ものぐさ女の成長 (妄想女子)
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声帯を震わせて声を出すのも怠い私は、このまま心臓も血液を送り出すポンプの役目を面倒臭がって、その機能を停止させてしまうのではないかと常々考えている。

 

今日もそんな怠い身体を無理矢理動かして、退屈な職場へと足を運ぶ。

 

そんな怠け者の彼女を支えているのは、小説だ。それも、夢小説。

 

何の夢小説かというとそれは児童文学『ハリー・ポッター』だ。勿論、原作も大好きだが、彼女が求めていたのは主人公の少年の冒険や仲間との絆のではない。ある登場人物との不器用な恋愛物語だ。

 

その人物とは、生涯一人の女性への愛を貫いた孤独な男性。セブルス・スネイプだ。

 

彼女の職種も、彼に影響されたと言っても過言ではない。

小学生の時は単純にハリーの冒険を心から楽しんでいたが、成長するに連れて、ハリーを嫌っていたスネイプの素晴らしさに気づいたのだ。

 

少しでも物語の彼へと自分を近づけたくて、猛勉強して付いた職業は薬剤師。

 

魔法薬学の教鞭を取り、後に念願の闇の魔術の防衛術へと変わった彼。だが、この現実世界に魔法薬学も闇の魔術の防衛術もあるはずがなく、1番近いと考えたのが、薬関係だったのだ。

 

 

そのおかげか、勉強を頑張って良い大学へ行くことができ、それなりに良い道筋を辿って26になる今まで生きてきた。しかし、物語は所詮物語。大好きなスネイプ教授が彼女が毎日持ち歩いているハードカバーの死の秘宝[下]から飛び出して来る訳が無い。

 

この日、彼女はいつものようにスマホを操作しながら最寄り駅から研究所への僅かな道を歩いていた。毎日の日課となっている、セブルス落ちの夢小説を探しているのだ。といっても、彼女はその殆どを読み尽くしており、新しい小説が無いかとあらゆるサイトを巡っているだけだ。

 

しかし、お目当ての物が見つからず、仕方なくお気に入りのセブ落ち小説を読み返すことにした彼女は気付かなかった。

 

右後方から猛スピードで暴走して来るバイクに。

 

昔から、何か物事に集中すると周りの音が聞こえなくなる癖は、この時も発動していた。

 

そして、暴走バイクが激突する寸前、彼女が開いていたサイトの夢小説は主人公が転生してホグワーツに通うという物だった。

 

スマホを大事に握ったまま、吹っ飛ばされた彼女は、ハンドバッグから飛び出すハードカバーの本へと無意識の内に手を伸ばし、中途半端な距離でわずかに届くことなく意識を手放したのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

プリベット通り4番地

 

誰もが寝静まる住宅街に一人の老人と一匹の猫がある家の前に佇んでいた。

間もなく、そこへ巨大なオートバイに乗ってやってきたこれまた巨大な大男が加わった。

 

「やぁ、ハグリッド。ご苦労じゃったのぉ」

 

老人は白い髭を腰に巻き付け、半月型の眼鏡を掛けており、鼻は折れ曲がっている。

 

「アルバス、本当にここのマグルに預けるんですか?私が見ている限り、最低の連中です」

 

先程まで猫がいた場所には、夏である今の季節には少々暑そうなエメラルド色のローブを着た女性が立っていた。彼女もそこそこの年齢のはずだが、それを感じさせない覇気がある。

 

「しかしミネルバよ、二人の親戚は他に居ない。ここに居るのが、二人にとって最適なんじゃ」

 

この『二人』というのが誰のことか。それはハグリッドど呼ばれた大男が抱えている毛布の中にある。

 

それは、赤ん坊。それも双子の赤ん坊だ。一方の黒髪の子は、額に稲妻形の傷をつけて泣き疲れたのかぐっすりと寝てしまっている。もう片方の濃いめの赤毛の子は、そのアーモンド形の薄茶色した目をしっかりと開き、覗き込んでいるハグリッドの黒い瞳を見つめている。

 

「ダンブルドア先生、ハリーはホントにジェームズにそっくりで…きっと良い魔法使いになりますだ。ジェシーはリリーに似て、ほら見てくだせぇ。色はジェームズだがこのアーモンド形の目なんか…」

 

ハグリッドはその目から大粒の涙を流し、おーおー泣いている。

 

