ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 (eiho.k)
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思い出したらご令嬢でした。
その1


 私が3つになる少し前の6月5日、弟が生まれました。

 小さくてくちゃくちゃでおサルみたいだけれどそりゃもう可愛い弟。ふやふや泣く弟に私が笑み崩れていたら、秀でた額のお父様が一言「お前の弟の『ドラコ』だ」とおっしゃいました。

 その瞬間稲妻に打たれたような衝撃──が走ることもなく、それから私はただただ弟を溺愛しました。だって可愛かったのです。ドラコが。

 ですからご本を読んであげたり、手作りのお菓子や離乳食を作ってみたり、お散歩に連れて行ったりなどなど。多分姉らしくはない愛情いっぱいにドラコを育てた自信があります。

 その甲斐あってか、ドラコはとってもシスコンな子に育ちました。お父様やお母様よりも私を優先するくらいには私を好いてくれています。でもそろそろ1人で寝かせなくちゃ、なんて思っていた8年後。私が11歳になった時、とある本屋でとある本を立ち読みして気がついたのです。

 

 それは私が9歳の1988年に刊行された『イギリスにおけるマグルの家庭生活と社会的慣習』という本。内容的には特筆すべきことはない、『マグルHOW TO本』なだけです。だけど私は自分の行動理念とかがどうもマグル寄りなのかもしれない──なんて考えて、疑問がいくつも浮かんだのです。

 

 マグルって世間一般にたくさんいる普通の人のことでしょう、とか。半純血(ハーフ)とか、マグルがどうして穢れた血なんて言われなきゃいけなのでしょうか、とか。それにどうしてドラコも含めてお父様たちは純血主義なのに私はそれに違和感を持っちゃうのかしら、とか。

 だって思うんだもの。純血主義なんて謳っているから、闇の帝王様(ヴォルデモート卿)なんかが台頭してしまうんですよって。

 確かヴォルデモート卿は半純血でトム・リドルだったはずです──なんてつらつらと浮かんで、唐突に思い出しました。

 あ、ここハリポタなんですね、と。

 

 正直気づいた瞬間項垂れました。

 だって8年も前に『ドラコ』という名前で気づくべきです。もっと言ったらお父様やお母様のお顔や名前でも気づけたはず。しかも、更に言えばつい最近私の元にホグワーツから入学許可証が届いたばかりなのです。

 それのどれからでも気づいてもおかしくなかったのに私は全く気づきませんでした。何にも気づかずにのんびりと成長してしまった自分にショックです。

 けれど毎日ほんのちょっとずつ感じていた違和感がそれで納得できました。

 

 どうして食卓に米が並ばないのか。

(私は白米スキーで和食党です)

 どうして畳の部屋が一つもないのか。

(畳でのお昼寝は最高だと思います)

 どうして私の目線が低いと思うのか。

(認識が違う所為かよく転びます)

 どうして黒髪じゃなく白金(プラチナブロンド)なのか。

(白髪はありましたが基本は黒です)

 どうして両親のすることを知っているのか。

(今より年を取った二人も知っています)

 

 というかですね、それ以外にもこの世界にありふれている『魔法』そのものに違和感を感じてもいたのです。まあ、なんで暖炉に灰を撒いたらどこかに飛べるのか理屈がわからなくてなんですけれどね。私はあれ嫌いなのです。だってとっても汚れますから。

 それに杖を持っている、箒で空を飛べる、屋敷しもべ妖精のドビーがいる──などなど、そりゃもう生活に関わること全般に対し、事細かな違和感を感じていたわけです。

 

 今の今まで思い出せなかったその違和感の元。それは私が、この世界を描いたハリポタを知ってる日本人女性だったということ。

 とは言え、正直なところ生まれ変わってしまったことに後悔自体はありませんでした。だって私にはそれなりに生きて、それなりの幸せを得て、人生を全うした記憶がありましたから。

 ですが今は11歳。ハリポタならハリポタらしく魔法をしっかり習って素晴らしい魔法使いになろう──と拳を握ってまた気づいてしまいました。

 マルフォイ家(・・・・・・)って闇陣営じゃないですか、と。

 

 なにせお父様の名は『ルシウス・マルフォイ』でマルフォイ家の当主で現在はホグワーツの理事の一人。そして元死喰い人で後も死喰い人。ちなみにおでこは広いけれど心は狭いだろうお人です。まあ家族には優しいところもあるけど、純血主義ですしね。家族以外にはそうでもありません。

 

 我がお母様の名は『ナルシッサ・マルフォイ』で、旧姓は『ブラック』です。子供溺愛な母である以外は特筆すべきことなし。優しく綺麗なお母様です。私も、ドラコも同じくらい愛してくださいます。感謝ですね。

 

 そして溺愛する弟の名は『ドラコ・ルシウス・マルフォイ』で、マルフォイ家の長男にして跡取り息子。ちょっと泣き虫でヘタレ気味ですけれど、素直で性格も良い感じになっています。でも純血主義っぽいところがチラホラ。まあ、ダメと私が言えば黙るのでまだマシではないでしょうか。

 ちなみに本当に順調にシスコンに育っている模様です。私が黒と言えば白も黒になりそうな勢いです。

 私もブラコンというか、ドラコは息子のように思ってます。だって本当に素直で可愛いですからねドラコは。

 

 そして私こと、マルフォイ家の長子にして長女『カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイ』はもうすぐホグワーツに入学を控えた11歳。両親のいいとこ取りしたみたいな容姿は、自慢ではなく美少女だと思います。けどそれなりに年のいった精神を持っているので多分枕詞が『残念』になる気がします。もしくは『お母さん』ですかね。元三児の母ですからそれもどんとこい、ですが。

 

 そんな私ですが、今の姿はとっても可愛らしいですよ。

 お母様の意向で腰まで伸ばした白金の髪を二つ結びにして、ちょっと引くくらいフリルのついたピンクのワンピースを着ているのですから。なんていうのでしたっけ……ロリータ系? とかいうのですかね。そんな感じの服装にお出かけだからと、ピンクのエナメルの靴に白いタイツです。ぱっと見ピアノの発表会みたいな感じです。

 正直なところ元妙齢以降の日本人である記憶を思い出した私には、辛いくらい可愛らしい子供です。

 断じて言いますが、この服その他はお母様の趣味であり、私の趣味嗜好は一切考慮されていません。私はもっとさっぱりあっさりした系統の服が好きです。ですがスカート以外は女の子の服ではないというのがお母様の持論らしいのです。

 

 ああ、服を着替えたいな──なんて思いながら私は手にした本を棚に戻して、お父様との待ち合わせ場所である、マダムマルキンの洋装店に向かうことにしました。今日はお父様と2人で学用品を揃えるためにお買い物、なのです。

 

 ああ、魔法使いなんだなあ、なんて感想が浮かんでしまうくらいに人で溢れた道。ダイアゴン横丁ってこんなに人がいるんですね。子供な私の身長じゃ、ちょっと前が見えないくらいです。

 

「カサンドラ、まだここにいたのか」

「っお父様……そう、です。教科書を揃えて、少し読書をしていました」

 

 さあ、歩き出そうとしたら背後から聞こえた声。ちょっとびっくりしながら振り向いたらいたのはお父様。ちょっと眩しいです。

 

「教科書を揃えたのならば、あとは杖と制服とペットだけだな。カサンドラ、ペットは何がいいのだ?」

「ペット、は……フクロウ、猫またはヒキガエル、ですよね? それなら私は猫がいいです」

 

 魔女っぽいからできたら黒猫がいいんですが。なんて見上げればこくりと頷きながらお父様はほんの少し笑います。貴重な笑顔です。優しげな笑顔の時は、我が父ながら見惚れるくらいにとっても男前だと思います。まあ、ヘタレ系腹黒? のようですけれど。

 

「ふむ、そうだな。フクロウは我が家のもので代用できるだろう。それならば杖を選び、制服を誂えたら魔法動物ペットショップに向かうか」

「はい、お父様」

 

 お父様に促されて、オリバンダー店に行って杖を、マダムマルキンの洋装店に行って制服を作って、それからペットショップに行きました。

 杖は月桂樹にユニコーンのたてがみ、という非常に忠誠心に溢れた杖にあっさりと決まりました。

 ぱっと見は白木の孫の手。持ち手部分にゴルフボール大の丸がついた緩やかなカーブを描く45cm。今の私にはちょっと長いです。仕舞い辛いけれど、杖に選ばれてしまったのでしかたないでしょう。

 それから艶々の黒毛に青い瞳の可愛い子猫をゲットしました。名前は安直だけどネロ。ピンクのプニプニ肉球が可愛いです。

 

 ともあれ杖と猫という魔女っぽい二つを手に入れて私はご満悦。入学に必要なものを揃えて、後は9月1日を待つだけ。ホグワーツに通えるなんて、楽しみでしょうがありません。同じだけ不安もいっぱいなんですけどね。



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その2

 私ことカサンドラ・ナルシッサ・マルフォイは弟であるドラコの2歳と9ヶ月上。つい一週間前に前世っぽい記憶を思い出して、ちょっと混乱しつつも納得して、そうして今からでもできることをしてみようかと画策してみました。

 

 そう、落ち着いて思い返せば、いろんなことに気づくのが遅かった所為で、世間は原作通りにいろいろ進んでいます。

 もうハリーは1人になっていますし、シリウス・ブラックもアズカバン。ピーター・ペティグリューはネズミになって逃げています。どこにいるかはわかっているのでまだマシですけどね。

 私が何かしたところで、何が変わるのかはわかりませんし、変えられるとも思いません。だって私はごく普通の感覚を持ったただの『おばさん』でしたから。けれどそれでもまだ、できることはあります。

 なんと言っても我が家には『日記』があるのですから!

 

 トム・マールヴォーロ・リドルのホークラックスの1つ。これがあると、可愛い女の子が辛い目に遭っちゃいますし、我が家もちょっと綱渡り的な状況になっちゃいます。というわけで、サクッと壊せる人──まあ、アルバス・ダンブルドア校長ですけれども──に渡してしまおうと思っているのです。ちょっとした交渉をしつつね。前倒しで破壊できればもう少し人死も減ってくれるのではないか、という希望的観測です。

 

 というわけでお父様が留守の今日、私はお父様の書斎からそれをこっそり借り受けることにします。もちろん承諾はなしな上、返却するかわからない──というか多分破壊するのですけれどね。

 

 天井まで届く本棚にビッシリと詰まったたくさんの本。どれも魔法界のことばかりが載ったもので、ある意味純血主義のための本だけ。

 今の私には必要ない本ですし、と以前見かけた辺りを探せばあっさり日記が出てきます。うん、お父様って意外とうっかりさんなのでしょうか。……1年前に見た場所そのままに置いてあります。日常的には選ぶことのない本ばかりの棚、最下段の右端。ぎっしり詰まった本の上、ちょっとした隙間に無造作に捨て置かれているのです。

 

 少しくすんだ黒革の日記帳。フーッと一息かけてから手に取ります。ついでに確認とちょっとした興味からペラリと開いてみます。うん、『T・M・リドル』としっかり書いてありますね。お父様の日記でなかったようで一安心……ですが、本当にこんなにあっさり見つかっていいのですかね。それに大分埃かぶってますし……受け取った時からここにあったのですかね。

 ま、まあこの状態ならきっとあと四年くらいは気づかないはずですよね。お父様がこれを使おうとするのはドラコやハリーが二年生の時なんだからまだ時間はありますし。

 

 ちょっとだけ肩の力が抜けた私は、ほっと一息つきます。

 前世のものではありますが、私は平和な日本の記憶を持っています。その影響か誰かと争うのも好きじゃないですし、物理的に戦ったことなんてありません。それが当たり前だったのです。

 でもですね、平和っていいと思うのです。

 もちろん誰もが幸せな、なんて言わないですよ。そんなの無理に決まってますし。けれど、選ばれた少数だけが特別に幸せな世界じゃなくて、大多数が当たり前に得られる幸せを持っていて、その他大勢の方が命を簡単に奪われない世界って本当に大事だと思うのです。

 いつかなくなってしまう命なのだとしても誰かの都合でなくなるのはおかしいでしょう? もちろん悪だからって絶対に命を奪わなくてはいけないとも思えませんけれどね。だけど自分のした罪と同じだけの罰は受けるべきだとは思います。

 そう思う程度に私も平和主義なのなのですけれど、私の実家であるマルフォイ家は闇陣営なわけです。

 記憶の彼方にある物語の中では、全てが終わったその時肩身は狭かったようですけど捕まりはしませんでしたよ? ドラコを探すため、積極的に最終戦で闇陣営に与しなかったから──という理由で。でも今本当にそうなるかはわからないでしょう? だからちょっと保身に走らないとと思ったわけです。子供らしくないけど仕方ありません。中身おばちゃんですから。

 

 それにですね、今の私は11歳なのです。この先で前世のようにもう一度結婚できるかなんてわからないですけど、自分が幸せになれるだろう可能性は潰したくないのです。そしてできるならお父様たちだって肩身の狭い思いをしないで欲しいと思うのですよ。無理かもしれないですけど。

 

 というわけで首尾よく日記を手にした私は、それを布でグルグル巻きにして、同じようにグルグルときつく紐で縛って、トランクの奥底に詰めて、荷造りをしました。ちなみにネロはそれをおもちゃだと思ったらしくてちょっと戯れてました。可愛い。

 全ての準備を終えて何食わぬ顔して数日過ごした、出発前夜の夜。ちょっとした晩餐です。

 

「……お父様とお母様はスリザリン、でしたのでしょう?」

 

 カリカリに焼けたローストポークにベイクドポテト、クタクタになるまで煮えたほうれん草にコーンのバターソテー。ああせめて白米があればまだ我慢できるのに──なんて思いながら聞いてみます。

 

「そうだが? それがどうかしたのか?」

「いえ……その、もし私がスリザリンではなかったら……お父様たちは私のことをお嫌いになりますか?」

「まあ! なんてことを心配しているの、カサンドラ。たとえあなたがどの寮になってもあなたは私の愛しい娘よ」

「お母様……」

 

 ちょっとした茶番のようですが、一応言質がとっておきたくて。とりあえずお母様は今のところ大丈夫そうです。といってももし寮がグリフィンドールだったら違うかもしれないですけどね。というかそうだったら私は家出するつもりなのでいいのですけど。ドラコは心配だけど、家で冷遇されて両親を嫌いになるよりはマシ、ですから。

 

「そう、だな。もしもお前がグリフィンドールだったとしても優秀な成績を修め、誰に恥じることのない魔法使いになるのであれば問題はない、だろう」

「姉上は姉上です! 嫌いになんて絶対なりません!」

「……ありがとうございます、お父様、ドラコ」

 

 言質が取れた喜びを隠しつつにっこりと笑います。なんだかとっても愛されているような気がして嬉しいですね。この流れでお父様が闇陣営から手を引いてくれたらいいんですけどねえ……無理、ですよねえ。

 

 あくる朝、お父様とお母様、それからドラコと共にキングクロス駅に到着。海外の駅ってどうしてこんなに可愛いのですかね。ちょっとトキメキが止まりません。

 

 人混みを抜けて、9と4分の3番線へ向かう柱の前へ。煉瓦積みの柱に突進するの怖かったですけれど、なんともなく通過して、魔法族ばっかりが集まるホームへ。すっごい賑わいです。

 

 ホグワーツ特急を目の前にして、今にも泣きそうな顔をしたドラコが言います。

 

「姉上、僕手紙いっぱい書きますから! だから僕のこと忘れちゃ嫌ですよ!」

「ええ、私もちゃんと送りますし忘れませんよ。だからお父様たちの言うことをよく聞いていい子にしていてね」

「はい! 父上の言うことも、母上の言うこともよく聞いて、たくさんお勉強します!」

 

 ああ、もう本当にドラコは可愛いです。良い子良い子とサラサラのドラコの髪を撫でくりまわしながら、お父様とお母様を見上げます。

 

