を浮かべてしまった。

多分、いつになったら俺に勝てるんだろうとか考えてたんだろう。

だが俺だってまだこれでも親父や爺ちゃん、それに冴島さんにゃ勝てねえだろうな。

もっと鍛錬しなきゃいけねえ。

 

「げ、元次さん元次さん元次さん!!!」

 

「ん?」

 

俺が今後の目標を考えていると、ピットに俺の名前を呼ぶ声が木霊した。

その声に従って視線を声のした方へ向けると、危なっかしい足取りで俺達のいる場所へ走ってくる真耶ちゃんがいた。

っていうか真耶ちゃん、3回も呼ばなくても聞こえて……おぉおッ!!?

ま、真耶ちゃんが走るにつれてあのドリームバルーンが左右にスッゴイ勢いで揺れてるぅッ!!?

何てこった!?そげなモン振り回して走り寄ってきたらアカンで真耶ちゃん!?

もはや俺の視線は真耶ちゃんの揺れるお胸様に釘付け状態だった。

 

「き、来ましたよ!!元次さんと織斑君の専用機が、きゃっ!!?」

 

「ちょッ!?真耶ちゃん!?(ダッ!!)」

 

しかし、危なっかしい足取りで走っていた真耶ちゃんは床に足を引っ掛けてしまったのか、体が宙に投げ出されてしまった。

俺はそれを見て瞬時に体を動かし、真耶ちゃんの元まで走る。

だが、距離が遠すぎて抱き止めるのは絶対に無理だった。

仕方ねえ!!こうなったら体を差し込む!!

俺は真耶ちゃんを抱き止めるのを諦め、そのままスライディングの要領で真耶ちゃんと床の間に体を滑り込ませる。

仰向けに滑り込んだので、そのまま空いた手で真耶ちゃんを抱きしめて、背中から床に着地した。

 

「(ズダァンッ!!)っと!!ギリギリだったな……大丈夫か?真耶ちゃん?」

 

「は……あ……」

 

俺はしっかりと抱きとめた真耶ちゃんに無事かと声を掛ける。

背中から床に落ちた時にかなりデカイ音が鳴ったが、俺からすれば全く問題無いくらいの衝撃だった。

真耶ちゃんが顔面から転けていたら只じゃ済まなかっただろう。

だが、俺が声を掛けたのに対して真耶ちゃんは返事を返さずに、何やら呟くだけだ。

一体どうしたのかと思ったが……今の俺達の体勢を思いだして冷や汗が出てきた。

現在、俺は床に寝そべり真耶ちゃんは俺の上で俺に体を預ける様に寝そべっている。

そう、まるで恋人の女がベットの上で男に甘える様にしな垂れ掛かる体勢……やっべえ。

 

「……元次……さん(凄い……カラダ……とっても……逞しい、ですぅ♡)」

 

「ま、真耶ちゃ……」

 

俺は急いでこの体勢から起き上がろうと真耶ちゃんに声を掛けたが……途中で俺は言葉に詰まった。

何故なら、俺の上に寝そべっている真耶ちゃんと目が合ってしまったからだ。

俺の上に寝ている真耶ちゃんは……何と言うか……スゲエ妖艶だった。

頬は赤く上気し、俺を見つめるその瞳はとろんとしている上に恍惚とした表情を浮かべている。

白雪の様に白く、強く握れば折れてしまいそうな程に繊細な指は、俺の胸を妖しくなぞる様に滑り、這う蛇の様だった。

真耶ちゃんの纏う何時もの幼げな雰囲気は成りを潜め、途轍もなく妖艶な雰囲気を纏っていた。

こ、これが年上の魅力ってヤツか!?そうなのか!?

何でいきなりこんなアダルトな展開になっちまったんだ!?

俺はいきなり訪れたエロティックな雰囲気に呑まれ、喉をゴクリッと鳴らしてしまう。

それほどまでに今の真耶ちゃんは……ヤバかった。

少し視線を下に向ければ俺の胸板の上で押し潰され、それでも持ち前の弾力で存在を忘れさせないお胸様が鎮座ましましている。

やばい、何だこの男を惑わす色香は。

 

「……元次さん」

 

俺のそんな心境もお構い無しに真耶ちゃんは俺の胸板を撫でていた手を蛇のように上へ上へと這わせてきた。

ISスーツという極めて薄い生地の所為でそれがリアルに感じ、背筋をぞくぞくっとした電流の様なものが走る。

止めて!?そんな切なげに俺の名前を呼ばないで!?色々な場所がのっぴきならなくなっちまうから!?

ええい、真耶ちゃんは化け物か!?これが真耶ちゃんの年上としてのチャームだと言うのか!?

助けてくれ兄弟!!このままじゃ真耶ちゃんに喰われ、いや俺が真耶ちゃんを喰っちまう!?

 

「……(ポカーン)」

 

「み、見るな一夏!!」

 

「む~~~!!な~に~し~て~る~のぉ~!!?(ぷく~~)」

 

だが、俺の心の叫びは兄弟には届かず、仕舞いには箒に邪魔される始末。

そして我がオアシスたる本音ちゃんの唸り声も聞こえたっす。

そんな外野の動きを見る余裕は俺には一切無く、真耶ちゃんから目を逸らせずにいた。

従って俺の逃げ場無し。野獣と化す数秒前なりー。

 

 

あぁ……もういい、喰っちまおう、こんなご馳走が目の前にあっちゃもう自分を抑えられねえよ。

過去の偉い人は言ってました、理性はブッ飛ばす為にあるモンだと。

では、手を合わせて い た だ き ま 。

 

 

 

「な・に・をしてるこの馬鹿者がぁあああああああッ!!」

 

「す?(バゴォオオオオッ!!!)ぼぐらびゅッ!?」

 

「きゃあッ!?」

 

いただけませんでした。

 

 

 

目の前にあるご馳走に被りつこうかと理性がメルトダウンしかけた瞬間、俺の側頭部は撃ち抜かれた。

正直、真耶ちゃんを落とさないように体を踏ん張った俺は偉いと思う。

俺の側頭部をサッカーボールの如く撃ち抜いたのは勿論千冬さん、今日も蹴りの威力は絶好調です。

俺の意識を一撃で刈り取れそうなぐらいには。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……元次ぃぃぃ……オルコットとの試合前に私がお前を微塵に刻んで埋めてやろうかぁ!?あぁ!?」

 

「い、今まさに天に召されかけたところっす……痛え」

 

肩で息をしながら俺にヤクザも真っ青なガンを飛ばしてくる千冬さんに、俺は側頭部を抑えながら答える。

つうか滅茶苦茶痛えよ、この人ぜってー俺を殺す気で蹴ってるでしょ?

ある程度痛みが落ち着いてきたので、俺は俺にしな垂れてる真耶ちゃんを引き起こそうとしたのだが、それより早く千冬さんが真耶ちゃんの襟首を掴んだ。

しかもそのまま片腕で真耶ちゃんを猫の様に持ち上げてしまったではないか。

いやいや、その細腕の何処にそんなパワーがあるんです?

 

「それと……真耶!!貴様はいつまで元次の上に乗ってるつもりだ!!この盛りに盛った雌猫め!!(ガバァッ!!!)」

 

「ふえぇッ!?せ、先輩!?私は盛ってもいませんし、猫じゃありませんよぉ!?降ろして下さいー!!(じたばた)」

 

「貴様よくもいけしゃあしゃあと戯言を言えたものだな!!(お前は私から元次を掻っ攫おうとする泥棒猫だろうが!!全く油断も隙も無い雌猫め!!)」

 

千冬さんは真耶ちゃんを猫の様に持ち上げたままで何やら言い争いを始めてしまった。

つうか、真耶ちゃんが怪我しないように体張った俺にあの仕打ちはあんまりじゃございませんか千冬さん?

俺は言い争いをしてる2人から視線をそらして、一夏達の方へ向き直る。

 

「む~~~……(ぷく~~)」

 

「うげっ……ほ、本音ちゃん?どうしたんだ?」

 

「……む~む~(ぷく~~)」

 

だが、あんな酷い仕打ちを受けた俺を待ちうけるのは癒し本音ちゃんでは無く、むくれ本音ちゃんですた。

ゴメン、む~む~じゃ何か全くわかんねえ。

もうなんか俺の精神がゴリゴリと削られていくんですけど。

試合前だってのにこんなので大丈夫か俺?

俺は思いっ切り溜息を吐いて千冬さん達に視線を戻す。

後ろで本音ちゃんがむ~む~唸ってるが気にしない事にするぜ。

視線を戻した先には、未だに千冬さんに襟首を持たれたまま宙ぶらりんしてる真耶猫とそんな真耶猫にガミガミと怒る千冬さん。

なんだあのカオス。

 

「あ~、その~……千冬さん?」

 

「教師が生徒に色目を使うなど……今取り込み中だ!!後にしろ!!」

 

俺が遠慮気味に声を掛けると、千冬さんは眉を吊り上げて怒鳴ってこられた。

いやいや後にしちゃマズイでしょ!?

真耶ちゃんは何か重大な事伝えに来たからあんなに焦ってたんでしょうに!?

確か……俺と一夏の……専用機?……ッ!?遂に来やがったか!?散々待たせやがって!!

 

「千冬さん!!話しの腰を揉んで悪いけど、俺と一夏の専用機が来たんすよね!?」

 

「マジか!?やっと来たのかよ!!」

 

俺は真耶ちゃんに説教をしてる千冬さんに大声で声を掛ける。

すると、俺の後ろにいた一夏も俺の言葉に反応して俺の傍へ駆け寄ってきた。

まぁ一夏も今日まで地獄の特訓をしてきたんだ。

その成果を遺憾なく発揮できるのが嬉しくて堪らないんだろう。

 

「む……チッ、この続きは後だ」

 

「は、はぃ……あうあぅ」

 

すると、俺の言葉に反応した千冬さんは舌打ちを1つして真耶ちゃんから手を離して床に降ろす。

やっとこさ千冬さんの説教から介抱された真耶ちゃんは、目をグルグルとナルトみたいに廻してた。

何て言うか……お疲れさん、真耶ちゃん。

千冬さんはそんなヘロヘロ状態の真耶ちゃんに目もくれずに俺達に視線を移す。

 

「話が逸れたが織斑、鍋島、お前等のISが搬入された。すぐに準備を始めろ、アリーナの使用時間は限られているからぶっつけ本番でものにしろ」

 

千冬さんはそう言ってピットの搬入口に視線を向ける。

すると、ごごんっと重厚な音を立てながら搬入口のゲートが上がっていく。

ピット搬入口が開くとそこには……。

 

 

 

「……おぉ」

 

「ヒュウ♪……イカすじゃねえか」

 

 

そこには『白』と『蒼』がいた。

 

 

 

一夏はその佇むISに感嘆の声を挙げ、俺は余りの無骨さに口笛を吹いてしまう。

白のISは訓練機の打鉄と違って、左右に巨大な翼の形を模した非固定浮遊部位(アンロックユニット)……要はISから独立して宙に浮いてるモノが取り付けられている。

全体的に鋭利なフォルムは、いかにもスピード自慢ですって匂いがプンプンするぜ。

サブカラーは青で彩られ、手や足、非固定浮遊部位(アンロックユニット)のアクセントに色が入っている。

 

 

そして、蒼の無骨な輝きを放つISは、全体的なフォルムまでもが無骨だった。

見た目的には、1世代前のロボットアニメに出てきそうな造りで、従来のISの先進的なフォルムは欠片も持ち合わせてはいない。

どこまでも泥臭く、それでいて男を興奮させるハードな匂いがしてくる。

そして何より特徴的なのは……非固定浮遊部位(アンロックユニット)が無いってことだ。

その代わり背後にそびえ立つのは、これまた無骨なフォルムをした左右二対のウイングと大型のロケットブースターみてえなモンだ。

大型のロケットブースターが二門と小型のスラスターが片方二門、両方で四門という豪華さを誇っている。

全体のカラーは蒼が基本だが、足の真ん中の筋や腕のアーマーの継ぎ目にシルバーの装飾が施されていた。

 

 

 

「こ、こちらが織斑君専用IS、『白式』です!!そして隣の蒼いISが――」

 

 

 

興奮した様子の真耶ちゃんの言葉を、俺は蒼の機体に魅入られながら――。

 

 

「元次さんの専用機――『オプティマス・プライム(最良にして一番)』です!!」

 

 

 

――相棒の名を、魂に刻んだ。

 

 

 

俺と一夏が其々のISに魅入っていると、復活した真耶ちゃんが興奮冷めやらぬ表情で、俺達のISを紹介してくれた。

俺達は自分達の専用機……つまりはこれから背中を、いや俺達自身を預ける『相棒』に歩み寄って触れる。

これが、俺の相棒……オプティマスか……最高にイカすじゃねえか。

自分のISである『オプティマス・プライム』に触れると、ひんやりした鉄の中から熱い鼓動を感じとった。

あぁ……そうか、お前も暴れてぇんだな……オプティマス。

心の中でそう問いかけると、触れている部分の熱が滾り、鼓動がザワつくのがハッキリと伝わってくる。

間違い無くコイツは……俺の相棒だ。

感じ取れる最高のフィーリングに、俺は自分でもハッキリ判るぐらい獰猛な笑みを浮かべた。

 

「時間がないから初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は実戦でやれ、出来なければ負けるだけだ」

 

「わかってますって、あらよっと(ヒュバッ)」

 

千冬さんの言葉に従ってオプティマスに飛び乗り、体を預けるとISの装甲が音を立てて俺の体に装着された。

そして俺は、オプティマスと一体になり、体全体のフィーリングがオプティマスと揃う。 

装甲が自身の肌となり全てのセンサーが俺の眼となり耳となる感覚、空をどこまでも飛べそうな開放感、訓練機に乗った時とは違う一体感、これが専用機というものってワケだ。

やべえ、この感覚、最高だ!!

オプティマスと一体になった事で俺のテンションに炎が灯り、心が熱く鼓動を刻む。

 

「背中を預けるように……そうだ座る感じでいい、後はシステムが最適化をする」

 

俺の隣で一夏も千冬さんの言葉に従ってISを……白式を身に纏う。

オプティマスと同じ様に白式も一夏の身体に吸い付く様に装着され、その勇姿を俺達に見せ付ける。

全く……イケメンって何着ても似合うから腹立つぜ(笑)

 

「馴染む……理解できる……コレが何なのか、何の為にあるのか……わかる」

 

そう言いながら、一夏は身体の各部位を動かして調子を確かめていた。

 

『アクセス』

 

と、そんな一夏の姿を眺めていると、オプティマスの機能が起動し目の前にウインドウを展開していく。

 

『高火力殲滅型IS、ISネーム『オプティマス・プライム』初期化(フォーマット)及び最適化(フィッティング)終了まで残り20分。その間、武装は全てロックされます。シールドエネルギー残量1300』

 

まずは自分自身のデータを開示してきたな。

しかし、武装は全てロック状態か……まぁいいか。

こちとら千冬さん相手に拳と足だけで戦ったんだ。

今更あの腐れアマと喧嘩すんのに武器がねえぐらいで怖気づくかよ。

そして、オプティマスのデータを分かる部分だけ読んでいくと、今度は別のISのデータを開示してきた。

 

戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。

ISネーム『ブルー・ティアーズ』。

戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり。

 

オプティマスが開示したデータは、空に浮かんでいるあの腐れアマのISのデータだ。

只詳しいデータってわけじゃなく明くまで相手の戦闘タイプとかの小さな情報だけだ。

まぁ知った所で武器がねえんじゃ手の打ちようがねえからどうでもいいがな。

 

「さて、試合の順番だが……どちらが先に行く?」

 

俺と一夏が其々ISの具合を確かめたりデータを見たりしていると、横に居た千冬さんが俺達に問いかけてきた。

どっちが先?そんなモン決まってんでしょうに。

 

「そりゃあもち、俺が先に戦るに決まってんでしょ?」

 

俺が自分を親指で指しながら名乗り出ると、千冬さんはやはりそうか、みたいな目で見てくるではないか。

一方で残りの4人は、俺の事を心配そうな表情で見てくる。

そんな顔すんなっての。

 

「一夏、喧嘩の最初は譲ってもらうぜ?」

 

「ま、お前ならそう言うと思ってたけど……やるからには勝てよ!!」

 

一夏はそう言って笑顔で俺に拳を突き出してくる。

俺はそんな一夏に獰猛な笑みを見せながら、拳を突き返す。

 

「はっ、誰にモノ言ってんだテメエ?あの程度の腐れアマ、グチャグチャにしてやるっての」

 

そうだ、思いだせ鍋島元次。

あの腐れアマは愚かにも、誰を貶した?

 

 

 

俺の大事な家族……親父、お袋、爺ちゃん、婆ちゃんを……俺の誇りを貶しやがった。

 

 

 

その事を思いだすと、腹の底から湧きあがる様な怒りが俺の心を満たしていく。

ヤル気はOK、後は奴をブッ飛ばす事を考えろ。

威風堂々腰据えて行きゃいいんだ。

思いだせ、アイツに抱いた怒りを、引きずりだせ、この1週間腹の底でグツグツと煮込まれた怒りを。

それをここで全部アイツにぶつけるんだ。

 

あの腐れアマには俺の家族を貶した賠償金を払ってもらうぜ……代金は、アイツのちゃちなプライドだ。

俺の怒りが収まるまで、粉々にブチ砕いてやる。

 

「元次」

 

しかし、そんな俺の荒ぶる心を落ち着かせるような厳しくも優しい声が俺に掛けられる。

若干俯き気味だった俺は、その声の主の姿は見えない筈だったがISに搭載されたハイパーセンサーとやらの補助で、360度は全て見える。

そして、そのハイパーセンサー越しに見えた声の主は、千冬さんだ。

 

「お前は否定するだろうから、言い方を変えてやる……元次、お前はこの私をあそこまで追い詰めたんだ。高が代表候補生如きに負ける等、断じて許さん」

 

千冬さんはそう言って……とても綺麗な微笑みを浮かべてくれた。

全くこの人は……人を乗せるのが上手いモンだぜ……何があっても勝つって思いが『勝って当たり前』に早代わりしちまったよ。

俺は俯き気味だった顔を上げて、千冬さんに正面から向き直ってちゃんとした笑顔を見せる。

 

「やれやれ……千冬さんにそんな事言われたら、どんな事でも頑張っちまいますよ?男ってのぁ単純な生き物なんすから」

 

「ふっ、それでいい。お前はそれだけの力がある男なんだからな(どんな事でも……か……全く、嬉しい事を言ってくれる)」

 

「お褒めにあずかり、光栄ってね……一夏」

 

「ん?何だよ?」

 

俺は背中越しに、白式に搭乗している一夏に声を掛ける。

一夏の声は、まるで俺が負けるなんて考えていない様な気軽さがあった。

これは兄弟の信頼にも応えなきゃな。

 

「俺の今の力……目ン玉引ん剥いて、よぉく見とけ」

 

俺は一夏にそれだけ言って、アリーナへISを射出するカタパルトってヤツにオプティマスの足をセットする。

さぁ、あんまり寝ぼけてんなよオプティマス?テメエが起きるまでは俺1人だが起きたら俺と一緒に喧嘩してもらうからな。

 

「……ゲ、ゲンチ~~!!がんばれ~~~!!」

 

「ゲン、勝ってこい!!男の、いや大和男児の力を見せつけてやれ!!」

 

そしていざ喧嘩の始まりを待っていた俺の耳に、箒の凛とした応援と、本音ちゃんのふわっとした応援が届いた。

……ありがとうよ、箒……本音ちゃん!!

俺はその声に手を振って笑顔を見せておく。

そして、カタパルト脇のシグナルがグリーンに点灯した。

 

「進路オールグリーン!!……幸運を祈ってます!!元次さん!!どうぞ!!」

 

「ありがとうよ真耶ちゃん!!鍋島元次!!オプティマス・プライム!!一暴れしてくるぜ!!」

 

そして、真耶ちゃんのオペレートに従って、カタパルトが俺を強力な力でアリーナへ向けて射出する。

身体全体に感じるGの感覚を受けながら、俺は大空へとその身を躍らせた。

空に飛び出る前にまずは飛行のイメージだ。

これは前方に角錐をイメージするだなんだと参考書には書いてあったが、俺にはちんぷんかんぷんだった。

そこで、知識面のコーチである本音ちゃんに聞いてみると……。

 

『私は~試験の時に飛んだけど~自分を、鳥さんだと思ってみたんだ~~♪』

 

『と、鳥さん……っすか?』

 

『うん~♪だってだって、飛んでるっていうイメ~ジが~す~ごい判りやすいでしょ~?』

 

『確かに……身近で飛んでる物っつったら、まず生き物の鳥とか飛行機なんかを思い浮かべるもんな』

 

『でしょでしょ♪だから~ゲンチ~も~自分を何かに置き換えてみたらいいと思うよ~?』

 

『な~るほどなぁ……うし、参考になった。ありがとうな、本音ちゃん(なでなで)』

 

『あぅ……にゅ~~♪』

 

ってな事でした。

 

つまりは、イメージは自分が理解しやすく想像しやすいものをセレクトするのがベストなワケだ。

そこで俺がチョイスしたのは、ある映画に出てきた俺の憧れた宇宙船だ。

見た目は継ぎ接ぎで汚いが、その映画の中では外す事は出来ない程の大活躍をした英雄の船。

例え見た目はボロくても、その脅威的なスピードと強力な武装、そして船長の大胆不敵とも言える無茶でアクロバティックな操縦。

その性能と見た目を合わせて、『銀河一早いガラクタ』と謳われた密輸貨物船。

 

 

俺は自分をハン・ソロの持つ宇宙船、『ミレニアム・ファルコン』号に重ねて空を飛ぶイメージを頭の中で描く。

 

 

すると、オプティマスは俺のイメージ通りの軌道を描きながらブースターから蒼い炎を撒き散らして、空へ向かって飛翔した。

よし!!これで飛行は問題ねえ。

 

後はあの腐れアマをブチのめすだけ『メールだよ♪メールだよ♪わ~い♪』……は?

 

漸く腐れアマをブン殴れる所まで漕ぎ付けた俺の耳に、オプティマスの音声とは全く別物の楽しげな声が、メールの着信を知らせて来た。

余りにも有り得ない事態に、俺の頭は軽くショート。

え?メールて……誰から?いやそもそもISって携帯みてーな機能付いてんの?ていうか付いてたとしてもなんでアドレス知ってんの?

何これ?もしかしてカスタマーセンター的なヤツ?この度は弊社のISをお買い上げ有難うございます的な……ねーよ。

空間モニターに浮かぶメールをもう一度良く見てみると……デフォルメされたウサ耳のマークが……ってぇ!?

 

「束さんかい!?」

 

間違い無い、ぜってー束さんだ……っていうか、ISにメール送信なんて、俺の知人じゃあの人ぐらいしかいねえ。

俺は一度通信機……オープンチャネルとやらを閉じる様にオプティマスに命令を出して、メールを開いてみる。

すると、可愛らしい封筒が空いて中からデフォルメされた束さんがうんしょ、うんしょと封筒をよじ登る様に出てきた……やべっ可愛い。

 

『うんしょっと……ふぃ~、ハロハロー♪皆大好き束さんだよ!!ゲンくん元気にしてる!?束さんはゲンくんに会えなくてとっても寂しいよークスンクスン』

 

すると、唐突に音声が流れ出して、その声に合わせてデフォルメ束さんがモニターの中で一喜一憂するではないか。

今は目から零れる涙を手で拭ってるデフォルメ束さん……略してデフォ束さん。

無駄に凝ってんなこのメール、可愛いけどさ。

 

『ゲンくんがこれを聞いていると言うことは無事に届いたみたいだね~? あ、ちなみにこれ機体説明の為にあらかじめ入れといた音声だから返事しても聞こえないよ!!束さんとしてはゲンくんとお話したかったけど、それはまた今度の楽しみにとっておくのさ!!』

 

ん?無事に届いた?

機体説明の為に……っておい、まさか……。

俺の焦る気持ちを感じ取ったかの様に、デフォ束さんはニヤリ、とした表情を浮かべていく。

 

『にっしっし~♪ゲンくんならもう察してると思うけど、このオプティマス・プライムはなんと!!束さんがゲンくんの為だけに一から創りあげた特別性のISなのだー!!』

 

「束さんコレ本当に録音っすか!?なんかドンピシャリ過ぎて怖えんだけど!?」

 

何で俺の考えてる事にピンポイントで答えられるんだよ!?

超怖えんですけど!?絶対録音じゃねえだろコレ!!?

っていうか待て!?束さんが造っただと!?

俺が内心恐怖しまくってるにも関わらず、デフォ束さんはクルクルと回りだす。

 

『ゲンくんがイギリスのバカに貶されたのは束さんも知ってたんだよね~、しかもゲンくんだけじゃなくちーちゃんや箒ちゃん、いっくんや束さん達全員をバカにしてたでしょ?アッハハハ♪もう笑えすぎちゃってさぁ……』

 

束さんがそこで言葉を切ると、デフォ束さんは回るのを止めてハイライトのないどんよりとした目を浮かべた……って怖ッ!!?

 

『イギリスのIS全部止めた上で、そのバカを社会的にも物理的にも抹殺してやろうと思ったんだけど……それじゃゲンくんは納得しないでしょ?自分でキッチリブッ飛ばしたいでしょ?』

 

その一言に、俺の血流という血流が激しい勢いで身体中を巡りヒートアップしていく。

そうだ、束さんの言う通りだ。

俺が、俺自身の手であの腐れアマをブッ飛ばさなきゃ、俺自身が納得できねえ!!

そんな俺の怒りに満ちた表情が見えているかの様に、デフォ束さんは瞳にハイライトを戻して満面の笑みを浮かべる。

 

『だ・か・ら♪束さんからのせめてものプレゼントが、このオプティマス・プライムなのさ!!急造だったから初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が完了するまでは弱いけど、完了したら規格外の理不尽ISにジョブチェンジしちゃうんだお!!だおだお!!』

 

デフォ束さんは音声に従って両手に扇子を持ってまたもやクルクル回りだす。

そうか……だからISが届くのがこんなギリギリだったのかよ。

俺がIS学園に入る事になってから大体1ヶ月弱、そんな短い時間の内で束さんは俺の為にコイツを造ってくれてたのか。

 

『一応これで録音は終わりだよ!!残念無念だけど、武装は一次移行(ファーストシフト)してから確認ヨロ!!かなりスッゴイのが沢山詰まってるから、期待してくれたまえ~♪……それと♪最後に束さんからゲンくんに応援メッセージを送るね?……やっちゃえやっちゃえ!!あんなバカ、思いっ切りブッとばしちゃえー!!……それじゃあまーたね♪バイチャー♪』

 

束さんの最後の音声が終了すると、デフォ束さんは俺に手を振りながら封筒の中へ帰り、そのメールは消去された。

全くよ……ホントーに束さんは身内に甘いよな……態々俺の為にISを拵えたって?

こんなビックなプレゼント……嬉しすぎて仕方ねえじゃねえっすか。

俺は空へと視線を移して、俺を睨み付けている腐れアマの近くまで飛翔を続ける。

 

間も無く喧嘩の始まりだ。

 

「束さん……アンタ、どんだけ良い女なんすか……危うく惚れちまうトコだったぜ」

 

俺は飛翔している間に、ポツリとそれだけ口にしてオープンチャネルを開く。

もうメールは消去されたし、誰にも聞こえてねえだろう。

ありがとうよ、束さん。

俺とオプティマスの初陣……造ってくれた束さんの為に、しっかり勝利で飾ってやりますから。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

~とあるラボ

 

「ぬふふ~♪ホントは録音じゃなかったけど、ビックリしてるゲンくんは中々にオツでしたなぁ~♪さてと、良きゲンくん見れたしぃ、箒ちゃんの専用機の続きに取り掛かろうかね~♪」

 

イイ物が見れたと上機嫌な束は座っていた椅子をクルリと回転させて降りようとするが……

 

『束さん……アンタ、どんだけ良い女なんすか……危うく惚れちまうトコだったぜ』

 

「……にゃ?……良い、女?……惚れ?……ふへッ!?にゃ、にゃにゃにゃああぁああああああああああああああああッ!?(真っ赤)」

 

どんがらがっしゃーんっ!!!

 

次にスピーカーから流れた音声に驚き、椅子ごと後ろにひっくり返って身悶えした。

 

メールは消去しても回線は繋ぎっぱなしだったので、元次の恥ずかしい呟きはしっかりと聞こえていた束であった。

その日から何週間か、束は元次の言葉が脳に焼きついて他の事に集中できなかったそうな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……最初は貴方ですか」

 

「……」

 

俺が腐れアマを視認できる位置まで飛翔すると、腐れアマは俺を憎々しげに睨みながら言葉を発した。

だが、アイツからツラが見えないように俯いている俺はそれに一切取り合わない。

 

ハイパーセンサー越しに見える腐れアマのIS……ブルーティアーズ。

その機体は鮮やかな青色で特徴的なフィンアーマーは中世の騎士の様な雰囲気を醸し出している。

ブルーティアーズを駆る腐れアマの手には長いライフル銃が握られていた。

それを感知したオプティマスがサーチしたの検索結果には六十七口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』と記されている。

 

「ふん、これだけ長い時間を待たせた割には、非固定浮遊部位(アンロックユニット)すら存在していない旧式のISとは……世代的には恐らく退役した第一世代を改修したような旧式中の旧式じゃないですか……貴方の様な時代遅れの野蛮人(バーバリアン)にはお似合いの『ポンコツ』ですわね?」

 

腐れアマはそう言って俺を侮蔑の笑みをもって見下してくる。

この会話がオープンチャネルで観客席まで届いている所為か、観客席の女子達がざわついていた。

だが、それにすら俺は取り合わない。

取り合わないで只、静かに俯いているだけだ。

そんな俺の態度に業を煮やしたのか、腐れアマは開始の合図すら鳴っていないというのに、ライフル……スターライトmkⅢの銃口を俺に向けてエネルギーをチャージし始めた。

 

「どこまで人をコケにする気かしら!?いいですか野蛮人(バーバリアン)!!最後のチャンスをあげますわ!!よく聞きなさい!!わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。そのポンコツIS共々ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで土下座でもして、泣いて許しを請いなさい!!」

 

『警戒、敵IS操縦者の武装が射撃モードに移行。セーフティーロックの解除を確認』

 

もはや青筋の浮かび上がった顔で俺に喚き散らしながら、腐れアマは脅す様に銃口を俺から外さない。

そんな腐れアマの状態を感じ取ったオプティマスが警告信号を発してくる。

全く、アッチもコッチも急かすんじゃねえよ……もうちょいで、『怒り』が身体中に巡るんだからよ。

1週間もの長きに渡って俺の腹の底で煮え滾っていた怒りの感情が、俺の純粋な戦闘力を底上げしていく。

その怒りに応じて、俺の身体がオートで『猛熊の気位』を発動させ蒼き炎が身体を揺らめく様に纏われる。

 

テメエが強い?チョーシこいてんじゃねえよボンクラ。

テメエ如きじゃ千冬さんや冴島さん、ヤマオロシの足元にも及ばねえ。

全くもって怖くも何ともねえんだよ。

許しを請う?俺が?テメエに?冗談でも有り得ねえぞコラ。

やっと俺の闘志が起き上がってきた所で、俺は伏せていた顔を上げた。

 

「うざってぇゴミ屑がぁ……チョーシにのってんじゃねえぞッ!!」

 

俺は攻撃的な顔を浮かべながら、威圧の咆哮を腐れアマに浴びせる。

束さんが丹精込めて造ってくれたISが……俺のオプティマスが『ポンコツ』だと?

ホンットーに、テメエは俺をキレさせんのだけは天才だな……ブッ殺す!!

 

『これより、鍋島元次対セシリア・オルコットの試合を開始します!!……試合、開始!!』

 

 

 

その瞬間、試合開始のブザーがアリーナに響いた。

 

 

 

「ヒッ!?――あ、あぁぁああああぁあああッ!!(ダァアンッ!!!)」

 

そして俺と目が合った腐れアマは俺に睨まれた時の事を思い出したのか、恐怖を抑えつけるかの様に叫びながらスターライトをブッ放してくる。

 

「うぉらあッ!!」

 

俺はブースターを吹かして、放たれたレーザーに向かって真っ直ぐ飛翔し、自分自身をドリルの様に回転させてレーザーの横スレスレを通り抜ける。

確かにレーザー、いや弾丸は滅茶苦茶早えが、近づいた距離なら千冬さんの居合いの剣速の方が早かった。

オマケに居合いってのは体勢状どの辺りで抜刀されるかは判断しにくいが、銃は引き金を引いたら銃弾が放たれる。

なら話しは簡単だ。

奴の引き金に視線を集中して、引き金を引く瞬間に銃口の線から身体を外せばいい。

弾は剣みたいに弧を描いたり出来ない、真っ直ぐの線だけが当たるポイントだからな。

 

「なッ!?」

 

俺が初弾を避けたのが意外だったのか、腐れアマは驚愕の声を挙げて身体を硬直させる。

俺は腐れアマに近づいてる体勢から、右腕を後ろに真っ直ぐ伸ばして拳を力の限り握りこむ。

とりあえず、あん時に殴れなかった分は殴らせてもらうぜ!!

 

「ストロングッ!!ハンマァァアアアアッ!!」

 

ドゴォオオオオオンッ!!!

 

「ぐふぅっ!!?」

 

俺は気合を入れる意味で技名を叫びながら、後ろに引き絞った『砲弾』を腐れアマの腹部を狙って穿った。

自動車が衝突したような鈍い音が、腐れアマの腹部から鳴り響く。

俺の拳をピンポイントで食らった腐れアマは苦悶の声を挙げて、アリーナへ向けて真っ直ぐに落下していきやがった。

よし、ありゃ完璧に入ったな。

『ストロングハンマー』とは只、力いっぱい殴るだけ。要は普通のヘビーパンチだ。

だが、あれだけ綺麗に入ったんだ。

多分絶対防御は発動してる筈だから、シールドエネルギーはかなり減っただろう。

 

絶対防御。

 

これは全てのISに搭載されている、あらゆる攻撃を受け止めるシールドの事だ。

どんな状態でも最低限、操縦者の命だけは守ってくれるトンデモ便利システム。

但し、絶対防御が発動するとシールドエネルギーを極端に消耗するというデメリットがある。

この事から、操縦者の命に関わる緊急時、救命措置を必要とする場合以外は発動しない。

そしてその判断はIS側が行う上に、操縦者側では絶対にカットできないシステムだ。

つまりISの試合では、絶対防御が発動すればするほどシールドエネルギーの消耗が早い。

これも本音ちゃんが参考書を交えながら一生懸命に教えてくれた。

マジでサンキューです本音ちゃん。

 

「うぅッ!?くッ!!(ギュオンッ!!)」

 

俺のストロングハンマーの勢いのままアリーナへ向かって落下していた腐れアマだが、奴は空中で回転して体勢を整えなおした。

だが、パンチの威力はかなりのモノだったのか、腹を抑える様に身体をくの字に曲げてゲホゲホと咳き込んでいた。

 

「げほっ!?はぁ……そ、その程度のヘナチョコパンチ、効きませんわ!!」

 

腐れアマは俺を忌々しく睨みつけながらそう叫ぶ。

いや、滅茶苦茶効いてるだろうに。

強がりっつーか、バカもここまでくりゃ見上げたモン、いや今の体勢なら見下げたモンか。

俺が白い目で腐れアマを見ていると、奴は下から俺を指差してきた。

 

「大体!!武装を展開しないとはどういうつもりですの!?ふざけているんですか!?」

 

あーもー、いい加減本気でウゼエなこのアマは。

まぁ展開しねえんじゃなくて、できねえってだけだがな。

 

『『『『『ワァアアアアアアアアアアッ!!』』』』』

 

俺が攻撃を避けただけではなく、逆に相手に一発カマしてやった事に観客席からデカイ歓声が沸き起こる。

まぁ代表候補生相手にこの間まで一般人だった男が優位に立ってんだからな。

この歓声は当たり前だろうよ。

ならばと、俺もニヤリと笑みを浮かべて口を開く。

 

「どぉだ?野蛮人(バーバリアン)挨拶(流儀)は?noblebitch(高貴な尻軽)様にゃ、ちと胎の奥まで響き過ぎたかよ?」

 

「こ、この……ッ!?――ティアーズ!!」

 

俺の台詞に激高した腐れアマは何かに命令を下すかの様に叫ぶ。

すると、奴の背中に取り付けられていた4つの非固定浮遊部位(アンロックユニット)の内2つが外れて、俺に向かって飛んできやがった。

 

「お行きなさい、ティアーズ!!あの野蛮人に、nobles(わたくし達)の流儀を骨の髄までお教えして差し上げなさい!!」

 

腐れアマがそう叫ぶと同時に、オプティマスが緊急警告を発してきた。

 

『警告!!敵IS特殊装備使用。周囲に警戒態勢』

 

そして警告を確認した直後、飛来してきたティアーズとやらがレーザーを射撃してきた。

 

ビュン!!キュイン!!

 

「うおっと!!らあ!!」

 

ギリギリのところで俺はティアーズから発射されたレーザーを身体を捻る事で何とか回避した。

あのティアーズとやらがアイツのISの特殊装備ってワケか。

なんつうか……ロボットアニメのビットって奴みてえだな、てゆうかまんまだ。

周りを見てみるとそこにはビット?と思われるものがさっきより増えて4つ、俺の周りに浮いている。

へっ、こっからがモノホンの喧嘩ってわけだ……上等だぜ。

俺は意識を集中させて足元の腐れアマを睨む。

下に居る腐れアマはスターライトを構えて、俺をしっかりと狙い定めていた。

 

「さぁ、踊りなさい!!わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 

「生憎、テメェの弱ぇ音じゃチークも踊れねぇよ……脳みそぶっ飛ぶドぎついSlipknot(暴力)ぐれぇに、ノれるヤツじゃねぇとなぁッ!!!」

 

「そんなに飛びたいならこのわたくしがそのミニチュアサイズの頭の中身ごと、吹き飛ばしてさしあげますわ!!野蛮人(バーバリアン)ッ!!」

 

上等だこのクソッタレ!!

腐れアマはスターライトを構えたままティアーズを従えて俺を待ち受け、俺は烈火の勢いで腐れアマに突撃していく。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

所変わって此方はピット、其処には先ほど空へ飛翔した元次を除くメンバーがモニター越しに観戦していた。

 

「なんでゲンは武器を使わないんだ!!おかしいだろ!?」

 

「一夏、落ち着け!!お前が焦った処で何も状況は変わらん!!」

 

「それはわかってる!!……わかってるけどよ!!(ギリッ!!)」

 

ピットのモニターで元次の喧嘩を見ていた一夏が武装を展開しない元次を見て切迫した様に叫び、手を握る力を強めていた。

幼馴染みである箒の諌める声を聞いても、一夏の中に渦巻く漠然とした不安は取り除かれなかった。

かく言う箒も本音や真耶でさえ、困惑した表情で元次の戦いを見ている。

 

「お、おかしいよ~!!どんなISでも武装は必ずあるはずだもん!!あっ!?危ない~~ッ!!」

 

本音の視線の先のモニターでは、セシリアのビットのレーザーが腕に一発被弾して体勢を崩しかけた元次の姿があった。

先ほどからレーザーの雨を掻い潜ってはセシリアに攻撃を加えているが、どれも拳か蹴りというIS本体を使った攻撃ばかりだった。

従って元次は先程の言葉通り、一度も武装を展開していない。

正しくは初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が終了していないので武装が展開できないのだが、それを知る者はこの場では元次だけだった。

その為ピットにいる全員は、ISの故障かとハラハラした雰囲気になりつつある。

 

「今は辛うじて元次さんが押していますけどこのままでは!!織斑先生、ここは一旦中止にした方が……」

 

真耶は武器無しでライフルと特殊装備相手に立ち回り、かつ優位に試合を運んでいる元次の技量に見惚れていたが、やはり一抹の不安は拭えず千冬に進言する。

モニターに映る元次はまたもやレーザーの隙を突いて肉薄するが、今度はティアーズの狙撃で進路を阻まれ後退してしまっていた。

双方のシールドエネルギー残量は元次が優位に立っているが、このままではその差も逆転するのは時間の問題だ。

 

「……いや、このままでいい、試合は続行だ」

 

「っ!?そんな!?」

 

だが千冬が口にしたのはこの場に居る人間からすれば驚くべき答えだった。

普通だったらこの試合を見たものは中止にするか試合を延期するかにするはずだが千冬はこの試合を続行すると言い放つ。

しかも千冬の顔はまるで面白いものを見るかの様な表情だったので、全員の驚きは更に倍増した。

 

「千冬姉!!千冬姉はゲンが負けてもいいって言うのかよ!?アイツは家族の為に……」

 

一夏はぞんな千冬の表情が理解できなかった為、千冬に食って掛かった。

先ほどまで一夏は自分の誇らしい兄弟分が、いつも強く生き、戦ってきた自分の親友が負けるとは微塵も考えていなかった。

だがそれは元次が普通に戦っていればの話しだった。

今、目の前のモニターの中で奮闘している兄弟は、銃は愚か武装すら一つとして展開していない。

その事実が、一夏の心に不安を煽らせてしまったのだ。

 

「そんな事は一言として言っていないだろう!!それと織斑、学校では先・生・だ!!」

 

バゴン!!

 

「ぼへぇ!?」

 

そして公私混同した一夏にすかさず千冬の出席簿アタックが炸裂した。

普段は千冬も元次の名前を呼んでしまう等と公私混同してる部分も多いが、それは割合する。

一夏に制裁を加えた千冬は、ため息を付けながら全員に向き直る。

 

「まったく……頭を冷やせ馬鹿者!!……大体私は、元次が負けるとは微塵も思っていない」

 

「……え?そ、それは何故ですか?織斑先生」

 

この場に居る全員を代表して箒は千冬の言葉に質問する。

元次の対戦相手であるセシリアは武装を展開、あまつさえ特殊装備も展開している。

一方で元次の方は武装もなく初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)も出来てない状態、明らかにセシリアの方に分がある。

そんな状況にも関わらず、千冬は何のためらいも無く元次の勝利を宣言していた。

そんな箒からの疑問に満ちた問いかけも、千冬は即答ともいうべき速度で答える。

 

「入試の実技試験で元次は、拳と蹴りだけで私の訓練機のエネルギーを1000から120まで追い詰めた……アイツが武器を使ったのは、最後の一撃の時だけだったぞ?」

 

千冬の言葉に、ピットに居た全員は息を呑んだ。

目の前にいる女性はISの世界最強の位置に君臨する女性で、その実力は一切衰えていない。

そんな千冬相手に、互いに訓練機とはい言え拳と蹴りのみで戦いを挑み、あまつさえ追い詰められたとまで言わせたのだ。

元次が千冬に勝ったというのはクラス代表を決める授業の時に聞かされていたが、それは銃や刀を使っての戦いだと全員思い込んでいた。

それは試験の内容を知らされていない一夏達からすれば仕方の無いことなのだが。

だが、今明かされた真実は武器を最後以外一切使わずに千冬を追い詰めたという驚愕するに値するものだった。

 

「それに、私が元次と戦った時は私のスピードも剣速もオルコットの倍以上は出していたんだ。あの程度のスピードに、元次が追い着けないワケがないだろう……今、アイツが攻めあぐねている様に見えるのは、単純に今のオプティマス・プライムの性能がオルコットのブルーティアーズに追い着いていないからだ。もし同じスペックを持つ機体で戦っていたなら、元次はもっとエネルギーを削っている……それに、アイツは今もオルコットに食らい付いているぞ?」

 

千冬はそう言いながらモニターに視線を移したので、それに従って一夏達もモニターに視線を向けると……。

 

『どらぁっ!!!(ズドオッ!!!)』

 

『キャッ!?こ、このぉッ!!(ピュイン!!)』

 

『スットロいんだよボケ!!』

 

一夏達が視線を向け直したモニターの先では、セシリアの狙撃を紙一重で回転しながら避け、その勢いのままブルーティアーズの脚部をサッカーボールキックで蹴り抜く元次の姿があった。

オマケにセシリアの苦し紛れに放たれたビットのレーザーを、お返しとばかりに狙われた脚部を上げる事で掻い潜り、ビットの包囲網から抜け出していく。

正しく、戦況はヒット&アウェイを繰り返す元次が優位に立ったままであった。

 

「す、凄い……IS搭乗時間が1時間も無い元次さんが、ここまで代表候補生のセシリアさん相手に立ち回れるなんて……まだ一次移行(ファーストシフト)すら終了していないのに……』

 

「当然だ。奴は、私に『勝った』男だぞ?あれぐらいしてもらわないと困る」

 

初めてISに触れてから3回目の起動だというのに、セシリアとほぼ互角の戦いを繰り広げている元次に真耶は驚愕の表情を浮かべる。

代表候補生のIS稼動時間はアベレージで300時間。

それはその時間分だけ、代表候補生がISの訓練をしてきたという証でもあり、事実でもある。

一方で元次のIS稼動時間は約50分……たったそれだけの稼働時間で、元次は代表候補生と対等に戦っていた。

 

「……が、頑張って~!!ゲンチ~!!行け行け~!!」

 

「ゲン!!お前なら勝てる!!勝ってオルコットを見返してやれ!!」

 

そんな元次の姿に、本音と箒は心からの応援を送る。

箒はモニターを見つめたままに強い言葉を、本音は長く余った裾をパタパタと振り回しながら身体全体で応援していた。

 

「……スゲエ……これが……ゲンの本気、かよ」

 

一方で、一夏は応援するわけでも無く只モニターに映る元次の姿を見つめ……いや、魅入っていた。

泥臭く、拳や蹴りといった原始的な戦い方であるにも関わらず、何故かその立ち回る姿には『華』があったからだ。

一夏はモニターの先で暴れまわる自分の兄弟分の戦い……喧嘩から目が離せなかった。

 

『俺の今の力……目ン玉引ん剥いて、よぉく見とけ』

 

そこで一夏はハッと思い出す。

カタパルトから射出される前に、親友が自分に残した言葉を。

 

「……遠い、な」

 

自分の兄弟分の本当の力。

 

それは最強だと信じていた自分の姉を負かしたという規格外な力であり、自分との実力の差を如実に物語っていた。

今日までの鍛錬で相手をしてもらった時とは、まるで比べ物にならない程に今の元次は強い。

ずっと傍に居て、一緒に育ってきた兄弟分である男との圧倒的な差に、一夏は顔を悔しさで歪めて俯いてしまう。

 

「アイツは、1ヶ月前に別れた時よりも遥かに強くなっている……恐らく誰かに鍛えられたんだろうな」

 

そして、そんな弟の様子に、千冬は苦笑いを浮かべながら話しかけた。

千冬としては、たった1ヶ月で元次をあそこまで鍛え上げた人物に興味はあった。

恐らく自分と同じくらいの猛者であるという事も……それが『女性』では無いかという不安も一緒に……とゆうかソッチが大半を占めていたが。

 

「一夏……良く見ておけ」

 

そんな千冬の言葉に、一夏は顔を上げて千冬の顔を見た。

一夏の視線の先に映る千冬は、モニターにしっかりと目を向けている。

 

「これから先、お前が元次に並び立ちたいと……追い越したいと言うのなら……アイツの強さを、しっかりと目に焼き付けておけ……お前が目指す強さを……焦らずに目指していけ」

 

「……あぁ」

 

千冬からの、自分の姉からの不器用な励ましの言葉を受け取った一夏は、今一度モニターに視線を向け直す。

自分の誇らしい兄弟分の雄姿を目に焼きつけんが為に……。

 

今は無理でも、いつか絶対に追い着いてやるからな……ゲン……待ってろよ!!

 

モニターの先で暴風の如く猛威を振るう兄弟分に、一夏は心の中で闘志を燃やし始めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ピュン!!ピュンピュピュン!!

 

左や右とありとあらゆる角度から飛来するレーザーの雨を交わしつつ、俺はブースターを吹かして腐れアマとの距離を詰める。

 

「く!?ちょこまかと鬱陶しいですわ!!いい加減落ちなさい!!」

 

ダァン!!

 

「ちっ!!クソが!!あっちこっちから邪魔くせえ!!」

 

しかし、レーザーの雨を掻い潜ったと同時に、今度は正面に控えていた腐れアマのスターライトからの狙撃が俺を狙い撃ってきた。

その射線から逃れる為に、俺は1度右横にスラスターを吹かしてビットの包囲網から離脱する。

俺が離れた隙に、腐れアマはビットをISに戻して、非固定浮遊部位(アンロックユニット)に取り付ける。

恐らくエネルギーを回復してるんだろう、幾らなんでもあのビット単体にエネルギーが沢山あるとは思えねえし。

俺は腐れアマを注意深く見ながらファイティングポーズをとる。

しかし面倒になってきやがった……今ので通算3回目の離脱だ。

さっきからパターンが同じ様になってる上に、ライフルによる射撃の精度も増してきている。

試合開始直後の1300からオプティマスのシールドエネルギー残量は現在800、そこそこ食らっちまった。

俺はオプティマスの状況をモニターで把握しながら、距離を保つ。

ビットで彼方此方から撃ってきたと思ったらライフルで撃ってくるし、ライフルの射撃を避けたと思ったら次はビット。

この繰り返しで近づけば離されてばかりだ。

ここまでで腐れアマに当てた打撃は通算で12発、まぁ上等なモンだろ。

さあて、どうしたモンか……近づきゃライフル、離れりゃビットの二択……か。

くそが、ビットに攻撃させてる時は悠々しやがって、余裕のつもり……いや、待てよ?

何かが引っかかった俺は、今までの腐れアマの行動を思い返してみる。

 

「さあ!!続きを始めますわよ!!」

 

ダァアンッ!!

 

「うおっ!?考え事ぐらい邪魔すんじゃねえよアホンダラ!!」

 

俺が腐れアマの行動を思い返していると、ビットのエネルギー補充が終わったのか、ビットが再び俺を取り囲んでレーザー射撃を始めた。

辺りを飛翔するビットからの射撃を狙われている部位をなるべく動かして避ける。

またビットだけの攻撃……もしかしてアイツ……。

そして、ある考えが浮かんだ俺は腐れアマをハイパーセンサーで覗き見てみた。

 

「くうぅ!?何故当たりませんの!?」

 

すると、視線の先に居た腐れアマは苛立ちに顔を歪めたまま、俺を凝視していた。

しかもさっきと変わらない位置でだ。

おかしい、何でアイツは俺を撃たねえんだ?あの位置からならライフルで撃ちゃ確実に俺に当てられるってのに。

顔も悔しそうに歪んでるって事は、余裕の表れってワケでもねえ……ってことは結論は1つ。

 

ピュンピュピュン!!

 

「そらっ!!」

 

「ふん!!随分と無様な踊りですこと!!パーティより檻の中でする方がお似合いですわね、yellowmonkey!!」

 

「テメェの下手糞な演奏(ソロプレイ)じゃこれが精一杯でな!!そんな腕前じゃ、楽器(ブルーティアーズ)が青褪めて泣いてるぜ!!」

 

「減らず口をッ!!」

 

アイツは『撃たねえ』んじゃねえ、何かの『理由』があって『撃てねえ』んだ。

その証拠に、アイツが移動するのは決まってライフル射撃中か、ビットを戻して使ってねえ時だけ。

なら、アイツが動けないのは……恐らくビットの所為って事なんだろう。

俺はあらゆる方面から射撃を繰り返すビットをしっかりと観察する。

すると、さっきまで流暢に動いていたビット達が、最初と比べるとかなり動きが単調になっているのが判った。

最初は俺の見えない所から狙う様に撃ってきたビットが、今じゃ堂々とした位置からオプティマスの手足を狙ってきやがる。

ビットという機械の動きが変わる……これはつまり。

 

「この!!この!!このぉ!!落ちなさい!!」

 

操縦者の焦りが反映されてるって事か……間違いねえ。

このビットは4つ共全部、あの腐れアマがフルマニュアル操作してやがるってワケだ。

そうでなきゃビットの動きの変わり様が説明つかねえしな。

つまり、腐れアマはビットを使ってる間は、集中しなきゃいけねえから他の行動が一切できねえんだ。

だからライフルで撃つ事もせず、動く事もしねえんだ。

アイツがビットを使ってる間は動けないってのはかなりの有力情報だぞ。

それなら遣り様は何とかある。

残りのエネルギーもまだそこそこ残ってるし、一気にカマしてやる。

俺は腐れアマから注意を外してビットのレーザーに意識を集中していく。

 

ピュンピュピュンピュピュン!!

 

右足、胴体、左足首、右肘、左ウイング!!

 

ありとあらゆる方向から縦横無尽に放たれるレーザーを避けながら、俺は翻弄されている様に少しずつ今居る位置から腐れアマへ距離を縮めていく。

 

ズガンッ!!

 

「うおっ!?」

 

警告。左ウイングに敵機レーザー命中。

機体状態、小破、シールドエネルギー残量753

 

が、全ては避けきれず一発もらってしまった。

俺は崩れそうな体勢をなんとか踏ん張って少し流された辺りで踏み止まり、そのまま次のレーザーを大げさに避けていく。

くそったれ!!やっぱり機械の軌道って奴は読みにくい。

野生の動物達と違って殺気がまるでねえからな。

だが、今の一撃をもらったことで、腐れアマまでの距離は大分縮まった。

腐れアマは中々俺にレーザーが当たらない事に焦っているのか、弾幕は苛烈さを増すが、精度に欠けている。

よし……後はタイミングを計るだけだ。

仕掛けるタイミングは奴がビットを戻す命令を下した時……そん時に一気に勝負を賭ける。

そして、俺が仕掛けるタイミングを虎視眈々と狙ってから数分。

 

「く!?戻りなさ……」

 

今だ!!

 

「うぉらぁああああああああああッ!!!」

 

絶好のチャンスが舞い込んできた瞬間、俺は雄たけびを挙げながら腐れアマに向かって全速力で突っ込む。

 

「な!?ま、まさかティアーズの特性を!?」

 

腐れアマが俺の雄たけびに意識を移してしまった為か、ビットの動きは急速に悪くなり、俺は安々とビットの包囲網を突破した。

しかも俺が少しづつ距離を詰めていたお陰で、既に奴に到達するのはそう遅くない位置まで飛んでいた。

この時点でビットの線上には俺と腐れアマが並んでいる。

例えビットの操作が間に合って俺を射撃したとしても、下手をすれば奴自身も射撃の餌食になるだろう。

しかもこの位置なら奴がライフルで狙撃してきても、撃てるのは精々1,2発。

それぐらいなら耐えて、奴に肉薄できる。

そのまま近距離の殴り合いに持っていけば、ビットを戻す命令も出来ねえ。

ここで押し切ってやる!!

俺は腐れアマに向かって飛びつつ、近距離戦の準備を行っていく。

 

 

 

 

 

……だが。

 

「……かかりましたわね」

 

俺を出迎えたのは、不適に笑う腐れアマの顔だった。

その表情を見た俺は全身に悪寒が走る。

ヤベエ!!マズッた!!まだ何か奥の手を持ってやがったのか!?

 

「お生憎様!!ブルーティアーズは……」

 

腐れアマは不適な表情を崩さずに、腰元のスカートを展開する。

すると現れたのは……。

 

「『6機』あってよ!!(ボシュウウウッ!!!)」

 

他のビットとは違う、砲身が白く塗られたタイプのティアーズだった。

その吸い込まれそうな程に大きな口径から、俺を蹂躪せんと2発の『ミサイル』が発射された。

そして、俺の視界を塞ぐ勢いでミサイルは俺に迫ってくる。

俺はそのミサイルを憎々しげに睨みつける事しかできなかった。

くそ、怒りに任せて勝負を逸り過ぎちまったか……もうこの距離じゃ避けるのはぜってー無理だな。

だがもしもエネルギーが残れば、力の限り叩き潰してや『初期化(フォーマット)及び最適化(フィッティング)が完了しました。確認ボタンを押してください』……え?

 

 

 

 

 

そして、俺の視界を強烈な光が埋め尽くした――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

チュドォオオオオオンッ!!!

 

 

ピットのモニターを眩い閃光が埋め尽くし、爆音とともに煙が上がった。

元次にセシリアの放ったミサイルが直撃するのを見ていた箒は歯を食い縛り本音、真耶の2人は顔を真っ青にしてしまう。

 

「ゲン……く!?」

 

「モ、モロに当たっちゃったよぉ……ゲ、ゲンチ~……」

 

「……元次さん」

 

誰が見ても間違いなく直撃コースだった。

未だ爆発の衝撃で広がった煙幕は晴れなかったが、晴れたところで見えるのは勝ち誇っているセシリアと地面に落ちた元次だと、3人の心の中は確定していた。

ここで箒はハッとして一夏に視線を送る。

この場で一番この結末が信じられないのは、他ならぬ一夏と千冬の筈だからだ。

 

「……」

 

「……一、夏?」

 

だが、視線の先に居た一夏は未だに真剣な表情でモニターを見つめていた。

まるで、まだ試合が終わっていないと言っているかの様に。

 

「……漸くだな」

 

そして、一夏の隣りに立っていた千冬は待っていた瞬間がやっと来たかの様に声を挙げる。

その声が聞こえた本音と真耶、箒の3人は千冬や一夏と同じようにモニターを見つめ直した。

 

「ここからが……元次にとっての、本当の『喧嘩』だ」

 

千冬は力強くそう言ってモニターをしっかりと見つめる。

ただその煙の先にいる、愛しい男の姿を……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……所詮は男、ということですわね。幾ら強がっても、女に勝てる筈もありませんわ」

 

セシリアはミサイルの爆発で起きた煙幕を侮蔑の笑みを持って見ていた。

あの瞬間、間違い無く自身のIS、ブルーティアーズの放ったミサイルは寸分の違いもなく元次に直撃したのを自分の目で見たからだ。

よってこれで試合は終了、自身に恥を掻かせた忌々しい男を奴隷に出来た事に、セシリアは心の底から満足していた。

余りにも予想外の戦い方で翻弄され、1800あったシールドエネルギーは500まで減らされたがそれでも勝利には違いない。

教室で二度に渡り、自分の言葉を否定し、あまつさえ自らの事をゴミ屑呼ばわりした無礼者だ。

二度と生意気な口が聞けない様に精々扱き使ってやろうと心の中でこれからの学園生活をシュミレートしていく。

 

 

 

 

 

――そう――取らぬ狸の皮算用を――。

 

 

 

 

 

「もう1人の男……織斑一夏は、あの口だけ男よりマシだといいのですが……まぁ、有り得ませんわね。あんな口だけ男に叩きのめされているようじゃ、程度は知れ――」

 

 

 

 

勝手に終わらせてんじゃねえぞ……あぁ?

 

 

 

ぞくりっ

 

 

「ヒッ!?そ、そんなッ!?まだエネルギーが残ってましたの!?」

 

 

 

その声を聞いた瞬間、セシリアは感じたのだ。

とてもおぞましく、凶悪な面構えをした『悪魔』の様な形相で笑う『ナニカ』の存在を。

その『ナニカ』が元次の声を自分の耳元で囁く様な、まるで理解できない……いや知りたくも無い絶大な恐怖を全身で感じ取ってしまった。

セシリアは仕留めていなかった事に驚愕し、同時にオープンチャネルから聞こえてきた声に恐怖し、悲鳴を挙げる。

セシリアはそんな訳の判らない恐怖を払拭しようと、煙の中に向かってスターライトmkⅢを油断無く構える。

今度こそあの無礼者を、完膚なきまで仕留めるために。

 

 

 

――そして――。

 

 

 

「……やっと起きたみてえだな……寝ぼすけな相棒だぜ」

 

「――……あ……ぁ……う、嘘……?」

 

煙の晴れた先に……。

 

 

 

「さぁ……こっからが『本番』だぜ?……ダイヒョーコーホセーさんよぉ」

 

 

 

セシリア・オルコットは、本物の『悪夢』を見た。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

一次移行(ファーストシフト)が完了しました。これより全武装のロックを解除します』

 

俺の耳に届いてくる一次移行(ファーストシフト)完了の合図と共に、オプティマスに内蔵された全武装の一覧リストが表示された。

だが、俺はそんな事よりもっと驚いた事がある。

それは、オプティマスとの一体感だ。

さっきまでのオプティマスは、波長が合うと言った感じで自分の身を守る鎧に近い感覚だった。

だが一次移行(ファーストシフト)した今は違う、もうオプティマスは俺の身体になっていた。

俺の思う通りに、自分の脳から命令が送られそれを忠実に実行する本物の身体と一緒の感覚だ。

全体を見下ろすオプティマスのボディは、一次移行(ファーストシフト)を終えて色が変わっていた。

基本色は同じ蒼だが、輝きがまるで違う。

さっきまでの色はダークブルーだったが、今は太陽の光を浴びて綺麗に輝くメタリックブルーの光沢に変わっている。

それだけではなく手首から肘にかけてのアーマーの色は、煌くメタリックレッドにカラー変更が施されている。

良く見ると胸当てのアーマーも中央がメタリックレッドになっていた。

 

やれやれ、ミサイルが目の前に迫った時はかなり焦ったが……これで俺もやっと武器を使えるってわけか。

 

「そ、そんな……一次移行(ファーストシフト)……今まで、初期設定のISで戦ってたという事ですの?……あ、有り得ませんわ!!IS操縦自体が初心者の!!貴方の様な野蛮人がそんな……!!」

 

腐れアマは何かを喚いているが、俺はそれに取り合わず機体のチェックをする。

なんせさっきのミサイルでかなりのダメージを負った筈……なんだけど……あるえ?

俺は現在のオプティマスのステータスを見て、目がおかしくなったのかと思った。

何故なら700近くまで減らされていた筈のエネルギーが……。

 

『高火力殲滅型IS、ISネーム『オプティマス・プライム』操縦者、鍋島元次。全武装開放状態。シールドエネルギー残量4500』

 

あれ?なんか全回復どころか大幅にレベルアップしてるんだけど?……束さんぇ……規格外にも程があるってマジで。

……ま、まぁいいや。さて次は武装を……。

もはや理不尽以外の何者でも無いオプティマスのオーバースペックに軽く現実逃避をカマして、俺は武装リストを呼び出す。

すると、ウインドウに呼び起こされたのは、カテゴリ別の武装リストだった。

えーっと?……『拳系リスト』に『斬撃系リスト』に『銃火器系リスト』に『光学兵器系リスト』に、って多いわ!?

まだ今挙げたリスト以外にも何個かリストが存在しているというこの理不尽っぷり。

束さん、マジで鬼畜すぎるってこのISのスペックは。

まぁとりあえず、目の前の腐れアマを地獄へ叩きこめる装備を……拳系リストから選ぶ事にする。

銃とか練習しねーと使えねーのは目に見えてるしな。

そして俺は呼び出した武器リストの中から……迷わずある武器を認証した。

これがあの腐れアマにはお似合いだろう。

 

俺は首を廻してゴキゴキと音を鳴らし、右腕を思いっきり後ろに振りかぶった体勢で停止する。

そして視線の先にあの腐れアマを捉えた。

腐れアマはあのミサイルで俺を撃墜できたと思っていたのか、予想外の事態に顔を青くして震えている。

まぁ、格下の格下だと思ってた男が、実は一次移行(ファーストシフト)すら終わってない機体で互角以上に戦ってたのが信じられないってトコだろう。

アイツはかなりの安いプライドの塊みたいな奴だしな。

 

俺は震える腐れアマを正面に捉えた状態で……。

 

「……ガードするか、避けるかしろよ」

 

一言だけ、アドバイスをしてやる。

俺の突拍子も無いアドバイスに、腐れアマは愚かアリーナの観客席にいる女子までもがポカンとした表情になる。

まぁ目の前で戦ってる奴がいきなり忠告してきたらそうなっても不思議じゃねえか。

そして、俺の忠告を聞いた腐れアマはポカンとした表情から鬼の首でも取ったような得意顔に戻っていく。

 

「ふ、ふふふ……何を言いだすかと思えば……大方、一次移行(ファーストシフト)しても武装が無かったといった処なんでしょう?やはり貴方にはお似合いの『ポンコツ』ですわね?」

 

腐れアマはそう言って俺を再び余裕を持った笑みで見てくる。

……忠告はしてやったぜ?

一応『コイツ』の威力が判らなかったから言ってやったんだが……腐れには必要なかったな。

俺はその体勢を維持したまま、ブースターの出力を上げてスラスターを吹かす。

相変わらず視線はあの腐れアマに固定したままだ。

 

「あらあら?馬鹿の1つ覚えもここまで来ると大したモノですわね?またヘナチョコパンチでもおやりになるんですか?」

 

「……」

 

俺は腐れアマの戯言には取り合わず、スラスターの準備が終わるまで静かに待っていた。

既にオプティマスのメインブースターはエネルギーを最大まで溜め込み、余波でブースター本体が唸りを挙げて振動し始めた。

もうそろそろか。

 

『メインブースターのチャージ終了。右腕兵装、装填完了しました』

 

そして、オプティマスの報告を見た俺は、ブースターを開放し……。

 

 

 

「……歯ぁ――食いしばれッッッ!!」

 

 

 

ズドォオオオオオオオッ!!!

 

先程までとは比べ物にならないぐらいの、爆発的な加速に身を任せる。

それこそ瞬間的な加速は訓練機の打鉄の比じゃなかった。

すると、オプティマスの加速力が想像の域を超えていたのか、腐れアマは驚愕に顔を染めた。

だがもう遅え、このスピードじゃあ今更回避したって間に合わねえぞ。

 

「な、速いッ!?ティアーズッ!!」

 

ピュンピュピュンピュピュンピュピュンピュンピュピュン!!

 

回避は間に合わないと直ぐに判断したのか、腐れアマはビットを自分の周囲に展開して怒涛の連射を浴びせてくる。

さっきまでとは全く比較にならないレベルのレーザーの雨が俺に降り注ぐが……。

 

ズガガガガガガガガガッ!!!

 

『全弾被弾、シールドエネルギー残量4451』

 

オプティマスはその暴力的なスピードを一切緩めずに、強引にレーザーの雨を突破してしまった。

どうやらコイツはとんでもなくタフなISみてえだ。

あれだけ命中しても機体のバランスは一切失っていないどころか、シールドエネルギーの消費すら殆どしてない。

ホントに規格外なISだなオイ。

 

「なっ!?何て出鱈目をッ!!?」

 

俺がレーザーの雨を無理矢理力技で突破してきた事に腐れアマは更に表情を焦りに歪める。

だが、もう遅え。

既にオプティマスは腐れアマに肉薄し、『武器』の射程距離に入り込んでいるからだ。

俺は驚愕している腐れアマより上の位置まで来た所で、力の限り振りかぶった右腕を腐れアマのどてっ腹に向けて振り下ろす。

 

テメエが俺の『家族』を貶した馬鹿さ加減を……俺の『怒り』をしっかりとその身体で味わえッ!!!

 

 

 

「STRONG!!HAMMERRRRRRRRRRR!!」

 

ドゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

「あぐぅぁあああああああぁッ!?」

 

 

 

俺の怒りの『鉄槌』が、重厚な破砕音を奏でながら腐れアマのどてっ腹に深々と突き刺さり――。

 

 

 

『IMPACT』

 

 

ズガァァァアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

「――キャアァアアアァアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 

 

オプティマス・プライムの『砲弾』が腐れアマのどてっ腹に追加のダメージを送り込む。

『STRONGHAMMER』。

オプティマスの右腕に内蔵された炸薬式の兵装『IMPACT』で威力を底上げし、パンチの勢いをそのままに拳で一点に叩きこむ超ヘビーパンチの事だ。

威力の程はスピードが乗れば乗る程増していく。

 

その直撃を受けた腐れアマは、トンデモないスピードでアリーナへ落ちていき……。

 

ズガァァァアアアアアアアアアンッ!!

 

『『『『『キャアァアアアァアアアアアアアアアアアアアアッ!?』』』』』

 

青い雫は、流星となってアリーナの外壁に轟音を響かせながら直撃した。

腐れアマが直撃した外壁の上の観客席に座っていた女子達から悲鳴が挙がる。

まぁかなりの衝撃だったよな、すまねえ。

そして直撃した時に巻き上がった土煙が晴れていくと……。

 

「……」

 

そこには、アリーナの外壁にめり込んで無様な姿を晒す腐れアマの姿があった。

その姿を観客席の女子達も捉えたんだろう、皆驚愕の表情を浮かべて絶句してる。

大方、全員が俺の負けだと決めつけてたんだろうが、俺はそこまで弱くねえ。

 

「……悪かったな」

 

俺はその様を上空から笑顔で見下ろしつつ、『謝罪』を口にする。

いやはや、ここまで派手に喧嘩しておいてなんだが、『一個』だけあの腐れアマに謝んねえといけねえ事があったぜ。

俺は笑みを絶やさずに右腕を軽く横に向ける。

すると、バシュゥウウウウウッ!!!という車のタイヤから空気が抜ける様な音と共に右腕のアーマーの一部から煙が噴出し、アーマーの一部がスライドコッキングした。

だが、俺はそれには構わずに言葉を続ける。

 

「さっきまでの俺のパンチは――」

 

ボォンッ!!

 

ガランッ!!

 

ガラガラ――。

 

俺が言葉を一度切った所で、右腕のスライドコッキングした箇所から大型の『薬莢』がアリーナの地面へと排出された。

それを確認した俺は、今浮かべている笑みを更に歪めて『獰猛』な笑みを周囲に見せつけ――。

 

 

 

 

 

「確かに『ヘナチョコ』だった」

 

 

 

腐れアマに対する『たった1つの謝罪』を口にした。

 

 

 

『し、試合終了ッ!!勝者ッ!!――――鍋島元次ッ!!』

 

 

 

――ワァアアアアアアアアアアッ!!

 

 

 

そして、アナウンスが俺の勝利宣言を下して少しすると、アリーナから歓声が爆発した。

俺はその歓声を受けつつ、アリーナを後にする。

 

さあ、次はテメエが男を見せる番だぜ?兄弟。

 

ピットに向かって飛ぶ俺の視界に捉えた闘志に満ち溢れている一夏を見ながら、俺は心の中で応援を送る。

……そういや、あの腐れアマ、次の一夏と戦えるのか?

まぁどうでもいいけどな。




『オプティマス・プライム』実写版のフレイムスパターンが入ってない奴とお考え下さい。
それと背中についたウイングは、『ジェットウイングオプティマス』と調べて貰えばわかるかと。

そして調べましたが、『オプティマス』はラテン語で、『プライム』は英語。

どちらも意味は『最上、第一、最良』なので、組み合わせて適当にルビ振りましたw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺の兄弟は……ヤルときゃヤル男さ。

 

やあ、アパチャ、ゲフンゲフン……失礼、IS学園のビースト事、鍋島元次だ。

 

現在、俺の機嫌は非常にハイで少しばかり落ち込んでいる。

機嫌が良いのは言わずもなが、俺の大事な家族を侮辱した腐れアマを完膚無きまで叩きのめしてやれたからだ。

いや~しっかし、さっき腐れアマに使った『武器』はかなり強力だったな。

正直なトコあの1発でノックアウトできるとは思ってなかったんだが……あれか、『篠ノ之束の科学力はぁ世界一ぃぃいいいい!!』って事だなうん。

しかも俺の拳での戦いを大幅にパワーアップできる様に設計されてるんだからなぁ……束さんマジ感謝っす。

 

まぁ詰まる所、束さんからのサプライズプレゼントであるオプティマスのカッコよさ、そして腐れアマ討伐クエストを無事成功させたことが俺の機嫌をハイにしてるってことだ。

じゃあ少しばかり落ち込んでるのは何でかっつうと……。

 

「おい、聞いているのか鍋島?」

 

「聞いてます、しかと、しかと聞いてますとも織斑先生」

 

「全く、相手の出方も把握せずに特攻など仕掛けるからああなるんだ。よくもまぁあんなお粗末な戦い方をしたものだな」

 

「仰るとおりっす……反省しまっす」

 

現在進行形で千冬さんからのありがたーい駄目出しをピットの床に正座しながら受けてるからです、はい。

しかもオプティマス装着したまんま正座してるから情けねーのなんのって……でも、ちっとくらい褒めてくれたっていいじゃないっすか。

俺頑張ったよ?ちょー頑張った。

俺より長い時間ISに触れてる代表候補生相手に、一次移行(ファーストシフト)も終わってないISで対等以上に戦ったんだぜ?

オマケにしっかりと文句の付け様がねえぐらいにブチのめしたぜ?

それがピットに戻ってきた瞬間有無を言わさず正座を言い渡され駄目出しとは……ヒデエ話しだ。

 

なんせ俺を出迎えたのは不機嫌気味な千冬さんだったわけで、逃げ場も無かったしな。

ちなみに真耶ちゃんは千冬さんの横で苦笑いしてるだけで止めてはくれねえ。

一夏と箒は巻き込まれない様に我関せずを貫いてやがるし、本音ちゃんは正座させられてる俺を楽しそうな目で見てらっしゃる。

ここには俺の味方はいねえのかよ。

 

「まぁ、今回はここまでにしておくが……次に同じことをしたら私自ら稽古をつけてやる。いいな?」

 

千冬さんはそう言って毎度お馴染みになってきたサディスティック溢れる笑顔で俺に笑いかけてきた。

勘弁して下さい、俺はまだ死にたくありましぇん。

もはや言葉も返すのが怖くなってきたので、首をブンブンと縦に振って千冬さんに返事を返しておく。

俺の返事に、千冬さんは満足そうに頷いて離れた場所でウォームアップしている一夏の方へ歩いていった。

多分次の試合の注意事項とかを話すんだろうな。

 

「あはは……と、とにかくお疲れ様でした、元次さん。試合凄かったですよ?……とっても頑張りましたね♪」

 

と、俺が返事を返して話しが途切れたのを見計らって、真耶ちゃんが俺に労いの言葉を掛けてくれた。

いつもとは一味違う慈しむ様な笑顔を浮かべる真耶ちゃんに、俺は胸が暖かくなりました。

あぁ、ほんとに良い女だなぁ真耶ちゃんは、やさぐれかけてた俺の心が急速に癒されるっす。

 

「真耶ちゃん……そう言ってくれんのは真耶ちゃんだけだぜ……ありがとうな」

 

「い、いえそんな♪(そ、それに……とってもカッコよかったですよ……って言えたらなぁ)」

 

俺が感謝すると、真耶ちゃんは頬に片手を当てて、もう片方の手をブンブンと振ってきた。

手を当ててる頬が赤いトコを見ると、照れてるんだな。

もうなんかホントに真耶ちゃんって年上に見えないぐらい可愛いっす。

偶にさっきみたいな大人っぽいつうか妖艶な女に変わるけど。

 

「ぶ~ぶ~、私は私は~?私にはお礼はないの~?差別はんた~い(パタパタ)」

 

と、俺が真耶ちゃんの可愛さに和んでいると何も言われなかったのがお気に召さなかったのか、本音ちゃんが裾をパタパタさせて講義してきた。

しかも頬はリスの様に膨れているし、目も不機嫌になってる。

 

「も、モチ本音ちゃんにも感謝してるぜ?今日までずっと俺の勉強見てくれたんだからな。本当にサンキュ、本音ちゃん」

 

俺はそんな剥れっ面の本音ちゃんに慌てて笑顔でお礼を言う。

実際本音ちゃんに勉強手伝ってもらったのはかなり助かったからな。

俺が空を難なく飛べたのだって本音ちゃんのアドバイスが大きい、もし無かったら飛べなかったかも知れねえし。

 

「む~」

 

だが、俺のお礼の言葉を聞いても、本音ちゃんの頬っぺたは膨れたまんまだった。

え?な、なんでっすか?

俺がそんな本音ちゃんの態度に戸惑ってると、本音ちゃんは膨れた頬をそのままに腕を組んで俺を見てきた。

 

「む~む~、ご褒美を所望する~1週間分のご褒美が欲~し~い~よ~(パタパタ)」

 

「何と!?」

 

やがて本音ちゃんの口から出た言葉に、俺は声を挙げて驚愕してしまった。

い、一週間分だって!?た、確かにこの一週間は本音ちゃんに付きっ切りで勉強教えてもらったしなぁ。

俺は改めて俺に向かって裾を旗のように振り回しながら「欲~し~い~欲~し~い~」と駄々っ子になってる本音ちゃんを見てみる。

考えてみりゃ、本音ちゃんだって友達と遊びたかったかもなぁ……まぁ遊び盛りの年だしな俺達。

それなのに俺の勉強を親身になって見てくれたんだよな……うん、何かしら恩返ししとかねえと可哀想だ……よし。

 

「ふ~む……わかった、本音ちゃん。俺が出来る範囲で良いってんなら、何かお礼をさせてもらうぜ?」

 

俺が考えを固めてからそう言うと、本音ちゃんは裾をパタパタすんのを止めて、俺に期待の眼差しを向けてきた。

案外切り替え早いな本音ちゃん、これが噂に聞く高速切り替え(ラピッドスイッチ)なのか?

 

「ホント!?じ、じゃぁ……え、えっとぉ~……そにょ~……(モジモジ)」

 

だが、目をキラキラさせたのも束の間、今度は顔を赤くして両手を摺り合わせながらモジモジとし始めてしまった。

顔は何やらニヤニヤしてるけど、ちょっと恥ずかしそうに下を向いている。

な、なんだこの女子力ならぬ萌え力は!?

俺が本音ちゃんの萌え攻撃にダメージを受けてる間も、本音ちゃんはモジモジとしながら何かを言おうとして言いよどむという状態のままだ。

こ、これはどうしたらいいんだろうか?……思いつかないなら、俺から何か提案した方がいいのか?

 

「あ、あのね?あのぉ~……うゅぅ~~(い、言うの恥ずかしいよ~……で、でもでも、ちゃんと言わないと……ファイトだ~私~!!)」

 

「う~む、本音ちゃん?もし思いつかねえんなら、1週間俺の手作りデザート食べ放題ってのはどうだ?」

 

俺は本音ちゃんが気にいる事間違い無しのプランを笑顔で口にする。

ふっふっふ、既に本音ちゃんは俺のデザートの虜だからな。

これなら本音ちゃんも喜ぶこと間違いね……。

 

「……(ぶっっっっすぅ~~~~)(ふ~~~~~ん?ゲンチ~の中では~、私はそ・ん・な・に!!安い女の子って事なんだね~……ばか)」

 

「……あ、あれ~?」

 

だが、俺の提案を聞いた本音ちゃんの顔は何時もの15倍は不機嫌になったではないか。

本音ちゃんは腰に手を当てて、オプティマスを装着したまま正座してる俺をスッゴイ不機嫌な顔で睨んでくる。

俺は本音ちゃんの変わり様が理解できず冷や汗を流してしまう。

ハッキリ言っちまえば、怒り状態だったヤマオロシより遥かに怖いっす。

な、何故だ!?本音ちゃんは甘い物にゃ目がねえ筈!!何でこんなに不機嫌になっちまったんだ!?

 

「あ、あのぅ、元次さん?と、とりあえずですね。1度ISを待機状態にしてくれませんか?注意事項とかありますので……」

 

と、俺が本音ちゃんの変わり様が判らず焦っていると、横から真耶ちゃんがやんわりと声を掛けてきた。

よ、よし!!取り敢えず本音ちゃんの事は保留で逝こう!!さすがに何時までもオプティマスを装着したままじゃいられねえからな!!

俺は自分に言い聞かせるように心の中で考えを纏めるとそのまま真耶ちゃんに向き直る。

……後からじと~っとした怖い視線を感じるが、今は気にしちゃいけねえ。

 

「お、おう。了解だ……(パァアッ)……良しっと」

 

俺は1度正座状態から立ち上がって、オプティマスに待機状態になるよう命令を出す。

すると、俺に装着されてたオプティマスは粒子に変わり、俺の身体から離れた。

俺はダンッと音を立てながらピットの床に着地して、自分の身体を見渡す。

IS、というか専用機ってのは、待機状態では操縦者のアクセサリーとして身体の何処かに残るらしい。

そんでまぁ自分の身体の何処に待機してるか探してみたんだが……。

 

「おっ?これがオプティマスの待機状態か?……ってこれは……」

 

俺が違和感を感じたのはオデコと耳の辺りで、何かが引っかかってる様な感触だった。

試しにそれを額から外すと、最初に目に付いたのは黒色のガラスっぽい何かとシルバーのフレームだ。

これってもしかして……。

 

「あっ、元次さんのISの待機状態はサングラスなんですね」

 

「……おぉ……コイツはサイコーにクールだ」

 

俺はその余りにクールな造形に思わず溜息を吐いてしまった。

そう、つまりこれはサングラスだ。

しかも素人の俺でも質感がハンパ無く良い代物だと判る。

サイドフレームから基本フレームまで全てにクロームが施され、目を隠すサングラスの部分は外側から見ると真っ黒。

だが中から見れば薄くスモークが掛かってる程度なので、外からは目の動きが見えないが中はハッキリと見える。

ガラスの面積は横長で縦幅は細く、野暮ったい感は微塵も感じさせないスマートな創りがスゲエカッコイイ。

右側のサイドフレームには、俺のイントルーダーに施したのと同じようなフレイムスストライプが掘り込まれてる。

しかも反対側、つまりサイドフレームの左側には英語のスペルで『Optimus Prime』と輝きの強いクロームメッキで刻まれているじゃねえか。

オマケに何とスペルは浮き彫り仕様、もう全体的に滅茶苦茶クールなグラサンだ。

 

実を言うと、俺はグラサン大好きなんだが今までどのグラサンも俺には似合わないかったとゆーか、俺好みのグラサンが無かったから付けてなかったんだ。

だが、このグラサンは全部が全部俺好みに作られてる。

まるで俺の好み全てを凝縮して俺の為に作られた様な感じだ。

そういや……俺好みのグラサンが無いって、1度束さんに愚痴ったような……やっぱこれも束さんが作ってくれたのか?

ってゆーかそうでないと説明つかねえか。

何せオプティマスは束さんご謹製のワンオフカスタムISなんだし……待機状態まで俺好みにしてくれるなんて……最高っす。

 

俺は心の中で束さんに感謝して、手元でジッと見ていたグラサンを掛ける。

視界は若干暗くなるが、それでも充分外の様子は判るな。

ピットの窓に映った自分を見てみると、其処には悪な雰囲気が漂う俺の姿が映っていた。

うん、俺としてはかなりイケてるぜこのグラサン。

 

「へへっ、どうよ真耶ちゃん?このグラサン似合うか?」

 

俺は長年欲しがってた理想のサングラスが手に入って嬉しかったので、笑顔を浮かべながら真耶ちゃんに感想を求めた。

ヤッパこーゆーのは他人に似合うって言われたら一番嬉しいからな。

そして、俺の問いに真耶ちゃんは頬を赤く染めて驚いた顔を浮かべていく。

 

「そ、そそそうですね!?……と、とっても……似合ってます♡……(わ、悪っぽい元次さんも……素敵……攫われたぃ……♡)」

 

「お、おう。ありがとう」

 

何故にどもった?そして何故に瞳がとろんとしてんだ真耶ちゃん?

俺の顔を見てくる真耶ちゃんの瞳が段々と妖しくなってきたので、俺は本音ちゃんの方を向くことにした。

逃げたワケじゃないよ?ホントだよ?

 

「ほ、本音ちゃんはどう思う?俺のサングラスすが……」

 

だが、俺は最後まで言葉を続けられなかった。

何故なら。

 

「……(ぶっっっっすぅ~~~~)(私をほったらかしておいて~、自分のサングラスの事を聞いてくるんだね~~……ふぅ~~~~~ん?)」

 

「……oh」

 

未だに本音ちゃんは不機嫌15倍増しで俺の事を見ていたからだ。

うん、この状況で「俺ってグラサン似合ってる?」なんて聞いたら更に不機嫌になっちまうだろうな。

なんかそんな確信がある。

っていうか、なんで本音ちゃんはこんなに不機嫌何でせうか?

何だ?俺のデザートじゃ不満だったのか?

俺はグラサン越しに本音ちゃんに睨まれて冷や汗を流してしまう。

 

「……ゲンチ~」

 

「はい。何でしょう本音ちゃん?」

 

敬語になったのも仕方ないと思ってくれ。

こんなに機嫌悪い本音ちゃんは初めてな上に、本音ちゃんのオーラに気圧されたんだからよ。

俺が直立姿勢で返事を返すと、ふくれっ面のまま本音ちゃんは俺を睨むとそのままズイッと頭を突き出してきた。

……すいません、ぼかぁ一体どうしたらいいんでしょう?頭突きのコツでも伝授したらよろしいんでしょうか?

本音ちゃんの行動の意味が判らずそのままボケ~っとしていると、何もしない俺に焦れたのか本音ちゃんはまたもや頬っぺたを膨らまして……。

 

「……撫で撫でして」

 

「……へ?」

 

俺を睨みながらそんな素敵過ぎる事をのたまってくれやがりました。

すいません全く意味がわかりませんぜ本音ちゃん。

何がどうなったらそんな結論に達したんだっつーの。

 

「今日まで手伝ったご褒美に……頭撫でて」

 

そう言って本音ちゃんは更にズズイッと頭を差し出してくる。

ってホントにそんな事でいいのか?

明らかにデザートとかの方が本音ちゃんも喜ぶと思ったんだが……。

 

「……そ、そんなんでいいのか本音ちゃん?1週間が不満だってんなら、何なら1ヶ月ぐらいデザート進呈しても……」

 

俺は戸惑いながらも本音ちゃんに聞き返す。

すると本音ちゃんは肩を震わせながら、俯いていた顔を上げて……。

 

「……(ぐすっ)撫でてくれないと……泣いちゃう……もん(グスッ)へ、部屋でもずっとぉ……泣ぃちゃぅもん(ウルウルウル)」

 

「よぉ~しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしホントにありがとうな本音ちゃん!!もう命一杯撫でてあげますとも!!(ナデナデナデナデ)」

 

涙腺崩壊一歩手前の悲しそうな顔を見せてくれた。

声まで悲しそうに震えてるではないか。

 

俺は本音ちゃんの潤んだ瞳を見た瞬間速攻で本音ちゃんの頭を撫でた。

ピカピカの実を食った黄猿も真っ青のスピードで撫でた。

ムツ○ロウさんもビックリするぐらいの情熱で撫でた。

っていうか考えるまでも無かったぜ。

ココで泣かれる=千冬さんにデストロイされる。

部屋で泣かれる=ジワジワチクチクと俺の良心が削られやがて自滅。

うん、考えるまでもねえや。

 

「……えへへ♪も、もっとぉして~♡(山田先生を抱っこしてた時も……織斑先生と見詰め合ってた時も……胸がチクッてしてたけど……ゲンチ~に撫でられると……ほわっとするぅ♡)」

 

俺に頭を撫でられた本音ちゃんは、この世の全てを癒してくれそうなほんわかボイスで更におねだりしてきた。

やべえ、マジ可愛いんだけどこの娘。

俺はそのまま何も言わずに行動で示す事にし、本音ちゃんの満足行くまでたっぷりと頭を撫でてあげていた。

 

「……何をしている、鍋島」

 

と、俺が本音ちゃんのお願いをしっかり叶えていると、後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。

その声に首だけで振り返ってみると、そこには何やら不機嫌そうな顔をした千冬さんがいらっしゃった。

その千冬さんの後ろには、何やら呆れ顔の箒とポカンとした顔の一夏が居た。

いや、まぁ何をしてると言われましても……ねえ?

 

「いや、なんか本音ちゃんがね?この1週間勉強を手伝ったご褒美に頭を撫でて欲しいと言うもんすから」

 

「うにぅ~♪そうです~♪これは~1週間ゲンチ~の勉強を手伝った~ご褒美なので~すぅ♪(やっぱり私は~ゲンチ~の……こ、事が……だ~い好きになっちゃったのだぁ♡……へへ♪)」

 

俺が千冬さんに答えると、本音ちゃんも追従するように千冬さんに答えた。

しっかしさっきまでの悲しそうなオーラは何処へやら、顔どころか声までほわっほわですよこの娘は。

あぁ、なんか撫でてるだけの俺まで癒されてくるぜ。

段々と撫でるのが楽しくなってきた俺は、幸せいっぱいなスマイル状態の本音ちゃんと同じ様に笑顔を浮かべていく。

 

「(ピクッ)……そうか……だが其処までにしろ、以後そういう事はあまりするな。(元次……布仏を落としおったな……これで何人目だと思ってる……この女誑しが……)」

 

「え?なんでっすか?」

 

だが、俺達の答えを聞いた千冬さんは何やら綺麗な眉毛をピクピクと動かしながら俺と本音ちゃんにそう言ってきた。

本音ちゃんもさすがに止められると思ってなかったのか、目を白黒させている。

 

「ど、どうしてですか~織斑先生ぇ~!?こ、これはゲンチ~のお手伝いをしたからなんですよ~!?せ~と~な報酬なんですよ~!?」

 

さすがに納得が行かなかったのか、本音ちゃんはまたもや裾をパタパタと振りながら千冬さんに詰めよる。

だがそんな本音ちゃんを見ても千冬さんは涼しげに笑うだけだ。

 

「それは布仏が善意でやった事なのだろう?ならご褒美などを要求するのはおかしいと思っただけだが……それともまさか、最初からそれ目的でやっていた訳ではあるまい?ん?」

 

「う、うにににに~~!!」

 

「た、確かに生徒同士でそうゆう事をするのは、いけないと思います!!風紀の乱れに繋がりかねませんから!!」

 

そこへ何時の間にか復活した真耶ちゃんまでもが千冬さんの言葉を肯定してくるではないか。

教師2人から突然言い渡されたご褒美禁止令に今や本音ちゃんの頬は風船の如く膨らんでいくばかりだ。

あぁ!?折角本音ちゃんの機嫌を必死こいて治したってのによぉ!?

ってゆうか真耶ちゃんぇ……風紀の乱れって何だっつの!?

今や目の前には本音ちゃんと真耶ちゃんと千冬さんという三つ巴の構造があっと言う間に出来上がっちまった。

 

「あ、あの。織斑先生?一夏の試合はいいんすか?」

 

目の前で展開されている場の雰囲気に、my胃がキリキリしてきたので俺は話題を変えるべく千冬さんに話しかけた。

っていうかいつまでもこんな事しててアリーナの使える時間は大丈夫なのか?

 

「織斑の試合は予定では50分後に開始だ。オルコットのISの武装が全て大破状態の為、現在予備パーツへの組み換えが行われている……それにオルコット自身はまだ気絶したままだからな。もしも時間までにオルコットが目を覚まさなかった場合は、繰上げでお前達の試合となる」

 

千冬さんは本音ちゃん達と睨みあっていた目を俺に向けながらそう言ってきた。

あらら、あの腐れアマはまだ気絶してんのかよ。

まぁやりすぎたなんて微塵も思っちゃいねえがな。

 

「じゃあ、俺と一夏はその後って事っすか?」

 

「そうだ。その頃には織斑のISも一次移行(ファーストシフト)が終わってる筈だ。同じ条件でなければフェアな勝負ではない……もっとも、操縦者の条件は大分離れているが」

 

「うぐぅ……家族の言葉が胸に痛いぜ」

 

「し、仕方ないだろう一夏。さすがにコレばかりは何とも言えん」

 

「幼馴染みの言葉も辛い……世間は冷たいなぁ」

 

俺と千冬あんのやり取りを隣りで聞いていた一夏は、千冬さんの言葉に項垂れた。

更に追い討ちとばかりに一夏に掛けられる箒の言葉に、遠い目をしだす。

でもまぁ事実だしなぁ……まだ今の一夏じゃ俺を生身で仕留めるのは夢のまた夢ってヤツだ。

せめてヤマオロシに勝てるぐらいじゃねえとな。

俺は遠い目をする一夏と、そんな一夏の様子に苦笑いを浮かべている箒を見ながらそんな事を考えていた。

 

「あっ、それと元次さん?ISの注意事項についてなんですけど……」

 

と、幼馴染み2人の様子を見ていたら、横に居た真耶ちゃんから声を掛けられたので俺は意識を真耶ちゃんに向け直す。

危ねえ危ねえ、そういや話が脱線してたけどISの注意事項があるんだったよな。

そして声に釣られて視線を横に向けると、そこには何時もの優しい笑顔を浮かべた真耶ちゃんが俺を出迎えてくれて……。

 

「えっと、元次さんのオプティマスは待機状態になってますが、元次さんが呼べば直ぐに展開できます。ISの所持に関しては規則がありますので、コレをちゃんと読んでくださいね?」

 

その手に持った『電話帳』サイズのIS起動におけるルールブックと書かれた本。

と言うより鈍器と言った方がよさそうなほど厚い規則書をまるでラブレターの如く俺に差し出した。

分厚さだけならラブレター何通、いや何百通分あるんだろうか?

oh……電話帳(悪夢)再びっす……。

 

「……善処するっす」

 

「ハイ♪頑張って下さい♪」

 

俺は膝を突きたい衝動を抑えて、ニコニコ顔の真耶ちゃんから電話帳(悪夢)を受け取る。

俺は何時になったら電話帳(悪夢)から解放されるんだろうか?

僕もうこれ以上はお腹いっぱいです。

ちなみに俺が電話帳(悪夢)を受け取るのを横で見ていた一夏も顔を青くしてた。

その後、暇になった俺はオプティマスの待機状態を調べて見たんだが、なんとMP3プレイヤーが搭載されていたから心底驚いた。

ガラスの内側部分に投影された説明を読んでみると、音はフレームに内臓された小型スピーカーから出る様に作られている。

しかも最大音量が家庭用コンポ並の出力が出る上に、サラウンドシステム装備らしい。

周りに音が聞かれたく無い時は骨振動で俺の耳のみに届くようにもなってる。

 

何だこの至れり尽くせりの豪華使用は?

束さんマジでありがとうございます。

 

俺が一夏にその事を教えてやると、自分の白式にはどんな機能があるんだろうかとワクワクしていた。

今は初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)作業をストップしてるから白式は待機状態になっていない。

ピットの片隅のハンガーに置かれたままだ。

それを疑問に思った俺は「何で今の内に初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を済まさねえんだ?」と聞いてみると……。

 

「ゲンだってそれが両方とも出来て無い状態でオルコットと戦っただろ?俺は少しでもお前に追いつける様に真似するだけだよ」

 

と、何とも漢らしい返事が返ってきて驚いたぜ。

オマケに腐れアマの情報は何一つ要らないとまで言いやがった。

ウォームアップを続けながらも真剣な表情でそう言い放った一夏に、箒は目を恋する乙女に変えて魅入っていた。

真耶ちゃんと本音ちゃんはニコニコ笑いながら「男の子ですね~♪」「ですね~♪」なんて楽しそうに言いあってる。

千冬さんだけは、そんな一夏も様子に溜息を吐いていたけど……目がスゲエ優しくなってるのは誤魔化せてなかったぜ。

その事を笑いながら千冬さんに『ヤッパ優しいっすね、千冬さんて』と言ったら、顔を赤くしてボディーブローをプレゼントフォーミーされますた。

あれ?今の流れで俺殴られる必要あったか?

 

まぁそんな感じでピットの中でゆったりと過ごして20分程経ったんだが、やっとあの腐れアマが目を覚ましたと別の先生から報告が来た。

更には次の試合も戦う気はちゃんとあるらしく、予定通りの時間に一夏対腐れアマの第2試合が行われる事になった。

やれやれ、アレだけブチのめされても戦意はあるってのは見上げたモンだが……一夏相手だから勝てるなんて思ってんじゃねえだろうな?

そんな風に相手を見下してばっかだから、素人に足元掬われるんだっての。

俺は時間が迫りつつあるピットの中でそんな事を考えながら、待機状態のオプティマスのウインドウを開いていた。

何をしてるのかっつーと、オプティマスに積まれている『武器』の確認だ。

あん時は腐れアマと戦ってた所為で碌に『武器』のチェックも出来なかったからな。

俺と一夏の試合まで、まだ余裕がある今の内に見ておこうと考えたわけだ。

 

ピピッ

 

お?出てきた出てきた。

さあて、何が積まれてるかなっと♪

俺は若干ウキウキしながら、全武装リストの中身をウインドウに展開した。

 

『オプティマス・プライム。全武装一覧』

 

『拳系武装リスト』

 

『IMPACT。右腕部に内蔵された炸薬を打撃の瞬間に炸裂させ、威力を爆発的に向上する。弾数は3発』

 

『GRIZZLY KNUCKLE。両拳に取り付け可能なメタル合金製のスパイクナックル』

 

『STRONG RIGHT。右腕部の肘から先を発射する特殊機構、鋼鉄チェーンで肘と連結されているので巻き戻し可能。IMPACTの併用は不可』

 

『斬撃系武装リスト』

 

『ENERGY BLADE。両手首に内蔵されたエナジーブレード、取り外し可能で手に持つ事も可能』

 

『ENERGY HOOK。両手首に内蔵されたエナジーフック、取り外し不可』

 

『ENERGY AXE。両刃の斧、サイズ、重量がかなりあるのでハンマーとしても使用可能』

 

『銃火器系武装リスト』

 

『SHOTGUN。AA-12×2。フルオート方式のショットガン。弾種はスラッグ、散弾の2種。』

 

『ELIMINATOR GUN。×1片手装備のガトリング砲、連射力に優れている』

 

『BLAST LAUNCHERS。×2両手に装備可能な大型複合重機関銃。先端にショートブレードを装備、サブウェポンにグレネード装備』

 

『PANZER MISSILE CANNON。×1片手装備の小型ミサイルキャノン』

 

『SEMI AUTO CANNON。30mmセミオートカノン2門に砲弾補給用の巨大なコンテナボックスを繋ぎ合わせた砲台。爆裂焼夷擲弾弾筒ミサイル発射可能』

 

『光学兵器系武装リスト』

 

『LON BLASTER。片手装備の大型イオンレーザーブラスター×2組み合わせる事で威力、弾速増加』

 

『ASSAULT BLASTER。片手装備の小型レーザーブラスター×1貫通力に優れる』

 

『SHOT CANNON。×1レーザーライフル。チャージショットが可能。ストックを切り詰め、取り回しを優先させたモデル』

 

『MEGA STRYKER。ASSAULT BLASTER及びELIMINATOR GUNの合体銃、ガトリングの弾速でレーザーを射撃可能』

 

『特殊装備リスト』

 

『STRYKER SHIELD。×1片手装備の大型実体シールド、光学兵器を霧散可能。変形機能にCLAW MODE KNUCKLE MODEが存在』

 

唯一仕様(ワンオフ・アビリティー)。???。稼働率不足、条件未達成により現在使用不可』

 

 

 

なぁにぃこれぇ?

 

 

 

展開されたウインドウの中身が理解できず、俺は呆けた顔を晒してしまう。

え?コレマジで武器何個あるんだ?ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……うん、バラで数えりゃ軽く20個近くはありますね☆

 

『かなりスッゴイのが沢山詰まってるから、期待してくれたまえ~♪』

 

絶賛混乱中の俺の脳裏にさっきのメールの中で束さんに言われた言葉がよぎる。

いやいやいやいやいや!?確かに、確かに凄いけども!?束さん幾らなんでも遣り過ぎだってコレ!?

つうか唯一仕様(ワンオフ・アビリティー)って何さ!?一体どんな武器なのよ!?

そのまま何とか思考を冷静にするよう努めてウインドウをスクロールしていくと、拡張領域(パススロット)という武器を量子化して収める……要はメモリーの空き容量がまだ3割近く残っていた。

ただ、ここは運動性能や処理能力を落とさないように態と空けてある領域だとウインドウから説明が出てきやがりましたけどね。

その為にブレードや拳系の武器は拡張領域(パススロット)には入れないで、手首の中や腕の側面に収納してあるみてえだ。

全体的なステータス画面を覗いても、参考書に載ってた訓練機のカタログスペックとは比較にならねえ性能を誇ってる。

確か訓練機の第2世代型ISで一番拡張領域(パススロット)が広いっていうラファール・リヴァイブで積める武装は最大5個……だっけ?

それを差し引いても、オプティマスの武装はトンでもなく拡張領域(パススロット)を食う様な大物重火器のオンパレードだ。

 

な、なんつーブッ飛んだISなんだよコイツ……今更だけどよぉ……俺のオプティマス・プライムって確実に世界のISに喧嘩売ってるポテンシャルだろ……。

つうかこんな超絶チートなISを1ヶ月弱で……いや!?束さんのメールの内容から察するに僅か1週間足らずでコレ造ったの!?

ドンだけ技術チートなんすか束さん!?

俺好みのボディに俺の趣味を詰め込んだ待機状態、しかも音楽プレーヤー付き。

もうドンだけ感謝しても足りねえってぐらいの至れり尽くせり豪華絢爛なプレゼントだぜ。

しっかし……まさかあの束さんが俺の為にここまでしてくれるとは……初対面の時じゃ絶対考えられねえよ。

俺は子供時代の思い出を頭の中に思い描いて、束さんの変わり様に苦笑いを浮かべてしまう。

 

「ね~ゲンチ~?さっきからどうしたの~?顔が百面相してたよ~?」

 

「ん?あぁ、いや、何でもねーさ」

 

俺が苦笑いしたり驚いたりしてたのを見てたのか、本音ちゃんが?顔をしながら俺の傍に来たので俺は何でもないと言っておく。

とりあえず昔を懐かしむのはこれぐらいで……。

 

「(バシュウッ)織斑君!!オルコットさんの準備が整いましたので、白式を装備してピットゲートへ向かって下さい!!」

 

「ッ!?はい!!わかりました!!」

 

っと、いよいよ始まるってか?

俺が本音ちゃんと和んでいると、ピットの扉が開いて真剣な表情を浮かべた真耶ちゃんが入ってきた。

一夏は、真耶ちゃんの声を聞くと元気良く返事をして白式の固定されているハンガーに向かって行く。

それを見た俺と本音ちゃんも連れ添って一夏の後を追っていく。

俺と本音ちゃんが着いた頃には、一夏は既に白いIS……白式を身に纏って各部を動かしてチェックしていた。

その傍には千冬さんと真耶ちゃん、箒の姿もある。

 

「いよいよだな……しっかり頑張るんだぞ、一夏。私やゲンとの特訓を忘れるな」

 

「わかってるさ箒。むしろあんな地獄の特訓、忘れらんねえって」

 

「それならいいんだがな」

 

念を押す様に進言する箒に、一夏は軽く微笑みながら返事を返した。

まぁ身体はちゃんとウォームアップしてたし、テンションもここまで落ち着いてりゃなんとかなんだろ。

俺みたいに怒りに身を任せてミサイルに突貫しなきゃな。

どれ、俺も応援メッセージの1つぐらいは送ってやりますか。

 

「一夏、これでアイツに負けたりしてみろ?明日からテメエのあだ名は負け犬ぷー太君だ。首輪も買ってきてやるぞ?嬉しいだろ?」

 

「お前はもう少し心暖まる応援の言葉はだせねえのかよ!?それが親友にかける言葉か!?」

 

「あたりめーだろーが。俺と箒があそこまで協力したんだ。あの特訓を耐えたテメエが負ける筈なんざねえ……だろ?」

 

俺はニヤケながら一夏にそう返す。

そうさ、俺の兄弟分が、俺の親友があんなヤツに負けることなんざねえよ。

むしろ負けたら超絶な罰ゲームしてやる。

 

「ッ!?……当たり前だろ!!キチッとビシッと勝ってやるっての!!」

 

俺の言葉を受けた一夏は目を見開いて驚いたが直ぐに自信満々の顔で俺に言い返してきた。

若干顔が嬉しそうなのはこの場に居る皆丸判りだったけどな。

 

「じゃあじゃあ~私はおりむ~が負けたら~名札作ってあげる~♪女の子の手作りだよ~?」

 

お?ナイスだ本音ちゃん。

喜べ一夏、本音ちゃんからの手作りだぞ?

 

「安心してくれのほほんさん!!その名札は未来永劫絶対に必要無い!!後そんな事で女の子の手作り貰っても嬉しくねえからな!?」

 

「えぇ~?うぅ~、おりむ~に要らないって言われちゃったよぉう。ゲンチ~♪慰めて~♪(パタパタ)」

 

「おぉ、よしよし(ナデナデ)大丈夫だぜ本音ちゃん。次の試合であの野郎はコンクリ舗装したるわ。だから元気出してくれ、な?(ナデナデ)」

 

「う、うん~~♪えへへ~♪(やっぱりゲンチ~に撫でられるのは~さいこ~だ~♪)」

 

俺は笑顔で擦り寄ってきた本音ちゃんに合わせて本音ちゃんの頭を大げさに撫でる。

本音ちゃんのプレゼントがいらねえってか?随分と偉くなったもんだな一夏。

俺のオアシスをイジメやがって、地面に埋めてからコンクリで舗装してやんぜ。

 

「怖えよ!?コ、コンクリで舗装っておま、アリーナの地面に埋める気か!?さっきの俺に対する熱い想いは何処行ったんだよ!?」

 

そんなもんヤマオロシの腹の中だ。

 

「お、織斑君?時間が押してますので……出撃を~……いいかな?」

 

「へ!?す、すいません山田先生。じ、じゃあ箒、ゲン、行ってくるぜ!!」

 

「あぁ!!勝ってこい、一夏!!」

 

「行ってきな、遠慮はいらねえ。アイツのチャチなプライドなんざ派手にブッタ斬っちまえ」

 

「おう!!織斑一夏!!白式!!出る!!(ギュォオオンッ!!)」

 

俺達のコントを見ていた真耶ちゃんが遠慮気味に一夏にそう言うと、一夏は慌しくカタパルトからアリーナへ飛び出した。

箒はそんな一夏を心配そうな目で見ていたが、俺はそこまで心配してねえ。

アイツは……ここぞって時には必ずやる……そんな男だからな。

俺は飛び立った親友が必ず勝つって自信を持ちながら、ピットのモニターに映る一夏を見つめる。

 

 

 

「ところで元次さん?い・つ・ま・で、布仏さんの頭を撫でているんですか?(ニコニコ)」

 

 

 

さて、アイツが帰って来る頃まで生き残れっかな、俺。

いつもの小動物ちっくな雰囲気を全く感じさせない冷たい笑顔を浮かべる真耶ちゃんの声を聞きながら、俺は冷や汗が流れるのを感じた。

しかも駄目押しとばかりに千冬さんの視線も険を帯びていくではないか。

背中越しでも良~くわかります。

とりあえず自然を装って本音ちゃんの頭から手を離すとしよう。

 

「あっ……む~~(ぷっくぷく~)」

 

そしてそんな俺に頬を膨らませて非難の眼差しを送る本音ちゃん。

すいません、さすがに俺も命は大事なんです。

本音ちゃんの咎める視線に居た堪れなさを感じていたが、その時モニターの先にあの腐れアマがブルーティアーズを纏って現れた。

顔を見る限り、俺と戦った時の様な優雅さは全く残っておらず、只その目には悔しさが残っている。

どうやら俺との戦いを引きずってるみてえだな……油断すんなよ、一夏。

腐れアマのブルーティアーズが一夏と対面する様に空中に位置すると、それを皮切りに千冬さん達の視線も俺からモニターに移ってくれた。

 

『……これより、織斑一夏対セシリア・オルコットの試合を開始します。……試合開始!!』

 

遂に試合開始のブザーが鳴り響き、一夏のデビュー戦が幕を開けた。

その試合開始の合図と共に、腐れアマはスターライトを構えて一夏をターゲットサイトに捉える。

 

『今度は油断しません!!確実に堕とさせていただきますわ!!(ズドォッ!!ズドォッ!!ズドォッ!!)』

 

『うお!?(ヒョイ)危ねえ!?(ヒョイ、ガンッ!!)どわ!?』

 

初っ端から撃たれた3発のレーザーの内2発を身体を捻る事で回避した一夏だったが、3発目は左肩に当たっちまった。

そのまま腐れアマはスターライトで弾幕を張りつつ、空へと上昇していく。

3発目を被弾した一夏だったが、その後に雨霰と降り注ぐレーザーは全て回避に成功。

そのままバレルロールの様に回転しながらレーザーをすり抜けてアリーナの地上スレスレを滑空していく。

 

「良し!!1発当たりはしたが、まだ始まったばかりだ!!隙を見て食らい付け一夏!!」

 

「おぉ~!!頑張れおりむ~!!」

 

遂に始まった一夏対腐れアマの試合のファーストアプローチの結果が上々だったのが嬉しかったのか、箒は声を大にしてモニターに叫ぶ。

それに続いて本音ちゃんの癒しボイスが一夏を応援する。

おぉ!?アイツ飛行上手えモンだな!?今度はアリーナの外壁スレスレを飛んでるし。

意外にも上手い一夏の操縦に内心舌を巻きながら、俺はサングラスを額に掛ける。

やっぱ親友の試合はちゃんと見ねえとな。

 

『『『『『ワァアアアアアアアアアアッ!!!!』』』』』

 

一夏のIS2度目の操縦とは思えない高等飛行技術にアリーナの1年生の観客がキャーキャーと騒ぎ始める。

まぁ飛んでるイケメンは絵になるからな。

すると、一夏の右手に粒子が漂い始めて形を形成し始めた。

お?アイツの白式は初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)が終わって無くても武器が出せるのか。

そんな事を考えながらモニターに映る一夏の様子を見ていると、一夏の右手に漂っていた粒子が完全に形になり……一振りの刀を形成した。

 

……は?なんで?

 

「な、何をやっているのだ一夏!?遠距離に居るのに刀を出しても無駄だろう!?」

 

「た、確かにおかしいですね。こういったケースならマシンガンとかを展開(コール)するのが普通ですし……」

 

俺が一夏の行動に混乱していると、同じ様に驚いた箒と真耶ちゃんが困惑した声を出す。

いや、マジでアイツどうしたんだ?等々ラリッたか?

 

「ん~~……もしかして~~」

 

「何だ?本音ちゃん何か判ったのか?」

 

そして、俺の目の前に居た本音ちゃんが顎に人差し指を当てながら何かを言おうとしていた。

未だに一夏の行動の意味が判らなかった俺は本音ちゃんに声を掛ける。

 

「うん~~……多分だけど~初期装備(プリセット)が、ブレ~ドだけしか無いんだと思う~」

 

「なっ!?」

 

「わぁ~お……ソイツぁヘビーな話しだぜ」

 

本音ちゃんの考える様な言葉に、俺は軽い調子で、箒は目を見開いて驚愕を露にした。

まぁ実際俺は武装無しだったからな。

アレを経験した後なら、本音ちゃんの言葉にも頷ける。

しかし搭載武器がポン刀一本とは……ブレオンとか浪漫あり過ぎだろ。

 

「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないだろうゲン!?このままでは一夏が……」

 

俺の呑気な言葉が気に入らなかったのか、箒は俺に怒鳴ってからアタフタし始める。

やれやれ、恋する乙女は一直線ってのは知ってるけどよ、もう喧嘩は始まっちまったんだ。

ここまできて今更止める事ぁ出来ねえぞ。

 

「まぁ落ち着け箒、どの道一夏の武装に銃があったとしてもアイツにゃ使いこなせねえよ。それこそ銃対銃なら、あの腐れアマの独壇場だ」

 

俺は後ろ髪を掻きながら慌てふためく箒を諌める。

戦ってみて判った事だが、ムカつく事にあの腐れアマは射撃の腕は頭1つ飛び抜けている。

伊達に代表候補生まで登り詰めてねえって事だ。

 

「だ、だが……」

 

「大丈夫だって、アイツはそれこそ今日まで剣の勘を取り戻すことに専念してきたんだ。寧ろ初期装備(プリセット)されてたのが銃1丁じゃなくて幸運ってトコだぜ」

 

「……」

 

俺の言葉に冷静さを取り戻してきたのか、箒は静かにモニターへと振り返る。

 

 

『遠距離射撃型のわたくしに近接ブレードで挑もうとは……笑止ですわ!!お行きなさい、ティアーズ!!(ビュン!!キュイン!!)』

 

『く!?ゲンだって、拳だけでお前に勝ったんだ!!寧ろ剣があるだけ俺は恵まれてる方だっての!!』

 

『ならばやってみなさいな!!その剣で、このティアーズの涙を切り開いてみなさい!!お出来になるのなら!!(ピュン!!ピュンピュピュン!!)』

 

『へっ!!言われなくてもやってやらあ!!うぉおおおおおおお!!』

 

 

其処には、ティアーズの雨を潜り抜けて腐れアマに肉薄しようと空を縦横無尽に飛び交う一夏の姿が映っていた。

時にはティアーズの射線に飛び込み被弾しようとも、そのティアーズを切り落とそうと剣を振っている。

モニターに映るその目には、決して諦めの色は映ってなかった。

 

「信じろよ箒。俺の兄弟分は……お前の幼馴染は、そんなにヤワな男じゃねえ」

 

「……一夏」

 

俺の言葉が箒に届いたかどうかはわからねえが、箒はしっかりとその目でモニターを見つめ直す。

それが、箒に出来る最大の応援だからだろう。

俺はポケットに手を突っ込みながら千冬さんの横で一夏の試合を見つめる。

焦るなよ一夏、お前に教えた事はまだ1つも使っちゃいねえんだからな。

 

「……元次、一夏にどんな鍛錬を付けた?」

 

すると、俺の隣に腕を組んで立っていた千冬さんがモニターから目を離さずに問いかけてきた。

まぁヤッパリ弟の事が心配って事だろうな。

俺はそんな千冬さんの様子を横目でチラッとだけ視界に収めてから口を開く。

 

「そうっすねぇ……まずステップ1、箒と剣術の特訓……いや、リハビリってヤツっすかね」

 

コレが鍛錬の最大の目的。

一夏がかつて持っていた剣の腕前を取り戻す事で、他の女子より近接戦闘で優位なアドバンテージが築ける。

今回の白式の初期装備(プリセット)が刀だったのはかなりラッキーだ。

これなら一夏のやってきた特訓は無駄にならなくて済む。

現に今の立ち回りも、空中だってのにかなり安定したモノになっている。

俺が千冬さんと試験でガチバトルした時に感じたのは、普段の動きを意識できなきゃISは動かせ無いって事だったからな。

だから徹底して、アイツには箒との組み手をやらせた。

まぁ完全に強くなったってワケじゃなく、箒から10本中2本取れるかってレベルだけどな。

 

「ふん、それだけではないだろう?オルコットは仮にも代表候補生、しかも射撃の腕で登り詰めた者だ。そのオルコットの射撃をあそこまで凌ぐにはリハビリだけでは足りない」

 

「くは~。ご慧眼ってヤツっすね……まぁそれがステップ2、弾というか、直線的な攻撃に対する徹底的な回避訓練っす」

 

俺は千冬さんの観察眼に驚きながらも質問に答える。

ステップ2の回避訓練。

コレはちょいと毛色が違うっつーか、俺も上手くいくかわからなかったがな。

ヤル事は単純明快、超至近距離で箒の突きを避ける事だけだ。

但し箒が狙うのは防具以外の場所も含めてだから大変だったみてえだけどな。

銃の弾は弾速は速いが、真っ直ぐにしか飛ばない。

だから近距離からの全力の突きを避けさせて、直線的に飛んでくる物を避けるって感覚を一夏に叩き込んだ。

ある程度速度に慣れた段階で今度は俺の拳のラッシュを避けさせる。

更にその先の段階では相川に頼んでソフトボール部の女子に手伝ってもらい、ゴムボールを四方八方から全力で投げてもらった。

コレを避けるって段階で段々とボールに硬球を混ぜていくと、一夏も必死に避けてたからいい訓練になっただろう。

それでもあの腐れアマの射撃が当たるのは、単純に腐れアマの射撃技量の高さと、実際のレーザーがもっと速いってのが原因だ。

まぁ、このステップには隠し玉の訓練も兼ねてるんだが……そこは一夏が披露した時に聞かれたらでいいか。

 

「なるほどな……ソフトボール部が出張ったのはその為か……足りない頭で考えたものだな」

 

「えぇ、まぁアイツが一能特化型ってのが功を奏しました。教えた事をスポンジが水を吸い込むみてえにモノにしましたからね。さすがは千冬さんの弟っすよ」

 

「……まだまだ荒削りだ。及第点もやれんよ、お前と一緒でな」

 

「げっ、藪蛇だったぜ……精進しまっす」

 

「そうしろ、高が銃を持っただけの相手にお前が追い詰められる等、私には我慢ならんからな」

 

千冬さんはモニターから目を離さずにそう言って不敵に微笑む。

やれやれ、何でこの人は一々カッコイイかねぇ……千冬さんの期待に応えるためにも、頑張りますか。

俺はサングラスの位置を直して再びモニターに視線を向ける。

 

「そ、それと……だな」

 

「うい?なんすか?」

 

だが、再び横に居る千冬さんから声を掛けられたので、俺はモニターを見つめたまま返事をする。

 

「い、いや、その……なんだ……似合っているぞ……サン、グラス」

 

「え?マジっすか(ドゴォ!!)痛え!?」

 

「コ、コッチを見るな……モニターを見ていろ……馬鹿者」

 

「う、うっす……」

 

俺は思っても見なかった千冬さんからの賛辞の言葉に千冬さんの方を見ようとしたんだが、見ようとした瞬間わき腹を殴られた。

しかもモロにクリーンヒット、マジ痛えっす。

でも泣かない、我慢する。

だって横合いから聞こえる千冬さんの恥ずかしそうな声がメチャ役得だから。

何だこの可愛い千冬さんは、最高だぜ。

何やら一気に気恥ずかしい空気になってしまったので、俺と千冬さんは無言でモニターを見つめる。

 

『うぉおおおおおおおおお!!!』

 

そしてモニターに視線を移してた俺と千冬さんの目に飛び込んだのは、ティアーズの包囲網をジグザグの変則飛行で無理矢理突破した一夏の姿だった。

アイツ遂に攻めに出たか!?

すると、一夏がティアーズの包囲網を突破したのを腐れアマは驚愕の目で見ていた。

 

『ッ!?無茶苦茶しますわね!!(ダァン!!ダァン!!)』

 

だが、腐れアマは直ぐに表情を引き締めると、手元のスターライトからレーザーを2発ブッ放った。

スピードの乗った一夏にはソレを避ける時間は無く、もはや当たる寸前だ。

 

「一夏!?」

 

「あわわわ!?当たっちゃう!?」

 

その絶望的な光景がモニターに映ると、箒は悲鳴を挙げ、本音ちゃんは慌てふためいた。

このままいけば一夏に直撃するのは免れない……。

 

『だぁらっしゃぁああああああああ!!!(ズババァッ!!!)』

 

だが、一夏の取った行動は避けるでも敢えて被弾するでもなかった……アイツはレーザーを刀で『ブッタ斬りやがった』。

その時、腐れアマを含めたアリーナの時が止まった。

正しく一夏の取った『ブッ飛んだ』行動に、誰も彼もが呆けてしまったんだ。

そして、そんな盛大なチャンスをアイツが逃す筈も無く……。

 

『隙ありぃ!!』

 

『ッ!?しまっ……』

 

『おらぁああああ!!!(ズバァッ!!!)』

 

『きゃあッ!!?』

 

そのままスピードの乗った刀で、腐れアマの胴体を袈裟切りに攻撃し……。

 

『もう、いっちょお!!!(ズバァッ!!!)』

 

『あうッ!?』

 

返す刀で胴を斜め下から掬い上げる様に切り返した。

そのまま更に畳みかけようと刀を振るう一夏だが……。

 

『くうぅッ!?欲張りすぎですわ!!(ダァン!!ダァン!!)』

 

『うぉわ!?』

 

斬りつけようとした一夏に腐れアマはスターライトをゼロ距離でブチ込み、その隙を使って一夏の射程距離から離脱した。

よし、どうやらあの特訓は無駄じゃなかったみてえだな。

俺は秘密裏に一夏に施した特訓の成果が上々だったことに笑みを深めてモニターを凝視する。

モニターの先では、斬られたが無傷の胸部アーマーを抑えてる腐れアマの姿が映っていた。

 

『はぁっはぁっ。レ、レーザーを斬るだなんて、常識破りもいいとこですわ!!?』

 

『くっそー!!もう1発はイケると思ったんだけどなぁ……レーザーを斬れたのはゲンのお陰だ。さすがにアイツの特訓がなきゃ無理だったさ』

 

一方の一夏は白式の肩と左足に被弾してたが、そこまで深刻な故障は無さそうだった。

そして一夏のオープンチャネル越しに語られた理由に、ピットの中に居た本音ちゃん達の目が一斉に俺に向いた。

まぁ俺のお陰なんて言ってたが、ありゃアイツのセンスの良さが一番の原因だろうよ。

さすがに1週間でモノにするとは思わなかったっての、どこぞのジェダイかアイツは。

 

「鍋島……一体何を織斑に教えたんだ」

 

俺がそんな事を考えていると、横合いから千冬さんの声が飛んできた。

他の面子も聞きたい事は一緒なのか、俺から視線は外れない。

 

「大した事じゃねえっすよ。さっきのステップ2の特訓の時に何発か色の違うボールを投げ込んで、それだけを打ち返す、もしくは叩き落すってのをやらせたんす」

 

そう、俺がやったのは若干色の違うボールを他のボールより速い速度で投げ込んで、それを落とすって事だけだ。

飛んでくるボールにどう刀を当てれば自分とは違う方向に弾けるか、それを徹底的に仕込んだだけだ。

その感覚とイメージがISに乗った時にキチッと噛みあえば、理論上はレーザーを弾ける。

まぁ完全な付け焼刃だがな。

 

「……付け焼刃にしては、そこそこ使えるようだな」

 

「そこは一夏のセンスの良さと……まぁ織斑先生のイメージっすかね」

 

「私のイメージ?どうゆう事だ?」

 

俺が軽く一夏の訓練内容を語ると、自分の名前が出るとは思ってなかったのか、千冬さんは疑問の声で聞き返してきた。

 

「あー、あれっすよ。学園のアーカイブにあった織斑先生の現役時代の映像を見たんす。その中で織斑先生が使ってた『弾を斬り落とす』って技を参考にしたんです」

 

「は~い♪私が見つけました~♪」

 

「おっと、そうだったな。手伝ってくれてマジでサンキューだよ、本音ちゃん」

 

「にしし~♪」

 

俺は目の前で嬉しそうに手を振っていた本音ちゃんに笑顔でお礼を言う。

 

千冬さんの映像を見れたのは正直ラッキーだった。

本音ちゃんにアーカイブの存在を教えてもらわなかったら絶対気付かなかったし。

それに映像に映る千冬さんの戦い方は正直鳥肌モンだったぜ。

迫る弾丸を悉く斬り落として対戦相手に肉薄するんだからな。

千冬さんが専用機……『暮桜』を使ってたらオプティマスでも勝てる気しねえ。

やっぱりあの喧嘩は俺の負けで正解だな。

 

「……か、勝手に人の記録を覗くんじゃない、馬鹿者」

 

あれ?学園のアーカイブは基本誰でも閲覧可能な筈ですが?

何で俺が怒られてんの?

とりあえずあの映像で俺が知ったのは、現役時代の千冬さんも激可愛いかったって事。

ピッタリ張り付くISスーツ……いや、正に眼福でした。

 

「ま、まぁそーゆーワケで、一夏が最もイメージとして描き易かったのが織斑先生の技を劣化させた技……『弾はじき』ってわけです。」

 

さすがに千冬さんみたいにどんな弾でも弾き返す、までには至ってねえが10発中5、6発は落とせる筈だ。

これだけでも一夏にはデカいアドバンテージになりえるだろうよ。

一夏の訓練内容を語った俺がスクリーンに目を向けると、俺の名前を聞いて苦虫を噛み潰した顔をした腐れアマが映っていた。

 

『……また、あの男ですか』

 

『あぁ、アイツの特訓のお陰で、文字通りレーザーの雨を『切り開いて』やれたぜ』

 

その腐れアマの表情に満足したのか、一夏は好戦的な笑みを持って腐れアマを挑発しやがった。

おーおー、さっきの腐れアマの言葉から1本取ったって感じだな。

アイツも言うようになったモンだぜオイ。

一夏のしたり顔で言われた台詞に、腐れアマの顔が怒りに染まった。

 

『高々レーザーを2発斬ったぐらいで調子に乗らないことです!!ティアーズ!!』

 

『おっと!?もう一回だ!!(ギュォオオオオッ!!!)』

 

そして腐れアマの指示に従って、ティアーズ達が一夏を仕留めんと大空を縦横無尽に舞い上がる。

それを見た一夏は白式を一度急降下させ、アリーナの地面をスケートで滑るように滑空していく。

そのままティアーズの包囲を一度崩して再び空へ舞い上がった。

 

『ッ!?無駄な足掻きですわッ!!(ズダァンッ!!)』

 

段々と一夏が距離を詰めているのを感じ取ったのか、腐れアマは一度距離を取ってまた静止する。

一夏、気付けよ?あのティアーズを使ってる間は、腐れアマは一切動けねえって事を。

俺にアドバイスは要らねえって言ったんだ、中途半端に終わんなよ。

 

『それもネタは割れてるぜ!!ハァ!!!(ズバァッ!!!)』

 

そして画面の向こうで奮闘していた一夏は、ティアーズの弾幕を掻い潜って、なんとティアーズの一基を斬り落としやがった。

 

『なっ!?』

 

一夏の攻撃でティアーズが落とされたのが余程ショックだったのか、腐れアマは声を上げて驚きを露にする。

だが直ぐに表情を引き締めて次々とティアーズを連射していく。

さすがに切り替えの速さは代表候補生なだけはある。

 

『この兵器は、毎回お前が命令を送らないと動かないんだろ!?それに!!(ズバァッ!!!)』

 

一夏はティアーズの弾幕を避けながら、返す刀で更にもう一基を撃墜する。

完璧にティアーズの特性っつーか弱点に気付いたみてえだな。

 

『コイツを使ってる時に動かないのは、制御にお前の意識を集中させてるからだ!!違うか!?』

 

雨の如く降り注ぐ弾幕を避け、腐れアマと一定の距離を取った位置に一夏は浮遊する。

その目には、敢然とした強い闘志が薄れる事無く湧きあがっていた。

よし、このまま行けば一夏も勝てる……っておいおい?

一夏の有利を悦ぶ俺だったが、気になるモンがチラッと見えたのでモニターに向けていた目を良く凝らしてみる。

すると、見えたのは俺的に歓迎したくねえモンだった。

 

「織斑君も凄いですねぇ、セシリアさん相手に試合を優位に運んでいますよ。元次さんも織斑君もISの起動が2回目だとは思えません……あれ?ど、どうしたんですか?お2人共」

 

真耶ちゃんが一夏の事を褒めながら俺と千冬さんの方を向いてきたが、真耶ちゃんは俺達を見て顔の色を疑問に変える。

現在の俺が浮かべている表情は難しい顔ってヤツだ。

真耶ちゃんが俺だけに言ってこねえのは、多分千冬さんも何かしら顔を変えてるって事だろうな。

しかも真耶ちゃんの声を聞いて、箒と本音ちゃんまでもが俺達に向き直った。

 

「あの馬鹿者め、多少上手くいった程度で浮かれているな」

 

「うわ、やっぱりアレっすか?……出来れば外れてて欲しかったんすけど」

 

「アイツは直ぐ調子に乗るからな。お前ならああなる事も考えられただろう?」

 

「まぁ、ね。アイツは俺の兄弟分ですから、同じ様なトコが似てるっていうか……はぁ」

 

俺は隣に居る千冬さんの言葉に天を仰いで言葉を返す。

チックショ~、まさかこの場面でアレをやるとは……マジで大丈夫かよ一夏の奴。

 

「げ、元次さん?(ピクピク)ア、アレとは何ですか?教えてもらえますよね?(先輩とだけ以心伝心してるなんて……元次さんのばか)」

 

「む~……アレって何なのゲンチ~?教えてよ~(織斑先生とばっかり……面白くないぞ~)」

 

と、耳元に届いた声に従って視線を降ろすと其処には綺麗な眉をヒクヒクさせてる真耶ちゃんと、不機嫌そうな本音ちゃんがいますた。

あれ?俺何もしてないよね?何でそんな目を向けるのお二人さん?

只千冬さんと話し合ってただけだよ?ホントだよ?

 

「……ふっ」

 

いや千冬さん?何ですかその「勝ったぞ」みたいな得意げな表情は?

そして嬉しそうな千冬さんの表情を見て更に顔色を険しくしていく2人。

もう勘弁してくんね?胃ががががが。

 

「アレってのはまぁ……一夏の癖みたいなモンだ」

 

「ふぇ?癖?」

 

俺の少ない言葉に理解出来なかったのか、呆けた表情を見せる本音ちゃん。

そんな可愛い表情を浮かべている本音ちゃんに、俺は頷く事で本音ちゃんの言葉を肯定する。

 

「あぁ、アイツさっきから左手を閉じたり開いたりしてんだろ?」

 

俺がモニターに視線を向け直しながらそう言うと、真耶ちゃん達も目もモニターに向き直る。

そしてモニターに映っていた一夏は、俺の言った通り左手を軽く握ったり開いたりしていた。

 

「ありゃあアイツが浮かれたりテンションがハイになった時にする癖みてーなモンだ、アイツがアレをやる時は……」

 

俺が言葉を切ったのと同時に、画面の中の一夏は腐れアマに向かって飛翔する。

奴のティアーズも残り2つ、なら強行突破できると踏んだんだろう。

……だが一夏、テメエは俺の試合を見て無かったのかよ?その中途半端な距離で特攻なんざかけた日にゃあ……。

 

『愚かな!!貴方は先の試合をちゃんと見て無かった様ですわね!!(ガパァッ!!!)』

 

『げ!?しまっ……』

 

『食らいなさい!!!(ボシュウッ!!!)』

 

奴のミサイルの餌食になるだろうが。

俺は画面の向こうでティアーズの放ったミサイルに追い掛け回されている一夏を見ながら……。

 

 

 

「大抵、ヘマをやる」

 

 

 

チュドォオオオオオンッ!!!

 

そして俺の言葉を引き継いだ千冬さんの言葉が終わると同時に、ミサイルが着弾した。

俺の時と同じ様に、画面の向こうは煙幕に包まれていく。

ほぉ~?俺って傍から見たらこんな大惨事になってたのかよ?よく生きてたなぁ。

 

「一夏ぁッ!!?」

 

爆煙に包まれて安否の伺えない一夏に、箒は声を大にして表情を歪める。

それは俺の目の前に居た本音ちゃんや真耶ちゃんも一緒だった。

しかもモニターの端に映る腐れアマは、煙に向かって油断無くスターライトを構えていた。

どうやら俺の時みてえな一次移行(ファーストシフト)を警戒してんだろう。

 

「ふっ……機体に救われるとは……お前達は、どこまでいっても似た者同士だな」

 

だが、一夏のそんな惨状を見ても、千冬さんは眉1つ動かさずに微笑んでいた。

まぁ俺も同じ様に顔のニヤケが止まんねえけどな。

 

「当然っしょ?なんたってアイツは……」

 

俺は笑顔を絶やさずに千冬さんに言葉を返す。

そして、爆発で生じた煙が収まると……。

 

 

 

「世界でたった1人の、絆で繋がった『兄弟』なんすから」

 

 

 

傷1つない『白』が居た。

 

 

 

さっきまでの鈍い様な白では無く、純白と表現するのが相応しい、正に雪のように白いISが居た。

左右に浮かぶ非固定浮遊部位(アンロックユニット)は更に巨大さを増し、それはとても力強い翼を彷彿させる。

そう、一夏の専用機である白式の一次移行(ファーストシフト)が終わったんだ。

しかも一夏の手に持っていた刀が変化している。

あれはまさか……雪片か?

俺はその刀に見覚えがあった、しかも極最近に見た刀、千冬さんが乗ってた専用機『暮桜』で振るっていた刀だ。

千冬さんは現役時代、射撃武器を一切積まずに雪片って刀1本で世界の頂点に登り詰めた。

そう、言うなればアレは『世界最強の刀』だ。

なんつうか……正に一夏にはうってつけの武器じゃねえか。

 

『……貴方もやはり、初期設定状態の機体でしたか……本当に貴方達は無茶苦茶ですわね』

 

煙から現われた、2度目の驚愕的な展開に腐れアマは唇を噛んで表情を歪める。

まぁ素人2人に追い詰められた上に、2人共一次移行(ファーストシフト)すらしていないとくれば……アイツのプライドずたずただろうな。

だが、そんな風に悔しがる腐れアマを尻目に、一夏は手に現われた雪片を驚きの顔で凝視していた。

 

『……俺は世界で最高の姉さんを持ったよ』

 

そして、その雪片を眺めていた一夏は唐突に笑って語りだした。

一夏の言葉に呼応するかの様に、雪片は刀身をスライドさせて中心から青いレーザーの刀身を露にする。

そうだな一夏、テメエの姉さんは世界最高だよ……だからこそ……。

 

『でも、そろそろ……守られるだけの関係は終わりにしなくちゃな……これからは俺も、俺の家族を守る』

 

テメエも『漢』を見せなきゃいけねえぜ?

あの人を守ろうってんなら、目標は『世界最強』って事だ。

 

『はぁ?……貴方、何を言ってますの?』

 

すると、語っていた一夏の言葉に、腐れアマは表情を困惑的ななモノに変えて聞き返した。

其処には今までの見下す様な色は無く、只ワケが判らないから聞き返すだけだった。

せいぜい考えておきな腐れアマ……ソイツのシスコン振りは、度肝を抜かれるぜ?

 

『とりあえずは千冬姉の名前を守るさ。弟が不出来じゃ、格好が付かないもんな』

 

一夏はそう言って雪片を斜め後ろに構える。

そして腐れアマもティアーズのミサイル型を構えて一夏を見つめた。

 

『それに、今は無理でも……いつかはゲンに……『兄弟』に追いついてみせる……そうじゃなきゃ、こんな俺を対等な『兄弟』だって言ってくれてるアイツに示しがつかねえ』

 

一夏の言葉に、俺は嬉しさが抑えられずニヤケてしまう。

俺に追いつく……か……さっさと俺んトコまで上がってきな……『兄弟』

そして、その言葉を皮切りに腐れアマのティアーズから4発のミサイルが発射される。

 

 

 

最後の戦闘の開始だ。

 

 

 

『見える!!(ザシュッ!!ズババァッ!!)』

 

そして、そのミサイルを一夏は先程までとは比べ物にならないスピードで交わし、一瞬の交差で斬り落とした。

一夏を通り抜けたミサイルは、その少し後で爆発し、目標の撃破を失敗した。

俺はモニターの向こうで飛びまわる白式のスペックに、内心舌を巻いてしまう。

あのスピードと機動力……完全に俺のオプティマスより上だ。

それを考えると、俺は次の喧嘩が楽しみで仕方なくなってくる。

アイツがISで俺を倒すか、俺がアイツをブッ飛ばすか……こりゃあ勝負は分からなくなってきたぞ。

 

『でやぁああああああああああああああああああああああああッ!!!』

 

『ッ!!?』

 

そして、ミサイルを斬り伏せて腐れアマに肉薄した一夏が、手に持った雪片を腐れアマの喉下目掛けて振るい……。

 

 

 

 

 

 

 

プアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終了のブザーが、アリーナに鳴り響いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これにてクラス代表決定戦、終幕でござい

陳腐でねーわーって展開になった。
反省はしている。しかしこれが作者の限界です。スマソ。


さてさて、結論から言うぜ。

 

さっきの試合、腐れアマVS一夏の試合は、一夏の勝ちだ。

 

あの後で一次移行(ファーストシフト)が完了した一夏の白式は、それまでとは比べ物にならないスピードと機動力を得た。

その恩恵と今日まで繰り返した地獄の特訓の成果を遺憾なく発揮した一夏は、ブルー・ティアーズのミサイルを切り裂いて腐れアマに肉薄。

雪片から展開されたレーザー状の刀身がブルー・ティアーズのスラスター全てを刻んでシールドエネルギーをゼロにし、見事勝利を飾った。

うんうん、さすが俺の兄弟分、これぐらいはしてもらわなきゃな。

しかし俺はそんな思いを一夏に伝える事はしなかった……いや正確には出来なかったの方が正しい。

まぁそれが何故かっつうと……。

 

「さて、何か申し開きはあるか?無いよな一夏?では大人しく斬られろ」

 

今現在、嫉妬の波動に呑まれつつある箒に断罪されそうだから、声を掛けたくても掛けれねえんだよ。

俺が視線を向けた先には、居合いの練習用に借りてる刃が潰されたポン刀を上段に構えた、濁った目をしてる箒の姿である。

ちなみにその刃の矛先は我が兄弟分である一夏なんだけどね。

 

「い、いやちょっと!!ちょっとでいいから待って下さい箒さん!?さっきのはホント事故なんだ!!信じてくれ!!」

 

「あぁ判ってる。あれが事故だというのは良く判ってるさ。だが事故だと言う言葉だけで片付けられるほど、私の心は穏やかではなくてな(チャキッ)」

 

「何で!?本気で悪気は無かったんだって!!の、のほほんさん助け……」

 

「おりむ~は~一回斬られた方が~すご~くすご~く良いよ~♪」

 

「『良いと思う』じゃなくて断言された!?だ、だだ誰かヘルプーー!!」

 

さすがにそれは洒落にならないと焦ってる一夏は冷や汗をダラダラと垂らしながら本音ちゃんに助けを求めてた。

その助けを笑顔で断った本音ちゃんテラコワす。

 

何で箒がこんなに怒ってるかっつうと……一夏の奴、最後の最後でヤラかしやがったんだ。

 

腐れアマのブルー・ティアーズのスラスターを斬り裂いてシールドエネルギーをゼロにしたまでは良かった。

そこまでは良かったんだが……そうすると、スラスターが無くなった腐れアマは自由落下を始めてしまった。

試合の熱気は一気に冷めて、次の瞬間にはアリーナから悲鳴が挙がる。

それを見た一夏は急いで急降下して、地上スレスレの時点で腐れアマをお姫様抱っこして助けた。

まぁここまでだったら人命救助って事で箒もそこまで怒るつもりは微塵も無かったんだと。

 

だが、その後が問題だ。

 

地面スレスレで腐れアマを助けた一夏だったが、事もあろうに白式の足を地面に引っ掛けちまったんだ。

片足のみに急に制動が掛かった所為でバランスを崩した白式は、次に非固定浮遊部位(アンロックユニット)が地面を擦ってそのまま華麗に地面に着地。

ゴロゴロと派手に転倒をカマしてしまった一夏と腐れアマだったが、土煙の所為で何が何やらって状況だった。

その様をモニターで見ていた俺達だったが……煙が晴れた先の光景に、俺と千冬さんは揃って溜息を吐いちまった。

土煙の晴れた先に待ち受けていた光景は、俺達の度肝を抜く光景だった。

 

どう縺れ合ったらそうなるのか、地面に倒れ伏した一夏の顔面には……腐れアマのケツが乗っかってた。

 

しかも何故か放り投げられた雪片の代わりに一夏の両手に納まるは、馬乗り状態で一夏にロデオしてる腐れアマの胸。

つまり、一夏のボケは公衆の面前で公開顔面騎乗○をご披露してくれやがったってワケです。

 

それなんてラッキースケベ?

 

この瞬間、アリーナは別の意味の悲鳴で満たされた。

 

腐れアマは自分の体勢を理解したのか、顔を真っ赤に染めて声にならない悲鳴を叫んで気絶。

一夏は自分が何処を掴んでるかってのと自分の顔の上に何が乗ってるのかを理解したのか、身体を捩って脱出してから腐れアマと同じ様に顔を真っ赤にしてた。

これを見た箒ちゃんがダークサイドに覚醒☆

見た目瘴気と見紛う様な真っ黒いオーラを身体から噴出してポン刀を召喚、マジでどっから出したか謎だったぜ。

そのまま箒は一夏が帰ってくるまで鯉口をチンッチンッとこ気味良く鳴らして哀れな罪人を待ち受けてた次第です。

ぶっちゃけ鯉口を切る音が一夏の処刑を刻々と刻む時計の音にしか聞こえなかったぞ。

ちなみに千冬さんはというと……。

 

「勝てば官軍、等と思うなよ織斑。あれだけ熱心に鍋島の試合を見ておきながら、同じ失敗をするとは何事だ大馬鹿者。オマケに公衆の面前で痴態を演じおって……一体誰がオルコットを持ち上げろと言った?しかも顔面で」

 

「す、すいませんでした……」

 

馬鹿者から大馬鹿者へランクアップ。

クズとかにランクダウンしてないのは千冬さんらしいぜ。

オマケとばかりに一夏に拳骨を1発お見舞いしてから小言をたっぷりとプレゼントしてた。

やれ俺の試合で何を学んだとか公衆の面前で何をヤラかしてるこの恥弟がとか、ご尤も過ぎて反論できない事ばかりだ。

 

ちなみに一夏の白式の待機状態は……白いガントレットだった。

っていうかまず待機状態を目にした時に何とも言えない雰囲気が漂ったからね?

まず何で防具なんだよ?アクセサリーじゃねえし。

一夏なんかかなり楽しみにしてたってのに、待機状態を見た瞬間「絶望した!!」って顔になったのは見てて気の毒だった。

だが、それでもめげずに一夏は待機状態の白式を調べてみたんだが、俺のオプティマスみてーな機能は一切付いてなかった。

それを知った瞬間「くっ!?何て不器用なISなんだ!!白式!!」って叫んだ一夏が哀れに見えちまったよ。

 

そんで一旦落ち着いた所で千冬さんは最後に雪片、じゃなくて『雪片弐型』の能力の説明を終えると俺達の試合時刻を伝えて管制室へ行ってしまった。

 

『雪片弐型』から出てきたレーザーの刀身……雪片の特殊能力は『零落白夜』っていうらしい。

 

『零落白夜』ってのは、所謂バリア無効化攻撃、つまりは相手のシールドエネルギーを切り裂いて、相手のISに直接ダメージを与える事ができる能力。

その際に絶対防御を発動させて、強制的にISのシールドエネルギーを大幅に削るチートな特殊能力。

だが、これもメリットばっかりってワケじゃねえ。

その1つが発動に必要な条件。

白式の零落白夜を発動させるには、自分のシールドエネルギーを大幅に消費する必要がある。

つまり相手に攻撃を与えつつも、自分のシールドエネルギーも減ってしまうという正に諸刃の剣。

シンプルな話し、白式ってのは単体ではドラッグマシンも真っ青な燃費最悪の欠陥機。

すぐにエネルギー切れを起こす上に武装は近接ブレードのみっていう、どエラくピーキーなマシンだ。

 

……俺のオプティマスプライムと相性最悪な件について。

スマン一夏、下手すっと秒殺コースになりそうだわ。

確かに攻撃力は大事だぜ?

だが、一夏の白式が俺のオプティマスに勝ってるのは一撃の攻撃力と機動力、速度の3つだけ。

攻撃の手数も武器のバラエティもタフさ(防御力)も、何よりパイロットの純粋な戦闘力ってのが俺と一夏じゃ開きが在り過ぎる。

そうそう負けてやるワケにもいかねえしな。

俺はそんな事を考えながら今正に断罪の剣を振り下ろされそうになってる一夏に視線を送る。

すると、俺の視線に気付いた一夏が俺にアイコンタクトを送ってきた。

 

(頼むゲン!!助けてくれ!!このままじゃ綺麗に分割されちまう!!)

 

(自業自得だろがアホ。大人しく捌かれとけ、まな板の上のフィッシュの如くな)

 

勿論俺はさっさと見捨てる。

いつまでも巻き込まれて堪るかってんだ。

そんな俺の心暖まる対応に一夏は必死な顔で食い下がってくる。

 

(そんな事言わないで!?た、確かにオルコットには悪い事したけど、何で箒がこんなに怒ってるんだよ!?俺全然判らん!!)

 

(気付かないお前が悪いだろぉが、少しはその年中お姉ちゃんの事しか考えてねえシスターラヴブレインで考えてみろや)

 

俺は一夏にアイコンタクトでそう伝えて鼻で笑ってやった。

すると、俺のメッセージを受け取った一夏は顔を真っ赤にさせて俺を睨んでくる。

おいおい、何も本当の事を言われたぐらいでそうカッカするんじゃ……。

 

(バッ!?だだだ誰がシスコンだ!!?お前なんか巨乳フェチじゃねえか!!この乳タイプ野郎!!)

 

ビキッ!!!

 

(……あ?)

 

(……あ)

 

俺に暴言を吐いた一夏に、俺は青筋を浮かべながら綺麗な笑顔を見せる。

すると一夏は「やっちまった」みたいな表情を浮かべて冷や汗を更に倍増させた。

え?何だって一夏君?俺が巨乳フェチ?……ず、随分と面白い事言ってくれるじゃな~い?

 

「なぁ箒?ちょっといいか?」

 

俺は輝く様な笑顔を浮かべたまま一夏達の所まで近づいて、後ろから箒に声を掛ける。

本音ちゃんは箒と同じで一夏の方を向いているから俺の声に気付いて振り向こうとしてたが、一夏が必死に止めてた。

 

「ゲン、今私はお前なんぞに構ってる程暇ではない。話しなら後にしろ」

 

ブチッ!!!

 

箒は俺の方に振り向くこともせずに背中越しにそう言って刀を振り上げようとした。

ちなみに今のブチッ!!!ってのは俺の額辺りから鳴ったサウンドです♪

おいおい幼馴染みよ、テメエは人と話す時にちゃんと目を見ろって言われなかったのか?

しかもお前なんぞってヒデェなぁオイ……ちょ~っとばかし怒っちまったぜ。

 

「どうしたの~?ゲン……チ……あ、あわ、あわわわわわわわ~~!?」

 

そして俺の声に反応して振り向いてくれたマイオアシスたる本音ちゃんは俺の顔を見るなりガタガタと震えだしてしまった。

ごめんなぁ本音ちゃん、今は本音ちゃんに構うワケにゃいかねえんだ。

ちょっとだけ待っててくれよ?

俺はブチ切れそうな自分を必死に押し留めて声のみに威圧感をたっぷりと乗せる。

 

「コッチを、見ろや」

 

「ッ!?(ビクゥッ!!)な、何だと言うのださっきか……ら……」

 

カシャーンッ

 

俺が威圧感を乗せた声で箒に語り掛けると、箒は肩を震わせてから俺の方に振り向き、俺と目が合うと刀を落としちまった。

うん?どうしたんだろうなぁオイ?

俺はこんなにも輝く笑顔を浮かべてるってのによぉ。

まぁ話が進みやすいからいいんだけどよ(笑)

俺は呆然としてる箒の肩に優しく、優し~くポンと手を置く。

 

「悪いなぁ箒。話しの腰を折っちまってよぉ」

 

「い、いえいえいえ!?全然!?全く、微塵も、これっぽっちも問題ありません!?(ビシィッ!!!)」

 

俺が笑顔で箒に謝罪を述べると、箒は姿勢を直立させながら涙目で俺の言葉に応えた。

 

「あっそう?そんじゃぁ悪いんだけどよぉ……一夏をここで殺るのはちょ~っとだけ待ってくんねえか?」

 

俺は直立で俺に答えた箒に変わらない笑顔……有無を言わせない笑顔でそう言い放つ。

コレを聞いた本音ちゃんは震えながらも可哀想なモノを見る目で「おりむ~……頑張って~」と一夏にエールを送っていた。

更に一夏自身も俺の言葉の意味を理解したのか、青い顔を土気色に変えてしまう。

まぁ今更止める気はこれっぽっちもねえけどな。

俺はそのまま直立不動の姿勢を保つ箒の肩から手を離さずに言葉を続ける。

 

「次の処け……喧嘩で、コイツぁ俺が挽肉にすっから……オメエはその後で好きなだけいたぶってやってくれや……なぁ?」

 

「わ、わかりましたぁッ!!?」

 

俺の処刑宣告に元気良く返事を返してくれた箒に満足して、俺は肩から手を離す。

さあて、もう直ぐ開始の時刻だしピットへ移動しますか。

 

「それじゃあ……アリーナで会おうぜぇ……一夏君よぉ……」

 

俺は輝かしいスマイルを浮かべたままに土気色の顔で呆然としている一夏に声を掛けて第1ピットをから出た。

処刑時間まで後35分、とても待ち遠しいぜ。

俺は待機状態のオプティマスを目に掛けてから、反対側のピットゲートを目指して歩き出した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

此方は先ほど元次が出て行った第1ピットの中。

そこには立ったまま呆然としている箒と、床に正座状態で身体を震わせている一夏。

そして額の汗を拭う様な仕草をしている本音の3人だけが居た。

 

『……(ペタン)』

 

と、元次が出て行った事でプレッシャーから開放された反動か、箒は女の子座りでピットの床に座ってしまう。

正しく箒は、腰が抜けたのであろう。

野生の王者であるヤマオロシを竦み上がらせる程に強大なプレッシャー。

そこに加味された怒りという名の波動。

千冬の様な百戦錬磨の者達のみが耐えられる様な代物を一身に浴びてしまえば、箒がこうなってしまうのも無理はなかった。

 

『……ハッ!?お、おい箒!!大丈夫か!?』

 

コレに気付いた一夏は、震える自分を押さえ込み、箒に駆け寄る。

一夏からすれば幼馴染みが自分の兄弟から受けたプレッシャーは、本来自分が受けるものであった筈なので、箒を巻き込んだ罪悪感があったのだ。

女の子座りで呆然としていた箒は、一夏の心配そうな声にゆっくりと振り向き慌てている一夏を視界に捉える。

そして……。

 

『……こ……殺されるかと思った……い、一夏ぁ(だきっ)』

 

『うおっ!?あ、あぁ。もう大丈夫だぞ?もうゲンは怒ってねえからさ、元気出せって』

 

元次の迫力で動けなくなった下半身をそのままに泣きそうな声を出しながら腕だけで一夏に抱きついた。

そんな箒を一夏はオロオロしながらもあやす様に背中を摩ってやる。

今までも何度かあのプレッシャーを受けた事がある先達としては、箒に深く同情するのは当たり前だった。

一夏の心境では、箒の殺されるかと思った発言も仕方ないと思っている。

別に元次にそんなつもりは無いのは判っている一夏だったが、元次の放つプレッシャーはそれと同義と言える程に恐い。

つまり、その元次を真正面から押さえ込む事ができる千冬や一夏達の知らない人間なら、かの伝説の極道、冴島が元次の上に当たるワケだ。

 

『サ、サングラスを掛けてたから……前より恐かったよぉ~……』

 

そんな風に感想を言う事が出来る本音に感心しながら一夏は次の試合で生き残れるのだろうか、と自分の命を割と本気で心配していた。

 

 

 

尚、この少しした後で箒は正気に戻り、自分の大胆過ぎる行動にパニックを起こしてしまうがそれは割合する。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、試合おおっとぉ、間違えた……処刑の時間がいよいよ訪れたぜ。

現在のアリーナの様子は、もはや興奮収まらぬといった処だ。

モニターに映る観客席に座る少女達の表情は今か今かと俺と一夏の喧嘩を待ち望んでるんだろう。

熱気が違うというか、視線がさっきまでと全然違うからな。

それも当然っちゃ当然か。

何せこの間までISに触れた事もねえズブの素人2人が代表候補生に勝っちまったんだからな。

しかもこの女尊男卑の世界で自分達女より下だと思っていた男2人がだ。

一次移行(ファーストシフト)すら終えていない初期設定の機体で代表候補生を追い詰めたばかりか、そのままブチのめして完勝。

正に度肝を抜く展開って奴だ。

そして今度はその世界に2人しかいねえ男性IS操縦者同士の試合。

これじゃテンションが上がっちまうのも無理はねえ。

俺が闘うまでの物珍しさからくる視線は1つとして残っちゃいないし、皆これから始まる試合を心から楽しみにしてるって感じだな。

こんな状況じゃ観客の期待に応えるしかねえだろ。

 

俺はワイワイと騒ぐモニターの向こうの観客席を見ながらそんな事を考えていた。

 

「ねぇねぇゲンチ~、もう直ぐ時間だけど~、おりむ~に勝てるのぉ?」

 

と、俺がモニターを見ながら考え事をしていると、ついさっきこのピットに訪れた本音ちゃんがそんな事を聞いてきた。

今は向こうのピットに居るのは一夏と箒で、俺のトコには本音ちゃん。

管制室に千冬さんと真耶ちゃんがスタンバイしてる。

まぁ本音ちゃんが態々俺の方に来てくれたのは素直に嬉しかった。

俺が1人寂しくモニターを見ていたら、いつもと変わらないほわわんとした笑顔で「応援に来たよ~♪」だぜ?

もうテンションが上がるは癒されるはで……お陰でかなり気力が満ちております。

具体的には一夏をグチャ殺できちゃうぐらいにテンションがアップアップ状態。

そんな俺が一夏に勝てるのか?だって?

 

「へへっ、冗談言っちゃいけねえぜ本音ちゃん?本音ちゃんが態々応援に来てくれたんだ。おかげで気力も殺る気もMAX状態な俺に、負けなんて珍事はありえねえよ」

 

「ふぇっ?……そ、そっか~……私の応援のおかげなんだ……にしし~♪ふれ~♪ふれ~♪ゲ・ン・チ・~♪がんばれがんばれゲ・ン・チ・~♪(パタパタ)」

 

俺の言葉を聞いた本音ちゃんは気恥ずかしそうに頬を染めながら満面ののほほんスマイルを浮かべてくれた。

しかも長く余った袖を応援旗の様にフレ~ッフレ~ッと左右に頑張って揺らしてる。

 

……もう俺に恐いモンはねえぞ、誰だってブチのめしてやれるぜ。

今の俺なら千冬さんにだって文句無しに勝てる自信があr――。

 

 

『試合時間だ鍋島ぁッ!!とっととそのだらしない不愉快なツラを引き締めろぉッ!!(あの馬鹿者がッ!!思いっ切り鼻の下を伸ばしおってッ!!)』

 

「へいわかりやしたぁーーー!?」

 

無理、絶対に勝てねえ。

 

俺が本音ちゃんの応援にぽわわんとしている所に降り注ぐは、スピーカーから鳴り響く千冬さんの怒声でした。

しかもかなり不機嫌そうだった。

何せ音しか伝えてこねえ筈のスピーカーからゴゴゴゴ……って擬音まで聞こえて来る様に感じたし。

さすが千冬さん、スピーカー越しでもプレッシャーがハンパじゃねえっす。

俺は軽く首を廻して伸びをしてから、俺の後ろに居た本音ちゃんに振り向く。

其処に居た本音ちゃんは、千冬さんの怒声からのショックか、目をナルトの様に渦にして「あうあうあう~」とフラフラになってた。

まぁあんな怒声を何の前触れも無く浴びせられちゃ仕方ねえか。

俺は頭を抱えてフラフラしてる本音ちゃんに近寄って、両手で肩を持って支えてあげた。

 

「大丈夫か本音ちゃん?」

 

「あうあう……大丈夫ですぅ~」

 

本音ちゃんは俺の手に片手を重ねて、空いた手で敬礼を取るような仕草を見せてきた。

俺はそんなジェスチャーを取る本音ちゃんに苦笑いしながら、片方の手を本音ちゃんの頭に乗せて、ゆっくりと撫でる。

 

「まぁ、見ててくれ本音ちゃん。しっかりと勝ってくるからよ」

 

「にゃぅ……い、いってらっしゃ~い♪」

 

「おう」

 

俺を笑顔で送り出してくれる本音ちゃんに俺はしっかりと返事を返してカタパルトへ向き直る。

さぁ、次の喧嘩もド派手に暴れてやりますか!!

俺は心の中で、外に出る為に上着を羽織るイメージを思い浮かべる。

ISを着るって感じのイメージをだ。

 

「……ド派手に暴れんぞ!!オプティマス・プライム!!」

 

俺は叫ぶ様にオプティマスの名前をコールする。

すると、眩い粒子の光が俺の身体を取り巻き、その身を無骨なアーマーが覆った。

俺はそのままカタパルトに向かって浮遊し、両足を固定して合図を待つ。

 

『織斑君がアリーナへ出ました!!元次さんもどうぞ!!』

 

「あぁ!!もう一暴れさせてもらうぜ!!」

 

俺はオープンチャネルから聞こえてくる真耶ちゃんの声に従って、カタパルトに発進の合図を送った。

そして合図を受け取ったカタパルトが俺とオプティマスをアリーナへ向けて射出する。

そのまま加速に乗って大空へ身を踊らせ、先にアリーナへ来ていた一夏の元へ飛翔する。

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

と、俺と一夏の登場にアリーナの観客席からさっきまでとは比較にならねえレベルの声援が鳴り響いた。

先に到着していた一夏はその声援にどうしたモンかと困惑した表情で俺を見ていた。

そんな一夏に対して、俺も苦笑いしてしまう。

 

『なんつーか……さっきより観客多くねえか?』

 

『まぁ、仕方ねーだろうよ……今日までの俺等の扱いは珍獣だったってのに、二人揃って代表候補生をブッ潰したんだからな』

 

『あー、やっぱり其処か』

 

なんかゲンナリとした感じでそんな事を言ってくる一夏に、俺は自分達の現状を踏まえた返答をオープンチャネルで送る。

まぁ其処までやり難いって感じじゃねえからいいんじゃねえかってのが俺の心境だ。

俺は一夏と向かい合った体勢のまま、身体に力を入れる。

腐れアマと戦ったときの様な、怒りに身を任せるってやり方じゃなく、千冬さんと戦った時みてえな本気モードだ。

すると、今までゲンナリしていた一夏も俺の気配が変わったのを感じ取ったのか、真剣な表情で雪片弐型をコールして片手で構えた。

俺を見据えるその眼は、今までみてえな逃げ腰の眼じゃなく、正に戦うバカ野郎の眼になっている。

 

『……イイ眼ぇしやがるじゃねえか』

 

俺は自分の兄弟分がしっかりと闘う意思を魅せてくれた事が嬉しくなり、口元が吊り上ってしまう。

傍から見たら、間違い無く野獣の顔って言われんだろな。

だがそうなるぐらい、今の俺は嬉しい気持ちが強かった。

こりゃ処刑なんて無粋な言葉は取り消さなきゃな……これは正に、俺と一夏のマジな『喧嘩』だ。

 

『まぁ……アレだって。何だかんだで、お前と直に喧嘩するなんて久しぶりだからな……無謀とか言われても、思いっ切りやってやるぜ』

 

『充分だろ?男が本気で喧嘩するなんてのぁ、何か譲れねえモンがあるとか、惚れた女の為って事とか、そんなモンだ』

 

俺は一夏にそう言いながら、拳を握りこんでファイティングポーズを構える。

そうさ、男が拳握って喧嘩すんなら、大事なモンを貶されたりした時や、守りたい女のためってのが一番シックリくる。

冴島さんが拳を握る理由だって、守りたいモンのためだって言ってたしな。

 

 

 

 

『そうだな……それじゃあ……』

 

『おう……んじゃあ……』

 

俺達は互いに身体を沈めて、開始の合図を待ち望んだ。

あれだけ騒がしかったアリーナの喧騒も、俺達が臨戦体勢に入った瞬間にシンと音が消える。

そして、そのまま数十秒が過ぎ……。

 

 

 

『……試合、開始ッ!!』

 

 

 

プアーーーーーーーーンッ!!

 

 

 

 

『来いやぁッ!!!兄弟ぃぃいいいッッッ!!』

 

 

『うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 

 

 

千冬さんの声で、俺達の喧嘩の幕が上がった。

 

 

こっから先は俺等だけの喧嘩だ!!全部忘れて楽しませてもらうぜぇえええ!!!

俺は右腕兵装、インパクトをいつでも起動できるようスタンバイさせて俺に向かって突っ込んでくる一夏に、同じ様に猛スピードで突撃する。

ブレオンの一夏と銃の使い方なんざ良くわからねえ俺って組み合わせだから、必然的に俺達の喧嘩は近距離になる。

 

『はぁあッ!!!(ブオォンッ!!!)』

 

そしてかなりの距離に接近した瞬間、一夏は上段に構えた雪片を唐竹割りに振り下ろしてきた。

俺より攻撃のタイミングが速いのは剣のリーチの分があるから仕方ねえ。

だが、まだ遅え。足りねえ。

こんな剣速、千冬さんの斬り込みに比べりゃ見切るのは楽勝だ。

俺は振り下ろされる雪片に対して、雪片よりも速く左拳を振り上げてアッパーを放つ。

 

『いよっしゃぁああッ!!(ガンッ!!)』

 

『いぃッ!?』

 

俺が繰り出したアッパーは雪片の柄にブチ当たり、パワー負けした一夏はバンザイの形で無防備な姿を晒す事になった。

オーケー、狙い通り当てられたぞ!!

俺は予測していた雪片の攻略法が通用した事に心の中でガッツポーズをとる。

一夏の持つ雪片のワンオフアビリティー、零落白夜は確かに反則レベルのチート能力だ。

絶対防御を発動させるレベルの攻撃を只斬り付けるだけで引き起こして、相手のエネルギーをガッツリ減らす事が出来る。

だが、それはあくまで斬りつけられた時の話し。

だから斬りつけられる前に、雪片のレーザーの刀身を触らずに跳ね返すか避ければ問題は無いってワケだ。

俺はアッパーを繰り出した体勢から後ろに引き絞った右腕を、腰を回転させる様に一夏の腹目掛けて撃ち込む。

 

『STRONG・HAMMER!!』

 

ドゴォオオオッ!!

 

『ぐはっ!?』

 

俺が繰り出した2発目のストレートパンチは吸い込まれる様にガラ空きだった一夏の腹部を捉えた。

一夏はガラ空きだった腹部へ伝わる絶対防御を貫いたダメージに顔を歪ませる。

悪いが一夏、こんなモンまだ『前戯』だぜ?こっからの強烈な……『本番』を味わいやがれ!!

そして拳がめり込んだ瞬間の絶対に避けきれないタイミングで俺は右腕の兵装、インパクトを炸裂させる。

 

『IMPACT』

 

ズガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

『うぉぉおおおおおおッ!?』

 

インパクトの炸裂で追加のダメージを受けた一夏は、金属がひしゃげる嫌な音を鳴らしつつ、空中での踏ん張りが利かずにアリーナの地面へ向かって落下していった。

俺は右腕のアーマーがスライドコッキングして排夾されていく弾薬を尻目に、ブースターを加速させて地面の一夏へと向かってブッ飛ぶ。

このまま右腕の弾薬を全弾タタッ込んでやるぜ!!

地面の上でもんどりうってる一夏をしっかりと見つめながら、俺はオプティマスにインパクトの次弾装填をオーダーする。

そして、右腕内部でガシャンッと撃鉄がセットされる音が鳴り響き、ウインドウに『装填完了』とメッセージが浮かび上がった。

 

『まだ終わりじゃねえぞぉおおおおおおおおッ!!!』

 

俺は雄叫びを挙げながら一夏に肉薄していく。

すると俺の雄叫びをオープンチャネル越しに聞いてハッとしたのか、一夏は地面に膝を突いた状態で接近する俺を見つめてきた。

 

『おらぁあッ!!(ブォオンッ!!)』

 

俺は射程距離に入った刹那、また右腕を振るって一夏へとストロングハンマーを叩き込もうとする。

一夏へ向けて真っ直ぐと突き出した拳は、吸い込まれる様に一夏の顔面へと近づいていった。

インパクト2発目!!心行くまで食らっとけや!!

 

『こなくそぉッ!!うぉらぁああああああああッ!!!(ズバァッ!!!)』

 

『んなッ!?(バリィッ!!!)』

 

だが、俺の予想はサックリと覆された。

一夏の奴は俺の拳が顔面に入りそうになった瞬間にブースターを真横に向けて吹かし、その反動を利用して無理矢理俺の拳の射程距離から離れやがった。

機動力とスピードが売りの白式はあっさりと俺の拳の射程内から逃れて間合いを組み直す。

更に俺との間合いが空いたので下段持ちになっていた雪片を斜めに切り上げて、オプティマスの伸びきって無防備になった腕に零落百夜を斬り込んできた。

そのまま俺と一夏は交差する様に離れる。

 

『ちッ!?(ズザザザザッ!!!)……やるじゃねえか一夏『警告、右腕兵装一部損傷。IMPACT使用不可。シールドエネルギー残量3940』って、はぁッ!?マジかよッ!?』

 

『はぁっ!!はぁっ!!よ、よっしゃあッ!!一発お返ししてやったぜッ!!』

 

俺は地面に足を突いて滑るように地面に着地して、背後に居る一夏に向き直る。

一夏は俺に一撃入れられたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みで俺を見ていた。

俺はというと、一夏に賞賛の言葉を送った直後にオプティマスから発せられた警告を見て驚いてしまった。

ウインドウに表示されたメッセージは、今の一撃でインパクトが使用不可能になったという警告だ。

驚きながら右腕を見てみると、それは酷いモンだった。

アーマーの中央から斬り込みが入っていて、中からバチバチと音をたてながら火花を散らしている。

おいおい嘘だろ!?雪片の斬撃たった一発でこれかよ!?しかもシールドエネルギーの減りも半端じゃねえ!?

っていうかエネルギー残量が3940て……惨苦死(3940)って嫌過ぎるわ!?何この嫌がらせ!?

雪片のワンオフアビリティー、零落白夜がチートなのは判ってたつもりだったけどよ……まさかここまでチートだったとはな。

……まぁいいさ、インパクトは使えないってんなら……他の武装でやってやらあ。

俺はファイティングポーズを取りながら、慎重に一夏を観察していく。

 

『へっ!!もいっちょ行くぞぉッ!!ゲンンンンンンッ!!』

 

そして、俺が距離を詰めないのをチャンスだと思ったのか、一夏は雪片を右腕で後ろ向きに構えで携えたまま突進してきた。

おいおい一夏よぉ、相手の武器が出揃ってねえってのに突っ込んじゃダメだろ?

何時、何処で、誰が俺の武器はインパクト1つだって言ったんだよ。

俺は猛スピードで突撃してくる一夏をしっかりと見据えながら、右腕を後ろに引き絞って獲物を待つ。

 

『チョーシにのってんじゃねえぜ一夏ぁッ!!喰らっとけや!!ストロングゥゥッ!!――』

 

俺は猛スピードで突撃してくる一夏に対して、俺も一夏も射程距離に入っていないにも関わらず、引き絞った右腕を力の限り前に振るい――。

 

『――ライトォォオオオオオオオオオッ!!』

 

ボォオオオオオオオオオオンッ!!

 

『右腕』を『発射』した☆

 

『なぁああッ!!?ちょおま(ドゴォオオッ!!)ぼべぇぇえええええッ!?』

 

当然、スピードとチョーシにライドしまくってた一夏がコレを避けれる筈も無く、驚愕の表情に染まってた顔面に思いっ切り刺さった。

良い子の皆は交通ルールを守って安全に飛行しましょう。

スピードを出しすぎると、突然ロケットパンチが飛んできても避けられず交通事故に繋がりかねません。

 

白式のアドバンテージであるスピードと、パワーと破壊力が売りのオプティマスプライムの一撃。

両方が合わさった威力が一夏の顔面にブチ当たり、一夏は変な悲鳴を挙げながら反対方向へゴロゴロと転がっていった。

ざまあみろってんだボケ。高が一撃当てたぐらいでチョーシに乗ってるからそんな目に遭うんだよ。

しかもこれで終わりじゃねえんだぞコラァッ!!!

俺は空中に撃ち上がったままの右腕を回収せずに、転がっていった一夏の近くまでスラスターを吹かして滑空する。

すると、空中に撃ち上がった右腕と連結されているチェーンが反動で引き寄せられ、勢いを失った右腕に力が宿っていく。

そのまま俺は一夏には余り近寄らずに、一定距離を保って地面に足を着地させる。

俺の視界の先にいる一夏は、雪片を片手で持ったまま片手で頭を摩っていた。

 

『ぐ、ぐぉぉおおぉ……ッ!?せ、世界が回って……ッ!?』

 

『さっきのお返しだ!!ついでに熱いの1発イクぞコラァッ!!』

 

『いっ!?ま、待てゲ――』

 

俺は一夏の言葉を無視して右腕の肘から伸びている鋼鉄チェーンを左手で思いっ切り手繰り寄せながら、半円を描く様に身体をスイングする。

そうすると慣性の法則に従って伸び切った右腕は円を描きながら無防備な一夏に飛来していく。

この時に手の形をパーにするのを忘れちゃいけねえ!!名付けて……。

 

『ストロングゥゥッ!!ビンタァァアアアアアアアアアアッ!!』

 

『何だよそのわz(パアァァァアンッ!!)どぶぁああああああああッ!?』

 

一夏をはたく様に円運動を行ったオプティマスの平手は、巨大な風船が破裂するかのような甲高い破裂音を奏でながらそりゃもう綺麗に一夏の頬をブン殴った。

知ってるか?男ってビンタされると、かなり精神的に辛いって事を。

まぁ相手が女の場合限定の話だが。

テメエが女を泣かせて俺が代わりに叩かれた時の!!頬の!!心の痛みを!!ド頭に刻み込んどけや!!

 

『(ゴロゴロゴロッ!!ドガッ!!)ごぅえッ!?……い、痛ててて……な、何でだ?何か今のビンタ……誰かに叩かれるべきだった分が返ってきた様な……変な罪悪感が出てきやがる……!!』

 

俺が心の中で昔の苦い思い出を思い返していると、今の攻撃の威力が弱まって地面に叩き付けられて止まった一夏がハテナ顔で頬を抑えてた。

当たり前だっての、本来ならテメエが受けるべき痛みだったんだよ。そのビンタは。

そうやって頬を押さえながら一夏は立ち上がり、俺に向けて雪片を正眼に構え直す。

俺に向かって剣を構えてる一夏の瞳には、あれだけヤラれても決して消えない闘志が宿っていやがった。

俺はそんな誇らしい一夏の姿に嬉しさから笑みを浮かべて、同じ様に拳を構えて一夏を見据える。

 

『幾ら何でも強過ぎだろ、ゲン。……でもせめて、意地だけは見せてやるぞ』

 

『へへへっ、言うじゃねえかよ。あんだけヤラれておいてまだ俺とブン殴りあいがしてえだなんて嬉しいぜ』

 

『生身だったら勘弁だって言うトコだけどな……今は俺だけじゃなくて、お前もISが使えるんだ……少しぐらい、同じ土俵でカッコつけてえんだよ』

 

俺の楽しそうな言葉に、一夏は苦笑いしながら何とも男らしい言葉を返してきた。

片や俺はというと、もう嬉しくて嬉しくて笑みが止まらねえって状態だ。

コイツとここまで楽しく喧嘩が出来るだなんて、夢にも思わなかったからな。

しかも俺の予想じゃ直ぐ終わるって思ってたのに、一夏はまだ粘ってるどころか俺に一撃入れやがった。

コイツは喧嘩の中で、本番で成長するタイプなんだ。

しかもその成長速度はバカみてえに速え。

さすがは俺の誇れる兄弟分だな……楽しくて楽しくて仕方ねえぜ。

でもよ、成長してるのはお前だけじゃねえぞ?

俺は何時もの肩幅まで両の手を広げたファイティングポーズを崩して半身になり、構えを変える。

右拳は肘を曲げて自分の視線上に、左拳はコンパクトに畳んで顔の横に寄せる。

これこそ、俺が冴島さんに習った構えであり、俺の新しい喧嘩スタイルだ。

 

『……ゲン、お前そんな構え方じゃなかったよな?』

 

俺の新しい構えを見た一夏は顔に真剣さを帯びて質問してきた。

まぁ一夏は俺の喧嘩を何度も見てるから訝しむのも仕方ねえ。

今までの俺の喧嘩スタイルは、パワーにモノを言わせたゴリ押しスタイル。

只、拳を思いっ切り握り締めて殴るだけのオーバーアクションな殴り方だったからな。

 

『まぁな、お前が初めて見るのも仕方ねえさ。コイツは1ヶ月ほど前に、ある人から習った新しい構えだ』

 

『……さっきまでは手加減してたってのか』

 

俺がそう言うと、一夏は明らかに顔を不機嫌なものに変えていく。

大方、自分は真剣に戦ってんのに、真剣勝負で手を抜かれたのが腹立つんだろうな。

 

『勘違いすんじゃねえぞ一夏。さっきの構えで戦うスタイルも、このスタイルも俺の本気だ。あんまり舐めてると……痛い目見るぜ?』

 

俺はそう締めくくって、全身に気合を漲らせ、集中力をめいっぱい高める。

すると俺の身体を覆う様に、青色の炎が纏わりだした。

冴島さんとの喧嘩修行で身に付いたヒートの炎、その炎が大きければ大きいほど俺が使う技の威力は爆発的に上がっていく。

冴島さんはこの技を使うとヒートが上がっていくが、俺はまだまだ未熟モンだからこの技を使うと逆にヒートが減っちまうのがネックだ。

俺の言葉を聞き俺から溢れ出る気迫を感じた一夏は、再び表情を真剣なものに変えて雪片を構えなおした。

 

『そうか……俺のエネルギーはもう殆ど残ってねえからな……ゲン。次の一撃が俺の最後の攻撃だ……乗るか?』

 

『おおよ……ベタっちゃベタだが、乗ってやろうじゃねえか……次で終わらせてやる』

 

俺は一夏の提案してきた勝負に乗っかる事にした。

一夏の言う通り、エネルギー残量を考えると後一撃の零落白夜でエネルギーすっからかんだろう。

インパクトの直撃1発にストロングライト、ストロングビンタを連続で喰らったからな。

オマケにずっと零落白夜を展開しっぱなしだった所為で、今もエネルギーは減ってる筈だ。

なら……相手の……兄弟の申し出た勝負を受けて立ってこそ、喧嘩って奴だろう。

俺は身体を中腰に沈め、右腕を腰構えで後ろまで捻りながら一夏を見据える。

拳は握らずに、指を第2間接だけ曲げた熊手の形だ。

 

『……行くぜ』

 

『……ああ』

 

俺達は互いに睨みあい……。

 

『……おぉぉおおおおおおッ!!』

 

『うるぁあああああッ!!』

 

どちらからとも無くすらすたーから炎を撒き散らしながら、相手に向かって最速のスピードで滑空した。

一夏は雪片を正眼から猛スピードで滑空しながらゆっくりと上段に持っていく。

俺は出来るだけ低空で飛びながら、左右に展開している大型ウイングを後ろ向きに畳んでいく。

背中から見れば、ウイングがマントの様な形にも見えるだろう。

これから使う技は、ウイングが展開したままじゃ使えない上に下手すると自爆しちまう。

 

そして……俺と一夏の距離が、剣と拳、その射程距離に入った瞬間……。

 

『らぁぁあああああああああああッ!!』

 

一夏は、やや上段に構えていた雪片を、風を切りながら振り下ろした。

只真っ直ぐに、フェイントの欠片も、虚実もへったくれも無い真っ直ぐな振り下ろしだ。

だからこそ、今までのどんな斬り込みより速かった。

それこそ今日まで見てきた一夏の太刀筋の中で、これ以上無いってぐらいの綺麗な太刀筋だ。

まず間違い無く、他の女生徒や腐れアマなら見切れなかっただろうよ。

 

……だが。

 

『おぉおおおッ!!(ズドンッ!!)』

 

俺にはまだ届かねえ。

 

一夏の刀が振り下ろされる瞬間、俺は左足を思いっ切り地面に突き立てて急制動を掛ける。

但し、勢い全部を殺すんじゃなくて『回転』させるためだ。

左足を回転の中心軸として身体に掛かった勢いを、全て右向きに回転させる。

そうする事で、俺は雪片の振り下ろしをミリ単位で避ける事に成功した。

だがまだ終わりじゃねえ、態々回転したのは、こっからの最高の『一撃』の準備に過ぎねえんだから。

俺が無事に回転した事で、俺の体勢は一夏に背中を向けたまま横にずれる形になっている。

背中越しに一夏に視線を向けて見ると、一夏は何時の間にか背を向けた俺に驚愕の表情を浮かべていた。

その一夏の驚愕した表情を見ながら……俺は真っ直ぐと伸ばした右腕に回転の力を上乗せして、流れのままに一夏の顔面を狙う。

 

 

喰らいな!!俺が冴島さんにボコされまくって、やっとの思いで習得した必殺技!!

 

 

極練気ぃッ!!

 

 

 

『――だぁらぁああああぁぁああぁあッ!!』

 

『(ドゴァアアアアッ!!)ぐがぁああっ!?』

 

 

 

――絡操独楽ってなぁッ!!

 

 

 

身体全体の回転を上乗せした手刀――『極練気・絡操独楽』は……一夏の顎を痛そうな鈍い音と共に殴り抜き、一夏はその勢いのまま身体を浮かせた。

だが、それでも一夏の白式が出したスピードとGは殺しきる事は出来ずに、一夏は背中から地面に着地してそのまま滑って行った。

『極練気 絡操独楽』ってのは、力を極限まで溜めた状態で回転しながら敵に突っ込んでいく冴島さん直伝の大技だ。

本来は回転している間に連続で殴る荒技だが、今回は1発の威力だけを重視して殴った。

一夏の顎を撃ち抜いた俺は、その場で右足を突いて回転を完全に殺して佇む。

放った手刀を伸ばしたまま右足を踏み込みの体勢で止めた俺の姿は、抜刀から残心の姿勢を取った居合いの構えにしか見えないだろう。

 

パァアアッ!!

 

「(ドサッ!!)うあっ!?……い、痛てててて……」

 

そして、今の一撃でエネルギーを全部持っていかれたんだろう。

俺の後ろで一夏の白式が解除され、ISスーツ姿の一夏がアリーナの地面に横たわっていた。

俺はハイパーセンサーでそれを確認してから構えを解き、管制塔に視線を送る。

 

 

 

『……白式、シールドエネルギー残量0。勝者、鍋島元次ッ!!』

 

 

 

プアーーーーーーーーンッ!!!

 

 

 

千冬さんの宣誓に続いて、試合終了のブザーがアリーナに鳴り響いた。

よっし、勝ったな。

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

そして、千冬さんの勝利宣言に続いて、アリーナの歓声が今までに無いぐらいに大爆発。

聞いてるコッチの耳が痛くなりそうだったぜ。

俺は試合が終わった事で気が楽になり、オプティマスを纏ったまま背伸びをする。

や~れやれ。やっと今日のメインスケジュールが全部終わったぜ。

 

「くっそぉ~……やっぱり、まだまだ敵わねぇな」

 

そして一夏はアリーナの地面に大の字に寝転んだままにそう呟いた。

振り返って見ると一夏は負けたってのに、随分と晴れやかな表情を浮かべていた。

 

「何だよ?負けたのに随分と良いツラじゃねえか、マゾかオメエ?」

 

そうだったら兄弟付き合い考え直すよ?俺。

 

「違げえよッ!?……負けたのは悔しいけどよ、全力を出し切ったんだ。……それに」

 

「(パァアアッ!!)よっと……それに?」

 

俺はオプティマスを待機状態に戻しながら一夏へ問い掛けを続ける。

 

「1回負けたぐらいでヘコんでられねえっての……生身じゃお前に敵わないけど、今回はお前に一撃当てられた……ちっとは目標に近づけたって感じがしてさ……それが嬉しいんだよ」

 

一夏はそう言いながら青空に向けて手を伸ばす。

まるで何かを掴もうとしてる様な……そんな仕草だ。

へっ、まるでいっちょまえな言い方じゃねえか。

俺は片手をポケットに入れながら一夏に近寄って、もう片方の手を差し出す。

 

「テメエは千冬さんを守るんだろ?……だったら、俺に届いたぐれえで満足すんなよ?」

 

「わかってるって。でもよゲン、次は絶対に勝ってやるからな」

 

俺の笑いながらの言葉に釣られるように笑顔を浮かべた一夏は、差し出した俺の手を取って立ち上がった。

しかもご丁寧にリベンジ宣言までつけてだ。

 

「へっ、上等じゃねえか。なんなら今から生身での喧嘩と洒落込むか?」

 

「いきなりハードル上げられても困るんだけど!?」

 

冗談だっての、本気にすんなって。

 

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

そして、俺と一夏が手を取り合って笑顔を見せた瞬間、アリーナからまたもや歓声が上がってきやがった。

おいおい、一体どんな意味での歓声だよ?もし黒い薔薇的なモンだったら俺泣くよ?泣きながら暴れるよ?マジで。

さすがにこんな大勢からの歓声なんて受け慣れてねえ俺と一夏は、少し気恥ずかしい思いをしながらそそくさとピットに退散した。

そしてピットに帰った俺と一夏を迎えてくれたのは、笑顔の本音ちゃんと苦笑いの箒の2人だった。

2人は其々俺達に労いの言葉を掛けてくれ、後から来た真耶ちゃんと千冬さんも俺達に労いを掛けてくれた。

特に千冬さんが「2人とも今日は頑張ったな。もう終わりだから部屋に帰ってゆっくり休め」って言ってくれたのは嬉しかったな。

一夏も「いぃやったぁぁああああッ!!」って派手に喜んでたし。

そのまま一夏は箒と部屋に帰り、俺と本音ちゃんも疲れたのでピットを後にした。

やれやれ、俺も腐れアマをブチのめして大分怒りを発散できたし、良かった良かった。

後は……もう1つの用事を済まさなきゃな。

俺は隣ではしゃいでる本音ちゃんと会話しながら、とある計画を実行しようとしていたが、それは割合する。

 

こうして、俺と一夏の波乱に満ちたIS学園初、いや男性IS操縦者としての初陣は終了した。

俺と一夏の初勝利って結果で。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

サァァァァ……。

 

時間は少し進み、ここはIS学園の生徒寮。

 

鍋島元次、織斑一夏との決闘が終わり、部屋に戻ったセシリアはシャワーを浴びていた。

少々温度を熱くに設定してあるシャワーから勢いよく滴り落ちる水滴が、この年頃の娘独特のものであり白人特有の均整の取れたボディラインを表すようになぞって行く。

そんなセシリアの表情は何かを想う故か、湯の温度によるもの以外のモノで熱に浮かされていた。

彼女はそんな自分の表情が判っていないのか、鏡を見ても特に変化は無かった。

 

「……織斑……一夏」

 

ただ一言、セシリアは1人の男……一夏の名前を呟くと顔は恋という名の、熱病に冒された少女の如く更に赤くなる。

その表情は少女とも女性とも言える娘をより魅惑的に魅せていた。

セシリアの艶やかな唇をなぞる様に、彼女の白く細い指はゆっくりと無意識に動く。

 

「今日の決闘…… 私の敗北……」

 

セシリアがその意味を噛み締める様に呟くと、彼女の身体の内側から何かに侵食される様な、そんな目まぐるしい熱さが駆け巡る現象が起きる。

思い出すのは今日の決闘の光景、只の素人と侮った男2人に完膚なきまでの自分の敗北であったが、不思議と悔しさといった負の感情自体は、あまり浮かんでこなかった。

それよりも逆に自分を打ち負かすほどの圧倒的な強さを持った男達……特に自分を、祖国を貶した自分を救ってくれた一夏という側面に彼女の意識は持っていかれていた。

 

「父とは違う……強い男性……」

 

一夏の事を考えていたセシリアの脳裏に過ぎったのは、自分の父親の姿だった。

彼女の父親は名家に婿入りした男性だったが、それ故に多くの引け目や柵があったのだろう。

いつも他者の顔色を伺っていた人間で、そんな父を母も鬱陶しく感じていたらしい。

ISが発表されて女尊男卑の今の社会が構築されたら、父の態度は今まで以上に加速した。

情けなく、威厳というものもプライドさえもなくなる父の姿を見て、自分は絶対に弱い人とは結婚しない、と幼心に誓ったのも懐かしく感じるほどの昔だ。

だが、そんな両親はもういない、3年前の鉄道事故で二人揃って亡くなったからだ。

どうしてその日に限って揃っていたのかなんて今はもう分からない、ただ言えるのは自分はあの日から茨の道を歩む事を運命付けられたという事だけだった。

莫大な両親の遺産を狙ってやってくる金の亡者どもから、遺産を守る為に必死で勉強をしながら藁に縋る思いで受けたIS適正試験、そこで出た判定はA+という非常に高い適正で、国から提示された条件も遺産を守ることにも好都合な条件ばかりだったので、飛びついて努力した。

そして日本に自分の専用機である【ブルー・ティアーズ】の稼動データを取る為に来日、そこでようやく出会えた。

 

「私の理想の男性……織斑一夏……」

 

一夏の名前を呼ぶたびに早くなる鼓動、心地よい熱を帯びる胸の内、知りたい、あの瞳に彼の中に私という存在を刻みたい。

そんな欲求が彼女の中で鎌首を擡げていく、彼女は決意する。

織斑一夏という存在に自分を刻み付けて、自分を彼の物にして貰うのだ、と。

 

彼女がこうまで一夏の評価を昇華させたのは、試合が終わった直後の出来事が大きい。

一夏との試合の折り、白式の零落白夜に刻まれたブルーティアーズはスラスターを失い、エネルギー残量の喪失によって、空から落ちた。

エネルギーが少しでも残っていれば、絶対防御が発動して怪我は防げたであろう。

だが、セシリアのブルーティアーズは文字通りエネルギーを失い、何時強制解除されるか分からない状況だった。

あぁ、もう私はダメなんだな。と漠然とその状況に対して諦めを抱いていたセシリアだったが、そこへ駆けつけたのが一夏だった。

セシリアは落ち行く中で、大空に純白の翼をはためかせながら、自分のために必死な顔で手を伸ばす一夏の事が信じられなかった。

自分は彼の敵であり、祖国を、そして彼の大事な親友を貶した者だというのに、何故こんなにも必死なのだろう?

それが墜落していく中で思った事だった。

そのまま間一髪という所で、一夏はセシリアを抱き上げる事に成功し、セシリアは九死に一生を得たのだ。

そして、一夏はセシリアの顔を見るなり……。

 

『良かった。怪我はしてないな……本当に良かった』

 

と、笑顔でセシリアに語りかけた。

その時、セシリアの鼓動、心拍数は急上昇した。

セシリアはその時、その高鳴る胸の鼓動が何なのか全く判らなかった。

だから彼女はその胸の高鳴りを誤魔化す様に、一夏に問いかけた。

『何故自分を助けたのか?何故自分を心配してくれるのか?』と『自分は貴方達の敵なのに』と。

その問いに、一夏はきょとんとした顔を見せたが、直ぐに笑顔に戻してセシリアに答えた。

 

『それは試合までの話しだ。例えどんな理由があっても人が死にそうなのを、見殺しになんてできねえよ。あっ後、怪我してなくて良かったってのは、女の子の顔に傷が付いたら一大事だろ?』

 

その言葉に、セシリアの鼓動は更に高鳴る結果となった。

例えどんな理由があっても、人が危険に晒されているなら助ける、という『強い男』を彷彿させる言葉にセシリアは惹かれたのだった。

彼の特異性を、今まで出会ったどの男性とも違う、誰かに媚びることも無く、何かの強い意志が篭っていると言えるあの強い眼差しと、強さを。

あぁ、今自分はどんな顔をしているのだろう?と妙に熱い顔を隠す様に、彼女は下を向こうとした。

だが一夏の笑顔から目を離す事ができなかった。

男性の中でも際立って端整で、それでいて男らしい顔立ちにセシリアは釘付けになってしまったのだ。

そんなセシリアの熱い視線を浴びているにも関わらず、一夏は何でも無いように言葉を続ける。

 

『それに、さ。多分、ゲンだってこうなっていたら……オルコットを助けたと思う。うん、絶対に』

 

この一夏の言葉に、セシリアはもう一度驚いた。

彼が言う彼の親友……鍋島元次は、自分に途方も無い強い怒りを抱いていたのは良く覚えていた。

忘れたくとも忘れられない恐怖という感情をもって、元次の恐ろしさをセシリアの本能に刻みこんでいたからだ。

実際、1週間前に教室で元次に睨み付けられたまま首もとを締め上げられた時にセシリアは死を覚悟した。

もはや弱い男等という傲慢な考えはその瞬間に瓦解し、自分は絶対に怒らせてはいけない『雄』の怒りに触れたんだと悟った。

それでも僅かなプライドに縋って試合に臨んだ結果は……明らかな敗北。

その事を思い出したセシリアは、先程までの甘い熱が消え去り無意識の内に両腕で自分を抱いた。

上から絶え間なく降り注ぐ熱いお湯すら、まるで冷水を浴びてると錯覚する程に、元次から向けられた怒りがセシリアの中を駆け巡った。

そうやって自分を庇うような仕草を取りながらも、セシリアは一夏の言葉を思いだす。

 

『ゲンは、自分の家族に誇りを持ってる。親父さんが、お袋さんが、爺さんが、婆さんが、皆自分の誇れる家族だっていつも言ってたんだ……オルコットだって、自分の大事な人を貶されたら怒るだろ?』

 

セシリアは思いだした一夏のその言葉にハッとなってしまった。

彼女にもいたのだ……自分の……大切な人である者が2人。

1人は亡き母、そしてもう1人は今でも自分の傍で自分を支えてくれる幼馴染のチェルシー。

セシリアの母は整然、父親とは違いオルコット家という名家の当主に相応しい女傑であり、とても素晴らしい女性だった。

ISが発表される以前から、その手腕を振るい数多くの成功を収めてきたセシリアの母親は正に歴代最高の当主であった。

いつも毅然と、優雅に振るまうその姿をセシリアは誇りに思っていたのだ。

そして幼馴染であるチェルシーは、両親が亡くなりオルコット家の当主という重責を負った自分を今までずっと支えてくれた大事な家族。

それを思いだしたセシリアは一夏の言葉に、自分自身を重ねた。

もし自分が母親の事を……チェルシーの事を……あの様に、下種な人間だと言われたら自分はどうなっていただろうか?

それは考えるまでもなく、母を貶した相手を憎み、怒り、制裁を下していただろう。

つまり、自分は負けるべくして負けたのだ。

何故ならあの時のセシリアは……正に、悪だったのだから。

 

『だからこそ……ゲンは、自分の家族に胸を張れる様に、オルコットを助けたと思う……人を見殺しにできないっていうアイツの性格もあるけど……アイツは、そういう奴なんだ』

 

そして彼の……鍋島元次の言う通り、自分は最低な人間だという事をセシリアは今やっと自覚した。

 

「わたくしは……鍋島元次の……彼の『誇り』を、貶していたのですね……」

 

情け無い、それがセシリアが己に抱いた感情だった。

大切な人を貶されるという事がどういう事なのかという子供でも分かる事すら忘れる程思いあがっていた己自身に、セシリアはどうしようもない情けなさを抱いた。

そこからのセシリアの行動は早かった。シャワーから上がり、身嗜みを整えて部屋を早足に出て行く。

今、己が成すべき事は一夏への懸想ではない、そう心の中で自分を叱咤しながら、セシリアは一直線にある部屋を目指す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「~~♪~~~♪」

 

俺は鼻唄を刻みながら、ボウルの中身をリズム良く掻き混ぜている。

ボウルの中身は良く冷やしたクリームチーズ、生クリーム、牛乳を混ぜ合わせた物だ。

そのまま適度な硬さになるまでボウルの中身をかき回し続けて、良い硬さになったら一旦ボウルは放置。

次は小さめのタッパーにビスケットを指で割りながら敷き詰めていき、作って置いたインスタントコーヒーにブランデーを少々入れて掻き混ぜる。

真新しいブランデーの封を開けると鼻腔を擽ってくる芳醇な葡萄の香りを楽しみつつも、飲みたい衝動をグッと我慢する。

ちなみにこのブランデー、食堂のマダム方に事情を話してアッサリと手に入れた代物だったりする。

勿論もらう時に「先生の前で飲むんじゃ無いよ」と笑いながら注意されたがな。

しかしマダム方よ?それは先生の前じゃなきゃ良いって振りですかな?まぁ気にしたら負けだろう。

次に先程タッパーに敷き詰めたビスケットにコーヒーをかけて、柔らかくなったビスケットを指で平坦に均す。

更に上から先程混ぜたクリームチーズをかけて、また上からビスケットを敷き詰める。

後はさっきやった工程の繰り返しをして終了だ。

最後に蓋をして、冷蔵庫に収めて冷やす。

うし、これで下準備は全部完了だな。

俺はそのまま使った器具を洗って流しに置き、身に付けていたムーンアイズ製の紺色のエプロンをエプロン掛けに掛けてリビングに戻る。

 

「……(むっすぅ~)」

 

「……ハァ」

 

しかしリビングに戻った俺を迎えてくれたのは、いつもの優しい癒しを配る本音ちゃんではなく、不機嫌そうにハムスター顔をしている電気ネズミちゃんだった。

可愛い電気ネズミちゃんは俺に目も合わせずにベットに寝そべりながら、カバの様な大きな縫いぐるみに顎を乗せて不貞腐れてらっしゃる。

俺は本音ちゃんのそんな様子に溜息を吐きながら、本音ちゃんの寝転んでいるベットに近づいていく。

 

「……なぁ、本音ちゃん?どうか機嫌治しちゃくんねえか?」

 

「べっつにぃ~、何も怒ってないも~ん(ぷく~)」

 

いや、カンッペキに怒ってるだろ?

俺の言葉に本音ちゃんは視線も合わさずにつっけどんな返事を返してくる。

 

「悪いとは思ってるけどよぉ。もう材料がねーんだから仕方なかったんだって。ちゃんと今度作ってやっから、機嫌治してくれよぉ」

 

「……つーん、だ」

 

「ぬぁ……ダメだこりゃ」

 

俺は全く変わらない本音ちゃんの態度に頭を抱えたくなった。

本音ちゃんがここまで不機嫌なのは、さっき俺がせっせと作っていたデザートにある。

アレは俺がこれから実行しようとしている計画に必要なモンなのだが、アレを作ってる準備中に本音ちゃんに見つかっちまったのが始まりだ。

何時もの如く俺が作るデザートにありつけると着ぐるみの尻尾をブンブンと振って喜んでいた本音ちゃんだが、魔が悪くも材料のストックがちょうど尽きた所だったんだ。

折り悪く購買も閉まってる時間だったので、仕入れは不可能。

そのため、計画に必要なアレ1つしか作れず、本音ちゃんにはまた今度作って上げると言ったのだが、あのデザートを誰に渡すの?と聞かれて名前を答えたら不貞腐れちまった。

そっからずっとこの調子でほとほと困ってる。

あーもーどうしたらいいのよこの状況?ちゃんと材料が入ったら作ってあげるって言ってんのによ。

 

 

コンコンコン

 

「ん?」

 

「あれ?お客さん……かな~?」

 

と、俺がどうすれば本音ちゃんのご機嫌を治せるか思案していると、来客を告げるノックの音が聞こえてきた。

一体誰だ?こんな時間に?もう直ぐ就寝時間の筈だが……。

 

「考えても仕方ねえか、俺が出てくる」

 

「は~い♪……あっ……つ、つーんつーん、だ(ぷいっ)」

 

「……ぷっ、くくっ」

 

俺が思考を止めて来客に対応するために立ち上がると、本音ちゃんは笑顔で返事をしてくれた。

だが、少しして思いだしたかのように無視してますとアピールしてきたので、俺はそれがおかしくなって笑ってしまった。

 

「う、うぅ~~(う~、笑われちゃった……ゲ、ゲンチ~の所為なんだぞ~!!私じゃなくて別の人にデザート作っちゃうなんて~!!ばか~!!)」

 

うんうん、これならもう少し頑張りゃ機嫌を治してくれるだろ。

さっさと来客に対応して本音ちゃんのスマイルを取り戻さねえとな。

俺は本音ちゃんの機嫌を治す事を考えながら、部屋のドアへ近づいていく。

 

「(ガチャッ)はいはい。こんな時間に誰だ?……テメエ」

 

「……夜分遅くに失礼します」

 

俺がドアを開けた先……廊下には、俺が今日ブチのめした相手……腐れアマが立っていた。

ソイツの存在を見た瞬間、俺の機嫌は激しく急降下していく。

このアマ何しにきやがったんだ。

 

「……何の用だ。コッチはテメエに用なんざねえぞ?」

 

「……」

 

俺がドアを握り締めたまま腐れアマに質問すると、腐れアマは顔を俯かせたまま無言で佇んでいた。

シャンプーとかの香りがするトコじゃ、恐らく風呂上りかなんかだろう。

だがそんな事はどうでもいい。

俺は部屋に来たにも関わらず、只そこで突っ立ってるだけの腐れアマに段々と苛立ちが増してきた。

 

「用がねえんなら帰れ。コッチはテメエのツラなんぞ見たくもねえ」

 

俺はそれだけ言って部屋の扉を閉めようとした。

全く、用もねえのに来るんじゃ……。

 

「……鍋島さん!!」

 

「あ?」

 

だが、俺が扉を閉めようと身を引いた瞬間、腐れアマは顔を上げて俺の名前を呼んだ。

しかも上げられた顔は、目尻の端に涙が溜められていて、今にも泣きそうな表情だった。

……なんだコイツ?一体何だってんだよ?

俺がソイツの流す涙の意味が判らずに困惑していると――。

 

ガバッ!!

 

「ッ!?――お前っ」

 

「申し訳ありませんでしたッ!!」

 

腐れアマは……廊下に額を擦りつけて……土下座をしたのだ。

 

「……この度の数々の無礼な振る舞い、そして貴方の家族の方々を……貴方の『誇り』を悪戯に傷つけた事を、わたくしに謝罪させて下さい」

 

腐れアマは顔を地面に擦りつけたままにそう言って、土下座の体勢を崩そうとはしなかった。

一方で、俺は訳が判らず、腐れアマの行動を只眺める事しか出来なかった。

何だ?何でコイツは行き成り土下座までして謝罪しようって気になったんだ?ワケわかんねえぞ。

 

「……随分、急な心変わりじゃねえか?あんだけ男を見下してたテメエが、行き成り俺に土下座をカマすとはな……一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「……恥ずかしながら、今になって……鍋島さんと一夏さんに負けた事で、わたくしは男女以前に人として最悪で、愚かな事をしでかした事にやっと気付けました」

 

「……」

 

俺は腐れアマの言葉を聞きながら、扉を閉めようとした手を離す。

コイツは所謂、プライドの塊かなんかだった。

そんな奴が、態々試合に負けた意趣返しにこんな自分のプライドを捨てる様な真似をするとは思えねえ。

つまり、コイツは心の底から自分の言った言葉に後悔してるって事になる。

 

「わたくしにも、貶されたくない人はいます……それは貴方と同じで家族の者ですわ……そんな当たり前の事すら忘れて、性別が男だから等とあのように愚かな事を喋って……ゴミ屑と言われても、返す言葉がありません」

 

そこまで言って、腐れアマは顔を上げる。

その顔は、本当に自分のしたことを悔いているのか、歪み、涙が凄い勢いで出ていた。

だが、それでも俺から目を離そうとはせず、只ひたすらに俺に対しての申し訳なさを訴えている。

 

「わたくし、セシリア・オルコット個人として、オルコット家当主として、そしてイギリス代表候補生として……人間として……この度の無礼を謝罪させていただきます……鍋島元次さん。貴方の家族を侮辱した愚行、誠に、申し訳ありませんでした」

 

「……お前」

 

腐れアマ……オルコットは、言葉を切って再度額を地面に擦りつける。

それはオルコットなりの、本気の謝罪の表れなんだろう。

 

「許して下さい等とは言いません。只頭を下げただけで済む事では無いのも重々承知しております……ですから」

 

オルコットは再び頭を上げて、今度はとても真剣な……覚悟の灯った瞳で俺を見てきた。

 

「どうぞ貴方のその手で、わたくしを満足されるまで殴って下さい」

 

「ッ!?」

 

俺はオルコットの紡ぎだした言葉に、今度こそ目を見開いて驚愕した。

俺の気が済むまで殴れだ?正気かよ?

オルコットは勿論、あの場に居たクラスメイトは全員俺の拳の威力を知っている。

多分、本気で殴りゃ鍛えてねえ人間の骨なんざ簡単に折れちまうだろう。

そのぐらいに威力があるのは自負してる。

 

「だ、ダメだよゲンチ~!!」

 

「うおッ!?ほ、本音ちゃん?」

 

「布仏さん!?」

 

俺がオルコットの言葉に驚愕していると、俺の後ろから本音ちゃんが声をあげながら俺の腕に飛び付いてきた。

いきなり俺の後ろから本音ちゃんが現われた事に、オルコットも驚愕している。

つ、つうか何がダメなんすか本音ちゃん?

俺がワケも分からず腕にしがみ付いてる本音ちゃんを見てみると、本音ちゃんは何やら必死な表情を浮かべていた。

 

「セ、セッシ~を殴っちゃダメだよぅ!!もう許してあげよ~よぉ!!」

 

本音ちゃんはそう言いながら、俺が腕を動かせないようにとギュッとしがみ付いてくる。

なるほどな……本音ちゃんは俺がオルコットを殴ると思って止めようとしてんのか。

本当に優しい子なんだな……っていうか既に本音ちゃんの中じゃ俺がオルコットを殴るのは確定済みなのね?俺超ショック。

 

「良いんです、布仏さん。わたくしは、例えどれだけ殴られても許されない事をしたのですから」

 

「セ、セッシ~……で、でもぉ」

 

オルコットは俺にしがみ付いてる本音ちゃんを見ながら、柔らかい微笑みを浮かべて言葉を投げ掛けた。

当の本人から庇わなくてもいいと言われてしまった本音ちゃんは、俺を見つめながら「やらないよね?」と必死に訴えかけてくる。

俺はそんな本音ちゃんを見つめた後に、オルコットに視線を移した。

 

「ふぅ……本気、なんだな?」

 

「ゲ、ゲンチ~!?」

 

俺はしがみ付いてる本音ちゃんの腕をなるべく優しく振り解いて、オルコットに問い掛ける。

だが、俺の真剣な問いかけに対しても、オルコットは決して臆さずに毅然と俺の視線を受け止めていた。

 

「はい。コレがわたくしに出来る……唯一の贖罪、ですから」

 

「……そうか(ゴキゴキッ!!)」

 

俺は指の骨を大きく鳴らしながら、右腕を思いっ切り振り被っていく。

その光景を見ても、オルコットは毅然とした態度を崩さずに真っ直ぐと俺を見つめていた。

 

「ッ!!!」

 

ゴォウッ!!

 

 

 

そのまま俺は力の限り拳を振り下ろし、オルコットの顔面目掛けて拳を振るった。

 

 

 

 

「はぅッ!?」

 

「ッ!?……え?」

 

「……」

 

そして、俺が拳を振るうのを目の前で目を逸らさずに見ていたオルコットは呆けた声を挙げる。

何故なら……俺の拳は、オルコットの顔ギリギリの所で止まっていたからだ。

そのまま少しの間、握り締めた拳をオルコットの目の前にピタリと止めていた俺だが……。

 

「……ったくよ」

 

俺はそのままオルコットの顔の前から拳を引いて、苦笑いを浮かべる。

やれやれ、こんな事されちゃもう『殴れねえ』じゃねえか。

 

「な、何故ですか!?わたくしの事を殴りたかったのでしょう!?何故拳をお引きになるのです!?」

 

俺が拳を引いた事が納得できねえのか、オルコットは俺に対して正座したままに食って掛かってきた。

何故ってオメエ……そりゃ決まってんじゃねえか。

 

「お前が俺に対して誠心誠意に侘びを入れた……なら、もう俺がお前を殴る理由はねえよ」

 

「そ、そんな!?只言葉だけで謝罪されたから許すのですか!?」

 

「いや、まぁ……それだけが理由じゃねえんだよ」

 

「で、では何故ですか!?ちゃんとした理由がなければ、到底納得できませんわ!!」

 

俺が頬を掻きながらそう言うと、オルコットは更に問い詰めてくる。

まぁ到底納得は出来ないだろうな。

あれだけ怒り狂ってた俺自身が、殴って良いと言われても殴らないって言うなんて。

……仕方ねえ、教えておくか……そうじゃねえと納得しねえだろうし。

俺はオルコットに向き直って真剣な顔で言葉を紡いだ。

 

「……俺が家族に……婆ちゃんに言われた言葉と、願いが、お前を許す理由だ」

 

「お、お婆様に、ですか?」

 

「……あぁ……昔、お前以外にも居たんだよ……俺の家族をまっ正面から貶した人がな」

 

俺は呆然と言ったオルコットの言葉を聞きながら、昔を思い出す。

昔と言ってもそんなに古い話しじゃねえ。

まだ1年ちょっと前の話しだがな。

 

「その貶した人は……俺がガキの頃から知ってる、近所のお姉さんでな……所謂、人嫌いな人だ」

 

俺は少しだけ言葉を濁しながら、本音ちゃんとオルコットに話す。

今俺が話しているのは、束さんが俺の家族……婆ちゃんに暴言を吐いた時の話しだ。

あん時、束さんは俺がお盆で爺ちゃんの家に帰ってるのをどっかで聞いたのか、何時も通りふらっと現われたんだ。

俺は数年ぶりに束さんに会えたのが嬉しくて、庭先で楽しく話していた。

そして、俺と束さんが話している所に現われたのが婆ちゃんだった。

婆ちゃんは束さんの事を知らなかったから、俺の友達だと思って声を掛けてきたんだ。

そしてそんな婆ちゃんへの返答は――。

 

「その人は、俺の目の前でこう言ったよ『今は俺と感動の再会中なんだから話しかけてくんな。生い先短い老いぼれはとっとと消えろ、老害が』……ってな」

 

「……」

 

「俺はその言葉に……『本気』でキレた……目の前にいる人が俺の大事な人だってのは判ってたけど……そん時の俺は、その人を本気で殺そうって事しか頭に無かったんだ」

 

その後は本当に大変だった。

俺はその庭の中で暴風の如く暴れたもんだ。

俺の最初に放った拳を、腰を抜かしながら避けた束さんは……もう必死だった。

ひたすら俺に近づこうとしては涙をボロボロと零しながら「ごめんなさい、許して」この二言しか言わなかった。

でも一度心のリミッターが外れた俺は、束さんのその言葉に耳を貸さずに束さんに襲いかかった。

幸いにして、爺ちゃんが直ぐに駆けつけて俺を羽交い絞めにしてくれたから束さんは俺に殴られずに済んだ。

そのまま束さんは俺の足にしがみ付いてひたすら「ごめんなさい」って言葉を続けていた。

……今にして思えば、束さんは気に入った相手に拒絶されんのを怖れてたんだろう。

この世で只1人、同世代も、年上をも凌駕する頭脳を生まれ持った束さんには、この世界はとても退屈なモノだったらしい。

それは裏を返せば、誰にも理解されない孤独で冷たくて……とても悲しい世界。

その中で出会えた……自分を理解してくれる人間……俺や一夏、千冬さんに妹の箒。

このたった4人には、何があっても嫌われたくなかったからこそ、あんなに必死だったんだろうな。

でも当時の俺は……今以上にガキだった。

だからこそ、どれだけ束さんが謝ろうとも、俺は絶対に許すつもりはなかったんだ。

 

「でも、そん時だ……その人に貶された婆ちゃんは……その人を庇って、俺の頬を叩いた」

 

「ッ!?」

 

オルコットは俺の言葉に、目を見開いて驚愕していた。

俺はそんなオルコットに苦笑いしながら、あん時に叩かれた頬を摩る。

 

「俺より小さくて、すっげえ細い腕なのによ……滅茶苦茶痛かった……特にココがな?」

 

俺は自分の頬から手を胸に当てて言葉を続ける。

そう、滅茶苦茶心が痛かったんだ。

婆ちゃんに頬を叩かれた事で呆然とした俺が見たのは……婆ちゃんの、初めて見る怒り顔だった。

 

『相手がちゃんと心の底から反省して謝ったんなら、許してやるんが男の器量やで?いつまでも引きずるんは、女々しい男の証拠や』

 

婆ちゃんはそう言って、俺を厳しい声で叱りつけながら、俺の足にしがみ付いて泣きじゃくる束さんに謝る様に言ってきたっけ。

そんで俺が束さんに謝って……束さんがその反動の所為で俺に抱きついて離れなかった時に、婆ちゃんはニッコリと笑ってた。

 

『お婆ちゃんの為に怒ってくれるんは嬉しいけどな……元次、相手が心の底から謝ったんやったら、それはちゃんと許したっておくれ……元次は、それができるほんまに優しい子やって、婆ちゃん信じとるでな』

 

俺は婆ちゃんのその言葉を聞いて……本気で後悔したさ。

俺はそこまで信頼してくれてた婆ちゃんを裏切る様なマネをしかけたんだからな。

昔話を語り終えた俺は、俺の顔を見ながら呆然としているオルコットに言葉を掛ける。

 

「オルコット……お前が誠心誠意、謝罪をしてケジメをつけた上で、お前を殴ったりしちゃ……他ならねえ、俺自身が婆ちゃんの信頼を裏切っちまうんだ」

 

「……」

 

「だから俺はお前を許すし……お前に謝罪する……お前に対しての暴言の数々――本当に悪かった」

 

俺はその謝罪と共に頭をちゃんと下げる。

俺もオルコットに対してかなり無茶苦茶な暴言を吐きまくったからな。

 

「ッ!?そ、そんな!?謝らないで下さいまし!!元はと言えば、わたくしの不用意な言葉が招いた事ですわ!!」

 

俺の謝罪を受けたオルコットはワタワタと慌てながら立ち上がり、頭を下げていた俺を無理矢理起こした。

何だ、傲慢さが抜けりゃあ普通に良い奴じゃねえか。

俺は身体を起こされた事で、真正面に見えるオルコットを笑顔で見詰めなおした。

 

「まぁ、そういう事だ。互いにケジメをつけた。過去を水に流してくれんならよぉ……これからはよろしく頼むぜ?オルコット」

 

「……はい……わたくしを許して下さった、鍋島さんの寛大なお心に感謝します」

 

「そんな大層なモンじゃねえんだがな……あっ、後クラスの連中にもちゃんと謝っておけよ?」

 

さすがにアレだけの事態になったんだ。

クラスメイトにもしっかりと侘びを入れなきゃな。

俺の思い出した言葉に、オルコットは上品に微笑みを浮かべた。

 

「それは勿論ですわ。そうでなければ、鍋島さんにも『一夏さん』にも申し訳が立ちませんもの。しっかりと皆さんに謝罪させていただきますわ」

 

ん?コイツ今『一夏さん』って言ったか?……なぁ~るほどぉ。

一夏の馬鹿タレ、試合で落として『堕としやがった』ワケだ。

やれやれ、これで何人目だよって話しだぞ?

確か箒に鈴と蘭ちゃんは確定済みとして……本気で惚れさせたのは4人目ってワケだ。

一体何人堕としたら気が済むんだよあのボケ一夏は?

堕とす分にゃ一向に構わねえが、俺にトラブル持ち込んだら只じゃおかねえ。

 

そのままオルコットと一言二言話した後で、オルコットは最後に感謝の言葉を残して部屋に帰って行った。

俺はオルコットが帰った時に時間を確認すると、消灯時間にはまだ20分ちょい残っていた。

更にちょうど冷蔵庫に入れておいたデザートが食べごろの時間になっていたので、最後の仕上げにココアパウダーを振ればティラミスの完成。

それを持って俺はある人の部屋を目指し、その人にある計画を話した。

そして、その人の部屋で10分程話をしてから俺は部屋を後にし、部屋に帰って寝ようとしたんだが……。

 

「ぶ~ぶ~」

 

「わ、悪かったって本音ちゃん。機嫌治してくれよ」

 

「ぶ~ぶ~ぶ~」

 

「本音ちゃん!!ホンットにすまねえ!!どうか許してくれぇ!!(土下座)」

 

「ぶ~ぶ~ぶ~ぶ~」

 

オルコットとの話しの途中から空気扱いされたと、ぶ~ぶ~鳴いてる不機嫌な本音ちゃんのご機嫌とりをする羽目になった。

その代償に、これから1ヶ月の間、俺の自腹でデザートを作る約束をしてしまったい。

あぁ、諭吉さんがどんどん俺の財布から家出してしまう。

とりあえずこのやるせない気持ちを、夢の中で一夏をサンドバックにする夢を見れる様祈りながら、俺は何とか眠りにつく事に成功した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気になるクラス代表はアノ子!?え?予想通り?サーセン

YO,リスナー諸君ハッピーかい?今回MCを務めさせてもらうDJ、GENだ。

 

本日はあの大決闘から2日経った月曜日の朝、そして学校で朝に必ず行われるSHRの真っ最中、IS学園一年一組の教室内からお送りするぜ。

 

 

この学園に二人しかいない男子生徒の片割れにして俺の唯一無二の兄弟分、織斑一夏は現在とんでもない顔をしていた。

一夏の視線は黒板に書かれた信じられない文字を目にして開いた口が塞がらない所か、もう少し開いたら顎が外れるのではないかって具合になってる。

ちなみに、その隣りに座ってる俺は一夏のそんな表情を見ながらクックッと笑いを堪えるのに必死だったりする。

まぁ何で一夏がこんな事になっているのかっていう理由は黒板だけじゃなくて、教卓に立ってる真耶ちゃんも原因の一つなんだろう。

他の女子の皆様方も非常に盛り上がりを見せていた。

 

「はい、一年一組クラス代表は織斑一夏君に決定しましたー、あ、一繋がりでいい感じですね♪」

 

おめでとう、織斑君と書かれた黒板を背に、一年一組副担任である真耶ちゃんはニコニコと笑顔で、その理由を発表していた。

うむ、真耶ちゃんの笑顔とのんびりした小動物オーラは本音ちゃんと同じでとても癒されます。

その事実に一夏はよろよろとした手つきでゆっくりと手を上げた。

一夏の顔はさっきまでの顎が外れたマヌケ面では無く、目の前の事実が夢か何かだと思いたいって感じの顔だ。

 

「はい? 何ですか? 織斑君」

 

「あ、あの山田先生……な、何で俺がクラス代表なんですか?確か俺の戦績は1勝1敗で、ゲンが2勝0敗だったから、クラス代表はゲンの筈じゃあ……」

 

一夏はそう言ってワケの判らないって表情で俺に視線を向けてくる。

しかもクラスメイト達も聞きたい事は同じなのか、全員分の視線が俺に向けられた。

何だ?真耶ちゃんじゃなくて俺に聞きたいってのか?

俺はその大人数の視線を受けつつ教卓の傍に控えていた千冬さんに視線を向けてみる。

すると俺の視線の意味を感じ取ってくれたのか、千冬さんは俺を見ながら一つ頷いてOKのサインを出してくれた。

俺は千冬さんからのOKサインを受取ったので、皆に、いや一夏に説明するために真剣な表情で一夏に振り向いた。

俺が真剣な表情で見てくると思ってなかったのか、一夏はゴクリッと生唾を飲み込んで緊張した面持ちになっていく。

 

「あぁ、実はな…………面倒だったから降りた」

 

「真剣なツラで何ふざけ倒した事のたまってんだお前は!?」

 

「んで体よく身代わ、ン、ゥン゛ッ!!ゴホンッ……生贄(一夏)が居たから差し出したんだ」

 

「言い直した意味が微塵も感じられんわ!?しかもより酷くなってるじゃねぇかこの暴れん坊ブラザーがッ!!?っつうかマジで何て事してくれやがってんだぁーー!?(ガクガクガクッ!!!)」

 

俺の簡潔で判りやすい理由が気に食わなかったのか、一夏は席から立ち上がって俺の両肩をガクガクと揺すってくる。

だが、俺の身体はピクリともせず、完全に一夏の1人相撲状態だった。

おいおい?鍛え抜かれた俺のマッスルボディを揺するにゃ、お前じゃちっとばかしパワー不足だぜ?

そんな風に必死な表情で俺の両肩を揺する一夏に笑顔を浮かべながら、俺は指を1本立てる仕草を見せた。

 

「まぁまぁ、落ち着けや兄弟?これはまだ理由の8割程度だぜ?」

 

「もう既にその理由だけで半分以上締めてるじゃねえか!?」

 

「あーうるせえなったく、少し落ち着けってのコラ(ズバンッ!!)」

 

「ろぶすっ!?」

 

俺は若干鬱陶しいって仕草で立てた指をデコピンの形にして、詰め寄ってくる一夏の額を撃ち抜いてやった。

すると俺のデコピンをモロに喰らった一夏は変な奇声を挙げながら自分の席に倒れ込んだ。

 

「焦らんでも説明してやっから黙っとけやブラザー」

 

「う、うごご……!!ぜ、絶対に碌な理由じゃねえ気がするんだが……っていうか、銃声と同じ音出すデコピンを平然と撃つなっての……!?」

 

「そんでまぁ、更に1割の理由だけどよぉ……」

 

「聞いてねえし……」

 

俺は再び指を1本立てて説明を続け、そんな俺の様子に一夏は額を抑えながら納得いかねえってツラを浮かべていた。

実は俺が二日前に作ったティラミスは千冬さんを買しゅ、おおっと間違えた……千冬さんと円滑な話し合いをするためのお土産だったワケだ。

俺の誠意が篭ったお土産に気を良くした千冬さんは、俺の提案を快く受けてくだすった。

そんな裏事情の末に、俺はクラス代表という面倒事から逃れて、一夏が犠牲になったってダケの話です。

まぁ俺が一夏を推した理由は何も面倒事を押し付けるためだけじゃねえんだよ。

俺は一夏に向けていた表情をニヤリとしたものに崩しながら、一夏を推薦した理由を述べていく。

 

「お前、オルコットとの試合中に言ってたじゃねえか?『これからは俺も家族を、千冬姉を守る』ってよ?」

 

「痛てて……あぁ、言ったけど、それが何で俺を代表にする理由になるんだよ?」

 

「簡単な話だ。お前今のまんまの実力で千冬さんを守れんのか?」

 

「それは……」

 

俺の言葉に一夏は二の句を告げずに口篭ってしまう。

そう、俺が代わりに一夏を推した理由の1つに、一夏の思いを汲んだってのもある。

俺と一夏はまだIS初心者、2日前の試合は何とか勝つ事は出来たが、それでも相手は代表候補生。

一夏が守るって言ってる家族……千冬さんは、そのIS乗りの中で世界最強と言われてる。

まぁIS無しでもほぼ最強種なお人なんだがな。

つまり、一夏がISで千冬さんを守るにしても、それなら最低で国家代表クラスに上り詰めなきゃならねえ。

そしてモンド・グロッソで優勝できる実力がついて初めて、千冬さんと肩を並べる事が出来る。

 

「クラス代表になっちまったら他のクラスに居る代表候補生や強豪と嫌でも喧嘩しなくちゃなんねえし、面倒も多いだろうさ。だが……」

 

ここで俺は一旦言葉を切って、2本目の指を立てる。

 

「生身での喧嘩にしろ、ISでの戦いにしろ、速く成長するのに一番必要なのは『実戦経験』だ。俺がお前を推した理由の1割は、クラス代表になると喧嘩にゃ事欠かねえからさ。その分ドンドンと実戦経験を積めば、お前の言う『家族を守れる男』になる一番の近道だと思ったからだ」

 

「ゲン……お前……!?」

 

俺の思いが伝わったのか、一夏は目を歪ませながら俺に熱い視線を送ってきた。

俺はそんな今にも感動で泣きそうな一夏に苦笑いしてしまう。

 

「鍋島君てヤッパ男……いや、漢らしい!!」

 

「うんうん!!暖かく見守る兄貴分って感じ!!」

 

「でも少し強引かな……ううん、強引に迫られたらもう何でもしてって気も……」

 

「私たちは貴重な体験を積めるし、他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいよ!!」

 

おぉう?つまり俺がクラス代表だった場合は俺の情報が売られてしまったワケだ……一夏よ、頑張れ(笑)

何か周りも影響されたのか、一夏と同じように目を潤わせて感動してる子が多々いる。

『熱い友情だぁ!!』とか言いながら感動した笑顔を浮かべている子が大勢……っていうか真耶ちゃんも居たっス。

『迸る熱いパッションが弾け飛ぶ時、2人の距離はゼロになる……!!』と言いながらメモにペンを走らせてる子もいた。

とりあえず最後の子は入念なOHANASHIが必要みてえだな。

あんまり相互理解が出来ねえようなら、最後はオプティマスを使う事も辞さないよ俺?

 

「くぅッ!!目から汗が出そうだぜ……!!判った。お前が作ってくれたこのチャンス、しっかりモノにさせてもらう!!」

 

と、俺がクラスの子との相互理解の深め方について思考を巡らせていると、一夏は目に闘志を滾らせてしっかりと返事をしてきた。

おうおう、ヤル気が漲ってるのは良い事だぜ、いや~乗せやすくてちょろゲフンゲフンッ。

俺は一夏の様子に笑みを浮かべながらチラリと千冬さんを盗み見てみる。

すると、教卓の端に立っている千冬さんはやれやれって顔をしながらも、耳の端っこが少しだけ赤くなってた。

まぁクラスのド真ん中で堂々と守る宣言されてちゃ恥ずかしいってのも仕方ねえか。

後は嬉しいってのもあるだろ、あの人ブラコ……。

 

ギロッ!!!

 

……ンじゃねえよな、うん。俺の勘違いだわ。

何故か心中で考えていたのに見透かされたのか、千冬さんに凄い眼つきで睨まれちまったぜ。

やっぱ天然チート過ぎるって千冬さん。

 

「あれ?でも、ゲン。後残りの1割の理由って何だ?」

 

俺が千冬さんのドチート振りに慄いていると、さっき納得した一夏が疑問顔で俺に声を掛けてきた。

 

「ん?あぁ、オルコットも同意したからだ」

 

『『『『『……』』』』』

 

俺の何でも無いような言葉に、周囲の時がザ・ワールドし殆どのクラスメイトは気マズいって顔で喋らずに困っていた。

あっやっべ、俺まだオルコットと和解した事言ってねえんだったっけ。

俺は思わずしまったって表情になりながら後ろに視線を向けると、本音ちゃんも「マズイよ~(汗)」って表情になってた。

さてこの状況を速く打開しねえといけねえぞこりゃ。

 

「あ~、皆が何でそんなツラするかはわかっちゃいるから言っておくけどよ?俺はもうオルコットとは和解してっからな?」

 

俺がなるべく判り易い様に言うと、クラスメイトの顔は驚いた表情に変わっていった。

その様子に、離れた席に座っているオルコットは苦笑いを浮かべている。

まぁそれも仕方ねえけどな。

あんだけ怒ってたってのに、いつの間にか和解してるワケだし。

ちなみにオルコットは日曜日にクラスメイトの寮部屋に行って、1人1人に頭を下げて回っていたそうだ。

これは今日の朝食の時に夜竹と相川達から聞いたから間違いない。

2人共かなり驚いた表情で言ってたしな。

 

「まぁ、オルコットはキチンと俺に詫び入れてケジメをつけたからよ。もう陰険な仲じゃねえから安心してくれ」

 

俺が笑いながらそう言うと、クラスの皆はほっとした様な表情を浮かべた。

これで俺がオルコットと陰険な仲のまんまだった日にゃ、下手するとクラスを割る可能性もあったかもな。

 

「そ、そうか。良かった……で、でもオルコットさん?俺が代表でもいいのかよ?」

 

俺の言葉を聞いた一夏はあからさまに安堵の息を吐くと、今度は俺に合わせていた視線をオルコットに向け直した。

その一夏の問いを聞いたオルコットは席から立ち上がって一夏に視線を向けた。

 

「一夏さん、こ、これからはセシリアと呼んで下さい。一夏さんともその……な、仲良くしたいですから」

 

そしてオルコットが一夏の質問に返したのは、自分の呼称の訂正だった。

オルコットの顔は少しばかりの赤みを帯びて、その顔は恋する乙女そのものだ。

お~お~、中々に攻めていくじゃねえか?

だがまぁこの朴念神と呼ばれた一夏にとっては……。

 

「お?そうか?わかった。よろしくなセシリア……で、改めて聞くけど俺がクラス代表でも良いのか?」

 

これだもんなぁ。

一夏はセシリアの要求に対して何事も無く会話を進めていく。

しかも笑顔のオマケ付きでだ。

一夏の笑顔、通称『女殺しスマイル』を受けたクラスの女の子達は、目にハートマークをこれでもかと浮かべていた。

そのスマイルを向けられた張本人であるオルコットも頬を更に赤く染めるが、オルコットは咳払いをして自分を落ち着かせている。

俺はクラスのそんな光景に自然と溜息が出そうになっていた。

やれやれ、この無自覚天然女キラーが、一体何人の女を落とすと気が済むんだよ兄弟。

 

「え、えぇ、勿論ですわ。恥ずかしながらわたくし、あれだけ威勢のいい事を言っておきながら全敗ですから」

 

「まぁ、そうだけどよ」

 

「そ、それに、二日前の戦いで鍋島さんに負けて、わたくしもかなり反省しまして」

 

まだ納得しかねている一夏に対して、オルコットは語気を強めながら話を進めていく。

おいおいオルコットよ、頼むからそういった事で俺を引き合いに出さないでくれや。

俺はテメエ等の恋愛に関して口を出したくないんだから。

 

「お詫びとしまして、一夏さんにはわたくしがIS操縦をお教え致しますわ。先の試合で見せて頂いた操縦はお見事でしたが、まだ専門的な技術の理解はなさっておられないのではありませんか?」

 

「あー、それは確かに……俺ってあん時、無我夢中だったし、また同じ様な動きが出来るかって言われたら自身無いなぁ」

 

「で、ですので、わたくしにISを使った模擬戦で専門的な技術面をコーチさせていただきたいんです。わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな者がコーチをすればみるみるうちに成長を遂げ」

 

おーおー、何かオルコットの奴必死だな。

まぁ、この間までの生活で一夏に出来ちまったマイナスイメージを払拭したいんだろうけど。

 

 

バンッ!!!

 

 

あん?今度は何だってんだ?

オルコットが何やら言ってる最中に、前の席の近くから何かを叩く音が鳴りだした。

俺やクラスメイトが音の発生源に目を向けて見ると、そこには両手で机を叩いたポーズのままの箒がいた。

箒は机を叩くと俺達の視線も気にせずに、すぐさま立ち上がった。

 

「……オルコットには生憎だが、一夏の教官は足りているぞ?私が、ゲンに、直接頼まれたからな」

 

『私が』を特別強調した箒は物凄く殺気立っている瞳でオルコットを睨んでいる。

一夏はそんな箒の様子に驚いてどうしたらいいかわからんって顔をしてた。

うぁちゃあ~……これってつまり、オルコットと一夏が仲良くなってそのままゴールインって可能性を危惧してるって事か?

っていうか箒、テメエまで俺を巻き込むんじゃねえっつの。

しかしオルコットは箒の睨みを物ともせずに正面から受け止めて、視線を返している。それも誇らしげにだ。

 

「あら、あなたはISランク、Cの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ぐっ!?ラ、ランクなどどうでもいいだろう。ちなみに一夏?お前はどのくらいだ?」

 

箒さん?頑張ってにこやかにしてるけど、眉毛がピクピクしてますぜ?

 

「お、おう。俺はBだけど」

 

「ぐッ!?で、ではゲン!!お前はどうなんだ!?」

 

そして一夏のランクを聞いた箒は一夏のランクが予想外だったのか、今度は俺に矛先を向けてきやがった。

大方、一夏のランクの低さを出汁に自分でもコーチが出来るって言いたかったんだろう。

しっかし、一夏を盗られまいって必死な思いは結構だが、そこに俺を巻き込まんで下さい。

ヤッパ一夏関連のその辺りの事になると、形振り構ってらんねえって事か。

大体オルコットも恋は戦争だからって箒を煽るなやチクショウ。

俺は溜息を吐きたくなるのを我慢して、箒たちの方へと向き直る。

 

「俺か?俺のランクは……っそーいや聞いてなかったな?織斑先生、俺のランクって何なんすか?」

 

俺は箒の質問に答えようとしたんだが、今になって俺のISランクが何か聞いてなかったのを思い出した。

だってあの時の思い出っつったら、真っ赤な顔の可愛い千冬さんか、地獄突きの痛みだけだったし。

俺の質問でクラスの視線を一手に受けた千冬さんは腕を組んだまま、質問した俺に視線を向けてきた。

 

「お前のISランクはS、私と同じだ」

 

「あっ、そうっすか。だってよ箒、俺のランクはS……S?」

 

俺は千冬さんの言葉をそのまま反復して箒に伝えたが、その途中で喉に骨が引っかかる様な違和感を感じた。

え?ちぃと待てよ……今オルコットはランクAだっつってたよな?対して俺はS?……千冬さんと一緒?……は!?

今の奇妙な違和感の正体を感じ取ったのは俺だけじゃなかったらしく、クラスメイトは皆呆然とした顔を浮かべていた。

 

「何を驚く事がある?何度も言うが試験の判定とはいえ、お前は私に勝ったんだ。そのお前のランクが私より低い等あってたまるか」

 

千冬さんの呆れた様な補足の言葉にクラスメイトの顔は納得する様なソレに変わった。

俺も一応ではあるが、千冬さんの言葉に納得する。

っていうかISランクって初期の試験で決めるなら、暫定的なモンだから意味はねえのか?

 

「それと、朝から見苦しいぞ。座れ、馬鹿ども」

 

俺がISランクの必要性について考えていると、千冬さんはメンドクさそうな顔をしながらすたすたと歩いて睨みあっている箒とオルコットに近づき……。

 

バシンッ!!バシンッ!!

 

「痛ぅ……!?」

 

「あぅっ!?」

 

容赦の無い出席簿攻撃を2人にお見舞いしていた。

箒もオルコットもその威力に頭を抱えながら蹲ってしまう。

でも俺に対してはもっと苛烈なんだぜ?いっぺんカウ・ロイとか喰らってみ?軽く死ねるから。

相変わらず女子に対しても容赦の無い攻撃だなとか思っていると……。

 

バシンッ!!

 

「その得意げな顔はなんだ。やめろ」

 

いつの間にか移動して、何やら考え込んでいた一夏を出席簿で叩く千冬さんの姿発見。

一夏が得意気な顔していたって事は下らない駄洒落でも考えていたんだろうな。

一頻り問題を起こしてた人間をブッ叩いて気が済んだのか、千冬さんは腰に手を当ててクラスに視線を向け直す。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

何時もより声を低くして、反論させない雰囲気を携えながら、千冬さんは堂々と宣言した。

千冬さんの台詞にオルコットや箒は一切反論しなかった。

特にオルコットは何か言いたそうな顔をしていたが、相手が相手なので逆らわずに言葉を飲み込んでる。

うんうん、いくら恋は戦争でも咬み付いたらダメな相手ってのは弁えておかなきゃならねえ、逆に咬み殺される事になるからな。

 

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

千冬さんは威厳に満ちた声音でそう言うと、話しは終わったとばかりに教卓へと戻っていく。

まぁ規則に厳しい千冬さんならではの発言だな、しかも説得力がハンパじゃね……。

 

バシンッ!!

 

「……お前、今何か無礼なことを考えていただろう」

 

何故かまたもや一夏の前に戻ってその頭をシバいた千冬さん。

一体今度は何を考えたってんだよ一夏ぇ……。

すると、千冬さんに叩かれた一夏は起立して敬礼の構えをしだした。

 

「そんなことはまったくありません」

 

「ほう……」

 

一夏の言葉に千冬さんは目を細くしてSYUSSEKIBOを振りかぶり……。

 

バシンッ!!バシンッ!!バシンッ!!

 

「す……すみませんでした……」

 

「わかればいい」

 

どうやら一夏が千冬さんに対してまた何か失礼な事を考えていたのは確定のご様子。

返事をした一夏の頭を連続で叩くというボーナスに発展していた。

偶には飴を与えたらどうですか千冬さん? 

っつうか今さっき思ったんだが、千冬さんのISランクSって……サディストのSじゃね? 

 

バキィッ!!!

 

「げぶらッ!?」

 

あ、ダメだこれアウト過ぎる考えだったわ。

何故か俺に見舞われるのは出席簿ではなく、廻し蹴りだった。

しかもヒールの先っちょではなく踵が俺の頬にメリ込む特別タイプ。

 

「……鍋島、貴様無礼にも程があることを考えていただろう、ん?」

 

「め、滅相もねえっすよ!?」

 

「……はぁっ!!!(ビュオッ!!!)」

 

蹴られた頬を抑えながら千冬さんに言葉を返す俺だったが、出迎えてくだすったのは額に十字の怒りマークを刻んだ笑顔の千冬さんでした。

更に俺の言葉が御気に召さなかったのか、千冬さんは出席簿を大上段に振りかぶって、俺の脳天目掛けて振り下ろしてきた。

 

「って危なッ!?(パシッ!!)」

 

俺はギリギリのタイミングで出席簿を白刃取りする事に成功したが、千冬さんは更に両手で力を掛けて俺の防御を突破しようとしてらっしゃる。

俺も防御を突破されまいと、腕と身体に力を入れて踏ん張るので、俺と千冬さんは鍔迫り合いの体勢で見詰めあっていた。

 

「お、おぉぉ……!?ち、千冬さ~ん?こ、こんな事してる暇はないと思うんすけ、ど……!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

「ぬ……くぅ……!!な、なに、女性に対して失礼な事を考える不届きな輩は……!!しっかりと躾けておかねばならんから、なぁ……!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

「千冬さんみたいな……び、美人なお姉さまに躾けられるのが良いって奴、がぁ……!!いるか、もしれねえっす……けど!!お、俺は勘弁っすよぉ……!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

「そう遠慮……する事はない、ぞ……!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

俺達は表面上はにこやかに笑いながら会話しつつも、お互いに手に篭める力は一切緩めない。

っていうか緩めたら目の前で鈍く輝く出席簿の鉄の部分で穿たれちまうっての。

俺もかなり全力で力入れてるってのに、女である千冬さんも俺と同じぐらいの力で拮抗できるってどういう事!?

いくら俺の体勢が着席状態で力入れづらいっていっても、ドンだけパワフルなんすかこの人は!?

もうクラスの皆ドン引きしてますぜ千冬さんよ!?

 

「はぁあ……!!ふん!!!(ドスゥッ!!!)」

 

そんな事を考えていると、千冬さんは出席簿を抑えていた両手の内、片手だけを後ろに振り被って平手の形で突いてきた。

その突きは出席簿の縦の面を正確に捉えて、衝撃を伝えてくる。

すると、俺の抑えていた場所より、更にその衝撃の分だけ出席簿が俺に迫って……。

 

「(ズゴシャッ!!!)ん゛むぉッ!!?」

 

それはもう見事に俺の顔面に突き刺さった。

ガ、ガードの上から無理矢理衝撃を与えて突破してきやがった!?

何だよこの防御をモノともしない強引な必殺技は!?どんな力技ですか……ん?『力技』?……これはッ!?

俺は顔面にかかる痛みに悶えながら頭に浮かんだビジョンに驚愕していると、千冬さんは俺に一撃与えた事に満足したのか、やたらと良い笑顔を浮かべていた。

 

「ふぅ♪……クラス代表は織斑一夏。異存は無いな、お前等?」

 

『『『『『イエッサーッ!!!』』』』』

 

千冬さんの良い笑顔のままに放たれた言葉にクラスメイトは声を一丸にして元気良く答える。

ちなみにその中には痛みから復活した俺も混じってる。

何故なら、今の千冬さんの攻撃で俺の頭に1つの『天啓』が来たからだ。

 

相手がガードの構えを取って油断している所を、ガードを抉じ開けて無理矢理キツイ一撃をお見舞いする技……『天啓』が……来たぁぁああああッ!!!

 

やっべえこの技はかなり使えるぞ!?早く一夏で試してみてえ!!

 

「うっ!?な、なんだ?今、何か身の危険を感じた……!?」

 

横で何やら顔を青くして呟いてる一夏が居たが、俺にはそんな事どうでも良かった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、所変わって現在俺達1年1組の生徒は、ISの実習の為にグラウンドにいる。

目の前にはいつものスーツ姿じゃなくて、白いジャージに着替えた千冬さんと紺系のジャージに着替えた真耶ちゃんが立っていた。

俺達生徒陣はというと、勿論ISの実習なワケだからISスーツを着ている。

しかしまぁその……ISスーツって肌の露出が凄いワケで……現在、俺の視界いっぱいに目の毒な風景が広がっている。

なんせスクール水着みたいな形だから、脚はモロ出し状態な上にボディラインがクッキリハッキリキッチリと浮かんでしまう。

わかるかマイフレン?小さかろーが大きかろーが、そのプレスラインが絶対に目につくんだよ。

大きい娘は特に刺激が強い……しかも……。

俺はチラリと横目で、さっきから俺に視線を送ってくる本音ちゃんを見てみるが……。

 

「う、あうぅ~(モジモジ)」

 

本音ちゃんは俺に見られてるのが判ると、顔を赤くして胸やお尻を隠そうとしてしまう。

正直その仕草だけで俺の中の色んなモノが弾けてしまいそーです……!!

しかし制服や着ぐるみとは違って、本音ちゃんの隠されたボディは手では全く隠せるものでは無かった。

そう、本音ちゃんのスタイルは、箒と並んでかなりその……わがままなバディだった。

最初見た時、本音ちゃんのふわっふわとした柔らかい癒しの中に隠された、とても自己主張の激しいボディに面食らったっての。

 

「では、これよりISの基本的操縦の一つである飛行操縦を実践してもらう。オルコット、鍋島、織斑等3名は、ISを展開後飛んで見せろ」

 

「「はいッ!!」」

 

「うぃっす」

 

っとと、やべえやべえ、集中しねえとな。まぁた出席簿のお世話になっちまう。

千冬さんの言葉に従って俺と一夏とオルコットはそれぞれ周りの生徒から少しばかり距離をとる。

まぁISってのはかなりデカイからな。

皆と同じ位置に居た状態で展開したら、誰かに怪我をさせかねないって事だ。

そして俺達の中で一番最初にISを展開したのは、やっぱりっていうかオルコットだった。

オルコットが目を瞑ると同時にオルコットのイヤーカフスが粒子化して、中世騎士の甲冑の様なIS、ブルー・ティアーズがその姿を現した。

ヤッパ代表候補生って事だけはあるじゃねえか、俺もさっさと展開しますか。

俺は授業中は額に掛けている相棒……オプティマス・プライムを指でズラしてちゃんと目の位置に掛ける。

そして次は自分の体の上に上着とかを纏うイメージを頭の中に思い浮かべる。

すると一瞬だけオプティマスが光り、次の瞬間には屈強にして無骨なアーマーとウイングが俺の身体を覆った。

オルコットより展開速度は遅えが、そこは何度も練習するしかねえか。

千冬さんから聞いた話しじゃ本来、専用機ってのはそのパイロットの身体に合う造りになっているので、俺のオプティマスは既存のISの中で一番デカイらしい。

一夏の白式と比べても、その差は一目瞭然だ。

ちなみに俺のヘッドギアはサングラス、待機状態と一緒なんだが、外側からは真っ黒なグラサンに丸い青点が光ってる様に見えた。

内側、つまり俺の視点ではいつもと同じ様に見えてたから全く気付かなかったけどな。

 

「あ、あれ?」

 

と、俺とオルコットがISを展開して待っていると、最後の一夏だけはまだ白式を呼べていなかった。

どうやらイメージが固まらないみてえだ。

一夏がISを展開できずに悪戦苦闘していると、段々と千冬さんの表情が苛っとしたものに変わっていく。

 

「何をやっている織斑。熟練した操縦者になれば展開に1秒もかからんのだぞ。集中しろ」

 

あぁ、ありゃ間違い無くモタついてる一夏にイライラしているな。

一夏もそれを感じたらしく、目を瞑って精神を集中させながら、待機状態の白式に片手を添えるポーズをとった。

すると一秒としない内に、一夏の身体に洗練された白の鎧、白式が装備された。

俺のオプティマスとは何処までも正反対な、シャープで鋭いラインを描くどこぞの主人公にありそうな機体だ。

武装がブレードオンリーって要素も、主人公らしさがMAXだぜ。

 

「良し、では3人とも飛べ」

 

そして、千冬さんの合図と共に、俺達は其々飛行体勢に入る。

先陣切ってスタートダッシュ決めたのはオルコットだ。

最初の体勢から身体のバランスを崩さずに、優雅に空へ飛翔していく。

 

「やるねえ、んじゃ俺も行きますか(バァアアアッ!!!)」

 

一方の俺は少し膝を曲げて身体を屈める体勢から、ブースターを吹かして飛び上がった。

メインブースターからは青い炎を吹かし、サブブースターからは赤い炎を散らして、俺はオルコットに続く。

 

「どわぁあああああッ!!?」

 

ん?何だ今の悲鳴は?

オープンチャネルから聞こえてきた悲鳴が気になった俺は、ハイパーセンサーを使って後ろの映像を廻した。

そこに映っていたのは、一夏が何故か一度後ろ向きに飛んでからフラフラとした不安定な飛行で俺の後ろに着いてきてる映像だった。

まぁったくアイツは……あの試合で見せた華麗な飛行技術は何処にお出かけしたんだっての。

俺は情けなさ前回の兄弟分に溜息を吐いて、そのまま飛行スピードを上げてオルコットを追い抜く。

さすがに一夏の白式程のスピードは出ねえが、オプティマス・プライムは既存のISよりかは速いからな。

 

「さすがにお速いですわね、鍋島さん」

 

「まぁ、オプティマスの性能にモノ言わせてるだけだけどな」

 

俺がある程度上昇した位置でスピードを落としながら飛行していると、隣に並んだオルコットが話しかけてきたので、そう返しておく。

 

『何をやっている。カタログ上のスペックでは白式はオプティマス・プライムとブルーティアーズより上だぞ』

 

どうやら一夏のヘロヘロ軌道が我慢ならなかったのか、オープンチャネルから千冬さんの厳しいお言葉が一夏へと投げ掛けられた。

そのおしかりを受けて一夏はどよ~んとした表情でうなだれてる。

何やら俺の後ろを飛んでいたオルコットは一夏のそんな表情に頬を染めていた。

多分、女からすれば一夏のあの雰囲気は保護欲をそそられるんだろう、耳と尻尾が垂れた子犬みたいに思えてな。

そんな事を考えていると、やっと俺達に追いついて平行飛行を開始した一夏が不意に俺に視線を向けてきた。

 

「はあ……そんな事言われたってわかんないんだよな、『自分の前方に角錐を展開するイメージ』って何だよ?頭の上にピラミッドでも思い浮かべりゃいいのか?」

 

「試しにやってみろよ?間違い無く地面と熱烈なキスが出来るぜ?(シュインッ)」

 

俺は隣を飛行する一夏にヘッドギアのサングラスを額に掛ける様に動かしながらそう答える。

むしろどう考えたらその答えに辿り着いたか謎なんだが?

 

「うげっ……じゃあどうすりゃいいんだ?」

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ、参考書通りに考えるより自分に合った方法を模索した方が建設的でしてよ?」

 

と、ここでオルコットが俺の横から上を通る様に飛行して一夏の隣に並び、微笑みながら一夏にアドバイスを送った。

なるほどなるほど、こういったトコで自分の存在をアピールするか。

代表候補生ってアドバンテージの見せ所ってワケだ。

だが、オルコットの言葉を聞いても、一夏は未だに顔を気難しくしたまんまだった。

 

「ンな事言われてもなぁ……大体空を飛ぶ感覚自体があやふやなんだよ、これどうやって浮いてるんだ?」

 

「説明しても構いませんが長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますので」

 

オルコットの口から続けて出たのは何やら意味不明な単語だった。

これってカンッペキに俺と一夏じゃわかんねえよ。

何すかその単語?宇宙語か何かっすか?

俺の横で聞いていた一夏もオルコットの言葉に顔を疲れた表情に変えていた。

 

「い、いや説明はいい……ゲ、ゲンは今の単語理解できたか?」

 

「オメエなぁ……俺が習得してんのは日本語と肉体言語(ボディーランゲージ)だけだぞ?理解なんぞ出来るワケねえじゃねえか」

 

「うん、2つ目は言語違いだからな?それじゃあゲンはどんなイメージで空飛んでるんだよ?」

 

「あ?俺か?俺の場合は、自分を『ミレニアム・ファルコン号』に置き換えたイメージで飛んでるぜ?」

 

俺の言葉に一夏は顔をポカンとした物に変えてしまった。

何だ?俺が反重力なんちゃらとか流動波うんちゃらとかの小難しい事を言うと思ったのかよ?

ンなもんこの俺が判るかってんだボケ。

 

「は?……ミ、ミレニアム・ファルコン号って確か……」

 

「確か、アメリカ制作映画のスターウォーズ。その旧3部作に出てきた、あの大きな戦闘機の事ですわよね?」

 

「お?やけに詳しいじゃねえかオルコット。あの映画は俺達が生まれる前に放映された旧作だってのによ?」

 

「え、えぇ。両親はあの映画が大変好きでして、その影響でわたくしも一緒になって観た事があります」

 

オルコットはそう言いながら、昔を懐かしむ様な表情を見せてきた。

まぁイギリスの方でも人気だったってわけか。

あの映画が放映されたのって、女尊男卑の前なワケだし不思議じゃねえか。

 

「まぁつまりだ一夏、俺はあのスクリーンの向こうで縦横無尽に宇宙を駆け回るファルコン号の飛ぶ様を、自分に重ねる様にイメージしてんだよ。俺はあのファルコン号が大好きだったから、イメージし易かったんだ」

 

「な、なるほど……俺も同じ様にすれば、ちゃんと飛べるか?」

 

俺の説明に一夏はうんうんと頷きながら、聞き返してきた。

だが、俺はその問いに微妙な顔をみせる。

さっきオルコットが言った様に、イメージは自分に合うモノが一番良いからな。

 

「あの機体にイメージが重なるならそれでも良いと思うけどよ……それよりお前確か、エーコンはやり込んでたよな?」

 

「ん?あぁ、あの戦闘機ゲームはかなりハマッたけど、それがどうかしたのか?」

 

俺の問いに、一夏は得意げな顔で返事を返してきた。

エーコンというのは昔の戦闘機を操って戦うシューティングゲームの事だ。

一夏は家庭用のエーコンで弾と共にかなりハマッていたのは良く覚えている。

 

「だったらあのゲームの中で、自分が一番使いやすかった機体をイメージに乗せりゃいいだろ?その方がイメージが沸きやすいからな」

 

「あ、そっか!?確かにその方がイメージしやすいな!!サンキュー、ゲン!!かなり参考になったぜ!!」

 

「おう。まぁ頑張んな」

 

俺の言葉に光明を見た一夏は弾けんばかりの笑顔で俺に返事をしてきた。

とりあえず一夏に言葉を返した俺だったが、その横ではオルコットが少ししょんぼりした顔をしていた。

あ~そういえばオルコットの見せ場を奪っちまった気もするな……仕方ねえ。

 

「とりあえず、飛ぶイメージが固まったなら今度の練習でオルコットに専門的な飛行軌道を教えてもらえや」

 

「え?セシリアに?」

 

「え!?」

 

一夏は俺の言葉に普通に疑問系で返すが、オルコットは俺の提案に驚愕の声を上げていた。

まぁ無理もねえか。

あんだけ怒り狂ってた俺が、オルコットをフォローする言い方をしたんだからな。

それはオルコットからすれば、絶対に無いモンだろうし。

だが婆ちゃんの言う通り、いつまでも引きずるのは女々しいってなモンよ。

オルコットはちゃんと俺に詫び入れたんだし……恋する乙女の応援は、出来る分にゃしてやるさ。

 

「あぁ、オルコットは代表候補生。そしてISの稼働時間は300時間はあるって話しだし、教えてもらえばかなり上達するんじゃねえか?そうだろ、オルコット?」

 

俺は一夏に答えつつ、オルコットに同意するように声を掛ける。

すると俺の意思を感じ取ったのか、オルコットは顔をパアァッっと輝かせて一夏に向き直った。

 

「はい!!ISは稼働時間が物を言いますので、わたくしにコーチさせて頂ければIS操縦技術の向上はお約束致しますわ!!」

 

「そっか……確かに、セシリアは俺達より多くISに触れているから、操縦が上手いもんな……良し、じゃあセシリア、今度から放課後の訓練頼めるか?」

 

「ッ!?は、はい!!一緒に頑張りましょう!!」

 

少し考える素振りを見せていたが、俺の提案に一夏は賛成してオルコットに放課後のトレーニングを頼んだ。

それを聞いて嬉しそうに返事を返すオルコットを見ながら、俺はニヤニヤとした笑みを浮かべる。

ふと、俺のニヤニヤ笑いに気付いたのか、オルコットは顔を赤くして恥ずかしそうにしてしまう。

全く、恋する乙女と恋される男程、野次馬してて面白いモンはねえな、巻き込まれるのはゴメンだが。

 

『三人共、今度は急降下と完全停止をやってもらう。目標は地表10cmだ』

 

と、俺達がある程度まで上昇すると、オープンチャネルから千冬さんの声が聞こえてきた。

その声に従って下を見てみると、オプティマスのハイパーセンサーが下の様子を拡大して見せてくれた。

下に居るクラスメイトの中の箒は、何やら焦ってる様な表情を浮かべているではないか。

あぁ、一夏とオルコットが仲良さげに話すからやきもきしてるってことか。

 

「ホントISのハイパーセンサーって凄いよな。こんなに遠くからでも箒のまつ毛までちゃんと見えるなんて」

 

「当然ですわ。元々ISは宇宙空間での使用を想定していますし、何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するんですから。この状態でも機能制限だってかかっていますのよ?」

 

「……確かにこの機能は便利だよな……バイクの見えにくいボルト部分とか作業しやすそうだ」

 

俺は素直にそう思う。

この精密拡大機能があれば、見えにくい場所の作業のレベルが一気に下がるし。

今度イントルーダーを整備する時にでも使ってみるか。

 

「ではお2人とも、お先に」

 

オルコットはそう言うとブースターを吹かしながら体勢を逆さまにして地面に向かって急降下していき、地面の近くで体勢を入れ替えて完全停止した。

さすが代表候補生だけあって上手いモンだな、あんなモン見せられちゃ俺も自然と気合が入ってくるぜ。

目標は地表10センチ……かなりギリギリだな。

俺は目標を再確認しながら、心を目の前の課題に集中させる。

 

「そんじゃ、次は俺が行くぜ?」

 

「げっ、俺が最後かよ」

 

俺の言葉に一夏は嫌そうな顔を浮かべるが、俺はソレに取りあわず、額に掛けていたサングラスを元通りに掛け直す。

どっちにしろ全員見られるんだから諦めろっての。

それに、一夏を先に行かせるのは……何か嫌な予感がするからパス。

俺は集中しながらオルコットがやったのと同じ様に体勢を逆さまにしながらブースターを7割ぐらいの出力で動かす。

正直、100パーの速度出してやるのは自信ねえしな。

オルコットだって試合で見せたスピードよりかは遅かったし、別にいいだろ。

そんな事を考えていると、地面が近づいてきたので、オルコットより少し速めに急制動を掛けてみる。

だが、俺の相棒は現存のISの機能を遥かに凌ぐ理不尽の塊、オプティマス・プライム。

俺はそのポテンシャルってのを侮っていたらしい。

速めに掛けたブレーキは俺の身体をピタッっと止めてしまい、停止した位置はオルコットより少し高い。

 

「停止位置は14センチ……まぁ、初めてならこんな所か。次はもっと精進しろ」

 

「了解っす」

 

千冬さんは俺の目の前まで来て目測で俺の停止位置を測って俺に声を掛けてきた。

それに返事を返しながら、俺はゆっくりと地面に着地する。

っていうか、初めての急停止で目標から4センチしかズレてないってのは結構凄い方なんじゃね?

 

「凄いワケがあるか。お前なら、この程度楽にこなして当たり前なんだぞ?むしろ出来て無いのがおかしい」

 

「ナチュラルに心読まんで下さい」

 

「ふん、お前が顔に出しやすいだけだ」

 

千冬さんはそう言って腕を組みながらやれやれって感じに頭を振る。

しかし読心術は勘弁していただきたいぜホント。

っていうか、俺なら出来て当たり前って……信用されてるみてえだがあんまり嬉しくねえ。

 

『警告、自機上空に急速で接近する機体発見、このままでは激突します。至急回避行動を』

 

「うぉわぁああああああああああッ!!?」

 

オプティマスが警告を発したのと、頭上から良く聞く兄弟分の声が響いたのは、ほぼ同時だった。

ハイパーセンサーが自動で展開した映像を見ると、其処には叫び声を上げながら俺に向かって墜落してくる一夏の姿が……っておい!?

そのモニターに映った光景に、俺は心臓が爆発しそうなぐらい驚いた。

クラスメイトや真耶ちゃんは俺より離れた所にいるが、俺の目の前には千冬さんが居る。

このまま一夏が俺に激突すれば、オプティマスを装備している俺は無事でも、千冬さんは間違い無く大怪我を負ってしまう。

それを理解した瞬間、俺は身体が勝手に動いていた。

 

「こなくそぉッ!!(バッ!!)」

 

「なッ!?元……」

 

俺は千冬さんに踊りかかるように身体を動かして、千冬さんを両手に抱える。

そのまま千冬さんに飛びかかって半身になった身体を思いっ切りジャンプさせ、空中で身体を反対方向に回転させる。

すると、俺の視界は後ろに回り、俺に向かって落ちてくる一夏の顔が目に入った。

一夏は俺が行き成り自分に向き直ってきた事に驚愕していたが、俺は回転の勢いのままに片足を振るい、前に突き出す。

荒っぽいやり方ですまねえが我慢しろよ一夏!!?

 

「どぅおらぁあああッ!!!(ズバァアンッ!!!)」

 

「ぶぎゃおッ!!?」

 

俺のフライング廻し蹴りを顔面に喰らった一夏は、奇妙な悲鳴を挙げながらそのまま俺達と反対方向に飛んで行って、地面に激突した。

そのまま俺は地面に着地して、一夏の様子を伺おうとしたが、激突で起こった土煙の所為で何も見えなかった。

 

『敵機の撃墜を確認、警告を解除』

 

ってそういえば千冬さんは!?

 

「(シュインッ)千冬さん!?大丈夫っすか!?どこも怪我してねえっすか!?」

 

「ぇ……あ…ぅ」

 

俺はヘッドギアのサングラスを額に上げて、千冬さんに声を掛ける。

だが、俺の腕の中に居る千冬さんは、何やら呻くだけで返事を返してくれなかった。

ヤベエ!?もしかして今の動きの中で千冬さんに負担かけちまったのか!?

俺は焦りながらも真剣に千冬さんの全体を見ていく。

 

足、俺が膝裏で支えている以外に汚れた所は無し、つまり石の破片とかは当たってねえな、次。

 

上半身、俺が背中に手を廻して支えている以外に、胸のアーマーとかに挟まれたとかも無い、次。

 

腕、千冬さんの両腕は千冬さんの胸元に両方とも置いてあるので腕も怪我は皆無、修道女のお祈りの様な腕の組み方になってるだけだ、次。

 

顔、特に顔の汚れは無し、今日も綺麗だし、髪の毛を巻き込んでる事もない、顔色はトマト並に真っ赤なこと以外は特におかしくはねえ、つ……ぎ?…………ん?

 

あれ?ちょいと待とうか俺?今の状況を確認し直してみよう。

俺は地味に感じてきた違和感を整理しつつ、自分と千冬さんの状況を考えてみる。

まず、俺が支えているのは膝裏と背中、そして千冬さんは俺の腕の中にスッポリと納まっている。

 

 

つまり俺と千冬さんの今の状況は、どう見てもお姫様抱っこ状態です本当にありがとうございます。

 

 

ソレを確認、理解した瞬間に、俺の背中から嫌な汗がダラダラと出てくる。

ヤバイ、殺されるってマジで。

 

『警告警告警告!!!、後方より敵影を2機確認、至急迎撃の用意を』

 

と、俺が現状に汗ダラッダラ状態でいると、オプティマスから新たな警告が発令され、ハイパーセンサーが後ろの映像を捉える。

え?何ソレ?敵影って何?敵って何なのよ?

半ば混乱状態に陥りながらも、ハイパーセンサーの映像を確認してみる。

 

「……ふふ♪(ニコニコ)……(ビキッ!!!)」

 

其処には、笑顔なのに額に青筋を浮かばせながら、手に持ったインカムを握りこんで亀裂を刻み込んでる真耶ちゃんと……。

 

「……♪(ニッコニコー)」

 

手を後ろに廻しながら、輝くようなスマイルを浮かべている本音ちゃんが居ますた。

何故か2人の顔は笑顔なのにちっとも癒されません、あれ?おっかしいなぁ?

思わず腰を抜かしそうになる自分を叱咤するが本音ちゃんの右手は背中に隠されていて、全く窺えないことが更に恐怖を煽ってくる。

うん、オプティマスの警告は間違いじゃねえな、確かに敵影だわありゃ。

でも撃墜はしねえからな?っていうかむしろ俺の方が撃墜されそうな気配が微レ存。

 

「ゲンチ~?いつまで織斑先生を抱っこしてるのかな~?(ニコニコ)」

 

「そうですよ元次さん?織斑先生に失礼ですから、早く降ろしましょうね?(ニコニコ)」

 

「ラージャッ!!」

 

後ろから音も無く忍び寄ってきた本音ちゃんと真耶ちゃんに恐怖しながら、俺は千冬さんをゆっくりと降ろす。

無理、逆らえませんってこの二人にゃ。

 

『敵機接近、急ぎ殲滅行動を』

 

うるせえよオプティマス!?テメエはどうあっても俺にラスボス相手に特攻しろってのか!?

こんな若い身空で死にたくねえっての!!せめて可愛い彼女作ってチューして抱いてから死にたいわ!?

 

「……だ、抱かれた……元次に……抱かれた……ぶつぶつ」

 

しかし俺が千冬さんを降ろしても、千冬さんの顔の赤みは取れず、何やらブツブツと呟いてらっしゃるではないか。

それが面白く無いのか、真耶ちゃんと本音ちゃんの表情は厳しくなってる。

目の前に広がる光景に現実逃避したくなった俺は……。

 

「……一夏の奴……無事だといいな」

 

現実から目を逸らした。

 

「おぃフザけんなぁあああ!!?(ガバァッ!!!)人の顔面盛大に蹴り抜いておいてそりゃねえだろうがぁ!?」

 

「い、一夏!?大丈夫か!?」

 

「お、お怪我はありませんか!?」

 

俺がオープンチャネル越しに呟いた言葉に、一夏は鼻を摩りながら立ち上がって猛抗議してくる。

あ、何だ無事だったのか?良かった良かった。

更に一夏の声を聞いてハッとしたオルコットと箒の声が響き、二人は一夏の元へと走って行った。

 

「む……一夏の事は私が見ておくから心配いらんぞ、オルコット」

 

「あ、あら?クラスメイトを心配するのは常識でしてよ篠ノ之さん?其処に人数は関係ありませんわ」

 

「……猫被りが上手いようだな、オルコットは」

 

「いえいえ、鬼の皮を被るよりはマシでしょう?おほほほ……」

 

「「……(バチバチバチッ!!!)」」

 

『ヒィッ!?ゲ、ゲン!!ヘルプッ!!』

 

『ゴメ、むり』

 

そして朝のSHRの如く互いに睨み合うオルコットと箒。

もう一生やっちまえ、但し俺にだけは迷惑かかんねえようにな。

更にオープンチャネルで助けを求めてきた一夏を容赦なく切り捨てる。

しかしこのままじゃ授業になんねえなぁ……仕方ねえ、こんな時こそ、頼れるあの人にお願いしますか。

  

「……はっ!?こ、この馬鹿娘共がッ!!世界の端っこでやっていろッ!!!」

 

世界!?

 

バゴバゴォッ!!!

 

「「みぎゃッ!!?」」

 

だが、俺がこの状況を収めてもらおうと千冬さんに声を掛けようとしたら、タッチの差で千冬さんは現実に戻って来た。

でもやっぱり恥ずかしかったのか、かなりの勢いで出席簿を振るって箒とオルコットの頭をド突いてる。

その余りの威力に箒とオルコットは頭を抑えたまま蹲ってしまった。

うわぁ~……ありゃかなり痛えだろうな……ドンマイ。

そのまま肩ではーっはーっと息をする千冬さんは、正面に居る一夏を睨みつけた。

 

「全く……織斑。あのまま元次がお前を止めなかったら、生徒に怪我をさせていたかも知れんぞ?」

 

「うっ……すいません」

 

千冬さんの言葉にしょげる一夏。

まぁあのままだったら千冬さんが怪我してたのは一夏も気付いてるんだろう。

アイツにとっては、それが余計凹むんだろうな。

 

「……まぁ、いい。それより授業を再開するぞ。織斑、武装を展開してみろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はい……ふぅ」

 

一夏は千冬さんの言葉に返事をして両手で刀の柄を握るようなポーズを取る。

光が掌から溢れ、線を結んで形を作り、光が収まれば雪片弍型が握られていた。

これに関しては白式を展開する時よりも遥かにスムーズだ。

やっぱ剣道をやっていた事が上手く働いているのかも知れねえな。

今ので1秒とちょっとってトコか?

 

「遅い、0,5秒で出せる様になれ」

 

しかし其処は厳しさに定評がある我等が千冬さん。

簡単に褒める事はせずに、更に精進しろとの仰せが下った。

まぁ一夏の場合は武器があれっきゃねえもんな、展開が遅かったらそれこそ命取りだ。

次に千冬さんは痛みで頭を抑えているオルコットに視線を向けた。

 

「次はオルコットだ」

 

「は、はい」

 

オルコットはもう一度ブルーティアーズを身に纏って立ち上がり、精神を集中させていく。

しかし、何故か左手を肩の高さまで上げて真横に腕を突き出した。

その瞬間、爆発的な光が一瞬放たれるがそこには既にマガジンまで接続された狙撃レーザーライフル、スターライトmkⅢが握られていた。

オルコットが視線を向けるだけでセーフティが解除される。

1秒も掛からずに展開、射撃可能状態が可能になっていた。

おおぉ!?こりゃスゲエ!!スゲエ……けどよ。

 

「さすがだな、代表候補生。だがそのポーズはやめろ。真横に銃を向けて誰を撃つつもりだ。正面に展開出来るようにしろ」

 

「ちょ!?テメエ俺の頭をミートパイにするつもりか!?」

 

「え!?あっ!?も、申し訳ありません!!」

 

俺は千冬さんの言葉に続いて、オルコットに声を掛けた。

そう、オルコットが手を突き出した先にいるのは俺、そして銃口の先には俺の頭部がある。

行き成り目の前に銃口が展開されてマジビビッたっての。

俺の慌てた声が聞こえたオルコットは、ワタワタとしながらも俺に謝罪して、千冬さんに向き直った。

 

「で、ですが、これはわたくしのイメージを固めるのに必要な……」

 

「直せ……いいな?」

 

「はい……」

 

反論したそうな顔のオルコットだったが、千冬さんの一睨みで何も言い返せなくなった。

この御方に対して下手に逆らったら命は無いからな。

 

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。はっ、はいっ」

 

千冬さんにいきなり振られた指示に吃驚して反応が鈍っているオルコットだった。

まぁそれでもさすがは代表候補生、すぐに意識を切り替えて手を前に構える。

オルコットはまず展開していたスターライトを光の粒子に変換……この場合は『収納(クローズ)』だったな……。

そして新たに近接用の武装を『展開(オープン)』する。

 

「くっ……」

 

だが、オルコットの手には光の粒子が漂うだけで、お目当ての近接武器が中々出て来ない。

何だ?オルコットの奴どうしたんだ一体?銃はあんだけスムーズだったってのに。

その光景に一夏と2人で首を捻ってしまうが、当のオルコットは何やら苦い顔をしている。

 

「……まだか?」

 

「す、すぐです。……ああ、もうっ!『インターセプター』!!」

 

千冬さんの呆れた声を聞いて少しすると、武器の名前をヤケクソになって叫ぶオルコット。

それによりイメージがまとまり、光はアーミーナイフの様な形状の近接武器として構成される。

だがそれは優秀なオルコットにとって良くない行動だ。

何故ならさっきオルコットがやったのは教科書の頭に書かれている『初心者用』の方法。

アイツがあんな初歩的な事をすると言うことは……コイツ銃ばっかで近接武器は疎かにしてたみてえだな。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません!!ですから、問題ありませんわ!!」

 

千冬さんの的を居た言葉にオルコットは必死な声で返すが、それぐらいじゃあ千冬さんは止まりませんわ。

 

「ほう……先の試合では元次にあっさりと懐を許して、武器ではなく拳や蹴りを数発、オマケに強烈な一撃を、それも二度も喰らったんじゃなかったか?」

 

「あ、あれは、その……」

 

「更には織斑との対戦ですら初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「………………」

 

俺を出すとオルコットは完全に痛いところを突かれたかのように、ぐぅの音も出なくなった。

まぁぶっちゃけタコ殴りとまではいかねえが、それでもかなりの回数殴ったしな。

おまけに最初と最後の『ストロングハンマー』はカンッペキなクリティカルヒット、文句の付けようがねえ。

そんな風に言われているオルコットを俺と一夏が眺めていると、いきなりキッと睨まれた。

その瞬間、個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)が送られてくるではないか。

しかも目の前に居るオルコットからだ。

 

『あなたたちのせいですわよ!』

 

何故か俺達の責任にされる始末。

んなもん知るか。

ってかお前は俺の時は必死に立ち向かっていただろうが。

 

『あ、あなたたちが、わたくしに飛び込んでくるから……』

 

そりゃ俺と一夏のISは接近戦用の武装しか無かったから仕方ないだろうに。

 

『そう言われても、俺の武装は雪片だけだからなぁ……そう言えば、ゲンは何で最初に武器を使わなかったんだ?もしかしてあのロケットパンチだけなのか?』

 

と、ここでオルコットの言葉にバカ正直に答えた一夏が、俺に質問してきた。

ってそういや、あん時何で武器を使わなかったのかは言ってなかったな。

 

『違えよ、一次移行(ファーストシフト)してなかった間は、武器が全部ロックされてたんだよ。オメエだって、最初は零落白夜を使えなかっただろうが』

 

『あっ、そうか……ん?全部?って事はアレ以外にも武器あるのか?』

 

『ソイツはこれから出すからお楽しみにしてな、ベイビーボーイ』

 

『何だそれ……まぁ楽しみにしておく』

 

『あのぉ!!わたくしのお話し聞いていただけてますかしら!?』

 

聞いてねえ。

何やらプライベートチャネルで喚くオルコットの相手は一夏に任せて、俺はプライベートチャネルを閉じた。

そんでまぁ、千冬さんから掛かるであろうお言葉を待っている。

 

「さ、さて、最後は……げ、元次、やってみろ」

 

「了解っす……っていうか、呼び方がプライベートに戻ってますぜ?織斑先生?」

 

「ッ!?う、うるさい!!さっさとやれ!!(くうぅ!?生意気な事を!!)」

 

俺が軽く笑いながら言った言葉に千冬さんはハッとした様なリアクションをみせてくれた。

しかもそれが御気に召さなかったのか、更に顔を赤くして怒鳴ってくる。

おっとっと、これ以上はやめとこう、引き際は大事です。

俺は腕を軽く下向きに曲げて、オプティマスに命令を発信する。

まず最初は腕に収納されてる近接武器にしとくか。

 

「へいへい……まずは近接武器その1……(シャキンッ)エナジーソードっす」

 

そして、俺がオプティマスに合図を出すと、一夏達みたいな光の粒子は展開されなかった。

そのかわり、シャキンッという金属が擦れる音を奏でながら、拳の上の面状に位置するアーマーの隙間から、片刃のエナジーソードが展開された。

現われたソードの造りは、刃の先端が大きく膨らんでいる造りで、雪片とかの様な日本刀をモチーフにした剣とは全然違う。

俺のソードは日本刀の『斬る』ではなく、重量で叩き切るといった、トップヘビー型のソードだ。

しかもこのソード、エネルギーを微妙に消費しながら、ソード全体を熱している。

その証拠に、刃の部分は打ち立ての鉄の様に真っ赤な色合いを見せていた。

こりゃ重量だけじゃなく、熱でも斬るって感じだな。

 

「ん?おい鍋島」

 

「へ?なんすか?」

 

俺がエナジーソードに魅入っていると、千冬さんが怪訝そうな声で話しかけてきた。

はて?何だろうか?

 

「今の武器、粒子化していなかったが……もしや、拡張領域(パススロット)の外に装備されているのか?」

 

千冬さんは俺の腕から伸びているエナジーソードを見ながら質問してきた。

さすが世界最強の御方、鋭いモンですな。

 

「はい、何か処理能力を確保するために、近接武器は1つを除いて全部外に付けてあるみたいっす」

 

「ふむ……では、拡張領域(パススロット)に入っている近接武装を展開しろ」

 

「あいあいさー」

 

俺は千冬さんの言葉に返事をしながら、エナジーソードをアームの中に収納して、手を構え直す。

その構えは自分の目線の前に、コップを握る様な形になってる。

そして、頭の中で爺ちゃんの家の納屋にあった斧を思い浮かべてイメージを固める。

 

「(パァアッ)うし、これが近接の中で唯一拡張領域(パススロット)に入っているエナジーアックスです」

 

手に現われたエナジーアックスをしっかりと握りながら、俺は千冬さんに声を掛ける。

展開速度は大体0.7秒ってとこか。

これぞ貴重な日曜日を訓練でめいっぱい消費した成果なり。

 

「……なるほどな……その大きさでは、拡張領域(パススロット)に格納しなければ持ち運べんか」

 

「まぁ、そうっすよねぇ……」

 

千冬さんは考える様な声を出しながらエナジーアックスを『見上げている』

かく言う俺も千冬さんに従ってエナジーアックスを『見上げていた』

俺達が見上げた先は俺の頭1つ上ぐらいの位置で、そこにはエナジーアックスの刃の部分が悠然と聳えていた。

刃は滅茶苦茶デッカイ上に、コイツは両刃の斧だ。

オマケにエナジーソードと同じ様にエネルギーを微量ながら消費して、刃の部分を赤々と燃やしている。

さすがにこんなデカブツは腕に入りきらなかったってか。

 

「ふむ、展開速度も姿勢も悪くは無いが、お前も織斑と同じ様に0,5秒を目指せ」

 

「わかりました」

 

千冬さんの言葉に肯定の意を返しながら、俺はエナジーアックスを拡張領域(パススロット)に収める。

まぁ妥当っちゃ妥当なお言葉だな。

幾らコレ以外の武器は瞬時に展開できても、コレを使う場面でモタついてちゃ話しになんねえ。

 

「では次、射撃武器を展開」

 

「はいな。どれを展開します?」

 

っと、いけねえいけねえ、まだ俺の番は終わってなかったな。

俺は千冬さんに返事をしつつ、どの武器を出すか聞いてみたんだが、何やら千冬さんは難しい顔をしてしまった。

え?何?

 

「……まさかとは思うが……射撃武器も複数インストールされてる等と言わんだろうな?」

 

すいません、バッチリインストールされてます。

 

「……数にすりゃあ、11個はインストールされてます、はい」

 

『『『『『……』』』』』

 

俺が放った一言は、このグラウンドにいる人間にはかなり衝撃的だったのか、全員言葉も無いって顔をしている。

俺の横に立っている一夏とオルコットなんか、顎が外れたってぐらいに口開けてるし。

先の試合で拳と蹴りばっかり使ってた俺が、実はトンデモない武器庫だったのが信じられないんだろう。

千冬さんなんか額を押さえて溜息吐いてるし。

 

「はぁ……どれでもいい、1つだけ展開しろ(束の奴め、どれだけ高性能に輪を掛けたISを送ってきたんだ……まぁ元次なら心配いらんだろうが……ハニートラップに引っかかったら私が元次の目を醒ませばいいだろう、刀で)」

 

ぞくう!!

 

な、何だ今の悪寒は!?何か俺の身体が分割される様な悪寒だったぞ……き、気の所為、だよな?

俺は行き成り奔った正体不明の悪寒に襲われつつも、射撃武器リストを展開した。

1つでいいとは言われたものの、どの武装を出そうか迷っているからだ。

出来ればクラスメイトがビックリするようなド派手なのがいいんだが……おっ?コレならいいか。

そして、俺は『展開(オープン)』する武器が決まったので、頭の中にイメージを呼び起こす。

日曜日の特訓でオルコットがやった様に、名前を呼びながら『展開(オープン)』した武器の全体像を思い出しながら、両手を軽く上に突き出す。

すると、さっきのエナジーアックスより更に0,2秒程遅いが、俺の手元に長大な銃身が二つ現われた。

 

「(ガシャッ)ふぅ……長距離砲台、セミオートカノン。展開完了っす」

 

俺は千冬さんにそう言いながら、手元の銃に目を向ける。

オプティマスの手に収まっているのは30mmというごんぶとな砲弾を撒き散らすモンスターガン、セミオートカノンだ、それも2門。

しかもこのセミオートカノンのマガジンはベルト給弾式になっていて、背中に取り付けられた砲弾補給用の巨大なコンテナボックスに繋がっている。

それだけじゃなく、コイツの一番凶悪なトコは、コンテナに取り付けられたバカでかい爆裂焼夷擲弾弾筒ミサイルを撃てるってトコだ。

俺の頭なんか余裕で飲み込んじまう程にデカイミサイルをブチかます……やられた方は悲惨だろうなぁ。

 

「……どれだけ凶悪な武装を積んでるんだ、お前は」

 

『『『『『うんうんっ』』』』』

 

と、俺のキャノン砲を見ながらボソッと呟いた箒の一言に、クラスメイトは全員揃って頷いていた。

失礼な、この武装を積んだのはお前の姉貴だっつーの。

俺はそんな感じでユニゾンしているクラスメイトを放置して、隣に居る一夏に極上のスマイルを送った。

その極上スマイルを見て、何故か顔を青くする一夏。

 

「まぁ一夏よ?次からテメエと喧嘩やる時は、遠慮なく武器を使わせてもらうから覚悟しとけ?」

 

「じょじょじょ冗談じゃねえよ!?もう絶対にお前とは戦らねーからな!?俺まだ死にたくねえ!?」

 

「わ、わわわたくしもご遠慮させていただきますわ!?絶対!!何があろうとも!!」

 

何故か一夏の傍に居たオルコットまで俺との模擬戦を断った。

ちっ、早くも実験台の2人に断られちまったか。

この2人なら専用機持ちだし、加減せずに撃てるチャンスだったってのによ。

 

 

 

 

その後は何のトラブルも無く授業は進み、授業終了の号令と共に、俺達は更衣室に向かった。

そんで一夏より早く着替えた俺は、「待ってくれ」という一夏を放置して1人で教室に帰っていたんだが……。

 

「(ブーッブーッ)ん?メールか?……本音ちゃんから?」

 

途中でマナーモードにしていた携帯が鳴り、取り出して差出人を見た所、差出人は我が癒しのマスコット、本音ちゃんその人だった。

一体どうしたんだ?という疑問を抱きつつも、俺はメールを開いてみた。

本音ちゃんも今時の女の子なので、絵文字や女の子文字を多用していた事から、解読に時間が掛かるだろうと踏んでいたんだが……。

 

 

 

『今日の昼休みに顔を貸してもらおうではないか』

 

 

 

何やら、簡潔かつ、激しく素っ気無い内容ですた☆

あれ?俺何かやらかしました?

 

「……(カチカチッ)」

 

少しばかり震える手で、何とか返事を打ち直す俺。

 

『どのようなご用件で?』

 

低姿勢なのは気にしてはならない。

そして程なくして返事は帰って来た。

 

『それは秘密であります』

 

『了解であります』

 

最後に必死な思いで返事を返して、俺は震える手で携帯を閉じた。

 

「……俺、マジで何したっけ?」

 

若干この後に起こる出来事にガクブルしながら、俺は教室へ足を進めていく。

教室に入った時の、本音ちゃんのニコニコな笑顔は、何故か忘れられないと思った今日この頃でした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この学園には猫が居る……癒し猫と、悪戯猫が

大分間が空いてスイマセン


あぁ……気が重い……俺、マジで何かやったっけか?

 

只今の時刻は昼休み。

俺は本音ちゃんから指定された場所に向かうために溜息を吐きながら1人で廊下を歩いている。

相変わらず色んな場所から好奇の視線が俺に突き刺さるが、その辺を全部無視して、俺はひたすらに歩いていた。

途中、上級生らしき女尊男卑の思考に染まりきったバカが絡んできたが、威圧して追い払った以外は特に何もない。

 

ったく、何が「男でありながら、私の目に叶った事を幸運に思いなさい」だっての。

 

不機嫌さも相まって思わず反射的に「魚の餌になりてえか?それとも土の肥料がいいか?えぇ?生ゴミっぽい先輩さんよぉ?」なんてキレちまったじゃねえかクソボケが。

 

最後は涙と鼻水垂らしながら逃げていったけど。

 

午前中の授業を全て消化した俺は、一夏達と飯を食いに食堂に足を運んでいた。

本当ならその時にでも本音ちゃんのご機嫌を取ろうと思ったのだが、本音ちゃんはやけにニコニコとした表情のまま先に教室から出て行た。

その行動に一夏達は首を傾げていたが、あの笑顔の意味が判ってる俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかったっての。

そして昼食をとっている時に本音ちゃんからメールがきた。

そしてその送られてきたメールは、俺にとってはデットオアアライヴの二者択一を迫ってくる恐怖の手紙にも等しかった。

 

 

内容はこうだ。

 

 

『お昼ご飯食べたら~校舎の裏にあるベンチまで来てね~♪あっ、く・れ・ぐ・れ・も!!1人で、だよ~♪もしすっぽかしたらぁ……皆の前でいっぱぃ泣いちゃうぞ~"(/へ\*)"))ウゥ、ヒック』

 

 

もはや中学の頃に野郎共からもらった果たし状と変わり無え、いやそれ以上の脅しが満載のラブレターでした♪

ちょっと待って下さいベイビーガール、俺の所為で本音ちゃんが泣く=俺の死ですよ?

っていうか他の女子にも精神的にイジメられるっての。

終い、いや仕上げにゃ爺ちゃんと冴島さんに物理的にブッ殺されちまう。

 

 

その余りにも戦慄する内容にテンパッた俺が返した返事はこうだ。

 

『例え天変地異が起ころうとも、必ず貴女の元へ馳せ参じます』

 

俺はどこぞの騎士か?今更ながら何故こう書いたし。

 

 

近年稀に見るほど、俺はテンパッていた事だろう。

しかも一夏の野郎が暇だし着いていくとか言い出すから、説得するのが面倒だったぜ。

最終的にリバーブローで物理的に沈めたけど。

まぁ箒と相川にオルコット、夜竹が居たから任せときゃ大丈夫だろう。

しっかし……本音ちゃんの用事ってホントになんなんだろうか?

今日は特に怒らせるような事はしてない……筈、多分、きっと、メイビー。

そんな事を考えながら歩を進めていると、何時の間にか校舎の裏手側まで来ていたんだが……。

 

「おぉ……こりゃ見事なもんだな……正に絶景かな」

 

俺は視界に飛び込んできた景色を見て、知らず知らずの内に笑顔になっていた。

まず校舎側は窓がなくて壁になっているので、向こうからコッチの様子を見られることは無い造りになっている。

反対側の校舎の敷地を仕切る壁の向こう側にはIS学園の林があって、綺麗な緑の景色が広がっていた。

樹の葉っぱがザワザワと聞こえるせせらぎは、疲れた心を癒す天然のサウンドミュージックそのものだ。

こりゃあ最高だぜ……この景色だけでも来て良かったと思えちまう。

 

「あっ♪ゲンチ~、こっち~だよ~。はやくはやく~♪」

 

「ん?」

 

と、俺が見事な自然の癒しに心を馳せていると、少し遠いところから本音ちゃんの声が聞こえてきた。

その声がした方向に目を凝らして見ると、更に奥の方に設置されたベンチに座りながら本音ちゃんが満面の笑みで俺に手を振っていた。

あぁ、俺の癒しもこれまでか……ん?……おや?

俺をこの場所に呼び寄せた張本人である本音ちゃんの姿を確認して、俺はこれから一体何をされるのかと若干気落ちしてしまうのは仕方ねえと思う。

……が、ふと何気なく本音ちゃんの顔を見た瞬間に何やら違和感を感じた。

ベンチに座って俺に手を振ってくる本音ちゃんの顔は……とても可愛い顔だった。

 

「どうしたの~?早く来てよぉ~♪は~や~く~♪(ニコニコ)」

 

「あ、あぁ。今行くよ」

 

俺に手を振りながら待ちきれないって感じで声を掛けてくる本音ちゃんに俺は返事を返しながら歩き出す。

違和感っていうのはその……普段なら普通なんだろうけど……本音ちゃんの笑顔がとてもぽややんとしていて、心が癒された事だったりする。

いやホントに普段なら普通の事なんだけど、俺の考えていた展開と随分違いすぎるぞ?

俺はてっきり本音ちゃんが俺のやった事に対して何かしら怒ってると思ってた。

だが、俺に向かって手を振る本音ちゃんは、間違いなく何時もの癒しオーラをこれでもかと撒き散らしている。

これはもしかして……何も怒ってねえのか?……そうだといいんだがなぁ……じゃああのメールは一体何なんだ?

俺はおっかなびっくりといった感じで本音ちゃんに近づいて行く、それこそ虎なんかの獰猛な動物を驚かせない様にって感じだ。

だが、そうなると必然的に俺の歩みは普段よりも遅くなってしまう。

そして、俺が歩くのが遅い所為で、段々と本音ちゃんの餅の様に柔らかいホッペは膨らんでしまった。

 

「もぉ~、遅いよぉ~……むむッ!?(キュピーンッ!!)……そ~だぁ~♪にゅっふっふっふ~♪」

 

そ、その獲物を見つけたいたずら好きの猫の様な目は何でしょうか本音ちゃん?

あれ?何時の間にか俺って狩られる側になってね?

最初こそ俺が来るのをニコニコと待っていた本音ちゃんだったが、段々と焦れてきたのか、ベンチからぴょんと飛び降りて駆け寄ってきた。

だがそれでもニコニコとした笑顔を崩さずに俺の傍に走りながら来て……。

 

「えいやぁ~!!(ぴょんっ!!)」

 

「(がしっ)ぬほぉ!?ほ、ほほ本音ちゃん!?」

 

「えへへ~♪つ~かま~えた♪(ぎゅうっ)」

 

本音ちゃんは俺に走り寄ってきたかと思うと、突如俺の目の前でジャンプする様に飛び、俺の腕に引っ付いてきたではないか。

そのまま幸せそうなスマイルを浮かべて、俺の片腕を両手でぎゅっと抱きしめて、顔をスリスリと擦りつけてくる。

きゃ~♪捕まっちゃった♪っじゃなくて!?い、いいい一体全体何だこの嬉し恥ずかしドッキリイベントは!?

絶賛混乱中の俺を他所に、本音ちゃんは今より更に身体をくっ付ける力を強めてくる。

そうすると、俺の腕に何やら途轍もなく柔らかく、それでいて中々に強い弾力を持った塊の感触が伝わってきた。

 

 

そう、擬音にすると……むにゅっむにゅとしてぷよぷよでむっちむちぼいんぼいんorばいーんばいーんな二つの塊。

 

つまりは同学年、いや全学年で1,2位を争う程にビッグなおっぱい様である。

 

やべえ、すげえ気持ち良い……じゃなくて!?

 

 

「ちょ!?ちょちょちょちょちょっと待とうぜよ!?一旦僕から離れましょうか本音ちゃん!?こ、この体勢は些か以上にマズ過ぎる気がくぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

ダメだ!?思考回路がメルトダウンしてやがる!?

言語変換ががががががががが。

 

「にっひひ♪やぁ~だもん♡ぎゅう~♡(これからはもっともっとぉ~……たぁ~くっさん甘えちゃうのだ~♡)」

 

「ほわぁああああああッ!!?ほわぁああああああッ!!?ほわぁああああああッ!!?」

 

これって罪袋じゃね!?

 

さ、更に強くブラボーなお胸様が押し付けられてきたぁあああ!?

もうふにょんふにょんですよ!?隠れわがままボディが隠れないで自己主張倍プッシュですよ!?

しかもずっと顔をすりすり攻撃してくるからなんか胸のドキドキが止まらないんですけど!?

いきなり開始された萌えの波状攻撃にさらされた俺の心臓はまるでV12エンジンの如く激しい鼓動を奏でてしまう。

何とかして落ち着かせようにも、ちらりと本音ちゃんと目が逢ってしまい……。

 

「うにゅ~♡(ぽわぁ~ん)」

 

「ぐごばぁ!?」

 

か、可愛い過ぎるよこの癒しっ子のスマイルはぁぁあああああ!?

少しばかり赤みが差したプリティで癒されるスマイルを見ると、否応にも心臓のスロットルが吹かし上がっていく。

ここ最近は本音ちゃんの怒ってる顔を見る比率が多かった所為で、余計にこのぽわわんスマイルに反応してしまう俺だった。

 

「さぁ~ゲンチ~♪行きましょぉ~♪」

 

「へ?あっちょ」 

 

本音ちゃんは俺を1度見てから、俺の腕を引っ張ってさっきのベンチの方まで引っ張り始めた。

その行動が意味する所は判らなかったが、俺は本音ちゃんの誘導に逆らわずに着いていく。

な、何だ?本音ちゃんは俺に一体何をさせようとしてるんだ?

気になって本音ちゃんに視線を送っても、本音ちゃんはニコニコとした顔で「やくそく♪やくそく~♪」と楽しそうに歌っている。

そのまま本音ちゃんの引っ張る力に任せて歩いていくと、本音ちゃんが先ほど座っていたベンチに到着した。

すると、本音ちゃんは俺の手から離れて俺と向き合う様に立つ。

本音ちゃんが離れた時に腕を包んでいたビッグマシュマロが離れて非常に残ねげふんげふん……非常に安堵した。

 

「さぁさぁゲンチ~?約束どおりにぃ~『身体』を貸してもらおうではないか~♪」

 

「あれなんか違う!?しかも怖い!?」

 

突然、本音ちゃんが千冬さんがやる様に腕を組みながら俺に向かい合って言った言葉は俺の想像を遥かに上回っていた。

ちょっと待て!?確か要求されたのは『顔』だったよな!?身体って……お、俺に何をする気ですか本音ちゃん!?

俺の驚愕に満ちた叫び声を聞いても、本音ちゃんは笑顔を崩さずに俺をじっと見ている。

 

「細かい事はいいの~♪じゃぁ、まずはこのベンチに座ってね~?」

 

ニコニコと笑っているのに、何やら強制力がとても強い言葉を発しながら、本音ちゃんは再び俺の手を握って、俺をベンチに座らせようとしてくる。

俺はその笑顔を見ながら、割とマジに心の中で自分の無事を神様に祈りつつ、本音ちゃんの誘導に従ってベンチに腰を下ろした。

だが、俺が腰を下ろしても、本音ちゃんは俺の隣りに腰掛けるでもなく、只立ったままに俺をニコニコと見ているだけだった。

どうしよう、すっげえ恐いんですけど?

 

「え~っと?……本音ちゃん?こ、こっからどうするんだ?」

 

俺は特に何をするわけでもなく、俺を見ているだけという行動に疑問を持ったので問いかけてみた。

だが……。

 

「(キュピーンッ!!)ふっふっふ~♪そ・れ・は・ぁ・~♪」

 

「そ……それは?(ごくりっ)」

 

俺の問いに、本音ちゃんはニコニコ笑顔から一転して先ほどの悪戯好きの猫のような表情に変わる。

その急激な表情の変化に、俺は口元をヒクつかせながら唾を飲み込み、恐る恐る問い返す。

 

「……こうするので~す♪にゃ~ん♡(ごろりん)」

 

本音ちゃんは猫の様な鳴き声を真似しながら俺に歩み寄り……ベンチの空いてる側に寝転んで……俺の『膝の上』に頭を置いた。

 

「………………WHAT?」

 

間の抜けた声が出ても仕方ねえと思う。

それほどまでに本音ちゃんのとった行動は予想外で、度肝を抜かれるモノだったからだ。

人間で言うトコの男女間でやるなら『おわれぇえええ!!』や『もげろぉおおお!!』とか『爆発しちまえ!!S・H・I・T!!』と言われて然るべき行為。

俗に言うカップル、人生の勝ち組、リア充であり相思相愛の間柄にいる男女が行う『砂糖を吐かずにはいられない光景』

 

 

 

そう……

 

 

 

ひ ざ ま く ら

 

 

 

……である。

 

 

しかも何故か男女が逆……ちょっとぉおおおおお!!?

もはや言葉にならねえ程の驚愕を顔にアリアリと貼り付けて、俺は自分の膝に居座ってる『子猫ちゃん』を見る。

そんな俺の驚愕の視線を意にも介さずに、本音ちゃんは幸せそうな顔で俺の膝にすりすりと顔を擦っていた。

まるで、猫が自分の居場所を主張するためにマーキングするかの如く、だ。

 

「ほ、ほほ本音ちゃん!?な、何をしていらっしゃるんですかラッシャイ!?」

 

落ちケツ!?口調がブタゴリラの親父になってるぞ俺!?

俺のテンパッった問いかけにも、本音ちゃんは膝から頭を上げずに、ごろんと寝返りをうつ様に仰向けになって俺と視線を合わせてきた。

俺を見つめてくる本音ちゃんの顔は、さっきと変わらず満面の笑顔のままだ。

 

「えへへ♡今日は天気がいいからぁ~ここでお昼寝をしたかったんだ~……にゃぁ♡」

 

「(きゅんっ)ぶげれぼらっ!?」

 

本音ちゃんは満面の笑顔をそのままに、スパイスとして頬を若干赤く染めながら俺の質問に答えた。

しかも片手を猫の手にして、俺に向かって軽く猫の手で手招きならぬ猫招きをしながら、だ。

その猫の手で、俺の頬を軽くネコパンチするように叩いてくるその様は、正に甘えん坊の子猫ちゃんだった。

キュ、キュン死するぅううううう!?

もはや吐血しそうな勢いで奇声を発しながら、俺は堪らず自分の心臓を抑える。

我が鋼鉄の心臓、只今ピストンがフルスロットル状態、ブロックを突き破らん勢いでブン回っております。

やっばい、もうなんか果てしなくスッゲエ可愛いんですけどこの子猫ちゃん。

本音ちゃんは胸を抑えて悶える俺には目もくれず、ただ俺の膝の上で気持ちよさそうに「にゃぁ♪にゃぁ♪」と鳴いている。

成る程成る程?俺はこの猫の様な可愛いモードの本音ちゃんの枕をする為にこの場に呼ばれたって事か?

 

脳内会議発令、小さい天使服の俺と悪魔服な俺。

 

膝枕(クリーク)!!膝枕(クリーク)!!膝枕(クリーク)!!!』

 

満場一致で可決。

 

 

 

ふ、よろしい。ならば膝枕(クリーク)だ(キリッ)

 

 

 

少しづつ落ち着いてきた胸の鼓動に伴って思考も冷静になってきた俺は、本音ちゃんを膝から落とさないように気をつける事にした。

まぁベンチに深く座ってるから落ちる事はねえだろうけどな。

そうしていると、突然本音ちゃんがゴロゴロするのを止めて、再び膝の上から俺に視線を合わせてきた。

 

「後ねぇ~……ゲンチ~にお願いがあるんだ~」

 

「あん?俺にお願い?」

 

「うん~、これは私だけじゃなくてぇ~きよっちとさゆりんのお願いでもあるんだよ~?」

 

「あ、相川と夜竹もかよ……お願い、ねぇ……」

 

俺が本音ちゃんからの突然なおねだりに首を傾げると、本音ちゃんは更に相川と夜竹の名前も出してきた。

はて?この3人からのお願いってなんだろうか?

俺が首を傾げている間も、本音ちゃんはそのクリッとした穢れ無き瞳で俺をじ~っと見詰めている。

 

「まぁ、本音ちゃん達には世話になってるし、そこまで無茶難題じゃなきゃ引き受けるけどよ」

 

俺は見詰めてくる本音ちゃんに苦笑いしながら答える。

実際ん所、クラス代表決定戦でも、一夏の訓練でもかなり3人には手伝ってもらったしな。

それに同部屋の本音ちゃんには毎回デザートを作ってあげてるが、相川と夜竹には数える程しか作ってやってねえしな。

そして本音ちゃんは俺の答えを聞くと、更に嬉しそうな笑顔と幸せオーラを浮かべ始めた。

この娘の癒しオーラには上限が無いのか!?

 

「ほんと~?それじゃあね、今日の夕食なんだけど~……そこで~……で~……なんだ~♪」

 

「ほう?ほうほう……成る程な……いいぜ、。そのお願い、しかと受けようじゃねえか」

 

本音ちゃんが俺の膝の上で身振り手振りで話してくれたお願いの内容に、俺は段々と笑顔を浮かべた。

そして、本音ちゃん達のお願いの内容が嬉しかった俺は、本音ちゃんのお願いを快くOKした。

 

「やったぁ♡ありがとぉ♪ゲンチ~♡」

 

俺の返事を聞いた本音ちゃんは、更に幸せオーラを発しながら俺に俺を言って、お昼寝の続きを始める。

気持ち良さそうに俺の膝の上に居座る子猫ちゃんの頭をいっぱい撫でてやりながら、授業10分前には起こしてやると言って本音ちゃんを寝かしてあげた。

とても幸せそうな寝息を立てる本音ちゃんの癒しオーラと木々と木の葉が奏でる天然のヒーリングミュージックに俺の心が急速に癒されていく。

俺はその2つのアルティメットヒーリング効果に身を委ねながら、本音ちゃんを寝かしつけて30分ぐらいボーっとしていた。

 

「いや~……心が洗われるってのぁ、こ~ゆう穏やかな時間を言うんだなぁ……はぁ」

 

俺は唐突に、誰に言うでも無く只の『独り言』をこの場で喋った。

俺の言葉の意味を表すかのように、今の俺の心の中は静かでとても穏やかだった。

 

「この時間を『誰か』に邪魔されんのぁイヤだなぁ~……」

 

そのまま俺は本音ちゃんを起こさない程度の声量で『独り言』を呟き続ける。

今この場をもし『誰か』が見ていたんなら、俺は行き成り独り言を呟くアホにしか見えねえだろう。

 

 

 

……そう……それが……

 

 

 

「まっ、こんな至福の時間を邪魔するような命知らずは――ブッ殺すけどよ」

 

 

 

『(ぞくぅっ!!!)ッ!?』

 

 

 

『誰も居ない』ならの話しだけどな?

 

 

 

俺は何やら入学試験の時の様な感じの俺を『観てくる』視線の主がいるであろう方向に、ありったけの『怒気』を向ける。

決して本音ちゃんには伝わらない様に極限まで注意して振り絞った怒気を10秒程放出して、俺は怒気を消した。

俺は『ソイツ』のいる方向には最初から目を向けずに怒気を放出していたので、さっきから俺の身体は一切動かしていない。

従って本音ちゃんの頭が揺れる事は無かったから、本音ちゃんは一切目を醒ましていなかった。

時折、何やら猫の様に「くぅ~……んにゃ……くぅ~」とか鳴く事はあるがな。

うん、スゲエ可愛い。

 

『……(スッ)』

 

すると、俺と本音ちゃん……いや『俺』のみを観察していた『誰か』の気配が消えていった。

俺が怒気をぶつけてから消える直前まで、何かに怯える小動物の様な気配を感じた事から、俺を『観察』すんのが危険だと感じたんだろう。

視線の主、その気配が完全に消えたのを確認して、俺は少しばかり溜息を吐く。

 

「やれやれ、やぁっと居なくなりやがったか……しっかし、俺を『食堂』からずっと『尾けてきやがった』のは何でだ?」

 

そう、俺は一夏達と別れた辺りから俺だけを観察するような視線に気付いてはいた。

ただまぁ、入学試験の時の先生達から送られる視線に似ていたからどう対処したモンかわからなかったんだ。

ヤマオロシを怖れて気配を消そうとする小動物に似ていたから、俺を観察してるんじゃねえかと思っていたがな。

まぁそれも暫く放置してりゃあ消えるんじゃねえかと放っていたんだが、ソイツの視線は全然消える気配が無かった。

それどころか、段々と気付かれてないとでも思ったようで気配が濃くなりだす始末。

更には本音ちゃんが寝て、俺がリラックスし始めた辺りで俺に気配がドンドン近づいてきやがった。

俺としては視線の主が誰だろうがどーでもいい事なんだが……俺の至福の癒しタイムを邪魔しようとしたのは頂けねえ。

だから俺はソイツにお灸を据える意味と、それ以上近づいたらブッ殺すって意味を篭めて威嚇してやった。

濃厚に凝縮された怒りってのは、教室で無差別に放った本気の怒りよりも効果が強い。

普通の女の子なら泡噴いてブッ倒れちまう程に強力なヤツだが、俺を観察していた気配の主は、多分普通の女の子よりかはかなり強い。

腰も抜かさず悲鳴も挙げずに逃げ出せた事から間違いねえだろう。

 

まぁ今はもう居なくなったから別にいいか。

 

そして、邪魔者がいなくなったのでそのまま二度目の幸せタイムを堪能していると、予めセットしていた携帯のアラームが授業10分前を知らせてくれた。

非常に名残惜しいが千冬さんにブッ倒されるのはイヤだったので、俺は膝で眠る子猫ちゃんを優しく起こす事にした。

眠たそうに目を擦りながらフラフラとした足取りで歩く本音ちゃんにハラハラしながら、俺達は教室に戻って午後の授業を受けた。

 

やれやれ、害は無かったが面倒な視線だったなぁ……出来ればコレで懲りてくれりゃ助かるんだが。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

バタンッ!!!

 

「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!……アレが、鍋島元次君の……『気迫』……規格外過ぎるわよ……」

 

まるで慣れないフルマラソンを完走したばかりの人間の様な息遣いを吐く少女は、自分の城のドアを蹴り破る勢いで開けて中に入った。

そして荒々しくドアを叩き付けるかの如く閉めると、滑るようにドアにもたれ掛ったまま、地面に腰を下ろし、彼女は呼吸を何とか整えようと必死になる。

それも全て、先程の男……元次から浴びせられた怒気を忘れたいが為の人間が反射的に行う自衛行動が反映されたものだ。

 

『恐いモノから逃げたい』

 

そんな人間らしい、いや動物らしい本能に従って、彼女は荒々しくもドアを閉めたのだ。

自分を追って来てるワケでも無いのに、せめて扉を閉める事で遮断しなければと、彼女の本能がそうさせてしまう。

それが彼女の、辛く厳しい訓練で身に着いた普通の人間より鍛えられた本能が「今すぐこの場から逃げろッ!!」と働きかけた結果だから。

 

「だ、大丈夫ですかお嬢様ッ!?」

 

そして、そうやって呼吸を荒げてたまま、部屋のドアにもたれ掛かって腰を地面に落ち着ける彼女に声が掛けられる。

声を掛けた女性は、IS学園3年生を示す色のネクタイを規則通りに付けていた。

それだけで、彼女がこの学園の最上級生であることが、学園の関係者には理解できる。

更に彼女の容姿は上の上、少女という幼さの衣を脱ぎ捨て色香を纏い、大人の女性へと花開きつつある知的な女性だった。

彼女の顔に掛かる淵無しのメガネの奥に見える瞳は、目の前で息を荒げる少女に対しての強い心配の色があった。

 

「……もう、ダメよ?虚ちゃん。学園でお嬢様は禁止って言ったじゃない♪」

 

そんな風に自分の身を案じてくれる『長年』の付き合いがある少女は、少しばかりのからかいの表情を見せて陽気に返事を返した。

いつもならこの返事で煙に巻くか、説教になってうやむやに出来ると少女は踏んでいた。

それもこの少女が、長年付き添ってくれた彼女に心配を掛けたくないという思いの裏返しの様なものなのだ。

だが、その日の彼女の予想は見事に裏切られた。

そうやって飄々とした返事を返したにも関わらず、彼女……虚と呼ばれた女性は怒りも呆れもせずに、首を左右に振るだけだった。

 

「お嬢様……何時もの様に振舞おうとされるのはご立派ですが、手の震えが隠せてませんよ?」

 

その言葉にハッとして自分の手を見てみれば、あっちゃぁ~というやってしまった感が出てきた。

そう、虚の指摘通り、彼女の手は小刻みに震えていたのだ。

元次の怒りによる恐怖のダメージから、まだ身体は完全に回復してなどいなかった。

もはや彼女の意思では、止めようにも止まらないのだ。

それが、その視えない力こそが、野生の王者であるヤマオロシを下せるラインの上に位置する者達が持つ一種の『力』の恩恵だ。

 

 

 

 

 

圧倒的な実力とカリスマで世界のIS乗り達から畏怖と尊敬を込めた称号『ブリュンヒルデ』と呼ばれ世界最強に君臨する女傑、織斑千冬。

 

 

 

構成員3万人を誇る関東最強最大の極道組織『東城会』若頭であり、アンダーグラウンドの世界で生きる伝説と謳われる極道、冴島大河。

 

 

 

若干16歳にして冴島や千冬に認められる程の実力を持つ『世界に2人だけの男性IS操縦者の1人』にしてIS学園のスーパールーキー、鍋島元次。

 

 

 

……余談ではあるが、まだ在野には極道社会から『堂島の龍』と呼ばれた伝説の極道や『嶋野の狂犬』と怖れられた冴島の兄弟もいる。

彼等もまた、冴島や千冬と並ぶ程の豪傑であり、元次の上に立つ真の強者だ。

 

 

 

 

 

まだ彼女には、この3人に並び立つ程の実力は備わっていなかった結果、それが彼女が身体に感じている恐怖という感情だ。

彼女の実力は、IS無しではヤマオロシの足元にも及んでいない。

そんな彼女には、元次の強力な怒気に耐えうるだけの力は欠片も無かったのだ。

元次の怒りに晒されて震える彼女の手に、虚の手が重ねられる。

近しい者から心配されるという暖かい感情に、彼女の手の震えも段々と収まっていった。

 

「……ふぅ……ありがとね、虚ちゃん♪」

 

震えが収まり、段々と冷静な思考が戻って来た彼女は、手を重ねてくれた虚に礼を言って、ドアから立ち上がる。

そんな彼女の様子を見て大丈夫と判断したのか、虚はここでやっと笑顔を浮かべた。

 

「いえ、お嬢様を支えるのは、使用人である私の務めですから」

 

「あっはは♪やっぱり虚ちゃんには敵わないや……しっかし凄いよ、あの鍋島君は……代表候補生を圧倒してたのも頷けちゃうわね」

 

彼女は昔から変わらないで自分の傍に立ってくれる『幼馴染』に感謝しながら、先程『観ていた』新入生の事を思い出す。

今年、いやISが誕生して初の男性操縦者2人、その片割れの1人であり、世界最強のブリュンヒルデに勝った男。

彼女の言葉に、虚は笑顔を消して真剣な表情で彼女を見る。

 

「……それ程凄いですか、彼は」

 

「凄いなんてモンじゃないよ?あれはトンでもないわ。頭1つ分ズバ抜けてるとかのチープな話しじゃないって」

 

そう言って彼女のはいつも持っている愛用の扇子をバッと開く。

其処には達筆な文字で『別格』の文字が書かれていた。

ちなみにこの扇子の文字は毎回変わるのだが、IS学園の七不思議(六つは不明)に載っている扇子でもある。

つまり仕組みが分からない。

 

「あれは多分、最初から気付いていたわね……私が接触しようとした瞬間『邪魔したらブッ殺す』よ?もう勘が鋭いなんてレベルを超えてる」

 

彼女は先程の出来事を思い出しながら扇子を閉じて考えを纏めていた。

その際に笑顔が引き攣ってしまうのは仕方のない事だろう。

虚は彼女の言葉を聞きながら、冷静にその先の事を考える。

彼女がここまで取り乱すのであれば、彼女の話しは本当なのだろう。

さっきの行動も、演技にしては真実味がありすぎる。

 

「それでは、やはり先に接触するのは……」

 

「えぇ。最初の予定通り織斑君しかないわね……彼は、鍋島君程の力は持ってないし、織斑先生の弟というブランドがあるもの。『奴等』が真っ先に狙う可能性が高い」

 

虚にそう言う彼女の顔つきは、先程までの怯えを持ったものでは無く歴戦の戦士のソレになっていた。

彼女が元次に接触しようとしていたのは、彼女の学園での『役割』による関係が大きかった。

その関係上、彼女は試験とはいえブリュンヒルデに勝ったという元次の力を試して、可能ならば自分の下に置こうと考えていた。

だが結果は元次の力を試す事すらできず、それどころか元次に『見逃してもらった』という散々な結果だった。

 

「さすがに私も、手綱を握れない獰猛な『熊』ちゃんと一緒の檻で生活するのは無理」

 

元次に良い様にあしらわれた結果を感じながら再び扇子を軽快に開く。

其処にはまたもや達筆な文字で『猛獣』と書かれていた。

あの場に居た『もう1人』に頼めば、元次は快く引き受けたかも知れないが、さすがに手綱を握れないのでは意味が無かった。

 

「その熊という例え……かなり的を射てるかと思われます」

 

「?どういう事かしら虚ちゃん?貴女がそんな事言うなんて珍しいじゃない?」

 

虚の物言いに、彼女は首を傾げた。

長年一緒に居るが、虚がこの様な冗談めいた言葉に反応するとは思っていなかったのだ。

 

「……本家が掴んだ情報です(スッ)」

 

だが、虚が少し頬を赤くしながら差し出してきた資料の一番上にあった写真を目に通した瞬間、彼女の口元は盛大に引き攣った。

正しく驚愕、いや理解不能の域を写し出した奇跡のスナップ。

その写真には、『2匹の熊』が写し出されていた。

1匹は、全身が茶色の体毛に覆われ、腹の体毛は白い円を描いている、古来から日本に生息する『ツキノワグマ』だ。

だがこの『ツキノワグマ』は、他の熊とは比べ物にならない点があった。

それは『大きさ』だ。

大抵のツキノワグマは大きくても3メートル前後、これでも普通の人間よりは遥かに大きく強い。

獰猛な気性なら、人間なんてあっという間に喰われてしまうだろう。

 

だが……。

 

「ねぇ、虚ちゃん?これって現像のミスじゃないかしら?私の目には、『6メートル以上はある』巨大熊が写ってる様に見えるんだけど?」

 

彼女はそう言って口元をヒクつかせながら、目の前の虚に視線を移す。

そう、彼女の持っている写真に写っているのは、立ち上がった状態で咆哮を挙げる巨大なツキノワグマが写っていた。

その姿は、正に野生の王者と呼ぶに相応しい巨体だ。

ミニバンを縦に立ちあげても、この熊の方が頭1つ分は大きい。

さすがに現代にこんな熊がいるとは思えない彼女は、渡してきた虚に問い返したくなるのも仕方がなかった。

だが、無情にも虚は首を縦に振る事は無かった。

 

「お気持ちはわかります。私も最初は目を疑いました……ですが、これは現像ミスでも撮影ミスでもありません。本当にそのサイズの熊なんです」

 

そして、虚の口から語られた真実に、彼女はもう一度写真に目を移した。

但し口元は盛大に引き攣ったままだったが。

彼女の見ている先には、もう『1匹』の『熊』……いや正しくは『熊』に近い存在の『男』が写っていた。

写真の景色は冬で、一面に雪が積もっているにも関わらず上半身は何も纏っていない。

素肌を晒す男の上半身はこれでもかと鍛え込まれており、絞った上に更に巨大な筋肉の塊が付いている。

相当な訓練をしなければ、ここまでの身体を造り込む事は不可能だろう。

それは自らも厳しい訓練をこなしてきた彼女には良く判った。

その写真の男は、体長6メートルにも及ぶ熊に対して、飛び上がり己の腕と足を駆使して戦っている姿が捉えられていた。

男の限界まで膨張した腕が、岩の様な拳がツキノワグマの横っ面にヒットしていて、熊が血を吐きながら体勢を崩していく姿を写している。

 

「その巨大熊の名前は『ヤマオロシ』と近隣住民に呼ばれているそうです……猟師の方に話を聞いた所、体毛が硬く、銃弾すら効かないという事でした」

 

「……まさかとは思うけど虚ちゃん?……このランボーも真っ青な熊と真正面から素手喧嘩(ステゴロ)してるワイルドなタフガイって……」

 

彼女の余り当たって欲しくないという思いの篭められた質問に虚は少し躊躇いながらも、今度は首を縦に振った。

 

「はい……その写真の男性こそ、先程お嬢様が接触しようとした鍋島元次君です……ちなみに彼は、このままヤマオロシを素手で倒してしまったと報こ――」

 

「無理無理無理無理ぃッ!!?どうやったってそんな規格外な人間制御できないってぇぇえええええええッ!?」

 

自分の幼馴染から語られた言葉に、今度こそ頭を抱えて絶叫してしまう彼女の姿があった。

ちなみに元次が規格外ならば、世界最強の教師である千冬は更にその上を行くというのを、彼女はすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

時間はかなり進み、此方は食堂に続く廊下。

 

 

夕食時である現在、この廊下を歩く大勢の生徒の姿があった。

そして、その一団の中に、1年1組の面々がある人間を筆頭に大きな集団となって移動していた。

その一団の先頭を歩いているのは、この学園の異端にして史上初の男性IS操縦者の1人。

鍋島元次の兄弟分にしてパーフェクトフラグメーカーの織斑一夏だ。

先頭を歩く彼の左右に陣取っているのは、眩しい金髪を優雅に靡かせるイギリスのお嬢様であるセシリア・オルコット。

そして一夏と元次の幼馴染にして、日本を代表する大和撫子の如く艶やかな黒髪を魅せる篠之乃箒の2人だった。

その羨ましすぎるポジションに後ろに着く一夏を慕う女子は羨ましそうな顔をしていた。

だが、真ん中に挟まれている一夏の表情はと言えば、全く持ってげんなりとした表情を浮かべていたりする。

それは左右の箒とセシリアが自分を挟んで睨みあっている事も原因の1つではあるが、一夏がげんなりしている理由はそれだけでは無かった。

 

「しかしなぁ……別にやらなくても良いのによ、俺のクラス代表就任パーティーなんて」

 

一夏は肩を落とした姿勢のままにそう言って疲れた表情を浮かべる。

実は今回の1年1組クラス代表決定において、これからクラスを引っ張っていく一夏を皆で祝おうというのが事の発端だったりする。

それを聞いた一夏はというと、流れに身を任せた身とあって、余り乗り気ではなかったのだ。

確かに、自分の兄弟分の粋な計らいに乗ってヤル気を出していた一夏だったが、例えそうであっても成り行き任せな所があったのも事実。

そんな自分を祝うパーティーとあっては乗り気で無くても仕方が無い。

 

「まぁまぁ一夏、皆がお前を祝ってあげようというんだ。このぐらい受け止められんでいては、男が廃るぞ?」

 

「そうですわ一夏さん、ましてやレディーからの誘いを断るなんて、紳士の風上にもおけません事ですわよ?」

 

と、一夏のぼやきを拾った左右を歩く箒とセシリアは、げんなりする一夏を嗜める様に言葉を掛ける。

その言葉に、一夏達と一緒に歩いていた1組の女子が全員呼吸を合わせて「うんうん」と頷いていた。

もはやこの場に自分を擁護してくれる人間が居ない事を痛感した一夏は、喋るのもそこそこにして観念した。

 

「わ、わかったって……ってそういえば、ゲンの奴は何処に行ったんだ?放課後から姿を見てねえんだけど……箒は見たか?」

 

とりあえず納得はしていないが、クラス代表就任パーティーについては諦めた一夏は、本来ならここに居る筈の兄弟が居ない事に首を傾げた。

何故か元次は放課後の訓練にも顔を見せず、携帯に連絡しても繋がらないので半ば放置していた。

 

「いや、私も放課後から見てはいないが、布仏と一緒に教室を出ていたぞ?」

 

「のほほんさんと?」

 

「そういえばそうでしたわね……わたくし達は直ぐにアリーナに向かって特訓していましたし、他の方なら知っているかと思いますが」

 

「アイツの事だ。その内ヒョッコリと現れるのではないか?」

 

「まぁ、それもそうだけどよ」

 

一夏はこの場に居ない元次の行方を聞いてみたが、箒から帰って来た返事は同行者が居たぐらいしか知らないとの事だ。

まさか自分にこんな面倒事を押し付けて、自分は優雅に寝てるとかじゃないだろうか?という疑念も湧いてきた。

あの時乗せられなければ……と、考えてしまう一夏だったが、もう既に後の祭り。

クラス代表は自分の姉である千冬の言葉の元に決定しているのだから。

今更拒否しようモノなら、どんな目に遭わされるか判ったモノじゃない、っていうか知りたく無い。

 

「はぁ……なんかゲンに良い様に踊らされた気がする……仕方ねえ、もうこうなったら自棄食いしてやる」

 

決まった物はもう仕方が無いと、無理矢理自分を納得させた一夏は、もう直ぐ始まるパーティーでモヤモヤした気持ちを解消する事にした。

主に食欲のみで発散してしまおうという辺り、一夏も中々単純である事が伺えた。

そして、1組の生徒が一丸となって食堂に向かうと……窓際の一列のテーブル席の上に『ご馳走』が並んでいた。

最初にこの景色を見た一夏達は、食堂に料理があるのは普通だと思っていた。

だが、おかしな事に何故かその一列のテーブル席には『誰も』座っていなかったのだ。

テーブルの上に並ぶ彩り豊かな料理達はホカホカと暖かい湯気を立ち登らせて、自分達が誰かの胃袋を満たすのを今か今かと待ち侘びている様に見える。

その光景を目の当たりにし、胃袋を刺激する漂う匂いの所為で、一夏は知らず知らずの内に喉を大きく鳴らしていた。

しかも一夏の後ろを見てみれば、箒やセシリア、更には1組の生徒も同じ様に、テーブルに置かれた数々の料理の誘惑に喉を大きく鳴らしていた。

 

「な、なんか……スッゲエ美味そうな料理が沢山あるんだけど……あれって、何で誰も手を付けてないんだ?……ゴクンッ」

 

「わ、わかりません……ですが、何かあの料理には……吸い寄せられるというか……コクンッ」

 

一夏の戸惑う声に言葉を返すセシリアだったが、彼女もまた一夏程の音では無いが、目の前の料理の魅力に喉を鳴らしていた。

英国淑女を自負する何時もの彼女なら絶対にしない行為だったが、目の前の料理達はそういった人間の自制心すら破壊しかねない程の、人間の本能に直接訴えてくるような魅力を放っていた。

何故か1組の生徒達よりも先にこの場に居たであろう他の生徒達もあそこのテーブル席には座って居なかった。

皆自分達と同じ様にあそこの席を喉を鳴らしながら見ているだけで、誰もあそこの席に座ろうとはしていない。

 

だが、このまま入り口に居ても他の生徒達が入れないので、一夏は後ろ髪を引っ張られる様な思いを振り切ってどこかの席に着こうとした。

 

「あっ、おりむ~♪やっと来たね~♪」

 

「え?……あっ、のほほんさん、相川さんと夜竹さんも」

 

だが、何処かの席を探そうとしていた一夏に、食堂のキッチンの方から声が掛けられた。

その声に従って視線を向けてみると、其処には元次と一緒に居なくなっていた筈のクラスメイト、布仏本音の姿があった。

彼女は入り口で固まっているクラスメイトの方に、いつもと同じ癒しオーラを漂わせた笑顔を振り撒きながら近づいてくる。

更にその後ろには、同じくクラスメイトの相川清香と夜竹さゆかの姿もある。

 

「さ~さ~♪折角のご飯が冷めない内に座ろうよ~♪」

 

「そうそう♪ささっこっちだよ一夏君!!」

 

「へ?あっ、ちょ!?」

 

何が何やらという表情を浮かべていた一夏の傍まで歩み寄った本音の言葉と共に、相川は一夏の手をナチュラルにとって件のテーブル席まで歩き始めた。

本音はそんな相川の様子を楽しげに見ているだけで、止めようとはしなかった。

同じく一緒にいた夜竹も楽しそうな、それでいてしょうがないなぁといった笑顔を浮かべながら、一夏と相川の様子を見ている。

 

「ちょ!?ちょっと待って下さいな相川さん!?な、なな何をしていらっしゃるのでしょうか!?」

 

「え?何って、一夏君を案内してるだけだけど?」

 

「そ、その為に手を繋ぐ必要性は無いんじゃありませんこと!?」

 

その余りにも自然な動きに初手を許してしまったセシリアだが、直ぐに気を取り直して相川に食って掛かる。

恋は戦争、この格言に従って行動するセシリアは正に乙女と言えるだろう。

だが、そんなセシリアの的を射た発言に、相川はいたずらっ娘の様な笑みを浮かべて……。

 

「早い者勝ちなのさ♪」

 

「な!?お、お待ちなさい!!」

 

「待ちませーん♪」

 

尤も過ぎる言葉を言い放った。

恋は戦争、ならばイニシアチブを最初に取った者が勝者に近づけるというのは当たり前の事だ。

先程まで恋する男性の隣を占領していたという油断が、セシリアの行動を1歩遅くしてしまったのだ。

尤も、朴念仁ならぬ朴念神と呼ばれる一夏にしてみれば「手を繋ぐぐらいで何を怒ってるんだ?」ぐらいの思いしか無いのだが。

そんな事をやっている3人を尻目に、本音はまだ食堂の入り口で固まっている他のクラスメイトに向き直っていた。

 

「皆も早く席に着いて~♪あそこのご馳走が並んでる席が~おりむ~の歓迎会の場所だよ~♪」

 

『『『『『……えぇっ!?』』』』』

 

そして、本音の言葉にクラスの全員は素っ頓狂な声を挙げてしまう。

まさか先程から妙に食欲を擽ってくるあの御馳走が並んだテーブルが、自分達のものだとは微塵も考えていなかったのだ。

そのまま本音に急かされる形で、クラスの全員は戸惑いながらも全員席に着いた。

ちなみに、主役である一夏の隣には、そこまで案内した相川と、何時の間にか横を占領していた箒に固められていたりする。

コレに関してもセシリアは己の出遅れを認識して落ち込んでいたが、完全な余談である。

 

「え、えぇっと……の、のほほんさん?この料理は誰が用意したんだ?」

 

そして、全員が席に着いて落ち着いたのを見計らって、一夏は本音に問いかけた。

この問いかけはクラスの全員が知りたかった事だったので、他のクラスメイトの視線も本音に集中していく。

その視線を受けた本音はというと、何時もの如くぽややんとした笑顔を浮かべながら立ち上がった。

 

「おりむ~も知ってるよ~?こんなに美味しそうな料理を作れる~スッゴイ人の事~♪」

 

「えっ!?お、俺も!?」

 

予想だにしていなかった切り替えしに、一夏は素っ頓狂な声を挙げて驚いてしまう。

そして、本音の言葉を聞いたクラスメイトは、一夏に向かって一斉に視線を向けて「そうなの?」という疑問を浴びせてきた。

目は口ほどにモノを語る、という諺を、一夏は身を持って体験してしまった。

その一斉に向けられた視線に慄きつつも、一夏は今の本音の言葉に思考を回転させていた。

自分達と一緒に来たクラスメイト以外で、こんなにも美味そうな料理を作れて且つ、こんなにも粋な計らいをしてくれる知り合い。

 

……もうそこまで考えてしまうと、一夏は答えが分かってしまった。

だが、それでもあくまで確認の為に本音へと視線を送ると、本音はその視線にニッコリとした笑顔を見せたままだった。

 

「にへへ♪そうだよ~♪おりむ~の考えてる通り~この料理を作ったのは~♪」

 

「俺だよ」

 

と、本音が喋ってる声に便乗する形で、突然横合いから声が割り込んできた。

このIS学園において、一夏と同じ立場に居るもう1人の異端。

その男の声を聞いた一夏及びクラスメイトの全員は、声のした方向に視線を向けた。

其処には、いつも着ているIS学園のブレザーを脱いで、素肌の上に黒のカッターシャツを羽織り、首元にシルバーチェーンを巻いた男が立っていた。

カッターシャツの裾は肘辺りまで捲くり上げられていて、粗暴でありながら、見た女に『守られる』という安心感を与える筋肉質な腕が見えている。

しかもアメリカのカスタムショップ、ムーンアイズのロゴがはいった紺色のエプロンを纏った姿で家庭的な一面を演出していた。

 

 

IS学園の型破りな男、鍋島元次は何時もの獰猛な笑みではなく、楽しそうな笑みを携えて一夏達を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

俺はポカンとしているクラスメイトを見渡しながら、今回の主役である一夏に視線を向け直した。

 

「よぉ、一夏。驚いたか?」

 

「ゲ、ゲン?お前その格好……」

 

一夏はフルフルと震えながら俺の格好を指差して驚いている。

まぁいきなりこんな格好で出たら驚くか。

現にクラスの子達は俺の格好を見て驚いてるし。

 

「おう、さっき本音ちゃんが言った通り、この料理は全部俺が用意させてもらった……まぁ、俺なりのクラス代表就任祝いってヤツだ」

 

俺はまだ呆けてるクラスメイトに苦笑いしながら、一夏の質問に答える。

そう、俺が昼休みに本音ちゃんにお願いされたのは、今日行われる一夏のクラス代表就任パーティーで俺の飯を振舞って欲しいって事だった。

どうせ食べるなら、美味しいモノが食べたいって言われた時はマジで嬉しかったモンだぜ。

そんでもって放課後に俺と本音ちゃんで職員室に行き、千冬さんに食堂のキッチンを使う許可を取りに行った。

その事については『千冬さんと真耶ちゃんの分も作って職員室に持って来る事』って条件付きで快諾してもらった。

何故かその時の嬉しそうな真耶ちゃんと千冬さんとは対照的に羨ましそうな目を向けてくる教師の皆さんが居たが……何で?

と、ともかく、俺は一夏とオルコットと箒がアリーナで訓練している間に、食堂で仕込みをしていたワケだ。

俺と一緒に食堂に来てくれた本音ちゃんと相川、夜竹は席の確保や飾りつけなんかをしてくれたので、準備は大分スムーズに進んだ。

食堂のマダム方も俺がキッチンを使うのを快くOKしてくれたし、色々な小技も教えてもらったり教えてたりしてたから結構楽しかったぜ。

マダム方は俺の料理の手際の良さや包丁捌きに舌を巻いて驚いてたけどな。

そのまま「アンタ家の娘もらってくんない!?」とか「そうそう!!アンタになら義母さんって呼ばれたいしね!!」なんて大勢のマダムに詰め寄られたのはビビッたが。

まぁ、その話を偶々傍で聞いてた本音ちゃんの機嫌が急降下してそれ所じゃ無かったよ。

んでもって、食事が全部出来上がったので、さっき職員室に寄って千冬さんと真耶ちゃんに約束の食事を持って行って今帰ってきた所なんだが……。

 

『『『『『……ッ!?(バッ!!バッ!!)』』』』』

 

と、俺が調理風景を思いだしていると、呆けていたクラスメイトが豪快な音を出しながら首を振って俺と料理を見比べていた。

まぁ、こんな粗暴な男が見た目スゲエ見事な上に美味そうな料理作れるなんて思ってなかったんだろうけど……ちゃんと自己紹介の時に言った筈だぜ?趣味は料理だってな。

俺はそんな面白い行動をしているクラスメイトに笑い掛ける。

 

「まぁ、野郎が作ったモンで申し訳ねえけどよ。出来るだけ美味く作ったつもりだから、しっかり味わってくれや」

 

『『『『『は、はいッ!!しっかり味わいますッ!!』』』』』

 

俺の言葉に対して敬礼しながら返してくるクラスメイト。

どうしてそうなった?

 

「……い、いよぉっしゃあああああああああああああッ!!ゲンの本気で作った飯が食えるなんて嬉し過ぎる!!こんなご褒美があるなら、クラス代表なって良かったって思えるぜ!!」

 

一夏を筆頭に、今まで俺の料理を食った事があるヤツはそれはもう嬉しそうにしていらっしゃる。

うんうん、俺の料理が気に入ってもらえたのはスゲエ嬉しいぜ。

 

「で、では!!手を合わせて、頂きます!!」

 

『『『『『いただきまーすッ!!』』』』』

 

そして、もはや待つのは拷問とばかりに駆け足の勢いで一夏が号令を掛けると、クラスの全員がそれに続いて食事の挨拶をした。

各々が目を輝かせて思い思いの料理を小皿に分けて口に運んでいく。

さぁ、緊張の瞬間ってヤツが来たぞ!!

そして、彼女達は俺の料理を恐る恐る口に運んでから数秒程フリーズし……。

 

『『『『『…………うンマァーイッ!!』』』』』

 

「シャアッ!!」

 

口を揃えて最高の褒め言葉を合唱してくれた。

俺は余りの嬉しさに大きくガッツポーズをとって喜びを露にする。

彼女達はそのまま彩取り取りの料理に箸を、フォークを伸ばして満面の笑顔で頬張っていた。

 

『っていうか美味し過ぎるでしょこれ!?レベル高すぎ!!』

 

『強くて逞しくって料理もできるってどんなチートスペックよ!?』

 

『うぅ……男の人に料理で負けるなんて……悔しいけど美味しくって沢山食べちゃって、ニコニコしちゃう……』

 

何やら驚き、泣き、笑いと色んな表情が見えるが、誰一人としてマズそうな顔では食べていなかった。

よっし、今回の料理も成功だな。

俺はそんな百通りはありそうな数々の表情を見ている内に、ある事に気付いた。

クラスの女子は食べる事に夢中になっていて、この催しの根本的な理由自体を忘れているではないか。

しかも主役である一夏も食べる事に夢中になってるし。

仕方ねえな……ここはいっちょ、この俺が音頭を取らせて頂きますか。

俺は苦笑いの表情を浮かべながらパンパンと手を二回鳴らして周りの注目を集める。

突然鳴った音に、皆「何事だろう?」といった表情で振り返ってきた。

 

「あ~、そのだな……俺の飯がウメエって言ってくれんのは嬉しいが……この料理を作った意味を忘れてね?」

 

俺がそこまで言うと、流石に気付いた様で何人かの女の子は恥ずかしそうに顔を赤らめてしまった。

まぁ『花より団子』ってのを男子の前で実演しちまったのが恥ずかしいんだろう。

俺はそんな風に恥ずかしがってる女の子達を視界の隅に追いやりながら、1人意味が判らず呆けてる一夏に向き直る。

 

「まぁ、とりあえず一夏……クラス代表就任おめでとさん。俺等1組の代表として、しっかり頑張れよ?」

 

「……お、おう!!こんなウメエもん食わせてもらったんだ。その分はキチッと決めてやるよ!!」

 

俺の言葉にハッとした表情で俺の言葉に元気良く返事を返してきた。

ここでクラスメイトの皆も便乗する形で「頑張れ織斑くーん♡」とか「負けたら私が慰めてあげる♡」なんて声援を送り始めた。

ふむふむ?つまり一夏の戦績がそのまま俺の飯に対する評価になるワケだ。

なら簡単に負けねえように脅しておくか。

 

「ほぉ?つまり初戦で無様を晒したら俺の飯がその分しか価値がねえって事だな?そん時は10円ハゲが出来るまで毎日ストレスかけてやっから楽しみにしてろ(笑)」

 

「……ぜってえ負けらんねぇ……!!箒、セシリア!!これからも訓練の相手、頼むぜ!!(汗)」

 

 

再び俺の言葉にハッとした一夏だが、今度は冷や汗をダラダラ流しながら緊張した面持ちで返事を返してくる。

 

「ま、任せろ!!お、お前が強くなれる様に、力を尽くす!!(い、一夏が私を頼ってくれてる……幸せ♡)」

 

「お、お任せ下さい!!このイギリス代表候補生、セシリアオルコットが、一夏さんを逞しく強い男性にしてみせますわ!!(わ、わたくしを頼って下さるなんて……必ず、ご期待に応えます♡)」

 

うんうん、この調子なら無様な真似はしねえだろ。

うしっ、俺も飯を食いますか。

 

「ゲンチ~♪こっちだよ~♪」

 

「あ、空いてるから……ど、どうぞ!!」

 

と、俺がエプロンを脱いで座る場所を探していると元気良く手を振っている本音ちゃんと恥ずかしそうにしている夜竹の姿が飛び込んできた。

他に空いてる場所もなかったので、俺は真っ直ぐに2人の隣を目指した。

 

「おう、サンキュな、2人共」

 

「いえいえ~♪」

 

「き、気にしないで」

 

俺が席を確保してくれた事にお礼を言うと、2人は擽ったそうに言葉を返してくれた。

さて、じゃあ頂きますっとくらあ。

俺も空腹を訴える腹の信号に従って目の前に鎮座する料理をドンドンと平らげていく。

うんむ、しっかりと味が染みてていい出来だ。

そのまま俺達は皆で談笑しながら楽しい晩御飯を楽しんでいたんだが……。

 

「あ、いたいた、話題の一年一組メンバーはここに居たんだねー」

 

そう言いながら織斑一夏クラス代表就任おめでとうパーティーに入ってくる1人の女子生徒が居た。

ん?誰だこの子は?