「これ、ハグリッド。これは、今生の別れではない。いずれまた会うのじゃ。それまでの辛抱じゃよ」

 

しっかりと両親の特徴を受け継いだ双子の赤ん坊を抱き受けとったダンブルドアは、さっきハグリッドがしたように覗き込む。

 

嫌でも見える黒髪の子、ハリーの額の傷に彼は眉を寄せる。そして、また自分を覗き込んでいる人物を見上げいる赤毛の子、ジェシーを見た彼は、その空色の目を僅かに見開き、優しい笑顔を見せた後ある家の玄関先へと置いた。

 

まだ納得していない女性、ミネルバと未だに泣いているハグリッドと共に、赤ん坊を預かってもらう家への手紙をジェシーに握らせたダンブルドアはバチンッと音を立てると共にその場から一瞬の内に消えた。

 

 



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2話

うーわー、これ死んだわー。確実死んだわー。

 

暴走バイクに歩きスマホで集中していて音に気付かず避けることができず跳ね飛ばされてしまった彼女は、自分が死んだことを自覚していた。

 

?死んだことを自覚していた?

 

いや、それはおかしい。死んだことを自覚していたとならば、それは死んでいない。なぜなら、死んでいるのであれば、考えることすらできないはずなのだから。

 

よって、彼女は植物人間になって、意識だけが回復したのでは無いのか、と考えた。相手はバイクだ。打ち所がよければ、もしかすると死んでいないどでは…と。いや、でもあの時確実に骨は砕けてコンクリートに打ち付けられて頭からも出血していた…と思う。ならば…

 

と、考え込んでいた彼女を覚醒させたのは、隣から突然聞こえてきた赤ん坊の泣き声だった。

 

自分の置かれている状況に混乱していて、今の今まで周りの音に気付か付いていなかったのだ。

 

え?何で赤ちゃんの声がするの?あの時歩いてたのは私以外居なかったはず…

あの事故に巻き込まれた?

 

歩きスマホをしていた彼女にはその確信はなかった。

 

でも、だとしたらこの泣き声の赤ちゃんは無事だってこと…、すると連れていたお母さんかお父さんは…?

 

またしても、彼女の悪い癖が出てしまっていたが、それを浮上させたのは、今度は女性の声だった。

 

その声…いや、台詞を彼女は知っていた。

 

その時初めて、彼女は閉じていた目を開けた。

 

開けた目から飛び込んできた情報は、余りにも非現実的で、しかし、それが事実を物語っていて、嫌でも彼女の頭に焼き付かせた。

 

目の前には、濃い赤毛の女性。その背中をこちら側に見せて、何かから守るように手を広げている。そして、そのむこう側の人物に訴えていた。

 

『ハリーとジェシーだけは見逃して欲しい』

 

と。

 

その言葉に、思わず彼女は赤ん坊の泣き声がした方を見た。

そこには、予想していた通り、黒髪緑目の男の赤ん坊がいた。

 

彼女の記憶と違うのは、その額に傷が無い事だけだ。

 

 

恐らく、この後…

 

 

「この子達だけは…!やめて!」

 

「俺様も無駄な仕事はしたくない…そこを退け…さもなくば…」

 

叫ぶような女性の声の後に、低く、人を恐怖に煽る男の声がする。

 

ただ、声を聞いただけなのに、恐怖が彼女を支配する。

 

女性は、その男に屈することなく果敢にも挑んだ。しかし、それが男に響くことはなかった。

 

 

一際大きな女性の、悲鳴。

 

薄暗い部屋に不気味な緑色の閃光が走る。

 

男はその瞬間、うなり声を上げて逃げ出した。

 

隣で額に稲妻形の傷を作った赤ん坊の泣き声。

 

彼女もその肩に稲妻形の傷ができていたが、泣くことができなかった。

 

 

そして、…そして、目の前で倒れる女性。

 

まるで、糸の切れた操り人形のように。

 

 

彼女はその光景に、ただただ呆然としていた。

 

 

 

程なくして、駆け上がって来る足音が聞こえてきた。

 

彼が…、彼がやって来る。

 

彼女の予想はまたしても的中した。

 

部屋に現れたのは、黒ずくめの服装をした、男性。

 

セブルス・スネイプ

 

彼は、床に倒れ息絶えている愛しい人を、抱き抱え、泣いていた。

 

物語の中の普段の様子からは考えられないほど、感情をあらわにして。

 

 

その様子に、彼女は思い出したかのように、ひっそりと静かに涙を流した。

 