「行ってまいります、お父様、お母様」

「ええ、いってらっしゃいカサンドラ」

 

 手を振るお母様とお父様、ドラコの3人に見送られ、私はホグワーツ特急に乗り込みます。これから最低でもクリスマスまでは会えません。寂しいですが、笑顔で手を振りました。

 お友だち、できるといいのですが。



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その3

 手近のコンパートメントを覗けば誰もいなくて、私は重たいカートを操ってその中に収まりました。四苦八苦して荷物を上げて、少し硬い座席に背中を預けてため息をひとつ。ちょっとだけ疲れてしまったのです。

 

「ネロ、これからしばらく2人だけですね。よろしくお願いしますね」

「ニャー!」

「ネロは可愛いですねえ……」

 

 まるでわかっているとでも言うように右の前足を挙げてひと鳴き。瞳の色と同じ青いリボンが可愛く揺れています。小さく笑いながら、私はフニャフニャと柔らかい体を撫でて、肉球を揉んで癒されてしまいます。

 

 ひとしきり撫で回してから、私は小さなポーチからブラシを取り出します。誰かが来る前にサクッと髪型を変えてしまいたいのです。

 ちなみに今日も私はお母様の選んだフリル満載のお洋服です。色は大人しめな薄い水色ですが、同じ色のリボン付きのツインテールです。耳の上ですよ? 恥ずかしいです。しかも替えの服も全てがお母様の趣味によるものなので、せめて髪型だけでも大人しくしたいのですよ。本当に恥ずかしいですから。

 

 リボンを解いて、緩く三つ編みをして肩に流せばそれなりに大人しいですよね。そしてシンプルなオフホワイトのニットカーディガンでも羽織れば少しはフリルも隠れますし……焼け石に水な気もしますが。

 

 さっくり髪型を変え、これまたポーチから取り出したカーディガンを羽織ったところでコンパートメントの扉が開きます。

 

「ここ、空いているかな?」

「はい、空いていますよ」

 

 私と同じ年頃の男の子。艶のあるブルネットにグレーの瞳の利発そうな子です。

 

「僕は今年入学のセドリック・ディゴリー。よろしくね」

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私も今年入学のカサンドラ・マルフォイです。この子は私のペットのネロです。よろしくお願いします」

 

 初対面の挨拶は大事ですからね。しっかりと頭を下げて、それから目を見て笑いかけます。礼儀は大事です。

 

「ディゴリーさんといえば魔法省魔法生物規制管理部にエイモス・ディゴリーさんがいらっしゃいますけれど……お父様でいらっしゃるのかしら」

「あ、そうだよ。よく知ってるね」

「ええ、父から伺ったことがありましたから」

 

 しかもあなたが死んでしまうところも知っています──とは言えないですよね。誤魔化すように曖昧に笑ってしまう私です。

 

「僕も父から聞いたことがあるよ。マルフォイさんのこと……お父さんはホグワーツの理事の1人、でいらっしゃるんだよね」

「ええ、そうですよ。それに元闇陣営だ、とも教えられたのではないですか?」

「そ、それは……うん、そうだね。でも今は違うんだろう?」

「そうですね、今は違います。でも大分行き過ぎた純血主義ですし、人によってはものすごく嫌われてもいます」

 

 だからもし、あなたが私を嫌いになっても構わないですよ。なんて雰囲気を醸しながら言ってみたのですが、困ったようにはにかんで、それでも努めて明るく彼が言います。

 

「その、よかったら僕のことはセドリックと呼んでくれるかな? 君が父さんのことを知っているならその方がいいと思うし……。僕、君とは友達になれそうな気がするんだ」

「まあ!」

 

 ほんのり頬を赤らめて、照れているのにまっすぐこちらを見てそんなことを言ってくれます。なんですかこの可愛い生き物は。可愛いです、可愛いですよ、セドリック・ディゴリーくん!

 

「セドリックくんみたいに素敵な男の子にそんなことを言われたら嬉しいです。では私のこともカサンドラかキャシーと呼んでくださいね」

「そ、それじゃあキャシー。これからよろしくね」

「ええ、どうぞよろしく」

 

 どことなく嬉しそうに手を差し出してくれるセドリックくんは本当に可愛いです。まあ、ドラコの可愛さには負けますが、なんて笑みを浮かべながら、私はその手を握ります。温かくて大きな手です。男の子の手は大きいですね、なんて思ってしまう私はへにゃりと笑ってしまいます。

 

 どこかほんわかした空気を醸しつつ、私とセドリックくんがいるコンパートメント。不意にそのドアが開きます。

 

「ここってまだ空いてるかしら」

「ええ、空いていますよ」

「失礼、私は新入生のアリシア・スピネットよ。よろしく」

 

 さらっとカートを引きながら挨拶をした彼女はとっても溌剌とした女の子です。ブロンドの髪をポニーテールにしているところなんて、スポーツ少女っぽくて素敵です。

 

「……邪魔しちゃったかしら?」

「? いいえ? 席は空いていましたし、セドリックくんとも少しお話ししていた程度ですよ?」

「そう? ま、ともあれよろしくね」

「ええ、よろしくお願いしますね。私も今年入学のカサンドラ・マルフォイで、彼が──」

「セドリック・ディゴリーだよ。よろしく」

 

 私とセドリックくんが言えば、アリシア・スピネットさんは眉を寄せます。わかります。私の名字ですよね。はい。有名ですからね、闇陣営からさっくり自己保身でこちら側に戻ったのだ──と。

 

「あなた本当にマルフォイなの?」

「ええ、ルシウス・マルフォイが娘、カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイですよ」

「ああ、うん。顔は似てるよね」

「まあ、お父様のお顔をご存知なのですか?」

「日刊予言者新聞でね、ちょっと見ただけよ」

 

 そう言って、彼女はしげしげと私の顔を見ています。一応鑑賞に耐えうる顔はしているつもりですが、こうもじっくり見られると緊張しますね。

 ちょっとだけ困ったまま彼女を見つめ返します。

 はっきりとした二重にキラキラしたブロンド。目の色はブラウンのようですね。まつ毛が長くて、とっても素敵です。アリシア・スピネットさんはとっても素敵な女の子のようですね、なんて思っていたらアリシアさんは困ったように笑います。

 

「うん、あなたは平気そうね」

「? なにが、でしょうか?」

「いいわ、気にしないで。それより私のことはアリシアでいいわ。私もあなたのことカサンドラと呼ばせてもらうし」

「まあ! では私のことはキャシーとお呼びくださいな。セドリックくんもそう呼んでくれていますし、お友だちにはそう呼んで欲しいのです」

 

 にっこりと笑ってそう言います。私、正直なところこの特急に乗るまで友だちがいませんでした。と言ってもボッチではないですよ? 顔見知りならいるのです。ですがお友だちと言えるほどの付き合いはありませんでした。ですからこうしてセドリックくんにアリシアさんの2人と仲良くできそうな今が嬉しくてなりません。

 

「私、同じ年のお友だち、2人が初めてです。仲良くしてくださいね!」

「もちろんよ。セドリックもそうでしょう?」

「僕もキャシーとアリシアと友人になれて嬉しいよ」

 

 3人でニコニコ笑って、とってもお友だちという感じがして、私はとっても嬉しくてずうっと笑ってしまいました。

 

「あ、うん。本当に大丈夫ね。というか可愛いわ。セドリックもそう思うでしょう?」

「そうだね……本当に素直な子だよね」

「小さくて、ふわふわな服を着て、本人もふわふわで? なんていうか絵本の中にいそうな女の子みたいよね」

「ああ、それはわかるかも。こんな風にニコニコしているととても善良だってわかるよね」

 

 なんでしょう、2人で楽しげに話しています。ニコニコ笑って善良。誰のことでしょうか。絵本の中にいそうな女の子ってずいぶん素敵な褒め言葉ですよね。

 2人だけで話しているのがちょっと羨ましいな、なんて思っていたら私の膝の上で大人しくしていたネロがぴょこんと飛び降ります。

 

「ネロ? どうかしましたか?」

 

 とたとた歩いて、コンパートメントのドアの前まで行くと、てちてちとドアを前足で叩きます。爪を出さないところが賢いと思うのは親バカですかね。

 

「セドリックくん、アリシアさん、ネロがお散歩に行きたいみたいなので、私少し出ますね」

「1人で大丈夫なの? 良かったら私も付き合うわよ?」

「大丈夫ですよ。ネロもいますし、列車の中で迷子になることなんてありませんから」

「そう? じゃあホグワーツに着く前に着替えなくちゃいけないからあまり遅くまで出歩かないようにしなさいよ?」

「はい、ありがとうございます。アリシアさんは優しいですね。では行ってきますね」

 

 ひらひらと手を振って、私はネロの後を着いて行きます。でもアリシアさんは心配性ですね。列車なのですからどんなに広くても一本道です。何号車かしっかり覚えておけば大丈夫ですのにね。ですけど心配してもらえるのはとても嬉しいことなのです。私はニコニコ笑いながら動き出した車内を歩くのでした。



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その4

 右手に車窓、左手にコンパートメントのドア。つまりは進行方向と逆に歩いている私。通路にはそれなりにたくさんの子がいます。私より幾つか年上らしい子や、同じくらいの子。男の子も女の子も、白人も黒人もたくさんいます。

 人種のるつぼ、とまでは言えませんがこれまで見たことのない顔がたくさんでついつい周囲を見回してしまいます。

 背が高くて真面目そうな子。ちょっとぽっちゃりした男の子に女の子。キラキラした目で隣に立つ男の子を見上げる女の子。なんだか青春って感じがしてとっても素敵ですね。平和な感じがとてもいいと思います。なんて考えながら歩いていた所為でしょうか。ネロを見失ってしまいました。

 

 右を見ても、左を見ても、前にも後ろにもネロがいません。……これはネロが迷子なのか、私が迷子なのか。どちらなのでしょうか。

 

「ネロー? どこにいるのですか? 怒らないから早く出てきてください」

 

 何度も辺りを見回しますが、ネロは影も形も見当たりません。このまま見つからないのじゃないかとちょっと不安になって、目が熱くなってしまいます。私、というよりも『カサンドラ』は涙腺がちょこっと弱いのです。

 けれど今ここで泣くわけにはまいりません。私はしばらくネロを呼びながら歩き回りました。

 

 5分、10分と歩き回っても、ネロは見つかりません。途方に暮れかけて、立ち止まってしまう私です。このまま見つからない、なんてことはない、と思いたいです。ですがウチのネロはとっても、とっても可愛いのです。それにとっても賢いのです。もしかして一目見て気に入った人が連れて行ってしまったのではないか──なんて考えて、本気で泣きそうになっていました。あ、涙自体はまだ流れていませんから、泣いてはいないのですよ?

 

「どうかした? そんなとこで立ち止まってると危ないぞ?」

「え? あ、ごめんなさい。すぐに退きますね」

 

 唐突にかかった声に慌てながら一歩下がります──が、背中に衝撃が走ります。はい、声は前からでなく、後ろからかけられていたようです。

 

「ああ! ご、ごめんなさい! お怪我はないですか?」

「や、別に平気だけど……そっちこそ泣きそう。どっか痛めた?」

「いえ、平気です。どこも痛くないです。そちらこそ本当にお怪我はないのですか?」

 

 慌てて振り返って目に入ったのは、手編みらしいセーター。暖かそうなその首元からゆっくり視線を上げればこちらを見るその顔が見えます。艶々の赤毛に白い肌。パラパラ散ったソバカスがとても可愛いアクセントになっています。髪が長ければ三つ編みをしてもらって、赤毛のアンごっこができそうなくらいです。なんて余所事を考えてしまいます。逃避です。

 

「で、なんか探してたの? さっきからずっとここにいたみたいだけど」

「その、ペットの子猫がどこかに行ってしまって……一緒にお散歩していたんです。でも気づいたらいなくなっていて……」

 

 泣きそうだったことを忘れていたわけじゃないですが、知らない人に変なところは見せられませんからね。我慢していたのに、彼が問うから目がまた、さっきよりも熱くなってしまいます。うう、でも絶対泣きませんよ。

 

「え、ちょ、泣かないでよ!」

「泣いてません。泣いてませんけど泣きそうです……ネロがいないのです……」

「あーもう! 俺も探すの手伝うから、だから泣くな! で、子猫の色は? 何か特徴はあるんじゃないか?」

「えと、色は黒です。私の手のひら2つ分くらいの大きさで、首には目の色と同じ色の青いリボンを巻いてます」

「ふんふん。で、名前はネロ、と」

 

 言いながら彼は辺りを見回しています。天井を見たり、窓の外を見たり。や、流石に天井に猫は貼り付けないと思うのですが。魔法界の猫ならできるのでしょうか。

 私が疑問に思っていたら、すぐ近くのコンパートメントからくぐもった声が聞こえました。

 

「なんでしょうか、今の」

「俺のツレがいるコンパートメントだ。なんかあったのかな?」

「まあ、ではネロのことは大丈夫ですから戻って差し上げてください」

「えー? そうすると君また泣くんじゃないの? 別に平気だと思うけど、一旦見て、それでまた探すのに付き合うよ」

 

 にこりと笑って、そうして私の手を握って彼は歩き出します。なんでしょう。この慣れた仕草。彼はナンパな人なのでしょうか? でも一緒に探してくれるという優しいところもありますし、きっととてもいい人ですよね。

 

「リー、どうかしたのか──……って、アレ君の猫?」

「え? あ! ネ、ネロ! あなたって子は何をしているのですか!」

 

 覗き込んだコンパートメント内。お腹を抱えて笑っている赤毛の──私のネロを探す手伝いをしてくれるという彼のそっくりさんの──少年がいて、その目の前に座る黒人の少年。その彼の頭にリボンのないネロが噛り付いて(・・・・・)います。比喩でなく爪を立てて、それはもう一心不乱に噛み付いているのです。

 慌てて駆け寄って、窓際に座る彼の頭からネロを離そうとします。が、ネロは真剣に噛み付いているようで、離れようとしてくれません。どうしよう。彼の額には血が滲んでいます。

 

「ネロ! ダメです、離れてください。ネロ!」

「う! ちょ、近えって!」

「ッニャ! ニャ!」

「ダメですったら! いい子だからこっちに来て!」

「ッダ! 痛えって! 引っ張るなよー!」

 

 なんだが鳴き声が聞こえましたがそれを無視して半ば無理やりネロを引き離します。無事に私の腕の中に戻ったネロに私はビシリと言い放ちます。躾は毅然とした態度でしなければいけないのです。

 

「ネロ! 人様に迷惑はかけちゃいけないのです! そんなことばっかりしていると嫌いになりますよ!」

「二、ニャア……」

「そんな風にしょぼんとしてもダメです! 悪いことをしたらどうするのですか?」

「ニャニャニャニュ」

「そうです、謝るのです。きちんとできますね、ネロ」

「ニャウ!」

 

 ピンと尻尾を立ててネロが鳴きます。至極真面目に説教をしておいてなんですが、なんなのでしょう。ネロは本当に普通の猫なのでしょうか。

 まあ、そんなことはいいとして、私は手の中のネロを、額から血を滲ませた彼に向き直らせます。というか彼が近いです。なんですかね……彼の頭が私の胸元にあります。……ああ、そうです。ちょうど窓側にネロがいたので、彼を挟んで格闘したのでしたね。はい。すみません。いろいろと当ててしまっていたようです。……言及しなくても大丈夫ですよね?