俺は手元に持ったフライドチキンを齧りながら、横目でその女子に目を向ける。

胸元のネクタイは昼間会ったクソ女と一緒で黄色のネクタイだった。

あっ、という事はこの人は先輩か。

彼女は最初に目に入った一夏の下へすたすたと近づいていき、一つの紙を手渡す。

 

「君が織斑一夏君ですね、私は新聞部副部長、二年生の黛薫子です!!あっ、これ名刺ね」

 

「はぁ、どうも」

 

新聞部の部長と名乗った先輩……黛さんは、気の抜けた返事をする一夏にも嫌な顔1つせずに、柔和な笑顔を浮かべる。

どうやら昼間に遭遇したクソ女と違って、この人はマトモな人間みてえだな。

そんな事を考えながら黛さんを見ていると、彼女は辺りをキョロキョロと見渡し始め、程なくして俺と目が合った。

すると、一夏に見せた様な柔和な笑顔を見せながら俺の傍まで歩み寄ってきた。

 

「君が鍋島元次君?さっき一夏君にも言ったけど、新聞部副部長、二年生の黛薫子です。よろしくね♪」

 

黛さんはそう言って、一夏にしたのと同じ様に俺にも名刺を差し出してきた。

俺はそれを受け取ろうとしたが、まだフライドチキンを食べてる途中だったので、骨が口からはみ出してた。

っとと、俺も自己紹介せにゃいけねえな。

 

「モグモグ……バキバキバキバキッ!!!ごっくん。いや、すんません。飯食ってる途中だったんで」

 

俺は急いで口の中の肉を咀嚼して、骨を豪快に噛み砕いて飲み込んだ。

そしてそのまま笑顔で名刺を受け取ったんだが……目の前の黛さんは目を点にして俺を凝視していた。

 

「?黛さん?どしたんすか?」

 

「……ハッ!?ご、ごめんね。ビックリしちゃって……さすが鋼鉄の野獣(アイアン・ビースト)って渾名が付くだけのインパクトを持ってるね」

 

「はっ?……あ、あいあん?何すかそれ?」

 

俺が疑問に思って声を掛けると、黛さんは直ぐに元に戻ったが、何やら聞き慣れねえ単語を口にした。

何の事か分からずに聞き返すが黛さんはさっきの柔和な笑顔じゃなくて楽しそうな笑顔を浮かべるだけだ。

 

「ままっ♪その事は後で説明するとして……ごほんっ。今回は今もっともホットで超話題の新入生2人をインタビューしに来たの」

 

「2人?……っつーと、俺と一夏っすか?」

 

「そ♪理解が早くて助かるよ。じゃあ、まずはクラス代表になった織斑君からいきますか♪」

 

「お、俺からですか!?」

 

俺の問いに答えた黛さんは笑顔を浮かべたままに俺から離れて、テープレコーダー片手に一夏へと詰め寄っていく。

成る程な、確かにIS史上初の男性IS操縦者の俺達が話題にならねえワケがねえか。

それこそ世界的な大ニュースだったワケだし、学園の新聞部がこんな美味しいネタに食いつくのも当たり前ってな。

だがそれならそうと、せめて事前連絡が欲しいって思ったのは俺だけじゃねえ筈だ。

現に一夏だって、急な質問に慌ててるしな。

 

「そりゃ勿論だよ!!話題の男性IS操縦者の1人にして、クラス代表だよ!?こんな美味しいネタはそうそう無いって!!それじゃあ織斑君!!クラス代表になった感想をどうぞ!!」

 

おおっと?行き成りそれについて聞くのか?

っていうか一夏のクラス代表って、半ば俺が押しつけたモンだし、行き成りそんな事聞かれても……。

 

「まぁ……何というか……頑張ります」

 

「え~、なにそれ~もっといいコメントちょうだいよー。俺に触るとヤケドするぜ、とかさ!!」

 

ってぐらいにしか答えれねえよなぁ……っていうか俺だって一夏の立場なら同じ返事をしてたと思う。

それでもさすがにブン屋の卵。

まだそれぐらいじゃめげない精神をお持ちの様だ。

そんな黛さんの無茶振りに対して唸りを挙げた一夏の第2の返答はというと……。

 

「自分、不器用ですから。」

 

「うわ、前時代的!?」

 

 

いやいやいや、黛さんのもかなり前時代的だったと思うぜ?

一夏の答えとどっこいどっこいだろーよ……っていうか一夏、テメエはどこかの大物俳優を気取ってんのか?

何とか頑張って繰り出した一夏の答えに、黛さんはたちまち不満気な表情へシフトチェンジ。

っていうかインタビューに面白いもクソもへったくれも無えと思うのは俺だけか?

駄菓子菓子!!黛さんの中の常識ではそうではなかったようで、一夏のコメントに納得していないのがアリアリと表情に出ていた。

さすが新聞部らしくテープレコーダーの他にカメラ、手帳、ペンを持っており、手帳に一心不乱に書き込んでいるのは何なのか。

 

「じゃぁいいよもう、それについては捏造しておくから」

 

その一言で俺は思う。じゃあ聞くなよ。

っていうか間違い無く一夏も思ってるな、あの顔は。

捏造内容が書き終わったのか、黛さんは手帳からペンを放すと、今度は一夏の隣の隣に座っていたオルコットに標的を変えた。

 

「じゃあ、次は現役代表候補生のセシリアちゃんにも何か一言お願いしようかな!!」

 

「こういったコメントはわたくしあまり得意じゃありませんが……」

 

黛さんにコメントを求められると何故かオルコットは腰に手を当てて優雅に立ち上がった。

どーでもいいがお前はポージングすると何かあるのか?波紋でも練ってんのか?

 

「ではまず、何故わたくしと一夏さんがクラス代表を争ったのかについて……」

 

おーい?俺が抜けてんのはワザとなのか?イジメかコラ?

 

「あ、長くなりそうだからいいや。てきとーに捏造するから」

 

「ちょ!?聞いておいてそれは無いでしょう!!いいからお聞きなさい!!」

 

あんまりにも扱いが違い過ぎる黛さんに食って掛かるオルコット。

だが、そんな風にキーキー喚く相手の扱いは手馴れているのか、黛さんはペンを走らせる手を止めない。

 

「まぁまぁ、あっ、そうだ。織斑君に惚れたって事にしとこう」

 

「なっ、なななっ……」

 

黛さん、捏造内容が真実です。

黛さんの思いがけない言葉に顔を真っ赤なトマトに変貌させていくオルコット。

多分本人の目の前で何て事を言うんだってのと、恥ずかしさでパニクってんだろうが……甘いぜオルコットよぉ。

キッチリカッチリ肯定しねえとぉ……。

 

「何をバカな事を言ってるんですか」

 

こう返しやがるからな、この鈍感王は。

 

「えー?そうかなぁ?」

 

「そ、そうですわ!!バカな事とは何を根拠におっしゃってるんですか一夏さん!!」

 

「へ!?いやちょセシリア!?」

 

そして一夏のあんまりな返しに憤慨したオルコットはそのまま一夏へとターゲットを変えた。

いきなりキレだしたオルコットに、今度は一夏が困惑し始める。

そんな修羅場風景には一切の興味も持たずに、黛さんはペンを走らせ続け、一旦ペンを止めると最後は俺に楽しそうな笑顔を見せてきた。

……俺もコレ、捏造されんのかな……っていうか何を聞くつもりなんだっての。

 

「じゃあ……鍋島君!!話しによると君が一夏君をクラス代表に推したって事だし、他のクラスへの声明をお願いします!!」

 

え?何その意味不なコメントは?

これまたブッ飛んだ質問に困る俺だったが、周りに座ってる女子まで期待するような目を向けてくるではないか。

隣に座ってる本音ちゃんなんか「ワクワク♪ワクワク♪」って口で言ってるし。

なんぞこのイジメ?

しかし中途半端なコメントをすれば一夏の二の舞になるのは必須。

それだけは避けなきゃいけねえ……ちょっと漫画風に言えばこういったメディアは納得すんのかね?

あーもうメンドクセエ!!こうなりゃ自棄だ!!

 

「……わかりやした。何かしらコメントすりゃいいんすね?」

 

「うんうん!!なるべくカッコイイのをおねが、(バッ)あっちょ、ちょっと!?」

 

俺は内に猛るテンションに身を任せて黛さんの手からテープレコーダーを引っ手繰る。

さっさと終わらせんぞチクショウ!!

 

「1年1組の鍋島元次だ!!いいかよく聞けよお前等!!俺と一夏がチョーシ乗ってて気に喰わねえって奴ぁいつでも俺んトコに来い!!その偉ぶった態度自体がどれだけチョーシこいてるか、その身体に刻み込んで二度と逆らえねえように調教してやる!!」

 

俺は勢いに任せたアホ過ぎる台詞を並べ終えると、テープレコーダーを黛さんに投げて返す。

それを黛さんはぼうっとしたままにナイスキャッチすると、食堂に居た女子生徒はシーンと黙り込んで何も言わなかった。

その行き成り訪れた沈黙に、俺は内心しまったと思い始めていた。

やべえ、テンションに任せて言い過ぎたか?くそっ、やっぱ無理して受けを狙わず適当に捏造させときゃ……。

 

 

 

 

『『『『『…………キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』』』

 

 

 

 

何の前触れも無しに、食堂にソニックブームが巻き起こった。

 

「「ぎゃぁああああああっ!!??」」

 

その突然起こった自然災害に、俺と一夏は耳を押さえて絶叫する。

耳が!?鼓膜が破れるぅうううう!!?

余りにも唐突な出来事に目を白黒させていると、其処には顔を赤くして叫ぶ女子の軍団という珍妙な光景が広がっていた。

 

『素敵ッ!!痺れちゃうッ!!寧ろ調教されたい!!』

 

『男らしくスッゴイ堂々とした発言だよ!!体に電流がゾクゾクってきた!!』

 

『刻まれちゃう!!身体の芯まで刻み込まれちゃう!!俺色に染まれってされちゃうんだ!!』

 

『してぇ!!私を滅茶苦茶にしてぇ!!』

 

『ご主人様ぁ♡……どうか犬と呼んで下さい……いっぱぃ躾けて下さぃ♡』

 

『ワイルドでダーティーな男に力づくで良い様にされちゃうなんて……考えただけで、身体が熱くてたまんない♡』

 

どうしよう、一部取り返しの付かない雰囲気になってる女子ががががが。

何やら危ない事ばかりを口走ってる女子の一団、しかも俺に向ける目はかなり蕩けている。

まずった、遣り過ぎたぞコレ。

 

「最高だよ鍋島君!!捏造の必要性皆無!!これは見出しに載せなきゃ!!さすが鋼鉄の野獣(アイアン・ビースト)って渾名は伊達じゃないわ!!もうケダモノっぽさが爆発してる!!」

 

と、目の前の事態に呆然としている俺に振り下ろされたトドメの一撃。

止めて!?あんなのマジで載せる気かいアンタ!?

 

「ってちょっと待て!?さっきから言ってるその鋼鉄の野獣(アイアン・ビースト)って何!?つうかケダモノはねえだろケダモノは!?」

 

それじゃまるで俺が見境無しに女襲ってるみてえじゃねえか!?

俺の叫び声を聞いた黛さんは、ペンを走らせる手を止めずに、またもや生き生きとした表情を浮かべる。

 

鋼鉄の野獣(アイアン・ビースト)って言うのは、1組のクラス代表決定戦を見て皆が鍋島君に付けた渾名だよ!!粗暴でいてワイルドな顔つき!!全力で甘えても全てを包みこんでくれるって思わせる鍛え抜かれた鋼鉄の肉体!!強く逞しい野獣を思わせる獰猛な闘争本能!!鍋島君にピッタリの渾名じゃん!!し・か・も!!」

 

何だその言いたい放題な素敵過ぎる渾名は?俺ってマジIS学園でどんな存在になってんだよ。

黛さんはそこで一旦言葉を切ると、おもむろにテーブルの上に出ていた料理の1つを口に入れた。

そして、ウチのクラスメイトと同じ様に幸せそうな顔に変わっていく。

 

「ん~♪こんな美味しい料理で胃袋まで屈服させる料理スキルの高さ!!もう鍋島君は特ダネの宝庫だよ!!これは一面見出しなんて小さい事言ってないで特集を組まないと!!」

 

『『『『『おぉ~~~~~~!?』』』』』

 

「マジで止めてくんねっすか!?」

 

その後は何とか黛さんを止めようとしたんだが、本音ちゃんに「めっ!!だよ~!!」と押さえ込まれて俺撃沈。

オルコットに絶賛絡まれ中の一夏は役に立たず、哀れ俺の特集阻止はできなかった。

そのまま雪崩れ込むような展開で写真撮影をしたいと言われ、俺と一夏とオルコットの3人で撮る筈が全員乱入してクラス写真に早代わり。

一夏と手を繋いで幸せ気分だったオルコットは邪魔されて怒るし、その後で何枚か撮り直しする事で、何とか治まった。

そしてテーブルの料理が空になり、皆がリラックスし始めた所で、俺は再びキッチンに足を踏み入れた。

ふっふっふ、この俺が飯を作ってデザートを作らねえワケがねえ。

やっぱ最後の締めは甘いモンが基本であり王道だろ。

そして、冷蔵庫に保管しておいたデザートを台車に乗っけて、再びテーブルに戻ろうとしたんだが……。

 

「よしっこれで全部だな……ん?」

 

俺が台車に並べたデザートを確認していると、何やら戸棚の上に、ラベルの貼られていない茶色のビンを見つけた。

大きさは500mmのペットボトルより少し大きいぐらいで、中には液体が並々と入っていた。

 

「何だこりゃ?」

 

俺はそれが無性に気になったので、ビンを持ち上げて色々な角度から眺めて見る。

だが、何処を見ても何も書かれていない普通のビンだった。

 

「ふ~む?……あん?」

 

だが、そのビンが置いてあった戸棚の隅に、小さく分類ラベルが貼ってあるのを見つけた。

その分類ラベルには「  ドリンク」と銘が打ってあるだけで、中身が何かは分からなかった。

 

「……まっ、いいか。ヤバくはなさそうだし、1本頂くとすっか」

 

俺は何もラベルが貼られていないそのビンの中身が気になったので、内緒で持ち出して飲む事にした。

今日は大人数の料理をこなしたんだし、御褒美代わりに1本ぐらいいいだろ。

そして、俺はそのビンをポケットに入れてから台車を押して、クラスメイトの下へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、織斑一夏のクラス代表就任パーティーの一部始終を目撃した生徒はこう語る。

 

「あの時、誰かが気付いて鍋島君からあのビンを取り上げておけば……あんな事は起きなかった筈です……う、うぅっ」

 

後にこの日の出来事は語り継がれ、IS学園の伝説として残る事になるとは……。

その時、パーティーを楽しんでいる誰もが予想出来なかった。

 

 

 

 

 

あの世界最強の女性、織斑千冬でさえも……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野獣の宴

 

さて、食事も終わった事だし、甘いモン大好きな少女達に美味しい美味しいデザートを献上しますかねっと。

俺が台車に最終兵器を積んで戦場へ戻ると、其処には幸せそうな笑顔を浮かべてダラけきってる1組の生徒が居た。

 

「ふぅ~……もぉお腹いっぱい……」

 

「私もちょっと食べ過ぎたかも……でも、幸せ♪」

 

しかも皆一様にお腹を擦って満腹感を表しているではないか。

まぁあんだけあった料理が全部綺麗に平らげられてるんだから、満腹でも仕方ねえわな。

 

「ううぅ、これ絶対体重がヤバイって……それもこれも鍋島君の所為だね。こんな美味しい料理を作る鍋島君が悪い」

 

「あっ、それは同感。もし体重増えてたら鍋島君に責任取ってもらおっと♪」

 

「え~それズルイよ!!私だってそうだもん!!抜け駆け無し無し!!」

 

と、何やら聞き捨てならねえ事を笑いながらおっしゃってる女子生徒が数名居た。

まぁ皆笑いながら言ってるから冗談なんでしょうけど……そんな事言うなら、少しぐれえ意地悪したっていいよな?

 

「ほっほぉ~?そんじゃあオメエ等は〆のデザートが要らねーって事でいいよな?」

 

『『『え!?』』』

 

俺が後ろから不意打ちに声を掛けると、話をしていた女子連中は驚きながら振り返ってきた。

そんな面白い反応を見せてくる女子に俺は意地悪い笑みを作りながら台車に置いてあったデザートを1つ手に取る。

俺が手に取ったデザートはトロッと柔らかくなるまで温めたリンゴと砂糖控えめのプレーンヨーグルトを使ったシンプルなデザートだ。

噛めば噛むほど柔らかい果実の旨味と濃厚な甘みが出てきて、素朴な味わいのヨーグルトと絡み合うことで絶妙のハーモニーを奏でてくれる一品。

カロリーもそこまで高くはねえから、女子には大人気間違い無しだろう。

 

「体重が気になって仕方ねえなら……まぁ、作った俺としては悲しい限りだが」

 

俺が掲げたデザートに食堂中のありとあらゆる場所から目が釘付けになっている中、俺は意地悪い笑みを浮かべたまま本音ちゃんに視線を移す。

既にパーティーが始まる前から俺のデザートを虎視眈々と狙っていた本音ちゃんの口元は、洪水でも起きたのかってぐらいに涎が出ている。

 

「本音ちゃ~ん。これ、食うか?」

 

「食べま~す!!」

 

俺の言葉に待てを解除された犬の如く、本音ちゃんは飛び着いて来たので、俺はそのデザートの器を渡してあげた。

そのまま本音ちゃんは手元に何時の間にか持っていたスプーンをデザートに突っ込んで、自分の目線まで持ち上げていく。

本音ちゃんが持ち上げたスプーンの中に収まっている2つの秘宝。

大地の恵みを温かく調理して黄金色に輝くとろ~りリンゴと、素朴な味わいでリンゴの甘みを引き立てる純白のヨーグルト。

純白に輝くヨーグルトという天然のランジェリーに包まれる豊満なリンゴの果実。

本音ちゃんの口に運ばれるまでの数秒で、モノの5回は周囲から唾を飲み込む音が食堂に響いた。

 

「あ~む♡……ごくんっ……はふぅ~……幸せぇ♡」

 

そして、デザートを口に運んでもっきゅもっきゅと味わっていた本音ちゃんは、普段より顔を緩ませて言葉を紡いだ。

もうなんていうか、顔がトロットロになってるとしか言い様がねえ。

まさしく垂れ本音ちゃん状態になってやがります、メッチャ可愛いぜこの野郎。

そして視線を元の女子に向けると、3人は本音ちゃんの持ってるデザートに釘付け状態のままだった。

 

「さぁてどうする?ホントに要らね……」

 

『『『『『た、食べます!!食べたいです!!食べさせて下さい!!』』』』』

 

と、俺が目の前の女子に意地悪く言うと、なんと1組の女子総出で返事が返ってきた。

やっぱり女子である以上甘いモンの誘惑には逆らえねえって事か。

俺は女子の返事を聞いて意地悪い笑みを普通の笑顔に変えていく。

 

「冗談だって。ココにあるのから好きなのを取っていきな」

 

俺はそう言いながら、身体を横にズラす。

そうすると、俺の後ろに停めてあった台車の存在が、クラスメイトの視界に入った。

 

『『『『『………わぁ……!!(キラキラ)』』』』』

 

その台車上に並べられている『宝石』の存在を確認すると、クラスメイトは目を輝かせながら声を挙げた。

台車の上に所狭しと並べられた数々のデザートが、其々の独特な光を放っている。

さっきのリンゴのデザートから今まで作ったパフェ、ショートケーキやチーズケーキ、果てはプティングまで作った。

ぶっちゃけ料理よりもコッチのデザート作りの方が大変だったぜ。

俺はもはや子供の様になってはしゃいでいるクラスメイト達に微笑ましい気持ちが湧きあがりつつ、台車の後ろに回って台車を転がす。

 

『……ごくっ……ぜ、全軍突撃ーーッ!!』

 

『『『『『わぁあああッ!!!(ドドドドドッ!!!)』』』』』

 

『うぉおお!!俺も出遅れる訳には(ゲシッ!!)うげ!?(ドカッ!!)めちょ!?(ズドォオオンッ!!)ほげぇえええ!?』

 

『『一夏(さん)ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?』』 

 

おや?何やら一夏が轢かれた(誤字にあらず)気がせんでもないが……気にしたら負けだと思います。

 

そのまま全員が手に取りやすい位置まで移動してから離れると、彼女達は檻から放たれた虎の如き勢いで台車に突撃を始めた。

黛さんは集合写真を撮って直ぐに帰ってしまった為、このデザートの写真は撮れていない。

特集のために俺が作った料理は新聞に載せるって意気込んでたのに、女の子に大人気なデザートは撮り忘れるとは……まだまだ脇が甘えな(笑)

俺は台車の上に並べられた宝石と言う名のデザートを我が手に収めんと奮闘している女子を尻目に、席に戻っていく。

予め確保しておいた『3つ』のデザートを持って、俺は女子の波に逆らいながら席に座ることが出来た。

用意したデザートの1つは苺と生クリームをふんだんに使ったショートケーキ、もう1つはフルーツ盛り沢山のタルト、そして最後に抹茶のパウンドケーキだ。

実はこの内のケーキとタルトは千冬さんと真耶ちゃんの分だったりする。

あの2人に晩飯を届けに行った時はまだデザートが完成していなかったから、2人が仕事を終えてからコッチに顔を出すついでに食べる事になっている。

まぁこれで後は千冬さんと真耶ちゃんを待つだけだ。

 

「はむはむはむ♡……おいちぃ~♪(お昼はゲンチ~に膝枕してもらったし~♪夜は美味しいご飯とデザ~トがた~くさん……今日はサイコ~だね~♪)」

 

俺は椅子にもたれ掛りながら、隣で3つ目のデザートに舌鼓を打つ本音ちゃんを見て和やかな気持ちが湧いてきた。

もう何て言うか……本音ちゃんってホントに甘いもん食ってる時は幸せそうだよな。

 

「あむ……♪美味しい……女の子としては複雑だけど、やっぱり元次君って料理上手だなぁ……私も頑張ろっと♪」

 

更に反対側の隣の席に座っている夜竹を見てみると、彼女もデザートのプリン・ア・ラモードを食べて笑顔を見せている。

あぁ……この2人に挟まれてると、調理の疲れが消えていくぜ。

そうやって笑顔のままデザートに夢中になっている2人を一頻り眺めて、俺はさっき厨房から持ってきたビンの蓋を開ける。

さぁて、今日の疲れを癒すために、この何が入ってるかわからねえドリンクを飲んでみますか。

そう考えてボトルの中身をコップに注ごうとテーブルの上を見渡すが、生憎と空いてるコップが近くに無かった。

ホントなら行儀良くコップで飲みたい所だが……仕方ねえ、もうラッパ飲みでいいか、別に誰かに飲ませるワケじゃねえし。

俺は辺りに空いたコップが無かったので家でやってる様にボトルをそのまま傾けて口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら液体を飲んでいく。

 

 

ん~?中々に変わった味だが……ケッコー飲みやすい上にスルスルと喉を通っていくじゃねえか?

でも、何だ?この少し苦味が混じった様な変わった味と喉越しは?今まで飲んだ事のねえ味じゃねぇ……あ、あれ?

 

少しばかり苦味が混じった飲み物の味に疑問を持っていると、今度は目の前の景色がぐわんと歪んで見えてきた。

それだけでは無く、心なしか心臓の動悸も激しくなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うぁ、あ、あれれ?め、目が回ってやがる……なんかヤケに喉と心臓の辺りが熱くなってきた様な気がす……る……。

 

 

 

 

 

その妙な喉越しと心地よい浮遊感を感じたのを最後に、俺の意識は強制的にブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?おかしいねぇ……柴田先生から預かってたブッカーズ(バーボン、63.5度)が無くなってる……もう柴田先生が持っていっちゃったのかしら?」

 

厨房のドリンクが置いてある戸棚の前で首を傾げながらそう呟く食堂のマダムが居たらしいが、それは誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

(あむ♪……美味しい♪……すっごく楽しいパーティーだったなぁ。元次君ってホント何でも出来るんだね……さ、さっきのコメントも……か、カッコ良かったし……)

 

夜竹は自分で選んだデザートのプリン・ア・ラ・モードを口に運びながら、今日の出来事を思い返す。

思いだされるのは先程、自分の想い人が男らしく堂々と宣言していた時の雄々しい横顔であり、夜竹はそのカッコよさに顔を赤く染めてしまう。

 

 

その日、夜竹さゆかはとても幸せな気分だった。

 

 

それこそ笑顔が絶えず、何時もより心なしかテンションが上がっている事が自覚できるぐらいに。

理由はとても単純であり、今回の織斑一夏クラス代表就任パーティーにおいて、とても美味しい料理とデザートを食べれた事。

もう1つは、IS学園にたった2人しかいない男性IS操縦者の1人であり、夜竹が今とても気になっている男子である元次の隣を占領出来ているからだ。

彼女はこれといって特技や趣味があるわけでもない只普通の女の子だと自負している。

親友である谷本癒子の様な明るさがあるわけでもなく、相川の様な元気ハツラツとしたノリがあるわけでも、本音の様な癒しがあるわけでもないと。

小学校も中学校も普通の女子校であり、今まで何か特別な事を体験した事も無い。

何処にでもいる普通の女の子、それが夜竹が自分の印象だとずっと思っていた。

勉強も運動も中間くらいで、唯一得意なのは料理を作る事くらい、ISの適性値に関しても、IS学園に入学できるくらいギリギリだった。

 

そんな彼女が、一夏や元次の様な存在が気になる様になったのは必然だったかも知れない。

最初の自己紹介の時、夜竹は元次の出で立ちにとても強く惹かれた。

同い年とは思えない程に引き締まった体、強い生き物を彷彿させる鋭い瞳、時折魅せる優しい笑顔。

それだけの事、つまり容姿だけなら夜竹は元次の事を気にするだけで、今の様に態々隣に座りたい等とは思わなかったかもしれない。

だが、元次は見た目だけのこけおどしでは無かった。

セシリアがクラスで接触し、理不尽な物言いをしてきた時も、元次は威風堂々とした佇まいを崩さずにセシリアに向かって言葉を返していた。

たったそれだけの事でも、夜竹は物凄く驚愕したのを鮮明に覚えていた。

この女尊男卑の時代、例え女に理不尽な事を言われて歯向かったとしても、男だからという理由で逮捕されかねない。

そんな時代の風潮があるというのに、元次はそうするのが当たり前という振る舞いで1歩も引かなかった。

更にセシリアが元次の家族を侮辱した時も、彼は媚びる事もせずに己の怒りを露にした。

その時はさすがに恐怖した夜竹だったが、思い返せば家族の為に怒り、時代の風潮にも逆らう元次の姿はとてもカッコいいと思っていた。

 

極めつけはこの前のクラス代表決定戦。

 

自分よりもISの稼働時間が決定的に少ないにも関わらず、専用機を与えられた代表候補生のセシリアを相手取って文句無しの勝利を飾った。

武装を一切使わず、拳と蹴りという圧倒的に不利な戦いでも、元次はセシリアと互角、いやセシリアを完全に上回った大立ち回りを演じていた。

その姿に、夜竹は心臓の鼓動が収まらず、その日は中々寝付けなかったのを覚えている。

だが、どれだけ心を躍らせても、自分は所詮普通の女の子。

そんな目立たない自分なんかが元次の様なカッコイイ男に振り向いてもらえるワケがない、と、夜竹は心の中で半ば諦めていた。

それでも諦めきれない想いが、せめて元次に彼女が居ない今ぐらいは、彼の横に座る事ぐらいは良いだろうと考えて夜竹は元次の隣に座っていた。

 

 

夜竹はそんな儚い想いを抱きながら、自分の隣に座っている元次の顔を見ようと、おもむろに視線を上に上げて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒック……うぃ~……ごくごくごくごくッ……ぷはぁ!!こりゃうめえ!!何だこのチョーシぶっこいたドリンクはよぉ!?ヒック……かっかかかかかかか!!」

 

上機嫌に茶色いボトルを傾けて中身をラッパ飲みする、顔が真っ赤に染まった元次が見えた。

 

 

 

 

 

(……え?)

 

ここで一度、夜竹の脳は目の前の光景に活動を停止してしまう。

おかしいなと思いつつも、夜竹は一度元次から目を離して目を2,3回瞬きしてみる。

目の前に見えるのは今食べていたプリンの皿、別段おかしな所は無い。

つまり自分の視覚は正常に動いている。

多分何かの見間違いだろう、うん、絶対そうだ、と彼女は自分に言い聞かせる様に心の中で反復する。

そして深呼吸をして、夜竹はもう一度元次を見るべく顔を上げた。

 

「んぐんぐんぐんぐ……はぁ、最高に美味え……う~ん?どぉしたぁ夜竹ぇ?なぁ~んでそんなにジロジロ見てくるんだ?」

 

「え!?な、何でもないよ!?気にしないで!!」

 

だが、振り向いた先に居た元次は、豪快にボトルの中身を煽っていたにも関わらず夜竹の視線に気付いて声を掛けて来た。

妙に呂律のおかしな声だったが、夜竹はそれよりも行き成り目がバッチリ合ってしまった事に驚いてしまう。

気恥ずかしさから反射的に何でも無いと返事をして、夜竹はもう一度視線を俯ける。

 

「あぁ~ん?(ぐいっ)」

 

「へ?……え、えぇぇ!?げ、元次君!?」

 

唐突に視界一杯に飛び込んできた元次の楽しそうな顔に、夜竹は顔の熱が上がっていくのを自覚した。

 

「へっへっへ。どぉしたよ?そんな素っ頓狂な声あげちまって……顔も真っ赤じゃねぇか?」

 

「え、ぁ!?だ、だってこんなちか、近くに!?」

 

如何にも面白い物を見つけたと笑う元次に、夜竹はしどろもどろになりながらも何とか言葉を紡ごうとする。

元次が行ったのは実に単純な事で、俯いた夜竹の顎に指を添えて、自分の正面を向くように持ち上げただけであった。

だが、行き成り想い人の顔がドアップで近づいてきた夜竹にとってはそんな単純な事では済まされなかった。

普段の彼女なら、この元次の行動はおかしいと感じたかも知れ無いが、夜竹は今、羞恥心の所為で冷静な思考が出来ていない。

それが夜竹の抵抗力と発言力を奪ってしまったのである。

元来、夜竹という少女は引っ込み思案な所があり、元々誰かに言葉を投げ掛けるのは苦手な所がある。

それが今まで禄に話した事がなかった『異性』という要素によって、更に彼女は言葉を発する事が出来なくなった。

だが、そんな夜竹の乙女な事情もお構い無しに、元次は更に行動を加速させる。

 

「何だ?ひょっとして俺に見られてんのが恥ずかしいってか?……くくっ、イジらしいっつうか、可愛いトコあんじゃねぇの」

 

「か、可愛!?そ、そそそそそうじゃなくてね!?だからその、何て言うかその!?……あ、あの……(モジモジ)」

 

行き成り発せられた爆弾発言に夜竹は恥ずかしさから視線を外そうとするが、顎に指を添えられていて動けなかった。

そのために、視線を右往左往させるというせめてもの抵抗を実行する。

いや、それ以外に有効な手立ては一切無かったと言うべきか。

オマケにさっきまで心の中で『自分はとりえの無い普通の女の子』と考えていたのに、行き成り元次に『可愛い』と言われた事で、夜竹の頭は爆発しそうだった。

その言葉と視界に広がる元次の優しい微笑みが、元次の顔を直視できない原因へと加えられていく。

 

「ほぉ~?俺の言ってる事が違うってんならよぉ(ぐいぃっ)」

 

「あ……あぁぁ……だ……だめぇ……こんなの……だめだよぉ(グルグル)」

 

そして、何とか視線を逸らして恥ずかしさから逃げようとする少女を弄ぶかの様に、ケダモノは追い討ちを掛けていく。

先程から獲物の顎を掴んでいた指に傷つけない様に力を篭めていき、更に顔を接近させたのだ。

傍から見ればもはやキス一歩手前といった具合の距離まで接近され、夜竹は目をグルグルと渦巻きの様に変化させてしまう。

思わず拒絶の言葉を出してしまうも、身体と心は悦んで元次に身体の主導権を預けていた。

もはや何処へ視線を向けても、視界に入るのは目の前の男の楽しそうな顔だけ。

元次の体から漂う雄の香りに思考は麻痺し、身体の自由を奪う強椀に、夜竹の中にある女の本能が歓喜に打ち震えて屈服していく。

 

そして……。

 

「俺に見られて恥ずかしくねえってんなら、目ぇ逸らしてねえで……俺だけを見ろ」

 

「…………ぁ」

 

途轍もなく強制力のある雄の言葉と、絶対的強者を思わせる元次の力強い瞳を最後に、そのまま夜竹の視界は黒に呑まれ……。

 

「……ぁぅ(ぱたり)」

 

やがて夜竹は考えるのをやめた。

 

 

 

 

夜竹さゆか、回路ショート。

 

 

 

「ん?おいどぉした?……何だ、寝ちめえやんの」

 

と、夜竹が目を回して気絶したのを確認した元次は、彼女の顎に添えていた指を離して椅子に凭れかかせた。

なるべく苦しくならない様に、頭を背もたれに寝かせる様にしてから元次は自分の座っていた体勢を更に深く背もたれに預ける。

傍から見れば、ギャングが堂々と座るような形のその座り方は、ある意味元次にピッタリの座り方だ。

そのままの体勢で、元次は片手に持っていた茶色のボトルに口を着けて、またもや豪快に中に入っている謎の液体を飲み始めた。

 

「……こ、こら~~!!な~にしてるの~~!?」

 

「んぐ?」

 

だが、そんな風に少女1人を気絶に追い込んでおきながら、普通に飲み食いを再開する元次に物申す声が聞こえた。

その声に従って元次が視線を向けると、其処には両腕を腰に当てて頬をこれでもかと膨らませた本音が居た。

ご丁寧に食べていたデザートは空の状態で、スプーンも行儀良く皿の上に置いてあった。

 

「んぐ……ふぅ、どした本音ちゃん?そんな大声出して?」

 

そして、自分自身にご立腹顔を見せているのに気付いた元次は、再びボトルから口を離して不思議そうに問いかけた。

だが、そのまるで何事ですか?といった表情を見せる元次が気に入らなかったのか、本音は形の良い眉毛を上へ吊り上げてしまう。

 

「どぉした?じゃな~~い!!私は今、さゆりんと何をしてたのって聞いてるんだよ~!!答えなさ~~い!!」

 

そう言って頬を膨らませた顔で「私、不機嫌です!!」と露骨にアピールしてくる本音に、元次は益々首を傾げた。

元次からすれば怒りながら、両手をバンザイさせて降ろす仕草を何度も繰り返すというのは微笑ましい仕草なのだが、これは本音の精一杯の怒りの表現だったりする。

 

「いや、何って言われてもなぁ……夜竹がちゃんと俺の目を見ねえから、話す時は俺の目を見ろって言ってただけだぜ?」

 

と、至極当然ですと言った具合に返す元次だったが、その顔の赤みは半端では無かった。

だが、嫉妬に身を焦がす本音は冷静にその辺りが見る事が出来ず、そんな元次の変化にも気付けなかった。

 

「それを言うために~あそこまで顔を近づける必要は無いでしょ~~!!ホントはゲンチ~がさゆりんに近づきたかっただけなんじゃないの~~!?」

 

「はぁ?……何でそぉなったんだ?」

 

「知らない知らない知らないよ!!もぉゲンチ~なんか知らないよ~~だ!!」

 

まるで訳が分からないといった表情の元次に、本音は叩きつけるように拒絶の言葉を吐き出して元次から視線を外してしまう。

そのまま本音は反対側に顔を向けたまま目を瞑り、席に座り直して押し黙る。

 

(うぅ~!!ゲンチ~のばかばかばか!!謝っても絶対に許してあげないもん~~!!)

 

本音からすれば、今日という日はとても良い日であったというのに、最後の最後で台無しになった気分であった。

午前中の授業で、元次が千冬をお姫様抱っこした時こそ機嫌が悪かったが、昼休みに元次の膝枕でぐっすりと眠った事でそれは忘れた。

更に今日のクラス代表就任パーティーで、元次の美味しい料理とデザートに舌鼓を打てた。

好きな男の膝でぐっすりと眠り、更に好きな人の心が篭った料理を食べる……これで終われたなら、本音の機嫌は良いままに今日と言う1日は幕を閉じたであろう。

だがそうはならず、本音は目の前で起きた出来事に憤慨していた。

楽しく幸せな気分で美味しいデザートを味わっていた自分の直ぐ傍、それも真横で、自分と違う女の子とラブコメをされたのだ。

何やら騒がしくなっていた隣に視線を送れば、もうキス目前ですといった具合の距離で見詰め合う元次と夜竹。

その光景が本音の心をとても強い嫉妬心で瞬く間に埋め尽くしてしまった事で表に表れたのが、今の元次へ叩き付けた癇癪にも似た言葉である。

何時もなら元次が謝ってくれば許してあげる心の広い本音だったが、今回に関しては許すつもりは毛頭無く、暫く元次とは口を聞くつもりは無かった。

 

「ふむ?……よっと(がばぁっ)」

 

と、本音が元次の為した所業に心底腹を立てているにも関わらず、自身の後ろで何やら気の抜けた声を出して何かをし始めたのを本音は感じ取った。

だが、彼女は元次に対して怒っているので、例え何をしようが何を言われようが全て無視するつもりだった。

コレを機に、思いっきりヘコんで反省してくれればいい。と本音は自身の内に渦巻く嫉妬の感情に身を任せていた。

 

 

 

そう、例え『自分の腰に何かが巻き付く』感触がしようが、少しばかりの『浮遊感』を感じようとも自分には関係ないと……。

 

「……ふぇ?」

 

ここで1度、本音の思考は疑問を感じて動き出した。

そう、今の彼女が感じているのは僅かばかりの浮遊感があった事と、今も現在進行形で腰辺りに感じる硬い何かの感触だ。

つまり、自分の身体に何かがあったということは理解できた。

これはさすがに知った事ではないと無視する訳にもいかず、本音は閉じていた目を開けて視界を開いた。

 

「……(じ~っ)」

 

そして本音の視界に飛び込んできたのは、自分を不思議そうに見つめてる元次の顔のドアップだった。

2人が見詰めあうその距離、約3センチと少し。

本音は目の前の事態が飲み込めず、数秒間タップリと沈黙し……。

 

 

「……ふえ?……ふえぇぇぇえ~~!?」

 

絶叫した。

 

 

まるで水が紙を侵食するかの如く、本音の顔は首元からグングンと赤色に染まっていく。

その状態で自分の格好を見下ろすと、まず腰に何かが巻き付いてる感触の正体は元次の太い腕だった。

本音の右側から腕を廻し、手で反対の腰を苦しく無いように加減して掴んでいる。

そして少しばかり感じた浮遊感というのは、座っている位置が違う事から、身体を持ち上げられたモノだという事に気付いた。

本音が腰を下ろしているのは先程座っていたソファの椅子では無く、その隣に座っていた元次の足……その丸太の様に太いふとももの上だった。

 

(な、何で何で何でぇ~~~!?何でこんな事になってるのぉ~~!?)

 

だが、自分の体勢を確認した所で今の現状に至った理由が分かるワケも無く、本音の頭は絶賛パニック中だ。

そんな風に焦り混乱している本音の心中など知った事じゃないとばかりに、元次は表情を笑顔に変えていく。

 

「ワリィなぁ、本音ちゃん。俺が構ってやれなかった所為で、寂しい思いさせちまったみてえでよぉ」

 

「うぇえええ!?ち、ちちちちち違うよぉ~~!!そ、そんな、さ、ささ寂しいなんて……寂しいなんて事ない~~!!」

 

そして元次の口から吐き出された的を射た言葉に、本音はドキリとする心臓を誤魔化そうと否定の言葉を返す。

しかし本音が首をブンブンと音が鳴るぐらいに振りながら紡いだ言葉を聞いても、元次は笑顔を崩してない。

 

「へへっ、そんな真っ赤っ赤な顔で言っても説得力無えぞ本音ちゃん?正直に言えたら、ご褒美にいっぱいナデナデしてやるからよ、素直に言ってみ?」

 

「はぅ!?だ、だから……その……うぅ~(真っ赤)」

 

畳み掛ける様に甘い誘惑を乗せた言葉を聞いて、本音は恥ずかしさで俯き、その赤く染まった顔を隠してしまう。

もし言ってる事が外れだったら恥ずかしすぎる台詞だが、元次はあくまで余裕の表情を崩したりはしない。

本音の本心と答えが判りきっているからこそ、元次は其処につけ込む様に言葉を掛けたのだ。

そして元次の考え通り、本音は心中で欲している願望と羞恥の狭間で葛藤していた。

自分が夜竹に嫉妬していたのは間違い無く、自分が元次に構って欲しくて怒っていたのも当たっている。

正直に、一言だけ言えば、あの優しく撫でてくれる心地良さが手に入る。

だがしかし、それは自分が嫉妬していたというのを肯定するのに他ならず、それはそれで恥ずかしいという思いもあった。

オマケに本音の心が素直になれない理由はもう一つあった。

 

それは……。

 

『『『『『……(ゴクッ)』』』』』

 

(み、見られてるぅ!?すっごい見られてるよぉ~~!?)

 

今この食堂に居る生徒全員の目が、全て本音と元次に集中しているのが素直になれない理由であった。

彼女達野次馬の視線は、『羨ましい!!』と『先の展開にワクワク♪』といった二つの思いにキッパリと別れていた。

先程の夜竹の時からこの視線を受けていた元次だったが、『今の状態』の元次には差したる問題ではなかったので、元次はその視線の全てを無視していた。

だが本音はそうはいかなかった、だからこそ衆人環視の目の前で元次に甘えるという選択肢を素直に選べなかったワケだ。

それを身体で表現するかのように、本音は俯いていた顔を少しだけ上げ、チラチラと元次を盗み見る。

本音の小動物を思わせる仕草を見ていた元次は、そのいじらしい仕草に笑みを優しくした。

 

「さ、もう一度聞くぜ?……本音ちゃんは、俺に構って欲しいのか?……ん?」

 

「う……………………ぅん(コクンッ)」

 

そして、甘く、まるで凝縮された蜂蜜の様に何処までも甘美な誘惑に本音は負けた。

恥じらいの気持ちに心を惑わされて大きな声は出なかったが、自分の意思を伝える様に、しっかりと頷く。

本音の可愛らしい返答に元次は満足そうに頷く。

 

「よろしい、正直な良い娘にご褒美だ……好きなだけ撫でてやるよ(ナデナデナデナデ)」

 

そのまま流れる様な動作で左手を本音の頭に乗せ、ゆっくりと優しく撫でてあげ始めた。

頭の天辺から下に降りて本音のうなじ辺りまで手を降ろしてから上に上がり直すという念入り且つ丹念なやり方で、だ。

何時ものように頭の上だけを撫でる簡単なやり方では無く、とても丁寧な撫で方に本音は緩む口元を抑える事が出来なかった。

 

「はぅ♡……うにゃぁ♡」

 

そんな風に何時もより甘やかしてくれる撫でを受けた本音は、その思いに心が暖かくなるのを感じていた。

今このご褒美を受けていられるのなら、先程の羞恥心など微々たるものだ。

ずっと、何時までもこうやって自分にだけ優しくしていて欲しい、本音の頭の中はそんな思いで溢れかえっていた。

溢れんばかりに湧いてくる淡い想いが心の中だけで納まりきらないかの如く、本音の表情はトロンとした笑顔になっていく。

 

「まるで猫みてえだな、本音ちゃんは……可愛い過ぎて、撫でる手が止まらねえじゃねえか(ナデナデナデナデ)」

 

「あうぅ……恥ずかしいよぉ♡……も、もぉやめてぇ~♡」

 

「あ?何言ってんだ。そんな蕩けたツラで嬉しそうな声出してる癖しやがって……おら、もっと可愛がってやるからこっち来な(グイッ)」

 

「んあぁ♡……だ、だめなの、にぃ……けだものぉ♡」

 

言葉だけ聞けばイケナイ事をしている様にも捉えられるが、実際はそんな疚しい事では無い。

只、元次が本音の頭を撫でながら腰に廻した腕に力を篭めて、膝の上とは言え離れていた本音を自分に密着させただけの事だ。

元次の右ひざの上に座っている本音は、その強引な力に身を任せて上半身を元次の身体にもたれさせていた。

両手は膝の上で組み、目を細めて笑顔のまま頬っぺたを元次の胸板にスリスリと擦りつけるその様は、まさしく甘えん坊の猫そのものだ。

本音自身は口では嫌がる言葉を出していたが、身体と心は全くの正反対な行動をしている。

 

「くくっ、ホント甘えん坊だな、本音ちゃんは……スゲエ可愛い子猫ちゃんだ……(グイッ)」

 

「あっ……」

 

そんな風に甘えまくってくる本音に気を良くした元次は、先程夜竹にしたのと同じ様に本音の顎に指を添えて持ち上げる。

いきなり顎先を持ち上げられた本音は驚くも、元次のやる行動に、一切の拒否を示さない。

そうして、蕩けた瞳の本音と面白そうな笑顔を浮かべる元次が近距離で見詰めあい……。

 

 

 

 

 

「そんなに俺に甘えてぇならいっその事、俺が『飼ってやろうか?』……そうすりゃ『一生可愛がってやるぜ?』」

 

この一言が脳髄から爪先に十万ボルトは軽くある電流が流れ、本音は胸の高鳴りが抑えられなくなった。

それこそ密着している元次に聞こえてしまうんではないかと心配してしまう程に、心臓は激しいビートを刻んでいる。

いくら「落ち着いて」と命令しても、心臓の鼓動は激しさを増して、顔の熱は限界を突破していく。

普段の元次なら絶対言わないであろうセリフ、そして傍から聞けばトンデモない『俺のペットになれ』宣言に、本音の頭は甘い痺れに犯され……。

 

「……きゅぅ(コテン)」

 

その得も言われぬ激しい幸福感に包まれたまま、本音は眠りについた。

先ほどの夜竹の様に目を回してではなく、正に幸福の絶頂といわんばかりの笑顔で……。

 

 

 

 

布仏本音、オーバーヒート。

 

 

 

「……ん?……ありゃ、本音ちゃんもかよ……しょ~がねぇ~なぁ」

 

ここで本音を気絶させた元凶である筈の元次は、本音が気絶した事が自分の所為では無いとばかりに声を挙げる。

まるで「まったく仕方ねえな」とでも言いたそうな雰囲気を漂わせながら、本音の顎を支えていた手を離して自分の後頭部をガリガリと掻く。

その一連の行動に、食堂に居る生徒達は『『『『『オメーの所為だろーがッ!!』』』』と、心の中でシンクロしていた。

ちなみにこういう時にストッパー役になりそうな一夏はというと、セシリアと箒に目と耳を塞がれていて状況が分かっていなかったりする。

それの所為で外の状況が掴めず、2人の拘束を振り払おうとすれば2人から強烈な肘打ちをもらったので、今は静かにしている。

だが一夏の視覚と聴覚を塞いでいる2人はというと、目の前で行われていた嬉し恥ずかしドッキリイベントに目が釘付け状態だ。

しかも顔を赤く上気させながら時折一夏を盗み見る辺り、2人の脳内はピンク色真っ盛りかもしれない。

でもそんなの関係ねえ!!とばかりに、元次は膝の上で幸せそうな顔を浮かべたまま気絶している本音の膝裏と背中に手を回して、座った体勢のまま器用に抱き上げた。

そのお姫様抱っこを見た瞬間、食堂の視線にもう一つの意味合いが篭められる。

『羨ましい!!本音ちゃん変わって!!』という羨望の眼差しだ。

傍から見れば間違いなく「美少女と野獣」というお姫様抱っこの絵図に、「インスピレーションが沸いてきたぁぁああ!!」と興奮する女子も居たが。

周囲から注がれる数多の視線による嵐を物ともせず、元次は本音を最初に座っていたソファーに優しく寝かせてやっていた。

野獣の手に抱えられている純真無垢なお姫様は、ソファーに降ろされても、幸せそうに笑顔を浮かべている。

その幸福感に包まれた表情を一頻りジーッと見つめて満足したのか、元次は良しっと頷きを1つして、再び席にドカッと乱暴に座った。

そして恒例の如く、またもや茶色いボトルに口を着けてラッパ飲みを再開していく。

とりあえずはコレで終わりだろうと安堵する者も居れば、次は私が、と期待に胸を膨らませる者も居る中で……。

 

 

 

「あっ、間に合って良かった~♪って夜竹さん!?布仏さんも!?な、なんで顔を真っ赤にして倒れてるんですかぁああ!?」

 

新たな贄が、何も知らない哀れな小動物を思わせる女性がトコトコとケダモノに近付いてしまう。

そう、正しく鴨が葱も味噌も肉も鍋も、ついでにガスコンロまで背負ってきた……そんな表現がピッタリの女性……。

 

「げ、元次さんも一体何があったんです!?顔が凄く赤いけど、もしかして風邪ですか!?」

 

外見はパッと見、少女のソレだが、ある一部分はとてもアダルトな主張が激しい山田真耶という小動物が野獣の前に現れてしまったのである。

 

 

 

真耶は食堂に着くなり、席にもたれ掛る様に寝て(気絶)いた夜竹と本音に絶叫するも、更に元次の顔が異常に赤い事に気付いて、元次に詰め寄っていく。

仕事を終わらせて元次の手料理に舌鼓を打った彼女は、その料理スキルの高さに驚愕しながらも、食堂で待ち構えるデザートに心を躍らせていた。

何より、彼女にとっては、元次と初めて共にする夕食であるので嬉しく無い筈が無い。

本来なら一緒にココへ来る筈だった千冬は、教頭からいくつかの連絡事項があり、少し時間が掛かるので一緒には来ていない。

その時の千冬の表情はというと『感情だけで人を殺せる』としか言い様が無かった。

元々内気気味な所がある真耶がそんな怒りの雰囲気に堪えられるワケが無く、急いで職員室から逃げ出してきた所だった。

若干上目遣いで心配そうな表情を見せる真耶に、元次は等々カラッポになった茶色のボトルを脇に置いて、真耶に笑顔を向ける。

 

「おぉ~う、いらっしゃい真耶ちゃん。来るの待ってたぜ?……ヒック」

 

「あっ、いえ、遅くなっちゃ……ってそうじゃなくて!?元次さん大丈夫なんですか!?顔の赤さが尋常じゃ無いですよ!?」

 

何やら的外れな返事をもらった真耶は普通に返そうとしてしまうが、途中で我に帰って元次に質問を投げ返した。

そんな真耶のリアクションが面白かったのか、元次は笑顔のまま片手を顔の前で左右に振る。

 

「心配すんなって。別に風邪なんざ引いてねえからさ」

 

「で、でも、なんだか、顔がタコさんみたいに真っ赤になってますけど……」

 

あくまで軽く返してくる元次に、真耶は不安を隠しきれずにチョコチョコと歩いて元次に近づきながら言葉を掛ける。

普通に聞けばかなり失礼な物言いだが、元次は全く気にしていないようで、笑顔は全く変わらなかった。

 

「だぁから、大丈夫だっつってんだろー?そんなに俺の言葉は信用できねえか?」

 

「そ、そういうワケじゃないですよ!?只、その……どうしてもし、心配で……(ウルウル)」

 

真耶はそう言いながら元次に更に近づいて瞳を潤ませる。

それだけ純粋に自分の身を案じてくれている真耶の優しさを感じて、元次は嬉しそうに笑った。

 

「へへっ、真耶ちゃんはホントに優しいなぁ……まぁ心配してくれてんのはありがてえが、ホントに大丈夫だからよ?そんな不安そうな顔しねえでくれって(ナデナデ)」

 

「ふぇ!?あ、あの元次さん!?こ、こここれはえっと!?……あぅ」

 

突如、元次が起こした行動に真耶は素っ頓狂な声を挙げて驚いた。

元次がした事は、只自分の傍まで近づいてきた真耶の頭を本音にしたように優しく撫でてあげるという、至ってシンプルな行動だった。

幾ら外見が実年齢より幼く見える真耶でも、彼女は立派な成人女性。

そして学園での元次と真耶の立場は教師と生徒という関係上、こういったイベントは全く無かった。

真耶自身は、いつも元次に頭を撫でられている本音を羨ましく思う反面、自分がされるのは子供扱いになるのでは?という複雑な思いもあったりする。

そんな乙女らしい複雑な思いがあったというのに、目の前の男は只楽しそうに笑って無遠慮に頭を撫でてきた。

男らしい無骨な手の平が自分の頭を優しく往復する度に、真耶の中で妙にくすぐったいというか、今まで体感した事のない不思議な気持ちが渦巻いてくる。

気分が悪いワケでも無いが、何やら気恥ずかしいのも確かで難しい感覚だと、真耶は感じていた。

そんな風に真耶が頭の中で妙な感覚を味わっている等とは露知らず、元次は目の前で若干俯きながら頭を撫でられている真耶を楽しそうに見ていた。

行き成り頭を撫でられるという行為に慌てて振り回していた細い腕も、今は所在なさげにお腹の辺りで組まれ、親指同士をぐにゅぐにゅと捏ね合わせている。

時折、俯いた顔を上げて上目遣いに元次を盗み見る真耶だったが、目が合うと恥ずかしさから直ぐに目を伏せてしまう。

 

「まっ、とりあえずはここまでにしてっと(スッ)」

 

「うぅ……あっ……(しょんぼり)」

 

そうして恥ずかしがる真耶を見て楽しんでいた元次だったが、唐突に真耶の頭から手を離して撫でる行為を中断した。

先ほどまで自分の頭に掛かっていた心地良い重みと暖かさが急速に失われて、真耶は顔をがっかりとした表情に変えてしまう。

 

「さぁ真耶ちゃん、これが真耶ちゃんの分のデザートだ。是非味わってくれ」

 

と、元次はテーブルの上に置いておいたイチゴのショートケーキを指差して、真耶に声を掛けた。

元次が指差すショートケーキは、従来の三角形のケーキではなく長方形の形をした珍しいケーキだった。

3枚に重ねたスポンジ生地に生クリームをサンドし、更に薄くイチゴ風味のシロップが重ねてある。

その断層一段一段に小さくカットされたイチゴの赤い肌が見え隠れしている。

最上段にはイチゴを丸々1つ乗せている所は、定番を抑えた形だ。

だが定番だからこそ、女性からの受けは非常に良い。

現に、そのケーキを見た真耶も、しょんぼりした顔が直ぐに輝き始めた。

 

「わぁ……!!凄い美味しそうですね♪態々ありがとうございます♪」

 

真耶はそう言ってケーキから元次に視線を移す。

お礼を言われた元次の方は、先ほどと同じように手を左右に振って「いいっていいって」と返した。

そんな元次に微笑みながらも、真耶は目の前に置かれているデザートを食べようとテーブルに近づくが……。

 

「あっ……席が空いてないですね……」

 

真耶はそう言って辺りをキョロキョロと見渡す。

今現在、元次の左右の席は気絶した夜竹と本音の2人に占領されて座る事が出来ない。

ならばと他の席周りを見渡してみたが、どこもかしこも1組の生徒に占領されており、座る場所が無かった。

だがそれは仕方ないだろう。

元々このパーティーは1組の生徒だけで行う筈のものであり、そこに千冬と真耶は入っていなかった。

だからこそ、このパーティーから外れた他の食堂の席に座るしかない。

それはそれで疎外感があって余り嬉しく無い事だが、それも仕方無いかと、真耶は諦めていた。

 

「あはは……せ、席が空いてませんので、向こうで食べてきますね」

 

真耶は元次に苦笑いしながら、元次の目の前に置いてあるケーキを取ろうと、テーブルに手を伸ばす。

 

「なぁに言ってんだよ真耶ちゃん、席が空いてねえんならココに座りな(ガバッ)」

 

「え?きゃっ!?……え?えぇ?えぇええええええええ!!?」

 

と、真耶がケーキを取ろうと伸ばした手を元次が掴み、困惑する真耶に構わずそのまま自分の前まで引っ張っていく。

更に元次は足を少し開き気味にして、真耶の手を掴んでいた左手を腰に回して軽く持ち上げてしまう。

そのまま本音にしたのと同じ要領で、元次は自分の膝の上に真耶を座らせ、腰に回した左手で、真耶のバランスを支えていた。

一方で行き成り引き寄せられて悲鳴をあげた真耶は何時の間にか元次の膝の上に腰を下ろしている自分を見下ろして……。

 

「あ、あわわわわわ!!?げ、げげげげげ元次しゃん!?は、はんにゃらりへふにょ!?」

 

一気に顔が熟れたリンゴ色に変色していった。

ご丁寧に言語機能も粉微塵に壊れてしまったのか、真耶は声にならない悲鳴をあげてしまう。

一体今日だけで何度目の悲鳴であろうか、そしてその悲鳴の元凶は何時も同じ男である。

もはやお決まりとなったこの悲鳴を合図に1組の女子、いや食堂の女子生徒全員から視線が再び元次達に集中する。

 

「ココなら移動する必要もねえだろ?1人ボッチなんて可哀想なマネはさせらんねえからよ」

 

だが、そうやって真耶が真っ赤になりながら慌てふためこうとも、元次は楽しそうな笑顔を崩す事はなかった。

一方で元次の膝上に座る真耶は真っ赤な顔から大量の蒸気を吹きつつも、元次に遠慮するような表情を浮かべる。

 

「で、ででで、でも……ぁの……くない……です、か?」

 

「……あん?何だって?」

 

そして、遠慮気味に顔を少しばかり伏せたまま、真耶はチラチラとメガネを通して元次を盗み見る。

更に口元をおちょぼ口にしてボソボソと小さい声量で何かを呟いた。

彼女の両手は膝の上でスカートの端をキュッと握りしめていて、時折所在なさげにモジモジと動かしていた。

勿論、聞こえない声量で何かを呟かれた元次は、首を捻りながら真耶に質問を返す。

 

「~~~~~~~~ッ……だ、だから……ですね?」

 

元次に声が届いていなかったの所為でまた伝えたい事を言わなくてはならない真耶は、ギュッと目を瞑ってしまう。

もう一度目を開けたかと思うと、視線を右往左往させながらスカートを握っていた両手を離して、人差し指同士をツンツンさせ始める。

暫くそうやってツンツンしていたが、今度は顔を俯けたまま、元次の顔を覗き見ると……。

 

 

 

「その……お……重く、ないです……か?…………わ、私が乗っていて……」

 

 

 

とても女の子らしい、異性に聞かれたく無い言葉を恥ずかしそうに口にした。

この質問に、元次は顔をきょとんとさせてしまう。

だが、直ぐにこの質問が何を指してるのかを理解すると、元次はさっきまでの面白いモノを見る笑みではなく優しい笑みを見せた。

 

「くくっ、問題ねえよ、むしろ軽すぎてちゃんと飯食ってるか心配なぐれえだ……それに、見くびってもらっちゃあ困るぜぇ真耶ちゃん?」

 

元次は優しい声で、膝の上で恥ずかしそうにしている真耶に答えながら、真耶を支えていない右腕に軽く力を篭めていく。

そのまま右腕の力こぶを魅せつけるかの如く、マッスルポーズを取った右腕を真耶の視線まで持ち上げる。

若干伏せ気味の真耶の視線の先には、腕まくりされている黒いカッターシャツを千切らんばかりに膨張している逞しい右腕が掲げられていた。

 

「生憎、こちとら女の子1人支えらんねえ様な柔い鍛え方はしてねえんだ……だから、真耶ちゃんはそんな事気にせずに安心して座ってろ……な?」

 

元次は真耶を安心させる様に柔らかい声で語りかけ、最後にウインクしてみせる。

その言葉を聞いた真耶は目尻に涙を少し溜めたまま恥ずかしそうに頷く事で返事を返した。

 

「良し、そんじゃあ……ほい(スッ)」

 

「……ふぇ?」

 

もはや恥ずかしさでこのまま倒れてしまうんじゃ無いかと思っていた真耶に、元次は軽い感じで声を掛けた。

その声に従って真耶がおもむろに顔をあげてみる……。

 

 

 

「ほれ、あ~ん」

 

 

 

其処にはまたもや楽しそうな笑顔で『一口分に切り分けられたケーキ』をフォークに刺して突き出している元次の姿があった。

この瞬間、食堂の空気は凍りついた。

正に『山田先生羨まし過ぎる!!』という羨望の感情が渦巻き、食堂中を覆いつくしたのだ。

元次と真耶を見詰める、いや穴が空くほど凝視している生徒の中にはハンカチを口で噛み、手で引っ張って悔しがる生徒や『血涙を流している生徒』まで居た。

そんな風におかしな熱気が渦巻き始めた食堂の中、その中心に居る真耶はと言うと……。

 

「…………(ぱくぱく)」

 

目を見開いたまま、陸に打ち上げられた魚の様に口をパクパクと開閉させていた。

彼女の顔色は、赤くなって無い場所を探すのが無理という程に、隙間無く深紅色に染まりきっている。

もはや言葉になら無い、という状況はこういう事なのだろう。

しかしこうやって只時間が過ぎていく、等という都合の良い事は無く、何より元次はそこまで我慢強い人間では無い。

そのまま何度も口をパクパクさせているだけの真耶に焦れったくなったのか、彼女の口が空いた隙を突いて……。

 

「そぉら(スッ)」

 

「(パクッ)んむぅっ!?ふ、んうぅ!?」

 

強引に、真耶の小さな口に向かって捻じ込んだ。

何の前触れも無く行き成り口に異物を捻じ込まれたショックからか、口に突き入れられたモノを咥えたままの格好で少々悲鳴を挙げてしまった真耶。

パニックに陥り掛ける真耶だったが一度口に含んだモノを吐き出す等、女性の出来る行為では無いと押し留まる。

オマケに目の前にいる人物が作ってくれたデザート、それを驚いたという理由で吐き出す醜態は到底晒せるモノでは無い。

そのまま元次は真耶の口にケーキを無事放りこめたのを確認すると、ゆっくりとフォークを真耶の口から引き抜いていく。

完全にフォークを引き抜くと、真耶の口がモゴモゴと動き出して、ケーキを咀嚼し飲み込んだ。

 

「どうだ真耶ちゃん、美味えだろ?……ヒック」

 

「え、あ、ぅはぇ!?(あ、ああ味なんてわかりませんよぉ!?)」

 

夢現といった具合で元次に返事をするも、本来口の中に広がる筈だった苺の甘酸っぱさも生クリームの甘みも、今の真耶には全く感じられなかった。

しかし表面上はちゃんと返事を返したので、元次は真耶の言葉に嬉しそうに頷きながら反応する。

 

「そんじゃあもう一口……ほれ、あ~ん」

 

「(うぅぅ……も、もうどうにでもして下さい!!)……ぁ~ん……もぐもぐ」

 

そして、再び差し出されたケーキと元次の顔を交互に見て悩む真耶だったが、半ばヤケクソ気味にケーキを頬張った。

今の元次に何を言っても無駄、正に暖簾に腕押し、一夏への恋心(総じて意味の無い事)だと真耶は本能的に理解してしまったのだ。

そのままされるがままに、真耶は元次の膝の上に座った状態で、ケーキを一口一口ゆっくりと食べさせられていく。

せめてもの抵抗に目を瞑って心を落ち着けようとするも、腰に回された元次の大きくゴツゴツとした手が、自分の今の状況を明確に伝えてくる。

今の自分は目の前の男の逞しい身体に、文字通り全身で支えられているという事をだ。

更に食堂のありとあらゆる席から注がれる視線のプレッシャーという二重の責めに、真耶の羞恥心はどんどんと膨らんでいた。

勿論恥ずかしいばかりではなく、意中の男性にここまで尽くしてもらっている事の幸福感も半端ではないが、羞恥心とのバランスを考えるとどっこいどっこいだった。

 

「へへへ……さて、残念だが真耶ちゃん。次が最後の一切れだ……よぉく味わって食ってくれよぉ?」

 

と、この羞恥と幸福感に挟まれる奇妙な責め苦の中で聞かされた元次の言葉は、真耶の心に大きな安堵をもたらした。

同時に、この尽くして貰える時間の終わりが訪れた事も考えると、心の何処かでそれを悲しんでしまう。

 

本当に乙女心とは、複雑怪奇にして難解迷宮の如く入り組んでいる。

 

「あっ……はい、わかりました」

 

そして、この奇妙な状況を終わらせるために、真耶は少しだけ考えてから元次に言葉を返す。

その際に瞑っていた目を開けて目の前の元次を見つめると、元次は皿の上のスポンジケーキと一番大きいイチゴをフォークに刺していた。

それを皿から持ち上げて、自分を見つめてくる元次の笑顔に、真耶は心臓が高鳴るのを制御出来なかった。

 

「あいよ。それじゃ……あ~ん」

 

「は、はい……あ~ん」

 

持ち上げられたケーキが少しづつ自分の口元に運ばれていくのを見ているとやはり気恥ずかしくなったのか、真耶は再び目を閉じてしまう。

だが、目的のケーキは真耶の口の近くまで運ばれていたので、別に目を閉じても問題は無いだろうと、真耶は自分を納得させる。

そして、開いた口にケーキが入ってくるのを感じた真耶は、口を閉じてケーキを食べる……さっきまでと『同じ要領』で。

 

「あっ!?おい真耶ちゃ……」

 

と、口に運ばれたケーキを食べた所で、元次の焦る様な声が真耶の耳に聞こえてきた。

さっきまで聞いていたのとは全然違う声音だったので真耶は不思議に思い閉じていた目を開ける。

すると、目を開けた先にあるフォークから『食べ損ねたイチゴとスポンジケーキ』が転げ落ちていき……。

 

「(べチャッ)んん!?」

 

何やら悲惨な音を立てながら、真耶の『ある場所』に落ちてしまった。

行き成り襲ってきた冷たい感覚と、肌に浸透するかの様なヌルッとした感触にビックリした真耶は悲鳴を上げた。

その今まで感じた事の無い感覚に焦りながらも、真耶は自分の口の中にあるケーキをさっさと飲み込んで、自分の胸元に視線を降ろす。

 

「あうぅ……やっちゃいましたぁ……」

 

「あ~あ~。最後だからってイチゴも一緒に食べれると思ったのが駄目だったか……ゴメンなぁ?真耶ちゃん……ヒック」

 

「い、いえ。元次さんの所為じゃありませんから……でも、コレどうしよう?」

 

目の前に広がる光景に、元次と真耶はこぞって困惑の表情を浮かべてしまう。

2人の視線の先に広がるのは、真耶の胸元に落ちてしまった丸々一個のイチゴとスポンジケーキだ。

幸いだったのは、真耶の着ているレモンイエローのワンピースタイプの服は、胸元が少々開かれたデザインだったので、服には付いていない事だ。

そして、落ちたスポンジとイチゴの行方はというと……真耶の幼い風貌に不釣合いな大きさを誇る胸の上に落ちていた。

赤く瑞々しいイチゴは真耶の大きな胸の谷間に挟まれ埋もれる様に、いや実際に埋もれていた。

更に、そのイチゴに付着していた生クリームとスポンジにデコレートされていた生クリームが真耶の胸を汚し、というかデコレートしていた。

健康的な色の染み一つ無い肌に大量の白い生クリームがブチ撒けられてしまっているので、少しばかり大変な事になっている。

真耶の両手は左右に広げて肘を軽く曲げた状態、つまり胸には一切触っていないというのに、イチゴは谷間に挟まれて全く動かない。

その絶望的というか、圧倒的な戦力差に、今までとは違った意味を持った女子生徒の妬みの篭った視線があちらこちらから真耶に突き刺さってくる。

 

「え、えぇっとぉ……ナプキンは……(キョロキョロ)」

 

とりあえず、彼女は自分の胸元にあるケーキの残骸を早く取り除きたかったので、視線を無視しながら拭くものを探し始める。

しかも時間が経つ事に、真耶の体温で生クリームが熔けて服にまで被害が及ぶ可能性があったのだ。

せっかく服だけは汚さなかったのだからそれだけは避けたいと考えつつ、真耶はテーブルの上を見渡していく。

だが、もう既にテーブルの上にあるナプキンは、他の女子生徒達が拭くために使ってしまっていて余りが無かった。

さすがに他の人が手を拭くのに使ったナプキンで胸元を拭うというのは抵抗感があり、真耶はどうしたものかと困り果ててしまう。

そこで真耶は、自分の傍にいる頼れる男に何か手は無いか聞こうと思い、元次に視線を向ける。

 

「……(じ~っ)」

 

「……あ……あの?……元次、さん?」

 

「……(じ~~っ)」

 

だが、視線を向けた先に居る元次は、何処かおかしかった。

コチラの呼びかけに全く反応を見せずに、何故か真耶の胸元に落ちたケーキを穴が開くほど凝視している。

元次の視線に言い知れぬ雰囲気を感じ始めた真耶は、顔が真っ赤になっている元次が何を考えているのか不安になってきた。

そんな事を考えていると、不意に自分の腰を支えていた元次の手が、服の上から背中を滑る様にゆっくりと撫でながら、上へ上へと動き出した。

その動きに困惑していると、元次の腕はあっという間に首元まで這い上がり、真耶の左肩を抱く様な位置で停止した。

つまり、左側の腰の辺りから後ろへ手を回し、真耶の背中を逞しく硬い腕が斜めに支えている状態だ。

それとは反対の腕、つまり右腕が、さっきまで左腕で支えていた腰に入れ替わりで添えられていく。

 

「げ、元次さん?一体何を……」

 

しているんですか?と問いかけようとした真耶に、元次はおもむろに視線を上げて真耶を見つめる。

その真剣な眼差しに心奪われそうになるも、真耶は元次の言葉を待った。

 

「……真耶ちゃん……」

 

「は、はい……何です、か?」

 

そして元次は真耶の名前を呼び、それに対して真耶が返事を返すと同時に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワリィ。もう我慢出来ねえ」

 

獲物を捕食する、獰猛な肉食動物を思わせる笑みを浮かべた。

そのセリフと笑みに真耶の本能が何かを感じ取り、真耶は慌てて元次に声を掛けようとする。

だが、それよりも早く元次は真耶の胸元に顔を近づけ……。

 

「……あ~(ジュルゥッ)」

 

「ひぁあ!!?」

 

そして元次が顔を近づけた次の瞬間、真耶の胸を形容しがたい『ナニカ』が這いずった。

その今まで味わった事が無い電流が流れる様な感覚に、真耶は金切り声を上げて驚きを露にする。

一体何が?と思考を働かせようとするも……。

 

「ん(ジュルッ)ぁむ(ジュラァアアッ)」

 

「ひぐ!?ふぁ、んあぁあああ!!?」

 

再び胸元を『ナニカ』が這いずり、真耶の頭はスパークが散ったかの如く一瞬意識を失いかけた。

何処かへ飛びそうになる意識を必死に引き止めながらも、真耶はこの『ナニカ』の正体が分からず混乱していく。

自分の胸の上をザラザラとした感触、しかし皮膚に吸い付く程に柔らかい『ナニカ』が這い回る感覚を感じはするが、まるで検討がつかない。

しかも先ほど自分の胸に落ちたケーキより、明らかに温度が高い上にヌメヌメとした粘液の様な物が分泌されている。

訳の分からない『ナニカ』の這い回る恐怖に苛まれた真耶は、明らかにこの『ナニカ』の事を知っているであろう元次を、涙を目尻に溜めながら必死に見つめる。

 

「げ、元次さ(ジュルルッ)はぁああああぁう!!?」

 

そして、真耶が必死の思いで見つめた先には……。

 

「んぐ(ヌチャァアア)……うむ(ベロォオッ)」

 

「いぅうッッッッ!?んや、あぁ、あぁああ!?らめ、らえぇええ!!?」

 

その『ナニカ』の正体を目撃した真耶は、ショックで倒れそうになる身体を元次の肩に両腕でしがみ付いて止めながら、叫び声をあげる。

羞恥に顔を赤く染めた彼女の視界には一心不乱に自分の胸に妖しく濡れる『舌』を這わせて、胸に着いたクリームを『舐め取る』元次の姿が写っていた。

自らの想い人に、自分の胸に着いたケーキやクリームを『舐め取られる』という恥ずかしい等と言う話しでは済まない光景。

それが今、真耶の目の前、というより胸中で起こっている出来事だ。

そんな状況の中、元次の舌がもたらす刺激に必死の思いで耐えながら食堂に視線を巡らせれば、其処には唖然とした表情を浮かべる生徒しか居なかった。

ある者はコップを取り落とし、ある者は何も無い空間にコーヒーを注いで床を汚し、ある者は目の前の光景に引っくり返って気絶した。

幾ら何でも、十代のうら若き乙女達には刺激が強すぎたのだろう。

 

 

 

 

 

だがそれでも、この暴走している『ケダモノ』が容赦等する事は無かった。

散々真耶の胸をねぶった事により、真耶の胸の表面に付着していたクリームは全て元次が舐め尽くされていた。

そこで元次は1度真耶の胸から舌を離して舐める行為を中断する。

 

「はぁ……は、ぁ……う……ふぁぁ……(……終わった……の?)」

 

一方で突然訪れた強烈な刺激の波から解放された真耶は、とても荒く、大きい息を吐いてしまう。

顔は恍惚の表情を浮かべ、何時もの小動物を思わせるほんわかとした雰囲気とはかけ離れている程に妖艶な色香を漂わせていた。

薄いピンク色の艶やかな唇の端からは涎が一筋流れ、健康的な色の肌は僅かに赤く染まっている。

エメラルドを思わせる真耶の瞳はこれでもかと淫蕩を帯びてうっとりと潤む様子は、如何に彼女が『感じて』いたかを如実に物語っている。

元次の膝の上に腰掛けている足は、内股に八の字を描き、伝わってくる刺激に耐える様に震えていた。

与えられた刺激によって、まるで弓の様に仰け反った体勢になった身体を支える為に元次の肩から背中に伸ばされた手は、ベットで男にしがみ付く女そのものだ。

しかも男の広く、逞しい背中を確かめるかの様に手の平を開いているので、尚の事想像が逞しくなってしまう。

背中は弓なりに反った所為か、その似つかわしく無い程に大きい双丘が更に突き出されるその様は世の中の男達を奮い立たせる程に扇情的だ。

更にその誘惑と母性の塊である二つの果実が荒く吐き出される呼吸に合わせてブルンブルンと揺れる光景など、もはや雄を誘う雌の動きとしか思えない。

 

 

 

 

 

そして、その『谷間』に挟まれているイチゴなど、目の前のケダモノにとってはエデンの園にある禁断の果実以上に魅惑的な果実だった。

今や思考の9割近くが正常では無い元次がその誘惑に抗える筈も無く、疲労している真耶には一切遠慮せずに顔を近づける。

先程と同じ様に胸元が開かれた胸に顔を近づけつつ、己の舌を限界まで伸ばし……。

 

「あ~(ズプッ)」

 

「ん゛んっ!?はふゅぁあああっ!?」

 

なんと、真耶の胸の谷間の中に何の躊躇もなく奥深くまで刺し込んだ。

しかも胸の頂きという、イチゴの挟まれた場所から随分離れた所に入れ、そのまま刺し入れた舌をゆっくりとイチゴまで近づけていく。

その際に真耶の身体を支えている腕に力を入れて、真耶の身体を逃げられない様に引き寄せた。

 

「ぁああんっ!?ん、ら、らめっ!?こんらろらめらめぇ!!?」

 

対して、強烈な刺激に晒された真耶は、本能的に身体を仰け反らせてその刺激から逃れようとした。

だが背中から肩までかけて元次の腕が支えている為、後ろへ離れる事は全く出来ない。

その耐え難い刺激がゆっくりと真耶の胸の付け根、つまりは肋骨側まで近づいてくる動きの所為で、彼女が感じる刺激はさっきまでの比ではない。

更に真耶がその刺激に喘いでしまった時に、彼女の手から力が抜けてしまった。

そうなると、何とか身体を支えようと震える手に力を篭めたのだが、それは元次の背骨付近を撫でながら滑っていく結果にしか終わらず……。

 

「ふぁああっ……ッッ!ひやっ、あぁああっ、(ぎゅ~)」

 

「む……れぇろ~(ズルズルズルッ)」

 

最終的に手が止まったのは元次の後頭部であり、真耶は元次の頭を抱える様に抱きしめて身体を支えた。

その所為で元次の顔は真耶の胸に埋もれてしまうが、元次は全く気にせずに舌を奥へ奥へと進める。

元次の頭を抱きかかえる真耶の唇はキュッと一文字に紡がれ、漏れ出る嬌声を我慢している為か、フルフルと小刻みに震えてしまう。

傍から見れば対面に座って愛し合い、女が快楽に耐えようと男の頭を抱きしめている様にしか見えない光景だ。

決して食堂という場所でする行為ではない。

やがて、ケダモノの伸ばされた舌が、真耶の胸に埋まる獲物に到達し……。

 

「ん~~(ぱくっ)」

 

「くぁっ、むっ、んくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!?」

 

その大きな胸の真ん中に埋め立てられたイチゴを、シャベルで掬い上げる様な動きで、己が口の中へと運んでいく。

ソレに伴い、真耶の胸奥深くまで差し込んでいた舌を抜き取り、赤々としたイチゴを見せつける様に外気へ晒した。

掘り出された禁断の果実は元次の舌の上をコロコロと転がりながら、口の中へ運ばれていき咀嚼されていく。

そして、喉を鳴らしながらそのイチゴを飲み込んだ元次は、目の端に涙を溜めて震えている真耶へと視線を移した。

 

「ふ~む……なんかイチゴとは違う濃厚なミルクみてえな味がすると思ったら……なぁ~るほどぉ……ヒック」

 

「はひゅ、はぅ……元次ひゃん?」

 

いきなり1人で納得したように自分を見詰める元次に、真耶は飛びそうな意識を保ちながら、呂律の回っていない言葉を搾り出す。

そんな真耶の快楽に打ち震える雌の顔を見ていた元次は、不意に顔を笑みに染め……。

 

 

 

 

 

「この濃厚なミルク味が、『真耶ちゃんの味』ってワケだ……ご ち そ う さ ま ♪ 真耶ちゃんのビッグなマシュマロ、サイコーに美味かったぜ♪」

 

 

 

 

 

暗に、『貴女をたっぷりと味わせてもらいました』という元次のトンでもない言葉を理解した瞬間……。

 

 

 

 

 

「…………ふぁ(ガクッ)」

 

羞恥とその他諸々の限界を突破した真耶は、綺麗な川とお花畑が見えたのを最後に、意識を彼方へ飛ばした。

 

 

 

山田真耶、ブレーカーアウト。

 

 

「おぉっととと?(トスッ)真耶ちゃ~ん?」

 

「…………」

 

と、色々限界を超えて後ろ向きに首が倒れ込んでいく真耶だったが、元次は危なげなく肩に添えていた手を上に上げて首を支える。

とりあえず真耶を抱きとめた元次は、真耶の耳の傍で名前を呼んでみるが、真耶は一切反応を示さなかった。

 

「う~む困ったなオイ……やっぱりもう少し味あわせてもらおうかと思ったってのによ……」

 

何やらフザケ倒した言動をのたまう元次だったが、もはやこの食堂内において、元次に言葉を掛ける者は誰も居なかった。

余りにもアダルティック過ぎる光景に目を回して倒れる生徒、妄想に突っ走り帰ってこない生徒、巻き込まれない様に隠れる生徒。

今この食堂内にはその3つの区分に分けられているからだ。

一夏は相も変わらずセシリアと箒の2人に聴覚と視覚を奪われていて、この状況が一切掴めていない。

更に一夏の視覚、聴覚を奪っているセシリアと箒すら、今の元次の取った行動を一夏にしてもらうモノに頭の中で置き換えていて、絶賛妄想族の2人だった。

誰も元次に声を掛ける事がない、それは1つの事実を指している。

 

「まぁ、あれだ……起きねえんなら仕方ねえ……勝手に味わうとしますか」

 

つまり、目の前の野獣の行いを止められる生徒が皆無ということだ。

元々周囲に無関心状態だった元次は、周りの様子等気にする事なく、目の前にあるご馳走にかぶりつこうと舌を思いっ切り伸ばす。

 

そして、元次の長く伸ばされた舌が、真耶の白くほっそりとした首筋に触れる……。

 

 

 

 

 

「そんなに味わいたいなら……」

 

しかし、元次の舌が真耶の首辺りを這いずろうかという瞬間、食堂に、途轍もない威圧感の篭った声が響く。

その声を聞き、元次が舌を口に戻して顔を上げれば……。

 

 

 

 

 

其処には、音速に迫らん勢いで飛翔する『脚』があった。

 

「私の『蹴り』を味わっておけぇえええっ!!!!!(バキィイイイイイイッ!!!)」

 

怒りとやるせなさと嫉妬とその他諸々を注ぎ込んだ魂の叫びと共に、元次の顔面に女の怒りが炸裂。

 

 

 

 

 

とても人の身体では奏でられないであろう轟音が、元次の顔から鳴り響く。

その凄惨な轟音により食堂の乙女達は強制的に意識を覚醒し、目の前の光景に小さく悲鳴を上げる。

例に漏れず妄想爆走していた箒とセシリアも例外ではなかった。

そんな食堂に居る生徒達から畏怖の篭められた視線を送られている女性はというと、元次に蹴りを放ったポーズのまま静止している。

だが、彼女のクールビューティーな美貌を思わせる顔にはいくつもの青筋が浮かんでいる所為で、その美貌は鳴りを潜めてしまってた。

一気に払拭された食堂の甘い空気に変わって部屋を満たすは、怒れる阿修羅の如き威圧感。

 

 

 

 

 

そう、このIS学園の教師にして世界最強の女性。

 

 

 

 

 

「足りないと言うのなら、幾らでも味あわせてやるぞ?……死ぬ程でも……なぁ?(ゴゴゴゴゴゴゴ……)」

 

そして元次に恋心を持つ1人の女、織斑千冬は圧倒的な威圧感を引っさげて混沌極まる食堂に登場した。

 

 

 

 

 

(あぁくそ!!嫌な予感がするから急いで来てみれば……どうにもコイツは、余程私を怒らせたいらしいな……!!)

 

千冬は身の内に猛る怒りの炎を隠そうともせず、今しがた蹴りを叩き込んだ元次をその体勢のまま睨みつけている。

その溢れ出る威圧感に当てられて、恐怖に顔を染める大勢の生徒が視界に入ったが、千冬はそれらを全て無視した。

全ての元凶は、目の前にいる大馬鹿者なのだから構うものかと自分に言い聞かせて……。

 

千冬の本来の予定なら、今元次の腕に抱かれている真耶と共にこの場に出席して弟である一夏に労いの言葉を送りつつ元次のデザートに舌鼓を打つ筈であった。

だがそれも、まず最初の段階で頓挫してしまった。

原因は言わずもなが、担任教師に対しての連絡事項が増えて邪魔されたからである。

この時点でまず真耶に先を越されてしまい、千冬としては気が気では無い思いに胸をヤキモキさせていた。

幾ら世間から世界最強だ何だと言われていても、千冬も人の子であり人間だ。

だからこそ休憩も必要であり、千冬とて立派な女性、彼女もまた多くの女性と同じく甘い物は人並みに好きだったりする。

だが世間や周りの人間が固めた『世界最強』のイメージが先行しすぎて、こういった機会が無い限り中々甘いものを食せないのだ。

 

ましてや今回のシェフは自分の想い人、千冬が焦るのも無理はない。

千冬は連絡事項が終わるやいなや、常人を遥かに超えるスピードで食堂に向かって疾走した。

普段なら廊下を走る生徒を注意する立場にいる彼女が形振り構わず駆け出す様子は、それこそ普段の彼女からは想像も出来ない。

それほどまでに、千冬の中で鳴り響く本能的な警報の度合いが尋常では無かったという事だろう。

案の定、千冬が食堂に着いて目にしたのは、元次の腕の中で幸せそうに気絶している真耶とその傍で顔を赤く染めて気絶している夜竹と本音の姿だった。

しかも件の男は、己の舌を限界まで伸ばして外気に晒し、その舌をもって真耶の柔肌を蹂躙しようとしていた。

 

この瞬間、千冬の行動は音速を超えるスピードを叩きだす。

 

一足飛びに元次の座る席に向かい、今正に真耶の柔肌に顔を降ろしてした元次の顔面を、そのスピードを十全に乗せた蹴りで持って叩き伏せたのだ。

その威力は、元次の比較的近くに座っていた生徒が耳を塞ぐほどの音をもって叩きこまれた事で想像できる。

間違い無く、常人なら顔の骨が折れているだろう。

 

「……千冬さぁ~ん?いきなりキックかますなんて酷くねぇっすか~?」

 

「ッ!?」

 

だが、それは常人ならの話しだ。

 

そのとんでもない威力の蹴りを喰らった筈の元次は、まるで何事も無かったかの様に顔を起こして千冬に話しかけてきた。

これに驚いたのは他ならぬ千冬本人だ。

千冬は間違い無く全力の蹴りを叩き込んだと、この場に居る誰よりも理解している。

それこそ普段の元次なら絶対に痛みで悶えるか、意識を刈り飛ばすレベルの蹴り、それを無防備な顔面に放っている。

 

「まぁ~ったくよぉ。俺1人なら別にいいっすけどね?今は真耶ちゃん抱えてんですから、ソコは気ぃつけて欲しいっすよ……よいしょっと」

 

だというのに、目の前の元次は痛そうに顔を歪める事も無く平然とした顔で真耶を担ぎ直し、本音の隣に寝かせていく。

だが元次の取ったその行動が、言外に自分は眼中に無いとされているように感じる。

まるで何事も無いと言わんばかりの行動に、千冬の怒りのボルテージが急速に上昇してしまった。

 

「……貴様、今自分が真耶に何をしようとしていたのかは、理解してるな?」

 

そして、当然の如く千冬はその怒りの矛先を元次へ向ける。

もはや彼女を止める事は誰にも出来ないだろう、というかそんな勇者は居ないであろう。

千冬の怒りのオーラに当てられた女子生徒は、身体をガタガタと震わせて元次の冥福を祈っていた。

どれだけ元次が強いと言っても、相手は世界最強、分が悪いなんて話しでは無い。

もう元次は助からないだろうと、女子達は考えていた。

だが、そんな空気をまるで理解していないのか、真耶を寝かせた元次は先程と同じ様に椅子に座りなおして、千冬の言葉に首を傾げていた。

 

「俺が?真耶ちゃんに何をしていたかっすか?」

 

そして、元次は何でも無いように目の前に佇む千冬に言葉を返す。

傍から見れば自殺志願者以外の何者でも無い。

 

「そうだ……知らんとは言わせんぞ?……答えろ」

 

「何をしようとしたかっすか……そぉっすねぇ~……う~む」

 

目の前の怒れる千冬を前にしても、飄々とした態度を全く崩さない元次は少し言葉を溜め……。

 

 

 

 

 

「まぁ、所謂……『味見』っすかね☆」

 

「死ねぇッ!!!(パァアアアアアアンッ!!!)」

 

そして、空気を読まな過ぎる発言をイイ笑顔でのたまった。

勿論合いの手で千冬の拳が元次に炸裂する。

それはもう綺麗に元次の顔面に決まった、決まってしまったのだ。

もうこの先は、誰もが目を背ける様な凄惨たる光景が広がっているであろうと、食堂に居る誰もが考えた。

 

 

 

 

 

「おいお~い?いきなり拳はねえっしょ、千冬さぁん?」

 

「なッ!?」

 

だが、目の前に広がる光景は、誰もが目を見開く光景だった。

なんと、千冬の拳は元次に届いていなかった。

正確には元次が顔面スレスレの所で千冬の拳を受け止めていたのだ。

それも拳の威力に顔を歪めるワケでもなく、さっきまでとかわらず飄々とした笑顔を浮かべながら。

 

「くッ!?このぉッ!!!(ヒュボッ!!!)」

 

「おっとっと(パシィッ!!!)危ねえ危ねえ」

 

『『『『『ッ!!?』』』』』

 

更に追撃とばかりに放たれた千冬のもう片方の拳すら、元次は空いた手で楽々と受け止める。

これで両腕が塞がり膠着状態となってしまい、焦った千冬は手を離そうと後ろ向きに力を篭める。

 

「ッ!?……こ、のぉッ!!は、離せぇ!!」

 

だが、千冬がどれだけ力を篭めようと、元次の手から抜け出す事は叶わなかった。

それこそ持てる力の全てを使っているというのに、元次は涼しい顔を崩さない。

 

「へっへっへ、嫌っすよ。離したらまた殴ってくるじゃねえっすか」

 

「それは……ッ!!お前がッ、殴られる様な事をしているから、だろう、がぁッ……!!」

 

「殴られる様な事、ねぇ……俺が真耶ちゃんを抱きしめてた事っすか?」

 

方や渾身の力で拳を離そうとする千冬と、方やそれを涼しげな顔で見ている元次。

普段とはまるで間逆の構図が出来てしまっていた。

そして、殴られる理由が判っているというのに、まるで小馬鹿にする様な問いかけをされて千冬の怒りは更に上昇した。

 

「判っているなら……ッ!!大人しく殴られ、ろ!!」

 

「いやいやいや、誰も自分から進んで殴られたくなんてないっしょ?……しっかし真耶ちゃんを抱きしめて味見しようとしたのがダメだったのか……」

 

と、まるで判りませんでした、といった様子で返してくる元次に、千冬は怒り以外に悲しみの感情もせり上がってしまう。

その悔しさにも似た感情の促すままに、千冬は少しばかり潤んだ瞳で元次を睨み付ける。

 

「ッ!?あ、当たり前だ!!そんな事を他の女にするお前が悪いんだ!!さっさとこの手を離せ!!そして私に殴られろぉ!!!」

 

そして、千冬の色々な感情がごっちゃ混ぜになってしまった瞳を見て、元次は少しばかり驚く。

おそらく千冬の瞳が泣きそうな形になっている等、見た事が無かったからだろう。

自分に向けてくる言葉も、教師の言葉というより感情を吐き出してる様にしか元次には感じられなかった。

今も元次の手から必死に逃れようともがく千冬だったが、その力は段々と弱くなっている。

もしこの光景を一夏が見ていたなら、一夏は玉砕覚悟で元次に喧嘩を売っていただろう。

 

そんな風に弱っていく千冬を、この男が良しとする筈も無く……。

 

「……(グイッ)」

 

「ッ!?……あっ……」

 

掴んでいた千冬の両手を引き寄せて、彼女を両手で抱きしめた。

片手は背中へと廻し、もう片方の手で優しく頭を撫でるという形で。

行き成り引き寄せられた千冬は抗う事が出来ず、腰は元次の開いた両足の間にスッポリと収まってしまう。

 

「……げ、元、次?貴様何を(ナデナデ)んっ……こ、こら……やめ……」

 

しているんだ?と続けようとした千冬の言葉は、元次の優しく撫でるという行為で中断される。

千冬の全身を包みこむ様に抱きしめながら、胸板に顔を預ける千冬の頭をとても優しい手つきで撫でる様は、誰が見ても愛し合う恋人にしか見えなかった。

元次は何も言わず、只優しく千冬の頭を撫で続け、千冬は元次の胸板に耳を当てて心臓の鼓動をBGMに聞くだけだ。

そんな元次の優しい手つきが擽ったいのか、千冬は小さく声を上げて目を細める。

 

「まったくよぉ……あれですぜ?千冬さん」

 

そして、行き成り突拍子もない行動に出た元次に身を任せていた千冬は、頭上から聞こえた元次の声に顔を上げる。

千冬が顔を上げた先の元次は、まるでしょうがない人だ、とでも言いたそうな苦笑いを浮かべていた。

 

「妬き餅なら妬いてんなら、素直にそう言って下さいよ。『私も同じ様にして欲しい』って」

 

「……ッ!?んな!?ななななな……!?」

 

そして、苦笑いを浮かべたままに元次の口から紡がれた言葉を理解した瞬間、千冬は顔を赤く染めてしまう。

思わず出てくる言葉も、もはや言葉ではなく只の呻き声だった。

 

「ば、ば馬鹿者!?い、いつ私がそんな事を言った!?ふざけた冗談も大概にしろぉ!!」

 

不意打ちとも言うべき言葉に、千冬は声を大にして叫び否定する。

内容が当たっているだけに恥ずかしさも倍プッシュ、何の罰ゲームだこれは!?と叫びたい思いでいっぱいだった。

だが、そんな否定の言葉を聞いても、元次は笑顔のままだ。

 

「良くそんな事言えるっすね?千冬さんさっき自分で言ってたじゃないっすか?『そんな事を他の女にするお前が悪いんだ!!』って。これつまり、『他の女にじゃなく自分にしろ』って意味じゃ……」

 

「ち、違!?そんな意味じゃないぞ!?ふ、ふふふ深読みしすぎだ馬鹿者!?」

 

「くくっ、そんなに焦ってちゃ自分で肯定してるようなモンっすよ?……あぁもう、ホントーに可愛いなぁ千冬さんは♪(ナデナデ)」

 

「うわぁああああああ!?や、止めろぉおおおおお!!?(か、可愛いだとか言うなぁあああ!?)」

 

元次は千冬を言い負かした事に満足したのか、はたまた焦る千冬が可愛かったのか、千冬の身体をもっと自分に密着させて頭を更に撫でていく。

勿論、千冬は恥ずかしさで爆発しそうになり身体をジタバタさせて元次から離れようともがくが、その動きにはまるで力が篭っていない。

どれだけ世界最強といえる力を持とうと千冬も女であり、好いた男から可愛い等と言われて嬉しく無い筈が無い。

但し、それは話している場所がまだ2人っきりだとかの状況なら素直に受け取れたであろうが、ここは食堂。

つまりは大勢の視線が集まっている場所なので、今の千冬は素直に受け取る事は出来ない。

歓喜と羞恥、この2つの感情の狭間で葛藤する千冬だが、それは目の前で楽しそうに笑っている男には全然伝わっていない。

 

「い~や、止めませんよ千冬さん。普段のクールなとこも千冬さんの魅力っすけど、今はトコトン、千冬さんの可愛いところを俺に見せてもらいますんで」

 

「み、魅力ッ!?と、年上の、しかも教師をからかうな!!このマセガキ!!」

 

「くくくっ、そのマセガキの言葉に顔を赤くして恥ずかしがってる人の言葉じゃねえと思いますぜ?」

 

「~~~~~~~~ッ!!?」

 

ダメだ、勝てない。

それが千冬が羞恥心で爆発しそうな頭の中でなんとか理解できた事だった。

元次の抱擁から何とか抜け出そうにも、今の元次は有り得ないレベルのパワーアップをしている。

力も速度も勝てないと千冬は感じてしまっていた。

更に、何故か自分の体に力が入らないのだ。

まるで身体が元次から離れるのを拒んでいるように、身体が言う事を聞かないという状況になっている。

そこまで考えて、千冬は自分で出した結論に更に恥ずかしくなってしまった。

せめてもの抵抗にと、千冬は自分を抱いている元次を思いっきり睨み付けるが、それも然程効果は期待出来ない。

 

「お~お~、そんな風に睨んじゃって……そーゆうトコも、俺が千冬さんを可愛いと思うトコだって気付いてます?それともワザとっすか?」

 

「ううううるさい黙れぇえええ!?よ、よくもそんな歯の浮く台詞が言えるな貴様!!?(プイッ)」

 

そして、千冬の睨みを受けた元次は、その反応に笑顔を浮かべながら千冬に言葉を返す。

もうこれ以上無い程に顔を赤くした千冬はそっぽを向くが、元次はそれを良しとしなかった。

 

「だぁ~か~らぁ~、そりゃ千冬さんが可愛い所為だって言ってるでしょ~に?千冬さんがそんな反応ばっかりするから(グイッ)……」

 

「ッ!?うぁ、ぁあああ……や、止めろぉ……もう、これ以上は……」

 

話しの途中でそっぽを向いた千冬の頬に頭を撫でていた手を添えて、顔を強制的に自分に振り向かせる。

自分だけを真っ直ぐに見詰めてくる元次の瞳に、千冬は言葉にならない声を上げながら懇願するように言葉を搾り出す。

更にその瞳には何かの((魅了|チャーム))があるのか、千冬は元次の瞳から目が離せなかった。

普段の千冬からは想像も出来ない懇願の声は、食堂にいる生徒には驚きで顎が外れる程のインパクトを起こす。

 

だが、元次はそれら全てを無視して、ドンドンと顔を近づけていく。

 

そして、元次と千冬の距離が5センチ程に迫り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チュッ)……こうやって、可愛がってあげたくなるんだよ……『千冬ちゃん』」

 

好いた男から額に接吻され、千冬は意識を朦朧とさせていく。

更にキスでは飽き足らず、普段なら絶対に呼ばれないであろう『ちゃん付け』で呼ばれ……。

 

 

「…………」

 

織斑千冬は、ヴァルハラへと旅立った。

 

 

 

織斑千冬、GAMEOVER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コレが、後にIS学園の生徒達の間で後世まで語り継がれる出来事である『野獣の宴』の全貌だった。

あの世界最強の女性、初代ブリュンヒルデが男に負かされた(色々な意味で)瞬間。

そして同時に3人もの見目麗しい女性を気絶させた衝撃の事件。

その事件の当事者である鍋島元次がIS学園を卒業した後も、この事件を体験したかったという女性が後を絶たなかった。

 

 

 

当時の新聞部関係者、黛薫子は卒業後も、この事件の現場に居合わせる事が出来なかった事を心底悔やんでいたという。

 

 

だが、これは生徒達の間でしか知られていない事件の全貌。

野獣の宴の生贄は、まだ『居た』のだ。

 

 

 

そう……世界を股に駆ける『天災ウサギ』が……。

 

 

 

 

 

 

………TO BE CONTINUED

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウサギ時々第2の幼馴染み

 

「うわぁーーーん!!う、羨ましい悔しい妬ましいぃ!!羨まし過ぎるぞちーーちゃーーん!!こんなのってないよ!!これはもう横暴だ!!詐欺だ!!裁判だ!!NTRだーーー!!」

 

ここは世界の何処かに存在しているかもしれないラボ。

部屋中に散乱するケーブルや大型のパーツ、そして大きさに比例して稼動音が一切しない超高性能スパコンが多数存在している。

この部屋にある装備だけで、恐らく世界3大強国を相手に電子戦で余裕の勝利を収める事が可能だろう。

その部屋の中心に浮かび上がるソリッドビジョンモニターに映る映像を見ていた部屋の主は、モニターに映る光景に悔し涙を流して喚いていた。

 

「あ、あんな……あんっっっなに優しく抱きしめてもらえて、頭まで撫でてもらって、その上……お・で・こ・♪にチュウ♡とか羨ましいにも程があるわーー!?何さ何さ幸せそうな顔で気絶しやがってーー!!可愛いぞコンニャローー!!」

 

女性から羨望の眼差しを受けるであろうナイスバディな身体を青色のエプロンドレスで包み、頭にウサギを模したカチューシャを着けた女性、篠ノ之束はプンプンと擬音が出る勢いで憤慨していた。

彼女がハンカチを口元に咥えて「きーーーー!!」とか叫び出しそうになっている原因は、モニターに映る彼女の親友の姿にある。

其処に映っていたのは、このラボから遠く離れた地にそびえるIS学園、その食堂の中の様子が鮮明に映し出されていた。

彼女、束が見ているのはその食堂の一角で行われている催しの様子だ。

それは愛する妹である篠ノ之箒の想い人にして、自分の無二の親友である千冬の弟の一夏のクラス代表決定戦の勝利を祝うパーティーだった。

だが、其処に映し出されているのは愛する妹でも、親友の弟である興味対象の一夏でも無い。

 

「大体ゲンくんもゲンくんだよ!!た、たた束さんの事がい、いい……ィィ女、だとか惚れる、とか言ってた癖にぃーー!!ちーちゃんだけじゃ飽き足らず3人もあんなことするとかどーゆうことなのさ浮気者ーー!?訴えてやる!!弁護士を出せーー!!」

 

少し恥ずかしそうにしながらも、束は涙目で身の内に燻る想いの丈をモニターの先に映る男に向けてブチ撒けながら怒りを露にする。

束が憤慨しているのは、自分の興味対象の1人にして自分の想い人の元次の行いに対してであった。

モニターの先に映る元次は、真っ赤な顔で羞恥心の限界を突破して気絶している千冬を抱きしめながらカラカラと楽しそうに笑っている。

 

 

 

実の所、束はあのクラス代表決定戦で聞こえてしまった元次の呟きを聞いてから今日に至るまで、IS学園の様子を見る事はしていなかった。

 

 

 

IS学園に映像を繋げようとする度に、元次のあの呟きが脳内で再生されて、恥ずかしさから赤面し悶えてしまうのだ。

それでも、今日は自分の親友の弟である一夏が祝われる日という事は事前にキャッチしていたので、束は恥ずかしさを我慢してIS学園に映像を繋げた。

最初はそれこそ元次の姿を見る度に身体をクネクネさせて身悶えていたが、元次や一夏の楽しそうな笑顔や、箒の幸せそうな顔を見ている内に自分まで笑顔になっていた。

映像の先に映る元次の手料理を羨ましく思いつつも、束はその映像を見るだけで幸福感に包まれていたのだ。

 

 

 

だが、それはパーティの〆というデザートが出た辺りから雲行きが妖しくなってしまう。

 

 

 

画面に映る生徒達……束からすれば有象無象のどうでもいい奴等がデザートに舌鼓を打ち笑顔を見せている中で、1箇所だけおかしな空気を醸し出している席があった。

普段の束なら有象無象の連中の事などどうでもいいのだが、彼女の視覚がそのおかしな空気の中心人物を認識した瞬間、その光景に目をひん剥いた。

そう、それは自分の意中の男性が、全く知らない女生徒の顎を指で持ち上げて、超至近距離で見詰め合っている現場だった。

画面の向こうにいる元次は、近距離で見つめられて顔を赤くしながら慌てふためく女生徒を面白そうに笑顔で見つめ、何かを小さく呟いた。

その呟きが終わった瞬間、件の女生徒は目をナルトの様にグルグルと回しながら気絶してしまう。

元次はその気絶した生徒を椅子に座らせた後、何事も無かったかのように席に座って茶色いボトルに入った飲み物をグビグビと飲みだしてしまう。

最初はその光景にあんぐりと口を開けて驚愕していた束だが、少ししてから、世界最高と謳われた天災たる頭脳をフル回転させる。

それと同時にさっきまでま付けていなかったサウンド機能を起動させて、食堂の音も拾って状況を把握しやすくした。

 

(おかしい、ゲンくんはあんな事は冗談でもしないぐらい恥かしがりやさんの筈なのに何で?束さんがいっくんや箒ちゃんを見てる間に一体何があったの!?)

 

考えを巡らしながらも、束はもう1度モニターに映る元次の様子を見ようと視線と意識をモニターに向け直すと……。

 

『あうぅ……恥ずかしいよぉ♡……も、もぉやめてぇ~♡』

 

『あ?何言ってんだ。そんな蕩けたツラで嬉しそうな声出してる癖しやがって……おら、もっと可愛がってやるからこっち来な』

 

『んあぁ♡……だ、だめなの、にぃ……けだものぉ♡』

 

「って何やってるのさーーーーーー!?そ、そこは束さんの特等席&指定席なんだぞーー!!勝手に座るなんて許すまじぃ!!」

 

視界に飛び込んだ光景を目の当たりにして反射的に声を荒げてしまう。

束の目の前に広がる光景、それは彼女の知らない少女が自分の愛しい男の膝の上でたっぷりと可愛がられているという光景だった。

元次の膝の上に座る少女……布仏本音はこれ以上無いといった幸福感を弾ける様な笑顔と表情全体でアピールしている。

元次の太い丸太の様な膝の上に腰を降ろし、身体全体を元次のマッスルボディにしなだれる様に預け、その鍛え上げられた大胸筋に顔をスリスリと擦りつける様は、主人に甘える猫さながらだ。

それだけに留まらず、甘えられている元次は、本音の華奢な腰に手を廻し、空いた手で本音の頭を優しく繊細に撫でているではないか。

可愛がられている本音は口ではいやいやと拒否しながらも、身体と表情は一切の拒否を見せずに順応している。

勿論、そんな光景をまざまざと見せ付けられる束としては面白い事は1つとして無い。

だが、幾ら束が喚こうとも、所詮は映像の向こうの出来事。

その向こう側に位置する元次や本音が束の様子や機嫌に気づく筈も無く、行為は更にエスカレートしていく。

元次はおもむろに本音の頭を撫でていた手を離したかと思えば、本音の顎に指を添えてクイッと持ち上げると……。

 

 

 

『そんなに俺に甘えてぇならいっその事、俺が『飼ってやろうか?』……そうすりゃ『一生可愛がってやるぜ?』』

 

「ふざけんなバッキャローーーーーーーー!!!(ガッシャァアアアンッ!!)」

 

 

 

聞く人が聞けば最悪な元次の台詞に、遂に束は何故か自分の後ろに置いてあった古風なちゃぶ台を引っくり返して吼えた。

ご丁寧にちゃぶ台の上には何故か、何故かは判らないが飲食店の店頭などで使われる蝋で出来た偽物の食事が置いてあったが、それも全て吹き飛ぶ。

 

「俺が飼うぅ!?一・生・!?一生可愛がるぅ!?何でそれを束さんに言ってくれないんだー!?束さんなら既に躾け完璧!!首輪とリードがセットで、血統書まで付くのにぃ!!とってもお買い得なんだぞーー!?」

 

目の前のモニターに映る元次に、束は手を振り回して怒りを露にする。

その先に映る元次はというと、先程の言葉で気絶した本音を抱えて優しく椅子の上に寝かしつけていた。

その光景に、束は目尻に涙を溜めながら頬をリスの如く膨らましていて、頭にあるウサ耳もピコーンと逆立っていた。

彼女の心情は正しく顔やウサ耳に現われているように不機嫌一色だ。

だが先程も述べた様に、これは画面の向こうの出来事。

故に、束の望む望まないに関わらず、食堂の事態は進み……。

 

 

『ん~~(じゅるるるるっ)』

 

『ぁああんっ!?ん、ら、らめっ!?こんらろらめらめぇ!!?』

 

「ダメダメとか言っときながらゲンくんをおっぱいに埋もれさせるなこのおっぱい妖怪ーー!!デカけりゃ良いってもんじゃないんだぞホルスタインめ、牧場に出荷したろかーー!?」

 

 

またもや束からすれば知らない相手の、規格外な爆乳を舌で舐り尽くすという元次の行いに、滅茶苦茶な言語でブチ切れ……。

 

 

 

『(チュッ)……こうやって、可愛がってあげたくなるんだよ……『千冬ちゃん』』

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ!!ズルイズルイズルイズルイーーー!!た、束さんだってゲンくんにキスなんてしてもらった事ないのにぃーー!!年上か!?年上だったら誰でもいいのかクルァッ!!こ、この寝取られ感、暗黒面に目覚めそうだぜぇ……!!」

 

 

 

自分の親友だけが、自分よりも遥かに美味しい目に遭っている事に憤慨していく。

そして冒頭に戻り、 束はモニターに映る元次の楽しそうな笑顔を見て身体をフルフルと震わせていた。

まるで覗き見をしていた事に対する天罰が如く、目の前で繰り広げられる羨ましい光景の数々。

そんなモノをさめざめと見せ付けられた束が我慢等出来る筈も無い。

気に入った対象、つまり特定の人間以外の事などまるで路傍の石ころ程度にしか考えない束には、我慢という概念すらあるのか怪しい所ではあるが。

 

「こ、こんな羨まCモノ見せつけられて……我慢なんて出来るかぁーー!!えぇい、出陣!!いざ鎌倉ぁでござるぅ!!」

 

と、遂に我慢が限界に達した束は咆哮し、近くの机に置いてあった携帯をむんずと掴むと、ギャル顔負けの速度でキーをタイピングして携帯を閉じる。

そのまま束はモニターや機械の電源を切る事もせず、ラボの隅っこまで軽快な足取りで駆け出していく。

そして束が駆け出した先には、スポットライトの光を浴びている巨大な人参型移動式ロケットラボ『我輩は猫である』がハッチを開いて主を待ち構えていた。

 

「とぉう!!目標、IS学園にロックオーン!!束さんの行く手を邪魔する奴はぁ衛星だろーがどっかの国だろーが片っ端からO☆HA☆NA☆SHI☆&ブッ血KILLだじぇー!!」

 

『了解しました。目標IS学園、各国の邪魔は手早くサーチ&ジェノサイド方針に固定』

 

そして、束は人参ロケットにアクション俳優の如き動きで飛び乗り、ロケットに物騒極まりない命令を下すと、ロケットは彼女の言葉を最優先事項に設定した。

もしこの言葉を他の誰かが言っていたとしても、妄言や妄想という言葉で片付けられるだろう。

だが、この言葉を呟いているのは、世界中が血眼になって探している稀代の大天災、篠ノ之束なのだ。

彼女が本気なら、それこそどんな国だろうと瞬く間に乗っ取られるか、経済を滅茶苦茶にされて滅ぼされてしまう。

そんな束が呟いた言葉は、洒落や冗談では済ませられない。

もしも今の束のセリフを各国のお偉方が聞いていたなら、彼等は胃痛を感じながら卒倒していたに違いない。

 

「今週の束さんは、もう誰にも止められないぃ!!待ってろよゲンくーーーん!!たっっっっっっっっぷりと甘えさせてもらうから覚悟しやがれーー!!」

 

『進路オールグリーン。『我輩は猫である』、発進します。覚悟しやがっちゃってください(シュゴォオオオオオオオッ!!!)』

 

そして遂にロケットのエンジンに火が点り、世界を飛び回るウサギは星の輝く夜空へと旅立った。

ロケットが撒き散らす煙の後には静寂が辺りを支配していく。

彼女の居なくなったラボには、只機械達が動く微かな稼動音と、モニターの向こうで携帯を見ながら笑顔を浮かべている元次の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「千冬ちゃん?千冬さ~ん?お~い?」

 

「……(チーン)」

 

「あ~ぁあ……駄目だこりゃ、かんっぜんに気絶してんぜ」

 

所変わってコチラはIS学園食堂の一角。

そのカオスの中心たる鍋島元次は、先の額にキス攻撃を受けて撃沈している千冬を揺らしながら声を掛けていた。

だが、意識が完全にヴァルハラ温泉に向かってしまっている千冬が反応するワケもなく、元次の腕の中でぐったりとして動かない。

そんな千冬に溜息を吐きながら、元次は自分の座っていた場所から立ち上がって、千冬を其処へ優しく座らせる。

世界に名立たるブリュンヒルデの思わぬ乙女な一面に、食堂の生徒は顎が外れんばかりに驚愕していた。

そもそも他人から見た織斑千冬のイメージは、冷静沈着にして如何なる場面でも動じないクールな女性となっている。

だが、それはあくまで千冬を『ブリュンヒルデ』という色眼鏡でしか見ていないから沸いたイメージであり、彼女とて立派な恋する乙女。

好意を持つ男性からいきなりキスなどされれば、気絶してしまっても仕方が無いのである。

 

「お、おいセシリア、箒。そろそろマジで離してくれ!!これじゃ何がなんだかわかんねえ、よ!!(バッ!!)」

 

「ちょ!?ま、待て一夏!?」

 

「だ、だだだ駄目ですわ一夏さん!?」

 

と、ここで遂に我慢出来なくなったのか、先ほどまで箒とセシリアに耳と目を塞がれていた一夏が、無理矢理2人の手を振り解いて立ち上がったのである。

一方で突然動き出した一夏に驚いて手を離してしまった箒とセシリアは、目の前の光景を見られる前にどうにかしなくてはと焦り、一夏を声で制止しようとしていた。

だがそれも無駄に終わり、数分振りに視界と聴覚を戻す事に成功した一夏は、後ろに振り向いてテーブルに背を向け、左右に居る箒とセシリアを恨みがましく見つめた。

 

「ったく、行き成り何すんだよ?あれじゃデザートが全然食えねえじゃねえか。一体何の嫌がらせだっての」

 

「ち、違う!?決して嫌がらせなんかじゃないんだ!!只お前に……」

 

「そうですわ!!わたくし達は一夏さんに、あんな光景は見せられないと思っ……」

 

ここで一夏から恨みの篭った視線で見つめられた箒とセシリアはワタワタと慌てながら弁明の言葉を述べていく。

彼女達からすれば元次の起こしたイベントの所為で自分達の印象が一夏に悪くなるなど堪ったモノではない。

それ故に、箒もセシリアもかなり必死に一夏に弁明の言葉を述べていく。

だが、2人の言葉を聞いた一夏は、2人が何を言っているのか分からずに首を傾げた。

 

「あんな光景?何だよその光景って……(クルッ)」

 

「あぁ!?振り向いては駄目だ一夏!!」

 

「お、お待ちになって下さい一夏さ……」

 

そして、一夏は箒達の言葉を聞いて反対、つまり元次達の居る方へ視線を向けようと振り返る。

その行動にギョッと目を見開いて一夏の行動を止めようとしたセシリアと箒だが、それは一歩及ばず……。

 

「別に何もな、って何じゃこりゃぁあああああああああああああああああああっ!!?」

 

振り向いてしまった一夏は、目の前に広がる死屍累々の光景に、顎が外れんばかりに口を開き、目を飛び出させた。

余りにもオーバーなリアクションで叫ぶ一夏に、箒は手の平で顔を覆い、セシリアは額を手で抑えて溜息を吐いた。

一夏の視界に飛び込んだ光景とは、まず目をグルグルとナルトの様に廻して真っ赤な顔色で気絶する夜竹の姿。

気絶しているにも関わらず「だめぇ……そんなのだめだよぉ……はうぅ」と何やらうわ言の様に口を動かしていた。

更にその隣には、これまた真っ赤なトマト色に染まっている本音が居る。

ただ夜竹と違って、その顔は溢れんばかりの幸福感に包まれた笑顔を見せており「にゃぁん♡……にゃぁ~ん♡」と猫の様な鳴き声を出していた。

そしてその隣には自分達1組の副担任である真耶の姿まであった。

彼女は何故か途轍もなく妖艶な雰囲気を滲ませていて、そのあどけない寝顔すら、男を奮い立たせる雌のソレだ。

しかもそのIS学園NO、1の爆乳を呼吸と共に大きく動かしながら「そんなに吸わなぃでぇ♡……揉んじゃらめれすぅ♡」と呟いている。

トドメに、何かに耐える様にクネクネと身体を艶かしくクネらせるその動きは、青少年に対して余りにも毒過ぎる。

余りにも扇情的なその艶姿に、無意識に一夏の喉は大きくゴクリッと鳴ってしまう。

 

「……い・ち・か・?(ニコニコ)」

 

「お、おほほほ……一夏さん?(ニコニコ)」

 

「はっ!?」

 

しかしその大きな喉の鳴った音に、一夏自身がハッと意識を取り戻してブンブンと頭を振るう。

決して、後ろの幼馴染みと金髪お嬢様の射殺す様な視線と目の笑ってないスマイルの所為では無い……と思う。

兎に角、真耶から滲み出るアダルティックで妖艶なる雰囲気から辛くも脱出した一夏は、更に真耶の隣に視線を巡らせ……。

 

「……(ちーん)」

 

「千冬姉ーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

普段なら絶対に見せないであろう安らかな寝顔で気絶する姉の姿を見て絶叫した。

ついでにその千冬の隣で大きく首を廻して伸びをしている兄弟の姿も。

その姿を発見した瞬間、一夏は他のクラスメイトの座る椅子を一足飛びに飛び越えて、自分の姉へと駆け寄り抱き起こした。

 

「ち、千冬姉ッ!?千冬姉ぇぇッ!?い、一体何があったんだ!?しっかりしてくれ!!(ユサユサ)っていうかゲン、これ何もかも全部テメエが原因だろ!?お前一体全体何しやがったんだ!?」

 

そして千冬を抱き起こしながら彼女を揺する一夏だったが、千冬はウンともスンとも言わずに只安らかに気絶している。

普段の様子とはかけ離れた姉の姿に動揺が隠せない一夏だったが、直ぐ傍に居る元次が間違い無く元凶だろうと即断し、元次に向かって叫び声を挙げる。

その声を受けた元次は、「ん?」と小さな声をだして伸びの体勢を正し、下から自分を睨んでいる一夏と視線を合わせた。

 

「おぉ一夏?居たのか?」

 

「パーティーの初めっから存在したわ!?っていうか最初思いっ切り俺に声掛けましたよねぇ!?」

 

「そうだっけか?どうにもココ最近過去の事が思い出しにくくてよ」

 

「ほんの数十分前の事だボケェ!?それよりお前、千冬姉やのほほんさん達に何したんだよ!?事と次第によっちゃ容赦しね……」

 

「それよりっておまっ……自分の存在をそれよりって……ぷぷっ」

 

「 張 り 倒 す ぞ テ メ エ ! ? こんな状況じゃ仕方ねえだろーが!?俺の台詞遮って笑ってねぇで早く何したか言えぇえええッ!?」

 

何故かボケとツッコミの押収に発展する2人、ホントどうしてこうなったと一夏は心の中で思った。

自分で言った事に声を押し殺して笑う元次の姿に、怒りのボルテージが沸々と沸き上がる一夏だったが、ソコはグッと堪えて元次の言葉を待つ事にした。

何だかんだで仲の良い2人なのである。

そのまま少しの間笑っていた元次だったが、ある程度笑うと落ち着いたのか、一夏に笑顔を向けて向き直った。

 

「何をしたって言われてもなぁ……えぇ~っと……まず最初に夜竹に注意して……」

 

「一体何をどう注意したらあーなるのかが不思議でしょーがないんですけど!?」

 

軽く答えていく元次に、一夏は声を張り上げねがら依然気絶している夜竹を指差す。

一夏が指差した先の夜竹は相変わらず目をグルグルと廻しながら「ふへぇ……これは夢だよぉ……」等と訳の分からない事を呟いていた。

本当に何を注意したらああなるのか、一夏には皆目検討が付かなかった。

 

「んでもって次に本音ちゃんを可愛がって……」

 

「何を!?何をどう可愛がった!?何を!?もうなんか寝言が言語になってねえぞ!?動物になっちまってるじゃねえか!?」

 

一夏の鋭い切り返しにも動じず呟いた元次の言葉に更に突っ込みを返す一夏。

目がグルってる夜竹の隣に寝転ぶ本音の寝言は「にゃぁん♡……わんわん♡……くぅ~ん♡きゅう♡」等と、動物性すら一貫していない有様だ。

ホント自分が目を塞がれてる間に何があった?いやコイツ何した?と頭を抱えたくなってきた一夏だが、元次の独白はまだ続く。

 

「そん次は、真耶ちゃんを味見したが……」

 

「判らない!?言ってる事がサッパリ判らない!?山田先生を味見って何だ!?俺には全く持って理解できねえ!!」

 

「ボウヤだからさ(キリッ)」

 

「やかましいわ!?っていうかボウヤだからとかそんなモン関係ねえだろ!!」

 

更に予想の斜め上どころか真上を突き抜ける発言に、一夏は等々千冬から手を離して頭を抱えてしまう。

少しばかりカオスになってきた空間の中でも、真耶の雰囲気と表情はアダルトな色気に包まれたままだった。

そして彼女の呟く寝言すらも「ら、らめれすぅ元次しゃん♡……そんなに舐めひゃ……らめ♡」と、依然アダルトさを増していく。

しかも時折艶かしくクネクネと身動ぎする度にポヨヨンッと擬音が付きそうな勢いで動く『兵器』に、クラスの女子は膝を突いて悔しがる。

「まだ……!!まだ、成長の余地はあるわ……!!」等と悔し涙を流す生徒も居れば「あぁ……これが超えられない壁ってヤツ?……ふ、ふふ」と真っ白になる生徒も居た。

 

「……大きくても良い事などそう無いんだが(ぼそっ)」

 

『『『『『ブッ殺すぞ我ぇッ!!!』』』』』

 

「うわっ!?な、何だ一体!?どうしたというのだ!?」

 

『篠ノ之さん!!今のセリフは言っちゃいけねえ!!言っちゃいけねえよぉ!!』

 

『今の発言は、持つ者だからこそ言える戯言!!持たざる者には殺意すら抱かせる禁・言だぁあ!!』

 

『これ見よがしにブラ下げやがって!! 捥 ぎ 取 っ ち ま う ぞ ! ? 』

 

『そのたっぷんたっぷんな水風船で男を誘うんだな!?そうなんだな!?やっぱり男は皆おっぱいかチクショォーーー!!!』

 

『今、驚いた時に揺れた……ぶるるんって……ふ、ふふふっあーーっはっはっはっはっはっはっはっ!!!』

 

「ひい!?ま、まま待て!?皆落ち着け!?目が危ない輝きを放ってるぞ!?た、助けてくれセシリア!!」

 

「ちょ!?わたくしを巻き込まないで下さいぃ!?」

 

何やら言ってはならない言葉を言ってしまった箒に、食堂の生徒は目をギラギラと光らせながら詰めよっていく。

手は肘を軽く曲げて胸の前に突き出すようにし、なぜか指は忙しなくワキワキと高速で握ったり開いたりを繰り返している。

その危なげな雰囲気に、箒は自身の胸を抱きかかえて後ずさり、涙目でセシリアに助けを求めた。

箒自身、同年代の女子と比べると破壊的に胸が大きいので発言の危険度は倍プッシュ。

一方で巻き込まれたセシリアも箒と同様に胸を自分の手で隠しながら離れていく。

セシリアは外国人だけあって、胸の大きさは普通よりも良いほうだ。

従って狩猟者達の目は、セシリアをもターゲットに指定する。

完全に箒のとばっちりに巻き込まれたセシリアからすれば冗談では無いだろう。

 

「ホ、ホントに良い事ばかりでは無いんだ!!運動すると『揺れて』痛いし、『重いから』肩も凄く凝……」

 

『『『『『(ブチッ!!!)凝ってみたいわぁあああああッ!!!(ドドドドドドッ!!!)』』』』』

 

「うわぁああああああ!!?や、止めてぇえええええ!!?」

 

「わ、わたくしは無関係で、きゃぁああああああああああ!!?箒さんのおバカぁああああああ!!?」

 

「お前等はそっちで何やってんだよぉお!?話を、いや場をややこしくしないでくれませんか!?お願いだから!?」

 

そして遂に分水嶺をブチ壊す勢いで放った箒の禁句により、飢えた亡者と化した一団が箒とセシリアに襲い掛かった。

セシリアに至っては完全にとばっちりだったが、飢える亡者の群れにはそんな事は全く関係ない。

大きい者はコレ全て敵であり、敵は見敵必殺、Cより上は殲滅の心構えを胸に抱いた超過激思想的な一団だからだ。

あれよあれよと何十本という腕によりしっちゃかめっちゃかと揉みしだかれるセシリアと箒は、もはや恥じも外聞も無く叫ぶ。

一夏の渾身の突っ込みすら意に介さず、恵まれない女子達は只ひたすらに怨敵を滅ぼさんがために闊歩していく。

尚、箒と同じく恵まれた女子軍団は、箒の1発目のNG発言時に既に巻き込まれないように退避するという無駄に錬度の高い動きを見せていた。

 

「まぁなんやかんやあったが、最後に千冬さんのリクエストに答えて……(~♪)おっ?メールか?ちょいと失礼(ピッ)」

 

「テメエはほんっとマイペースだなオイ!?そんでもってなんやかんやって何だよ!?一番重要な部分省くな!!千冬姉は何をリクエストしたんだぁああ!!?」

 

アッチもコッチも阿鼻叫喚のカオス絵図となってきた現実に、一夏は等々匙を投げたくなってきた。

セシリアと箒は何かアホな出来事に巻き込まれてしまっているし、この現場を引き起こしたであろう犯人は超絶マイペース。

ついに我慢のボルテージが限界を超えてしまいそうになった一夏は、呑気に携帯を見ている元次に制裁を下そうとするが……。

 

「……ほぉ~?これはこれは……くっく、俺とした事が……そうだよな、仲間外れってのは可哀想だよなぁ……全く耳が良いモンだぜ」

 

「は?……ゲン、お前何言ってんだよ?」

 

怒れる一夏の視界に飛び込んできた元次は、何やら携帯の画面を見ながら心底面白そうにくっくと薄く笑っているではないか。

一夏はその真意が判らず、目の前で楽しそうに笑う兄弟分に戸惑いを含めた声音で問いかけた。

だが、元次は一夏の質問には答えずに携帯をポケットに仕舞うと、テーブルに置いてある一口タルトが複数乗った皿を手に持って食堂の入り口まで歩き始めた。

 

「お、おい!?何処に行くんだよ!?」

 

勿論、このカオスな現場から何の気無しに離れていく元次を呼び止めようと、一夏は元次の背中に声を掛ける。

そして、一夏の呼び声に反応した元次は足を止め、背中越しに振り返って、一夏にニヤリとした顔を向けた。

 

「知ってっか一夏?ウサギは一人ぼっちじゃ寂しくて死んじまうんだぜ?」

 

「は?……な、何だよいきなり?……ウサギ?」

 

一体何の事か分からないといった表情を浮かべる一夏だったが、元次はそんな一夏の心情なんて知らないとばかりに笑っている。

 

「さっきのメールはなぁ……一人ぼっちじゃ寂しくて堪らない、甘えん坊なウサギちゃんが俺宛に送ってきたラヴコールなのさ。だからちょっくら、そのウサギちゃんと逢引してくんだよ」

 

元次は呆けた表情の一夏にそれだけ言うと、再び食堂の入り口に向かって歩き出していく。

話しに着いていけず、それを呆然と見送る一夏だったが、「あっ」と元次は小さく声を挙げて首だけで振り向き……。

 

「そうそう一夏、そこにあるフルーツタルトは千冬さんのだからよ、ちゃんと取っといてあげてくれ。それと片付けは食堂のお姉様方がやってくれっからよ。じゃぁな~」

 

最後にそれだけ言って、元次は混沌極まる食堂から姿を消してしまった。

後に残るは呆然とした一夏、胸を蹂躙される箒とセシリアの悲鳴、そしてソファーの上に寝転んで気絶している乙女達の姿だけだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「うむむむむむ!!まだ来ないのかゲンくんはーー!?束さんもう待ちくたびれたってのーー!!」

 

時間は夜、曇り1つ無い夜空に浮かぶ星と真ん丸なお月様が良く見えるここは、IS学園にあるアリーナの観客席の一角。

そこにはちょうど真ん中辺りの列の席に座って足と手をバタバタさせて駄々を捏ねる束の姿があった。

その観客席と観客席の間の通路には、束の乗ってきた人参ロケットが綺麗に着地している。

何時も設定されている筈のアリーナの観客席を守るシールドは、束のハッキングにより束のいる一角だけ解除されている。

勿論学園側にはバレていないし、学園側から観客席に入るドアも開錠してあるので、後は元次が来るのを待つだけだ。

束があのメールを送ってからこの場所に着くまでおよそ5分だったが、そこからココで待たされるのが我慢ならないらしい。

 

「ぶーぶー!!束さんの様な美女が誘ってるんだから、ゲンくんは高速で来るべきだよプンプン!!」

 

そう言いながら腕をその豊満に育った胸の下で組み、唇をアヒルの様に尖らせる様は、年不相応ではあるが良く似合っている。

まるで不思議の国のアリスを彷彿させる水色と白色のエプロンドレス、ウサギを模した金属製のカチューシャ。

とても千冬と同い年とは思えない格好だが、束の持つ変わった雰囲気と相まって、その姿はとても魅力的であった。

束がこうまで不機嫌なのは、自分を待たせて元次がまだここに来ていないのが理由だ。

というかちゃんとメールを見てコチラに来てくれているのかさえ定かではないのだが、束は元次が来る事を疑っていない。

それはひとえに元次への揺ぎ無い信頼を表しているからである。

 

「ぶー……もういいもんだ!!こうなったら直接乗り込んでゲンくんに逢いに行っちゃうもんねー!!」

 

しかし、遂に我慢の限界が訪れた束は座っていた観客席から立ち上がり元次に逢いに行こうと行動を開始した。

束としては、会いたくもない有象無象の集団に囲まれるというのが我慢ならなくてこの場所に誘ったのだが、それを忘れる位に我慢出来なくなったのだ。

そして、いざ座っていた席から立ち上がって動こうとした束だったが……

 

「それには及ばねえっすよ?た~ばねさん♪(ギュッ)」

 

突如、束の耳の『真横』から、待ち望んだ相手の声が聞こえてくる。

それに続いて、彼女の目の前を野太い腕が交差する様に通って、束の動きを封じた。

更に束の背中に、とても固く、しかし生き物の温かさと柔らかさを併せ持った大きな『壁』が引っ付く。

 

「……ふへ?」

 

ここで、束の意識は少しだけ呆けてしまった。

だが、直ぐに意識を持ち直した彼女は、自分の胸元にゆっくりと視線を向けてみる。

するとその先には、自分のお腹の部分を交差する様に回された腕があり、その逞しい腕は自分の良く知っている者だと束は直感した。

だが、それは良いとして、聞こえた声は彼女の直ぐ『真横』だった事に対して心臓が激しい高鳴りを刻む。

もしかしてと過ぎった予想に従って、束はゆっくり、ゆっくりと声の聞こえた方向に振り返って……。

 

「……にゃっ!?ゲゲゲゲゲ、ゲンくんっ!?(ち、近すぎるよぉおおっ!?っていうかハグされてるっ!?ゲ、ゲンくんが束さんにくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!?)」

 

「へへへっ、不肖、鍋島元次。可愛い可愛いウサギさんの御呼びにより参上しました♪俺が居なくて淋しかったかなぁ?束さん♪(パチッ)」

 

「へ!?あ、いやうえっとは、はへ!?(ウ、ウインクでしゅか!?ダ、ダメダメダメそんなにキュンとくる仕草しないでぇええ!?心臓が破裂するほどヒートしちゃうぅうう!!?)」

 

後ろから束を抱きすくめながら、とても良い笑顔を浮かべる元次のドアップフェイスに顔が沸騰してしまう。

その束の絶叫に近い声を間近で聞いているにも拘らず、元次は顔色1つ変えることなく、束に向かってウインクを一つ送りながら言葉を続ける。

一方、不意打ちにも近い形で元次の顔を拝んで、しかも可愛い等と連呼された束はまともな言葉が出てこなかった。

顔はトマトの如く赤く染まり、先程の不機嫌な思いはダストシュートされてしまう。

何時もなら逆に元次に対して自身の身体を押し付ける等、過剰なスキンシップを取る事に余念が無い束だったが、やはり彼女も恋する乙女。

普段は受身の元次にこういった不意打ちをされると、対処の仕様が全く無かったりする。

 

「うぅ~ん(スリスリ)ビューティフォーに柔らけえし、スベスベだぁ……やっぱ束さんの身体はサイコーだぜ(スリスリ)」

 

「うにゃにゃにゃにゃにゃーーー!?ゲ、ゲンくんア、アアアアアアアン、アンタなんばしよっとね!?」

 

だが、それだけでこの野獣が満足する筈も道理も無く、元次はテンパッている束の声を無視して、次の行動を起こす。

何とこの男は驚く束を無視して、彼女の傷や染みが見受けられない頬の柔肌に、自身の頬を擦りつけ始めたのだ。

それはもう満面の笑顔で束の体を固定しながらするので、束は更に体の自由を奪われてしまった。

行き成り過ぎる、且つ何時もの元次なら絶対にしない行動に、束は顔の赤みを隠す為になるべく元次を視界に入れない様にしながら吼えた。

 

「何って……マーキングっすよ? マ ー キ ン グ ♪ 」

 

「ま!?まままっままままま!?……マーキングぅ!?(ま、マーキングってアレだよね!?自分のテリトリーを他者に対して示すって事だよね!?に、人間なら……こ、ここここの人は……じ、自分の……『モノ』だって主張するあの……)」

 

そして、吼える束に自身の頬を摺り寄せる行動を中断せずに、元次は当たり前だと言わんばかりに答える。

その答えに対して、束はこれ以上無いと言うほどに頬を、いや顔全体を赤く染めあげられ、体に甘い痺れが通っていく。

元次の言うマーキングとは、束の考えた通り、他者に自分の所有物だと言う証を刻み付ける事であり、人間であるなら『オレの嫁』宣言に等しい。

勿論、聡明な束がその答えを理解出来ない筈も無く、逆に理解してしまった束は羞恥と幸福感で倒れそうになった。

だが、今の束は元次の逞しい肉体によって全身を包み込まれている。

多少束がフラついた所で、元次が全身を支えている今は、全く動くことは無い。

その事実がスパイスとなって、束の心に『全身を包まれて、元次に支配されている』という悦びを、雌の本能が深く刻み付ける。

先程まで元次に言うつもりだった文句等は消え去り、今束の心を満たすのは『征服されている』という女の悦びだけだった。

 

「そう、このムチムチとしたエロい身体も、陶磁器みてえに白い柔肌も、桃の様に甘い香りも、吸い込まれる様な真紅の瞳も……全部『オレのモン』だって証しを付けてるんす……嫌っすか?」

 

「ふあぁっ……ゲンくぅん♡」

 

と、先程までこれでもかと頬を擦り付けていた元次は唐突に顔を離して束を正面に振り向かせて体勢を入れ替えた。

そのまま向かい合う形になった束と元次だが、ここで元次は自分自身を観客席に座らせ、束を自身の下腹部の上に対面の形で座らせる。

つまり、俗に言う対面座○の形で向かい合ったのだ。

行き成り体勢を入れ替えられた束だったが、もはや元次に逆らう思いは微塵も沸かずそのままされるがままに体を動かす。

彼女の瞳には元次の顔しか写っておらず、心の中も元次の事だけを考えている。

同年代の女性からしても平均より高めの声は、今や蕩ける様な甘さを含み、聴くものが聴けば即座に襲い掛かってしまうであろう。

そんな魔性の声を持って、束は元次の問いかけに口を開く。

 

「嫌なワケ、ないよぉ♡……いっぱい……いっぱぃ、束さんに……まーきんぐしてぇ♡」

 

恋する乙女たる束にとって、それは生き物が呼吸を必要とするのと同じ様に決まりきった答えである。

夜空に輝く満天の星と満月を背にして元次の下腹部へ圧し掛かる束の姿は、とても幻想的であり、とても魅惑的でもあった。

元次の太い腰を跨ぐ格好で座った所為でたくし上げられたロングスカートから、健康的ではなく、普段から日の元に晒さない足が見えてしまう。

だが、それは病的な色ではなく、日の元に晒さなかったからこその、陶磁器を超える美しい白い肌だった。

束の様な人嫌いで引き籠っていたからこそ成った白い肌、それなのにムチムチとした肉付きをしているのだから驚きであろう。

その白き足を守っていた最後の砦であるスカートが上がり、世の男がかぶりつきたくなる太ももがギリギリまで元次に晒されようとも、束は気にしない。

いや寧ろもっと見て欲しいと心が、本能が願うのだ。

更に彼女の平均より遥かに大きな胸も、自身のエプロンドレスを窮屈そうに押し上げている事が束の魅力を上乗せする。

それを下から見上げている男が元次以外なら、とっくにむしゃぶり尽いている事間違い無しだ。

だが、今の元次は只笑顔を浮かべて、そんな束の情欲に塗れた艶姿をじっくりと堪能していた。

 

「くくっ……そんな科白、間違っても他の男に言わないで下さいよ?絶対に我慢出来なくなって襲ってきますから」

 

「もぉ♡……束さんがそんな事ぉ、他のタンパク質共に言うわけないでしょぉ?……いっくんにだって言わないよぉ♡……束さんがこんな事言うのは……ううん、束さんにこんな事言わせるのは……あん♡」

 

「言わせるのは?(スリスリ)」

 

元次の余り現実味のない言葉にも、束は艶の篭った甘ったるい声でもって返事を返す。

その問いに答えている最中に、束の背中に添えられていた元次の手は滑る様に下へ降りていき、束の胸の横を撫で、キュッとくびれた腰を撫で、彼女の腰の辺りで止まった。

身体を這い回る感覚に、束は思わず嬌声をあげてしまうが、元次の手を止める様な行動はしなかった。

それどころか、自らの腰とお尻の間で止まった元次の大きく無骨な手に自分の手を添えて、もっとして欲しいとおねだりするかの如く動かす。

その手の動きに元次は笑みを深くしながら無言で束のおねだりに答え、くびれた腰と柔らかい尻を撫でる様に揉み解す動きを取る。

自分のおねだりが受け入れられた事に束は瞳を更に蕩けさせ、その与えられる刺激に呼吸を荒くしていく。

 

「あっ♡うぅん、はぁっ……はぁっ……はぁっ……ん♡……こ、こんな、えっちな事させるのはぁ♡……んぁ♡ゲ、ゲンくんだけだもん♡」

 

「そいつぁ、何とも光栄の至りで。しかし自分からケツを撫でてとおねだりしてくるたぁ……全く、本当にえっちなウサギさんだぜ」

 

「やん♡……た、束さんにそ、そうさせてるのは、ゲンくんだよぉ♡」

 

互いに責任の擦り付けあいかと思わせる様な言葉を交わす2人だが、互いに体の動きが止まる事は1度も無い。

2人の顔も、喜び以外の感情が見受けられないのが何よりの証しだろう。

先程も語ったが、今の束を見上げている者が元次以外であっても、まず間違い無く束の表情に魅了されている。

何よりも彼女の蕩けた表情だけではなく、彼女の頭に着けられているアクセサリーも、男の情欲を煽るのに一役買っているのだ。

束の頭に着けられた、彼女のウサギという代名詞を現す機械的なウサ耳を模したカチューシャ。

それは束の服装も相まって、男を夢の国に誘う。

まるで童話の中から飛び出してきたような束の青と白のエプロンドレス、そして幼さとあどけなさを演出するウサ耳。

そんな非現実的な格好をしたナイスバディな女性が満天の星と、輝く満月をバックに蕩ける様な表情で見下ろしているとしたら?

しかも自分の下腹部に跨り、男を妖しく誘う様な美しい足を惜しげも無く晒していたら?

更に束のウサ耳が、まるで物語の中に出てくる獣人を思わせる光景に、世の男達は背徳的な興奮を覚える事間違い無しだ。

 

 

 

では、この自制心が欠片とて存在しない『野獣』なら?

そんなもの、答えは決まりきっている。

 

「あぁ、ダメだ。こんなエロいうさぎが目の前に居たら、我慢なんか出来ねえよ(ごろん)」

 

「きゃ♡……ぁは♡」

 

勿論、本能の赴くままに行動を開始する。

心に浮かんだ『喰う』という欲望の命じるままに、元次は自身の上に圧し掛かっていた束を抱きすくめ、そのまま観客席へと押し倒した。

乱暴にではなく、束の頭と腰の裏に手を差し入れて、硬い作りの観客席で束に負担と痛みが掛からない様に寝かせていく。

その小さな、でも自分の為にという気遣いに、束は心が急速に満たされていくのを感じた。

先程までの様に男を見下ろす体勢ではなく、今度は元次に見下ろされる体勢、全身を覆いかぶされるという感覚。

それは正に、野生の雄が気に入った雌を強引に組み敷く光景に酷似していた。

今の自分の体は目の前の『ケダモノ』に目を付けられた、謂わば1つの『獲物』と化している事実。

その事実は束の脳髄と心臓に激しい官能的な痺れを引き起こさせ、全身が支配される悦びに撃ち震えていく。

 

「んもう♡強引なんだからぁ♡……こんな、外で女を押し倒すなんて……ゲンくんは、ケダモノだ♡」

 

そうやって口では非難する束だが、彼女の片手は自身の頭の直ぐ横に立てられている元次の腕を愛おしく撫でている。

更にもう片方の手を元次のカッターシャツの胸元に差し込み、鍛え上げられた胸筋をやらしく撫でる様が、ケダモノの情欲を掻き立てていく。

何より束の蕩けた笑顔が、元次の理性と言う名の鎖を断ち切らんと攻め立ててくるのだ。

 

「くっく、昔っから決まってるでしょ?こんな満月の夜に出歩いたりする悪いウサギちゃんは……『狼』に喰われちまうんですぜ?」

 

「ふふっ♡そのウサギちゃんはぁ……狼さんに、美味しく食べてもらいたいから出歩いたんだよ?……どうぞ♡」

 

 

 

 

 

 召 し 上 が れ ♡ 

 

 

 

 

 

束の様な麗しの美女に、その様な事を言われて奮い立たない雄はいないだろう。

その言葉が出た瞬間、元次は理性という鎖を引き千切り、目の前の雌との距離をゼロにした。

 

じゅるっ!!じゅるるるるるるるるっるるッ!!!

 

「んぁぁああああああああッ!!?は、ひぃううぅっ!?ふあぁあああああああっ!!?」

 

そして、元次は堪まらず束の服の隙間の胸元をチラリと覗く色っぽい鎖骨に舌を伸ばし、その柔肌を蹂躙し始めた。

そのまま更に一度胸元に降りて、白いエプロンをはちきらんばかりに膨らんだ胸をも舐め上げていく。

それは真耶にした行為以上であり、エプロンに包まれている赤い蕾にすら強引に舌を挿し伸ばして、舌先でコロコロと弄んでいた。

 

ちゅるる、ちゅぱッ!!じゅるるるるるッ!!

 

「あぁあんッ!!?ふああぁいひぃッ!?」

 

その強すぎる刺激に、束は人間のソレでは無く、『雌』の嬌声をあげてしまう。

暫くそうして束の服の中に隠された蕾を味わい尽くすと、元次は服の中から舌を取り出して再び鎖骨に標的を戻す。

生暖かいざらざらした舌が身体を這いまわるという未知の感覚に、束は声を大きく挙げながら元次の鍛え上げられた背中に手を這わせてしがみつく。

鎖骨付近を舐められるという刺激は、耐え難い快感を生み出し、それは下腹部へと妙にくすぐったい刺激となって伝わっていく。

束はその感覚に対して身を捩り、それでも収まらないもどかしさに身体をクネクネと動かしてしまう。

まるで何処かへ飛んでしまいそうな感覚に、束は飛ばされまいと元次の背中に廻した手に力を篭めて精一杯抱きついた。

 

じゅるっ!!……べろぉお~~。

 

「は、はぁあうっ!?ゲ、ゲンくんっ!!ゲンくぅんッ!!(ぎゅ~~)」

 

そして、そんな束の行動ではまるで動じない元次は、鎖骨を舐めていた舌を這わせたまま、今度は首に標的を変えた。

個人差はあるが首筋とは息を吹き掛けられただけで身震いしてしまうほどに多感な場所でもある。

そこを暖かい舌が舐めあげながら、息が掛かるというのは、筆舌に尽くしがたい感覚を生み出す。

その頭が真っ白になりそうな刺激を受けた束は、元次のシャツを皺になるほど思いっ切り握り締めてしがみ付き、意識を保とうとする。

吸い込まれる様な深紅の瞳をキュッと閉じて、目尻に涙を溜めた束の、『女』の表情が、夜空に輝く満月に晒される。

 

かぷッ!!ちゅ~~~~~ッ!!!

 

「うあぁッ!?ふぁぇいぅううううッ!!?」

 

そして、首筋の味を堪能し尽くした元次は、お次とばかりに束の首筋をついばむ様に甘噛みした。

今までの柔らかい舌の感触ではなく、硬い歯に印を付けられていると理解した束は、嬌声を抑えられないでいた。

更に首筋に噛み付いたままに、今度は口をすぼめて吸引してくる。

もうそれだけで束は天にも昇る様な夢心地に誘われてしまった。

そのまま首筋を吸われてどれぐらい経ったであろうか?束の感覚的には1分にも、1時間にも感じられた行為も終わりを迎えた。

突如として、甘噛みしていた歯も、吸い付いていた唇も離れて、元次は一旦動きを止めてしまう。

 

「は、はひぃ♡……ふあぁ♡……」

 

何故突然動きが止まったのか?束にはそんな事を考える余裕は全く残っていなかった。

只、先程の行為で与えられた刺激から開放された余韻に浸り、呼吸を整えようとする事で精一杯なのだ。

だが、ケダモノは容赦という概念を何処かに忘れている。

最早息も絶え絶えという様子の束を気遣う事もせず、元次は更に束を強く抱き寄せ、己が口を更に上へと向ける。

 

「……ふぅ~~」

 

「んにゅ!?はぁん!!?」

 

そして、その熱に染まった息を、束の耳に吹き掻けた。

それだけで先程の刺激で熱に浮かされた束の身体は飛び上がる様に反応してしまう。

びくんっびくんっと大げさな反応を取ってしまう束の身体を、その鍛え上げた体躯と野太い腕で抑えつけ……。

 

 

 

 

 

じゅるっ!!ちゅばばばばばばッずりゅうううううううっ!!!

 

「ッ!?んやぁああああああああああああああああああああああああッ!!?」

 

束の小さな耳の中に、その生暖かい舌を『挿し入れた』のだ。

その未知なる快感と刺激、そして鼓膜を震わせる水音と湿り気に、束は絶叫する。

耳の穴という自分にとっては汚い部分を舌でこれでもかと蹂躙される羞恥。

そして今までとは比べ物にならない様な、脳髄に直接伝わってくる刺激。

その感覚は、束の思考を犯し、身体を大きく反応させる。

背中は折れるのでは無いかと言う程に反り返って、足は爪先だけで支える形だ。

元次に抱きしめられているにも拘らず、その身体を少しだけ押し上げる程に、束は身体を敏感に反応させたのだ。

 

「はっ、あっ♡……あ、つ……あぃ……んぅっ♡……」

 

言葉にならず、呂律も回らない痴態を晒す束だが、それを気にする余裕は皆無であり、そこまで思考が回って居ない。

彼女の赤いロングヘアーは、今や乱雑に振り乱れてしまっているが、それがそこはかとない色気を醸し出していた。

汗でしっとりと湿った顔に、口に一筋だけ髪の毛が咥えられているのが、更に情欲を誘う。

 

「んっ……ぷはっ……ふぅ」

 

そんな風に、有体に言えば『乱れて』しまっている束の耳の中から舌を取り出した元次は、その体勢のままに口を開き……。

 

 

 

 

 

「最高にいやらしくて可愛いぜ……『束』」

 

耳元で、トンでもなく気障なセリフと、彼女の名前を呼び捨てで甘く囁いた。

それを束が脳で認識した瞬間、ブツリッとナニカが焼き切れる音と共に……。

 

「…………はへぇ♡(くてっ)」

 

 

 

篠ノ之束は、全てを放棄(シャットダウン)した。

 

 

 

篠ノ之束、メルトダウン。

 

 

 

 

「……ん?……ありゃ?束さ~ん?」

 

そして、束の耳元で甘く囁いた元次は、束から何のリアクションも返ってこないのを不思議に思い、顔をあげた。

 

「……ふぇ♡……ふへへへへ♡」

 

「あららららら。束さんまで寝ちまったのか……せっかくココからピッチ上げていこうと思ったのによぉ」

 

すると、目の前の束がだらしない顔をしながら何かを呟いているのを見て、束が寝てしまった事を理解した。

まず間違い無く寝たわけではなく気絶したのだが、今の元次にはさして問題では無かったのだ。

 

「やれやれ、さすがに束さんをこのままにしとく訳にゃいかねえし……よっこいせっと」

 

口では面倒くさそうに言いつつも、元次は束をお姫様抱っこで抱き上げ、束の乗ってきたロケットの中に優しく座らせる。

そのままもう一度さっき座っていた場所に戻り、直ぐ傍に置いてあった一口タルトの乗った皿を持って、再びロケットに近づく。

 

「さて、と……どうやって動かすんだ?コレ」

 

束をもたれかかる様に座らせたロケットの内部を見渡し、発射方法を探し始めると、それを境にロケットのコンソールが輝き始めた。

 

『マイスター以外の人物を発見、照明開始。平行して警戒モードへ移行』

 

「お?おぉ?」

 

と、何やらロケットの中から女性の様な声が響いたかと思うと、元次の身体に向かって無数のレーザーを浴びせていく。

その光景に面食らって驚く元次だったが、レーザーが無害なモノだと判ると、特に暴れずにそれを受け止める。

そして、そのレーザー照射が1分程続いたかと思えば、レーザーは全て消えて、コンソールの画面が再び動き始めた。

 

『照明完了、マイスター作、『オプティマス・プライム』操縦者、並びにマイスターの身内対象である鍋島元次本人と確定。警戒モードを解除します……こんばんは、鍋島様』

 

「あん?なんだオメエ?」

 

行き成り友好的に話しかけてきた音声に、元次は怪訝な声を持って返してしまう。

確かにロケットから行き成り友好的な音声が流れても、どう返せば良いか混乱してしまうだろう。

 

『自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はマイスター束に製作された、この移動式ラボロケット『我輩は猫である』の管制AIです。以後、お見知りおきを』

 

「は?このロケットのAI?……まぁ、束さんの造ったモンだから深く突っ込んだら負けか」

 

『英断かと思われます。マイスターの事を深くご理解頂けてる様で、私も鼻が高いです。私ロケットだから鼻はありませんが』

 

「何気に人間くせえなテメエ」

 

『恐縮です』

 

「褒めてねえよ……まぁ、何でもいいけどな。束さんが気絶しちまったんだ。テメエの判断でこのロケット飛ばせねぇか?」

 

傍から見れば、人参の形を模した巨大なロケット?の様なものと会話をする男が1人。

誰が見ても間違い無く可笑しな、そして途轍もなくシュールな光景である。

しかも束のロケットが妙に人間味を帯びているので、余計に可笑しな光景に見えてしまう。

 

『余裕です。朝飯前です。マイスターに何か遭った時の処置として、ロケットの行動は私が全て独断で行う事が可能ですので。ぶっちゃけ勝手に何処かへ散歩も余裕綽々です』

 

「傍迷惑な人参だなオイ」

 

勝手に歩き回る巨大な人参、オマケにその中身は世界中の科学者が涎を垂らす程の技術の塊。

元次の言う傍迷惑とは、あながち間違ってはいないであろう。

ましてや世界最高峰の頭脳が手掛けた自衛機能まで搭載されているのだから堪ったモノではない。

 

『鍋島様、訂正を要求します。マイスターの趣味で人参の様な格好をしておりますが、私はロケットです。キャロットではありません。激しく訂正を要求します』

 

「だから人間くせえってか人参くせえよテメエ。とりあえずこのタルト保冷して、さっさとキャロケット打ち上げちまえ」

 

『ついには合体させられましたか。酷いお人ですね……まぁ、判りました。では其方のタルトは保冷し、続いて10秒後に発進致します。それではお休みなさいませ、良い夢を』

 

「あぁ、ちゃんと束さんを連れて帰ってくれ」

 

そして、心を通わせた?AIに元次が別れを告げて離れると、ロケットは入り口を閉めてブースターを噴射し始めた。

ロケットの噴射音は中々大きな音だったが、不思議とこの場には誰も近づいて来ない。

これも恐らく、束のハッキングによって人払いがなされているのだろう。

意中の男性に逢う為とはいえ、かなり大掛かりな仕掛けである。

 

『それでは、失礼致します(シュゴォオオオオオオオッ!!!)』

 

そして、ロケットの発進を見守っていた元次に、AIは最後の別れを告げて大空へと旅立った。

後に残るのは、静寂と満月、そして夜空に輝く星だけになる。

ロケットが旅立って暫くは夜空を眺めていた元次だが、それから5分ほどして、元次もアリーナの観客席を後にする。

 

「さぁて……今からパーティーに戻るって気分でもねぇし……帰って寝ますか」

 

そう呟く元次の顔は、酒による赤みをそのままにして眠気で瞼が落ちそうになっている。

尤も、既にパーティーはお開きになっていて、1組で起きているのは元次だけなのだが、それを元次が知る由も無い。

現在の時刻は11時前、消灯時間を軽くオーバーしているが、元次は特に気にせず、自分の部屋を目指していく。

 

 

 

 

 

こうして、織斑一夏クラス代表就任パーティー並びにIS学園の伝説、野獣の宴は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

ジリリリリリリリリリリリッ!!!バガンッ!!

 

「……う、うぅん?……」

 

けたたましい目覚ましの鳴り響く音に身を捩りながら、俺の意識が覚醒し始めてきた。

そして薄っすらと目を開けていくと、ぼんやりとした天井の風景が視界に入ってくる。

……朝、か……眠てえ……。

 

「……ん?」

 

起き抜けで少しばかりぼんやりと天井を眺めていると、ふと右手に違和感を感じる。

気だるい頭を動かして其方を見てみると、俺の右手の下で潰れてるMY目覚まし君がお亡くなりになってた。

あちゃ~、起き抜けで手加減できずにブッ壊しちまったか。

仕方ねぇ……とりあえず、起きて顔を洗いま(ズキンズキンッ!!!)んぎぃ!?

 

「い、痛ええええええええええええええええええええッ!!!?」

 

行き成り頭に奔った猛烈な痛みに、俺は飛び起きて叫び声を上げながら頭を抱えてしまう。

い、痛え痛え痛え!?あ、頭が割れちまいそうな痛みがぁああああ!!?

俺の頭を突如襲った痛みは、脳を直接ガンガンとハンマーで殴られる様な痛みで、とてもじゃねえが耐えられる代物じゃねえ。

そのまま暫く頭を抱えた体勢のまま頭痛が治まるのを待っていたんだが……。

 

「い、いぢぢぢぢぢ……!?な、何なんだよ一体……!?って……あれ?何で俺、裸で寝てんだ?」

 

少しばかり頭痛が治まると、今度は違う違和感を感じてしまった。

そう、ベットで寝ていた俺の服装は、上半身裸でズボンはジーパンという如何にもなアメリカスタイルだった。

何時もの俺ならじないであろう格好に、俺は自分の事ながら戸惑ってしまう。

 

「っていやちょっと待て?確か昨日、俺は……あれ?……自分で寝た記憶がねえ……あっれえ?」

 

更に頭を捻ると、今度は別の謎が出てくる始末、一体全体どうなってやがんだ?

確かに俺はここで着替えて寝ている。

だというのに、ソコに至るまでの過程が全く思いだせねえ。

幾ら記憶をほじくり返そうとも、覚えている最後の光景は、一夏のクラス代表就任パーティーまで。

その最後に、クラスの女子に〆のデザートを振舞った所までは覚えているんだが……その先が全く記憶にねえ。

何だってんだよコリャ……はっ!?ま、まさかコレが噂に聞くあの……!?

 

「キング・クリムゾンってヤツか!?(ズキンッ!!)って痛ぁ!?さ、叫ぶと余計に痛みが……!?」

 

…………シーン。

 

思い出せないのでヤケクソにボケてみたは良いものの、誰も何も返してくれない。

……止めよう、虚しくなるだけだぜ……痛い思いまでして馬鹿か俺ぁ?

ってあれ?そう言えば……こんだけ騒がしくしてるってのに、本音ちゃん起きてこねえな?

俺は寂しくなった胸中に静止を掛けると、ココまで騒いでも起きねえ同居人の事が気になった。

そう、皆さんの癒し系アイドル、本音ちゃんその人だ。

俺は痛む頭を抑えながら本音ちゃんが寝ているであろう隣のベットに目を移すが、そこは既にもぬけの殻だった。

 

「ありゃ?……先に起きて行ったのか?珍しいな……」

 

本音ちゃんはあのほんわかとした雰囲気の通り、朝は中々弱かったりする。

だから何時も俺が起こして一緒に朝食を摂ってたんだが、今日は俺より早く行ったみてえだ。

まぁ考えていても仕方ねえので、俺は痛む頭を我慢しながら顔を洗って着替えを済まし、朝食を摂るために食堂を目指した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、今は食堂に来て食事を摂ろうとカウンターの前で注文した食事を待っているんだが……。

 

「……」

 

『『『『『……(チラッチラッ)』』』』』

 

何やら、食堂に入った瞬間、あっちこっちから沢山の視線の嵐を受けています。

うん、なんでさ?しかも食堂に俺が入った瞬間だぜ?

何時もより視線の数は多いわ注目されるわでグロッキーなり。

さすがに気になって食堂のテーブル側に振り向いて見れば……。

 

「……(チラッ)」

 

『『『『『ッ!!?(バババッ!!!)』』』』』

 

今度は一斉に視線をそらす始末、どうしてこうなった?

しかも俺が視線を外すとここぞとばかりに又視線が俺にロックオンしてきやがる。

本当に何がどうなってんですか?

まるで思い当たる節が無い視線の嵐に、俺はデッカイ溜息を吐いてしまう。

 

「はい、おまちどお」

 

そんな風にアンニュイな気分になっていると、何時の間にか目の前に鎮座している注文した品。

ホカホカと美味しそうな湯気を立ち上らせる……お粥。

……うん、お粥だ。まごう事無きお粥さんだ。

真っ白で何処までも飾り気の無い、いやその白こどが至高と言わんばかりの白さを持った……お 粥 さ ん だ 。

いやまぁ注文したのは確かに俺なんですけどね?

何せ頭痛がまだ治まらねえから、朝はなるべく軽いものにした結果がこれなんだよ。

まぁここにずっと居ても仕方ねえので、出されたお粥を持って席を探す。

 

「……はぁ」

 

と、席を探して辺りを見渡せば、窓際のテーブル席に1人で座って溜息を吐いてる夜竹を発見。

何故か彼女の座ってる席には他に誰も座っておらず、夜竹は頬を赤く染めてテーブルの上に置かれたコーヒーを眺めている。

しかし黒髪のロングヘアーな女子が窓際の席で溜息を吐くって……いい絵になってるな。

だがまぁちょうどいい、他に知り合いもいねえし、夜竹に相席させてもらうか。

俺は朝からぼけーっとしている夜竹の元に、ゆっくりと歩いていく。

だが、俺が傍まで近寄っても、夜竹はテーブルに置かれたコーヒーに視線を注いでて気付いていない様だ。

 

「ぁぅ……き、昨日は……元次君に……うぅ……どんな顔したらいいのぉ?」

 

何故か頬が赤い夜竹は、そう呟きながら更に顔全体に赤みを増していく。

え?俺?

 

「俺がどうしたって?」

 

「きゃぁああああああああああああああああああああッ!!!??」

 

「うおあっ!!?な、なんだなんだぁ!?」

 

夜竹の呟きの中に俺の名前が出てきたので、何の気無しに声を掛けたら滅茶苦茶ビビられた。

っていうか悲鳴あげられたんだけど?

 

「げ、げげげゲン、げん、げんじゅくんにゃ!!?」

 

そして、ひとしきり悲鳴を上げた夜竹は、ババッと音が鳴りそうな勢いで振り向いてきた。

しかも身体が何かカチコチに固まってらっしゃる上に顔の赤さがさっきまでの比じゃねえ。

っていうか言葉が呂律回って無くて何言ってるかまるでわかりません。

本当どうしたってんだ夜竹さんよ?

 

「お、おう。どうしたんだ夜竹?大丈夫か?」

 

さすがにこんな反応をされたんじゃあ飯どころじゃなくなったので、お粥片手に夜竹に近づいてみると……。

 

「ッ!?(ガタンッ!!!)」

 

何故か直立不動の姿勢で立ち上がり、カチンコチンに固まったでごわす。

……えっと?いやどうすりゃいいのこの状況?

暫しお粥を持ったままの体勢で見詰めあう俺とフリーズ状態の夜竹。

 

「………………ごっ」

 

「……?……ご?」

 

何すか夜竹さん「ご」って?

そんな事を考えていたら、何故か夜竹は目尻に涙を溜めて身体をクルッと反転させ……。

 

「ごめんなさいぃいいいいいっ!!?(ダダダダダダダダダダッ!!!)」

 

「何がっ!?」

 

謝罪の言葉を叫びながら砂塵が出る勢いで食堂から出ていきましたとさ。

っていうか何に対しての謝罪ですか夜竹さん?

あまりの事態に突っ込みを入れつつもポカーンと見送る事しか出来なかったぜ。

そして今の寸劇を目撃して、興味津々と言った視線を浴びせてくる食堂の乙女達。

もしも視線に威力があるなら、俺の身体はボロボロになっちまってんだろう。

 

「……食うか」

 

とりあえずこのままぼーっとしてても仕方ねえと判断し、夜竹が座っていた席に座って、俺は遅めの朝食を摂る。

俺がお粥を食べている間にも雨霰といった具合に降り注ぐ数多の視線、マジで俺が何したよ?

さすがに不愉快な事してくるわけじゃねえし、怒るにも怒れねえ。

そのまま俺がお粥を食べ終えて食堂から出るまで、俺に降り注ぐ視線の雨は止む事は無かった。

食ったのがお粥ってのもあって、飯食った気がマジでしなかったよちくしょう。

 

 

 

 

 

そんでまぁ、飯を食い終えて我等が1組の教室に向かっている所なんだが、俺の頭の中には1つ引っかかっている事がある。

それは、食堂での夜竹の態度は一体何だ?って事だ。

微妙に聞こえた小言からして、夜竹がああなった事は俺が原因……だと思う。

だが、俺にはその理由が皆目検討つかないってのが現状だったりする。

いやマジで昨日の記憶がごっそり抜けてるからよ……本当に何があったんだ?

と、そんな事を考えながら黙々と歩いていると、遂に1組の教室に到達してしまった。

もう既に食堂を出た夜竹も教室の中に居るだろう、そう考えるとちょっと入りづらくなっちまう。

だが、ここで無駄な時間を過ごして遅刻、なんてなったら目も当てられねえ。

それこそ千冬さんにグラウンド何週させられるかわかんねえよ。

……仕方ねえ、入るか。

無理矢理意を決した俺は、教卓側の扉を潜って、中に入り……。

 

 

 

 

 

『『『『『……(じ~っ)』』』』』

 

「……oh」

 

食堂の時と同じ様に、視線の嵐に苛まれる事となった。

しかも誰一人として話しかけては来ない。

ちくしょう、俺に言いてえ事があんなら普通に声掛けてくれりゃあ良いのに。

何で皆して視線で訴えてくるんだっての。

 

「あ!?おいゲン!!お前やっと来やがったのか!?昨日はお前の所為でマジ大変だったんだぞ!?後始末全部俺に押し付けやがって!!」

 

と、俺が視線の嵐でガリガリと精神を削られている所に、先に来ていた我が兄弟である一夏が登場。

何故か少々怒り気味だが、数ある視線をものともせずに俺に近寄ってくるではないか。

普段はコイツの図太さに呆れるトコだが、今日みてえな日はホント感謝だぜ。

 

「おう、一夏。っていうか昨日何があったんだ?」

 

俺は挨拶をすると同時に、昨日の出来事について一夏に尋ねてみた。

コイツの今の口ぶりからして、昨日のパーティで何があったのか知ってるんだろう。

だが、俺の言葉を聞いた一夏はまるで信じられないって表情をそのイケメンフェイスにアリアリと出してきやがった。

え?マジで昨日何があったんだよ?

 

「お、おまっ……!?昨日の事覚えて「あ~♡ゲンチ~だ~♡」ってのほほんさん!?」

 

「む?おぉ、本音ちゃん、おはよう」

 

「えへへ~♡ぐっとも~にんぐだよ~♡」

 

俺の朝の挨拶に嬉しそうに頬を緩ませながら返事を返してくれる本音ちゃん、あぁ~癒されるぜ。

俺の言葉に返事を返そうとした一夏だったが、途中で乱入してきた我がアイドル本音ちゃんに言葉を遮られていた。

そのまま流れで俺も挨拶を返してしまったので、一夏は涙目になりながら他の女子に話しを振られてそれに答えていた。

うん、なんていうかスマン、一夏乙。

しかし……今日の本音ちゃんは、何時にも増してご機嫌だなぁ。

少しばかり首を上に向けて俺を見上げる本音ちゃんの顔はこれまた嬉しそうなニコニコ顔だ。

多分、尻尾と耳があったらフリフリと左右に振られてるだろう。

心なしか頬にも朱の赤みが挿していて、夢心地って感じだ。

 

「あ、あのね~?き、昨日の事なんだけどぉ~♡」

 

と、朝から可愛らしい雰囲気を見せてくれる本音ちゃんに萌えていると、その本音ちゃんが恥ずかしそうに声を掛けてきた。

なにやら手を前向きに組んで、モジモジと指同士を擦り合わせながら俯いている。

その恥らう様は猛烈に可愛いんだが、昨日の事ってなんぞ?

 

 

 

『……その情報古いよ』

 

ん?何か廊下から聞いた事ある様な声が……?い、いやそれより本音ちゃんの言ってる昨日の事の方が重要だな。

本音ちゃんの言ってる「昨日の事」ってのが良く判らなかったので、俺は聞いてみようと声を……。

 

 

 

 

 

「わ、私ぃ♡首輪は黄色が良いなぁ~って思うんだけど~♡ゲンチ~は何色が好きなの~?そ、それに~ゲンチ~が望むならぁ……リ、リードも着けちゃうけどぉ……きゃ♡」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないですね」

 

掛けようとしたが本音ちゃんの意味不な発言で違う言葉が出てきた。

うん、わかんない。ホントにわかんない。

おかしいな?俺の耳が悪くなったのか?そうだそうに違いない間違いない。

だって本音ちゃんがそんなおかしな事言う筈なんざねえよ。

目の前で頬に手を当てて恥ずかしそうに、でも笑顔でイヤンイヤンとクネクネしてる本音ちゃんなんて見えない。

見えねえったら見えねえんだよブッ殺すぞ?

そ、そうだ、これは夢だそうに違いねえ、絶対に良いゆゲフンゲフンッ!!わ、悪い夢なんだ!!

あぁ焦ったぜ。一瞬自分が一夏並の馬鹿にクラスチェンジしちまったのかと思っ……。

 

 

 

『2組も専用機持ちがクラス代表になったの。油断してバカ面してると、優勝なんかできないからね』

 

 

 

ブチッッッッ!!

 

「誰がバカ面だゴルァッ!!ミンチにして梱包してスーパーの特売品に並べてやんぞヴォケェエッ!?」

 

『『『『『ひいぃっ!!??』』』』』

 

背中越しに聞こえてきたナイスタイミングな罵倒に、理不尽にブチ切れた俺はドスを滲ませた声で凄みつつ、後ろに振り返った。

おい誰だ今俺をパーフェクトなタイミングで馬鹿にした奴ぁ!?良い度胸してんじゃねぇかよアァン!?

 

 

 

「ひぃっちょ!?ちょっと待ってゲン!!アンタ中学の時より迫力有り過ぎるわよ!?わ、私が悪かったからその顔止めてホントゴメンなさい調子ブッこいてすいませんでしたぁあ!?」

 

 

 

…………は?

俺を馬鹿にしたアホンダラに、俺は悪魔ですら目を背けたくなるレベルの面構えで振り返ったんだが……目の前で震えてる女子は、些か見覚えがあった。

とゆうか見覚えがありすぎてマヌケな顔と共に怒りが霧散していく。

教室の出入り口にもたれ掛って不適な笑みを見せていた女子は、俺の怒声にビビッたのか、俺を見ながらブルブルと震えている。

背丈はかなり低く、出ていなきゃいけねえ筈の女性の象徴すら淋しい。

だが、そのスレンダー?な体つきにツインテールの髪型と鈴の髪飾りはとても良く似合っており、勝気な吊り目が自由奔放な猫を想像させる。

ってコイツは!?

 

「り、鈴……お前、鈴なのか!?」

 

呆然とする俺の傍に居た一夏が、件の女子生徒を指差して驚愕の声を上げる。

その声に反応して、女子生徒はコホンと咳払いをしながら、またもや薄い胸を自慢げに張って勝気な表情をする。

あぁ間違いねぇ!!この勝気な目!!静粛なんて言葉が見当たらない元気活発女は……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうよ!!!中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ……だからゲン、あんまり怒らないでくれると嬉しいんだけど……」

 

 

 

 

 

俺と一夏の中学時代の幼馴染みにして一夏に恋する乙女の1人、凰鈴音だった。

……っていうか一夏、お前ホントーにギャルゲーの主人公じゃね?

また今日から一夏の周りが騒がしくなるのは確定だな。

……それに巻き込まれて俺の周りも騒がしくなるんだろうけど。

 

 

 

 

 

「それでねそれでね?これからゲンチ~を呼ぶ時はぁ……『ご・主・人・様・♡』の方がいいかなぁ~?でへへ~~♡」

 

とりあえず本音ちゃん、お願いだからコッチ(現世)に戻って来て下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

現れた幼馴染みと激化する我が日常

 

 

 

「り――鈴、お前だったのか!?2組の転校生って!?」

 

俺達の目の前で腕組みしながら踏ん反り返ってるツインテールの小柄な少女――鳳鈴音に、一夏は目を見開いて驚く。

その一夏の驚く様を見て、件の少女……俺達の間では鈴という愛称で親しまれている少女は、その勝気な目を嬉しそうに吊り上げていた。

かくいう俺も、思わぬダチの登場に驚きを隠せねえがな。

 

 

 

この鈴は、小学校の時に箒と入れ違いで転校して来たんだが、最初は慣れない日本語に頑張ってる様で片言な話し方をする奴だった。

しかしまぁそれが小学生ってガキの集まり、しかも違う国の人間となりゃあ、イジメのターゲットに上がるのは明白だった。

直ぐに苛めっ子グループに目を付けられた鈴は、いつもパンダだとか言われたり持ち物を隠されたりというイジメをされてたっけ。

しかし、鈴はその見た目通り、滅茶苦茶に気が強え。

だから直ぐに苛めっ子達と反発してしまい、イジメは益々苛烈な方向に向かっちまったんだ。

でも、当時から周りより背丈もガタイも良かった俺がクラスに居たって事もあって、苛めっ子達は俺が見えない所で鈴を苛めてやがった。

昔から苛めとかそーゆうのが大っ嫌いだった俺は、良くそんな現場に入っては苛めてたヤツをブン殴ってたので、苛めっ子達は俺を警戒してそんな事をする様になってた。

しかし、たまたま一夏が忘れ物をしたので一緒に教室に戻れば、そこには上の服を少しだけ破かれて泣きっ面だった鈴と笑ってる苛めっ子達が10人近く。

その光景を見て何が起こったか瞬時に理解した一夏が弾丸の如く飛び込んで、鈴の近くに居た苛めっ子を殴り飛ばした。

「男が女を囲って苛めてんじゃねぇえッ!!」って、あん時の啖呵はカッコ良かったぜホント。

そのままやられっぱなしで納まらねえ苛めっ子達は一夏に殴りかかろうとしたが、一夏の後ろで良い笑顔を浮かべて拳を握る俺を見て青ざめる。

後は俺と一夏の一方的なデストロイが残るだけだった。

まぁ要約すりゃその時の一夏の雄姿に鈴が惚れたってダケなんだがな。

 

 

 

「そ、更に昨日づけで2組のクラス代表になったってワケ。……ところでさぁ……」

 

と、俺が目の前に居る幼馴染みのプロフィールを思い出していると、一夏の驚愕した声に返事を返した鈴が恐る恐るといった感じで話題を変えてきた。

しかも鈴の視線は何故か俺に向いてるし。

 

「えっと、1組のクラス代表って……やっぱり……ゲン?」

 

そして、何やら自分の言葉がそうでないで欲しいと言わんばかりの表情で、鈴は俺を見ながら尋ねてきた。

何だ何だ?もしかしてココのクラス代表知らないで宣戦布告にきたのかよ?相変わらず無鉄砲というか無計画というか……変わってねぇな。

約1年ぶりになるが昔とあんま変わってない幼馴染みの行動に、俺は苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「いや、ウチ等の代表は一夏だぜ?」

 

「――――よっしゃあッ!!!コレで勝つるッ!!!」

 

「いや、大袈裟過ぎるから落ち着けって鈴。何かキャラもブレてるから」

 

しかし、俺の答えを聞いた瞬間、鈴は大きくガッツポーズを取って叫び声を挙げるではないか。

その女がやるにはあんまりなリアクションに一夏が抗議するが、その抗議を聞いた鈴は目をマジにさせて一夏と視線を合わせた。

 

「何言ってんのよ一夏ッ!!!大袈裟なワケ無いでしょーが!!!ゲンと戦うなんて冗談じゃ無いっての!!!アタシなんか1発でザクロよ!?色々パーンって飛び散っちゃうのよ!?」

 

「いや、それは……間違い無えな。人が生身で戦うには無謀が過ぎるってヤツだぜ」

 

「当たり前よ!!ゲンに喧嘩売るぐらいならまだ他の国の代表候補生纏めて10人に喧嘩売る方が百倍マシだわ!!」

 

「オーケー。テメー等が普段から俺の事どんな風に認識してるかよーく分かったぜ……ちと俺らの親睦と相互理解を深め直すとしようや、表出ろ♪」

 

「「勘弁して下さい!!?」」

 

俺の素敵すぎるスマイルで放った言葉は、何故か誠心誠意90度の謝罪で返された。解せん。

見ればクラスの連中の殆どが怯えてらっしゃるではないか。何故だ?

オルコットなんか特に怯えていて、顔を青くしたまま「ザクロ……飛び散るわたくし」とか呟いてるし。

まぁ俺の拳でザクロとか言われたらクラス代表を決める日にキレた俺の拳を浴びたらってビジョンが浮かび上がるんだろう。

例外は俺を見て顔を真っ赤にしながらブンと風を切る音と共に目を背けた夜竹。

そして何故か俺を見ながらイヤンイヤンと体を左右にくねらせる我が癒しの女神(ちょっと壊れ気味)、本音ちゃんの2人だけだ。

おかしい、まだSHR前だってーのに教室のカオス度が上がってねえか?

 

「ったく……しかしまぁ、久しぶりじゃねぇか鈴。一夏もそうだが、俺もビックリしたぜ。まさか話題の転校生がオメエとはなぁ……元気だったかよ?」

 

周りを見渡し終えてから、目の前で頭を下げてる鈴にそう声を掛けると、鈴は顔を起こして嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

「当ったり前じゃない!!元気も元気よ!!アンタも元気そう……っていうか、何かトンデモなくデカクなってない?身長とか、筋肉とか威圧感とかその他諸々……」

 

しかし、俺の体を見渡した鈴は、その嬉しそうな顔を少しだけ引き攣らせてそう聞いてくる。

まぁ確かに中学の頃と比べたら大分デカクなってる自覚はある。

しかも中学を卒業してから受けた冴島さんの修行のお陰で更にUPUPしてるしな。

俺はそんな事を思い出しながら、目の前で顔を引き攣らせてる鈴に肩を竦めて口を開いた。

 

「まぁ、あれからもっと鍛えてきたからな。ってかよぉ、それを言うならそう言う鈴こそ……ん?」

 

俺はそこで言葉を切って鈴の体に視線を送ったんだが……あれ?

少しおかしな所を見つけてしまったので、何やら笑顔で踏ん反り返ってる鈴に言葉を返すのを少し戸惑ってしまう。

えぇっと……い、言わなきゃ駄目だよな、コレ?ちょっと残酷かも知れんが……仕方ねえ。

 

「ふふーん♪どうよ?アタシも結構背が伸び――」

 

「えと、その――――何か縮んでねぇかオメエ?昔より身長低くなってる気が――」

 

「縮んどるかぁああああッ!?逆だ逆!!アンタが馬鹿みたいにデッカクなり過ぎてんのよこのマッチョ馬鹿ぁああッ!!(ドグシャアッ!!)」

 

『『『『『シャイニングウィザードッ!?しかも顎にモロッ!?』』』』』

 

しかし、俺の指摘はどうやら鈴の琴線に触れてしまったらしく、鈴は果敢に叫び声を挙げながら俺に飛び膝蹴りをカマしてきやがった。

おおう!?何時の間にそんなアクロバティックな技を覚えた!?昔より遥かに威力が増してやがる!?

本場中国仕込み……かは分からねえが、ともかく鈴は昔より遥かに冴え渡った蹴りを俺の顎にお見舞いしてからシュタッと華麗に着地を決めた。

ただまぁ息がゼーハーと上がってるのはマイナス点だけどな?

 

「へー。昔より蹴りの威力が随分と冴えてるじゃねぇか?オメエも中国で鍛えてたみてーだな?」

 

「そう思うなら少しはグラつくとかしなさいよ!!何で微動だにしないワケ!?っていうか蹴ったアタシの足の方が尋常じゃない痛みが来てるんですけどぉおおッ!?」

 

「鈴……ゲンに挑むなんて無茶にも程があるって……」

 

思いもよらなかったダチの格闘術の進歩に、俺は嬉しさから笑顔を浮かべて鈴を褒めたが、鈴は一頻り俺に喚き散らした後で俺の顎を蹴った膝を擦りながら蹲ってしまう。

そんな自爆した鈴を、横で事態を見守っていた一夏が呆れた表情でやんわりと注意していた。

まったくよぉ……こうしてっと何か昔に戻ったみてえだぜ。

俺が一夏にボケて、一夏が突っ込んで弾がまたボケて鈴が俺と弾に突っ込みを入れる。

そんで何時も俺に突っ込みを入れては足の痛みを訴えてくる……懐かしいな。

目の前で昔のノリを披露してくれた鈴と久しぶりに親睦を深めたい気持ちはあるが、どうやらソレはもう少し先にお預けになりそうだ。

 

「まぁ鈴、そろそろSHRの予鈴が鳴っからよ。担任の先生に怒られる前に帰んな。久しぶりに親睦を深めんのは昼休みにでもしようや?」

 

「い、痛たた……な、何優等生ぶってんのよ?SHRっていうか教師が怖くて代表候補生なんてやってられ――」

 

「1組の担任は千冬さんだが?」

 

「また昼休みに来るからね!!逃げるんじゃないわよ!!特に一夏!!」

 

「何で俺!?この流れは普通ゲンだろうオイィィィイイ!?」

 

「おーおー、逃げ足の速さも俊敏になってんじゃねえか?さすが猫っぽい奴だぜ」

 

このクラスの担任が千冬さんだと聞いた瞬間、鈴は足の痛みも何のそのってな具合にピューッと教室から退散していった。

アイツ未だに千冬さんの事が怖いんだな……猫っぽいアイツの本能なのかねぇ?

何故か去り際に俺ではなく一夏を指名して逃げていく辺り、どれだけ一夏と会えるのかを楽しみにしてたかが伺える。

まぁ別れ際も結構泣きそうになってたしな、久しぶりに惚れた男に会えるってのがスゲエ嬉しいんだろうよ。

そんな寂しがり屋な幼馴染に久しぶりに会った懐かしさから笑みを浮かべるが、俺も千冬さんと真耶ちゃんが来る前に席に着く為に戻ろうとしたら……。

 

『……山田君。早く教室に入るんだ。生徒が待っているのに、これではSHRが始められんぞ?』

 

『お、織斑先生がお先にどうぞ!?わ、わわ私は副担任ですし、ヤッパリ担任の先生が先に入るべきで……』

 

『なに、これも山田先生が早く担任の勤めに慣れる様にという私の先輩心だ。さ、遠慮は要らんから入れ』

 

『ズ、ズルイですよぉ!?そう言って先輩が入りたくないだけじゃないですかぁ!?私だって元次さんに会うのがどれだけ恥ずかしいか……』

 

何やら扉の向こうから途切れ途切れに聞こえてくるヒソヒソ話しが、机に向かおうとした俺の足を停止させた。

何だ?このヒソヒソ話は?……というか、さっきから話しの端々に俺の名前が聞こえてくるんだが?

 

『わ、私はそんな事は全くもってないぞ?ただ山田先生が先に入らないと、今日の私の運勢は最悪なのでな。今朝そうやって占いに出ていた』

 

『何でそんなピンポイントな事を占いで言ってるんですかぁあ!?っていうか先輩って占いなんか見ないじゃないですか!?いっつも迷信だって言って信じない癖に、都合が良すぎですぅう!!』

 

振り向いた俺の視界、それは教室の入り口辺りから聞こえてくる声の方向に向いていた。

教室の扉は、さっき鈴が開けっ放しで出て行ったまま誰も閉めなかったので開きっぱなしで、声はそのすぐ近くから聞こえている。

その声の言い争い?の様な言葉の応酬に、クラスメイトも俺と同じように入り口に視線を向けていた。

つっても、声がくぐもっててあんまり聞こえねえから何を言い合ってるのかが判別出来ない。

その時間を気にしていない勇者的なやりとりに、傍に居た一夏も眉を訝しく曲げていた。

 

「……何か、おかしくねぇか?もうすぐSHRだし、千冬姉が来る前に入るよう言っといた方が良いかも」

 

「そうだな。とりあえず俺が注意してくるとすっか。一夏は先に座ってろよ」

 

「わ、分かった」

 

とりあえずSHRの予鈴は鳴ってしまったので、俺は一夏に声を掛けてから教室の入口に歩を進めた。

まぁさすがにコレで千冬さんに怒られるのが自業自得にしても、コッチから一度くらい注意しといてやるべきだろう。

何にもしないまま見捨てたりしたら、それこそ後味が悪くなるしな。

 

 

 

――――そんな事を考えつつ、教室の入口近くまで歩を進めたら。

 

 

 

『えぇい仕方無い……許せ、真耶』

 

「ちょ!?せんぱ(ドンッ!!)キャアッ!?」

 

「うぉお!?な、何だぁ!?」

 

「(ぼふっ!!)あう!?」

 

教室の入口から、真耶ちゃんが俺の胸に飛び込んできた――え?何これ?

余りにも行き成り起こった出来事に目を白黒させながらも、俺は咄嗟に飛んでくる真耶ちゃんを受け止めてしまった。

何やら受け止めた際に、俺の胸元にゴージャスにやわらかーな物体のもにゅんもにゅんとした感触が跳ね回っております。

おぅふ、何て筆舌に尽くしがたい柔らかさ!?しかも2つもあるとは!?ええい、真耶ちゃんは化け物か!?

朝っぱらから健全な青少年には毒過ぎる感触だぜ!!

胸元に感じる真耶ちゃんの双丘のデカさに戦慄していると、真耶ちゃんは呻き声を挙げながら身動いた。

 

「あいたたた……突き飛ばすなんて酷いですよぉう、先輩……?…………え?」

 

そして身動いだ真耶ちゃんは、恐らく突き飛ばしたであろう人物に抗議の声を挙げながら目を開くが、自分の格好を認識した瞬間止まってしまったではないか。

多分真耶ちゃんの言ってる先輩ってのは千冬さんなんだろうと思う。

そうじゃねえとこの時間に他のクラスの担任の先生とあんなやりとりはしねえだろうし、やったら千冬さんに怒られる筈だ。

と、この状況について行けてない脳みそが冷静に別の事を考えるが、それで別に状況が変わるなんて事は無い。

要はただの現実逃避でござい(笑)って笑えるか!?

胸元に感じる真耶ちゃんのおっぱいの感触がどうしても俺の、いや男の眠れる本性を剥き出しにしようと刺激してきやがる。

オマケとばかりに、現状を全く理解出来ていないであろう真耶ちゃんのあどけないポケッとした顔が、そんな邪な事を考えてる俺の背徳感をソソらせるのです。

 

「え……えっと……お、お早う真耶ちゃん」

 

とりあえず朝の挨拶を言うべきだと思ったので、何時に無く柔らかい笑顔を浮かべて優しい声で胸元の真耶ちゃんに挨拶をした。

しかし、真耶ちゃんは俺の声を聞いても返事は返してくれず、不意に周りをキョロキョロと見渡してから、再び俺を上目遣いに見てくる。

 

「…………ぁ」

 

「ま、真耶ちゃん?どうしたん――」

 

そして、真耶ちゃんの行動の意図が分からなかった俺の問いかけが届く寸前―――。

 

「~~~~~~~~~~~ッ!?(ボボボンッ!!)……はふっ(くてん)」

 

「へ?……ってちょ!?真耶ちゃーーーーーーん!?」

 

凄い音を出しながら、爆発した――って何でぇえええ!!?

何故か俺の胸元で顔を沸騰したヤカン並に赤くしたかと思えば、真耶ちゃんはそのまま目を回して気絶してしまった。

体から力が抜けて倒れそうになる真耶ちゃんを慌てて支えながら、俺は真耶ちゃんを少しだけ揺すって声を掛ける。

 

「真耶ちゃん!?真耶ちゃん!?しっかりしろよオイ!!(ユサユサ)」

 

くそう!!今の一瞬で一体何が起こった何が!?

た、確かに抱きとめられたのは恥ずかしかったかも知れねえが、別に気絶する程の事でもねぇだろーに!?

そう考えながら懸命に声を掛けるも、真耶ちゃんは全くもって再起動する気配が無い。

しかも天元突破したかの如き赤色に染まっている真耶ちゃんの両耳からは、モクモクとスモークが湧き上がる始末。

一体どんな構造してらっしゃるんでしょーか真耶ちゃんの身体は?ちと隅々まで調べてみたげふんげふん!!今のは幻聴だ!!

 

「はぁぅ……もう……ダメ……」

 

「いやいや駄目じゃなくてしっかりしてくれって真耶ちゃん!?ど、どうすれば……そ、そうだ!!?」

 

さっきから一向に復活する気配を見せない真耶ちゃんをどうしたもんかと悩んだ時、俺は扉の向こうに居るであろう千冬さんの存在を思いだした。

あの人ならこのワケ分からん症状を見せてる真耶ちゃんを治してくれる筈だ!!……宝具SYUSEKIBOで。

さすがにそれは可哀想かなと思ったんだが、この状況を打開するためには四の五の言ってられる状況じゃねえ。

スマン真耶ちゃん、後でほっぺが落ちる程に美味しいフルコースを御馳走すっからよ。

俺は断腸の思いで、気絶してしまった真耶ちゃんを優しく自分の席に座らせてから、呆然としてる一夏達を尻目に自動ドア目掛けて駆け寄った。

 

「(プシュン)ち、千冬さん!!大変っす!!」

 

「うぁあああッ!!?げ!?げげげげ元次!?う、ぁ…なぁ……ッ!?(真っ赤)」

 

何かコッチも大変なぐらいお顔が真っ赤になってるんですが!?皆さん事件です!!千冬さんが可愛すぎて生きるのが辛い!?

行き成り登場して大声で名前を呼ばれた事に驚いたのか、千冬さんは何時ものクールな表情をアワアワと慌てるモノにチェンジさせて、俺の事を目を見開いて見ていた。

何時もの出来る大人の女性を彷彿させる黒のスーツをバシッと着こなし、黒いストッキングにその足を包んだ千冬さんの慌てふためく姿なぞ、普通は考えられないぐらいにレアだ。

……そのちょっと隙が出来た姿に、少しばかりキュンとキタのは内緒です。

 

「ま、真耶ちゃんが大変なんす!!ちょっと来て下さ――」

 

しかしそのまま千冬さんが落ち着くのを待ってられなかった俺は、慌てふためく千冬さんに声を掛けた。

とりあえず現状が理解して貰えやすくなる様に教室の中を見てもらった方が速いと思って、千冬さんの細い手を握って中に―――。

 

「(ギュッ)ひぅ!?わ―――わぁああああああッ!?(バッ!!)」

 

入ろうとしたら、千冬さんは更に顔を真っ赤にして普段なら絶対に出さないであろう悲鳴に近い声音で叫びながら―――。

 

 

 

キーーーー―ン☆

 

 

 

()の勲章を、思いっ切りKICK UP!!(蹴り上げ)なされますた。

この時、俺の身体が少しだけフワッと浮き上がったのは、多分勘違いじゃねぇだろう。

丸々と大きな林檎が、生っていた木の枝からポロッと落ちたビジョンが脳裏に過ぎったのも間違いじゃない筈。

そしてそのまま、俺が千冬さんに何をされたのかを頭で理解する前に――。

 

「――――ぱぉおおおおおおおおおおんッ!?」

 

蹴られた箇所から奔る激痛で理解した俺は、妙ちくりんな奇声を上げて、両手で大事な部分を抑えながら蹲った。

痛でででででででででッ!!?つ、潰れたわいなーーーッ!!?

下腹部を襲う今までに体験した事の無い激痛から、俺は大事な所を抑えて頭を地面に擦り付けた情けない体勢を披露してしまう。

い、いくら身体を鍛えてもココは鍛えられねぇんだよぉおおッ!!?っていうか何で蹴られたんだよ今ぁあああ!?

 

「ぎ、ぎぐががががが……ッ!?な、何て事すんスか千冬さぁん……ッ!?お、俺の寅次郎が瀕死の重症にぃぃ……ッ!?」

 

俺は歯を食い縛った口から唸り声を上げて頭上に居るであろう千冬さんに抗議の声を飛ばす。

マジで気を失った方がマシだってこの痛みは。あっダメだ、涙出そう。

 

「う、うぁ……ッ!?う、ううううるさい黙れッ!?い、いきなりお前が、て、手を握ってくるからッ!?」

 

(グ、グニュって!?今足先にグニュっとしたデカイナニカがッ!?)

 

「だ、だからって……俺の宝モン蹴り飛ばす事はねえでしょうぅぅ……ッ!?」

 

しかし俺の震えた声で飛ばした抗議は受け入れてもらえず、返ってきたのは俺が悪いという辛酸なお返事だった。

だがこの仕打ちはあんまりだと言おうと、少々内股の体勢で土下座の様になってる俺は、その体勢から頭だけを起こして千冬さんに視線を合わせようとし――――。

 

 

 

「――――あ」

 

 

 

床に這いつくばった姿勢から顔を起こした俺が見たのは、半透明な黒いストッキングに包まれたパステルピンクのフリル付き逆三角形、そして――――。

 

「……?……ッ!?(バッ!!)――~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

カァアアッ!!!

 

俺にスカートの中身を見られたと気付いて、スカートを抑えながら目尻に大粒の涙を溜めた、真っ赤に萌えた千冬さんのお顔だった。

口元なんか声を出さないようにか、キュッと下唇を持ち上げた形でプルプルと震えてるじゃないですか。

そんな絶対に見れないであろう恥じらいと萌えを含んだ体勢と表情、そしてウルルと涙が零れそうな弱々しい瞳で、俺を見つめる千冬さん。

ヤバイ、千冬さんの泣きそうな顔とか恥ずかしそうにスカート抑える仕草とか滅茶苦茶可愛い過ぎなんですけ――。

 

「な、なあぁ……ッ!?(ウルウル)――――忘れろぉおおッ!!バカーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

ドグシャァアアッ!!

 

「ぼぶちゅあんッ!?」

 

羞恥心が亜高速の速さでブチ切れた千冬さんの、スカートを抑えた体勢のままに繰り出された踏みつけで、俺は床と熱いベーゼをカマした。

っていうか最後の「バカーーッ!!」って……馬鹿者の”者”って字が抜けただけで可愛く感じた俺は病気なんだろうか?

朝っぱらから下腹部に伝わる激痛とクール系美人お姉さまから、何か可愛い生き物系にジョブチェンした千冬さんを思考にこびりつかせて、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あぁ~……頭痛え……オマケに顔とか色んな所が盛大に悲鳴を上げてやがるっての……」

 

時間は跳びに跳んで昼休みなう。

現在俺は一夏達と昼食を取る為に食堂へと歩いてる最中なんだが、千冬さんから頂いたダメージが半端無さすぎて体中が軋む様に痛い。

あの後、俺は教室の床と廊下の間に倒れた格好のまま放置されていたらしく、ついさっき目を覚ましたばかりだ。

俺が起きた時には既に千冬さんと真耶ちゃんは消えていてそのまま一夏達に引っ張られる形で食堂に向かう事になり、今に至る。

 

「ゲン、あれはお前の自業自得だ。さすがにアレは弁護出来んし、するつもりも無い」

 

「箒さんの言う通りですわ。ましてやご自分が何をやったのか忘れていらっしゃるなんて……命があっただけ幸運と思って下さいな」

 

「最悪俺の命はチョン切られてたってか?マジに何やらかしたんだよ昨日の俺はぁ……一夏」

 

しかし俺の身体の深刻なダメージを訴える呟きも、箒とオルコットの2人に冷たく駄目出しされて終わる始末。

この2人も千冬さんがああなった事情は知ってるらしいが、どうにも俺のやった所業が気に入らないらしく……とゆうか俺が覚えて無いのが気に入らないそうだ。

取り付く島も無い2人は教えてくれねえだろうと判断し、俺は隣を歩く一夏に声を掛けたが……。

 

「千冬姉に口止めされてるから言わねえぞ……もし俺が喋ったのがバレたら、今度は俺が同じ目に遭わされちまう」

 

俺の滅多に言わないであろう懇願する様な声も、事前に脅されているらしい一夏は顔を青くして俺の要求を突っぱねてしまう。

まぁ確かにあの惨状を見てた、しかも男である身としてはあんな拷問レベルの苦行は受けたくねえよなぁ。

 

「そ、その……げ、元気出して?元次君(は、恥ずかしいけど、昨日の事を覚えてないのは良かった様な……良くなかった様な……複雑だよぉ)」

 

「……おう、サンキューな、夜竹」

 

「はぅ……ど、どういたしまして」

 

そして、今回も同じ様に弁当持参で一緒に食堂に向かってる夜竹に励ましの言葉を頂き、俺は笑顔で夜竹に礼を述べる。

何故か俺と一定の距離を保った状態を維持したまま着いて来るんだが……そういや朝のアレも、もしかせんでも俺が何かしたからって事か。

その証拠に、夜竹は俺と目を合わせるのを恥ずかしそうにしてるし、ほっぺたは真っ赤に染まった状態から全く変わらないでいる。

ホント何やらかした昨日の俺ぇ……ちなみに本音ちゃんは何やら所用があるらしく、今日は一緒に食べれないと悲しそうな顔で俺に告げてきたっけ。

ぽてぽてと、やたら遅い足取りで教室の扉に向かった本音ちゃんはようやく入り口に到達したと思ったら―――。

 

『……夜ごはんは、一緒に食べよぉね~~♪(ヘロヘロ~)』

 

出て行く前に、もう一度こちらを振り返り赤みの挿したほにゃっとスマイルでヘロヘロ~っと手を振る姿に、俺の胸中が吹き飛ぶ程の衝撃が走ったぜ。

ば、馬鹿な!?一体本音ちゃんてば、どこまで男心を擽る萌えのポイントをおさえているんだよ!?

何せあの鈍感王と呼ばれた一夏ですら、本音ちゃんのその仕草に頬を赤くしてたし。

まぁその後で箒とオルコットに背中の肉を5分ほど抓られちまってたけどな。

他にも数名俺達の後をぞろぞろとついてくる為、現在俺達の後ろはちょっとした行進になっている。

流石は一夏ってな……望む望まず選ばず、女の子が寄って来るな。

そして遂に食堂についた俺達は――――。

 

「待ってたわよ一夏!!後ゲン!!」

 

受け取り口付近で既に注文した鈴が、俺達の前にドンと仁王立ちして立ち塞がる事で進路を塞がれてしまった。

っていうかそこに陣取っちゃ駄目だろうに?しかも俺は一夏のついでかよ。

 

「コラコラ鈴、テメエが其処に居ちゃ食券買えねえだろーが?人様の通行邪魔してねえでどきやがれっての」

 

俺は1年振りに会う幼馴染み第2号の行動に苦笑しながらも、其処に居たら他の人の邪魔になる事を注意する。

現に他の女の子達も鈴がド真ん中に居て通り辛そうにしてたしな。

 

「うっ、わ、わかってるわよ。っていうかアンタ達を待ってたんだからね?もっと早く来なさいよ」

 

「ん?なら1組に来てくれりゃ良かったじゃねえか?先に待ってるなんてせずにさ」

 

「アタシは先に行きたい気分だったの!!」

 

鈴の言葉に一夏は疑問顔で問い掛けるが、それは鈴の傍若無人な返答で返される形となった。

まぁ鈴のそういった理不尽な切り返しはこれが初めてってワケじゃねえので、俺も一夏も顔を見合わせて苦笑するだけで終わる。

っていうか俺の予想じゃ、1年振りに一夏と話しをするのが待ちきれなくて1人でサッサと来ちまったんじゃねえかと思う。

良くも悪くも、俺等のダチである鳳鈴音ってヤツは昔っから超直情型だからな。

 

「わーったわーったって、とりあえずここで騒いでねーで先に席確保して座っとけや。オメエのラーメンも伸び切っちまうだろ?」

 

とにかく、このままじゃ何時まで経っても飯が食えねえので、俺は一夏から視線をズラして少しばかりむくれてる鈴の手元を見ながら言葉を掛けた。

鈴が持ってるトレーには、熱々の湯気を放つラーメンが乗っていて、早く食べないと麺がスープを吸って伸び切ってしまうだろう。

さすがにいつまでもそんなモン持って歩いてちゃ、誰かとぶつかったりした時に大惨事になる。

 

「仕方無いわねぇ……じゃあ先に席とっとくから、早く来なさいよ?」

 

「あいあい、夜竹も鈴に着いてって一緒に席で待っといてくれ。俺等も食事貰ったらソッチ行くからよ」

 

「う、うん。じゃあ、先に行ってるね?」

 

更に俺の3歩後ろで事の成り行きを見守っていた夜竹に声を掛けて、俺等食券組の席の確保をお願いする。

夜竹は俺のお願いをまだ赤みの抜け切っていない顔で了承してくれると、そのまま鈴と一緒に生徒の波に消えていった。

さあて、あいつ等を待たせるのも悪いし、サッサと飯を決めますかね。

 

「……ゲン、少し良いか?」

 

「ん?何だよ?」

 

と、俺が食券販売機の列に並んで何にするか決めていると、俺の後ろに並んでいた箒が難しそうな顔で声を掛けてきた。

しかも俺達4人ぐらい間を挟んで並んでる一夏に聞こえない様にか、少し小声でだ。

良く見れば、その後ろに居るオルコットも何か聞きたそうな顔で俺を見てる。

 

「彼女……リンと言ったか?彼女はお前と一夏の知り合いなのか?随分、親しそうに話していたが……」

 

「わ、わたくしも箒さんと同じでそれが聞きたかったのですが……」

 

箒の質問に便乗して、オルコットも少し身を乗り出して聞いてくる。

あぁ成る程?要は自分たち以外に一夏と親しく話してる鈴の登場に気が気じゃねえって事か。

全く、こいつ等もかなり必死っていうか……相変わらず一夏の周りは賑やかなこったぜ。

 

「まぁそれも含めて後で話すからよ。今は何を食うか選ばせてくれ」

 

「むぅ……まぁ、後でしっかりと話してくれるなら、それで構わんが……」

 

「しっかりとお話して下さいね?」

 

「分かったって。ったく、必死なのは結構だが時と場合を考えろっての」

 

しかし残念な事に、俺の中の優先順位が今は食欲の方が勝ってるのさマイフレン。

そのまま俺は苦笑を浮かべつつ2人から視線を逸らし、選んだ食券を買って受け渡し口のマダムに魔法の言葉を囁いてから受け取り口に並んだ。

俺に続いて箒、セシリア、一夏も食券を買い終えて並びだす。

一夏は日替わり定食、箒はキツネうどん、オルコットはカルボナーラとサラダのセットと、バラエティ豊かな物だ。

ちなみに俺は、ハンバーガーを3つ(和風カツ、ダブルチーズ、フィレサンド)とナゲット、コーラにした。

ふっふっふ。冬休みとか夏休みに爺ちゃんの会社のバイトで貯蓄した金に、婆ちゃんとお袋の仕送りのお陰でかなり裕福なんです、俺の財布事情♪

まぁそんな感じで思い思いの食事を手にし、鈴と夜竹が確保してくれた窓際の席に向かったんだが――――。

 

『……そうなんだ……やっぱり、元次君って中学でもその……凄かったの?鳳さん』

 

『あーうん。ほら、アイツって歌とか半端無く上手いし、ルックスは悪くないっていうかワイルド系で良い方だし、喧嘩なんか滅茶苦茶強い上に料理もプロ級じゃん?それに喧嘩の理由っていうのが、大抵は困ってたりイジメられてる人の為にするからさ……一夏程じゃないにしても、ね?それと、アタシの事は鈴で良いわよ?』

 

『あっ、それじゃあ私もさゆかって呼んで欲しいな。……うぅ、IS学園でも本音ちゃんとか、山田先生とか織斑先生が本気だから、もしかして他にもって思ってたけど……』

 

『うわっ嘘?千冬さんはそうじゃないかって薄々思ってたけど、まさか他の先生までとは……一夏の事言えないっての。アイツも』

 

『兄弟だって二人共言ってるし、やっぱりそういう所は似てるんだね……ハァ、ライバル多いなぁ』

 

『ホント、似なくていい所が似ちゃってるんだもん。あの2人は……まぁ、お互い苦労してるけど、頑張ろ』

 

『そうだね……鈴さんも頑張って。応援してるから』

 

『ありがと、さゆか。っていうかアタシにさんは要らないわよ。呼ばれ慣れてないし、何かムズムズするからさ』

 

ソコには、何やらお互いにどんよりとした空気を纏ってたり、楽しそうに笑い合ってる夜竹と鈴の姿があった。

何だ?鈴は人懐っこい所があるから打ち解けるまでそう時間はかからねえと踏んでたが……随分と打ち解け過ぎじゃね?

予想よりも随分速い段階で打ち解けた2人の姿に、俺はおろか一夏までもが驚いている。

 

「あっ。アンタ達こっちよ!!サッサと来なさいって!!……ほら、さゆかも!!」

 

「ふえ!?え、えと……その……げ、元次君!!よ、よよ、良かったら!!…………ぁの……ッ!!と、隣!!どうぞ!?」

 

しかし驚いてるのも束の間、俺達に気付いた鈴がちょいと大きめの声で俺達に声を掛けてくる。

更に鈴と1席間を開けて座っていた夜竹も顔を赤くさせてモジモジしながら、鈴と同じ様に大きめの声で着席を促してきた。

 

「へ?あ、おう。じゃあゲン。俺達も座ろうぜ」

 

「あ?あ、あぁ……じ、じゃあ夜竹?隣、お邪魔させてもらうわ」

 

「は、はははい!?ど、どうぞ!!」

 

とりあえずそうしていても仕方ねえと考えたのか、一夏の言葉に従って、俺も夜竹の隣に座る形を取った。

しかし俺が座ったのは良いんだが、何故か隣に座ってる夜竹はかなり恥ずかしそうに顔を赤くさせていて、少しこの場の空気が気恥ずかしく感じちまう。

駄目だ、夜竹って本音ちゃんとか真耶ちゃんとは違ってこう……落ち着いた美少女って印象があるから余計どうしたら良いかわかんねえよ。

ぐっ、夜竹がここまで恥ずかしがるとか……マジで何やらかした昨日の俺?まさかたぁ思うがエロい事したんじゃねーだろうな?その記憶が無いのが悔やまれる。

そんな変な空気というか空間を味わってる俺と夜竹を他所に、一夏はサッサと鈴の隣に座って飯を食べ始めてしまう。

箒とオルコットは俺達の対面側に座って、一夏と鈴の2人をジッと見つめていた。

鈴も鈴で、一夏と同じ様に周りを気にせず目の前に置かれていたラーメンを食べ始めてしまったではないか。

ええい仕方ない、気にしてても始まらねえし、ここは鈴と一夏を見習って早く食事にありつこう。

 

「「いただきます……えっ!?」」

 

だがしかし、神様ってのはマジに意地悪らしい。

事もあろうに俺がさっきから気になってる夜竹が、俺と同じタイミングで手を合わせて食事の挨拶をしてしまったのだ。

それに驚いて互いに視線を向けて、そこでハッとした表情で俺から視線を逸らす夜竹。

彼女の表情は長い黒髪に隠れて見難いが、耳の辺りは真っ赤に染まっていた。

もうどうしたらいいんでしょーか俺っちは?……とりあえず、目の前のバーガーを食べようそうしよう。

秘技・現実逃避を敢行しながら、俺は目の前に置かれた和風カツバーガーを片手で持って一口で平らげる。

ただし気恥ずかしさが勝っちまって味なんかまるでわかんねえけどな。

 

「しかし、本当に久しぶりだな鈴。いつ日本に帰って来たんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタ達こそ、なにIS動かしてるのよ?ニュースで見た時びっくりしたじゃない。一夏が入試の時にISを動かしちゃったって出た時は、目が飛び出るかと思ったんだから」

 

と、俺がこの甘酸っぱ過ぎる空間からの逃避をカマしてる横で、一夏と鈴は和やかに話を再開していた。

ビックリした?それは動かしちまった俺も一緒だっての。

 

「まぁ、俺だってまさかISを動かしちまうとは思わなかったよ……でもまっそのお陰でゲンとも再会出来たし、こうして鈴とも会えたんだから良しとするさ」

 

「なっ!?な、何気取った事言っちゃってるのよバカ!?……っていうか、ゲンとも再会出来たってどう言う事?アンタ達ずっと一緒だったんじゃないの?」

 

一夏の女殺しスマイルを受けた鈴は少しだけ顔を赤くして一夏を睨んだ後、一夏の言葉の意味が分からなかったのか、俺に視線を向けてきた。

話題が俺に切り替わった事で、俺達のテーブルの視線と、俺等の両隣に配置されたテーブル席に座ってる興味津々なグループの視線が俺に集まってくる。

 

「あぁ。俺は中学の卒業を機に、爺ちゃんの住んでる兵庫県に引っ越したんだよ……爺ちゃんの会社を継ぐ修行も兼ねてな」

 

「ふぅ~ん?じゃあ、何でアンタ達2人がISを動かせるって分かったのよ?ニュースじゃその辺の話しは出てなかったけど、一緒に入試の会場に居たワケじゃ無いんでしょ?」

 

「それはなぁ……このバカタレの所為だ」

 

鈴の何気ない一言で、俺の中に燻っていた一夏への怒りが再燃焼し始めたので、その気持ちに従って一夏の頭を鷲掴む。

その動作に一夏は顔色を青くさせるが、それに気づいていない鈴は首を傾げて疑問顔で俺を見ている。

 

「コイツがISを動かしました。他にも探せば男でIS動かせる奴居るんじゃね?って事で行われた全国の適性検査で俺は見事合格。死ぬ気で勉強して受かった高校は入学式すら参加せずにドロップアウトさせられちまったんだよ」

 

ギリギリギリッ!!

 

「あだだだだだ!!?わ、悪かったって!?でも仕方無かったんだよ!?あの状況じゃ言い逃れなんて出来なかったんだぞ!?」

 

「ほぉ?一体どんな状況に陥ったら入試の受験会場でISを起動させちまったんだコラ?俺に分かる様説明プリーズ」

 

俺は笑顔で米神に青筋浮かべたまま一夏の頭をホールドしつつ、優しい声で一夏に問いかける。

まぁ本当にやむを得ずな状況だったなら許してやるか、俺ってば何て心の広い男なんだろう。

 

「あ、あぁ。実は…………」

 

そして、一夏は俺に頭を掴まれた状態のままISを起動させた経緯を話し始め、それに比例して俺の青筋も一本ずつ増えだした。

何とも馬鹿らしい話で、一夏は受験会場の多目的ホールの入り組んだ構造で迷子になってしまったらしい。

仕方なく彷徨い歩いたは良いものの、宛てもなく彷徨った挙句に辿り着いたのはIS学園の入試試験用に待機させられていたISの置かれた倉庫。

そしてこのアホは何を考えて生きてるのか、何の気無しにISに触れたら起動しちまって、更に起動した瞬間職員に見つかったって話しだ。

つまりそれを全部纏めて考えたなら――――。

 

「どう考えても純100%テメエの所為じゃねぇかボケッ!?弁明の余地が皆無過ぎんぞコラァッ!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

「あだだだだだだだだだ!?か、かんべあだだだだぁ!?」

 

一夏は無罪?そんなワケねえよ。前提有罪とにかく有罪白黒ハッキリつけ断罪じゃあ!!!

もはや他の要素があったとしても覆り様がねえ一夏の罪に、俺は握力を更に増して一夏の頭を締め上げて、上向きに吊し上げていく。

何か一夏の頭からヤバイ音が鳴り響いてる気がせんでもないが止めるつもりはねえ。

 

「何だIS学園と藍越学園を間違ったってお馬鹿ハプニングはよ!?ギャグか?それとも韻を踏んだつもりかこの3流ラッパー!!ニアミスってレベルじゃねえぞ!?ボギーどころかOBモンだぞこのナチュラルボーンフラグメーカー野郎がぁああ!!(ギリギリギリッ!!!)」

 

「ギャピーーーーーッ!?」

 

「あーその……ゲ、ゲン?もうそろそろ止めてあげなさいって。一夏の頭取れちゃうから」

 

「……ちっ、仕方ねえな(ぽいっ)」

 

「(どすん)ぐぉぉおぉ……ッ!?あ、頭がオープンするかと思った……ッ!?」

 

暫くそうして俺をこの学園に放り込んだ元凶を折檻してたんだが、それは鈴の静止の声で終わりを迎えてしまう。

ちっ、まぁさすがに首が取れちゃコイツも終わっちまうか……とりあえずコレでチャラにしてやんよ。

俺が大きく溜息を吐きながら手を離してやると、一夏は身体をピクピクさせながら椅子にもたれ掛かってしまった。

とりあえず馬鹿はそのまま放置して、俺は眼の前に有るキングサイズのダブルチーズバーガーをムシャムシャと咀嚼していく。

全く持って、コイツのフラグ建築っぷりには呆れるぜ。

 

「それにしてもさぁ……アンタ一体どんな鍛え方したらそんな理不尽な強さになるワケ?まだアタシが居た時は、あの100キロ級の馬鹿女を5メートルぐらい空をブッ飛ばしながら、顎骨を粉末状にするのが精々だったじゃない?」

 

『『『『『それで精々ッ!?』』』』』

 

「今年の冬休みに熊とタイマンはったり、千冬さん級の強い人に師事してたらこうなったんだよ」

 

『『『『『熊ぁッ!?』』』』』

 

俺の何気なく答えた強さの秘密に、俺等の近場のテーブルに居た生徒の叫び声が響き、俺は堪らず耳を片手で塞いだ。

しかも叫んだのは他のテーブルの生徒達だけじゃなく、俺等の席に座ってる鈴や箒、オルコットも含めてだ。

夜竹なんかポカンと口を開けて箸を弁当箱の上に落としてるし。

 

「は!?ちょ!?ア、アンタ熊と殴り合ってたの!?素手で!!?」

 

「ってちょっと待て!?ち、千冬姉レベルの強い人だって!?そんな人いんのかよ!?」

 

俺の放った言葉が衝撃的過ぎたのか、鈴と一夏は即座に復活して目を見開いたまま俺に詰め寄ってくる。

しかし待て一夏、その台詞が千冬さんに聞かれたらお前一発であの世行き決定だぞ?

 

「あーもー質問を一遍にするんじゃねえよ……まずは鈴の質問からだが……(ごそごそ)……コイツとタイマンしたりしてたんだよ」

 

とりあえず俺が手をパーの形にして周りを押し留めると、生徒達は全員静かになってくれた。

その隙に、俺はケツのポケットからスマホを取り出してデータフォルダを開き、ヤマオロシと撮った写真を夜竹達に見える様に差し出す。

皆がこぞって覗き込んだ写真は、雪景色を背景にジャケットとカーゴパンツに身を包んだ俺と、仲良くなったヤマオロシが一緒に写ってる写真だ。

まぁヤマオロシが立ち上がってる所為で、俺はかなりちっちゃく見えるけどな。

 

「……ゲンがちっちゃく見えるんですけどー?」

 

「いやいやいやいやいや!?幾ら何でも対比率がおかしすぎるだろコレ!?熊ってレベルじゃねぇよこの大きさ!?」

 

「……良くこの巨大熊と立ち会う気になったなゲン……私なら、いや普通の人間なら絶対気絶してるぞ?」

 

「……(ぽかん)」

 

「し、しかし、こんなに大きい熊など、猟師の方々が放っておかないのではないのですか?人を襲う可能性もありますし……」

 

俺が見せた写真が余程衝撃的だったのか、見た生徒達はそれぞれ目を点にして硬直しちまった。

しかし俺と付き合いがそこそこある奴等(一夏や夜竹等)は、まだリアクションを返す余裕があるのか、各々この写真を見た感想を言ってる。

俺はそんなダチ連中に肩を竦めてコーラのジョッキを持ち上げた体勢で笑顔を見せた。

 

「ソイツの名前はヤマオロシって言ってな……体毛が硬すぎて、猟銃の弾丸じゃ傷すらつかねえモンスターさ。体長はゆうに6メートルはあるしよぉ……タイマン武器無しルールで倒すのは、中々骨が折れたぜ?」

 

「倒したのかよ!?しかも素手で!?お前もう人間止めてんじゃねえのか!?」

 

「失敬な。千冬さんならヤマオロシを指先1つでダウン出来るぞ。なんてったってあの人は俺より全然強えんだからな」

 

「やばい、俺なんか千冬姉がホントに人類なのか心配になってきた……」

 

だからお前今の台詞が千冬さんの耳に入ったら俺より恐ろしい目に遭うってのに……ある意味度胸の塊だよ。

目の前で肩を落としながら危険度MAXな台詞を呟く一夏のクソ度胸に戰きつつも、俺はそれを注意してやらない。

ちゃんとこーいう事も経験しとかねーと、コイツの為にならねーからな(巻き込まれ回避)

 

「(ゴクゴクゴクッ)……プハァ……まぁつまりだ。お前が千冬さんを守るってんなら、このヤマオロシぐれえは睨みで威圧出来る様にならなきゃいけねえって事だぜ?」

 

「先の長さに果てしない絶望感が漂ってきちまう……ッ!?」

 

ジョッキに波々と注がれたコーラを飲んで喉を潤した俺の言葉に、一夏は更に肩を落として項垂れてしまう。

まぁ俺の見立てじゃ向こう10年は無理な気もするが……頑張れ一夏。

ヤマオロシと戦いてぇんなら俺がアポ取っといてやるよ。

しかしコレで冴島さんの事話したらコイツ更に気落ちっつうかトドメになっちまう気が……今は止めておくか。

目の前で落ち込む兄弟分を眺めながら、俺は皿に盛られた衣サクサクのナゲットを口に放り込む。

 

「ま、まぁアレね。ゲンの強さの秘密が知れた事だし……それで一夏、アンタが一組のクラス代表なのよね?」

 

「え?ま、まぁ一応はな。けど、それがどうかs「「一夏(さん)!!(バァンッ!!)」」な、何だよ二人共?」

 

そして、俺の話しから一夏の話しに切り替わった瞬間、箒とオルコットが机を叩いて身を乗り出してきた。

2人の表情は何やら不満がアリアリと出ていて、その表情を見た一夏は顔を怪訝な表情に変えていく。

あ~らら、どうやら俺達が2人を蚊帳の外にして話し込んでたせいで我慢出来なくなっちまった様だな。

 

「一夏!!そろそろ彼女とはどういった関係か教えてくれないか?」

 

「そうですわ!!ま、まさかとは思いますが、ソチラの方とつ、つつ付き合ってらっしゃるの!?」

 

「にゃ゛!?べ、別にアタシ達はそんなんじゃゴニョゴニョ……」

 

オルコットの爆弾発言を聞いた鈴は猫の様な悲鳴をあげて、手に箸を持ったままワタワタと振り回しキョドり始めた。

顔もバッチリと赤くなってる上に、視線も何処を見たものかと色んな方向に彷徨ってる。

恐らくそうだったら嬉しいなって気持ちと事実じゃないから否定しなきゃいけない、でも否定したくないって気持ちがMIXされてんだろうな。

 

「何でそうなるんだよ?『只普通の』幼馴染みなだけ(ピッピッ)ってあっつ!? 熱ッ!?な、何でラーメンのスープ飛ばしてくるんだよ鈴!?」

 

「黙れ馬鹿!!熱々のスープと麺を鼻から直に流し込んでやろうかしら!?」

 

「理不尽過ぎるだろ!?」

 

駄菓子菓子!!そんな鈴の、いや乙女の甘酸っぱい気持ちに容赦なくトドメを刺す安定の一夏君。

うわぁ、1人で舞い上がってた鈴が隣に居るのに一切合切の躊躇無くブッタ斬るとか一夏君マジ女のエネミー。

 

「幼馴染み?……ど、どういう事だゲン!?」

 

そして、箒は一夏の説明じゃ判らなかった部分の補足を静かにバーガー食ってた俺に求めてきた。

まぁ鈴と会ったのは箒が転校しちまった後の事だからな。

箒が知らなくても無理はねえし、俺も前に会った時には鈴の事は教えて無かったっけ。

 

「オメエには話して無かったな……鈴はオメエが小4の終わりに転校した後、小5の始めに転校してきたんだ。そっからコイツが中国に帰る中2の終わり頃までツルんでた」

 

「そうそう、ちょうど箒とは入れ違いになったんだっけ……謂わば、箒がファースト幼馴染みで、鈴はセカンド幼馴染みってトコだな」

 

俺の説明に、さっきまで鈴からスープ攻撃を食らってた一夏が便乗して会話に入り込んできた。

っていうか何だよそのファーストとかセカンドって名称は?その内俺の知らないサード幼馴染みとか出てくるんじゃねえだろーな?

ある意味じゃ嫌な予想を立てていた俺だが、視界に収まっている箒はファースト=初めてと言われて嬉しそうにしてるし、鈴はそんな箒を観察する様な目で見ている。

 

「それと、ゲンはゼロ幼馴染だな。一番付き合いが長いし」

 

「お前ホント黙れ」

 

「痛て!?な、何で氷をぶつけてくんだよ!?」

 

あんまりにも得意げな顔で胸を張りながらバットタイミングな台詞をのたまう一夏に、ジョッキから氷を摘んで指で弾き飛ばす。

何だよゼロ幼馴染って?数にカウントしてんのかそれ?

始まりは1ではない、始まりは0だってか?やかましいわ。

見ろよファーストって呼ばれて喜んでた箒が肩落としてショゲてんじゃねえか。

鈴も何か嫉妬の目付きで俺を見てくるしよぉ。

額に氷を当てられた一夏はブツクサ文句を言いながら額を拭う。

 

「ったく、制服が濡れちまうじゃねぇか……んで、前に話したろ?篠ノ之箒。ウチの近くの神社の娘さんで、俺とゲンのファースト幼馴染みだ」

 

「ふぅーん?そうなんだ……初めまして……これからよろしくね?」

 

「あぁ……こちらこそ」

 

バチチッ!!!

 

表面上はニコやかな挨拶をしてる筈の鈴と箒だが、その裏ではヤーさんも真っ青なレベルで火花が飛び散ってる。

どうやら互いに一夏を巡る恋敵と認識した様だな……ドンだけ激化していくんだよ、一夏の周りの女達は?

 

「ン、ンン!!わたくしを忘れてもらっては困りますわ!!」

 

と、箒と鈴が火花を散らしながら裏で睨み合っていると、そこに乗り遅れまいとオルコットも乱入してきた。

だが、その声に意識を引き戻された鈴は、箒の時とは違って良く分からないって顔を見せる。

 

「えっと……誰?」

 

「なっ!?わたくしはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!!知らないんですの!?」

 

「あ~、ゴメン。私他国の人とか全くもって眼中に無いから」

 

「っ!?……言ってくれますわね?」

 

「何なら戦ってみる?言っとくけどアタシ勝つよ?強いもん」

 

そして鈴のアウトオブ眼中発言に、オルコットは目尻を釣り上げて怒りを表現していた。

だがそんなオルコットの表情を見ても、鈴は依然として余裕……というか、馬鹿にする様な顔を崩さずにいる。

その所為で、俺達のテーブルの周りは険悪なムードが生まれ始めていた。

それは一夏も感じ取れたみてえだが、アイツは何でこの2人が争ってるか検討が付いてないんだろう、オロオロしてるだけだ。

ッチ……また鈴の悪い癖が出やがったか……っていうかその辺はまだ治ってないのかよ。

1年振りに再会した幼馴染みの悪癖とも言える部分を垣間見てしまった俺は、心中で溜息を吐きつつも、表情が段々と不機嫌なものに変貌してしまう。

鈴は見た目通りに向こうっ気がかなり強く、長い物には巻かれろ主義の正反対に位置する奴だ。

ただ悪いのは、その我が強すぎて周りと反発するし、それを自分で感じても自分が正しいという一本気を中々曲げようとしねえ所がある。

だから合う奴とはトコトン噛み合うが、合わない奴とはトコトン反発してしまう。

良くも悪くも、鈴は自分に素直で正直過ぎるんだよなぁ。

 

「あ、あの、その……ふ、二人共、少し落ち着こう?(オロオロ)」

 

「夜竹さん、これは代表候補生としての面子の問題なのです。こればかりは引けませんわ」

 

「ゴメンねーさゆか。私ってば強いから他の人からこういう喧嘩売られ易いのよ。まっ全員返り討ちにしてやったけど……アンタもその内の1人に加えてあげようか?」

 

「あまり戦う前から大口を叩き過ぎると、惨めに負けた後が大変ですわよ?」

 

「へー、それは知らなかったわ。経験者の忠告ってヤツ?」

 

「オ、オルコットさんも鈴も、もう止めようよ!?(ポロッ)あっ!?」

 

ヒートアップし過ぎてるオルコットと鈴を諌めようとした夜竹だったがオロオロと慌てていた所為で、自分の箸で掴んだままだった卵焼きをポロリと落としてしまった。

それはゆっくりとした速度で、夜竹の制服に落ちていき―――。

 

「おっと(ポトッ)危ねえ危ねえ」

 

「げ、元次君!?」

 

夜竹の制服に落っこちる寸前で、俺の手の上に落下地点を変えた。

とゆうか、卵焼きが落ちていくのに気付いた俺が夜竹の服に落ちる前に手を差し入れただけなんだが。

俺は驚く夜竹にニコリと笑い掛けてから視線を外し、さっきから売り言葉と買い言葉を続けてる馬鹿共に険しい顔を向ける。

 

「そんなに喧嘩がしてえんだったら今から俺と喧嘩してみるかよテメエ等?あぁ?」

 

「ハァッ!?ちょ、ちょっと待ってよゲン!?何でアンタが出しゃばるワケ!?アンタは関係無いんだからすっ込んでなさいよ!!」

 

「そ、そうですわ!!これはわたくし達、代表候補生同士の問題で……」

 

俺の怒りに染まった声を聞いた2人は肩を震わせて驚き、2人して必死な表情で俺に言葉を返してきた。

鈴は言わずもなが、俺が怒った時の怖さは付き合いの長さで判ってるだろうし、オルコットも忘れられてねえんだろうな。

 

「黙れや」

 

「「ッ!!?」」

 

だが、俺はそんな2人に怒りと威圧を篭めた声でもってプレッシャーを掛けて黙らせる。

全くよぉ……黙って見てりゃさっきから好き勝手し過ぎなんだよテメエ等。

 

「別にテメエ等が何かの話しで罵り合おうが貶し合おうがそれはテメエ等の勝手だ。だがな?テメエ等が言いあってる場所は食堂で、テメエ等以外の他の皆だって今ココで飯食ってんだよ。こんなトコで騒いだらコッチの気分が悪くなるだろーが……喧嘩すんなら他所でやれ。それが出来ねえってんなら叩き出すぞゴラ?」

 

俺はそう言って言葉を切り、更に威圧感をオルコットと鈴の2人に向けて高めていく。

教室でブチ切れた俺が言えた義理じゃねえがな、譲れない想いってのがまるで見えねえ事で喧嘩すんなってんだ。

 

「わ、わかったわよ!?も、もうしないからその顔止めてって!?」

 

「軽率な行動は謝罪します!!で、ですからもう怒らないで下さいまし!!」

 

俺の威圧感と怒りのボルテージが段々と上がっていくのを感じ取ったのか、2人はさっきよりマジな表情で俺に懇願してくる。

そこにはさっきまでの勝気な表情も怒った表情も無く、本気で反省してる表情があった。

ったく、怯えるぐらいなら最初っからやるんじゃねえってんだよ。

それを確認した俺は威圧感を消し去り、オルコット達に掛けていたプレッシャーを消し去った。

こういうのは恐怖政治みてえであんまし好きじゃねえんだが、この方が手っ取り早いのも事実なんだよなぁ。

ままならない現状に溜息を吐きたい気持ちを抑えながら、俺は手の上に落ちた卵焼きを口に放り込む。

 

「え!?あ、あの元次君!?そ、それ……(げ、元次君が私の作った卵焼きを……!?ど、どどどうしよう!?美味しくなかったら……美味しいワケ無いよね……元次君の方が料理上手だし……)」

 

と、俺が卵焼きを口に含んだのを見た夜竹は、何やら顔を慌てふためかせた……かと思えば何やら憂いを含んだ表情に変わっていく。

あっ……そういやこの卵焼きって夜竹のだっけ、悪いことしちまったな。

目の前で落ち込んでる夜竹に謝罪をしようにも、今は口の中に卵焼きを含んでる状態なので、とりあえず俺は口の中を咀嚼し始めた。

……ん?……この味付けは……程よく甘くて美味えし、卵もふっくら柔らかだ。

 

「モグモグ……ゴクンッ。美味えなこの卵焼き。やっぱ夜竹って料理上手なんだな」

 

「ご、ごめんなさ……へ?」

 

……あれ?俺何か変な事言ったか?なぜ謝ろうとしたんでしょうか夜竹さん?

俺が今しがた食べた玉子焼きの感想を言うと、夜竹は何故か顔をポカンとさせてしまった。

まぁとりあえずそのまま見つめ合ってても仕方無え……というか恥ずいので、俺は呆然としてる夜竹に更に言葉を畳み掛ける事にした。

 

「この卵焼き、作ってから結構時間経ってる筈だってのにふっくらして柔らかかったが……これって多分、酢を入れてんじゃねぇか?」

 

「……あっ。う、うん。お酢を小さじ1杯だけ混ぜて焼いたら、卵がふんわりするってお母さんから教えてもらったの」

 

「そうそう。だけどよ、小さじ1杯つってもキチッと混ぜなきゃ酢の味が出ちまうだろ?……でも、この卵焼きって酢の味は全く出てねえし、甘さもちょうど良くて美味かったからよ。夜竹もやっぱ料理上手なんだなぁってな」

 

たかが卵焼きと侮る無かれ、この味付けを全体に均一にするのは中々難しいモンなんだよ。

しかし夜竹の卵焼きは味もキチンとしている上に、全体的に綺麗な色をしている。

これは相当な経験を踏まないと出来ない芸当だ。

 

「そ、そんな事無いよ!?元次君の方が、私よりずっと上手だと思うし!!わ、私なんか本格的にしてるワケじゃ……」

 

「ん?俺だってそうだぜ?でも、ドッチが上手いかとかじゃなくて夜竹の卵焼き食って思ったのは……なんつうか、家庭的な味だって感じたな」

 

「か、かか、家庭的って!?あ、あああのそのえと!?(か、家庭的……私の料理が、家庭的……元次君に家庭で私の料理を食べてもらうって……あれ?それじゃまるで私が奥、さん?……えぇぇ!?)」

 

「おう。こうなんていうか、家で食べる安心感がある味っつうか……疲れた体を柔らかく包み込んでくれる優しい味っつうか……上手く表現出来ねえけど、ともかく美味かった」

 

自分で感じた事を上手く表現出来なかったが、何とか伝えたい感想を伝えた俺は笑顔で夜竹に視線を送った……のですが。

 

「は、はぁぅぅ……ッ!?(真っ赤)」

 

何故か俺の言葉を聞いた夜竹は声にならない悲鳴を小さく挙げながら、真っ赤に染まった顔で俺を凝視してるではないか。

って何でそんな顔になるんでしょーか?俺は只夜竹の料理が家庭的で素晴らしいと伝えただけの筈……あっれえ?

ちょっと待とうか俺?……ひょ~っとして、俺は今盛大に恥ずかしい事をくっちゃべってたんじゃなかろーか?

うん、一度順を追って整理してみましょう。

 

Q,1 俺は誰の料理を食べた? A, 夜竹っていうか女の子の手料理。

 

Q,2 俺は夜竹の、いや女の子の料理をどう評価した? A, 家庭的。

 

Q,3 女の子に家庭的と言う意味は? A, 将来の有望さ、母性の有無、褒め言葉、口説き文句。

 

結論、何やらかしてんだ俺は。

 

恥ずい、コレは恥ずい。

今やっと自分の言ってた言葉の意味が理解出来た所為で、俺まで夜竹に引きづられる形で顔が赤くなってしまう。

その恥ずかしさから顔を逸らしたかったが、何か妙な引力が俺達の間で働いているのか、俺と夜竹は互いに視線を逸らせずにいた。

オイ、普通に仕事しやがれ引力組合、何でこんな青春甘酸っぱさ満点の展開になってやがるんですYO?

暫しの間、この空間で俺達に割り込む者もおらず、俺達は真っ赤な顔で見つめ合い続けていたが……。

 

『『『『『……じ~~~っ』』』』』

 

「「ハッ!!?」」

 

段々と周りの視線が俺達に集中しているのを感じ取り、俺と夜竹はバッと首が取れそうな勢いで視線を外した。

ヤ、ヤバかった!?今の夜竹は、何かわからねえが無性に引き込まれる程に可愛くて仕方無かったんですけど!?

良く分からない夜竹の魅力に引きこまれそうになった意識を何とか現実に戻し、俺は大仰に咳払いをする。

 

「ン゛!!ンッンゥ゛!!ま、まぁそのよ?ホントに今の卵焼きは美味かったってのが俺の感想で…………ご、ご馳走さんだ、夜竹」

 

「あぅ…………え……えっと……お、お粗末様……です」

 

俺の言葉に、夜竹は小さく呟いて返事を返すと、そのまま視線をテーブルに落として食事の続きを始めた。

但し、さっきと比べて耳は真っ赤だわ食べてる量はちょびちょびと少ないわで何とも微妙な雰囲気なのは変わらなかったけどな。

 

「ゲン……アンタもやっぱ……いや、やめとくわ……話を大分戻すけど、一夏がアンタ達1組のクラス代表ってことで良いんでしょ?」

 

何やら俺に対して微妙というか呆れた感じの視線を送ってくる鈴や箒などの幼馴染みズ、テメエ等纏めてしばくぞ?

っていうかホントにバッサリと戻しましたね鈴さんや?その話題はもはや遠い過去にすら感じるぞ。

そして話しを振られた一夏は、さっきまでの陰険な雰囲気が消えて大きく息を吐いて安堵していた体を起こして鈴に向き直った。

 

「あ、あぁ。半分は成り行きだけど、そうだな」

 

「成り行きって何が……ま、まぁそれより、さ?アタシがISの操縦見てあげよっか?」

 

一夏の言葉を聞いた鈴は、少しだけ顔に赤みを刺したかと思えば、ラーメンを食べていた箸をどんぶりに置いてそんな事を言い出した。

な~るほどな……代表候補生ってアドバンテージを有効利用して一夏と2人っきりの時間を作りつつこの1年の空白期間を埋めようってワケだ。

授業で聞いた内容、そしてオルコットと同じ代表候補生なら、鈴のIS稼動時間も300時間は越えてる筈だし、これは一夏にとってもメリットの無い話しじゃねえ。

でもまぁ一夏にメリットはあっても……。

 

「マジか?それは助か――」

 

ダンッ!!

 

「一夏に教えるのは私の役目だ……私が、幼馴染みの、ゲンと、他ならぬ一夏に、直接頼まれたのだからな」

 

「あなたは2組でしょう?クラス対抗戦では敵に当たる人間から1組のクラス代表が教えを乞う等あってはなりませんわ」

 

この2人にゃ欠片もメリットが存在してねぇからなぁ。

鈴の渡りに船的な申し出を聞いた一夏は笑顔で鈴の提案を承諾しようとしたが、それを阻むは同じ男に恋する乙女達。

即ち箒とオルコットは怖いツラでテーブルにバンと手を叩き付けて身を乗り出し、鈴が一夏に提案した話しをバッサリと切り落とした。

しかも俺を巻き込む事が既にデフォで何故か話しの主役である筈の一夏を差し置いて。

何で毎回毎回一夏の周りは暴走状態に容易く突入しちまうんですかねえ。

 

「……アタシは幼馴染みの一夏と話してんの。関係無い人は引っ込んでてくんない?」

 

勿論、そんな暴挙が許せる程に鈴の沸点は高くなく、眉を顰めてまたもや売り言葉に買い言葉状態だ。

もうホンット面倒くせえなアンタ達は!?何で毎回俺が渦中にいる中でおっ始めんだよ!?馬鹿じゃねえのか!?

普段の俺ならこの事態に遭遇した段階で別のテーブルに逃げる所だが、今は俺だけじゃなくて夜竹も巻き込まれてるから逃げるに逃げれなかった。

さすがに夜竹を見捨てて自分だけ逃げる程落ちぶれちゃいねえよ。

 

「いいえ。先程も申し上げた通り、一夏さんは1組の代表です。ですから1組の人間が教えるのが当然ですわ。あなたこそ後から出てきて何を図々しい事を」

 

「後からじゃないしね。あたしの方が付き合いは『断然』長いんだし?」

 

「むむむ……!!?ああ言えばこう言う……!?」

 

そんな感じで俺の心の疲労が溜まり始めたのを意に介さず、3人の話しは益々ヒートアップしていく。

オルコットの『敵に教わる事はねえ!!後から現れた癖にしゃしゃり出てくんなやクラア!!』発言も、鈴は笑顔で言葉を返す。

曰く『ハッ!!こっちの方がコイツとの付き合いは遥かに長いんじゃけえ黙っとれキサン!!』という事らしい。

何せ断然って部分を果てしなく強調してたからな。

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ!!それに一夏は何度もうちで食事している間柄だ。付き合いはそれなりに深い」

 

そしてここで立場的には鈴と同じく幼馴染みの箒が参戦し、『一番初めに目を付けたのはコッチじゃあ!!人の獲物に群がるなやボケが!!』と鈴に言葉を返す。

っていうかココまで自分の事で盛り上がってるのにまるでワケわかめな顔してんじゃねえよ一夏。

しかし、鈴はそんな箒の強気な発言を聞いても余裕の表情を崩さずに口を開いた。

 

「うちで食事? それならあたしもそうだけど?」

 

「なん……だと……!?ど、どう言う事だ一夏!?」

 

「納得の行く説明をして頂きますわ!!まさか泊まりこここ……!?」

 

鈴の衝撃発言に目を見開いて驚愕し、当事者の一夏に詰め寄る箒とオルコット。

というか待てやオルコット、お前は一体何を考えて頬を赤くしてやがるんだ?

そんな2人の只ならぬ様子にたじろぎつつも、一夏は2人の質問に答える為に口を開いた。

 

「え?いやどうって……幼馴染で、よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたって事だけど……ゲンもよく一緒に行ったよな?」

 

「ン?……あぁ、まあな」

 

ボケッと事態を眺めてたら、何時の間にかナチュラルに地雷地帯に放り込まれたでごわす。

相変わらず一夏はその辺の事を考えずに俺に話題を振りやがって……何でこの話題の答え、しかもその最終確認を俺に振りやがる。

俺の言葉を聞いた箒とオルコットはその表情に安堵の色を見せたが、逆に鈴は俺を不機嫌なツラで睨んでらっしゃった。

仕方ねえだろ、この状況でどう誤魔化せってんだよお前は?

 

「……な、何だ。店だったのか……フゥ」

 

「お、お店なら、別に不思議な事はありませんものね……ホッ」

 

まだ自分の獲物が誰の手にも落ちてない事を知って安堵する二人を眺めながら、俺は鈴の両親が経営してた中華料理屋の事を思い出す。

これがまた味が上手くて安いっていう学生の味方的な店だったから、俺も一夏もよく世話になったモンだ。

それに親父さんは気さくで良い人だったし、良く中華のコツとかを伝授してもらったっけな。

お袋さんも明るくて器量良しな上に鈴の母親だけあって気が強い人だった……確か親父さん、自分で「我が家は何時もカカア天下さ」って笑ってたっけ……妙に儚い笑顔で。

ヤベッ、思い出したらなんか泣けてきちまう。

 

「そういえば、親父さんは元気にしてるか? 久し振りに会いたいな」

 

と、鈴の家族の昔の思い出を思い返していると、一夏が鈴に親父さんの事を質問していた。

お?確かにそりゃあ俺も気になるな……あの親父さんがカカア天下という戦国時代から下克上したのかが(笑)

今しがた同じ事を考えていた俺も今の一夏が聞いた質問は純粋に気になったので言葉尻に乗っかろうと――――。

 

 

 

 

 

「あ……。うん、元気―――――――――だと思う」

 

 

 

 

 

したが、鈴の只ならぬ雰囲気に俺は声を出せなかった。

急に鈴の表情に陰りが差して、妙な違和感を感じたっつうか……何か、今は触れて欲しくねえ様な雰囲気だった。

だからこそ、俺は言葉を出す事を止めて口を噤んで黙る。

一夏の奴も今の鈴の雰囲気に何かを感じ取ったのか、困惑の表情で鈴を見つめていた。

ったく、恋愛方面にはとんと疎い癖しやがって、こーゆう所だきゃあ鋭いんだからなぁ。

 

「そ、それよりさ、ゲンと一夏。今日の放課後って時間ある?あるよね。久し振りに会ったんだし、どこか行こうよ?駅前のファミレスとかさ」

 

そして、行き成り雰囲気を無理矢理変えた鈴は、笑顔を取り繕って俺と一夏に違う話題を振ってきた。

しかしその言葉に、俺と一夏は揃って微妙な表情を浮かべてしまう。

いや、別に鈴が話題を逸らした事が気に障ったとか一緒に行くのが嫌ってワケじゃねえんだが……。

 

「あー……あそこは……」

 

「去年潰したぞ(・・・・)

 

「えっ……そ、そうなんだ。アソコ潰れちゃったん……ん?ち、ちょっと待ちなさいゲン。あたしの聞き間違いかしら?今、潰したって聞こえたんだけど?」

 

「だから、あそこなら去年潰したぞ?俺が」

 

「「「ちょっと待て(ちなさい)!?どういうこと(ですの)だ!?」」」

 

俺の言葉に鈴だけでなく箒やオルコットまで食い付いてきて、目を見開いて俺に詰め寄ってきた。

そんな3人の態度に面倒くさいって表情をアリアリと見せて俺は後ろ髪をポリポリと掻く。

しかも良く見れば3人以外にも、すぐ横のテーブル席に座ってるクラスメイトとか俺の隣に居る夜竹、更には耳を澄ませてた他の生徒達まで俺を見てる。

もうここまで聞いてる奴が増えたら話さなきゃいけねえか。

 

「あー、実はよ?鈴が中国に帰った後で、あの店のオーナーが変わったんだが……コイツがまた最低なヤローでな」

 

「後から聞いた話じゃ、店に来た女性客の中で綺麗な人を見つけては、その客の皿にワザと髪の毛とかを入れて出してたらしい」

 

俺が語り始めたファミレスをブッ潰す迄の経緯を、一夏が補足しながら話を進めていく。

今思い返しても虫唾が走るぜ、あのクソヤローは。

 

「ハァ?ちょっと待ちなさいよ。この時代にそんな事したら、店が潰れる前にそのオーナーが首にさせられるんじゃないの?それか賠償金をたんまり請求されるとかさ」

 

しかし俺達が話し始めた内容がおかしいと感じた鈴が声を挙げて俺達の話を中断させる。

まぁ確かにここだけ離したんじゃ普通はそう思うよな。

 

「まぁそうなんだがよ……それがオーナーの狙いっていうか罠だったんだ」

 

「罠だと?一体どういう事なんだ?もう少し分かりやすく説明してくれ」

 

俺の話の意図が掴めずに痺れを切らしたのか、箒は早く事の真相を教える様に求めてきた。

 

「つまりよ……オーナーはワザと女の客の食い物に髪の毛とかを入れてクレームを出させて、賠償金の相談をしたいって客に持ちかけてスタッフルームに呼び込んでたんだが……そこには他の男性スタッフが10人近く待機してるって事さ」

 

「え?……そ、それって……」

 

ここまで話すと段々と理解してきた人がポロポロと出現し、皆一様に顔を青ざめさせてしまう。

事それは箒たちも同じ様にその先を理解したのか、3人とも冷や汗を掻いていく。

 

「まぁこんなトコで話す内容じゃねえから省くが……そうやって何時もの様に稼ごうとしてた時に、偶々女の人の悲鳴が聞こえた俺がスタッフルームに乗り込んだんだよ」

 

俺は当時の事を思い出しながら、なるべく刺激の強くならない様に言葉を濁して語り部を続ける。

その日、俺は一夏と弾、そして数馬と一緒に例のファミレスに入ったんだが、俺は注文をする前にトイレに行ったんだ。

そんで用を足してトイレから出た時に、トイレのある廊下の一番奥にあるスタッフルームの中から「誰か助けてぇ!!」って切羽詰まった女の人の悲鳴が微かに聞こえてきた。

さすがにコレは只事じゃねえと思った俺はスタッフルームに近づいてドアを開けようとしたが、鍵が掛かって入れなかった。

もしかしたら何かの事故かトラブルで出られないと考えて、俺は後で弁償する覚悟でスタッフルームの扉を蹴破ったんだが、中に入って見たら目を疑ったぜ。

何せソコには男達に抑え付けられて半裸で涙を流す女の人と、ズボンのベルトを外そうとしてた男が居たんだからな。

ご丁寧にビデオカメラまで回してたし。

 

「そっからは何時も通りにブチ切れた俺が暴れて、その場のスタッフ全員病院送りにしてやった。まぁその後で全員刑務所に送られたみてえだがな」

 

確かに悪事は明るみに出なけりゃ問題ねえが、一度でも明るみに出ちまったら終わりだ。

オマケに奴等がやってたのはこの女尊男卑の世界でやっちまったら最後、この先の就職すらもままならねえような罪だったからな。

まぁ今までヤンチャしてた分のツケが纏めて来たって事だろうよ。

とりあえずあの店が潰れた経緯を話してから、どっか別の場所で話をしようぜって事を進言したんだが、そこは箒とオルコットに邪魔された。

何でも一夏は放課後に2人とみっちり特訓をする予定になってるらしく、放課後は空いていないとの事だ。

その事に「俺は1ミリたりとも聞いてないんですが!?」という一夏の叫びがあったが全員スルー。

とりあえずそれが終わってから話をしようって事で落ち着いて、鈴は何時の間にか食べ終えていたラーメンの食器を持って食堂から出て行った。

一夏はオルコットと箒に鍛錬をキツくすると言われて項垂れていたが、俺は鈴のさっきの態度が引っ掛かっていた。

親父さんの話を出した時のあの雰囲気、そして影を落とした表情……どうにも、鈴が日本を旅立った時からすればおかしすぎる。

アイツに一体何があったのか?俺はその謎に思考を巡らせながら、残りのハンバーガーを食べて昼食を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何てシリアスっぽい事考えてたんですが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁうぅ……(元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた元次さんに抱っこされた)」

 

「くうぅ……!?わ、私を見るな元次!?(見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた)」

 

何かもうコレ以上無いってぐらいに赤い顔で俺をチラチラ見てくる真耶ちゃんと、同じく赤い顔で憎々しげに俺にメンチ切ってらっしゃる千冬さんの対処で、鈴の事は頭からスッポ抜けてしまいました。

ちなみにこれから昼食後の時間は、お二人によるISの座学……俺、生きて部屋に帰れっかな?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猫々しい俺の夜(時偶ラビット)


更新遅くなりましてスイマセン


 

 

グツグツグツ……。

 

かなり大きめの鍋に張った水が沸騰して煙を上げ始め、俺の求める温度に達した。

それを確認してから素早く塩を湯の中に入れ、購買で入手したタリアッテレパスタを投入してタイマーをONにする。

タリアッテレってのはイタリアで生まれた平打ちのパスタ麺で、4ミリ程の幅があるちょっと変わったパスタだ。

普段は普通の細麺を使うんだが、今日の晩御飯は趣向を変えて作ってみる事になった。

更にその隣の火元にはフライパンが熱せられていて、中に入った刻んだベーコンと玉ねぎがその肌を焼いていく。

そして良いキツネ色になり始めた段階で、牛乳とチーズを乱入させて弱火でコトコトとチーズを蕩けさせる。

 

 

 

はい、今日も今日とて鍋島元次、自分の部屋で料理に勤しんでます。

 

 

 

まぁその理由なんだが特には無い……強いて言うなら……。

 

「ふんふ~ん♪ゲンチ~♪とっても美味しぃ~のをお願いするのだ~♪」

 

「へ~いへい。美味しいの作ってやっから楽しみに待ってな」

 

「うん~♪パスタパスタ~♪」

 

我が同居人にして癒しの根源たる本音ちゃんに笑顔で強請られたからである。

俺に声を掛けた本音ちゃんは俺の返しに満足そうに頷いて、テーブルを拭きながらのんびりとした笑顔で返事を返してきた。

何でも今日の用事の最中に、他のクラスの娘が前の休日に行ったイタリア料理店の話しをしていたらしく、それを聞いていた本音ちゃんも食べたくなったんだと。

事、食べ物の話には敏感な本音ちゃんはどうしてもイタリア料理が食べたくなり、今日の晩御飯に作ってと俺にリクエストしてきた。

いきなり言われた時にはさすがに面喰らったし、今日の授業(まともに受けた後半のみ)じゃ千冬さんにボッコボコにされた俺は心労と疲労がマッハでピークだったから断るつもりだったのよ。

 

 

 

何せ今日の授業は悲惨で悲劇で理不尽の塊だったからなぁ……。

 

 

例えば真耶ちゃんの場合……。

 

 

 

 

『は、はい!!ではISの各部マニュピレーターの名称とその働きは以上です!!コレで授業を終えま――(げ、元次さんを見ない様にすれば授業も出来る!!頑張れ私!!)』

 

『あっ。山田先生ちょい待って下さいッス。さっきのトコで質問が――』

 

『ぴ!?あ、あわわわわ……ッ!?(顔真っ赤)』

 

『え?……あ、あの山田先せ―――』

 

『ダ――――ダメぇぇええ!?そ、そんにゃにモミモミしちゃダメですぅ!!?元次さんのエッチィ!!!』

 

『何言っちゃってんの真耶ちゃん!!?俺質問しようとしただけだよね!?モミモミって何だよオイ!?』

 

『ふわぁッ!?え、えっちな質問はもっとダメですよぉ!!?そんな事先生に聞くなんて、元次さんのケダモノォ!!!』

 

『頼むから俺の話を聞いて下さいぃぃぃぃぃぃいいいいいッ!!!?』

 

真耶ちゃんは目が合ったら顔を真っ赤にして爆弾発言しか言わなくなっちまうから授業が止まっちまうしなぁ。

しかもあのビッグバンなアレを両手で抱えてイヤイヤと身体を振るもんだからバインバインと横に揺れて目の毒を振りまくんだし。

何故に授業内容を質問しようとしたらケダモノと言われにゃならんのだ。

 

 

 

かと言って千冬さんに質問をしようものなら……。

 

 

 

『……で、では、これで実弾における反動制御体勢の項目を終える。次は――』

 

『あー、織斑先生。ココが分かんねえんですけど質問良いッスか――』

 

『ぬわぁああッ!?み、見るな喋るな動くなこの馬鹿者ぉ!?(ズバォンッ!!!)』

 

『ろぺすッ!?』

 

『はーっ!!はーっ!!き、きき貴様はそうして机に額を打ち付けたまま授業を聞け!!少しでも顔を上げたら叩き伏せるぞ!?良いな!?(俺の頭を机にグリグリと押し付けている)』

 

『あだだだだッ!?こ、こんな状態で授業なんか受けれるワケねえじゃねえっすか!?参考書すらマトモに見れねえっすよ!?』

 

『やかましいッ!!!きょ、教師の下着をののの覗く助平男の分際で口答えするなぁ!!この破廉恥極まる筋肉馬鹿が!!』

 

『俺の心にグサグサと刺さる事言って楽しいッスか!?ひでえよマジで!?だ、大体覗きたい気持ちなんて微塵も無かったってのに―――』

 

『(ブチッ!!)似 合 わ な く て 悪 か っ た な あ ッ !!!!?』

 

『そんな事言ってね『黙れぇッ!!!(ドゴシャアアアアアアッ!!!!!)』にぃぶるへいむッ!!?』

 

 

 

――なんて感じで理不尽極まる拳と暴言の数々を頂く羽目になったし……良く泣かなかったな、俺。

 

 

 

ま、まぁそんな事があって今日のダメージは俺のキャパシティを軽く超えてたから、夕食は食堂で済まそうと考えてたのよ。

その旨を本音ちゃんに伝えると……本寝ちゃんは上目遣いで「ダメ?……ゲンチ~のが食べたいよぉう(ウルウル)」と涙目で訴えかけてきなすった。

眉を悲しそうに垂れさせた本音ちゃんにそう言われた次の瞬間に、俺は財布片手に全速力で廊下をカッ飛んで購買に突撃カマしてたッス。

その途中で見覚えのある金髪ロールの女子生徒とポニーテールで竹刀を持った女子生徒を跳ね飛ばしちまった様な気がしたが、多分気のせいだろう。

無意識の内に『猛熊の気位』を発動させちまってたから「ん?何かぶつかったか?」程度にしか感じられなかったし。

そんで購買から全速力で帰ってきた時に俺は「アレ?何か俺って本音ちゃんに誘導された?」と考えたが、マイナスイオン溢れる笑顔でお礼を言われた瞬間どうでも良くなった。

どうにも俺はこの癒し溢れるほわほわとした女の子に手懐けられてしまってる気がする。

そんな冷や汗モンな予感というか予想を頭の中で考えつつ、チラリとリビング、というか机側に目を向ければ……。

 

「うゆ?どうしたのゲンチ~?」

 

ソコには俺の視線に気付いて首をコテンと傾ける本音ちゃんの姿があるではないか。

……まさかな。こんな癒しの権化みてえな本音ちゃんがそんな悪い考えを持ってるワケねえよ、馬鹿らしい。

考えてもみろ?あんな穢れを知らねえクリクリっとした目をしてる本音ちゃんだぞ?絶対有り得ねえよ。

ただ食い意地が少しだけ顔を見せただけだ、うん間違いねえ。

頭に過ぎった馬鹿過ぎる考えを一蹴し、俺は未だに首を傾げてる本音ちゃんに笑顔を見せる。

 

「うんにゃ。別に何でもねえよ、気にしねえでくれ」

 

「えぇ~?……な~んか怪しい感じがするぞ~?私に何を隠してるのだ~?」

 

しかし、俺の笑顔に何か含む所があったと感じたのか、本音ちゃんは少し面白く無さそうな顔をして、キッチンに居る俺の元にトテトテと歩いてきてしまう。

ありゃりゃ?もしかして俺の考え読まれてたのか?……本音ちゃんってポワポワした見た目と性格なのに意外と鋭いんだよなぁ。

 

「むむ!?(キュピーンッ!!)……今~失礼な事を考えられたよ~な気がするのです~」

 

訂正。ちょっと鋭すぎるぞ本音ちゃん。君は右手で触れた相手の過去、心情を垣間見れるのでしょうか?

 

「こら~、今何を考えたのゲンチ~?正直に話せ~(ぽかぽか)」

 

「な、何でもねえって。気にしたら負けだぞ本音ちゃん?」

 

「ぶ~ぶ~。負けでいいから話しなさ~い。国のお母さんが泣いちゃうぞ~?(ぽかぽか)」

 

俺の言葉も何のそのってな具合に本音ちゃんは追求を続け、パスタの茹で具合を覗いてる俺の後ろから俺の背中にポカポカパンチを見舞ってくる。

いや、長い裾の方がペシペシ当たってるからペシペシパンチ?とでも言うべきかね?

つうか国のお母さんって、残念ながら俺のお袋は異国に居るんですがなこれが。

背中越しで表情は見えねえが、多分彼女のホッペタはぷっくりと餅の様に膨れてる事だろう。

そのどこか和む表情が鮮明に思い浮かぶんだから不思議なモンだぜ。

背中から叩かれてる威力もパンチと呼べるモンではなく、何か肩叩きをされてるみたいに擽ったく感じてしまう。

しっかし、本音ちゃんとか真耶ちゃんからこんな風にパンチされても怒るどころか胸の奥がポワポワとしてくるのは何故だろうか?

野郎とかムカつく馬鹿女とか一夏にされたら思いっ切り殴り返すのは間違いねぇんだが……何故だろう?

ちょっと良く分からない自分の心境に、知らず知らずの内に俺は苦笑を浮かべてしまっていた。

 

「フム?本音ちゃん。良い子にして待ってたら苺のジェラートを出してあげるんだが……」

 

「は~い♪良い子にしてま~す♪」

 

言うやいなや、本音ちゃんは俺の返事も聞かずに机の方に戻っていってしまった。

しかも後ろから見てたら、本音ちゃんのパジャマである着ぐるみの尻尾がフリフリと動いてるではないか。

ホントどうなってんのあの着ぐるみは?耳といい尻尾といいギミックが満載過ぎるだろ?

それに今本音ちゃんに言ったジェラートは今日授業が終わってから部屋で作ったモンだし、そんなに急ぐ事は無い。

後は目の前の料理を作るだけで、今日の夕食は完成なのさ。

 

ピピッ♪

 

と、考え事をしてる間に麺が茹で上がったようで、タイマーがそれを電子音で知らせてきた。

それを聞いてから直ぐに麺を湯から上げて水をしっかりと切り、フライパンの上でトロトロになったソースの上にブチ撒ける。

ここからは火を止めて余熱で全体を熱しながら、塩と黒コショウで味を整えていく。

更にその上から溶き卵を全体に回す様に流し込み、馴染む様に手早く調理箸でかき混ぜ、最後はパルメザンチーズを軽く振りかけてやればそれ完成。

 

「卵を使ったカルボナーラパスタの出来上がりっとくらあ。さあ夕飯だぞ、本音ちゃん」

 

「わぁ~♪美味しそうな匂いがプンプンだ~~!!」

 

出来上がったパスタを綺麗に巻いた形で皿に盛りつけて持っていくと、部屋のテーブルには長方形のドイリーが対面で敷かれ、その上にフォークとグラスが用意してあった。

しかもご丁寧にテーブルの真ん中には小さなLEDタイプのコップの様な形をしたキャンドルライトが置かれていて、テーブルに良くマッチしてた。

恐らく本音ちゃんが用意してくれたんだろう、随分とお洒落な感じにテーブルの上が纏まってる。

ちなみにドイリーってのは、テーブルの上の皿や花瓶の下に敷くレースなどの敷物を意味し、これを作った人の名前から由来してるらしいぜ?

 

「へぇ~。随分と雰囲気出てるなぁ」

 

「にっへへ♪頑張って用意したんだよ~♪凄いでしょ~?」

 

俺の呟きに、本音ちゃんは腰に手を当てて「えっへん♪」と口で言いながら胸を張ってドヤ顔を披露してくれる。

そんな可愛らしいっつうか微笑ましい本音ちゃんのリアクションに、思わず頬が緩んでしまう俺であった。

 

「そうだなぁ……ここまで雰囲気出してくれたんだし、これで飲み物が普通のお茶ってのも味気ねえよな……良し、ちょっち待ってな本音ちゃん」

 

「んにゅ?どうしたの~?」

 

俺は一度パスタを盛った器をテーブルに配置してからキッチンに戻り、冷蔵庫から緑茶の入ったパックでは無く、一本のプラスチックボトルを取り出して戻った。

そのまま首を傾げてる本音ちゃんには何も言わず、テーブルに置かれたワイングラスにそのボトルの中身を注いでいく。

空だったワイングラスを満たしていく透明の液体を注ぎ込んでから、俺は小首を傾げてる本音ちゃんにそのボトルを見せてあげる。

 

「今日新入荷のボルビックってミネラルウォーターなんだが……香りを嗅いでみな?」

 

「え?匂い~?……スンスン。おぉ~♪桃の匂いがする~♪」

 

「そう、ボルビックのピーチフレーバーだ。これは濃厚なカルボナーラパスタに良くマッチすると思うぜ?」

 

俺は嬉しそうな本音ちゃんにそう言いながら、ボルビックのボトルをテーブルの上に置く。

後は部屋の電気の調光ダイヤルを回して、少しだけ薄暗くしてやる。

コレで雰囲気は完璧にアダルトな感じになったぜ。

 

「さ、席に着きな。本音ちゃんリクエストのイタリア料理、是非ご賞味あれ、だ」

 

「うん~♪あっ、ちょっと待って~。その前に~」

 

後はもう食べるだけだってのに、本音ちゃんは俺に静止を掛けたかと思うと、自分のベットの頭の上にある棚で何かをゴソゴソし始めた。

うん?どうしたんだ?

そう思いつつもテーブルに着いて待っていると、本音ちゃんはスマホを片手にニコニコ笑顔で戻ってきた。

 

「ふんふ~ん♪思い出の一枚を~パシャリ♪しておこうと思ったので~す♪」

 

そう言いながら本音ちゃんはテーブルに向かってスマホを横向きに構えると、一瞬のフラッシュと共にシャッター音が切られた。

あぁ、カメラで写真を撮ってるのか。……そういや女の子ってのはこーゆうシーンを写真に残したがる一面があるって弾の奴が言ってたっけ。

モテない癖にそういう所は沢山勉強してんだよなぁアイツ。

最近会ってないダチの言葉を思い出しつつ本音ちゃんを見てみれば、本音ちゃんは自分のスマホを見てニコニコと満足そうな笑顔を浮かべていた。

 

「うん♪綺麗に撮~れた♪それじゃあ後はぁ~……」

 

その一枚で終わりかと思ったが、本音ちゃんはイソイソと反対側に行くと、テーブルと横にあった俺の机の上にスマホを置いて席に着いた。

カメラ部分が赤く点滅してるって事は、恐らくセルフタイマーなんだろう。

 

「ほらほら~♪ゲンチ~も一緒にピ~スしよ~よぉ♪」

 

「へいへい、仰せのままにっと」

 

俺に向かって誘いをくれる本音ちゃんの言葉に従って、俺は笑顔でスマホに向かってピースサインを見せる。

本音ちゃんも同じ様にピースサインをカメラに向けると直ぐにシャッターの音が聞こえた。

それを確認してから、本音ちゃんは笑顔でスマホを回収した。

 

「えへへ♡……ゲンチ~とのつ~しょっとだぁ♡(もう少ししたら部屋も変わっちゃうんだし~……甘えられる時に甘えるのだ~♡)」

 

本音ちゃんはそう言ってスマホをいそいそとポケットに仕舞うが……暗くて良く見えねえけど顔が赤く見えるのは気のせいだろう、多分。

しかし女の子とのツーショットか……千冬さんと束さん以外なら初めてだな……何かむず痒いぜ。

とゆうかそろそろ食べないと折角のパスタが冷めちまうから食べようそうしよう。

 

「さて、それじゃあ……」

 

「は~い。手を合わせて~」

 

「「いただきます(ま~す♪)」」

 

2人揃って手を合わせてから、皿に盛られたパスタをフォークに絡めてパクリと一口。

幅広のもっちりとしたタリアッテレ麺に絡みつく濃厚なチーズとミルクのまろやかな風味。

それでいて時折顔を出す黒コショウのピリッとしたアクセントのハーモニーが、口の中で見事な調和を奏でる。

たった一口だってのに、満腹感が胃を止めどなく満たしてしまう。

うぅ~む、さすが俺。なんて自画自賛を頭に思い浮かべながら目の前のカルボナーラパスタをクルクルとフォークに巻き付ける。

 

「あ~む♪モグモグ……う~ま~い~ぞ~♪」

 

リクエストした本音ちゃんもこの味にご満悦の様で、その嬉しさを体全体でこれでもかと表現していた。

その嬉しそうな顔を見るだけで、俺の中の達成感というパラメーターも満タンになっていく。

たった2人だけでする食事だから、互いに食べ始めると無言になってしまう。

そうなると、部屋の静寂がちぃと物悲しく感じてきてしまった。

 

「……おっ。そうだ」

 

静か過ぎるのが嫌なら音楽かけりゃいいじゃねぇか。俺ってばウッカリしてたぜ。

俺は一度食べる手を止めて席を立ち、自分の机の上に置いてあるUSBプレイヤーに「JAZZメドレー」と書かれたUSBをセットして電源を入れる。

程なくしてプレイヤーが起動し、USBの中にインストールされた曲が流れ始めた。

 

~♪~♪

 

「ほぇ~……これって~、ルパン三世の曲なの~?」

 

その流れ始めた曲を聞いた本音ちゃんは目を丸くして、プレイヤーから流れる曲に興味を持ったようだ。

 

「あぁ。そのオープニングのJAZZ調のヤツさ……ムードがあっていいだろ?」

 

席に座った体勢のまま、ちょうど喉を潤そうと手に持っていたグラスを目線の位置に掲げて、俺は本音ちゃんに笑いかけながらグラスを自分の口に付けた。

爽やかなヨーロッパの自然、その資源が織り成す6つの火山層でろ過された軟水、その中にちょっとだけ含まれた桃のフレーバーが、濃厚なカルボナーラソースをスッキリと洗い流してくれる。

くぅ~……爽やかで飲みやすいぜ、ヤッパ濃い料理にゃ後味を洗い流してくれるサッパリとした水がベストだな。

今しがた口を潤した俺は、目の前に居る本音ちゃんに視線を送った――。

 

「……に、にゃぅぅ(真っ赤)」

 

「あり?……ほ、本音ちゃん?どうしたよ?」

 

「ふにッ!?」

 

――のだが、何故か本音ちゃんは俯き気味の体勢で俺から視線を外していて、猫の様な声を出していた。

少しだけテーブルから身を乗り出して俯いた顔を覗いてみれば、本音ちゃんの顔は真っ赤な誓、じゃなくて真っ赤なリンゴの様になっていた。

しかも俺と目が合うと驚いて悲鳴を挙げながら仰け反ってしまう。

マ、マジでどうしたんだ本音ちゃんは?

 

「な、何か変な事言ったか俺?」

 

「にゃ、にゃんでも無いよぉッ!?パクパクパク!!(わ、私に『ほ~んねちゃ~ん♡』って言いながらダイブしてくるゲンチ~を想像してしまったのです~……で、でも~……それも……ぃぃかも♡)」

 

俺の言葉に少しオーバーなリアクションで返した本音ちゃんは、さっきより速いスピードでパスタを平らげていくではないか。

しかも時折顔が嬉しそう……っていうかちょっとだらしなくなっている気がするんだが……き、気の所為だろう、うん。

そこからは互いに喋りかける事もせず、終始無言で晩御飯と、〆のジェラートを済ませてしまった。

今や席に着いてる俺達の目の前には空のお皿が置かれているだけなんだが……。

 

「……(チラ、チラ)」

 

何故か本音ちゃんがチラチラと俺に期待する様な視線を浴びせてきてるのです……何に期待してるかは一切不明ッスけどね?

そんなイジらしい仕草で俺に視線を送ってくる本音ちゃんに対して、俺がとった行動は――。

 

「そんじゃあ、俺は皿を洗ってくるから、本音ちゃんはゆっくりしててくれ」

 

「あっ……う、うん~(わ、私のバカバカ~!!ゲンチ~がそんな事する筈無いよ~!!……し、して欲しいけど……)」

 

THE・回避行動、これしかねぇよ。

だって本音ちゃんが何を期待してるのか全然わかんねえんですもん。

今ヘタレとか思った奴、後でねじってやるから待ってろよ?

そうしてキッチンに戻った俺は、水に漬けておいた調理器具や皿を綺麗に洗ってタオルで水気を拭き、食器置きの上に置いていく。

しっかし……今日はホントに疲れたぜ……もう暫くしたら寝るとすっか、食後直ぐに寝るのは身体に良くねえしな。

 

『WONANA♪WOWONANA~♪何度でも伝えるこ~こから~♪』

 

と、今日一日のハードな内容を振り返っていた俺の耳に、ポケットに入れてたスマホからメール着信音の『FREE』が鳴り響いた。

ん?誰だこんな時間に?

とりあえず食器を洗い終えた俺は手拭き用のタオルで手を拭き、ポケットからスマホを取り出した。

そのまま受信ボックスの中身を開いて送り主を確認すると……。

 

 

 

 

 

『送信者。貴方のペット♡』

 

 

 

 

 

送り主が確認できないという不測の事態に遭遇してしまったで御座る。

あれ?おかしいな?コレは一体誰でございましょうか?俺ペットなんて飼ってない筈ですがね。

っていうかペットは携帯を持てないワケで、つまりコレの送り主は人間なワケで、でも人間はペットじゃ無いワケで……あれ?

 

「……(カチカチ)」

 

普通なら、こんな怪しいメールは即刻削除するであろうさ。

だけども、俺は怖いもの見たさからか、そのメールをゆっくりとした動作ではあるが、開いてしまったのだ。

そして、そんな馬鹿過ぎる行動を取った俺の目に飛び込んだメールの中身は――――。

 

 

 

 

 

『件名』

 

『昨日はありがとね~゚.+:。(*≧∇≦*)゚.+:。』

 

『本文』

 

イェーイ♪ゲンくん元気にしてるかーい!?えへへ♡昨日の夜は束さんをたっくさん、濃厚且つ情熱的に可愛がってくれてアリガトォ~♡

おかげで束さんは元気いっぱいなのら~♪ただちょ~っと可愛がられすぎて、さっきまで腰が抜けちゃってたけどぉ♪゚+.(*ノωヾ*)ィャン♪+゚

キャ♡は、恥ずかしいじぇ~(〃ノωノ)バカァ♡女の子にこんな事言わせるなんてぇ……ゲンくんのケ・ダ・モ・ノ・♡

それにぃ♪あんなに美味しいタルトまで持たせてくれるなんてぇ危うく束さん幸せで昇天しちゃうとこだったんだぞ~♡Boo!!(*`ε´*)Boo!!

でもでも!!他の女にはあんな事しちゃダメだからね!?したら束さんは拗ねちゃうんだからな~ヾ(*`◫´*)ノフンガ~。

た、束さんならい、何時もは身が保たないけど、ゲンくんが望むなら地球上何処でも駆けつけちゃうよ!!(((((((((((っ・ω・)っ ブーン

ゲンくんのペットである束さんは、何時でもお呼びを待ってま~す♡。+゚(人’v`*)それじゃあ、ま~たね~!!o(*´з`)o バィバィ~♡

 

 

 

 

 

色々と弾け飛び過ぎて目を疑ってしまう内容だった。

ちょっと誰か助けてくれません?若しくは誰か時速140キロで過去、未来に跳べるタイムマシーンを貸してください。

ちょっと昨日の時間に跳んで過去の俺をブチのめしてきたいんで……OKOK,現実逃避は止めようか。

 

 

 

 

とりあえず――――TERMINATEを開始する。

 

 

 

 

 

『な、何なんだこのメールはぁああッ!!?昨日の俺に一体何がぁあああ!?ほわぁあッ!?ほわぁあッ!?ほわぁああああッ!?』

 

『う、うろたえるんじゃあない!!IS学園生徒はうろたえない!!』

 

『We will kill them all(ガシャコッ、ズドォオンッ!!)』

 

『ぼげべぇ!?』

 

『な、何をする3号ーーーーッ!!?(ズドォオンッ!!)ぎょぷえぇ!?』

 

 

 

 

 

―――ピピッ。TERMINATE完了。状況を終了する。

 

 

 

 

 

ふぅ……余りにもブッ飛んだメールの内容に取り乱してしまったぜ。

俺は混乱の真っ只中にある脳内会議場にショットガン片手に乱入して、脳内の混乱してる俺を残らず殲滅して鎮圧した。

とりあえず、このメールの送り主は束さんという事は分かったので、送信者の欄を束さんと上書き……出来ねえ!?

な、何故かこのアドレスだけ全ての編集が出来なくなってんだけど!?あれなんか俺のスマホ魔改造されてね!?

ええい!!落ち着け俺!!……束さんの項目の変更は不可能と……あの人が弄った機械なんて俺にゃ手に負えねえよ。

と、とりあえず文面から察するに、俺は昨日の一夏のクラス代表就任パーティの最中、多分記憶が無い時に束さんと会ってるって事は間違い無さそうだが……。

激しく気になるのは文面に出ている『可愛がった』というフレーズだ。

しかも腰が抜ける程可愛がったって……マジで何したんだよ昨日の俺ぇ……何でこんなワケ分からん事で悩まにゃイカンのだ。

もう何も考えたく無くなってきた俺はメールを閉じる事で見た物に蓋をしようとしたが……。

 

「ん?……添付ファイル?」

 

そのメールに、1件の添付ファイルが添付されているのを見つけてしまった。

 

 

 

 

 

『題名』、『嬉し恥ずかし♪タルトのお・れ・い・♡』ヤベエ、もうこの時点で嫌な予感がMAXで感じるぞ。

 

 

 

 

 

さすがに今の文面を読んだ後でこのファイルを開くのも怖かったんだが……。

もしも後で見てないって事が束さんにバレたら面倒な気もするし。

……ええい!!男は度胸!!何でも試してみるもんだ!!

半ば投げやりな覚悟の決め方を取って、勢い良く添付ファイルを解凍してみると――――。

 

 

 

 

 

ソコには、『兎』が写っていた。

 

 

 

 

 

正確には、胸の大事なポッチ部分だけを隠す極小の面積しかない白いフワフワの毛皮の様な物を胸に下着の様に巻いて――――。

 

 

 

 

 

下はコレまたエグい角度のフワフワ毛皮パンツ、しかもお尻の部分には兎の尻尾付きなパンツの様な物を履いて――――。

 

 

 

 

 

両手両足に、上下と同じフワフワの毛皮と肉球の手袋足袋を履きながら――――。

 

 

 

 

 

四つん這いのポーズで、片手を可愛らしくクイッと手招きの形にして――――。

 

 

 

 

 

可愛らしい字で『たばね♡』と書かれてるプレートが付いた首輪とリードを着けた――――。

 

 

 

 

 

……真っ赤な顔色で笑顔を浮かべるウサーな束さんだった。

 

 

 

 

 

「……ゴッブェバァアアアッ!!!?(ブシャアアアアアッ!!!)」

 

その余りのエロス溢れる背徳的な写メに鼻血を拭いてしまい、俺は慌てて鼻をしっかりと抑えてスマホを握り直した。

な、何つうーモンを送ってくるんだよ束さんはぁ!?俺の寅次郎を暴走させてアハトアハト88ミリ砲を発射体勢に移行させるつもりか!?

こんな場所(IS学園)で暴発させたら織斑教官に管理不十分で惨殺刑に処されちまうじゃないッスか!!?

オマケにあの豊満な胸の谷間に人参挟むとかあざとい、スゲエあざといよ束さん!!な、何て悩殺的な兵器を……GJ!!

さっきの文面なんかカスに思える程の兵器の登場に、俺は顔の熱が高まっていくのを感じてしまう。

良く見てみれば、束さんはただ笑顔を浮かべているだけでなく、赤い小さな舌をチョロッとだけ出したテヘペロ顔ではないか。

しかも可愛らしく画面の斜め端っこに『ご指名♡待ってま~す♡』と書かれてるのがそこはかとなくイケナイお店の写真に感じられてしまう。

エロだけではなく萌えのポイントすらも抑えてくるとは……!?さ、さすが束さんだぜぇ……!?

見れば見るほど、この画像の中の束さんは他に萌えるポイントは無いのかと俺は穴が空くほど写メを凝視していく。

主に胸とか、胸部とか、バスト周辺とか、おぱーい辺りを探ジロジロ見てのめり込んでしま――――。

 

「ど、どうしたのゲンチ~!?何か今、悲鳴が聞こえたよ~!?」

 

「おっぱぁあああああッ!!?」

 

「ほえぇ!?なになに~!?って鼻血出てる~~!?な、何があったの~~!?」

 

エマージェンシー!?癒し型決戦兵器HONNEが襲来した!?って落ち着け俺ぇ!?

先程の俺の悲鳴が聞こえたのか、着ぐるみルックの本音ちゃんが驚きながらもキッチンの方へ来てしまったのだ。

思わぬ伏兵にして最強の存在(俺の中で)の登場に、俺は更に焦ってしまう。

しかも本音ちゃんは俺の鼻から垂れてる、いや吹き出してる鼻血を見て、心配そうな表情を浮かべながら俺に接近してくるではないか。

その優しさが今は辛いですよ本音ちゃん!?マ、マズイ……!?もしコレが本音ちゃんに見られたら――――。

 

 

 

その①

 

『ふ~ん……『鍋島君』って~、女の人にそんな格好させて喜ぶ~……『ド変態』さんだったんだぁ~。もう~私に近づかないでね~?』

 

とか絶対零度の目で蔑まれて……。

 

判決、絶縁&ボッチ。

 

 

 

その②

 

『あっ、織斑先生ですか~?女子寮でエッチながぞ~を見て~鼻血出してる人が相部屋なんですけどぉ~、怖いから~変えてくださ~い』

 

ってナチュラルに千冬さんに話が行って……。

 

判決、俺のミートパテを使ったグチャ殺バーガーの出来上がり♪

 

 

 

――――ってなりかねん!?ヤッヴァイぜ!?な、何とかコレは隠し通さねば――――。

 

「あれ?……そういえば~今さっき、携帯の着信音が聞こえたけど~……ゲ・ン・チ・~?」

 

俺の鼻血、そして俺の叫び声に混乱していた本音ちゃんだったが、俺がこうなる前に聞こえた着信音の事を思い出して、段々と表情が怒りを含み始めた。

キャーーッ!?既に9割方ばれてるーーー!?やっぱり鋭すぎるぞ本音ちゃーーーん!?

あの「バーロー」で有名な体は子供、頭脳は大人、な名探偵もビックリする程のスピードで仮説を立てていく本音ちゃんに戦慄を覚え、俺は少しづつ本音ちゃんから後ずさっていく。

だがしかし、それを瞬時に感じ取った本音ちゃんは俺との距離をゆっくりとした足取りで詰めてきた。

まるで勝つ事を確信した肉食動物――百獣の王、セイバーライオンの如く。

そんな腹ペコライオンならぬ癒しライオンと化した本音ちゃんに追い詰められる俺は、さながら草食動物のガゼルだろう。

はたまた食われる事が確定した不幸過ぎる全身青タイツの槍兵か。

体格的には圧倒的に俺が有利な筈なんですけどー?

そうやって何時崩れてもおかしくない一定の距離を保ちながら、俺はジリジリと本音ちゃんから後ずさって逃げていたが……。

 

「(ドンッ)ゲッ!?」

 

しかし、後ろを確認せず後ずさった事で、俺はキッチンの端に追いやられていた事を悟る事が出来ず、部屋の角に追い詰められていた。

それを悟った時にはもう既に何もかもが遅く、もはや俺の退路は断たれてしまっていた。

 

「む~……(ぷっくり)」

 

そして、焦る俺の前方から、ゆっくりと、しかし確実に近寄ってくる本音ちゃんのぷっくりとしたファニーフェイスが俺を下から睨みつけてくる。

何てこった!?前後ろ左右が完璧に包囲されちまってるじゃねえか!?

俺の身体能力なら本音ちゃんをどかして前に逃げるのはワケ無い。

しかし、それはつまり本音ちゃんに手を上げる事と同義であって、俺には天地が引っ繰り返っても出来ない所業なのです。

それならばと本音ちゃんを抱き上げて優しくどかそうかとも考えたワケだが……。

 

「逃さないぞ~!!確保だ確保~~!!(だきっ)」

 

「OH,NOーーーーーーー!?は、離してくれえ本音ちゃんーーーーーー!?お、俺は無実だクマーーーーーーーーーッ!!?」

 

「コラ~~~!!無駄な抵抗は止めなさ~~~~~~い!!君は完全に包囲されているのだ~~~~!!(ぎゅうぅっ)」

 

何と本音ちゃんは俺に後2歩と迫った位置から急速に加速し、俺の腹回りに両腕を回して抱きついてきたのだ。

もしこの状態から本音ちゃんを振り解こうものなら、本音ちゃんが部屋の壁にぶつかって怪我してしまう可能性もある。

従って、俺にはこの纏わりつく本音ちゃんから逃れる術は無い。

っていうかお腹に当たる柔らかい感触を手放したくな……ってンな事考えてる余裕なんざ皆無だろうが俺のバカ!?

な、何としてもこの画像だけは見られるワケにゃいかねえ!!死守するんだ!!

せめてもの抵抗に携帯を持った手を高く挙げて、本音ちゃんからは取れない位置に危険物を確保するも……。

 

「むむ!?(キュピーンッ!!)そんなに必死になるって事は~~!!やっぱり携帯に何かあるんだな~~!?私に見せなさ~~~い!!ネタは上がってるんだぞ~~~!?」

 

自分から携帯を上に持ち上げる事は、自分のヤバイブツを自分からアピールする事と同義だった。

って俺のノータリンーーーーーー!?何テメーでテメーの首を絞めてるんだよぉーー!?間抜けにも程があるぞ畜生!?

既に本音ちゃんは俺のスマホにR指定もののブツが入ってる事を確信し、俺に抱きついた形のまま俺に声を張り上げてくるではないか。

ヤバイ、マジでヤバイっすよこの状況。もはや俺に逃げ場無し。

こ、ここは何とか俺の巧みなる話術で話題を逸らすしか……生き残る道は無し!!

俺は身体を伝う冷や汗に嫌な感覚を感じつつも、何とか顔の筋肉を引き締めて笑顔を浮かべる。

 

「な、何の事ざんしょ本音ちゃん?この鍋島元次、お天道様に背中向ける様な事ぁ一切身に覚えがござんせんぜ?」

 

「ぶ~ぶ~!!口調が何時もと違うし、目が私を見てないぞ~~~!!ゲンチ~はポ~カ~に向かない人間なんだよ~~!!」

 

回避失敗、余りにも嘘のつけない正直者な自分が憎すぎる。

だ、だがまだ終わらん!!まだ終わらんよ!!

 

「そ、そんな事ぁありやせんって?正真正銘、何時ものあっしでござんすよん?」

 

「む~~!!それじゃあ~私の目を見てよ~~!!疚しい事が無いなら~~ちゃんと私の目を見て話すのだ~~~!!」

 

「め、目をですか?…………い、いいでしょう!!見てやろうじゃあないですかい!?」

 

そして、俺の言葉に一切納得出来なかった本音ちゃんは、自分の目を見て無実を証明しろと仰ってきた。

俺に抱きついた体勢のまま俺の胸に顎を当てる形で密着しながら頬を膨らましてる本音ちゃんから逃れる事は出来ず、本音ちゃんが納得しないと離れてくれないだろう。

もはやこの状況を回避する手立ては他に存在しないと悟り、俺は覚悟を決めて本音ちゃんの目を真剣に見つめる。

 

「じ~……」

 

「うっ……ぬぐっ」

 

だがしかし、正に穢れを知らない本音ちゃんの真っ直ぐな瞳に、俺は自分の汚れた心が圧迫される様な感覚を覚えて目を逸らそうとしてしまう。

イ、イカン!?ここで目を逸らせば自分から罪を認める様なモノ!!ここが俺の最終防衛ラインだ!!絶対に目を逸らすな!!

心の中で折れそうな自分を叱責して、俺は意地でも本音ちゃんから目を逸らさないように気合と根性を入れなおすが……。

 

「じ~……。あ~~~っ!!?(ずびしっ!!)脂汗!!」

 

「ぬぉおおおおしまったぁーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

そんな風に力めば身体から嫌な汗が流れるワケで、それを目ざとく発見した本音ちゃんから指をズビシッと突き付けられる始末。

幾ら何でもバカ過ぎる失敗を披露した俺は頭を抱えて絶叫してしまった。

退路は無し、俺の身体には何時フッ飛んでもおかしくないのほほんボムが纏わりついてる。

あぁ何てこった、完全に詰んじまったよ。

 

「さぁ~!?さぁ~!?今直ぐゲンチ~の携帯を見せなさい~!!正直に見せないと~……こうだ~~!!(ぐりぐりぐり)」

 

「ぬホォオオオオオ!?や、止めてくれ本音ちゃんーーーー!?胸が何かこしょばゆいッスーーーー!!?」

 

「えいえい!!え~い!!早くしないと、もっと激しくしちゃうぞ~~!?(ぐりぐりぐり)」

 

突如本音ちゃんから放たれた、千冬さんの打撃並みに効く攻撃の効果に、俺は身を捩って悶えてしまう。

本音ちゃんが今しているのは、俺に抱きついた体勢からそのまま、俺の胸板に乗せていた顎で、俺の胸板をグリグリと押してくるという攻撃だ。

まるでマッサージの様な動きではあるが、これがまた鍛え上げた俺の胸板にこそばゆい妙な感覚を与えてくるのでその未知の感覚がおれを悶えさせる。

 

「この!!この~~!!ここか!?ここが弱いのか~~!!(ぐりぐりぐり)」

 

「おぅふ!?そ、そこは勘弁して下せえーーーー!?」

 

おぉう!?俺のニップルを刺激しないで本音ちゃんーーー!?何このエロ指定掛かりそうな萌え萌えマッサージ攻撃は!?

傍から見れば部屋の隅っこで抱き合う男女、そして抱きついてる女の子が男の胸板に顔をこすりつけて甘えてくる絵にも見えるだろう。

しかぁし!!今の俺にとっては只自分の罪状を白状させられるダケの拷問にしか思えないのです。

も、もうダメだ……もう、観念してこのブツを見せるしか……グッバイ、俺の高校生活。

そして、俺は本音ちゃんの、のほほんとした萌え攻撃に屈し、本音ちゃんにこの危険物を見せる為に手を少しづつ下ろし……。

 

『血湧き肉踊れ~~♪島揺らす音で~~♪盛る火を起こせうねる木の元で~♪』

 

「え?」

 

「ッ!?」

 

だがその時、タイミング良く俺のスマホから、電話の着信を知らせる着信音『BUSH HUNTER』が鳴り響き、件の危険物の存在を画面から隠してくれたのだ。

その着信音を聞いた瞬間、俺はバッとスマホの画面を覗きこみ、電話の相手の名前が表示される画面の『一夏』という字を認識した。

ナ、ナイスだ兄弟ーーーーーーーッ!!!今ほどお前と兄弟でいて良かったと思った事はねえぞ!!本気で助かったぜ!!

俺にとって事態が良い方向に転がった事に、俺は顔をこれでもかと綻ばせ、弾けんばかりの笑顔で本音ちゃんにスマホの画面を見せてあげる。

 

「ほ、ほら!!着信!!一夏からの着信だったんだよ!!いや~!!これで俺の無実は証明されたワケですね本音ちゃん!?しかしこの時間に掛けてくるって事はなんかトラブったのかな~?ちょっと電話するから静かにしててくれよ!!ゴメンなぁ~ちょいと相手シテしてあげらんねえけど我慢しててくれや!!(ピッ)もしもし一夏どうしたよ!?何か緊急事態か!?手なら幾らでも貸すぜブラザー!!」

 

「あ~~ッ!?ズ、ズルイズルイ~~!?むいぃ~~!!?」

 

俺は本音ちゃんに口を挟む間も与えずに言葉のラッシュを浴びせ、そのままスマホの通話ボタンをタップして電話に出る。

視界の端で本音ちゃんがこれでもかとほっぺたを膨らまして俺を見てるが、今はスルーさせていただきまッス!!

そして俺は本音ちゃんを腰に纏わりつかせたまま少しづつ移動を始め、キッチンの水道で固まっていた鼻血を綺麗に洗い流していく。

ふっふっふ。今回は俺に勝利の女神が微笑んでくれた様ですな。

 

『あ~ゲン、悪いなこんな時間に』

 

「いやいやいや!!全くもって問題ねえぜ兄弟!!いや正にグットタイミングだったってなモンよ!!」

 

『は?な、何の話だ?』

 

「気にすんな!!コッチの話しだからよ!!ハッハッハ!!で、どうしたんだ?何か困り事か?」

 

「むぅうぅ~~~!!むぅうぅ~~~!!」

 

電話口から聞こえる一夏の声に大袈裟な返しをしつつ、俺は兄弟が初めて俺を助けてくれた事に感謝の意を示す。

マジで助かったよホント……サンキューな、一夏。

そして本音ちゃんを引っ付かせたまま部屋に歩いて戻り、テイッシュで濡れた鼻と手を拭いてから、ベットに腰掛ける

更にスマホを反対の手に持ち替えてから、現在進行形で俺に抱きついて膨れっ面のまんまの本音ちゃんの頭を撫でる事で誤魔化しを敢行した。

 

「(なでなで)んにっ……ふ、ふ~~んだ!!ぷんぷん!!だよ~~!!」

 

しかし今回ばかりは撫でられたぐらいじゃごまかすのは無理らしく、本音ちゃんは俺の撫でる手から抜け出す事はしなかったが顔をそっぽに向けてしまった。

そんな可愛らしい反応を見せてくれる本音ちゃんに、俺は電話しながらも苦笑を浮かべる。

っつうか、ぷんぷんって口で言うなんて……何て言うか、良くも悪くも子供っぽいっていうか……まぁ可愛らしいから良いけどよ。

 

『ま、まぁ困り事っちゃ困り事なんだが……おいゲン。ちゃんと聞いてるか?』

 

「ん?おぉ聞いてるぞ。一体どうしたんだ?」

 

とと、いけねえいけねえ。とりあえず今は電話口の一夏の要件を聞くとしよう。

何せこの窮地を脱する手助けをしてくれたんだ。

今回ばかりは俺が手助けをするのが筋ってなモンだろ。

 

『あぁ、実はちょっと、鈴と箒が揉めてて……』

 

『何を他人事の様に言ってるのだ一夏!!これはど、どど、同室である私とお前の問題だろう!?』

 

『違うわよ!!幼馴染みである私と一夏の問題よ!!とにかく私もココに住むからね!!はい決定!!』

 

『だから勝手に決定するなと言ってるだろう鳳!!一夏、お前からも何とか言わんか!!』

 

『……こんな状況なんだ』

 

と、一夏のお困り事ってのを聞いてる最中で、電話の向こうから鈴と箒の大きな声が響いてきた。

おいおい、まさかの昼休みの続きが一夏の部屋で勃発してるってのかよ……アイツ等何処でも騒がしい事この上ねえな。

まぁしかし……今回ばかりは俺が助けてやるか。

 

「まぁ大体だが事情は分かった。今からソッチに行くから少し待ってろ」

 

『お、おう。悪いが頼む』

 

「良いって事よ。今回はこのトラブルバスターに任せておけ。トラブルもオメエも纏めて綺麗にバスターしてやる」

 

『へへっ。さんきゅ……ってちょっと待て!?俺事全部綺麗にフッ飛ばすのかよ!?トラブルだけ何とかしてくれ!!?』

 

「じゃな(ピッ)」

 

俺は電話先で困っているであろう一夏の顔を思い浮かべながら通話を切り、瞬時に立ち上がる筈のメール画面を終了させて、スマホをポケットに捩じ込んだ。

 

「む~~(ぷっくり)」

 

さあて……(汗)まず初めに俺に引っ付いてるこのキツネの様な着ぐるみを着てる本音ちゃんをどうにかしねえとな。

俺はまず今この部屋から出るに当たって目の前の障害を何とかしなくちゃならねえみてえです。

しかし今の本音ちゃんは俺の言葉をキチンと聞いてくれるかも怪しい。

つまり、口八丁で丸める事は恐らく出来ねえだろう、となれば……俺もダメージを負う事を覚悟の上で、事に当たるしかねえ。

俺は心の中で覚悟を決め、俺に引っ付いて動こうとしない本音ちゃんに視線を合わせて口を開いた。

 

「……本音ちゃん。実はな……」

 

「ダ~メ~。ゲンチ~がさっき何を見てたのか~ちゃんと話してくれるまで、絶対に離さな―――」

 

 

 

 

 

「――――さっきからその……当たってるんだよ……柔らかいポニョポニョしたもんが、さ……2つ」

 

「い、よ?……ふぇ?……ッ!?ふ、ふぇええええ~~ッ!!?(バッ!!)」

 

俺の爆弾発言に、本音ちゃんは目を白黒させたかと思えば、普段からは考えられない俊敏さで俺からババッと距離を取った。

まるでリンゴの様に赤く染まった顔、胸を抑えて逃げる女の子な仕草、ごっそさんです。

良し!!今だ!!

そして本音ちゃんが俺から距離を取ると同時に、俺は身を翻してドアに向かって一直線に走り、部屋から飛び出した。

目指すは一夏と箒の部屋である1025室、5部屋隣だからそんなに時間は掛からねえ!!入って直ぐに鍵を締める!!コレで完璧よ!!

 

『―――ゲ……ゲンチ~のぶぁかぁ~~~~ッ!!!すけべ~~~~ッ!!!お猿さ~~~~んッ!!!』

 

……廊下に女子が居なくて心からホッとした今日此の頃でした。

俺は後ろから追い掛けてくる本音ちゃんの叫び声を聞きながら、一夏達の部屋である1025室の扉を豪快に開け放つ。

その開け放ったデカイ音に、部屋の中に居た一夏と箒、鈴の視線が俺に集中する。

 

「よう。ちっとばかし乱暴な入り方でスマネ「ゲン!!お前放課後はよくもやってくれたなぁ!!」……ゑ?」

 

と、些か乱暴な入り方を謝ろうとしたら、何故か箒に怒鳴られた。

しかも傍に立てかけてあった竹刀を構えながら……何故に?

 

「ど、どうしたんだよ箒?一体何をそんなに怒ってんだ?」

 

俺と同じで事態が飲み込めていないのか、箒の隣に立っていた一夏もオロオロとした表情で箒に問いかけていた。

その一夏の言葉に、箒は目尻を釣り上げてキッと一夏を睨みつけ始めた。

鈴も俺達と同じく状況が分からない様で何が何やらって感じで事態を見守っている。

 

「どうもこうもない!!今日の放課後、私とオルコットがアリーナへ向かう為に廊下を歩いていたら、後ろから猛スピードで走ってきたゲンに跳ね飛ばされたのだ!!オマケに謝罪も無しだぞ!?」

 

「あっ……あぁ……だから二人共、アリーナに来た時にボロボロだったワケか……」

 

「うわぁ……災難ね」

 

箒のキツイ眼差しをモロに浴びた一夏はタジタジになりながらも、今日の事を思い返して箒の言葉に納得している。

その隣りで事情を聞いていた鈴も、箒に同情的な視線を向けている。

っていうか……。

 

「あ~悪い、やっぱ誰か跳ね飛ばしてたのか……かなり急いでたモンだから「ん?何か当たったか?」ぐらいにしか思わなかったぜ」

 

「人を跳ね飛ばしておいて随分と軽いな!?少しは反省の色を見せんかぁ!!」

 

「いやだから悪いって。保険入ってねえからその辺は無理だけど、まぁ許してくれ」

 

「だから軽すぎると言ってるだろうにぃーー!!!?」

 

竹刀片手にキーキーと怒鳴ってくる箒に、俺は手の平を拝み手にして謝罪の意を示す。

しっかしまぁ、アレよ。ちょいと軽く何かにぶつかったかなぁ程度にしか感じられなかったから、気付かなくても仕方無いと思うんだ。

やっぱ『猛熊の気位』発動させてるとその辺の感覚も鈍くなるから注意が必要だな。

俺はとりあえず目の前でご立腹状態の箒から目を離して、とりあえず俺と同じ訪問者である鈴に視線を向けてみる。

そして視界に入ったのは、大きめのボストンバッグが1つ、鈴の足元に置いてあった。

あれ?そういやあさっき、電話越しに『私もココに住むからね!!』って鈴の台詞が聞こえたよな?って事は、コレって鈴の荷物か?

 

「おい鈴?何でオメエはボストンバッグなんて持ってんだよ?」

 

とりあえず状況を把握するために声を掛けると、鈴は箒に向けていた同情の視線を止めて俺に視線を向けてきた。

 

「あぁ、アレよ。私は最初、篠ノ之さんに部屋を変わってってお願いしにきたんだけどね?」

 

「ッ!?そ、そうだ!!ゲンからも鳳に何とか言ってやってくれ!!私は部屋を変わる気は無いんだ!!」

 

と、俺が鈴にそのボストンバッグの使用用途を聞いていると、今度はハッとした表情で箒まで俺に詰め寄ってくるではないか。

っていうか部屋を変わってって……そりゃまたぶしつけな上にいきなりな話しだな。

 

「まーとにかく、幼馴染みで気心知れた私のが居た方が、一夏も気が休まるだろうし、私もここで暮らす事にしたってワケ」

 

「それを勝手に鳳の中だけで決めるなと言ってるんだ!!私はそれで良い等と言っていないだろう!!」

 

「でも、ココは篠ノ之さんだけの部屋じゃなくて一夏の部屋でもあるんでしょ?それを篠ノ之さんだけの独断で決めるのはおかしくない?」

 

「いきなり現れてココに住むと独断で決めてる鳳だけには言われたくな「わかったわかった、ストップだオメエ等」ゲ、ゲン……」

 

何時までもこの2人だけに話させてたら明日の朝になっても決まらなそうなので、俺は横から2人の間に入ってストップサインを出す。

俺の介入に、台詞を途中で遮られた箒は不服そうな顔をするがそれはスルー。

成る程成る程……要は鈴がどっかで一夏と箒が相部屋って話しを聞き付けて、ボストンバッグ片手に乗り込んできたってワケね?

片思いの男が自分の知らない、しかも昔の幼馴染みと1つ屋根の下で暮らしてるとなりゃ危機感を抱くのも仕方がねぇか。

それに、鈴は直情型だから『こう考えたらそれが正しい』って思いを疑わない、相手の考えよりも自分の思いを優先して事を運ぼうとする所がある。

勿論普段はそんな事はねえんだけど、事一夏が絡むと話しは別だ。

まぁ後は……一夏との関係、思い出に1年のブランクがあるってのが不安で仕方ねえんだろう。

箒といい鈴といい、一夏が絡むとほんっとに面倒な幼馴染み達だぜ。

当の本人の一夏は何で鈴と箒が言い合ってるかわからねえって顔で困惑してるだけだしよぉ。

でも、今回は一夏を助けるって決めた事だ……ちっとジョーカーを切らせてもらうか。

 

「とりあえず鈴。オメエは箒と部屋を変わって欲しいが、例え箒が部屋を変わらなくてもココに住むと?」

 

「勿論♪アタシはボストンバッグ1つで何処でも寝れるしね。それに別にゲンに迷惑かけるワケじゃ無いんだし良いでしょ?」

 

俺の言葉に良い笑顔で頷く鈴。

その言葉に反論しようと身を乗り出す箒を視線で止めて、俺は再び鈴と視線を合わせる。

 

「まぁ確かに、3人で寝てる部屋もあるって話しだしオメエがここで寝る事は可能だぜ?」

 

「なっ!?ゲン!!」

 

俺の賛成っぽい言葉を聞いた鈴は「我が意を得たり」って顔になり、箒は裏切られたみたいな顔に変わっていく。

確かに鈴の言う通り、学園の寮の部屋は双方の同意が得られれば部屋の交換も可能だし、場所によっては仲良し3人で寝泊りも出来る。

各部屋には備え付けのベット以外に簡易ベットも配布されてるから、鈴の言ってる事は間違っちゃいねえんだ。

 

「でしょー?だからアタシはココに住「ただし」……へ?」

 

俺の言葉を聞いて上機嫌に返事をしようとした鈴だが、俺はそこにすかさず言葉を被せて鈴の台詞をストップさせた。

 

「オメエがこの部屋に住むにしろ、ここで3人目に入るにしろ……そりゃ寮長から許可を取ってからの話しだ」

 

「へ?り、寮長?」

 

俺は鈴にやや苦笑気味な表情で言いたかった言葉を告げてやった。

そう、確かに鈴の言った部屋の交換、そして奇数での宿泊、同棲は可能だが、それはあくまで寮長が許可を認可した時だけだ。

それを聞いて目を白黒されている鈴を見るに、コイツは多分その辺の手続きも踏まずにココまで来たんだろうな。

 

「オメエがその許可を寮長から捥ぎ取ってこねえ限り、幾らここでンな事言っても話しになんねえって事だ。勝手にやれば寮長から直々の処罰が待ってるって話しだしな」

 

「へ、へー?そうなんだ。じ、じゃあ許可を貰えたらココで正式に住めるってワケね?なーんだ。楽勝よ楽勝、許可ぐらい簡単に貰ってこれるわ♪っで、誰よ?1年の寮長って?」

 

「千冬さん」

 

「無理ゲーに決まってるじゃないそんなのッ!?あの千冬さんが許可するワケないでしょ!?ラスボスを超えた裏ボスでもそんな理不尽なバグキャラ居ないでしょうが!?」

 

「それは……まぁ……」

 

「フム。ま、まぁ無理であろうな(よ、良かった!?これで一夏と2人っきりの生活は守られたぞ!!)」

 

鈴の「絶望した!!」って感じの叫び声に、一夏は難しい顔で言葉を濁し、箒はさっきと打って変わって上機嫌そうに言葉を紡いだ。

まぁ箒からしたら一夏とのラブラブ?同棲生活に別の人間が入ってこなくて嬉しいんだろうよ。

一方で鈴はここで大きく立ちはだかった千冬さんの説得という大きな壁に挑む気は無いらしく、ガックリと方を落として項垂れている。

俺がさっき言った寮長から直々の処罰ってのも効いてるんだろう。

幾ら何でも千冬さんからの折檻覚悟でこの部屋に泊まるなんて、体中に塩コショウを振りかけてライオンの前に立つ様なモンだ。

そんな風に項垂れる鈴とは正反対に、箒は嬉しそうな笑顔を浮かべてる。

だがしかし、恋愛ってのはチャンスは平等にあるべきなんじゃね?ってのが俺の持論だ。

それに、鈴だって箒と同じで俺の大事な幼馴染みだし、鈴に味方してやらねえワケにもいかねえよな。

 

「大体、お前が万が一、いや億が一のラッキーチャンスを当てた所で、直ぐに部屋を変わる羽目になっちまうんだぞ?」

 

「は?な、何でそうなるのよ?」

 

俺の苦笑を浮かべたままの言葉に、鈴は心底わからないって表情を浮かべた。

それは鈴だけでなく、今この場で話を聞いてる一夏と箒もそうだ。

っていうか一夏、テメエは俺と一緒に真耶ちゃんと千冬さんから直々に話を聞いただろーが。

 

「あのなぁ、よ~く考えてみろよ?普通学園って教育機関が、年頃の男女の同棲を何時までも良しとする筈ねえだろうが?ドンだけ校則の緩い学校だよ」

 

「そ、そりゃそうだけど、現に今だって……」

 

「だからよ?俺と一夏はイレギュラー中のイレギュラーだから、そうしてでもこの学園に放り込まなきゃいけなかったんだっての。だから無理矢理この寮に捩じ込んで、とりあえず調整が付くまでの仮措置って事で、俺達は女子と同部屋になってんだ」

 

「なっ!?」

 

「あっ、そういえばそうだな。山田先生も千冬姉も、部屋の調整が付くまでの間だけって言ってたし」

 

俺の言葉に箒は目を見開いて驚愕し、一夏はそういえばって顔でその時の話を思い出していた。

っつうか何驚いてんだよ箒?さすがに何時までも女子と同部屋なワケがねえだろーに、ここには男が『2人居る』んだからよ。

何処か抜けてる幼馴染み2人から視線を外し、俺はポカンとしてる鈴に視線を向け直す。

 

「まっ、そーゆうこった。真耶ちゃんが大体1ヶ月ぐらいだって言ってたし、時期的には後2週間もねえぐらいだ。そんな時期に千冬さんに挑むなんてデンジャラスな事ヤラかすより、時期を待った方が建設的だろーよ?」

 

「あっ、うん……ありがとう、ゲン」

 

俺のもう少しだけ待てという発言に、鈴は納得したのか、笑顔を見せながら俺にお礼を言ってくる。

そんな幼馴染みに、俺は普通の笑顔を見せながら口を開く。

 

「なに、俺は先生達が言ってた事を伝えただけだ。別にどうって事はねえよ」

 

「そっか……分かった!!それじゃあこの話は無かった事で!!」

 

全ての事柄に納得した鈴は、さっきまでの意気消沈した姿は何処へやら、元気いっぱいに声をだしてここへ住む事を諦めた。

つまり、コレで今回の件は一件落着、双方丸く収まったって事だ。

やれやれ、毎回の事っちゃ毎回の事だが、一夏に恋する乙女連合、通称一夏ラヴァーズを纏めるにゃ骨が折れるぜ。

 

「そんじゃ、とりあえず話は纏まったみてえだし、俺は帰るわ」

 

「おう、態々サンキューなゲン、今度メシ奢るよ」

 

「あいよ、期待して待ってるぜ」

 

俺は自分の肩を揉み解しながら、部屋へ帰ろうと扉に身体を向けた。

まぁとりあえずこの場の問題は解決した事だし……後は本音ちゃんのご機嫌を何とかせねば(汗)。

うぁ、そう考えると戻りたくねー……いっそ俺がココに泊めてもらおうかね?

 

「と、ところで、さ……ねぇ一夏?」

 

「ん?何だよ鈴?」

 

と、部屋に戻る事に若干憂鬱な気分になっていると、俺の後ろから鈴の恥ずかしがる様な声と一夏の疑問の声が聞こえてきた。

その声に引かれて、俺も扉側から振り返って部屋の中に視線を送ると、何やらモジモジして一夏に超えを掛ける鈴の姿があった。

何だ?ま~た何か面倒事こさえるつもりじゃあんめえな?もう優しさは品切れだよ俺?

内心ちょっと嫌な予感を抱えつつも、俺も事態を見守ろうと足を止める。

 

「あの、さ……約束……覚えてる、よね?」

 

「約束?えぇっと……何時のだ?沢山しすぎて、ドレだか……」

 

「そ、その沢山の中でも一番重要なヤツよ!!アタシが中国に帰る直前にしたヤツ!!」

 

事の成り行きを見ている中で、鈴は一夏に約束がどうたら言い始めた。

ん?鈴が帰る直前?……空港で見送った時は別に何も言ってなかったし、俺が知らない所で何か約束してたのか?

今日まで接点の無かった箒は言わずもなが、俺にも検討の着かない話だったので、口出しせずにそのままにしておく。

すると、鈴に約束した時期の事を教えられた一夏は目を瞑って顎に手をやり、暫し考えだした。

 

「ん~~っと……おぉ!?アレか?鈴の腕が上がったら毎日、酢豚を――――」

 

「そう!!ソレ!!」

 

一夏が思い出して語り始めた約束の途中で、鈴は嬉しさからか笑顔で声を張り上げる。

え?ちょっと待て!?それって所謂『毎日お前の味噌汁を~』ってヤツの酢豚版って事か!?

それってつまり、鈴は中国に帰る前に、一夏にプロポーズを――――。

 

 

 

 

 

「――――奢ってくれるってヤツか!?」

 

どんがらがっしゃんッ!!!

 

「――――はい?」

 

 

 

 

 

余りにもアホすぎる勘違い発言を投下してくれやがった一夏のボケに、俺はたまらずズッコケてしまった。

痛てて……そ、そうだよなぁ……この鈍感王『オリムーラ・D(鈍感)・イチカ』と呼ばれたコイツが、そんな言葉の意味を理解してるワケねえよなぁ。

堪らずズッコケてしまった俺だが、周りの空気は俺を完全に置いてけぼりにして気まずい雰囲気が漂いまくっている。

俺の目の前に居る鈴なんか下俯いてプルプル震えてるじゃないッスか。

あ~コレは一つのアレですね?所謂嵐の前の静けさってヤツだね。

そんな目の前で起きてる一種の災害の危険信号すら感知出来ない一夏は、暢気に笑顔を浮かべて後ろ髪に手を当てているではないか。

 

「だから、毎日俺に、飯をご馳走してくれるって約束だろ?いや~、俺の記憶力も捨てたモンじゃな――――」

 

パァアアンッ!!!!!

 

うわちゃあ、痛そ~~。

閉めきった部屋に響き渡る快音に、床から立ち上がった俺は自分の頬を抑えて苦い顔をしてしまう。

その快音の発生源はモチのロン、恋する乙女の最大の敵にして『移動式メスホイホイ』と呼ばれる一夏、その呆然とした表情を浮かべる頬の部分。

そして奏でる為に振るわれた打楽器は――――。

 

「……最っ低!!!!!」

 

鈴のスナップが効いた平手打ち、要はビンタだ。

マジに素敵過ぎる戯言をのたまった一夏をビンタした鈴は、その勝気な目尻を更に吊り上げてコレでもかと怒りを露わにしてた。

一方でビンタをカマされた一夏は何が何やらって表情を浮かべて鈴の視線にたじろいでしまっている。

っつうか一夏ェ……普通毎日飯をって降りまで覚えてたらその先ぐらい容易に検討付くだろーが。

なのにナチュラルにその先を間違えるってどんな奇跡的珍プレーだよオイィ……呆れてモノも言えぬってなぁ、こういう事か。

 

「女の子との約束を覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!!!ゲンに咬まれて死ねぇ!!」

 

待てやコラ。人を犬みてーに言うとか舐めてんのか幼馴染み2号よ?

何故にソコで俺を例えに出した?っつうか一夏なんて、いや男なんて咬みたくねえっての。

もはや言うだけ言ったと言わんばかりに、鈴は肩を揺らしてボストンバッグを荒々しく掴むと足早に部屋から出て行ってしまった。

ソレを呆然とした表情で見送る我らがお馬鹿さん代表一夏君。

あぁ~もぉ……一夏は何で鈴があんな風に怒ってるか判ってねえだろうし……ここは俺がフォローしますか。

立て続けに面倒事に見舞われた俺は面倒くささから髪をポリポリ掻いて、ボケッと突っ立ってる一夏に視線を送る。

そして俺の視線に気付いた一夏は、俺に心底分からないって視線を送ってきやがった。

 

「えっと……な、なぁゲン?今のって俺が悪いのか?」

 

「まぁ……7割方はな」

 

「じ、じゃあ謝った方が良いのか?で、でも何で鈴があんなに怒ってるのか皆目検討が付かねえし……理由を説明してくれたら謝るけどよ」

 

一夏はそう言って俺から視線を外して、今しがた鈴が出て行ったドアを微妙な表情で見つめる。

まぁ理由が判れば謝るって……多分、お前の頭じゃ一生掛かっても無理な気がするぞ?

それに説明とか、「私のご飯を毎日食べて下さい♡一生♡」なんて女の子が面と向かって言えるわきゃねえだろボケ。

特に恥ずかしがり屋の鈴なら尚更だっての。

こりゃまた暫く一夏の周りは荒れんだろうなぁ……ま~たこの恋愛的トラブルに巻き込まれんのかね俺ってば?

つくづく巻き込まれ体質な自分の運命に心中で溜息を吐きながら、俺はドアを見つめてる兄弟分に声を掛ける。

 

「とりあえず、鈴は俺が追っ掛けておくからオメエは今は止めとけ。どうせまた売り言葉に買い言葉で話が拗れんのは目に見えてんだ」

 

「そんな事はねえと思うけ――――」

 

ガシッ!!

 

ちょ~っとまだこの状況が飲み込めてないお馬鹿ちゃんにプチッときたので、俺は一夏の頭を握って素敵なスマイルを浮かべてやった。

 

「 良 い か ? 今は止めとけ…… 良 い な ? 」

 

「了解しました!!?」

 

その体勢でゆっくりと力を掛けてやると、一夏は顔を真っ青にして俺の言葉に素直に頷きを返す。

その動きと返事に満足した俺は一夏の頭を開放し、少しばかり駆け足でドアを潜ってヘソ曲げた猫を探しに行く事にした。

まったく……何処までも世話の焼ける幼馴染み2号と兄弟だぜホント。

 

 

 

 

 

『……一夏』

 

『お、おう?何だ?』

 

『ゲンに轢かれて死ねッ!!』

 

 

 

 

 

お前もか幼馴染み1号よ。

 

 

 

 

 

幾ら何でも酷すぎる扱いに心の中で涙しながら、俺は少し走った所で、トボトボと歩いてる鈴を発見。

もう声掛けて止めるのも面倒だった俺は、鈴の背中に追いついた瞬間――――。

 

「よっと(グイッ!!)子猫一匹確保ってな」

 

「にゃ゛ッ!?ちょ、ちょっと何すんのよゲン!?今アタシ機嫌悪いんだから離せっての!!引っ掻かれたいの!?(ジタバタ)」

 

問答無用で鈴の首根っこを引っ掴んで持ち上げる事で、逃げられる可能性or止める手間を省く事に成功。

そのまま吊り上げた状態で元来た道を華麗にUターンする。

 

「ホントに止めなさいってば!!いい加減にしないとアタシもキレるわよこの筋肉馬鹿!!(ジタバタ)」

 

しかし、俺との身長差でプラーンと持ち上げられるのがお気に召さないのか、鈴はその小さな身体をジタバタさせて俺の手から逃れようと藻掻く。

その様が、知り合いの家に一晩だけ預けられて、預けられた先の人間の腕の中で必死に暴れる猫そっくりで微笑みを浮かべてしまう。

フム、皆さんも困った事ありません?猫を預けられたは良いモノの、家の中で暴れすぎて困るっていう経験。

そんな時の対処法は簡単♪猫に自分の素直な気持ちが伝わる様に微笑みを浮かべながらそぉ~っと――――。

 

「あんまりウルセエと保健所に叩き込むぞ?」

 

魔法の言葉を呟いてあげましょう♪

 

「はい!!静かにします!?(ブルブル)」

 

ほーらこのとーり♪どんな腕白猫でも一回で大人しくなります。

皆さんもご近所から猫ちゃんワンちゃんを預かる機会があったら是非試してみて下さいね☆

俺の魔法のワードを聞いた鈴は借りてきた猫(大人しいvr)の如く静かになり、俺は鈴を吊り上げたまま悠々自適に自分の部屋を目指した。

さあて、とりあえずあの約束を何処でしたのかって話を幼馴染みとしてジックリと聞かせてもらいますか。

俺の知らないエピソードで俺達の空白期間を埋める事と、とりあえずさっきヤラかしてくれた一夏のフォローの2つを頭に入れながら、俺は自室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

「むうぅ~~~~~~~ッ!!!(ぷっぷくぷ~)」

 

「……アウチ」

 

そして、開けた先で俺を出迎えてくれたのは、腕を組んで仁王立ちしてるご立腹顔の本音ちゃんですた。

モチモチっとしたほっぺはこれでもかと膨らみ、着ている着ぐるみの耳と尻尾は完全に逆立っていますね、ハイ。

 

 

 

 

 

 

注意事項、普段大人しい、又は懐っこい猫ちゃんにはさっきの方法を使用しないで下さい。

余計に拗ねてしまう可能性がある上に、最悪の場合泣いて出て行ってしまうかもしれませんので。

そういう普段怒らないのほほんとした目に入れても痛くないって言える猫ちゃんが怒ってしまった場合の対処法は――――。

 

 

 

 

 

「(」・ω・)」うーーーーーーーーッ!!!(/・ω・)/にゃーーーーーーーーーーッ!!!(グリグリグリグリッ!!!)」

 

「あおぉおおおッ!!?ほ、本音ちゃんそこは止めッ!?あ、顎でグリグリするのはもう勘弁してくだしあぁあああああああッ!!?」

 

「(/>ω<)/にゃーーーーーーーーッ!!!(グリグリグリグリッ!!!)」

 

 

 

 

 

気が済むまで思いっ切りじゃれつかせてあげましょう♪

っていうかそれ以外対処法が思いつかねーです。

 

 

 

「ゲ、ゲンを降伏させる女が千冬さん以外に、しかも同い年で居たなんて……!?」

 

 

 

とりあえず鈴、その台詞は千冬さんに聞かれたらOUTだから止めとけ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺のフォローって一体何だったんでしょう……あっ、無駄骨ですね、ハイ。

 

 

 

「……って事なんだけど……ちょっとゲン?あんたちゃんと聞いてたんでしょうねぇ?」

 

「ちゃ、ちゃんと聞いてたわボケナス……ぜーっ、ぜーっ……」

 

「つ~~ん、だ……(ゲンチ~のばか~えっち~……他に思い付かない~……ばか~)」

 

部屋に備え付けられた一人がけのチェアを逆向きにして、背もたれに身体を預ける様に座りながら訝しい目線を向けてくる鈴に、俺は息も絶え絶えに言葉を返す。

先程の騒動から役10分ぐらいたった今、俺は自室で鈴からさっきの酢豚発言について話を聞いていた。

ただ俺は椅子に座って向き合った姿勢ではなく、自分のベットに身体をグデーっと寝っ転ばせた状態なんですがね。

そして俺をこんな状態にしてくれちゃった張本人(猫?)である本音ちゃんはというと、ベットに大の字に倒れてる俺の腹の上に座りながらそっぽ向いて頬を膨らませてらっしゃる。

いやもうあのグリグリ攻撃にゃ完敗だ……あんな猫みたいな顔でスリスリしてくる本音ちゃんの萌えにはさすがのこのアイアンボディも白旗を振るしか無かった。

しかも俺のビーチクを集中的に刺激するモンだから……アハトアハトを制御するのに死力を尽くしました、はい。

まぁこしょばゆいだけでなく……めっちゃくちゃ気持良かったんですがね?

そんなこんなで現在寝転んだ俺の視界に収まってるのはご立腹顔の本音ちゃんだけ、それなのに会話してるのは鈴という謎な空間が広がってる。

視界の中に居ない相手と会話が成立するとか何処の中二病だよこの状況?

 

「ぜーっ、ぜーっ……と、とりあえず本音ちゃん?鈴と話したいから降りてくれると助か――」

 

そして、俺は起き上がって鈴としっかりとした体勢で話をしようと、俺の腹の上に乗っかってる本音ちゃんに降りて欲しいと懇願するが――

 

「むっ……えい!!(ぼふっ)」

 

「おぅふ?ど、どうしたのかな本音ちゃん?」

 

本音ちゃんは俺の声を聞いたかと思ったら、俺の腹の上で軽くジャンプしてその勢いを乗せたボディプレス?いや俺の腹に乗せてるお尻のプレスを見舞ってきた。

まぁ鍛えぬかれた俺の身体にダメージを与える事は出来ない程度の攻撃だが、さすがに喋ってる途中だったので言葉が途切れてしまった。

いきなりの肉体言語に戸惑った俺が俺のお腹の上で怒った様なプリプリ顔の本音ちゃんに視線を送ると、本音ちゃんはそのプリプリ顔のまま俺に視線を合わせて口を開く。

 

「知らないも~~んだ。ゲンチ~は、私のお願い聞いてくれなかったでしょ~?だからどかないも~~んだ(ぷいっ)」

 

彼女はそう言うと再び視線を俺から外して明後日の方向を向いてしまい、こんどはそのむくれた横顔が俺の視界にINする。

いやいやいや、あんなとんでも無いエロス溢れる写メを女の子に見せろと?俺に自殺願望はありません。

余りにも理不尽な本音ちゃんの我侭に、俺はかなり困った顔を浮かべてしまう。

た、確かに写メを隠したのは俺だが、あの写メは俺が仕入れたワケじゃなくていきなり送られてきたんですぜ?

っていうかこのままじゃ俺って起き上がれない?何気にピンチになってねえか?

 

「そ、そこを何とか「えぃやぁ~!!(ぼふっ)」なっふぉい」

 

「洩れた声が余裕ありまくりでしょアンタ」

 

俺の懇願する声も、ぶ~垂れた本音ちゃんのひっぷぷれすに阻まれ、全然話がスタートしない。

だが何故か鈴の呆れた声が聞こえて会話が成立してんだから不思議。

しかも本音ちゃんは俺が次に言葉を発するタイミングを見計らっているのか、今度は俺の腹の上で正面に向き直って俺を穴が空くほど凝視してたッス。

足を開いて俺の腹の上を跨ぎ、両手は俺の腹と胸の間、つまり鳩尾の上辺りに付いた体勢……何とな~く騎乗位を想像してしまった俺は悪くない。

う、う~む参ったな。このままじゃ鈴にフォローを入れる前に消灯時間が来ちまうし、そうなるとフォロー失敗なワケで……あんまりやりたくはねぇが、強攻策に出るしかねえな。

俺は困った顔のまま目を瞑って溜息を吐き、そのまま腕をベットに着いて身体をゆっくりと起こし始める。

 

「あっ!?こら~~!!起きちゃ~ダメ、って戻らない~~!?(グイグイッ)」

 

「はっはっは。残念ながら効かねえなぁ~~(ニヤニヤ)」

 

勿論、俺の事を正面から見つめてた本音ちゃんがそれを許すワケがなく、起き始めた俺をベットに倒そうとするが、俺の身体がベットに戻る事は全く無かった。

まぁそりゃ当たり前だ。こんなマッスルボディしてんのに、本音ちゃんみてえな腕力の無い女の子が上から押した所で俺を止められるワケがねえって。

っていうか俺を必死に押し倒そうと目を瞑った顔で頑張って俺をグイグイ押してる本音ちゃんの行動が可愛いです。

故に、そんな風に頑張ってる小動物的な本音ちゃんの仕草を間近で見てる俺の顔がニヤニヤしちゃうのは、仕方が無いのさ。

 

「ふに~~!!ふに~~!!(グイグイッ)」

 

「は~い本音ちゃん。残念ながら俺にライドする時間は終了だぜ?ほれ(チョン)」

 

「わ!?わわわわ……!?(ぼふっ)にゃう」

 

そして、遂に上体を完璧に起こした俺は未だに頑張って俺を押し倒そうと唸ってる本音ちゃんのオデコを指先でチョンと突つく。

そうする事で、俺のお腹の上で不安定な体勢で乗っかっていた本音ちゃんはバランスを崩してしまう。

何とかその体勢から戻ろうと腕を一生懸命振り回す本音ちゃんだが、その努力も虚しく本音ちゃんの身体はベットに倒れた。

つまり今度は俺が本音ちゃんを見下ろす体勢になった訳だ。

俺が大の字で開いていた足の間に、本音ちゃんは両手を顔の横で小さくバンザイの形にしたまま目をぱちくりとさせている。

やっとこさ起き上がった俺はそんな呆けてる本音ちゃんに身体を起こした体勢で笑顔を向けた。

 

「ちょ~っと今から大事な話をすっからよ。暫く大人しくしててくれや。な?」

 

その言葉と共に、俺は本音ちゃんから視線を外して呆れた表情を浮かべてる鈴と目を合わせた。

さすがに早いトコ話しにケリ付けておかねえと、鈴が部屋に戻る時間が無くなっちまう。

 

「……に、にゃう~~!?(あわわわ~!?コ、コレはまさしく~!?わ、私が食べられちゃう体勢なのでは~!?お、大人しくって、私はキャプチャ~されちゃったの~~!?)」

 

……何やら足元で本音ちゃんがニャウニャウ鳴いてらっしゃるが今は放置。

最優先事項は幼馴染み達の不和を取り除く事だからな。

 

「んで?要約すっと、オメエが中国に帰る前の日の放課後に、教室で一夏と約束したのが事の始まりってワケだ」

 

「そ、そうよ……日本の『毎日お前の味噌汁を飲みたい』ってのを私なりにアレンジした……私なりの精一杯だったんだけどなぁ」

 

俺の確認する声に、最初は恥ずかしそうに頬を染めて目をウロチョロさせる鈴だったが、次第に表情を曇らせて俯いてしまう。

俺はそんな幼馴染みの姿を見ながら顎に手をやって少しばかり話を整理してみる。

当時も詳しい事は話してくれなかったが、何でも1年前の鈴の帰国ってのは急に決まっちまった事らしい。

勿論いきなり言われた鈴は親父さん達に猛反対したが、幾ら鈴が反対した所で所詮は子供の言い分。

大人が決めた事には逆らえず、鈴は中国に帰らざるを得なくなった。

そこで鈴が引き摺っていたのは、日本に来て俺等の学校に転校してからずっと懸想している一夏の事だ。

さすがに俺等と一緒に居た時間が長いだけあって、鈴も一夏の天然女ったらしな戦闘力は身に染みて理解している。

鈴は自分が帰国した後も、絶対に一夏が女を堕とす事が無くならない事に絶対の自信を持っていた。

良かったな一夏、幼馴染みに滅茶苦茶深く理解されてるぜ。

まぁつまり、自覚無く止めど無く女を堕とし続ける一夏に少しでも自分の存在を心の中に留めてもらおうと必死になって考えたのが、さっきの酢豚発言ってワケだ。

 

「しっかしよぉ。オメエだって、一夏が絶滅危惧種並の鈍感さを誇る鈍チンだってのは良く知ってるだろーが?」

 

「そ、そりゃまぁ……ずっと一夏を……み、見てたワケだし?それぐらいは、さぁ……(モジモジ)」

 

俺の呆れを多分に含んだ言葉に、鈴は俯いたまま身体をモジモジさせ、か細い声で俺に返事を返してくる。

 

「だってーのに、そんな普通男が女に言う言い回しを、しかも魔改造して酢豚にするとか……アイツが理解出来る筈がねえだろうに」

 

「うぅ……やっぱ失敗だったかなぁ?」

 

「まぁ直接的じゃあねえわな」

 

椅子に座ったまま項垂れる鈴にトドメの言葉を返すと、鈴は椅子の背もたれに顎を預けて不貞腐れた表情を見せる。

ったく、コイツは終わった後でウジウジするタイプだからこーゆうメンタルケアは中々時間が掛かるんだよなぁ。

まぁそれでも俺の大事な幼馴染みである事に変わりはねえので、ここからフォローする発言に切り替え――。

 

 

 

 

 

「やっぱあの時、『アンタの味噌汁を毎日飲ませなさい!!』にしておけば……」

 

「発想を逆転すりゃ良いってモンじゃねえし台詞が男らし過ぎるわボケ。第一作る方の立場変わってんじゃねえか」

 

 

 

 

 

切り替える前に、本能的に駄目出しをしてしまったい。

でも他のプランがそれって、幾ら何でもねえよ。何故一夏に味噌汁を作らせる方に話が飛躍した?

腕を組んだ体勢のまま呆れた声でその案を却下する俺だったが、鈴は俺の声が聞こえていない様で、またもや顔を俯けてしまう。

 

「一夏にとって……アタシなんて、どうでも良かったのかなぁ」

 

そして顔を俯けた鈴はその体勢のままに、何とも弱気な発言を繰り出した。

何時もの勝気な表情も、猫の様な気まぐれさも一切無い、正に恋する乙女の一面を見せる鈴がいる。

その恋する乙女からしたら、例え何年経とうとも惚れた男から約束を忘れられてるってのは相当ダメージがデカイらしい。

しかも鈴の場合は一年越しの再会、そして自分と同じ様に一夏に本気で恋してる女が2人も一夏の傍に居るってのが焦りに拍車を掛けたんだろう。

幾ら何でもいきなり部屋に押しかけて部屋変わってってのは強引にも程があるからな。

 

「ンなワケねえだろーが。一夏はちゃんとオメエとの約束を覚えてたじゃねえの」

 

だがしかし、俺はそんな鈴に向かって自信満々に言葉を返す。

さすがにこのままにしとくワケにゃイカンし、俺が仲を取り持ってやらねえとな。

その言葉の意味が判んなかったのか、鈴はゆっくりと顔を上げて俺に呆れた視線を送ってくる。

 

「はぁ?何言ってんのよゲン。アンタだってあの場で聞いてたでしょ……馬鹿一夏の馬鹿発言」

 

鈴はそう言って疲れた様に俺から視線を外してぐで~っとしてしまう。

まぁ確かに鈴がそうしたくなるのは分かるが、話しは最後まで聞けっての。

 

「あぁ、確かにクソほど馬鹿な発言だったなぁ……でもよ、間違えたのは後半だけじゃねえか?」

 

「……え?」

 

俺の言葉に、鈴はキョトンとした顔で姿勢を起こし、俺にゆっくりと視線を向けてくる。

 

「確かにアイツは約束の内容、いや真意を間違えはしたが、ちゃんと原型は留めてたぜ?それこそ『鈴』が『毎日』『酢豚』を『食べさせてくれる』って辺りはな」

 

「そ、そこは確かに間違えて無かったけど……」

 

「だろ?それに、最後の「食べてくれる?」って辺りの解釈を間違えちゃいるが、それでもアイツはお前との約束をちゃんと覚えてた……普通よ?誰かが誰かに飯を奢るなんて約束を一々覚えてる奴なんていねえだろ?それも1年も前の話しだぞ?」

 

「あっ……」

 

俺は鈴に笑顔でそう語りかけ、まるで目から鱗が落ちたって顔の鈴を見ていた。

確かに毎日ってのが特殊な気もするが、それでもこのご時世、誰かが誰かに飯を奢るなんて約束は日常的に行われてる事もある。

それこそ学校の帰りにゲーセンに行って『負けた奴、この後のハンバーガー奢りな』とかいうその場で決めた約束もあるし。

『前はお前奢ったから今日は俺が奢るよ』なんて順番に奢りあう事もある。

そういった約束ってのは俺や一夏の間でも多々あったし、結構な頻度で飲み食いしてたりもした。

でもそれは大概その場限りで決めたりする話しで、明確な期限が無い限りはポンと忘れちまうのが人間だ。

 

「そんなありふれた約束だってーのに、一夏はオメエが酢豚を毎日作ってくれるって約束をキッチリ覚えてたじゃねえか?他の誰でもねえ、鈴個人との約束をよ……そんな一夏が、鈴の事をどうでもいいなんて思ってるワケねえってんだ」

 

「……うん」

 

ゆっくりと噛み砕く様に説明していく内に、鈴の悲しそうに垂れていたツインテールは元気を取り戻して持ち上がってきた。

良く良く考えれば、アイツは約束を間違えた……っていうか真意を履き違えただけで、約束そのものはちゃんと一語一句覚えてたんだよな。

人との約束を、恋愛方面以外ならちゃんと忘れずに覚えてる辺り、一夏はそういう意味では人間が出来てるしスゲエ奴だと思う。

 

「まぁオメエの言い分も分からんでもねえぜ?っていうか普通はあそこまで言われたら気付くのが普通なんだ。それでも一夏が最後のそこだけ気付けなかったのは、ひとえにアイツが激烈鈍感馬鹿チン野郎だったからだしな。それは完璧にあの『旗祭り男爵』が悪いし、生きてる価値が無えと思うぜ?」

 

「げ、激烈鈍感馬鹿チン…………プッ。アハハハ!!ふ、普通そこまで言う?しかも、は、旗祭り男爵って……アハハハハハハ!!な、何そのネーミング!?お、お腹痛い!!アッハハハハ!!」

 

もしここに一夏が居たら真っ先に抗議するであろう渾名を使うと、鈴はそれが余程面白かったのか、腹を抱えて大笑いしてしまう。

まぁ今のアダ名は鈴が中国に帰った後のアダ名だから知らなくても仕方ねえか。

しかしこんなモンは序の口、アイツに付けられた畏怖と妬みを篭めたアダ名はまだまだあるんだぜ?