それを知るものは、居なかった。

 

 

そして、この時彼女が何を決断したのかも。

 

 

 



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3話

1991年 プリベット通り4番地

 

 

彼女…いや、ジェシーは階段下の狭い空間で起床した。既に10年以上もこの生活を続けていると慣れという物がでてくる。

 

隣で眠りつづける黒髪の少年の頭を優しく撫でる。これが、今のジェシーの日課だ。

 

そして、そろそろ朝食を作る時間だ、と少年、ハリーを起こす。

 

「…ん、ジェシーおはよう」

 

眠そうな目を擦り、手探りでヒビの入った眼鏡を探し、掛けながら朝の挨拶をするハリー。

 

それにジェシーは明るく答える。

 

「おはよう!ハリー。今日は動物園だね」

 

その言葉に、ハリーは嫌なことを思い出したかのような顔になった。

 

「でも、今年もどうせフィッグさんの家に預けられるよ」

 

動物園、今日はダドリー・ダーズリーの誕生日だ。

例年通りなら、ハリーとジェシーは二筋向こうのフィッグ婆さんに預けられる。

 

家中キャベツの臭いがして、無理矢理猫の写真を見せられるのに、ハリーは嫌そうだったが、臭いなんて慣れればどうということないし、猫の写真はどれも可愛かったから、ジェシーにとっては、あんまり苦では無かった。

 

しかし、双子の弟のハリーが嫌がる様子を見る趣味はジェシーには無かったので、毎年複雑な思いだった。

 

でもジェシーは、今年は違うことを知っている。フィッグ婆さんが骨折して、やむなく動物園に連れていってくれるのだ。

 

 

二人で、靴下を穿きながら、話していると、

 

ドンドンドンッ!!!

 

「さあ、起きて!早く!」

 

ペチュニアおばさんの金切り声が聞こえる。

 

そんなに怒鳴らなくてももう起きてるのにね。と、二人で笑いあった。

 

ハリーは手串で寝癖を撫で、ジェシーはペチュニアおばさんのお古の櫛(殆ど折れていてスッカスカになっている)でリリー譲りの濃いめの赤毛を梳いてからキッチンへと向かった。

 

慣れた手つきでフライパンに火をかけてベーコンを焼く。その間にハリーは全員分の食器を出している。

ジェシーとハリーはそのまんまキッチンでダーズリー一家が食べている間?な、い、あろゆわしあに立ち食いだ。

 

テーブルに朝食の用意が済むと同じくらいに、2階からドタドタと下りて来る音がする。

 

ペチュニアおばさんとバーノンおじさんの愛息子、ダドリーだ。

 

「私の可愛いダドちゃん、おはよう」

 

ペチュニアおばさんがダドリーにハグしているが、本人は山のように積み上げてあるプレゼントにくぎ付けだ。

 

「何個あるの?」

 

ダドリーの問いにはバーノンおじさんが答えた。

 

「36個だよ。可愛い息子よ」

 

「36!?でも、去年は38個だった!」

 

「ダドちゃん、今年は大きいのもあるのよ」

 

「大きさなんか関係ない!」

 

一人息子を溺愛しすぎている家族の会話を傍らで音を立てないように見ていた、ジェシーとハリーにとっては、小さくても良いからプレゼントが欲しかった。

 

二人の誕生日である7月31日に、誰かがプレゼントを寄越したことなんて無かった。

 

否、ジェシーにいたっては、その明るい性格と、差別を許さない固い意思に、淡い恋心を抱く何人かの男子と、普通に仲の良い女友達からプレゼントを渡されたことがあるが、ジェシーにとって、優先事項は今はハリーの事なので、丁重にお断りをしていた。

 

ダドリーがバリバリと包みを広げていく中、電話が鳴ってそれを取ったペチュニアおばさんが玄関を出て行った。

 

キッチンでベーコンをハリーと一緒に立ち食いして、フライパンの後片付けをしているときに、ペチュニアおばさんは戻ってきた。

 

 

 

「バーノン、大変だわ。フィッグさん脚の骨を折っちゃって、この子達を預かれないって」

 

とプリプリ怒りながら隅にいるハリーとジェシーを顎でしゃくった。

 

そのあと夫婦は二人で口論していたが、結局連れていくことにした。

 

その時ダドリーが嘘泣きを始めたが、子分が来てしまったので、タイムアウトになった。

 

30分後、ジェシーとハリーはダーズリー一家の車の後部座席にダドリーの子分ピアーズ、ダドリーと一緒にぎゅうぎゅうになって座り、動物園に向かっていた。

 

不機嫌なダドリーを余所に、ハリーはとてもワクワクしていた。それは隣のジェシーも同じだったが、ハリーとは別の意味だった。

 

 

蛇の大脱走事件が見れる!