 

「ニャニャニャニャー?」

「あ、謝った。猫が謝ったぞ……」

「本当にウチのネロがすみませんでした。私にできることならなんでもしますから……ネロのことを許してもらえませんか?」

「あ、や、別にいいって。その、実は俺が先に手を出したというかなんというか……」

 

 しどろもどろで頭を掻く彼。私がこてりと首を傾げると、大笑いしていたそっくりさんが苦しそうにしながらも言います。

 

「その子猫、ネロだっけ? がフレッドが出て行ってすぐに入ってきたんだ。リボンをして、きれいにしている猫だから誰かのペットだってすぐにわかったけど、可愛かったしで、リーが撫でようとしてリボンを取っちゃったんだよ。そしたらあのザマ」

「そう、だから俺が悪いんだから気にすんなよ」

「でも怪我をさせてしまっています!」

「あーこんなん男の勲章だろ?」

「でも猫の爪痕はなかなか消えないのです。というかそのままにしておくと、多分痕が残ると思うのです。その、爪だけじゃなく齧ってもいましたし……」

 

 居住まいを正して、考えてしまいます。どうしよう。理由がどうあれウチのネロが怪我をさせてしまっていることには変わりありません。なんとか彼の怪我を癒したいのですが──と考えたところで思い出しました。私、それはもうよく効く薬を持っているじゃないですか、と。

 

「あ、あの! お嫌でなければ薬があるのです。とってもよく効くお薬なので塗ってもよいですか? 塗って5分もすれば傷はすっかり消えてしまうってくらいによく効くのですが」

「──すげえ効果だな、その薬。いいのか? 貴重な薬なんじゃないのか?」

「いえ。私がよく転んでしまうので、魔法薬学の得意な知り合いが調合してくれたのです。ですから貴重といえば貴重ですけれどたくさん持っているので大丈夫ですよ」

「たくさん必要なくらいケガするの? 君」

 

 ドアのすぐ側から声が聞こえます。そうです。お恥ずかしいことによく怪我します。が、そんなこと、よく知らない人には恥ずかしくて言えません。

 

「そういうわけではないのですが、その方が心配性で、1年分くらい調合してくださったのです」

 

 しかも経年劣化しないようにって特別な入れ物に入れてです。

 本当にどうしてあの人はこんなにたくさん私に薬をくれたのですかね。確かに3日に一度は転んでいましたし、擦り傷、切り傷、痣なんて日常茶飯事でしたけれど。彼の心配は別のところに向かうべきなのじゃないですかねえ? ともあれそのお陰でネロがさせてしまった怪我を癒すことができますから、結果オーライですよね。

 

「それでは塗りますね」

 

 平べったいクリーム用の缶の中。内容量とは見合わないくらいに実はたっぷり入った薬を一掬いします。実はこれ、『検知不可能拡大呪文』がかけられているのです。私の薬入れのためにこんな高等魔法を使ってしまうあの方はとっても不思議な方ですよね。とってもピュアで可愛らしいですし、結構好きな方なのですけれどね。

 

 うっすら血の滲む額、頬と順番に薬を塗ります。ちなみに血が滲んだまま塗っても、その血も消してくれるという優れものです。まあ、本当は先にしっかり洗った方が清潔でよいのですけれどね。

 

「っあ! っくう……これメチャクチャ沁みるんだけど?」

「すみません。効果を高めるためにそれは犠牲にしているんだそうです……で、でもですね、こうすると少しはマシになるのですよ!」

「は? ちょ、なにを!」

 

 私は薬を塗った箇所にふうっと息を吹きかけます。

 そうです。まるで熱いものを冷ますように息を吹きかけると、薬の痛みが和らぐのです。なんだかとっても恥ずかしい仕様のお薬なのです。ちなみに塗ってくださったその時に実践されて赤面したのは良い思い出──とは言えません。だって膝小僧を擦りむいて、跪かれてふうふうされたのですもの。どう考えても恥ずかしい思い出ですよね。



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その5

 つるりとしたシルクのリボンをネロの首元に巻きつけて、苦しくないように結びます。もちろん形は可愛らしい蝶々結びで、羽の部分は特に念入りに整えています。

 ピンと立った三角のお耳に、すらりと伸びたまっすぐな尻尾。細くて長いおひげ。ちょっといたずらっ子そうな、でも賢そうな青い目を見て私はにっこり笑います。どこから見てもとっても可愛いネロの完成です。もちろんリボンをしていなくても可愛いのですが、瞳の色と同じリボンをつけるともっともっと可愛くなるのです。ウチのネロは三国一の美猫なのですよ。

 

「はい、できました。可愛いですよ、ネロ」

「ニャ!」

 

 ピンと尻尾を立ててネロが答えます。ネロも短い間ですがリボンをつけるのが当たり前になってくれているみたいですね。嬉しい限りです。

 

「……その猫、賢いな」

「はい! ネロはとっても賢いよい子なのですよ」

「謝るくらいだしな……悪かったな、リボン取っちまって」

「ニャーッニャニャニャニャ」

「『いーってことよ』か? マジで賢いな」

 

 ネロに噛み付かれていた男の子、リーくんがネロの頭を撫でながら謝ります。なんだかとってもよい子ですね、リーくん。そしてネロも本当に猫なのでしょうかと疑問に思うくらいです。でもいいのです。可愛いは正義ですから!

 私がニコニコしていたからですかね、リーくんが頬を掻きながら言いました。

 

「あー…落ち着いたみたいだから、自己紹介でもするか?」

 

 確かにそうですね。このコンパートメントに入る前も、入ってからも私は名前を伝えていませんし、お聞きしていません。礼儀にかけてしまいますね。とは言え、リーくんが『リー・ジョーダン』だとも、双子の2人がウィーズリーの方だとは気づいていましたけれど。

 ですが自己紹介ができるのは願ったり叶ったりです。

 

「私ったら名前も言わず申し訳ありません」

「それは俺たちも一緒。俺はリー・ジョーダンで、あっちの双子が──」

「俺がフレッド・ウィーズリーで」

「俺がジョージ・ウィーズリー」

「「よろしく!」」

 

 私の隣に座るリーくんが自分を指差して告げて、にこりと笑って向かいの2人を指差します。2人も2人でそれは楽しげに笑って、全く同じ動作で名前を教えてくださいます。

 リーくんは癖のある髪をした黒人の男の子。普通のシャツにジーンズを合わせたごくシンプルな格好をしています。ちなみにその肩に今はタランチュラが乗っています。そっとそれから視線を逸らして、双子を見ます。2人は真白い肌に艶々の赤毛にそばかすで、違いと言ったらセーターにあるイニシャルだけ、ですね。とってもそっくりです。「よろしく」と決めポーズを取るところは、年相応の子どものようで、可愛らしいですね。

 そんな3人ににっこりと笑って、私も居住まいを正します。

 

「申し遅れましたが、私はカサンドラ・マルフォイと申します。この子は私のペットのネロです。どうぞよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げて、それからまた笑いかけます。はい。とりあえず家名から忌避される可能性が高いので、少しでも好感度を上げておきたいという姑息な考えからです。根底の印象が悪かったとしても、実際に接してみたら印象が良くなることもありますからね。

 

「カサンドラね。俺たちのことは『リー』に『ジョージ』にフレッドでいいよ。俺たちもカサンドラって呼ばせてもらうし」

「良いのですか? その、私はマルフォイ家の者ですけれど……」

「「それがなにか?」」

「カサンドラがマルフォイ家だからって俺らはもう友だちだろ? なんつっても死線を乗り越えたんだからな!」

 

 フレッドくんとジョージくんが首を傾げて、リーくんが溌剌と言います。そうですか、ネロの襲撃は死線に値するのですね……。うう、申し訳ありません。ですが3人が言ってくださることがとっても嬉しいので、ついつい顔が笑ってしまいます。

 

「でしたら……お友だちと言ってくださるのでしたら、私のことはキャシーとお呼びください。その方が嬉しいです」

 

 言いながら笑ってしまうのはしかたないですよね。

 

「お、おう! よろしくな! キャシー」

「「よろしくキャシー!」」

「はい、よろしくお願いします」

 

 ちょっとだけほのぼのしていた私たち。そんな空気を断ち切るようにしてコンパートメントのドアが開きます。

 

「皆さん、車内販売ですよ。なにかいりますか?」

 

 魔女らしい服装のおばさまが、ひょっこり顔を出します。そして彼女の前にある小さくはないカートいっぱいに、カボチャジュースやパンプキンパイ、蛙チョコレートに百味ビーンズ。溢れんばかりのお菓子があります。はい。どうして食事系がないのでしょうかね、なんて考えて今の時間を思います。

 そう言えばもうお昼は越えているようです。気を抜くとお腹が鳴ってしまいそう、です。

 

「フレッドにジョージはなにか買うか?」

「「俺たちはいいよ」」

「母さんが作ったサンドイッチがあるからね」

「そうそう。ママの愛情たっぷりコンビーフサンドがね」

 

 リーくんがカートを覗き込みながら問いかけますが、フレッドくんとジョージくんからちょっと苦笑い気味に返るのはそんな言葉です。なんだか『コンビーフ』が苦手のようで、フレッドくんは肩を竦めていますね。

 それでも手作りのお食事を用意してくださるなんて羨ましいのです──なんて思ってしまう私にも、リーくんが問いかけます。

 

「キャシーはどうする? なんか買うか?」

「私は昼食もオヤツも持ってまいりましたから大丈夫です──けれど、ちょっとだけチョコレートが気になります」

 

 そのお誘いに私は席を立ちます。

 クッキーにスコーン、ミニカップケーキは作りましたし、キャンディーなんかも用意しています。もちろんチョコレートもあるのですが、それと蛙チョコレートは別物です。見た目はアレですが、味はとっても美味しいのです。

 ちょっとだけソワソワしながら、私もカートを見ます。お小遣いはちょっとおかしいくらいお父様からいただいていますので、買う分には全く困りませんしね。

 とりあえず蛙チョコレートを5つほど買うことにしました。

 ホクホクと笑顔で席まで戻り、フレッドくんとジョージくんに1つずつ渡します。美味しいはみんなで分け合うともっと美味しくなるのですよ。

 

「はい、お裾分けです。チョコレートお嫌いじゃなければもらってくださいな」

「いいのか? キャシー」

「サンキュー、キャシー!」

 

 ほんのり眉を寄せるジョージくんとさっと受け取るフレッドくん。双子でも違うのですね。と言っても今違いがわかるのはセーターのイニシャルのお陰、ですけれど。

 

「どうぞもらってください。リーくんもよかったらどうぞ」

「あー…俺も蛙チョコレートは買ったから、どうせならカードの方をくれないか? チョコレートはお前が食っとけよ」

「まあ、リーくんはカードをお集めなのですか? でしたら私が持っているものがいつくかありますので後ほど差し上げますね」

持っている(・・・・・)? 集めてるじゃなくてか?」

「ええ。弟が収集しておりまして、ダブったと言っては私にくれていたのです。ですから、その……実は大抵のカードを3枚ずつ持っているのです」

 

 男の子ってどうしてああしてカードですとかを集めるのが好きなのですかね。私はあんまり興味がないのですが、ドラコが無くしてしまった時に渡せるように、と取っておいたらいつの間にかそうなっていたのですよね。まあ、この場合、取っておいてよかったと言えますよね。お友だちが喜んでくれるわけですから。

 

「フレッドくんも、ジョージくんも欲しいカードがありましたらおっしゃってくださいね」

「マルフォイ家って……金持ちなんだな」

「そう、ですね。でもそれはお父様やお母様の財産ですし、私が大金を持っているわけではないですよ? 毎月お小遣い制ですし」

「マルフォイ家、小遣い制なのか……」

「ええ、お金の使い方ですとかを学ぶために私からお願いしたのです」

 

 そうしないとお父様もお母様も際限なくお金を出そうとしますからね。私なりの予防策だったのです。と言っても申し出たお小遣い額よりも二桁ばかり多かったのは誤算ですが。

 とにかくですね、『カサンドラ』が5つの頃から貯めて、いつの間にか私専用の金庫ができる程度には貯まってしまいました。金銭感覚おかしくなりそうですよね。

 

「昼はここで食べるんだろ、キャシー」

「え、ええと……そうですね。もうお昼も過ぎていますし……その方がいいのではないでしょうかね」

 

 セドリックくんもアリシアさんもきっともうお昼を食べてしまっているでしょうし。戻って1人で食べるくらいでしたらこちらでフレッドくんたちと食べた方がよい、ですよね。

 私は手の中に残っている蛙チョコレートをポーチにしまい、そこからずるりと重箱サイズのランチボックスを取り出します。ついでにミルクティーを入れた水筒に、お手拭き代わりの濡れ布巾とデザートのフルーツも出します。

 

「は? それどこから出したんだ?」

「キャシーのポーチから、だよ。それよりも俺はランチボックスのデカさの方が気になるんだけど。1人で食えるのか?」

「えと、1人分というにはたくさん作ってしまったのでよければ皆さんも召し上がってくださいな。残してしまうのはもったいないですし……食べていただけると嬉しいです」

 

 サクサクお弁当を広げます。ランチボックスの中はだいたい二等分されていて、3分の2はクラブハウスサンドと普通のサンドウィッチ。具はローストチキンと卵にハムに、王道のキューカンバー。まあ、キュウリのサンドウィッチですけれど。

 それから残りの部分にはフライドチキンとミモザサラダにほうれん草のテリーヌです。ちなみにテリーヌはドビー作です。

 3人に見えるようにして差し出してみます。が、三人三様に困った顔をしていますね。……美味しくなさそう、でしょうか。一応料理は不得意ではないのですが。ちょっと不安になってしまいます。

 

「その、これをキャシーが作ったのか?」

「え? ええ、このテリーヌはウチのドビーが作ったものですけれど他は私が」

「は? え? だってキャシー、マルフォイ家のご令嬢だろ?」

 

 ジョージくんが目をパチパチさせながら首を傾げます。

 確かに普通のご令嬢ならお料理をここまでしないかもしれませんが私は違います。なにせドラコの離乳食も、おやつも私が作っていますし。というかイギリス料理、不味くはないのですが素材の味が生きすぎていて少し辛いのですよ。いくら後からお好きな味つけで──なんてなっていても、私は先にしっかり下味くらいはつけておきたい派なのです。

 お父様やお母様に振る舞ったことはありませんが、ドラコはとっても喜んでくれるのですが……ドラコはシスコンでしたね。なんだかいっそう不安になってしまいます。

 

「料理上手のご令嬢……ますますマルフォイ家らしくなくね?」

「言えてる!」

「でもキャシーらしいと言えばらしいんじゃないか?」

「それもそうだな。というか美味そうだし、問題はないか」

「ないない! てか料理に罪はない!」

「え? えと、召し上がっていただける、ということですか?」

 

 私の問いにニッと笑って、フレッドくんがローストチキンのサンドウィッチを1つ取ります。その後すぐに2つの手が出てきて、各々サンドウィッチを取ってくれます。嬉しくて、思わず顔が緩んでしまうのは仕方ない、ですよね?