 

「しかし、女の子との約束を曲解して覚えてるとは中々素晴らしい珍プレーだぜ。さすが『一夏が来る時は妹、姉、母を隠せ、さもないとあっという間に旗が立つ』なんて言われてた男。ある意味尊敬できちまうよ」

 

「あはははは!!も、もうそれアダ名ですらないじゃな……ぷっ、ぷはははは!?ナマハゲ一夏!?あははははははは!!?お、お腹捩れるぅうううう!?」

 

ついでとばかりに呟いた中学時代に生まれた『一夏格言』に、もはや笑いを抑える事が出来ないのか、肩を震わせて泣きながら大笑いし始めた鈴。

その姿には、さっきまでの落ち込んだ様子は微塵も無く、本当に心の底から笑ってるのが感じ取れた。

やれやれ……これで一夏の発言に対してのフォローは何とか出来たかね。

目の前で大笑いしてる幼馴染み2号を見ながら、俺は口元を笑みの形に変えていく。

 

「ともあれ、一夏は約束の意味がわかりゃオメエに謝るっつってたけどよ。あんま長い事放置して話が拗れる前に、サッサとオメエから謝っちまうのも手の一つだが、どうする?」

 

「あっははは……そ、そうね。確かにその方が良いかも知んないけど……私は一夏より先に謝ったりしないわよ?全ては約束を間違えたアイツが悪いんだから」

 

俺の言葉に鈴は目尻の涙を拭きながら堂々と宣言してくる。

そんな悠長な事を言ってる幼馴染みに、俺は試す様な視線と笑みを形取って口を開いた。

 

「良いのかー?さっき見てきた通り、箒はアイツのファースト幼馴染みで恋心溢れてやがる。それに昼休みに居たオルコットだって一夏への思いは本気だ。トロトロしてる時間はねーと思うぜ?」

 

「そんな事判ってるわよ……でも、今また一夏と話したら、多分売り言葉に買い言葉になっちゃうと思う……一夏も何が悪かったのか考えようとしてるみたいだし……ま、まぁ思い出す、っていうか理解出来るとは微塵も思ってないけど」

 

「当然だな。そんなモンあの一夏に期待するだけ無駄ってなモンよ」

 

アイツと深い付き合いのある奴等の共通認識、それは俺等の間でも不変のままだった。

ホントに一夏は恋愛方面では信用無え……いや、逆にある意味では絶対の信頼を持ってるな、うん。

しかし鈴はそれを深く理解していても、敢えて一夏が気付くか、先に謝ってくるって方に賭けた。

そんな悠長な事してたら他の一夏を狙う狼レディースに横取りされかねないってのに。

 

「それでも、今回は一夏が悪い。アイツが先に謝るのが筋ってのが、アタシの曲げらんない理由。だからアタシはこの意地を貫くわ。それが鳳鈴音って女なんだしね♪」

 

自分は自分らしく、鳳鈴音のルールに則って勝負すると言い張る鈴。

この姿勢は中学の頃から変わんねえし、これからもずっと変わんねえだろう。

自分の決めた事に後悔を持ちたくないってのが、鈴が中学時代からずっと掲げてたポリシーなんだしよ。

 

 

 

……前に話した事だが、鈴はあの馬鹿女に虐められてた時も、決して俺達を頼ろうとはしなかった。

それはあの馬鹿女の矛先が俺達に向く事を恐れての事だったらしい。

小学校の時の苛めから救ってくれた一夏、俺、そして中学から一緒に馬鹿やってきた弾。

俺達に恩義を感じてたからこそ、俺達を巻き込みたくなかった鈴は、自分の思いに正直に生きるってルールを曲げてまで、馬鹿女達からの虐めに1人で耐えていた。

まぁ結果的には俺達が乱入した挙句、俺があの馬鹿女の顎をカチ割った事で全部オジャンになったがな。

俺が謹慎処分が解けて学校に行った時、鈴はベソかきながら俺に怒鳴ってきたっけ。

『何で乱入した』とか『自分が耐えてれば良かっただけなのに』とか、挙句の果てには『助けて欲しく無かった』だったな。

一夏達が必死に鈴を止めようとしても、鈴は全く止まらず、今まで伏せてた感情を発散させるかの如く俺に叫んだ。

そんな鈴に対して、俺は幾らか加減した拳骨をド頭に落としてやったよ。

 

 

 

昔の事を思い出していると、鈴は自分の頭を自分で撫でながら笑っていた。

 

「あの時だったっけ……モンの凄く痛い拳骨もらったの……でも、その後の『俺が勝手にやった事に、一々口出すんじゃねえ!!』ってので、頭の痛みなんて吹っ飛んだわよ」

 

「……あぁ、そんな事もあったなぁ」

 

昔の自分が言った台詞を言われて、俺は気恥ずかしさから頬をポリポリ掻いて目を逸らす。

そんな俺の反応が面白いのか、鈴は愉快げに口元を釣り上げる。

 

「しかもその後に続く言葉が、『ダチが俺の横で自分を押し殺して泣いてたんじゃあ、ちっとも楽しくなんかねえんだよ!!くだらねえ事ウジウジ言ってねえで、テメエはテメエらしく生きろ!!』よ?もうアンタ何歳なのよ?って思ったわ」

 

「うるせえなぁ。あん時はそうとしか言え無かったんだよ」

 

「アハハ。……でもまっ、アレのお陰で今のアタシが居るんだし、これでも感謝してるんだからね?ありがたく思いなさいよ」

 

何時も通りの上から目線で俺に礼を言った鈴は、座っていた椅子から立ち上がってボストンバッグを肩に担ぐと、部屋の入口まで歩を進めていく。

どうやら吐き出したい事も言いたい事も全部出切った様で、その足取りは後ろから見ても軽快なモノだった。

 

「あー、スッキリした♪あんがとねゲン。とりあえずクールダウンする為に、今日は部屋に戻るわ。もうすぐ消灯時間だしね」

 

鈴は入り口の前で振り返ったかと思うと、さっきと同じ様に笑顔を浮かべて俺にそう言葉を掛けてくる。

その言葉に机の時計を確認すると、確かにもうそろそろ部屋に戻らねえと消灯時間になるって時間だった。

まぁ何とか鈴の機嫌直しと一夏のフォローが終わった事だし、今回はコレで良しとすっかね。

 

「おう、そうしな。一夏には俺からしっかりと鈴の言葉の意味を考えるよう忠告しといてやっから、オメエも頭キンキンに冷やしとけ。次は穏便にやれよー?」

 

「わかってるっての。そんじゃあ、おやすみ」

 

俺の言葉を聞きながら、鈴は笑顔で手を振って部屋から出て行く。

俺も部屋に静寂が戻ってきた事で、段々と今日の理不尽な授業で溜まった疲れが襲ってきて眠気が現れ始めた。

その眠気に従って、俺は身体をグイィっと背伸びさせて身体をリラックスさせていく。

さて、明日も授業があるし、サッサと寝よ「……ゲ、ゲンチ~?」……う、か?

そうやって背伸びをした事でそのままベットに倒れ込もうかと思った俺だが、何やら物凄い近くからかなり恥ずかしそうな声が俺の鼓膜を叩いた。

アレ?……そういえば、何か忘れてる様な…………あ。

眠気に微睡みの沼の中へ引きずり込まれかけた意識がクリアになり、同時に嫌な汗が頬を伝う。

そういえば……ここには鈴を含めて『3人』の人間が居たんですよね?

一気に眠気から醒めた意識に身体が無意識の内に駆動を始め、俺の視線を俺の足元へと誘いだす。

 

「に、にゃう~……(真っ赤)」

 

そこには、先ほど俺がチョンと突いて倒れこんだ時と同じ体勢のまま、着ぐるみに包まれていない顔をコレでもかと赤く染めて、猫っぽい鳴き声を出してる本音ちゃんがおわした。

おぉう……良く考えれば、俺の胴体を跨ぐ格好で本音ちゃんは俺の足の間に倒れてるワケで……。

 

「こ、この体勢は……そ、そにょ…………恥ずかしぃ~ですぅ……(ぷいっ)」

 

本音ちゃんは口をすぼめてそう言いながら、俺の目から視線をズラして完全に横を向いてしまった。

手は小さく顔の横に広げられたまま、顔だけ恥ずかしそうに背けて、目線だけで俺の顔を覗きこんでくる本音ちゃん。

アカン、何だこの性しゅ、じゃなかった。何だこの青春ラブコメみたいな展開は?

焦るな焦るな俺、まずはこの状況を脱出するんだ元次。このままで居たら俺は野生化してしまうぞ?

本音ちゃんを襲う何て事をしちまった日にゃ、俺は明日の朝日も拝めねえ。

心の中では冷静に、でもかなり無理矢理飛び出しそうな本能を抑えつけながら、俺は本音ちゃんを起こすべく、両手をゆっくりと差し伸べていく。

 

「あっ……」

 

だが、俺の差し伸べていく手を見て何を思ったのか、本音ちゃんは小さく口から悲鳴を出して、ビクッと身体を身動ぎさせてしまう。

しかしそれ以降は身体を動かさず、ただジーっと俺を横目に見つめているだけだった。

まるで「何をされても抵抗しません」、とでも言わんばかりに。

そんな風に、何時ものぽわわんとした雰囲気をまるで感じさせず、何処か女の表情を浮かべる本音ちゃんの姿に、俺は自然と喉をゴクリッと鳴らしてしまう。

 

「……ほ、本音ちゃん?お、俺の両手に掴まってくれ……か、身体を起こしてあげるから、よ?」

 

俺は内に眠る理性を最大限に動かして、今か今かと暴れ出しそうな本能に鎖を掛けて本音ちゃんに笑顔を浮かべ、声を掛けた。

でも、本音ちゃんは顔を横に向けた方にある自分の手の長い裾から飛び出ている小指で、艶かしく自分のプルンとした唇をなぞりながら俺を見ているだけだ。

心なしか、彼女の身体を包み込む着ぐるみの胸の部分の上下、つまり息遣いも「ハァ、ハァ」と何やらエロく感じてしまう俺は末期確定です。

……そして本音ちゃんは、自分の着ている着ぐるみの耳を小さくピコピコと動かしたかと思うと――――。

 

「……ゲ、ゲンチ~が倒したんだから~……抱っこしてよぉう……引っ張られたら~手が痛くなっちゃうもん……」

 

そう言って、少しだけ自分の身体をモゾモゾと動かしたかと思うと、それっきり俺を横目でジ~ッと見つめて動かなくなってしまった。

ここに来て我侭な本音ちゃんが顔を出すとは……何というバッドタイミングですかオイィ……。

さすがにソレをするともう自分でもどうなるか分かったモンじゃ無いし、俺としては本音ちゃんに何とか手を掴んで欲しい所だ。

しかしこのままの状況で居たら間違い無く俺の理性はブチ切れる。

このままで本音ちゃんを食べるか、理性を総動員して本音ちゃんを抱き上げてベットに運ぶか……選択肢は、一つしかねえよな。

正に背水の陣状態に陥った俺は、差し伸べていた手をゆっくりと動かして、寝転んで俺を見つめている本音ちゃんの背中に手を差し入れた。

そのままゆっくりと自分の腕を動かし、本音ちゃんを優しく抱き上げて、遂に俺の上半身に凭れ掛かる形で、本音ちゃんは上体を起こす。

 

「はぁう……(グデン)」

 

しかし本音ちゃんの身体には一切力が入っておらず、そのまま本音ちゃんは俺に向かって倒れこむ様に身体を預けてしまう。

ぐぉおおおおお!?や、柔らかい2つの双丘と本音ちゃんの甘い匂いがぁああああ!!?

イ、イカン考えるな!?こんな状況で理性という名の最後の砦を解体したりしたら、まず間違い無く俺が千冬さんに解体されちまう!?

ほ、本音ちゃんは俺を信用してこんな事になってるんだ!!その信用を裏切ったりしたら、俺は死んでも死にきれねえ!!流されるな!!

俺は自分の舌を噛んで痛みで本能を押さえ込みながら、本音ちゃんの足を抱き上げてお姫様抱っこの形にする。

 

「あぅ……ゲ、ゲンチ~?」

 

「ハァ、ハァ……な、何だ本音ちゃん?」

 

「あ、あの~……ね?……こ、このまま……」

 

すると、俺が理性を総動員している時に、本音ちゃんは俺の腕の中で縮こまった体勢で俺に声を掛けてきた。

俺が震える声で本音ちゃんに返事をすると、彼女は上目遣いに俺を見ながら、小さく畳んでいた腕で、俺のシャツをキュッと弱々しく掴んでくる。

正直、その動作だけで俺のボルテージが弾けちまいそうだ。

っていうか何?このまま何?その続きは何なんでしょうか?場合によっては俺がトランスフォームしちまうよ?

荒ぶる鼓動、速さを増す息遣い、もはやブッ千切れそうな理性。

そんな色々と危ない俺に対して、腕の中の本音ちゃんが呟いたのは――――。

 

 

 

 

 

「こ、このまま……こ、このまま~ベットまで、お願いしま~す……あ、あはは(って違うよぉ~~!?そこは『私を食べて~♡』って言わなきゃ~ダメじゃ~~ん!?)」

 

 

 

 

 

燃え滾るマグマの様な俺の激情を凍らせるには、うってつけの一言だった。

本音ちゃんの『エヘヘ』と恥ずかしそうにはにかむ笑顔と言葉を聞いて、俺の砕けかけた理性が急速に組み立てられていく。

あぁ、そうだよな。考えてもみろ俺?こんな良い子が、スパッと言えば子供っぽい本音ちゃんがエロい事なんざ言うワケねえじゃねえかボケ。

大体がそんな事言われる様な顔してるかってんだ。身の程を弁えろ俺……残念とか思ってないよ?ホントダヨ?

ササッと冷静な判断力を取り戻した俺は何時もの本音ちゃんの反応に安心して、何時もと変わらない笑顔で本音ちゃんに視線を送る。

 

「あぁ、了解だ……ほいっ。これで良いかい?」

 

そんな風に優しく、何時ものポワッとした笑顔を浮かべて俺にお願いをしてくる本音ちゃんを、俺はベットの上に優しく横たわらせてあげた。

そうすると、本音ちゃんはいそいそと布団に潜り、掛け布団を自分の鼻の辺りまで掛けて顔を隠しながら俺に視線を送ってくる。

 

「う、うん~。ありがとうね~、ゲンチ~(あうぅ~……やっちゃったよ~。私のバカバカ~!!意気地なし~!!)」

 

「良いって事よ。それじゃあ電気消すからよ……おやすみ、本音ちゃん(ナデナデ)」

 

布団に潜り込んで顔を出してる本音ちゃんにの頭を、ゆっくりと撫でてあげてから、俺は電気を消すために調光のスイッチへと近づいていく。

 

「あぅっ……えへへ♪お、おやすみ~♡(も、もぉ……ゲンチ~は優しいな~♡……まっ、これで~良いのだ~♪)」

 

背中から聞こえる本音ちゃんの嬉しそうな声を最後に、俺は部屋の電気を完全に落としてベットに入り、微睡みに誘われて眠りに就いた。

やれやれ……今日もトンデモなく忙しい一日だった……ぜ……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

それから空けて次の日。

 

 

 

俺は何時もより早め起床して、朝の鍛錬を少々した後、遅れて起きた本音ちゃんと共に食堂に向かい、同じく早起きした一夏達と出会った。

その際に昨日誤って轢いてしまったオルコットからキーキー文句を言われたが華麗にスルー。

一夏に昨日の鈴としてた約束をしっかり思い出すか、思い出せない事をキッチリと鈴に謝る様に忠告してやった。

 

「って事は何か?鈴は俺があの約束の意味を思い出すか謝るまで、俺を許すつもりは無いって事かよ?」

 

「まぁ端的に言っちまえばそーゆうこったな。さっさと腹決めて謝ってこい。でねえと何時まで経っても終わんねぇぞ?」

 

俺は食券、というかメニューを一夏と一緒に選びながら、軽い感じで相槌を返す。

一夏の方を向いてはいねえが、俺等ぐらいの付き合いの長さになりゃ大体声で判別が出来る。

今の一夏の聞き返し方は間違い無く不満に満ちていた。

 

「えー?……ンな事言われてもなぁ……さすがに俺も理由が分かんなきゃ、頭なんて下げたくねぇぞ?」

 

そして俺の予想通り、一夏は不満と不平を篭めた言葉を返してくるが、それも予想の範疇だ。

 

「だーから……テメエ等は2人揃って何時まで経っても意地張るから何時も話がややこしく拗れるんだろーが?どだいオメエが約束の意味を理解するなんてハナっから誰も期待しちゃいねえんだ。ならオメエが頭下げなくてどーするよ?」

 

2人揃って買った食事(一夏は日替わり定食、俺はカツ丼特盛)を持って全員で席に着いてから、俺は開口一番一夏に正論を述べる。

大体がだな?テメエがそんだけ察しの良い奴なら、俺は今こんなに困ってねえし、中学の時だってテメエの代わりにビンタされる事も無かったわ。

ちゃっかりと一夏の隣に座ってる箒まで「うんうん」と深く、深~く頷いていた。

 

「そ、そんなモン考えてみなくちゃわかんねーだろ!?俺が思い出せば俺から頭下げる必要はね――――」

 

「おりむ~。むぼ~と勇気は~間違えちゃ~駄目だよ~♪」

 

「何気にドギツイっすねのほほんさん!?」

 

少しばかりヒートアップして俺に言葉を返そうとした一夏に、俺の隣でトーストセットを頼んだ本音ちゃんが笑顔で台詞をブッタ斬った。

しかも無害を地で行く本音ちゃんにバッサリと斬られた事から、一夏のダメージは倍プッシュ。

大袈裟に肩を落としながら席に座りこんで撃沈していく。

っていうか理由が分かったなら、ソレはソレでどっちにしろ鈴に頭下げにゃならん様になるぞ?

勇気を振り絞った女の子からのプロポーズを勘違いしたんだからな。

しかし俺と本音ちゃんの追撃だけでは終わらない事が、一夏に対する俺達の恋愛方面の信用の無さを現していた。

 

「一夏、布仏の言う通りだ。蛮勇は勇気とは違う。お前がやろうとしている事は、オプティマス・プライムを装備したゲンに生身で喧嘩を売る事と同義だぞ?」

 

「完全なる死亡フラグ!?俺そこまで信用ねえの!?」

 

「「「む?(え~?)(あ?)有ると思ってるのか?(思う~?)(思ってんのかテメエ?)」」」

 

ほらな?どうよこの安定の信頼感(笑)。

未だに食事を続けながら、さも自然の摂理であるかの如く語る箒。

食べかけのトースト片手に首を傾げながら心底不思議そうな目で一夏を見つめる本音ちゃん。

そして「頭でも打ったか?」といった表情で一夏に毒を吐く俺といった、3人3種一様の聞き返しに、一夏はリアルorzの体勢になってしまう。

 

「あ、あはは……私はその……ノ、ノーコメントで」

 

「あ~。まぁ織斑君だしね~?」

 

「わたくしはその現場に居ませんでしたから何とも言えませんが、箒さん達が声を揃えるという事は、まず間違い無い事かと思いますわ」

 

「リアル四面楚歌!?ち、ちくしょう……ッ!?……なら意地でも謝らん!!いや!!意地でも思い出して、俺の謝んなきゃいけねえ理由を見つけ出してやる!!じっちゃんの名にか――」

 

ゴォオオオンッ!!!

 

「食事中ぐらいは静かにしろ、織斑」

 

「……ハ、ハイ、織斑センセイ」

 

と、一夏が夜竹や相川達からも駄目出しを喰らって自棄を起こして立ち上がった所で、我等が最強種千冬さんのご降臨イベント発生。

立ち上がって拳を握りながら叫ぶ一夏に、食器片手に呆れを含んだ顔で拳骨をお見舞いしなすった。

そんな唐突な最終兵器お姉さんの登場に頭を抱えて蹲る一夏以外の全員が驚きながらも慌てて朝の挨拶をする中、俺は――。

 

「……何をしている?」

 

本音ちゃん達は千冬さんに挨拶をしていて俺を見て無かったので、千冬さんの言葉が誰に向けての物か分からずに首を傾げる。

そのまま千冬さんの視線と声を頼りに俺の方向を本音ちゃん達が見やると、そこには席から立ち上がって顔の前で腕をクロスさせた絶対防御体勢の俺が居た。

ちゃんと『猛熊の気位』を発動させ、体のポテンシャルをアップアップさせた俺の最強の防御体勢だ。

しっかりと足を内股気味に八の字を描かせてタマタマのガードも忘れない。

っていうか千冬さん、俺がこうなるのは千冬さんが登場したからなんスけど?

 

「お、おはようございまっす。コレは……アレっすよ。また昨日みてえに殴られない様に、体が反射的に動いた結果ッス」

 

未だにトレー片手に訝しげな視線を送ってくる千冬さんに、俺は集中力を最大限に保ちながらそう返す。

どうにもたった一晩経っただけでは、俺の警戒心は解ける事が無かった様で、反射的に体が防御の体勢を敷いてしまったのだ。

そんな俺の言い分と態度を見た千冬さんは、頬をカアァっと赤くさせ始めてしまう。

 

「あ、ああ、あれは貴様が悪い。き、教師に破廉恥な行いをしたからだろうが、馬鹿者」

 

「いやいや。俺だって覗こうと思ってしたワケじゃねえんスよ?なのにアレだけボコされたら警戒しちまうのも仕方ねえじゃねえっすか」

 

昨日の事を思い出した所為か、千冬さんは頬を羞恥で赤く染めながらも、目尻だけをキッと強くして俺を睨みながら言葉を返してくる。

対して俺はずっと防御の体勢をとったままの状態で、千冬さんに昨日の理不尽さを言葉と表情に乗せて訴えた。

考えてみてくれ。確かにスカートの中身を見ちまったのは事実で弁解のしようもねえさ。

でもそれはあの踏み付けでチャラでも良いだろ?頑丈さが取り得の俺がたった1発で沈んだのが、あの踏み付けの威力を物語ってたんだぜ?

なのに、その後の暴言と拳の数々、アレで警戒するなってのが無理な話しだと思います。

 

「た、確かに昨日は遣り過ぎたかも知れん……だが、まだ私はお前から何一つ謝罪を受け取っていないぞ?」

 

「え?…………あ」

 

しかし俺の言葉を聞いた千冬さんは、何処か拗ねた様な声で俺に抗議してきた。

そんな千冬さんの声を聞いて、俺はハッとする。

よくよく考えれば、いや思い出せば、俺はあの『スカート覗いちゃった♪』ハプニングの後も千冬さんに直接謝ってなかったぞ。

昨日の事を思い返して嫌な汗が出始める俺と、そんな俺に不満げな視線を送り続ける千冬さん。

うん、コレは間違いなく俺が悪いわ。女の人のスカート覗いて謝罪無しとか……アホ過ぎるだろ俺は。

そう考えると、体の警戒本能が解除され、自然と俺は千冬さんに頭を下げていた。

 

「す、すいませんでした千冬さん。今更ですけど、昨日の事謝罪させて下さいっす」

 

誠心誠意頭を下げての謝罪。これなら千冬さんもさすがに許してくれるだろう。

 

「……駄目だ。許さん」

 

「い゛ッ!?」

 

しかし俺の予想は覆され、千冬さんは無情にも俺の謝罪を突っぱねてきた。

しかも千冬さんの視線はさっきから俺に送っている拗ねた様なモノから一切変わっていない。

な、何てこった……どうしたら許してもらえんだよ、マジで。

余りにも予想外な事態に、俺は心の中で盛大に焦っていると、千冬さんはトレー片手に考え込む様な仕草をしてから……笑った。

それはもう楽しそうに、Sッ気溢れる笑みを浮かべて、だ……ヤバイ、何が何だかわかんねえけど……何かヤバイ気ががが。

 

「罰として、今度私の部屋で私に料理を振舞え……そうだな。キューバ料理を作ってもらうとしよう」

 

「きゅ、キューバ料理ぃ!?ど、ドンだけハードル高い料理を要求なさるんスか千冬さん!?」

 

もはや予想の斜め上どころの騒ぎじゃねえ千冬さんの要求に、俺は目を引ん剥いて驚きを露にする。

そんな焦りに焦る俺を見ながら、千冬さんはサディスト全開な微笑みを浮かべていく。

 

「なに、私に本当に謝罪したい気持ちがあれば、それぐらいの事は出来るだろう?……何せ、『女性の下着を盗み見た』事を謝罪するのだからな?」

 

「(グサッ!!)ごぶうっ!?」

 

千冬さんの言葉の槍が、鋭利な先端を俺のハートにブッ刺してくる。

何時の間にかあの騒動自体が全面的に俺が悪い方向に進んでるっていうのがおかしくね!?

その重い言葉の槍の威力で胸を抑えながら罪悪感に駆られる俺を見て、千冬さんは見惚れる様な笑顔を浮かべた。

 

「で、ではな……た……楽しみにしているぞ?(ポン)」

 

これまた良い笑顔を浮かべてそう言うと、千冬さんは俺の肩をポンと叩いて別のテーブルまで歩いて行ってしまった。

心なしか、後ろ姿から見え隠れしている千冬さんの耳元が真っ赤に見えるが、多分気の所為。

そんな千冬さんの後姿を少しだけ呆然としながら眺めながら俺は……

 

「……マジでどうしよう?」

 

俺は机に座って頭を抱えてしまう。

よ、よりにもよってキューバ料理とは……ッ!?面倒な事んなってきたぜ。

 

「あ、あの、元次君?ひょっとして……キューバ料理は作れないの?」

 

と、俺が頭を抱えて絶賛悩んでた所に、少し遠慮気味な声で、夜竹が俺に質問してくる。

そんな夜竹の質問に、俺は伏せていた顔を上げて口を開く。

 

「あー、そうじゃねえ。キューバ料理自体はお茶の子済々なんだ。何の問題も無く作れる」

 

「いや、普通は他国の料理が簡単に作れるワケねえからな?しかもキューバ料理とかどんなチョイスだよ」

 

俺の返した返答に、頭の痛みから復活した一夏が横から突っ込みを入れてくる。

その言葉に便乗して相川とか本音ちゃん、オルコットも同意するかの様に頷いていた。

つったって、お袋が教えてくれたのは日本とかの家庭料理どころかそうゆうマニアックなチョイスもいっぱいあったんだよ。

故に俺の料理のレパートリーはかなり広い。

そんな呆れた表情の一夏達に、俺はコップのお茶を飲んで喉を潤してから言葉を紡ぐ。

 

「言っとくがキューバ料理ってのはウメエんだぞ?それこそ面倒クセエから滅多に作るこたぁ無えけどよ」

 

俺はそう言って難しい顔で天井を仰いで思考を巡らせるが、続いて俺の横から夜竹が質問を飛ばしてくる。

 

「えっと……調理が大変って事かな?」

 

「いや……大変なのは調理じゃなくてその……材料集めなんだわ」

 

「材料?別にその辺のスーパーに行けば……」

 

夜竹の質問に答えた俺だったが、その答えを聞いて一夏がハテナを頭の上に出しながら考え無しに喋る。

っていうかその辺のスーパーで買えるなら俺がこんなに考えこむわきゃ無えだろう。

 

「ドアホ。そこらのスーパーで材料が買える料理なら俺がこんなに困るわけねえだろうが。キューバ料理に使われてる大豆とか米、香辛料に調味料はそこらのスーパーにあるモンじゃ代用出来ねえんだよ。一番近くて東京から外れた方の市場まで行かなきゃなんねえんだ」

 

「そ、そうなのか?」

 

俺の切り返しに、一夏は「へー?」と新しい事を知ったという表情を浮かべながら言葉を返してくる。

そう、俺が困ってる理由ってのがキューバ料理にかかせない香辛料や調味料に材料の調達だ。

キューバって国はカリブ海の近くにあるが、キューバは一年を通して温暖で気持ちの良い気候の国でもある。

それを利用して数々のトロピカルフルーツが栽培されているんだが、このフルーツの糖度や新鮮さは日本の栽培品では真似が出来ない独特な甘みや旨味が詰まってる。

そのトロピカルフルーツとともに、米や豆(いんげん豆、レンズ豆、ヒヨコ豆)、ユカ(キャッサバ)、バナナ、豚肉などを使った料理が中心となっているのがキューバ料理。

前に一度、ネットでレシピを検索して調理した時は、材料を揃えるのに結構な手間が掛かったのが記憶に新しい。

何せあの頃はまだ中学生だったし、バイクなんか持ってなかったから全部郵送だった。

そんな手間隙掛かる料理を用意しなくちゃいけなくなるとは……こりゃ、またイントルーダーの出番だな。

俺は少し面倒な、だがやらなきゃならねえ事が一つ増えてしまった事に心の中で涙を流しながら、空になったカツ丼の器を持って立ち上がる。

 

「まぁ俺の事は良いとして、一夏。オメエはさっさと鈴に謝っておけよ?コレ以上話し拗らせやがったらイントルーダーで市中引き摺り回しの刑だぜ?」

 

「それってモロ死刑宣告だよな!?不良ですら思いつかねえ様なエゲツない罰ゲームさらりと言うなよ!?」

 

俺は振り向きざまに一夏に罰ゲームの内容を開示して、そのまま一夏の戯言を聞き流し、食堂を後にする。

正直、一夏には俺の事を気にする余裕なんか無いと思う。

何せこれからは近々行われるクラス対抗戦に向けて特訓もキツクなるだろーし、まだ鈴に謝罪すらしてねーんだからな。

そんな危うい立ち位置にいる兄弟分がヤラかさないように……多分無駄だろうけど、心の中で祈りを捧げつつ、俺は教室へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――それから数日の時が過ぎたが、一夏と鈴の仲はコレといって解消されていない。

 

 

 

 

 

まず鈴の方だが、アイツは俺に言った通りに一夏に謝る気は更々無い様で、想い人の一夏が声を掛けようとしても不機嫌そうな顔で一夏を睨むだけだった。

一方で一夏はまだ約束の内容が思い出せず、日々悶々とした日常を送りながら、千冬さんに頭をしばかれ、オルコットの銃撃に晒され、箒に切り刻まれてる。

っていうかドレもコレも一夏の自業自得ってヤツなんだけどな?

何せ千冬さんの場合は授業にまるで集中せずに鈴との約束を思い出そうとしてたんだからな。

いやまぁ意地でも思い出そうって心意気は買うが、せめて千冬さんの授業はちゃんと聞こうぜ兄弟?自殺志願者じゃあるめえに。

オルコットと箒の場合もそうだ、まさか訓練の最中まで考え続けてるとは思わなかった。

一度アリーナの観客席で見てたけど、目の前にレーザーもしくはミサイルが迫ってるタイミングでボーッと考えるか普通?

折角箒が何とか予約順に回ってきて使える様になった打鉄で訓練に付き合ってくれてんのに、何故鍔迫り合いの最中で別の事を考える?

何か日が経つにつれてボロボロになっていく一夏だったが、全てが自業自得なので同情はしねえ。

 

 

 

まぁそんな感じで兄弟がリアルボロ雑巾になっていく経過を見ながら過ごしてきた俺はというと……。

 

「げ、元次さん!!と、ととと!?隣、よ、よろしいでででしょう(ガリッ)……いひゃい(プルプル)」

 

「だ、大丈夫か真耶ちゃん?別に座ってくれて構わねえから、落ち着きなって」

 

「ふ、ふぁい(ウルウル)(あうぅ……痛い……元次さんにカッコ悪いトコ見せちゃった)」

 

焦りすぎて自分の舌を噛んでプルプル涙目な真耶ちゃんに声を掛けながら、晩飯を食ってる最中なのです、はい。

ちなみに今日も本音ちゃんは用事で居ない、夜竹や相川は入浴中で俺1人だったが、其処に今登場したのが真耶ちゃんだ。

しかし涙目でプルプル震えながら口元抑えてる真耶ちゃんを放置するワケにもいかねえので、俺はせめてもの気休めで水を手渡してあげる。

そうすると俺に頭を下げて感謝を示しながら、真耶ちゃんは噛んでしまった自分の舌を冷やすために水を飲んでいく。

んくんく、と喉を動かしつつ、しかしゆったりとしたスピードで飲む真耶ちゃんの行動が何処と無く小動物系なイメージを彷彿させてくる。

やっぱり何処か小動物っぽい真耶ちゃんの行動に苦笑しながら、俺はココ最近の一夏と鈴の状況を思いだしていた。

……いや、まぁノンビリし過ぎじゃねぇかって気持ちはあるけど、正直今回の喧嘩に関して、俺は幼馴染み2人には平等に助言した。

何せ一夏が悪い所もあれば、鈴が悪い所もあるからドッチかだけに肩入れすんのも駄目だと思うしな。

だから今回はコレ以上あいつ等のイザコザには関わらず、事の成り行きを見守ってるんだよ。

 

 

 

しかし不安要素は大量にあるけどな?それこそもうコレヤバイんじゃね?って思うぐらいには。

まず一つ目だが……鈴の機嫌がヤバイ。

最初の頃は一夏が思い出すか、わからなくて自分に謝ってくるだろうと考えてた鈴だが、そりゃ見通しが悪い。

段々と自分に謝ってこないまま時間が過ぎていくのを感じて、『サッサと気づきなさいよあの馬鹿!!』ってな具合にキレかけてる。

何せ今日の放課後廊下で擦れ違った時の目はマジでキレる5秒前って目だったからな。

しかもその目は箒とオルコットと一緒にアリーナへ向かう一夏へとロックオンされてたし……ちょいとヤバイか?

2つ目の不安要素は、一夏の野郎、ここ最近の激務で鈴との約束を思い出すどころか更に遠のいて謝るって話しすら忘れかけてやがる。

同部屋の箒に話をそれとななく聞いてみたが、一夏は最近の訓練でミスをする事無く普通に訓練を行ってるらしい。

それこそ『真剣』に『目の前』の訓練に取り掛かってると。

普通に聞けばそれの何処が問題なんだ?と思う奴等が大半を占めるだろうが、一夏の場合はコレがいけねえ。

まず目の前の訓練にしっかりと集中してるって事は、その他の事を一切考えてねえって事になる。

元々一夏は2つの物事を器用に進める事なんざ出来ねえヤツだ。

従って訓練が順調って事は他の事は順調じゃねえって事になるのよ、これが。

そんでもって鈴がキレかけてるこの状況……何故だろう?嵐が巻き起こる予感しかしねえ。

具体的には鈴がブチ切れて物理的な実力行使に発展しそうな予感……有り得過ぎて困る。

ま、まぁ一夏にはちゃんと話しをややこしくしたら私刑(リンチ)だとは伝えてあるし、鈴も頭冷やすって言ってたからだいじょう、ぶ……な、筈。

そこまで考えて脳裏に過ぎる能天気な笑顔を浮かべる一夏と、プッツンしてる鈴の怒り顔。

やべえ、全く持ってあいつ等を信じるって事が出来ねえよオイ。

もしかして今日までの平穏は正に、ホントの意味での嵐の前の静けさって奴だったのでしょうか?

 

「げ、げんじひゃん?らいじょおぶでひゅか?」

 

と、余りにも嫌な予感、いや確信めいた思いに冷や汗を流していると、隣で水を飲んでいた真耶ちゃんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。

まだ舌の痛みが収まらないのか、口元を抑えたままで絶賛涙目の状態だったけどな。

 

「い、いや。俺より真耶ちゃんの方が大丈夫かよ?呂律も回ってねぇし……ちょいとベロ見せてみな?」

 

そんな健気過ぎる真耶ちゃんの事が心配になってきたので、俺は夕飯を食べる手を止めて真耶ちゃんに向き直った。

もし舌に傷が出来てたら血も出てしまうだろうし、それは早く保健室に連れて行ってやんねえとな。

だが、そんな俺の言葉に、真耶ちゃんは目を見開いたかと思えば、首をブンブンと横に振った。

 

「ふぇ!?ら、らいじょうぶでひゅよぉ!?ひにひにゃいでくだふぁい!?」

 

「そーゆうワケにもいかねーだろ?もし血が出てたりしたら化膿するかも知れねえんだぜ?ほら、良い子だから口開けなさいって(グイッ)」

 

「ッ!?(ブンブンブンッ!!)(わ、私の方が年上ですよぉ!?そ、そんな年下に接する様な……様な……はぅ♡)」

 

俺の言葉に首を振って拒否する真耶ちゃんだったが、さすがにこのままにしとくワケにもいかねえので、口元を抑える真耶ちゃんの両腕を掴んで優しく引き剥がしていく。

最初こそ首を振りながら腕に力を込めて拒否を示していたが、俺はそれに構わず少しづつ真耶ちゃんの腕を開かせた。

そして、遂に両手を完全に開いた真耶ちゃんは、何故か瞳をウルウルと涙ぐませたまま俺に視線を送ってくるではないか。

傍から見れば俺が無理矢理襲ってる図にしか見えねえのは俺が悪いのでしょうか?

い、いやいや!!これは真耶ちゃんの為を思ってやってるんだ!!別に疚しい気持ちは一切!!欠片とて持ちあわせてません!!

 

「あー、大丈夫ならちゃんと俺にその証拠を見せてくれ。ほら、あっかんべー」

 

心に過ぎった変な気持ちを振り払いつつ、俺は笑顔で真耶ちゃんにあっかんべー、と舌を出す。

 

「んぅっ…………べ、べー(ぺろっ)」

 

そして、俺が舌を出すのを見ていた真耶ちゃんは少ししどろもどろしながらも、俺に応える様に、閉ざした口の隙間から真っ赤な舌をチロリと出してくれた。

俺は舌を自分の口に戻してから、そのまま外気に晒された真耶ちゃんの舌の先を上と下からちゃんと見ていく。

うん、先っちょは何処も血は出てねえな。

 

「あぁ……(げ、元次さんに……舌を見られてる……恥ずかしぃ)」

 

「ん、OK。先っちょは大丈夫だな。それじゃあもう少し奥の方を見せてくれ」

 

「ふぁ…………ふぁぃ♡(だ、大丈夫!!こ、こここコレはえっちな事じゃ無いよね!?げ、元次さんは私の事を心配してくれてるだけだもん!!)」

 

俺のリクエストを聞いた真耶ちゃんは視線をアチコチに彷徨わせてから、赤く染まった顔で上目遣いに俺を見上げながら口を小さく開く。

そのまま舌をゆっくりと伸ばし、ヌラリと唾液で濡れた赤い舌を俺に見せてくれた。

舌を伸ばして俺を上目遣いに見つめる彼女の表情は、何故かとてもヤラシくてイケナイ表情になってる。

その表情を見た俺は少しばかり呆けてしまい、ハッと意識を取り戻して顔に集まる血液の存在から意識を逸らす。

ヤ、ヤバイ!?何時までも真耶ちゃんのこんな表情見てたら俺がおかしくなっちまう!?さ、さっさと終わらせよう!!

俺は自分の顔が赤くなりつつある事を無視して真耶ちゃんの舌をチェックし、何処からも血が出てない事を素早く確認した。

 

「お、OKOK!!どこも血は出てねえからもう良いぜ!!き、気にし過ぎだったな。ゴメンゴメン」

 

「ひゃ、ひゃい♡…………あ、ありがとう、ございまひゅ……(真っ赤)」

 

「い、良いって事よ。真耶ちゃんが怪我してねえならそれで、な」

 

「は…………はぅ♡」

 

何処も異常が無い事を確認して直ぐ、俺は未だにベロ~ンと舌を伸ばしてる真耶ちゃんに笑いながら終わったことを知らせる。

但し冷や汗をバンバンに掻いた引き攣ったスマイルでしたがね?

幸い真耶ちゃんはその事に気付かなかった様で、彼女は恍惚とした表情の上目遣いのままに自らの舌を口の中に戻して、俺にお礼を言ってきた。

な、何だってこんな雰囲気になっちまってんだ俺達は……早く飯喰って部屋に戻ろう。うんそれがいい。

その後は互いに無言で、何か気まずい雰囲気を抱えたままに食事を食べ終えて、俺と真耶ちゃんは無言で席を立ってそれぞれの部屋に帰っていった。

何かここ最近、俺の周りでエロいハプニングが起こり過ぎな気がするぜ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぁっあ~~~……そろそろ~私はお眠だよ~~」

 

「ん?……そうだな、そろそろ消灯時間だし、テレビ消して寝ようか本音ちゃん?」

 

「うぃ~~。さんせ~なので~しゅ……ふわぁ~」

 

俺の聞き返しに目をショボショボさせながら口を大きく開けて欠伸する本音ちゃん……見てると和むなぁホント。

さて、さっきの真耶ちゃんとの恥ずかしエロティカルな食事から時間は進んで今は寮の自室。

そこには俺だけじゃなく、本日の用事を済ませて帰ってきた本音ちゃんも居る。

そして、オルコットと和解した時に本音ちゃんを空気扱いした罰にして、最近の日課であるデザートを振舞い終えて、2人でミュージックTVえを見てたトコだった。

だが、そのテレビ番組の最後で出てきた歌手のゆったりとしたメロディーにヤラれてしまったのか、本音ちゃんは眠気に負けて討とうとしてらっしゃる最中だ。

もうすぐ消灯時間だし俺も寝ようかなと考えていたその時――。

 

コンコンッ

 

「ん?誰だよこんな時間に?」

 

突如部屋のドアがノックされ、誰かが部屋を訪ねてきた。

しかしもう消灯時間近くなのに、一体誰だ?

 

「ふにゅぅ……ゲンチ~。私もぉ眠いから~先に寝るね~?」

 

「あ、あぁ。お休み本音ちゃん」

 

「あ~い。おやしゅ…………ZZZ」

 

どうやら本音ちゃんは来客を相手するだけの気力がもう無い様で、俺に来客の相手を任せてベットに入ってしまった。

しかも俺におやすみと返す途中で力尽きたのか、そのまま寝息を立てて寝てしまう。

まぁちゃんと布団の中に入ってるから良いけどよ。

 

コンコンコンコンコンコンッ

 

「ちっ。ホント誰だよ、こんな時間にノックする非常識さんはよぉ?」

 

そんな本音ちゃんが安らかに眠ったのを見届けていた最中にも、ノックは激しさを増して何度も鳴り響く。

つうか今本音ちゃんが寝たトコなんだから自重しろや来訪者め……これでくだらねえ用事だったら筋肉バスターかましちゃる。

消灯時間間際に部屋を訪れたにも関わらずノックの音を自重しないドアの向こうの相手に舌打ちしながら、俺は足音も荒くドアに近づいた。

 

「(ガチャッ)誰だこんな時間……に?」

 

「あっ。やっと出て来たわね、ゲン。遅いじゃないの」

 

少し荒くドアを開けた先に広がる光景に、俺は目を丸くしてしまう。

俺の目の前に居る来客、それは鈴だった。

別にそれは良い、消灯時間ギリギリとはいえ、鈴が来た事は別に目を丸くしてまで驚く事じゃねえ。

 

 

 

ただ――――何故か鈴のヤツは、とんでもなく綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「ほら、この前の一夏の一件で、アンタもアタシ達の間でフォロー入れてくれたから、アンタにも伝えとこうと思ってね?」

 

俺が驚いて固まっている最中に、鈴は俺が何も言ってないのに勝手に語り始める。

 

 

 

――――そう。

 

 

 

 

 

「とりあえず報告。来週のクラス代表戦で――――」

 

 

 

 

 

誰もが見惚れる様な眩しく輝く笑顔で――――。

 

 

 

 

 

「一夏をブッ殺す事にしたから♪」

 

 

 

 

 

額にこれでもかと怒りのバッテンマークを刻んだ笑顔で――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空けて次の日――――。

 

「おいコラ一夏ぁッ!!!われタイキックじゃぼけぇッ!!!」

 

「朝一番で理不尽の極み!?俺が一体何し――」

 

「じゃかあしいわどあほぉおおおッ!!!(臀部破壊の極み)」

 

「(バチコォォォオオンッ!!!)ひげぎゃぁああああああああッ!!?」

 

『『『『『織斑君(一夏)(一夏さーーん!!??)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!???』』』』』

 

朝食を終えてから、俺より先に教室に来ていた一夏に向かって、俺は開口一番にヤクザの様な口調で吼えた。

そのまま席から立ち上がった状態で俺に驚愕の叫びを繰り出す一夏に、俺はヒートアクション全開で足を振り上げて蹴りを見舞う。

俺のケツ蹴りを食らった一夏はケツを両手で抑えた体勢で蹲り、プルプル震えて動かなくなった。

あぁ、ったくこの馬鹿野郎は!?一体昨日何をしでかしやがったんだ!!

視界の先で慌てて駆け寄っていく箒やオルコット達を尻目に、俺は思いっ切りデカイ溜息を吐く。

今の蹴りで少しは溜飲が下がってきたが……相も変わらず面倒事ばっか引き起こしやがってこのボケチンはぁ……。

 

「ちょ!?鍋島さん!!コレは幾ら何でも酷すぎますわ!!一体何を考えて――」

 

「その自慢のロールをチョココロネにされたくなきゃ黙ってろ♪」

 

「わたくしは何も喋りませんわ!?(ガクブル)」

 

生意気にも逆らってきたオルコットに、俺は素敵スマイル(別名キラースマイル)を贈りながら黙る様に促す。

すると俺の微笑みを受けたオルコットは顔面蒼白で敬礼しながら黙ってくれた。

よぉ~しよし……今回ばかりはさすがの俺も頭キタからな。邪魔する奴は誰であろーと容赦しねえ。

 

「ゲン!!何も言わずに暴力を振るうなど、それでもお前は一夏の親友なの――」

 

「箒が小学校時代に書いたポエムその①――」

 

「生意気言ってすいませんッ!!!?(ガバァッ!!!)」

 

『『『『『土下座ッ!!?篠ノ之さん何書いたのッ!!?』』』』』

 

「聞くなッ!!聞かないでくれぇッ!!」

 

そして、オルコットに続いて歯向かってきた箒には、小学校時代の恥ずかしいポエム(所謂黒歴史)を披露しようかという脅しを掛ける。

それを耳にした箒は、恥も外聞もかなぐり捨てて、俺の目の前でそれはそれは綺麗な土下座を見せてくれたよ。

方や敬礼の体勢のまま青い顔で震えるオルコット、そして俺に向かって土下座を披露しる箒。

これで一夏をフォローしようとする連中を黙らせる事が出来たな。

 

「こら~!!ゲンチ~!!せっし~達を苛めちゃ、めっ!!なんだからね~~!?」

 

「「の、布仏(さん)……!?(ウルウル)」」

 

『『『『『(布仏さん(本音)なら、鍋島君(元次君)を止めてくれるッ!!!頑張ってッ!!!)』』』』』

 

と、邪魔者も消えた事で、俺がケツを抑えてる一夏の元まで歩こうとしたその時、後ろから本音ちゃんのちょっと怒った声が響いてきた。

その声を聞いた箒とオルコットは、まるで世紀末に現れた救世主を見る様な輝かしい目で、俺の後ろに居るであろう本音ちゃんに視線を送る。

やれやれ、今度は本音ちゃんか……確かに、俺は本音ちゃんに手は振るえねえぜ?……『手』は、な?

新たなる強敵の登場に心中で溜息を吐いていると、俺の後ろからポテポテとゆったりした足取りが聞こえてきて、足音の主である本音ちゃんが俺の目の前に踊りでた。

俺を見上げる本音ちゃんの目は何時ものポワポワっとしてて和む目じゃ無く、完全に怒った目つきです。

 

「皆~仲良くが一番なの~~!!もう終わりにしなさ――」

 

「やっぱ猫ちゃんより兎さんの方が良いかなぁ~~?」

 

「ご、ごめんなさぁ~~い!!エグッエグ……!!ご、ごめんなしゃいぃ(泣)」

 

『『『『『神は死んだぁーーーーーーーーーーーーーッ!!?』』』』』

 

だがしかし、何時もなら本音ちゃんに怒られて謝ってばかりだった俺は、何と本音ちゃんに切り返した。

あっ、ちなみにウサギさんってのは束さんね?コレ重要。

でも、さすがにコレは予想外だったんだが、俺の切り返しの言葉を聞いた瞬間、本音ちゃんはマジ泣き一歩手前って勢いで瞳に涙を溜めてしまう。

しかも俺に近寄って俺の片手を両手で握りしめながら上目遣いで、俺に謝罪の言葉を飛ばしてくるではないか。

OH……カンッペキにやり過ぎた……ま、まさかそこまで俺の料理の虜になってたとは……今後はこの手の責め方は自重しよう、マジで。

目の前で本気で泣きそうになってる本音ちゃんに罪悪感を覚えながらも、今はやる事がある俺は心を鬼にする。

そのまま掴まれていない方の手で、本音ちゃんの頭を優しく撫でながら普通の笑顔で本音ちゃんと目を合わせた。

 

「嘘だって。そんな事はねえよ。ちゃんとあげるから(毎食の料理とデザートな意味で)泣かないでくれって、な?(ナデナデ)」

 

「ひぐっぐじゅ……ホント~?ホント~にくれる(飼い主、というか男女の愛情的な意味で)の~~?(ウルウル)」

 

「あぁホントーだ。だからアッチで他の皆と一緒に良い子で待っててくれよ?(ナデナデ)」

 

「んっ……わかった~~♪良い子にしてま~~す♪」

 

『『『『『寝返るの早ッ!!?』』』』』

 

ん?何か本音ちゃんと俺の間で致命的な間違いがあった様な気がするが……気の所為だろう……多分、きっと、メイビー。

険の無い柔らかな俺の言葉を聞いた本音ちゃんは目元の涙を袖でゴシゴシと拭ってから、何時もの様にマイナスイオン溢れる笑顔を俺に向けてくれた。

そして今直ぐにスキップでもしそうな上機嫌さで、本音ちゃんは鼻歌を歌いながらトテトテとクラスメイトの集まってる場所に歩いて行く。

さあて、これで俺の障害は何も残ってねえな。

もはや目的を遂行するのに邪魔が無くなった事を確認して、俺はケツを抑えて蹲ってる一夏の頭の近くにしゃがみ込む。

 

「おい馬鹿兄弟、昨日テメエ鈴に何やらかしたんだ?」

 

「い、いででで……な、何でゲンがそれを知ってるんだ?確かに昨日、鈴と口喧嘩してヤラかしちまったけど……」

 

「昨日の夜に鈴が俺んトコに来たんだよ……額に青筋をこれでもかと立てた怒り顔でな」

 

「マ、マジか……。やっぱアレは言い過ぎだったかぁ……」

 

俺の小声での問いかけに、一夏はケツを抑えたまま同じ様に小声で返してきてくれたが、ヤッパリコイツが要らん事言ったと見て間違い無い様だ。

しかも何か若干後悔した様な口ぶりって事は……多分、売り言葉に買い言葉だったんだろう。

今は冷静になって反省してるって所か……鈴をあそこまでキレさせるとか、マジで何言ったんだよ一夏ぁ……。

とりあえず昨日の鈴との遣り取りの事を聞こうとした所で、SHR開始1分前のチャイムが鳴り響いてきた。

どうやらここらでタイムアップの様だな。

 

「とりあえず、休憩時間にでも昨日の事を話せ。鈴があそこまでキレてるなら、俺も事情を把握してえからよ」

 

俺は一夏に後で話す様に伝えてから、蹲ってる一夏の目の前に手を差し出す。

サッサと起きて席に付かねえと、千冬さんから朝一バーニングな出席簿を受ける羽目になっちまう。

 

「わ、わかったけどよ。何もタイキックする事はねえだろタイキックをよぉ……」

 

「アホ言え。ホントならイントルーダーで市中引き摺り回しの刑だったんだぞ?それ1発で済んで良かったと思えってんだ」

 

「あれマジで言ってたのか!?確かにそれに比べりゃ遥かにマシだけど素直に喜べない!?」

 

何やらこの罰ゲームに大いに不満を持ってる一夏だったが、俺はそんな一夏を放置して自分の席に着く。

さっき2人分の足音が廊下から聞こえてきたので、多分千冬さんと真耶ちゃんが来たんだろう。

そんな時に立ち上がってるなんて自殺行為も良いとこだしな。

俺がサッサと席に着いた事で一夏も千冬さん達が近づいている事に感づき、慌てて自分の席に向かって着席するが……。

 

 

 

 

 

「ケ、ケツが触れると痛ぇ……ッ!?(プルプル)」

 

どうにも俺のタイキックを受けたケツが椅子に密着すると痛みが走ってしまう様で、一夏は授業終了間際まで、空気椅子状態で授業を受けてましたとさ。

まぁソレもコレも、俺のフォローと努力を無に還した結果だと受け取れってんだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラス対抗戦、そして波乱



タイトル間違えてました。


 

『さぁ~!!やって参りました、IS学園恒例クラス対抗戦1年生の部!!今対抗戦で最も注目すべき試合は、ココ!!第3アリーナにて行われます!!実況は私新聞部部長の黛薫子が担当させて頂きます!!皆さんよろしくお願いしま~す!!』

 

『『『『『ワァァアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

アリーナの観客席に向かう道中、廊下に取り付けられたスピーカーから黛先輩の元気な声が響き、それに続いてアリーナから歓声が湧き上がる。

っとと、ヤベエな。急いで行かねえと席が埋まっちまうじゃねえか。

スピーカーを通して聞こえた歓声の数が予想より大きかったので、俺は廊下を少し急ぎ足で走って第3アリーナへと急いだ。

 

 

 

 

 

はい、今日は記念すべきクラス対抗戦の一戦目、つまりクラス対抗戦の初日だ。

 

 

 

 

 

……うん、判ってる。判ってるぜ?何で行き成りこんなビックイベント間近に、俺が廊下を走ってるかと言えば、それはトイレに行ってて遅れたってだけの話だ。

それとついでに言えば、もうこの対抗戦が一夏と鈴の長い冷戦状態を解消する唯一の方法だったりするんだよコレが。

 

 

 

 

 

俺が一夏にタイキックを食らわせたあの日、授業が終わった瞬間、俺は一夏に詰め寄って前の晩に何があったのかを問い質したんだ。

そんで詳しい話を聞いてたが、聞けば聞くほどアホらしすぎて頭が痛くなったっての。

事件のあったあの日、等々我慢の限界に達した鈴は、一夏達が訓練の終わる時間帯に更衣室へ赴き、一夏に反省したかどうかを聞いたらしい。

しかしソコはさすが安定の一夏君、何と反省したかと聞いてきた鈴に『へ?何をだ?』と聞き返しやがったそうな。

やっぱ俺の予想は的中してたのか、一夏の野郎、訓練に集中し過ぎて謝るとか思いだすって前提すら忘れてしまった様だ。

あんのエアヘッド野郎めぇ……頼むからその頭の隅っこにで良いから姉ちゃん以外の事も詰め込んで欲しいと切実に思ったのは俺だけじゃない(断言)。

勿論このアーパーな一言と呆けた一夏の表情に鈴の火山が遂にヴォルカニックしてしまったで候。

そのままヒートアップした鈴が罵声を浴びせると、ムッとした一夏もヒートアップして売り言葉買い言葉戦争が勃発。

すったもんだの末に次のクラス対抗戦で鈴が勝てば、一夏が鈴に謝り、一夏が勝てばあの約束の意味を説明してもらうとなったらしい。

それ聞いた瞬間『最初っからそうしとけってんだ!!このアンポンタン!!』と、一夏のケツに追撃を見舞った俺は悪くない。

そんで俺の追撃の蹴りを食らった一夏は悲鳴を挙げて気絶し、休み時間の終了と同時に降臨した千冬さんの出席簿スラッシュで荼毘に臥されかけてた。

そんな死にかけ一直線状態の一夏を、俺は額にデコピンを見舞って地獄から現世へと叩き起こし、痛みで悶える一夏に話の続きを促す。

まぁ続きと言っても、後は少々の売り言葉と買い言葉の応酬…………そして、一夏が踏んだ特大級の地雷の事だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

『そ、それでさ。鈴に大馬鹿の甲斐性無しって言われて……つい、頭に来ちまって…………その……』

 

『あ?ハッキリと言えハッキリと。オメエは一体何を言ったんだよ?』

 

あの日、俺は教室の片隅で一夏に箒、オルコットと本音ちゃんに夜竹を交えてコソコソと喋っていたんだ。

さすがにコレは鈴と一夏の問題だから皆に聞こえるのはマズイと思った俺なりの遣り方だったが、まぁ目論見通り他の連中には聞かれずに済んだよ。

しかし、俺の聞き返しを聞いても、一夏は中々話し出そうとはしなかった。

かなり気まずそうに俺から視線を逸らしてどもる一夏に、俺は苛立ちから語気を荒げながら問うが、一夏は依然喋りにくそうにしている。

それで少しづつ怒りが充填し始めてきた俺はもう一発デコピンをお見舞いしてやろうとしたが、それは夜竹に阻止されてしまう。

 

『げ、元次君。織斑君も話しにくいみたいだし……も、もう少し待ってあげよう?……ダ、駄目かな?(ウルウル)』

 

しかも弱々しげに瞳をウルルとさせながらの女の武器であり必殺級の威力を誇る上目遣い。

それ見た瞬間スッと拳を収めた俺はキャッシュなんだろうか?

俺が拳を収めたのを見てホッと息を吐いた夜竹は、気まずそうにしている一夏に視線を合わせてゆったりとした口調で語りかける。

 

『織斑君。元次君だけじゃなくて、私も……頼り無いと思うけど、鈴と仲直り出来る様にお手伝いするから、昨日何があったか教えて……ね?』

 

『ほ、本当か夜竹さん……!?』

 

『私も~お手伝いするよ~♪りんりんとおりむ~が仲直り出来る様に~頑張っちゃうのだ~♪』

 

まるでシュンとした子供を慰める様に、夜竹は優しく一夏に語りかけ、一夏はそんな夜竹の優しさが嬉しいのか、目が少し潤んでる。

更に夜竹の優しさに便乗して本音ちゃんもニコニコしながら手を挙げて、一夏を慰め始めた。

そんな2人の女の子が放つ優しい気遣いを見て、俺は自然と微笑みを浮かべてしまう。

つうか本音ちゃん、リンリンて……それ、鈴が虐められてた時に付けられたアダ名と一緒です。

後で本音ちゃんには鈴の前でその名前を呼ばない様にそれとなく注意しとこう。

……もしソレに鈴がキレて本音ちゃんに手ぇ出そうとしたら、俺はあいつを酢豚の材料に変えちまうだろう。

さすがにそんな幼馴染みが料理の具材でBADなイベントは回避せにゃイカンよ。

 

『の、のほほんさんまで……!?わ、わかったよ……力を貸してくれ……じ、実は俺……』

 

『『『うんうん?』』』

 

現在の事情聴取をしてる面子で、昨日の事を知らない俺と本音ちゃん、そして夜竹は、ボソボソと語り始めた一夏の声に相槌を打つ。

何やら横で箒とオルコットが青い顔色を浮かべながら、『一夏!!それ以上言ってはいけない!!』と小声で注意しているではないか。

え?マジでコイツは鈴に何を――――。

 

 

 

『き、昨日の言い合いで鈴に……その――――『貧乳』って言っちまって……』

 

『『『――――』』』

 

絶句、というのは正にこんな状況の事を表すんだろう。

かなりやっちまったって表情でそう言う一夏に、俺達は開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

貧乳、またの呼び方をひんぬー、ペチャパイ、ナイチチ、絶壁、哀れ乳、名状し難きパーイのようなモノ。エトセトラエトセトラ……。

 

 

 

この単語が意味する所は総じて、女性の象徴たるおっぱいが無いとか乏しいって事を示す。

貧乳に貧乳と面と向かって言い切る勇気、ソレは死亡フラグを建てた状態で魔王に突撃する勇者さながらである。

いや字面にすりゃ中々格好よさげではあるが、その実人の身体を貶めているだけですからね?

とまぁ、人の逆鱗を電動サンダーで擦り上げるような行為をした挙げ句、鈴にぶっ潰す宣言をされてしまったらしい。

俺はソレを聞いて本気で呆れ果てて溜息を盛大に吐いてしまう。

お、俺ですら、鈴の奴にそんな直接的な言葉を言った事がねえってのに、何でお前はそんな簡単に人の核地雷をブチ抜く真似が出来んだよ?

そんな事を考えてる俺の眼前で『マジでどうしよう?』という小動物の様な表情で俺に視線を向ける一夏。

テメエはこんな時でも何時もと変わらねえなホント。

その子犬を思わせる一夏の表情に頬を赤くしてウッと胸を抑える箒とオルコット、あんた等ホントにブレねえなオイ。

まぁ一夏のこの弱り切った子犬みてーな表情で謝れば、どんなに怒り狂った女でも魔法に掛かった様にコロッと許してくれるんじゃ――――。

 

 

 

 

 

『織斑君♪そこに正座しよっか?(ニコニコ)』

 

 

 

 

 

ふと、隣に目をやれば、そこには輝かしい笑顔で床を指差しながら一夏に正座を言い渡す夜竹の姿が――――ゑ?

関係無い筈の俺が、何故か今の言葉で床に足を付けそうになったです。

勿論それを言われた本人である一夏なんか、正にポカンと理解出来なかったって顔をしてる。

そんな一夏にニコニコと擬音が付きそうな笑顔で笑いながら床を指差し続ける夜竹。

あれ?夜竹ってこんなキャラでしたっけ?……あっるえ?

 

『……ゑ?……あの、夜竹さん?ここ床なんですけど――』

 

 

 

 

 

『早く正座だよおりむー?床じゃなかったら何処に正座するのかな?かな?(ニコニコ)』

 

 

 

 

 

更に夜竹の隣に視線をズラせば、本音ちゃんは何時ものゆったりした癒しボイスの真逆、キリッとした声音で一夏を叱りつけて――――ゑ?

またもや普段らしからぬ雰囲気を携えた人物が現れ、しかもその矛先が自分に向いてると感じたのか、一夏は顔色を青を通り越して白色に変えてしまう。

 

『本音ちゃんの言う通りだよ♪床以外に正座する所なんて無いんじゃないかな?ソウダヨネ?』

 

『ハイスイマセン。ソノ通リデス。ノホホンサン、ヤタケサン』

 

『もう♪変な織斑君♪……クスクス♪』

 

2人の只ならぬ気配に呑まれたのは俺だけじゃなく、その尋常じゃない雰囲気をモロに浴びた一夏は、2人の指示通り床にスッと正座した。

素早く2人の指示に従う一夏の顔には、これでもかと嫌な汗がダラダラと流れ出ている。

あぁ判る、判るぞ兄弟……怖いよな……俺だって許されるなら全速力で逃げたいぐらいに怖いもん。

それを見て口元を隠しながらクスクスと愉快げに哂う、いや違った笑う本音ちゃんと夜竹。

心なしか、段々と語気が無機質な様に感じられてきました。

普段なら一夏を助ける為に動く(純粋にか、好感度稼ぎかはその日次第)箒とオルコットの2人ですら、夜竹と本音ちゃんのオーラにブルってる。

気付けば俺達の話しに何とか聞き耳を立てようとしてたクラスメイトが遠くに避難してた。

何て無駄に連携が良いんだこのクラス。

おかしい、おかしいぞ。本音ちゃんはこのクラスで真耶ちゃんと双璧を為す小動物的な癒し発生器の筈なのに。

夜竹はそのふわっとした大人しい雰囲気と相まって、このクラスでNO,1に輝く優しい心を持った優しい(大事な事なので二回ry)女の子の筈なのに。

目の前で繰り広げられるおかしな光景に現実逃避したい俺を置き去りにして、事態は更に加速する。

 

『ねぇ、織斑君?女の子にそんな事言っちゃ駄目だよ?それは織斑君に例えたら、織斑君の持ってるコンプレックスを指摘する事と同じだからね?』

 

『ハイ。理解シテマス。ワタクシガ本当ニ愚カデシタ。誠ニ申シ訳ノシヨウモアリマセン』

 

『うん♪反省してるのはとっても良い事だし大切だけど、謝る相手が違ウヨネ?……どうすれば良いかな、本音ちゃん?』

 

夜竹の背中に般若を宿しながら浮かべるスマイルと迫力に呑まれた一夏は、徹頭徹尾低姿勢で謝罪の言葉を口にするが、夜竹は笑顔でそれを一蹴してしまう。

その合間にも更に膨れ上がる夜竹の半端ねえプレッシャーの重圧に、もはやオルコットと箒は気絶寸前だ。

今の自分の雰囲気を理解してるのかは分からんが、夜竹はそのプレッシャーを従えたまま、同じくバリパネエ雰囲気の本音ちゃんに声を掛ける。

それを聞いた本音ちゃんは、何時もの様なのほほんスマイルではなく、無機質な作り物の様な笑顔で頭を捻っていく。

 

『うん、アレだね。おりむ―は自分が言った事が、どれぐらいリンリンに響いたか判って貰わないと駄目だと思うのでー……こほん、ゲンチ~♪』

 

『アイ・マム!!お呼びでしょうか!?(ズビシッ!!)』

 

2人の創りだす異様な雰囲気空間を冷や汗全開で眺めていた俺に、本音ちゃんの幾分か何時もの口調に戻った声で呼びかけられ、俺は直立不動の敬礼で返す。

逆らう?駄目ってか絶対に無理、マジで怖えよ今の本音ちゃんと夜竹のお2人は。

 

『うん~♪あのね?ゲンチ~から~おりむ―に~、リンリンに言った事を~男の子ば~じょんで、言ってあげて欲しいのだ~♪』

 

『は?……つ、つまり、鈴のコンプレックスを中傷した事を、一夏に例えて言えって事ですか?』

 

『そうで~す♪…………ヤッテくれる?』

 

俺の聞き返しに何時もと同じほにゃらかな笑顔と口調で答えた本音ちゃんは、最後の語尾だけを一夏に向けたモノと同じに変えて、俺の目を覗きこんできた。

何時もと同じ様な気軽さで繰り出される本音ちゃんの上目遣い、但し瞳に光は欠片とて無し。

そんな目で至近距離で笑顔のまま見つめられた俺の選択肢は只一つ――――。

 

『イエス・マム。お安い御用で御座います』

 

『わ~い♪ありがとぉ~♪』

 

只ひたすらに忠実なる下僕と化す事だけだ。

あぁそうさ、これは仕方無い事なんだ。

決して本音ちゃんの後ろでニコニコしてる夜竹が怖かったとかそんなんじゃねえ。

今の俺は鍋島元次って1人の人間じゃねえ。本音ちゃんと夜竹の命令に忠実に従う一個のキリング・マシーンだ。

だから本音ちゃんの言う通り、言われた事を遂行する。

 

『良いか一夏?心して聞けよ?聞こえなかったとかほざきやがったら、ねじるからな?』

 

『何処を!?』

 

『織斑君?静かにしようネ?(ニコニコ)』

 

『ハイゴメンナサイ!!?』

 

俺の言葉に突っ込みを入れた一夏だが、それは夜竹の怖い笑顔で謝罪のコンボに追い込まれた。

もはや土下座もかくやという様子を見せる一夏だが、そんな一夏に、俺は今から更に追撃を掛けねばならない。

スマン、許せ兄弟……っていうか最初から言うつもりだった事を言うだけなんですけどね?

青い顔で震える一夏に、俺は立ち上がった体勢で一夏を見下ろしながら、昔良くやった弾や鈴達と居た時のノリで口を開く。

 

 

 

――――ココがIS学園――――つまり女子校だという事実を忘れて。

 

 

 

 

 

『良いか?オメエが鈴の事をペチャパイと呼んだのはな、俺等男からすりゃ、女子に笑顔で『一夏君の(バキューン)って、ちっちゃいね(笑)』と言われる事と同義なんだぜ?』

 

『(ズババァッ!!)ぐはぁッ!!?……お、俺は何てむごい事をぉ……!?最悪だ、大馬鹿だ、俺って奴はぁ……!!』

 

俺の諭す様な声音で呟かれたドギツイ一言を、脳内で女の子に言われた様に置き換えたんだろう。

一夏は心臓を抑えた体勢のまま顔色を土気色に変えて、止め処ない後悔の念を口から溢れさせている。

幾ら俺達の周りで鈍感と謳われている一夏でも思春期真っ盛りの男。

故に、俺の言葉の中に含まれた下ネタ的な意味を理解してくれたんだろう。

俺はそんな後悔後先断たずって言葉を体現している兄弟の姿に重い溜息を吐いてしまう。

ヤレヤレ、これで少しは懲りてくれると良いんだけd……。

 

『やあ~~~~~ッ!!?(真っ赤)』

 

『きゃぁああああああッ!!?げ、元次君!?(真っ赤)』

 

『うお!?な、何だ何だ!?どうしたよお二人さん!?』

 

すると突然、俺の直ぐ後ろから本音ちゃんと夜竹が悲鳴を挙げて俺の名前を呼んできたではないか。

その声に驚いて2人に向き直ると、そこにはさっきまでのヤバイ雰囲気を完全に消し去って、何故か顔を真っ赤に染めて俺を凝視する本音ちゃんが居たとさ☆

何故か夜竹は甲高い叫び声を挙げて、それ以上聞こえない様に両手で耳を塞いだ体勢で俺を見てたとさ☆

いや居たとさじゃなくて!?な、何でお二人は顔真っ赤にしてるワケ!?俺は只一夏の(バキューン)の事を話し…………あ゛っ。

そこまで考えが及んでおいて何でさっきは分からなかったとかの突っ込みは無しの方向でお願いします。

だって鈴とかこんな下ネタでも普通に返してきてたんだもん。

まぁ勿論一夏の居ないトコ限定でしたけどね?

いっぺんだけ一夏の前で弾がうっかり下ネタを披露した時にゃ、鈴の掌底が綺麗に弾の顎に……ってそんな事はどうでもよござんす!?

焦って箒とオルコットに視線をやれば、箒達も本音ちゃんと夜竹と同じ様に顔真っ赤にしてプルプル震えてた。

ヤ、ヤベエぞこりゃ……!?普通に鈴や弾達と居る時のノリで喋っちまったけど、良く考えりゃこの子達って普通じゃん。

普通の女の子の前で男の(バキューン)の話しなんてNGなのは常識だろオイ。

 

『ゲ、ゲェーーーーーーーーーン!?貴様ひ、非常識にも程があるだろう!!じょ、女子の目の前でい、いい、いいいい一夏のちちち、(バキューン)の話しをするなど!!?もっと詳しく話せ!!』

 

『箒さんの言う通りですわぁ!!レディーの前でい、いい一夏さんのち、(バキューン)の話題を平然と出すなんて、紳士の風上にも置けません!!今の発言に対する詳細を要求します!!』

 

ちょ!?お前等声がデカ……!?

 

『『『『『何だってぇぇええッ!!?織斑君の(バキューン)の話しですとッ!?是非とも聞かせて下さいッ!!!』』』』』

 

『お前等花も恥じらう乙女が揃いも揃って(バキューン)(バキューン)連呼すんじゃねぇえええええええええッ!!?』

 

箒とオルコットの人目を憚らない大声で出されたキーワードっていうか餌に食い付く我らが1組クラスメート大隊。

そんな飢えた野獣の様な軍団を怒鳴りつけて事態の収拾を図ろうとする俺だが、奴等は最後の1人になるまで諦めはしないだろう。

もうどうしてこうなった?っていうか一夏の(バキューン)ってトコに食いつき良すぎなんだよコイツ等。

っていうか我がクラスメート諸君のNGワード食い付き率がハンパじゃねえんですけど?

 

『ちょ!?な、何で鈴を怒らせた経緯の話が摩り替わって俺のアレの話しに!?何がどうしてこうなったんだよ!?』

 

『そりゃオメエ……ナニがああしてああなっちまったのさ』

 

『どうなった!!?何がどうなった!?』

 

俺の諦めが多分に含まれた呟きに過剰反応して食いつき、俺の胸ぐらを掴んで揺する我が兄弟。

まぁ自分の(バキューン)の話をこんな大勢の前でネタにされちゃ堪んねえよなぁ。

俺だったら方法は違えど全員容赦無く即刻黙らせてるよ。

 

『さあ一夏!!嘘偽りなくお前の全てを吐いてもらうぞ!!』

 

『そうですわ一夏さん!!こ、これは決して、疚しい気持ちからくるモノではありません!!えぇ!!えぇそうですとも!!全てはこ、ここ後学の為です!!』

 

『『『『『包み隠さず全部教えて織斑君!!主に私達の薄い本の資料の為に!!』』』』』

 

『へ、変態にも程があるだろぉおおおお!!?だったら俺のじゃなくてゲンのサイズを教えてもらってくれ!!アイツの対艦砲の話し――』

 

『テメエ何俺を巻き込んでんだゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

『(バチコォオオオオオオンッ!!!)ア゛ーーーーーーーーーーーッ!!?』

 

余りにも酷すぎる回避方法にキレた俺は瞬間で一夏のケツを、あの電話帳並にブ厚い参考書で思いっ切りブン殴ってやった。

詰め寄る目のギラついた集団から逃走すべく一夏が繰り出した話題は、何故か俺の下のサイズの話し。

また巻き込まれたで御座る。しかも会話の中でサイズ言っちゃってるじゃねえかチクショオが!?

結局そのまま碌な話し合いも出来ず、クラスメートは暴走を止めず、終いにゃ千冬さんに全員制裁食らって暴徒は鎮圧された。

ちなみに俺は騒ぎの元凶って事で4倍増しの数だけ出席簿アタックと千冬さん自慢のこ・ぶ・しをプレゼントされたよ……アレは痛かった。

まぁそんな騒動があったりした所為で、結局俺達は鈴と一夏が仲直りする有効な手立てが見つからないままに、ズルズルと日にちだけが過ぎてしまったんだ。

何せ休み時間とかに鈴に会っても、一夏を視界に入れた瞬間、警戒状態MAXな猫さながらなリアクションを取って威嚇してきやがる。

夜竹が必死に「大丈夫だよ、怖くないから」って言って手を差し出す様は野良猫をあやす光景以外に説明が出来ない。

いやホントそのまんまの光景だったからな。

しかし、少しでも一夏が動こうとか喋ろうと口を動かしたりしたら、瞬間でご自慢のツインテールを逆立てて睨んでくる。

もう「フーッ!!」って唸りながら襲ってくる5秒前って感じだったなありゃ。

そして虚しくも日にちは流れ流れて、遂に何の解決も見出せないまま今日のクラス対抗戦を迎えてしまったのである。

幸いにして一夏が鈴と戦って勝利するか、敗北するかの賭けで、2人の仲は修復可能って保険が残ってるのがまだ不幸中のハッピーだ。

 

 

 

 

 

そんでまぁ、一夏もしっかりと気合を入れて、今回のクラス対抗戦は鈴に勝つまでは生き残ると決意を新たに息巻いていたが……。

 

『本日ココ第3アリーナで行われる対抗戦の第1試合は、1組対2組!!注目の代表者2人ですが、まずは1組のクラス代表!!世界に2人しか存在しない男性IS操縦者の1人!!純白の甲冑を身に付けた我らが王子様こと、織斑一夏選手だぁあああッ!!』

 

『『『『『ワァァアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

と、そうやって今日までのあまり実りの無かった日常をダイジェスト的に思い出していた俺の耳に、今回の騒動の張本人である兄弟の名が声高々にスピーカーから聞こえてくる。

それに少しだけ遅れて聞こえてくるのは、もう目の前まで来たアリーナの観客席入り口の向こうで叫ぶIS学園の生徒達の歓声だ。

おっし、何とか開始までには間に合ったな。

俺はその歓声を聞きつつ、アリーナへの入り口を潜って中に入る。

すると、俺の視界いっぱいに広がった光景は、女子、女子、女子……見渡す限りの女の波だった。

まぁ一夏と俺以外の生徒は女子なんだから当たり前っちゃ当たり前なんですけどね?

 

 

 

実は今回の試合、俺は一夏側のピットに行かず、官制室での観戦も千冬さんから誘われたが断った。

だって今回のクラス対抗戦、一回戦の試合の相手ってまさかの鈴だったからな。

まさか勝敗で賭けをしてたこの2人が最初にぶつかるとか……誰か運命操作してんじゃねえだろうな?

幼馴染み達の試合でドッチか片方だけのピットとかに偏るのは嫌だったので、今回の観戦は他の生徒と同じ観戦区画を選んだ。

今官制塔に居るのはオルコットと箒、そして千冬さんと真耶ちゃん達で本音ちゃんと夜竹は観戦区画に居る。

まぁ一夏と鈴には試合前に「片方は応援出来ねえけど、2人とも思いっ切りぶつかってこいや」と激昂の言葉は送っておきましたよ。

 

 

 

いやぁ、しかしまぁ壮観壮観。見渡せば溢れかえる人、人、人。

そりゃ一発目の試合が転入してきた代表候補生VS人類史上一人目の男性IS乗りでブリュンヒルデの弟。

噂好きの女子達からすりゃ、話の種に此所まで相応しいもんも中々あるもんじゃねえわな。

既にアリーナに設置された観戦椅子のほぼ全てが埋まっており、俺の目の前には立ち見をする生徒すら居る程だ。

その人の密集度に気温が少し熱く感じられる上に、女子の香水やら女の子の匂いが混ざってトンデモねえ事になってるじゃないっすか。

そして、この観客席は広大なアリーナを囲う形でぐるっと円を描いている。

簡単に言えばドーナッツのもう少し横を伸ばした形……いやレース場のオーバルコースって言った方がしっくりくるか。

俺が居る観客席からアリーナを見渡す事が出来る様に、この観戦席は天井まで全てが吹きぬけの形だ。

見渡す限りの青空が広がる観戦席だが、これでも俺達の居る観戦席とアリーナを隔てる形で、ISの技術を応用したシールドが張られてる。

しかも真耶ちゃんの話しによれば、並大抵の攻撃力じゃあビクともしないぐらいに強靭らしい。

このシールドを簡単に破壊できるのは、一夏の『白式』の唯一仕様『零落百夜』とか俺の『オプティマス・プライム』に積んである超大型ミサイル級の威力ぐらいなんだと。

まぁ俺はその観戦席の一番端っこの区画、つまり学園に通じる通路に隣接した区画に居るんだが……。

俺は女子が密集した場所に居るけど、身長が周りの女子より大分高いので、人を探す為に見渡す事は問題無い。

それでこのアリーナの観戦席を見渡して目当ての人物を現在進行形で捜索中だったりする。

さあて、本音ちゃんは何処だ?確かこの区画の席に座ってるってメールが……。

 

「おぉ~い~ゲンチ~♪こっちこっち~~♪」

 

お?居た居た。あの癒しボイスは間違いなく本音ちゃんその人だぜ。

予想通り、俺が視線を向けた先には席から立ち上がった体勢で俺にヘロヘロ~とでも擬音が付きそうなゆったりとした速度で手を振る本音ちゃんが居なすった。

お顔も本当に嬉しそうっというか、何時も通りにほにゃ~っとしたスマイル。

うむ、相も変わらず本音ちゃんの笑顔は素晴らしいですな。こう、なんていうか……心の清涼剤的な?

そんな癒し溢れる本音ちゃんの笑顔にヤラれながら、俺は本音ちゃんの居る席の方まで続く階段を下りていく。

 

『ね!?アレ鍋島君じゃない!?やっぱ凄い身体してるよー!!アレもう絶対ヤバイって!!色々堪んないわ!!』

 

『ホ、ホントだ!?何でこの観戦区画に来たんだろ!?ア、アタシ化粧崩れてない!?汗臭く無いかな!?』

 

『うわぁ……!?サングラス似合い過ぎでしょ……ワルな雰囲気がまた何とも……良いじゃないの』

 

そして、本音ちゃんの声が聞こえた他の女子生徒の視線がいっぺんに俺に集中してきた。

もう数えるのも馬鹿らしくなる様な視線の嵐に、俺は若干引き気味な……というか及び腰になってたり。

だって皆一様に笑顔浮かべて手振ってくるんだぜ?俺は芸能人でも何でもねえんですって。

しかし、やっぱこのIS学園でも腐った連中はまだまだ居るワケで……。

 

『……ふん……野蛮な男風情が調子に乗ってんじゃないわよ』

 

『気にいらないなら何時でも掛かって来い、だっけ?専用機があるからって調子に乗ってるわね。男の癖に良い気になるなっての』

 

そう言いながら、俺に侮蔑の視線を向けてくるクソ女2人はっけーん。

しかも俺に面と向かって言うワケでも無く、ボソボソと陰口を叩く陰湿さが全くもって不快だ。

まぁ俺は昔からこの手の輩には手加減なんざ無用ってのが持論なんで……喧嘩売ってるなら買ってやる主義なのです。

 

「こちとら訓練機だろーが生身だろーが何時でもお相手してやんぜ?」

 

『『ッ!!?』』

 

俺は今しがた俺に舐めた口を聞いてた2人の馬鹿女に振り向いて笑顔で声を掛けてやった。

どうにも小声だから気付かれないとでも思ったみてーだが、生憎と俺はヤマオロシと戦った事で視線とかに混じる感情とか他人の悪意には敏感なんだよ。

本音ちゃんの座っている下の方にある観戦席に向かっていた足を止めて、俺はソイツ等2人の場所まで歩を進めていく。

俺が近づくと、馬鹿女2人はこぞって顔色を真っ青にして震えだしたではないか。

ったくよぉ……言った後で後悔すんなら最初から言うんじゃねーってんだよ、この馬鹿たれ共が。

 

「テメエ等みてーな影でしか人の悪口言えねー奴等程度に、俺が態々オプティマスを使うわきゃねえだろーが?お望みなら後で訓練機の使用許可取ってきてやるから、そのまま模擬戦でもやるか?あ?」

 

「い、いえ……そんなつもりじゃ」

 

「わ、悪気は無かったんです!!ごめんなさい!!」

 

俺が笑顔で言葉を紡ぐと、馬鹿女達は目に涙をたっぷりと溜め、恐怖に満ちた顔で俺を見てくる。

実は今喋ってる現在も、俺はこの馬鹿2人に声を掛けた時から段々と怒気の強さを上げて、この馬鹿共にピンポイントで当てていたからな。

ちゃんと周りに被害がいかねー様に引き絞った怒気だが、まだあの本音ちゃんを膝枕した時に尾行してた奴に浴びせたレベルまでは上げてない。

だってそこまでしたら……多分コイツ等失禁すると思う。

そんな事になったらこの馬鹿共の近くの席の子達が巻き込まれるし可哀想だ。

だから俺は今も少しづつ、コイツ等に浴びせてる怒気の強さを上げていくだけに留めてる。

 

「悪気がなきゃあんな事言えねーだろボケ。俺に文句があんなら直接言いに来い。次に影口叩いてみろ……」

 

俺はそこで一旦言葉を区切って、目の位置に掛けているオプティマスの待機状態であるグラサンを指で下向きにズラした。

そして、今や最初の見下した顔ではなく只怖がってるだけの女2人に、俺は直にメンチビームを浴びせながら口を開く。

 

「俺の前でチョーシに乗った事を後悔させてやるぜ?……分かったか?(ギンッ!!)」

 

「あっ……(ガクッ)」

 

「ひ、ひぃ……(ガクッ)」

 

最後にチョコっとだけ2割近くの怒気を浴びせてやると、バカ2人は小さく悲鳴を挙げて気絶してしまった。

ソレを見届けた俺はフンと鼻息を鳴らしながら踵を返して、当初の目標地点である本音ちゃんの元へと歩みを再開する。

 

『ちょ!?この2人気絶してる!?』

 

『眼力だけで人を気絶されるとか……あの目で見つめられたい♡』

 

『あぁん♡思いっ切り罵って蔑んでくれないかなぁ……』

 

聞こえない、俺はなぁ~んにも聞こえない。突っ込んだら負けだ。

大体俺は千冬さんみてーにサディストじゃねえからそんな高度過ぎるプレイはお断りの事よ。

そのまま本音ちゃんの隣まで歩いていくと、本音ちゃんは座っていた席から身を乗り出した体勢で、俺に苦笑を送っていた。

 

「あ~あ~。やり過ぎちゃ~駄目だよゲンチ~」

 

「なぁに、気絶する程度に加減しといたから問題無えさ」

 

そう言ってやんわりと注意してくる本音ちゃんに、俺は肩を竦めて返事しつつ、本音ちゃんの隣の席に腰を降ろす。

そして、アリーナの空中に視線を向けると、正にグットタイミングってな具合でピットの発進口から一夏が白式を纏って飛び出してきた。

汚れ一つ無い純白の、正に『白馬の王子様』を彷彿させる機体、それを駆るパイロットはイケメンとくれば……。

 

『『『『『ワァァアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

勿論の事、女の子達はこぞって黄色い声を大音量で叫ぶ。

もう耳が痛くなるレベルで歓声を挙げる周囲の金切り声に、俺は若干顔を歪めてしまう。

まぁ一夏がイケメンでモテるのはそれこそ骨身に染みて理解してるが……この場に弾が居たら「死ねぇえええッ!!?」って叫んでるだろうな。

 

『さぁ!!今大会が二回目の戦闘となります織斑選手の入場です!!彼はISに初めて搭乗したというハンデがあるにも関わらず、英国代表候補生であるセシリア・オルコットさんに初陣初勝利を飾った、正に今大会のダークホースと言っても過言では無いでしょう!!搭載武器はブレードオンリーというのも男らしい!!』

 

空に一夏が現れた瞬間、合いの手でスピーカーから黛先輩の元気いっぱいな解説が聞こえてくる。

しかし最後のブレオン機体という説明が出ると、観戦席の女の子達はひそひそと「大丈夫なのかな?」という疑惑の声を出す者も居た。

それとは反対に「あのクラス代表決定戦は凄かった!!」と更に期待を篭めた眼差しを向ける子も居る。

後者の子達はあのクラス代表決定戦を見に来てた子達だろう。

心配というか半信半疑の人たちは大体上級生ばっかりだったからな。

 

『なお新聞部が独自に掴んだ情報によりますと、今大会には出場していませんが……IS初搭乗であのブリュンヒルデと名高い織斑先生との模擬戦闘試験に文句なしで合格するという荒業を成し遂げ、更にはIS搭乗時間がたったの50分未満にも関わらず先ほど名前が挙がった代表候補生セシリア・オルコットさんと、そのセシリアさんを打ち破った織斑選手を反則的なまでの力で叩きのめした、超ド級の実力者が1組に存在しています!!』

 

と、周りの女の子達の反応を分析していた俺の耳に、何やら不穏な説明が飛び込んできた。

その説明を終えて、まるで溜めを作るかの様に黛先輩の言葉が途切れた瞬間、全ての観戦区画の声がシンと鳴り止む。

しかもそれに続いて、この観戦区画の視線が俺の背中とか横合いから豪雨の如く集中し始めるではないか。

え?いやちょっと待てコラ?何か嫌な予感、と俺の声が口に出るより早くスピーカーから黛先輩の楽しそうな声が溢れた。

 

『そう!!その超理不尽な嵐を体現する人物こそ、織斑選手と同じく世界に2人しか存在しない男性のIS操縦者の1人にして、もはや絶滅危惧種とされる男らしさの塊!!タフガイの中のタフガイ!!人類失格シリーズ!!実はサイボーグとビーストのハーフ!?しかも料理の腕前はプロ級という家庭的な面まで併せ持つドチートな存在!!誰が何と言おうと1年最強!!チョーシに乗ってる奴は許さねえ!!超大型IS『オプティマス・プライム』の操縦者!!通称『鋼鉄の野獣(アイアン・ビースト)』こと鍋島元次君です!!!』

 

「失礼にも程があるだろ黛先輩ぃいいいいい!!?っていうか今この場で俺の事紹介する意味が皆無過ぎる!!?」

 

スピーカーから鳴り響く余りにも失礼な言葉の羅列に憤慨して席から立ち上がる俺だが、生憎とスピーカーにはコッチの声を拾う機能はついていない。

よって俺の声は楽しそうにナレーションしてる黛先輩には全く届いていないのである。

幾ら何でも酷え!?酷すぎるぜ黛先輩!!大体オレが人類失格ってんなら、千冬さんとか霊長類しっか……。

 

『『『『『キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

「どわぁああッ!!?」

 

結構危ない考えを頭に浮かべてた俺だが、背後から響くド級の大声に驚いて思考を中断させる。

な、何だ何だ今の声の塊は!?

そう思ってクルッと背後に振り返って見れば、そこに広がるのは笑顔で俺に手を振る女子の軍団がががが。

しかもこの観戦区画の殆どの女の子たちがキャーキャー言いながら手を振ってるモンだからかなり困る。

とりあえずどう答えたら良いか分かんねえので曖昧な笑顔を浮かべ、軽く手を振って席に着く。

男子が珍しいってのもあるんだろうが……悪くない気分です。

 

『キャー!!今あたしに手を振ってくれたわ!!』

 

『違うわ!!私よ!!』

 

『いやいやいや!!今のは間違い無く私!!心が通じ合ったもん!!』

 

『妄想乙w』

 

『あの千冬様の戦闘試験に合格するなんて……鍋島君って人間?』

 

『リーサルウェポンの間違いでしょ?』

 

無視だ無視、後ろの会話に関わってたらキリがねぇよ。

っていうか俺の精神キャパシティを軽くオーバーしちゃう。SAN値がががが。

 

「む~……ゲンチ~は~モテモテで嬉しそうだね~?」

 

「い、いや。そんなつもりは無えんだが……」

 

「ぶ~、鼻の下が伸びてるよ~に見えるのですが~?」

 

ここで更に俺の隣に座ってる本音ちゃんが、ほっぺたをむくれさせながらじーっと睨んでくる追加攻撃発生。

勘弁して下さい。もう俺のSAN値に余裕は御座いませんの事よ?

ちょっとばかしの後ろめたさをブレンドした俺の苦笑を見ると、本音ちゃんは更に頬を膨らましてくる。

こんな状況俺にどないせえとおっしゃりますか?

 

『盛り上がってきた所で、お次は2組のクラス代表、鳳鈴音選手の入場になります!!鳳選手は中国の代表候補生にして専用機持ち、実力は本国でも時期代表の呼び声も高いと言われているそうです!!しかも私が極秘に掴んだ情報によりますと、何と鳳選手と織斑選手、そして鍋島君の3人は幼馴染みであるとの事!!離れていた幼馴染みが互いにこの試合で闘う!!これは正に注目の一戦です!!』

 

黛先輩の熱の入った説明が終わると同時に、反対側のピットから鈴がISを纏ってアリーナに踊り出る。

するとさっき程では無いが、一夏の時と同じ様に観戦席の女子が鈴に声援を送っていた。

そして空中に現れた鈴の姿を視界に収めると、そこには赤色と黒色のツートンカラーに彩られた専用機を身に纏う鈴が映る。

全体的なフォルムは一夏の白式に近く、従来のISの持つシャープさを再現していた。

但し、両肩の位置に浮いているアンロックユニットは白式の様な翼の形を模したスラスターでも、オルコットのブルーティアーズのBT兵器の様な自立可能なモノでもなくて、棘付きのゴツゴツしたスパイクアーマーだ。

うおぉ……アレで殴られたら半端無く痛えだろうなぁ、しかも良く見りゃ背中に豪快にして大型の青龍刀っぽいモノが刺されてるじゃありませんか。

と、初めて見る鈴の専用機を軽く分析していると、オプティマスのセンサーが起動して、ガラスの部分に情報を掲示してきた。

 

『中国第3世代型、近接格闘型IS『((甲龍|シェンロン))』第3世代型特殊兵装有り』

 

甲龍ね……あの棘付きのアンロックユニット見た感じじゃ、願い事は叶えちゃもらえねえだろうなぁ。

っていうか、何でISは相手の情報とかが開示される様になってんだっけ?

 

「なぁ本音ちゃん」

 

「む~……な~に~?」

 

俺は素朴に感じた疑問の答えが欲しくて、隣で唸ってる本音ちゃんに声を掛けた。

俺のクラス代表決定戦前の勉強を手伝ってくれた前歴もあるが、本音ちゃんは意外な事に勉強は良く出来てる。

実戦とかの戦い方はそこまでだが、兎に角知識面では俺の大分先を行ってるんだぜ?いやはや人は見掛けによらねえもんだ。

 

「ちょいと聞きてえんだがよ、ISは何で他のISの簡単な情報とか名前が分かる様になってんだっけ?」

 

「ふえ?それは~ISの、コアネットワ~クっていう情報の遣り取りがされるネットワ~クがあるからだよ~?」

 

本音ちゃんはイキナリの質問にキョトンとしながらも、懇切丁寧に教えてくれた。

 

「情報の遣り取りをするネットワーク?……あっ。そういやISのコアの解析と開発は、束さん以外の人は出来ねえんだったっけか?」

 

律儀に答えてくれた本音ちゃんの答えに首を捻っていると、一番最初に参考書で習った項目が頭ン中に浮かび上がってくる。

ISのコアは束さんしか造れねえ上に、コアの中身は完全なるブラックボックス。

未だどの国の科学者も、コアの解析に躍起になっちゃいるが、それでも謎は解明されてねえ。

そしてそのブラックボックスたるISコアにはそれぞれ独自の意識があり、その遣り取りの中で生み出された情報の限りある部分だけが、データとして蓄積される。

ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っていて、ソレの応用がオープン・チャネルとプライベートチャネルによる操縦者会話だ。

元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたものらしい。

 

「いやはや、すっかりド忘れしてた。サンキュー、本音ちゃん」

 

「いえいえ~♪報酬は~、明日のデザ~トに、ホットケ~キを所望しま~す♪夢の5段重ね~~♪」

 

「ははっ、わかったわかったよ。ホントにちゃっかりしてんぜ」

 

「にゅふふ~♪この世は~等価交換で成り立っているので~す♪」

 

嫌に生々しい発言ですね?

俺の了解の返事を聞いた本音ちゃんは緩んだ笑顔を浮かべて嬉しそうにしている。

ホント、本音ちゃんのおねだりには弱いなぁ俺。

なんだかんだ言っても無碍に出来ない自分の心に苦笑しつつ、俺は空中に浮かぶ2人の幼馴染みに目を向ける。

しかし、空の向こうに居る幼馴染み達は俺達の居る観戦席の和やかな雰囲気は一切漂っておらず、ただひたすらにピリピリしている。

まぁ結局今日まで冷戦状態が続いてたからなぁ……鈴の奴、ここで今までの鬱憤を全部ぶつけるつもりだろうよ。

しかも一夏の方も勝負事に負けるとか態と手を抜くって行為が大ッ嫌いだから、一夏の目も闘志全開だ。

でも、鈴の奴だってオルコットと同じ代表候補生に上り詰めた奴。

生温い実力はしてねえだろうから……一夏の奴が切り札を出すタイミングを間違えたらソレで終わりだろう。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

見るからに殺る気――字が違った。やる気MAXと言った雰囲気の鈴。

一夏も覚悟を決めたような表情を変える事無く真っ直ぐと前を見ている。

 

『一夏、今謝れば少し痛めつけるレベルを下げてあげるわよ?』

 

アナウンスに従って空に昇った鈴は、一夏より少し高い位置からまるで見下す様にしてそう宣言する。

おうおう、あんな冷ややかな笑みを鈴が浮かべてるのは、間違い無く自分の方が強いって確信……いや、驕ってるからだな。

その台詞を聞いてムッとした表情を浮かべる一夏。

 

『そんな雀の涙程度のお情けなんか要らねえよ。全力で来い』

 

しかしその表情が一夏の癪に障ったんだろう、生来の負けず嫌い気質を発揮した一夏は雪片を展開して片手に持ち、堂々と宣言する。

その態度が気に入らねえってな具合で、今度は鈴が表情を歪めていく。

何だあの負の相乗効果は?もう少しカラッとした雰囲気で戦って欲しいモンだぜ。

俺程じゃあねえが、中学時代から短気だった鈴は堂々と臆する事無く言い返した一夏に、背中から青龍刀みてーなのを抜き放って突き付けた。

 

『一応言っとくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にもダメージを貫通させられる……言ってる意味が分かるかしら?』

 

……おーおー、随分と物騒な事を言うじゃねぇか鈴の奴ぁ……つまりこういう事だろ?

 

『「殺さない程度にいたぶる事は出来る」』

 

俺の呟きと、観戦席に備えられたスピーカーから聞こえてくる一夏の返答は、全くもって一緒だった。

鈴の脅迫とも取れる言葉に、一夏は表情を崩して、余裕の笑みを浮かべながら鈴に対して口を開く。

 

『それがどうしたんだよ?俺はこの学園に来てから今日までの特訓で、ゲンに何度ブッ飛ばされたかわかんねえぐらいブッ飛ばされてんだぜ?今更死なない程度の攻撃なんかにビビるかよ』

 

おい待て兄弟?

 

『あー……そうね。ゲンの拳とか蹴りを生身で受ける事考えたら、絶対防御ちょっと突破される痛みなんかどうでも無いか』

 

おい待て幼馴染み?

 

少しばかり聞き逃す事が出来ねえ言葉の応酬に首を捻っていると、空の向こうに居る一夏は、何時の間にか哀愁漂う遠い目をしていた。

 

『今日までの特訓中、ゲンの拳とか蹴りが迫る度に思ったよ……『あ、コレ死んだ』ってな……何回走馬灯を見た事か……ソレに比べりゃ、IS使った試合何て全然怖くねえよ。絶対防御マジ万歳』

 

そう言って儚く笑う一夏に、会場の空気は『ご愁傷様』って空気一色に支配されていく。

良く見りゃあんだけ怒り狂ってた鈴ですら、一夏に同情を禁じ得ない的な視線を送っているではないか。

……あれ?これって俺が悪いのか?

一応弁解しておくと、俺に鍛えてくれって言ってきたのは一夏だからね?俺は頼まれた事しただけです。

試合前だってのに微妙になりつつある会場の空気だったが、その空気は鈴がコホンと咳払いをする事で払拭され、再び緊張に支配される。

 

『コホン。まぁとりあえず……始めよっか』

 

短くそう言って青龍刀っぽいモノを構える鈴に呼応して、一夏も雪片を正眼に構える。

いよいよ、喧嘩の始まりって訳だ。

 

『では、クラス対抗戦第1試合、織斑選手対鳳選手戦を開始します!!』

 

プァーーーーーーーーーンッ!!!

 

そして、黛先輩の掛け声と共に試合開始のブザーが鳴り響き、一夏と鈴の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

『ハァアアアアアアアアアアッ!!!』

 

『オォォオオオオオオオオッ!!!』

 

2人は合図の瞬間に飛び出し、一夏は雪片を大上段に、鈴は青龍刀を下から掬い上げる様に振るい、己が獲物同士を交差させる。

すると、ガギィッ!!と金属がぶつかり合う嫌な音を奏で、そのまま鍔迫り合いへと移行する。

いきなり試合運びが速い様にも感じるが、一夏と鈴のISは近接型だから、2人とも其々の土俵で戦おうとするとこうなる。

一夏の白式は、オーバースペックともいえる機動力と速度を活かし、唯一仕様である『零落百夜』を使ったワンキル戦法。

鈴の甲龍は近接型と銘打たれちゃいるが、アイツもオルコットのブルー・ティアーズと同じで第3世代型特殊兵装とやらが積まれてる。

この特殊兵装ってのがどんなモンかは分からねえが、それが少し引っ掛かるな。

ブルー・ティアーズのビット兵器みてーに、他の一般的な装備とは一線を課したモンの筈だと思う。

 

『(ギリギリッ!!!)くっ……ぐぅううぅ!?』

 

そして、空中で鍔迫り合いをしていた一夏と鈴に目をやると、一夏は苦しそうな声を上げて上体を逸らし始めてしまっている。

一方で押し込んでいる鈴の表情は涼しげだ。

 

『フフン♪お生憎様だけど、アタシの甲龍はパワータイプなのよ!!(ガギィンッ!!)』

 

『おわ!?』

 

急に押し込まれた体勢から弾き飛ばされ、一夏は後ろに飛ばされてしまう。

すかさず青龍刀を構えなおした鈴が一夏を追従し、今度は斜め上からの袈裟斬りを繰り出した。

 

『それ!!ファーストダメージは貰ったわよ!!』

 

肩に担ぐ様な形で、鈴は斬撃を一夏に繰り出し、白式の胸部装甲を狙う。

その斬撃が当たると疑わない鈴の表情は笑顔になっているが、一夏は鈴の斬撃を見ながら焦らずに雪片を斜めに構える。

さっきの鍔迫り合いをいとも簡単に押し返したパワー、そして鈴の台詞から考えると鈴の一撃の重さは甲龍のパワーにモノを言わせたゴリ押しのスタイルだ。

機動力と速度が売りの白式じゃそれを防ぐ事は難しいと、鈴は瞬時に見抜いたんだろう。

だがまぁ、一夏の特訓の成果と戦闘経験を侮ったのは悪手だな、鈴。

 

『せいやあっ!!(ギャガガガッ!!)』

 

『ちょ!?う、嘘!?』

 

何と一夏は、鈴の斬撃を真正面から受け止めるのではなく、力に逆らわず綺麗に外へ受け流した。

千冬さんの特訓で教えられた事を忠実に守ってるみてえだな……さすがはシスコンの名を欲しいままにする男だぜ。

嘗て、千冬さんが現役時代に乗っていたIS『暮桜』の唯一にして最強の刀『雪片』の後継機『雪片弐型』は日本刀をトレースした片刃の日本刀だ。

何でも日本刀ってのは、『斬る』という目的を愚直に追求した結果、刀身を薄く鋭くした形となったらしい。

そのため、剣同士の打ち合いに対する耐久性は意外と脆く、直ぐ使い物にならなくなってしまう。

力比べの鍔迫り合いだって文字通り、刀の刀身じゃなくて鍔を当て合うワケだからな。

だから千冬さんは、IS同士の打ち合いに関しても、日本刀の様に反り返った刀身で、相手の攻撃を受け流させる事を徹底して一夏に教え込んだ。

まぁ白式自体がノンパワータイプなんで、力比べで根負けしたらアウトってのも理由の一つだったがな。

千冬さんの有難いアドバイスに従った一夏は、ISを使った箒との近接訓練でも徹底して受け流す事を守りの主とし、ISが使えない剣道の時も、それをしっかりと学んでた。

お陰で一夏の防御方面の技術は格段に上がったし、体重を乗せて『叩き斬る』を主としてる鈴の青龍刀への対策はバッチシってワケ。

日本刀の反りを受け継いでいる一夏の雪片弐型は、鈴の青龍刀の重さと一撃の力を見当違いの方向へと受け流し、そのまま体勢を入れ替えて無防備な鈴の隣りへと移動する。

 

『初撃はコッチが貰う、ぜッ!!(ズバァッ!!)』

 

『キャッ!?』

 

一夏はその場所から刀を手首で返す様に回し、鈴の無防備な背中を雪片の実体剣でもって斬り伏せる。

ココで零落白夜を使わなかったのは、零落白夜の展開速度が余り早く無い事が原因だ。

ISのシールドエネルギーを無効化させるチート染みた零落白夜は、その絶大な破壊力と引き換えに展開速度は早く無い。

更に自分のシールドエネルギーを馬鹿みたいに消費させちまうから、常時展開させていると直ぐガス欠になっちまう。

オマケに白式自体が燃費の悪さが尋常じゃねえから、必ず大ダメージを与えられると判断した局面以外では展開しない様に俺と千冬さんはアドバイスした。

背中に決して軽くない衝撃を受けた鈴は刀の勢いそのままに前のめりに吹き飛び、空中で即座に体勢を切り替える。

 

『くのッ!?やってくれたわね!!』

 

まさか初心者の一夏に初撃を奪われるとは思ってもみなかったのか、鈴はさっきまでの上機嫌な表情を消して悔しそうな顔になる。

そして、鈴は青龍刀を握っていない片手に粒子を漂わせると、開いた手にもう一振りの青龍刀が展開された。

まるで新体操のバトンの様にクルクル回し、もう片方の青龍刀には決して当たらないという曲芸の様な物を披露しつつ、鈴は一夏へと特攻をかける。

二刀流とか、鈴の奴随分と器用な真似するじゃねえか……アイツが剣を嗜んでるなんて聞いた事無えし、中国に帰ってから訓練したんだろうな。

向こうに帰ってから1年足らずで代表候補生にまで上り詰めた鈴の才能に、俺は内心舌を巻いていた。

 

『はぁッ!!せいッ!!うりゃあッ!!』

 

裂帛の気合と共に縦横無尽な位置から振り下ろされ、踊る様に舞う剣撃の独奏曲。

傍から見てもガキのちゃんばらゴッコとは違って良く洗練されたモノだと伝わってくる程に、鈴の剣は力強い動きを見せていた。

だが、一方でその独奏曲を受け止める一夏の剣筋もテンションをアゲていく。

 

 

 

――――それはつまり、二重奏の始まりの合図でもある。

 

 

 

「うおぉおおおおおおッ!!!」

 

両端に付いた刃を交互に縦横斜めと角度を変えながら鈴は怒涛の勢いで斬り込んでいくが、一夏も負けじとその剣撃をいなしていく。

ガキィンッ!!と幻想的な火花を散らしながら鳴り響く金属の楽器による2人の二重奏。

剣対剣、中国と日本の思想の違いが生んだ異形の形同士の超インファイト。

それは見る者を魅了し、ほぅと感嘆の溜息を吐かせる。

そんな風に観客席が静まり返る中、鈴と一夏は互いに弾かれた様に距離を取り、相手の出方を伺う膠着状態になった。

今まで観客を魅了していたショーが終わり、それから一拍遅れて……。

 

『『『『『ワァァアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

観客席を、いや会場全体をドデカイ歓声が埋め尽くした。

今や席に座っていた少女達は軒並み立ち上がった体勢で手を大きく振りながら歓声を贈り、熱も冷めやぬって感じだ。

かく言う俺も、皆とは違って席に座ったままだが、目の前で繰り広げられた戦いに笑みを浮べている。

いやはや、2人揃って良いモン見せてくれるじゃねぇか。

まだ喧嘩が始まって5分ちょっとだってのに、ここまでギャラリーを沸かせるとは思わなかったぜ。

 

『……まさか、アンタがここまで強くなってるなんてね。双天牙月の連撃をここまで綺麗にいなされちゃ堪んないっての』

 

空中で睨み合っていた2人だが、その静寂を破って鈴が悔しそうな顔で一夏に話し掛ける。

あの青竜刀っぽいの、双天牙月って言うんだな。

スピーカーから響く声に、観客席の歓声はシンと鳴り止み、向こうの言葉を一語一句として聞き漏らすまいと耳を傾けていく。

 

『確かにお前の甲龍のパワーは俺の白式より上だぜ?正直、防ぐのも大変だった……でもよ、ゲンのオプティマスのパワーに比べりゃ、羽みたいに軽かったな』

 

一夏は鈴に笑顔でそう答え、雪片をしっかりと握り直す。

ここでまさかの俺の名前が出た事に鈴の奴は「そういえばそうだった」みたいな顔をし、俺の居る観戦区画の目が又もや俺に集中してくる。

まぁこちとら純粋なパワースタイルですから?生半可な力してませんよ。

 

「……ん?……何だあいつ等?」

 

と、周りの視線を気にしねえ様にしてたら、オプティマスのハイパーセンサーで見ていた他の観戦区画の一角から変な視線を感じた。

不審に思ってそこに目を遣れば、そこにはどう見ても学生って歳からかけ離れている大人の軍団が居た。

全員偉そうな高級スーツを着込んでいて、俺の居る観戦席に色んな感情が篭った目を向けている。

男は興味深そうな視線だったり、まるで値踏みする様な不快な視線……まぁオバハン達のに比べればまだマシな方だ。

オバハン達の視線は、まるで俺を親の仇の如く睨んでたり、そこら辺に転がる石ころを見る様な視線。

だがハイパーセンサーで拡大された奴等のどの顔も、俺はまるで知らねえし、会った覚えもまるで無え。

一体何なんだアイツ等は?

 

「なぁ本音ちゃん。向こうの観戦区画に居るあのジジババ共は誰なんだ?」

 

気になった俺はそのババア共が居る観戦区画を指差して、隣に座ってる本音ちゃんに質問する。

さすがに本音ちゃんは専用機を持っていないので、俺が指さした方向に居るのが誰か分かるのに時間が掛かると思ったが、意外とすんなり答えが帰ってきた。

 

「じじばばって……大人の人達なら~、色んな国の研究所の人とか~、IS企業の人達だよ~?そんな事言っちゃ~駄目だよゲンチ~」

 

「別に構やしねえさ。アイツ等俺を値踏みする様な目だったり、ババアに至ってはまるで汚物を見る様な目で見てやがるからな」

 

口をすぼめて俺に注意してくる本音ちゃんに、俺は笑顔で言い返す。

別に普通に見てくるなら俺は普通の対応をするし、敬語も使うぜ?……だが、ありゃどう考えても俺に喧嘩売ってるとしか思えねえ。

俺に喧嘩売ってるってんなら、俺は女だろーがジジイだろーがババアだろーが平等にブチのめす。

そして俺の言い分を聞いた本音ちゃんは、「あぁ~」と納得した様な声を出しながら、苦笑した顔で俺を見てくる。

 

「多分~その人達は~、女性権利団体だと思うよ~」

 

「女性権利団体?……あぁ、あのファッキンババア共の巣窟か」

 

本音ちゃんから教えてもらった聞き覚えのある団体名に、俺はフンと鼻息荒く席に座り直す。

 

 

 

――――女性権利団体。

 

 

 

この団体は以前まで女性の立場や人権を主張する普通の一団だったが、女性しか使う事が出来ないISと言う兵器の誕生で女尊男卑社会が出来ちまった事で変わった。

それもかなり悪い……いや、悪質な方向にだ。

今や女性の立場と権利を好き勝手に振舞って男性を奴隷のように扱う私利私欲に塗れた傲慢な一団でしかねえ。

例えば欲しい物をタダで手に入れる為に近くにいた見ず知らずの男に買わせたりとか、勝手な言いがかりをつけて男性から慰謝料を請求した後に職を失わせる等々がある。

俺からすれば胸糞悪いゴミ溜めって認識でしかねえし、正直生きてる価値もねえってのが本音だ。

普通に考えればそんな横暴な事をする一団は処罰されてもおかしくない。

だが、女尊男卑社会となっている為に各国が女性優遇制度を作った所為で、今は女性がどんな事をしても許されるってクソッタレた時代になっている。

故にその政策によって、IS操縦者以外の女性達が権力者よりも性質が悪い傲慢な腐れアマ共へと変貌した、要はそんな産廃以下のクソゴミが集まる場所だ。

まぁとは言え、その権利団体に限らず、そして女性全てとは限らず、中には良識を持った女性もちゃんといる。

千冬さんや真耶ちゃん、束さん……はどうかは分からんが、それにお袋に婆ちゃんが良い女の見本だ。

 

「さっき~黛先輩が、ゲンチ~は1年さいきょ~って紹介したからじゃない~?後~、ちゅ~ごくの最新鋭より~オプティマスが強いのが~気に入らないのかな~?」

 

「ハッ。要するに下らねえやっかみって事だろ?男を奴隷としか考えてねえクソ女共の考えそうなこったな……機会がありゃブチのめしてやんのによぉ」

 

俺は横で分かりやすく教えてくれる本音ちゃんに相槌を返しながら、獰猛な笑みを浮かべる。

別にアイツ等が喧嘩売ってくるってんなら、こちとら何時でも歓迎してやんぜ。

まぁ、絶望を身に刻んで死ぬほど、いや死んだ方がマシってレベルまで後悔させてからケチョンケチョンにボコすけどな。

と、俺があの腐れババア共と何時か戦り合う事になった時の事をシュミレートしていると、隣に居る本音ちゃんがグイグイと俺の裾を引っ張ってきた。

どうしたんだろうと思ってソチラに目を向ければ、そこには若干心配そうな顔をした本音ちゃんが居るではないか。

 

「……ゲンチ~って、女の人が嫌いなの~?」

 

「は?……な、何でそうなったんでしょうか本音ちゃん?」

 

ちょっと不安そうな表情で上目遣いに聞いてくる本音ちゃんの言葉が理解出来なかった。

いやいやいや、何で女が嫌いってなったワケ?俺男スキーじゃないよ?

 

「だって~……あの人達の事~滅茶苦茶に言ってたもん……私も事も~……嫌いなのかな~って」

 

本音ちゃんはそう言うと、不安そうな表情を崩さずに、上半身を俺の胸辺りに凭れさせてくる。

下から俺を見つめる本音ちゃんの瞳は、何だか捨てられそうな猫そのものだった。

え?もしかしてそれだけの理由で?っていうか嫌いなワケ無いでしょうが。

俺はさっきまでの獰猛な雰囲気を消し去り、ニコやかな笑顔を浮かべて胸元に凭れてる本音ちゃんの頭をグニグニと撫でた。

 

「そんなワケ無えじゃねぇか?俺が嫌いなのは、性別だけで相手を好き勝手扱えるって考えてるウジの湧いた頭してる連中の事だよ。本音ちゃんみてえな優しい娘を嫌ったりなんて有り得ねえな」

 

「はぅ……ホント~?私、わがままじゃ無いかな~?嫌々、私と居るんじゃ無いんだよね~?」

 

「おう。ホントホント。それに天地が引っ繰り返っても有り得ねえが、もし本音ちゃんが嫌いだったら俺は本音ちゃんとまともに口も聞いてねぇさ」

 

「ッ!?そ、そっか~♪じゃあ、私は嫌われて無いんだね~?良かったよ~♡(て、天地が引っ繰り返っても在り得ない、ですか~♡もぅ♡ゲンチ~ってば~♡)」

 

俺の言葉に気を良くしたのか、本音ちゃんは幸せそうな笑顔を浮かべて俺から離れる。

そして、何やら頬に手を当てながらイヤンイヤンと幸せオーラを撒き散らせ始めた。

ど、どうしたんだ本音ちゃんは?……ま、まぁ喜んでくれてんならそれで良いとしとこう。

今は目の前で戦ってる幼馴染み達の事を気にしとかなきゃな。

そう考えて空中に浮いてる鈴と一夏に視線を向ければ、鈴は一夏の言葉に苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。

 

『羽みたいに軽いとか……言ってくれるじゃない?一応この甲龍は、中国機随一のパワータイプで最新鋭機なんだけど?』

 

『別に最新鋭機でも、防げるなら問題ねえさ……ゲンと生身で特訓した時なんか防御で顔面の前にだした木刀がへし折れて、そのまま木刀の破片事ブン殴られたんだぜ?オプティマス装備なら、一瞬の拮抗すら出来なかったっての。……アレを受けた後じゃ、受けれる攻撃なんかまるで問題にならねえ』

 

『……そうだった……!!アイツの前じゃ防御なんかまるで意味ないのを忘れてたわ……!!路上で喧嘩した時も、鉄パイプを構えてた相手を鉄パイプごとブッ飛ばしてたわね、アイツ』

 

『まさか相手も自分の防御してた鉄パイプがそのまま凶器に繋がるとは思って無かっただろうけど……まぁ兎に角、そんな非常識の塊と特訓してきたんだ!!それぐらいのパワーじゃヘコたれねえぞ!!』

 

おいコラ兄弟?誰が非常識の塊だえぇオイ?俺はそこまで人間辞めたつもりは皆無だからな?

長年一緒に居る兄弟分に随分と酷い言い草をしながら、一夏は雪片を実体剣のままに上段に構えて鈴を見据える。

もはや様子見は終わりだと語る一夏の動きに、鈴は両手に持つ双天牙月を回転させながら、その柄尻同士を近づけ、ガチンッという音を鳴らして連結させた。

おいおい、あの双天牙月ってのはあんな双刃でも使えるのかよ、カッコイイじゃねえか。

刃の向きを左右反対向きに組み込んだ双刃モードの双天牙月を器用に振り回しながら、鈴は堂々と一夏に視線を向ける。

 

『上等よ!!こっちだって伊達で代表候補生やってんじゃないからね!!生半可な訓練はしてないんだから……コレ以上無いってぐらいに、キッチリとブッ飛ばしてあげるわ!!』

 

『へっ!!後で吠え面かくなよぉッ!!!』

 

2人はそのまま武器を構えて突進し、再び超インファイトを開始する。

方や雪片を使った受け流しからの攻め、方や両刃の双天牙月を使った攻防一体の剣撃。

互いに一歩も譲らず、その先へと繋がる決定打を出せずに只打ち合うのみだ。

まぁこれは一夏だけの話しだが、一夏の白式は後付け装備(イコライザ)が詰めないという弱点を持ってる。

これはある種仕方の無え話しで、白式の拡張領域はもう99,9%埋まってるらしい。

ただ一度点検した時の話しでも、オルコットも箒も検討が付かない上に原因が良く分からないという事だった。

故に一夏の武器は雪片オンリーで、近接格闘以外に戦う手段は残されていない。

つまり、一夏はその土俵以外では戦えないんだが、鈴は違う。

まず間違いなく、射撃、もしくはそれに順ずる物を絶対に積んでる筈だ。

っていうか代表候補生に幾ら実験機といってもブレオンの機体を渡す馬鹿は、一夏の白式を作った倉持技研ぐらいなモンだろう。

 

『うぅ……!?くッ!?』

 

『ほらほらほら!!さっきまでの威勢の良さはどうしたのよぉ!!』

 

やがて、暫く保っていた均衡が崩れ、一夏が苦しげな顔で苦悶の声を上げた。

今やさっきまでの均衡は完璧に無くなり、鈴の双天牙月による連撃の嵐が一夏を押し始めている。

複雑な軌道を描きながら一夏を襲う双天牙月の操り手である鈴は、さっきと同じ様な自信に満ち溢れた笑顔で武器を振るう。

ちっ、やっぱ幾ら俺や千冬さんが鍛えた所で、所詮は1週間ちょっとの付け焼刃だったか。

ここに来て一夏と鈴の地力、体力の差が出てきて、体が全く負い付かなくなって剣がワンテンポ遅れてやがる。

幾ら一夏が才能溢れるダイヤモンドの原石だといえ、まだまだ全然磨けてねえからな。

今のままじゃジリ貧だと悟ったのか、一夏は鈴の大振りな横薙ぎを剣で流さずに回避すると、後ろに後退して距離を取った。

って待て待て!?白式の武器は雪片しかねえんだから無闇に距離を開けたら――――。

 

 

 

俺が一夏の愚策に心中でマズイと感じた次の瞬間――――。

 

 

 

『甘いッ!!(バォオオンッ!!!)』

 

『ッ!?(ボォゴアァッ!!!)ぐあッ!!!』

 

 

 

甲龍のアンロックユニットがスライドして、少し光ると、一夏が吹き飛んでいた。

まるで見えないナニカにブン殴られた様な軌道を取り、一夏はアリーナの地面へ一直線に落ちていく。

 

『(ガシャァアンッ!!!)ぐうッ!!?』

 

そして、轟音と少しの振動を響かせて、一夏は地面とディープキスをカマしてしまう。

一方で空中に居る鈴は、地面に大の字に倒れる一夏を見て、ニヤリとした笑みを浮かべていた。

余りの急展開に目をポカンとさせていると、オプティマスのガラスウインドウに、新たな項目が浮かび上がる。

 

『甲龍の第3世代型兵器の使用を確認』

 

第3世代型兵器……ヤッパあいつの機体にも積まれてやがったか……そこらのノーマルな武器とは一戦を課すトンデモ武器が。

オプティマスから知らされた情報を確認しつつ、俺はココで出て来た鈴の隠し球が何なのか考えてみる。

アリーナの向こうでは、起き上がったばかりの一夏に再び襲い掛かる見えないナニカが地面に撃ち込まれていく。

そのビックリドッキリウェポンの襲撃を、一夏は紙一重で何とか回避して空中に飛び上がった。

武器を使ってる筈の鈴は、最初の場所から一歩も動いていないのに、ナニカの衝撃だけが次々と襲いかかる奇っ怪な場面。

ただ、その衝撃が出る少し前に甲龍の肩のスパイクアーマーの中の珠が光っていることを見れば多分絡繰りはそこだろう。

撃ち込まれた地面はそこまで陥没してないって事は、威力は中の上ってトコか?

 

「あれはね~。『衝撃砲』っていうんだよ~?」

 

俺が鈴の武器のからくりを必死に考えていると、隣に座っていた本音ちゃんがニコニコと笑顔で俺に声を掛けてきた。

って……衝撃砲?聞いた事が無え武器の名前だな?

 

「本音ちゃん、その『衝撃砲』っつー武器の事知ってんのか?」

 

「うん~♪まずはね~?空間自体に圧力を掛けて砲身を作って~、で余って出来た衝撃を砲弾にして打ち出すんだ~。簡単な特徴は~、空間を圧縮してるから~弾切れも無いし~、見えないって所かな~?」

 

俺の質問に、本音ちゃんは笑顔を崩さずに懇切丁寧に説明してくれた。

ただ、幾ら丁寧な説明でも、俺の頭がその説明に追い付いてねえからんまり意味無えけど。

しかし、本音ちゃんは今の説明で俺にちゃんと伝わったのか気になってる様で、瞳をキラキラさせながら俺を見てくるでないか。

自分の口で「ワクワク♪ワクワク♪」って言ってるし……こんな表情見せられたら分からなかったじゃ済まされねえよ。

と、いうわけで、俺は頭に手を当てながらウンウン唸りつつ、本音ちゃんの言葉を自分なりに纏める作業に入る。

 

「衝撃を撃ちだす?……弾が見えない?…………アレか?未来から来た青狸の空気砲的な?」

 

「大体はそんな感じだよ~♪参考になったかな~~?」

 

「お、おう。サンキューな」

 

「むふふ♪……ホットケ~キに~……アイスを乗せて欲しいな~♪」

 

俺の言葉を聞いた本音ちゃんは謙遜するワケでも無く、何故か色気のある流し目で俺にお礼をリクエストしてくる。

追加注文入りましたー♪っていうかアイスまでトッピングっすか?益々出費ががが。

しっかし色気を乗せた流し目でデザートの追加オーダーって……色気出して食い気もなんて器用ですね本音ちゃん。

最近割りと出費の多い我が財布事情を考えながら、俺は少しヒクついた笑顔を浮かべてしまう。

 

「り、了解だ……チョコチップバニラを作って乗せさせて頂きます」

 

「わ~い♪」

 

俺の言質を取った本音ちゃんは、そりゃもう小躍りでもしそうな勢いで腕を振り回して喜びを露わにした。

地味にペシペシと俺とか本音ちゃんの横に座ってる娘に裾が当たってる。

嬉しいのは分かるけどもうそろそろ止めようね~本音ちゃん?横の娘さっきから顔の近くに当たりそうで怖がってるから。

 

『へぇ……良く躱すじゃない?この『龍砲』は、砲弾も砲身も見えないのに……でも、それが何時まで続くかしら!?』

 

『く!?うおあ!?』

 

俺が本音ちゃんとコントを繰り広げている間に戦いは更に苛烈さを増し、一夏は鈴の放つ衝撃砲を必死に避けていた。

鈴はその場から動かずにありったけの砲弾を放ち、一夏は機体を縦横無尽に動かしてそれを避けつつ距離を詰めようと飛ぶ。

途中、何発かこの観戦席に外れた衝撃砲が飛んできたが、アリーナのシールドが俺達を守ってくれてるので、被害はまるで無い。

精々困るとすりゃ、当たる度にドォオン!!とウーハーの響く様な重低音が鳴ってウルセエってトコだな。

 

「およ~?おりむ~が何かしよ~としてるのかな~?」

 

「ん?……あぁ、確かにありゃ、『今から何かするぞ』って顔だな……」

 

本音ちゃんの言葉を聞いて一夏を拡大して見てみると、白式を駆る一夏は、鈴の攻撃を回避しつつ鈴の射線から抜けそうで抜けない絶妙なポジションを執っていた。

しかも鈴の機体の周りを回転するかの様な軌道で飛行している……って事は、多分鈴の視界から自分を外そうとしてるんだろう。

視界から自分の存在を消して、そこから奇襲……って事は千冬さんが教えてた瞬時加速(イグニッション・ブースト)を狙ってんのか?

瞬時加速(イグニッション・ブースト)てのは、ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み圧縮して放出する飛行技術だ。

その一度開放された爆発的なエネルギーをスラスターに戻した際に得られる慣性エネルギーを使って爆発的に加速する事が出来る。

良くドラッグレースやゼロヨンなんかで使われるニトロ加速装置、通称NOSに似てると俺は思う。

瞬時加速の速度は特に決まっておらず、外気に放出したエネルギーの量に比例する。

しかも自分のISのエネルギーじゃなくても、外部の何らかのエネルギーを使用してもいいって便利な技だ。

ただし当然デメリットもある。

それは、瞬時加速の使用中は加速に伴う空気抵抗や圧力の関係で軌道を変えることができず、直線的な動きになるって事だ。

無理に力技で軌道を変えたら、絶対防御があっても最悪骨折に繋がるって千冬さんが言ってたっけ。

それともう一つの特徴は、この技は所謂初見殺しに最適な技術ってトコだ。

何せ離れた距離をほぼ一瞬で縮める事が可能な上に、相手が対処する前にコッチの初動が早ければそれで終わり。

幾ら鈴が代表候補生つっても、一瞬でトップスピードを叩き出す瞬時加速、そして機動力と速度に特化した白式の奇襲攻撃にゃ耐えらんねえだろう。

オマケに一夏にゃ一撃必殺と言っても過言じゃねえ隠し球『零落白夜』がある。

もし奇襲が成功すりゃ、試合の流れは一気に一夏へ傾くだろうな……失敗すんなよ、一夏。

 

『あぁもう!?チョコマカと動くんじゃないわよ!!こんのぉおおおおおッ!!!(ギュボボボボボボッ!!!)』

 

『ふ!!今だ!!』

 

そして、一夏が鈴の周りを撹乱する様に飛び続ける事5分ぐらい経った頃、状況が動いた。

当たるか当たらないかという限界ギリギリの所を飛翔していた一夏の行動に、鈴は持ち前の短気さを遺憾なく発揮させ、衝撃砲を辺りにバラ撒く。

だが、それは今まで飛んでいた一夏に狙いを付けて打つ様な正確なモノじゃなく、ただやぶれかぶれに連射するという冷静さを欠いた行動だ。

 

 

 

――――それが、一夏に絶対的なチャンスを与え、鈴に決定的な隙を生み出した。

 

 

 

『ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

『ッ!?』

 

我慢強くチャンスを待っていた一夏は鈴が生み出した決定的なチャンスに食らいつき、雪片の刀身をスライドさせてレーザーの刀身を露わにする。

全IS中トップクラスの威力を誇る世界最強の称号を受け継いだ唯一仕様『零落白夜』のお披露目だ。

そのまま一夏は雪片を両手で握った体勢からスラスターを吹かし、本番一発で、瞬時加速を成功させやがった。

いきなり視界から消えた一夏、そしてさっきまでと違うレーザーの刀身、オマケとばかりにトップスピードで迫る白式。

この3つの要素が一度に鈴に襲いかかった所為で、鈴はその場から動けず身体を硬直させてしまう。

 

『ハァアアアアアアアアアアアアアッ!!!(ビュォオオオンッ!!!)』

 

スピードに乗った一夏は硬直して動かない鈴に、雪片を気迫と共に振り下ろす。

こりゃあ一夏の勝ちか?

 

 

 

 

 

そして、一夏の振り下ろした雪片が鈴に届く瞬間――――。

 

 

 

 

 

ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!

 

 

 

 

 

一筋の閃光が、アリーナの地面にブチ当たり、轟音と砂塵を巻き起こした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

波乱を喰らう野獣

「な、なんですの!?何が起きたんですか!?」

 

「今のは鳳の衝撃砲でも、一夏の零落白夜でも無い……もっと別の『攻撃』だ!!」

 

謎の閃光がアリーナの中央に着弾した頃、第3アリーナの管制塔では警報がけたたましく鳴り響いていた。

試合中に突然上空から降り注いだ一条の光。

それは紛れもなく、このアリーナの外から撃ち出され、IS学園とは関係無い人物がもたらした厄災。

詰まる所、これは外部からの襲撃である。

この襲撃に、一夏と鈴の戦いに見入っていた管制塔の面々は面食らって動きが硬直してしまう。

何故なら、IS学園設立以来、前例の無い出来事だからだ。

それは代表候補生であるセシリアや、世にISを送り出した束の妹である箒でも例外ではない。

元より彼女達はまだ1年生、突発的な出来事に混乱してしまうのも無理は無かった。

 

「今の爆発はっ!?」

 

「システム破損!!上空からのナニカによる衝撃で、アリーナのシールドが破られました!!」

 

だがしかし、この異常事態に即時状況確認を取った者が管制塔には2人居た。

その人物こそ、この世界で最強と謳われる戦乙女、織斑千冬。そして彼女の良きパートナーを務める山田真耶の2人だった。

過去の世界大会モンドグロッソを闘い抜き、その頂点に輝いた千冬は持ち前の状況判断能力と冷静な思考をフル稼働させ、事態の把握を開始。

千冬の言葉に即応してシステムと現状のチェックを同時に済ませる真耶も、並外れた状況判断能力を持っている。

普段はおっとりしていてドジッ娘な場面も目立つ彼女だが、彼女も元代表候補生だっただけに非常事態への動きは俊敏なのだ。

何せ真耶が現役の頃は、もし千冬が居なければ真耶が国家代表に立っていたとさえ言われる腕前だったのだから。

 

『試合中止!!織斑!!鳳!!直ちにピットへ退避するんだ!!』

 

そして、外部からの犯行が判明した時点で、千冬は無線機を使って試合中だった一夏と鈴に鋭い声で退避命令を下した。

まだ敵が何者なのか、それ以前に敵なのか判断出来ない以上、2人を非難させるのは当たり前の処置と言える。

現在アリーナに居る2人は先程まで戦闘中だったのであり、例え小破状態と言えども危険な橋を渡らせる訳にはいかない。

生徒を危険に晒さない為に、学園には教師が存在し、そして多くの元代表候補や元国家代表が緊急時の戦闘員を務めているのだ。

2人に避難命令を出した千冬は、隣に居る真耶に鋭い声で命令を飛ばす。

 

「山田先生!!アリーナの観客席に居る生徒の避難誘導員の派遣と教師部隊に突入命令を!!」

 

「はい!!」

 

千冬の命令に従い、真耶は手元のコンソールを素早くタイピングし、教師陣の非戦闘員に避難誘導の命令を下した。

まず優先すべきはISを纏っていない一般生徒の安全の確保だからだ。

アリーナに居る鈴と一夏はISを纏っているので、多少のタイムラグは仕方無い。

そして避難誘導の係への各自通達が済み、教師部隊へのスクランブルも終了した所で――――。

 

ガシャンッ!!ガシャンッ!!ガシャンッ!!

 

突如、目の前のソリッドビジョンスクリーンに映しだされていたアリーナの観客席の周りが、鋼鉄の壁に覆われ始めたのだ。

それは、教師である真耶や千冬からすればその存在は知っている物であり――――。

 

「ッ!?学園のシステムにハッキングされてます!!アリーナの遮断シールドがレベル4に設定!!此方からの命令を一切受け付けません!!」

 

最悪の事態を予想させるには充分なモノだった。

今観客席を覆った鋼鉄のシールドは、アリーナに緊急事態があった場合にのみ発動の許可が降りる最大レベルの遮断シールドであり、普段は発動する事はまず無い。

勿論誰もその許可を出していないし、個人の判断で動かせるモノでは無いのだ。

それは外部犯からのハッキングの所為で、管制塔から、いや学園からの主導権を奪われてしまった事を意味する。

 

「観客席からの避難は!?」

 

「駄目です!!誘導員が着く前に、防護扉を締め切られてしまいました!!観客席には生徒が残ったままです!!」

 

「――あのISの仕業ですの?」

 

「そのようだ……完全に隔離されたというわけか」

 

既に後手に回っているこの状況に、千冬は苦い顔を浮かべたままセシリアの問いに答える。

非IS装備の一般生徒達の避難、アリーナに取り残された一夏と鈴の救出、全てが向こうに掌握されてしまった。

これでは此方から打つ手は何も残されていない。

幾ら教師陣が手練の集まりでも、訓練機である打鉄やラファールリヴァイヴでは、アリーナとピットを遮る隔離扉を破壊する事は無理だからだ。

仕方無しにモニターへと目を向ければ、そこには燃え盛る炎と黒煙の中に佇む侵入者の姿があった。

 

 

 

『…………』

 

「な、何だアレは?……あれでもISなのか?」

 

 

 

侵入者の姿を見た箒の呆然とした呟きが、管制塔に小さく響き渡る。

だがその呟きも仕方の無い事であった……何故なら、モニターに映るISの様な存在は、それ程までに既存のISとはかけ離れていたからだ。

無骨な全身のパーツに、顔から身体まで全てを覆う『全身装甲(フルスキン)』の異形。

本来顔が存在する筈の場所は不規則に並べられたセンサーアイが5つ点いているだけで、およそ人の顔は見当たらない。

非固定浮遊部位も存在せず、腕は足に匹敵するぐらいに長く、それはもはや人の形の様で人の形では無い姿。

今までに存在した事の無い、異形のISだった。

 

『…………(ドシュゥウウッ!!)』

 

「ッ!?」

 

「あ、危ない鳳さん!?」

 

その刹那、今まで沈黙を守っていた異形のISが、その巨大な腕を突き出し、空に居た鈴にレーザー射撃を撃ち込んだ。

その光景に思わず声を挙げてしまう真耶だったが、そのレーザーが鈴に直撃する寸前、一夏が鈴を抱えてレーザーを回避した。

正に間一髪といった状況に管制塔の職員並びに管制塔のモニターや計測を行なっていた3年の上級生は安堵の息を吐く。

それも直ぐに緊張感に変わり、真耶は今のレーザー射撃の測定結果に目を通す。

モニターに計測された結果は、競技用の枠から逸脱した威力を誇るレーザー射撃の威力だった。

 

『織斑君!!鳳さん聞こえますか!?今直ぐアリーナから脱出して下さい!!白式の零落白夜なら、アリーナのシールドを突破できますし、直ぐに先生達がISで鎮圧に向かいます!!』

 

その計測結果に、もし当たれば幾らISと言えども只では済まない事を理解した真耶は、無駄な事とはいえ一夏と鈴に脱出する様にオープン・チャネルで語りかける。

だが、オープンチャネルに映る一夏の顔は、恐怖に怯えた顔では無く、何か覚悟を決めた様な顔だった。

 

『いや、皆が逃げるまで、俺達で食い止めます!!良いな、鈴?』

 

『だ、だだ誰に言ってんのよ!?やれるに決まってるでしょ!!それよりいい加減降ろしなさい!!(ジタバタ)』

 

『うおっと、悪い……それに、俺達が逃げたら、あのISの矛先がアリーナに向かうかも知れません』

 

しかし、一夏は真耶の言葉には従わず、逆に乱入者を迎え撃つと言い放った。

更に、今現在一夏に抱えられている鈴ですらヤル気充分な返事を返してくるではないか。

顔を真っ赤にして、俗に言うお姫様抱っこの体勢から抜け出そうともがく様は、大分戦場に不釣合いだが。

 

「そ、それはそうですけど……!!」

 

彼等の言葉に、真耶は直ぐに否定の意を口に出来なかった。

先ほど自分から一夏に零落白夜の使用を進言した真耶だったが、実はこの方法は余りにも危険性を孕んでいる。

まず、乱入したISの狙いが分からない以上、無闇に敵ISをアリーナの外に出す訳にはいかない。

敵ISの両腕に内蔵されているレーザー兵器の出力はかなり高く、もし学園にその矛先が向かった場合、建物の倒壊は免れないだろう。

そうすれば、この試合を見物に来ていない生徒や、学園待機の教職陣に被害が及んでしまう恐れがある。

従って、皮肉な話しではあるが、現在アリーナにあの所属不明機が閉じ込められている状況は、学園を守る上では好都合なのだ。

……但し、それはアリーナの中に誰も居なかった時の場合であり、今は所属不明機の他に生徒が閉じ込められてしまっている。

更に観客席の生徒及び各国のIS研究者や女性権利団体の救出すらままならないこの状況。

真耶はIS学園に勤務してから今日まで、これ程の異常事態に遭遇した事は無かった。

でも、そうであっても、本来守るべき生徒達に危険な橋を渡らせる訳にはいかないと、真耶は必死な思いで打開策を講じていた。

 

『…………(ビュォオオオオンッ!!!)』

 

しかし、敵にこちらの思いを汲むという概念は無くアリーナの中央に仁王立ちしていた所属不明機はスラスターを吹かして空中に飛び上がり、空中に居た一夏達に肉薄する。

それに気付いた鈴と一夏は2人バラけて距離を取り、迎撃体勢を整えて所属不明機を睨みつけた。

 

『しかも向こうは完全にヤル気みたいですから……良い度胸してやがるぜ、あのゴリラっぽいIS』

 

『言えてるわねー。アタシ等完全に喧嘩売られてるわよ?アタシ今なら倍額で買ってやっても良いんだけど?……今の気持ちをゲン流の言葉で表すなら――』

 

『あぁ、俺も同じだ。折角の勝負に水を差されたんだからな……このやるせない燻った感、ゲンの言葉を借りるなら――』

 

『あ、あの……?織斑君?鳳さん?』

 

真耶の言葉も聞かず、2人はそこで言葉を切ると、追跡する様に飛んで追いかけてくる所属不明機に向けて各々の得物を構えた。

鈴と一夏がここまで怒りを剥き出しにしているのは、この勝負に賭けられていた『勝った方が負けた方に何でも一つ命令出来る』という賭けを邪魔されたからだ。

それは怒りという名のガソリンとして2人の心に給油され、心臓という名のエンジンに炎を灯し、激しく鼓動を刻む。

全身に駆け巡る激しい血流の流れに沿って、一夏は雪片弐型を正眼に、鈴は双天牙月を回転させながら再び二刀流の構えに戻す。

そして、遂に2人の位置に追いついた所属不明機が、その異形とも言える豪腕を真っ直ぐと突き出して殴りかかって来た刹那――――。

 

 

 

 

『『チョーシに乗ってんじゃねぇええええッ!!!(乗ってんじゃないわよぉおおおおッ!!!)』』

 

ギャギャギャギャギャッ!!!

 

『ッ!?』

 

 

 

何と、2人は互いの得物を交差する形で構えながら、所属不明機の豪腕パンチを、上向きに逸らしたのだ。

ギャリギャリと金属が削れる不協和音と火花を散らしながら、互いの刀を交差させてパワーを補う事で、その巨大なパンチの真下を潜った2人。

そのまま刀を滑らせて所属不明機の懐深くに飛び込んだ2人は、自らの機体を左右逆に回転させて――――。

 

『『うらぁああああああああああああああッ!!!(ドゴォオオオオオオッ!!!)』』

 

回転の勢いを十全に乗せた、ダブル回し蹴りをお見舞いした。

恐らく思いもよらなかった2人のピッタリと息の合ったコンビネーション攻撃だったのだろう。

所属不明機は特に反撃らしい反撃もせずに、再びアリーナの地面に叩き落されていく。

 

『ぬあぁーーーッ!!冷静に考えたらかなりムカついてきた!!一夏!!今からアイツをブッ倒した方が勝ちって事で良いわよね!?』

 

『へっ!!望む所だぜ!!この不完全燃焼な気分の全てをあの傍迷惑野郎に叩き込んでやらあ!!』

 

「あの二人共!?む、無茶は駄目ですよぉーーーーッ!!?」

 

真耶の涙声な静止も何のその、一夏と鈴は不完全燃焼気味な燻りに火を点けると、その怒りの矛先を所属不明のISへと向けた。

慌てて注意を促そうとする真耶だったが、向こうからオープンチャネルとプライベートチャネルを切られてしまい、彼女の声は一夏達に届く事は無かった。

何時もと違ってヤル気満々すぎる気迫を宿した一夏に、箒とセシリアもアワアワと慌てだす。

 

「本人達がヤル気なんだ……なら、あいつ等に任せてみても良いだろう」

 

そして、その会話を傍で聞いていた千冬は、何時もの冷静な態度そのままに言葉を紡ぐ。

それは誰が聞いても間違い無く、戦闘続行の許可と敵ISへの攻撃の許可だった。

しかも少しばかりの微笑みを浮かべているのだから、周りの驚きはかなりのモノになる。

今正にモニターの向こうで命の遣り取りをしているのは、他ならぬ千冬の身内の人間であるというのに、千冬が笑っている事が信じられなかったのだ。

 

「お、織斑先生!!何を暢気な事を言ってるんですか!?」

 

この千冬の態度に困惑した真耶は、少し声を張り上げて千冬に抗議するが、千冬は微笑みを崩さずに真耶に視線を向ける。

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め、糖分が足りないからイライラするんだ」

 

困惑した表情で問い詰める真耶に千冬は表情を微塵も変えずに、傍に置かれていた熱々のコーヒーに粉を入れていく。

その所作はとても洗練されていて、見る者が見れば感嘆の息を吐いてしまう程に様になっていた。

タイトな黒スーツに身を包んだ麗しの美女。

正に美女と呼ぶに相応しい千冬がほほえみを浮かべたままにコーヒーを入れ、スプーンを音を立てずに掻き回す仕草。

それはとても様になっていたが――――。

 

 

 

「――あの、織斑先生?――――それ、『塩』ですけど?」

 

「――――」

 

 

 

『塩』と大きく書かれた箱から流れる様な仕草でコーヒーに塩を投入しているのだから何とも言えない。

シュガーではなくソルト、糖分でなく塩分、どんな悪食だ。

しかも真耶の忠告を聞くまで全くもって気付いていなかったのだから、管制塔に居る教師、生徒は一斉に目を逸らしてしまう。

真耶達の傍に居た箒とセシリアも目を逸らす事で、今の光景の全てを無かった事にしようとしていた。

正確には巻き込まれ回避だが。

 

「……何故、ここに塩があるんだ?」

 

「さ、さぁ?……で、でも、大きく『塩と』書いてありますし……」

 

千冬は塩と大きく書かれた容器を睨みながら、誰にというワケでも無く呟き、その呟きに真耶は律儀に答えた。

基本的に管制塔では、飲食の飲は許可されているが、食は許可されていない。

だというのに、コーヒーメーカーの置かれている場所に塩が置いてあるのは何故だろうか?

こんなアホらしいミスをするほど、何時も冷静沈着を地で行ってる千冬は弟の一夏の事をかなり心配して焦っているという事になる。

しかし幾ら考えども、既に千冬が微笑みながらコーヒーに塩を『間違えて』入れてしまった事実は掻き消えず、管制塔には嫌な沈黙が降りてしまう。

 

「え、え~っとぉ…………あっ!!やっぱり弟さんのことが心配なんですね!?だからそんなミスを――」

 

「………………………」

 

そして、真耶はこの変な空気を払拭しようとして、盛大に自爆してしまった。

真耶としては目の前で起きたアクシデントをフォローするつもりだったのだろうが、それは逆に火にダイナマイトを投げ入れる行為に他ならなかった。

この時、比較的近くで会話を聞いていた箒とセシリアは二人して真耶の冥福を祈った。

千冬の纏う雰囲気とイヤな沈黙に、真耶は何か不味い事が起きる気がして、話しを逸らそうと試みるが既に遅かった。

慌てて口を開こうとした真耶の目の前に――――。

 

「山田先生、喉が乾いてそうだな?コーヒーをどうぞ」

 

ずずいっと、千冬の手によってコーヒーが進呈されるのであった。

波々と注がれ、熱々の湯気を漂わせるコーヒーではあるが……。

 

「へ?……あの、それ塩が入ってる奴じゃ……」

 

そう、目の前でポイズンクッキングばりに開発された新たな味覚の境地、塩入りコーヒー(ブラック)を。

勿論その現場を全て見ていた真耶は千冬に対して至極当然な疑問の声を挙げるが……。

 

「 ど う ぞ 」

 

それは「拒否は許さん」とニコニコとした微笑みを浮かべた千冬に封殺されてしまう。

ここに至ってやっと自分の逃げ道が無い事を悟った真耶は、涙目でその塩入りコーヒーを受け取る以外に選択肢は無かった。

 

「い、いただきます……」

 

「熱いので一気に飲むといい」

 

言葉の端々に覇気の籠められた千冬の死刑宣告を聞き、真耶はその手に持つ、一見何の変哲も無いソルトコーヒーを、ゆっくりと口に向けて傾けていく。

只でさえ湯気が立っていて熱々のコーヒー、しかも塩という未知の調味料によって魔改造されたコーヒーを飲むのはかなりの勇気が必要だ。

故に、真耶がゆっくりとした動きになってしまうのは致し方ない事なのだが――――。

 

 

 

『管制室!!誰か聞こえるッスか!?1年1組の鍋島元次っす!!誰でも良いから聞こえたら応答してくれ!!』

 

 

 

しかし、そのゆっくりとした動きが、今回に限って真耶を窮地から救い出した。

突如として、管制室のスピーカーから元次の音声が鳴り響き、モニターにオプティマスのオープンチャネルの受信を表示したのだ。

 

「ッ!?こちら管制室です!!げ、元次さん!!大丈夫ですか!?(ま、また元次さんに助けてもらっちゃった……ありがとうございますぅ!!)」

 

これ幸いとばかりに、真耶は今しがた千冬から受け取った(押し付けられた)ソルトコーヒーを端に置いて、元次からの通信を受け取る。

そうすると、モニターの端にオプティマスの待機状態であるサングラスを額に掛けた元次の顔が映し出されていく。

背後の風景は真っ赤に染まっていて、その奥では一般生徒達が扉を叩いて何とか逃げ出そうと声を出す風景も写っていたが、概ね誰にも怪我らしき怪我は無い。

元次の顔を見た真耶の顔は誰が見ても安堵の色に染まっており、ある意味で管制室の空気が良い方向にかわる切っ掛けとなった。

まるで去年の冬に初めて会った時の様に、自分のピンチをさっそうと助けだしてくれた元次に、真耶の好感度は鰻登りで上昇していく。

尤も、既にこの学園に入る前から真耶の中では元次株がストップする事は一切無かったが。

 

「……チッ」

 

若干一名は面白く無さそうに舌打ちをしていたが、真耶はなるべくそれを気にしない様に心がける。

誰であろうと自ら野生の狼(最強種)の機嫌を損ねたく無いものだ。

 

『おぉ!!真耶ちゃんか!?無事で良かったぜ。いきなり観客席のシールドが扉で覆われちまったから何が何だかわかんねえんだけど、一体全体何が起きたんだよ!?観客席の娘達なんか半狂乱になってんだ!!』

 

真耶の姿を向こうでも確認したのか、元次は嬉しそうな表情を作るが、それも直ぐに真剣な表情に変えてしまう。

普段の元次より若干ではあるが、焦りの含まれた声を聞くと、管制塔に居る面々の表情は再びキリッと緊張感を纏って締まっていく。

現状で管制室に居る人間に状況を打開する手立ては無いが、パニックに陥りそうな現場を宥める事も教師のやるべき仕事の一つなのだ。

 

「手短に説明します。先ほどのアリーナで起きた爆発は学園外からの所属不明ISが放ったレーザー射撃によるもので、現在織斑君と鳳さんが交戦中。更に敵ISが乱入したのと同時にアリーナのシステムがハッキングを受け、シールド、防護扉の全てが掌握されています」

 

『ISの襲撃ぃ?……何処のどいつだか知らねえが、ココにカチこみ掛けるたぁ大した度胸してやがるぜ……ん?ちょっと待ってくれ?ココ全体がハッキングを受けたって事は、ソッチからはこの防護扉を開けらんねえのか?』

 

「残念ながら、それは今の所無理だ」

 

『この声は千冬さん?そっちは無事なんスか?その所属不明ISとやらの所為で怪我とかしてねえッスか?』

 

ナチュラルに回線に割り込んだ千冬だが、元次はそれに取り乱す事無く、千冬の安否を確認してくる。

その優しい気遣いに千冬は心の中で嬉しく思うも、それを表情に出さないように力を込めて仏頂面を作った。

……管制室の暗い灯りの所為で傍目には判断が付き難いが、少しばかり頬が染まっている様にも見えなくもない。

 

「ふん。お前に心配される程私は弱く無いさ……話を戻すが、現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。此方へシステム権限を取り戻す事が出来次第、防護扉を開ける事が出来る」

 

千冬は元次にそう返事を返しつつ、手元にある電子端末に目を通す。

そこには生徒達の自治体である生徒会の要請で、3年生のコンピュータープログラミング科の生徒達が必死にシステムを掌握しようとしている姿が映し出されていた。

教師陣の殆どは開かない防護扉の前で待ちぼうけを食らっているか、ISに乗り込んで今か今かと扉が開くのを待っている。

従って、IS学園側のハッキングへの対策は、今のところ3年生達が頼りなのだ。

 

『つってもよぉ、結構コッチの女の子達も参ってますぜ?それこそ泣きそうな娘達もいますし……許可さえ貰えりゃ、俺がオプティマスで扉をブッ壊しますけど?』

 

しかし、閉じ込められた側の位置に居る元次からすれば、自分の持つ力でこの状況を打破する事も不可能では無いのだ。

オプティマス・プライムを使えば防護壁など紙屑同然の存在であり、後必要なのは先生達、つまり千冬からの許可だけだった。

現在殆どのISがアリーナの手前にだ払っている中で、専用機持ちという存在はかなりの戦力になる。

しかも元次の実力は折り紙付きであり、オプティマスに動いてもらえば生徒達の安全は確保出来ると、管制塔の面々は表情を明るくする。

……しかし、それは千冬の厳しい表情と声で却下されてしまう。

 

「駄目だ。今判明している事だが、敵ISはお前達の居る観客席一帯に、常時サーチをかけている。恐らく専用機持ちがISを展開するかを見張っているのだろう」

 

『げっ?マジかよ……それってつまり、俺等専用機持ちの誰かがISを展開すりゃ……』

 

「即時襲ってくる可能性も否めん。よって専用機持ち全員に、ISの展開を禁止する連絡事項を送っておいた」

 

千冬の厳しい表情で紡がれた言葉に、管制室の誰もが表情を暗くさせてしまう。

目の前に現れたド級の戦力が削がれてしまった事への焦燥感、そして他の専用機持ちというアドバンテージを封じられてしまった事もだ。

それはこの場で悔しそうに下唇を噛むセシリアにも当て嵌まる事であり、モニターの向こうで戦っている愛しい男の元へすら駆け付けられない事への苛立ちも含まれる。

 

『あぁ、俺の方にも今来ましたよ……さっき真耶ちゃんがそのクソッたれな敵ISを一夏と鈴が迎え撃ってる最中って言ってましたけど、そっちの救援も出来そうに無いんすか?』

 

「そうだ。襲撃があった時点で政府にも救援は要請してあるが教師陣の部隊にせよ、政府の救援にせよ、どの道ハッキングされたシステムを取り返さない事には遮断シールドに覆われたアリーナへの突入も出来ん」

 

『って事は、どっちにしろ俺が一夏達の方に乗り込むのは無理って訳だ……チッ、仕方無え。とりあえずオプティマスは使わずに、俺はコッチの避難が出来る様にちと動きますわ』

 

「何だと?」

 

千冬のIS使用禁止命令を聞いた元次は一瞬面倒くさそうな顔をするも、直ぐに表情を和らげて何事も無かったかの様に千冬に言葉を返した。

この元次の発言に、千冬は眉を少し動かして怪訝な表情を浮かべる。

まるで「ちょっと醤油が切れたから買ってくる」といった感じの軽いノリ、しかし面倒だなと言わんばかりの言葉だったからだ。

 

「どういう事だ?今説明した通り、学園のシステムは襲撃者に制圧されてる。3年の精鋭が総掛かりでやっているシステムクラックより、お前が早く出来るワケが無いだろう。ましてやソコには端末すら無い筈だぞ?」

 

正しく正論とも言える千冬の言葉は、管制室の誰もが思う所だった。

今現在、3年生のコンピュータープログラミング科、その最精鋭たる成績優秀者達が全員で掛かっても、襲撃者の対応の方が早く手が付けられない。

こちらからの侵入に、まるで神業とも言える速度で対処され鎮圧されてしまっているのだ。

そんな成績優秀者達の集まりより早くハッキングを解く電子的技術等、元次は欠片も持ち合わせていない。

それは長い付き合いである千冬からすれば良く解っている事だ。

 

 

 

 

――――だが、この時千冬はある一つの事実を失念していた。

 

『いや、確かにハッキングは俺には何とも出来ねえッスけど……』

 

目の前で獣の如き鋭い眼をギラつかせて笑うこの男が――――。

 

 

 

 

 

『俺もいい加減、檻に閉じ込められんのは嫌気が差してきたんで――――ちとブッ壊しちまおうかと、ね?』

 

元来、檻の中で飼い慣らされる事を極端に嫌う――――『野獣』の如き男である事を――――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺は少しばかり暴れますんで、また後で連絡しますわ」

 

『おい、待て元j……』

 

とりあえず千冬さん達の無事と現状の確認が出来たので、俺はオープンチャネルを閉じて後ろを振り返る。

やれやれ、まさか所属不明のISとか言うワケ分かんねえISが攻めてくるとか……ISのコアって国が管理してんじゃ無かったのかよ?

 

『ココを開けてぇ!!出してよぉ!!』

 

『嫌だよぉ……ぐすっ……怖いよ……助けて』

 

そして、後ろを振り返った俺の視界に飛び込んできた光景は、見ていて気持ちの良いモンじゃ無かった。

俺の視界に広がる光景、それはこの観戦区画に居た女子がこぞって出口である扉の前に群がって叫んでいる光景だ。

それは2年、3年といった上級生も関係なく、もはや涙声としか言えない声音で、必死に扉を叩いてここから逃げようとしている。

だが無情にも、扉の前に浮かぶソリッドビジョンが映す文字はLOCKED……封鎖の文字から変わる事は無え。

その事実に耐え切れなくなって、床に座り込んで目元を手で拭う女子まで居た。

多分、行き成り起こった異常事態に恐怖で涙が出て来たんだろう……ホント、どこまでも巫山戯たISだぜ。

女の子(常識のある良い)達を泣かせたばかりか、あろう事か俺の幼馴染み達に喧嘩売ってるとはな……絶対にブチのめしてやんぜ。

まぁ兎に角、今はココから抜け出す道を作るのが先決だな。

 

「あうぅ~……ゲ、ゲンチ~。怖いよぉ……ひっく(ひしっ)」

 

と、俺が状況を分析してさぁ動こうって時になって、俺の隣に居た本音ちゃんが俺にひしっと抱きついてくるではないか。

何時の間にか今居る観戦区画の照明が落ちて赤い警告灯のみになっちまったこの視界じゃ暗くて顔が見辛いが……本音ちゃんの顔は今にも泣きそうだった。

しかも俺にしがみついてるその腕から、フルフルと細かい震えが伝わってくる程の怯え様。

 

 

 

…………良し、ブチのめすじゃなくて派手にブッ殺そう☆(良い笑顔)

 

 

 

必死に俺にしがみついてプルプルと震える本音ちゃんを見て、俺は決意と判決を心の中でクソISに下す。

俺の大事な癒し発生器たる本音ちゃんを怖がらせた罪は万死に値する、法廷抜きで惨殺刑じゃ。

華麗なるジャッジを判決した俺は、なるべく本音ちゃんが安心出来る様に柔らかい笑顔を浮かべて、本絵ちゃんを優しくナデナデしてあげる。

今はとにかく、この震える可愛らしい小動物な本音ちゃんを落ち着けてやらねえとな。

 

「安心しなって本音ちゃん。もし何かあっても、俺が絶対に守ってやるからよ?な?(ナデナデ)」

 

「う……うん~……わかった……」

 

俺の安心させる様になるべく優しくした言葉が効いたのか、本音ちゃんは戸惑いながらもちゃんと頷いてくれた。

その様子を見届けた俺は、本音ちゃんを撫でていた手を止めて席から立ち上がる。

 

「おし、そんじゃあ、ちょっと扉の方を見てくっから、本音ちゃんはココで……」

 

「わ、わたしも一緒が良い~~!!」

 

待っててくれ、と続けようとした俺の言葉は途中で立ち上がりながら必死な様子で俺に返事を返す本音ちゃんの声量で遮られてしまう。

その必死な様子に少し面食らったが、俺は直ぐに気を取り直して笑顔で頷く。

 

「わかったよ。一緒に行こうや」

 

「ッ!!うん!!」

 

そう返すと、本音ちゃんは俺の横にピッタリと並ぶ形で俺と一緒に歩き出し、共に通路へと続く階段を登る。

上に上がる度に防護扉の閉まった入り口に群がる女子に進路を阻まれたが、そこは自慢のデカイ身体を駆使してゆっくりと掻き分ける様に進んでいく。

なるべく他の女子に当たらねえ様にしながら女子の波を歩いて抜け、遂に扉の真ん前に到達した。

 

「あぅあぅ~……酔いそう~……」

 

だがしかし、俺の後ろに隠れる形で着いてきた本音ちゃんは、その人の密集度にヤラれてしまったらしく目をグルグルと回してしまっている。

普段ならそんなフラフラ状態の本音ちゃんをそのままにしとく事は無えんだが、今は目の前の扉を何とかする事が先決なので、俺は扉の前で扉を叩いてる女子に近づいた。

しかし俺が直ぐ後ろに近づいたにも関わらず、目の前の女子は扉を無我夢中で叩いている。

 

「ねぇ!!誰かココを開けてよぉ!!」

 

うわぁ、もう涙声っていうか完全に泣いてるじゃねえかこの娘……とりあえず、横に避けてもらいますか。

 

「(チョンチョン)HEY。ちょっと悪いけど、扉から離れてくれや」

 

「もう何がどうなって…………へ?……な、鍋島君!?」

 

少し半狂乱に近い状態の女の子を刺激しない様に、肩を指でチョンチョンと突きながら声を掛けると、その女生徒は俺の姿を捉えた瞬間に驚いたように声を挙げる。

まぁ今は緊急事態だから仕方無えけど……何?俺ってそんなに怖いのでしょうか?

かなり大袈裟な女生徒の反応に挫けそうになるも、今は非常事態だと心を叱責してから、俺は慌ててる女の子の頭を優しく撫でてみた。

 

「あっ……あ、あのぉ?(照れ照れ)」

 

そうすると、俺が頭を撫でた女の子はさっきまでの半狂乱振りを完全に消して戸惑いの声を出す。

良かった、とりあえず少しは落ち着いてくれたみてえだな。

この機を逃すまいと、俺は彼女の頭をゆっくりと撫でながら口を開き、優しい口調で語りかける。

 

「まぁ落ち着けや。ちょっとこの扉を調べてえから少し脇に避けててくんね?直ぐに終わるからよ」

 

「……は、はい……分かりました……(ぽ~)」

 

俺の言葉を聞いてくれたその女生徒は、半ば夢遊病なのか?と疑いたくなる様なフラフラした足取りで俺の後ろの方に息、扉から離れてくれた。

漸く目の前の扉がフリーになったので、俺は少し屈んで扉を調べる。

勿論、オプティマスのセンサーを使ってこの防護扉のロック方式を並行して調べながら、だ。

えぇっと……まず、扉はスライド式で、厚さはそこそこあるな……ロックの仕方は、真ん中の大きさ15センチぐらいの大きさの回転式の鍵か。

キーを刺す穴は無いし、多分千冬さん達の居る管制室からの電子制御式って奴だろう。

 

『解析完了。厚さは10センチ程。電子制御なのでピッキング等は不可能です。また、中央の電子施錠機以外に施錠機の存在は確認出来ず』

 

俺の考えと同じく、オプティマスの調べてくれた情報を照らし合わせて、俺は顎を手で擦りながら考える。

ドアには何処にも取っ手らしき物は付いて無いって事は、手動で開けるってケースは考えてねえんだろうな。

ならネックになってるのはこのデカイ鍵周りだが……これは後から取り付けられたモンみてえだ。

何でそんな事が分かるかっつうと、この鍵の円形部分だけ、後から打ち付けた様なボルトで固定されてるからだ。

車で例えるなら、ホイールのリム部分に撃ち込まれてるピアスボルトの様な配置でボルトを打って取り付けられてる。

 

 

 

つまり、ココを何とか出来れば鍵は外れるし、後は扉を動かしゃ良いって訳だな……やってみますか。

 

 

 

とりあえず扉を開けるプランが頭の中で固まったので、俺は早速行動を始める。

まずは自分の着ているIS学園の白いブレザーを脱ぎ、中に着ている黒いカッターシャツの袖を肘まで捲る。

そしてさっき脱いだブレザーを自分の右手の拳部分にグルグルと巻きつけて即席のグローブを作った。

さあて、俺の拳が通じるかどうか……いっちょ扉と勝負だな。

 

「……良し、ちょいと皆!!危ねえからもう少し扉から離れててくれ!!」

 

俺はさっきより声を大きく張り上げて、俺の後ろでどうするんだろうと固まっていた女子達を後ろに下げる。

その指示に最初こそ戸惑っていた彼女達だが、他にどうする事も思い浮かばねえ様で、直ぐに俺の指示に従って空間を開けてくれた。

現在、扉の前には俺が1人、後ろに居た女子も下がって少しばかりの空間が出来上がる。

よぉし……いっちょ無茶を通して道理を引っ込めますか。

俺は右腕にあらん限りの力を込めて、足を大股開きに開いていく。

そのまま足を地面にドッシリと下ろすと、次は腰を落として捻りを加え、弓なりに身体を倒す。

限界まで自分の集中力を高め、自身の身体に蒼い炎を纏い、『猛熊の気位』を発動。

 

 

 

 

 

さぁ行くぜッ!!冴島さんとの喧嘩修行、そしてヤマオロシとの喧嘩で身に付けた俺のヒートアクションッ!!

その威力をその身(扉)でとくと思い知りやがれッ!!

 

 

 

 

 

「フゥ…………どぉらぁあああッ!!!!!(ゴォオオウゥッ!!!!!)」

 

 

 

 

 

限界まで高めた身体のパワーを一気に開放して、俺は気合の雄叫びと共に拳をロック機構の組まれた部分に振り下ろす。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「何とかこの部分だけでもハッキングを解かないと……ッ!!」

 

「誰か整備科から大型バール持って来て!!こうなったら物理手段でも何でも良いから中の生徒達の安全を確保するのよ!!」

 

一方、此方は元次達の居る観戦区画から扉一枚隔てた反対側の通路。

そこでは、真耶の指示で生徒達の避難誘導を開始しようとし、突如閉ざされた防護扉の前でIS学園の教師達が扉を開けようと奮闘していた。

人数にして15~6人程居るが、その内の1人が扉の横にある基盤を開けてノートパソコンを繋ぎ、何とか扉のロックを解除しようと試みる。

更にその集団で指揮を執っている教師は、手の開いている教師に扉を抉じ開ける道具を持ってくる様に指示を飛ばした。

その場に居るのは全員女性ではあるが、彼女達は力技であろうと必死になって目の前の分厚い防護扉を開こうとしている。

それはひとえに自分達教師が守らなければならない大事な教え子が、人質同然に観戦区画に閉じ込められてしまっているからだ。

 

 

 

守るべき大事な生徒達を何とか救おうと、指示を受けた教師が整備科に向かおうとした刹那――――。

 

 

 

ゴォオオオオオオオンッ!!!!!

 

「きゃあっ!?」

 

「「「「「ッ!!!???」」」」」

 

 

 

 

突如、防護扉の向こう側から、まるで鉄を撃つ様な鈍く大きな音が響き渡ってきた。

その突発的とも言える轟音に、防護扉の傍でパソコンを弄っていた女性教師――――1年3組担任の杉山陽子は悲鳴を挙げて尻餅を付いてしまう。

本来非常事態対策を受けた教職員が驚く事等滅多に無いが、何せ比較的離れた場所に居た他の教師ですら驚く程の大きな音だ。

傍に居て、しかも他の事に必死になっていた杉山が驚いて尻餅をついてしまうのも無理は無い。

 

「…………な、何の音?」

 

そして、呆然とした教師の1人が小さく呟くが、その呟きに言葉を返す余裕のある教師は1人として居なかった。

正に恐る恐ると言った具合で、教師たちがゆっくりと音の鳴り響いた防護扉に近づくと――――。

 

 

 

ゴォオオオオオオオンッ!!!!!

 

 

 

又もや、扉の向こうから何とも形容し難い轟音が鳴り響き、尻餅を付いてから立ち上がった杉山も含めた面々はビクゥッ!!と驚いてしまう。

度重なる聞いた事も無い音に戸惑う一同だが、この教師陣のリーダー的な役割を持つ教師は恐る恐る口を開いた。

 

「まさか……中の生徒が扉を開けようとしてるの?」

 

「そ、そんな!?有り得ませんよ!!観戦区画にはこんな音を出せる様な鈍器はありませんし、代表候補生達の専用機は誰も稼働していません!!」

 

「……じ、じゃあ、この音は一体な――――」

 

自分の考えを真っ向から否定した教師に、「じゃあこの音は何だ?」と聞き返そうとした瞬間――――。

 

 

 

『――――おりゃぁあああああああああッ!!!(バガァアアアアアンッ!!!!!)』

 

「「「「「きゃぁああああッ!!?」」」」」

 

防護扉に備え付けられ、今正に自分達が必死になってどうにかしようとしていた中央の電子制御ロック、その機構が丸々とフッ飛ばされる現場を目撃した。

そのまま破壊されたロック機構部分は、ガシャァアンッ!!と派手な音を立てて床に転がり、その役目を終えてしまう。

余りにも非常識且つ、今まで見た事も無い言葉を失った教師達がゆっくりとした動きでロック機構の残骸に視線を向ける。

 

「「「「「…………」」」」」

 

そして、そのロック機構だった部品の有様を見て、彼女達は言葉を失ってしまう。

彼女達教師陣が見たロック機構……それは向こう側、つまり観戦区画側の表が見える様に転がっていたが、その有様は見るも無残な姿だった。

何せ、固定していた筈のピアスボルトは全て弾け飛び、残っている、いや残ってしまったボルトはあらぬ方向にひしゃげてしまっている。

更にロック機構の部位を丸々、本来通らない狭い穴から無理矢理押し通した結果、形が悲惨な物に変形しているからだ。

特にその中央部分には、生々しい『拳』の跡がクッキリと刻まれてしまっている。

こんな光景を見せられれば、如何に非常事態対策を受けた彼女達とて、言葉を失ってしまうのは仕方が無いと言えよう。

現実から走り高跳びでもしたのかという有り得ない物を見せられた教師達は、次にロック機構が備え付けられていた部位に視線を移し……。

 

「「「「「…………ゑ?」」」」」

 

その穴から此方側へと突き出ている、IS学園の白いブレザーで『拳』を覆った野太い『人間の腕』に目を点にした。

しかもこの腕、太いだけじゃなく、これでもかと筋肉のブロックが出来上がった逞しさを備えているではないか。

「あれ?このぶっとい腕ってもしかして?」と何人かの、というかほぼ全員の教師がそう考えていると、その腕は一度中に引っ込み先ほど開けた穴の縁に片手を掛けた。

 

『……ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!(ゴゴゴゴゴゴゴゴ……)』

 

そして、まるで獣の様な低い唸り声が扉の向こうから聞こえたかと思えば、目の前の防護扉が横にゆっくりとスライドしていくではないか。

ちなみにこの防護扉、重さは200キロ近くあり、人の力で動かす事はまるで想定されていない。

特に防護扉の開閉は中に組み込まれたギアを連動させる仕組みなので、それが止まってる今の状況なら尚更重かったりする。

だと言うのに、その防護扉を開くその手は一つであり、目の前の1人では動かない防護扉が1人の力で動かされているのだから教師の驚きは相当なモノだ。

その常識外れの光景に教師たちが呆然と口を開けていると、最終的に防護扉は完全に開き……。

 

 

 

 

 

「フゥ……『剛撃の極み』3発で壊れたか……案外脆いモンだな、ココのシステムって」

 

 

 

 

 

黒いカッターシャツをこれでもかと鍛えこまれた筋肉で張り詰めさせ、ニヤリと口元を吊り上げて笑う男性IS操縦者、鍋島元次が姿を表した。

オマケにシャツは第二ボタンまで外し、素肌にシルバーのネックレスを着けオプティマスの待機状態である黒いサングラスを掛けてるので、ダーティな感じが2倍増しだ。

何やら非常識な事を呟きつつ出てくるので、教師達はコレが夢なんじゃないかと頬を抓る者も数名居る。

更に元次の後ろにはポカーンと口を開けてる少女達の軍団まで居る始末。

彼女達が満場一致で理解したのは、先ほどの試合前に一夏が言っていた事が眉唾物では無かった事と、あの腕に殴られたら人生終了という事だった。

但し恐怖ばかりでは無く、その破天荒+ワイルドを地で行く元次の姿に見惚れている女子生徒や教師もかなりの数、居たが。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

目の前の防護扉が完全に開いたのを確認しながら、俺は扉の向こうに固まっている教師の人達に目を移す。

しかし其処に居る教師の方々は、俺が扉を抉じ開ける様を見ていた様で、驚きに目を見開いてストップしてらっしゃるではないか。

まぁそれも仕方無えか……破られない様に安全性を高める筈の防護扉が人間のパンチでブッ壊されるなんて、予想だにしてなかっただろうよ。

俺からすりゃ、常識外れであっても冴島さんだって同じ事が出来ちまうからあんま大した事にゃ思えねえけど。

でもこのままボーっとされたら面倒な訳だし……ちょいと千冬さんの真似をさせて頂きますか。

 

「ほれっ(ガァンッ!!!)」

 

『『『『『ッ!!?(ビクゥッ!!!)』』』』』

 

俺は扉を少しだけ潜った位置から、傍の鉄製の壁を軽く拳で殴って音を出し、周りの人達の意識を呼び起こす。

その音に驚いた皆は肩を竦めて飛び上がったが、直ぐにハッとして現状を把握してくれた。

 

「ちぃと荒っぽい遣り方でスンマセンが、緊急事態って事で許して下さいッス」

 

「あ、う、うん。さすがに驚いたけど、仕方無いわ……ここからは私達の仕事ね。ありがとう」

 

さすがに扉を壊しちまったので、俺は目の前に居た先生の1人に軽く頭を下げて謝罪を述べておく。

そうすると、その先生は少しだけ顔を赤くしながら俺に俺を言ってくれた。

まぁこの人達がココに集まってるって事は、多分避難誘導の為に来たんだろう。

でも防護扉が閉まってて難航してたって訳だ……扉んトコにパソコン繋がれてるしな。

っと、そんな事より色々情報を聞いておかねえと。

 

「いえ、自分の出来る事を遣っただけッスから……それより、ハッキングの方はまだ何ともならねぇんスか?」

 

俺の問いを聞いた先生はさっきまでの安心した顔つきを苦いモノへと変えていく。

 

「……残念だけど、相手のハッキング技術の方が2手も3手も上みたいなの……恐らく、解除にはまだ時間が掛かるわ」

 

そして、先生の返してくれた答えは余り歓迎出来ねえモンだった。

さすがにその事実は俺も予想してなかったので、俺も先生に釣られて少しばかり苦い顔をしてしまう。

千冬さんの話じゃ3年生の精鋭って呼ばれてる人達が寄って集って対処してるって話しだったのに、ソレを上回るとかどんな奴だよ?

幸いココのフロアには俺が居たが、他のフロアに居る子達で俺みてえな芸当が出来る子は絶対に居ねえだろう。

さてどうしたモンかと後ろを振り返って見れば、ポカンと呆けてた女の子達の他に、地面に座り込んで呆けてる女の子が居た。

 

「ん?どうしたよ?大丈夫か?」

 

「へ!?あ、あの……ちょっとですね?……足が……」

 

さすがにそのままにしとくワケにもいかねえので、俺はその女の子のトコまで歩いて近寄り、しゃがんでその子に声を掛けた。

だが、俺の言葉を聞いた女の子は少し吃りながら驚いてるだけで、床から立ち上がろうとしない……ありゃ?

 

「もしかして、腰抜けちまった?」

 

「…………(コクン)」

 

俺がその子の態度と返事を聞いて、予想した答えをぶつけてみると、大当たりだったご様子。

聞かれた女の子は恥ずかしそうに頷いて、顔を俯かせちまった。

 

「まぁ、いきなりこんな事になりゃ仕方ねーわな……どれ、よっと(ガバッ)」

 

「え?キャアッ!?……え、えぇええ!?」

 

『『『『『ぇぇえええええええええええええッ!!?』』』』』

 

女の子の恥ずかしそうな返事を聞いた俺は苦笑交じりに女の子を抱き上げる。

千冬さんにしたのと同じ様にお姫様抱っこでその子を持ち上げると、何故か周りの女の子たちがデカイ悲鳴を挙げだしたではないか。

っていうか誰も出ようとしねえけど、今が緊急事態なの判ってんですかチミ達?

とりあえず周りで叫んでる女の子達を無視して、今しがた俺が抱き上げた女の子を安心させる様な笑顔を浮かべる。

 

「歩けねぇんだから仕方無ねぇが、少し我慢してくれ」

 

「~~~~~~~~~ッ!!!?(ボボンッ!!!)」

 

何故か俺がそう言葉を掛けると、女の子は顔をトマト色に染め、声にならない悲鳴を挙げて硬直してしまうではないか。

まぁいきなり見知らぬ男にこんな事されたらビビるか……さっさと先生に引き渡そう。

とりあえず、アワワと驚いてる女の子を今しがたブチ開けた扉まで連れて行き、何やらビックリした顔の先生に手渡す。

 

「ほい。とりあえずこの子頼んます」

 

「そ、それは良いけど……「そんじゃ、俺はこれで(スタスタ)」あっ!?ちょ、ちょっと何処行くの!?」

 

女の子を手渡したので、俺はそのまま踵を返して今しがたブチ開けた観戦区画に戻って行くが、そうするとさっきの先生が俺に声を掛けてくる。

いやいや、何処行くのって……そんなモン一つしかねえでしょうに。

その先生の質問に呆れながらも動かしていた足を止めて、その先生に振り返った。

 

「何処って……こっから先の観戦区画を仕切ってる扉をブチ壊しに行くんスけど?」

 

『『『『『ッ!!?』』』』』

 

俺の「ちょっと散歩してきます」ぐらいの気軽さで放った言葉が信じられないのか、その場に居た先生達と他の女子が目を大きく見開いて驚いてしまう。

ココの観戦区画と隣の観戦区画、つまりこの先の方まで、全てココと同じく一つの通路で繋がっているのだ。

だから、俺が片っ端から扉をブッ壊してしまえば、アリーナに取り残された女の子達を全員助けだす事が出来る。

もしかしたら全部の区画を回り切る前にハッキングが解けるかもしんねえが、何もしねえよりは100倍マシだろう。

 

「ダ、ダメよそんなの!?生徒がそんな危険な真似しちゃ……ッ!?」

 

「でも正直なトコ、先生達じゃココの扉を開けるなんてなぁ無理っしょ?」

 

「そ、それは……」

 

後ろ髪をポリポリと搔きながら語った俺の指摘に、先生達は二の句が告げず押し黙ってしまう。

大体、鉄で作られた扉をブチ抜くなんて荒業を女の人にヤラせるつもりなんざ欠片も無えけどな。

気まずい表情で押し黙る先生達に、俺は苦笑しながら言葉を掛ける。

 

「別に責めちゃいませんぜ?只、こーゆーのは男がヤルべきモンだってだけッスよ。だから先生達は、俺がブッ壊した扉の先に居る女の子達の避難誘導をしてあげて下さい。さすがに俺1人じゃそこまで手が回んねぇんで」

 

「……わかったわ……確かに、私達が鍋島君に着いて行っても、何も出来ないものね……ごめんなさい。教師として、そして大人として不甲斐ないけどお願いするわ……女の子達を助けてあげて」

 

「へへっ。任せて下さいよっと」

 

大人として、そして教師としては男とはいえ一生徒に任せるしか無いってのが辛いんだろう。

先生達は悔しさを滲ませた表情で俺に頭を下げてくれたので、俺は自信満々な表情で笑いながらソレを請け負った。

そのまま扉のある奥の方まで進もうとした時、俺の目の前に本音ちゃんが飛び出して来たではないか。

 

「ゲンチ~……」

 

本音ちゃんの表情は、かなり不安そうに歪んでいて上目遣いに俺を見てくるその目の端には、少しだけ涙が浮かんで見えた。

おうおう、俺なんかの事心配してくれてんのか……ありがとうな。

そう思いつつも口に出さずにいると、本音ちゃんは心配そうな表情で俺の片手を持つと、いきなり胸元まで引き寄せた。

ってぐにゅんって胸が形を変えて!?そ、その中心に俺の手が埋まってるんですけどぉおおおッ!!?

予想だにしなかったラッキースケベに、俺の顔が赤く染まっていくのを気付いて無えのか、本音ちゃんは依然として心配そうな表情を崩していない。

 

 

 

「無茶……しないでよ~?……ちゃんと帰って来なきゃ、泣いちゃうからね~?(ウルウル)」

 

 

 

本音ちゃんはそう呟くと、今にも溢れそうな涙目のまま、避難誘導を開始した先生達の声に従って、皆と一緒に扉へと向かっていく。

俺は本音ちゃんが居なくなっても、只その場でボーッと木偶の坊の如く突っ立っていた。

理由は単純明快……今の本音ちゃんの仕草がハートにドッキューンと来てしまったからなのだ。

本音ちゃんの俺を心配する言葉と気遣いが、俺の心という名のV8エンジンにニトロを注ぎ込み、爆発的なパワーを呼び起こす。

 

「…………フッ……行くぞ、防御設備共。扉の貯蔵は充分か?」

 

本音ちゃんの可愛すぎる応援を受けた俺に、もはや怖いモノ等これっぽっちも無え。

今から俺の目の前に立ち塞がるモノは即時粉砕、もう誰にもこの暴走特急は止めらんねえぞ?

 

 

 

 

 

「スゥ……道を開けろぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 

 

 

 

後、扉まで50メートルといった場所から、俺は足に力を込めて全速力で駆け出し、立ち塞がる防護扉に渾身のパンチを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

場所は再び戻って、此方はアリーナ上空。

元次が扉を破壊してから大体10分ほど経っているが、コチラの状況はあまり芳しく無かった。

 

 

 

 

 

「くぉのヤロォおおおおおおおおおおおッ!!!(ブォオンッ!!!)」

 

裂帛とも言える雄叫びを挙げながら、一夏は自身の唯一にして最強の武器、雪片を敵ISに向けて横一文字に振り払う。

 

『……』

 

それを見た敵ISは、全身の至る所に装備されたスラスターを吹かし、上半身を真後ろに倒した体勢のまま猛スピードで離脱する。

まるで人体の構造を無視したその変態的とも言える軌道で下がられて、雪片は虚しくも空振ってしまった。

間一髪と言うよりも、余裕を持った行動で回避した敵ISは、その体勢から上体を起こして、巨腕に装備されたビーム砲をチャージする。

 

「ゲッ!?やば!?」

 

先程雪片を振った体勢から身を起こした一夏は、その巨大なレーザーが自分をロックしている事に焦りから叫ぶ。

何せレーザーの威力は最初に実演で見せて貰った上に、その威力は計り知れない程に強力と来てる。

これで焦らない人間が居るとすれば、それは自分の姉ぐらいだろうと一夏は心中で考えていた。

そして、敵のチャージが終わったのか、次第にその砲口から滲み出るレーザー粒子の大きさが大きくなった時――――。

 

「コッチも忘れてんじゃないでしょうねッ!!!(ドンドンドンッ!!!)」

 

上空の黒い雲の中から、鈴が龍砲を散発的に敵ISへ向けて放った。

鈴の甲龍に搭載されている第3世代兵器である龍砲は、砲身砲弾を空間に圧縮して生成する為に、射撃中の移動は不向きという弱点が存在する。

これはつまり、移動中に空間を圧縮した場合は空間の圧縮した比率が変わってしまうので砲身と砲弾の生成にタイムラグが生まれるのだ。

故に、移動中の龍砲の威力及び展開速度はあまり早く無いので、その辺りの使い難さが1つのネックとなっている。

完全に停止した位置のみの射撃という点では優秀なのだが、それでは余り砲台と変わらなくなってしまう。

しかしソレを補って存在するメリットこそ、砲弾が見えない故の回避のし辛さにある。

 

『……』

 

だが、敵ISは鈴の姿を見た所で、別に驚く素振りも見せずに、またもや在り得ない方向に身体を捻って冷静に射線から外れていく。

敵ISがその場から避けた次の瞬間、アリーナの地面に衝撃が走って土埃が巻き上がる。

 

「あぁんもうッ!!どんな身体の構造してんのよあ(ビュオォオオンッ!!!)わひゃあッ!?」

 

「鈴!!1度離れるぞ!!」

 

「わ、判ってるわよ!!一夏も1度上に来なさい!!あたしが援護したげるから!!」

 

「悪い頼む!!」

 

自分の攻撃が外れてしまった事に唇を噛む鈴だが、直ぐに先程チャージされていたビームが襲い、一夏と共に1度敵ISから離脱した。

その際に少し離れた場所に居た一夏と連携を取るべく、鈴は衝撃砲を牽制に使って一夏を狙おうとした小型のレーザーを撃たせない様に狙いをズラしていく。

狙い通りに敵ISは肩に装備された小型レーザーによる射撃を中断して回避にまわり、その隙に一夏と鈴は空中で合流を果たす。

 

「くっそ!!これで5度目の失敗かよ!!」

 

「ちゃんとやんなさいよ……って言いたいトコだけど、アイツの回避能力は異常過ぎるわね……一夏、アンタまだエネルギー大丈夫なの?」

 

悔しそうに吼える一夏に対して、鈴は諌める様な口調で一夏のシールドエネルギーの残量を問う。

鈴のIS甲龍は中国の第3世代機にして近~中距離での戦闘をコンセプトにしたパワータイプだが、それと同時に燃費も考慮した機能を両立している。

故に、一夏と戦ってからそのまま突入したこの戦いだが、それでもシールドエネルギーはまだ40%程残っている。

些か決めてに欠ける面があるも、長期戦では中々に頼もしい機体でもある。

だが一方で、一夏の操る近接戦闘特化型のISである白式はドラッグマシンも真っ青な燃費最悪のマシンなのだ。

鈴が代表候補生になるために勉強していた経験から予想したのは、あれだけの機動力で動ける白式はもうエネルギーが無いんじゃないかという事だ。

そして、鈴の予想は見事に的中してしまう。

 

「……正直、もう10分の1あるか無いか位だ。鈴は?」

 

鈴の質問に一夏は苦い顔で答えるが、同じ問いを返された鈴も顔色は良くない。

 

「アタシも全体の5分の1ってトコ……向こうのISがどれぐらいシールドエネルギーがあるか分かんないけど、全然決め手が当てれてない……ちょっとマズイわよ」

 

自分たちの現状を確認しながら地面に仁王立ちしている敵ISを注意深く睨むが、敵は只ジッと此方を見ているだけだ。

先程から鈴が龍砲で援護しつつ、一夏が零落白夜を使って斬りかかるアタックを繰り返したが、龍砲で足止め出来てもその先のコンボがまるで繋がらなかった。

これだけ聞けば一夏の実力不足と思えるが、実はそうでも無かった。いや寧ろかなり善戦しているのだ。

世界最強にして、同じ武器の間合いと特性を骨の髄まで理解している千冬のスパルタ特訓。

一夏と同じ流派の篠ノ之流剣術を納め、同年代では抜きん出た剣の腕前を持つ箒とのマンツーマンでの特訓。

狙撃手としては1年生トップの実力を持ち、専用機を与えられている自分達の中では1番ISに詳しいセシリアの軌道技術の教授。

極めつけの、元次が行うIS無しでの生と死の狭間を彷徨う様な過激な特訓と、オプティマスを使った限りなく実戦に近い模擬戦。

これをこなしてきた一夏はメキメキと実力を伸ばし、近接戦闘では早くも箒に追い付こうという位置に居る。

だが、そんな一夏の腕を持ってしても、地面に立つ敵ISは、変則的且つ強引な回避方法で雪片の攻撃だけは悉く躱してしまうのだ。

その人間業では無い回避方法を思い出して雪片を強く握る一夏だが、ここで一夏の心に一つの疑問が出て来た。

 

「……なぁ、鈴?……思ったんだけどよ。アイツの動きって、何か機械染みて無いか?」

 

「……謎かけなら暇がある別の時にして欲しいんだけど?何が言いたいワケ?」

 

一夏の唐突な疑問を聞いた鈴は、敵を睨む目そのままに一夏に疑問を返す。

 

「だからよ……あのIS、本当に人が乗ってんのかよ?さっきから俺達が会話してる時は攻撃の手が薄くて、興味を持ってるみたいに聞いてる風に感じるんだ」

 

一夏は半ば確信した様に鈴に自分の立てた仮説を話し、鈴の反応を待つ。

敵と戦っている時に一夏が感じた事、それはあの所属不明機が無人なのでは無いかという事だった。

一見無差別に攻撃してくる様に見えて、自分達が会話している時には殆ど傍観していた。

それが一夏には、まるで受け身、つまり何らかの反応があった時に稼働する機械の様に見えると言う。

馬鹿馬鹿しい、有り得ないと思いつつも、鈴は一夏の仮説を聞いてから今までの所属不明機の動きを思い出す。

 

「……確かに、アタシ達を観察してる風にも見えるし、アイツの回避の仕方は人間業じゃ無かった……それに、普通なら関節があって動けない場所でもまるで関係無しに動かして回避してたわね」

 

「だろ?……普通の人間なら、あんな動きをしながら回避するなんて絶対に無理だ……でも、あれが無人機なら……」

 

「関節の可動域に関係なく変態チックな動きが出来る、か……ううん、でも無人機なんて有り得ないわよ?何処の国もそんなモノは作れて無い……ISは、人が乗らなきゃ動かないの」

 

一夏の推理、そして自分が見てきた相手の行動を当て嵌めても、鈴は一夏の予想を否定する。

確かにISの無人機化はどの国でも一度は試みた経歴がある。

だがそれはどの国も失敗に終わり、ISの無人機化というプランを現実にした国は何処にも存在していない。

一夏が敵は無人機ではないかという発想が出来たのは、鈴やセシリアの様な代表候補生や一般生徒の様にISの事を深く理解していないからだ。

ISの常識という固定概念に縛られ無い程の知識しか持たないが故の発想だが、ある意味で柔軟さを持った思考でもある。

故に、一夏は鈴の否定する言葉を鵜呑みにせず、もしもという過程で話を進める事にした。

 

「仮に、仮にアレが無人機なら……俺も全力で零落白夜を振るえる」

 

「零落白夜って……そのレーザーの刀身の事?」

 

真剣な表情で自分の予想を組み込んだ話をする一夏に、鈴は雪片から現れている零落白夜を見ながら話し掛ける。

敵ISが現れてからというもの、一夏は零落白夜を展開したまま戦っていた。

それは零落白夜の展開速度があまり早くない事も含め、敵の回避が速すぎるという事が理由になっている。

その所為でかなりのエネルギーを消耗してしまっているが、一夏の頭の中ではもう一つの秘策が眠っていたのでエネルギーの事はあまり心配していない。

後は自分の頭の中に浮かび上がるその作戦に必要なファクターである鈴の許可が取れれば良いのだ。

 

「あぁ、雪片弐型の全力攻撃だよ……さすがに人相手に全力じゃ振れねえけど、相手が無人機なら問題無い……協力してくれ、鈴」

 

「……偉く自信満々じゃない……オーケー、他に有効な作戦も無いし、アンタの賭けに乗ったげるわよ。どうしたら良いの?」

 

「サンキュー。まず鈴は俺が合図したら、アイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ、最大威力でな」

 

一夏の真剣な表情に、単に憶測や妄想でモノを言ってる様に見えなかった鈴は、敢えて一夏の策に乗る事にした。

しかし、その後に続く作戦内容に、鈴は少しばかり顔を歪めてしまう。

 

「良いけど、フルパワーで撃つなら静止しとかないと駄目だし、アレが相手じゃ当たんないわよ?」

 

「それで良いんだよ……それじゃ早速――――ッ!!?」

 

『…………(ズドドドドドドッ!!!)』

 

そして、一夏と鈴が新しいプランに添って行動しようとした矢先、今まで沈黙を守っていた敵ISが行動を開始した。

なんと敵ISは、両腕を左右に広げた状態で左右のスラスターを逆向きに点火し、駒の様に回転を始めたのだ。

しかも、両肩に装備された小型レーザー砲をこれでもかと連射しながら、腕の巨大レーザーを撃つという狂気の行動を。

コレに気付いた一夏と鈴は、2人揃って急降下や上昇を繰り返してレーザーの雨をくぐり抜けていく。

 

「落とされるなよ鈴ッ!!」

 

「判ってるわよ!!コッチは良いから、アンタはちゃんと合図しなさ――――」

 

 

 

ドォオオオオオオオンッ!!!

 

 

 

「「ッ!!!??」」

 

しかし、2人が回避をしながら隙を伺っていた時、正に最悪の事態が引き起こってしまう。

2人は最初からこの敵ISを倒すつもりでいたが、それ以外にも自分達に目を向けさせて観客席に被害が行かない様に誘導する事も考えていた。

そうでないと、観客席に居る一般生徒達は最悪の場合死に至る。

だからこそ、2人はなるべく上空に誘い出す形で回避しながら、敵の目を自分達に向けやすい様に戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

――――だが、この目論見は、敵ISの行った回転射撃の所為で水泡と化してしまう。

 

 

 

 

 

余りにも無慈悲な偶然だが、その偶然たる一撃の巨大なレーザーが、観客席を覆っていた鋼鉄のシャッターの上を掠めてしまったのだ。

そして、敵ISは気まぐれな神の悪戯なのかその穴の開いたシャッターの近くで回転を止めてしまい、シャッターの中に視線を向けてしまう。

 

 

 

「ウソ、だろ!?」

 

 

 

――――そして、敵ISは観客席の中でレーザーの衝撃で倒れ伏す1人の無力な少女を視界に収めた。

 

 

 

「逃げて!?早く逃げて!!――――――――さゆかぁあああああああああああああッ!!!?」

 

 

 

――――鈴の友達にして一夏のクラスメイトである――――夜竹さゆかをターゲットに選んだのだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

『『『『『きゃぁあああああああああああッ!!!?』』』』』

 

轟音、そして振動と破壊、悲鳴……地面に倒れ伏す夜竹が理解出来たのはそれだけだった。

敵ISが偶然にも放ったレーザーによる破壊の衝撃は、不幸にもその真下に居た夜竹に襲いかかったのだ。

 

「…………うっ……あぁ……嫌ぁ……」

 

『…………』

 

「嫌っ……来ないでぇっ…………ヤダぁ」

 

その衝撃で床に身を投げ出している夜竹がボンヤリと目を開けた先には、無機質なセンサーアイで自分を見下ろす敵ISが居た。

突如自分を襲った衝撃に混乱していた夜竹には、その赤い5つのセンサーアイが、自分を殺そうとする殺意の表れに見えてしまう。

恐怖に支配されかけている夜竹はそのセンサーアイと敵ISの全貌が見えた瞬間、恐ろしさから涙をボロボロと流して震える事しか出来ない。

何とかその恐ろしい化け物から逃げようと考えても、衝撃で投げ出され地面に叩き付けられた身体は、全く言う事を聞いてくれなかった。

何故夜竹だけがこの観戦区画で、シールドの近くに居たかと言えば、彼女の内気な性格が災いしたとしか言い様が無い。

この非常事態が起こって、観戦席に座っていた他の女子生徒がこぞって扉に集中する中、彼女は生来の遠慮がちな性格の所為で身体が固まり扉の方に行けなかったのだ。

だからこそ、皆が居なくなるまで座っていた席に座っていようと、この日の為に並んで確保した『最前列』の席に座っていた事が仇となってしまった。

端的に言えば不幸が重なってしまったとしか言えないが、その不幸の積み重ねで命が危険に晒される等、もはや理不尽以外の何者でも無い。

 

『…………(グイィイイッ)』

 

そして、夜竹を視界に収めた敵ISは、無情にもその巨大な腕を持ち上げて拳を握り、その矛先を目の前の獲物に向けてしまう。

敵ISの裏では一夏と鈴が必死に此方へと向かっているが、如何せん距離が空き過ぎて間に合わない。

それに、一夏が考えだした作戦も、敵ISの傍にISを纏わない一般人が居ては使う事は出来ない作戦だったのだ。

完全に一夏達の読みは外れ、今正に考えたくなかった悪夢が目の前で起きようとしている。

恐怖に陥った夜竹も敵ISが拳を振り上げた時点で、その矛先が自分に向いてる事を理解したのか、イヤイヤと首を振って涙を零す。

 

「ヤダッ……止めてよ……だ、誰か……」

 

夜竹は動かない身体を必死に動かそうとするが、身体は彼女の思いに答えず、只目の前で自分を殺そうとする巨大な拳が持ち上がるのを見ているしか無かった。

更に最悪な事に、この観戦フロアに居たのは全員が一般人であり、専用機持ちが居ない。

つまり、今この場で夜竹を助けられる人物は誰も居なかったのだ。

この場に居る一般生徒の殆どは、既に壁際に移動しており、誰もが目の前のISに対して恐怖しながら震えている。

助けを求めて上の段に居る生徒達に目を移した夜竹は、その救いの無さ過ぎる現実を理解してしまう。

一緒に居た自分の親友である谷本癒子や、IS学園で友達になった相川は、此方に手を伸ばした体勢でボロボロと泣いている事が無性に嬉しく感じていた。

 

「(あぁ……私、死んじゃうんだ……)」

 

そして、遂に目の前のISが拳を大きく振りかぶってから自分に拳を叩き付けようとするのを目の当たりにして、夜竹はもう無理だと思った。

だが例え死ぬにしても、彼女はまだまだ沢山遣りたい事があったなぁ、と泣きながら考えてしまう。

友達とショッピングに行ったり、夜皆で恋話に華を咲かせたり、文化祭も参加したかった等、夜竹は遣り残した事を次々と考えながら――――意中の男の事を胸に抱く。

 

 

 

 

 

ずっと伝えられず燻る思い……この死に瀕した土壇場でも口に出来ない自分に苦笑いしながら、夜竹は一つだけ、彼と遣りたかった事を口にする。

 

 

 

 

 

「――――元次君に、私のお弁当……食べて貰いたかったなぁ」

 

 

 

 

 

もはや眼前に迫った巨大な拳を見ながら、夜竹さやかは自分のしたかった事を呟き――――。

 

 

 

 

 

「――――ダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!(ズゴォオオオオオオンッ!!!)」

 

『ッ!!!?』

 

目の前に迫っていた敵ISが、同じく巨大な足で『蹴り飛ばされていく』姿を目撃した。

 

「――――え?」

 

ガシャァアンッ!!!と盛大な音を立てて観戦区画の座席を破壊しながら倒れ伏す敵ISを尻目に、夜竹の目の前に敵ISを蹴り飛ばした自分の想い人が立ちはだかる。

本来存在する筈のアンロックユニットが存在しない、銀の翼を持つデザイン。そして従来のISを遥かに凌ぐ巨大で雄弁な立ち姿。

あの敵ISの様な異形の姿では無く勇猛にして果敢な勇姿……夜竹にとっては、まるでおとぎ話しに存在する『ヒーロー』の様な存在感が滲み出ている専用機持ち。

 

 

 

 

 

――――そんな男、この学園には1人しか存在しない。

 

 

 

 

 

「……随分とおちゃらけた真似してくれんじゃねえかよ、あぁ゛?」

 

「あっ…………あぁっ……!?」

 

倒れ伏す敵ISを見ながら、まるで野獣の唸り声の様な重い声音で話す大型IS――――『オプティマス・プライム』の操縦者。

彼の心情は怒り一色で染め上げられ、それは怒らせてはいけない野獣を彷彿とさせる。

だと言うのに、夜竹には『彼』が自分を全ての害悪から守り通してくれる……『王子様』の様に写ってしまう。

夜竹の心の中を満たすのは、自分のピンチへ駆けつけてくれた事への感謝、歓喜、充実感そして――――甘くて溶けてしまいそうな思慕の感情。

心の中に侵食する甘さは、やがて胸をこれでもかと締め付ける強き鎖となって、夜竹の心を束縛していく。

既に視界の先ではさっきの敵ISが起き上がろうとしていたが、今の夜竹にはそんな事はそうでも良かった。

まるで毒の様な想いに反抗する事無く全てを受け入れたいと考えながら、夜竹は自分の持つありったけの感情を乗せて、彼の者の名を紡ぐ。

 

 

 

――何時も自分を助けてくれる、自分の心を占領する想い人の名を――――。

 

 

 

「――――――――元次君ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

目の前で起き上がろうとしている敵が居るからか、元次は彼女の呼ぶ声に返事を返す事は無かったが、代わりにチラリと顔だけ振り返って夜竹に微笑みかける。

もうそれだけで夜竹の心は幸福感に満たされてしまうが、元次は直ぐに視線を前に戻し、敵ISに対して口を開く――――そう。

 

 

 

 

 

「人の大事なモンに手ぇ出しやがって……誰の前でチョーシに乗ったか教育してやらぁあああああッ!!!」

 

 

 

 

 

自分の領域(テリトリー)で暴れ過ぎた哀れな鉄屑に、明確な敵意と怒りを剥きだして――――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

危なかった……本気で間一髪だったぜ……覚悟しろよこの腐れブリキ野郎ッ!!!

後ろで怯えながら涙を流す夜竹をハイパーセンサーで一瞥して怪我が無い事を確認して、俺は安堵の息を心中で吐いた。

さっきまで扉をパンチで抉じ開けながらここまできたが、突然襲ったドデカイ衝撃。

そしてオプティマスの『敵IS,3メートルに確認』の文字を見て、俺はオプティマスを全身展開して扉を瞬時にブチ壊したんだ。

すると俺の目に飛び込んだのは、地面に倒れる夜竹に拳を叩き付けようとしてたブリキ野郎の姿だから、もうブチッとキレちまったよ。

とりあえず飛び蹴りを浴びせて夜竹と距離は離させたが、コイツにゃとっととこの場からご退場願うぜっ!!

俺は怒りのままに叫び声を挙げて、愚かにも夜竹を殺そうとしたクソISの懐に飛び込んだ。

 

『ッ!!!(ブォオオオンッ!!!)』

 

「クソ遅えんだよ、ノロマがッ!!」

 

と、俺が飛び込む様子を確認したISは、オプティマスよりデカイ腕を横薙ぎに払って俺の顔面を狙ってきやがった。

だがそれを直ぐ様身を屈めて躱し、その屈んだ体勢のままに俺はアッパーを繰り出してクソISの腹目掛け……。

 

「ダァッ!!!(ドグシャァアアッ!!!)」

 

思いっ切りブチ当て、腹の装甲部分の一部を砕き飛ばす。

そのパンチがモロに入ったクソISは体勢を崩し、腹をくの字に曲げて顔面から倒れこんでいく。

だが、俺はソレを許さない。

 

「ダァーーーー―ッ!!!(ボガァアアアッ!!!)」

 

『ッ!!?』

 

敵ISの体勢の崩れた顔部分をターゲットに、俺はジャンプしながらの垂直膝蹴りを叩き込んで再び顔を仰け反らせる。

ここから更に畳み掛けて、俺は敵ISとの距離を詰めながら両方の拳を交互に振るう。

 

「ダッ!!(バンッ!!)ダッ!!(ゴンッ!!)ダッ!!(バキッ!!)ダッ!!(ズゴッ!!)ダッ!!(ドガッ)ダァアアッ!!!(ドグシャッ!!!)」

 

『ッ!!?ッ!!?ッ!!?ッ!!?』

 

腹、鳩尾、胸、顔、顎、と言った比較的当てやすくて拳の戻しが速い箇所に、ありったけのパンチを見舞いながら、俺は少しづつクソISを観戦席からアリーナまで追い出していく。

俺の拳が1発1発叩き込まれる度にクソISの装甲はひしゃげ、砕け、罅が入って観戦席の床に残骸がポロポロと落ちていた。

そのまま殴り続ける事で、遂に壊されたシールドの穴の前に着くと、俺は右手を思いっ切り後ろに引き絞って溜めを造り前のめりに倒れかけてるクソISの顔面に向けて解き放つ。

喰らいやがれボケッ!!!コレは本音ちゃんを泣かせた分の……。

 

『STRONG!!HAMMER!!!(ドゴォオオオッ!!!)』

 

テメエの重い罰だぁああああああああああああッ!!!!!

俺の拳がクソISの顔面に深々とめり込むと、アッパースイングで振るった『STRONGHAMMER』の衝撃で顔面のセンサーアイの一つが飛び出てきた。

しかしそれは取れる事は無く、中から飛び出たコードで何とか繋がってる状態になる。

ブランブランと揺れるそのセンサーアイ以外は全てグチャグチャに潰れて、もはやセンサーとしての機能は果たしちゃいねえだろう。

俺は奴の顔面にパンチが突き刺さった時点から更に踏み込んで拳を振りぬき、奴を観戦フロアからアリーナの空中に放り出す。

良し、これでフロアの中の子達の安全は確保出来た――――。

 

『ッ!!!(ズドドドドドドッ!!!)』

 

「ッ!?ンなロォッ!!!」

 

しかし、奴は苦し紛れの抵抗のつもりか、俺の居るフロアに向かって肩の小型レーザーをバラ撒いてきやがった。

俺はオプティマスを装備してっからコレぐらいなら何とも無えが、俺の後ろに居る夜竹は只じゃ済まねえ。

幸いにも他の子達の居る場所はまだアリーナのシールドに覆われてるし、あの小型レーザーならアリーナのシールドで事足りる筈。

 

 

 

――なら、後は俺の後ろに居る夜竹を守ってやらねえとなッ!!!

 

 

 

俺は夜竹を背中に隠す様に立ってから迫り来るレーザーの雨に対して手を掲げ、オプティマスに量子変換されている武装の一つを呼び出す。

すると、俺の選択した武器が粒子を漂わせながら形になり、一つの巨大な『盾』を形成した。

一見すれば棺桶の様な形のこの盾こそ、オプティマス・プライムの唯一の防御装備『ストライカーシールド』だ。

しかもこの盾、高速で回転して使う事も出来るから、防御範囲もかなり広い。

俺は空に掲げた『ストライカーシールド』の持ち手からスイッチを作動させ、盾を円盤状に高速回転させる。

このぐらいの弾幕なら、俺にとっちゃ屁でも無えってのッ!!!

 

「ウォオオオオオオッ(ブォオオオオオオオンッ!!!)」

 

地面に倒れて動けない夜竹の前に立ち、『ストライカーシールド』で俺と夜竹に降り注ぐ弾幕を外へ弾き返す。

けっ!!この程度の弾じゃ俺に傷なんざ付けらんねーんだよボケッ!!!

今の所後ろには1発も飛ばしていないが、念の為後ろに居る夜竹をハイパーセンサーで確認すると、夜竹は俺に心配そうな視線を送っていた。

本音ちゃんに続いて夜竹まで俺なんかの事を心配してくれてる事実に、俺はこんな状況ながら嬉しさで笑みを浮かべてしまう。

まぁ安心させる為にも、声の一つでも掛けておきますか。

 

「おい夜竹!!そんな心配そうな顔しなくて良いぜ!?コレぐれえの弾なんざ俺にゃ問題にならねえよ!!」

 

「で、でも元次君!?わ、私を庇ってる所為で動けないんだよ!?……わ、私の所為で……ごめんなさい……」

 

降り注ぐ弾幕を回転する『ストライカーシールド』で弾きつつ、俺はオプティマスの足元で倒れてる夜竹にそう言い放つ。

だが、夜竹は俺の言葉にそう返すと悲しそうな、それでいて申し訳無さそうな顔で俺を見てくるではないか。

 

「んなモン気にすんじゃねえって!!お前は俺が守ってやる!!何があろうと、オメエに傷一つ付けさせたりしねぇ!!」

 

「……え?そ、それって…………~~~~~~ッ!!!???」

 

俺がクソISの弾幕を弾きながら宣言すると、夜竹は声にならない悲鳴を挙げて固まってしまった。

な、何だ?どうしたんだ夜竹の奴…………あれ?ちょっと待てよ俺?冷静に考えたら今の台詞って結構ヤバイんじゃ――。

 

『警告。敵ISより高レベルのレーザー充填を確認。至急対策を』

 

と、後ろの夜竹に気を取られそうになった俺に、オプティマスが警告を促してくる。

その警告に従って空を見上げれば、空中に浮かび上がった敵ISが、丸太みてーにデカイ腕に装備されてるレーザーを俺に向けて充填してるトコだった。

さすがにあのサイズになると『ストライカーシールド』で防げても、後ろのフロアに避難してる子達が巻き添え食っちまう。

一応俺が開けた穴はあるけど、皆怖くて動けないのか、最初に居た場所から動いて無かった。

 

 

 

 

 

誰が見ても絶体絶命、あぁコリャもう駄目だ――――な~んて言うとでも思ったか?

 

 

 

 

 

空中で俺に狙いを定めてるクソISに対して、俺はニヤついた笑みを崩す事は無い、何故なら――――。

 

 

 

 

 

「ちゃんと狙い易い位置まで飛ばしてやったんだ――――外すんじゃねぇぞ?」

 

今アリーナの空には――――。

 

「あぁ!!任せときな兄弟ッ!!!!!(ズバァアアアアアッ!!!)」

 

『ッ!!!?』

 

俺の頼もしい『兄弟』が居るんだからな?

敵ISの砲身がコッチに向いてるその後ろで、一夏は鈴の衝撃砲を浴びながら瞬時加速を使い、一気に敵ISに肉薄する。

しかも何故か零落白夜のレーザー刀身が、フルパワーで使う時と同じくらいまであるのは驚いたぜ。

アイツどっからエネルギー持って来たんだ?ちょいと後で聞いてみっか。

 

「ぜぇああああああッ!!!!!(バシュゥウウウッ!!!)」

 

そんな事を考えてる間に、一夏は振りかぶった雪片を垂直に一閃して、クソISのチャージしてた砲身を腕ごと斬り落とした。

加速の勢いを殺さないで一気にそのまま離脱しようとするが敵ISはソレを見逃さず、すれ違う一夏を逆の手で殴り飛ばそうと腕を振るう。

しかし自分に向かってくるデカイ腕を見ても、一夏は余裕の表情を崩さない。

かく言う俺もそうだが、その理由は勿論――――。

 

「コイツもついでに喰らっときなさいよッ!!!人の友達に上等決めたお返しだぁああああッ!!!(ズドォオオオオンッ!!!)」

 

まだ鈴が居るからに決まってんだろ。

一夏をはたき落とそうとしたクソISに向かって、鈴は甲龍の衝撃砲を中距離まで間合いを詰めて浴びせた。

しかも衝撃砲を撃つ鈴の顔は般若も裸足で逃げちまいそうなぐらいに怒りで歪んでる……アイツも夜竹を狙った事にキレてんだな。

 

『ッ!?……ッ!?(バチバチバチッ!!!)』

 

そして、俺の『STRONGHAMMER』、一夏の『零落白夜』、鈴の『衝撃砲』を立て続けに喰らった敵ISのスラスターから黒煙が吹き上がる。

しかもバチバチと耳障りな電子音を鳴らしつつ、身体の至る所からスパークを散らして地面に墜落したではないか。

うわぁ……遣った俺が言うのも何だが、アレのパイロット大丈夫なのか?……っていうか、一夏の斬った腕の部分から出てるのがオイルなのは何でだ?

俺が相手のパイロットの安否を気にした時に、オープンチャネルから一夏の威勢の良い声が響いてきた。

 

「ゲン!!アレは無人機だ!!人が乗ってねえから思いっ切りやっても大丈夫だぜ!!」

 

良し、鉄屑だってーんなら、遠慮無しにスクラップにさせてもらおう☆

かなり良い事を一夏から聞いた俺は、まるで鬼の首でも取った気分を味わいつつ、スラスターを吹かして地面に墜落したクソISの元まで加速する。

そして、地面スレスレを飛行しながら『ストライカーシールド』を格納し、手の甲の上からエナジーソードを展開して、無人機とやらに突貫した。

 

『……ッ!!(ブォオオンッ!!)』

 

そして、もはやケーブルでブランブランと揺れながら繋がってるだけのセンサーアイで俺を発見した奴は、俺に向けて残った片腕でパンチを放ってくる。

……しかし、それはもはやガタガタでスロー過ぎる上に、腕がデカイから見切りも付け易い。

俺はオプティマスのウイングを畳みながら回転し、奴の拳を避けつつ、その伸びきった腕にエナジーソードを展開していない方の腕でしがみついた。

そうして腕の身動きが取れなくなった無人機の肩に、俺は展開していたエナジーソードを力の限り振り下ろす。

この夜竹にオイタしようとした悪い腕は、俺の権限で没収だ!!

 

「ぬぉらぁッ!!(ギィイイインッ!!!)」

 

オプティマスのエネルギーを微量に消費して熱せられたエナジーソードの切れ味は鋭く、叩き落とした力も合わさって、まるでバターの様にアッサリと無人機の腕を叩き斬った。

さぁ!!次はテメエ自身に罰を与える番だぜぇええッ!!?

俺は直ぐ様切り落とした腕から手を離して、無人機の顔を鷲掴み、腕で抱え込む様にして固定。

そのまま体勢を無理矢理力技で抑え付け、もう片手のエナジーソードを――――。

 

「これでもシャブってやがれぇええええッ!!!!!(ズボォオオオオッ!!!)」

 

『ッ!!!!???(バチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!)』

 

無人機の口の部分に、思いっ切り突き立ててやった。

俺の突き出したエナジーソードは何の抵抗も無く無人機の口があるであろう場所を貫き、反対側にその姿を表わす。

勿論無人機の反応もかなりのモノで、物凄いスパーク音と火花を散らしながら、まるで痙攣しているかの様な動きでビクンビクンッ!!と跳ねまわる。

暫くその体勢を維持して、もうそろそろ良いかなと満足した俺は、勢い良く無人機の口に突っ込んでいたエナジーソードを引っこ抜き――――。

 

「――――フンッ!!!(ボギィイイイイッ!!!!!)」

 

まだ微妙に繋がっていた無人機の首部分を力任せに毟り取ってやった。

それが最後の止めになったのか、無人機は俺の加えた力に反抗せずに、地面へその身体を横たえて動かなくなった。

チラッと千切ってやった顔の方に目を向ければ、最後の残ってたセンサーアイも赤い光を除々に失って、遂には真っ黒な色に変わる。

それを見届けてから、エナジーソードを手首の中に収納して待つと、オプティマスのセンサーがメッセージを表示した。

 

『敵ISの完全停止を確認。排除完了』

 

そのメッセージを見て、俺はニヤリとした笑みを浮かべたままに――――。

 

 

 

 

 

「――――理解したかブリキ君?決して――――チョーシに乗るな……だぜ?」

 

 

 

 

 

今やバラバラになった謎のISへの教育を、終わらせた。




多分分かり辛いって人が居ると思うので補足をば。

『ストライカーシールド』

これは実写版トランスフォーマーの玩具、『ストライカーオプティマス』に付属してるシールドです。
また回転するという設定は、サイバトロンの英雄ダイノボットの武器の『サイバーシールド』の設定を組み込んだモノです。

『エナジーソード』

これは実写版トランスフォーマーでオプティマスが使ってたソードです。
ワンサマーに出てくるエナジーソードも、手首の部分から展開します。
勿論外して普通の剣としても取り扱い可能。

後、元次が使うオプティマスのウイングやロケットは、実写版トランスフォーマーダークサイドムーンでオプティマスが使用してたジェットパックの事です。


以上、解説でしたwww



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪我と小さな一歩、そして妖艶



皆さんは覚えてないかも知れないけど、このSSは一応龍が如くとクロス(キリッ)


 

グシャリッ。

 

「ったく……たかがブリキのガラクタ野郎の分際で派手な事し腐ってんじゃねぇよ」

 

俺はフンと鼻息を一つ鳴らしながら、毟り取ってやったクソISの頭部を足で粉微塵に踏み潰す。

もうピクリとも動いちゃこねえが、一応念には念を入れてってヤツだ。

そのまま鉄屑にした頭部から足をどけて身体の方をチラッと伺うが、ソッチも起き上がる気配は無い。

まぁ一夏の雪片に左腕、鈴の龍砲にスラスター、俺のオプティマスに右腕と頭持ってかれてるから起き上がった処でさして問題にゃならねえがな。

俺のパンチの連打で他の装甲の殆どひしゃげてるし。

 

「……いや、まぁ俺が無人機だって言ったけどよ……まさか首を毟り取るとか思わなかったぞ?」

 

「完っ全にオーバーキルよねコレ……やっぱアンタ容赦無いわ。ゲンがクラス代表じゃなくて心底ホッとしたわよ」

 

と、俺が派手にブッバラしてやった無人機を見下ろしてると、背後から一夏と鈴がスラスターを吹かして俺の元に降りてきた。

そのまま俺の隣に立つと、一夏は無人機を見下ろして「うわぁ」って顔して無人機に同情的な視線を向ける。

鈴は腰に手を当ててあっけらかんとしてるが、それでも無人機の有様にビビッてる様だ。

 

「何がオーバーキルだっての。この俺に喧嘩売ってきたんだ、こーなるのは必然だろ?」

 

「どんだけ天上天下唯我独尊な考えだよ」

 

俺はそんな2人に肩を竦めて笑顔で言葉を返す。

そんな俺の言葉に一夏は直ぐ様切り返してきたが、俺はそれに取り合わず2人をニヤニヤと見る。

 

「まぁこの無人機の事はとりあえず頭から追い出して……結局よ?お前等の試合はケリ付かねーままに有耶無耶になっちまったが、約束の方はどーすんだ?」

 

俺の質問に、2人は揃って「あっ」とか言って今思いだしたみたいな顔を浮かべる。

っていうかこんな時だけ揃いも揃って息が合ってんなお前等。

件の二人は思い出したって表情のまま互いに向き直り、少しぎこちない笑顔を浮かべ始めた。

 

「ね、ねぇ一夏?さっきの試合は勿論アタシの勝ちよねぇ?終始アタシが押してたし」

 

「イヤイヤ鈴さんや。寧ろダメージはお前の方が大きかったよな?しかもアレが乱入してくる前の瞬間の時に俺の瞬時加速での奇襲は間違い無く決まってたろ?」

 

「そ、そんな事あったかしら~?まぁあってもちゃんと回避してたと思うけど?一夏ってば面白い事言う様になったじゃない?芸人志望なの?」

 

「な、なな何をおっしゃるかな鈴よ?アレは絶対に回避できない、グッドならぬゴッドタイミングだったぜ?文字通り神掛かった一瞬だったな、うん」

 

そのまま2人は俺の事なんざそっちのけで笑顔のまま互いにドッチが素晴らしかったかを一切譲らずに自分の勝ちを主張し始めた。

っていうかドンだけ負けず嫌いなんだよこの2人?

まぁ互いに譲れねえ思いがあるってのは結構だけどよ。そーゆう喧嘩は大いに推奨するよ俺は。

そんな気持ちで2人の言い争いを見てた俺だが、幾ら兄弟だ幼馴染みだと言っても勝利を譲らない様を何時までも見てたくねぇよな?

しかも傍に居る俺の事なんかそっちのけなんだぞ?ぶっちゃけ居た堪れない。

つぅワケで、俺はあーでもないこーでもないと表面上はにこやか、でも腹の中じゃ必死こいてる2人をその場に放置して飛び上がり、穴の開いた観客席へと飛んで戻る。

そして、観客席のフロアの上空まで飛べば、其処にはフロアの隅で呆然としてる女の子達、そして――。

 

「さゆかぁああ~~!!ぶ、無事で良かったよぉ~~!!」

 

「あ、あたしッ……も゛、もうっさゆかが死んじゃうとッ……ひっぐ……無事で……良かった……ッ!!!」

 

「癒子……清香ちゃん…………」

 

さっきと変わらず、観客席の床に倒れこんでる夜竹に駆け寄って泣きながら声を掛ける相川と、谷本の姿があった。

傍に駆け寄っている2人の友達に、夜竹は涙目で其々の名前を呼んでいる。

うんうん、誰も死ななくてホッとしたぜ。

俺はゆっくりとオプティマスのスラスターの勢いを弱めて静かに観客席の床に降り立つ。

つってもPICって機能で常時浮遊してるから降り立つって表現はおかしい気もするが。

そのままオプティマスを待機状態に戻すと、それまでのISスーツ姿から黒いカッターシャツとズボンの姿に戻る。

上着のブレザーは右の拳にグルグル巻きにされたままだ。

オプティマスを戻した俺は、現在進行形で夜竹の傍でわんわん泣いてる二人の横を通って夜竹の隣りにしゃがみこむ。

 

「……元次君……私……わ、たしぃ……ぐずっ」

 

と、俺が傍に行くと、さっきまで涙目で泣きそうだった夜竹の瞳からポロポロと大粒の涙が出てくる。

多分、本気で死にそうな目に遭ってたのが余程堪えたんだろう。

それが落ち着いてきて緊張が解けたから、ホッとして溢れる涙が抑えられなくなっちまったってトコだ。

俺はそんな風に泣いている夜竹の背中に右手を入れて上半身だけを引き起こし、左手で夜竹の頭をゆっくりと撫でてやる。

さすがに怖くて震えてる女の子前にして恥ずかしいだのとか言ってらんねぇって。

 

「もう大丈夫だぜ。あのクソISは二度と舐めた真似出来ねぇ様に、俺がしっかり躾けといたからよ……安心しな(ナデナデ)」

 

「……う、うぅッ……うわぁあああああああああんッ!!!怖かったッ!!怖かったよぉおおおおッ!!(ギュッ!!)」

 

もう色々と限界だったんだろう。

なるべく安心させる様に笑いかけながら言葉を掛けると、夜竹は感極まった様に涙を流しながら俺に抱きついた。

大声で泣き叫びながら、俺の背中に腕をかけてギュッとしがみ付き、顔を胸元に押し付けてくる。

その所為でくぐもった声になるが、俺はそんな風に泣く夜竹を安心させられる様に優しく彼女の頭を撫でていく。

ちゃんと背中に回した手で彼女の背中を優しく撫でたり、ポンポンと軽く叩くのも忘れずにだ。

時折「大丈夫、大丈夫だ」と優しい声を掛けながら夜竹を慰め、俺は泣きじゃくる夜竹が泣き止むのを待つ事にした。

 

 

 

……時折、他の女の子達が「良いなぁ……」とか言ってどろ~っとした熱っぽい視線を向けてくるのは気の性だと思いたい。

 

 

 

そうして暫く、他の観客席の避難誘導を終えた先生がココに来るまで、俺は夜竹をずっと抱きしめていた。

 

 

 

 

 

とりあえず先生達が避難誘導を始め、他の子達が移動し始めた波に乗った俺はアリーナから避難していく。

先生の話しでは、あのクソISがブッ潰れた時点でハッキングが止んだらしく、今は特に問題無いそうだ。

それを聞きながら歩き、やっとアリーナと学園を繋ぐ廊下に出た所で、両手を胸の前で組んで心配そうな表情をする真耶ちゃんを発見。

しかもその隣には腕を組んで立っている千冬さんも居た。

 

「あっ!?元次さん!!大丈夫です……か?」

 

「漸く戻ってきた……な?」

 

と、歩く集団の中に居た俺の姿を発見すると、千冬さんと真耶ちゃんは俺の傍に歩み寄ってきたんだが、何故か途中で言葉を止めてしまった。

オマケに俺の姿を見つけた時に真耶ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべたのに、俺の傍に来たら呆然とした表情に変わるじゃありませんか。

それは千冬さんも例外じゃなく、さっきまでの真剣な表情が口をポカンと開けた表情になる。

……え?な、何スか一体?

いきなり過ぎる千冬さんと真耶ちゃんの豹変ぶりに首を傾げる俺だったが、その答えは――――。

 

「げ、元次さぁんッ!?な、なな何で夜竹さんを『お姫様抱っこ』してるんですかぁあッ!!?」

 

「え?……あー、いやそのー……ハッハッハ……」

 

「笑って誤魔化さないで下さいッ!!そんなうらやま、じゃなかった。み、密着するなんてズル、でもなくて……と、とととにかくッ!!そーゆうのはいけませーんッ!!」

 

何かおかしな言葉が多々混ざってた様な気がするんですけど!?

 

「…………はぅ(真っ赤)」

 

その答えに辿り着く前に、目の前の真耶ちゃんは驚きと若干の怒りが混じった悲鳴を挙げて俺に質問してきた。

真耶ちゃんの隣を見れば千冬さんの表情も何かスゲー怖い雰囲気に包まれてるんですが?

俺に詰め寄る様に質問、いや詰問してる真耶ちゃんの顔もぷっくりと膨れた怒り?顔でござんす。

そんな風にいきなり態度が豹変した2人に驚きながらも、俺は自分の胸辺りにおわす夜竹の事に思い至って納得し、苦笑してしまう。

 

 

 

そう、今現在、俺はさっきまでわんわんと泣いてた夜竹をお姫様抱っこしているのである。

 

 

 

勿論コレには理由があり、あのクソISのビームがシールドに当たった衝撃で倒れた夜竹は、足を挫いてしまって歩けなくなってたからだ。

さすがにそんな状態の夜竹に歩けと言うのは酷すぎるので、俺は恥ずかしさを呑み込んで、無言のままに夜竹を抱き上げたのである。

まぁその際に夜竹の顔色が一気に真っ赤になるわボンッ!!って音が鳴るわで互いに気まずい雰囲気もあったが。

ついでに言うならそんな俺達の傍でキャーキャーと黄色い声で騒ぐ相川と谷本のこ憎たらしさときたら……いや、もはや何も言うまい。

わかっちゃいるんだよ?夜竹だって、大勢の前でいきなり男にこんな事されたら恥ずかしいだろうって事は?

でも怪我してる子ほっとくのも我慢ならねぇっつうかまぁ……そんな葛藤を覚悟した結果なのだよ。

俺の胸元で、まるで借りてきた猫の如くジッとしている夜竹だが、彼女の顔は俺の胸板に押し付けられてて表情を見る事は叶わない。

でも髪の隙間から覗く可愛らしい耳がまるでトマトの親戚か?と思える程に赤くなってるので、夜竹の心中は恥ずかしさでいっぱいだろう。

うん、良く々考えりゃ、俺ってこんな可愛い娘をお姫様抱っこしてんだよな……やべ、考えたら恥ずかしくなってきた。

し、心臓の脈動が早くなる!?夜竹に聞こえそうな気がするけど、頼むから夜竹に聞かせないでくれよ俺のアイアンハートッ!!?

 

「(ドクン、ドクン)ぁっ…………元次君の心臓……凄い……どくんどくんって、鳴ってるよ……?」

 

「それは出来れば気にしねーでくれ。頼むから」

 

だがしかし、現実とは何時も諸行無常にして情け容赦無し。

やっぱ今まで胸に直接顔を押し付けていた夜竹には俺の心臓の音がバッチリと聞こえてしまってた。

その音を確かめる様に白くて細い指で、夜竹は驚いた様な声でか細く俺に囁きながら俺の胸に手の平を合わせる。

極めつけは子猫が主人の顔色を伺う様な上目遣いですよ?もうね?俺ってば色々と限界なのよホント。

腕に感じる生暖かさとか女の子特有の身体の柔らかさとか甘い匂いでもうクラックラなんですよ。

そんな色々アウト近くな俺を夜竹が上目遣いで見てくる超必殺、俺の頬に赤みが差す上に心臓の鼓動が早くなるのは仕方無い。

仕方無いったら仕方無いのである。

 

「ぅ、ぅん(コレって、つまり……お、女の子として意識してくれてるのかな?……ど、どうしよぅ……む、胸がきゅんってしちゃぅよ……)」

 

俺の懇願に近い頼みに、透き通る様な声で返事した夜竹はぽすっという音を出す勢いで俺の胸元に再び顔を埋めてしまう。

こりゃまさに今の顔を見られない様に必死に隠す恥ずかしがり屋な仕草……ごっつぁんです。

 

「ちょ、ちょっと元次さん!?何でそんな良い雰囲気になってるんでしゅか!?ちゃんとコッチに説明して下さいよぉ!!」

 

「えっ、あっ!?す、すまねえ真耶ちゃん。ちょっと考え事してて、な」

 

と、何かあんまりにも可愛すぎて身悶えしてた俺の鼓膜を震わして、怒った顔の真耶ちゃんが詰め寄ってくる。

っていうか1回噛んだよな?間違いなく俺の耳にゃ「でしゅか」って可愛らしい噛み噛みな台詞が聞こえたぞ。

真耶ちゃんの怒り顔って只ほっぺを膨らましてるだけだから怒った顔って感じらんなくて、俺は妙に余裕を持ってしま……。

 

「早く吐け、さもないと千切ってバラまくぞ?」

 

「さっきのクソISの攻撃で夜竹が足を捻挫して動けなくなったから俺が抱えて来ましたホントスンマセン生きてて申し訳ありませんだから千切るとかマジ勘弁して下さい千冬さんッ!?」

 

いっぺんに余裕が粉微塵となって吹き飛びました♪

だって千冬さん滅茶苦茶怖えから。

黙って腕組みしたまま俺を睨む千冬さんから放たれた脅しともとれる言葉で、俺は身体を震わせてしまう。

しかも半端ねえプレッシャーを浴びせてくるから血の気まで顔から引いちまったよ。

千切るって何スか千切るって!?一体俺のドコを千切るおつもりなんスか!?

暫くそうして俺にメンチをKILL千冬さんだったが、ふとした拍子にそれを止めて、呆れた様に溜息を吐いた。

 

「ハァ……まぁ、直ぐに観客席の生徒達を助けに行った事で大目にみてやる。そこはまだ、あの馬鹿共よりマシだからな」

 

「え?馬鹿共って……」

 

千冬さんの言葉に聞き返すと、千冬さんはクイッと自分の斜め後ろを指差した。

その行動に首を傾げながらも千冬さんの斜め後ろに視線を巡らせれば……。

 

「「……」」

 

そこには、正座したまま意気消沈って感じの表情を浮かべる一夏と鈴の姿がありましたとさ。

しかも何故か2人の頭には特大のたんこぶが出来てて、ご丁寧にシューシューと煙と音が出てる。

え?何これ?状況がさっぱりこってり理解出来ないんですけどー?

俺の呆けた表情から察したのか、千冬さんが腕組みしたまま呆れた声音で言葉を紡ぐ。

 

「コイツ等は、アリーナの惨状をほったらかして口論してたからな。あの馬鹿共と一緒に観客席の生徒を放ってたら、お前もこうするつもりだっただけの話しだ」

 

そう言って呆れと怒りを含んだ視線を一夏達に浴びせると、2人は肩を竦ませて縮こまってしまう。

まぁ確かに千冬さんの言う通りか。

さすがに怪我人がいるかもって状況でそれを放置して口論なんかしてたらイカンよな、うん。

元を辿りゃその原因作ったの俺だけど。

そう思いつつも2人から視線を外せば、そこには居心地悪そうな真耶ちゃんのしょんぼり顔があるじゃございませんか。

 

「あの……ごめんなさい元次さん……わ、私、夜竹さんが怪我してる何て知らなくて……か、勝手に怒っちゃって、ごめんなさい」

 

「い、いやいや。別に真耶ちゃんが悪い訳じゃねぇからさ。そんな謝んなくって良いぜ?それに、真耶ちゃんも無事で何よりだ」

 

千冬さんに説明した事で、俺が何で夜竹を抱いてるのかに納得がいったのか、真耶ちゃんはさっきまでの態度を変えて俺に謝ってくる。

しかし別に真耶ちゃんは何も悪くないので、逆に俺が萎縮してしまいそうだ。

俺自身は別に真耶ちゃんに怒られて凹んだってワケでも無いし、怒ってもいねえからな。

一応俺の言葉で少しは納得してくれたのか、真耶ちゃんは軽く微笑みを浮かべてくれた。

 

「もぉ……元次さんは優し過ぎます…………甘えちゃうじゃないですか(ぼそっ)」

 

「ん?何か言ったか真耶ちゃん?」

 

「い、いえいえ!?な、何でもないですよー?ア、アハハ……」

 

何やら最後にぼそっと呟いた言葉が聞こえず聞き返せば、何故か愛想笑いで煙に巻かれてしまった。

まぁ何でも無いんなら良いけどよ。

 

「……まぁ色々と言わねばならない事があるが、今は夜竹を保健室まで連れて行け……お前も治療が必要だろう」

 

と、何故か愛想笑いを浮かべる真耶ちゃんに疑問を持っていた俺の耳に千冬さんからこの後の行動を指示された。

っていうか「俺も」って……やっぱり隠せねえよな、この人には。

今の千冬さんの言葉の意味が判らなかったのか、一夏や鈴、そして真耶ちゃんと夜竹は揃ってキョトンとした表情になるが、俺はちょっと笑ってる。

いやだって鋭ど過ぎるんだもん千冬さん。

 

「あちゃ~……やっぱ気付いてました?」

 

「それぐらい解かるに決まってるだろうが……それに、微かにだが血の匂いもする……鉄製の鍵を拳で壊す等という馬鹿な事を馬鹿みたいに何度もするからだ、馬鹿者」

 

俺に馬鹿馬鹿と連呼しながら、千冬さんの呆れた様で心配そうな視線は夜竹の足を支えてる俺の右拳に向けられてる。

グローブの代わりに巻かれたブレザーは所々破れてるだけじゃなく……真ん中部分が赤く染まっていた。

流石に生身で何度も鉄の扉に挑むのは無茶が過ぎた様で、グローブ越しに俺の拳の皮が擦り剥けちまった。。

そこで漸く千冬さんの言葉の意味が判った真耶ちゃん、鈴や一夏は俺のブレザーを染める赤色にぎょっとした表情を浮かべてしまう。

 

「だ、大丈夫かよゲン?結構血の染みが酷いぞ?」

 

「っていうか、鉄の扉を生身で壊してきたの!?アンタ馬鹿!?馬鹿じゃない!?いや馬鹿過ぎるでしょ!!常識の枠内に収まりなさいよ!!」

 

「あ、あわわわ!?ち、血がいっぱい出て!?い、痛くないんですか元次さん!?」

 

とりあえず鈴の反応は中々腹立つが、真耶ちゃんと一夏はちゃんと心配してくれてるのが嬉しいぜ。

俺は3者3様の顔を見渡しつつ、若干苦笑しながら口を開いた。

 

「さすがに俺様自慢のアイアン・フィスト(鋼鉄の拳)がかなり頑丈でも、鉄を何回も殴るのはキツかったぜ……多分、拳の皮が裂けちまってら」

 

「そ、そんな……怪我してるのに、私の事抱えてくれたの?……ダ、ダメだよ!?自分で歩くから降ろして、元次君!!」

 

俺の苦笑しながらの言葉に、抱き上げられてる事が申し訳無く思ったのか、夜竹は何度も「降ろして」と言いながら身体をジタバタさせ始める。

さすがに捻挫してる方の足は痛くて動かせなかったみてえだが、腕で俺から離れようとぐいぐい押して離れようともがくので今にも落ちそうだ。

ってちょ、さすがに暴れられると抱えづらいっての。

俺は腕にもう少し力を込めて暴れる夜竹の行動を出来るだけ痛く無い様に制限しつつ、彼女に注意する。

 

「お、おいおい夜竹。お前捻挫で動けねーんだから大人しくしてろよ。無理したら怪我が悪化するかも知れねえし」

 

「でも、元次君だって怪我してるのに……」

 

「心配すんな。こんなモン怪我の内に入んねぇし……どっちみち怪我してる女放り出すなんざ、俺にゃ出来ねぇよ」

 

「ひぅッ!!?(ボォンッ!!)あ、あぁぅ…………ぁ、ぁりがとぅ(ぼそっ)」

 

「なぁに。どう致しまして、ってな」

 

ちょっと語気を強めて夜竹に注意すると、夜竹は俺の言葉を聞いて顔を更に赤くレベルアップさせてしまう。

もはや完熟トマトなんかよりも赤くて、体中の血が顔に集中してるんじゃないかと思うほどだ。

っていうか何で一々この人(夜竹)はこう可愛らしい反応してくるんだ!?

お、俺だって顔が赤くなるの必死で我慢してるってのによぉ!!

俺に潤んだ瞳を向けて小さくお礼の言葉を呟いた夜竹は、少しして顔を俯けて黙りこむ。

一方の俺は夜竹が視線を外してくれても、胸と腕に掛かる心地良い重みの所為で夜竹の存在をしっかりと感じ取ってしまってる。

……このままお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?

 

「……(デレデレデレデレデレデレしおって……ッ!!真耶と布仏に続いて夜竹まで……アァ、イッソ縛ッテ閉ジ込メテシマオウカ?)(ゴゴゴゴゴ……)」

 

「~~~~ッ!!(織斑先生に続いて夜竹さんもですか!?た、多分布仏さんも同部屋だからお姫様抱っこぐらいしてもらってるだろうし……見せつけるなんて酷いです!!)」

 

あっ、お持ち帰りは駄目?ですよねー。

ハッとして前方に視線を戻せば、まるで阿修羅の様なオーラを纏うKISHIN千冬さんが、俺をブッ殺さんばかりに睨んでらっしゃる。

美人なだけに睨む形相も半端無く恐えよ。

その隣に居る真耶ちゃんの方はそんな恐えオーラは出してねぇけど、両手を胸の前で組んだまま口をキュッと一文字にしてブルブル震えてるで御座い。

しかもその口元が何かを我慢する様に波打って震えてるから結構恐かったり。

そんな責める視線に晒されて、じんわりと冷や汗を掻いてしまった俺は、引き攣った笑みを浮かべつつジリジリと後退する。

偉い人は言いました、『三十六計逃げるに如かず、現実は逃避するもの』と……ってなワケで。

 

「そ、そんじゃあ俺は夜竹を保健室に連れて行きますんでコレでさいならーッス!!(バビュンッ!!)」

 

俺はクルッと反転して現実から目を背けつつ、夜竹を抱えたまま這々の体で真耶ちゃんと千冬さんの視線から逃げ出す。

少しの間非難がましい視線を背中越しに受けていたが、それも廊下を駆けていく内に消えてくれたので、俺は大きく息を吐いて心の底から安堵しました。

あ~マジ怖かった……っていうか、真耶ちゃんはどー考えても俺よりか弱い筈なのに、何故に俺が瞬殺されるビジョンしか浮かばねーんでしょうか?

謎だ、果てしなく謎だぜ。

 

「……あ、あの……元次君?」

 

「ん?」

 

と、何故か真耶ちゃんに勝つ事が思い浮かばない自分の予想に頭を捻っていると、さっきから喋らなかった夜竹が突然声を掛けてきた。

その問い掛けに頭を捻りながら、俺は走る速度を緩めて夜竹に視線を向ける。

 

「そ、その……もし良かったらね?……め、迷惑じゃ無かったら……お願いがあるの」

 

「お願いって……何だ?そこまで無理な事じゃねーなら聞くけど……」

 

俺が視線を合わせると、夜竹は恥ずかしそうに視線を上げたり下げたりしながら口ごもり、そこで言葉を止めてしまう。

その様子に戸惑いを見せつつも、俺は聞き返して続きを促す。

一体どうしたんだ夜竹は?……さっきの言葉から察するに、俺に何か頼み事がある様に聞こえるが……。

暫く彼女が話すまで待ってみると、やがて夜竹は両目をキュッと瞑ったままに、意を決したかの様な感じで口を開き――。

 

 

 

「あ、あのね?……わ、私、今まで元次君に苗字で呼ばれてたけど……これからは……わ、私の事を名前で呼んで欲しいの…………『さゆか』……って」

 

 

 

とても小さくて消えそうな声で、名前を呼んでくれと俺にお願いしてきた。

…………ヤベエ、めっちゃくちゃ可愛い。

夜竹の如何にも女の子らしすぎる面を感じさせられながら、俺は無意識にゴクリと喉を鳴らしてしまう。

まぁ普通に俺は女の子だろうと男だろうと大体の奴は名前で呼ぶんだが……こんな風に面と向かってお願いされるとその……恥ずいぜ。

本音ちゃんの時は、苗字が呼び辛いからって理由があったから苦も無くそう呼んでたけど、これは中々に難易度が高え。

ヤ、ヤバイ!?改めて考えると腕の中に収まってる夜竹の生々しい感触ががががが。

そんな事を考えてる間にも時間は過ぎ、気づけば夜竹は俺に潤んだ瞳を向けて俺の言葉を待っているジャマイカ。

 

「……ダ、ダメ……かな?……み、苗字だと、壁がある様に感じちゃって(ウルウル)(ご、強引過ぎたかも……で、でも……私だって好きな人に……呼んで貰いたいもん)」

 

こ、こんなウルウルした目で見つめられたら……断ったら大泣きされそうデス。

だからこそ、ゆっくり深呼吸を三回、羞恥心を抑えこんで、懇願する様な目をずっと向けてくる夜竹の顔を見つめ返し……。

 

「わ、分かった……こ、これからもよろしくな?……さ……さゆか」

 

「ッ!!?…………ぅん♡(パァアッ!!)」

 

言いましたよ、ええ言いましたとも。断れって方が鬼畜ですよアレは。

しかも俺が名前を呼んだら、まるで後光が射さんばかりの光と共に弾けんばかりのスマイルを見せてくれた。

クソッ、そのキューティクルな笑顔が可愛い過ぎる。

 

「えぇッ!?か、可愛いって、そ、そんな……ッ!?(オロオロ)」

 

と、俺がやた……じゃなくてさゆかの笑顔に心打たれた感想を考えた瞬間、当の本人は何故か顔を真っ赤にして慌て始める。

え?い、いやいやちょっと待て?別に俺は何も言ってな……言ってない……よね?

アレ?何か色々と自信無くしてきたぞ?

ふと頭の片隅に過ぎったまさかという思いを、現在抱えてるさゆかに向けて恐る恐ると口にしてみる。

 

「え、えと……ひょっとして俺……口に出してたか?」

 

「う……うん……(コクンッ)」

 

結論、完璧に俺の盛大でド派手な自爆ですねわかります。

うぁーちくしょー、何やらかしてんだよ俺ェ……恥ずかしすぐる。

その恥ずい空気を払拭する妙案なんざ俺の馬鹿な頭で浮かび上がる筈もなく、結局その空気を引き摺りながら俺はさゆかを抱えて保健室へと足を動かした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「えぇっと……虚ちゃん、コレって何かしら?」

 

所変わってコチラは先程元次達が退出した第3アリーナ、その観客席通路である。

本来なら生徒達は全員避難が終わり、誰も彼もが教室に居るであろう時間に、彼女達は居た。

何故かと問われれば、彼女達は学園の生徒達が運営する機関である生徒会の役員だからである。

ここで言う生徒会とは、単なる生徒達の象徴ではなく、代々ある取り決めで決定される。

それは、『生徒会長は、生徒達の最強でなくてはならない』という武闘派顔負けの取り決めだ。

ちなみにこの場に居る2人はそれぞれ、会長と副会長を担っている。

そこに居る2人の少女の内1人が、困惑した表情で……内心引き攣り捲くってるが、それを押し留めながらもう1人の少女に話しかける。

 

「……報告では、防護扉のロック機構部分だったモノです。先程確認した防犯カメラの記録では、鍋島君の拳によって破壊されていました」

 

質問した彼女の隣りに佇む少女から、同じ様に困惑した表情で語られた言葉を聞きつつ、彼女は床に落ちている残骸に視線を移す。

床に落ちている残骸、それは元次が破壊した防護扉のロック機構で、見た目は無残な姿に変わり果てている。

綺麗な円形は中心から陥没し、くっきりと大きな拳の後が刻み込まれたロック機構。

彼女はそれを見ながら徐にしゃがみ、その拳跡に自分の拳を合わせて見た。

 

「……私より三回りくらい大きいけど……コレってISの部分展開?」

 

「いいえ、私が見ていた記録では、彼はコレを生身で破壊していました。グローブ代わりに服を巻いていましたが、只それだけです」

 

「なにそれこわい」

 

思わずネタっぽい返し方をしてしまうが、彼女は来れでも真面目に返したつもりである。

それだけ、目の前の残骸が生身の人間に拵えられたという事が現実に理解出来ないのだろう。

それでも直ぐに気を取り直して咳払いをする辺り、彼女の判断力や即応性が他とはずば抜けている事が窺える。

 

「こんな拳で殴られたら、おねーさんイケナイものが飛び散っちゃうでしょうね……ホント非常識の塊だわ。鍋島君って」

 

まるでモデルの様にキュッと括れた悩ましい腰に手を当てて呆れながら、彼女は愛用のセンスをバッと広げる。

書かれていた文字は以前と違って、『驚愕、唖然、ぶっちゃけありえない』と書かれていた。

 

「まさかISを使わずにこんな人間離れした技が使えるなんて……ハァ、接触する時の事考えると憂鬱よー」

 

「……別に鍋島君だって、挨拶も無しにいきなり襲い掛かる程野蛮とは思えませんが?」

 

頭の中で考えていた接触方法を実行した時の事を考えて、彼女は溜息を吐く。

そんな彼女の様子に、長年付き添ってきたもう1人の少女は目を細めて問い掛けるが……。

 

「えー?普通なんてつまんないでしょ?だ・か・ら・♪色々とおねーさんがリードしてあげようと思ったんだけどねー……それすると、もれなく愛のパンチが返ってきそうじゃない」

 

その場合は愛どころか色々と乗せられたおどろおどろしいパンチになりそうだが、深くは言わないでおこう。

 

「普通に接触して下さい。只でさえ織斑君に時期をみて接触すると伝えて、織斑先生から睨まれてるんですから」

 

「判ってるわよぉう……まぁでも、鍋島君に接触するぐらいなら織斑先生も怒んないでしょ♪それに彼って、可愛い子には弱いみたいだし♪」

 

そう言って花の様な満面の笑みを浮かべながらしなを作る少女の様子に、虚と呼ばれた少女は目頭に手を当てて呆れる。

確かに彼女のプロポーションは、女なら憧れの的であり男なら欲望の的を体現している。

ボン、キュ、ボンのナイスバディに可愛らしい笑顔、コレで落ちない男といえば同性愛者か鈍感か、自分に惚れるなんて在り得ないと思ってる者だろう。

後者の二つに関しては、既に学園に存在しているのだから何とも言えない。

 

「ハァ……まぁ、その辺りはお任せしますが、本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫♪別に鍋島君の事が隙ってワケじゃ無さそうだし、ちょーっと位誘わ……こほんっ、からかってみても織斑先生なら何も言わないでしょ♪」

 

不安げな表情で問いかけてきた従者の少女に対して小悪魔を思わせる笑顔でそう言いながら、彼女は楽勝気分で千冬の待つ職員室へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

また完全なる余談だが、彼女はこの後職員室で件のブリュンヒルデに話しをして、物理的に押し潰されそうな程に濃密な殺気を受けて逃げ出す事になる。

生徒会長曰く、「愉快な形で棺桶に入りたいならやってみると良い」というブリュンヒルデ直々のありがたい仰せだったらしい。

そして副生徒会長である少女曰く、職員室から帰還した主は「殺気が形を持って襲い掛かってくる体験が出来た」と涙ながらに語っていたそうだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んふふ♪……さぁ、ジッとしててね~鍋島君。動いちゃダメよ?」

 

唐突だが誰か助けて下さい。

夕暮れの鮮やかな赤色の光が差し込む部屋の中で、俺は史上最大のピンチを迎えていた。

現在、俺はその部屋の主と一対一で向かい合い手をしっかりと握り締められて身動きが取れない。

振り解く事は簡単だが、目の前で俺の手を捕まえていらっしゃる御方は良識ある女性。

従って荒っぽい方法は使ってはならないのだ。

だがしかし、それでも俺は恐怖心からこの身を任せる事が出来ず、例え無駄と判っていても抗ってしまう。

 

「い、いや!?ホント大丈夫っすから!?これぐらい、態々先生の手を煩わせる事じゃねぇッスよ!!」

 

そう言いつつ捕獲されてる手を離れさせ様とするが、俺の動きを読んでいた様に腕を先回りさせて俺の手を優しくも妖しい手付きで捕獲してしまう。

だが、目の前の女性の表情は変わらず、まるで熱に浮かされた様な艶の篭った女の笑顔ってヤツだ。

 

「あん、こぉら。先生の言う事は聞かなきゃダ・メ・♪こんなにおっきくなっちゃってるのに……辛かったでしょ?こんなになるまで我慢して(サスサス)」

 

「ぐっ!?う、おぉお……ッ!?」

 

逃げようとする俺を軽く叱りつつ、彼女は俺の固くなって自己主張している部分を優しい手付きで撫で上げてくる。

その刺激にぞくぞくっとしたモノが背筋を駆け上り、俺は呻き声を挙げてしまう。

自分の口から出たとは思えねぇ情けない声を挙げてしまった事が羞恥心として頬に赤くなって浮き上がる俺が面白いのか、彼女は更に笑みを深めていく。

 

「あぁ♡……鍋島君のココ……凄い事になってるわ……固くて、熱くて、おっきい……凄く逞しいのね♡」

 

「ま、まぁ、そこが俺の取り柄ッスから……ってじゃなくて!?さ、さゆか助けてくれ!?」

 

「えぇッ!?え、えっとその……ふぁ、ファイトッ!!」

 

「軽く見捨てられたッ!!?」

 

もう俺の手に負える段階を軽く5段ぐらいスッ飛ばしてると判断し、少し離れたベットに腰掛けてるさゆかに救援を求めるもアッサリ見捨てられてしまった。

いや、ちゃんと誠意の篭った応援の言葉は貰いましたけどね?それだけじゃ無理があるってマジで。

もう呆けるぐらいにすっぱりと見捨てられた俺だったが、直ぐに気を取り直して再度さゆかに助けを求めようとするも……。

 

「はーい♪あんまり我侭言っちゃメッ♡よいっしょっと(トスッ)」

 

それは蛇の如く俺の顔の両隣りから伸びてきた細い腕によって遮られてしまった。

しかも先生はそれだけでは済まさず、俺のイスに乗った足の上に、艶やかなナマ足を組んだままに座りこんでいく。

かなり短い丈のにして、深くきわどいスリットの入ったスカート。

その際っきわなスリットから覗く、むちっとしたナマ足が生々しくて目の毒に御座います。

目を背けたいのに、まるで何かの引力に惹かれるかの如く俺はその神々しいまでにエロい足から目が離せない。

あぁ畜生何だよこの生殺しならぬ男殺しな光景は。

オマケに俺に反対向きにより掛かる彼女の濡れた黒羽の様な髪から甘い匂いがプンプンしやがるしよぉ。

しかもそんな俺の視線に気付いてるこの御方は笑みを更に妖艶なモノに変えつつ、足の角度を組み替えてくる。

ヤバイ、今チラッと黒い紐の様なモノが視界に入った希ガス。

俺の心境?ンなもん目が離したくても離せない、正に蛇に睨まれた蛙状態に決まってるじゃないですか。

 

「んふふ♡……じゃあそろそろぉ♪」

 

「いぃッ!?い、いやちょっとまっ……ッ!!?」

 

そして遂に、俺の必死の静止も虚しく……。

 

「この、オイタしちゃった拳の治療を始めるわよ~♡それそれ~♡」

 

「ア゛ーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

消毒液の付いた綿で、傷口を直に拭うという拷問にも等しい治療が幕を開けた。

その直に伝わる激痛で叫び声を挙げながらも、俺に柴田先生が凭れ掛かってるから逃げる事も出来ねえ。

え?誰がエロい事してるなんて言いましたっけ諸君?勘違いも程々にしたまえAMEN。

まぁそんなバカな事を考えてる合間にも、現在俺の足の上で優雅に座ってる柴田先生は傷ついた俺の拳をテキパキと治療していく。

その手際の良さはさすが保険医と言った処だ。

 

「全くもう、幾ら緊急事態だったと言っても、鉄の扉を殴るなんて無茶をしたらこんな風になっちゃわよ。もう少し自分の身体は大事にしなさい」

 

「お、仰る通りッス。はい」

 

俺の拳の現状を見ながら呆れた様に言う柴田先生は、ガーゼを当てて包帯をクルクルと巻いてくれている。

まるでヤンチャした子供を叱る様な穏やかな言葉遣いに俺は身体を萎縮させてしまう。

実は俺こと鍋島元次は只今保健室にて、保険医の柴田先生に拳の治療をしてもらってる最中なのです。

 

「まさか、怪我をした夜竹さんを運んできてる鍋島君の方が怪我が酷いなんて思いもしなかったけど……はい、もうコレで良いわよ」

 

柴田先生は俺の手の具合に呆れながらも治療を進めていた様で、喋ってる間に手の治療は終わった。

その声に治療から開放された手を見ると、拳の部分にガーゼを当て、その上から包帯が何重にも巻かれた右手が視界に入ってきた。

試しに軽くグッパッと握って開いてを繰り返してみるが、動きに支障は無い。

うん、この分ならペンとか箸を握るのは問題無えな……料理も右手で食材に触ったりしなきゃ問題無えだろ。

 

「2,3日はちょっと痛むけど、治るのにそんなに時間は掛からないと思うわ……と言っても、拳の骨が見えちゃってたから、傷は残っちゃうと思うけど」

 

「充分っすよ。傷なんて特に気になりゃあしねーし、ノープログレムっす。ありがとうございます、柴田先生」

 

俺はそう言いながら、俺にもたれ掛かってリラックスしてる柴田先生にお礼を言う。

さすがに腕に巻いてたブレザーを解いた時に、拳の骨が擦り剥けて少し見えてたのには焦ったけど、治るんなら特に問題は無えさ。

柴田先生は俺の感謝の言葉に大人の女を思わせる笑顔と柔らかな声で「どう致しまして♪」と返事を返してくれたが……。

 

「あの~……治療が終わったんでしたら、そろそろ降りてもらっても……」

 

「あら?先生ってそんなに重いかしら?」

 

苦笑しながら絞り出した言葉に、少し頬を膨らませたあどけなさを感じさせる顔になる柴田先生。

おぉう、あどけなさと妖艶さが絶妙な具合にマッチして男心が擽られげふんげふん、心の底から落ち着け俺。

 

「い、いや。羽毛を思わせるぐらい軽いっすけど……」

 

「うふふ♪じゃあ、もう少しこのままでも良いわよね?」

 

いや、ダメじゃね?とは思いつつも声に出す事が出来ないチキンな俺なのであった。

そう、治療が終わったというのに、柴田先生はいまだ俺の太ももの上に腰を降ろした体勢から動いてくれないんだ。

さっきまでは俺が治療中に暴れない様にという暴れ止めだったのは納得出来るけどよ、何故に治療が終わってからもそのままなんでしょうか?

俺の言葉を聞いてクスクスと上品に笑う柴田先生だが、俺はかなりタジタジだったりします。

フワッと優しい感じの匂いがしたさゆかとは違って、何処か男を酔わせる様な妖艶なる大人の香りを放つ柴田先生。

俺の周りの大人の女って言えば、束さんや千冬さん、そして真耶ちゃんだが、柴田先生は今までの人達とは全然違うタイプの人だ。

千冬さんはその纏うオーラとクールな受け答えから、仕事の出来る女の人って感じで隙が無いタイプ。

真耶ちゃんは……悪いがとても年上に見えないぐらいの癒やしを搭載した、所謂ポワッとした雰囲気の女性だし。

束さんに至ってはどのジャンルにも当て嵌まらない、正しく新ジャンルの「不思議系年上お姉さん」ってヤツだろう。

でもって今オレの足の上に腰を降ろしてる柴田先生は……アダルトな雰囲気で男を骨抜きにするっていうか……お姉さんってジャンルを超えてる気がする。

もうなんていうか……何時の間にか捕まえられてるっつうか……ピシっとしてる様で、ワザと隙を作ってるって感じだ。

その隙にホイホイと浸け込めば、逆に漬け込まれちまう。

ほら、今だって無遠慮に俺の身体にもたれ掛かって隙を見せつつも、俺の視線が何処向くかさり気なく注視してらっしゃるし。

何時もピシっとスーツを着こなしてる千冬さんと違って、同じ様なタイトスーツを少しだけ、下品にならない様に着崩してるからマジ目のやり場に困るぜ。

チラッと視線を下げれば、少しだけボタンを開けたスーツの隙間から見える見事な谷間に視線が吸い寄せられて……ハッ!!?

 

「(キュピーンッ!!)あら?あらあら♪」

 

俺の視線が自分の谷間に集中したのを見逃さなかった柴田先生から、何とも楽しげな笑い声が聞こえてくる。

くっそ!?あんなあからさまな罠に引っ掛かっちまった!?ヤバイヤバイぞ!?

自分から罠に掛かってしまった事を悔む俺だったが、既に後手に回った状況は覆せない。

 

「うふふ……鍋島君ったら、今ドコを見てたのかしら?目が少しエッチになってた様に見えたんだけど♪」

 

問いつつも、「わかってるんだぞ」と言わんばかりの悩ましい視線が、俺の目を射ぬいてくる。

こ、肯定しちゃ駄目だ!?何とかして誤魔化さないと相手の思う壺になっちまう!?

 

「い、い~え?別に何処も見ちゃいませんよ~?」

 

「そう?……それにしては、私の足にえっちな視線を感じたんだけど……」

 

「いや、俺が見てたのは先生のサイコーにナイスな谷間で……ヴァ!?」

 

「ふ~ん?……やっぱり見てたんだ~♪うふふ♪(スリスリ)」

 

ヤバイ!?会話で答えを誘導させられた!?と気付いた時には既に色々と遅すぎた。

慌てて柴田先生の顔に視線を向ければ、そこにはしてやったりな笑顔を浮かべて俺に流し目を送る先生が居るではないか。

もう既に取り繕う事は不可能。

こ、これが俗に言う大人の余裕ってヤツなのか!?(違います)

目の前で妖艶に微笑む柴田先生のアダルティな雰囲気に驚愕している俺を他所に、先生は身体を横に向けて、全身で俺にもたれ掛かり直す。

ぬぉおおお!?こ、ここ、これってもしかせんでも誘われてる!?YUUWAKUされてんの俺!?

焦り、パニクる俺を他所に、先生は目を細めて楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

「ハァ……凄く逞しいのね……目を閉じても、鍋島君の力強い所が良く分かるわ♡……強い雄が持つフェロモン、って言うのかしら?……寄り掛かるだけで、力が抜けちゃう♡」

 

先生はそう言いながら俺の胸元に顔を押し当てつつ、人差し指で俺のカッターシャツの開いたトップ部分でのの字を書いている。

アカン、素肌の上を指が這い回る感触が何ともエロいですよ先生ッ!!そして寄り掛かるだけで力抜けたりしねえよな普通!?

 

「あっ。柴田先生もそうなんだ……」

 

ちょっとWaitしようかさゆかさん!?「も」って何だ「も」って!?さゆかもそうだったのか!?

っていうかココまで無防備な姿晒して色んな事してくるってことは、俺間違い無く誘惑されてるんだよな!?

別に食っちまっても良いんだよな!?理性なんて用無し!!ここからはR18指定のパラダイ――。

 

「その先に進めば、確かに18禁になってしまうだろう……ちょうどココには良く斬れるメスもあることだし……なぁ?」

 

「スイマセンちょーしブッこきました謝りますからどうかなます切りだけは勘弁して下さい千冬様!?」

 

「あら、織斑先生。随分と早かったですね」

 

うん、危うくR18指定の世界に足を踏み入れる処だったぜ……残酷指定の方だけど。

血塗れバラバラ系のR18指定は勘弁願うってホント、しかも痛い思いすんのは俺じゃないっすか。

目の前でユラユラと誘惑の香りを振り撒く柴田先生に辛抱堪らず襲いかかろうとした俺だったが、何時の間にか保健室に居た千冬さんの瘴気で正気に戻る。

いや、マジで何時から其処に居たのかすら気付かなかったぞ?

そんな景色が歪む程の瘴気を放出しつつ存在を相手に感知させないとか、千冬さん何処の暗殺者ですか?

もはや底冷えどころか心臓が凍るかと思う程に光の無い瞳で見詰められたお陰で俺のジュニアがシュンと縮こんじまいましたよ。

っていうか俺の太ももの上に腰を降ろして俺にしなだれてる柴田先生?貴女は目の前で殺気を垂れ流す千冬さんが怖くねえんですか?

モシャァアアッとか擬音が付きそうな感じで千冬さんに纏わりついてる漆黒の殺気を前にして微笑むとかどんな度胸持ってんの?

 

「……柴田先生、貴女は一体何をしているんだ?その格好では、教師が生徒に淫行を強要しようとしている様にしか見えないが?」

 

「ふぅん?そう見えます?私は只、鍋島君が手の治療を嫌がって中々受けてくれないから、暴れない様に彼の上に乗っただけですよ……織斑先生の言う淫行の強制なんて、全くの事実無根です」

 

「ほぉ?では何故、既に粗方の治療は終わってるというのに元次の上に乗ったままなのかも、納得の行く説明が出来ると?」

 

千冬さんのハイライトが消えた瞳、そしてお面の様な固まりきった表情を目の前にしてるってのに、柴田先生は微笑みを崩さずに淡々と淀みなく千冬さんの質問に答えていく。

一方で俺の方と言えば、目の前の千冬さんを直視する勇気は微塵も無かったので、思いっ切りさゆかの居るベットの方へと視線を逸らしてたりする。

俺の「助けて」って思いを篭めた視線は、ベットの上で足に包帯を巻いた姿で座ってるさゆかには届かず、彼女は目の前の恐ろしい雰囲気に当てられて外に視線を向けていた。

うんわかる。良ーく判るぜさゆか、誰だって好き好んで超獣決戦に巻き込まれたくなんてねぇよな。

 

「えぇ……と言っても、そんなに難しい事じゃありません。強いて言うなら…………鍋島君の反応がとても可愛かったから、ですかね♪」

 

「ぶは!?」

 

と、視線の先で我関せずを貫いていたさゆかを見習って、同じ様にこの騒動から目を背けようとした俺の耳にありえない言葉が入ってきて、俺は意識を目の前に戻してしまう。

っつか可愛いって何だよ可愛いって!?俺に似合わない形容詞NO,1じゃねぇッスか!?今まで生きてきて言われた事ねぇんですけど!?

俺の視線が自分に戻ったのを察知した柴田先生は、さっきまでと同じく妖艶な雰囲気を漂わせながら俺に微笑み、下げていた手を再び俺の素肌に当ててくる。

 

「こぉんなに立派な身体をしてるのに、私にからかわれぐらいで頬を赤くして恥ずかしがるくらい初心だなんて……あぁ♡本当に可愛い人♡」

 

「ちょちょちょちょ!?し、しし柴田先生、これ以上は勘弁して下さ(グシャッ!!)ピィッ!!?」

 

「……ッ!!……~~~ッ!!!(ゴゴゴゴゴゴ)」

 

のぎゃーーーッ!?しゅ、出席簿が千冬さんの尋常じゃない握力でひしゃげとるーーーーーーッ!!?

ち、千冬さんの腕力+残像を残すレベルの速度で俺の頭をぶん殴っても歪まなかった出席簿が悲鳴をーーーーッ!!?

落ち着いて千冬さん!?出席簿から「千切れる千切れる無理無理ぃ!?」って心の叫びが聞こえてきそうなんだけど!?

今や俺を睨む千冬さんの目はハイライトが灯っちゃいるんだが、その代わりに地獄の業火の如き怒りが渦巻いてらっしゃる。

このまま行くトコまで行ったら、閻魔様も裸足で逃げ出す様な存在に成り変わっちまいそうだよ。

頭ではそう理解しつつも、身体を動かす事が出来ずに只千冬さんの怒りが篭った視線を受け続けてたら、俺を見て笑ってた柴田先生がふいに立ち上がって俺から離れた。

それと共に少しだけ怒りを潜めつつ、俺では無く柴田先生を見つめる千冬さん。

な、何とか命の危機だけは回避できたぜ……ハァ、何でこんな心臓に悪い目にばっか遭ってんだろ、俺。

 

「……盗られたく無いって思うなら、怒ってばかりじゃなくて行動に移さないとダメじゃない?(ぼそぼそ)」

 

「なっ!?な、何を……ッ!?」

 

自分の危機が回避出来た事に安堵していると、俺から離れた柴田先生が何やら千冬さんの耳元でボソッと呟いていた。

すると、柴田先生から何を聞いたのか、千冬さんは一気に顔色を真っ赤にさせてアタフタと慌て出すではないか。

そこにはさっきまでの怒ってる雰囲気は無く、何か人の形が出来てそうだった恐怖のオーラは全て払拭されていく。

柴田先生、その怒り狂った千冬さんを止められる素晴らしい術を俺にも伝授して下さい、マジで。

 

「今までも、彼を興味本位で狙う人は沢山居たでしょ?……でも彼は今日、その身を挺して女の子達を閉じ込められた空間から救い出していた……さて、その助けられた女の子達は、これから鍋島君の事をどういう目で見るかしら♪(ぼそぼそ)」

 

「ッ!!?……有り得ん……と断じきれない話しだな(ぼそぼそ)」

 

「ふふっ♪勿論、私だけじゃなくて山田先生や他の先生も、ね……ボヤボヤしてると、本当に掻っ攫っちゃいますよ?(ぼそぼそ)」

 

「……生憎だがアイツは誰にも渡す気は無い。昨日今日で惚れた男旱の餓鬼や、見た目で惹かれた先生達とは訳が違うんだ……((ここ|IS学園))に居る誰よりも、アイツと共に過ごし、アイツを想ってる年月が違うからな(ぼそぼそ)」

 

「あら♪それは楽しみね♪(ぼそぼそ)」

 

何故か俺の方にチラチラと視線を送ったりしながら目の前で繰り広げられるヒソヒソ話し。

時折千冬さんが俺と視線が合うと頬を赤く染めるのは何故だろう?あんまり深く考えるとヤバイ気ががが。

何て事を考えてると、目の前でヒソヒソ話しをしてた千冬さんが俺に向き直り、コホンと咳払いを一つして、場の空気を変えた。

 

「……とりあえず夜竹、そして元次」

 

「は、はい?」

 

「何すか?」

 

そして、千冬さんは俺とさゆかの名前を呼んだので、俺達はそれぞれ返事を返す。

さゆかも呼びかけられた事で、明後日の方に向けていた視線を戻して俺達に向き直る。

 

「まずは二人共、軽い怪我のみで何よりだが……済まなかったな。我々教師がしっかりと注意していれば、事故は未然に防げたかも知れなかったというのに」

 

千冬さんは自嘲気味な声でそう言うも、瞳にはしっかりと心配する色がアリアリ出ている。

例え死者が出てねえとは言っても、やっぱ千冬さん達教師の立場からしたら悔しいんだろうな。

クールに見えてもその実とても思慮深い、でもそれを硬い精神と理性で御してるからこそ、千冬さんは尊敬出来る人なんだ。

 

「い、いえ大丈夫ですよ!?け、怪我も痕は残らないし、直ぐに治るって言われました……そ、それに、元次君が助けてくれましたから」

 

「俺も別に問題無えっすよ?ちょいと傷跡は残るらしいけど、男からすりゃ拳なんて傷ついてナンボなんですから」

 

普段は見せない優しさを篭めて心から心配してくれる千冬さんの姿に胸が暖かくなるのを感じつつ、俺は問題無いと返事を返す。

さゆかも千冬さんの謝罪の言葉に慌てふためきながらも、キチッと返事を返した。

すると、千冬さんはフッと小さく笑ったが、直ぐに表情を真剣なモノに変えて俺達を見据えてきた。

 

「そう言ってくれれば幸いだ……それと、先ほどの事件、及びあの所属不明ISに関しての話は極秘事項として取り扱われる事になる。従って、お前達にはこの誓約書にサインしてもらう」

 

千冬さんは真剣な表情でそう語りながら、俺達に一枚づつ紙を手渡してきた。

それを受け取って内容を軽く流し読みながら、視線を千冬さんに戻す。

 

「これってつまり、あのクソISの事を学園と外で話すなって事ですよね?もし話せば罰則が出るっつぅ」

 

「そうだ。既にあのISの攻撃に晒された織斑と鳳、そして襲撃された観客席に居た者達はこの書類にサインしている。お前達は怪我の治療があって遅くなったが、これは絶対にサインせねばならない。何か引っ掛かる処があったか?」

 

「いやぁ引っ掛かるっつうかですね?あのクソ野郎が何処のどいつか分かってりゃ、ちとお礼参りにカチ込んでやろうかと思った次第で。へへっ」

 

俺はそう言葉を締めくくりながらニヤリと笑い、拳と手の平を勢い良く叩き合わせる。

その際にバチンッ!!と小気味良い音を鳴らしていたが、千冬さんは俺の返答が予想の内だったのか、軽く溜息を吐く。

見れば千冬さんの後ろに立つ柴田先生は頬に手を当てて「あらあら♪」と、子供を見る様な目で俺を見てる。

え?俺の今のリアクションって微笑ましかったの?

 

「……残念だが、既にその先を話す事が極秘事項に触れるからな。お前の望む答えは返せんよ」

 

「わーかってますって。だからちょいと残念だなってだけッスよ。別にサインする事に異論は全く無いッス」

 

「わ、私も大丈夫です」

 

別段何があってもって程じゃ無いので、俺は千冬さんの無理だと言う言葉にヒラヒラと手を振って返す。

さゆかも特に異論は無いのか直ぐにOKを出し、俺達は保健室のペンを借りてサラサラと署名して千冬さんに書類を返却した。

千冬さんは俺達からそれを受け取ると、問題無かった様で頷きながら書類をちょっと曲がった出席簿の中に仕舞う。

 

「確かに受け取ったぞ……それと連絡事項だが、まずクラス対抗戦は全て中止になる」

 

「まぁ、あんな事あったってのに続行なんか出来ねぇか」

 

とりあえず今後の話しを聞きながら、俺は腕を組んでウンウンと頷く。

まさかいきなり訳の分からねえISが殴りこみかけてくるとか誰も予想出来なかっただろーし、そんな状況で試合なんか無理だわな。

もしかしたらまた別の奴が乗り込んでくるかも知れねぇって事だろう。

さすがにそんな危ない兆候が出てるなかでクラス対抗戦なんか続行出来る筈も無い。

俺の言葉に同意の意味で頷きながら、千冬さんは更に言葉を続ける。

 

「そして2つ目に、今回の事件で精神的ストレスを受けた生徒も多い。よって学園は明日、つまり金曜日をアリーナの修理も兼ねて休みとし、土日合わせて3連休になった」

 

「お!?マジっすか!?くうぅ~!!3連休になるなんてラッキーだぜ!!久々に外出したかったんスよぉ~!!」

 

「ア、アハハ……」

 

正に棚からぼた餅な休み、クソISの如く降って沸いた休みに俺のテンションは鰻登り状態。

休みが多ければ多い程、学生ってのはテンションが上がるもんなんです。

そんな風に嬉しくてハイになってる俺を見てさゆかは苦笑いしてるし、柴田先生はさっきと同じで微笑んだまま。

さあて、3連休ときたら何しようか今からワクワクする「ただし」な……ん?

ウキウキ気分で明日からの予定を決めようとしてた俺だったが、それは千冬さんの言葉で一旦停止。

一体なんだろうと、腕を組んで呆れた表情を浮かべてる千冬さんを見れば――――。

 

「お前はアリーナの扉、つまり備品を壊したとして――400字詰め原稿用紙で反省文30枚の罰則を受ける義務がある」

 

「神は死んだぁあああああああああああああッ!!?」

 

「げ、元次君!?」

 

「あらあら♪大変ねぇ……頑張れば3日以内に終わるけど、休みは全部返上になっちゃうかしら?」

 

余りにも無情な宣告に、俺は椅子から身を乗り出して地面に両手両膝を着いて嘆いてしまう。

酷え!!幾ら何でも鬼な仕打ち過ぎるぜそんなのぉおおおおッ!!! 

確かに学校の備品っつうか、アリーナの扉をブッ壊したのは俺だぜ!?それは認める!!

でもだからって、3連休全部使っても間に合うかわからねえ量の反省文書けとか無いわー、もう色々無いわー。

俺の休み……始まる前に終わっちまったよ。

残酷過ぎる死刑宣告に打ちひしがれて色々とおかしくなってきた俺だが――――。

 

「――――だが、まぁ……」

 

床を見ていた俺の頭に千冬さんの声、そしてポフッと誰かの手が乗せられる。

その感触に「何だ?」と思いつつも視線を上げると……。

 

「……(こうしてコイツの頭を撫でるのは、何時ぶりだろう……妙にくすぐったい気分だ)」

 

其処には頬を少しばかり赤く染めた千冬さんが居た。

しかも片腕が伸びて俺の頭の上にある……これってつまり、千冬さんの手が俺の頭に乗せられているってワケで……え?

え?いや、何コレ?何のドッキリ?まさかのトドメのアイアンクローに移行ですか?

行き成りすぎる急展開に困惑するおれだったが、事態は俺の困惑なんか置いてけぼりにして進み――――。

 

「……お前が行った行動のお陰で夜竹の命は救われただけでなく、他の生徒達を守る結果にも繋がった……だから、お前の処罰は帳消しだ……ま、まぁ、その…………よく、頑張ったな……え、偉いぞ?(ナデナデ)」

 

「…………え、あっ、いやその……あ、ありがとうございます」

 

何と、千冬さんから直々にお褒めの言葉を頂いただけでなく、何故か俺は千冬さんに頭を撫でてもらっている。

な、なにを言ってるかわからんだろぉが俺もよく判らん……超スピードとか催眠術だとかそんなチャチなモンじゃ断じてねぇ。

唐突に頭を優しく撫でられるというワケわからん状況に俺の表情がポカンとしたモノに変わっちまうのは誰も責めれないだろう。

何故なら、今俺に労いの言葉を掛けつつ俺の頭をナデナデしてらっしゃるのは、あのクールビューティーの代名詞としか言えない千冬さんなんだぜ?

その千冬さんが普段のクールな表情を崩して優しく微笑みながら頭撫でるとか、どんだけレアな光景だよ。

コレ多分千冬さんのファンクラブの奴等が知ったら恍惚な表情で気絶するんじゃね?……後一夏も気絶すると思う。

っていうかヤバイ、こんな事されんのは小学生ん時以来だから、果てしなく恥ずい。

 

「え、えぇっと、千冬さん?ちょ、ちょっとコレは……何と言いますか……」

 

「な、何だ?……い、嫌なのか?(しょんぼり)」

 

ぐはあっ!?そ、そんなシュンとした目で俺を見ないで!?そげな動物っぽい瞳を俺に向けないでぇええええッ!!?

さすがに何時までも優しく撫でられてると、この歳になって何されてんだ俺?という気持ちと共に頬が熱くなってきたので、そろそろ止めてもらおうと思ったが言えなかった。

俺が断ろうとした瞬間、千冬さんは女性にしては若干キツめの目尻をショボンと垂れさせて悲しそうな表情を作ってしまう。

その様子、正に普段可愛がってもらってた犬が構ってもらえなくて悲しそうに切ない声で鳴く風景を連想させてくるではないか。

まぁ犬と言っても千冬さんのイメージと掛け合わせたら主人に懐いた大型の狼だったんですがね?

っていうかヤベェ……普段とのギャップが激しすぎて千冬さんが綺麗とかじゃなくて激しく可愛いと思えちまう。

 

「あっ、いやいやいや!?べ、別に千冬さんに撫でられるのが嫌ってワケじゃねぇんスけど……ちと、こっ恥ずかしいっつうか」

 

「い、嫌じゃないなら良いではないか……は、恥ずかしいのは私も一緒なんだぞ……お、男ならそれぐらい我慢しろ(ナデナデ)」

 

あれ?それなら別に無理して撫でなくても良くね?と思った俺はおかしいのだろうか?

只それを口に出せば、何かキュッと絞められちまいそうな予感がするから口に出しゃしませんけどね?

そして、結局自分でこの窮地を抜け出す事は不可能だと理解して助けを求めようにも、さゆかは何やら頬を赤くしながら俺を見てるだけ。

何か時折さゆかの口から「……ちょっとやってみたい……かも」何て聞こえるんですが、何を?とは突っ込まない方が良いと俺の直感が囁いてるので放置。

同じく柴田先生も「あら、そういう手もあったわね……」とか意味深に呟いてたから視界から外します。

これ以上生身で地雷原に特攻カマしたくねぇからな。

 

 

 

そうして千冬さんにされるがまま頭を撫でられる事約5分。

相変わらず千冬さんは頬を赤く染めたまま優しく微笑みを浮かべて俺を撫でている。

っていうかこの羞恥プレイ何時まで続くの?誰か止めてんねぇか――――。

 

 

 

「(シュンッ)ゲンチ~~~!!さゆり~~~ん!!」

 

「「「さゆか!!怪我大丈夫!?」」」

 

 

 

と、俺が天に助けを求めた次の瞬間、保健室の自動ドアが開かれ、そこから姦しい声が保健室に響き渡った。

その乱入者の声が響いたと同時に千冬さんは残像を残すスピードで立ち上がり、何事も無かったかの様に何時ものクールな表情に戻っていた。

変わり身速!?……って、この癒しボイスはもしや!?

 

「ほ、本音ちゃん……皆も、どうしたの?」

 

千冬さんに撫でられる恥ずかしさで若干俯いていた俺より早くさゆかが気付き、入ってきた者の正体を口にする。

俺もさゆかに少し遅れて顔を上げれば、俺達に向かって入り口から走ってくる女子が4人。

 

「2人とも怪我したって聞いたけど、大丈夫なの~~!?」

 

何時もの様に、間延びした声と癒し成分の塊とも言えるオーラを振りまきながら、心配そうな顔で俺達に言葉を掛けてくれる本音ちゃん。

 

「大丈夫!?傷とかになってない!?痛みは酷いの!?」

 

「さゆかが動けなかったのは知ってたけど、私てっきり怖くて力が入らないと思ってて……まさか怪我してるなんて思わなかったよ」

 

「ゴメンね、さゆか……アタシがもっと早く、あの鉄屑を消してやれば、アンタも怪我しなくて済んだのに……ホントにゴメン」

 

それぞれ心配そうな表情を浮かべながら口々にさゆかを気遣う鈴、相川、谷本の3人組。

次から次へと繰り出されるマシンガントークで、さゆかは目を回しかけていた。

多分、俺達の治療が終わったから皆面会に来てくれたんだろうが……本音ちゃん以外、誰も俺の心配してねぇとか……。

しかも本音ちゃんも俺に声掛けたら直ぐさゆかの方に行っちまったし。

明らかに俺への労いor心配の言葉が皆無だった件について、俺もう泣いても良いんじゃなかろうか?

まぁ別に大した怪我なんか一切してねぇけどさ……何か気分的にやるせねえ。

 

「(シュンッ)っと、やっぱ全然大丈夫そうだなゲン」

 

「あん?……おぉ、一夏。オメェも無事だったか」

 

「お互いに、な」

 

俺への心配が本音ちゃんだけだった事に少し凹んでいると、又もやドアが開いて客が入場。

しかもそれはサラリとした笑顔を浮かべる俺の兄弟分の一夏だった。

コイツは怪我らしい怪我も無く、多分今日最大のダメージは千冬さんの拳骨だろう。

 

「ほら、お疲れ。俺からの奢りだ(ポイッ)」

 

「おう(パシッ)サンキュ」

 

一夏は何時も通りのイケメンスマイルを浮かべながら俺に缶ジュースを放り投げたので、それを慌てる事無くキャッチする。

どうやら珍しく一夏の奢りの様だし喉も渇いてたトコだ、ありがたく頂くとしよう。

俺が受け取った缶ジュースの銘柄は『舌が痺れる強炭酸!!シビレモンサイダー蜂蜜入り!!』という新作のジュースだった。

コレ、缶ジュースの割りに180円とぼったくりも良い商品なんだが……。

 

「随分奮発したじゃねぇか?」

 

「ん?あぁ。俺もコレが飲みたかったからさ。序にお前にもと思ってよ」

 

一夏がそう言いながら見せてきたジュースのラベルには……。

 

『1度飲んだら病み付き!!電気の如き鋭い刺激をアナタに!!エレキバナナソーダミルク入り!!』と書いてあった。

 

……それって明らかに地雷じゃね?俺のみたいに炭酸って書かれてるなら分かるが、鋭い刺激て……。

心の中で一夏の持っているジュースの地雷臭に戦慄を覚えるも、俺は何も言えなかった。

 

「コレ1本で290円もするから今まで飲んだ事ねぇけど、こんだけ高かったら抜群に上手いだろ」

 

おいバカそれ間違い無くフラグ――――。

俺が一言注意しようとするも間に合わず、一夏はその恐ろしいジュースを勢い良く口に含み――――。

 

 

 

 

 

――結果として言えば、一夏の目の前付近に誰も居なくて良かったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

序に言えば、俺の飲んだシビレモンサイダーは中々上手かったぜ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鍋島元次、眠らない町へ



龍が如くは神ゲー(キリッ)


 

 

 

 

 

キィッ。ドッドッドッドッ……。

 

久しぶりに火を灯れた愛車、イントルーダーを町の裏手側にあった店先に停車させ、エンジンを切る。

ちょっと小腹が空いてきちまったし、軽く休憩を兼ねた昼飯タイムに入るか。

バイクスタンドを起こしてイントルーダーを駐車し、俺は目星を付けた店の黄色い暖簾を潜る。

暖簾を潜った先のガラス戸に書かれた『九州一番星』という店名を流し読んで、俺は入り口を開けた。

 

ガラッ。

 

「へいらっしゃい!!お席は好きな所へ掛けて下さい!!美香ちゃん、お冷お出しして!!」

 

「はーい!!」

 

店内へ入った途端に香る濃厚なスープの香り、客の吸ったであろうタバコの匂いを肺に充満させながら、俺はカウンター席へと腰掛ける。

リーマンの入り出すピークの時間を外して来たお陰か、店内にはまばらにしか人影は居ない。

俺的には混み合ってるよりちょうど良い……周りを気にせず考え事に集中出来る。

 

「(コトッ)お冷失礼します!!ご注文はお決まりでしょうか?(うわっ。怖そうな人……ちょっと注文聞くの早過ぎたかも)」

 

と、考え事をしようと思った俺の目の前にお冷が置かれ、ウェイターのお姉さんが営業スマイルを浮かべて注文を聞いてきた。

ってそういえばサングラス(オプティマス)を付けたままだったな。

 

「(スッ)えっと……お勧めってあります?」

 

「(え、嘘?け、結構イケてる)は、はい。最近人気なのは、コチラの九州とんこつつけ麺ですけど……」

 

「じゃあ、それ1つと……あっ、後あそこに貼ってあるチャーシュー丼もお願いします。以上で」

 

「はい!!えー、九州とんこつつけ麺1つとチャーシュー丼1つですね、かしこまりました!!大将、つけ1チャー丼1入りました!!」

 

「へい、ありがとうございます!!」

 

大将の力強い返事と一緒に、お姉さんは伝票を置いて別の卓に向かった。

サングラスをかけてた俺に営業スマイルを崩さねーとは……やるな、あのお姉さん。

そんなどうでも良い事を考えながら、俺は出されたお冷に口を付けて喉を潤す。

 

「ン……フゥ……」

 

喉を潤してコップをカウンターに置けば、水面に自分の顔が映りこむ。

只、何時もより若干影を落とした暗い顔ではあるが、な。……ったく。

 

 

 

「(何でこんな事になっちまったんだか……いや、何でアイツがあんなヘビーな体験しなくちゃならねぇんだっての)」

 

 

 

 

 

東京の中心近く、別名『眠らない町』と言われる『神室町』の一角にあるラーメン屋で、俺こと鍋島元次は重い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

今日はあの腐れISがアリーナを襲撃した次の日。

生徒達の心身ダメージを考慮して作られた休養日なワケであり、当然他の生徒達も家に帰るなり寮でのんびりするなりしてる。

そんな日に俺がIS学園を離れてこの神室町に来てるのは、ちょっとした依頼と気分転換を兼ねてのドライブってトコだ。

事の発端は昨日、つまりあのクソISが防護扉を閉め切り、俺がソレをパンチでブッ壊して怪我をした日の夜。

さすがに怪我をした身で料理を作る気にもなれず、本音ちゃんと一緒に食堂で夕食を取ってた時の事だ。

食堂には生徒は殆どおらず、俺と本音ちゃん以外の生徒は数人。

一夏達も、既に夕食は取り終えてしまったので、俺と本音ちゃんの2人だけで夕食を食ってた時、俺を訪ねて一人の上級生が現れた。

その上級生とは、あの一夏クラス代表就任パーティーで俺にインタビューしてきた、新聞部の黛薫子先輩だったんだが……。

 

『ハァ?俺が新聞会社に取材を?』

 

『う、うん。受けてくれないかなーと思って、ね(うー、やっぱ緊張するよぉ……あの時の鍋島君、カッコ良すぎなんだもん)』

 

何やらソワソワしながら俺に依頼してくる黛先輩だが、俺は眉をしかめてしまう。

 

『いや、それが学園新聞とかなら判りますけど、何で外の新聞会社の事を黛先輩が言うんスか?正直その辺りがわかんねーんスけど?』

 

そう、これが学内の新聞なら話しは分かるが、社会の正規に新聞を出してる会社ともなれば話しが違ってくる。

何の為に俺がその取材を頼まれてるかも判らねぇのに安請け合いは出来ねえぞ。

俺の言葉を聞いて、黛先輩は少し苦笑いした表情を見せながら口を開く。

 

『実は、私のお姉ちゃん。とある雑誌の記者をやってるんだけど、そのお姉ちゃんの友達……のお父さんが、是非鍋島君を取材したいって言ってるらしくてさ。私に聞いてみてくれない?ってお鉢が回ってきたの』

 

『お姉さんの友達のお父さんて……中々ややこしいッスね』

 

『うん。それでね?その人、今回の仕事を機に前にやってた仕事に戻るらしくて……記者としての最後の仕事に、世界で2人しかいない男性IS操縦者のどっちかの取材がしたいって言ってるんだ』

 

何で記者最後の仕事に俺と一夏のインタビューなんてモン出したんだよ。

俺達が受けなかったらどうするつもりだったんだ?

勿論そんな依頼を引き受けるつもりは毛頭無かったんだが、一夏の方には既に断られてるらしく、もはや俺に縋る以外無いと泣き落としまで仕掛けられたよ。

まぁ最終的に黛先輩から深々と頭を下げられてしまったので渋々引き受けたが、あんまり乗り気じゃないわけだ。

何が悲しくて芸能人の真似事しなくちゃいけねーんだか……ハァ。

 

 

 

「お待たせしました!!九州とんこつつけ麺1つとチャーシュー丼1つになります!!ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

 

 

 

「あっ、はい」

 

と、考え事をしてる内に頼んだ飯が運ばれてきたので、俺は一度考えを中断して飯を食べ始める。

ホッカホカの湯気を立てている美味そうなチャーシュー丼をかっこみ、口をモグモグと動かす。

甘辛のタレが絶妙にご飯に絡まり、パラパラと刻まれた青葱の食感がシャキシャキと口の中で踊り出す。

美味い……そういや、鈴の親父さんのチャーシュー丼も、美味かったっけなぁ。

 

 

 

『――離婚したんだ……ウチの両親』

 

 

 

それが、昨日俺等幼馴染みだけで集まった時に、鈴の口から語られた衝撃の事実だった。

最初は俺も一夏も鈴が何を言ってるのか分からなかった……でも、鈴の寂しそうな目が理解させてくれた。

これが……鈴の表情に影があった理由……親父さんが元気かと聞いた時に見せた、悲しそうな表情の正体だったわけだ。

 

『中学の時から、ホントにちょっとした歪があって……そこからあっという間に離婚が決定。アタシが中国に帰ったのも、それが原因なの』

 

鈴は俺が淹れた茶を飲みながら、伏せ目がちにゆっくりと語ってくれた。

 

『ほら、今ってISの影響で、何処へ行っても女が強いじゃない?だから親権は母さんにあって……父さんは離婚した後直ぐに日本に戻ったらしいんだけど……その時から会ってない』

 

『鈴……』

 

『……お前』

 

悲しい事なのに、それでも我慢して俺達に話してくれる鈴に対して、俺も一夏も口を挟めなかった。

そんな事があったなんて……親父さんもお袋さんも口喧嘩する時はあったけど、直ぐに仲直りしてたのに……。

思い返しても、あの2人が本気で罵り合う姿なんて想像出来ない、いやしたくなかった。

それだけ、俺や一夏にとっては繋がりの深い人達だったから……。

 

『こっちに来る前に、母さんを問い詰めてさ。父さんが何処に行ったのかって……母さんも、日本の東京に向かったって事しか知らないって。広過ぎだっつうの』

 

『……鈴』

 

『まぁでも?あの元気の塊みたいな父さんの事だから、今もどっかで悠々してんじゃないのかなーってさ』

 

『鈴』

 

まるで自傷するかの様に独白する鈴に一夏が呼び掛けて言葉を止めさせる。

俺も一夏も、その時の鈴を見ていられなかった……くしゃくしゃに顔を歪めて、涙を耐える鈴の姿が、あまりにも弱弱しくて。

――あまりにも痛々しくて。

 

『もう良いって……』

 

『……一夏?』

 

そんな友達の姿を見ていられなくて、一夏は己の胸に鈴を抱きしめて、頭を撫でた。

だが、俺は何もしない、いや出来ない……鈴の心を癒せるのは、一夏だけにしか出来ない事だからだ。

俺や弾、数馬という友達じゃそれは出来ない……鈴の惚れた男じゃなきゃ、な。

 

『向こうで辛かったかもしれない……でも、鈴はこっちに帰って来たんだ。ここには俺達が居る』

 

『……』

 

一夏があやす様にゆっくりと紡ぐ言葉は、鈴の胸に染み渡ったんだろう。

今さっきまで耐えていた筈の涙が、鈴の瞳からポロポロと零れ落ちていく。

 

『弾も、数馬も、ゲンも……そして俺も……これからまた昔みたいに皆で騒いでさ』

 

『……ひっぐ』

 

『楽しい思い出、皆でいっぱい作って……また、親父さんに会えた時に、笑顔で話せる様になろう……だから、今は気を張らなくても良いって』

 

『ぐすっ……う、わぁああああああああんッ!!』

 

鈴の感極まった泣き声を背中に聞きながら、俺は静かに部屋を後にした。

好きな男と2人にさせてやった方が良いだろうという、俺なりの気遣いと……。

 

『……クソがッ』

 

大事なダチが悲しくて泣いてるのに、何も出来ないっていう無力感を噛み絞めながら……。

 

 

 

「――お客様?」

 

 

 

「ッ!?」

 

昨日の夜に起こった出来事を思い返している内に、大分時間が経ってたんだろう。

目の前の皿は両方とも空になっており、横からお姉さんが心配そうな表情で俺を見つめていた。

ヤベエヤベエ、考え事に熱中し過ぎたか……時間も迫ってるし、そろそろ行かなきゃな。

 

「すんません。ちとボーっとしちゃって……おっちゃん、勘定頼むわ」

 

「へい!!毎度あり!!九州とんこつつけ麺が800円、チャーシュー丼450円で。1250円になりやす!!」

 

美味いラーメンと飯を食し終えた俺は、大将に勘定を頼み席を立つ。

俺は財布から2000円を取り出して受け皿に乗せる。

後は大将がお釣りを渡してくれる筈なんだが……。

 

「……(ポカーン)」

 

「ん?ど、どうしたんだおっちゃん?」

 

何故か大将は俺の顔を見て、口をあんぐりと開けた表情のまま固まってしまっていた。

え?何その顔?俺の顔がどうかしたのか?

何で大将が驚いてるのか判らず、もう1人のお姉さんに視線を向けると、お姉さんも驚いた表情で固まってるではないか。

……いや、マジで何が起こった?

 

「あ、あんちゃんひょっとして……あの世界に2人だけしか居ないっていう男性IS操縦者の……鍋島元次じゃねぇのか?」

 

「え?あ、あぁ。そう、だけど?」

 

どうやらこの人は俺の事を知ってるみたいだ。

そういえば、俺がIS学園に入学してから俺が男性IS操縦者だってニュースが全世界に放映されたんだっけ。

IS学園に入学してから外に出てなかったから、今の今まで忘れてたぜ。

 

「……き……ききき、来たーーーーーーーッ!!有名人キターーーーーーーッ!!」

 

「うおッ!?」

 

「さ、さっきまで気付かなかったけど、まさか今尤も有名なあんちゃんがウチの店に来てくれるたぁ思わなかったぜ!!あ、握手してくれ!!」

 

「は?あ、握手?……ど、どうもっす」

 

俺の正体を知った途端、さっきまでラーメン作ってた時の様な気合の入り様で、大将は俺に握手を求めてくる。

そのテンションに面食らいながらオズオズと手を差し出すと、大将は俺の手を両手で握ってブンブン振り回す。

何この芸能人に会った様な対応の仕方は?俺はどう対応すれば良いってんだよ?

 

「あ、あのあのあの!?しゃ、写真一緒に撮ってもらっても良いですか!?」

 

「は、はぁ……別に良いッスけど……」

 

「あ、ありがとうございます!!(大学の皆に自慢できちゃうよこれ!!キャー!!)」

 

そして今度は胸元のポケットから携帯を取り出して興奮した様子で詰め寄ってくるお姉さんのターン。

そして俺はさっきから翻弄されっぱなしだな。

 

「あっ!!だ、だったらよ!!ウチの店に飾る様に別でもう一枚取らせてくれ!!後、出来たらサインを……」

 

サインてアンタ……今まで書いた覚えも無けりゃ、これからも書く予定無いんですけど。

そう思うも、既に色紙とサインペンを持って待機してる大将に断る事も出来ず、俺はサインを書く羽目になりましたとさ。

ついでに写真と一緒に額縁に収められ、俺が食べたメニューについての感想まで聞かれたんだけど、どうなってんの?

 

「じ、じゃあ用事があるんで、これで失礼しますわ」

 

「あっ、ハイ!!写真ありがとうね!!また来てよ!!お姉さんいっぱいサービスしちゃうから!!」

 

いや、お姉さんはバイトなのでは?

 

「あぁ、次に来てくれる時までに、極盛りチャーシュー丼を完成させておくから、是非来てくれよなあんちゃん!!くぅ~!!あのいけすかねぇラーメン屋には川越達也が来たとかで人気が持ってかれそうだったけど、コッチはそれ以上のビッグネームが来てくれたぜ!!」

 

俺の考えなんて他所に、大将はお姉さんと同じぐらい乗り気でした。

まぁそんなこんながあって、俺がラーメン屋を出る頃には、入る前より疲れが溜まってたよ。

いや、一応憂鬱な気分がブッ飛んで気が楽にはなったけど……なんだかなぁ。

釈然としない気持ちを抱えながら、俺はイントルーダーに跨って九州一番星を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ドルルォオン……キィッ。

 

「さて……確か此処ら辺に、向こうが指定した店がある筈なんだが……」

 

神室町の外周を周って、神室町の入り口とも言われる『天下一通り』にバイクを進めた俺は、駐車場にバイクを止めて歩き出す。

おおよそ俺の視界から見える範囲で、向こうの記者が指定してきた店の名前を探すが、目ぼしい名前の店は見当たらない。

ちっ。分かり難い場所選びやがって、どうせならあのラーメン屋の近くにあった『喫茶アルプス』とかにしてくれりゃあ良かったってのに。

 

「愚痴っても仕方ねぇ。兎に角歩いて探すか……」

 

溜息を吐きたい気持ちを抑えながら、俺は天下一通りと書かれた入り口を潜り、再度神室町に足を踏み入れる。

 

ザワザワザワ……。

 

俺は雑多な町並みを歩きながら、人にぶつからない様気を付けて進み、通りの角を見渡す。

そこには、看板持ちのバイト、訪問販売に精を出すサラリーマンやおよそマジメとは思えない金髪で服を着崩した学生なんかが居る。

しかも、中には明らかにその道を進んでいるであろう強面の男達の姿が嫌に目に付く。

良く見たらギャングやチーマーの人間も、様々だ。

……これが噂に聞く神室町……昼間だってのに、ヤバげな人間がうろついてる所見ると、あながち嘘じゃねぇらしいな。

神室町に集まる人種は、大抵がヤバい事に首を突っ込んでる奴等ばかり。

それが外から見た神室町の人間達に対する印象だ。

ホームレスの数も、神室町の中と外では全然違うし、何よりヤクザが多い。

まぁそれも当然の事だよな……ここは天下の『東城会』、そのお膝元と言っても過言じゃねぇ。

東城会は関東一円のヤクザを束ねる一大組織。直系100団体、構成員3万人という極道の大御所だからな。

関西には「近江四天王」と呼ばれる強力な大幹部達を中心とした堅い結束と、直参120団体、構成員3万5000人の兵力を誇る極道組織、『近江連合』なんてのがある。

もし西と東が戦争でもやろうモンなら、警察の力じゃ止められねぇとか言われてるっけ。

5年位前にこの町で起きた『100億円事件』は結構有名だ。

勿論事件の詳細なんてのは公開されなかったが、起きた事実までは隠し切れない。

この神室町のシンボルとして建てられた『ミレニアムタワー』の最上階が爆破され、空から1万円札が大量に降ってきたんだっけ。

他にも最近じゃ、1年前に警視庁の副総監だった宗像って男がやったっていう汚職に殺人、極道との癒着なんて事実が発覚。

刑務所に入るのを恐れて拳銃自殺したとかなんとか……ニュースでもエラい騒ぎになってたな。

アレの所為もあって、益々女尊男卑の風潮が強まり、政治家や高官にも女性が急増した……迷惑な話だぜ。

とはいうものの、今の世の中の抑止力はISだ。

だからもし、極道の西と東の大戦争が起これば、警察は政府に要請してISを出撃させるだろーな。

 

「っと……俺に対しても、誰も関心を向けねぇ、か」

 

道を譲ろうとせずに友達と楽しくお喋りする女子高生を避けながら、俺はそう呟く。

俺自身かなりゴツイ体格だから周りの人間が勝手に道を空けてくれるが、ココじゃそれも通用しない。

それだけヤバイ奴等に対する耐性が付いてるって事なんだろうがな。

……いや、耐性がある、じゃねぇな……麻痺してるってのが正しいだろうよ。

明らかに自分よりも強い相手に対して何も思わないんじゃ、いざって時にはもう遅い。

要するに危機感が欠けてんだな、ここの住人たちは。

 

「まっ。俺には関係ねぇか……さぁ、さっさと店探さねーと、約束の時間過ぎちま「テメェ臭ぇんだよコラァッ!!」ん?」

 

早く約束の店を見つけようとした俺の耳に、がなり立てる様な声が聞こえてくる。

その声に誘われて、他の通行人たちも足を止めて、その方向に目を向けると――。

 

「ったく。ゴミが俺等の周りをウロチョロしてんじゃねぇってんだ!!」

 

「ヒイィ!?た、助けて下さ……」

 

「ゴミが喚くんじゃねぇよ!!」バキィ!!

 

「あぐあ!?」

 

ソコには、何とも胸糞悪い光景が広がっていた。

俺が目を向けた喧騒の先には、只歩いていただけのホームレスの爺さんを蹴り飛ばすガラの悪い男達が居る。

音からしてモロに入ったんだろう、爺さんは苦しそうな表情を浮かべて蹲っていた。

蹴り飛ばした男の連れであろう男達は、そんな爺さんを見てゲラゲラとい笑ってやがる。

 

「オイオイ、そんなボロ布なんか相手にすんなよ」

 

「苛め、カッコ悪い……ギャハハハハッ!!」

 

「苛めぇ?なぁ~に言ってんだよ。俺はこの町を汚す『ゴミ』を掃除してやってるんじゃねぇか。立派なボランティアだっつうの」

 

蹴り飛ばした男の言葉に「それもそうか」と相槌を返して、他の奴等もゲラゲラと笑う。

……屑もここまでくると大したモンだぜ……だが、ちょうど良い。

最近鈴の事で出来ちまったモヤモヤを発散する、程度の良いサンドバックがゴロゴロしてやがる。

最近外での喧嘩もご無沙汰してるし、いっちょ暴れさせてもらうとすっか。

俺は爺さんを蹴り飛ばして笑うバカ共をブチのめそうと、群衆から進み出ようとし――。

 

 

 

「――確かに、ゴミはちゃんと掃除しなくちゃいけないよね?」

 

「……あぁ?なんだオッサ(バキィッ!!)ごべ!?」

 

 

 

爺さんを足蹴にしていたバカを蹴り飛ばす、『鋭い目をした男』の登場で、足を止めてしまう。

途轍も無く速いスピードで振るわれた足刀蹴りが顔にヒットしたバカは、たたらを踏んで地面に倒れる。

気絶はしなかった様だが、あの鋭さだ。

痛みで起き上がる事も呻き声を挙げる事も出来ずに、地面に蹲っていた。

 

「……はっ!?な、何しやがるんだこのオヤジ!!」

 

「俺らが誰だか知ってて喧嘩売ってんのかコラァ!!キモい正義感振りかざして登場ってワケかよ!?」

 

蹴り飛ばされた男の仲間達は、ハッと意識を取り戻すと、口々に罵声を浴びせ始める。

一方で乱入した『緋色のストライプスーツとグレーのズボン』を着た中年の男は、そんな馬鹿共を面倒くさそうに眺めていた。

ネクタイを絞めず、だらしなく胸元を開けた風貌からチョイ悪っぽいイメージを抱かせる。

 

「えぇ。アンタ等の事なら知ってますよ?佐奈田組って東城会に属するヤクザ屋さんでしょ?」

 

男はバカ共を眺めながら軽く奴等の素性を明かすが、その明かされた素性にギャラリーがザワつく。

事もあろうに、あの男は東城会というヤクザ組織に属するヤクザと知って、喧嘩を売ったからだ。

普通の人間ならそんなの正気の沙汰じゃねぇ。

周りが騒いだ事で気分が良くなったのか、バカ共はニヤリと汚ぇ笑みを浮かべる。

 

「へっ。知ってるなら話が早え。俺ら佐奈田組のバックには、天下の東城会が付いてんのに、その極道に手を出しちまったんだ。今更泣いて謝っても遅ぇからな、オッサン」

 

自分達より強い者の力を背景に相手を脅す……カスのやりそうな事だ。

だが、それを聞いても、乱入した男は悠然とした佇まいを崩さない。

 

「まぁ、東城会の5下層ある団体の中でも末席の5次団体。大した威光も無い下部組織、いや……カス組織ってトコでしたよね?お宅の組?」

 

プッ。

 

誰が笑ったかは判らないが、ギャラリーの中からそんな失笑が響き渡り、バカ共は顔を真っ赤にして怒りを露わにする。

へぇ……大した度胸だな、あの人。

 

「とりあえず、私が言いたいのはですね?お宅等が言ってたゴミ掃除。それは直ぐにでもしなくちゃいけない事ですねって事で……何せこれだけ沢山のゴミが歩いてるんですからねぇ。公共の迷惑じゃないですか?」

 

口では丁寧な言葉でゴミ掃除と言いつつも、男は視線をバカ共から外さない……それだけでもバカ共に伝えるにゃ充分だろう。

つまりあの人はこう言いてぇんだ……『ゴミ』は『テメエ等』だ……ってよ。

すると、バカ共の1人がポケットからナイフを取り出し、汚い笑みを浮かべたまま――。

 

「……そんなにこの爺が大事なら――」

 

「ッ!?おい、止めろッ!!」

 

バカが視線を爺さんに向けただけで勘付いたんだろう。

さっきから余裕の表情を浮かべていた男の表情に焦りが浮かぶ。

 

「先にこの爺をブッ殺してやるよぉおおおッ!!」

 

だが、バカはその静止を無視して、爺さんへとナイフを振り下ろしてしまう。

人間って奴は、追い詰められたり怒りに身を任せると、得てして理論的じゃねぇ行動を取る。

爺さんは最初の蹴りで動けないのか、迫り来るナイフを絶望の眼差しで見つめる事しか出来なかった。

 

「あ、うぅ……」

 

「ヒャハハッ!!くたばれゴミぃいいいいいッ!!」

 

バカはそう叫びつつ、ナイフを突き立てようと真上から振り下ろす。

あのバカがやろうとしているのは『別の人間に悪意を向ける』という、一番質の悪い行動であり――。

 

 

 

 

 

「――――テメエがな?」

 

 

 

 

 

俺が一番嫌いな行動だ。

 

 

 

ボグチャァアアッ!!

 

 

 

「――――」

 

 

 

バカがナイフを取り出した段階で動いていた俺は、ナイフを振り下ろそうとしていたゴミに腰の回転を加えたスイングアッパーを叩き込んで思いっ切り振り抜く。

それだけで、60キロはあろうかという成人男性の身体は言葉すら発せず、紙くずの様に宙を舞って――。

 

ガシャァアアンッ!!

 

5メートル程離れた場所に備え付けられていた町角のゴミ箱へと叩き込まれていった。

俺に殴り飛ばされたバカは悲鳴すら挙げる事も無く、口の周りからダラダラと血を流して痙攣している。

ヒットした感じだと、顎の骨がグチャグチャになったんだろうな。

 

「……(ポカーン)」

 

「……ヒュウ。強烈、それでいてパワフルだねぇ」

 

俺が乱入した事にギャラリーは口を閉じ、バカ共は口をあんぐりと開けて呆けてしまう。

唯一この空間で、あの赤スーツの人だけが口笛を吹きながら笑みを浮かべて俺を見ているだけだ。

俺はその辺の視線を全部無視して、地面に倒れ伏す爺さんの側に膝を着く。

 

「う、あぅ……アンタ」

 

「大丈夫っすか、爺さんよ?」

 

「あ、あぁ……兄ちゃんのお陰で、助かったぜ……ありがとうな」

 

俺の短い問い掛けに、爺さんは涙を零しながらお礼を言ってくれた。

それだけで俺には充分だ。

俺は爺さんを起こし、喧嘩に巻き込まれない場所に下がらせてから、再び喧嘩の場に舞い戻る。

約束してた新聞記者さん、すまねぇな……ちっと野暮用が出来ちまった。

この辺りを綺麗にしてから行く事にするぜ。

それに……このゴミ共はもう一つ、俺の前で許せねえ事をした……そのケジメも付けてもらわねえとな。

 

「……て……てめえ!!いきなり何しやが(ガシッ!!ギギギギギッ!!)ぐぎゃぁあああッ!?」

 

「えー?……片手で人を軽々って……まぁ、あの人で見慣れてるっちゃ見慣れてるけど……」

 

悠々と歩いて戻ってきた俺に食って掛かったゴミ1を、俺は片手で顔面を握りしめながら上向きに力を篭める。

そうする事で、ゴミ1は足が浮き上がり、空中に足を投げ出されていく。

苦しさと必死さから足をジタバタ振り回して暴れるが、俺は微動だにせず、ゴミを持ち上げた。

 

「何って……ゴミ掃除に決まってんだ――」

 

俺はそこで言葉を貯めつつ、己の内に宿るヒートの炎を纏う。

『猛熊の気位』発動状態のまま、俺は勢いを付けて横向きに回転し、ゴミの身体を振り回す。

そのまま側にあった電柱に――。

 

「ろッ!!!」

 

ボガァアアアアアッ!!

 

「ぐおあッ!?」

 

回転の力を上乗せして、力いっぱい叩きつけてやった。

これぞ、柱の硬さをそのまま攻撃に利用したヒートアクション、『柱撃の極み』だ。

背中を強い力で叩き付けられたゴミは呻き声を上げて、地面に倒れたまま動かなくなる。

呼吸はちゃんとしてるから問題無い。

2つ目のゴミを処分し終えた俺は、そのまま残りのゴミの数を確認。

ひい、ふぅ、みぃの……7つか、こりゃちっと多すぎるが、やりだしたからには全部処分しねぇとな。

 

「……お……おいガキ……お、おお、俺等が、ヤクザだと知っての事なんだろうな?あぁん!?極道舐めてたら生きていけねぇぞ!?い、今なら許してやる。そこのオッサンをブチのめせば――」

 

……そうだ……そこだよ。

 

「テメエ等みてえなチンピラのド三下が……(スチャッ)極道を語るんじゃねぇよ……『埋めるぞ?』」

 

「ヒッ!?」

 

「お、おいおい……ッ!?随分おっかない目ぇしてるな、兄さんよ」

 

目に掛けていたオプティマスを外しながら俺が繰り出した怒りの威圧を浴びて、ゴミは短く悲鳴を上げながら腰を抜かして後ずさる。

緋色スーツの男も俺の目付きと怒り様に、目を少し見開いて驚きを露わにしてた。

良く言うぜ。俺の威嚇をまともに浴びてるのにそれだけの反応……この人も、かなり強い人なのは明白だ。

 

「確かにテメエの言う通り、俺は極道を知らねぇ16ちょっとのガキだ」

 

「ん?……へっ!?16!?……ウッソだろー?遥ちゃんと同い年?アレで?……詐欺だわソレ」

 

……スーツの男の人に驚かれてちょっぴり傷ついたのは内緒だ。

っていうか遥ちゃんて誰だって話なんだけどな。

 

「だがよぉ……俺はテメエ等みてーなゴミなんか比べ物にならねぇぐらいにスゲエ極道を知ってんだ……本物の極道って人をな」

 

俺に戦い方を……男が意地を張ってでも戦わなきゃいけないって時の事を教えてくれた冴島さん。

堅気の人間や、弱い人間に対して権威や力を振るう事をせず、恩義に対して真摯に報いろうとする人……冴島さんこそ、本物の極道だと俺は思う。

だが、極道はどこまでいっても極道……世間の鼻つまみ者ってのが、冴島さんの口癖だった。

それでも冴島さんは、自分でプライド持って選んだ生き様を曲げる事は絶対にしない、心の強い人だ。

そんな人の極道って生き様を……コイツ等は覚悟も無く穢す。

 

「そんな俺の目の前で……極道って生き様に生きるでも無く、力と暴力を振り回したいだけのチンピラ風情が……軽々しく代紋振り翳して、極道だなんて名乗るんじゃねぇ」

 

「……ふ、ふざけんじゃねぇ!!綺麗事並べて、テメエの勝手な理屈を押し付けてんじゃ――」

 

「ヴォルアッ!!」

 

まるで生まれたての子鹿の様に足を震わせながら立ち上がろうとしたゴミ3に、渾身のローキックをブチかます。

 

ゴチュッ!!

 

「い――ぎゃぁあああああッ!?」

 

「ジャアッ!!」

 

ギュルッ!!ドゴォオオオオッ!!

 

『かっとばしの極み』

 

たったそれだけで肉が潰れる様な鈍い音が鳴り響き、ゴミ3は絶叫しながら蹴られた箇所を抑える。

まるで、十字架の前に跪く罪人の様な格好になったゴミ3に対し、俺は回転の力を乗せて回し蹴りを胴体に見舞う。

自動車が衝突した時の様な音を鳴らして、ゴミ3は先にゴミ箱に叩きこまれたゴミの上に倒れ伏した。

人が話してる時に邪魔するんじゃねぇよアホったれが。

 

「……テメエ等がどう思おうが知ったこっちゃねぇが、テメエ等は俺の尊敬する人の生き様を穢した……それと……(ゴキッゴキッ)」

 

俺は肩越しに後ろで壁に背中を預けてる爺さんを見てから振り返り、首を左右に傾けて骨を鳴らす。

モチベーションもエンジンも良い感じに暖まってきたぜ。

 

「敬老精神の欠片すら持たねえゴミは、綺麗に掃除しなきゃな……そこのおじさん。悪いけどこの喧嘩、勝手に参加させてもらうぜ?」

 

「え、俺?……まぁ、喧嘩は別に誰の許可取るモンじゃないし……良いんじゃない?」

 

「そいつはどうも」

 

「か、勝手に話進めてんじゃねぇぞガキが!!食らえやぁああ!!」

 

と、俺がスーツの男に許可を取ってる隙を狙って、俺の睨みが逸れて動ける様になったゴミが、自販機の側にあったレンガブロックで殴りかかってくる。

俺はその攻撃を何処か他人事の様に眺め、ブロックは吸い込まれる様に俺の頭目掛けて振るわれた。

普通の人間がこんなモン頭に当たれば致命傷だが……。

 

ゴシャッ!!

 

「へ、へへへ。調子に乗りやがって……あ、あれ?」

 

「……へぇ……武器、使ってくんのか?」

 

『猛熊の気位』を発動させてる俺からしたら、蚊に刺された様なモンだ。

力いっぱい振り下ろした筈のコンクリートブロックは、確かに俺の頭に命中していた。

だが、砕けたのはコンクリの方だけで俺はケロッとしている。

目の前の光景が信じられないって顔を浮かべたまま、ゴミは自分の手元にあるコンクリの破片と俺の顔を見比べている。

普通なら致命傷になる攻撃簡単に使いやがって……だったら、やり返されても文句はねぇよな?

俺も負けじと、地面に落ちていたスチール缶を拾い、そのまま振り被る。

 

「どぉ、ら!!」ゴズッ!!

 

「あがぁ!?」

 

固いスチール缶がベコッと潰れる勢いで叩き付けてから、頭に手をやって無防備状態の腹目掛け――。

 

「ソラソラソラソラソラァッ!!!」

 

ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッ!!

 

「ごべばばばばばばばッ!?」

 

両腕を使って激しく乱打を浴びせまくる。

やがて自分の力で立つ事もままならなくなり、体勢を崩しかけたゴミに向かって――。

 

「ドラァッ!!」

 

ゴシャアァッ!!!

 

「ぎゃぁあああああッ!?」

 

トドメのフィニッシュ・ブロウを叩き込み、目の前から吹き飛ばす。

脳天への一撃から乱打へ続く極悪ヒートアクション、『砕き殴りの極み』だ。

暫くは飯を食う事も辛いだろうが、人様の頭にコンクリ叩き込んだ罰としては、少し軽い部類だろう。

これで残るゴミは5つだけだが――。

 

「は!!せい!!おぉら!!」

 

ガス!!バキ!!ドガガガガガガガッ!!

 

「おぶげ!?ぺぱぁ!?」

 

「ほぎゃが!?」

 

そのゴミ共は、あの緋色のスーツと黒いズボンを履いた男の繰り出す連続蹴りに翻弄されていた。

っていうか、蹴りの速度が尋常じゃなく速え……オマケに、蹴りの軌道が縦横無尽、まるでボクサーのラッシュさながらだ。

変幻自在の蹴りに、圧倒的な移動速度……足で拳、か。

あんなに圧倒的な手数で、腕の3倍は力があるっていう足での攻撃……食らう方は堪ったモンじゃねぇだろうな。

 

「うおおおおお!!」

 

と、目前で2人の男を交互に蹴り飛ばしていた男の後ろから、ゴミの1人が雄叫びを挙げて襲い掛かる。

男の方はそれに気付いたが、目の前の相手に食らわせた右ハイキックの体勢だったので、直ぐに動くことは出来なかった。

コレはさすがにマズイと感じた俺は、駆け出してゴミの攻撃を止めようとしたが――。

 

「――せりゃあッ!!」

 

ゴスッ!!

 

「ひぎう!?」

 

だが俺の予想を裏切り、男は残心の構えだった右ハイキックをそのまま勢いを付けて戻し、後ろへの攻撃に繋げやがった。

要は振り子の要領で、後ろ蹴りへと攻撃を繋げたのだ。

オイオイ……ッ!?変幻自在っつっても限度ってモンがあんだろ……ッ!?

しかもゴミに当たった蹴りのヒットポイントは、男の急所である金的。

人体の中で唯一鍛えようの無い箇所を勢い良く蹴り飛ばされたゴミは、急所を抑えて苦悶の声を挙げるが、男の攻撃はまだ止まない。

男は後ろを向いた体勢のまま、身体を跳躍させ――。

 

「――せいッ!!」

 

ズドォオッ!!

 

「ごうぁあああ!?」

 

 

 

『金的の極み』

 

 

 

なんと、背中越しに空中で回転しつつ、ゴミの脳天に回転蹴りを放ったのだ。

アクロバティックかつダイナミックな蹴り技に、俺達を取り囲むギャラリーから歓声が沸く。

スゲエ……あんな技、一朝一夕で出来るモンじゃねぇぞ。

 

「ひ、ひいいいいいッ!?」

 

と、仲間が無残にも倒れていく様を見せつけられたゴミの1人が、泡食って逃げ出そうとする。

逃がすワケがねぇだろうが。

俺も直ぐ様走り出し、逃げようとしてるゴミに肉薄していく。

兎に角この場から逃げ出したい一心で行動するゴミには、背後から近づく俺の存在に気付く事が出来なかった様だ。

俺は直ぐ後ろまで迫った所から跳躍し――。

 

「(ガシッ!!)っ!?」

 

ゴミの後頭部を握りしめ、前へ飛ぶ身体の勢いをそのまま利用して――。

 

「おらよっと!!」

 

ゴブシャァアアッ!!!

 

「がばぼ!?」

 

公共の吸殻入れにゴミの頭を叩き込んだ。

ゴミの頭突きを食らった吸殻入れの天井蓋は、その力に耐え切れず破壊され、ゴミの頭は中の汚水へとダイレクトにINした。

汚水に浸かる寸前で手を離していた俺はそのまま着地して事無きを得る。

これぞ勢いと力、そして敵の固さを利用したヒートアクション、『叩き付けの極み』ってな。

これで片付けたゴミの数は5……つまり残りは――。

 

「あ、あれ?……そんな……」

 

「これで残りはアンタだけ……ですね?」

 

最初から俺とスーツの男に喚いていたリーダー各のゴミだけってワケだ。

周りの仲間が全員ヤラれて呆然とした声を挙げるゴミに、スーツの男は態々丁寧な言葉で対応する。

さて、さっさとゴミを片付けるか……約束してる人を待たせてるんだしよぉ。

こんだけ派手な騒ぎ起こしたし、警察が来る前にシケこまねぇとな。

 

「ま、ままま待て!?い、今からでも遅くない!!お前等が詫びだけで済む様、俺が組長に取り計らって(ガシィッ!!ギギギギギッ!!)あぎゃぁあああッ!?や、止めろ!!離せぇええ!?」

 

「今更見当違いの事抜かしてんじゃねぇよタコ……テメエの言った言葉をそのまま返すなら、こういう事だ――」

 

「『ゴミが喚くんじゃねぇよ』……って事だね」

 

まだ自分の方が立場が上だと勘違いしてるゴミの頭を掴んだ俺は、あの爺さんに言った言葉をそっくりそのまま返して、ゴミの言葉を封殺。

それはスーツの男も同意権なのか、俺の言葉を引き継いで同じ様に許す気はねぇと笑みを浮かべて同意してくれた。

 

「そういう事っす……ねっ!!」ゴォウッ!!

 

俺はゴミの掴んだ頭を、そのまま真っ直ぐに速度を乗せて突き出し、スーツの男の前に差し出す。

男はそれを見ても焦る事無く、寧ろ余裕すら見える表情を浮かべ――。

 

「おぉらッ!!」バキィッ!!

 

「げは!?」

 

俺の掴んでいたゴミの顔に前蹴りを放って、ゴミの動きをストップさせる。

そこで俺は手を離し、ゴミを地面に降ろしてやるが、ここで終わらせる気は更々無い。

元々そんなに大した威力で蹴られたワケでは無かったので、ゴミはよろめくも膝を付かない。

ただし、前後に対して注意が掛けている所を狙い、俺とスーツの男は同時に動く。

 

「「うらぁっ!!」」ズドンッ!!

 

『連携挟み蹴りの極み』

 

「ぼぎ……ッ!?」

 

事前に打ち合わせしたワケでもねぇのに、俺とスーツの男はまるで示し合わしたかの如く攻撃を繰り出した。

それは、目の前でフラつくゴミの頭に、左右逆のハイキックを叩き込むという同時攻撃だ。

両端からの同時攻撃で挟み込まれたゴミは、空気の抜けた様な悲鳴を挙げて崩れ落ちる。

ソイツを最後に、他のゴミも片付け終えていたので、ギャラリーからかなりの歓声が挙がった。

スーツの男はそれに「どーもどーも」と言いながら応えるが……これって普通に警察への通報いったんじゃね?

だとしたら面倒くせぇ事になりそうなんだが。

 

「あー、おじさん。逃げなくて大丈夫なんスか?」

 

「ん?あー、大丈夫大丈夫。この人達は同じ組の人達が回収しにくるだろうし、ね」

 

いや、微妙に心配するポイントが違う。

 

「いや、っていうか、俺達は逃げなくて大丈夫なんスか?かなり派手にヤラかしましたけど……」

 

「……成る程、ね……兄さん、この町は初めてかい?(シュボッ)」

 

「えぇ。まぁ……」

 

男はポケットからタバコを取り出して火を点けながらそう聞いてくる。

俺がその問に頷いて肯定すると、男も一つ頷いてタバコを吸い込む。

 

「フー……この神室町って町じゃ、喧嘩は日常のサイクルみたいに組み込まれてる。だからってワケじゃないが、警察も中々動かないのさ」

 

笑いながら男は「まっ、それもあって喧嘩が絶えない町なんだけどね」と言い、再び懐からタバコを取り出す。

こんだけ派手な喧嘩ヤラかしても警察が動かないって……どんな町だよここは。

改めて考えると随分ヤバイ町に足を運んじまったモンだなと、考えていた俺の目の前にスッとタバコが差し出される。

それに視線を上げれば、スーツの男が笑顔でタバコを差し出してた……いやいや。

 

「いや、俺未成年なんスけど?」

 

「え?」

 

「え?」

 

2人揃っておかしいな?と首を傾げてしまう。

いや、さっき喧嘩する前に俺未成年ですって言ったぞ?

 

「え?……えっ!?あれってマジだったの!?本気で君、16!?」

 

……今から第2の喧嘩が勃発してもおかしくねーよな、コレ?

言葉で伝えても分かってもらえそうもなかったので、代わりに拳……いや、財布から免許証を取り出して無言で差し出す。

それをマジマジと穴が空く程眺めてから、男は心底驚いたって顔で俺を凝視してくる。

やれやれ、やっと分かって貰えたか。

 

「はー……その体格と、あんだけのメンチが切れる16歳ねぇ……てっきり20代かと思ってたけど」

 

「ひでぇ」

 

自分の実年齢が嘘だと思われていた事に、俺は方を落として落ち込んでしまう。

男はそれを見ながら「ゴメンゴメン」と軽い調子で謝るだけだ。

何時の間にか、あれだけ居たギャラリーは引けていて、爺さんも何時の間にか現れた別のホームレス達に助け起こされていた。

その爺さんが仲間の肩を借りながら、俺達に近づいてくる。

 

「あ、あんちゃん。秋山さん。本当にすまねぇ、何とお礼を言っていいやら……」

 

「気にしないで良いよ。ゴンさん」

 

「俺も同じッスよ。ただ俺が勝手にやった事なんで」

 

本当に申し訳ないって表情で謝ってくる爺さん改めゴンさんに言葉を返す。

どうやらこのスーツの男……秋山って人は、このゴンさんや他のホームレス達と知り合いらしい。

何やらフレンドリーな様子で話してる。

 

「こんなナリしちまってるが、孫と同じくらいの歳のあんちゃんに助けてもらえるたぁな……世の中、まだ捨てたモンじゃねぇよ、ホント」

 

「家は捨てちまってるがな」

 

「へへっ、違いねぇや。最初は俺達、この兄ちゃんがゴンさんに手ぇ出してると思っちまったしよ」

 

他のホームレス達も俺を取り囲みながら、何やら失礼な事を言ってくるが、俺は別に気にしない。

例えホームレスでも、良識ある爺さん婆さんは大事にしねぇとな……女性権利団体のババァはブッ殺すけど。

ゴンさんは仲間に助けられながらも、俺の手を両手で握って頭を下げてきた。

 

「絶対にこの恩は忘れねぇ。いつかまた会ったら、何かお礼をさせてくれ。老い先短い爺だが、恩返しするまでは死なねぇ様にするからよ」

 

「じゃあ、その前に一応病院に行かないとね。ほら、これで彼処の柄本医院に行って、蹴られた所見てもらいなよ」

 

と、先程までタバコを吸っていた秋山さんが、ゴンさんに1万円札をポンと渡す。

オイオイ……普通顔見知りでも、そんな簡単に一万円なんて渡せるか普通?

まぁ見た感じ、スーツもズボンもブランド物だし、時計なんか今年の春の最新モデルをしてる……相当な金持ちってワケだ。

一方でゴンさんは秋山さんから金を受け取り、「何時もすまんね、秋山さん」と言いながら深く頭を下げる。

秋山さんはその言葉に笑顔で「良いよ」と答えるだけだ。

そのままゴンさんは最後まで俺達にお礼を言って、ホームレス仲間と一緒に、神室町の中へと消えていった。

後に残されるのは、なんとなく一緒に居る秋山さんと俺の2人だけになる。

 

「……仲、良いんスね」

 

何となく気になった事をボソッとつぶやくと、秋山さんはゴンさんの去っていった方を見ながら口を開く。

 

「まぁ、昔同じ事してた時に随分助けられたからさ。恩は返しておきたいじゃない?」

 

「へぇ……って同じ事してた!?ホ、ホームレスだったんすか!?」

 

「あ?やっぱ驚く?」

 

軽い感じでそう返して笑う秋山さんだが、俺は開いた口が塞がらなかった。

ホームレスから今みたいに1万円札をポンと渡せる境遇になるって……成り上がりとかそんなレベルの話じゃねぇだろ!?

そ、そうか……だから、この人はホームレスの人たちでも関係無かったのか……嘗ては自分の仲間だったから。

 

「まぁそれより兄さん、アンタ中々面白いね?普通はあんな喧嘩に参加しないでしょうに?しかも守る相手がホームレスなのにさ」

 

「は、ハァ……まぁホームレスでも、あんな屑が嬲っていい相手じゃねぇし……アイツ等は心底気に要らなかったもんで」

 

話が急に転換して、今度は俺の話になり、俺は明後日の方向を見ながら秋山さんに言葉を返す。

秋山さんはそんな俺を面白そうに見ながら、更に口を開く。

 

「成る程……興味が沸くね、君が言ってた本物の極道っていうのがどんな男なのか。それに――」

 

そこで一度言葉を切ると、秋山さんは俺を真っ正面から見据えつつ、笑みを更に深くしていく。

 

「――今を時めく、世界にたった2人しか存在しない男性IS操縦者っていう立場の君が、この女尊男卑のご時世で何を為すのかとか、ね……IS学園の鍋島元次君?」

 

「……気付いてたんスか」

 

「最初は似てるかなって程度だったけど、サングラスを外した時にそうなんじゃないかなって思ってさ。決め手は免許証の名前と、君の風貌からは想像も出来ない年齢だね」

 

どうやら喧嘩を始める前から、俺が誰なのか秋山さんには想像が付いてたらしい。

まぁ、さっきのラーメン屋の事があったから、こうなる事は想像してたし、そこまで驚きはしないが。

そう思っていると、秋山さんは俺の肩に手を置いて楽しそうな笑顔を浮かべる。

 

「良し!!自分に得の無いホームレスを庇った君が気に入ったよ!!もし良かったら今から少し話、聞かせてくれないか?勿論、俺の奢りで飯でも食いながらさ」

 

「え?あ、いや。俺、実はこの町で待ち合わせしてる人が居まして……」

 

何やらフレンドリーな感じで俺を飯に誘ってくれるが、俺はそれを断ろうとして、一つの事実に気が付く。

この秋山さんは神室町の人間みたいだし、待ち合わせしてる店の名前を言えば教えてくれるんじゃないか?

喧嘩してた所為で待ち合わせの時間過ぎちまってるし、秋山さんには悪いがお誘いを断わりつつ、店の場所を聞いてみよう。

そう頭の仲で考えを纏めて、秋山さんに言葉を掛けようとしたが――。

 

 

 

「コラコラ秋山。俺の客を取るんじゃねぇよ。コッチが『先約』なんだからな」

 

「え?……あれ?『伊達さん』?」

 

「ん?」

 

 

 

そんな俺達の中に、1人の男が割り込んできた。

俺がその声に振り返ると、そこにはベージュのコートを羽織った年配の男が立っていた。

ボサボサ気味の白髪混じりの髪をしたその男は、どうやら秋山さんの知り合いらしい。

だが、この男は今、俺の事を『先約』と言っていた……もしかして。

そう考えていると、男は懐に手を入れて一枚の名刺を取り出す。

 

「分かり難い店の名前出して悪かったな。俺が君に取材を頼んだ伊達ってモンだ……俺の最後の仕事、引き受けてくれてありがとよ」

 

『京浜新聞社、社会部、伊達真』と書かれた名刺を差し出してきた伊達さんは、俺に握手を求めると笑顔で手を路地裏へと向ける。

 

「この先に、待ち合わせの店がある。そこでゆっくり、話を聞かせて貰うぜ」

 

伊達さんが指し示したビルの中間辺りにある扉……どうやら、彼処が待ち合わせの店『セレナ』らしいな。

少しばかりアクシデントに見舞われた今回の取材劇、今からが本番の様だ。

 

 

 






これでワンサマーは最新話まで全てこっちに書き終えました。


また暫く亀更新になります。申し訳ありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶報……

 

 

 

ガチャッ

 

「いらっしゃいって、あら?伊達さん、もう見つかったの?」

 

「あぁママ。直ぐ目の前の道端で豪快な喧嘩してたよ。コイツが鍋島元次だ」

 

「あらあら。いらっしゃい、鍋島君。セレナへようこそ♪」

 

「は、はぁ。どうも、鍋島元次ッス」

 

俺に取材を依頼した新聞記者の伊達さんに案内されて、俺は裏手の入り口から待ち合わせしていた店の『セレナ』に足を踏み入れた。

クラシックな内装に、店内を彩る花とゆったりとした音楽……そして、店員と思われる女性の裏側にある棚に飾られた大量の酒瓶と酒の香り。

店内をキョロキョロと見渡す俺に気付かず、伊達さんはドレスを来た綺麗な女性と話していた。

俺も女性に声を掛けられて、少しどもりながらも返事を返す。

いやいやいや……ここってあれじゃね?スナックじゃねぇのか?若しくはバー?