 

 

と。

しかし、ジェシーが考えていたのはそれだけではなかった。ハリーがパーセルマウスだとして、自分にははたしてその力があるのかどうか、だ。

 

もしかすると、自分はハリーよりもヴォルデモートとの絆が弱く、能力を持っていないのでは無いか、と思っているのだ。別になくても構わないのだが、動物と話せるというのは、やはり、どうしてもうらやましい。

 

等と考えているとまたもや、ジェシーの悪い癖が出ていたようで、既に動物園に到着していた。

 

 

今日は天気が良い土曜日だ。ペチュニアおばさんがダドリーどピアーズにチョコレートアイスを買ってあげていた。

 

急いでバーノンおじさんがアイススタンドからジェシーとハリーを遠ざけようとしたが、間に合わず結局安いレモンアイスを2人で一つ買い与えた。

 

結構美味しいね。と二人でアイスを半分ずつなめながら、みんなと一緒に園を回った。

 

昼食を食べた後、爬虫類館を見た。

 

中は少しヒヤッとしていて、暗かった。

 

「動かしてよ」

 

ダドリーがあるガラスの前で止まった。大きな茶色の蛇だ。

 

 

ここだ!

 

 

ダドリーは父親にせがんでガラスを叩かせた。

 

「もう一回やって」

 

バーノンおじさんは今度は拳でドンドンとガラスを叩いたが、依然として蛇は眠っている。

 

「つまんないや」

 

ダドリーはブーブー行って去っていった。

 

ジェシーとハリーはそのガラスの前に来て、蛇を見つめた。

 

 

「蛇の方がきっと退屈だよ」

 

「僕もそう思う」

 

 

突然、蛇が目を開けて、ゆっくりと二人と同じ目線の高さまで首を持ち上げた。

 

蛇がウィンクした。

 

ジェシーは隣で慌てているハリーをニコニコしながら見ていた。

 

きたきたきた!

 

蛇は首をダドリー達の方に伸ばし、目を天井に向けた。

 

「いつもこうさ」

 

ジェシーにはこう言っているように思えた。

 

「わかるよ。ほんとにイライラするだろうね」

 

よし。分かる。ハリーがしゃべっている言葉が分かる。

どうやら、自分にもパーセルマウスの能力はあるようだ。

 

「あなたは、どこから来たの?」

 

ジェシーも喋ってみた。自然に、すらすらとしゃべれる。

 

そのあと出身地について、ハリーと交代で話していると、気づいたダドリーが大声を上げてやってきた。

 

それにはハリーとジェシーも、それに蛇も飛び上がりそうになった。

 



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4話

あのあと、原作通りにガラスは消えて、バーノンおじさんにはこってりと怒鳴られた二人は、物置に閉じ込められていた。

 

膝を抱えて何やら考え込んでいるハリーに、ジェシーはそっと寄り添った。

 

きっと、両親の事だ。自動車事故だと教えられているハリーとジェシー(正確にはハリーだけ)には、両親の記憶が無い。ジェシーは、記憶と知識があるため、どうということは無いが、ハリーは違う。

家族は、ジェシーだけなのだ。

いくら、兄弟が側に居てくれても、やはり、親の存在は大きい。

 

だから、ジェシーはいつも寝る前に行っているもう一つの日課を優しくハリーを包むように抱きしめながら、優しく、優しく言った。

 

「ハリー、愛してる」

 

それは、家族愛。双子として、たった一人の血の分けた兄弟への愛。

 

ジェシーはこれを、欠かしたことは無かった。

 

ハリーは、ゆっくりと自分を抱きしめているジェシーを抱きしめ返した。

 

「ありがとう。僕も愛してる。お姉ちゃん」

 

いつも甘える時、ハリーはジェシーの事を『お姉ちゃん』と呼ぶ。

だから、ジェシーもその時は

 

「私の可愛い弟」

 

と呼んで、思い切り甘やかしてあげている。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

それからも、居心地の悪い物置生活は続いて、やっと出してもらえたと思ったら、もう夏休みで次にはダドリー軍団のイジメが加速した。

 