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その6

 同じコンパートメントの方と食べられたら──なんて希望的観測で用意したお弁当でしたが、フレッドくん、ジョージくん、リーくんのお陰ですっかり空っぽになりました。なんだかとっても嬉しいですね。3人とも美味しい美味しいと食べてくれましたし、お世辞でも本当に嬉しいです。

 今はデザートも食べ終わって、ミルクティーで一服しているところです。ちなみにカップを4つにお砂糖にティースプーンも4つに用意していたりします。あ、ちなみにフレッドくんとジョージくんの持っていたお母様お手製のサンドウィッチのご相伴に預かりました。なんだか懐かしい味がしましたね。コンビーフサンドって時間のないときにすごーく便利なのですよね。ちょっと油っぽくなってしまうのが難点ですけれど。

 

 4人でまったりお茶をしながらの話題は、ホグワーツについて。3人とも組み分けが気になるそうです。確かにどこに組み分けられるかはドキドキものですからね。

 

「着いたらまず組み分けだろ?」

「そうだな。兄貴たちもそう言ってたし、すぐに組み分けするみたいだ。んでその後に夕飯だったか?」

「フレッドくんとジョージくんはお兄様がいらっしゃるのですね。羨ましいです」

「そうか? まあ、兄弟が多いから賑やかではあるけど羨ましがるようなものではないと思うぞ?」

「キャシーは兄弟は? ちなみに俺は一人っ子だ」

 

 リーくんの言葉に私は満面の笑みで言い切ります。

 

「私は弟がいます。2つ下で、とっても素直で可愛いのですよ。ですけれど、実はお兄様には少し憧れがありまして」

「憧れ? 優しくて、格好良くて勉強もできる──みたいな?」

「いえいえ、別に完璧を求めているわけではないのですよ? それにお兄様やお姉様のような頼り甲斐のある方がいたらいいなあ、という程度なのです」

「あー確かに。兄貴は頼り甲斐があると嬉しいな」

「俺たちの兄貴はだいぶ頼り甲斐があると思うぜ」

 

 ニッと笑いながら、フレッドくんとジョージくんが言います。多分きっとお兄様のことがお好きなのでしょうね。

 確かウィーズリー家の方は7人兄弟、でしたよね。フレッドくんとジョージくんに弟のロンくん、妹さんのジニーさん。それからお兄様のパーシーさんと……後お二人でしたか? 他のお兄様のお名前は存じ上げていませんでしたね。なんというお名前だったでしょうか。ぼんやり考えながらネロを撫でます。まるでベルベットのような手触りで堪らなく気持ちいいです。

 

「今は2人の兄貴が通ってるんだ」

「そうそう、2人ともグリフィンドールだからたぶん俺たちもそうじゃないかと思ってる」

「父さんも母さんも、もう1人の兄貴もグリフィンドールだし……多分そうなるだろうな」

「それってやっぱ血筋で寮が決まるってことなのか?」

「まあ、それで言ったら私もお父様の血筋もお母様の血筋もスリザリンの方ばかりです。……やっぱり私もそうなる確率が高いということでしょうか」

 

 血筋的なものが組み分けに関わるのでしたら可能性はありますね。なんて思いから呟いたのです。が、三者三様に首を振られました。

 

「「「いや、それはないだろ」」」

 

 という言葉とともに。あまりにも勢いのあるその言葉に私もちょっと驚きます。そんなに言い切れるほど可能性、ないのでしょうか。どうしても入りたいわけではないですよ? 自分でも多分スリザリンではないだろうなとは思いますし。ですけれど、出会ってまだ数時間の彼らにすら断言されてしまうくらい、私はスリザリンらしくないのでしょうか。なんだかマルフォイ家の娘という自信がなくなりそうです。

 

「そうでしょうか? 私もマルフォイですし、スリザリンに組み分けられないこともないかと思うのですが」

「いーや、絶対ないね!」

「そうそう、ないよ。だってキャシーだよ?」

「キャシーほど狡猾って言葉が似合わない子はいないって」

「あー…まあ、そうだな。双子の言う通り、だな。キャシーが狡猾なら、こいつらは悪辣になるんじゃね?」

「私が狡猾ならお二人が悪辣……そ、そうでしょうか?」

 

 妙な例えまで出された上での断言。本当にマルフォイ家の娘としての自信がなくなります。私だってそれなりに裏工作をしたような気がするのですが、狡猾にはなれていないということでしょうかね?

 どうしても望んでいるわけではないですが、こうまで言い切られてしまうのもどこか釈然としませんね。どうしてでしょうか。

 

「ま、キャシーなら……そうだな、ハッフルパフとかか? 正直者が集まる寮らしいし」

「いや、意外に頭が良くてレイブンクローもあるかもしれないぜ?」

「ま、どこの寮に組み分けられたとしてもキャシーはキャシーなんだし関係ないだろ」

「「確かにな」」

「そう言っていただけると嬉しいですね。でもきっとリーくんもお二人と同じ寮になると思いますよ? グリフィンドールは勇敢で高潔な方が組み分けられるらしいので」

 

 実際リーくんがグリフィンドールであることは知っていますし、このくらい話しても問題ないですよね。

 

「ほ、褒めてもなんも出ねえぞ?」

「? 感じたことを言ったまでですよ?」

「リーが勇敢で高潔……確かに勇敢かもしれないけど迂闊でもあるから違うんじゃない?」

 

 ほんのり頬を染めてリーくんが言えばジョージくんが苦笑いしながら言います。リーくんが迂闊とはどういうことでしょうかね?

 

「そうなのですか?」

「そうそう。ネロのリボンを取ったり? 引っ掻かれて噛みつかれて涙目になったり? 薬を塗ってもらって涙目にもなってたんだよ? 勇敢で高潔じゃないだろ」

「あーのーなー! アレは確かに俺が悪かったが、実際問題スッゲー痛かったんだからな! 特にあの薬! 経験したことないくらいに染みるんだぞ!」

 

 ビシリとフレッドくんを指差して、リーくんが言い切ります。はい。耳が痛いです。彼がからかわれていることの大半は私とネロがいけないということです。思わずしょぼんとしてしまうのは仕方ない、ですよね? でもしょぼんとしているばかりではいられません。ここで私ができることをしなくては!

 

「ご、ごめんなさい! そうですよね、ネロが噛みついたのも、お薬も……痛かったですよね……」

 

 と勢い込んで口にしましたが、どうにも目が潤んでしまいます。もちろん泣いてはいませんよ? 泣いてはいないのですがちょっとだけ泣きそうになっているのは否定しません。

 ネロが悪気があった訳でも、リーくんが悪かった訳でもありません。多分言うなれば巡り合わせがちょっとだけ悪かったのです。でもそれもこれも私がネロを見失ってしまったからだとわかっているから、だから私が落ち込んでしまうのでしょう。はい、自業自得というやつ、ですよね。わかっています。

 

「あーほら、お前らのせいでキャシーが!」

「「いや、今のはリーのせいだろ?」」

「俺かよ! お前らじゃねえのかよ! つーか泣くなよキャシー!」

「は、はい! 泣いていませんし、泣きません!」

 

 ぴしりと背筋を伸ばして返します。が、本当はやっぱりちょっとだけ泣きそうです──なんて思ったちょうどその時、突然ドアが開きました。

 

「ここにキャシーって子いない? って……こんなところにいたのね、キャシー! 探したのよ? っていうかなんであなた泣きそうになってるのよ!」

「え? え、アリシアさん? どうかなさったのですか?」

「どうかしたかじゃないわよ。あなた散歩に行くって言ってから一時間以上も戻ってきてないのよ? 車内で迷子になったのかと思ったじゃない!」

「す、すみません! その、ちょっと色々ありまして、こちらのコンパートメントでお話をしていたのです。探してくださってありがとうございます、アリシアさん」

「そ、そんなことはどうでもいいのよ! 誰よ、キャシーを泣かせたのは!」

 

 急に現れたアリシアさんが荒ぶります。怒っています。それも私の前に仁王立ちして、リーくん、フレッドくん、ジョージくんを睨むようにして。……これって私を庇おうとしてくれている、ということでしょうか。ちょっと嬉しいです。

 

 迷惑をかけてしまったようですが、探してくださったこと。こうして心配してくださること。どちらも本当に嬉しくてついつい笑ってしまいます。多分とっても締まりのない顔になっていることでしょう。

 

「この子がマルフォイだから泣かせたとか、そんなんだったら私が許さないわよ!」

「は?」

「「や、違うし」」

「なにも違わないでしょう! キャシーが泣いてるのよ? この! ポヤポヤで、いっつも笑ってそうなこの子がよ? あんたたちがなにかしたってこと以外考えられないじゃないの!」

 

 擬音で表すなら『プンプン』というよりも、『カッカ』していると言った方が合っているような感じです。むしろ頭から湯気が出ているかもしれないレベルで怒ってらっしゃいます。

 ですがこれは冤罪です。濡れ衣です。むしろ怒られるべきは私の方なはず、なのです。

 

「ア、アリシアさん……その」

「いいのよ、キャシーは気にしないで! あなたを泣かせたこいつらは私がしっかり躾するわ!」

「いえ、その私……別に彼らに泣かされたわけじゃ、その、ないのですが」

 

 クイクイとアリシアの袖を引いて、言い募ります。聞いてくれているか半信半疑ですが。

 

「──どういうこと?」

「えと、その──」

 

 くるりとこちらを向いたアリシアさんに、事の次第──私がこのコンパートメントに入ることになった経緯から、ちょっと涙目になったり理由までを話します。そう、私のネロがいけなかったのだということと、涙腺がちょっとばかり緩いのがいけないのだ、ということをです。

 神妙な顔をして聞き始めたアリシアさんは、話が終わる頃には少し呆れた顔になっていました。うう……わかっていますよ。呆れるくらい私の涙腺が弱いのがいけないのです。しょぼんとしながら頭を下げます。

 

「ご心配おかけして申し訳ないです……。それにご迷惑も……」

「べ、別に心配だったからじゃないんだから! あなたが泣いてる理由が理不尽なものかと思っただけだし、あなたがだれかに迷惑をかけてるんじゃないかって思ってただけよ!」

 

 プイッと顔を逸らしながら言うアリシアさん。やっぱりまだ怒っていらっしゃるのでしょうか。ちょっとショックです。でも言ってくださった言葉は嬉しいので気にしないことにします。はい、前向きに考えるのが私、なのです。

 ちなみにフレッドくんたちは、ちょっとだけニヤニヤしながら私とアリシアさんとを見ています。でも嫌な感じのニヤニヤじゃないので、気にしないことにします。とりあえずアリシアさんはとっても優しくて良い方だとわかったことが1番嬉しいこと、かもしれませんね。



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その7

 なんとか和やかに──そう、このコンパートメントに入る理由となった、ネロとリーくんの一件をからかったり、混ぜ返したりするフレッドくん、ジョージくんを諌めたりしながら──5人で少しお話をしました。

 自己紹介を含めたほんの少しの会話だけでしたが、あっさりアリシアさんは3人のことを呼び捨てにしてらっしゃいます。なんだかそんなところもスポーツ少女っぽくて似合っています。アリシアさん、とっても可愛いです。

 

 ミルクティー1杯分お話をして、「そろそろ行くわよ」とアリシアさんがおっしゃいます。着替えをするためにと、コンパートメントに残っているセドリックくんも多分心配しているから、ということで。

 というわけで私は、フレッドくんたちに挨拶をしてから元いたコンパートメントに戻りました。

 

 ほぼ先頭と言えるコンパートメント。ドアを開ければそこにはにこりと笑いながら「楽しかった?」と聞いてくれるセドリックくんと、その向かいにもう1人女の子がいます。どなたなのかと思っていれば、またにこりと笑ってセドリックくんが紹介してくださいます。

 

「彼女はね、アンジェリーナ・ジョンソンさん。キャシーが出て少ししたら来たんだよ」

「私も今年入学なの、よろしくね!」

「私はカサンドラ・マルフォイと申します。よろしくお願いいたしますね」

「聞いてた通りね! ちっちゃくて可愛い!」

「え? えと?」

 

 アンジェリーナさんはそう言うなり私の頭をワシワシと撫でます。それも笑顔で。な、なんでしょうか。私、愛玩動物にでもなったのでしょうか。

 確かにですね、私は小さいです。多分11歳の平均身長はありません。正確に言えば私は入学してすぐに12歳になるので、12歳平均で考えるべきなのですが悲しくなるだけ、なくらいです。

 ミニマムでフリフリなワンピース……そうですね、傍目に見たら可愛いと言えるのでしょう。私も、私じゃなければ手放しで可愛いと言っていたと思います。

 

 ひとしきり私を可愛がったアンジェリーナさんが落ち着いたその後、私たちは4人でお喋りをしながらオヤツを食べました。

 ちなみにポーチの中から明らかに入らないだろうサイズのミルクティーの入った水筒や、ケーキなどを入れたボックスを出したところでちょっとだけ驚かれました。実はこれも『検知不可能拡大呪文』をかけてあるのです。ちなみに教えていただいてはいるのですが、まだ実践したことはないですよ?

 

 オヤツの残量が半分以下になるくらいまでお喋りをした後、それぞれに着替えをすることにしました。ちなみに私たちの着替えの際、セドリックくんはドアの外で待っていてくれていましたね。ちなみに誰も入ってこないように、とのことです。とっても紳士ですよね。ちょっと照れていたのがとっても可愛かったです。

 

 ちょっと大きめのローブに黒いネクタイ、シャツにプリーツスカート。ローブを着ていなければ普通の学生服という感じですね。概ねサイズは合っていますが、一部だけキツイのは成長したということなのだと思いたいですね。微妙にボタンとボタンの隙間が開いていることが気になりますが……まあ、仕方ないことなのでしょう。多分。

 隙間を隠すためにセーターをさっくり着込みます。ちょっと大きめサイズで用意したので、袖丈と着丈は長めです……が胸部がキツイです。『カサンドラ』は二次性徴が10歳から現れたのですが1年でみるみるうちに膨らんだのです。将来を考えてしっかりお手入れをするのが正直面倒ですがそれはもう諦めました。自分のためですしね、仕方ありません。

 それにしてもシャツだけでなくセーターも新調しないとダメそうですね。

 

「キャシー……小さいのに大きいのね」

「ちょ、すごい羨ましいんだけど……」

「──私が欲しいのは身長なのですが、ここばかり大きくなってしまうのです……。身長はどうしたら伸びるのですかね?」

「う、運動に牛乳? 栄養とって寝るのもいいらしいけど……」

「一応ですね、そういった一般的なものは全部やったのです。けれど牛乳を飲めば飲むほど……」

「ああ、うん。なんかわかったからもういいわ。とりあえずキャシー、私のセーター着る? 私も大きめで用意したし、今着てるそれよりマシだと思うわよ?」

 

 私とワンサイズは違うだろうアリシアさんが大きめに作った。それはつまり私にとっては二回りは大きいということ、です。一回り大きいだけではダメだったので、お借りするしかない、でしょうが……。本当によいのでしょうか。

 ですがここで断るのも色々ダメです。はっきりしっかり形がわかってしまうのは避けたいのです。

 

「……お言葉に甘えても良いですか?」

「もちろん! ていうか私から言い出したのだからキャシーが遠慮する必要ないわよ」

「ありがとうございます、アリシアさん」

 

 アリシアさんは本当に優しいです。というかアンジェリーナさん、一部を見過ぎですよ──とは言えません。見ないでいろと言うには色々気になる部分ですものね。私だって私以外の人がこんなにも目立つものを持っていらしたらそれはもうじっくり見るでしょうから。なので気にしません。気になりますが。

 

 それからあっさり着替えを済ませ、少しだけ胸部を目立たなくしてからセドリックくんを呼びます。セドリックくんはまだ着替えが済んでいませんので、交代です。

 ものの10分ほどでサクッと着替えたセドリックくん。男の子の着替えは早いですね。ちなみにとっても初々しい感じで、セドリックくんも似合っています。

 それからもお菓子を摘みながらお話をしました。

 組み分けの話に授業の話。どんな先生がいらっしゃるのか。次から次へと会話は途切れることなく続きます。女の子特有の話題の飛び方ですが、セドリックくんは呆れることもなくそれに付き合ってくださいます。……セドリックくん、イケメン特性ものすごおく高いです。将来性バッチリな気がします。

 アリシアさんも、アンジェリーナさんも明るくスポーティな方々で、さっぱりとした話し方や雰囲気なのでとても付き合いやすい方々ですし……コンパートメントで一緒になっただけではなく、これから先もお付き合いをしていきたいと思うくらいな方達ですね。お友だちとしてこれからも仲良くできるように努力しなくてはダメ、ですね。

 

 それはもう色々なお話をしながら過ごしていれば、窓の外は夕暮れになっておりました。時間が経つのはとっても早いのです。

 

 キングス・クロス駅を11時に出発して、夕暮れ時にホグズミード駅に到着。とっても長くてつまらないのではないかと不安に思っていたのですけれど、たくさんお喋りをしたりしてあっという間に過ぎてしまいましたね。なんだかもっと乗っていたいような気分ですが、それはできませんね。なんと言ってもこれからホグワーツに入学、なのですから!