 

「ママさん。お久しぶり」

 

「あら、秋山さんも一緒だったの?」

 

「まぁ、そこで一緒に喧嘩して、彼の事気に入っちゃってさ。伊達さんに頼んで取材に同席させて貰おうと」

 

「そうだったの。それじゃあ秋山さんの分も出さないとね。何時もので良いかしら?」

 

「あー……昼から酒飲むと、花ちゃんがうるさそうだからなぁ……アルコール以外をお願いします」

 

「クスッ。はいはい」

 

ママと呼ばれた女性は秋山さんとも知り合いの様で、楽しそうに会話しながら冷蔵庫を開けて飲み物を取り出している。

っていうか、こんな成人しか来れねぇ様な場所に未成年の俺が入ってるのも、場違いというか、おかしな話しだぜ。

 

「どうかしたのか?さっきから何か驚いてる様だが……」

 

と、想像だにしなかった場所での会合というモノに驚きっぱなしだった俺に、伊達さんが声を掛けてきた。

俺はその問いに、頭を掻きながら微妙な表情を浮かべてしまう。

 

「いや……自分未成年なんで、まさかこんなスナックで取材を受ける事になるとは思わなかったッスから」

 

秋山さんと伊達さんから座る様に促されたので、伊達さんの対面に位置するソファに腰を下ろしながら、俺はそう答える。

今までこんな場所来た事無いから、かなり物珍しいというか、雰囲気に当てられてる感じがする。

俺の正直な気持ちを聞いた伊達さんは、1つ頷いて俺に視線を合わせた。

 

「まぁ確かに普通ならそこらの喫茶店でも良いんだが、お前さんやお前さんの友達の織斑一夏は今やかなりの有名人だ。下手に人目の付く場所で取材を始めると、気付かれたら面倒な事になる」

 

「あー、成る程。だから人目に付かない様にココ(セレナ)って訳ですか。営業は夕方からですもんね?」

 

伊達さんの考えが分かった秋山さんが、顎に手を当てながら言葉を放つ。

成る程成る程、そういう考えがあっての事か。

 

「そういう事だ。まぁその所為で、未成年のお前さんには判りにくい場所になっちまってスマネェな」

 

「いえいえ。そういう配慮してもらった結果なら、ありがてぇっす」

 

軽く頭を下げて俺に謝罪してくる伊達さんに、俺は手を振って何でも無いと返す。

確かに、今日のラーメン屋での一件みたいな事が取材中に起きちゃかなり面倒だもんな。

そう考えると、分かりやすい店での取材は得策じゃねぇって事か。

伊達さんがココを指定したのは、それを起こさない様に考えてくれてたからってのは正直にありがたい。

心の中で伊達さんの配慮に感謝していると、俺の目の前に小さなグラスとロックの氷、そして並々と注がれたウーロン茶が差し出される。

出してくれたのは、さっきから伊達さん達に『ママ』と呼ばれてる女性。かなりの美人さんだ。

 

「ごめんね?気の利いた物が無くて」

 

「え?あ、いやそんな。飲み物出してもらえただけで充分ッスよ」

 

近くに来た時に鼻に触れた香水の香りにドギマギしながらも、俺は平然を装ってそう返す。

肩と胸元を露出させたドレスに大きなネックレス等で飾る、同年代の女子からは感じられない大人の魅力。

そして同じ大人でも、千冬さんとかには無い、裏街の女の様な妖艶な雰囲気。

近い感じとしては、学園の保険医の柴田先生だ。

俺は直ぐにママさんから視線を外して、目の前のウーロン茶を頂く。

喧嘩の後でちょっと喉渇いていたので、冷たいウーロン茶がとても心地よかった。

 

「へー?鍋島君はママさんみたいな人が好み?その歳で良い趣味してるなぁ」

 

しかし、俺の様子は年上の方々にはモロバレだったご様子。

やたらニヤニヤした視線の秋山さんにそう言われて、俺は少し焦ってしまう。

慌ててママさんに視線を向けると「あらあら」とか言って頬に手を当ててるじゃございませんか。

 

「い、いや!?別にそういう訳じゃ……」

 

「ふふっ。判ってますよ。でも女性の目の前でそういう事を言うのは減点ね」

 

「あっ、す、すいません。ってそうじゃなくて!?た、只その、珍しいっていうか……」

 

「ん?珍しい?そりゃどういう事だ?」

 

俺がママさんに注意された事に対して言い訳していると、目の前に座っている伊達さんから質問が飛んできた。

 

「ほ、ほら。今じゃISの影響もあって、女尊男卑の思考が強い馬鹿女が多いじゃないッスか?でもママさんにはそういう雰囲気が無いので、珍しいなってのと、ママさんは良識ある人なんだなって」

 

コレは俺が本当に感じた事だ。

前にも話した通り、今の世の中は女尊男卑思考に染まってる女がザラだ。

お店とかの店員でも、客が男性の時に不遜な態度を取る女店員ってのも珍しくない。

でも、ママさんにはそういう嫌な感じが一切感じられない。

こう言っちゃ失礼だが、こういう仕事してる人にそういう雰囲気が感じられないのが不思議ってのもある。

俺の言葉を聞いたママさんは少し驚いた顔を見せるが、直ぐに笑顔で俺に視線を向けてくる。

 

「ありがとう。確かに、今の世の中は女尊男卑が常識になってるけど……」

 

ママさんはそこで言葉を区切ると、伊達さんに一度視線を向けてから、また俺に向きなおった。

 

「男の人が、強くて頼りがいがあるのを良く知ってますから♪」

 

ママさんはそう言って楽しそうに笑いながら伊達さんへと向き直る。

それでママさんの言ってる頼りがいのある男性が誰なのかってのに感づいたんだろう。

伊達さんは照れながらそっぽを向き、後ろ髪を掻いていた。

 

「おやおや、何か良い雰囲気ですね。伊達さん」

 

「う、うるせぇよ秋山!!年上をからかうんじゃねぇ!!マ、ママ。俺にも飲み物頼む」

 

「はいはい。直ぐに持ってきます」

 

俺の時と同じく、ニヤニヤした笑みを浮かべた秋山さんが伊達さんをからかいに走る。

伊達さんはソレを怒鳴りながら誤魔化して、ママさんに飲み物を頼んでいた。

 

「ふぅ、さて。じゃあ、お前さんに取材を始めたいんだが、もう一度ちゃんと自己紹介しとくぜ。京浜新聞社社会部の伊達だ。今日は俺の取材を引き受けてくれてありがとうよ」

 

と、咳払いをした伊達さんが真剣な表情を浮かべて俺に視線を向けて姿勢を正す。

どうやらこっからはおふざけ無しって事らしいな。

俺もそれを感じ取り、椅子に座った状態から頭を下げる。

 

「初めまして。IS学園1年1組所属、鍋島元次です。今日はよろしくお願いします」

 

「あぁ。それじゃあまず始めに「あっ。ちょっと待ってもらっていいですか、伊達さん」って何だよ秋山?」

 

しかし、いざ取材を始めようかと言う所で秋山さんから待ったがかかり、伊達さんは表情を訝しませてしまう。

そんな伊達さんの表情を見ながら、秋山さんは軽く頭を下げつつ苦笑していた。

 

「いや、実はまだ俺も彼に自己紹介してなかったんで、取材に入る前にさせてもらおうかと思いましてね」

 

あー、そういえばちゃんと自己紹介はしてないよな。

秋山さんって名前も他の人が言ってる名前を俺が勝手に覚えただけだし。

そう言いつつ秋山さんは懐に手を入れて名刺を取り出し、俺に手渡してくれた。

その名刺を頭を下げながら受け取り、書いてある字に目を走らせる。

 

『㈱スカイファイナンス代表取締役 秋山 駿 』

 

そう書かれた名刺から目を離して秋山さんを見ると、秋山さんは笑顔で口を開いた。

 

「初めましてってのはおかしいけど、俺はこの町で『スカイファイナンス』って店やってる『金貸し』の秋山ってモンだ。宜しく、鍋島君」

 

ファイナンス……金貸し。つまりは民間の金融関係者って事か。

銀行とかで融資を断られたりする人間でも、町金の審査なら通る場合もある。

そういう大手の銀行並みの融資は受けられないけど、幾らか融資を頼めるのが町金。

でも、元手は個人的な金だから……相当に金持ってるんだろうな。

 

「鍋島元次です。さっきの喧嘩はお見事でしたよ、秋山さん」

 

さっきの事を思い出しながらそう言うと、秋山さんはイヤイヤと手を振る。

謙遜してる様だが、あの足技のキレは相当なモンだった。

 

「君の喧嘩もかなりのモンだったと思うけど?人があそこまで豪快に宙を舞う姿は中々お目に掛かれないしね」

 

「あぁ。若いのに大したモンだ。喧嘩の仕方にしても、その腕力にしても……あの爺さんを助けようという行動力にしても、な」

 

今度は俺の事を褒めてくれた秋山さんに便乗して、伊達さんまで俺の事を褒めてくる。

口ぶりからして、多分どっかでさっきの喧嘩を見てたんだろう。

 

「いや、まぁ……さっき秋山さんに言った様に、例えホームレスでもアイツ等の様なチンピラ共が手を出して良い道理は無えし、年寄りは大事にするのが当たり前ッスから」

 

俺が基本的にお婆ちゃんっ子だったってのもあるし、爺ちゃんみたいに尊敬出来る老人が身近に居たってのも俺がそう思う理由の一つだ。

敬老精神は大事にせんとイカンのです、但しこっちの事を見下してる様なジジババ連中には手加減しねぇよ?

そこをちゃんと区別しねぇとな……俺の大事な爺ちゃん婆ちゃんと同列に扱うなんて反吐が出る。

俺がそう締め括ると、伊達さんはサラサラとメモ帳に何かを書いていく。

多分あれが取材用のメモだろう……どうやら俺の話は逐一メモられると考えておいた方がよさそうだ。

 

「フム……じゃあ、IS学園の許可が出ている範囲でいくつか質問させてもらうが(カチッ)……まず、世界に2人だけのIS操縦者っていうのはどんな気分だ?」

 

伊達さんはメモを書き終えるとテープレコーダーを取り出してスイッチを入れながら俺に質問を飛ばす。

俺も伊達さんの顔が仕事の真剣な表情になっているのを見て、気持ちを切り替えておく。

 

「一夏はどう思ってるかは判りませんけど……俺は正直、迷惑な肩書きだと思ってます」

 

「ん?世界中に名前が知られる上に、何処の国からもVIP待遇で迎えられるのにか?オマケにIS関連の仕事なら選り取りみどりじゃないか?」

 

伊達さんは意外とでも言いたそうな顔でそう聞いてくるが、俺からしたらまず前提が間違ってる。

 

「確かにIS関連の仕事ならそうッスけど、他の仕事がしたい人間からしたら堪ったモンじゃないですよ?」

 

「他の仕事?何かやりたい仕事があるのか?」

 

「ええ。俺は将来、爺ちゃんがやってる自動車の板金、整備工場を継ぎたいなって考えてます」

 

俺は自分の事情を掻い摘んで話しつつ、取材に応じる。

確かにIS関連の仕事となれば、最早エリートクラスの仕事な上に待遇、給料共に破格だ。

だけど、何の魅力も感じない仕事にずっと付きたいって人間が居るだろうか?答えはNOだろう。

勿論、不景気でコレしか仕事が無いとか今仕事を辞めても他に就職先が無いとかの止むを得ない事情ってのもある。

でも高校を卒業して、初めて社会に出ようって若い人間が仕事に生き甲斐を見つけようとするのもおかしくない。

 

「俺と一夏に貼られた『世界で2人しかいない男性IS操縦者』ってレッテル。これの所為で俺はこれからもISって物から離れる事は出来ないかも知れませんが……それでも足掻いて、自分の『夢』を叶えようと思ってます」

 

「……高給取りなエリート街道を捨てて、爺さんの工場を継ぐ事が、お前さんの『夢』なのか?」

 

「えぇ。傍から見たら馬鹿でチンケな夢かもしれませんが……俺は自分の持ってる夢を誇りに思ってます」

 

爺ちゃんが1から築き上げてきた仕事……親父はそれを受け継がなかった。

その時の爺ちゃんの落胆ぶりと悲しみは相当なモンだったと婆ちゃんは何時も言ってる。

だからって訳じゃねぇけど、俺は爺ちゃんの夢を『受け継ぎたい』。

親父も別に爺ちゃんが嫌いだから、爺ちゃんの夢を受け継がなかったって訳じゃねぇ。

親父は親父で、今の学者って仕事に惚れ込んでその道を選んだ……学者の道に『夢』を見た。

だからこそ、偶に掛かってくる電話の向こうでも、親父の楽しそうな声は絶えないんだろう。

俺だって責任感から跡を継ぎたいとか、そんな大それたモンじゃねぇ。

只、あの仕事に惚れ込んだってだけだ。

 

「爺ちゃんから、親父が受け継がなかった夢……俺がそれを受け継ぎたい。親父が受け取らなかったからとかじゃなくて、俺自身が爺ちゃんからその夢のバトンを受け取りたいって思ってます」

 

長々と話して乾いた喉を、ママさんが新たに入れてくれたウーロン茶で潤す。

ふと視線を上げると、秋山さんと伊達さんは感心した様な顔を見せて驚いていた。

ママさんも何やら微笑みを浮かべて俺を見てる。

え?何すかそのリアクション?

 

「へぇ……いや、良い夢だと思うよ俺は。鍋島君には是非その夢を叶えて欲しいって思ってる」

 

「写真で見た時と、さっきの喧嘩を見てた時はこんな考えをしてる奴だとは思えなかったが……若いのに、目先の利益より夢を取るか。大したモンだ」

 

「そうね。私も頑張ってその夢を掴んで欲しいわ」

 

どうやらかなり好印象を持たれたらしい。別段悪い気はしねぇな。

頑張れと応援してくれた皆さんに頭を下げると、伊達さんが次の質問をしてきた。

 

「それじゃあ、次の質問だが……お前さんはISが嫌いなのか?」

 

「いえ、それに関してはNOですよ」

 

「おいおい、それはおかしいだろう?今の女尊男卑の時代を作ったのは、ISと言っても過言じゃない筈。さっきお前さんは女尊男卑思考の強い女を馬鹿女と言っただろ?ならその風潮を作ったISが憎くないのか?」

 

俺のさっき言った言葉と矛盾してる答えがか返ってきたのが気になるのか、伊達さんはもう1つ突っ込んだ質問をしてくる。

まぁ確かに女尊男卑の思考は大っ嫌いだが、それでも俺はISを嫌いにならない。

 

「このクソッタレな世界を作ったのはISじゃなくて、ISに女しか乗れないっていう事実に酔い痴れた馬鹿女共ですよ」

 

伊達さんの質問に笑顔で答えながら、俺はこの嫌な世界が出来た原因を思い出す。

そもISが男に乗れないという事実を良い事に増長したのが、あのクソッタレ女性権利団体だ。

女の政治的出馬とか、女性と男性の不平等の見直しを提唱してたのは良い。

寧ろそれはしなきゃいけない事だと俺も思ってる。

だが、一度男を屈服させるという快感に酔い痴れたアホ女共は暴走し、今の嫌な世界の風潮が出来ちまった。

『男は女の奴隷』『男は無能』『女は男を従える権利がある』等などアホらしい事様々だ。

俺は別にIS自体が嫌いって訳じゃねぇし、寧ろスゲェと思ってる。

俺が嫌いなのは女尊男卑って思考に染まりきって、物事を正しく理解できてない馬鹿女共だ。

ISに直接恨みなんか無い……それに――。

 

「ISは俺の大切な人が造ったモンですから……それが余計、ISを背景に威張り散らしてる馬鹿女共が嫌いな理由っすね。あいつ等は俺の大切な人の造ったモンを穢してる」

 

「……篠之乃束、だな」

 

真剣な表情で呟く伊達さんに、俺はオプティマスのフレームを指でなぞりながら頷く。

束さんは、ISを宇宙探索の為のマルチフォームパワードスーツとして世界に公表した。

だが、現実はISの宇宙進出より、国の防衛に全てを置かれている。

それは仕方無い事だとも思う。

何せISの戦闘力は、過去の兵器全てを凌駕する規格外の代物だ。

自国を守る為に粉骨砕身の思いでいかなきゃならない人間からすれば、その戦闘力を生かさない手は無いだろう。

――それは『まだ』分かる。だが、その先が納得出来ねぇ。

 

「ISは女が威張る為の道具じゃねぇ。束さんの宇宙を見たいって『夢』を形にしたモンだ……俺の大切な人の『夢』を、自分達が好き勝手する為の背景、力としてるクソ女達っていう存在が、俺の大っ嫌いな存在です」

 

「……成る程な」

 

「今の世の中を堂々真っ向から全否定か。これってかなりの問題発言じゃないんですかねぇ?」

 

「正直、出て欲しくない台詞だったな」

 

「え?ダメでした?」

 

俺からしたら嘘偽り無く真剣に答えたんだけど?

そう思いながら伊達さんに視線を向けると、伊達さんは呆れた様に額を手で覆う仕草をする。

 

「当たり前だ。こんな話、新聞に乗せたら俺が叩かれちまうよ」

 

どうにも新聞に乗せる話題すら女性権利団体の奴等は口出ししてくる様で、新聞記者もかなり気を使うらしい。

大きくは言えないが、犯罪を犯した女性ですら公になっていないで釈放されてる話も多々だとか、ホントやりたい放題だな。

まぁこの話は乗せないで別の話題を乗せる事にすると伊達さんは言った。

ちっ、恥ずかしいの我慢して話したのに語り損かよ。

 

『2人ワンマンで飛ばして良いさ~♪加速ビートに飛び乗って♪HEーY♪』

 

「ん?あっ、ちょっとすいません。電話ですんで」

 

「おう。構わねぇぞ」

 

鳴り出したスマホをポケットから取り出し、電話を掛けてきてる相手を見ながら、俺は一度席を外す。

ってあれ?そういえば俺、取材に入る前にスマホをマナーモードにした筈――。

 

 

 

『愛しのラヴリーな愛妻』

 

 

 

何時から俺は既婚男性に昇格したんだろうか?しかも意味が重複しまくってるとです。

っていうかこの手のアレは間違いなく束さんですよね?何故にこのタイミング?

 

「……(pi)も、もしもし?」

 

『ゲ、ゲゲゲ、ゲン君!!ゲン君今何か欲しい物は無いかな!?束さんどんな物でもあげちゃうよ!!アメリカとかどう!?』

 

「とりあえず冷静になって下さいっす」

 

俺はまだ指名手配されたくない。

っていうかアメリカという国を貰っても俺にどないせぇっちゅうねん。

開口一番に受話器から聞こえる弾みまくった声に冷静になってくれとリクエストしつつ、俺は頭を抱えてしまう。

そんな俺の様子等お構い無しに、受話器の向こうで「うぉっくぇい!!」と叫ぶ束さんは中々テンションが下がらない。

 

『え、えへへ。ゴミンゴミン!!束さん今かーなーり嬉しい事があって、頭の中がフジヤマヴォルケーノしちゃってるのさ!!(束さんがゲン君の大切な人アーンド束さんの夢を覚えててくれたなんて!!やーん束さん感激だよぉー!!)』

 

噴火したらイカンよ束さん。束さんが本気出したら洒落にならねぇって。

電話の向こうで♪が飛び交ってそうなテンションの束さんに、俺は苦笑いを隠せない。

 

「あー、まぁその……お願いっていうのはありますけど……」

 

『うんうん!!何かな!?この天才束さんにドーンと任せんしゃい!!世界が欲しいなら熨斗付けてプレゼントしちゃうぜぃ!!』

 

どうやって地球に熨斗付けるつもりなのかはこの際置いといて……。

 

「また、何時でも良いんで……俺の作ったメシ、食べに来て欲しいッス」

 

『……はにゃ?』

 

「束さん。どうせロクなモン食ってねぇんでしょ?料理も上手だってのに、自分1人分だと絶対作らないじゃないッスか」

 

俺は昔を思い返しながら、懐かしむ様に笑みを浮かべる。

束さんは昔っから、文字通り天才の称号を欲しいままにしてる人だ。

勉強や発明だけじゃなくて、家庭科や料理に於いてもそれは変わらない。

一度見ただけでどんな料理も完璧にこなしてしまう。

それどころか運動だって……あの人は隠してるけど実際は千冬さんとタメ張るぐらいに凄い。

束さんも、俺より喧嘩の強い人だ。

そんな束さんも実はかなりズボラな人で、自分の事とか結構無頓着な所がある。

あの人の頭脳なら、食べないで活動できる発明とか難なく作ってそうだし。

 

『た、確かにゲン君の言う通り、ここ1ヶ月はちゃんと食べてないけど……で、でも大丈夫だよ!?必要な栄養はちゃんと取ってるから!!』

 

予想以上に堕落した生活送ってらっしゃる!?

 

「栄養で済ませられるのも1つの理想かも知れませんが、そりゃ駄目ッスよ。食事を味わってこそ生きるって事じゃないかと思います」

 

『うっ……イ、イカンのですか?』

 

「イカンのですよ?」

 

『う゛ー……だって、面倒くさいんだもん』

 

最初の頃とは打って変わってテンションダダ下がりな束さんのお声に、俺はクスリと笑ってしまう。

昔からこの手の説教は苦手だもんなぁ、あの人。

しかし、さすがにずっとこのままで居られたら、味わう楽しみってものを忘れられそうだ。

それだけは困るぜ……束さんも、俺の大事な人なんだからよ。

 

「何時でも良いッス。一報入れてくれりゃあ、俺は束さんの為に美味しいご飯を作って待ってますから。なんなら洗濯もしましょうか?確か束さんが高校生の時、研究所に篭りきりで服を変えわ――」

 

『にゃ゛ーーーーーーーーッ!?な、何で知ってるのぉおおッ!?わ、分かったよ!!ちゃんとご飯食べに行くからそれだけは言わないで!!じ、じゃあね!?』

 

「はい。連絡お待ちしてますぜ?」

 

『さ、さらばーなのじゃ!!後洗濯は毎日してるし、服も下着も変えてるんだからね!?そ、そこを忘れたらおしおきだべぇ~!!(何で高校の時の事まで知ってるのぉ……ちーちゃんか、ちくせう……死にたくなってきたぜぃ……あれ?でもそれって、ゲン君が束さんの事をちゃんと見てくれてる証拠でもある?……でへへへ)』

 

最初から最後まで賑やかな束さんとの会話を切り上げ、俺は再びセレナの中へと戻る。

大体5分ぐらいだからそこまで遅くなってねぇけど、待たせちゃ悪いよな。

そう考えて少し急ぎ気味に中へ戻ると、伊達さんがメモ帳に走り書きをしていた。

多分、さっきまでの会話で使える文章を纏めてるんだろう。

 

「すいません。お待たせしちまって」

 

「ん?あぁ、構わねぇさ。こっちはお前さんに大事な休日を潰させて取材受けてもらってるんだからな」

 

席に戻りつつ謝罪すれば、伊達さんは構わないと言って笑っていた。

それに笑顔を返しつつ、俺も席に付きなおす。

これから取材の再開だな。

 

「良し。それじゃあ取材を再開するが……鍋島。お前や織斑一夏には、ISに乗れない他の男達の希望が掛かってる」

 

「……」

 

「勝手な事だと思うだろうが、男の中でISに乗れるのはお前さんと織斑しか居ない。だからこの勝手な期待は付いてきてしまうものだ。それは分かるな?」

 

「えぇ、まぁ」

 

伊達さんが重々しく語る内容を聞きながら、俺は相槌を打つ。

そう、俺と一夏は、ISに乗りたくても乗れない男達の期待とか希望なんかが乗せられている。

それは最初に政府のお姉さんから説明されていたし、自分でも理解してるつもりだ。

今までの女尊男卑の風潮で虐げられてきた男達。

そんな時代の中で生まれた、同じ男のIS操縦者という存在。

増長した女達を止められるかもしれないっていう希望を掛けたくなるのも無理ないだろう。

 

「それが分かっていても、お前さんはさっき言った様にIS操縦者という存在になった事が迷惑と言えるのか?」

 

伊達さんは念を押すかの如く、俺に対して真剣な表情を浮かべて質問を続ける。

この話、というか俺の考えが新聞に載れば、下手すると同じ男達からも恨まれる可能性があるって事だろう。

『お前はISに乗れる癖に、ISに乗れなくて悔しい俺達を差し置いてイヤだと言うのか!?』って言われるかも知れない……けどよ。

 

 

 

「言いますよ」

 

だからどうした?――って話なんだよな、俺からしたら。

 

 

 

「……随分、ハッキリと言うんだな」

 

俺が真っ直ぐに伊達さんを見詰め返しながらそう返したら、伊達さんは呆れた様な感心した様な表情になる。

まぁ、これって普通に期待を掛けてる男達に対する裏切りだしな。

 

「大体、世界で2人だけのIS操縦者になった事で、俺が被った迷惑な事なんざ幾らでもありますよ?政府からモルモット認定されかけるわ、人身売買されかけるわ、女性権利団体から睨まれてるわ、必死こいて合格した高校は入学式すら出れずに退学扱い。終いには当事者の俺抜きで、俺の所属国籍で争ってるらしいですよ?」

 

「ゴメン。俺も今の話聞いたらIS操縦者になんてなりたくないって思ったわ……苦労してるね、君」

 

「俺も同じく、だな」

 

俺のぶちまけるかの如く打ち出された愚痴の嵐に、秋山さんと伊達さんは同情を篭めた瞳で俺を見てくる。

そんな目で見られても嬉しくなんかねぇやい。

今話した様に、何故か上の政府連中、そして国際IS委員会というISについてのみ議論する世界の組織が俺の所属国籍について熱い議論を交わしているらしい。

千冬さんからそれを聞かされた時から今も思ってるが、俺の存在を勝手にどうしようかなんて考えるんじゃねぇっての。

俺はれっきとした日本人だから日本国籍に決まってるだろタコ。

人の居ない所で当事者そっちのけで何勝手な事ぬかしてやがるんだよ。

 

「そんな中で勝手な希望を押し付けて、それが叶わないなら俺に怒りをぶつけてくるってんなら……俺は全部叩きのめすつもりッス」

 

自分達の都合ばっか押し付けて、俺に何の見返りも渡さず応援するだけなら、そんな連中の思いに答えてやる義理もねぇ。

俺はオプティマスを外して目に力を篭めながら、伊達さんを真剣な表情で見つめ返す。

 

「期待するのは勝手だが……俺は俺の夢の為に、やりたい様にやる。自分達は何もしてねぇのに俺の人生にケチつけるってんなら、そん時は覚悟してもらうだけだ……ってね」

 

こちとら学園じゃビーストで通ってるからな……気に入らなきゃ暴れるだけだ。

ニヤリと笑いながら伊達さんにそう答えると、伊達さんは苦笑いしながら「血の気の多い奴だな」と言った。

いや、別に血の気が多い訳じゃねぇんだけど……まぁ良いか。

と、この他にも色々な質問をされ、ソレに答えるという作業が続き、大体一時間程した頃に、漸く取材は終わった。

 

「良し。これで取材は終了だ。今日はご苦労さん……これが、取材を受けてくれた報酬になる」

 

全ての質問を終えた伊達さんは笑顔を浮かべつつ、俺に茶封筒を差し出してきた。

あぁ、そういや取材受けたら報酬が貰えるって黛先輩言ってたっけ。

今更ながらに思い出しつつ礼を言いながら茶封筒を受け取り、中身を確認すると――。

 

「え?いやちょっ!?こ、これ多くないですか?」

 

驚く事に、茶封筒の中には愉吉殿が5人もいらっしゃったのだ。

たった2時間もしないぐらいの取材で5万……どう考えても多すぎるだろう。

 

「そんな事無いぞ?休みの日を潰して、更にはこっちが示した場所へ来て貰った事を考えれば、それぐらいが妥当なんだよ。寧ろ今一番ホットな男性IS操縦者の独占インタビューって事を考えると、それじゃ安すぎる気もするがな」

 

「い、いやいや!?これ以上はさすがに怖くて受け取れませんって!!あ、ありがとうございます!!」

 

「いや、俺の方こそ感謝してるよ。これで前の仕事に戻る前に、一番良い仕事が出来た。感謝するぜ」

 

お互いに感謝し合い、俺と伊達さんは頭を下げる。

傍から見たらどんだけ面白い光景なんだろうな、コレ。

そう思っていると、後ろから肩を叩かれたので振り向いたら、そこには笑顔の秋山さんが居た。

 

「良し。じゃあ仕事も終わった事だし、改めてどう?一緒に飯でも行かないか?」

 

「あっ。はい、良いですね。ちょっと小腹も空いてきた事だしご一緒しますよ、秋山さん」

 

「よしっ。それじゃあさっきの取材以外にも、IS学園での生活とか教えてよ。結構面白そうだし」

 

「あはは。そんなに良いモンじゃねぇっすよ?」

 

主に無自覚天然女キラーが齎す嫉妬と愛憎が混じったサスペンス劇場の渦中に巻き込まれる事が殆どだからな。

折角誘ってもらってるんだからと、俺は秋山さんの誘いに乗って一緒に飯を食いに行く事にした。

俺がOKを出すと、秋山さんは嬉しそうにしながら色々な店を候補に挙げてくる。

まぁ、今日の目的は果たした事だし、後はゆっくりしてから家に帰ろう。

まだ後2日間は休みなんだしな。

 

「おぉう、ちょっと待て秋山。俺も昼飯食い損ねてたから一緒に行くぜ。まつ屋にでもどうだ?」

 

「あっ、伊達さんも行きます?そんじゃあ亜細亜街の故郷にしません?あそこの中華、1回だけ食ったけど絶品でしたよ」

 

「あぁ。谷本の行きつけの……まぁ、あそこは作ってる人間が本場仕込みだからなぁ……良し、そこにすっか」

 

どうやら2人の知り合いの良く行く店に決まった様だ。

俺にもそれで良いかと秋山さんが聞いてきたので、俺はOKと答える。

偶には町の飲食店を巡るってのも良いもんだ。

もし美味いモンがあったら、自分の料理として研究したり技を取り入れたりも出来るからな。

 

「今日はありがとうございました。また成人したら、改めて客として寄らせてもらいます」

 

今回の取材の為に店を貸してくれたママさんにお礼を言いながら頭を下げる。

さすがに未成年でこの店に来る事は出来ねぇからな。成人するまではお預けにしとこう。

そんな俺を見てママさんは微笑みながら手を振ってくれる。

 

「えぇ。今日は色々話しが聞けて楽しかったわ。またお酒が飲める歳になったら是非来てね、鍋島君」

 

「はい。その時は是非」

 

最後に深く頭を下げて、俺は秋山さんと伊達さんと共にセレナを後にする。

だが、セレナを後にした俺の目には驚くべき光景が広がっていた。

裏の階段を下りて道路に出てみれば、あのゴミ共の姿は忽然と消えて影も形も無い。

どうやら秋山さんの言う通り、あいつ等の組のモンが回収した様だが……手慣れたモンだな。

 

「とりあえず亜細亜街に向かおうと思うんですけど、普通にピンク通りの方から行きますか?」

 

この町在住の秋山さんにとっては見慣れたモノの様で、さっきのゴミが居ない事に疑問も抱かず、俺達に声を掛けてきた。

 

「俺はこの町初めてなんで、お2人にお任せしますよ」

 

「あー、それじゃ悪いけど飯に行く前に泰平通りの方に出て、ミレニアムタワー前に寄りたいんだが良いか?」

 

「ん?何かあるんですか?」

 

俺は特にどう行ったら良いとか全然分からないので、秋山さん達に任せるつもりだ。

しかしそれに伊達さんが申し訳無さそうな表情で待ったをかけ、秋山さんは不思議そうに聞き返す。

 

「あぁ。そこで待ち合わせしてる編集の若造に、この取材したレコーダーとメモを届けておきたい。先に会社で目を通してもらわねぇとな」

 

そう言いつつ伊達さんはさっきの取材で使っていたレコーダーを取り出す。

つまり仕事の用事って訳なので、俺も秋山さんも了解したんだが……。

 

「そういえば、秋山さんは仕事大丈夫なんスか?」

 

もう1人の社会人である秋山さんは大丈夫なのか、俺は少し疑問に思ったので聞いてみた。

イメージだけど、代表取締役。つまりは社長って凄く忙しいってイメージあんだけどな。

俺の問いかけを聞いた秋山さんはタバコを取り出しながら「あぁ、それね」とリラックスした笑顔で言葉を返してきた。

しかしその後に言葉は続かず、何故か秋山さんは今俺達が出てきたビルを指差していく。

何だ?と思いつつ、その指が指し示す方向へ視線を上げていくと、『スカイファイナンス』と書かれた窓が――。

 

「って同じビルの中だったんすか!?」

 

「そうそう。俺の店はセレナよりもう1階上に上がった所にあってね。今は秘書の子が店番してくれてるから大丈夫(ピリリリリ)……じゃないかも」

 

驚きの事実にビビッた俺の顔が可笑しかったのか、秋山さんは楽しそうに笑う。

が、それも着信音の鳴り出した携帯の表示を見てヤバイって表情に彩られていった。

な、なんだ?誰かマズイ人からの着信でも入ったのか?

 

「……(pi)はい」

 

何か聞いてるこっちが情けなくなりそうな声音で、秋山さんは電話を取る。

……もしかして今言ってた秘書さんか?

 

「あー、もうそんな時間になっちゃってたの!?いやー、ゴメンゴメン!!ちょっと凄い事があって気付かなかったよ!!」

 

何やら滅茶苦茶言い訳染みた言葉を重ねながら、秋山さんは電話の相手にひたすら低姿勢でいる。

まぁ秘書に働かせて自分は外で優雅に飯食いに行こうとしてんだもんなぁ……色々後ろめたかったり焦ってたりとあるんだろう。

 

「いやそれがさぁ、聞いてよ花ちゃん。実はさっき今話題の超有名人、鍋島元次君と会っちゃってさ……そうそう!!あの世界で2人しかいないっていう男性IS操縦者の!!でさ、その彼から色々と話を聞かせてもらうつもりで飯に誘ったから、まだもう少し帰れないんだ。悪いけどもう少し店番しててくれない?」

 

「おい、何かごく自然にお前さんをダシに使ってるが、良いのか?」

 

「……ま、まぁ、お昼は奢って貰えるらしいですから、ダシに使うぐらい良いんじゃないッスかねぇ?」

 

あんまり良い気はしねーけど、秋山さんも何か必死な感じだし、ここは黙っておこう。

 

「頼むよー花ちゃん。帰りに韓来の特選焼肉弁当買って帰ってあげるから!!3個だよ!!どう!?……え?5個?……了解しましたー」

 

等々買収し始めたぞこの人。

まぁしかしそのお土産が功を奏した様で、秋山さんは笑顔で電話を切って俺達に出発を促してきた。

花ちゃん、ね……名前の感じじゃ女の人っぽいけど……大食いなんだろうな。

とりあえず話は纏まったので、俺達はその故郷という飯屋を目指して一路歩き出した。

駐車場にイントルーダー止めっぱなしだけど、伊達さん達も歩きだから置いて行った方が良いと考え、バイクは置いてきた。

最悪盗まれでもしたら束さんに頼んで捜索してもらい、犯人は血祭りにあげよう。

 

「そういえば、IS学園って君と友達の織斑君以外は皆女子なんだよね?」

 

「えぇ、まぁ用務員の人達に何人か男性が居るらしいッスけど」

 

泰平通りに入る劇場近くの角、松屋と銀だこを横切りながら質問してきた秋山さんに、俺はそう答える。

そんな話しを真耶ちゃんから聞いたけど、まだ会った事は無い。

用務員との接点なんて皆無だしな。

 

「じゃあもうハーレムじゃない?世の中の男達が一回は憧れる環境だと思うんだけど、実際どう?」

 

俺の言葉に、秋山さんはニヤニヤしながら脇を肘で小突いてくる。

期待してる所悪いが、そんなに良いモンでもねぇんだよな。

呆れた様な表情の伊達さんとニヤつく秋山さんが対照的過ぎて、俺は苦笑いした。

 

「実際そんなに良いモンじゃねぇっすよ?周りは女の子だらけだから気ぃ使うし、良い子ばっかりじゃなくて女尊男卑思考の馬鹿女とかもザラに居ますから」

 

「ふーむ……成る程ね。そうなるともしも女の子の機嫌損ねたら針の筵って事もありえるんだ」

 

「はい。しかも千冬さん……一夏のお姉さんにして先生なんですけど、その人からもハニートラップには充分気を付けろと念押しされましたし」

 

「あー、あの有名なブリュンヒルデさんかぁ……え!?でも君達、まだ高校1年でしょ?そんな歳でハニトラを仕掛ける……っていうか出来る女の子居るの?」

 

「うーん。どうなんスかねぇ……今の所、まだハニトラには遭った事ありませんし、難しいトコっすよ」

 

まさかの色仕掛けが俺達の歳で存在する事に、秋山さんは目を引ん剥いて驚きを露にする。

伊達さんも何やら渋い顔をして俺の話しに耳を傾けていた。

実際俺と一夏が出てくるまでは男性のIS操縦者は居なかった訳だし、俺だってそういった罠なんて映画だけの存在かと思ってたからな。

それに、今一緒に勉強してるクラスの仲間を疑う事はしたくねぇからこそ、俺は普段ハニトラの存在の事は忘れる様に心掛けてる。

 

「まぁそれでも、性格の良い可愛い女の子とか居るでしょ?その中で気になる子とか、居るんじゃない?」

 

「え?……ま、まぁ、その……えぇっと……」

 

俺の答えを聞いても納得がいかなかったのか、秋山さんは更に追求して聞いてくるが、俺はその質問にどもってしまう。

気になる女って……そりゃあ、俺だって思春期の男子だからそういう風に考えた女も居ない訳じゃ無い。

あの鈍感野郎の一夏はどうか分からねぇが……俺にはその……まぁ、何人か居る……気になる女ってのが。

っていうかそれが何人も居る時点で人間として駄目過ぎるだろ……俺って気の多い野郎だったのか。

改めて考えると急に気恥ずかしくなってきて、俺は空を見上げたまま鼻を掻いてしまう。

 

「おぉ!?その反応、気になる子が居るんでしょ!?どんな子!?」

 

「おいおい秋山。あんまり若いのを苛めてやるんじゃねぇって」

 

「いやぁ~、でも伊達さんだって気になるでしょ?」

 

「バカ。俺はそこまで下世話じゃねぇっつの」

 

「い、いや!?俺は別に何も……ッ!?」

 

しかし、そんな俺の様子は、俺より年上のお二人にはお見通しだった様だ。

秋山さんは俺の反応を見ると顔を輝かせて肘で脇を小突いてくるではないか。

伊達さんはそんな事はせずに秋山さんの反応を見て呆れた表情を浮かべる。

俺が焦りながら訂正しようとするも、2人は俺のさっきの反応で確信してるのか、まるで取り合ってもらえない。

な、何でこんな事態に!?だ、誰か助けてけすたーー!?

雲ひとつ無い神室町の青空が、今の俺には憎たらしかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「~♪」

 

一方、コチラは元次と一夏が不在のIS学園。

そのとある一室では、先日の襲撃騒ぎで怪我を負い、恋を自覚した夜竹さゆかが雑誌を読んでいた。

しかも、足を怪我してるとは思えないぐらいの上機嫌振りで、鼻歌を歌いながら笑顔で雑誌を読んでいる。

その様子を眺めている親友の相川と谷本は、少し離れた所でヒソヒソと話していた。

 

「ねぇ?さゆかってば、何か凄く機嫌良さそうじゃない?足怪我してるのに(ひそひそ)」

 

「うん。確か、購買であの本を買った時から嬉しそうにしてたと思うけど(ひそひそ)」

 

怪我をしてるというのに、妙に楽しそうな友達の姿に訝しむ2人だが、夜竹はそんな2人の視線に気付くこと無く雑誌を読み耽る。

 

「~♪(あっ、これ良いかも。えっと、冷めてもお弁当に最適な唐揚げ、か……元次君、唐揚げ好きかな?……た、食べてくれると……良いな♪)」

 

雑誌のある1ページで手と視線を止めた夜竹は、何かを考える様に空中に視線を向けた。

かと思えば、直ぐに照れくさそうな笑顔を浮かべて顔を雑誌で覆い隠してしまう。

その横顔、というか頬の辺りはほんのりと朱に染まっていた。

 

「な、何か……すんごく嬉しそうな顔してるね(ひそひそ)」

 

「う~む……怪しい……あの本が凄ーく怪しいのですよ、相川さん(ひそひそ)」

 

「ですねぇ、谷本さん。な~にかあのオーラから……甘酸っぱい青春のスメルがぷんぷんしてきやがりますね~(ひそひそ)」

 

女は、特にこの年代の少女達というのは総じて色恋に敏く、興味を無くさない。

友人の恋路を傍から見たり聞いたりして盛り上がる。

それは相川と谷本も例に漏れず、友達から漂う青春の香りを鋭く把握していた。

何があったのか知りたい。あの上機嫌の源が何なのか激しく知りたい。

その欲求に突き動かされるかの如く、2人は顔を見合わせて頷き、雑誌に夢中になっている夜竹の後ろへと近づく。

抜き足刺し足忍び足、更に雑誌を読む夜竹に影がかからない様に直接、背後から覗くのではなく、死角である左右からゆっくりと覗きこむ。

今の2人のスニーキング技術を見れば、バンダナがトレードマークのスパイでさえ「いいセンスだ」と褒めたであろう。

 

「~~♪」

 

「(何々?)……『男の好きなお弁当のおかず20選。これで気になるあの人の胃袋を掴みましょう』ですってぇ!?」

 

「『貴女以外では満足できない様に、気になるあの人を貴女の料理だけの虜とするのです』だとぉ~!?」

 

「ひゃあああああああああああッ!?ふ、ふふ、2人とも何で後ろに居るのぉおおおッ!?」

 

しかし、人間とは驚愕した時や不測の事態に遭遇した時に大声を上げてしまうものである。

それは相川と谷本にしても例外にあらず、夜竹が見ていた雑誌の意外過ぎるページのタイトルに目を見開いた。

しかもご丁寧に赤ペンでチェックまでつけておかずを何品かピックアップする念入り具合である。

幾ら女尊男卑の時代とはいえ、結婚せずに生きる事と結婚する事では雲泥の差がある。

だが、男性は結婚して最初は良くても、後々女性に扱き使われ、後に離婚しようとすれば一生かけても払い切れない慰謝料を要求されるのを知っている。

だからこの女尊男卑の時代では『結婚しない男が勝ち組』とされているのだ。

しかしそれでは人類は滅び行く一方であり、女性だって誰しも男を道具と思ってる訳では無く、普通の結婚願望はある。

だからこそこういった特集も、女尊男卑の時代では存在し、ニーズはうなぎ登り。

一方で雑誌に夢中になっていた矢竹は友人2人が直ぐ傍で自分の見ている恥ずかしいページのタイトルを読み挙げて、羞恥心から顔を真っ赤に染めてしまう。

慌てて雑誌を開いたまま自分の顔を隠す夜竹だが、彼女達の追撃は止まらない。

 

「さゆか……まさかアンタが兵糧攻めなんてやらしい手段に出るとは……」

 

「やらしい。さすがさゆか、やらしい」

 

「やらしッ!?ち、違うもん!!やらしくなんかないもん!!」

 

余りにも理不尽な言い掛かりに矢竹は椅子から立ち上がって二人に抗議するが、2人はそれを見ても戦慄した表情を隠さない。

何で私この2人と親友なんだろう?とさすがの矢竹も心の隅で考えてしまうほど憎たらしいリアクションだった。

 

「いやー。男女共に攻められたら陥落するしかない胃袋を狙うとは……ピンポイント過ぎでしょ」

 

「でも、単純なだけに効果は雄弁。さゆかったら本気で鍋島君落としにかかってるわねー」

 

固い城壁に(筋肉)に守られた柔らかい王室(胃袋)だけを狙える、女のリーサルウェポン(お弁当)をこうも前面に押し出しての使用とは……」

 

「はうぅ……だ、だって……」

 

傍から聞けばもう散々な言われ様に、夜竹も肩を落としてしまうが、顔の赤色だけは褪せない。

それは羞恥でもあり、そして……恋の熱病でもあった。

彼の事を思うと胸がドキドキする、顔が熱い、傍に居たい……先日の一件以来、それは夜竹の心の中で益々活発に活動していた。

そして、その溢れんばかりの思いが燃料となり、彼女の行動を促進させていく。

親友2人からの責めを受けつつ、夜竹は顔から蒸気を吹きながら両方の人差し指をツンツンさせる。

 

「ま、前に元次君が……私の作った卵焼きの事を……か、家庭的な味だって、褒めてくれたから……もっと、色々食べて欲しくて……よ、喜んでくれたら良いなぁって……あうぅ」

 

「……そ、そうなんだ(お、乙女だ)」

 

「わ、私も聞いてたから良く覚えてるよ(今時ここまで純情な子居る?……あぁ……自分が汚れて見えるわ)」

 

まるで後光が差してるんじゃないかと見紛う程に輝かしい笑顔を浮かべながら、夜竹が自分の想いを語ると、二人は仰け反ってしまった。

それは自分達の親友のピュア具合が予想を遥かに超えてピュア過ぎたからだ。

何この子?ヤダ可愛い。と素直に思え、自分達が女として置いていかれている事を強制的に悟らされてしまう。

この女尊男卑のご時世だからこそ、その驚きは尚更だ。

今時、女よりも男を立てて尽くすという亭主関白が当然と考えている女性等、もはや絶滅危惧種だ。

女の方が偉いから、男子を顎で使える権利がある。

そんな時代に生まれてきたからこそ、その考えは当然だと思って育ってきた。

だというのに、夜竹の純粋に元次に喜んで欲しいという想いを間近で見せられた二人は、自分が汚れている様に感じてしまったのだった。

だからこそ、2人は気まずさから茶化す方へと話しを軌道修正しようと必死になる。

 

「う、うーん。でも、本気で鍋島君と恋人になりたいなら、倒すべき壁はいくつもあるもんねー?」

 

「う゛」

 

「織斑先生に山田先生は確定でしょ?」

 

「寧ろアレで隠せてると思ってる織斑先生に親しみと可愛さを感じたけどさ」

 

もしここに本人が居たら即あの世行きになってしまいそうな台詞である。

話す前に防音具合を再確認した二人は流石と言えるだろう。

 

「後は……やっぱり……」

 

「本音、だよねぇ……本音も間違いなくベタ惚れだなぁ」

 

「部屋も同じだし、殆ど毎晩鍋島君の手料理食べてるみたいだもんね」

 

「はうぅ……織斑先生はモデルみたいに綺麗だし、本音ちゃんは可愛いし……山田先生は……」

 

「ヤマヤンは……アレだね」

 

「うん。もう何ていうか……G級。しかも自分から捕獲されに行きそうな」

 

三人が一様に考えた事は、あの水でも詰まってるのか?と言いたくなるぐらいに大きく実った果実の事である。

しかも真耶は身長が低く童顔な為、余計に一部分の自己主張が激しい。

スタイル的にいうならボボンッ!!キュッ!ボンッ!というコンパクトにしてダイナミック級。

身体の大きさからは想像も出来ない破壊力、まさにC4爆弾級であろう。

ちなみに夜竹は気絶していたので知らないが、二人は真耶が大人のエロさを兼ね備えたスーパーヤマヤンの状態を良く覚えている。

それを敢えて言わないのは2人の優しさからであろう。

 

「はぁ……あの人達に囲まれたら、自信なんか無いよぉ……」

 

と、元次を取り巻くライバルの多さにすっかり気落ちしてしまう夜竹。

しかし敢えて言わせて貰うなら、夜竹さゆかという少女も、容姿の面では先程上がった人物達と比べても遜色無いのだ。

上質な黒羽の様な艶を持つ腰まで伸びたロングヘアーは、日本の古き良き大和撫子の象徴とも言える。

顔もとても整っており、優しそうに垂れた瞳は、見るものに安心感を与える母親の如き暖かさに溢れている。

スタイルの良さはグラビアアイドルと比べても上位に食い込む事間違い無し。

理想的なボンッキュッボンッを体現している。

唯一気にしているバストサイズも、平均を大きく上回る大きさを保持し、恵まれない者達の標的となっている。

クラスには同じ日本和美人として箒が居る為に隠れがちだが、黒髪の美少女である事に変わりは無いのだ。

箒が胴着袴の似合う凛々しい大和撫子なら、夜竹さゆかという少女は着物の似合う儚い大和撫子そのものである。

しかし生来の自信の無さが災いして、彼女は自分を卑下しがちな思考をしてしまっていた。

そんな親友の姿を見てこれはマズイと焦り、2人は頭に思いついた事を考え無しに口にしてしまう。

 

「よ、良し!!こうなったら直球勝負しかないよ!!」

 

「うんうん!!これはもう勝負に出るしかないね!!」

 

「……ふえ!?そ、それってその……こ、こくはッ!?ででで、出来っこないよぉッ!!い、いきなりこ、告白なんてハードル高過ぎるってばッ!!」

 

そして、夜竹は親友2人から示されたプランの事を考えて、首を高速で横に振りながら更に顔を赤く染めてしまう。

――――告白。

それは自分の想いを伝える行為であり、恐らく人が人生で一番緊張する場面といっても過言ではないだろう甘酸っぱいイベント。

今、相手の事を考えるだけで胸の動悸が激しくなってしまう夜竹からすれば、恥ずかしさで死んでしまうのではないかというモノだ。

だからこそ無理だという。それは正しい選択だっただろう。

 

 

 

……しかしこの時、夜竹は失念していた……目の前の親友2人から、そんな『まとも』なアドバイスが出る訳無いという事を。

 

 

 

「なに告白なんて生っちょろい事言ってるの、さゆか!!――お弁当に薬盛って、野獣になった鍋島君に自分を襲わせるんだよッ!!責任取らせちゃえばさゆかが勝者だッ!!」

 

「若しくは自分に手錠を付けて鍋島君の部屋のベットで待ち構えて、『私を食べて下さい♡』とか甘えた声で誘えッ!!踊り食いされろッ!!既成事実さえあればコッチのモンよッ!!」

 

 

 

「――よ――余計に出来る訳無いでしょおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?」

 

 

 

やたらイイ笑顔で告白のハードルをこれでもかとブッチぎった事をのたまう親友2人。

更には「ヤッちまいなよYOU」と言いながら親指を立てる親友2人に、夜竹はあらん限りの声量で吼える。

IS学園は、本日も平常運転であった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「――ん?」

 

「どうした、鍋島?」

 

「何か珍しいモンでもあったかい?」

 

「いや……気のせいか?」

 

さゆかの悲鳴……というか慟哭が聞こえた気がしたんだが……気の所為だな、うん。

あの後、俺は秋山さんのしつこいぐらいの質問の嵐を何とか回避して、今は目的の中華料理屋に向かってる最中だ。

先導する伊達さんに付いて、俺は秋山さんと並んで歩いている。

ミレニアムタワーという神室町のシンボル的なビルの真下で、伊達さんの言う若造さんに荷物を渡すのはもう済んだ。

今は泰平通りから真っ直ぐ歩いて泰平通り東の方へと来ている。

しかしこの直ぐ傍のピンク通りって……ピンクってのはそういう意味だったのか。

 

「鍋島君も入ってみたいだろうけど、それはまた今度の機会って事で」

 

「いやいや。俺があの辺の店入ったら即行でブッ殺されちまいますよ」

 

主に千冬さんとか千冬さんとか千冬さんとか、あと千冬さんとか。

思わずピンク通りの店を覗き見ていると、隣から秋山さんがからかう様にそんな事を言ってきたので、俺は乾いた笑いを見せてしまう。

若しくは低確率で束さんかなぁ……前にエロ本買ったら、笑顔でウサ耳から火炎放射ブッ放してきたし。

初めて悪い事した気分を味わいながら店から出たら、ニコニコ笑う束さんに出迎えられた時はこの世の終わりかと思ったな。

そのキラキラスマイルのままで『汚物と一緒にゲン君も消毒だぁーッ!!ヒャッハーッ!!』ってウサ耳から炎が……アレは怖かった。

そのまま炎を吐くウサ耳を着けた笑顔の束さんに追い掛け回された事件は若干のトラウマです。

 

「……何か色々遭ったみたいだけど、まぁ今日の目的は飯だし、そんなに気を落とさないで」

 

「アハハ。気は落としちゃいませんよ。只……昔っから俺、耐久力あったんだなぁって」

 

思わず遠い目をしてしまうが、秋山さんの同情的な視線を浴びて元に戻す。

悲しい、というか怖い思い出には蓋をして忘れよう。

さて、そんなイベントがありながらも歩を進めていくと、伊達さんは何故か何処かの店の裏口であろう場所に入り込んでしまった。

確かに開け放ってあったし看板も出てるが、入り口はその隣りに大きな入り口がある。

まさか、ここがその故郷って店なのか?

 

「ふふ。『ここが故郷って店なのか?』って顔してるけど、ここじゃないんだよ。ここは亜細亜街に繋がる『入り口』の1つさ」

 

「亜細亜街?神室町とは違うんスか?」

 

「いや。ここもれっきとした神室町の一部だけど、皆そう呼んでる。まぁ兎に角、入ってみたら分かるさ」

 

首を捻る俺に秋山さんはそう言うと、タバコを消して伊達さんの後に続いていく。

俺も置いていかれる訳にはいかないので、秋山さんの後を着いて裏口らしき場所を潜った。

そのまま進んでいくと、何故か何処かの店の厨房の中を横切り、裏口から出る。

更にそこから店同士の裏側がくっついた様な場所に出て、その複雑な通り道の階段を上がる。

おいおい、一体全体ここは何だってんだよ?

ここだけ日本の法律が無くなってるフリーダム地帯か?

 

「これが亜細亜街。不法滞在の中国系外国人達が集まって形成された路地裏の町なんだよ」

 

「そりゃまた……随分とヘビーな場所っすね」

 

不法滞在とか、穏便じゃねぇ町並みだな。

 

「まっ、路地裏を凝縮した場所だから、警察もまさかこんな場所に店構えてる奴が居るなんて思わないだろう?」

 

「そりゃそうッスね……見た感じ、ヤバそうな雰囲気の店だらけじゃねぇっすか」

 

俺達が目指してる料理屋の様な飲食店に始まり、見たことも無いモノを店先に並べてる老人。

更には地面に露店を構えるホームレスやら……他にも――。

 

「オニイサン。一晩ドウ?好ミダカラ安クデ良イネ♪」

 

「私ノマッサージ、本場中国仕込ミ。トッテモ気持チイイヨ♪」

 

明らかにイケナイマッサージをしてそうなお姉さん達とか、な。

俺と秋山さんを見つけたお水系のお姉さん2人は笑顔を浮かべながら俺に擦り寄ってくる。

形だけの笑顔とはいえ、その笑顔には男をその気にさせる何かが含まれてた。

香水の匂いもあって、俺の中の何かが刺激される。

まぁでも、俺はこういう誘いには乗らない。まだ死にたくねぇからな。

 

「遠慮するぜ、お姉さん達。俺まだ未成年だしよ」

 

「アラ、残念♪」

 

「フフ♪モウ少シ大人ニナッタラ来テネ♪」

 

恐らく未来永劫無理かと。その時には既に墓に入れられてるだろうし。

流し目とウインクしながら手を振るお姉さん2人に、俺は苦笑しながら手を振り返す。

そのまま待っていてくれた秋山さんと伊達さんに謝罪してから、俺達は再び故郷を目指して歩く。

 

「まぁあんな感じで、ここの住人達は生計を立ててるんだ。ギリギリ法に触れるか触れないかのラインを維持してるから警察も迂闊に査察出来ねぇ」

 

「それどころか、警察内部でもここにお世話になってる人が居るらしくてね。結構そっちが見逃したり、ここにガサ入れの事タレこんだりするらしいよ?」

 

「なんともはや……完全に見逃す体勢が出来てるッスね」

 

こういう場所が乱立してる事こそ、神室町って町が本当にヤバイ事の証明なんだろうがな。

間違いなく日本の都市の中で一番危険なスポットと言っても過言じゃねぇだろう。

 

「まぁその分、俺達は美味い中華料理が食えるから良いんだけどね。もうすぐそこにあ(ガシャアアンッ!!)ッ!?何だ?」

 

だが、秋山さんがこれから行く店の事を指さした瞬間、その店の窓ガラスが割れて椅子が飛び出してきた。

おいおい、まさか治安までトップクラスの悪さなのかよ?

俺達は歩きから走りにギアを上げて、『故郷』と書かれた看板のある店に駆け込んだ。

そして、店の中を覗いた俺達の目に飛び込んできたのは、2人の赤い服を着たガラの悪い男共が、エプロンを着けた男の襟を占めているという光景だった。

 

「オラァ!!さっさと吐きやがれ!!あの野郎は何処に居るんだよ!?」

 

「うぐうぅ……し、知らない。そんな男の事は知らないぞ!!」

 

「しらばっくれてんじゃねぇよ!!」ブンッ!!

 

「ッ!?父さんッ!!」

 

刹那、口論をしていた赤服の男がエプロンを着けた男に殴りかかった。

側にはもう一人の男に捕まえられてる女の子も居る。

ふむ、とりあえず――。

 

ガシィッ!!

 

「はぁ!?って何だテメ(ギギギギギッ!!)あいでででででッ!?お、折れるぅううううッ!?」

 

「悪モンはテメエ等で確定らしいな」

 

「おいマスター、大丈夫かい?」

 

俺は殴りかかろうとした男の手を止め、そのまま力を込めて男の動きを封殺する。

戒めから開放されたエプロンの男は椅子に倒れこみ、伊達さんがその男の介抱に回った。

 

「ちょ、ちょぉおおおお!?ほ、本気で折れちまうから離してもらえません!?もう暴れませんからお願いしま「うるせぇ」(ドゴッ!!)おう!?ぶくぶくぶく……」

 

「おう。痛そーだ……」

 

とりあえず腕を握って引き寄せた男の股ぐらに金的をぶち込み、意識を奪う。

秋山さんは俺の金的を見て自分の股間を抑えて後ずさる。

まぁ俺も自分でやってなかったらそうしてるな。

もう1人の男は腕に捕まえてる女の子と一緒になって呆けているではないか。

好都合なのでそのまま側により、掛けているサングラスを少しズラして、目に威圧を篭める。

 

「一回しか言わねぇぞ?その子を離せ」ギンッ!!

 

「はい」

 

「あっ……お、お父さん!!」

 

俺の威圧を食らった男は俺の言葉に人形の様に従い、少女をその手から開放した。

解放された女の子は少しポカンとした顔をしたが、ハッと意識を取り戻すと俺に頭を下げて父親の元へと駆けていく。

それを見送ってから、俺を見て汗を流している男に言葉を掛ける。

 

「そこで伸びてる仲間連れて失せろや。さもねえと関節全部逆にすんぞ?」

 

「は、はいぃいい!?す、すいませんしたぁあああ!?」

 

赤い服の男2を脅して、最初に金的を叩き込んだ男を連れて帰らせる。

後はガラスの割れた大窓と、少し荒れた店内、そして泣く少女をあやす父親の図。

まぁ小腹が空いたって程度だから問題ねぇけどよ……さすがに事件起こり過ぎじゃね、神室町?

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

コトッ。

 

「さっきは俺とメイファを助けてくれてありがとうな。これはウチからのサービスだ。遠慮せず食ってくれ」

 

「ぎ、餃子もどうぞ!!お兄ちゃん!!」

 

「あっ、どもっす。ありがとうな、メイファちゃん」

 

「うん!!」

 

さて、何とかあの後落ち着きを取り戻した中華料理店故郷。

俺達はあの子……メイファちゃんが泣き止んだあたりで店の掃除を始めたマスターを手伝い、その御礼って事で無料で飯をご馳走になってる。

チャーハンに餃子、麻婆豆腐から北京ダックに至るまでの豪華振り。

こりゃ堪んねぇなぁオイ。

しかも秋山さんの言った通り――。

 

「ハグッ。ムグムグ……ッ!?この米のパラつき加減に深いコク。其処らの中華料理店とは比べ物にならねぇ……美味え」

 

「ふふっ。ありがとよ」

 

チャーハン一つとっても旨さが尋常じゃねぇ。

これは正に本場の味を知りつつ、何十年も研鑽を重ねる事でしか生まれない味だ。

……そういや、鈴の親父さんのチャーハンもこれと同じぐらい美味かったっけ。

そういう意味では、この味はすげぇ懐かしさがある……故郷とは良く言ったモンだぜ。

 

「うーん……麻婆豆腐も最高だねぇ……やっぱ中華なら故郷だよ、ホント」

 

「あぁ。違いねぇ」

 

「秋山さんも、伊達さんも助けてくれてありがとよ」

 

「いやいや、俺からしたら行きつけの店を守るのは当然だって」

 

「まぁ、俺も復職するからな。問題ねぇよ」

 

俺と一緒に卓を囲む秋山さんと伊達さんも、マスターに問題無いと返しながら飯を食っている。

2人も人を守って当然だという気持ちがあるからな……神室町にも、真っ直ぐな人間が居るのは間違いねぇ。

良くも悪くも、この町は人を魅了する町なんだな。

だからこそ、良い人も悪い人も集まる……冴島さんに会えたら、何時かこの店に誘いてぇや。

 

「ングッ……プハァ……それにしてもマスター。さっきの連中、何なんだ?誰かを探してたみたいだが……」

 

「ん?あぁ……」

 

と、皿の飯が消えてきた頃に、伊達さんが真剣な表情でさっきの連中の事を聞いた。

それに反応したマスターは苦い表情で重い溜息を吐くと、椅子に腰掛けた。

 

「さっきのは、レッドカーニバル(赤い狂乱)とかいうカラーギャングの連中だ」

 

「レッドカーニバル?何か頭の悪さ爆発のネーミングッスね……あぁそっか。レッドだから赤色の服を着てたって訳だ。確かにカラギャンだな」

 

マスターが語った連中の正体と名前に、俺は少し笑ってしまう。

カラーギャングってのはアメリカのストリートギャングを模倣した日本の不良行為少年達の集団のことを言う。

名前の由来はこれらのギャングと同様にチームカラーを身につけることからであり、「カラギャン」と呼ばれることもある。

各々のチームカラーを持ち、その構成員はチームカラーのバンダナや服、お揃いTシャツを着用、グループを誇示している。

爺ちゃんの地元の兵庫県の俺が住んでた町にもカラギャンが闊歩してたが、俺と冴島さんで殲滅したっけ。

ギャング潰して回ってたら、何時の間にか俺の元に集う奴等が出てきて、俺までギャングの頭にされたのには顎が外れるかと思った。

一応町の為になる事をして回る変わったギャング集団になってたから、今も元気にやってんのかなぁ。

 

「聞いた事あるよ。確か最近売り出し中のギャングだね。数は30人ちょっとだっけ?」

 

「あぁ。喧嘩にカツアゲ、強引なナンパなんかをしてる町の愚連隊だ」

 

伊達さんの話を聞く限り、どうやら再起不能にしといた方が世の中の為になる奴等だったみてぇだな。

しかし何でそのカラギャンが、こんな裏路地にある中華料理屋を襲ったんだ?

 

「……実は、1年ちょっと前にこの亜細亜街に流れてきた中国人の男が居てな。そいつが奴等と揉めたんだ」

 

「揉めた?喧嘩でもやらかしたの?」

 

「いや。喧嘩なら連中はあそこまでしつこくないさ」

 

秋山さんの質問に、マスターは目頭を抑えながら否定する。

どうやらかなり根の深い話みてーだな。

 

「その男、最初は日本に住んでたんだが、本国に戻ってカミさんと離婚したらしい。向こうに行く宛も無くてこっちに帰ってきたんだが……やはり、就職が難しかったらしい」

 

聞いてる限りでは典型的な転落人生の初まりみたいだな。

 

「その内貯金も全て尽きて、この神室町に流れ込んできた所を俺が拾った。あのままじゃ野垂れ死んでたからな」

 

「……」

 

「奴は人生をやり直そうと必死にこの亜細亜街で働いていたんだが……ある時、さっきのギャングのリーダーの女が、その男を顎で扱き使おうとしたらしい。路上でな」

 

「……今どき良く見る『女だから偉い』の思考を持った女に絡まれるアレか?」

 

「あぁそうさ。当然、ソイツは拒否したんだが、女は自分の男、つまりカラーギャングの連中を呼ぼうと携帯を取り出した」

 

「まぁ、自分の男がそういう集まりなら、そういう事もするよね」

 

秋山さんと伊達さんがマスターの回想に相槌を打つ中、俺は不機嫌な表情になってしまう。

結局自分の思い通りにならなきゃ男か権力に頼るのかよ……ウザってえ。

本気でこの女尊男卑の世界が嫌いになってくぜ。

 

「ソイツは面倒事が増えると思い女の携帯を奪おうとしたんだが、弾みで女を殴り飛ばしてしまったんだ」

 

「あ~らら。それであのギャング達は報復しようと?」

 

可哀想にと言いたそうな秋山さんの言葉に、マスターは重々しく頷く。

まっ、俺からしたら良い気味だが、それの所為でマスターとメイファちゃんが危ない目に遭ってるのはとばっちりだな。

 

「アイツは俺に事のあらましを説明すると、俺達に迷惑が掛からない様にって言って行方をくらましたんだ……だが、結局この店は突き止められてしまった」

 

「それじゃあ、今こうして呑気にしてちゃマズイんじゃねぇのか?」

 

「いや、さっきのアレで、亜細亜街の入り口は封鎖したよ。俺とメイファも暫くほとぼりが冷めるまでは別の所に隠れておこうと思う」

 

伊達さんの心配に対してマスターは笑顔で答えるが、メイファちゃんはマスターの服を握って俯いてしまう。

怖いんだろうな……胸糞悪いし、あのカラギャン潰してくるか。

30人程度なら腹ごなしの運動にゃちょうど良いだろ。

 

「う~ん……ちなみにマスター。その男の名前は?こうなった以上、本人からも話が聞きたいからさ」

 

秋山さんが興味本位からか、この騒動の元凶となってしまった男の名前を尋ねる。

伊達さんも秋山さんと同じなのか、椅子から立ち上がって聞きの体勢に入った。

 

 

 

 

 

まぁ馴染みの店の危機だし、秋山さん達がそっちに動くなら、俺はカラギャンを潰しに行こ――。

 

 

 

 

 

「……維勳(ウェイシュン)、という男だ」

 

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

マスターの口から語られた名前に、俺は呆けた声を出してマスターを見つめる。

さっきまで何も言わなかった俺が呆けた表情を見せたからか、全員の視線が俺に注がれていく。

でも、俺はその視線に何かを感じる暇が無かった。

 

「ど、どうしたんだ、鍋島?」

 

「……もしかして、そのウェイシェンって男の事、知ってるのかい?」

 

「…………その男の苗字……」

 

訝しむ表情で俺に質問してくる秋山さん達を無視して、俺はおぼつかない足取りでマスターに近づきながら言葉を紡ぐ。

まさか……まさか……。

 

「……その男の苗字……『鳳』、じゃないッスか?」

 

「な、何でお前さんがッ!?」

 

「え!?お兄ちゃん、ウェイシェンのおじさんの事知ってるの!?」

 

「……やっぱりか」

 

俺の口から出た苗字にマスターは心底驚いた表情を浮かべ、メイファちゃんは聞き返してくる。

驚愕する2人に言葉は返さず、俺は店の外に視線を向けて難しい表情を浮かべた。

やっぱ……そうなのか……あの人なのか。

 

 

 

 

 

俺の知ってる中で、中国人であり鳳の苗字を持つ男はただ一人。

 

 

 

 

 

「――見つけたぜ――ウェイの親っさん……嫌な再会になりそうだがな」

 

 

 

 

 

俺の大事な幼馴染み、鳳鈴音の父親――『(ファン)維勳(ウェイシェン)』だけだ。

 

 

 






夜竹さゆかって見た目と性格が葉桜清楚に似てる気がするのは俺だけだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肉体労働=報酬

中々難しいですね……早く話し進めたいのに


 

 

 

 

「――こんなとこですかね、俺とウェイの親っさんとの関係は」

 

マスターから飛び出した衝撃的な名前に驚き、正気を取り戻した俺は大まかに自分と親っさんの関係を話した。

勿論、親っさんが離婚した事も知ってたし、俺の幼馴染み兼IS学園の友達の父親である事も含めて。

 

「そっか……しかし、こんな偶然もあるもんなんだね。人との縁ってのは、何処でどう繋がってるものやら」

 

「あぁ。まさか取材で偶々訪れた神室町で、鍋島の探していた男の所在が分かるとはな」

 

伊達さんと秋山さんは驚いているが、俺自身もかなり驚いてる。

何せ鈴から話を聞いた昨日の今日で目当ての人物の所在の断片が掴めるとは……。

ホントに人生ってのは奇妙なモンだなと思っていた俺の視界に、マスターの悲しそうな表情が飛び込んでくる。

 

「……アイツは、この亜細亜街に来てからも、ずっと娘を心配してた……風邪ひいてないか、飯はちゃんと食ってるかって……でも、落ちぶれた自分の姿を見せたくないって言ってたよ」

 

「……」

 

マスターの言葉に、メイファちゃんも悲しそうな表情を浮かべるが、それに気付いたマスターが優しくメイファちゃんを撫でる。

 

「昔やってた店の時の様に、しっかり自分の生活の基盤を建ててからじゃないと、娘に会っても馬鹿にされちまうってな……そう言って娘には一度も連絡しなかった」

 

「……親っさん」

 

鈴がそんな事で親っさんを馬鹿にしたりする訳ねぇだろ……親父さんの事もお袋さんの事も大好きなあの鈴が。

見当違いも甚だしい事を思ってるウェイの親っさんに対してイラだちが募り、俺は考えるより先に身体が動いた。

この町の何処かに親っさんが居ると知って居ても立ってもいられず、俺は皆に背を向けて故郷の出口へと足を進める。

カラギャン潰し以外にもやらなきゃいけねえ用事が増えたからな。

 

「ちょっと待った、鍋島君」

 

「……何スか、秋山さん?俺ちっと用事が出来たんスけど?」

 

しかし、それは背中越しに掛けられた秋山さんの言葉で止められてしまう。

急いで親っさんを探したい俺は焦る気持ちから少し乱暴に言葉を返してしまうが、秋山さんはそれに苛立った様子も無い。

 

「君もしかして、友達の親父さんを探すつもりかい?居場所について何の情報も無いのに?」

 

秋山さんは俺がやろうとしてる事を知っておきながら確認する様に聞いてくる。

その馬鹿にする様な口調が気に障り、俺は振り向かずに返事を返してしまう。

 

「親っさんがこの町に居てギャングに狙われてるなら、ジッとしてる訳にもいかねぇッスよ。ギャング共をブッ潰してから、神室町の中を虱潰しに探せば――」

 

「それでその人が見つかると思ってるなら、君は神室町を舐め過ぎだ」

 

「……あ?」

 

沸騰した俺の頭に冷水をぶっかける様な言葉に、俺は背中を向けた形から振り返り、秋山さんに視線を戻す。

俺よりもこの危険な町に在住歴の長い秋山さんの一言は、俺の動きを止めて冷静にさせるには充分過ぎる程だった。

落ち着け……闇雲に動いても俺には何も出来ねぇ……落ち着いて考えろ。

振り向いた先で今までに無い真面目な表情で俺を見ている秋山さんに視線を合わせると、秋山さんはゆっくりと口を開く。

 

「この神室町は表面のホテル以外にも、君の年齢では立ち寄れないラブホテルとか廃ビル。屋上のビルを繋ぐ連絡橋の隠れた場所とか、地下のパーキングエリアからマンホール下の下水道にと、隠れる場所は幾らでもある」

 

「……」

 

「この町のホームレス達が使ってる秘密の賭博場や、ヤクザに金を払って隠れられる隠れ家とかもね……只歩いて探すだけじゃあ到底探せっこない」

 

「……じゃあ、どうすれば良いんスか?」

 

秋山さんの言う通り、神室町を俺1人の足で回ったって無理だろう。

ましてやヤクザが絡んでるとなれば、探し出すのはほぼ不可能に近い。

そこに居るヤクザをブチのめしても、その間に仲間とかに移動させられたら見失っちまうだけだ。

束さんに頼むってのも1つの手だが、あの人は俺と一夏、箒に千冬さん以外はどうでも良いと思ってる人だ。

多分親っさんを探してくれと頼んでも、あの人は誰が誰だが判別する事に嫌悪感を抱くだろう。

それに、これはあくまで俺の問題であり俺の我侭だ……束さんの手を借りるワケにいかねぇ。

これは正に八方塞がりか、と思っていた俺だが、秋山さんはふと表情を崩して俺に笑顔を向けてくる。

 

「だから、俺が紹介してあげるよ――情報屋を、ね」

 

「は?……情報屋?そんな奴が居るんスか?」

 

情報屋って……そんな映画みたいな奴等が実在すんのか?

俺の晒すマヌケ面を見た秋山さんは如何にも「その顔が見たかった」見たいな笑顔を浮かべた。

 

「そう。しかも普通の情報屋じゃない。神室町界隈の事なら現在進行形で知らない事は無いとまで言われる、凄腕にして伝説の情報屋さ」

 

「お、おい秋山!?お前まさか、鍋島に『アイツ』を紹介するつもりじゃ……」

 

「そのまさかですよ、伊達さん……その前に鍋島君。1つ確認しておくけど、良い?」

 

「確認……ですか?」

 

秋山さんの言葉に伊達さんが慌てた所を見ると、余程凄い情報屋らしい。

だが秋山さんはその情報屋の事を話す前に、俺にまたもや真剣な表情を見せてくる。

俺がオウム返しに聞き返すと、秋山さんは1つ頷く。

 

「俺の紹介しようとしてる相手は裏社会の人間。当然リスクは付き纏うし、その男は法外な報酬を吹っ掛けてくるだろう」

 

「……」

 

「そんな人間の力を借りてでも、君は友達の親父さんを探すっていう『覚悟』はある?」

 

秋山さんの真剣な問い掛けに、俺は真剣な表情を浮かべて見返す。

危険に対する覚悟?そんなモン、ISと付き合う人生になった時からちゃんとしてる。

冴島さんからも『道を外れてツッパるんやったら、覚悟を決めて夢を追いかけるんやで』って言われたんだ。

今更危険の1つや2つ増えた所で、デンジャラスな人生には変わりねぇ。

 

「……俺の傍で大事なツレが泣いてると、どうにも調子狂うんスよ……俺等は何時も楽しくやっていきたいって思ってんのに、誰か1人が泣きゃそれだけでダメになっちまう」

 

「……」

 

「俺には、ソイツを慰めてやる事は出来ねぇ……それは兄弟の役目だからな……だったら――」

 

質問した秋山さんも含めてその場に居る全員が俺に視線を向ける中、俺は堂々と顔を上げて独白する。

ガキの時から何時も1人で溜め込んで、1人で泣こうとする鈴。

何時も元気ハツラツって表情をしてるアイツが、肩を落として迷子みたいな面で泣きやがる。

それを慰めて、側に居てやるのは兄弟……一夏がやるべき事だ。

俺は不器用な俺なりに俺達仲間の輪を守る事が、俺がするべき役目。

俺には、力づくで物事を動かす事しか出来そうもねぇからな。

自分の中に誓い続けた覚悟を思い返しながら、俺は胸の前で包帯が巻かれた拳を握りこむ。

 

「俺は俺の遣り方で、あいつ等の笑顔を守りたい……その為に危ない奴に会わなきゃいけねぇってんなら、覚悟なんざ『とうの昔』に出来てます……だから秋山さん、俺にその情報屋を紹介して下さい……お願いします」

 

今更ビビるも何もねぇ。俺はガキの頃から戦闘力ならトップクラスの人と過ごしてきたんだ。

千冬さんの本気のお仕置きを受ける事に比べりゃ、この世全ての危険がマシに思えちまう。

頭のおかしい奴?そんなもん本物の『天災』と過ごしてきた俺からしたら酒に酔ってる程度だっつうの。

認識されてる俺からしたら良い人だけど、世間的には間違いなく天災だもんな、束さんて。

……あれ?何か思い出してて悲しくなってきたぞ?

 

「……そっか……ずっと前から覚悟出来てたんなら、余計な質問だったね。いやごめんね?一応聞いておかないと、後で『聞いてません!!』なんて言われても困るからさ」

 

俺の微妙に哀愁誘う回想に気付いていない秋山さんは顔を笑顔で彩って、さっきまでのおちゃらけた雰囲気を纏う。

まぁ確かに危ない事を教える身として最初に言っておきたい事なので、俺は別に問題無いと返す。

そうすると秋山さんは、手を擦り合わせながら俺に声を掛けてくる。

 

 

 

「それじゃあ、行こっか?この神室町の全ての情報が集まる場所――――『賽の河原』に」

 

 

 

……渡し賃に六文銭を用意しておくべきだろうか?

陽気に物騒というか不吉な場所の名前を告げた秋山さんは俺の肩を叩いて出口へと向かって行く。

まぁ、行ってみねぇと何にも始まらねぇし、いっちょ会ってみますか……その情報屋とやらによ。

 

「じゃあ、ごっそさんッス。マスター、メイファちゃん」

 

「あぁ……ウェイシェンの事、頼んだ」

 

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!!」

 

マスターは真剣な表情でウェイの親っさんの事を頼み、メイファちゃんは笑顔で手を振ってくれた。

俺は笑みを浮かべつつメイファちゃんに手を振り返して故郷を伊達さんと秋山さんと一緒に後にする。

と、伊達さんは何時の間にか誰かと電話していた。

 

「あぁ。そういう訳だからよろしく頼むぞ……(pi)これで亜細亜街は一安心だろう」

 

「誰に電話してたんスか?」

 

電話が終わった伊達さんに質問すると、伊達さんはタバコに火を点けながら口を開く。

 

「あぁ。お前さんに最初に説明したろ?亜細亜街を贔屓にしてる警察が居るって。そいつに亜細亜街の護衛を頼んだんだ。まぁ喧嘩もそこそこ強いし、一先ず大丈夫だろう」

 

どうやら伊達さんは伊達さんでマスターとメイファちゃんの為に動いていてくれた様だ。

警察の人間で喧嘩も強いとくれば、カラギャン達が攻めてきても逮捕食らうだろうし、確かに安心だな。

ちょっと気になったんでどんな人かと質問してみると、伊達さんは苦笑を浮かべる。

 

「そうだな……警察内部の人間からは『ダニ』って呼ばれてる奴だ」

 

……俺は本当に伊達さんの人選を信じても良いんだろうか?

果てしなく不安は残るものの時間も無い事なので、俺は秋山さん達に着いて神室町の奥へと足を伸ばす。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……ふへぇ~~……うにゅぅ……」

 

場所は再びIS学園。

親友2人のあんまり過ぎるアドバイスに夜竹が吠えて暫くした頃。

このIS学園の生徒達の中心を司る組織、生徒会の一室で聞くものが力抜けてしまいそうな鳴き(?)声が響く。

普段の楽しそうな笑顔はナリを潜め、彼女の表情は悲しそうなモノに彩られている。

 

「……本音」

 

と、そんな風にダレている彼女に凛々しくも暖かさを持った声が掛かる。

そう、生徒会室で垂れパ○ダの如く垂れている少女は、元次のルームメイトである布仏本音だった。

 

「ふにゃぁ~……ぶぅ……」

 

「……」

 

しかし余程悲しいのか、いや不貞腐れているといった方が正しい本音は呼びかける声に気付いていない。

お気に入りの垂れシリーズの中から引っ張り出してきた熊の大きなぬいぐるみを枕にして、ソファーにぐでんと倒れこんでいる。

一方で無視された彼女の頭の辺りからは小さく「ピキッ」という音が鳴り響き、音も無くスッと拳が天に掲げられ――。

 

ゴツンッ!!

 

「みぎゃっ!?」

 

ソレは勢い良く本音の頭に振り下ろされる結果となった。

ボーっとしていた所にクリティカルで拳骨を落とされた本音は猫が踏まれた様な悲鳴を挙げて頭を抑える。

その姿を見て無視された彼女も溜飲が下がったのか、フゥと一息ついてから再び本音に視線を向けていく。

 

「いったぁ~~い……何するのぉ~お姉ちゃ~~ん」

 

「……ココに来て仕事をしないのはまだ良いわ。もうそれは諦めたし、寧ろしなくても良い。けどね……」

 

「うぅ~~……じゃあ~どうして~?」

 

いきなりの痛みに涙目で抗議する本音だが、拳骨を落とした彼女はその抗議に取り合わず溜息を吐きながら言葉を続ける。

 

「見ているこっちが気落ちする様な声を出さないでちょうだい。仕事出来ないでしょう?」

 

「……だってさ~……ゲンチ~のばか~(ぽす、ぽす)」

 

彼女に怒られた本音は反論しようとするが、途中で何かを思い出したかの如く不機嫌な表情になってしまう。

そのまま抑えきれない気持ちを垂れ熊に向かって拳を突き立てる事で解消しようとする本音。

若干熊の顔に冷や汗らしきものが見えるのは幻覚であろう。

拳を落とした彼女も何気に酷い言い様だが、本音がこういった声を出すのは今が初めてではない。

実は彼女、今日の朝からこの悲しそうな声に悩まされているのだ。

もう一人の生徒会長がこの声に耐えていたならば、彼女もここまでキツめに注意はしなかっただろう。

しかし当の会長はといえば『本音ちゃんの声で集中出来ないからちょっと出てきま~す♪』という書き置きを残してドロンしてる。

朝の段階で既に居なくなっていたので、それだけが理由ではないだろう。

彼女は今日の説教の時間を3倍増しにする事を固く誓った。

 

「ハァ……一体どうしたというの?鍋島君に何かされたの?」

 

彼女は溜息を吐きながらも優しい声音で本音に質問する。

朝から何度もしたやりとりだが、本音は決して理由を語ろうとはしなかった。

だがいい加減、このままでは仕事の効率が下がる一方なので、此処らでちゃんと聞いておこうと思ったのだ。

何より口では厳しく当たっていても大事な妹なのは間違いない。

その妹がもし元次に不埒な事をされて悲しんでいるのなら、彼女は元次を許さないつもりだった。

 

「違うよ~……寧ろ~何もしてくれないのが、ちょぉ~問題なのでありま~す」

 

「じゃあ何があったの?言ってごらん」

 

なるべく優しく問いかけると、本音は熊のぬいぐるみをぎゅ~っと抱きしめながらポツポツと喋り出す。

 

「……私~一ヶ月も一緒の部屋に居たけど~」

 

「うんうん」

 

「ゲンチ~ってば、一回も~私に~……え、えっちぃ~事しないんだよ~」

 

「うんう……は?」

 

最初は頷きながら本音の話を聞いていた彼女だが、本音の口から出た有り得ない言葉に目を丸くしてしまう。

思わず素っ頓狂な言葉も出てしまったが、本音の愚痴……というか、惚気は止まらない。

 

「ちょっと巫山戯て、抱っこして~って言っても~『しょうがねぇなぁ』って笑いながら言って~笑顔で抱っこして終わりなんだもん~。私のときめき返せ~」

 

「い、いやちょ、本音?」

 

「他にも~おっぱい当ててるのに~、いっつも我慢してるし~……でも、自分に都合が悪くなると~『胸が当たってるんだけど……』って、恥ずかしい事言って逃げるし~。ばか~」

 

「だ、だからちょっと待ってくれないかしら本音?何か私では対応できない相談されてるんだけど……」

 

「う~……私は女と見られてないのか~。妹の様に見てたらタダじゃおかないんだぞ~。只の本音じゃないってトコ見せてやるぅ~」

 

姉の静止する声も何のその、本音の独白は止まらずカオスに加速していくばかりであった。

一方で姉の方は考えていた方向と斜め上にカッ飛んでいた相談内容に頭を痛めてしまう。

いつから自分の妹はこんな風な事を考える様になったんだろう?

いやそれとも自分がこの歳までそういうのが無いのがいけないのだろうか?あれ?私妹に負けてる?

何やら彼女も頭の思考回路がスパークしかけの様だ。

 

「ぶ~。ゲンチ~のばか~……おたんこなすぅ~……で、でも……大好きだぁ~ちくしょ~……えへへ♡」

 

何時までも止まらない愚痴かと思えば、本音は何かを思い出して頬を染めると、嬉しそうに笑って熊を抱きしめる。

グリグリと顔を擦り付ける程に嬉しいらしく、仕舞いには熊の口に「ん~♡チュ♡」とキスまでしだした。

それが誰を連想してのイメージトレーニングなのか、改めて口に出す必要は無いであろう。

やがてしこたま「チュッ♡チュッ♡」とキスの雨を降らせた本音は急に立ち上がり、その目に力を宿してムンと気合を入れる。

 

「よぉ~し!!今からリンリンの所に行って、昔のゲンチ~の事を色々と教えてもらうのだぁ~♪お姉ちゃん、バイバ~イ♪」

 

「ブツブツ……い、いや。大丈夫よ私。まだ焦る歳じゃないわ、うん。そもそも私に出逢いが無いのは会長が好き勝手するからその後始末に奔走して……今日の説教は5倍ね」

 

もはや言うだけ言って、本音は熊のぬいぐるみを抱えたまま生徒会室を飛び出していった。

行動不能、というかエラーコードの出ている姉を残して。

先ほどまで浮かべていた悲しみの表情は影も形も無くなり、今あるのは好きな男の事を知りたいという欲求だった。

皆が知る癒やしの体現とも言えるスマイルを浮かべたままに、本音は廊下を進んでいく。

 

「フンフンフフ~ン♪(ゲンチ~の所為で落ち込んでたのに~……ゲンチ~のお陰で、元気になっちゃった……)もぉ~♪ゲンチ~め~♡」

 

怒ってるのか喜んでるのか分かり難い事を考えながらも、本音の顔は綻んでいる。

シャイな所もあって、熱い所もあり、逞しくて……ちょっとエッチな想い人を胸いっぱいに感じていた。

 

「ふふ~ん♪あっ、リンリ~ン。昔のゲンチ~の事教えて~♪」

 

と、ちょうど反対の廊下から少し落ち込み気味の鈴が姿を表し、本音は鈴に声を掛ける。

声を掛けたアダ名が少し酷すぎるが。

 

「だ~れがワシントン条約に引っ掛かるナマモノだコラーーーーーーッ!!?」

 

「え~?パンダ可愛いでしょ~?(キラキラ)」

 

「ぐぬぬ……ッ!?善意で言ってるから怒れないのが悔しい……ッ!!」

 

本音の付けたアダ名がクリティカルで昔鈴が苛められた際の名前だった為、鈴はがーっと吠えてしまう。

只、本音が悪気があって言った訳では無いというのが判ると、鈴は歯を食い縛りながら拳を納める。

昔から怒りやすいと言われていた鈴だが、悪気無しに言われたのなら仕方ないと割り切る常識はあるのだ。

無論、拳を納めた理由はそれだけでは無く、主に自分の生命維持の為である。

 

「ハァ……もう良いわよ(この子に手を出したらゲンにミンチにされちゃうしね……悪い子じゃないから怒るのも馬鹿らしいし)」

 

鈴は溜息を吐きながら今日の朝に起きた出来事を思い出していた。

本音にちょっかいを掛けた馬鹿な女が、元次の怒りを買ってどういう目に遭わされていたかを。

何の事は無い、朝方にイントルーダーに乗り込もうとしていた元次に本音がぐずっていたのが事の発端だ。

本音としては取材を終えたら元次がIS学園に帰ってくると思っていたが為に、日曜の夜まで戻らないと言われて落ち込んでいたのだ。

出発前まで落ち込んでいた本音を慰めていた元次や箒達だったが、そこに上級生が割り込んできたのだ。

これまた鈴は知らない事だが、その上級生は一夏が代表就任するパーティーの日の昼に元次に絡んだ上級生だった。

その生徒は元次に視線だけで追い返された事を屈辱に思い、ちょうど元次が慰めていて、元次に親しいであろう本音に目を付けたのだ。

他の外出する生徒達で賑わう玄関。

しかも元次がイントルーダーに跨っていた為に余計に目立っていたので、衆人環視の中で元次の親しい人間を貶めようと考えたのだ。

 

 

 

――それが、どれだけ愚かしい事かも知らずに。

 

 

 

本音のダボダボの制服姿を見てだらしないだとか、生まれが貧相だとこうも馬鹿みたいな人間になるのかと、その上級生は本音に言った。

勿論いきなり知らない上級生にそこまで言われた本音は当初混乱したが、暴言の意味を理解すると目尻に大粒の涙を溜めてしまう。

そんな暴挙を見て、箒や鈴、セシリアは憤慨して上級生に楯突いた。

他にも谷本や相川、そして夜竹も目尻を吊り上げて怒りを露わにし、上級生をはたこうとしたのだ。

 

 

 

だが、それらは全て――。

 

 

 

『――腸ブチ撒けてぇのか?』

 

 

 

怒れる元次のたった一言で封殺された。

 

 

 

いや、正にその場に居る全てが元次の声に支配されたと言っても過言ではない。

誰もが恐怖で震える中、その恐怖の発信源である元次に直視されていた上級生はというと……。

腰を抜かして失禁していたのである。

誰もが見ている衆人環視の中で、高校2年生にもなっての失禁。

間違いなく社会的に終わった生徒だが、元次はそれを態々声に出して全体にアピールする。

 

『人を馬鹿にするしか脳がねぇ頭の緩いクソは、股の締り具合すら緩いらしいな?テメエの言う『たかが男』に睨まれただけでションベン垂らしやがって……臭えんだよ、ションベン女』

 

もはやコレ以上語る事は無いとばかりに、元次は本音を慰めてから失禁した生徒には目もくれずに学園から外出した。

更に悪い、というか自業自得は続く物で、彼女が馬鹿にした本音の姉は生徒会副会長。

更に姉妹揃って生徒会長の大事な友達であることを、彼女は知らなかったのだ。

彼女よりも立場が上の人間に喧嘩を吹っ掛けた事になる。

ちなみに、この1周間後にこの女子生徒はIS学園から自主退学するのだが、誰も気に止めなかった。

と、そういった事件が朝にあったので鈴は本音には極力喧嘩を吹っ掛けない様に気を使っている。

無論、鈴自身が人に無闇矢鱈と喧嘩を売ったりする人間では無いので然程問題では無いのだが。

気を使うとは言っても本音が理不尽な事をしたら怒るつもりだし、何よりその時は元次が本音を叱ると鈴には判っていた。

 

「(アイツは友達の為に怒っても、理不尽な事にはちゃんと向き合う奴だもんね)……で?ゲンの事が知りたいんだっけ?」

 

「うん~♪ゲンチ~が昔、どんな事をしてたのかが~私は知りたいのだ~。教えてよ~リンリ~ン♪」

 

「ち、直球ね……おっけ。そういう事なら教えてあげるわ。食堂で良い?」

 

「いいとも~♪」

 

「はいはい。全くもう……っていうかそのデッカイ熊、持ってくの?邪魔にならないワケ?」

 

何処までもマイペースな本音に鈴は苦笑いしてしまうがその後、本音が抱えてる熊の大きなぬいぐるみの事が気になって声を掛ける。

すると、本音はにへら~と笑いながら熊をギュ~っと抱きしめた。

 

「連れて行くよ~♪今日はこの『ゲンゴロ~』が、ゲンチ~の代わりに一緒なのさ~♪ん~♡ゲンゴロ~♡だぁ~いすきだぞ~♡」

 

「ゲンゴ……ぷっ!!ぷっははは!?な、何それ!?ゲンの奴滅茶苦茶可愛くなっちゃってんじゃないのよ!!アッハハハ!!あ、あのガチムチマッチョがこんなゆるキャラって……ぷっ!?ぶはははは!?お、お腹痛~い!!」

 

もし本人が居れば(以下略。

結局そのまま、2人は楽しそうに笑いながら食堂へと向かって行くのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

キュピーンッ!!!

 

「……何だろう?学園に帰ったら鈴をシメなきゃいけねぇ様な……」

 

「急に怖い事言い出すなよ」

 

「いや、いきなりどうしたの?」

 

「どうしたって言われても……何かそういう義務感っていうか……何かに突き動かされるというか……」

 

「衝動的に殺人なんかするんじゃねぇぞ」

 

「いや、しませんけどね」

 

するとしたら八つ裂きぐらいまでだろう、多分。

さて、時間は進んで俺達3人は神室町の中を歩き続けていた。

泰平通りから劇場前通りを抜けて、現在は七福通り西にまで足を運んでいる。

普通に歩いていればもう少し早く目的の場所へ着いていたらしいのだが……。

 

「そこのお兄さ~ん。財布置いて消えなよ。サ・イ・フ・♪」

 

「ハァ……これで何回目なんスかねぇ」

 

「大小合わせて、軽く6回目ってトコじゃないかな?」

 

普通に歩いている筈の俺達の前に、気取ったチャラい男達が立ちはだかり、俺は溜息を吐く。

見た感じだとこれは……ホストだな。

そう、秋山さんの言う通り、実はこうやって歩いていて絡まれるのは通算6回はいっている。

さっさと秋山さんの言う情報屋に会いたい俺としては、こうも足を止めさせられるとイライラしてくる訳で……。

 

「何をゴチャゴチャと言って(ドゴォオオッ!!)ばぐゅッ!?」

 

「ト、トシオーーーッ!?」

 

調子こいて向かってくるホストを無言で壁に向かって蹴り飛ばし……。

 

バゴォオオオッ!!!

 

「……(ピクピク)」

 

追撃に壁と俺の足でサンドして、何人もの女達に甘い顔をしてきたであろうイケメンな面を血だらけにしても仕方ねぇのさ。

果敢に向かった仲間が見るも無残な姿に早変わりした事で、浮き足立っているホスト連中を、俺はグラサンを外して素顔で威圧する。

 

「次にこうなりてぇ奴ぁ……前に出ろや?」

 

「ひぃいいい!?か、かか、勘弁して下さいぃいいいいい!!?」

 

リーダー格とも言える男を速効でブチのめせば、他の雑魚は一目散に逃げていった。

それを確認してからオプティマスを掛け直し、俺達は再び歩み始める。

こんな事がさっきから6回も続いてるんだ、イライラしても仕方ないだろ?

幾ら何でも相手見ずに喧嘩売ってくる馬鹿が多すぎるぜ。

頭数さえ揃えりゃ何でもかんでも勝てるなんて思ってるんじゃねぇってんだよ。

 

「やれやれ。随分と絡まれたけど……着いたよ。ここが賽の河原の入り口さ」

 

と、秋山さんが指さしながら声を掛けてきたのでその方向へ視線を向けると……。

 

「ん?……秋山さん、ここって『公園』ですよね?」

 

ソコには、何の変哲も無い児童公園があるだけだったのだ。

こんな普通の場所にその賽の河原とかいう場所へ繋がる入り口が有るなんてとても思えない。

だが、俺の質問を聞いた秋山さんは「そうだよ」と言って児童公園へと足を踏み入れる。

伊達さんも何も言わずに公園へと入っていくので、俺もソレに続く。

2人に着いていくと、秋山さん達は水飲み場の直ぐ側にある『マンホール』の前で立ち止まった。

え?まさかとは思うけど……。

 

「さて、鍋島君。悪いんだけどこのマンホールを外してくれないかな?君の力なら簡単でしょ?」

 

「は?……ま、まぁ簡単ッスけど……もしかして、ここが?」

 

信じられないといった様子でマンホールを指さす俺に、2人は頷いて肯定を返す。

 

「あぁ。信じられないだろうけど、ここが賽の河原の入り口なんだ。昔は別の場所にもあったんだが、工事の影響で封鎖されてな。今はここが唯一の出入口になってる」

 

「んな馬鹿な……」

 

伊達さんはマジメな表情でそう言ってくるが、俺にはとても信じられない。

こんな下水道の地下にそんな凄い情報屋が居るだなんて……いや、警察の目を潜るなら寧ろうってつけなのか?

しかしここで考えても仕方ねぇし……ここは伊達さん達を信じるしかない、か。

俺は無理やり自分を納得させ、マンホールの蓋を外す。

コレぐらいなら別に問題なく外せるしな。

とりあえずこの先は極秘って事なので、オプティマスのセンサーを全てOFFにして機能を停止させる。

パスワードも入力したし、これで俺以外の奴等には感知される事は無いだろう。

 

「おっし。そんじゃあサッサと入ろうか?幾ら神室町がこういった事に慣れっこの町でも、良い歳してマンホールに入るの見られるのは気分良く無いしね」

 

「同感だぜ。よっこらせっと……」

 

秋山さんの言う事も尤もなので、俺達は直ぐ様下水道の中へ入っていく。

最後に俺が入ってマンホールを閉じ、入り口を封鎖すれば終わりだ。

ハシゴを下って下に降り切ると、用水路脇の人が通る様に作られた足場へと降り立つ。

さすがこの大きな神室町の用水路だけあって、大きさもかなりのモンだ。

いや、他の用水路見た事無いんだけどな?

そして俺が降りてきたのを合図に、秋山さん達が歩を進めるが――。

 

「オ待チシテマシタ。秋山サン、伊達サン……鍋島サン」

 

俺達の行く手には多数のホームレスと黒人の大男が立っていて、俺達の名前を呼んでくるではないか。

秋山さんと伊達さんは判るが、俺の名前まで……いや、それ以前に『待っていた』だ?

おかしいなと首を捻る俺の目の前に、黒人の大男が近寄ってくる……デケエな、2Mは超えてるぞ。

 

「ボスカラ、言伝ヲ預カッテマス。『この街に来てからの行動は、全て見ていた。これで俺の存在を信じて貰えたかな?鍋島元次』トノ事デス」

 

……全て見ていた、か……つまり。

 

「ハナっから俺の身元は割れてたって事か……覗き趣味かよ」

 

「それが情報屋の本質って奴さ」

 

「相変わらずだな。花屋の奴」

 

俺の憤慨した台詞に秋山さんが宥める様な言葉を掛け、伊達さんは呆れた様に口を開く。

って花屋?何だそれ?地下のお花屋さんか?

心に思った疑問がそのまま顔に出ていたのか、歩き出した黒人に着いて動いた伊達さんが俺に視線を向けてくる。

 

「お前さんがこれから会う情報屋の事だ。通称『サイの花屋』。昔から情報を渡す時に、花束に情報のカードを入れて渡していた事からそのアダ名が付いたんだと」

 

「そりゃまた……ファンシーっつうか、的を射たアダ名っつうか……」

 

花束に愛ならぬ情報を篭めてってヤツか……まさしく映画の世界だな。

そう思いながら前を歩く黒人の大男の後ろに着いていくと、上に上がるハシゴが見えてきた。

只、さっき降りてきたハシゴの半分ぐらいしかないので、地上に出るって訳じゃなさそうだな。

ハシゴを見ていた俺に向かって、前の大男が振り返ってくる。

 

「ボスハ、コノ上ノイチバン奥デ、オ待チデス……ドウゾ」

 

そう言うと大男はホームレス達を引き連れて元来た道を引き返して行く。

どうやら本当に案内だけだったらしい。

でも、あの大男が来たのは……多分、俺への威圧だろう。

俺が勝手に暴れりゃ、あれぐらいの戦力が来るぞっていう警告……上等じゃねぇか。

 

「さて、これから上に上がるけど……多分ビックリすると思うよ?」

 

「へっ。初めてあそこを見る奴でビビらねぇ奴は相当なのんびり屋か、冷静に輪を掛けて冷静な奴ぐらいだろう」

 

「ここまで来て更にビックリ、ねぇ……まぁ、ビビらねぇ様に努力しますよ」

 

まるで悪戯を考える子供の様にニヤニヤと俺を見てくる2人に俺はそう返して、俺は先に上がっていく二人を見つめる。

へっ、今日は散々この神室町の事で驚いてきたが、もうここまでくりゃビックリする事の方が無理ってなモンだぜ。

もうこれ以上驚く事はねぇだろうと思いつつ、俺は2人が上がりきったのを確認して自分もハシゴを上がる。

 

 

 

 

 

そして、程なくしてさっきまでとは違う光が視界いっぱいに広がり――。

 

 

 

「――――な」

 

 

 

絶句した。

 

 

 

いや、確かにさっきまでは何があっても驚かないだろうとか思ってたけどさぁ――これは無いって。

 

 

 

何で、下水道から上がった神室町の地下に――。

 

 

 

『ふふ。おいでやす……』

 

『ふ、ふひひ。このエロ女め!!今日は1日、お前の時間は俺のモノだ!!たっぷり可愛がってやるぞ!!』

 

『あぁん、旦那様ぁ♡どうかお傍に……わてを好きにして欲しいでありんす』

 

 

 

こんな『遊郭』みたいな町並みが広がってんだよッ!!?

 

 

 

 

 

俺達がマンホールから這い上がった先の光景は、『現代じゃない』。

全てが木作りの古風な……いや、まるで江戸の町並みがそっくりそのまま残っているかの様な風景。

床は端から端まで赤い高級な布地の絨毯が敷かれ、それぞれの江戸屋敷の中には妖艶な着物を纏った女達が居る。

其々が柵にいやらしいポーズで寄り掛かったり、柵から手を伸ばして艶やかな笑みで男達を魅了し、誘う。

男達は鼻をだらしなく伸ばして女達に目を向け、どの女が良いかと物色しているではないか。

屋敷と俺達が立つ橋の間には水が流れ、色取り取りの光る造花が浮かび、スポットライトが世界を彩る。

正に目が皿になるというのはこの事かよ……ありえねぇだろ、こんな場所。

 

「ほーら。やっぱり驚いてる」

 

「まぁ、それが当たり前の反応だろうよ。こんな場所、人生でお目に掛かる事はそうねぇさ」

 

「……一体、ここは何なんスか?」

 

呆然とした俺の反応を満足そうに見てる秋山さんと伊達さんに、俺が絞り出せた言葉はそれだけだった。

それも普通の反応だとおもってくれたのか、伊達さんは辺りを見渡しながら口を開く。

 

「ここは賽の河原の繁華街ってヤツでな。古い封鎖された鉄道跡地に建てられた場所だ。あそこを見てみな?」

 

そう言われて伊達さんの視線を辿っていくと、本当に向こうの端の部分が鉄道のホームの名残として残っていた。

慌てて上を見上げてみれば、其処には空は無くコンクリートの壁が出来ている。

 

「最初に言ったと思うが、向こうのホーム跡地の上には昔出入り出来たんだが、今は工事で埋め立てられて出入りが出来ない。だから警察もここの事は知らねぇのさ」

 

「で、でもッスよ?そのホームの出入り口が残ってた時があったワケでしょ?何でその時に警察は捜査しなかったんスか?」

 

普通ならそんな場所、ホームレスの溜まり場になるからって警察が捜査してから封鎖すると思うんだが。

そんな昔からその場所がそのまま放置ってのがそもそもおかしいだろう。

しかし俺の疑問も想定内なのか、伊達さんは淀み無く会話を続ける。

 

「お前さんは知らないだろうが、昔あの先の入り口があった場所には公園があってな。その公園は敷地が丸々ホームレスの溜まり場になってたんだ。そこが警察も介入出来ない無法地帯だったからこそ、今もこの地下街は知られずに残ってる」

 

「そんな事が……」

 

「それだけじゃないよ?ほらっ、今あそこで女の子を囲ってる男を見てみなよ?」

 

と、伊達さんが教えてくれた真実に呆然としていた俺に、秋山さんが会話に参入しながらある男を指差す。

一体何だろうかと思いながら秋山さんの指差す方向を見ると、そこには年配の男が若い女の人を数人はべらせていた。

しかも酒に酔ってるのか顔が真っ赤で、胸元と肩が大きく開かれた着物の女の子の服の中に手を入れてまさぐっている。

入れられてる女は顔を赤くして恥ずかしそうにしてるが、寧ろその手を抱き抱えて離さない様に固定してた。

 

「あの人、どっかで見た事無いかな?」

 

「え?どっかでって……」

 

そう言われてみると、確かに何処かで見た事がある様な顔だった。

着ているスーツは恐らくブランド物で、札束を豪快に女の子達に手渡してる。

あぁーっと……あれ?ホントにどっかで見た様な……。

 

「……あっ!?あ、あれって、新政党『愛和党』党首の福見ってオッサンじゃ……ッ!?」

 

確かちょっと前からニュースか何かに出てたオッサンで、『愛と和睦を信条に』とか真面目な顔して言ってたオッサンだ!!

テレビでも真面目な生活から最愛と豪語する妻とのラブラブな生活模様が放送されてた筈の……嘘っぱちだったのかよ。

 

「そう。ここは各界のVIPも御用達の場所だから、例え警察が気付いても揉み消されちゃうだろうね」

 

「うわー……それにしたって羽目外し過ぎじゃねぇッスか?」

 

「良いんじゃない?ここは外と違ってパパラッチも入れないし、安心したらあんなもんだよ。政治家だって人間なんだから」

 

「まぁ、中には田宮みたいに芯の通ったカタブツな政治家も居るがな」

 

秋山さんが肩を竦めながら言った言葉に反論する様に、伊達さんが別の政治家の名前を出す。

田宮と言えば、あの声の渋い防衛大臣さんだったか?

確か何年か前に沖縄の基地拡大を提唱して一躍話題に上がってたが、結局ポシャったらしいけど。

しっかし、こんな場所まであるとは……甘く見てたぜ神室町、そして賽の河原。

 

「あら♪随分若いお兄さんが居るじゃない♪」

 

「うわー♪結構好みのタイプかも♪お兄さん、私達とイイ事しない♡?」

 

「へ?」

 

と、神室町の深いアングラ加減に慄いていた俺の耳元に何とも弾んだ声が聞こえてきた。

何事かと思い振り返ると、そこには何ともエロティックな女性が2人居るではないか。

何とも楽しそうな笑みを浮かべながら近づいてくるブロンドのお姉様と茶髪のセミロングのお姉さん。

2人の衣装は揃って着物……ではなく、超ミニスカで袖も一切無い改造着物……何故にッ!?

 

「えへへ♡何時も元気の無いオジサマばっかりだったから、お兄さんみたいなカッコ良くて逞しそうな人とシタいなーってずっと思ってたの♡私とどうかな?」

 

「あらあら♪近くで見ると凄い身体してるわねぇ♡……見てるだけで蕩けちゃいそう♡」

 

「……は!?え、ちょっ!?俺ぇ!?」

 

一体誰に向かって言ってんだろうなー?とのんびり構えていた俺だが、そうもいかないらしい。

何とこのきょぬーさん達の誘ってる相手は俺の様で、2人は笑顔を浮かべながら俺の腕に抱き付いてきた。

改造着物という薄い布の面積の下で激しく自己主張をしている膨らみが、俺の腕を刺激してくる。

ヤバイ!?マジで強烈過ぎる!?お願いだからこんなトコでおっきしないでマイサンよぉおおおおおッ!?

 

「うわぁ♡……凄い筋肉……私、マッチョな男の人って大好きなんだー♡きっとアッチの方も……凄いって言われない?」

 

アッチってどっちですか!?あの世!?

 

「い、いやあの!?お気持ちは有難いんッスけど、お、俺こういうの全く経験した事無いんで……ッ!?」

 

「「嘘!?君チェリーなの!?」」

 

チェリーとか言うなぁああああッ!?

どうやら俺はお二方に経験豊富と思われていた様で、自分がまだだと言うと心底驚かれた。

っていうか目を見開いて驚く様な事か!?悪いかよチェリーで!?

あ、亜細亜街のお姉さん達でもここまで積極的じゃ無かったのに、どんだけ積極的なんスか!?

 

「うわ、ヤバ……マジで欲しくなってきちゃったじゃない……先輩、ここは譲って下さいよぉう」

 

「駄目よ。こんな美味しい機会なんて滅多に無いんだから、私が隅々まで女の良さを教えて上げないと」

 

ひぃぃいいい!?何か舌舐めずりしてらっしゃるぅうう!?

食われるの!?食われちゃうの俺!?

っていうか伊達さん達は何で助けてくれないんだよ!?

何やら俺を挟んで言い合ってる着物美人さん2人を放置して振り返れば、何故か2人は楽しそうな笑みを浮かべてるじゃないか。

 

「いやはや、モテモテだね鍋島君?おじさん羨ましいな」

 

「あぁ。これも良い機会だし、社会見学の一環で気持ち良くしてもらってきたらどうだ?」

 

人事だと思って楽しんでやがる!?

 

「ねぇ、お兄さぁん♡私ぃ……ちょっと本気になっちゃいそう♡……ねぇ、お金なんて要らないから私を選んでぇ♡」

 

「私もお金なんて要らないわ。いえ寧ろ払ってあげちゃいたいぐらい♡……私と一生忘れられない夜を過ごしましょう♡……お兄さんだけのサービスもして、ア・ゲ・ル・♡」

 

「が、ぐ……ッ!?……お、お気持ちはありがたいんですが……(スッ)」

 

「「あっ……」」

 

俺のシャツの隙間から手を差し入れてのの字を書きながらしなだれてくるお姉さん達を、俺は優しく引き剥がす。

それと同時に、男をその気にさせる魅惑の甘い香りも離れていった。

い、今はお姉さん達の誘惑に乗ってる場合じゃねぇもんな……何で美女の誘い振り切ってオッサン探さなきゃいけねんだ畜生。

俺は身を切る思いで彼女達を引き剥がし、残念そうな目で見てくる彼女達に笑顔を向ける。

 

「俺がここに来たのは、大事なモンの為なんで……お姉さん達が決して嫌って訳じゃねぇんですが……し、失礼します!!」

 

「あっ、ちょっと鍋島君!?」

 

「くくっ。まぁ16のガキなんだし、あの反応が普通だろうな」

 

俺は言うだけ言って2人に背を向けると、この歓楽街で一番大きな屋敷を目指して走った。

恥ずかし過ぎてもうアレ以上あそこには居れないっての。

大男が言ってた一番奥ってのは恐らくここの筈だ。

まるで京の都にありそうな立派な架け橋を渡り、俺は屋敷の扉を開け放つ。

伊達さん達置いてきちまったけど直ぐに来るだろ。

 

 

 

 

 

『――じゃあ、俺とならどうかな。美人さん方?』

 

『え~?オジサン、軽そうなんだもん……ああいう純情っぽい人の方が良いな~』

 

『私も、ああいう可愛い人の方が好みなの♪ごめんなさいね♪』

 

『……そうです、か』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ガチャッ。

 

屋敷の奥へと進み、俺は一番大きな扉を開け放った。

その先に広がる光景は、これまた随分と金の掛かってそうな造りをしてる。

大理石の床に神殿にありそうな太い石柱。

石柱と大理石の床の間を通る水にブルーのライトが、水面を怪しく光らせている。

そしてフロアの壁を大きく刳り貫かれた巨大過ぎる水槽。

どうやらここが大男の言ってたボスの部屋らしいな……石柱の影に『1人分』の気配もある。

 

「……人を覗いておいて、自分は姿隠して石柱の影からコッチを窺うのが流儀なんスか?……サイの花屋さんよ?」

 

「……フッ。バレちまったか」

 

俺の言葉を聞いてフッと笑った男はゆったりとした足取りで石柱の影から現れ、水槽の前に備えられたデスクに腰掛ける。

標準よりも小柄な身長に、撫で付けてオールバックに整えられた髪。

口髭を蓄えた顔付きは、だいたい4~50代ってトコだ。

赤色のゆったりしたズボンを履き、素肌に前を開いた龍の刺繍入りのガウン。

首元と腕には金のアクセ、手に持った高級葉巻……間違いねぇ様だな。

 

「お前さんの言う通り、俺がサイの花屋だ。よろしくな、世界で2人しかいない男性IS操縦者さんよ?」

 

男……サイの花屋さんはそう言って葉巻をプカプカと吹かす。

名前で呼ばねえのは皮肉のつもりかよ。

 

「……鍋島元次だ。花屋さんに調べて貰いたい事があって来た」

 

どうせ覗き見してて知ってるだろうが、形式上の前口上を口にする。

下手にこの人の機嫌損ねたら面倒だからな。

 

「あぁ……鳳維勳の居場所が知りてぇんだろ?」

 

「そうッス……ウェイの親っさんが今何処に居るか……探してもらえるんスか?」

 

「フン。既に部下達に捜索はさせてる。後はそっちからの報酬待ちってトコだ」

 

「……幾ら掛かるんで?」

 

既に向こうの仕事は始まってるというのなら、俺は報酬を何とか成立させなきゃいけねぇ。

だがこの男は知ってる筈だ、俺がどういう経緯でこの町に来たのかを。

なら花屋さんは、その事を踏まえた上で、俺に幾らの報酬を出させようってのか。

花屋さんは勿体ぶる様に両手をデスクに付きながら、俺にジッと目を合わせてくる。

 

 

 

 

 

「――300万だ。ビタ一文まけねぇぜ」

 

 

 

 

 

……さんびゃく?

 

「……それは、俺がそんな大金を持ってねぇと知った上で言ってるんスよね?」

 

「そうだ。お前さんが300万を作ってくるまで、俺は何一つ情報を教えるつもりはねぇ……更に言うなら、秋山から金を借りるってのも無しだ。それじゃあ他の必死に金作ってきた客にフェアじゃねぇからな」

 

まるで先回りするかの様に、花屋さんは俺の金策出来る範囲を狭めていく。

その上で今日中に300万を作るなんて事、到底無理だ。

つまりそれは、俺には話す事は無いという拒絶か、それとも――。

 

「まぁたかが16の小僧に大人げない大金を要求した上で、自分の友の為にという仁義で動いてるお前さんを追い返したんじゃあ、情報屋としても大人としても俺の面子が立たねぇ――そこで、お前にチャンスをやろう」

 

「……チャンス?」

 

「そうだ……お前さんにはある『仕事』をしてもらう……見てきたお前さんなら大丈夫だろうと思うからな……着いてきな」

 

花屋さんはそう言って席を立ち、俺の入ってきた入り口へと向かう。

……どうやら、俺はこの仕事をする以外に自分の立てた誓いを通す事は出来ねえらしい。

なら……覚悟してきたんだし、いっちょやってやりますか。

改めて自分の中で覚悟を決めた俺は、花屋さんに着いて屋敷の外へと戻る。

すると、入り口の前には秋山さんと伊達さんが待っていた。

 

「よう、久しぶりだな」

 

「ご無沙汰してますね、花屋さん」

 

「ったく。アンタ等また妙な客連れてきやがって……」

 

久しぶりと挨拶をした秋山さん達に、花屋さんは面倒くさそうに言葉を返す。

だが、花屋さんの言葉を聞いた秋山さんは意外そうな顔を浮かべる。

 

「あれ?でも、知りたがり屋の花屋さんなら、絶対気に入ると思ってたんですがね」

 

「……まぁ、俺もこの坊やがどんな『喧嘩』を見せてくれるか、楽しみではあるがな」

 

「お前、こんな若いのにまで『桐生』達と同じ事させんのかよ……」

 

「前も言っただろう?俺はフェアじゃねぇ事は嫌いなんだと」

 

楽しそう、というか旧知の仲の様に3人は話を進めるが、俺は花屋さんの言った言葉が引っ掛かった。

喧嘩……?俺は誰かと戦わせられんのか?

まだ説明されていない仕事内容に若干の不安が現れるも、それをグッと飲み込んで3人に着いて行く。

すると、さっきの繁華街まで戻ってきた時に、花屋さんはある大きな扉の前に立った。

花屋さんが来たのを見た門の脇に立っている門番は一礼すると、大きな門を開く。

更にそのまま花屋さんが進んでいくので着いて行くと、これまた厳つい石造りの廊下へと辿り着く。

更に脇にはモニターの吊るされた受付の様な場所まで完備されてた。

おいおい、何か物々しい場所に連れて来られたモンだな。

 

「さて、お前さんに頼む仕事の説明に入るとするか……ここは地下闘技場だ」

 

「闘技場……そんなモンまで完備してるんスか?」

 

「あぁ。ここは娯楽の固まりみてぇな場所だからな。飲食に違法風俗、賭博にと何でも揃ってる。その中で一番人気なのがこの闘技場バトルだ」

 

花屋さんの視線がモニターに移ったので同じ様に見てみると、ちょうど戦いの中継がされていた。

12角計のリングの上で、男達が激しく拳を交わしつつ、何と金的を行ったのだ。

アレって普通に反則じゃねぇのかよ?

視線で花屋さんに問うと、花屋さんはニヤリと口元を吊り上げて俺を見返す。

 

「ここにはルールなんてモンはねぇ。公式試合で反則とされてる攻撃でも何でもOKだ……さて、もう察しは付いてるだろうが、お前さんにはこの闘技場で戦ってもらう」

 

「……それで?」

 

先を促すと、花屋さんは頷きながら口を開く。

 

「これからやるマキシマムGPという戦いで、3人勝ち抜けば優勝。その優勝賞金を報酬として貰う。ちなみにルールは武器の使用以外、一切が認められる素手のみのバトル形式だ」

 

何ともまぁ……バーリートゥード様々だぜ。

まぁここまで来て尻尾撒いて帰るだなんて、俺のプライドが許さねぇしな。

いっちょ思いっ切り暴れさせてもらうとすっか。

 

「わかりました……この仕事、受けさせてもらいます」

 

「おう……最近の闘技場のバトルはつまらないモンばっかりでな。客が皆飽き始めてる。今日は思いっ切り盛り上がる事を期待してるぜ」

 

花屋さんはそう言うと俺の肩を叩いて受付から出て行く。

だが、直ぐに「おっと。そうだった」と言って振り返り、俺に笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「何か戦う前に欲しいモンがあったら、『後ろ』の姉ちゃん達に言いな。じゃあ伊達と秋山は着いて来い。今日は特別に観客席へ招待してやる」

 

「お?ラッキーですね伊達さん」

 

「あぁ……それじゃあ鍋島。頑張れよ?」

 

「しっかり頑張っていくんだよ。君が俺達に言った覚悟の程を見せてくれ」

 

秋山さんと伊達さんは俺にそう言って花屋さんに着いて行くが、俺は直ぐに首を捻る事になる。

ん?後ろの『姉ちゃん』達?

花屋さんの言葉に何か嫌~な物を感じ取って振り返ると――。

 

「えっへへー♪また会ったね、お兄さん♡」

 

「まさかもう再会するとはね……私達が試合までの間、お世話してあげるわ♡」

 

ソコにはさっき会った改造着物のお姉さん方が……は、花屋ぁあああああああッ!?

あんのオッサン絶対に俺がこの2人にからかわれてたの知ってんだろぉおおッ!?嫌がらせかぁああッ!?

とっても妖しい笑顔で迫ってくる美女2人に、俺は試合に出る前に負けるんじゃなろうかと戦慄してしまうのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あは♡やっぱり凄い体してるぅ♡」

 

「それにこの雄の匂い……ハァ♡嗅いでるだけでクラクラきちゃう♡」

 

「ど、どうもッス」

 

さて、何とかかんとか迫る美女2人相手に理性を守り切った俺は、上半身裸でソファに座っていた。

裸なのは別にエロエロな事があったからじゃない。

ただ返り血が着いたら帰る時に面倒な事になるかも知れねえからだ。

右手の怪我も包帯を新しいのに替えて巻き直しておいたので問題はねぇだろう。

しかしこの美女2人にはお手上げです。

もうね?誘ってます感が半端じゃねぇのよこれが。

試合前に何してんだよ俺って話な訳です、はい。

 

『レディース&ジェントルメン。お待たせ致しました。記念すべき第4000回、神室町地下闘技場トーナメント。一回戦を執り行います!!』

 

おっ、遂にお呼びが掛かったか。

俺がソファから立ち上がるとお姉さん達も立ち上がって、俺に手を振ってくれた。

 

「頑張ってね!!お兄さん!!」

 

「ふふ♡負けたりしたら、私達が寝込みを襲っちゃうわよ?」

 

「あははっ……あ、ありがとうございます」

 

何で襲うって言われてんのにお礼言ってんだ俺は?馬鹿か?

最後にお姉さん達から投げキッスを頂戴した俺は気を引き締めて入り口のゲートを潜る。

そうすると眩しい位のスポットライトと、観客からの咆哮が俺の耳と目を支配した。

俺はその光と音のシャワーの中を悠然と歩いて行く。

 

『今回の一回戦、いきなり注目の新人が入場してきます!!何と歳は今年で16歳!!この地下闘技場に於いて異例の若さで入場してきたのは、今世紀尤もホットな男!!世界に2人しか存在しない男性IS操縦者の1人、鍋島~~ッ!!元次ぃいいいいいッ!!』

 

司会が繰り広げるマイクパフォーマンスの中で俺の年齢が発覚した瞬間、客からはブーイングの嵐が鳴り始めた。

大人達が戦ってる中で若さがヤバイっていうか、小僧だもんなぁ。

まぁそんな事は俺には微塵も関係無ぇんだが。

聞こえてくるブーイングを無視しながら真ん中のリングへと上がると、ブーイングの勢いは少しだけ納まった。

多分俺の体を見て問題無しと判断した人達だろう。

残りは「見掛け倒しだろどうせ!!」とか「ガキは帰ってママのおっぱい吸ってろや!!」なんてアホ染みた言葉の数々。

ブーイングが酷すぎて、司会も進行がままならない様だ……しゃーねぇ。

俺は体を揺らさずに息を大きく吸い込んで――。

 

 

 

 

 

「スゥ――――ガタガタうるせぇええええええええええッ!!!!!」

 

『『ッ!!!??』』

 

 

 

 

 

腹から思いっ切り、威圧を篭めた声を張り上げた。

その大きすぎる声量に驚く客や、俺の威圧にビビッてしまい、皆がシンと静まりかえる。

これでこの会場の流れは変えられたな。

 

「外野がギャーギャー喚くんじゃねぇよ……ココは殴りあう場所だろうが?あ?人様に文句付けてぇんなら、今直ぐここに降りて来いッ!!」

 

リングを囲う様に配置された観客席を見渡しながら、俺はリングに降りて来いと言ってやる。

つまり、俺と殴り合いしてぇって奴だけ相手してやると言ってやった訳だ。

 

『『……』』シーン

 

案の定、誰一人としてリングには降りて来ない。

まぁ所詮皆と一緒じゃねぇとブーイングも出来ねえ馬鹿共だ、相手するだけ無駄って奴だろう。

グルリと観客席を見渡していき、誰もが俺から目を背ける中で、秋山さんと伊達さん、そして花屋さんが面白そうに俺を見ていた。

 

『――さて、皆さんもご納得された所で、対戦者の入場です!!』

 

全員が静まり返り、俺が真っ直ぐに相手の出て来る場所を見た瞬間を狙ったかの如く、司会がアナウンスを再開する。

それと共に再び歓声が爆発する観客席。

さあて、俺の対戦相手は一体何処の誰なんだろうな?

薄暗闇の中から歩いてきたのは、ファイトパンツ一丁という外国人選手だ。

 

『雪辱を果たす為にリングへと舞い戻ったのは、6年前の試合で地下闘技場名誉王者に敗れてから自然の中で鍛え続けた男!!ムエタイ元ミドル級チャンピオン!!ガオワイアン!!プラムッッッックゥゥゥウッ!!!』

 

ガオワイアンはアナウンサーの紹介と共に、俺の前で軽く演舞するかの様にコンビネーションを繰り出す。

左右左と肘打ちの連続からテ・ラーン(ローキック)ときて絞めにハイキック。

まるで流れる水の様な連続技に、観客席から歓声が挙がる……現金な奴等だな、ホント。

そうこうしてる内にこのリングを覆う鉄柵が上から降りてきて、俺達を外の世界と隔絶する。

いよいよ始まるって訳だ。

 

『さあ!!元ムエタイ王者対アマチュア喧嘩屋!!勝つのはどちらか!!今、ゴングです!!』

 

ドワァアアアンッ!!!

 

ゴング、と言うよりは中国の銅鑼の様な鐘で音が奏でられ、負けられない試合が始まった。

俺が動くより先に、ガオワイアンが先に突っかけてくる。

 

「ハイィィィイヤァアアアアッ!!!」

 

まるで薩摩藩士の如く気合の篭った雄叫びを上げながら、彼の放つハイキックが俺の首もとを狙ってくる。

その鋭さと速さは、俺の蹴りとは比べるべくも無い程に綺麗な蹴りだ。

さすがに一度はムエタイの世界王者に輝いていただけの事はあるぜ……でもよ。

 

 

 

――ちと、俺とは相性が悪すぎるぜ、アンタ?

 

 

 

迫り来る鎌の様な蹴りに対し、俺は焦らず何時もの如く『猛熊の気位』を発動。

更に自分の首元の筋肉を思いっ切り絞めて防御を固める。

 

――ドゴォオオオッ!!

 

力強い音と共にガオワイアンの放った蹴りは俺の首元にブチ当たり、奴はニヤリと口元を曲げる。

まるで「勝った」と言わんばかりに油断した勝利の笑みだが……。

 

「……そんなんじゃ、俺には響かねぇぜ?(ガシッ)」

 

「ッ!?」

 

まるで効き目の無い蹴りで油断してちゃ、俺には勝てねえっての。

ニヤついた笑みを浮かべるガオワイアンに対して、俺も奴の足首を握りしめてニヤリと笑う。

それを見たガオワイアンは驚いた表情を浮かべながら足を引こうとするが、俺がしっかり握ってる所為で戻せない。

さぁ……今度はコッチの番だぜッ!!!

 

「――そぉおおおおおらぁああああああッ!!!」

 

ブォオオオオオオオオンッ!!!

 

「~~~~~~ッ!?」

 

俺はガオワイアンの掴んだ足を起点として、力を籠めて振り回す。

100キロも無いガオワイアンの体はそれだけでもう片方の足も地面から離れてしまい、奴の体は俺の力で振り回される。

俺の力プラス一回転分の遠心力プラス奴の体重、そして――。

 

バゴォオオオオオンッ!!!

 

「ッ――」

 

俺達を覆う鉄柵を天然の武器として使い、ガオワイアンを勢い良く叩き付けてやる。

鉄柵の丈夫な場所に顔面をしたたかに打ち付けたガオワイアンは白目を向き、鼻血を垂れ流しながら倒れた。

 

「ウグゥッ!?……クッ……ハァ」

 

しかしそこはさすがというべきか、ガオワイアンはダメージを押して立ち上がろうと手を付くが、俺は追撃を緩めない。

ジャンプしてからの、自分の体重を使った押し潰しでフィニッシュだ。

 

「オルァアアアッ!!」

 

ズドォオオンッ!!

 

「ゴブゥッ!?…………カッ」

 

ダメ押しとばかりに繰り出した体重の乗ったスタンプ攻撃をモロに食らったガオワイアンは地面にヘタリこみ、等々気絶した。

これぞ、遠心力を上乗せした振り回しから固い壁にぶつけて敵をブチのめす『デビルスイング』というヒートアクションだ。

開始初っ端から派手なパフォーマンスだが、これぐらいしておけば誰も俺の実力に文句を付けねぇだろう。

余りにもあっけなく一方的な試合運びに、伊達さん達を含めて誰もが唖然とするが、それも一瞬の事。

 

『『――ウォオオオオオオオオッ!!?』』

 

次の瞬間には歓声が爆発し、闘技場の雰囲気は最高潮に達した。

それと共に俺とガオワイアンを囲っていた鉄柵が持ち上がり、俺はリングを後にする。

 

『つ、強い!!正に勝負は一瞬の内に付いてしまいました!?ミドル級とはいえ元世界王者のキックをノーガードで、しかも笑いながら受けとめ、それをそのまま攻撃に利用するという豪快な戦い方!!コイツはとんでもないファイターが現れましたぁあああ!!!』

 

驚きに満ちた司会のトークを聞きつつ闘技場を後にし、俺は再びソファへと座った。

後2回勝てば良い訳だが、まだ他の試合は終わっていない。

だからこそ次に自分の出番が来るまでは休まねえとな。

そう思って気を抜いた俺だが――。

 

スルスルスル。

 

「うおぉ!?な、何だ!?」

 

「あん♡動いちゃダ・メ・♪」

 

「い!?お、お姉さん方!?」

 

後ろから俺の上半身に蛇の如く手を這い回らせて美女2人が出現。

1人はそのまま俺の肌を撫でながら注意を促し――。

 

「フフッ……汗掻いたでしょ?……私がスッキリさせてあげる♡」

 

「もぅ~。先輩にじゃんけんで負けちゃったしなぁ……そうだ。私は君の緊張してる体、ほぐしてあげるね♡」

 

「ぬあ!?い、いやちょっと待っ……ッ!?」

 

有無を言わせぬ雰囲気の2人を前にして、俺は次の試合に出れるか心配で堪らなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「いやー、すんごいもん見せられちゃいましたねぇ」

 

「人間をあんな簡単に振り回すなよ……冴島じゃあるまいに」

 

「ある意味、彼と同じ様な事が可能な人物を知ってる俺等も大概だとは思いますけどね……花屋さんはどう思います?」

 

所変わってコチラは地下闘技場の観客席。

時間は進み、間もなく元次の試合、その第二回戦が行われようとしてる。

その一角にある観客席に座る秋山、伊達、花屋は先程の試合の事を思い出していた。

圧倒的なパワーにモノを言わせたゴリ押しスタイル。

彼らが今まで見てきた喧嘩の中で尤も近い存在は冴島大河だと決まっていた。

まぁ彼等は知る由も無いが、元次に喧嘩の手解きと訓練をつけていたのは他ならぬ冴島本人。

従ってバトルスタイルも似通って当然なのだ。

 

「あぁ。まさか彼処まで派手にヤラかす小僧だとは思わなかったぜ……勝負は一瞬で決まったってのに、観客の眼の色を変えやがった」

 

花屋の言う通り、観客席に入る者達は最初と違って元次の登場を待ちわびていた。

司会が呼び出す彼の姿を見たいと、皆ウズウズしているのである。

花屋も映像越しに今まで見てきた元次の喧嘩との違いに目を見開いて驚き、直ぐに笑みを浮かべていた。

町の喧嘩を見た限りでは中の上といった所だと予想していた花屋だが、実際は違う。

事実、元次がこの神室町に来て本気で殴った相手は、実際の所居ない。

冴島と同じ怪力を使った元次の戦闘方法では、本気で殴れば相手を殺し兼ねない程強力なのだ。

だからこそ、冴島も元次も一定以上の強さを持たない相手には常に手心を加える様、無意識にブレーキを掛けている。

花屋はその手加減された力を見て、元次の力量を履き違えてしまったのだ。

 

「だが、次の試合。あのノーマン相手にどう戦うかな?」

 

『さぁ、いよいよ第二回戦!!第一試合は、初っ端から豪快な戦い、そして我々を圧倒する威圧感を引っ提げて登場した若き喧嘩屋!!野獣の代名詞!!鍋島元次!!』

 

花屋の呟きに同調するかの様に司会が試合を進め、入場ゲートから元次がその姿を表わす。

……何やら凄く疲れている様に見えたのは秋山達だけだったが、元次は堂々とした出で立ちを維持している。

その姿に観客から歓声が大きく張り挙がり、会場の盛り上がりも一気に上がった。

皆口々に「もう一度瞬殺してやれー!!」だの「やっちまえー!!」と、さっきとは歓声の意味すら間逆だ。

 

「あらら。皆一気に心変わりしちゃってるし」

 

「それだけあの戦いが強烈だったのか、それか鍋島に掛かって来いと言われたのが尾を引いてるんだろう」

 

「まぁ確かに、あんなに堂々と正面から威圧されちゃ、普通は喧嘩なんか売れっこ無いですよ」

 

「俺だったら勘弁被るね」

 

『対するは、恐怖の暴走機関車!!一度リングに上がれば周囲が止めるまで暴れ続ける大巨人!!ノーマン・クレイジー・ウェイドォォオオオッ!!』

 

そして元次とは反対側のゲートから出てきた対戦相手は、身長2メートル10センチ、体重136キロという日本人離れした巨人、ノーマンだった。

彼は司会が言う通り、一度暴れだしたら手が付けられない程の暴力を相手に振るう。

それはリングの外でも同じで、現役時代に数々の問題行動を起こしていた。

そして、より暴れ甲斐のある場所を求めて、この地下闘技場に現れた経緯を持つ。

幾ら元次が年齢や標準離れした体格を有すると言っても、ノーマンから見れば体格差は歴然。

花屋は密かに心の中では、元次がここで負けるだろうと思っていた。

 

『注目の一戦!!勝つのは仁義無き暴走特急か、仁義を重んじる野獣なのか?今、ゴングです!!』

 

ドワァアアアンッ!!!

 

そして、合図の銅鑼と共にノーマンが駆け出し――。

 

「え!?鍋島君も走った!?」

 

「おいおい!?まさかあの体格差で正面からやり合う気か!?」

 

何と、元次もノーマンに向かって走りだしたのだ。

これに伊達達が目を見開く中、対戦相手であるノーマンもビックリするが、ノーマンは「上等だ」と言わんばかりにスピードを上げる。

一度火が点いたら止まらないとでも言うかの如く、ノーマンは連続で殴る事を得意とする。

この衝突で元次が出鼻を挫かれれば、ノーマンの連続打撃に晒されるのは自明の理。

ノーマンはその最大のチャンスを最大限に活かすべく、得意の右ストレートを元次目掛けて放つ。

花屋がこれで元次は終わってしまうだろうと僅かに落胆を見せていたその時――。

 

 

 

「――どらあ!!」

 

ズドォオオンッ!!

 

 

 

何と、元次は加速の勢いと全体重を乗せた『頭突き』で、ノーマンの右ストレートを迎え撃ったのだ。

人体の中で尤も固いと言われる頭部を使用した打撃。

それを両者加速の乗った状態からぶつけるという行為は相当な威力とダメージを誇る。

では、そんな固い頭突きを拳で迎え撃ったノーマンはどうなったか?それは極めて単純――。

 

「――aooooooooooooo!?」

 

グローブに守られている拳を抑えて、ノーマンは悲痛な悲鳴を挙げる。

更に鮮やかな赤色のグローブの中心から、少しづつ濃い赤色が滲み出てきていた。

 

「うわぁ……あれ砕けてるでしょ?」

 

「人体で尤も固い頭突きをあの速度からブチ当てりゃ、拳なんか簡単に砕けちまうからな……これも予想外だったぜ」

 

リングの上で披露された屈強なるバトル模様に、秋山は表情を歪めていく。

自分の拳がああなってしまった時の事を想像したのか、自分の拳をさすっている。

そしてリングの上で蹲るノーマンを見て、試合は終わると思ったのか、背を向けてリングから出ようとする元次。

 

 

 

――だが。

 

 

 

「む!?ノーマンが立っただと?」

 

「おいおい。もう勝負は付いてんだろう?花屋、直ぐに止めさせろ」

 

「馬鹿言うんじゃねぇ。ここは闘技場だ。一度試合を始めちまったが最後、どっちかが参ったと言うか気絶するまで俺でも止める事は出来ねぇよ」

 

元次が背を向けて出て行こうとしてた直後、ノーマンはフラフラとしながらも自分の足で立ち上がった。

右手をダランと下げた姿勢だが、戦う者には分かるだろう……ノーマンの瞳から、戦意が途絶えていないのを。

彼の不屈の闘志を目の当たりにした元次は目を見開いて驚き、観客はノーマンのガッツに賞賛を浴びせた。

更にノーマンは左手だけでファイティングポーズを取り、元次を強く見据える。

 

「ハァ……ハァ……come on(カマン)boy(ボーイ)!!fight(ファイッ)!!」

 

「……あんた」

 

例え拳が潰れようとも、ノーマンに引く意思は無い。

その事を雄弁に物語っているのは彼の必死な言葉だけでは無い。

数秒間ノーマンと見詰め合った元次には何か感じるモノがあったのだろう。

冴島に教わったコンパクトな構えを取り、再び瞳に闘志を宿す。

そんな元次の様子を見たノーマンはニッと嬉しそうに笑って、再び元次に特攻を掛けていく。

乾坤一擲――正にその表現が正しいであろう。

この一撃に賭けると言わんばかりの後先見ない攻撃……潔いと言うべきであろうか。

 

「――かっこいいじゃん……いくぜぇッ!!ノーマンーーーッ!!」

 

それは、元次にとって好ましい男の戦い方そのものであった。

だからこそ、元次はノーマンに敬意を表して、敢えて全力でノーマンを迎え撃つ。

それこそが、全力でぶつかってくる相手に対する礼儀だから。

 

「はぁああああああああッ!!」

 

「ウオォオオオオオオオオオオッ!!」

 

正に野獣。

そう表現するのが一番しっくりくるであろう雄叫びを挙げて、両者は再び激突。

元次に右手を潰されて、左手しか残っていないノーマン。

先日の一件で右手を怪我し、100パーセント万全の状態では無い元次。

奇しくも重なった両者の同じ条件の結果は――。

 

 

 

ズドォオオオオオオンッ!!

 

 

 

骨どころか大地を穿ったんじゃないかという轟音が両者の顔から響き渡る。

 

「ク、クロスカウンター!?うわ!?俺ナマで初めて見ちゃったよ!!伊達さんは!?」

 

「俺だってこんな光景見たの初めてだっつうの!!」

 

「……観客の盛り上がりが尋常じゃねぇ……こりゃ優勝持っていっちまうかもな」

 

ボクシングの世界でも綺麗に成立する事は殆ど無いとまで言われるクロスカウンター。

それがこの地下闘技場の戦いで、余りにも綺麗に決まった事で客の盛り上がりはピークに達している。

こんなに盛り上がったのは、この闘技場の名誉王者が初出場した時や嶋野の狂犬と戦った時以来だなと花屋は思い出す。

まさかその時並みの盛り上がりを16の小僧に再現されるとは、と花屋は苦笑を浮かべた。

一方リングの上で、ノーマンと元次は拳を互いの頬に叩きこんだ体勢のままで止まっていた。

 

「……」

 

「(ニッ)――カフッ」

 

ドスンッ!!

 

しかしこの均衡も、ノーマンが笑いながらリングに沈んだ事で解消される。

立っているのは元次……勝敗は決したのだ。

 

『強い強い強ーーい!!圧倒的体格差をものともせず、ここまで50戦無敗のノーマンをあっさりとリングに沈める戦闘力!!一体どんな修練を積めば、その若さでここまでの強さを得られるのか!!鍋島元次、あっさり決勝進出ーーー!!』

 

司会の賞賛を聞きながら、元次はポケットに手を入れてリングを後にする。

その後姿に賞賛の嵐が止む事は無かった。

 

「呆れた小僧だぜ……まさかああも簡単にノーマンを倒しちまうとはな」

 

「あぁ。本当にどんな訓練したらああなるか不思議に思えてきた……その辺も取材しとけば良かったな」

 

「確かに凄いですよね、彼……フーム」

 

「ん?どうした秋山?」

 

伊達、花屋、秋山が元次の強さに其々の思いを語り合っていた最中、秋山は何かを考える様に顎へ手を当てて思案している。

その行動を見た知りたがり屋の花屋が質問すると、秋山は少し笑顔を浮かべて口を開く。

まるで何か面白い事を思い付いたとでも言わんばかりに。

 

「いえ。ちょっと考えちゃったんですよ……鍋島君って遥ちゃんと同い年だし、あの極道にも物怖じしない遥ちゃんと彼が出会ったらどうなるのかなーって」

 

「……いや、幾ら何でも遥と鍋島じゃ接点が無いだろ?」

 

まるで玩具を与えられた子供の様に弾んだ声でそう言う秋山に、花屋と伊達は苦笑を隠せなかった。

 

「そうでも無いですよ?遥ちゃんはアイドルだし、鍋島君もテレビに顔が出る有名人ですから……もしかしたらロマンスに発展するんじゃないかなと。ラブの付く」

 

「おいおい止めてくれって。考えるだけで恐ろしい」

 

「あれ?伊達さんはあんまり乗り気じゃ無いみたいですね。遥ちゃんと鍋島君が会うの?」

 

伊達は秋山の想像した未来が嫌らしく、手を振って秋山の話しを中断させようとした。

自分達の良く知っている少女が元次と会ったら如何なるか、秋山はそれに興味が尽きない様子だ。

特に花屋と伊達は秋山より前から、それこそ9歳の時から遥の事を知っている。

だからこそ、もしかしたら既知の少女が恋に走るかも……と考えるのが嫌なのかなと秋山は笑うが――。

 

「別に会うのは良いが、もし遥と鍋島がそんな事になってみろ?桐生が大人しく黙ってると思うか?……アイツがどれだけ遥を大事にしてるか、知らない訳じゃねーだろ」

 

「……」

 

伊達の疲れた感MAXの言葉に、さすがの秋山も冷や汗を流す。

確かに、遥という少女は自分達の既知であると同時に、『ある男』の娘同然でもあるのだ。

その男が普通の男なら良かったが、今は堅気でも昔から伝説として語り継がれる極道だった。

そんな男が娘同然に大事にしてきた宝物を横から掻っ攫う相手を許すだろうか?

いやまさか……幾らあの人でもそこまで大人げ無くは……。

一抹の望みを掛けてそう思いたかった秋山の耳に、花屋が遠い目をしながら口を開く。

 

「何だろうなぁ……俺には何故か、関係ねぇ筈のこの神室町が火の海に包まれるイメージしか湧いてこねぇんだが……」

 

「この話、止めましょうか」

 

薮を突付いて蛇、どころか龍が出てきちゃ洒落にならん。

と、秋山は自分が振った話題を断ち切るのであった。

そうこう話をしている間にも試合は消化され――。

 

 

 

『――お待たせ致しました……いよいよ、決勝戦を執り行いますッ!!!』

 

 

 

残す試合も後1つ、決勝戦のみとなった。

 

 

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブストーリー、親の心




とりあえず今後の予定は金銀来襲まで書いていきます。


 

 

 

『さぁー。ここまで白熱した試合が展開されてきましたが、この神室町地下闘技場マキシマムGP!!いよいよ決勝戦です!!』

 

司会の興奮した叫びによる実況が伝染し、観客達のボルテージも一気に振り上がる。

いよいよだ……この試合に勝てば、花屋さんにウェイの親っさんの居場所を教えて貰える。

なら、後は目の前の敵をブチのめして終わらせるだけだ。

自分のテンションが勝手に上がり、心拍数が強くなっていくのを感じながら、俺はリングへと足を伸ばす。

 

『おぉーっと現れました!!この闘技場に彗星の如くデビューし、対戦者を2撃以内で仕留め尽くした野獣の如き漢!!その堂々たる佇まいは往年の名誉王者の風格を思わせ、昨今の女尊男卑に真っ向から立ち向かう鋼鉄の意志を体現した者!!鍋島元次だぁああ!!』

 

リングの端に上がりきった俺の紹介に、観客のボルテージはとんでもない声量で現された。

俺はその歓声に特に反応する事もせずに、対戦相手の出て来るゲートに視線を向ける。

さあて、俺の相手は誰だ?

 

『闘技場を荒らしまわる野獣に対するは……驚きです!!なんとあの男が帰って来ました!!』

 

対戦相手を待っていた俺や観客は、皆揃って頭に「?」を浮かべる。

あの男?……この地下闘技場の有名人か?

そう思っていた時に、反対側のゲートが開き、中から1人の男が現れた。

その堂々とした歩き方は、まるで今からの試合に対して気負うという事をしていない。

……っておい……まさか……?

 

『5年前まで、闘技場でこの男の事を知らない人間は居なかった。名誉王者、そして隻眼の魔王に敗れた過去を持つも、その強さは未だ決して衰えず……野獣の進撃を止められるのは、もはやこの『鋼鉄の男』しか居ません!!』

 

司会の熱が篭った紹介を聞いてる間にも、対戦相手の男は歩み、遂にリングに入って俺と相対する。

男は俺に対して笑みを浮かべたままにサイドチェストのポーズを取り、鍛え込まれた筋肉を魅せつけてきた。

その膨張率、そして密度は見た目では俺と同等か……俺より少し上かもしれない。

俺に対しての明らかな挑発。

そんな分かりやすい挑発を見せられた俺も、分り易く笑みを浮かべてその男に声を掛けた。

 

「よう――『また会った』ッスね?」

 

『ここに来る前に会った男』……身長2メートルは軽く超えた大男にそう声を掛ける少し後、司会が彼の事を紹介する。

どうやら、ここで少しは有名だった男の様だ。

 

『過去302戦300勝2敗!!元ベガスの地下リングチャンピオン!!――――ゲェェェエイリィィイイッ!!バスタァ、ホォオオムズッ!!』

 

302戦300勝2敗という異常な戦績を持つ大男……ゲイリー・バスター・ホームズは、俺の言葉に笑顔を浮かべたまま口を開く。

今も笑顔を浮かべて余裕な俺の挑発に対して、ゲイリーは挑発を更に盛ってこようって訳だ。

 

「奇遇デスネ。鍋島サン……即死ト、腹上死……オ好ミハ?」

 

「オイオイ……その日本語。意味分かって使ってんのか?」

 

死の意味合いだけしか噛み合ってない似非日本語を聞いて笑ってしまうが、それでも俺は威圧する事を止めない。

一方でゲイリーも俺の威圧すら涼しいとでも言わんばかりの笑顔を浮かべたまま、構えを取る。

やっぱ、今までの相手とは『格』が違うって訳か……コイツ、かなり強い。

冴島さんや千冬さん程じゃねぇが、それでも一般人から遠く離れた強さだろう。

多分花屋さんの差金だろうな……観客席ですっごく良い笑顔浮かべてらっしゃる。

まぁ、それだけ俺の本気度合いを確かめようとしてるって事だろう……上等じゃねぇか。

 

『出会ってはいけない2人が出会ってしまった……この男達が引き起こす化学反応!!それは我々を中毒にしてしまうのか!?今、ゴングです!!』

 

ドワァアアアンッ!!!

 

俺とゲイリーが構えを取った瞬間、待つのも苦だと言わんばかりにゴングが鳴らされる。

さぁ、いっちょいったろうじゃねぇか!!

前の試合と同じ様にダッシュで距離を詰めた俺に、ゲイリーも距離を詰めて両腕を伸ばしてきた。

俺も真っ向から同じ様に腕を伸ばし、互いの手と手がガッチリと組み合わされる。

まずはド正面からのパワー比べだ!!

 

「うおぉおおおおッ!!!」

 

「フンヌゥゥウウウウウッ!!!」

 

ギリギリギリッ!!

 

互いに組み合った手に力を込めながら、俺達は一歩も後ろへ譲らない。

力を篭めた手から聞こえる筋肉を握りしめた音に、俺もゲイリーも表情を歪めるが、それでも拮抗は崩れなかった。

ぐっ!?どうやら『今のまま』じゃ押しっ比べはほぼ互角みてぇだな……それならッ!!

 

「スゥ――ガァアアアアアアアアッ!!」

 

「ッ!?グゥウウウッ!?」

 

さっきまで一度も崩れなかった拮抗状態が、俺の本気で動き出した力によって傾いていく。

俺が力を籠めていたのは腕と足腰。

更にそこから、相手の手を握りこむ力、即ち握力を更に上げてゲイリーの手を思いっ切り握り潰す。

その力は完全にゲイリーを超えていた様で、ゲイリーの体は上から力を込めている俺によって足が下へ下がっていく。

体格差では俺を超えていたゲイリーだが、俺の方が筋肉の力は上回っていたらしい。

まぁ、ヤマオロシを押さえ込めるまで進化した俺の体は、まだ余力を残している。

今のはさっきまで掛けていたリミッターの様なモンを一つ外したからこそ、俺の力が奴を上回っているって訳だ。

全力で殴っちゃ相手が死ぬかもしれないって理由で動いてる感覚のリミッターを外せば、俺は冴島さん以外に力負けする事は無いと思ってる。

リミッターを一つ外した領域に居るゲイリーも大概なモンだがな。

俺が力を上げた今では、ゲイリーの片足がリングの地面に着きそうな位置まで下がってきてる。

このまま押し潰して、追撃で終わらせてや――。

 

「――ッ!!ハァッ!!」ズガンッ!!

 

「んぐッ!?」

 

しかしさすがはベガスの地下リングチャンピオン。

自分が力負けしている事に気付く咄嗟の判断力は、俺より熟したその年季の違いとして如実に出ていた。

ゲイリー野郎は仰け反って俺より体が沈んだその場から頭を後ろに引き、頭突きをお見舞いしてきやがった。

その頭突きを頭では無く鼻っ柱にモロで受けてしまい、ダメージは無くとも驚いた事で俺の体から一瞬だけ力が抜ける。

 

「オォオオオオッ!!」

 

「ぐあっ!?ンなろぉッ!!」

 

その一瞬だけでゲイリーには充分だったらしく、奴は押さえ込まれかけてた体を起こし、俺と再び拮抗状態に入った。

立ち上がった奴の顔は笑顔になっていて、若干見下された俺への挑発には十分だ。

野郎……これみよがしに「余裕デス」ってか?

 

「舐めんじゃねぇぞ――ゴルァッ!!」ズガンッ!!

 

「アウッ!?」

 

お返しの意味も籠めてゲイリーの顔に頭突きを見舞ってやると、今度は押しっ比べの状態そのものが解かれる。

その一瞬、ゲイリーと目が合えば、奴の目も諦めは一切無い。

まるで示し合わしたかの様に、俺とゲーリーは互いの肩を掴んで、体勢を維持する。

手は使えず、蹴りも効果の余り無い距離……なら、使う武器は一つしかねぇよな。

 

「……アノ人達ニ負ケタ私ニモ、元王者ノ意地ガアリマス……ッ!!OKデスカ!?鍋島サン!!」

 

「あからさまに誘いやがって……上等だ!!来いや!!オッサン!!」

 

互いに至近距離で睨み合っていた頭を、勢いを付けて離してから再度近づける。

その衝突は、さっきまでの比じゃなかった。

 

「――アァアアアアアアアアッ!!」

 

「ダァアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

ダガァアアアアアンッ!!!

 

 

 

まるで、鉄と鉄がぶつかった様な鈍い音が、俺達の額から鳴り響く。

そう、俺とゲイリーは互いのドタマをぶつけあって頭突きをカマしたのだ。

当然、そんな音の出る勢いでぶつかり合った俺達が無事で済む筈も無く互いに後ろへ仰け反るが、俺達はそこからまた勢いを付けて頭を戻す。

喧嘩ってのは意地と意地のツッパリ合いだ……俺の意地とアンタの意地、どっちが硬ぇか――。

 

 

 

「ヴァアアアアアアアアッ!!」

 

「オオオラァアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

派手にド突き合いといこうじゃねぇかッ!!?

 

 

 

ズゴォオオオオンンッ!!!

 

 

 

『そ、壮絶!!壮絶過ぎてもはや言葉がありません!!頭部という硬い箇所をひたすらぶつけあう愚直な攻撃!!一歩も引かない面子とプライド!!これだ!!これこそが地下闘技場の、IS生誕以前の男の戦いだぁあああ!!』

 

司会のアナウンスに乗って、観客の声ももはや一種の咆哮の様な声量で鳴り響く。

外野も俺達の喧嘩を見てかなりハイテンションになってるみてぇだ。

 

 

 

またもや鈍い音を互いの額から鳴らし、また激突。

頭が後ろへ投げ出されよう共、互いに組んだ肩の手は絶対に離さない。

引いたら最後、この意地のツッパリ合いは終わりを告げる。

絶対に引けない意地と意志、そして覚悟ってのを……見せつけねぇとな。

ズガンッ!!ズガンッ!!と何度も何度も連続で狂った様に頭を叩き付け合う俺達。

互いにどっちも引きたくないこの戦い……勝ちは、俺だった。

 

「ッ!?グッ!?」

 

あれだけ速度を乗せて額をぶつけていたから当然っちゃ当然なんだが、額へのダメージはかなりのモノになる。

『猛熊の気位』が発動している俺からすればダメージは微々たるモンだが、ゲイリーの方はそうはいかない。

既に奴の額からは結構な量の血が流れ始めている。

ここが好機と見た俺はすかさず頭をめいいっぱい後ろに反らし、さっきまでよりも速度の乗った頭突きを繰り出す。

 

「だるぁああッ!!!」

 

ズガァアアアンッ!!

 

「ゴブッ!?」

 

俺が放った渾身の頭突きは今までと違って、ゲイリーの鼻っ柱に叩きこまれた。

奴はその頭突きでもらった衝撃に耐え切れず、たたらを踏んで後ろへと下がっていく。

 

「(ザッ!!)ハァ!?ハァ……マ、マダマダ……コンナモノジャ、終ワリマセンヨ?」

 

「あれに耐えるのかよ……つくづくタフな男だよな、アンタも」

 

しかし、ゲイリーは額を抑えながらもその場に留まり、再びファイティングポースを取る。

頑丈さも今までの相手と違ってかなりのモノだ。

さすがに300勝してきたってのは伊達じゃねぇか……仕方ねぇ。

ここで時間を食う訳にもいかねぇし、久しぶりにいっちょ『解禁』しますか。

俺は一度ファイティングポーズを解いて、両手を解す様にフルフルと揺らす。

 

「アンタ強いから、そろそろマジでいくよ。ゲイリーさん……俺流の喧嘩の仕方……ってぇヤツで、さ(ゴキゴキッ)」

 

疑問顔で俺を見つめるゲイリーにそう返しながら首の骨を鳴らして体の力を少し緩める。

『コイツ』を使うのはかなり久しぶりだが……度肝抜かれんなよ?

 

 

 

 

 

俺が冴島さんと会う前に生み出した喧嘩術――『鍋島流喧嘩殺法』の極み。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「さぁ~さぁ~?ほ~しゅ~は払ったんだから、早く話してよ~リンリ~ン?」

 

「わ、私も聞きたいので、お願い出来ますか?鳳さん」

 

「ゴ、ゴメンね鈴?で、でもその……私も、元次君の事が知りたいから……あうぅ」

 

「わ、分かったからちょっと待って……いきなりデザート3つも食べたから、ちょっとヤバイ……うぷ」

 

「欲張るからだぞ、鈴」

 

所変わってコチラは毎度お馴染みIS学園の食堂。

そこは休日とはいえ寮制のIS学園の生徒達が365日使用するので、休みの日でも稼働している。

勿論帰宅していたり外出している生徒達も多いので普段よりは空いているが、そこに鈴達は居た。

最初は話を聞きたいという本音と話す側の鈴だけだったのだが、何処から聞きつけたのかさゆかと真耶も登場。

それに釣られてなのか、相川と谷本、箒にセシリアという大所帯が8人席を占領して座っている。

ちなみに最後に注意をしたのは箒である。

既に箒と鈴、そしてセシリアは一夏を巡るライバル関係として、互いに名前を呼び合う事で好敵手と認めた関係になっていた。

 

「し、仕方無いじゃないの。普段は食べれないちょっと割高なデザートだったからつい……」

 

「鈴さん。それが、その『つい』というのが油断大敵ですわよ?」

 

「分かってるって言ってるでしょぉ……ハァ。暫くは甘い物抜かなきゃ」

 

give&Takeという形でデザートをせしめた鈴だが、それが予想よりもお腹にキテいるらしい。

お腹を抑えながら水を飲む姿は、ちょっと頑張りすぎたと如実に物語っていた。

一夏を巡る事以外では、普通に仲の良い関係なのである。

疲れた表情で今後の食事制限を考えながら、鈴は水を飲んで口の中を潤す。

 

「ふぅ……で?ゲンの何について話したら良いのよ?大体の事なら話せるけどさ」

 

「じ、じゃあ、まずは私から……元次君って、その……どういう女性が好み……かな?」

 

そして、遂に始まった元次の情報公開タイムのトップバッターはさゆかだった。

彼女的には元次に渡すつもりでいるお弁当はあくまであの所属不明機から助けてもらったお礼であり、作戦等では無いのだ。

本命は、元次の好みを把握しつつ、自分なりに元次に好いてもらおうという考えである。

いきなりの核心、というか本命的な質問に、全員が「おぉ~!?」と驚きの声を上げる。

ここまで積極的かつ大胆に聞くとは思わなかったのであろう。

そんな全員の反応にさゆかは顔を赤く染めて萎縮してしまうが、聞く姿勢だけは維持していた。

 

「ゲンの女の好みかぁ……そうね。外見とかはあんまり問題に思って無いわよ?寧ろアイツは中身、つまり性格を気にする方だわ」

 

「えー?でもさ、そういう事言ってても、結局外見で惚れる人って多くないかな?」

 

最初の答えが予想外というか信じられないのか、さゆかの隣に座っていた相川が異を唱える。

谷本とセシリアも同意なのか、皆揃って首を縦に降っていた。

 

「いや。鈴の言う通り、ゲンは昔から女を外見で差別する事は無かったぞ?少し、その……ふくよかな子でも、性格が普通なら普通に接していたしな」

 

話に挙げた女の子の為にオブラートに包んで言葉を選ぶ箒だが、この場合は全員理解出来たらしい。

敢えて名前は伏せていたが、同じく幼馴染みの鈴には誰の事か分かった様だ。

 

「あー、あの子の事ってやっぱ箒も知ってたんだ?」

 

「その様子だと、鈴もあの子と面識がある様だが……その、なんだ……」

 

「言い辛いでしょうけど、中学に入るまでずっと……同じだったわ。でも、ゲンと一夏は普通に接してたわよ」

 

「すまない。何分小学生の低学年までだったからな」

 

「良いって別に……それに、外見が美人でも性格が最悪なら、アイツ普通に嫌悪感丸出しで対応するもん。それは朝の件で良く分かってるでしょう?」

 

鈴の言葉の信憑性を裏付ける出来事、それは朝の上級生が起こした騒ぎである。

確かにあの上級生もかなりの美人だったが、怒る元次にはまるで関係無いかの如く扱った事件。

ここであの一件を思い出した者の反応は様々だ。

相川、谷本、セシリアはあの本能的な恐怖を思い出して身震いし、真耶はその場に居なかったが元次の性格ならそうするだろうと予測している。

箒と鈴は若干疲れの入り混じった顔で溜息を吐いていた。

「昔からアレには慣れない」という箒と「アレに慣れてるのは千冬さんくらいでしょ?」と言う鈴。

二人共ゲンとは長い付き合いだが、あの怒りによる威圧がパワーアップしていく一方なので困り果てている様だ。

 

「た、確かに……」

 

「鍋島君って、女尊男卑とか知った事じゃ無いって感じだもんね」

 

「……わたくし、鍋島さんを怒らせてしまった時は、本気で殺されると思いましたわ」

 

「は?何セシリア。あんたゲンの事怒らせたの?」

 

まだ鈴が転校してくる前の話をポロッと零したセシリアに、鈴は呆れ果てた感じに言葉を返す。

昔からゲンの事を知ってる鈴からすれば、生身でISに喧嘩を売る様な行為だ。

何て無茶な事を、と思いながらテーブルに置いていた水をグイッと煽る。

 

「え、えぇ……まだわたくしが女尊男卑の思考に染まりきっていた時に……い、言い訳になってしまいますが、頭に血が昇って……鍋島さんのご家族の事を侮辱してしまいまして」

 

「ぶーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

「うわ!?き、汚いぞ鈴!?」

 

「おぉ~~!?虹が出てる~~!?」

 

「げ、げっほげっほ!!だ、だってあん、げっほ!?」

 

鈴の質問に対して律儀に答えたセシリアだが、その答えを聞いた鈴は口に含んだ水を思いっ切り吹き出してしまう。

その様子を見たセシリア達は首を捻って頭に疑問符を浮かべていた。

何か嫌な事でも思い出したのか、鈴は噎せながらも顔を真っ青に染めているからだ。

暫くそうして咽ていた鈴が落ち着きを取り戻すと、鈴は戦慄した表情でセシリアに視線を向ける。

 

「ア、アンタ……良く生きてたわね?」

 

「……もし、あの場に織斑先生が居なかったら、恐らくこうして優雅になどしていられなかったかと……」

 

「それどころの話じゃないわよ……下手したら誇張も無く本気で殺されてたかもしれないのよ?もうあんなスプラッタな現場なんか見たく無いっての」

 

「……え?」

 

ゲホゲホと軽く咽返る鈴の言葉に、セシリア達は呆然とした言葉を返してしまう。

今しがた鈴の言った『スプラッタな現場』というのはどういう事なのだ?

冗談にしては余りにも不吉過ぎるだろうと。

そういった視線が自身に集まってくるのを感じたのか、鈴は今までにない真剣な表情を浮かべる。

 

「……昔、アタシが知ってる中じゃ、1人だけアイツの家族の事を馬鹿にした男が居たのよ……ちょっと不良で有名だったからって、路上でゲンを顎で使おうとして馬鹿にされてキレた男が、ね」

 

中学1年の時だったかな、と呟く鈴に耳を傾けながら、セシリアはゴクリと生唾を飲み込む。

何故なら、自分が元次の家族を侮辱した時と状況が酷似しているからだ。

只違うのは、相手が男である事とその場に元次のストッパーとなる千冬の存在が無い事である。

 

「……アイツはさ、中学に入った時からあんな感じでデカイ図体してたから、周りから良く喧嘩売られててね。でも、その事件が起きた時には周囲でアイツに喧嘩を売るヤツは居なくなってたのよ」

 

「な、何で?不良って、そんなに諦めが良く無いでしょ?私の居た中学でも不良って結構居たから知ってるんだけど……」

 

「簡単な話――喧嘩売った奴等が一人残らず病院送りにされてたから。しかも全員骨折なんてデフォだったし」

 

真剣な表情で答えを言う鈴の言葉に、言葉を返した相川は口を噤んでしまう。

病院送り……口で言うのは簡単だが、実際にやろうとすればそう単純な事では無い。

少なくとも自分達には出来ないという事は、この場に居る全員が理解している。

特に相手を骨折させるなど、非力な女性では難しい話だ。

 

「周囲から喧嘩も売られる事は無くなって、でも一番荒れてた頃のゲンに付いた通り名――「霊長目・ティラノ科・シバキ属、ハリテ種、」――その名もケンカサピエンス」

 

「ケ、ケンカサピエンスって!?」

 

「その名前知ってる!!ウチの中学でも不良の人達が、絶対に手を出したら駄目な相手って言ってた人だよ!?な、鍋島君の事だったの!?」

 

「やっぱ他の中学でも噂になってたんだ……まっ、ここで大事なのはアダ名云々より、『ハリテ種』って呼ばれた由縁よ」

 

妙な所で有名だった元次のネームバリューに驚きながらも興奮した様子の相川と谷本を鈴は諭す。

何故なら、セシリア達に話す『スプラッタな現場』の話にはこれから語る『ハリテ種』と呼ばれたルーツが必要不可欠なのだから。

ティラノ科は元次の恐竜の様な怖さと最強のTーREXの事を掛けた由縁なのは判る。

シバキ属も相手を殴り倒すその喧嘩を見た者が付けたモノだからだ。

しかしここで意味合いを測りかねる『ハリテ種』とは何だろうとセシリア達は首を捻る。

 

「……アイツね?本気の本気で人を殴る時は、『拳じゃ無い』のよ――『コレ』を使うの」

 

そう言って鈴がみんなに見える様に翳したのは――『手の平』だった。

その行動に首を傾げる者が大多数の中、大きな熊のぬいぐるみを抱きしめた本音が手を上げる。

 

「もしかして~?『張り手』って事~?お相撲さんの『どすこ~い』みたいな~?」

 

「そう。正解よ本音」

 

『『あっ!?』』

 

「えへへ~♪当たった~♪」

 

1人正解に辿り着いた本音に続き、他の皆も鈴の出した手の平の意味を理解した様だ。

「やった~♪」と喜ぶ本音に笑った後、鈴は全員を見渡して再び口を開く。

 

「ゲンの話じゃ、張り手は拳と違ってリーチが短くなっちゃうんだけど、『絶対に潰れない』んだって。どれだけ体重を掛けても、骨じゃないから砕ける事も無い……力自慢の自分にはピッタリな上に、横に振るう『ビンタ』の力も半端じゃ無いってね……自分で、『鍋島流喧嘩殺法』なんて呼んでたけど……その技をその馬鹿な男相手に使ったのよ」

 

「……ど、どうなったの?……その男の人」

 

恐る恐る、と言った具合で鈴に続きを促す相川。

好奇心からその男の末路を聞きたがっている様だが、近くに座っているセシリア等もはや青を通り越して白い顔色になっている。

セシリアの様子を見た鈴は少し気の毒な気持ちになりながらも、相手の末路を語る事にした。

ここまで話してもうお終い、というのは空気が読めていないだろうし、これはセシリアの為でもあった。

元次の家族を侮辱する事がどれだけ危険な事なのかを、ちゃんと把握してもらう為に、鈴は心を鬼にする。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

俺は昔良く使っていた技を解禁し、目の前のゲイリーを見据える。

最近使ってなかったけど、問題無い……普通に殴るのとの違いは、リーチぐらいだしな。

そう考えつつも、俺は構えたままの体勢で少しづつ鉄柵の際まで後退していた。

ゲイリーは俺の後退に少し不審な表情を浮かべながらも、大股で間合いを詰めてくる……この距離ならいけるな。

 

「……オウリャァアアアアアッ!!!」

 

何もしないで待っていた俺に、ゲイリーが突っかけてくる。

しっかりと握りこんだ拳で、俺の体を狙ったブロー。

 

 

 

――普段の俺なら真っ向から受け止めてカウンターを狙うであろう一撃を。

 

 

 

「――フッ!!」

 

俺は冴島さんに習った構えた体勢のままの回避術、スウェイバックを使って『避けた』。

今までの試合で一度も使用しなかった回避。

恐らく俺が受け止めると思っていたであろうゲイリーの表情は驚愕に満ちていた。

だが、今から使う技は、何時もの戦い方よりも回避した方がやりやすい。

俺はスウェイバックで回避した事で、ゲイリーの横に回る事になる……おし、ココだ!!

その体勢から、足に力を入れて踏ん張り、腰と肩を回転させて、『パー』にした手を横向きに振るう。

 

「――おっしゃぁああああああッ!!!」ブオォオンッ!!

 

 

 

 

 

属に言う『ビンタ』という技とも言えない技が、ゲイリーの無防備な横っ面に吸い込まれ――。

 

 

 

 

 

――いやもうヤバかったわよ?ゲンのビンタが当たったら、こう……風船が割れた時と同じ音がしたもん。

 

 

 

 

 

――『パーン』って。

 

 

 

 

 

バァアアアアアアアンッ!!!

 

「――」

 

風船、いや爆竹が弾けた様な快音――クリティカルで入ったな。

俺の必殺技とも言えるビンタを食らったゲイリーの反応は今までの比では無かった。

なんせ殴ったビンタの軌道に沿ってそのままダンスの様に一回転してしまったからな。

目も白目を向いていて、軽く意識が飛んでるってのが良く分かる。

そのままゲイリーは体をよろめかせて、直ぐ傍のリングを囲う鉄柵に顔から激突してしまう。

 

「(ガシャンッ!!)――ハッ!?」

 

だが、ゲイリーはそのぶつかった衝撃で意識を取り戻した。

まぁ軽く飛んでた程度だし、そもそもゲイリーレベルの強さなら一撃じゃ簡単に沈まないのは分かりきってる。

だからこそ……追撃しやすい様に、鉄柵まで下がったんだからな。

俺のビンタでダメージが足に来てるのか、ゲイリーは足を子鹿の様に震わせながら鉄柵にしがみつくだけで振り向いてこない。

それを最大の勝機と見た俺は、腰を捻って半身になり、その体勢から手を後ろにしっかりと引く。

相撲なんかでも滅多に見る事が無い大振りからの張り手攻撃……何故見ないかと言えば隙が多すぎるからだ。

だが、喧嘩ならこういう場面で使う事が出来る。

後ろ向いて無防備だからな……行くぜ?くたばるんじゃねぇぞ。

鉄柵に顔を預ける形で何とか振り返ろうとしているゲイリーの頭に、俺は体の力を乗せた『ハリテ』を見舞った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……そ、それで?ゲンのビンタを食らった相手はどうなったのだ?」

 

再び場所が戻りIS学園。

鈴が語った元次のブチ切れ事件の内容を聞いていた中で、箒が代表して鈴に尋ねる。

セシリアはブルブル震えて正常では無いし、相川達も聞くのが恐ろしい。と顔に出していたからだ。

他の面々の心情を読んだ箒は、自分も聞くのは恐ろしいというのに我慢して鈴に聞いてみた。

一方で語り手の鈴も少し身震いしながら、事の顛末を語るべく口を開く。

 

「……ビンタされた側の歯が全部へし折れてたわ……しかもその後、店のガラスに顔からぶつかって止まったんだけど……ゲンは後ろから、ハリテを撃ち込んだのよ。怒りで暴走してね」

 

歯がへし折れる。

それだけで人間としては致命的だというのに、元次は更に追撃を入れたと言う。

 

「ハリテを食らった男は、ガラスを突き破って顔中血まみれ。しかもガラスの砕けた粉が突き刺さって……顔がキラキラしてた……太陽の反射でよ?」

 

『『『ヒィッ!?』』』

 

「……昔から思ってたが、アイツは男だろうと女だろうと容赦し無さ過ぎだろう」

 

「分かり易いのよね。嫌いなモノはトコトン嫌いだって言うのが……まぁ、その時はすぐにアタシ達でゲンを正気に戻して逃げれたけど」

 

「後ちょっと遅かったら警察の世話になってたでしょうね」と軽く呟く鈴だが、他の面々はそんなに軽くなかった。

その光景を想像してしまったであろう相川と谷本、セシリアは揃って悲鳴を挙げてしまう。

真耶とさゆか、本音もそこまでしたのかと顔色を青くして怯えている。

しかして元次が拳を振るって人を懸命に助けていたのは記憶に新しい出来事でもある。

だからこそ、全員が元次の拳を振る姿にどこか納得してしまうのだ。

箒は箒で幼少期を思い出しながら渋面をして無茶苦茶過ぎる元次に苦言を漏らしていた。

鈴はその空気の中で、恐怖に怯えるセシリアに気の毒な表情をしながら「それにしても」と声を掛ける。

 

「千冬さんが居たっていうのも大きいけど、アンタ良く無事だったわね?アイツなら一度嫌ったらトコトン嫌うと思ってたけど、今は普通に話せてるじゃない?」

 

「そ、それはその……鍋島さんのお祖母様のお陰ですわ」

 

セシリアの答えに本音以外に知らない話が出てきて、要領を得ない他の面々は首を傾げてしまう。

そこでセシリアは、元次に謝罪した日の事を事細かに話した。

鈴の知る以外にも元次の家族を侮辱した者が居た事。

その人間にブチ切れた元次の頬を叩き、真正面から叱り、諭した元次の祖母の話。

深く愛する家族だからこそ、誠心誠意謝罪した相手を許す度量を見せろと言われ、それを愚直に守る元次。

 

「お祖母様の信頼を裏切らないと誓った……だから、鍋島さんはわたくしの謝罪を受け入れて、許してくださいましたわ」

 

「それで、アンタは今も五体満足で学園生活を送れてる訳だ……本気でゲンのおばあちゃんに感謝しときなさいよ?アタシも昔会った事があるけど、本当に良いおばあちゃんなんだから」

 

「えぇ、承知しています。一度はお会いして、謝罪をさせて頂くつもりですから」

 

「そうしときなさい……話が大分脱線しちゃったけど、さゆかの聞きたかった事は聞けたかしら?ゲンは見た目で女の良し悪しを決めたりしないから、好みも特定じゃ無いってのが結論なんだけど」

 

「う、うん。ありがとうね、鈴(見た目で決めない……髪の長さとかも、好みは無いのかな?)」

 

「おっけ。じゃあ、次の質問は?」

 

3人の内、1人の質問が終わると、鈴は次の質問を促す。

そうすると、次に手を挙げたのはこの場で唯一の成人女性である真耶だった。

 

「じ、じゃあ次は先生から良いですか?」

 

「はい。山田先生はゲンの何が聞きたいんですか?」

 

見た目は同年代なので自然とこの場に溶け込んでいるが、年上であり先生でもあるので、鈴は敬語で応対する。

この場にいる誰もが真耶の存在を黙認しているが、教育者が堂々と生徒に恋慕するのを止めなくて良いのだろうか?

だがそんな初歩的な問題も、同じ恋する乙女としては些細な問題らしい。

事実、誰もが彼女を先生と判っていてもこの場から追い出す様な無粋極まる真似はしないのだから。

鈴の質問返しに、真耶は照れくさそうに笑いながら両手を足の上で組んでモジモジとする。

その際に彼女の腕に挟まれた豊満過ぎる胸を見て、鈴、相川、谷本の視線が一瞬鬼女になったのは幻覚だろう。

 

「げ、元次さんってその……年上の女性でも、興味あるのかなーって思いまして……キャ。わ、私ったら教師なのに何てイケナイ事を……」

 

「と、年上ですか?そ、そうですねぇ(言えない……年上に見えてないのにソレ聞くのかよ、なんて言えない)」

 

一瞬喉元を着いて出そうになった言葉を必死で飲み込みながら、鈴は少し考えこむ。

報酬を貰ったからには、中途半端に終わらせるつもりは無いのが鈴のポリシーなので、ちゃんとした答えを模索しているのだ。

1年前までほぼ毎日の様に過ごしていた仲間達との日々を思い返しながら、鈴は考える。

 

「うーん……あっ。そういえば前に言ってましたけど、年の差があっても惚れたら関係無いって……」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「はい。まぁさすがに30歳も歳の差があったら無理だって言ってましたけど」

 

『結局歳の差関係あんのかよ!?』って弾に突っ込まれてたっけ。と鈴は昔の馬鹿話を思い返しながら薄く笑う。

ともあれ、真耶は全然問題無い領域にいるのは確かだ。

成人と言っても、今年成人式を迎えたばかりのなりたてホヤホヤな20代。

千冬と束も真耶とは1歳差しか無いのだから、この話に参加していない束と千冬も安泰だろう。

納得のいく答えが貰えた真耶は「そ、そうですか」と呟きながら頬に両手を当てて顔を赤らめる。

表現しにくいが、口元も大きく丸を描き、「うわ~うわ~」と呟きつつ嬉しそうな笑顔を見せている。

これで二人目の質問も難なくクリア、残るは最後の1人。

 

「よ~し!!最後は私の番だよリンリ~ン♪」

 

「はいはい。アンタは何が聞きたいのよ、本音?」

 

今回の情報公開兼お茶会の発起人である本音を残す所となった。

やっと出番が回ってきた事が嬉しい様で、本音は笑顔を浮かべたまま身を乗り出している。

まぁ最初に考案したのは自分なのに、密かにじゃんけんで順番が最後になってしまった事に落ち込んでいたが、順番がくればそんなモノ関係無くなっていた。

とりあえず本音ならそんなに難しい質問はしないだろうと予測した鈴は、苦笑しながら本音に質問を促す。

そして、本音は可愛らしく「う~んとね~」と呟きながら人差し指を顎に当てて思案し――。

 

 

 

 

 

「ん~と~……じゃあ、ゲンチ~の~……せ、せ~へきは~?」

 

「あー性癖ね?ゲンの性癖はって言えるかぁああああああああッ!!?」

 

全然簡単ではなかった。

 

 

 

 

 

寧ろ思春期の少女としては最大級に答えづらい質問である。

というか答えたのが自分だとバレたら元次に殺される事は間違い無い。

 

「えぇ~!?なんで~!?ヤマヤンとさゆりんのは答えたのにぃ~!!何で駄目なのぉ~!?」

 

「だ、だだだ駄目に決まってんでしょうがぁあああッ!?寧ろ何で答えて貰えると思ってんのよアンタは!?」

 

「ぶ~~!!ほ~しゅ~だって払ったのにぃ~~!!詐欺だぁ~~!!」

 

「寧ろその報酬じゃ全っ然足らんわぁあああッ!?超絶にトップシークレットものの情報じゃないのッ!!」

 

「ほ、本音ちゃん!?だ、駄目だよ!!そんなえ、ええ、エッチな質問はあわわわ!?」

 

「ちょ!?さ、さゆかも落ち着きなさいって!?」

 

「の、のの布仏さん!?お、女の子がそんなふしだらな質問しちゃ駄目ですよ!!」

 

本音の一言で会議は紛糾。

納得の行かない本音は頬をハムスターの如く膨らまして抗議し、さゆかは本音を諌めてる様に見えるが目がグルングルンと回って混乱している。

真耶も口では本音を注意してるが、視線はチラチラと鈴を窺っている。

オイ教師、あんたその目は何だ?と小一時間問い詰めたかった鈴だが、それより問題は本音の質問だ。

この子自分で何言ってるのか分かってるのか?と本音にも言いたい気持ちで鈴はいっぱいいっぱいだった。

 

「ぶ~……ゲンチ~が、好きな格好とか聞きたかったのにぃ~」

 

しかし皆から反対を食らった事で落ち着いたのか、本音は頬を膨らましながら鈴に恨みがましい視線を送るも、一応質問を取り下げる。

その様子に、鈴は自分の命が生き永らえたと心の中で感激していた。

もし本音に要らん知識吹き込んだのが自分だとバレれば、速効でハリテの餌食になっていただろうから。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

それは、一瞬の出来事だった。

 

「――」

 

俺の繰り出した必殺技、ハリテ……それをゲイリーの後頭部に叩きこんだ一瞬。

響いたのは鉄にぶつかる派手な音……ではなく、鉄が『ひしゃげる』音。

 

「――」

 

メシャァアアッ!!という甲高くも形容し難い音を響かせながら、ゲイリーの頭は金網のフェンスを『突き破った』んだ。

俺が手を引いて戻しても、ゲイリーは小さく呻くだけで起き上がろうとはしない。

体からは力が抜けて地面に膝を付き、首はダランと破かれたフェンスにもたれたまま動かないゲイリー。

まぁ死んではいねぇし、頭部からの出血も酷くは無いから大丈夫だ。

元々封印、というか禁じ手として使わなかったハリテ……久しぶりに使ったが、俺の基礎能力が上がったお陰でパワーアップしてやがる。

リミッターを一つ上げて、力を増したにしても金網のフェンスを突き破るとはな。

 

『け――決着ぅぅううッ!?な、何という怒涛の展開でしょう!!最初は観客の皆様に舐められていた、16歳という若すぎる青年が、今!!強き男達に土をつけ、地下闘技場の優勝をもぎ取ったのです!!第4000回神室町地下闘技場マキシマムGP!!栄えある優勝者は!!鍋島ぁあああッ!!元次ぃぃいいいッ!!』

 

『『ワァアアアアアアアッ!!!』』

 

ゲイリーの体を優しく抱えてフェンスからどかせてやると同時に銅鑼が鳴り響き、俺達を囲っていた鉄柵が持ち上がっていく。

優勝……これで、ウェイの親っさんの居所が判るって訳だ。

嵐の様な歓声の中でチラリと花屋さん達に視線を送ると、伊達さんと秋山さんは苦笑を浮かべていた。

花屋さんだけは俺の視線の意味が分かった様で、ニヤリと笑みを向けてくる。

さぁ……次はアンタが仕事する番だぜ?

花屋さんの笑みに俺も笑みを返しながら、俺はリングから降りて闘技場を後にする。

 

『リングから去る一匹の獣!!今日、最強、いや最恐の野獣が誕生した喜びを分ち合いましょう!!我々は何時でも君の帰りを待っている!!何時かまた、我々を奮い立たせるファイトが見れるその時まで!!』

 

冗談じゃねぇ、もうコレっきりにしたい所だっての。

背後から聞こえてくるアナウンスを聞き流しながら控室に戻ると、ソコにはあの美女2人が笑顔で待ち構えていた。

やれやれ、負けなかったからこれで襲われる事はねぇだろう。

 

「お疲れ様!!凄かったよお兄さぁん♡……もう、体が疼いちゃって♡」

 

あれ?

 

「ウフフ♡君も、戦いで体が荒ぶってるでしょ?……私達が2人で鎮めてあげる♡」

 

あれれ!?

 

「「さぁ、コッチに来て♡」」

 

どっちに転んでも俺のピンチは続行中かよ!?

何やら頬を赤く染めつつ自分の体を掻き抱く美女が迫り来る中、俺は自分の危機が過ぎ去っていない事を理解した。

しかも金髪のお姉さんが言う通り、俺の体ヒートしてまんねん。

その所為かさっきよりお二人が魅力的プラス魅惑的に映って……イ、イカンイカンッ!?

今ここで流れに身を任せたら後々後悔する気がするし……ここはッ!!

 

「戦略的撤退!!」

 

まるで群がるゾンビの如く手を伸ばしてゆっくりと近づいてくる美女の傍を通り抜けて、俺は自分の服を走りながら着た。

ハンガーに掛けてあったTシャツと薄手のシャツを着直しながら、シャツの胸ポケットからオプティマスを取り出して目に掛ける。

こ、このまま花屋さんの所まで直行して、サッサとここからおさらばしよう!!うんそれがいい!!

 

「お、お姉さん達!!お誘いはスゲエ嬉しかったですけど、今回はご遠慮します!!そ、それではさいならーッス!!」

 

「え~!?……しょうがないなぁ、もう……また来てねー!!お兄さーん♪!!」

 

「あらあら♪恥ずかしがっちゃって♪……何時でも来てね。待ってるから♪」

 

走るのは止めず言うだけ言って、俺は闘技場を後にする。

すっごく……すっっっっっっごくッ!!!勿体無い事をしたけど……良かったんだ、これで。

少し熱くなってきた目を上に向けて、花屋さんの屋敷の中へ入り、最初に花屋さんと会った場所に戻った。

するとそこには既に伊達さんと秋山さんも一緒に居るではないか。

伊達さんは笑顔で、秋山さんは少し興奮した感じのハイテンションになってる。

 

「よう。お疲れさん……スゲエ試合だったぜ」

 

「いやも、ホントにビックリし通しだったよ……って……どうしたの?上向いちゃって?」

 

「いえ……少しばかり、身を引き裂かれる様な苦渋の選択をしてきまして」

 

熱い汗が瞳から零れない様に、上を向いてるとです。

俺の変な行動にいぶかしむお二人に言葉を返しつつ、俺は目元から零れそうな汗を必死で我慢する。

そうして落ち着いた所で、俺は視線をデスクに座っている花屋さんへと向けた。

 

「約束通り、仕事は完遂しましたんで……次は花屋さんの番っすよ?」

 

「分かってる。安心しな、俺はフェアだからな……それとこれも何かの縁だ。この賽の河原は本来、選ばれた人間の中でも更に厳選された人間しか遊べねぇ場所だが、お前さんもここで遊べる様にしといてやるよ。これで筆下ろしはあの二人に頼めるんじゃねぇか?」

 

「い、いや……ふ、筆下ろしうんぬんは置いといて、ここで遊べるのは普通にありがたいッスけど、良いんスか?」

 

絶対詳しい事まで知っててからかってくる花屋さんに苦い顔をしながら、俺は花屋さんが付けてくれたサービスに疑問を持つ。

色々な審査を通した上で遊べる場所だってのに、花屋さんがここのボスでもそんな簡単に決めちまって良いんだろうか?

その疑問をぶつけてみると、花屋さんは普通に頷いて口を開く。

 

「まぁ勿論賭博も風俗も金は掛かるが、お前さんならまた闘技場に出れば稼げるだろう。今回のマキシマムGPはお前さんが派手にやってくれたお陰で大盛況なんだ。最近落ち込み気味だった空気を払拭してくれた礼だと思ってくれて構わねぇ」

 

どうやら+αのサービスって事なので気にしなくて良いらしい。

そういう事ならと、俺も遠慮無くサービスを受ける事にした……ふ、風俗は行かない方が良いだろう。

主に俺の生命維持の為には。

 

「さて……それじゃあ本題に入るとしよう。お前さんが探してる鳳維勳の居場所だが、俺の掴んだ情報によればバックは居ねぇ」

 

「ん?つまり、ヤクザに金を払って隠れ家を用意したとかじゃないって事ですか?」

 

そして遂に切り出された俺の目的に対する情報を公開していく花屋さん。

だが、ウェイの親っさんは隠れ家を用意してなかったという事実に秋山さんが眉を顰める。

 

「あぁ。鳳の経済状況はお世辞にも良いとは言えねぇ。だから最初から隠れ家を用意する金も無い上に、そもそも路上でギャングの女と揉めた事すら、奴には想定外だったろうよ」

 

「……つまり、ウェイの親っさんは……」

 

俺の言葉を引き継ぐ、というか答えを示す為に花屋さんは1つ頷いて言葉を紡ぐ。

 

「奴はホームレス達の住んでいる場所を隠れ蓑にして、転々と場所を変えていたって訳だ。今もさっきまでの宿を離れて別の場所に向かってると情報が入った」

 

「確かにこの街のホームレス達の中に紛れ込めば、かなりの数が居るホームレス達の住居を転々としてギャング達から目を欺けるって事か」

 

「奴さんとしてはほとぼりが冷めるまで隠れるつもりだろうが、レッドカーニバルの奴等は中々見つからない事で逆にムキになっちまってる。このまま隠れても終わらな(prrrrr)――どうした?」

 

話の途中で花屋さんのデスクにある電話が鳴り、花屋さんは電話を取って応対する。

俺はその様子を見ながら親っさんの事を考えていた。

ホームレス達に紛れて逃げる……たかが路上で馬鹿女に絡まれただけでそうまでしなきゃいけねぇのかよ。

やっぱり解決策は1つだな……しかも、俺が何時もやってる遣り方でヤルしかねぇ。

 

「そうか……分かった(pi)鳳の居所が掴めたぞ」

 

「ッ!?何処に居るんスか?」

 

と、考え事をしていた俺の耳に、花屋さんから親っさんの場所が判明したと飛び込んできた。

俺は直ぐに場所を聞き返すと、花屋さんは「デスクの傍に来い」と言う。

何だ?と思いつつも従って傍に行けば、伊達さんと秋山さんもデスクの傍に来る。

 

「今から『見に行く』ぞ。足元気を付けろ」

 

ん?『見に行く』って――。

 

ガゴンッ!!

 

「な!?」

 

花屋さんの良く分からない一言に首を捻っていると、突然足元が激しく揺れ始めた。

もしかして地震でも起きたのかと思ったが、秋山さん達含め花屋さんも表情を変えていない。

一体どうなってるんだと考えた頃には――。

 

ズズズズ……ッ!!

 

地面が真下へと『沈んで』いくではないか。

いや、正確には俺達の立っていたデスクの周りが陥没して、モーターの駆動音を鳴らしながら下がっている。

おいおい今度は何なんだよ……ッ!?

またも訳の分からない場所へと連れて行かれてパニックに成りかけた俺だったが――。

 

 

 

「――何だよ…………コレ?」

 

 

 

本日何度目になるかも判らない呆然とした声を出してしまう。

驚きの余り間抜け面を晒す俺を見ながら、花屋さんが誇らしげに口を開く。

 

「驚いたか?……これが賽の河原の『本当の姿』だ」

 

花屋さんの呟きを聞きながら、俺は降りて現れた目の前の光景を呆然と眺める。

そこにはおびただしい量のモニターがあり、真ん中には超大型のスクリーンも完備されている。

どれも全て電源が入れられているのだが、映っているのはテレビとか映画なんて代物じゃない。

 

 

 

それは全て、『路上の情景』が映し出されていた。

 

 

 

俺達が通って来た神室町の天下一通り。

何処かの外れにあるであろう公園で女が男に財布を出させてる光景。

昼間から酒を飲んで上機嫌なサラリーマンのおっさん達。

更には裏路地で昼間から盛っているのか、服を乱れさせて情熱的なキスをする男女。

ありとあらゆる神室町の景色が映し出されている。

 

「俺の情報収集は部下を使った調査と、この神室町に設置した『1万台』のカメラで行ってる。だから俺の情報は正確なんだ」

 

1万って……そりゃ神室町で知らない事はねぇって言われてる訳だよ。

リアルタイムでこの街の全てを見て情報を扱ってるんだからな。

これは流石に驚くって……いや、束さんだってやろうと思えばもっと凄い事するんだろうけど。

でもあの人の場合は昔から知ってる上に『天災』だから、って言葉で済んじまう。

だからこそ、他の人間でこういう事してるってのには驚いちまうんだよな。

 

「オイ。例の男をメインモニターに映せ」

 

「はい!!ライブ映像で回します!!」

 

俺がこの部屋の存在に驚いていると、花屋さんの部下らしき人がキーボードを操作していく。

すると、一番大きいスクリーンにビルの外れから出てくるホームレス風の格好をした男が映し出された。

ボサボサに伸びた髪、少し痩せこけた頬をしてるが……間違いねぇ。

 

「ウェイの親っさん……」

 

俺が良く知ってる鳳維勳だ。

外見は変わっても昔の面影の残った顔つき。

……一先ずは無事に生きてるって事が分かってホッとしたが、まだ終わりじゃない。

これから親っさんに会って鈴の事を話さなきゃいけねえからな。

俺はモニターから視線を外し、花屋さんにこの場所が何処なのかと聞こうとして――。

 

「ッ!?ボス!!トラブルです!!」

 

「何だ!?」

 

「レッドカーニバルの奴等です!!今、例の男と鉢合わせました!!」

 

「はぁ!?」

 

花屋さんの部下が知らせてくれた緊急トラブルに、俺は声を挙げて驚いてしまう。

慌ててモニターに視線を戻せば、ウェイの親っさんはあの趣味の悪い赤色の軍団に囲まれているではないか。

ちょ!?ふざけんなよ!!赤色の馬鹿ギャング野郎共!!?

こっちは闘技場で必死こいて戦ってやっと居所掴めたってのに、向こうは偶然鉢合わせでラッキーかよ!?

 

「何ともまぁ……鍋島君も運が無いというか」

 

「……これに関しては何とも言えねえ」

 

余りにもふざけ倒した展開に口をパクパクさせてしまう俺に、秋山さんと花屋さんの同情的な声が掛かる。

そうこうしてる内に、ウェイの親っさんはギャング共に囲まれて何処かの路地に連れ込まれてしまう。

ってそんな事考えてる場合じゃねぇ!!

 

「おい花屋さん!!これは何処の映像なんだ!?」

 

「……これは千両通り北だな。そこからチャンピオン街に入っていったんだろう」

 

「千両通り北だな!?情報ありがとうよ!!」

 

「あ、おい!?」

 

俺は花屋さん達が静止を掛けるのも聞く耳持たず、急いで地上へと走り出す。

このままじゃ鳳の親っさんが何されるか分からねぇし、急がねぇと!!

俺は屋敷から飛び出して元来たマンホールの蓋を抉じ開けると、そこからダッシュで西公園の上まで戻った。

適当にマンホールの蓋を戻して道に飛び出し、神室町の地図を思い出す。

確か千両通り北は……今居る場所が七福通り西で、千両通りに向かうにはこのまま七福通りを突っ切って七福通り東に抜ければ良い筈だ!!

行き先を頭の中で思い出しながら、俺は道を思いっ切り飛ばしてひた走る。

 

「おおい!!何調子乗って我が者顔で走ってんだコ「ウゼェッ!!」(ボガァアアッ!!)はぴゅこ!?」

 

途中絡んできた雑魚は走る勢いそのままに『猛熊の気位』状態でタックルをカマして吹き飛ばす。

こっちはガチで急いでんだよ!!俺の邪魔すんじゃねぇよクソ雑魚が!!

邪魔する者には一切の容赦無く走り続け、七福通りを抜けた瞬間――。

 

ピピーーッ!!!

 

ピンク通りの方から一台のセダンがクラクションを鳴らしながら俺の前に飛び出してきた。

 

危ねッ!!回避ッ!!

 

咄嗟の判断で前に転がる様に飛び込み、セダンのボンネットの上を転がって地面に足を付き、そのまま爆走する。

後ろから「おぉー!?」という歓声が複数と「バカヤロー!!」という怒声が聞こえてくる。

多分今の車の運転手だろうが、コッチはマジで急いでるんだ!!勘弁してもらうぜ!!

走り続けた俺は七福パーキングという駐車場の所のT字路を曲がって千両通り北に入る。

まだ5分くらいしか経ってねぇがそれでも5分だ。

奴等大勢で囲ってたし、腐ってもギャングだ。何をするか分かったモンじゃねぇ。

そう考えつつ、左手に見えてきた『チャンピオン街』という看板の路地に入り、辺りを見渡す。

だが、周りには親っさん所か赤い服の連中も1人たりと見えない。

クソッ!!まさか他の場所に移動しやがったのか!?

 

pirrrrrr!!

 

辺りに奴等が居ないと焦る俺だったが、突如俺の携帯が鳴り始めた。

この緊急事態に誰だよと思いつつ表示を見ると、通知は非通知。

だから誰なんだよこんな時に!!

 

「(pi)もしもし!!誰か知らねぇが今急ぎ――」

 

『俺だ。鍋島、切るんじゃねぇ』

 

「ッ!?あんた……花屋さんか!?」

 

一度電話を取ってから切ろうとした俺の耳に、花屋さんの声が聞こえてくる。

何で俺の番号知ってんだよ?

 

『必要だったから調べさせて貰ったが、悪く思うなよ。奴等は鳳を連れてその先のブロックにある開けた空き地に居る。リンチにされかかってるから急げ』

 

「ッ!?サンキュー花屋さん!!(pi)」

 

そうやら俺が現場に向かってる間に移動した場所を調べてくれてた様だ。

俺は感謝を述べて携帯を切り、言われた場所へと向かう。

その場所に入る狭い入り口には、見張りであろう男が1人退屈そうに突っ立っていた。

 

「ふぁ~あ……あん?何だテメ(ガシイッ!!)あごごごご!?」

 

何か言おうとした奴の顔面を握り締めて口を塞ぎ、ソイツを引き摺りながら狭い路地を進む。

少し長い路地を進んで、空き地の向こうが見えると――。

 

 

 

「おらおらおらぁ!!」バキッドスッ!!

 

「あげ!?うぐぅ!?」

 

「キャハハハハ!!やっちゃえユージー!!」

 

「ほんとマジムカツクし!!早く殺しちゃいなよ!!」

 

「おう祐司!!俺の可愛い彼女の命令だ。もっとそのオッサン痛めつけてやれ!!」

 

「へへ、うーっす!!ほら食らえや!!この小汚えオッサンが!!」ドゴォッ!!

 

「ぐはぁ!?」

 

其処には、俺の神経をブチ切るには充分な光景が広がっていた。

30人近い赤服の連中が壁際に寄り掛かってタバコを吸ったりしている中央の開けた場所で、1人の男がウェイの親っさんを殴る蹴るの暴行を加えている。

更に正面にはソファーが置かれていて、そのソファーに寄り掛かりながら目の前の暴行を見て笑う男が1人、女が2人。

1人が額に小さいガーゼを付けてるのを見るに、あれが親っさんと揉めた女なんだろう。

……あんな小さい怪我1つで、親っさんを痛めつけてるのか?

たかがそんだけの怪我で、マスターとメイファちゃんを危険に晒したのかよ……オーケー。

 

 

 

「おーらぁ!!死ねよオッサ――」

 

 

 

テメエ等全員『拷問』だ。

 

 

 

俺は手に持っていた男をブン回し――。

 

 

 

ドグオォオオオオンッ!!!

 

「ぼげう!?」

 

「うぎゃぁああああ!?」

 

親っさんに暴行を加えていた男に力の限り叩き付けてやった。

膨大な力と速度、そして投げた物の重量を加味した一撃は、二人を壁際に吹き飛ばし、壁にぶつかる事で止まる。

 

『――――』

 

いきなりの乱入、そして人が飛ぶ事象に奴等が呆けてる中、俺は威圧感を剥き出しの状態で悠然と歩く。

俺の存在に気付いた奴等から順番に、俺の威圧感を浴びて動けずにガタガタと震え出した。

どいつもこいつも真っ白い顔で俺に恐怖しているが……もう遅えぞ?

 

「う、うぅ……だ、誰だ?」

 

俺が傍に近づいた事で少し驚きながら、親っさんは誰かと尋ねてくる。

頭部を酷くやられた様で、血が目に入って見えないんだろう。

 

「お久しぶりッスね。ウェイの親っさん……大丈夫ですか?」

 

「う……そ、その声……ッ!?ま、まさか、元次なのか……ッ!?」

 

「えぇ。親っさんの娘、鈴のダチやってる元次っす。……よっこいせ」

 

どうやら親っさんは俺の事を覚えていてくれた様で、声を聞いて直ぐに俺だと感づいてくれた。

俺は親っさんに返事しつつ、親っさんの身体を抱えて路地の出口まで戻ろうと身体を反転させる。

あそこに置いておいたら危ねぇからな……巻き込んじまうだろうし。

しかし、出口まで行こうとした俺の目の前をでかい影が塞いでしまう。

 

「オ助ケニ来マシタヨ、鍋島サン」

 

「……ゲイリーさん……助けってのは、どういう事っすか?」

 

そう、先ほど戦ったゲイリー・バスター・ホームズが包帯を巻いた姿で現れたのだ。

しかも背後には幾人かのガタイの良い連中まで居る。

どういう事だ?あの程度のゴミ処理、俺1人で充分なんだが……。

 

pirrrrrrrr

 

そう考えていると、又もや俺の携帯が鳴り響き着信を知らせてくる。

普通ならこれだけ悠長にしてたら後ろから襲われてもおかしくねぇが、今はゲイリーさんの連れてきたコワモテの連中が俺と奴等の間に立ち塞がっている。

俺が携帯を片手にゲイリーさんを見ると、ゲイリーさんは笑顔で「ドウゾ」と言ってきたので、通話を取る。

 

「(pi)……もしもし?」

 

『度々スマンな、鍋島』

 

「花屋さんですか……何か、ゲイリーさん達が手伝うって言ってるんですけど、どういう事で?」

 

このタイミングで連絡してきたって事は間違い無く花屋さんの差し金だろう。

ならこの大所帯はどういう事なのか説明もしてくれる筈だ。

 

『あぁ。まずは謝罪させてくれ。今回のトラブルは情報収集が遅れた俺の責任だ。俺がお前さんに時間の掛かる仕事をやらせた所為で、鳳維勳は怪我をしちまったからな……』

 

「いえ……本来受けてくれる筈の無い、俺みたいなガキの依頼を受けてもらえただけで充分ですよ」

 

これは間違い無く本心だ。

本来なら入る事すら許されないであろう賽の河原の繁華街への許可。

更に今回の依頼に対しての報酬だって、結局は花屋さんの懐から貰い受けた様なモンだしな。

 

『だが、鳳維勳が怪我をしたのは事実だ……そこで、俺なりのアフターサービスをさせて貰う。そこに居る奴の1人に鳳維勳を引き渡せ。診療所に運びこませておく』

 

花屋さんの申し出は願っても無い事だった。

見た感じと触った感じでは骨は折れて無いが、極端に身体が軽い。

多分碌な飯も食ってねぇんだろう。

こいつ等が……追い詰めた所為で……ッ!!

携帯を握る手に力が入るも、直ぐに頭を冷やして力を抜き、コワモテの男に親っさんを引き渡す。

男は親っさんを受け取ると俺に一礼してそのまま路地から駆け出して行った。

 

『それともう1つ。そこに居る奴等を好きに倒せ。例え警察が来たとしてもそいつ等が引き止めるし、ゲイリーに路地の出口を塞がせる。思う存分に暴れて構わねぇ』

 

「そいつは、とても有難い話っすね……なら、存分に暴れさせてもらいますんで」

 

後の事を考える心配が無ぇなら、好きにやらせて貰おう。

こんなに居る奴等を残らず叩きのめしても、誰も咎めねぇだなんて最高過ぎるぜ。

 

『コッチの要件が終わったら連絡する。まだお前さんから貰った報酬分には届かねぇからな。さっさと終わらせろよ』

 

「了解ッす(pi)……ゲイリーさん。事情は分かったんでそっちお願いします」

 

「ハッハッハ。オ任セデスヨ」

 

俺が携帯を切ってゲイリーさんにそう言うと、コワモテ達は一斉に路地から出て外を固め、ゲイリーさんが出口に仁王立ちした。

さぁ……始めるか……廃棄処理ってヤツを。

俺はオプティマスを胸ポケットに仕舞ってから、クソの集まりに振り返る。

奴等は怒涛の展開に何が何やらって感じで慌てふためいていたが、ソファに座っていたリーダー格の男が震えながら俺を指差してくる。

 

「テ、テメエ等何なんだよ!?俺等レッドカーニバルに喧嘩売りに来たのか!?」

 

「……俺に喧嘩売ったのはテメエ等だろうが」

 

震えながら喚くリーダーに、俺は努めて冷静に言葉を返す。

 

「し、知らねぇよ!?あんたみたいな男に喧嘩売った覚えなんて、こっちは全くな――」

 

「リ、リーダー!?こいつですよ!!俺達があのオッサン探して故郷って店に乗り込んだ時に邪魔してきやがったのは!!」

 

「ん?……あぁ、てめえかぁ?」

 

「ヒッ!?」

 

リーダーが俺に弁明していた所で横槍を入れた男は、俺が無傷で返してやった男だった。

全く……ちゃんと大人しくしとけば見逃してやったってのに。

とりあえずブッ殺してから関節逆曲げにしてやるか。

 

「喧嘩売る相手には気ぃ付けておかねぇとなぁ?……時に、お前等カラーギャングってのは何でもありの集団らしいじゃねぇか?」

 

手を組んで骨を盛大に鳴らしつつ、俺は再び怒りから湧き上がる威圧感を無差別にぶつける。

それだけで腰を抜かす輩も大勢居るが、今回ばかりは1人として逃がすつもりはねぇ。

俺は威圧感を全面に押し出しつつ、歯を見せながら獰猛な満面の笑みを浮かべて、奴等を見据えた。

そんな怯えた面すんなよ、俺はお前等が大好きなんだぜ?

 

 

 

 

 

何故って――。

 

 

 

 

 

「何でもありのお前等にゃ相当な無茶しても――正当防衛通りそうだなぁ?(ゴキゴキッ!!)」

 

 

 

 

 

ゴミ処理に加減する必要は、全く無えだろ?

 

 

 

 

 

――この日、神室町チャンピオン街で起きた乱闘事件。

 

 

 

 

 

被害者はレッドカーニバルと呼ばれる30人前後の不良少年グループの全員に及び、全員一様に重症を負っていた。

顎が砕けた者、腕の骨が折られた者、歯が残っていない者、足関節を捻られた者等、被害は様々だ。

中でも特に異質だったのは、四角いコンクリートに囲まれた空き地の壁。

その四方全てに被害者達の血痕が入り混じって付着し、所々の壁が罅割れていた。

状況から察するに、被害者達の中で特に顔面への負傷が酷い者達がかなりの速度で叩き付けられたのだろう。

更に、被害者達の中には女性も混じっており、彼女等もかなりの重症を負っている。

殴る事で出来る打撲痕では無く、何か鞭の様にしなる物で叩いた様な傷跡が刻まれて、顔は3倍にまで膨れ上がっていた。

全員が聴取出来る様な状態では無いので直ぐに病院へ搬送されたが、皆「ごめんなさい、もうしません」とうわ言の様に繰り返しているという。

今まで好き勝手してきた分の報いと言えばそれまでだが、神室町ではギャンググループが壊滅して喜ばれている。

あれだけ手酷く執拗な攻撃から、警察では怨恨の可能性有りとして調査を進める方針である。

しかしながら神室町の住人達に煙たがられていた彼等を排除した謎の犯人に対し、街の住民達は感謝している節が見受けられる。

その事から調査は難航を極める可能性が非常に高いであろう。

 

『警視庁生活安全課の調書から抜粋』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「(ガチャッ!!)親っさん!!」

 

「ん?……あぁ、元次か」

 

「おい、やかましいぞ。診療所で大声を出すんじゃない」

 

「す、すいません先生……ウェイの親っさん、大丈夫ですか?」

 

俺はゴミ処理を終えた足でゲイリーさんに搬送先の診療所を訪ね、そこに向かった。

柄本医院と貼り出された診療所の扉を開けて親っさんに呼び掛けるも、白衣を着た男に鋭く注意されてしまう。

既にそこには秋山さんと伊達さんも居てので、2人にも頭を下げる。

俺は直ぐに白衣の男、ここの医者さんにも頭を下げてベットに寝転ぶ親っさんに目を向けた。

 

「大丈夫だ。お前が直ぐに助けてくれたからな……久しぶりだな、元次」

 

ウェイの親っさんは頭に包帯を巻いているが、それを気にせず俺に笑顔を見せてくれた。

俺もソレに倣って頭を下げて、「お久しぶりです」と返す。

治療されて身奇麗になったウェイの親っさんは、前より増えた白髪と無精髭の顔付きで笑ってる。

 

「それにしても、まさか偶然にもお前が助けてくれるとはな……迷惑を掛けたな、本当に」

 

「いやいやそんな。俺も鈴が転校するまでの間、親っさんには料理の作り方を教えてもらいましたし」

 

「ふっ……それは、お前が鈴音を苛めから助けてくれたお礼でした事だぞ?……娘だけでなく俺まで世話かけちまったな」

 

鈴が苛められてた件を思い出して再度頭を下げてくる親っさんを、俺は慌てて止める。

もうその件にはしっかり礼もしてもらったし、問題なんか無えからな。

1年振りに出会った俺達の間に穏やかな空気が流れるが、それも長くは続かなかった。

 

「……聞かないんだな?俺が日本に居る理由……気にならないのか?」

 

「あぁ、いえその……それなんですが」

 

「維勳!!大丈夫か!?」

 

「維勳おじさん!!」

 

と、俺が親っさんに理由を聞かない事の理由を説明しようとした時に、新たな来訪者が現れた。

現れたのはマスターとメイファちゃんだった。

何故か先生は2人には注意せずにタバコを吸ってる、おい先生。アンタそれで良いのかよ?

っていうかマスターとメイファちゃんは何故ここに?

 

「俺が電話して知らせておいたんだ。今回の事件に巻き込まれちゃってるしね」

 

俺の表情で俺が何を思ったのか読み取ってくれたのか、秋山さんがそう説明してくれる。

この人は何というか、こういう心遣いがにくいってモンを感じさせてくれるよな。

 

「趙、メイファ……そうか。2人から聞いたんだな……俺が日本に戻ってる理由を」

 

「それだけじゃねぇぜ。鳳さんよ」

 

「……?アンタは?」

 

ここにマスターとメイファちゃんが来た事で、俺が2人から事情を聞いたんだと勘付いた親っさんは自虐的な笑みを浮かべる。

だがそんな親っさんに対して、伊達さんが異を唱えながら進み出てきた。

 

「俺は京浜新聞社の伊達ってモンだ……今日は鍋島に取材を受けてもらう為に、神室町に出向いてもらってたのさ」

 

「取材……あぁ。そういえば元次と一夏は、2人だけの男性IS操縦者だっけ?取材とは人気者じゃねぇか……で、それだけじゃねぇってのはどういう事だい。伊達さんとやら?」

 

伊達さんの職業を聞いた親っさんは俺に笑顔を見せながらそう言い、伊達さんに説明の続きを促す。

 

「鍋島がアンタを見つけたのは偶然じゃねぇ……コイツはあんたがギャング共に狙われてると知って、神室町の情報屋に出された仕事こなして、大金払ってアンタを探してたんだ」

 

「ッ!?……本当なのか、元次?」

 

「……はい」

 

親っさんは伊達さんの言葉に目を見開き、ベットから身を乗り出して俺に真実を問う。

俺はその問いにYESと答えながら、親っさんに視線を向ける。

それで伊達さんの言ってる事が信じられたのか、親っさんは疲れた表情で窓の外を見た。

 

「情けねぇなぁ……あんな奴等に狙われた挙句、趙にまで迷惑かけちまう。それだけじゃなくて、まさか娘の友達に助けられてたとは……こんなんじゃ、国に居る鈴音に笑われちまうぜ」

 

まるで自棄でも起こしたかの様な表情で呟く親っさん。

そうか……鈴がこっちに帰ってきてる事を知らねえのかよ……。

 

「いや、もう新しい父親見つけて楽しく暮らしてるんだろうな……こんな駄目な親父の事なんかサッサと忘れてよ」

 

…………は?

 

「……親っさん……アンタ今なんつったよ?」

 

「え?(ガシッ!!)うぐ!?」

 

「お、おい鍋島!?」

 

「ちょ!?ちょっと鍋島君、落ち着きなって!!」

 

親っさんの放った無神経過ぎる言葉が感に障り、俺は立ち上がって語気を荒らげてしまう。

いきなり表情と雰囲気が変わった俺に戸惑う親っさんだが、俺は構わず親っさんの胸倉を掴んで持ち上げた。

巫山戯んじゃねぇよ……鈴がどれだけ悲しんでると思ってんだ。

伊達さんや秋山さんが止めてくるが、俺はそれに構わず親っさんを至近距離で睨みつける。

 

「アンタどれだけ無神経な事抜かしてんだよ……ッ!!鈴がアンタに会えなくて、どれだけ悲しんでたと思ってんだ!?探したくても何処に居るかすら判らないで泣いてた、アイツの気持ちが分かんのかよッ!!あ゛ぁ゛!?」

 

「ぐ……あ……ッ!?」

 

「お、お兄ちゃん止めて!?おじちゃんが死んじゃうよ!!」

 

「……ッ!!!(バッ!!)」

 

「ぐっ!?ハァ、ハァ、ハァッ!?げほっ!!」

 

メイファちゃんに縋り付かれて幾分か頭が冷えた俺は、乱暴に親っさんをベットへと降ろす。

クソがッ……知らねえとは言え、張本人からこんな事言われると無性に腹が立つ。

 

「ぐふっ…………フゥ……元次……お前、鈴の事何か知ってるのか?」

 

「……鈴は今、中国の代表候補生としてIS学園に居ます」

 

「なッ!?……鈴が、IS学園に?しかも中国の代表候補生?」

 

「そうです……必死に向こうで訓練して、日本のIS学園に入って俺や一夏ってダチ連中に会いたいってのもあったらしいですけど……」

 

俺はそこで言葉を切って、親っさんを真剣な表情で真っ直ぐ射抜く。

 

「一番は……親っさんに会いたいって言ってました」

 

「……」

 

「中国を出る時にお袋さんを問い詰めて……でも、判るのは東京に向かったって事だけで……昨日、俺達の前で大泣きしてたんですよ」

 

なるべく泣き顔を見られたくないだろうって配慮して、俺はサッサと鈴と一夏から離れたけど……あの顔だけはハッキリと見ちまった。

一夏のシャツを皺になるまで握りしめて、目から大粒の涙をボロボロ流しながら、子供ん時みてーに泣きじゃくる鈴の顔を。

あんなに恥も外聞も気にせず鈴が泣く事なんて、鈴が中国に帰る直前ぐらいだ。

それだけ大好きな父親に会いてえって気持ちを我慢してた鈴の姿を見た後であんなセリフ吐かれちゃ、キレたくもなる。

 

「マスターから聞きました……昔やってた店の時の様に、しっかり自分の生活の基盤を建ててからじゃないと、娘に会っても馬鹿にされちまうって言ってたらしいじゃないッスか?……本当にそんな事で鈴が親っさんを馬鹿にすると思ってんのかよ?」

 

「……思っちゃいねぇさ……俺も、鈴音に会いてえと何度も思った」

 

「だったら……ッ!!アイツに会ってやって下さい……親っさんがちゃんと元気に生きてて、鈴の事も大事に思ってるって事を、アイツに教えてやって下さい!!お願いします!!」

 

俺は立った姿勢のままで、親っさんに思いっ切り頭を下げる。

俺じゃアイツの笑顔を戻す事なんて出来ねえ……一夏だって、完全に鈴の笑顔を取り戻せる訳じゃねぇんだ。

アイツが心の底から会いたいって願ってる親っさんじゃなきゃ、鈴の影はキッチリ取れない。

そう思いながら頭を下げ続け、沈黙が部屋を支配する。

 

「――すまねぇ……今は駄目なんだ」

 

「ッ!?……何でっすか?」

 

親っさんの申し訳無さそうな声での拒否に体が動きそうになるのを何とか踏み止まらせる。

 

「確かに、鈴音は俺がこんな情けねえ姿でも馬鹿にしたりなんかしねえだろう……でも駄目なんだ……それじゃあ、俺は胸張ってアイツに『親父は元気にやってる』なんて言えねぇ……ッ!!」

 

悔しさからか、ベットのシーツを握りしめて男泣きする親っさんの姿を見て、俺は何も言えなくなった。

娘には、いや大事な娘だからこそ自分のカッコ悪い姿は見せたくないって事か。

溢れる涙を拭いもせずに嗚咽する親っさんは……本当に辛そうだった。

 

「会えるなら直ぐにでも会って抱きしめてぇ……ッ!!でもそれじゃあ駄目なんだ……それは只の甘えであって、鈴音にもっと負担を掛けちまう……離婚してても、せめて身なりぐらいはキチンと整えてアイツを迎えてやれるぐらいの『親父』にならなきゃあ、アイツに会わせる顔が無えんだよ……ッ!!」

 

「……維勳」

 

「おじさん……」

 

「ぐずっ……元次……頼みがある」

 

親っさんはグシグシと目元を拭うと居住まいを正して真剣な表情でベットに正座する。

俺も真剣な親っさんの力強い意志の宿った目を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「今日、俺と会った事は……鈴音には内緒にしてくれ……頼む!!」

 

親っさんはベットの上で正座した体勢から、俺に対して土下座して懇願してくる。

娘と同い年のガキに土下座をする……それが親っさんの本気度合いを示していた。

俺はそんな親っさんに掛ける言葉が見つからず、只ジッと親っさんを見る事しか出来ない。

 

「今直ぐは無理でも、今年の夏まで!!夏までには鈴音に会っても恥ずかしくねぇ大人になる!!だからそれまで、俺に少し時間をくれ!!」

 

親っさんは土下座の体勢から頭を起こして、俺に真剣な目を向けてそう言い放つ。

……そうだよな……親っさんがここに居るって分かってんだから、急ぐ必要は無えよな?

 

「……判りました。今日の事は俺の胸の中に閉まっておきます」

 

「ッ!?ほ、本当か!?「但し!!」ッ!?」

 

俺の答えに目を輝かせる親っさんだが、俺は親っさんの台詞を大きめの声で封殺。

 

「今年の夏休みが終わるまでに、鈴に会ってやって下さい。もし破れば……そん時は、俺の拳が襲いかかるって事を理解しといて下さいよ?」

 

脅しでも何でも無く、俺が本当に拳を振るっていうのを理解しているんだろう。

親っさんは怯えも見せずに真剣な表情で力強く頷いてくれた。

これ以上は俺の踏み込む所じゃねぇ……後は親っさんと鈴の問題だな。

その後は体を休めて下さいと親っさんに言って、マスターとメイファちゃんに親っさんの事を頼んでおいた。

まぁ二人共一年の付き合いなので快く承諾してくれたのは嬉しかったな。

最後に柄本医院の先生によろしくお願いしますと伝え、俺は伊達さんと秋山さんと共に柄本医院を後にした。

昼から来て今は夜の7時……そろそろ帰るとしますか。

もうそろそろ良い時間なので帰ると伝えると、伊達さんは「そうか」と言い、秋山さんは「え~?」と不満そうな声を出す。

 

「まだまだこれからが神室町の良い所スポット巡りの時間なのに、勿体無いなぁ」

 

「おい秋山。お前が言ってる良い所ってのは年齢的に鍋島は入れねぇじゃねぇか」

 

「大丈夫大丈夫、鍋島君なら見た目的にバレないですって」

 

いや、そりゃ確かにバレないだろうけど……行ってみたい気もするな。

 

pirrrrr

 

ん?何か今日は携帯の良く鳴る日だな――。

 

『送信者。ラヴリー束ちゃん』

 

『件名:何時も見てるよ?|●3●)ジー』

 

止めておこう、俺はまだ死にたくない。

背筋が寒いどころか凍ってしまいそうな本能の鳴らす警報に従い、秋山さんのお誘いは丁重にお断りしましたとも。

っていうか顔文字の目が果てしなく怖えよ。

そして束さん、プライベートくらいは守って下さいお願いだから。

結局、夜は時間があるというお二人と一緒にイントルーダーを止めた駐車場まで歩いてお終いとする事になった。

 

「しっかし、今日は色々遭ったなぁ」

 

「そうですよね。ホームレスのゴンさんを助けた事から始まって、伊達さんの取材。そして友達の父親を助ける為に花屋に依頼をして試合、最後はギャング掃除に親父さんとご対面……かなり濃い一日でしたね」

 

「最初のと伊達さんの取材は良いとして、残りは完全に予想外な出来事ばっかだったスよ」

 

ホント、秋山さんの言う通り滅茶苦茶ハードな一日だった……明日は家でゆっくり寝よう。

 

「まぁでも、今日はホント楽しかった。貴重なIS学園の話も聞けたし、君の人となりも色々知る事が出来たからね。実に有意義な一日だったよ、鍋島君」

 

秋山さんはそう言って俺の肩をポンと叩いてくる。

まぁ俺も大変ばっかりじゃなくて、色んな人達と知り合って、巡り会えたのは良い事だったな。

何時かまた神室町に来よう……約束も果たしてもらわなきゃいけねえしよ。

そうこうしている内に俺達は駐車場に辿り着き、昼と変わらぬ姿で堂々と鎮座しているイントルーダーの前に到着した。

 

「うお!?これが鍋島君のバイク!?はー……随分イカしてるねぇ」

 

「俺も若い頃はこういうバイクに憧れたもんだったな」

 

どうやら俺のイントルーダーは年上の2人から見てもかなり良い線行ってる様だ。

自分の手間暇掛けて仕上げたバイクは褒められるのはやっぱ嬉しいぜ。

 

「へー……これだけイジってあると、結構金掛かってるんじゃない?」

 

「確かに、バイク本体だけでも相当高いんじゃないか?」

 

「へへっ。褒めて貰って光栄ですけど、コイツは俺が廃車から見つけて、小学5年生の頃からコツコツと仕上げたバイクなんスよ」

 

「何!?お前さんがこのバイクを仕上げたのか!?しかも廃車からだと!?」

 

「うわー……予想外だったけど、君が本気でお爺さんの工場を継ごうとしてる努力の集大成って訳だ……成る程、そりゃイカしてる筈だよ。『夢』が形を持って走ってるんだからね」

 

2人から賞賛のコメントを貰った俺は照れ臭くなりながらも「有難う御座います」と返す。

やっぱ自分のバイクが褒められるのは気持ち良いぜ……大事な相棒だからな。

俺はバイクの駐車料金を受付に払い、バイクを受け取ってからエンジンに火を灯す。

吹け上がりと始動は一発で掛かり、太いエンジンサウンドがばら撒かれる。

いよいよ神室町ともお別れだな。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとうよ。また機会があったら会おう」

 

「はい。伊達さんも次の職場で頑張って下さい。それとママさんにもよろしく伝えて下さい」

 

「あぁ。ちゃんと伝えておく」

 

俺の今回の記事を最後に前の仕事に復職する伊達さんにエールを送って握手を交わす。

続いて笑顔を浮かべる秋山さんとも握手した。

 

「俺、本気で鍋島君が気に入ったよ。また神室町に来る事があったら、是非ウチの店に寄ってくれ」

 

「はい。そん時は、また飯を食いにいきましょう」

 

「あぁ。次に会う時までに、色々話のタネを増やしておいてくれよ?」

 

「ははっ。頑張ります。それじゃあ、今日はありがとうございました!!」

 

笑顔で手を振る伊達さんと秋山さんに挨拶しながら、俺は道路の流れに乗って神室町を後にする。

後2日休んだらまたIS学園の寮に戻るんだし……偶には腐れ縁のダチの家に遊びに行きますか。

残りの休みの予定を頭の中で組みつつ、俺は夜の町を優雅にクルージングしていく。

 

 

 

 

 

「――所で秋山?お前秘書の子に韓来の特選焼肉弁当買って帰るんじゃなかったのか?」

 

「――あ」

 

俺が去った後にそんな遣り取りがあった事は、全然知らなかった。

 

 

 






龍が如くは名作( ー`дー´)キリッ

だが作者は生かしきれてない(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学園の外の友人

 

 

 

「ふぅ……何ヶ月振りだろうな。ここに来るのは」

 

今日はあの神室町での騒動から2日経った日曜。

俺は愛車であるイントルーダーを転がして、アパートから数十分程走った場所にある食堂に来ていた。

見た目は普通の民家を少し大きくした造りの大衆食堂。

しかしここの業火野菜炒めはかなりの絶品だ。

シャキシャキ野菜に程良い塩加減、時折顔を出す肉の旨味が凝縮したあの味。

あっ、やべぇ久しぶりに食いたくなってきた……じゅるり。

 

「昼はどうせここで食うんだし、いっちょ業火野菜炒めをお願いしますかねっと」

 

入り口から漂う匂いに垂れてきた涎を拭いながら、俺は店の端っこにイントルーダーを止めて入り口を潜る。

 

「(ガラララッ)いらっしゃいま……。あらあら!?元次君じゃないの!!久しぶりねぇ♪」

 

入り口を潜った俺を出迎えてくれたのは、この『五反田食堂』のマドンナにしてこの家の真の支配者である『五反田蓮』さんだ。

旦那?あの人は婿入りだし奥さんに頭上がらない人だから無理。

しっかし、相も変わらず美人過ぎるよなぁ蓮さん、とても俺と同い年の息子が居る様には見えねぇ。

この食堂で味以外も目当てに来てるリーマンのおっさん達も鼻の下伸ばしてるし。

 

「ご無沙汰しています、蓮さん。今日も相変わらずお綺麗ですね」

 

「まっ、やだわもう♪こんなおばさん捕まえてそんな事言って♪お昼ウチで食べていくんでしょ?今日は特別に唐揚げオマケしてあげるからね♪」

 

「あー……何か強請った風になっちまいましたけど、ありがとうございます」

 

頭を下げながら賛辞を言う俺に気を良くした蓮さんは、頬に手を当てながら困った様に笑い、サービスの約束をしてくれた。

息子娘に遺伝した情熱的な赤髪のロングヘアーに優しい眼差しと雰囲気。

本当にアイツの母親には見えねぇよ。

 

「弾と約束してるのよね?一夏君もさっき来たし、どうぞ上がって」

 

「はい。お邪魔します」

 

お盆を持ったままに家に上がる許可をくれた蓮さんに挨拶してから、俺は店の奥にある五反田家の家屋へ向かい、そこから弾の部屋がある2階への階段へ足を伸ばす。

そう、今日は中学の頃からのダチである五反田弾の家に遊びに来たのだ。

土曜日は家でゆったりまったりしてた俺だが、今日の朝に一夏から連絡が到来。

曰く、昨日一昨日で家の掃除と衣替えが終わったので、今日は昼から弾の家で遊んでIS学園に帰るとの事。

それで、暇なら俺も一緒に弾の家で遊ばないかと弾と一夏から誘いを受けたので、これを承諾した。

まぁ、帰りは序に乗せてくれと頼まれたけど、それぐらいなら良いだろう。

 

「おう。久しぶりじゃねぇか、ゲン坊」

 

と、考え事をしてた俺の耳に、厨房から呼びかける声が聞こえてきた。

そっちに振り向けば、そこには年齢をモノともしない筋骨隆々の体躯をした男が1人。

頭は綺麗に髪の毛が残っていないという潔いスキンヘッドスタイルのこの御方、弾と妹の蘭ちゃんの祖父の『五反田巌』さん。

この五反田食堂の厨房を支える一家の大黒柱にして、孫娘である蘭ちゃんを溺愛してる。

弾と蘭ちゃんじゃ扱いの差が激しいからなぁ。

っと。んな事より挨拶しとかねぇと。

 

「お久しぶりです、巌さん。お元気そうで何よりッスよ」

 

「フンッ。なぁにが『お元気そうで』だ馬鹿野郎。俺はまだまだ現役だ。テメエみてぇな餓鬼に心配される程、老いぼれちゃいねぇ」

 

「くくっ。違いねぇや……ホント、ウチの爺ちゃんとそっくりな性格してますよ」

 

「ケッ。俺はオメェの爺じゃねぇからな。間違えるなよ」

 

俺の言葉にフンと鼻息を鳴らして不機嫌な表情を浮かべる巌さんに、俺は笑いながらそう返す。

何せ筋肉が全く衰えていねぇし、背筋がピンとしてる。

まだまだ一家の大黒柱として現役バリバリというのは疑い様も無い。

勿論、弾と蘭ちゃんの親父さんだってちゃんと仕事してるが、爺さんが働いてるとどうしてもソッチが大黒柱に感じてくる。

 

「また昼になったら降りて来い。弾達の序に飯作ってやる」

 

「はい。有難うございます。それじゃ、お邪魔しますんで」

 

「おう。それとあいつ等に、あんまりバタバタするんじゃねぇぞって伝えとけ」

 

最後に言われた注意に「うーっす」と返しながら、俺は二階へと続く階段を登る。

そのまま廊下を通り抜けて、弾と書かれたプレートのドアをノックも無しに開く。

部屋の中では一夏と弾がゲームをして遊んでいた。

 

「おっ?やっと来やがったのか、二人目の男性IS操縦者。そして俺たち男の敵NO,2め、元気そうじゃねぇか?」

 

「あん?いきなりご挨拶じゃねぇか?何で俺まで一夏と同列で男達の敵扱いだよコラ……テメエこそ元気みてぇだな?弾」

 

「おいゲン。その言い方だと俺は男達の敵と認識されてる事に納得してる様にしか聞こえねぇぞ」

 

「「認識してるが何か?」」

 

「ハモリやがった!?畜生!!」

 

部屋に入って挨拶も交わさず、ちょうどゲームが終わった弾と俺は拳を合わせる。

同じく俺と弾に男達の敵認定されて悔しがってる一夏とも拳を合わせて挨拶は終了。

野郎同士の挨拶なんてこんなモンだ。

俺は項垂れる一夏を放置して、戸棚から漫画を取り出して弾のベットに腰掛ける。

一夏達はもうゲーム画面へと向き直って、自分の使う機体を選んでいた。

あれは……あぁ、『IS/VS』か。

正式名称『IS/VS《インフィニット・ストラトス・バーサス・スカイ》』という格闘ゲームだ。

このゲームは『国家代表候補生の監修の下、ISに乗っている臨場感をリアルに追求』という売り文句で発売され、今月だけで累計100万本を売り上げたらしい。

とあるゲーム雑誌のコラムよると、『臨場感がリアルに再現されているため、男でもIS操縦者の気分を味わえる』というのが、売り上げの決め手だとか。

まぁ、なんだかんだでISに乗ってみたい男子は多いって事なんだろうな。

その気持ちも分からねぇって訳じゃねぇ。

空を自由に飛び回るあの爽快感も、微かに感じるGの押し付けられる心地良さも憧れるだろうさ。

ただそこに至るまでの専門用語とか授業は大変だぞ、男性諸君?

 

「そーいえばよ、ゲン。お前はどうなんだ?女だらけの学園生活。やっぱバラ色なんだろうな、クソッ」

 

「勝手に自己完結して1人で妬むんじゃねぇよタコ。第一そんな良いモンじゃねぇぞ?」

 

「ほらな。ゲンもそう言うって言ったろ?」

 

どうやら一夏も既に同じ質問をされてるらしい。

弾の奴は何時でも変わらねぇよな。

そんなにガツガツしなきゃ良い女ゲット出来るだろうに、ルックスは良いんだから。

 

「お前の言葉は女関係に限って信用出来ねぇんだよ一夏。それじゃあゲン。一体何が不満なんだよ?IS学園って言えば女の花園。しかも学生のレベルはすげえ高いじゃねぇか?」

 

弾は俺の言葉に不満を持ってるのか、何時に無く不機嫌な表情で振り返ってくる。

どうやらゲームのステージ選びの前で止めた様だ。

さすがに対戦者の弾が進めないなら一夏も進めないので、呆れた表情で会話に混ざってくる。

何が不満だって?不満なら結構あるんだぞ。

 

「まぁ軽い所で言うなら、女ばっかりだと男同士の馬鹿なノリとか気の合う馬鹿話が出来ねぇ。一夏とそんな話をしようにも、俺達は何時も聞き耳立てられてんだぜ?そんな中で下ネタやらかそうモンなら、1時間もしない内に噂は学園中に広まっちまうだろうな」

 

「げっ。1時間もかからないのかよ……確かにそれがずっとだと、気が張っちまうか」

 

「あぁ。確かにゲンの言う通り、会話1つにだって気を使うんだよなぁ」

 

「仕方無えだろ一夏。学園に男子は俺等2人だけだから、良くも悪くも注目されちまうんだよ。否応無しにな」

 

溜息を吐きたくなるのを我慢しながら不満を述べると、弾も少し顔を歪ませる。

何だかんだ女だとか言っても、気のおけるダチが居ねぇと気の抜き所が無いからな。

事実この前、一夏の(検閲削除)の話をうっかり出した時は、教室のカオス度が半端じゃ無くなった。

その所為で授業が遅れるわ千冬さんに出席簿ファイヤーを食らう羽目になったんだしよ。

 

「次に、まぁ俺的に嫌な所だが……女尊男卑思考の馬鹿女が居て鬱陶しいんだよ。一昨日も学園を出る前に絡んできやがったしな」

 

「あー……それは……俺も嫌だな」

 

「先生達の中にはそんな考えの人は居ないけど、俺達の同級と上級には結構居るぞ。ゲンは何時でも何処でも真っ正面から喧嘩売る」

 

「そりゃ、何せゲンだしな……でも確かに、美人な分そういう思考の人間と一緒っていうのは俺も無理」

 

何だその俺だから仕方無いって言い方はよ?絞めるぞコラ。

IS学園って超が付く程の名門エリート校だから、名士とか名のある企業の娘とかも入るお嬢様学校でもある。

そういった輩の中には蝶よ花よ男は顎で使えと教えられて育った奴等も居るし。

 

「他にも、俺等は女性権利団体のババァ共に目ぇ付けられてるぜ?一夏はその話聞いてるか?」

 

「あぁ。千冬姉に聞いた。女性権利団体は女はISに乗れるから偉いって風潮を俺達が潰すって危惧してるから、俺達はやっかみの対象になるだろうって……まぁ、俺の方は千冬姉が居るから表立った手段は取ってこないだろうって言われたけど……」

 

「……何だよ一夏。その言い方じゃ、ゲンの方は危ないって言ってる様なモンじゃねぇか?」

 

俺の振った話題を聞いて一夏は少し歯を食い縛り、その様子を不振に思った弾が一夏に詰め寄る。

今一夏が言った様に、一夏の後ろには世界最強のIS乗りである千冬さんが居る。

女性からしたらIS生誕から初めて世界最強という頂点に立ったカリスマ。

でも、過去のモンドグロッソの試合内容が他の選手と拮抗していたのなら、女性権利団体は強気に出てただろう。

しかし現実は、全ての試合が千冬さんのワンサイドゲーム。

武装は刀1本で銃弾やグレネードの嵐を掻い潜り、時には斬り落とすというバグキャラっぷりだ。

さすがの馬鹿共もそんな女傑を敵に回したくないんだろう。

一方で俺も束さんが前に一度政府の先走った馬鹿にキレて俺を守ってくれた事があるが、『残念』ながら女性権利団体にはそれが伝わっていないらしい。

奴等政府の高官が男連中だからって、話すら聞く耳持たなかったとさ。

直接的に攻撃してくる可能性があるから充分注意してくれと、先週政府のお姉さんから言われたよ。

あぁ、本当に『残念』だなぁ……直接攻撃なんて、随分『怖い』真似考えやがる。

 

「……な、なぁ一夏さん?なんか、ゲンがすげえ嬉しそうな顔してんだけど……まさか、ですよね?(ひそひそ)」

 

「そのまさかですよ、弾さん。危ない事は危ないんだけど……別の意味で危ないんだよ、『女性権利団体が』(ひそひそ)」

 

「……俺、今初めて女性権利団体の奴等が可哀想だって思った(ひそひそ)」

 

ん?何を神妙な顔でヒソヒソ話してんだあいつ等?

1人ほくそ笑んでいた思考を戻して視線を二人に向けると、二人は「何でも無い」と愛想笑いしてきた。

まぁ何でも無えなら良いが……。

 

「とりあえずそういったしがらみとか環境があるから、女の花園ってのもあんまし良いモンじゃねぇってこった」

 

「そ、そうか……確かに、実際に聞くと結構気疲れしそうだな、女だらけってのも」

 

「そーいうこった……まぁ……普通に性格良くて可愛い上にスタイル抜群な子とかも沢山居るんだけどよ」

 

「てめぇブッ殺す!!さあ死ねやれ死ね今死ねすぐ死ねいいや俺がここで死なすぅううううッ!!!」

 

「お、落ち着けって弾!?そんな血の涙流す様な事でも無ぇだろ!?」

 

「テメエは自らの幸せと罪深さを自覚しろぉおおおッ!!!」

 

「うおぉぉおおおおお!?ひ、標的が何時の間にか俺になってるじゃねぇか!?」

 

おぉっと、やっちまった。

目の前でどったんばったんと取っ組み合いをやってる弾と一夏を見ながら自分の失敗を悟る。

あー……そういや、弾は一夏が行く予定だった藍越学園に行ってるんだよな。

確かあそこを受験した俺等の中学校の女子って全員……。

 

「ほ、ほら!?ウチの中学からも藍越行った女子いっぱい居るじゃんか!?前にお前が可愛いって言ってた船越さんとか――」

 

「(ブチッ!!)船越さん、というかウチの女子は皆好きな(一夏)が居るんですよ一夏クゥゥウンッ!!!」

 

「あぶげぇええッ!?エ、エビ反りは止め……ッ!?」

 

既に撃墜済み、なんだよな一夏が。

誰も彼もが志望理由聞かれて一夏を見ながら顔赤くしてたし。

お陰で今年の藍越の入学希望者は激増だったそうな。

だというのに、当の本人は自覚してねぇどころか別の学校行っちまうんだもんなぁ。

 

「みぃいんな目当ての男が急遽違うトコ受けちまった所為で!!女子は皆絶望してるから、藍越の男連中は春が来ねぇと嘆いてんのさぁあああッ!!そこんとこどう思うね一夏よぉおおッ!?」

 

「そ、それは災難だな……しかし、皆同じ男に惚れてんのか。それなのに突然志望先変えるなんて、鬼畜な男も居たもんだぜ」

 

その鬼畜ってのは他ならぬオメーだよこの馬鹿チンが。何したり顔で頷いてんだよ。

お前絶対に「自分以外に藍越受けなかった奴が居るんだ」とか考えてるだろ。

見ろよ弾の表情がもう見せられないよレベルに変貌してんじゃねぇか。

おっ。そうこうしてる間にエビ反りから体勢を変えて……。

 

「――踏ンナマァアアアッ!!(グリグリグリグリッ!!)」

 

「あっふぉおおお!?そ、そんなに刺激しないでぇえええ!?」

 

「踏ンダラァアアアアッ!!(グリグリグリグリッ!!)」

 

おぉーっとぉ!?流れる様な動作の繋ぎから電・気・アンマに移行!!

対戦者のKING・OF・TOUHENBOKUは悲痛な悲鳴を吐き出す!!これは効いてるぞぉお!?

俺の目の前で一夏に憤怒の形相で電気アンマを仕掛ける弾と、それを少し頬を染めて悲鳴を挙げながら受ける一夏。

あぁ……これだよ、このアホらしい遣り取りこそ、青春だ。

久しぶりに感じる男同士の馬鹿な遣り取りを心ゆくまで観戦者として傍観する俺。

 

 

 

バンッ!!

 

 

 

「――うるさぁあああああああああああああいッ!!(ヒュバッ!!)」

 

「ん?蘭ちゃ(バシィ!!)んもぉ!?」

 

「「あ」」

 

「お兄!!幾ら何でも騒ぎ過ぎ――へ?」

 

 

 

床でバッタンバッタンと組んず解れつしてた一夏と弾を見てると、何やら叫び声を出しながら女の子が乱入してきた。

そして突如部屋の扉を蹴り開けた乱入者の投擲物が、何故か観戦してた俺の顔面にナイスヒット。

ダメージは皆無なものの、くぐもったヘンテコ過ぎる悲鳴を出してしまう俺であった。

……うん、まぁ偶にはこんな事もあるわな。

こんな蚊に噛まれた様な痛みの無い攻撃に一々目くじら立てる程の事も無えけど。

慌てず騒がずに自分の顔面を強襲した飛来物を避けて、俺は扉の前で呆然と立ち尽くす蘭ちゃんに目を向ける。

弾と同じ赤い髪を伸ばし、薄紫色のバンドで髪を纏め、キャミソールにホットパンツの薄着という何ともホットな出で立ち。

たかが中学生と侮るなかれ、スタイルと身長は既に鈴を超えて……いや、あいつが乏しすぎるだけか。

 

「……久しぶりの挨拶にしちゃ、ちと刺激的過ぎじゃね、蘭ちゃん?」

 

「げ、元次先輩!?そ、それにい、一夏さんも!?」

 

「よ、よう蘭。お邪魔してる」

 

苦笑しながらスリッパをブラブラさせて挨拶すると、蘭ちゃんは俺と一夏の存在を確認して驚く。

更に一夏の存在を確認した蘭ちゃんは、自分の格好を見下ろし、慌ててドアの影に隠れる。

まぁキャミソールの紐が片方ズレてたし、ホットパンツなんかボタン止めてなかったからなぁ。

好きな男の前ではそんなだらしない格好を見せたくないってトコだろう。

 

「い、いらしてたんですか、お二人共……ってキャァアア!?ごごご、ごめんなさい元次先輩!!お兄にぶつけるつもりだったのに、間違えて元次先輩にぶつけちゃうなんて、ホントにすいませんでした!!」

 

今出来る最大限の身だしなみを整えた蘭ちゃんはドアの影からヒョコッと顔を出してはにかむが、俺が手にスリッパを持ってるのに気づくと慌てて頭を下げてきた。

っていうかコレ弾にぶつけるつもりだったのかよ……昔から兄貴の威厳ゼロだな、弾よ。

まぁちゃんと謝れる子だって知ってたし、これぐらいの事じゃ怒るつもりも無い。

だから俺は手をヒラヒラ振って蘭ちゃんに笑顔を見せた。

 

「構わねぇよ。蘭ちゃんはちゃんと悪い事したら謝れる子だからな。コレに関しては不幸な事故って事で、終わらせようや」

 

「い、いえそんな!?本当にごめんなさい……あの、良かったらお二人共ウチでご飯食べてって下さいね?」

 

俺からスリッパを受け取った蘭ちゃんはもう一度俺に深く頭を下げると、最後にそう言って部屋から出てった。

あの子も多少は直情的なトコがあっけど、根はちゃんと優しい良い子だからな。

こんな事ぐらいで怒ってやっちゃ可哀想だ。

そう思ってると下から巌さんが大声で俺達に「飯だぞ!!とっとと降りて来な小僧共!!」と呼びかけてきた。

 

「おっ?飯作って貰えたみてぇだな。さっさと降りようぜ」

 

「イテテ……そうだな。久しぶりに巌さんの業火野菜炒めが食いた……どうした、弾?」

 

「いや、只……俺ってゲンみてぇに、蘭からあんな感じで接された事無えからよ……兄貴としてどうなんだって思っちまってな」

 

俺が率先して階段を降りようとすると、電気アンマから開放された一夏も痛いと訴えながら俺に同意する。

だが、さっきの蘭ちゃんの対応に引っ掛かる所があるのか、弾は落ち込んだ表情で変な事をのたまう。

 

「はぁ?馬鹿じゃねぇのお前?少なくともお前と蘭ちゃんは普通に仲の良い兄妹じゃねぇか」

 

逆に、俺に対してああいう風に丁寧な対応取ってるのはどう考えても他人様に失礼の無い様にってヤツだ。

蘭ちゃんと弾の普通なやりとりは、少なくとも仲が良くなけりゃ出来ねえ。

その普通に仲が良いってのが結構難しいんだぞ。

 

「世の中にゃ話すらしねぇ兄妹なんてのもザラに居るんだ。年頃の妹があぁやって素の自分を曝け出すってのは、それだけお前に気を許してる証拠だよ。自信持っとけ」

 

「そうだな、ゲンの言う通りだぞ?千冬姉だって外じゃピシッとしてても、家じゃ俺にズボラな所を隠そうともしないしな」

 

一夏、その台詞はカラカラ笑って言える程軽い者じゃねぇって気付け。

落ち込んでるダチを元気づける為にとはいえ、話題にするには重すぎるって事を。

 

「まぁ、そうだけどよ……ハァ。落ち込んでてもしゃーねぇか……っていうかゲン。何我が物顔で先行こうとしてんだ。俺が先頭だっつの」

 

「お?ちったあ元気出たみてーじゃねぇか?そんじゃあどうぞ、お先に」

 

一夏の励ましを聞いて落ち込んでても仕方無いと割り切ったのか、弾は急に復活した。

その様子に笑みを零しながら道を譲り、俺はこの空気の暖かさを噛みしめる。

ダチと過ごす時間ってのは、何時でも心地いいもんだよ、ホント。

と、まぁそんな事を思いながら下へ降りれば……。

 

「げっ」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

露骨に嫌そうな声を出す弾を、一夏が後ろから覗く。

俺は弾より身長が高いから普通に見えるけど、俺達の昼食が用意されてた場所に先客が居た。

 

「何?文句があるならお兄だけ外で食べてよね」

 

「聞いたか一夏、ゲン。今の優しさと情に溢れた言葉。泣けてきちまうぜ」

 

「あ、あはは……」

 

さっきの話の矢先だからか、今の台詞は弾の心にクリティカルした様だ。

一夏もさすがに掛ける言葉が無いのか、苦笑いして誤魔化してる。

俺等より先に居たのは他でも無い蘭ちゃんな訳だが、さっきまでと格好が全然違う。

バンダナに適当な感じで纏められてた髪は綺麗に下ろされ、清潔感溢れる白いワンピースを着てる。

どうやら一夏の居る前だからって正装したみてぇだな。

 

「まぁ良いから早いトコ食っちまおうぜ?熱々出来たての今が一番美味えんだしよ」

 

「そうだぞ餓鬼共。食わねぇんなら下げちまうからな」

 

ササッと席に着いて全員を待つ俺の言葉に厨房から巌さんが肯定してくる。

折角作ってもらったんだし、早いトコ食わねぇとな。

残りの3人も特に異論は無いのか、席に座ろうとしたので、俺は声を掛ける。

 

「一夏、オメェは俺の隣に座れ」

 

「ん?別に席なんか何処でも良いけど、何でだ?」

 

「別に?只蘭ちゃんとも久しぶりに会ったんだし、対面に座った方が話し易いだろうと思っただけだ」

 

「えぇ!?げ、元次先輩!?」

 

俺の提案に驚いて顔を赤くする蘭ちゃんに、俺は苦笑を返す。

最近一夏に本気で惚れた奴等、即ち一夏ラヴァーズの攻防が激しいので、1人蚊帳の外になってしまっている蘭ちゃんにも援護してやらねぇとな。

 

「そうだな。確かに会うの大分久しぶりだし、蘭が嫌じゃなかったらそれで良いけど……」

 

「い、嫌だなんてそんな!?是非お願いします!!」

 

「お、おう。じゃあ座るか」

 

「は、はい……♪」

 

「……なぁ、ゲン?世の中の理不尽を覆すにはどうしたら良いと思う?」

 

「オメェはがっつかなきゃ良い女とも出会えると思うぜ?顔は普通にイケメンなんだしよ」

 

隣りでラブコメってる二人を見た弾は血の涙を流しながらそんな事を言うので、慰め+事実を言っておく。

俺より全然イケメンなんだから、努力の方向性を間違えなきゃ絶対に良い線いけるはずなんだ。

そんな遣り取りをしてると、蘭ちゃんは俺の方を見てペコッと頭を下げてくる。

うんうん、ちゃんとお礼を言える子は何時でも応援してやりたくなるな。

まぁ喋るのはそこまでにして、俺達は無言で飯を食い始めた。

これは巌さんが飯時の会話について厳しい考えを持ってるからであって、弾の家で食うと自然に無口になる。

何故そうしなければいけないのかと言うと、食べ物を噛みながら喋ったりするとその最中に中華鍋が飛んでくるからだ。

マナー違反をする相手が客でも身内でも厳さんは一切容赦し無いのだ。

とはいっても、口の中にモノを入れてなきゃ怒られはしないが。

 

「むぐむぐ……着替えたんだな、蘭。どっか出掛けるのか?」

 

「い、いえ。そういう訳じゃ無いんですが……」

 

と、蘭ちゃんが会話を振ってこないので、一夏から話題を振っていく事にした様だ。

まぁ恥ずかしがって話題を探してたって所だろうが、それじゃ駄目だぞ蘭ちゃん?

何せ相手は鈍感を煮込んで出来た塊みてぇな奴だからなぁ……会話の主導権握らせると……。

 

「へぇ……デートか!?」

 

「違います!!(バンッ!!)」

 

「あ、あぁ。そうなのか……」

 

外角斜め上ギリギリのボール球を投げてきやがるから。

ちなみに今のバンって音は蘭ちゃんが机を叩いて鳴った音だが、巌さんの怒声も中華鍋も飛んでこない。

巌さん蘭ちゃんにベタ甘だからなぁ……弾がやったら鍋だろう、間違い無く。

ってあぁ!?俺の味噌汁が零れる零れる!?

 

「ち、ちょい待て蘭ちゃん。テーブルは今だけは叩いちゃいけねぇ。飯が零れちまう」

 

「はぅ。す、すいません」

 

「そうよ、蘭。食事中にはしたない真似はしちゃ駄目」

 

「お、お母さん」

 

俺が零れそうになった味噌汁を確保していた所に、普通サイズの皿を持って蓮さんが登場した。

蓮さんは母親らしく甘やかさず、蘭ちゃんを厳しく嗜める。

まぁ巌さんが甘いから、蓮さんがちゃんと怒る時は怒る事でバランス取れてるんだろう。

 

「はい元次君、約束してた唐揚げ♪皆の分ももう直ぐ揚がるからね」

 

「っしゃ!!ありがとうございまーっす!!」

 

俺の目の前に置かれた皿には、ジュージューと食欲を誘う音を鳴らす唐揚げ君達。

この唐揚げは蓮さん自作のメニューって事で評判もかなり高い人気メニューなのだ。

しかもこの山盛り具合、普通なら二皿分の金は取られる。

 

「店ん中で大声出すんじゃねぇ!!(ヒュボッ!!)」

 

と、感激のあまりかなり大きな声でお礼を言ってしまった俺に飛来する中華鍋。

ふん!!甘いわぁ!!慌てず騒がず飛んでくる鍋を……ナイスキャッチ!!

 

「よっと(パシッ)へへ!!俺だってちゃんと成長し(ジュウウッ!!)って熱っっっづぁああああッ!?ちょ!?巌さん中華鍋アッツアツなんスけど!?」

 

「ふん!!無駄に頑丈なオメェだけの制裁だ。有難く受け取っとけ(中華鍋の極み)」

 

「え!?この為だけに鍋あっためてたんスか!?漢らしく無駄過ぎる!?」

 

どうやら俺は熱に対する耐性も挙げておかねばならない様子。

こんなん用意されてちゃオチオチ騒ぐ事も出来ねぇ。

まぁ火傷しない火力と温度だったから別に良いんだけどな。

 

「一夏……ゲンの奴、なんかまた更にタフガイになってるよな?」

 

「ん?あぁ、何でも今年の冬休みに千冬姉と同じ強さの人に師事しながら、体長6メートルの巨大熊と喧嘩して勝ったらしい」

 

「俺等のダチは何処に行こうとしてんの?……まぁゲンだし、なぁ……それぐらいやってもおかしくねぇっていうか」

 

「……普通ならそれ聞いて「嘘でしょそれ」って笑う所でしょうけど、元次先輩だと『あぁ。あの人がまた1つ伝説を……』って思っちゃうんですよね。私の中学でも、元次先輩の噂は健在ですし」

 

「ゲンが『ケンカサピエンス』、なんて呼ばれてた頃の話か……藍越でもチョコチョコ聞くぜ。『車とタイマン張っても勝てる男』って……何か女子からは『恐竜ゲンちゃん♡』とか言われて親しまれてたけど……」

 

「あー……お兄の言ってるのって、多分アレじゃない?昔助けた事があるとか、喧嘩の序に助けたとか。ウチの学校の子達も似たような感じだった」

 

鍋を巌さんに渡してから席に着くと、何故か全員から人外を見る様な目で見られたとです。

正直、俺より強い人なんかこの世界にゃごまんと居る訳で、これぐらいで驚いてちゃ駄目だろと言いたい。

 

「まぁゲンの化け物っぷりはこの際放り投げて……でよう一夏。鈴と、えーと、誰だっけ?お前とゲンのファースト幼なじみ?と再会したって?」

 

あ、無かった事にされた。

まぁ別にそれぐらいは良いかと思いつつ、話に聞き耳を立てながら唐揚げをパクッと一口。

ん~~!!ジューシーサクサクで美味え!!

サクサクと音を立てる衣を味わいながら蘭ちゃんに視線を向けると、蘭ちゃんは弾の言葉を聞いて首を傾げている。

そういえば、蘭ちゃんは箒の事知らねぇんだっけ。

 

「ああ、箒な。6年振りに再会したよ」

 

「ホウキ……?誰ですか?」

 

「ん?俺とゲンのファースト幼なじみ」

 

「……元次先輩」

 

「ん?むぐむぐむぐ……」

 

「あっ。ご、ごめんなさい。ゆっくり食べて下さいね」

 

一夏の言葉を聞いた蘭ちゃんは些か真剣な表情で俺に視線を向けてきた。

どうやら一夏では駄目だと気付き、俺に説明を要求してる模様。

しかして俺の口の中は唐揚げで幸せ状態なので「少し待ってくれ」と手を向ける。

それで理解してくれた蘭ちゃんは1つ謝り、慌てなくて良いですと言ってくれた。

ホントに良い子だなぁ……食事中でも余裕の無いアイツ等とは雲泥の差だぜ。

 

「むぐ……ごくん。箒ってのは俺等が小学4年まで一緒だった幼馴染み。蘭ちゃんより長い艶やかな黒髪。そして恐らく1年生の中でも抜きん出たナイスバディの持ち主だ」

 

「ありがとうございます……どうですか?」

 

「そりゃ一夏だぜ?」

 

フラグ建設してねぇ訳がねぇでしょうに。

 

「ん?俺がどうかしたのか?」

 

隣りでの会話に対する反応がこれだもん。

俺の苦笑いしながらの台詞と一夏の朴念仁っぷりに「ですよねー」と疲れた溜息を吐く蘭ちゃん。

頑張れ恋する乙女。恋とは即ち戦だって言うしな。

道は果てしなく険しく、ゴールは見えない(ゴールが鈍感だから)ぞ?

 

「ちなみにセカンドは鈴な」

 

「鈴さんですか……」

 

鈴の話が出た途端、蘭ちゃんの表情は些か硬くなる。

まぁ鈴が一夏の事好きなのは知ってるし、向こうも蘭ちゃんが一夏を好きなのは承知済み。

つまり二人は顔を合わせ、互いに近いポジションに居る恋のライバルなのだ。

昔はこの二人を上手い事一夏と近づける調整に苦労したもんだぜ。

 

「そうそう、その箒と同じ部屋なんだよ。まあもうすぐでゲンと一緒になる――」

 

ガタタンッ!!

 

「お!?おおお、同じ部屋!?男女で同じ部屋ですか!?」

 

箒と相部屋だと知った蘭ちゃんは盛大に取り乱して立ち上がる。

後ろではワンテンポ送れて椅子が床に転がった。

その急変振りに驚きながらも茶碗は手離さない一夏と、疲れた顔で茶を啜る弾。

 

「ど、どうした? 落ち着け」

 

「そうだぞ。少し落ち着け(ズズ~)」

 

「あむ(サクッ)……ッ!?こ、この唐揚げだけ、衣にピリッとした辛さを加えてソース無しで食えるアクセントを加えてある、だと?しかもシンプルだからこそ肉の旨味がより一層引き立ってやがる……ッ!?」

 

「あっ。引き当てたのね元次君。それ、今度お店で出そうかなって考えてる新しい衣なんだけど、どう?」

 

「イケる!!これはイケるッスよ!!俺等みたいな育ち盛りは好きッスね、この味付け!!小学生くらいになっちまうとちょっと辛い気もするけど、大人とか中高生には人気出ると思いますよ!!」

 

「それは良かったわ♪忌憚の無い意見も参考になるし……そうね、お子様セットの唐揚げは普通の衣にして……」

 

「思い切って餡かけとかにしても良いんじゃないっすか?子供は甘辛いの好きな子多いですし」

 

「ッ!?それは良い案だわ!!ありがとう元次君♪」

 

「いえいえ。これも次来た時にもっと美味えモンが食えると思えばこそで……」

 

「元次先輩!!お母さん!!料理談義に花咲かせないで下さい!!」

 

驚愕する蘭ちゃんそっちのけで蓮さんと喋ってたら怒られた。

蓮さんは「あらあら」と微笑みながら蘭ちゃんに謝り、また仕事に戻っていく。

仕方ねぇ、俺もこっちの話に戻りますか。

 

「い、一夏、さん?同じ部屋っていうのは、つまり、男女が一ヵ月半も寝食をともに……ッ!?」

 

どうにも俺と蓮さんにツッコミを入れただけでは平常心は取り戻せなかった様で、蘭ちゃんは若干取り乱しながら一夏に問う。

その質問を受けた一夏も、さすがに男女はどうかと思っていた様で頬を指で掻きながら苦笑。

 

「ま、まあそうなる……かな。でもそろそろ約束の期限だし、ゲンと相部屋になるはずだと思うんだけど」

 

「あぁ。多分学園に戻ったら何かしら連絡あるんじゃねぇか?……しかし、そっか……もう本音ちゃんとの相部屋生活も終わりか」

 

あのマイナスイオン溢れる本音ちゃんとの相部屋を解消……あぁ、神は何て残酷なんだ。

しかも次の同居人がエロいトラブル略してエロブルの伝道師一夏とか何の嫌がらせだよ、畜生。

そう考え残念な気持ちに浸っていると、俺の目の前に座る弾の顔が驚愕と……怒りに染まっていくではないか。

え?何故に?しかも標的俺ですか?

目の前の弾の様子に疑問を持っていると、弾が身を乗り出して俺の胸倉を掴んできた。

 

「って、てて、テメェごるぁ!?も、もも、もしかしなくともテメエまで女の子とど、どど、同棲してやがるのか!!アァン!?」

 

至近距離で血の涙を流しながら俺に吠え立てる弾を見て納得する。

コイツは俺が女の子と一緒に生活してたのが羨ましくて仕方ねぇんだろう。

一夏は見ての通りだから心配ないって事かい。

つうか同棲言うな、知らねぇ奴が聞いたら誤解されちまうだろ。

まぁここまで騒がしくする奴を放っておく巌さんでは無く、スコーンと小気味良い音を立てて弾の頭にお玉がヒット。

頭を抑えて蹲る弾の姿がメラ良い気味だった。

 

「あ、あの元次先輩?どうして元次先輩と一夏さんは相部屋じゃ無いんですか?普通はそうすると思うんですけど……」

 

「ん?あぁ……」

 

蘭ちゃんの必死な表情で問い掛けられた質問に、俺は少し考えながら言葉を止める。

まぁ変にボカしてもあれだし、普通に答えた方が良いか。

 

「ほら、俺と一夏は世界で二人だけのIS操縦者だから、まぁ当然身柄が危なくなるってのは蘭ちゃんも分かるよな?」

 

俺の問いに少し真剣な表情を浮かべた蘭ちゃんは1つ頷いて続きを促す。

 

「だから、俺等の身柄の安全を優先した結果、既に決まっていた寮の部屋割りの空いてる場所へ強引にブチこんだのが今の状態。先生が今寮の部屋割り変更をしてくれてるから、もう直ぐ俺等は相部屋になるだろうって事だよ」

 

「そういう事でしたか……侮れないわね、ファースト幼馴染み」

 

まぁ一夏の部屋のルームメイトが箒だったのは意外だったけど、多分誰かが手回ししたんだろう。

束さんか千冬さんのどっちかが、一夏の安全を考えてか、それとも箒の恋心を考えてかは分からんが。

 

「……決めました」

 

「い、痛てて……き、決めたって何だよ、蘭?」

 

と、何やらかなりの決意を持った顔付きになった蘭ちゃんがボソリと呟き、回復した弾がソレを問う。

俺と一夏も何が何やらって感じで、お互い顔を見合わすしか無かった。

そんな俺達に、蘭ちゃんは真剣な表情で口を開き――。

 

「私、来年IS学園を受験します」

 

ドエラい爆弾を投下してくれた……いやいやちょっと待てぃ。

 

「……はぁ!?な、何を言って――」

 

ヒューンッ!!ガンッ!!

 

そして何時も通りに弾へと飛来していく巌さんのお玉ミサイルが直撃。

巌さん後ろ向いたままなのに命中率がパネェ。

 

「え? 受験するって……なんで? 蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

 

「確か、聖マリアンヌ女学院だったけか?何処の一流企業も、そこの卒業生ってだけで飛びつく名門中の名門」

 

「はい。自慢じゃないんですけど、私は成績優秀者で通ってますから筆記試験も余裕です」

 

いや、確かにあんな良い学校通ってて成績不良って事はねえだろうけど……。

 

「いや、でも……な、なあ、一夏!!ゲン!!あそこって実技あるよな!?」

 

「あ?あぁ。最初に起動試験して、適正なけりゃそれでハイさよなら。その後には試験官とタイマンバトルして、合格ラインを超えねぇとその場で終わりだ」

 

「ついでにその試験はそのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしいぞ」

 

弾の焦りまくった質問に、俺と一夏は答える。

ちなみにこの前聞いた話なんだが、一夏の試験管は何と真耶ちゃんだったらしい。

これがまた真耶ちゃん、一夏の相手って事で緊張して壁に激突。

それでシールドエネルギーが減って試験合格という運びになったそうな。

まぁどの道俺達はどんなヘッポコだったとしても強制入学だった訳だが。

ちなみにランキングは俺が堂々のランク一位だった。

 

「……(スッ)」

 

と、俺達の会話を一通り聞いてた蘭ちゃんは、何やら胸ポケットから一枚の紙切れを取り出す。

それを無言で弾に差し出し、弾は困惑しながらもソレを受け取り、紙を開く。

 

「んな!?」

 

「な、何だ?どうしたんだよ弾?」

 

「中に不味いモンでも書いてあったか?お前の隠しておきたかったエロ本のリストとか?」

 

「違ぇーよ!!……IS適正簡易試験、判定A」

 

中身を朗読しながら俺達に見せてきた紙には、確かに今弾が言った事が書いてあった。

簡易試験とはいえ判定でAクラスが出るとは……蘭ちゃんも素質は充分って訳だ。

IS学園でも通用すると言外に伝わったのを見計らって、蘭ちゃんは俺達……一夏に笑顔を向ける。

 

「コホン。で、ですので」

 

蘭ちゃんは一度咳払いしながら、戻した椅子に座り直す。

そのまま一夏をチラチラと見る彼女の頬は、期待と少しの恥ずかしさで赤く染まっている。

 

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を……も、勿論、元次先輩にもお願いしたいんですけど……」

 

「ああ。いいぜ、受かったらな。なぁゲン?」

 

「……」

 

「……ゲン?どうしたんだ?」

 

蘭ちゃんの頼みに、一夏は一も二も無く頷くが、俺は簡単に頷けなかった。

本当に蘭ちゃんは判ってるんだよな?IS学園を受験する事の意味を。

そりゃ一夏に会いたい、一緒に居たいって気持ちは判るけど……それでもISの事は判ってんのか?

これはちゃんと確かめとく必要が有るな。

 

「おいゲン坊。お前蘭が聞いてるんだから返事ぐらいしたらどうなんだ?」

 

客が俺達以外引けたからか、巌さんが威圧しながら俺達の座る机に歩いてくる。

蓮さんも顔に疑問符を浮かべながら近づいてきて、俺に視線を向けていた。

 

「……蘭ちゃん。一つ聞かせてくれ」

 

「?……な、なんですか?」

 

俺の表情が真剣なモノだったからか、蘭ちゃんは少し驚きながらも聞き返してくる。

 

「蘭ちゃんは、本当にIS学園ってトコがどういう場所か判ってるんだよな?簡単に『人を殺しかねない』危険な代物を学ぶ場所っていうのも」

 

「――え?」

 

俺の問に、蘭ちゃんは「何を言ってるんだろう?」という表情を浮かべて見返してくるだけだった。

そして俺以外の皆……一夏ですらも同じ様な顔をしている。

 

「俺達がIS学園に入って、最初に千冬さんから教わった事だ――『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そう言った兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。』――蘭ちゃんは、そういう危ねぇ兵器の使い方を教わる心構えはあるんだよな?」

 

「そ、それは……」

 

俺の静かな質問に、蘭ちゃんはバツが悪そうな表情を浮かべて俯く。

一夏と一緒に居たいが為にIS学園に入るのは問題ねぇが、それならISの危なさと面と向かって貰いてぇ。

だから、本来なら入学してから学ぶ大事な事を、俺は今ここで聞いておく。

それに高校を選ぶのは好きな男を追い掛けるのも良いけど、友達とかやりたい事とかを重視した方が言い。

建築が好きなのに農業の学校に進学しても意味がねぇからな。

 

「勿論先生達も俺等のフォローはしてくれるが、それでもISを学ぶ俺達は何時も危険がある。全部初めて尽くしの事だからな」

 

「……」

 

「一夏、オメエも千冬さんにそう言われた事忘れてんのか?ちゃんと相手が危ない事に関わってる自覚あるか判ってねぇのに、安請け合いしてんじゃねぇよ」

 

「……悪い。俺、ちゃんと考えてなかった」

 

「しっかりしてくれよ……それに、俺達は実際にこの前見たじゃねぇか。実習で人が本当に死にそうになったトコを」

 

俺に怒られて項垂れてる一夏にそう言うと、一夏は目を見開いて驚く。

俺が言ってるのはつい二日前に起きたアリーナでの騒動の事だ。

あの事件で、さゆかは本当に死にそうになった……乱入者だったけど、あれもISに関わる上での危険に入るだろう。

汚いやり口で悪いが、これも蘭ちゃんの為だ。

さすがに秘匿義務が付いて回るから言葉を濁したが、一夏にはそれもちゃんと伝わった様だ。

俺は一夏に向けていた視線を、少し青い顔をしてる蘭ちゃんに向け直す。

ちょっと言い過ぎたかもしれねぇが、これで蘭ちゃんが本当にISを学ぶ覚悟が出来るなら、俺は喜んで嫌われるぜ。

俺と一夏は史上初の男って経緯があるから強制だったけど、蘭ちゃんには選べる選択肢が沢山あるんだ。

その機会の一つ一つは大事にして貰いてえ。

 

「確かに、学園には俺達を含めてISをファッションみたいに考えてる子も多いし、遊びに恋にと学園生活を謳歌してるぜ?……でも、俺はダチの妹に怪我したり後悔したりして欲しくねぇから、キツ目に言わせて貰う」

 

「……」

 

「蘭ちゃんが本気でIS学園を受けるっていうなら止めねぇ。それも蘭ちゃんの人生だしよ……でも、自分で選んだ道の責任は自分にある。それは覚悟してくれ。ISに興味がねえのに入学しても、蘭ちゃんが後悔するんだからよ」

 

かなり上から目線でこんな事言ってるが、俺も自分がISに関わる立場ってのは迷惑だと思ってる。

束さんの夢を形にしたモノだからIS自体は嫌いじゃねぇけど、俺には自分の夢がある。

だけど、俺達は世情がISに関わらない道を許して貰えない。

勿論、『今は』って限定付きだが。

本音ちゃんとかさゆか、それに相川達みたいな代表候補生とかの特別な地位に居ない子達もどう考えてるかは判らない。

もしかしたら俺が言った様な覚悟なんて無いのかも知れないし、そんなもん馬鹿馬鹿しいって言われるかもな。

でも、まだ入っていない蘭ちゃんが、もしも後で後悔する様な道になるかもしれないなら、俺はここで彼女を止めようと思う。

一夏と居たいって……言っちゃ悪いが『軽い』理由で来るなら、ちゃんと覚悟しておいて欲しい。

……道を選べる人間が『自分が選んだ道に、後から後悔しない様に』な。

 

「……ごめんなさい。私、進学についてちゃんと考えてませんでした……もう一回、私がIS学園に行って本当にやりたい事があるのか、ちゃんと真剣に考えます」

 

俺のエゴの塊とも言える言葉で、蘭ちゃんはIS学園に行く事を考え直してくれる様だ。

彼女は椅子から立ち上がって俺に深々と頭を下げてくる。

周りに流されるしか無かった俺なんかより蘭ちゃんはしっかりしてるから、ちゃんと自分の納得いく答えを見つけるだろう。

IS学園に入ってから、前の学校の方が良かったとか思わない様にしっかり悩んで欲しい。

これといってISが好きじゃないのに来た所で、誰とも話が合わなくて後悔するだけだろうしな。

それに、俺の大切な人……束さんの夢を形にしたISで、親しい人間が事故に遭って怪我なんて絶対に嫌だ。

蘭ちゃんだけの為じゃなく、束さんの為にもそれだけは覚悟して欲しかった。

 

「ん。了解だ……偉そうに講釈垂れちまってゴメンな?もしIS学園に入学したら歓迎するし、そん時は一夏を2日程自由に扱き使ってくれて構わねぇからよ」

 

アフターケアは大事なのであります。

 

「うおぉおおいいぃ!?そこで俺を使うなよ!?お前何自然に俺を売約してんの!?お前が言い出したんだからお前がちゃんとや――」

 

「一夏さん!!もし私がIS学園に行ったら、2日間、よろしくお願いします!!」

 

「既に決定ですか!?」

 

一夏の驚愕に満ちたツッコミを皮切りに、俺達の空気は一気に笑いに包まれた。

もし蘭ちゃんが来たら、一夏を巡る女の戦争が更に大きくなる訳だ……ん?これって俺が危ない?

今でも箒にオルコット、鈴のフォローでいっぱいいっぱいなのに更に増える……だと?……転校したくなってきた。

まぁそんな感じで昼食が終わると、蘭ちゃんのリクエストでゲーセンに出掛ける事になり、俺達は徒歩でゲーセンに向かった。

さすがにイントルーダーじゃ4人は無理だからな。

 

「しっかし羨ましいなぁ、ゲンのバイク。あの蒼い炎のペイントとかカッコ良過ぎじゃねぇか」

 

「お前、またそれかよ弾。羨ましいと思うなら免許取りゃ良いじゃねぇか。今じゃ学生ローンもやってるらしいし」

 

「お兄、ちょっとしつこい。それにお兄にはあんなおっきなバイク似合わないし」

 

弾が腕を組みながら発した言葉に、俺と蘭ちゃんが呆れた感じで返す。

一夏は項垂れる弾を見て苦笑いしてるだけだ。

 

「はは。でも、俺もバイクには憧れるな……誕生日来たら取りに行こうかな?ISの男性検査で結構な額貰ったし」

 

「い、一夏さんだったら、もっと細身のバイクの方が似合いますよ?」

 

「あぁ。俺もちょっと古いスポーティーなバイク好きなんだよ。気が合うな蘭」

 

「ッ!?そ、そうですね!!」

 

おーおー、一夏から微笑まれた+趣味も似てるな攻撃で蘭ちゃん真っ赤じゃねぇか。

さすが兄弟、女を赤くさせるのはもはや一流だな。

 

「蘭……お前一夏が免許取ったら乗せてもらお「あっ!!一夏さんアレ!!(ドゴォ!!)」ごぐ……ッ!?」

 

「え?何だ?」

 

「あ、あれ?一夏さんの頭の近くにおっきな虫が見えたのになー?あ、あはは……」

 

ちなみに今の流れを見てた俺の目には、蘭ちゃんが弾の鳩尾に肘を叩き込んだ姿がアリアリと映ってましたとも。

まぁ恋する恥ずかしがり屋な乙女の前で要らん事言いかけた弾が悪いだろう、今のは。

でももし一夏が免許取ったら一緒にツーリングに行くのも有り……あっ、そうだ。

考える俺の頭に、電撃とも言える名案がひらめいたが今は何も言わない。

一夏にその気が無けりゃ意味無ぇからな。

まぁそんな寸劇を繰り広げつつ、俺達はゲーセンに到着し、そこから思い思いのゲームを始める。

 

 

 

まずはエアホッケー。

 

 

 

俺と弾、一夏と蘭ちゃんペアに別れる。

とりあえず一夏に恋する乙女は一夏と一緒にしとけば拗れる事も無い。

 

「ぬぉ!!そらぁ!!」

 

「甘いですよ元次先輩!!えい!!」

 

「あっ!?やべッ!?」

 

「この弾様に任せろ!!そりゃぁあ!!」

 

スカーン。

 

『ゴール!!』

 

……ン?俺に任せろ、は?

 

「「……」」

 

カッコ良い事言っときながらスカしたポーズのままで固まる弾。

おい、周りの女子達がお前を指差してクスクス笑ってんぞ。

 

「おっし!!やったな蘭!!」

 

「はい!!(一夏先輩とタッグで勝利……チーム分けしてくれた元次先輩は神様です!!)」

 

笑顔でハイタッチをしてる微笑ましい一夏と蘭ちゃん。

うんうん、良い笑顔で良い雰囲気だなぁ。

 

「あだだだだ!?す、すんませんしたぁゲンさん!?離してもらってよろしいでしょうかぁ!?」

 

笑顔でコブラツイスト掛けてる俺と痛そうに喚く弾のコンビとは大違いだぜ。

 

 

 

続いてダンスゲーム。

 

 

 

これはさすがに俺の巨体では恥ずかしい。

弾も二人用の台だから蘭ちゃんの為に一夏へとバトンを渡す。

しかし見てるだけってのも暇なので……。

 

「なぁ一夏、蘭ちゃん。セッションでもやらねぇか?俺と弾はアレとアレ使うからよ」

 

「おぉ、アレか?それなら俺とゲンも暇じゃねぇし、いっちょやろうぜ一夏」

 

「お?それ久しぶりだな。いいぜ、頑張ろうな。蘭」

 

「うわー!?元次先輩とお兄のセッションで踊るのって久々ですね!!数馬先輩も居たら完璧だったのに!!」

 

全員がノリノリでOKしたので、俺と弾はダンスゲームの隣にあるギターリズムとドラムフリークスという音楽台に座る。

実はこの3台ともう一つのDJマニアという音ゲーは、全部リンクしているのだ。

それぞれが店内セッションを選ぶ事で、店の他のゲームとセッション出来るという仕組み。

俺と弾、そして数馬の3人でそれぞれ台に座って、一夏と鈴、そして蘭ちゃんや数馬ラヴァーズがダンス組って形だ。

本来なら俺の役目はDJなんだけど、今日はドラム担当の数馬が居ないので俺がドラムの代役をする。

 

「懐かしいなぁ。中学ん時、俺等で学園祭のライブ出ただろ?あれ最後の辺り最高だったよなぁ。くっく」

 

「あぁ。最後に思いっ切り歌って、一夏が女子の群れにステージから引きずり降ろされてたアレか」

 

ちょっと胸元開けた衣装着させたら女子が一夏の歌う姿とそのセクシーさに暴走したヤツの話である。

皆揃って我を忘れて一夏を我が物にせんと動いたからなぁ……アレは怖かった。

俺と数馬、そして弾なんか一夏が俺達に助けを求めてる光景を呆然と見送るしか出来なかったからな。

全員でセッションの項目を連動させ、俺達の台が互いにリンクする。

 

「や、止めろよ……アレ、結構トラウマなんだからさ」

 

「だ、大丈夫ですか一夏さん!?もうっ!!お兄!!あの時の事はあんまり言うなって言ったじゃない!!」

 

ちなみに蘭ちゃんも暴走してたのは良い思い出。

 

「へへっ。スマンスマン。そんじゃあ景気付けに、一曲目から飛ばしていくか!!」

 

トラウマが微妙に出てきた一夏に謝りながら弾が選択した曲は、Fall Out Boy の Beat It という曲。

そこそこのハイペースで軽快な曲だ。

あららら、まぁ一発目だし、派手にやれる方が良いわな。

曲の表示が出てきた一夏と蘭ちゃんも表情を引き締めて台に立ち直す。

 

「おいゲン!!この曲歌えるのお前だけだし、お前歌えよ!!」

 

「ハァ!?ざっけんじゃねぇよ!!何で俺が歌わにゃいけねぇんだこの旗一夏!!」

 

「旗って何!?い、いや。さっきのでテンション落ちてるから歌ってくれよ。このままじゃ直ぐに終わっちまいそうだし」

 

「元次先輩!!お願いしますから歌って下さい!!」

 

「ちょ!?」

 

一夏が直ぐ終わるかもなんて言った所為で、最後まで続けたい蘭ちゃんからもお願いされる始末。

た、確かに今、俺達の周りは3台セッションやってるから観客が結構集まってる状況だ。

この中で一発目から終わりとか恥ず過ぎるのは判るが、歌ったら俺が一番恥ずかしいんですけど!?

そう思って断ろうにも、蘭ちゃんは微妙に涙目になってるではないか。

一秒でも長く一夏と踊ってたいんだろうなぁ……あー、クソッ。

 

「わぁったよ。その代わり失敗しやがったら地球の裏側まで蹴り飛ばしてやる」

 

「おっしゃ!!サンキューなゲン!!」

 

そんな遣り取りの末に、遂に弾のギターからスタートに入り、俺のドラムが連奏。

最後に一夏と蘭ちゃんがダンスをおっ始めた。

更には歌詞も何も無いってのに、俺が独奏で曲を歌う。

俺の歌を聞けぇええええッ!!

 

「ーーーーッ!!~~~~~♪ーーーーッ!!」

 

『『おぉおぉお~~~~ッ!!?』』

 

俺の熱唱が始まると、観客は俺達が未だにミスを一つも出していない事に驚きの声を挙げていた。

難易度は最上級のエクストラだからそれが余計に感心を惹くんだろう。

 

「ーーーーッ!!~~~~~♪ーーーーッ!!」

 

熱唱しながら、落ちてくるリズムタイミングに合わせてドラムを叩きまくる。

さすがにドラムしながら歌うのは集中力を使うので、今は周りの声や歓声に耳を傾けられないがな。

だが、前で踊る一夏と蘭ちゃんは普通に視界に入ってくる。

二人共楽しそうに踊ってやがるぜ。

そのまま曲は進み、遂に最後のターンを一夏達が決めて終わりを迎えた。

 

「「……フゥ」」

 

俺と弾が曲を終えた所で一夏達は一息つき、画面にスコアが表示される。

俺達のセッションは、文句なしのPERFECT。

この調子でガンガンいくか。

そこから続けて、俺達の持ち曲の中から俺の歌える曲をリストアップ。

Modern Strange Cowboyと最後は蘭ちゃんのリクエストで小さ○恋のうたと演奏した。

ちなみに最後の曲は一夏に歌わせてやったぜ。

その方が蘭ちゃん的には嬉しいだろうしな。

全ての総合スコアも、俺達が2位を突き放して1位に踊り出てる。

一応それで全部終わったんだけど、終わった時の歓声の凄さに4人して恐縮しちまった。

現在は俺と一夏と蘭ちゃんの3人で端っこのドリンクコーナーで一息付いている。

弾は1人でトイレに行ったから居ないけど。

 

「フゥ~……ちょっと疲れたな」

 

「まぁ、ここまで身体を動かす系統のゲームばかりやってましたからね」

 

「俺は寧ろIS学園で体動かしてる一夏が疲れてるのに、お嬢様学校の蘭ちゃんが疲れてねえのが驚きだ」

 

「えへへ♪お嬢様でも学校の体育とかで鍛えてますから」

 

「一夏、蘭ちゃんに負けてるぞ。訓練メニュー3倍な」

 

「待て待て待て待て待て兄弟。訓練メニューのご利用は無理なく計画的にだな……」

 

何処のローン会社だよそれ。

学園に帰ってから地獄と宣言された一夏は焦りながら俺に詰め寄るが、これは決定なのである。

さすがに女の子に体力で負けてちゃイカンだろ?

 

「なぁゲン!!ちょっと来てくれ!!」

 

そんなコントを一夏と繰り広げていたんだが、トイレから戻ってきた弾が開口一番に俺に声を掛けてくる。

走って来たのか、少し息が荒い。何かあったのか?

 

「お、お前にやって欲しいゲームがあるんだ!!こっちに来てくれ、早く!!」

 

「あっおい?」

 

俺に詳しい説明もせずに、弾は再びゲーセンの渦の中へと走っていく。

行き先は弾を探せば判るだろうけど、一夏達は……二人にしとく、うんそれがいい。

弾が呼んでたのは俺1人だし、一夏達はここでゆっくりとラブっててもらおう。

決して甘い空気に当てられたくないって訳じゃない。

心の中で言い訳もした俺は二人にここで待つ様に言おうと振り返り……。

 

「面白そうだな、見に行こうぜ2人共!!」

 

興味深々といった表情の一夏が俺と蘭ちゃんを置いて走って行ってしまった。

後に残る俺達はどうしたモンかと顔を見合わせる。

 

「ハァ……俺等も行くか」

 

「そうですね……ハァ……まぁ一夏さんだし」

 

女に対しては何処までも鈍感なんだという事を改めて認識し、2人して大きく溜息を吐く。

頼むから意識くらいしてやれよ、一夏。

既に『一夏だから』って妙な信頼を得てしまってる事に気付け、兄弟。

そんな遣り取りをしながら弾と一夏の向かった方へ足を伸ばせば、其処には結構大きなパンチングマシーンが3台ほど置いてある。

何故か結構人気がある様で、若い男からオッサン、少数だけど意外な事に女の子もやってる。

2人はその直ぐ傍で俺を待っている、何だ?俺にこれをやれってのか?

 

「これこれ!!このパンチングマシーンで最高得点出してくれ!!頼む!!」

 

「は?何で俺がンな事を……」

 

「そこを何とか!!お願い!!金は出すし、一回だけで良いからよ!!」

 

俺と蘭ちゃんが近づくと、弾は俺に拝み手をしながら頭を下げてくるではないか。

一体何でそんな必死なのかと考えていると、隣の一夏が呆れた表情を浮かべて口を開く。

 

「これ、今だけ期間限定で得点に応じて景品が貰えるんだってさ。それでゲンにアレを取って欲しいらしいぞ」

 

一夏がそう言いながら指さしたのは、得点の横に景品が出てる電子ボードだ。

良く見ればコップから置物、他にはゲームソフトのセットとかが書いてある。

そのまま流し見て、一夏の指差す景品に目を向ける。

 

「何々?『300キロ超えの方には今話題沸騰中のアイドルユニット、DREAM-LINEの3人と会える握手会のチケットをプレゼント!!』……お前なぁ」

 

「頼む!!お願いしますゲンさん!!」

 

「お兄……そういえばお兄って、このアイドルの子好きだったっけ?確か……」

 

呆れた表情で俺を拝む弾に視線を向ける俺と蘭ちゃん。

だが、蘭ちゃんの呟きを聞いた弾は真剣な表情を浮かべて下げていた頭をバッ!!と起こす。

 

「『澤村遥』ちゃんだ!!今時珍しいくらいに純情な子で、しかもファンに対しても嘘の無い天使の様な微笑みを浮かべてくれる遥ちゃんこそ、俺のエンジェルなんだぁああ!!」

 

「ちょ!?恥ずかしいしキモいから止めてよお兄!!」

 

あんまりにも大声で力説するモンだから、パンチングマシーンを遠巻きに見てる女の子とかからクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。

っていうか両手を広げて万歳してる弾が目立ちまくってる所為でもあるだろ。

蘭ちゃんなんか髪の毛の色もあって兄弟一緒だと思われるのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして怒鳴る。

しかし、何故かパンチングマシーンをやってる連中からも……。

 

『判る!!判るぜ兄ちゃん!!遥ちゃんの笑顔を見てたら、会社の上司の嫌味で荒んだ心が癒やされるんだよ!!』

 

『いやいや!!俺は断然まいちゃん派!!あの子に踏んでもらいたい!!』

 

『男は黙ってあずさ党員だろjk。小悪魔っぷりが半端じゃない。あずさちゃんの為ならこのゲームに2万突っ込んでも惜しくないな』

 

『女だってアイドルが好きで何か問題ありますか?』

 

弾を後押しするかの如く同じ様な歓声が上がってくる。

オイオイ、まさかコイツ等全員あのDREAM-LINEのチケット狙いかよ?

っていうか2万て……そんだけ突っ込んで無理なら普通にチケット買った方が良くね?

 

「お願いします元次様!!このチケットって非売品だからこの機会逃したら手に入らないんだよ!!何でもお礼すっからさぁ!!お願いします!!」

 

遂に弾は男の最終手段、土下座を繰り出してしまう。

オイ、女子高生から写メ撮られてんぞお前?

 

「お、おい弾!?何も土下座までする事無いだ……」

 

「うるせぇ一夏!!オメエだって千冬さんのきわどい写真集を3年分の小遣い叩いて手に入れてただろうが!!俺だって遥ちゃんの為なら土下座の10や20くらい……」

 

「ちょ!?てめえバラすなつったろうがぁああ!?」

 

「い、一夏さん……?」

 

「ち、違うんだ蘭!?お、俺は決して疚しい理由からアレを買った訳じゃ無くて……ッ!?」

 

遂には外野であった一夏や蘭ちゃんを巻き込んで広がる騒動。何だこのカオス?

これってどう考えてもやらなきゃ終わらねぇパターンじゃねぇか……ハァ。

……まぁ良いか、偶にはこんな『玩具』で遊んでみるのも。

蘭ちゃんに驚愕の目で見られてどぎまぎしてる一夏を放置して、俺は土下座する弾の肩に手を置く。

 

「分かった。やってやっから100円出しな。兎に角最高得点を取れば良いんだろ?」

 

「ッ!?ほ、本当か!?あ、ありがとう心の友よぉおおおッ!!!」

 

「ぐぁ!?耳元で叫ぶんじゃねぇよボケ!!」

 

感激の余りジャイアニズムな言葉をのたまいながら抱き着く弾を引き剥がす。

俺にその手の趣味は無えし、ダチがそんな人種だと思うと泣けてきちまう。

目下の心配は一夏がゲイだったらどうしようって所だ。

もし兄弟がゲイだったら……その時は、俺が自らの手で引導を渡してやろう。

とりあえず弾の望みを叶える為、俺は弾から代金を貰ってパンチングマシーンに金を投入。

ゲーム画面が立ち上がり、隣に立っていたお姉さんが笑顔で俺に視線を向けてきた。

 

「こんにちは。ゲームの説明ですけど1位の、つまりパンチ力300キロ超えの景品獲得をご希望のお客様には、コチラの一発モードを選んで頂きます。よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

お姉さんに言われた指示に従って、俺はメニューの『闘魂!!一発モード!!』というのを選択する。

すると、画面に髭の生えた長ラン姿の男が腕を組んで現れる……時代ぇ……。

 

『良く来たな』

 

あ?何か喋り始めたぞ?

 

『あの娘が欲しいなら……ワシを倒してからにせんかい!!』

 

『助けてーー!!』

 

「はい♪それでは一撃でこの男を倒してお姫様を見事救出して下さい♪」

 

「どんな時代設定のゲームだよこれ!?」

 

だって長ラン着た番長の後ろに居るのって、英国風のお姫様なんだぜ?色々とおかしい。

そんな感じで驚いてる間にゲーム開始のカウントダウンが動き始めたので、俺は備え付けのグローブを付ける。

とりあえず時代設定の事は置いておこう。

今はこのゲームをクリアする事だけに集中しとかねぇとな。

しっかりと画面の前に出てきたパンチを当てるバッグ部分に目を向け、俺は腕に力を籠めて腰を捻る。

カウントは残り5秒……。

 

『ワシはなぁ……』

 

4……。

 

『あの娘に……』

 

3……。

 

『あの娘にぃ……ッ!!』

 

2……1秒前。

 

『あの娘に、妹のローラちゃんを紹介して欲しかったんじゃぁあああッ!!』

 

「知るかぁああああああッ!?」

 

ズドォオオオオオンッ!!!

 

目から滝の様に涙を流して漢泣きするオッサン番長に叫びながら、目標のバッグに拳を思いっ切り叩き込む。

それでバッグ部分は思いっ切り元の位置に戻ったんだが……。

 

バキィッ!!

 

「きゃあ!?」

 

パンチングマシーン自体を床に固定していたアンカーボルトまで外れて、マシンが後ろへと下がっていってしまう。

それに驚いて機械の側に立っていたお姉さんが尻餅を付いてしまった。

やべっ。感情に任せて強く叩き過ぎたか!?

3台並列して並んでた機械は、俺の打った台だけ後ろに下がってる状態だ。

誰もがその光景に驚いて声も出ない中、俺の殴ったマシンから音声が鳴り響く。

 

『ごはっ……見事じゃ……あの娘は返す』

 

おっさん番長がそう言って倒れると、お姫様がこっちに向かって笑顔で走ってくる。

どうやらこれでクリアしたらしいが……点数は?

 

『ありがとうございます……貴方になら、従姉妹のリリアーヌを任せられますわ』

 

「お前じゃねぇのかよ!?」

 

もう滅茶苦茶だなこのゲームの設定は。

そう思っていると、画面のお姫様が何処からかボードを取り出し、そこに3ケタの点数が映し出される。

 

『貴方のパンチ力は……330キロ!!世界ヘビーランカー級ですわ!!私と一緒にこの欺瞞と慈愛に満ちた世界を独裁支配しましょう!!』

 

「悪役だったんかい!?っていうかエンドロールまで『お嬢様』になっちゃってるよ!!従姉妹と妹は名前出てたのに!!もう訳判らねーな畜生!!」

 

「ゲン……パンチ力が300キロ超えてる事にツッコミは無いのか?それってヘビー級ボクサーでも中々居ねーんだぞ?」

 

「いや、別に本気で殴ってねーからそれは割りとどうでも良いんだよ」

 

「まだ上があるのか!?お前もう本気でリミッター付けた方が良いんじゃねぇか!?」

 

一夏は何やら喚いているが、リミッターなんぞ既に付いてる状態だっつうの。

自分のリミッター全部ちぎったら、ヤマオロシと戦えるレベルにまでなるんだからな。

俺はグローブを外して、景品交換場所に居る男の店員に話しかける。

 

「景品、お願いします」

 

「え……あっ、はい!!こ、コチラになります!!」

 

「どうも……ほらよ、弾(ポイッ)」

 

『『『あああッ!?』』』

 

俺が弾に向かってチケットを放り投げると、周りの奴等が手を伸ばすが、弾がそれを制してチケットを手に納める。

 

「あ、危ね!?ゲンお前丁寧に扱えよ!?これプレミア付いてて10万じゃ効かねぇんだぞ!?」

 

知るかよンな事。取ってやったんだからありがたいと思いやがれ。

とりあえずこれからどうしようかと考えたが、何やらDREAM-LINEの過激なファン達に狙われかねないらしく、弾は帰宅を希望した。

まぁ俺も遊んで満足したし、弾の言う通りさっきから俺達というかチケットを持つ弾に視線がヤケに集まってきてる。

強くは無えが鬱陶しくて仕方ねぇので、俺も弾の意見に賛成して帰る事にした。

もうそろそろIS学園に戻らねぇと夕食も食べれそうに無いしな。

未だに千冬さんの写真集の事で問い詰められてる一夏と問い詰めてる蘭ちゃんを回収し、俺達は帰路についた。

 

 

 

 

 

ちなみに、帰りはピンク色の半被を着た連中に何度か襲われたが、全員ゴミ箱に頭から突っ込んでおいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「じゃあ、また後で。ゲン」

 

「おう。食堂でな」

 

弾の家からバイクに乗って帰ってきた俺と一夏は、それぞれの荷物を持って部屋に戻っていく。

食堂で飯を食うにはまだ早い時間に戻ってきたので、まだ時間に余裕はある。

暫くの間、部屋でゆっくりとしますか……確か部屋にインスタントのコーヒーも常備してたし、いっちょブレイクしよう。

モカブレンドにするかキリマンジャロにするか悩みながら、俺は部屋の鍵を開けて扉を開く。

 

「う~……ゲンゴロ~。私にはお前だけだよ~」

 

しかして、扉を開けた先に広がる光景に、俺は目をシパシパさせてしまう。

俺の視線の先には、何時もの電気ネズミの様な格好をした本音ちゃんが居るのだが、少し様子がおかしい。

まるで扉を開けた俺に気付いて無いかの様に、大きな熊のぬいぐるみと見つめ合って目をウルウルさせてる。

日も暮れてるというのに、部屋の電気は本音ちゃんのベットに備え付けられたランプ一つという薄暗さ。

え?何この状況?本音ちゃん何してんの?

 

「リンリンはほうしゅ~を払ったのに約束破るし~私の心を癒してくれるのはゲンゴロ~だけだよ~……ん~」

 

良し、とりあえず後で鈴はブチ殺す。

まずは目の前で本音ちゃんが熊のぬいぐるみにキスしようとしてるのを止めるのが先決だ。

えっと電気電気……おっ、あった。

薄暗い部屋の中で電気のスイッチを探し当て、俺は電気を付けて部屋を明るくする。

 

「(パチッ)ん~……ほぇ?……ゲンチ~?」

 

「よ、よう、本音ちゃん。ただいま」

 

急に電気が付いた事でやっと気付いた本音ちゃんが廊下の方へ視線を向け、俺の姿を認識する。

俺は俺で目をぱちくりさせてる本音ちゃんに愛想笑いをしながら手を挙げる。

すると本音ちゃんは、俺と熊のぬいぶるみに視線を行ったり来たりさせ、最後は俺に視線を向けてきた。

 

「……(ポイッ)ゲンチ~♪お~か~え~り~♪」

 

そして、本音ちゃんはさっきまでの雰囲気がまるで嘘の様な笑顔を浮かべ、ぬいぐるみを放り投げて俺へと近づいてくる。

哀れ熊のぬいぐるみよ、さっきまでラブラブだったのに放り投げられるとは……。

 

「にへへ~♪ゲンチ~が居ないこの3日、すぅご~く寂しかったよ~」

 

「そ、そうかい?」

 

「そうだよ~。勿論、さゆりんとかも居たけど~……やっぱり、ゲンチ~と一緒に居ると、すご~くすご~~く楽しいんだから~♪」

 

本音ちゃんは立ち尽くす俺の目の前で、胸元に手を当てながらそんな嬉しい事を言ってくれる。

俺が帰ってきて本当に嬉しいのか、尻尾がブルンブルン左右に振るえております。

やっぱあのクソ女に貶されたのがキツかったんだろう……幾ら依頼されたからって、悲しむ本音ちゃんを置いて出たのは失敗だったかもな。

俺は目の前の本音ちゃんの着ぐるみの帽子が無い頭を直に、優しく撫でる。

 

「(ナデナデ)ふわぁ……えへへ~♪気持ち良いよ~♡」

 

「そっか……俺で良いなら、幾らでも撫でてあげようではないか。ホレホレ」

 

「(ナデナデ)うにぅ~♪あ、あんまり強くしないで~。髪がグシャグシャになっちゃうよぉ~う」

 

「ふっふっふ。良いではないか良いではないか~」

 

「あ~れ~♡お~た~わ~む~れ~を~♡」

 

悪ノリで悪代官みたいな台詞を言うと、俺の撫でる手を握ってイヤンイヤンと笑顔を浮かべて身を捩る本音ちゃん。

うん、その仕草は凄く可愛いんだけど何だこのノリ?

自分で始めたノリだけど状況が訳分かんなくなってきたぞ?

そう思って手の力を緩めた隙に、本音ちゃんは後ろに手を組んでベットに腰掛ける。

 

「も~う。髪の毛ぐちゃぐちゃだよ~。止めてって言ったのに~、ぶぅ~」

 

「え?あっ、悪い本音ちゃん。で、でも本音ちゃんも楽しそうにしてたよな?」

 

「知りませ~ん。ぶー、だ」

 

「えー?……」

 

あんなに楽しそうにしてたのに、本音ちゃんは急に一転して頬を膨らませて怒ってしまう。

俺はその急な展開に肩を落として疲れをアピール。何か本音ちゃん何時もよりカッ飛ばしてね?

 

「ぶ~ぶ~」

 

「ご、ゴメン悪かったって。謝るから許してくれよ本音ちゃん」

 

「ふ~んだ。許さないも~んだ。…………ど~しても許して欲しいなら~……」

 

「な……何でしょう?」

 

おかしい、今一瞬だか本音ちゃんの目がキュピーンと光ってる様に見えた気が……。

恐る恐ると言った感じで聞き返す俺に、本音ちゃんは横を向いていた顔を俺に向け直してジーッと睨んでくる。

まぁぷっくり膨れたほっぺの所為で睨むってより拗ねてる様にしか見えないが。

そんな本音ちゃんの様子に戦々恐々としていると、本音ちゃんはまた表情を一変させ、満面の笑みを浮かべた。

 

「私の乱れちゃった髪を~綺麗に直すのだ~♪」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

これまた可愛らしい笑顔で可愛らしいおねだりしてくるモンだから、俺は速攻で頷いてしまう。

俺の返事を聞いた本音ちゃんは嬉しそうに「はやくはやく~♡」と手を振って誘ってくる。

その誘いにフラフラと近寄ってしまう俺……あぁダメだ、これは小動物の罠だぞ。

しかしそう考える意志に反して、体は勝手な行動を取り、本音ちゃんが女の子座りしている後ろ側に回って、ベットに腰掛ける。

 

「えっと……本音ちゃん、櫛はあるかい?」

 

「むっ……手櫛でやって貰いますぅ。手で乱したんだから、手で直すの~」

 

「はい。すんませんした」

 

俺の言葉に首だけで振り向いて怒る本音ちゃんに、俺は座ったまま頭を下げて謝罪した。

何でだろう?俺はどうして本音ちゃんの我儘に勝てねぇんだろう?謎だ。

再び前を向いてくれた本音ちゃんのうしろ髪をゆっくりと手で上から撫で下ろし、乱れた髪を整える。

 

「ン♡……ふにゅ……気持ち良ぃ~♡……もっと~♡」

 

「判ってるって。少しジッとしててくれよな?」

 

「はぁ~い♡(ゴツゴツしてるのに、何時も優しい手……もう夢中だよ~♪)」

 

まるで猫の様に上を向いて目を細めてにへら~と笑う本音ちゃんに、俺も自然と笑みが零れた。

そのまま何度も何度も手をゆっくりと上下させて髪の毛を整えていく。

すぐ近くに居るってのに、いやらしい気持ちは微塵も湧いてこないなぁ――。

 

「ふあん!?ゲ、ゲンチ~……そこ、背中だよぅ~……く、くすぐったい~」

 

「え?」

 

本音ちゃんの恥ずかしそうな声に視線を下ろせば、何時の間にか髪の間を擦り抜けて本音ちゃんの背中を撫でてるMYハンド。

やっべ、気ぃ抜いた所為で背中撫でちまったい。

 

「う~……さ、触るならそう言ってよ~。ビックリしちゃうんだからぁ~」

 

「ス、スマン。態とじゃ無えんだがつい、な?あるでしょそういう事?」

 

「む~」

 

はい、そんな事ありませんよね、すいません。

 

「む~……うんしょっと~」

 

「え?あ、あのちょっ。ほ、本音ちゃん?」

 

振り向いて俺に責める視線を向けていた本音ちゃんだが、突如声を出しながら俺の胡座の間に尻を落ち着けて座り込む。

そのまま彼女は俺の体に自分の背中を凭れさせて、またもやにへら~っと笑顔を見せた。

な、何だこの状況?っていうか本音ちゃんの笑顔がベェリィベェリィキュートだよ。

見下ろす俺と、首を上に上げて反対向きの顔で俺を見上げる本音ちゃん。

両者の表情は真逆で、俺は困惑、本音ちゃんは笑顔です。

 

「にひひ~♪罰だよ罰~♪……私が満足するまで、ゲンチ~には椅子になってもらうのだ~♡」

 

「ば、罰とは人聞きの悪い事を……」

 

「知~らない♪んにゅ~~♡(スリスリ)」

 

まるで甘えん坊の子猫が自分の匂いを主人に擦りつけるかの如く、本音ちゃんは笑顔で俺の胸板に頬を擦り擦りしてくる。

あ~……さっきはいやらしい気持ちなんか微塵も沸かないって言ったけど訂正。

かわいすぎて俺自身がどうにかなりそうです。誰か助けて。

結局一夏が部屋に呼びに来るまでの30分弱、俺はひたすらに耐えて本音ちゃんの座椅子になっていました。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爽やかな朝の目覚め~そして嵐の予感



作者は暴走中。

故に偶にはスイートな話を書いても良いんじゃないかと思う。


 

 

 

 

『起床時間になりました。ご起床下さい』

 

「ン……ふ、あぁ~……朝、か」

 

前の晩にセットしておいたオプティマスのアラームを聞き、俺はベットに寝転んだまま欠伸をする。

ISを目覚ましって普通に無駄遣いだが、ちょっと前に目覚まし叩き壊してから新しいの買ってねぇからなぁ。

うーん……しかし、今日はやたらと布団の中が暖かい様な気がするぜ。

やっぱり季節が夏に近づいてきた影響なの――。

 

「くー……スヤスヤ……んにゅ……」

 

「……は?」

 

ベットに寝た体勢のままだった俺の耳に、かなり近い場所からくぐもった『誰か』の寝息が聞こえてくる。

しかもその発生源を辿ろうと集中した結果、俺のとは違う寝息が俺の布団の中から聞こえているのだ。

……あれ?そういえば何か……右手が重い様な。

 

ムニュッ。

 

「んッ……ひゃぁん……」

 

俺の手に伝わるムニュムニュとした柔らかく大きい物体は、何でしょう?

何やら右手の方に違和感を感じて動かすと伝わる何とも言えない柔らかさと、さっきとは違う声。

しかも何か布団の中にある右腕に、規則的な風を感じる。

まだ寝起きで冴えない頭で考えながら見下ろすと、何時もより布団の膨らみが大きい。

そこまで見て漸く把握、誰かが俺の布団に侵入してやがる。

っておい!?夜寝る時に部屋の鍵は掛けた筈――。

 

「……まさか?」

 

昨日の記憶を思い出しながら、隣にあるベットを見てみると、其処は誰も居ない。

布団は乱雑に捲られているけれども、その主の姿が無いのだ。

もうここまで来ると侵入者は誰か特定された様なモノだが、一応布団を捲ってみる。

 

「んぅ~……くぁ~……もぉ朝~?」

 

「……いや、なんでさ?」

 

そこにはやっぱりというか、俺のルームメイトである本音ちゃんが侵入していたでごわす。

俺の右腕を枕の様にして頭を置き、俺の身体に自分の身体を預ける様にして眠っていたが、布団を捲くると眠そうに目を醒ました。

おかしい、俺はまだ素敵過ぎる夢を見ているのだろうか?

何故に本音ちゃんは俺の布団の中に当たり前の様に入って寝ていたんでしょう?

未だに眠そうなトロ~ンと溶けた目をして寝転んだまま、顔を上げて見てくる本音ちゃんが可愛い過ぎです。

 

「あふぅ……おふぁよ、ゲンチ~」

 

「お、おう。グッモーニンだな、本音ちゃん」

 

「ん~。今日も~1日の~んびりいこうねぇ……」

 

「のんびりかどうかはさておいて……本音ちゃん、君は何故に俺のベットで一緒に寝てるんでしょうか?」

 

「ふぇ~?…………あ」

 

俺1人では状況がサッパリ理解出来ない。

こういう時はもう1人の当事者に話しを聞くのが一番確実だ。

だがしかし、俺が叫びたい気持ちを必死に潰しながら質問すると、本音ちゃんは目を見開いて顔を真っ赤に染めてしまう。

 

「あぅ……た、多分~ね?昨日、夜中にトイレに行ったから~……ね、寝ぼけて入っちゃったのかと~……てへ♪」

 

俺を至近距離で見上げながら小さく舌をテヘペロっとさせる本音ちゃん。

ぐほぁ!?や、やべえ可愛い過ぎだろこの子!!

 

「そ、そ、そうか……だ、だったら仕方ねぇよな、うん」

 

「あ、あはは。ご、ごめ~ん(言えないよ~。どうしても我慢出来なくて潜り込んじゃったなんて……は、恥ずかしくて言えない~)」

 

互いに顔を真っ赤に染めたまま、俺と本音ちゃんは愛想笑いをする。

朝から女の子と同じベットに寝たまま至近距離で挨拶するとか、何だこの朝チュンは?

本音ちゃんも俺と同じで段々と気恥ずかしくなったんだろう。

俺から目を逸らして再びもぞもぞと布団の中に潜り込んでしまった。

 

モニュッ。

 

「ふやん!?ゲ、ゲンチ~!?そ、そこはぁ……ッ!?」

 

「え?……え?」

 

しかし互いの視線が外れて気恥ずかしさが少し薄れたのも、束の間の事だった。

またもや俺の右手にとても柔らかいモノが乗っかり、本音ちゃんが布団の中から悲鳴を挙げる。

しかも俺の手じゃ掴みきれない程に大きい……ってちょっと待て?

手に触れてる物体に少し予想が立ってきたが、俺の意思とは無関係に俺の手は動き出してしまう。

 

モミモミモミ。

 

「あっ、や、やぁ……ッ!?お、おっぱい……駄目ぇ……ッ!?」

 

「うおぉおおおおッ!?す、すまん!!」

 

自分の意思とは関係無しに動いてしまった右手を慌てて離すと、本音ちゃんの手が布団の中で自分の胸を隠す様に動くのが分かった。

お、俺はこんな無垢な女の子に何て卑猥な事ヤラかしてんだ!?ヤバイ、マジにどうやって謝れば――。

 

「は、はうぅうぅ……ッ!?」

 

布団の中で動きながら恥ずかしそうに声を出す本音ちゃんだが、俺達のTOloveるはまだ終わらなかった。

 

グリグリグリッ!!

 

「ぬほぁああッ!?ほ、本音ちゃん駄目だ!?それ以上コッチに来ちゃいけねぇ!?」

 

「だ、だって!!ゲンチ~がお、おっぱい揉むからぁ!?(さ、触るだけじゃなくて、あ、あ、あんなにモ、モミモ……うやぁああ!?)」

 

「それでも今はコッチ来ないでくれ!!いやホントお願いします!?」

 

現在、俺がこんなにも真剣に本音ちゃんの動きを止める様に懇願してるのは訳がある。

いやもう訳どころかこれ以上はマズイ、超絶にマズイ。

本音ちゃんは俺に背中を預ける様な形で寝ていた訳だが、その体勢から身を捩りつつ後退してる。

つまり俺の体に自分のお尻をグイグイ押し当てているのだ。

何が駄目かって言えば分かるだろう、健全な男子には必ず付き物なあの現象です。

そして朝一番から感じる女の子の匂いやら柔らかさやら笑顔やら生々しさやらという強烈な刺激の数々。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

――お早う御座います!!!

 

 

 

「(グググッ)ふぇ?な、何このおっきいの……ほぇ?」

 

「……」

 

 

 

MY SUN STANDING OPERATION

 

 

 

88ミリ(アハトアハト)砲!!発射体勢準備完了!!

 

 

 

マジで朝から死にたくなってきた……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

朝のベット騒動の後から、俺と本音ちゃんは終始無言状態を貫いている。

いや別にお互いに嫌いだからとかそんな理由で沈黙してる訳は無い、無いのだが……。

 

「……」

 

「……」

 

もうね?兎に角気まずいのよ。まさかこの俺がエロブルの伝道師だったとは……泣ける。

朝っぱらから互いに恥ずかしい部分が触れ合った所為で、どう対応すれば良いのか分からないんです。

あの後本音ちゃんはおずおずとベットから出てくれたんだが、俺に一切顔を見せずに黙るだけ。

でも本音ちゃんの横顔がもうトマト並みに真っ赤に染まってるから、どう声を掛ければ良いか未だに判らん。

俺も俺で顔が有り得ないくらい真っ赤なんだし、でも無言で距離を取るのもどうかと思って付かず離れずの距離が出来ている。

そんな微妙な距離感を保ったままで部屋から出て食堂に向かっているが、マジでどうにかしてくれ。

 

「お、お早う鍋島君!!」

 

「ん?お、おう。お早うさん」

 

「き、今日も頑張ろうね!?それじゃ!!」

 

食堂に向かう途中で見知らぬ女生徒から挨拶されて俺もそれに返す。

ウチのクラスの奴じゃ無かったが、誰だ?

っていうかあの子、顔色が真っ赤だった様な……。

 

「お、お早うございます、鍋島君!!い、良い天気ですね!?」

 

「あ、あぁ」

 

そう思っていたら又もや知らない女生徒にまで挨拶された。

な、何なんだ一体?あの子も顔色が赤かったし……今日は皆顔色赤がデフォなのか?

っていうか今日は完全に曇り空なんですけど?

 

「お早う。のほほんさんとゲン、ってどうした?顔真っ赤じゃねぇか?」

 

「ん?布仏もどうしたんだ?顔がトマトの様だぞ?」

 

「ッ!?よ、よう一夏、箒。」

 

「お、おはよ~しののん、おりむー。な、何でも無いよ~?」

 

と、食堂に入った俺達の後ろから一夏と箒が連れ添って現れ、俺達に挨拶してきた。

この二人は俺等と一緒で部屋が同じだからか、朝は何時も一緒に出てくる。

普段なら俺と本音ちゃんも二人に普通に挨拶するんだが、何分今はタイミングが悪い。

 

「……?もしかして、二人とも風邪でも引いてるのか?辛いなら保健室の『ベットで寝た』方が……」

 

「一夏テメェ殺されてぇのか?惨たらしく千切られてぇんだな?そうなんだなゴラ?」

 

「気遣ったら惨殺宣言!?」

 

気遣いしてくれんのは嬉しいが、その気遣い方が今は最高に憎たらしいんだよクソ。

 

「な、何でも無いったら~。そ、そそ、そ~だよね~ゲンチ~?」

 

「ッ!?お、おおおおおう!!寧ろ問題なんざ皆無過ぎて問題だぜ!?」

 

「……いや、二人共隠し事が下手過ぎでは――」

 

ガシィッ!!

 

「何でも無えったら無えんだよ箒ぃぃいい……ッ!?テメェ逆さ吊りにしてその髪の毛で掃除してやろうかぁぁあ……ッ!?箒だけに箒みてぇによぉお……ッ!?」

 

「そ、そそそそうだな!?わ、私の勘違いだった様だ!!済まないなゲン、布仏!!」

 

「おぉう……分かってくれりゃ良いんだよ……」

 

鬼気迫る表情で頭を掴み、睨みつけながら余計な事を言おうとした箒に忠告する。

そうすると箒は汗をダラダラと流しながらぎこちない笑みを浮かべて追求を止めた。

これ以上は本気でマズイと感じてくれたんだろう、良い判断だ。

あんまりしつこいと、今日の掃除当番が人間サイズの箒を清掃用具入れから発見する所だっただろう。

そうして何とか追求を交わすと、鈍感な一夏は「ま、まぁ……大丈夫なら良いけどよ」と言って話を変えてくれた。

 

「なぁゲン。今日ってやたら他のクラスの子から挨拶されなかったか?」

 

「ん?それならされたけど……もしかしてお前も?」

 

朝飯にホットドッグ5個とフィッシュサンド3個を頼みながら、俺は一夏の質問に答える。

一夏もされたのかと聞けば、一夏も日替わり朝食セットを頼みつつ、頷いて肯定した。

 

「それに、何かやたらと視線を感じるというか……」

 

「あぁ。それは俺も思った。特に食堂に入ってからは凄ぇな……どうなってんだ?」

 

出てきた朝食を受け取り、チラリと周りを見渡しながら言葉を続ける一夏に俺も同意する。

俺も一夏に倣って視線を食堂の女の子達に向けるが、さっきまで俺達を見ていた女子は俺達の動きに気付くと速攻で目を逸らしてしまう。

誰1人として俺達に視線を合わせようとはしない。

その様子を見て、俺も一夏も首を傾げながら空いてる席を目指して歩く。

 

「うーむ……敵意とか侮蔑なら分かるんだが、誰からもそんな気配はしねぇしな……」

 

「そうだよな?寧ろ何ていうか、笑顔で声掛けられたし」

 

「……何か心当たりは無いのか?2人揃って似た様な視線を向けられたり挨拶されるというのは、普通は無いだろう?」

 

「つってもよぉ、俺も一夏も3連休は外に出てたぜ?」

 

「おりむーもゲンチ~も人気者だね~……あっ」

 

「俺はそんなタイプじゃねぇんだがなぁ……って」

 

周りから向けられる視線の意味を話していたら、自然と本音ちゃんと話せていた。

普通に会話を、恥ずかしがる事も無く出来た事で、俺と彼女は顔を見合わせて笑う。

朝の空気が何時の間にか吹っ飛んじまうんだもんな。

 

「あっ。アンタ達やっぱり何時も一緒に居るわよね」

 

「一夏さん。皆さん、お早う御座います」

 

と、空いた席を探して歩いていると、鈴とオルコットに遭遇。

大きめのテーブル席に座っていたので、俺達も挨拶を返しながら自然と座る。

一夏は本音ちゃんと箒に挟まれてオルコットの横に。

そして俺は箒の隣に回って鈴の隣へ、だ。

……本当なら鈴にウェイの親っさんの事を教えてやりてぇが、親っさんとの約束がある。

神室町で頑張ってるであろう親っさんとの約束を、親っさんの思いを違える事はしちゃいけねえ。

今は言えねぇが、必ず親っさんと会わせてやろう。

とりあえず挨拶もそこそこに、俺達は自分の朝食を口に入れる。

遅刻して千冬さんに制裁食らうのはゴメンだからな。

 

「にしても、やっぱアンタ達二人共注目されてるわねぇ」

 

「まぁ……不本意ではありますが、あの様なモノが出回ってしまえば仕方の無い事かと……」

 

「あん?そりゃどういう意味だよ?」

 

「え?二人共この視線の意味知ってるのか?」

 

と、俺達が談笑しながら飯を食っていると、呆れた表情の鈴と困った表情のオルコットがそんな事を言ってくる。

何だ?何かオルコットの口振りだと、何かの所為で俺達は注目されてるって事になるのか?

俺達の聞き返しを聞いた鈴達は、何故か目をキョトンとさせて俺と一夏に視線を向ける。

 

「え、何?アンタ達自分が注目されてる意味知らないの?」

 

「もう既にご存知なのかとばかり……」

 

知る訳無ぇだろ、朝起きたらこの状況なんだぞ。

俺達が頷くと、鈴は呆れた表情でちょっと離れた席に目を向ける。

そこに目を向けると、1人の女子生徒がコーヒー片手に熱心に新聞を読んでいた。

 

「あの子が持ってる新聞。アレって学園新聞なの」

 

「学園新聞?確か新聞部が発行してるっていうヤツだよな?」

 

「そ。……アレを読んだら、アンタ達が注目されてる理由が判るわ」

 

「な、何でそんなに俺を睨むんだよ?しかもセシリアまで……」

 

「……いいえ、別に何でもありませんわ」

 

鈴は不機嫌そうに一夏を睨みながらそう言って炒飯を掻き込む。

オルコットも何故か頬を膨らませて一夏を睨むではないか。

いきなり理由も無く怖い視線に晒された一夏は狼狽して、俺に弱気な表情を見せてくる。

何だ鈴とオルコットのこの反応は?まるで一夏が他の女子と楽しそうに話してる時の様な……考えても埒が開かねぇか。

俺は気弱な表情を見せる一夏に「ちょっと待ってろ」と伝えて、件の女子の元へ歩いて行く。

 

「ちょっといいか?」

 

「……え?って!?な、なな鍋島君!?」

 

何故に声を掛けただけでこんなに驚かれなきゃならねぇんだろう?

っていうか俺が動いただけで周囲の視線の半分近くが俺に集まるのは何故?

……全ての真実は新聞の中、か。

俺はなるべく怖がらせない様に笑顔を浮かべて、その女子生徒に視線を合わせる為に少し屈む。

 

「ぶしつけですまねぇが、少しその新聞を見せてもらっても良いか?ちゃんと返すからよ」

 

「は、はい!?ど、どうぞ!!」

 

「あぁ。ありがとうな」

 

「い、いえそんな……」

 

少し狼狽えながら言葉を紡ぐ女子に笑顔を見せつつ、俺は新聞を持って一夏達の元へ戻る。

 

『は、話し掛けられちゃった……』

 

『私も新聞を持ってさえいれば……ッ!!』

 

『うわぁ……まさか鍋島君の笑顔があんなに威力あるとは……』

 

『ワークス上山さんに依頼してる魅力アップリング、まだ出来ないのかなぁ?』

 

『おい今のどういう事だ詳しく話せ』

 

何か後が騒がしい気もするが、今は新聞が先決だ。

俺が新聞片手に席に戻ると一夏が席から立ち上がり、俺の後ろから新聞を覗きこむ。

さてさて、一体何が書いてあるやら――。

 

 

 

 

 

「「――――なんっじゃこりゃぁああああああああッ!!?」」

 

 

 

 

 

開いた新聞の一面記事に掲載されていた内容を見て、俺と一夏はそろって絶叫してしまう。

食堂で騒いだらアウトとか横で本音ちゃんと箒が驚いてるとかそんな事は頭からフッ飛んでしまった。

記事の見出しはこうだ――。

 

 

 

『IS学園の生徒を救った2人の王子様!!その奇跡の瞬間を新聞部は捉えた!!』

 

 

 

その見出しに続いて、一夏が鈴を助けてお姫様抱っこしてる写真と、俺が凄い形相で扉をブッ壊してる写真が掲載されている。

記事の内容は、俺と一夏がアリーナに閉じ込められた女子を助ける為に、体を張って戦った事が書かれていた。

読み進めると守秘義務で作られたカバーストーリーの事を書いている様だ。

あの所属不明機は実験中の実験機が暴走した事にされ、それを俺と一夏、鈴が撃退した事がしっかりと書かれている。

 

『実験機による被害がアリーナの観客席へ向かわない様に危険を顧みず誘導、時間稼ぎをした織斑一夏君の行動は、見ていない場所だからこそ素晴らしい』

 

『鳳鈴音さんのサポート、そして織斑一夏君の援護は誰もが自然に取れる行動ではない。代表候補生の凄さを改めて実感させてくれた』

 

『無理を通せば道理が引っ込む。それを自らの拳で為し、恐怖に震える生徒を助けだす為なら傷つく事を厭わない鍋島元次君の男気は見事としか言い様が無い』

 

等々ベタ褒めだ。

どうやら俺があの扉をブッ潰してる時に新聞部の子が撮ったらしい。

更に次のページを捲れば、今度はあのクソISと戦ってるシーンだ。

一夏が零落白夜でクソの腕を切るシーン、鈴が衝撃砲でクソを地面に叩きつけるシーンも撮られてる。

そして俺のシーンに至っては、奴を観客席からSTRONGHAMMERで殴り飛ばしたシーンがアップで掲載されてた。

オプティマスの拳が叩き込まれてセンサーアイが飛び出してる瞬間の激写とかどうやって撮った!?

まさかあの場に新聞部の人間居たの!?

……最後の撮影者の欄に小さく黛先輩の名前が書かれてたのには納得してしまった。

 

「『爽やか+優しい笑顔の男の子&ワイルドでダーティなタフガイ。貴女ならドッチの王子様に助けられたい?』って……何だよコレは」

 

「俺が知るかよ……まぁ、俺と一夏に対する視線の原因はハッキリしたがな」

 

俺達は呆れた表情を浮かべながら新聞を閉じ、同時に溜息を吐いてしまう。

何ともまぁ……随分持ち上げてくれたモンだぜ、黛先輩。

俺は新聞を貸してくれた子にお礼を言って新聞を返し、席に戻る。

 

「……よ、良かったなぁ一夏?人気者で、しかも鈴とのツーショットじゃないか?」

 

「あ、あの箒さん?何故そんなに箸を握りしめてらっしゃるんでしょうか?折れちゃいますよ?」

 

「フ、フフフ……ライバルが増えるなぁ……あぁ。楽しみだ」

 

「箒さーん?湯呑みに罅が入りかけてますけど……」

 

うあちゃー。何か箒が暴走しかけてねぇかアレ?笑顔なのに額に怒りマーク出てるし。

まぁ1人だけ蚊帳の外で何も知らなかったんだし、のんびりしてた自分にも腹が立ってるんだろう。

兎も角これで、オルコットと鈴の不機嫌な様子の意味は理解出来たがな。

 

「う~……(ゲンチ~が皆を助ける為にしたんだから、とっても良い事だけど~……素直に喜べないよ~)」

 

っておい……何故に本音ちゃんはそんなモヤモヤした表情を浮かべてるんだ?

何か随分とモヤモヤしてる様に見えるけど……本音ちゃんが話してくれたら、相談に乗ろう。

結局、俺と一夏は大量の視線に晒されながら朝食を終えたのであった。

 

 

 

あっ、勿論だけど本音ちゃんとの何かの約束を破ったらしい鈴には、うめぼし米神バージョンを食らわせておいた。

 

 

 

「ひ、秘密は守ったのにコレかーッ!?ちっきしょぉーッ!!」とか○梅太夫みたいに叫んでたけど、まぁ自業自得だろう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「では、これで授業を終えます。さっきの範囲は次の授業でまたやりますから、予習復習を忘れない様に。ではクラス代表」

 

「起立!!礼!!」

 

クラス代表である一夏の号令で、俺達は全員起立礼をして先生を見送る。

今日はISの授業は座学のみだったので比較的楽な内容だった。

この後は昼休みなので、皆弁当を取り出したり学食へと向かって行く。

さあて、俺も皆と学食に行きま――。

 

「げ、元次君……ちょっと良いかな?」

 

「ん?あぁ、さゆか。どうした?」

 

とりあえず何時ものメンバーで集まろうと席を立った矢先、いつメン(死語)の1人であるさゆかが控えめに声を掛けてきた。

彼女の右足に巻かれていた包帯は、木曜日に見た時と比べて大分軽装になっている。

順調に回復している様だな、安心したぜ。

一応、朝のSHR前に会った時に大丈夫かと聞いたが、顔を真っ赤に染めて俯きながら大丈夫なんて言うんでちょっと心配してた所だ。

そんなさゆかが、両手を後ろに回してモジモジしながら、朝と変わらない真っ赤に染まった顔で俺を見つめてくる。

……ちょっとその仕草にドギマギしてるのは俺だけの機密事項だ。

 

「あ、あの、その……よ、良かったらお昼……一緒にどう、かな?」

 

「え?一緒にって、いつも一緒に食ってるじゃ――」

 

「ふ…………2人」

 

「ん?2人?」

 

何故何時も一緒に食べてるのに再確認してくるのか判らず言葉を返してしまうが、さゆかは俺の言葉に被せる様に小さく2人と呟いた。

それの意味が判らずさゆかの顔を覗き込むと、目尻に少し涙を溜めたままさゆかはゴニョゴニョと口ずさむ。

 

 

 

――ふ…………2人だけで……食べたい――。

 

 

 

「元次君と……『2人っきり』で……駄目?」

 

さゆかの恥ずかしそうな表情で呟いた言葉が、俺の中で木霊して反復する。

二人っきりで……2人?……ツー?対面?タイマン?お見合い?…………え?マジ?

それってつまり……お、俺とさゆかだけで、ご飯をって事だよな?

え?でも待て待て。ほ、他の皆は誘わなくても良い――。

 

「ほらほら織斑君!!早く食堂行くよ!!」

 

「え?ちょっと待ってくれ相川さん。ゲンがまだ――」

 

「一夏!!お前はこんな時ぐらいちゃんと空気を読め!!とっとと来るんだ!!」

 

「ねぇ布仏さん?今日は確かマダムテルカの『~卵たっぷりバウムクーヘン~』が限定販売でありましたわよ?わたくしがご馳走させていただきますから、是非ご一緒に行きましょう」

 

「ふえぇ~!?あ、あああの幻と言われるマダムテルカですかセッシ~!?で、でも~ゲンチ~も……」

 

「さぁさぁ行くわよ本音!!売り切れになっちゃうと後悔するんだから!!」

 

「う~!!ゲ、ゲンチ~!?あ~でも~!?……う~!!マ、マダムテルカ~!!」

 

何やら俺に手を伸ばしていた一夏は相川と箒に連行され、本音ちゃんは泣きそうな顔で俺を見ながら食堂へと向かっていった。

その後ろをまるで護衛するかの様に、谷本とオルコットがガードを固める。

……うん、いつメンは全員俺達を置いて行っちまった訳で、残されたのは呆然とする俺と真っ赤なさゆかのみ。

しかも期待と不安がごちゃ混ぜになった表情してるし……よ、良し。漢、鍋島元次!!覚悟を決める!!

 

「じ、じゃあ……行くか?」

 

「ッ!?う、うん……」

 

とりあえず色々と覚悟を決めてさゆかにぎこちなく笑いかけると、さゆかは嬉しそうな顔をして、俺の隣を歩く。

二人揃って特に話す事もせずに歩くので、俺達の間には沈黙が重く圧し掛かる。

な、何か共通の話題は……ってその前に飯無いじゃん俺のバカ。

 

「な、なぁさゆか?とりあえず飯を食べるなら、俺は食堂か購買に行かなきゃいけねぇんだけど……」

 

さすがに昼飯抜きは無理。

それは育ち盛りの俺に死ねと申してる事と同義なのだから。

 

「……え、えっと……その……こ……これ……(スッ)」

 

「――え?」

 

と、飯を確保したいと言った俺にさゆかが差し出してきたのは、グレーの包みに包まれた男用の弁当箱。

もう片方の手には、さゆかが何時も使ってる女子用の小さい弁当箱がある。

……こ、ここここ!?これはまさかぁぁああ!?

胸に過ぎる驚愕の思いがそのまま顔に表れ、俺はアホッ面で弁当とさゆかの顔を見比べてしまう。

するとさゆかはさっきまで以上に顔を赤く染めて、恥ずかしそうに目を瞑った。

 

「よ、良かったら……これ、食べてくれ……ますか?」

 

「お、おお、おう……あ、有難く頂く……サンキューな、さゆか」

 

「う、ううん……さ、さっ。行こう?」

 

「り、了解です」

 

さゆかの恥ずかしそうな表情と目を瞑ったまま僅かに顔を逸らす仕草に、俺も顔が赤くなってしまう。

その恥ずかしさを飲み込みながら、さゆかから弁当箱を受け取り、改めて歩みを再開する。

これってもも、もしかしなくともアレだよな!?女の子と二人っきりで、しかも女の子の手作り弁当!!

所謂アレですか!?青春のかほりがする甘酸っぱいイベントってヤツ!!

って事はもしや……お、俺にもスプリングシーズンが到来したって事なのか!?アイイェェエエエ!?(錯乱)

お、おおお、落ち着け!!ココは兎に角冷静に対処するんだ!!勝負は今夜さゆかの部屋に侵入してって違ぁあああう!?

頭の中が絶賛混乱の極みにあって無言になる俺と、嬉しそうな表情で俯くさゆか。

まぁつまり、俺達の間に会話は無く代わりにあるのは俺達を包む穏やかで甘酸っぱい空気だけ。

その空気の中、俺達はゆったりとした足取りで校舎の裏へと赴き、絶好のポイントに到着。

そこは前に俺が本音ちゃんに強請られて膝枕をしたあのベンチだ。

 

「えーっと……す、座りましょうか?」

 

「……(コクッ)」

 

何時までも突っ立ってる訳にもいかないのでそう促すと、さゆかは無言で首を立てに振り、ベンチに腰掛ける。

俺もソレに倣ってベンチに座るが、俺達の間は微妙な間隔を保った状態だ。

いや、なんとなくこの距離に落ち着いてるってだけなんだけどさ。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙。会話無し。

これより状況を開始する。

 

「じ、じゃあ……いただきます」

 

「は、はい……どうぞ」

 

テンパりながらも食事の挨拶をして90度の礼をした俺に、さゆかは律儀にどうぞと返してくる。

かなりドキドキしながら、俺は自身の手にある弁当の蓋を外し――。

 

 

 

「お――お、おぉぉ……ッ!?」

 

 

 

そこに広がるHEVENに目を奪われた。

 

 

 

お弁当の主役に鮭の切り身とタコさんウインナーに唐揚げ。

傍に添えられるお弁当の花形とも言える卵焼き。

そしてそれ等を彩る自然の色合いに緑のキャベツとキュウリ、赤のプチトマト。

極めつけはそれぞれに味のアピールを変えた俵のおむすび。

か、感動だ……ッ!?何だこの家庭料理の詰まった家庭的な弁当は!?

まるで仕事に行く旦那が奥さんから笑顔で「お仕事、頑張って下さいね♡」の言葉と共に受け取った愛妻弁当さながらのオーラが!?

こ、コイツは是非とも早く食わねぇと……ッ!!

 

「で、では……ハグッ。ムグムグ……」

 

「(ドキドキ)……ど、どう?」

 

俺はまず手始めにと伸ばした箸でタコさんウインナーを食べ、更に俵むすびを1つ齧る。

さゆかは自分の弁当も開けずに、両手をモジモジさせながらそれを見ていた。

程良い焼き加減のタコさんウインナーと、ゆかりで味付けされた俵結び……コイツァ……。

 

「……美味え……すっげえ美味えよぉ、さゆか」

 

緩みまくった笑顔を浮かべながら、俺は次々と飯を口の中に放り込む。

久しく味わってなかった、お袋の味ってヤツを彷彿とさせられる。

あまりの感激に目尻が幸せで垂れ下がるのを止められないぐらいに……美味い。

神室町の故郷で食った飯……巌さんの業火野菜炒め、蓮さんの唐揚げ……どれとも遜色無え。

いや、寧ろ俺の中ではその全てを上回っている。

 

「ッ!?よ、良かったぁ……ッ!!……凄く、嬉しい……ッ!!」

 

俺の言葉を緊張しながら待っていたであろうさゆかは、俺の美味いという言葉を聞いて嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

胸に手を当てて本当に嬉しそうに微笑む姿は、ハッキリ言って凄く魅力的だ。

まさかこの俺がこんなに可愛くて優しい女の子に心の篭った手作り弁当を作って貰えるとは……IS学園生活、最高、GJ。

そこからは二人して無言で、でもさっきまでと違って互いに笑顔で昼ご飯を進めていく。

どれもこれも最高に美味くて、全部食べ終えちまった時は本気で残念に思えた。

 

「……ご馳走様でした」

 

「えへへ♪……お粗末様でした♪はい。お茶あるけど、飲む?」

 

手を合わせてご馳走様と言い、洗って返そうと思い弁当箱を片付けようとしたが、さゆかに回収されてしまう。

そのまま視線を隣に向けると、さゆかが笑顔で水筒のお茶を出してくれているではないか。

さゆかさん……貴女どんだけ用意と手際と気遣いが良い事出来るんですか?

 

「……さゆか……お前、ホント良い奥さんになれるって。間違いねぇ」

 

「ええぇえッ!?お、おお、奥さんだなんて……ッ!?」

 

差し出されたお茶を受け取りながらそう返すと、さゆかはまた真っ赤になって慌てふためく。

俺だって自分が何言ってるか自覚はある。

同年代の女の子にこんな事言うなんて、ハッキリ言えばプロポーズ紛いのモノだ。

でも、これだけはちゃんとさゆかに伝えておきたかった。

 

「い、言っとくけど、これはお世辞じゃねぇぞ?……さゆかのお陰で、久しく忘れてた家族の味が思い出せた……本当に、ありがとうな」

 

恥ずかしい台詞を言ってる自覚はあるので、俺は頬を掻きながら照れ臭くなってしまう。

 

「そ、そんな♪……私は只、元次君に美味しく食べて欲しかっただけだから……♪」

 

「その台詞が自然と言えるってのが、今の女尊男卑の世界じゃどれだけ凄いか判ってるか?ただ威張るだけのアホ女共とは全然違うって証拠だぜ」

 

「あ……ありがとう♡(も、もう駄目……恥ずかしくて倒れそう)」

 

最近じゃ自分で料理出来ない、なんていう奴等も増えてきてる。

だから女は社会人になっても自立せず親の家で飯を食う、なんてのが主流らしい。

逆に結婚しない男が勝ち組と言われてる中なので、今では料理が出来る男が急増中との話だ。

それとは関係無く、ただ食べて貰う人に美味しく食べて欲しいと切に願って料理してくれたさゆかは本当に凄いな。

弁当も食べ終えて、二人で顔を赤くしながら二人っきりでお茶……まるで初々しいカップルじゃね?

さて……ここからが本当の本題だ。

 

「それでよ……何でまた急に弁当なんて作ってくれたんだ?」

 

「ッ!?え、えっと……」

 

俺がお茶を飲み干してから切り出した話題に、さゆかは思いっきり狼狽し始める。

俺はそんなさゆかを真剣な瞳で見つめながら考えていた。

もし、これが青春の甘酸っぱいイベントだというのなら……多分その、そういう事だろう。

ぶっちゃけて言うなら、俺的にさゆかは……気になってる女の1人だ。

だからこそ今日の誘いは嬉しかったし、正直、そうであって欲しいという期待もある。

さぁ、さゆかの気持ちはどうなんだろうか?

俺は少しだけ唾を飲み込みながら、恥ずかしそうにしてるさゆかに視線を向ける。

 

「そ、その……助けてくれたお礼……じゃ、駄目かな?(本当は……す、好きなのって言いたいけど……は、恥ずかしくて言えないよぉう)」

 

「助けた……あぁ、ISの時の事か?あれぐらい気にしなくても良いのに」

 

「き、気にしちゃうよ……私はあの時、本当に死んじゃうって思ったから……元次君に助けて貰って、凄く嬉しかったもん」

 

少し俯き加減で俺に視線をチラチラ向けてくるさゆかを見ながら俺は苦笑を浮かべる。

どうやら俺の読みは大外れ、勘違いも甚だしい思い違いだった様だ。

そういう男女の感情では無く、さゆかは純粋にお礼と感謝のつもりでしたと……うわー1人で暴走して恥ずかし!!