ジェシーは、もうすぐホグワーツに入学できることを、ハリーはそんな強い姉を頼りに頑張っていた。 

 

そして、7月に入ってしばらくたったとき。

 

「ダドリーや、郵便を取って来てくれるか?」

「ハリーに行かせろよ」

「ハリー、郵便を取りに行け」

「ダドリーに行かせてよ」

「ダドリー、スメルティングズの杖で突いてやれ」

 

ハリーが嫌々郵便を玄関に取りに行った。何枚か手紙を持って居間に戻ってきたハリーは何か黄みがかった分厚い封筒二通をじっと見つめていた。

 

あれが…、ホグワーツからの手紙。

 

だが、それらはすぐにバーノンおじさんによってハリーの手から奪われた。

 

後でハリーに相談されたが、自分たちにはどうにもできない。と、時を、ハグリッドの迎えをまつことにした。

 

 

とうとう痺れを切らしたバーノンおじさんは、一家で家を出ることを決意したようだ。

 

 

もうそろそろ…

 

 

どんなところへ行っても、届く手紙。

それに恐怖すら感じたバーノンおじさんはある荒波の中の小屋に拠点を移した。

 

日付は、7月30日。

ハリーは、「明日は最悪の誕生日なりそうだ」と行っていたが、それはどうかな?

 

その夜、ダドリーの金ぴかの腕時計を見て、一つのボロボロの毛布を二人で使いながら、カウントダウンをしていた。

 

 

「5ー4ー3ー2ー1」

 

バーン!

 

大きな音に、ハリーとジェシーは勿論、バーノンおじさん達も起きてきた。おじさんに至ってはライフル銃を持ってきている。

 

雷のなる中、大きなシルエットで現れたのは、ヒゲもじゃの大男だった。



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5話

ハグリッドだ!映画とまんまおんなじだ!大きぃなぁ!

 

ジェシーは10年ぶりに会う大男にワクワクしていたが、ハリーは覚えている訳がなくこれ以上問題が起こらないように祈るしかなかった。

 

「おめぇさんがハリーか?ちょと見とらん間にでっかくなったなぁ?」

 

ハグリッドがわざとなのか、ダドリーに聞いている。

 

「ぼ、ぼ、僕ハリーじゃない」

 

吃りつつ言うダドリーの言葉にハグリッドは「そりゃそうだよな」と言っていた。

 

そして、部屋の隅にいた抱き合っているハリーとジェシーに気がついたハグリッドは、まるで旧友に会ったかのように意気揚々と近づいた。

 

その様子に、ハリーはジェシーの前に出て守るようにする。元々シスコンだったハリーは最近目に見えてこういうことが多くなった。うれしいのだが、その後ろ姿があの日の事件を思い出させて少し胸が痛かった。

 

「やぁ、ハリーにジェシー。久しぶりだな。そうだ、おめぇさんらにプレゼントがあるんだ。」

 

「ちょいと潰れてるかもしれんが」

 

ハグリッドが取り出した少し潰れた箱を恐る恐るハリーが開けてみると、

 

『たんじょびぃおめでとう』

 

とメッセージ付きのバースデーケーキが入っていた。

 

これには、二人同時に喜びの表情が現れた。

誰かに自分たちの為にケーキを貰うなんて事は初めてだからである。

 

ボロの小屋をハグリッドと出てボートに乗る。

 

しばらく寝てるように言われたジェシーとハリーは、半ば癖となってしまった、いつもの体制、抱き合って眠った。

 

その様子に、ハグリッドがリリーとジェームズを思い出して涙ぐんでいたことは、既に寝ていた二人には分からなかった。

 

一度にたくさんのことを知ったハリーは今日は良い夢を見ていそうで、それはジェシーも同じようだった。二人で微笑みながら寝ている姿はまさしく天使のようだ。

 

 

翌朝、ハリーとジェシーは早々と起きていた。ジェシーにとっては、いつもの時間だが。

 

眠い眼をこすっているハリーが

 

「きっと、夢だったんだよ。ハグリッドっていう大男がやってきて僕等が魔法使いの学校に入るって言ったけど、あれは夢だったんだ」  

 

と言った。それにジェシーは

 

「いいえ、ハリー。これは夢じゃないわ。ちゃんと目を開けて、自分の目で見てみなさい」

 

と隣で言った。ハリーは言葉通りその緑色の目を開けた。

 