 

 月夜にお船。目の前に聳え立つお城。なんだかとってもファンタジーな光景です。

 私は今、ホグワーツ城に向かうお船に乗っているところです。1年生だけしか味わえないこのお船を満喫しているのです。実際星と月の浮かぶ空と、それらをバックにしたお城。藍色に染まる湖にはそのどれもが映っていて、本当に幻想的なのです。トキメクのです! というかドキドキが止まらないのです! なんだかとっても『ハリーポッター』の世界に生まれたのだと強く思えてしまうのです。もちろん弟がドラコで、父母がマルフォイ家の者だということで自覚はしているのですよ? ですがやっぱりこうしてしっかり自分の目で見ることでよりいっそう自覚できるというものです。

 未来を少しでも明るくするためにできることを頑張らなくては、と決意できるほどには。もっとも私に何ができるのか、私自身わかりませんけれども。

 などとつらつら考えていたらいつの間にかお城の中にいました。それも大広間の前に、です。あっという間ですね。

 

「ようこそホグワーツへ。さて、皆さんは今からこの扉をくぐり上級生と合流しますが、その前に皆さんがどの寮に入るか組み分けをします──」

 

 厳格そうな女史、マクゴナガル先生が注意事項をご説明なさっています。私の記憶に残るお姿よりもほんの少しですがお若いです。……確か猫のアニメーガス、なのですよね。いいですよね、アニメーガス。私も猫になってネロと一緒に遊びたいですね。

 マクゴナガル先生のお話が済んだ後、扉の先へと向かいました。天井には星空で、目の前にたくさん並ぶテーブル周りにはたくさんの先輩方。正面奥にはダンブルドア校長を含めた先生方がいらっしゃいます。……ダンブルドア校長は遠目から見ると本当にサンタクロースですね。

 パッと見てわかる先生のお名前は、正直に言うと2人ほど。それはセブルス・スネイプ先生とクィリナス・クィレル先生くらいです。お名前はわかってもお姿が一致しないのです。なんて眺めていたからですかね。スネイプ先生と目が合いました。

 艶のない真っ黒な髪に真っ黒な目。無表情なところがちょっとだけ怖いですが、とってもお優しいところを知っていますので怯える心配はありません。小さく笑って、小さく会釈します──が、スネイプ先生ヒドイです。目を逸らすなんて。そんなに私の笑い顔は見るに耐えないのですかね。なんだ別の意味で心配になってきました。

 ちょっとだけしょぼんとしている間にダンブルドア校長から注意事項が発表されます。その後、1人ずつ名前を呼ばれて『組み分け帽子』を被ることになりました。もちろん私の名前も呼ばれまして、さっくりと帽子を被りました。組み分け帽子さんはそれはもうはっきりとおっしゃいました。「スリザリンはない」と。……なんでしょうね、喜ぶべきなのでしょうけれど、素直に喜べないこの感じ。そんなに私はスリザリンに相応しくないのでしょうかね。いえ、いいのですよ? どうしても入りたいわけではないので。ですがなんだか釈然としないのも本心です。

 ちょっとだけプチプチと心の中で言い募っていたら、組み分け帽子さんが続けます。

 時間にして5分足らず。組み分け帽子さんから提示されたうちの1つを選べば、私の入る寮が決まります。スリザリン以外のどこでも平気、だなんて言われてしまったのです。選ぶべきは1つだと思ってしまう私は間違っていませんよね?

 とりあえず、元闇陣営で純血主義で有名であるマルフォイ家の娘の私こと、カサンドラ・マルフォイはさっくりあっさり、グリフィンドール寮を選びました。



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ご令嬢は誕生日を迎えていました。
その8


 ホグワーツに入学して1ヶ月と少し。授業にお友達とのおしゃべりと毎日が充実している私なのですが、実は1つだけできていないことがあります。

 そう、毎日毎日宿題以外でとあるお薬の作り方をスネイプ先生から学んだりですとか、マクゴナガル先生に変身術の授業後に補習をしていただいたりとかしておりますが、それではないのです。お薬を作ることも、アニメーガスになるために頑張ることも大事なのですが、それら自体はすぐにできなくて構わないのです。大事なのはカバンの奥底にしまいこんだままのアレ(・・)のことです。

 

「どうしましょうかね……」

 

 談話室のソファーに座り、クッションを抱え込んだまま悩みます。私としては早くぐるぐるに紐と布とを巻いたアレをダンブルドア校長に渡したいのですが、校長に個人的に会うことができるのでしょうか。……私ただの一年生ですし。

 

「キャシー? どうかしたのか?」

 

 うんうん唸っていたからでしょうか。どこか心配した風な顔をした……多分ジョージくんが声をかけてきます。失礼に当たるので「ジョージくんですか?」とは聞きません。

 多分もう少し慣れたらきっと見分けられるのではないかと思っているのですが、本当にできるかどうかはわかりません。ただ、1つだけ気づいたのは周囲をよく気にするのがジョージくんで、突然手を握ってきたりするのがフレッドくんではないかと思っています。ちなみにリーくんはお2人を識別することを諦めているそうです。どちらにしろ悪戯ばかりしているから、というのが彼の談です。

 ですので、こうして心配してくれているのはジョージくんではないかという予想の元に答えます。もちろん名前は明言しません。私ズルいのです。

 

「いえいえ、別になんでもありませんよ」

「そうか? なんか悩んでるみたいだったから」

「その、ダンブルドア校長にお会いできる機会が少ないなあと思っていただけなのです。とっても有名な方なので、個人的にお話ししてみたいなあ、と」

 

 当たり障りのない理由を口にします。そうなのです。『ハリポタ』の中ではあんなにもいっぱいハリーたちと関わっていたダンブルドア校長ですが、私たちとはさして関わりがありません。やっぱりまだ原作が始まっていないからですかね。

 それとも私が主要人物ではないから、ですかね。わかりません。同じように私がどうしたらお会いできるのかも皆目見当がつきません。本当にどうしたらよいのでしょうかね。

 相も変わらずクッションを抱きしめて考え込めば、私の隣に腰掛けた推定ジョージくんが言います。

 

「ふうん……校長とね。でもキャシーならできるんじゃない?」

「どうしてですか?」

 

 あまりにもはっきり言い切られて、首を傾げます。

 

「だってキャシー、マクゴナガル先生とかスネイプと補習したりしてるだろ? つまり先生の2人とそれなりに交流してるわけだ」

「ええ、そうですね。とってもお世話になっていますね。お2人ともとってもお優しいのです」

「あー…それはまあ、俺にはわからないけどさ、とりあえずその2人に相談してみればいいんじゃない? ダメだったらダメって言うだろうし」

「そう、ですね。確かにダメでしたらお2人ともおっしゃってくださいますよね。……今度の補習の時に伺ってみますね」

 

 推定ジョージくんの言葉で光明が見えて気がして、私も少し安堵しました。そうです。私が会えないのでしたら、会える方に言伝を頼めばいいのですよね。特にあの人に頼めば色々と上手くいく気がしますし。

 小さく笑ってお礼代わりに頭を下げます。その頭にぽすりと推定ジョージくんの手が乗ります。なんでしょう、もしかして彼はフレッドくんだったのでしょうか。

 

「ま、頑張れ。でさ、キャシー」

「はい、なんですか?」

「その……いま暇ならさ」

「はい」

「俺と、その……「キャシー! 私たちと一緒に図書館に行かない!」散歩に──」

「え? え?」

 

 言い淀んでいたジョージくんだと思われる彼の言葉を最後まで聞く前に、私の腕が引かれました。さっくりとクッションを落としてしまったのですが、それは何故かアリシアさんが拾ってくれています。ということはいま私の腕を掴んでいるのは──

 

「アンジェリーナさん、どうしたのですか?」

「魔法薬学のレポート! どうしてもわからないことがあるのよ! キャシー、魔法薬学得意でしょ? だから教えて欲しくて!」

「そうそう、ここでするつもりだったけど……まあ、色々と面倒がありそうだから図書館でしない? 私はレポート終わったけどちょっとキャシーに見てもらいたいし丁度いいかなって思ったのよ」

 

 どう? と聞きながらもすでに歩き出しているアンジェリーナさんとアリシアさん。別に否やはないのですが……。私はちょっとだけ振り返って、声をかけます。

 

「お話の途中にごめんなさい。また話しましょうね」

「あ、ああ。またなキャシー」

「はい、また」

 

 ちょっとだけ落ち込んでいる風のジョージくんらしき彼にヒラヒラと手を振って、引かれるままに歩く私です。なんでしょうかね。なんだかたびたびこう言ったことがあるのですが。

 もちろんアリシアさんやアンジェリーナさんに誘われるのは嬉しいですよ。でもどうしてか男の子と話していると大抵こうして連れ出されるのですよね。……なんでしょう。私と話している彼らのこと、アリシアさんたちはお好きなのでしょうか。私、今12歳になりましたけれど、流石に同じ年の男の子とは恋愛できませんよ? せめて10は年上の方がいいのですが。将来的にどうなるかわかりませんが、小学生男子程度の年齢の男の子にときめくような乙女心はないのですが。可愛いとときめくことはありますが、アレは恋心ではないですしね。

 とは言え、流石に恋してませんよと聞かれもしないのに言えないですし。このままでもさして問題ないですよね。

 

 それから夕食まで図書館でアリシアさんのレポートの出来を見て、じっくりアンジェリーナさんのレポートをお手伝いをしながら本を読みました。もちろん魔法薬学の本です。できるなら禁書を読みたいところですが許可がいただけていないので仕方ありませんね。

 アンジェリーナさんのレポート完成までの間に何冊かの本を読み、その内の幾つかを借りることにして、図書館を出ました。

 

「キャシー、本当に魔法薬学が好きなのね」

「そうそう、こんなわかりづらいのが好きとかすごいよね。私にはわかんないなあ」

「そうですか? 薬学が得意になれば、誰かが怪我をした時にその人にあった薬を処方できるようになりますし……将来に役に立つだろうなあと思いまして」

「ああ、まあそうよね。でもさ、キャシーはマルフォイ家の令嬢でしょ? わざわざ自分で作らなくても家の者が作るんじゃないの?」

「あー…それはどうでしょうかね」

 

 さっぱりとした口調でアリシアさんが言いますが、私は口籠るしかできません。流石にですね、色々とご心配をしてくださるアリシアさんに、もしかしたら今年のクリスマスに家に戻れないかもしれないとは言えないですよね。

 そうなのです。入学早々グリフィンドールに決まりましたとお手紙を送ったのですが、未だに返事は返ってきません。何度か送ったそれ以降の手紙も同様です。いえ、予想はしていたので、あまり気にはしていないのですよ? ですがどうするのが正解なのか未だに答えを決めかねているのです。とは言え今はまだ10月半ば。あと2ヶ月ほどありますので、それまでにはきっと決まるので問題ないでしょう。

 

「まあ、キャシーだからね。おっとりのんびりで誰かにやってもらって当然──って子じゃないからね。自分でできることは自分でしたい子、だもんね」

「ま、それもそうね。意外に頑固だし? 頭はいいけどちょっと抜けてるし? まあそこも可愛いけど」

「ホント! すっごい可愛い! 理想の妹よね!」

 

 なんだか不名誉な言葉を聞いた気がします。が、私はもう誕生日がきているのでもう12歳です。お誕生日を教え合っていないので、アリシアさんたちがいつ生まれなのか存じませんが、多分まだお2人は11歳のはず、です。が、これもさしたる問題ではないので、私は口を噤みます。

 

 3人──主にアリシアさんとアンジェリーナさんですが──でお話をしながら大広間に向かいます。これからすぐに夕食です。

 イギリス料理すぎる食卓を想像して、ちょっとだけげんなりしながらも大人しく席に着きます。ちなみに両サイドはアリシアさんとアンジェリーナさんです。そして向かいには赤毛のお兄さんが座ってらっしゃいます。はい、フレッドくんとジョージくんのお兄様、私がお名前を思い出せなかったお兄様の1人であるチャーリーさんです。

 

「キャシーは今日も小さくて可愛いね」

「……ありがとうございます」

「うん。本当に可愛い。フレッドやジョージは君に迷惑をかけていないかな? なにか困ったことがあったら僕にすぐ言うんだよ?」

「……はい、ありがとうございます」

 

 チャーリーさんはがっしりとした体格の、笑顔の素敵なお兄様です。が、推定フレッドくんのようによく私に触ってきます。まあ、大抵は頭を撫でてくるだけ、なのですが、たまに抱き上げようとしたりなさるので注意が必要です。

 1度抱き上げられたその後、フレッドくん、ジョージくん、アリシアさんにそれはもう怒られました。ちなみにアンジェリーナさんからは羨ましいと言われました。

 たぶんですね、チャーリーさんは私のことを妹さんであるジニーさんと同じように見ているのではないかと予想しています。はい、そこまでは小さくないと思うのですが、そう思われてしまいそうなくらいには小さいので。くう……遺憾ですが学年で1番小さい子だとよく言われますから、多分間違いではないのでしょう。

 ともあれ監督生であるチャーリーさんに気にかけていただけるのは、多分よいことなのであまり深く考えないことにします。

 

「チャーリーさん? キャシーの髪が乱れるからあまり撫でないでくださいません?」

「そうですよ、女の子に対して配慮が足りませんよ?」

「そうかい? それは悪かったね。許してくれるかな、キャシー」

「……ええ、髪は梳かせばいいのでお気になさらず」

 

 にこにこと笑いながらもどこか押しの強さを感じるのはどうしてなのでしょうかね。私はちょっとだけ心の中で息をついてしまいます。いえね、嫌なわけではないのですよ? ですがチャーリーさんは監督生なのです。そしてとても素敵な方なのです。お勉強もできて、物腰も穏やかでありながら男らしいところもあって、お顔だって整ってらっしゃいます。つまりですね、とてもおモテになるのです。

 入学早々お姉様方から睨まれたのは軽くトラウマです。まあ、すぐにチャーリーさんの態度がただの子供扱いであるとお気づきになったようで、逆に私を子供扱いなさって牽制していらっしゃるようです。

 ……皆さん、恋に力を入れてらっしゃるようですね。学生の本分ってお勉強、ではなかったのですかね? これがジェネレーションギャップというものなのでしょうか。



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その9

 夕食を終えて寮に戻ったのですが、どうしてか談話室で拘束されています。両サイドにアリシアさんとアンジェリーナさんがいます。ちなみに目の前にはフレッドくんとジョージくんにリーくんです。

 なんでしょう。そこはかとなく尋問される被疑者のような立ち位置に私、いませんか? これから何を聞かれるのか、ドキドキです。せめて弁護人代わり兼私の癒しとしてネロを所望したいのですが。ダメですかね?

 

「で、結局のところどうなの?」

「なにがでしょうか?」

「なにって、ねえ?」

 

 わかるでしょう、とばかりにアンジェリーナさんがニヤニヤしています。まあ、なんとなくはわかります。多分私がチャーリーさんを好きかどうか、という意味での問いかけなのでしょう。

 ですがですね、私にとってはまだチャーリーさんでも歳が若すぎると思ってしまうのです。だって彼、まだ魔法界的成人にも、人間界的成人にもまだ達していないのですよ? さすがにそんな方を好きだとは思えません。良くて従兄弟で、悪くて息子です。私的に男性は30代からが魅力的だと思うのです。異論は認めますがこれは今のところ譲れません。……私、なんだか結婚できない気がしてきました。

 

「まあ、そんなことよりだな。キャシー! 俺はお前に聞きたいことがあるんだ!」

「え? あ、はい。なんでしょう」

 

 勢い込むようにしてリーくんが問いかけてきます。何故だか推定フレッドくんがリーくんの脇を突く──というよりも抓っています。何故でしょう。そして聞きたいことってなんでしょうかね。

 

「あー…その、なんだ」

「はい」

「あー…キャシーの……キャシーの杖はなんだっけ?」

「杖ですか? 月桂樹とユニコーンのたてがみですが、それがなにか?」

「あー…いや、その」

 

 突然に杖についての質問。こてりと首を傾げますが、リーくんは相変わらず推定フレッドくんに突かれています。というか内緒話のようにして何かをお話ししているようです。なんでしょうか。

 

「あー…月桂樹とユニコーンのたてがみだとその、忠誠心が高いんだったか?」

「あ、はい。よくご存知ですね。オリバンダーさんからも言われたのですが、とっても忠誠心に溢れる杖だそうです」

「あ! 確かさ、杖の長さにも意味があるんだよね!」

「ああ、それ知ってるわ。なんでも杖の長さって、身長とかの体格でだけじゃなくて、性格的に優れた人物ほど長くなるらしいわよ」

「まあ、そうなのですか? 存じませんでした」

 

 なんだか話題が流れているような気がしますが、いいのですかね? でもまあ、アリシアさんとアンジェリーナさんが楽しそうなのでいいですよね?