もしかしたら遂に俺にも春が!?なんてテンションあがりっぱでバンボーしてた自分を殺してやりたい。

ハァ……そうだよな、そんな簡単に俺に惚れる何てある筈も無えか。

俺ってかなりのコワモテだし、ガタイもデカイから怖がられやすいんだよなぁ。

 

「まぁ俺は気にしてねぇし、今まさにお釣りを出さなきゃいけないぐらい良いモン貰ったから、そんなに気負うなよ?」

 

「……そっちだって、お弁当1つなのに……優し過ぎるよ、元次君は……もっと好きになっちゃうじゃん。もぅ(ぼそぼそ)」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「……何でも無い♪……ふふっ♪」

 

「んん?……兎に角、今日はホントにサンキューな。さゆか……あれ?さゆか、包帯が解けてるぞ?」

 

「え?……あっ、ホントだ」

 

やけに上機嫌なさゆかにお礼を言いつつ、何気なく下に視線を下ろすと、さゆかの足に巻いてある包帯が少し解けていた。

それに気付いて巻き直そうとするさゆかだが、やはり自分では巻き難いらしく、かなり苦戦している。

時間を確認すればもう直ぐ昼休みが終わってしまうし……仕方ねぇ。

 

「さゆか、ジッとしてろ」

 

「え?ちょ、ちょっと元次君!?な、何を……ッ!?」

 

見ているだけってのもアレなので、俺はさゆかの足元に膝を付いて、さゆかの足に触れた。

白くて細い……それでいて手触りはとても柔らかい、って煩悩よ去れぃッ!!!

頭の片隅に過ぎった煩悩を打ち払う様に首を振って視界を上げれば、さゆかが恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 

「ちょっと恥ずかしいかもしれねーが、我慢しててくれ。直ぐ終わるから」

 

「あっ……は、ぅ」

 

不安がるさゆかを安心させる様に精一杯微笑みながら、俺は彼女の包帯を丁寧に優しく巻き直す。

まるでガラスの靴をシンデレラに履かせる為に跪いた王子の様に……例えが臭過ぎる。

普通こんな事をしたらセクハラと取られてもおかしくねぇんだろうが、千冬さんの授業に遅れるのだけは避けたい。

最近出席簿アタックの比率が減ってるから、このまま俺の数少ない脳細胞を守りたいのです。

テキパキとさゆかの足首に包帯を巻いて、止め具をほつれない様に固定。

うん、たるみも無いしこれで問題無いだろう。

 

「うしっ。ほい、終わったぜ」

 

「う、うん。ありがとう……元次君、包帯巻くの凄い手慣れてるんだね?」

 

「あー、まぁな。昔、俺が喧嘩三昧だった時に覚えたんだ。中学の頃は毎日生傷が絶えなかったからよ」

 

ちょっと意外そうな顔をして立ち上がった俺を見上げてくるさゆかに、俺は自分の後頭部を撫でながら答える。

懐かしいなぁ、こんなガタイと眼付きだからいきなりイチャモンつけられて、それを返り打ちにした日々。

一番俺が荒れてたのは中学2年の頃だっけか?何か一夏の奴が凄く落ち込んでて、千冬さんも1年近く帰って来なかった時。

今にして思えば、あの頃の俺は一夏が何故あんな顔してたのか理由を聞いても教えて貰えなくて苛立ってたんだよな。

遂にケンカサピエンスが全国制覇に乗り出すとか何とか、勝手に担ぎ上げられたもんだ。

 

「……ふふっ♪やんちゃだったんだ。やっぱり男の子だね♪」

 

「まぁ、そんなトコだけどよ……その、しょうがない子だなぁみたいな目は止めてくれ。は、恥ずかしくなってくる」

 

「えへへ……ごめんね?(照れてる……なんか、ちょっと……柴田先生の言ってたみたいに、元次君って……可愛いかも♪)」

 

だからそんな微笑ましい的な笑みは止めて下さいお願いしますから。

なにやら来た時とは逆で俺が少し気恥ずかしく思うも、さゆかも男を二人っきりという形で誘った羞恥心の余韻が残っている。

従って俺達はお互いに頬を赤く染めつつ笑顔で……来た時より少しだけお互いに距離を近づけて、教室へと戻った。

ちなみに教室に戻った俺を待ち構えていたのは、バウムクーヘンを咥えたまま不機嫌そうな顔をする本音ちゃんですた。

「ちょ~くすり~ぱ~」とか言いながら首にブラ下がって後ろに引き倒されたが、問題は無かったのでそのまま好きにさせてあげたよ。

さすがにムキになってB地区を攻撃されそうになった時は止めましたがね?

 

 

 

 

 

それとさゆかも相川と谷本に連行されて、教室の隅で真っ赤になりながら目を回していたで御座る、南無三。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、時間は進み夜。

 

 

 

 

 

今日は一夏達も特訓はお休みだったので、俺は兼ねてから暖めていた計画の1つを実行する為に、今日は夕食まで整備室に篭っていた。

その計画、というかオプティマスにとある改造をしていたので、現在オプティマスは俺の手元に無い。

今も整備室に鎮座しており、明日の朝に俺が引き取りに来るのを待っている。

現在俺は部屋で1人、音楽を掛けて家から持ってきたブレンドコーヒーを片手に読書に勤しんでいた。

タイトルは『龍が如く見参!!』という、その昔居た剣豪の宮本武蔵のIFの生涯を綴った架空演戯である。

前に冴島さんから薦められた本なのだが、冴島さん曰く『俺はその本読んで技を閃いた事があるから、ゲンちゃんも試しに読んでみぃ』との事だった。

確かにこの本には宮本武蔵が使ったであろう剣技や、刀を使わない闘争術が多く記されている。

既に3つの天啓ヒートは得たが、まだまだ他の天啓は全然思い浮かばねぇ……難しいな。

ちなみに来月には『龍が如く維新!!』という新しいタイトルで、坂本龍馬のIF演戯があるらしいから是非買わねば。

 

コンコンコンコン。

 

「ん?はいよー」

 

俺はノックを聞いて本とコーヒーを机に置くとドアまで歩いて行く。

普段ならノックの後に相川達とか一夏辺りなら声を掛けてくるのだが、何も言わないトコを考えると新客だろう。

一体誰なんだろうか?

 

「(ガチャッ)はいはい。どちらさん?」

 

「私だ、元次」

 

「おりょ?千冬さん?珍しいッスね」

 

ドアを開けた先に居たのは我らがTHE BOSS、千冬さんだった。

 

「誰が特殊部隊の母だ(バチンッ!!)」

 

「痛え!?」

 

さすがは千冬さん、脳内で考えた事を以心伝心もビックリな伝達っぷりで察したらしい。

普通に俺の耐久力を突き抜けるデコピン打てるとかマジ素敵です千冬さん。

でも戦いに歓喜を覚える所とかそっくりな気がします。

 

「あたた……それで、どうしたんですか?千冬さんが俺の部屋に来るなんて初めての事でしょ?」

 

デコピンされた額を擦りながら聞いてみると、千冬さんはそこはかとなく嬉しいという感情を乗せて俺に微笑む。

 

「喜べ、引っ越しだ。やっと寮の部屋割りの調整が終わってな。布仏が別の部屋に引っ越す事になる」

 

「……そうっすか」

 

何処と無く嬉しそうな千冬さんに、俺は少し肩を落として返事を返す。

あーあ。遂に本音ちゃんともお別れかぁ……寂しく、というか癒やしが無くなるなぁ。

 

「……何だ。あからさまに肩を落としおって……そんなに布仏が良かったのか?」

 

「そりゃまぁ、一夏と一緒の方が気が楽っすよ?でも、本音ちゃんのあの癒やしオーラには敵いませんって」

 

もう、何というかアレだ。

部屋に居てくれるだけで心の荒みが癒えていくんだよ。

俺が一夏のハーレム騒動に巻き込まれる度に心を癒してくれる。

なのに、まさか騒動の種が俺と同じ部屋になるとは……ッ!!

俺の答えを聞いた千冬さんはそりゃもう見て判るぐらいに眉を潜めてフンと鼻息を鳴らす。

 

「何時迄も年頃の男女が一緒に居れる筈が無いだろうが、馬鹿者。間違いでも起きたらどうするつもりだ?」

 

「……」

 

「おい貴様何故黙る?何をやらかした?あぁ?」

 

と、俺が何も言わなかった事だけで感の鋭い千冬さんは何かあったと気付いたらしい。

かなり怒った表情で俺の胸倉を掴み、千冬さんの目線にまで下げられてしまう。

やらかしたというか今朝方に危ないシーンがあっただけです。言う事聞かん棒が暴走した偶然の未遂なんです。

 

「な、何もやらかしてませんって」

 

「何を露骨に顔を背けとるか馬鹿者が。正直に吐かなければ5分で生まれてきた事を後悔する千冬スペシャルを……ん?」

 

知らない。聞いた事無いッスよそんな奥義……って何?

とりあえず何も言い訳が思い付かなかった事で顔を逸らした俺だが、千冬さんは何かを見つけると言葉を止めてしまう。

少ししてから、千冬さんはゆっくりと胸倉を掴んていた手を離してくれた。

 

「ン、ンゥッ……そういえば、布仏はどうした?部屋に気配が無い様だが」

 

「気配って……ほ、本音ちゃんなら大浴場に行ってます。まださっき出たばかりなので帰ってくるのは遅くなるかと」

 

「ふむ……入れ違いになったようだな(……ならば好都合だ)なら仕方無い、少し待たせてもらうぞ」

 

「は、はぁ。分かりました。どうぞ」

 

咳払いした千冬さんは本音ちゃんが入れ違いになったと結論付け、部屋で待つと俺に言う。

まぁ別に問題ねぇし、久しぶりに千冬さんとゆっくりするのも良いなと考えた俺はドアから避けて千冬さんを招き入れた。

千冬さんは勝手知ったるといった感じで部屋に入ると、机に置いていた本を拾い上げる。

 

「ほぉ、見参か。随分と面白い物を読んでいるな」

 

「え?千冬さんもソレ知ってるんスか?」

 

意外だ。千冬さんはこういうのは読まないと思ってたけど。

 

「何だ知らないのか?これは格闘者や剣術家の間ではベストセラーなんだぞ?この本を読んで独自の業を閃いた武芸者が多数存在している」

 

「マジっすか?」

 

「マジだ。私も高校生の時に読んで15個の技を身に付けた。束の奴も私の動きを真似していたから奴も使えるだろう」

 

幼馴染みのお姉さん達が最強&規格外過ぎて困ってるんですけどー?誰か助けて。

懐かしそうに本をパラパラと捲る千冬さんを見ながら聞き返す。

俺は冴島さんから薦められたから買っただけだけど、どうやらその筋では有名本らしい。

店先には山の様に積んであったんだけどな。

 

「まぁ、書かれている人物が男だからこの時代では不評を買っているらしい。価値観の曇った輩には分からんだろう」

 

呆れた様に今の時代を真っ向から避難する千冬さんは、俺の使っていた椅子に足を組んで座る。

ヤバイ、ストッキングを履いた千冬さんのスラリとしながらも鍛えられた足がかなりエロげふんげふん、自重せねば。

俺も立っていても仕方無いので、家から持ってきたブレンドコーヒーをドリッパーで作りカップに注ぐ。

出来上がった湯気の立つマグカップを、俺は椅子に座る千冬さんに差し出した。

 

「はい、これをどうぞっす」

 

「ん、すまんな……シナモンローストか。苦味が少なくて飲みやすい」

 

俺から受け取ったマグカップに口を付けると、千冬さんは小さく微笑みながらコーヒーの味を楽しむ。

何時も真剣、というか普通の表情をしてるから微笑む千冬さんの笑顔はとてもレアで……とても綺麗だ。

 

「ん?……コ、コラ。ジ、ジロジロと女の顔を見るんじゃない。失礼に当たるぞ?」

 

「へへっ、すいません……でも、こんな時じゃねぇと千冬さんのリラックスした微笑みなんて滅多に見れないッスから」

 

「……フン」

 

ヘラヘラと笑いながら謝ると、千冬さんはカップに口を付けたままそっぽを向いてしまう。

残念だが今日はもうあの微笑みは見納めらしい。

まぁでも、横を向いている千冬さんの頬が赤く染まってるので、照れてる顔が見れるのは得だ。

俺もソレ以上は藪蛇になるので追求せず、新しい椅子を引き出して自分の飲みかけのコーヒーをゆっくりと飲む。

無言の俺達をコンポから流れる優しいメロディが包み込み、ゆっくりとした優しい空間を形成した。

 

「……これは、誰の曲なんだ?」

 

「これ?シェネルのFOR YOUっすね。良い曲っしょ?」

 

家から持ってきたCDのジャケットを見せながら千冬さんに笑顔を見せる。

しかし千冬さんは俺の顔を見ながら少し苦笑いしてた。

 

「確かに良い曲だ……が、お前には少々似合わんな」

 

「うわ、ひでぇ」

 

「くくっ。そう落ち込むな。曲のセンスは悪くないと言ってるのさ」

 

「落としてから上げられてもなぁ……そういえば俺が移動しないって事は、一夏がコッチに来るんスか?」

 

もしそうなら本音ちゃんが戻ってきて荷物を整理しないと、引っ越しなんて終わらないと思うんだが。

そう思って質問したけど、千冬さんは何故かさっきと違ってちょっと疲れた感じの表情を浮かべて俺を見てくる。

千冬さんがこんな表情を……もしかしてまたもや厄介事が発生したのか?

 

「いや、一夏もお前も今の部屋のままだ。はっきり言えばお前達は……いや、お前は一人部屋になる」

 

「は?い、いやちょっと待って下さいよ?何で俺と一夏を別々に分ける必要があるんスか?」

 

確か真耶ちゃんが部屋にはあんまり余裕が無いし、一人部屋なんて早々出来ないって言ってた筈なんだが……。

 

「必要というべきか……いや、どの道明日には判る事だから今言うが、実は明日転入生が1組に編入する。一夏の部屋にはソイツが入る事になってるんだ」

 

「転入生?こないだ鈴が入ってきたばっかなのにですか?」

 

この短い期間に2人目の転入生って……幾ら何でもおかしいだろ?

首を傾げながら千冬さんにソレを問えば、頷きが返ってくる。

どうやら千冬さんもおかしいとは感じてる様だ。

 

「確かに不自然だが、相手はフランスの代表候補生でな。フランス政府からも正式な転入として学園に届け出されている。ならば我々が迎えない事は出来ない」

 

「へー……イギリス、中国と来て、お次はフランスねぇ……ん?日本は勿論代表候補生が居るんでしょ?」

 

「当然だ。日本の代表候補生は4組に居る。それがどうした?」

 

「んー……俺、ちょっと思ったんスけど、毎年代表候補生って各国からこんなに集中して来るんスか?」

 

飲みかけのカップを持ったまま、千冬さんに思ったことを質問する。

知っての通り代表候補生ってのは国が選出する人間だ。

だが、それは各国に1人という訳じゃない。

何人もの候補生が鎬を削り合ってるんだが、彼女達は他国の人間。

だからこのIS学園を受けるのには相当な金が掛かるし、俺等日本人よりも倍率が高い。

そんな場所に態々政府が編入させるってのもおかしな話だ。

各国の現役国家代表に直接指導してもらう事も可能なのにな。

俺の考え、というか疑問を聞いて、千冬さんは呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「そんな訳あるか。今の2年には2人、3年に至っては僅か1人しか居ない。今年の1年だけ人数が異常なだけだ」

 

「1年……やっぱ目的は俺等って訳で?」

 

俺の予想を想定していた千冬さんは、俺に再び真剣な表情を向けて頷く。

 

「そう、お前と一夏……2人の男性IS操縦者のデータだろう。お前達は表向きは各国共に手出しが出来ない存在だ。一夏は私。お前は束が擁護しているからな」

 

「だから同級生に紛れ込ませて、学友として引っ掛からない範囲で俺達の事を探らせようって訳ですか……学生にゃ嬉しくねぇ考え方だぜ」

 

「まぁ、それは政府の考えだろうがな。転入生の本当の所は……お前達が真の学友になれるかは、お前達の付き合い方次第だ」

 

「それもそうッスね……まっ、日本の馬鹿野郎みたいに直接モルモットとして攫え、なんてのじゃ無いだけマシですけど」

 

結局は心配するだけ無駄って事で、俺と千冬さんは話を締めてコーヒーの続きを楽しむ。

例え俺達のデータを揃えた所で、束さんですら解析出来ない事を他の科学者さん達が出来るとは思えねぇ。

あの天才兎さんが出来ない事は他の人達にゃ何十年掛かったって出来やしねぇだろう。

 

「フゥ……ご馳走様だ、元次。とても美味かったよ」

 

「そりゃ良かった。おかわりはどうッスか?他にも台湾のココーとかならありますけど……」

 

「いや、今は止めておこう……それより……」

 

千冬さんは満足そうにカップを机に置くと、何故か……少し妖艶さを感じさせる微笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。

そのまま千冬さんはゆっくりとした足取りで俺の側まで近づくと、既に空になっていた俺のカップを回収して机の上に置いた。

……え?何?その女王様が浮かべてそうな嗜虐心と愛情の織り交ざった様な妖しい瞳は?

あれ?もしかせんでも標的って俺?捕食対象はミーざますか?

俺の野生の本能とも言える部分が警報を鳴らし、俺は腰を浮かせて逃げの体勢に入る――。

 

「おいおい元次。一体何処に行こうというの――だ!!(ブオンッ!!)」

 

「うおあ!?」

 

しかし俺には立ち上がる権利すら許されてなかったご様子。

明日への前進(逃亡)を図ろうと腰を浮かした段階で、千冬さんは一足に距離を詰めてきた。

そのまま俺の肩に手を乗せると、俺の力+千冬さんの力を使って、俺をベットの上に投げ飛ばしたのである。

ってこれは合気投げだよね!?千冬さんこんな技も使えたのか!?

 

「これは先程、見参の中身を流し読みした時に思い付いた技だ……お前の様な重量級を制するには中々便利だな。『合気の極み』と名付けよう」

 

「千冬さんチートっぷりに磨き掛かり過ぎでしょ!?」

 

「フン。天然チートと言わなかっただけまだ許してやろう」

 

どっちにしろ似た様なモンじゃん!?っていうか覚えた技を一発で使い熟せるのも大概おかしい。

良く戦えたよな、あの時の俺……今もう一度やっても勝てる気がしねぇぞ。

それどころか彼処まで善戦出来る気も全く持ってしないッス。

そんな事を考えてる間に、千冬さんは靴を脱いで俺の寝転ぶベットの上に乗ってきた。

 

「ほら、身構えてないで真っ直ぐに寝転べ。久しぶりに『アレ』をしてやろう」

 

「ア、アレって……え!?アレ!?マジっすか!?」

 

千冬さんがベットの上に乗ってくる理由がトンと判らず呆けていた俺だが、言われた言葉の意味を理解して目を輝かせる。

そんな俺を見て、千冬さんは苦笑いしながら『正座』した自分の膝をポンポンと叩いて肯定する。

 

「まぁその、なんだ……偶には良いだろう。ほら、早く来い」

 

「は、はい!!では、失礼しまーす!!」

 

俺は千冬さんの誘いの言葉に一も二も無く返事し、靴を脱いで自分もベットの上に乗っかった。

そのままゆっくりと千冬さんの膝の上に『頭』を乗せる。

そう、俗に言う膝枕の体勢な訳ですが……アレというのは膝枕の事では無くて――。

 

 

 

「うむ……あまり『自分でしていない』な?少し『溜まって』いるぞ?」

 

 

 

千冬さんは呆れた様に言いながら、俺の『大事な所』を優しい手付きで触り、中を覗き込む。

更に膝枕されている俺の耳に『ティッシュ』を抜き取る音が聞こえてきた。

 

 

 

「いやー、ちゃんとしてる筈なんスけど、やっぱ自分ではやり難いと言いますか……」

 

「まぁ、それも仕方ないか。お前のその無駄に大きい手ではやり辛いのも判るさ……良し、では始めるぞ?」

 

「お願いしゃーす♪」

 

さり気なく無駄と言われたけど、俺はそんな事を気にせず上機嫌な声で千冬さんに強請る。

あの千冬さんがこんな事ををしてくれるのはあんまり無いからなぁ。

 

「全く……現金な奴め(普通に話せば、コイツとの心地良い時間は続くものだな……柴田先生には、少しだけ感謝しておくとしよう)」

 

体中の力を抜いてリラックスしながら待つと、千冬さんの持つ『耳掻き棒』が、俺の耳の中を優しく動き始めた。

そう、アレとは皆さんご存知『耳掃除』の事である。

これがまた信じられないかも知れないが、千冬さんの耳掻きは極上に気持ち良いのだ。

家事、洗濯、掃除が全く出来ないというのは、千冬さんに親しい人間なら誰もが知ってる。

だがしかし、千冬さんは耳掃除だけに関しては俺の知ってる人間の中で誰よりも上手い。

優しく痛く無い様に、それでいて丁寧に掃除してくれるから、俺は千冬さんに耳掃除されるのが堪らなく好きなのだ。

カリカリというこそぐ音が耳の中で鳴る中、俺は千冬さんのしなやかで鍛えられながら、それでも女性の柔らかさを損なわない膝枕を堪能。

まさに極上にして最高の気分だ。

 

「あぁ~……気持ち良いッス……やっぱ千冬さんって上手っすよぉ……」

 

「ふふっ。あまりだらしない声を出すな……お前も存外、甘えん坊じゃないか」

 

「違いますって。千冬さんが巧すぎるのがいけないんス……おぉぉ~……そこ、最高……」

 

「やれやれ……ここか?」

 

「OH~……ファンタスティック……何で一夏はこんな気持ち良い事を嫌がるんスかねぇ~」

 

天国夢見心地の中、俺は一夏の耳掻き嫌いの事を千冬さんに問う。

そう、何故かアイツは人に耳掻きをしてもらう事を極端に嫌っている。

前に弾が一夏への女子力アピールだとか言って鈴と蘭ちゃんを焚き付けた時、一夏は青い顔で逃げ出したんだ。

さすがにあの行動には俺達全員の目が点になったが、とりあえず俺と弾で捕獲。

俺は鈴に命令されて渋々だが、作戦を推奨した弾は蘭ちゃんに涙目で睨まれて必死だったっけ。

そんで一夏を引っ捕えたは良いが、アイツ普段は見せないマジな表情で頑なに嫌がってたな。

一体アイツに何があったんだか。

 

「さ、さてな?……ア、アイツにも苦手なモノがあるという事だろう、そっとしておいてやれ。な?」

 

「まぁ、別に無理強いするつもりは無えッスけど……」

 

「ならこの話はお終いだな、うん(私が……お前に喜んで貰う為に一夏の耳から血が出るまで練習した所為だ、等と言えるか)」

 

ホント、こんなにも極楽な事なんてそう無いのになぁ。

耳掻きを他人にして貰うのが嫌だなんて勿体無さ過ぎるぜ、兄弟。

まぁそれに……。

 

「コレを千冬さんが得意なのは、今の所誰にも教える気は無えッスよ……俺だけの特権って事で。へへっ」

 

「なっ!?……な、何を言い出すか、馬鹿者(ゴリッ!!)」

 

「あ痛ぁ!?」

 

少し茶目っ気を籠めてそう言うと、千冬さんはちょっと怒り気味に耳掻きの力を強くして俺の耳の中を掻く。

その痛みに少し身を捩るも、次からは普通にしてくれたので、再び体の力を抜いた。

ちくしょう、ちょっとした冗談だってのに、そこまで怒らなくても良いと思うんだがなぁ。

 

「……要らん心配をしおって(ナデナデ)」

 

「え?……あ、あの、千冬さん?」

 

そう思っていると、俺の頭にフワリと手が乗せられ、その柔らかい手は優しい手付きで俺の髪を撫で始めた。

言うまでも無くその手の主は千冬さんで、この前千冬さんに撫でられた時の様な胸の奥が暖かい気持ちが沸き上がってくる。

 

「……心配せずとも、こんな事をお前以外の男にする気は無いさ」

 

「千冬さん……」

 

「ほ、他にしてやりたいと思う関係の男は居ないからだぞ?……ブリュンヒルデからの奉仕、有り難く堪能しろ。良いな?」

 

「は、はい……目一杯堪能しまッス」

 

「ん。よろしい」

 

優しい手付きで撫でながらそんな事を言ってくる千冬さんに、俺は少し上擦った声で返事した。

いやだって、千冬さんが嫌ってるアダ名を使ってまでこんな嬉しい事言ってくれるんだぜ?

しかも俺以外にはしないなんて……特別扱いされてるのがこんなにも嬉しいとは……。

ブリュンヒルデ……世界最強の女の奉仕、か……そこはかとなくいやらしい意味に解釈しそうになるのは男の性。

 

「ふむ……良し、仕上げに……(ポンポン)……ほら、コッチは終わりだ」

 

「……はぁ~、スッキリしたぜ」

 

そして、俺の耳の中が満足いくまで綺麗になったと判断して、千冬さんは耳掻きの綿の部分で俺の耳の中を綺麗にして終わりを宣言した。

うおぉ……ヤベェ、耳がスッキリして気持ち良い……やって貰ってる最中も天国だったぜ。

 

「ふふっ。まだもう片方が残ってるぞ。早く反対を向け」

 

「うぃ~っす。コッチもお願いしま~す」

 

本音ちゃんの様に間延びした声でお願いしながら、俺は反対、つまり千冬さんの方に向き直って再び膝に頭を乗せる。

 

「やれやれ、そう腑抜けた声を……ん?……ッ!?」

 

「……どうかしたんスか?千冬さん?」

 

「んッ!?い、いやいや!!な、何でも無いぞ!?……元次、私が良いと言うまで顔を上げたり下げたりするなよ?わかったか?」

 

「へ?ま、まぁ耳掻きしてもらってる時に頭動かしちゃ不味いっすもんね?動かずにいますよ」

 

「な、なら良い(だ、大丈夫だ。スカートの中はこいつの位置では絶対に見えない。落ち着け)」

 

何やら急に狼狽え始めた千冬さんだったが、深呼吸をして直ぐに気を落ち着けて耳掻きを開始してくれた。

一体どうしたんだ千冬さんは?何か気になるモノでもあったんだろうか?

千冬さんが焦った原因を知りたい所だが、千冬さんと約束したので俺は動かず静かにジッとする。

しかし……千冬さんの膝枕も気持ち良すぎる……こんな枕があったら買い占めてる所だ。

 

「……気持ち良いか?」

 

「はい……もうホント、これは病みつきになっちまいますって……」

 

「そ、そうか(人の気も知らないで呑気な……ま、まぁこの感じなら何も問題は……汗臭く無いよな、私?)」

 

己の全てを千冬さんに委ねている時間はゆったりと過ぎたが、等々この心地良い空間も終わりを告げた。

最後の綿を使ったポンポンも終わり、千冬さんは耳掻きを俺から遠ざける。

そして最後に千冬さんから「お、終わったぞ」とお言葉を頂いたので、俺は自分の体を引き起こした。

 

「はぁ~……有難う御座います、千冬さん。最高に気持ち良かったッス」

 

「う、うむ。ま、まぁこれからも偶にしてやろう……偶に、だぞ?そんなに頻繁にはしないからな?」

 

俺が笑顔でお礼を言うと、千冬さんは何故か少し赤くなった顔を横に背けて横目に見ながらそう言ってくる。

顔を起こした位置、つまり千冬さんと超至近距離で見つめ合いながらそんな仕草を取る千冬さんに、俺の胸がドクンと高鳴った。

な、何だ!?酒も飲んで無い状態なのに千冬さんが可愛く見えて仕方が無――。

 

「(ガチャッ)ただいま~なのだ~♪」

 

ドンッ!!バガァアアンッ!!!

 

「はひゃあ!?な、何の音って織斑先生~!?な、何でゲンチ~のベットの上に――」

 

「――(チーン)」

 

「ふわぁあああ~!?ゲ、ゲゲ、ゲンチ~!?しっかりしてぇ~!?」

 

「――ハッ!?す、すまん元次!!大丈夫か!?」

 

おかしいな?千冬さんが可愛く見えてたのに、何で俺は吹き飛ばされてんだろう?

急にドアが開いた音がして、本音ちゃんのホワホワした声が聴こえるなーとか思ってたら、千冬さんに突き飛ばされたで御座る。

只の突き飛ばし?いえいえあの千冬さんですよ?

その威力たるや、90キロ台にいる俺の体をスッ飛ばして壁に叩きつける程にゴイスーですた。

余りの勢いとダメージに、一瞬声が詰まって呼吸も止まる。

そんな感じで沈黙していた俺に心配そうな表情で駆け寄ってきてくれる本音ちゃんと千冬さん。

傍から見たらハーレムなのかな、コレ……あんまり嬉しくねぇ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふえぇ!?ひ、引っ越しですか~!?」

 

「うむ、何時迄も男女が同部屋では学園としても問題があるからな。急ですまんが布仏は今から別室に移動してもらう」

 

「そ、そんにゃ~……グスン」

 

先程の一幕から俺が回復して直ぐ、本音ちゃんは千冬さんがここに居る理由を質問し、千冬さんは本音ちゃんに引っ越しの話を伝えた。

しかしそれを聞いた本音ちゃんは目尻を悲しそうに垂れさせて本気で落ち込んでしまう。

もしかして本音ちゃんも俺と同じ部屋のままが良かったのか?……やべぇ、凄く嬉しいんですけど。

だがまぁ、確かに千冬さんの言う通り、交際してない男女が同部屋ってのも無理があるよな。

千冬さんも学園の仕事として言ってるんだし、この決定を覆す事は出来ない。

 

「……ど、ど~しても駄目ですか~?」

 

「駄目に決まっているだろう布仏。余り我儘を言うんじゃない」

 

「で、でも~でも~……グス」

 

ぬあぁ!?本音ちゃんの涙腺が決壊しそうに!?

 

「ま、まぁまぁ本音ちゃん。そんなに泣かなくても良いじゃねぇか?」

 

「……ゲンチ~は、私と一緒じゃ嫌なの~?」

 

慌てて泣きそうな本音ちゃんを慰めようと笑いながら声を掛けると、今度はその泣きそうな瞳で俺に訴えかけてくる。

その潤んだ瞳を見て「もう一緒に住んじゃおうか?」何て言いそうになるも、千冬さんの射殺さんばかりの眼力でギリギリ留まった。

アカン、その目はあきませんて千冬さん、本音ちゃん。

意味合いは違えど俺にとっては最終兵器並みに危うい視線ですがな。

ここで軽い事は言えないし、千冬さんの言葉は学園の決定だから覆す事は出来ない。

従って本音ちゃんのお願いは叶えてあげられないのだ。

 

「い、嫌な訳無えって。でも、やっぱ年頃の男女が付き合っても無ぇのに一緒に居るのは、世間的に不味いし……」

 

「ぐす……ぐす……」

 

今にも溢れそうな涙を我慢しながら、本音ちゃんは俺の言葉に耳を傾けている。

俺はそんな本音ちゃんの頭を何時もの様に優しく撫でながら、言葉を紡いでいく。

 

「それに、千冬さんも学園の決定を守らない訳にゃいかねぇからさ。やっぱ教師なんだしよ……それは判ってくれるよな?」

 

「ぐす…………うん」

 

「だからよ、また何時でも遊びに来てくれ。若しくは俺が本音ちゃんの居る部屋に遊びに行く。それじゃ駄目か?」

 

少しづつ涙が引いていく中、本音ちゃんはシュンとした表情で俯いてしまう。

でも、本音ちゃんだってちゃんと判ってくれてる筈だ。

この子はほんわかしてるけど、そういう大事な事は守れる子だし。

それとも……あれか?こうまでして本音ちゃんが駄々捏ねてるのは、もしかして俺の事が好――。

 

「……お、お菓子とか、ご飯……また作ってくれる?」

 

あ、そこなんだ。本音ちゃんがぐずってた理由って……少しでも期待した俺が馬鹿でした。

 

「おう。また何時でも言いな。この鍋島シェフが腕を奮うぜ?」

 

落胆した自分を気付かせない様に、俺は冗談っぽく本音ちゃんに言い放つ。

ほんわかしてるけど、本音ちゃんって時々サイコメトラー並に鋭いからな……自爆した恥ずかしい思いは気付かないで。

 

「ぐす……分かったよ~。織斑せんせ~。今から荷造りしま~す」

 

どうやら本音ちゃんも納得してくれたらしく、涙を引っ込めて何時もの笑顔を見せてくれた。

 

「では私も手伝おう。二人でやれば直ぐに終わる」

 

「それじゃあ俺も手伝いましょうか?荷物運びとかの力仕事なら役に立ちますぜ?」

 

「無論、最初からそのつもりだ」

 

「あ、さいですか」

 

俺が気を使わなくとも、最初から俺が手伝う事は決定していた様です。

まぁさすがに女の子の荷物を覗く訳にはいかないので、荷造りが終わるまで俺は部屋の外に出ていた。

その後は重たい荷物から順に運び出して、本音ちゃんの新たな住居の前に置いていく。

部屋の中には本音ちゃんの同居人が休んでるそうで、部屋の中には千冬さんが荷物を入れてくれた。

一番量が多かったのはぬいぐるみの類だったのは本音ちゃんらしいな。

 

「よっと……これが最後の荷物な」

 

「えへへ~♪手伝ってくれてありがとう~ゲンチ~♡」

 

「何の何の。これぐらいならお安い御用だ」

 

何時もの着ぐるみパジャマで笑顔を浮かべながらお礼を言ってくる本音ちゃんに、俺はムンと力こぶを出したポーズで答える。

パワータイプを舐めちゃあいけねぇ。

重量があったのは教科書ぐらいだしな。

 

「私がまた、遊びに行きたくなったら~……その時は、お菓子の用意を忘れちゃ嫌だぞ~?」

 

「ははっ。了解。常備しときます」

 

「よろしい~♪じゃあ、おやすみね~♪」

 

「あぁ、おやすみ本音ちゃん」

 

最後にお休みの挨拶をして、本音ちゃんは新しい部屋へと消えていった。

 

「さて、それでは私も部屋に戻る。お前も早く寝るんだぞ」

 

「はい。お休みなさ……あっ、そういえば一つ聞きたかったんスけど……」

 

「ん?何だ?」

 

千冬さんも部屋に戻ると言って歩を進めるが、俺はついさっき気になった事を聞く為に千冬さんにストップを掛ける。

ホントだったらもう少し早く聞くつもりだったが、千冬さんの突き飛ばしですっかり忘れてた。

 

「一夏の部屋に転入生が入るって言ってましたけど、その子も女子なのに同部屋にしちゃ不味く無いっすか?」

 

そう、俺が聞きたかったのは一夏の同部屋の相手の話だ。

女子である箒と本音ちゃんを部屋移動させたのにまた女子が入っちゃ本末転倒だと思うんだが。

そういった意味も籠めて質問すると、千冬さんは何故か苦い顔を見せてくる。

 

「……理由は明日の朝に分かる。だから今日はもう寝ろ」

 

「はぁ……まぁ、千冬さんがそう言うならそうしますけど」

 

「それで良い。ではな」

 

最後に短く挨拶をして、千冬さんは寮長室へと引き上げていった。

俺も千冬さんの去った方向から視線を外し、自分の部屋へと戻る為に足を進める。

しかし千冬さんの言い方は引っ掛かる。

何で俺達を引っ越しさせた後で一夏を女子と相部屋にさせるんだ?

それじゃ本音ちゃんと箒が移動した意味がまるで無くなってしまう。

他に考えられる理由としては……。

 

「転入生は『3人目の男性操縦者』?……まさかな」

 

頭に過った予想をバカバカしいと振り切る。

確かに俺の時の様に、政府が転入までの生活を考えてソイツを秘匿する可能性もある。

でも、千冬さんの話では転入生はフランスの代表候補生らしい。

時間を逆算しても、いきなり代表候補生になれる様な凄腕の男が居るなんて考え難いしな。

……もしこれが日本とかだったら、もしかしたら冴島さん?って考えもあったけど。

っていうかそうなると冴島さんが俺達みたいな白い学生服着て一緒に勉強?……この話は止めよう。

まぁ兎に角、明日になればこの問題の答えは分かるんだし、今日は早く寝よう。

オプティマスも取りに行かなくちゃいけねぇしな。

 

 

 

結局、俺は明日の転入生についての考察を止めて、部屋へと戻るのだった。

 

 





うん、良いスイーツ(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転入生はブロンド貴公子!?


アカン、どうでも良い描写ばっかり書いてまう(´Д⊂グスン


お蔭でストーリーが進まないウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン!


 

 

「おーっす、ゲン。こっち空いてるぞー?」

 

「おう兄弟、オルコットもおはようさん」

 

「お早う御座います、鍋島さん。今日は少し遅いのですね?」

 

千冬さんに気持ち良くしてもらった次の日の朝。

俺は整備室からオプティマスを引き取り、何時もより少し遅れて食堂へと足を踏み入れた。

そして注文が終わって空いてる席を探していた所に一夏から声を掛けられ、その席に腰掛ける。

同じく座っていたオルコットと挨拶を交わし、一夏と同じ日替わり定食(量は2倍)に手を付けていく。

 

「そういや、何時もより遅めだな。寝坊でもしたのかよ?」

 

「ムグムグ……ちげーよ。ちっとばかし整備室に寄ってたから遅くなっちまっただけだ」

 

「え?整備室?オプティマスに何かあったのか?」

 

「いや、別に故障とかじゃねぇ。オプティマスを少し改造してたから、昨日はオプティマスを整備室に預けてたんだよ」

 

「改造……まだわたくし達はそこまでの授業はしていない筈ですが……」

 

日替わりの鮭を食べながら二人の質問に答えると、オルコットが首を傾げながらそう聞いてくる。

ここで言うISの改造とは、拡張領域に武装を追加したり装甲を変えたりスラスターのエネルギー配分を変えたりと様々だ。

しかし、まだ俺達はそんな専門的なことは習っている途中であり、そこまで高度な事をするならもう少し時間が経たないと無理なのだ。

代表候補生のオルコットは俺達より専門的な事は進んでいるから出来るだろうけど、俺がそこまで進んでるとは考えにくいんだろう。

ふむ、ちょっと言い方がまずかったか。

 

「オルコットの考えてる改造は、武器の交換とかメンテナンスだろ?俺がやってたのはそれじゃねぇ」

 

「?と、申しますと?」

 

「まぁ、ちょっとした遊び心さ。今日は実習があるし、もしかしたらお披露目出来るかもな」

 

だからその時までは内緒って事で。と締め括り、俺は飯の続きに取り掛かる。

オルコットも俺が話す気が無いと悟って特に追求はしてこなかった。

それは長い付き合いの兄弟も同じで、後で分かるならそれで良いかと話を打ち切る。

しかしまぁ、昨日と同じで周りの視線が凄い事。

特に話題の男性操縦者が食堂で固まって飯を食ってるんだから、視線の豪雨が心地悪いぜ。

まぁ気にしててもキリが無いので、俺達は普通に食事を終えて教室へと足を進める。

 

「ねぇ聞いた聞いた?」

 

「聞いた聞いたっ!!正に天からのおぼしめしだよね!!」

 

「え?何の話?」

 

「織斑君と鍋島君の話」

 

と、俺達が歩いている時に、何やら俺と一夏の話題を話しているグループがあった。

俺の先を歩いていくオルコットと一夏は聞こえていない様でドンドンと先へ歩いていってしまう。

しかしどうにも彼女達の話が気になってしまい、俺は足を止めて聞き耳を立ててみる。

俺達の話題が出るといえば、先の学園新聞の事かもしれないが……。

 

「いい話?悪い話?」

 

「ふっ……グレートに良い話よ」

 

「聞くっ!!是非お願いします!!」

 

「はい落ち着いてねぇ~。良い?これは女子だけにしか教えちゃ駄目よ?実は、今月の学年別トーナメントで……」

 

ん?何で俺達の話題が学年別トーナメントの話題になるんだ?

随分とおかしな所へ話が飛躍しているなと首を捻りつつそのまま聞き耳を立てておく。

 

「おい、ゲン。早く行こうぜ」

 

「少しゆっくり気味ですし、そこに立っていては他の方の通行の邪魔になってしまいますわよ?」

 

「ん?あ、あぁ。悪い」

 

だがしかし、ソレも俺が着いて来ないと気付いて戻ってきた一夏に邪魔されて肝心な所を聞く事が出来なかった。

二人が戻ってきちゃこれ以上の事を聞く時間も無いので、俺は二人の後ろに着いて食堂の外へ出た。

ふーむ……何で俺と一夏の話がこれから先に起こる学年別トーナメントの事に繋がるんだ?

あの噂してた子達の話しぶりだと、何か女子だけの取り決めらしいが……まっ、放置してても無害っぽいし良いだろ。

俺と一夏に対して悪意のある話し方では無かった所為か、俺は特にその話を気にしなかったのだが……。

 

 

 

『ええええっ!?そ、それってマジのマジ!?』

 

『マジでっ!?その情報信頼出来るの!?』

 

『うそーっ!?きゃーっ、どうしよーっ!!』

 

 

 

後で知る事だが、俺はこの時全力でこの話を止めるべきだった。

 

 

 

「(プシュ)お早う」

 

「うーす」

 

「あっ!!3人共お早う!!」

 

「おはよ~♪ゲンチ~、セッシ~、おりむ~」

 

「お早う御座います、皆さん」

 

俺等が教室へ入ると、既に教室に居た皆が元気に挨拶してくる。

その中には昨日部屋を移動した本音ちゃんの姿もあった。

うん、どうやら問題無く寝れたようだな。

そう考えていると、本音ちゃんはトテトテと歩いて鞄を席に置いた俺に近づいてくる。

 

「ねぇねぇゲンチ~。今日は、遊びに行っても良い~?」

 

「お?早速来るのかい?まぁ大したモンは出せねぇけど……まだ手がこんなだからな」

 

暗に「お菓子作って」と言ってくる本音ちゃんに、俺は苦笑いしながら手をプラプラさせる。

相も変わらず包帯が巻かれた俺の右手だが、包帯が完全に取れるのは明日ってトコだ。

もう傷は塞がってるけど、今日一日は様子見しておく様にと柴田先生から言われてるんだ。

昨日の放課後に傷を見せたら、神室町で右手を喧嘩に使ったのがバレて怒られたけどな。

 

「む~……」

 

しかし、俺の手を見た本音ちゃんは頬を膨らませて怒ってますとアピールを始めた。

 

「ち~が~う~。普通に遊びに行きたいの~。お菓子が出せないのぐらい、知ってるよ~」

 

「え?マジ?」

 

「何でそんなに不思議そうにするのさ~?……私だって、いっつもお菓子ばっかりじゃないんだぞ~(ポカポカ)」

 

可愛らしく頬を膨らませてポカポカと俺の頭を叩いてくる本音ちゃんの行動に、俺は少し笑ってしまう。

あぁ、何か叩かれてるのに本音ちゃんの行動を見てると癒され……別に危ない思考じゃねぇよ?

 

「くくっ。悪い悪い。まぁ夜は空いてるから遊びに来てくれて構わねぇよ。コーヒーくらいは……いや、カフェオレくらいは出してあげよう」

 

ホットミルクを注いでドリップするだけだし、それぐらいなら問題無いからな。

俺が笑いながらそう言うと、本音ちゃんは少しだけ頬の膨らみを萎ませる。

どうやらまだ納得のいかねぇ事がある様で、依然としてスマイルは見せちゃくれねぇ。

 

「ぶ~。コ~ヒ~でも大丈夫だもん~。私だって大人のオンナなんだから~」

 

ちょっと大人の女っぽく腰に手を当てたポーズを取ってくる本音ちゃんには悪いけど、それは無い。

俺が飲んでたシナモンローストのブラックを舐めただけで涙目になってたし。

まぁ本音ちゃんは遊びに来る気満々みたいだし、適当に茶受けのお菓子でも買っておきますか。

 

「ねぇねぇ本音!!本音は何処のスーツが良いの!?」

 

「あっ、鍋島君もコッチ来て話に混ざろうよ!!」

 

そんな感じで楽しく談笑していた俺と本音ちゃんだが、別の机でグループを為していた相川達に呼ばれた。

俺達はその声に導かれてそのグループへ近づくと、一夏やオルコットもそこに居る。

一夏が居るんだったら箒も呼んでやった方が良いだろ……ってあれ?

このメンバーなら箒も来いと言おうとしたのだが、俺の視線の先に居る箒は俺と目が合うと手を振ってNOを示す。

どうしたんだ?と思うが、箒は「早く向こうを向いてくれ!!」と言わんばかりの表情を見せてくるので、俺は首を傾げながら箒から視線を外す。

まぁ本人が良いってんなら構わねぇけどよ。

 

「私はやっぱりハヅキ社製のがいいなぁ。スッとしたデザインだし」

 

「えー?そう?言っちゃアレだけど、ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインがいいのさ」

 

とりあえずグループに混ざってみれば、相川達は一冊の分厚い本を読んでキャイキャイと騒いでいる。

ハヅキ?デザイン?何のこっちゃなんだが?

俺は自分のでかい身長を駆使して、彼女達の真上からカタログを覗きこむ。

 

「んー?これって……ISスーツのカタログか?」

 

件のカタログには、色とりどりでデザインが似た様なISスーツが沢山書かれていた。

そういえば一般生徒、つまり専用機持ちじゃない子達は自分専用のISスーツを申し込むんだっけ?

 

「そうそう!!自分用のISスーツだからどれが良いか迷っちゃって」

 

「アタシはスペック的にミューレイのかなぁ。それもスムーズモデル」

 

「あー、あれねー。モノはいいけど高いじゃん。」

 

「でも、ISスーツって結構長い間使うんだし、長い目で見れば高くても性能が一番じゃない?」

 

俺の質問に相川が答えると、そこから更に話を発展させる女子軍団。

いやはや、やっぱ女子は話の移り変わりがスゲェ激しくて困る。

っていうかISスーツって別個にスペック違うんだな。

俺と一夏はデザインこそ違えど、性能なんて考えた事も無い。

 

「ふーん?……でも、俺にはどれもこれも似てるとしか思えないなぁ」

 

と、カタログを眺めていた一夏が軽くそんな事を言うが、俺も全く持って同意だぜ。

しかしそんな一夏に対して相川は片手を目元に当てたままビシッと一夏にもう片手を使って指差す。

 

「甘い!!シロップとアイス10倍増し増しにしたハニトーより甘いよ、織斑君!!」

 

そりゃ甘すぎだろ。胸焼けで死ぬわ。

 

「女の子にとっては、細かくて見にくい所にこだわる事こそ重要なんだから!!それでそういう細かい違いに気付いてこそ男子なんだよ!!」

 

「そ、そうなのか?」

 

知らん、俺も初耳だ。

ISスーツにデザインの拘りがあるのも、女子特有のオシャレなんだろうな。

それにさっきクラスの子が言った通りIS学園は18歳までの高等科だが、実は来年から22歳までの大学部も設立される。

進む進まないは個人の自由だがその期間をISスーツのお世話になるんだから、長い目で見るのも有りだろう。

 

「わたくしのスーツはブルーティアーズに合わせた色合いと、スリットラインが入っていましてよ」

 

「あー、そりゃ専用機の為に作られたISスーツだもんねぇ」

 

「セシリアとか2組の鳳さんのは、アタシ達の見てるカタログのスーツのどれよりも性能高いし」

 

オルコットの発言に皆も同意するが、なるほど。考えてみりゃ納得だ。

国の保有機体である専用機のスーツともなれば、謂わば国の代表者を包む礼服。

デザインが他の国より劣っていれば舐められるだろうし、常に最たるセンスが求められるって事か。

分かり易く言うなら……レースとかのチームメンバーが着るツナギとかか?

 

「そういえば、織斑君と鍋島君のISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」

 

「あー。特注品だって。男のスーツが無いから、どっかのラボが作ったらしい。えーと……もとはイングリッド社のストレートアームモデルって聞いたな」

 

一夏はクラスメイトの質問に頭を捻りながら答える。

そういえば、一夏のISスーツってあの短パンへそ出しルックは何故?って思ってたけど、元は女子用なのか。

一夏の答えを聞いたクラスメイトがカタログを捲ると、イングリッド社のストレートアームモデルがあった。

但し一夏のスーツとは違って、下は短パンじゃなくてブルマみたいなデザインだったけど。

まぁ、一夏って千冬さんに似てるし、男なのに線はちょっと細めだからな。

元あった女物をちょいと改造するだけで事足りたって事か。

逆に言えば俺に合う女物なんて探す方が無駄ってのは決まりきってるし。

 

「ゲンチ~のは、何処が造ったの~?」

 

「俺のか?俺のは……そうだな、FRCとでも言えば良いのかね?」

 

次に本音ちゃんが俺のスーツの出所を聞いてくるが、俺はその質問に疑問文を返す。

何せ俺のスーツもオプティマスと同じ所の出身だからな。

 

「FRC?そんな会社あったか?」

 

「会社っつうか……ファニー・ラビット・カンパニーって感じ?一夏なら分かるだろ、俺の言ってる『会社』が?」

 

「ファニーラビット……あっ、成る程。そういう事なら納得だ」

 

俺と同じく悪戯好きな兎さんの姿が頭の中に浮かんだのか、一夏は手をポンと叩いて「なるほど」といった顔をする。

ファニーは無論、プラスの意味で可愛いって意味合いだ。

だって俺のオプティマスもISスーツも束さんご謹製の代物だし、俺にくれたのも束さん本人だ。

……千冬さんから聞かされた話じゃ、俺のオプティマスを提供した会社は世間にFRCと名乗ってるらしい。

それで政府にも話は通ってるとか……束さんェ……。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知する事によって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止める事が出来ます。あ、衝撃は消えませんのであしからず♪」

 

と、俺達の話を聞いていたのか、真耶ちゃんが教室の入り口を潜りながらISスーツの事をスラスラと説明してくれる。

その様子は若干誇らしげに胸を張った笑顔で、見ている者に安らぎと朗らかな気持ちを与える様だ。

やっぱこのクラス、いやこの学園で本音ちゃんと双壁を為す癒しを運んでくれる存在なだけあるぜ。

真耶ちゃんの姿を見てると本当にポワッとした気持ちが溢れてくるんだもんな。

皆真耶ちゃんの姿を確認すると、口々に挨拶して席へと着く。

喋ってて気付かなかったけど、もう直ぐSHRの時間だ。

 

「山ちゃん詳しい!!」

 

「えへへ、先生ですから……って山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!!」

 

「え?それって今までは……山ぴー!?あ、あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

真耶ちゃんは皆の言葉に嬉しそうに胸を張るが、あだ名で呼ばれた事に不満がある様だ。

まぁぶっちゃけ、真耶ちゃんには悪いけど教師の威厳ゼロだもんな。

 

「えー?いいじゃんいいじゃん♪」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「ま、まーやんって……」

 

しかし真耶ちゃんの不満もなんのその。

皆は笑顔で口々にあだ名を呼ぶ……っていうか真耶ちゃんあだ名何個あるんだ?

ま、まぁそれだけ真耶ちゃんが生徒の皆に親しまれてるって事でもあるんだろうがな。

 

「諸君、おはよう」

 

『『『『『お、おはようございます!!』』』』』

 

そして、真耶ちゃんから少し遅れてIS学園の裏ボスである千冬さんが登場。

あれだけ騒がしかった教室が水を打ったように静まり返る。

相変わらずのカリスマを自然体で振り撒いているからこそ、皆のあいさつも緊張を孕んだモノになってしまう。

とは言え、カリスマが凄すぎるってだけで別に千冬さんが親しまれて無いって訳じゃねぇけどな。

アダ名だって、束さんしか呼ばねーけど『ちーちゃん』ってアダ名が――。

 

「(バチコォオオオンッ!!)ばぶるす!?」

 

千冬さんが嫌いなアダ名(本人談)を心の中で連想した俺の顔に、縦に突き刺さる出席簿。

心の中のプライバシーぐらいは守って欲しいぜ。

クラスの子達も慣れたのか、誰も俺に対して心配せず、千冬さんも出席簿をそのままにSHRを進める。

薄情過ぎやしねぇか皆さん?

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それも忘れたという馬鹿者は、まあ、下着で構わ――」

 

初めてISに触れての本格訓練という事で、教室の女の子達の視線がグッと真剣なモノに変わる。

俺は顔面に突き刺さった出席簿を引っこ抜きながら、その光景を眺めていた。

しかし、忘れた女生徒は下着?それは俺みてーな健全な男子に対する新手の拷問ですかな?

勿論、耐え切ればそこにはパラダイ――。

 

「――フンッ!!!」

 

「(ドゴォオオオッ!!)ごぶぇ!?何で!?」

 

「……いや、構うか。ここにはケダモノが居ることだしな。忘れたものは正直に申告しろ、良いな」

 

「ぜ、絶対に下着で来ちゃ駄目ですよ!?皆さんもそれはちゃんと守るように!!」

 

不埒な事を少しだけ思い浮かべた瞬間、千冬さんが鬼の様な目つきで俺の頭を机に叩きつける。

もう勘弁して頂けないでしょうか?っていうか誰がケダモノっすか誰が。

朝から2連続で千冬さんの制裁を頂く羽目になるとは……今日はどうもツイてないらしい。

しかも真耶ちゃんまで千冬さんの援護射撃を真剣にするモンだから、チラチラと教室から俺に視線が集まる。

 

「……一応言っておくが、不埒な真似をしたらどうなるか……良いな、鍋島?」

 

「い、痛てて……俺がやるって方向で話が煮詰まってるのかはさておき、そんな事しねぇッスよ」

 

俺の頭を押さえ付けてた手を離して頭上からそんな事を言ってくる千冬さんに、俺は体を起こしながら反論する。

寧ろ本能に負けて舐め回す様に見たら、俺は速攻でカツ丼を食う羽目になるだろう。

しかして俺を目の前で見下ろす千冬さんは余り信じて無さそうな眼つきです。信頼ねぇな、俺。

 

「……まぁ良い……山田先生、連絡事項を」

 

「あっ、はい!!……げ、元次さん!!女の子の肌を舐めまわす様に見ちゃ駄目なんですからね!?絶対ですよ!?ケダモノになっちゃメッ!!なんですからね!?」

 

「あれ?俺ってそこまで信用無ぇの!?山田先生まで俺の事ケダモノ扱い!?」

 

「あ、当たり前です!!もう!!(あ、あんなに私のむ、むむ、胸を舐めたのに!!元次さんのエッチ!!)」

 

教卓の前に立ったまま、俺に「メッ!!」と怒る様に指を突き出す真っ赤な顔色の真耶ちゃん。

何故に俺を見て顔を赤くする?そして当たり前なのか、ファッキン。

俺は驚愕と絶望の目で真耶ちゃんを見るが、真耶ちゃんは依然として怒る様な仕草を隠さない。

いや、まぁ微笑ましい怒り方ではあるんだけど……何で俺怒られてんの?

とりあえず俺に注意をした真耶ちゃんは気を取り直してコホンと咳払いすると、皆を見渡しながら笑顔を浮かべる。

 

「えっと、最後の連絡事項です。ちょっと遅くなりましたが、今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります!!」

 

まるで花が咲いた様な朗らかな笑顔を浮かべる真耶ちゃん。

普段ならそこで「可愛いなぁ♪」とクラスの女子から茶化しの声が入るが、今は無い。

理由なんて単純明快でありますが、もう1人の担任が原因とだけ言っておこう。

 

「今日はなんと、このクラスに転校生が来ました!!」

 

『『『『『――えぇえええええええええッ!!?』』』』』

 

あ、やっぱりその話題になるのか。

真耶ちゃんが楽しそうな笑顔で言い放った言葉に一瞬の静寂があったものの、次の瞬間には絶叫が木霊した。

皆直ぐに隣同士でヒソヒソと小声で話を始める。

まぁ鈴の転校があったのは皆の記憶に新しいし、連続で来る事に疑問を持ってるんだろう。

それに女子と言えばこういう話は大好物だろうしな。

隣りの一夏も驚いた顔をしてるが、俺は昨日千冬さんから先に聞いていたので驚きは少ない。

それにこういう場面で騒ぐと……。

 

「騒ぐな静かにしろ!!」

 

『『『『『――』』』』』

 

こんな感じで千冬さんからお叱りが飛ぶからな。

正しく鶴の一声とでも言うべき透き通る声で発せられたお叱りに、クラスも一気に静まり返る。

なんだか俺の時と似た様な状況になっているので、俺は自然と苦笑いしてしまう。

きっと扉の向こうに居るであろう転校生も驚いてたり苦笑してたりだろうな。

全員が静かになったのを確認した千冬さんは、教卓前の扉に視線を向ける。

 

「さて、転校生。入ってこい」

 

『……失礼します』

 

千冬さんの呼び掛けに、扉の向こうから反応を返した転校生は開かれた扉を潜り、1組の中へと入ってきた。

……いやいや、ちょっと待て?

有り得ないだろうと思う俺の心境をさて置いて、『彼』は教卓の前に立って俺達を見渡す。

後ろで千冬さんの様に長い髪を一括りにしたハニーブロンドの風貌。

儚げな優しさを見せるアメジストの瞳。

男にしては華奢と思わせる、というか女子とほぼ変わらない『体躯』。

俺や一夏の様な男物のズボンを履いた『彼』は、正に王子様と言える様な笑顔を浮かべて俺達に言葉を紡ぐ。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事が多く何かと面倒をかけると思いますが、みなさん宜しくお願いします」

 

彼――シャルル・デュノアは笑顔を浮かべながら流暢な日本語でそう言って言葉を締め括る。

一方で俺達は呆けた顔を晒して彼を見つめてしまう。

マジかよ……いや、男のIS操縦者?待て待てそれは幾ら何でも無理があるって。

 

「お……男?」

 

呆然としたクラスメイトの呟きに、彼はニコッと微笑んで口を開く。

 

「はい。ここに僕と同じ境遇の方が二人いらっしゃると聞いて、本国より転入を……」

 

「――キ」

 

「はい?」

 

やばい!?このパターンは正しくイエロー!!

ぞくっとした感覚が背筋を通った瞬間、俺は急いで耳を塞いで防御体勢を構築。

隣りの一夏と転入生が俺に疑問顔を向けてくるが、俺は何も言わない。

言ってる余裕なんざ――。

 

『『『『『――きゃああああああああああッ!!』』』』』

 

まるで皆無だからな!!

俺が耳を塞いで直ぐ後、常識知らずとも言える声量でソニックブームが発生。

まさしく黄色い悲鳴が教室中に鳴り響く。

 

「ぎゃーーッ!?」

 

哀れ耳を塞がなかった一夏はその轟音とも言える黄色い悲鳴に耳をヤラれて苦しそうに悲鳴を挙げる。

兄弟、いい加減に学習しようぜ?

転校生は男、それも極上級のイケメンとくれば女子から黄色い悲鳴が挙がるのは当然だろ?

チラリと後ろの席を窺うと、極々一部を除いた女子が目をキラキラと輝かせている。

極々一部っていうのは、箒やオルコットという既に惚れた相手が居る連中。

さゆかと本音ちゃんも余り興味が無いのか、驚いていても特に歓声を挙げたりはしてない。

普通に転校生が来て嬉しそうなのは分かるけど。

 

『男子よ!!男子!!MEN!!しかもうちのクラスに金髪ってキタコレ!!』

 

『三人目の男子!!しかも全てがウチのクラスに集まるなんて、これなんて天国!?』

 

『織斑君の熱い男って感じでも、鍋島君の様な超・肉食でも無くて美系!!しかも守ってあげたくなるプリンス系だなんて!!』

 

『時代は大排気量の肉食だけじゃない!!今はハイブリットな草食も重要なのさ!!』

 

『FUーーーHAーーー!!!』

 

とりあえず最後、落ち着け。

 

「え、え?」

 

目の前の少女達のテンションについていけないのか、デュノアは目をぱちくりさせながら驚きで声も出ないという様子だ。

俺はそんな反応をしているデュノアに視線を向けながら、心の中で考える。

うーん……やっぱ男には見えねぇんだが……幾ら華奢だっつっても、あの撫で肩とかは女子の体だろう?

声も男の物にしては高いし、喉仏も全然見えない……まぁ、胸は確かに無えけど。

でもそれぐらいなら胸を手術すれば良い事だ。

若しくは鈴の様にぺちゃぱ……何故だ?2組から激しい殺気がきやがった。

考えれば考える程、俺にはデュノアの事が男には見えなくなってくる。

……まぁ、とりあえず今は考えるのは諦めよう……もしも俺や一夏に害を及ぼすなら、その時に対処すれば良いんだからな。

今は純粋に、クラスの仲間が増えた事を喜ぶとしよう。

 

「あー、騒ぐなお前等。まだ連絡事項はあるんだ」

 

女子達の騒乱を本気で鬱陶しそうな表情を浮かべながら、千冬さんは止める。

その一言だけで騒がしかったクラスが静かになり、皆千冬さんの言葉を待つ。

 

「今日は午前中の時間を全て使って2組と合同でISの実習を行う。全員この後は着替えてグラウンドに集合するように。良いな?」

 

『『『『『はいッ!!』』』』』

 

千冬さんの聞き返しに乱れぬ返答を返す我等1組一同。

ふざけて良い時と駄目な時の事はしっかりと覚えているからな。

 

「それと鍋島、織斑」

 

「は、はい?」

 

「何スか?」

 

皆の一糸乱れぬ返答を聞いた千冬さんは、俺と一夏に視線を向けながら声を掛けてくる。

 

「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だから都合が良いだろう」

 

成る程、そりゃ確かにそうだ。

デュノアの性別疑惑は横に避けて、今は同じ学園に住む3人目の新人に色々と教えておかなきゃな。

 

「分かりました」

 

「了解ッス」

 

「うむ。ではこれで解散!!」

 

最後に千冬さんが号令を掛けて真耶ちゃんと教室から去ると、皆は立ち上がってそれぞれ実習の用意を始める。

この後は直ぐに実習だし、急がないと間に合わない。

俺達もサッサと更衣室に逃げ込まないとな。

そう思って席から立ち上がると、デュノアが俺達に視線を向けて微笑んでいた。

 

「君達が織斑君と鍋島君?初めまして。僕は……」

 

「あぁ、挨拶は後にしようぜ。まずは急がないと」

 

「だな。さぁ行くとしようか、転校生?」

 

一夏は挨拶してきたデュノアを遮ると、手を握って外に出ようとする。

だが、一夏の行動の意図が分からないデュノアは首を傾げていた。

やれやれ、ならこの俺が一丁説明してやろう。

俺はニヤリとした笑みを浮かべながら、キョトンとしているデュノアに言葉を発する。

 

「ボヤボヤしてっと、うら若き乙女達の生着替え鑑賞会が始まっちまうぞ?」

 

「?……ッ!?そ、そうだね!!」

 

それで俺達の行動の意図を察したデュノアは慌てて一夏に引っ張られながらも教室を後にする。

しかしあの「それがどうしたの?」みたいな反応って……まぁ、まだ分からねぇか。

俺もデュノアと一夏の後を追う様に教室を飛び出し、アリーナの更衣室へと急いで走る。

この時間だけは走らないと間に合わないからって千冬さんからも特別に許可を頂いてるんだ。

 

「男子は実習になると毎回この移動だから、早めに覚えてくれよな」

 

「ったく、教室で着替えていけねぇのがこれ程面倒だと感じる事になるとは思わなかったぜ」

 

「う、うん(ソワソワ)」

 

と、今度は一夏に引っ張られてる手を見ながら少しソワソワしてるデュノア。

それを見た一夏は疑問顔を浮かべてデュノアに視線を送る。

 

「どうした?トイレか?」

 

「トイッ……違うよ!?」

 

一夏の質問を聞いて、デュノアは恥ずかしそうにしながら大声でそれを否定。

何かいよいよもって男子らしさが無い様に見えてきたぞ……もし女ならホントに隠す気あんの?

そう考えていると、ヤマオロシと戦った事で強化された俺の気配察知能力がビンビンと警報を鳴らす。

俺達に近づく……いや、待ち伏せしてる気配を多数捉えた。

危険ポイントはあの曲がり角の先だ!!

 

「一夏!!真っ直ぐ行け!!右はアンブッシュされてる!!」

 

「ッ!?了解ぃ!!」

 

「え?な、何々?待ち伏せってどういう事!?」

 

俺のナビゲートに従って、一夏は狼狽えるデュノアの手を引いたまま道順を真っ直ぐに変更。

そのまま3人揃って急ぎ曲がり角を通り過ぎる。

 

『(ガタンッ!!)嘘ぉ!?この完璧な待ち伏せがバレた!?』

 

『隠れてたのに何で!?っていうか曲がり角に来る前に気付くって、鍋島君勘が鋭すぎでしょ!?』

 

『焦る事は無い!!まだ第一ポイント!!この先にも同士達が居るわ!!私達は噂の王子様転校生を追うのよ!!』

 

『K-12ポイントへ!!ターゲットはソッチへ向かったわ!!護送者にメタルギアREX(鋼鉄の野獣)の姿を確認!!注意しなさい!!敵のソリトンレーダーは強力無比よ!!』

 

通り過ぎた後ろから聞こえてくる内容に、俺と一夏は冷や汗を掻く。

ヤベェ、IS学園の女子の行動力と結束力、そしてスニーキング能力を甘く見てたっぽい。

何だよ第一ポイントって?まだこの先に何箇所もあるのか?

そんなにまでして新しい男に飢えてんの?IS学園の女子怖い。

俺と一夏は互いに顔を見合わせて頷くと、周囲を警戒しながらスピードを上げる。

さすがに女子に捕まって実習遅刻とかなったら、千冬さんの出席簿は免れないだろう。

転校初日からデュノアをそんな目に遭わせるのもアレだし、ここは本気で急がねぇとな。

と、思ったら次は天井から妖しい気配……天井!?

 

「い、一夏!!天井に気を配っとけ!!」

 

「よっし分かっ、天井!?何で!?」

 

「知るか!!兎に角、天井から何かの気配が――」

 

バゴンッ!!!

 

「ご名答!!」

 

「そりゃあ!!」

 

「「はぁああああ!?」」

 

「ニ、ニンジャ!?ジャパニーズアサシン!?」

 

言い争いをしていた俺達の真上の天井蓋が外れ、そこから笑顔の女子がダイビングしてきた。

何格好良く言っちゃってんだデュノア君よぉ!!つうかこれって忍者にカテゴリして良いの!?

そしてテメェは何でそんなに嬉しそうな瞳してやがるんですかコンチクショウ!!

お前等ホント何!?と言いたい気持ちでいっぱいだったが、飛んできた二人はデュノアでは無く俺に向かってくる。

 

「ぬおぉお危ねぇ!?(パシッ)もひとぉつ!!(パシッ)」

 

「きゃー♪捕まっちゃった♪」

 

「いやーん♪攫われるー♪」

 

「随分楽しそうだなお前等!?」

 

俺は自分に向かって笑顔で飛んでくる二人を避ける事が出来ずにキャッチしてしまった。

いや、あの速度で床に叩き付けられたら鼻血とかじゃ済まなかったからな?下手したら骨折モンだぞ。

いきなり二人分の重さが加味されてしまうが、それでも俺はスピードを落とさない。

ここでスピード落としてたら敵の思う壺になっちまう。

 

「ゲ、ゲン!?大丈夫か!?」

 

「これぐらいなら問題ねぇ!!それより次は右だ!!食堂方面に抜け――」

 

「こちらチームアルファ!!現在ターゲットはポイントDを迂回!!食堂方面に抜けるわ!!」

 

『了解!!ブラボーチームがそっちに向かってる!!逐一報告せよ!!』

 

「おいちょっと待てぇえええええええ!?こっちの動き完全に筒抜けじゃねぇか!?」

 

俺にしがみ付いてる女子の1人が無線機でどっかに報告しやがった。

思わず抱えたまま叫ぶ俺だが、抱えられてる二人は楽しそうに笑うだけ。やりおる。

っていうか授業前の時間だってのに何処から無線機なんて持ち出したんだよ。

これじゃ俺達の動きは完全にバレる。

ここでこの二人は降ろして行くしかねぇ!!

 

「一夏!!デュノアを連れて先に行け!!俺が一緒に居たんじゃ奴等にバレる!!この二人を降ろしてから向かう!!」

 

「わ、分かった!!ちゃんと間に合えよ、兄弟!!」

 

「テメェもちゃんとデュノアを送り届けてやんな、兄弟!!」

 

「ね、ねぇどうなってるの!?何で移動だけでこんな騒ぎになってるのさ!?」

 

1人状況が把握出来てないデュノアを連れて、一夏は先を急ぐ。

俺は1人で立ち止まると、俺の肩に担がれている女子の脇に手を回して引き剥がした。

 

「さぁお二人さん、スパイごっこはここで終わりだ!!俺は急いで行かなきゃ――」

 

「今よ、動きが止まったわ!!グレーチーム掛かれ!!」

 

「はいぃぃ!?」

 

俺が二人を地面に降ろした瞬間、最初のポイントで待ち受けていた女子軍団が俺達が来た道から大量に押し寄せてくるではないか。

更に反対の道を見ると、そこからまた別のチームが現れて、進路を塞がれてしまった。

おいおい!?まさか嵌められたのか!?最初から狙いはデュノアだけじゃなくて、俺達の誰でも良かったのかよ!?

驚愕に染まった顔で俺が降ろした女子に目を向ければ、二人はこれまたドヤァな顔をしてやがった。

 

「ふっふっふ。鍋島君が女尊男卑主義じゃない女の子に手を上げないのは周知の事実」

 

「だからこそ、私達は安心して天井から飛び降りれたんだけどね♪鍋島君が受け止めてくれるのは判ってたから♪」

 

女って怖い。マジにその一言に尽きる。

こっちの性格まで利用してそれを楯にここまでするとは……っていうか短時間で良くこんな作戦思いついたな?

既に俺の周りは全て女子に囲まれ、もはや逃げ道は見当たらない。

自分達の勝ちを確信した女子軍団は、獲物を追い詰めるかの如くジリジリと近寄ってくる。

 

 

 

――だが。

 

 

 

「……獲物を前に舌舐めずりは……三流のする事だぜ!?」

 

「え?(バッ!!)あ!?」

 

俺は全員の動きがゆっくりなのを確認し、廊下の開かれた『窓』へ直行。

窓の縁に足を掛け、「まさか!?」って顔をしてる女子達に振り返ってニヤリと笑う。

 

「――無限の彼方へ!!さぁ、行こう!!」

 

その一言を最後に、俺は窓の外……大空へと飛び出した。

 

「ちょ!?ここ3階!?」

 

背後で俺の蛮行に驚く声が聞こえるが、俺は全神経を集中して窓の外にあった樹の幹へと足を叩き付ける。

そこから足を下に滑らせていく要領で地面との距離を縮め、2階ぐらいの距離からジャンプした。

このぐらいの距離なら、『猛熊の気位』を発動させておけば問題にならない。

 

「よっと!!(ダァアアアンッ!!)うし、カッ飛ばす!!」

 

着地の衝撃も何のそのってな具合に、俺は再び更衣室目掛けてスピードを上げていく。

一夏達と別れてからまだそんなに時間は経ってねぇし、これなら間に合う!!

俺は脇目もふらずに走りぬけ、遂に更衣室に到着。

自動扉を潜ると、そこには同じく着いたばかりなのか、息を整えるデュノアと一夏の姿があった。

 

「ハァ、ハァ。おお、ゲン。間に合ったらしいな」

 

「おう、お互いにな。デュノアは大丈夫か?」

 

「う、うん……何とか」

 

俺等は挨拶代わりに拳をコツンと合わせ、一夏と同じく息を整えているデュノアへと声を掛ける。

少し肩で息をしながらも、デュノアはそこまで疲れてはいない様だ。

そういえば千冬さんがフランスの代表候補生って言ってたっけ。

見かけによらず体力はあるって事か。

 

「フゥ……凄かったね。何時もああなの?」

 

「いや、今日はお前が転入してきたからだな。スペシャルデーってヤツだ」

 

「毎回こうだったら、ゲンは兎も角俺はとっくに死んでるって……いやー、しかしデュノアが来てくれて助かったよ」

 

「え?」

 

さっきから疑問顔だったデュノアだが、今は女子の群れに追っ掛けられて実感したのか、少し疲れた感じになってる。

そんなデュノアに息の整った一夏が笑顔で声を掛ける。

 

「さっきも言ったけど、男は俺とゲンだけだったからさ~。何かと気を遣うし。もう一人男がいてくれるっていうのは心強いもんだ。なあ、ゲン?」

 

「あぁ、言えてるぜ」

 

幾ら学園の女子が俺や一夏の事をウェルカム状態でも、やっぱ同性同士でしか言えない事があるからな。

俺達の言葉を聞いたデュノアは「そうなんだ……」と良く判って無いご様子。

……本当に男なんだよな?信じて良いんだよな?後で同性じゃないと語れないエロ話しても文句無いんだよな?

改めてデュノアが男らしく無いと感じるが、もしかしたら女だらけが当たり前の環境で生きてきたって可能性もあるし……分からん。

大体がだな、俺は頭脳担当じゃねぇんだよ。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「あ、うん。よろしくね一夏。僕の事もシャルルで良いよ」

 

俺が頭を働かせてる中で、デュノアと一夏は互いに自己紹介を済ませ、二人の視線が俺に向く。

そういや俺も自己紹介しておかなくちゃな。

考えを巡らせていた脳をリセットし、俺も笑顔でデュノアに視線を向ける。

 

「鍋島元次だ。仲の良い奴にゃゲンってアダ名で呼ばれてる。好きに呼んでくれて構わねぇ」

 

「うん。僕はまだ初対面だし、元次って呼ばせて貰うよ。僕の事はシャルルで良いから」

 

「おう。よろしく頼むぜ、シャルル」

 

俺はデュノア改めシャルルと言葉を交わす。

……悪意の無い普通の笑顔だな……こんな奴が男装して俺等を騙してるなんて、思いたくもねぇぜ。

そう思いつつ更衣室に備えられてる時計を見ると……やっべ!?

 

「お前等!!喋るのは良いけど急いで着替えろ!!時間が無ぇぞ!?」

 

「え?うっわやべ!?シャルルも急げ!!千冬姉の出席簿が火を噴くぞ!!」

 

ババッ!!

 

「ッ!?わああ!?」

 

と、時間が差し迫ってる事を二人に促し、俺は速攻で制服のボタンを一気に外し、それをベンチに投げて一呼吸で黒シャツも纏めて脱ぐ。

一夏もソレに倣って上半身裸になるが、シャルルは俺達に背中を向けて手で顔を隠してしまう。

……え?……いや、マジでか?

シャルルの反応にいよいよ持っておかしいなと思う俺だが、一夏は特に疑問には思って無い様だ。

 

「どうしたんだシャルル?死にたくなかったら急いだ方が身の為だぞ?ウチの担任はそれはもう時間に厳しい人で……」

 

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

「???いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……っていうか、俺はそんな変態じゃない」

 

二人の会話を横向きに聞きながら、俺は上のISスーツを着こむ。

おかしい、おかし過ぎる……もしかして、見られたくない傷とかでもあんのか?

シャルルの言動と行動に疑念が尽きないが、今はそんな事を考えてる余裕は無いので下も一気に脱ぎ捨ててズボンを履く。

シャルルが女か男かと、千冬さんの制裁。今夜のアナタは、ドッチ?俺なら千冬さんの制裁は全力で避ける。

そうこうしてる内に、俺はフロントジッパー(社会の窓)を上げてISスーツを着終えた。

実は専用機持ちにはある特権があって、ISの展開と同時にISの拡張領域にパーソナライズされているISスーツも自動展開されるのだ。

ただし普通に展開するよりエネルギーを消耗するので、余りお勧めはされない。

そもそも実習ではISスーツを着る事も実習内容に入るので着ない事は出来ないのだが。

着替えを終えた俺は脱いだ制服をロッカーに畳んで入れてロッカーを閉めた。

 

「おい、もう俺は着替え終えたぞ?お前等はまだ――」

 

「フゥ……な、何かな?」

 

二人の方へ振り返ると、そこにはまだ上しか着ていない一夏と完璧に着替えを終えたシャルルの姿があった。

着替えるの早い……いや、もしかして中に着込んでたのか?

自分より後から、というか目を離してちょっとの間に完璧に着替えたシャルルを見て、一夏が声を漏らす。

 

「着替えるの超早いな。何かコツでもあるのか?」

 

「い、いや。別に?ハ、ハハハ……」

 

「いや、寧ろお前が遅いだけだろ?何でまだ下を履いてねぇんだよ?」

 

「仕方ねぇだろ?ゲンのゆったりしたズボンタイプじゃ無いから、引っ掛かって着辛いんだよ」

 

「ひ、引っ掛かって!?」

 

ん?何故そこに反応するのかなシャルル君よ?

まぁあんなモン俺が履いたら……止めよう、気持ち悪いだけだ。

 

「ア、アハハ……げ、元次のISスーツのズボンはゆったりしてて着やすそうだね?何で一夏と違うのかな?」

 

「ん?そりゃ製造元が違うし、俺みたいなマッチョが一夏と同じモン着たら気持ち悪いだろ?」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうなんだよ。少なくとも見れたモンじゃねぇ……まぁ、もう1つ理由はあるんだがな」

 

「え?何だよ?製造元が違う以外の理由って?」

 

「簡単に言えばだな。俺がソレ履いたら引っ掛かる所か、俺の88ミリ砲(アハトアハト)がまろび出ちまうんだよ」

 

「ッ!!!?ア、アアアハトア……ッ!?ま、まろび……ッ!?(ボボンッ!!!)」

 

俺の下ネタに煙を吹きながら顔を真っ赤にするシャルル。

うぉい、何故に顔を赤くしやがるかね?こんな会話は男子だけなら普通だぞ?

……もし、もし、シャルルが女なら説明は付くが、そうは考えたくねぇ。

ならばソレ以外の理由としては……。

俺は真剣な表情を浮かべながら、顔を赤くするシャルルに向かって口を開く。

 

「……まさかとは思うが、シャルルってゲイなのか?ホモなのか?」

 

「ブフッ!?な、何でそうなるのさ!?僕はゲ、ゲイじゃないしホモでもないよ!!」

 

「そ、そうなのか?……良かった」

 

「一夏!?もしかして元次の言ってた事信じたの!?ちょっとでも信じちゃったの!?」

 

「い、いや!?その、だな……そ、そのISスーツって着やすそうだな!?」

 

「露骨に話題を逸らされた!?……もう……これはデュノア社製のオリジナルなんだ」

 

二人して俺の投下した爆弾に慌てふためいていたが、一夏は話題を急転換させて別の話に持ち込む。

それに怒ったのか頬を膨らませていたシャルルだったけど、話題転換自体はしたかった様で一夏の話に乗り換える。

っていうかデュノア?それってシャルルの苗字と同じだよな?

一夏も同じ事を思ったのか、シャルルにその事で質問を飛ばした。

 

「父が社長をしてるんだ……一応、フランスで一番大きなIS関連の企業だと思う」

 

父親が企業の社長……所謂ブルジョアって奴か。

 

「そっか。何つうか、シャルルって気品あるっていうか良い所の育ちって感じすると思ってたけど、納得したぜ」

 

シャルルの佇まいに何かしら感じていたであろう一夏が笑顔でそんな事を言う。

俺よりも一夏の方がそういう人の雰囲気ってヤツに敏感なんだよな。

そういう所はやっぱり、人を良く見てるっていうか、一夏の人の良さが分かる所だ。

これで乙女の気持ちに鈍感じゃ無ければ、超・超・超・優良物件なんだろうが。

 

「……良い所、か」

 

フッと。

今までシャルルを包んでいた優しい雰囲気に陰りが生じ、悲しそうな表情を見せてくる。

そんな移り変わりの酷さに、俺と一夏は顔を見合わせて首を傾げてしまう。

何だ?一夏の言葉がキーワードなんだろうけど、何でこんなに嫌そうな顔をするんだ?

少し嫌そうな雰囲気を発するシャルルを見ながら考えるが、今は情報が少なすぎる。

更に本気で時間がヤバくなってきたので、俺は二人を促して更衣室からアリーナの集合場所まで走りだした。

二人も千冬さんに叩かれるのはさすがに嫌らしく、俺に頑張って着いて来る。

 

「それに、僕なんかより一夏の方が凄いよ。織斑先生の弟で、あのISの開発者の篠之乃博士と仲が良いだなんて」

 

「いや、俺は千冬姉に迷惑掛けてばっかりだからな。早く自立したい。それに束さんと仲が良いって言うなら、ゲンの方が仲良いぞ?」

 

「え?そうなの元次?」

 

「ん?まぁどっちが仲良いかとかは考えた事は無ぇけど、俺は束さんの事を大切な人だと思ってるぜ?兄弟や千冬さんと同じでな」

 

「俺だってそうさ。兄弟が居てくれたから、俺の日常は今でも楽しいんだよ」

 

シャルルからの質問に、束さんもそうだが一夏や千冬さんも大切だと答えると、一夏が少し照れくさそうに俺にそう言ってくる。

馬鹿が、俺だってお前が兄弟で良かったと思ってるっての。

俺達の様子を見て楽しそうに笑っているシャルルに釣られて一夏と俺も笑いながら、集合場所へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

結果、急いだ甲斐もあって、俺達は宝具シュッセキボで沈められる事も無く授業に臨む事が出来た。

現在は全員そろってアリーナのグラウンドに集合、整列し、ジャージに着替えた千冬さんの号令を待っている。

っていうか、真耶ちゃんの姿が見当たらないんだが……何処に行ったんだ?

 

「本日から格闘及び射撃を含む本格的な実習を始める。全員、気を引き締めて授業に挑む様に」

 

『『『『『はい!!』』』』』

 

千冬さんが腕を組みながら注意を促すと、1組2組は全員大きな声で返事を返す。

元々倍率の高いIS学園、ここに居る女子は皆才女ばかりだからな。

射撃とか格闘、つまり危険の伴う訓練なのは良く分かってるんだろう。

この辺りの意識の仕方は俺や一夏よりもしっかりしてるかも。

 

「ふむ。まずは戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。――凰!!オルコット!!」

 

「「は、はい!!」」

 

千冬さんは返事を返した俺達を見渡しながら授業内容を口にし、鈴とオルコットを呼び出す。

二人は授業に集中はしていたのだが、まさかいきなり呼ばれるとは思って無かった様で少し上擦った声で返事をした。

 

「専用機持ちなら、直ぐに始められるからな。前に出ろ!!」

 

成る程、確かに専用機のある俺や一夏、鈴やオルコットなら展開するだけで良いもんな。

俺も何時呼び出されても良い様に考えておこう。

そう思いつつ前に出る鈴とオルコットに視線を向けると、二人は些かやる気に欠ける表情を浮かべていた。

 

「なんでアタシが……」

 

「こういうのは、見世物にされてる様で余り嬉しくありませんわね」

 

おーいそんなんで大丈夫か?代表候補生がやる気ゼロとか止めてくれよ。

これから俺達に実演を見せようって奴等がやる気無いとかさすがに駄目じゃね?

他の皆も似た様な気持ちなのか、あからさまに不安げだったり、鈴達の気持ちが分かるって感じで苦笑してる子も居る。

千冬さんはそんな感じでやる気の無い二人を見て溜息を吐く。

 

「お前等、少しはやる気を見せろ――それとも、鍋島と生身(・・)で実践訓練したいのか?」

 

え?

 

「さぁ!!相手は誰かしら!?だだだ、誰でも相手になってやろうじゃないの!!I・S・で・!?(ガクガク)」

 

「お、お、おほほほ!!実力の違いを見せて差し上げますわ!!ア・イ・エ・ス・で!?(ブルブル)」

 

「お前等そんなに俺の相手は嫌なのか?」

 

千冬さんの脅しに近い言葉を聞いた二人はそりゃもう見事に活力を漲らせていた。

但し青い顔色で震えてなけりゃ尚の事良かったんだがな。

しかも俺の聞き返しに対してブンブンと音が鳴りそうな勢いで首を縦に振る二人。張っ倒したろかコラ。

っていうかナチュラルに俺の扱いが罰ゲーム的な立ち位置になってる件について。千冬さんェ……。

ある意味ではやる気が漲ってるが、半分以上恐怖心に狩られてる二人を見て、千冬さんはサドッ気を篭めた笑みを見せる。

まさか更にあいつ等を追い詰めるのか?

 

「それに――アイツに良い所を見せられるぞ?」

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!!」

 

「一般生徒とは違うって所を見せる大事な、だいーじな機会よね!!専用機持ちの!!」

 

成る程、鞭と飴ってヤツか。あれ?そうなると俺が鞭扱い?解せぬ。

千冬さんの言ったアイツとは言わずもなが一夏の事だろう。

あの二人が揃って個人を差すワードに反応するとなれば間違いねぇ。

俺を引き合いに出された時とは打って変わって、二人は自信に満ちた笑みを浮かべながら闘志を滾らせている。

 

「……ねぇ?織斑先生って、二人に何を言ったの?」

 

「何ってそりゃあ……(チラッ)」

 

「ん?何だよゲン?」

 

隣に立つシャルルの質問に、俺は逆隣に立つ一夏へと視線を向ける。

その視線を受けた一夏は首を捻りながら俺に質問してくるが、俺は「いや、何でも」と言って一夏から視線を逸らす。

 

「まぁこの学園で過ごしゃ、後々嫌でも判ってくると思うぜ?」

 

「ふーん?……じゃあ、もう少し待ってみようかな」

 

「そうしとけ。まだ転入初日なんだからよ。ゆっくりと学園生活を謳歌すべしってな」

 

「プッ。何それ?」

 

シャルルの質問を適当にはぐらかしながら言った言葉がツボだったのか、シャルルは目を細めてクスクスと笑う。

まぁ、一夏と行動を共にしてればホントに嫌でも分かるんだな、これが。

最近一夏に巻き込まれて俺のSAN値が劇的に減ってる訳だから、シャルルにも少しお裾分けしてやろう。

ビバ、被害拡散による被害濃度縮小だ。

 

「それで、織斑先生。鍋島さん以外のお相手はどちらに?まぁ、わたくしは鈴さんでも構いませんが」

 

「ふふーん。コッチの台詞よ。ゲン以外なら寧ろ誰でも掛かって来いって感じね」

 

「ほほう?では私が――」

 

「「冗談です!?」」

 

馬鹿だろアイツ等?俺以外ならって、直ぐ傍に世界最強の御方がいるのに。

余りにも生意気ブッこいた発言に千冬さんのサディスティックな笑みが強さを増して、二人に誘いを掛ける。

だがしかし、そんな自殺イベントは御免被るって感じで鈴とオルコットは90度の礼をした。

段々と専用機持ちに向ける一般生徒の視線が生暖かくなってきてます。

そんな愉快過ぎるコントを見せた二人に満足したのか、千冬さんはフッとクールに微笑む。

 

「血気盛んなのは良い事だが、早るな。対戦相手は――」

 

……ヒューン。

 

「ん?何だこの音?」

 

千冬さんが二人に対戦相手の事を伝えようとしたその時――。

 

「――きゃぁあああああ!?ど、どいてくださ~~い!?」

 

「はぁ!?」

 

俺達の真上に広がる青色を凝縮した晴天の大空。

その染み一つ無い空に一点の影が見えたかと思えば、俺達に向かって回転しながら急降下するIS装備の真耶ちゃんを発見。

つうかヤベェ!?これって俺達に直撃コースじゃねぇか!?

既に上空から墜ちてくる真耶ちゃんを目視した生徒一同は散り散りに逃げ、俺もシャルルを伴って爆心地から離れるが……。

 

「い、一夏!?何してるのさ!?」

 

「ッ!?あんのバカッ!!」

 

只1人、一夏だけはボーッと上空を眺めたまま驚愕しているだけで、そこから動いていなかった。

あの野郎驚き過ぎて思考回路麻痺しやがったな!!

シャルルの声でその事に気付けた俺はそのまま元来た道を反転。

静止するシャルルの声を無視して、全速力で一夏の元へ走り寄る。

 

「ボーッと突っ立ってんじゃねぇよ一夏ぁッ!!(ガシッ!!)」

 

「え?うわぁ!?」

 

俺に腕を掴まれた事で状況を把握した一夏は今更ながらにビビるが、もう真耶ちゃんは直ぐそこまで迫っている。

 

「くそ!?おぉるぁあああ!!(ブオォオオンッ!!)」

 

「どわぁああああ!?」

 

こうなりゃ逃げてる暇は無いと判断し、俺は力の限り一夏を明後日の方向へブン投げた。

方角も見てねぇし何処に向かったのか知らねぇが、コッチもそのへんを気配る余裕は全く無い。

もう既に真耶ちゃんは俺に激突するコースに入っているからだ。

 

「オプティマス・プライムッ!!」

 

ここまできたら形振り構ってる余裕も無かった俺は初心者向けの名前を呼ぶ展開方法を使う。

何とか真耶ちゃんとブチ当たる前に展開出来たので、俺はそのままオプティマスの腕を広げて真耶ちゃんをキャッチする事にした。

兎に角どうにかして真耶ちゃんを受け止めるしかねぇ!!

 

「(ドゴォオオオッ!!)きゃぁああ!?」

 

「おぉおおおおお!!!(ボォオオオッ!!)」

 

俺は展開したオプティマスの腕で真耶ちゃんをしっかりと抱きとめ、メインブースターの出力を最大に上げていく。

幻想的な青色のメインファイヤーを輝かせ、それに似つかわしくない轟音がブースターから鳴り響いていた。

更に真耶ちゃんの突撃した勢いで崩れそうな体勢を、4基の小型ブースターも赤い炎を撒き散らしながら最大で吹かして制御を行う。

普通なら押し負ける事間違い無しだが、俺のオプティマス・プライムはパワータイプ。

それもパワータイプの中でも群を抜いた馬力とトルクだ。

ってわけで、後は操縦者の俺自身が更に『猛熊の気位』でパワーアップする。

パワー+パワー=理不尽。

それだけの力を最大出力で使いつつ、地面にフック代わりに足を突き立てれば……。

 

「――ぬん!!(ズドォオオッ!!)……何とか止まったか……あっぶねぇ」

 

「あ、あわわわわ……ッ!?」

 

両足をしっかりと大地に着いた状態で静止する事に成功し、オプティマスのブースターを停止させる。

ハイパーセンサーで周りを見渡せば、皆呆然とした表情を浮かべるも怪我は無い様だ。

 

「他の皆は大丈夫か?」

 

とりあえず見ただけじゃ判断出来ないので、俺はクラスメイトの鷹月に声を掛けた。

彼女は委員長基質でマジメなタイプの子なので、こういう騒動の時は誰か怪我してないか良く見てる子だ。

 

「う、うん。今見た感じだと大丈夫みたいだけど……あの、鍋島君?」

 

「ん?何だ?」

 

「え、えっとその……何か、オプティマスの色がちょっと違う気がするんだけど……」

 

「お?良く気付いてくれたな、鷹月。俺が昨日新しい塗装を入れたんだ」

 

早速俺の施した『塗装』に気付いてもらえたので、俺はテンションが上った。

鷹月の言うオプティマスのカラーが『違う気がする』というのは、大々的なリペイントを施したからでは無い。

俺がオプティマスに施したのは、愛車であるイントルーダーと同じファイヤーパターンの塗装だ。

腕と足の先端のメタリックレッドの部分にはゴールドのグラデーションを掛け、その上からメタリックブルーのファイヤーパターンを入れてある。

グラデーションを掛ける事で蒼い炎を強調しつつ、赤も調和させる事に成功。

単色が2つという少し物足りない色合いが、かなり渋い仕上がりになった。

更に胸部アーマーも真ん中の2つはそのままメタリックレッド単色。

しかし外側2枚のメタリックブルーのアーマーには逆にメタリックレッドでファイヤーパターンを施してある。

それと同じファイヤーパターンが二の腕と肩のアーマーにもだ。

更に全てのファイヤーパターンにメタリックシルバーで縁のラインを描いた豪華仕様。

勿論背中のメインブースターにも同じくメタリックレッドのファイヤーパターンを入れておいた。

昨日一日で全て出来たのは、偏に束さんの協力があってこそだ。

ポロッと「塗装だけでも、俺と束さんの合作にしてぇなぁ……」なんて言っちまったら、いきなり荷物が飛んできてビックリ所じゃ無かったぜ。

速乾性の塗料なんかが一式詰まってて、手紙には「束さんとゲン君の合作を世に知らしめるのじゃー!!」って書いてあったのは嬉しかったな。

今見た所、皆この塗装に関しては受けが良いみてーだ。

ハイパーセンサーに届く声は「カッコイイ」ってのが多く、俺も嬉しくなっちまう。

皆に怪我も無い様で良かったぜ……初実習で怪我とか洒落にならないからな……っと、真耶ちゃんも大丈夫か?

 

「山田先生、大丈夫っすか?」

 

「あ、ああ、あの、そのぅ……」

 

俺はしっかりと抱き留めて停止させた真耶ちゃんを見下ろしながら声を掛ける。

何やら言葉はしどろもどろだが、見た感じ何処にも怪我は無いので大丈夫だろう。

 

「あ、あのですね、元次さん……だ、抱きしめてもらえるのは大変嬉しいですけど、こういう抱きしめ方はその、バージンロードまで取っておいて欲しいなぁと……」

 

「はえ?……あ」

 

俺を見上げて真っ赤な顔色でそんな事を言ってくる真耶ちゃんに言われて初めて気づいた。

これ誰がどう見てもお姫様抱っこじゃねぇか。

お互いにIS装備してるけど、千冬さんの時の様に生身じゃ無いので、体格のシルエット的にはコッチの方が合ってる。

っていうか真耶ちゃん?バージンロード云々とは少々爆進し過ぎじゃ無いですか?

今日も真耶ちゃんの妄想っぷりは絶好調のご様子。いやいやパナイね。

え?落ち着いてるって?馬鹿言っちゃいけませんよ皆さん、俺の心臓さっきから破れそうですからね?

バックバク鳴ってる上に顔が赤くなって痛いっつの。

確かに真耶ちゃんも俺もISを装備してるから余り直接的に肌が触れ合ってる場所は少ないぞ?

でも俺はクラス代表決定戦の時に真耶ちゃんと生身で引っ付いてるから、あの生々しい乳の感触とか蘇ってくるんだぜ?

ISって匂いまで遮断したりしねーから、真耶ちゃんの甘い香りが鼻孔を刺激して大変な事になってるし。

 

「そ、それに、こんな時まで山田先生なんて他人行儀だなんて……私としては真耶って呼び捨ての方が……」

 

「い、いやちょ、真耶ちゃん?少しクールになっ――」

 

「イヤ♡真耶ちゃんだなんて……元次さん♡」

 

アカン、真耶ちゃんの暴走スイッチが入ってて手に負えません。

何かもう潤みまくった瞳と上気した顔で俺の事を見つめてるし、頬に当ててた両手を俺の首に回して固定してらっしゃる。

ど、どうしよう……こんな時の回避方法は何か無いのか!?ライフカードを誰か下さ――。

 

ダァンッ!!!

 

『頭部にレーザーの被弾確認。被害軽微』

 

「……」

 

俺がお姫様抱っこしてる妄想中の真耶ちゃんの対応をどうしようかと焦ってる最中、突如として俺のド頭にブチカマされた一発のレーザー。

オプティマスが状況を報告してくる間も、俺は傾いた首を戻し、心は静かに、静か~に燃え上がる。

周りの女子もそれを確認したのか、誰一人として近寄ろうとはしない。

懸命な判断だと思うぜ……誰だ?俺の頭に不意打ちカマしてくれちゃった命要らずは?

俺は何も喋らずにゆっくりとレーザーの飛んできた方向……下手人の居るであろう場所へ向き直る。

 

「ホホホ……残念、外してしまいましたわ♪」

 

「い、いやセシリア待て?当たってる、当たってるから」

 

俺が振り向いた方向……そこには、額に青筋を立てて地面に座り込む一夏を睨むオルコットの姿がある。

オルコットから少し離れた場所……丁度俺と対角線を結ぶ場所には、浮遊する一基のビットもあった。

下手人発見。まずは弁明があるなら聞いてやろう。

一夏の傍には箒の姿もあり、二人して滅茶苦茶青い顔色をしてるではないか。

オルコットのブルーティアーズよりも青い。

 

「一夏さん?虚言でわたくしを計ろう等とは思わないで下さいな?あんな……箒さんの上に伸し掛かって、あまつさえ胸を揉みしだくなんて……」

 

「し、仕方無かったんだ!!ゲンに放り投げられて何処に向かったか自分でも判らなかったし……っていうかあの、セシリア?直ぐにでも謝った方が――」

 

成る程、要は俺がブン投げた一夏が箒の上にダイブして箒のたわわな胸を揉んじゃった事が原因と?

ふむふむ、そっか……許 さ ん 。

ちょっと所じゃ済まねぇどぎついお仕置きが必要みてぇだな?

自分の撃ったレーザーが何処に当たったかも知らず、好きな男がやらかしたハプニングを責めるオルコットに近づく俺。

 

「(ガシィインッ!!)いぃちぃかぁあああああ!!(ブォオオンッ!!)」

 

しかし、ここにもう一人の恋する乙女が登場しやがった。

今度は甲龍を展開した鈴で、鈴は手に持つ近接格闘武器である双天牙月を連結。

そのままブーメランの様に一夏目掛けて投擲したのだ。

もしもアレが一夏に当たったら、綺麗に分割されてNICEBOATで終わるだろう。

 

「うぉおおおデンジャー!?(ヒョイッ!!)」

 

「きゃあ!?い、一夏!?」

 

所が、ここで一夏は恥も外聞も無く地面に向かって飛び込み、射線上に居た箒を押し倒して双天牙月を回避した。

標的に当たらなかった双天牙月は勢いをそのままに、更に先の方の射線上……つまり、俺に向かって飛んでくる。

ちょっとあの代表候補生とか言ってるナマモノ2つブッ潰しても良いッスか?

今になって漸く俺に被害が向かってると察知した鈴は泡食って「避けて!!」とか言ってるけど、もう避け様が無――。

 

「は!!」

 

ダァンッ!!ダァンッ!!

 

しかし、俺が諦めかけたその時、とんでもない事が起こった。

何と俺に抱えられてる真耶ちゃんが、俺の腕に抱かれた体勢のままにスナイパーライフルを展開して、双天牙月を『撃ち落とした』。

回転していた双天牙月は左右を均等に撃たれた事によって推進力を失い、地面に刺さって止まる。

周りの生徒や俺を含めて、誰もが真耶ちゃんの射撃に呆然としてしまった。

この不安定な体勢から撃って、しかも両方の刃を狙って撃つとか……真耶ちゃんの射撃能力はオルコット以上だぞ。

幾らコッチに向かってるからって言っても、回転しながら飛翔する武器をあそこまで綺麗に撃ち落せたりするのは至難の技だ。

やっぱ先生なだけはあるんだな、真耶ちゃんって……すげえ。

そんな事を考えながら真剣な表情でスコープを覗く真耶ちゃんを見ていた俺だが、真耶ちゃんは俺の視線に気付くとニコリと微笑む。

 

「元次さん、怪我はありませんか?」

 

「……あ、あぁ。全く無いけど……にしても、お見事な射撃だったぜ。真耶ちゃん」

 

「えへへ♪これでも昔は代表候補でしたから……まぁ、候補生止まりでしたけど」

 

手放しで今の射撃に賞賛を送ると、真耶ちゃんは恥ずかしそうに舌をチロリと出して笑った。

俺はそんな真耶ちゃんに笑いかけながら、視線を目の前の代表候補生に移す。

オルコットはまだ俺にレーザーを当てた事に気付いていないのか、表情はそこまで変わっていないが、鈴の表情は真っ青でした☆

 

「おうコラ。てめぇ等二人揃って俺に喧嘩売ってんのか?いきなりド頭にレーザーぶちこむわ、青龍刀ぶん投げるわ……地獄の方がマシと思える仕置が必要みてぇだなぁ?」

 

「ふえ!?……も、もしかして……」

 

俺の言葉を聞いたオルコットはギギギッと油の切れたブリキ人形の如く周りに視線を向ける。

そうすると、事態を見ていた生徒達から合掌をされて漸く顔色を青くした。

俺は一応反省してるであろう二人を見て盛大に溜息を吐く。

 

「ハァ……次からはキチンと周り見てやれよ?真耶ちゃんが居たから助かったものの……よっと」

 

「あっ……」

 

鈴とオルコットに溜息を吐きながら注意して、俺は真耶ちゃんを優しく降ろす。

何やら降ろした時に残念そうな声が聞こえたけど、深く突っ込んだら負けだと思う。

兎にも角にも真耶ちゃんが墜落してきて起こった騒動は収拾出来たな。

ったく……こんな空気にされたんじゃ千冬さんだって相当怒っ…………て?……あ。

 

「――ほう?」

 

一言。

 

たった一言、背後から聞こえただけで、俺達は一人残らず跳び上がってしまう。

あぁ、やっちまった……授業中にこんな馬鹿騒ぎしてたら、あの人が怒るのは当たり前だよな。

 

「成る程?貴様は自分の仕出かした事を棚に上げて、鳳達を処罰しようと言う訳だな、元次?」

 

おかしい、今の流れで俺が怒られる理由が皆無過ぎる。

俺って何したっけ?まず一夏を助けて、次に真耶ちゃんを助けたぐらいしかしてないよね?

何で俺オンリーで怒られる流れになってる訳?

おかしいなと背後から聞こえる声を無理やり意識から押し出しながら他の面子に助けを求めるも、皆して視線を逸らしやがりました。

 

「え、えぇっと……(オロオロ)」

 

いや、若干2名程は皆とは違う反応を見せてくれてる。

さゆかは心配そうな表情で俺を見ながら、時折視線を俺の後ろに向けていた。

恐らく俺の後ろに居るであろう千冬さんに何か申したいんだろうけど、怖くて出来ない。

そんな感じでオロオロしてる……さゆか……本当に優しいな……でも良いんだ、怖いだろうし無理すんなよ。

 

「……ぶぅ~」

 

一方で、此方は剥れっ面をご披露してる癒やしの女神こと本音ちゃん。

この子はこの子で何が言いたいのか分かる……曰く、「自業自得だよ~だ」らしいです、はい。

 

「ふむ?元次。直ぐにISを解除した後、回れ右だ……一発で済ませてやろう(私にあれだけ甘えておきながら真耶を抱くとは、良い度胸だなぁ?……ク、クハハハハ……)」

 

「……お心遣い、感謝します(パァアッ!!)」

 

もはや避ける事の出来ない現実に、俺は天を仰いだままオプティマスを解除。

後は回れ右するだけで……目覚めないとか無いよな?

一瞬自分の頭を過った怖すぎる予想を振り払い、俺はゆっくりと後へ振り返る。

だ、大丈夫……幾ら千冬さんでもそんなに酷い結末にはならねぇだろう。

ほ、ほら。一発で済ましてくれるって言ってたし?

気を楽にして、なるべく笑顔を維持したまま振り返ろ――。

 

 

 

 

 

ギュォオンッ!!!!!

 

 

 

 

 

結果的に言えば、俺は千冬さんのアッパー1発で、過去最高の15メートルに及ぶ空中浮遊を堪能した。

あぁ……冴島さんの「元次ぃいいいいい!?」って悲鳴が聞こえる……。

 

 





本当ならこの1話で次の日を掻く予定だったのに……

それと描写が分かり難いって方がいらっしゃると思いますが、元次の行なった塗装は実写版オプティマスと同じファイヤーパターンが入った物の事です。

これで完全に実写版オプティマスと同じ色合い、塗装になったとお考え下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女の子の要望に応えるのは計画的に無理なくしましょう




今年最後の更新です。


 

 

 

 

 

 

「さて小娘共、始めるぞ。時間も押している事だしな」

 

「え?あ、あの……2対1でですか?……と言いますか、鍋島さんは大丈夫なので?」

 

「いやいや、幾ら山田先生が凄くてもさすがにそれは……あの、ゲンは放っておいて良いんですか?」

 

「安心しろ。今のお前達ならすぐ負ける……鍋島の事なんぞ放っておけ……良いな、真耶?」

 

「はうッ!?わ、分かりました(ごめんなさい元次さん……本当ならさすってあげたいけど、先輩が怖くて無理です)」

 

どうもこんにちは、先ほど怒れる千冬さんから空中浮遊招待拳をプレゼントされた元次です。

『招待券』じゃなくて『招待拳』ね?ここ重要。

悲惨過ぎる状態の俺を見て頬を引き攣らせながらも心配してくれるオルコットと鈴だったが、それは千冬さんの不機嫌一色の声で封殺されてしまう。

そんな俺の今の状態は、殴られた腹を抑えながら地面に膝を付く膝立ち状態という何とも情けない格好だったりする。

いやもう痛みとダメージが半端じゃ無いのよこれが。朝食バーストすっかと思った。

しかもノーマル状態の俺じゃ耐え切れない程の攻撃だったし、『猛熊の気位』発動してなかったから尋常じゃなく痛え。

ひっさしぶりにパンチ貰って動けなくなるのを思い出したわ……冴島さんと修行してなかったら間違い無く俺は初日で死んでたよ。

 

「だ、大丈夫、元次君?(オロオロ)」

 

「……な……何とか、な……回復するのに、結構……掛かりそうだけどよ」

 

膝立ち状態の俺に心配そうに声を掛けてくれたさゆかに、俺は途切れ途切れな言葉で返す。

こんな俺を心配してくれるなんて、さゆかって本当に優しい性格してるぜ。

どういう原理なのか皆目検討も付かないが、あれだけヤバイ威力で殴られた割には、腹には一切の傷跡が残ってない。

青痣ぐらいは覚悟してたのにいざ見てみたら無傷って別の意味で怖かったぜ。

もしかしたらアレで手加減してくれてたのかもな、千冬さん……手加減した割には人類を超越したパワーだったけど。

しかも殴った箇所が腹だってのに、俺の体が真上に浮き上がったんだもんなぁ……あれ?手加減されてる気がしねぇ。

 

「よしよし~。痛いの痛いの飛んでけ~♪(サスサス)」

 

そしてさゆかとは反対側に居る本音ちゃんが、俺の背中をさすりながら子供をあやす様に言葉を掛けてくれる。

さっきまでは不機嫌そうだったが、さすがに俺が15メートルも空高く打ち上げられたのを見て心配してくれたらしい。

地面に不時着してから俺が腹を抑えて蹲ってる間、ずーっとこうやって俺の背中をさすってくれてる。マジ女神様だ。

例えさすってくれてる場所が痛くない所でも、こーゆうのはしてくれるってのが肝心なんです。

 

「あ、ありがとうな、本音ちゃん……少しづつ楽になってきたぜ」

 

「えへへ♪良かった~♪じゃあ、ゲンチ~が元気になるまで、いっぱいナデナデしてあげる~♪」

 

お礼を言う俺にパァッと朗らかな笑顔でそう言う本音ちゃん。あぁ、ホント良い子だよ。

俺の中の本音ちゃん株は世界恐慌があろうとも急上昇のみだ。

 

「(ま、負けないよ!!本音ちゃん!!)えっと……い、痛いの痛いの、と……飛んでけ~(サスサス)」

 

「むっ(私だって~譲らないぞ~!!)は~やく元気にな~ぁれ♪」

 

「う、おぉ……二人共、心の底からサンキューな」

 

しかも何故か俺を心配していたさゆかまでもが、俺と同じ目線までしゃがみこみ、背中を撫でてくれた。

恥ずかしそうにちょっと頬を染めてるのが俺的にツボです。

そのまま二人して左右から俺の背中を撫でて必死に介抱してくれる程の優しさっぷり。

あぁ……女神が二人も居る……ここが天国か。

 

「むっ……私達二人がかりでもすぐ負けるだなんて、さすがに言い過ぎでしょ」

 

「織斑先生といえどもその言葉、撤回させてみせますわ」

 

と、腹の激痛が回復するのを待つ俺の目の前で、鈴とオルコットが千冬さんの言葉を聞いてムッとした顔をした。

まぁあの二人の言い分も分からんでも無い。

代表候補生ってのは選ばれた人間の集まりなだけに、苛烈な訓練に耐えられる人間が残る。

しかも代表候補生が多数居るのに対して、誰しもが専用機に乗れる訳じゃない。

その候補生達の中で尤も成績の良いヤツだけが乗れる、正に選ばれた人間だけの特権だ。

そんな訓練を耐え抜いてきたであろう鈴とオルコットにもプライドがあるからこそ、ああやって千冬さんが相手でも言い返す。

それに真耶ちゃんが幾ら昔、鈴達と同じ代表候補生だったとしても、今真耶ちゃんが乗ってる機体は量産機のラファールリヴァイヴ。

鈴の甲龍、オルコットのブルーティアーズよりスペックはかなり劣る。

加えて2対1でも余裕で負けるなんて言われたら、二人だって言い返すのは当たり前だろう。

 

「負けん気が強くて結構。では空に上がれ。開始の合図は追って出す」

 

千冬さんは鈴達の言葉を聞いてフッと笑うが、直ぐに表情を引き締まると開始前の合図を放つ。

その言葉を聞いて、3人はブースターを吹かして大空へと飛び上がっていった。

 

「う、ぐぅ……フゥー、ありがとうな。二人とも……お陰様でもう動ける。マジに感謝するぜ」

 

腹の痛みが大分収まり、今までさすってくれてた二人に礼を言いながら立ち上がる。

さすがに何時迄も膝付いてる訳にゃいかねぇからな。

 

「いえいえ~♪ど~いたしまして~♪」

 

「き、気にしないで」

 

「相変わらずリスポーン早えな。俺さっきのパンチで死んだと思ったぞ?」

 

「だ、大丈夫なの?僕、人が殴られて空を飛ぶ所とか初めて見たんだけど……」

 

と、二人が俺のお礼に対して笑顔を返してくれてた所で横から一夏とシャルルが声を掛けてくる。

一夏は何時もの事かと呆れながら、シャルルは初めて見るショッキングな光景に戦慄しながらと違いはあるが。

良かったなシャルル。この学園に居る限りは見れると思うぞ?主に一夏が俺にブッ飛ばされる光景が。

 

「さゆかと本音ちゃんがさすってくれたから、何とか生きてるぜ……さすがに昼食の量は減らさねぇとマズイだろうけどな」

 

「千冬姉のマッハパンチ食らってそれで済むお前はおかしい。ホント色々と」

 

「お腹もそうだけど、首は?元次、さっき空中からクルクル回って落ちてきた時に首から落ちたよね?なんで生きてるの?」

 

「そりゃ鍛えてるからな。っていうか何で生きてるの?とか失礼過ぎるだろシャルル」

 

「あんなの見せられたらそう言いたくもなるよ。落ちた時にゴキッて凄い音鳴ってたんだから。本当にどんな体の構造してるのさ」

 

こんな身体の構造してますが何か?

それにこのタフネスは日頃の特訓と冴島さんの特訓の賜物ですよ。

大体、俺が冴島さんと修行した時はもっともっと凄い目に合ってたんだぜ?

切り落とされたでかい丸太でブッ飛ばされたり、引っこ抜いた木の切り株で真上から潰されたりな。

さすがに冴島さんも謝ってたけど、修行に妥協は一切無かったから最初は死ぬかと思ったっての。

 

「シャルル。ゲンのタフネスは俺達の想像も付かない領域にあるんだ。理解しようとすると頭痛が起きるぞ?」

 

待てやコラ。人を不思議生物みたいに言ってんじゃねぇよ兄弟。

困惑した表情で俺を見るシャルルだが、そんなシャルルに一夏は肩に手を置きながらヤレヤレと首を振る。

ってオイ。2組の子達までそんなターミネーターを見る様な目で見るんじゃねぇ。

そんなに俺のタフガイっぷりが異常に見えるか?冴島さんとか俺以上にタフなんだけどなぁ。

 

「そうだね……僕、元次の事はサイボーグだと思っておく事にするよ」

 

「初対面で吐く台詞じゃねぇだろ。俺は改造手術も強化骨格もやってねぇ。100%ナチュラルな人間だ」

 

「アハハ……」

 

苦笑いで誤魔化すなよシャルル。

初対面で人外認定されるとは、シット。

 

「ったく……そんな事言い出したら、俺を打ち上げ花火にした千冬さんはシャルルにはどう見えるんだ?阿修羅を凌駕するチートな人外美女か?(ゴキゴキ)」

 

俺に苦笑いしながら誤魔化すシャルルに、俺は首を左右に捻って音を鳴らしながら問いかける。

ふっふっふ、答え次第じゃ千冬さんに密告して……何故にシャルルと一夏は顔を青くしてるのかな?

おや?さゆかと本音ちゃんまで顔色がヤバイ位青いぞ?

 

「貴様はまだ仕置が足りない様だな。ん?(ゴリゴリゴリィッ!!)」

 

「あばばばばばば!?」

 

シャルルと話していた俺の背後から抉る様な激しい痛みがぁああ!?

首だけ振り返ってみれば、其処にはお馴染み出席簿の角で俺の背中をグリグリ抉る千冬さんのお姿。

新しい出席簿の使い方を俺で試さないでもらえません!?

 

「いでででで!?ち、千冬さんマジすいません!?謝るから出席簿でグリグリは勘弁して下さいぃいいい!?」

 

「誠意の篭ってない謝罪などいるか!!この学習能力ゼロの馬鹿者が!!(ガシィッ!!)」

 

「ひでぶぅ!?」

 

背後からの攻撃を逃れようとした刹那、千冬さんの細くて逞し過ぎるお腕が俺の首をロック。

喉元をしっかりとロックしたネックホールド状態に持ち込まれた。

そこから下向きに力を加えられて強制的にまたもや膝を地面に付かされてしまう。

目の前に居た一夏とシャルルは「ご愁傷様」って顔をしたまま3歩後ろにバック。

さゆかと本音ちゃんも相川達に連れられて離れていった。

今度があれば口に気をつけとこう。

 

「そぉら、強化骨格らしいお前の強度を試してやる!!これはどう、だ!?(グリグリッ!!)」

 

「あだだだだだ!?や、止めてッス禿げるぅぅううう!?森林伐採した後の山みたいになっちゃ(ギュッ!!)ごフェ!?」

 

「ん~?聞こえんなぁ~?何だまだ欲しいのか?このいやしんぼ、め!!(グリグリッ!!ギュウゥッ!!)」

 

「くぎゅぅううう!?」

 

千冬さんは片方の腕で俺の首を絞めながら、空いた手で俺の頭頂部を拳でグリグリとしてくる。

しかも指の第2関節を突き立てるあの最高に痛いヤツ。

許しを請うた俺の言葉すらも、喉を絞めて途中で断念させるではないか。

成る程、聞く耳持たんって事ですか。

っていうか俺も両腕で必死にホールドを解こうと奮闘してる訳ですが、全然外れない。どゆ事だってばよ?

幾ら体勢の所為で力が入りにくいつってもこの差は何?やっぱチート過ぎるって千冬さん。

っていうかさっきから後頭部にポニョポニョした柔らかくて大きなマシュマロが当たってるんですけど!?何この天国と地獄!?

膝を付かされた事で俺の視界には千冬さんのお顔が見えるんですが、千冬さんの表情を見て、俺は絶句した。

苦しむ俺を見るその表情は、まるで熱に浮かされた様に頬が赤く染まって上気してるんだから。

ちょっと待て!?千冬さんのドSスイッチが入っちまってるじゃねぇかぁあ!?

 

「うぎゅ……ッ!?ぶひぃぅ……ッ!?」

 

「ク、フフフ……クハハハ。何だ、その豚みたいな悲鳴は?いや、それは豚に失礼か……ほら、せめて豚よりは上等に、もっと良い声で鳴いてみせろ!!(ギュッ!!)(こいつとの心地良い時間も好きだが……こういうのも、悪く無いな……こいつの困った顔を見ると……あぁ……そそられる)」

 

女王様ぁあああ!?死ぬ死ぬ死んじゃう!!逝っくぅううう!?

それ以上喉元絞められたら声が出る前にあの世に行っちまうぅうう!!

もう生徒の皆さん千冬さんの女王様っぷりにドン引きしてらっしゃいますよ!?

何人かの特殊な方々は頬染めて「千冬様!!私もお仕置きして下さい!!」とか何とか言っちゃってるけどな!!

本格的にヤバくなってきた事で必死に千冬さんの腕をタップしてギブアップを示す俺。

しかし何やらテンションの上がって恍惚とした表情を浮かべる千冬さんは俺の苦しむ様を見て頬の赤みを、瞳の潤いを深めるだけだ。

こ、このままじゃ意識飛ぶ……ッ!?し、仕方ねぇ!!リミッターを解除してフルスペックしてやらぁ!!

 

「グ、グ……グルァアアアアアアッ!!(ボボンッ!!)」

 

「な!?」

 

『『『『『えぇえぇえええええッ!?』』』』』

 

俺は全身に入れる力を限界まで引き上げ、全身の筋肉をこれでもかと膨張させる。

伸縮性に優れるISスーツが破れる事は無いが、身体全体の大きさが1回りは大きくなり、アチコチに血管が浮き上がる。

完全にヤマオロシを相手取っても勝てるレベルまで引き上げた、俺の最強状態。

それと同時に『猛熊の気位』を発動させ、強引に体を立ち上げて千冬さんを持ち上げた。

 

「い、一夏!?元次が!!元次がぁああ!?」

 

「お、おお落ち着けシャルル!!ち、ちょっとだけゲンの体が膨れただけじゃないか!?」

 

「アレの何処がちょっとなのさ!?僕にはもうours(フランス語で熊)にしか見えないよ!!しかも何か蒼い炎が見えるし!!」

 

「し、心配するなって。ゲンの身体スペックにはもう慣れあばばば」

 

「もの凄くパニクッてるよね!?」

 

目の前で人間一人乗せたまま、しかも首を絞められてた状態から立ち上がった俺に、1組も2組もこぞって悲鳴を挙げる。

特にシャルルと一夏なんか若干パニックになってるし。

兎に角立ち上がる事が出来たので、今度は千冬さんに離れてもらう為に俺は首の筋肉へ更に力を篭めた。

 

「うんぐぅううう!!(ギギギギギッ!!)」

 

「ッ!?……ちっ……馬鹿力め」

 

俺が首の筋肉に力を入れて千冬さんの腕を押し返そうと奮闘していると、千冬さんは悪態を吐きながら俺の首元から離れていく。

それと同時に新鮮な酸素が俺の肺に取り込まれ、俺は一気に脱力してしまう。

 

「がは!?ぜ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ッ!!し、死ぬかと思った……」

 

「(……一応、美女と言った事に免じて、この辺りで許してやるか)……自業自得だ、馬鹿者。これに懲りたら女性に対して失礼な事を言わない事だ。良いな?」

 

「う、うっす……ごふっ」

 

絞められていた喉元を擦りながら返事を返し、俺は立ち上がる。

ふぅ~……しっかし、やっぱ千冬さんの強さはおかしいわ。

俺は今、持てる力の全てを使って首の筋肉を膨張させ、千冬さんの拘束を緩めに掛かった。

でも実際に緩まったのは少しだけで、恐らく千冬さんが本気を出せば、俺はあっという間に落ちてただろうよ。

俺と違って細身な……出るトコは出て締まったボン・キュ・ボンなナイスボディだけど、俺より細い腕なのに俺よりパワーあるなんてな。

かなり自信無くすぜ……まだまだ冴島さん達の領域に届いてねぇか、俺は。

 

「もっともっと強くならねぇとな……まだ俺は弱え」

 

「まだ上を目指すの!?もう良いよ元次!!僕もう君が人間に見えなくなっちゃうから!!」

 

「兄弟……頼むから俺が追い着ける位置に居てくれ、頼むから……ッ!!」

 

だからその上はどうなるって(以下略。

隣から驚愕の表情でツッコミを入れてくるシャルルと戦慄した表情の一夏に苦笑いしながら、俺は力を緩める。

すると俺の身体は普段通りの密度まで戻り、張り詰めていた筋肉がナリを潜めた。

まぁ普段から張ってる筋肉はそのままだけど。

 

「さて、遅くなったが全員空を見ろ……山田先生、始めて下さい」

 

『はい、分かりました……それじゃあ凰さん、オルコットさん。始めましょうか』

 

『コッチは何時でもいけるわ』

 

『2対1でも、手加減は致しません』

 

千冬さんが俺達を促したと同時に、空に上った3人の音声がオプティマスを通じてオープンチャネルに流れてくる。

さあて、相手はオルコットと鈴のタッグで、しかも二人共専用機持ち。

対する真耶ちゃんは1人で量産機のラファールリヴァイヴ……普通に考えれば鈴達が圧倒的に有利だ。

でも世界の強豪達と鎬を削りあった千冬さんがあそこまで自信満々に言うなら結論は見えてる。

それに戦闘に入る合図が出されるや否や、真耶ちゃんの纏う雰囲気が変わった。

何時もの小動物の様な愛らしさは鳴りを潜め、今の真耶ちゃんを覆うのは紛うこと無き戦乙女のソレだ。

 

「……では、始め!!」

 

『『ッ!!』』

 

そして遂に千冬さんから合図が出され、一見真耶ちゃんに不利な模擬戦が始まった。

千冬さんの合図を聞いた瞬間、オルコットと鈴は弾かれた様に左右上空へ展開し――。

 

『えいっ!!』ダァンッ!!

 

展開しようと動いた所を、真耶ちゃんが片手に持ったスナイパーライフル『レッドバレット』の弾丸で狙い撃った。

けたたましいマズルフラッシュと共に吐き出された弾丸は寸分違う事無く、二人の頭部へと命中する。

じ、冗談だろ?二人がどう動くのか見極めた上で、スナイパーライフルの速射で出鼻を挫いたってのか?

俺もオプティマスに銃が積まれてるから一応射撃訓練はやってる。

生身で銃の扱いを覚える為に、IS学園には最高レベルの射撃場があるから何度かやってるから分かるけど、アレはやばい。

スナイパーライフルの反動は凄まじい上に、とっさの判断で近距離での狙いを撃つってのは中々やり難いんだ。

それを真耶ちゃんは一瞬スコープを覗いただけで狙いを定めて1発撃ち、反動を制御、利用してもう一回同じ肯定で1発撃ったと?

あれは確かクイックショットっていう超高等技術の一種だった筈だ……すげぇ。

 

『くの!?やってくれんじゃない!!』

 

出鼻を挫かれた鈴は双天牙月を二刀流にして、真耶ちゃんへの距離を詰めていく。

甲龍のパワーでラファールを制そうって腹積もりか。

一方でオルコットは再び上昇を始めると、上空でお得意のビットを4基全て展開する。

そのまま鈴と真耶ちゃんを取り囲む形で援護に回った。

 

『そりゃあ!!』

 

そして真耶ちゃんに接近していった鈴は双天牙月を2本同時に振りかぶって真耶ちゃんへと叩き付けるが……。

 

『大振りの一撃は相手に隙がある時に使うべきですよ』バババババッ!!

 

真剣な表情でそう言いながら、真耶ちゃんはその剣筋を見切り、弾丸の様に回転。

紙一重の差で鈴の剣を避け、細かくリズムを刻む様に旋回しながら射撃体勢に入り、アサルトライフル『ヴェント』を展開。

移動しながら鈴に銃撃の嵐をヴェントとレッドバレットの2丁撃ちで見舞う。

 

『あぁもう!!チクチクと地味に削らないでよね!!』

 

その銃弾を双天牙月を振り回して叩き落す鈴だが、全ての弾丸は阻止出来ずに貰っている。

まぁ千冬さん並の使い手でも無い限り、あの銃弾の嵐を喰らわずにってのは無理だろう。

真耶ちゃんの通った後を追う形でオルコットのレーザーが飛ぶが、それはジグザグに動く真耶ちゃんには掠りもしなかった。

……そうか。真耶ちゃんのあの軌道は、オルコットに狙いを付けにくくさせる為の軌道って訳だ。

その証拠にハイパーセンサーで見えるオルコットの顔は苦渋に満ちていた。

 

「デュノア。山田先生の使っているISの解説をしてみせろ」

 

「は、はい。山田先生の使用しているISは、デュノア社製ラファールリヴァイヴです」

 

上空の模擬戦に意識を集中していた俺の隣で、シャルルがラファールについての解説を始めた。

そういえばシャルルの家はラファールを作った会社だっけ。

説明にはうってつけの人材って訳だ。

 

「第二世代最後期に生産されましたが、第三世代にも劣らない安定性と汎用性。そして豊富な後付装備がラファールの特徴です。現在配備されている量産機の中では、最後期でありながら世界第3位のシェアを誇り、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されています」

 

おぉ~?さすが社長の息子ってトコだな。かなり詳しい。

隣で解説するシャルルの言葉に耳を傾けつつ、上空の戦闘を見守る。

上ではちょうど、真耶ちゃんの銃撃から抜けだそうと後退した鈴に、真耶ちゃんが追撃のタックルを見舞っていた。

腕に付けられた実体シールドでの突撃は相当響いたらしく、鈴は隙を晒してしまう。

そこを更に銃撃しようとした真耶ちゃんだが、オルコットのビットからレーザーが放たれた事で一度距離を置いた。

あの実体シールドを使った、自分を大型弾頭に見立ててのタックル……俺も使えるな。

 

「特筆すべきは操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ば無いので多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています」

 

多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)……つまりバランス重視の素直な機体でクセも無い良い子ちゃんって事か。

確かに鈴達の専用機はある程度のコンセプトに沿って作られてる一能特化型、悪く言えば性能が尖ってる。

オルコットのブルー・ティアーズは長距離が独壇場の代わりに近接に弱いし、鈴の甲龍は燃費とパワーに優れてもここぞっていう決め手の武器が無い。

一夏の白式の武器、雪片弐型は一撃の攻撃力が強力無比な代わりに燃費最悪で近距離以外では使い勝手が悪過ぎる。

オマケに機体性能も速度特化のピーキーなマシンだもんなぁ。

その辺りを考えると、クセが少ない上に装備の切り替えで色んな局面に対応できる汎用性のあるラファールも使い手によっちゃ化けるって事か。

まぁ千冬さんが打鉄に乗ったらそれだけでおかしな性能のモンスターマシンに化けるけど。

実際、実技試験で千冬さんが操った打鉄はブルー・ティアーズより速かったし、力も上だったからな。

 

「更に装備によって格闘・射撃・防御の全タイプに切り替え可能で、参加サードパーティーが多い事でも知られています」

 

「ふむ、とりあえずそこまでで良い。そろそろ決着だ」

 

と、シャルルの詳しくて判りやすい説明が終わったと同時に、千冬さんは模擬戦の終了を口にする。

その言葉に上を見上げてみれば、さっきから引いては押してと受身の体勢だった真耶ちゃんが動きを変えていた。

縦横無尽に空を駆けてオルコットのレーザーと鈴の衝撃砲を避けながら、真耶ちゃんはヴェントを収納。

レッドバレットを両手持ちに切り替えて、ノンストップ飛行を続けながら鈴達を交互に撃っていく。

 

『(バゴォッ!!)あう!?くっ……幾ら織斑先生が断言したとしても、あんな狙撃を簡単にこなすなんて……ッ!!』

 

『(バガァッ!!)ちょ!?何であんなに動き回りながら撃って当てられるワケ!?こっちだって動いてるのに!!』

 

『実は私、旋回機動中の狙撃は一番得意なんです(それに元次さんが私の射撃を「凄い」って褒めてくれたから、今日は倍プッシュですよ!!)』

 

二人の悲鳴をオープンチャネル越しに聞きながら、俺は真耶ちゃんの動きに只々驚く事しか出来なかった。

鈴の言った通り、真耶ちゃんはラファールを複雑な軌道で動かしながらも着実に弾丸を二人に浴びせている。

真耶ちゃんだけでなく鈴達もかなりの速度で動いてるってのに、全ての弾丸が吸い込まれるかの様に着弾してるんだ。

幾ら何でも命中率がやばすぎるだろ……銃の扱いはオルコットを軽く上回ってるじゃねぇか。

まさかあれ程に強えなんて……ん?何かさっきから狙撃の数が若干オルコットに集中してる?

先に遠距離に強いオルコットから仕留めるのか?

 

『(弾幕が薄くなった!?よーし!!アタシの活躍見てなさいよ一夏!!)じゃあこっちも!!(ガシャンッ!!)』

 

と、真耶ちゃんの狙撃がオルコット寄りになった事に気付いた鈴は弾幕を上昇して突破し、肩のアーマーをスライドさせて衝撃砲を起動させるが……。

 

『く……ッ!?少しづつ射撃が外れてきてますわよ、山田先生!!(見てて下さいな、一夏さん。このわたくし、セシリア・オルコットの華麗なる反撃――)』

 

『はい――『ワザと』外してますから』

 

『――え?』

 

『ちょ!?セシリ……』

 

ガツンッ!!

 

真耶ちゃんの狙撃を避けようと上昇してきたオルコットに衝突されて、二人とも体勢を崩してしまう。

っていうか真耶ちゃん、『ワザと』って……狙撃をワザと外してオルコットを鈴へ誘導したって事か?マジかよ?

普段の真耶ちゃんからは信じられない神業を、俺は凄いと感じる以外なかった。

そして空で多大な隙を晒すオルコット達に対して、真耶ちゃんは二人の頭上へ急上昇していく。

レッドバレットを収納して新たな武装を……リボルバータイプのグレネードランチャー『リュシェール』を展開。

まるで映画さながらのガンスピンを披露する余裕を見せつつ、照準が二人に合わせられる。

あっ、アイツ等終わったわ。

もうその武器見た瞬間、二人がどういう結末を辿るのか分かってしまう。

纏めて綺麗に――。

 

ズドォオオオンッ!!

 

『『きゃぁあああああ!?』』

 

バスターされて終わり、ってな。

大気を震わせる様な爆発音と煙幕が青空に広がり、地上の俺達を覆った。

その後直ぐに、青と赤の機体がもつれたままクルクルと回転して、グラウンドに轟音と共に落下。

まぁ赤と青は言うまでも無くオルコットと鈴な訳ですが。

 

『うぅ……まさかこのわたくしが……』

 

『ア、アンタねぇ、何面白い様に誘導されてんのよ!!衝撃砲撃てなかったじゃない!!』

 

『鈴さんこそ、無駄にバカスカ撃った割には当たってないじゃないですか!!それに最初に誘導されたのは其方でしてよ!!』

 

地面のクレーターの中で甲龍とティアーズが縺れ合ってる中、二人は仲良く口喧嘩。

もう何かそれ見てると脱力しちまうっての。

ギャーギャー喚く二人を見た俺達の反応は似たり寄ったりだ。

一般生徒や俺と一夏なんかは「代表候補生ェ……」と呆れを含んだ表情だし、デュノアは苦笑いしてる。

もう代表候補生(笑)で良いんじゃね、コイツ等?

 

「これで諸君らにも教員の実力は判っただろう。以後は敬意を持って接する様に」

 

何だかアレな二人とは対照的な真耶ちゃんだが、真耶ちゃんが地面に降りた所で千冬さんが俺達にそう言い放つ。

それを聞いた皆は一斉に「はい!!」と返事をして返してた。

あれを見せられたら誰も畏れ多くて、あだ名なんかじゃ呼べないだろうな。

案外この模擬戦はソレが目的だったんじゃないかとも思える。

 

「ではこれから実習に入るが、まずは各専用機持ちを班長としたグループに分かれて貰う。織斑、デュノア、鍋島、凰、オルコットの四名は各生徒の補助をする様に」

 

ん?俺達が班長をやるのか?

 

「ねぇねぇ!!誰に教えて貰う!?」

 

「そりゃ勿論……」

 

と、俺達がグループリーダーをやると聞いた女子の目が妖しい光を灯し始めた。

 

『織斑君!!一緒に頑張ろう!!』

 

『分からない所、教えて!!』

 

「は?え!?ちょ、ちょっと待っ……ッ!?」

 

『デュノア君の操縦技術、見たいなぁ~』

 

『ねぇねぇ、私もいいよね?』

 

「あ、あはは……」

 

それと同時に多数の生徒が一夏とデュノアへと群がっていく。

逆に鈴とオルコットの場所は閑古鳥が鳴いてた。

まぁ話題の王子様転校生にイケメン一夏だから当たり前――。

 

『『『『『鍋島君!!手取り足取りお願いします!!』』』』』

 

「ファッ!?」

 

な、何か俺の所にまで多数の女子が!?しかも2組の子が結構混じってる!?

 

「まだあんまり話せてないし、これを機にお近づきに……ッ!!」

 

「オルコットさんと戦った時とかあの実験機を倒した時も見たけど、鍋島君の操縦技術の凄さは折り紙付きだもんね」

 

「何ていうかもう、頼りになり過ぎるオーラが出てる!!」

 

「お。おう?……まぁ、サンキューな」

 

其々の生徒が興奮気味にそんな事を言ってくるのでお礼を言うと、何故か「キャー!!」とか騒ぐ始末。

ホントどうしてこうなった。

そんな感じで騒がしい事この上無い各班だが、そんなお祭り騒ぎをあの方が許す訳あるめぇ。

 

「はぁ……この馬鹿共が。全員出席番号順に各班へ入れ!!遅れた者はグラウンド10週させるぞ!!」

 

皆さんご存知千冬さんは眉間を揉みほぐしながら俺達全員に叫ぶ。

前も言ったがここのグラウンドは一周5キロ。10週は俺でも無理だ。

千冬さんはやると言ったら絶対にやるという事は皆も良く判ってるので、素早く名前順にバラけていった。

それでもさっきの子達が殆ど残ってるのはどんな偶然だろう?

 

「最初からそうしろ、全く……ではまず、グループリーダーは訓練機を取りに来い。今日は歩行と起動を中心に行う」

 

「訓練機は打鉄とラファールを3機ずつ用意しましたので、ドチラを使うかは班の皆さんで話し合って決めて下さいね。PICは既にOFFになってます」

 

千冬さんと真耶ちゃんは其々に指示を出すと、俺達に訓練機を取りに来る様に言った。

俺はソレを聞いてから首を捻って骨を鳴らし、気合を入れ直す。

さあて、俺がこのグループのリーダーだってんなら、しっかりとやらねぇとな。

 

「そんじゃあ訓練機を取ってくるが、打鉄とラファールのどっちが良い?要望はあるか?」

 

俺は目の前に居る班の皆に機体の好き嫌いを問い掛ける。

まぁ特にデザインとかに拘りが無いならどっちでも良いんだがな。

俺の質問を聞いた彼女達は皆で話し合うと、今回は打鉄が良いとの事で決まった。

それを聞いて、俺は皆に待つ様に指示を出して真耶ちゃんの所へ訓練機を取りに向かう。

 

「はい♪打鉄ですね。元次さんの班が一番早いですよ。先生花丸あげちゃいます♪」

 

真耶ちゃんのその見る者を癒やすほんわかな笑顔にも花丸あげちゃいます☆

 

「ははっ。皆が直ぐに決めてくれたお陰ですから……それとさっきの試合は凄かったっすよ、真耶ちゃん。カッコ良かった……っていうのも変っすかね?」

 

「い、いえいえそんな。こう見えても先生ですから♪(ぶるるん)」

 

俺の素直な賞賛の言葉に真耶ちゃんは照れながらもえっへんと胸を張り、その動きで真耶ちゃんの爆乳がブルルンと激しく揺れた。

おほぉう!?ISスーツで強調された爆乳が更にこう激しく自己主張され……ごっくん。

ってイカンイカン!!こ、こんな刺激の強いモン見続けたら、俺は公衆の面前で射撃体勢をとってしまう!!

は、早いところ本題を言って真耶ちゃんから離れるか。

 

「ン、ン゛ゥッ!!……そ、それで真耶ちゃ……いや、山田先生。もし良かったら、その……空いてる時にでも、俺に射撃を教えて貰えないすか?」

 

「……へぇ!?わ、私がですか!?」

 

俺のお願いを聞いた真耶ちゃんは素っ頓狂な声を出して驚きを露にする。

真耶ちゃんに直接教われば、最近伸び悩んでいる射撃も上手くなるんじゃないかと思って考えた事だ。

普段の授業でも真耶ちゃんの説明は分かり易いし、これ以上無いコーチだろ。

 

「俺もオプティマスに銃器はあるんだけど、恥ずかしながら下手糞で……あれだけ凄い射撃が出来る山田先生に直に教われたらなと……勿論、無理にとは言わな――」

 

「いいえとんでもない無理なんてこれっっっぽっちもありませんよ!?わ、私で良ければお手伝いさせて頂きます!!(元次さんと二人っきりで授業……最高です!!)」

 

「そ、そうっすか?……それじゃあ、お願いします、山田先生」

 

「はい!!せ、せせ、先生と『二人っきり』で頑張りましょう!!(て、手取り足取り……あぁん♡わ、私を縛ってどうするつもりなんですかぁ♡)」

 

何やら顔を赤く染めてクネクネとしだしだ真耶ちゃんを見て、俺の中の警報が作動。

ヤバイ、真耶ちゃんってば妄想モードに入ってる。即時撤退せねば。

 

「じ、じゃあ、打鉄を借りていきますんで……明日の放課後、空いてたら教えて下さい」

 

俺はクネクネしながら恍惚の表情を浮かべる真耶ちゃんに、一応一言声を掛けてカートに乗った打鉄を持っていく。

何かあれ以上言葉を重ねてたら千冬さんにブッ殺されそうな予感しかしなかったからな。

 

『山田先生、打鉄を取りにきまし、って何か幸せそうな笑顔でトリップしてらっしゃる!?い、一体何が!?』

 

『はぁう♡元次さん……ヤダ、そんな強引に迫っちゃ駄目ですよぉ♡』

 

知らねぇ、後ろから聞こえてくる一夏の声には何にも覚えは無い。

まぁとりあえず、今は目の前の授業に集中しますか。

俺が一応班のリーダーなんだし、ヘマして他の子が怪我したら洒落にならねぇ。

 

「うっしゃ。今から打鉄に乗って順番に起動と歩行、んでもって停止をやってくから、出席番号の早い人から来てくれ」

 

「はい!!2組の中谷由美でーす!!よろしくお願いしまーす!!」

 

そしていざ実習を始めようとしたんだが、トップバッターの中谷が何故か笑顔で手を俺に差し出してきた。

え?何この手は?そう思って中谷に視線を向けると、彼女はニコニコしながらずっと手を俺に向ける。

これは……あぁ、握手って訳か。成る程成る程。

相手の意図を何となく理解できたので、俺も中谷の手を握って握手を交わした。

 

「えーっと、じゃあよろしくな、中谷。まずは打鉄に乗ってくれ。腰部分のアシストに足を掛けながらコックピットに入ろうか」

 

「(やった!!ナチュラルに握手出来ちゃった!!)うん、それじゃあ乗ります!!よいしょっと」

 

中谷は俺の指示を聞いてからしっかりとした動作で打鉄をよじ登り、中心部分に身体を固定する。

新たな操縦者を感知した打鉄は自動で各部を動作させて、中谷を包み込んだ。

PIC以外のアシストが完了し、操縦者の起動するという意志を読み込んだ打鉄が駆動音を奏でる。

 

「OK。それじゃまずは立ち上がって直立の姿勢になってくれ」

 

起動が完了した次のステップの歩行に移る為に立ち上がる様に促すと、中谷は真剣な表情で打鉄を起立させた。

そこから更に指示を出して今度は歩行をして貰う。

何時もと目線が全然違うからか、少しフラついた動きではあるものの、歩行も問題無しだ。

そのまま軽く俺の目の前でオーバル気味に歩行して貰い、とりあえず一周が終わったら交代とした。

 

「良し。じゃあそこで止まって、最後にISを屈ませて停止。それで次の人に交代だ」

 

「はい!!うんしょっ、ってキャァッ!?」

 

「おっと!!」

 

歩行からの停止は上手くいってた中谷だが、最後にISを屈ませる時に前屈姿勢になりすぎて頭からグラウンドに向かってしまう。

その直ぐ傍で何があっても良い様に待機してたので、直ぐ様オプティマスを起動して倒れそうな中谷を支える。

 

「ふぅ。大丈夫か、中谷?」

 

「ッ!?う、ううううん!!大丈夫です!?」

 

倒れない様に身体を支えながら聞くと、中谷はしどろもどろな感じで俺に視線を合わせてきた。

うむ、見た感じじゃ何処にも怪我は無さそうだな。

自分の実習班で怪我人が出なかった事に安堵して、俺は自然と笑顔を浮かべる。

 

「まっ、こんな事もあるだろうが、失敗は成功の母ちゃんってな。まだまだ機会はあるし、頑張って次こそは成功させようぜ」

 

「は、はい……頑張ります」

 

「おう。それじゃあゆっくりと屈んでから、打鉄を停止させてくれ」

 

中谷に励ましの言葉を掛けながら上体を引き起こし、そこから俺がオプティマスでアシストしながら打鉄を屈ませる。

最後に打鉄を解除して降りた中谷に労いの声を掛けてから次の子に交代した。

まだ結構な人数居るし、サクサクとこなしていかねぇとな。

 

『ど、どうだった!?(ヒソヒソ)』

 

『……凄い……支えてくれた腕が、胸板が……逞しかった……指導も優しかったし、心配してくれてるのがもう……(ヒソヒソ)』

 

『くぅうう!!私も早く指導して欲しい!!(ヒソヒソ)』

 

『焦る事は無いわ、直ぐに私達の番よ(ヒソヒソ)』

 

……何か後でヒソヒソ話してるが、頼むから千冬さんの目に入らない様にしてくれよ?

まぁその後の実習も滞り無く……握手をせがまれたとか、笑顔で倒れそうになる子を抱き抱えた事が多々あった以外は問題無く進んだ。

そんな感じでもうすぐ一周出来る順番まで差し掛かったが、まだ時間はあるしもう一週ぐらいは出来そうだな。

今の子が終わったら……。

 

「ゲンチ~♪手取り足取りお願いしま~す♪」

 

「あいよ。もうすぐ今の子が終わるからもうちょっと待っててくれ」

 

次は俺の班に居る本音ちゃんの番だ。

まぁこの分なら本音ちゃんの後の子もゆっくりとしたペースで実習が出来るだろう。

ウチの班は千冬さんと真耶ちゃんに続いて3番目に早いと他の子が教えてくれたけど、一夏達は何でそんな遅いんだ?

 

『布仏さん!!オペレーションD、発動よ!!(ヒソヒソ)』

 

『にゅふふ~♪あいあいさ~なのです~♪(ヒソヒソ)』

 

ん?何だ?……何か、変な視線を感じた気がするが……。

 

「ね~ね~ゲンチ~?こっち向いて~♪」

 

「ん?あ、あぁ。悪い本音ちゃん。今は実習してる子を見てるから、話は後で聞くぜ」

 

と、何やら俺の班の皆から絡みつく様な変な視線を感じていた時に本音ちゃんが笑顔で俺に声を掛けてきた。

しかし今は実習してる子の方を見ておかないと、見てない所で事故が起きては面倒なので本音ちゃんの方を見ずに言葉を返す。

すると何故か打鉄に乗ってる子の表情が焦るが……何だ?どうかしたのか?

 

「あう……え、え~っと……そ、そ~そ~。オリムーとデュッち~の班を見て~。チラッとで良いからさ~」

 

「ん?一夏とシャルルの?俺達より早く進んでるのか?」

 

何故か打鉄の子と同じ様に少し焦った表情の本音ちゃんが俺に食い付いてきたのだが、話題が話題なので俺も少し気になった。

シャルルはまぁ、フランス代表候補生な訳だし問題はねぇだろう。

模擬戦の時のラファールに対する解説は見事の一言に付きたぐらいに分り易く丁寧だったからな。

まぁ一夏だって年がら年中トラブルの素こさえてはいないわけだし――。

 

『えへへ♪織斑君、お願いしま~す♪』

 

『あ、あぁ……えと、それじゃあしっかり俺に抱き付いててくれ』

 

『キャー!!俺に抱きつけキマシター!!』

 

『キマシタワー!!』

 

『次私!!次は私だからね!!ちゃんと今の一言も言ってよ織斑君!!』

 

一夏が白式を展開して女の子をお姫様抱っこしながら、立ち上がった状態の打鉄のコックピットに運んでいたとさ♪

チラッと見た視界の先で起こっていた謎現象に、俺は暫し脳みそがフリーズしかけた。

何やってんだよ兄弟ェ……ホントお前は何時でも何処でも何かしらヤラかして――。

 

「ねぇねぇゲンチ~。デュッち~の班も、同じ事してるよ~?」

 

「シャルルェ……」

 

本音ちゃんの楽しそうなお言葉を聞いてシャルルを見やれば、オレンジの専用機を展開して女の子をお姫様抱っこする姿だった。

しかも一夏とシャルルにお姫様抱っこされてる女の子達は皆一様に頬を染めて恍惚とした表情を浮かべてるじゃないか。

っていうか何故にあいつ等は訓練機を立ったまま解除させてんだ?

千冬さんにちゃんと屈ませて停止させるまでが実習内容だって言われてただろうに。

 

「ぐぬぬぬ……ッ!!あんの馬鹿一夏ぁ……ッ!!」

 

「お、おほほ……き、きき、今日の訓練は、わたくしの全力を持ってお相手させていただくとしましょうか♪」

 

そして案の定って感じに嫉妬に狂う一夏ラヴァーズの鈴とオルコット。

鈴は目に見えて怒りのオーラを噴出させてるし、オルコットはかなり暗い顔で微笑んでやがります。

あ~あ、可哀想に……今日も今日とてボロ雑巾決定だな、マイブラザー。

というかお前等もちゃんと実習しろよ、女の子達「早く乗りたいんだけど?」って呆れてるじゃねぇか。

まぁ一夏に本気で恋する二人としちゃ、自分達も一夏にああやって欲しいだろう。

しかし二人は代表候補生だから一夏の班で教えて貰う事は叶わず、見せつけられる形だからな。

そういや同じ一夏ラヴァーズの箒は何処に……って何だ、一夏の班じゃねぇか。

 

『で、では一夏……や、優しく頼む』

 

『わ、分かった……それとさっきはゴメンな、箒……胸、掴んじゃって』

 

『はぐッ!?い、いい、今はその事は言わないでくれ!!思い出さない様にしてるんだ!!』

 

『そ、そうだよな。ゴメン、配慮が足らなかった』

 

『い、いや……お、お前こそ、さっきはありがとう。凰の攻撃から助けてくれて』

 

『ん?あぁ、気にすんなって。大事な幼馴染みを助けるのなんか当たり前だろ?』

 

『大じッ!?そ、そそそそうか!?わ、私は大事なんだな!!ふ、ふふふ……当たり前、か♪』

 

おーい。何時までラブコメってんだー?こんなとこで二人だけの世界構築すんなって。

打鉄に箒を乗せる為にお姫様抱っこしながら会話する一夏と箒だが、内容がこれまた青春。

さっき俺が投げた所為で箒の胸を揉んでしまったからか、一夏も普段の朴念仁っぷりを感じさせない赤面で会話してる。

箒も胸の事を言われて更に赤面しながらも、結構良い雰囲気で喋ってるし……こりゃあ箒が一歩リードか?

嬉しそうに微笑む箒を見て鈴とオルコットの瞳からハイライトが消えるのはお約束だろう。

ってあれ?何で俺は一夏達の実習を見て……あぁそうだ、本音ちゃんが見ろとか言ってたんだっけ。

軽く目の前の光景に衝撃を受けて忘れ掛けていたが、今は実習時間なのだ。

俺は直ぐに自分の班の実習してる子を見る為に、打鉄のある方へと向き直り――。

 

「……おんやぁ?」

 

何故か直立不動の姿勢でパイロットの乗っていない打鉄とご対面を果たした。

あれ?何で?おっかしいなー?俺はちゃんとしゃがむ様に言った筈なんだけど?

チラリと班の皆が集まってる場所へ「?」な顔をしながら振り返る。

 

「にこにこー♪」

 

『『『『『ワクワク♪ワクワク♪』』』』』

 

其処には眩しいまでの笑顔を浮かべた本音ちゃんと期待に目を輝かせる班員の皆さん。

おい待て、YOU達は俺にアレをやれと言うのか?

一夏達と同じ行動を?……ここで俺が打鉄をしゃがませて実習再開したら「空気読め」になるよな。

 

「にへへ~♪……じゃ~んぷ♪」

 

「って危な!?(パシッ)」

 

突きつけられた現実に涙を流したかった俺だが、本音ちゃんが俺に向かって飛び込んできた事でそれも叶わず。

そのまま放置したら顔を強かに地面へと打ち付けてしまう本音ちゃんを抱き止めて事なきを得た。

 

「お、おいおい。危ねぇだろ本音ちゃん」

 

「え~?でも、ゲンチ~が受け止めてくれたもん~♪これで良いのだ~♪」

 

『『『『『良いのだーー♪!!』』』』』

 

「おーい外野の1人ぐらいは俺に味方してくれませんかねぇコンチクショウ!!」

 

俺の叫びに対する返答は「ごめんなさい♪」という楽しそうな声だった。ふぁっく。

既に俺の腕にお姫様抱っこで抱かれている本音ちゃんは楽しそうな表情で「はやくはやく~♪」と仰ってます。

あっ、もう俺が運ぶのは確定なんですね?何という数の暴力。

もう反論する気力も失せたので、俺は本音ちゃんを落とさない様に抱き抱えながらオプティマスを起動。

PICを作動させてゆっくりと浮遊しながら本音ちゃんをコックピットまで運んでいく。

 

「はふ~♪……気持ち良いねー♪(ゲンチ~に抱っこされて空を飛ぶの、さいこ~だよ~♪)」

 

「はぁ……しょうがねぇな」

 

浮遊する事で僅かに感じる風を堪能しながら、本音ちゃんは目を細めて笑う。

……まぁ、いっか。これぐらいの余興があった方が捗るかも。

本音ちゃんの影の無い笑顔に癒されて、俺はもう開き直る事にした。

少し苦笑いしながら空を浮遊し、俺は本音ちゃんを打鉄に乗せてあげる。

そして本音ちゃんがしっかりと乗り込んで起動した事を確認してから、俺はオプティマスを解除して地面へと降り立った。

 

「よーし。そんじゃあ本音ちゃん、起動は終わったから歩行と停止をやろうか」

 

「はーい♪いっくよー♪」

 

俺の掛け声に従って、本音ちゃんは笑顔のまま軽快に打鉄を歩行させる。

えっちらおっちらのヨチヨチ歩きじゃなくて、背筋もちゃんと伸びた良い歩行姿勢だ。

こりゃ驚きだ、まさか本音ちゃんがここまで操縦が上手いなんてな。

俺と同じ心境なのか、皆も「おー!!」と声を上げて感心してる。

そうこうして驚いてる間に、本音ちゃんはサクッと歩行を終えてしまった。

 

「えへへー♪どうだったーゲンチ~?」

 

「おう。凄く上手かったぜ本音ちゃん。あっという間に歩行をマスターしてるじゃねえか」

 

「ふふー♪私だってやれば出来るのだ~♪」

 

俺の賞賛の声に「ブイブイ~♪」と打鉄を纏ったままピースしてくる本音ちゃん。

そんな微笑ましいリアクションをしてくる本音ちゃんに笑顔を浮かべながら、俺は追加の指示を出す。

 

「うんうん。上手に出来てたぞ本音ちゃん。よ~し良い子だから最後の停止もちゃんと屈んで「ごめ~ん、もう停止しちゃった~、テヘ♪」やって欲しかったなぁああ!!」

 

どうやら最後の最後で偶然にも(多分、きっと、メイビー)失敗したご様子。

生身の手でコツンと自分の頭を叩く本音ちゃん。

くそう、そんな可愛い子ぶっても花丸はあげませんからね……二重丸にしとく。

 

「ゲンチ~。捕獲よろしくね~♪とりゃあ~♪(ピョンッ)」

 

「ってまた飛び降りるんかい!?危ないからちゃんと滑って降りてこいっての!!」

 

そう文句を言いつつも、飛び降りてる真っ最中の本音ちゃんを放置する訳にもいかず、俺はなるべく衝撃の伝わらない様に優しくキャッチしてあげた。

つ、疲れる……ッ!?起動の前に一手間加わっただけでこれかよ……あぁ、何でこんな事に。

 

「ったく……危ない事はするんじゃありません。この悪い子め(ペチッ)」

 

「あう。えへへ♪ごめんなさ~い♪」

 

どっぷりと重い溜息を吐きそうになるのをグッと飲み込み、俺は飛び降りた本音ちゃんに優しくチョップするが、本音ちゃんは楽しそうにするだけ。

反省の色が見えない笑顔で謝らないでくれよ本音ちゃんェ……。

 

「ねぇ!!つ、次は私だよ鍋島君!!……や、優しくしてね?」

 

そして誤解されそうな言い方も止めて下さい。

結局その後の女子も1人残らずお姫様抱っこで打鉄に運ぶ羽目になった。

皆どれだけ言っても立ち上がった姿勢からしゃがんでくんねぇんだもんなぁ、チクショウ。

しかも段々と微弱に殺気を背中に受けていたんだが、全て放置を決め込んでいたら何時の間にか俺だけにヤバイ殺気が浴びせられる様になりました。

班の誰もがそれに気付いて無いのに、俺だけジワジワと真綿で首を絞められるこの感覚、勘弁してくれ。

っていうかこの殺気は誰だろうとか考えるのも恐ろしいので考えない様にしてます。

しかもお姫様抱っこの所為で時間を食ってしまい、結局俺達の班は2週目に突入するのは無理になった。

いや、まぁ他の班も(千冬さんと真耶ちゃんの班以外)1週で終わらせるみたいだし良いんだけどよ。

班の子達も「訓練機に乗る時間少なくなるぞ?」って言っても「別に良い」の一言、それで良いのかIS学園の生徒達?

兎に角、そういうすったもんだの末に、等々俺達の班は最後の1人の順番に回った。

 

「さーて、最後の人は誰だー?」

 

もうここまで来たら何でもやってやんよ的な心境に至った俺の投げやりな問いに返事したのは――。

 

「わ、私です!!よ、よよ、よろしくお願いします……元次君」

 

昨日俺に美味しい弁当を提供してくれたクラスメイトのさゆかだった。

 

「おう。最後はさゆかだな、頑張ろう……って大丈夫か?顔真っ赤だぞ?」

 

「だ、だだ、大丈夫だよへっちゃらだよ!?さゆかちゃん元気いっぱいでワンダフルだから!!」

 

「キャラがブレまくってね!?ホントに大丈夫なんだよな!?」

 

俺に返事を返すさゆかの顔色は真っ赤に染まっていて湯が湧かせそうな状態だ。

しかも何故かハイテンション気味に両腕でガッツポーズを取る始末なんだが……マジで大丈夫か?

そう思いつつも時間が差し迫ってるので、俺は咳払いして意識を入れ替える。

 

「ン、ン。よ、よし。それじゃあまずは起動からだけど……打鉄がこの状況なんでまぁ……俺がオプティマスで運ぶ事になるが、良いか?」

 

「は、はい!!ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!?」

 

違う、それなんか違う挨拶や。

何時もより6割増しくらいテンションのブッ千切れてるさゆかの言葉に突っ込みそうになったが、それを飲み込む。

今は兎に角実習を始めねぇと……このままじゃさゆかだけ出来なくて補習になっちまうしな。

俺はまずオプティマスを展開してから、両手を組んで恥ずかしそうにしてるさゆかの前まで移動。

そこから微動だにしないさゆかの前に片膝を付いて両手を受けの形で差し出す。

 

「え、えっと……し、失礼します」

 

何故か俺に対してペコリと頭を下げてから腕に身体を預けるさゆかさん、礼儀正しいで良いのかこれ?

片方の腕に背中、もう片方に足を乗せて、最後に両腕を俺の首へと回してくる。

首元に触れるさゆかの腕の柔らかさと香水とは違う何かの良い匂いで頭が爆発寸前なう。

っていうかさっきから多数の女の子運んできたけどもう色々とヤバイんだよ俺。

良く一夏とシャルルはこんな事を顔赤くせずに出来るよなぁ。

それにオプティマスの胸のアーマーにさゆかの豊満な胸が当たって潰れ……考えるのをストップするんだ俺。

このままじゃ顔がだらしなくなっちまうし……本音ちゃんの視線が痛い。

背中に感じる嫌な視線を無視しながら、俺は打鉄のコックピットに近づいて停止する。

 

「……はぁ(二回目だけど……やっぱり元次君って……逞しいなぁ)」

 

「乗り方は大丈夫か?」

 

「……」

 

「……えっと……さゆかさん?」

 

「……♡(ギュッ)」

 

えーっと……さゆかさん表情が夢見心地になってるんだが……俺はどうすれば良いんでしょう?

しかも首に回された手が逆にしっかりと俺の身体を抱き寄せる様に力入ってるんですが……。

 

「織斑、雪片をよこせ。そこの実習をサボって女とイチャついてるナマモノを叩っkill」

 

「ちょ!?お、おお織斑先生!!お、お願いですから落ち着いて下さいぃぃい!!?」

 

「こ、こらーー!!元次さん!!ちゃんと実習をして下さい!!女の子と良い雰囲気になったりしたら駄目ですよーー!!」

 

「すいませんでしたー!!さぁ頑張って実習を始めようぜさゆか!!時間は有限だし勿体無いもんなー!?」

 

「は、ははは、はい!!頑張って実習しますぅ!?」

 

遂に背中に感じていた殺意がとんでもない勢いで俺に降り注ぎ、俺を断罪する処刑人が動きそうになった瞬間、俺は焦りながらさゆかを訓練機へ誘った。

っていうかもはや俺だけにピンポイントでは無い殺気を感じたさゆかとか他の面々も震えてますしお寿司。

俺も叩ッkillされんのはまだご勘弁願いたいです。

まぁ千冬さんの放つとんでもない密度の殺気に怯えながらも……いや、怯えたからこそか、さゆかは速やかに歩行と停止まで終えてくれた。

勿論ちゃんと最後は打鉄を屈ませた状態で、だ。

図らずも最速タイムを出したさゆかに感服致しましたとも、えぇ。

それで全員が終わったので真耶ちゃんへと報告に向かったんだが……ものッ凄い膨れ面で出迎えられたのは何故でしょう?

 

「む~!!(さっき私をお姫様抱っこした後で他の娘達まで……ッ!!元次さんのバカ!!)」

 

「あー……あの、山田先生?そんなに膨れてるとハムスターみたいなプクプク顔になっちゃいますよ~?」

 

前は本音ちゃんに河豚と言って失敗したが、ハムスターとかの可愛らしい例えなら大丈夫な筈――。

 

「(ブチッ!!)知りません!!!元次さんは今回の実習 大 減 点 です!!『全然駄目でした』にしちゃいますから!!」

 

「ひど!?お、お慈悲を下さい真耶先生ぃいい!!」

 

「ふん、だ!!今度ばかりは先生も怒りました!!ぜーったい補習を受けて貰いますからね!!」

 

「OH……さらば、俺のフリーダム(放課後)

 

ご機嫌取りは上手くいきませんでした。

俺の苦笑いした言葉に真耶ちゃんは更に頬を膨らましてぷいっとそっぽを向いてしまう。

謝っても執り成しては貰えず、結局俺は後日真耶ちゃんに補習を受ける様に言い渡された。

更にその後は燃え盛る千冬さんの出席簿アタックが10発炸裂。

もう俺のSAN値は臨界点を超えてるんですけど……。

しかしそれでも千冬さんの怒りはまるで収まって無いご様子でした。

最後に痛む頭を擦りながら全員が整列した時に――。

 

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では、格納庫に訓練機を戻した班から解散……いや、鍋島。お前には実習の不敬態度の罰として、訓練機を全てお前1人で格納庫に運んでもらう。文句は無いな?」

 

「ハイ、謹ンデオ受ケシマス」

 

これなんだもんなぁ……ちなみに訓練機は全部で6機ある訳だが、ISは全て専用のカートで運び出しになる。

そしてこのカートなんだが、動力になるものは一切付いて無いという素敵ングな仕様。

一応補助目的でギアが入ってるから多少は軽いんだけど、それでも運ぶにはかなりの労力を必要とする。

具体的に言えば俺でも運ぶのは3~4台で勘弁して欲しいくらいだ。

そこに更にプラス2台とは……昼飯前だから腹減りまくってるのになぁ……ハァ。

と、いう訳で、俺は皆が何を食べようかと話し合いながらアリーナを去っていく様を見届けつつ、1人寂しく訓練機を運び出した。

いくらホイールが付いてるカートっつっても、1トンを軽く超える機体を6台だなんて何の苦行でしょうか?

やっと訓練機の全てを運び出す事に成功した俺だが、時計の示す残り時間は昼休み残り15分という死刑宣告。

今から着替えて食堂か購買に……間に合う訳ねぇよな、チクショウ。

項垂れながらもここに居ても何もならないので、俺は肩を落として更衣室へと戻っていった。

 

 

 

 







皆様、よいお年を過ごして下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐を呼ぶ転校生その2



皆様、新年明けまして御目出度う御座います。


遅くなりましたが、今年初投稿となります。

今年もワンサマー並びに他2作もよろしくお願い致します。





 

 

 

「さあて、どうすっかなぁ……もう残り時間……13分ちょっとってトコか……食堂は無理だな、チクショォ」

 

ISスーツの下だけ着替え、上は中に着込んだまま、俺は更衣室から出てボヤく。

今から食堂に向かって飯を食べるには全く持って心許無い残り時間だ。

かと言って実習をサボる訳には絶対にいかない……昔は良く授業サボった事もあるが、今サボったらぬっ殺されちゃう。

雪片装備の千冬さんによって……か弱い俺にはとても逆らえないのです。

 

「仕方ねぇ。今日の昼は飲み物だけで済ますか……ハァ」

 

更衣室の直ぐ傍にある自販機を目指して、俺は食堂とは反対の方向へと足を進める。

ベンチも傍にあったし、適当に炭酸とかで腹を誤魔化すしかねぇだろう。

 

「げ、元次君!!待って!!」

 

「ゲンチ~!!そこで止まって~!!ストップ~!!」

 

「え?」

 

そう考えて午後からの地獄の空腹をどうにか耐え忍ぼうと覚悟を決めた俺の耳に、俺を呼び止める声が聞こえた。

後ろから聞こえてきた声に振り返ると、其処には廊下の先から焦った様に走ってくる本音ちゃんとさゆかの姿があるではないか。

 

「ハァ、ハァ……ま、間に合ったね、本音ちゃん」

 

「ふひぃ~。どうにかなったよ~さゆりん~」

 

「ど、どうしたんだ二人共?そんなに息切らして、何かあったのか?」

 

「ハァ、ハァ……こ、これ。良かったら食べて?」

 

俺の目の前に着くや否や、かなり疲れた表情で息を吐く二人に困惑しながら問い掛けると、さゆかが俺にちょっと大きめの巾着袋を手渡した。

受け取ってみると、少し重みがあってほのかに暖かい……ってちょっと待て?『良かったら食べて』ですと?……も、もしや!?

さゆかの言葉に一縷の希望を感じ、俺は慌てながら巾着の袋を開ける。

 

「お――おぉぉぉおお!?こ、これはぁああ!?O・NI・GI・RIでは御座いませんかぁああ!?」

 

すると、中に入っていたのは淡い白色の輝きを放つ三角形のお握りご飯の群れだった。

何故か形は大小様々ではあるが、紛う事無きおむすび様です。

そしてさゆかの『良かったら食べて』という台詞から分かる通り、どうやら二人は俺に差し入れを持って来てくれた様だ。

やおら感激の叫びを挙げてしまうが、息を整えた二人はそれを気にする様子も無く、寧ろ申し訳なさそうな表情だった。

え?何故にそんな顔をしてるんだ二人は?

 

「ふ、二人共どうしてそんな顔してるんだよ?態々おにぎりまで届けてくれて、俺は二人に凄え感謝してるんだぜ?」

 

二人の申し訳無さそうな表情の理由が分からずにそう問い掛けると、二人はオズオズと俺に視線を合わせてくる。

まるで叱られるのを理解してシュンとしてる子供の様で微笑ましかったのは秘密だ。

 

「だって……元はと言えば、元次君は私達の所為でお昼ご飯食べ損ねちゃったから……本当にごめんなさい」

 

「ごめんね~ゲンチ~……織斑先生の授業であんな事しちゃったら、怒られるのは当たり前なのに、あんな事頼んじゃって……」

 

「い、良いってそんな事。こうやって飯を持ってきてくれただけでも、俺にとっては迷い込んだジャングルで高級ディナーを見つけた事と同じくらい嬉しいんだからよ」

 

しっかりと頭を下げて謝ってくる二人に、俺は冗談を交えながら問題ないと答えた。

事実、俺が本音ちゃん達の要求を無理矢理にでも突っぱねて実習をすれば良かっただけの事なんだしな。

只、俺だけが罰やってシャルルと一夏は何もしてねーってのが少々気に食わんが……どっかであいつ等二人に天罰でも落ちねーかなぁ(フラグ)。

少し遠い目をしながら同じ罪を背負う二人に思いを馳せていたが、さゆかと本音ちゃんはまだ納得がいっていないらしい。

二人して頭を上げても表情は余り変わって無いから直ぐ分かった。

 

「本当にごめんね?お握りも本当は買ってこれたら良かったんだけど、購買も他の人で溢れかえってたから……」

 

「二人でさゆりんの部屋に戻って~、急いで作ってきたの~。でも、その代わり~おかずをい~っぱい入れたから~♪」

 

女の子の手作り料理キターーーーーーーーーーーーーーッ!!

おいおい2日連続で何たる幸運でしょうかねコレはうひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!(錯乱)

思わぬ天から降り注いだ幸運に狂喜乱舞しそうになる心を抑え付けつつ、俺は表情筋をフル活用して笑顔を浮かべる。

 

「い、いやもう充分過ぎるって、本当にありがとうな。昼飯抜きも覚悟してたから凄え嬉しいし、手作りの方が俺的にはありがたい」

 

「そ、そうなんだ……作ってきて良かった……♪(ぼそ)」

 

「にへへ♪私もさゆりんと一緒に作ったからね~♪美味しく出来たから、早く食べて食べて~♪」

 

「なん……だと……?」

 

嬉しそうに照れた表情を見せるさゆかと楽しそうな笑顔を浮かべる本音ちゃんの二人がとても可愛く見えます。

だがしかし!!俺は本音ちゃんの言った台詞を聞いて、体中に電撃が奔った。

ほ、本音ちゃんが料理、だと?今まで俺に作って貰ってばかりで、料理スキルの片鱗すら見せた事の無い本音ちゃんが?

心無しか、巾着の中に入ってる御握り様が鬼斬り様に見えてきました。

本音ちゃんの御握り……ゴクッ……だ、大丈夫だろ。さゆかと一緒に作ったなら、さゆかがちゃんと見てる筈。

あの料理上手なさゆかが、もし、万が一、いや億が一にでも本音ちゃんが変な物を入れようとしたら止めてるだろう。

 

「それじゃあ、私達は行くね~。バイバ~イ♪」

 

「元次君、また後で整備室で会おうね」

 

「おう、何から何までサンキューな、二人共。必ず何かでお礼するからよ」

 

とりあえず時間も残り少ないという事で、二人は実習の場所である整備室に向かう事にしたそうだ。

俺も去っていく二人にお礼を言ってから別れ、自販機でお茶だけ買いこんで更衣室へと戻った。

そこで直ぐにISスーツのズボンを履き、次の実習の用意を終えてからベンチの上で巾着袋を改めて開く。

 

「さあて、何が出るかな?」

 

開いた巾着の中身は全て白米オンリーなので見た目では何か分からない。

まぁまずは手堅くさゆかのであろう綺麗に三角に握られた小さいおむすびのラップを外して一口。

 

「……ッ!?う、美味ぇ……ッ!?これは、卵焼きか!?」

 

口の中に広がったのは幸福、美味な上にさゆかのお弁当を食べた時とは少し違う味だった。

何と中に具材として入れてあったのは塩味の卵焼きに醤油を少々という意外な具のチョイス。

これがまた白米と絶妙にマッチしてて美味い。

それを食べ終えてもう1つのおむすびを半分だけ齧ってみると、今度は淡白な味わいの白い肉が出てくる。

 

「ん?……マヨと塩が和えてあるけど、ツナマヨじゃねぇ……あっ!?ささみかコレ!?ヤベ普通に美味いんですけど!?」

 

口をモゴモゴ動かしながら見慣れない具材を考察すると、鳥のささみのマヨネーズ和えだと判明。

おにぎりの具材としては意表を付かれたって感じだがこれは美味い。

他のおにぎりは具材が一緒だったけど、卵焼きもささみも美味いから直ぐに無くなっちまった。

どれもこれも具材としてはNOT定番なのに美味い物ばっかり、さすがさゆかさんです。

最後の具材である紫蘇梅の御握りまであっという間に食べつくし、俺はお茶を飲んで一息付く。

 

「あぁ……弁当に続いてこんなに美味え飯、本当にありがとよさゆか……さて、次は本音ちゃんの御握りですが……こ、これは斬新な形をしておりますねぇ」

 

若干料理のレポーターみたいな事を言いながら、巾着の中を覗く俺の表情は少し引き攣っている。

いやね?まだ丸いおにぎりとかは別に良いんだよ?丸むすびも普通の形だし?

 

「ただ……四角いおむすびってのはちょっと……いやホントどうやって握ったのコレ?」

 

戦慄しながら呟く俺の手の上には、定規でも使った?と疑いたくなる様な四角い正方形のおむすびが乗ってます。

何コレ?何でラップに包まれてるのに角がしっかり鋭角になってるんだ?物理保存の法則はどうしたオイ。

恐らく、いや十中八九これは本音ちゃんの手作りだと確信出来る代物だ。

何故にこんな形でこの世界に形を成してしまったのかは不明だが……食べなきゃ駄目、だよな?

 

「本音ちゃんが俺の為に作ってくれたおにぎり……いやしかしこれは……」

 

少し、いやかーなーり怖いぞ……こ、これはちょっと……遠慮しとこうか。

ちょっとラップを取る事に戸惑いを見せ、俺はそのおにぎりをそっと巾着の中に戻そうとした――。

 

『ひっく、ぐじゅ!!う、うわぁあ~~ん!!ゲンチ~の為に、が、がんっ、頑張って、作ったのにぃ~!!うわぁあああ~~ん!!』

 

「ほぶぼぁっ!!?ち、違うんだ本音ちゃん!!許してくれぇえええええ!!?」

 

瞬間、本音ちゃんが両手で目を抑えながら号泣する姿が脳裏を過ぎり、俺は誰も居ない更衣室で土下座してしまう。

な、何最低な事しようとしてんだよ俺は!!本音ちゃんが俺の為に態々作ってくれたんだぞ!?

それを食べずに送り返すだなんてどれだけ失礼な事だと思ってるんだよボケ!!

例え中身がマズかろうが変な物が入ってようが――。

 

「善意で出された物を食わねぇなんて、男じゃねぇ!!――南無三!!(バクッ!!)」

 

覚悟を決め、自分を叱責しながらラップを捲り、謎の物体Xを口の中に放り込む。

そのままゆっくりと、恐る恐る口をモグモグ動かすと――。

 

「……あれ?……塩味のみ?っていうか具材が入ってない?あっるえー?」

 

どうやら1つ目のおにぎりは具材の無い塩むすびだったご様子、俺の覚悟はどうすれば?

アッサリとクリアしてしまった謎の四角いおにぎりに拍子抜けするも、まぁ美味いからいっかと考え直す。

外れて不味い物を食わされるよりかは百倍マシだ。

最初の試練をクリアして幾分か楽な気持ちになりながら、俺は二つ目のキューブ飯を口に放り込む。

と、今度はちゃんと具が入っていた。

 

「お?こりゃツナマヨ……と、おかかが一緒に混ぜてあるのか……やるな、本音ちゃん」

 

仄かに口に広がる醤油と鰹の味がこれまた白米と良いハーモニーを奏でてくれている。

この味は慣れ親しんだ具材が混ざってるだけに、余計に美味いと感じさせられるな。

そして最後のまるい御握り二つには電子レンジで暖めた感じのウインナーが混入されていた。

これも勿論美味しく頂いたけど……疑ってゴメンよ、本音ちゃん。

 

「フゥ~…………さゆか、本音ちゃん。美味え握り飯をありがとう……ご馳走様でした(パンッ)」

 

二人に万感の想いを籠めてお礼を言いながら手を合わせ、俺は巾着袋をロッカーに仕舞う。

絶対にこのお礼はしようと忘れないように心掛けながら時計に目を向ける。

時間はもう直ぐ実習が始まる5分前に差し掛かろうとしていた。

 

「っとと。そろそろ俺も出ねぇとな……あれ?そういえばアイツ等どうしたんだ?」

 

ここで言うあいつ等とは同じ男子である一夏とシャルルの事だ。

アイツ等も実習に行くならここ(更衣室)に来て着替えてからいかないといけないんだが、一向に姿を現していない。

もしかしてISスーツを着たままにしていたのかとも考えたが、それでも制服は脱がないと駄目な筈だ。

俺より先に出たのにこんなに遅いとか……もしかして何かあったのか?

 

「んー?……まぁ考えても仕方無ぇし、早く整備室に急ぐとし――」

 

プシュンッ。

 

「う、うぉえ……シャ、シャルル。大丈夫か?」

 

「……うぷっ」

 

「ん?お前等やっと来たの、何があった!?お前等顔色真っ青、っていうかそれ通り越して紫じゃねぇか!?」

 

ちょうど更衣室を出ようとしたら扉が開き、向こうから顔色を紫にした兄弟とシャルルの姿がフレームIN。

一夏も結構ヤバイけど、一夏に肩を貸して貰って歩くシャルルは、はっきり言って悲惨だ。

 

「よ、よぉ、ゲン……情けねぇ所見せちまったな……ハハ」

 

「お、おいおい!?無理すんなって!!一体何があったんだよ!?変なモンでも食ったのか!?」

 

「……(コクコク)」

 

一夏は気丈にも俺に儚く笑いながら返事をするが、シャルルは口元を抑えて頷く事が精一杯の様である。

いやいやいや、昼休みに何してきたのお前等?生ゴミでも食ったのかよ?

慌ててフラフラの二人を支えながらベンチに座らせてやると、一夏がブルブルと震えながら口を開いた。

 

「セシリア……弁当……サンドイッチ…………本の色に合わせて……具を」

 

「なにそれこわい」

 

衝撃的過ぎるキーワードに戦慄した俺が言えたのはそれだけだ。

多分サンドイッチまでのキーワードはオルコットの作った弁当を差している。

そして……その後に続く言葉が本の色に合わせて具を、という謎ワード。

え?それってつまり料理本の色に合わせてって具を適当にって事か?レシピも何も見ずに?……ま、まさかな。

 

「……辛味とか、酸味とか、苦味、エグ味が一度に来たよ……口の中で皆兄弟って感じにカーニバルを……」

 

「わ、分かった!!もう分かったから何も言うなってシャルル!!お前等今日の実習は休め!!」

 

「で、でも僕、転校初日……」

 

「このままじゃ転校初日にドロップアウトしちまうぞ!?人生を!!」

 

シャルルが虚ろな目で語り始めたのを見て、コイツ等本格的にヤバイと直感した。

一夏なんかアル中みたいに手がブルブル震えてるじゃないか。

ヤバイ、コイツ等さっさと保健室に叩きこまねーと本格的にヤバイ。

 

「と、兎に角待ってろ!!今先生に連絡すっからよ!!」

 

俺は携帯を取り出して千冬さんにコールしながら、二人を担いでなるべく揺らさない様に廊下を走る。

しかし中々千冬さんは電話に出てくれなかったので、仕方無しに通話を切った。

最悪、保健室の柴田先生から千冬さんに事情を連絡して貰うしかねぇ。

とりあえず怒られるのを覚悟しながら、俺は重病患者二人を背負って保健室へとひた走った。

途中何度か先生に呼び止められたけど、シャルル達の顔見せたら「早く連れて行きなさい!!」と許可を頂いたよ。

そして保健室で柴田先生に診てもらう事が出来た訳だが……。

 

「……はい、これで大丈夫よ。ちょっと食べ合わせが悪かったのね。薬を飲んで安静に寝てれば、夜には元気になってるわ」

 

との事だった。

サンドイッチで寝込む症状を起こさせるとか……オルコットェ……。

とりあえず俺は授業に行く様にと柴田先生から言われ、千冬さんに事情を説明して貰う様にお願いしてから保健室を後にした。

 

「じゃあ俺は行くからよ。二人共ゆっくりしてな」

 

「あぁ……悪いな、ゲン」

 

「ご、ごめんね元次……初日から、迷惑掛けちゃって……」

 

「なぁに気にすんな。今回はさすがに運が悪かっただけだ」

 

っていうか確実にオルコットが悪い、うん。

保健室のベットに寝そべりながら謝ってくる一夏達にそう返し、俺は整備室へと向かった。

そして遅れて整備室に入った俺だが、今回はさすがに事情が事情だったのでお咎め無しで済んだ。

シャルルと一夏という男子が同時に保健室へ運び込まれた事で、1,2組の女子がこぞって悲鳴を挙げる。

放課後お見舞いに行こうとか色々騒いでいるのを千冬さんが出席簿で鎮圧してるのを尻目に、俺はオルコットへと近づく。

 

「オルコット、ちょっと良いか?」

 

「あっ!!鍋島さん、一夏さ、じゃなくて、お二人の容態は!?」

 

「ん、大丈夫だ。柴田先生の話じゃ安静にしてれば今日の夜には回復してるってよ」

 

俺が近づいてきたのを感知したオルコットが不安そうに一夏の容態を聞いてきたので、俺はそれに平気だと返す。

そう聞いてホッと胸を撫で下ろすオルコットだが……もしかして自分の料理の所為だって判って――。

 

「あぁ、一安心ですわ。今日のお昼、わたくしのサンドイッチを食べて一夏さんもシャルルさんも美味しいと言って下さったのに、直ぐに急用を思い出したと仰って何処かへ行かれてしまいましたから……料理の深い感想は明日にでも聞くとして……でも、わたくしのサンドイッチや箒さんのお弁当に鈴さんの酢豚を食べてた時は大丈夫でしたのに……途中で変わった物でも食されたのでしょうか?」

 

判ってねぇ。確実に自分以外の何かが原因だと勘違いしてやがるよこのお嬢様。

心底不思議そうに首を傾げているオルコットを見ながら、俺は自然と頬が引き攣ってしまう。

そして俺と同じくオルコットの近くで頬を引き攣らせてる鈴にプライベート・チャネルで会話を開始。

 

『え?オルコットの奴、マジで気付いてねぇの?』

 

『……最初に一夏達が美味しいって言ったのを鵜呑みにしてるのよ。中途半端に優しさだして二人とも美味しいなんて言うから……』

 

『社交辞令って言葉を知っとけよオルコット……箱入りお嬢様ってのはマジのマジだったか』

 

プライベート・チャネルで会話しながら俺と鈴は二人揃って頭を抱える。

まさかここまで色んな意味で無知だったとはな……しかし、料理が出来る俺からしたらそういのは頂けない訳です。

 

「なぁオルコット。お前一夏達に食わせたサンドイッチの味見はしたのか?」

 

「いいえ。どうしても一夏さ……もとい、他の方に最初に食べて頂きたかったので、味見はしていませんわ」

 

何で味見して無い事を胸張って言いますかねコイツは?ドヤ顔止めれ。

まぁ自分で味見してれば、今頃オルコットは朝から保健室のお世話になってただろう。

このまま放置してたら、何時か被害が俺にも回ってきそうだし……ちょっと荒療治しておくか。

 

「とりあえずお前も自分でそのサンドイッチ食っておけよ。そうしたら自分が鈴や箒達と比べてどの位置に居るか分かり易いだろうしな」

 

俺の言葉にギョッとした表情を浮かべる鈴と箒だが、オルコットは何やら我が意を得たりみたいな顔になる。

 

「そうですわね。これから一夏さんに美味しい料理を食べて頂く為にも精進は必要ですし、部屋に戻ったらわたくしも食べておきます」

 

「あぁ。それが良い。頑張れよ」

 

「はい。ありがとうございます、鍋島さん……それと、遅くなりましたが、わたくしの事はセシリアと呼んで下さい」

 

「ん?そういえばそうだな……仲直りしてダチになったのに名字ってのも可笑しな話か。じゃあ俺の事も元次で良い。改めてよろしくな、セシリア」

 

「はい、よろしくお願いします、元次さん」

 

俺達はちゃんとした仲直りのケジメとして、互いの名前を呼び合う。

下手すればこれが最後の挨拶になるかも知れねぇがな……ちゃんと生きろよ、セシリア。

そして俺達は問題無く実習を受けて解散し、それぞれの放課後へと突入。

今日は本音ちゃんが遊びに来るって言ってたし、おにぎりのお礼も籠めて購買で一番高いアイスクリームを3種類購入する。

女の子が大好きな種類って事でバニラとチョコチップミント、そしてストロベリーにしておいた。

これで本音ちゃんが来てもおもてなしは大丈夫だろう。

購買で買った品を抱えつつ、俺は自室へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

……余談だが、一夏達が部屋に移動した後で保健室のベットがもう1つ埋まったらしい。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「フゥ……昼は酷い目に遭った」

 

「僕、今日はもう晩御飯食べれないよ……食堂楽しみだったんだけどなぁ」

 

「まぁ、災難だったな二人とも。ほら、くき茶だ。胃に優しいからこれなら飲めるだろ」

 

「うぅ……何から何かまでスマネェな、兄弟」

 

俺の手渡したお茶を受け取って何故か一夏は涙ぐむ。

そんなにマズかったのか?セシリアの料理は……そういや、イギリスって世界一不味い料理の国で年間覇者だったっけ。

国の伝統を忠実に背負った代表候補生か、いやはやスゲェな(笑)

 

「今更水くせぇ事言うなって。シャルルもほれ。ぬるめだから熱くは無えぞ」

 

「あ、ありがとう、元次……ハァ……日本のお茶って、優しいね」

 

「胃にも、心にもな」

 

手渡した湯呑みのお茶を啜って幸せそうな表情を浮かべるシャルルと一夏。

俺はそんな二人を苦笑い気味に見ながら椅子に腰掛け、同じく淹れた茶を啜る。

放課後から時は過ぎて、現在は夜の7時。

夕食を手早く済ませてきた俺だが、部屋の前で一夏とシャルルに遭遇した。

話を聞くと折角3人目の男が来たんだし、親睦を深めようと一夏が提案してシャルルもコレに応じたらしい。

だが当の本人である俺が居ないので引き返そうと考えていた所に丁度俺が帰ってきたという訳だ。

まぁ俺も拒む理由は特に無かったので、二人を部屋に招いて今に至る。

 

「独特の苦味と甘みが癖になるなぁ……紅茶とは随分違うんだね」

 

「まぁ、紅茶とは淹れ方も違う所があるからな。味も違うのは当たり前ってトコだろ」

 

「本物のお茶は淹れるじゃなくて点てるって言うんだけどな。抹茶の時は」

 

「そうなの?一夏って物知りなんだ」

 

「いやぁ、まぁお茶の淹れ方を勉強してる時に自然と、な」

 

シャルルの嫌味の無い笑顔と言葉に、一夏は後頭部を掻きながら目を逸らす。

俺は何でそんなに詳しいか良ーく知ってるぞ。

 

「千冬さんに美味しいお茶を飲んで貰いたいという一心で覚えたんだよなー?」

 

「ぶっ!?ば、ばか!!違ぇよ!!」

 

俺がニヤニヤしながらそう言うと、一夏は咽ながらも俺に食って掛かる。

但し見て分かる程に顔が赤い所為もあって説得力は欠片も無いが。

それに一夏の淹れる茶が美味くなっていくと千冬さんの機嫌も一夏の機嫌も上々だったのを見てるしな。

 

「えっと……な、仲の良い事は大事だと思うよ?」

 

「止めて!?慰められると余計に居た堪れないから!!」

 

「シスコーン。姉魂ー」

 

「清々しいぐらい直球だなテメエは!?殴る蹴るの暴行加えるぞこの野郎!?」

 

上等、真っ向から吹き飛ばしてやるけど?

真っ赤な顔でいきり立つ一夏にハイハイと手を振って適当に相手しつつ、俺はキッチンに向かう。

俺的にはもうそろそろ包帯も要らないんだが、一応明日の朝までは駄目だと言われてるので料理は出来ない。

でもお茶受けを出すくらいなら別に良いだろう。

 

「シャルル、後ついでに一夏。お茶受けは甘いのと塩っ気のあるの、ドッチが良い?」

 

「兄弟をついで扱いすんなよ!?……俺は塩っ気あるのが良いな」

 

「あっ、そんなお構い無く……で良かったんだよね?」

 

俺の言葉に突っ込みながらもちゃんとリクエストをする一夏と、少し首を傾げながらそんな事を言うシャルル。

っていうか良くそんな日本語の使い回しの仕方知ってるな。

 

「気にすんなって。転校して来た上に、学園に3人しか居ない男の仲間なんだ。餞別代わりと思ってくれて構わねぇよ」

 

「ホント?……それじゃあ、僕も塩っ気あるのをお願いしようかな?」

 

リビングから聞こえてくる遠慮気味な声に「あいよ」と返事を返しつつ、戸棚からおかきを取り出す。

この間婆ちゃんが送ってくれた俺の住んでた地元の黒豆おかきを数枚皿に取って持っていく。

かなり高い高級品なんだが、日本に来るのが初めてらしいシャルルに対する、俺なりの餞別だ。

 

「ほい。俺の婆ちゃんが送ってくれた黒豆おかきだ」

 

「うぉお!?こ、これ出してくれんのか!?サンキューゲン!!」

 

「豆?お、おかきって何?」

 

嬉しそうにおかきを頬張る一夏のテンションに引き気味なシャルルが質問してくる。

その視線は皿に盛られたおかきに注がれているが手を付けようとはしていない。

 

「何だ知らねえのか?おかきってのは米で出来た菓子の一種だ」

 

「へー?煎餅とは違うの?」

 

「あっちも穀物を使ってるけど、作り方がちょいと違うのさ。まぁ美味いから食ってみろよ」

 

「うん、ありがとう。じゃあ、いただきます……あむっ」

 

豪快に頬張る一夏とは違い、まるで女の様に小さく上品におかきを齧るシャルル……男だよな?

少しの間不思議そうに口を動かすシャルルだったが、直ぐに笑顔を見せた。

どうやら気に入ってくれた様だな……って一夏、あんまり1人で食べるんじゃねぇ。

 

「美味しいよこれ!!なんていうか、スナックとかとは違う感触なんだけど、この豆がまろやかで美味しい!!」

 

「だよな!?ゲンのお婆ちゃんの送ってくれるお菓子の中でも、このおかきは絶品だぜ!!」

 

「……元次のお婆ちゃんって優しいんだね。あっ!?一夏!!僕にも残しておいてよ!!」

 

「へっ!!甘いなシャルル!!早い物勝ち――」

 

「テメエは少し落ち着けっての(ズバァンッ!!)」

 

「ぽわぐちょ!?」

 

「銃声!?」

 

食べたそうなシャルルよりも身を乗り出した一夏が全部食べちまう前に、俺はデコピンを放って一夏の行動を停止させる。

ったく、テメエは今まで散々食ってただろうが。今日ぐらいは初めてのシャルルにも分けてやらんかい。

額を抑えながら悶える一夏を尻目に指先を銃口にやる様にフッと息を吹きかけて煙を飛ばす。

別にマカロニ・ウェスタンが好きって訳じゃ無いんだがな。

 

コンコンコ~ン。

 

「お?来たかな。ちょっと行ってくるわ」

 

「う、うん。いってらっしゃい……一夏、大丈夫?」

 

「痛てて……少しは手加減してくれよな……アイツのデコピンは普通に殴られるより痛えぜ」

 

「……元次の指には銃が内蔵されてるのかな?」

 

後ろで何やら失礼な会話が成されている気がするが……まぁいっか。

おかきを食べてる二人に断って、俺は部屋のドアを開ける。

 

「(ガチャッ)はいはい、いらっしゃ――」

 

「ゲンチ~♪遊びに来たぞ~♪」

 

「こ、こんばんわ元次君。え、えと、その…………来ちゃった」

 

「人生ゲーム持って来たよー!!」

 

「トランプ類も持って来たからね!!ポーカーは私の尤も得意とするゲームだ!!」

 

「あー、その、だなゲン。い、一夏が部屋に居なかったのだが……」

 

「多分コッチに来てるんでしょ。邪魔させて貰うわね」

 

本音ちゃんだけだと思ったら、そこには相川、さゆか、谷本、箒、鈴の姿もあるではないか。

余りの大人数に一瞬声が出なかったよ。

 

「……随分大所帯で来たな……入りきるのか、この人数?」

 

目の前でニコニコと笑う電気鼠の着ぐるみを着た本音ちゃんに苦笑しながら、俺は口を開く。

まさかの6人とは……一夏達と俺を入れたら9人だぞ、厳しくねぇかコレ?

まぁ何人か来客した時の為に椅子はあるし、部屋も普通に広さはある。

後は部屋に備え付けられてるテーブルを置けば問題ねぇか。

 

「大丈夫よ。椅子が足りなかったらベットに座れば良いんだから、兎に角中に入らせてもらうわよ」

 

「あー分かった分かった。相変わらずお前は遠慮ってモンを知らねえな」

 

「そりゃ相手がアンタだもん。無下にはしないでくれるのは知ってるし」

 

「ケッ。昔っからその辺は変わらねえな、鈴は」

 

楽しそうに笑う鈴の頭に軽く拳骨を落としてから、俺は身体をズラして場所を開ける。

そうすると鈴はいの一番に部屋の中へと侵入し、続いて本音ちゃんや相川に谷本も部屋に足を踏み入れた。

 

「ん。すまんな、ゲン」

 

「構わねぇよ、元々空いてたから本音ちゃんのお願いに答えたんだしな」

 

「そうか。それでは、お邪魔する」

 

箒は俺に頭を下げてから入っていく。箒は鈴と違って昔からこの手の礼儀はキッチリしてるタイプだ。

二人揃って一夏の幼馴染みだがタイプはまるで違う。

まぁそれはつまり、一夏がどんなタイプの女でも引き寄せるメスホイホイな性質を持ってる事の証拠だがな。

全員がさっさと部屋に入り、最後にさゆかが入る番になった。

 

「ごめんね、いきなり押し掛けちゃって……迷惑だったよね?」

 

「何言ってんだよさゆか。迷惑なんてとんでもない。さゆかと本音ちゃんには、今日の昼におにぎりを貰った恩があるんだぜ?これぐらい何て事無いって」

 

ちょっと遠慮気味だったさゆかにそう言って、俺は部屋の中へと手招きする。

実際さゆかと本音ちゃんの差し入れが無かったら、俺は今日の実習中に餓死してただろう。

大袈裟でも無く誇張ですら無く本気でな。

 

「そ、そんなに凄い事をしたつもりは無いんだけど……でも、喜んでくれて良かったよ♪」

 

「そりゃもうスゲー喜びましたとも。いやはや、今日は恵まれない私におにぎりをありがとうございます。大変美味しゅう御座いました」

 

「ふふ♪いいえ、どういたしまして♪」

 

扉を潜ったさゆかに大仰に礼をしながら扉を閉めると、さゆかは上品に口元に手を当てて微笑みながら言葉を返してくれた。

そのまま俺達は互いに可笑しそうに笑いながら部屋へと戻る。

 

「む~……ゲンチ~、お菓子ちょうだ~い。デュっち~とおりむ~だけおかきあげてるなんて不公平だよ~」

 

「いや、布仏。そう言いつつおかきはしっかりと確保してるではないか……あーゲン。すまんが茶を貰えないだろうか?」

 

「ホント、本音ってそういう所は抜け目無いわよねー」

 

「お、おい鈴。お前もそんな事言いながら俺のおかきを掠め取るなよ」

 

「まーまー良いじゃない。アタシもコレ好きだし……ん~♪昔からゲンのお婆ちゃんの選ぶお菓子って外れ無いのよね~♪」

 

ヤベエ、全員が全員俺の部屋に馴染み過ぎな気がするんだが?

本音ちゃんは俺の目の前でおかき咥えたままピョンピョン跳ねてるし、鈴は本棚から漫画本取り出して一夏に近いベット部分に寝そべってる。

ってコラ、幾ら使ってない方のベットとはいえそこでおかき食うんじゃねぇ。

そして箒は部屋の隅に置いてあった予備の椅子を持ってきて一夏の隣に置いて座っているではないか。

ちゃっかり茶まで要求してくるとは……フリーダム過ぎるぜ、マイ幼馴染み達よ。

 

「デュノア君の私服って随分ブカブカなんだね?」

 

「確かに、デュノア君には大きすぎる気がするんだけど……」

 

「え、えっと……ぼ、僕!!大きめであんまり束縛されない服が好きだから……あ、あはは」

 

一方で相川と谷本もシャルルの側に陣取って色々と質問をしていた。

何故か質問されたシャルルは冷や汗を掻きながら質問に答えているけど、どうしたんだ?

 

「ゲンチ~。もっとおかき頂戴~」

 

「ん?あ、あぁ。分かった。ついでに全員分の茶も淹れてくるからちょっとだけ待っといてくれ」

 

「うん~♪ありがとぉ~♪」

 

はっはっは。その笑顔だけで何年も戦えますから。

 

「ゲン~。俺にもお菓子くれよぉ~」

 

「男がやると果てしなく殺意が沸くなぁ(輝く笑顔)」

 

「すいませんチョーシに乗りました」

 

ちょっと調子に乗った行動を取った一夏に微笑みながら限界まで握り込んだ拳を見せるとアラ不思議、目の前に土下座する兄弟の姿が。

相変わらずそういう所は外さないなお前は。

俺は「ちょっと待ってろ」と言いいながら部屋の隅に片付けてある大型の折り畳みテーブルを広げて場所を確保した。

すると相川や一夏達はお茶やらおかきの盆をそこに移動させて皆で喋り始める。

さて、お茶やらお茶受けやらを準備しますか。

 

「あっ、元次君。私も手伝うよ」

 

「ん?いやいいって。皆とゆっくりしててくれ」

 

「でも、用意してもらってばっかりじゃ申し訳無いから……お手伝いさせて下さい」

 

手伝いを申し出てくれたさゆかに断りを入れると、さゆかは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも食い下がる。

お客さんなんだからゆっくりしてて欲しいんだけどなぁ……まぁ、手伝いたいって言ってくれんなら無下にも出来ねえか。

 

「分かった。それじゃあ悪いんだけど、戸棚にあるおかきの箱を適当に開けて盆に盛ってくれるか?」

 

「うん。分かったよ」

 

ここで変に意地張る必要も無かったので、俺はさゆかを伴ってキッチンに戻り、おかきの補充をお願いした。

俺はその傍ら、人数分のお茶を用意する為にお湯を電気ポットから新しい湯呑みに注いで湯通ししておく。

新しい葉を使うのも面倒だし、全員くき茶のままで良いだろ。

 

「うんしょ。……あ、あれ?……う、うぅ……」

 

「ん?どうしたさゆか……あぁ、固いか?貸してみ」

 

と、湯通しした湯を捨てているとさゆかが少し辛そうな表情でおかきの入った缶を開けようとしていたので、俺はそれを受け取って軽く開ける。

ちょっとこの缶、女の子の力で開けるには固い代物なんだよな……つまみ食いしようとする本音ちゃん対策に固くしてたのが仇になったか。

 

「(パカッ)ほい、この中から適当に選んで盆に乗せてくれ」

 

「う、うん。ありがとう」

 

「なぁに、これぐらいお安い御用ってな」

 

そう言って缶を渡すとさゆかは頷きながら色々な味のおかきを盆に乗せて持っていってくれた。

俺も直ぐにお茶を淹れて皆に配り、ゆっくりと自分の分のお茶を啜る。

椅子は全員座ってしまっているので、湯呑み片手に俺は自分のベットの上に腰掛けた。

 

「しかしまぁ、今日の事はお前等にも責任の一旦はあると思うぞ?一夏とシャルル。ちゃんと真実を言ってやった方が良かったんじゃねぇか?」

 

「い、いやまぁ……ちょっと言い出し辛かったというか……」

 

「僕、一夏に薦められて食べたけど、直ぐに喋れなくなっちゃったから……あの時ばかりは一夏を恨んだよ」

 

「確かに、デュノアは災難だったな」

 

「完全に巻き込まれただけだったからね。まぁ一夏と同じでちゃんと言わなかったのは悪いと思うけど」

 

「え?何々?もしかして今日一夏君達が体調不良だったの何でか知ってるの?」

 

黙ってても仕方無いので軽い話題代わりに今日の事を話すと、一夏は顔を青くしてしまった。

それだけセシリアのサンドイッチがやばかったって事なんだろう、一夏に恨み節をぶつけるシャルルも少し顔が青い。

俺の言葉に同調する意見を言う箒達を尻目に、今日の事を知らない相川達が食い付いてきた。

 

「コイツ等、昼飯でセシリアにサンドイッチ貰ったらしいんだけど、セシリアの奴、料理のレシピの写真の色に合わせて適当な具材をブチ混んだとんでもない代物を作ってきてたらしい。それを食ってダウンしてたんだとよ」

 

「えぇ!?それってホント!?」

 

「うわー……そういう人って実際にいるんだねー」

 

「あぁ。俺も実際に聞いて自分の耳を疑ったぜ。まさかレシピ通りじゃなくて写真通りに作るなんて事するとはってな」

 

「さ、さすがにそれは……」

 

俺の話を聞いて相川やさゆかは苦笑したり目を見開いて驚いたりとそれぞれ反応を示す。

しかも当の本人は自覚が全くのゼロってのが厄介だったけどな。

 

「そうそう。アンタ今日は一緒に食べれなかったけど、次は来なさいよ。酢豚食べさせてあげるから」

 

昼食の話題で思い出したのか、鈴が身体を起こしながら俺に視線を合わせてそう言ってくる。

 

「おぉ。そういえばゲン。鈴の酢豚は最高に美味かったぞ。後、箒の唐揚げも。今日は鈴も箒もお前の分も作って来てくれてたのに、肝心のお前が居なかったから俺とシャルルで食べたんだよ」

 

「あ?そうなのか?」

 

「うん。凰さんの酢豚もだけど、篠之乃さんの唐揚げ弁当もとても美味しかったよ」

 

「うむ。私もお前の分を拵えていたのだが、結局無駄になってしまった」

 

「箒もか?あ~、そりゃすまねぇ。まさか俺もあんな事になるとは思わなくてよ」

 

しかも鈴だけじゃなくて箒も作ってくれてたらしい。

何か悪い事しちまったなぁ……俺もまさかあんな罰を受ける羽目になるとは思わなかったし。

それを聞いて二人に謝ると、二人は別に気にしてないと笑いながら言ってくれた。

まぁ、二人が本当に弁当を渡したかった相手は一夏なんだし、俺はついでってトコか。

それでもダチの気遣いは普通に嬉しいけどな。

 

「そういえばよ。お前等良く普通に飯を食う事が出来たな?女子に追っ掛け回されなかったのか?」

 

耳の早い女子の事だ、シャルルと一夏という美少年とイケメンを放っておく訳が無い。

今朝の騒動に関わっていなかった女子も含めてここぞと昼休みは大混乱になると踏んでいたんだが。

 

「いや、それがな。囲まれた事は囲まれたんだが、シャルルが昼休みに俺たちと昼飯をとるためにいろんなとこから押しかけてきた女子たちの誘いをこう言って断ったんだ……『僕のような者のために咲き誇る花のひと時を奪うことはできません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから』……ってよ?」

 

「おぉう……そりゃまた、さすが愛の先進国なんて言われてるフランスの代表候補生なだけはあるぜ。目ぇ瞑っただけで想像に難くねぇ」

 

「いや、代表候補生は関係無いと思うんだけど……」

 

一夏のモノマネを聞いて少し恥ずかしそうに頬を掻くシャルルだが、確かにシャルルみたいな儚いイメージの男子が言うと様になると思う。

一夏がやるとちょっと違う気がするし、俺がやったら爆笑モノだ。

 

「ホント、アレを横で聞いて驚いたぜ。ああいうのが嫌味くさくなく出来るのは凄いよな」

 

「あぁ、全くだな」

 

「そんな事無いよ。元次だって似合う……ゴメン」

 

「おいシャルル、せめて最後まで言い切れや。そうじゃねぇと拳が握り辛えからよ」

 

「え、遠慮しておくよ」

 

似合わない?んな事は俺が一番良く知ってんだよ畜生め。

改めて自分がどれだけゴツい人間かを理解し直して肩を落とす俺だが、そんな俺に本音ちゃんがニコニコ笑いながらポンと肩を叩いてくる。

もしや慰めてくれるのかと期待に胸を膨らませる。

 

「ゲンチ~は、物凄いマッチョさんだから、爽やかなのは全然似合わないよ~」

 

「よ~し本音ちゃんそんな事言うなら俺だって考えがあるぜそりゃーーー!!」

 

「にゃ~~~!?な、何するのぉ~!?」

 

ちょ~っと酷過ぎる事を言ってくれた本音ちゃんを俺は直ぐ様捕獲。

逃げようとじたばたする本音ちゃんの両手を片手で痛くない様にロックしつつ上に持ち上げてバンザイの格好をさせる。

そのままお尻の部分を俺の両足を外側から引っ掛けて固定すれば完了。

電気鼠の吊るし拘束なり。

 

「今のはちょ~っと俺も傷ついたぜ本音ちゃぁん……少しお仕置きしてやる」

 

「へ?あっ、ちょ、ヤダ~~!!ゲ、ゲンチ~のえっち~!!お猿さ~ん!!」

 

「あぁ~ん?聞こえねぇなぁ?」

 

そう言いつつ空いた片手をワキワキさせながら近づけていくと、本音ちゃんは身体を捩って逃げようとし始めた。

まぁしかし、俺にしっかりとロックされている所為でそれは叶わない。

フッフッフ、もう逃げようとしても遅いぜぇ~?

周りの皆は俺が嫌がる女の子を無理矢理拘束してるシーンを見て顔を赤く染めているだけだ。

涙目で首を目一杯動かして俺を見る本音ちゃんの姿は俺的に大変そそられゲフンゲフン、罪悪感がパネェ。

 

「お、女の子を無理矢理抑えつけるなんて酷いよぉ~!!ゲンチ~の鬼畜~!!ケダモノ~!!」

 

「人聞きの悪い事を言うネズミちゃんには……こうだーー!!」

 

コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ。

 

「ふにゃはははははははは~!!?や、止めてぇ~~~!?あはははははは~!?」

 

ロックした本音ちゃんの脇やらお腹やらとりあえず危ない所を避けて思いっ切り擽る。

爆笑しながら逃げようとする本音ちゃんだが、そうは問屋が卸さねぇぞ。

 

「オラオラオラここか!?ここが弱いのかおぉ~ん!?」

 

「ひやぁあははははは~!?ご、ごめんなさ~~いぃ!!謝るから許し――」

 

「ほれほれもっとよがれ鳴き喚け~!!良い声出して俺を愉しませろやぁ~!!」

 

「あひぃいいいい~~!?らめぇええ~~~!?」

 

今日はどれだけ謝っても許しません!!お仕置きだべぇ~!!

目から涙をポロポロと零しながら大笑いする本音ちゃんをSッ気全開の笑顔で見つめながら、俺は擽りを続行するのであった。

 

「っとと、そういえば忘れてたぜ……ほいこれで終わりにしてあげよう(パッ)」

 

「は……はひぅ……」

 

「だ、大丈夫、本音ちゃん?」

 

「ハァ~、ハァ~、ハァ~……もうらめぇ……」

 

3分間ほど本音ちゃんをしこたま擽りの刑に処した俺は良い笑顔を浮かべて本音ちゃんを解放した。

拘束していた手を離すと本音ちゃんはそのままベットへと倒れこみ、身体をピクピクと小刻みに痙攣させる。

まぁこれでさっきの発言については許してあげるとしますかね。

そしてある事を思い出した俺はテーブルに茶を置いて再びキッチンへと戻っていく。

さゆかと本音ちゃんには世話になったし、早めにお礼をしておこうと思ってたんだよな。

冷凍庫から今日買ってきたアイスのカップを取り出し、3種類のアイスを小さいボール型にして盛り付ける。

 

「本音ちゃん、さゆか。今日は本当にありがとうな。これは俺からのサービスだ」

 

「ふへぇ?……おぉ~!?(ガバッ)パ~ケンダッツのアイスだ~!!しかも人気の3種類が全部揃ってる~!?」

 

「え!?い、良いの!?」

 

盛り付けた皿を2つ持ってリビングへと戻った俺は首を傾げる二人の前に愛アイスの皿とスプーンを置く。

すると本音ちゃんは直ぐ様復活して目を輝かせ、さゆかは心底驚いた表情を浮かべる。

このアイスは学園の女子に大人気なのだが、この3種類は兎に角値段がバカ高いって事で皆手が出せない品なのだ。

その驚愕のお値段、何と中型の丸い1カップで3500円もする。

勿論その値段に見合う美味しさを持った品なので、金持ち連中は良く買うらしい。

 

「あぁ。今日のおにぎりのお礼だ。二人が差し入れしてくれなかったら、俺は間違いなく倒れてただろうからな。遠慮せず食ってくれ」

 

「あ、ありがとう元次君!!私、これ一度も食べた事無くて、ずっと食べてみたいって思ってたの!!」

 

「ははっ、そっか。喜んでくれて良かったぜ」

 

「わ~い!!やった~!!ありがとうゲンチ~!!だ~い好き~!!(ギュ~)」

 

「は、はは……やっすい大好きだなぁオイ(ナデナデ)」

 

テンションアゲアゲ状態のさゆかと本音ちゃんにお礼を言われて、それに笑って返す。

しかも本音ちゃんてばマジに嬉しいのか満面の笑みで俺に抱き付きながら大好きとまで言う始末。

アイス3個で大好き発言て……まったく、子供だなぁ本音ちゃんは。

身体は全然子供じゃねぇけど……着ぐるみ越しに感じるこの戦闘力はかなりアダルティです。

俺の胸辺りでウニウニと顔を擦りつけてくる本音ちゃんの頭を撫でながらそんな事を考えていると、本音ちゃんはするりと俺から離れてアイスを一心不乱にパクつく。

花より団子とはこの事か。

 

「うわー!!良いな良いな!!しかもパーゲンダッツの3個盛りとか超豪華なんですけど!?」

 

「ちょっとゲン!!えこ贔屓しないで私達にも頂戴よ!!」

 

と、二人が超高級アイスを貰ったのを目の前で見せられた雛鳥達が自分達にも寄越せとピーピー騒ぎ始めた。

つうか鈴、厚かましいにも程があるぞ。

 

「分かってるっての。只、量がそんなに無えから、お前等は1人1種類だけだぞ。二人には昼に態々おにぎりを届けてもらったお礼で出してるんだからな」

 

「やった!!言ってみるもんだね!!」

 

「よっ!!お大尽様!!」

 

そんな欠食児童、もとい雛達に溜息を吐きながらも俺は全員に1種類づつアイスを出してあげた。

皆それにお礼を言いつつ、アイスを食してお茶を飲みながらほっこりとしている。

次からは各自お菓子を持ち寄りしてもらうとしよう。出費がかさむ。

その後は皆でトランプをしながら今日の出来事とかを色々喋って楽しく余暇時間を過ごしていたんだが――。

 

「鍋島君、ごめんなさいね。何時もは山田先生か織斑先生がしてくれているんだけど、今日は二人とも会議があるから手が回らなくて……これは処分しておいた方が良い?」

 

「あー、そうですね……うん、全部焼却処分して下さいッス」

 

今夜は新たに先生の1人が部屋に来たのだが、彼女が持ってきたのは俺にとっては要らない物だった。

ったく、まだ性懲りも無くこんなにも送ってきやがるのか、あの馬鹿共は。

 

「なぁゲン、何なんだそれ?」

 

「あん?……まぁ、これなら大丈夫か……ほらよ(ピッ)」

 

キッチン辺りで会話していた先生の持っていた箱の中にある手紙の山から1通の手紙を無造作に取り出し、それを質問してきた一夏に投げ渡す。

ちなみに大丈夫かってのは、手紙に剃刀とか仕掛けて無いから大丈夫って意味だ。

それを慌てる事も無く受け取った一夏は無造作に紙を広げて目を通すと、読んでいる途中から眼つきを険しくさせた。

 

「……何だよコレ!?ふざけんじゃねぇよ!!おい兄弟!!何でお前こんな事書かれてんだよ!?」

 

「ど、どうしたんだ一夏?」

 

手紙を読んだ一夏は立ち上がって怒りを露にし、俺に詰め寄ってくる。

やっぱ怒ってくれるんだな、一夏は……不謹慎だが嬉しいねぇ。

普段は温厚な一夏の突然の豹変振りに箒が驚く中で、鈴が一夏の投げ捨てた手紙を読む。

 

「何々?……『IS適正は嘘だったと申し出て辞退しろ。世界を欺く大罪人は即刻死罪に処されるべきだ』って、ハァ!?何よこのふざけた手紙は!!」

 

「『生きる価値も無い家畜の如き男の分際でISに乗るなど見の程を弁えて自殺しろ』って……な、何なのこれ?」

 

「ひ、酷い……何でこんな手紙が元次君に送られてるの?」

 

更に手紙を読んだ鈴は怖い顔で憤慨し、続けて読んだシャルルは純粋に驚き、さゆかは悲しそうに目尻を下げてしまう。

後から読んだ本音ちゃんもさゆかと同じく悲しそうな顔をし、相川達はシャルルと同じで驚いている。

まぁこんな死ねとかなんて言葉が書いてある手紙を見たら普通はそういう反応だろう。

 

「ソイツは世界中の女性権利団体から送られてきてる俺のストーカー共からの恋文だ。俺がISに乗れるってのは嘘だったと認めろって脅迫状みてぇなもんだよ」

 

「だから何でそんな脅迫状が送られてきてんだよ!?お前はちゃんとISに乗ってるじゃねぇか!!」

 

俺がヤレヤレと肩を竦めながら話すと、一夏が俺に目線を合わせたまま吼える。

どうやら俺が適当に返事してるのが気に食わねぇっぽいが、こんな事で一々目くじら立てても仕方ねぇ。

さてどう言ったもんかと頭を悩ませるが、俺に手紙を持ってきてくれた先生が代わりに言葉を紡いだ。

 

「こんな事を言うのは同じ女性として馬鹿らしいのだけれど……鍋島君は世界中の男性の希望でもあるけど、女性からは危険視されているの」

 

「危険視って何でですか!?ゲンが何をしたっていうんです!?こんな死ねとか自殺しろなんて悪意の塊を送られるなんて!!」

 

「それは……」

 

「まぁ待て兄弟。俺の為に怒ってくれんのは嬉しいが、それを先生にぶつけても意味無ぇだろ。ちゃんと説明すっからちょっと落ち着け」

 

「それは……そうだけどよ」

 

「落ち着け一夏。ゲンの言う通り先生に怒っても意味は無い。まずはゲンから詳しい話を聞こう」

 

少し感情の制御が効かなくなっている一夏にストップを掛けつつ、俺は先生と先生に詰め寄ろうとしてた一夏の間に割って入る。

更に興奮した一夏の肩に手を置いて、箒が仲裁に入ってくれた。只、箒も怒ってるのかかなり眼つきは険しい。

こいつも昔っから温厚に見えて喧嘩っ早い所があるし、こと理不尽な事には俄然と食って掛かる。

それは別に良いんだが、話を聞いて納得してもらうまでは冷静になっててもらおう。

とりあえず騒然とした場が落ち着いたのを見計らってから、俺は何故こんな手紙がきてるのかを皆に話し始めた。

 

「奴等は焦ってんのさ。ほら、弾の家で言っただろ?俺達は女性権利団体から目を付けられてるって」

 

「あぁ。確かに言ってたけど……まさか、これがそうなのか?」

 

「そう。千冬さんが言ってた女性権利団体からのやっかみ。それが形になるとこうなるのさ」

 

「ど、どういう事なのゲンチ~?ちゃんと教えてよ~」

 

さっきよりも落ち着いた状態で俺の話を聞いた一夏は、前の話の内容を思い出して直ぐにこの手紙の意味を理解した。

だが本音ちゃんを筆頭に女性達は俺達の話を理解出来なかったらしく、もっと詳しく話せと目線で訴えかけている。

まぁここまできたら話しておくか。

 

「もしも誰かが、俺達がISに乗れるメカニズムを解明したら、男でもISに乗れる様になるだろ?そうなると今の御時世で一番困るのは誰だ?」

 

「誰って……あっ!!女性権利団体!?」

 

「そっか!!ISに乗れるってだけで女性優遇措置を強行してきた人達からすればそれは困るって事だよね!?」

 

「もしもゲンや一夏以外の男でも乗れると判明すれば、世界はまた男尊女卑の世の中に戻るからか……下らん。吐き気がする理由だ」

 

「何よソレ。要は男に仕返しされるのが怖いってだけじゃない。権力を傘に振ったり、街で男をパシらせてた連中がゲンを目の仇にしてるって事でしょ」

 

皆は口々に答えを導き出し、そのアホ過ぎる答え、というか醜い思いに其々嫌悪感を見せていた。

そう、俺や一夏がISに乗れるメカニズムを解明されて男性がIS界に進出すれば、今の女尊男卑の世の中は変わる。

また昔の様に男尊女卑の時代が到来するんだ。

そうなると今まで男を奴隷の如く扱ってきた奴等は間違い無く報復を受けるだろう。

今の世界の風潮で好き放題してきた女連中からすればそれは不味いと焦った結果がコレ。

男性主体の世界になるかも知れない鍵を握る俺に嫌がらせという名の恋文を大量に送り込んで精神的に追い詰めようって腹だ。

まぁ、こんなクソにも劣る下らねーやっかみなんざどうでも良いがな。

 

「一夏にこの手の手紙が届いて無く実害も無いのは、一夏のバックに千冬さんと束さんの存在があるからだ。幾ら馬鹿女達でもISの世界最強と開発者には喧嘩売りたく無いって事だろうよ」

 

「ちょっと待て。それを言うならゲンも同じではないか?お前も姉さんには気に入られてるんだぞ?」

 

同じ男性でも一夏と俺の違いについて説明すると、今度は箒が質問をしてきた。

まぁ箒の質問は事情を知ってる立場からしたら当たり前の質問なんだが――。

 

「ええぇ!?げ、元次君って篠之乃博士と仲良いの!?」

 

「そういえば、セシリアと喧嘩した時も束さんって呼んでたよね?」

 

「でも考えてみたら納得出来るよ。織斑君と篠之乃さんと昔から仲が良いなら、篠之乃博士とも会ってたって事だもん」

 

「……とまぁ、こんな感じで俺と束さんが仲良いってのは、世間には全然知られて無い事なんだわ」

 

箒の言葉に驚きながらも納得するさゆか達を見て「知らなかったのか」という驚愕の気持ちを乗せた表情を浮かべる箒に返答する。

まぁ幾ら有名な人の事でも、その人の家族とかは調べても交友関係だって歳の近い密接な人間しか調べねぇだろう。

箒は束さんの血縁者にして妹だし、一夏は束さんと仲の良かった千冬さんの弟。

そういう繋がりがあると知られてるからこそ、世界は一夏や箒においそれと手は出せない。

 

「ねぇ。それってつまり……ゲンに喧嘩売った連中って終わりじゃないの?あの篠之乃博士のお気に入りで、千冬さんや一夏とも家族と言えるぐらい強い絆があるのにさ?」

 

と、俺の話を聞いて考えを纏め挙げた鈴がかなり引き攣った表情でそう質問してくる。

そう、最初っから俺に手を出した時点でアイツ等はゲームオーバーなんです鈴さん。

何せこの手紙が最初に送られてきた日は色んな意味で焦った。

千冬さんはこの手紙を見て青筋を出しながら殺気全開不機嫌MAX状態になっちまったからな。

そんでもって束さんは……その更に上というか……色々とヤバかった。

突然携帯に電話してきたかと思えば、それはもう凄いテンションの高い声で――。

 

『ゲーン君♪今から世界中の女性権利うんちゃらとかいう屑共の存在を家諸共宇宙の果てまでブッ飛ばしちゃうから待っててねー♪これぐらい束さんには夕飯前だぜぇ!!』

 

なんて仰るだもんよ、本気で焦った。

いや別に女性権利団体の馬鹿共がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、俺は束さんに殺人なんてして欲しくない。

だから俺は懇願して一生懸命に束さんのやろうとしたテロ行為を止めたんだ。

最初は何があっても止まるかって感じだったけど、束さんにそんな事で手を汚して欲しくないとしっかり説明した上で頼めば何とか聞き入れてもらえたよ。

それに、あいつ等は俺に喧嘩売ってきてんだ、俺がブチのめすのが筋だろう。

 

「まぁ、俺から喧嘩売ったり仕掛けたりするつもりは更々無えよ。こんぐらいの手紙も、まだ俺の事だけしか書いてないから許すさ……だがまぁ」

 

心配する表情を浮かべて俺を見るさゆかや本音ちゃんにニヤリとした笑みを浮かべながら、俺はオプティマスをテーブルに置く。

表現するなら正に『獰猛』としか言えないであろう表情を浮かべる俺を見て、誰かが唾をゴクリと飲み込む。

 

「もしも俺の家族に手ぇ出したり、直接俺に歯向かうなら……この世には死ぬより辛い生き方があるって事を、その身体に教えてやるだけだ」

 

生き残った事を後悔させてやるって感じでな。と締めくくると、皆して一様にゴクリと生唾を飲み込んでいた。

ちょっと脅し過ぎたかね?勿論脅しじゃなくて本気でやるけどな。

 

「……ねぇ一夏?僕思うんだけどさ」

 

「何だ、シャルル?」

 

「どうにかして元次の後ろに居る人達の事を女性権利団体の人達に教えてあげた方が良いんじゃないかな?後、元次自身の強さとかも、女性では決して勝てないって事をさ」

 

「いや、無理だろうな……女性権利団体って政府の人達の言葉すら男ってだけで聞かなかったらしいし……多分、どんな言い方しても信じて貰えねぇと思う」

 

「……ご愁傷様、としか言い様が無いね」

 

「あぁ……兄弟は一度やると言ったら必ずやる……まぁあんな手紙を送った奴等の自業自得って事で」

 

「せめて元次の言う様な事が起きない事を神様に祈っておく事にするよ」

 

俺がベットに座りなおして茶を飲んでるのを見ながらシャルルと一夏が何やら耳打ちしあってるが、どうしたんだろうか?

まぁその後は先生に全ての手紙を焼却処分して貰う様に頼み、俺達は再び遊びを再開した。

もう時間も時間だったので最後に皆で人生ゲームをやって終わりにしたんだが、いやはや物凄く白熱したぜ。

最終的な順位は本音ちゃんが一位でさゆかが二位。

二人揃ってマッサッチューセッチュー大学を主席で卒業、新居も構えるというハッピーゴールだった。

途轍もない豪運の持ち主って事をありありと見せつけられた気分です。

続いて相川と谷本も、まぁ平々凡々な環境でゴール。

箒と鈴、シャルルは何故か片思いの男性が別の女性に掻っ攫われはしたが普通にゴールした。

ただその男性の結果が現実的には非常に幸先良くないとの事で箒と鈴はかなり憤慨してたけどな。

そのとばっちりで訳も判らず睨まれた一夏はちょっと可哀想な気が……いや自業自得か。

え?俺?……えぇ、まぁ文句無しの最下位ですよ?

何故か買った新居が津波に流され、自身は受験を失敗して3浪という悲惨さ。

終いには高校時代から付き合ってた彼女から結婚詐欺に遭って茫然自失としてる所を宇宙人に攫われてスタートに舞い戻ったよ。

その結果に全員が口を開けて呆然とする中、さゆかと本音ちゃんだけは俺を必死に慰めてくれた。

俺、彼女作るの止めとこうかな……は、はは……。

その日は結局枕を濡らして寝る羽目になったのだった……ぐすん、ちくしょう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

空けて次の日――。

 

「ん~~!!…… 完 全 完 治 ! ! 」

 

昨日の人生ゲームの結果なんざスッパリと忘れて、俺は保健室で包帯を取った拳をグッグッと握っては開くを繰り返す。

そう、今日はやっとこさあの時の怪我が完治したんだ。

手の経過を診てもらう為に、俺はSHRに少し遅れて授業に出る事になっているから問題無し。

今居るのは毎度お馴染み保健室で、怪我の治り具合を診てくれた柴田先生と俺しか居ない。

包帯の巻かれていた拳の骨部分の傷はすっかり塞がり、ちょっと他の皮膚より色が薄い皮膚になっている。

まぁでも、これも女の子達を助ける為に負った傷だし、所謂名誉の負傷ってヤツだ。

 

「あらあら♪完治したからって、はしゃいじゃ駄目よ鍋島君。もうあんまり無茶な事はしない様に」

 

「おっとっと。すいません柴田先生。でもまぁ、無茶はしねぇって確約は出来ません。必要になりゃ身体が勝手に動いちまうんで」

 

「まったくもう。そういう答えはお医者さん泣かせの答えだから、余り言わないの」

 

久しぶりに開放された拳に狂喜する俺に、柴田先生は前とは違う微笑みを浮かべて俺に注意を促す。

その注意を聞いて、俺は後ろ髪を掻きながら答えるが、柴田先生はその言葉を聞いて溜息を吐いてしまう。

まぁ確かに今まで医者にかかった時も今みたいな事を良く言われたっけ。

そう考えていた俺の目の前で柴田先生は机の上にあった用紙にさらさらと何かを書き留めていく。

 

「はい。これを織斑先生に渡しておいて。これは鍋島君がSHRに出ずに保健室で診断を受けていた事を証明する紙だから、ちゃんと渡してね?」

 

「はい。分かりました。それじゃあ失礼します。治療ありがとうございました」

 

「ええ♪お大事に♪」

 

柴田先生から特例免除用紙と書かれた紙を受け取って、俺は先生に頭を下げてから保健室を後にする。

そのままSHRで静まり返った廊下を歩き、俺は1組の教室を目指した。

さあて、久しぶりに料理が出来る様になったし、ここはいっちょシャルルに歓迎の食事を振舞ってやろうか。

それと最近疎かにしてたトレーニングもして……あぁ後、真耶ちゃんに頼んでた射撃訓練もしなきゃな。

やる事が山積みになってるが、まぁそれぐらいの方が身が引き締まるってもんだぜ。

今後の事を考えながら歩いている内に、自分のクラスである1組へと到着。

教壇側の扉の前に立って開閉ボタンを押そうとした俺だが――。

 

パァンッ!!

 

「ん?何だ?」

 

突如、扉の向こうから乾いた打撃音が聞こえ、俺は少し眉を寄せてしまうが、構わずに扉を開ける。

多分千冬さんの出席簿が誰かに炸裂したんだろうと……この時は思っていた。

 

「(プシュンッ)すいません。遅くなりまし――」

 

そう言いながら教室内に足を踏み入れた俺の視界の先に、何やら見慣れない女子生徒の姿を発見。

腰まで届きそうな銀髪に、鈴よりも小柄な体格の女子が――片目に眼帯をした出で立ちで、一夏の頬を叩いた格好で立っていたのだ。

……何コレ?何で一夏はあの子に殴られてんの?

視界に飛び込んできた光景に思わず目を白黒させてしまうが、教室の誰もが俺と同じ感じで困惑してる。

叩かれた一夏本人も、教壇に立つ真耶ちゃんも……ただ、千冬さんだけは余り表情を崩してない。

 

「……む?……貴様は」

 

と、何この状況はと頭を捻る俺を視界に納めた見慣れない女子は、そのまま俺に近づいてきて下から睨み付けてきやがった。

ソイツの目に宿る光は明確な怒りと……激しい憎悪が見て取れる……何だコイツ?

 

「貴様が鍋島元次、だな?」

 

「あ?……初対面の相手に貴様呼ばわりされる謂れは無ぇんだが――」

 

ちょいと失礼な物言いをする女子に棘のある言葉で返した俺に――。

 

 

 

「――シッ!!!(バキィッ!!)」

 

 

 

目の前の女子は突然、俺の顔面目掛けて飛び上がり、俺の鼻っ面に蹴りを叩き込んできた。

全く持って軽い蹴りだったので痛みは皆無だが……初対面で喧嘩売ってんだな?オーケー、買ってやるよ。

何も反応せずに蹴られた俺に見下した冷たい視線を浴びせてくる女子の額目掛けて、俺はスッと発射態勢に移行した中指を向ける。

咄嗟の事で反応が遅れたのか、女子は俺の添えられた指を見て驚愕した表情を浮かべるが、俺はソレに構わず力を解放。

 

 

 

……何時もより手加減少なめで発射だ。ちと痛えぞ?

 

 

 

「そら(ズバァアアアンッ!!!)」

 

「がッ!?」

 

 

 

一夏に向けて放った時よりも重い音を奏でながら撃ち出されたデコピン。

それを喰らった銀髪女子は思いっ切り顔を後ろに仰け反らせたまま、教室の端っこ、つまり俺の反対側へと吹き飛んでいく。

 

「くっ!?」

 

しかし女子……いや銀髪はそこから空中で回転して態勢を立て直すと、床に綺麗に着地した。

だが俺のデコピンの威力がヤバ過ぎたんだろう、片手で額を抑えたまま片膝を付いてしまう。

ハッハッと息を荒げる銀髪の抑えている手の裏から一筋の血が流れていた。

どうやら額の皮を少し傷つけちまったらしい。まぁどうでも良いか。

クラスメイトはいきなり始まった喧嘩に目を覆い、真耶ちゃんは口元を抑えて小さく悲鳴を挙げてしまう。

巻き込んですまねぇとは思うけど、ちゃんと格付けは教えておかなきゃな。

 

「何処のどいつだか知らねぇが、喧嘩売ってるなら倍額で買ってやるぜ?とっとと掛かってきな」

 

「く、くそ……ッ!!」

 

俺はオプティマスを外して胸ポケットに仕舞ってから指でチョイチョイと挑発する。

その行動と言葉に青筋を浮かべる銀髪だが、悪態を付くだけで膝立ちの姿勢から立ち上がらない。

足がガクガクと震えているとこを見るに、恐らく脳みそが揺れて立ち上がれない様だ。

 

「何だ?勢い良く喧嘩売ってきた割には大した事無えな」

 

「た、大した事無い……だと?」

 

「あぁ。全く持って期待外れだぜ……つか、コイツ誰ッスか?」

 

悔しそうに俺を睨む銀髪から視線を外して教卓の傍で腕を組んでる千冬さんに問い掛けると、千冬さんは俺に視線を合わせた。

 

「今日からこのクラスに転校してきた『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ。ドイツの代表候補生でもある」

 

「はぁ?転校生?昨日シャルルが転校してきたばっかッスよ?」

 

本当にどうなってんだこの学園は?

っていうかそれなら昨日の内にシャルルと一緒に転校させりゃ良かったじゃねぇか。

俺の言葉に千冬さんは若干疲れた表情を見せる。

まぁ自分が担任のクラスに転入生が来たら部屋の調整とか書類が大量に発生するもんな……お疲れ様です。

 

「どう言おうと決定は決定だ。それより鍋島、SHRに遅れてきたのは理由があるから許してやるが、手当たり次第に喧嘩を買うな」

 

「いやいや。売ってきたのは向こうッスよ?どういうつもりかは知りませんが、俺は喧嘩売られた側です」

 

「それでも少しは手加減してやれ。お前に生身で勝てる生徒等、この学園には『誰も』居ないんだからな」

 

「ッ!?」

 

何故か笑顔で『誰も』という単語を強調して話す千冬さんの様子に疑問を持つが、あのボーデヴィッヒとかいう奴の反応はそれ以上だ。

千冬さんの言葉を聞いた奴はこれでもかと顔を驚愕に染め、直ぐに俺を親の仇と言わんばかりの表情で睨む。

 

「千冬さん。アレかなり鬱陶しいんスけど?」

 

「……はぁ。これだけ言っても分からんか……仕方無い……鍋島、少し見せてやれ……格の違いというものを」

 

「へへっ……了解ッス――――ッ!!(ギンッ!!!)」

 

ボーデヴィッヒはやっと脳の揺れが解消したらしく、今は立ち上がって俺をこれでもかと睨んでいる。

それを見た千冬さんは面倒くさそうに溜息を吐きつつ、俺が奴を威嚇する事を許可してくれた。

ならちぃと教えてやろうか、この喧嘩っ早い転校生に本物の違いってヤツを。

俺は千冬さんの言葉に笑顔を浮かべながら了解し奴に向けて、前に俺を観察してた誰かに使ったのより少し弱目の威圧を放つ。

 

「っ!?な、な……ッ!?」

 

俺の威圧を浴びたボーデヴィッヒは呆然とした表情で後ずさり、その中で足を縺れさせて尻から床に座りこんでしまう。

何だよ、こんなモンでこうなるならあの時の顔も知らない誰かさんの方が全然強いじゃねぇか。

俺は威圧を篭めたままで笑みを浮かべ、声にも威圧感を乗せて口を開く。

 

「『向こう(ドイツ)じゃどれ程のモンだったかは知らねぇが、それがそのまま通じる程、此処(IS学園)は甘くねぇぜ?……良く覚えときな』」

 

「ッ!?……わ、私は……ッ!!」

 

俺の威圧を篭めた迫力と声の圧力をモロに浴びたボーデヴィッヒは真っ青な顔色を見せるも、直ぐ様顔に力を入れて鋭い目つきを向けてくる。

さっきまでビビッていた俺の威圧を必死に押し返しながら、ボーデヴィッヒは気丈にも口を開く。

 

 

 

「私は……ッ!!貴様等の存在を認めない……ッ!!貴様等が『教官』の家族であるなどと……認めるものか……ッ!!貴様の様な血の繋がりも無い、赤の他人が……教官の家族を名乗るなどと……ッ!!」

 

 

 

まるで親の仇と言わんばかりの形相を浮かべるボーデヴィッヒの言葉を聞いて、俺は眉を少しだけ顰める。

……正直、誰の事を教官だなんて呼んでるか最初は気が付かなかったが、少し考えれば理解出来た。

『貴様等』という複数を差す言葉と、俺に対して攻撃を仕掛けてきた動き。

それは俺が教室に入った時に一夏を叩いていた事と一緒だ。

チラリと一夏に視線を向けてみれば、一夏は苦虫を噛み潰した表情を浮かべてボーデヴィッヒの言葉を聞いていた。

千冬さんも少しだけ眉根を寄せて難しい顔をしてる……どうやら、色々と話を聞く必要が出てきたみてぇだな。

中学2年、鈴が転校した後に千冬さんが1年間留守にしていた空白の期間、何をしていたのか。

そして、その時期に一夏が酷く気落ちしていて、俺には何も話してくれなかった時に何があったのか。

またぞろ厄介な事が起きそうだが、今は取り敢えず目の前の餓鬼に――。

 

 

 

 

 

「『テメエなんぞに認めてもらう必要は更々無えよ……俺は兄弟や千冬さんと、血以上に強いモノで繋がってるからな……文句があるなら覆してみろ、餓鬼』」

 

 

 

 

 

ちゃんと宣戦布告をしておかねぇとな。

 

 

 

 

 

 

 

 







正直、ラウラっちは一番難儀な登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レベルアップと状態異常



そろそろジョジョの更新もせねば(;´Д`)


 

ダァンッ!!ダァンッ!!ダァンッ!!

 

一定のリズムを刻みながら耳をつんざくマズルフラッシュが鳴り響き、構えた銃が小さく反動を俺の身体に伝える。

それにほんの少しだけ遅れてカチャカチャと金属の物が地面へと落ちる軽い音が聞こえた。

目先のターゲットまでの設定距離は30メートルという至近距離にも関わらず、ダーツ型のターゲットの撃ち抜かれた部分は中心からは程遠い。

くそ、やっぱまだ駄目か。

 

「……少し休憩するか」

 

俺は借りたMSBSというセミオート設定されたライフル銃のマガジンを外して安全装置を掛け、横向きに置く。

そのまま着けていた耳当てを外して床に転がった薬莢を拾ってから次の行動に移る。

拾った弾丸を撃った弾数を確認する箱に入れてから銃を担いで備え付けの休憩室へと足を運んだ。

 

「う~む……やっぱ射撃は難しいなぁ」

 

俺は休憩室の自販機で買ったコーラを飲みながら誰にでも無く1人でぼやく。

そう、俺は放課後に1人で射撃訓練所に赴き、生身で射撃の練習をしている所だ。

これはISの銃器を使う上で大切な訓練であり、まず自分の身体に銃の使い方を覚え込ませるという訓練。

ISには射撃補助システム、所謂銃火器官制コントロールというセンサー・リンクシステムが組み込まれている。

ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送る為に武器とハイパーセンサーを接続し、銃の反動を自動で相殺するシステムだ。

勿論俺のオプティマス・プライムにも組み込んであるが、射撃も喧嘩と同じで生身に覚え込ませるのが一番向上しやすい。

全部千冬さんの授業で習った事の受け売りだがな。

と、まぁそういう理由で俺は今まで握った事も無い銃の初歩的な使い方を射撃場の先生に習って撃ちまくってるわけだ。

他にも先輩方や勉強熱心な同級生がバンバンと銃を撃ってるのを休憩室から眺めながら、俺はフゥと溜息を吐く。

 

「ねぇ、鍋島君。ちょっと良いかな?」

 

「ん?」

 

突然横から声を掛けられて振り返ると、2年の先輩が俺に笑顔を見せながら立っていた。

 

「えーっと、何ですか?」

 

「うん、鍋島君って銃は初めてでしょ?私で良かったら教えてあげようかなーって思ったんだけど、どう?」

 

「あー、……その、すいません。実はもうコーチを頼んでる人がいまして……今日もこの後で来てもらうんですよ」

 

どうやら親切心から俺へのコーチを買って出てくれたらしいが、生憎ともう先約が居るのだ。

先輩が態々善意で言ってくれた事を断るのは心が痛むけど、勘弁して貰いたい。

 

「そ、そうなんだ。ごめんね?急に話かけちゃって」

 

「いえ、態々ありがとうございます。今回はお気持ちだけって事で……すいません」

 

残念そうな顔を見せた先輩にキチンと頭を下げて謝罪すると、先輩はにこやかに笑いながら「気にしないで」と言って射撃場へ戻っていった。

俺はそれを見送ってから再び射撃場の様子を見ようと視線を戻す。

それとチラッと今の先輩の後に続いて同じ事を言おうとしていたのであろう他の先輩方も肩を落としながら射撃場へ戻るか銃を返しに行くのが見えた。

まぁ先約が無かったら普通に教えて貰う所だったんだけど――。

 

「(プシュン)お待たせしました、元次さん♪今日は一緒に頑張りましょう!!」

 

と、先輩達に悪い事したなと反省していた時に、真耶ちゃんが微笑みながら休憩所に現れた。

そう、俺が昨日頼んでいたコーチとしての授業の目処が今日付いたのだ。

その事を帰りのSHRで言われたので早速頼み、真耶ちゃんの業務が終了するまでは1人で射撃の練習をひたすら繰り返していたのがさっきまでの事。

今からが俺にとって、本当の練習になる。

 

「あぁ、真耶ちゃん。ってじゃなくて……ゴホン。今日はよろしくお願いします。先生」

 

「はい♪私の技術で出来る限り、元次さんに色々教えてあげます。それじゃあ、まずは会議しましょう」

 

「え?会議?」

 

直ぐに射撃訓練に移るんじゃないのか?

俺の疑問の声を聞いた真耶ちゃんは頷きながら俺に視線を合わせる。

 

「えぇ。まずは元次さんのオプティマスに積まれている武装の特性や傾向。それらをしっかりと理解してから、その銃に近い反動や射程距離、連射速度を持つ銃で練習していくんです。その方がISで武器を使った時もかなり近い感覚で撃てますから」

 

「はっはー……って事は、例えばラファールに積まれてるレッドバレットならスナイパーライフルって事ですか?」

 

「はい♪ちゃんと考えててくれて良かったです♪それじゃあ始めましょうか」

 

真耶ちゃんの説明を聞いて成る程と頷きながら考えを口にすると、真耶ちゃんは笑顔で小さく拍手してくれた。

確かに真耶ちゃんの言ってる事は尤もだな。

肉体を鍛えるトレーニングだって何処をどう重点的にやるかで筋肉の付き方が変わるし。

そう考えると、自分のISに積まれてる銃の特性すら知らずに練習してた俺はマヌケって事か。

まずは最初の段階で間違えてると認識を改め、俺は真耶ちゃんと同じテーブルに腰掛けて向かい合う。

 

「では元次さん。まずはオプティマスの銃火器武装の項目を開いて、練習したい銃器の項目を見せて下さい。其々に合わせて私が銃を選びますから……あっ、でも一度の訓練で貸し出し出来るのは最大2つまでですので、2つだけ選んで下さいね?」

 

「了解ですっと……えっと、銃火器項目……おっ、これだな」

 

待機状態のグラサンを掛けたままオプティマスを起動させると、瞬間で俺の周りに立体ディスプレイが浮き上がり、其々の項目を立ち上げた。

今俺が開いているのは武装データの項目で、最初の時と同じ様に拳系やら光学兵器系なんかのリストが出ている。

まずはオーソドックスに普通の銃火器からいってみるか。

 

「えーっと……じゃあ、1つ目の武器はこれでお願いします」

 

目の前で微笑む真耶ちゃんに見える様に展開したディスプレイには近~中距離で使うショットガンのAA-12が映し出される。

モデルはMPS社製のフルオートショットガンらしく、射程内での制圧射撃能力は随一だが、装弾数は少ないのがネック……というのがモデルのデメリット。

俺のオプティマス及びオプティマスの武装は世界の束さんご謹製の銃だ……普通な訳が無いのです。

マズルブレーキという銃口制退器が装備されていて、発射時の銃の反動を制御しつつ射程距離を伸ばしてある。

マガジンも長方形のマガジンから前に出る形で円型の大型ドラムマガジンに改装された特別仕様だ。

簡単に言えば、切る前の長いロールケーキをそのままフロントバレルギリギリまで延長した不思議な形の弾倉をしてる。

つまりマガジンの容量を増やした所為で前方の隙間が無くなり、片手撃ちしか出来ないというデメリットが付加された。

マズルブレーキを付け加えた事でマズルフラッシュもかなり激しくなり、ドットサイトを使った射撃もほぼ不可能。

軍隊の打ち方では無く腰だめのマフィア撃ちが主な運用方法になっている。

オマケに取り回しと軽量化を優先して後ろのストックは切り詰められているという、正に変態武器なのだ。

 

「これは……かなり偏った運用方法の銃ですね。普通の撃ち方は少し難しい……というか無理かと……」

 

「そうなんスよね……しかもこれ、2丁入ってるんスよ?まさかとは思うけど真耶ちゃんがやったみてーに2丁撃ちでもやれって事っすかね?」

 

俺が出した銃の能力とカタログ値を見た真耶ちゃんは少し眉を潜め、俺も頭を捻ってしまう。

確かにやろうと思えば真耶ちゃんがやった様に2丁撃ちは出来るだろうけどさぁ。

そう思いながら少し眉間を揉み解していると、向かいに座る真耶ちゃんが考える様に顎に指を添えていた。

 

「もしかして……元次さん。すみませんがオプティマスの武装データ一覧を見せて貰えませんか?」

 

「え?あっはい……これっす」

 

「ありがとうございます……フムフム……成る程……」

 

突然真剣な表情で武装データを見せて欲しいと頼まれてデータを公開すると、真耶ちゃんはブツブツと呟きながら身を乗り出してデータを閲覧する。

何だ?もしかして何か重要な事でも判ったの――。

 

 

 

ぼよよん。

 

 

 

「ふむふむ……かなり大型の武装が多いですね。その分破壊力に特化してますが」

 

「…………そ、そうっすね……かなり……G級のサイズで……抜群の破壊力で……圧倒的な重量感……」

 

「しかも片手では扱いきれない大きさなのに、グリップが片手撃ち様に設計されてるなんて……その殆どがどちらの手でも扱える様にグリップの握りの形状が左右対称にされてます」

 

ぼよよん。

 

「え、えぇ……片手では掴みきれない……綺麗に形の揃った……芸術」

 

え?お前何処見て言ってるんだって?だから目の前に鎮座する片手では掴みきれない左右対称の双子山だよ。

何時ものレモンイエローのワンピースで身を乗り出したりするモンだから、デッカイデッカイ風船が俺の視線の先でぷるんぷるん揺れてる。

何故に真耶ちゃんは俺の目の前で青少年には刺激の強いブツをゆっさゆっさとするんだろうか?

こんな無防備な姿……女子校出身だって言ってたから気にならないんだろうけど、俺はれっきとしたオスだぜメ~ン。

そんな俺の葛藤を知らずに、真耶ちゃんは身を乗り出したままオプティマスの武装データをしっかりと読み解いていく。

 

「……やっぱり……元次さん、この武装データはほぼ全ての武器が片手撃ちで制御する事を念頭に置いてありますので、少し訓練も厳しくなりますよ?」

 

と、目の前のアヴァロンとも言える谷間に視線が吸い込まれていた俺だが、真耶ちゃんが姿勢を正して座り直したのをきっかけに正常に戻れた。

あぁチクショウ、もう少し見ていたかったぜ……ともあれ、今は真耶ちゃんが真剣に話してくれているんだし、俺も真面目にやらなきゃな。

だらしなく鼻の下が伸びそうになってる自分を叱責して表情を真剣にしながら、俺は真耶ちゃんと向き合った。

 

「大丈夫っす。どっちみち俺はオプティマスに乗る以上、この武器達を使いこなせる様にならなきゃいけねぇんですから。多少厳しくなるぐらいどうって事は無いっすよ」

 

「……そうですね。分かりました♪じゃあ、頑張りましょう。私も元次さんが銃を扱える様になってもらう為に、精一杯頑張りますから♪」

 

「あぁ……まだまだ素人だけど、強くなれる様に色々と教えてくれ……真耶ちゃん」

 

訓練が厳しくなろうとも構わないと言った俺に真耶ちゃんは表情を崩して優しく微笑みながら手を握ってくる。

俺もそれに対して笑顔で了解と答えながら、真耶ちゃんに握られた手にもう片手を添えて、自然に真耶ちゃんと見詰め合った。

いや、特に意味があった訳じゃ無いんだけど、何故か身体が勝手に動いたというか……。

 

「……」

 

「……」

 

無言。

 

何故かお互いに手を握ったままで見つめ合い続けてしまう俺と真耶ちゃん。

だが重苦しい無言という訳では無く、とても柔らかくて暖かな無言の空気が俺達を包みこんでいる。

雰囲気というか何と言うか、その場の勢いみたいなものに流されて真耶ちゃんの手を握っちまったけど……こ、ここからどうすれば……。

ヤベェ、頬に赤みを刺した真耶ちゃんの微笑みが可愛すぎてどうにかなりそうだ。

俺を見つめる真耶ちゃんの瞳は普段の優しさを含んだままにトロリと溶け頬は赤く染まり上気している。

例え俺以外の誰かが一歩引いた目線で見ても、贔屓目無しに見ても、真耶ちゃんは世間で言う文句無しの美少女だ。

守ってあげたくなる華奢な体、見る者を癒してくれる柔らかく優しく垂れ下がった瞳。

胸が暖かくなる笑顔、そして……オスを狂わせる魅惑を備えた豊満にして豊熟な……喰い尽くしたくなる肢体。

これ程魅力的な女は世界に早々居ないだろうと思わせられちまう。

 

「……元次さん♡」

 

「真耶ちゃん……」

 

互いに示し合わせたかの如く、相手の名前を呼び合う俺達……真耶ちゃんと二人だけなんて、クラス対抗戦前の時以来か。

そう考えると、何故かこの手を放したく無い……いや、言い訳だそれは。

俺の心は……真耶ちゃんの事も気になる女として、心に大きな楔を打ち込んでいる。

こんなにも気になる女が沢山居ると、自分自身に嫌気が差してくるが……それでも、今は只こうして暖かい空気を手放したくなかった。

結局、俺と真耶ちゃんは訓練の方向性が決まってから暫くの間、何をするでもなく笑顔で見つめ合ってしまう。

 

 

 

その空間を、何故かブラックコーヒー片手に胸焼けしたかの様な表情の先輩に注意されるまで、俺達は動く事は無かったのだ。

 

 

 

「さ、さて!!それじゃあ訓練を始めましょうか!!」

 

「お、おう!!よろしく頼むぜ真耶ちゃん!!」

 

俺と真耶ちゃんは場所を移して銃の貸し出し場所に赴くと、何時もより声を大きくして互いに挨拶を交わす。

まぁ何故かと言われれば、さっき先輩に注意されて我に帰るまでの間、ジッと見つめ合うなんて恥ずかし過ぎる事をしていた反動なのである。

真耶ちゃんなんかさっきから俺に視線が合うと顔を真っ赤にして直ぐに視線を反らしてた。

一方で俺も真っ直ぐには真耶ちゃんの目を見る事が出来ないのです。こんな調子で訓練大丈夫か?

 

「え、えっと、まずは銃の選択ですけど、元次さんの希望通りに、今日はショットガンの練習をしますので、これを借りてきました」

 

真耶ちゃんがそう言いながら台車の上を指差して示す台の上には、俺の武装であるAA-12のモデルになったMPS社製のフルオートショットガンが2丁置いてあった。

っていうか良く武器庫にあったな?

IS学園の武器の豊富さに驚いている俺を尻目に、真耶ちゃんは慣れた手付きで銃からマガジンを外し、薬室に薬莢が入っていない事を確認。

最後にセイフティーを掛けて、俺の前まで台車を押してきてくれた。

 

「本来、ISの銃は量子変換状態から展開するとマガジンは装填されていますので、最後にセイフティーを解除しちゃえば直ぐに撃てます。ですが、射撃場では危ないので、撃たない時はこの形で持っていて下さいね?」

 

「安全対策ってヤツっすよね?最初に注意されたからちゃんと覚えてますよ……それで、俺はこのショットガンを撃てば良いんですか?」

 

「はい。ちゃんと前段階で射撃に慣れれば、ISに乗っても戸惑いませんから……でも、撃つ方法が特殊になります」

 

「特殊?」

 

台車の上からショットガンだけを受け取って聞いてみると、真耶ちゃんは表情を真剣なモノにしながら俺の質問に答える。

しかし最後の言葉の意味が判らず問い返すと、真耶ちゃんは首を縦に振って続きを語った。

 

「さっき確認した通り、元次さんのオプティマスの銃は全て片手撃ちを基本戦術としてますので、今回も同じ方法で射撃の姿勢や狙い方を覚えてもらいます……まずは、私と同じ様に構えて下さい……うんしょ、っと……」

 

真耶ちゃんは台車の上に置いてあるもう1丁のショットガンを持つと、そのまま重たいショットガンを身体と並行になるように片手で構えた。

俺もそれに倣って同じ様に構えるが、中々の重量があるショットガンを片手で構えるのは俺でもズシリと感じた重さだった。

当然、非力な真耶ちゃんがその姿勢を何時迄も維持出来る筈も無く、俺が構えると直ぐに疲労の篭った息を吐きながら両手でショットガンを持ち直す。

 

「はぁ。ごめんなさい。私、非力で長く構えるのは出来なくて……これじゃ先生失格ですよね」

 

「いやいや。そんな事は微塵も無いっすよ。ISが無いのに、態々俺の為に無理して構えて手本を見せてくれた真耶ちゃんが、先生失格だなんて思わねぇっす」

 

教えると言った手前、ちゃんと構えを維持出来ないのが不甲斐ないと感じたのか、真耶ちゃんは目に見えてしょんぼりしてしまう。

だが、俺は真耶ちゃんの言葉を笑顔を浮かべながら否定する。

本来、女の人は千冬さんや束さんの様な例外を除いてか弱いのが普通なんだしな。

あの人達の戦闘力は正直規格外過ぎてか弱いだなんてとても言えない。

だから、か弱い真耶ちゃんが気に病む事なんざ全く無いと思うのは当然だろう。

 

「さっ。時間もあんまり無え事だし、始めましょうや。構えはこうで良いんすか、真耶先生?」

 

ちょっと態とらしいが、真耶ちゃんに先生という言葉を強調して声を掛ける。

その言葉を聞いて再びやる気を燃やしてくれた真耶ちゃんは目を輝かせながら俺の側に近寄ってくる。

 

「は、はい!!えと、足はその開き方で大丈夫です。あっ、でも脇が少し開きすぎですね……こう、もう少し締める感じで……」

 

やる気の漲った真耶ちゃんは俺の身体のアチコチを見ながら随時間違ってる場所を指摘して修正してくれた。

その通りに構えれば、確かに銃の重心が丹田の部分に掛かり、腕の負担が大分軽減されていく。

やっぱ真耶ちゃんは先生としてもコーチとしても一流だ。

少し見るだけで俺の間違ってる箇所を理解して撃ちやすい様に改善してくれるんだからな。

そうやって俺の間違ってる部分の修正をしてくれる真耶ちゃんだったが……。

 

「後、腕の位置が少し高いので、もう少し下げて下さい。レールサイトが胸の辺りになる感じで」

 

「ん、了解……これぐらいの位置、か?」

 

「うーん……もう少し下げた方が良いですね……ちょっと失礼します」

 

そう言うと真耶ちゃんは俺の側に近寄り、俺の腕の位置を下から調整してくれるのだが、ここで1つ問題が発生。

知っての通り、俺は高校生らしからぬ体格を備えているデカブツな人間だ。

一方で真耶ちゃんは、俺達と同年代ぐらいじゃないかと勘違いさせられる程に小柄な身長をしている。

その所為で俺の腕の位置を直すのにも、かなり近づかなければいけない訳で……。

 

「うんしょ……大体この位の位置なんですが……」

 

ふにょん。

 

「ポゥッ!?」

 

「え?ど、どうかしましたか、元次さん?」

 

「ん!?あ、いやべべ、別に何でも!?」

 

「???」

 

俺の胸元あたりに何とも形状し難き柔らかい物が押し付けられて驚愕してしまう。

そんな俺を見て真耶ちゃんは首を傾げながら質問してくるが、俺は大仰に答える事しか出来なかった。

余りにもオーバーリアクションな俺を上目遣いに見上げながら「???」という顔をする真耶ちゃんだが……まさか狙ってるの?

俺と真耶ちゃんの体の距離はゼロなんですよ?引っ付き合ってるんですよ?

それつまり真耶ちゃんのbiggestなバスト様が俺に押し付けられて形変えてるんですよ?

もうこの極上とも言える柔らかさ……プライスレス。

そしてあどけない顔で俺を見上げながら首を傾げる真耶ちゃんの可愛さ……Marvelousにして罪悪感がががが。

 

「クスクス♪……山田せんせーい♪鍋島君の鼻の下が伸びちゃってますよー♪山田先生の最終兵器で♪」

 

「ヒューヒュー♪お熱いねーお二人さん♪そんなに引っ付くなんて、昼間から見せつけてくれるー♪」

 

ちょ!?あんた等余計な事を……ッ!?

 

「ふぇ?……ひゃわぁあッ!?」

 

と、まぁさっきまでは俺がキョどってる理由が判らず首を傾げてた真耶ちゃんだが、先輩方からのからかいの言葉で察したんだろう。

自分の巨大なお胸様が俺の胸板の下辺りでぐにゃりと形を変えているのに気付き、顔を真っ赤に染めて俺から離れていった。

しかも俺を見る瞳はウルウルと小動物の様な可憐さを演出しつつご自分の胸を抑えて隠すという行動に出てる。

いやそれでも真耶ちゃんの大きすぎるおっぱいは隠れる事を知らず、腕の隙間からぐにゃりと激しい自己主張をして止まない。

くそう、何て危ないオーバードウェポンを基本装備してらっしゃるんですか貴女は!!

 

「ふーん?鍋島君って大っきいのが好きなんだ~?……私も自信はあるけど、山田先生には敵わないなー」

 

「ジュディ。貴女ならいけるんじゃない?」

 

「無理よ無理。山田先生って胸だけじゃなくてウエストもヤバ過ぎるくらい括れてるから、アンダーで大負け。トップは負けね」

 

「ホント、真耶ちゃんって身長低いのに一番女らしくて一番いやらしい身体付きしてるもんねー」

 

「な、なななな!?み、皆さーん!!こ、こんな場所でそんな話しないで下さいぃ!!っていうか私はいやらしくありませーん!!」

 

おかしい、何故か誰も俺が巨乳好きだという事には疑問を抱いていないご様子、どうしてなの?

いくら進学校でエリートなIS学園でも女子の噂好きは存在してるらしく、射撃場の皆さんは口々に真耶ちゃんのナイスバディについて討論を交わす始末。

それを聞いた真耶ちゃんは更に顔を真っ赤に染め上げて他の人達に抗議するが、誰もが微笑ましいって表情を浮かべて真耶ちゃんを見てる。

まぁ、3年や2年の先輩方より真耶ちゃんの方が身長低いからなぁ……どうしても年下に見えるんだろう。

しかし真耶ちゃんも本気で嫌がってるみたいだし、ここは俺が事態の収集を図ろ――。

 

「ねー、鍋島君。山田先生程じゃないけど……私のバストサイズ、気にならない?」

 

「ブホぁ!?な、何を言っちゃってるんすかねぇ先輩!?」

 

「あっ、私もどうかなー?これでもそれなりに自信あるんだ・け・ど♪3つ含めて、ね♪」

 

「なぬぅい!?」

 

俺が騒動の収集に乗り出そうとした瞬間、何人かの先輩が俺に妖艶な笑顔を見せながらやらしく擦り寄ってきた。

しかも全員が真耶ちゃん程では無いにしろ、かなりのエロスタイル保持者だ。

B・W・H!!戦闘力はかなりのモノだぞ!!気にならない?えぇ気になりますとも!!

だって皆肌の露出が凄いんだもん!!タンクトップ1枚とか何のご褒美ですか!?ちょっと無防備過ぎるだろ!!

ISスーツみたいにピッチリパッツンパッツンして無いけど、その緩やかな無防備さが逆にそそります。

 

「ち、ちょっと元次さん!!せ、生徒の皆さんをそんなやらしい目で見ちゃ駄目ですよ!!メッ、ですぅ!!」

 

「ごぶう!?す、すいませんしたぁあ!!」

 

やらしい、なんて女から言われたくない台詞第2位を真耶ちゃんに言われた俺は先輩達の目の前に躍り出て悪い子供を叱る様に腰に手を当てて指を向けてきた真耶ちゃんに頭を下げて謝罪する。

そんな俺の情けない様を見てクスクスと笑う先輩達、「鍋島君も思春期真っ盛りの男の子だね」とか言わんで下さい、恥ずかしい。

 

「み、皆さんもちゃんと射撃訓練をして下さい!!先生怒っちゃいますよ!!」

 

真耶ちゃんなりに目尻を釣り上げて精一杯怒ってるんだろう。

腕を振り回して「がおー」な状態の真耶ちゃんを見た先輩達は「はーい」と声を揃えて各自の訓練に戻っていった。

やっと周りが静かになった事を確認した真耶ちゃんは溜息を吐いたかと思えば直ぐに俺へと向き直ってほっぺたをプクっと膨らませてしまう。

あれ?今度は何もしてない筈の俺が怒られるの?解せぬ。

 

「もう……元次さんも、女の子達の事見過ぎですよ……えっちなんですから」

 

「い、いやすんません。で、でも、あんな刺激が強い格好されると、どうしても目がいっちまうといいますか……ハ、ハハ……」

 

「そ、それは……確かに男の人ならそうでも仕方ないと思いますけど最近めっきり暑くなってきましたし、女の子は綺麗好きだから制服では出来ませんし……」

 

真耶ちゃんが困った様に言うが、俺だって実際この射撃場にいる先輩達の姿にはほとほと困ってる。

だって皆してIS学園の生徒って美人過ぎるんだぜ?

しかも見目麗しくスタイルも良い彼女達がタンクトップ一枚という格好で汗を流す健康的な絵面。

その汗が流れ、汗でしっとりとした髪が張り付く身体のエロさときたら正直、堪らんです。

視線を反らそうにも逸らした先には違うタイプの美人がいるというこの天国の様な地獄、他の奴は耐えきれるか?

 

「う、うぅ……しょうがない。これはしょうがないのよ私。うん、元次さんの視線を他の女の子に向けない為に仕方が無くやるの(ぼそぼそ)……げ、元次さん!!ちょっと待ってて下さいね!?」

 

「へ?あっ、はい」

 

さて誰にも視線を向けずにいれるかと頭を捻っていた俺だが、突如真耶ちゃんが何故か気合を入れながら射撃場を後にして休憩所へと戻っていった。

何かあったのか?……まぁ、待ってろって言われたんだし、今の内に武器の構え方を復習しておくか。

真耶ちゃんの突然過ぎる行動に首を傾げていたが、直ぐに意識を切り替えて俺は武器を構えて仮想のターゲットを狙う。

仮想ターゲットにするのは、俺の知ってる中で最速を誇る白式と一夏だ。

直線から曲線、そして直角と動いていく一夏を狙い、弾の入っていない銃の引き金を引く。

勿論銃の弾丸を避けられる事を想定して構えているが、やっぱり実際に撃たないと反動とかが全然実感が沸かねぇな。

とりあえず撃つという工程は後回しにして、今は瞬速で動く一夏の機動を必死に追いながら銃を素早く正確に動かす。

 

 

 

……今朝転校してきたあの眼帯銀髪チビ……ボーデヴィッヒの言ってた事の真相を知る事は出来なかった。

何せ千冬さんに聞こうとすれば、千冬さんは苦い顔をして黙っちまうし、一夏は一夏で「何でも無いから気にすんな」の一点張り。

さすがにあんな憎悪の目を向けられてハイそうですかと思える訳も無く、若干怒りながら聞いても――。

 

『悪い……けど、ちゃんと整理出来たら言うからよ……それまで待ってくれ』

 

なんて、凄く真剣な表情で言われちゃそれ以上問い詰める事なんて出来なかった。

そして俺とは別の理由で、一夏に恋するセシリア(復活したて)や箒に鈴が聞いても頑として口は割らなかった。

アイツも千冬さんに似て頑固な所があるからな……恐らく、一夏の中で決心が付かない限りはどれだけ殴り飛ばしても話しても言う事は無いだろう。

くそっ。まるで分からねぇ……中学2年の時、おめえに一体何があったんだよ、一夏?

そもそも何であの時、千冬さんは1年間も一夏の家に帰らなかったんだ?

確かに長い間家を開けてる事が多かった人だけど、1年間も帰らなかった事なんて無かったぞ。

あの当時も千冬さんに問いただしたけど、千冬さんも何も言ってくれなかったし……くそっ、訳分からねぇ。

昔の事を思い出すと、言い知れぬ苛つきが込み上げてくる。

だが、怒りは練習の妨げになる上に、教えてくれる真耶ちゃんにも失礼だから、俺はなるべく心を平静に保つ。

今は考えても仕方無い、アイツがちゃんと話してくれるその時まで……俺は待とう……それも兄弟の務めだ。

 

ざわ……ざわ……ざわ……。

 

色々考えていた頭を切り替えて射撃の練習に集中していたんだが、何やら射撃場が騒がしくなる。

まぁそれに目を向けて集中を乱す訳にもいかないので、俺は敢えて気にしない様にしていたんだが――。

 

 

 

「お、おお、お待たせしました……げ、元次さん……」

 

「ん?あぁいえ。別に待ってはいな――」

 

横合いから真耶ちゃんの声が聞こえて視線を横にずらし――。

 

「――――」

 

ガシャンッ!!

 

視界に飛び込んできた想像を絶する光景に、俺はショットガンを落としてしまった。

派手な金属音を立てて床に落ちたショットガンだが、俺はそんな事を気にする余裕は全く無い。

ソレほど目の前にある光景は衝撃が強く……インパクトが有り過ぎた。

 

「え、えっとぉ……き、着替えてきちゃいました」

 

「――――」

 

俺の目の前で真っ赤な顔で照れた様に笑いながらモジモジと手をくねらせる真耶ちゃん。

だが、そんな真耶ちゃんに対する俺のリアクションは一貫して顎が外れんばかりに口を開ける事しか出来なかった。

彼女の服装は、さっきまで着ていたレモンイエローのワンピース姿から、文字通り『一皮剥けている』

下は動き易い様にと配慮されたジャージのズボンを吐いてるが、それは良い、別にまだ良い。

問題は……真耶ちゃんの上着の部分……タンクトップ一枚というヤバさ抜群の格好だった。

ISスーツっていうのは身体にピッチリとフィットした、正に体のラインを強調するというヤバイ格好だ。

だがしかし、目の前のタンクトップ姿は別の意味でスーパーやべぇ。

皆も知っての通り真耶ちゃんは生徒と先生合わせてでもかなり小柄な身長だが、その胸部装甲は他の追随を許さない程に大きい。

ウエストも括れていて、グラビアモデルも真っ青なプロポーションを誇ってる。

それはつまり、その巨大過ぎるお胸様との落差も相まって彼女のアンダーはかなりの数値を叩き出してるのだ。

ここで冷静に考えて欲しいのは、服とは本来身を包むのが目的のアイテムである。

真耶ちゃんの場合はその大きなバストを包める物になる訳だが、そうなると今度はウエストの部分がブカブカになってしまう。

従って真耶ちゃんの選んだサイズのタンクトップは、必然的に真耶ちゃんにとって大きすぎるサイズになる。

なにせおっぱいに合わせて着てるのだから。

つまり、そんな真耶ちゃんがタンクトップを着ると、胸はピッチリで他はブカブカというエロス溢れる着こなしになってしまうのだ。

本来肩を通す部分に当たるショルダー部分が大分下まで下がり、彼女の胸の谷間をやらしく強調している。

その癖バストの部分だけは生意気にもピッチリしていて形が良く分かるというストレートな挑発すらこなしていた。

そんな我侭ボディを惜しげも無く強調された格好で恥ずかしそうに微笑む笑顔が可愛い女性が目の前に居たら、俺じゃ無くてもフリーズするだろ?

 

「――――」

 

「……あ、あの……元次さん?」

 

「――ハッ!!?」

 

目の前で真耶ちゃんが心配そうに覗き込んできた瞬間、俺はやっと再起動出来た。

あーそうか休憩所には更衣室があったなー、っていうか何そのエロ過ぎる服!?

貴女様の立派な立派な(大事な事なのでry)おっぱいが布地取り過ぎておへそ見えちゃってるんですけど!?

ご褒美ですかありがとうございます!!

 

「ま、まま、真耶、先生……ッ!?そ、その格好は……ッ!?」

 

やっと現世に復帰した俺だが、真耶ちゃんの格好を再認識して顔が真っ赤になってしまう。

そんな俺の反応を見た真耶ちゃんは照れ笑いしながら俺から視線を外し、モジモジと身体をくねらせる。

 

「そ、その……これなら他の生徒さん達に目がいかないかなーと思いまして……こ、これで他の子を見ずに……集中出来ますよね?」

 

「し、集中って……」

 

訓練に?それとも真耶ちゃんに?どっちでぃすか?

 

「……それとも……私、魅力無いですか?(ウルウル)」

 

「……(ゴクリッ)」

 

少しだけ瞳をウルルとさせながらの上目遣い、そして上から見上げる谷間の深さに自然と俺の喉が唾を飲み込んだ音を出す。

魅力無い?真耶ちゃんに魅力無いなんて思う奴は不能かゲイのどっちかだろう。

若しくは少ない需要の供給者達か。希少価値なんて俺にはわかりません。

た、確かに他の先輩達の服装に目なんていきませんよ?目の前にとんでもないオーバースペック様がいらっしゃるからね。

でもこれって先輩達に向けてたエロい目が真耶ちゃんに向くだけでは?根本的な解決になってない希ガス。

 

「(そ、そんなに熱心に見つめてくるって事は……魅力があるって思って良いんですよね……えへへ♪)さ、さぁ、訓練を始めましょう。銃を持って下さい」

 

「は、はい!?分かりました!!」

 

い、いかんいかん!!あんまり真耶ちゃんを見てると本気でがっついてる様に見られちまう!!

そんな事したら明日から俺のあだ名はエロ猿とかになりかねん!!こ、ここは無理にでも集中しなければ!!

俺はかぶりを振って意識を戻し、床に落とした銃を拾って真耶ちゃんに向き直る。

視線が真耶ちゃんの顔じゃ無くて胸をガン見してるのは、皆と俺だけの秘密だ。

俺が銃を拾ったのを確認した真耶ちゃんは、台車の上に置いてあるもう1丁のショットガンと外したマガジンを手に取る。

 

「それでは、まずは銃に弾丸を装填しましょう。リロード手順は大丈夫ですか?」

 

「は、はい。こうしてこう……よっと(ガチャッ)これで良かったッスよね?」

 

揺れる真耶ちゃんの水風船に目も心も奪われていた俺だが、真耶ちゃんからの言葉を聞き、手元の銃にマガジンを装着。

コッキングレバーを引いて薬室に薬莢を送り込む。勿論セーフティーロックは掛けたままだ。

 

「はい、合格です。では、さっきやった通りに構えて、実際に撃ってみて下さい。ターゲットは7体です」

 

俺が弾丸の装填を無事に終えたのを見届けた真耶ちゃんは立体ビジョンのコンソールを動かして蜂の巣形のターゲットを表示させた。

そして俺から少し離れた位置で耳当てを付けて、俺に頷いて開始の合図を送ってきた。

さあて、いっちょやったろうじゃねぇか。

俺も真耶ちゃんに倣って耳当てを付け、さっき真耶ちゃんが教えてくれた構え方でターゲットを狙う。

丁度スコア部分のド真ん中に狙いを付けつつ、腕と身体にしっかりと力を籠めて引き金を引く。

 

ドォオンッ!!

 

「……あれ?」

 

重厚な炸裂音が鳴り響きながら弾丸が撃ち出されるが、反動は俺が考えていたモノよりも遥かに軽かった。

腕だけの力で押さえ込む事が出来てしまったんだが、緊張していた俺としては少し拍子抜けだった。

しかも狙ったスコアは真ん中から大きく上にずれて、上部の少しだけを幾らか削っただけだ。

おっかしいな?ちゃんと真っ直ぐ狙ったし、反動もキッチリ抑えこんでたはずなんだが……何であんなにズレちまったんだ?

 

『元次さん。ショットガンで狙う時は、狙いより少し下を撃って下さい。マズルジャンプという銃の反動でポイントはどうしてもズレますから』

 

「な、なるほど……少し下を狙って……良し」

 

耳当てに内蔵された通信機から聞こえてくる真耶ちゃんのアドバイスに返事を返してから、俺は次のターゲットを狙う。

さっきより腕に篭める力を上げて、真ん中より少し下を狙う……今度は外さねぇ。

 

「……ッ!!」

 

ドォオンッ!!

 

再び引き金を引き、先ほどと同じ轟音、閃光を迸らせながら弾丸が発射される。

しっかりと腕力で暴れたがりのじゃじゃ馬の動きを押さえ付け、直ぐに次の発射が可能な様に構え直す。

2つ目のターゲットは、俺が狙った位置とその周りがゴッソリと削り取られていた。

良し、今回は成功だな。

 

『そうそう!!上手ですよ元次さん!!そのまま続けて残りのターゲットもいきましょう!!』

 

「了解っす!!」

 

今の射撃を褒めてくれた真耶ちゃんに返事を返しながら、俺は次々とターゲットを撃ち抜いて身体に反動を染み込ませる。

そして全てのターゲットを撃ち抜き終えると、ちょうどマガジン内の弾も尽きた。

スコアは……下から数えた方が早いな、これじゃまだまだ駄目過ぎる。

その後は真耶ちゃんのアドバイスと指示に従って右手と左手での射撃を練習し、そこそこのスコアを出せる所にまでは慣れる事が出来た。

更に一発一発の射撃に慣れ始めたら、次はこのAA-12の真骨頂であるフルオートの射撃にも挑戦。

さすがにこっちは一朝一夕でどうにかなるモンでも無く、制御出来るまでにかなりの練習を必要とした。

何せマズルジャンプの反動で持ち上がった銃が更に連続で持ち上がっていくんだから、最初に決めたポイントは少しづつ変わる。

そうなるとこう、微妙にターゲットから目測がズレてしまう。

銃に慣れた人とか軍人なら直ぐにでも撃つポイントを修正出来るだろうけど、俺にはまだそこまでの『慣れ』というものが無い。

細かい調整が苦手な俺だから、何処かで必ず「これでいけるだろ」と軽い気持ちで撃って外しちまうんだよなぁ。

しかもターゲットは全ての位置がランダムに設定されているから、只真っ直ぐ撃つだけじゃ当たらない。

 

「うーん。やっぱそう簡単にはいかねぇか……俺って射撃に向いてねぇんスかね?」

 

「そんな事無いですよ。基本的な射撃能力自体はちゃんと向上していますから、後はそれの応用をちゃんと使い分ければ良いんですから。それと銃の特性を理解するのが重要ですね」

 

「銃の特性ですか?」

 

中々フルオートの射撃が上手くいかなかった所で真耶ちゃんから一旦休憩を入れる様に言われ、俺達は再び休憩所のテーブルに向かい合って座った。

俺は自販機で購入したコーラ、真耶ちゃんはイチゴミルクを片手に今度は座学的な事をしている。

身体を休めてる間に知識のお勉強というわけだが、元々頭の出来がそこまでよろしくない俺は真耶ちゃんの言葉に首を傾げてしまう。

俺の聞き返しに真耶ちゃんは頷き、手元のタブレットを操作して空間ウインドウを展開。

そこには、俺が撃ち抜いたターゲットが映っていた。

 

「良いですか元次さん。ショットガンは正確にターゲットを撃ち抜くのでは無くて、面で制圧するんです」

 

「面?」

 

「はい。ショットガンは射程距離はそこまで長く無く、命中精度も期待出来ません。何故なら使用している弾丸がペレットを複数撃ち出すという広範囲にダメージを与える弾丸だからです」

 

そう説明しながら、真耶ちゃんは財布から小銭を幾つか取り出してテーブルに並べる。

 

「アサルト、スナイパーライフルの様に一直線で弾丸を飛ばす銃というのは点の攻撃と言い、ショットガンは前方を覆う様に弾丸が展開しますから、点の攻撃では無く面の攻撃と言います」

 

「点と……面……」

 

真耶ちゃんの言葉を復昌する俺の目の前には、一円玉を1つだけ置いた場所と、複数の硬貨が置かれた場所の2つがある。

つまりこれは……弾丸の飛び方の図式って事か?

テーブルの上に描かれる硬貨の図式から視線を上げると、目が合った真耶ちゃんが更に言葉を続けていく。

ショットガンの最大の利点である面制圧力は、相手に一度の射撃で大ダメージを負わせる事が出来る事らしい。

俺もショットガンの事を詳しく知ってる訳じゃねぇが、確かにショットガンのイメージはダメージがデカイって事だ。

狩猟なんかで使われている猟銃もショットガンの1種類で、強い破壊力があると真耶ちゃんは教えてくれた。

弾丸の中身に入ってるペレットの散り具合でダメージの通り方も変わる。

近距離でペレットが完全に分散する前に被弾すれば、その1ヶ所を集中的に破壊してダメージを与える。

だが、ペレットが拡散すれば、相手の体の至る部分に被弾させるので、全体的にダメージが拡散して伝わっていく。

ちなみにさっきまで俺が撃っていた弾種は12ゲージのバックショットという弾丸の中に詰めた火薬を炸裂させ、中のペレットという小粒を撒き散らす物らしい。

確かに改めてスコアを見てみると、あちらこちらに散ったペレットが下や横にもスコアに穴を開けてる。

 

「全体に攻撃を当てて相手の動きを抑制し、広範囲を一度に攻撃出来る面制圧力の高さがショットガンの特徴です。元次さんのISに詰まれているフルオートショットガンなら、近から中距離で一度相手に被弾させれば後は連続で当てる事が出来るはずですから使い方と間合いをしっかりと身に付けましょう」

 

「使い方と間合いか……わかりました。次はそれを考えながら撃ってみます」

 

「はい♪それじゃあ時間も余り残っていませんし、今日は最後に2丁同時撃ちをやって、今日の訓練はお終いにしましょう」

 

「了解っす」

 

真耶ちゃんの言う通り射撃場の使用時間終了が近づいていたので、最後の仕上げに2丁同時撃ちを練習した。

これはさすがに俺も戸惑って、かなり駄目なスコアしか出なかったけどな。

同時に撃っても、左右が少しズレたタイミングで弾丸を射撃するから、手に伝わる反動もタイミングも誤差が出る。

それを左右の手で別々に制御するんだが、少しでも意識を片方に寄せるともう片方の弾丸があらぬ方向へ飛んで行ってしまう。

これはかなり練習しねぇと駄目だな……下手糞にも程があるぜ。

余りの下手さに落ち込む俺だったが、ISで使う時は火器官制システムがあるから大丈夫だとか高校生になって初めて射撃したにしては上手だと真耶ちゃんに慰められましたよ。

次はもっと良い点数を取ってやると目標を決めつつ、俺は今日の訓練を終えた。

 

「お疲れ様でした、元次さん。これからも頑張って練習しましょう」

 

「はい。真耶先生もありがとうございました。また次もご指導よろしくお願いします」

 

笑顔で俺を労ってくれた真耶ちゃんにお礼を言うと、真耶ちゃんは何でも無いと言った風に微笑む。

あぁ~癒される……真耶ちゃんのほんわかした雰囲気は皆の心の清涼剤です。服はエロいけど。服はエロいけど。

既に周りに居たであろう先輩達は着替えて訓練を終えたのか、射撃場には俺達しか居ない。

 

「いえいえ♪生徒の練習を手伝うのも先生の仕事ですから♪それで、次の予定なんですけど……」

 

と、俺に次に指導できる日の事を話す真耶ちゃんだが、残念ながら仕事が忙しいらしく、次は3日後まで空いて無いらしい。

この前のクラス対抗戦があの無人機の所為でオシャカになってしまった事の報告書やらもあるが、それ以上に今度の学年別個人トーナメントの準備が大変だと愚痴を零す。

学年別個人トーナメントとは、3年生が己の仕上がり具合を見に来る政府や企業のお偉いさん達に披露する為の物であり、2年生が1年間でどれだけ成長したかのデータ取りをする為の物だ。

実はこのトーナメントの戦いは全世界に生中継されるので、将来をIS関係の企業に就職したいと考える3年生からすれば企業に対するこれ以上無いアピールになる。

それは2年生にしても同じ事だし、俺達1年生にはどれだけ有能な芽があるかを企業や政府が知る絶好の機会なのだ。

トーナメントは1、2、3年生を個別に分けた上で1年生から順番に昼食後を開始として行われていく。

1日目は全学年を通しての一回戦で、2日目は二回戦といった具合に進行していくので、その間は全ての授業が無くなり、午前中は全てウォームアップになる。

一学期に行われる中では最大級のイベントだから、そりゃ教師だって忙しくなるのは仕方ない。

 

「というわけで、次の訓練は3日後という事になっちゃうんです。ごめんなさい」

 

「いやそんな。俺は態々教えてもらってる側ですから、そんなに気にしないで下さいって。偶にこうやって教えて貰えるだけで、俺は充分っすよ」

 

申し訳無さそうに謝ってくる真耶ちゃんだが、俺は恐れ多いと手を振って返す。

実際、教師に直々に教えて貰えるなんて中々無い事だからな。

 

「そう言って貰えると、私も嬉しいです……こ、これからも頑張りましょうね!!『二人で』!!」

 

俺の言葉を聞いた真耶ちゃんは再び笑顔を浮かべて俺の手を握りながらそう言葉を掛けてくれた。

その笑顔に見つめられて心穏やかな気持ちになりながら、俺も真耶ちゃんに対して笑顔を向ける。

 

「ういっす。これからもご指導よろしくお願いします、真耶先生」

 

「は、はい。何でも頼って下さいね?何せ私は先生なんですから!!そ、それじゃあ銃を返しに行きま――」

 

俺が笑顔を浮かべながら頭を下げると、照れた表情の真耶ちゃんが銃を返しに行くといって反転しつつ踏み出したのだが、足元が疎かになっていた。

ここには俺が撃ちまくった薬莢が無造作に転がっていて、真耶ちゃんは不覚にも踏み出した足でこの薬莢を踏んずけてしまった。

その結果はツルンと滑って前のめりに転げそうになっていくという最悪な方向に、って危ねぇ!?

 

「よいしょ!!(ガシッ)」

 

「きゃ!?」

 

何とか地面に顔面をぶつける前に、俺は真耶ちゃんを後ろから抱きすくめる事に成功。

ギリギリの所だったので、俺と真耶ちゃんは地面に膝を着いた状態になっているが、何処にも怪我は無かった。

 

「……はぁ、やれやれ。間一髪だ――」

 

もにゅん。

 

「はぁん!?」

 

「――ほへ?」

 

突如として俺の手に伝わるずっしりと重い感触と極上の柔らかさ、そして真耶ちゃんのやらしい声。

しかも背中をこれでもかと弓なりに反らして俺の視界に入ってきた真耶ちゃんの顔色はこれ以上無く赤かった。

え?何この俺の手の平ですら納まり切らない大きさの柔らかい物は?ソフトボール?

いやー最近のソフトボールはこんなに柔らかくてぽにょぽにょしてんだなー(現実逃避)

しかもこんなコリコリしたポッチがあるなんて、時代は俺の知らない間に日進月歩してるって事かー。

自分自身でもうオチが読めたこの展開に脳みそは現実逃避に走るも、身体は正直にしか動かない。

 

もみもみコリコリ。

 

「あん!?ふあ、ぁ、あぁッ!?あぁあん!!?」

 

そう、俺はどさくさに紛れて後ろから真耶ちゃんの爆乳様を鷲掴み、コネコネしてしまったのである。

弓反りになって俺の顔を見つめる真耶ちゃんの瞳はウルウルと切なげに俺を見つめ、吐息は甘い香りと熱を放つ。

俺の鼻孔を直で刺激する吐息の甘さ、手から溢れる程に圧倒的な存在感が伝わる薄い布地越しの極上の女の肉感……俺の理性の崩壊5秒前なう。

こんな光景を誰かに見られれば即退学も有り得るだろうが、もう知った事じゃねぇ。

自分の気になる女のこんな痴態を見せられて何もしないでいられる程、俺は紳士じゃねぇんだ。

ごめん……真耶ちゃんの気持ちを無視して、初めてが強引に……無理矢理になる事を……真耶ちゃんを奪う俺を許してくれ。

 

「悪い、真耶ちゃん(グイッ)」

 

「きゃ……げ、元次さ……あっ……」

 

俺は強引に真耶ちゃんの身体を振り向かせてから一言だけ謝り、真耶ちゃんの着ているタンクトップの真ん中に手を掛ける。

そのまま左右に引っ張ると、真ん中からミチミチと布地が破れる音が聞こえてきた。

まだ裂けてはいないが、このまま力を加えていけば破けるのは時間の問題だろう。

ふと、視線を上げてみれば、真耶ちゃんは俺の手が何をしようとしているのかを理解して目を見開いて驚く。

 

「同意無しは犯罪だって判ってるけど、もう堪らねえ……後で幾らでも恨んでくれ」

 

「ぁ、ぅ……(破かれちゃう……襲われちゃう……好きな様に……食べられちゃうぅ♡)」

 

それでも真耶ちゃんは抵抗らしい抵抗はせずに、震える唇をキュッと閉じて目を瞑り、俺の行動を止めようとはしなかった。

俺はそんな真耶ちゃんの誘ってるとしか思えない行動を見て……理性という名の鎖を壊し、捨てる。

スマネェ真耶ちゃん……こんな格好されちゃ、我慢なんて効かねぇんだ――いざ!!

 

 

 

ビリビリィッ!!!

 

 

 

理性を消去した俺は自らの手で布地を豪快に破き、真耶ちゃんの身体を隠すベールを奪い取って――。

 

 

 

 

 

「――女に強引に迫るのは感心せんな?」

 

「犯罪は駄目だぜぇゲンく~ん?」

 

 

 

 

 

無表情or無機質な瞳の千冬さんと目が笑ってない笑顔の束さんの顔が真耶ちゃんの後ろに見えた瞬間、俺の意識は無くなった――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

気付くと、俺は自室のベットの上で寝ていた。

少しまどろみの中にある頭を働かせながら身体を起こし、首を捻る。

 

「おっかしいな……俺は確か、真耶ちゃんと一緒に射撃の練習をしてて……」

 

さっきまで行っていた筈の行動を思い出しながら、頭をすっきりさせる為にコーヒーを作ろうと、台所に向かう。

えっと、確か真耶ちゃんにショットガンの使い方を習って……真耶ちゃんのタンクトップ姿が超絶にエロくて……まぁちゃんと射撃の訓練は出来たよな?

その後で真耶ちゃんから今後の予定を聞いて……その後は……。

 

「……ヒィ!!?(ガクガクブルブルッ!!)」

 

な、何故だ!?何があったのか思い出そうとすると身体に拒絶反応が出るんですけど!?

い、一体俺に何があったんだ!?こ、腰が抜けそうになってやがる!!

どうにも俺が訓練をしていた事は合ってる様だ。それは俺の体が銃を撃った時の感触をキッチリ覚えているから間違い無い。

だがその先を思い出す事を俺の体が絶対的に細胞レベルで拒否している。

お、俺に何があったんだ?……まるで、逆らっちゃいけねえ様な恐怖を体の芯まで叩きこまれた様な気もするが……あれ?デジャヴュ?

 

「や、止めよう。この先を考えるのは……薮を突付いて兎でも出てきたら洒落にならねぇ」

 

不毛な考えは不毛な争いしか生まぬのだ。そして俺的に兎さんは蛇よりもやべえ存在だったり。

無理に思い出そうと無茶して急激に冷え切った身体を温める為、俺はHOTのブラックコーヒーを飲んで考えるのを止めた。

あぁそうだ……今日の俺は何もしてないんだ……真耶ちゃんと射撃訓練をして、それで終わり……そう、終わったんだ。

 

コンコン

 

「うお!?だ、誰だ!?」

 

得も言われる恐怖感に苛まれていた俺は、部屋のドアをノックする音で柄にも無く跳び上がって驚いてしまう。

手に持ったカップを落としそうになるが、それをテーブルの上に避難させて俺はドアに向かって叫ぶ。

 

『おーいゲン。大丈夫か?何か凄い声が聞こえたけど?入っても良いか?』

 

「あ、あぁ。一夏か……大丈夫だ。入ってもいいぜ」

 

ノックしたのは俺の兄弟分である一夏だったので、俺は安堵の息を大きく吐いた。

扉の向こうに居る一夏は俺の返事を聞くと、「邪魔するぞー」と言いながら部屋の扉を開く。

「よっ」と言いながら手を挙げる制服姿の一夏と、その後ろには同じく制服姿のシャルルの姿があった。

 

「いやー、疲れたぜ。やっと今、シャルルに学園の案内するのが終わった所でさ」

 

「お邪魔するね、元次」

 

苦笑しながら入ってきた二人は俺に挨拶すると、そのまま椅子に腰掛けて話しかけてくる。

一夏は何時もの自然体で、朝の事など一切気にしてない様子だった。

……いや、気にしない様にしてるんだろうな……まぁ、一夏が聞いて欲しくねぇってんなら今直は聞かねえ。

ちゃんと心の整理が点いたら話すって約束だし、アイツが話してくれるのを、俺は待とう。

そういえば今日はシャルルに学校の案内をしてやるって一夏が申し出てたんだっけ。

その序に部活見学もしておこうと一夏が言ったのを聞いた1組のクラスメイトはこぞって目を光らせ、二人の案内に同行してた。

多分、自分達の部活に引きずり込もうって魂胆だったんだろうな。

俺は真耶ちゃんとの訓練の約束があったから行けなかったけど、この様子じゃ相当振り回されたらしい。

 

「おう。どうだったんだ?どっか良い部活はあったのかよ?」

 

「あー、俺はやっぱ剣道部になると思う。もう道場を何回も使ってるし、剣道部の人達からは部員扱いされてるしな」

 

「うーん。僕はまだ何とも言えないかな。まだ二日目だし、強いて言うなら料理部が良かっ……あっ」

 

「ん?どうしたシャルル?」

 

何故か自分の良いと思った部活の名前を出した瞬間、シャルルの顔がしまったという表情に彩られる。

その様子を見た俺と一夏は顔を見合わせて互いに首を傾げてしまった。

 

「い、いやその……お、男が料理だなんて変だよね?アハハ……」

 

「は?何処が変なんだ?」

 

「え?」

 

「自慢じゃねぇが、俺も一夏も料理は自分でやるぜ?偶に料理本も買うしな」

 

「え?え?」

 

苦笑するシャルルに俺達は逆に「何処が変なんだ?」と問い返す。

その聞き返しを聞いてポカンとするシャルルだが、俺達からしたら逆にその態度の方が良く分からねえ。

最近じゃ男の方が料理に対しての関心が強いぐらいだ。

結婚はしたくないけど美味い料理は食べたい=じゃあ自分で作るべ。

そういう考え方の男が今の女尊男卑の風潮で激増してるからな……もしかしてフランスではそうでもねぇのか?

 

「え?え?……一夏は兎も角として……元次が料理?……え?」

 

「そこまで俺がフライパン片手に料理に勤しむ姿が想像出来ねえかお前」

 

ムカついた。今の反応は至極ムカついたぞコラ。

それこそツチノコでも見たんじゃないだろうかと自分の目を疑う勢いで驚くシャルル。

しかしここで武力にモノを言わせたんじゃ、根本的解決には繋がらねぇ。

この場合正しい方法でシャルルを納得させるのは……1つしかねぇよな?

俺は立ち上がって財布を確認し、IS学園のブレザーを脱いで黒シャツのラフな格好になる。

 

「おいシャルル。そこまで信じられねぇってんなら、今日の晩飯は俺が作ってやる。食ってけ」

 

「え?わ、悪いよそんなの……」

 

「えぇマジかよ!?シャルルだけズルいぞ!!なぁゲン、俺も良いだろ!?」

 

「誰も除け者になんてしねぇよ。お前も食っていけ。ちょっくらひとっ走りして材料買ってくるからよ」

 

「うっしゃ!!シャルルも運が良いぞ!!ゲンの飯が食えるなんて、俺や千冬姉以外ならイベントでも無い限り早々無いんだからよ!!」

 

「そ、そうなの?……そ、それじゃあ、ご馳走になろう、かな……胃薬何処かに無いかな……(ぼそっ)」

 

良し、今日はシャルルが日本に来た事のお祝いって事で、和食を中心に作らせてもらおう。

メインは魚料理でいくとして、他にはほうれん草辺りを使うか。

それと汁物は必要だな……それから煮物を出しておけば完璧だろ、うん。

献立をサクッと脳内で決めて、俺は二人に断ってから購買へと足を運ぶ。

待ってろよシャルル……俺の料理がフランス人の下に通じるか、お前で挑戦させて貰うからよ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「さぁ出来たぞ。おーい、二人共飯を運ぶの手伝ってくれ」

 

「お!?待ってました!!ほらシャルル、早く行こうぜ!!」

 

「う、うん……大丈夫、だよね(ぼそっ)」

 

さて、時間は進みちょうど夕飯時だ。

俺が購買に行ってる間に二人は交互にシャワーを浴びたらしく、部屋着に変わっていた。

まぁ俺も飯の後にシャワーを浴びるとして、さっきまで俺は1人で飯を作っていた。

そして全てが器に盛る所まで終了し、俺は二人を呼び出して器をテーブルまで持っていく様に頼んだ。

一夏はルンルン気分でコッチに来てるが、シャルルは依然として不安そうな表情をしてる。

ふっふっふ、この料理を見てもそんな顔が出来るかな?

密かにシャルルの反応に機体しながら道を空けて、二人に今回の料理を拝ませる。

 

「う、おぉ……ッ!?スゲェ……ッ!?」

 

「……うわぁ……ッ!?」

 

盛り付けられた料理を視界に納めた一夏とシャルルの反応は、これでもかと驚愕に染まっていた。

今回作ったのは大根と豆腐の味噌汁と煮物は婆ちゃんが教えてくれた関西風肉じゃが。

そして魚料理も婆ちゃん直伝料理で、身は淡白で柔らかいイシモチの揚げだしをチョイスした。

更に箸休めとしてほうれん草を醤油とごま油でサッと仕上げたお浸しも作ってある。

うん、我ながら良い出来だ。

 

「おぉぉ……ッ!?何だよゲン!!今日のはやたらと気合入った料理ばっかりじゃねぇか!!しかも俺が今まで食べた事の無い料理もあるし!!」

 

「す、すごい……ッ!!食堂のメニューにも乗ってなかった料理があるよ!!」

 

「へへっ、シャルルに俺の婆ちゃん直伝の和食ってヤツを堪能させてやろうと思ってな。つい本気を出しちまったぜ」

 

もう星が出てるんじゃないかってぐらいキラキラした目で料理を見つめるシャルルと一夏に俺は笑いながら言葉を返す。

シャルルは今日の昼は楽しみにしてた食堂でフランス料理を食べてたし、夕食は和食のチョイスで良いだろ。

とりあえずはしゃぐ二人を諌めて、俺達は夕食をテーブルの上に運んで其々席に着く。

 

「シャルルはまだ箸不慣れだろ?スプーンとフォークを用意しといたから、それで食べてくれ」

 

「あ、ありがとう元次……さっきは疑ってごめんね?」

 

「ふっふっふ。そいつぁ、俺の料理を食ってから撤回してもらおうか?」

 

「意地悪だなぁ……良し、キツめに評価しちゃうからね?」

 

俺に対して済まなそうな表情を浮かべるシャルルにニヤリと笑いながら返すと、少し膨れ笑いしながら俺に返事を返してくる。

ちゃんと飯を食ってから評価を改めて貰いてぇからな。

 

「なぁなぁ、そろそろ食おうぜ!!出来たてが一番美味いんだしよ!!」

 

「そうだな……それじゃ、いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

はしゃぐ一夏に苦笑しながら俺が号令を掛けると、一夏とシャルルもソレに倣って食事の挨拶をした。

そのまま各々好きなおかずへと箸(フォーク)を伸ばしてパクリと一口。

俺はまずイシモチの揚げ出しに口を付けた。

イシモチって魚はじっくりと揚げれば骨まで美味しく食べられるのだが、今回は綺麗に削ぎ落としてある。

揚げ出しで小骨がある事の好き嫌いは別れるって婆ちゃんに教わったので、シャルルが平気か判らないという理由でだ。

まぁ味は抜群に美味いし、今度は骨有りで作ってみっか。

 

「美味しい!!すっごく美味しいよ元次!!このお魚って何て言うの?」

 

どうやら今回の料理はしっかりと高評価を頂けた様だ。

シャルルも俺と同じで先に揚げ出しを食べたらしく、若干興奮した様子で聞いてきた。

 

「そいつはイシモチって魚だ。身は淡白だけど、味を染み込ませてあるからイケるだろ?」

 

「へぇ~、イシモチって言うんだ……確かに、味がしっかり染みてて美味しい……料理上手なんだね、元次って」

 

「まぁ小学校の低学年から、お袋と婆ちゃんに仕込まれてるからな。一夏はどうだ?」

 

「モグモグ……おまっ、この肉じゃがって牛肉使ってるのか!?何か豚肉とはまた違った味わいで滅茶苦茶美味いんだけど!?」

 

イシモチに手を出した俺とシャルルとは違い、一夏は定番の肉じゃがから手を付け、普段の肉じゃがとは違った味わいに大絶賛していた。

シャルルも一夏の様子を見て肉じゃがに箸を伸ばし、笑顔で美味しいと言ってドンドンと平らげていく。

やっぱ笑顔で食べてくれるのは作り手冥利に尽きるよなぁ。

 

「関西じゃこういう肉じゃがなんだってよ。俺も婆ちゃんから教わるまで全然知らなかったぜ」

 

「へー……美味いなぁコレ……何か久しぶりに、ゲンのお婆ちゃんのご飯が食いたくなってきた」

 

「夏休みに来いよ。婆ちゃんも爺ちゃんも、一夏と千冬さんなら歓迎するって言ってたしな」

 

「ホントか!?それじゃあ千冬姉にも言っておかなくちゃな!!」

 

「そういえば、元次の住んでた所ってどんな所なの?」

 

「ん?兵庫県ってトコの小さな町だ。山に囲まれててのどかで良い場所だぜ。ちょっとバイクで出れば海とか温泉街も近くにあるしよ」

 

ほうれん草のお浸しを食べながら質問してきたシャルルに、俺は婆ちゃん達の地元の良さを語る。

中央に比べれば物とかも少ないが、そこらはインターネットで帰るから別段不便ではない。

ちょっと動けば温泉とかも行けるし、何より近隣の人達は気の良い楽しい人達ばっかりだからな。

一夏の家とか俺のアパートの辺りも自然は多いけど、向こうと比べたら比にならねぇ。

町全体が自然に囲まれてるって感じだ。

二人とも俺の話に耳を傾けながら時に驚き、時に笑ったりと楽しく夕食を過ごしていく。

そんな感じでシャルルと一夏に田舎の素晴らしさを語りながら食べていると、直ぐに飯が片付いてしまった。

まぁ腹はキッチリ膨れたので良しとし、3人で洗い物を片付けてから、まったりと部屋で過ごしている。

 

「ふぅ……ありがとう元次。和食の素晴らしさを体験出来て良かったよ。一夏も今日の案内ありがとうね、凄く助かったよ」

 

「いやいや。喜んで貰えたならそれで良いさ」

 

「口に合ったんなら良かったぜ」

 

食後のお茶を飲みながらシャルルが笑顔でお礼を言ってきたので、俺と一夏も其々答える。

遠い異国から来た数少ない同類なんだし、仲良くやっていきたいのは当然だ。

 

「僕、日本に来て良かったよ……最初は上手く馴染めるか不安だったけど、元次と一夏に会えて良かったって心から思う」

 

「ははっ、大袈裟だな。でも、IS以外で判らない事があったら頼ってくれよ」

 

「一夏に同じく、だ。さすがに代表候補生に教えるなんて恐れ多い事は出来ねえからな」

 

「ふふっ、ありがとう……それじゃあ、僕もお返しにISの事で出来る範囲なら手伝わせてくれない?二人共放課後にISの訓練をしてるって聞いたけど、専用機もあるから役に立てると思うんだ」

 

俺達の気遣いを聞いたシャルルは微笑みながら、今度は俺達にお返し代わりにISを教えたいと願い出てくれた。

俺としてはその申し出は有り難い限りだ。

幾ら専用機を持ってるっつっても、俺と一夏はセシリアや鈴と比べて遅れまくってる。

知識、技術、そして経験に至るまでの全てが足りない。

俺は訓練してる日はマチマチだけど、アリーナが使える日はほぼ毎回訓練してる一夏からすれば『別の理由』でも有り難い筈だ。

まぁその別の理由については、今は置いておく事としよう。

 

「おお、そりゃ助かるよ。是非頼む」

 

「うん。任せて」

 

シャルルの申し出に目を輝かせて一夏は頼み、シャルルはそれを快諾する。

っていうかさっきまで頼ってくれって言ってた本人が早速相手を頼るのはどうなんだろうかね。

え?勿論俺も頼らせてもらう事にしましたが何か?文句は受け付けん。

そんな感じで男子3人の楽しい談笑は続いたが、消灯時間も近づいてきたのでその日はお開き。

部屋に戻っていく二人と「また明日」と挨拶を交わして、俺は眠りに付いた。

 

 

 

次の日の朝に食堂で千冬さんと会ったんだが、何やら凄い輝いた笑顔を浮かべて俺に声を掛けてきたのだ。

曰く「昨日は良く眠れたか?」と聞かれて途中から記憶が無いと伝えると嬉しそうに「そうか」と言って去ってしまい、俺は益々首を捻るばかりだった。

その後で更に真耶ちゃんと会ったんだが、真耶ちゃんから「昨日の事覚えてますか?」と聞かれ、俺も途中から記憶が無いと答えた。

何と真耶ちゃんもその辺りから記憶が無いらしく、気付けば自室のベットで寝ていたらしい。

記憶が途切れる前に折れと射撃訓練をしていたのは覚えているので俺に聞きたかったらしいが、俺にもさっぱりだ。

互いにおかしいなと首を捻る俺達を、何故か楽しそうな千冬さんが笑顔で見つめていたのが謎だ。

 

 






中々上手く話が纏まらなくてすいませんm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブロンド貴公子の実力

デッドプール(以下デ)「これは、予告だ……」

作者(以下作)「シリアスに言ってるけどどっから入った?」

デ「いやーIFの方にゴーストの旦那が居たからちょっち来てみた、(*ノω・*)テヘ」

作「本家さんじゃねーから、帰れ」

デ「つれない事言うなよピーの旦那」

作「待て、俺ピグザムだから、ピーだと卑猥を隠す音声になっちゃうから。俺の名前ピーって隠されちゃってるから」

デ「んでもって予告だけど、聞いて腰振るなよリスナー!!」

作「おい腰振るってなんだよ?そこ一番ピーいれなきゃいけねえトコじゃねぇか」

デ「この話の30分後に、R-18投下すっから、興味あったらチェケラ!!」

作「それ俺が言うべき台詞だよな?」

デ「何かピーなりに頑張ってエロくしたらしいから、興奮して腰振ってくれたらなーって願望あるらしいよん?」

作「あ、そこに繋がるのか?分かり辛い振りだな」

デ「ちなみに俺はさっき振って来た(*´ω`*)ジャパン風に言うとフジヤマボルケーノしたからちょっとマスタースパークしてきた( ー`дー´)キリッ」

作「言わねーからもう帰ってくれ」




 

 

突然だが、一夏の訓練の充実度について語りたいと思う。本当に突然だがな。

 

 

 

半ば強引にクラス代表へと選ばれてしまった一夏だが、持ち前の責任感から責務を果たそうと日々訓練に励んでいる。

更にクラス代表としての委員会なんかへの出席とかも戸惑いながらもこなしていくという皆勤賞っぷりだ。

しかし実際の所、一夏のIS訓練については余り充実した内容にはなっていない。

 

 

 

それが何故かと言えば――

 

 

 

「こう、ズバーとやって、ガキン!!ドカーンという感じだ!!」

 

「何となく分かるでしょ。感覚よ感覚……ハァ!?何で分かんないのよ馬鹿!!」

 

「防御の時は、右半身を斜め上前方へ5度傾けて!!回避の時は、後方へ20度ですわ!!」

 

「あのゴメン率直というか端的というかもう兎に角全然分からん!!日本語でおk!?」

 

「だ~めだこりゃ」

 

「だめだね~」

 

「え、え~っと……」

 

 

 

コーチ役が日本語で話してくれないという悲しい理由からだ。

とりあえず落ち着けおまいら、そんな一気に3人で喋りかけても一夏が聞き取れる筈も無えって。聖徳太子じゃねーんだから。

一夏の必死でささやかな反抗を聞いて更にヒートアップしそうな3人の前に割り込む。

 

「ちっと落ち着けっての。とりあえずお前等の言ってる事は俺にも理解不能だからな?」

 

「だよな!?やっぱ俺だけじゃ無えよなゲン!!」

 

俺の背中に隠れつつ「自分だけじゃなかった!!」と嬉しそうにする一夏。

お前は理解出来ないのに嬉しそうな顔すんなよ。

 

「何でアンタも分かんないのよ!!二人揃って馬鹿なんだから!!」

 

「わ、私とて判らないなりに精一杯やっているぞ!?」

 

「こんなにも理路整然とした説明の何処に不満があるのですか!?」

 

「だから落ち着けって言ってんだろーが。この暴走特急娘達が」

 

ゴンゴンゴン!!

 

「「「痛ったぁ!?」」」

 

其々ISを装備していたので、俺は遠慮なくオプティマスの拳で頭をシバく。

ゴンという鈍い音を鳴らして振り下ろされた拳の威力に、3人はたたらを踏んで後ろに下がってしまう。

フゥ、やれやれ……これで少しは落ち着いたろ。

未だに納得出来ないって顔をしてる3人に対して、俺は大きく溜息を吐きながら疲れた表情を浮かべる。

現在の時間はあの記憶が飛んじゃった事件から4日後の放課後、場所はアリーナの1つで御座います。

一夏のクラス代表の仕事とかアリーナの人数の関係で結構日にちが空いてしまったが、今日は久しぶりの訓練になる。

俺も昨日は真耶ちゃんとの射撃訓練をしただけだったので、今日は久しぶりにオプティマスを使って訓練をする事にした。

更に本音ちゃんとさゆかも訓練機を借りれたので、今回は結構な人数での訓練になった。

そこで今回から一夏のコーチ役として合流した鈴を交えて、俺達は訓練を開始したんだが、これがまた難儀な事になってんのよ。

コーチをするって事は自然と一夏と触れ合えるって事で、前々からその座を争っていたセシリアと箒の間に鈴も入るモンだからしっちゃかめっちゃかだ。

更に最悪なのが、この3人は知識面。所謂アドバイスのコーチとしては余りにも不向きって事だ。

 

「まず箒と鈴。テメエ等の超感覚的なアドバイスされて理解出来るヤツが居ると思うか?何だよ『擬音オンリーの表現説明』と『考えるな、感じろ』的なアドバイスはよ」

 

「だ、だが、私はありのままに感じてる事を言ってるだけで……」

 

「ア、アタシだってそうよ。こうしたらこうなるって、言葉じゃ難しいのよ」

 

「その時点で既に説明に適して無えだろうが。具体性が無いから何言ってっか分かんねえよ」

 

俺に突っ込まれてグゥの音も出ないって表情を浮かべる箒と鈴。

こいつらは感覚的なモノでISを動かしてるから、こんな感じという具体的なアドバイスが全然出来てない。

勿論座学ではコイツ等の方が俺達よりは優秀だが、戦闘面でのアドバイザーはそれとイコールじゃねぇ。

何が駄目で何がOKか、具体的に且つ分り易く無いと、戦闘面でのアドバイザーは出来ないのだ。

ここで唯一俺に指摘されてないセシリアがドヤァな顔をするが、テメエも駄目だっつの。

 

「それとセシリア、お前はハッキリ言って逆に細かすぎだ。一夏は俺と同じでISの知識はほぼ無いに等しいんだから、もっと分り易く噛み砕かねぇと理解なんて出来ねえっての」

 

「うぐっ……た、確かに理論的過ぎましたか……」

 

セシリア自身も思い当たる節があったのか、喉に言葉を詰まらせて唸る。

ハッキリ言ってセシリアの説明は、玄人のIS乗り達なら分かるであろうという上級説明なんだ。

今まではひたすら模擬戦を繰り返して、その後で駄目出しを出していくという遣り方だったけど、まさかこんな弱点があろうとはな。

ちょっと遣り方を変えて、一夏自身にコーチを付けようってのは間違いだったか。

これならまだひたすら模擬戦を繰り返して駄目出しをする方がまだ全然効率が良かったな。

どっちかといえば一夏は言葉で分り易くと感覚派の中間辺りだし。

 

「一夏、元次、遅れてごめん」

 

と、俺達が話してる時に、後ろから遅れて来たシャルルが声を掛けてくる。

シャルルも既にISを纏った姿で、何時もの王子様然とした柔らかい微笑みを携えていた。

その笑みを見て目をハートマークにする他の訓練機を使用した女子生徒達が多数居る。

っていうかあれ?シャルルの専用機ってラファールじゃね?カラーリングこそ違うけど……。

 

『フランス第2世代型、汎用型専用機ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』

 

オプティマスのハイパーセンサーから伝わってきたシャルルのISは間違いなくラファールだが、只のラファールでは無くカスタム機の様だ。

セシリアや鈴、一夏のISと同じでアンロックユニットが存在し、背中に配置された4枚のウイングスラスター。

まぁ代表候補生な上にデュノア社っていうIS作ってる会社の御曹司が只のラファールに乗る訳が無えか。

 

「一夏。ちょっと相手してくれないかな?白式と戦ってみたいんだ」

 

どうやらシャルルは前の約束通り、一夏の訓練の相手をしてくれるらしい。

その約束を思い出したのか、一夏も目を輝かせて頷く。

あいつも男との触れ合いに飢えてんだな……それと、とりあえずあの3人の説明という名の理解不能講座から逃げ出してぇんだろう。

 

「おう。良いぜ。じゃあそういう訳だから、また後でな」

 

「「「むぅぅ……」」」

 

あっさりとシャルルの提案を受け入れてホイホイと置いて行かれた事に不満があるのか、3人は揃ってムッとした表情を浮かべる。

まぁ3人からしたら袖にされた事は不満だろうけど、俺でもあんな理解不能な座学は逃げ出すから一夏が悪いとは言えねぇ。

そうこうしてる内に練習していた生徒達に場所を空けてもらい、二人が中央で構える。

 

『一応模擬戦って事で、一夏は零落白夜を使うなよ……じゃあオメー等、用意は良いか?』

 

『何時でも』

 

『何処でも』

 

『シャルルは良いとして、ネタに走ってんじゃねぇよ一夏。ったく……んじゃ、始め!!』

 

二人のちょうど中央辺りに立っていた俺は開始の合図を出すと同時にスラスターを吹かして離れていく。

さて、シャルルの実力ってのがどんなモンなのか、じっくりと拝見させてもらいますか。

まず最初は一夏が雪片を片手に特攻し、シャルルはその場から動かず待ちの姿勢で近接武器の『ブレッド・スライサー』を構えた。

しかし一夏の雪片とは違い、セシリアのインターセプターの様な小振りのナイフで迎撃は可能なのか?

 

『せい!!はぁ!!』(ガキンッ!!ギュイィッ!!)

 

そんな待ちの姿勢に徹するシャルルへと放った一夏の剣戟は、最初の一太刀をブレッドスライサーで阻まれ、ならばと切り返した逆胴は左手の実体シールドに止められる。

結構昔の勘が戻り、元々持っていた天才的センスも相まって強くなった一夏の剣戟を、シャルルは的確に捌いている……近接戦闘は結構出来るらしいな。

 

『じゃあ、ここだ!!』(ブォンッ!!)

 

『ッ!?(ドスッ!!)く!!』

 

しかし、一夏は逆銅が阻まれた瞬間、柄を握る手を緩めて押し出し、雪片の流れを変えた。

そうする事で触れていた実体シールドが支点となり、雪片は緩やかに回転し、柄の方がシャルルの身体へと向き直る。

そこから再度柄を握り直し、超至近距離からの柄による加速を乗せた打突をシャルルの腹部に見舞った。

おぉ?アイツも結構やる様になってやがるな。

 

「篠ノ之流剣術、流穿ち……咄嗟に技を繰り出せるとは、入学時と比べて上手くなったものだ」

 

「だな。元々持ってたアイツのポテンシャルが、箒との訓練で磨き上げられた結果だろ?もしくはレストアか」

 

「うむ。最近では私との試合で勝ち星も増えてきているからな……研磨するのは然程難しくは無かったぞ」

 

「そりゃ何時迄も錆びついてる訳じゃ無えさ。兄弟はそんな奴だよ」

 

一夏に視線を向けながらも、隣で俺と同じく一夏に視線を向ける箒と軽く会話する。

その評定は、昔の様に強くなっていく一夏を見れて凄く嬉しそうだ。

これにはシャルルも面食らってそのまま攻撃を受けてしまうが、直ぐに雪片を弾いて空へと飛翔していく。

一夏も直ぐ様飛び上がって追い掛けるが――。

 

『(パァアッ!!)はあ!!』(ズドドドドドッ!!)

 

『(ババンッ!!)うあ!?危ね!?』

 

『銃弾の回避行動が早いね!!普通ならこれは全弾当たるんだけどなぁ!!』

 

後ろから真っ直ぐに飛翔して向かって来る一夏に、シャルルは上空から飛翔したままダークグリーンカラーのサブマシンガン、P-90モデルの『ガルム』をブッ放つ。

突然の事で対応出来なかった一夏だが、直ぐ様機体を回転させたり直角に射線の上からズレる事で残りの銃弾を回避する。

 

「わたくしのご教授した飛行機動訓練の成果がしっかりと出ていますわね」

 

結構得意げに言うセシリアだが、実際セシリアの飛行機動の技術は俺達の中でも鈴と同じで抜きん出ている。

代表候補生として厳しい訓練を潜り抜けてきたセシリアの軌道能力が一夏の白式の機動力で使えればかなり強力なアドバンテージになる。

そうセシリアに誘われて習った一夏の軌道技術はかなりのモノに昇華された。

 

「そうだな。セシリアがリードして飛行パターンを教えたからこそ、一夏の白式の機動力があれば、ああいう機動も可能って訳だ」

 

「ふふ。わたくしの飛行機動と中距離射撃法の基礎をちゃんと身体で覚えて頂ければ、同じ射撃法の相手の対処にも繋がりますから」

 

「後は料理の腕を磨いておかねぇとな」

 

「そ、その事は重々反省してます!!余り仰らないで下さいな!!」

 

「はははっ。悪い悪い」

 

ここで先日起きた事件の事を話せば、セシリアは剥れて俺に非難の視線を浴びせてくる。

しかしまぁ料理をやっている俺からすれば料理するならちゃんと作って欲しいからこそ、こんな感じでイジるのだ。

 

「1人でする自信が無えなら、一度俺んトコに来い。ちゃんとした料理ってモンを教えてやるからよ」

 

そう提案すれば、セシリアは目を輝かせて俺の事を救世主でも見る様な目で見つめてくる。

逆に箒と鈴は焦る様な表情を浮かべて俺を見ながら慌てていた。

悲しい事に一夏に恋するこの3人よりも、圧倒的に付き合いの長い俺の方がアイツの好きな味や食材を知ってるんだ。

だからこそ、その料理というアドバンテージをセシリアに教えられる事への危機感もあるんだろう。

 

「けど初めに言っとくぞ?俺は基礎を教えてもその先の応用は教えねぇからな」

 

「え?ど、どういう事ですの?」

 

「お前1人でも料理して大丈夫ってトコまでは教えてやるが、その先の味の追求は自分でやれって事だ。幾ら俺の味を学んだ所で、それは俺の料理のコピーでしか無え」

 

俺の言葉の意味が判らず首を傾げるセシリアに、俺は苦笑しながら言葉を続ける。

確かに折れは一夏の好きな味とかを知ってるけど、更にその先のオリジナリティってのは教える気は一切無い。

完全な俺の料理の物真似をした所で、それはセシリアの料理じゃ無えからな。

 

「俺から学んだ技を自分流に活かして料理するのが絶対の約束だ……アイツに俺と同じ料理を食わせて美味しいと言わせるんじゃ無くて、『セシリア・オルコットの料理』を食わせて美味しいと言わせてやんな……男ってのはレシピ通りの料理より、女が一生懸命作ってくれた料理の方が好きなんだからよ」

 

そう言うと、セシリアはまるで目から鱗が落ちた様に目をパチクリさせるも、直ぐに瞳に力を灯す。

何故か周りの人間も「おぉー!!」と驚愕した表情を浮かべているではないか。

箒と鈴はそれを聞いて、「ならば私も精進せねば……」とか「もう少し酢豚の味付け変えてみようかしら?」と自分の料理の見直しをしている。

さゆかや本音ちゃんだけではなく、俺等の周りに集まった他の生徒まで感心した声を挙げていた。っていうか何時の間にこっち来たの?

 

「はい!!それはキチンとお約束致しますわ!!ですから元次さん、いえ先生!!ご教授の程、よろしくお願いします!!」

 

「せ、先生ってのは大袈裟だな……まぁ、今日の夜からでも来い。ちょうど今日中に使い切りたい食材も有る事だしよ」

 

「はい!!」

 

「はいは~い♪試食役に~、立候補しま~す♪」

 

「わ、私も良いかな?私も元次君の料理する所を見てみたいから……」

 

と、早速横合いから本日のお客様が決まりましたよ。

本音ちゃんとさゆかが訓練機のラファールに乗ったまま俺に聞いてきたので、俺はそれにOKを返す。

この二人ならちゃんと試食して評価してくれるだろうし、食材も4人分くらいあるからな。

とりあえず仕込みを始める時間をセシリアに伝えて、俺達は再び空中でドッグファイトを演じているシャルルと一夏に視線を向ける。

 

『はぁああああ!!』

 

空中での戦闘を演じていた二人の内、一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って一気に距離を縮め、雪片を大上段から振り下ろす。

唐竹割りの要領で振られた剣は一直線な剣筋だから、派生も速く鋭い一撃を繰り出す事が出来るんだが……。

 

『素直な分、読みやすいよ!!』

 

『なに!?』

 

軌道が一直線な分、相手にモーションも伝わりやすい。

速度はかなりの剣戟をあっさりとシャルルは機体をツバメの様に上空へ翻してから逆さまに地面へと軌道を変える。

しかし瞬時加速(イグニッション・ブースト)で奇襲を掛けた分を加味しても、今のシャルルの回避行動には随分と余裕があった様に感じられるな。

今まで戦ってきたセシリアや鈴ですら読み切れなかった瞬時加速をあっさりと読み切るとは……。

 

「デュノア君には、織斑君の瞬時加速が判ってたみたい……」

 

「そりゃ当然よさゆか。基本的にイグニッション・ブーストは真っ直ぐしか飛ばないし、一夏は雪片しか無いから予測も付けやすい。タイミングさえ分かれば簡単に回避出来るの」

 

「あ?でも鈴。お前はクラス対抗戦で一夏のアレを読み切れなかったじゃねぇか」

 

「だ、だってあの時は、まさか一夏があんな技を取得してるなんて思わなかったから……」

 

要するに油断してたからって事かよ。相手を過小評価して後で気付くのは鈴の昔からの悪い癖だな。

痛い所を突かれて視線を明後日の方向に逸らす鈴を、隣に立つさゆかが苦笑しながら見ていた。

 

「さてさて、また距離を離されちまった一夏はどうするんだろうな」

 

「ほえ?どうするって~、近づくしか無いんじゃないかな~?」

 

「まぁ本音ちゃんの言う通りだが……果たしてシャルルが素直に距離を詰めさせてくれんのか……」

 

疑問顔で俺に視線を向けてくる本音ちゃんにそう返しながら上空を見ていると、シャルルが動き、スナイパーライフルをコールした。

やっぱそう簡単に距離は詰めさせてもらえそうも無いか……っていうかシャルルの奴、武器の展開速度が尋常じゃなく速いな……。

さっきまで持ってたガルムを消してからレッドバレットを展開するまでのマージンが速過ぎる気がするぜ。

そう考えていると、シャルルは機体を逆さまに向けたままターゲットを定めて、発砲。

 

『(ズドンッ!!)ぐぅ!?』

 

その弾丸は吸い込まれる様に一夏へと被弾し、続けざまに3発、4発と一夏に撃ち込まれていく。

どうやらシャルルの作戦はそのまま一夏が近寄って来るまでに撃破しちまおうって魂胆らしいが――。

 

 

 

『(ズドンッ!!ズドンッ!!)う、ううぅ!?』

 

『これで終わりだよ!!(ドォンッ!!)』

 

『ッ!?(キュピンッ!!)うおぉおおッ!?死にたくねーーーーッ!!?(ガキィンッ!!)』

 

『へ?――えぇええええ!?』

 

 

 

残念な事に、一夏に対して射撃武器での安全攻撃は絶対とは言えねぇのさ。

シャルルが核心を持って撃ちだしたトドメの一撃は、一夏の繰り出した千冬さんの十八番である弾弾きによってあらぬ方向へと飛んで行く。

アイツもホント成長が速いよなぁ……シャルルの驚きも理解出来るぜ。

ハイパーセンサーに映るシャルルの表情はこれ以上無いって程に驚愕に染まっていた。

 

「お~?おりむーが弾を弾いたね~?」

 

「あぁ。最近はゴムボールじゃなくて石を投げてるからなぁ。その防衛本能が働いたんじゃね?」

 

「『死にたくねー!?』て言ってたもんね~?」

 

『『『『『何やってるの!?』』』』』

 

「あ、あの元次君?それって織斑君が怪我しちゃうと思うんだけど……」

 

「心配無えよさゆか。千冬さんの指示だし、アイツも死ぬ気でやってるからな。俺も殺る気maxで投げてるし」

 

『『『『『大丈夫な要素が皆無!?しかも字が違うでしょ!?』』』』』

 

周りの女子が驚愕に目を見開き戦慄するが、俺は特に取り合わない。

今じゃあらゆる方向からなんて事はしないで、俺が投げる硬球を弾く事をやってるが、これが一夏には効果的面だった。

尊敬し、憧れる千冬さんからの指示と「私の弟だからな。お前なら出来るさ」ってお言葉で一夏も意欲的にやってる。

その成果が今、実践で実を結んだって訳で……まぁ一言で言うなら、俺も自分の事の様に嬉しい。

 

『ぜぇや!!そらぁ!!』

 

『(ガキィンッ!!)うわぁ!?』

 

そして弾を弾いてシャルルが動揺している所へ二度目のイグニッション・ブーストを使用した奇襲を掛ける。

今度はキッチリ成功したらしく、一夏は怒涛の勢いで連続斬りを浴びせていく。

 

『く!?えい!!(ギィンッ!!)』

 

『おいおい!?武器出すの速すぎるだろ!!』

 

しかしその連続斬りも、レッドバレットを放り投げてシャルルが再度展開したブレッドスライサーに阻まれる。

その展開速度の速さに悪態を付く一夏だが……その『一瞬』で攻防が引っ繰り返る。

 

『(キュイン)それ!!(ダァンッ!!)』

 

『ぐあ!?』

 

瞬間、いや刹那の間に、シャルルの片手に展開されたショットガン『レイン・オブ・サタディ』にゼロ距離射撃を浴びせられ、堪らず距離を離す一夏だが――。

 

『たあ!!(ギャインッ!!ダァンッ!!)』

 

すかさず距離を詰めに掛かったシャルルが、ブレッドスライサーで雪片を抑え、再びレイン・オブ・サタディのゼロ距離射撃を喰らわせ、一夏に撃墜判定が下った。

この勝負の勝者はシャルルだ。

俺等の周りの女子は中々ハイレベルな専用機同士の戦いに興奮した様に騒いでいる。

そんな中で、俺はシャルルが最後に見せた妙な動きについて思考を巡らせていた。

咄嗟の判断でやっていた様に見えたけど、少し違う。

何ていうか……慣れた感じのリズムで戦っていたというか……パターンに嵌めてた気もするが……。

 

「いやー、負けた負けた……シャルルは強いなぁ」

 

「そんな事無いよ。僕も何度か危うい場面があったからね。一夏もかなり強いと思う。それにまさか弾丸を弾かれるなんて思いもしなかったよ」

 

「そうか?まだ結構皆に負け越してるから実感無いけどな」

 

と、考えていた俺の目の前にレッドバレットを回収したシャルルと一夏が話し込みながら近づいてくる。

一夏はまた負け星が増えたと方を落とし、そんな一夏に慰めの言葉を掛けるシャルル。

まぁ試合結果で言えば負けだが、かなり善戦した方だろう。

 

「よぉ、どうだったよ。一夏の腕は」

 

視界の端でセシリア達に囲まれて今の模擬戦に対してアドバイスを貰っている一夏を見ていたシャルルに近づいて声を掛ける。

 

「正直、凄いビックリしたよ。一夏ってまだ専用機に乗ってからそんなに時間経って無いんでしょ?それなのに、あんな動きをするんだもん」

 

「だろうな。正直、あいつの戦いに関するセンスは半端じゃねぇよ。秘めてるポテンシャルが馬鹿みてーに高いんだ」

 

「やっぱり、織斑先生の弟なだけはあるって言うべきかな?」

 

「そいつは止めとけ。アイツはガキの頃から千冬さんに比べられてきたからな。アイツ自身の凄さを褒めるべきだろう……それに、シャルルの腕前も凄えじゃねぇか。特に最後の攻防は、型に嵌った様に綺麗な動きだったぜ?」

 

手放しの純粋な称賛を一夏に贈るシャルルだが、俺はシャルルの最後の動きこそ凄いと思う。

アレは絶対に偶然とかじゃねぇ。恐らく何度も繰り返して磨いてきた、シャルルの戦闘スタイルだ。

根拠は無えが、俺の喧嘩をしてきた経験がそう言ってる。

それに、シャルルが俺を見て驚いた表情を浮かべてる所を見ると、俺の勘は正しかったらしい。

 

「……元次も、一夏と同じくらいの知識だって言ってたけど、良くあの動きが砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)だって分かったね?」

 

「名称までは知らねえけどな。ちょっと前にある奴と喧嘩してから、そういうのを観る目が養われてんのさ」

 

ある奴とは言うまでもなくヤマオロシの事である。

アイツと戦ってから視線やその感情とかにも敏感になったし、戦闘面に関しても観察眼が養われた。

 

「喧嘩って……人を殴るのは、あんまり良く無いよ?」

 

「いや、人じゃなくて熊なんだけど?」

 

「あっはは。元次ってジョークも上手いんだね」

 

「ジョークでも何でも無えんだが……証拠に写真があるから見せようか?」

 

「見せなくて良いから、お願いだからジョークって事にして……僕の中の常識が崩れちゃうよ」

 

何故か俺の言葉を聞いて項垂れるシャルルだが、常識なんぞ投げ打ってしまえ。

俺は小学生の時に束さんが今の世の中で当たり前になってる空間投影式モニター、通称ソリッドビジョンを片手間で作った時に諦めたぞ。

あぁ、束さんは常識に縛られる人じゃなくて、常識を作る人なんだなと、当時ガキだった俺は勘違いしてたっけ。

 

「なぁシャルル。シャルルから見て、俺はどの辺りが駄目だった?」

 

と、3人娘からアドバイスを貰っていた筈の一夏がこっちに来てシャルルにアドバイスを求めた。

3人娘はというと、直ぐにシャルルへと話し掛ける一夏が気に入らないのか「ぐぬぬ……!!」と悔しそうに唸ってる。

シャルルもそれに気付いたのか、少し顔が引き攣るも、話し掛けてきた一夏に対して真面目にアドバイスを始めた。

やれやれ……まぁ、面倒が俺に飛び火してこねーんならそれでも良いけど。

 

「ええとね。駄目っていうか、一夏が凰さんやオルコットさんに勝てないのは、単純に一夏が射撃武器の特性を余り把握してないからだと思うよ」

 

「射撃武器の特性?一応分かってるつもりだったんだけどな……」

 

「知識として知ってるって感じかな?さっきボクと戦った時もほとんど間合いを詰められなかったよね?」

 

「うっ、確かに……必死に追い掛けてもどの辺りから銃を撃たれるかわからないから踏み切れない時もあるし、さっきはイグニッション・ブーストも読まれたしな」

 

一夏はシャルルの言葉を聞きながらさっきの試合を振り返って自分なりに反省していく。

普通に上手いって所もあったけど、アラを探せばまだまだ出てくる。

 

「後は、やっぱ最初の時に間合いを離されたのが一番痛えんじゃねぇか?お前の白式は攻撃範囲の狭さと燃費の悪さがネックだしよ」

 

「うん。元次の言う通りだね。最初の間合いで僕から離れずに攻撃してたら、負けてたのは僕の方だったと思うよ。それに、銃弾を弾いてから奇襲に移るのは凄く早かったし、やっぱり銃に関して詳しくなってたら、どのタイミングでどういう動きをするかが分かったと思う」

 

「あー、あそこの時点で駄目だったのか……って事は、最初のイグニッション・ブーストは使うタイミングを失敗してたか?」

 

「俺が第三者視点から見てた感じだとそう思うがな。シャルルは余裕を持って回避してたし、どっちかって言えば最初にシャルルが飛び上がった時の後追いで使った方が良かったかもしれねえ」

 

「一夏の白式は近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握していないと対戦じゃ厳しいと思う。特に一夏の瞬時加速って直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

 

シャルルの話を纏めると、今回の一夏の敗因はイグニッション・ブーストの使い所を間違えた事が一番だろう。

それと射撃武器の特性についての理解不足ってところか……まぁ、それ抜きにしても中々惜しかったと思うけどな。

所々でまだ詰めが甘かったからこうなってるだけで、もっと深く思い切り良く動けたら、勝敗は引っ繰り返ってたはずだ。

 

「直線的かぁ……でも、イグニッション・ブースト中って無理に軌道を変えたらヤバイんだよな?」

 

「うん。空気抵抗とか圧力とかの関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね」

 

正に今の一夏には新しい手段を講じる事は出来ない。

よって、新たな武装とかじゃ無く、現状は操縦技術と格闘術を磨くしか無いんだよな。

でもその方が一夏の肌には合ってるだろう、コイツは明らかな一能特化タイプなんだから。

 

「そうかぁ……かといって、これ以上の武器は望め無いしな」

 

「この白式って後付装備(イコライザ)が無いんだよね?」

 

「あぁ。拡張領域(バススロット)が何かで99,9%埋まってるらしい。武器1つなのにな」

 

「確かにおかしいよな。お前の白式で他にあるのって……零落白夜くらいだろ?」

 

「多分だけど、それは零落白夜が単一能力(ワンオフ・アビリティー)で、拡張領域(バススロット)はそれでいっぱいなんだと思うよ?」

 

二人揃って首を傾げる俺達に、シャルルが苦笑しながら補足と仮定を口にする。

っていうか何だ、また新しい単語が出てきたけど。

 

「ワンオフ……って何だ?」

 

「各ISが操縦者と最高状態の相性になった時に自然発生する能力のこと。白式の場合は零落白夜がそれかな」

 

零落白夜……千冬さんが乗ってた暮桜と同じ能力であり、雪片の一撃をチートたらしめる能力。

自らのシールドエネルギーを攻撃に転換する代わりに、相手のシールドエネルギーを無効化して直接ダメージを与える事が可能。

それにより絶対防御を強制的に発動させ、相手のシールドエネルギーを一気に削る事が出来る。

聞くだけなら最強無敵にしてチート過ぎる能力だが、使い所を間違えると一気にピンチへと早代わりしてしまう。

 

「ワンオフ・アビリティーか……そう聞くと納得だよな、一夏?」

 

「まぁ確かに。当てればほぼ一撃必殺のトンデモ能力だし、そう言われれば拡張領域(バススロット)がいっぱいなのも納得出来るな」

 

「俺のオプティマスには単一能力(ワンオフ・アビリティー)って項目はあっても「使用不可」ってなってるし……いやしかしまぁ、シャルル」

 

「「お前の説明って分かり易いなぁ」」

 

俺と一夏は互いに声を揃えてシャルルへと笑顔を向ける。

いや実際聞いてると本当に分かり易いんだ。

超感覚でも、フィーリングでも理論タイプでも無くて、くどくなりすぎず、それでいて要点をしっかりと押さえていて、本当にわかりやすい。

スラスラと専門用語を出して分かりやすく説明出来るってだけで間違い無くアドバイザーとしては、あの3人や俺を含めたこの場の誰よりも優秀だ。

そう思っていると、何故かシャルルは苦笑いしながら口を開いた。

 

「二人とも笑ってるけど、白式は第一形態なのにアビリティがあるっていうだけでものすごい異常事態なんだよ?前例がまったくないからね」

 

「え?そうなのか?」

 

シャルルの言葉に驚いた表情に一夏が問い返すが、俺も全く同じ気持ちだったりする。

一夏が普通に使ってたから、別に珍しいモンでも無いかと思ってたんだが……。

 

「普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発現するんだよ。それに、二次移行(セカンド・シフト)しても発現できない機体の方が圧倒的に多い。だから、発現していないISでも特殊能力を使えるように、って開発されているのが第三世代IS。オルコットさんのブルー・ティアーズや凰さんの甲龍がそうだね」

 

第3世代……それで思い浮かぶのは、セシリアのBT兵器と鈴の衝撃砲だ。

そういえばあの二つは第3世代特殊兵装ってのだったな。

つまりアレがワンオフ・アビリティーの代わりって事で開発、搭載されてるんだろう。

そう考えると一夏の白式はレアな能力を積んだレアな機体って事になる訳だ。

 

「しかも、その能力って織斑先生の――初代ブリュンヒルデが使っていたISのアビリティと同じだよね?普通は姉弟だからって、同じアビリティが発現するはずが無いんだけど……」

 

「ふーん?……まぁ、俺としては零落白夜が使えるのはありがたいけどな」

 

「それって能力的な意味じゃねえだろ?」

 

主に大好きなお姉ちゃんと同じ能力最高ですって意味だと分かる。

何せ俺は一夏の兄弟ですから(笑)

 

「ばっ!?ち、ちげぇよ!!深読みすんなっての!!」

 

「あ、あはは……じ、じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか。元次も一緒にやる?」

 

「シャルル、苦笑いしないでくれ!!」

 

「おう。俺も最近になって銃を撃ち始めたからな。是非ご指導頼むわ」

 

「うん。この前のご飯のお礼も兼ねて、ちゃんとするよ」

 

「あのお二人さぁん!?ちゃんと俺の話を聞いてもらえませんかねぇ!?」

 

騒ぐ一夏の言葉には取り合わず、俺達は他に訓練してる子達の邪魔にならない位置まで移動して、ターゲットスコアを出現させた。

未だに納得出来ていない一夏がぶつぶつと文句を言っていたので、とりあえずブン殴って訓練に集中させる。

お前のシスコン振りについてはもう良いっての。

頭を抑えて震えてる一夏を尻目にシャルルへと視線を送れば、シャルルはレッドバレットをコールして立っていた。

 

「じゃあ、実際に撃ってみようか。はい、一夏」

 

「痛てて……あれ?他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

 

「普通はね。でも所有者が使用承諾、つまりアンロックすれば、登録してある人全員が使えるんだよ。――うん、今一夏と白式に使用承諾を発行したから、どうぞ……あっ、元次とオプティマス・プライムにも出しておくね?」

 

「ん?あぁ、サンキュー」

 

一応自前の銃はあるけど展開するのも面倒くさいので、シャルルからの好意を有難く受ける事にした。

先にシャルルからレッドバレットを受け取った一夏は少し緊張気味な表情でレッドバレットを持っている。

まぁ初めて銃を扱うなら誰でもそうなるだろう、俺も最初はかなり緊張したしな。

 

「ええと……構えはこうで良いのか?」

 

「んっと、脇はもう少し閉めて……左手はここ。これでしっかりと安定するでしょ?」

 

「……おぉ。さっきよりも銃がブレなくなったぜ。サンキュー」

 

一夏は初めて握る銃を自分なりに構えてみせるが、やっぱ初めてなので銃がグラついたりしてる。

それをシャルルが後ろによって、手の位置や身体の位置を適切な位置に移動させた事で安定した構えを維持し始めた。

うん、やっぱシャルルがコーチを買って出てくれたのは大正解だな。

あの3人が全部悪いって訳じゃねぇけど、箒は近接を教えれても、一夏と同じく銃器は駄目。

オルコットは先に回避出来る様にと飛行技術を教えてて間に合わなかったし、鈴はそもそも銃なんて積んでない。

俺もまだ最近になってやっと銃について学び始めた所だからなぁ。

色々あってこういった事は誰も一夏に教えれて無かったし、そもそも一夏が白式に銃を積んで無いからって銃器の授業をちゃんと聞いてなかったのもアレだがな。

聞いてても余り重要視してなかったってのが正しいか。

 

「それと、このレッドバレットは火薬銃だから瞬間的に大きな反動が来るけど、ほとんどはISが自動で相殺するから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」

 

「銃器を使うときのやつだよな?……さっきから探しているんだけど見当たらない」

 

確かFCSだっけ?ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送る為に武器とハイパーセンサーを接続する火器官制機器だったか。

これを使う事でハイパーセンサーを通した視界に、ドットサイトを浮かび上がらせる。

銃器と連動させる事で、銃が狙っている方向をドットサイトで示してくれるという、銃撃には大事なアイテムだ。

ゲームで例えるなら、ロックオンした時に、画面に浮かび上がるドットサイトがそのまま視界に映るって感じだな。

どうにも一夏の白式にはそのシステムが組み込まれていないらしい。

 

「あれ?ちょっと待て。確かFCSシステムってどんなISでも組み込まれてるんじゃ無かったか?」

 

授業で習った事との齟齬を見つけて、俺は堪らずシャルルに質問を飛ばす。

一方で一夏の答えを聞いたシャルルも少し戸惑った表情を浮かべていた。

 

「う、うん。僕のラファールの量産機とか、日本の打鉄にもあるよ……普通は格闘用の機体にもある筈なんだけど……」

 

「千冬姉が言うには欠陥機らしいからな、コレ」

 

「機体性能は100%格闘のみに割り振られてるって事かよ。白式作った奴は間違い無く千冬さんの暮桜の熱狂的なファンか、若しくは最高にイカれて最高にイカした奴なんだろうよ」

 

「うへえ……今度から倉持技研に行くのが怖くなる」

 

俺の呆れた呟きを聞いた一夏は顔を嫌そうに歪めてそう愚痴る。

ちなみに一夏の言った倉持技研というのは、白式の開発をした企業の名前らしい。

確かに千冬さんの暮桜は初代ブリュンヒルデが乗ってたって事で今も男女問わず熱狂的な人気がある。

だがもし、その後継機を作り出そうなんてイカれた計画の形が白式だってんなら、ちょいと倉持技研は夢とロマンに溢れすぎだと思う。

そんなピーキーなマシンを乗りこなせるヤツがホイホイ居たら洒落にならねぇっての。

 

「まぁ今はその事は置いておいて、FCSが無いなら目測でやるしか無いね。一夏、ちょっと試しにそのまま撃ってみて」

 

そんな感じで訓練の空気から少し脱線した俺達を見て、シャルルは微笑みながら訓練に戻る様促す。

それで今の状況を思い出したのか、一夏は「お、おう」と返事を返しながら、シャルルに教わった構えをもう一度作る。

とりあえず目の前にターゲットスコアが出ているので、一夏はそれ目掛けて引き金を引いた。

 

バァンッ!!