「あれ?ここ…どこ?」

 

「ハグリッドの船の中だよ。だから、夢じゃないわ」

 

「夢じゃないんだ!」

 

「そうなのよ。今年はハグリッドに先を越されたけど…ハリー、誕生日おめでとう」

 

ジェシーは、ハリーと自分の誕生日には必ず一番乗りでお祝いしようと決めていた。今年はハグリッドが先だったが。

 

「ありがとう。ジェシーも、誕生日おめでとう」

 

「ありがとう。愛してるわ」

 

そしてハグをしているとき、トントンとノックの音が聞こえた。

ハリーとジェシーは嬉しくて同時に音がする窓を開け放った。

 

すると、一匹のふくろうが入ってきてハグリッドの上に手紙を落とした。ふくろうがジェシーの持っているハグリッドのコートを激しく突っつき始めた。

 

その行動からも、なにかもせがんでいるとは分かったが、ジェシーはそれ以外からもふくろうのしたいことが分かるようだった。

 

 

この子のしたいことが分かる。

『コートのポケットにある配達料をくれ』という意思が伝わってくる。

 

 

「こら!ジェシーから離れろ!…ハグリッド、ふくろうが!」

 

ハリーは呆然とするジェシーからふくろうを追い払おうとしながら大声で呼んだ。その声でジェシーは我に帰った。

 

「金を払ってやれ」

 

「「え?」」

 

ポケットにお金が入っているから5クヌート(銅貨一枚)を渡せという。

 

ふくろうが言ってたのと一緒だ。

 

取り合えずハリーと一緒に左右のポケットをまさぐってようやく見つけたコインをふくろうに恐る恐る渡す。

 

するとふくろうはさっと嘴でくわえて入って来たのと同じようにスィーと窓から出て行った。

 

 

その時、ジェシーにはふくろうが『毎度ありー』と言っているように感じた。

 

 

ハグリッドのナイショの魔法でダイアゴン横丁に行くすがら、ジェシーはハグリッドに話しかけた。

 

「ねぇ、ハグリッド」

 

ハグリッドは読んでいた写真が動く新聞を閉じて脇に置いた。それを写真に興味を持ったハリーが見ていた。

 

「なんだ?ジェシー」

 

「私、ハグリッドに会ったの、今日が初めてじゃないと思うんだ」

 

思うじゃなくて、確信を持っているのだが、今はそういっておく。

 

「そうさ。ハリーとジェシーに会ったのは今日で…何回目になるんだっけか…まぁいい、初めてじゃない。…まさか、覚えちょるのか?」

 

「ううん。でも、夜に私とハリーをハグリッドがオートバイに載せてくれたのは覚えてる」

 

「ジェシー、それって空飛ぶオートバイ?」

 

新聞を読んでいたハリーが入ってきた。

 

「そうだよ。私も空飛ぶオートバイ覚えてたの」

 

ハグリッドは、その小さな目を見開いていた。空飛ぶオートバイに載せたのはあれ一度きり。それを覚えてるなんて

 

「…二人とも、あの夜のことを覚えちょるか?」

 

「「全然」」

 

 

ジェシーは、トラウマになるほどしっかりと覚えていたが、ハリーに合わせておいた。

その返答を聞いたハグリッドは安心しているように見えた。恐らく、あんな事件は子供には刺激が強すぎると思ったのであろう。

 

 

しばらくして、薄汚れたパブ『漏れ鍋』に着いた。

 

 

中にはいると、皆がハグリッドの事を知っているようだった。

 

「大将、いつものやつかい?」

 

「いんや、今日はホグワーツの使いなんだ」

 

と言いながら、ジェシーとハリーの肩を叩いた。大男に相応しい馬鹿力で叩かれたので二人とも僅かに顔をしかめている。

 

「なんと。こちらが…いやこの方々が……」

 

バーテンはジェシーとハリーをじっと見た。『漏れ鍋』は急に水を打ったように静かになった。

 

「やれ嬉しや!」

 

バーテンを始め、店にいる全員が感激し、涙を浮かべて握手を求めてきた。

 

それに二人は若干引きつつも答えていた。

 

「ポッターさん。お会いできて光栄です」

「あなた方と握手したいと願いつづけて来ました。…舞い上がっています」

「ポッターさん。どんなに嬉しいか、うまく言えません。ディグルです。ディーダラス・ディグル」

 