 

「じゃあ、小さいキャシーの杖が長いのは、キャシーが性格的に優れているからよね!」

「そう、なのでしょうか?」

「そうね、多分そうじゃない? だってキャシー、多分これ以上の成長は望めなさそうだし……」

 

 私のつま先から頭のてっぺんまでをしっかり見て、それはもう残念そうな顔をするアリシアさん。いえ、ですね。考えていることはわかっておりますが、それは思っていても言わないで欲しかったです。……私も、二次性徴が始まった段階で無理だと薄々感じていましたから。ですがまだ諦めていないのです。望みは薄いのだとしても、せめてあと5センチは欲しいのですよ! 希望は捨ててはいけないのです!

 

「あー…確かにキャシーの杖はキャシーによく似合うよな。こうまん丸なのが柄についてるところとか、さ」

「まあ、そうでしょうか? ああ、でも月桂樹は私の誕生木なので、そう言っていただけると嬉しいです」

 

 嬉しいお言葉に思わずにっこり笑ってしまいます。実はそうなのです。私の誕生日である9月8日の誕生木はなんと月桂樹だったのです。なんだか運命的ですよね。ちなみにそれを知ったのはホグワーツに入ってからです。図書館で見た本に載っていたのです。

 

「へえ、誕生木なんてあるんだ。知らなかったなあ」

「そう言えばキャシーがいつなのか聞いてなかったわね。いつなの?」

「誕生日、ですか? えと、9月の8日ですね」

「え?」

「「は?」」

 

 なんだか皆さんびっくりしているようなのですが。いえ、わかりますよ? 私の誕生日が早いことに驚いていらっしゃるのですよね?

 小さく1つ息をついてからはっきり、きっぱり言います。

 

「私の誕生日は、1977年9月8日です。誕生が過ぎていますので、ただいま12歳ですね」

 

 阿鼻叫喚とでも言えばいいのでしょうか? いえ、違いますかね? 皆さん声も出さないまま大きく口を開いてらっしゃいます。

 そんな皆さんを尻目に私は程よく冷めたであろう紅茶に口をつけます。はい。とっても美味しいアールグレイです。私、アールグレイにはミルクと蜂蜜を入れたい派なのですが、残念ながらテーブルの上にはありません。でもストレートでも十分美味しい紅茶なので今日はこのままで構いませんね。

 

 お茶請けに用意してあるのは、ピンクにグリーンにココア色のマカロンです。マカロン美味しいですよね。とっても上あごにっくっつきますけれど。

 ラズベリー味のマカロンを1つと、紅茶を丁度半分ほど。しっかり味わってカップを戻したところでリーくんがポツリと呟きます。

 

「フレッドとジョージはいつ、だ?」

「「4月1日……」」

「まあ、エイプリールフール。お2人にぴったりですね」

「「あ、ありがとう?」」

 

 にこりと笑いながら告げます。ですがお2人の誕生日ですと、エイプリールフールが『嘘をついてもいい日』ではなく、『悪戯していい日』になりそうですね。ああ、悪戯していい日はハロウィンでしたっけ? もうすぐハロウィンです。冬至も近いですね。ああ、美味しいかぼちゃの煮付けと艶々の白米が食べたいです。

 

「あー…とりあえずキャシーがこの中で1番お姉さんということ、ね」

「まあ、そうなりますね。ですが同じ学年ですし、そこまで厳密に考えずともよろしいのではないでしょうか?」

「ま、そうよね。早く生まれていてもキャシーが誰より可愛いのは変わりないしね!」

「アンジェリーナ、あなた立ち直り早いわね」

「えー? 驚いたは驚いたけどさ、もともとキャシーってすっごい大人みたいな考えしてるじゃん? それに弟もいるからお姉さんだとしても違和感はないよ? 性格的には、だけど」

 

 ええ、わかります。身体的にはどう見積もっても妹としか見えないということなのですよね。ちょっとだけ、そう紅茶で浮上したはずの心がしょぼんとします。

 

「……よし! キャシー、次の休みはパーティだ!」

 

 そんな私に、推定フレッドくんが言います。それもかなり力強い声で。

 

「え? それはどういう意味で……」

「いいわね! だいぶ遅れてるわけだけど、次の週末なら問題ないわね」

「そうそう、ハロウィンパーティは再来週だしね!」

「よし! そうと決まればバースデーパーティの準備だな!」

 

 あれよあれよと言う間に皆さん席を立ってしまいます。というかどうしたらよいのでしょうか? こんな風に大げさに誕生日を祝ってもらってよいのでしょうか?

 確かにですね、今年初めて……そう、生まれてから多分初めてお父様やお母様、ドラコからも誕生日を祝ってもらえていませんよ? けれどそれも仕方ないことだと思っていましたのに、それなのに皆さんに祝っていただいて──本当にいいのでしょうか。

 

 けれどどこか楽しげな皆さんの顔を見て、止めてくださいとは言えません。

 せめて、そうせめてお誕生日祝っていただけるお礼に私からも何かを用意することにしましょう。ほんの少しだけ、目が熱くなるのを感じながら私は週末までにするべきことを頭の中で並べます。

 まず第一に何をするべきか。悩むまでもなく1つです!

 そうと決まればまだ消灯までには間があります。私はそっと寮を抜け出すことにしました。向かう先はもちろん、あの場所です!

 

 人気の少ない廊下を歩き、私が向かうのは地下にあるという厨房です。

 はい、そうです。厨房に向かって、週末に皆さんに内緒で作る予定のケーキですとかの計画を、屋敷しもべの皆さんに伝えるのです。

 一応ですね、パーティ料理ですとか、バースデーケーキですとかも過去に作ったことがあるのです。なのでメニュー自体には別に不安はないのですが、屋敷しもべの皆さんが厨房を使わせてくださるのかがわからないのですよね。

 彼らはご自分のお仕事に誇りを持っていらっしゃるようですので……もしかしたら使わせていただけないかもしれません。ウチのドビーも最初は大変でしたから。

 

 色々思い出してちょっとだけ不安になりながらも辿り着いた厨房の近くです。あと少し歩けば多分着くはずです。ちょっとだけ薄暗いです。いえ、真っ暗ではないのですよ? ただやはり夜であることと、地下であることが原因なのでしょうね。ちょっとだけジメッとして暗いのです。ネロを連れてくればよかったと後悔が少し。ですが、今はそんなことに怖じ気づいてはいられません。女は度胸です!

 

「キャシー?」

「ッヒ!」

 

 勢い込んだ次の瞬間に突然かかった声と、肩に乗った手。飛び上がってしまいそうなほど驚いてしまいました。……というかですね、腰が抜けてしまったような気がします。足がガクガクするのですが。なんだかとっても危険です。……度胸があってもダメだったようです。

 

 私ですね、ちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ暗いところが怖いのです。そして狭いところも怖いのです。ですので、今いるこの場所は多分鬼門と言えるべき場所です。これは昔からのことなので、今の『カサンドラ』であっても変わらないのです。

 その、私は前世が日本人でしたよね? そして日本はこう、なんというか地震大国ですよね? その所為であるというべきなのかどうなのかわかりませんが、私は地震が理由でエレベーターに閉じ込められたことがあるのです。それも真っ暗な中で半日近く。トラウマになって当たり前、ですよね? だから私は地震と暗くて狭いところがとっても嫌いなのです! ちなみに幽霊とかも怖いですが、見えないことが理由なので、見えるサーニコラスは怖くありませんよ?

 

 膝から崩れ落ちそうになりながらも、私は最後の意地で振り返ります。だって怖いですけれど、肩に乗った手は暖かいのです。と言うかですね、サーニコラスには触れないので、この手の持ち主は幽霊ではないはずなのです。……多分。

 

「だ、大丈夫かい、キャシー」

「セ、セドリック……くんでしたか」

「ごめんね、びっくりさせちゃったみたいだね」

 

 眉を下げて謝るセドリックくんはとっても可愛いのですが、とってもびっくりした所為で、それ以上言葉が出ません。はい。ビビってます私。とりあえず安心したからなのですかね。あっさりさっくり膝は崩れました。足は言うことをきいてくれないようです。

 

「え? わ! だ、大丈夫キャシー!」

「だ、大丈夫じゃ……ないですが、その……たぶん大丈夫です」

「大丈夫じゃないよ! ほら、立てるかい?」

 

 セドリックくんの言葉にフルフルと首を振ることしかできません。だって本当に立てないのです。私の心はとっても軟弱です。本当に私にグリフィンドールの資格があるのでしょうかと不安になるくらいです。

 別の意味でもしょんぼりしかけていれば、突然体が浮きます。……はい、セドリックくんに抱き上げらえています。所謂プリンセスホールドというやつですね。むしろ子供抱きでお願いしますと言いたいくらいですが、それをお願いするのは失礼に当たるのでしょうか。わかりません。

 とりあえずセドリックくんは本当に、本当〜に紳士で素敵な男の子なのだな、とだけはわかりました。



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その10

 少しだけ薄暗い中、へたり込んだ私はちょっとおかしなことにセドリックくんに抱き上げられたままでいます。なんだかシュールな気がしますが、善意だとわかっていますのでそこはいいのです。

 問題は1つ。

 どうやってこの状況を抜け出して、屋敷しもべさんたちにお願いをするか、です。なんだかとっても難しい気がします。だってセドリックくんのお顔が怖いのですが……どうしてでしょうか。

 

「キャシー? こんな時間にどうしたんだい?」

「ええと、その……厨房の屋敷しもべさんたちにお願いがありまして……」

「だからここに?」

 

 セドリックくんはいつものように爽やかにお話をしているのですが、どこか怖い雰囲気を感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。

 とりあえず真っ正直に聞いてしまうとなんだかいけないような気がしますので、ここはスルーするのが正解、なはずです。

 

「ええ。……セドリックくんはどうしてこちらに? 厨房にお夜食でも頼みにいらしたのですか?」

 

 ではどんな話題が。浮かんだのはセドリックくんがここにいる理由でした。一応ですね、まだ怒られはしない時間ですが基本的に皆さん夜にあまり寮から出ないのです。それなのにこうしているのはどうしてなのか。ちょっとだけ疑問だったのです。

 こてりと首を傾げつつ問えば、セドリックくんに苦笑いされました。

 

「違うよ。ちょっとした散歩の帰り。それにハッフルパフの寮がね、そこなんだ」

「そこ? ……樽、ですが」

「そう。あそこが寮の入り口なんだ。キャシーは知らなかった?」

「ええ、存じませんでした」

 

 セドリックくんが指差す先には積み上がった樽があります。そのどれかが寮の入り口らしいです。が、私はハッフルパフではないので、詳しくお聞きするのは止めておきましょう。

 ですがいい具合に話が逸らせたような気がします! このまま行けば大丈夫──

 

「で? キャシーは屋敷しもべになにをお願いしたかったのかな?」

「え、えー…と、その」

 

 ではありませんでしたね。逸れていませんでした。いえね、別に理由をお伝えすることに否やはないのですよ? ですが『お願い』の理由を伝えてしまうと、パーティの大元である私の誕生日について伝えなくてはならなくなりますよね?

 自分から誕生日を伝えるというのは、遠回しではなくプレゼントを要求しているということになりませんかね。いえ、なりますよね。というわけで言いたくありません。プレゼントは相手への善意で贈るべきものです。付き合いだとか、おねだりでもらえたとしてもそれは嬉しさ半減以下ですよ。

 ですので私がセドリックくんにお伝えできる理由を伝えてみましょう。事実なので嘘ではないですよ?

 

「えと、そのですね。趣味なのです!」

「趣味? 夜遅くに出歩くのが? それとも屋敷しもべと話すのが?」

「いえ、違います! お、お料理がです!」

 

 ひどい誤解です! 私は夜更かしして徘徊するようなご老人でもないですし、非行に走るようなやんちゃなお子様でもないつもりです! ですので必死に否定します。信じてくれてますかね?

 

「キャシー? 料理が趣味なのだとしてもね、もう遅い時間だって自覚はある?」

「あ、あります……」

「なら今から厨房に向かってもなにもできないこともわかるだろう? それでも行くのかい?」

「いえ、その……今日これから作るわけではなくてですね、今度の週末に少しだけ場所を貸してもらえないかお願いに行きたかったのです」

「はあ……。お願いするのに夜を選んだのはどうして?」

「……先ほど思いついたので」

「うん、わかった。キャシーらしいね」

 

 セドリックくんは苦笑いして、歩き出します。どこへ向かうのでしょうか。

 

「セドリックくん? あの、どちらに?」

「厨房だよ。少し歩くし、もう暗いから今日は僕が付き合う」

「いえ、そんな! セドリックくんのご迷惑になりますし! というかですね、セドリックくん、私重いのでそろそろ降ろしてください」

「キャシーは軽いから平気だよ。それにまだ歩けないだろう? 僕は男だし、寮も近いし厨房に一緒に行くくらい平気だよ」

 

 サクサク迷いなく歩くセドリックくんは、これまたさっくりと言い切ります。はい。そうですね。正直なところまだ足に力は入りません。多分立てはするでしょうが歩けないでしょう。

 ですがこのままでいていいわけもないと思うのですが。どうにかして降ろしていただかないと──と思っているのですが、セドリックくんの言葉は続きます。

 

「だけどキャシー、ダメだよ。君は女の子だし、寮も近いわけじゃないんだから、今日以降は夜に来るのは絶対にダメだよ」

 

 ……私、セドリックくんに叱られていますよね? なんでしょう、なんだかとっても新鮮なのですが、なんとなく釈然としません。多分いい年だった記憶があるから、なのでしょうね。

 言い訳にしかなりませんが、私的理由をお伝えします。

 

「でも、室内ですし……それほど危険は」

「キャシー、暗いのが怖いんだろう? ずっと震えてるし……最初に声をかけかけた時だってさ、立てなくなっちゃっただろう? それなのになにを言ってるの?」

 

 なんでしょう。あっさり暗いところが怖いのだとバレています。いえ、別に隠すつもりはないのですよ? 一応私も小さな女の子ですので、そんなものが怖いのだとしても違和感はありませんでしょうし。ですけれどこうも真っすぐに言われてしまうとですね、ちょっとだけ悔しくなってしまうのです。

 ですので、ちょっとだけ視線を逸らして無言を貫きます。ちなみにほっぺを膨らますような子供らしさはありませんので悪しからず。

 

 少しだけお互いに無言のままです。セドリックくんのお顔を見ているわけではないので、どう思っていらっしゃるかはわかりませんが、多分彼も良い気分ではないと思います。

 善意からの行動に私は拒否を示しているわけですからね。セドリックくんもちょっと怒っているのだと思います。根拠は私を抱き上げる腕の力です。最初よりもちょっとだけ強いのです。