 

「うお!?」

 

火薬銃の織り成すマズルフラッシュと炸裂音に驚いて、一夏は大声をあげる。

勿論初めて撃って当たり、なんて頃が起きる筈も無くターゲットスコアは大外れのポイントを掠めている。

俺も最初に銃を撃った時は似た様なリアクションをしたので、少し懐かしい気分になった。

 

「どう?初めて撃った銃は?」

 

「……あ、あぁ。何ていうか、とりあえず……『速い』って感想だ」

 

「そう。速いんだよ。一夏のイグニッション・ブーストも速いけど、弾丸はその面積が小さい分、より速い。だから、軌道予測さえあっていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻するときに集中しているけど、それでも心のどこかではブレーキがかかるんだよ」

 

「その隙に間合いを開けられてるって事か……成る程なぁ。偶に一方的な展開に持ってかれるのはそういう事だったのか」

 

後ろに立っていたシャルルの質問に、一夏は目を瞬きながらそう答え、その答えにシャルルは的確な答えを返す。

その答えを聞いた一夏は今までの敗因に納得してウンウンと頷きながら、レッドバレットを俺に渡してきた。

これ撃って良いのか?と思いシャルルに視線を送ると、シャルルは微笑みながら「どうぞ」と手でジェスチャーを送ってきた。

良し、なら遠慮無く撃たせてもらうか。

一夏から銃を受け取り、オプティマスのFCSを作動させてレッドバレットとリンクさせる。

ハイパーセンサーを通した視界にドットサイトが表示されたので、俺は真耶ちゃんに習った片手撃ちの方法で銃を構えた。

基本的に俺の銃は全部片手撃ちだからな、これも同じ要領で……。

 

「……うらッ!!」バァンッ!!

 

ターゲットスコアに狙いを定めながら引き金を引くと、ISの反動制御とパワーアシストが働いて銃の衝撃を和らげてくれる。

生身で銃を撃つよりも遥かに楽だ。

真耶ちゃんに教わった構えを忠実に守って撃ち出された弾丸は、キッチリとスコアのど真ん中をブチ抜いていた。

更に新しく出現させたターゲット2つも続けてド真ん中をブチ抜く。

 

「へっへ。ダーツなら、ブルズアイって所か?」

 

「おまっ、何時の間にそんな銃の撃ち方覚えたんだよ!?しかもキッチリ真ん中抜いてるし!!」

 

「へぇー。元次はワンハンドショットが出来るんだね……もしかして元次のオプティマス・プライムって射撃型?」

 

しっかりと訓練の成果が出た事に笑みを浮かべる俺と、そんな俺に驚愕の視線を向けてくる一夏。

そんな俺達とは一歩引いた位置で俺の事を見てくるシャルルやセシリア達。

シャルルの表情は「意外だな」って感じだが、箒達は何故か頭を抱えていた。

 

「シャルルには悪いが、外れだ。俺のオプティマスは格闘もこなせるぜ。それと銃は最近習い始めたばっかりだし、オプティマスにはFCS積んであるからな。これぐらいは何て事無えよ」

 

「そうなんだ?全距離対応のオールラウンダーって所かな?」

 

「勘弁してくれ……ゲンの喧嘩殺法に剣だけでは無く銃まで本格的に加わるというのか……」

 

「わたくしはスナイパーなのでまだ幾分か気は楽ですが……中距離まで詰められた時の事を考えると恐ろしいですわ……死神の手が伸びたと言いますか……」

 

「本当にアンタはマシよ。アタシはガッツリ中距離だから、龍砲が全部回避された時は「あっ、走馬灯が……」ってなったんだから。双天牙月が棒っきれに見えたし……箒は近距離だから一番悲惨ね」

 

「……ええと……元次って、本当に初心者なの?君と戦う事を恐れてる人達の内2人は代表候補生なんだけど……」

 

「ISに関しては本気でド素人だぜ?生身の喧嘩に関してはかなり経験値あるけどな」

 

「ん~……そういえば~ゲンチ~に付いた新しいアダ名があってね~。確か、『IS学園最強のド素人』っていうのだったよ~?」

 

本音ちゃんその話をKWSK。

ちょっとそのアダ名を付けてくれた犯人をとっちめてきたいので。

最近自分のアダ名が増えすぎて頭が追っ付かないんだよ。

職員室行ったら先生に『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』とか呼ばれて顎外れそうになったっす。

 

「あっ!?最近俺が箒達と特訓するのを断って何処かに行ってたのってそういう事かよ……俺に隠れて特訓なんて水臭いじゃねぇか」

 

俺の射撃能力が向上した種明かしと、シャルルの疑問への答えを出すと、一夏は何やら不貞腐れた表情を浮かべる。

レッドバレットを受け取りつつ、ブチブチと文句を呟いているので、俺は少し苦笑してしまった。

どうせコイツは自分が除け者扱いされたと思って悔しがってるんだろうが、実際はそうじゃ無えんだよなぁ。

 

「別に隠してた訳じゃねぇよ。銃の練習は生身で射撃場に行ってたから、お前を誘うのは無理だったってだけだ」

 

「何でだよ?誘ってくれれば俺だって……」

 

「クラス対抗戦の為に特訓してたお前を誘える訳無えじゃねぇか。あん時はそれどころじゃ無かっただろ?」

 

「うっ……ま、まぁ確かに……あの時は瞬時加速覚えるので大変だったからなぁ……」

 

一夏もその時に自分が何をしていたのかを思い出して、漸く納得してくれた。

あの時は鈴との冷戦もあったし、ISに乗って練習してるのを俺の都合で邪魔する訳にもいかなかった。

だから俺はISの訓練はなるべく付き合ったし、射撃練習が時偶にしてただけだ。

それにセシリアが言ってた様に、射撃法を知っておく事で相手の戦闘法は予測出来ても、射撃場で銃を撃つのとは全く違う。

それこそ今回の様にISで銃を撃つ機会が無ければ、一夏が銃を撃つ事は無いんだし。

 

「あ、一夏。そのまま一マガジン使い切っていいよ。今は一夏の訓練だからね」

 

「お、おう。サンキューシャルル……良し!!」

 

シャルルから引き続き銃を使って良いと言われた一夏はシャルルの教えてくれた構えをして、次々とターゲットスコアを狙撃していく。

どれも真ん中では無いが、かなり惜しい辺りを当てている。

ISが反動を抑えてくれているというのも大きいけど、それでも俺が初めて撃った時より遥かに上手い。

やっぱ俺とアイツじゃ才能の幅が全然違うな……眠れるサラブレットって所か。

 

「うん。良い感じ……トリガーを引く時、一回毎に脇を絞めて。銃身は視線の延長線上に移動すると撃ちやすいよ」

 

「分かった!!」

 

宙に浮くターゲットを撃ち抜く一夏に、シャルルは所々でアドバイスを入れる。

ちゃんと的確で分かり易いアドバイスだったから、一夏も元気よく返事を返して修正していた。

 

「しっかしよぉシャルル。会った時から思ってたんだが、随分と日本語上手いな?」

 

射撃の練習をしている一夏に視線を向けながら、俺は兼ねてから疑問に思っていた事をシャルルに尋ねる。

そう、シャルルの日本語は普通に上手い。日常生活でも支障が無い程にだ。

読み書きも問題無いし……ちょっと『上手過ぎる』んだよな。

 

「え?うん。日本語は2年前から習ってたから……最初は不安だったけど、日本人の元次に上手いって言われるなら大丈夫かな?」

 

「あぁ。日常生活でも全然問題無えよ……ホント」

 

俺の素朴な疑問に首を傾げたシャルルだが、直ぐに笑顔を見せて俺に答えた。

それを聞いて、俺も笑みを浮かべるが……益々俺の中の疑念は膨らんでしまう。

2年前から?……シャルルは一体『何の為』に日本語を習ったんだ?

セシリアみたいにIS学園に来る為に学んだとかならまだ分かる。

ここは日本だから日本語が話せない、書けないなんて洒落にならねぇからな。

それに千冬さんに教えてもらったが、ISのハイパーセンサーの表示語は全て日本語がメインにされている。

これは単にISのコアの説明とかが全部日本語表記だからで、理由は『外国語?何ソレおいしいの?日本語でおk』という束さんの手抜きが原因らしい。

下手に弄ってコア破損なんてなったら死刑モノだから、開発者や操縦者は日本語をマスターしてるそうだ。

そんな理由があるならセシリア達が日本語が達者なのは理解できるが……シャルルは違う。

俺や一夏と同じく『偶々』見つかった男性適正者が『偶々』日本語が達者で『偶々』代表候補生並の実力者?

普通に考えたら、神様からの寵愛を一身に受けたレベルの偶然だぞ。

何だかなぁ……疑いたく無えのに疑う要素が出過ぎてる気がする。

そんな事を考えていると弾丸を撃ち切った一夏がシャルルにライフルを返しに来た。

 

「ふぅ。ありがとうなシャルル。銃なんて初めて撃ったけど、良い経験になった」

 

「どう致しまして。それよりどう?コツは掴めたかな?」

 

「んー……ハッキリとした訳じゃ無いけど……何となく掴めたって感じだ」

 

「うん。まぁ今日が初めてだし、またこれから少しづつやっていけば段々分かってくると思うよ」

 

焦らないでね、と付け加えて、シャルルはレッドバレットのマガジンを交換し、再び量子変換して仕舞う。

……今は考えても仕方無えか。あんまり考え過ぎると知恵熱出ちまうし、ダチを疑うのも嫌な気分だ。

心に浮かんだ疑念を全て振り払って、俺は疑念よりシャルルの持つ技について考えを変える。

やっぱシャルルは量子変換するスピードが普通より全然速いな……何か隠れた技能でも持ってるって事か?

そう思ってシャルルを見ていると、隣の一夏はシャルルのISに目を向けて口を開いた。

 

「そういやシャルルのISってラファール・リヴァイヴなんだよな?この前の実習で山田先生が使ってた」

 

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラフォール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備(プリセット)をいくつか外して、その上で拡張領域(パススロット)を倍にしてある」

 

「倍!?そりゃ凄いなぁ……俺の白式にも少し分けて欲しいくらいだよ」

 

「あはは。分ける事は出来ないけど、まぁそんなカスタム機だから今量子変換(インストール)してある装備だけでも二十くらいあるよ」

 

「20ってちょっとした火薬庫だな……」

 

シャルルのISの驚くべき武器の貯蔵量に、一夏は目を開いて驚く。

一方で俺はそんなに驚いてはいなかった。

何故かと言えば俺のオプティマスもそれに近い量の武器があるからだ。

それに、只単純に武器を多く積むぐらいなら弄った機体があれば誰でも出来る。

問題は、それだけ多くの武器を使いこなし、状況に応じて的確な武器で対応出来るかどうかって事だ。

さっきの模擬戦を見た感じじゃ、シャルルは恐らくその20はある武器を全て使いこなしてると思っていいだろう。

もし学年別個人トーナメントで当たったら……シャルルが一番の強敵になりそうだぜ。

 

『ねえ、ちょっとアレ……』

 

『ウソっ、ドイツの第三世代機じゃない?』

 

『まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……』

 

「ん?何だ?」

 

急にアリーナのあちこちからざわついた声が聞こえ、俺達は何事だろうかと注目の的へ視線を向ける。

 

「………………」

 

其処には、一夏をはたき、俺に喧嘩を売ってきたドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒが佇んでいた。

カタパルトの上で、真っ黒のISに乗りながら、地面に立つ俺達を冷酷な眼差しで見つめている。

 

『ドイツ第3世代型IS、漆黒の雨(シュヴァルツェア・レーゲン)第3世代型特殊兵装有り』

 

何時もの様にオプティマスから送られてくる相手のデータに軽く目を通して、その項目をシャットアウトする。

漆黒の雨、ね……ご大層な名前だが、それに見合う強さがあんのか?

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

「なに、アイツなの!?一夏を叩いて、ゲンに喧嘩売ったドイツの代表候補生って!!」

 

「……」

 

そう考えていると、俺達と一緒に特訓していた箒達が目を鋭くさせて、ヤツを睨む。

まぁ惚れた男が殴られたとあっちゃ黙ってられねえか。

しかも一夏が何かをした訳でも無く、本当にいきなり何の理由も無くだからな。

俺や一夏達とは初日に対立が決定してるので、俺達はこぞって目を厳しくしてしまう。

さゆかや本音ちゃんの様な優しい子達はどっちかにつかづ見守ってるって立ち位置だが。

奴は転校してきた日以来、誰とも話そうとせずに1人で居る。会話すらも無しだ。

まぁ俺としては別にどうでも良い事だが、奴が何故俺や一夏を目の敵にするかが今1つ分からねぇ。

というかあの銀髪チビと千冬さんの関連性が見えないから予想のしようが無いんだけどな。

 

「織斑一夏……」

 

何故か近くに居る俺の事は無視して、銀髪はISのオープン・チャネルで名指しのご指名をする。

 

「……何だよ」

 

さすがに初日に訳も判らず叩かれた一夏も良い顔は出来ないのか、ぞんざいな返事を返す。

名指しで呼ばれた以上、無視する訳にもいかねぇから仕方なくって感じだな。

銀髪は一夏の返事を聞いて気に入らないって感情を貼り付けた顔を浮かべた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな……ならば話が早い。私と戦え」

 

「嫌だね。理由が無え喧嘩はするつもりは無えよ」

 

銀髪の誘いを、一夏はにべも無く断る。

その顔は堂々としていて、何を言われても揺るがない意志の強さが伺える……言う様になったじゃねぇか、アイツも。

しかし銀髪はそんな一夏を心底気に入らないといった表情で見据え、更に苛立った声音を紡いだ。

 

「貴様に無くとも、私にはある……貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

「――何?」

 

今の声は一夏じゃ無い……その側に居た俺が出した声だ。

銀髪が語った台詞は、今まで一緒に暮らしていた俺が、千冬さんからも、兄弟からも聞いた事が無い話だったからだ。

しかし事件の内容なら知ってる……第2回『モンド・グロッソ』、ISの世界大会。

その決勝戦当日、千冬さんは急遽試合を棄権してしまったのだ。

決勝戦は千冬さんの不戦敗に終わった。

世界中の誰もが2連覇を確信してただけに、千冬さんの試合棄権は大きな騒ぎを産んだ。

俺も当時、一夏と千冬さんにドイツに試合を見にいかないかと誘われたが、俺はその頃はまだパスポートを作ってなかったので行かなかった。

だから家のテレビで生放送のモンド・グロッソを見ていて千冬さんが棄権したと報道された時は何かの冗談かと思った。

慌てて一夏に連絡を取ってみたものの、結局アイツがドイツから帰ってくるまで音沙汰は無く、帰ってきた一夏は何も語らない。

一夏が語ったのは、千冬さんが何かの用事で1年間は帰ってこないという事と、千冬さんがIS操縦者を引退したという報告だけ。

以来、俺と一夏、千冬さんの間ではこの話題はタブーになり、今日まで詳しい事実を知る事が出来なかった。

 

「今で無くても良いだろ。もうすぐ学年別個人トーナメントなんだから、そこで白黒つけりゃ良い」

 

思考の渦に囚われかけていた頭を、一夏の嫌がる声が引き戻してくれた。

どうやら俺の呟きは誰にも聞こえていなかった様で、衆人の関心は全て一夏と銀髪に向いている。

一夏自身は依然として戦う気は無いと告げ、銀髪から視線を外す。

 

「ふん。ならば――」

 

そして、奴は煮え切らない一夏に向けて肩のアンロックユニットに接続された実弾砲を構える。

野郎!!無抵抗の奴にまで銃をブッ放つ気か!?

 

「兄弟ぃ!!」

 

「ッ!!?」

 

「戦わざるを得ないようにしてやる!!」

 

ズドォオンッ!!!

 

奴の狙いに気付いた俺が声を掛けた瞬間、奴の大型実弾砲が火を吹いて一夏に向かって砲弾を撃ち出す。

タッチの差で一夏も銀髪の行動に気付く事が出来たお陰か、一夏は真剣な表情で雪片をコールした。

そのまま一夏は迫り来る音速の弾丸に向かって身体を一回転させてながら、雪片を抜き放つ。

 

「でりゃぁああッ!!」ゴギィインッ!!

 

「ッ!?ば、ばかなッ!?」

 

回転の速力と遠心力を上乗せした弾き上げで、銀髪の放った実弾砲は俺達の真上を跳ねた。

とりあえず直撃は避ける事が出来たが……俺の心中は怒りの感情が沸々と湧き上がる。

良くも無抵抗の兄弟に喧嘩売ってくれたな……借りは返させてもらうぜ?

俺は拡張領域に収められている斬撃武器の1つであるエネジーアックスをコールし、肩に担ぐ形で構える。

目標は実弾砲を弾いた一夏に信じられないという視線を送っている銀髪だ。

 

「ぶっはあ!?あ、危ねえだろ!?ビンタされた時も言おうと思ってたけど、いきなり何しやがる!!」

 

「……音速の実弾砲を実体ブレードで弾いただと?……くッ!?ならばもう一度――」

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

視界の先では一夏に先を取られた銀髪が悔しげに呻きながら次弾を撃とうとし、一夏と銀髪の間にシャルルが割り込んだ。

既にシャルルの両腕には六一口径アサルトカノン『ガルム』と五五口径アサルトライフル『ヴェント』が握られている。

銀髪は新たな乱入者であるシャルルに「邪魔だ」と言わんばかりの視線を向けて口を開くが――。

 

「……貴様。フランスの第2世代型(アンティーク)如きで、私の前に立ち塞がるとは――」

 

「ダイレクトピッチャァアアア返しぃッ!!」バチコォオオオンッ!!

 

俺の存在を忘れてんじゃねぇよッ!!このアホンダラがッ!!

一夏が真上に弾いた実弾砲の弾が落ちてきた瞬間、俺はエナジーアックスを思いっ切り振り抜いて、弾丸を『打った』

本来、ISに装備されているセンサーは飛来物の警告を出してくれるが、それは相手にロックされた場合に限る。

勿論一夏が墜落してきた時の様に普通の飛来物を感知する事も出来るが、それは自機に危険度の差がある所為か、銃器の警告より遅い。

従って、銃で撃ち出された訳でも、ロックオン機器を使った訳でも無い上に発射音すら無い只の鉄の塊を察知出来ても直ぐ様回避出来るか?答えはNOだ。

 

「な!?(ドガァアッ!!)ぐはあっ!?」

 

「――は?」

 

俺がナイスバッティングで打ち返した銀髪の実弾は、奴の土手っ腹に見事命中。

その勢いに押されて無様に後ろへすっ転んで視界から消えていった。

急過ぎる展開の移り変わりに着いて来れないのか、アリーナの喧騒がシンと止む。

そんな静寂の中で俺が思ったのは、近年稀に見るナイスバッティングだったなという事だった。

 

「えぇええええ!?な、何今の!?な、何をしたの元次!?」

 

「あ?何をも何もバッティングだが何か?(ズイッ)」

 

「そう言っても手に持ってるのはバットじゃ無くてアックスだよね!?それで打ち返したの!?というか何であんなに綺麗に当てれるのさ!?」

 

「いやー、俺としてもあんな綺麗に入るとは思わなかったけどよ……まぁ、良んじゃね?」

 

「良くないよ!!これ以上僕の常識を壊さないでって言ったじゃないかぁあああ!!」

 

だから常識なんて不確かなモンは投げ打ってしまえと言うに。

余りに現実離れした光景にシャルルは叫び声を挙げ、一夏はポカンと銀髪の居たであろう場所を見つめている。

俺は問い質してきたシャルルにエナジーアックスを見せながら答えるが、シャルル本人は全然納得してないご様子だ。

今も俺の目の前で天を仰ぎながら「あぁ主よ……ジャパンは超人の住処なのでしょうか?」とかなんか呟いてるし。

 

「ぐ、が……ッ!!?き、貴様ぁああああああッ!!」

 

と、目の前で呆然とする一夏と嘆くシャルルを見ていた俺の耳に、劈く様な怒り心頭の怒声が届く。

そっちに視線を向ければ、腹を抑えながら憤怒の表情で青筋を浮かべる銀髪を発見。

やっこさん、いい具合にハラワタ煮えくり返ってやがるぜ……まぁ、俺はそれ以上だけどな。

 

「あぁ?何だコラ?テメエが落としたゴミ屑をご丁寧にも返してやったんじゃねぇか。文句でもあんのかガキ?」

 

「……良い度胸だ……ッ!!貴様は今直ぐそのIS諸共叩き潰してやる!!」

 

「はぁ?テメエ程度の奴が、この俺を?オプティマスを潰すだぁ?……『寝言ほざいてんじゃねぇぞクソガキッ!!臨死体験させてやろうかゴラァッ!?』」

 

「(ぞくっ!!)ッ!?く、くそ……ッ!!何なんだ、あの威圧は!?」

 

カタパルトの上から実弾砲を構える銀髪に対して、俺は威圧を篭めた叫びを挙げてストライカーシールドを呼び出す。

大斧と大盾という偏った装備を使いつつ、『猛熊の気位』を発動させる。

俺の威圧を真正面から受けた銀髪は震えながら冷や汗を流しつつ、俺から目を逸らさない。

当然だ、あの時よりも弱い威圧を使ってるんだし、この程度で戦意が折れる様なら俺の敵じゃねぇ。

銀髪のISがどんな装備を積んでるかは分からねえが、別に良い……全部纏めて叩き潰してやる。

カタパルトの上で苦い顔をしながら大型砲を構える銀髪と、獰猛に笑いながら何時でも飛び出せる様にスタンバイする俺。

どっちかが動いた時が開始の合図になる。

 

『そこの生徒!!何をやっている!!学年とクラス、氏名を言いなさい!!』

 

しかし、いざ俺達がバトろうって時になって管制塔から監督役の先生が注意を飛ばしてくる。

そのアナウンスを聞いて面白く無いって感じに顔を歪める俺と、戦闘態勢を解除しつつも警戒心をMAXで発する銀髪。

しょうがねぇ……先生が出張ってきたんなら、今回はここで終いだな。

 

「ちっ……おい銀髪、横槍が入ったから今日は終いだ……見逃してやるからとっとと失せろ」

 

「――くっ!!」

 

俺がエナジーアックスとストライカーシールドを量子化すると、銀髪も悔しそうな表情を浮かべてISを解除し、アリーナから去って行った。

今正にバトルに入ろうとしてた俺達が武装を解除した事で、アリーナの空気も緩和されていく。

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「お、おう。サンキューなゲン。あの時声掛けてくれなかったら、あのまま喰らってただろうし」

 

「いやいや。その後の弾丸弾きは見事だったぜ?それに、シャルルにもお礼を言っときな」

 

済まなそうにお礼を言ってくる一夏にそう言うと、一夏は勿論シャルルもポカンとした表情を浮かべる。

俺は二人より斜め後ろの位置に居たから、あの時の状況は全部見えてたのさ。

 

「お前に弾丸が迫ってた時、シャルルはシールドを取り出して前に出ようとしてたからよ」

 

「え?そうなのかシャルル?」

 

「あっ、う、うん。でも、一夏が自分で弾いちゃったから、意味無かったけどね」

 

「そんな事無えって。ありがとうな、シャルル」

 

笑顔でお礼を言う一夏に、シャルルは気にしないで良いと手を振る。

ほんとに出来た奴だな、シャルルは。

箒達もこっちに来て一夏の身を心配して声を掛けてくるが、一夏は大丈夫と答えていた。

嘘つけ……顔が大丈夫じゃねぇって言ってるっての。

何時もならツッコミを入れてる所だが、今日の所は止めておこう。

一夏も何かしらあの銀髪の事で悩んでる……心の整理をしてる途中って感じだしな。

 

「……今日はこれで終わるか。先生にも注意されちまったし」

 

「あぁ。アリーナの閉館時間も近づいてるし……あの銀髪の所為で俺も白けた」

 

さっきの空気、そして銀髪に言われた事を忘れるかの様に、一夏は今日の訓練の終わりを告げる。

俺等以外の皆も何かそんな気分だったらしく、一夏の提案に同意して、俺達は其々更衣室へと戻っていった。

普通こんな事があれば、俺と一夏の立場に居る人達はどんな空気になるだろう?

話せない後ろめたさと話してくれない苛つきだろうか?

でも、俺達は違う。

 

「なぁ、兄弟」

 

「ん?何だ?」

 

「……今日の夜、時間良いか?……あの時の事、話す決心がついたからよ」

 

「……本当に良いのか?あの銀髪に言われたからじゃ無えのか?」

 

態と試す様に聞き返すが、一夏はそんな俺を真っ直ぐな瞳で射抜いてくる。

その目には、今までに見たことが無い、固い決意が見え隠れしていた。

 

「そんなの関係無えよ……俺もいい加減、ちゃんと向き合わなきゃいけねえって思ったんだ」

 

「……分かった。時間空けとくから、飯が済んだら来いよ……茶と茶請けくらいは用意してやる」

 

「サンキュ。兄弟」

 

「何時もの事だろ?気にすんあ、兄弟」

 

互いに信じてるからこそ、俺達にそんなギスギスした空気は沸かねえ。

俺達はお互いに笑顔を浮かべて、ISを纏ったままの拳をぶつけ合う。

そんじょそこらの壊れやすい友情だと思ってくれるなよ?

 

 

 

 

 

「あっ。でも今日は本音ちゃんとさゆかが飯食いにくるから、やっぱ食後1時間してから来い」

 

「そこは普通俺を優先するだろ!?ブラザーソウルが足りてねぇぞ!!?」

 

「ア、アハハ……」

 

薄情過ぎる俺に驚愕しながら怒鳴る一夏と苦笑するシャルル。

本音ちゃんとさゆかの方が優先に決まってんだろう。友情?そんなもんヤマオロシに食わせてやったわ。




前書き通り30分後に投下します。


エロく、出来たかな?……エロかったらイイナー。

甘い話に出来たかな?……甘かったらイイナー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

笑顔の裏……



遅くなってすいません。

最近はずっとエブリスタさんの方で読み専になっていました。

そして読めば読むほど、自分はまだまだ未熟だなと痛感しました。




 

 

 

 

 

「ったく、面倒な銀髪だぜ……どうにもこの学園に来てから、トラブルに恋焦がれられてる気がしてならねぇ」

 

「一番好かれたくないタイプの典型じゃねぇか」

 

俺達は更衣室へと戻ってくる道中に先生からさっきの件で注意を受け、その足で更衣室へと戻った。

待機状態に戻したISを外し、ISスーツのズボンを脱いで着替えつつ、一夏とこの学園生活について苦言を垂れ流す。

本来は女子が使っていた更衣室の1つを俺達男子3人の為に間借りしているのだが、50はあるロッカーを納める為に部屋は結構広い。

そんな部屋を俺達男子だけで占領してるのは、少し申し訳無い気分だ。

まぁかと言って女子とシェアなんて狂気の沙汰は絶対に御免だが。

 

「二人とも大丈夫?特に一夏は弾丸を弾いてたけど……腕とか痺れて無い?」

 

と、何故か反対側のロッカーに荷物を入れていたシャルルが服と鞄を持ってこっちに現れる。

 

「ん?あぁ、大丈夫だ。サンキューなシャルル」

 

「俺は特に実質的な被害は受けてねぇからな。問題無えよ」

 

「元次の場合は被害を受けたというより、与えた方だと思うけどね」

 

言う様になったじゃないのシャルル君。

苦笑いしながら出たシャルルの言葉を聞いて、俺と一夏は「違いない」と笑いながら上のスーツを脱いだ。

今日はセシリアに料理を教えるという大変な仕事がある訳だし、サッサと戻ってシャワー浴びるとしますか。

 

「ッ!?じ、じゃあ僕、先に戻るから……」

 

と、シャルルは何故かISスーツを着たまま戻ろうとしていた。

その声に視線を向けてみると、何故か俺と一夏を見るシャルルの顔は朱色に染まっているではないか。

シャルルさんや、何で俺達を見てそんな顔するんでしょうか?

 

「え?またか?お前いっつもそうだよな」

 

「そ、そんな事無いと思うけど……」

 

しかしシャルルの顔色に気付かないのか、一夏は普通に首を傾げながら彼に問う。

まぁ別にどうするかは個人の自由だから俺としては別に良いんだけど、一夏の言ってる言葉が少し引っ掛かった。

 

「一夏、いっつもってどういう事だ?」

 

「ん?あぁ、シャルルって部屋で着替える時も態々シャワールームを使っててさ。一緒に着替えようとしないんだよ」

 

「い、いやその……ちょっと、恥ずかしいっていうか……」

 

「恥ずかしいって、男同士なんだから別に恥ずかしくなんて無いだろ。もっと親睦を深めようぜ」

 

上着は前全開のシャツにISスーツのズボン姿という、ある種変態チックな格好をした一夏が無駄にカッコ良い笑顔でそんな事を言っている。

何故かは分からないが、昔から一夏は男同士の付き合いってのは裸、若しくは更衣室で着替えながらの馬鹿話と相場が決まってるらしい。

最初聞いた時は兄弟が極度のゲイだと思って危うくブッ殺し掛けたが、ちゃんとAVには反応してたのでゲイでは無いという事で安心したのはいい思い出だ。

まぁそんなちょっと(?)変わった考えを持つ一夏からすれば、男同士の付き合いをしないシャルルに不満があるんだろう。

今も俺がズボンを履く為に目を離した隙に、何故かロッカーに背後を遮られたシャルルと、そのシャルルの顔の傍に手を付いて迫る一夏という図が成り立ってる。

 

「も、もう。着替えを一緒にしたぐらいで親睦が深まるわけ無いでしょ」

 

何故か両手を胸元に寄せて身を守る様な体勢を取っていたシャルルが、顔の横のロッカーに付いていた一夏の腕を払い除ける。

そんなシャルルの言動に、一夏は「チッチッチ」とでも言わんばかりのしたり顔で指を振っていた。

 

「そんな事は無いぞ。日本には裸の付き合いという言葉があるくらいだからな」

 

「は、裸の付き合い?」

 

「そ。ありのままの自分で隠し事をしてませんよ、っていうアピールなんだ。裸になって素の自分をさらけ出すことで初めて深い仲になれるんだよ。一緒に風呂に入ったりするのが代表例だな」

 

意味としちゃ合ってるけど、それ別に日本特有の文化って訳じゃ無いんじゃね?

一夏が自身満々に言い放った台詞にシャルルは何故か、何故か顔を赤くして俺に視線を向けてくる。

まぁ間違った意味では無いので、俺も一夏の言葉を支持するつもりで頷いておいた。

第三者の同意が入った事で、シャルルは小さく唸りながら困った表情を浮かべてしまう。

 

「そうだ。何ならこの後一緒に風呂に……」

 

「ふぇ!?い、いやその……ッ!!そ、そうだよ!!男子は大浴場は使えないでしょ!!そうだよね元次!?」

 

「ん?あぁ……女子が俺達の後にも前にも入りたくないって騒いでるからなぁ……」

 

「う゛……。そ、そういえばそうだった」

 

一夏の押しの強い誘いに戸惑いを見せるシャルルだったが、これ幸いと天から伸びた蜘蛛の糸を見つけたカンダタの様な必死さで俺に聞いてきた。

シャルルの言葉を聞いた一夏は言葉を詰まらせ、未だに入れない風呂への悲しみを顔に滲ませる。

俺も一夏程では無いが、最近めっきりご無沙汰になってしまった浴槽に浸かれる風呂が恋しくなっている。

知っての通り、IS学園には部屋に備え付けられたシャワールーム以外に、女子が皆で入れる大浴場という素晴らしい設備がある。

さすが国立の学園というだけあった、サウナも完備された素晴らしい場所なのだが、今の所俺達は使えないのだ。

まぁ最初に説明があった通り、俺と一夏(当時)2人だけの為に使用時間を設けるのは、すぐには時間の調整が出来ないので無理。

しかし一夏は無類の風呂好きなので、シャワーだけというのは我慢しきれなかったらしい。

そんな一夏君の素敵過ぎる提案が『女子が入り終わった後で入ればいいんじゃないか?』という乙女心を全開で無視した提案。

これにはさすがに俺達の話を聞いていた職員室の先生方の顔が引き攣った笑いになり、一夏は溜息を吐いた千冬さんに頭をシバかれて当然だった。

ちなみに駄目元で真耶ちゃんが生徒の皆に話を聞いた所、『私たちの後に男子が入るなんてどういう風にお風呂に入っていいのかわかりません!!』という全力の拒否だったそうな。

まぁここの学園の生徒って優秀を通り越してエリートな分箱入り娘とかも多いらしいからな。

ここで諦めていれば良かったのだろう。

しかしそれでもめげない熱い心を持った一夏君の次の台詞が『その逆は?』でした。

勿論返ってきた返答は『男子の後のお風呂なんてどう使えばいいんですか!!』という却下の声。

この時期の乙女心ってのは複雑怪奇にして難しいものなんだなとしみじみ実感させられたよ。

 

「ハァ……風呂に入りてえ……」

 

「俺もお前程じゃねぇが、そろそろ足を伸ばしてゆっくりと風呂に浸かりてぇぜ」

 

「だよなぁ……あぁ~、何時になったら大浴場が使えるんだろうな~」

 

「真耶ちゃんが大浴場のタイムテーブルを組み直してるって言ってたし、待つしかねぇだろ……それと一夏、シャルルも何か本気で嫌がってるみてーだし、とりあえず諦めろって」

 

「ちぇ~、ゲンまでそんな事言うのかよ」

 

俺がシャルルの方を擁護する立場に回ると、シャルルはまるで髪を見る様な目で三つ目、一夏は少し不貞腐れた。

俺は脱いで床に放置してたISスーツのズボンを畳みつつ、一夏に呆れた視線を向ける。

 

「行き過ぎると只の変態になるから止めとけってこった。それより今日の夜の事だけど、こっちが空いたらメールするから、それまでに用事済ませとけよ?」

 

「……あぁ。分かった」

 

話題を逸らす事も含めて、恐らく今日一番大事な事を言うと、一夏はさっきまでとは別人の様に真剣な表情で俺に返事をしてきた。

……まぁ、上はシャツで下はISズボンという変態チックな出で立ちの所為でおかしな絵面になってるけどね。

そんな感じで話を纏めていると、シャルルは俺に感謝する様に頭を下げながら、ISスーツの上に制服を羽織る。

 

「そ、それじゃあ、僕は先に行くね?」

 

「おう。お疲れさん」

 

「あっ。シャルル、ごめんな。俺も変に意固地になり過ぎてたよ」

 

「う、ううん。気にしないで」

 

ここで一夏がさっきまでの強引な誘いの事を謝ると、シャルルも微笑んで一夏を許した。

まぁこれで変に話が拗れる事は無いと思う。

こーゆーのは何時迄も引っ張ると回り回って変にギクシャクしちまうしな。

挨拶を済ませたシャルルは先に部屋に戻ろうと入り口を目指して足早に歩いて行く。

 

『すいませ~ん。織斑君と元次さんとデュノア君はいますかー?』

 

しかし、その前に扉の向こうからちょっと控え目なノックと共に声が掛けられ、シャルルは動きを止めた。

声からして真耶ちゃんっぽいな……っていうか俺の名前を呼ぶのって必然的に限られてくるし。

 

「は、はい?3人共居ますけど?」

 

『あっ、良かったぁ。入っても大丈夫ですかー? まだ着替え中だったりしますー?』

 

「あー、もうちょっとだけ待って下さいッス。サクッと着替えちまうんで」

 

『分かりましたぁー』

 

扉越しではあるが、真耶ちゃんの最初の質問にシャルルが答え、次は俺が答える。

どうやら俺達に用事があるみてーだし、急がねぇとな。

俺とまだ着替え終えて無い一夏は互いに見合わせて頷き、サッと着替えて服を整える。

ロッカーを閉めた音を聞いてシャルルが「もう良い?」と聞いてきたので、一夏が「大丈夫だ」と返す。

するとシャルルが扉の向こうに居るであろう真耶ちゃんに声を掛けた。

 

「入っても大丈夫ですよ、山田先生」

 

『はい。じゃあ失礼しますねー』

 

シャルルがOKを出すと、パシュッとドアが開いて真耶ちゃんが入って来る。

どうでも良い事なんだが、圧縮空気の開閉音を一夏はとても気に入っているらしい。

まぁ耳障りは良いと思うけどな。

真耶ちゃんは何時ものレモンイエローのワンピースに身を包み、俺達に柔和な笑みを向けてくる。

あぁ、癒やされるぜ……この笑顔、素敵。

 

「えっと、山田先生、何かあったんですか?」

 

「はい♪男子の皆さんに朗報です。何と今月の下旬から漸く、皆さんも大浴場に入れますよ!!」

 

「え!?ほ、本当ですか!!」

 

「マジかよ!?最高のニュースじゃねぇか!!」

 

満面の笑みを浮かべて俺達に嬉しい報告を届けてくれる真耶ちゃんに、一夏が興奮した様に返事をした。

ちょうど今その話をしてた所で何て嬉しい朗報なんだ!!真耶ちゃんマジ女神様っす!!

俺もやっと足を伸ばして風呂に浸かれるかと思うと、自然と口元が緩んでいくが、シャルルはあんまり興味無さそうな感じだ。

 

「女子の皆さんと話し合っていて遅くなりましたが、結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました。元次さんや織斑君とデュノア君は人数の都合上、どうしても女子の皆さんより少なくなってしまいますが、そこは了承して下さい」

 

「いやいや!!真耶ちゃんのお陰で足を伸ばして風呂に入れるんだろ!!こんなに嬉しい事は無えって!!」

 

「そ、そうですか?……元次さんに喜んでもらえて良かったです。それに、生徒の為に頑張るのは当たり前です。これでも私は先生ですから♪」

 

嬉しい気持ちを満面の笑みで伝えると、真耶ちゃんは少し恥ずかしがりながらも「ムン」と胸を張って誇らしげな表情を見せる。

っていうかそんなに胸を張らないで下さい、貴女の胸は殺人兵器級の威力があるんですから。

真耶ちゃんが胸を張ると「ぼよよん」なんて擬音が付いた様に胸がロデオしてしまい、俺だけで無く一夏ですら顔を赤くしてしまう。

あの唐変木・オブ・唐変木なんて呼ばれてる一夏ですら視線が釘付けになってしまう辺り、真耶ちゃんの戦闘力が他を追随しないのが分かるだろう?

 

「……一夏、鼻の下伸びてるよ?何処に目を向けてるのかな?」

 

「ハッ!?い、いや、そんな事は無いぞ!?」

 

「ふぇ?……きゃあッ!?あ、あのあのあの織斑君!?そ、そんな目で見られると困ります!!……わ、私には元次さんが居るので、あっでも元次さんは私のか、かか、かかか彼氏じゃないけど……(ごにょごにょ)」

 

一夏の視線を見て、何故か面白くなさそうな顔をしたシャルルの指摘に一夏は凄く狼狽した。

そしてシャルルの言葉で一夏の視線が何処を向いてるかに気付いた真耶ちゃんは頬を赤く染めて胸元を手で隠し、後退していく。

 

「ち、違いますって!!お、俺は只真剣に山田先生に感謝してるだけで……ッ!?」

 

「っていうか真耶ちゃんにそんな目を向けるんじゃねぇよボケ。そのケツを宇宙の果てまで蹴っ飛ばされてぇのか?」

 

俺もさすがに自分が気になっている女にそんな視線を向けられるのは面白く無え訳で、すぐさま一夏と真耶ちゃんの間に立って一夏に警告を飛ばす。

前方に面白くなさそうな表情のシャルル、背後に威圧感を醸し出す俺と挟まれて、一夏は顔色を青くしてしまう。

っていうか……シャルルのあの表情と雰囲気……どっかで見た事がある様な気がするな。

 

「あっ……げ、元次さん(私が織斑君にエッチな目で見られるのが嫌って事かな?……えへへ♪)」

 

「お、落ち着けって兄弟!!俺にはそんなつもりは微塵も無いからな!?っていうかシャルルは嬉しくねぇのか?大浴場だぞ大浴場」

 

「別に」

 

俺に真耶ちゃんに興味が無いって事をアピールしつつ、一夏はシャルルへ疑問顔で問い掛ける。

その問いかけを聞いたシャルルの答えは、風呂に興味が無い人間としても、かなりつっけどんな言い方だった。

俺はその対応の仕方に、やっぱり何かしらのデジャヴの様なモノを感じてしまい、眉に皺を刻む。

やっぱりおかしい……シャルルのあの対応の仕方……これってやっぱり……少し考え方を改めた方が良いかもな。

 

「あ、あの……織斑君にはもう一件用事があるんですけど、ちょっと良いですか?」

 

「え?あっ、は、はい。何ですか?」

 

と、シャルルへの対応について考えていた俺の後ろから、真耶ちゃんがピョコっと顔を出して一夏に視線を送る。

まだちょっと警戒してる様な子犬っぽくて和んだのは俺だけの秘密だ。

 

「ええと、ちょっと書いて欲しい書類があるので、職員室まで来てもらえますか?白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど……」

 

「わ、わかりました。じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

 

「……うん。わかったよ」

 

「それと、ゲン……用事が終わったら連絡くれ……ちゃんと話すからさ」

 

「おう。分かった」

 

一夏は俺にまた真剣な表情で言葉を紡ぎながらそう言ってきたので、俺は言葉を返しながら拳を突き出す。

それを見た一夏は同じ様に拳を突き出してコツンと軽く当て、俺と同じく笑顔を浮かべながら、一夏は真耶ちゃんと更衣室を後にした。

後に残ったのは俺とシャルルの二人のみ……。

 

「じ、じゃあ元次。僕、ちょっと用事を思い出したから、先に行ってて。待って無くても良いから」

 

「ん?そうか……オッケー、先に出てるわ」

 

「うん。ごめんね?」

 

「別に謝る必要は無えさ」

 

そしてさっきまでと同じ様に、俺にこの場所から居なくなって欲しいとでもいわんばかりの台詞を投げかけてくるシャルル。

どうやら一夏の話通り、誰かに肌を見せるのは嫌な様だな。

ISスーツのデザインの所為で腹周りが見えているのは特に気にしてないのに、だ……ちょっと確かめてみるか。

俺に対して背中を向けた位置に居るシャルルに向かって少し距離を詰めながら、俺は口を開く。

 

「……そういえばよぉ、シャルル。今更だけど、お前って随分と体の線が細いよな?……まるで『女』みたいだって言われた事無えか?」

 

「ッ!?」

 

俺が何気無く発した言葉。

それに対するシャルルの反応はかなり過敏で、バッと勢い良く振り向いてくる。

ここで、シャルルの表情に怒りとかがあるなら、それはシャルルが自分の身体にコンプレックスを持ってるって事になるだろう。

しかし俺に見せたシャルルの表情にあったのは――焦り、驚愕、困惑……そんな感情だった。

俺は極めて普通の世間話って感じの表情を浮かべたままに、もう一度言葉を投げかける。

 

「ん?もしかして気にしてたか?だったら悪いけど、ちょっと気になっちまってよ」

 

「え、えっ!?あ、あの、そう!!気にしてるんだよ!!僕はこれでも男なんだから、そういう差別的な見方はしないで欲しいんだ!!む、昔から周りの子にもそんな風に言われてて……ま、参っちゃうなぁほんと!!僕はれっきとした男なのに!!」

 

俺の言葉に「しめた!!」みたいな反応を示しつつ、シャルルは慌てながら言葉を連続で繰り出す。

まるで畳み掛ける事で反論の隙を無くすかの様に、男という単語を強調、連呼しながら……。

 

「ほぉ……そっか……悪かったな、変な事聞いちまって」

 

「ま、まったくだよ。次からはそんな事言わないでね?ぼ、僕、ホントに気にしてるんだからさ」

 

「あぁ。人のコンプレックスを指摘すんのは失礼だもんな。次からは言わねぇよ」

 

俺はその反応に興味が無い風を装って言葉を返した。

一方、俺がこれ以上この話を追求するつもりは無いと分かったのか、シャルルは本気で安堵した様な表情を浮かべる。

やっぱりちょっとおかしいぞ、シャルルの奴……なら、これはどんな反応を示すかねぇ?

兼ねてから思っていた疑惑を固める事+出来れば疑惑を払拭できればなと思い、シャルルにニヤッとした笑みを見せつつ――。

 

「まぁあれだ。もっと男らしい身体になりたきゃ、飯を食えば良いんだよ――ほら!!シャキッとしろや!!」

 

スパァアンッ!!

 

「きゃぁあああああ!!?な、何するんだよぉおおおお!!?」

 

良く運動会系の部活でやる様に、シャルルのケツを軽く引っ叩いてみた。

これに関してのシャルルの反応はもう著者であり、そして過敏過ぎる反応であった。

叩かれたケツを抑えながら俺から一気に距離を取り、涙目で顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

それこそ正にセクハラをされた女の様に、だ。

 

「い、いいいい、いきなり人のお、おおお尻を叩くなんて!?元次の変態!変態!!変態ぃぃい!!!」

 

「何言ってんだ。こんなもん男同士の軽い挨拶じゃねぇか?そこまでピリピリ怒るなって。じゃあな」

 

「う、うううぅ……ッ!!元次のバカァ!!」

 

涙目で俺を睨みながら怒るシャルルに、俺は肩を竦めながら言葉を返しつつ、更衣室から出て行く。

背後から感じる憤りにも似た唸り声とジトッとした視線を流して、俺は更衣室を後にした。

そこから暫く何も考えないで部屋に戻った俺だが……部屋に入ったと同時に大きく溜息を吐いてしまう。

あー……もうこれ確定だろ……シャルル・デュノアは男じゃねぇ、正真正銘の女だ。

部屋の電気を付けてから服を取り出し、俺はシャワールームへと入る。

 

「ったく……何でシャルルは男装なんかしてんだ?……何かしらの理由はある筈だけどなぁ……分かんねぇな」

 

少し熱めに設定したお湯を身体に浴びながら、俺は頭の中で考える。

シャルル・デュノアという彼女が何の為に男装までしてIS学園に入学したか、多分俺と一夏に近づく事が目的だろう。

でもそうなると何で男装してるのかが引っ掛かるんだよなぁ……女ならハニートラップを使う方が効果的な筈だ。

もし俺か一夏のどちらかがシャルルに惚れちまえば、俺達のデータなんぞ取り放題になる。

そう考えれば、ハニトラって要素を捨ててまで男に成り済まして俺達に近づいた意味が判らない。

……もしかしてハニトラが無いって事をアピールして、俺達を油断させる作戦か?

それなら確かに納得も出来る……同姓同士なら気を許しやすいからな。

 

「でも、今日まで見てきたシャルルの動き……ぶっちゃけて言うなら、お粗末過ぎるだろ……」

 

まず体の線からして、シャルルを男だと思う方が無理ってモンだし、俺達の裸を見て恥ずかしがるのもアウト。

っていうか根本的な所として、シャルルはどうやって転入前の身体検査を誤魔化したんだ?

そもそも千冬さん程のお人が、俺でさえ怪しいと感じたシャルルの男装に気付かないなんて有り得るのか?

この学園の最高戦力にして、単騎の戦闘力、観察力、というか全パラメーターがカンストしてる千冬さんの目を誤魔化せるとは思えない。

 

「ん?もしかして……千冬さんは見逃してるのか?気付いてるのに放置してる?」

 

そこまで考えて、俺は頭に過った仮説についてもう少し想像に肉付けをしてみる。

まず第一に、もしシャルルが俺達の身柄を狙った悪質なスパイなら、千冬さんは前もって何かしらの対策を講じる筈だ。

ましてやシャルルのルームメイトは一夏、家族がスパイと寝食を共にするなんて承諾する筈が無い。

俺も恐らく同様の理由でシャルルが来る事は無い筈、じゃあ答えは何か?

 

「放っておいても害が無いから……だから千冬さんはシャルルを放置してるのか?……駄目だ、コレ以上考えたら知恵熱出ちまう」

 

頭がパンクしそうになってきたので一旦思考を止め、俺は身体と頭を洗ってシャワーを終えた。

そのままシャワールーム前の洗面所で服を着替え、部屋の中へと戻る。

時間を確認してみると、セシリアと前もって約束した時間に近づいていた。

 

『(コンコン)元次さん。約束の時間になりましたので、伺いましたわ』

 

「お?グットタイミングって所か。ちょっと待ってくれ」

 

ちょうど風呂から上がった時にセシリアが部屋を訪ねてきたので、俺は鍵を外して扉を開ける。

すると、そこには小さな手提げ鞄を持ったセシリアと、部屋着のさゆか、本音ちゃんという3人の姿があった。

 

「やっほ~、ゲンチ~♪」

 

「こんばんは、元次君」

 

「おう。二人も一緒に来たのか。じゃあ上がってくれ」

 

俺は3人を入れる為に脇に避け、部屋の中へと招き入れる。

それぞれ「お邪魔します」と言いながら入室し、セシリアが少し申し訳無さそうな顔をして口を開いた。

 

「元次さん。今回はありがとうございます。わたくしの料理指導の為にお時間を下さって、なんとお礼を申し上げれば……」

 

「あー、固っ苦しい事は良いって。それより、セシリアにはまず料理の根本的な所から覚えて貰うから、しっかり話を聞く様にな?」

 

「はい。全てお任せしますわ。料理の事に関しては、わたくしはISに乗る前の右も左も分からない初心者ですから」

 

すいません、俺はIS初搭乗で千冬さんとガチバトルやらされましたが?

まぁそんな事は次元の彼方へと追いやって、まず手洗いをしてから俺は先にに戦闘服(エプロン)を装着。

今は俺と入れ替わりでセシリアが手洗いとエプロンの装着を洗面所でしている。

本音ちゃんにはリビングでテレビでも見てて暇を潰してて貰う。

何故さゆかは一緒じゃ無いのかと言うと、彼女も俺の調理風景を見たいらしい。

なのでエプロンも持参してきたので、見てても良いかと聞かれ、俺は普通に了承した。

 

「ありがとうね、元次君。私、ちょっと前から元次君の料理する所が見たくて……」

 

「いやいや。さゆかに見られると思うと、ちょいと緊張するがな。さゆかって料理上手だしよ」

 

「そ、そんな事無いよ……今日はいっぱいお勉強させて貰います♪」

 

「うっ。そ、そうプレッシャー掛けんなって……まぁ、いっちょご覧あれってな」

 

自慢じゃないが俺だってお袋や婆ちゃんに教えてもらった技の数々と積み重ねがあるんだ。

それを参考にしたいなんて嬉しい事言われたら、自然と気合が入っちまうよ。

 

「あっ。一応髪、纏めておこう……うんしょっと」

 

と、さゆかは何かを思い出した様に制服のポケットに手を入れると、中から飾り気の無いヘアゴムを取り出して『口に』、『口に』ハムっと咥えた。

そのまま両腕で自分の長い黒髪を一纏めにして、頭の後ろに口に咥えていたヘアゴムを通してポニーテールを魅せる。

 

「うん。これで良いかな……ど、どうしたの元次君?」

 

「……え?あ、あいや……」

 

綺麗にポニーテールを結えたさゆかは満足そうに笑顔を見せるが、彼女に視線を向けたまま固まってる俺を見て首を傾げた。

俺はその問いに直ぐには返せず少しどもりながら愛想笑いを浮かべる。

うふふ、ぶっちゃけるとですね?今のさゆかのやった仕草が完璧にドツボなんですよ。

ほら、良くあるだろ?『女の子のドキッとくる仕草』ってヤツ?

俺の中でも完璧にドツボなのは、さっきのロングヘアーをポニーテールにする仕草なんです。

だって、さゆかみたいな可愛い女の子がちょっと苦戦しながらポニーを結うんだぜ?

口にゴムの端っこを咥えながら、しかも色白で綺麗なうなじを露出させちゃうんですよ?

しかも彼女の服装は私服……全体は黄色でダークグリーンのラインが入ったちょっとピッチリなTシャツが括れたウェストラインを強調。

且つEカップはありそうな胸を窮屈そうに納めてるという破壊力がある格好だ。

下はダークブルーのジーンズで、その……ヒップラインがなんとも大変素晴らしくも悩ましいですな。

そんなちょっと大胆過ぎる服装の上に、ピンク色のエプロンを着けて家庭的な面を押し出しつつ、ポニーテールという完全武装。

まるで結婚したての新婚ホヤホヤな若奥様を思わせる家庭的で優しい雰囲気と格好。

これでドキッと来ない奴は、この家庭的な雰囲気の良さを判ってない、判ってないよボーイ。

しかし俺はそんな事を面と向かって言える性質じゃ無いのだ!!(フラグ)

 

「き、気にしねーでくれ。ちょっとその……あ、あれだ」

 

「??……アレ?」

 

「だ、だからその、何て言ったもんか……そ、そう!!新妻的な!!(フラグ回収)」

 

「…………ふぇ?」

 

必死に身振り手振りで誤魔化そうとした俺だが、口から出たNGワードにさゆかが反応しちゃった♪ヤベェ。

ボロッと口から零れた台詞に冷や汗がダラダラ出てくるが、目の前のさゆかはどうやら良く判って無いご様子。

こ、これはまだ起死回生のチャンスがあるという事か!?良し、頑張ろう!!

 

「い、いや間違えた。つまりその……」

 

ど、どうしよう!?マジで良い言い訳が見つからん!?

考えろ……考えるんだ、鍋島元次!!どうにかしてこの状況を打破出来るナイスな会話を見つけ――。

 

「お待たせしました。少々、髪の毛を避けるのに手間取ってしまいまして……」

 

「いや!!別に待ってねぇぜセシリア!!さぁ始めよう時間は有限だハリーハリーハリーハリー!!」

 

「えちょ!?す、少し落ち着いて下さいな元次さん!?」

 

「いやーしっかり落ち着いてるぜ!!それこそ試験の合否を今か今かと待って人という字を飲み込む時の心境ぐらいにはな!!」

 

「それ全然落ち着けてませんわよね!?緊張と焦りの極みでは!?」

 

俺の大げさな行動に文句を垂れるセシリアをグイグイとキッチンに押し込み、俺はさゆかから視線を外す。

いやーナイスタイミングで現れてくれたぜセシリアは!!これでさゆかの追求は誤魔化せそうだなうん!!

お礼に俺の持てる技術の真髄まで教え込んで、箒や一夏達をアッと驚かせてやろうではないか。

いきなりキッチンに連れ込まれて「??」な顔をするセシリアをスルーしつつ、俺は冷蔵庫から材料を取り出す。

さぁ、始めるとしますかね!!

 

 

 

「?……??」

 

とりあえず首を傾げて「何だろう?」って顔をするさゆかが可愛かったです、まる

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さぁて、では、今日の夕食作りに入りたいと思う。用意は良いかセシリア?」

 

「はい!!よ、よろしくお願いしますわ!!」

 

「セ、セシリアさん。気合を入れるのは良いけど、包丁は置いておこうね?」

 

目に炎を宿してガッツポーズをするセシリアの両手には何故か包丁が光り輝いている。

それをさゆかがアワアワしながらやんわりと注意するが、まったくもって同感だぜ。

 

「まず料理に入る前にだが、セシリアにはある基本を覚えて貰う」

 

「基本、ですか……料理の基本……いきなり究極の極意ですわね」

 

いや、だから基本だっての。

 

「まぁ、最初は俺がやるからそれを見といてくれ。まず、揃えた材料はこれだ」

 

俺がキッチンに広げたのは、豚肉こま切れとキャベツを少々、醤油と塩胡椒、そして生姜だけのシンプルな素材。

後は油と、道具はフライパンと菜箸だけだ。

これだけのシンプルな食材を一人分だけ揃えたのには訳があるのだが、それを知らないセシリアは少々不安そうな顔をする。

一方でさゆかは俺が何を作ろうとしてるのか理解してフムフムと頷いていた。

 

「あの……これだけの食材と調味料だけで大丈夫なのですか?明らかに量が足りていないと思うのですが……」

 

「問題無しだ。これだけの材料なのは、セシリアにある事を教える為だ」

 

「ある事?」

 

「そう。ま、文句は仕上がったモノを食ってからにしてもらうぜ」

 

俺の少ない言葉に首を傾げるセシリアから目を離して、俺はまずフライパンを火に掛ける。

充分に温まってきたら油を軽く投入だ。

 

「大丈夫だよ、セシリアさん。食べてみたらちょっと驚くかもしれないよ?」

 

「さゆかさん……分かりましたわ。では、今は元次さんの料理風景を黙って見させて頂きます」

 

俺がサクサクと料理を初めて若干不安を残していたセシリアに、さゆかがフォローを入れてくれる。

こういう気遣いが自然と出来る所はさすがだよなぁ……さゆかさん、貴女はマジ女神です。

さて、フライパンに投入した油を、フライパンをクルリと回す事で全体に馴染ませ、そして煙が出てきた瞬間に豚肉を投入。

すかさず下味に少しの醤油と擦っておいた生姜を投入して、肉を軽く焼き上げていく。

全体的に見て半分ほど焼き色が付けば、次は細く切っておいたキャベツを投入して再び醤油を軽く振り掛ける。

更に塩胡椒を振って味を整え、全体に火が通るまで焼き上げていく。

まぁフライパン自体が最初の段階でかなり熱くなってるから、出来上がりも直ぐだった。

 

「うし。じゃあ、軽く冷めたら食ってみな」

 

「は、はい」

 

出来上がった野菜炒めらしきモノを器に移し、俺はフライパンと菜箸を洗う作業に入る。

そうこうしてる間にもう食べれると判断したのか、セシリアは置いておいたフォークで肉とキャベツを取った。

 

「で、では、頂きます……あむ」

 

少し恐る恐るといった具合で料理を口に含んだセシリアだが、その表情は直ぐに消えた。

 

「まぁっ……ッ!?とても美味しいですわ!!……あれだけの食材と調味料なのに、味が深くて……」

 

ちゃんと食えるモノ、しかも味は美味しいという結果に、セシリアは目を引ん剥いて驚きを露にする。

その様子を見ていたさゆかが笑顔を浮かべながら、セシリアに言葉を投げ掛けた。

 

「セシリアさん。料理は食材が良い方が、とか食材が多い方が、とかじゃ無いの。少ない食材でも、組み合わせがちゃんとしてたらとっても美味しいんだよ?」

 

「組み合わせ、ですか?」

 

「そう。さゆかの言う通り、セシリアに覚えて欲しかった基本は、食材の組み合わせの大事さだ」

 

俺はフライパンと菜箸を片付けてから濡れた手を拭き、さゆかの言葉に首を傾げるセシリアへと視線を向ける。

 

「この料理、味付けの分量とかは全部目分量でやってる。それでも組み合わせがちゃんとしてれば、ある程度の味にはなるんだ。そして合わない組み合わせとしたら……例えば、肉に砂糖は合うか?」

 

「それは……お肉に甘い砂糖だけの味付けは無いですわね」

 

「だろ?これとこれは合う。これは合わない。料理ってのはそういう根本的な組み合わせを間違えなければ普通に美味い物が作れんだよ。これだけ適当に作ったモンでこれなら、レシピ通りに作った物がどんな感じか、言うまでも無えだろ?」

 

「はい。それは理解出来ました」

 

分かり易い例えを出しながら質問すれば、セシリアは納得した表情で頷く。

良かったぜ、これで分からないなんて言われた日にゃ俺がどうしたらいいか判らなくなってた。

とりあえずセシリアが平らげて空になった皿も洗い、片付けてから、俺はもう一度セシリアに視線を送る。

 

「これが料理の基本中の基本だ。それと次はお前の問題になるが、セシリアはここに来るまでに料理をした事は?」

 

「いいえ。イギリスに居た時は、全て料理長に任せていましたので」

 

俺の質問に対して情け無さそうな表情を浮かべてしまうセシリアだが、これはある程度予想ついてた。

そうじゃねぇとレシピ本の絵の通りになんて血迷った真似はしねえだろう。

 

「そこだな。まずセシリアは料理未経験、そして食わせる相手は家事万能タイプの一夏。これはちょっとハードルが高くなる。更にお前が日本人じゃねぇ事も拍車が掛かるな」

 

「え?前半は分かりますが、後半の日本人じゃないとはどういう事ですの?」

 

「簡単な話だ。セシリア自身が日本食に馴染んでねぇ。つまり日本の食材に馴染みが無えんだ」

 

「あっ。それってつまり、セシリアさんが日本の食材を知らないから、組み合わせも分かり辛いって事だよね?」

 

「た、確かに、わたくしは日本の食材の事は……食堂でも基本和食は頂きませんし……」

 

今の時点で箒や鈴達に負けてる所を話すと、セシリアは顔を暗くしてしまう。

まぁ今現在の時点で、料理に関してはあの二人から突き放されてるんだからな。

一夏を巡る恋の戦争、その中で女のステータスとも言うべき料理のアドバンテージはどうしても埋めたい所だろう。

だからこそ、俺が出来る範囲で教えてやろうと思った訳だ。

 

「でもまぁ、これからでも自分で和食を食べて感じる事をすれば、少しづつだけど食材に対する考えが埋まるだろ?」

 

「食材に対する……考え」

 

「例えば、卵焼きの味付けには塩とか砂糖、出汁なんかもあるが、基本白米に合う様な味付けばかりだ。そういう簡単な料理を食べて、何度も誰かが作るのを見て覚えるとかな。後は、今の御時世じゃレシピなんかはネットに掃いて捨てる程転がってるから、それを参考にして軽く作ってみるのも良い。若しくは馴染みのある料理とかな。セシリアはサンドイッチに何が挟んであるか覚えてるか?」

 

「え、ええと……食堂で頂いたサンドイッチには、レタスにトマト、ベーコン等があったかと……」

 

「ほら。これで洋食のサンドイッチの材料はこれで分かったろ?洋食に関しては箒達より絶対的なアドバンテージがあるんだよ」

 

「な、なるほど……普段、サンドイッチの中身は余り気に留めてませんでしたが、確かにそういった軽食なら覚えがあります。簡単な味付けに……バターとマヨネーズ、それからマスタードの味がありました」

 

「うん。それをちゃんと適量で挟んじゃえば、立派なサンドイッチの出来上がりだね♪」

 

「まぁ……ッ!?」

 

さゆかの笑顔で放たれた言葉にセシリアは目を輝かせるが、これも俺にとっては想定内だ。

セシリアは味覚音痴な訳じゃ無い。

ただ、どの食材を入れても美味しいだろうと勘違いしてただけなんだ。

だからセシリアがその気になって、ちゃんと材料と分量なんかを間違えなければ、サンドイッチなんかは簡単に作れる。

俺が教えるのは包丁の基本的な使い方とか、和食でどれが合うかとか、そういった事だ。

勿論洋食についてもちゃんとレパートリーはあるから教えれるが、特に重点的に教えるべきは恋する一夏に食べさせる和食だろう。

さぁ、そろそろ本格的に晩飯を作るとしようかね。

俺は嬉しそうに話してるさゆかとセシリアから目を外し、冷蔵庫から新たな食材を取り出す。

 

「じゃあ、今日はセシリアにサンドイッチの日本風ってヤツを作ってもらうぜ。つまり日本人の考えたサンドイッチの味を体験してもらおうって事だ。改めて聞くけど用意は良いか?」

 

「はい!!……元次さん、さゆかさん。本当にありがとうございます。何時か必ず、お礼をさせて頂きますわ」

 

「ううん♪私は、料理って皆でやると楽しいからだし、そんなにアドバイスもしてないよ」

 

「元々俺が言った事だからな、別に大仰に考えなくて良いって。お前とは最初色々あったが、今はダチなんだからよ」

 

これぐらいのアドバイスなんて軽い軽い。

そう言って俺とさゆかはセシリアに気にするなと伝えると、セシリアはホロリと目尻から涙を流しながら笑っていた。

そんなセシリアにさゆかはハンカチを差し出して目元を拭うと、セシリアは復活してやる気を漲らせる。

こりゃマジにやる気出してるな……じゃあ、中途半端にしない様、俺も頑張るとすっか。

腹を空かせてるであろう本音ちゃんの事を思い出しつつ、俺はセシリアに料理を教えるのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「さて……そろそろ一夏に連絡するか」

 

時間は進んで、現在部屋には俺1人しか居ない。

あの後、セシリアとさゆかも混ざって一緒に2種類のサンドイッチを晩飯に作り、皆で美味しく食べて解散となった。

特に最後に俺が出したお菓子は3人に大好評を貰い、何時も通り満足のいく食事が出来て良かったぜ。

それで約束通り一夏に連絡しようと携帯を取り出したのだが、メールが一件入っている。

しかも送り主はこれから会う予定の一夏で、送られてきたのは数分前だ。

マナーモードにしてた所為で気付けなかった。

こっちから連絡すると言ったのに先に連絡してきた事に首を傾げつつ、内容に目を通してみると――。

 

「『緊急で悪いけど予定変更。移動が不可能になったから、悪いがこっちの部屋に来てくれ』……何だ?何かあったのか?」

 

あいつは緊急の時は何時もこんな感じで要点だけを言う癖がある。

つまりこれは緊急って事で、目下一夏の周りで緊急事態になりそうな事なんて……。

 

「……シャルルの事か?」

 

同居人の事って考えるのが一番自然だろう。

勘の域は出ないが、恐らく間違っては無え筈だ……仕方無え、向こうに行くか。

俺は又もや降りかかってきたであろう面倒事に対して溜息を深く吐きながら部屋を出て、一夏の部屋へと赴く。

そのまま廊下に誰も居ない事を確認してから、俺はドアをノックした。

少し待っていると、一夏が真剣な表情でドアを少しだけ開けて、辺りを警戒する。

 

「……周りは?」

 

「問題無え。入るぜ」

 

俺が短く辺りの様子を伝えると、一夏はスッと横に避けて道を開けたので、俺もすぐさま部屋に入る。

そのまま一夏は部屋の鍵を閉めると、かなり疲れた表情で俺に振り返ってきた。

 

「……なぁ、兄弟……落ち着いて聞いてくれ」

 

「何だ?シャルルが女だった事か?」

 

「ッ!?き、気付いてたのか……ッ!?」

 

「……まぁ、な……確信が付いたのはさっきだがよ」

 

俺の言葉に心底驚く一夏から視線を外して部屋に視線を向けると、そこには何時ものジャージに身を包んだシャルルが居た。

但し、胸の所には男なら無い膨らみがあり、表情に何時もの煌きは無く、あるのは暗い自嘲する様な笑顔だ。

何に対しても諦めたかの様な人形の様な表情……どうにも、複雑な事情がありそうだな。

俺は溜息を吐きたい気持ちを我慢して、ベットに座るシャルルと対面になる様に、もう片方のベットに座る。

 

「あっ……元次」

 

「……よぉ……何か、あっさりとバレちまったみてーだな」

 

えらく気落ちした表情のシャルルに、俺は苦笑しながら言葉を掛ける。

するとシャルルは俺の顔を見ながら少しだけ表情を崩して儚く笑う。

 

「……その口ぶりじゃ、元次は気が付いてたんだね……やっぱり、更衣室の時?」

 

「いや、悪いが初対面の時から無理があるとは思ってた」

 

「あはは……そっかぁ……遅かれ早かれ、二人には気付かれてたんだ……参っちゃうなぁ」

 

殆ど塞ぎこんだ表情を浮かべるシャルル……こりゃ言ってる通り相当参ってるな……しょうがねぇ。

俺は立ち上がって、脇に避けていた一夏に「茶を淹れるから借りるぞ」と声を掛けてキッチンに向かった。

こーゆう空気は昔っから好きになれねぇ……早い所解決して、何時も通りのカラッとした雰囲気に戻すさねぇとな。

俺は3人分のお茶をトレーに乗せて再びリビングに戻り、自分の分だけ取って、2つのお茶が乗ったトレーを一夏に渡す。

 

「ほれ」

 

「お、おう……ほ、ほら、シャルルも飲めよ」

 

「え?……で、でも……良いの?」

 

俺達を騙してた事からくる罪悪感か、シャルルはさっきからどうにも居心地悪そうにしてる。

そんなシャルルに、俺は苦笑しながら言葉を掛けた。

 

「まぁ飲めって。茶ってのは心を落ち着けてくれる不思議なアイテムだ。どうにもさっきからシャルルは自棄っぱちに落ち込んでるから、一度それ飲んで落ち着け」

 

「そ、そうだな。まずは一度落ち着いてからにしようか?ほい」

 

一夏も俺の言葉に追従して笑みを見せながらシャルルにお茶を差し出す。

そのお茶を、シャルルは少しポカンとしながら見つめていた。

 

「う、うん。ありがと……あっ!?」

 

「へ?お、おい!?」

 

しかし、一夏から手渡しでお茶を受け取ろうとしたシャルルの指先が一夏の湯呑みを持つ手に触れてしまい、シャルルは顔を真っ赤にして手を引っ込めてしまった。

こうなると湯呑みは空中に放り出されてしまい、それを見た一夏が慌てて手を伸ばして湯呑みをキャッチする。

 

バシャッ!!

 

「あちゃちゃちゃちゃ!?あ、あちゃい!?」

 

「ご、ごめん!?」

 

しかしそうなると、湯呑みに並々と注がれていた熱めのお茶が飛び出し、一夏の手に掛かってしまう。

その熱さに耐え切れなかった一夏は結局湯呑みを取り零し、床は盛大に濡れてしまった。

一夏は自分の湯呑みを片手に持ったまま台所に戻って手を冷やし、シャルルは謝りながら台所に着いて行って謝罪をしている。

何やってんだよお前等は……。

 

「ちょっと見せて!!……あぁ、赤くなってる!?ホントにごめんね!?」

 

「いや、これぐらいは大した事無い……ッ!?そ、それより、その……あ、当たってるんだが……」

 

「え?……あ!?」

 

しかし俺がその様子を見ていると、一夏がシャルルから目を反らしつつ少し顔を赤くさせながらそんな事を言った。

その言葉を聞いたシャルルは、最初は何の事か判らず首を傾げていたが、直ぐに一夏が何を言ってるか理解すると、俺の方に体ごと振り返る。

何故か頬を赤く染めて胸元に手を回して隠す様な仕草……あぁ、当たってるってそういう事か。

何ていうか何時でもあいつはラッキースケベ体質なんだな。

そんな一夏達の様子を呆れながら見ていると、シャルルは頬を膨らませながら再び一夏へと振り返りボソリと一言。

 

 

 

「……一夏のえっち」

 

「何でだよ!?」

 

うむ、全くもって同意だな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さ、さて、アホらしいハプニングもあったが、そろそろ話をするか」

 

「う、うん」

 

偉そうに仕切り直してるが、ハプニング起こしたのお前等だよ?

まぁ俺はそんな事を一々言うのも面倒なので、そこには触れずに口を開いた。

 

「そうだな……で?まず聞きたいのは、一夏。お前なんでシャルルの男装に気付いたんだよ?」

 

「「え!?」」

 

お茶を飲んで一息ついたところで、俺はまず一夏がどうやってシャルルの返送を見破ったかについて質問した。

一夏は最初から怪しんでた俺と違って、一夏はシャルルの事を疑ってすらいなかった。

だから何故シャルルの男装に気付いたかを聞いたんだが……何故、二人揃って顔を真っ赤に染める?

 

「え、ええと、その、だな……シ、シャルルが風呂に入ってて……」

 

「残念だ。本当に残念だよ兄弟。まさか兄弟をこの手で裁く日が来ようとはな……せめてもの情けだ。俺のハリテで楽にしてやろう」

 

俺は今までに無い程の無表情になりながら一夏に最期の通告を言い渡す。

まさか、まさかあの一夏が風呂にドッキリ突撃をカマしたなんて……兄弟として、最期くらいは俺が手を掛けてやるか。

 

「落ち着け!?餅突けブラザー!?サラッと禁じ手を使おうとしないで!?お、お前の考えてる事とはち、違うぞ!?シャルルが風呂に入ってて、ボディソープが切れてるの思い出して、困ってるだろうなぁって持っていったら……」

 

「……つまり親切心が裏目に出て、丸出しのシャルルとご対面か?やっぱり有罪じゃねぇか、このラッキースケベ野郎」

 

「ま、まるだ!?あ、あうぅぅ……ッ!?」

 

「だ、大丈夫かシャルル!?ゲ、ゲン!!今はそれより、シャルルが何で男の振りしてたかの方が重要だろ!?」

 

俺の台詞を聞いて顔を真っ赤に染めるシャルル。

どうやらそのバレた時の事を思い出してる様だが……一夏め、相変わらず羨ましい想いしてんなぁ。クソ。

たっぷりの醜い嫉妬を篭めたジト目で一夏を睨んでいたが、これでは話が進まないので頭を切り替える。

 

「ちっ……仕方ねぇな……じゃあ、この件は忘れて……んで?何で男装なんかしてたんだ?」

 

仕方なく、仕方なく話を切り替えてシャルルへ質問すると、シャルルは顔色を再び暗くさせてポツポツと語り始めた。

 

「……実家からの命令で、ね」

 

……『命令』?

 

「お前の実家って言ったら、デュノア社だろ?」

 

「うん。そう……デュノア社の社長……『その人』からの直々の命令なんだ」

 

デュノア社の社長って言ったら、確かシャルルの父親……何でそんな他人行儀な言い方をする?

どうにもシャルルの言い回しが引っ掛かって、俺は少し目を細める。

一夏も同じなのか、首を傾げたままシャルルに質問をした。

 

「命令って……『親』だろう?何でそんな――「僕はね」……シャルル?」

 

一夏の言葉を遮ったシャルルは、膝に乗せていた拳をギュウッと力強く握りながら顔を上げて、俺達に視線を向ける。

 

 

 

「僕はね……父の本妻の子じゃ無いんだよ」

 

 

 

そのまま自嘲する様な表情で、彼女はそう告白した。

 

「……え?」

 

「本妻って……じゃあ、まさか?」

 

俺達の日常からは余りにも掛け離れた言葉に、俺も一夏も動揺が隠せない。

一夏は呆然とし、俺も辛うじて聞き返す事が出来ただけだった。

『本妻』……つまりは今のシャルルの親父の女房……それが違うって事は……。

 

「僕は――愛人の子なんだ」

 

力の無い表情でそう語るシャルルに視線を向けながら、俺達は彼女の語りを聞く。

 

「父とは、ずっと別々に暮らしてたんだけど、二年前に引き取られたんだ……母が他界した時に、デュノア社の人が迎えに来て……そこで初めて父の存在を知ったんだ」

 

シャルルはそう語りながら、手に持った湯呑みを覗き込む。

湯呑みに注がれた水面にはシャルルの顔が写っているだろうが、何を思っているかは当人しか判らない。

愛人……つまりは浮気、不倫相手の子供……しかもシャルルの母親は他界してるから、自動的に父親に引き取られたって事か。

心の片隅でシャルルの状況を考えながら、耳は彼女の言葉を聞き取っていく。

 

「それで、色々な検査をしていく内に、ISの適正が高い事が判ってね。非公式だけど、社のテストパイロットをやる事になったの」

 

「……」

 

あまりにも俺達の日常からは掛け離れた話題。

思い出すのも嫌って表情を見せながらも、言いたく無いあろう話を健気に喋ってくれるシャルル。

その事に俺と一夏は、何も言わず黙って話しを聞く事に専念する以外に出来なかった。

 

「それで、昔のお母さんの話とか、父から聞けるかなって思ったんだけど……父にあったのは二回くらい。会話は1時間も無かった」

 

……親子とは思えない、冷たい日常……それがシャルルの送ってきた日常なのか。

それを想像するだけで、俺は嫌な気持ちになる。

 

「普段は別邸で生活をしていたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね……あの時は酷かったなぁ……いきなり本妻の人に殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!!』ってね……」

 

「シャルル……」

 

「……胸糞悪いな……当たるべきは浮気した夫にだろ」

 

「アハハ……参るよね……母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのに……使用人の人達も何も言わないから、益々訳が分からなかったし」

 

あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルであったが、その声はちっとも笑っていないし、俺達も笑えねぇ。

シャルルの悲しみに彩られた声を聞くだけで、その場の光景があたかも目の前で起きてるかの様に想像出来る。

いきなり叩かれて呆然とするシャルルと、目に見えて怒るシャルルの義母。

シャルルの口振りだと、その場の人達は誰も助けなかったんだろう……巫山戯た話だ。

子供が手を挙げられてるのを見て尚且つ、例え相手が誰でも理不尽に当たり散らしてるのを見たら助けるのが大人の仕事だろうが。

胸の中でモヤモヤと怒りの炎が燻る俺だが、それは一夏も同じらしい。

その証拠に拳をきつく握り締めて、普段は見せない怒りを帯びた表情を浮かべている。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「え?だってデュノア社って、量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

 

「そうだったな。そんな大企業が経営危機に陥ったなんて普通な話じゃ無えぞ?」

 

ましてや学園や企業、国なんかに配備されてるラファール・リヴァイヴの大元会社だ。

それが経営危機に陥るなんて、まるでラファールが売れてない様な話じゃねぇか。

どう考えてもセシリアや鈴の第三世代機よりもバランスが整ってる良い機体だろうに……ん?

 

「あれ?ちょっと待て?もしかして……リヴァイヴしか無いからか?」

 

「うん。正解」

 

「え?ど、どういう事だよそれ?」

 

頭に過った仮説をシャルルに聞いてみれば、どうやらそれで合っていたらしい。

一夏の方は検討が付かないらしく、シャルルに疑問顔で質問した。

 

「元次の言った通り、フランスには第二世代型のリヴァイヴしか無いんだよ。オルコットさんやボーデヴィッヒさん達の国は既に第三世第型の開発が成功してるけど、フランスはそれがまだなんだ。それと、ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるから、ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりっていうのも理由の1つ」

 

「……つまり、政府がISの為に金を使ってるのに、第三世代型のISが作れていないのが、経営危機の理由って事か?」

 

シャルルの詳しい説明を聞いて、一夏は唸りながら自分なりの答えを出す。

それを聞いてシャルルは頷く事で答えを肯定し、更に続きを語る。

 

「それで、第三世代型の開発が成功していないフランスは、欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期主力機の選定から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

 

シャルルの話を聞きながら、そういえばとセシリアが言っていた事を思い出す。

イギリスのティアーズモデルとドイツのレーゲンモデル、イタリアのテンペスタⅡの3機で欧州諸国の重要な位置を争ってるとか。

そんで、今の所はイギリスがリードしてるが、まだ余談を許さない状況にあるらしい。

その為にIS適正値がAという高い数値を出したセシリアが実稼動データを取るためにIS学園に来たと。

 

「欧州連合の中での遅れもあって、今まで以上にデュノア社でも第三世代型の開発に着手したんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、全然形にならなかったんだよ。それで、結果が出せていないって事で政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになった……」

 

「他の国に乗り遅れて、まだ第三世代が開発出来ない会社に金と許可を出すのも勿体無いって事か……成る程、そりゃ確かに経営危機だな」

 

「んー……とりあえず、シャルルの親の会社が経営危機に陥った理由は分かったけど、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「……簡単だよ……注目を集める為の広告塔。そして――」

 

一夏の最後の質問に対してシャルルは少し言い淀んだ。

しかし最後まで話そうという決心はしているらしく、シャルルは俺達に真っ直ぐ目を向ける。

 

「同じ男子なら、日本に表れた特異ケースとも接触しやすい……可能であれば、データを取れるだろう……ってね」

 

「……おいおい……それってつまり……」

 

「そう……僕は一夏、元次、君達のデータを盗んでこいって言われてるんだよ……あの人にね」

 

シャルルは口に出すのも嫌という嫌悪感を露わに、実の父親をそう呼ぶ。

血の繋がった親子であっても他人行儀に……嫌そうに呼ぶ理由はソレだったのか。

今まで姿も表さず、母親が死んだから引き取っただけで、IS適正が高かったから利用されてる。

話を聞くだけならクソ、いやクソ以下でウジ虫以下の人間だな……腐ってやがる。

爺ちゃんや冴島さんがこの場に居て、そのクソ野郎がここに居れば、即座にブッ殺してるだろう。

勿論俺もそんな屑をそのままにするつもりは欠片も無えがな。

 

「とまあ、そんなところかな……今まで騙しててゴメン。本当の事を話したら楽になったよ」

 

全てを話し終えたシャルルはまるで憑き物が落ちた様な笑顔でそう言い、俯き気味だった顔を起こす。

そして直ぐ様俺達に向かって頭を深々と下げて謝罪した。

何が『楽になった』だよ……全くもって無理してやがる癖しやがって……。

 

「デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど……僕にはどうでもいいことかな」

 

「……もし、これが外にバレた場合だが、シャルル。お前はどうなるんだよ?」

 

俺は無理して笑ってるシャルルに、目を細めながら質問を飛ばす。

今のシャルルの表情はまるで、全てを諦めた様なあっけらかんとした明るさがあったからだ。

悪く言うなら、自暴自棄ってのがピッタリ当て嵌まる。

 

「どうって……女だって事がバレたから、本国へ強制送還されると思う……代表候補生を降ろされるのは当たり前として……その後の事は判らない…………良くて牢屋行きかな」

 

「ッ!!良いのかよ、それでも……シャルルは本当にそれで良いのかよ?」

 

「……え?」

 

俺の質問に対するシャルルの答えを聞いた一夏がボソリと呟く。

その顔は俯いてて表情が隠れちまってるが……俺には今の声音で大体分かる。

一夏の奴、本気で怒ってやがる……シャルルじゃ無くて別の事に。

 

「……それで……それで良いのか!?良い筈無いだろ!!親が何だっていうんだ!!どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある!?おかしいだろう、そんな巫山戯たものは!!」

 

そして、シャルルの聞き返しに反応した一夏は立ち上がり、シャルルの方を掴んでそう叫んだ。

今の一夏の表情には何時もの温厚さも、優しさも垣間見えない。

あるのは只純粋な……親という立場の人間に対する明確な『怒り』の感情だった。

その突然の変貌に驚き、シャルルは目を見開くが、俺には一夏がここまで怒る理由も分かる。

一夏と千冬さんは……実の両親に捨てられているから……だから尚の事、シャルルの親が許せねぇんだろう。

そう思ってる間にも、一夏は思いの丈をぶち撒けるかの如く、シャルルに言葉を浴びせた。

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ!!でも、だからって、親が子供に何をしても良いなんて、そんな馬鹿なことがあって堪るかよ!!生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、それを親なんかに邪魔される謂われなんて無いはずだろ!!」

 

「ど、どうしたの一夏?そんな……」

 

「兄弟。少し落ち着け……シャルルが怯えてたら意味無えだろ?」

 

「あ……わ、悪い……熱くなり過ぎた」

 

「良いけど……本当にどうしたの?」

 

時折シャルルがチラチラと俺に仲介の視線を送ってきてたので、俺はそれを受けて一夏にストップを掛けた。

2人に同時にストップを掛けられた事で冷静になれたのか、一夏はシャルルに謝罪しつつ、自分を落ち着かせる。

一夏の言いたい事と、抱えてる事は、両親を……家族を尊敬してる俺でも理解は出来る。

俺だって家族がそんな屑だったなら誰も尊敬なんてしてねえ。

 

「……俺は……俺は――俺と千冬姉は、両親に捨てられたんだ」

 

「え……」

 

普段は爽やかな表情を浮かべている一夏が、嫌悪感を顕にして吐き出す様に語った話に、シャルルは目を見開いて驚く。

俺も一夏も当時はガキだったから良くは覚えてねえけど、この歳になればそういう事も判るようになる。

シャルルの様に、例え片親でも愛情を受けて育ったのなら分かる筈だ。

一夏の両親が行った悲しすぎる所業について。

自分の腹を痛めて産んだ子供を……幼い時に二人も放り出して何処かへ蒸発した事の異常性も。

一夏は嫌そうな表情を浮かべていた所から一転して真剣な表情に戻り、再びシャルルへ目を向けた。

 

「俺の事はどうでも良いんだ。今更会いたいだなんて思わねぇ……俺にとっての家族は千冬姉とゲン。それに、俺達を見守ってくれたゲンの家族だけだ。本当の両親だなんて奴はどうでもいい」

 

「……」

 

「今はシャルルの事だ……シャルル、お前は本当にそれで良いのか?そんなクソッ垂れた親の命令で、自分の自由を奪われて、利用された挙句に自分だけ牢屋行きになって……それで本当に良いのか?自分の幸せを選ぼうとは思わないのかよ?」

 

真剣な表情を浮かべ、両肩を掴んで瞳を覗く一夏の質問に、シャルルは何かを言おうとするも、直ぐに俯いてしまう。

俺はそんなシャルルの様子を見ながら、かなりブスッとした表情を浮かべていた。

気に入らねぇ……全く持ってシャルルの言い方は気に入らねぇ。

暫くそうしてシャルルの成り行きを見守っていると、シャルルは俯いたままに小さく声を絞り出す。

 

「……良いも悪いも無い……僕には選ぶ権利なんか無いから……仕方ないよ」

 

違う、そうじゃねぇ……そうじゃねぇだろシャルル。

俺は遂に自分の意見を言おうとすらしなかったシャルルに対して声を掛けようとしたが――。

 

 

 

「ッ!?……だったらここに居ろ!!俺達の傍に!!」

 

それは一夏の大声によって遮られた。

 

 

 

「……え?」

 

だが、一夏の言葉の意味が判らなかったのか、シャルルは呆然とした声を出しながら立ち上がった一夏を見上げる。

一夏はそんなシャルルの視線を受けつつ、机の上に置いてあった自分の鞄から生徒手帳を取り出した。

ん?生徒手帳?……おぉ!?そうか、兄弟の言ってる意味が分かったぞ!!

 

「IS学園、特記事項第二十一。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

「男性IS操縦者なんてレアな俺達が研究材料にならずに済んでる1つの理由だな。ここなら世界中の女から目の敵にされてる俺ですら、平穏に過ごせるんだぜ?」

 

一夏が生徒手帳を見ながらスラスラと読み上げたのは、この学園における特記事項、つまり校則と学園の決まり事の一項だ。

そう、前にも話したが、このIS学園は世界的に見ても超が付く程の特例の場所、謂わば1つの独立国家なんだ。

俺達がこの学園の生徒である限り、世界中の国は俺達に対して命令を強制する権限が無い事になる。

だからこそ、世界史上初の男性IS操縦者である俺と一夏はこの学園でのんびり過ごす事が出来てる訳だ。

 

「――つまり、この学園にいればシャルルは親とかフランスからの戻れって命令を受ける義務は無いし、少なくとも三年間は大丈夫だ。それだけ時間あれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

一夏は自身満々でそう言ってシャルルに視線を向ける。

まぁ確かに3年ありゃ何かしらの光明は見つかるだろうしな。

 

「……で、でも、その……元次はどう思ってるの?ぼ、僕は君達を裏切ろうとしてたのに……」

 

一夏の新たに見つけ出した筋道の事を聞いたシャルルだが、彼女は遠慮気味に俺を見て質問してくる。

大方俺がシャルルに対してキレてるとか考えてるんだろうな。

まぁ確かにシャルルに対して怒ってるっちゃ怒ってるが、それはまた別の理由で、だ、

だから俺は少し怯えた様子を見せるシャルルに対して苦笑いしながら言葉を返した。

 

「ばぁか。それはお前の意思じゃ無えんだろ?ならそれを責める権利は俺に無えし、責める気も無え」

 

「だ、だけど……」

 

「それに、俺がお前に対して怒ってるのは、もっと別の所だ」

 

「え?」

 

俺達を騙していた所には怒ってないが、別の所はかなり気に入らねぇんだよな。

考えれば考える程にムカムカしてきたので、俺は軽くシャルルに指を向ける。

 

「そら」

 

「(パチン)痛っ。な、何するのさ?」

 

そこから加減しまくったデコピンを当てれば、シャルルは額を抑えて俺に抗議してくる。

俺はその抗議には反応せず、腕を組んでシャルルに言葉を返した。

 

「そもそも根っからの前提が間違ってんだよボケ。何でお前が牢獄に入る事が決定してんだ」

 

「だ、だからそれは、二人にバレたから……」

 

「別に俺達がチクらなきゃ誰にもバレねぇ事じゃねぇか」

 

俺が呆れた様にそう言うと、シャルルは表情をポカンとさせて俺をマジマジと見つめる。

シャルルがさっきから悲観的になって牢屋行きだとか代表候補生から降ろされるなんて言ってるが、どれも俺達がフランスにチクらなきゃバレねぇ事ばかりだ。

IS学園の中でバレたとしても、ここにはあの厳しくも優しい千冬さんが居る。

あの人ならシャルルの事情を聞いた上で、フランス政府が身柄引き渡しを要求しようとも突っぱねてくれるだろ。

シャルルの親がした事は、完全にやっていい範囲をブッチしてる事だしな。

 

「俺も一夏も、事情を聞いた上でお前が利用されてるのを知った。ただ利用されただけの奴にキレてお前を責める程、俺も兄弟も腐っちゃいねぇ」

 

「違いねぇな。それに、折角出来た友達を見捨てるなんて、後味が悪過ぎるぜ」

 

俺達は互いに笑いながら言葉を交わす。

今の話の通りなら、シャルルは親に利用されてしまっただけの被害者だ。

そんな奴の事をチクったりしたら、俺達は本当の最低野郎に成り下がっちまう。

 

「……ほ、本当に、良いの?……僕は、ここに残っても……」

 

シャルルはまだ信じられないのか、俺達に窺うように言葉を投げかけてくる。

その言葉に対して、俺達は笑顔のままに答えた。

 

「あ?当たり前だろうが。さっきも言った通り、俺達はダチを売ったりしねぇよ」

 

「ゲンの言う通り、当たり前なんだって……ここに居ろよ、シャルル」

 

「あ……」

 

一夏はさっきまでの怒りを感じさせない真っ直ぐな表情で、シャルルに言葉を返しながら手を延ばす。

その動作を呆然とした感じで見ていたシャルルだが、一夏の手を見つめると、恐る恐る手を差し出して握る。

シャルルが手を取ったのを確認してから、一夏はこれまた何時もの爽やかイケメンスマイルを浮かべて口を開いた。

 

「シャルルは大事な友達だ。俺が必ず守るさ」

 

「ッ!?……あぅ……い、一夏…………ありがとう」

 

一夏の曇りの無いスマイルで見つめられたシャルルは顔を赤く染めながら笑顔でお礼を述べた。

……ん?あれ?

今の自分の見えた景色がオカシイナー?と思い、俺は目を擦ってもう一度目の前の景色を見る。

目の前に映る光景は、イケメンスマイルを浮かべる一夏が手を差し伸べ、その手を取って上目遣いに立っている一夏を見上げるシャルル。

彼女の頬はしっかりと赤く染まり、目はまるで王子様を見る様な輝きが溢れている。

場所と服装さえ違えば、紛う事無き王子様とお姫様のラブストーリーであろう。

……またか?またなのか兄弟?またもや墜としやがったのかテメェは?

長年の付き合いがあるからこそ、俺は女の子が一夏にどれぐらいのレベルで惚れてるのか手にとる様に分かる。

ちなみにこのスカウターは弾も装備している、外したくても外せない呪いの装備(笑)だ。

女子力……53万……馬鹿な、まだ上がっていくだと……ッ!?

こりゃ確定だな……シャルルの奴、一夏に箒達レベルで惚れ込んでやがる。

またもや増えそうな修羅場の種に、俺は目を覆って大きく溜息を吐いてしまう。

 

「ん?どうしたんだゲン?溜息なんか吐いてると幸せが逃げるぞ?」

 

「そうか。じゃあ俺の幸せの為にテメェを葬るとしよう。さよなら兄弟」

 

「何で!?」

 

「アアアアアアラララララァイ!!極練気・大富嶽ぅ!!」ギュオンッ!!

 

「(バチゴォ!!)へぶらい!?」

 

「い、一夏ぁ!?な、何て事するのさ元次!!一夏が可哀想だよ!!」

 

冴島さん直伝のジャンピングアッパーを浴びた一夏は空中に浮き上がってから地面に激突。

そのまま目を回して気絶してしまい、シャルルは俺に怒りながら一夏の側に駆け寄る。

しかし俺は俺をキッと睨みつけてくるシャルルの視線を無視しつつ、俺は大きくため息を吐く。

 

「うるせぇ。どっかの誰かさんが一夏に惚れちまったから、これから俺の身に降りかかるであろう修羅場の報復を前倒ししただけだ」

 

「ッ!?……ど、どっかの誰かって……だ、誰の事かな?」

 

「ほほぉ?この状況で俺にシラ切れるとはなぁ……大した度胸じゃねぇか?ん~?」

 

「う、うぅ……バレてる?」

 

「分かるに決まってんだろ。お前等揃いも揃って分かりやす過ぎんだよ」

 

俺の言葉を聞いて誤魔化そうとするシャルルだったが、ジトっとした目つきで見てやると観念して恐る恐る声を掛けてきた。

まぁ、俺が言いてえ事なんざそんなに大した事じゃねぇんだが、一夏が起きてちゃ言えないからな。

 

「とりあえずよ……本気で惚れてんなら、茨の道になる事くらい覚悟しとけよ?兄弟は天然記念物指定の鈍感で、兄弟に本気で惚れ込んでる奴は、お前以外に4人居るからな」

 

「4人……その内3人は凰さんと篠ノ之さん、オルコットさんだよね?」

 

「そうだ」

 

既に俺には誤魔化しが聞かないってのが判ってるのか、シャルルは俺に確認する様に恋敵の名前を挙げていく。

ちなみに名前が上がっていなかった4人目は蘭ちゃんだ。

シャルルの確認に頷くと、シャルルは何故か笑みを浮かべながら俺に視線を合わせてくる。

 

「元次、前に僕に言ってたでしょ?フランスは愛の先進国って呼ばれてるって」

 

「ん?あぁ。確かに言ったが、それがどうしたよ?」

 

この場で前に言ってた事を蒸し返す意味が判らず、俺はシャルルに聞き返す。

何だ?シャルルは何が言いたいんだ?

 

「それ、正解だよ……僕等フランス人は愛に生きるって言っても過言じゃ無いくらい、愛を重要視してるの。恋敵が4人?想い人が鈍感?上等だよ。寧ろ、この上なく燃えてきちゃった♪」

 

「……」

 

シャルルの楽しそうな言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。

コイツ、普通は恋敵が多いと凹みそうなモンなのに、逆にその状況を楽しんでやがる。

儚そうな雰囲気も持ってる癖しやがって、その実この状況に燃えてるってのかよ。

何でこうも一夏に惚れる女達ってのは一癖も二癖もあるんだか。

っというか、シャルルが女だって事がバレたら、箒達はブッチ切れるんじゃねぇだろうな?

あぁ、そうなると間違い無く修羅場に発展しちまう……巻き込まれねぇ様に気をつけよ。

 

「まぁ、俺は全員に平等にアドバイスしてるつもりだからよ。なんか困った事があったら言いな。出来る範囲の手助けはしてやるぜ?」

 

「ふふ。そうだね。もし困ったら、その時はお願いするよ……それと、ありがとう元次。僕を庇ってくれて」

 

「気にすんな。これぐらいは当然の事だからよ」

 

見捨てるのも寝覚めが悪いし、何よりそんな事したら冴島さんと爺ちゃんに叩き殺されちまう。

世間的にはスパイの立ち位置のシャルルを庇う事が悪事だと言われても、俺の心はシャルルを助ける事こそが正しいって感じる。

だから、俺は俺の心に従って、悪事に手を染めるとしよう。

 

「とりあえず、兄弟を起こすか……今日の本命は、あの銀髪と関係ある空白の間にあった出来事の話なんだしよ」

 

シャルルの話というまた違ったアクシデントがあったが、俺がここに来た本来の目的は一夏の事だ。

俺もあの時から気になっているモヤモヤを解消しなきゃいけねえ。

 

「そうだね……ところで元次?今日、更衣室で僕のお尻を叩いたよね?あれって僕が女の子じゃないかって疑った上で――」

 

「さて、時間も無え事だし急ぎますか。コラァ起きろや兄弟!!」

 

「(ドゴォ!!)うわらば!?」

 

床で伸びていた一夏のケツを軽く蹴飛ばし、俺は一夏の意識を強制覚醒させた。

後ろからジトーっとした眼つきで俺を見てるシャルルの事は知らない、なぁ~んにも知らない。

とりあえず覚醒した一夏の文句を聞き流し、俺は今日の最大の目的である一夏の過去についての話を聞く事になった。

 

 

 

さぁ、教えてくれや、兄弟……お前と千冬さんの過去に何があったのか……あの時お前は、何で落ち込んでいたのかを、な。

 

 

 

対面の位置に座って真剣な表情を浮かべる一夏の瞳を見ながら、俺は真剣に一夏の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降り注ぐ黒い雨

遅くなってすいません。


 

「ん~~……ッ!!……フゥ、今日も1日頑張りますかねっと」

 

シャルルの性別発覚、そして我が兄弟分の一夏の過去話を聞いてから、早いモンで4日経ったある朝。

俺は珍しく誰とも食堂で会わず、そのまま1人で教室へと向かっている。

軽く伸びをしながら1人で登校中、最初の頃と比べると大分減ったが、それでもかなりの視線が俺を捉えてくる。

笑顔だったり、何故かヒソヒソと話しつつ、チラチラと俺を盗み見る等と様々だ。

時折俺に対して敵意を向けてくる女尊男卑思考の馬鹿女が居るが、朝から構うのもダルイので放置。

鞄を肩越しに背中向きへぶら下げながら、俺は1組の教室を目指す。

 

「……しっかしまぁ……誘拐、ねぇ」

 

ボソリと、しかししっかりとした呟きを漏らして、俺は何となく廊下の窓の向こうに広がる青空を眺めた。

……4日前に一夏の口から直接聞いた、あの千冬さんの突然の引退に纏わる忌まわしいエピソード。

今も一夏の心に後悔と無力感を残す、黒い楔。

千冬さんが第二回モンド・グロッソで棄権した理由は、当時からアレコレ憶測が飛び交ったが、結局として真実は一つも無い。

そりゃそうだ……一夏の話じゃ、千冬さんは棄権『した』んじゃ無くて、『させられた』んだから。

 

 

 

――第二回モンド・グロッソ、決勝戦当日。

 

 

 

千冬さんのニ連覇が懸かった大事な試合の日……一夏はドイツで何者かに誘拐されたらしい。

犯人グループは未だ不明のままで、ソイツ等の目的は千冬さんの決勝戦辞退。

『要求を呑まなければ、一夏の身の安全は保障しない』と、御丁寧にも千冬さんに連絡しやがったらしい。

そしてこの連絡が開催国であったドイツにも届き、ドイツ軍が一夏の捜索に協力し、一夏の居場所を直ぐに特定してくれたらしい。

場所を聞いた千冬さんは決勝戦を放り出し、当時の専用機である暮桜を纏って、一夏の監禁された場所に突貫。

そのまま一夏を無傷で救出する事に成功した。

だが既に一夏の監禁された場所には犯人達の姿は無く、痕跡も見つからなかったらしい。

そして犯人達の思惑通り、モンド・グロッソ決勝戦は千冬さんの不戦敗。

千冬さんは引退を表明した後に、一夏の捜索を手伝ってくれたドイツ軍に借りを返す為に、1年間の教導を請け負った。 

……これが、一夏の語ったモンド・グロッソの事件の中身……実に胸糞悪い真実だった。

当時、俺に話してくれなかったのは、自分の中で後悔の念が渦巻いていて、当時は誰にも語りたくなかったらしい。

それと、国際IS委員会からも緘口玲を出されて話せなかったという理由があったと、一夏は教えてくれた。

千冬さんの大事な舞台を潰して……連覇の夢を、自分の所為で終わらせてしまったと、一夏は拳を強く握りながら嘆いていた。

……ガキの頃から両親の代わりに自分を見守り、育ててくれた千冬さんの夢を壊して……ずっと千冬さんの世話になってばっかりな自分が情けない、と。

そんな風に落ち込む一夏を、シャルルは優しく励ましたが、一夏は『今はもう大丈夫だ』と返した。

ISを、家族を守る為の大きな力を手に入れたから、これからは千冬さんを守れるぐらいに強くなって恩返ししていくと。

俺にも追い付けて無いから、何時までもクヨクヨなんてしてられない、と……カッコイイじゃねぇか、あんニャロウ。

そして、あの銀髪ことラウラ・ボーデヴィッヒが何であんなに一夏を目の敵にして、千冬さんを教官と呼ぶのか。

これに関しては俺や一夏とシャルルの想像の域は出ねぇが、恐らくあの銀髪は千冬さんの教え子だったんだろうと考えている。

アイツは千冬さんの強さに憧れていたから、千冬さんの経歴に泥を塗った俺が許せないんじゃないかと一夏は言っていた。

恐らくそれで合ってるだろうが……。

 

「……ったく。どんだけ大層な理由があるかと思ったら……」

 

自分の憧れの人間の行動が自分の考えていた物と違った事に対する八つ当たり、単なる餓鬼の我侭だ。

それに関してはアホらしくて考える気もしねぇ。

だが、そういう事なら一夏だけでなく俺も敵視してる理由だって、大体見当が付く。

何の事は無え、これも多分嫉妬からくるモノだろう。

憧れ、陶酔する人が他の人間の事を認めてるとくれば、これ程面白く無え理由は存在しねぇからな。

まぁ、俺にとってはその程度の事はどうでも良い事だし、別に気にする必要も無いな。

銀髪に対する興味を無くし、俺はドッチの事も頭から絞め出す。

何時までも考え事しながら歩いていたら危ねぇからな。

 

「あっ。おはよう、鍋島君!!」

 

「ん?おぉ、中谷か。おはようさん」

 

と、考え事をしながら歩いていた俺に、実習で知り合った2組の中谷が声を掛けてきた。

彼女の後ろに何人か一緒に居るとこを見ると、中谷のクラスメイト達の様だ。

実習の時は多分違う班だったんだろうな。

 

「ねぇねぇ鍋島君!!あの噂ってホントなの!?」

 

「は?」

 

噂?噂って何の事だ?

っというか何故に他の女子は中谷を見てギョッとした目をしてる?

 

「ほら。こんげ、がぼっ!?」

 

「な、何でも無いから気にしないでね!!鍋島君!!」

 

「そうそう!!別に鍋島君と関係のある噂じゃないからさ!!い、いやー!!由美も勘違いしてただけだから!!」

 

「あ?え?お、おぅ?」

 

何故か俺に質問しようとした中谷の口を、後ろから中谷の友達を思しき子が塞いで言葉を止めてしまった。

しかも何の質問か全然分からない所で言葉が止まってしまったので、俺は曖昧に返事を返すしかない。

っというか中谷の口から手を離してやんないと、酸欠で死にそうな顔になってるぞ?

目が危ない方向に向いちゃってますけど?

 

「そ、それじゃあね!!私達、先に行くから!!」

 

「あ、今まで言いそびれてたけど、クラス対抗戦の時、助けてくれてありがとう!!じゃあね!!」

 

「あ、あぁ。それは別に良いけど、噂ってなん――」

 

しかし俺の質問の言葉は虚しくも空中に漂うだけに終わり、彼女達は走って2組へと向かって行った。

その際に中谷が口を塞がれたまま運ばれていったのは、ご愁傷様としか言えねえ。

……何なんだよ、噂って?……何か、俺の知らない所で何かが起こってるってのは間違い無いとは思うんだが……分かんねぇな。

そうこうしてる内に教室へと辿り着き、俺は空いていたドアから自分の巨体を中へと滑りこませる。

と、その教室の真ん中、自称このクラス唯一の眼鏡美人こと鏡ナギの机にセシリアやさゆかに本音ちゃん、果ては2組の鈴や相川谷本コンビが集っている。

彼女達の表情は皆一様に驚きや、頬に赤みを刺した照れ顔になっているではないか。

はて?一体何事だ、あの集まりは?

少し気になったので鞄を担いだまま気付かれない様にそ~っと近づいてみる。

 

『そ、それは本当の事なのですか!?』

 

『ちょ、ちょちょちょちょ~っと待って!?それマジ!?嘘じゃ無いわよね!?』

 

すると、鈴とセシリアが驚きに満ちた声を出して鏡に突っかかっていくではないか。

 

『げ、元次君と……あわわわ……ッ!?』

 

『そ、そんなごほ~びが~!?ま、真でありますか~!?ほんとなの~ナギナギ~!!』

 

そして何故か本音ちゃんとさゆかは顔を真っ赤に染めて慌てふためいてしまう。

本音ちゃんは鏡の傍に近寄り、さゆかは両手を自分の真っ赤な頬に当てて言葉にならない声をあげた。

え?ま、マジで何事?

しかし鏡は一切動じず、色んなリアクションに皆に胸を張って言葉を返していく。

 

『本当なんだってば!!この噂、学園中で持ちきりなのよ!!今月の学年別トーナメントで優勝したら、織斑君かデュノア君、若しくは鍋島君と――』

 

え?俺?

 

「何の話だ?」

 

『『『『『キャァアアアアア!?』』』』』

 

ズイッと乗り出して会話に参加したら、何故か悲鳴を挙げられたとです。

 

「げげげ元次君!?あ、あの、その、!?き、今日はいいいいお天気ででで」

 

さゆかがバグってる!?落ち着け!?

何やら顔を真っ赤にしながら目をナルトの様にグ~ルグルと回している。

このままでは湯気が出てきそうな勢いだ。

 

「ゲ、ゲンチ~!?え、えと、お、女の子の話を盗み聞きしちゃ~ダメダメ~!!た、逮捕しちゃうぞ~!!」

 

その場合、罪状は如何なる物なのでしょうか、本音ちゃん?

コチラも同じく耳まで真っ赤になった本音ちゃんだが、彼女は目を回していない。

代わりにプンスカとでも擬音が付きそうな勢いで俺を長い裾でペシペシと叩いてくる。

しかし逮捕か……婦警姿の本音ちゃん……逆に取り押さえたいものだなってイカンイカン、妄想は殺せ。

 

「あ、あんたねぇ!?デカイ図体していきなり現れるの止めなさいよ!!心臓が燃え尽きる程ヒートする所だったでしょーが!!このぉ!!(バゴォ!!)」

 

「……大丈夫か?」

 

「……ッ!?~~ッ!?か、かた、硬すぎんのよあんたはぁ……ッ!!」

 

鈴は眉を吊り上げて吼えつつ、本場中国仕込みの蹴りを俺の太ももにブチ込み、そのまま足を抑えて蹲った。

っというか、テメーは何代目のジョジョを気取ってるつもりですかな、鈴さんや?

ドゴォッとかとんでも無い音が鳴る程に強く蹴った筈の鈴がダメージを受けてるという、何ともアレな光景だ。

 

「こら~!!聞いてるの~ゲンチ~!!逮捕だ逮捕ぉ~!!」

 

「あ?あー、本音ちゃん……ここは1つ穏便に、逮捕は勘弁して欲しいんだが……」

 

「じゃあ~、ご用だご用ぉ~!!」

 

言い方変えただけで中身が変わっとりませんがな、本音ちゃん。

何故か暴走状態に入って話が通じなくなってしまった本音ちゃんから視線を外し、俺は鏡に視線を向ける。

 

「とりあえずよ、学園で持ちきりの噂ってのは何だ?何か俺の名前も含まれてたけどよ?」

 

『『『『『ギクゥッ!!』』』』』

 

分かり易いリアクションサンキューです皆さん。

噂話をしてたこのグループ以外のクラスメイト全員が、俺から一斉に視線を外すではないか。

これはもう、俺や一夏、シャルルという男性陣の与り知らない所で噂が蔓延してるのは確定なんだろう。

多分女子だけの取り決め的な意味合いじゃなかろうか。

すごく……嫌な予感です。

具体的には一夏が中学の時に引き起こした『織斑一夏の手作りチョコ争奪戦』のチョコを守る役に勝手に抜擢されてた時並みの。

これは今すぐにでも状況を把握しなきゃ不味い気がする。

良し、まずはさゆかに詳しい話を……。

 

「ゲン、おはよう。今日は何時もより早いな」

 

「元次は皆と何の話してるの?」

 

と、噂の真相解明に乗り出そうとした直後、シャルルと一夏が登校してきた。

俺が女子の集団に混ざってるのを、シャルルが不思議そうに声をあげて質問してくる。

 

「ッ!?そ、そろそろSHRですし、わたくしは席に戻りますわ!!それでは御機嫌よう!!お、おほほほ……」

 

「あー、あたしも自分のクラスに戻らなきゃー(棒読み)」

 

「よ、よ~し。さゆりん、退避だよ~♪」

 

「う、うん。私も授業の用意しなきゃ……そ、それじゃあね、元次君」

 

すると、噂の真ん中に居る俺達男子が揃ったのを見計らって、全員が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出してしまった。

もうこれじゃ追求は出来ねぇな……仕方ねぇ、とりあえず諦めよう。

目の前の女子が一斉に居なくなった事に首を傾げていたシャルルと一夏に「何でもない」と返して、俺も席に座る。

それと同時に、真耶ちゃんと千冬さんが入ってきてSHRの号令を出し、今日1日の授業が幕を開けた。

何故だろう?嫌な予感がひしひしと俺の肌に伝わってきやがるんですが……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっぱ天気の良い日は、気持ち良いなぁ」

 

現在は昼休みの終了十分前くらいだが、俺は珍しく1人で昼休みの余暇時間を過ごしていた。

っというのも、食事は一夏達と一緒に食堂で食ったんだが、その後一夏はクラス代表の仕事でプリントを取りに別行動。

シャルルはその一夏の付き添い、というかプチデート気分じゃね?

まぁ、鈴も一夏と同じく2組のクラス代表としてプリント取りに行ったからデートでは無いが。

っていうか今は男子で通ってるから、周りからは普通に違和感無く友達同士でって見えてるだろう。

これが女だってバレた日にゃどうなる事やら……考えただけで恐ろしいぜ。

本音ちゃんも何やら用事で、さゆかと箒は相川や谷本達と楽しくお喋りをしてた。

まぁ、話題がどの店の服が可愛いとかだった内は良かったが、谷本がニヤリと笑いながら下着の話を持ち出した瞬間、脱兎。

外のベンチでゆったりと過ごして、今に至る。

 

「まぁ、偶には1人でゆったりするのも悪くなかったな……そろそろ戻るとすっか」

 

身体を寝転がせていたベンチから身を起こし、俺はゆっくりと歩いて教室を目指す。

これなら、今日の夜はゆっくりと寝れそうだぜ。

 

「――何故、こんなところで教師など!!」

 

「……やれやれ」

 

「ん?……あの声って……」

 

突然、歩いていた歩道の部分から外れた池の傍、その木々のある所から、何やら興奮した様な声が響いてきた。

何だ何だと野次馬根性を出し、俺は声の聞こえた辺りの近くの木から、池の方を盗み見る。

その先には――。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目が有る……それだけだ」

 

「この様な極東の脆弱な地で、一体何の役目があると言うのですか!?」

 

池の側、二人だけしか居ない場所で話し合う……いや、一方的に喚くボーデヴィッヒの言葉を受け流す千冬さんが居た。

偶然にも、俺は直ぐ側にあった巨木の影に身を潜め、二人の話し声に集中する。

見た感じでは、千冬さんは銀髪の言葉をヤレヤレって感じにしか捉えていない……というか相手にしてねぇ。

そんな千冬さんの態度に気付いてるのか気付いていないのか、銀髪は言葉を捲し立てる。

 

「お願いです教官、我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません。あなたはもっと高み、強き者の居る場所にこそ居るべきお方です」

 

おいおい、一方的に日本を雑魚呼ばわりしてるが、千冬さんはその日本の生まれで、元日本代表だって事忘れてねぇか?

こっからじゃ背中しか見えねぇが、間違いなく千冬さんの怒りが増してヒートの炎がジワジワと高まってるぞ。

 

「ほう……それがドイツだと?」

 

「無論です。私など歯牙にも掛けない強さを持つ貴女が、この様な場所で教えるに足るべきでは無い者達相手に時間を割かれるなど、それこそ時間の無駄というものです」

 

「……教えるに足らん、か」

 

「はい。この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません。意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」

 

言ってくれんじゃねぇか。

ISの事をファッションと感じてるのは間違いじゃねぇ。

でも、それでも誰も彼もが実習になれば、訓練になれば自分達で危機感を持ってISを扱ってる。

その意識を日々の態度……上辺だけ見て判断しただけの奴が何を勝手な事をぬかしてるんだよ。

 

「そして、教官にとって一番の有害はあの男です……鍋島元次」

 

「……」

 

と、いよいよもって聞いてるのも馬鹿らしいと思っていた俺だが、その俺の話題が出てきた。

しかも、有害だなんていう素敵な扱いで、だ。

 

「我が軍の情報網を使って、あの男の過去を調べましたが……あの男の来歴は反吐の塊の様なものです。この学園に来るまでの間に起こした事件は数知れず。路上での喧嘩、乱闘事件による警察への補導数は200を超え、更には暴力団組事務所、及び下請けの不良グループへの殴り込み、殲滅を繰り返す。警官を二度と立ち上がれ無くなるまで叩きのめして留置所に連行された事もあり、学校のPTA会長及び会員を含めた十数名に対する過剰暴力。挙げればキリが無い」

 

おー、おー、随分とまぁ詳しく調べやがったもんだぜ。

っというかプライバシーは何処にいったんだろうか?

補導された回数とか、俺なんか正確な数字なんか知らなかったし。

確かに銀髪の言った事件は、全部俺が引き起こした事件だ。

俺が今までの短い人生の中で、最も荒れ狂ってた時期……俺がケンカサピエンスって呼ばれてた頃か。

気に入らない行動をしてた奴等を、俺は叩きのめし、潰し、ブッ壊してきた。

傍から見れば、俺の行動は誰が見ても良からず……無法者(アウトロー)に他ならねぇ。

 

「あの様な低俗な男を側に置けば、教官の輝かしい経歴に傷をつけるのは明白です……私にはそれが耐えられない」

 

「……」

 

「教官、あの様な屑を側に置くなど、百害、いや億害にしか成り得ません!!教官ほどの方が、あの様な『生きるに値しない者』を気に掛ける等――」

 

生きるに値しない、か……まぁ、俺が引き起こした喧嘩沙汰は世間的に見れば異常だし、そこは言い返す事は出来ねぇな。

銀髪は何も喋らない千冬さんに業を煮やしたのか、語気を荒らげて千冬さんに言葉を紡ぎ――。

 

 

 

 

 

「『――何様のつもりだ――糞餓鬼』」

 

 

 

 

 

――瞬間、世界が揺れた。

 

 

 

 

 

「ッ!!!??」

 

背を預けてる巨木越しに伝わってくるビリビリとした波動を感じ取り、俺は目を見開く。

お、おいおい……嘘だろ……ッ!?

俺が感じ取った、世界を揺るがし、最初は地震でも起こったのかと感じた幻覚の発生源。

それは間違いなく、言葉を発した銀髪の側に居る、『世界最強のブリュンヒルデ』が引き起こしたものだった。

この身体が揺れる感覚は、地震では無く『威圧』……千冬さんの圧倒的な覇気だ。

慌てて視線をその中心に向ければ、その先に居る千冬さんの身体から、まるで地獄の業火の様に燃え盛る赤い炎が噴き出している。

俺の蒼いヒートの炎とは比べるまでも無い強さを現す紅蓮の炎……本物の強者の証、レッドヒート。

冴島さんと同じ位強い覇気の塊。

俺なんかまるで足元にも及ばない威圧……でも、これでも加減されてるのが良く分かる。

 

「あ……ぁ……ッ!?」

 

腕を組んだ体勢のままに、怒りの波動を巻き起こす千冬さんの傍に居るボーデヴィッヒが、まだ気絶してないからな。

しかし俺の時以上の威圧を受けたボーデヴィッヒは、その波動の重さに耐え切れず、膝を地面に着いてしまっている。

アイツより強い俺ですら、気圧されたぐらいだ。

ボーデヴィッヒ程度じゃ気絶しなかっただけ褒められたものだろう。

そんな風に地面に膝立ちの状態で目を見開くボーデヴィッヒに、千冬さんは威圧を引っ込める事無く、視線を向ける事無く、言葉を紡ぐ。

 

「『生きるに値しない?害にしかなりえない?……軍の情報網を使ってアイツの事を調べ上げたと言っていたが、それすらIS委員会にバレれば只では済まないが……まぁ、良い。本題はそこでは無い』」

 

「……き、教か――」

 

「『随分とまぁ、偉くなったものだな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは、恐れ入る……未だに鍋島と自分の力量の差に気付けてすらいないというのにな』」

 

「ッ!?あ、あんな……ISに乗って間もない男に、私が負けるとでも仰るんですか!?」

 

千冬さんはボーデヴィッヒの言葉を遮り、普段と同じ様に、当たり前の事を話す様な言い方で俺の名前を出す。

それを聞いたボーデヴィッヒは自分にも思い当たる所があるのか、苦々しい表情を浮かべるも、千冬さんに言い返す。

頭では理解出来ても、心では認められないって事だろうか……一体何なんだ?

 

「『あぁ。断言してやろう。思いあがったお前ではアイツには勝てない。肉体的な戦闘でも、ISでも、な』」

 

「ッ!?」

 

目の前に居る憧れの人間から断言された言葉を聞き、ボーデヴィッヒは言葉を失う。

……一夏達と考えた通り、アイツは千冬さんに憧れ……というか、半ば狂信的な思いを持ってるんだろう。

そんな人が自分では無く誰か別の人間を褒めたとなれば、あぁやって呆然とするのも仕方無い、か。

そう考えていると、千冬さんはその身から発していた威圧を消し去り、そこでやっとボーデヴィッヒに視線を合わせた。

 

「お前がどう思おうと、今の言葉をどう受け取ろうと、それは好きにするといい……だが、これだけは言っておく。私はアイツの事を認めている……教室へ戻れ。私は忙しい」

 

「……ぐッ!!(ダッ!!)」

 

やっと視線を合わして貰えたかと思えば、投げ掛けられた言葉は「戻れ」という言葉。

ボーデヴィッヒは悔しそうでいて、泣きそうな表情のままに早足で去って行った。

 

「……さて、そこの男子。盗み聞きか?異常性癖は感心しないぞ」

 

ちょっと待たれい。

 

「幾ら何でも異常性癖は無いでしょうに……俺だってそんなつもりは無かったッスよ」

 

どう考えても千冬さんが投げ掛けた言葉は俺に対してだったので、俺は大人しく木の陰から出て、千冬さんの前に姿を現す。

開けた視界の先では、腕を組んでブスッとした表情を浮かべる千冬さんの姿があった。

参ったねぇ……最初から気付かれてたって訳だ。

俺は頭を掻きながら、池の前で腕を組んで佇む千冬さんに近づく。

 

「女の話を盗み聞きしてる時点で、弁明の余地は無いと思うがな」

 

「いや、別に聞きたかった訳じゃ……まぁ良いッスけど……随分、好かれてるんスね?」

 

嫌味で返されたお返しに軽くさっきの事を皮肉った言葉を向けると、千冬さんは疲れた様に溜息を吐く。

 

「……アイツは吐き違えている。強さは絶対的に目に見えるものだけだと。だから私の武力にしか目がいかない……昔はああでは無かったのだが……」

 

「それだけ千冬さんの教導で、何かしら感じるモノがあったって事じゃないっすか?」

 

「……一夏から聞いたのか?」

 

俺の受け答えを聞いて、自分の過去を知られたと悟った千冬さんは、少し目を細めて俺に問う。

その問いに頷く事で肯定すると、千冬さんは「そうか」とだけ呟き、再び池に視線を向けた。

俺も特に何も言わず、千冬さんに倣って池に視線を向ける。

ただ静かに、緩やかに流れる時間の中、先に口を開いたのは千冬さんの方だった。

 

「……すまなかったな」

 

「え?何がっすか?」

 

突然過ぎる謝罪に首を傾げると、千冬さんは苦笑しながら再び目を俺に向ける。

 

「覚えているか?私がモンド・グロッソに出場する時、お前は一緒に来れなかったから、空港まで見送りに来てくれただろう?」

 

「……あっ、はい。覚えてますけど」

 

「その時にした『約束』だ」

 

「約束……あぁ、アレですか」

 

俺は千冬さんの質問を聞き、当時の事を頭に思い浮かべる。

あの時、俺は千冬さんや一夏とドイツには行けず、空港まで二人を見送りに行った。

一夏には俺の分まで、千冬さんの傍で応援してくれと頼み、千冬さんと1つの約束をしたんだ。

確かアレは……。

 

「『私は必ず優勝トロフィーを持って帰るから、お前は最高の料理でそれを祝ってくれ』、でしたよね?」

 

「そうだ……あの時の約束、果たせなくてすまない……それどころか、帰るのに1年も待たせてしまった」

 

昔、叶えられなかった約束の事を思い出すと、千冬さんは苦笑しながら顔を少しだけ俯ける。

横合いから見える千冬さんの瞳には、憂いの感情が感じ取れた。

確かにあの時、千冬さんは約束を果たせなかった。

一夏を拉致られ、決勝戦を棄権し、更にはドイツへ発って一年後の帰国。

その事が、千冬さんにとっては負い目になってるらしい。

 

「普段から、お前の事は家族だと思っている……そう言ってきたのに、守秘義務と負い目から、私と一夏はお前にあの時の事を隠してきてしまった……隠し事をしてしまった……すまない」

 

「……」

 

何時もの千冬さんからは想像も出来ない程の弱弱しい声。

今まで俺に話せなかった事への罪悪感からか……何言ってんだかな。

 

「別に良いッスよ」

 

「……何?」

 

もの鬱げに目を伏せる千冬さんに、俺は笑顔で言葉を掛けた。

 

「確かに、ずっとモヤモヤしてましたけど……でも、家族だからって何もかもを隠しちゃいけねえなんて思ってません」

 

「……」

 

「それに、今回の話を聞けてちゃんとモヤモヤは解消されましたし、結果オーライでしょ」

 

「だが……私はお前との約束を……」

 

「何言ってんスか。そっちは寧ろ、果たせなくて良かったっす」

 

俺にすまなそうに言葉を掛ける千冬さんに対して、俺は約束を破られて良かったと返す。

当然だ、寧ろあの話を聞いて果たせて良かったなんて思うはずがねえっての。

それを聞いて千冬さんはポカンとした表情を浮かべるが、直ぐに咳払いをして真剣な目を俺に向けてくる。

目は口ほどにものを語るって諺通り、千冬さんの目は俺に続きを促していた。

 

「一夏にその話を聞いて、俺、思ったんス……やっぱり千冬さんは、俺の尊敬する凄い人なんだって」

 

「……」

 

「世界最強を決める大会二連覇なんて、それこそ勝てば世界中の誰もが欲しがる尊敬の証になるでしょ?……そんな名誉を金繰り捨てて、肉親を助けに向かった千冬さんを、尊敬出来ない訳が無えじゃねぇっすか」

 

「元次……」

 

少し驚いた様に目を開く千冬さんに、俺は笑顔のままに視線を合わせる。

寧ろ千冬さんの行動を咎められる奴が居たら出てきやがれってんだよ。

千冬さんのやった行動を咎められるってのは、人間として最低の野郎に他ならねぇ。

目先の自分の欲の為に、血を分け、今まで暮らしてきた肉親を捨てる……最低にも程がある。

自分の所為で巻き込まれた肉親を助ける事すらしねぇなんて、その肉親が浮かばれねぇよ。

だから千冬さんのとった行動を、俺には責める謂れは無いし、そんな最低な事はしない。

ドイツで教鞭を取って帰りが遅くなったのだって、一夏を助ける為に協力して貰った借りを返す為。

最後まで筋を通した千冬さんの行動を、一体誰が、どんな権利を持って責められようか。

 

「もし、千冬さんがそこで一夏を、家族を見殺しにする様な最低な人だったなら……どのみち俺の方から殺しにいってた」

 

「……」

 

「でも、千冬さんは名誉を捨てて家族を助けた……そんなカッコイイ人を、俺が責めれるわけ無いじゃねぇっすか」

 

寧ろ逆に尊敬が高まりましたよ。と言って、俺は千冬さんの顔を覗き込む。

俺の言葉を聞いた千冬さんは目を瞑って何かを思う様な表情をするが、直ぐに何時もの不敵な笑みを見せる。

そんな千冬さんの表情を見て、俺も自然と笑みを浮かべてしまう。

あぁ、やっぱ千冬さんはこうじゃなきゃな……こういう不敵な笑みが良く似合ってるぜ。

 

「私を殺すとは、随分と大きく出たものだな……生憎、今の所お前程度に殺されるつもりは無いし、今後もそんな巫山戯た真似をするつもりも無い」

 

「あちゃ~。今でも俺『程度』ですか……まぁ確かに、あんな威圧出せる人からしたら、そうっすよね……何時かは追い付いてみせますけど」

 

俺だって、何時迄も千冬さんの背中を見てるつもりは無い。

何時かは千冬さんだけじゃなくて、冴島さんにも追い抜いてみせるつもりだ。

まぁ、冴島さんは『何時でも、ゲンちゃんが俺を超えたいなら相手したる。それまで俺は、誰にも負けへん』って言ってたしな。

 

「そうか……さて、もうすぐ昼休みも終わるし、教室に戻れ……まずは学年別個人トーナメントで優勝してこい。私をガッカリさせるなよ?」

 

「勿論。今の所、一年なら誰にも負ける気はしねぇっすよ」

 

暗に、あの銀髪にも負けるつもりは無いという意味を込めて伝えると、千冬さんは背を向けた。

もう話は終わりって事だろうと考え、俺も教室に戻る為に背を向ける。

 

「……あぁそうだ。少し待て、元次」

 

「っとと。はい、なんすか?」

 

しかし歩こうとした時に背中から声を掛けられて振り返ると――。

 

「……1つ、貴様に確認しておかねばならん事があったな(ゴゴゴゴゴ)」

 

「へ?……な、なんでしょう?」

 

何故か、さっきと遜色の無い程に強い威圧感を備えた千冬さんのメンチビームが俺の目を射抜いてきた。

え?ちょ、マジで何ですか!?俺ってば何かした!?何にもしてないよな!?

いきなりすぎる展開に混乱する思考と、恐怖から冷や汗がダラダラと出てきてしまう。

訳も分からず混乱していると、何時の間にか千冬さんが超・至近距離に接近していて、俺は胸倉を掴まれて視線を固定されてしまう。

 

「なに、大した事では無い……さっき言った今度の学年別個人トーナメントの話だが……」

 

「は、はい?」

 

一体何の話題だろうかと身構えていると、千冬さんは目をギロリとさせながら続きを語った。

 

「お前、誰かに何かを約束させられたか?優勝したら個人的に何かをして欲しいとか……ン?どうなんだ?(ゴゴゴゴゴ)」

 

「ノ、ノーですはい!!わたくし鍋島元次は、誰ともそんな約束はしておりませんです!!マム!!」

 

分からん、何でこんなに怒られてるのか分からんけど、ここで嘘言ったら死ぬ。

間違いなくサクッとザクッと殺される。

 

「……そうか(……となれば、大方あの愚弟に知らない間に巻き込まれたといった所か……優勝したら付き合える?そんな事で付き合えるなら直ぐにでも私が出場して……って違う!!)」

 

俺の胸倉から手を離した千冬さんは何かを考えこむ姿勢を取りながら、いきなり顔を真っ赤にしたり首を振ったりしてる。

な、何があったんだ?そして何すかこの尋問会は?

恐る恐るといった具合で千冬さんに視線を送っていると千冬さんは顔を赤くしたまま目だけを逸らしてしまう。

あの、もうすぐ授業始まっちゃうんですけど?

 

「(ちょっと違う内容で伝えて『買い物に付き合う』とかにするか?いや、それですら言語道断。ならば……結論は1つ)良いか元次。貴様は何があっても優勝しろ。しなければ、煉獄に落ちたくなる程の修行を貴様につけてやるからな?」

 

「わ、わわ分かりました!?必ずや優勝しますぅ!!」

 

「うむ。では、教室に戻れ」

 

「了解しましたぁあああ!?(ドドドドドドッ!!)」

 

「おい、廊下を走るな……と言っても聞こえんか……まぁ、今日ぐらいは多めに見てやろう」

 

俺の答えに満足そうに頷き、胸倉から手を離してくれた千冬さんに敬礼してから、俺は走ってその場を後にした。

やっばい。元から負けるつもりは更々無かったが、マジで優勝しねぇと俺、イッツDIEしちゃう。

どうするべきだ?今から更なる対策を練るべきか?いや、てっとり早く優勝するには……。

 

「ええいくそ、考えても仕方無え……とりあえず専用機持ちに当たったら、一月は起きあがれねぇ様に念入りにブチのめしてやるか」

 

「お前なに真顔で怖い事言っちゃってんの!?IS装備で一月起きれねぇって、立派なオーバーキルだろそれ!?」

 

と、考えてる間に教室に戻っていたらしく、呟きを聞いた一夏に思いっ切り突っ込まれてしまった。

教室に目を向けると、さっきまで闘志を滾らせていたセシリアやシャルルが俺を見てガタガタと震えていた。

すまん、俺もまだ死にたくねぇんだ。

ク~クックックック……俺の輝かしいfutureを守る為にも、涙を飲んでお前等を葬ろう。

 

「ゲン?お前なんでそんな暗い笑顔で俺を見ちゃってんの?マジで一月も動けなくするつもりじゃねぇよな?な?なぁ!?」

 

許せ兄弟、これも全ては俺の未来の為なんだ。

必死な表情で俺を見てくる一夏から視線を外し、俺は外の青空に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、時間は過ぎて放課後、俺は自室に戻ってゆっくりと本を読んでいた。

読んでいるのはこの前千冬さんが来た時の見参の続きだ。

学年別トーナメントまでに少しでも使える技を覚えられる様に読み返している。

本当ならISを使った訓練をしたかったんだが、一夏はクラス代表の仕事があって少し遅くなるらしい。

シャルルはその付き添いで、箒も訓練機の予約が取れなかったので、シャルルと一緒に一夏の手伝いをしてた。

セシリアは何時の間にか教室から居なくなってたし、鈴も2組に居なかった。

つまり、専用機持ちの連中は尽く捕まらなかったので、一夏の仕事が終わってから一緒に訓練に行くまで時間が空いてしまったのである。

その空いた時間の間を有効に使おうと思って本を読んでいるって訳だ。

 

「ふむ……おぉ、この技は使えそうだ――」

 

ドンドンドンドン!!

 

「ん?誰だ?」

 

集中して本を読んでいたのだが、そこに来客を知らせるノックが響き渡る。

しかしノックというには荒々しくて、まるで扉を叩き割らんかという勢いだ。

そう考えている間にもノックは絶え間なく続けられているので、とにかく誰がやっているのかを確認しに向かう。

 

「(ガチャ)おいおい誰だよ?こんな荒々しいノックを――」

 

「げ、元次君!!大変なの!!」

 

「……って、さゆか?どうしたんだ?」

 

扉を開けると、そこには息を切らせ、かなり切迫した表情のさゆかが居た。

俺はさゆかの普段とは掛け離れた様子に面食らう。

どうしたんだ?普段お淑やかなさゆかがこんなに取り乱すなんて――。

 

「だ、第三アリーナで、ボーデヴィッヒさんが!!鈴とセシリアさんと本音ちゃんに模擬戦を仕掛けて、甚振るみたいな戦い方を――」

 

そこまで聞いた段階で、俺は全速力で第三アリーナへと走った。

後ろでさゆかが叫んでいたが、今は止まっている暇は無え。

早る心を抑えつけながらも、抑えきれない気持ちが俺の中で竜巻の様に渦巻く。

あの銀髪は、無警戒の相手に平然と攻撃する様な奴だ……嫌な予感もビンビンするしよぉ……くそがっ。

俺は他の生徒に当たらない様に走るスピードを上げて、第三アリーナを目指す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「フン。所詮は過去の栄華と人数だけの国の専用機と代表候補生だな。弱すぎて話にならん」

 

「あぅ……ッ!?ぐっ……ッ!?」

 

「く、くそぉ……機体の相性悪すぎだっての……ッ!!」

 

所変わって此処は第三アリーナ。

そこでは、現在4機のISが模擬戦を行なっていた。

他の訓練をしにきた生徒や、訓練機の予約は取れなくとも他人の動きを観察して少しでも教養を深めようと勉強しに来た生徒達は全員観客席に居る。

件のIS4機が、アリーナ全体を使った模擬戦をしていた為に、遅れた生徒は巻き込まれない様に観客席に居るのだ。

アリーナの中には、漆黒の機体、シュヴァルツェア・レーゲンを纏って悠然と立つラウラ・ボーデヴィッヒの姿がある。

彼女の足元には、その優雅な青色の機体に所々裂傷を刻んだセシリアとブルー・ティアーズ。

片側のアンロックユニットを失い、同じく機体随所に損傷を負わされた鈴音と甲龍の姿も見受けられる。

だが、それよりも酷い姿が、ラウラの操るシュヴァルツェア・レーゲンの手の部分から伸びるワイヤーブレードに繋がれていた。

 

「う、うぅ……」

 

「しかし、それに輪を掛けて酷いのはこの訓練機の女だな……この程度の人材しか日本には居ないのか」

 

ラウラは日本の訓練機である打鉄を纏った少女……布仏本音の機体に巻きつけたワイヤーを引っ張って、彼女の身体を引き摺り、首に手を掛けて持ち上げた。

鈴達の専用機と違って、訓練機である打鉄には秀でた防御力と耐久性があるお陰で、本音の身体には酷い怪我は見受けられない。

しかし全ての基本装備を破壊されていて、彼女には攻撃の術が無く、反撃も不能なまでに追い込まれている。

 

 

 

――事の起こりは、彼女達が偶々この第三アリーナに集まった時の事だ。

最初に集ったセシリアと鈴は、学年別個人トーナメントで優勝した者に与えられるという『ある噂』の為に特訓に来たのだ。

そこに打鉄を纏った本音が合流し、テンションの上がっていた鈴とセシリアは売り言葉に買い言葉で模擬戦をする流れになった。

そこで本音に審判をして欲しいと頼んだのだが、いざ始めようという所で1発の砲弾が彼女達に襲いかかった。

セシリアと鈴の中間地点、そこに立っていた本音がいち早く気付き、その弾を全員回避し、発射地点を見れば不敵に笑うラウラが居た。

そこから今度はセシリアと鈴がラウラに挑発を仕掛け、逆にラウラの言葉に激情したのだ。

内容は自分達の想い人である一夏と、彼の兄弟分である元次を愚弄した物言い。

それを聞いて激昂したセシリアと鈴が特攻を仕掛け、本音もその挑発に怒りを表した。

本音の言葉を戦闘の意思ありと解釈したラウラは無抵抗だった本音をも巻き込み、その場で3対1の乱戦が勃発。

3人は果敢に挑んだが……だが、結果は今の状況が全てを物語っている。

 

 

 

「く、苦しいよぉ……」

 

首を絞められてシールドエネルギーの損傷が続く中、本音は表情を苦悶に歪めてそう零す。

その呟きを聞いたラウラは、更に面白く無いモノを見る様な目で彼女を見た。

 

「情けない。それでも貴様は教官と同じ日本人なのか?あの方はこんな状態でも私程度では敵わない境地に居るお方だと言うのに……」

 

「あ、あんた……専用機使って、代表候補生でも無い子を嬲って、何偉そうな事言ってんのよ……ッ!!」

 

「く……同じ欧州連合の者として恥ずかしい限りですわね……誰もが織斑先生の様な方々ばかりでは無いという常識すら無いなんて……ッ!!」

 

余りにも理不尽な物言いをするラウラに対して、鈴とセシリアは嫌悪感を露わにして語気を荒らげる。

代表候補生と一般生徒達では、ましてやブリュンヒルデとは技術の開きに差があって当然なのに、ラウラはそれすらも扱き下ろす。

そんな理不尽な言葉に、二人は怒りの声を上げたのだ。

その様を見てもラウラは動揺する事も無く、見下ろしたままにシュヴァルツェア・レーゲンの足を振り上げた。

 

「専用機を使って3人掛かりで挑んでも、私に傷すら付けられない様な者が一端に講釈を垂れるとは……これ程滑稽なものは無い、な!!」

 

「(ドガァ!!)きゃあ!?」

 

「鈴さん!!」

 

「そら!!何時迄も私の近くで這いつくばってるんじゃない!!」

 

「(バキィ!!)ぁぐ!?」

 

怒る二人を知った事かと蹴り飛ばすと、二人はその攻撃でシールドエネルギーが底を突き、ISが強制解除された。

もうそれで興味を失ったラウラは、二人から視線を外してターゲットを再び本音に向ける。

 

「ふん……次は貴様だな。はぁ!!」

 

「(ガン!!)うぁ!?」

 

「殴られてるだけか!?少しは抵抗してみせろ!!」

 

「(ゴス!!)あぅ!?くぅ!!」

 

そんな二人を一瞥して直ぐ、ラウラは首を掴んで持ち上げていた本音の首にワイヤーを巻いて釣り上げ、ISの腕で彼女を殴打し始めた。

狙いは顔面であり、これが当たれば絶対防御が働いても怪我は免れない。

本音は何とか両腕を交差させて防御はしているものの、他のお腹や足等の装甲が砕け始めていた。

ハイパーセンサーで確認した観客席にはラウラの憎む一夏が必死の形相でシールドを叩いているのを発見したが、彼女はその表情にニヤリと笑みを返す。

止められるものなら止めてみろ、という挑発を篭めた笑みだ。

その笑みを浮かべたまま、ラウラは最後の止めに血ぐらいは流させようと、本音の顔面に向けてISの拳を構える。

 

「次に戦いを挑む時は、もう少しマシになっておくんだな」

 

もし、観客席から何らかの方法で一夏が間に入ろうとも、この一撃には間に合わない。

それを計算した上で、ラウラは嗜虐的な笑みを浮かべたまま拳を振るい――。

 

 

 

「『――この』」

 

 

 

同時に、全身をゾワリと這い上がる悪寒に意識を持って行かれた。

それは、生物としての本能ともいうべき危険信号が発する警報だったのだろう。

自身のISが警報を発するより前の段階で、本音の首からワイヤーを外しながら後ろを振り返れば――。

 

 

 

「『糞ガキがぁあああああああああああああああああッ!!!』」

 

「きさッ!?(ドゴォオオッ!!!)ぐぁああああッ!?」

 

 

 

猛獣と見紛う形相をした元次の、オプティマスを装備した前蹴りに顔面を盛大に蹴り抜かれた。

その勢いのままに、ラウラはアリーナの外壁へと吹き飛ばされ、体勢を立て直せなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あっ……ゲンがラウラを吹っ飛ばした……」

 

所変わって此方はアリーナの観客席。

そこで事態を見ていた一夏は、現在シールドの割れた部分に白式を展開したまま浮いている。

一夏はクラス代表の仕事をシャルルと箒に手伝ってもらい、予定より早く済んだので、元次を呼びに行こうとしていたのだが、ここで問題が起きた。

実の所、ラウラの暴挙染みた戦い方を見ていたのはさゆかだけでは無く、彼女の親友である谷本と相川も含まれていたのだ。

そこでさゆかは元次に声を掛けに、相川と谷本は一夏に声を掛けに分担したのである。

止めてくれるなら止められる人間は多い方が良いと、3人が考えた結果だった。

そして、ちょうど現時を呼びに行こうとしていた一夏達に、相川と谷本が遭遇し、事情を話す。

元次にはさゆかが伝えに行ってると言われ、一夏達は元次より先にアリーナへと向かったのだ。

そこで目にした戦い、いや、もうそれは暴力と呼べるものを見て、一夏は憤慨した。

しかし言葉には答えず、シールドを叩く自分の姿を見てニヤリと笑ったラウラに対し、一夏は強攻策を取る。

即座に白式を展開して零落白夜でシールドを切り裂き、そのまま突入しようとしたのだ。

そしていざ向かおうとした所で、元次が瞬時加速を用いてラウラを蹴飛ばし、呆然としている今に至る。

 

「い、一夏……どうするの?元次と布仏さんが、凰さんとオルコットさんを助けちゃったけど……」

 

少し遠慮気味に話すシャルルの言葉を聞いてアリーナに目を向ければ、既に元次達は入り口の方に逃亡していた。

それを見下ろしつつ、一夏は溜息を吐きながら口を開く。

 

「どうするっつってもなぁ……どうしよう?」

 

「い、いや。僕に聞かれても……」

 

なんとも間を外してしまった感が出る状況になってしまい、このまま行って良いのかと一夏は悩む。

シャルルもその質問には何と言うべきか分からず、答えを濁していた。

だが、一緒に着いてきた箒はと言うと何故か溜息を吐きながら、一夏に難しい表情を見せている。

 

「あっちの事も大事だが、一夏……この壊したバリアーはどうするつもりなんだ?」

 

「え?…………おーまいごっど……」

 

箒が微妙な表情で指差したのは、零落白夜でザックリパックリと斬られたアリーナのバリアー。

幾ら無我夢中だったとしても、これはさすがに見逃して貰えそうも無いだろう。

それを理解した一夏はダラダラと滝の様な汗を流す。

 

「発音が下手なのは構わないが……これはさすがに怒られると思うぞ?」

 

「……怒る先生が山田先生でありますように」

 

「一夏。淡い期待を持つと、裏切られた時がすっごく辛いよ?」

 

「シャルルの言う通りだ。今からでも覚悟を決めておけ」

 

「言うな!!言わないでくれぇ!!」

 

憐れみの篭った瞳で、励ましでは無く同情の台詞をシャルルと箒からプレゼントされ、一夏は白式装備のまま頭を抱えて絶叫。

今から自分がどうなるかなんて考えたくも無い、という思いがありありと籠められていた。

そんなコントを3人で繰り広げていた時に――。

 

 

 

ズドォオッ!!

 

 

 

開戦の咆哮が、全員の耳を打った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「本音ちゃん!!大丈夫か!?」

 

アリーナに入って直ぐ、本音ちゃんの首を掴んで止めを刺そうとしていたクソガキを見て、俺は密かに練習していた瞬時加速を使った。

まだ出来るのは5回に3回といった具合だったが、ちゃんと上手く作動し、俺は一気に距離を詰めて奴を蹴飛ばす事に成功。

糞ガキを蹴り飛ばした俺は、糞ガキに拘束されていた本音ちゃんへと駆け寄る。

見た感じ、身体に怪我を負うほどにはやられてなかったが、本音ちゃんは少し苦しそうに咳き込んでいた。

 

「えほっえほっ……助けてくれたのぉ~?……ありがとぉ~、ゲンチ~♪」

 

「礼なんて良いって。それより怪我は無えか?」

 

「ん~……うん。打鉄はボロボロだけど~、私は大丈夫だよ~♪」

 

「そっか……間に合って良かったぜ」

 

呼吸を整えた本音ちゃんは笑顔で俺に言葉を返し、俺は大きく安堵した。

確かに打鉄はボロボロになっているが、本音ちゃんの身体には怪我らしい怪我は無い。

だが、鈴とセシリアは別だ。

二人はISが強制解除されていて、地面に横たわった状態から起き上がろうともしない。

……よくもやりやがったな。あの糞ガキが……。

 

「本音ちゃん。とりあえず二人を保健室に運ばなきゃいけねえ。まだ動けるか?」

 

「うん~。大丈夫だよ~。スラスタ~を動かすエネルギ~は~まだ残ってるから~」

 

「よし、それじゃあ本音ちゃんは鈴を頼む。俺はセシリアを運ぶからよ」

 

「あいあいさ~!!」

 

蹴り飛ばしてやった糞ガキはまだ起き上がってこねえだろう。

イグニッションブースト状態からの速度を乗せた全力の蹴りをモロにブチこんでやったんだ。

直ぐには動けないだろうし、この隙にISが使えない二人を安全な場所に運ばねえと……。

 

「おい、セシリア。無事か!?」

 

「う、うぅ……元次さん……無様な姿を、お見せしてしまいましたわね」

 

「なぁに、気にすんなって。一夏じゃ無くて悪いが、ちと我慢しろよ」

 

「はい……情けないですが、お願いします」

 

「リンリン~!!大丈夫~!?」

 

「あ、痛たた……そのアダ名で呼ばないでって言ってるでしょ、本音……サンキューね。ゲン」

 

「良いって事よ。鈴も気にすんな」

 

「ぶ~、可愛いのになぁ~。ちょっと失礼しま~す」

 

「……うん。悪いけどお願いするわ、本音」

 

セシリアを腕に挟む様に抱きながら、鈴を抱えた本音ちゃんと一緒にアリーナの出口を目指して飛ぶ。

他にアクシデントも無く、入り口に辿り着き、俺はセシリアを地面に優しく降ろした。

本音ちゃんも抱えていた鈴を降ろして、自身も打鉄から降りていく。

やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、とりあえずは一安し――。

 

「(ボゴォ!!)グ、ググ……ッ!?ハァ、ハァ!!ま、また……またお前かぁあああああッ!!?」

 

『警告、敵ISのロックオンを確認。至急回避もしくは迎撃行動を』

 

と、俺達がアリーナの出口で鈴達を降ろすと同時に、オプティマスのセンサーが警告を発した。

怪我人を抱えた状況にある今の俺達をロックオンする様なバカたれは勿論の事、あのクソガキしか居ねぇ。

 

「貴様だけはもう許さん!!私の手で消してやる!!――吹き飛べ!!」

 

ズドォオッ!!

 

「な!?何考えてんのよ、あのドイツ人!?」

 

「元次さん!!」

 

「ゲンチ~!?危な~~い!!」

 

そして、轟音と共に、奴の肩に取り付けられていた実弾砲が火を吹き、弾丸が超高速で俺達に向かってくる。

俺の背中に当たるであろう弾頭を見て、鈴もセシリアも本音ちゃんも悲痛に叫ぶが……俺の頭ん中は別の事で埋め尽くされていた。

あのクソガキは何をしてるのか分かってんのか?少なくともここにはISを纏っていない人間が二人も居るんだぞ?

そんな奴等が居る状況で砲撃ブッ放して、しかも得意気に笑うだぁ?……フザケヤガッテ。

あぁもう良い、学年別トーナメントでブッ潰すつもりだったが予定変更だ……アイツは今ここで――。

 

 

 

「……ッ!!(バグォオオッ!!)」

 

「――なっ……」

 

 

 

叩き潰してやる。

 

 

 

迫りくる砲弾に対して俺が取った行動に、クソガキだけでなく他の面々も呆然としていた。

周りが静まり返る程の事をしたのかと言われれば、そうとしか言えない。

俺が取った行動は、砲弾に手を翳してキャッチし、高速で回転する砲弾を力で無理矢理捻じ伏せてやったのだ。

手の中で摩擦による煙を挙げながら、ギュルギュルと金属の擦れる音が鳴っていたが、それも次第に収まる。

 

「ば、馬鹿な……ッ!?実弾砲をISの手で受け止めただと……ッ!?」

 

俺の行いに目を見開いて呆然とするクソガキだが、ンな事は知ったこっちゃねぇ。

 

「……テメェ……何したか分かってんだろうなぁ?」

 

手でキャッチした砲弾を地面に投げ捨てながら、俺はクソガキに向き直る。

俺と目が合ったクソガキはハッと意識を戻すと、直ぐ様俺に意識を集中させた。

 

「ISを纏ってない奴相手に砲撃カマしやがって……しかも俺のダチに手を上げただ?……良い度胸してんじゃねぇか」

 

「皆、大丈夫!?」

 

と、俺とガキが睨み合っていた最中、後ろの3人にさゆかが駆け寄って行く。

どうやら俺の後を追って来てくれたらしい、今来てくれたのは好都合だ。

怪我してる3人を任せて、気兼ね無く暴れられるからな。

 

「さゆか。ワリィけど3人を保健室に連れて行ってやってくれ……俺はちっと、あのガキに……仕置きしてくっからよぉ!!」

 

「あ!?元次君!?」

 

さゆかの返事も聞かずにメインスラスターを吹かして、俺は一直線にガキの元に向かう。

悪い事したガキに対するお仕置きってのは、昔から拳骨と相場が決まってんだよ!!

 

「おぉぉらぁああ!!」

 

烈火の如き気合で右拳を奴に振るうと、奴は回避するでも防御するでも無く、ただ不敵に笑いやがった。

何だ?加速の乗ったこのパンチを近距離で見て回避も防御もしねぇって、何考えてやがる?

……まさか、このパンチを『止める』方法があるってのか?

 

「策も無く真っ直ぐに突っ込んでくるとはな。この愚図め!!」

 

奴は俺のパンチが迫るのを見ながらも、その場で目を瞑りながら手を真っ直ぐに翳した。

しかしもう俺の振るった拳は止められる筈が無い。

このまま叩き込んでやらぁ!!

 

 

 

――しかし、俺は失念していたんだ。

今、俺達がやってるのは生身の『喧嘩』では無く――。

 

 

 

「――ッ!!(ギュゥン!!)」

 

ピタッ!!

 

「なッ!?何だこりゃ……ッ!?」

 

 

 

ISを使った『戦闘』であるという事を――。

 

「……フン。存外にあっけなかったな。やはり、このシュヴァルツェア・レーゲンの『停止結界』の前では、貴様などゴミに等しい」

 

「ぐ、ぬぅ!?う、動かねぇ……ッ!?」

 

嘲る様に笑うクソガキの真正面で、俺は身体に全力の力を込めて動こうとするが、俺の体はピタリと停止していて動けない。

クソガキが手を翳し、俺の拳が奴に届くか届かないかの辺りで、奴の手から空間が歪み、マジョーラの様な色彩の空間が形成されたのが原因だろう。

俺の身体がその空間に触れた瞬間、まるで体の全てを掌握されたかの様に、進む事も下がる事も出来なくなっちまったんだ。

くそ!!これがあの餓鬼の自信に満ちた笑みの正体って訳かよ!!第三世代の特殊兵器ってのがあるのを忘れてた!!

必死に力を込めて動こうとする俺を嘲笑しながら、クソガキは肩の大型実弾砲を俺に向ける。

これはまさにゼロ距離射撃ってやつだろう。

砲口を向けられながらも、俺はクソガキの顔を睨みつけるが、今の奴にとっては悪あがきにしか見えないんだろう、笑ってやがる。

 

「あっけなく終わりだ。貴様程度の『雑魚』が教官の傍に居るのがどれだけ愚かしいか、その身で知れ」

 

ブチッ!!

 

「ぐっ……ッ!!――『があ゛あ゛ああああああッ!!』」

 

奴の得意気な顔が気に食わなくて、俺は体に力を入れながら、怒りのままに威圧を乗せて大声を叩きつける。

動く事も防御する事も出来ねぇ今の俺なりの、最後の抵抗……のつもりだった。

 

「(ぞく!!)ッ!?く、くそ!?」

 

「……は?」

 

奴が俺の威嚇にたじろんだかと思うと、俺の身体はアッサリと謎の戒めから解放されたのだ。

余りにも予想外の事態に俺は反応出来ず、そのまま少し呆けてしまう。

ど、どうなってんだ?何で体がいきなり動く様になった?何でアイツはあの停止結界とやらを消したんだ?

 

「っ!!このぉ!!」

 

「うおっ!?野郎!!(ギィン!!)」

 

しかし呆ける俺とは別に、目の前に居たボーデヴィッヒは俺に向けて手の甲からプラズマブレードを出して斬りかかって来た。

不幸中の幸いと言うべきか、奴の攻撃は殺気がダダ漏れだったので、素早く気付く事が出来た。

ほぼ反射的にエナジーソードを手の甲に出して奴のブレードを受け止め、鍔迫り合いに入る。

……良く分からねぇけど、あの厄介な結界から抜け出せたのはどういう事なんだ?

あの時に俺がした事といえば、精々威圧しながら怒鳴ったぐらいだ。

生身の喧嘩ならビビらせて体を硬直させるぐらい楽勝だが、さすがにISの兵器を止めるなんてのは無理な筈。

だっていうのに、あの結界は解除された……クソガキが俺にビビッたと同時に。

……もしかして……もしかして、あの停止結界ってのは、あのクソガキがそれの発動だけに集中しないと使えないのか?

頭の片隅で申し訳程度に考えながら、俺は鍔迫り合い中の身体を動かして、奴を力で押し込む。

 

「ぐっうぅうぅ……ッ!?ば、馬鹿力め……ッ!!」

 

「はっ!!生憎と片手しか使ってねぇ、よ!!」

 

「ッ!?(ブオン!!)く!?」

 

鍔迫り合いをパワーで崩し、もう片手で奴の顔面目掛けてアッパーを振るうが、寸での所でスウェイバックで回避された。

エナジーブレードの鍔迫り合いもそこで解消され、中距離で俺達は睨み合う。

俺はあの結界の攻略方法が朧げにしか分からず、それも不確定な方法なので、試すかどうか迷っている。

奴は奴で、恐らく俺がまたあの停止結界を止めるんじゃ無いかと怪しんでいるんだろう。

……俺の考えが正しければ、奴の停止結界とやらを攻略する事は出来る筈だ……一か八か、やってやらぁ。

俺はエナジーブレードを収納し、再び右腕を振り上げてボーデヴィッヒに真っ直ぐ突貫した。

「馬鹿め」とでも言いたいのか、奴は直ぐに表情を歓喜に染める。

 

「おぉっらぁ!!」

 

「馬鹿が!!折角AICから抜け出せたというのに、同じ愚を繰り返すとは――」

 

真っ直ぐに迫る俺に対して、奴はまたあの時と同じ様に手を真っ直ぐ翳して目を閉じる。

――おし!!ここだ!!

 

「『しゃらくせぇえッ!!!』(ギンッ!!!)」

 

俺は頭の中で仮説を立てた通りに、今出来る最大の威圧を雄叫びに乗せて奴に叩き付ける。

あのヤマオロシを怯えさせる事が出来る強い威圧を、だ。

それは目を瞑っていても、いや瞑っている分敏感に感じ取れるだろう。

 

「(ビクッ!!)なッ!?そ、そんな馬鹿――」

 

そして、俺の威圧にボーデヴィッヒがビビると、目の前に形成され掛けていたマジョーラの歪みが綺麗サッパリ消え失せた。

……どうやら、賭けには勝ったらしいな……これなら、俺にあのAICとやらは効かねぇ。

居るかもしれない女神に微笑んでもらえた事で気分がハイになり、俺は堪らずニイィと口元を歪める。

まさに獣と称せる笑みを浮かべたまま、俺はさっき不発だった右腕を力の限り振り出す。

 

「『STRONG!!HAMMERRRRRRRR!!!』」

 

「(ドゴォオオオッ!!!)ぶぐうぅ!?」

 

腰の回転、腕の力、肩の振り切り。

全ての力を連動させた上で全力で撃ち込んだ拳は、鈍い音と共に驚愕の表情を浮かべていたクソガキの顔に命中。

普通はこれが全力だが、オプティマス・プライム装着の俺はここから更に奥へ撃ち込める。

右腕に仕込まれた打撃力増幅装置、インパクトでな。

 

「『食らいやがれ!!』」

 

「(ズガァアアンッ!!!)うぁああああああああッ!!?」

 

顔面に拳を叩き込んだ密着状態からインパクトを発動させると、拳が弾丸の爆発力で更に凶暴な威力を上乗せした。

めり込んだ位置からの凶暴な爆発に、ボーデヴィッヒはエコーを残してアリーナの隅へと飛ばされていく。

 

「ぐ、うぅ!!舐めるな!!(ドシュシュ!!)」

 

「(ギュルル!!)うぉ!?テメェ!!」

 

「貴様の首をへし折ってやる!!」

 

STRONGHAMMERに飛ばされながらも、クソガキはワイヤーブレードを3本飛ばして、俺の首に巻き付けてきやがった。

そのワイヤーに奴のISの力と奴が飛ばされていく力が掛かり、俺の首を締め上げつつ、勢いで俺の体がつんのめっていく。

このままだと俺も奴に釣られて吹き飛んじまう……が、そうはさせるかってんだよ!!

首に巻き付いたワイヤーを両手で握り締めながら、メインスラスターを奴とは逆方向に噴射しつつ、両手と首にあらん限りの力を込める。

 

「『うんぬぅうりゃぁあああああ!!』(ザザザッ!!)」

 

ギュウゥっと音を立てて首が絞まるが、全身に力を入れつつ『猛熊の気位』を発動させて、意識を飛ばさない様に踏ん張る。

少しだけオプティマスの足が地面を引き摺り、ちょうど綱引きをしてる態勢からワイヤーがピンと張った状態で、奴の機体は動きを止めた。

 

「なっ!?」

 

「『だぁらぁああああああああ!!(ブォン!!ブォン!!)』」

 

まさか飛ぶ勢いを止められるとは思ってなかったんだろう。

奴は空中で驚愕に目を開くが、俺はそれに構わずワイヤーを握り締めて、俺を支点に円の動きで振り回す。

俗に言うジャイアントスイングってやつだ。

 

「ぐうぅぅうぅ!?(こ、これでは狙いが付けられない……ッ!?)」

 

円運動で回転すれば、ホーミング性能の無い奴の大型砲は役に立たねぇ。

だが、これも何時までも続けてたらその内に逃げられちまう。

どっちみち、奴のワイヤーは依然俺の首に巻き付いたままなんだ。

投げたりしたらまた俺の首が絞められる。

なら、結論は――。

 

「『――タダじゃすまんぞこりゃぁああああああ!!』」

 

――ワイヤーが外れないなら、力の限り奴を叩きつけてやりゃ良い!!

 

「ッ!?――(ドガァアアッ!!)がはぁ!?」

 

「『オラァ!!もいっちょ食らっとけぇ!!(ブォン!!)』」

 

「(ボゴォ!!)ごふ!?」

 

「『まぁだまだぁぁあああ!!(ブォン!!)』」

 

「(ズドォオオオンッ!!)おぐぅ!?」

 

ワイヤーを握る手を離さず、体と一緒にあっちこっちに振り回して、クソガキをアリーナの壁、シールド、地面なんかに見境無く叩きつけまくった。

傍から見たら大男が年端もいかないガキを投げるという非常に嫌な構図になってるが、今は気にしない。

普通の模擬戦なら何も言わねえが、コイツは遣り過ぎたんだし、やり返されても文句は言わせねぇ。

それにISに乗ってるから、最低限死にゃしねぇだろう。

 

「ぐ、うぅ……ッ!!やむおえん……ッ!!(バシュ!!)」

 

「『そぉらぁああ!!っとと?』」

 

叩き付けた回数がおよそ10回を超えた辺りで、手に掛かる重量が一気に無くなった。

オマケにワイヤーも反対側の勢いが一切無くなり、地面に自然落下する。

どうやらワイヤーを切り離されたらしい。

その証拠に、俺の首に掛かっていたワイヤーの負荷も無いし、クソガキが地面に膝を付いて息を整えていた。

ワイヤーとは別の向きと方向で、だ。

俺は奴に視線を合わせたまま、首に巻き付いた残りのワイヤーを引き剥がす。

 

「『どうした?随分と息が上がってるじゃねぇか?テメェにとって、俺は取るに足らねぇ雑魚……じゃなかったのかよ?えぇ?』」

 

「ハァ、ハァ……だ、黙れぇ!!」

 

そこそこ距離が近い状態で喋っているが、奴は俺に砲撃を撃ってこない。

何故なら、奴のアンロックユニットに装備されている大型砲がイカレちまってるからだ。

そこら中に叩き付けられた所為か、火花が出るだけで砲身の向きが下になったままになってる。

とりあえず見た感じでは、あれ以上の射撃武器は無え様に見える。

 

「『人のダチを好き放題痛めつけやがって……礼は(コイツ)で、返させてくれや!!』」

 

膝を地面に着いて息を荒げるクソガキに向かって、オプティマスを加速。

一度殴ると決めたら何が何でもブン殴ってやる!!

 

「く、くそぉおおおお!!」

 

すると、奴もやぶれかぶれになったのか、距離を取るでも回避するでも無くプラズマブレードを展開して俺に斬りかかってきた。

大声を挙げて斬りかかってくる奴の目には、俺に対する憎しみが溢れている。

だが俺だって、自分のダチに手ぇ出されてトサカにきてんだよ!!ブッ潰さねぇと腹の虫が納まらねぇ!!

俺達は互いに雄叫びを挙げながら加速し、互いの攻撃が交差する手前――。

 

 

 

ガキィイインッ!!

 

 

 

「――やれやれ。これだからガキの相手は疲れる」

 

 

 

金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、ボーデヴィッヒのプラズマブレードではなく、その腕に刀がぶつけられる。

おいおい誰だよ?俺等の喧嘩に割って入ったのは……ってちょっと待て!?。

奴とは対面の位置に居た俺からは、ボーデヴィッヒの腕を止めた人物の後姿しか見えなかったが、後姿を見て驚愕した。

というか、その人の出で立ちに問題があったので、俺は急遽加速を止めてオプティマスを停止させる。

 

「な!?き、教官!?」

 

一方で動きを止められたボーデヴィッヒも驚愕の声を挙げながら、止めた人物が誰か分かると直ぐに停止した。

ボーデヴィッヒの攻撃を止めたのは、ご存知最強の御方である千冬さんだ。

しかし、今しがた奴のISを止めた千冬さんは、ISスーツを纏っていなかった。

いやそれどころかISすら無い……生身の状態で割って入ってきた。

余りにもブッ飛んだ光景に、俺やボーデヴィッヒだけでなく、観客席の奴等も騒然としてる。

だが、ボーデヴィッヒの攻撃を止めたモノは、本来ISに装備されている筈の武器だ。

千冬さんの両手に収まっているのは、日本の訓練機『打鉄』に装備されている日本刀をモチーフにしたブレード。

俺の身長より少し長い位のソレは、人間で使えば大太刀以上のサイズがある。

それを生身で振り回し、しかも速度は遅いとはいえ、ISの突撃を生身で止めるとか……マジでチートっぷりがヤヴァイ。

ボーデヴィッヒは驚きながらも直ぐに意識を戻し、千冬さんの刀から腕を離す。

千冬さんもそれを確認して、ブレードを肩に担いで俺に視線を向けてきた。

 

「これ以上の戦闘は、悪いが中止してもらうぞ」

 

「は?……そりゃどういう事で?俺は今、このクソガキを叩き潰してやらねぇと引っ込みが付かねえんスけど?」

 

いきなりの中止宣言に、俺は苛つきを抑えながらも質問する。

今、この場には俺とクソガキ以外に戦っている奴は居なかったから、戦っても問題ねぇ筈なんだが。

そう聞くと、千冬さんは溜息を吐きながら、ブレードを観客席の方へ向ける。

 

「なに、あそこにいるバカがアリーナのバリアーを破壊してしまってな。だからお前達の戦いを止めざるを得なかっただけだ」

 

ん?バリアーなんてそんな簡単に破壊出来たっけか?

あれ?そういえば身近にバリアー無効化なんてチートな刀持った奴が――。

 

「ってお前かぁあああ!?」

 

『悪いゲン!!ちょっと諸々の事情があって!!』

 

振りかえって視線を向けた先に浮遊する純白のISを視界に入れて、俺は叫ぶ。

切り裂かれたバリアーのトコには俺達に気不味そうな表情を見せる白式装備の一夏君。

諸々の事情が何か知らねぇけど、何でバリアー破壊しちゃってんだよアイツはぁ……。

 

「……お……織斑一夏ぁあ……ッ!?」

 

と、俺だけでなくボーデヴィッヒも正に憤怒の表情で上空の一夏を睨み付けていた。

コイツの場合は、呆れただけの俺とは違って今にも掴みかからん勢いだ。

そんな俺達を見て、千冬さんは溜息を吐いて頭を振る。

あ~あ……止めだ止め。何か白けちまった。

 

「悪いがこの戦いの決着は、来週の学年別トーナメントでつけてもらえないか?織斑がバリアーを破壊したからとはいえ、こんな事態になってしまっては、これ以上の試合は黙認しかねる」

 

「くっ……。教官が……そう仰るなら……」

 

意外にもボーデヴィッヒは素直に頷き、ISの装着状態を解除する。

どうやらコイツは本気で千冬さんに入れ込んでるらしい。

さっきまでの怒りの形相は何処へやら、千冬さんと顔を合わせただけで何時もの無表情に戻ってるし。

 

「そうか……鍋島。お前もそれで良いか?」

 

ボーデヴィッヒがISを解除したのを見届けた千冬さんは俺に向き直り、俺にも声を掛けてくる。

本当ならここで本音ちゃんや鈴達にやった分の仕返しをたっぷりしておきたかったが、気概が削がれちまった。

でもこのままじゃ納得いかねぇし、少しだけ意趣返ししとくか。

 

「別に良いッスよ。もう白けちまったし……」

 

そこで言葉を切りつつISを解除して、俺はニヤリと笑みを浮かべてボーデヴィッヒに視線を向ける。

 

「このままやってたら、俺の圧勝で終わってつまんなかったトコっすから」

 

「ッ!!(ギリッ!!)き、貴様ぁ……ッ!!」

 

「ハァ……鍋島、余り煽るんじゃない」

 

「いやいや、ホントの事っすよ?俺今の喧嘩で射撃武器使って無かったし……それに……」

 

睨み付けてくるボーデヴィッヒと呆れる千冬さんから視線を外して、俺は一夏に視線を向けた。

今回、俺よりもコイツと決着付けなくちゃいけねえのはアイツだ。

こんな所で俺がボーデヴィッヒを潰すより、一夏に潰させた方が、後々スッキリするだろ。

 

「学年別トーナメントなら、俺より先にコイツをブッ潰す可能性のある奴が居ますんで」

 

俺の視線が一夏に向いていたから、二人とも俺が誰の事を指してるのか気付いたんだろう。

千冬さんは「ほう」と面白そうに笑みを零し、ボーデヴィッヒは「出来る訳が無い」という嘲りの笑みを浮かべた。

やれやれ、あんまり俺の兄弟分を舐めてたら痛い目見るぜ、ボーデヴィッヒ?

俺達の言葉を聞いた千冬さんは太刀を担いだまま、改めて俺達に視線を向けて言葉を紡ぐ。

 

「本来なら、学年別トーナメントまで私闘及び訓練の一切を禁止したい所だが、学年別トーナメントは将来の為に企業や国に対して、生徒達が各々の仕上がりをアピールする場だ。それはお前達も分かるな?」

 

確認の目を向けられた俺とボーデヴィッヒは千冬さんの言葉に頷く。

 

「だから、お前達に巻き込んで他の生徒の練習を禁止する訳にはいかない。よってお前達二人だけに通達する。ラウラ・ボーデヴィッヒ、鍋島元次の両名は、学園において学年別トーナメントまでの期間、私闘及び訓練の一切を禁止する。良いな?」

 

「了解しました」

 

「俺も異論は無いッス」

 

今回の騒ぎの原因は、どっちかといえばまぁ一夏にもあるが、それは置いておこう。

あいつまで訓練を禁止されちゃ、学年別トーナメントで生き残れるか分かんねぇしな。

ここは被害が俺だけで良かったと思っておこう。

その後は千冬さんに解散を言い渡されたんだが、何と鈴達は未だにアリーナの隅に居たので驚いた。

聞けば俺の戦いを見て少しでも今後のボーデヴィッヒの攻略に役立てたかったらしい。

だが、結局は次元が違い過ぎて参考にならなかったとの事。

鈴曰く――。

 

「あんな簡単に相手をブン回せるのはアンタぐらいよ。この非常識の塊」

 

――との事だった。

俺にだけ可能な型破り戦法だと怒られた。

何か理不尽に怒られたけど、その辺りの話は置いといて、俺は怪我してる3人を担ぎ、保健室へと向かう。

俺は3人を運びながらさゆかとシャルル、箒、相川と谷本と一緒にだ。

皆鈴やセシリアの事を心配してるが、本人達は怪我の所為で余り喋ろうとしない。

この二人の怪我は相当酷く、学年別トーナメントに出られるのか心配な所だ。

本音ちゃんは打鉄に酷いダメージを貰ったが、体の方は無事らしく、至って元気そのもの。

俺は二人の容態を心配しながら、頭の中では来週の学年別トーナメントの事を考えている。

あの場ではああ言ったけど、一夏がボーデヴィッヒに勝てるか、正直まったく分からねぇ。

俺自身は訓練と私闘を禁止されたけど、他の奴へのアドバイスはダメとは言われて無い。

精々、一夏を鍛えさせてもらいますかねっと今後の事を考えながら、俺達は保健室へと足を運んだ。

 

 

 

え?一夏?あぁ、あいつなら今頃――。

 

 

 

「さて織斑。お前には今からバリアーを壊した始末書と反省書を渡そう。それと学年別トーナメントが終わった後は、私直々の懲罰メニューだ。どうだ、嬉しいだろう?」

 

「アハハ……昼なのに星が見えるぜ……あれってひょっとして死兆せ――」

 

 

 

千冬さんが肩に担いだ太刀の切っ先に吊り下げられて、職員室にドナドナされてるとこだろ。

 

 




もう直ぐ書きたかったシーンに近づきます。

それが終われば今度はジョジョだー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いけいけおせおせ本音ちゃん


龍が如く維新をやっていたら大分遅くなりました。


だって面白いんだもん!!


 

 

「はぁ……助かりましたわ、元次さん」

 

「ホント、正直あそこまで手も足も出ないなんて思わなかったわ。助けてくれてありがとうね、ゲン」

 

「気にすんなって……それより、随分と殊勝な言葉じゃねぇか?普段のお前等なら、『あのまま続けてたら勝ってた』ぐらいは言うと思ったんだがよ」

 

日の傾き始めた夕方。

俺の目の前でベットに座りながらも身を起こしながらお礼を言ってくる鈴とセシリアに、俺は言葉を返す。

ボーデヴィッヒの奴にやられた傷の手当ては済み、柴田先生に今は安静にと言われて、ベットに身を置いている。

俺の言葉を聞いて少し不貞腐れた表情を浮かべる二人の姿は痛々しく、所々に包帯を巻いていた。

二人の傷は結構酷いらしく、傷は残らないだろうが痛みは結構ある様だ。

 

「……本来なら、そのぐらいの気構えでいたいのですが……」

 

「アンタが助けてくれる前に、ISは強制解除になったし……あそこまで徹底的にヤラれたら、そんな事も言えないわよ」

 

二人は不貞腐れた表情から一変、結構悔しそうな顔を見せる。

まぁ3対1の状況で同じ立場の代表候補生に手も足も出なかったんだからな。

悔しいもの分かるし、寧ろここで負けん気出されたらアホかと言わざるを得ない。

 

「まっ、ちゃんと負けを受け入れるってのは大事だろ。それでこそ次こそはって気概が持てるんだからな……それはそうと……」

 

二人の言葉に笑みを浮かべながら励ましを返すが、俺はもう1人の怪我人へと視線を向ける。

視線を向けた先の怪我人は二人より傷は全く軽かったので、ベットに練る必要は無いらしいのだが……。

 

「ふ~んふ~ん♪」

 

「あ~、そのー……本音ちゃん?」

 

「ん~?なぁ~にぃ~?」

 

「いや、何っていうか……寧ろ俺が何?って聞きてぇんだけどよ……」

 

俺の肩に寄り掛かって身を預けながら首を傾げて俺を上目遣いに見てくる本音ちゃんに、俺は引き攣った笑みを浮かべてしまう。

ええい、そんなクリクリっとしたお目めで俺を見上げないでくれ、動悸が乱れて仕方ないでしょうが。

そう、彼女は二人ほど怪我が酷くなくてベットに寝る必要は無いレベルの被害で済んだ。

これも偏に使っていた訓練機の打鉄が、防御力に重きを置いた機体であった事が関係してる。

しかし本音ちゃんもワイヤーで絞められていた首に1本の赤い線が出来てしまっていて、その首には包帯が巻かれている。

しかしそこは問題じゃないのだよ、本音ちゃん。

 

「とりあえず……何故にこう……お、俺の肩に寄り掛かってるのかなぁ、と思った次第で……」

 

「ふぇ?そこにゲンチ~が居たからだけど~?」

 

「何ですかその『そこに山があるからだ(キリッ)』って登山家が言いそうなセリフは?」

 

俺は本音ちゃんにとって山扱いなのだろうか?元次山ってか?

そんな事を考えつつも、視線は俺を不思議そうに見上げてくる本音ちゃんから外せない俺。

くそ、可愛い過ぎて目が離せねぇ。

 

「もしかして~……嫌、だったかな~?だったら止めるけど~……しょぼ~ん」

 

「ぶっ!?い、いや!?別に嫌とか悪いなんて訳じゃ……ッ!?」

 

「そうだよね~。邪魔だよね~……しょぼ~ん……」

 

「ち、違うぞ本音ちゃん!?あぁ、そんなに落ち込まねぇでくれって!?」

 

俺の言葉を聞いた本音ちゃんは、そりゃもう表情を思いっきり落ち込ませて俺から目を逸らす。

自分でしょぼ~んとか言ってるが、その声音にも何時もの癒される元気はまるでない。

あぁ!?SAN値が!?俺の精神が衰弱してしまうぅ!?

依然として俺の肩に寄り掛かる本音ちゃんだが、今にも泣き出しそうな程に落ち込んだ声を出されて慌ててしまう。

しかし、今度は外野からも俺に対する非難が集まりだした。

 

「ゲン……布仏は怪我人なんだから、少しくらい良いだろう?良き男は、細かい事を気にしないんじゃ無かったのか?」

 

「元次って、見た目の割りに随分と小さい事を気にするんだね。かなり意外だなぁ」

 

「箒、シャルル!!テメェら人事だからって何言ってんだコラァ!?」

 

俺達と一緒に保健室へ来て二人の容態を心配していたシャルルと箒から降り注ぐキツイ言葉。

しかも完全に冷え切った声音だから余計に困る。

更に目の前の怪我人二人、そして相川と谷本からも降り注ぐ冷たい視線、これって俺が悪いのか?

 

「だ、大丈夫だって本音ちゃん。別に邪魔だとか思っちゃいねぇから、そんなに落ち込まねぇでくれよ……よ、よしよし」

 

周りの視線に居た堪れなくなり、俺は落ち込んでしまった本音ちゃんになるべく優しい声音で語りかけながら頭を撫でる。

束さんは昔からこうやって撫でられると安心すると言ってたし、今までの経験則からして本音ちゃんも多分これで大丈夫……な筈。

 

「(ナデナデ)ん……じゃあ、こうしてても良いの~?」

 

「あ、あぁ。特に問題ねぇぞ?」

 

「……えへへ~♪……良かったぁ~♪……」

 

別にこうやってあげるのは問題ねぇが……まぁ、その、アレですよ?羞恥心的な?

幾ら子供っぽいって言ったって、本音ちゃんも女であり、同い年な訳だし……可愛いからドギマギするんだよなぁ。

それにこの間のまだ、俺達が同じ部屋だった時にヤラかした、あの朝の事を思い出しちまいそうで……。

少し窺う様に俺を見てくる本音ちゃんに、俺は出来る限りの笑顔で答えながら、彼女の頭を優しく撫でる。

すると、本音ちゃんも嬉しそうな笑顔を浮かべて、再び上機嫌に俺の肩に寄り掛かり直した。

そうなった時点でやっと周りの冷たい視線も緩和されていく……胃がキリキリするとこだったぜ。

ただ、さゆかが本音ちゃんを羨ましそうに見てた様な気もしたが、気の所為って事にしておこう。

 

「(プシュ)ぐぁ……ッ!?し、死ぬかと思った……ッ!!」

 

と、千冬さんからのお叱りが終わったのか、一夏が疲れきった顔で保健室に戻ってきた。

お疲れ様と思う気持ちもあるが、殆ど一夏の自業自得だな。

 

『『一夏!?』』

 

「~♪およ~?おりむ~どうしたの~?リストラ宣告された~、休日のお父さんみたいな顔してるよ~?」

 

「本音ちゃん。その例えは、全国の残り少ない企業戦士のお父さん達が可哀想だから止めような?」

 

「せめて否定してくれよゲン……ッ!!」

 

「え、えっと……私のお父さんも、働いてる人だから……本音ちゃんの言葉は……切ない、かな?」

 

シャルルや箒、そして怪我をしたセシリアと鈴が一夏の登場に色めき立つも、本音ちゃんの言葉が凄く切なくて俺はそれ所じゃなかった。

そしてさゆかさん、お願いだから苦笑いしないでくれ、働くお父さん達は皆切ないんです。

今の女尊男卑の世界でも、家計を支えようと頑張ってる人達は居るのです。

上司の大した能力も無い威張るだけの女のグチグチとした嫌みに耐えながらも仕事するお父さん達を、俺は尊敬します。

とりあえず本音ちゃんの頭を撫でるのを一旦ストップし、こちらに疲れた顔で歩み寄ってくる一夏に視線を向ける。

 

「お疲れさん。罰の内容は?」

 

「始末書と反省書15枚ずつと……学年別トーナメントが終わってから、千冬姉の作った懲罰メニューを1週間……んで、先に手付けで一発もらってきたよ……痛え」

 

かなり消沈した声で今回の罰の内容を告げながら頭を下げると、そこには大きなこぶが出来てる。

結構大きいけど、今はそのこぶ1つで済ませてもらえたって事だろう。

 

「だ、大丈夫、一夏?」

 

「な、何とか大丈夫だ、シャルル」

 

一夏の少し膨らんだ頭部を見て、シャルルは心配を見せ、一夏はそれに笑顔で答える。

おーおー、何か良い雰囲気じゃねぇか。

今のシャルルは男子として皆には通っているから、鈴達もイラッとする事が無くて安心だ。

そう思っていると、箒が氷袋を一夏に苦笑いしながら手渡した。

 

「ほら、氷嚢だ。これで冷やしておくと良い。間違い無く手加減されていただろうが、それでも千冬さんの拳は強烈だからな」

 

「お、おぉ……ッ!!これは効く……マジでサンキューな、箒」

 

「き、気にする事は無い……お、幼馴染みだからな。これぐらい当然だ」

 

今度はシャルルそっちのけで箒とラブコメる我等が一夏君。

おーい?箒は顔赤らめて嬉しそうにしてっけど、隣のシャルルの表情が面白くなさそうになってんぞ?

ついでに言えばセシリアと鈴も「む~!!」とか言って嫉妬してるし。

そう思っていても一夏にそれが伝わる筈も無く、一夏は何気ない顔でベットに身を預ける二人に近寄った。

 

「大丈夫か、二人とも?結構こっぴどくやられてたけど」

 

と、一夏はかなり心配そうな表情を浮かべて二人に問う。

ここで一夏に弱った所を見せれば、それなりに話は弾む筈だ、頑張れ二人とも。

 

「フン!!アンタに心配される程ヤワじゃ無いわよ!!代表候補生舐めんじゃないっての!!」

 

「この程度、怪我の内に入りませんわ!!」

 

「お前等掛け値無しの馬鹿だろ?」

 

「「なんですってぇ!?(あんですってぇ!?)」」

 

呆れから溜息を吐いて罵倒した俺に、二人が身を乗り出して噛み付いてくる。

何でそこで片意地張るかねぇ、この馬鹿共は。

そこは素直に痛い所を言って心配させるのが定石だろJK。

本音ちゃんの頭を撫でながら、相川と谷本に「ヤレヤレだな」と首を振ると、二人も「駄目だこりゃ」と首を振る。

ツンデレってのは、鈍感には一番駄目だと思う。シャルルも苦笑いしてるし。

もうこの二人放置で良いだろうと思い、現在進行形で頭を撫でていた本音ちゃんに視線を向ける。

 

「本音ちゃん。もう痛くは無いか?」

 

そう言いつつ、俺は本音ちゃんの首元にチョーカーの様に巻かれた包帯を見つめる。

こんな優しい子にこんな痛々しい怪我作りやがって……もっと念入りにブチ殺しておけば良かったぜ。

まさか千冬さんからストップ掛かるなんて思いもしなかったから、あんまりブチのめせなかったのが心残りだ。

 

「う~ん……まだ、ちょっと痛いかな~……」

 

「そうか……」

 

俺の問いに少し眉を寄せて困った風に笑う本音ちゃんの姿が可哀想で、俺も悲しい気分になってしまう。

だから、その本音ちゃんがさっきよりも体重を掛けて、俺に寄り掛かってきたのを感じても何も言わなかった。

こういう時ぐらいは、本音ちゃんのやりたい様にさせてあげようと思っての事だ。

 

「うん~……だから、ゲンチ~」

 

「ん?どうした?」

 

「……痛い所~……さすって欲しいな~♪」

 

「え?……く、首を、か?」

 

「うんうん~♪」

 

「……」

 

ま、まぁ……こんな時ぐらいは別に良いか?

少し心に疑問が残りながらも、リクエスト通りに頭から首へと手を動かし、優しくさする。

 

「ワクワク……やん♪く、くすぐったいよぉ~♪」

 

力が少し弱すぎたのか、くすぐったそうに笑いながら身を捩る本音ちゃんテラ可愛ユス。

正直人前じゃなかったら鼻から愛が溢れてたと思う。

 

「あ、わ、悪い。こ、こんなトコさすった事無くてよ……こ、こんぐらいか?」

 

「(スリスリ)んにゅ……うん~♪これぐらいが良い~♪もっとして~♪」

 

「お、おう」

 

「(スリスリ)はふぅ……えへへ♪(怪我したのは辛かったけど~……役得、かな~♪)」

 

ゆっくりと痛くならない様にさすってあげると、本音ちゃんは目を細めて笑顔を浮かべた。

俺が撫でてるのは反対側の首なので、さっきと同じ様に身体に寄り掛かってゆったりとしている。

傍から見るとこれって、恋人同士みてぇな構図じゃねぇか?

いやまぁ、避けたら本音ちゃん頭を打っちまうだろうから動き様も無いんですけどね?

っていうかISスーツ越しに伝わる二つのスイカの感触がヤヴァイ。

……考えてみりゃ、こんな風に無防備に男に寄り掛かってくるって事は、相当心を許してねぇと無理だよな?

あれ?ひょっとして俺って、本音ちゃんに惚れら――。

 

 

 

ドドドドドドドド……ッ!!!

 

 

 

「……な、なぁゲン?気の所為かこの音って、こっちに近づいてない――」

 

ドガァアア!!

 

「かっておわぁあああ!?な、何だぁ!?」

 

べキョォオオ!!

 

『『『『『ちょっ!!?』』』』』

 

『『『『『織斑君!!デュノア君!!鍋島君!!こ……れ――』』』』』

 

いきなりだった。

急に外から地鳴りの様な音が聞こえてきて、一夏が驚いたかと思えば、保健室の扉がブッ飛ばされ、女子の軍勢が押し寄せてきたのだ。

更に続いた展開に全員が驚愕するも、それには気付かないで扉をブッ飛ばした連中は一斉に保健室に突入してきて、何かを口々に叫ぶが、それも直ぐにシンと鳴り止む。

え?何で急に皆して静かになったのかだって?そりゃ単純明快。

 

「はわわ~!?ゲ、ゲンチ~!?だ、大丈夫~!?」

 

「元次君!?と、扉が!?」

 

「ん?あぁ。これぐらいどうって事ねぇって……さて、と」

 

彼女達がブッ飛ばした扉が、俺の背中にクリーンヒットしたからだと思うよ?

さっきのべキョォオオ!!って音がそれね。

 

『『『『『――――』』』』』

 

乱入してきた誰も彼もが口を閉ざし、静けさが残る保健室。

そりゃそうだよな、ブッ飛ばした扉が床に落ちたと思ったら、扉の影から俺の背中が出てるんだもんよ。

ちなみに本音ちゃんの方は、扉に当たる前に俺の腕を割り込ませてブロックしたので無問題……さて。

俺は本音ちゃんから身体を離して椅子から立ち上がり、すっごく良い笑顔で女子の群れに振りかえる。

視界に飛び込んできた彼女達の怯える顔を見ながら、とりあえず一言。

 

「皆――保健室では静かにしようぜ……な?」

 

『『『『『は、はい!!?』』』』』

 

俺のナイススマイルで発した言葉に対して、敬礼で答える女子一同。

いや、だから静かにって……まぁ良いか。

俺は皆から目を話して固まった首をほぐし回しつつ、声を掛ける。

 

「それで?一体何があってこんな大行進が起きたんだ?」

 

「あ、あの……これなんだけど……」

 

「ん?何だその紙?……学年別トーナメント、ルール変更の知らせ?」

 

一番近くに居た女子が差し出してきた紙を受け取って流し読むと、一番上にそう書いてあった。

何だ?今更ルールが変更になったのか?

 

「え、えっと……何々……『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者はトーナメント当日、抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

中身を流し読みしていると、同じく女子から紙を受け取っていた一夏が声に出してそれを読み上げる。

そして、一夏が大体の概要を読み上げた瞬間に再び女子のボルテージが湧き上がっていく。

……な~るほど、そういう事か。

 

「と、とにかくそういう事で!!私と組も、織斑君!!」

 

「あーズルイ!!抜け駆け禁止だよ!!」

 

「デュノア君!!私と一緒に頑張ろう!!」

 

「私と組みなさいデュノア君!!そして訓練中の事故を装ってあんなことやこんなことを……ふひひ」

 

「ちょっと、声に出てるわよ。そういうのは心の中だけに仕舞っておきなさい。見た目は清楚に、心は獰猛にするの」

 

「>>69『ICHIKA』なら私の隣で寝てるぜ?カッコ良くてたまらねえ」

 

「妄想乙www」

 

「……織斑君と放課後に訓練した後、事故を装ってシャワー室に……ぐへへ……おっとイカン、涎がじゅるり」

 

「ちょwwwおまっwww涎どころか鼻から愛も出てる出てるぅwww」

 

カオス。もうこの学園の生徒ダメじゃね?

 

変態淑女同盟の目的は、この学園のレア生徒。

つまり、彼女達は数少ない男子である一夏とシャルルでタッグマッチのペアを争ってるって訳だ。

普段喋ってる1組女子はこれを機に更に仲を深めようと、そして1組以外の子達は少しでも一夏とお近づきになれる様にってな。

若干何名かはちょっと危ない……っていうかアウトな感じがするが……まぁ一夏だし、良いだろ。

1人を皮切りにドンドンと声の波が広がり、それが一夏とシャルルに向けられる。

目の前で起こる女子の感情の波に対処し切れないのか、一夏とシャルルはタジタジな様子だ。

 

「な、鍋島君!!私と組んで下さい!!」

 

「なぬ!?お、俺か!?」

 

「わ、私も!!お願いします!!」

 

「ハァハァハァハァハァハァ……鍋島君のマッチョな裸体……フォォオオオオオッ!!?」

 

「あの体がナマで見れる……ッ!!そしてそのまま、私は大人にされちゃうんだ……ッ!!」

 

「はぁ?あんた、自分が興奮してもらえる様な体してると思ってんの?あたしよりちょっと胸が大きいだけじゃん」

 

「あぁん?んだとコルァ?あんたこそ、私よりちょっと良いお尻してるからって調子乗んじゃないわよ」

 

「「また私/あたしの目ぇ付けた男に群がるつもり?って真似すんな!!」」

 

「げヘヘへへヘ。ええじゃないっか♪、ええじゃないっか♪」

 

あるぇー?俺のトコだけやたらと変態が多い気がするんですけどー?

そして誰だ『ええじゃないか』を口ずさんでるのは?何時の時代の人間だよ。

一夏達所か俺の所にも群がってきた女子の熱に、俺は両手をパーにして少し突き出しながら一歩ずつ下がって距離を取る。

勿論それに合わせて女子も一歩ずつ……どころか張り付かんばかりに距離を詰めるではないか。

や、やべぇ、どうしようか?……とりあえず危ない事言ってた人はNGだが。

 

「さぁ!!さぁ!!私と契約してパートナーになってよ!!勝利の暁にはご馳走()も用意してるから!!」

 

「ま、待て。少し待て。とりあえず皆落ち着こうぜ?ばあちゃんからの言い付けで、俺は危ない契約書にはサインしない性質なん(ポフッ)……ん?」

 

そして、目の前の荒ぶる女子に苦笑しながら下がっていくと、何故か後ろからポフッと何かが俺の背中にぶつかった。

なんだろうかと思って後ろを振り向くと……。

 

「にゅっふっふ~♪ゲンチ~、ゲットだぜぇ~♪」

 

「ほ、本音ちゃん?ちょ、何してんだよ、おい?」

 

「もぉ~。今言ったでしょ~?わ・た・しが、ゲンチ~をつかまえたの~♪(ギュ~)」

 

首だけ振りかえった俺の視界には、楽しそうな笑顔を浮かべる本音ちゃんの姿がフレームインした。

しかも腹にも何かの感触が感じてきたのだが、どうやら本音ちゃんの腕が回されているらしい。

あれ?もしかして俺って本当の意味で捕獲されてね?

 

「ゲンチ~。私と一緒にトーナメントに出ようよ~。お~ね~が~い~♪」

 

「ほ、本音ちゃんとタッグかぁ……ふ~む」

 

戦力になるのか、この子?

頭の中で失礼な事を考えつつ、チラッと表情を窺う。

 

「えぇ~?……ダ・メ・?(ウルウル)」

 

よっしゃ、誰か今すぐ契約書持って来い。内容見ずに拇印でサインしてやらぁ。

わがままっ子っぽく駄々を捏ねる本音ちゃんだが、その可愛さは推して知るべし。

あどけなさを含んだ可愛らしい笑顔を浮かべながらも、身体をゆらしておねだりしてくる我侭っぷり。

しかし押し付けてくる体の感触は、正に蕾が開きつつある『女』の体そのもの。

これはもう癒しの小動物系じゃねえ……これは正に、我侭な小悪魔って感じだ。

そして俺はそんな小悪魔に魅入られてしまった哀れな生贄なり、さぁ契約書を出せ。我が名を刻んでやる。

 

「そ……そうだな。それじゃ(チョン)ん?」

 

「……あ……あ、あの……元次君」

 

「さ、さゆか?……ま、まさかさゆかも――」

 

さぁいざ契約書をー、と心の中で荒ぶっていた俺の腕の裾をチョンと捕まれているのを感じて視線を向ければ、そこにはさゆかの姿があった。

遠慮気味に、ホンのちょっとだけ摘まれた裾。

しかし強い意思で離さないという決意すら伝わってきそうな、不思議な感触が伝わってくる。

俺の服を摘むさゆかは、俺に視線を合わせずに俯きながら大きく深呼吸をする。

やがて、ゆっくりと持ち上げられたその顔だが、彼女の顔はこれでもかと真っ赤に染まっていて、何時倒れてもおかしくないと感じさせる程だった。

さゆかはそんな風に真っ赤な顔で、潤んだ瞳を俺に向けていたが、やがて視線を顔ごと逸らし、横へ顔を向けてしまう。

彼女は俺に横顔を見せながら、俺の裾を掴んでない片手を軽く握って口元に寄せつつ、チラチラと俺を見たり見なかったりしてる。

やがて彼女はそれを繰り返しながらも、小さく口を開いて言葉を紡いだ。

 

「あ、あの……私じゃ、駄目……かな?(ウルウル)」

 

「――」

 

おい、誰か良く斬れるナイフかポン刀持って来い。

実印じゃ足りねえ、血判で契約書にサインをしなければ。

この心優しいお淑やかな少女を、この俺とオプティマス・プライムが全ての攻撃から守らねばばばば。

 

「え、えーっと……悪いみんな!!俺はシャルルと組むから諦めてくれ!!」

 

シーン。

 

と、何時もより押しの強い二人の少女に心乱されていた俺だが、一夏の叫びを聞いてハッと意識を正常に戻す。

今の一夏の台詞で保健室は静まり返り、俺も一夏とシャルルへ視線を向ける。

その先では、明らかに安堵した様子のシャルルが見受けられた。

そうだ、シャルルは女だったんだ、すっかり忘れてたけどシャルルは他の子と組んだら拙かったんだ。

ペア同士の特訓なんかで万が一にもバレちまう可能性があるからな。

今はまだ俺と一夏以外の奴等には知られない方が良い。

一夏はそれを見越して、シャルルとのコンビ結成を決めたんだろう。

さすが俺の兄弟だぜ、ちゃんと大事な所は決めてくれる。

 

「まぁ、それなら……」

 

「他の女の子と組まれるよりは良いし……」

 

「少なくともライバルにはならないもんね」

 

「フムフム。兄弟分の鍋島君を放置してデュノア君とのコンビ結成……一夏×シャルルの新たなネタが……ッ!!」

 

「いや、織斑君のヘタレ受けで、デュノア君の強き責めでしょ!!」

 

「くっくっく。甘い甘い……鍋島君が織斑君を取り戻しつつ、泣き叫ぶデュノア君をも、力づくで自らのモノにしてしまうのだよ!!強引かつ荒々しいテクニックにデュノア君はいつしかメロメロになり、遂には織斑君と争う様に鍋島君を求め……ッ!!」

 

『『『『『おぉおおおーーー!?』』』』』

 

「よーし。テメエ等バレーやろうぜ?テメエ等がボールで俺がサーブ役だ♪」

 

確かサーブってグーで殴って良いんだよな?しかもオーバースローで。

そう声を掛けると、眼鏡をかけてクックと低い声で笑っていた女子がハッとした表情で声を発した。

 

「ッ!?イカン!!余りの素晴らしさに対象の前でネタを披露してしまうとは!!総員、本部へ退避!!」

 

『『『『『御意!!本部へ退避後、直ぐに戦闘(執筆)に入ります!!』』』』』

 

俺が輝かしい笑顔でギリギリと音が鳴るぐらい握りこんだ拳が火を吹く前に、奴等は保健室から逃げていく。

ハナッからネタ探しの為だけに来てやがったのか……腐ってるぜ(色んな意味で)、アイツ等。

俺は溜息を吐きながら再び保健室へと視線を向ける。

今ので出て行かなかった女子はまだ腐海へとは落ちていない。

そしてその少女達の向いてる視線の全ては俺に向かっている。

一夏、シャルルのコンビが結成されたからには、残る俺に視線が向くのは仕方無いとこだが……どうしたもんか?

俺に背後から抱き付いて「ね~ね~?」とおねだりしてくる可愛らしい本音ちゃんか。

はたまた俺の裾を握りつつチラチラと期待に満ちた視線を向ける淑やかなさゆかにするのか……悩ましいぜ。

 

「す、すいませ~ん。ここに元次さんは居ませんかぁ~?って何で扉が無くなっちゃってるんですかぁ!?」

 

と、俺が誰とコンビを組もうかと悩んでいた時に、保健室の大破した入り口を見て、真耶ちゃんが悲鳴を挙げていた。

先生、下手人なら腐海へ逃亡しました。

殲滅号令と襲撃許可があれば、何時でもIS学園に巣食う変態の中核たる奴等をジェノサイド出来ます。

 

「まぁ、扉はちょっと色々あって……それより、俺に何か用ッスか、山田先生?」

 

「い、色々が気になるんですけど……え、えっとですね?元次さんはもう学年別トーナメントのタッグマッチ制については聞いてますか?」

 

さっきまで俺の裾を摘んでたり抱き付いていた本音ちゃんとさゆかに断りを入れながら離れつつ、困った表情の真耶ちゃんに質問すると、逆に質問を返された。

その事に首を捻るも、俺は頷いてその質問に答え、先を促した。

 

「はぁ。今さっき、他の子達から聞きましたけど?」

 

「そうですか……ごめんなさい、実はプリントのミスで注意事項が足りてなかったので、当事者の元次さんには一足先に、私が伝えに来ました」

 

「当事者?……それってつまり、俺に直接関係あるって事ッスよね?何でタッグマッチの話が俺に関係あるんスか?」

 

真耶ちゃんの言ってる意味が判らず、俺は首を傾げて質問を重ねる。

いや、確かにこのルール自体は出場する俺には関係ある話だけど、俺個人に関わる話があるのか?

そう思っていると、目の前の真耶ちゃんは俺の質問に頷いていた。

 

「はい。元次さんだけじゃなくて、ボーデヴィッヒさんもなんですけど……お二人はトーナメント当日の抽選のみで、タッグの相手を決めていただく事になります。つまり、元次さんは当日までタッグの相手を決める事が出来ません」

 

……え?は?マジで?

一瞬意味が判らなくて呆けるも、真耶ちゃんの表情は真剣なので嘘では無いらしい。

 

「え!?何でですか山田先生!?それじゃあゲンとラウラだけ滅茶苦茶不利じゃないですか!!」

 

「そうですよ!!確かにゲンは非常識の塊で、万が一にもゲンが負ける様な所は想像出来ませんが、それでも何故そんな対応を!?」

 

真耶ちゃんの言葉を聞いて、一夏を皮切りに箒も俺の不利について疑問と苦言を口にする。

しかし一夏の奴、俺だけじゃなくてボーデヴィッヒの心配もするとは……まぁ、多分あいつの事だ。

やるからには正々堂々と叩き潰さないと収まりがつかねえんだろ。

一夏もセシリアと鈴、本音ちゃんを痛め付けられて怒ってたけど、それでも条件がフェアじゃないのは嫌って事だ。

あと箒?誰が非常識の塊だコラ?

 

「え……?……そ、それじゃあ、元次君とのタッグは……」

 

「ダメなんですかぁ~!?ううう~~!!責任者出てこ~~い!!」

 

一方で俺をタッグに誘っていた女子やさゆか達は凄く落ち込んでいるではないか。

……これってやっぱり好かれてんのか?でも、さゆかはあの時、ハッキリと『お礼』だって言ったしなぁ。

本音ちゃんも何処か子供っぽいから、もしかしたら兄妹的な意味にも取れるし……判らん。

 

「落ち着いて下さい。これはお二人の実力を加味した上で、教師全員が決定しました。理由としては、トーナメントの公平さを引き上げる為の処置です」

 

「え?……公平さ、ですか?」

 

騒ぐ一夏や箒に対して、真耶ちゃんは真剣な表情で冷静に対応していく。

っていうか当事者そっちのけで盛り上がるなっての。

何より俺自身の話なので、俺も女子から視線を外して真耶ちゃんに視線を合わせる。

全員が静かになったのを見計らって、真耶ちゃんはゆっくりと理由を語り始めた。

 

「はい。学年別トーナメントは、1学期の中でも最大のイベントですが、諸事情によって今回はタッグマッチ形式になりましたよね?」

 

真耶ちゃんの確認の問いに全員が頷く。

 

「ですが、現時点で元次さんとボーデヴィッヒさんの実力は、代表候補生を合わせた1年の全生徒の中で遥かに抜きん出ています。これでは優勝したいが為に元次さん達とタッグを組もうとする人達も出てくる可能性が生じてしまうんです」

 

「……ん?……え?それって駄目な事なんすか?」

 

「……えっと、それって、別に普通の事なんじゃないですか、山田先生?」

 

優勝の為に最初の重要な事、つまりパートナーを決めるのは悪い事じゃない筈だ。

真耶ちゃんが真剣な表情で語った理由に、俺は首を傾げてしまう。

シャルルも納得がいかなかったのか、遠慮しながらも真耶ちゃんに質問する。

 

「普通ならそうですが、そうなると元次さんやボーデヴィッヒさんに戦闘の殆どを任せて、楽をしようとしてしまう生徒さんが居るのも現状なんです。トーナメントで各企業や国から大きな評価を貰うより、優勝という実を取れればそれで良いと」

 

……えーっと、つまり?

 

「俺やあのガキに頼り切って、自分の力を磨こうとしない奴等が出ない様に、っていう事ですか?」

 

「……概ね、その通りです。言い方は悪いですが、お二人の強さに頼り切って、自分自身を磨くチャンスを放棄してしまうのは避けなければなりませんから」

 

真耶ちゃんの言葉を頭の中で良く吟味しながら考えると、ボンヤリとだが筋が掴めてきた。

つまり、他の女子が俺達と組んで「優勝間違い無いから別に訓練しなくて良いや♪」とならない様に、俺達はペアを組めないって訳だ。

1年の中でも強さが上位にいる俺かボーデヴィッヒと組めないと知れば、他の女子は嫌でも努力して訓練しなくちゃならない。

更に当日の抽選でペアになれたとしても、それは幸運とは言い切れないのだ。

何故なら、タッグマッチを想定してコンビネーションを磨いた奴等に、即席で組んだコンビが勝てる可能性は結構低くなる。

これだけ条件が揃えば、他の女子達もかなり有利に戦える可能性が出てくるだろう。

そして逆に、俺とボーデヴィッヒにはそれだけのハンデを課せられ、『俺達も気を引き締めてトーナメントに望まなきゃな』という気持ちを持たせるって訳か。

そうやって生徒全体のヤル気を充実させる事も、先生達の狙いなんだろう。

……こういう逆境の苦しい状態から戦うのは、男として燃える展開でもあるな。

 

「なるほど……分かりました。じゃあ、俺は試合当日の抽選を待てば良いんスね?」

 

「はい。連携が望めない分、少し大変でしょうけど……先生達はそれでやっと他の生徒さんが対等に戦えると思うぐらい、元次さんは強いと考えてますから。頑張って下さい♪」

 

「いやいや、寧ろモチベーションが上がりますよ……っというわけで悪いな、二人とも。俺と組むのは無理みたいだ」

 

俺に柔らかい笑顔を見せながら、暗に期待してるといってくれた真耶ちゃんに、俺も笑みを浮かべて返す。

そこまで期待してくれてんなら、それに応えねえ訳にはいかねえよな。

そして、真耶ちゃんに返事を返して直ぐに、俺を誘ってくれてた本音ちゃんとさゆかに謝罪を述べる。

他の子達は俺が組めないと知るや、ゾロゾロと引き返しちまった。

 

「う、ううん。学園の決定じゃ仕方無いよ……でもそうなると、元次君とも戦うかもしれないんだね……その時は、お手柔らかにお願いします」

 

「む~……ゲンチ~と組めないのは残念だけど~、それをバネにして、戦っちゃうぞ~」

 

二人は最初こそ若干沈んでいたが、直ぐに気を取り直して俺に笑顔を見せてくれた。

しかもご丁寧に似合わない宣戦布告までこなしながら、だ。

そんな二人に、俺も笑顔を浮かべつつ、「お互いに頑張ろうぜ」と言葉を返しておいた。

 

「じゃあ、ゲンとは敵同士ってわけだ」

 

「ん?あぁ、そういやそうなるのか……当たったら容赦しねぇぞ?」

 

「当たり前だ。寧ろ手加減なんてしてみろよ、俺だってキレるからな」

 

と、俺が納得した事でこの件は終了し、俺達の話を聞いていた一夏も、俺に対して宣戦布告してきた。

俺は一夏の言葉に、本音ちゃん達に向けていたのとは別の笑みを送って、一夏に言葉を返す。

 

「もう、一夏。ペアの僕をほったらかして、1人だけで宣戦布告しないでよ」

 

「っとと、そうだったな。悪いシャルル」

 

俺と一夏は何時もより張り詰めた空気の中で互いに笑っていたが、そこにシャルルが割り込む。

その表情は少しだけ剥れていて、見る人が見れば嫉妬した女にしか見えない。

……まさかとは思うが、俺と一夏の関係を邪推してねーだろうな?お前も腐海の住人じゃなかろうな?

そんな疑念とは裏腹に、シャルルは謝罪した一夏に笑顔を向ける。

 

「良いよ。仲の良い二人同士だから、戦いたいって気持ちも判るからね……じゃあ一夏、今日は夕食の後から作戦会議をしよっか?」

 

ほほう?前から思ってたけど、シャルルって中々の策士だよなぁ。

今もペアである立場を十二分活用して、自分と一夏だけという二人だけの空間を確保してるし。

タッグマッチの為の作戦会議と言えば、他の女に邪魔される心配も無いって訳だ。

……一夏は一夏で全く気付いてねぇだろう、シャルルの気持ちにも、シャルルの考えの先にも。

 

「あぁ。じゃあこの後「「「ちょっと待ったぁああ!!」」」ってうお!?な、何だよお前等!?」

 

そして、シャルルの提案に何の疑いも持たず了承しようとした一夏だが、その目の前に3人の人影が!!

おのれ、何者だ!?

 

「一夏!!わ、私と組んではくれまいか!?幼馴染みであり、同門の剣術同士なら戦いやすいと思うんだが!?」

 

「何寝ぼけた事言ってんのよ箒!!一夏はアタシと組むの!!一夏には射撃武器が無いんだから、近~中距離対応のアタシの方が良いに決まってるじゃない!!」

 

「おほほほ。鈴さん?わたくしのブルーティアーズが華麗に一夏さんの攻撃を援護するというデュエットこそが、至高でしてよ?」

 

まぁ言うまでも無く一夏ラヴァーズなんですけどね?

3人して先々と話を進めていた一夏達に焦ったのか、早口で捲し立てながら、自分が如何に優れてるのかをアピールする。

俺としては別に一夏が誰と組んでも構わねーけど、今回は事情が事情だから……。

 

「えーっと……スマン、今回はシャルルとじゃないとダメなんだ」

 

こうやって、事情を話さずに断るしかねーんだよな。

さすがに言えねーよ、シャルルが実は女だなんて……この場で言ったら、一夏の血の雨が降りかねないし。

そして、一夏のすまなそうな断りを聞いて絶望する箒達だが、俺にはさっきから1つの疑問が浮かんでる。

 

「っていうかよぉ、鈴とセシリアってトーナメントに出れんのか?あのガキに、お前等のISもこっぴどくやられたんだろ?」

 

俺はアイツ等の騒動を、さゆかと本音ちゃんに相川達と共に少し離れた位置で見ながらそう口にする。

本音ちゃんの打鉄もあれだけ念入りにボコられてたんだ、二人の専用機も同じ位ボコボコなんじゃねぇのか?

 

「あっ、そうでした。凰さんとオルコットさんにもお伝えする事がありまして……お二人のISの状態をさっき確認しましたけど、、ダメージレベルがCを超えています。よって、トーナメントの参加は許可出来ません」

 

「そんな!?あたし、充分に戦えます!!」

 

「わたくしも納得できませんわ!!」

 

と、俺の質問を聞いて思い出したのか、真耶ちゃんが手元のタブレットを操作しながらそんな事を言い出した。

それを聞いて、鈴とセシリアは抗議の声を挙げる。

ダメージレベルって……確か、ISの損傷度合いのレベルだったか?

Aから始まってEまでの5段階で、その損傷度合いが決まる。

Cまではエネルギーを重心した状態で時間を掛ければ、待機状態の間にISが自己修復する。

しかしそれを下回る、つまりD,Eの2段階は、企業に渡して修理をしなけりゃならない。

 

「お二人のやる気は良いですが、当分は修理に専念させないと、あとあと重大な欠陥を生じさせますよ……ISを休ませるという意味でも、参加は許可できません」

 

「「うぐっ……」」

 

そんな事を考えている内に、真耶ちゃんは詰め寄ってきた二人に慈愛に満ちた表情を見せながら、やんわりと出場辞退を促す。

すると、二人は少したじろぎながら、表情を沈めていく。

 

「……あそこまでやられちゃ、仕方ないか……わかりました……」

 

「わたくしとしては、不本意ですが……非常に、非常にっ!!不本意ですが!!……トーナメント参加は辞退いたします……」

 

「判ってくれて嬉しいです。それでは、先生はこれから会議がありますので、これで。お大事にして下さい」

 

二人の言葉を聞いて嬉しそうに微笑みながら、真耶ちゃんは保健室を後にした。

俺達は皆で真耶ちゃんに挨拶を返してから、また向き合う。

 

「二人にしてはあっさり引いたな」

 

兄弟、それは俺も思ったが、思っても口に出しちゃいけねえ。

見ろ、皆して「コイツ何言ってんの?」みたいな目で見てきてるじゃねえか。

俺も二人がああもあっさり引いた理由は判らねえが、それを口には出さない。

同じ様な目で見られるのはゴメンだからな。

 

「……一夏、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ。この前の授業で習ったでしょ?」

 

「……え?……そ、そうだったっけか……覚えてるか、兄弟?」

 

おうふ、キラーパスすぐる。

 

「あー……なんだっけか……確か、ブッ壊れた状態で動かしたら、それが悪循環の引き金になる、的な話じゃ無かったか?」

 

悪いがこれぐらいしか覚えてない。

確か3組かどっかの先生の授業だったけど、千冬さんや真耶ちゃんと違って解りづらかったんだよ。

千冬さんや真耶ちゃんは判らない俺達の為に、少し分り易く噛み砕いて説明してくれたけど、他の先生はあんまりそういう事してくれねえ。

「これぐらい出来て当然」な他の女子に合わせて説明をするから、元々頭の出来が良い方じゃ無え俺じゃ厳しい。

何せ俺より頭が良い筈の一夏ですらチンプンカンプンなんだしよ。

この辺が、俺と一夏が如何に皆から知識が遅れているかの差なんだよな。

 

「え、えっとね?つまり、ISは起動している時間を蓄積して、IS自体を強くて使いやすい方向に進化させるの。それは壊れてる時も同じで、損傷時に無理に起動しちゃうと、その不完全な上体を補う為に、特殊なエネルギーバイパスを構築しちゃうんだけど、今度はそのエネルギーバイパスが平常時に悪影響を及ぼしたりしてしまう……で、良かったと思うんだけど……」

 

「おぉ~!!さゆりんすご~い!!」

 

「うん。それで合ってるよ。夜竹さん」

 

と、俺の噛み砕き過ぎた答えにシャルル達が呆れていた中で、さゆかがスラスラと説明をしてくれた。

何とも分かり易い説明で、俺の足りない脳みそでも充分に理解出来る程だ。

皆に称賛を貰っていたさゆかは少し照れくさそうにしながらも、俺に笑顔で視線を合わせてくる。

 

「えへへ……ど、どうかな、元次君?分かりやすかったら良かったんだけど……」

 

「おう。そりゃあもう、俺の少ない脳みそでも充分に理解出来たぜ。分かり易い説明をありがとうな、さゆか」

 

「うん♪どういたしまして」

 

「な~るほど。人間も怪我してる時に無理すると、動き方に変な癖がついたりするもんな」

 

一夏もウンウンと頷きながら、さゆかの説明に納得している。

確かに、不完全な状態でも動かそうとしてくれるシステムは凄いが、そういうデメリットもあるんだな。

 

「こんだけ噛み砕いて説明されて判らなかった日には、どうしてやろうかと思ったけど……それよりあんた達、あのラウラ・ボーデヴィッヒの事だけど」

 

さゆかの説明を聞いて教養を深めていた俺達だが、鈴が振ってきた話題で、保健室の空気が少し変わる。

闘争に対する高揚と緊張が入り混じった、何とも形容し難い空気だ。

鈴もセシリアもさっきまでの悔しそうな表情は一変も残らず、今は気持ちを切り替えているらしい。

特に一夏の目には真剣な光が宿っていて、鈴の言葉を聞き逃さないという気迫が出ている。

 

「アイツの実力は、悔しいけどあたし達の中で群を抜いてるわ……ゲンを除いて」

 

「えぇ。直に戦ったからこそ言えますが、何よりあのIS、シュヴァルツェア・レーゲンはわたくし達の第三世代機の中でも遥かに高い完成度を誇っています。特にあのAICは強力無比ですわね」

 

「AIC?……そういやあのガキも言ってたけど、そりゃ一体何なんだよ?」

 

喋り始めた鈴とセシリアの説明を聞いて、俺は質問をした。

確か、あのガキが使ってた、俺の動きを止めた兵器?というか能力の事だよな?

 

「正式名称は、『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』と言います。通称はAIC、慣性停止能力の事ですわ」

 

「慣性停止……もちっと分り易く頼む」

 

「ハァ……要は、物体の動きを止める能力って事よ。アンタのパンチだって、体ごと止められたじゃない」

 

「呆れんなや。俺は頭の出来が良くねぇって、お前なら良く判ってんだろうが」

 

何を言ってるのかさっぱり判らなかったので素直に聞き返せば、鈴は溜息を吐きやがった。

慣性だか何だか知らねえよ。

俺に呆れるのを止めて、鈴とセシリアは再び真面目な表情を作った。

 

「コホン……一夏さん、PICは理解していますわよね?」

 

「えっと……なんだっけ?……」

 

「……ハァ」

 

はい、本日三度目の呆れ顔頂きました。

気まずそうに苦笑いしながら頬を掻く一夏に、皆して溜息を吐く。

 

「え、えと……パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。ISを浮遊・停止・加速させてる基本システムの事で……この前の授業でその復習をしたけど……」

 

「あ、あはは……そういえば、そんな気も……」

 

この沈黙を見かねてさゆかが出してくれた助け舟に、一夏は苦笑したまま答える。

俺?俺に期待するだけ無駄だと言っておこうか。

本格的なISの各部位の話は俺には全くもって理解出来ねえよ。

 

「と、とにかく、AICはPICを更に発展させた物だと聞いていましたが……まさかあれほどの完成度とは……」

 

「第三世代の兵器の中でも群を抜いて厄介なのは間違い無いわよ。空間圧作用兵器しかない私の甲龍とじゃ相性が悪すぎる」

 

「う~ん……話だけ聞くと厄介だけどさ。ゲンはどうやってそのAICを解除出来たんだ?」

 

「ん?あぁ。単純に威圧して、奴の集中力を乱してやっただけだ。どうにもアレは、余程集中しねーと使いモンにならねーみてーだからな」

 

鈴達からAICの詳細を聞いていた一夏は、あのAICを破った張本人である俺に質問してきた。

その質問に対して普通に答えると、何故か皆して溜息を吐いたり苦笑いしてやがるではないか。

 

「まぁ……ゲンだからな」

 

「それぐらいの非常識をやってねぇと、兄弟らしくねぇか」

 

「……ISの兵器を威圧でどうにか出来るのなんて、元次くらいだよね……僕も最近、元次なら何やってもって思える様になってきてるんだよなぁ……」

 

皆して俺のやった事に諦めの境地を見せている。

んだよ、人を人類から外れてるみてーな言い方しやがって。

俺は全員の視線を受けながら、顔を顰めて頭を掻く。

 

「何度も言ってるがな。世の中にゃ俺より強い奴等なんざゴロゴロ居るぜ?千冬さんが身近な良い例だし、俺に修行付けてくれた冴島さんだって、千冬さんと同じくらい強い人なんだからよ」

 

しかも冴島さんが偶に零していたが、冴島さんには兄弟が居るらしい。

勿論兄弟ってのは血の繋がった兄弟じゃなくて、ヤクザ世界で言う所の親友ってやつだ。

その人も、冴島さんと同じくらい強いって話だし、更に同じくらい強い男がもう1人居るってんだから驚いたぜ。

まさか極道の世界に千冬さんとタメ張る様な人達が複数居るだなんてな。

 

「そりゃ判ってるけどよ……千冬姉にしたって、ゲンの言うその冴島って人も、俺等より年上じゃねぇか。同年代でそこまで飛び出た戦闘力してるから、どうしてもゲンはチートに感じられちまうんだよなぁ……」

 

「もっと視野を広く持とうぜ、兄弟。もしかしたら、世の中には俺より強い年下も居るかもしれね(prrr)っと?悪い、電話だ」

 

と、会話の途中で俺の携帯が鳴り出したので、俺は断りを入れてから保健室を出る。

さすがに保健室で電話に出る訳にもいかねえからな。

さてさて、こんな時間に誰だ?……って、この番号は……。

 

「(pi)もしもし?……えぇ、どうもお久しぶりです『  』さん。どうかしたんですか?急に電話なんて」

 

俺は通話ボタンを押して、電話の相手に挨拶を述べる。

すると、向こうは挨拶もそこそこに本題の話をし始めた。

 

『――。――?』

 

「はい、はい……えぇ、覚えてるッスけど……え?マジっすか?」

 

『――。――』

 

「……なるほど……判りました。そういう事なら行きます。今週の土曜日にでもどうッスか?……了解です。それじゃ、今度の土曜日に……」

 

電話の向こうの相手が俺に語った話の内容を聞いて、俺は自然と気合が入る。

何せ俺にとっては中々に面白い内容だったからだ。

最近煮詰まり気味だった自分自身の鍛錬……それを一歩先に進めてくれるであろう相手と会える。

しかも電話の相手の話じゃ、特に何も負担は掛からないそうだ。

また休みの日に出る事になるが、その価値は充分にあるだろう……電話相手の話じゃ間違いねえ。

 

「良し。後で外出申請を出してくるか」

 

俺はスマホをポケットに閉まって保健室へと踵を返し――。

 

「ふっふ~♪(ニコニコ)」

 

「……おや?」

 

ほぼ真後ろに居た笑顔の本音ちゃんを見て固まってしまった。

目の前の本音ちゃんはただ楽しそうにニコニコと微笑みを浮かべながら、俺をジッと見ている。

おかしいな?ヤマオロシと戦った事で気配に敏感になったこの俺が直ぐ後ろに居た本音ちゃんの気配に気付かなかっただと?

……もしかして、気が緩みすぎて能力値下がってんのか?……まさか本音ちゃんに気配を消すなんて事は出来たりしないだろうし。

 

「ね~ね~、ゲンチ~?」

 

「な、なんだ?本音ちゃん?」

 

「え~っとね~。土曜日にどこ行くの~?」

 

「……聞いてたのか?」

 

質問に対して質問で返す俺だが、本音ちゃんは嫌な顔一つせずに、笑顔で頷く。

ありゃ、聞かれてたのか……まぁ、別に後ろめたい事でも無いので、俺は白状する事にした。

 

「なに、ちょっくら鍛錬に来ないかって誘われたから、土曜日にそこへ行ってみるってだけだよ……通称『眠らない街』に、さ」

 

俺は少し微笑みながらそう言ったんだが……。

 

「……ふ~ん?(ニコニコ)」

 

……あの、本音ちゃん?何故にそんな楽しそうな微笑みを浮かべとりますか?

え?いやちょ、なんでそんな風にジリジリとにじり寄って――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふへぇ~。ここが噂の神室町か~。人がいっぱいだねぇ、ゲンチ~」

 

久しぶりに訪れた神室町、その大入り口とも言うべき天下一通り前で、俺達は私服で佇んでいる。

そう、『俺達』というのは所謂ところの複数を指す言葉なのである。

その言葉が示す通り、俺の斜め前に立って俺に微笑みを浮かべる私服姿の本音ちゃんの姿が……うん、一つ言わせろ。

 

「 ど う し て こ う な っ た ? 」

 

もうそれだけの言葉が如実に俺の心の中を表してます。

うん、もうこれ以上無い程にこれが的確な言葉だ。

外出用の私服に身を包んだ俺は人目も憚らず頭を抱えていた。

そんな俺に不思議そうな視線を送ってくる本音ちゃん。

……そう、今日、俺は神室町にて、ある理由から俺に稽古を付けてくれるという人を訪ねてきたのだ。

それはこの前の電話が関係してる訳だが……その話を聞いた本音ちゃんが、どうしても着いて来ると言って聞かなかったのが、今の現状の原因である。

いや、まぁ俺としても断る理由は……神室町が危ないからってのがあったけど、それでも引いて貰えなかった。

仕方なくOKしたのだが……イントルーダーの後ろに乗せてあげた時の抱きついてくる感触で早くも後悔してますた。

夏に近づいて服も薄手になってきた頃だから、柔らかい果実の感触がダイレクトに伝わってきて……えぇ、もう最高でしたよ、ふふっ。

図らずもおっきしちゃいそうでゲフンゲフン。今のは聞き流してくれ。

 

「どうしたの~?」

 

いや、どうしたのって本音ちゃんや……。

 

「……一応言っておくけど、神室町は危ねえ町なんだぜ?それでも一緒に来るのか、本音ちゃん?」

 

とは言ったものの、ここまで来ちまったら帰る手段無いんだけど。

一応最後の確認って事で聞いてみるも、本音ちゃんはニコニコと笑うだけだった。

 

「えへへ♪……ゲンチ~と、お外に遊びに行きたかったんだもん~♪らいしゅ~からは、学年別ト~ナメントで忙しいから~」

 

「い、いや。だからって「それに~」……?」

 

「もし、わる~い人が出ても~……ゲンチ~が守ってくれるもん♪でしょ~?」

 

「ぬぐ!?」

 

手を後ろで組んだままに上目遣いでそう聞いてくる本音ちゃんに、俺はたじろいでしまう。

そりゃ勿論、本音ちゃんの事はどんな野郎からでも守りぬくつもりだ。

だからこそ、俺がちゃんと守ってくれるという全幅の信頼を置く言葉にドキッとした。

参るよなぁ……ここまで言われちゃ、「危ねえから帰れ」なんて口が裂けても言えねえよ。

お気楽に覗きこんでくる本音ちゃんに溜息を吐きながらも、俺は苦笑いしながら方を竦める。

 

「わあったよ……こっから先は、不肖この鍋島元次が、本音ちゃんのボディガードをやらせてもらいます」

 

「わ~い♪よろしくお願いしま~す♪」

 

嬉しそうに微笑みながら、本音ちゃんはおどける様に頭を下げてくる。

おれはそんな本音ちゃんに「任せとけ」と言って、指定された待ち合わせ場所に向かう事にした。

その隣を、本音ちゃんがチョコチョコと着いて来る。

にしても、アレだな……本音ちゃんが普通の服を着て町を歩くってのも……違和感パネェっす。

何時もは何かしらの着ぐるみ、もしくは学園の制服だったから、かなり新鮮だ。

白のカッターシャツに、胸より上と背中側の胸より下を露出させた黒のワンピースを重ね着してる。

これって確か……キャミソールワンピってヤツだったかな?

靴は茶のブーツで、脚を黒いストッキングが完璧にガードしている、少し大人っぽい着こなし。

……ぶっちゃけ、可愛いな。

チラチラと盗み見しながらそんな事を考えていると、不意に左手にスルリと柔らかな感触が伝わる。

そこで視線をそっちに向ければ、少しだけ頬を染めた恥ずかしそうな表情の本音ちゃんが、自分の手を俺の手に絡めていた。

 

「そ、その~……人、多いから~……迷子にならない様に……ね?(ギュッ)」

 

「お……お、おおう。そ、そうだな……ち、ちゃんと掴んでてくれよ?」

 

「う、うん……ゲ、ゲンチ~も~、離さないでね~?」

 

離さないで?既に左手は死後硬直でも起きたかの様にカッチカチやで?

返事の代わりに、ちょこっとだけ握る力を強めると、本音ちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。

しかし頬の赤みが抜けてない、ちょっと照れた表情だ……逆に俺の頬に赤みが伝染しちまったよ。

そのまま人混みの多い神室町の中へと脚を踏み入れる俺達だが……。

 

「……」

 

「……えへへ♡……うにゅ~♡」

 

 会 話 が な い 。 デ ジ ャ ヴ か ?

 

本音ちゃんは時々、嬉しそうに笑うだけで基本話しかけてはこなかった。

俺も俺で、何を話したら良いのか判らず、黙りこくっている。

別に辛い沈黙では無いが、逆にそれが気恥ずかしく感じられてしまう。

な、何かとっかかりやすい会話を……ッ!!

 

「え、ええと……そ、そういえばよ、本音ちゃんの私服って初めて見るよな?」

 

ま、まずは無難に服の話から行ってみよう。

 

「うん♪今日はちょっと、大人っぽいコ~ディネ~トにしたんだけど~、似合ってるかな~?」

 

「お、おう。良く似合ってると思うぞ?」

 

「ぬふふ~♪ありがと……ゲンチ~も~……か、かっこいいよ~」

 

照れた表情でそんな事言わないでくれ。

恥ずかしくて死にそうだ。

今日の俺の服装はダボついた群青色のジーパンに、無地の白いTシャツ。

ダークブルーのカラーにホワイトラインの入ったDG製のカッターシャツの裾を肘よりちょい下まで捲くり上げた出で立ちだ。

ジルコニアカスタムのゴッツイ腕時計に、ネックレスは太めのシルバー。

トップ部分は恐らく俺の持ってるトップの中でもかなりお高い買い物だった天然石のモノを付けてる。

形はガンジャ(大麻)をモチーフにして、そこに天然100%のターコイズブルーをあしらったモデルだ。

こんな出で立ちでオプティマスの待機状態であるサングラスを掛けてるもんだからもぉ……。

 

『うわ。ちょっとアレ』

 

『……ヤ、ヤクザ?』

 

『凄い体格してるなぁ……目ぇ合わせるなよ』

 

『格闘技の選手とかじゃ無いの?』

 

『そんな事より俺は横の女の子が気になるな。あの脚をペロペロした(ガンッ!!)ぶふ!?』

 

『彼女の私を差し置いて何言ってるのよ、バカ!!』

 

周りからもこんな風に見られちまうんだよなぁ。

後、最後から2番目の奴ぅ……後で便所まで面ぁ貸せ。

さすがに神室町とはいえども、ゴツい俺とほんわかな本音ちゃんの組み合わせは目立つのか、何人かの通り過ぎた奴等が振り返っている。

 

「あはは……見られちゃってるね~」

 

「……そ、そう……だな……」

 

本音ちゃんもその視線に気付いてる様で、少し困った様に微笑みながらそう言ってきた。

それでも手を離したりはせず、それどころか逆に強く手を握り直してくる。

 

「……周りから、私とゲンチ~って……どう見られてるのかな~?」

 

「え?ど、どうって……」

 

本音ちゃんの言ってる意味が判らず、そちらに視線を向ければ……。

 

 

 

「……こ……恋人に……見えちゃったり……してるのかな~って……」

 

「――」

 

 

 

若干顔を俯けながら、朱に染まった笑顔でそんな事を言ってくぁwせdrftgyふじこlp。

お、落ち着け鍋島元次、クールだ。仕事はクールにやるもんだぜ?

いや別に仕事とかしてないんだけど……と、兎に角落ち着きましょうや。

本音ちゃんは何とおっしゃった?

俺と本音ちゃんが恋人同士に見えてるのかだと?……へ、返事しなくちゃマズイよな?

 

「……あ、あの……その……そ、そうかも……しれねぇな」

 

「ッ!?そ、そっかぁ~♪や、やっぱりそう見られてるかも――」

 

 

 

「うぉ!?何だあの怖ぇ兄ちゃん!?」

 

「けど隣の女の子はメチャ可愛くね!?……『兄妹』なんだろうなー」

 

「あぁ、可愛い『妹』を守るお兄ちゃんってヤツか?……あんな兄ちゃん居たら、一生彼女にするのは無理だろ」

 

「……ほへ?」

 

……タイミング悪過ぎだぜ、野次馬の兄ちゃん達よ……。

 

 

 

お前等なんてタイミングで俺達の外から見た評価下しちゃってくれてんだよボケ。

さっきまで嬉しそうな顔してた本音ちゃんが「何を言われたか分かんない」って顔しちまってるじゃねぇか。

ポカーンと口を開けて無言のままに、今しがた通り過ぎた奴等を目で追ってる。

手を握ってるので、本音ちゃんが動かないなら俺も動けない。

……そのまま少し時間が過ぎたかと思えば……。

 

「……よいしょ~♪(ギュッ!!)」

 

「うぉ!?ちょ、ちょっと本音ちゃん!?」

 

「さぁ~♪行こ~ゲンチ~♪待ち合わせしてるんでしょ~?待たせたら悪いのだ~」

 

「そ、そりゃそうだけど……ッ!?」

 

今度は手だけじゃなくて、俺の腕に身体を絡めて密着度を高めながら俺をグイグイと引っ張ってくるではないか。

さすがにこの体格差だから、引っ張られた所で動く事は無いが、心臓がドキドキしっぱなしです。

ああ!!何かムニュムニュっとしたモノが腕に!?俺の腕で形を縦横無尽にぃ!?

しかも本音ちゃんが積極的に抱きついてくるから、余計に柔らかいモノが引っ付いてくる。

さすがにこれは止めないといけないと思い、本音ちゃんへと視線を合わせるが――。

 

「良いから良いから~♪私はこ~したいの~♪まだラウランに捕まれた首が痛いから~、ゲンチ~に寄り掛かりたいのだ~♪(これぐらい引っ付いたら、妹には見えないぞ~!!)」

 

「ぬ、むぅ……分かったよ」

 

可愛らしい笑顔で俺を見上げながら、腕にスリスリされると、もう何も言えませんでした。

俺が諦め混じりに承諾すると、本音ちゃんは本当に嬉しそうに腕に引っ付いてくる。

本音ちゃん本当に首痛いの?凄い嬉しそうな表情してますが?

もうどう言ったって止めてくれそうも無いので、俺は何も言わずに目的地を目指して歩く。

まぁ、嫌な空気とか気まずいという訳でも無く、互いに心地良く過ごせる空気だったのが幸いだな。

 

「ところでゲンチ~。今日は~、鍛錬をしに来たんだよね~?」

 

「ん?おぉ、そうだけど、どうかしたか?」

 

「う~んと……それって、ゲンチ~より強い人が、この神室町に居るって事かな~?」

 

俺が質問に答えると、本音ちゃんは俺を見上げながら首を傾げてそう質問を繰り返す。

何だ?ひょっとして想像つかねぇのかな?

 

「この前も言ったけど、俺より強いヤツなんかそこら辺にゴロゴロ居るんだぜ?特にこの神室町にはな」

 

「そうなの~?……あんまり想像出来ないかも~」

 

「そうか?」

 

「だって~、ゲンチ~の強さは、野菜人を超えたスゥ~パァ~野菜人だもん~」

 

「俺、地球を破壊出来たりしねぇけど?」

 

さすがにそれはカンストし過ぎだろうよ。

真顔で人類辞めてるよね?と半ば確信を篭めた答えに、俺は苦笑いしてしまう。

そうなると千冬さんはスーパー野菜人を4段飛ばしの位置に居るんじゃなかろうか?

 

「まぁ、事実として、俺はまだまだ弱えって事だ。今から会う人だって、俺よりは強い筈だからな」

 

「ふぇ~?……どんなマッチョさんに会うのさ~?」

 

何故に俺より強い=俺より筋肉モリモリの発想に至ったのですかな?

千冬さんとか物凄いグラマーじゃねぇか。

少し怯える様子を見せる本音ちゃんに苦笑いしながら訂正しようと口を開き――。

 

「おいおい鍋島君。俺のハードル上げないでくれよ。つか、俺そこまで強くないしさ」

 

「ほえ?」

 

話しながら歩いていた所為で気付かなかったが、どうやら俺達は既に待ち合わせの場所まで来ていたらしい。

そんな俺達に、いきなり声を掛けてきた第三者の存在に、本音ちゃんは目を丸くしてそっちに視線を向ける。

待ち合わせ場所のコンビニ、ポッポ 天下一通り店の入り口に設置された灰皿の場所でタバコを吸いながら俺達に視線を向ける、何処か飄々とした男性。

彼はタバコ片手に苦笑いしながら、俺達に手を振っていた。

 

「何言ってんですか、秋山さん。俺よりも絶対に喧嘩慣れしてるでしょ?」

 

「まぁ、結構場数は踏んでるけどね。それより久しぶり、元気にしてた?」

 

「ボチボチってトコですかね」

 

待ち合わせしていた男……この前知り合った秋山さんと会話をしながら、俺達はそっちへと歩を進めていく。

そう、この前の電話で話していた相手は何を隠そう、この秋山さんである。

この人が俺に修行を付けてくれる人……ではなく、この人はあくまで中間の紹介役だ。

ただ、俺に鍛錬をしてくれる人は特殊な事情で携帯を持っていなかったので、俺の連絡先を知っていた秋山さんに白羽の矢が立ったのである。

 

「そうかい。そりゃあ……まぁ、良いとして……ほら、君より強いかも、なんて言うのに、出てきた相手が俺みたいなダンディーだからビックリしちゃってるじゃない」

 

秋山さんの言う通り、さっきまで話していた本音ちゃんは、未だにポカンとした表情を浮かべてる。

そうは言っても俺より強いってのは間違いねえと思うんだけどなぁ……ギリギリ勝てるかどうかって感じがするし。

 

「本音ちゃん。この人は秋山さんって人で、前にこの町で取材を受けた時に知り合った人だ」

 

「ども。ご紹介に預かった秋山です。よろしくね」

 

「……あっ!!は、はい~。こんにちわ~。私はゲンチ~のともだ……」

 

……ん?何故に『友達』と言う途中で詰まってるんですか?

まさか友達と言うのが嫌とか言いませんよね?泣くよ俺。

 

「――妻の~布仏本音です~♡」

 

「 何 故 そ う な っ た ? 」

 

「あっ、奥さんでしたか。いやいやど~も」

 

「秋山さんも乗らなくて良いッスから!?」

 

二人でボケを連発されて突っ込む俺だが、秋山さんと本音ちゃんはニコニコと笑ってる。

いや、本音ちゃんは何時も通りなんだけどね?

 

「中々面白い子だね~。それに可愛いし……どう、学校卒業したらウチのお店に来ない?給料弾むよ?」

 

「う~ん……ごめんなさ~い。就職先は~……(チラリ)」

 

「……な、何だ、本音ちゃん?」

 

俺の腕に抱きついたままの体勢で秋山さんと話していた本音ちゃんが、話の途中で俺の顔をじ~っと見上げてきた。

その純真無垢な視線にたじろぎながらも質問すると、本音ちゃんは頬を赤く染めながら笑みを浮かべる。

そのまま「なんでもないよ~」と言って再び視線を秋山さんに向けた。

 

「そうなれば良いな~っていう~……希望進路があるので~」

 

「……成る程ね……そりゃ良い。是非とも頑張ってくれ、おじさんも応援してるから」

 

「えへへ♪ありがとうございま~す♪アッキ~おじちゃん」

 

「ア、アッキー?……この歳でそんなアダ名つけられるのは……おじさん、何か複雑……」

 

「おーい。俺そっちのけで何の話してるんすか?」

 

っていうか秋山さんは今ので本音ちゃんの話の意味分かったの?

俺全然判らねぇんだけど……。

俺の問いを聞いて、秋山さんは少し苦笑しながら口を開く。

 

「いやいや。まぁ、鍋島君はあんまり気にしちゃいけないよ……さて、それじゃあ時間も押してる事だし、さっそく行こうか?君に修行を付けたいって言ってる人の所へ」

 

「は、はぁ……分かりました」

 

思いっ切りはぐらかされて釈然としないが、相手を待たせているのも事実なので、俺は秋山さんの言葉に従って、彼の後に着いて行く。

IS学園じゃ、俺は一切の鍛錬を禁止されているけど、学外なら問題は無い。

迫り来る学年別トーナメントの為に、しっかりと鍛錬をする事が今日の一つ目の目的……そして――。

 

「……本音ちゃん」

 

「んにゅ?な~に~?」

 

「その……さ……こ、この後、鍛錬が終わったら、約束通り……デ、デート……しよう、ぜ?」

 

「………………ふにゃあ!?」

 

俺と一緒に遊びたいって言ってくれた本音ちゃんと……楽しい『デート』を完遂するのが、今日の最大の目的だ。

痛いぐらいに跳ね回る心臓の鼓動を感じながら誘えば、本音ちゃんは顔を真っ赤にして声にならない悲鳴を挙げてしまう。

本音ちゃんは遊びに行くとしか言わなかったが、男女で二人っきりで遊びに行く、これ即ちデートだろう。

ましてや気になってる女の子の一人なんだ……俺からこうして誘うのが筋ってもんだ。

俺の言い回しに驚いて、腕から離れそうになった本音ちゃんだが、俺は彼女の腰に手を回してそれを阻止した。

そうする事で逃げ場を失った本音ちゃんは「あわわわわ……」とか言いながら目を回すが、それも次第に落ち着いてくる。

 

「あ、あう……ちゃ、ちゃんと……エスコ~ト……してね?」

 

まるで熟れたリンゴの様に赤い顔色で恥ずかしそうにそう言葉を返してくれた本音ちゃんに、俺は笑顔を浮かべながら、腰に回した手に少し力を込めて返事とした。

 

 

 

 

 

 

――そして、時間は流れ――。

 

 

 

 

 

いよいよ、学年別トーナメントが開催された。

 

 





もうすぐ自分の書きたかった山場に突入!!

より時間を掛けて最高の出来にしたい所存です!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学年別トーナメント、開催

最初に報告しておきます。


実は作者、この度ペンタブなるものを友人から譲り受けました。


紙にすら殆ど絵を書いた事無いのに、何故俺に?


友「これでお前の小説の絵、書いたら良いのさ☆」


だから紙にすら(以下略

そんな訳で、現在必死に絵の勉強中です。


よって更新もかーなーり遅れます(断言)(;´Д`)

いや、まぁUP出来てもド下手な絵なんですがね?

ラフの時点で「あ、こりゃ無えわ」でしたから。

一応、超絶に適当な絵は仕上げたので、もしかしたら途中で挫折してそれをUPするかも(;´Д`)

レベルで言えば「子供の落書きに劣るで賞」ですけどwww


 

 

 

 

 

「うおぉ……スゲェなこりゃ」

 

「あぁ……まさかここまでお偉いさん方が集まるたぁな」

 

6月の最後の週、その頭である月曜日。

俺と一夏は男子用に宛がわれた更衣室を広々と使いながら、会場の様子が映し出されているモニターに視線を向けていた。

着替え終えた俺達の見つめるモニターには、これから始まる『学年別トーナメント』の会場である第一アリーナの様子が中継されている。

今日はその始まりである第1日目、そして1年生の部だ。

一年生が最初に行われるのは毎年の事で、例年から一年生では特に目立つ人材も居なく、余り注目する必要が無いからササッと終わらせる為らしい。

そうして終わった一年は二年や三年の試合を見て盗める技を盗み、来年の学年別トーナメントに向けて意識を変えるのが通例。

これが事前に真耶ちゃんから聞かされてた学年別トーナメントの流れってヤツだ。

しかし、今年は珍しく例年通りにとはいかなかった。

通常、一年の試合を見るのは同じ一年ばかりで、二年や三年、企業関係者は殆ど来ないのが普通らしい。

 

「観客席は、ほぼ全生徒で満員。立ち見までしてる人達が居るよな」

 

「オマケに企業のスカウトが座る筈の椅子には、その企業の代表が居るし、政府関係者も殆ど座ってるじゃねぇか」

 

今年は今までに無い程に観客で賑わい、アリーナの席は満員御礼の状態だ。

席に座れないどころか、立ち見する余裕すら無い子達は、モニターで観戦している始末。

一体どうなってんだこりゃあ?

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。皆、出資している生徒の活躍はチェックしておきたいんだと思うよ」

 

「え?でもシャルル。今日は一年の部の一回戦だぜ?二年と三年の一回戦は明日明後日なのに、何で今日の段階でこんなに人が集まるんだ?」

 

俺達とは離れたロッカーを使って着替えていたシャルルが着替えを終えて合流する。

彼……いや彼女の事情が分かったんだから、離れて着替える様にしたからだ。

そのまま俺達と同じ様にベンチに腰掛けながら喋った言葉に、一夏が首を傾げながら質問した。

まぁ一夏の言いたい事は判る。

二年三年の部でこんなに大盛況なら判るが、何で今回に限って、今まで見向きもしなかった一年をこんな人数が見に来るんだ?

一夏の質問を聞いたシャルルは苦笑いしながら口を開き、その答えを語り始める。

 

「簡単な話だよ。今回の一年には注目株が居るからさ……『世界中に注目された二人』の実力を生で見るチャンスに、企業や政府の代表が来ないなんてありえないでしょ?」

 

ん?『世界中が注目した二人』?……あっ、そうか。

 

「俺達を見に来てるって訳か。初の男性IS操縦者である、俺と一夏を」

 

「え?俺達を?」

 

「元次の言う通りだよ。IS史上初の男性IS操縦者が、どれぐらいのレベルなのか……世界中が注目してる」

 

「なるほど……言われてみりゃそうだよな。俺も一夏も、まだ世間一般の奴等にはどんな戦いが出来るのかなんて見せてねぇもんな」

 

「あぁー。そういえば、そうだったっけ」

 

シャルルの教えてくれた答えを聞いて、俺達はなるほどと納得する。

今まで俺や一夏がISを使って戦ったのは、クラス代表を決める代表決定戦と、クラスマッチの鈴、途中乱入してきた無人機だけ。

俺達のデータを欲しがってる政府や企業は、この前一夏が言っていたIS学園特記事項第二十一の項目があるから、データなんて取れて無いだろう。

つまり、そんな謎に包まれた俺達の戦いを生で見れるチャンスを、お偉いさん達が逃す筈も無えって訳だ。

 

「一夏や元次が活躍したら、『我が社の装備を使って下さい!!』って人達が来るかもしれないね。若しくは政府の人達から、『是非我が国に!!』とかかな?」

 

「ふーん?でも、俺の白式はもう装備詰めないし、俺もゲンも日本人だからなー」

 

「違いねぇな。まぁどっちにしても兄弟。お前は確実に各国が注目してる筈だぜ?言いたくはねぇが、ブリュンヒルデとして有名な千冬さんの弟ってのがあるからな」

 

「……それはそれで嫌だな」

 

シャルルの言葉を聞いてから頭の中で組みあがったパズルのピースの一部分を言葉にすると、一夏は嫌そうな顔をする。

まぁ、千冬さんの弟ってだけで注目されんのは嫌な筈だよな。

家族と優劣を比べられるのも辛いし、兄弟の場合は千冬さんの名前に泥を塗りたくないだろう。

ちょっと出す話題を失敗したか。

 

「まぁ良いじゃねぇか。寧ろこの試合で良い成績残せれば、お前の目標に一歩も二歩も前進出来るってなモンだろ」

 

少し気分が下がった一夏に対して、俺は軽く背中を叩きながらそう言う。

トーナメントの試合順はこれからコンピューターの抽選で決まるから、直ぐに一夏と当たるかは判らない。

が、もしかしたら直ぐに当たる事になるかもしれないし、コイツとは思いっきり喧嘩してぇんだ。

こんな気分の落ちた兄弟をブチのめしても、全然面白くねぇ。

だから俺はコイツのやる気に油を注ぐ様な言い方を、敢えて選んで口にした。

 

「……そうだな。どっちみち、今更あーだこーだって考えてもしょうがねぇ……ともかく、相手が誰でも全力で戦うだけだ」

 

「そうだぜ。俺達みてーな馬鹿が必死こいて無い頭絞るだなんて、似合わな過ぎて笑っちまうよ」

 

「テメッ。俺の事まで一括りにするなよな」

 

発破を掛けると、一夏は真っ直ぐな瞳に闘志を燃やしながら、俺の言葉に答える。

そのままジョークを織り交ぜた会話を続けると、何時の間にかさっきまでの嫌な空気は払拭され、俺達の間に笑みが零れた。

どうやら、ちっとはヤル気にさせられたみてーだな。

 

「っていうか、俺もそうだけど、ゲンはどうなんだよ?お前も色んな所から注目されてるんじゃないのか?」

 

「あ?……んー……勘の域は出ねぇが、多分お前よりは注目されてねぇと思うぜ?」

 

「そうなのか?シャルルはどう思う?」

 

「うーん。僕も元次と同意見かな。元次は一夏みたいにISの有名人が親族だったりしないから、そんな人達がかなり身近に居るなんて、世間には知られて無いみたいだしね」

 

「だな。もし俺が千冬さんと束さんと親しいって知れてりゃ、未だに世界中から俺に送られてる熱烈なラブレターも止んでるはずだしよ」

 

モテる男は辛いぜ、とおどけつつ言葉を切るが、本当にモテてる訳じゃねえ。

恋文はあくまで隠語であり、ラブレターとは勿論、女性権利団体からの殺意と悪意の籠められた手紙である。

一夏とシャルルも俺の言葉であの手紙の事を思い出したらしく、二人とも顔を嫌そうに歪めた。

コイツ等はコイツ等で心配してくれてんだよな……サンキュー。

心の中で二人にお礼を述べつつ、俺は適当に肩を竦めて言葉を発した。

 

「まぁ多分、IS開発者の妹って事で、箒の方が注目されてるんじゃね?順序で言えば、一夏、箒、俺、か、もしくは一夏、俺、箒ってとこだろ。お偉いさん達の中じゃ多分、俺の事はただISに乗れるだけの珍しい男子程度くらいしか認識してないだろうぜ。あっ、勿論束さんに直接怒られた日本政府の人達以外の話だが」

 

あの人達は多分、女性権利団体がまたうるさいから何も言わないんだろう。

一度忠告はしたのにそれを無視したから、後は好きにしろって感じで。

……考え過ぎかも知れねえが、女性権利団体が俺に手を出して、束さんの怒りを買って潰されるのを待ってる奴も居るかもな。

政府の男政治家達にとって、女性権利団体は目の上の瘤……っていうかぶっちゃけ邪魔な存在だろうし。

 

「ははっ、それじゃあこのトーナメントで、ゲンに対する印象はガラリと変わるな」

 

「そうだね。特に女性権利団体の人達は、凄くビックリすると思うよ。日本ではそういうのを、目から鱗って言うんでしょ?」

 

「おっ、良く知ってるな、シャルル。」

 

「ふふっ。一夏が良く日本の事を教えてくれたからね。自然と覚えちゃったんだ」

 

何時の間にか俺の話から遠ざかってイチャイチャし始めた二人。

いやまぁ一夏は無自覚だろうけどな?シャルルはちょっと頬を赤くしてんのに、一夏は普通に対応してる。

しかしシャルルの奴、中々の策士だよなぁ……こうやって共通の話題を増やして、話が合うと認識させてる訳か。

そうする事で男女の隔たりを消しつつ、「シャルルと話してると楽しい」と一夏に思わせれば、この女子に囲まれた学園。

自然と一夏は兄弟分の俺か、話の合うシャルルと多く話す様になるって寸法だろうな。

それを何食わぬ顔で実行してる辺り、シャルルの本気度合いが窺えるぜ。

こんな風に和気藹々と話してる俺達だが、完璧に楽しんでるって訳じゃない。

 

「それはそうと……やっぱ、鈴とセシリアは無理だったか」

 

「……うん。さすがにISの回復が間に合わなかったから、凰さんとオルコットさんは予定通り出場停止だって」

 

「そうか……まっ、そうだよな……」

 

「……」

 

少し声のオクターブを落としながらシャルルに聞くと、シャルルも顔を顰めながら頷く。

一夏は何も言わねえが、手が白く成るぐらいに握りしめられているから、やっぱやるせねえんだろう。

真耶ちゃんに忠告された通り、二人のブルー・ティアーズと甲龍は自己回復が間に合わず、トーナメントには不参加になっちまった。

こういうデカイ大会で自分の力が振るえないのは辛いだろうし、何よりあの二人は代表候補生って立場がある。

その辺りは大丈夫なのか心配だったが、どうにも専用機の取り上げとか降格まではいかないで現状維持らしい。

競争の激しい立場なのにえらく優しい対応だなと思ったが、これには勿論理由があるそうだ。

一つはボーデヴィッヒのIS……シュヴァルツェア・レーゲンの完成度が他の国の予想を遥かに超えていた事。

これは開発側の問題なので二人には関係無し。

二つ目の理由は、現段階でティアーズと甲龍を一番上手く扱えるのがこの二人だかららしい。

他に拮抗した実力の持ち主が居れば違ったんだろうが、二人は他を大きく突き放している。

だから今の段階でパイロットを変えるのは下策ととったという話だ。

そして最後の理由は……汚え話だが、俺と一夏に近い位置にいるからだとよ。

各国としては俺達のほんの些細なデータでも良いから欲しいそうで、俺達と友好を持ってる二人を離れさせるのは勿体無いという結論になった。

胸糞悪い理由だが……ダチが悪い立場にならなかった事を思えば、文句は飲み込んでおこう……『今は』、な。

 

「……くそっ」

 

「一夏、感情的になっちゃ駄目だよ?感情に身を任せたら、正常な判断が難しくなっちゃうからね」

 

「あっ……」

 

と、俺が鈴達の事を思い出していると、悪態をついた一夏の握り込まれた拳に、シャルルが自分の手を重ねていた。

そのままシャルルは心配そうな表情を浮かべながらも、怒りに身を飲み込まれそうになっていた一夏を諌める。

シャルルの心配してくれる気持ちが胸を打ったのか、一夏は少しばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

「そう、だな……悪い、シャルル」

 

「ううん。気にしなくて良いよ。パートナーなんだから、バディ(相棒)を心配するのは当然だもん」

 

一夏の謝罪に対しても、シャルルはにこやかに微笑みながら言葉を返す。

成る程……暴走しそうになる相方を諌めるのもお手の物って訳だ。

正直、シャルルは今回の大会で戦う選手の中じゃ一番厄介な相手になりそうだな。

ボーデヴィッヒ?別に怖い所は特には無えな。

アイツとはそんなに戦った訳じゃねぇが、何処かあのAICってのに頼った戦い方が目立つ。

あれの対処は俺の威圧で何とでも出来るってのが判ってるし……何より、俺はあの時よりも格段に強くなってる。

先々週の修行で身に付けた技の数々を早く使いたくて堪んねえぜ。

こんなに喧嘩が待ち遠しいなんて、生まれて初めての経験だ。

 

「そういえば、そろそろ対戦表が決まる頃だと思うけど……あっ、もうすぐだって」

 

シャルルがモニターを指さしたのでそっちに視線を向けると、確かに枠組みだけがあり、抽選中と出ていた。

本当なら前日には対戦表が出来ている筈だったんだが、急遽試合形式をペアにした事と、今までとは違う形式にシステムが対応出来なかったらしい。

だから俺達の試合ブロックは、今朝から先生達が作っていた手作りの抽選クジで決める事になった。

ちなみにペアの抽選に関しては完全にランダムで、先生達を含めてまだ誰も知らないそうだ。

 

「ゲンはペアの子すら決まってないけど……大丈夫なのか?」

 

「さぁなぁ……まっ、言うまでもねーけどコンビネーションは初めから度外視するしかねーとして……普通に、何時も通りに戦うしかねーだろ」

 

「えっと……一応僕達って敵同士なんだけど、言っちゃって良いの?っていうか一夏も遠慮無く聞くよね……」

 

「あっ……つい何時もの癖で……ゲンは普通に味方にしか考えられねぇからなぁ……」

 

「ははっ。別に構やしねーよ。奥の手とか秘策なんて一切無えし、俺は思いっ切り暴れるだけだ。喧嘩なんてのは、土壇場でゴチャゴチャ考えるだけ無駄よ。第一、俺の性に合わねえ」

 

それで負けたらそれまで。シンプルで分かり易い。

まるで考え無しの俺に呆れたのか、シャルルは苦笑いしながらモニターに視線を戻す。

そもそも作戦だの何だのってのは、俺の性分には合わねぇからな。

何時も通り、自分の持ってる力ってのを使って戦うしかねーんだよ。

そう思いながら俺もモニターに視線を送ると、ちょうど今から一回戦Aブロックの組み合わせが発表される所だった。

朝にやった抽選くじで、俺と一夏、シャルルの3人はAブロックに振り分けされてたので、負けなければ最終的に俺達の試合は確定してる。

ここでついでに俺のペアの子が誰かも判明するんだが……出来れば女尊男卑思考の馬鹿女じゃありませんように。

 

「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」

 

「え?どうして?」

 

「そりゃアレさ。待ち時間に色々考えなくても済むだろ?こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りの良さでロケットスタート決めりゃ調子が出る」

 

「あっ、そういう考え方もあるんだね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナスに入っていたかも」

 

「そっちもあるけど、まぁ俺は波に乗るより、自分から波を作った方がやりやすいんだよ」

 

「それに、一の字が続くのも一繋がりで縁起が良いから。だろ?」

 

「おう。それも当たってるぜ」

 

長年連れ添った兄弟の考えを言い当てながら、俺達は画面に注目する。

一夏は何に対しても自分のリズムを刻んでいくのが一番ってタイプだから、そう言うのは判ってたしな。

逆にシャルルの考えは視野が広く、戦いを長期的な目で見ているタイプだ。

どっちも正しい言い分だから、意見が割れるかと思う奴も居るだろう……でも実はそうでも無い。

今まで見て分かったが、シャルルは相手に合わせて柔軟に動く事に長けたタイプだ。

この二人のコンビなら、激しくと緩やかにを綺麗に両立出来るだろうな。

俺は別にその辺の拘りは特に無い。

その時その時の気分で暴れるタイプだからな。

そんな事を考えていたら、モニターの表示が切り替わって、対戦表が浮かび上がる。

 

「あ、対戦相手が決まったみたいだ……ね?――え?」

 

「「――」」

 

やっと浮かび上がった対戦表と、俺のペアの名前。

それを確認した瞬間、喋っていたシャルルも、黙っていた俺と一夏も、俺達は一斉に行動を停止。

え?ちょっ、おまっ――。

 

「「「――ゑ?」」」

 

役30分後に始まる戦いの組み合わせを見て、俺達が出せた言葉はそれだけだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「失礼します!!親父!!叔父貴が来られました!!起きて下さい!!」

 

東京にある巨大歓楽街、神室町のとある場所。

その神室町のシンボルとして8年程前に建設されたビル『ミレニアムタワー』の一室に、野太い声が響く。

部屋の間取りはとても広く、神室町を見渡せる天望をモチーフにした大きいガラスが、外と中を隔絶している。

内装に関しては……『普通』の家では余り見るものが無い。

虎の敷き物に、壁に立て掛けられた『日本刀』の数々、本皮のソファーに大きな社長椅子と机。

巨大プラズマテレビにホームシアターセット等々、一目で金が掛かっているのが分かる。

大企業の社長の部屋にも見えない事も無いが……更にその部屋の異質さを際立たせる、額に納められた『金の代紋』。

三つの矢羽根が重なった中央に堂々と描かれる『真』の文字が、この部屋の主がその筋の者である事を如実に現している。

 

 

 

現、関東最強の極道組織である東城会、その屋台骨である『真島組』の事務所がここである。

 

 

 

先ほど声を挙げた男は西田といい、この男も勿論極道であるが、愛嬌のある笑顔とポケ~っとした雰囲気がどうにも憎めない男だ。

彼は朝から自分の親父……この場合は組長を指すが、その男に言われていた客人が来た事を報告にきたのである。

 

「……??……あぁ、まだ寝てんのかな?では失礼して……ウォッホォン!!!あのぉ!!!!!親父ぃい!!!!!グッドモーニン――」

 

 

 

「――やっかましぃわボケェエエエエ!!」ビュン!!

 

 

 

「グ?(ドガァア!!)ふんげぱらっしゃあああ!?」

 

しかし部屋の主から返ってきた返事は無慈悲なものであり、それは明確な硬さを持って西田に襲い掛かる。

呆ける西田の顔面に投擲されたのは、部屋の主が真島建設を立ち上げた時から使っている、所謂『男臭いヘルメット』だった。

その一撃を受けた西田は、敢え無く地面に倒れこむ。

 

「うっさいねんお前の声!!昼間っからデカイ声出しよって!!そない大声あげんでも聞こえとるわドアホ!!ここ山ン中ちゃうねんぞ!!危うくワシの耳ん中でやまびこ起きるかと思うたっちゅうねん!!そないやまびこしたいんやったらワシがお前を山まで引き摺り回したろか!?紐無しバンジーのおまけつきやでぇええ!!」

  

理不尽。正にその極みであろう会話。

しかしこういった会話も、この組に限定するなら日常茶飯事でもある。

普通なら子分達もこの傍若無人さに見限るであろうが、この組長、普通ではない。

 

「い、痛たた……で、でも親父!!親父は昼寝するから、叔父貴が来たら出来るだけ大きな声で呼べって言ってたじゃないっすか!!」

 

「それはワシが昼寝してる時の話やんけ!!ワシが起きてる時はもっと静かに声掛けろや!!もしくは綺麗なねーちゃん連れて来て声掛けさせるんが、親父に対する気遣いっちゅうもんちゃうかい!!」

 

「ヒィイイイ!?そ、そんな無茶なぁ!?」

 

無茶苦茶な事を言ってる男だが、それは子分に対して遠慮が無い事の表れであり、一つの信頼の証しでもある。

だから彼の子分達は彼を親父と仰ぎ、慕う……その親に対する強い信頼と憧れこそが、現武闘派最強と目される真島組の強みだ。

そんな風に奇妙な形であれ、子分に信頼されているこの男、風貌も凄いものである。

細身ながらも極限まで鍛えこまれたのが、割れた腹筋や胸筋から窺える、豹の様にしなやかな肉体。

その素肌の上に直接羽織った蛇柄のジャケットと黒いレザーのズボンという、普通を大きく逸脱した出で立ち。

髪はテクノカットで切り揃えられ、その顔に……いや、片目に付けられた『蛇のマークがついた眼帯』が、明らかにヤバイ雰囲気を醸し出している。

更に前が全開にされたジャケットの素肌には、チラリと『刺青』も見えているという、生粋の極道然としたスタイル。

 

 

 

――この男こそ、東城会舎弟頭兼直系真島組組長、兼真島建設社長。

 

 

 

その昔『嶋野の狂犬』と恐れられた超武闘派の極道、『真島吾郎』その人である。

 

 

 

「ったく……あー、もうええわ。それより、兄弟が来てんねやろ?はよ通しぃ」

 

「あっ。は、はい。分かりました」

 

「あぁ。おっ、それと西田、茶ぁ。後何か適当に茶菓子でも持って来いや。せんべいくらいあるやろ」

 

「は?あ、あの、親父?茶菓子なら昨日、親父が『腹減ったから何か適当に持って来い!!』って仰ったんで、昨日お出しして無くなりましたが――」

 

「ぬぁあぁああんやっとぉおおおおおおおおお!?」

 

「ヒイィイイイイイ!?ご、ごめんなさいごめんなさいすいませんでしたーーー!!」

 

おっかなビックリといった様子で茶菓子のストックが切れている事を告げると、真島は鬼もかくやといった具合で吼える。

腹から響く怒声をあげながら、ギラついた隻眼で睨み付けられ、西田は又も悲鳴をあげた。

しかし今度は西田の予想とは違って暴力が振るわれる事も無く、真島は「しまった」という表情を浮かべる。

 

「せやったぁ……ッ!!昨日あんまりにも腹減っとったから、茶菓子全部食うてしもたんやったわ……しゃあない。おい西田ぁ!!」

 

「は、はい!?」

 

突如として名前を呼ばれた西田はシュバッと立ち上がって、真島へ起立の姿勢をみせる。

そんな西田に対して、真島は机の引き出しから財布をとりだして、中から1万円札を西田に向かって放り投げた。

 

「今からひとっぱしりして、ちょっと茶受け()うてこいや!!釣りは駄賃代わりにやるで、はよ行ってきぃ!!」

 

「は、はい!!……あの、親父?茶受けは何時もの親父の大好物、唐辛子煎餅で良いですよね?」

 

「 ア ホ か ! ? 」

 

「(ボゴッ!!)べぶ!?なんでっすか!?」

 

普通に質問しただけなのに、アホ呼ばわりと拳のオマケ。

これにはさすがの西田も涙目になってしまっていた。

しかしそんな事は知った事かと言わんばかりに、真島は言葉を続ける。

 

「飽きたわ!!昨日煎餅食ったばっかりやっちゅうねん!!その前も煎餅やし普通に飽きたわ!!ワシは今日は何か甘いモンの気分やから、専門店の高~いシュークリームとかにすんのが当たり前やろ!!」

 

「ええ!?そ、そんな女子力溢れるモン買ってこいっていうんすか!?俺このナリっすよ!?あんな女だらけの空間行ったら恥ずかしくて死にますって!!」

 

余談ではあるが昨今のデザート店というのは、女尊男卑の影響から男子には近づき難い聖域と化しつつある。

勿論カップルの場合は気兼ね無く入れるが、男一人というのは抵抗があるどころの話じゃない。

そんな所に紫のシャツに金のネックレスを付けた強面の男が「シュークリーム下さい」等とのたまえばどうなるか。

色んな意味で大惨事は免れないだろう。

 

「じゃかぁしぃわ!!子分やったら親分の為に命張るもんやろがい!!ゴチャゴチャ言うとらんと行ってこいやぁああああああ!!」

 

「ヒイィイイイイイ!?い、行ってきますぅうううううう!!!」

 

「っておいコラァ!!ドアぐらい閉めてかんかボケェ!!」

 

しかし極道に共通する掟の一つで、親の言葉は絶対。黒いカラスも白くなるというものがある。

ここ真島組でもその掟は変わり無いので、西田は涙を流しながらシュークリームを買いに奔走した。

西田が走って出て行った事で開けられたままになっている扉を、真島は面倒くさそうに睨みながら、後でその事について制裁をしようと考え――。

 

「――相変わらずやのぉ、『兄弟』……もうちょい西田に優しくしたっても、バチは当たらんのとちゃうか?」

 

その開け放たれた扉から苦笑いしながら入ってきた姿に、真島は先程とは打って変わって笑みを零す。

どうやら客人については西田が部屋の前までは案内してきたらしい。

 

「おう『兄弟』!!やっと北海道から戻って来たんかいな!!四ヶ月の出張やなんて、ホンマ長かったのう!!それと、ワシの教育方針は厳しぃ~くやから、あれぐらいがちょーどええねん!!」

 

部屋に無遠慮に入ってきた大男に、真島は言葉を掛けながら、応接用のソファに腰掛ける。

兄弟と呼ばれた大男も勝手知ったるといった具合であり、真島とは真向かいのソファに座った。

袖無しのオレンジ色のシャツにカーゴパンツという、何処か狩猟者を思わせる服装を覆う、真島とは逆のはちきれそうな野性味溢れる身体。

身長から肩幅、そして膨張した筋肉……全てのレベルが、他を大きく引き離している。

あの元次ですら、この男の前では小さく見えてしまう程の巨漢ぶりだ。

顔には深い皺が刻み込まれ、その男の歳を感じされるが、身体も、そして眼光の鋭さも昔より遥かに増している。

彼こそはこの世界に入った時、真島の唯一無二の兄弟として五分盃を交わした猛者であり――。

 

「まったく……まぁ、出張が長引いたんは、ちっとばかし間違(まちご)うて反対の方に行ってもうたからな。その分余計に時間掛かったんや」

 

今年の冬に山で遭難し、ヤマオロシに捕食されそうになっていた所を元次に救われた、あの『冴島大河』だ。

彼は北海道での用事をようやく終えて、先日戻ってきたばかりであった。

元次や元次の家族には、自分が極道であるとしか伝えていなかったが、その正体の事を知っていれば隠そうとするのも仕方無いであろう。

冴島も兄弟の真島と同じで武闘派に属する人間であり、東城会では真島組と並ぶもう一本の屋台骨と言われているのだから。

 

 

 

東城会『若頭』兼、直系冴島組組長、それが元次の助けた男、冴島大河の正体である。

 

 

 

「ヒヒ。まさか北海道行きの夜行列車に乗る筈が、お前を妬む組の妨害で近畿行きの貨物便に乗せられてまって、財布も列車から落として無くなるやなんて、最初聞いた時はえらい爆笑したで。腹捩れるかと思ったわ……まぁ、思い出話は後にして、とりあえず見よか?」

 

「おう。頼むわ」

 

冴島の言葉に怪訝な表情を浮かべた真島だが、兎に角今日冴島が訪ねてきた要件の方を先に回した。

何せもう放送時間は過ぎていて、もうすぐ『始まる』からだ。

真島はソファの向こうに位置するプラズマテレビの電源を入れて、チャンネルを回す。

そして目当てのチャンネルに調整すると、リモコンをテーブルに放り投げて、つまらなそうな表情を浮かべた。

 

「しっかし、いきなりワシに頼みたい事があるゆうから何やろ思うとったら、まさかテレビ見させてくれとは、ホンマ……組長なんやからバシッと良えテレビぐらい一括で()うたらええやんけ」

 

「しゃあないやろが。まさか仕事がこない遅なるなんて思ってもみんかったし、帰ったらテレビがぶっ壊れとったんやからな。今から買ってセットすんのも時間かかる()うし、そんならついでに兄弟の顔でも拝んだろ思って来たんや」

 

「ほー。そら災難やったのぉ……ほんで?……何で急にこないな番組見よ思たんや?」

 

冴島の言い分も右から左と言った感じに聞き流しながら、真島は探る様な視線で冴島を見た。

だが、それも仕方の無い事だろう。

今真島が回したテレビの放送内容は、二人からしたらかなり掛け離れた話題だからだ。

 

「『IS学園の学年別トーナメントの中継』やなんて……ホンマモンの命の遣り取りすら知らんお嬢ちゃん達が、あのISとかゆーんでお遊戯するだけやないか。こんなおもろ無い番組見てどうするっちゅーねん……それともまさか、そっちに目覚めたんか!?」

 

「……??……何の話や?」

 

急に真島が一人で納得しながらも驚愕の表情で自分を見てきた事に、冴島は首を傾げる。

しかしそんな冴島の様子を、真島はニヤついた笑みで見ているだけだった。

 

「とぼけんでもええがな!!ワシも良えと思うでぇ!!まだちょーっと青すぎる気ぃもするけど、やっぱ若いオネーチャンってのは見とるだけで目の保養になるでなぁ!!」

 

「ぶっ!?ア、アホ言うなや!?そっちの意味で見よう思たんちゃうわ!!大体、俺等からしたら娘ぐらいの年齢やぞ!?遥ちゃんと同い年で靖子より年下って時点でアウトやないか!!」

 

「照ぇれんでもええやんけ!!大体IS学園の番組見るのに、他にどんな理由があるんや!!ワシら男はISを動かせんのやから、おなごしかおらんやないか!!」

 

「何言うとんねん!!今年から男子が二人入ったやろが!!俺が見たかったんはそっちや!!」

 

少しばかりヒートアップしながら話していた二人だが、冴島が見る理由としてあげた言葉に、真島はキョトンとした顔を浮かべる。

そういえば、今年の初めに二人見つかったな、と少し朧げな記憶を引っ張り出しながら、真島は少し乗り出し気味だった身体をソファに降ろす。

だが、それだけでは態々足を運んでまで見ようという理由にはならない筈だと、真島はテレビに視線を向ける冴島に再び質問した。

 

「で?何でいきなりそんな事に感心持ったんや?その二人かて、偶々ISを動かせる様になったちゅうだけの坊主達やろ?それともまさか、お前の知り合いやっちゅうんか?」

 

「……あぁ。一人はな」

 

「なんやそうやったん…………はぁ!?」

 

ありえない事とは思いつつも質問すれば、冴島から返ってきたのはまさかの肯定である。

少し、いやかなり気を抜いていた真島はすっとんきょうな声をあげながら驚き、咥えていた火の点いていないタバコを床に落としてしまう。

何しろこの冴島という男は、とある事情から無実の罪で25年間も刑務所の中で暮らすという驚きの人生を送っているのである。

ほぼつい最近にムショから出て、やっと外の世界で自由になった冴島に、15,6歳の知り合いが居るなどありえない、と真島は驚きと疑問に囚われた。

その真島の驚き様を見た冴島は自分のタバコに火を点けながら、思い出した様に口を開く。

 

「お前にも、電話で少ししか話とらんかったな……兵庫に行かされて、何処か知らん駅で何とか貨物車から降りた後、俺は地理勘も無いのに無闇に動いてしもて、山で遭難したんや」

 

「……それは聞いとる。んでその後、体長6メートルはある巨大熊に襲われて喰われそうになった所を助けられたっちゅう……お、おいまさか?」

 

真島が少し前に電話で聞いていた話を思い返しながら口にしていくと、所々欠けていたパズルのピースが組み上がっていく。

欠けていたのは冴島がどうやって助けられたか?誰に助けられたか、の二つ。

その答えが真島の予想通りなら、これはある意味でとんでもない事である。

 

「そや。見ず知らずの死に掛けとった俺を、たった一人でデカイ熊と素手で殴り()うて、傷だらけになりながら命懸けで助けてくれたんが、まだ中学を卒業したばっかのゲンちゃん……二人目の男性IS操縦者、鍋島元次やったんや」

 

そして、その予想はドンピシャで当たった。

真島は兄弟の口から語られた事実に、大層な驚きを示す。

信じ難い話ではあるが、真島は自分の兄弟の冴島がこんな事でくだらない嘘を吐く男では無い事を知っている。

それはつまり、まだ成人してすらいない上に自分達の年齢から考えれば息子と言い換えてもおかしくない年齢の男が、桁外れの力を持っているという事。

自分達程では無いにしても、体長6メートル等という規格外の熊を単身で追い払ったのだから間違い無いだろう。

そんな強い、戦いがいのありそうな男がこの女尊男卑の時代でまだ生き残っていた事に、真島は口元をニイィと裂けんばかりに吊り上げる。

かつて地下闘技場で『隻眼の魔王』と呼ばれた男は、幸か不幸か元次に対して強い興味を持ってしまったのだ。

 

「……強いんか?」

 

「強いで」

 

自分のシンプルな問い掛けに対するシンプルな答え。

信頼する、自分と同じく猛者である兄弟から出た明確にして信頼の篭った答えは、真島の闘争心を大きく揺るがせる。

自分の信頼する兄弟から認められる実力……それが戦いに生き甲斐を見出す真島には堪らなく興味を持つ内容だった。

兄弟ほどの猛者が認める実力の男と、心行くまで戦ってみたいという、闘争への欲求だ。

 

「最初、ゲンちゃんに何か恩返しでも出来へんもんやろかと考えとったら、ゲンちゃんから喧嘩の修行付けてくれって頼まれてな」

 

そこまで話してから冴島はタバコを吹かし、灰を灰皿に落とす。

顔を上げた冴島の表情は、懐かしさと楽しかったという思いが入り混じった笑顔だ。

 

「二日で俺と力比べして耐え切れる様になって、しかも戦えば戦うだけ強ぉなっていきよる……お前んとこの南ぐらいやったら、間違い無く瞬殺出来る筈や」

 

「ほぉ……一応、お前と喧嘩した時よりも強くなってるんやけどな」

 

「それも含めて言うとる。実際別れる直前にやった喧嘩で、俺もなんぼか手傷負わされたしな」

 

冴島と真島が言外に指した人物は南大作といい、武闘派で知られる真島組の若衆(組の親分と直接親子盃を交わした者)の一人である。

彼もそこいらのチンピラと比べればかなりの強者ではあるが、真島や冴島からみればそこまででも無い。

実際、この二人の戦闘力は他とは違って群を抜いているのである。

圧倒的な覇気を漂わせ、その豪腕で全てを叩き潰す冴島の伝説は、神室町の語り草となっていた。

にも関わらず、未だに冴島や真島へ喧嘩を売る輩が絶えない原因は、数を揃えれば勝てるとか、自分は最強等と自惚れた連中が後を絶たないからである。

そういった輩は悉く、己自身の愚かさをその身で知ってきた訳だが。

 

「せやけど、IS学園なんて女しかおらん様なとこやで?そないなとこで女に囲まれて生活しとったら、腑抜けとんのとちゃうか?」

 

元次の人となりを知らない真島はそう言うが、それに大して冴島はフッと笑うだけだ。

 

「それを知る為に、それと元気でやっとるかを知りたいから、こうしてお前に頼んで見にきとるわけや……今はまだやらなあかん事がようさんあってお礼の挨拶に行かれへんけど、テレビからでも応援は出来る……たとえ伝わらんでも、俺はゲンちゃんを応援したいっちゅうだけやねん」

 

ここへきて真島は、漸く兄弟がこの番組を見たいと言った訳を察した。

何の事は無い、ただ自分が世話になった恩人の今を知りたいからというだけなのだと。

恩人に対しては何処までも愚直な恩義を感じ、その人の事を気に掛ける冴島に、真島は呆れ半分とそれでこそという気持ちを織り交ぜた笑みを浮かべる。

そして、さっきまでは全く期待していなかったテレビの内容が、今の真島にはワクワクする気持ちを与えている。

二人目の男性IS操縦者が表れたと聞いても毛程も興味を持たなかった過去の自分を恨む程に。

こういうワクワクする時のお供は茶では無く、もっと強い飲み物が飲みたくなるものだ。

真島は自分の気持ちに従って、酒瓶の飾られた棚からお気に入りの日本酒と二つの杯を取り出す。

 

「なんや、ワシまで歳甲斐も無くテレビでテンション上がってきたわぁ!!気分も良えし、飲みながら見ようやないか!!ほれ兄弟!!」

 

「良えけどお前、仕事は大丈夫なんか?大体、あて(つまみ)もあらへんやろ」

 

「固い事言うなや!!仕事は休みなんやし、それにつまみやったら今西田が買いに行っとるから問題あらへんがな――」

 

「(ガチャッ)はぁ、はぁ、お、親父!!ご所望の『シュークリーム』!!買ってきました!!俺、親父の為にやり遂げましたよ!!(キラキラ)」

 

「このドアホォオオオオオオウッ!!!(シュークリームの極み)」

 

「(ブシャァアアアアア!!)ぎゃぁああああああ!?シュ、シュークリームが鼻と目にぃいいいい!?」

 

余りにも良い(悪い)タイミングで帰って来た西田に、真島は掲げられた箱を蹴りあげて、西田の顔面へと叩きこんだ。

その勢いで中のシュークリームが飛び出し、西田の顔面と目、鼻の中を容赦無く蹂躪する。

これぞ、使うことすら躊躇われる程の極悪ヒートアクション、『シュークリームの極み』(シュークリームのクリームを使ったスイートな目潰し)である。

しかし手加減という言葉を理解の外に置いている真島からすれば、この手の技は使いたい放題だ。

理不尽ではあるが、口当たりの辛い日本酒に、甘いつまみはとてもじゃないが合わない。

折角の飲みたいという気分に差し掛かっていた所をブチ壊された真島が切れるのも無理は無いだろう。

ましてや、むさ苦しい男が無駄に良い汗を掻きながら「褒めて褒めて」というオーラを出しているのだから、苛つきが二乗だ。

恐らく一夏がやったとして、元次も同じ様に発動するであろう。

 

「何でシュークリームやねん!!酒のつまみになれへんやないか!!も一回行って唐辛子煎餅買うてこいやぁあああ!!さもないともいっぺんシュークリームブシャーッ!!ってすんでぇえええ!?」

 

「そ、そんなぁあああああ!!?買って来いって言ってたのに、そりゃ無いっすよぉ!?っていうかもうシュークリームブシャーッ!!は勘弁して下さい親父ぃいいい!?」

 

「せやったら早よ買いにいってこんかいぃいいいい!!」

 

ムカ着火ファイヤー状態の荒ぶる真島に、シュークリームで目と鼻をやられた西田が足蹴にされているのを見ながら、冴島はそっと溜息を吐いて、テレビへと視線を向ける。

丁度その時、テレビにはこれから行われる試合の対戦表が出てきていた。

 

 

 

一回戦Aブロック、第一試合。

 

 

 

織斑一夏、シャルル・デュノア。

 

      VS

 

鍋島元次、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 

 

――と。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……チッ」

 

「……チッ」

 

のっけから舌打ちしててすんません。わたくし鍋島元次です。

俺は試合10分前という事で、アリーナに出るカタパルトの入り口前で待機していた。

……『ペア』の『ラウラ・ボーデヴィッヒ』と肩を並べて。

 

「……貴様、人の真似をするな。日本人は猿真似しか脳が無いのか?」

 

「あぁ゛?テメェこそ俺の真似して舌打ちしくさってんじゃねぇよコラ。それにすら気付かねぇなんて、芋食ってばっかで栄養足りてねぇんじゃねえのか?」

 

「「……」」

 

「「ブチ殺されてぇかゴラァ!?(殺されたいのか貴様ぁ!!)」」

 

ツラをカチ合わせれば、俺達は互いに相手を潰さんばかりの気迫で相手を睨みつける。

そんな俺達の傍には誰一人として近寄って来ない。

皆俺達二人から離れた位置でガクガクブルブルと震えていた。

俺はちゃんと抑えてるが、ボーデヴィッヒに合わせて同じぐらいの殺気を出している。

コイツも俺から見たら雑魚とはいえ、普通の女子には耐え難い程度の殺気は出せるらしいな。

 

「…………チッ。何故貴様とペアを組まなければならない。これでは私の目的が果たせんではないか」

 

「ンな事知った事かボケ。文句があんならこの素敵な組み合わせを決めて下さった、最先端のハイテクシステムに言いやがれ。それか異議を却下した千冬さんにな」

 

忌々しいといった表情で俺を睨むボーデヴィッヒから視線を外して、俺は虚空に視線を向けて溜息を吐く。

あの対戦表が決まった後、俺は呆ける兄弟とシャルルを放置して職員室に駆け込んだ。

職員室に入ると、これまた疲れた表情の千冬さんと、オロオロと慌てる真耶ちゃんが居た訳です。

理由は俺と同じで、ボーデヴィッヒの組み合わせの件についてだ。

さすがにこんな組み合わせをシステムが選ぶなんて思ってもいなかったらしく、3人揃って肩を落としたよ。

そんな状況の俺達の元に、俺と同じく組み合わせに不満があったボーデヴィッヒが乱入。

俺とのペア解消を、千冬さんに強く進言し始めた。

やれ邪魔だとか足手纏いだとか言われて腹も立ったが、俺とてコイツとのコンビを解消したいのは同じなので、黙って聞いていた。

しかしその我慢も空しく、千冬さんは今更決定された事を変更する事は出来ないと、俺達のペアはそのままでいくと無慈悲な決定を下しなすった。

それにすら反論しようとしたボーデヴィッヒを、千冬さんは威圧でもって黙らせてたけどな。

 

「くそっ……ッ!!このトーナメントで貴様と織斑一夏を叩きのめす事が、私の目的だったというのに……ッ!!……まぁ良い。織斑一夏は、この後直ぐに倒せるのだからな」

 

憎悪と怒りを含んだ表情で俺を見ていたボーデヴィッヒだが、それは直ぐに歓喜の表情へと変わる。

コイツが嬉しそうな理由は、俺達の一回戦の相手が一夏とシャルルだからだ。

何時何処で当たるか判らないトーナメントの中で、初戦から戦えて、しかもコイツの頭の中では楽に勝てると考えてるからなんだろう。

一夏の実力は自分からしたら取るに足らないモノでしか無いと思ってる訳だ。

 

「あー無理無理。テメェ程度じゃ俺どころか、兄弟すら倒せねえよ」

 

「ハッ。虚言だな。あの程度の男が、私に勝てるものか……貴様は試合が始まったら、口出しも手出しもするな。私が一人でやる」

 

あ?正気かコイツ?

 

「一夏だけじゃなくてシャルルも居るのにか?お前一人でどうにか出来るとでも?」

 

「フランスの第二世代(アンティーク)如きなぞ、戦力に数える必要すら無い。私だけで充分事足りる程度だ。何より貴様と共に戦う等、虫唾が奔る」

 

「……そうかよ……良いぜ。だったらテメエが負けるのが確定するまで、俺は手を出さないでいてやる」

 

「それこそありえん話だ。貴様は隅にでも寄って、邪魔にならない場所に居ろ……そしてこのトーナメントが終わった後で、貴様も倒す」

 

「へいへい。そんなに長い休憩にゃならねえけどな」

 

自信満々に……俺からしたら痛すぎる部類だが、自分の力を信じて疑わないボーデヴィッヒに適当に返事を返しながら、俺達はピットに入っていく。

コイツには何を言っても無駄だろう……自分の力が一年の中で一番飛び抜けてると自惚れてる間はな。

千冬さんの強さだけを妄信的に崇拝しているコイツには、『力以外』に大事なモノがある事が判らないんだろう。

それが判らない限り、永遠に千冬さんの真の姿は理解出来ねぇ。

だが、まぁ……兄弟に負けりゃ、その曇りも少しはマシになる筈だと思う。

となると、だ。ここは兄弟にしっかりと踏ん張ってもらはねぇといけねえって事になる。

カタパルトの上でオプティマスを展開し、もう後五分と迫った試合時間を待つ。

さぁ、兄弟……目の曇りきった馬鹿ガキの目をしっかりと覚ましてやれ……今回は喧嘩の相手を譲ってやるからよ。

オプティマスを展開したまま自然体で立ちながら、俺は時間が過ぎるのを待っていた。

 

「…………おい」

 

「あ?」

 

「……一つ、聞かせろ……貴様は何故、織斑一夏を『兄弟』と呼ぶ?」

 

「……はぁ?」

 

と、俺が適当にしながら試合時間を待っていたら、驚く事にボーデヴィッヒの方から俺に質問してきた。

まぁ質問の仕方は相変わらずの上から目線だがな。

……しかし何だってコイツはそんな質問をしてくんだ?

今までと違いすぎる行動に考えを巡らせていると、奴は勝手に独白を続ける。

 

「貴様は織斑一夏とも、教官とも血は全く繋がっていない赤の他人だろう。そんな男が何故、赤の他人である織斑一夏を兄弟と呼ぶ?」

 

「……奴とは、ガキの頃から一緒に育ってきた……一緒に居る時間も密度も、只の友人だとか、ましてや赤の他人なんて呼べる間柄じゃねぇ」

 

何故かは分からないが、この時、俺はコイツの質問に答えることにした。

本音ちゃんや俺のダチの鈴、セシリアに手ぇ出したコイツの質問に律儀に答える義理なんて無いのに。

……でも、コイツの目が、『純粋な疑問』として語っていたからかも知れねえ。

俺の隣のカタパルトでISを展開していたボーデヴィッヒは、俺の答えに対してまたも純粋な疑問の光を目に宿す。

 

「たった『それだけ』の事でか?下らん……兄弟とは同じDNA情報を持つ個体を指す。血の繋がらない貴様等では、兄弟等という関係が成立する筈も無い」

 

……あぁ、そういう事か。

 

「……テメェは何にも分かっちゃいねえ」

 

「何?」

 

こいつには、精神論ってヤツが理解出来ねえんだな。

吐き捨てる様に言ったのが感に触ったのか、奴は目尻を少し吊り上げて俺を睨む。

一方で俺はそんな怒りの感情を向けられてすら、何にも感じなかった。

ただ、『血』っていう『血統』だけに囚われているコイツに対して、少しの哀れみを感じた程度だ。

 

「同じ時間を生きて、一緒に馬鹿やって、同じ釜の飯食って……嫌な事も、楽しい事も、悲しい事も……嬉しい事も分かち合って生きる……そうやって過ごす事でしか、生まれ無えモンがある」

 

「……時間を分かち合う、だと?……そんな事で何かが生まれる?……理解に苦しむな」

 

「……テメエに言っても仕方ねえ事だろうがな……良いか。良く覚えとけ、ボーデヴィッヒ……重要なのは『血』じゃねえ」

 

『まもなく、第一試合が始まります。選手はカタパルトから発進して下さい』

 

ボーデヴィッヒに対して語っていた所でアナウンスが入り、俺はカタパルトにオプティマスを固定する。

それを見て話の途中だった事が気にかかったボーデヴィッヒが「おい」と声を上げているのに対して、俺は振り返らず――。

 

 

 

「俺と一夏は――『絆』で繋がってんだ」

 

 

 

答えだけを口にして、ボーデヴィッヒより先にアリーナへと飛び立った。

 

『『『『『ワァアアアアアアアアッ!!!』』』』』

 

俺がアリーナに飛び出して地面に高度を落としていく間に、観客席から大きな歓声が鳴り響く。

その勢いたるや、前回のクラス対抗戦やクラス代表決定戦の比じゃねえ。

今回は全学年合同の一大イベントだから、見に来ている観客もほぼ全学年だ。

そんな歓声を肌で感じつつ地面に降り立つと、ボーデヴィッヒは周りの歓声を鬱陶しそうな表情で睨み――。

 

「元次……」

 

「……」

 

「よぉ……何ともまぁ、アレな組み合わせになっちまったな」

 

俺達より少し遅れて現れた一夏とシャルルを見て、意識をそっちにのみ切り替える。

だが、当の一夏とシャルルは難しい顔をして俺を見ていた。

シャルルが複雑そうな声音を紡ぐのに対し、一夏は何も言わない。

俺はそんな二人に苦笑いするしかなかった……でも、仕方無え。

 

「まぁ、決まっちまったモンはしょうがねえわな……それに、俺は最初は手を出さねえからよ」

 

「ッ!?……どういう事だよ、ゲン」

 

俺の言葉に対して一夏が返したリアクションは、困惑が含まれている。

 

「コイツが負けんの確定するまで、俺はこの喧嘩に参加しねぇって約束なんだよ」

 

「「ッ!?」」

 

「……フン」

 

一夏の問いに肩を竦めつつ、後ろに居るボーデヴィッヒを親指でクイッと指差すと、二人は驚きに目を見開いた。

逆にボーデヴィッヒは忌々しいって感じに短く溜息を吐くだけだ。

既に俺達の会話はオープンチャネルに繋がっていたので、観客席からも俺の言葉に動揺の声があがる。

まぁ、タッグ戦で片方が負けるまで手出ししねえってのも、おかしな話だもんな。

 

「……ハンデのつもりか、兄弟?」

 

俺の言葉が気に入らなかったのか、一夏は雪片を握る手に力を込めて、鋭く俺を睨む。

やれやれ……勝手にハンデと取られても困るんだがな。

ちょっとズレた一夏の言葉に声を返そうとしたが、それより先にボーデヴィッヒが俺の前に出た。

 

「私が好き好んでコイツと戦線を張ると思うか?元より私は単体で戦う事を好む……貴様等の相手は、最初から私一人だ」

 

ボーデヴィッヒは俺に目もくれずにそんな事を言うと、一夏の視線はボーデヴィッヒへと移った。

 

「……ゲン抜きで勝てるって思ってんのか?こっちは二人だぜ?」

 

「ちょっと僕達の事を舐め過ぎじゃないかな、ボーデヴィッヒさん?」

 

「吠えるなよ、ルーキーにアンティーク如きが。貴様等が二人だろうと、私の勝利に変わりは無い……あのイギリスと中国の代表候補生と同じ様に、スクラップにして終わりだ」

 

正に売り言葉に買い言葉状態の3人を尻目に、俺は首を回して凝りを解す。

しっかしまぁ、ボーデヴィッヒの奴は本当に分かっちゃいねえんだな……1+1は、決して2じゃねぇぜ?

特に、俺等みてーな……人間っていう、『心』で力が変動する生き物はな。

忠告しても無駄なのは分かりきってるので、俺は何も言わずに3人から背を向け――。

 

 

 

「――『そうかよ』」

 

 

 

「……へぇ」

 

背後から感じ取った中々に強烈な威圧を感じ取り、振り返った。

 

「なっ!?」

 

「ッ!?……い、一夏?」

 

振り返った俺の耳に、驚愕するボーデヴィッヒの声と、困惑するシャルルの声が届く。

俺の視界の先には、雪片を正眼に構えた状態で、目から見る者を萎縮させる威圧を見せる一夏の姿があった。

千冬さんや俺にとっちゃ特に気にする程でも無えが、シャルルやボーデヴィッヒでも驚くぐらいの威圧だ。

そこいらのチンピラなら、この眼力だけで竦み上がるだろう。

 

「『精々見下してろよ、ラウラ……でも、あんまり舐めて掛かると……火傷じゃ済まねえぜ?』」

 

「ッ!?生意気な……ッ!!」

 

格上である筈のボーデヴィッヒは一夏の威圧に当てられたのが悔しいのか、歯軋りしながら一夏を睨み返す。

シャルルは一夏の変わり様に驚いてはいたが、直ぐに気を取り直して軽く半身の体勢で構える。

何時の間にか始まっていたカウントダウンは、残り15秒といったところだ。

 

「まっ、精々頑張れや、ボーデヴィッヒ……テメェが雑魚って言ってた兄弟に、足元掬われねぇようにな」

 

「……いらん世話だ!!」

 

「本当にボーデヴィッヒさんとは一緒に戦わないつもりなのかな、元次?」

 

ヤル気に満ち溢れた兄弟の様子を心底楽しいって思いながら、俺はアリーナの端へと移動する。

だが、そんな俺の行動に、シャルルが怪しむ様な声を掛けてくるではないか。

まぁ、俺の考えの先に何があるのかって考えてるんだろうな。

シャルルは俺の知ってる奴等の中でも、かなりの策士タイプだ。

多分少しでも俺の行動の先にある筈の利益が何なのか見抜こうとしてるんだろう。

つってもまぁ、本当にこの行動自体に何かがあるって訳じゃねぇんだけどなぁ……精々、一時とはいえコンビを組んだボーデヴィッヒに、兄弟が大事なモンを気付かせてくれればなって所か。

だがそんな事を言ったって分かるかは怪しいし、このままじゃシャルルは俺を攻撃してきかねない。

とすれば、だ……少しばかり忠告しといてやんねぇとな。

 

「まっ、俺もさすがにダチをボコした奴と並んでやるなんざ嫌ってぐれえだが……そうだなぁ」

 

シャルルの言葉に答えながらも、俺は歩みを止めずに居たが、途中言葉を切り、肩越しにシャルルへと視線を向ける。

ボーデヴィッヒと戦った時と同じぐらいの威圧を纏いながら、だけどな。

 

「もし、俺に攻撃が飛んできそうなモンなら……約束を破って……ちっと『暴れちまうかも』……なぁ?」

 

「……そう……良く分かったよ……一夏、今はボーデヴィッヒさんに集中しよう」

 

「癪な話だけど、それしか無えか」

 

俺が威圧を纏いながらそう答えると、シャルルは目を細めつつ、ボーデヴィッヒへと視線を向けた。

一夏もシャルルの言葉に同意して、視線を俺からボーデヴィッヒへと向け直す。

俺は全体を見渡せる様な位置に移動して、カウントダウンに目を向ける。

 

 

 

――間もなく、試合開始だ。

 

 

 

「――貴様を叩きのめして、私は貴様を否定する……その後はあの男だ」

 

残りカウント、2。

 

「生憎、こっちは否定されるつもりも無えし……兄弟との喧嘩を譲るつもりも無え」

 

1――。

 

 

 

プアーーーーーーーーーーーンッ!!!

 

 

 

「「叩きのめす!!!」」

 

 

 

そして、試合は始まった。

 

「おぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

試合開始のブザーが鳴った瞬間、一夏は普通の加速を超えた速度で、ボーデヴィッヒへと肉薄する。

しかも雪片は通常の実体剣のままで飛び掛る所を見ると、多分エネルギーの温存が目的だ。

その分エネルギーをスラスターに回せるし、あの速度はそのお陰で出るんだろう。

元より速度特化の白式は燃費がピーキーな分、出力の割り振りをスラスターに寄せた時の加速速度は、他のISの群を抜いて速い。

ハイパーセンサーで捉えても、普通なら斬られて終わりってオチだ。

 

 

 

……だが――。

 

 

 

「――フンッ!!(ギュゥン!!)」

 

ピタッ!!

 

それは相手が代表候補生じゃ無ければの話だ。

文字通り、正に瞬時にボーデヴィッヒへと突貫した一夏だが、それは敢え無く止められてしまう。

ボーデヴィッヒの操るIS、シュヴァルツェア・レーゲンの中でトップクラスの兵器、AICによって。

 

「……開幕直後の先制攻撃……近接武器しか無い貴様なら、必ずそうするだろうな」

 

「そりゃどうも……以心伝心で何よりだ」

 

一夏の特攻を止めたボーデヴィッヒはニヤリと笑いながら挑発するが、一夏も同じ様にニヤリと笑って言葉を返す。

AICで動きを封じられて、後手に……いや、軽く詰みの状態になってるのにだ。

それが周りにはどう捉えられているだろうか?諦め?虚勢?

恐らくは一夏を知らない奴等なら、間違い無くマイナス方向に取るだろう。

それは一夏を拘束しているボーデヴィッヒも同じ様だ。

 

「では、私がどうするかも、貴様には分かるだろう?」

 

その言葉と共に奴は、俺にやった時と同じく、アンロックユニットの大型実弾砲を構える。

しっかりと顔面を狙った状態で……あの距離なら外す事は無えだろう。

 

「じゃあ、僕がどうするかも判ってるのかな?」

 

「ッ!?」

 

――誰の邪魔も入らなければ、の話だがな。

 

ドゥン!!ドゥン!!

 

「(バギィン!!)く!?」

 

一夏とボーデヴィッヒから少し遅れて参戦したシャルルは、一夏の背後から飛び出して、ボーデヴィッヒにレッドバレッドの銃弾をブチ込む。

目の前の憎き仇敵に集中し過ぎたからか、はたまたAICの作動に集中していたからか、ボーデヴィッヒは一発だけモロにその攻撃を喰らってしまう。

斜め位置から撃ち出されたレッドバレッドの銃弾はシュヴァルツェア・レーゲンの実弾砲に命中し、砲身の軌道をズラして狙いを変えさせる。

その所為で、目の前の一夏を狙った筈の砲弾は、明後日の向きへ飛翔していった。

 

「くそ!!(バシュウゥ!!)」

 

「おっと!!AICもだけど、そのワイヤーも厄介だね!!」

 

砲撃を外されたボーデヴィッヒはワイヤーブレードを展開してシャルルを牽制しつつ後退していく。

直ぐに自分の不利を悟って体勢を立て直そうとするのは立派だが……。

 

「それで離れたつもりかよ!!(ドォオオオ!!)」

 

今度はAICから解放された一夏が、ワイヤーでシャルルを牽制しているボーデヴィッヒへと肉薄する。

しかも今度は瞬時加速を使って大胆に距離を詰めるんだから、幾ら予想出来ても、ワイヤーを使ってる上にあの距離じゃAICは厳しいだろ。

だが、真っ直ぐに自分へと向かってくる一夏を見たボーデヴィッヒは、悔しそうに口元を歪めながらも、即座に対応した。

 

「舐めるな!!(ズバァ!!)」

 

「ッ!?うおぉ!!(ギィン!!)」

 

「貴様等如き、私一人で充分だと言った筈だ!!(ガキィ!!)」

 

驚いた事に、ボーデヴィッヒは両手からエネルギーブレードを展開して一夏と切り結びながら、ワイヤーでシャルルを牽制していやがる。

ニ刀対一刀の攻防を繰り返しながら、別の相手を二本のワイヤーで牽制するとは……やるじゃねぇか。

他とは飛び抜けた技量を惜しげなく披露するボーデヴィッヒに、俺は素直に感心した。

さすがに大口叩くだけの事はあるな。

本来、ああやって別々の武器を同時に扱うには、平行して別の事を考えなきゃいけねえと、授業で習った。

これをマルチタスクと言うらしいが、これは習得するのに相当な訓練と才能がいるらしい。

国家代表ともなればゴロゴロと使える奴はいるが、代表候補生ではホンの一握りといった感じだ。

その粒揃いの中の一人がボーデヴィッヒ……確かに強い。

正直、俺にはあんな芸当は出来ねえ。

そんな相手に対して、兄弟はどう戦うんだろうか?

 

「はぁ!!」

 

「ッ!?ここだぁ!!(ギャリィン!!)」

 

「何!?」

 

「おぉ……やるじゃねぇか」

 

兄弟がどんな戦いを見せてくれるのかとワクワクしていた矢先に目の前で起こった出来事を見て、俺はニヤリと笑ってしまう。

両腕のブレードを巧みに操って連撃を繰り出していたボーデヴィッヒだが、防御に徹した一夏を見て好機だと思ったらしい。

その防御を崩そうと、今までより強めに繰り出された剣戟を、一夏は見事に捉えた。

いや、多分待っていたんだろうな、ボーデヴィッヒが状況を動かす為に強い一撃を繰り出すのを。

小振りな斬撃と違って、力んだ斬撃ってのはどうしても振りが大きくなる。

当たりゃデカイが、外れりゃ多大な隙を生み出してしまう。

一夏はその大振りな一撃を防御するんじゃなくて、下へと受け流したのだ。

防御のために斜めへ構えていた雪片をの刃面を滑らせて、腕を下へ下ろせば、そのままボーデヴィッヒの身体は流れに逆らわず、前のめりに流れる。

 

「おっらぁ!!」

 

「(バゴォオ!!)が!?」

 

一夏は体勢を崩して前のめりになったボーデヴィッヒの顎を、雪片の柄で上にかち上げ、奴に多大な隙を生み出させた。

……俺が本音ちゃんと神室町に行った時に買って渡したIF演戯の本……『龍が如く維新』の技、『風見鶏』。

直接訓練を手伝えねえから渡したが、どうやらちゃんと技をモノにしてるみてえだな。

感心してる間にも事態は進み、一夏は上を向いて無防備になったボーデヴィッヒの懐に潜り込み、雪片の柄ギリギリの所の刃を、ボーデヴィッヒの腹に押し当てる。

 

「く!?させるか(ドゴォ!!)!?き、貴様ぁ……ッ!?」

 

一夏の追撃の気配を感じ取ったボーデヴィッヒがお得意のAICで一夏を束縛しようとした瞬間、ボーデヴィッヒの頭部に1発の弾丸が命中する。

それが誰の仕業か理解したボーデヴィッヒは、苦虫を百匹くらい噛み潰した様な面を浮かべた。

 

「ワイヤーの動きが止まったからね。油断大敵だよ?」

 

狙撃手……それはさっきまでワイヤーの猛攻に晒されていたシャルルだ。

一夏のカウンターを喰らって意識が緩んだ所為で、ボーデヴィッヒのワイヤーは宙を彷徨った状態だ。

それによって動く隙を確保したシャルルの援護射撃が決まったって訳だ。

 

「サンキューだ、シャルル!!ハァアアアア!!(ズバァアアア!!)」

 

「うぐぅぅ!?」

 

「(ズザァアア!!)……武剣技、『踏み込み一閃』!!何とか試合前に覚えといて良かったぜ!!」

 

「離脱のタイミングも練習しといて良かったね、一夏」

 

「あぁ……でもまだだ……アイツにもっと見せてやろうぜ……コンビの凄さってやつを」

 

「うん。任せて」

 

「こ、この……ッ!!チマチマとした攻撃ばかり……ッ!!」

 

そして、シャルルのお蔭でチャンスをゲットした一夏は、ボーデヴィッヒの腹に当てていた雪片を一気に滑らせて、斬りながら前に移動する。

交差した状態で置いてけぼりにされたボーデヴィッヒはダメージを押して振り返り、実弾砲を向けるが、それはシャルルがラピッドスイッチでレッドバレットから切り替えたガルムの絶え間ない銃弾の嵐に寄って阻止される。

攻撃と防御が上手く絡み合った、攻防一体にして二人で一人の様な動き……凄えコンビプレーだ。

シャルルの銃撃の脱出援護を受けた一夏は、両手にガルムを構えたシャルルと合流して、横並びに構えたまま笑う。

一方で良い様にあしらわれたボーデヴィッヒは怒りに顔も身体も震わせていた。

 

『『『『『ワァアアアアアアアアアアアアア!!!』』』』』

 

「おーおー……皆盛り上がってるなぁ」

 

まだ試合が始まって5分ちょっとだってーのに、観客のボルテージは物凄い事になってる。

それだけ今の一連の流れが濃密だったって事なんだけどな。

その白熱した内容に当てられて、観客も皆熱が入ってカーニバル状態になっちまった。

……まぁ、俺もその一人って訳なんだがな。

視界の先で堂々とした笑みを浮かべるシャルルと一夏を見てると、体の奥から高揚感が湯水の様に湧き上がる。

体の奥からドクドクと溢れるアドレナリンが、抑えきれない興奮となって、俺の顔に獰猛な笑みをとらせちまう。

 

「あぁ、一夏。決めるんなら早く決めろよ……じゃねえと、我慢出来なくなって、参戦しちまうからよ」

 

怒りで冷静な判断が効かなくなったボーデヴィッヒが二人に特攻する中、俺はそんな事を零していた。

 

 

 

 




早く書きたかった所終わらせてジョジョにいかないと(;´Д`)

あっ、でも絵の練習も……。


ジョジョが遠のく(;´Д`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界中に魅せてやるよ……男の喧嘩ってヤツを

挿絵、書けた事は書けましたが、余りにも酷い出来なので、クォリティについては突っ込まんで頂けると嬉しいです。

やっぱ一週間経たん内に書いた絵は汚え花火(絵)だぜ。

あっ、ここではサイト様の許可が要るみたいなので、許可出たらUPします


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「ボーデヴィッヒさん。押されていますねー」

 

「まぁ、当然だろうな。織斑はともかくとして、デュノアは代表候補生。近い実力を持つ者の方が複数の場合、こうなるのは目に見えている」

 

アリーナで白熱したバトルが行われている中、官制室ではモニターを見つめる千冬と真耶ののんびりとした会話が行われていた。

二人としては、ラウラが不利な事に対しては余り驚いて無い。

この前の第三アリーナでの一件では、ラウラ対鈴&セシリアという、今と同じ状況だったが、今回は色々な箇所が違う。

モニターの向こうではシャルルの銃弾を回避したラウラに一夏が肉薄し、鍔迫り合いで動きを止めた状態からシャルルの銃弾が再び襲っていた。

AICで一夏の動きを止めようにも銃弾に晒され、銃弾を止めれば一夏に斬られる。

片方だけなら隙があるのに攻めれない。そのジレンマの坩堝に、ラウラは嵌まっていた。

 

「既にAICの致命的弱点はあの二人に知れている。その対策を考慮した戦い方で向かってくる相手に、同じ技は通用せん」

 

AICの致命的弱点。それは慣性停止能力という規格外の力を発揮する為の代償と言っても良い。

本来、鈴やセシリアのIS,ブルー・ティアーズや甲龍に詰まれている第三世代特殊兵器は通称イメージインターフェイスと呼ばれている。

これは本来、ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力、ワンオフアビリティーの代用として発明された物である。

自然発生する『かもしれない』という不安定な状態で、しかも特定の操縦者のみだけで発現を待つのでは無く、誰にでも使える様にという目的を意図した兵器。

脳から発せられる電気信号を解して発動する様に作られたこの兵器は、通常よりも高い性能を発揮する事には成功したが、同時に欠点も存在する。

兵器の特性によって個別差はあるが、使用するのに意識を集中させないといけないのだ。

 

「AICはその強力さから、停止させる対象物に意識を集中させていないと駄目ですからね。その隙を与えない小出しの連続攻撃……二人のコンビネーションが上手く決まっているからこその優勢、ですね」

 

「いや。あれはデュノアが合わせているからこそ成り立つんだ。あいつ自体は大して連携の役には立っていない」

 

「そ、そうでしょうか?二週間ちょっとであそこまでデュノア君の銃撃に合わせて動ける様になっているのは、織斑君の才能があるからだと思いますが……」

 

千冬のバッサリとした切り返しに、真耶は少し苦笑いしながら柔らかく反論する。

しかしそれでも千冬の評価は少し下評気味から変わらなかった。

 

「まず、織斑は基本特攻しか出来ない。武器が雪片だけだからな。ともすれば、織斑が近接攻撃を仕掛けてデュノアがそれに合わせて援護する。若しくはその逆で、デュノアがAICに止められた時以外には、織斑はデュノアの援護が出来ない。これではコンビネーションではなく、デュノアが合わせているとしか良い様が無いさ」

 

「あ、あはは……」

 

千冬の余りにも正鵠に的を射た指摘に、真耶は苦笑するしか出来なかった。

千冬の言う通り、実の所上手く連携している様に見えるこのコンビネーション。

実はシャルルが一夏の隙を補っているのが大半なのである。

逆にシャルルのカバーは一夏には出来ない。

これが千冬の言う、コンビネーションが成り立っていない事の最大の理由である。

 

「更に言えば、あの動きはデュノアのラピッドスイッチがあってこそ出来る動きだ。移動する距離、標的の停止か誘導かの目的で使う武器を瞬時に取捨選択出来る思考と、瞬時に武器を切り換えれるラピッドスイッチの技能。これがあって初めて、織斑はああやって気にせずに突撃出来ている」

 

そしてこのコンビネーションは、シャルル以外では成り立たないのだ。

今現在シャルルが一夏の援護を的確に、絶え間なく行えているのは、シャルルの持つ特殊技能が関係している。

シャルルのISは、世代こそ第二世代であり、特殊兵器も積んでいない。

だが、それゆえの汎用性が強みでもある。

シャルルの機体、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは基本性能の底上げ以外に、拡張領域を倍に上げて、装備を大量に積んである。

距離や目的に応じて選り取り見取りの武装を詰んでいるだけで、尖がった性能のマシンよりも柔軟に対応出来る事が、ラファールの強みだ。

そして、その大量の武器の使い道を瞬時に弾き出して選べるのが、シャルル自身の特殊技能、ラピッドスイッチ。

この二つの組み合わせが、一つだけの兵器が他より性能が高い第三世代の機体を凌ぐまでに効果を発している。

 

「え、えっと……そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身がすごいじゃないですか。――魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ」

 

「……まぁ……そうかもしれないな」

 

自分の言葉に千冬はぶすっとした表情で視線を少し上に上げる。

それは千冬の照れ隠しだと、真耶は判っている。

なんだかんだと厳しい事を言っている千冬だが、彼女は何も一夏が嫌いな訳では無い。

その逆、大事な弟だからこそ、厳しく言いつつ見守る。

このIS学園には、ラウラを凌ぐ強敵など、上級生になれば幾人も居る。

そういった強い奴等ともし対峙する事になっても勝てる様に、千冬は厳しく当たるのだ。

全ては大事な家族の為に……それを知っている真耶だからこそ、敢えてそこは指摘しない。

前回の様に塩入りコーヒーを進められでもしたら、今度は助からない(断言)。

故に、ここはラウラのチームへと話題を進める事にした真耶であった。

 

「それにしても……まさかボーデヴィッヒさんのペアが元次さんになってしまうなんて……」

 

「全く……システムがあの組み合わせを決めた時は驚いたものだ」

 

「実力が高いからこそ、敢えて抽選までペアを組むのを禁止したのに、まさかその二人がペアになっちゃうなんて思いもしませんでした」

 

真耶が妙に嬉しそうな様子で言う言葉に、千冬も同調して喜びを顔に現す。

しかし現段階で一年生なら最強の元次と、それに次いで強いラウラのペア等、他の生徒からしたら悪夢でしか無いのだ。

実際ペアの抽選と対戦表の発表が行われた時、女子の更衣室からは阿鼻叫喚の悲鳴が挙がっていた。

学園中に蔓延する噂の、『学年別トーナメントで優勝すれば、織斑一夏、鍋島元次、シャルル・デュノアの誰かと付き合える』を狙った者達の悲鳴だ。

密かに優勝を狙っていた者達は、立ちはだかる壁のハードルが強烈に高くなってしまい、地面に膝を付いて項垂れた。

しかし、これに嬉しい悲鳴を挙げた者達も多い。

まずは学年別という事で約束の範疇に含まれなかった中で、二人の実力を知る2年、3年の女子。

そして……。

 

「まぁ、ペアの仲は悪いが、少なくとも一般生徒では歯が立たないだろう」

 

「そうですねー。一年最強ならぬ、最凶のペアでしょうか?今みたいにならなければ、恐らく優勝はもっていっちゃうかと」

 

「ふむ。上手い事を言うな、山田君」

 

二人して普通通りにしているつもりだが、実際は口元の笑みを隠せていない。

そう、この二人は学生では無い為に約束に含まれず、かといってその約束を揉み消せば生徒達が不満を持つだろうと、今日まで対処出来ずに手を拱いていたのである。

結局当日までどうする事も出来ず、元次が優勝する事に賭けていた千冬と真耶だが、そこから降って湧いた最凶ペアの組み合わせに、二人は心から喜んだ。

この組み合わせが正式に優勝すれば、誰も文句を付け様が無い。

加えて、元次のペアであるラウラには心配する必要が無いのも、二人的にはありがたい誤算だった。

ラウラは他の女子と違って、元次と一夏に興味を持っていない。

だからその約束を知っても、付き合う事は絶対に無いと言い切れるからだ。

 

「それにしても、元次さんは本当に手を出さないつもりなんでしょうか?このままボーデヴィッヒさんが負けてしまえば、元次さんも一人で戦う事になるのに……」

 

「まぁ、理由はどうあれ選択事態は間違っていない。ボーデヴィッヒは、初めから自分側を複数とは考えていないからな。共に攻撃したとしても、コンビネーションが取れず、最悪フレンドリーファイヤも考えられる」

 

「確かに、何の事前練習もして無い上に、仲が険悪な二人が共に戦うよりは、今の個別の方が力を出しやすいですし……」

 

そこで言葉を切って、千冬からモニターへと視線を移した真耶は、左右からの攻撃をワイヤーと実弾砲、ブレードを駆使して捌くラウラの姿を見る。

中距離で射撃しようとしたシャルルがワイヤーで飛ばされ、援護の無くなった一夏を殴り飛ばし追撃を掛けるが、立て直したシャルルに襲われて距離を取る。

攻めきれてはいないが、二人分の攻撃を凌ぎながらも随所で反撃するのは見事だった。

 

「それでもやはり、ボーデヴィッヒさんの実力は群を抜いてますね……」

 

「……」

 

改めて確認する真耶だが、千冬は敢えてその言葉に同調しない。

昔から変わりが無さ過ぎる教え子に対して、千冬は呆れを含んだ表情を浮かべる。

 

「(変わらんな……力は、強さは攻撃力と同一のものだと思ってる……それに気付かない様では――それに気付いている一夏には、勝てんぞ?)」

 

『『『『『ワァアアアアアアアアアアアアア!!!』』』』』

 

と、この先の展開を予測していた千冬の耳に、観客席の歓声が飛び込んできた。

既に試合開始から十分以上が経過しているのに、試合内容は白熱する一方なのだから、それも当然の事である。

ましてや未だに第一回戦。

初っ端の段階でこれだけの試合内容を見せられては、興奮するのも仕方無い話だ。

そして、モニターの向こうでも、新たな動きが展開されている。

 

「織斑君とデュノア君、決めにいくみたいですね。二人の動きがかなり攻撃的になってきてます」

 

「ボーデヴィッヒを倒した後には、鍋島が控えているからな。自機のエネルギーを少しでも残した状態で、確実に倒したいんだろう」

 

「ですね。デュノア君はガルムとレッドバレット以外はまだあまり使ってませんし、織斑君もここまでで零落白夜を一度も展開していません」

 

「全ては最後に戦う鍋島戦の為の温存作戦……だが、余りそれに拘って悪戯に時間を浪費すると、後がドンドン厳しくなるだろうな」

 

「え?どういう事ですか?」

 

真耶としては、最後の元次戦の為に力を温存する作戦は決して悪い物では無いと思っていたが、千冬はそこに少し指摘を加える。

時間が経つ事で、別に一夏達の不利が起きる要素は無い筈だが、千冬は時間が経ってしまう事が駄目だと言う。

まるで、何かにタイムリミットがあるかの様に。

モニターから目を離して可愛らしく首を傾げる真耶に、千冬は苦笑しながら口を開く。

 

「アリーナの端の様子を見てみると良い」

 

「え?……あー……」

 

千冬の言葉に更に疑問を持ちながらも画面を見てみれば、真耶も漸く千冬の言わんとしてる事を理解して、苦笑いしてしまう。

 

「……凄ーく良い顔してますねー元次さん……」

 

彼女が見つけたモノ、それは戦っている3人を見て、物凄くイイ笑顔を浮かべている元次の姿だ。

もうなんというか、大好物の前で「待て」をされ過ぎて我慢の限界に近い大型犬としか言い様が無い。

 

「アイツは怒らせない分には大人しい、と思われがちだが……アイツの性根は、喧嘩が大好きでな。大方自分の予想より強くなった織斑を見て、血が滾っているんだろう」

 

「あ、あはは……それなのに待たされてるから、戦いたい欲求が更に焦らされて、もっと興奮しちゃうっていう……悪循環ですかね?」

 

「ふむ。まぁつまり時間を掛け過ぎると、鍋島の抑え込んでいた昂ぶりの爆発度合いが大変な事になるだろう、という事だ」

 

「織斑先生の言葉の意味、良く分かりました」

 

心の中で、二人ともー早くボーデヴィッヒさん倒した方が良いですよー、と念を押しながら、真耶は再び元次へと視線を送る。

腕を組んでアリーナの壁に寄り掛かる元次の顔は笑顔に染まっているが、同時にかなりの威圧感をも生み出している。

IS操縦者の中でも規格外の体躯を有する元次の巨大なISも、そのボディにペイントされた炎の柄も、全てが得も言えぬ威圧感の塊だ。

真耶はそんな元次の姿を捉えて、少しばかり頬を染めながら、心の中でエールを送る。

 

「(口に出したら、先生として不公平ですけど……心の中でちゃんと元次さんの事、応援してますよ♪)」

 

そんな恋する女な真耶とは別に、千冬は画面に映る元次から湧き上がるヒートの青い炎を見て、また苦笑いしていた。

 

「(あいつめ、本当に楽しそうな顔をしおって……楽しむのは良いが、負ける事は許さんぞ)」

 

前もって約束した折に、一年なら誰にも負けるつもりは無いと自身満々に自分と約束した元次の姿を思い返しながら、千冬はモニターを見続ける。

そのモニターの向こうでは、一夏とシャルルが二人でラウラへと突貫した所が映っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「貴様如きが私に対して力を温存する等、身の程を知れ!!」

 

「ハッ!!お前よりもゲンの方が百万倍恐えからな!!こんなトコで全力なんて出せるかよぉおお!!」

 

ワイヤーブレード4本の縦横無尽な攻撃を、白式の加速性能を使って潜り抜けつつ、一夏はボーデヴィッヒに言葉を返す。

シャルルはガルムとレッドバレットを二丁撃ちしながらスライドする様に移動し、上手く実弾砲の照準を狂わせている。

横からの銃撃を避けつつワイヤーブレードを操るのは見事としか言い様が無えが、その先の攻撃へ移る事が出来ない。

確実にボーデヴィッヒの攻撃は封じられてるな。

 

「さてさて、ボーデヴィッヒはまぁもうすぐ潰れるとして……鬱陶しい視線だな、ったく」

 

俺は壁に寄り掛かったままで、サングラス越しに観客席の方を見る。

その先では俺を目の敵にしている女性権利団体の連中がゴミでも見る様な目で俺を見ているではないか。

他にも政府の女性政治家とかが、俺に敵意の視線を浴びせてる。

けっ、一夏にイチャモン付けたら千冬さんと束さんが恐えからって、一々俺に当たるんじゃねぇってんだよ。

……まぁ、見られてるだけでブッ殺そうなんてつもりは無え。

この先、俺か俺の家族に実害をもたらした時は……そん時こそ、死にたくなる程に後悔させりゃ良い。

今はこの試合に集中しねぇと。

気を取り直して3人の交差する場所に目を向けると、今度はAICに動きを止められたシャルルの姿があった。

しかしそのピンチも、ワイヤーの嵐を潜り抜けた一夏の接近攻撃によって終焉を迎える。

 

「何度も邪魔をしおって……ッ!!」

 

「そりゃタッグマッチだぜ?ペアで戦うなら、お互いをカバーすんのは当然だろ?」

 

最初の時の様に一夏の攻撃を迎撃するのでは無く、AICを解除して射程距離外に逃げたボーデヴィッヒは表情を歪めて一夏を睨む。

一方で一夏はそんなボーデヴィッヒのメンチを涼しそうに受け流してる。

普通なら二対一で何を偉そうにって言う所だろうが、一夏の言う通り、これはタッグマッチだ。

その利を生かすのは当然だし、逆に俺と一緒に戦うのを拒否したボーデヴィッヒの作戦負けってとこか。

 

「それに、パターンも掴めてきたよ……ボーデヴィッヒさんは、AIC以外の兵器はマルチタスクで器用に動かせても、AICを発動しちゃうと、実弾砲以外動かせないでしょ?」

 

一夏に続いて、シャルルも銃を構えたままにオープンチャネルでそんな事を言う。

ちなみに俺もシャルルの言った事は思った。

あいつはAICを使うと、実弾砲以外の兵器の運用が出来なくなってる。

やっぱ動きを停止させる様なハイテク兵器を使うと、それ以外の複雑な動きは出来ないらしい。

出来て単純な、実弾砲の照準操作と砲撃のみって訳だ……まぁそれでもタイマンじゃ充分に脅威な訳だがな。

実際にボーデヴィッヒがシャルルの指摘に苦い顔してる所を見ると、それは図星らしい。

しかし策士タイプのシャルルが折角得た情報をこうもあっさりバラすとは……もしかして動揺を誘ってんのか?

 

「じゃあ、シャルル……そろそろ決めようぜ」

 

「うん。じゃあ、お先に!!(ズドドドドドド!!)」

 

と、遂に一夏達はボーデヴィッヒを沈めに行く様だ。

二人で顔を見合わせて直ぐ、行動を開始し始める。

まず、先鋒には後衛をしていたシャルルが両手に持ったガルムとレイン・オブ・サタディを銃撃しながら飛び出し、その後を幾分か空けて一夏も動きだす。

 

「舐めるな!!(ギュイィ!!)」

 

しかしボーデヴィッヒもここまでくれば数の不利を視野に入れたのか、シャルルの後ろから迫る一夏を気にしつつ、シャルルをワイヤーと実弾砲で攻撃する。

シャルルに向けたワイヤーの数は、今までよりも増えて6本だ。

足のスラスターでホバリング移動しながら銃撃していたシャルルもこれには意識を集中しねえと駄目らしく、銃撃を止めて回避に専念していた。

 

「く!!(バキィ!!)うぁ!!」

 

「貴様は目障りだ!!大人しくしていろ!!(ギュウン!!)」

 

「うぅ……ッ!?」

 

しかし、さすがに乱れて迫る6本ものワイヤーには対処し切れ無かった。

途中回避に失敗したシャルルは機体に直撃を喰らい、レイン・オブ・サタディを落っことしてしまう。

そのまま絶妙のタイミングでボーデヴィッヒはAICを発動。

ワイヤーで仰け反ったままのシャルルを固定して、反撃も許さない状況へ持っていった。

 

「まだこっちの攻撃は終わって無いぜ!!」

 

そして、動きが止まったシャルルを影にして、一夏が飛び上がる。

シャルルの上をジャンプで飛び越した体勢からボーデヴィッヒへと、雪片を大上段に構えたまま向かう。

 

「間抜けめ!!AICを作動していても、貴様を墜とす事は出来る!!」

 

おっと……どうやら、一夏の奇襲を、ボーデヴィッヒは読んでたらしいな。

雪片を振り上げた状態の一夏に、ボーデヴィッヒはシャルルをAICで捉えたまま、実弾砲の照準を一夏へと向ける。

自分へ直線的に向かってくる相手に対してなら、AICを作動させたままでも捉える事が可能なんだな。

剣で斬るには遠すぎる距離で狙われた一夏だが、果たしてどうするのか――。

 

「やっぱりそうくるよ――なぁ!!(ブォオオオン!!)」

 

「な!?(ザシュ!!)し、正気か貴様……ッ!?」

 

「おぉ……マジか?」

 

そして、実弾砲で狙われた一夏の取った大胆な行動に、観客も俺達も目を見開いて驚く。

何と、一夏は己の最大最強にして唯一の武器である雪片を、『投擲』しやがった。

大上段に振りかぶった体勢から、まるでブーメランでも投げるかの様に身体全体をしならせての投擲。

その投擲によって雪片はクルクルと回転しながら飛び、一夏を狙っていたボーデヴィッヒの実弾砲の砲身にブッ刺さった。

……まさかアレで当てるとは思わなかったぜ。

 

バヂヂヂヂ!!

 

「ぐぅ!?チッ!!だがこれで、貴様にはもう武器は無――!!」

 

一夏の雪片が刺さった実弾砲がショートして火花を上げるが、ボーデヴィッヒはそれに構わず空の一夏に視線を送る。

両腕からエナジーブレードを出して、今正に降りてくる一夏へと迎撃態勢を取っていた。

 

「――じゃあ、『これ』は何だと思う、ラウラ?(ジャキッ)」

 

「ッ!?それは……ッ!?」

 

しかし、上空を向いたボーデヴィッヒを待ち受けていたのは、無防備な獲物と化した一夏ではなく……ショットガンを両手撃ちで構えた、狩人の様な一夏だった。

って、アレはシャルルの落としたレイン・オブ・サタディ……そうか、アンロックしてたのか。

試合中かその前かは分からねぇけど、シャルルは自分の武器の使用許可を白式に出していて、一夏はさっきそれを拾って背中に隠し持っていたって事になる。

しかも運の良い事に、一夏が構えてるレイン・オブ・サタディはショットガン。

距離が近くも遠くも無い中距離での射撃は、最も被ダメージがデカイ。

一夏がまだ武器を隠し持っていた事に目を見開くボーデヴィッヒだが、喧嘩中にそれはいけねえ。

 

「へへっ!!変則型、『飛翔乱撃の極み』ってなぁ!!!」

 

「(ズドンズドンズドン!!)ぐああぁああああ!!」

 

撃鉄が薬莢を叩き、大量のマズルフラッシュとペレット弾が発射され、ボーデヴィッヒの身体を蹂躙する。

元々そんなに弾丸が入って無かったらしく、3発撃った時点でレイン・オブ・サタディはカチン、カチンと弾切れを起こした。

……あれも維新に載ってた技か?……俺はまだちゃんと読んでねえが、良くこの二週間で幾つもモノに出来たモンだ……やっぱ剣との相性は抜群だな、兄弟。

しかしこれで本当に武器は無くなった一夏だが――。

 

「この距離なら、僕のとっておきをお見舞いしてあげる!!」

 

今度はAICから解放されたシャルルが、ボーデヴィッヒへと迫る。

しかも――。

 

ギュオォオオオ!!