ジェシーとハリーは最後の人を知っていた。前に買い物先の店でお辞儀してくれた人だ。

 

「私、あなたのこと知ってます」

「僕等にお辞儀してくれた人ですよね?」

 

すると、ディグルと名乗った人は感極まった様子だった。

 

「クィレル教授!」

 

ハグリッドが言った。

 

ジェシーは注意深く観察していた。クィレルは今年の悪役だからだ。

 



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6話

『漏れ鍋』でたくさんの人と握手をしてから、ハグリッドに連れられてダイアゴン横丁に行った。

 

そこは、ほんとにほんとに不思議な横丁だ。建物は変な形に歪んでいるし、商品もきっとダーズリー一家は買わないであろう変わった物ばかりだ。

それに、最も変わっていたのは歩いている人たちだった。

皆、夏だっていうのにローブを着ていて(脱いでいる人もいるが)、尖んがり帽子を被っている。でも、中にはジェシーやハリーと同じような年頃の子供達もいた。

 

目をキラキラと輝かせる二人をハグリッドは微笑ましく思っていた。

 

三人がまず向かったのはグリンゴッツ銀行だ。物を買うにも、お金を引き出さなければならないからだ。

 

初めて見るゴブリンと、トロッコに二人はますます興奮した。それ以上に驚いたのは、リリーとジェームズの金庫だった。いくら小説と映画の描写で分かっていたとは言え、これにはジェシーも勿論ハリーもあんぐりと口を開けていた。

 

見る限り、金庫の中は金貨だけ。それも山のように積んであり、夢の金貨風呂を何回もできるであろう量があった。

それぞれ金貨を20枚ずつ取り出して、ハグリッドの用事に付き合った。

 

ハグリッドの用事とは、『賢者の石』をホグワーツに運ぶこと。

今し方金庫から取り出した古い小さな包みがそうだろう。

ハリーは気になっている様子だったが、それをハグリッドに聞くことは無かった。

 

帰りもジェットコースターの様なトロッコに乗って来て、外に出た。

 

「ほんじゃ、まずは制服を作りに行くか」

 

次に行ったのは『マダム・マルキンの洋裁店』だ。ハリーは初めてのダイアゴン横丁での買い物にワクワクしていた。一方でジェシーは少し緊張していた。

 

 

ここで、ドラコ・マルフォイに会うんだよね。

 

 

ハグリッドはまた用事があると言ったので、二人でドアをくぐる。そこには既に先客がいた。

 

 

青白い顔にプラチナブロンドの髪、まさしくそれは、ドラコ・マルフォイだった。

 

 

台が二つあり、そのうち一つをマルフォイが使っていた。

その隣にハリーは藤色ずくめの服を来たマダム・マルキンに促されて立った。

 

 

マルフォイは、隣に来たハリーと脇にいるジェシーに目を向けて、計測されながら話しかけてきた。

 

「やぁ、君達もホグワーツの一年生かい?」

 

「うん」

 

とハリー。

 

「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその先で杖を見てる」

 

マルフォイはどこか気だるそうな、気取った話し方をする。

 

 

すこし、子供っぽくないけど、この時のマルフォイは、そんなに嫌な感じしないな。やっぱりホグワーツに入ってから更に捻くれるのか

 

 

とジェシーは思った。

 

 

「もうどの寮に入るかもう知ってるの?」

 

「ううん」「いいえ」

 

「まぁ、ほんとのところは、行ってみないと分からないけど。そうだろう?だけど僕はスリザリンに決まってるよ。僕の家族は皆そうだったから……ハッフルパフなんかに入れられてみろよ。僕なら退学するな。そうだろう?」

 

そうだろう?と言いつつ、マルフォイの中でそれは決定事項のようだった。

 

ハリーはどう答えれば良いのか唸っている。

 

「あら。スリザリンやハッフルパフがどんな寮かは知らないけれど、まだ行ってもないのに決め付けるのは良くないわ。もしかしたら、そのハッフルパフっていう寮には英雄がいるかもしれないじゃない」

 

 

平等、公平、をモットーにしているジェシーはマルフォイにそう答えた。すると、異が帰ってくるとは思っていなかった彼は、すこし目を丸くしていた。

 

マルフォイは言い返そうと、窓の外を顎でしゃくった。

 

「ほら、あの男を見てご覧」

 

店の外にはハグリッドが立っていた。その両手にはアイスクリームを持っていて、これがあるから入れない、というジェスチャーをしていた。

 



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