 なんでしょう。まるで逃がさないぞ、とでも言うかのようなのです。いえいえ、流石の私でも逃げないですよ? 足は動きそうな感じがしますから、降ろしていただけたらちょっとだけ距離は取ると思います。ですが逃げはしません。だって暗いところで1人になるのは、2人でいる今を知ってしまってはできませんからね。

 それから少しして、セドリックくんが告げます。

 

「着いたよ、キャシー」

「え? えと、ここが厨房ですか?」

「うん、その入り口。勝手に入ると大変なんだよ? それも知らなかった?」

「はい……」

 

 厨房の入り口の場所ですとか、入るとどうなるかですとか、下調べが全く足りていなかったようです。ちょっとしょんぼりしてしまいます。

 いえ、わかっているのですよ? きっとですね、勝手に入って、勝手に料理を作ったところで屋敷しもべさんたちは怒りはしないと思うのです。ですが、きっと色々と大変なことになります。

 なにがどう大変になるか。私もそれを体験済みですから、考えるまでもありません。ちょっと思い出したくないくらい大変になるのです……。火傷はダメです。

 というかですね、どうして屋敷しもべさんたちはああして自分で自分に罰を与えるのですかね。初めてドビーの行動を見た時は、罰というのは他人に与えられるものだと認識していたので、ちょっとどころでなくびっくりしました。流石にもう慣れましたけれど。

 きっとここの屋敷しもべさんたちもそうなさるのだろうなあ、と考えながら扉を見つめます。ちなみに見つめながらも入室するための勇気を貯めております。入らないことにはなにも始まりませんからね。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね」

「キャシー?」

「セドリックくん、セドリックくん。ちょっと降ろしていただけませんか? 初めてお会いする方の前でこの状態はちょっと……」

「え?」

「その、ちょっと恥ずかしいのです。ですので降ろしてくださいな。……多分ですね、もう立てると思いますので」

 

 クイクイとセドリックくんの袖を引きつつお願いします。切実です。今はですね、私とセドリックくんしかいませんのでそう気にはならないのです。セドリックくんは力持ちだなあ、という感想くらいで。

 ですがこの状態で人に会うのは……ねえ? セドリックくんが可哀想ですから。なんて考えながらセドリックくんを見上げているとですね、ちょっとだけ変化がありました。

 

「セドリックくん?」

「う、うん……その、キャシー」

「はい、なんですか?」

「その……ごめん」

 

 暗い中でもわかるくらいにセドリックくんは頬を染めております。なんでしょう。セドリックくんは私が言うまで今の状態を把握していなかったのでしょうか? いえ、していたはずですよね? なにせ降ろしてくださらなかったのはセドリックくんなのですから。

 確かにですね、最初に抱き上げられた時はプリンセスホールドという感じで、私はセドリックくんの腕の上におりました。が、今は先ほどよりもなんだかお顔の位置が近くなったような気はしますが、それでも普通ぐらいです。抱き上げるというよりも、抱きしめるに近いような腕も、ちょっとだけ狭いかなという程度でそこまで苦しくはありません。ですのでそれも理由にはならないと思います。

 では一体セドリックくんが頬を染めた理由はなんでしょうかね?

 

「その、本当にごめん」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりもセドリックくんも大丈夫ですか? なんだかとってもお顔が赤いのですが……もしや具合でも悪かったのでしょうか?」

 

 ゆっくりとまるで壊れ物でも扱うかのように丁寧に降ろしていただいた後、きっかり90度に腰を曲げ、謝罪されました。いえ、困りはしましたが怒ってはいませんので謝罪は必要なかったのですが。

 それよりも私的にはセドリックくんのお顔が赤いことが気になります。

 

「いや、その……僕が色々と悪かったと思って」

「いえいえ、私が驚いて歩けなくなってしまったのです。セドリックくんはそれを助けてくださっただけですよ。それにここまで送っていただきましたし」

 

 私も悪いとわかっていることで謝るセドリックくんを、許すというのもなんだか違いますが、セドリックくんが納得しそうにないので私から「許す」と伝えます。

 セドリックくんは真面目です。本当にイケメン特性が高いですね。しかもですね、わざわざ「帰りも僕が寮まで送るから」と言ってくれています。ありがたいことです。薄暗く人気がない中を1人で歩かなくてよくなるのですよ? 断るわけはありません。まあ、意識的に小学生男子に送られる自分と考えるとちょっとどうかと思いますが気にしないことにします。だって私、今は12歳ですから!



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その11

 清々しい月曜日の朝です。とっても晴れていて気持ちの良い朝なのですが、私はちょっとだけ眠いです。ほんの少し、お寝坊してしまいました。ネロはいつものようにお散歩に1人で行ってしまっているようですね。自由な子です。夜寝る時には戻ってきますし、あまり心配しすぎはいけませんよね。躾によくありませんから。

 小さくあくびをして、部屋を出ます。あくびの理由は、もちろん寮を抜け出して厨房に向かったこと、です。

 

 厨房にて屋敷しもべさんたちにしっかりお願いをして、週末前の金曜の夜と土曜の日中に使わせていただくことができるようになりました。ええ、とてもですね……大変でしたよ。ドビーが数十人いる感じでしょうか……。

 セドリックくんは厨房内にまで入らなかったので、多分気づいてはいないと思うのですが、しばらく阿鼻叫喚になりましたね。屋敷しもべさんたちが自分へ罰を与えるのは彼らのアイデンティティなのでしょうけれど、色々と衝撃が強すぎます。ハリーが振り回されていたのも納得ですね。なんだか自罰が彼らのバイタリティになっているのではないかとすら思いました。いやですそんな活力源。

 まあ、いいのです。色々と大変でしたがきちんと許可は得られましたから。それにですね、そのことはもちろんフレッドくんたちには秘密にできています。そこは完璧なのですが、1つ上手くいかなかったことがあります。

 

「キャシー、今日は離れちゃダメよ?」

「そうそう。もう前例があるんだからね!」

 

 私の両サイドにはアリシアさん、アンジェリーナさんがいます。お部屋からこの状態です。というか昨夜ベッドの上ですら拘束されそうになりました……。そこはお願いして許していただきましたけれど。ただ眠るだけならいいのですが、アンジェリーナさん、色々と触っていらっしゃるのでね。ちょっとだけ遠慮したいのです。

 お2人がそうなった理由はですね、簡単です。昨夜のことが原因です。

 昨夜用事を済ませて、私はセドリックくんに寮まで送っていただきました。それはよいのです。ですがそれをですね、お2人に見られてしまったのです。……まさか私がいないことに気づいて皆さんが探されるとは。もう少し考えるべきでしたね。せめて誰かに少し出るとお伝えしておくべきでした。

 それはいいのです。いいのですが、セドリックくんには大変申し訳ない状況になってしまいました。

 

「セドリックも油断ならないわね」

「ね。まあ、友人だってスタンスならいいんだけど、それ以上狙ってるよね、アレ」

「狙ってるでしょうね。セドリック……もっと後手に回ると思ってたのに意外と抜け目なかったのね」

「いえ、あの……セドリックくんは送ってくれただけで他意はないと思いますよ?」

「キャシーあなたが優しいのはわかってるわ。でもね、絆されちゃダメなのよ! いいこと、男というのは下心を持った相手に対して初めは絶対に優しいの! だから簡単に気を許しちゃダメなのよ!」

「は、はい……わかりました」

 

 思わず返事をしましたが、アリシアさん、あなたの過去には一体何があったのですか? まだ11歳ですよね? ……イギリスというか、魔法界ってとっても進んでいるのでしょうか。なんだかとってもカルチャーショックです。

 というかお友達となったはずのセドリックくんをお2人が悪くいうのが私の所為であるということがとっても心苦しいです。

 それにですね、この誤解は早く解いておきたいのです。だって私のような相手と噂になってしまったら、セドリックくんに迷惑です。……なにか上手く2人の意識をどこかに向けることができるようなことはないですかね?

 

「よう、キャシー。昨夜はハッフルパフのセドリック・ディゴリーと寮を抜け出して会ってたんだって?」

 

 なんて考えていたからですかね、談話室に着いた瞬間目が合ったリーくんが開口一番聞いていらっしゃいました。いえ、その話題今とっても困るのですが。すかさず否定しておきます。無駄な努力ではないはずです!

 

「リーくん、それは誤解です」

「誤解? 実際会ってはいたんだろ?」

「ええ、会いましたけれどそれは違うのです。私が迷い込んだ先がハッフルパフの寮の近くだっただけなのです」

「……つーかさ、キャシーはなんで寮を出てったんだ? なんか目的があったんだろ?」

「そうね。昨夜ははぐらかされたけど、それ私も聞きたいわ。ただの迷子じゃないんでしょう?」

 

 ここはなんと言って誤魔化すべきでしょうか。馬鹿正直に「パーティのお礼のために料理を作りたい。だから厨房に行っていました」なんて言えません。サプライズはとっても大事ですから。

 ではなんと言うべきなのでしょうか?

 表面上は笑顔で、でも内心では一生懸命理由を考えます。うう、なにかないですかね? 全く浮かんでくれないのですが。

 

「リー、キャシーが困ってる。誰にだって言いたくないことくらいあるんだから、俺たちが聞くことじゃないだろ」

「そーそー。キャシーが言わないってことは、そういうことだろ? 普段なら理由をしっかり言ってくれるんだから」

「「キャシーが隠すくらいだから、大事なことなんだよ」」

「フレッドくん、ジョージくん……」

 

 こう言ってはなんですが、とっても意外です。率先して聞いてきそうだったお2人がこうして庇ってくださるなんて思ってもみませんでした。

 いえ、嬉しいことは嬉しいのですが、なんだか驚きの方が上回ってしまってですね。とりあえずお名前を呼ぶことしかできません。お礼が言いたいのに言えないのです。うう、なんだかちょっと泣きそうです。

 

「はあ……、そうね。キャシーが言いたくないなら大事なことでしょうね。それは理解できるわ」

 

 アリシアさんが私の頭を撫でながら、ため息をついて言います。なんだかとっても呆れているような、驚いているような、なんだか複雑な感情を感じられる声です。

 

「納得できるんだけど、それをあなたたち2人に言われるのがすっごくシャクなんだけど」

「あー…確かに? 同室のアリシアと私の方がキャシーのこと、わかってるはずなのにね!」

「そうそう! なんか自分たちの方がキャシーのことを理解してるんですーって言われてるみたいでムカつく」

「そうだよ! 私なんてキャシーのスリーサイズまで知ってるのに!」

 

 な、なんだか雲行きが怪しくないでしょうか。というかアンジェリーナさん、今はスリーサイズは関係ないですよね? というか教えた覚えがないのですがいつ知ったのでしょうか?

 そしてアリシアさんはフレッドくんジョージくん、ついでにリーくんを軽く睨むように見ています。なんでしょうか……このまま、険悪な関係になってしまうのでしょうか? それはすっごく、すうっごく嫌なのですが。

 お友だちとはずっと仲のいいままいたいというのはワガママなのでしょうか。いえ、そんなことないはずですよね? と言うかですね、週の初めから険悪な関係になってしまったらずうっと辛いままです。授業もなにもかも楽しくなくなってしまいます。そんなのは絶対にイヤなのです。

 ここは仕方ない、ですよね?

 

「そ、その! 昨夜私が寮を出て向かったのは──」

 

 サプライズにはなりませんが、きっと作ったものは喜んでいただけるはずなので構いません。そう意気込んだのですが、バッサリ声がかかります。

 

「いいのよ、キャシー。言いたくなかったんでしょう?」

「いえ、いいのですアリシアさん。これを言わないで皆さんが喧嘩してしまうよりずっといいです!」

「でも……」

 

 アリシアさんが迷うようにして、私の目を見つめます。心配してくれているのが伝わるその優しい目が私は大好きです。心配されるって、好かれている証拠ですからね。ちなみに怒られるのは怖いですが、それも大事にされている証拠なので拒否はしません。体罰は断固拒否ですが。

 

「いいのか、キャシー?」

「無理しなくていいんだよ?」

「「俺たちは喧嘩なんかしないし」」

 

 しばしアリシアさんと見つめ合う私へと、皆さんから声がかかります。先ほどまでの険悪なムードに移行しそうな空気は霧散しているようです。……えと、なんだかとっても皆さんに好かれているような気がするのですが、勘違いじゃないですよね? そうだととっても嬉しいのですが。

 

「いえ、いいのです。ただ厨房に行って屋敷しもべさんたちにお願いしたのです。お料理が作りたいので、今度少しの間厨房を貸してください、と」

「料理? お菓子じゃなくて?」

「厨房? またメシを作るってことか?」

「やった! またキャシーがお菓子作ってくれるんだ! キャシー、私チョコレートタルトが食べたい!」

「はい、いいですよ。アンジェリーナさんはチョコレートタルトですね。アリシアさんはなにが良いですか?」

「なにがって、キャシーあなたねえ……はあ、もういいわ。私はザッハトルテかしらね。ああ、ホグワーツ特急で食べたカップケーキも可愛くていいわね」

「はいわかりました。楽しみにしていてくださいね」

 

 にっこりと笑います。アリシアさんは気づいているようですが、なんだか上手いこといつ作りたいのかを告げずに済みました。多少はサプライズ感を残せたような気がします。

 

「それよりもよ、リーや双子はキャシーの料理を食べたことがあるの? 私聞いてないんだけど」

「それはこっちのセリフだよ。キャシー、いつお菓子作った? 俺も食べたかったんだけど」

 

 なんだか別の意味で雲行きが怪しいです。アレですかね、『食べ物の恨みは怖い』というやつでしょうか?

 ホグワーツ特急の中で、お昼をご一緒したのはフレッドくん、ジョージくん、リーくんです。そしてその後でお菓子を食べたのはセドリックくん、アリシアさん、アンジェリーナさんです。はい。見事に2つに分かれていますね。両方食べたのは作った私だけ、です。

 このまま揉めてしまうのはイヤなので、しっかり彼らからもリクエストをお聞きしておきましょう。一応特殊なお菓子でなければどれでも作れると思いますので。もちろん材料さえあればな上、基本マグル、それも日本で買えるものに限られますが。

 

「ではフレッドくんたちはどのようなお菓子がお好きですか?」

「急に言われると困るな。まあ、俺は甘すぎないもの、か?」

「「キャシーの手作りならなんでも!!」」

「え、えと、はい。わかりました。今度甘すぎないお菓子を用意しますね」

 

 リーくんのリクエストも中々に難しいですが、フレッドくんジョージくんのリクエストも……なんでもいいが1番食事を作る側として困るのですよね。でも頑張ります。

 その後アリシアさんやアンジェリーナさんからも料理のリクエストを頂きました。なんですか、食べたことのない料理が食べてみたいというのは……。ハードルがとっても上がったような気がします。ですがいいのです。リクエストが聞けたことで、ある程度はメニューが決められましたから。そうです、前向きに考えることが大事、なのです!

 さあ、気分を変えて朝食の後は授業です! 学生の本分はお勉強なのですから、頑張らなくてはダメなのです!