 

「イ、イグニッション・ブーストだと!?貴様が使えるなどというデータは無かった筈だ!!」

 

「今初めて使ったからね!!データは毎日進歩するんだよ!!」

 

瞬時加速という、今まで見せた事の無い技能を使いながら、だ。

しかもシャルルの言葉を信じるなら、この戦いの中で瞬時加速の使い方を覚えたって事になる。

俺や一夏がヒィコラ言いながら必死になって覚えた技術を、シャルルは戦いの中で一夏が使っているのを見て覚えたんだ。

それがどれだけシャルルの技術が高いかを示している。

そして、シャルルは瞬時加速でボーデヴィッヒに肉薄している間に、右腕の実体シールドをパージした。

バシュウゥ、という排出音と煙の中から、守る為の盾に隠されていた『牙』が日の光に晒される。

 

 

 

オプティマスのセンサーに送られてきた武装は、単純な攻撃力だけなら第二世代型トップクラスと謳われた超々近接装備。

鈍色の塗装に、無骨にして雄々しい『杭』とリボルバー型の弾倉が融合した、愚直なまでに攻撃力のみを突き詰めた、牙突の牙。

どんなモノでも容易く貫いてしまうであろうその危険な代物の名は、六十九口径式パイルバンカー『灰色の鱗殼(グレー・スケール)

 

 

 

またの名を――。

 

「『盾殺し(シールド・ピアース)』だと……ッ!?」

 

守りすら容易く殺すという、不動の破壊力を物語る通り名だ。

 

「たぁ!!(ガゴォオ!!!)」

 

ハンマーコックがリボルバー内部の薬莢に渇を入れ――。

 

「(ズドォォオ!!!)あっ――がっ――!?」

 

爆発した薬莢が、敵の腹を食い破る勢いで、己が牙を突き立てる。

幾ら世代差があろうとも、グレー・スケールの攻撃力はその差を埋めてしまう。

その攻撃を受けたボーデヴィッヒの表情はこれ以上無い苦悶に染まっている。

……ここまでだな……約束通り、参戦させてもらうぜ?

等々約束の時が来た事を認識すると、体内を流れる血流が一気に加速した。

ドキン、ドキンと痛い程に鼓動を刻む心臓の音色……その理由は良く分かってる。

前にやった時よりも、格段に強くなっている一夏。

そして火力で言えば、俺が前に戦ったあの無人ISに匹敵する程に、そしてあの無人ISを上回る豊富な装備を使いこなすシャルル。

 

 

 

……あの二人と、喧嘩したくて、喧嘩したくて――堪んねぇんだ……あぁ――。

 

 

 

 

「これで――終わりだよ!!」

 

「ッ!!……くぅ……ッ!?」

 

バァン!!

 

――ガシィ!!

 

「ッ!?な――」

 

「……?……ッ!?こ、これは――」

 

 

 

――もう、我慢出来ねえ。

 

 

 

シャルルがボーデヴィッヒに止めをさそうとした、グレー・スケールの一撃。

俺はその間に割って入り、オプティマスの手でパイル部分をキャッチして止めた。

金と銀、その対象的な髪を翻す二人の少女は、互いに良く似た驚愕の表情に顔を染める。

会場の観客や、特に女性権利団体の連中は「信じられない」ってツラしてやがるぜ。

一方で、周囲に驚きを齎した俺は、口が裂けそうな程に吊り上った笑みを浮かべていた。

 

「選手交代だ……おっぱじめるぜぇえええ!?」

 

「ヤバイッ!!逃げろ、シャルルーーーーーーーーーッ!!!」

 

「ッ!?(グイ、グイ)ぬ、抜けない……ッ!?」

 

逃げろ?逃がす訳無えだろぉが!!

必死に俺の手からグレー・スケールを引っこ抜こうとしてるシャルルだが、それは一向に外れない。

そんな状態のシャルル目掛けて、俺は二人の間に割って入った体勢から、裏拳のアッパーを繰り出す。

 

「おらよ――っとぉ!!」

 

「(ドゴォオオオ!!)あ゛ぅっ!?」

 

その一撃をモロに……いや、若干威力を逸らして顎に食らったシャルルは一夏の居る後方へと吹っ飛んでいった。

俺の左手には、いまだにグレー・スケールが握られているのに、だ。

 

「ふっ――く、うぅ!?(ズザザァ!!)」

 

「シャルル!!大丈夫か!?」

 

「だ、大丈夫……じゃないかも……少し、景色が揺れてる……ア、IS装備なのに、おかしいな……」

 

「いや、ゲンのパンチをモロに食らっても意識がハッキリしてんなら、充分スゲエって」

 

一夏の元に吹っ飛んだシャルルは、器用に空中で体勢を立て直して、足で地面をスライドしながら一夏の傍で停止した。

その直ぐ傍に一夏が駆け寄ってフォローに入るが、一夏の手元には雪片が無い。ボーデヴィッヒのISに刺さったまんまだからだ。

 

「へっ。モロじゃねぇよ……シャルル、テメェ俺の拳が当たる寸前で、グレー・スケールをパージしやがったな?そこから後ろに加速した時に、俺の拳を受けてる……大したダメージにゃなってねぇ筈だ」

 

「いや……それでも、おかしな威力だったよ……今も景色がグワングワンって揺れてるからね」

 

そりゃ上手い事顎に当たって、脳が揺れてんだろ。

確かにどんな攻撃でも、ISの絶対防御のお陰で骨は死にはしねえが、そういった命の危険に直結しない怪我は後回しにされるからな。

っつうか、俺は今の一撃で頬をブチ抜くつもりだったってのに、寸前で打撃ポイントをズラされるとは……やっぱ最高だ。

俺は依然として笑みを保ったまま、グレー・スケールを明後日の方向に放り投げる。

 

「き、貴様……ッ!!余計な事を……ッ!!」

 

と、良い気分になってる俺に水を指す奴が役一名。

今の俺の乱入であわや撃墜判定が下る寸前だったボーデヴィッヒだ。

 

「約束通りだぜ、ボーデヴィッヒ。テメェの負けが確定したからなぁ……こっからは俺が楽しませて貰うぜ?」

 

「ふざ、けるな……ッ!!私は、まだ……負けては……ッ!!」

 

「ふざけるな?ふざけてんのはテメェだろーが。あのままシャルルの攻撃ドテッ腹に喰らえば、誰がどうみても撃墜判定が出てた……今のテメェが言ってるのは、只の強がり。ガキが駄々捏ねてるだけなんだよ」

 

「黙れ……ッ!!貴様に、指図される謂れは無い……ッ!!」

 

なるべく優しく、感情を荒立たせない様に喋る俺だったが、ボーデヴィッヒはそれに駄々を捏ねるばかり。

終いにゃ無理を押して立ち上がろうとしてやがる……あぁ、ったく――。

 

「『――ゴチャゴチャうるせえんだよ、テメェは』」

 

「ッ!?(ズン!!)ぐ!?か、あ、あぁ……ッ!?」

 

俺は前に出会った名も姿も知らない女子に使った時より『強力』な威圧を、言葉と眼力に乗せてボーデヴィッヒに叩きつける。

このレベルの威圧ってのは、生で見て俺と対峙したのが普通の生徒なら、泡吹いて痙攣気絶する程に強力だ。

しかし、今俺と対峙してるのはボーデヴィッヒだけなので、安心して使える。

他の女の子達はさすがに観客席からじゃ、ビビりはしても気絶はしねぇだろう。

俺と対峙してる当のボーデヴィッヒはと言えば、両足を地面に付けた正座の体勢で、俺の事を震える目で見てた。

……一夏に……心から倒したいと思ってた奴に負け掛けて、俺の威圧を浴びて、心が折れかかってやがる。

それを認めたくない、認められないから、こいつはまだ負けてねえと言い張るのか?

威圧する俺を理解出来ないと言いたげに震えながらも睨むボーデヴィッヒに、俺は溜息が出そうになった。

 

「『テメェが何に対して意固地になってるのか、なんて興味もねえが……まだ負けてねえって思うんなら、テメエの足で立って、勝手に参戦しな……それが無理なら、そこで大人しくしてろ』」

 

俺はそれだけ言って、シュヴァルツェア・レーゲンの実弾砲に刺さってる雪片を引っこ抜き、ボーデヴィッヒに背を向ける。

 

「ぐ、くそ……ッ!?何故だ……何故動かない……ッ!!」

 

背後から聞こえるボーデヴィッヒの声を無視して、俺はこっちにファイティングポーズを取っている一夏、膝立ちのシャルルを見やった。

一夏は緊迫した表情ながらも、しっかりと構えて俺を見据えているが、シャルルは冷や汗をドップリと掻いているではないか。

良く見ると一夏もシャルルよりは量は少ないが、汗を垂れ流している。

 

「『何だ?これから楽しい楽しい喧嘩の始まりだってのに、二人してそんなツラしやがってよぉ』」

 

やる前から引け腰になってんじゃねぇだろうな?頼むから勘弁してくれよ。

 

「……そりゃ、お前がオープンチャネルでそんな声出せば、嫌でも汗掻くっての。観客席の皆だってビビってんじゃねぇか」

 

「は、はは……ぼ、僕、今まで元次がISに乗って戦うのは見てたから、理解してたつもりだったけど……対峙するのは、全然違うんだね……まるで、心臓を鷲掴みにされたみたい……」

 

「『あん?……おおっ、そうだったな。忘れてたぜ……まぁとりあえず、コレは返しとくぞ』」

 

そういやこの会話は観客席どころか、世界中に生中継されてるから、テレビ見てる全員に届いてるんだっけ。

いやはや、すっかり失念してたぜ。

まぁ、女性権利団体の奴等が俺に恐れてブルブル震えてんのは良い気味だがな。

一応ボーデヴィッヒに言葉を投げ掛けた時よりも威圧は抑えてるから、まだ一夏達は大丈夫なんだろうな。

自分の行いを少しだけ反省しつつ、俺は肩に担いでいた雪片を一夏に向かって投げ渡す。

雪片は軽い放物線を描きながらクルクルと回転し、最後は一夏の目の前の地面に刺さった。

一夏は俺の挙動を注意深く観察しながら、地面に刺さった雪片を引っこ抜いて正眼に構える。

 

「『おいおい。ンなに注意深くしなくても、取って食いやしねぇよ』」

 

「良く言うぜ。そんな台詞は鏡で自分の顔を見てからにしろよ、兄弟……もう待ち切れねぇって顔してるじゃねえか」

 

「『あぁ、顔の事は気にしねえでくれ……散々待ち侘びたから、中々元に戻んねーんだ』」

 

一夏に言われずとも、自分の表情くらい良く判ってる。

吊り上がった口元が全然元に戻んねーんだもんな。

首を左右に捻って骨を鳴らしながら、俺は冴島さんに習ったファイティングポーズを取り、『猛熊の気位』を発動させる。

俺が本格的に構えを取ると、シャルルもハッと意識を戻して、ガルムとヴェントを2丁同時に構える。

 

「『さぁ……喧嘩は漢の華だ!!いっちょ派手に咲かせようぜぇ!!!』」

 

「ッ!?気を付けろよシャルル!!ゲンは最初っからカッ飛ばしてくるからな!!」

 

「うん!!元次とは初めて戦うけど……手加減無しだからね!!」

 

「『ハッ!!上等だゴラ!!手加減なんかしやがってみろよシャルル!!――ブッ殺してやるからよぉおおおおお!!!』」

 

バァアアアアアアッ!!

 

俺の怒声を合図に、世界で3人の男性IS操縦者(表向き)は其々動き出した。

シャルルは半円を描く様に俺の外周を周り、ガルムを乱射してくる。

しかし、その乱射も直ぐに止んだ。

理由としては、俺の向かう目的地に、シャルルのパートナーが居るからだ。

 

「おぉおおおおおおおお!!!(ドォオオオオ!!)」

 

俺の向かう先、そこは零落白夜を展開した一夏が、俺に向かって瞬時加速で突っ込んでくる姿がある。

触れたら即大ダメージの零落白夜の振り下ろし。

勿論素直に当たってやる義理はねぇし……俺だってちゃんと練習してんだぜ?

 

「『スゥ――ラァアア!!(バババババァアア!!)』」

 

気合の雄叫びと共に、今まで噴射していたブースターのエネルギーをスラスターに取り込み直し、より爆発的な推進力を得る。

おっしゃぁ!!瞬時加速、バッチリ成功だ!!

 

「な!?お前もかよ!?」

 

「『ハッハッハァアアア!!イグニッション・ブーストはてめえだけの特権じゃねぇんだよ!!』」

 

多分、一夏の中で予想していたよりも俺の到達が早くなってしまったんだろう。

振り上げられた雪片は、かなり至近距離に俺が居るにも関わらず、振り降ろされる事は無い。

一夏のことだから多分、何が何でも先制攻撃を取ろうとしてたんだろうが、こうもタイミングがズレちゃそれも厳しいだろ。

 

「一夏!!離れて!!」

 

ここでシャルルがガルムを構えて一夏にオープンチャネルで指示を飛ばすが、残念な事に俺達は瞬時加速中なんだ。

もうほぼ間合いに入っちまった段階でのゼロ距離停止も、回避も出来ねえ。

なら、俺が取る選択肢は?

 

「『――だりゃぁあああああああああああ!!』」

 

「(ズドォオオオ!!)ごはぇっ!?」

 

真っ向から叩き潰す!!これっきゃ無えだろ!!

一夏が雪片を振り下ろすより先に、俺は飛行で前のめりになっていた身体を曲げて、一夏に加速を充分に乗せた飛び膝蹴りを叩き込む。

自分の速度+俺の速度=食事を吐き出しそうな程の衝撃を喰らった一夏は、身体をくの字に曲げて浮き上がる。

だが、生憎この技は『連撃技』なんだよ!!

飛び膝蹴りをモロに喰らって目の前で滞空する一夏に対して、俺は振り上げていた両手をハンマーの様に組んで、振り下ろす。

 

「『どるぁ!!!』」

 

「(ゴズ!!)がふぅ!?」

 

更に地面からバウンドして戻ってきた所にぃいいい!!

 

「『――おぉるぁああああああああああああ!!』」

 

「(ドゴォオオオオ!!)おぐぁあ!?」

 

今度は下から掬い上げるダブルハンマーアッパー!!

これぞ、冴島さんから習ったパワー系のフィニッシュブロウ、『連撃 錬気三段』だ。

パワー系統の俺が持つ連続技の中でも、極めて汎用性に優れる上に、ダメージもかなりデカイ。

 

「(ドザァ!!)げは!?あ、が、はぁぁ……ッ!?」

 

ダブルハンマーアッパーで吹き飛ばされた一夏は、腹を抑えた体勢で膝立ちになる。

だが、エネルギーを無駄に消耗しない為に、零落白夜は一旦解除してるのは凄え。

多分あの勢いだと、絶対防御突破したんじゃねぇか?

だが、こりゃ試合だ……キチッと戦闘不能になるまで叩きのめさねえとな。

膝立ちの体勢で動く事もままならない一夏の顔面目掛けてサッカーボールキックを――。

 

「それ以上はやらせない!!(ドババババババ!!)」

 

「(ガガガガガ!!)『うお!?ちっ、自分から距離を詰めて来やがったか!!』」

 

「今の位置なら、一夏を巻き込む心配も無いからね!!やられた一夏の分も、鉛のデザートをたらふくご馳走してあげるよ!!」

 

「『うおっと!!そう何発も喰らって堪るか!!』」

 

一夏を蹴り飛ばす寸前で距離を詰めながら射撃してきたシャルルに阻まれ、俺は銃弾の嵐から逃げる様に回避する。

『猛熊の気位』発動状態の俺+ISのシールドエネルギーなら、ボーデヴィッヒみたいに銃弾をガードする必要も無えが、シールドエネルギーは普通に減ってしまう。

ISの試合はシールドエネルギーをゼロにした方が勝ちだから、自分の耐久性に頼って何時の間にかエネルギー切れなんて事態は避けなきゃならねえ。

最初の立ち位置位まで距離が空いたので、俺はストライカーシールドを呼び出して、銃弾をガードしていく。

この距離でシャルルの弾切れの隙を伺うが、シャルルのガルムは一向に看板(弾切れ)になる気配は無い。

いや、あったとしてもラピッドスイッチで直ぐに切り替えられちまう……ええい面倒くせぇ!!

 

「『こうなりゃ強引にいったらぁあああ!!(ボォオオオオオ!!)』」

 

ストライカーシールドで銃弾を防いだままに、ブースターを吹かしてシャルルへ突貫する。

よく見たら一夏も起き上がろうとしてるし、何時迄もこのまんまじゃ埒が開かねえ。

多少強引でも、あの二人に近づかねえとな。

 

「あ、相変わらず無茶苦茶するね!!でも!!」

 

ストライカーシールドを構えたままという、所謂一つの巨大な塊となって進む俺に、シャルルが見覚えのある武器を構える。

通常の銃よりも遥かに大きな口径で、弾倉は六連式のリボルバータイプ……ってあれはリュシエールじゃねえか!?

真耶ちゃんの使ってた六連装グレネードランチャー、リュシエールは、突進する俺に向かって不気味な大口を向けている。

ヤベェ!!横や後ろじゃ爆風にモロ巻き込まれる!?じ、じゃあ――。

 

「これなら寧ろ、的が大きくて当てやすいよ!!」

 

考えてる間にも、シャルルはグレネードを放とうとトリガーに力を加えていく。

射撃武器のコールも間に合わねえなら――これだ!!

 

「『そらあぁ!!』(ドカァ!!)」

 

俺はシャルルがグレネードを撃つ前に、ストライカーシールドを『蹴り飛ばして』シャルル達に飛ばした。

 

「ッ!?おっと!!」

 

「うお!?危ねえ!!」

 

しかしそれはシャルルだけじゃなく、起き上がった一夏にも軽々と避けられちまう。

だが、それで良い。少しでもあの二人の注意が引ければな!!

 

「ゲ、ゲンは何処に!?」

 

「一夏、上だよ!!」

 

「んな!?」

 

シールドを蹴飛ばした瞬間に上へと跳躍した俺だが、シャルルには捉えられていたらしい。

二人の上を放物線を描きながら飛ぶ俺に、シャルルはグレネードを放つが、それはギリギリ俺に当たらず明後日の方向へ飛んで行く。

だが、俺も既に片手装備の大型イオンレーザーブラスターの『LON BLASTER』を展開済みだ。

 

「『シッ!!』(ガゥンガゥン!!)」

 

「くそ!?」

 

「は!!」

 

宙を舞いながら射撃したレーザーだが、上手い事当たる筈も無く、一夏は急いで後退し、シャルルは俺と交差する様に宙返りしながら武器を入れ替える。

このままだと挟み撃ちされると考え、もう一丁のイオンブラスターを展開し、二丁撃ちの体勢を取った。

 

「『おぉお!!』(ババウ!!バウ!!)」

 

「く!?ハァ!!(ババババ!!)」

 

後に飛んだシャルルより先に着地して体勢を整えた俺は横移動しつつ、空中に滞空中だったシャルルに射撃を繰り出し、二発ほど脚に当てる事に成功。

しかしシャルルも黙ってやられる筈も無く、ラピッドスイッチで入れ替えたヴェントの射撃を繰り出す。

ちっ!!やっぱ射撃はシャルルに一日の長があるな!!

連射しても3発に1発といった具合の俺とは違い、シャルルはほぼ確実に当ててくる。

 

『警告。後方から迫り来る機体を感知。至急回避行動を』

 

「後ろががら空きだぞ、兄弟ぃ!!」

 

オプティマスのハイパーセンサーが警告を飛ばすと同時に聞こえる一夏の声。

雪片を突き出した構えで突撃してくるが、ンなもん気配で判ってんだよ。

 

「『甘えんだよぉ!!うるぁ!!』」

 

「(ガゴォ!!)うわ!?」

 

右斜めから繰り出された奇襲突撃を、イオンブラスターを握ったまんまに右手の裏拳でいなしながら背中向きに回転。

放った裏拳が一夏の後頭部を叩き、回転した力で俺と一夏の位置が入れ替わる。

俺が後ろで、一夏が左前に出るって形だ。

そのまま無防備な背中を晒す一夏に、後ろから左手のイオンブラスターでゼロ距離射撃を見舞う。

 

「一夏!!離脱して!!」

 

「『無料(タダ)で逃がすかってんだ!!』(ババウ!!バウ!!)」

 

「(ドドン!!)が!?ちくしょお!!(ドォオオオ!!)」

 

俺にフルオート射撃を浴びせていたシャルルだが、射線状に一夏が現れたので一旦銃撃を止め、一夏に指示を飛ばす。

一夏は悔しそうにしながらもシャルルの指示に従い、俺から急加速して離れようとする。

シャルルの邪魔にならない様に俺の背中側へ回って空へと逃げようとする一夏に、身体を回しながら続けて右手のブラスターで連続射撃を浴びせていく。

 

「(良し!!一夏が射線からズレた!!今の元次はガラ空き――)」

 

勿論、シャルルが一夏に攻撃して隙を晒してる俺を撃とうとするのは当たり前だよな?

俺はそれも込みで、イオンブラスターを二丁展開してんだからよぉ!!

現在、俺は背中側に回って逃げた一夏に追撃の射撃を浴びせていたので、体勢は一夏とシャルルに横合いから挟まれた状態だ。

だから、『右手』のブラスターは『一夏』へ、『左手』のブラスターは『シャルル』への対応に回している。

一夏を撃ちまくっていた右手のイオンブラスターはそのままに、身体を半身だけ回転させてから左手のブラスターをシャルルへ合わせる。

更に、イオンブラスターの第二機能である強化弾モードを起動させた。

 

「『――(ニヤッ)』(ガチャン!!)」

 

「ッ!?しま――」

 

ブラスターを少しだけ持ち上げてトリガー部分のセレクターを入れ替えると、『ガチャリ』という起動音と共に銃身のバレルが一部開く。

俺の動きが二人に同時対応するものだと気付いたシャルルは顔をハッとさせるが、もう遅え。

 

ドォオ!!

 

けたたましいマズルファイヤーと共にブラスターから吐き出された大型強化弾は、回避しようとしたシャルルの胸元へ吸い込まれる様に飛び込んだ。

 

「(バゴォオ!!)うあぁあ!?」

 

恐らく空へ飛び上がろうとしていたであろうシャルルは、強化弾の衝撃に踏ん張りが効かず、両手のガルムとヴェントを落として後ろへと吹っ飛ばされていった。

うし!!これでシャルルの銃撃が止んだな!!

まだ一夏も空へ上がったままで、直ぐには追撃してこねーだろう。

ふと残存エネルギーに目を向けると、現在の残りエネルギーは4322と出ている。

チッ。かなりシャルルの銃撃を貰っちまったし、最初の瞬時加速のエネルギーが響いてるな。

なら、先に全距離対応出来るシャルルを潰すとすっか!!

両手に握ったイオンブラスターを収納しながら、俺は飛んでいったシャルルへと向かって行く。

吹っ飛ばしたは良いが、シャルルに距離を取られると面倒くせえからな。

ボーデヴィッヒの時みてーに、一夏と遣り合ってる最中に横槍を入れられちゃ堪んねえ。

 

「う、あぁ!!(ズザザザザ!!)」

 

シャルルも何時迄も吹っ飛ばされる筈が無く、空中でクルリと回転して体勢を整え、地面に脚と腕を付いて勢いを止めるが、既に俺はシャルルの目の前で拳を振り下ろす体勢に入っていた。

 

「『うおらぁ!!』(ブオォン!!)」

 

「ッ!?ハァッ!!(ガギィイン!!)わッ!?――お、重いなぁ……ッ!!元次とは……インファイトなんてしたくなかったんだけど……ッ!!」

 

俺のパンチをラピッドスイッチで取り出したブレッドスライサーで何とか受け止めたシャルルだが、拳の威力が予想外だったのか、苦悶の表情を浮かべる。

何ならもう1発喰らってみろや!!

更にもう片手で追撃を出そうとする俺だが、そんな俺に対して、シャルルは口角をニヤリと吊り上げる。

 

「でも、捕まえたよ!!(キュイン!!)」

 

「『ぬ!?』」

 

ここでシャルルは、ブレッドスライサーから片手を離してラピッドスイッチを使い、空いた片手にレイン・オブ・サタディを出現させて、俺の腹に向ける。

1発撃ち込めば、俺の腹にフレショット弾かスラッグ弾のどっちかが炸裂する事だろう。

……どうやら、俺はまんまとこの策士の策に溺れちまったらしいな。

完全に俺の腹に押し当てないのは、ISの銃火器に備え付けられてる安全装置が発動しない様にだろう。

銃を密着させた状態で放てば、下手すると内部機構がイカれちまうらしい。

特にフレショット弾なら、銃身にペレットが詰まっちまうからな……安全装置発動させる為に俺から押し当ててみるか?

そんな俺の思考を先読みするかの様に、シャルルはニコリと微笑む。

 

「悪いけど、安全装置なんて発動させないし、入ってるのは『熊を仕留める』スラッグ弾だから……それに、僕だけじゃないしね♪本日の天気は晴れ、所により――」

 

「――剣が降るでしょう!!」

 

シャルルの言葉を引き継いで、頭上から雪片を振り上げつつ、一夏が奇襲を仕掛けてくる。

しかも瞬時加速+零落白夜の超・攻撃型コンボでだ。

これで頭上と下を挟まれた形になり、シャルルのショットガンを塞ぐ間も無くなった……やれやれ。

 

「『……まったく、イイ性格してやがるぜ』」

 

「「それはどう――も!!!」」

 

俺の言葉に呼応して言葉を返すと同時に、シャルルのレイン・オブ・サタディが火を噴き、一夏が雪片を振り下ろす。

こうなったら零落白夜のガードが優先!!シャルルはダメージ覚悟で後回しだ!!

 

ドゴゴォオオオ!!

 

『腹部直撃、残存エネルギー4110』

 

頭上の一夏へ思考を向けると、腹に今日喰らった中で一番の衝撃が2度炸裂した。

『猛熊の気位』を発動してる俺の腹に響く一撃……中々のモンだが――。

 

「『ふんッ!!――ガァアアアアアアアアア!!!』」

 

「う、嘘!?スラッグの連続直撃で体勢が崩れないの!?ゼロ距離なのに!?」

 

「やっぱ兄弟には効かねえか!!でも、これはどうだぁあああああ!!(ブォン!!)」

 

俺を止めるにゃ、ちとパンチが効いてねえなあ!!

獣の様な雄叫びを挙げながら普通に動く俺を見て、シャルルは驚愕に目を見開くが、一夏は攻撃を続行する。

長い付き合いなだけあって、俺がこの程度で倒れねぇのは折り込み済みなんだろう。

だが、俺もテメエに対応する為にシャルルを放置してんだよぉ!!

空いていた右手を下から振り上げつつ、俺はエナジーアックスを呼び出して、雪片と交差させた。

 

ギィイイイインッ!!!

 

「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!(ギギギギギギギギ!!!)」」

 

一瞬にして体中に降り掛かる、膨大な負荷。

頭上から瞬時加速の速度を乗せて振られた雪片の一撃は、途轍も無い威力を誇っていた。

ましてや俺の方は振り回すのも難しい大振りな超重量のエナジーアックス。

普通なら片手で振り回して拮抗してるのがおかしい話だろう。

だが、忘れてんじゃねぇだろうなぁ一夏?

テメエの白式が他を寄せ付けない速度特化のISなら――。

 

「『――おっらぁああああああ!!!』(ガキィイイイイ!!)」

 

「どわぁああああああ!?」

 

「一夏!?」

 

俺のオプティマス・プライムは、超・パワー特化なんだぜぇええええ!!

誰が見ても不利な体勢から、剣だけで無く白式自体を吹き飛ばした事に、下に居たシャルルが悲鳴を挙げる。

それも束の間の事であり、シャルルは直ぐに俺を睨んで、レイン・オブ・サタディを顔面に向けてきた。

ならばと俺は、顔面に向けられたレイン・オブ・サタディに、額をぶつける。

こうすれば安全装置が働いて、撃つ事も出来なくなるよなぁ!!

 

「ッ!?く!!」

 

当然、それを確認したシャルルはレイン・オブ・サタディを少しだけ離してトリガーに力を掛ける。

 

「『それを待ってたぜ!!』(ガシィ!!)」

 

「(ドゥン!!)な!?」

 

その瞬間、俺はエナジーアックスから手を離して、レイン・オブ・サタディの銃身を掴み、銃身を顔面からズラした。

驚きに声を挙げるシャルルへニヤリと笑みを浮かべながら、俺は掴んだ銃身を今度は下へズラす。

 

「『はぁ!!』」

 

「(バゴォ!!)うわ!?」

 

ズラした銃身を膝で蹴り飛ばすと、レイン・オブ・サタディはシャルルの手からスッポ抜けてシャルルの背後へと飛んでいった。

更に銃を蹴り飛ばした際の衝撃で体勢を崩した無防備なシャルルに、俺は容赦無く追撃の手を掛ける。

見せてやるよ!!俺が神室町で師事した人から教わったヒートアクション!!

相手の体勢が更に下向きへ崩れた所へのぉおおおおお!!

 

「『――でいぃいいやぁああああ!!!』」

 

「(ドグシャァアアア!!)あぁあああああああ!?」

 

溜めを作った、重厚な前蹴りで顔面を蹴り飛ばしてブッ飛ばす!!

地面を五度、六度と派手にリバウンドして吹っ飛んでいくシャルルを見ながら、俺は蹴り足を降ろす。

 

「『……フウゥゥ……『古牧流・火縄封じ(長筒飛ばし)』……わりぃな、シャルル……IS装備なら銃なんか向けられても、別に怖か無えんだよ』」

 

ついこの間、死ぬ気で訓練した末にある人から教わった技名を言いながら、俺は大きく息を吐き出す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「いやいやいや!?幾らIS装備でも顔に銃向けられたら普通ビビるでしょ!?頭の螺子が2,3本ブッ飛んでるんじゃないの!?」

 

元次が常識外れな事をのたまったのに合わせて、一般生徒や来賓客とは隔絶された観戦席に居た少女が、スピーカーから聞こえた言葉にツッコミを入れる。

毎度お馴染みの扇子には『この男、予測不能』と達筆で書かれていた。

少女の言葉は確かに常識ではあるが、あの男、常識から逸脱した訓練をしている。

故に少女の言葉は、正に『馬の耳に念仏』状態である。

先程参戦してから豪快に、それもたった一人で戦況を引っ繰り返し捲ってる元次に、女子生徒は顔を盛大に引き攣らせる。

彼女の側に控えていた本音の姉である虚も、開いた口が塞がらない様であった。

 

「あー、もー!!私もあの時から今日まで毎日厳しい特訓してきてるのに、何で差が詰まって無いのよ!!それどころか開いてるってどういう事!?」

 

憤慨しても差は縮まらないのだが、彼女としては叫びたくもなる。

何せ最初に元次の話を聞いた時の『ヤマオロシ撃破』という戦績の時点で心が挫けたというのに、ソレにもめげずに修行してきたのである。

それは偏に、学園最強を名乗る僅かなプライドと、あの力が此方に向いても抑えきれる様にという責務の為だ。

しかし今度はクラス対抗戦で謎の無人機の襲撃があった時、更に元次の人外ぶりをまざまざと見せつけられて完全に心が折れた。

「もう最強の称号は彼に譲っても良いんじゃないか?」と諦めたが、彼女の使用人である虚の説得と、自らの『実家』からの命令に何とか立ち直った。

実家の人間達も元次の非常識さをビデオで見て、「あれ?コイツ人間じゃ無くね?」と思ったが、それでも何とか抑えこんで欲しいと、命令という形の懇願を取った程である。

普段は厳格な家の者達が弱り切った表情で頭を下げるのを見て、もう一度頑張ろうというタイミングで、更なる成長を見せつけられた。

これでは少女がキレても仕方無いであろう。

 

「うー……一体何処でどんな鍛え方したらああなるのよぉう……虚ちゃ~ん。彼の新しい情報はある~?」

 

「は、はい……本音から、何とか聞き出しました」

 

完全に不貞腐れてヤル気を無くした少女だが、虚はそれを咎めない。

寧ろ咎める事は出来ないと理解しているのだ。

彼女の必死な努力を、元次はたった一度の試合で全否定してしまったのだから。

今まで彼女の厳しい修行を見守ってきた虚には、落ち込む少女を咎める事は出来なかった。

ここで虚から妹である本音の名前が出てくるが、これには複雑な事情がある。

実は本音は、最初は元次に無邪気に近づいたのでは無い。

彼女の主である家の命令で、元次の人と成りを観察する様に命じられていたのだ。

だが、元々心優しい少女である本音は、この命令に乗り気では無かった。

しかも共に過ごしていく内に本気で惚れてしまったのだから、尚の事報告は極力しなかった。

だが、彼女の家が仕えている実家からの命令。

それは下手をすれば自分の親が叱責の対象になってしまうという事は、彼女も重々承知している。

だからこそ、取り分け元次の戦闘力についてだけは、本音もキチンと報告していたのだ。

しかし、本音にとっては嬉しい事が一つだけあった。

それは彼女の親が仕える実家からであり、元次の調査を今回限りで打ち切って良いとの事だった。

彼等は、もしもこの事が元次にバレた時に、その戦闘力が自分達に牙を向く可能性が有る事を、本音からの報告で悟った。

鍋島元次という人間は、決して損得勘定で意志を曲げる事が無い。

自身の感情を優先し、自分にとっての悪と断ずれば、相手が誰であれ牙を向く、正に野生の獣そのもの。

幾ら使用人であるとはいえ、嫌がる少女を使って情報を集めさせていたのだ。

例えかなり友好的に過ごしている本音が止めようとも、その怒りの炎が鎮火する頃は、自分達が滅ぶ頃だと。

 

「本音から聞いた話ですと……鍋島君は、2週間前に東京の神室町に赴き、ある人から訓練を付けてもらったそうです。その時に技を2つ程教授したと……」

 

「……え?……たった一日だけで?それだけであんなに強くなっちゃったの?」

 

虚の報告に「嘘でしょ?」という思いをたっぷり乗せて聞き返すと、虚は首を左右に振って彼女の言葉を否定する。

 

「――凡そ、半日だそうです。その後は……本音と……デ、デートを……していたそうですから……」

 

「……フ、フフフ……私、今日から訓練メニュー、3倍にするわ」

 

言い辛そうな虚からの報告に、少女は力無く笑って、椅子に深く座り込んでしまう。

正しくは鈴の父親である維勳の居所を知る為に、地下闘技場で戦った時の経験もあるのだが、二人は知る由も無かった。

 

「ハァ……ちなみに、その訓練付けてもらったお師匠さんの名前は?」

 

彼女は椅子に深く凭れたままに、目だけ向けて虚に最後の質問をする。

その質問を聞いた虚は、自分で作ったファイル表の彼方此方に視線を向けて、探していた項目を見つけた。

 

 

 

 

 

「えぇと……『古牧 宗太郎』さんと仰る方だそうです」

 

「古牧……聞いた事無い名前だけど……あの鍋島君を鍛えられる人が、普通な訳無いのかしら……」

 

 

 

 

 

様々な武術を嗜む彼女でも、元次を鍛えた者の名前は聞いた事が無かったが、それも仕方無い。

何故ならその男は、表では活動を遥か昔に止め、現在は神室町の地下格闘技場に偶に出没する程度であるからだ。

しかしその実力は、伝説と謳われる『堂島の龍』が師事した程に、超が付く程の折り紙付き。

現在は地下格闘技場で、『格闘界の人間国宝』との異名が付く男であった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ふぅ、ヤバイヤバイ……古牧の爺さんの訓練で、生身の状態で改造エアガンを顔面に向けられたりしてなかったら、ビビッて銃なんか掴めなかったろうな。

残心を終えた俺の目前では、蹴飛ばされたダメージで起き上がれないシャルルが居る。

今なら追撃を掛けられる状態だが、それは相手が『シャルルだけ』ならだ。

 

「これ以上はシャルルを……やらせねぇぞ!!兄弟!!」

 

既に俺の目の前には、空から純白に輝く機体を翻して剣を構える一夏の姿がある。

シャルルを守る様に俺との間に割って入るその姿は、正に姫を守る王子様さながらだ。

やっぱ、兄弟は良いなぁ……どれだけブチのめしても、最後の最後の瞬間までは絶対に諦めねえ。

何時でも、どんな時でも……お前は自分で決めた事を諦めねえからな……。

 

「『へへっ。さすが兄弟だな。どれだけボコボコにしてやっても、闘志は微塵も消えちゃいねえ……それを無謀だとか罵るヤツも居るだろーが、その姿勢は……兄弟として誇らしいぜ?』」

 

地面に落としていたエナジーアックスを拾いつつ、笑みを浮かべながら言葉を発すると、兄弟もニヤリと笑って俺を見やる。

 

「へっ……お前に挑むって時点で、誰がやっても無謀になるだろ?……それに――」

 

兄弟は俺に言葉を返しながら、正眼に構えていた雪片を八相の構えに構える。

それはまるで、俺が最初の入学試験で対峙した千冬さんを彷彿させる様な構えだった。

一瞬ではあるが、兄弟の後ろに千冬さんの姿を見る程の……。

この土壇場において更なる成長を遂げている一夏を見て、俺はドンドンと自分の中の闘争本能が暴れだすのを感じ取った。

 

「俺には、『千冬姉を守れる男になる』って、兄弟より無謀な目標があるからな……だったらどれだけ無謀でも、無理だと決まる最後の瞬間まで、カッコ悪く足掻いてやらぁあああああ!!!」

 

一夏の言い放った言葉に、会場の誰もが騒然とするが、俺達には一切関係無かった。

その言葉を皮切りに、一夏は会場のざわめきなんて放置して、俺に向かって再度突進してくる。

俺はそんな兄弟の姿を見ながら、エナジーアックスを両手で持って構え――同じ様に笑う。

 

「『――ハ……ハッハハハハァ!!!ここで!!ここでそれを言うのか!?最高じゃねえか!!兄弟ぃいいいいいいいい!!!』」

 

「あぁ!!こんな最高の舞台で言わねえなんて、只のビビリだ!!――それじゃ『兄弟』にも、恥掻かせちまうからなぁあああ!!ぜぇあああ!!」

 

「『うおおおおおおお!!オラァアアア!!』」

 

ギィン!!

 

「ハァアアアアアアアアア!!!」

 

「『うるぁあああああああ!!!』」

 

ガギィン!!ギャリィ!!

 

袈裟、逆銅、小手、斬り上げ、突き、唐竹割り。

まるで映画の殺陣を演じているかの様な、素早く流れる剣戟。

それは一夏の雪片が発している零落白夜の光と相まって、相手である俺や観客に幻想的な蒼い剣の軌跡を魅せつける。

一方で俺のエナジーアックスは、大振りな武器なだけあって、一夏の連撃にギリギリついて行けてるってところだ。

しかしそんな中でも、俺と一夏は口元に笑みを浮かべていた。

楽しくて、楽しくて仕方が無えんだよ。

あの兄弟が、不敵にも全世界へ向けての生放送で、千冬さんを守れる男に――『世界最強』になるって宣言したのがなぁ!!

周りの音を置いて、只俺達の剣戟の音のみが鳴る中、俺達はひたすらに斬撃を叩き付ける。

あぁ畜生!!滅茶苦茶楽しいじゃねぇか!!これでホントに初っ端の一回戦かよ!?

体中のボルテージが上がって仕方無え!!血沸き肉踊るってのはこういう事を言うんだな!!

コイツと!!兄弟と喧嘩すんのがこんなに楽しいなんて……ッ!!

 

「うらぁ!!」

 

ズバッ!!

 

そして、遂に一夏の雪片が、俺のオプティマスの膝辺りの装甲を掠めた。

ホントに軽く掠めた程度だが、零落白夜の攻撃力は、ハッキリ言って馬鹿げてる。

 

『脚部損傷、残存エネルギー3680』

 

たった一撃掠めただけで、シャルルにもらったスラッグ弾2発分を超えちまうんだからな。

 

「うおおおおおおお!!!(ブォン!!)」

 

これを好機と見た一夏が、下がるか受けないとどうしようも無い胴斬り攻撃を繰り出してきた。

確かに少し体勢が崩れた所でこれは有効だが……まだ詰めが甘えぞ、一夏?

お前が成長してる様に……俺だって成長してるんだからな。

横から振りかぶって斬り付けてくる一夏に対して、俺はエナジーアックスの刃を地面に真っ直ぐ突き立てる。

その行動に少し顔を歪める一夏だが、押し切るつもりなのか、そのまま斬撃を放つ。

おし!!今だ!!

 

 

 

俺は、その突き立てたエナジーアックスに一夏の斬撃が当たった瞬間――。

 

 

 

 

「はぁ!!(ガギィイン!!)」

 

「『――ぬん!!』」

 

エナジーアックスを『支点』に、空中で『回転』した。

 

「な!?」

 

これに驚愕して目を見開く一夏を尻目に、回転が半分以上終わった段階で、地面からエナジーアックスを引っこ抜く。

地面に着地した俺は、一夏の後ろで横向きの体勢になり、そこからエナジーアックスを力いっぱい横向きに振るう。

慌てた一夏が雪片を防御に回すが――。

 

 

 

「『――剛剣!!猿返しぃいいいいいい!!!』」

 

「(ズバァアア!!)ぐあぁあああああああ!!?」

 

 

 

超重量を誇るエナジーアックスの一撃の前じゃ、防御なんて無意味だ。

その剛撃を叩き付けられた一夏は、悲鳴を残してアリーナの隅へと吹き飛んでいく。

 

『剛剣、猿返し』

 

これは古牧の爺さんに習った技では無くて、俺が普段から愛読していた『龍が如く見参』で天啓を得たヒートアクションだ。

本来は大太刀でやる技だが、重量のある刀剣類ならこの代用が効く。

 

「(ドガァア!!)ぐわ!?」

 

『『『『『キャァアア!!?』』』』』

 

と、剛剣、猿返しで吹き飛ばされた一夏は、アリーナの外壁では無く観客席を覆うシールドにぶつかって停止した。

それにはさすがに驚いて、観客席の中から悲鳴が挙がっている。

さぁ、こっから更に追撃をカマして――。

 

『警告。後方敵ISよりロックされています』

 

「『ッ!?うおっと!?(バグォオオオン!!)ぐぬ!?グレネードかよ!?』」

 

オプティマスの警告と同時に、俺の本能が打ち鳴らした警報に従ってその場を離れれば、そこには1発のグレネードが撃ち込まれた。

何とか間一髪で逃げ切れたが、あと少し遅かったら喰らってたぞ……危ねえ。

注意深く、緩みかけてた気を引き締めて発射地点を見れば、膝立ちの体勢でリュシエールを構えたシャルルの姿があった。

 

「ハァ、ハァ……まだ、終わってないよぉ!!(ドォンドォンドォンドォンドォン!!)」

 

「『グレネードの乱射たぁ、派手な事しやがるじゃねぇか、シャルルゥ!!』」

 

シャルルはその場から動かずに、俺に向かってリュシエールの残弾を全て撃ちだす。

俺は直ぐ様エナジーアックスを収納して、回避に専念する。

グレネード自体にホーミング性能は無いので躱すのは楽だが……シャルルがこんな無駄撃ちをするだろうか?

答えは否だ、その証拠に――。

 

「はぁあああああああ!!(ギュオォオオオ!!)」

 

瞬時加速を使って、グレネードを避けていた俺に接近してきたからな。

しかも、シャルルの手には俺が『良く知る』武器が握られているではないか。

それは授業で習ったとか、誰かが使ってるのを見たとかじゃねえ。

 

「『俺の『ストライカーシールド』!?味な真似しやがって!!』」

 

俺が最初に蹴り飛ばしたストライカーシールドが握られてる。

基本的に他のISの武装ってヤツは、使用してるISの許可が無い限りは使えない。

銃火器はロックされて弾丸が撃てねえからな。

だが、剣や盾の様に直接相手を攻撃するタイプで、複雑な機能が付いてない物は、やり方次第で幾らでも使えるんだ。

シャルルは倒れてる間に俺のストライカーシールドを拾っておいて、グレネードの爆撃に紛れてそれで突貫してきたって事だ。

 

「元次の盾の頑丈さは、元次が一番良く知ってるんじゃない!?」

 

確かに、ストライカーシールドの防御力は強力無比だ。

大抵の銃弾なら防げるし、多分グレネードやミサイルでも防げる。

恐らく俺の武装でも相当強力なヤツじゃねぇと駄目だ。

 

「『なら、銃に頼らなきゃ良いだけの話だろぉがぁあああ!!』」

 

瞬時加速の状態のままで突撃してくるシャルルへ身体を向けて、ヒートの炎を漲らせる。

こーゆう時に使える、千冬さんからの制裁で天啓を得た、うってつけの技があるんだよ!!盾がありゃ大丈夫なんて考え、覆してやらぁ!!

 

「『スゥ――オラァ!!』」

 

「(バゴォ!!)わぁ!?」

 

斜めに構えて身体を隠していたストライカーシールドの淵を、蹴り上げの要領で上に力の限り蹴り飛ばす。

しっかりと大地に踏ん張って蹴り出した強烈な蹴りに、シールドを支えるシャルルの手が持ち堪えられず、シャルルは俺の目の前でバンザイの格好になった。

俺の目の前で防御が破られて驚愕するシャルルの顔面に、蹴り上げで伸びきった脚を――。

 

「『おっしゃぁああああああ!!!』」

 

「(ズドォオオ!!)あぐぅ!?」

 

真っ直ぐに振り下ろして、地面へと叩き付ける!!

相手のガードを突き破って、ヘヴィな一撃を顔面にお見舞いする――『突き破りの極み』

千冬さんが俺を出席簿で制裁した時に、俺のガードの上から衝撃を咥えて突き破った一撃をもらった時に得た天啓技だ。

イグニッション・ブーストでスピードも充分乗ってたから、コイツァ効いただろ。

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

「『ちっ!!今度はお前か、一夏!!』」

 

「さっきもラウラに言っただろぉ!!コイツはタッグマッチだ!!」

 

「『ああ!!別に卑怯だなんて言わねえよ(ガシ!!)お?』」

 

「ハァ、ハァ!!今だよ、一夏!!」

 

アリーナのシールドに叩き付けられてた一夏が零落白夜を展開しながら突っ込んできた姿を見て回避しようとするが、それをシャルルが脚にしがみついて妨害してくる。

――へへっ。

 

「『やっぱ喧嘩はこうでなくちゃなぁああああ!!!』(ブォオオン!!)」

 

「ッ!?うああぁ!?」

 

「な!?シャルル!?」

 

俺は掴まれた片足を持ち上げて、向かってくる一夏に向かって振りかぶる。

脚を掴んだシャルル事、な。

 

「『そぉら!!テメエの相棒だぜ、兄弟!!』」

 

「「(ドガァアアア!!)うわぁああああああ!?」」

 

シャルルと一緒に振り出した蹴りは、一夏に吸い込まれる様にぶち当たり、二人はそのまま吹き飛んでいった。

 

「くそ!!シャルル、大丈夫か!?」

 

「う、うん。何とか……あ、ありがとう、一夏」

 

「良いって、気にすんな。パートナーなんだからよ」

 

しかし蹴り飛ばされた一夏は空中で姿勢を整え、同じく吹き飛んでいたシャルルをお姫様抱っこで抱え直し、地上に降り立つ。

既に二人のISはボロボロだが、目の光だけは一切失ってねえ……最後まで油断出来無えな。

直ぐに意識を切り替えて俺を睨む二人を見ながら、俺は更に深い笑みを浮かべる。

もうコイツ等なら、出しても良いよな……本気の本気を、よ。

 

「『やるなぁ、一夏、シャルル……本当に、滅茶苦茶楽しいぜ』」

 

「っちぇ。殆どダメージ喰らって無え癖に、良く言うぜ……でも、まだ終わってねえ」

 

「そうだね……僕も、最後の最後まで、足掻くよ……一夏と元次が教えてくれた様に、ね」

 

シャルルの言ってるのは、恐らく自分の境遇の事だろう。

このまま何もしないで待ってたら、シャルルにあるのは破滅の道。

この前まではその道に対して自棄になっていたが、自分で決めたんだろうな。

その道をブッ壊して、新しいレールを進むって覚悟を。

一夏は一夏で、自分の決めた目標の為に我武者羅に戦うって事か。

最後の最後まで、カッコ悪く足掻く、か……何がカッコ悪いもんかよ……目標にひたむきな男が、カッコ悪い訳無えじゃねえか。

充分カッコ良いぜ、兄弟。

 

「『そうか……なら、俺もマジのマジで、二人を相手するぜ……スゥ――グルァアアアアアアアアアア!!!』(ボボン!!)」

 

「「ッ!?」」

 

俺は深く深呼吸をして、前の実習で千冬さんに首を絞められた時に見せた、本気モードに入る。

身体の抑えていた力を開放した反動で、俺の身体中の筋肉が一回り大きく膨れ上がる。

野生の王者、ヤマオロシを下した俺の最強モードにして、冴島さんや千冬さんという本物の強者と戦う時の状態。

俺が格上と判断した相手にのみ見せる、マジ喧嘩モードってヤツだ。

 

「『ハァ~……さぁ、喧嘩の続きと洒落込もうぜぇ!!!二人共ぉおおおおおお!!!』」

 

脚を大きく開いた体勢で、両手からエナジーソードを展開した俺に、シャルルはレッドバレットとヴェントを構え、一夏は再び雪片を正眼に構える。

 

「上等!!本気の兄弟を倒さなきゃ、千冬姉を守るなんて夢のまた夢だもんなぁ!!」

 

「僕だって、意地があるんだ!!……一夏の足枷なんかに、なったりしない!!」

 

二人の気概は俺の本気を見て怯えるどころか、増々闘志が湧き上がってる。

なら、全力で叩き潰してやるのが礼儀ってなモンだ。

会場全体が俺の放つ威圧で重苦しい雰囲気の中、距離を開けた状態で睨み合う俺と一夏、シャルル。

やがて、その距離を一夏とシャルルがジリジリと詰めていき――。

 

「「――はぁあああああああああああああああああああああっ!!」」

 

遂に、二人同時に俺へ目掛けて飛び出した。

俺は動かずにその場でドッシリと構えて、二人を迎え撃つ。

ドッチが勝っても恨みっこ無しだ!!思いっ切り楽しもうぜぇええええ!!!

俺も、両手に出したエナジーソードをしっかりと構えつつ、前に飛び出す!!!

 

 

 

 

 

「――――ぐぅうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「「「ッ!!!?」」」

 

――しかし、俺達の意地を、全力を掛けた喧嘩は突如、終わりを告げてしまう。

 

 

 

 

 

――そう。

 

 

 

 

 

グニュグニュグニュ!!!

 

 

 

 

 

「ううぐぅ!!!うぁああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

突如として挙がったボーデヴィッヒの悲鳴と――。

 

 

 

「……何だ、あれ……ッ!?」

 

「ア、ISが……あんなの、見た事も無いよ……ッ!?」

 

「『おいおい……まさか、また異常事態かよ……』」

 

 

 

 

異形の変貌を成し遂げた、ボーデヴィッヒのISによって――。

 

 

 




シャルルとの銃撃戦は、映画トランスフォーマー。リベンジ・オブ・ザ・ファーレンでの、工場戦(オプティマスVSメガトロン&スタースクリーム)を作者の出来る範囲で再現したつもりですwww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行き違う想いは暴走する。

やっぱBattleは難しい(;´Д`)


でもシリアスはもっと難しい(´Д⊂グスン


「(あ、あぁ……ッ!?何なんだ、あの男は!?)」

 

自分の視界の中で起こる、異常を通り越した戦闘風景。

ラウラ・ボーデヴィッヒは目の前の光景を理解出来なかった。

一度(ひとたび)拳を振るえば敵が地に沈み、一度(ひとたび)足を伸ばせば敵が空を飛ぶ。

まるで獣を思わせる笑みを浮かべながら戦場に暴力の嵐を振るう元次の姿を見て、ラウラは只々疑問を膨らませるばかり。

 

「『――でいぃいいやぁああああ!!!』」

 

「(ドグシャァアアア!!)あぁあああああああ!?」

 

視界の先では、シャルルの握っていたショットガンを膝で蹴り飛ばした後、さらに追撃の蹴りでシャルルを彼方へ飛ばした元次の姿が映る。

 

「『……フウゥゥ……『古牧流・火縄封じ(長筒飛ばし)』……わりぃな、シャルル……IS装備なら銃なんか向けられても、別に怖か無えんだよ』」

 

元次の言葉に、ラウラは「ふざけるな!!」と大声を挙げたかった。

喉が裂けんばかりの怒声を出したかった。

しかし、それは今の自分の身では叶わない事を、本能の奥底で理解してしまっている。

機体のダメージを押して、憎き仇敵を討たんと躍起になっていた自分に浴びせられた、純粋な怒りの塊。

その力を一身に浴び、身体は全ての動きを放棄してしまっている。

まるで、裸一貫で森に迷い込んだあげく、野生の肉食動物にその牙を首筋に添えられたかの様な感覚。

それは、今まで自分が感じた事の無い……いや、正しくは千冬に叱責された時と似通った感情が、ラウラの中を掛け巡っていた。

しかしそれを絶対に認めたく無いラウラの心が、自身の全てが、元次に感じたモノを否定する。

 

 

 

……『恐怖』という感情を。

 

 

 

「(武器を使う相手を、徒手空拳で沈めるだと?……有り得ない、有り得ない!?)」

 

心の中が波打つ状況でも、ラウラの目の前で起こる理解不能の現象は止まる事は無い。

たった今元次が行った戦闘術、『古牧流・火縄封じ』という技に理解が及ばずにいた。

 

「(銃を持った相手を制する技は、確かに軍の格闘術でもあった!!しかし只の民間人が、それを平然とこなすだと!?こ、こいつには恐怖という感情が欠落してるのか!?)」

 

本来、軍属のラウラはカリキュラムの一環として、格闘術や射撃術にも通じている。

しかしどんな一流の軍人でも、顔面に銃が向けられれば少しは萎縮するものだ。

それはISを装備する自分達も同じ。

太古より人間が生誕した時から退化せずに付随する、防衛本能の訴えなのだから。

しかしラウラの目の前で銃を顔面に向けられようとも臆せずにそれを制した元次が、ラウラにはとても異質な存在に映る。

更に戦いは加速し、今度は一夏と対峙した所で、ラウラは一夏にも驚愕の思いを抱てしまった。

 

「俺には、『千冬姉を守れる男になる』って、兄弟より無謀な目標があるからな……だったらどれだけ無謀でも、無理だと決まる最後の瞬間まで、カッコ悪く足掻いてやらぁあああああ!!!」

 

「(ッ!?……馬鹿、な……?……教官……?……ッ!!そんな、そんな事があるものか!!あんな、あんな男に!!教官の栄光に泥を塗った男に!!)」

 

しかし一夏に感じたモノにすら、ラウラは激しい拒絶を示す。

有り得てはならない、有ってはならないのだ。

一夏を否定すると決めていたラウラが、その自分の眼で――。

 

「(教官の姿が重なる等、断じてあるものか!!)」

 

堂々と世界に宣戦布告する一夏の中に、確かに千冬と同じ雰囲気を見た等と、認められる筈が無かった。

しかしその次の瞬間に切り結ばれた一夏と元次の殺陣を見て、更にラウラは混乱する。

一夏の剣筋も、速度も、明らかに自分を相手にしていた時よりも鋭く、洗練されているからだ。

まさか、自分は手加減されていたのか?そう考えてしまう程に強い剣筋をまざまざと魅せつけられて、ラウラの心が揺れる。

その波紋に、更に石を投じて波を際立たせるのが元次だ。

圧倒的に不利な距離で重量級の斧を振り、剣をいなし、挙句の果てには――。

 

「『――剛剣!!猿返しぃいいいいいい!!!』」

 

「(ズバァアア!!)ぐあぁあああああああ!!?」

 

アクロバティックな空中回転で回避し、その剛撃をもって、鋭い剣戟の嵐を蹴散らしてしまうのだから。

只の不良崩れと思っていた輩に、『生まれた瞬間から』軍に入隊して、今日まで厳しい訓練を乗り越えてきたラウラの全てが、目の前で否定される。

 

「『おっしゃぁああああああ!!!』」

 

「(ズドォオオ!!)あぐぅ!?」

 

機転を効かせたシャルルの盾を使った突進すらも、無茶な力技で突破し――。

 

「『やっぱ喧嘩はこうでなくちゃなぁああああ!!!』(ブォオオン!!)」

 

「ッ!?うああぁ!?」

 

「な!?シャルル!?」

 

移動の為の脚を固定されようとも、その妨害諸共、持ち上げて振り回し――

 

「『そぉら!!テメエの相棒だぜ、兄弟!!』」

 

「「(ドガァアアア!!)うわぁああああああ!?」」

 

シャルルの作ったチャンスをモノにしようと、攻撃を仕掛けていた一夏共々、片足の蹴りで迎撃してしまう。

総じてラウラの目の前で元次が起こす戦いは、誰の目から見ても型破りにして、壮絶。

しかもこの男は、それらを成し得ても疲れた表情は全く見せず、寧ろ獰猛な笑みを浮かべるのだ。

そう、まるで今行なっている戦いを楽しむかの如く。

 

「(ば、化け物め……ッ!?あんな型破りな戦い方で、特殊兵器も使わず、何故こうも圧勝出来る!?ISの戦闘は喧嘩とは違う!!ついこの間までISに触れた事すら無い素人が……何故、私を圧倒した力を見せつけてくるんだ!!)」

 

遂にラウラは自分の力を……認めたくは無かったが、元次が戦いにおいて自分の全てを上回っていると認識した。

考えたくも無い、唾棄すべき弱音。

しかし、元次の威圧に圧倒された身体は、思い……心とは別に、強者に対しての屈服を表わす。

未だにあの威圧による重み、畏怖の感情から抜け出せない現状が、ラウラに血が出る程に唇を噛ませる。

 

 

 

「(何故だ!!私は強い!!教官に『救われた』あの日から今日まで、ずっと己に厳しい訓練を課してきた!!それなのに何故!!――)」

 

 

 

「『そうか……なら、俺もマジのマジで、二人を相手するぜ……スゥ――グルァアアアアアアアアアア!!!』(ボボン!!)」

 

 

 

「(只、教官と共にのうのうと過ごしてきただけの奴に、私の努力を否定されねばならない!!何故、『赤の他人』のあんな奴が、教官の側に!!――――あ)」

 

 

 

元次が一夏とシャルルに対して敬意を評し、己が最強の力を開放したのを見せつけられたその時、ラウラの脳裏にある記憶が過る。

軽く掠めただけの記憶が、やがて濃密な思い出となり、ラウラにフラッシュバックを起こした。

 

 

 

 

 

まだ、ラウラがドイツに居た頃の――元次と一夏を、自分が倒すと決めた時の記憶が――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

『遺伝子強化試験体C-0037……君の新たな識別記号は――ラウラ・ボーデヴィッヒだ』

 

知る者のみが知る、ドイツの極秘研究施設。

人口合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮で産声を上げたラウラ。

それは何の為の誕生か?

新たな生命の創造?人類の科学の発展の第一歩?愛する者を失った事の執着?答えは全て否。

彼女は……戦う為、兵力として生み出され、育てられ、鍛えられた存在だった。

 

 

 

子供が親におもちゃを貰う代わりに、彼女に与えられた玩具は、人の命を只の1発で奪える銃。

 

 

 

心を育む絵本の代わりに与えられたのは、人体の破壊の仕方や戦術等の教本。

 

 

 

母親の愛情が篭った食事の代わりは、軍で支給されるレーションや、食堂の栄養バランスのみを考えられた、味気無い食事だった。

 

 

 

知っているのは如何にして人体を攻撃するか、判っているのはどうすれば敵軍に打撃を与えられるか。

 

 

 

軍の者全員がそうなのかと言われれば、勿論違う。

彼女達の多くは普通の生活をして、母親や父親、祖父母の愛情の元に育まれてきた。

鉄の子宮で生まれたラウラには、その愛情を与える者が居なかった……その違いである。

その運命を嘆く事も、自らの出自を呪う事も、疑問に思う事も怒る事も無く、彼女は忠実に軍でその腕を発揮していた。

優秀なソルジャー遺伝子を結合させたDNAを持つラウラは、常に最高レベルの実力を維持し続ける程に優秀だったのだ。

しかしその事を誇る事すら、ラウラには無い。

何故なら、『自らが生み出された理由はそういう結果を齎す為』だから。

その過程を維持し続ける事こそ、ラウラは当たり前の事だと認識し、常にトップに立っていた。

 

 

 

――世界最強の兵器、『IS』が現れるまでは……。

 

 

『最強の兵器であるISは、操縦者との適合率が高い程、その真価を発揮する……直ちに、適合性向上のプランを……越境、いや――その先へ』

 

 

 

軍の上層部、そして開発が進んでいたナノマシンチームの協議の結果、人工的に適合性を向上させるプランが決定。

それは、脳への視覚信号伝達の爆発的速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理のことを指す。

これにより移植した者の超人的強化が可能になり、その処理能力は擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべき代物へ変貌する。

名を、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ばれる、強化プロジェクト。

当然、女性であり、軍のトップクラスの実力者であるラウラも、このナノマシン移植手術が施された。

それが、ラウラに一度、全てを失わせる事になる。

擬似ハイパーセンサーとも言える『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の、眼球へのナノマシン移植処理によって異変が生まれた。

理論上では危険性は一切無く、不適合も起きない筈……だったが、この処置によりラウラの左目は赤から金へと変色し、制御不能へと陥ってしまう。

この暴走とも取れる『事故』によって、ラウラの成績は落ちに落ち、結果として『出来損ない』の烙印を押されたのだ。

その時から、ラウラの世界は一変した。

あれだけ自分の成功を喜んでいた生みの親とも言える科学者達の褒める言葉は、蔑みの言葉に。

軍内部で畏怖の感情でラウラを見ていた者の目は、嘲りの目に。

自分を鍛えていた教導官からは、目すら向けてもらえず。

ラウラの世界が、一気に孤独へと変わったのだ。

そしてこの孤独に、ラウラは生まれて初めて恐怖を覚える。

今まで受けてきた教育の殆どが、軍部関係の物ばかりだった反動で、ラウラはどうすれば良いか、前後不覚に陥ってしまったのだ。

闇からより深い闇へと落ちていく日々。

どれだけ必死に訓練しようとも成績は上がらず、周りの目も日に日に酷くなるばかり。

終いには自分を生み出した科学者達が密かに話していた内容を聞いてしまった時、ラウラは初めて涙を流してその場から逃げた。

科学者達が話していた内容――それは、『廃棄処分』という単語だけが聞き取れていた。

これだけではラウラの事とは考え難いが、この時のラウラは、世界中の全てが自分に対する悪意だとばかり思っていたのだ。

 

 

 

このままでは、捨てられる……誰からも必要とされず……嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!

 

 

 

ラウラは震える身体を抱き締め、机と教本、ベットのみの質素な部屋で、耐え難い恐怖に震えていた。

誰からも愛情を与えられなかった末の……頼れる寄る辺の無い恐怖。

もはや、ラウラの精神が崩壊するのは時間の問題だった。

 

 

 

そんなラウラが、初めて目にした、自分に手を差し伸べてくれる、『光』。

その人物こそがラウラが教官と呼ぶ……織斑千冬との出会いだった。

 

『ここ最近の成績は振るわないようだが、なに、心配するな。1ヶ月で部隊内最強地位へと戻してやる』

 

その絶対的な言葉に偽りはなく、ラウラは千冬の教えを忠実に実行するだけで、メキメキと実力を取り戻していった。

ラウラはIS専門の部隊で、再び最強の座に君臨したのだ。

更にラウラの実直な訓練を見ていた部隊員や科学者達の評価すらも変わり、ラウラは闇から抜けだした。

そして、その闇から抜け出す切っ掛け、いやチャンスをくれた千冬の事を、ラウラは心酔する。

千冬のIS操縦者として、そして生身での他を寄せ付けない強さ。

初めて基地に現れた時に突っかかった無礼な男隊員を、只の一度睨んだだけで気絶させてしまう程の強さに。

その戦乙女と評するに相応しい凛々しさと、そして自分を信じる姿。

千冬の圧倒的なカリスマの影響を、文字通り身体で感じたラウラは、千冬の全てに強く憧れる。

自分もああなりたいと……。

 

『どうしてそこまで強いのですか?……どうすれば、強くなれますか?』

 

気付けば、ラウラは口に出していた。

一年という期間付きでも、結べた繋がり。

それを少しでも残したい……知りたい……そう思ったから。

 

 

 

――だが。

 

 

 

『私には弟と……その、何だ……好いている奴がいる』

 

その時、千冬がわずかに優しい笑みを浮かべ、尚且つ少し嬉しそうに頬を染める。

そこで帰ってきた千冬の表情と言葉はラウラの憧れた千冬の姿ではなかった。

ラウラは、その表情に何故か心がちくりとしたのを覚えている。

 

――違う。

 

強く、今までに無い程に、そう思った。

ラウラがそう思っても口に出さなければ、千冬が言葉を続ける。

 

『弟は一夏……そして……好いた男は、その……元次という……一夏を見てると、わかるときがある。強さとは何なのか、その先に何があるのかを』

 

『……』

 

『そして元次からは……何の為に強くなるのか……何の為に、強さを振るうのかを、感じ取った』

 

『……良く、分かりません』

 

実際ラウラには分からなかったし、知りたくも無かった。

自らが憧れる強い人に、優しい顔をさせ、慈しむ様な顔をさせる者達の事など。

 

 

 

――自分が知らない千冬の顔をさせる者達の事なんて。

 

 

 

『今はそれでいい。そうだな。いつか日本に来ることあるなら会ってみるといい。……ああ、だが1つ忠告しておくぞ。あいつ……一夏に――』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「上等!!本気の兄弟を倒さなきゃ、千冬姉を守るなんて夢のまた夢だもんなぁ!!」

 

「僕だって、意地があるんだ!!……一夏の足枷なんかに、なったりしない!!」

 

思考の海から戻り、前を見れば、局面は最終へと移行していた。

その局面で立ち、武器を握る二人の男を、ラウラは憎悪に染まった瞳で睨みつける。

 

「(認められるか!!認めるわけにはいかない!!教官にあんな表情をさせる織斑一夏と、鍋島元次を、認めるわけにはいかない!!)」

 

未だに元次の威圧に侵された身体だが、ラウラは膨れ上がった身体で獰猛な笑みを浮かべる元次の姿を見て……歪に『嗤った』

 

「(ああ、なんだ……答えは直ぐ其処にあったんじゃないか……私が、あの化け物より強くなれば良い……そうすれば、教官も私を認めてくれる)」

 

感情の制御が効かず、迸る憎悪と力への執着。

そして、再びあの闇から引き上げてくれた千冬に自分を認めさせるにはどうすれば良いか?

目の前に居る、ただ暴れるしか脳の無い男以上に認められるには?

自分の憧れる人は、あの化け物の何を認めている?

少し前に、その人自身から聞かされていたではないか。

 

「(奴の経歴がどうであれ、教官はあの男が強いから認めているんだ……私にも、奴を超える絶対的な力があれば……ッ!!)」

 

その歪んだ執着心が、強い願望が、『心の中に直接響く声』に答えを見出す。

 

『願ウカ?……汝、ヨリ強イ『力』ヲ欲スルカ?』

 

普段のラウラなら、こんな声に一々答えたりはしない。

だが、その問い掛けは、今のラウラが何より欲するモノだった。

 

「(誰でも良い。寄越せ、力を!!あの化け物を打ち倒す、私の思い描く――比類無き最強を、唯一無二にして絶対の力を!!!!!)」

 

Damage Level……D.

 

Mind Condition……Uplift.

 

Certification……Clear.

 

《Valkyrie Tra――ザザッ――ce System》………boot.

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ、うぁああああああああああ!!!」

 

叫び、紫電、融解。

その三つの要素をシェイクしたのが、ボーデヴィッヒに起こっている現状。

何とも嫌な気分にさせられる不協和音だ。

 

「……な、なぁ、ゲン……ラウラに一体何が?」

 

「……さぁな。少なくとも、嬉しい悲鳴じゃねぇって事は確かだと思うけどよ」

 

いよいよ大詰めを迎えた俺達の喧嘩だが、その寸前で中断せざるを得なかった異常事態。

突如として悲鳴を上げたボーデヴィッヒが苦悶の表情を浮かべながら、ドロドロの粘土みてーになった自分のISに取り込まれていく。

明らかな異常事態ってヤツだ。

俺は直ぐにエナジーソードを収納して、何が起こっても動きやすい体勢を取る。

 

「よぉシャルル。もしやあれが噂のセカンドシフトってヤツか?なら、俺はあのガキの成長を祝って赤飯を炊いてやるんだがな」

 

「……それだったら僕は、コロンビエを焼いてお祝いしてあげるトコなんだけどね」

 

コロンビエって確か、キリストの聖霊降臨祭の日。1年の中で、わずか一週間の間しか食べられない希少なお菓子だったな。

って事はありゃセカンドシフトじゃねえ……良い出来事じゃねえって事かよ。

そんな風にジョークを飛ばし合いながら事の成り行きを見守る俺達だが、何とも気になる事がもう一つある。

 

「さて、あれが異常事態だっつーのは確定として……一体何処の誰の仕業だろーなぁ……楽しい喧嘩の邪魔しやがったのはよぉ……あぁん?」

 

「喧嘩邪魔されてキレそうなのは分かるけど、落ち着けよゲン。まぁラウラの仕業じゃ無いとは思うけどな……あんなに苦しんでたし」

 

「……とりあえず、直接関わってるかは分からないけど、知ってるっぽい人達は居るみたいだね」

 

は?どういう事だ?

シャルルの言ってる意味が判らずに視線で問えば、シャルルはアリーナの観客席の一角を指さす。

そこは企業や政府の代表が座る来賓席で、ハイパーセンサーで拡大してみると、何人かの男女が顔を真っ青にしていた。

 

「あの人達って……」

 

「確か、ドイツの政府関係者だったと思う。代表候補生講習の一環で見た顔だったから」

 

「チッ。って事は、ドイツはこれに心当たりがある……だが、こうなったのは予想外の事態って事か」

 

寧ろこの現象を知っていて、こうなる事を願っていたってんなら、奴等の面は喜びに染まってる筈だ。

だが、俺達のオープンチャネルは観客席に届いてる。

その台詞を聞いて更に顔色を悪くするトコを見ると、バレちゃマズイモンだって事になるのか。

前のクラス対抗戦の時とは、随分と毛色が違うみてえだが……どうなる事やら、だ。

 

「おい二人共、お前等シールドエネルギーの残量は?」

 

もしも戦いになるんなら、二人は下がらせた方が良いだろう。

白式もラファールも、外観装甲はボロボロになってるし、二人のシールドエネルギーも心許ない筈だ。

……まぁ、殆ど俺がやったんだけど。

 

「……元が3200で、今は120だ」

 

「僕は2800から2430差し引いて、370かな……元次はどれぐらい?」

 

俺の問に、一夏は苦い顔をし、シャルルも苦笑いして答える。

白式は120,ラファールが370か……やっぱ二人は後衛に回って貰うとするか。

一夏が悔しそうなのは、射撃武器の無い白式じゃ役に立たないと感じてるからなんだろう。

酷な話だが、それは仕方無え。

 

「俺は3680だ……決まりだな、シャルルと一夏は下がれ。もしアレが襲いかかってきたら、俺が相手をすっからよ」

 

未だにグネグネと気持ち悪く変貌を遂げるボーデヴィッヒのISを見ながらそう言うと、後ろから落ち込んだ声が聞こえてきた。

 

「……うん……悔しいけど、今の僕達じゃ元次の足手纏いになっちゃう」

 

「……すまねえ、兄弟……肝心な時に、お前と一緒に戦えなくて……自分が、情けねえ……」

 

……ったくよぉ。そんな面で、ンな事言うなよな、一夏。

お前が落ち込んでるってのに、嬉しくて笑っちまうじゃねえか。

 

「気にすんじゃねえ……それに、まだアレが襲ってくると決まった訳じゃ――」

 

と、背後に居る二人に言葉を返していた時に、正面から聞こえていたグネグネという気持ち悪い音が聞こえなくなった。

それを感じ取った俺は、再び前を見る。

 

 

 

さてさて、一体何が出てく――は?

 

 

 

 

グニュグニュグニュ……『……』

 

「……冗談だろ?」

 

 

 

 

振り返ってその先を見つめた俺は、信じられないという声音でそう呟くしか出来なかった。

前に視線を向けた俺の視界に飛び込んだモノ……それは、巨大に変貌したボーデヴィッヒのIS。

しかし、只大きくなった訳じゃ無え……それだけなら、俺もここまで驚いたりしねえ。

驚いたのは、ボーデヴィッヒのISが変貌した、『その姿に』だ。

俺よりも頭3つ分位デカくなったボーデヴィッヒのIS……それは、『別の人間』の姿を形取っている。

日本の打鉄の様な、鎧武者の肩当てをモチーフにしたアンロックユニット。

腰当てのスカートアーマーは軽装にされ、最小限の防御と機動性を意識させられる。

顔は出来の悪い泥人形の様にのっぺらぼうで輪郭のみしか分からないが、『彼女』の『髪型』は逆に精巧に真似られている。

 

 

 

 

 

そして、奴が手に持った武器は、ボーデヴィッヒのISに存在しなかった『日本刀』――そう。

 

 

 

 

 

『……』

 

「……千冬さんと……『暮桜』……?」

 

 

 

 

 

 

千冬さんの現役時代の愛機、第一世代型IS『暮桜』と、『世界最強の刀』、『雪片』が、俺の前に立っている。

余りにも予想外過ぎる出来事に、俺の頭はフリーズを起こしてしまう。

何だ?何でボーデヴィッヒのISが、千冬さんの暮桜になるんだ?それにボーデヴィッヒは何処に?

……一体、何が起こってんだ?

正に異常事態と言えるこの出来事に、観客も騒然としてしまう。

 

 

 

「――ふっざけんじゃねぇええええええええええッ!!!」

 

 

 

しかし、誰もが目の前の光景に呆然とする中で、俺の背後から純白の機体が飛び出す。

それも、今まで感じた事の無い、強い怒りを目に宿しながら。

 

「ッ!?一夏!!」

 

「ッ!?待て兄弟!!1人で出るんじゃねえ!!」

 

「うおぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

俺とシャルルの声すら届かず、一夏は憤りの叫びを挙げながら、暮桜モドキに突進していく。

 

『……ッ!!』

 

ガキィイイン!!!

 

「ッ!?」

 

しかし、一夏の渾身の剣戟は、暮桜モドキの急加速からの切り返しで弾かれてしまう。

横合いからの強烈な切り返しに、一夏は手から雪片を飛ばされ――。

 

『……ッ!!』

 

「(ギィイイン!!)ぐああああ!?」

 

流れる様に繰り出された唐竹割りの斬撃で、撃破された。

白式の腕を斬られた一夏は後ろに吹き飛ぶが、その途中で白式自体が量子化され、一夏の身体から消え失せる。

それを、剣を振り上げて追撃を構える暮桜モドキ。

 

「『テメェ兄弟に何してくれてんだコラァ!!ストロングライトォオオオオオオ!!!(ボォオオン!!)』」

 

『(ドガァアアア!!)ッ!?』

 

その前に飛び出した俺が、暮桜モドキにストロングライトを浴びせて、アリーナの端まで吹き飛ばす。

くそったれ粘土野郎が!!巫山戯た事しやがって!!

 

「一夏、大丈夫!?」

 

「無事か、兄弟!?」

 

「ぐっ!?くぅ……アイツ……ッ!!」

 

シールドエネルギーが心許無いシャルルは吹き飛んだ一夏に駆け寄り、腕を抑えて膝を付く一夏を支えた。

俺も腕を戻して急いで振り返るが、斬られた腕を抑える一夏の顔は怒りに歪み、腕からは血が流れてる。

って血だと!?まさか――。

 

「あの野郎ぉ……零落白夜まで真似してやがってぇ……ッ!!」

 

斬られた腕を抑えながら吐き捨てる様に言う一夏の台詞で、俺の中の予想に確信が付いた。

ボーデヴィッヒのISに起きた何らかの事象は千冬さんの容姿だけで無く、雪片の能力までも再現してやがるらしい。

全力の零落白夜は、シールドエネルギーどころか装甲までも貫き、操縦者に直接ダメージを与える。

だから使用する際のフルパワーは固く禁じると千冬さんは言ってた。

一夏や千冬さんみてーな人間なら無闇にそんな事する筈も無えが、『アレ』は違う。

アレは、人を、命を斬る事に躊躇いも無い……人斬りに堕ちた、殺人の剣だ……ッ!!

それを確認した瞬間、俺の身体にもドロドロとした怒りの念が湧いてきた。

このまま飛び出してグチャグチャにしてやりてぇトコだが、まずは二人の避難を優先しろと、俺の理性が訴えかける。

一夏の腕から血が流れたのを見た所為で、観客席からも悲鳴が挙がる。

特にドイツの代表達の絶望っぷりは酷い。

何せ、世界でたった二人しか居ない男性IS操縦者に怪我させちまったんだからな。

しかも世界最強の家族であり、IS開発者と懇意にしてる奴の。

 

「――ちょっ、駄目だよ一夏!!」

 

「離せシャルル!!あの野郎ふざけやがって!!ぶっ飛ばしてやる!!」

 

と、後ろからシャルルと一夏の叫び声が聞こえ、そっちに目を向けると、走りだそうとしてる一夏をシャルルが止めていた。

一夏の目にはシャルルも俺も入っておらず、アリーナの端でゆっくりと動き始めた暮桜モドキのみに向けられている。

おいおい……生身であの暮桜モドキに向かおうってのか、兄弟……それだけ、頭に来てんだよな。

怒りに燃える兄弟に視線を向けていると、ピットに繋がるカタパルトから、ラファールを纏った先生が二人現れた。

よく見ると、クラス対抗戦の時に話した先生達だ。

 

「遅くなってごめんなさい!!ここからは私達が引き受けるわ!!」

 

「織斑君とデュノア君は急いで退避!!鍋島君は、二人の護衛をお願い!!君が一番残存エネルギーが多いから!!」

 

先生達はそれだけを手短に言うと、こっちに向かおうとしてた暮桜モドキに向かっていって、戦闘を始めた。

それを、俺は只拳をギュッと握りしめて見つめる……先生にああ言われた以上、俺は下がらなきゃならねえ。

何がどうなってボーデヴィッヒがああなっちまったのかは分かんねえが、一個だけ確かなのは、アレをやった奴は凄え気に入らねえって事だけだ。

千冬さんの剣を……想いを……穢す様な真似しやがって……ッ!!

耐え難い所業に歯が砕けそうなぐらいに噛み込むが、ここで立ち尽くしていても仕方無いので、俺は言われた通りにシャルルと一夏の元へ向かう。

一夏は相変わらず頭に血が上り過ぎていて、シャルルの拘束から逃れようとしていた。

 

「落ち着いて一夏!!ISも無いのにあんな所に行ったら駄目だよ!!げ、元次も一夏を止めて!!」

 

「うるせえシャルル!!アイツは、アイツだけは許せねえんだ!!早く離せ!!ゲン!!俺の邪魔すんならお前でも容赦しね――」

 

 

 

バゴォ!!!!!

 

 

 

「がふ!?」

 

「わぁ!?い、一夏!?」

 

只ひたすらにキレて暴れる一夏に、俺はISの腕を解除して手加減しまくったパンチを頬に見舞った。

しかしそれでも一夏には強烈だった様で、殴った方向に思いっ切り吹っ飛んでシャルルの戒めから抜け出した。

口も切ったのか、盛大に口の中から血が飛び散り、地面を赤く汚す。

そのショッキングなシーンを見てシャルルは口を抑えるが、俺はそれに構わず地面に座り込んで俺を睨む一夏の前に立つ。

 

「……どうだ?……少しは頭冷えたか?……兄弟」

 

「……ゲン」

 

口から流れる血を拭いながら俺を睨む一夏に、俺は静かな声で問う。

一夏は俺の言葉に答えないが、俺は構わず口を開いた。

 

「お前がキレてる理由も、あの粘土野郎をブッ倒したい気持ちも、痛い程分かるぜ?……俺だって同じだからな」

 

「……じゃあ、何で止めるんだよ……千冬姉の技を、あんな風にされて……その剣の想いも知らねえのに、只形だけ真似られて……何で行かせてくれねえんだよ……ッ!!」

 

「一夏……」

 

一夏は立ち上がると、俺の胸倉を掴んで睨みながらそう言った。

シャルルはそんな一夏を複雑な表情で見る。

一夏がここまで怒ってる理由……それは家族として、千冬さんのデータを使われてる事が気に入らねえんだろう。

昔、一夏が話してくれた、千冬さんの剣を振る想い……それを知ってるからこそ、俺達は我慢ならねぇんだ。

只姿形を真似ただけじゃ飽き足らず、そうなるに至った本人の想いも知らず、データだけで中身を再現する。

それは確かに本物に限り無く近くなるだろうよ……でも、それは何処まで行っても真似事。

本人が何を思って、あの剣を……どんな気持ちで振るったのかが、ポッカリと欠けてやがる。

それに、今の人斬りに堕ちたあの剣こそが、一夏のキレる最大の理由。

自分が姉から昔、皆を守るために教えられた剣。

誰かを守るという情の気持ちが込められた剣……それを、相手を倒す為だけに振るうのが許せないんだ。

世界で一番尊敬してる人の剣があんな物に成り果てた事が何よりも悲しくて、悔しい筈。

……でも、俺は今の戦う術を持たない兄弟を止めなきゃならねえ。

 

「……白式を動かせない今の兄弟を、あんな場所に行かせる訳には行かねえ……今の兄弟のやろうとしてる事は勇気でも何でも無え……只の『犬死に』だ」

 

「判ってる……そんな事は判ってるんだよ……でも……」

 

そこで言葉を切った一夏は、伏せていた顔を挙げて俺を真剣な表情で見つめる。

 

「俺は千冬姉の弟なんだ……『家族』の想いを穢されて、ジッとなんてしてられねえんだよ!!……俺だって……命賭けてでも、自分の想いを貫ける一人前の男にならなきゃ、千冬姉を守れなくなっちまう……ッ!!」

 

家族。

その言葉が、一夏の涙声の様な声が、俺の心を揺らす。

……両親に捨てられてから今日まで、身体を張って何時も一夏を守っていた千冬さん。

育てられ、見守られ……家族の愛情を貰ってきた。

そんな人の大切な剣を、自分が守りたい。

大事な人の為に戦いたい……そんな思いを押し潰して、俺は一夏を止めて良いのか?

兄弟が死ぬ……俺はそれが怖いだけじゃねぇのか?

勿論怖いに決まってる……大事な兄弟が、今日まで一緒に育ってきた兄弟が死ぬかもしれないんだぞ?

いや、生身でISに立ち向かったりしたら確実に死ぬ。

そんな死地に、俺は兄弟を赴かせて良いのか?

兄弟の思いを尊重したい、でも命も守りたい……その二重反率が、俺を悩ませる。

 

「頼む、兄弟……俺に行かせてくれ……家族だからやらなきゃいけねえって義務感じゃねえんだ……俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ」

 

「……」

 

「それに……」

 

一夏はそこで言葉を切ると俺から視線を外して、再びあの暮桜モドキに視線を向ける。

 

「あんなわけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気にいらねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気がすまねえんだ……それをせずにこの場から引いたら、それはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」

 

ボーデヴィッヒを殴る……そりゃ確かに、俺だってあんな間違った力の使い方してるボーデヴィッヒをブチのめしてやりたいとは思ってる。

一夏は千冬さんを守る為に。

ボーデヴィッヒは千冬さんに認めてもらう為に。

思いは違えど、同じ様に大切な人の為に強くなろうとしてる一夏が、あんな紛い物の力を見て許せる筈も無いだろう。

……決まりだな。

苦悩の末に、俺は真剣な表情で俺を見つめる一夏に答えを出す。

 

「……最低でも、ISが無きゃ話にならねえ……ISが無い兄弟を、態々自殺させる訳にはいかねえからな」

 

案の定、一夏は俺に物凄く悔しそうな表情を見せてきた。

でも、まだ話は終わりじゃねえよ。

 

「だから、お前の白式をどうにか起動出来る様にしようぜ」

 

「…………え?」

 

笑みを浮かべた俺の言葉に驚く一夏。

まぁその反応も当然だろう、さっきまで行かせないって言ってた張本人がコロッと意見変えてるんだから。

でもまぁ、一夏の目を見て決心がついちまった。

 

「男が家族の為に、テメエの命張るっつってんだ……ここでお前を止めたら、俺はお前の兄弟じゃ無くなっちまう……お前を信じてるって絆を否定しちまうからな」

 

そうだよ、俺は試合を始める前にボーデヴィッヒに言ったんだ。

俺と一夏は絆で繋がってるって……人と人との断つ事の出来ない繋がり。

目に見えない『信じる』という気持ちで繋がってるって。

冴島さんからも教わったじゃねぇか。

 

『兄弟と呼ぶんは誰でも出来る……せやけど、それがホンマモンの繋がりなんかは誰にも判らへん……せやったら、互いを兄弟と呼ぶ者同士がせなあかん事は一つ……何時でもお互いを信じる事や……どんな時でも、例え裏切られたと感じても信じる……それがホンマの兄弟っちゅうもんやと、俺は思てる』

 

一夏が俺の……世界でたった一人の、絆で繋がれた『兄弟』だっつうんなら、俺が信じねえで誰が信じるんだよ。

今回の騒動の主役は一夏だ……なら、俺は兄弟の花道を手助けしてやんねえと、な。

その思いを再び胸に刻みこんでいた俺に、一夏は今日一番の笑顔を向けてきた。

 

「ゲン……ありがとう」

 

「礼は良いって。それより、何とかして白式を叩き起こすぞ」

 

万感の思いを込めて礼を言う兄弟にそう返しながら、俺はどうしたもんかと頭を捻る。

現状、一夏の白式は俺がダメージを与えすぎた所為でシールドエネルギーがもう無い。

まず一番やらなきゃいけねえのは、白式を復活させる事だ。

シールドエネルギーは車やバイクで言う所のガソリン、ガス欠じゃ動かねえ。

 

「兎に角、お前が戦うなら、エネルギーを補給しねえといけねえ」

 

「あぁ。でも、ISのエネルギーを補給する機械は、確か整備室に行かなきゃ無い筈だろ?」

 

「そこなんだよなぁ……仮に整備室まで行って補給出来たとする。その後アリーナに戻るのを……」

 

「千冬姉が許可してくれるか……無理じゃね?」

 

「諦めんな。諦めたらそこで試合終了だぞ」

 

実際始まる前の段階で躓いてんだがな。

二人で仲良く頭を捻るが、元々頭の出来がそこまで良くない俺はもうギブアップ寸前。

一夏もISに関しては俺とどっこいどっこいだから、同じく妙案が浮かばない様だ。

さて、二人では足りないこういう時は……。

 

「代表候補生のシャルル君。知恵を貸してくれ給え」

 

「あぁ。ここはシャルル以外に頼れる奴が居ねえ。迷える俺達に力を貸してくれ、シャルル」

 

「何で二人してそんなに変わった言い回しなのかな?……まぁ、一夏が頼ってくれるのは嬉しいけど……方法はあるよ」

 

「「マジか」」

 

3人寄れば文殊の知恵、どころかシャルル一人の案で速攻解決。

まさかこうもあっさりエネルギーをどうにかする手があったとは……シャルルwikiパネェ。

頼れるシャルルに尊敬の視線を向けていると、シャルルはラファールの手を片方だけ解除して、背中から一本のコードを出した。

それでどうすんの?って視線で問うと、シャルルは微笑みながらその先端を一夏の白式の待機状態であるガントレットに差し込む。

 

「これで、僕のリヴァイヴの残りシールドエネルギーを白式に送り込むんだ。一夏、白式のモードを一極限定にして?」

 

「お、おう、分かった……一極限定モードに固定……これで、良いのか?」

 

「うん。じゃあ、いくよ……リヴァイヴのコアバイパスを解放……エネルギーの流出を許可」

 

シャルルの言葉に続いて、リヴァイヴから白式に繋がったコードにオレンジ色の光が奔る。

これでIS同士のシールドエネルギーの譲渡が出来るのか……スゲーな。

学園の授業で習わなかった技術を見て感心するが、ここで一つの疑問が思い浮かぶ。

 

「あれ?だったら俺のオプティマスのエネルギー渡した方が良いんじゃね?」

 

少なくともシャルルのなけなしのエネルギーよかあるんだが……。

 

「うーん……これは相手とコアを同期させることで他機へのエネルギーバイパスを構築するから、シールドエネルギーの受け渡しを行えるんだ……元次、コアの同期出来る?」

 

無理ですな。俺が馬鹿じゃ無けりゃそれも可能なんだろうが、言ってる事チンプンカンプンですもの。

シャルルは喋らずに首を横に振る俺を面白そうに見つめ、直ぐに一夏へと向き直る。

そのままシャルルは解除した手で一夏を指差し、口を開いた。

 

「約束して……絶対に負けないって」

 

「ッ!?……勿論だ。負けたら男じゃねぇよ」

 

シャルルの言葉に、一夏は少し驚いたものの、直ぐに頼もしい笑顔を浮かべて言葉を返す。

しかしそんな一夏の言葉に対して、何故かシャルルは更に笑みを深めた。

 

「ふふっ。じゃあ負けたら、明日から女子の制服で通ってね♪」

 

「えっ!?……よ、よ~し、良いぜ!!なにせ負けないからな!!」

 

「うんうん。そうだよね♪元次にあれだけの啖呵切ったんだから、負けないよね♪」

 

シャルルの何とも酷い提案に、一夏は頬を引き攣らせつつも承諾する。

更に一夏の返答に対してプレッシャーを掛けるシャルルは、依然として笑顔だ。

……恐らく、これはシャルルなりの発破の掛け方なんだろう……と、信じたい。

まさか本当に一夏の女装が見たい筈は無い……筈……多分。

と、兎に角これで白式のエネルギーは何とかなりそうだし、一応役者が舞台に上がれる段取りが付いたな。

 

 

 

――と、かなり楽観的な事を考えたその時。

 

 

 

ズバァ!!!

 

「「キャァアアアアア!!?」」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 

暮桜モドキと対峙していた先生二人が、コッチへぶっ飛んできた。

そのぶっ飛ばした犯人である暮桜モドキが、残心しながら俺達の方へ、表情の無い顔を向けてきた。

おいおい、元はといえ国家代表とか代表候補生クラスだった先生達を倒しやがったのか!?

ド派手な音を立てて俺達の前に落ちた先生達の操るラファールは、アンロックユニットが斬り落とされ、脚のスラスターが悲鳴を上げている。

終いには煙が上がって、ギュウゥンっと何かが沈む音がし、それに続いてオプティマスにメッセージが表示される。

 

『ラファール2機、シールドエネルギー残量300。機体中破。駆動系損傷により、戦闘続行不可能です』

 

「う、うぅ……」

 

「な、何……急に動きが……」

 

「しっかりして下さい!!大丈夫っすか!?」

 

目の前に倒れる先生の1人を助け起こすと、怪我が痛む様で顔を顰めてしまう。

 

「ぐっ……ッ!?に、逃げなさい3人共……ッ!!あれは、織斑先生の動きをトレースしてるわ……ッ!!貴方達じゃ、倒せない……ッ!!」

 

痛みに耐えながらも俺達に逃げる事を促す先生達だが、もうこの人達も戦えないだろう。

ラファールの駆動系はイカれちまってるし、何より――。

 

『……(チャキッ)』

 

「まぁ、やっこさんは俺達を逃しちゃくれないみたいっすね」

 

「で、でも、貴方達だけなら……」

 

「冗談言わないで下さいよ。怪我してる女を見捨てたりしたら、故郷に帰った時に婆ちゃん達に顔を合わせられなくなっちまう」

 

何より怪我した女を見捨ててくだなんて、後味が悪すぎる上に情けなさ過ぎるぜ。

元より暮桜モドキの方がヤル気になっちまってるんだから、逃げ様が無えわな。

先生達と戦っていた場所に立ったまま、此方に顔を向けて剣を構え直す暮桜モドキ。

この状況じゃ下手すると背中向けた途端にバッサリといかれるだろう。

何より、運ぶ怪我人が二人も増えちまった。

これじゃ余計にこの場から撤退するのは無理で愚策としかいえねえ。

 

《(ピッ)すまない鍋島。遅くなった》

 

《本当に遅いッスよ千冬さん。今までどうしてたんですか?》

 

と、暮桜モドキと睨み合う中で、やっと千冬さんから連絡が来た。

しかも何故かプライベートチャネルを使ってだ。

何時もは凛々しいその表情も、今は悔しそうな表情に覆われている。

 

《上役の戯言に付き合わされて、此方の身動きが取れなかったんだ……弁解の余地も無い》

 

《……戯言、ね……どうにも千冬さんのお顔を見ると、かなり嫌ーなニュースっぽいですけど?》

 

《……まず、言いたい事はあるだろうが……お前に、アレの相手をしてもらいたい》

 

ワォ、のっけから嫌な予感がするぜ。

まさか千冬さんご自身から、あの暮桜モドキを倒せと命じられるとはな。

 

《この大会は生中継で全世界に流れている。故にここで非常事態宣言を発令すれば、IS学園の警備に疑問の声が挙がってしまう。それと同じ理由で――》

 

《生徒を守る先生達がコレ以上あの襲撃者に負けでもしたら、今度は生徒の保護者からも声が出る……だから、他の先生達も出せない、と?》

 

《……そういう事だ……すまない、元次……これは学園長からの指示……いや、命令だ……覆せなかった》

 

滅多に俺に謝る事が無い千冬さんが、心底申し訳ないといった表情で俺に謝る。

それも仕方無いと思う……学園長って事は、千冬さんの直属の上司。

ここで歯向かえば、千冬さんは社会人としてペナルティを負うか、下手すればクビなんて事も考えられる。

一夏を養う千冬さんからすれば、そんな事はあってはならない。

社会人としては真っ直ぐで正しい事だと、俺は思う。

それと……まだガキの俺に戦わせる事に負い目があるんだろうな。

前のクラス対抗戦の時の無人機は、俺が勝手に行動しただけ。

今回は千冬さんから直接、アレと戦ってこいって言われてる。

……自分が生徒に対してそんな危険極まりない指示を出す事が、千冬さんには心苦しい筈だ。

あぁ、畜生、何で千冬さんのこんな悲しそうな顔を見なきゃいけねえんだよ。

折角兄弟と楽しい喧嘩してたってのに、こんな訳の分かんねえ事態になっちまうし。

学園長もそんな指示を権力使って千冬さんにやらせやがって……これが終わったら絶対に1発ブン殴る。

挙句の果てにゃ、千冬さんの剣を穢し、束さんの夢を踏み躙りやがって……考えれば考えるだけムカッ腹が立ってくるぜ。

 

《だが、お前が嫌だと言うならそれでも良い。今から部隊を編成して突入する様に動くから、お前はその場の怪我人を連れて退避を《俺がやりますよ……やらせて下さい》……元次》

 

さっきまでとは全く違う言葉を出そうとする千冬さんの言葉を遮る。

冗談じゃねえ、折角あの粘土カスを潰せるチャンスだってのに、引いて堪るかってんだ。

大体そんな事したら、千冬さんが学園長とか他の連中に責められちまうじゃねえか。

ドイツの誰かが作った訳の分かんねえ代物の所為で、一番悔しい筈の千冬さんが責められる……そんな理不尽で、胸糞悪い事、させるかよ。

 

《只、一つ条件があるッス》

 

《条件?……何だ?》

 

俺の言葉に首を捻る千冬さんに、俺は『猛熊の気位』を発動させつつ答える。

 

《この馬鹿騒ぎの幕引きは、兄弟にやらせたい……それだけです》

 

《……》

 

俺の出した条件に、千冬さんは真剣な表情を浮かべた。

身内を態々戦場に立たせろっつってんだ、その反応は当たり前だろう。

だが、千冬さんは管制室で俺達のやりとりを見てた筈だ。

例え声は届いていなくても、一夏の表情を見てれば分かってくれると、俺は思う。

 

《……良いだろう……お前達に任せる》

 

長い沈黙の末に、千冬さんはOKを出してくれた。

っしゃ、そうこなくっちゃな。

千冬さんのOKを受け取った俺は先生達から離れて前に立ち、暮桜モドキを見る。

向こうは雪片モドキを構えたままで、動こうとはしていない。

……見れば見るほど、不出来で不細工な真似事だな……気に入らねえ。

 

《元次》

 

《何ですか?》

 

俺は何時でも動ける様に神経を集中しつつ、話しかけてきた千冬さんの言葉に返事を返す。

既に向こうも飛び出す準備は終えてるから、耳は千冬さんの言葉に集中しつつも、意識はしっかり前に向けている。

 

《この状況でお前の強さを見せつけ、負傷した先生達を守れば、お前を目の敵にしている女性権利団体の連中も少しは大人しくなるやもしれん……だから――》

 

一度言葉を切って溜めを作った千冬さんは、何時もの不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

《世界中に、見せつけてやれ……ッ!!お前の、鍋島元次の――――男の強さを!!》

 

 

 

 

 

『お前の強さを見せつけろ』

 

俺が子供の頃から尊敬して止まない千冬さんの、俺の実力を認める言葉。

それを聞いた瞬間、俺の体中に歓喜の電流が奔る。

あぁもう……何でこの人はこうも俺をその気にさせるのが上手いんだか……。

 

 

 

 

 

そんな事を言われて、応え無え奴ぁ――。

 

 

 

 

 

「『やってやりますよ……ッ!!――――来やがれ!!ドグサレ人形ぉ!!!』」

 

 

 

 

 

――漢じゃ無えよなぁ!!!

 

 

 

 

 

千冬さんの言葉に答えると同時に、俺は自らの身体を最高状態にシフトする。

俺の挑発を聞いて戦闘の意志有りと取ったのか、暮桜モドキは剣を構えたままの姿勢で突撃してきた。

その速度は一夏の瞬時加速より速えが……千冬さん程じゃねぇ!!

 

『ッ!!(ブォン!!)』

 

圧倒的な加速度から繰り出される胴薙ぎの斬撃。

確かに千冬さんの剣筋に似てるが……あの人の剣はもっと、もっと速えんだよ!!

俺は構えた状態から、体の力を抜き、脱力しながら身体を深く沈める。

脱力して緩んだ筋肉で溜めを作り、肘を折りたたんで作った引き手の拳を――。

 

「『――ハァ!!!!!』」

 

真っ直ぐに振りぬく!!

 

『ッ!?(ズドォオオオオン!!!)』

 

刹那の瞬間、暮桜モドキの斬撃が当たるか当たらねえかの瞬間。

その瞬間的な間合いで拳を爆発的に加速させ、相手の力全てをこっちの攻撃力に変える、究極のカウンター。

それは速いスピードで走ってる時に、壁にブチ当たる事と同義。

モロにカウンターが入った暮桜モドキは放物線を描いて、再びアリーナの端へと戻っていく。

 

「『……『古牧流、虎返し』……今のは先生達を痛めつけてくれた礼だ』」

 

多分聞こえていないだろうが、それだけ言って、俺はハイパーセンサーで後ろの様子を見る。

既に先生達はラファールから抜け出して、一夏達の前に立っていた。

俺の傍には変わらず、無人のラファールが置いてある。

一方で肝心の一夏達の方は、まだエネルギーの受け渡しが終わってない様だ。

 

「お、おいゲン!?ちょっと待ってくれ!!俺はまだ……」

 

「動いちゃ駄目だよ一夏!!僕のリヴァイヴも損傷が酷くてバイパスからの流出が遅れてるんだから、もし途中でコードが抜けたら最初からやり直しになっちゃう!!」

 

どうやら俺が待ちきれずに暮桜モドキを潰そうとしてる様に見えたんだろう。

一夏は焦りながらコッチに来ようとしてるが、それをシャルルに止められている。

 

「『安心しろ。別にテメエの獲物横取りしたりしねえよ……だがなぁ――』」

 

俺は一夏に聞こえる様に声を少し大きくしながら、向こうでゆっくりと起き上がる暮桜モドキを見据える。

一夏にも言った様に、俺だってあの姿見てたら凄え腹が立つんだよ。

俺の大事な人達の誇りと夢が穢されてんだぞ?これ程面白く無え事は無えよなぁ!!

今まで我慢に我慢を重ねて、腹の底でグツグツ煮え返っていた怒り。

そして兄弟との意地を賭けた大事な喧嘩を中断してくれやがった苛つき。

思い返すだけでハラワタが捩れちまいそうな程の怒りが、俺の身体から燃え上がる蒼いヒートとして、怒気を乗せた声として顕現する。

 

「『お前だけがキレてると思うんじゃねぇぞ?……俺だってかなりドタマきてんだよぉ!!!最初から最後まで独占だなんて欲張り言わずに、お前が準備整うまでアイツをブチ殺がすのぐらいは、俺に譲れや!!兄弟ぃ!!』」

 

「ッ!?……分かったよ……お前にだってやらせなきゃ、不公平だもんな……どっちみち、俺の方はまだ時間が掛かる……その間、頼む」

 

「『おう……任せとけ……あの馬鹿たれに、やっちゃいけねえ事をやったらどうなるか……しっかりと教育してやっからよぉ』」

 

本当なら、最初から最後までやりてぇ所だろうに、兄弟は俺に譲ってくれた。

それに対して俺は背中越しに振り返りながら、ニヤリと口元を歪めて笑う。

今日の俺はトコトン暴れてぇ気分なんだ……あののっぺらぼうが泣きたくなるぐらいに、ヒートアクション連発してやるぜ。

……その際に後ろに居た4人にブルブルと震えられたのは、ちょっと傷ついた。

 

「お、おおう……あ、後な兄弟?……出来ればもう少し、その……優しい笑顔を見せた方が……か、観客席の人達も泣いちまうと思……思いますよ?」

 

一夏のおっかなびっくりといった具合の言葉に、残りの3人も高速で首を縦に振る。

……そんなに怖いか、今の俺?

度合いで言うなら、セシリアに家族を侮辱された時の方がヤバイ筈だがな。

確かに一夏の言う通り、ハイパーセンサーで拡大した観客席の人達は、結構怖がってる奴等が多い。

女性権利団体とか企業、政府の連中なんかは泣きそうになってるし……まぁ、好都合か。

見せてやるよ、女性権利団体共……俺の最強状態の喧嘩モード……冴島さん命名、『怒熊連撃』を。

そして、テメエ等が軽い気持ちで喧嘩吹っ掛けてる男が――どれだけ凶暴なのかもなぁ!!

 

『……ッ!!』

 

と、又もや俺に向かって突貫してくる暮桜モドキ。

まぁ雪片しか無えんだから、それしかする手は無えよな。

――でも、だからこそ真似事でしか無え。

 

「『何度も俺の前で……千冬さんの足元にも及ばねぇ真似事しくさってんじゃねぇよ!!この劣化人形がぁ!!!』」

 

今度は縦向きに振られた剣筋に対して、俺はスウェイを駆使して直ぐ横に避ける。

そのままサイドに回った体勢から両手を組み、ハンマーの要領で奴の後頭部目掛けて振り下ろす。

更にその攻撃と同時に膝の一撃を、奴のどてっ腹目掛けて叩き込む。

 

『(ドグシャァア!!!)ッ!?』

 

背中から後頭部への振り下ろし、前から腹に膝の重複打撃。

両方の強烈な打撃で身体を挟み込んで、相手の動きを遅くさせる。

これぞ『古牧流、受け流し』……修行中は上手く出来なかったが、この土壇場で成功して良かったぜ。

古牧の爺さんの話じゃ、本来は自分に出来る最高の技を無防備な敵に当てられる様に開発された技らしい。

ここから派生する技を持ってるのは、古牧さんが素質を見出したある男1人だけらしいが……今はどうでも良いか。

 

「『おらぁああ!!!』(ドゴォオオオ!!!)」

 

動きの止まった暮桜モドキの顔面に、重厚なヤクザキックを浴びせて前に吹き飛ばす。

更にヤツを吹っ飛ばして間合いが空いたこの内に、地面に落ちている『武器』を掴む。

 

 

 

そう――。

 

 

 

「『ぬぅん!!――っとぉ!!』(ガチャン!!)」

 

「「ちょ!?それは……ッ!?」」

 

俺が新たに手に持った『武器』を見て、シャルルと一夏は慌てた声を挙げる。

目の前に『転がっていた』超重量『武器』……先生の乗ってきた『ラファール・リヴァイヴ2機』を纏めて担いだ俺に。

ちなみに先生達はあんぐりと口を開けて呆けてた。

俺はそれを担いだままに突進し、地面に倒れた状態の暮桜モドキに渾身の力を籠めて、叩き落とす。

 

「『喰ぅらぁえええええええええええええええええ!!!!!!』」

 

『(ズドォオオオオオオオオオオオオン!!!)ッ!!!?』

 

俺の持つどの武装とも比べられない重みがある、IS本体×2を豪勢に使ったヒートアクション、『超・重量武器の極み』。

冴島さんに教わった中で、力自慢の俺ですら習得に一番時間が掛かった大技だ。

これには暮桜モドキも耐え切れなかったのか、起き上がろうと地面に付いていた手も一緒に地面へ埋まる。

俺は倒れ伏す暮桜モドキの前で仁王立ちしながら、歯を剥き出した表情でそれを睨む。

くそったれ……ッ!!戦えば戦う程に、俺を苛つかせやがる……これで千冬さんの力を真似たつもりかよ。

千冬さんの姿を真似ておきながら、俺程度にこんな無様を晒す暮桜モドキを見てると、俺の中の怒りがドンドン増幅される。

俺の最強喧嘩モード、『怒熊連撃』は敵をブチのめす事のみに主眼を置いており、攻撃が決まれば決まる程にヒートが増加していく。

欠点としては怒りに身を任せるスタイルだから、あんまりテンションが上がると俺自身何をしでかすか分からねえ。

まぁ、だからこそ――。

 

『……(ギ、ギギッ……)』

 

「『――があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!イライラすんなぁ!!チンタラしてんじゃねえよこの粘土カス!!とっとと起きろゴラァ!!』」

 

『(ゴス!!)ッ!?』

 

こういう心底ムカつく手合には、遠慮も手加減も無くやれるんだよなぁ!!

膝立ちの体勢からゆっくりと起き上がろうとする暮桜モドキの顔にサッカーボールキックをブチ込み、無理矢理身体を起こさせる。

 

「『千冬さんはこんな攻撃でフラついたりしねぇし、その前にこんな状態にすらならねぇ(ガシッ)――よぉ!!』」

 

『(ガァアアアン!!!)ッ!!!?』

 

更に無理矢理立ち上がった暮桜モドキの肩を掴んで、背中を思いっ切り逸らして勢いをつけた頭突きを叩き込む。

立ち上がろうとする相手の先を潰し、此方の攻撃へスムーズに移行する技、『破顔の極み』だ。

頭を攻撃されてたたらを踏みながら後退する暮桜モドキだが、まだだ……こんなモンじゃねぇぞ、俺の怒りはぁああ!!

さっきまでの喧嘩でシャルルが使っていた俺の『ストライカーシールド』を地面から回収。

そのままシールドの淵を両手で握り、真上に振りかぶってから叩き落とす、『重撃の極み』を繰り出す。

 

「『なぁにが千冬さんの動きをトレースだぁ!?ボケた事やりやがって!!滅茶苦茶ぁ……弱えぞぉ!!』」

 

『(ボゴォオオオ!!!)ッ!?――ッ!!(ブゥン!!)』

 

シールドで殴られて後ろへ転がる暮桜モドキ。

だが、そこから体勢をクルリと翻したかと思えば、そのまま片手で雪片を握って突きを繰り出す。

苦し紛れに振ったそんな弱っちい剣が、俺に届くか!!

 

「『ガラクタの!!スクラップめ!!この!!』」

 

『(ゴスゥ!!)ッ!?(バキィ!!)ッ!?』

 

飛んでくる突きに対して身体を沈め、剣に添う形で見えた背中へ左フックを一発。

その攻撃で背中のアーマーを模した部分が少し破壊されるが、暮桜モドキは少しよろめいただけで、それを気にせずに伸ばした剣を反対に薙ぐ。

勿論そう来る事は予想出来てたので、もう一度身体を沈めてそれを回避。

全身のバネが縮められた状態から、一気に力を解放し――。

 

「『らっしゃぁああああああああ!!!(ドゴォオオオ!!!)』」

 

渾身の右ラリアットを、文字通り奴の首をブッ千切るつもりで放った。

その威力に負けて吹っ飛ぶ暮桜モドキへ、俺は右手からエナジーソードを展開して迫る。

後方へ転がりながらも体勢を立て直していた暮桜モドキだが、攻撃に移るのは俺の方が断然速い。

 

「『だらあぁ!!』(ズブシュ!!)」

 

『ッ!?』

 

「『オラァもう一発ぅ!!』(バゴォ!!)」

 

パンチの要領で突き出したエナジーソードは暮桜モドキの肩を貫き、そのまま肩を切り開いて抜ける。

そのまま肩を抉られて背を向ける奴の前に出た体勢から腕を振るい、肘鉄の一撃を加えてやった。

更に肘鉄の勢いを殺さずに俺自身が回転。

エナジーソードを展開していない左手で暮桜モドキの首根っこを引っ掴み、アリーナの端目掛けて思いっ切り投げ飛ばす。

連撃に次ぐ連撃を喰らって為す術も無く、無様に地面を転がる暮桜モドキ。

それをフンと鼻息を鳴らしながら、俺はエナジーソードを収納しつつ吊り上がった目つきで睨む。

ダメージは蓄積してるのか、遂には立ち上がっても、フラフラとした体勢で突っ立ってやがる。

……何回俺の前で、千冬さんの姿で……無様な姿晒すつもりだアイツァ……ッ!!

 

「『フーッ!!フーッ!!……まだだ……ッ!!……こんなモンじゃあ……まだ『怒り足りねえ』んだよクソがぁああああああ!!!』」

 

『ッ!?』

 

「『ソラソラソラソラァ!!!』」

 

『ッ!!?ッ!!?ッ!!?ッ!!?(ドゴドゴドゴドゴドゴ!!バキィ!!)』

 

叫び声を挙げながら暮桜モドキに突撃し、無防備な奴の腹へジャブ、アッパー。

更に顔面への左右フック、ストレートと連続で叩き込み、右のハイキックから流れる様に軽く飛んで右回し蹴りを腹に叩き込む。

最後のブロウで暮桜モドキが後ろへ下がったトコを狙い、トドメに――。

 

「『ぜいぃいいいやぁあああああ!!!』」

 

『(ズドォオオオオ!!)ッッッ!!!?』

 

右回し蹴りから跳び上がっての、胴回し回転右蹴りを顔面にお見舞いしてやった。

最早無様というか情けない格好で雪片モドキを手から離しながら後ろ向きに飛んで行く暮桜モドキ。

何時の間にか左のアンロックユニットも吹き飛んでるし、満身創痍ってのが良く似合うぜ。

既に会場の喧騒は止み、辺りを満たすのは静寂だけだ。

その殆どの人間が、俺の喧嘩……というか、暴れん坊っぷりに度肝抜かれてるっぽい。

 

「……俺達、良く死ななかったよな」

 

「……僕、もう絶対に元次とは戦わない……あんなにされるぐらいなら、逃げて負け犬って言われた方がマシだよ」

 

「……シャルル……後どれぐらいでエネルギー送れる?」

 

「も、もう後……5分くらい?」

 

「は、はははっ。そっかぁ……下手すると、兄弟が全部潰しちまうかも、な……は、はは……」

 

「え、えっと……元次に、ちょっと待ってって言うのは……」

 

「シャルル、言ってくれるか?」

 

「ッ!?(ブンブンブン!!)←(高速で首を横に振る音)」

 

「だよなぁ……」

 

まだ理性が残っていた俺は、コイツにトドメを刺す役割の一夏をハイパーセンサーで確認するが、一夏はシャルルとまだエネルギーの受け渡しを行なってる最中だった。

あんまりゆったりしてんじゃねぇぞ、兄弟……俺が本格的に訳分かん無くなって暴れても、知らねぇぞ?

ハァアァア……と大口を開けて荒い息を吐き出しながら、俺は自分でも分かるほどに口元を吊り上げて笑う。

 

「『HAアAァ……はYAく立てヨ、粘土カス……じゃねぇともう……キレ過ぎTE、バラバラにしちMAうゼ?』」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

獰猛と言い表すのが適切な笑みを浮かべながら体中の血管が浮き上がる元次の姿は……正しく、『ケダモノ』としか言えないだろう。

そのケダモノの前で地面に膝を付くのは、戦乙女の不出来な成り損ない。

 

 

 

怒りに狂う野獣が全てを喰らうのか?

 

 

 

堕ちた戦乙女の剣が野獣を制するのか?

 

 

 

はたまたこの騒動の幕を引くのは、戦乙女の剣を正当に継いだ騎士(ナイト)なのか?

 

 

 

『……(ギュゥウン……)』

 

 

 

Error……Error……Error,Error,Error,Error,Error.

 

 

 

 

 

System Update……Complete.

 

 

 

 

 

《Valkyrie Trance Form System》――.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――boot.

 

 

 

 

 

「――ふふっ。始まったわね……さぁ、見せて頂戴、ぼうや達……ISの新たな可能性を……」

 

 

 

 

 

――全ては、脚本家のみが知る。

 

 




白式とリヴァイヴのシールドエネルギーはオリジナルです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

墜牙



バトルマジで難しい(泣)

ついでに原作改変www


それと、生き物狂い様から元次君の絵を描いて頂けました!!

もう私感動で胸が張り裂けそうです!!

生き物狂い様、本当にありがとうございます!!

しかも私の描いた落書きとは比べ物にならないハイクォリティ!!

これが腕の差って奴ですねwww

カッコイイ元次君をありがとうございます!!




 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「『――があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!イライラすんなぁ!!チンタラしてんじゃねえよこの粘土カス!!とっとと起きろゴラァ!!』」

 

「ひぃ!?」

 

観客席に備え付けられた音声スピーカー。

そこから音声レベルを調整されながらも、正に怒号と呼ぶに相応しい言葉が流れる。

その声に続いて目の前で行われる蹴り、からの頭突き。

怒りに染まった元次の表情が、観客席に座る少女達に恐怖を植え付ける。

たった今悲鳴を挙げたセシリアがその良い例だ。

 

「あ、あいつ滅茶苦茶キレちゃってんじゃない……ッ!?っていうか、今までアタシ達と戦ってた時より格段に強いし……これがアイツの本気って……マジで勝てる気しないわよ……ッ!!」

 

「うぅ……ッ!?こ、声が重い……ッ!!直に相対していない私達ですら、こうさせるとは……ッ!!」

 

更にその悲鳴に続いて、元次と付き合いの長い箒と鈴が驚きの声をあげる。

セシリア程では無いが、二人も怒れる元次の姿を見て身体を強張らせていた。

尤も、二人がそれで済んでいるのは付き合いの長さと、育んできた友情があるからだ。

箒は幼少の頃に、鈴は中学の頃に、共に其々元次との友情を築いた。

何かと自分達の心配をしてくれて、怒る時は怒る。

鈴は中学の苛めから助けてもらい、箒は最悪だった姉妹仲の不和を解消してもらった過去がある。

一夏に向ける思慕の情では無いにしろ、二人にとっては大事な幼馴染みだ。

だからこそ、今アリーナで暴れる元次の怒りを浴びても言葉を発する余裕があるのだ。

他の女子に至っても、怖いとは思いつつも心の中では元次の事を応援している。

何より彼女達はクラス対抗戦の折に、元次が身体を張って自分達を助けてくれたのを理解している。

だからこそ、元次に対して感謝こそすれ、恐れる気持ちは湧いてこなかった。

ここで一番悲惨なのは、未だに元次に対して悪感情を向けていた女尊男卑主義の者達である。

実は前回のクラス対抗戦で元次に助けられようとも、まるで感謝すらせずに元次に行動が遅いと怒鳴り散らす者も居た。

そういった者達を元次があの緊急事態で一々相手にする筈も無く、「喋ってる暇があんならとっとと失せろ!!」と怒鳴って追い払った程度だ。

だから今回のトーナメントで当たったら目にもの見せてやろうと考えていた女子達だが――。

 

「あ、あぁ……ッ!?(ガチガチ)」

 

「ひ、ひっぐ……ッ!!い、嫌ぁ……ッ!!」

 

結果としては、元次の声を聞いただけで涙を流す程に恐怖している。

今まで見下していた相手の声に染み込んだ、純粋な怒気。

それが、彼女達の中にあった人間の本能に訴えかけるのだ。

自分達は生き物としての順位を超えて、喧嘩を売ってはならない相手なんだと。

 

「わぁ~……ゲンチ~、すっごく怒ってる~……ムカ着火ファイヤ~だよ~」

 

「……やっぱり、元次君にとって……織斑先生って、特別なんだね」

 

「お、お二人はあの声を聞いても平気なんですか?」

 

しかしそんな風に恐怖に戦く人間ばかりでは無いのも事実。

セシリア達と一緒に観戦していたさゆかと本音の二人は、鈴や箒よりもかなり楽な様子だった。

そんな二人に驚いた表情で声を掛けるセシリアだが、二人はその言葉に対しても普通に返す。

 

「う、うん。私にとって、元次君が怒ってるのは……私を守ってくれた時と重なるから……」

 

「私も~さゆりんと一緒だよ~。怒ってても~、ゲンチ~の優しい所を知ってるから、大丈夫なのさ~」

 

セシリアの問いに対し、さゆかは少し頬を染めつつ、本音は無邪気に笑いながら答える。

さゆかはクラス対抗戦で元次に助けられた事を思い出し、本音は少し前に自分を貶めた先輩に対して元次が怒ってくれた事を思い出している。

どちらも度合いは違うが、元次が他ならぬ『自分の為』に怒りを顕にしてくれた事だ。

自分という存在を守ってくれる存在に対して感謝すれど、恐怖を持つ事は無い。

とどのつまり、二人は元次が怒りを露わにする事が、『自分以外の誰かの為に怒る』事が多いと認識しているのだ。

誤解の無い様に言うなら、セシリア達が二人より怯えてる理由としては、模擬戦等で元次にボコボコにされてる事がウェイトを占めている。

要は元次の優しい所を知りつつ、あの威圧感をまともに浴びた事があるか無いかの違いなだけだ。

そこが、今の3人と2人の温度差となっている。

 

「ま、まあ確かに、ね……ッ!!でも、アタシはやっぱ慣れないわ、アイツのアレだけは……ッ!!」

 

「というかだな……ッ!!お、幼馴染みの私と鈴が慣れていないのに、夜竹と布仏が先に順応してるのはどうなんだろうか……ッ!!」

 

「アタシも今箒と同じ事思った……ッ!!……や、やっぱ、恋は人を変えるのかしらね?(ぼそっ)」

 

「……そういう事だろう(ぼそっ)」

 

「わたくしは、以前の事がフラッシュバックして……と、とても慣れるのは無理ですわ」

 

さゆか達の答えを聞いた鈴達は微妙な表情でアリーナへと目を向ける。

その先では、先程の攻撃から更に盾を叩きつけからラリアットのコンボ。

吹き飛んだ相手の肩を剣で貫き、肘打ちから流れる様に投げ飛ばすという、一種の暴挙が行われていた。

今のを見るだけで箒、セシリア、鈴の中では「相手が可哀想では?」という思いが渦巻き始める。

何せ普通の喧嘩では見る事の無い一方的な攻撃の嵐。

いやそもそも『喧嘩』というモノが成り立ってすらいない。

 

 

 

彼女達の目の前で行われているのは只々一方的な――。

 

 

 

「『フーッ!!フーッ!!……まだだ……ッ!!……こんなモンじゃあ……まだ『怒り足りねえ』んだよクソがぁああああああ!!!』」

 

 

 

――獣による蹂躙劇。

 

 

 

それは留まる所を知らず続けられるリンチの続行宣言となって、再び暴風が吹き荒れる。

圧倒的に膨張した筋肉から放たれる剛撃。

それを連続で叩き込み、腕の3倍と言われる蹴り、更に回転を加えた胴回し回転蹴りによる追加攻撃とくる。

初めに喧嘩を売ったのがラウラのISの異常な状態とはいえ、3人は同情を禁じ得なかった。

 

「……怒り足りないそうですわよ……確かに、わたくしの時よりはまだ、雀の涙くらいは『温厚』に感じますが……」

 

「あぁ、うん。聞こえた……まだ堪忍袋の尾が切れた訳じゃないらしいわね……」

 

「……セシリアに怒った時が、恐らくゲンの堪忍袋の尾が切れた時の怒りだろう……またあそこまで怒る可能性もあるという事だろうか」

 

「ひょっとしたら~、それも突破して、カム着火インフェルノォオオ~☆になるのかな~?」

 

「「「止めて(ください)(よ)(くれないか?)」」」

 

「あ、あはは……さすがにそこまで元次君が怒ったら……うん……ちょっとだけ怖い……かな?」

 

「アレより上をちょっとだけって言える辺り、夜竹も大概だ」

 

「っていうか本音。そんな不吉なフラグ建てるの本気で止めてよ。心臓に悪いったらありゃしないわ」

 

「……わたくし、本当に生きていられて良かったと、神に感謝を捧げています……ッ!!」

 

本音が建てた不吉且つ物騒極まり無いフラグに、箒達は真剣な表情で懇願する。

そんな3人に対して、まだ苦笑いしながら言葉を返せるだけ、さゆかと本音の胆力はかなりのものと言えるだろう。

 

「『HAアAァ……はYAく立てヨ、粘土カス……じゃねぇともう……キレ過ぎTE、バラバラにしちMAうゼ?』」

 

等々言葉の発音すら危うく聞こえ始め、箒達はいよいよ心穏やかではいられなかった。

このまま攻撃が続けば、最終的にはラウラの変化したISを迎える先は、ジャンクヤードと簡単に予想できる。

それでなくともあのISの変化の仕方は、この場に居る誰にも判らないモノであり、ラウラの安否も気になるところだ。

いや、あの変化の正体を知るドイツや各国の代表はまた別ではあるが、彼等も己の保身の為に知らなかったと言い張るであろう。

何せそのシステムは、IS界で禁忌とされた程に曰くつきの代物なのだから――。

 

 

 

――だが、彼等は知らなかった。

 

 

 

『……(ギュゥウン……)』

 

 

 

 

ラウラのISに積まれたシステムが、他者の悪意によって更なる悪魔のシステムに変貌しているなど――。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「『DOしタ?……まさか、KOんNAモンでおWAりだとか言ウんジャねーだろーNA?……あぁ?』」

 

渦巻く怒り、殺意を凝縮した獰猛な笑みを浮かべながら、俺は目の前で膝を付く暮桜モドキに言葉を掛ける。

しかし奴は俺の言葉を理解してないらしく、只膝を付いた姿勢のままだ。

特に動こうともせずに、その場で静止してやがる。

……ちっ、どうやら此処らで限界らしいな……心底つまんねえ相手だったぜ――。

 

『……(ズグリ)』

 

「『……あ?』」

 

そう思った矢先、暮桜モドキに変化があった。

肩の辺りに浮かんでいたアンロックユニットが泥の様に溶けて、奴の肩に吸収されたのだ。

更に変化は起こり、腰の辺りのスカートアーマーが脚へと融合。

騎士甲冑の様な形だった暮桜モドキの脚の爪先部分に、針の様な造形が多数施されていく。

 

『……(キュイン)』

 

「『……のっぺらぼうが、いっちょ前なアクセント付けやがって……』」

 

最後には、今まで顔の造形が無かった奴の顔に、赤く光る目が開かれた。

切れ長の鋭い目は怪しい光を灯しながら、その双眼で俺を視界に捉えて雪片モドキを構える。

しかも、構えは千冬さんと一夏が使っていた八相の構え……野郎ぉ……ッ!!

凝りもせずに真似事ばかりを繰り返す暮桜モドキを見て、俺の顔に浮き上がる血管の数が増えていく。

どうやら奴は、怒らせて俺の血管を破裂させてぇらしい。

 

『……ッ!!(ギュオォオオン!!)』

 

そして、奴は雪片モドキを八相に構えたまま、俺へと突撃してきた。

 

「『性懲りもなく馬鹿の一つ覚えか!!この――猿真似野郎がぁああああ!!』」

 

何度も同じ事しか繰り返さない暮桜モドキに吠えながら、俺はエナジーソードを展開して迎え撃つ。

あぁもう良い!!もう嬲るのもコイツが動くのも見たくねえ!!兄弟が動ける様になるまで、大人しくさせてやる!!

手の甲に展開されているエナジーソードを取り出して手に握り、俺は自身を回転させて横薙ぎの斬撃を繰り出す。

奴の胴を狙った横薙ぎの一撃は、八相に構えて無防備を晒す暮桜モドキの胴へ向かい――。

 

 

 

『……ッ!!(ギィン!!)』

 

「『なっ!?』」

 

 

 

地面に垂直に立てられた雪片に防がれ、奴はその勢いを利用して『宙を回転した』

そのまま地面に刺さっていた雪片も回転し、俺の視界から完全に消える。

余りにも信じられない。

そんな思いが俺の心を駆け巡った瞬間――。

 

「『(ぞくぅ!!)ッ!?うぉおおおおおおおおおおおお!!!(ブゥン!!)』」

 

本能が鳴らす警報に、全身の毛穴が泡立ちながらも、俺は最速でエナジーソードを後ろに振るう。

しかし俺の渾身の一撃は奴よりアクションが一歩遅い。

振り返った先では、着地よりも先に雪片モドキを振るう奴の姿があり――。

 

『……ッ!!』

 

「『(バザァ!!)ぐあ!?』」

 

俺はエナジーソードごと切り払われ、ヤツの一撃に耐えかねた身体が後ろへと飛ばされる。

肩に奔る激痛に一瞬顔を顰めてしまうが、そのまま空中で一回転して、地面に膝と脚を付けて滑りながら後退していく。

 

「『う、ぐぅ!?(ズザザザザ!!)ッ!!はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!テメェ……ッ!?』」

 

『……』

 

「『『剛剣、猿返し』……ッ!!まさか、俺の技を使うとはな……』」

 

後退がストップした瞬間にエナジーソードを片手で構えつつ、俺は暮桜モドキを注意深く観察する。

既に奴は立ち上がっているものの、俺を見るだけで何もしてこない。

さっきとは立ち位置が入れ替わり、暮桜モドキの足元には、俺が『超・重量武器の極み』で叩き付けたラファール2機が転がっている。

更にそこから離れた場所でシャルルからエネルギーを譲渡してもらってる一夏達。

先生達も含めたその面子の表情は、斬られた俺に対して驚愕の表情を浮かべていた。

俺は表情を歪めながら奴から視線を外さず、ハイパーセンサーで視界を広げてオプティマスの損害状況を見る。

肩当てを深く斬られちゃいるが、俺の身体はそこまで深い傷にはなっていない。

……『猛熊の気位』を突破してダメージを貰う事になるとは……。

斬られた身体に関してもアーマーの隙間から血が滴るが、動かせないってレベルでは無いのが幸いだ。

 

『肩部アーマー損傷、残存エネルギー2860』

 

くそ、模倣とはいえさすが雪片ってトコか……今の一撃で結構なエネルギーを消耗しちまった。

奴との距離はそこまで離れていないが暮桜の戦闘法をトレースしてるってんなら、この程度の距離は開いた内に入らない筈だ。

それは俺に関しても言える事だが……。

 

「『変身した途端に動きが変わりやがって……お手軽にパワーアップってか?』」

 

『……』

 

「『ちっ、相変わらずだんまりかよ……そんな目付きより、お喋りな口を作って欲しかったぜ』」

 

悪態を吐きながらも、身体は警戒を止めない。

喰らって分かったが、今の『剛剣、猿返し』は俺の技とも、千冬さんの動きとも違う。

俺の特徴と千冬さんの特徴が混ざった様な剣筋だった。

今までの様に、過去の千冬さんのデータを弱くなぞっただけの劣化コピーとは違いすぎる。

――コイツは、もうトレース(模倣)の域を超えている……コイツは、闘いながら変化してるんだ。

千冬さんだけの動きじゃなくて、戦った相手の動きをミックスして強くなっていく。

俺とした事が何てザマだよ……異常な状態に変貌してるISに、油断しすぎた。

緩んだ心を引き締めながら、俺はエナジーソードを収納して構えを取る。

使い慣れていない剣を使うより、俺には拳の方がやりやすいからな……さぁ、来やがれ。

 

『……(ガシャ)』

 

「『ん?……何を――』」

 

相手を格下とは思わず、冴島さん並の強者だと認識を改めた俺だが、奴はそんな俺から視線を外して、突如地面に膝を付いた。

屈めた身体から伸ばされた腕は地面……では無く、地面に横たわるラファールへと添えられている。

……まさか、超・重量武器の極みまでもやるつもりなの――。

 

 

 

『……ッ!!(バチチチチチ!!!)』

 

「『ッ!?何だ!?』」

 

 

 

しかし目の前で行われている出来事は、俺の予想とは全く違う出来事だ。

ラファールに添えられていた奴の手から、眩いばかりの紫電が迸り――。

 

 

 

グニュグニュグニュ!!!

 

 

 

「『……おいおい……デザートは頼んで無えんだけどなぁ……』」

 

 

 

何と、触れられていたラファールまでもが、暮桜モドキと同じ様な泥へと変貌しやがった。

それを呆然と眺める俺だったが、目の前の事態は俺を置き去りに進み、やがて2つの泥は流動して混ざり合い、形を変えていく。

しかしそれも直ぐに分離して……大きさの違う2つの塊に分かれた。

……紫電が鳴り止み、泥が流れる光景が終わった頃には、その泥は暮桜モドキの両脇に『姿』を表す。

それぞれ別の形をしているが……目の部分だけは、暮桜モドキとそっくりだ。

 

『……』

 

『……』

 

新たに作り上げられた、2体のIS『らしきモノ』。

奴等は暮桜モドキと同じく何も語りはしない……だが、俺を見つめるその目を見れば分かる。

カンッペキに俺を敵と見なしてる目だ。

最早ラファールの面影を微塵も思わせないその2体の新たな敵の姿は、ハッキリ言って異常の一言に尽きる。

まず俺と同じでアンロックユニットが存在していない、ISらしからぬ見た目。

そして、千冬さんの姿を真似たあの暮桜モドキとも違って、残りの2機は人の……パイロットの形すら作られていない。

完全な全身装甲を模した形だが……見た目はあの無人機の方が全然人間っぽい。

一体はずんぐりとした身体に、細い手足を無理矢理生やした様な形をした、身軽な印象のISだったモノ。

逆三角形の形に手足と頭が付いたフォルムは、出来の悪い人形みたいだ。

もう一体はさっきの奴とは真逆で人間に近い形をしてるが、正に重装甲を地で行くフォルムを有してる。

身長で言えば俺とオプティマスよりも頭5つ分はデカイ。

あの無人機ですら俺と同じか、微妙にデカイぐらいだったってのに、コイツは横幅も俺以上だ。

 

『ラファール・リヴァイヴ2機、原因不明のシステムに感染。再構築されました。……機体名称『スタースクリーム』、及び『ブラックアウト』活動を開始』

 

……スタースクリームにブラックアウト、ね?

謎のシステムって……いよいよもって何やらかしてくれたんだ、ドイツのお偉いさん達はよぉ?

ここにきて新手追加とか、イージーモードと思って安心してたら実は修羅でした並の詐欺感だぜ。

最早異常事態を軽くぶっ千切ってヤバイ領域に入ってるんだが……千冬さんに連絡入れるか?

 

 

 

未だに動こうともしない3体の未確認機体を前に、プライベートチャネルを開こうとし――。

 

 

 

『『『……ッ!!!(バァアアアア!!)』』』

 

「『――ッ!?おぉおおおおおおおおおおおおおお!!!(ドォオオオオ!!)』」

 

 

 

刹那、突如として行動を開始した3体の行く先を見て、俺は即座に瞬時加速を使った。

エネルギーの消費が激しいが、そんな事を言ってられる状況でも無い。

冗談じゃねえぞ!!何で、何でアイツ等――。

 

「な!?何故こっちに!?」

 

「ッ!?シャルル!!」

 

「ッ!?間に合わな――」

 

俺じゃなくて、ISに乗って無え一夏達を狙いやがる!?

奴等が行動を開始して向かった先は、エネルギーを渡していて動けないシャルル達の元だ。

幸いにして、全員の速度はそんなに速くなく、俺の瞬時加速の方が速い。

直ぐ様現れた2体を抜かして先頭を走る暮桜モドキに追い付いたが、既に一夏達は目の前だ。

二人の前には武器が無くても二人を守るという意志を体現して先生達が立ち塞がっているが、それも全く意味は成さないだろう。

一夏達に的を絞ったコイツ等は、4人を守らなきゃならねえ俺と違い、そのまま速度を乗せて突撃するだけで事は済む。

横合いに並ぶ事は出来ても、このデカイ図体のISを止めるには殴るだけじゃ足りねえ!!

 

 

 

――くそ!!……できればやりたくなかったけどよぉ……こうなったら俺が――。

 

「『――うっおぉおおおおおお!!(ギュァアン!!)』」

 

『(ドゴォオオオオ!!)ッ!?』

 

俺自身が『砲弾になる』しか無え!!

 

 

 

俺は瞬時加速中にも関わらず、自分のメインスラスターを思いっ切り稼働させ、瞬時加速中に『軌道を無理やり変えた』

音速に迫る速度の中で、膨大な自然の力に固定されていた身体を無理矢理横に捻るという愚行。

俺は瞬時加速中に無理をして軌道を変えてはいけないというタブーを破ったのだ。

 

「『(ギチギチ!!)ぐっ!?……うぅうぅうううぁああああ!!!』」

 

ギチギチと身体がブッ千切れそうな音が鳴り、体中の骨や肉が軋む。

歯を食い縛ってその痛みに耐え、そのまま伸ばした腕で暮桜モドキの腰を掴んで引き摺り倒す。

圧倒的な速力を乗せた大型の砲弾の勢いに押され、暮桜モドキと俺は地面へと突撃する。

しかしこのままだと奴は直ぐにでも行動を開始してしまうと考えた俺は、転がりながら体勢を整えて一夏達の方へと向きを変えた。

案の定、暮桜モドキは既に引き倒された体勢から起き上がっている。

ならもう一度引き倒してやるまでだと接近すると、奴は起き上がった体勢から左足で蹴りを放ってきた。

 

「『フン!!(ガシィ!!)』」

 

俺はその蹴りを左手で脇に抱え込む様に捕らえ、空いた右手で垂直エルボーを繰り出す。

狙う先は、奴の膝関節部分だ。

 

「『でりゃあ!!(グシィイ!!)』」

 

『ッ!?』

 

金属がひしゃげる様な鈍い音が奴の膝から鳴り、少量の火花を散らせる。

叩き付けた肘打ちの威力で脚が地面に着くが、駆動系がイカれちまったらしく、暮桜モドキは膝を着く。

チャンス到来ぃいい!!

 

「『だらぁ!!(バゴォ!!)』」

 

良い位置に降りた顔面へと、今日何発目か分からない膝蹴りを叩き込んで、奴を一夏達から引き離す。

 

『ッ!!(ボォオオオ!!)』

 

「『テメェはコソコソ何処行こうってんだよぉ!!(ガシィ!!)』」

 

『ッ!?ッッッ!!』

 

そして今しがた蹴り飛ばした暮桜モドキの影に隠れて俺を抜かそうとした逆三角形のIS……スタースクリーム。

俺はソイツに向かって、暮桜モドキを蹴り飛ばした体勢から半円を描き、遠心力を乗せたラリアットを首に当てる。

但しソレは吹き飛ばす為の技では無くて、奴の動きを一旦止める為のモノだ。

右のラリアットで動きが止まったソイツの横を回る様に動いて背後に陣取り、返す左手で後頭部を殴りつける。

その勢いでつんのめったスタースクリームの首に、後ろから右手を巻き付けて体勢を下向きに抑えこむ。

と、今度は先の膝蹴りから回復した暮桜モドキが後ろから襲い掛かってきた。

 

「『テメェも大人しくしてろっ、ボケェ!!(ズドン!!)』」

 

『ッ!?』

 

危うく後ろから斬られそうだったが、寸での所で俺の後ろ蹴りが当たり、奴は後ろへ転がっていく。

良し!!後はコイツも一夏達から引き離して距離を取らねえとな!!

 

『ッ!!(ガチャ、キュイィ!!)ッッッ!!(ババババババ!!)』

 

「『うお!?このヤロォ!!皆下がれ!!』」

 

「ッ!?二人共屈んで!!」

 

「うわぁあああ!?」

 

「あ、危ねえ!?」

 

「『ッ!?この――狙う相手が違うだろうがぁあ!!』」

 

しかし安心したのも束の間だった。

俺に首根っ子を抑えられたスタースクリームが右手からマシンガンを出して乱射し始めやがった。

それがもう半歩前に居たら当たっていたという場所に着弾し、一夏とシャルルの悲鳴が聞こえてくる。

さすがにマシンガンはどうしようも無く、今の状態の俺には銃撃を止める術が無い。

唯一この場で有効なのは、一夏達との距離を引き離す事だが――。

 

『……(ズシンズシン!!)』

 

後ろからは重厚な足音を響かせて、あの馬鹿デカイIS……ブラックアウトとか言うのが迫ってきていた。

しかも右手に丸ノコの様な物騒なモンを装備して回転させながら。

くそ!!向こうに対応したらコイツが行くし、コイツに対応したら向こうが迫ってくる。

なら、コイツ等を両方引き離すには――こうするしかねぇ!!

 

「『うぉおおおお!!』」

 

気合の雄叫びを挙げながら、俺は両手で抑えていた逆三角形のISを持ち上げて眼前に持ってくる。

そのまま身体を後ろに反転させると、あのブラックアウトを目前に捉えた。

俺はスタースクリームを掴んでいた手を離し、渾身の力で前足を突き出す。

 

「『じぃえりゃぁああああああ!!!(ドゴォオオオオ!!!)』」

 

『ッ!?』

 

力いっぱい突き出した前蹴りが逆さ向きに宙に浮いていたスタースクリームの顔にブチ当たると、奴は前向きに飛び――。

 

『『(バゴォオオ!!)ッ!?』』

 

ブラックアウトを巻き込んで、アリーナの地面をゴロゴロと転がっていく。

アイツ等が何で一夏達を狙ったかは分からねえが、ISの無えあいつ等に攻撃が当たったら一巻の終わりだ。

兎に角、奴等を皆から引き離さねえと危険さ!!

 

「『ハァ、ハァ!!皆もっと下がれ!!俺も出来るだけ奴等を引き離しておくから――』」

 

「元次!!後ろぉ!!」

 

「『ッ!?ぬおぉおおおおおおおお!!』」

 

『(ガシィ!!)ッ!!ッ!!』

 

「『ぐぅ!?(ギギギ!!)パワーまで跳ね上がってやがるのかよ……ッ!!厄介な事この上ねえなぁ……ッ!!』」

 

息も絶え絶えに一夏達の方を向いて忠告を飛ばす俺だったが、シャルルの切迫した声で直ぐに振り返る。

最初に吹き飛ばした暮桜モドキが俺に向かって雪片モドキを振り上げていたのでギリギリそれをエナジーソードで受け止める。

それでも暮桜モドキは力を込めて強引に俺を押さえ込もうとしてきやがった。

予想外の力に苦悶の表情を浮かべるが、更に悪いのは暮桜モドキの後ろからさっき吹き飛ばした2体が迫ってる事だ。

どうやら標的を俺に絞ったらしい。

それ自体は好都合だが、このまま3体纏めて突撃されちゃ、ここを突破されちまう。

そんな事をさせて堪るかってんだよ!!

俺は暮桜モドキと鍔迫り合いをしたままの状態で、スラスターを稼働させて暮桜モドキと共に前に進む。

最初は地面に脚を着いて踏ん張っていた暮桜モドキだが直ぐに耐え切れなくなり、後ろへと体勢を崩した。

更に後ろから迫っていた2体のISを巻き込む。

さすがに3体の反対する力ともなれば、オプティマスの前進は止められてしまうが……。

 

「『――うらぁああああああ!!!』」

 

『『『ッ!?』』』

 

その状態で瞬時加速を使うと、かなりのスピードで奴等を纏めて押し出す事に成功。

奴等と揉み合った状態で、アリーナの壁に激突する。

 

ドゴォオオオオ!!

 

「『が!?……捨て身の一撃なんて、やるモンじゃねえぜ……ッ!!』」

 

奴等と揉み合いながらぶつかった俺だが、直ぐに身体を起こして奴等の手を振り払う。

俺は激突した衝撃に意識を持っていかれない様に踏ん張りながら、斜めに転がって奴等から離れて体勢を整える。

よし、何とか皆から引き離す事には成功し――。

 

『ッ!!(ギャリィ!!)』

 

「『おわ!?』」

 

しかし、起き上がった俺の目の前では、既にスタースクリームが起き上がっていて、俺に攻撃を仕掛けてきやがった。

さっきのマシンガンと同じ様に手の辺りから生やされたブレッドスライサーの一撃を胸に受けて後退してしまう。

そうこうしてる内に、アリーナの壁にぶつけた残りの2体も起き上がってくる。

くそ、殆ど堪えてねえのかよ……まぁ、あの2体は操縦者が居ないってのに稼動してる時点でおかしいか。

この間の無人機といいアイツ等といい、一体どうやって動いてんだ?ISってのは人が居なきゃ動かねえんじゃ無かったのかよ。

かなりの速度を出して、しかも壁と俺の間にサンドしてやったのに、奴等は余りダメージを感じさせない動きだった。

 

『シールドエネルギー残量、2110』

 

ちっ、シールドエネルギーも等々半分切ったか……こりゃちっと不味いな。

一方で俺の方は段々と苦しくなってきてるのが現状だ。

4500あったシールドエネルギーも半分を下回り、奴等はまだ動いてる。

しかし俺が加えた攻撃はしっかり届いてるのは間違いない。

殴った箇所とかの造型が崩れて、ちょっとだけボロくなってるからだ。

つまり俺の攻撃は通用してるって事だ……ダメージを感じて無い様に動くが、実際はダメージを負ってる。

……兄弟が倒したがってる相手の暮桜モドキ以外は、俺がグチャグチャにするしかねぇか。

 

『ッ!!(ブォオオオオン!!)』

 

「『っと!!(ヒョイ)危ねえっな!!(ドゴォ!!)』」

 

目の前に立つ逆三角形のISに意識を集中させていた俺に、右横から奇襲が掛けられる。

敵の中で一番デカイブラックアウトが、手の電丸ノコを振り回して突撃してきたのだ。

俺はスウェイを使って身を屈めて回避しつつ、右足でブラックアウトの背中を蹴り飛ばして反対方向に押しやる。

そうやって別の個体に対応している俺に対して、奴等は手を抜かなかった。

 

『ッ!!(ブォン!!)』

 

「『ンのやろぉ!!』(ギャイン!!)」

 

半身の体勢で横を向く俺に対して奇襲を仕掛けてきた暮桜モドキ。

奴の雪片モドキから発せられる偽物の零落白夜は、直撃したら洒落にならない。

よって俺は素早く対応して、右手の甲に展開したままのエナジーソードで逆に斬りつけるが――。

 

『ッ!!(ガン!!)』

 

「『ぶっ!?』」

 

『……(ガシィ!!)』

 

暮桜モドキと同時に襲い掛かってきたスタースクリームには対処しきれず、顔を殴られて体勢を崩してしまう。

しかも体勢を立て直す前に、さっき蹴り飛ばしたブラックアウトに頭を鷲掴みにされた、身体を持ち上げられてしまった。

 

「『テメ!!離しやがれ!!』(バゴォ!!)」

 

オプティマスよりもデカい手で首を固定されてしまうが、俺はブラックアウトの顔面に肘鉄を叩き込む。

これで離してくれれば――。

 

『ッ!!(ギュイィイイイイン!!)』

 

「(ガガガガガガ!!)『がぁああ!?』」

 

しかし現実はそう上手くはいかない。

俺の肘鉄を喰らったブラックアウトは手を離すどころか、逆手の電ノコを俺の脇腹に押し当ててきた。

高速回転する電ノコの勢いに押されて奴の手から逃れる事には成功したが、目の前にはスタースクリームが陣取っている。

俺に対する攻撃の手を緩めるつもりは無いらしく、ブラックアウトの手から逃れた俺の体勢が整う前に、ブレッドスライサーで斬り付けてきた。

ガリガリと嫌な音を立てて、オプティマスの装甲が削られていく。

俺は再びブラックアウトに倒れ込むが、そんな俺の腕を掴んでスタースクリームが俺を引き起こす。

そのまま俺の腕を掴んで固定し、再びオプティマスの装甲を切り刻む。

くそが!!やりたい放題やりやがって!!

 

「『ぐ!?チョーシぶっこくんじゃねぇ!!』(ギャリィ!!)」

 

『ッ!?』

 

『ッ!!』

 

放り出された身体に喝を入れてスタースクリームを斬り返すが、後ろから既に暮桜モドキが復活して襲い掛かってきた。

 

「『うらぁあ!!』(ブォン!!)」

 

『ッ!!』

 

「(バゴォ!!)『ぐは!?』」

 

俺は苦し紛れに振り返りながら斬撃を放つが、それはあっさりと防御され、防御した右腕の肘鉄を後ろ首に叩き込まれてしまう。

肘の鋭利な打突が後頭部にブチ込まれて一瞬意識が飛ぶ。

そんな多大な隙を逃す筈も無く、暮桜モドキは俺の頭を後ろから掴んで――。

 

『ッ!!(ブォオオン!!)』

 

「『うぉおおお!?』」

 

そのまま後ろ向きに担ぐ要領で投げ飛ばされる。

一瞬で反転する景色と、身体を襲う浮遊感、重力。

 

「(ガシャァアアン!!)『あぐ!?』」

 

全身を叩き付けられた衝撃にくぐもった声が出るが、直ぐに立ち上がろうと動く。

あぁ畜生!!人数がたった二人増えただけでこうも苦戦しちまうなんて……情けねえ!!

心の中で自分に対する不甲斐無さに怒りを覚えつつも立ち上がった俺だが――。

 

 

 

『ッ!!』

 

「『――くそ』」

 

 

 

視界いっぱいに、悠々と俺の顔面に回し蹴りを繰り出す暮桜モドキの姿が写った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「(バゴォオオオオ!!)『ぐがぁ!!?』」

 

「「「「「オプティマーーーース!!!?」」」」」

 

「ッ!?」

 

「「「「「若ぁ!!!?」」」」」

 

「……」

 

強烈、痛烈。

 

 

 

画面の向こうで受けた痛みがこっちにまで伝わってきそうな音が、テレビから鳴り響く。

暮桜モドキの繰り出した回し蹴りを顔面に受けて、オプティマス・プライムのヘッドギアであるサングラスが吹き飛んだ。

その奥に浮かぶ苦悶の表情を見て、この場に居る人間から悲痛な悲鳴が木霊する。

ここは兵庫県の豊岡市、元次の実家が経営する自動車工場。

普段はボディを板金したり、パーツを取り付けたりする金属の演奏も聞こえない。

代わりに聞こえているのは、幼い子供達と、若い男女の悲鳴だった。

その中でも一番辛そうな表情を浮かべるのは、この場でも少ない還暦を終えた女性だ。

彼女は両手を膝の上で組んだまま、今にも泣きそうな表情を浮かべて、眼前の試合……いや、戦いに目を向けている。

最早老婆と呼んで差し支えないこの女性の名は『鍋島景子』。

元次が尊敬し、愛して止まない元次の祖母だ。

 

「元次……」

 

「……」

 

画面の向こうで暴威に曝される孫を、彼女は痛ましい目で見ながらも、心の中では応援する事を止めない。

彼女の周りには近所の友人であろう老婆が同じ様に座り、彼女の肩を握って励ましている。

その隣では、元次の祖父である『鍋島仁』が腕を組んでテレビを真剣な表情で見つめていた。

しかし組まれた腕が震えるほどに握りしめられている所を見れば、彼もまた元次を心配している事がハッキリと分かる。

 

 

 

今日、この自動車工場では元次の事を知る人間達が集まって、学年別トーナメントを鑑賞していたのだ。

 

 

 

兵庫の地から現れた、世界で二人だけの男性IS操縦者の片割れ。

元々人口が少ない田舎の人達というのは、地域や隣近所の結び付きがとても強い。

ここに居る年配の人達は、元次がこの地へ越してから、若しくは盆休み等でこの地に来た時に知り合った人達だ。

昔から孫の様に接してきた元次が、世界的に有名になった初の試合。

只の知り合いならこんな風に集まったりはしなかっただろうが、ここに居る人間達は違う。

誰も彼もが、元次の人と成りに触れて、元次と少なくない友好を持っている。

困っていれば率先して助けてくれるさっぱりとした性格の元次の事を、皆自分の孫の様に可愛がってきた。

そんな男の晴れ舞台を見に来てみれば、良く分からない内にこんな事になっているのだ。

本当の家族である景子と仁の心情を知るには、余りある光景だった。

 

「ね、ねえ!?大丈夫やんね!?オプティマス……元次お兄ちゃん、怪我したりせえへんよね!?」

 

「せ、せえへんって!!元次お兄ちゃんが、あんなにかっこいいオプティマスが負けたりする筈無いやん!!ぜ、絶対勝つもん゛!!」

 

元次の事を兄と呼ぶのは、まだ小学生ぐらいの少年少女達だ。

テレビの向こうで寄って集って叩きのめされる場面を見せつけられた少女は震える声で友達に縋る。

縋られた少年は少女を励ます様に、そして自分を励ます様に声を張り上げる。

言葉の端々がくぐもっているのは少年もまた不安に耐え、涙を堪えているからだ。

彼等も又、元次と交流を持って彼を慕う子供達である。

子供達の通学路に面した部分に建つ自動車工場だったので、元次は自然に彼等と触れ合う事があった。

ここに居る子供達は一度、元次と冴島に救われた過去を持つ。

冴島には車の衝突から守られ、元次には不審者から助けられ、その姿をカッコイイと思った少年少女達が集まっている。

子供達の親からもお礼を言われたが、元次の飾らない姿勢を感心した親達も、今日の事を知って子供達を連れてきたのだ。

 

「だ、大丈夫やって。元次君は絶対に勝つわな」

 

「ほ、ほんまに?お父さん?」

 

「あ、あぁ。せやから皆もちゃんと、元次君を応援してあげんとあかんで。な?」

 

「ぐす……う゛ん゛」

 

泣きそうになっていた子供達を、親達が必死に励ました事が功を奏し、子供達は涙と鼻水を堪えてテレビを見る。

本音を言えば大人達も今の状況が良く判っていないのだが、子供の前でそんな事を言って不安にさせる訳にもいかない。

だからこそ、テレビの向こうの元次には勝って欲しい。

何より、この女尊男卑の時代において、強い男というのは本当に少なくなっている。

正確にはテレビやスポーツの場面でも、男は殆ど出番を奪われて力を知ってもらう事が出来ないのだ。

だからこそ、元次には全世界で生中継されているこの試合に勝って欲しかった。

まだこの時代でも、男達は生きているのだという証を刻んで欲しかった。

 

 

 

そう思っていた矢先、画面の向こうの状況は更に悪くなってしまう。

 

 

 

「『ぐぅ……ッ!?』」

 

『ッ!!(ドヒュン!!)』

 

「(ドォン!!)『がはぁ!?』」

 

暮桜モドキの蹴りで膝を着いてしまっていた元次に対して、再び攻撃が開始されたのだ。

膝立ちの体勢から立ち上がろうとした元次に、スタースクリームが小型のキャノンを手首から展開して撃ち出す。

この場に居る人間は知らない事だが、そのキャノンはラファールの武装ラインナップの一つである。

どういう原理かは『開発した人間しか分からない』が、あの正体不明機はラファールの武装の形を作り替えて使用しているのである。

その一撃を、元次はモロに喰らってしまう。

膝を着いていた所為でキャノンの砲撃は元次の顔面に炸裂し、またも隙を付く形で暮桜モドキが後ろから強襲を掛けた。

顔に衝撃を受けて俯く元次の顔を上げるかの様に裏拳を繰り出し、元次の顔を強かに打ちのめす。

強烈な衝撃を受けても相手に向き直ろうとする元次だが――。

 

「ッ!?あかん!!逃げるんや若ぁ!!」

 

テレビという、全体を見渡せる状態にあった、仁の会社の従業員が悲鳴を挙げる。

従業員が見た先には、ブラックアウトが一つの武装を展開して、暮桜モドキに投げ渡す光景が写っていた。

暮桜モドキはその武装を受け取ると、フラつきながらも体勢を整えようとする元次の顔面に構える。

 

 

 

6連装グレネードランチャー……リュシエールの砲口を。

 

『ッ!!(ズドォオオオン!!!)』

 

「『ーーーーーッ!!!?(ガシャァアアン!!)…………ペッ!!(ビシャァ!!)』」

 

 

 

ゼロ距離で炸裂した爆発の衝撃を顔面に受けて、元次は悲鳴すら発さずに吹き飛ばされた。

オプティマスのパーツを空中にバラ撒きながら宙を漂い、先ほど引き離した一夏やシャルル達の側に轟音を立てて着地する。

最早不時着と言えるその勢いを右手に展開したエナジーソードを地面に刺す事で和らげて止まったのだ。

口の中を切ったらしく、カメラにアップで写った元次は表情を歪めながら、血の塊を地面に吐き捨てる。

その後ろでは、敵である3体のISがゆっくりと歩み寄っていた。

この攻撃は恐らく、元次がISを停止させられるまで続けられるであろう。

いや、その前にもISが無い一夏達を襲った事から、最悪の場合は……。

その考えが全員の脳裏を過った時、部屋の空気が一気に重くなった。

そして、それは大人達に限った話では無い。

 

「……ひっぐ……う、うぇぇ……げ、げんじ、にぃぢゃん……ッ!!に゛いぢゃぁあ゛あん……ッ!!」

 

「ずずっ……も゛、も゛う止めてよぉ……に、にいちゃんを……苛めないでよぉ……」

 

先ほどから強烈に人を殴打する場面……親しい者が殴られるという場面を見せられた子供達は、等々涙を零し始めた。

だが、それは無理も無い事である。

自分達の身近な人達……その中でも強くて、誰にも負けないと信じていた者の劣勢。

何時も悪者を倒して、絶対に勝ってきた男を上回る力。

それを信じたくなくて、そして自分達の大切な人を苛めて欲しくなくて、子供達は涙を流す。

親達はそんな子供達を見て、なんと声を掛けたモノかと唇を噛む。

大事な子供に、自分達の言葉は届かない事を嘆きながら――。

 

「――大丈夫やで」

 

しかし、そんな子供達に言葉を掛ける人が居た。

彼女は子供達に優しく語りかけながら膝を付いて、子供達の頭をゆっくりと撫でる。

その暖かくも優しい感触に、子供達は泣きながらも自分達の頭を撫でてくれる存在を見上げる。

そこには、見る者を安心させる暖かさに満ちた微笑みを浮かべる、元次の祖母の姿があった。

 

「元次は……あん子は、絶対に負けへんよ」

 

「……えぐ……ぐずっ。ほ、ほんまに?おばあちゃん?」

 

「に、兄ちゃんは、勝づん゛?」

 

少ししわがれていても、心に染み渡る暖かい声を聞いて、子供達は涙を拭う。

まだ涙は出てくるが、元次の祖母の言葉を聞き逃すまいと。

 

「うん。嘘なんて言ったりせえへん……あん子は、大事な人ん為に、何処までも頑張る子やから……そういう時のあん子は、と~っても強いんや……せやから、皆も涙拭かなあかんで。ほら」

 

景子は微笑みを浮かべながらハンカチを取り出し、子供達の涙を拭う。

それを擽ったそうに受ける子供達だが、依然として不安な表情は晴れない。

そんな子供達を見ながら、景子は言葉を続ける。

 

「それに元次はな?皆が泣いてるより、応援してくれる方が嬉しいって言うと思うんや……せやから皆、元次の事……応援したってくれへんか?」

 

「……ずじゅっ……ッ!!(ゴシゴシ)……が、頑張れ!!元次兄ちゃーん!!」

 

「た、立ってお兄ちゃん!!立って、あの悪者を倒しちゃえー!!」

 

「何時もみたいに、ドーンってブッ飛ばせー!!いけー!!オプティマスー!!」

 

やいのやいのといった具合で、景子に励まされた子供達が画面に精一杯声を張り上げて声援を送り始めた。

皆口々に声を張り、手を振って、小さな身体で一生懸命な応援を送る。

 

「……そうやな……景子さんの言う通りや……この程度で若がヘコたれる訳無いわ!!」

 

「やっちまえ若!!そんな泥人形なんかに負けるなよ!!チョーシに乗ってる奴ぁ畳んじまえ!!」

 

「夏休みに帰ってきて、アタシに塗装を教わる約束しただろ!!男が約束破ったら、承知しないからな!!」

 

そして、子供達に触発された大人達も、同じ様に声援を飛ばす。

ガキの頃から面倒を見てきた元次の祖父の会社の従業員にとって、元次は可愛い弟分だ。

その弟分が身を張って戦う姿を応援せずに、何が大事な弟分か。

彼や彼女達は、それぞれ思いは違えども、口を止める事はしなかった。

正に会社の従業員全員が一つの『家族』の様な想いを掲げて、元次を応援する。

そんな、血を超えた絆を目の当たりにして、景子は柔らかい微笑みを浮かべて仁に視線を送った。

景子の視線に気付いた仁は、普段滅多に浮かべない安心させる様な微笑みを浮かべて景子を見やる。

しかし直ぐにその微笑みを引っ込めると、ニヤリと口角を吊り上げてテレビに映る我が孫を見つめた。

その笑みは元次を彷彿させる……いやそれ以上に、寄る年波を感じさせない覇気に満ちた笑みだ。

仁が見つめる孫は膝を着きながらも、仁と似た笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「『へっ……やってくれるぜ……だが、テメエ等の攻撃なんざ爺ちゃんの足元にも及ばねえよ……そろそろ兄弟の準備も整うだろうし……(ジャキンッ)カタを付けてやる!!』」

 

雄叫びと共に左腕にもエナジーソードを展開して、両手構えで振り返りながら突撃する孫を見て、仁はフンと鼻息を鳴らす。

 

「へっ。ハナッたれの小僧が粋がりやがって……あんな木偶の坊に負けたら承知しねえぞ、アホンダラァ」

 

孫の言葉に嬉しい気持ちを抱きながらも、口では悪態を吐き、仁は手に持った酒を煽る。

自分の孫は、あんな泥人形なんかには絶対に負けないという確固たる信頼を胸に抱いて。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

『残存エネルギー1190。機体小破状態です。左サブスラスター破損、機動力低下』

 

あぁ分かった、分かったからよ……もう少しだけ、俺に付き合ってくれ、オプティマス。

せめて目の前の訳分からねえ泥人形2体を排除して、兄弟がエネルギーを手に入れるまで、全員を守れる様に。

そん時までは、嫌が応でも動いてもらうぜ。

オプティマスが掲示する警告ウィンドウを無視して、俺は身体を動かす。

やる事は何も変わっちゃいねえ……俺は、兄弟の為に舞台を整えるだけだ!!

 

「『おぉおおおおおおおおおお!!!』」

 

気合の雄叫びを挙げながら、俺は3体の泥人形が集結した場所へと突貫する。

よくもまぁここまでズタボロにしてくれやがって……舐めてんじゃねえってんだ!!

奴等は突撃を繰り出した俺に対してそれぞれ武器を構えて待ち受ける。

布陣としては、ブラックアウトとスタースクリームが前で、3メートル程離れた後ろで暮桜モドキが立ってリュシエールを構えている。

その真ん中へと、俺は真っ直ぐに突撃した。

 

『ッ!!(ブン!!)』

 

すると俺の前に立っていたスタースクリームがブレッドスライサーを振るって攻撃を仕掛ける。

しかしその攻撃を身体を屈めて回避し、スタースクリームの後ろ、即ちブラックアウトの前へと躍り出た。

 

「『フッ!!そらぁ(バゴォ!!)』」

 

『ッ!?』

 

屈めた身体を伸ばす反動を利用して前蹴りを繰り出し、ブラックアウトの胸元を蹴り飛ばす。

そのまま後ろに居るスタースクリームに対して右手のエナジーソードを振り返り様に突く。

暮桜モドキがグレネードで俺を狙っているが、密集したこの位置では撃ってこない筈だ。

だからこそ自分の行動を止められる事は無かったので、俺は遠慮せずにエナジーソードを振るう。

 

『(ザクッ!!)ッ!?』

 

「『うりぃやあああああ!!』(ブシュ!!)」

 

右手のエナジーソードはスタースクリームの肘部分に刺さったが、奴が少しもがいただけで抜けそうなくらい浅い。

それを確認した俺はすかさず左手のエナジーソードを振るって、奴の肩を深く貫く。

更にさっき蹴り飛ばしたブラックアウトはもう復活していて、左手の電ノコを振り上げていた。

その手の奇襲にはもう慣れてんだよボケ!!

 

「『おら!!』(ギャリン!!)」

 

俺はオプティマスの警告を見て直ぐに身体を回転させ、電ノコの攻撃を回避する為の行動に出る。

そのまま左手のソードで刺していたスタースクリームを引き摺りながら回転しつつ、右手のソードで電ノコを振るう手を斬り弾く。

俺が移動した事によって刺された身体も一緒に引っ張られていたスタースクリームだが、俺が力任せに左手のソードを振るうと、スッポ抜けて暮桜モドキの方へと転がっていく。

これで俺の戦闘範囲には、俺に電ノコを弾かれて体勢を崩し背中を向けた無防備なブラックアウトがいるだけになった。

俺は力任せに振るってスタースクリームを引っこ抜いた左手のソードでその勢いを利用し、ブラックアウトを斬りつける。

斜め向きに背中を斬り、その左手を返して膝裏を斬って体勢を崩し――。

 

「『そらぁ!!』」

 

『(バギィイイン!!)ッッッッ!?』

 

最後に電ノコの付いた左手の肘辺りを思いっ切り叩き斬る。

力任せに振るったエナジーソードに強度が負けたらしく、奴の左手を肘から切り落としてやった。

 

『警告!!後方からロックされています!!至急回避行動を!!』

 

しかし喜ぶのも束の間、ハイパーセンサーから送られた光景を見て、俺は舌打ちをしてしまう。

俺の背後から暮桜モドキが膝立ちの構えでリュシエールの砲口を向けてやがった。

さすがにもうエネルギーが底を尽き掛けてるこの状況でアレを喰らうのは非常にマズイ。

急いで暮桜モドキの方に振り返りながら回避行動を取ろうとするが、既に暮桜モドキはトリガーに指を掛け――。

 

『ッ!!(ガチャ!!)』

 

――ヒュルルルルルル!!

 

『ッ!?(ギャリィン!!)ッッ!?(ドォオオン!!)』

 

「『は?……マジ?』」

 

しかし、その暴虐を込められた弾丸が俺を襲う事は無かった。

信じ難いが、さっき俺が斬り落としたブラックアウトの電ノコの部分が俺の横から飛んでいき、偶然にも暮桜モドキの腕にヒット。

正に発射される寸前、突如暮桜モドキの腕が弾かれ、グレネードは明後日の方向に撃ち出されたのだ。

……どうやら幸運の女神は俺に微笑んでくれたらしいな。

危うく吹き飛ばされるのを回避する事は出来たが、まだ戦いは終わっていない。

目の前からさっき投げ飛ばしたスタースクリームが襲って来てるからだ。

しかもハイパーセンサーで見えた後ろでは、ブラックアウトが動き出そうとしてる。

上等だ、クソ野郎共!!

俺は目の前のスタースクリームが繰り出した攻撃をバックステップで避け、反撃に転じた。

 

「『うらぁ!!(ザリィイ!!)』」

 

まずはスタースクリームに右手のソードで横薙ぎの斬撃を食らわせ、その勢いのまま回転。

 

「『でいぃ!!(ザブ!!)』」

 

『ッ!?』

 

更にその勢いを乗せた左手のソードで繰り出した袈裟斬りを、回転して正面に捉えたブラックアウトへと叩き込む。

勢いを乗せて斬った事で、俺の身体は再び反対方向、つまりスタースクリームへと向き直る。

斬撃一閃程度ではそこまで堪えなかったらしく、奴は既に俺に向かって左手に展開したキャノンを構えんとする。

そんなモン喰らって堪るかってんだ!!

 

「『むん!!』(ザグ!!)」

 

俺に向けようとしてた左腕に右手のエナジーソードを振り下ろし、肘の近くを貫く。

この固定した状態から更に俺は動いた。

 

「『ちょっと邪魔するっぜ!!』」

 

『ッ!?』

 

固定した腕を支点に、俺は身体を回転させる。

そうする事で、俺はスタースクリームの背中に乗り、背中合わせの状態になった。

そのまま奴の肘に繋がった右腕を振って持ち上げる。

向ける先は、斬られて無い右手からマシンガンを出して射撃してくるブラックアウトだ。

 

ドヒュン!!

 

『(ドォン!!)ッ!?』

 

俺を狙っていた筈だったスタースクリームが撃ち出したキャノンの砲撃は、ブラックアウトの腹部に着弾。

図らずもフレンドリーファイヤになってしまった訳だが、ブラックアウトは直ぐに体勢を整えてしまう。

なら、もういっちょ喰らわしてやるよ!!

俺はスタースクリームの背中を転がって反対方向に着地して直ぐ、地面に左足を付いて回転する。

その勢いでスタースクリームの肘からソードが抜けるが、奴は勢いに逆らわずにされるがままだ。

俺は奴から抜けて掲げる様な構えになってる右腕のエナジーソードを、手の甲から外して右手に持ち――。

 

「『――だらぁ!!』(ブォン!!)」

 

俺にマシンガンを向けるブラックアウトに向かって投擲した。

オーバースローで投げたエナジーソードはブンブンブンと風切り音を鳴らして飛翔し――。

 

『(ギィイイイン!!)ッッッ!!?(ズズゥン!!)』

 

見事に右膝に深々と突き刺さり、遂にブラックアウトが膝を地面に着いた。

普通ならここで追撃を掛けて沈めたいトコだが、まだ元気に動く相手が残ってる。

エナジーソードを投擲した体勢から反転して、俺は襲い掛かる暮桜モドキとスタースクリームに視線を向ける。

 

『ッ!!(ブォン!!)』

 

「『ッ!!(ヒョイ)らぁ!!』(ボゴォ!!)」

 

『ッ!?』

 

まずは雪片を振るって襲い掛かってきた暮桜モドキにカウンターでアッパーをお見舞いして距離を離す。

この隙に俺を挟んだ位置に居るスタースクリームへと向かう。

 

『ッ!!(ゴゥ!!)』

 

「『おっと!!』(ギィイン!!)」

 

それに反応して、奴も俺に向かって右腕でパンチを出すが、それを左手に残ったエナジーソードで外へ受け流す。

そのまま空いた右手で奴の顔を殴って後ろへブッ飛ばす。

と、今度は暮桜モドキが距離を詰めてくるではないか。

ったく、次から次へと面倒な!!

奴は手に持った雪片を振るわず、さっき俺の顔面を襲ったハイキックを再び繰り出してきた。

――同じ技なら当てられるだろうってか?

 

「『甘えんだよ――ボゲェ!!』(ガァアアン!!)」

 

俺は振り上げられそうだったハイキックへ先手を打ち、暮桜モドキの膝をエナジーソードで刺し止めた。

更に身体を移動させて蹴り足の外側へ周り込んで、エナジーソードを引っこ抜く。

 

「『おおら!!(ギャリィ!!)そう何度も同じ技を喰らうわけねえだろう、がぁ!!(ズバ!!)』」

 

『ッ!?』

 

怒鳴りながらエナジーソードを奴の脇腹に刺してまた引っこ抜き、右手で肩を抑えて強制的に土下座させながら、抜いたソードで肩も貫く。

 

ギュウゥン……!!

 

『エナジーソードへのエネルギーバイパスに異常発生。バイパス回復まで使用不可。回復作業に移行します』

 

と、ダメージを貰い過ぎたのか、エネルギーバイパスに異常をきたして、エナジーソードが勝手に収納される。

だが構うこっちゃねえ!!剣が使えねえのなら拳!!まだ銃も残ってるんだからなぁ!!

ソードが無くなって戒めから解放された暮桜モドキが顔を上げるが、既に俺は拳を振り上げている。

 

「『ぬうぅ!!(バゴォ!!)』」

 

『ッ!?』

 

「『どらぁ!!(ズドォオオ!!)』」

 

見上げる様に上げられた暮桜モドキの顔に右ストレートを叩き込み、左アッパーで逆向きに殴り倒す。

フルスイングで打ち込まれた打撃に耐えかね、暮桜モドキは後ろ向きに吹っ飛んでいった。

 

『ッ!!』

 

「『しつけえ奴等だなテメェ等はぁ!!!』」

 

そして今度は隙を突いて攻撃を繰り出してきたスタースクリームだ。

奴は再び背後から俺に右腕の攻撃を繰り出すが、早々何度も喰らってやる俺じゃない。

右腕での殴りつけを振り返りざまに同じ右腕で受け止め、すかさず左腕で持ち直す。

態々掴む手を入れ替えたのは、攻撃の為だ。

 

「『こんのぉ!!!』」

 

入れ替えた右腕を振り上げて、スタースクリームの腕の付け根に力いっぱい叩き落とす。

 

『(バキョ!!)ッッッ!!?』

 

鉄が捩れる様な歪すぎる音と共に、奴の腕が付け根から取れる。

衝撃によろめいてたたらを踏むスタースクリームだが、俺は追撃の手を緩めない。

折角、俺の手に『もぎたての武器』があるんだし、使わねえ手は無えよなぁ!!

 

「フン!!フン!!だりゃぁあああ!!」

 

『(バギャ!!)ッ!?(グシャ!!)ッ!?(ドゴォ!!)ッ!?』

 

俺はスタースクリームの引き千切った腕を振り回して、それでスタースクリームを叩きのめす。

しかし関節の付いた腕なんだから、そんなモンで何発も殴ってたら直ぐに関節部分から駄目になり始めた。

ブランブランと揺れて打撃力の無くなった腕を捨てて、俺は右腕を思いっ切り下から振りかぶる。

まだ1発も使ってなかったし、ついでに今まで使ってなかったこの武装も追加してやるぜ。

俺のコールに応じて、右手の握りしめた拳に、腕の部分からあるパーツがせり出して被さる。

メタル合金製の巨大スパイクが3本と、やや刃物に近いスパイクが2本取り付けられた、『GRIZZLY KNUCKLE』だ。

只でさえ強烈な『IMPACT』を併用した『ストロング・ハンマー』に、凶悪なグリズリーナックルを取り付けたこの一撃。

 

 

 

名を付けるなら――。

 

 

 

「『グリズリィイイイイ!!マグナァアアアアアアアム!!!』」

 

『(ボグシャァアアアアアア!!!)ッ――』

 

 

 

獰猛な熊の一撃ってトコだろう。

 

『――(ガシャァアアン!!)』

 

進化させた拳……グリスリーマグナムを喰らったスタースクリームは、モノ言わぬ鉄屑に成り果てた。

いや、今までも喋る事も悲鳴を挙げる事すらも無かったが、さっきの言い方は正しくない。

正しくは、『顔面が吹き飛んで動かなくなった』って事だ。

掬い上げる軌道を取ったグリズリーマグナムの一撃が炸裂した頭部は、そりゃもう綺麗に消し飛んだ。

そのままスタースクリームは身体の活動の一切を止めて、ゆっくりと地面に倒れ込む。

そこから再びドロドロと機体が溶けたかと思えば、見慣れたラファールの……残骸に早変わり。

無事なのは辛うじてコアの部分だけなのが分かる。

 

…………良し、まずは一体目、殲滅完了だ、後はブラックアウトを潰すだけ――。

 

残るはブラックアウトだけだが、そちらに視線を向けた俺はギョッとしてしまう。

腕を斬られ、膝を壊されて動けなくなった筈のブラックアウトは、普通に歩いて俺の投げたエナジーソードを膝から引き抜こうとしていた。

……まだ戦ろうってのか?……いい加減に……ッ!!

 

「『大人しくくたばっとけってんだよ、クソ野郎!!!』」

 

何とも諦めの悪い正体不明機に吠えながら、俺はエナジーフックを展開して急接近する。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「うわぁ……一夏、さっきの見た?」

 

「あぁ見た。何かもう色んな物が飛び散って吹っ飛ぶのを……なんてパンチ出してんだよ兄弟……ッ!!」

 

「あ、あはは……只でさえ凶悪な元次の拳を、あんな凶悪なモノで強化して、火薬まで使って撃ち込むなんて……あれ?シールドピアースが霞んでるや」

 

「気にするなシャルル。アレは別格過ぎるって……オプティマス・プライムで強化した兄弟の拳は、第一級危険物指定だな」

 

一方、此方の居残り組では、シャルルと一夏が元次の繰り出した『グリズリーナックル』の破壊力に慄いていた。

最早カスぐらいしか残らない程に相手を粉砕する一撃必殺の拳。

腕をもがれた上にアレでトドメを刺されたスタースクリームが、二人にはとても不憫に見えて仕方無い。

 

「ああやって暴れまわる兄弟を見てたら、大分頭が冷えたよ……でも、その分冷静にあの偽物野郎をブッ潰してやれる」

 

「うん。怒りも大事だけど、それで前後不覚になってたら駄目だからね。そういう意味では、元次の暴れてる所を見れて良かったんじゃないかな?」

 

二人はそんな話をしながらも、一夏の視線は地面に沈む暮桜モドキを真剣に見つめ、シャルルは真剣な表情でラファールのエネルギー受け渡しを行なっている。

ちなみに一緒になって元次の戦う姿を目撃している先生二人は、開いた口が塞がらなかった。

集団を1人で倒す事の困難さは、現役時代にISを乗っていた経緯から嫌というほど身に沁みている。

しかも本来、ISの戦闘ではそうそう多対一という状況は生まれたりはしない。

公にはスポーツという枠に収まるISでは、両者が公平になる様に、今回の様なタッグマッチが殆どだ。

多くても二対一、若しくは国の演習訓練でやる大掛かりなチーム戦ぐらいなものだけである。

勿論IS学園は世界で一番多くのISを管理しているだけあって、そのぐらいの集団戦をやろうと思えば出来る。

しかしそれでは訓練や授業ではなく只のリンチになってしまうので、そういった授業は行われていない。

故に先生二人は、集団を相手にド派手な大立ち回りを披露する元次の力量に驚愕していた。

勿論、元次の垂れ流す気迫が、先ほどやられていた時に大分薄れたからこそ、見る事が出来たのだが。

それは観客席に座る者達にも言える事であり、未だ恐怖に震えながらも元次の力量に目を剥く者達が大勢居る。

 

『……ッ!!』

 

と、ここで元次に膝を壊された筈のブラックアウトが起き上がり、膝に刺さっていたエナジーソードを引っこ抜いていた。

それを見てハッとした先生達が声を掛けようとするが――。

 

「『大人しくくたばっとけってんだよ、クソ野郎!!!』」

 

同じ様に気付いていた元次が行動に移る方が速かった。

元次は両手に燃える鉤爪の『エナジーフック』を展開すると、そのままブラックアウトに飛び掛かり――。

 

「『うぬらぁああああ!!』(ザグシュッ!!)」

 

『ッ!?』

 

「「「ひ!?」」」

 

その鉤爪のギザギザの刃を、ブラックアウトの顔面に突き刺した。

その凄惨たる光景にシャルルと先生達は悲鳴を挙げるが、一夏はせめてもの男の意地で声を挙げなかった。

普通の人間ならこの時点で死んでるが、相手は人の乗っていない無人機状態。

ならば、あの男が手加減をする道理は無い。

元次は突き刺したエナジーフックを支点に、腕の無い方から背中に周って肩へとよじ登り――。

 

「『いい加減にその不細工な面ぁッ!!』(ガギン!!)」

 

もう片手のエナジーフックを、刺した側とは反対から、顔を☓の字に交差する様に引っ掻け――。

 

「『見飽きたんだよ俺はぁああああああ!!』(メキメキメキ!!!)」

 

『ッ!?(ベキキ!!)ッ!?(バギィイイイイ!!)――』

 

「「「ひぃいいいい!?」」」

 

「うわ……ッ!?えげつねぇ……ッ!!」

 

両側から力を掛け、ブラックアウトの顔を毟り取った。

しかも両方同時に引いたモノだから、顔が斜めに引き裂かれ、二分割されてしまう。

耳に残る嫌な音が鳴り止んだ時には――。

 

「『ガラクタがぁ……ッ!!』」

 

半分に裂かれ無残に潰れたブラックアウトの顔が、両手のエナジーフックに垂れ下がっていた。

それを適当に放り投げた元次はブラックアウトの背中から飛び降り、その際に背中の首の付根にフックを引っ掻けて地面に引き倒した。

これで2体撃破、残るは暮桜を真似たラウラの機体だけ――。

 

「……ッ!?アイツは何処に……ッ!?」

 

しかし最後の機体、即ちラウラが居た筈の方へと視線を向けた一夏だが、その姿が無い事に目を見開く。

さっきまで倒れていた筈のラウラの機体が、忽然と姿を消していたのだ。

慌てて辺りを見渡すも、視界で動いているのは、ブラックアウトを引き倒して地面に着地しそうな体勢の元次だけだ。

自分の為の戦いを行う相手が居なくなった事に焦る一夏だが、その時、視界に写る元次に影が差し掛かった。

太陽が雲に隠れた影では無く、まるで元次に近い大きさの何かが元次の上空に居るかの様に――。

 

「ッ!?ゲンンンン!!!上だぁああああああああああッ!!!?」

 

「『ッ!?』」

 

元次に掛かる影の正体――上空から元次に急降下する暮桜を見た瞬間、一夏が声を張り上げる。

一夏の悲鳴に近い叫びを聞いた元次は表情をハッとさせ、直ぐ様上空へと身体を向け――。

 

 

 

ザブシュッ!!!

 

 

 

「『――がっ……ッ!?』」

 

 

 

上空から飛来した雪片が、オプティマスの右胸のアーマーを貫通し、刺し穿たれた。

突然起きた目の前の信じ難い光景。

それを見て、この場の人間達――特に一夏は、呆然としてしまった。

 

 

 

何だ?何が起こった?何で――――兄弟の身体にユキヒラガ刺サッテルンダ?

 

 

 

まるでスローモーションの様に地面へと向かって身体を倒す元次の姿。

その姿が信じられなくて、目の前の光景を理解しようとするのを、一夏の脳が拒否する。

苦しそうな表情で口から血を吐き、アーマーと身体の隙間から血が流れる光景の全てを拒絶した。

シャルルや先生達が叫ぶ声も、一夏の耳には入っていかない。

しかし一夏が理解する事を放棄しようとも、それで事態が止まる筈も無い。

上空から地に降りた暮桜モドキは、地面に倒れそうになっていた元次の胸に刺さる雪片を握る。

そうする事で、雪片に穿たれた状態の元次は地に倒れる事無く、無理矢理起こされた体勢になってしまう。

 

「『がはっ……ッ!!……テメェ……ッ!!』」

 

不本意な形で止められた元次は口から少量の血を吐きながらも、鋭い眼光で暮桜モドキを睨みつける。

不幸中の幸いといった所か、雪片は元次の背中には貫通しておらず、刺さった部分も浅い。

重症には違いないが、致命傷には至っていない様だ。

元次の獣の様な眼光に対して暮桜モドキは何のリアクションも見せない……が、暮桜モドキが元次を支えたのは何故か?

助ける為?――否。

 

『……(ジャキッ)』

 

「『……確実にってか?……用心深えこった』」

 

確実なトドメを刺す為だ。

 

ズドォオオオン!!!

 

無防備な元次の胸元にかざされたリュシエールから放たれたグレネードが、元次の胸元に爆炎の華を咲かせる。

衝撃は確実なダメージとなり、オプティマスの胸部装甲の殆どを吹き飛ばした。

暮桜モドキはその際に抜け落ちた雪片を回収し、感情の無い目で元次に視線を向ける。

爆発の余波で身体を宙に浮かせて吹き飛ぶ元次の顔には苦悶の表情は……出ていない。

顔に表情を浮かべる事が出来ない程のダメージを受けたからだ。

吹き飛ぶ元次の身体を包むオプティマスの胸部装甲は焼け落ち、胸の辺りが晒される。

鍛えに鍛えた逞しい胸筋を包むISスーツは破けて、素肌が顕になっていた。

3メートル程の距離を飛んでいた元次が地面に着地したと同時に、暮桜モドキは容赦の無い追撃を掛けた。

 

『……(ドォン!!ドォン!!ドォオオン!!)』

 

地面に倒れた元次に対して、弾倉に残ったグレネードの全てを浴びせたのだ。

3発もの大火力砲をモロに喰らった元次は再び宙を舞い、同じ様に地面へとその巨体を落とす。

爆発で生じた煙が晴れた先に倒れる元次の姿は……悲惨の一言に尽きる。

胸部装甲だけで無く、ウイングは圧し折れ、メインスラスターも片方やられていた。

中ほどに大きな穴の開いたメインスラスターから火花が上がるが、うつ伏せに倒れた元次はピクリとも動かない。

 

『『『『『――きゃぁああああああああああああああッ!!?』』』』』

 

『い、嫌ぁああああああ!?元次君!!元次君!!』

 

『ゲンチーーーーー!?お、起きて!!起きてよぉおおおおおお!!!?』

 

『ふ、二人共落ち着いて下さい!!』

 

『布仏!!夜竹!!お、落ち着くんだ!!』

 

その光景が認識された瞬間、アリーナ全体を悲鳴が包み込む。

ある者は腰を抜かし、またある者はその凄惨たる光景に目を背け、気の弱い者は気絶した。

その中でもさゆかと本音の取り乱し様は酷く、涙を零しながらも元次の名を叫んでいた。

誰もが騒然とする中、一夏は顔を俯けたままゆっくりと立ち上がる。

 

「…………何なんだよ……」

 

『エネルギー受け渡し終了。待機状態に移行します』

 

「い、一夏?(パァアア!!)ッ……あっ」

 

と、ここで一夏の様子がおかしい事に気付いたシャルルだが、丁度その時に全エネルギーの受け渡しが済み、リヴァイヴが消える。

つまり、自分の役割が終わった事をシャルルは理解した。

しかしこれから戦いに向かおうとする一夏の様子がおかしいので、シャルルは一夏を止めようとしたのだが……。

 

「突然現れて……試合を滅茶苦茶にして……(ビジュン!!)」

 

しかし、一夏の発するオーラに気圧されて、シャルルは声を掛ける事が出来なかった。

俯いたままで足取りも不確か。

だが、右腕の装甲と、展開された青白い刀身の零落白夜を見れば、前後不覚になっている訳では無い。

何時もの雰囲気を逸脱した一夏の状態に、シャルルは声を掛ける事をためらったのだ。

 

「千冬姉の剣を穢してた上に……兄弟に――」

 

段々と声に力強さを乗せて、俯けていた顔を上げた一夏の表情は――これ以上無い『憤怒』に染まっている。

その視線が見据える先は、リュシエールを捨てて、一夏を興味深そうに見やる暮桜モドキにのみ注がれている。

暮桜モドキの視線が自分に向いたと認識した瞬間、雪片を脇構えに構えて、一夏は走る。

その行動を敵対意識と取った暮桜モドキも、一夏と同じ様に構えてその場に佇んだ。

一夏は走りながらも暮桜モドキの剣をしっかりと見据えて、噛みしめていた口を大きく開く。

 

 

 

「――兄弟に何してくれやがってんだよぉ!!テメェはぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

『零落白夜、起動』

 

 

 

大切な家族の誇りを踏み躙られ、兄弟を傷つけられた騎士は、その怒りを刻まんと、剣を振り上げる。

一方で堕ちた戦乙女の虚像はその騎士の全てを否定せんと、紛い物の剣を構える。

 

 

 

 

 

かくして野獣は地に伏せ、怒れる騎士と戦乙女による舞踏が幕を開ける。

 

 

 

全てを終わらせるのは騎士の正統な剣か?

 

 

 

借り物の力で己を塗り固める戦乙女の剣か?

 

 

 

 

 

……それとも、地を舐めさせられた野獣の顎が、全てを飲み込むのか?

 

 

 

 

 

 

…………ピクッ。

 

 

 

 

終焉は、近い。

 

 






はい。

という事で、作者なりに頑張って映画の再現をしました。


再現したのは映画トランスフォーマーリベンジの森のバトルです。


楽しんで頂けたら幸いです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

100%?NO!!120%Sparking!!



遅くなってしまいまして、申し訳ありません。

最近ハイスクD×DのSSを読み漁ってまして、執筆が手付かずでした。

思わずハーメルンのSSをほぼ目ぇ通してました(*ノω・*)テヘ

そして次の話を投稿したら、次からJOJOを書きます。

いや、ホントはこれで終わりのつもりが終われなかったので、スイマセン。




 

 

 

 

 

「元次さん!?しっかりしてください!!元次さん!!」

 

「落ち着け山田先生!!鍋島のバイタルサインを確認するんだ!!私達が取り乱しては納まる事態も納まらなくなる!!」

 

アリーナの異常事態に伴い、事態の平静を保つ様にと学園側から厳命されていた千冬と真耶だが、既にその命令の事を忘れ掛けている。

画面に映る大事な生徒であり、愛する男が滅多打ちにされているからだ。

トドメとばかりに打ち込まれたグレネードの直撃を受けて動かなくなった元次を見て、真耶は半狂乱気味に声を張り上げて元次に呼びかけた。

しかし自分達が混乱すれば事態は更に悪くなる事を理解している千冬の叱り付ける声に、真耶も平静を取り戻す。

 

「ッ!!……バイタル正常値!!命に別状は……ありません……ッ!!」

 

「怪我の具合は!?」

 

「肩と胸から出血が確認されていますが、内臓に傷は見当たりません!!ダメージの過剰蓄積で気絶しています!!」

 

「そうか……ボーデヴィッヒのISはどうだ?相変わらずか?」

 

一先ず命に別状が無い事を確認出来た管制塔のメンバーは全員安堵の息を吐く。

しかしまだ確認出来たのは元次の無事だけだ。

故に全員、千冬の言葉を聞くと直ぐに顔を引き締めた。

 

「駄目です。今も此方からの呼びかけに一切応答がありません……やっぱり、ボーデヴィッヒさんの意思に関わらず、自立行動しているモノかと」

 

「やはり此方からは手の打ち様が無いか……」

 

千冬は自分を含めた管制塔の人間では事態を納める事が出来ない事に歯痒い気持ちを感じた。

本当なら今直ぐにでも打鉄に乗ってアリーナに向かいたい所だが、いざという時に千冬が命令を無視するであろう事は学園長に読まれていたらしい。

訓練機の格納されている格納庫は学園長の権限で閉鎖され、緊急用に出してあったラファールは既に破壊されている。

大事な家族が戦っている場面に駆けつけられず、千冬は表情を苦く歪めるが、直ぐに真剣な表情でモニターを見る。

 

『おぉおおおおおおおおおお!!!』

 

モニターに映る大事な家族である一夏は、烈火の雄叫びを挙げて暮桜へと突撃している。

今の自分には何も出来る事が無い……であれば、自分がすべき事は、大事な家族を見守る事だけだ。

それに、千冬には確固たる確信がある。

自分の弟は……紛い物の力には決して負けないという気持ちが。

それに元次にしても、あの程度の傷でくたばる程ヤワじゃないという信頼があった。

自分の愛する男は、どんなに傷付いても、胸に抱いた一本の芯が曲がる様な弱い男では無いと。

 

 

 

 

 

――この時、現場の緊急事態にのみ目を向けていた千冬と真耶は、別のコンソールに浮かぶ文字を見逃していた。

 

 

 

 

 

――そう。

 

 

 

 

 

 

Damage Level……E.

 

 

 

Certification……Clear.

 

 

 

the rate of operation.……32%

 

 

 

Mind Condition……anger

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――One Off Ability……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな暴力の目覚めを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおお!!!」

 

腹の底から搾り出される咆哮。

それは内に渦巻く激情を吐き出さんがばかりの、魂の叫びだ。

家族の想いを土足で踏み躙られた怒り。

自らの兄弟分が、文字通り身体を張って作ってくれた機会を無駄にせんとする意気込み。

兄弟の受けた傷を倍返しにせんとする気迫。

其れ等がごちゃ混ぜにされた叫びを吐き出して、一夏は暮桜モドキへと駆ける。

 

『……(チャキッ)』

 

一方で、ラウラの最強への執着が生み出した虚像は、敵性意識のある一夏へと剣を構え、一夏を待ち受ける。

対象の構えから、使われるであろう技を計算し、それに最も適した迎撃法をシュミレート。

銃火器は手元に無い……いや、必要ないと判断し、暮桜モドキは千冬の剣技を使用する事にした。

一夏の戦闘能力は先程沈めた元次には遠く及ばないと、判断した故に。

……その考えこそが、暮桜モドキが所詮『モドキ』でしか無い事の証明だった。

 

「ブッタ斬ってやる!!この偽者野郎ぉおおおお!!」

 

一夏は己が激情の全てを吐き出すかの如く雄叫びを上げ続け、暮桜モドキとの距離を詰める。

兄弟に傷を付け、姉の剣技を貶める目の前の偽物を見ていると、頭の中に過去の情景が蘇る。

暮桜モドキが一番最初に一夏を迎撃する為に使用した剣技。

それを千冬から一番最初に教わった時の光景が鮮明に浮かんできたのだ。

 

『いいか一夏。刀に振り回されるな』

 

夏の日差しが差す道場で、学生服に身を包んだ千冬が刀を手に持って一夏に視線を向ける。

視線を向けられてる一夏の手にも、同じく真剣が握られていた。

 

『刀は振るうモノだ……振られる様では、剣術とは言わない』

 

まだ幼い一夏には持ち上げる事すら困難な重さを持っていた真剣。

一夏は呻きながらもそれを一生懸命に持ち上げようとしていた。

千冬はそんな一夏に対して昔から変わり無い冷静な表情を浮かべて見つめる。

 

『……重いだろう?……それが、人の命を断つ武器の重さだ』

 

本来は握る事すら許されない、相手の生命を刈り取る武器。

そんな代物を幼き子に持たせる事は到底許される事では無い。

しかし、千冬は一夏に知って欲しかった。

自分に憧れて剣を学ぶのなら、剣を振るう大切な心構えを。

 

『この重さを振るうこと。それがどういう意味を持つのか、考えろ。それが強さということだ』

 

ただその生命を絶つかどうかの問題ではなくて、人を生かすか殺すかという心の持ちよう、刀の使い方の問題である事を。

何時か剣を振るう時に、その道を誤らないで欲しいという願いを込めて、千冬は真剣の技を教えた。

 

『刀とは、その重さを利用して振り抜くのだ』

 

右腕のみ装甲を展開して、雪片弐型を横薙ぎに構えながら、一夏は暮桜モドキに肉薄する。

一方の暮桜モドキは雪片モドキを上段に構えて、一夏を一撃で葬らんとしていた。

 

『手にするのではなく、自らの一部と思って扱え』

 

あの頃は出来なかった、千冬の教えた動き。

頭の中でそれを鮮明に思い返しながら、一夏はその流れを自ら作る。

剣の間合いに入り、互いの制空圏が重なる。

先に雪片を振るったのは、暮桜の方だ。

 

『ッ!!』

 

音は、鳴らなかった。

振られた風切り音を置き去りにして振り降ろされる一刀の軌跡。

 

「――疾ぃいいいッ!!!」

 

目の前の全てを両断せんと振られた剣に、一夏は渾身の力を込めて刀を振るう。

敵では無く、その刀に。

 

ギィイン!!

 

合わせられた刀は弾かれ、目測を誤る。

弾かれたのは……暮桜の刀だ。

元々一刀で切り捨てるつもりだった暮桜モドキの剣技。

二の太刀いらずの斬り込みが弾かれ、暮桜は剣を明後日の方向へ向けてしまう。

しかし元より一太刀で終わらせるつもりの無かった一夏の行動は、既に次の段階へと移っている。

横薙ぎの斬り上げから、弾いた余力で刀を上段に持ち、開いた活路へ剣を通す。

これが、一夏が千冬から最初に受け継いだ剣。

 

 

 

一足目に閃き、二手目に断つ……千冬姉に教わった、これこそが――。

 

 

 

「――ハァッ!!!」

 

 

 

ズバァ!!!

 

 

 

一閃二断の構え。

 

 

 

『――』

 

 

 

――静寂。

 

 

 

縦一閃に振り降ろされた剣戟が、贋作の胸元に亀裂を刻む。

一筋の線となって体表に刻み込まれた一撃。

間違いなく、一夏の剣は、暮桜モドキに届いていた。

 

バチッ!!

 

活動を停止した暮桜モドキだが、その周囲に電撃が一瞬迸り、その体躯を降ろす。

まるで負けを認めるかのように崩れ落ちる暮桜モドキを、一夏は雪片が消えた事で残心の構えを解きながら見つめる。

自分の思いを篭めた一撃が届いた事に喜びを見せる事すらせず、一夏はある一点に視線を向けていた。

それは倒れ伏す暮桜モドキの斬られた箇所から割り出る様に現れ、その身を外界へと晒す。

 

「……ぅっ」

 

まるでベールを脱ぐかの如く現れたのは、この突然変異したISの操縦者であるラウラだった。

両目を閉じたままに暮桜の体内から抜け出る姿は、籠から解放された鳥を彷彿させる。

ラウラの姿が現れたと同時に暮桜モドキの姿が崩れ落ち、泥の様に辺りへと散らばっていく。

倒した――それを認識しつつ、一夏は自分の胸元へと倒れ込んできたラウラを抱き支える。

 

「……わ、た……し……は……?」

 

「……」

 

と、あのISの中から解放されたラウラは弱りきった声を出して、自分を支える一夏に視線を向けた。

その問いに対して、一夏はラウラの顔に黙って視線を向けている。

一夏としては言いたい事は山ほどあったし、元次に宣言した通りにブン殴ってやりたい気持ちもあった。

しかし、自分を見つめるラウラのオッドアイが――まるで親に縋る弱々しい子供の様な表情を見せている。

何が原因でラウラがそんな目をするのか等、ラウラの事情を知らない一夏には知る由も無い。

言ってしまえば他人事だ。

……だが。

 

「……手間かけさせやがって」

 

「ぅ……ぁ……?」

 

そんな視線を受けて、その上で殴り飛ばそう等とは思えないのが、一夏のお人好しな所だ。

最初は厳しい目で見ていたが、今はその感情を抑えて、弱々しい姿のラウラに苦笑を浮かべる。

 

「……まぁ、なんだ……ぶっ飛ばすのは、勘弁してやるよ」

 

一夏は力が入らなくて弱ったラウラの体を抱き止めながら、彼女の顔に掛かる銀髪を避けた。

長い銀髪に隠されていた顔が良く見える様にすると、そこには今の状況が理解出来ずに目をパチクリとさせるラウラの姿がある。

そんな表情が可笑しくて、一夏は少し頬を緩ませた。

兎にも角にも、自分の怒りの原因である偽物は倒す事が出来たのだ。

他の二体は自分の兄弟が倒したので、元のラファールの形へと戻っている……ほぼ残骸ではあるが。

何とも波乱万丈な一回戦だったがとりあえず危機を乗り越える事は出来たと、一夏は安堵して溜息を吐く。

しかし安心してばかりも居られない。

まだ、姉の真似事をした憎きISに吹き飛ばされた元次が残っている。

そう意識した一夏は若干焦りながら、未だに起き上がらない元次へと視線を向ける。

絶対防御を突破したダメージを受けたのか、見るも無残な姿を晒す元次とオプティマス・プライム。

アーマーは所々が破壊され、内部構造の見える部分からスパークを撒き散らしている。

明らかにこの前のセシリアや鈴よりも深刻なダメージを負っているのが直ぐに理解出来た。

速く兄弟を治療してもらわないと――!!

自分にとって、もはや無敵なんじゃ無いかと思っていた元次の敗北。

その事実に歯噛みしながらも、一夏はラウラを抱えたまま立ち上がって元次へと駆け寄る――。

 

 

 

ボゴ!!ボゴボゴボゴボゴ!!!

 

 

 

「な!?――う、そだろ?……」

 

「ッ……なん、だ……コレは?」

 

 

 

しかし、その歩みだした脚は止まってしまう。

余りにも予想外だった光景に脳は思考を止め、身体は動きを停止した。

目の前で起こっている事態に驚愕したのは一夏だけでは無い。

一夏に抱えられたままのラウラや、遠巻きに自分達を見つめていたシャルル達もだった。

それどころか、この会場に居る誰もが驚愕の表情を浮かべている。

 

 

 

――悪夢は、まだ続いていたのだ。

 

 

 

 

ボゴボゴボゴボゴ……!!!

 

 

 

一夏達が目を見開いて眺める光景は、正に常軌を逸脱した光景だ。

先ほどの零落白夜の一撃を受けて崩れ去った筈の暮桜モドキ『だった』モノ。

つまりラウラのシュヴァルツェア・レーゲン『だった』モノ。

その崩れ去った筈の残骸が泥の様に流動して、再び一箇所に集まっていく光景。

有り得ない光景の筈だった。

あの暮桜モドキによって変異させられたラファールは別にしても、大本であるシュヴァルツェア・レーゲンが再生する等。

ましてや操縦者すらも乗っていない無人のISが、再生と再起動をするのは、今までのISの常識というものを根底から覆してしまう。

今までの歴史が引っ繰り返る様な出来事に、観客席の人間達は驚愕していたのだ。

 

「冗談じゃねぇぞ……ッ!!こっちはもうエネルギー全部使い果たしたってのに……ッ!!」

 

「……アレは……私のレーゲンなのか?」

 

一方でアリーナに居る一夏は折角脱した窮地が再び襲い掛かってきた事に歯噛みし、ラウラは目の前で起こる現象に呆然とした声を出す。

 

「まぁ、さっきまではそうだったよ……何でああなっちまったのかは俺も知らねえけどな……お前は知らないのか?」

 

「わ、分からない……あんなシステムは、今まで見たことが無い……それ以前に操縦者が居ないのに独立で動くISなんて……」

 

「いや、そっちの方は少し前に見たことがある……つっても、アレはこんなのよりISっぽかったけどな」

 

ラウラの言葉に、一夏は先日のクラス対抗戦で襲撃してきた無人機の事を思い出す。

結局あの無人機も何処の誰が作った物かは判らなかったが、今回のコレに関しても一夏には何も判らなかった。

只、ドイツの何処かが作ったんじゃないかという予測は、シャルル達と考えていたが、結局は憶測の域を出ない。

そんな事を考えてる間にも泥は流れ続け、遂にその集まりは人の形を作り始めた。

 

グニュグニュグニュ――。

 

「おいおい……もう暮桜の面影すら無えじゃねえか……」

 

「……」

 

そして、遂に形作られた異形を前にして、一夏は乾いた声を出してしまう。

一夏の腕に抱えられているラウラは呆然とした表情で目の前に浮かぶ異形を見つめている。

 

『……シュー』

 

新たに形作られた異形は、口の様な部分から小さく空気を吐く様な音を鳴らしつつ、その赤い眼を一夏達に向ける。

悪夢の様なシステムが新たに成った姿は、およそ人の姿には見えない。

まるでカマキリの如く細長い身体に、支えを付け足した形の手足。

全体的に細長い顔の造形に、顔の周りには柳葉の様な細長い装飾が施され、それが規則的にユラユラと揺らめく。

その異形の手には、指し示した先の者を殺める殺意が体現している。

無骨にしてシンプルなデザインの槍……その向けられる先は火を見るより明らかだ。

 

『……(ググッ)』

 

「……やっぱそうなるよなぁ……くそっ」

 

「あ……あぁ……ッ!?」

 

「ッ!?一夏ぁああ!?」

 

「織斑君!!ボーデヴィッヒさん!!」

 

「逃げなさい!!早く!?」

 

一夏達の危機を感じ取ったシャルルと先生達は声を張り上げて走り寄る。

まるで品定めするかの様に、膝を付く一夏と抱えられたラウラへ視線を向けた新たな脅威。

その異形は歪な造形の顔の口元をニイィ、と吊り上げる。

まるで人間が笑うかの様な形……本当に目の前の物体はISなのかという疑問が一夏の脳裏に浮かぶ。

しかしそんな疑問はこの場では意味を成さない。

……目の前で槍を高々と振り上げるISを止める事は出来ないのだから。

シャルルや先生達は今正に死の縁に足を落としかけている一夏達の側へ向かおうと走るが……。

 

「来るな!!」

 

「「「ッ!?」」」

 

しかし、それは他ならぬ一夏の声で止められてしまう。

 

「ISが使え無えんだから、こっちに来ちゃ駄目だ!!逃げろ!!」

 

「で、でも!?」

 

シャルルは一夏の言葉に声を詰まらせるが、それでも本心は駆け寄りたくて仕方が無かった。

シャルルとて、一夏達の側に行っても死ぬだけだと、理性では理解してはいる。

しかし彼女の本能とも言うべき場所がそれを否定して感情の渦を呼び起こし、思考を乱す。

このままでは一夏達が死ぬ。

それを考えると居ても立ってもいられない程の焦りが湧き上がる。

一方で自らを死へと誘う槍の穂先を見つめる一夏の顔には、恐怖ではなく悔しさが浮かんでいた。

 

「くそ……ッ!!折角兄弟が露払いしてくれたってのに……最後の最後でこれかよ……ッ!!」

 

それは目の前の脅威から大事な者達を守る事が出来ない悔しさと、兄弟の決死の行動が意味を成さなくなってしまった事への罪悪感。

もしこのまま槍が自分とラウラを穿けば、次は間違いなくシャルル達にその矛先が向かうであろう。

更にその後は、もしかすれば観客の皆。

箒や鈴、セシリアやクラスメイトが死ぬかもしれない。

脳裏に浮かんだ最悪のシナリオに終止符を打つ事が出来ない自分の無力さを、一夏は嘆く。

 

「……あ……ぅぁ……ッ!?」

 

「……すまねえ、ラウラ……今の俺じゃあ、お前を守れそうに無え……でも……」

 

そして、目の前から迫る死の恐怖に震えるラウラを、一夏はしっかりと抱きしめて目の前の異形から守ろうとする。

そんな一夏の行動に、ラウラは呆然とした表情で自分を抱き締める一夏を見上げた。

どうしようもない現実を前にして、何故この男はこころが折れない?

自分と同じ様に窮地にいるというのに、何故自分では無く他人の心配が出来る?

ダメージを負って動けない自分を囮にすれば、もしかしたら逃げられるかもしれないのに。

そんな疑問で、ラウラの頭の中は埋め尽くされていた。

一方で一夏にしてみれば、気に入るとか気に入らないとかじゃない。

何より、震える女の子を見捨てて逃げるという下劣畜生の所業は、一夏の最も嫌う行為だった。

例え、それが守り通すには無力過ぎる自分であっても……同じく死の淵にいようとも――。

 

「絶対に、見捨てねぇ……ッ!!何があっても……ッ!!」

 

「お、お前……ッ!?何故……」

 

何故憎いはずの自分を庇うのか判らずに声を出すと、一夏は異形に目を向けたまま苦笑する。

 

「……只の意地だよ……例え無謀でも……自分の意地だけは、絶対に曲げねえ……曲げちゃいけねえんだ……ッ!!」

 

一夏はラウラにそう答えながら、槍の穂先を真剣に見つめる。

まだ身体は動く、それなら諦める訳にはいかない。

真正面から戦って勝てる筈も無いのなら、死に物狂いで槍を避けるしかないと一夏は考えていた。

それは誰が考えても無謀な考えだが、一夏は決して諦めない。

どんなにかっこ悪くても、自分が死ぬ事で大事な家族を……千冬や元次を悲しませたくないからこそ。

そして、動けなくて自分の腕に抱かれているラウラの命は、今や自分が握っているのだ。

その命を自分の所為で散らせるなんて事は絶対にしたくないからこそ、一夏はその瞬間まで絶対に諦めない。

 

 

 

女の子一人を見捨てる様な、最低でかっこ悪い男にはなりたくないから――。

 

『……(ググッ)』

 

「ッ!!」

 

「一夏ぁあああああ!?」

 

 

 

 

 

そして、異形が振るった槍が確かな殺意となって振り下ろされた。

一夏は迫り来る槍に対して決死の回避を行い、その光景を見つめるシャルルは涙を零しつつ悲鳴をあげる。

刹那、高速で迫り来る槍が一夏を貫かんとし――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――オイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――すべての時が、止まった。

 

 

 

 

 

『(ピタッ)……??』

 

「ッ!?……え?……」

 

「……な、なにが?」

 

振り降ろされる筈だった槍は動きを止め、異形はある一点を凝視する。

その動きに疑問を持ったのは穿たれそうになっていた一夏とラウラだけでは無い。

このアリーナに居る誰もが、突如として動きを止めた異形に対して疑問を持っている。

一夏は困惑しながらも異形の向ける視線の先を辿っていく。

 

「……なに……してんだよ?……テメェ?……」

 

「ッ!?ゲン!!!」

 

そして、異形の見つめる先に居た自分の兄弟……元次が起き上がろうとしている光景を見て声高に叫んだ。

先ほどまでうつ伏せで倒れていた元次は両手を地面に付きながら、身体をゆっくりと起こそうとしている。

――生きていた、無事だった。

震えながらも身体を起こそうとしている自分の親友の姿を見て、一夏は目から涙が出そうになる。

未だに顔は俯いていて表情は判らなかったが、それも元次が無事に生きている事を感じて、一夏は震えながら(・・・・・)も笑顔を浮かべる。

 

「――ん?」

 

震えながら?

おかしいなと感じて一夏は自分の身体を見下ろすと……間違い無く震えていた。

自分が気付かなかっただけで、身体の方はもの凄く震えている。

 

「────────んん?」

 

自分の身体の震えを自覚した瞬間、何とも言えない感覚が腹の底から湧きあがってくる。

止めようの無い、自分の意思ではどうにもならない……外から向けられる圧力ともいうべき感覚。

 

「――ハッ――――ハ、ァ――」

 

「……へ?……お、おい?ラウラ、大丈夫か?」

 

「ハ、ァ……か、身体が……震えが、止まらない……これは、一体……?」

 

自分の身体に起こる現象に戸惑っていた一夏だが、ふと顔色が蒼白なラウラを見て声を掛ける。

しかしラウラも自分と同じく原因不明の震えが起きてるらしく、しかも呼吸が覚束ない。

明らかに自分よりも重い症状を出しているではないか。

しかも周囲の異変はまだ終わりではなかった。

 

「(ペタン)あ、あれ?ど、どうして?……あ、足が……」

 

「な、何?何で座り込んでるの、私は?」

 

「ち、力が、急に……抜けて……」

 

「シ、シャルル?それに先生達も……」

 

一夏が視線を向けた先に居たシャルルと先生達は、急に足に力が入らなくなったのか、地面にペタンと座っている。

本人達も自分の身に何が起きたのか困惑しているらしく、更に身体は一夏やラウラと同じく震えていた。

一体自分達に何が起きているのか?

突如襲ってきた感覚に戸惑う一夏だが、今は目の前に自分達の命を狩り取らんとする異形が居るのを思い出し、視線を向け直す。

 

『……ッ!!?』

 

「……え?」

 

しかし、向け直した視線の先に居る異形を見て、一夏はマヌケな声を出してしまう。

目の前に居た異形のISは、まるで焦った様に自分達から距離を離して、別の場所に向けて構えを取ったのだ。

そして、その槍が向けられた先に居る存在こそ――。

 

「……ISってのが、どんな存在か……テメェ知ってんのかよ?」

 

『稼働率、39%に上昇、更に上昇中……』

 

大地に四肢を付いて立ち上がらんとする、満身創痍の元次だ。

他の者達には聞こえていないが、オプティマス・プライムは無機質な声音で現状を分析していた。

見るからに無残な姿になってしまったオプティマス・プライムの外観。

しかし身を起こそうとしている元次はそれに構う事無く、ゆっくりと言葉を紡ぎ続ける。

 

「ISは……束さんの……(そら)に行きたいっていう……『夢』の結晶なんだぞ?」

 

『神経伝達ホルモン、アドレナリン及び脳内麻薬エンドルフィンの異常発生を確認。抑制開始……エラー。抑制不能、尚も分泌中』

 

自分達の乗っているISに込められた本当の目的。

それを、今の危機的状況で語る意味が判らず、一夏達も、観客も、皆困惑していた。

 

「千冬さんの、雪片にはなぁ……家族を守る為の強さっていう……『誇り』が詰まってんだぜ?……それを――」

 

ボゴォ

 

突如、語り続けていた元次の筋肉が脈動を起こし、膨張した。

それは先ほどの本気と言っていた時の力を超え、更に上の次元へと引き上げられていく。

更に変化は続いて、元次の身体を覆う様に蒼海色に揺らめくヒートの炎が湧き上がる。

だが、その色合いがおかしい。

まるで別の色が混ざり合ったかの如く色合いを変えて……それは紅蓮の如き紅色へと変貌していく。

まさに地獄の業火と呼ぶに相応しい赤色の炎……一夏は知らない事だが、これぞ千冬が纏っていた『レッドヒート』の炎だった。

本物の強者しか纏えない強さの証に、元次は至ったのだ。

ここで一夏は長年の付き合いから、今の元次の様子に対して「もしかして……」という憶測を立てた。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

「それを……俺の大事な人達の『夢』と『誇り』を……土足で踏み躙って――」

 

『体温急上昇、異常値。身体能力レベル、更に上昇中……稼働率、条件、共に達成――』

 

 

 

「ん?こいつマジ切れしてね?」という仮説――。

 

 

 

そんな仮説を一夏が胸の中で考えた時、身体を起こして周囲に晒されたのは――。

 

 

 

 

 

「『――――その上俺のダチを傷付けようってヤツァ……ッッッ!!!』」

 

『オプティマス・プライム単一仕様(ワンオフ・アビリティー)――『暴獣怒涛(ぼうじゅうどとう)』――発動します』

 

 

 

 

 

歯茎を剥き出し、顔中の血管をこれでもかと浮き上がらせ、獣の様に瞳を小さく、鋭くした――。

 

 

 

 

 

「『――何処の……どぉいぃつだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!』」

 

 

 

 

 

キュキュキュッ……ボオォオオオオ!!!

 

 

 

歪に哂う、『鬼』の『貌』だった。

 

 

 

オプティマスの肩アーマーから伸びる煙突の様な部分から青い炎を撒き散らして佇む元次の姿。

鬼と呼ぶのに相応しい、いやそれ以外に呼べない憤怒の形相。

それは正しく元次の細胞から心に至るまで、全てが怒り一色で染められた事の現し。

猫背の状態で立ち上がった元次は憤怒の形相を浮かべたまま、歪に嘲う。

目は先程浮かんでいた瞳すら消えて、白目を向いているのだから、尚の事恐怖を煽る。

ボロボロのオプティマスを纏いながら哂うその様は、手負いの野獣を彷彿させる程のものだ。

ここに至って一夏は漸く気付いた――自分達の身体の異常は、元次の怒りに充てられた事の反応だと。

余りにも強すぎる怒りに、自分達は脳で理解する前に本能が屈したのだと、漸く思い至ったのだ。

 

「あっ……ぁ……――」

 

「ひ、ぅっ――」

 

ドサッ。

 

ここで、元次の怒りに染まった表情を直視した先生達二人が、余りのショックで気絶してしまう。

普段なら助けに行く一夏だが、生憎今の一夏にはそんな余力は残っていなかった。

――気絶しそうなのは、自分も同じなのだから。

 

「ひっ!?」

 

「う、うあぁ……あ、ぁ……ッ!?」

 

更にシャルルとラウラの二人は、元次の溢れる怒りの波動の前に涙を流して嗚咽してしまう。

まだ気絶していないだけ賞賛に値すると、一夏は素直に尊敬した。

長年の付き合いがある自分ですら、気を抜けば腰が抜けそうな状況で意識を保っていられるのだから、それだけで充分だ。

 

『ッ!?……』

 

ふと、あの異形のISに目を向けると、異形はジリジリと元次から距離を離していく。

操縦者が居ない筈の『機械』が、人間である元次に『怯えている』のだ。

元次はそれに気付いているのか気付いていないのか、変わらぬ姿勢で異形を見据えて言葉を発する。

 

「『俺を怒らせやがって!!!お陰でエネルギーがフル生産されたぜぇ!!!――チョォオシに乗ってるヤァツがいるなぁあああああああああ!!?』」

 

正に獲物を見つけた猛獣の如き眼差しを受けて、異形は槍を構えて元次に敵対する。

その相対図は、手負いの猛獣と狩人というのがピッタリ当て嵌まるだろう。

 

 

 

――しかし、狩られる側は猛獣にあらず。

 

 

 

その咆哮と共に、元次は身体を沈め――。

 

バゴォオオオオオ!!!

 

『ッ――』

 

「……え?」

 

一瞬で異形の眼前に現れ、勢いをそのままに異形を蹴り飛ばした。

全く目で追えず、いきなり異形と元次の立ち位置が入れ替わり、一夏は呆然とした声を出してしまう。

何時の間にか接近していた元次の繰り出したケリを腹部に受けた異形は、身体をくの字に曲げて空へと撃ち出される。

まるでブースターを吹かして跳び上がったかの様な速度で空へと打ち上げられていく異形に対して、元次の身体に量子変換の光が纏わる。

IS内部に量子変換されていた武装を展開する予兆だ。

 

「『(ガチャッ)グガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァ!!!』」

 

口元が張り裂けんばかりに開かれた壮絶な笑みを浮かべ、元次はまるで地獄から響く唸り声の様な笑いをあげる。

その両手と両肩に展開されたのは巨大なコンテナボックスに無理矢理取り付けられた巨大な大砲の様な銃。

まるで拳と見紛う程に巨大な銃弾……否、砲弾を連射でバラ撒く凶悪銃、『セミオートカノン』だった。

展開されてから間髪入れず、元次は両手の砲口を空に高々と翳して、その豪砲を轟かせる。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

ブリットが撃ち上がり、シェルが排莢されて甲高い音を地面に鳴らす。

コンテナボックスから次々とベルト給弾でカノンに運ばれる大量のシェルブリット。

尽きない弾幕を描く為にまるで狂った様にトリガーを乱打する元次。

反動の物凄い筈のセミオートカノンを己が腕力のみで抑え付け、矛先を制御している。

打ち上がった砲弾は寸分違わず、全て空にいる異形の身体を削っていた。

 

『ッッッ!!?』

 

「『グァガガガガガガ!!誰の夢と誇りを穢したと思ってんだテメェ!!!死刑(ミンチ)確定だぞア”ア”~ン!!?』」

 

瞳孔の無い血走った白目で睨みつけてくる、血管の浮き上がった憤怒の形相。

それでありながら口元は張り裂けんばかりの笑みを携える元次の表情は、もはや恐怖以外の何物でも無い。

笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

まさしく傷を負わされ怒りに狂う野獣が牙を剥いた表情というのは、最も元次に相応しいのかもしれない。

人間が使わなくなった長い時の中で退化した筈の鋭い牙を思わせる八重歯。

その顎に掛かるは、哀れな獲物でしかない。

 

『ッッ(バヂヂ!!)』

 

やがて人の目で目視出来る距離まで落ちてきた異形の姿は……無残の一言に尽きる程だった。

砲弾の集中砲火を喰らった所為で、体中の彼方此方のパーツが欠損している。

円に無理矢理引き千切られたかの様な傷跡が、野獣の牙に食い千切られたモノを想像させる程だ。

まるでボロ雑巾の様に落下してくる異形を、元次は笑みを絶やさずに迎え撃つ。

即座にセミオートカノンを収納してエナジーアックスをコールして構えた。

しかしてそれは『断つ』動きでは無く、『潰す』構え。

まるでバットの様に肩に担いだ体勢から、片足を上げて落ちてくる敵を見据えている。

 

「『ドラァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』」

 

ドゴォオオオオッ!!!

 

『ッッ!?』

 

大地を踏みしめる1本の足から残りの脚を地面に付き、力を伝えて回転。

腰、腹、胸から肩へ、肩から肘、手首へと連動させつつ、己の筋力を総動員した振り。

鋼鉄のエナジーアックスがまるで曲がった様に見える程の速度で振り抜かれた一撃は、確かに異形を捉えた。

しかもその一撃は彼方へとカッ飛ばす為の一撃では無い。

 

「『グアラァアアアアアア!!!』」

 

『ッッッッッ!!!?』

 

バゴォオオオオオオッ!!!

 

自らの力で、敵を大地に叩きつける一撃だ。

鉄と鉄の鳴らす不快な金属音を奏でつつ、異形は地面へと叩き付けられる結果となり、その身体を地面へと横たえる。

零れ落ちる破片が元次の身体や顔に当たるが、それでも表情は一切変えない。

元次は何食わぬ顔で攻撃を続行し、異形の手から離れた槍を掴んで力の限り振り降ろした。

 

ブシュッ!!!

 

『PIGYAAAAAAAAAAAAAA!?』

 

と、ここで異形に変化が起きる。

振り降ろされた槍が肩を貫いた瞬間、何と異形が声を発したのだ。

口の様な造型の部分を開いて、まるで苦悶に苛まれているかの様な表情を浮かべる異形。

普通ならここで馬鹿な、ありえないと思う輩も居るだろう。

しかし今は会場全体が元次の怒りの覇気とも言えるモノに充てられており、恐怖に震える事しか許されて居ない。

だから誰も騒ぎ立てられなかった。

 

「『やぁかましぃぜ!!!STRONGHAMMERrrrrrrrrrrr!!!』」

 

ドゴォオオオ!!!

 

『gyu!?』

 

元次は悲鳴を挙げる異形に刺した槍を掴んで異形の身体を持ち上げると、必殺とも言えるストロングハンマーを叩き込んだ。

何時もならこの段階で敵は吹き飛ばされていくのだが、今の敵は肩に刺さった槍で上体を固定されている。

故に、元次の攻撃はまだ終わらなかった。

鉄を砕く甲高い音を鳴らして抉り込んだ拳を引き戻して、再度拳を振るう。

 

「『HAMMER!!HAMMER!!HAAAAAAAAMMERRRRRRRR!!!』」

 

ドゴォオオオ!!!ドゴォオオオ!!!――バグシャァアアアアアア!!!

 

『g――』

 

計三度、寸分の違いも無く顔面へと撃ち込まれたストロングハンマーの連撃。

最後の一撃にIMPACTを使用した威力は凄まじく、掴んでいた槍の柄が折れて、異形が吹き飛ばされていく程だ。

殴られた顔の造形は酷く崩れ、最早見る影もない。

 

『g……g!!』

 

そこまで蹂躙されようとも、アリーナの外壁に叩き付けられようとも、異形はまだ形を保っていた。

しかし壁に力無く寄りかかる様を見れば、誰もが満身創痍である事を理解するには難しく無い。

そんな哀れな姿を晒す異形に嬉々として突撃していく元次は、最早誰にも止められない暴走機関車そのものだ。

アリーナの外壁にもたれかかって無様を晒す異形へと、元次はエナジーソードとショットガン『AA-12』を展開して迫る。

 

「『カハハハハハハハハァッ!!』」

 

『ッ!!!』

 

迫り来る野獣に対して万策尽きたのか、異形は自身が激突した事で出来た外壁の破片を元次に向かって投げつける。

肩に槍が刺さっているが、それを抜いている暇が無いと判断したからだ。

 

「『ア”ア”ァ!?それで攻撃のつもりかぁ!!?』」

 

その投擲に対して、元次はスラスターの出力を左右で変えて、ドリルの様に螺旋を描いて回転して回避する。

続く第二投は左手のエナジーソードで斬り落とし、右手のAA-12を突き出す。

弾種は近距離で最も威力を発揮する12ゲージバックショット。

最も得意な射程距離に近づき、暴威がその火を噴く。

 

バァババババババババババババババ!!!

 

『ggggg!?』

 

撃ち出された小粒のペレットがバラ撒かれ、射線上に位置する異形の身体を食い破る。

更にマガジンは束ご謹製の特別製ドラムマガジン。

常識を超えた暴力の嵐が撒き散らされる上に、弾丸が尽きても攻撃は止まない。

 

「『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴゥラァアアアアア!!!』」

 

ズバァアア!!

 

『gigyaaaaaaaaaaaa!?』

 

弾切れを起こしたAA-12を放り出し、右手のエナジーソードを真っ直ぐに突き出す。

その剣の通り道に、まるで親に叱られた子供が叩かれない様にと同じ様に突き出された異形の手があるが、元次の剣はそれすらも喰らう。

物の序でと言わんばかりに異形の指を何本か斬り落とし、更に顔を横向きに横断する様に切り裂く。

 

『――nuaaaaaaaaaa!!!』

 

しかし、異形も只やられてばかりではなかった。

直ぐに持ち直した異形はまず突き出されたオプティマスの腕を掴み、残った手で逆方向に叩き飛ばした。

そうすることで体勢が崩れた元次の裏側に回り込み、オプティマスのロケットブースターにしがみつく。

その動きは死に物狂いと呼ぶに相応しい速さだ。

 

バギィ!!

 

「『――ク、クガガガガガガ!!』」

 

『ッ!?guiiiiii!!』

 

そして、元次の背後へと恐るべき速度で回り込んだ異形は、オプティマスのメインブースターを無理矢理引き剥がした。

しかしそれすらも意に介す事無く、元次は只狂った笑い声を出すだけだ。

そんな元次の尋常ならざる様子に何かを感じ取ったのか、異形はその手に持つブースターを、自身へと振り返ろうとしている元次の顔面へ振りかぶる。

 

バゴォオオ!!

 

「『ブッ――カァッカカカカカカカァ!!!喧嘩売った相手が悪かったなぁオイ!!!』」

 

顔面へと勢いを付けたブースターを叩き込まれた元次だが、それでも笑いを止める事は無かった。

更に追撃とばかりに肩から引き抜いた槍を振る異形だが、今度はしっかりと両手で止められてしまう。

そのまま元次は槍を掴んだ状態で回転し、異形の手から無理矢理武器を取り上げた。

強力な力で元次に槍を掴まれたまま回転された異形はその力に引っ張られてしまい、無防備な背中を元次に晒す形になる。

 

「『ぬぅん!!』」

 

『(ザブッ!!)gugi!?』

 

無防備に向けられた背中に対して元次も背を向けているが、元次はそこから奪った槍を突き出し、異形の首もとを貫通した。

その状態で槍を振り回して、異形をアリーナの外壁に叩き付け、槍を腕力で捻じ曲げながら異形の正面に回る。

背中を向けていた者同士が対面に向き合い、元次は捻った槍の持ち手と刺した部分を両手で掴み――。

 

 

 

「『――その面ァ剥いでやる!!!』」

 

ブチブチブチィイイ!!!

 

『go――ga――』

 

 

 

何と強引に力を掛けて、異形の顔面を剥ぎ千切ってしまった。

人間で言うなら、顔の皮膚を剥ぎ取るという残虐非道にして無慈悲な行為。

それを笑いながら敢行した元次に、元次に敵意を持つ者達は皆一様に恐怖した。

そして顔面を剥ぎ取られた異形は、鋭い眼光の下にあった丸いモノアイが白日の元に晒されてしまう。

既に戦う力は残っていないのか、顔を剥ぎ取られた異形は力無く動きを止めていく。

 

 

 

しかしそれでも満足しないのが猛獣だ――猛獣は、獲物の息の根を完全に止めるまで止まらない。

 

 

 

最早動く事すら敵わない異形の肩を掴んで無理矢理体勢を引き起こさせた元次は、残った右腕にあらん限りの力を込めて撃ちだす。

握られた拳ではなく、熊手の形を取った元次の攻撃は――あらゆる相手を一撃で戦闘不能にさせる事に重点を置いた『必殺必中』の攻撃。

元次が自身の本能で生み出したレッドヒートの――極アクション――。

 

 

 

 

 

「『――グルァアアアアアアアッ!!!』」

 

ズドォオオオオオオオッ!!!!!

 

『真・猛熊撲殺の極み』だ。

 

 

 

 

 

『――』

 

自身を形成する核――ISコアとは『別』の重要なファクターを抉られた異形は、最早形を保てない。

只、己の胸から伸びる腕によって外気へと抉り出された核が握りつぶされるのを黙って見ているしか出来なかった。

 

「『ハァ――俺の手で……地獄に落ちろ!!!』」

 

核が破壊された事で形を保てなくなったISに対して凄惨な笑みを浮かべながら言い放った元次。

その暴風とも言うべき暴力の嵐を、一夏は呆然と見つめるしかなかった。

 

「あっ……あっ…………」

 

一方で一夏に抱えられていたラウラは、元次の力を目の当たりにした上に撒き散らされる怒りのオーラに当てられて、遂に意識を落としてしまった。

寧ろ今まで涙をボロボロと零し、歯をガチガチとカチ鳴らしていたとしても堪えられた事こそ、称賛に値するモノではあった。

シャルルはとっくに気絶してしまっているからだ。

そして、長い時間を共に過ごした一夏は身体は恐怖に震えながらも、まだ意識を保ち続けていた。

殺意の塊とも言える異形のISを、それ以上の圧倒的な暴力で叩き潰した元次を見て一夏が思ったのは――。

 

「……やっぱ、兄弟には敵わねえなぁ」

 

何時もと変わらない勇猛果敢な後ろ姿を見せる兄弟への、惜しみない賛辞だった。

圧倒的に不利な戦いを制し、怒涛の勢いで全てを捩じ伏せてしまう腕力。

何処までも暴力的で、粗暴にして凶暴凶悪。

正に悪鬼羅刹と見紛う一方的な蹂躙劇を繰り広げ――自分達の命を守ってくれた。

例えそれが結果論であったとしても、敵を捩じ伏せて味方を守る兄弟の背中に――何処までも憧れた。

今はまだ守られる立場かもしれない……でも、何れは――。

 

「『フーッ!!フーッ!!……チョーシに乗った……罰だ……』」

 

そう心に決意した時に現れた増援部隊が倒れゆく元次の背中を支えたのを最後に、一夏も気が抜けたのか、地面に倒れて憎たらしく晴れ渡る青空へ目を向ける。

 

「あ~あ……もっと修行しなきゃなぁ……頑張ろ」

 

突き抜ける様な蒼天に一夏の呟きが吸い込まれたのを最後に、長かった激闘に幕が降ろされた。

 

 

 

 

 

――学年別トーナメント、第一回戦――終了。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……知らねえ天井だ」

 

重たい瞼を上げて一番最初に飛び込んだ天井に、俺はテンプレなセリフを零す。

しかし鼻孔にツンとくる独特な匂いが、ここは保健室である事を告げてくる。

どうやら俺は保健室のベットに寝かされているらしいな。

身体に奔る鈍い痛みに顔を顰めながら身体を見下ろすと、上のISスーツを脱がされた包帯だらけの上半身が視界に入った。

 

シャッ。

 

「ッ……目が覚めたか……気分は、どうだ?」

 

「あ~……ちぃと、頭が寝惚けてる感じで、まだ何とも言えねえッスね」

 

「そうか……身体の方だが、全身を無理に酷使した後遺症で、普通なら二週間は痛みに苦しむ所らしいが……相変わらずのタフネスだな……幸い雪片に貫かれた傷も浅いそうだ。綺麗に斬れていたから傷跡も残らない……あの時はさすがに、肝が冷えたよ……」

 

自分の置かれてる状態を確認していると、個室のカーテンを開いて千冬さんが入ってきた。

その表情は何とも泣きそうな感じに歪んでて、余り見た事無い表情だから戸惑っちまう。

 

「あはは……情けねえトコ、見せちまいましたね……俺、結構寝てました?」

 

「いや、まだ二時間程さ……柴田先生は、底知れない頑丈さ(タフ)だと、心底驚いていたよ。ボーデヴィッヒはまだ目が覚めていない」

 

少し苦笑しながらそう言うと、千冬さんは首を横に振りながら、備え付けの椅子に座った。

 

「試合の事、何処まで覚えている?」

 

「えっと……途中意識がぶっ飛びそうになりましたけど、一応あの訳分かんねえISを叩きのめしたトコまではちゃんと覚えてます」

 

「そうか。なら、お前がワンオフ・アビリティーを発現したのも覚えているか?」

 

千冬さんの問いに、俺は頷いて肯定する。

もうなんか途中からテンション上がりすぎて訳分かんなくなったけど、一応俺がブチキレて暴れたのは覚えてる。

あの時に発現したワンオフ・アビリティー、暴獣怒涛。

能力は今一つ良く分かんなかったけど、残り20ちょっとだったシールドエネルギーが一気に回復したんだったな。

そこから千冬さんと束さんの大事な想いを二度に渡って穢したクソ野郎にキレて、ちゃんとトドメは刺したんだが……。

 

「……ボーデヴィッヒのIS……ありゃあ一体なんだったんすか?セカンドシフトって訳じゃ無えっしょ?」

 

俺はベットに寝そべったままに、千冬さんに質問する。

あの時のボーデヴィッヒの苦しそうな様子と、ISらしくない変化の仕方。

幾らISに詳しく無え俺でも、アレは異常だって事が分かる。

思い返しながら千冬さんに視線を向けると、千冬さんは真剣な表情を浮かべていた。

 

「……一応、重要案件である上に機密事項なんだが、被害に遭ったお前には話しておくのが筋だな……あれは恐らく、VTシステムに類似する代物だ」

 

「VTシステム?」

 

聞いた事の無え名称だ。

オウム返しに聞き返した俺に千冬さんは嫌な顔一つせずに頷く。

 

「正式名称はヴァルキリートレースシステム……アレは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、現在はIS条約で研究・開発・使用の全てを禁止されている。それがボーデヴィッヒのISに積まれていたんだ」

 

「オイオイ……じゃあ、それを積んだドイツの連中は……」

 

「完全に条約違反だな。追ってIS委員会から査察と強制捜査が入るだろう」

 

「そんな曰く付きの代物だったんスか……だったらまぁ、ブッ壊しても、いやブッ壊して正解っすね」

 

「あぁ。条約に違反したドイツには何も言わせんさ」

 

「そいつは良かったです」

 

何せ跡形も無くブッ壊しちまったからなぁ……アレ、弁償しろとか言われたらどうしようとか今更になって考えちまってた所だし。

とりあえず一つの心配事が無くなって、心が楽になったぜ。

俺の考えも千冬さんには予想通りだったらしく、少し微笑みを浮かべている。

そんな視線に少し気恥ずかしくなって、俺は話題をすり替える事にした。

 

「と、ところで、今千冬さんはVTシステムってのに類似する代物だって言いましたよね?類似するってのはどういう事ですか?」

 

俺としては今の空気がムズ痒かったから何の気無しに変えた話題だったんだが、千冬さんはそうでは無い様だ。

急にさっきまでの微笑みを消して、かなり真剣な雰囲気を醸し出している。

 

「……さっきも言ったが、VTシステムは過去の部門受賞者の動きをトレースするだけのモノだ。あの時の様な変形や、戦った相手のデータを取り込んでパターンを変える様な事は出来ない。ましてや他の操縦者が乗っていないISを操るなど、どんなシステムでも有りえん話だ」

 

「え?じゃあ、あの時の無人で動かされたラファールは……」

 

「分からん。開発側のドイツもVTシステムの開発を行なったという事実すら認めようとはしなかった。更にシステムそのものを破壊してしまったから、調べようも無い」

 

「……すいません」

 

千冬さんの言葉を聞いて、俺は身体を起こして頭を下げる。

どうにも俺はこの事件の重要な部分の鍵を握る代物を壊しちまったらしい。

マジでどうしよ?

 

「いや、良いんだ。あの状況ではシステムそのものを破壊するのが一番確実だったからな。お前達の命に比べれば、何て事は無い……それに――」

 

謝る俺に言葉を返した千冬さんだが、言葉を切って何も言わなくなってしまう。

何だ?なんで千冬さんはいきなり黙っちまったんだ?

訝しく思った俺が頭を上げて飛び込んできた光景に、俺は目を疑った。

何故なら、千冬さんが椅子に座ったまま頭を深く下げていたからだ。

 

「謝らなければならないのは私だ……本当にすまない……私達大人の都合で……お前に怪我を負わせてしまった……」

 

「え、ちょ!?ち、千冬さん!?俺は別にそんな――」

 

「世間体や、組織の体裁。お前には全く関係の無い事に巻き込んで、挙句に怪我を負わせてしまった……何が世界最強だ……大切な家族すら守れないで、最強も何も無いな」

 

「千冬さん……」

 

千冬さんは俺の言葉に耳を貸さずに、深く頭を下げて謝罪をしてくる。

俺はそんな千冬さんの姿を見て、何も言えずにいた。

多分今この人は、自分が戦わずに、俺や一夏達を危険な目に合わせた事を後悔してる筈だ。

厳しいけど、人一倍責任感が強い千冬さんだからこそ、今回の件は許せねえんだろう。

戦わなきゃいけない自分達大人が後方に待機して、守るべき子供達を戦わせた事を悔いてる。

今回の事件で俺達を戦わせた事が、こんなにも千冬さんに重く圧し掛かってるなんて……。

俺はそんな千冬さんの姿を見ているのが辛くて――。

 

「……(ギュッ)」

 

「ッ!?……げん、じ?」

 

手を伸ばして、千冬さんを抱きしめた。

俺よりも華奢な身体の千冬さんは俺の胸の内にスッポリと収まり、困惑した表情で俺を見上げている。

 

「謝らんで下さい……俺は寧ろ、戦えて良かったんスから」

 

俺の胸にしな垂れる千冬さんを見下ろしながら、俺は笑顔でそう言い放つ。

ホント、俺の大事な人達の想いを踏み躙った野郎をこの手でブチのめす事が出来たのは良かったと思ってるからな。

千冬さんは俺の言葉を聞いて目を見開いて驚くが、直ぐに表情に影を刺してしまう。

彼女が見つめているのは、包帯の奥に隠れている雪片で斬られた俺の胸元だった。

 

「だが……私が命令を無視してでも戦場に出れば、お前にこんな傷を創らせる事も無かったんだぞ?一夏にだって怪我をさせずに済んだかもしれない……なのに、私は」

 

「権力に負けたって言うんスか?」

 

「……そうだ……世界最強などと持て囃されようとも、命令が無ければ動けないのが今の私の現状だ」

 

千冬さんは変わらず視線を俺の傷のある所に注ぎつつ、その綺麗な指をそっと這わせる。

労わる様に、慈しむ様に傷痕を撫でている。

別に俺としては、自分の意思で戦ったからそんなに気にはしてねえ。

 

「千冬さん。俺は今回、自分の意思であのISモドキと戦ったんだ。この傷だって俺の自己責任ですから、そんな気に病んだりしねえで下さい」

 

「……」

 

「それにさっきも言いましたが、俺はアレと戦えて良かったス……自分の大切な人の誇りや想い、夢を踏み躙ったクソ馬鹿野郎を完膚無く叩き潰せて……大切な人の夢を守れて良かったってだけッス」

 

「元次……」

 

俺の言い分を聞いて、千冬さんは少し複雑そうな表情を浮かべる。

そんな千冬さんに、俺は笑顔を向けながら自分の思いを口にした。

 

「一夏……兄弟だって同じですよ。大切な人の想いを守りたいから戦った……何時迄もガキじゃねぇんだ。俺達だって守られてばっかじゃ――男が立たねえ」

 

結局は意地なんだよな、俺と一夏が今回戦ったのだって。

誰の手でも無く、自分達の手でケリを付けたいって我侭を通しただけ。

その結果がこの怪我なら、これは千冬さんが悔むモノじゃなくて俺の責任だ。

自分で勝手に馬鹿やって自分で傷付いただけ……それだけなんだよな。

 

「……」

 

「まぁ、だからアレっすよ千冬さん。そんなに落ち込まんで下さい。千冬さんのそんな悲しそうな顔見るのは……その……すげえ辛いですから……こ、こう、何時もみたいにドーンと構えていて下さい」

 

気恥ずかしくて段々と言ってる事が支離滅裂になってきた。

うわー俺真顔で何のたまっちゃってんだか……っていうか自分がどんだけ大胆な事してるか理解してるのか俺?

俺アレだよ?千冬さん抱きしめちゃってんだよ?しかも自分から強引に抱き寄せちゃってんだよ?

ちょっと傷心気味だった人を無理矢理抱きしめるとか馬鹿じゃねぇのか俺?

っていうか今更になって気付いたけど、俺って気絶してからそのまま運ばれたんだよな。

って言う事は、あんだけ動き回って汗掻きまくった体で千冬さん抱きしめちゃってるとか……やっべえ殺される。

恥ずかしさで赤くなってた顔が、今になって事の重大さに気付いて青色にジョブチェン。

女の人って清潔じゃねえのを嫌がるだろうし、このままじゃ千冬さんにデストロイされちゃう。

そこまで考えが至り、俺はすぐさま千冬さんを離そうと――。

 

「……(ギュッ)」

 

「あ、あれ?ち、千冬さん?あ、あの……」

 

「……もう少し、こうしててくれ」

 

「え?い、いやあのでも……」

 

「……嫌なのか?」

 

したのだが、今度は逆に千冬さんが俺にもっと体重をかけて身体を預けてきたので、離れるに離れらんなくなっちまった。

しかも俺の胸元に顔を押し付けながら、チラリと目だけを俺に向けて窺う様に聞いてくる。

普段のクールビューティーなトコを欠片も感じさせずに、甘える様な声で囁く千冬さんの姿……正直、興奮してます。

しかしこうしててもしも嫌な顔されたら立ち直れないのは間違い無え。

なので俺は喉まで出かかった「嫌な訳無い」という言葉を無理矢理飲み込んで別の言葉を絞り出す。

 

「い、嫌な訳じゃ無えんスけど……そ、その、俺って今、凄え汗の匂いがするんじゃねえかなって……」

 

そう質問すると、何故か千冬さんはキョトンとした目で俺を見つめ、直ぐに可笑しそうに目を細めてクックと笑った。

 

「ぷっ、ククッ……自分から強引に抱き寄せておいて、そんな事を気にしてたのか?」

 

「ぐふ!?い、いやその、これはまぁ、何というか……身体が勝手に動いちまったって言いますか……」

 

「ふ、ふふっ……確かに、濃い男の匂いはするな」

 

可笑しそうに笑って言い放った千冬さんの言葉がクリティカル。

あぁ、なんてこった……まさか面と向かって女の人に臭いなんて言われる日が来ようとは……。

思いっ切りショックを受けた俺の胸元で千冬さんは相も変わらず楽しそうに微笑んでる。

 

「そんなに悲しそうな顔をするな……私は別に臭いといった訳じゃ無い」

 

「はい、すいませ……ん?」

 

おかしいな?ドギツイ現実から目を逸らしたい余り幻聴が聞こえたのか?

どうやら中々に俺の脳みそは見苦しいらしい。

 

「言っておくが、幻聴では無いぞ」

 

おうふ、心の中を読まれたッス。

俺の胸元にしなだれかかる千冬さんは俺の思ってる事を察して先に釘を刺してきた。

何時もの鋭い瞳は少しだけ弧を描き、柔らかな優しい雰囲気を見せてくる。

 

「私は強い男の匂いがすると言っただけだ……野生の雄の様なフェロモン、とでも言うか……今まで、ここまで強く男を感じた事は無い……中々に心地良い」

 

「や、野生って……」

 

「ふふっ……それに、こうされて分かったが……随分と逞しい身体つきになっている……お前ももう、1人の男なんだな……」

 

そう言いつつ、千冬さんは俺の胸板に指を這わせてくる。

俺の身体を見つめる千冬さんの表情は、まるで熱に浮かされた様に上気しているではないか。

赤みの指した頬、俺の身体を見つめる潤んだ瞳。

吹きかけられている身体の方が溶けちまいそうな熱い吐息。

俺が無理矢理引き寄せた所為か、横向きにベットへ腰掛ける千冬さんの身体が嫌に艶かしく写る。

キュッと括れた腰、美しい曲線美を描くしなやかな足腰。

黒いストッキングというヴェールに包まれた芳醇な『女』の肢体。

しなだれかかる身体に身体に衣服越しからでも感じる豊満な胸の感触。

今まで感じた事の無い、千冬さんの『女』という部分に目を奪われた。

ふと、急に視線を上げた千冬さんと、ずっと見つめていた俺の視線が交差する。

千冬さんの潤んだ瞳を見つめていると、千冬さんはゆっくりと俺に顔を近づけてきた。

いや、千冬さんだけじゃなくて俺も顔を近づけている。

まるで引き合う磁石の様に、俺達は動きを止める事が無かった。

 

「元次……」

 

「……千冬」

 

さん付けを忘れて呼び捨てで呼んでしまったというのに、千冬さんは嫌な顔一つしない。

俺は片手を千冬さんの頬に添えて、千冬さんの瑞々しい唇へと顔を落としていく。

千冬さんも狙う場所は同じ様で、俺と同じように顔を近づけてきた。

お互いの鼻先が触れそうな位置に来るが、まだ目的の位置までは遠い。

まるで示し合わせたかの様に、俺と千冬さんは顔を反対向きに傾けて、更に距離を縮める。

 

 

 

やがて、互いの吐息を口の中に感じる位置まで近づき――。

 

 

 

「(ガラァ!!)どりゃぁあああ!!そうは問屋が卸しやがらねぇぜぇえええ!!!」

 

「んな!?」

 

ドゴォオオオオオ!!!

 

「ぶべらば!?」

 

 

 

突如ドアを開いて乱入してきた束さんに驚いた千冬さんに突き飛ばされ、壁に埋もれる結果となった。

 

 

 

そりゃ無えっすよ千冬さ~ん……ガクッ。

 

 

 

壁に上半身が埋もれた中で、口論する束さんと千冬さんの姿を見たのを最後に、再び俺の意識は堕ちた。

 

 

 






中々話が纏まりませんねぇ……。

ん~、困ったねぇ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この学園、トラブルの巣窟である。



お待たせしました。


番外編の方で感想が波の様に来て溺れていました(あっぷあっぷ

とりあえずこれにて原作2巻までの内容が終了です。

次回からはジョジョの更新を再開したいと考えております。

それでは、どうぞ!!




 

 

 

「ふにゃ~♪」

 

「……ッ!!(ギリィ!!)」

 

まるで猫ちゃんの様な鳴き声を出しながら俺の胸板にスリスリしてくるアダルト兎こと束さん。

そしてそれを物凄く悔しそうな眼つきで睨んでる千冬さんのお二人。

それが目が醒めた俺が最初に目撃した光景でした。

何これ?どーゆう状況?

 

「んふふ~♪ちーちゃんは手出ししちゃ駄目だからねー?これは勝負の結果だも~ん♪」

 

「クッ!!ふ、不意打ちでじゃんけんに勝ったぐらいで誇らしげにするとは……ッ!!」

 

「勝てば官軍負ければうんちゃらってヤツなのさ♪過程や方法なぞぉ……どうでもいいのだぁああ!!」

 

「いや、それは如何なモンすかね、束さんや」

 

ちょっとテンションがおかしな方向へ振り切れてる束さんの最後の台詞に反射的に突っ込んだ。

貴女は何処ぞの究極生物さんだっての。

 

「あっ!?ゲン君、目が醒めたんだね!!良かったよぉお!!(ギュッ!!)」

 

「うのほぉ!?た、束さん。そんな大袈裟な……」

 

「大袈裟じゃないよい!!ちーちゃんてばゲン君怪我人なのに壁に叩き込んじゃうんだもん!!めり込んでヒュージョンしちゃってたんだよ!?合体しちゃってたんだよ!?怪我してるのに酷いよねー!!」

 

あっ、試合の怪我より千冬さんからのダメージの心配ッスか?

まぁ確かに今日一番のダメージだった気がせんでもないが……気の所為だよな?

 

「た、束!!貴様……ッ!!」

 

「幾らちーちゃんでも、こればっかりは手を抜いてあげないもんねー。責めれる所は責めちゃうのが束さんクォリティなのだよ!!」

 

「……ッ!!」

 

と、まぁ天下無双の千冬さん相手にこんだけ煽り倒せばどうなるかなんて誰でも分かるよな。

もう血管ピクピクさせながら束さんへの距離を詰めてくるのが果てしなく怖い。

しかも束さんの顔を掴もうとする千冬さんの手がコキコキって鳴ってるし。

しかしまぁ束さんは楽しそうな笑顔を浮かべたままに千冬さんから視線を外して、俺にもっと抱き付いてくる。

アカン、千冬さんの機嫌が鰻登りで大変な事にににににに。

 

「……束。覚悟は良いんだろうな?」

 

「きゃー♪ゲン君助けてー♪ちーちゃんが苛めてくるよぅ♪」

 

苛めじゃありません。ハンティングです。

そんな事言いながら俺に抱き付かないで、矛先が俺に向いちゃう。

今の千冬さんの状態を現すなら、猟銃を必要としない孤高の狩人ですって。

しかも俺に抱き付いてるから、千冬さんの視線が自動的に俺をロック☆オーン。

正直、チビりそうでございまする。

 

「ま、まぁまぁ千冬さん。俺は別に気にしてねぇッスから、ここらで矛を収めちゃ貰えませんか」

 

俺が束さんを庇う様に少し前に出ながらそう言うと、今度は俺にその殺人光線を――。

 

「……ッ!?(ボン!!)」

 

「……え?……ち、千冬さん?」

 

殺人光線……では無く、顔が爆発しなすった。

しかも顔色が林檎の様に真っ赤になって…………あ゛。

 

「え、あ、や……ぅ……」

 

俺と顔を合わせて林檎の様な顔色に変色した千冬さんだが、振り上げていた手を所在なさ気に降ろすと、視線をチラチラと色んな方向に向け始める。

時折、俺と視線がカチ合うのだが、それは直ぐに逸らされてしまい、俺と千冬さんの間に変な空気が吹き始めていく。

そ、そういえば俺、勢いとムードに任せて千冬さんに……キ、キ……キスをしかけたんだった……ッ!!

そんな事があったってのに何を普通に話し掛けてんだよ俺のボケ!!

と、とりあえず――。

 

「すんませんでしたぁ!!」

 

「わわわ!?」

 

俺はベットに寝たままの体勢でガバッと頭を下げる。

そりゃもう土下座もかくやって勢いで頭下げたモンだから、俺に抱きついてた束さんを引き剥がしてしまった。

しかし今は勘弁して下さい束さん!!俺の命が懸かってんだから!!

 

「な……?」

 

「さっきの事は本当にすいません!!そ、その!!千冬さんがあんまりにも魅力的に見えちまって自分を抑えられなくなっちまったと言いますか!!と、とにかく、雰囲気に流されて危うく千冬さんの唇を奪ってしまいそうになって本当にすいません!!」

 

「う、うば!?も、もももももう良い!?もうそれ以上言わなくて良いから、さっきの事は忘れろ!!今直ぐに!!」

 

「は、はい!!」

 

頭を下げたまま勢い良く弁解した俺だったが、頭上から降り注ぐ千冬さんの言葉を聞いて頭をゆっくりと上げる。

そこで目にしたのは――

 

「……そんな事を言われては……怒る気も失せるではないか……」

 

腕を組んでそっぽを向きながら、片手で自分の髪の先をクルクル巻いていた、何か可愛い千冬さんの姿だった。

視線は拗ねてる様でそうで無く、口は少しへの字を書いて喋らない。

女の人の良くやる、自分の長い髪の毛の先をクルクルやる仕草にキュンときてます。キュンときてます。

そしてついつい目線が行ってしまうのが、組まれた腕の上で寄せて上げられた豊満なバスト。

その上のちょっと拗ねてる様な、綺麗な桜色の唇。

思わず無意識に俺は喉をゴクリと鳴らしてつばを飲み込む。

その仕草で俺の視線が自分に固定されてるのを自覚したのか、千冬さんはプイッと顔を背けて――。

 

「……こっちを見るな……バカ」

 

普段の威厳がまるで感じられない、可愛らしい拗ねた声音を出したのだ。

……やっべぇ……可愛い。

普段クールでクール過ぎる千冬さんがそんな仕草したら駄目ですって。

なんかもぉ、虜になっちまいそうです。

視線の離せない俺と、時折チラッチラッと視線を向けてくる千冬さんの間で、何やら知らない世界が――。

 

「ヘイヘイヘイ!?なぁ~にを二人だけの世界作っちゃってるのさー!!その幻想を私がブチ殺すー!!」

 

「(ギュッ)ぬおお!?た、束さん!?」

 

そんな感じで何か違う世界に飛び込み掛けてた俺ですが、それは現実の柔らかな感触によって引き戻された。

背中にダイレクトに感じる水風船の様なたぷんたぷんの物体×2と、膨れに膨れた束さんのご尊顔によって。

いきなりの奇襲に戸惑う俺だが、束さんは後ろから思いっ切り抱きついて離れようとせず、その膨れた顔で不機嫌そうに俺を見てくる。

 

「ぶー!!何さその「忘れてました」的な反応はー!!束さんもぉ激おこプンプン丸だぞぉ!!」

 

「わ、忘れてなんていませんって!?ただちょーっと、千冬さんと違う世界に入りかけてただけっつーか……」

 

「それを世間じゃ忘れてるって言うんじゃんかー!!そんな世界へのパスポートとチケットは束さんがボッシュート!!ゲン君に必要なのは極上の包み込んでくれる暖かさなのです!!と言うわけで……えい♪えい♪」

 

ぷにょん♪ぷにょん♪

 

「おうふ!?た、束さんちょっ、これは――!?」

 

お、おかしい!?確かに女性の胸部は柔らかさの塊にして母性の象徴。

しかし衣服越しに感じる柔らかさというのは限界がある。

幾ら俺が包帯を胸の辺りに巻いていて、肌が露出してるとしても……この背中に感じる柔らかさは異常だ!!

混乱真っ只中の俺が首を後ろに向けてみると……抱きついてる束さんの顔が妙に色っぽいでは無いか。

目を閉じて口をキュッと結び、何か強い刺激に耐える様な……。

 

「んっ、あ、ぁん……はぁ……ゲンくぅん♡……すっごい逞しい背中だぁ……擦れて、感じちゃう♡」

 

「え、いや、ちょ!?た、束さん一体なにを……ッ!?ま、まさか!?」

 

いやまさか!?ありえないよな!?嘘だと言ってよ束さぁん!!

ある衝撃的な予想が頭の中に過り、俺は一縷の望みを掛けて束さんに視線で問う。

ちょうど片目を開けた束さんは俺と視線を合わせると、クスッと妖艶に微笑みながら、俺の耳に口を寄せる。

 

「ぅ、ふぁ……あぁ……えへへ♡……今日は、付けて無いの♪――――――ブ・ラ・♡」

 

「――ファ!?」

 

何処か男を酔わせる蕩けちまいそうな甘い桃の香りが、俺の鼻を擽る。

そして、甘ったるくて理性が消し飛びかねない艶を含んだ声音で呟かれた言葉に、俺の脳内を電流が奔った。

おいおいおいおい……今、束さんは何て言った?……忘れた?ブラ?ブラってアレですか?

所謂女性の大事な、だいーじな所を包み込む、男にとって引き剥がしたい衣服ベスト3に入る、あ・の……ブラジャー?

それが無い……ってぇ!?ま、ままままさか!?この背中に感じる2つのボタンはぁああああ!?

 

「はぁん!!そ、そんなに連打しちゃ……駄目だよぉう」

 

「れ、れれれれ連打って何をですか!?俺には皆目検討がつきましぇん!!」

 

「うぅ~……分かってるくせにぃ……ゲン君って、結構なSだよね?」

 

束さんは俺から受けた何らかの刺激に身を捩り、艶かしい声で喘ぐ。

しかも俺が質問するとちょっと照れくさそうに微笑んだ。

知りませぇん!!僕はなぁんにも知りませんよぉ!!

柔らかいのに何処か固さのある摩訶不思議な感触のボタンなんて知りませぇん!!

背中越しに感じてしまう圧倒的なバストの柔らかさに身を固くしている俺。

そんな俺が面白かったのか、束さんは俺の背中に艶かしく指を滑らせ、のの字を書き始めた。

 

「うふふ♡……ゲン君、束さんの夢を守る為に頑張ってくれたからぁ……束さんのおっぱい、ゲン君の好きにさせて、あ・げ・て・も・♡」

 

ガシィ!!

 

「にゃ?」

 

「あ」

 

ふと、これから始まるドキドキピンクタイムに心踊らせていた俺を通り過ぎて、背中に抱きつく束さんの頭に手がガッチリ♪

前が見える俺からすれば「あ~あ」って感じだが、目を塞がれてる束さんには分からないだろう。

……目の前で燃え盛る紅蓮のオーラを振りまく千冬さんの事なんて。

俯いていて見えなかった千冬さんの顔が上がると、その目に怒りの炎が着火してるではないか。

 

「――何を考えているこの万年発情駄兎ぃいいいいいいい!!!」

 

千冬さん、ムカ着火ファイヤー。

 

ギリギリギリギリッ!!!

 

「んにゃ゛ーーーーーーーー!?あ、頭ぐわぁああああ!?」

 

そして、顔を上げた千冬さんは咆哮を挙げながら束さんの頭を掴んだ腕を万力に変換。

そりゃもう凄い締め上げる音を鳴らして片腕で束さんを吊り上げてしまった。

いや、マジで束さんの頭を掴んでる千冬さんの手が万力に見える程のオーラが出てるんだって。

勿論そんなヤバイ力で吊るし上げを食らった束さんは絶叫しながら千冬さんの手を剥がそうとするが、まるで剥がれない。

寧ろ悲痛なギリギリって音がギチギチって危険極まる音に変貌する始末。

 

「教師である私の目の前で生徒に淫行を働くとはなぁ……そ~んなに、私の千冬スペシャルを喰らいたかったのか?んん?」

 

「あだだだだだ!?は、離してちーちゃーん!!出ちゃう!!束さん、恥ずかしいの(脳みちょ♡)が出ちゃううぅうう!!」

 

「ほぉ~、そうか。そんなに構って欲しかったのか……良ぉし、今から私がたっっっっぷりと構ってやるからな。な?」

 

「会話が繋がってないだと!?い、いやだー!?い、何時ものスキンシップじゃ無いよねコレ!?本気と書いてマジだよね!?た、束さんの細胞がちーちゃんの殺意に震えてるぜぇ!?」

 

何やら噛み合ってる様で噛み合ってない会話を繰り広げる二人の美女。

しかしこれは俺の目の前で行われている事なのだが、全くもって嬉しくない光景である。

だって片方は美女なのに背後から鬼が竦み上がる様なオーラ出してるんですよ?

もう片方に至っては不思議系可愛いお姉さんなのに、顔掴まれてプラーン状態なんですよ?

そんな奇妙な光景嬉しい訳無いって。

そして束さん、あなた死刑一歩手前なのに余裕ですね。

 

「全く、そうならそうと言えば良いものを……どれ、ここでは少し手狭だからな。そっちのベットに行くか」

 

「ふぇ!?ベ、ベットって……だ、駄目駄目駄目ぇ!!束さんの処女は既に予約先があるから、束さんとアクエリオンごっこがしたいというちーちゃんの想いには応えられな――」

 

「はっはっは、戯言も程ほどにしておけよ?」

 

「酷い!?も、もしかしてちーちゃんってば、束さんに嫉――」

 

グチュァ!!

 

「あばばばばばば!?た、束さんの偉大なる頭脳から鳴っちゃIkeねぇ音がぁああああ!?ちーちゃんに圧縮されて新たな皺が脳に増えるぅううう!?」

 

「そうかそうか、そうだったか……」

 

「ち、千冬さん?」

 

微妙に聞き取れなかった束さんの言葉が琴線に触れたのか、千冬さんは今までの怒りを収めてすっごい眩しい笑顔を浮かべてる。

普通の人が見れば、本当に只微笑んでるだけだろう。

しかし、俺は知ってる……アレは、火山噴火一歩手前の笑顔だという事を。

そう思ってると、千冬さんは笑顔を浮かべたままに束さんを宙吊りで運び、隣のベットへと入っていった。

しかもご丁寧にカーテンを閉めて外界との遮断も忘れない。

……俺には、カーテンを閉めた時のシャッって音が、断頭台の準備が整った音にしか聞こえなかった。

言うまでも無く、ギロチンされそうなのは束さん。

 

『(ボフッ)あぶ!?い、痛たたぁ……ッ!?って、あ、あれ?あの、ちーちゃん?な、何でそんなに笑顔でにじり寄ってくるのかな?かな?』

 

『ふふふ……こら、ジッとしてないか、束……動くとヤリ辛いだろう?』

 

何やらカーテンの向こうで繰り広げられるちょっと百合っぽい展開を想像させるセリフ。

現にカーテン越しに写る影絵では、ベットに寝転ぶ束さんに千冬さんが扇情的な動きで伸し掛かるというちょっとエロいシーンだ。

 

『え?あ、ちょ。ま、まさかホ、ホントに?き、気持ちは嬉しいけど、束さんやっぱりこういうのはゲ、も、もとい、男の子の方が、ね?も、勿論ちーちゃんの事は海より山より地球より大好きだけど、あくまでそれは親友というLIKEな気持ちから限りなくLOVEに近い親愛であって、愛情のLOVEでは……おや?』

 

『ふっふっふ……ふっふっふっふ』

 

『……(・3・)アルェー?何でちーちゃんはメスなんて持ってるの?それはさすがに要らないと思いま……ま、まさか!?衣服剥ぎ取り、いや切り裂きプレイをご所も――』

 

『――さぁ、解体してやる。脳みそ煩悩だらけの春兎』

 

その言葉を皮切りに、ベットに寝転ぶ束さんの上に馬乗りになっていた千冬さんの手が振り下ろされ――。

 

『ぎに゛ゃぁああああああああああああ!?』

 

ここから先は、怖くてとてもじゃねえが見れなかった。

故に、俺は反対を向いて目を閉じ、この出来事に目を背ける。

時折後ろからズシャッとかブチュッとかザクザクザクなんて音が聞こえたと思ったが、全て幻聴だろう。

うん、幻聴だ、そうに違いないさ。

「そ、そこはらめぇえ!!」とか「切った貼ったは人間じゃ無理ぃいい!?」とか「あっ、何か気持ちよくなって――」なんて全部聞こえない。

こうして目を閉じていれば、何時かこの馬鹿げた妄想も止ま――。

 

『くっははははははは……ッ!!何だその物欲しそうな浅ましい顔は!!全くどうしようも無い変態だな、束ぇええ!!』

 

『ア゛ーーーーーーーーーーーーーッ!?』

 

……俺は、何も聞こえないんだ……ッ!!

 

 

 

 

 

 

結局、次にカーテンが開かれた時にベットに寝転ぶ束さんがバラバラになってなくて心底ホッとしますた。

メス片手に良い笑顔浮かべてる千冬さんの事はスルーしましたけど。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「うぅぅ~……ヒック、グスッ。ゲンく~ん」

 

「だ、大丈夫っすよ束さん。もう終わりましたからね~?」

 

はい。只今ボロボロと泣いてる束さんを片手で抱きしめつつ、彼女の頭を優しく撫でています。

いやまぁ、あそこまで千冬さんを煽った束さんの自業自得と言えばそれまでなんだが、見捨ててしまった俺としては捨て置けない訳で。

こうして抱き付いて来た束さんを慰める作業を敢行しているのだ。

普段の調子で抱き付かれたらさすがに束さんの女としての部分に反応しちまうが、今は泣いてる子供を慰めてる気分だ。

束さんって、保護欲を擽られたり、大人の女って魅力を感じたりと千差万別な人なんだよなぁ。

年上属性で不思議系なのに可愛かったり色っぽかったりと、不思議な魅力を持ってるぜ。

 

「うぅ、痛かったぁ……けど何か、新しい扉が開かれそうだったお」

 

「それは開いちゃ駄目っすからね?」

 

「うん……ぬふふ~♡ゲン君のナデナデはサイコーですな~♡束さんのブロークン寸前のハートがポカポカしてくるじぇ~♡」

 

泣いてた顔がもう嬉しそうな顔になっているのを見て、俺は苦笑を浮かべてしまう。

まぁそれでも撫でる手を休めずに、千冬さんの仕置きでやさぐれた心を癒やす様に、俺は束さんを撫で続けた。

止めてくれよマジで。そんな属性は要らんのです。

俺の胸板に顔を埋める束さんを慰めつつ、俺は束さんが登場してから疑問に思っていた事を聞く事にする。

いやね?もう少しこうしていたいなー、とは思うんだが、千冬さんのジトーっとした視線が痛いので、そろそろ話を進めようと思う。

まぁ束さんも俺の胸元で「にへへ~♪」とか笑ってるし、もう大丈夫だろう。

 

「それで、束さんはどうしてココ(IS学園)に来たんスか?」

 

ウサ耳のカチューシャに当たらない様に頭の後ろ側を撫でながら聞くと、ウサ耳がピコーン!!と立ち上がった。

 

「お見舞いだよお見舞い。ゲン君ってば束さんとちーちゃんの為にすっごい頑張ってくれたから、嬉しくってお見舞いに来ちゃったのら♪」

 

「俺の見舞い?それだけの為に来てくれたんスか?」

 

嬉しい事は勿論嬉しいんだが、態々それだけの為に来てくれた束さんに申し訳ない気持ちが浮かんできた。

しかし俺の問い返しを聞いた束さんは「ムッ」としかめた表情で俺の胸元から顔を離し、俺にそのむくれた顔を向けてくる。

 

「もぉ。「それだけ」じゃ無いよ。ゲン君は、束さんのとっっっっっても大切な人なんだから、お見舞いぐらい当たり前なの。ちーちゃんといっくん、それに箒ちゃんも大事だけどね。その大事な人が怪我しちゃったんだから、ここに束さんがくるのは普通の事なのだよ」

 

まるで子供の様に口で「プンプン」とか言いながら、束さんは少し怒った表情を見せる。

その行動に戸惑う俺だが、束さんはそんな俺にお構い無しに、指を俺の胸元に当ててきた。

 

「自分の事を「それだけ」なんて卑下しないの。自分を軽く見るのは、ゲン君を大切に思ってる人への侮辱になるんだからね。次そんな事言ったらお仕置きだべ~!!」

 

「賛同するのは至極遺憾だが、今のは束の言う通りだぞ、元次」

 

「千冬さん……」

 

子供っぽく怒ってくる束さんに戸惑っていると、椅子に座りなおした千冬さんも俺に厳しい目を向けてきた。

そっか……そうだよな、自分を軽く見るってのは、自分が同列の思ってる奴とか尊敬してるって人の事まで侮辱しちまうんだな。

確かにこれは俺が悪かった、態々見舞いに来てくれた束さんに言うのはこんな事じゃねえよな。

 

「すんません。それとお見舞い、ありがとうございます」

 

「うんうん♪どーいたしましてなのだ♪」

 

一度謝ってから、見舞いに対するお礼を言うと、束さんは笑顔を向けてくれた。

俺もそんな束さんを見ながら笑みを浮かべる。

千冬さんも心なしか、俺と束さんを見て薄く微笑んでいる。

何とも暖かな空気が、俺達を包み込んでくれた。

 

「それじゃあコレ。お見舞いの品だよー♪ほいっ」

 

束さんは俺の対応に満足したらしく、何やら自分の胸の谷間に手を突っ込んで、何かを出してくる。

いや……何故そこに?まぁ眼福なんですけどね?

しかしそこに何時までも視線向けてたら千冬さんにぬっ殺されそうなので、なるべく平静を装う。

 

「ど、どうもすみませ……あの、束さん?」

 

「ん?どったのゲン君?」

 

「いや、あの……何スかこれ?」

 

受け取った俺の手の上に置かれているのは、一本の小さなビンだった。

なんというか、栄養ドリンクとかの大きさのビンだ。

何やら瓶自体が妙に生暖かいんだが、それは気にしないでおこう。

いや、それは良い。まぁ別に良いとしても……。

 

「明らかにこのラベル手書きっすよね?それと何か下に小さく兎のドクロマークが書かれてるんスけど……」

 

そう、受け取ったビンのラベルは工場で作られたラベルでは無く、明らかに手書きとわかる手作りのラベルだった。

品名は「スタミナンMAXICIMAM☆」と書かれている。

これって明らかに「スタミナンスパーク」とか「スタミナンX」のパクリだろ……。

 

「にゅっふふ~♪そう!!それは束さんが独自に調合した究極の栄養ドリンク!!コレさえあれば例えヨボヨボのお爺さんでも、獣の様にハッスルできちゃう一品なのさ!!」

 

あ、ドクロマークについてはスルーですかそうですか。

俺の訝しむ視線を受けても束さんは楽しそう、というか何処か誇らしげな表情を変えたりしない。

「ドヤァ」と言いたそうなドヤ顔する束さんだが……。

 

「……あの、ここんとこの材料が「ひ・み・つ・♡」ってなってるのは何でッスか?」

 

「ん?ん~っとね~。ぶっちゃけ作った材料なんだけど、配合はニガヨモギ、ホタテ、エビ、ブランデー。それと、過去5年に渡る余り物のケミカル物質を足して2で割ったら偶然出来たという、究極のレアアイテムなんだー☆」

 

「待って。本当に待って」

 

テンションアゲアゲな束さんに手を向けて静止を呼びかける。

いや、まぁお見舞いの品を持ってきてくれたのは素直に嬉しいぜ?

束さんの事だから絶対普通のモノでは無いってのは、まぁ分かりきってた事だよ?

にしたって……余り物のケミカル物質って何だよ!?その中身がスゲェ気になるわ!!

 

「ん?どうしたの?さぁ飲んで飲んでー♪あっ、もしかして効力の心配してるの?ノープロブレム!!ここに来る前に作った余りを死にそうなお爺さんに飲ませたら、あっと言う間に元気になってたから!!」

 

「何してんの!?道端の爺さんで臨床実験したんかアンタは!?」

 

「いやー♪飲ませたら「ぼ、ぼいんぼいんな女……美味そうな女じゃああああ!!」って言って襲い掛かってきたから迎撃しちゃったけど、そのまんま「女ぁあああ!!女湯へれっつごーじゃあああ!!」って言って彼方に走り去っていったよ♪効果は抜群だ!!ぶい!!」

 

「それ悪い意味で抜群過ぎでしょーが!?え、何?比喩表現だと思ってたけどこれ飲んだらマジ獣になんの!?理性ブッ飛んじゃってるじゃねぇっすかその爺さん!!」

 

再びドヤ顔しながら今度はVサインまで浮かべる束さんに、俺は渾身のツッコミを入れる。

千冬さんなんか額に手をやって思いっ切り溜息吐いてらっしゃる、俺だって吐きてえ。

まさかとは思うが、本当に女湯に突撃してねーだろーなその爺さん。

色んな意味で少ない余生が大変なことになっちまうぞ?

……決めた、よし決めた。

笑顔で俺を見つめる束さんには悪いが、これは処分しよう、うん。

そーっと、且つ自然な動作で俺は瓶の蓋を開けて……束さんとは反対方向の花瓶に投にゅ――。

 

「むむ!?(キュピーン!!)束ちゃん、影分身!!」

 

「(ガシィ!!)ちょ!?」

 

な、何で束さんが二人に……ッ!?

 

「はい♪召し上がれー☆」

 

「ぐもぉおおおおおおお!?」

 

俺の目の前とその横に束さんが現れたかと思えば最初の束さんが消失。

その光景に目を奪われて隙を作った俺の手を束さんが、その細腕からは考えられない腕力で掴んで操作。

やっぱ束さんも千冬さんと同じで天然チートスペックでした。

花瓶に入れようと蓋を開けていた瓶の中身が、ダイレクトに俺の口に侵入してきやがる。

押し返そうにも押し返せず、俺の口内に貯まる魔化不思議ドリンク。

の、飲んで堪るかー!?

 

「こ~ら。飲まず嫌いは駄目なんだぞー?ほりゃ♪(ギュ!!)」

 

「んむぐぅ!?」

 

しかし飲まない様に抵抗していた俺に、束さんは子供を叱る様な口調でとんでもない行動を取った。

何と俺の鼻を摘んで空気の入り先を潰し、酸素が欲しければ飲め状態を作り出したのだ。

こ、これは普通男が女に取る行動じゃございません!?

っていうか千冬さんもそこで興味深そうに見てないで止めて下さいよ!?

まぁ、幾らタフガイな俺でも息が出来なきゃ無理なので、自動的にゴキュゴキュと飲み干してしまった。

 

「はい、これでオッケー!!どうどう!?漲ってくる!?猛ってくる!?襲いたい!?束さんは何時でもウェルカムだい!!」

 

「が、がは!?ゲホゲホ……な、何を言ってんスか束さ……え?…………う、うおぉおおおおお……ッ!?」

 

やっと瓶を口から離してくれた束さんの言葉に文句を言おうとした俺だが、身体の底から何か分からない力が漲ってくるではないか。

な、何だ!?この燃え滾るマグマの様なエネルギーは!?

驚きで身体を見下ろしていると、体中を駆け巡る様にエネルギーに満ち溢れていくのが手に取る様に分かる。

っていうか何かエネルギーが凄すぎて身体がメチャクチャ熱い。

 

「お、おぉぉおおおおお……ッ!?ヤ、ヤベェ……ッ!?マジで半端じゃなく力が漲る……ッ!?これはマジで凄いッスよ束さん!!」

 

最早好調を通り越して……絶っ好調ぉおう!!!ってな心境だ。

身体に知らない内に溜まっていたであろう疲労が一気に消えていく様な素晴らしい感覚。

それを体中で感じながら束さんに感謝の笑顔を向ける俺だったが……。

 

「……む~……失敗かぁ」

 

「何恐ろしい事ボソッと呟いてんスか!?っていうか失敗!?何が!?」

 

「あ~違う違うよん♪ちゃんと身体に力が漲ってるでしょ?つまりそれはちゃんと成功してるのさ。束さんが言ってるのはもう一つ別の副作用の事なんだけど……まぁ、そっちは出てないなら良いや☆」

 

「ほ、本当ッスか?……あ、後で身体がブッ飛んだりしねぇッスよね?」

 

「しないしない♪もっと束さんを信用してってば♪束さんの技術力は世界一ぃいいいい!!!」

 

不安に震える俺に、束さんは普段通りの笑顔で答えてくれる。

さすがにそうまで言われてしまっては反論するのも気が引けたので、俺は黙って頷く。

確かに身体が絶好調になったのは間違いねぇんだし、問題が無いならそれで良いだろう。

 

「やれやれ……とりあえず元次。お前の服を持ってきてあるから、そっちで着替えておけ」

 

「は、はい。分かりました」

 

微妙に腑に落ちない感じだが、とりあえず千冬さんに言われた通りにさっき危ない実験が行われていたカーテンの中で着替える。

包帯は取っちゃ駄目らしいので、俺はズボンとパンツ、それから上に黒のカッターシャツを羽織る事にした。

 

『む~。本当なら今頃薬の効果で、束さんとちーちゃんは食べられてる筈だったのに……やっぱゲン君に渡す薬とあの知らない爺さんに飲ませた薬が逆だったのかぁ……残念なり』

 

『……おい、束。まさかとは思うが、さっきの獣のくだりは本当だったのか?』

 

『ほえ?そうだよー。もう正にケダモノみたいに貪られる感じで、あの夜みたいにされたいなーって♡。やっぱちーちゃんもペロリと美味しく食べられたかったよねー?』

 

『ば、馬鹿を言え!!……何故、私が……そんな……』

 

『ふぅ~ん?顔が赤い気がするぞよー?じゃあじゃあ、束さんが貰っちゃっても良いんだよね~♪独り占めしちゃって良いんだ・よ・ねー?』

 

バコン!!

 

『殴るぞ』

 

『殴ってから言ったぁ!!』

 

カーテンの所為でくぐもっているから何を言ってるのか良く分からないが、向こうは何時も通りの様だ。

このカーテン、向こうからは丸聞こえだけど、こっちからは聞き取り辛いんだな。

まぁ束さんと千冬さんはアレ以上の大声で喋ってたからだろうけど。

とりあえず着替えを終えてカーテンを開けると、椅子に座ったまま微妙に頬を赤らめる千冬さんと、頭のたんこぶを涙目で擦る束さんの姿を発見。

 

「千冬さん。とりあえず着替えました」

 

「あぁ……そうだ元次。束にオプティマス・プライムを渡せ」

 

「え?オプティマスを?」

 

「うむ。お前が気絶してる間にチェックさせたが、オプティマスのダメージレベルがEを超えている。その状態では起動もままならん」

 

そう言って千冬さんは俺に真剣な表情を見せてくる。

確かに……微妙にしか覚えてねぇが、オプティマスの損傷はかなり酷かった。

今になって思い返してみれば、幾らワンオフアビリティーが起動したとしても、あの損傷であれだけ動けたのは不思議だ。

もしかして、それもワンオフアビリティーの効果なのか?

 

「俺のワンオフアビリティー……確か、暴獣怒涛でしたっけ?能力がイマイチ良く分かんねーんスけど……」

 

「まぁ、あの状態ではそこまでは判らなかったか……オプティマス・プライムのワンオフアビリティーは一夏の零落白夜とは違う。所謂カウンタータイプの技の様だ」

 

「ほいほーい。そこからはこの束さんが、優しく分かりやすく説明するよん♪」

 

カウンター?随分と俺の戦い方には合わねえ気がするんだが……。

黙って話を聞いていると千冬さんの言葉を引き継いで、復活した束さんが人差し指を立てながら説明を始めた。

 

「ワンオフアビリティー暴獣怒涛。アレはオプティマスのシールドエネルギーが枯渇寸前まで追い込まれるか、ゲン君の感情が怒りに支配された場合のどっちかの時のみ発動して、シールドエネルギーを限界まで回復するの。それはゲン君も分かるよね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「うんうんよろしい♪更に副産物の能力で、シールドエネルギーを回復させると他の部位の損傷を無視して強引にパスを繋いで更に動きを強化するから、実質またエネルギーが無くなるまで戦えるんだ。まぁ分かりやすく言うと、ゲームで言う所の残機+1WIHTパワーアップって訳。これが暴獣怒涛の能力だよん♪」

 

「な、成る程……だから、ボロボロだったオプティマスがあんなにすんなりと、それでいてパワフルに動いた訳だ」

 

「そのとーり。まぁでも今回は外装と内部機関をボロボロにやられちゃったから、自己回復機能じゃ修復が追い付かないんだよ。そ・こ・で――」

 

「オプティマスの開発者である、束を此処に呼んだという訳だ」

 

あーん束さんの台詞ぅー!!と憤慨する束さんを尻目に、俺は成る程成る程、と頷いていた。

どれだけボロボロにされても、それでいて俺がブチ切れなくても更に強化された状態で蘇る……とんでもねぇな。

相手からすればやっとの思いで倒せたと思ったら更に強くなって復活するんだもんなぁ……自分の能力ながら、恐ろしいぜ。

まぁとりあえず千冬さんの言ってる事は分かったし、束さんに修理をお願いしますか。

 

「分かりました。それじゃあ束さん。よろしくお願いします」

 

涙目で千冬さんに抗議してた束さんにオプティマスを差し出すと、束さんは涙を引っ込めて上機嫌にオプティマスを受け取った。

 

「うんうん!!ドーンと任せておきんしゃい!!ゲン君の入れたペイントも百パーセント再現し直してあげるからね!!あっ、それとね。今色々と追加装備も作ってるの!!直ぐには渡せないけど、また出来上がったら取り付けてあげるから、楽しみにしてるんだお!!だおだお!!」

 

「あ、あはは……り、了解ッス」

 

凄いアップテンポなテンションではしゃぐ束さんに苦笑しながら、俺は束さんに声を掛ける。

おいおい、まさかまだ装備品増えるの?

もうこれ以上の火力は間違い無くオーバーキルだって。

俺から受け取った待機形態のサングラスを胸の谷間に押し込む束さんを見ながら……何でそこに?

いや凄い眼福な光景ですけどね?ゴチッす。

 

「……(ドドドドド……)」

 

いやはや目にも見える巨大なレッドヒートの炎が千冬さんから溢れてますね。

力っていうか、格の違いってヤツを見せつけられました。ゴチッす。

かなり鋭い眼つきの千冬さんに睨まれて戦々恐々としてる俺の目の前で、束さんは弾ける笑顔を浮かべた。

 

「うんむ、確かに受け取ったよ!!明後日には持ってくるから、それまで我慢してね?それじゃあもう行くからー!!」

 

「はい。今日はありがとうございます、束さん。帰りも気を付けて下さいッス」

 

「まぁ、下手に見つかってくれるなよ?面倒になるからな」

 

千冬さんは口では面倒くさそうに言いながらも、暖かい微笑みを浮かべて束さんに別れを告げる。

俺も束さんに笑顔を向けながら手を振った。

 

「うんうん!!やっぱ大切な人達からの見送りの言葉は嬉しいね!!二人とも、バイチャー!!」

 

俺達の言葉を聞いて束さんは感極まった様に身体を震わせて、俺達に言葉を返してきた。

ハハッ、何時でも束さんのテンションはブレねーな。

上機嫌な束さんは笑顔のままに手を振って、保健室のドアから外へ出て行き――。

 

「とっとととー!?(キキィ!!)あっぶねーあっぶねー!!大事な用件を忘れちゃう所だったぜ!!」

 

と思いきや、何故か束さんは扉の手前で両足を突っ張って急ブレーキを掛けて停止した。

ん?忘れたって、何か大事なモンでも置いてたのか?

束さんの突飛な行動に首を傾げる俺と、同じく何事か分からない様子で首を傾げる千冬さん。

一体どうしたのかなと見ていると、束さんは反転して俺の所まで走って戻ってきた。

そのまま俺の目の前で止まった束さんは、先ほどと変わらない笑顔を浮かべながら――。

 

 

 

「ん、チュ♡」

 

 

 

――チュッ。

 

 

 

 

「――へ?」

 

「――んなっ!?」

 

「――はふぅ……うふふー♡束さんの為に頑張ってくれたゲン君に、ご・ほ・う・び・♡。じゃあ今度こそ、サラダバー!!」

 

俺の頬に優しくキスをして下さった。

呆然とする俺に、束さんは頬を赤く染めながら上目遣いで見上げてくる。

そのまま束さんは恥ずかしそうな笑顔でチロリと舌を出して、最後に言葉を残し、保健室の窓から去って行った。

開けっぱなしで放置された窓から入ってくる風以外、保健室で動く者は居ない。

キスされた俺だけじゃ無くて、千冬さんも呆然としてるからだ。

ご、ご褒美って……こんなとんでもないご褒美貰っちゃって良かったのか?

呆然と今の光景を思い返しながら、俺はまだ感触が残る頬に手を当てる。

その感触と束さんの恥ずかしそうな笑顔を思い出すだけで、俺の頬も真っ赤になってしまう。

 

「…………元次」

 

「ッ!?は、はい!?」

 

しかし、俺は直ぐ傍で小さく、でもはっきりと名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

言うまでも無く今、俺に呼びかけたのは千冬さんな訳ですが……お顔が俯いていてとても怖いです。

表情の見えない状況に戦々恐々としていると、等々千冬さんのお顔が上げられ――。

 

「……ち、ちょっと、そこのベットに座れ」

 

眉を思いっ切り不機嫌そうに歪めて、何故か頬が真っ赤に染まった千冬さんに睨まれながらそんな事を言われた。

……あの、何でそんな表情を浮かべてらっしゃるんでしょうかね?っていうかベット?

 

「え、えっと?……」

 

「……返事は「はい」か「イエス」だけだ。それ以外は認めん」

 

「は、はい!?す、座ります!!」

 

まるで軍隊の教官よろしくな事を言われて慄くが、俺は直ぐに命令に従った。

いや、マジで「座らなきゃ殺す」的な眼光受けたら座らない訳にゃいかねえでしょ?

そしてビクビクしながらベットに座ったのを確認すると、千冬さんは腕を組んだ姿勢で俺を見下ろす。

何でこんな事になってんだか……トホホ。

 

「よ、良し……つ、次、だがな……良いか。次の命令は絶対に破るなよ?」

 

普段より殺気を滲ませた表情でそんな事言われたら、断れる訳無い。

なので俺は見下ろしてくる千冬さんにコクコクと首を振って返事を返す。

すると、何故か千冬さんは大きく深呼吸を始めた。

 

「スゥ…………め、目を瞑れ」

 

「へ?……あ、あの、何で目を……」

 

「潰されたいのか?」

 

その一言で、俺は直ぐに目を瞑りました。

えぇ、もうあれですよ。あの目は殺ると言ったら殺る目でしたね。

さすがにこの若き身空で視界を失う事だけはしたくないです。

 

「……ジッとしてるんだぞ?」

 

続けて放たれた言葉に小さく「はい」と言葉を返し、俺は身を固める。

そうして何分経っただろうか?恐らく5分くらいは経ってるんだが、一向に何もされない。

目を閉じてる状況では聴力が敏感になる訳だが、それでも聞こえてくるのは千冬さんの緊張した様な息遣いだけ。

こうも何もされないでいては目を開けたくなるのが人情ってモンだけどなぁ。

それをしたら最悪何も見えなくなる可能性もあるので開けられない。

あぁ、もどかしいなぁ。

と、この現状に疲れていた次の瞬間、俺の両頬に少し冷たい手が添えられ――。

 

 

 

――チュッ。

 

 

 

――はえ?

 

額に柔らかい感触が触れた。

しかも俺の額に触れた柔らかい感触の隙間から零れる艶を含んだ吐息。

その未知なる状況に、千冬さんとの約束を忘れて目を開けてしまうと――。

 

「……ン」

 

目の前に飛び込んできたのは、黒いスーツに包まれた千冬さんの大きなお胸。

っていうか胸より上が我が頭上に来てる……という事は?

 

「……フゥ……なっ!?」

 

今、俺の額から離れた感触について呆然と予想を立てていると、姿勢を正した千冬さんの驚いた顔が見えた。

俺の頬から手を離した体勢のままに、千冬さんは驚きで動きがストップしてる。

え?……つまりこれって……ち、千冬さんが俺の額に、キスを……ッ!?

そう考えた瞬間ハッと意識を取り戻した俺は、自分を見下ろしたまま驚いてる千冬さんと視線を絡める。

千冬さんも俺が目を開けてる事に驚いていた様だが、直ぐに咳払いをすると真っ赤に染まった顔を隠す様に背中を向けてしまう。

 

「そ、その……わ、私からの褒美だ!!…………良く、頑張ったな」

 

「ち、千冬さ――!?」

 

「は、早く出て行け!!それと怪我に染みるから今日はシャワーにも入るなよ!!身体を湯で濡らしたタオルで拭くだけだ!!良いな!?」

 

「うぇ!?そ、それより千冬さん今俺にキ――」

 

「とっとと出て行かんかぁあああああ!!!」

 

「分かりましたーーー!?」

 

質問しようと食い下がった俺に、千冬さんは言葉を捲し立てて保健室から追い出した。

いや、言葉に乗せられた威圧と大気を震わせる程の迫力に、俺は這う這うの体で逃げ出したのが正しい。

手に学園の制服を握ったまま、俺は息を整えて保健室に視線を向ける。

キス……されたんだよな?し、しかも「ご褒美」って……やっべ、ドキドキしてヤヴァイ。

この短時間で、束さんと千冬さん。

二人のタイプの違う極上の美女からキスなんてご褒美を貰えた。

思い返すだけで、鼻の下がだらしなく伸びてしまう。

 

「へへっ……っとと、やべえやべえ。こんなだらしねえ顔してたら女子に怪しまれちまう」

 

俺は直ぐに気を取り直して、顔の筋肉を総動員して引き締める。

不幸中の幸いか、廊下には誰もおらず、今の顔を見られてはいない。

こんな顔を見られたら、女子からあらぬ噂を立てられかねないしな。

……でも……。

 

『うふふー♡束さんの為に頑張ってくれたゲン君に、ご・ほ・う・び・♡』

 

『わ、私からの褒美だ!!…………良く、頑張ったな』

 

にへら~。

 

「……へへへっ……は!?い、いかんいかん!!煩悩退散んんんん!!」

 

ガン!!ガン!!ガン!!

 

束さんと千冬さんのあの可愛らしい顔を思い出して再び顔がだらしなくなってしまう。

俺は直ぐに廊下の壁に頭をブツケまくって、その痛みで精神を引き締めた。

ふぅ~……落ち着いた……とんでもねぇな、あの二人の魔性の魅力は。

俺は壁から頭を離して大きく息を吐く。

……微妙に壁に罅が入ってる様な気もするが……まぁ、気の所為だろ。

と、不意に俺の腹がグウゥ~と大きな音を立てて鳴る。

そういえばあんだけ動いたのに、昼から何も食ってなかったな。

窓の外は少しづつ太陽が傾いていて、もう直ぐ夕方になろうとしてる時間帯だった。

どうやら結構長い時間、保健室で話し込んでたらしい。

しかしまだ食堂が開く時間でも無い。

 

「どうすっかな……部屋の冷蔵庫にも大したモンは残ってねぇし……仕方無え。ここは食堂が開くまで我慢するか」

 

購買に買いに行く事も考えたが、良く良く思い出せば、俺は今日の試合で思いっ切りブチキレた訳で。

自分で言うのも何だが、俺のあの時の形相は大分ヤバかったんじゃ無かろうかと思う。

もし、俺の形相に本気で怯えた子とかに会って泣かれでもしたら……あぁ、鬱だ。

まぁ今は傷も癒えて無いし、これ以上心の傷を負う事が無い様に、部屋で大人しくしていようと考えた訳だ。

あっ、でもどっち道食堂に行けば女子と顔を合わせるんだよな……はぁ。

どう考えても女子との遭遇は回避出来ないので、俺は溜息を吐きながら部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、なるべく女子に会わない様に、閉まるギリギリの時間の現在。

俺は食堂へと足を運んだ訳なのだが……。

 

「あ!?鍋島君!!」

 

「うそ!?」

 

「ねぇ鍋島君!!怪我大丈夫なの!?」

 

「私が癒してあげようか!?この後私の部屋でじっくり……」

 

「だーから抜け駆けすんなっての!!」

 

「ふむ、鍋島君。今日の試合はお疲れ様だね。時に一夏君とシャルル君を身を挺して庇うという極上のシチュを見せてくれた事は本当に感謝するよ。これで夏は私達の……」

 

「「「市場独占は間違い無し!!本当にゴチでした!!」」」

 

「よーし最後のチミ達は後でじっーーーくり☆O☆HA☆NA☆SHI☆しような♪後で部屋に行くから逃げんじゃねーぞ?」

 

「な、なんと情熱的な誘いを!?き、気持ちは凄く嬉しいのだが……わ、我々はまだ黒薔薇の誓いを破る訳にはいかんのだ。も、勿論その誓いの契機が終われば是非お願いしたいのだが……(モジモジ)」

 

「「「複数プレイ!?ソレ何てご褒美!!ジュルリ」」」

 

「はっはっは。もうヤダこいつ等」

 

と、まぁ若干、若干おかしな連中が混ざっている訳だが……何とプラス方面で迎えられているのだ。

食堂に現れた俺の姿を見るや否や、とても心配そうな表情で俺に近づき、各々は労いの言葉を掛けてくれる。

さすがに全員とまではいかず、何人かの女子は俺が見えた時点で震えたり露骨に視線を逸らしたりはしてたが。

それでも大多数の人数が俺を心配してくれてるという事実が、俺は嬉しかった。

 

「まぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとうよ」

 

なので俺は笑顔を浮かべて、彼女等に言葉を返していく。

しかし気にはなっていたので怖くないのか?と聞けば、メチャクチャ怖かったと言われた。

でも、戦っていた相手が謎の変身を遂げた異形のISだったので、ソレを倒した事が寧ろプラスに見られてるらしい。

あの形相で誰彼構わず叩き潰していたなら恐れられただろうが、それでも一夏や先生、シャルル達に手を出さなかったから安心してるとか。

何ともまぁ出来た子達だな……そういえば、女は男より精神が熟すのが早いんだっけ?

そういう意味では女が男より強いってのはあながち間違いじゃねぇよな。

まぁ、ISを盾にして行き過ぎた行いばっかやってる頭の悪いクソ女共は例外って事だ。

とりあえず自分が想像してたのより嫌われて無いってのが分かって、俺は安堵の息を吐きながら食事にありついた。

束さんの謎ドリンクのお陰で体力とヒートがほぼMAXまで回復したが、まだ傷が痛むし血も足りねぇ。

 

「アンタ、大丈夫なのかい?病み上がりだってのにそんなに食べて?」

 

「いやぁ、寧ろ病み上がりん時こそ食わなくちゃいけねえっしょ?モグモグ……って事で、お代わりお願いしゃーす」

 

「まだ食うのかい!?」

 

「血が足りねえッスから。ドンドン食うんでジャンジャン持って来て下さいッス」

 

俺は都合8皿目のフライドチキン10本入りだった皿を食堂のマダムに返す。

そう、足りない血をたっぷりと作ろうと思い至った俺の行動は、まず食う事だった。

肉を食えば血が増えるだろ、という安直な考えの元にやってる訳です。

もはや驚きを通り越して呆れた表情のマダムは皿を受け取りながら、お茶の注がれたピッチャーをテーブルに置く。

 

「とんでもない食欲だねぇ……もうフライドチキンは無いから、別の料理を拵えて上げるよ。ちょっと待ってな」

 

「ングングング……プハァー、さすがお姉さん。呆れつつも別の料理をこさえてくれるなんて……俺がもう20年も早く生まれてりゃなー」

 

「ハハッ。おべっかばっかり言うんじゃないよ、まったく」

 

喉を鳴らしてピッチャーのまま豪快にお茶を飲んでから、俺はマダムに笑いながら社交辞令を述べる。

俺の社交辞令を聞いたマダムは豪快に笑いながら厨房に引っ込んで行く。

いやー、やっぱおばちゃん達の料理は美味えや。

どんだけ食っても腹が満たされねえのは困ったが……まぁ、食えるだけ食うか。

チラリと後ろに視線を向けると、テーブルに戻って行った女子達がポカンとした表情で俺を見てる。

 

「元次!!……あぁ、良かったぁ。怖そうな元次じゃなくって……」

 

「ゲン!!目、醒ましたのか!!」

 

と、食堂の入口から俺を呼ぶ声が聞こえたので視線を向けると、そこには嬉しそうな笑みを浮かべる一夏とシャルルが居た。

いや、シャルルはどっちかっていうと安堵してる様な……俺の所為だな。

 

「よぉ、お前等。大丈夫だったか?」

 

「そりゃこっちの台詞だっての!!お前何時起きたんだ?」

 

「大体2時間後ぐらいだったか?それぐらいに起きて千冬さんから話聞いてた。そっちは?」

 

座る俺に笑顔で寄ってきた一夏と拳を合わせて挨拶しながら、お互いの状況を語る。

二人の手にはトレーがあり、湯気の立つカルボナーラとラーメンが置かれてた。

一夏とシャルルはとりあえず座ってトレーを置くと、俺の質問に答え始めた。

 

「俺達は治療を受けた後、ついさっきまで事情聴取受けてたんだ。ホントはお前のトコに行きたかったけど、もう腹ペコでさ」

 

「さすがに、お昼からこの時間まで何も食べてないからね」

 

「しかもさぁ。面接官の先生達、どの先生も何度も同じ事聞いてくるんだぜ?ホント参った」

 

「仕方無いよ一夏。先生達だって仕事でああしてるんだし、小さな事でも見逃しがあったら駄目なんだから」

 

「まぁ、そーだけどよぉ」

 

「くくっ。まぁ概ね、お前等も無事だったって訳だ」

 

ホトホト疲れた顔をしてる一夏に軽く笑いながら、俺は目の前のサンドイッチ5切れを鷲掴みして一口で平らげる。

そのまま咀嚼して平らげながら、更に質問を重ねた。

 

「ングング……ところで、トーナメント自体はどーなるんだ?続行すんのか?」

 

「さすがに中止だって。でも、データは取りたいらしいから、一回戦は全部やるみたいだけど……一夏、パルメザンチーズ取ってくれない?」

 

「あぁ、ほい……でもそうなると、終わった俺達は暇だなー」

 

「全くだぜ……でもまぁ、オプティマスの無え俺じゃ、どっちみち出場は無理か」

 

「え?オプティマスが無いって……あぁ、もしかして修理か?」

 

ずぞぞっ、とラーメンを啜った一夏は一度首を傾げてから納得した様に頷く。

俺もサンドイッチの残りを口に放り込みながら、頷きを返した。

その横ではシャルルが苦笑しながら俺達を見ている。

 

「……けっこう手酷くやられてたもんね。オプティマスのダメージレベルはどれぐらいだったの?」

 

「Eだってよ。ランク最低値……本格的な修理が必要らしくてな。今は修理に預けてるって訳だ」

 

「はい、お待ち!!鳥の胸肉を半分にして茹でたほうれん草を挟んでじっくり焼いてみたよ!!味付けは香草塩のみ!!よぉく味わって食べな!!」

 

「おぉ!?待ってました!!」

 

シャルルの質問に答えていると、食堂のマダムが鳥の胸肉を持って来てくれた。

しかも大皿に同じチキンが10羽も置いてあるではないですか。

一つ一つが骨付きフライドチキンよりも全然デカイ!!こりゃ食い応えがありそうだぜ!!

そんな大皿を見たシャルルはポカンと口を開けて、その皿を凝視してた。

 

「……え?……げ、元次ってこんなに沢山食べるの?っていうか食べれるの?」

 

「当たり前だろ?食えないなら最初から頼まねえっての。では、頂きます。あ~む(バク)」

 

「一口で!?あんな大きな胸肉一口!?」

 

目の前でしきりに騒ぐシャルルをスルーしつつ、俺は新しい料理を食っていく。

うぅ~む。淡白な鶏肉とほうれん草に香草塩のシンプルで強い味わいが染みこんでて美味え。

しっかりと焼き上げられた表面は良い感じに焦げ目があって最高だ。

 

「ど、どれだけ食べれるのさ……」

 

「何言ってんだい。この子はさっきまでフライドチキン10個入りの皿を八つも完食してまだ足りないって言ってんだよ?」

 

「ブッ!?そ、そんなに食べてたんですか!?」

 

「相変わらずの健啖家っぷりだな……そういえば、ゲンは何時も酷い怪我した時は食欲が半端じゃ無かった様な……」

 

「半端じゃ無いとか以前の問題だよ一夏!?元次のお腹全然大きくなってないんだよ!?質量保存の法則はどうしたのさ!?」

 

「シャルル。ゲンに法則とか期待しねぇ方が良いぞ?もう腹に溜まる前に消化されてるって考えとけって」

 

「完全に諦めてるじゃないかぁ……常識の枠内に収まろうよ、元次……」

 

人の目の前で失礼な事を言いまくってる二人だが、今は食事が優先なので構わない。

そうして項垂れながらパスタを食べるシャルルと遠い目をする一夏達を放置して、俺は鶏肉を全部平らげた。

 

「ふ~……さすがに満腹だぜ……おばちゃん、ご馳走様でした」

 

「あいよ。また何時でも食べに来な」

 

おばちゃんは俺のご馳走様の挨拶を聞いて笑顔を浮かべながら皿を片付けに行った。

しっかり食べたお陰で食欲も満たされたので、俺はゆっくりとお茶を啜ってブレイクタイムに入る。

いや~、食う前より傷も痛まないし、身体の倦怠感も大分無くなったな。

食った物が少しづつ、でもしっかりと俺の肉に、血になっていく実感がある。

 

「それにしても……」

 

「ん?何だ、シャルル?」

 

「あのさ、一夏は結局ボーデヴィッヒさんの事は殴らなかったね」

 

「あん?殴らなかったのかよ?」

 

目の前で急に話し出したシャルルの言葉に相槌を打った一夏。

その一夏に対してシャルルが紡いだ言葉に、俺は意外そうな顔を浮かべる。

こいつ、あんだけ暮桜の、っていうか千冬さんの物真似をしたラウラが気に入らねぇなんて言ってたのにな。

シャルルの言葉と俺の質問に、一夏は少し眉を寄せる。

 

「いや、なんつうかさ……あの時のあいつ、すごく弱々しい目をしてたからさ。そんな奴を殴れないだろ?」

 

「……ほぉ」

 

自分の怒りよりも相手の事を気遣ったって訳か……馬鹿だな……だが――。

 

「……ふふ、一夏は優しいね」

 

底抜けの優しさこそが、コイツの良い所だ。

シャルルの微笑み、そして俺のニヤついた笑みを見て、一夏は顔をプイッと背ける。

恥ずかしくてそうしてるのが、赤く染まった頬の色で丸分かりだ。

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「何を照れくさそうにしてんだよ……まぁ良いんじゃね?俺だったら更に泣かせてから意識不明になってもタコ殴りにしてたかも知んねーけど」

 

「鬼かお前は!?」

 

「元次はもう少しだけ、優しさを学んだ方が良いと僕は思うよ」

 

俺の冗談に過剰反応する一夏と呆れるシャルルに、俺は「冗談だ」と口にしてからお茶を啜る。

そうして気が休まったので食堂に目を向けると、何やらメチャクチャ落ち込んだ女子の集団を発見。

皆一様にテーブルに肘を付いたゲンドウスタイルで顔を伏せ、物凄く沈んでる。

他にも床に沈む、orzな面々まで居る始末だ。

 

「っつうか、今気付いたんだけどよぉ……あの女子達の暗い雰囲気は何だ?」

 

「え?……ホントだ。何で皆、あんなに落ち込んでんだ?」

 

「さ、さぁ?何でだろうね……(言えない……優勝したら僕達の誰かと付き合えるって噂を信じてたのに、大会中止になって落ち込んでるなんて)」

 

ん?何かシャルルが妙に冷や汗を掻いてるんだが……何でだ?

とりあえず何で女子が落ち込んでるのか分からないし、ここは少し聞き耳を立ててみるか。

 

「優勝……チャンス……消え……」

 

「鍋島君達が無事でホッとしたと思ったら、地獄に突き落とされたでござる」

 

「トーナメント中止……当然、約束も無し……」

 

「交際、無効……今夜は自棄ジュースだチキショー!!!」

 

「「「「「うわぁあああああああああん!!!」」」」」

 

突如あの中の一人が立ち上がったと思ったら、皆して泣き叫びながら食堂から走って出て行った。

 

「……な、何だったんだろ?」

 

「さ……さあな?」

 

「あ、あはは……お、女の子には色々あるんだよ」

 

いきなり走り出した女子の真意がまるで判らず、俺と一夏は呆然としてしまう。

そんな俺達に苦笑いするシャルルが何やら意味深な事を言ってるが……まぁ、女のシャルルがそう言うならそう思っておこう。

そんな感じでいきなりガランと人数が減った食堂だが、そこにポツンと、俺達に視線を向ける女子が一人居た。

俺と一夏の幼馴染みにして束さんの妹である箒だ。

 

「げ、ゲン。大丈夫だったか?」

 

「おう、箒。特にどーって事は無えよ。それよりどうした?んな辛気くせー顔して?」

 

「そ、それは「あっ、箒」ッ!?い、一夏……お、お前も、怪我は大丈夫か?」

 

「あぁ。俺はゲンと違って掠り傷だったからな……それより、箒」

 

箒に先に気付いた俺が箒の質問に答え、逆に質問していると一夏が乱入してきた。

まぁそれ自体は別に問題じゃねえ。

箒だって懸想してる一夏と話す方が良いだろうしな。

しかし俺が気になってるのは箒の何処か申し訳無いって感じの表情の意味だ。

今も一夏に声を掛けられて、複雑な表情を浮かべてる。

嬉しさと悲しさが半々ぐらいに混ざり合った珍妙な表情だ。

 

 

 

んん?何で箒はあんな表情をして――。

 

 

 

「この間の約束の事なんだけどさ……付き合ってもいいぞ」

 

「――え?」

 

「――ヌ?――ブォッ!?ゲホッゲホォ!!?」

 

「わあぁ!?げ、元次、大丈夫!?」

 

 

 

だが、次の瞬間に一夏が放った言葉を聞いて、俺はお茶が器官に入って苦しんだ。

の、喉が詰まっ、ゲホゲホォ!!

苦しんで堰をする俺の背中をシャルルが心配そうに撫でてくれる。

ありがとうシャルル、お礼に今度お前と一夏のデートセッティングしてや……いや、それも無理かも!!

っていうか待て!?付き合う!?あの一夏が!?箒と!?

堰が落ち着いた俺はシャルルに礼を言いつつ箒と一夏に視線を向ける。

一夏は普段通りに微笑み、箒は信じられないって顔をしてる。

そりゃそうだ、長年の想いが、あの朴念神相手にこんなに軽く実る事なんて――――ん?

 

「ほ、本当か一夏?」

 

「おう。別に良いぜ?」

 

「……き、聞き返すのは無粋かも知れんが、聞かせてくれ……な、何故だ?理由を教えて欲しい」

 

何か変な記憶が掠める様にフラッシュバックしてきて首を傾げる俺を他所に、一夏と箒の話は進んでいく。

箒は一夏の大胆な発言を聞いて、嬉しさで弾けんばかりの笑みを浮かべつつ、頑張って平静を保とうとしてる。

しかし完熟した林檎の様な顔色が誤魔化し切れて無い。

箒は自分の顔色に気付いていないのか、嬉しそうな笑顔を浮かべながら両手をモジモジさせている。

あのTHE・武士道を地で行く箒があんな乙女な表情を浮かべているのに、一夏の方は特に変化が無い。

 

 

 

 

 

何だ?告白の返事にしては軽過ぎじゃ……あれ?やっぱりなんか変な記憶が掠めるな?

 

 

 

 

 

「理由?そりゃ大事な幼馴染みの頼みだからな。付き合うさ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――買い物ぐらい!!」

 

 

 

 

 

あ。そういえば俺がビンタされた原因の女子もこんな感じだった様な――あぁ、そういう事。

 

 

 

 

 

「」

 

「」

 

一夏が眩しい位の笑顔で言い放った言葉に、箒とシャルルは絶句。

信じられないといった表情のシャルルと訳が分からないといった表情の箒。

俺はそんな3人を見て頭を抱えてしまう。

あぁ、そうだ……こいつは昔っからこういう奴なんだった……ッ!!

良い意味でも悪い意味でも、ほぼ言葉をその通りに受け取ってしまう正直者。

それが一夏の美徳でもあり、また酷え所でもある。

 

「ハァ……一夏」

 

「ん?何だ、ゲン?」

 

「……スゥ……最初はグー!!じゃんけん――」

 

「え?え!?」

 

「ポン!!」

 

「ポ、ポン!?」

 

俺の掛け声に驚きつつも手を出してしまう一夏。

一夏はグー、俺はパー。良し。

 

「あっちむいてぇホォイ!!!」

 

「へ?(ズドン!!)ぺぷろぱぁ!?」

 

勝った俺は一夏に指を向けつつ、その逆の腕で横向きに殴り倒した。

横っ面を思いっ切りブン殴られて吹き飛んだ一夏は、食堂の床に大の字になって気絶。

少しはそうやって反省しとけ、バカタレ。

吹き飛んだ一夏から視線を外すと、そこにはメチャクチャ落ち込んだ箒の姿が。

 

「……どういう経緯で今の話になったかは知らねぇけど……まぁ、アレだ。デートの約束を取り付けたってぐらいに考えとけよ」

 

「…………そう、だな……まずは一歩、前進といった所か……フフッ。舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだ……フフッ……」

 

自嘲気味にそんな事を呟きながら、箒はフラフラとした足取りで食堂を後にする。

俺とシャルルはそんな箒を気の毒な目で見ながら見送るしか出来なかった。

 

「……一夏って、ワザとやってるんじゃないかって時があるよね」

 

「あぁ。何年経とうとも、コイツのこれは治らねえ……ホントどうなってんだろうな?」

 

「僕も後学の為に教えて欲しいぐらいだよ……」

 

俺だって知りたいさ、切実に。

床でノびる一夏を見下ろしながら、俺達は揃って溜息を吐く。

ホントどうしてここまで鈍チンになっちまったんだか――。

 

「――元次さん!!」

 

と、そんな折に背後から大きな声で呼び掛けられ、振り返る。

 

「おぉ。真耶ちゃん。そんなに慌ててどうしたんスか?」

 

振り返った先に居たのは我らが癒やし系教師、真耶ちゃんその人だった。

真耶ちゃんは俺に向かって真っ直ぐ走り寄ってくると、俺の目の前で泣きそうになりながら笑みを浮かべる。

 

「あぁ、良かったぁ……ッ!!本当に、心配しました……ッ!!」

 

「ちょ、ちょ!?ま、真耶ちゃんそんな泣きそうにならなくても……」

 

「グスッ。泣きそうにもなりますよぉ……ッ!!げ、元次さんが……血を流して……倒れるのを見てたんですからぁ……ッ!!」

 

真耶ちゃんは怒りの表情(全然怖くない)を浮かべながら、目元の涙を拭う。

グスグスと嗚咽を漏らしながらも俺を心配していたと言われ、俺は胸がギュウッと締め付けられてしまった。

胸の中に湧き上がる罪悪感、そして自分の所為で女の子を泣かしたという事実が俺を焦らせる。

ついでに後ろから感じるシャルルのジトーっとした視線も原因ではあるが。

 

「……心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫っすよ。何せ俺は、サイボーグ並にタフっすから」

 

「……グスッ……あの時と一緒の事、言ってますよ?」

 

あの時とは間違い無く真耶ちゃんと初めて会った時の事だろう。

そういえばIS学園の転入初日にも同じ事言ったっけ。

 

「ハハッ。ボキャブラリーが貧相で……でも、大丈夫。あの程度の攻撃じゃ俺はくたばりませんから(スッ)」

 

「あっ……(ナデナデ)んぅ……元次さん?」

 

「まぁその、アレだ……泣かないでくれよ。俺の所為で女の子が……いや、真耶ちゃんが泣くってのは、耐えらんねえ」

 

俺は未だに涙目の真耶ちゃんの……彼女の頭を撫でてしまった。

何とか泣き止んでもらおうと、咄嗟に思いついたのがこの方法だ。

束さんとかは大概この方法で安心してくれるからな。

真耶ちゃんも一緒かは分からねえが、何もしないよりはマシな筈だ。

そんな事を胸中で考えながら、俺を見上げてキョトンとした表情の真耶ちゃんに笑いかける。

何とかこれで泣き止んでくれれば良いんだが……。

 

「……はわぁ♪」

 

……泣き止んで。

 

ナデナデ

 

「ん、ふぅ……余り、心配させないで下さいね?」

 

「う、うっす。気を付けます」

 

「はい♪でしたらコレ以上は言いません」

 

……泣き止むの速!?

軽く二、三度撫でただけで、真耶ちゃんは涙を引っ込めて軽く微笑みながら俺に注意してきた。

しかも何故か「しょうがない人です」みたいなこう……慈しむ様な笑顔を浮かべて、だ。

さすがにこの表情で見られては俺も気恥ずかしく、直ぐに手を離して視線を逸らした。

何だかなぁ……泣いた童がなんとやら、ッて感じだ。

 

「えへへ♪……あっ、それと男子の皆さんに朗報が、って織斑君!?何で床に倒れてるんですかー!?」

 

おっと、すっかり忘れてたぜ。

 

「ちょっと待ってくれよ、真耶ちゃん。オラァ起きんかいアホボケカスゥ!!(バコ!!)」

 

「ぼは!?い、痛ぇ……ッ!?……あれ?何で俺、床に倒れてんだ?」

 

「oh……記憶、飛んじゃってるね……」

 

気付けとばかりに蹴っ飛ばした頭を擦りながら一夏は目を覚ますが、何で自分が倒れてるか覚えてないらしい。

俺達に視線を向けて首を傾げる一夏に、シャルルは苦笑いを浮かべる。

そんなシャルルの反応を見て増々首を傾げる一夏。

まぁどうでも良いか。

 

「んで、真耶ちゃん。俺達男子に朗報ってのは何すか?」

 

「え、え~っとぉ……実はですね。今日は大浴場がボイラーの点検日で元々使用不可なんですが、点検が予定より早く終わりまして」

 

未だに首を傾げる一夏に引き攣った笑みを浮かべながらも、真耶ちゃんは俺達に用件を伝え始めた。

って、アレ?もしかしてこの流れは……

 

「それで、男子の大浴場の使用が、今日から解禁になります!!」

 

「な、なんだってぇええええええええええええええええ!!?」

 

「きゃ!?」

 

「うるせぇよスカタン!!」

 

「(ドゴォ!!)ぜのん!?」

 

真耶ちゃんの言葉に驚愕したって叫びを繰り出した一夏に、俺はラリアットを見舞う。

いきなり叫ぶから真耶ちゃんが驚いてんじゃねぇか。

そうで無くともいきなり側で叫ばれたら俺の耳が痛いっつの。

 

「わ、悪い。でもよ!!やっと足を伸ばして湯船に浸かれるんだぜ!!ゲンは嬉しくねえのかよ!?」

 

「確かに嬉しいがオメエ程じゃねえし、どっちみち俺は怪我があるから今日は入れねえんだよ」

 

「え?そうなの?」

 

「あぁ。千冬さんに、熱いタオルで体を拭くだけにしろって言われた。少なくとも傷が塞がるまではな」

 

治るのにそんなに時間は掛からないらしいが、どのみち今日は風呂には行けない。

その旨を伝えると、真耶ちゃんは少し悲しげな表情を浮かべてしまう。

いっけね、態々伝えに来てくれた真耶ちゃんに言うべき事じゃ無かったか。

 

「気にしねえで下さい、真耶ちゃん。別に今日限りって訳じゃ無えんでしょ?」

 

「は、はい。これから男子には週二日の間隔で時間を設けますので」

 

「って事だ。一夏、俺は気にせずゆっくりと浸かってきな。俺は次の楽しみに取っておくからよ」

 

そう伝えると、はしゃいで申し訳無かったって表情だった一夏は、表情を少しだけ和らげる。

だが、シャルルだけは「どうしよう」って少し困った表情だ。

うんうん、俺はそれも見越して今日はどっちみち遠慮するつもりだったんだぜ?

俺はコレ以上無いってぐらいのイイ笑顔を浮かべながら、一夏の方を掴む。

 

「久しぶりの風呂。ゆっっっっっくりと堪能してこいや……シャルルと『一緒に』な?」

 

「おう。じゃあ悪いけど今日はシャルルと……一緒…………に?……あれ?」

 

「じゃ、俺は部屋に戻るから、ごゆっくり~」

 

自分で言ってて何かに気付いたのか、一夏は首を傾げて自分の台詞を反覆する。

そんな兄弟の動きを見て笑いながら、俺は悠々自適に自室へと足を進めるのだった。

 

 

 

――その数十秒後、一夏の悲鳴が聞こえた……気がする。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「あっ~!?居た~!!ゲンチ~~!!」

 

「ッ!?元次君!!」

 

「ん?」

 

さて、食堂での一件を終えた俺が自室へと戻ると、俺の部屋の扉の前に二人の人物が立っていた。

少し間延びした独特な喋り方と、儚ささえ感じさせられる柔らかな声音。

俺の姿を見つけて走り寄って来たのは、さゆかと本音ちゃんの二人だった。

何だ?二人して俺の部屋の前で何してたんだ?

そう思って声を掛けようとしたが――。

 

 

 

「ゲンチ~~~!!(ギュッ!!)」

 

「ぬお!?」

 

「元次君!!(ギュッ!!)」

 

「ほふあ!?お、おおおおおお二人様!?」

 

 

 

何と、さゆかと本音ちゃんは俺の姿を見るや否や、二人して俺に抱きついてきたのだ。

しかも二人共しっかりと抱きついて俺の胸に顔を埋めている。

こ、これは一体何事でございまするか!?

いきなり過ぎるイベントに慌てふためく俺を他所に、二人は体を震わせていた。

 

「良かった……ッ!!……無事で……ッ!!良かったよぉ……ッ!!」

 

「ぐじゅ……ッ!!ゲ、ゲンチ~が倒された時……し、死んじゃったかとおも、思って……怖かったよぉ~……ッ!!」

 

しかし、俺の胸に顔を埋めたままに震えた声で語る二人を見たら、恥ずかしさなんてどっかにブッ飛んで行っちまった。

二人共……俺の心配、してくれてたんだな……それなのに、俺は呑気に飯食ってたのかよ……馬鹿にも程がある。

時折肩を震わせて……俺の服を濡らす雫が、二人の顔を埋めた胸に染みこむ。

あぁ、俺は本音ちゃんとさゆかの事を、泣かせちまったんだな……ゴメンよ、二人共。

俺は自分の馬鹿さ加減に怒りを覚えながらも、悲しむ二人を安心させたくて、二人の肩を掻き抱いた。

 

「……心配させちまって、ゴメンな二人共。俺はこの通りピンピンしてっからよ……安心してくれ」

 

二人の肩に添えた手でポンポンと、子供を安心させる様に背中を軽く叩く。

そのままの体勢でいる事5分程で、二人は俺の胸元から顔を離して、少し赤くなった目元を拭う。

 

「ぐすっ……ご、ごめんね……いきなり、こんな事しちゃって……びっくりしたよね?」

 

「まぁ、確かにビビッたけどよ。俺の事心配してくれてたのが分かったからな……本当にありがとよ、さゆか」

 

「ううん……気にしないで」

 

そう言ってうっすらと微笑むさゆかと視線を合わせて俺も笑みを浮かべる。

本当に、さゆかはこんな俺にも優しくしてくれるんだもんなぁ。

……マジで良い女だよ、さゆかは。

 

「む~……私も心配したんだぞ~?私は無視か~。放置プレイかこの~」

 

「本音ちゃん。気持ちは同じく嬉しいけど、そんな言葉を誰に習ったのかね?」

 

俺を見上げて少し剥れる様な表情を浮かべる本音ちゃんに、俺は至って普通の笑顔を見せる。

とりあえず本音ちゃんに要らん言葉を教えた奴は即刻死刑に処す。

純粋な本音ちゃんを穢そうとするのは誰だ出てこいゴルァ。

そんな事を考えていると、本音ちゃんは増々頬を膨らまして俺をポカポカと叩いてきた。

 

「私だってそれぐらい知ってるよ~。子供じゃ無いんだからな~。ゲンチ~と同い年なんだから~(ポカポカ)」

 

いや、だからこそその言葉を知ってるのはおかしいのでは?

男がそれを知ってるのはエロいからなのです。

 

「それで、二人は何で俺の部屋の前に?(ナデナデ)」

 

「むうぅ~。こら~、こんな事じゃ誤魔化され……ご、誤魔化されないぞ~……えへへ~♪」

 

ポカポカと俺の体を叩いてくる本音ちゃんの頭を撫でながら、俺はさゆかに質問する。

最初は口では嫌がってたものの直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべて身を捩っていた。

うむ、扱いやすゲフンゲフン!!今のは間違い。

 

「う、うん。私と本音ちゃんが保健室に行ったら、もう元次君は起きて部屋に行ったって聞いたから、お見舞いに来たんだけど……め、迷惑……だった?」

 

「いやいや。迷惑なんて事は無えよ。俺もこの後は体を拭いて寝るぐらいだったし」

 

「にへ~♪……はれ?ゲンチ~、今日はお風呂に入らないの~?」

 

と、俺の言葉に疑問を持ったのか、本音ちゃんが可愛らしいクリクリっとしたつぶらな瞳で見上げながら質問してくる。

さっきまで頭を撫でられてご満悦だったのに、俺の言葉で現実に戻ってきた様だ。

そんな本音ちゃんの質問に、俺は苦笑いしながら言葉を紡ぐ。

 

「入らないんじゃなくて入れないんだ。今日はまだ傷口が塞がってねえから、シャワーも駄目らしい。だから今から湯とタオルを用意して体を拭くつもりだったんだ」

 

疲れてんのに、面倒だぜ、と苦笑いしたまま二人に言うと、さゆかも苦笑で返してくれた。

しかし本音ちゃんからは何も返事が来なかったので不思議に思って視線を向けると……。

 

「……むっふ~♪(キラリーン☆)」

 

な、何か目を☆の様に輝かせて怪しい笑みを浮かべてらっしゃった。

しかもその視線の向きは確実に俺へと注がれてる。

……さて、どうするべきか。

今まで本音ちゃんの目が輝いた時って大抵、突拍子も無い事になってきた気がする。

となれば、ここは経験則に則って逃げるが上策だろう。

うんそうしよう、三十六計逃げるに如かず。

まずは自然に本音ちゃんの頭を撫でてる手をどかして――。

 

「ふふ~ん。逃がすとでも~?(ギュッ)」

 

「ですよねー」

 

どかした瞬間に手を掴まれて何時もの様に抱き抱えられてしまった。

もう何か本音ちゃんのやる事為す事に逆らえなくなってねえか?

いや、寧ろ逆らえるのだろうか?

 

「(チラッ)」

 

「にゅふふのふ~♪」

 

うん、無理だ☆

どうやってこんな嬉しそうな笑顔を浮かべてる子を引き剥がせと?

っというか甘えられて悪い気はしねえ、俺も男だからな。

 

「さぁ、ゲンチ~?罰げ~むを受けてもらうよ~?」

 

「は?ば、罰ゲーム?……何で?」

 

「うん♪私と~さゆりんを心配させた~罰げ~む~♪」

 

「え?え?わ、私?」

 

本音ちゃんの宣告を受けて驚いたのは俺だけじゃなく、隣に立っていたさゆかもだった。

罰ゲームって……今からやんの?っていうかどんな罰?

 

「あ、あのね本音ちゃん。元次君も今日は疲れてると思うし、す、するにしても今日は止めてあげた方が良いんじゃないかな?」

 

おぉ!?さすが優しさの権化と言われるさゆか様!!

その調子で本音ちゃんの言う罰ゲームを回避してくれ!!

俺はこんな時まで俺を庇ってくれるさゆかの優しさに感激しながら、救いの女神であるさゆかに祈る。

今から何かしらの罰を受けるにしても、さすがに汗臭いなんて言われたら死にたくなる。

 

「大丈夫大丈夫~♪この罰げ~むは~、ゲンチ~にとってご褒美でもあるんだよ~?」

 

「「え?」」

 

本音ちゃんの言ってる意味が判らず、俺とさゆかは揃って首を傾げる。

そんな俺達を見ても、本音ちゃんは只楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「ふっふ~♪お嬢様直伝のご奉仕罰げ~む。題して――お背中流しま~す♪ア・ナ・タ・♡」

 

 

 

 

 

……とりあえず本音ちゃんに入れ知恵した奴、何時かコロス。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

……さて、部屋に戻った俺だが、今は『パンツ一丁』の格好で椅子に座ってる。

 

 

 

 

 

……うん、待て。

 

 

 

 

 

 ど う し て こ う な っ た ?

 

 

 

 

 

椅子に座った姿勢のまま、俺は頭を抱える。

いやもうホント何なのこの状況?

何でこんな事に……とりあえず明日からオジョウサマとか言う奴等を片っ端からぬっ殺す。

まずはセシリアからだな……いかにもオジョウサマって感じだし、うん。

……止めよう、現実逃避は。

とりあえず明日からオジョウサマ狩りは確定として……今の状況を確認しよう。

まず断っておくが、俺はパンツ一丁で自室で過ごす人間では無い、断じて無い。

第一ここは女子寮なんだから、突然の来客にパンツ一丁では対応出来ねえよ。

じゃあ何で俺が自室でパンツ一丁で椅子に座ってるか?答えは単純にして明快――。

 

『じゃあ、行くよ~さゆり~ん♪』

 

『う、うううう、うん!!だ、だだ、だいじょじょ……』

 

『ホントにだいじょ~ぶ~?顔まっかだよ~?』

 

『ほ、本音ちゃんだって……凄いよ?』

 

『……にゃー。やっぱり恥ずかしいからね~』

 

『う、うぅ……でも、こうしてあげたら……元次君、喜んでくれる……かな?』

 

『おじょ~さまの言ってた通りなら、喜んでくれると思うんだけど~……ここまで来たら、もう引き返せないよ~!!』

 

『……そう、だね……うん!!頑張ろう、本音ちゃん!!』

 

『お~!!女は~度胸だ~!!』

 

ガチャリ。

 

「……げ、元次……君……お、おまたせ……しました…………はふっ(クラッ)」

 

くぐもって良く聞こえなかった声が、一気に鮮明になる。

恥ずかしそうに声を掛けてきたさゆかの声に従って後ろを振り向く。

 

「にゃ~♪おまたせしたよ~、ゲンチ~♪(うわ~……服越しには見てたけど~……やっぱ凄いよぉ~)」

 

「(ぽ~)…………は!?……え、えと……お背中……流します……ね?」

 

(み、みみ、見とれてた……ッ!?あ、あんな凄い身体……初めて……っていうか男の人のは、裸なんてお父さんしか見た事無いし、お父さんはあんなに逞しく無いし……腹筋、凄い割れてる……あれ?……ッ!?な、なな、な!?ア、アレって!?……おっき……ッ!?……や、やだぁ……変な気分になっちゃうよぉ)

 

そこには、絵や字がプリントされたTシャツと、体操服の下であるハーフパンツを履いたさゆかと本音ちゃんの姿があった。

二人とも湯上りですか?と思わせる程に顔色が赤く、何とも艶っぽい色合いを含んでいるお二人。

その二人の両手には風呂で使う大きめの桶と、沢山の湯気が上がるタオルが乗っている。

さゆかだけは何故か俺に視線を向けると、ボンッ!!と音が鳴りそうな程顔を真っ赤にして視線を背けた。

……うん、そのリアクションが一番正しい……俺だって顔から火が出そうだ。

せめてタオルぐらい下に掛けておきたいのに……タオルが少なくて、全部持ってかれるとは……ッ!!

もうこの状況がお分かり頂けただろうか?

 

「……その……ほ、本当にするのか、二人共?俺は別に一人でも出来るぜ?」

 

そう、この二人は今から俺の身体を拭いてくれるらしいのだ。

これが本音ちゃんの考案した……いや、入れ知恵された悪魔の策。

体中を綺麗に拭いて貰えるという、何とも恐ろしい罰ゲームだ。

恐らく弾辺りなら土下座してでも頼み込むであろう極上のサービス。

俺だって普段なら泣いて喜ぶシチュエーションだが……理性飛ばして千冬さんに魂飛ばされたくは無い。

だからこそ、今の内に何とか回避したい訳だが――。

 

「げ、元次君は今日、すっごく頑張ったから……私達がしてあげたいの……駄目?」

 

「そ~そ~。今日は頑張ったゲンチ~に、ご褒美でもあるし~、私達を心配させた罰でもあるのだよ~。ゲンチ~には受ける義務があるの~」

 

恐らく一生懸命準備してくれたのだろう。

湯気の立つ大量のタオルの入った桶を床に置きつつ正座して俺にそう言ってくれる二人。

湯を出しながらタオルを準備した所為なのか、しっとりと濡れた髪がそこはかとない色気を醸し出す。

しかも二人の髪型は俺の好みドストライクのポニーテール。

そんな女二人に目の前で正座されて、上目遣いに懇願されたらどうなる?

 

「……よろしくお願いします」

 

あっさりと手の平返したって仕方無いだろう?

誰か今の状況の俺を責めれるモンなら責めてみやがれ。

 

「う、うん……それじゃあ」

 

「失礼しま~す♪よいしょ~♪」

 

二人は俺のOKを聞いて顔を綻ばせながら、それぞれタオル片手に寄ってくる。

そんな嬉しそうな顔しないで……理性飛んじゃう!!

俺の願いも虚しく二人はそれぞれ俺の腕を左右から持ち上げてタオルを擦りつけてきた。

さすがに女の子には俺の腕は重過ぎるので、俺は自分で両手に力を込めて広げる。

 

ゴシゴシゴシ。

 

「えっと……痒い所はありませんか?」

 

「い、いや……最高です」

 

チラッと窺う様にして聞いてきたさゆかに、俺はどもった声で返事をする。

いやもう偽り無しに最高なんだって。

程好い擦り方がまた極上で、本当に只のタオルか疑ってしまうぐらいだ。

 

「ふんふ~ん♪ごしごしごし~っと♪お客様~、どぉですかぁ~?」

 

「と、とても満足っす」

 

「えへへ~♪良かったぁ~♪じゃあ続けますね~」

 

一方で本音ちゃんの方もさゆかに負けず劣らずの擦り心地で最高だ。

しかも目が合うとにへらっと笑ってくれるサービス付き。

これはまさに……天国だろJK。

あぁ……生きてて良かった……ッ!!

そんな感じで最高に昇天モノの極上サービスを満喫する俺。

腕が終わると次は肩に行って、そこから二人は背中を拭く作業を続ける。

 

「んっ……背中、固いね……」

 

「そ、そうか?まぁ、結構鍛えてる自信はあるけど……」

 

「うん……それに、すっごく……大きい……男の人の背中なんて、海に行った時ぐらいしか見ないけど……元次君の背中は、凄く……頼もしい、かな」

 

「は、はは。さ、さんきゅー」

 

話してるさゆかの表情が見えないので、俺はそう返すだけで精一杯だった。

頼もしい、か……初めて言われたな……少しは近づけてんのかな?爺ちゃんや親父の背中に。

そんな感じでほっこりとした気持ちを味わってる俺ですが……理性はいっぱいいっぱいデス。

特に俺はボクサーパンツしか履かないので、マイサンが眠りから覚めると一発で判ってしまうのです。

よって、現在は下唇をこれでもかと噛んで、痛みで理性を繋げてる。

頼むから保ってくれよ俺の理性……ッ!!

 

 

 

しかしそんな時こそ、ハプニングってものは起きるのだ。

 

 

 

「わ!?」

 

ぷにゅん

 

「ホウ!?」

 

せせせせ、背中に極上の柔らかさがぁあああああ!?

 

「あうぅ~……ごめんねゲンチ~、ちょっと滑っちゃった~」

 

背中から掛けられた声は本音ちゃんのもので間違い無い。

今も俺の肩に顔を乗せて謝ってるからな……ってンな事はどうでも良い!!

そ、早急に俺の背中に張り付いてる柔らかい水風船2つを退けてくれぇええええい!!

何時もよりウヅ義だから密着する感触がやばばばばばば!?

このままじゃプッツンしちまう!!

俺は下唇を噛みつつ更に自由な手で太ももをギューッと抓って痛みを倍増する。

 

「だ、大丈夫だ……き、気にしなくていいよ、本音ちゃん」

 

「ごめんね~?やっぱり背中に二人はやり辛かったかな~?」

 

本音ちゃんはそう言いつつ、俺の顔の直ぐ側で何かを考え始めた。

一体どうしたんだろうかと考えていると、本音ちゃんは直ぐにニパッと笑顔を見せ――。

 

「うふふ~♪すりすりぃ♪」

 

「お、おい!?本音ちゃん!?な、なな、何をしてらっしゃるんで!?」

 

「んにゅ~?ほっぺたすりすり~♪」

 

ブハァ!?な、何て甘えた声を出しやがるんですか貴女はぁ!?

こ、ここ、これ以上俺の理性を崩しに掛からないでくれえええええ!?

本音ちゃんは顔を肩に乗せた体勢そのままに、まるで猫の様に甘えた声を出しながら俺の肩に頬を摺り寄せてくる。

その幸せそうな笑顔を見てると、俺の本能が刺激されてしまうではないか。

 

「えへへ~♪……にゃぁん♡」

 

しかも俺と目を合わせると、朱に染まった蕩ける様な笑顔で猫の真似をする始末。

その仕草が、俺の中の本能をザワリと泡立たせる。

こ、こんな甘え方されたら俺はもう……ッ!!

 

「あ、それじゃあ本音ちゃん。私は前に行こっか?」

 

「うん~。お願いさゆり~ん。じゃあゲンチ~。次はちゃんと真面目にやるからね~」

 

「え?」

 

「それじゃあ元次君。私が前を拭くね?」

 

「………………お、おおう。た、頼む」

 

あ、お預けですかそうですか……ざ、残念だなんて思ってねえからな!?ホントだからな!?

後ろで協議した結果、さゆかが前に回って体を拭いてくれるらしい。

俺は努めて平常心を持ちながら、普通を装ってさゆかにお願いした。

そして、さゆかが俺の目の前に現れ、俺の前でタオルを持って中腰になる。

目が合うと、彼女は恥ずかしそうに赤面した。

 

「よいしょ……な、何だか恥ずかしいね?……ちょっと、ドキドキするかも」

 

俺は心臓が弾けそう☆

さゆかは俺に困った様な微笑みを見せながらも、文句も言わず一生懸命に体を拭いてくれた。

今更だけどこれって、普通は風邪引いた病人がされる事の筈では?

そうやって別の事を考えて気を紛らわしている俺だが、さゆかの視線は熱心に俺の体に注がれている。

 

「……腹筋も、凄いね……男の人って、こんなに固くなるんだ…………(ツツゥー)」

 

「うおんぬっ!?」

 

「あっ!?ご、ごめんね?……ちょっと、気になっちゃって。ほ、本当にゴメン」

 

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだからよ……」

 

何ともはや、さゆかはその細く綺麗な指で俺の腹筋を撫で上げてきたのだ。

その肌を伝う感触が何ともこしょばゆくて、俺は情けない声を挙げてしまう。

こっちは必死で本能を鎖で雁字搦めにしてんのに、何でお二人はそんなに人の理性を揺さぶりますかねぇ!?

何、誘ってんの?誘ってんのか!?良い度胸だ食べちゃうぞオイ!!

……い、いや、止めておこう。俺もまだ命は惜しい。

一瞬、脳裏に目を赤く爛々と輝かせる阿修羅な千冬様が過り、俺の心を急速に冷やした。

っというか、一気に血の気すら引いたぜ……さ、さすがは千冬さ――。

 

「あっ、胸の周りは傷の所以外にするね?うんしょ、きゃあ!?」

 

ぐにゅううううう!!

 

「わなっふううぅ!?」

 

刹那、屈んでいた体勢を変えようとしたさゆかが俺の座る椅子に躓き、倒れこんできた。

しかも倒れたのは俺に向かって何だが、位置がズレていた所為で止める事も出来ず、そのまま俺にぶつかった。

それ自体は別に良いんだが……着地したさゆかの胸が……俺の息子の真上だったりする。

 

「い、痛たた……ご、ごめん元次君!!怪我してない!?」

 

ぐにゅんぐにゅん

 

「んんぐ!?」

 

下半身に、引いてはマイサンに伝わる刺激に耐える為に歯を食い縛っていた俺の口から情けない悲鳴が漏れる。

極上の柔らかさを誇る双丘が俺の大事なモノを優しく包み込んで……血、血が集中しちゃうううううう!?

お願いですから直ぐに離れて下さいさゆか様ぁああああああああああ!?

こ、このままじゃ見せられないよR-18な展開に……い、今直ぐ対抗策を敷くぞ!!

このまま痴態を晒しそうな己を戒めるべく、俺は必死に弾のセクシー全裸ポーズを脳裏に浮かべる。

局部に伝わる生々しい感触は一切カットして。

……結果的に、しっかりと血の気は引いてくれた。代わりに吐き気がしたが。

あ、危ねえ……ッ!?本気で襲いかかる所だったぁ……ッ!?

 

「だ、大丈夫……だからよ……つ、続けてくれ」

 

視線で本当に大丈夫か?と心配してくれるさゆかにぎこちなく笑いながら、俺は早くこの罰ゲームが終わる事を祈る。

生殺し状態にしてマジ拷問。

この罰ゲーム考案した奴は本気でブチ殺してやる。

 

 

 

 

 

――その後10分に渡って、俺は理性と本能の鬩ぎ合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあね~ゲンチ~♪おやすみぃ~♪」

 

「お、おやすみなさい。元次君……♪」

 

そして、全てが終わって笑顔で帰っていった二人。

一方で長時間に渡り生殺しの状態を味合わされていた俺はというと……。

 

「……………………終わった……」

 

最早精魂尽き果てた状態でベットに大の字で寝転んでた。

いや、もうホント疲れた……あの正体不明機と戦ってた時の方が全然気楽だった。

服を着るのすら億劫で、もう動きたく無い。

 

「……寝よう……今日はマジ疲れた」

 

俺はうつ伏せのままモゾモゾと動いて布団を被り、そのまま眠りに就いた。

……胸の内に、本音ちゃん誑かした元凶への殺意を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?(ブル!!)」

 

「……どうしました、会長?」

 

「いや、なんか猛烈な寒気が……」

 

「??冷房が効き過ぎましたか?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あ~……」

 

翌朝、俺は大きなあくびをしながら廊下を歩く。

何ともまぁあのプチソーププレイのお陰か、体の調子はすこぶる良い。

正に快眠出来た……まぁ、もう寝るしか無かったって感じでもあるが。

 

「あ~……お早う、ゲン」

 

「お~っす一夏ぁ……昨日はどうだった?大浴場」

 

途中で合流した一夏と挨拶を交わしながらダラダラと廊下を歩く俺達。

何やら一夏も疲れたって表情を見せてたので、昨日はしゃいでた風呂はそんなに良くなかったのかと質問した。

 

「あぁ……すっげえ良い風呂だったぞ?……ただなぁ……」

 

「ん~?どうしたぁ?」

 

「いや、まぁ……な、何でも無い……うん、何でも」

 

「……ふ~ん?……まぁ、良いけどよ……」

 

しかしどうやら一夏の疲れ具合は別の所にあるらしい。

質問を重ねてみるがやけに焦った顔で「何でもない」と言われたので深くは聞かなかった。

まぁ、俺も昨日の事を深く聞かれたらヤバイし……あんまり突かない方が良いだろ。

そんな感じで会話を終えたのだが、俺は何か欠けてる気がして、辺りを見渡した。

 

「あれ?おい一夏、お前シャルルと来なかったのか?」

 

そう、最近は同じ部屋って事もあって一緒に登校していたシャルルの姿が見当たらないのだ。

しかし俺の質問に対して、一夏は今度は首を捻って俺に答え始めた。

 

「いや、それがさぁ。何か朝、先に行っててくれって言ってきて……俺も良く分かんないんだよな」

 

「なんだそりゃ?」

 

「さあ?」

 

結局二人揃って首を傾げる羽目になり、俺達は良く分からないまま教室へと足を踏み入れた。

「おはよう」とクラスメイトと挨拶しながら入ると、みんなから「昨日は大丈夫だった?」と心配される俺達。

まぁ特に問題は無かったと返して、俺達はそれぞれ席に着いて鞄の中身を入れる。

 

「お、おはよう、元次君」

 

「……お、おう。さゆか……おはよう」

 

「う、うん……き、今日は良い天気……だね」

 

「そ、そそ、そう、だな……これ以上無い快晴だ……」

 

「「……」」

 

き、気まずい……ッ!!

何気なく視線を向けた先にさゆかが居て、向こうも真っ赤な顔で俺に挨拶するもんだから、俺まで意識してしまう。

そのまま俺達は話が続かずに沈黙してしまい、俺は何か話題が無いか考える。

しかし思い起こされるのは昨日の、あのピンクなお店一歩手前の罰ゲームのみだ。

何か無いか考えている俺の視界に映るのは、シャルルの所在を女子に聞かれてる一夏。

そして一夏を見ながら少し沈んだ表情を浮かべる箒。

最後に……すっげえ肌が艶々で、上機嫌に鼻歌を歌う本音ちゃんの姿。

ダメだ、話題になりそうなヒントが一つとして無え……ッ!!

どうにかしてこの気まずい状況を打破しようとしていた時に、教室に真耶ちゃんが入ってきた。

 

「あっ……せ、先生、来ちゃったから……ま、またね?」

 

「あ、ああ。ま、また後で……」

 

真耶ちゃんの存在を確認したさゆかは少しはにかみながら、自分の席へと戻っていった。

一方で俺は大きく息を吐いて真耶ちゃんの登場に感謝する。

ナイスタイミングだぜ、真耶ちゃん!!あの気まずさを何とかしてくれてありがとう!!

そんな万感の想いを持って教卓に着いた真耶ちゃんに視線を送るも……。

 

「……み、みなさん……おはようございます……ハァ……」

 

何故か、教卓に着いた真耶ちゃんは疲れ果てた声で憔悴した表情を浮かべていた。

……え?……い、一体何があったんだ?

その様子に首を傾げながら他の皆を盗み見ると、皆同じ様に首を傾げてる。

それは俺と同じ男の一夏もだった。

 

「……織斑君、何を考えてるか分かりませんが……先生を低評価してるのはわかります。怒りますよ?……はぁ」

 

と、毎度の如く一夏は何やら失礼な事を考えていたらしいが、それに対する注意すら覇気が無い。

一体何故、真耶ちゃんはあんなに疲れた顔をしてるんだろうか?

 

「……今日は、その…………転校生を紹介します……」

 

は?

 

真耶ちゃんの言葉の意味が判らず呆ける俺達だが、それに構わず教室の扉が開いて1人の『女子』が入室してきた。

すらりと伸びた白い雪の様な肌色の足をスカートから見せつけ、艶のあるハニーブロンドを優雅に揺らす1人の少女。

彼女は特に気負った風も泣く教卓の側に立ち、『前と同じ様に』太陽の様な眩しい笑顔を浮かべて口を開く。

 

「――シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします♪」

 

『『『『『――』』』』』

 

「えっとぉ……デュノア君はぁ、デュノアさん、という事でした……あぁ……また寮の部屋割を組み直さないと……寝不足でお肌が……」

 

 

 

……皆さんもご一緒にぃ。せーの。

 

 

 

『『『『『――は?』』』』』

 

初めて、1組の全員の心がシンクロした様な気がした。

突然のカミングアウトに全員呆然とあうるが、そこはさすがの1組女子、直ぐに騒がしくなる。

 

「え?デュノア君って女……?あれ?私の草食王子様はいずこへ?」

 

「アタシは前々からおかしいって思ってたんだ!!美少年じゃなくて、美少女だったわけね!!」

 

「……胸が……前ヨリ、大ッキクなってるデス」

 

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ?懸想してた男の子が一夜で女の子になってた……な、何を言ってるのか分から(ry」

 

「って、織斑君!!同室だから知らないって事は無いよね!?え?まさかの隠れた蜜月!?」

 

「ウソダドンドコドーン!!」

 

ワァオ……何てカオスですか……それだけ衝撃的だったって訳ね?

もはや騒がしいを通り越して半狂乱になりかけてる我がクラス。

一瞬でシンクロした心がバラけやがった。

っていうかシャルル……じゃなくてシャルロットは何をイイ笑顔してやがる。

お前の所為だぞこの混沌っぷりは。

ここで俺はシャルロットと同室の一夏に視線を向けるが、一夏も呆然とした表情で首を横にブンブン振ってくる。

つまり、一夏自身もシャルロットの事は聞かされて無かったって訳――。

 

 

 

「――ちょっと待って?昨日って確か、男子が大浴場を使ってたよね……?」

 

 

 

騒然とするクラスメイト達が思い思いの言葉を出す中、そのたった一言で視線が俺と一夏に注がれる。

特に一夏の方は口に髪を含んだ幽鬼の様な箒と目にハイライトの無いセシリアに詰め寄られててヤバイ。

一夏の顔に出てる冷や汗が半端じゃ無い量流れてるからな。

……あぁ、そういえば、俺が部屋でさゆか達に体を拭いてもらったのは誰も知らない筈――。

 

 

 

バゴォオオオオ!!!

 

 

 

「……はい?」

 

そんな様子を眺めていると、突如黒板横の壁が崩壊した。

つまり、隣に隣接するクラスを隔てる壁がブッ壊されたって訳だ。

ちなみに俺達1組の隣のクラスは2組。

その答えが示すのは?

 

「一夏ぁあああああああ!!!ブッ殺死ろす!!!」

 

怒りが天元突破した鈴の仕業って事です。

しかも修復が完了した甲龍を展開してやがる。

 

「ちょちょちょちょぉおおおお!?待って鈴さん!?言語が滅茶苦茶になって――」

 

「おどれを滅茶苦茶にしたらくたばれぇえええええ!!!」

 

一夏の静止の言葉すら耳を傾けずに、鈴は支離滅裂な叫びを挙げて肩のアーマーの一部をスライドさせる。

あー、衝撃砲ですか、こりゃマジで死ぬだろうなぁ。

そして一夏、何故お前は俺を盾にしてるのかな?

俺今オプティマスが無いから防げないよ?一緒に肉片パーンだよ?

っていうか何故に関係無い筈の俺が巻き込まれて――。

 

ドォオオオオオ!!!

 

「……あれ、死んでない?」

 

俺の後ろで目を瞑っていた一夏がボソッとそんな事を呟くが、俺はその言葉に答えなかった。

……派手な発射音が聞こえたというのに、俺達は今も生きている。

それは鈴の衝撃砲が俺達に当たっていないからだ。

つまり鈴が衝撃砲を外したのか?答えは違う。

 

「……ッ!?ラウラ!!」

 

「……」

 

俺と同じく気絶して運び込まれていた筈のボーデヴィッヒが、鈴の衝撃砲を防いでいてくれたからだ。

しかも今回の騒ぎの中心となったIS……シュヴァルツェア・レーゲンを纏って、AICを展開しながら。

 

「助かったぜ……サンキュー……って、お前のIS、もう直ったのか?」

 

「……コアは辛うじて無事だったからな。持ち込んでいた予備パーツで組み直した」

 

「へぇ、そうなん……」

 

ちう

 

「…………は?」

 

本日何度目か分からない驚愕の声。

助けてもらった事にお礼を言いながら近づいた一夏に対して、ボーデヴィッヒの取った行動は驚きどころの騒ぎじゃねえ。

 

「ん……んぅ……」

 

「」

 

何とボーデヴィッヒは、近寄る一夏に向けて顔を下ろし、一夏のマウスと自分のマウスを重ねたのだ。

所謂キッス、日本風に言うと接吻、口付け等である。

これにはさすがに俺も大口を開けて驚愕し、キスされてる当の一夏は目を見開いていた。

女子は乱入した鈴を含めて全員あんぐりと口を開けてる。

鈴のブッ壊した壁から覗いてる2組の女子もだ。

やがて、長い間合わさっていた唇同士が離れると、ボーデヴィッヒは呆ける一夏に顔を赤くしながら指を突きつける。

 

「――お、お前は私の『嫁』とする!!決定事項だ!!異論は認めん!!」

 

そして、白昼堂々と、『お前は私の物だ』宣言をカマしたのだった。

……これは、告白……なのか?

良く分からない言い回しを使ったボーデヴィッヒの言葉に対して、一夏の反応は――。

 

「……え?……嫁?婿じゃなくて?」

 

「突っ込む所が違え!!!」

 

結局、鈍感王は少しズレた所を気にし、俺がそれに突っ込んでしまった。

そんな俺のツッコミを無視したのか、ボーデヴィッヒは堂々と腰に手を当てて仁王立ちする。

 

「日本では気に入った相手を俺の嫁と呼ぶ習慣があると聞いた!!故に私はお前を嫁にすると決めたのだ!!」

 

違う、それ何か大事な所が果てしなくズレてやがる。

言い回しの所為で最初は理解出来なかったが、何となく言いたい事は察した。

つまりボーデヴィッヒは一夏の何かが琴線に触れて惚れてしまったって琴になる。

一体、何時、ドコで、お前はコイツを堕としやがったんだよ兄弟……ッ!!

もう最初と比べたら真逆の評価得てんじゃねぇか!!どんだけジゴロに磨きを掛けてやがる!!

評価最低編からどうやったら恋する乙女にまで引き上げる事が可能なんだボケ!!

下がるどころか上がる兄弟のジゴロっぷりに頭を抱える俺だが……事態は更に加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして……鍋島元次!!いや――――――『兄貴』!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へ?」

 

 

 

 

 

今の言葉が理解出来ない俺の目の前に、ボーデヴィッヒはISを解除して、床に正座し――。

 

 

 

 

 

「――私と、『盃』を交わしてくれ!!!!!」

 

 

 

 

 

まるで子供の様に目をキラキラさせながら、そんな言葉を投げ掛けてきた。

 

 

 

 

 

――――って!!?

 

 

 

 

 

 

『『『『『はぁあああああああああ!!?』』』』』

 

 

 

 

 

我等1組一同の魂の叫びが、IS学園を揺らした。

とりあえずボーデヴィッヒよ、まずはその朱色の酒器と日本酒を仕舞え。

話はそれからだ。

 

 






あっ、タイトル間違えた。TO LOVEるだったかー(すっとぼけ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兎さんと晩餐

放置すること一年と何日か……お待たせしましたwww


リアルが忙しい所為と、作品増やしたのが間違いww


完結まで……頑張らねばッ!!


PIPIPI,PIPIPIPI

 

「……ん……」

 

カチャリ、と購入したばかりの目覚ましのスイッチを切り、のそりと身を起こす。

覚醒したばかりで固い身体を解す為に伸びをして、大きくあくび。

 

「ふ、あぁ~~……朝、か……」

 

重い瞼を擦りながら洗面所に入り、顔を洗って歯磨き。

そこまでして漸く意識がハッキリしてきた。

今日は、あの訳分からんISをブッ倒してから二日目になる。

そして学年別トーナメントも今日で終了。

初日が俺達の試合以外の行程が潰れたので、今日まで長引いたって訳だ。

しかも1日日程が伸びたお陰で、明々後日からは土日休みになる。

2日だけ普通の授業を挟むのはちょっと憂鬱だが、まぁしょうがねぇか。

 

今日は……朝のトレーニングは止めておくか。

寝ていた所為で少し解けてる包帯を見て、トレーニングは中止とする。

 

「さすがに昨日の今日じゃ、まだ無理は出来ねぇか」

 

顔を洗い終え部屋に戻り、包帯とガーゼを取り替えて黒のワイシャツに袖を通す。

ズボンを履いて、ブレザーは上から軽く羽織る。

鞄の中身は昨日の内に用意しておいたのでそのまま持つだけで終わり。

 

「しかしまぁ、昨日はえれぇ騒ぎだったなぁ……」

 

俺は部屋の扉に向かいながら昨日の出来事を思い出す。

シャルル改めシャルロット。

男改め女という驚愕の……まぁ知ってた俺からすればそれ程でもねえけど。

兎に角、気付いて無かった人達からすれば正に度肝を抜かれる急展開。

そんな事実を朝一で聞かされた一組クラスメイトの驚き様は推して知るべし。

更に休み時間にシャルロットを見に来た他のクラスの女子達が絶望の声を挙げていた事が、シャルルという人物のモテっぷりを表していた。

まぁ本人はかなり複雑そうな顔してたけど。

 

そんなドタバタ騒ぎを思い返しながら扉を開け――。

 

「おはようだ、兄貴」

 

「……あー、おはようさん、ラウラ」

 

「うむ。では早速朝食に行こう」

 

「あいよ」

 

堂々と制服姿で俺の部屋の前に立っていた少女――ラウラに挨拶を返す。

たったそれだけの事なのに、本人は嬉しそうに頷いて食堂に行こうと誘ってくる。

まぁ別に断る理由も無いので俺は頷いた。

 

 

昨日のシャルロットの暴露の次に、これまたトンデモ級の爆弾を落としてくれたラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 

何故、あれほど敵意を向けていたラウラが俺に笑顔を向けつつ『兄貴』などと呼ぶのか。

その答えは、昨日の朝のSHRでの爆弾発言にある。

昨日一夏と俺のピンチを救い、更には一夏のファーストキスを奪った後の嫁発言。

もうこれだけで中々ぶっ飛んでる訳だが、次には俺と盃を交わして欲しいという謎発言が出る始末。

 

そして理由を聞いた訳なんだが――ラウラの言葉は想像を絶したよ、マジで。

 

ラウラは誰かが腹を痛めて生まれたのでは無く、試験官から生まれた試験官ベイビーらしい。

生まれてから一度も愛情というものを知らず、戦う術だけを叩き込まれて軍人として育てられたとか。

最初は好成績を収めて軍の上位に居たらしいが、ISの登場がラウラのエリート街道を阻んだ。

ISに適合する為に施された『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』という目に埋め込まれた擬似神経の暴走によって引き起こされた不調。

その所為でラウラの瞳は赤から金色に変わり、後天的なオッドアイになってしまったらしい。

みるみる間に軍の中で下の方に落ち、蔑まれる毎日。

誰にも頼れない孤独に押し潰されそうな中で千冬さんに救われ、部隊最強の地位に返り咲いたそうだ。

そりゃ千冬さんに盲信的になっても仕方ない。

人生で初めて、人の暖かさに触れたんだからな。

 

と、ここまでがラウラの身の上話。

 

んで、何で俺を兄貴と呼びたいかという話になる。

そう聞いたら、ラウラはこう返してきた。

 

『私が嫁に対して八つ当たりしていたのは、遅くなったが理解した……そして貴方とも対立していたというのに、貴方の話を下らないと一蹴した私に対しても真剣に向き合い、何が大切なのかを語ってくれた貴方を、兄と呼びたい!!』

 

ドイツの部隊の副官が、そういう風に不器用ながらも自分に大切な事を教えてくれる人を兄貴と呼ぶと教えてくれた、と。

 

……ふぅ。

 

ちょっといつかその副官とやらと色々話をしねえといけねえと思いつつ、話を聞き続けた俺は我慢強かったと自負してぇ。

自分よりも強く、しかし驕らない態度の俺がそれにピタリと当て嵌まるとか。

 

『貴方が言った血の、遺伝子の繋がりを超えた”絆”という目に見えない繋がり。それを私も知りたい、感じたいのだ……虫が良いのも分かってる……だが、教えて欲しい、いや……貴方の下で、学ばせて下さい!!』

 

そんな風に言われて、しかも土下座までされたら受けねえ訳にもいかねえっての。

っつうか皆涙ボロボロ流してて断れる雰囲気じゃなかったしなぁ。

まぁ、かく言う俺も涙ドバッドバ出てましたがね?

俺ってこういう話に涙腺弱くて……余りに感極まって、土下座してたラウラを起こして抱きしめちまったよ。

 

 

 

ちなみにそん時の一幕だが――。

 

 

 

『分かった。よぉく分かった!!盃でも何でも交わしてやる!!俺がお前に教えてやる!!家族の、絆のあったかさってヤツを……ッ!!』

 

『ッ!?……何故、貴方は泣いているのだ?』

 

『グシッ……気にすんな……ッ!!……何で泣くのか……それも、これから教えてやらぁ……ッ!!』

 

『兄弟……』

 

『ズズッ……おう、一夏ぁ……この、世間知らずな”妹分”に……世の中の楽しさってのぉよぉ……絆ってぇモンの凄さを……教えてやろうぜ……ッ!!』

 

『……あぁ……ッ!!』

 

小さな小さな、戦場という命の奪い合いしか知らない少女。

この小さな身体で、今まで必死に、孤独に頑張ってきたであろう少女を抱きしめる。

そんな俺に、同じく震えた声で約束を交わしてくれた兄弟。

俺はその暖かさを感じながら、己自身に誓う。

必ずラウラに……俺の妹分に戦場以外の世界を、楽しいという感情を――。

 

家族の尊さを、感じてもらおう、と。

 

 

 

――とまぁ、そんなホームドラマっぽい展開があった訳だ。

 

 

 

そしてHRで騒ぎまくってた俺等に千冬さんの宝具が降り注いだのはお約束。

 

 

 

そんなこんなの紆余曲折があって、俺はラウラを妹分として受け入れたという話になる。

何より、あそこまで純粋な意味で慕われちゃあ……受け入れねえって選択肢は無かった。

ここに来て漸く、ラウラが千冬さんに対して誰にも譲れないと思っていた理由も分かった訳だしな。

要は、ラウラ・ボーデヴィッヒっていうこの少女は、無垢な少女……俺達よりも精神年齢的に子供なんだって事が。

今までそういった情操教育ってぇのを受けてねぇから、縋れるモノが一つしかねぇから。

だから、あれだけ千冬さんに固執してたんだなと、理解は出来た。

そうと分かれば何時までもイラつく程、俺もガキじゃねえ。

 

まぁ、かくして俺はラウラを受け入れ、兄貴と呼ぶ事を許したって訳だ。

 

ちなみに兄貴になって最初のレッスンは、日本酒を返して来いという説教でした。

 

余談だが教室の壁ぶっ壊した鈴はとても良い笑顔の千冬さんに引き摺られていきました。

 

真っ青な顔色で俺達に助けを求める視線を向けてきたので、クラス一同で合掌。

 

それが彼女に向ける、最大の手向けでした。

 

それでまぁ、ラウラの事は千冬さんも苦笑しながらではあるが一応認めてくれたし、本音ちゃんやセシリア達にも謝らせた。

本音ちゃん達も笑顔でラウラの事を許してくれたので、まぁ一応の決着は着いた訳である。

 

 

そこで視線をラウラから前に向け直して――。

 

 

「……おはよ……ゲン」

 

「……お、おう……どうしたんだ一夏?この世の終わりを目にした様な顔しやがって」

 

何やらゲッソリとしている一夏と目が合った。

いや、何か本当に憔悴しきったみてーな面してやがるんですけど。

はて?と首を傾げる俺だが、何やら嬉しそうな顔をしたラウラが答えた。

 

「うむ。今朝、私は嫁と一緒に寝ようと思って嫁の部屋に潜入したのだが……」

 

「待て。のっけから待て」

 

「む?何だ兄貴よ?」

 

俺の静止に不思議そうな顔をするラウラ。

何でお前そんな自然体なの?寧ろその顔はこっちがしたいわ。

 

「いや何だじゃねえ。そもそも潜入って、どうやって部屋に入ったんだっつうの。鍵開いてたのか?」

 

「これで開けたが?」

 

そう言って取りい出したるは1本の少し歪になった針金。

完全にピッキングじゃねぇか。

少なくともうら若き乙女がポケットから取り出すモンじゃねぇし。

何とも頭の痛い答えにハァと溜息を吐くが、ラウラはそれに気付く様子も無い。

 

「で、嫁の部屋に潜入を果たした私は嫁のベットに入って一眠りし、共に朝を迎えた訳だ」

 

「……どこからつっこんで良いか分かんねえけど、つまり一夏は知らない内にベットに入ってたラウラを見てこんなんになってんのか?」

 

だとしたら少し大袈裟過ぎる気もするんだけどなぁ……。

まぁ俺も本音ちゃんがベットに入ってきてたのにはガチで驚いてたけど。

 

「うむ。何やら私が居るのを認識した瞬間直ぐに目を隠して『服を着ろ』等と言ってきてな……夫婦は隠さぬものだというのに、無粋なものだ」

 

――――ん?

 

――――――んん?

 

「ラウラ。ちょ~っとお兄ちゃんに何をしてたか、お話してご覧?場合によっちゃあマグロを一個並べる事になるからよ♪(バキバキ!!)」

 

「む?何と言われても……さ、さすがに夫婦の秘め事を話すのは、幾ら兄貴でも……」

 

恥ずかしそうに背ける目線。

上気した赤い頬。

 

良し、ギルティ。

 

「 KILL OR KILL ?」

 

「待って!?落ち着いて下さい鬼ぃちゃん!!目がKILLになってますよ!?」

 

「誰がお義兄ちゃんだコラァアアア!!(ドゴォ!!)」

 

「ごべぱ!?」

 

のっけから素敵過ぎるたわ言をのたまった一夏に、熱い拳を叩き込む。

その一発で一夏は変な悲鳴を挙げながら廊下に沈む。

っち、一発で終いたぁ根性が足りてねぇ。

ともあれ、我が義妹を狙う不逞の輩に対する制裁はこれにて終了。

 

次はぁ――。

 

「む?何故嫁を殴ったのだ、兄貴?」

 

自分が何をしたか分かってない世間知らずの義妹様の番だ。

俺は倒れた一夏に目もくれず、真剣な表情でラウラを見つめながら彼女の肩に手を置く。

 

「いいかラウラ?女ってのはなぁ、嫁入りする前に男に軽々しく肌を見せちゃいけねえんだよ」

 

「??一夏は私の嫁だぞ?」

 

「そりゃオメェがそう言ってるだけで、まだ籍にも入ってねぇし、千冬さんの許可も貰ってねぇだろ?」

 

まるで分からない、と言った具合に首を傾げているラウラにそう突き付けると、ラウラは驚いた表情を浮かべる。

あぁもう、やっぱりコイツってば、嫁宣言してハイ終わりって思ってやがったな。

 

「教官の許可……確かに、それはまだ得ていない」

 

「だろ?それに日本は法律上、男は18、女は16にならねーと、結婚できねえんだよ。つまりお前と一夏じゃまだ無理って訳だ。な?」

 

「むぅ……法律の壁か……教官の壁よりは断然低いが、厄介な……」

 

「その台詞は人に聞こえない様にしようぜ」

 

下手こいてあの人に耳に入ったらと思うと……か、考えるだけで怖え。

法律よりもデカイ壁だと思われてますよ千冬さん。

まぁある意味世界最強の壁ではあるけれども。

難しい表情で首を捻るラウラに苦笑いしながら、彼女の頭にポンと手を置く。

 

「まぁ以上の理由で、だ。一夏相手と言えども簡単に裸になるんじゃねぇ。俺との約束だ」

 

「了解した。兄貴の言葉なら従おう」

 

「よろしい。それと、一夏は奥ゆかしい女が好みだ。そーゆう理由でも、安易に裸にはならねえ方が良いぜ?」

 

「おぉ、それは戦局を左右する程に貴重な情報だ!!感謝するぞ、兄貴!!」

 

「気にすんな。一応とはいえ、妹分の応援もしなくちゃいけねえからよ……それとな」

 

一夏の新たな情報を聞けて嬉しそうな笑顔を浮かべるラウラの頭をグリグリと撫でる。

するとラウラは猫の様に目を細めながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

俺はそんな妹分の反応に笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「兄貴、じゃ言い辛えだろ?簡単に”兄”でも良いからな」

 

「んぅ……兄、か……確かに、その呼び方も良いが……でも、兄貴と呼びたいのも事実。だから、言い易い様に使い分けても良いだろうか?」

 

撫でられながら首を傾げるラウラに「好きにしな」と言う。

別に強制するつもりもねえしな。

え?シス魂?オタ魂みてーな呼び方した奴は屋上な?

 

「うし。んじゃあ飯に行くか」

 

「そうだな。まだ時間に余裕はあるが、早い行動が望ましい。そろそろ学食が混む時間だ」

 

とりあえず朝食にするかと促せば、ラウラは笑顔のままに少しはしゃぐ。

何せ今日まで学園に居ながら軍用のレーションしか食ってなかったらしいからな。

それは駄目だと俺と一夏は思って、昨夜は俺達の本気出した和食を食わせたって訳よ。

そうしたら物凄い笑顔で食べて、「こんなに美味しい食事は初めてだ」と俺と一夏を泣かせる台詞を言いなすった。

ちょっと本気でドイツに攻め入って暴れまくろうと考えちまったよ。

そんな事があった昨夜の事を思い返しつつ、床にノビてる一夏を起こそうとする。

 

「む。待ってくれ兄貴。嫁を起こすのは私がやりたい」

 

「お?そうか、んじゃあ頼むわ。俺は先に行って席を確保しとくからよ」

 

「あぁ。それでは、また後で」

 

一夏を起こす役割をラウラに任せて、俺は食堂に一人で向かう。

食堂の席が混む前に、場所を取っておかねえとな。

 

「しかしまぁ、なんだ……あぁも変わるもんとはな……授業中でもあんなに冷てぇ目してやがったのに」

 

さっきまでの柔らかい笑顔を浮かべるラウラの顔を思い出しながら、一人ごちる。

転校してきてからこっち、ラウラは授業中だろうが休み時間だろうが、途轍も無く冷たい目で俺達を見ていた。

誰とも関わらず一人で、この学園の生徒全てを見下す感じだったな。

だがそれがどうよ?一度恋しちまえば、怒りや侮蔑なんて負の感情より、笑い、嬉しそうな顔を浮かべる。

一夏にキスした時は照れて顔を赤くして……何とも人間味に溢れた表情を浮かべる様になりやがった。

本音ちゃんやセシリアにした事も、素直に謝罪してたし……人間、変われば変わるモンだ。

 

「元次君、おはよう」

 

「おうさゆか。おはようさん」

 

と、食堂に向かう生徒達が増えてきた中、さゆかが挨拶してきてくれた。

それに俺も挨拶を返し、一緒に並んで食堂へと向かう。

挨拶を終えて直ぐ、話題に挙がったのは学年別トーナメントの事だった。

 

「今日でトーナメントも終わりだね」

 

「あぁ。まぁ俺はもう試合終わっちまってるから暇なんだが、さゆかはまだだったか?」

 

「うん。私は清香と一緒に今日の午後の第一試合だよ……ちょっと緊張気味……かな」

 

何とも奥ゆかしさを感じさせる微笑みを浮かべながら、さゆかは試合時間を答える。

あぁ、大和撫子ってのはさゆかの事を言うんだろうなぁ、とか考えてみたり。

っていうかさゆかの髪から少しだけ香る優しい香りが、俺の心を強制的に解き解してしまう。

まるで獣を捕まえる為の罠だ……誘われちまいそうだぜ。

ちょっとでも気を緩めると、あの夜の事まで思い出しちまいそうだ。

表情筋に力を入れてなるべく思い出さない様に、さゆかとの会話に集中する。

 

「そうか……応援すっから、頑張れよ」

 

「あ、ありがとう……頑張ってきます♪」

 

と、気を引き締めるのを意識してた所為か少々素っ気無さ過ぎる言葉で返してしまう。

だがそれを聞いたさゆかは嫌な顔一つせずに微笑みながら答えてくれる。

どんだけ出来た娘なんですか。

 

「お~。ゲンチ~とさゆりんはっけ~ん♪とりゃ~♪」

 

「ん?うぉ!?」

 

「本音ちゃん!?」

 

「にへへ~♪ぐっも~に~んなのだ~」

 

すわ襲撃か、と思ったが身体に伝わるのは優しい柔らかさ。

そしてふわりとしたちょっとだけ甘い香り。

さっきまでとは全く違う、けれども獣を誘う誘惑の罠。

移動式獣捕獲娘、本音ちゃんが、俺の背中に顔を埋める様にして抱き付いてます。

っていうか朝から刺激が強い!!し、心頭滅却、っていうか、本音ちゃんを離さねば!?

 

「ほ、本音ちゃん、ちょ――」

 

「あれ~?ゲンチ~、顔真っ赤だよ~?……ひょっとしてぇ~恥ずかしいの~?ぬふふ~♪」

 

んなぬぃ!?本音ちゃんの言葉に思わず頬を触ってしまう。

しかし、手の平に自覚する程の熱は伝わってこない。

……あれ?……まさか?

ハッとなった時には既に、本音ちゃんは俺から離れて俺の目の前に躍り出ていた。

しかもすっごくニコニコしながら――は、嵌められたぁ!?

 

「わ~い♪私の勝ち~♪」

 

「な、何の勝負か知らねぇが……不意打ちたぁ、やってくれるじゃねぇの。本音ちゃ~ん……ッ!!」

 

「きゃ~♪」

 

朝っぱらから心臓に悪過ぎる悪戯をしでかしてくれた電気ネズミちゃんをどうしてやろうかと思う。

しかし本音ちゃんはそんな俺の反応に楽しそうに悲鳴をあげて身を竦めるポーズを取る。

はぁ……やれやれ。でもまぁこれぐらいなら可愛い悪戯――。

 

「助けて~♪食べられる~♪」

 

じゃ済まなかった!?

 

本音ちゃんの爆弾級の一言で、さっきまでのやりとりを何処か暖かく見ていた周りの生徒の時が止まる。

そして俺の心臓も止まりかけました。

こ、こんな往来で何て人聞きの悪い事をのたまってくれやがりますか!?

そんな事をこの耳年増の多い学園で言ったら――。

 

『こ、こんな往来でそんな……な、なんて大胆な!!』

 

『やっぱり鍋島君って、見た目通りの肉食系なのね!!外でも中でもお構い無しなんて!!』

 

『寧ろ私が食べられたい!!』

 

『おっと。お前らだけに良い格好はさせられないぜ……ここはあたしが先に行く!!』

 

『只の抜け駆けでしょうが!!』

 

『あら?私なら逆に食べちゃいたいわ……布仏さんを♪』

 

『ガチだぁぁーーーーーーーーーッ!!?』

 

『ここにガチ勢が居るぞぉーーーーッ!?』

 

『っていうか布仏さんって、何気に体エロいよね……』

 

『ほんわか娘つおい(確信)』

 

『最近の流行にスリー()ピーと言うのがあってだな……』

 

『おこぼれ狙い乙ww』

 

『そんな事より元次×シャルルは?アップはよ』

 

『は?一夏×元次こそ至高だろJK』

 

『元次×一夏&シャルルの野獣蹂躙マダー?あくしろよ』

 

『野獣先輩で我慢しとけ』

 

『淫夢ファミリーがアップを始めました』

 

『腐民がログインしますたww』

 

『おまいらどこに潜んでたww』

 

マジで何処に潜んでたあの腐海の住人達は。

しかも早速ターゲットINしようとしたら何時の間にか消えてやがる。

何時か駆逐してやる……ッ!!絶対に……ッ!!

それと本音ちゃんをターゲットにしてた女子、本音ちゃんはやらん。

キャイキャイと騒ぐ女子連中に溜息を吐きながら、この騒動を引き起こした本音ちゃんに目をやる。

 

「ったく。あんまり人聞きの悪い事言わねえでくれよ」

 

「えへへ~。身の危険を~、察知したんだよ~」

 

ちっ、どうやらくすぐりの刑に処そうとしたのがバレてたっぽい。

まぁ良いだろう。他の機会にお仕置きしちゃる。

 

「さぁさぁ~。朝ご飯に行こうよ~」

 

「そ、そうだね」

 

「やれやれ。朝から疲れるわ……」

 

自由奔放な本音ちゃんの動きに苦笑いしてる俺とさゆか。

本音ちゃんはそんな俺達を見て少し頬を膨らませながらも、俺の隣に並んで食堂まで一緒に向かう。

……いや、アレなんですよ?まだ一昨日のエロエロご奉仕罰ゲームの記憶は残ってますよ?えぇ、もう鮮明に。

でもそれをなるべく態度に出さずに接しないと、二人が気にしてなさそうなのに俺一人が騒ぐって馬鹿だろ?

なのでなるべく、俺は普通の態度を装う事に一生懸命なのです。表情筋8割稼動中。

 

(……あうぅ……駄目……まだ一昨日の事……思い出しちゃうよぉ……でも、元次君は気にしてなさそうだし……ふ、不自然にならない様にしないと)

 

(む~。ご奉仕罰ゲ~ムをしたら、ゲンチ~だってメロメロだって言ってたのに~……お嬢様~……私の方が、もっとめろめろだよ~)

 

ん?何やらさゆかと本音ちゃんがいきなりそっぽ向いてるんだが何ゆえ?

しかも俺を挟んで二人とも反対に顔向けてるし。

 

「……二人ともどうした?」

 

「な、何でも無いよ?」

 

「う、うんうん~。何でもな~い」

 

「そ、そうか?」

 

とりあえず質問してみるが、二人には何でも無いと返される。

あんまり何でもなさそうには見えないんだがなぁ……まぁ、本人達が良いならそれで良いだろ。

二人に追求する事はせず、俺達は食堂へと入って朝食を買い、席を探して彷徨う。

朝方だから結構混んでるな……何処かに空いてる席は――。

 

「あっ、三人とも。ここが空いてるよ」

 

「あ~、デュッチ~。おはよ~♪」

 

「おはよう、デュノアさん」

 

と、ある席の場所から声がかかり、そこから太陽の様なハニーブロンドの髪を編んだ女性が声をかけてきた。

本音ちゃんとさゆかはその声に普通に挨拶を返すが、俺は苦笑いしながらの対応になってしまう。

 

「おっすシャルル、じゃねぇや。あ~、デュノアの方が良いか?」

 

「もぉ、シャルロットで良いってば。名字は……アレだし」

 

一昨日まで男子の制服を着こなしていたフランスの貴公子――からお嬢さんに変身を遂げたシャルロットが、苦笑しながら訂正を求めてくる。

あ~、そういやシャルロットは名字はあんまり好きじゃねえんだったな。

こりゃ失念してたぜ。

俺も思わず苦笑いしながら「悪い」と謝罪しつつ、促された席に座る。

本音ちゃんとさゆかも席に着いた所で、残りは2席。

この分なら、一夏とラウラの席も大丈夫だろう。

 

一昨日、自己紹介で衝撃の事実を顕にしたシャルル改めシャルロット。

 

だが、そのインパクトは完全にラウラの奇抜な行動で食われてしまった。

 

しかしまぁ、その日の放課後に俺と一夏は詳しい話を聞く事は出来た。

シャルロットは千冬さんと真耶ちゃんに自分の正体と、何故男装していたかの理由を告白したそうだ。

まぁ元々分かっていた千冬さんはそこまで取り乱す事は無かったらしいが、真耶ちゃんは飛び上がらんばかりに驚いていたらしい。

んで、シャルロットの境遇を聞かされた千冬さんはとりあえず男装の理由は明かさずに女子に戻る様に指示したとか。

さすがに愛人云々の家庭環境を告白させるのは、良心が咎めたんだろうな。

シャルロットの行った行為については、世間には全く知られていない。

何せデュノア社が独断でIS学園に対してのみ行った行為であり、フランス政府も与り知らない事だ。

いや、もしかしたら書類をよこしたフランス政府の誰かは噛んでるかもしれないが、問い合わせた所で惚けられるのは確実だろうとの事だ。

つまりこの件に関してはこのまま当事者達が真相を漏らさなければ問題無し。

なので今回の事は千冬さん達の胸に閉まっておくとの事。

生徒に馴染めるかは不安だったらしいが、このIS学園は国際色豊かな学園だ。

何かしら事情があるのだろうと、誰も追及はしてこないらしく、シャルロットも今の所は一安心してる。

それに今の段階ではまだフランス政府からシャルロットの身柄引渡し要求はきていないとか。

もし来たとしても特記事項二十一を盾に拒否は可能だ。

 

……俺にはまだ引っ掛かってる謎があるんだが、それはまた後日にでもシャルロットに確認しよう。

 

「?元次、どうかしたの?」

 

「……いや、何でもねぇさ」

 

「えー?怪しいなぁ」

 

「ははっ。男には色々あんだよ。気にすんじゃねえって」

 

俺はシャルロットの事を考えていた頭を切り換えて、朝食を楽しみながら皆と談笑を続ける。

そのまま他愛の無い話をしつつ朝食にありついていたら、二人も姿を現した。

 

「すまない兄よ。待たせたな」

 

「おう。まだ時間に余裕はあるし、大丈夫だぜ」

 

「ったく、人をド突いといて先に行くなよな」

 

「バッキャロウ。あれぐらいの一撃で倒れてんじゃねぇぞ」

 

「理不尽過ぎるわ」

 

ラウラはパンのセットメニューを、一夏は和食セットをそれぞれ持って、空いた席に座る。

 

「ラウランとおりむ~だ~。おっはよ~」

 

「織斑君、ボーデヴィッヒさん。おはよう」

 

「あっ、一夏。ラウラもおはよう」

 

「うむ。夜竹に布仏、シャルロットも居たか。おはよう」

 

「おはようさん、皆」

 

他の皆とも挨拶を住ませ、二人も朝食を食べ始めた。

ちなみに俺のメニューはチキン、レタス、トマトを挟んだマフィン。

それとコーヒーにハッシュポテトが2枚といった感じだ。

この中の誰よりもジューシーでボリュームのあるメニューになってる。

そして、食事も終盤に差し掛かってきた所で、一夏がトーナメントの話を切り出した。

 

「今日でトーナメントも終わりかぁ……まっ、もう終わってる俺達からしたら気が楽なんだけど」

 

「まぁ、そうだね。あんな事があったけど、皆無事だし」

 

「つっても、兄弟は明日から千冬さんの懲罰メニューを1週間だろ?精々今日を噛み締めておいた方が良いんじゃねえか?」

 

ちょっと冗談交じりに言ってみたら、一夏は朝食に顔面から突っ込まんばかりに頭を下げてしまう。

しかも憂鬱と絶望のオーラが見える程に暗い。

……おい、まさかとは思うがオメェ――。

 

「……忘れてた……ッ!!」

 

「兄弟ぇ……」

 

こいつガチで忘れてやがった。

これでもし言わないままに千冬さんに「え?何の事だ千冬姉?」とか言ってみ?

その場で見開き10ページに渡る無駄無駄ラッシュは確定だったぞオイ。

他の皆もその発想に至ったのか、「あー……」みたいな顔をして一夏に同情的な視線を向ける。

まぁ、この場で思い出せたのは、まだ不幸中の幸いだったんじゃねーか。

 

「え、えっと……だ、大丈夫だよ一夏!!……たぶん」

 

「せめて根拠のある慰めが欲しかった……ッ!!」

 

「ふむ。私の所為なので言い難いのだが、嫁は腕を怪我している。ならば教官とて、無理な懲罰は行わないと思うのだが……」

 

「あ~、そ~だね~。無理して変な癖がついちゃうかもだし~」

 

「いやいやいや。寧ろ俺は二度と怪我しない様にスパルタで実力が付く様なメニューにすると思うぜ」

 

「そ、そんな事は無いと思うけどなぁ……ちょっと……うん……つ、疲れて動けなくなっちゃう……くらい?」

 

「夜竹さんの発想が一番怖え……ッ!!」

 

苦笑交じりのさゆかの台詞に一夏はブルブルと震える。

だが、その気持ちは分かるぜ。

あの千冬さんが動けなくなるくらい扱くって……考えただけでゾッとするな。

 

「夜竹の発想は凄まじく的確だな。教官がドイツで教鞭をとっていた時もそうだった……体に目立った傷は無いのに、体力が劇的に消耗されるんだ……しかも「傷が無いからまだやれるな?」と、追加メニューが続々と出され、それをクリアすればまた繰り返し(バタン!!)……む?」

 

「もうやめたげてぇ!!一夏のライフはゼロだよ!?」

 

ラウラのドイツ時代の思い出話がトドメとなったのか、一夏は御膳の側で頭をテーブルに乗せて項垂れてしまう。

その垂れ一夏状態の一夏をシャルロットが介抱しているが、ピクリともしない。

おお一夏よ、しんでしまうとはなさけない。

しかし昔を思い出してるラウラが尊敬の入り混じった目で思い出してるってのに、聞く側が死に体とはこれいかに?

っつーかその思い出話で喜ぶラウラにも脱帽モノだっての。

 

「まぁアレだ。幸いにも俺達はトーナメント終わって暇な訳だし、今日は1日ゆっくりして英気を養っとけや」

 

「絶望した!!兄弟が地獄に落ちる俺を軽く見捨てた事に絶望した!!」

 

「何言ってんだ。男のケジメにまで口を出す程、野暮な男じゃねえよ、俺は」

 

「さすが兄貴。自分でやった責任は一人で取らねばならない事を良く分かっている」

 

「兄貴っつーか兄鬼だろ……」

 

ったく、何時迄もボヤいたんじゃねえっての。

そんなこんなで楽しい朝食(一夏除く)を終えて、自分達のクラスへ向かう事に。

嘆く一夏をシャルロットが励まし、ラウラが慰めてんだか応援してんのか微妙な言葉で追撃する。

そのちぐはぐな光景を見て楽しみながら、俺達は自分のクラスへと入った。

 

「うぃーっす」

 

「あっ、おはよー鍋島君」

 

「おはようデス」

 

「おっす」

 

「おはようございます、元次さん。お身体の方は大丈夫ですか?」

 

「おーセシリア、おはようさん。まぁ、順調に回復してるぜ」

 

「それは良かったですわ。余り無理をなさらないで下さいね」

 

「サンキュー。箒もおはよう」

 

「うむ、おはよう」

 

相変わらずの淑女な佇まいで心配してくれたセシリアに礼を言いながら、セシリアと話していた箒とも挨拶する。

挨拶もそこそこに、箒は俺を見ながら苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、ゲンの益荒男ぶりには保険医の柴田先生も驚く程だが、余り身体に頼り切るなよ?過信して痛い目を見る羽目にもなりかねんからな」

 

「箒ぃ。朝っぱらから説教は止めてくれよ」

 

「説教なんて上から目線なつもりは無いさ。お前の事を心配している幼馴染みからの、ささやかなアドバイスだと思ってくれ」

 

「……へいへい。ったく、そう言われちゃ返す言葉もねえよ」

 

強かな箒の言葉に手を振って返し、二人が一夏達に挨拶する横を抜けて、自分の席に向かう。

あの事件からまだ2日しか経ってないが、皆普通に挨拶を返してくれる。

まだ教室内でも噂話をしているが、取り立てて慌ててはいない所が凄えよ。

それと一昨日鈴がブッ壊した教室の壁なんだが、まだ修理中で壁に幕が掛かってる状態だ。

そういえばここの所鈴を見てねぇが、どうしたんだろうか?

……死んじゃいねえと……思いたいです。

や、止めておこう、これ以上考えるのは不毛だ。

頭に浮かんだ考えを捨てながらクラスの自分の席に座り、教科書を机に収める。

ったく、まさかこの俺が真面目に教科書を持って帰って勉強する様な男になるとは。

まぁ勉強しなかったら千冬さんの宝具『是、射殺す百頭(シュッセキボ)』による全ての攻撃が重なるほど高速な9連撃が飛んできちゃうけど。

そう考えたら体が自然とちっぽけなプライドを溝に捨てて勉強に走ってたぜ。

以前一度「勉強?面倒っすよ」なんて千冬さんに面と向かって言い放った俺のお馬鹿。

あの時、千冬さんが醸しだした絶望めいたアトモスフィアには死を覚悟しました。

今考えたら良く生きてたな俺。

 

「ね~ね~ゲンチ~?」

 

「んぉ?ど、どうした本音ちゃん?っていうか相川と谷本。それにさゆかもか?」

 

若き俺の過ち(今も若いけど)を思い出してた時にいきなり本音ちゃんに話しかけられて、ちょっと声が裏返ってしまった。

しかし誰もそれに突っ込む事は無く、目の前の本音ちゃんはニコニコしている。

あぁ、なんて圧倒的癒やしスマイル。

でも何故かさゆかだけは何が何やらって感じに首を傾げてるではないか。

そのさゆかの様子に俺も首を傾げるが、とりあえず本音ちゃんの話を聞いてみる。

 

「あのね~。放課後に遊びに行っても良~い?」

 

「え?今日か?」

 

「うん~♪」

 

「いやー、実は清香がパーティー系のゲームに嵌っちゃってさ。鍋島君も一緒にどうかなーって思って♪」

 

「そーそー。結構面白いよ。ツイスターとかジェンガとかの古いヤツなんだけど、意外と嵌まるの」

 

改まって何事かと思ったが、どうやら遊びのお誘いだったらしい。

まぁ結構な頻度で遊びに来てる面子だから、何時もならOKなんだが……。

 

「あー悪い。今日はちょっと無理なんだ」

 

「え~!?なんでなの~!?」

 

ちょっと今日は日が悪いと伝えると、本音ちゃんが驚いた表情で詰め寄ってきた。

相川達もちょっと意外そうな表情だ。

だがそれも仕方ないだろう。

今までは普通にOK出してきてたのに、いきなり無理って断られるんだもんな。

それを分かっているから、俺は苦笑しながら手を合わせて言葉を続けた。

 

「ちょっと俺の方で用事があってな。今日だけは他の人を入れる訳にはいかねえんだ。だから勘弁してくれ。な?」

 

「むぅ~!!」

 

「そ、そんなにほっぺ膨らまされても……今日だけは頼むわ」

 

「む~!!ぶ~ぶ~!!」

 

「いや、ブーイングされましても、ね?」

 

未だ納得のいかない様子の本音ちゃんの猛抗議(?)に、さすがの俺もタジタジになってしまう。

つってもほっぺ膨らまして唸って睨んでるだけなんですけどね?

でも、これが俺の心にはこれ以上無く響くんだよ。

本音ちゃんって、思いっ切り甘やかしてやりたいな~って気持ちが湧いてきちまうんだよなぁ。

でも、今日の夜は絶対に他の人は入れる訳にはいかねえし……むむむ。

 

「本音ちゃん。元次君も困ってるし、今日は諦めよ?ね?」

 

と、困り果てた俺の様子を見かねてか、さゆかがやんわりと諦める様に本音ちゃんを促してくれた。

ニッコリと笑いながら諭すさゆかから、何とも優しいオーラが感じられるではないか。

まるで、我儘な子供を優しくあやす母親の様な……しかも新妻。これはクる。

本音ちゃんが癒やしなら、さゆかは聖母の如し、だ。

この微笑みには逆らう気が無いのか、本音ちゃんは「むぅ……」と不満気な声を小さく漏らすだけだ。

 

良いぞ、このまま本音ちゃんが諦めてくれれば――。

 

「ん~……ね~ね~さゆり~ん。ちょっとお耳をはいしゃく~♪」

 

「え?え?ど、どうしたの?」

 

「ま~ま~♪良いから良いから~♪」

 

ん?

 

何やら本音ちゃんが急に楽しそうな笑顔でさゆかの耳元に口を寄せ始めた。

いきなりの行動にさゆかも目を白黒させるが、本音ちゃんは構わずにナイショ話を始めた。

 

「あのね~……ごしょごしょ……」

 

「………………へ!?」

 

と、いきなりさゆかが素っ頓狂な悲鳴を口から漏らして頬を赤く染めたではないか。

……何か、嫌な予感が……。

 

「さらにさらに~♪……ごしょしょ……」

 

「え、あっぅ……ッ!?」

 

「他にも~♪……ご~しょごしょ……ね~?」

 

「は、はわわわ……ッ!?」

 

「さゆかがヤベェ勢いで目ぇ回してんだけど!?何言った本音ちゃん!?」

 

遂には目をナルトの如くグ~ルグルと回して、さゆかは撃沈してしまった。

しかもフラつくさゆかを相川谷本ペアが回収して支えるという。

何て無駄に錬度高ぇ連携プレーだよ。

明らかに必要なさそうな連携度合いに慄く俺だが、それよりもデカイ問題が目の前にあります。

え?それはなにかって?そりゃもう決まってますがな。

 

「んふふぅ♪……ねぇ~、ゲンチ~?」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待とうか本音ちゃん?オッケェイ?」

 

「むふ~♪ノ~♪」

 

「ですよねー」

 

今、目の前で、とっても蠱惑的な貌をしてる本音ちゃんですよキャー。

机に腰掛けるその姿は何処と無くしなを作ったセクシーさを醸し出している。

それでいて本音ちゃんの顔は普段の小動物の様な愛らしさを失っておらず、そのアンバランスさがヤベェくらいにパネェ(錯乱中)

俺の制止を切って捨てた本音ちゃんは、俺にその妖しい笑みを向けたままに耳へと唇を寄せ――。

 

「今日の罰ゲ~ムは~……勝ったら、な~んでも命令出来ちゃうんだよ~」

 

何でも?今何でもと申したか?

 

――ごくんっ。

 

……は!?

 

あ、危ねぇ危ねぇ!!無意識に唾飲み込んでた……ッ!?本音ちゃん……恐ろしい子ッ!!

し、しかし待つんだ俺!!まずは心頭滅却、明鏡止水!!これは小動物の罠に違いない。

このまま放課後のOKを取ろうって算段だろうが、そう簡単に予定を空けたりするこの俺様じゃ無……。

 

「ナデナデとか~……耳掻きしてあげたり~……ち、ちょっとだけなら……え、えっちぃの……とか~。きゃっ~♡」

 

「そ!?そそそ、そういうのはいかんと思うでごわすよ!?」

 

「あれれ~?ゲンチ~言葉が変だよ~♪顔も真っ赤っ赤~♪」

 

くそくっそ!!分かってて言ってんだろこの可愛い子ちゃんめ!!

っていうか本音ちゃんも真っ赤ですからね!?

本音ちゃんってホント小悪魔。もしかして俺の事好きなんじゃねーのか?(真実)

なんて、そんな自惚れた事考えちゃうでしょーが!!

純情な男心を弄び、ピュアボーイな俺を手玉に取るその所業マジ小悪魔。

だ、だが、こんな露骨な罠に嵌る程の馬鹿じゃ無いぜ!!

 

「ね~え~……駄目ぇ?……うるうる~」

 

ば、馬鹿じゃな……。

 

「……ま、まぁ……3,4人くらい混じっても……大丈夫、か?」

 

はい、馬鹿でした。

瞳をウルウルさせた上目遣いにあっさり陥落。しかしそれも仕方ないだろ?

男の子なんです。欲望には素直なんです。思わず立ち上がっちゃうのもその所為なのさ。

後えっちぃのってどの程度までならオッケーなのかちょっとその辺り詳しく俺に教えてくれませ――。

 

 

 

―――――我が骨子(嫉妬)はねじれ狂う。

 

 

 

ん?何か中二心溢れる台詞が聞こえ――。

 

 

 

―――――偽・螺旋野菜(キャロットボルグⅡ)

 

ドゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

 

「ごひゅえぎゃ!?」

 

「「なんか飛んできて鍋島君に突っ込んだぁ!?」」

 

「ふにゃ~~~!?ゲ、ゲンチ~~!?」

 

「きゃぁああ!?げ、元次君!?」

 

「な、何事ですの!?」

 

「ちょ!?何が起こったんだ兄弟ぃいいい!?」

 

「「「「「狙撃!?伏せろぉ!!」」」」」

 

いきなりだった。

何の前触れも無く、俺の延髄に何やら鋭くも先端が丸っこいナニカが回転しながら突き刺さったのである。

そのいきなり過ぎる事態に驚く本音ちゃんや一夏達。

そしてノリが良すぎる我がクラスメイト諸君。

しかも結構な威力と速度の刺突だったから、口から空気と共に変な悲鳴が漏れちまったよ。

ギュルルル!!と煙が出そうな勢いで俺の延髄を回転しながら抉り続けるナニカ。

だが、直ぐにその回転も収まって机の上にコロンと落ちてくる。

俺は痛みで延髄を抑えながらも、その正体を確認する事は何とか出来た。

 

「oh……Carrot?」

 

セシリアの呆然とした、しかし流暢な英語で呟かれた名前。

えぇ、紛う事無き人参でした。

しかし独自のカスタムが施されているらしく、先の細い先端からふつくしい螺旋が描かれています。

通常の人参より3倍は長いフォルムだが、それでも頭から生えた瑞々しい草が人参だと訴えかけてきやがる。

 

「い、痛てて……あ~……本音ちゃん。やっぱ今日は無理だわ。諦めてくれ」

 

「え?え?アッハイ……あれ?……あ~!?ま、またやられた~!?」

 

首の後ろにズキズキと響く鈍痛に耐えながら咄嗟に本音ちゃんに無理だと伝えると、その場の雰囲気に飲まれてつい答えてしまう。

よ、よし。これで何とかなりそうだぜ……。

目の前で長い袖を振り回しながら「やり直し!!やり直し~!!」と騒ぐ本音ちゃん。

この正直加減が、本音ちゃんのええ子度合いを示してると言っても過言じゃねえ。

正直過ぎる本音ちゃんマジ女神。

え?何で人参が飛んできたら無理だと悟れたんだって?

そりゃ当たり前だろう……俺の知り合いにこんなウェポンめいた人参を作れる人なんてあの人しかおらんわ。

寧ろ人参って言えば”兎”の代名詞だろうに。

しかも何時の間にか消えてるし。

現に俺以外にもこれが誰の仕業か思い至った二人が溜息吐いてたり苦笑いしてるし。

 

「はは……あの人らしいな」

 

「はぁ……済まないなゲン。あの人はやはり、他の誰かが居るのは嫌みたいだ」

 

「あ~いや。今のは完璧に俺が悪かったからな……」

 

やはりあの人のディスコミュニケーションっぷりは半端じゃねえ。

本音ちゃんとかならあの人にも順応できるんじゃないかっていう下心があった訳だが……ホントダヨ?

決してえっちぃ命令に釣られた訳じゃないクマー。

っつうか首筋の痛みも中々半端じゃねえんだけど……ッ!!

 

「はーい皆さん♪朝のSHRを始めま、ってどうしたんですか元次さん!?」

 

と、伏せていたクラスメイトが立ち上がった所に我等が癒しの副担任真耶ちゃん登場。

今日も元気に二つのダイナマイトをブルンブルンさせながら教室に入ってきなすったんだが、そこで首を抑えて机に寄り掛かる俺を見て慌てふためいてしまう。

 

「く、首を抑えてますけど、もしかして一昨日の後遺症が!?し、しっかりしてくださ――」

 

「い、いやいや、違うんだ真耶ちゃ――」

 

ある意味自業自得のダメージに打ちひしがれていた俺の元に真耶ちゃんが駆け寄ろうとしているのが視界に入った足で分かり、俺は誤解を解こうと顔を上げ――。

 

ぼよん。

 

「――ひゃ!?」

 

「んも」

 

俺の様子を確かめようと屈んだ真耶ちゃんのG(ガーディアン)級エアバックに顔面から突っ込むという、ファインプレーを披露しちゃいました♪

なんてこった。最近のエアバックには甘い香水の匂いが出る機能があるのか。時代は進んでやがるぜ。

でも実家の工場では見なかったな、やっぱ田舎は都会よりも遅れてる、いや都会は進んでるって事だな。

 

 

 

…………んなわきゃねえだろばっきゃろう。

 

 

 

俺の顔の半分以上を覆うずっしりたっぷりとした重みが、その凄さを十二分に伝えてくる。

そして鼻腔を擽る甘く爽やかな香水の香り。

あーこれ確かインクレディブル シングス オードパルファムとかいう新作のじゃなかったっけ?

女子連中がキャーキャー言いながら欲しがってたのを覚えてる。

 

「……あっ……あぅ……ッ!?」

 

……ってそんな事考えてる場合じゃねぇ!?

いきなり顔面を谷間に思いっ切り挟まれたモンだから混乱してただろうけど、もうそれも治まってる。

しかるに、状況を理解した真耶ちゃんの顔色がグングンと赤に染まってるではないか。

それを理解した俺は急いで真耶ちゃんの谷間から己の顔を引っこ抜き、涙目で羞恥に悶える真耶ちゃんに頭を下げる。

 

「す、すいません真耶ちゃ――」

 

 

 

――――秘剣。

 

 

 

と、俺が頭を下げ始めた時に聞こえてきた、物騒なお言葉。

え?っと思った時には全てが遅かった。

 

ズバババッ!!

 

「――ぐ、ぁ?」

 

声の聞こえた方向に目を向けた俺の視界に写った、全く同時に放たれた3つの剣筋(・・・・・・・・・・・・・・)

その全ての斬撃を受け、俺の四肢から力が抜けていく。

一体何が起こったのか?俺には全く理解の出来ない突然の衝撃だった。

今まで受けた事すら無い未知の攻撃。

しかし薄れゆく視界の中、その攻撃を繰り出したであろう人物の美しく流れる黒髪を見て、俺は笑みを零した。

 

あぁ――やっぱり強すぎません?

 

最早人類でも最高峰の強さに数えられる美しき戦乙女の姿を目に焼き付けながら、俺は床に倒れ伏す。

最後に聞こえたのは、ドタンッ!!と、俺の巨体が床に倒れた派手な音と――。

 

 

 

「――燕返し(シュッセキボ)

 

 

 

この技名を呟く千冬さんの凛としたお声だった。

 

 

 

「何を寝ている!!さっさと立て馬鹿者!!朝っぱらから発情しおって……ッ!!ぬん!!」

 

「(ドゴォ!!)あびば!?」

 

「さぁ立て!!教師に淫行を働いた助平に教育的指導の時間だ。ハリー、ハリー!!Harryyyyy!!」

 

「(ゴスッ)いっで!?ちょ!?ち、千冬さ(バキッ)あぼ!?そんな踏ま(ドスッ)ヴぇ!?ない(ドゴォ!!)あべし!?」

 

 

 

 

まぁ直ぐにブッ叩かれて起こされましたがね?ホントに容赦無いわ。

そして不機嫌MAXの千冬さんマジ怖いです。

まぁ、シャルロットの件と鈴の件があって忙しいだろうし、そこに追加で問題起こした俺が悪い。

こりゃー速い内に労いにいかないとな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、時間は飛んでもう放課後を通り過ぎ、夕食の時間である。

 

あの朝のSHRの悲劇は多分に俺の自業自得が原因なので、誰にも慰められる事無く終わった訳だ。

いや、正確にはさゆかだけが慰めてくれて、真耶ちゃんは「気にしないで下さい」と、まぁ真っ赤なお顔でそんな事を言われたので、救いはある。

まぁそんな感じだった朝の一幕が終わってからは千冬さんに怒られた以外に特に変わった事は無く、学年別トーナメントも滞り無く終了した。

さゆかの試合は皆で応援に行き、さゆかもしっかりとラファールを無駄なく操縦して勝利を納めていた。

パートナーは相川だったのだが、相川も打鉄を操って防御と陽動を的確に行って勝利に貢献してたな。

 

と、今日の出来事を思い返しながら、コンロの火を止める。

 

最後の料理を盛り付け終えたので、調理器具を片して時計を見やる。

時間的にはそろそろの筈なんだがな……。

 

「あの人の事だ。どっから現れても不思議じゃねぇか」

 

ならば、驚かされない様に注意しておくとしようじゃねえの。

毎度毎度あの人は俺の反応を楽しんでる節があるからな。

俺は自分のデスクの椅子に座りながら、周囲の気配を読もうと感覚を研ぎ澄ませる。

 

「クンクン。美味しそうな匂いがするね~」

 

「ファッ!?」

 

すると、この部屋の一角から何とも楽しそうな声が響くではないか。

純粋に驚いた俺は椅子から飛び上がり、声の聞こえた方向に目を向ける。

 

「た、束さん!?馬鹿な!?気配はしなかった筈……ッ!!」

 

幾ら気配察知を止めてたからって、俺に気配を気付かせる事無く、俺の部屋に侵入したってのか!?

その隠密性の高さに慄いていると、目の前の空間が歪み、一人の女性の姿が顕になる。

お馴染みエプロンドレスにウサ耳のカチューシャを纏った女性――束さんはニコニコしながらVサインを向けた。

 

「ぬっふっふ……ぬっふっふ~!!甘い甘ぁあーーい!!この天才鬼才な束さんともなれば、ステルス迷彩搭載型ウサ耳の開発くらい、お茶の子さいさいなのだー!!」

 

「なんつぅスゲーモン作っちゃってんの!?っていうか気配がしなかった説明になってねぇッス!!」

 

「束さんはちーちゃんと同スペック。おk?」

 

「納得いき過ぎる説明をどうもコンチクショウ!!」

 

悔しがる俺を見て「にゃはは~!!ぶいぶい!!」とお気楽に笑う世紀の大天才。

何なんすかその無駄にハイスペックなスニーキング(かくれんぼ)技術!?

アンタは何処の蛇の系譜だっての。

いや、能力的に言ったら金属の歯車を作る方の人だろうけどさ。

そう思ってたら、束さんが少し目を丸くして驚いた表情を浮かべ始めた。

 

「むむ!?良く分かったねゲン君!!実は目下製作中なんだよ!!その名もサヘラントロプ――」

 

「心を読まれた!?って、今直ぐ止めて下さいっす!!お願いっすから!?」

 

これ以上世界に狙われる理由を作っちゃ駄目、ゼッタイ。

 

「ダイジョブダイジョブ!!ホントに作ってなんかいないよ~。あんな二足歩行が限界の夏休みの工作レベルのロボットなんて、今更作っても意味ないもん」

 

「いや、普通の学者さんからしたら充分凄いんじゃ無いっすか?」

 

「そだねー。つまりこの束さんからしたら、夏休みの工作レベルって事だよ!!まっ、子供しか乗れないスペースの確保で精一杯ってトコで笑っちゃうけどねー!!」

 

世界の科学者さん達、ごめんなさい。

本物の天才のお方からしたら、皆さんが頑張ってきた結果は夏休みの工作レベルだそうです。

相変わらず世界の科学力に真正面から喧嘩売ってる束さんの天才っぷりに苦笑いしてると、胸に軽い衝撃。

それはつまり束さんが俺に抱きついてきたという事である。

反射的に腰に手を回しちゃったんだけど、只今動悸がバックンバックンです!!

だって、キスされたんだぜ!?今でも鮮明に頬の感触が思い出されるんだぜ!?

この状況でドキドキしねえ方がおかしいわ。

 

「むふ~♪……やっぱり、ゲン君はあったかいな~……ね、ね?もっとギューってして?」

 

「ぎゅ、ぎゅーっすか!?……ン、ンン゛ッ!!……こ、こんな感じで如何でしょう?」

 

「……んぅ♡(キス……したんだよ、ね?……ゲン君も赤くなってるし……鼓動も凄く早い……束さんの事、意識してくれてるんだ♪)」

 

そ、そんなエロい声出されたら心臓がぁあああ!?

あぁ!!頭をそんなグリグリ押し付けられたら、堪りません!!

急速に女性としての色香を発揮し始めた束さんの声に鼻血出そうです。

しかし当の本人である束さんは嬉しそうに鼻歌を歌ってらっしゃるではないか。

 

「~~~ッ♪……ハァ……ゲン君にこうしてもらってたら、疲れなんて一気に吹っ飛んじゃうよぉ♪」

 

「……根を詰め過ぎて、疲れてるんじゃねーかなーとは思ってたんスよ」

 

「あっ、誤解しないでね?別にゲン君のオプティマスを修理してたからじゃないよ?ただ、ちょーっと急いでやらなきゃいけない事とか、作らなきゃいけないモノがあって、さ」

 

「??そうなんすか?」

 

「そうなのです♪なので最近、兎はちょっとお疲れ気味なのです。癒やして下さ~い♪兎的には撫で撫でプリ~ズ♪」

 

「……了解っす。俺でいいなら喜んで」

 

何年も束さんと付き合ってれば自然と分かるんだが、束さんは今作ってるモノには余り触れて欲しくなさそうだった。

なのでその事は深く追求せず、少しでも疲れが癒える様に優しく束さんを撫でてあげる事に。

……世界中を飛び回る束さんからしたら、自分が身内と認識してる人が側に居ないってのは……辛いよなぁ。

俺もここを動く訳にはいかねえし……こーいう時は、目一杯甘やかしてあげねえと。

目を細めて嬉しそうにしてる束さんの様子に笑みを浮かべながらも、撫でる動きは止めない。

 

「(ナデナデ)はぅん♪……幸せ~♪……これに免じて、朝にこの空間に知らない人を呼ぼうとしたのは、許してあげようではないか」

 

「あっ、やっぱりその件はキッチリカッチリ引き摺ってたんですね」

 

「当たり前だよー。束さんは他の奴なんて嫌なんだから……ゲン君と2人が良かったのー。もし他の人が入るなら、ちーちゃんかいっくんか箒ちゃん以外は認めません!!」

 

「っていうか既に制裁食らってると思うんスけど……特に千冬さんのは効いたッス」

 

「それはゲン君が悪いですー!!あんなホルスタインおばけのおっぱいに顔突っ込んだんだから!!もー束さんもぷんぷん、だよ!!」

 

「真耶ちゃん酷え言われようだ……まぁ、アレは完璧な事故で……っつうか千冬さんって、マジであの時何したんスか?俺には3つの剣閃が同時に襲ってきたとしか思えなかったんスけど……」

 

「あー……アレはさすがの束さんも予想外だったよ……まさか限定的ながら多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を引き起こして、並列世界から3つの異なる剣筋を引き寄せて同時に振るなんて、ちーちゃんマジチート」

 

「何の事かちんぷんかんぷんなんスけど」

 

「説明しても良いけど、難しいよん?立体交差並行世界論っていうのなんだけど……」

 

「すんません勘弁して下さい」

 

「だよねー♪」

 

そんな論理聞いたって俺には理解不能だぜ。

素気無く断られた束さんは気にした様子も無く、「もっと撫でて~♪」と要求してくるだけだった。

流石にここまできて断るのもアレなので、メルヘンな兎さんの要望を満たしてあげる事に専念する俺であった。

 

「はふぅ……所でゲン君。このお料理は食べないの?ゲン君夕飯まだなんでしょ?」

 

と、撫でられるのを充分堪能したのか、束さんは顔を上げて俺に質問してきた。

まぁ確かに、束さんの言ってる事も間違いでは無い。

しかし、ちょっと言葉が足りねえな。

 

「勿論、俺”も”食べますよ……束さんと一緒に、ね?」

 

「……アハ♪実は期待してたんだー♪ゲン君、束さんの分も作ってくれないかなーって♪」

 

「そりゃ作るに決まってるじゃないっすか。束さんにオプティマスを修理してもらってハイさよなら、なんて不義理な事はしねえっすよ」

 

最初は少し驚き、直ぐに嬉しそうな表情を浮かべる束さんに、俺も笑いながら答えた。

幾ら束さんが天才でも、物を作ったり直すには絶対に労力が掛かってるんだ。

その苦労をお礼の言葉だけで済ませるなんて、そりゃ都合が良すぎるだろ。

例え束さんが数少ない身内に嫌われたく無いからって理由で、束さんが自発的に俺達の為に何かをしてるとしても、俺もそれに答えなきゃ不義理にも程がある。

だから、俺に出来る限りの心尽くしで、筋は通さねえとな。

俺は束さんの背中に軽く手を添えてエスコートし、椅子を引いて座る様に促す。

 

「前に約束した通り、言ってくれれば何時でも作るッス。だから、遠慮はしねえで下さい」

 

「……じゃあ、ご相伴に預かっちゃうぜー!!」

 

「はい、どうぞ。気合入れて作りましたんで」

 

「うん♪……おぉ~!?和食だぁ!!日本の心だよぉ!!」

 

席に座ってテーブルの上を確認した束さんの楽しそうな声を聞きながら、炊飯器から白米をよそう。

それを待ち切れないって顔してる束さんの前に静かに置く。

 

「今日は、世界を回ってる束さんに故郷の味をって事で、和食をメインに用意しました」

 

「良いね良いねぇサイッコウだねぇ!!」

 

何処の第一位?

確かに兎っぽいって点では類似してるけどよ。

まぁとりあえず何にしても、まずは食ってもらわねえとな。

 

「じゃ、食いましょーか?」

 

「うん♡いただきま~す♪」

 

2人で食事の挨拶をしてから、各々おかずに手を伸ばす。

束さんはまずきんぴらごぼうを頬張った。

 

「はむっ……んー!!このシャキシャキとした歯応えに、甘辛い醤油と味醂の絶妙な味!!それに時々舌を刺すピリリとした輪切りの赤唐辛子のアクセント!!ご飯が進むよ~♪」

 

「ごぼうも人参も皮を剥かず水洗いだけして、水にはさらさないで炒めたんで旨味が一切逃げて無いんすよ。後は水分が牛蒡と人参に染みこんで無くなるまでしっかり火を通しましたから、野菜のシャキシャキ感が残ってるんス」

 

「うんうん!!この歯応えが癖になっちゃう!!それに濃い味が後を引き過ぎない、くどくないのも良いよねー!!このごまの風味もにくいぜ!!」

 

「ははっ。俺もガキの頃から好きなんスよ」

 

束さんは料理を褒めながらも口と手を休めず、きんぴらを頬張ってモッキュモッキュと食している。

こうまで美味しそうに食べてもらえると、やっぱ料理が出来て良かったなぁって思えるぜ。

次に束さんが目を付けたのは、これまたきんぴらより少し大きい中皿に盛られた肉と大根の料理。

 

「おやおやぁ?これは束さんも食べた事がない料理だねぇ?……あむっ……ん!?……美味しいぃ~……ッ!!」

 

「そりゃ牛すじと大根の煮込みっすね」

 

しっかりと煮込んですじの固さを和らげた、俺渾身の一品だ。

またも幸せそうな顔で束さんは牛すじを噛み締め始めた。

 

「すじ肉がくにゅくにゅした弾力を程よく残して、噛む度にじゅわぁ~っと味が広がってくる……それを針生姜が広がり過ぎない様に、良い塩梅で〆てるね……大根も味が染みてて最高♪」

 

「あ~。実はそれ、昨日の内に煮込んでおいた料理でして。それで味がしっかり染みてるんスよ」

 

「な~るほど~。この御飯に絡む生姜とタレの味、たまらんばい!!」

 

束さん、変な方言が出ちまってる。

まぁそれだけ喜んでくれてると思って良いだろう。

ちなみに牛すじの煮込みは今日、束さんに食べてもらう為ってのと、さっきラウラに持ってってやった分を昨日作ったんだ。

今頃一夏に和食を作ってもらって、2人で牛すじを突いてる頃だろう。

もしかしたらセシリアやシャルロット、箒達も乱入してるかもしれねーが、それは知らない。

俺も食事を進めながら、嬉しそうに、美味しそうにしている束さんを見て和んでいた。

 

「お味噌汁も頂きま~す♪ズズッ……はふぅ……やっぱり、和食には味噌汁だよ。定番だね定番。寧ろ無いと怒りたくなっちゃうもん」

 

「ッスね。味噌汁があるだけで食卓が映えるんスよね」

 

「そうそう♪これだけでご飯も美味しく食べられるし。具のバリエーションも豊富だもんねー♪」

 

「小さめの鍋って感じっすかね?」

 

「あっ、それナイス例えだよゲン君♪ずずずっ~……はふぅ。具はわかめとお揚げ、白髪ねぎの三種の神器キタコレ。プリプリわかめの歯ごたえと旨みが凝縮した赤だし味噌汁。肉厚のわかめの食感と旨味をたっぷり吸ったお揚げ。それにしゃきしゃきの白髪ねぎは味噌汁の原点ともいえる組合せだよ……堪らない~♪」

 

まるでグルメリポーターみたいな事を言いながら幸せそうに味噌汁を啜る束さん。

たかが味噌汁と侮る無かれ。

味噌汁は和食の献立を左右する程に日本人には馴染み深く、必要な汁物なんだ。

英語表記ならMISO・SOUP。

スープはどんな食事にでも存在する。中華の卵スープ然り、欧米のポタージュ然り。

故に食卓の献立で尤も手を抜くべきじゃねえと思うのは、俺は味噌汁だと考えている。

つっても我が偉大なる婆ちゃんに教わった事を、自分で納得いったからそう思ってるんだが。

 

「はぁ……最高だよ~ゲン君♪……じゃっ、ここでメインを頂いちゃおうかな――(キリッ)この」

 

「――ぶほ!?ちょ、束さっ、顔顔!?」

 

と、味噌汁で緩んでた束さんの顔が急にシリアス顔に引き締まってビビってしまう。

そのままシリアス劇画風の表情になった束さんは箸をピシリと伸ばし、一直線に中央の皿――メインディッシュに突き刺さった。

箸に突き刺さり、束さんの目線まで持ち上げられたのは、一口サイズに揚げたカツの1つだ。

 

「やたらめったら美味しそうな一口カツを、食してくれるわぁーーーッ!!――(かぁつ)ッ!!」

 

サクッ。

 

カリカリに上げられたカツの衣が、口の中でシャクシャクと音を奏で、贅沢な食感を演出する。

その咀嚼する音を口から奏でていた束さんの閉じていた目が――カッと見開かれた。

 

「あぐあぐ……うーまーいーぞー!!(ピカァアアアッ!!)」

 

突如として沸きあがる強烈な光に、思わず目を細めてしまう。

っていうか束さんの口と目から光が出てるじゃねえか!?

何このムダに凝った演出!?

予想外過ぎるフラッシュに驚くが光は直ぐに収まり、束さんはシリアス顔のままに小さく小分けされたカツをドンドンと頬張っていく。

 

「これは――ささみのカツだね!!しかも大葉を巻いて一緒に揚げてある!!でも酸っぱくなり過ぎない。自分は脇役だと弁えてて、丁度良い味を作ってる!!」

 

「え、えぇ。大葉は小さくカットして入れてるんで、酸味もクドく無いと思いますけど……」

 

「米ッ!!食わずにはいられないッ!!」

 

シリアス顔でご飯や味噌汁と交互に食しながら、レポートを続ける束さん。

え?まさかその顔のまんま突っ走んの!?

 

「もぐもぐ……ッ!!ささみのお肉って、鶏の中でも一際淡白な筈……なのに!!薄切りにして下味の塩胡椒を振るだけでこんなに味わい深くなるなんて!!ソースなんて寧ろ邪道だよ!!」

 

掻っ込む。米を、カツを、きんぴらを――そして、味噌汁で一息。

 

「ズズッ……ハァ……今晩の夕食……味の遊園地だ~♪」

 

「○麻呂さん!?○麻呂さんスか!?っつうか何時の間にか顔戻ってるし!!」

 

「むっ。誰さその何々ろとかいうヤツは?今のは束さんのオリジナルだよ?酷いなぁゲン君」

 

「世間的に見りゃ間違い無く酷えのは束さんだと思うッスよ?”ろ”しか言えてねぇし……」

 

自分の認識していない人間と比べられたのが少々不満だったっぽく、束さんは少しだけ頬を膨らまして不満を露わにする。

一方で俺は相変わらずの変幻自在っぷりを見せられて苦笑を隠せない。

ホント、何時の間にか……味噌汁飲む為に上げてた顔を戻したら何時ものプリティな束さんに戻ってたんだ。

しかも本人は凄くご満悦そうな表情を浮かべてらっしゃるし……幻覚だったのだろうか?

そんな俺の疑問など知ったことかって感じに、束さんは息を吐いて寛ぐ。

……まぁ、美味かったなら良いんだけどな。

俺は苦笑いしながらササッと飯を平らげ、自分の分の食事も終える。

あぁ、お茶のおかわりをっと……。

 

「……ねーゲン君?もし良かったら……おかずの残り、貰って行っても良いかな?かな?」

 

「え?残りッスか?そりゃ別に構いませんけど」

 

とは言っても、精々が一人分残ってるかってぐらいだし、どうせ残り物は明日食べるぐらいしか俺には使い道が無い。

だから別に俺にとっては束さんが欲しいなら持って帰ってもらっても構わなかったりする。

そう説明すると、束さんはにぱーっと笑って「ありがとー♪」と言いながら指を振る。

すると、器ごと粒子に変換されて、食卓から消えてしまった。

味噌汁を入れてた小さい鍋まで……まぁ、そんなに食器多く無かったし、別に良いか。

 

「あっ、それとねそれとね。お米も貰えたら嬉しいなー、なんて……駄目?(ウルウル)」

 

「どうぞどうぞ。二合でも三合でも持ってって下さいな」

 

「わーい♪」

 

「あぁそれと、今朝作った白菜の浅漬けが良い塩梅なんスけど……」

 

「欲しい欲しい!!下さいなー!!」

 

と、あれもこれもそれもって感じに、束さんにお土産をお渡ししました。

本当は自分で食べるつもりだった黒ゴマを練り込んだロールケーキ(丸々一個)まで。

……ふっ、男は美女の上目遣いにゃ弱えのさ……はい、現金ですね。すいません。

まぁそんな感じで色々束さんに献上した後、食後の一服の為に冷たい麦茶のおかわりを淹れる。

勿論それは束さんの分もだ。

 

「ありがとーゲン君♡……束さんは、幸せですたい♪」

 

「これぐらいで良けりゃあ、何時でも言って下さいって。俺ぁ束さんには足向けて寝れ無えくらいにゃお世話になってんスから」

 

「もー。それは束さんがしてあげたくてしてあげた事なんだよ?それに恩義なんて堅苦しいよん」

 

「なら、俺もこれがしてあげたかったからって事で」

 

「……もー」

 

してやったり、って感じに笑えば、束さんはぶーたれて麦茶をガブ飲みしてしまう。

でも、口元が緩んでるって事は……嫌な訳じゃ無いんだろうな。

なら、俺はこれからもこうして束さんにテメェなりの感謝をしていくだけだ。

 

(そうやって束さんの為にって、純粋に何かしたいって思ってくれるのは……ゲン君だけなんだよ?……ゲン君の言葉に、笑顔に……束さん、いっぱい救われてるんだから♡)

 

「ぷふぅ……さ~て。美味しいご飯いっぱい貰っちゃったし、そろそろ今日の本題に入りましょーか♪」

 

「そうっすね。それで、オプティマスはどうですか?」

 

今日、束さんがここに来た本当の目的。

それは修理が終わったオプティマス・プライムを俺に持ってきてくれた事だ。

ダメージレベルがE判定を超える程に酷使したんだが……本当に、束さんには手間掛けちまった。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、束さんはニコニコと微笑みながら、胸の谷間からオプティマスを取り出す。

……オプティマスになりた、ゲフンゲフン!!忘れてくれ。

 

「はい♪もうバーッチリ修理したから、問題無いよん♪」

 

「……ありがとうございます、束さん」

 

「うんうん♪気にしないで良いってば。あっ、それと、ちょっと前よりもヴァージョンアップしたんだぜい!!新機能を追加してるからサクッと説明しちゃうねー!!」

 

新機能?そりゃスゲェ気になるな。

思ってもみなかった束さんの素敵な台詞に、姿勢を正して聞く姿勢に入る。

すると束さんは俺を見ながら指パッチン1つで、空中にモニターを出した。

 

「その子の新しい機能なんだけど、実は直接的な戦闘面の機能じゃないの。所謂、未来に向けての下準備だねー」

 

「ん?って事は、どういう?」

 

「えっとねー。まず1つは拡張領域(パススロット)の容量をアップしておいたの。今も我が篠ノ之ラボでは、オプティマス・プライムの専用装備が着々と出来上がってるからねー♪新しく武器をインストールしても、運動能力が下がらない様に調整したのさ♪」

 

「これ以上武器増えちゃうんスか?」

 

「だーいじょうぶ♡ゲン君なら問題なく使えるよ!!目指すは歩く要塞だお!!」

 

ソディウム扱い?

今ですら射撃武器は殆ど使ってねえんだけど。

まぁもう増やした後だって言うなら、文句を言っても仕方ねえ。

っていうかロハでやってもらって文句言うのもおこがましいだろ。

それに束さんのあの無邪気な笑みを見てたら段々と気にならなくなってくるし。

 

「それでそれでー!!もう1つはゲン君、ぜーったいに気に入ると思うな!!」

 

「もう1つ、っすか?それって何なんです?」

 

と、どうやら今度のは束さんにとって絶対の自信があるっぽい。

自信に満ち溢れた笑みを浮かべつつ、束さんは俺の手にある待機状態のオプティマスを指差す。

 

「じゃー、その機能を確認してみよ!!まずはオプティマスを起動だぜいぇい!!」

 

「うっす!!……起動しました!!」

 

ハイテンションな束さんに引かれて、俺もテンション高く返事を返す。

2日振りとなる相棒を掛けて、オプティマスを起動させた。

サングラスのレンズに投影されたスタートアップ画面には、『Welcome Back』とポップアップが表示される。

 

「それでね、拡張領域(パススロット)のメニューに入ってみて。そこに新しい項目が追加されてる筈だよ」

 

「……えっと……拡張領域(パススロット)の画面に入って……お?あっ……た?……え?」

 

束さんに言われた通りに操作すると、確かに項目が1つだけ増えていた。

何故か武装一覧や拡張領域(パススロット)使用状況っていう項目の一番下に……”INTRUDER”って項目が。

 

「……束さん?」

 

まさか。という思いで束さんに視線を向ければ――。

 

「ふっふっふー」

 

そこには、その豊満な胸を突き出して悪戯な笑みを浮かべる束さんのお姿が。

……ちょっと待て。まさかこれって――。

 

「ゲン君のバイクをオプティマスの機能に組み込んじゃいましたー♪てへぺろ♪」

 

「何してんのぉおおおおお!?」

 

そんな”ノリでついやっちゃったZE☆”みたいな感じで何してくれちゃってんの!?

唖然とする俺を放置して、束さんの説明がヒートアップしていく。

 

「ふっふっふ!!まさかまさかの大・合・体!!いやーこれはさすがの束さんもその時まで思いもしなかったんだけどね?一昨日帰る時にゲン君のバイクを見たら、こう……ビビッときたのさ!!」

 

「まさかの一昨日には既に盗難に遭ってたってオチ!?」

 

「量子変換してお持ち帰り余裕でしたww」

 

「気付けよ俺ぇええええええええええええええ!?」

 

自分のバイク無断で持ってかれてそれに気付かないとか……アホ過ぎるぞ俺ぇ。

 

「最初は普通に拡張領域(パススロット)に量子変換して収納出来る様にするつもりだったんだけどー……そこで考えちゃったの……いっその事、オプティマスとくっつけちゃおうか?ってね♪」

 

「oh……」

 

何てことを思いついちゃうんスか……しかもそれで成功してるってのがまた何とも……。

っつうか、イントルーダーは所詮只のバイクだ。

それを世界に500台も無いスペシャルマシーンと合体なんて、普通無理じゃね?

あぁくそ。開発者が普通じゃなかった。

 

「でねでね!!エンジンも束さんが一から設計したスペシャルエンジンに積み替えて、フレームから何から前に外国で見つけた玉鋼とかを素材にして全部作り直しちゃいました!!でも前と形も音も変わらないから安心してにゃん♪」

 

変わったのはスピードとかパワーだよー、と楽しそうに語る束さん。

なんてこった。俺のバイクが世界にオンリーワンなトンデモ級のバイクになっちまったい。

 

「それに、安全面は寧ろ強化されてるぐらいだよ?シールドエネルギーで搭乗者に絶対安心を提供!!ISのシールドエネルギーで動いてるからガソリン不要!!燃費はエンジンがエネルギー総量に対して小さいから、究極的な燃費を実現!!これ以上ない環境に優しいエコカーだもん!!」

 

「た、確かにそういう面では凄え有難い仕様にはなってますけど……これ、バレたら絶対に公道走れないっしょ?」

 

だって言ってみればISが道路にそって走ってる様なモンだ。

そんなモンスターマシンの走行許可が降りるとは到底思えない。

いよいよ持って使用禁止になるんじゃね?

とか思って項垂れてたら、束さんが俺の肩にポンと手を乗せる。

 

「ノーブロブレム!!そんな許可、束さんが捥ぎ取っちゃうもんねー!!」

 

「ちょ!?ほ、本気っすか!?」

 

「本気も本気、大マジだよ!!これぐらい束さんには朝飯前だから、安心してちょ♪」

 

どうやら世界の大天才がアップを始めたご様子。もう誰にも止められないなコリャ。

本来なら政府の方々に頭を下げるべき事態なのだろうが……俺は謝らない。

向こうも俺の意見ガン無視で人の国籍勝手に変えようとしてたんだし、これぐらいは良いよな。

ならば今回の事、仔細の全てを束さんのやりたい様にやってもらうとしようじゃねえか。

 

「……分かりました……それじゃあ、お願いします」

 

「うんうん♪この束さんにぜーんぶ任せておきなさーい!!(ゲン君が頼ってくれてる!!それだけで、3倍増しじゃぁー!!)」

 

姿勢を正して頭を下げる俺の頭上に、束さんの嬉しそうな声が聞こえてくる。

ホントこの人は、身内に頼られる事を嬉しがるんだからなぁ……。

頭を上げた俺は目の前でクルクルと楽しそうに回る束さんを身ながら笑ってしまう。

 

「束さんってアレっすよね?俗に言う尽くすタイプってヤツ」

 

「ふぇ!?」

 

「ん?」

 

「な、何でもないよ!!そ、そうだねー、束さんは良妻タイプってジャンルも兼ね備えてるのさ!!ア、アハハ……」

 

俺の言葉に些か大仰に反応した束さんはそれを誤魔化す様に愛想笑いを浮かべる。

しかしさっきまでとは打って変わって焦っているのは丸判りだ。

やけに頬が赤いし、声も上擦ってる。

そして何より束さんのトレードマークたるウサ耳が上下に忙しなく動いてるのが気になります。

まさかとは思うが、あれって感情にも反応すんの?

そうなるとあの動きは……喜んでると考えて良いのか?

 

「や、やーん。そそ、そんなに熱い視線で見つめられたら、束さん熔けちゃうよぅ♪」

 

「あっ、そ、その……すんませんっす」

 

「べ、別に怒ってる訳じゃないよ?」

 

と、束さんの様子を観察してたのがバレたらしく、束さんは両手を頬に当ててイヤンイヤンと身体を揺らす。

そんな風に可愛いらしく抗議してくる束さんに謝罪すれば、またもや変な空気が……。

……俺もこんなドストレートに褒めた事はそう無いから、やけに気恥ずかしいもんだ。

それに天下の篠ノ之束が俺の言葉で恥ずかしがってるのを見てると……正直、昂ぶってくる。

っていうかこの微妙に空いた沈黙が何とも気まずいぜ。

と、恥ずかしそうにしてた束さんが、「こほん!!」と咳払いを一つ。

 

「え、えーっと……そ、そろそろ束さんは帰るね?」

 

「そ、そうっすか。えっと、今日は本当にありがとうございました」

 

「う、うん!!じゃ、バイバ~イ!!(不意打ち過ぎるよもう!!は、恥ずかしいやら嬉しいやらで……漲ってくるぜぇええ!!)」

 

未だに頬の赤みが抜けていない顔でブンブンと音が鳴る位に手を振り、束さんは窓から颯爽と帰って行った。

うん、帰って行ったなんて軽く言ってるけど、実はここ二階なのである。

しかしそんな事は些細な問題だったらしく、束さんはステルス迷彩を起動して軽やかに地面に着地。

そのままシュババババッ!!という駆け抜ける足音を鳴らしながら土煙を巻き上げて消えていってしまう。

 

「うわ、速え……やっぱ千冬さんとタメ張るだけはあるよなぁ」

 

寧ろ頭脳的な面では束さんがリードしているんだから、下手すれば束さんの方がオーバースペックかもしれねえ。

しかし、束さんの相手はあの天下無双の千冬さん。

素で何時ものスペックを振り切って更にパワーアップしちまうんだからヤバイ。

現に束さんが抵抗虚しくお仕置きされてる場面なんて何時もの事だし。

 

「しかし……イントルーダーぇ……そりゃ、乗りたい気持ちはあるから束さんに任せちまったけど……大丈夫か?」

 

何か、束さんが色々とやらかしちゃいそうな予感がヒシヒシと……か、考えるのは止めよう、うん。

脳裏を過ぎった嫌な予感を振り切る様に頭を振り、俺は残った食器の後片付けをする。

もうすぐ消灯時間だし、今日の所は束さんが満足してくれた事で良しとしとこうか。

胸に残るしこりの様なものを無理矢理呑み込み、俺は今日という怒涛の1日で疲れた身体を休めるのだった。

 

 

 

次の日。

 

 

 

日本政府から俺個人に対する通達があった。

 

曰く、『貴君のISの非常時以外の展開については、バイクのみの展開に限り常時許可を出す』というモノだ。

 

要はイントルーダーに限り、俺はどこでもISから展開、収納させ、更に公道を走る事ができる許可である。

しかも特にこれといった制限も設けられず、それどころかナンバーもそのまま。

つまり登録上においては国が認め、車検が通ったバイクの扱いのままになっちゃったのです。

ISのシールドエネルギー使ってるのに。

それどころか世界中のバイクの中でも一番のスペックになっちゃってるのに。

っていうかぶっちゃけバイク自体がISの防御力を持ってるのに。

そしてシールドエネルギーでコーティングされたバイクは、そのまま突撃用の武器に変化するのに。

 

束さんぇ……政府ぇ……。

 

余談だが、突然政府からこんな事を一方的に告げられ、しかもISにバイクが搭載されている。

こんな通達をいきなり告げられた千冬さんは俺を呼び出して事情を聞き、深い深い溜息を吐いていらっしゃった。

 

 

あれ?なんかちくちくと良心が痛んで……これは俺の所為なんだろうか?

 




ISといえばバトルなんだけど、こういう日常話を挟みたくなるのが作者の駄作者っぷりを物語っているwww

そして久しぶりすぎて書き方あってるか分かんないww



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談~信頼、制裁、注目、考察

3D3Y


「そうか!!そういう事だったのか、piguzam]の奴!!」

「……あ~、なるほどぉ~」

「投稿は3日後じゃなく3年後……立ち止まって力をつけるんだ……ッ!!」



「「「「「3年後に、ハーメルン諸島で!!!」」」」」








ごめんなさいwww


今回の話、少々グロいです。



 

 

――これは、既に過ぎ去った日々の物語。

 

 

 

 

 

鍋島元次が知らない、裏の物語である。

 

 

 

 

 

 

――学年別トーナメント第一試合終了直後。

 

 

 

 

 

 

大型プラズマテレビの画面に流れる、『暫くお待ち下さい』というテロップ。

この文字がテレビで流れるのは例外無く、撮影現場で起きたトラブルで世間に流せない映像を撮ってしまったという事に他ならない。

それが5分、10分と続き、室内に無言の静寂が満ちていた。

 

「……」

 

「……ゲンちゃん……」

 

しかしその沈黙も長くは続かず、先程までIS学園の学年別トーナメントを見ていた者達の一人が、不安に揺れた声を漏らす。

その筋肉質で大柄な体を震わせながら手に持ったグラスをテーブルに置いたのは、元次と並ならぬ縁を結んだ一人の男。

東城会の若頭を務める伝説の男、冴島大河その人である。

 

 

自分が世話になった人間が女尊男卑のこの時代にIS学園という女の園に居て、果たして元気でいるのか?

 

何時か”自分を超える”と宣言してみせたあの強き心に陰りはないのか?

 

 

それを知る為に今回の放送を見ていた訳だが、結果としては想像以上のモノを見る事になる。

間違いなく、自分が知っていた過去の元次よりも数段に強くなっていた。

そして今時珍しい、義侠心に溢れた心のあり方も変わっていない。

結果としては別れた時より成長した弟、いや年齢からすれば”息子”とも言える恩人の成長を知る事が出来た。

だというのに、冴島の表情は優れない。

 

一番初めの試合が元次の試合だったので、そこまで気を揉む事もなく、冴島は恩人の今を知る事が出来た。

 

25年間もの長きに渡って刑務所に服役していた冴島には、ISという存在は全く馴染みが無い。

ISが世界に進出してから、今だ10年程しか月日が流れていないからだ。

そんな事情があった冴島が画面越しにではあるが初めて目にしたISというパワードスーツ。

昔、塀の中に入る前では考えられない代物を着て、バトルの場に立っていた元次の姿。

 

試合開始の直後に戦線を離脱した時は首を傾げたが、そのまま続いたラウラVS一夏・シャルルペアの試合を見て、冴島は確信した。

 

おそらく元次の相方である少女……ラウラという少女は誰も信じていないのだろうと。

人を信じず孤高に闘う少女に、元次は……”友の大切さ”を教えようとしたのではないかと。

孤高と孤独は違うのだと、一人で出来る事には限界があるのだと。

 

自分という一人の人間を支えてくれる『絆』というものの大切さを。

 

それを、自分の兄弟分とその相方と戦わせる事で、体に分からせようとしたのだ。

確かにこの世の中、口で言っても分からない輩というのは存在する。

だが、体でぶつかり合うという肉体言語を少女にさせる辺り、元次のスパルタ加減が見え隠れし、冴島は苦笑いしていた。

 

そしていよいよラウラが撃墜されそうになった瞬間、遂に野獣が唸り声を上げて参戦。

 

それまでは「や~っぱガキのお遊びやないかい」と面白く無さそうにしていた真島の兄弟。

仮にも軍属であるラウラの戦いすらも「ま~だ薄いのぅ」と切って捨てていた男が、元次が暴れだした瞬間に目つきを一変。

今正に目の前で対峙しているかの様な鋭い目付きで持っていたタバコを灰皿に乱暴に押し付けて捨て、テレビに齧りついたのである。

器に注いだ酒に口を付ける事すらせず、元次の闘いを見逃さんばかりの気迫で、テレビから目を離さなかった。

その兄弟の変わりように冴島が笑みを零してしまうのは仕方が無かったであろう。

一方で元次の強さを文字通り体で知っていた冴島は酒を飲みながらテレビを見る程度には落ち着いていた。

 

自分と最後に戦った時よりも更に洗練された動きを見て、冴島は顔を綻ばせる。

 

 

 

冴島大河が鍋島元次という男に喧嘩をする者として感じていたのは、磨けば輝く『ダイヤの原石』という印象だった。

 

 

 

荒削りながら、戦いというものを理解した喧嘩に対する経験値。

 

野獣が持つ恐るべき反射神経と動体視力に、天性の才能とも言える勘による回避動作。

 

数十秒程度ではあったが、完全回復した自分とタメを張れる程の怪力。

 

並の攻撃では揺れる事すら許さない異常なタフネス。

 

そのどれもが、自分が元次と同じ歳の頃は持ち得なかった異常な身体能力。

研鑽され、磨きぬかれ、数え切れない修羅場を潜り抜けた自分に、齢16という若さで迫る成長速度。

 

間違いなく、今まで戦ったどんな敵や友よりも揃った逸材ともいえる底知れないポテンシャル。

磨けば必ず、自分達以上の男になると確信していた。

だからこそ冴島は、元次に喧嘩の修行を頼まれた時にも快くそれを受けたのである。

 

元次は自分達の様に、渡世の道に足を踏み入れる訳では無いだろう。

 

そんな事は冴島も分かっていた。

 

しかし極道の世界だけに限らず、この世で最後に必要なのは、何時だって”力”なのだ。

大事な家族、愛する女、己の領域を汚そうとする全てに対して、”権力”や”法の力”だけでは対抗できない。

極論ではあるが、そういった”己自身を貫ける強さ”が無い者に、誰かを守る事は出来ないのである。

 

ましてや元次は、今や世界で2人だけしか居ない男性IS操縦者の片割れだ。

 

そんな美味しい利益に群がらない程、世の中は甘く優しくは無い上に、今は女尊男卑のご時世。

女性の立場が強いこの世界でも、周りが敵だらけになろうとも――恩人が自分の思いを貫ける様に強くなって欲しい。

それがアウトローである冴島に出来る、精一杯の恩返しだった。

 

そして、その抜きん出た力に呑まれず、喧嘩という”華”を咲かせる元次の姿を見て、冴島は安心した。

 

力を手にした人間が堕落するのは、余程心が強くないと止めようがない。

過去、冴島が戦ってきた男達の中にもそういった輩は何人も居た。

 

「『やってやりますよ……ッ!!――――来やがれ!!ドグサレ人形ぉ!!!』」

 

だが、己自身に酔う事も無く、”誰かの為に”拳を振るう元次の姿を見て、冴島は笑みを浮かべる。

”弱気を助け、強気を挫く”――これは最近ではよくヒーローの心得として使われる言葉だが、実際は”違う”。

 

 

 

その言葉は、日本にヒーローという偶像が生まれる前から――”ある者達”を指して使われていた。

 

 

 

「『……『古牧流、虎返し』……今のは先生達を痛めつけてくれた礼だ』」

 

 

 

古き日本男児が、渡世の益荒男が背負う――『侠気』

 

 

 

弱い者を助け強い者を挫き、義のためならば命も惜しまないといった気性に富む者。

 

 

 

彼等の生き様こそが、この言葉の語源である。

 

 

 

その尋常ならざる生き様を、人々はこう呼ぶ――『任侠道』――と。

 

 

 

現代に於いて廃れてしまった古き好き侠気をその身で体現する元次の姿に、冴島は嬉しい気持ちを抑えるので必死だった。

自分を助けてくれた息子のような恩人の成長。

それは元次と同じく義侠の塊とも言える冴島にとって何よりも嬉しい事だったのだ。

 

だが、事態はより深刻な方へ向かってしまう。

 

突如変異を遂げた元次の相方のISもそうだが、更に無人のラファールが動き出すという異常事態。

それまでは優勢を保っていた元次も、遂には3体の猛攻の前に圧されてしまう。

 

「(バゴォオオオオ!!)『ぐがぁ!!?』」

 

「ッ……」

 

「……」

 

テレビ越しに聞こえてくる、鉄と人体のぶつかる嫌な音。

暮桜モドキの繰り出した回し蹴りをモロに顔面へ食らった元次の悲痛な声。

弾け飛んだヘッドギアであるサングラスの奥の、苦悶に歪んだ表情を浮かべる元次の姿。

その姿に、冴島は思わず腰を浮かしかけ、真島は相変わらず真剣な表情でモニターを睨んでいた。

 

――そして。

 

「ッ!?ゲンちゃんッ!!」

 

「『ーーーーーッ!!!?(ガシャァアアン!!)…………ペッ!!(ビシャァ!!)』」

 

「っ……ッ!!」

 

ゼロ距離によるグレネードの砲撃。

幾ら神懸かったタフネスを持つ元次であろうと、その衝撃には抗えず。

画面いっぱいに元次の顔が映し出され、口から大量の血を吐き出す姿に、冴島は歯を食い縛る。

だが決してモニターから目を逸らさず、元次の事を見続けていた。

 

「……ええんか、兄弟?」

 

「ッ……なにがや」

 

と、ここで冴島は自分の兄弟分である真島に、何時になく真剣味を帯びた声音で尋ねられる。

しかし主語が無い言葉と、真島と同じくモニターから目を離せない冴島はぶっきらぼうに返すだけだった。

 

「あの坊主の事や……助けにいかんのかい?……昔のお前やったら、一も二もなく飛び出しとったやろうが」

 

「……」

 

「まぁ普通に考えたら、今向こうに乗り込もうにもIS学園なんて御上の管理しとる場所に乗り込むなんざ一筋縄じゃイカンし、IS相手に生身やなんて自殺もええとこや……せやけどお前やったら、そんなもん関係無いっちゅう感じに乗り込んどる筈や」

 

「……」

 

一般人からすれば無茶も良い所な言葉を吐く真島に、冴島は答えない。

試合会場であるIS学園に何の身分も、それどころか世間からは鼻つまみ者として扱われている極道者の冴島が乗り込む事は不可能だ。

ましてや政府の重要人物も来賓として招かれている今のIS学園の警備は生半可なものではない。

しかしそういった常識を無視してでも、恩人の為に駆け付ける。

それこそが、真島吾朗の知る冴島大河という極道だ。

周りの事情も問題も知った事では無いとばかりに愚直に目的へと向かう。

向かっていなければおかしい程に。

だというのに、冴島は一歩も動いていない。

 

 

 

「――答えろや――――『兄弟』」

 

 

 

そんな義侠心に熱い男が全く動きを見せなかったからこそ、真島は問う。

 

 

 

『何故、お前は動かない?』と。

 

 

 

2人だけしか居ない組長室に、真島の濃厚な殺気が漂う。

テレビを見ているラフな体勢であるというのに、一般人なら泡を吹いて失神する程に濃密な殺気。

千冬や冴島という猛者と同じステージに立つ実力を表す――『狂気のヒート』

真島はそれを無遠慮に兄弟に対して放つ。

 

ことこの問いに対して嘘を言う様なら――殺す。

たったひとつの質問に嘘を吐けば殺すだなんて……と、普通の人は考えるだろう。

しかしこの真島の問いは、それだけの重みがある質問だからだ。

 

一度足を踏み入れた以上、『義理』は貫き通す――それが、2人が兄弟の盃を交わした時の約束だから。

 

そんな思いを込めた殺気を――冴島は受け流す。

手が白くなる程に握り締めながら、しかし冴島の目は真っ直ぐに、テレビを見ている。

 

「……信じとるからや」

 

「……」

 

「あいつは……ゲンちゃんは、負けへん……相手がどんなヤツでも、大事な人の為やったら何処までも強ぉなる男や……」

 

信じている。

肉体的な強さでも無く、精神力でも無く――元次の、意地を貫き通せる”魂”の強さを。

そこには、又聞きするだけでは出来ない、確かな信頼の響きが――真島と冴島が互いに寄せる、”兄弟”の様な”絆”が存在した。

 

そして、その絆は紛れも無い本物なのである。

 

奇しくも今正に冴島が語った言葉は、この同じ中継を遥か遠い地で見ている元次の祖母、鍋島景子の言葉と全く同じだったのだから。

 

「それに例え、今からあそこに乗り込んだとしても……俺があの場所におったとしても――手ぇは出さん」

 

「なんでや?」

 

「決まっとるやろ……これは――”俺”が出張ってええ喧嘩やない」

 

モニターを見続ける真島と同様、一切目を逸らさなかった冴島は、画面の向こうで獰猛な笑みを浮かべる元次へと視線を向ける。

口は切れ、血を流しながらも痛みを感じている素振りすら見せない――たった一人の男を。

 

「『へっ……やってくれるぜ……だが、テメエ等の攻撃なんざ爺ちゃんの足元にも及ばねえよ……そろそろ兄弟の準備も整うだろうし……(ジャキンッ)カタを付けてやる!!』」

 

威風堂々と口火を切りながら、敵へと突き進む元次の姿。

その姿を真剣な表情で見つめながら、冴島は兄弟へ答えを返す。

 

「……これはゲンちゃんが……”鍋島元次っちゅう一人の漢”が、自分の為に……そして、”兄弟”の為に戦っとる……一人の『漢』の喧嘩や。その喧嘩に水差すなんて、たとえゲンちゃんの命の危機やったとしても出来ひんわ」

 

一人の男が、信念を持って挑む喧嘩に余計な茶々は無粋だと、冴島は答えた。

その答えに納得したのか、狂気のヒートを綺麗さっぱり消し去って真島は短く謝罪を口にする。

 

「……そぉか……野暮な事聞いてもーたな……忘れてくれや」

 

「おう」

 

冴島もそれに短く返し、それから2人の間に会話は無かった。

そう、この喧嘩は元次が他ならぬ自らの意思で買った、売った喧嘩だ。

ならその戦いのケジメは、他ならぬ元次自身が付けなければならない。

だからこそ、冴島は見守るだけに留めたのである。

 

「『おぉおおおおおおおおおお!!!』」

 

(ゲンちゃん……お前の想い、しっかり見届けさせてもらうで……お前のドでかい喧嘩の華……しっかり咲かせたれやッ!!!)

 

雄叫びを挙げながら謎のIS三台に突貫する元次の姿を、冴島は真剣な表情で見守る。

自分の命を救ってくれた、年下の恩人の晴れ姿を。

 

 

 

結果的に言えば、元次は途中で気絶したものの、ワンオフアビリティーを発現させて謎のISを駆逐した。

更に土壇場でISだけで無く自らの力量をも跳ね上げ、勝利を収めたのだ。

しかしテレビの画面が変わる直前、地面に倒れそうになっていた所を教師部隊に支えられた所で映像が途切れてしまったのである。

 

 

 

ここで話は冒頭に戻るのだが……。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

2人の男が居る社長室に漂う静寂な空気。

彼等の正体を知る者なら、その重苦しい雰囲気に唾を飲み込み、緊張で乾く喉を潤そうとするだろう。

或いは彼等を知らない者達ですら、この空気に耐え切れず冷や汗を流すかもしれない。

 

 

 

そんな、発火寸前のダイナマイトがあるかの如き緊張感が部屋を覆い――。

 

 

 

 

 

「――ひ――」

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

「――――ひっひひ――ひゃぁっっはははははははははははぁ!!!」

 

 

 

 

 

喜色を含んだ――『狂喜』の声が、部屋の緊張感を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「ッ……兄弟?」

 

「きっひひひ……ッ!!……いぃ~ひっひっひっひっひ……ッ!!おう兄弟ぃ!!」

 

「……なんや?どうしたんやお前?」

 

突然の問いに大して、冴島は怪訝な面持ちで問い返す。

腰掛けていたソファーから立ち上がり、嬉しくて堪らないという感情を隠そうともしない真島吾郎に。

 

――真島は笑っていた。

 

それこそ、愉しくて仕方ない、という程に――笑い続けていた。

 

隻眼の片目は血走り、口元を吊り上げて弧を描く狂笑は、見る者に一つのイメージを浮かばせる。

 

――『魔王』という姿を。

 

この神室町で、誰よりも狂った生き方をする真島が浮かべるこの笑みは、強敵との楽しい戦いをしている時の笑み。

今や『伝説』と謡われる程になった嘗ての弟分、そして目の前の冴島といった強敵との戦いの時にしか浮かべた事が無い。

そんな、普段は浮かべない筈の笑みを浮かべる兄弟分に冴島は怪訝な顔で問い返す。

 

 

 

冴島の表情に少しも機嫌を損ねる事もなく、子供が見れば泣く事間違いなしの表情を浮かべた真島は――。

 

 

 

 

 

「お前ぇ……ずぅうるいやないかぁあああああい!!」

 

 

 

 

 

一転、拗ねた子供の様な表情に変わる。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

無論、そんな兄弟分の唐突過ぎる表情の変化に、幾ら兄弟分といえども冴島は理解が追い付かなかった。

しかし困惑する冴島に構わず、真島は拗ねた子供の様な表情のまま、大仰にテロップしか流れないテレビを指差す。

 

「あんーーな将来有望そーなボウズと喧嘩しとったとか、最近女尊男卑の所為で腰抜けしかおらんくて苛ついとる俺へのあてつけか!?効果は抜群やぞ!!」

 

「いや、何を言うとんねんお前?」

 

冴島は心の底からそう答えるが、真島の表情は変わらない。

寧ろ両手で頭を掻きながら体全体を上下に動かして、まるで子供の様に駄々を捏ね始めたのだ。

 

「あーくそ!!襲われて遭難しとったとか言うからホームレスばりの生活しとらんか雀の涙程度には心配しとったっちゅうのに!!あんな戦い概ありそうなボウズに喧嘩の仕方教えて、しかもご当地料理たらふく食って温泉街も行って、挙句に巨大熊と喧嘩してきたやと!?もうバカンスやん!!一分の隙も無いバカンスやんけ!!しかも最後は育てたボウズと本気のぶつかり合いの豪華オマケ付き!!どこの旅行会社プロデュースや!!端から端まで予約入れたるっちゅうねん!!」

 

「ばっ!!?お前俺がどんだけ苦労したと思うとるんや!?遭難した上に熊には食われそうになるし、泊めてもらって飯までご馳走になったけど、その分労働してきたんやぞ!!温泉行く時に年下のゲンちゃんから金出してもらいとぉ無くて、温泉の無料券もらう為に雪掻き三昧だったわ!!立ち往生した車助けるのに車引っ張り回ったんやぞ!?」

 

自分が大変な目に遭った冬の出来事をバカンスだと言われ、冴島も一瞬で頭に血が昇ってしまう。

幾ら優しい男と言えど、冴島も極道。

その気性の荒さと短気さは、普通の社会で言えば沸点が激低な部類に類される。

今も真島と同じ様にソファから立ち上がり、額と額をぶつけてメンチを切り合ってる程だ。

 

 

 

この二人、沸点の低さはとても似通っていた。正しく兄弟の様に。

 

 

 

「はぁあああ!?アホ抜かせぇや!!こちとら終わらん書類に情けない男共に囲まれて動けへんねやぞ!!毎日毎日代わり映えのせん高いだけの食い飽きた料理……せやのにそこでしか食えんご当地料理に採れたて新鮮ピッチピチな野菜に魚を使った家庭料理ぃ!?しかも外の飯屋も美味い店ばっかりで、挙句にゃ天然温泉で一日の疲れ癒すとか、どんだけ恵まれた遭難やっちゅうねん!!俺も遭難したいわ!!どこでもええからどっかの組襲ってこいや!!ワシも慰安旅行プゥリィ~~ズやぞこらぁ!!」

 

ブチッ。

 

「――おうおう!!そうや!!温泉街の温泉全部制覇したったわ!!海の幸食べ歩きっちゅうのもやったしのぉ!!地元漁師料理っちゅうのも最高やったし、出石蕎麦も滅茶苦茶美味かったでぇ!!地方酒も制覇したわ!!お前ものんびり呑んで食っての田舎旅行行って来いや!!行けるもんならのぅ!!」

 

そして等々、文句と愚痴の止まらない真島に対し、怒りの湧いてきた冴島も自慢で返し始める。

脳裏に蘇る、仕事終わりの温泉に浸かる気持ち良さ。

風呂上りの火照った体で飲むキンキンに冷えたご当地ビールに但馬牛のメンチカツ。

寒い雪掻きの休憩に立ち寄った蕎麦屋で食べる極上の麺と海山の幸がふんだんに使われた天ぷら蕎麦。

民家の雪掻きのお礼に振舞われる郷土料理、鹿肉の絶品とも言える歯ごたえと旨味。

休日に呷るご当地酒の喉越しに、元次や元次の祖母が作ってくれた心暖まるつまみの数々。

そして心を熱くさせる元次との修行の日々。

 

 

――遭難、してた……?

 

 

「こ、こんのぉ……ッ!!上等やないかぁああ!!」

 

そして勿論、兄弟である冴島の自慢に対し、沸点激低の真島も引火。

額を突き合わせてメンチを切っていた状態から一転、ゆっくりと体を起こし、左腕を振り被る。

同じく冴島も体を起こし、右腕を大きく振り――。

 

「だらぁああああ!!」

 

「うりゃぁあああ!!」

 

ドゴォオ!!という鈍い音を互いの顔面から鳴らす勢いで、拳を叩き込む。

所謂ところの『クロスカウンター』である。

勿論そんな勢いで互いの顔面を殴れば、反動で後ろに仰け反る――が、それこそが『合図(ゴング)』だった。

 

「「どおりゃぁああああああ!!!」」

 

ドゴン!!ガツン!!と大きな破砕音が部屋に鳴り響き、ソファやテーブルが舞い踊る。

陶器等の割れる音すらも入り乱れ、部屋の外に待機していた西田は大きな溜息を吐きながら肩を落としていた。

 

「あ~ぁ……ま~たやってるよ……親父も冴島の叔父貴も、すぐ暴れちまうんだから」

 

部屋の中から聞こえる音に『何時もの事』だけどと思いながらも、西田は子分に連絡して清掃用具の準備をする。

更に平行して、自らの親父の部屋に入れ直す家具等の発注先も考えていた。

何だかんだでこの西田も、こういった騒動の後始末に慣れたものだ。

 

 

 

『『きょおだぃいいいいいいい!!』』

 

 

 

部屋の中から聞こえる怒号と破壊音をBGMに、西田はパイプ椅子に座りながら雑誌を読み始める。

 

「ん~……おっ?このアングル堪らねぇなぁ……でへへ」

 

昼間から肌色の多い大人雑誌を読みながら顔をだらしなくさせる西田。

壁の向こうは喧騒、こちらは平穏。

触らぬ親父に祟り無し。

 

 

 

一つ壁を隔てた先の喧騒を何時もの事と流せる辺り、この親父にしてこの子分あり、であった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――元次がVTシステムを完全に撃破したその5分後のとある場所。

 

 

 

――とあるドイツの、これまた人里離れた山間。

 

 

 

山々の重なる美しい山脈風景は見る者を圧倒させる程の光景だ。

そしてその中には、どの登山ルートからも意図的に外された一帯があった。

環境保全と言う名目で関係者以外の立ち入りが禁止され、地形図では急勾配の岩肌に囲まれた窪地となっている。

 

 

 

つまり、登山しない限りは”人の目に触れない”シークレットスポット。

 

 

 

その窪地には、とても貴重な自然――なんてモノは存在せず。

 

 

 

「駄目です!!殆どのサーバーは既に掌握されています!!」

 

「そんなのは分かってるわよ!!何とかしてアクセス権限を取り戻しなさい!!」

 

「し、しかし……ッ!?そ、そんなッ!?」

 

「今度は何!?」

 

「……ガ、ガードロボが暴走……いえ!!全て乗っ取られました!!研究員や警備兵に危害を与えています!!」

 

「はぁッ!?」

 

 

 

存在するのは、現代の技術によって建築された魔王の城(研究所)と――只の『地獄』だった。

 

 

 

けたたましく鳴り響く警報と赤色灯の赤。

コンソールの前に座って忙しなくキーボードを叩く研究員と、その研究員に喚き散らす女。

 

 

 

そして――。

 

 

 

『た、助けてくれ……ッ!!お願いだ……ッ!!』

 

『――』

 

ゴキャッ。

 

『いっ――ぎゃぁああああああ!?』

 

『――』

 

バキッパキキッ。

 

『あげぇえええ!?や、やめでやめでぇえええ!?』

 

「ひっ!?ちょ、ちょっとこれ、何処でガードロボが暴走してるの!?直ぐに他の警備兵を送りなさいよ!!」

 

「け、研究所内だけでなく、敷地内全てのガードロボが暴走!!警備兵も含めて区別なく――”人間”を駆除し続けています!!」

 

研究所敷地内を映す全てのカメラやスピーカーから運ばれる、阿鼻叫喚の絵図と悲鳴の嵐。

四速歩行の多脚式ガードロボによって腕や足をアームで圧し折られる研究者や警備兵達の姿。

涙と鼻水を流しながら痛みに悶える屈強な男性の警備兵。

普段気にも留めなかったガードロボに対して涙ながらに手を組んで許しを乞う女の研究者。

 

『い、いやぁああ!?もう嫌!!嫌ぁああああ!?』

 

『――』

 

ボキッ。

 

『あ゛あ゛あぁああああ!?』

 

ベキベキッ

 

『ぎゃぁあああああああ!?やだやだやだぁあああああ!?』

 

そして、それら全ての許しを解さず、只々作業的に相手の四肢を砕くガードロボ。

当然である――彼等に感情は存在せず、只”命令”された仕事をこなしているだけなのだから。

四肢を砕かれた痛みに絶叫する女の研究者を意にも解さず、ガードロボはその女性の足をアームで掴んで引き摺る。

 

『あ゛あ゛あぁああああ!!痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいい!!』

 

砕かれた骨が肉に、神経に突き刺さる叫びも、間接とは逆向きに捻じられた叫びも知ったことかと無言で引き摺るガードロボ。

やがてその女性の絶叫だけをスピーカーに残したまま、ガードロボと女性はカメラから姿を消す。

 

「ど、どうなってるの!!ガードロボは何をしてるの!!」

 

「意図までは分かりません!!マップでは、無力化した者達を全員輸送トラックに放りこんでいますが……ッ!!」

 

「くそ、くそ、くそぉ……ッ!!後は量産するだけだっていうこの時に……ッ!!」

 

女性の方は階級が高いのか、上等なスーツに身を包んでいるが、髪を振り乱して喚くその姿は正に醜悪そのもの。

研究所内部を映すカメラとは別の”あってはならない”画像が写しだされたモニターを見て憎々しげに呟く。

後もう少しで、全てを掴む筈だったのに……ッ!!と、未だ泡沫の夢となった栄光に想いを馳せるこの女は、とても醜悪な顔だ。

彼女の本来の予定では、研究の成果を纏めた理論と――遠き極東で行われた『学年別トーナメント』の稼動データで完成。

そのデータを基にとあるプログラムの完成系を形にして”とある組織”へ提出。

 

行く行くは秘密裏ではあるが、その功績で自らはドイツの『英雄』になり、富を、権力を、力を掴む――筈だったのだ。

 

だが、その全ては今正に全て崩れ去ろうとしている。

女は高級ネイルサロンで手入れしたであろう爪をガリガリと噛みながら口を開いた。

 

「今すぐに何とかしなさい!!このままじゃ撤収もままならないじゃないの!!」

 

研究所内部で現在進行形で起こる異常事態、即ちハッキングによる攻撃だ。

それに対応できない男の研究者に対する苛立ち。

やはり男は使えない、と男性軽視の思考に染まった女は舌打ちをする。

 

 

 

「む、無理に決まってるじゃないですか!?相手は――あの『篠ノ之束』なんですよ!!?勝ち目なんてあるはずが無い!!」

 

 

 

そして、そんな上司からの言葉に、男性の研究者は振り返りながら叫ぶ。

既に絶望の淵に立たされた男性が指差すモニターの画面。

 

 

 

――大画面の中央に堂々と映る黒色の『ウサミミマーク』のシンボルが、この騒動の元凶を表している。

 

 

 

ウサミミマークの額横には、怒りを表す赤いバッテン。

デフォルメされたそのマークは大変愛らしいが、起こしている騒動は地獄絵図そのもの。

 

 

 

既にこの研究所の全てが――怒りに燃える束によって掌握されていたのだ。

 

 

 

「うるさい!!これだから男は使えない……ッ!!何とかするのがあんた達の役目でしょうが!!」

 

と、世紀の大天災相手に勝てと無茶を言いながら、女は苛立たしげにモニターを睨む。

だが睨んだ所で状況が好転する筈も無く、研究所内部の惨劇は繰り返されていく。

 

 

 

――この秘匿された場所に聳え立つ研究所は、正に”ドイツの闇”を煮詰めたかの様な研究所だった。

 

 

 

人体実験や人造人間の製造など、道徳に喧嘩を売り続ける闇のラボ。

そのラボの主人面をしているこの女性は、正に童話に出てくる悪い魔女そのものだ。

まるで全ては束が悪いとでも言いたげな視線をモニターに向ける、束の恩恵に縋る(ISに乗れる)だけの矛盾を孕んだ女。

この人類の悪を煮詰めたかの如き場所に居座る女は、その通り『屑』と呼べる人種だった。

 

――全ての発端は、第二回モンド・グロッソ。

 

織斑一夏の心に今尚、暗い影を落とす発端となった事件……一夏の誘拐事件だ。

いや、厳密に言えばISが登場した時点でラウラ・ボーデヴィッヒの様な試験管ベイビーの製造に着手していた点では、ドイツそのものの闇ではある。

しかしこの女が主導で行った実験は、更にその上を行く外道だった。

何せ今回の件の発端である第二回モンド・グロッソ以前の実験ですら、聞く者が怒りに震える所業なのだから。

 

ラウラが左目に施された擬似ハイパーセンサーとも言える越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)

 

眼球へのナノマシン移植処理は理論上では危険性は一切無く不適合も起きないと言われていた。

しかしラウラや他のドイツ軍部が受け取ったこの時の情報は、全ての『臨床実験』が終わり、安全が確認された後の結果だけだ。

では、その臨床実験を受けた他の試験管ベイビー、つまりはラウラの姉妹達はどうなったか?

結果はラウラ以上の重大な暴走――失明や脳の処理限界を超えて廃人――凄惨たる人道に反した行為。

 

それをこの女は「駄目な在庫の有能な使い方」として推奨したのだ。

 

戦闘等に耐えられず、ISの適正が低く、表に出る事の無かった試験管ベイビー達はどうなったか?

軍部の糧にならないと、有能性が無いと、生み出されて後に烙印を押され、人としてすら認められなかった幼子達の存在。

この女はそこに目を付けたのだ。

この秘密裏に建てられた研究所内部で女王の如く振る舞い、用済みとなった試験管ベイビー達を『廃棄』し続けた。

あってはならない行為――だが、それが姉であり軍で活躍するラウラの能力を千冬の指導の後にではあるが、切り札として使用できる能力の礎となったのは皮肉以外の何者でも無い。

 

 

 

――そして、千冬が一夏捜索の借りを返す為にドイツ軍の教導を受けた時――悪意は加速した。

 

 

 

元々、第一回のモンド・グロッソの後に開発、研究が成されたValkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)

過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステム。

パイロットに「能力以上のスペック」を要求するため、肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれる。

余りにも非効率・非人道的だった為、現在あらゆる企業・国家での開発が禁止されていた代物だ。

 

更にこの時まで、第一回モンド・グロッソの優勝者である千冬の稼動データもそこまで揃っておらず、余りにも旨味の無いシステムだった。

 

しかし千冬が教導に来た事で、再びこのプロジェクトが胎動する。

正に千載一遇のチャンスが訪れたと確信したこの女は、VTシステムの『アップデート』に乗り出した。

この女は千冬が帰国するまでの一年間、どんな些細な事柄でも軍部にデータを要求し、過去までの千冬のデータを上乗せしたのだ。

千冬の癖や自己鍛錬の風景等のデータや第二回モンド・グロッソでの棄権した決勝戦以外のデータまで、ありとあらゆる全てを。

 

しかも千冬が主に教導を請け負った部隊は、ドイツ軍IS配備特殊部隊SCHWARZER・HASE(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 

通称「黒ウサギ隊」と呼ばれる、ドイツ国内にある10機のISのうち3機を保有している、名実ともに最強の部隊だった。

当然、訓練も苛烈を極め、千冬の教導は実演を加えた実に内容の濃いモノである。

それは全て、この女にとっては知恵を与えてくれる禁断の果実に等しく、女は嬉々としてそれらを貪った。

そして国内のISの一機を軍部より回して貰い、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の試験後に更に生まれた試験管ベイビーに、彼女は手を伸ばした。

 

肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれるVTシステムの臨床試験すらも、この女は試験管ベイビーを利用したのだ。

 

VTシステムを作動させる機動キーの設定環境。

 

どのぐらいの時間の稼動でパイロットが死に至るのか?

 

最大戦闘可能時間はどのぐらいか?引き伸ばせるのか?パイロットの最低条件能力は?

 

 

 

結果として彼女のプロジェクトで生まれたVTシステムは各国の中でも抜きん出た性能を誇る事に成功。

 

 

 

――そして、学年別トーナメントから数える事、半年程前……彼女にある『組織』が接触してきた。

 

 

 

相手は組織の名を明かす事無く、VTシステムの発展型――Valkyrie Trance(ヴァルキリー・トランス) Form System(・フォーム・システム)(以下VTFシステム)の雛形を彼女に渡した。

 

 

 

既存のVTシステムに混入させる事で戦いの中で相手の技をコピーし、千冬のデータに適合させて技を覚える。

学習したデータを基に形すらも最適化させた上で、より完璧な対処法を蓄積。

あらゆるIS・パイロットに優位な戦闘能力を会得し続ける――進化し続けるシステムだ。

その組織はこの雛形を彼女に渡す際に、条件を付けた。

 

曰く、既存のVTシステムの中でも最高の性能を誇る貴方のVTシステムにこのシステムを混入させ、システムそのものを完成させて欲しいと。

 

その研究や実験に掛かる費用は全て組織が負担する。

更にドイツ軍への圧力や隠蔽すら請負い、成功の暁には莫大な資金と、組織内の幹部のポスト。

その成功報酬に今よりも高いドイツ政府内部の権力的地位や、各国政界に対するパイプ等のバックボーンの紹介。

 

彼女からすれば、飛び付かない奴は馬鹿だと言えるほどに魅力的な条件だった。

 

どうして秘密裏に研究していた筈のVTシステムの詳細を知っているか、といった疑問を、彼女は問題視しなかった。

それだけ、VTFシステムが魅力的であり、達成条件に目が眩んだとも言えるが。

裏社会の組織なら余程の力があり、ドイツ軍にもスパイが居るのだろうと、軽く考えはしていたのだが、彼女にとっては瑣末事。

自分の事を『世紀の天才』だと言われ、気分が高揚していたのもあるだろう。

 

成る程、私を選ぶとは本当に運が良い……この私が、篠ノ之束を越える”天才”たる私が貴方達の要望に応えましょう。

 

そう自信満々に組織の特使だという『金髪の咽返る様な色気の美女』に言葉を返し、彼女は更に研究に力を入れる。

自分は天才なのだから、必ず出来る。

そう自信満々に研究に挑む彼女は――試験管ベイビーの少女達の姿を見て微笑んでいた。

 

 

 

そしてラウラがIS学園に入学する1ヶ月前――VTFシステムは、その産声を挙げてしまう。

 

 

 

IS学園に向かうラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンの中で――覚醒の時を待ちながら。

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

研究所内の試験管ベイビーは――誰もいなかった。

 

 

 

 

 

そして、クライアントの依頼通り、VTFシステムは学年別トーナメントでその全てを晒す。

しかも対戦相手は、女が唾棄すべきと言って憚らない”男”が二人。

一人はラウラと同じチームではあるが、暴走すればどの道、敵味方の区別無く全員を葬るだろうと、女は嗤っていた。

前座のVTシステムが起動した時の研究所職員達の真っ青な顔は、正に滑稽の一言だ。

彼女以外の者たちはシュヴァルツェア・レーゲンに積むだけで稼動データの取得が目的だと聞かされていただけに、起動しただけで予想外。

よもや全世界への生放送の試合の最中で起動する様な自殺行為をする等と予想出来る筈も無いのだが。

 

このままではIS委員会の査察によって、全ての実験の存在が明るみに出てしまう。

 

それを防ぐ為に全ての研究成果の撤収及び破棄を命じながら、女は一人ほくそ笑む。

 

なんの事は無い。全ては周到に計画された只の喜劇。

研究が明るみに出て明日をも知れぬ身となった他の研究者達と違い、女には既に栄光への切符がある。

VTシステム及びVTFシステムのデータは既に彼女の端末に移動済み。

現在の稼動データも逐一端末へ転送されている。

 

後はこの実践で得たデータと完成型のVTFシステムのデータを手土産に、組織に迎えられる。

 

一時身を潜め、後に組織のバックアップを得てドイツの政界へ乗り出す。

 

全ての栄光はもう直ぐ――最早隠しきれない程の笑みを浮かべながら、女はモニターに目を向けていたのだった。

 

自身の最高傑作であるVTシステムが男性IS操縦者の一人である鍋島元次にこれでもかと痛めつけられ怒り心頭だったが、VTFが起動すると戦況が一変。

成すすべなく吹き飛ばされた元次の姿に溜飲が下がる思いだった。

 

だが、ここで女の予測もしなかった出来事が起こる。

 

VTFシステムが起動したレーゲンが、パイロットの居ないISを再起動。

更にその二台のISを従えて元次に襲い掛かったのだ。

元次の心配など欠片も無い女だが。彼女はこの予想外の展開に笑みを浮かべていた。

 

この副二効果は予想できなかったけど、これならまだ要求を跳ね上げられそうね――と。

 

最初に開示された報酬が更に上がる、とほくそ笑む魔女。

彼女は思う――何れは世の無能な男達だけじゃない。

ISに乗れる”だけ”の低脳な女たちすら、何れ自分に跪く事になるだろう、と。

そう――あの織斑千冬も、篠ノ之束すらも、私には及ばない――と。

 

 

 

――だが、それは全て覆される事になる。

 

 

 

偶々偶然、ISに乗れただけの――そう思っていた元次に、偶然にも現れた2機のISが潰され――。

 

 

 

たかが世界最強の弟、というだけの肩書きの――そう思っていた一夏に、VTFシステムを発動したレーゲンが両断され――。

 

 

 

「『ハァ――俺の手で……地獄に落ちろ!!!』」

 

 

 

再び女の予想だにしなかったレーゲンの復活体すらも――野獣によって蹂躙され、終止符を打たれたのだ。

他ならぬ元次の手で、VTFシステムのコアを内部より引き摺りだされ、その豪腕に砕かれた事によって。

自らの研究成果をモニター越しとはいえ、眼前で砕かれた時の女の表情は、正に筆舌に尽くしがたい程に醜悪に歪んでいた。

撤収作業で所内が引っ繰り返った様な騒ぎの中、女は自らのスーツに爪を立てて握り締める。

 

このままでは済まさない……何れ必ず、私の手で殺してやる……ッ!!

 

煮え滾る様な怒りと殺意を胸に、女は端末を回収して、撤収作業を尻目に外へ向かおうとした。

指定されたポイントで待っている筈のクライアントにデータと己を回収してもらう為に――。

 

 

 

ここで話は冒頭に戻り、女が研究所から出ようとした瞬間に、研究所のゲートが閉鎖。

 

 

 

メインシステムルームのモニターにウサミミのマークが鎮座し、所内のアラートが警報を鳴らした。

突然の”天災”に見舞われた職員達は呆然としていたが、それを意に解す事も無くメインサーバーが陥落。

更に乗っ取られたガードロボによって――”人間狩り”が始まったのだ。

 

「……も……もう、駄目だ……――う、うあぁああああッ!?」

 

「な!?ど、どこへ行くのよ!?戻りなさい!!」

 

と、束のハッキングに手も足も出ず、他の職員達が四肢を折られていく光景に絶望したのだろう。

先程から女に叱責されていた男性が叫びながら走り出し、システムルームから出て行く。

止める女の声すら無視して悲鳴を挙げながら一人が逃げ出す。

 

「「「…………」」」

 

そして、その恐怖は伝染し――。

 

「う、うわぁああああ!?」

 

「い、いい、急げ!!逃げろぉおおおお!!」

 

「はぁ!?」

 

集団心理が恐慌状態へと陥る。

 

ドタドタと、他の職員達も出口へ殺到して逃げ出した。

誰も敵わない世界が認める”天災”の襲撃。

そして無慈悲に人間を狩り続ける鋼鉄の執行者達の存在。

全てが心身にストレスを与え続けた結果、まるで倒壊する家からネズミが一斉に逃げ出すかの光景が生まれたのだ。

男女の区別無く全ての職員が逃げ出し誰も居なくなる。

シンと訪れた静寂の中、女は呆然としていた表情に憤怒を浮かべていく。

 

「んの……ッ無能共がぁ……ッ!!屑の分際で、この”天才”たる私を見捨てるですって!?恥を知りなさい!!」

 

醜悪な表情で聞くに堪えない言葉を吐き捨てながら、行き場の無い怒りをコンソールに叩き付ける。

世間一般で言えば美人な部類に入る筈の女は、正に醜女と呼ぶに相応しい形相だ。

 

「何も出来やしない無能()に、たかがISに乗れるだけの低脳()が!!人類の宝である私を放り出すなんて……ッ!!」

 

『あーあー。やっぱゴミカスの言葉は聞くに耐えないねー。自分の存在価値を履き違えるとか失笑ものだよホント』

 

「ッ!?」

 

と、誰も居ない筈のシステムルームに女以外の声が響く。

この場に居ない……元次からすれば甘いキャンディを思わせるとろとろの声……それが成りを潜めた冷たく鋭い声。

最早人間の声では無く、いっそ無機質な声とすら表現できる平坦さ。

果たしてそれは、システムルームに備え付けられたスピーカーから鳴り響いていた。

 

「し、しの――」

 

『黙れよ』

 

スピーカーから聞こえる声――束の声に声を出そうとした女。

だがそれは、ピシャリと束のたった一言によって止められてしまう。

 

『無価値な有機物の声なんて聞きたくも無いし聞く必要も無いんだよ。ゴキブリはゴキブリらしく隅っこで大人しくしてれば良いのに、無駄に子供増やして調子付いちゃってさ。束さんのISに這い回ってあんな不出来で不細工なシロモノ載せるとか極刑モノだよ。何ちーちゃん侮辱してんの?生きてるんじゃなくて”生かしてもらってる”のがまだわかんないのかよ』

 

「……ッ!!」

 

『オマケに自分を天才と勘違いするとかさ。なんなのオマエ?所詮さ……あ~、試験管ベイビーだっけ?生み出された命を使い潰さないとあんなモノすら造れないとか、臍で茶を沸かすレベルの滑稽さだね』

 

流暢に、それでいて反論を許さない無機質な声で紡がれる罵倒のオンパレード。

聞く事しか出来ず、自身の最高傑作を不出来とまで言われた女はせめてもの意趣返しにウサミミマークを力強く睨む。

それぐらいしか許された反抗は無かった。

 

――だが、女は勘違いをしていた。

 

束が直々にシステムを攻撃してきたのは、自身が認められないシロモノを造ったからなのだと。

だから、まだ遣り様によっては逃げる事が出来る――と。

そんな――そんな”甘っちょろい”考えしか持てなかったのが女の最大の過ちだった。

 

篠ノ之束は間違い無く――過去最大のレベルで”キレ”ていたのだから。

 

『しかも――束さんの夢の結晶(IS)で束さんの夢を護ろうと、束さんの事を理解してくれた、大事な、だいーじなゲン君に傷を負わせるとか――オマエ、楽になれる(・・・・・)と思うなよ?』

 

「……な」

 

「「「「「ぎゃぁああああああああああ!!?」」」」

 

何を、と問おうとした女の耳に、痛みにぬれた叫び声が木霊した。

女を放置してシステムルームから逃げ出した他の研究者達の声だ。

続いて、ボキボキと固いナニかを圧し折る破砕音も聞こえてくる。

 

「ひっ!?」

 

その悲鳴を聞いて短く、つんのめった声を上げる女。

やがて、悲鳴と破砕音が鳴り止んだので、職員達が出て行った部屋の出口に目を向ると――。

 

『『『『『――』』』』』

 

ガシャッガシャッ

 

赤く光るモノアイを自分に向ける――10数台のガードロボを、見つけてしまった。

更にその中央に、明らかに自分達の作ったとは思えない浮遊する丸いロボが何体も居るではないか。

 

「あ……あ、ぁ……」

 

最早絶望的な光景に声も出ない女。

だが、そんな事知るかと言う具合に丸いロボの一台が近付き――その中央からノズルが飛び出す。

先端にあるのは――ボールペン程の大きさの飛び出すナニか。

 

ドシュッ!!

 

「いぎ!?――あっ、ぎぃいいいい!?」

 

そして、その先端部分が勢い良く発射され、女の首筋に刺さる。

その痛みに短く悲鳴を挙げた女だが、その瞬間、まるで耐え難いナニかが流れ込んでくる感覚に襲われた。

女に刺さった部品から何かの液体が注入されているのだ。

 

「あ、ぎゃ……ッ!?」

 

『束さんの大事なゲン君やちーちゃんを侮辱して傷付けたゴミカスなんて、殺して解して並べて揃えて、下水の底に晒してやりたい――けど、ゲン君との約束だから、束さんは殺さないでいてやるよ――その代わりに地獄を見せるけど』

 

「ひ、あ――」

 

『オマエなんかには勿体無いけど、ゲン君の言葉で束さんが納得出来る、お仕置きの方法があったんだよ――『この世には死ぬより辛い生き方があるのを、その体に教えてやる』ってね――じゃーね、有象無象。これ以上はリソースの無駄だから後はその子達に遊んでもらいな』

 

ボキボキベキィッ

 

「あぎゃぁああああ!?」

 

束の言葉がスピーカーから聞こえなくなったと同時に、動けない女にガードロボが殺到。

四肢の先端である手の指を順繰りにアームで掴み、関節とは逆向きに捻り、圧し折り始めた。

その念の入れ様は、指が全て逆向きに、まるでロールケーキの様になるまでしっかり巻き折る程だ。

 

しかし、それだけの事をされても、女は痛覚から送られる激痛で気絶する事は無かった。

 

尤も、その痛みの所為でそんな事に頭が回る筈もなく、女は只悲鳴を挙げる。

 

「や゛、やめでぇ!?いだぁいいいい゛!!」

 

恥も外聞も無く、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で懇願するが、誰も聞かない。

彼等は人間では無いし、聞く必要もないから。

 

ペキベキベキベキィッ

 

「あ゛あ゛ぁあああああああああああああああああ!!?」

 

ガードロボは無慈悲に、只命令に従って、女の腕を圧し折る。

悲鳴を煩わしく思う機能すら無い彼等は、黙々と腕を折り続けた。

丹念に、1センチ感覚でアームで掴んだ骨を曲げ、砕き、間接という間接、骨という骨を粉砕し続ける。

やがて出来上がったのは、四肢が蛸の様にグニャグニャになった軟体動物の様な有様の女。

 

涙を流し、失禁し、脱糞した女は、只呟く。

 

「……して……ろして……殺してぇ……」

 

痛い、死ねない、気絶できない。

 

女は正に、地獄を体験していたのだった。

 

そんな彼女の願いに――答える者は誰も居ない。

うわ言の様に殺してと呟く彼女の目に映るのは、無機質なモノアイのみ。

只黙々と武器を換装し、キュイィイイインと高速回転する丸鋸を取り出す束の送り込んだロボ。

高速回転する鋸は、まるで元次のオプティマスのエナジーソードの様に真っ赤に熱されている。

更に他のロボも、鋭利な刃物で構成された三本爪やバーナー、明らかにナニカの『卵』で満たされたポッドを取り出す。

束のロボに注入された『ナノマシン』の影響で丈夫になった変わりに、死ねず、気絶できなくなった女は悲鳴を挙げながら悟る。

 

 

 

――地獄は、まだ始まったばかりだったのだと。

 

 

 

――この数時間後、研究所は爆破され、コンピューターのデータは全て失われた。

更にネットワークから発信された束お手製のウイルスによってドイツ軍のコンピューターも感染。

後ろ暗い実験のデータも、試験管ベイビーの製造法も、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)のデータも――VTシステムの全ても。

更にこの研究所に勤めていた職員達は、自動制御された輸送トラックにて運ばれ、研究所から離れた場所で発見。

全員、四肢を砕かれているという重傷者ばかりだったが、その中でもこの研究所の所長は、悲惨の一言に尽きるほどだった。

 

四肢を切断され、目を刳り貫かれ、耳を削ぎ落とされ、舌は言葉を発せ無い様に焼かれていた。

 

歯は全て抜き取られ、モノを噛むのは不可能。

 

――正直”生きている意味が無い”程の状態だった。

 

恐らく彼女は今後、何の楽しみも無く、誰にも意思を伝えられないだろう。

 

外界から遮断されて、最早何も出来ない――死ぬよりも辛い生き方をせねばならない。

 

そしてこの事件の首謀者が世界を股に駆ける”天災”の仕業である事を理解し、ドイツは口を閉ざす。

全ては非人道的な実験をしていた後ろ暗い場所で起きた出来事。

 

 

 

 

 

誰の口からも表沙汰には出来ない――悪の城が滅ぼされただけなのだから。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――少しばかり時間を遡り、元次と束が夕食を共にした日の放課後。

 

 

 

 

 

異例の異常事態が起きたものの、世界中での生中継という状態を鑑みたIS学園の学園長は日程を少々変更する形で対応した。

本来、一年生という原石の中から更に耀きを放つダイヤを選定する為の重要なイベント。

故に学園は元次が戦ったISの処遇については後日という形にし、最初の一回戦のみを執り行う事となったのである。

そうする事で各国に対する生徒達の最低限のアピールの場を作りつつ、イベントの早期終了を決定した。

 

「ふむ……とりあえず全体的に今年の一年生は粒揃いですな」

 

「ええ。まだ一学期の段階で、既に二年生に追い付きそうな生徒がちらほらと居ましたね」

 

「代表候補生で専用機持ちでは無い生徒も、訓練機で充分な成果を挙げていました」

 

IS学園のアリーナのとある一室。

そこは各国の高官や企業の代表者に割り当てられた専用の観客席だ。

彼等は先ほどまで眼下で繰り広げられていた試合に関しての意見を交換し合う。

表面上は普通の会話にしか聞こえないが、水面下では誰に勧誘を持ちかけるべきか?という激しい腹の探り合いが繰り広げられている。

しかし去年よりは豊作だ、と言っていた高官の一人だが、表情は少し面白く無さそうな色を浮かべていた。

 

「確かに、粒揃いなんだが……しかし、なぁ……」

 

「ははは……まぁ、仰りたい事は分かりますよ」

 

「ほう?では貴方達もですか」

 

「えぇ。やはり、それだけ強烈な印象があったという事ですね」

 

と、一人の高官の呟きに周りの起業代表者や他の国の高官が引き寄せられる。

彼等の脳裏に浮かんでいるのは、紅蓮の炎と共に蘇った一匹の猛獣の姿だった。

 

「鍋島元次……確かに、見た目はかなりのものではありましたが……」

 

「よもやアレほどとは、ここの誰もが思い至らなかったでしょう」

 

「ええ。それにあれだけの試合を一回戦で見てしまうと、どうしても他の試合が物足らなく感じてしまいまして……」

 

恥ずかしそうに頬を掻く高官の言葉に、視線を向けていた誰もが頷く。

彼等が話しているのは言うまでも無く、今回の大会で一番に目立った元次の事だ。

今年になって現れた、男のIS操縦者というだけでもイレギュラーな事態。

しかしそれを凌駕して刻み込まれたのは、元次の異常とも言える戦闘力である。

 

「荒々しく、ISの戦闘術としては型破りで粗雑な動きでしたが……いやはや、こういう事を言うのも恥ずかしいんですがね……ゾクゾクしましたよ」

 

「あー分かります。年甲斐も無くこう、胸に来るといいますか」

 

「格闘技の試合を観てるのとは違う感じでしたね……本物の、ルール無用の『喧嘩』を魅せられた気分です」

 

「喧嘩は漢の華だ、と堂々と彼も言ってましたな」

 

思い出す、等という生易しい感覚では無い。

正しく本能に刻み込まれたとすら言える程に、元次の喧嘩は強烈だった。

教本に載った基本の動きでは無く、全てが元次の本能による戦い方。

それは彼等がこの女尊男卑の時代になる前の、男達がそうあった時代を彷彿させた。

 

「専用機持ちとはいえ、2対1での圧倒的な動き。しかも相手も専用機」

 

「それを2機相手取っての大立ち回りで一蹴する様は、とても素晴らしかったですなぁ」

 

「それどころか、あの謎の現象を起こしたIS3機に対して一歩も引かず、友を守るとは……」

 

「間違っても彼とは敵対したくないですね」

 

企業代表の若者の言葉に「違いないですな」と言ってコロコロと笑う高官や他の企業代表達。

戦い方だけにあらず、元次の気性の荒さを身体で感じた日の夜など、恐怖で眠れなかったのを誰もが覚えている。

 

――しかしそれ以外にも、男達はある”熱”を感じていた。

 

強大な敵を相手にしてボロボロになりながらも、友を守る元次の姿に――『侠気』とも言える熱い感情を。

その穿たれた熱が、彼等からこの瞬間に毒気を消し去っているのだ。

政治的地位や立場を超えて、彼等は童心に帰ったかの如く笑い合って話をしていた。

元々、男達はこの時代に生まれた男性のIS操縦者である二人に対して、男の地位の復活という願いを賭けている。

その一方で二人の身体を徹底的に研究して、男性のIS操縦者を増やそうとする野心に燃える男も居た。

そういった人道に反する行為を望む者達の目的は単純。

 

女達を屈服させたい。

 

自分達をぞんざいに扱う女達に復讐したい。

 

そんな身勝手な理由で元次達を狙っている。

しかし彼等男性陣は、一夏と元次に手を出す愚かさの代償を知っていた。

今年の4月に元次を確保しようと先走った高官の一人が、それはもう無残な姿で病院に搬送されたのである。

更に篠ノ之束からの本気の警告、いや脅迫とも言える言葉が政府に届けられ、男性高官達が揃って顔色を真っ青にしたのは記憶に新しい。

折悪く女性高官が居ない時の話だった為に、彼女達はそういった類の話を知らずに、女性権利団体を通じて元次に嫌がらせの手紙を毎日の様に贈り付けている訳だが。

しかもIS学園生徒の家族に女性権利団体の一員が居る事もあって、元次の言動等は女性権利団体に届けられている。

更に本音を苛めた女生徒に対する言動や見下した態度を聞いて女性権利団体の団員達は皆、元次の事を蛇蝎の如く嫌っていた。

 

しかし考えた事は無いだろうか?

 

例え男の話を聞かない女性権利団体であっても、誰か女性の遣いを送れば話くらい聞けるだろうと。

 

実際、その通りではある。

 

女尊男卑の思考に染まった女性達でも、同じ女性であれば話も聞かず無碍に追い返す事はしない。

 

にもかかわらず、未だに政府が女性権利団体に使者として送っているのは毎回、男性なのである。

 

そして使者として向かうものの、門前払いされてすごすごと帰ってくる事を繰り返す。

 

何故この様な同じ対応を続けているのか?

 

 

 

この同じ事を繰り返している無駄な行為こそ、実は男性政府高官達が共同で執り行っている『策』なのだ。

 

 

 

知っての通り、女性権利団体は元次と一夏、引いては男という存在を自分達の奴隷だとしか考えていない。

そんな奴隷という分際でIS界へ進出してくる等と、彼女達が耐えられる筈も無かった。

だからこそ排除したいという思いが募っていたが、彼女達は最初に現れた男性である一夏に対し、行動を起こす事を躊躇った。

自分達は偉いから、権力があるからと何でも好き放題にしてきた彼女達が今更何を戸惑ったというのか?

それこそ表沙汰にはされていないが……女性権利団体の上層部の何人かは人を殺した者すら居る。

そういった犯罪の記録すら抹消できる権力に酔い痴れた彼女達ですら、一夏に手を出す事を躊躇われた。

 

その理由は主に2つある。

 

一つは、一夏の身内に高過ぎる壁が2つ存在するという事。

 

一人は言うまでも無く、初代ブリュンヒルデにして世界最強の呼び声も高い織斑千冬の存在。

彼女達と同じ女性にして、今という時代で『女が強い』という代名詞を地で行く、全ての女性達の憧れの的だ。

勿論、団体に所属している女性達も千冬を崇拝している面々が多々居る。

そんな千冬の『家族』に手を出す事がどれ程愚かしい事か?

それは権力に酔った彼女達ですら理解できるくらいには、凄惨な結末を迎えるであろう。

 

更にもう一人、それはこの女尊男卑の世界を構築した(歪んだ解釈)ISという『兵器』の開発者である篠ノ之束。

 

世間には人間嫌いで通っている束に身内と認められる程に仲が良く、付き合いが深い。

更に言えば、束は千冬の親友であり、千冬に乞われれば束は即座に全面的な協力を申し出る程。

そんな二人の人外を敵に回す程には団体の上層部も馬鹿では無く、一夏への殺害や脅迫は全面的に取り止められた。

 

 

 

そしてもう一つの理由は……一夏が『イケメン』であるが故である。

 

 

 

実際ここまでの話でいくと、女性権利団体の人間は男を嫌っている事に間違いは無い。

中には同性愛に奔り、男という存在の必要性は無いとさえ考える最右翼すら居る程だ。

しかし誤解して欲しくないのだが、彼女達にも当然、女としての、いや雌としての本能というモノがある。

 

それ即ち――下世話な話だが、性欲である。

 

ここで言う彼女達の性欲だが、当然の如く男に身を任せるつもりは一切無い。

要は自分の欲望を満たしたいが為の道具と割り切っている。

しかも彼女達には、権力者が所有する者は一流で無ければならない等という狂った概念があった。

言うなれば一夏は、彼女達の性欲を満たす以前の、連れて歩いても恥ずかしくない顔という面にヒットしていた。

いやそれ所か、他の者に自慢すらできるであろうと。

 

 

 

つまり一夏はイケメンであるが故に、女性権利団体の者達の魔の手から逃れる事が出来たのであった。

 

 

 

しかし別の意味での魔の手は当然の如く管を巻いて待ち構えている。

既に女性権利団体の何人かは一夏を己のモノとすべく、幾つかの策を画策している程だ。

中には攫ってしまおうという危険な輩も居たが、直ぐに千冬の存在を思い出して止めるに至った。

他には千冬と良好な関係を築いて政治的優位なパイプを作りつつ、一夏をモノにしてしまおう等。

 

 

 

更に尖った千冬の狂信者等はもう一つ危険だった。

 

 

 

曰く、『男が千冬様の傍に居ては千冬様が穢れる』

 

曰く、『千冬様を血という忌々しい鎖で絡めるあの男を殺して、千冬様に真の自由を』

 

 

 

といった危険な思想を振り翳し、一夏の身を狙っている程だ。

だがここまで行き過ぎた狂信者は数が少ないのが一夏にとって幸運だったらしく、まだ表面的な動きは見せていない。

それに一夏を手に入れようとする女性達に押し止められているので、一夏の身は暫く安全だろう。

 

 

 

と、今現在まで嫌がらせを受けていない一夏ですらこういった思惑が渦巻いている程だったりする。

 

 

 

では、彼女達女性権利団体から本当の意味で目の敵にされている元次はどうなのか?

 

 

 

はっきり言ってしまえば、元次という存在は彼女達にとって『第一級殺害対象』という扱いである。

 

 

 

断っておくと元次もはっきりと言えるイケメンでは無いが、それでも顔は整っている方だ。

では何故、一夏とこうも扱いが違うのか?

 

それは偏に、鍋島元次という存在が『男らし過ぎる』という一言に尽きる。

 

前述で述べたが、彼女達は基本的に男性よりも優位に立ちたいというスタンスの元に成り立っている集団だ。

そんな彼女達にとって昔の『強い男』を身体で表す元次は、拒否反応が出るレベルで度し難い存在だった。

高い身長に筋肉の盛り上がった、骨太で益荒男らしさ抜群の肉体。

粗野で凶暴な笑みを浮かべる無骨な貌と、お世辞にも綺麗とは言えない言葉遣い。

その暴力性を現し、彼女達からすればまるで原始人の様な野蛮さをもつ傷だらけの拳。

女をまるで物の様に抱えて攫う事を平気でやってのけそうな、丸太の様な腕。

 

その全てが、彼女達にとっては目に入れるのも拒否する程であった。

 

故に、彼女達は手紙での嫌がらせに始まり、中に火薬や剃刀を仕込むという悪質な手段を多々用いている。

そのほぼ全てが学園側に握り潰されている事を忌々しく思いつつも、それを決して止めなかった。

元次が外に出るという情報が学園の生徒で団体の同士からもたらされると、隙あらば殺害を決行しようとしてすらいる。

 

 

 

しかしここでも疑念が残ると思う。

 

 

 

男を奴隷とする事、そして先の一夏の話でも出たが、権力者が所有する者は一流で無ければならない等という狂った概念。

 

この2つに元次は当て嵌まっているのではないか?

 

元次の戦闘力、そして見る者を畏怖させる強靭な肉体。

 

見た目でのインパクトもさることながら、何よりも希少価値があるのは一夏と同じ様にISを操縦できる。

 

それならば殺害するよりも、自らの奴隷として使役できれば、『私はこの化物を飼い慣らせる』と言う箔が付く。

 

その方が自慢になるのでは?

 

 

 

――その答えは彼女達自身が、いや彼女達の『本能』が既に知っていた。

 

 

 

彼女達は、元次に恐れを抱いていたのだ。

 

今回の学年別トーナメントの試合を、元次の怒りを目の当たりにする以前から。

本能的に、悟ってしまったんだろう。

『この男には勝てない』と。

身体が、本能が、男を奴隷と考える彼女達を脅かした。

故に、彼女達は恐怖の根源である元次を排除する事に決めたのである。

 

『あんな野蛮な男に生きる価値無し』とお題目を掲げながら。

 

自分達の理解出来ない本能に突き動かされ、敵から身を守る為に。

 

……尤も、それは彼女達にとって清算出来ない程の誤算だった訳ではあるが。

 

彼女達にとっては敵を排除するのでは無く、逃げ隠れする事こそが最善だったのである。

 

今回の学年別トーナメントを目撃してしまった政府の女性高官や女性権利団体の幹部達は試合が終わるや否や、そそくさと学園を後にした。

真っ青な顔色で震えながら退室する姿は、まるで天敵から逃げる小動物にも思える程だ。

事実その通りで、彼女達は心底から恐怖した。

元次の強さ、怒りを目の当たりにして、自分達が喧嘩を売った相手の恐ろしさに漸く気付いたという所か。

 

 

 

……と、ここまでは元次と一夏に対する女性権利団体の動きを辿ってみた訳だ。

 

 

 

では、男性高官の策とはどういう意味なのか?

 

これはそのままの意味合いで、彼等は自分達の利益を守る為に、『二人を利用する』腹積もりだ。

 

彼等は元次や一夏といった『火種』を利用して、女性権利団体や女性高官の排除を目論んでいたのである。

 

知っての通りISが出来て女性権利団体の勢力が増しつつある昨今では、男性の立場は極端に弱い。

これまでも女性の政治的出場は認められていたが、ISの登場と共に女性達は増長した。

自分達は選ばれた人間だから、自分達の意見だけを重視しろという暴論。

それによって無理矢理可決してきた法案のほぼ全てが、男性に不利なモノばかりだった。

 

このままでは自分達の権力以前に、全ての日本人男性は法の元に女性の奴隷となってしまう。

 

その危惧を感じ取った”とある議員”が今回の策を提唱し、内密に男性達のみで実行に移されたのである。

女性権利団体に態と真実の情報を流さず、元次と一夏を餌として背後の”大物”を呼び出す。

その大物に、政府に食い込む”膿”を掃除させようという魂胆だった。

 

 

 

彼等が指す大物とは勿論、束と千冬の事だ。

 

 

 

元次に危害を加える事は即ち、今年の春に日本政府を震撼させた脅迫の再来になる。

国家の防衛の要であるISの全機体を停止させるという脅しは、今の世界情勢では計り知れない被害を生み出す。

それこそ数兆円という莫大な予算が言葉通りの水泡と帰してしまう。

これが日本政府全体への脅しなら、自分達の存在も危ないだろう。

しかしこの粛清対象が女性権利団体や政府の女性政治家ならどうか?

多少の犠牲を払う必要はあるだろうが、それでも一気に男の政治的地位や社会的地位の回復を図る事ができる。

 

一方で、一夏に手を出せば身内である千冬が黙ってはいない。

 

千冬はこの女尊男卑という時代で”女が強い”を体で表す存在。

女性達からすれば現代に生きる、英雄の偶像(イコン)に等しい。

そんな千冬が表立って女性権利団体と対立すれば、彼女を慕う女性陣の大半は味方に付く。

要は元次と一夏のどっちを狙ってもその時点で大物のどちらか一方を引きずり出せる上に、邪魔者を消してもらえる。

それが彼等男性陣の考えた作戦の内容だ。

 

尤も、元次と一夏のどちらに手を出しても、大物”2人”が同時に動くとは、さすがの彼等も予想出来なかった様ではあるが。

 

ともあれ概ねの処、彼等の復讐戦は順調に進んでいたのであった。

 

勿論、政府内部の女性高官や女性政治家にはこの話が漏れない様、徹底的な情報漏洩の防備が施されている。

 

しかし元次の事を調べる処か話題に挙げる事すら嫌う権利団体が、こんな事態を知る筈も無い。

 

 

 

それが原因で未だに元次に対して強気でいられるのは、彼女達にとって幸運なのか、不幸なのか。

 

 

 

話は逸れたが、元次と一夏の周りではそういった思いが渦巻いている。

しかし今だけは、男達の間で様々な思惑が払拭され、こういった話が出来ているのだ。

 

「鍋島元次に隠れがちですが、織斑一夏も中々でしたね」

 

「ええ。さすがブリュンヒルデの弟、といった所でしょうか」

 

「ドイツの代表候補生のAIC。それをパートナーと息の合ったコンビネーションで翻弄し、一撃を当てていく」

 

「ブレード、いやKATANAでの見事な一撃を当てた時なんて……SAMURAI魂を感じマシタ」

 

「例の篠ノ之箒に匹敵する剣の腕前。その意味では彼女もかなりの逸材ですな」

 

箒の名前が出てきた理由は言うに及ばず、シャルル改めシャルロットは余り注目されていない。

しかしそれはこの場での話である『勧誘するなら誰か?』という話に限定されてこそ。

既にフランスの代表候補生であり、バックにデュノア社というIS専門の機関の存在があるシャルロットは勧誘の対象にはなり得ないからだ。

更に政治家達が沸く中で、明らかに毛色の違う人種達も混ざっている。

 

「ラストで鍋島元次が使っていたカノン砲(笑)あるじゃないですか?あのイカした兵器(笑)ってドコ製なんでしょうか?」

 

「分からん。登録社名はFRC㈱としか情報が無いし……どんなイカレた開発者が居るんだ?あんなバカ火力の砲台なんて普通積まないぞ」

 

「コンテナボックスからのベルト給弾方式で絶え間なく発射される、グレースケールのピアス並にごんぶとな弾丸。なにあの悪夢?」

 

余所行きの上等なスーツよりも、白衣等に身を包んだ研究者然とした男女の方が比率の多い集団。

彼等は政治家や高官では無く、IS開発企業の代表者や出資者、そして開発の主任といった研究者陣営である。

本来なら通常は閉鎖されたIS学園に堂々と入り、他国の専用機の装備等を調べる為に来た者達だ。

しかしセシリアと鈴、つまり中国とイギリスの専用機がトラブルで出場しない事を知って落胆していた。

だが転んでもタダでは起きぬとばかり、今はオプティマスの武装に対する考察を交わしている。

 

「見た目からして重量はかなりありそうだし、反動も彼級の腕力が無いと抑え付けは無理でしょうしね。ましてや狙ってバカスカ撃つなんて絶対に無理よ」

 

「移動砲台IS……新しいわね」

 

「でもまぁ、真似しようとは思わないわ。普通のパイロットじゃあんな長い砲台を振り回して撃つ、なんて無理だもの」

 

「オマケに腕部に仕込んだ炸薬式のパイル機構に、チェーン付きのロケットパンチとか……変態企業?う、頭が……」

 

一体ドコのイカレた会社が製造元なのかと頭を悩ます彼等だが、彼等は気付かない。

この世でブッチぎりの”天災”が初めて、自分の信念を曲げてまで作り上げた――純粋な”戦闘用”のIS。

 

元次(愛する男)の力になりたくて。

 

元次(大好きな初恋の人)を守りたいが為に、テンションが振り切った状態で”兎”がマジに組んだ末の結果が、アレ(オプティマス)なのだと。

 

結果、彼等のオプティマスに対する考察の結果は、『真似しても旨味が無い』という事になった。

企業に所属するISパイロット達の身体データを元にオプティマスと似た様な武器を作った所で、劣化コピーでしかない。

逆にパイロット達の限界を無視した武器なぞ、百害あって一利無し。

オプティマス・プライムの強力な武器は、身体スペックが化物級のパイロットが扱う事で初めて成り立つ、という事で帰結。

そして話題はラウラのIS,シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムの話へと流れた。

 

「ドイツの専用機のVTは、まぁアレな訳だけど……」

 

「うむ。最後にとんでもない展開が待っていたものだ。まさかVTにあんな機能を追加したシステムがあるとはな」

 

「それも結局、彼に粉微塵にされちゃったけどね」

 

「まぁ生で見る機会があっただけでも良しとしよう」

 

現存したという事は、作れるのだから――と、言葉にはせずに彼等は思う。

国家政府の役人が揃うこの場でVTシステムについての言及等をすれば、必ず叩かれる。

何せ国際条約に禁止されている程の代物なのだから。

 

 

 

――というか。

 

 

 

「あの、アレ(VT)の話は止めません?私まだ猛獣に狙われるのは勘弁なんですけど……」

 

「「「異議なし」」」

 

アレ造ったら間違いなく、IS学園が誇る放し飼いの猛獣に食われる、と充分理解させられているのだが。

 

「あら?私は狙われたいけどね……彼ったら激しそうだし、ね♡」

 

「ソッチかよ」

 

「えー?私はどっちかっていうと織斑君の方が~♡優しそうじゃないですか~♡」

 

「分からないわよ~?もしかしたら鍋島君も、凄く大切に扱ってくれるかもしれないじゃない?彼なら安心して全部預けられるわ♡」

 

「うーん。でも~」

 

「誰かこの脳内花畑共引き取ってくれません?」

 

「これは手に汗握る展開ですねぇ」

 

「発情乙www」

 

 

 

……研究者達の議題は尽きない。

 

 

 




はい、投稿遅れて申し訳ありません。

いや、考察に時間掛かったのもあるんですけど……ね?


仕事忙しいだけじゃなく、IS原作も急展開過ぎて……やべぇなこりゃ、と。


作品全体を見直してリメイクするかどうしようかと悩んでたら早3年www

更にはアーキタイプ・ブレイカーとやらも出てきて……もう、もうなんなん!?と。

色々と考えながら今後も投稿しようと思っております。


まだ、この作品をお待ち頂けてましたら、本当に謝罪させていただきます。

遅くなって誠に申し訳ありませんでした。

これからもIS~ワンサマーの親友をよろしくお願いします。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

千冬さん、勘弁して下さい

サクッと載せておきまーすwww







千冬さん、覚醒


 

 

 

「どうした!!遅くなっている、ぞ!!」

 

「そりゃ――すいません、ねぇ!!」

 

ドゴォ!!と大きな音をガードした腕から立てながら、スウェイで距離を詰めつつ肘打ちを繰り出す。

しかしそれは俺と同じタイミングでスウェイバックされた事で空振り。

やっぱ簡単には当たらねぇか!!

ならばと前方の相手に向かって、ヤクザキックを繰り出す。

 

「オラァ!!」ブォンッ!!

 

「甘い!!」

 

「いぃ!?」

 

しかし相手もさるもの。

俺のキックに合わせて横にスウェイで移動しつつ、伸びた足を掴まれ流れに沿って上へと上げてくる。

そのまま体は相手の作り出す流れに逆らえず、視界が反転。

逆さまの地面と空が視界に入った。

 

「んの!!」グルンッ

 

このままじゃ地面に叩き付けられる、と瞬時に悟れた俺は逆に体をそらして更に加速。

そのままバック宙の要領で体を持ち上げ、掴まれていない足で蹴りを伸ばす。

 

「うおらぁ!!」

 

「ッ。ちっ!!」バシンッ!!

 

苦し紛れだったが、相手の意表を突く事に成功したらしい。

蹴りが防がれたのを感じつつ、着地の体勢を整える。

ズンッという俺の重い体重が地面に落ちる音と共に無事着地して、顔を上げ――。

 

ボッ!!

 

「……参りました」

 

目の前に翳された拳を確認して降参する。

 

「ふっ。最後の蹴りは良かったぞ……が」

 

拳を目の前で寸止めしていた相手……千冬さんは微笑みながら拳を解いて指を形作る。

中指を曲げて親指に掛けて、力を溜める動作――あら?

 

「全体的に考え過ぎだ、馬鹿者」パッチィインッ!!

 

「痛ったぁああああ!?」

 

微笑みながらデコピン――って言うにゃ些か以上に威力過多な一撃を額に受けてしまう俺こと鍋島元次。

穿たれた額を抑えながら蹲ってしまう俺の目の前で、腰に手を当てて溜息を吐く千冬さん。

いや、そんな呆れた顔しなくてもいいじゃないっすか。

 

「まったく。色々な人間から技を吸収して自分の物にするのは結構だが、それで動きが疎かになってどうする?技の繋ぎ合せが無茶苦茶になっているぞ」

 

「す、すいません。やっぱ駄目でしたか?」

 

「駄目とは言わんさ。瞬発的な反撃やここぞという動きは良いし、力も以前より跳ね上がっている……だが、その全てが勘に頼っていたり理性で決めたりと反応がズレてるのが不味い」

 

現に私もヒヤッとする場面は幾つかあったがな、と少し上がった息を整えつつ、千冬さんは着ているジャージのファスナーを少し下ろす。

胸より少し上まで下ろしたお陰で涼しくなったらしく、一息吐いてる姿が大変よろしいです。

でもバレたら怒られんの確実なんで、視線は向けない様にしておこう。

額の痛みが引いてきたので、体を起こして千冬さんと目を合わせる。

 

「いてて……そんなに雑っすかね?」

 

「雑だな。お前が今まで使っていた喧嘩の動きに、中学を卒業してから地元で教えてもらったという新しい喧嘩の仕方。オプティマスの特殊なソードを扱う為の我流刺突剣術。更に勘や本能で攻撃を繰り出す『怒熊連撃』だったか?攻撃と技のバリエーションが多いのは良い事だが、理性が働くと取捨選択に迷いが生まれている。要は身に付けた技の住み分けが出来ていないんだ」

 

「あー……確かに正直、どの技使うかって一瞬考えちまいますけど……」

 

「その時の自分の動きに対しての最適な技を繋げる。技を繰り出す流れを整える構え(スタイル)を決める。それ以外にも大事な事はまだまだ沢山あるんだぞ」

 

「うげへぇ」

 

その豊満な胸の下で腕を組みながらつらつらと俺の問題点を指摘する千冬さんに、俺は苦い顔で降参寸前の顔になってしまう。

さすが世界最強なだけあって、俺の問題点なんてお見通しのご様子。もう勘弁してください。

これ以上頭に危ないモン(難しい事)詰め込まれたら馬鹿になっちゃう。

 

「……だがまぁ、お前は最低限スタイルだけ決めておけば良い。それ以外は蛇足だ」

 

「え?でも、他にも必要なんじゃないんすか?」

 

「あぁ、武術を嗜む者なら今のお前の状態は言語道断だな……しかし、お前は”ルールのある試合”をしている武術家ではない。お前がしているのは”ルール無用の喧嘩”だろう?」

 

……え?その違いって何かあるんだろうか?

首を捻る俺に対して千冬さんは胸の下で腕を組みつつ、苦笑しながら指をピッと一つ立てた。

 

「お前は武術で己を律して戦うタイプではない。どちらかと言えば本能で戦うタイプだ。なら小難しい事を考えるな。お前の頭でそれは処理しきれんさ」

 

「酷くないっすか!?」

 

「これ以上無い的確な正解だろう?」

 

まぁそうっすけど!!確かに小難しく考えんのとか嫌いですけど!!

そこまで軽く単細胞的な事言わなくても良いじゃないっすかチクショウ!!

さっきとは変わって楽しそうな笑みを浮かべる千冬さんの反応に、俺は肩を落として項垂れるのだった。

 

 

 

時刻は現在早朝の6時、場所はグラウンド。

日付は束さんにオプティマスを返して貰ってから二日程経っている。

 

 

 

俺こと鍋島元次は現在、ジャージを着た千冬さんとグラウンドでトレーニングとして組み手みたいなことをしていた。

というのも、あの束さんによる『イントルーダー盗難事件』とそれによって起きたオプティマスinイントルーダーについて、千冬さんに呼び出しを食らったのが昨日のSHR後。

千冬さんは政府からの通達と俺の話で全てを理解してくれたので、後は書類にサインをして終わり。

トーナメントを見ていた婆ちゃんと爺ちゃん、親父にお袋にも自分の無事は電話で伝えたし、これで面倒事は全部終了、という具合だったのだが。

 

『元次……お前、少し戦い方がぎこちない部分があったが、何かあったのか?』と千冬さんに聞かれたのだ。

 

最初は何の事かと首を捻ったが、千冬さんの言ってるのが『一夏とシャルルと戦っていた時の事』だと気付いたので、俺はその時に抱えていた悩みを打ち明けることにした。

悩みというのは勿論、あの戦いの時は気分が上がってて気付かなかったが、今思い返すと何度か動きが止まった時があったんだ。

そん時は決まって、テンションの赴くままに殴ろうとしたら、脳裏に”こっちの技の方が良いんじゃないか?”と過ぎる時だった訳で。

他にもパンチを打とうとした時に横振りすぎてビンタの方が威力が乗ったと瞬間で分かったり、か。

詰まる所、あれやこれやの技を覚えてるのに最適なタイミングと動きが見出せなかったんだよな。

まぁそんな感じで少し戦い辛かったと千冬さんに話すと、千冬さんは少し溜息を吐きつつ俺に視線を合わせて――。

 

『はぁ……なら、少し私が見てやろう。明日の朝、授業前にグラウンドに来い』

 

と、言われたのである。

まぁ俺としても怪我もほぼ完治してたし断る理由が無かったので有難く今の俺の現状を見てもらったのが今って訳だ。

とりあえずどうするんだろうと軽く思ってたら――。

 

『構えろ。まずは現状を見てやる!!』

 

との仰せのままに俺に迫るハイキック。いやはや死ぬかと思ったぜ。

とりあえずギリギリ避ける事が叶いそのまま俺も本気モードに切り替えて戦闘開始。

まさか朝っぱらから世界最強とガチバトルする羽目になるとは。

 

と、こうなるまでの事を思い出している俺だが、ちゃんと千冬さんの言葉は聞いておく。

 

聞いてないとかで制裁食らっちゃかないませんので。

まぁ確かに、俺が戦うタイプなのは尤もだ。

最近の俺は少し色々混ぜ込み過ぎてた感じもするし。

……千冬さんの言う通りちょっと今までやってた構えだけでも整理してみっか。

 

まずは右腕を腹近くの位置へ、左腕は胸の前辺り……冴島さんに教わった構えだ。

 

「……」

 

無言で俺の動きを注視する千冬さんの視線を一旦忘れ、構えを取る。

目の前に仮想敵がいると思いながら。

 

「ッ!!」

 

コンパクトに構えた体勢から鋭く真っ直ぐに拳を奔らせ、相手を打ち抜く気で殴りぬける。

そこから連撃へと繋げるが、一発一発で相手をKO出来る様に打ち続けた。

 

「うら!!だぁら!!」

 

更に追加で冴島さんから教わったチャージブロウを織り交ぜる!!

パワーを溜めて、兎に角重い一発のチャージブロウで動きを止め、続くフィニッシュブロウで相手をノックアウトさせられる様に。

しかも殴り倒したりブロウで打ち上げた相手の足や腕を掴む事で――この喧嘩術は真価を発揮する。

ここから相手をブン回して投げたり、壁や他の敵に叩き付ける事で複数の敵を一気に相手取れるんだ。

勿論、ヒートアクションに繋げる動きも可能。

しかもこの動きなら、例えば前蹴りを食らわして動きを止めた相手に――。

 

「でぃいやぁ!!」

 

俺が編み出した鍋島流喧嘩殺法のビンタを組み込める。

んでもって、掴んだ相手を壁に投げつけてから、全体重を乗せたハリテすらも使えるって訳だ。

オマケに『猛熊の気位』を使えばまず倒れたりよろける事も無い。

一対一でも一対多でも対応できる喧嘩のスタイルだ。

 

 

 

戦車みてーに相手を踏み倒して進むパワー(スタイル)――”喧嘩屋ノ型(ゴロツキ・スタイル)”とでも言うか。

 

 

 

一度仮想敵との戦いを止めて、今度は俺が中学の時、ケンカサピエンスって呼ばれてた時の構えを取る。

両腕を下ろした状態で少し開き、ガードを度外視した攻撃のみのスタンス。

 

この構えの時は――そう、俺が凄え怒ってた時の構え方だ。

 

中学時代、俺に徒党を組んで向かってくる奴等を纏めて叩きのめす為に――。

 

「ふん!!」

 

自分の前に立つ仮想敵を円を書く様な横振りの大きな軌道で拳を振るう。

ラリアットで殴りつける動きを両手で振りながら、沢山の相手を殴り飛ばしていた。

俺の自慢のタフネスで隙の多い所を狙って集まった奴等を耐え、一気に殴り飛ばす事が出来る。

兎に角パワーでゴリ押しするっていう動きだったな。

 

――そんで、ここでこうやって――!!

 

「おぉ!!らぁあ!!」

 

それと兎に角豪快に、蹴り技も遣り易い様に織り交ぜて適当に足を振り回す。

足は手の3倍のパワーがある上にパンチよりもリーチが長い。

普段は当てやすさと速さを優先してサッカーボールキックとかヤクザ蹴りしか使ってなかった。

だが、中学の時は複数の相手を纏めて薙ぎ倒すのに便利だったから、良く適当に蹴りを使っていたんだ。

さっきまでの喧嘩屋ノ型(ゴロツキ・スタイル)じゃ遣り難いって思ってたけど、こっちの動きなら問題なく使えるな。

 

 

 

ハイにミドル、ローキックは勿論、回し蹴りなんかも余裕で――あ。

 

 

 

「――そうか……確かに、考えすぎはいけねえっすね、千冬さん」

 

一通り自分の動きを復習してみて、納得がいったぜ。

俺の動きを見ていた千冬さんに視線を向けると、フッと笑みを零していた。

 

「漸く分かった様だな?」

 

「うっす。俺の中学ん時の喧嘩の仕方がそのまんま、怒熊連撃の下位互換だったって気付きましたよ」

 

『猛熊の気位』を覚える前にやってたガードなんて度外視の投げ遣りな――考えなしな動き。

ガードするのも面倒くさくって、でも殴られると腹が立って遣り返してた中学時代の俺。

それが『猛熊の気位』という千冬さんの攻撃をも耐え抜くヒートアクションを覚えて、そのまんま昇華した訳だ。

 

生半可な攻撃を意に解さず、怒りで攻撃がヒートアップする――『怒熊連撃』って喧嘩モードに。

 

勿論喧嘩屋スタイルでも『猛熊の気位』を使えば俺のタフネスは一気にアップする。

だが『怒熊連撃』はその性質上、俺の”怒り”がそのまま=で”攻撃力”に変換されるんだ。

アドレナリンとエンドルフィンがドッパドパ出てきて、一時的なドーピング状態になる。

しかも攻撃スピードも上がるから言う事なし。

絶え間なく殴り付け、途中でフィニッシュブロウを混ぜれば攻撃のバリエーションも増えるって訳だ。

問題があるとしたら、普通の時はこのモードが長続きしないって所だろう。

『怒熊連撃』をやる時は、ある程度ヒートの炎が高まらないといけねえからな。

 

 

誰が相手でも引かない、止まらない奥の手こそが『怒熊連撃』の真髄だ。

その様は強化燃料を燃やして緑、黄色、赤と点火する度にボイラーを壊しながら速くなる機関車の如く。

我が身を省みずスピードを上げる様は圧巻の一言だ。

 

 

確かな手応えを感じ、拳を握った手を見つめる。

たった一回、自分の構えを意識しただけで、自分の技が整理されたのが分かっちまう。

構えに沿って自分の使うべき技と組み合わせが本能的にセレクトされるんだ。

……千冬さんの言う通り、難しく考える必要なんてなかったんだな。

俺みてーなタイプは、気楽にやった方が上手くいくらしい。

 

「……ふふっ、そうだ。そっちの顔の方がお前らしいよ。悩むな、本能に任せて動け。そうすれば後はお前の闘争本能が、お前に最適な動きを勝手に弾き出す」

 

「あ、あはは……自分でもつまんねぇ事で悩んでたって感じがします……お手間かけました」

 

と、どうやら目の前の世界最強さんにはお見通しだったらしく、俺は恥ずかしくなって鼻の頭を掻いてしまう。

微笑む千冬さんに軽く頭を下げると、千冬さんは肩を竦める。

 

「なに、久しぶりに良い運動になったさ……だが、お前も一夏に負けず劣らずトラブルを起こすものだ。昨日の”バイク騒動”といい、な?」

 

「うっ……そ、そっちに関しましては、何と言いますか……ウサギさんの罠に嵌っちまったと言いますか……」

 

「幾らあいつの言葉だとはいえ、確認せずに鵜呑みにする奴があるか」

 

「仰る通りで、すいません」

 

微笑みを消して眉間を指で揉み解す苦労人千冬さんに頭を下げて謝罪。

でもアレは俺の責任じゃねぇと思いたい。

 

千冬さんの言ってるのは先先日、オプティマスに組み込まれた事で消えた俺のイントルーダーの事だ。

 

勿論、束さんは100%の善意で俺が何処へでもイントルーダーを持って行ける様にしてくれた訳だが……これが俺には悲しかった訳よ。

俺がガキの頃から一生懸命に直してやっと組みあがった俺だけの、俺が初めて心血を注いだバイクが、束さんの手でまるで別物の様に変わってしまったんだからな。

それこそ、俺の夢の結晶と言って差し支えないモンだったんだし。

ガワがそっくりなだけで、俺の手を加えたバイクじゃない……何か物凄く、虚しい気分になっちまったぜ。

だが勿論、束さんが善意でしてくれた事に悲しみ、増してや怒るなんて事は出来なかった。

束さんだって完全に悪気があった訳じゃねぇんだしな。

 

 

 

ってな感じで昨日までアンニュイな気分になってた俺なんだが――。

 

 

 

「偶々見に行った駐輪場には、お前のバイクが”何時もと変わらない状態で置いてあった”等と職員室に駆け込んできた時は何事かと思ったぞ」

 

「俺もまさか普通に置いてあるなんて思わなくって、二度見して数分後に『シェーッ!!?』なんて言いながらポーズ決めちまいましたよ。近くに居た女子に爆笑されました」

 

「何故そこでイヤミが出た」

 

「何となく……じゃねぇっすかね?」

 

後ろ髪を掻きながら言った言葉に溜息を吐く千冬さん。

しょうがないじゃないっすか、何か自然と出てきちまったんだから。

 

――そう。俺のイントルーダーは何時もと変わらず俺を待っていたんだ。

 

しかしてっきりもう束さんにお持ち帰りされてアレよアレよと手を加えられてオプティマスに量子変換されてしまったと思ってた俺は目の前の光景が信じられなかったんだ。

んで、油断しまくってた俺はその衝撃に耐えられず、思わず「シェーッ!!?」を繰り出してしまった訳で。

そのまま全速力でUターンして職員室に駆け込み、コーヒー片手に難しい表情の千冬さんに「廊下を爆走するな」と出席簿で沈められて頭から煙を吹いた。

とりあえず復活して直ぐ事情を説明していたら、急にマナーモードにしてた携帯が鳴り出した訳で。

一瞬何で?ってなったけど、よくよく考えたらこんな事を出来るのはあの人しか居ねえ、と千冬さんも頷きとりあえず電話を取る。

予想通り、スピーカーからは悪戯が成功して楽しそうな束さんの声が響いた訳であります。

 

 

その時の一幕が――。

 

 

『うーさっさっさっさっ!!引っ掛かったねゲン君!!ぶいぶい♪』

 

「た、束さん!?あの、楽しそうなトコすんませんけど教えてください!!お、俺のイントルーダーが……ッ!?」

 

『うんうん♪疑問に思うのも仕方無いよねー。簡単に解説しちゃうと、一度ラボに持って帰ったのはホントだよ。でも、データをスキャンした後で束さんが1から”別のそっくりなバイク”を作ってオプティマスにドッキングゥ!!借りたバイクはちゃんと返しておいたんだー♪』

 

「ぅえ!?で、でも、束さんはオプティマスにくっ付けたって……」

 

『勿論、最初はゲン君のバイクと合体!!しよっかなーって思ってたんだけどさ――あのバイクって、ゲン君の大事な夢の結晶なんでしょ?』

 

「は……は、はい……爺ちゃんの工場を継ぐっていう夢を形にしたのが、あのバイクっす」

 

千冬さんにも聞こえる様にしたスピーカーモードの携帯から聞こえる束さんの楽しそうな声に言葉を返す。

場所が職員室なだけに他の先生達も……真耶ちゃんに至っては千冬さんの横で聞いている程だ。

兎に角、そんな感じで皆が興味深そうに聞き耳を立てている中、束さんは俺の言葉に満足そうな声を漏らした。

 

『ふふふっー♪だからね、そんなゲン君の夢を勝手に束さんの夢の中に組み込むのは反則かなーと思ったのです。でも、ゲン君に少しでも安全な乗り物をあげたかったのはホントだよ?だからオプティマスに組み込んだバイクもちゃんと見て欲しかったから、ちょっとだけ意地悪しちゃったの!!勿論ゲン君の本来のバイクも量子変換で格納出来る様にオプティマスにオマケ機能つけておいたから、怒らないで♡許してニャン♡』

 

「た、束さん……ッ!!」

 

楽しそうな声で喋る束さんの言葉に、目頭が熱くなってしまう。

あぁ駄目だ、そんな優しい声で言われたら、こんな風に振り回されても怒れねぇよ。

 

 

束さんの何処までも俺を甘やかしてくれる暖かい優しさ、確かに受け取りま――。

 

 

「で、隠してた本音は?」

 

『ゲン君がおっぱいお化けのおっぱいに顔埋めてえっちぃ顔してたからちょっと懲らしめようと――謀ったなちーちゃん!!』

 

「束さぁああああああああん!?」

 

返して!!俺の感動した心を返して!!

 

「ふ、ふぇ!?お、おっぱいお化けって私の事ですかぁッ!?そ、それに元次さんが……えっちぃ顔を……ッ!?」

 

寧ろそこには突っ込まないで欲しいぜ真耶ちゃん!?

そんなエロい顔は……し、して……ないと思いたい!!(願望)

千冬さんの言葉に全部ゲロッた束さんに驚愕するも、相手はスピーカーの向こう。

驚愕に目をひん剥く俺も、隣で真っ赤になってる真耶ちゃんも溜息を吐く千冬さんも置いてきぼりにして事態は進んじまう。

 

『それじゃあこれで!!一期一会のとぅるとぅっるぅー!!』ガチャッ

 

「ちょっと!?もしもーーーし!?束さーーーん!?」

 

哀れ既に通話は打ち切られ、無情に響くプープー音。

やり場の無い何とも言えない気持ちを抱えながら、溜息と共に携帯をしまう。

ちくせう、何か振り回されて疲れたぜ。

 

「はぁ……お手間かけました、千冬さん。それじゃあ――」

 

「おい待て。真耶の胸に顔を埋めていた時のことを詳しく聞こうじゃないか。ん?」

 

「あ、あわわ……ッ!?げ、元次さんがわ、私のむ、むむ、胸の中でえ、えっちぃ顔を……ッ!?」

 

「記憶にございませんッ!!」ダッシュ!!

 

「逃がさん」

 

と、体中の筋肉を総動員しダッシュ。

荒ぶる千冬さんと林檎みたいに真っ赤な真耶ちゃんから必死の逃走を図りました。

 

まぁ5秒で捕まりましたけどね?

 

こっちがダッシュなのに対して千冬さんてば縮地だったし。

職員室から廊下に出た時、偶然一夏とシャルと箒が居たんだけど、突然千冬さんが背後に現れて俺の頭を廊下に叩き付けたそうな。

そこで俺は意識が途絶えた訳だが、千冬さんはそのまま俺の足を掴んで引き摺り、職員室に連れ込んだと後で一夏に聞かされた。

3人とも青い顔色しながら、特に一夏が「千冬姉の後ろ姿がホラー映画の1シーンだった」なんて言ってたよ。

何故か顔の輪郭が真っ黒で、目だけ真っ赤に光り輝く形相だったらしい。そりゃホラーだわ。

そんなこんなで千冬さんに制裁を加えられ、真耶ちゃんに謝り倒して、昨日は終わった訳だ。

……束さんが夕食食べに来た日に出席簿で沈められた上に蹴り飛ばされた訳だが、何故昨日は二重に制裁されたんだろうか。

でも突っ込んだら薮蛇になりそうだから言わないでおこう。

 

 

ともあれ、昨日の事件で俺は2台のバイクを手に入れたって事になった訳だ。

 

 

それに伴う書類制作やら何やらで千冬さんと真耶ちゃんに多大な迷惑を掛けたのは事実。

う~む……良し、束さんにもやったことだし、いっちょやるか。

千冬さんにも今の組み手のお礼として、同じ様に労いをな。

 

「千冬さん。ちょっと聞きたいんスけど」

 

「ん――んぅ?何だ?」

 

と、組んだ腕を頭上に軽く伸びをしながら千冬さんは応えた。

……ちょっと気の抜けた千冬さんの声にドキッとしたのは内緒だ。

 

「えっと、今夜って空いてます?空いてたら千冬さんの部屋に伺いたいんスけど」

 

「んんっ――ふぅ、何だそんな事か。今夜なら空いてる……ぞ?…………――はぁ!?」

 

ババッ、と空気が動く音を鳴らしながら千冬さんは俺に振り返る。

俺に驚愕の視線を向ける千冬さんの顔色は、林檎もかくやといった具合に赤く染まって……ゑ?何で?

俺って只今夜の予定を聞いただけ――あ゛。

 

「ば、ばば……ッ!?な、何を朝っぱらからいきなりお前は……ッ!?こ、このドすけべが!!」

 

「ちが!?ま、間違えました!!あ、あのっ、夕食を作らせてもらえねえかなと聞こうとしまして!?」

 

決して!!決して変な意味じゃないんですよマジで!!

あんまりにも酷いやらかしに頭が痛くなるが、兎に角弁解が先だ。

顔を真っ赤に染めながら両腕で自身の体を抱きながら後ずさる千冬さんに、俺も顔が熱くなるのを自覚しながら必死に言葉を重ねる。

すると、俺の弁解を聞いた千冬さんはポカンとした表情を浮かべた。

 

「……は……?……夕食?……」

 

「そ、そうッス!!迷惑お掛けしたお詫びに作らせて頂けたらな、と……考えた……次第で……」

 

「……~~~ッ!!――~~~~~~ッ!!」

 

必死に弁解を重ねながらも、俺はズリズリと摺り足で後退してしまう。

え?それは何故かって?

……目の前の千冬さんが真っ赤な顔のまんまでプルプルと震えてらっしゃるからですハイ。

目をギュッと瞑りながら口を真一文字に絞りつつ、真っ赤な顔でちょっと俯き加減。

体を抱いていた腕は下ろされ、地面に向けた拳がギッチギチに握り締められてて……う~わ、額にお怒りマークまで……。

 

「……ま……」

 

「え?……ち、千冬さん?」

 

「――ま……ッ!!」

 

「ちょっ、ちょま――」

 

「紛らわしいわ馬鹿者がぁッ!!!」ドッゴォオオオオオッ!!!

 

「ごべぇええええッ!?」

 

怒声と共に打ち出されたアッパーカットが俺の顎にヒット。

哀れ俺の体は5メートル程の空にFRY A WAY。

……人と話す時はちゃんと主語を入れるのを忘れねぇ様にしよう、うん。

惚れ惚れする綺麗なフォームで腕を天に突き出す千冬さんを見下ろしながら、俺は地面へと落下していくのだった。

 

そしてズドォオンッ!!と豪快に着地、いや不時着だわこれ。

 

「ぐへぇ!?……お、お騒がせしまし……た……」

 

「まったく!!お前という奴はどうしてこう……ッ!!ああもう!!この馬鹿!!」

 

「さ、さーせんです、はい」

 

地面に倒れ付す俺に背を向けてプリプリと怒ってらっしゃる。

うん、今回ばかりは俺の言葉足らずが酷すぎだ。

 

「……(む、無駄に期待させおって)……はぁ……で?」

 

「あいてて……え?」

 

「だ、だから……メニューは何だ?……今晩、用意してくれるんだろう?」

 

地面から体を起こしつつそっちに視線を向ければ、千冬さんは腕を組んで背を向けたまま質問してきた。

どうやらお誘い自体は受けてもらえるらしい。

よ、良かったぜ……とりあえずお礼はちゃんとさせてもらえそうだな。

体を起こして服に付いた砂を叩き落としながら、笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「えっと、ビーフシチューっすね。食堂のマダム達が食材を分けてくれるそうなんで、ちょっと漫画飯を作ろうかと思ってます」

 

「漫画飯?……再現料理というやつか?」

 

「そうっす。勿論ちゃんと自分で作って食ってますんで、味は保証しますよ」

 

なんせ昨日ラウラを加えたいつもの面子に作ってやったら眼を輝かせて美味い美味いと言わせた一品だ。

作った俺を抜いても総勢10人の舌を唸らせる事に成功してるしな。

千冬さんの舌だって唸らせてみせるぜ。

 

「……そうか。では楽しみにしておこう」

 

「へへっ、ドーンと任せて下さい。後悔はさせませんから」

 

「……はぁ……調子の良い奴め」

 

コツン、と自信ありげに言い放った俺に苦笑しながら、千冬さんは俺の頭を軽く叩く。

とりあえずご機嫌は直して頂けた様で一安心ってな。

んで、そろそろシャワー浴びて用意したらゆっくり飯が食える時間帯になったので組み手は終了。

 

「ではな、元次。SHRには遅刻するんじゃないぞ」

 

「さすがに今からなら遅刻なんてしねえと思うっすけど、了解っす。織斑先生」

 

「うむ」

 

千冬さんのありがたいお言葉に返事を返し、寮の部屋前で別れ、部屋の中に入る。

そこからパパッとシャワーを軽く浴びて制服に着替え直し、食堂へと向かう。

まだ飯食う時間にゃ少し早えけど、運動したら腹が減っちまったんだからしょうがない。

という訳で、食堂に向かって歩を進めたんだが……。

 

「うにゅ……おはようごじゃいます、兄貴」

 

「おうラウラ。えらく早えな……って、なんでパジャマのまんまなんだよ?しかも服がズレてるじゃねえか」

 

「ふぁ、あ……これは、ですねぇ……あふ……」

 

「あぁほら、ちゃんとしろって」

 

前からフラフラしながらのっそりと歩いてきた我が妹分であるラウラの姿に面食らってしまう。

何時もはキッチリと制服を着てるのに、今のラウラは肩口やらズボンやらがずれた寝起きのスタイルだ。

ボタンも1,2個しか留められてないのでこのままだと全部脱げてしまいそうだ。

多分世の中の変態紳士(ロリコン)諸君が見たら狂喜乱舞して脱がしにかかるだろう。

まぁその時はYES,ロリータNO,タッチの標語を文字通り体に叩き込む事になるがな。

若しくはバイクで引き摺り回す。

我が妹分の可愛らしい姿と欠伸にほっこりしながらも、その姿はちょっと頂けねぇのでササッと直してやる。

 

「ちゃんとボタンも留めなきゃ駄目だぞ。風邪でも引いたらどうすんだっての」

 

「ふみゅ……ありがとうごじゃります……」

 

眠たげに寝惚け眼を擦る仕草と舌っ足らずな言葉が相まって妖精にしか見えん。

お礼を言うその動きは相変わらず緩やかだ。

 

「これで良しっと」

 

「ふぁい……」

 

「んで、どうしたんだ?まだ起きるにゃちょっと早えんじゃねえの?」

 

「いえ……嫁と寝床を共にしようと思いまして……今から向かう所なのだ……」

 

ラウラの目線に合わせて質問すれば、返ってきた答えに苦笑してしまう。

まぁ、裸じゃねえだけマシだわな。

寝惚けていたから出ていたであろうですます口調が少しづつ何時もの調子に戻ってきてるし、まぁ大丈夫か。

 

ちなみにラウラの着ているパジャマは昨日俺が買ってきたパジャマだったりする。

 

何故かと言えば、ラウラは私服を一切持っていなかったからで、それで寝る時は裸で寝てたらしいからだ。

真面目に、ラウラを育ててたドイツ軍に乗り込む事を考えつつもこりゃ不味い、と俺と兄弟は判断。

直ぐに千冬さんに直談判して許可を貰い、近くのデパートにバイクでひとっ走りして買ってきた代物だ。

……パジャマ一つで嬉しそうに「初めてのプレゼントだ!!ありがとう兄貴!!」なんて言われて泣きかけたわ畜生。

 

ドイツぜってぇ許さねぇ、という気持ちを抱えながら、ラウラの頭を撫でて髪の跳ねを軽く直す。

 

「んぅ……気持ち良い……あぁ、処で兄貴」

 

「ん?どした?」

 

俺に頭を撫でられて猫みたいに目を細めていたラウラだが、何かを思い出した様に笑みを浮かべて俺と視線を交わす。

その様子に首を捻っていると、ラウラは腰に手を当てて胸を反らしたポーズを取った。

 

「私はちゃんと兄貴に言われた通り、兄貴がくれたパジャマを着てる……従って、これなら嫁と一緒に寝ても良いのだろうか?」

 

「あぁ、そういう事か。良いぜ、まだ30分くらい寝たって余裕で間に合うからな」

 

「そうか、ありがとう兄貴」

 

「た・だ・し、ちゃんとパジャマでだぞ?一夏の前で脱ぐのは禁止だ」

 

この前みてーな事にならない様に頭を撫でていた手を離して指を立てて注意をする。

これでもし一夏が性欲に負けてラウラとヒュージョン、ハァ!!何て事態になってみろ。

ラウラは一夏をゲット出来るが、一夏は鈴達にぬっ殺される可能性大だ。

 

「了解した。では早速行って来る」

 

「おう。遅刻に気を付けろよー」

 

ある程度目の覚めたラウラはさっきよりもマシな足取りで一夏の部屋に向かい、慣れた手付きでピッキング。

所有時間10秒程で鍵を開けて中へと入っていってしまった。

……まぁ、全裸じゃねえし、一夏もそこまで驚きゃしねえだろう。

勝手に許可出しちまったがそこはホレ、可愛い妹分には逆らえねぇって事で。

 

ちなみに俺と一夏が何故か相部屋じゃなく別々になってるのは何か特別な理由があるらしい。

 

詳細までは千冬さんは教えてくれなかったが、まぁ気にするほどの事でもねぇだろ。

朝飯にチョイスしたドネル・ケバブをかっ食らうと、そんな疑問は頭の中から消えてしまった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、久しぶりに早起きしたお陰でゆっくりとした朝食が採れたぜ。

時間と財布に余裕があったからケバブ7個も食ったお陰で、コンディションもバッチリ。

何時もより余裕を持ちながら、教室へと足を踏み入れる。

 

「おーっす」

 

「あっ、鍋島君おはよー」

 

「おう、おはようさん」

 

「ゲンチ~。おっはよ~♪」

 

「あぁ。本音ちゃんもおはよう」

 

クラスメイトに返事を返しながら自分の机に向かうと、既に本音ちゃんが俺の席の前でスタンバッてるじゃないか。

う~む、この三千世界を照らす癒しスマイル、自分だけのモノにしたい。

本音ちゃんのポヤポヤした笑顔にほっこりしながら自分の机の横に鞄を掛けて席に付く。

 

「ゲンチ~今日は何処でご飯食べてたの~?探しても居なかったし~」

 

「え?俺を探してたのか?」

 

「そ~だよ~。一緒にご飯食べようかな~って思ってたの~」

 

「あちゃあ。そりゃあ悪い事しちまったな。今日は早くに飯行ったから、結構奥の方に居たんだ。ごめんな?」

 

「ん~ん~。謝らなくていいよ~。私も、約束してなかったし~」

 

入り口からだと奥過ぎて見えない場所だったから見つけられなかったんだろうな。

どうやら俺を探してたらしかった本音ちゃんに軽く謝罪すると、本音ちゃんはニパッと笑みを浮かべて許してくれた。

あぁ、そのスマイルで浄化されるぅ~。

 

「元次君、おはよう♪」

 

「おはよー」

 

「おう、さゆかと相川もおはよう」

 

と、本音ちゃんに負けず劣らずの癒しを届けてくれるさゆかと、何時も通り元気な相川にも挨拶を返す。

さゆかの優しさに溢れた笑顔見てるだけで戦闘力3倍増しになるなこりゃ。

 

「今日は谷本はまだ来てねぇのか?」

 

「癒子?癒子はさっき二組の子に借りてたCDを返しに行ったよ」

 

「ほー。まぁ、まだSHRまで余裕あるしなぁ」

 

SHRまで後15分程あるから、まぁ隣の二組なら問題無いだろう。

答えてくれたさゆかの言葉に頷きを返しつつ、俺達は雑談に興じた。

ちなみに二組といえば、二日前に鈴がブッ壊した壁は綺麗さっぱり修復がなされている。

たった二日ぐらいであんな大穴を修理出来るとか、IS学園の技術屋はスゲエと感心したもんだ。

 

そして肝心の壁に大穴を空けた張本人の鈴だが、昨日やっと姿を確認する事が出来たぜ。

 

かなり項垂れた様子で、どうやら相当絞られたらしい。

試しに千冬さんの名前出したらガタガタ震えてたぐらいだ。ムチャシヤガッテ……。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「あっ、予鈴だね」

 

「おっ?もうそんな時間か」

 

「お話してたら、あっと言う間だね~」

 

さゆか達と話してたら何時の間にか授業5分前になっていたらしく、予鈴が鳴り響いた。

それを合図に、其々グループを作ってお喋りしていた面々が着席し始める。

勿論俺達も例に漏れず、自分達の席に座るが――。

 

「……おいおい。兄弟もラウラも箒もまだか?」

 

「ゲンチ~ゲンチ~。デュッチ~もまだ来てないよぉ?」

 

「マジか」

 

マジマジ~と俺の斜め横後ろの席に座る本音ちゃんの言葉に、俺は頬をヒクつかせてしまう。

何時も時間に余裕を持って現れる筈の4人が予鈴が鳴ってもまだ来る気配もねぇとはどういうこった?

あいつ等も我が一組の生徒なら分かってる筈なんだけどなぁ。

 

千冬さんのSHRで遅刻。それは『遅刻=死』。一年一組の中で出来た恐ろし過ぎる式だ。

 

っつうか兄弟に至っては既に以前グラウンド十週のペナルティ受けてんのに、学習能力はどうした?

既に予鈴が鳴ってから2,3分経った段階で、一組のクラスメイトは誰も喋ってない。

っつうか4人もいっぺんに遅刻者出たら千冬さんプッチンしちゃうんじゃねぇかってのが一番怖いぜ。

そうなると自動的にクラス全体の雰囲気が重くなるから勘弁願いてぇんだが――。

 

「さて、もう直ぐ本鈴がなるが……空席が目立つな?」

 

OH……本鈴前に我等がボス、千冬さんがご光臨あそばせたぜ。

教室の入り口に着いた千冬さんが目敏く前の席である一夏とシャルロットの空席を見つけ、眉を寄せる。

 

ま、まぁまだ本鈴鳴ってねぇし、まだ一夏達が遅刻してくると決まった訳じゃ「到着っ!!」「な、何とか間に合ったな!!」――おいおい。

 

まさかと思って声の聞こえた方を見れば、そこには窓に足を掛けたシャルロットと手を繋いだ一夏の二人が。

オマケにシャルロットは専用機であるラファールの脚のスラスターと背部推進ウイングだけを部分展開したおめかし姿だ。

二人の姿が見えたと同時に二人の安堵する声が鳴り響き――。

 

「おう、ご苦労なことだ」

 

一夏が言う所の『真面目な狼』様の唸る様な声が教室に響く。

その狼様である千冬さんの声と厳しい眼差しに、二人揃って顔色を青くさせていく。

……まさかシャルロットが堂々と規律違反やらかすとは思ってなかったので、俺達は総じて面食らってしまう。

だが、千冬さんは違反をやらかした相手が誰であろうと、特に動じる事は無かった。

そのまま無言で二人に近付き、その眼差しで二人を縫い止める。

 

「本学園はISの操縦者育成の為に設立された教育機関だ。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない」

 

相手に言い聞かせる様にジワジワと真綿で首を絞められる様な感覚で言葉を聞かなきゃならない。

それは滅茶苦茶重たいプレッシャーになるし……。

 

「だが――」スパパァアンッ!!

 

「はう!?」

 

「へべけ!?」

 

実際に体に教え込まれるから堪ったもんじゃねえんだよなぁ。

青ざめるシャルロットと一夏に振るわれる、いつもながらいい音がする出席簿アタック。

シャルロットの方はまだ俺らに比べたら加減されてたけど、一夏に落ちた雷は何時も通り重めだった。

そんな打撃をほぼ同時に打つとか、相変わらず世界最強でいらっしゃるぜ。

 

「デュノア、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい……。すみませんでした……」

 

「織斑も理解したか?」

 

「ご、ご指導ありがとうございます……織斑先生……」

 

千冬さんからの説教にションボリと謝まるシャルロットと、頭を抑えながら呻く一夏の二人。

そしてその隙を突いて箒とラウラが二人が怒られている後ろをすり抜けて着席していた。

お前等……と半目になっちまったがこっちの二人も知らぬ存ぜぬで俺と視線を合わせようとしない。

まぁ、態々怒られに行くのは誰だって嫌だわな。

二人の気持ちは充分に分かるので、俺も敢えて指摘はしないでおく。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

と、二人揃って意気消沈しながら席に座る。

しかし、この広い教室を二人だけで掃除かぁ……大変だな、兄弟も。

だがしかし、遅れたのは自己責任って事で頑張れや兄弟、シャルロット。

心の中で二人にエールを送っていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴って、SHRが始める。

その音が鳴ったと同時に教壇に立った千冬さんが俺達を見渡し、SHRが幕を開ける。

 

「さて、確か今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

千冬さんの言葉に、俺は苦い表情を作ってしまう。

そう、授業の数自体は少ねえがちゃんと一般教科もあるんだこれが。

IS学園と言うと、ISについての授業しかやらないと思うだろうがそんな事はねえ。

仮にも倍率1万超える超が付く程のエリート学園だからな。

もし期末テストで赤点を取っちまったら最後、夏休みは連日補習となってしまう。それだけは回避しねぇと。

何せ俺の夏休みは婆ちゃんの家に帰って爺ちゃんの工場でバイトしてもっと技術を吸収するって予定なんだからな。

 

「あぁそれと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ?三日間だが学園を離れる事になる。自由時間では羽目を外し過ぎないように」

 

おぉ、こっちは嬉しいニュースだな。

七月頭の校外実習、つまり臨海学校が来週からあるんだ。

三日間の日程の内なんとなんと!!初日は丸々全て自由時間。

そしてそこは海。言うまでも無く女子達がテンション上がりっぱなしだ。

それも先週からずっとな。

 

「ではSHRを終わる。お前ら、今日もしっかりと勉学に励むように」

 

「あの、織斑先生。山田先生は今日はお休みですか?」

 

千冬さんがSHRの締めをしようとした所で、クラスのしっかり者と名高い鷹月静寐がそう質問する。

実はさっきから俺も気にはなってたんだ。

何時もは千冬さんの代わりにSHRをやってる筈の真耶ちゃんが今日に限って居なかったからな。

多分クラスの皆も気にはなってたんだろう。

 

「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する」

 

鷹月の質問に対して千冬さんは表情を崩す事無く答えるが、この答えにクラスが少し沸き立つ。

 

「ええっ!?山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな~!!」

 

「ずるい!!私にも一声掛けてくれればいいのに!!」

 

「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」

 

おうおう、さすがは咲き乱れる十代女子だ。

話題があったら一気に賑わうもんだぜ。

そんな彼女等の言葉に、千冬さんは本気で鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「あー、いちいち騒ぐな鬱陶しい。山田先生は仕事で行ってるんだ。遊びじゃない」

 

そんな千冬さんの言葉にハーイと一丸になって返す我がクラス。

連帯感良すぎじゃねぇか?

そしてSHRが終了し、次の本鈴がなるまでの5分間はちょっとした休憩が始まる。

 

……ふむ……臨海学校に関しては俺も他の女子と同じ様に楽しみなんだよなぁ。

 

だって十代女子の水着姿だぜ?男としてテンション上がるに決まってんじゃねぇか!!

 

美人美少女ばかりが集まったIS学園生徒の水着姿とかもう堪んねぇってばよ。

しかも……その初日は教師陣もほぼほぼ自由時間らしい。

 

 

とくれば、だ――ま、真耶ちゃんも千冬さんも水着を着るかもしれねぇ訳で――ごくりっ。

 

 

あ゛ー考えれば考える程楽しみッスねぇ……って、何故に皆さん俺を見て顔を青くしてらっしゃるんで?

 

 

あれ?っていうか何か俺の周囲だけ一気に暗くなった様な?太陽が雲に隠れでもしたの――。

 

「~~~ッ!!!」

 

「」

 

おかしいな、と視線を上げれば――重さ100キロはあるであろう『教壇』を天高く持ち上げた体勢で俺を見つめる千冬様のお姿が。

その美しい切れ長の瞳の中でニトロでも爆発したのか、燃え盛る業火の幻影が見えております。

しなやかで美しい均整の取れたそのお体から湧き上がるのは――情熱に燃えた”レッドヒート”の炎。

思わずポカンと口を半開きのままフリーズしてしまう俺。

あー成る程、教壇の影に光が隠れて俺の周囲が暗くなっちまった訳か、なるほどなるほどー。

 

 

 

そしてこれはレッドヒートで繰り出されるヒートアクションの前兆な訳ですな、んなるほどなるほどー。

 

 

 

――超・重量武器の極みですね(震え)

 

 

 

「……ちょっとお待ち下さいませ千冬さ――」

 

「死ねぃ!!」ズッドォオオオオオオオッ!!!

 

「きゃべっし!?」

 

俺の懇願する声なんて何のその、慈悲無く高速で振り下ろされた教壇が、俺の頭を強かに机とサンドイッチ。

咄嗟に『猛熊の気位』発動したのに滅茶苦茶痛えんですけど!?

余りの衝撃で教壇が持ち上げられても机に倒れ付したまんまになっちまい――。

 

「フン!!」ドゴォオオオオオオオオオッ!!!

 

「めぶろっぱぁ!?」

 

再び振り下ろされる教壇の一撃ぃいい!?

どうやら我等が一組のボスは出席簿では足りないご様子。

他のクラスメイトと差別せずに何時もの武器を使って頂きてえよ。

つうかお代わりは頼んでませんよ千冬さぁあああん!?

机に叩きつけられた反動で持ち上がった視界に写るは、真っ赤に燃えるレッドヒート状態な千冬さんのお姿。

バカな!?こ、こんなヒートアクションが連発されるというのか!?

 

「貴様、鼻の下を伸ばして何を考えていた!?大方の予想は付くがなぁ!!こーのドすけべめ!!女の敵めぇ!!」

 

バゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

 

「ぎぴぇええ!?」

 

「いつもいつも貴様という奴は所構わず見境無く性懲りも無く……ッ!!今死ねすぐ死ね骨まで砕けろぉ!!!」

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!!!(連続して振り下ろされる音)

 

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

まるで厚手のステーキ肉を柔らかくするために叩いて繊維を切断するかの如く念入りに教壇を振り下ろす千冬さん。

さながら千冬さんの持つ教壇はミートハンマーで、叩き伸ばされている俺は筋張ったステーキ肉でしょう。

絶え間なく連続で、しかも均一に威力を保つその手腕……正に世界最強です……。

 

 

一時間目の授業が始まるまでの5分間、俺は荒ぶる千冬さんによって叩いて潰して念入りに伸ばされるのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あー死ぬかと思った」

 

半分に切り分けた500gのステーキを頬張りながら一つゴチる。

生きてるってすばらしい。

頑丈なのが取り得です。お母さん、ありがとう。

 

「寧ろあれだけ千冬さんに叩き潰されて何で1時間目が始まる前に回復してるのかが謎なんだが?ヒーリングファクターでも持っているのか?」

 

「元次さん。貴方やはり何処かの研究所で改造手術をお受けになってるんじゃありません?記憶が消されてるとか、知らないドックタグとかお持ちでは?」

 

「僕もセシリアの予想に1票だね。元次の骨はアダマンチウムで覆われてるんだよ、きっと」

 

「モグ……ばっきゃろう。こちとら100%ナチュラルテイストで出来てるっつーんだよ。ウェポンX計画は俺にゃ無縁だ」ゴキッゴキッ

 

口の中の肉を咀嚼して首の骨を鳴らしながら箒、セシリア、シャルロットの言葉に反論を返す。

3人揃って俺に怪訝な表情を浮かべるが、これは死にそうな環境で鍛えた結果なんだよ。

今は昼休み。食堂の一角で、俺達は鈴を加えた面子で食事をしながら雑談を楽しんでいた。

いやまぁ、俺のタフネスに関する話が雑談なのは頂けねぇんだが。

シャルロットはキッシュにクロワッサン、セシリアはサンドイッチ、箒は焼き魚定食と国際色豊かな取り合わせだ。

 

「にしたって包帯すら巻かずに出血すらないのはおかしいだろ?もうゲンがターミネーターシュワちゃんモデルじゃねえと納得できねえよ」

 

「誰がスカイネット製だアホゥ。俺なんぞがT-800なら千冬さんは超絶美人で最強なTerminator,T-Xになっちまうじゃねえか」

 

照り焼きチキン定食に舌鼓を打つ一夏にごく自然な事実を返しつつ、”二つ目”のステーキ定食を頂き始める。

しかし千冬さんがT-Xだったら俺、逃げ切れる自信が無いぜ。

まだ俺が生きてる←千冬さんがサイボーグじゃ無いという理論が成り立つからな。

 

「っつうか、打撃技だったから出血する程じゃなかったってだけだろ?それよりもデコと後頭部が痛えっつうの……あー、ちょっと瘤になりかけてんなこれ」

 

「なぁ兄弟?千冬姉にあれだけ念入りに教壇なんて鈍器ならぬ重機でシバかれて出血する程じゃないってのは有り得ないって気付こう。それと瘤になりかけで済んでるのもおかしいよな?」

 

「ううむ……教官の猛攻撃をあれだけ浴びてもピンピンしているとは、さすがは兄貴!!これがクラリッサの言っていた”さすおに”というものなんだな!!」

 

「ラウラ。次に新しい知識を仕入れる時はこのお兄様に相談しに来い。いい加減そのクラリッサって奴とは白黒ハッキリ付けてやる」

 

「む?我が黒兎隊のカラーは黒のみだが?兄貴はIS学園の制服が白だろう?白黒ははっきり付いてると思うぞ?」

 

色彩の話じゃねぇよ。

寧ろその辺りの比喩的な日本語教えてやれよ。

何でこの子に与える知識が漫画的なアレばっかりなんだっつうの。

でも首を傾げるラウラが可愛いので頭を撫で撫で。

 

「はむ……ふむ、食堂のおばちゃんでは作れんだろうと高を括っていたが、ドイツの店と比べても遜色ない。良いセンスだ」

 

「マダム達の腕を舐めちゃいけねぇぞ。世界各国から来てる留学生達の舌を満足させてんだ。勿論ドイツ料理だって例外じゃねぇさ」

 

「うむ。やはり兄貴の言葉はためになる事が多いな。私はまた一つ、良い事を知る事ができたぞ」

 

「こんなもん、幾らでも教えてやるよ」

 

ご満悦な顔でソーセージを頬張るラウラ。その笑顔に癒されます。

ちなみにラウラの昼食はドイツで国民的人気を誇るカリーヴルストって料理だ。

ソーセージの上にケチャップとカレー粉を塗しただけのシンプルな料理だが、これが根強い人気がある。

本場仕込みのぶっといソーセージにカリカリに揚げられたフライドポテト。

付け合せのパンは濃いライ麦で作られたラントブロートというパンだ。

 

「あー、あの打撃音はやっぱ千冬さんで、ヤラれてたのはゲンなのね……あの音からしたらゲンがここに居るのはおかしくない?二組まで普通に聞こえてたんだけど」

 

鈴が油淋鶏を箸で持ちながら呆れた表情で俺を箸+油淋鶏で指し示す。

止めろっての行儀の悪い。

炒飯と油淋鶏、卵スープの中華なセットを頂くチャイニーズ幼馴染の言葉に、呆れた表情を浮かべてしまう。

 

「おかしかねえっつってんだろ。寧ろまだ軽い方だな。千冬さんのナマの拳の方がよっぽど効くわ」

 

「千冬さんの拳は教壇以上なの?あれ確か鉄の塊でしょうが」

 

「ボクサーがグローブを嵌める理由知ってっか?相手の骨を折らねぇ様にする為だぜ?」

 

「あの人にとって教壇はグローブ代わりって事かしら?」

 

「この間知ったが、千冬さんって生身でISブレード振り回せるんだよなぁ」

 

「ズンバラリンされなかっただけ温情ね」

 

「やめろ、これ以上人の姉を人外筆頭みたいに言うんじゃねえよ」

 

こんな事聞かれでもしたら、と一夏が青い顔で呟くと、俺達幼馴染組は揃って周りを見渡す。

そして千冬さんの気配が無いのを確認してホッと一息。

こんなもんバレたら乗車無料地獄巡りツアー(三途の川もあるよ★)に繰り出さなきゃいけねえ羽目になっちまう。

しかし言わずにはいられないくらいに千冬さんのチートっぷりに磨きが掛かってる訳です。

 

「っつうか、一夏とシャルロットは何であんなトチ狂った真似したんだよ?そりゃ千冬さんのSHRに遅れたら地獄だが……見つかった時のリスク考えてなかったのか?」

 

再び半分になったステーキにナイフをズグリと刺しながら二人に質問する。

一夏もシャルロットもあんなバレそうな事、普通ならやんねぇ筈なんだがな。

 

「あ、あはは。それは、その……ぼ、僕はちょっと寝坊、というか二度寝しちゃって」

 

「二度寝だぁ?珍しい事もあるもんだな。夜更かしでもしたのかよ?」

 

「い、いや。別に夜更かしした訳じゃないんだけど、ね?(チラッ」

 

「ん?どうしたシャルロット?」

 

「ッ!?な、何でも無いよ!?そ、そういえば一夏達も何時もより遅かったけど、何かあったの?」

 

と、何故か俺の質問に苦笑いしたシャルロットが顔を赤くしながら一夏をチラ見する。

更にその視線に兄弟が気付けば、慌てた様に何でも無いと言う始末。

……俺には分かる。一夏に恋する乙女がこういう反応をすんのは……一夏が夢に出てきたとかその辺だろう。

んで、幸せな夢に浸っていたくて遅れた、とかだろうな。

完全に一夏の存在が麻薬な件について。依存性パネェな(確信)

シャルロットは誤魔化しながら、今度は一夏に質問を返す。

 

「ん?兄弟と箒も遅かったのか?」

 

「それとラウラもだけどな」

 

軽く聞いてみると一夏は疲れた様な声を出すではないか。

 

「あ~、その……悲しいすれ違いがあったというか……箒?」

 

「う、うむ。実は今日、一夏を朝食に誘おうと思って部屋に行ったのだ」

 

「ほー……あら?」

 

何か、オチが見えてきた様な……。

 

「が――何故か一夏の部屋の鍵が開いていて、だな。無用心なのを注意しようと思って部屋に入ったら――」

 

「私が嫁とベットの上で寝技の練習をしようとしていた所に出くわしたという事だ。全く不躾な」

 

箒の疲れた声に追従して今度はラウラが少し不満げな顔で後を引き継いだ。

しかも”ベットの上で”という何ともR-18な匂いを醸し出す素敵に不穏な言葉を混ぜて、だ。

あー……多分、それで箒と言い合って暴れて、遅くなったって事なんだろうな。

 

「ほーぉ?寝技ねぇ……?」

 

「ベットの上で……かぁ……そっか。それで朝起きたらラウラが居なかったんだ」

 

「う、ふふふ……随分と仲のよろしいご様子ですわね」

 

ラウラの言葉にユラァ、と体を揺らしながら怖い目で一夏を見つめるセシリア達。

嫉妬に濡れたその制裁先は「自分達を放っておいて何してんだクルァ」という無言の圧力に気付いているんだろうか?

その目に恐怖を覚えた一夏が、慌てて無罪を主張し始めた。

 

「ま、待った!?俺も訳が分からなかったんだぞ!!ちゃんと鍵閉めてたのに朝起きたら何時の間にかラウラがベットの中に居て――っていうかラウラ、不法侵入は止めろって前も言ったろ!!」

 

「ふふっ――今回は不法侵入では無いぞ!!」

 

「はぁ!?お、俺はOKした覚えは……っ!?」

 

「兄貴が許可してくれた!!」

 

「ゲェエエエエン!!てめぇ何してくれちゃってんだコラァ!!?」

 

勿論それが悪い事と思っていないラウラが、寧ろ誇らしげに俺の事をバラす。

そして席から立ち上がった怒れる一夏の視線が俺を射抜くが、その程度の目つきじゃ俺はビビらねぇっての。

まぁメンチ切ってくるぐらいの事なら、俺は笑うだけで済ませるさ。

だがそっちの専用機持ち共、その漂ってる量子を武装に変換しやがったら戦争も辞さねぇぞコラァン?

 

「まぁ落ち着け兄弟。ここは寧ろ俺のファインプレーを褒めて欲しい所だぜ?」

 

「女の子を兄弟の承諾無しに部屋に入れた所の何処にファインを感じろと!?」

 

「だってよぉ。俺がラウラに会わなかったら、寝惚けてたラウラが結局パジャマやら下着やらを全部脱いで”また”ラウラが全裸でお前のベットに入るトコだったんだぞ?なら、パジャマをちゃんと調えて脱がないように注意して健全な朝にしてやった俺に感謝しても、バチは当たんねぇんじゃねえの?」

 

「止めろよ!?そこまでアフターケアしてたんなら、まず部屋に入ろうとしてんのを止めろよぉおおお!?」

 

「そこまでは俺の管轄じゃねぇわドアホ」

 

どこか実写版デスなノートの主人公っぽい雰囲気で絶叫する兄弟に、俺は溜息を吐く。

兄弟を取り巻く恋愛憎劇を間近で見せられ続けてる俺の気持ちも考えやがれってんだ。

寧ろラウラがそういう行動を取ろうとする原因が俺に憤るとかおかしくね?

 

「――待って。ちょーっと待って一夏」

 

「な、なんだよ鈴?俺は今、この優しい様で優しくないスパルタな兄弟に説教をだな――」

 

「だから待ちなさい――今、ちょーっと気付いちゃったのよねぇ、アタシ」

 

「はぁ?一体何――を?」

 

と、俺に切れるのを止めてきた鈴に訝しげに一夏が振り返ると、言葉を止めてしまったではないか。

何故かと言えば……一夏を見つめる鈴の目にハイライトが無いというおっかねぇ目で見つめられてるからだろう。

思わず、といった具合で通路に向かって後ずさった一夏だが、その後ろには既に別の魔の手が迫っている。

 

「ねぇ、一夏?僕もちょっと聞きたい事があるんだけど?」

 

「へ?あ、あの?シャルロットさん?」

 

何時の間にか後ずさる一夏の後ろに移動したシャルロットが、一夏の肩に手をそっと添えて行動を制限。

次いで現れたのは前髪で目元を隠した、どこかおっかない雰囲気のセシリアである。

 

「ふふ……ふふふふふ……い・ち・か・さ・ん?」

 

「は……はひ」

 

「今……お二人がおっしゃった……ラウラさんが”また”ベットに入る――とは、どういう事でしょうか?」

 

「「あ」」

 

と、セシリアの言葉に俺達は二人揃って間抜けな声を出してしまう。

しまった。そういやコレは俺と一夏とラウラしか知らねぇ事だったか。

いやー俺とした事がうっかりミスったぜ。

思わずやっちまったなぁぐらいに思ってしまうが、それは俺が火中の人間では無いからだ。

現在進行形で火炙りに処されそうな一夏は、そりゃもう捨てられて雨に打たれてる可哀想な子犬っぽい目で俺を見てくるではないか。

止めろキメェ。

 

「それとさぁ、アタシの聞き間違いじゃなかったら……”全裸”って言ってなかったかしら?」

 

「「言ってた」」

 

「い、いやちょ」

 

「ふん。夫婦とは互いに包み隠さないものなのだ」

 

ラウラ、それフォローやない。トドメや。

 

「「「いぃちかぁあああ/さぁんッ!!」」」

 

「のぎゃーーーーーッ!?」

 

プラグから飛び散らされる火花がガスに燃焼して爆発。

ピストンを押し込むかの如き勢いで烈火の如く怒りという名のエンジンをブン回す3人。

そのままうっかり口を滑らせた想い人をゲシゲシと踏みつけはじめるではないか。

うーむ。口は災いの元って事だな。

ちなみに箒は3人に参加していない。

鈍感な一夏に暴力は駄目だと口を酸っぱくして言っておいたからな。

だが気持ち的には許せないから助けもしない、と。

っつうか鈴にも同じ様に注意したけど、まぁアイツは自分で納得してやってるから別にいいだろう。

 

「む~……」

 

……さぁ~て、そろそろ現実と向き合うとするか。

先程から俺の隣でほっぺたで焼き餅を焼いていらっしゃる本音ちゃんの咎める視線。

実は本音ちゃん、あの千冬さんの言動で俺が何考えてたのかちょっと気付いてらっしゃるご様子でして……。

昼休みのこの時間までず~っと不機嫌なんですわこれが。

凄くじと~っとした目で俺を睨みながら、昼食のクリームとフルーツたっぷりパンケーキをパクついてらっしゃいます。

 

「あ、あはは……」

 

更にそのお隣では、頬を少し赤くしたさゆかがいらっしゃる。

バランスの良さそうな唐揚げ定食に手をつけながらも、視線は俺から外さない。

何やら俺を見つめながら複雑そうな、でも少し恥ずかしそうな表情。

はい、さゆかさんにもバッチリばれてます。

……よし。兎に角まずは隣の本音ちゃんのご機嫌を回復しましょう。

こーゆー時の為の状況打破アイテムをポケットから取り出して、笑顔で本音ちゃんに向き合う。

 

「……あー……本音ちゃん?」

 

「む~……」

 

返事すら返してもらえません。

し、しかしこれなら――。

 

「本音ちゃん。ここにレゾナンス期間限定のDXパフェの無料券があるんだが――」

 

「にゃ!?」

 

しめた、食いついたぞ。

この無料券、実は弾が知り合いにもらったらしいんだが、あいつ甘いのあんまり得意じゃねえんだわ。

んで、この前のパンチングマシーンでDREAM・LINEのチケット取ってやったお礼に貰った訳だ。

しかしこんな女子力高えモン、俺が貰っても宝の持ち腐れだったから丁度良い。

ひら~っと右へチケットを傾ければ、本音ちゃんも倣って一緒に動く。

 

良し、これで有耶無耶に出来るだろう(ゲス顔)

 

「デ、DX――は!?ば、ばいしゅ~なんてひきょ~だぞ~!!」

 

バレた!?い、いや表情に出すな!!

普段の本音ちゃんからは感じられない鋭さに戦くも、それは悟らせない。

表情筋稼働率90%です。

ちなみに一夏ラヴァーズの「私達には?」という視線は封殺。

 

「なに言ってんだよ本音ちゃん。これは俺からの、ささやかな心遣いだって。本音ちゃんスイーツ好きだろ?」

 

「む、むむ~……ッ!?」

 

怒った顔で俺を見ながらも、その視線はチケットに揺られてゆ~らゆら。

そのまま目の前まで持って行き、笑顔で本音ちゃんの手を握る。

突然手を握られてビックリしたのか、本音ちゃんはそのや~らかそうなほっぺを林檎色に染めた。

 

「っ!?……あ、うぅ……」

 

「まぁなんだ……俺も男だからよ。男の性って事で、勘弁してくれや。な?」

 

「……う~……ずるい~……も~」

 

「嫌か?今日の所はここら辺で平和条約を結んで、過去は水に流してくれよ」

 

「ふにゅ……し、しょ~がないから、和平に応じるよ~。調印しますぅ~」

 

苦笑いを浮かべながら、俺は本音ちゃんの握った手を開いてチケットをそっと乗せる。

すると本音ちゃんは少し恥ずかしがりながらも、チケットを受け取った。

ククク、他愛無し……おっと忘れてくれ。

そのまま内心を出さずに「ありがとよ」と伝えて頭を撫でると、にへら~と笑顔を浮かべる本音ちゃんテラ可愛ユス。

 

「あっ……(良いなぁ)

 

おっと、もう一人の気付いていらっしゃるお方にもゴマ掏りの方をせねば。

本音ちゃんに渡したのと同じチケットを懐から取り出し、羨ましそうな表情をしてるさゆかの前に一枚。

するとさゆかは、ちょっと驚いた表情を浮かべる。

 

「えっ?……わ、私も良いの?」

 

「勿論、さゆかにも渡さねぇと不公平だからな……だからここは一つ、今回のことは穏便にお願ぇします、お代官様」

 

「……ふふっ♪……コホンッ……良きに計らえ、越後屋♪」

 

「へへぇ~、ありがたや~さゆか様~」

 

「も、もう。そこまでされると恥ずかしいよ……」

 

と、俺の冗談に乗ってくれたさゆかに頭を下げながら、山吹色のお菓子(チケット)を献上。

少し恥ずかしかったのか頬を赤く染めるさゆかに萌えを感じつつ、ミッションコンプリート。

そして取り出し足るは最後の一枚。

 

「ほれ、ラウラ。お前もこれでパフェを食って来な」

 

「おぉ!?私も良いのか兄貴!?」

 

「おう。折角日本に居るんだ。偶にはそういうのも楽しんでこい」

 

俺がヒラリと投げ渡したチケットを手に、クリスマスプレゼントを前にした子供みてーにキラキラした目を見せるラウラ。

今まで楽しめなかった分、甘やかしてやってもバチは当たんねぇだろ。

そう思って渡してやったのだが――。

 

「ッ!?た、楽しんでこい、とは……あ、兄貴は来てくれないのか?」

 

「んあ?俺か?」

 

と、急に不安そうな目で俺を見てくるではないか。

俺の渡したチケットを両手で握り締めながら、ラウラは瞳をウルルとさせて俺を見上げてくる。

 

「わ、私は、兄貴と一緒に行きたいぞ!!」

 

と、腕をバンザイの格好で行きたいアピールをする我が妹。

まぁ確かに、幾らラウラが軍属とは言え、幼い少女を異国で一人で行動しろとか鬼畜にも程があるわ。

そう思ってOKを出そうとしたら、今度は逆隣の我が癒しマスコットが半目で睨んでらっしゃるではないか。

ば、ばかな!?さっきご機嫌伺いをしたのにどうゆう事だ!?

 

「……」

 

っていうかさゆか様までちょっと眉尻を下げて悲しそうな顔してらっしゃるんですけど!?

余りの展開に焦る俺に、兄弟を裁き終えたセシリア達から呆れた眼差しが飛んできた。

兄弟?カエルみてーな格好で冷たい床に寝っ転がってるよ。

 

「はぁ……無いな」

 

「そうだね。元次、それは無いよ」

 

「な、無いっつってもよぉ。今ちょうどラウラにOK出す所だったんだが?」

 

呆れた目を向ける箒とシャルロットにそう返せば、またもや深い溜息が。

今度は鈴とセシリアが呆れた顔で額に手を当てて被りを振る。

 

「殿方がチケットのみを渡して楽しんで来い等と言っておきながらその内の一人だけと行くなんて、それでは余りにも他の女性が報われませんわ」

 

「アンタねぇ。自分から興味占めさせておいてそれは駄目でしょうが。こういう場合は本音とさゆかも誘って行くに決まってんでしょ」

 

「なん……だと……?」

 

余りにもショッキングな指摘に、俺は呆然。

慌てて二人に視線を向ければ本音ちゃんは拗ねながら、さゆかは悲しそうな表情のまま頷く。

な、なんてこった……確かにこれって「チケットあげるから一緒に行こう」という誘いになるな。

それで本音ちゃん達には渡すだけでラウラに付き合うって中々に駄目過ぎる。

 

「す、すまねぇ二人とも。ちっと考え無しだった」

 

「ぶ~ぶ~。ラウランだけずるいぞ~。私も一緒に行~き~た~い~」

 

「え、えっと……私も……元次君と一緒に行きたい、な……だ、駄目?」

 

「お、おう!!勿論ご一緒させて頂くぜ」

 

「わ~い♪」

 

「や、やった……ッ!!楽しみにしてるね?」

 

「お……おう」

 

う、上目遣いでそんなお願いされたら……行かねぇ訳にゃいかねえだろぉおうがよぉ!?

OKを出したら、2人とも心底嬉しそうな顔で見てくるではないか。

もう俺の心臓バックバクですよ?こんな美少女2人にこんな嬉しそうな顔させるとか、勝ち組かよ。

勿論俺の横で万歳しながら行きたいと駄々を捏ねるラウラも行く事が決定し、次の休みの予定が決まったのだった。

 

その後一夏も復活し、昼食を終えた俺達は駄弁りながら昼休みを満喫した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「まったく、何時もお前という奴は……ほら、早く注がんか」

 

「は、はい」

 

不機嫌な表情で差し出されたグラスにワインをゆっくりと注ぐと、千冬さんはそのまま一気に飲み干してしまう。

ふぅ、と溜息を吐く千冬さんのお顔は既に真っ赤だ。

何時も着てる黒のスーツを脱ぎ、白いYシャツだけになったその姿は実に眼福である。

その姿は、キッチリと着こなした何時もとは違って妖艶な艶姿だ。

これも千冬さんが美人過ぎるのが原因だろうなぁ。

ちなみに俺も制服の上は脱いで、上は黒のYシャツだけである。

 

 

放課後も終えて現在は夕食――が終わってゆっくりとする余暇時間。

 

 

そんな中、俺は不機嫌な表情の千冬さんにワインを注いでご機嫌伺いの真っ最中である。

いやー、何せ夕食の時間になって鍋と食材を持って伺った時、入り口を開けて俺を迎え入れた時の千冬さんの表情ったら無かった。

ライオンすら視線で睨み殺せそうなヤヴァイ目付きで現れた時は死期を悟ったぜ。

 

そのまま無言で顎をしゃくって中に迎えられた訳だが、俺には寮長室が処刑場にしか思えませんでした。

 

ちなみに部屋の中は綺麗に片付けられてた。間違いなく兄弟が掃除したんだろう。GJ。

 

とりあえず無言で睨んでくる千冬さんだったが、夕食に用意した『ゴロゴロ肉のビーフシュー』を食してる時には、その視線も大分緩和した。

ヒレ肉・牛タン・テール・ホホ肉・ハラミ肉、更にはハチノスまで入れた至極の一品。

漫画の様に上手く出来た会心の仕上がりだったよ。

んでまぁ、かなり機嫌を戻して頂けた千冬さんに晩酌に付き合えと言われて、現在に至る訳だ。 

 

「ふぅ……まったく。私に礼がしたい等と抜かしておきながら舌の根も乾かぬ内に破廉恥な下心を浮かべるなどありえんだろう」

 

「す、すんません」

 

「まぁ、確かに先程のビーフシチューは絶品だった。あれを礼と言うなら、書類くらいの面倒事には釣り合っていただろう……しかし、その後の分には足らんからな」

 

「分かってます。ですからこうして晩酌のお摘みを作らせて頂いてる訳でして」

 

不機嫌な千冬さんにひたすら下出に出ながら、俺はキッチンに戻って次のつまみの準備をする。

さっき出したトマト・バジル・モッツァレラのカプレーゼも、千冬さんがパクパク食べちまってるから急がねぇと。

常備している菓子棚から薄いクラッカーを取り出して準備。

千冬さんの今日のお酒はワインだし、クラッカーカナッペが合うだろう。

 

おつまみ用に買い足した食材を切りながら準備を続ける。

しかし今回の夕食の食材、中々の金額になるだろう。

食材を無料で分けてくれたマダム達への感謝の念が尽きません。

と、そんな事を考えてる内につまみが出来上がったので、皿に乗せて千冬さんの下へ戻る。

 

「お待たせしました。クラッカーカナッペです」

 

「ほう。随分と洒落たつまみだな」

 

その内の一つであるアメリカンチェリーとクリームチーズのクラッカーを一つ、パクリ。

眉間の皺が大分解れてきた千冬さんの表情に、やっと笑みが戻り始める。

や、やっと千冬さんのお怒りも鎮火して頂けたか……長かったぜ。

思わず微笑む千冬さんのお姿に安堵の息を吐いてしまう。

 

「……まぁ……お前も年頃の男だ。オマケにこんな女子ばかりの空間に押し込まれては、そうなってしまうのも仕方無いだろう。元々スケベだしな」

 

「ごっふぅ!?す、すけべすけべと仰らないで下さいよ!?」

 

「事実だろう」

 

「そりゃそうっすけど!!言われんのと自覚してんのとじゃえらく違いがあると言いますか……ッ!!」

 

「ふん」

 

俺を言葉という名のガゼルパンチで叩きのめした千冬さんは新しいワインを開けるとそのままラッパ呑みで一本開けてしまう。

っていうか一息でボトル開けるとか、酒豪にも程があると思います。

既に夕食が済んでから3時間。

てっぺんまで後1時間ちょっとの今までに空けたワインの本数は軽く二桁いってるんだぜ?

つまみのクラッカーもパクパク食べてるから、残りは後数個しかない。

 

「だが、おまえのすけべ根性を利用されるかもしれんのを覚えておけよ?」

 

「……それってつまり、ハニートラップの事っすよね?」

 

「そうだ」

 

と、不意に言われた言葉に俺は自分でも分かる位に顔を歪めてしまう。

ハニートラップ、つまりは色仕掛けとかを利用して情報を得るスパイ行動の一つ、らしい。

直訳すると「蜜の罠」や「甘い落とし穴」という、男が掛かりやすい罠の代表格だな。

 

「お前や一夏の生体情報を欲しがる輩はごまんと居る。クローン研究等に利用されたくなければ、気をつける事だ」

 

千冬さんの言葉に益々苦い顔になってしまう。

ハニトラについては政府のお偉いさんや最初に出会った秘書風のお姉さんにも口を酸っぱくして言われたぐらいだ。

 

「でもっすよ。俺らの歳でハニトラとか、普通有り得るんスか?」

 

「……スペイン、アメリカ、ギリシャ、それとスイスにブラジルだったか」

 

「え?」

 

ワインを飲み終えた千冬さんが、俺の質問に対して難しい顔で何故か世界の国々を羅列し始める。

 

「明らかにお前達へのハニートラップ目的で学園に送り込まれる予定だったガキ共の出身国だ」

 

「……マジかよ」

 

「束の奴が態々そいつ等の経歴を書類付きで私に送ってきたぐらいだ。冗談でもないだろう。私も直に会って納得したがな」

 

「会ってって……そいつ等、試験落としたんスか?」

 

さすがに俺と一夏を力で狙ってきた輩なら心配する必要はねぇ。

だが、色仕掛けというある意味で成功もしてねぇ作戦を任されてた女子。

そいつ等が俺らの所為で人生を棒に振っちまってたら、後味が悪い。

そう思ってたんだが、向かいの千冬さんは不敵な笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

「おいおい。私を誰だと思ってる?――小娘の一人や二人、更正させるぐらい訳は無いさ」

 

「……ははっ……御見逸れしました」

 

不敵な表情で言い放った千冬さんに、俺も嬉しくなって笑みを浮かべてしまう。

学園に送り込まれた政府の思惑を背負わされた生徒を更正させちまうとは、恐れ入ったぜ。

聞けば今は普通の生徒として過ごしているとか。

さすがは世界最強の先生だ。

 

「だがまぁ、私が更正させても全ての生徒を見れる訳ではない。可能性は低いが、まだ他にもそういう思惑を背負わされた生徒が居ないとは限らない」

 

「まぁ、生徒数めちゃくちゃ多いっすからねぇ」

 

「そうだ。だからこれだけ注意している訳だが、肝心のお前がよりにもよってすけべ根性丸出しときてる。餌を目の前にブラ下げられたロバか貴様」

 

「おdisが酷すぎて泣けます」

 

しかしまぁ、上げて落とすのがお得意なご様子の千冬さんの言葉に項垂れてしまう。

しゃーねぇじゃん、男はエロに弱いんだ。

例え罠だと知ってても、男にゃ引けねえ時ってモンがあるんだ。

そんな事を考えてると物凄い目力で俺を睨んでらっしゃる世界最強のお顔が。すいませんでした。

 

「……馬鹿者が…………し、しし、仕方ないから、私が訓練をつけてやる」

 

「え?訓練っすか?それって――」

 

一体何の?とは聞けなかった。

突然立ち上がった千冬さんが俺のYシャツの襟首を掴んだからだ。

 

「ふん!!」

 

「うおぉ!?」

 

千冬さんの気合の篭った一声と共に、視界が反転。

そのままボフッという音が背中側から聞こえる。

慌てて上半身を起こすと、俺は千冬さんの普段使っているであろうベットの上に放り投げられていた。

 

「ち、千冬さん!?何を――」

 

「ッ!!」

 

「ぬあ!?」

 

するんですか、と言おうとした俺だったが、それも叶わず。

いきなり両手を突き出した千冬さんに再びベットに押し戻され、そのまま腹の上に跨られてしまう。

現在俺の視界には、俺をキリッとした目で見つめる千冬さんのお顔がドアップで映し出されていた。

 

「は、え、ちょ!?」

 

な、何事よマジで!?何で俺千冬さんに押し倒されてんの!?

動こうにも千冬さんが上に乗ってるから動けないこの状況。

そんな中でも千冬さんは動こうとせずに、ジッと俺を見つめているではないか。

 

「……訓練をつけてやる……尻の青い小娘共に、篭絡されん様に、な」

 

俺を押し倒したまま、片手で千冬さんは何時も使っている髪留めを解き、髪を開放していた。

長い艶やかな黒髪が解け、何時もとは違う髪を下ろした千冬さんの姿に心臓が跳ねる。

っていうかこの人今なんつった!?

 

「く、訓練って……ッ!?」

 

「……決まっているだろう?ここまでされて察せん程、愚かでもあるまい」

 

シュルッ

 

布の擦れる音と共に、ネクタイが俺の顔にかかる。

千冬さんが片手で外したネクタイだ。

唖然とする俺に構わず、更に千冬さんはYシャツのボタンに手を掛ける。

っていうか千冬さん顔真っ赤なんですけど!?これ確実に酔っ払ってんだろ!?

 

「ちょ!?ちょ、ちょっと待――」

 

「やかましい……黙って、見ていろ」

 

俺の言葉を切って捨て、千冬さんは胸元のボタンを解放させていく。

遂にそのままボタンは全て外され――その豊満な魅惑の果実を覆う、黒の下着が露に。

 

「な……なななななッ!?」

 

「……ふっ……どうやら私も、捨てたものじゃないようだな……顔が真っ赤だぞ?」

 

捨てたものじゃない?それどころか千金の価値ありなんですけど!?

っていうか千冬さん完全に酔っ払ってますよねぇ!?

あぁ忘れてた!!この人酒豪だけど、酔っ払うボーダーラインが全然分からねぇんだった!?

だから俺も反応が遅れちまったんだ!!もう疑い無く出来上がってるよこの人!!

 

俺の反応に気を良くしたのか、千冬さんは不敵な笑みを浮かべながら体を下ろし、俺と10センチも無い位置で顔を見合わせてくる。

しかもそのまま体を上に流して黒の下着に包まれた胸元を俺の視界いっぱいに差し出すではないか。

 

「――ッ!!」

 

駄目だ、もう我慢できねえ。

例え千冬さんが酔っ払ってこんな事してるとしても、ここまでされたら食い付かねぇ筈も無し。

後で千冬さんには土下座しよう。許してもらえなくっても構わねぇ。

いや寧ろ喜んで責任は取らせて頂きます!!

一瞬で理性が蒸発し、目の前の戦乙女の肢体を護る邪魔な布を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。

 

ガシッ

 

「――え?」

 

「……こら……勝手に動くんじゃない」

 

しかし、俺の手は他ならぬ千冬さんの手に掴まれて阻止されてしまった。

慌てて視界を上げると、何時か魅せたサドッ気の溢れる千冬さんの笑顔が、俺を見つめているではないか。

不敵な表情の千冬さんと見つめ合っていたら、優しく、しかし力強い動きで俺の手はベットに戻されてしまう。

 

「ふっふふ……元次ぃ……♡」

 

「ち、千冬さん?」

 

何で?と問おうとする前に、千冬さんの甘い声が耳元で零れる。

熱い吐息が耳に掛かって獣欲が灯るも、千冬さんは耳元でクスクス笑っていた。

 

「言っただろう?……これは”訓練”だと……ん?」

 

「え?あ……く、訓練って……?」

 

「く、くっくく……お前がハニートラップにかかって、こんな状況になっても――”手を出さない”様に……”耐える”訓練だ♡」

 

「んな!?」

 

余りの驚愕に声が漏れるも、再び体を起こした千冬さんは俺を見て笑うだけだった。

酒気の漂う鼻腔を擽る酒の甘い匂いと、千冬さん自身から香る女の妖艶な匂い。

それらがぐちゃぐちゃに混ざった何とも言えない……興奮を誘う匂い。

女の色香をこれでもかと魅せつけながら、千冬さんはサディストな笑みを浮かべている。

 

「くくっ。勝手に手を出してくれるなよ?私はそんな簡単に体を許す女ではない。もし手を出すというなら、それは好きにするが良いさ……尤も、その時はお前への全ての信頼を失うだろうがな?」

 

「なッ!?」

 

こちらを馬鹿にする様な笑みを浮かべて、千冬さんはそんな事を言う。

つまり、千冬さんは俺を信頼してここまでしている。

しかし手を出していいなんて一言も言っていない。

だから、ここで手を出そうものなら、俺は長年敬愛し続けたこの人の信頼を永遠に失う事になる。

 

――それだけは、何があっても失う訳にはいかない。

 

それは正しく、俺を信じてくれた千冬さんの心に、決して癒えない傷を残す事になるから。

そこまで理解して慌てて理性で本能に蓋をした俺に、千冬さんは自らの体を抱く姿をとった。

俺を見下ろしながら、何かを耐える様にブルリと体を震わせる。

 

「あぁっ……可愛いやつだな、お前は……私を傷つけまいと、我慢する……だが」

 

そこで言葉を切ると、千冬さんはとても緩慢な動きで、再び体を下ろしてくる。

そしてその白魚の様な細く白い手で、俺のYシャツのボタンを一つずつ、ゆっくりと外しにかかった。

 

「ぬぁッ……」

 

「その我慢を……止めさせたくなるな……」

 

そして全てのボタンを外した千冬さんは、俺のシャツを開いて俺の裸体に指を這わせ始めた。

まるで蛇の様にゆっくりと、ゆっくりと上に登る動き。

手から伝わる少しヒヤッとした感触に背筋が震えそうだ。

やがて、千冬さんの手は俺の顔を捉え、真っ直ぐに目を合わせられてしまう。

 

「ふふふっ……そうだ……何をされても我慢しろ……私を安心させてくれ」

 

「……酷いお言葉っすね」

 

「女がここまでして願う言葉が、か?」

 

「そう言われちまうと、頑張りたくなっちまいますよ。他ならぬ千冬さんのお言葉なんすから」

 

「……くくくっ……良い子だ♡……ガキ共のハニートラップなんぞに惑わされるな……ン」

 

チュ

 

「おぉあッ!?」

 

く、首!?首筋にぃ!?今この人俺の首にキスした!?

慌てて体を起こそうと考えるも、俺の上には弛緩しきった千冬さんが乗ってる。

即ち、いきなり体を起こしたら千冬さんが怪我しちまう可能性もあるので動けない。

 

「んん……はぁふ……ちゅ……」

 

「ぬ、ぬぁああ……ッ!?」

 

と、千冬さんは首筋から顔をどかして、そのまま下がっていく。

そして俺の胸や腹筋にちゅっちゅっとリップ音を鳴らしながらキスの雨を降らせていた。

もどかしく、しかし興奮を呷る動きに手を動かして千冬さんを抱きしめたくなる。

 

だ、駄目だ……ッ!!千冬さんは俺を信じてるからこんな大胆な事をしてくれてるんだぞ!!

その信頼を裏切る訳にゃいかねぇ……ってか酔っ払ってる時に手を出すなんざ男のする事じゃねぇ!!

念じろ!!これはハニトラだこれはハニトラだこれはハニトラだこれはハニ……。

 

「かぷっ♡」

 

「はう!?」

 

胸元を甘噛みされて変な声が出るも、千冬さんは気を良くして今度は首筋の甘噛みしてくる。

それはまるで、孤高の一匹狼が気を許してじゃれついてくる様にも思えてしまう。

 

そんな事考えながら千冬さんを見ると……楽しそうに笑いながら俺を甘噛みしてくる千冬さんの頭にぴょこんと生える犬耳を想像してしまった。

ご丁寧にお尻の辺りでゆらゆらと揺れるフカフカの尻尾まで――どこまで想像力逞しいんだよ、俺ぇ……ッ!!

ヤバい、想像したらすげえ可愛い……駄目だ、我慢我慢我慢我慢……ッ!!

 

思わず所在無かった両手をギシリ、と音が鳴るくらいに握り締め、妄想を追い払う。

こんなのってねえぜ……マジで生殺しだ……ッ!!

 

「ふふふ♡……あぁ、そろそろ眠くなってきたな……まぁ、今日はこの位で勘弁してやろう」

 

「……ッ!!……ご、ご指導ありがとうございます……ッ!!」

 

楽しそうに笑う千冬さんが時計を見ながら言った言葉に、俺は本気で脱力してしまう。

あ、危なかった……もうマジに意識がブッ飛ぶ所だったぜ……ッ!!

アレから本当に色々された。

体中をちゅーちゅーされたり、耳を甘噛みされたり、足を絡められたり……。

下着に包まれた胸を俺の露出した胸や腹辺りに擦れさせて、時折「んぅ♡」とか艶かしい声を出されたり、だ。

 

恐るべし、織斑千冬のハニートラップ……ッ!!

 

だが兎に角、漸くこの地獄の時間も終わりが「あぁ、言っておくが、お前は訓練続行だぞ?」――何ですと?

 

「私はもう寝るが……お前はまだ訓練を続けるんだ……こうして、な♡」

 

むぎゅっ

 

「もふ!?」

 

め、めめ、目の前にふつくしい谷間がががががが!?

いきなり千冬さんに抱き寄せられた俺は抵抗する暇も無く、千冬さんの谷間に顔を埋めてしまう。

慌てて視線をあげれば、やはりそこには楽しそうに笑う千冬さんのお顔があった。

 

「少し抱き枕にしては硬いが……まぁ良いだろう。では寝るとしようか♡」

 

「ももも゛!?」

 

「さて、元次……私は信じているぞ?」

 

この状況でどうやって寝ろとおっしゃいますか!?

そう抗議したいんだが、千冬さんの腕はまるで万力の如き力で俺をホールドしているのだ。

オマケにそのままくーくーと可愛らしい寝息を立てて寝入ってしまう始末。終わった。

しかも千冬さんの寝る寸前の信じているというお言葉。

つまり「私が寝てる間に襲う様な事はしないな?」という訳である。

 

勿論、俺の信条としてそんな卑怯な事はしな――い、つもりだ。

 

 

 

――しかし、である。

 

 

 

「……」

 

「すぅ……んぅ……」

 

 

 

こんな艶かしい声出されて寝れるかぁああああああああああッ!?

 

 

 

世界で一番隙の無い美女の、隙だらけの姿。

こんなご馳走が目の前にあるのに手を出せない生き地獄。渡る世間は地獄ばかりだ。

しかも時折もぞもぞと動かれて刺激され、逆に目が冴えてしまう。

あぁ、千冬さん!?足をそんな所に絡ませたら――!?

 

 

 

だぁあああああ!?いっそ殺してくれチクショォオオオオオ!!

 

 

 

あぁ、性欲を持て余す。

 

 

 

 







千冬さん、覚醒(酔)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣にも休日と癒しは必要なんです。




話を煮詰めるとどうしても時間が掛かってしまうんですよねぇ。


しかし駄作者なので中身は薄っぺら。


投稿するのも「これでいいかな?」と勇気が要るという三重苦。


そして作者は感想が無いとモチベーション下がる駄目っぷり。


皆さん、厚かましいお願いですが感想お待ちしてます(土下座)


感想が多ければ多い程、作者は力を増すうぅ!!




 

 

 

チュン。チュンチュン。

 

 

「……ん……んぅ……朝、か……」

 

 

一日の始まりを告げる雀の鳴き声。

そしてカーテンの隙間から零れる朝日に、織斑千冬はその意識を覚醒させ始める。

ボンヤリとしていた意識が少しずつ鮮明になり、視界も寝惚けを覚まそうと働く。

千冬は近年稀に見る程に爽快で気持ちの良い目覚めに、その口元を無意識に緩ませていた。

 

あぁ……久しぶりに、とても気持ち良く眠れたな……こんな気分は何時ぶりだろうか。

 

思い返すも出てくる記憶は学園の業務、弟の壊したドアの対応、非常事態の後始末等と碌でもない記憶ばかり。

こんなにも良い朝に思い返したくも無いと、千冬は直ぐにその記憶を埋める(シャットダウン)

そして今日は土曜日、珍しくも職員も休みの日だと記憶を思い出していた。

確か今日は真耶と約束していたな、と本日の予定を頭の中に組み立て、起き上がろうと己の意識をハッキリさせる。

 

「うぅ……うぬぅ……」

 

「――」

 

そして、自分の谷間に顔を埋めて寝こける元次の姿を発見。

一瞬でフリーズしてしまった。

 

 

 

――チュンチュン。

 

 

 

「――」

 

「う、ぬぉ……ち、千冬さん……エロ過ぎますぅ……zzz」

 

 

 

 

 

――――。

 

 

 

 

 

――――――――。

 

 

 

 

 

――――――――――――は?

 

 

 

 

 

小鳥の囀る耳触りが良く心地よい鳴き声と、胸の中で困った表情で寝言を口走る元次。

余りにも予想外過ぎる展開に、千冬の心は呆然としてしまう。

そして、視覚情報によって確認した自らの格好にすら駄目押しを食らう。

上は何時もの白いYシャツを着ているが、ボタンは全て外してフルオープン。

千冬が好む黒い下着は惜しげも無く晒され、その柔肌に顔を埋める元次(愛しい男)の姿。

更に目の前で眠っている元次すらYシャツの前は開き、その鍛え上げられた筋肉が露出していた。

 

――そして、元次の体の至る所に残る、無数の所有証明(キスマーク)

 

ここで千冬は漸く、昨夜自分が何をしたのかを思い出す。

酒に酔い、気分がよくなっていた所為で。

目の前のスケベに妬き餅を焼いてやらかした……とんでもないやらかしを。

 

「あ……あぁ……ッ!?」

 

昨夜の出来事が少しづつ鮮明になるのと比例して顔に血流が流れ、林檎の様な顔色になっていく世界最強の”乙女”。

自分以外の女にうつつを抜かすこの男が憎くて、愛しくて。

この腕の中に納めた暖かくて心地よくしてくれる温もりを、自分だけの物にしたくて。

 

「……あ、ぅ……ッ!?」

 

理不尽な状況でも自分の事を第一に考えてくれる、目の前の男を困らせたくなって。

意地悪をしても自分を想ってくれる愛らしいケダモノに胎の奥が、女の部分がじゅんと疼いて。

ISに乗る事がなければ、ここまでヤキモキする事も無かったのに、と。

私以外の他の女なんて見るな、楽しそうにするな――私だけを見ろ、と。

自分も構って欲しいと駄々を捏ねて、拒否しなかったから散々に甘え倒した。

 

でも、乙女心は複雑怪奇。

 

それを真正面から言う勇気が無かったから、酒の力を借りた。

そして、遂に己の腕にその憎たらしい(愛らしい)野生の獣を捕まえ――首輪(キスマーク)を付けたのだと。

と、昨夜の出来事の全てを思い出し、千冬の心臓はバクバクと早鐘を打つ。

 

そして、自分の手に伝わる硬くてbigな”ナニ”かの感触に、思わず視界を向け――。

 

「――な、ぁ……ッ!?わ、わわっ……ッ!?」

 

それがドコのナニか理解し、蒸気を顔からプシュゥウゥ~ッ!!と立ち昇らせる。

ババッと音を鳴らして手をどけるも生々しい感触が消えず、視界に映るドでかいテントに血流は更に加速してしまう。

乙女心一万二千回転、オーバーレブ突入状態。

このままいけば、千冬の大事な何か(羞恥心)がオーバーヒートするのは確実であり、あえなく彼女は臨界点突破(エンジンブロー)となってしまうだろう。

 

「――う――うっ――」

 

そして、暴れる鼓動を止めようと――。

 

 

 

 

 

「むにゃむにゃ……す、擦り付けより……そのおっぱいを揉ませてくだ――」

 

 

 

 

 

ブチッッッ!!!

 

 

 

 

 

「――――うがぁあああぁぁああぁああああッ!!?」

 

バチコォオオオンッ!!

 

「ぶげらぁああああああああああッ!?」

 

 

 

 

 

千冬は目の前の獣に照れ隠し(剛撃の極み)を解き放つのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫、元次君?疲れてるの?」

 

「そ~だよゲンチ~。元気がないよ~?」

 

「……いや、大丈夫だ……ちっと朝方に、麗しい狼様にじゃれつかれたってだけだからよ」

 

「え~?おおかみ~?」

 

「え!?が、学園に狼が……ッ!?」

 

「あーいや、狼ってのは比喩なだけで……まぁ大丈夫だ。気にしねぇでくれ」

 

両手を吊り革にぶら下げて項垂れる俺を心配してくれる本音ちゃんとさゆか。

その二人に内心は隠しつつ笑顔で返事を返しておく。

 

「む?学園の中にはそういった猛獣の類はいなかった筈……一般生徒が危険に晒されてしまう。これは教官に捜索の手配を頼まねば」

 

「止めてくれラウラ。マジで」

 

寧ろそれって俺に止めブッ刺す事になるから、ホント勘弁。

折角比喩的な表現したのにその主に連絡とか洒落になんねぇよ。

「何故だ?」と問うラウラに大丈夫、大丈夫だからと誤魔化し、俺は軽く息を吐いた。

 

あの生殺しハニトラ耐久訓練(お相手はブリュンヒルデ様の逆指名)から生還し、今日はその翌日。

 

昨日約束した通り、俺はラウラ、本音ちゃん、さゆかの3人でモノレールに乗って街へと向かっていた。

時刻は後一時間ばかりで昼には良いぐらいの時間になるぐらいだ。

んで、何で買い物に行く段階で俺が疲れてるかと言えば、だが……勿論、昨夜の訓練のおかげである。

脳裏に蘇る、千冬さんという極上の美女との甘い一時。

しかしその内容は男泣かせな我慢比べときた。

俺の精神力と忍耐力、理性という名の木をチェーンソーで薙ぎ倒しにかかる鬼畜極まり無い諸行。

しかも誘惑した本人は先に寝て、結局俺が寝れたのは未明の4時だ。

少しは疲れた表情になっちまうのも見逃して欲しい。

 

しかも不幸は単独ではやってこず。

 

漸く眠りについた俺を強制的に現世へ呼び起こしたのは、優しい女神のモーニングコール?

勿論そんな甘くて美味い話な訳は無ぇよ。

 

俺を叩き起こしたのは文字通り頬に伝わる激痛に寄る”叩き”起こしだったのだから。

 

そして俺を叩き起こしたのは皆さんご存知あの人。

夕べ俺をこれでもかと誘惑し、焦らし、弄んだ千冬さんだ。

頬を殴り飛ばされて目を覚ました俺の目に映ったのは、Yシャツの前を握り締めて肌を隠し、真っ赤な顔で俺を睨む千冬さんの姿だった。

しかも涙目で俺を睨みながらまるで強引に迫られて怒る女の様な有様で、下着が見えない様に女座りで後ろに逃げていらっしゃる。

俺にキスを落としてた妖艶な唇は波の様にユラユラした形にキュッと閉じられ、保護欲をそそる可愛い唇へ変貌しているではないか。

目付きも怒りというよりは”拗ねている”感じなんですよ?

 

おい何だこの可愛い千冬さんは?美しい?綺麗?もうブッ飛んで可愛いだよこれ。

いや、これじゃ千冬さんじゃねぇ”千冬しゃん”じゃねぇかべらぼうめぃ(錯乱)

 

そして胸元でシャツを握り締めながら逃げる千冬さんの様子に、昨夜の記憶があると分かったのは当然の事で、ねぇ。

しかしそれを行った張本人である千冬さんは何も喋らず、俺を睨みつけるばかり。

まるで俺が悪いと言わんばかりの態度だ。

まぁ、俺自身はヤラれた立場なのでどうとも声を掛ける事が出来ず――。

 

『え、えっと……昨日は、激しかったっす☆』

 

ブッチンッ!!

 

思わず口から出たNG過ぎる言葉と何かの千切れた音に青褪め――。

何故か背後のクローゼットから打鉄に積まれてる筈のブレード《葵》を取り出し(何で入ってたのアレ?)

シャツの前を片手で握って隠しながら、表情が前髪で隠れたその形相に戦慄。

そして、真っ赤な顔色のままに目元を隠し、片手でブレードを引き摺る千冬さんに後ずさり――。

 

『……あの、ち、千冬……さん……?』

 

『……………………え』

 

『……え?あ、あの?今、なんと……?』

 

『…………………なえ』

 

『え?え?お、おおぉ俺の聞き間違えっすかね?おかしいな、俺の馬鹿耳が更に馬鹿になっちま――』

 

 

 

 

 

『私の剣で、記憶を失えぇぇえええぇぇぇえええぇ――――ッッッ!!!』

 

 

 

 

 

『ホ、ホアチャアアアアァアアァァアアっっ!!?(裏声)』

 

眼前に現れた千冬さんの首を狙った突きをスウェイからの転がりで奇跡的に回避。

後数ミリで綺麗に俺の首は狩り殺られていたであろう。

咄嗟に動けたのは正にミラクルだった。

両手でパチンッ!!と潰される寸前で奇跡的に回避した蚊を連想しちまった程に。

しかし続くは剣客浪漫でお馴染みの牙突――ッ!?

 

『うがああぁぁあああぁあああぁあああ――――っっっ!!!』

 

『ちょまっ!?おち、おちつい――――ぬぅおぉあぁぁあああぁぁあああっっ!?』

 

 

 

顔を真っ赤にして、目をぐるぐるさせて襲い掛かってくる千冬さんに、学園入学以来最大の命の危機を感じたのであった。

 

 

 

間違い無く千冬さんからしたら酒に酔ってやらかした照れ隠しだったろう。

しかしどれだけ恥ずかしがっていてもその剣筋に曇り無し。

数ミリ単位で自分の髪の毛が一本二本、薄皮がスラスラ切れていくのは正に悪夢でした。

ドッタンバッタンというでかい音を立てながら追い立てる千冬さん、逃げる俺。

最後には這々の体で俺は命辛々寮長室から逃げ出す事に成功したのであった。

寮長室のドアが、千冬さんの放った月牙○衝モドキで刳り貫かれたのにはマジで肝が冷えました。

 

さすがに寮長室の外までは追われなかったのが救いだったぜ。

 

まぁそんなこんなで朝っぱらから激しい命の遣り取りをして、今に至る訳だ。

 

俺の目の前の席に座る本音ちゃんとさゆかに心配されながらも、とりあえず今日の予定を確認。

本来はパフェ食べに行くだけだったが、ここでちょっと予定の追加が入ったのだ。

 

「えっと……先に水着とか服を買いに行くんだったな?」

 

「う、うん。来週の臨海学校に持っていく水着は、新しいのにしようと思ってるんだ♪」

 

「私は水着と~新しい着ぐるみパジャマ~♪また可愛いの出たの~♪」

 

まだバリエーションあんの?あのシリーズ?

まぁ本音ちゃんが着ると3倍増しで可愛いから良いんだが。

 

「そうか。んじゃ、まずはその辺を回ってから、最後にパフェで〆、だな。ラウラは?」

 

「うむ。私は今の装備で充分だから衣服は特に無いな。強いて言えば……パフェが楽しみだぞ!!」

 

「そうか。じゃあその楽しみはちょっとだけ取っとこうな?」

 

俺の言葉にキラキラした目で「うむ!!」と元気良く返事を返すラウラを笑顔で見つつ、俺は吊り革を握りなおす。

ラウラも本音ちゃんの隣で行儀良く、というか姿勢良く座りながらもソワソワしていた。

やっぱ軍育ちなだけあってその辺の基本姿勢はキッチリしてるけどな。

 

「でも、元次君。立ってたら辛く無い?まだここ座れるよ」

 

と、俺の前に座るさゆかが隣を叩くが、俺のアメ車級ボディじゃちぃとスペース的に厳しい。

それに、俺が態々立ってるのは理由があるんだなこれが。

 

「あぁ、大丈夫だ。それにそんなスペースに座ったらさゆか達が狭くなっちまうよ。遠慮せずにもちっと余裕取りな」

 

「う~ん……でも、元次君に悪い気が……」

 

「なんにも悪くねえさ……それに――」

 

「ちょっと!!男の癖に座ってるんじゃないわよ!!早くどきなさい!!」

 

「す、すいません……」

 

「まったく、これだから男は邪魔なのよ」

 

「……あんな風に一々絡まれんのも面倒だからな。空気悪くなるしよ」

 

「あっ……」

 

俺が見た方向と聞こえてきた声で、さゆかも本音ちゃんも、そしてラウラも察してくれた。

先に座ってたリーマンに向けてヒステリックに怒鳴る、いかにも女尊男卑主義に染まった中年のババアの行動に。

まぁ、あんな感じで絡んでくるならまだマシな方だ。

吊り革にちゃんと掴まってねぇと、痴漢冤罪を掛けられるなんてのもザラだからな。

例え冤罪でも、今は女性優遇処置の所為で訴えられたらほぼ負けに近い。

だからモノレールとか電車は、今の男達からは敬遠されがちだったりする。

俺は両手を吊り革にかけて、両手を上に上げた痴漢出来ない状況を作ってる訳だ。

 

「……酷い、よね。ああいうの」

 

「うん~。女性優先車両があるんだから、そっちに座れば良いのに~」

 

「大方、何でも思い通りに出来ると逆上せ上がってるんだろう。ああいうのはドイツにも居た……権利を勘違いした輩は、何時見ても醜悪だな」

 

さゆかと本音ちゃんは悲しそうに眉尻を下げ、ラウラは侮蔑する様に吐き捨てる。

折角の楽しかった雰囲気がもう台無しじゃねぇか。

 

「まっ、放っとこうぜ。突っかかってこなきゃ対して害は「ちょっと!!邪魔よアンタ!!」……あぁ?」

 

と、本音ちゃん達のムードを変えようとした所で、耳元にギャーギャーうるせえ声が響く。

そっちに目を向ければ、そこには関取クラスすら狙えそうな豚が居やがるではないか。

どうにも俺の後ろを通って隣の車両に行こうとしているらしい。

その後ろに居る2~3人の女共も同じ目をしている所を見ると、どうやら同じ穴の狢らしいな。

 

「聞こえなかったの?邪魔だからどけって言ってるのよ!!図体ばっかりでかいだけで能無しの男の癖に!!」

 

……OKOK。早速調子ブッこいた馬鹿に絡まれた訳だな。ったく。

と、俺を馬鹿にされてムッとした表情を浮かべるラウラに、プライベート・チャネルを開く。

 

『ラウラ。もう次の駅に着く。そこが降りる所だから、適当にあしらってさっさと降りるぞ』

 

『そんなもので良いのか?こいつは兄貴を侮辱しているのだぞ?……身の程を知らぬ愚物め。腹が立つ』

 

『んなもん気にすんな。これぐれえ何時もの事だからよ』

 

それだけ言って回線を切り、俺は目の前の豚に視線を下ろす。

さっさとあしらっとかねぇと、本音ちゃん達すらも貶しかねねぇからな。

それされたら無残にブッ殺確定だし。

 

「どう考えても邪魔なのはテメェの無駄な横幅だろうが。ドラム缶がでけぇ面して歩いてんじゃねぇよボケ」

 

「……は?」

 

一瞬、車内の空気が凍りついた。

 

目の前のデブは何を言われたか分からないって顔してるし、後ろの馬鹿共はオロオロするばかり。

多分今まで他の男連中は素直に言う事聞いてたんだろうがな、俺はそこまで甘かねぇぞ。

車内の男連中は止めとけ、って必死に手を振ってるが、俺はそれに構わず口を開く。

 

「てめぇみてーな汚デブじゃISにも碌に乗れやしねぇのに何粋がってやがんだ?ダイエットしてから出直せや、豚」

 

「兄貴、それは豚に失礼だ。豚は美味いソーセージにもベーコンにもなるが、これにその需要は全く無い。精々が工業用のオイルだろう」

 

「な……なぁ……ッ!?」

 

「あぁ、そうだなラウラ。こりゃ完全に失言だったわ。だが、こいつの蓄えてる油じゃ何の役にも立たねぇ。オイルにすりゃなりゃしねえさ」

 

「ふっ、確かにな。私も失言だった」

 

と、転校当時を思わせる冷たい瞳でデブを見据えながらラウラが参戦。

その言葉に納得しつつ目の前の馬鹿を笑顔で貶すのを忘れない。

そしてラウラも見下した笑みで侮蔑を顕にする。

ここまで言われたデブは鼻の穴を大きく膨らましながら青だったり赤だったりと忙しなく顔色を変えていた。

無駄に使えねえ信号機みてえだなオイ。っと。駅に着いたな。

 

「ふ――ふざけ――っ!!」

 

うるせぇギンッ!!!

 

「―ひっ――」

 

そろそろ周りの迷惑になりそうだったので、サングラスをずらして軽く怒気を叩き付ける。

すると、デブと取り巻き達は短い悲鳴を挙げて、電車の床にへたり込んだ。

ガタガタと震えるそいつ等から視線を外し、俺とラウラは悠々とモノレールを降りる。

勿論、本音ちゃんとさゆかも一緒に着いて来てるので全員ちゃんと降りた。

入れ違いにモノレールに入ろうとしてた人達がデブ達の様子に首を捻っている。

 

「次にナマ抜かしやがったり、他の人に迷惑かけてみろ――”容赦しねぇぞ?”

 

「ひっ、ぃ――」バタッ!!

 

と、最後にもう少し強めに怒気を叩き付けると、アホなデブ共はモノレールの床に倒れて失神。

モノレールの扉が閉まり、そのまま次の駅に行ってしまった。

 

「ったく。面倒くせぇ……三人ともごめんな?折角の休みによ」

 

「う、ううん。元次君は何も悪くないよ。いきなり言ってきたのは向こうなんだもん」

 

「そ~だよ~。だから、あやまっちゃだ~め~」

 

「元より兄貴を侮辱する様な輩だ。私としてはあれでも足りないくらいだぞ」

 

巻き込んでしまったさゆかと本音ちゃんに謝ると、二人は逆に俺を弁護してくれる。

ラウラは寧ろヤリ足りなかったご様子。

あんなのに時間使うの勿体無いしバッチィでしょうが。兄貴として許さんよ?

しかし巻き込んじまったのは事実なんだよなぁ。

 

「まぁ、男の俺が一緒だとこういう事が起きるって先に言っておけば良かったぜ……本当に悪い」

 

「だ、大丈夫だよ。だから、そんなに謝らなくても――」

 

「むむぅ~……ちょっとさゆり~ん♪お耳をはいしゃ~く♪」

 

「え、えっ?」

 

「ん?」

 

「ゲンチ~はちょっと待っててぇ~♪」

 

「あ、あぁ」

 

本音ちゃんとさゆかに申し訳なくて若干表情を歪めていると、何故か二人はコソコソと内緒話を始めた。

うむ、これがハブられる?いや違ぇよ。

 

『……え!?……ほ、ほんとうにするの?』

 

『うん~。だってそ~しないと~、げんち~が落ち込んだままになっちゃうもん~』

 

『そ、そうだけど……迷惑、じゃないかな?』

 

『だいじょぉ~ぶ♪げんち~は、やさしいもん~♪それとも~、私だけしちゃおっかな~?』

 

『ッ!?そ、それは駄目……ッ!!私だって、負けないもん!!』

 

『にっひっひ~♪じゃあ、二人でやっちゃお~♪』

 

『う、うん!!やろう!!』

 

何やら二人して内緒話終えたらグッと拳を握って気合入れてらっしゃいます。

な、何だ?一体なんの話をしてんだろうか……本音ちゃんの内緒話って時点で俺の警報が鳴ってんだけど。

ビービーと緊急離脱を要請してんだが、一緒に遊びに来てんのに逃げられる筈もなし。

 

「ふ、二人とも?どうかしたのか?」

 

「えへへ~♪女の子の秘密の会話なのだ~♪だから、ゲンチ~にはな~いしょ~♪」

 

「あ、あはは……ちょっと、内緒話……かな?」

 

「そ、そうか?まぁ、そういう事なら聞かねぇさ」

 

さて野暮とは思いつつも問いかければ、やはり内容は言えないご様子。

まぁ……さすがに女の子の秘密と言われちゃあ……引くしかねぇわなぁ。

と、納得していたら、何故か本音ちゃんとさゆかがちょこちょこと俺の左右に陣取る。

ん?何でこんな並びを――。

 

「むふふ~♪――え~い♪」

 

ぎゅっ

 

「――おん?」

 

ぎゅっ

 

「――んん?」

 

「……お、お邪魔しますっ」

 

二回聞こえたぎゅっという何かに掴まる音。

そして俺のカッチカチな両腕に伝わるふよふよしたやーらかい感触。

 

――んんん?

 

「おぉ?これが世に言う『両手に花』状態なんだな、兄貴?」

 

何故か辺りを気にしていたラウラが振り返って目を丸くしながら、そんな事をのたまう。

あれ?君ってそういう比喩的なアレは詳しくなかったんじゃね?

おうおう勉強しましたアピールに辞典を掲げてんじゃない。

そんなドヤ顔で見られたって、今の状態じゃ撫でんのは無理だぞ。

 

……良し、そろそろ状況確認しよう。

 

左右に視界を向ければアラ不思議。

そこには其々、俺の腕に体を預ける様にして抱きつく本音ちゃんとさゆかのお姿があり申した。

 

「てひひ♪やっぱりゲンチ~の腕って、おっきくてぇかた~い~♪」

 

本音ちゃんは楽しそうに、しかしちょっと頬を赤らめながら癒される笑顔で俺を見ていた。

そして逆隣のさゆかも無言ではあるものの、しっかりと俺の腕を抱えてらっしゃる。

 

「……あぅ」

 

小さく声を漏らしながらも決して離そうとはせず、寧ろ体を預ける様にして寄りかかっているさゆか様。

俯きながら、しかし美しいロングヘアーの隙間から見えるお耳はしっかりと赤く熟してんぜ。

 

うむ、状況確認終了――いや。

 

いやいやいや!?

 

「お、おおお二人さん!?一体全体何してらっしゃいますぅ!?」

 

状況を全て確認してやっと俺の口からどもりまくった声が出てくれた。

な、何事なんだよこれはマジで!?

もしかして我が世の春が、遅ればせながら、やっと来たのか!?

あぁ畜生!!顔が滅茶苦茶熱くなってきやがった!!

 

「そ、その……元次君に……元気に、なって欲しくて……」

 

「そ~そ~♪げんち~に私とさゆりんの元気を~、ちゅ~にゅ~なのだ~♪」

 

「っ……ふ、二人とも……ッ!?」

 

お、俺なんかの為に二人して体張って……なんて嬉しい事してくるんだっつうの!!

元気出るどころかハッスルしちゃいそうです!!

何時もの様にマイナスイオン溢れる本音ちゃんのにへら~っとした緩い笑顔。

そして恥ずかしそうにしながらも、俺に寄りかかる優しさ溢れるさゆかのほっこりオーラ。

もうこれだけでご飯が一升食えてしまいます。

 

「むぅ。兄貴、私も元気をあげるぞ!!とう!!」(ヒーロージャンプ)

 

「って何故にお前は肩車!?」

 

「もう前と後ろしか空いていないが、それでは歩き辛い。それに、この眺めは凄く良いぞ!!」

 

俺の頭の上で楽しそうにしてるラウラの様子に、もう言葉が出ねぇよ。

そして両隣に陣取るさゆかと本音ちゃんの嬉しそうな笑顔が、俺の心をキュンキュンさせてきまっす。

両腕から伝わるやーらかい大きな大きな果実の感触と、ドキンドキンと伝わる彼女等の鼓動。

もう甘い匂いやら香水の香りが俺の鼻腔を刺激しまくり。

ハッキリ言って天国でしかない状況だが、心臓が破裂しそうなぐらい暴れてます。

これ、俺の心臓が保つか分かりません。

 

っていうか周りの野郎共、恨めしいって顔で見てくるんじゃねえよボケ。

 

俺たちの周りから発信される妬みの視線に怒気を乗せたメンチで返す。

そうすると周りの野次馬共は散り散りに逃げ出していった。

周りが空いたのを確認した本音ちゃんが、嬉しそうに片手を上げる。

 

「じゃぁ~、買い物にぃ~れっつ、ご~♪」

 

「……お……ぉ~(照れ)」

 

「うむ。ミッションスタートだ」

 

「ま、マジかよ……っ!?くそっ……やったろうじゃねぇか……ッ!!」

 

そして、左右からくる引っ張る力を感じ取り、俺も気合を入れて共に足を進める。

覚悟を決め、そして二人の美少女を侍らせたままに、駅の中を歩き始めた。

いや、別に抵抗しようと思えば簡単に離れてくれるんだろうけどな?

しかしそうすると態々俺を元気付けようと考えてくれたお二人に申し訳が立たねぇ訳で……それに、だ。

 

「……(チラ)」

 

「ん~ふふ~のふ~♪」

 

「おぉ……ッ!?これが兄妹の触れ合い……良い、良いぞ……ッ!!」

 

こんな楽しそうな笑顔の本音ちゃん振り払うとか天地が引っ繰り返っても出来るかぁああぁあぁぁあッ!?

恥ずかしそうにしながらも「良いのかな?」とか不安そうにしてるさゆかを離すとか極刑モンだぞこらぁッ!!

肩車一つで目をキラキラさせてるラウラを下ろすとか無理ッ!!

従って、彼女達の行動を止める事は俺には出来ないのである。

っというか役得過ぎて離れるとか無いわ。

腕に感じるやーらかい膨らみに鼻の下が伸びそうになるも、それは全力で抑える。

とりあえず手はポケットに突っ込んで、この幸せな状況を満喫しようと思いました、まる。

あぁ、道行く野郎共の嫉妬に塗れた視線が心地良いわ。

 

 

ふははは!!羨ましかろう野次馬共め!!ふはははは!!

 

 

「にゅふふ~♪ゲンチ~顔まっか~♪りんごみたいだよ~♪」

 

「あっ、ほんとだ……くすっ♪……可愛い♡」

 

「むっ?兄貴、頬が熱いぞ?熱でもあるのか?」

 

「……そこに関しちゃ突っ込まねぇでくれよ」

 

誤魔化すのは無理でしたね、はい。

本音ちゃんとさゆかの忍び笑い、そしてラウラの純粋な疑問の声に項垂れてしまう。

寧ろこんな状況で顔赤くなんねぇとかどんなヤツだってんだ。

俺の知る限りじゃ一夏ぐらいしか……特大級の例外じゃねぇか。

っつうかさゆか、俺みたいなデカブツ捕まえて可愛いはねぇだろ可愛いは。

俺の顔見て余裕取り戻してっけど、さゆかもさっきまで顔真っ赤だったからな?まだちょっと赤いからな?

 

「ふふっ♪……ごめんなさい、元次君。ちょっと意地悪だったね」

 

「でもでも~、ゲンチ~もまんざらじゃ~なさそ~だも~ん♪嬉しいでしょ~?」

 

こ、こんの……ッ!?二人して余裕そうにしやがって……ッ!!

俺が羞恥で顔真っ赤にしてんのに気付いてるのに、楽しそうにしてる二人。

さゆかも本音ちゃんも余裕そうにしてるが……甘く見んなよ?

俺は売られた喧嘩は誰彼構わずホイホイと買っちゃう男なんだぜ?

 

そうだそうだ。俺だけ恥ずかしがってんのは不公平だよなぁ?

 

ならばそう、この二人にもこの気持ちを味わっていただこうじゃねえの。

 

最近はちっと、特にこの前のプチソーププレイ的なアレから本音ちゃんには翻弄されっぱなし。

 

前みたいに俺の言葉に恥ずかしがる本音ちゃんを見させてもらおうではないか。

 

そしてさゆかよ。俺相手に可愛い等と言った事を後悔させてやんぜ。

 

二人に復讐しようと考えてると顔の熱さが段々と引いてきた。

よーしよし、やったる。やっちゃるぞこの可愛い子ちゃん達め(錯乱)

じゃあ今度は彼女達にこの熱さをプレゼントする番だ。

笑顔で俺を見上げる二人に一度息を吐いてから同じく、いやさ悪どい笑みを返す。

 

「あぁ。こんな可愛い女二人が俺の為に擦り寄ってくれてると思うと、嬉し過ぎて堪んねぇな」

 

「……ふ、ふぇっ!?」

 

「……あうえぇぇっ!?」

 

と、最初はポカンとしてたお二人が大変身。

ボンッて音を鳴らしながら煙を吹き、その顔色が首からグングンと真っ赤に染まっていく。

そして驚きの声を発するが、まだ終わらん。まだ終わらんよ。

 

「っつうか、二人共分かってんのか?俺の腕にそんなに体を押し付けやがって……二人の心臓の音、バッチリ感じてんだぜ?ドキドキしてんの丸分かりだかんな?」

 

「「ッ!?」」

 

と、俺の言葉に急いで体を離そうとする二人。

しかーし、んな事俺が許すとでも?

逃げようとする二人の腰に素早く手を回して捕獲。

 

「ひゃっ!?」

 

「ふにゃ!?」

 

「おいおい、何で逃げる?二人共、俺に元気を分けてくれんだろ?」

 

「あ、あわわわわ……ッ!?げ、元次君!?あの、ごめんなさ――」

 

「ん~?俺には何の謝罪か分かんねぇなぁ♪ほら、もっと俺に元気を分けてくれや♪(ギュッ)」←密着率アップ。

 

「は、はわわわわ……ッ!?(だ、駄目ぇ、離れたいのに……離れたくないよぉ……ッ!?)」

 

顔真っ赤にして焦りながら謝罪しようとするさゆかの言葉を笑顔で遮断。

更に俺にちゃんと密着する様にさゆかを引き寄せる。

何か目がグルグルして煙吹いてるが……千冬さんの時の様な命の危機はまるで感じませんなぁ。

 

「あ、あうぅ~……ッ!?こ、こんなの駄目だよぉ~!?お、女の子を無理矢理侍らせるなんて、悪人だ悪人~!!」

 

おや?どうやら本音ちゃんは反撃するだけの元気があるらしい。

さゆかの恥ずかしがる姿にニヤニヤしてたら、反対の手から逃れようとする本音ちゃんの姿が。

さゆかの様に大人しくする事も無いが、顔が真っ赤なのは一緒だ。

でもな本音ちゃん?俺は本音ちゃんにもっと恥ずかしい目に遭わされたんだぜぇ?

従って逃がしてあげる必要無し、覚悟するがいいわ。

 

「人聞きの悪い事言うなよ本音ちゃん。大体、二人から俺に引っ付いてきたんじゃねぇか?」

 

「そ、それはゲンチ~の元気が無かったからで~」

 

「だ・か・ら・よ・ぉ・♪(ギュッ)」←密着率アップ。

 

「はにゃぁ……っ!?」

 

尚も逃げようとする本音ちゃんをニッコリした笑顔で見つめつつ、手の力を少しだけ強める。

少し勢いが付いて俺の胸板に頬を擦り付けてしまい、慌てながら上目遣いに俺を見てくる本音ちゃんと”イイ”笑顔で視線を合わせた。

 

「ま~だまだ俺は元気が出てねぇんだ。だからちゃーんと抱きついて、俺に元気を注入してくれや♪はっはっは♪」

 

「あうぅ~……ッ!?う、嘘つき~!!嘘つきはドロボ~の始まりなんだぞ~!?」

 

「んん?何か言ったかな~?俺には可愛い小動物の鳴き声しか聞こえねぇなぁ~♪」

 

「っっ……に、にゃうぅ~……ッ!!(ずるいずるいずるい~!!い、いっつも不意打ちばっかり~!!)」

 

グリグリグリッ!!←頭をグリグリと元次の胸に擦り付ける音。

 

こらこら、俺を萌え殺す気ですかこの癒し娘は?

本音ちゃんは俺の言葉にニャウニュウ鳴いて頭をグリグリと押し付けてくる。

正に「撫でて撫でて~♪」と擦り寄る子猫の如し。一生面倒見てやるわ。

 

「むむぅ……兄貴!!私も兄貴に元気をあげているぞ!!(ギューッ!!)」←肩車状態で元次の頭を抱きしめる。

 

「おうおう、ちゃんとお前からも貰ってるぜ。ありがとうな、ラウラ」

 

「うむ!!なら良いのだ!!」

 

と、俺の頭の上で少しむくれていたラウラにもお礼を言えば、ラウラは腕を組んで胸を反らす。

やれやれ、我が妹分は随分と表情豊かになったもんだな。

その得意げな表情にほっこりした気持ちを抱きながら、俺は二人を寄せていた手を離しつつ、一歩前に。

 

「あっ……」

 

「あぅ……」

 

俺の体から離れた二人だが、思わずといった具合に俺に手を伸ばそうとし、ハッとした顔で手を止める。

まだ顔が熟した林檎になってる二人に、俺は苦笑いしてしまう。

 

「まっ、俺も何時までもやられっぱなしじゃねぇからよ。ここらで手打ちとして、早く行こうぜ?」

 

「時間は有限なんだしよ」と零しながら一歩動けば、二人共恥ずかしそうにしながらも俺の横について一緒に歩き始めた。

……くっくっく……勝った!!いや~、やっぱやられっぱなしってのは性に合わねぇからな。

オマケに美少女の恥らう表情を満喫できたし、言う事無しだなこりゃ。

久しぶりに清々しい気分を味わいながら、俺は3人と共に駅のホームから改札を目指す。

ちなみにラウラは未だに肩車のまんま。これ親子に見られてねぇよな?

 

(や、やっぱり、意地悪すると……返ってきちゃうんだね……まだ、胸がドキドキするよぉ……)

 

(か、可愛いって言われちゃった~……おりむ~のパ~ティ~の時も言われたけど~……し、静かにしてぇ~、私の心臓~)

 

少し俯き加減な二人に遣り過ぎたか?と思うも、歩みは止まらないので大丈夫かと完結。

そのまま俺達は駅の改札を抜け、駅前のショッピングモールであるレゾナンスへ通じるエスカレーターへと向かう。

 

「~~♪む?少し待って欲しい、兄貴」

 

「んぁ?どした?」

 

「あそこを見てくれ」

 

と、鼻歌を歌う程にご機嫌だったラウラが急に止まれと言い出した。

反射的に歩みを止め、本音ちゃん達も首を傾げつつ、頭上のラウラが指差す方向へ目を向ける。

 

「ん?……ありゃ一夏か?」

 

「それに、デュノアさんも一緒だね」

 

俺とさゆかの言葉通り、視線の先には一夏とシャルロットの姿が。

二人の表情は後ろ姿で分からねぇが、手を繋いで歩いているじゃねぇか。

仲睦まじく、まるでデートしてるみたいに――”周り”には見えてるだろうな。

 

「あれ~?おりむ~とでゅっち~、で~とかな~?」

 

「……いや……多分あの兄弟の事だ。クラスメイトと買い物ぐらいにしか思っちゃいねぇだろうよ」

 

「え?で、でも、手を繋いでるよ?女の子と二人で出かけて手を繋いでるんだし、織斑君もデートだって思ってるんじゃないかな?」

 

「そ~だね~。さすがのおりむ~も、お買い物だけなんて思ったりしないと思うよ~?」

 

「……中坊ん時、な」

 

俺の言葉を信じられないって表情で聞いた本音ちゃんとさゆかが弁護するが、俺はそこに態と言葉を区切って溜めを作る。

甘い、甘いんだぜ二人共……兄弟がそんな奴なら、俺も弾も呆れちゃいねぇさ。

言葉を止めた俺に二人の視線が向く中、俺は溜息を吐くのを我慢して、一夏の鈍感ストーリーを口にする。

 

「隣町へ出かけた一夏は、そこで偶々遊びに来てたダチの妹と会ったんだわ。んで、そん時にその子からデートに誘われて……その子に「手を繋いで下さい」って言われたんだよ」

 

「お~」

 

「やっぱり織斑君、モテるんだね」

 

俺の言葉にワクワクした表情を浮かべる本音ちゃんとさゆか。

だが、それに対する俺の浮かべた表情は、苦い顔だ。

 

「恥ずかしそうに赤面しながらその子に言われた兄弟は、何の躊躇も無く手を繋いで……こう言ったのさ……『知らない町で逸れたら大変だもんな』……ってよ」

 

ちなみにダチの妹とは勿論、蘭ちゃんの事だ。

後日その話をちょっと涙目で教えられ、俺と弾によるツープラトンが一夏に炸裂。

更に蘭ちゃんを泣かせたとして巌さんから特大の拳骨が一夏の頭に落ちた。

床で伸びる兄弟に溜息を吐きながら頭を抱えるという、何とも言い難い事件だったぜ。

女の子の勇気を振り絞った言葉を曲解する一夏。難聴よりもヒデェ。

 

「……え~?」

 

「…………あ、あはは……織斑君らしいのかな?」

 

この結末に対する二人の表情は其々別モノだ。

本音ちゃんは呆れ、さゆかは笑いながらも少し頬がヒクついてる。

さすがにこりゃねぇよなぁ。

しかし兄弟の奴……確かにあいつも水着持ってねぇから買いに行こうって行ってたが、何でシャルロットと?

……まぁ多分だが、昨日シャルロットがIS使った罰で二人で掃除してたし、そん時にシャルロットが誘ったんだろう。

いや、若しくは兄弟が”ついでに”誘ったか?

兄弟がシャルロットを”デート”に誘ったんじゃねぇってのは、長い付き合いの俺なら手に取る様に分かるわ。

っつうかあの馬鹿兄弟何でシャルロット誘ってんの?箒と買物に付き合う約束はどうした?

 

もしかして……俺が殴ったから忘れてる?じゃもっかい殴りゃ思い出すだろう。

 

「兄貴。一夏達の事もだが、私が見せたいのはそこではない」

 

「は?違うのか?」

 

「うむ。私が言っているのは、あそこの自販機の傍だ」

 

と、どうやらラウラが言ってたのは兄弟とシャルロットの事じゃなかったらしい。

何時の間にか俺から降りて隣に立ちながら再び場所を指定してくるラウラ。

その指に従ってもう一度視線をちゃんと向けてみる。

なんだ?ラウラが惚れた男以上に見せたいのって――。

 

「「――」」

 

「……はぁ」

 

ラウラに指定された場所を見た瞬間、俺は自然と溜息を吐いてしまう。

何せ其処に居たのは――自販機の陰に隠れて、一夏とシャルロットに視線を送る、ダチ二人の姿だったからだ。

躍動的なツインテに軽くロールした気品あるブロンド。

まぁつまりは鈴とセシリアの二人な訳だ。

二人して自販機に身を預けながら、前方を歩く一夏とシャルロットを見つめている。

 

「……あれって、手ぇ握ってない?」

 

「……握ってますわね」

 

と、一夏達の事であろう話をしながら、セシリアは手に持っていたペットボトルが歪む程の力で握り締めている。

ギチギチと嫌な音が鳴っていたが、遂にブシッ!!とかいう音を鳴らしながら蓋が跳んだ。

おぉ。中々の握力じゃねぇか?こいつ等嫉妬すると格段に戦闘力上がるからなぁ。

何で一夏に恋する乙女ってのはどいつもこいつも一癖二癖あるんだろうか?

そーゆう星の女ばっかり引き寄せる性質なのかもしれねぇな、我が兄弟はよ。

どうやら背後の俺達にはまだ気付いていないご様子。

しかも本音ちゃん、ニコニコしながら口元に指を当てて「し~♪」とか言って楽しんでらっしゃる。

その様子にさゆかと顔を見合わせて少し苦笑い。

 

「そっかぁ……見間違いでも白昼夢でもスタンド攻撃でも妖怪の仕業でも無くて、やっぱりそっかぁ」

 

セシリアの言葉に鈴は呟きながら、自販機からスッと身を出し――ってちょい待て?

 

「よし殺そう!!(ズギュンッ!!)」←甲龍片腕展開。

 

「アホか」

 

「(ドスコォッ!!)へぷぅ!?」

 

部分展開した甲龍の腕を構えた鈴に、思わずかる~くチョップ。

何か変な声を出しながら、鈴は頭を抑えて蹲る。

白昼堂々と殺害予告してんじゃねぇよ。

 

「い、痛ぁ……ッ!?だ、誰よいきなりこんな上等キメてくれちゃってんのはぁ!?」

 

「ん?も一発いっとく?(ゴキッ)」

 

「すいませんでした!?」

 

勢い良く振り返って怒りの形相を向けた鈴に掲げた手の骨を鳴らすと、サクッと頭を下げてきた。

そのついでに甲龍の部分展開も消えていく。

ったく、嫉妬で一々ISを使うんじゃねぇっての。それ食らったらさすがに一夏死ぬわ。

 

「げ、元次さん!?さゆかさんに本音さん、ラウラさんまで!?」

 

「よぉ」

 

「奇遇だな、セシリア」

 

「こんにちわ~、せっし~♪」

 

「こんにちわ、セシリアさん」

 

「あっ、は、はい。どうも……あぁ、そういえば皆さん、昨日お出かけされるお約束をされてましたわね」

 

「そ~そ~♪今日は糖分の日なのだ~♪」

 

「いや、それなんか違うぜ本音ちゃん」

 

それじゃまるで記念日みてぇになっちまうよ。

楽しそうにパフェに想いを馳せる本音ちゃんに苦笑しながら、俺は頭を摩る鈴に視線を向ける。

 

「嫉妬は大いに結構だがよぉ、それでIS使うのは止めとけって。また千冬さんの説教受けたかねぇだろ?」

 

「う゛……止めとくわ」

 

俺の言葉に鈴はブルリと震えながらそう答える。

ISはその全ての性能が現存の兵器を遥かに凌駕する代物だ。

更にISはパイロットとの稼働時間と搭乗時間や戦闘経験を蓄積する事で、単一仕様能力を発現する第二形態二次移行(セカンドシフト)へとシフトする。

だからこそ平時であっても代表候補生や国家代表は稼働時間と戦闘経験の蓄積の為にISを携帯するのを許可されてるそうだ。

しかしまぁ昨日千冬さんが言った通り、緊急時でも無え限りは専用機を展開させちゃいけねぇ。

当然の処置だわな。じゃねぇとどこでも史上最強のスーツで悪さし放題になっちまうし。

 

「ふむ……兄貴、一度ここで別行動をしても良いだろうか?」

 

「ん?どうかしたか?」

 

と、ちょい青い顔の鈴から視線を外して俺を見上げるラウラに視線を合わせる。

するとラウラは、その幼い表情をキリリとさせて前の一夏とシャルロットに顔を向けた。

 

「嫁が誑かされては堪らんのでな。あの中に交ざる」

 

「「んな!?」」

 

「……ほ~?」

 

「お~?ラウランも、おりむ~とデ~トしてくるの~?」

 

「当然だ本音。寧ろ私の嫁の癖に私に黙ってシャルロットとデートなど、浮気ではないか」

 

「あ、あはは(ボーデヴィッヒさんのこの自信が羨ましいなぁ)」

 

成る程成る程、この大胆さは今まで一夏に惚れた女の中じゃ無い。

しかも自信満々堂々と好意を明け透けに伝えてんだからなぁ……こりゃ、他のヤツ等よりリードしやすいだろう。

現に恥ずかしさが先行してるセシリアと鈴なんか驚愕してるし。

後は兄弟が勘違いしなけりゃ、こりゃラウラが持って行っちまうだろうよ。

 

「OKだ。じゃあパフェ食べに行く時にゃISで連絡すっからよ。楽しんできな」

 

「うむ、了解した。ではそうするとしよう」

 

「ラウラン、ファイトだぁ~♪」

 

「感謝する、本音。ではこれより、別任務に移行する」

 

本音ちゃんの暖かい応援に微笑んで感謝し、ラウラはエスカレーターで降り始めた一夏達へ向けて足を踏み出す。

 

「「ちょ、ちょっと待ちなさい/お待ちなさいッ!!」」

 

「む?何だ?」

 

「まぁ待ちなさい。待ちなさいよ……全く、早計にも程があるわね、アンタは」

 

と、動きを止められたラウラの訝しむ視線も無視して、鈴はラウラの前に立ってヤレヤレって感じに首を振る。

呆れてるポージングだが、冷や汗が隠しきれてねぇっての。

どーせ抜け駆けされんのを焦っただけだろ。

俺のジト目に気付いた鈴だが、一度軽く咳払いをしつつ、ラウラの顔の前で指をチッチと振った。

 

「良い?未知数の敵と戦うには、まずは情報収集が先決でしょうに。事前準備を怠れば、それは痛恨の痛手にも繋がりかねないわ」

 

「り、鈴さんの言う通り!!ここは追跡の後、二人がどのような関係にあるのかを見極めるべきです。作戦は確実に、勝利は優雅に、ですわ!!」

 

「何言ってんだお前等?」

 

思わず突っ込んだ俺に対して「黙ってろ!!」と言わんばかりの視線を向けてくる二人。

未知もクソも追跡すんのはお前らがよーく知ってる鈍感野郎じゃねぇか。

 

「ふむ。一理あるな。では追跡しつつ、二人の関係を荒いざらい白日の下に晒すとしよう」

 

納得しちゃったよ。丸め込まれちゃったよラウラ。

そのまま頷き合い、3人は揃って柱や人の影に隠れながら一夏とシャルロットを尾行しにかかる3人。

余りにも鮮やかな動きに止める暇すら無かったぜ。

 

「あの歳であの鮮やかな動き……良いセンスだ」

 

何か白髪の眼帯付けた爺さんがそんな事言いながら通り過ぎていく。どちらさん?

余りにも急展開過ぎて、残された俺とさゆかは顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

本音ちゃん?楽しそうな笑顔で俺を見上げてらっしゃるよ。

 

「じゃあ、私たちも行こ~?早く早く~♪」

 

「そ、そうだね。ここに居ても仕方ないし……」

 

「……そうだな……じゃ、行くか」

 

「うん♪」

 

「てひひ♪れっつご~だ~♪」」

 

と、俺達もエスカレーターに乗って、レゾナンスへと向かう事に。

ここのショッピングモール・レゾナンスは駅前に位置するモールだ。

交通網の中心でもあるココは電車に地下鉄、果てはバスにタクシーと何でもござれの揃い踏み。

市のどこからでもアクセスが可能であり、反対も然り。

んでもって、駅舎を含んだ周囲の地下街全てと繋がっている。

レゾナンスは欧・中・和を問わずにレベルの高い食事処を完備。

衣服も量販店から海外の一流ブランドまで網羅してやがる。

更に各種レジャー施設も抜かり無く、子供から老人まで全ての年齢層に対応可能ときた。

 

まさに『ここで揃わなきゃ何処にも存在しない』とまで言わしめる、究極のショッピングモールなのである。

 

ちなみに俺は良く中学時代に一夏と弾、鈴や蘭ちゃん。

そして数馬と数馬ラヴァーズを含んだ皆で遊びに来たモンだ。

しかし結構な数ここに来てるけど、まだこのレゾナンスを制覇しちゃいねぇ。

寧ろ広すぎて周る気すら失せるレベルだぞ。

 

「っと、本音ちゃん」

 

「んにゅ?どうしたの~?」

 

「いやな、本音ちゃんの行きたいっつう……着ぐるみ屋?いや着ぐるみ売り場か?」

 

「着ぐるMIXの事~?」

 

スゲェ名前だな。何を持ってMIXとしてるんだろうか?

 

「あぁ。そこってどの辺りなんだ?水着売り場より遠いんなら、先に本音ちゃんの行きたい店に行こうと思うんだけどよ」

 

「あっ、そうだよね。水着売り場は男女別だけど、直ぐ近くのブースにあるし」

 

さゆかの言葉に頷きながら、本音ちゃんと視線を合わせて言葉を待つ。

例のパフェの店は水着売り場からちょっと行った場所にある。

だから本音ちゃんの行きたがってる店の場所を聞いて、遠いなら先にそっちへ行こうと思った訳だ。

俺の言葉に理解を示してくれたらしく、本音ちゃんも何時ものホワッとした笑顔を浮かべる。

 

「それなら大丈夫~。着ぐるMIXも、水着売り場の近くだから~」

 

「そうなのか?」

 

「うん。ほらほら、ここだよ~」

 

と、丁度近くにあった案内板を本音ちゃんは指差す。

つってもIS学園の制服(本音ちゃん袖長バージョン)なんで、分かり辛いが。

彼女が指した所には確かに『着ぐるMIX』という店名がある。

水着売り場から2,3店舗離れた場所だが、パフェ専門店には水着売り場の方が近い。

しかし俺達の居る位置からすれば着ぐるみ屋の方が近いな。

 

「んじゃあ、このまま先に本音ちゃんの用事を済ませちまおうか。さゆかもそれで良いか?」

 

「大丈夫だよ」

 

「わ~い♪ありがとう~♪」

 

さゆかも異論は無いらしく、俺達はそのまま案内掲示板に書いてあった店まで赴いた。

店の真ん中が入り口で、左右のショーウインドウには沢山の着ぐるみがそれぞれポーズを取って飾られた店。

本音ちゃんお目当ての『着ぐるMIX』なる店の入り口を、俺達は潜った。

そして本音ちゃんはおれとさゆかに向き直り、楽しそうな笑顔で両手を広げる。

 

「私~ここで色んな着ぐるみ買ってるんだ~♪品揃えもばっちしだよ~」

 

「はぁ~……こりゃ、スゲェ」

 

「いっぱいあるんだね……あっ、あれ昔テレビで見た事ある」

 

「おぉ、ありゃ戦隊モンに、巨大ヒーローのコスチュームか?怪獣までありやがる」

 

「ふっふっふ~♪仮面のヒーローから魔女っ子まで、抜かりは無いのだ~♪」

 

本音ちゃんの言う通り、専門店の名に偽り無しのラインナップだ。

子供達の為の番組のキャラクターから、コアなマーベルヒーローまで幅広いコスチュームの数々。

こんな所に来たのは初めてだが……着ぐるみっつうかコスプレの方が正しいんじゃねぇか?

俺だけじゃなく、さゆかも物珍しそうにキョロキョロしてる。

 

「じゃあじゃあ、着ぐるみパジャマのコ~ナ~はこっちだよ~♪」

 

と、本音ちゃんが移動を始めたので、俺とさゆかも本音ちゃんの後について行く。

しっかし、本当に色んなコスプレ……いやさ着ぐるみがあるもんだなぁ。

……っておい、鎧武者はまだ分かる、鎧武者はな。

しかしゾンビはねぇだろゾンビは。

「頭も取れます」って頭取れたら中身出るだけだろゾンビの意味は?

 

「……色々なシリーズがあるんだね、本音ちゃん」

 

「そだよ~。着ぐるみパジャマとか~、ご当地ゆるキャラシリ~ズとか~……おー」

 

「ん?どした本音ちゃん?」

 

と、何やら歩みを止めてある一角に目を向けた本音ちゃんが、笑顔で俺に向き直る。

そしてそのままニコニコ笑顔で指を指し――。

 

「あれ、ゲンチ~に似合いそ~だよ~♪」

 

「え?……勘弁してくれ」

 

「え~?似合うと思うのに~。さゆりんもそう思うでしょ~?」

 

「……あ、あはは……あれは……ちょっと、ね?」

 

「ぶ~」

 

ブー垂れる本音ちゃんに顔を手で覆うアメリカンなポージングをしてしまう俺。

そしてさゆかも先にある物を見てちょっと頬を赤くしつつ苦笑いしてしまう。

一昔前に有名だったメタリックマッチョな炭酸飲料ヒーロー”ペプシマン”の着ぐる、いやスーツ。

ピッタリ肌に吸い付くであろうそのデザイン、最早色んな意味でアウト過ぎる。

しかも何故か色は二代目仕様のシルバーとメタリックブルー。

……寧ろ初代が赤と銀色の配色だって知ってる奴は居るんだろうか?

 

「ぶぅ~……ゲンチ~ってコ~ラ大好きでしょ~?」

 

「まぁ好きだけどよ、コーラは」

 

それでもあのスーツを好きになる事はまずねぇっての。

余談だが俺はペプシもコカもどっちも好きだ。

まぁ本音ちゃんも本気でアレを薦めてた訳では無いらしく、直ぐに歩みを再開。

色々なコスプレ衣装や着ぐるみを通り過ぎ、本音ちゃんが何時も着ているのに似たシリーズの一角へ入る。

おぉ、本音ちゃんが良く着てる電気ネズミとか黄色い狐なんかもあるな。

 

「う~んとぉ……あっ、あったあった~♪これこれ~」

 

と、本音ちゃんが手に取ったのは、俺が見ていた黄色い狐の様なパジャマだ。

フードと耳、そして狐らしく柔らかそうなフワフワの尻尾が付いていて、パジャマらしく手袋は付いていない。

そして何時も通り本音ちゃんのこだわりがあるらしく、大きめのモデルを手に取っていた。

 

「へ~……あっ、これ可愛い」

 

「どれどれ……おぉ?確かに可愛いな」

 

「うん。この耳がへにゃっとしてるの好きなんだ♪」

 

さゆかが見ていたパジャマは、中ほどでヘニャリと垂れた犬耳をフードに生やした着ぐるみパジャマだ。

本音ちゃんの選んだパジャマと同じく、柔らかそうな尻尾が付いてる。

 

「さゆりんも買おうよ~♪一緒に着てくれる人居ないから大歓迎~♪」

 

選び終えた本音ちゃんが商品を持ちながらそう言うが、さゆかは苦笑いして口を開く。

 

「あはは……今日は、水着を買う予算しか持ってきてなくて……残念ながら、ちょっとオーバーしちゃうから」

 

「ありゃ~……まぁ、私もこのパジャマと水着でお小遣いの山が崩れちゃうから、仕方ないよね~」

 

さゆかの言葉に溜息を吐きながらしょぼくれた顔をしてしまう本音ちゃん。

「お菓子の分も残しておかなきゃ~」と嘆いてる。

まぁこのパジャマって中々に良い値段してるからなぁ。

さすがにお小遣いで遣り繰りしているであろう女子高生にゃ痛い出費だろう。

基本的にIS学園は外部でのバイト禁止だし。

 

だがしかし、ここで女の子に金出させてる様じゃ男失格だ。

 

「さゆか、サイズはそれで合ってんのか?」

 

「え?……う、うん。合ってるけど……?」

 

そうか、と一言呟き、俺はさゆかの目の前のパジャマを手に取る。

更に目をぱちくりとさせてる本音ちゃんの持つパジャマもヒョイと貰う。

 

「え、え?ゲンチ~?」

 

「げ、元次君……も、もしかして」

 

「あぁ。ここは俺が払う。序に、この後二人が買いに行く水着も払わせてくれ」

 

「えぇ!?そ、そんなの悪いよ!!」

 

「そ、そ~だよ~。私もさゆりんも自分の買物なのに、ゲンチ~に払ってもらうなんて~!!」

 

「本音ちゃんの言う通りだよ。そ、それに私達、パフェの無料券まで貰ってるのに、そんな」

 

二人揃って俺の言葉に反対するが、俺はそれに苦笑いを返す。

まぁ普通はこんな風に奢られたりしたら悪い気がしてしまうだろう。

二人共女尊男卑の思考には全く染まって無い普通に可愛い女の子達なんだし。

しかしまぁ、それは全く関係無く、今回は俺が奢りたいってだけなのです。

 

「なぁに、金は心配ねぇさ。爺ちゃんの工場でバイトしてたから、懐はかなり余裕があるんだ」

 

しかも親父とお袋も、外国から毎月仕送りしてくれてるし、婆ちゃんと爺ちゃんもかなりの小遣いをくれてる。

基本的に学園は光熱費や水道ガス代まで全て国が負担してくれてるからその辺りは実質ゼロ円。

寮費も取られてねぇから、食事や購買くらいしか金は掛からない。

アパートの家賃光熱費も親父が負担してくれてるから、俺の財布にゃ響かねぇんだ。

 

更に、俺の懐が一気に暖まった理由がもう一つある。

 

ある日、俺の口座に身に覚えのねえ多額の金が振り込まれた事があったんだ。

最初こそ混乱したし、さすがに知らない金を使おうなんて気にはならなかったが、その直ぐ後に掛かってきた電話で謎が判明。

その金を振り込んだ人物こそ、俺が神室町でお世話になった”賽の花屋”さんその人だ。

 

俺が鈴の父親、ウェイの親っさんを助けたあの事件。

 

あの時に花屋さんに捜索の依頼をした訳だが、俺はあの馬鹿ギャング共に先を越されちまった。

その理由が俺の試合であれ、偶然であれ、遅れた事とウェイの親っさんが怪我をしてしまったのは事実。

だから花屋さんは俺が本来払った筈の300万という大金の依頼料を差っ引いてくれたらしい。

更にあの時怪我をしたウェイの親っさんの入院費と治療費も引いて、俺の口座に50万もの大金が入ってきた訳だ。

 

こんなお小遣い貰えんなら、あの面倒事もやった甲斐があったってもんだぜ。

 

「まぁ兎に角よ、折角女の子と買物に来てんだ。こーゆう時は男が払うのが筋ってモンだろ?」

 

「で、でも……」

 

「うぅ~……本当にいいの~?」

 

「ほ、本音ちゃん」

 

本音ちゃんが窺う様に俺を上目遣いで見上げ、さゆかはどうするべきか分からないって顔をしてる。

まぁ、いきなり高いモン奢らせてくれって言われたら気が引けるよな。

ましてや男女で、しかも恋人でもねえ男に払わせるのは良心が咎めるし、重たいだろうよ。

 

「気にしねぇで良い。寧ろこれぐらい払わせてくれねぇと、男としての沽券ってのに関わっちまうからよ……俺の面子を守る為だと思って、今日は俺の顔を立ててくれねぇか?」

 

「……う……うん……分かったよ……ありがとう」

 

「……ゲンチ~。本当にありがとう~♪」

 

「へへっ。お安い御用ってな」

 

少し悩んではいたが、二人共本当に嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくれた。

あぁ、この笑顔こそ俺にとっちゃ報酬そのものだ。

 

……それに、俺も狙いが一つある訳でして。

 

「って訳で。今日は一切合財俺が払わせてもらうが……一つ、頼まれちゃくれねぇか?」

 

「え?良いけど……」

 

「頼みってなんなの~?」

 

首を傾げる二人に笑顔で「なに、そう難しい事じゃねぇ」と、前置きを一つ。

 

「頼みってのは至極簡単で……ちゃんとこのパジャマを着た姿、俺に見せてくれって事だけだ」

 

「え、えぇ!?」

 

「……えへへ~♪良いよ~♪私達の”あですがた”を~見せてしんぜよう~♪」

 

「え、あ、ちょっ、本音ちゃん……ッ!?」

 

「おう。楽しみにしてるぜ……勿論、さゆかもな?」

 

「あ、うぅ……ッ!?」

 

楽しそうな笑顔で了承してくれた本音ちゃんとは対照的に、恥ずかしそうに唸るさゆか。

まぁ本音ちゃんは普段からあのシリーズのパジャマ着てるから恥ずかしいなんて思うことは無いだろう。

しかしさゆかは初めて着るパジャマだから、恥ずかしさが隠せていない。

……くっくっく……その恥ずかしがる姿を期待してるのだよ、俺は。

さゆかが恥じらいながらあのパジャマを着てる姿を想像するだけで……猛ります。

そして本音ちゃんの笑顔溢れるであろう狐パジャマ。

……あぁ、想像だけで癒されるぅ……マイナスイオンが溢れてくるんじゃぁ。

 

本音ちゃんの笑顔とさゆかの恥ずかしがる様子にほっこり。

俺は会計を済ませて二人分の買物袋を持つ。

荷物持ちも男の役目ってな。

勿論それはこの二人が良い女だからであって、女尊男卑思考の馬鹿の荷物を持つ気は更々無い。

 

そう、だからまぁ――。

 

「そこの男。これ、全部会計して荷物を持ちなさ」

 

「 ブ ッ 殺 す ぞ ? 」

 

「ヒ、ヒイィイイッ!?」

 

こーゆう馬鹿と良い女の区別はちゃんとつけておかねぇとな?

会計終わって二人の所に戻る途中で割り込んできた馬鹿にストロングな怒気をプレゼント。

泡食って逃げる様はとても滑稽でした。

レジの男はイイ笑顔でサムズアップ。俺もイイ笑顔でサムズアップ返し。

 

んー。しかし俺も開幕一発で殴らなかった辺り、忍耐が上がってるぜ。

まぁ楽しい買物中に面倒に巻き込まれんのは御免だからな。

 

しかし二人の女の子と同時にデートとは普通に考えてクソ野郎過ぎる。

……本音ちゃんとは一度デートした訳だが……さすがに女の子二人連れて「どっちもとデートだ」なんて言えるか。

マジで只のクズ野郎になっちゃうし、それなら普通さゆかか本音ちゃんが「最低!!」って言って俺を見限ってる筈だ。

しかし二人共、今の所不満はなさそうだし、今回は普通に遊びに来たって方向が妥当だろ。

 

じゃなきゃ最初にパフェ誘った時に複数人誘った俺に怒る筈だよな。

 

一夏がとある女子のデートの誘いを”皆で遊ぶ”って解釈して鈴や蘭ちゃん、俺達男衆を誘った時も最初にデートを申し込んだ女の子が「織斑君って最低!!」って泣きながら帰ったぐらいだし。

 

つまり経験則からして、複数人で出掛けようって誘った時に誰も怒らなかったからこそ、今回のはデートじゃねえだろう。

 

さゆかと本音ちゃんもこれが”男とデート”(真実)じゃなくて友達と買物って考えてくれてるだろうさ。(外れ)

 

うんうん。何時もは呆れる一夏の鈍感経験だが、今回ばかりは予測の役に立ってくれたぜ。←(大外れ)

 

と、まぁ自分の今置かれてる状況を再認識して、二人の所へ戻る。

そのまま近くの男の水着売り場に入り、俺は速攻で気に入った水着を購入。

女尊男卑の影響で女性水着売り場と比べたら3分の1程度の大きさしかねぇし、ラインナップもそんなに無かったから、選ぶのは直ぐ終わった訳だ。

俺の用事も終わったので、最後にさゆかと本音ちゃんの水着を買いに女性水着売り場へ向かう。

 

「あ、あの……元次君」

 

「ん?どうした?」

 

「そ、そそ、その……水着、買うんだけど……」

 

「?」

 

本音ちゃんが楽しそうに前を歩く中、さゆかが態々俺の隣に並んで話しかけてきた。

なにやら顔真っ赤にして言い辛そうにしてるが、一体どうしたんだ?

訳も分からずさゆかを見たまま言葉を待つと、さゆかは人差し指をツンツンさせる。

 

「あの……今は、見ないで欲しいの……そ、その……臨海学校の時に……感想を、聞かせて欲しいから……駄目?」

 

少し窺う様に俺に目を向けてくる和製beautiful girl。

……上目遣いでんな事言われたら断れる訳無いでしょおぉおが!?

さゆかはもう少し自分の可愛さってのを自覚して欲しいぜ!!

そしてそのオーダーはOKに決まってるじゃないですか!!

可愛さ炸裂状態のさゆかに目を合わせ、自分に出来る厭らしさを無くしたつもりの笑みを浮かべて口を開く。

なるべく遠まわしに楽しみだと伝えねば。

 

「……わ、分かった……たた、楽しみにさせてもらうぜ?」

 

俺のアルティメットお馬鹿、もう少し濁す事を知れってんだ。

ドストレートに過ぎる上に吃り過ぎだわ。

 

「はうぅ……ッ!?……お、お手柔らかに?」

 

「お、おおう……こ、こちらこそ?」

 

何とも言えねぇこっ恥ずかしい空気になるのを感じつつ、俺達は無言で佇む。

いやまぁ、水着売り場に着いたからなんですけどね?

既に本音ちゃんは店の入り口で待っていたので、さゆかが事情を説明すると彼女も同意してくれた。

 

「さゆり~ん、はやくはやく~♪可愛いのがいっぱいあるよ~♪」

 

「あ、うん……そ、それじゃあ元次君はちょっと待ってて貰っても良いかな?」

 

「あ、あぁ。それじゃあ先に金を渡しておくわ……ほい」

 

「え!?こ、こんなに!?」

 

「ふぇぇ……ッ!?ゆ、諭吉さんだ~……ッ!?」

 

財布から取り出した一万円札を一枚づつ手渡すと、二人揃って驚いた顔をしてしまう。

まぁ大金なのは違いねぇからな。

 

「あー。何か見た感じ値段もピンキリみてぇだし、とりあえずその範囲で気に入ったヤツを買ってくれ。無理に安いヤツ買わないで、本当に気に入ったヤツをな」

 

「こ……こ、こんなに貰えないよ!!」

 

「さ、さすがに多過ぎるってば~!!」

 

と、二人は慄いた表情で金を突き返そうとするが、それは受け取らない。

一度出した金を戻すなんてカッコ悪過ぎるだろ。

そんな感じで男の矜持だと説明し、二人には何とか納得してもらう事に成功。

ちょっと後ろめたそうな顔の二人を笑顔で見送る。

 

「とりあえず、俺はここで待っとくからよ……二人がどんな水着にするのか……楽しみにしてるぜ?」

 

「あ、あぅ……じ、じゃあ……ちょっと待ってて……ッ!!」

 

(絶対に、可愛い水着選ばなくちゃ!!)

 

「う~……こ、こ~なったら~……か、覚悟するのだ~ゲンチ~!!」

 

(超・ウルトラ勝負水着で、いぢわるなゲンチ~をの~さつしちゃうぞ~!!)

 

覚悟?萌え殺される自信ならアリアリですが?

二人が店に入ったのを見届けて、ミッションコンプリート。

幸いにも水着売り場の前にはベンチがあるからそこで待つとしよう。

俺の言葉に頷き、二人は仲良くお喋りしながら店の中へ入っていった。

それを確認してからベンチに座り、一息吐く。

 

ふぅ……いやしっかしヤベェな……女の子だけと遊びに来た事なんてねぇからなぁ。

ぶっちゃけ、二人がちゃんと楽しんでくれてるか不安で仕方無い。

 

鈴とか蘭ちゃんは元々一夏にお熱だったから、俺や弾とかは寧ろ付き添いって感じがあったし。

まぁ、俺は俺なりの持て成し?いや気遣いで二人に楽しんで貰うしかねぇか。

しかし女の子って普段何して過ごして――。

 

『―――――ッ!!』

 

「んあ?……何だ?」

 

考え事をしていた俺の耳に何か女子の水着売り場の店内から騒がしい声が聞こえてくる。

しかし言い合いをしている様な悪い雰囲気ではなさそうだ。

声の聞こえてくる方向に向けられる他のお客の視線は、好奇の視線だからだ。

 

……大丈夫そうだがさゆかと本音ちゃんも中に居るし、万一って事もある……行ってみるか。

 

俺はベンチから体を起こし、二人の荷物を持って水着売り場に入る。

そのまま周囲の視線が向けられている一角へと足を踏み入れ――。

 

「良いですか!?幾らクラスメイトといっても、けじめはつけなければなりません!!」

 

「「……はい」」

 

「……ハァ」

 

そこには、床に正座して、同じく正座した一夏とシャルロットを注意する真耶ちゃんの姿が。

そしてその隣で呆れた表情で溜息を吐く、千冬さんの姿もあるではないか。

衆人環視のド真ん中で床に正座させられて説教されてる一夏達はそりゃーもう肩身が狭そうに縮こまっていやがる。

っつうかまたお前かbrotherよ。お前は騒動を起こさにゃ気が済まねぇのかよ。

そして一体全体何をヤラかしやがったんだっつの。

 

「まさか”試着室に男女二人で入る”なんて……臨海学校が近くて浮かれる気持ちは分かりますが――」

 

「おーし真耶ちゃん、いや山田先生。そこまでにしましょうぜ」

 

「ふぇ?え!?げ、元次さん!?」

 

と、我が兄弟の罪状を述べて下さった真耶ちゃんの肩に手を置きながら俺登場。

驚く真耶ちゃんと露骨に喜ぶ兄弟に、俺は輝かしいスマイルを贈る。

 

「ふぬぁッ!?げ、元次ッ!?お、おま……ッ!?」

 

そして――俺を見た瞬間に聞いた事も無い様な悲鳴を挙げる千冬さんに苦笑いしながら軽く頭を下げる。

今朝の事もあって顔合わせた瞬間に逃げたくなるが、ここはそれをグッと我慢。

今はそれ以上にヤラねばならぬ事があるのでございます。

 

「お、おぉ兄弟!?哀れな俺を助けてくれんのか!?今の俺にとって、兄弟は正に天からの遣いだぜ!!」

 

「一夏……多分ソレ違うと思うよ……」

 

シャルロットの項垂れながらの言葉に、テンションの上がった一夏は気付かない。

うむうむ、俺達の絆はやはり鉄の如く強固にして信頼感のあるのだな。

正に俺を信じきってる兄弟に対して、俺は笑顔を崩さずに口を開く。

 

「あぁ待ってろ兄弟。今直ぐに俺がテメェの穢れた魂を天に送り届けてやるからよ。なぁに気にすんな、あの世までなら即日配達可能だ」

 

「地獄からの使者!?宅配地獄(デリバリー・ヘル)さんですか!?」

 

届けにきたぜぇ、地獄行きの切符をよぉ?

 

裏切り?いーや違う、これは俺から兄弟へのせめてもの手向けなのさ。

ボキボキコキコキと念入りに拳の骨を鳴らしながら青い顔色の一夏を見下ろす。

テメェはなんだってそんな美味しい思いばっかりしてんだよクソが。

しかもそれで相手からの好意に気付かねぇとかふざけんなよコラァン!?

 

日本の、いや全世界のモテない男子を代表してお”死”置きしたるぜ。

 

「ち、違うんだ元次。一夏は何も悪くなくて……」

 

「あん?どーゆうこった?」

 

「だ、だからその……ええと……」

 

と、何故か慌てふためく一夏では無く隣で正座していたシャルロットが俺に弁解してくる。

その取り成しにとりあえず拳を解いて視線を向けると、シャルロットは少し頬を赤く染めてしどろもどろに口を開いていた。

しかし何かを話す訳でもなく、言葉にならない呻き声が出るばかり。

ふ~む……な~るほど?つまりアレか。

事情を理解し、俺は苦笑いしながら店の入り口へと視線を向ける。

 

「おう。バレてんだからさっさと出てきな」

 

俺の言葉に一夏達の視線が入り口へ向かい、少しばつの悪そうな顔の鈴とセシリアが出てきた。

ってあれ?そういやラウラは何処に行ったんだ?

居る筈の妹分の姿が見えないので、鈴にプライベートチャネルを開く。

 

『おい鈴、ラウラはどうした?』

 

『え?あぁ、さっきまで一緒だったけど……一夏が普段通り過ぎたから、危惧していた事じゃないって分かって途中で離脱したわ』

 

『あぁ、そういう事か』

 

『それよりゲン。あんたは余計な事言わないでよ?』

 

『わかってるっつうの。俺達は今ここで会ったばっかりって事な』

 

『よろしい』

 

鈴との会話と取引を終えて、プライベートチャネルを閉じる。

しかしさすがはラウラ。

引き際は心得ているし、そのお陰でセシリアと鈴みたいに気まずそうに出てくる必要も無い。

後で何食わぬ顔で俺達と合流してくるだろう。

 

「そ、そろそろ出て行こうかなーとは思ってたのよ」

 

「えぇ、えぇ。タ、タイミングを計っていたのですわ」

 

まぁ追跡してたのがバレてたのと、千冬さんと真耶ちゃんという教師に囲まれてる集団にゃ近付くのは憚られるわな。

おおかた千冬さん達が居なくなるまでやり過ごそうとしてたんだろうが、それはキャンセルさせた訳だ。

そして一夏が悪くないというシャルロットの言葉はつまり、シャルロットはどっかでこいつ等の尾行に気付いてたんだろう。

んで、買物、いやシャルロットからすりゃデートを邪魔されたくなくて、二人にバレる前に更衣室に一夏を連れ込んだって事かね?

気持ちは分かるが……あわよくば一夏に女と意識させようとしてたのか?

あざといなぁシャルロットの奴は……いや、強かになんのか?まぁどっちでも良いけどよ。

 

「あ、やっぱり二人か。何をこそこそしてるのかと思って、ずっと気になってたんだけどさ」

 

「じ、女子には男子に知られたくない買物ってのがあんのよ!!」

 

「そ、そうですわ!!まったく、一夏さんのデリカシーのなさには呆れてしまいます」

 

普通に気になっただけであろう一夏の質問に返ってきたのは非難轟々の嵐。

どうやら一夏の奴、尾行には気付いていたらしい。

まぁ確かに女にゃそういうデリケートな買物もあるのは分かってる。

しかし普通に質問しただけでその返しはねぇだろう。

っつうかぶっちゃけお前等そんな買物せずに尾行してただけじゃねぇか。

二人の返しに聞かなきゃ良かったって肩落としてる一夏には同情を禁じ得ない。

 

 

 

兄弟に恋する乙女達が大集合し、一気に騒がしくなる店内。

 

 

 

やれやれ。コイツ等と居ると退屈しないぜ、ほんと。

 

 

 

――まぁ、それよりも……なぁ……。

 

 

 

「う、うぅ~……ッ!!(あ、あれだけの事(同衾)があっても平然としおって……ッ!!)」

 

「お、織斑先生?マネキンの後ろで何をしてるんですか?」

 

 

 

一瞬でマネキンの後ろに隠れながら俺を睨む千冬さんへの対応、どうしましょう?

まるで小動物の様に、しかし威嚇するのを忘れない千冬さんの姿は正に、ツンデレなワンコ様に見える。

 

 

 

真っ赤なお顔で俺を睨むお犬様に苦笑しつつ冷や汗を流しながら、俺は千冬さんに視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 





文字数多いのに話が進んでいない(涙)


もう少し要所要所の絡みを少なくすれば良いのだろうか?


改めて見返すと、余分な表現や演出シーンが多いかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。