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その12

 皆さんと一緒にイギリス感満載な朝食を食べていざ授業です。ちなみにイギリス料理で1番朝食が美味しいと思う私です。次点はアフターヌーンティーのお菓子ですかね。……いえ、それは食事ではないですね。

 食べ物の話はよいのです。今は真面目に授業を受けねばなりません! なんと言っても今日の1時限目2時限目は、グリフィンドール寮を好んでいないスネイプ先生ですから。スネイプ先生、授業でもあまり私と目を合わせてくださらないのですが、どうしてなのでしょうかね? 補習の際は普通ですのに。

 

 薄暗くって、薬草独特の匂いのする、そして不思議な生き物の詰まった瓶が並ぶ教室。地下牢教室であるここが魔法薬学を習うための場所、です。1人では正直なところきたくない場所でもあります。ここで個人授業にならなくて本当によかったです。

 1年生で習うお薬や、薬草のこと。初歩的なことはこのひと月と少しで皆さんとも学びました。何度か実習としてお薬も作っています。ですが実は私、以前に一通りお教えいただいておりまして、授業自体は復習にしかなりません。いえ、予習する余裕ができますので、それは構わないのです。ですが、こうして皆さんと授業を受けますと、なんだかとっても違和感なのです。

 なにに対してか、と問われれば答えは1つです。そう、スネイプ先生です。

 私に傷薬をくださったのも、魔法薬学を教えてくださったのもスネイプ先生なのです。その時はとってもお優しくて、とっても素敵だったのです。こんなに暗いお部屋ではありませんでしたし余計にそう感じてしまいます。

 本当に今のスネイプ先生には違和感しか抱けません。

 

 ちなみにですね、私たちの授業もスリザリンの方と合同授業なのですが、記憶にあるハリーたちの頃に比べればスリザリン贔屓は多くありませんよ? 突然「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」ですとか、ベアゾール石の在処ですとか、モンクスフードとウルフスベーンとの違いなどを聞かれることはありませんでした。私はどれも知っていますので、聞かれるのではないかとワクワクしていましたのに残念です。どうして聞いてくださらなかったのですかね? 私、ちゃんと答えられますよ、スネイプ先生。あんなにハリーにはしつこくお聞きになっていらっしゃったのに。ちょっとだけ不満です。

 でもですね、なんだかスネイプ先生のハリーに対する態度を思い出すと、好きな子ほどイジメる男の子が浮かんでしまうのです。小学生男子によくいますよね。スネイプ先生のそんなところも可愛いと思います。全然アリですよね。

 

 たまにフレッドくんとジョージくんとがイタズラをしようとして見つかって注意されていたりしますが、概ね授業は平和に過ぎます。すごいですね、あのお2人。スネイプ先生の授業でも平常通りなのですよ? ちょっと尊敬します。でもですね、スネイプ先生もすごいのです。だってお2人がイタズラをする前に察知するのですよ! とってもとっても危機察知能力が高いのでしょうね。とっても羨ましいです。

 

 短くも長くもない授業が終わります。今日もしっかりお薬を作ることができました。日進月歩の歩みですが、私の魔法薬学も成長しているのでしょう。嬉しい限りです。なんてちょっとだけにやけていますと、名前を呼ばれました。

 

「カサンドラ・マルフォイ。今日の補習も夕食後だ」

「はい、かしこまりました。今日もよろしくお願い致します」

「フン。わかったのなら早く行け。次の授業に遅れる」

「はい、ご心配いただきありがとうございます。ではまた後ほど」

 

 スネイプ先生ってとっても可愛いですよね? 言葉はキツイものを選んでらっしゃるようなのですが、言葉の端々に心配が滲んでいるのですよ? なんでしょう。本当にスネイプ先生を見ていると胸が高鳴ります。今の私からすれば随分と年上だとわかっておりますが、なんだか息子を見ているよな気分になるのです。思春期な感じがとってもするのですよ。

 まあ、スネイプ先生は盗んだバイクで走り出したりはなさらないでしょうけれども。

 

「キャシー、行こ?」

「はい。アンジェリーナさん、ありがとうございます」

「アリシアも、ね。早く行こうよ」

「……そうね」

 

 なんだかアリシアさんがスネイプ先生を睨んでいるような気がします。どうしてですかね。あんなにスネイプ先生は可愛らしい方ですのに。

 アリシアさんのご様子が気にはなりましたが、早く移動しなくては次の授業に差し障りが出てしまいます。私たちは足早に地下牢教室を出ました。

 

 お昼を挟んで3時限目、4時限目の授業です。

 今度は地下牢教室とは違い陽の当たるお外での飛行訓練です。……私、どうにもこの授業が苦手なのです。お家でも箒に乗せていただいてはいたのですが上達には程遠かったのです……。

 高いところは得意ではありませんが、嫌いではありません。運動も同じく得意とは言えませんが嫌いではありません。ですがこう、なんというのですかね、魔法界の体育代わりのこの飛行訓練は地に足がつかないのがダメだというかなんというか。とにかく苦手なのです。

 もうひと月以上経ちましたし、皆さん箒を持ち上げることができています。私も箒を手にすることまではできるのです。もちろん飛ぶこともできますよ? ですが……

 

「……キャシー、相変わらず低いわね」

「はい……」

「で、でもさ! ちゃんと上がってるよ? ほら! 1番初めは柄が私の腰まであるかないかだったじゃん!すぐ上達してるって!」

「はい……そうですね。少し上達はしていますね……」

 

 アリシアさんの呆れ声に、アンジェリーナさんが励ましの声。とっても嬉しいのですがアンジェリーナさん、今のところ、私の握る箒の柄はアンジェリーナさんの腰を5センチほどこえただけ、ですよね? 亀の歩みですよね?

 これから先、私空を自由に飛べるのでしょうか……。

 

 毎回、私の憧れの魔女らしさ第1位に輝ける飛行訓練には打ちのめされています。だって高くもできなければ、早くも飛べないのです。ドラコは1人でもスイスイ飛んでいますのに……。私本当にマルフォイ家の娘なのでしょうか。

 というかですね、このままじゃ飛行訓練は落第してしまいそうなのですが、一年生から単位を落として落第ってあるのでしょうか。ものすごく不安です。

 授業の間ずっと地面から1メートルを超えない辺りをふわふわ漂う私は、空高く飛んでいる皆さんを見上げていました。羨ましいです。私も空を自由に飛びたいです。とちょっとだけ僻みながら。

 箒には赤いラジオをつけたいですとか、ネロと一緒にとは言いません。憧れはあの魔女さんなわけではないので。イメージはあの魔女さんですが違うのです。ただ私は箒で空を飛んでみたいのですよ!

 はあ、でもいつになったら私は自分の身長よりも高く飛べるようになるのか見当もつきませんね……。

 

 いつも通りにしょんぼりとしながら飛行訓練を終え、一度寮まで戻ります。荷物を置いてから夕食です。ついでにですね、あのグルグル巻きの日記帳を持っていかなくてはダメ、ですね。忘れてはダメなのです。

 小さなポーチに日記と、補習用のノートと羽ペンにインクを詰めて、大広間へ向かいます。はあ、今日もイギリス的夕食、ですね。白いご飯はいつか食べられるのでしょうか。

 賑やかに皆さんとお話をしながら夕食をとり終えた後、私1人スネイプ先生の研究室へと向かいます。魔法薬学の教室のすぐそばですが、まだそこまで暗くはないので1人でも大丈夫なのです。

 

 今のところは授業で習わない特別な薬ではなく、触りだけは習いますが実習まではしない、そんな薬の作り方を学んでおります。昔から多少交流がありましたからね。私が魔法薬学を好んでいることも理解なさってくださっていて、とても丁寧に教えていただけるのです。

 本当は脱狼薬ですとかを改良してみたいのですが、まだ私の力量では難しいでしょう。もっとたくさんのお薬の作り方を学んで、自分でも考えることができるようになれると良いのですが──なんて考えながら、正味2時間ほど補習していただきました。

 今はお片づけも一区切りついたので、スネイプ先生とお茶をしているところです。ちなみに私がお茶を淹れると、どこからともなくお菓子を出してくださいます。──ハニーデュークのものでしょうか? 甘いお菓子と美味しいお茶にちょっとだけまったりしてしまいましたが、きっと今がチャンスですよね? 私はポーチを手にしながら、スネイプ先生へと声をかけました。

 

「スネイプ先生。あの、お願いがあるのですが、よいですか?」

「──なんだ? ルシウスへの橋渡しなら無理だが?」

「い、いえ……それは自分でなんとかしますので。そちらではなくてですね、そのお会いしたい人がいるのです」

 

 カップを持ち上げながら、ちらりと横目だけで私を見て、そうしてちくりと一刺し。わかっています。お父様のことをスネイプ先生へと頼むのはお門違いですからね。腐っても私はお父様の娘のはずですので、それは自分で頑張ります。

 私が「お会いしたい人」と告げたことで、スネイプ先生は聞く態度をとりました。……もしかしてお父様、スネイプ先生へなにかおっしゃっているのでしょうか? ご迷惑をおかけしていないとよいのですが。

 

「誰だ? 君が頼むほどの相手だ。そう簡単に会えぬのだろう?」

「ええ。会おうと思えば多分できるのでしょうけれども、今の私では無理でしょうね。なにかとても怒られることをしないと会えないような気がします」

 

 後はなにかとても素晴らしいことをしたら、でしょうか? ですが私はただの1年生で、一生徒です。素晴らしいことは無理ですよねえ。ですが問題を起こしてグリフィンドールの寮点を減らすわけにもいきません。困りますね。

 

「口を利くことができるならしてもよいが、どうして会いたいのか。その理由を教えたまえ」

「……理由如何ではお断りなさるのでしょう?」

「当たり前だ。君は突拍子もないことをいきなりするからな。ルシウスやナルシッサがいない間は君の面倒は私が見るしかあるまい」

「怒りませんか?」

「答えによる、としか言えんな」

「ですよね、スネイプ先生ならそうおっしゃいますよね」

 

 しばしスネイプ先生と私は睨めっこです。結果はわかっておりますよ? いつでも私の負け、ですから。スネイプ先生、目力だけで押し切るのですもの。勝てません。

 

「……はあ、ダンブルドア校長です。どうしてもお会いしたいというわけではないのです。ただお渡ししたいものがあるのです」

「渡したいもの……なんだ、一体」

 

 ああ、なんだか怪しまれている気がとてもしますね。仕方ないですよね。私、マルフォイ家の娘ですし、スネイプ先生が疑うのも無理はありません。

 ですが私に慣れているはずのスネイプ先生からのその視線にちょっとだけしょんぼりしてしまいます。小さくため息をついて、そっとポーチから取り出します。もちろんグルグルのアレです。

 

「なんだ、それは」

「日記です」

 

 例え日記に見えない布グルグル、紐グルグルだとしても、これは日記です。そこは譲れません。言い切った私と、日記とを交互に何度か見つめ、しばしの沈黙の後、スネイプ先生がおっしゃいます。

 

「……君はダンブルドアと交換日記でも始めたいのかね?」

 

 真顔です。とっても真剣な顔、それもなにか思い詰めたかのようなお顔でそんなことをおっしゃいます。私もつい、無言になってしまいました。が、このままではいられませんからね。とりあえず浮かんだ言葉をお伝えしましょう。この際怒られるかもしれないことは考えないことにしましょう。

 

「……先生もご冗談をおっしゃるのですね」

 

 にっこり笑った私に、とっても苦虫を噛み潰したかのような顔をして、すぐに何かに思い当たったのか、スネイプ先生は視線を逸らします。……視線を逸らしたら負けですよ? スネイプ先生。

 

 ああ、もう。本当にスネイプ先生は意外性がいっぱいで楽しくて可愛らしい方ですよね。どこか照れた様子でカップで顔を隠すようにしていらっしゃるそのお姿、本当に可愛いですよ?



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その13

「では、今日もありがとうございました。また次の授業後もよろしくお願い致します」

「気をつけて帰るのだぞ。君はよく転ぶのだからな」

「ええ、わかっております。お薬も持ち歩いているので大丈夫です。ではおやすみなさい、スネイプ先生」

 

 苦笑いの後ぺこりと頭を下げて、就寝の挨拶をしてからお部屋を出ます。いつもとっても心配そうな目をしてこうおっしゃるのですが、流石になにもないところで転びません──と言いたいところですが、スネイプ先生の前ですと、よくなにもないところで転んでおりましたね。でも仕方ないのです。魔法薬学をお教えいただいている時は集中しておりますのでね。

 大抵そんな時は少し慌てたスネイプ先生が傷薬を塗ってくださいます。怒っている時と傷の場所によっては息を吹きかけてくれませんがそれは構いませんよね。心配してくださってることは伝わっておりますし。

 

 交換日記云々のその後、大変照れたスネイプ先生を私が堪能していることに気づいて、それはもう照れ隠しで言葉が乱暴になっておりました。そんなところもとっても思春期ぽくっていいと思います。

 それから少しだけ私にお怒りになってから一言おっしゃいました。「そう簡単に会わせるわけには行かないだろう」と。

 

 そうですよね。私はマルフォイ家の娘なのです。スリザリンでなくとも、お父様、お母様からお手紙が届かなかったのだとしても、それは変わりません。そんな私が、おおっぴらにダンブルドア校長にお会いできるわけはありませんよね。なにか下心があるのだと思われて然るべきです。まあ、実際下心はあるのですが。

 ですが、ただあの日記をお渡ししたかっただけだということはスネイプ先生にもご納得いただけましたし、一応一安心ですよね。ホッと一息です。

 ちなみにですね、あの日記がなんであるかはスネイプ先生にお伝えしておりません。ですから私からということをお伝えした上でダンブルドア校長に日記をお渡しいただけることになりました。知っている方は少しでも少ない方がきっとよいと思うのです。スネイプ先生は、日記がホークラックスだとご存知でしたかね? ……覚えていませんね。多分ご存知ではなかったということでいいですよね? いいということにしておきましょう。

 歩きながら、私はつらつらと考えます。考えなくてはいけないことはたくさんありますからね!

 ダンブルドア校長でしたら、あのお名前にもすぐにお気づきになるでしょうし、きっと日記について気になるところがすぐに出てくるのでしょうね。そうしましたら、私はスネイプ先生を経由しないで直接お呼び出しを受けるそうです。……これって悪いことをしたって周囲に勘違いされませんかね?

 少しだけ不安は残りますが、まあよいでしょう。これもいいことにしておきます。だって1つ肩の荷が降りたのですもの。

 

 これでヴォルデモートさんのホークラックスは1つ減り、残りは……幾つでしたか。

 ええと、今このお城にないものは、確かどなたかの指輪でしたよね?

 それからサラザール・スリザリンのロケット。こちらはブラック家の方がどこかにお隠しになったのですよね? あら? 違いますかね? とにかくロケットにはブラック家の方が関わっているはずですよね。

 それからヴォルデモートさんのペットのナギニさんにハリーです。……まだありますよね? なんだかキラキラしたカップがあったような気がしますがよく覚えていません。ダメですね。

 でもですね、このお城にあるはずの1つは覚えているのです! ええと、どなたかの髪飾りです。確かレイブンクローに関わりのある方、です。……ル、ルエナ? ロウェナ? とにかくなんとかレイブンクローさんだったような気がします。

 こちらは『必要の部屋』にあるのですよね? ……ですが1つ問題があるのです。私ですね、必要の部屋の正確な場所がわかりません。わかっているのは、バーナガスさんの絵の近く、でしたでしょうか。これも正解かわかりませんが。

 どなたかに伺ってもよいのですが、ご存知の方いらっしゃるのでしょうかね? 探して見つからなければ、ダンブルドア校長に直接お伺いすることにしましょう。多分それが1番安全かつ、最速な気がしますね。

 

 などと考えながら歩いていたのですが、考えが一区切りついたことで気づいてしまいました。

 廊下、とっても薄暗いのですが。いえ、広いですよ? とっても広々としているのですが、地下ですのでとっても薄暗いのです。こ、怖くはないですよ? 怖くはないですが、とりあえず急いで帰らねばなりませんね。これ以上暗くなったら多分……。

 ぶるりと肩を震わせた私は、足早にグリフィンドール寮まで向かいます。地下から8階の寮まではちょっとだけ遠いのです。やっぱりスネイプ先生がスリザリン寮の寮監だからでしょうね、研究室はスリザリン寮に近いのです。

 2つの寮が離れているのはやっぱり仲が悪いからなのでしょうかね? その理由は私にはわかりませんが、今わかることが1つだけあります。……やっぱり1人で地下廊下を歩くのは怖い! ということだけです。でも止まってしまえば歩けなくなりますからね、気合いで歩くのです!

 

 地下から地上階へと出て、ほっと一息つきました。後は大広間まで向かえば大丈夫です。まあ、そこまでの道のりも薄暗くて怖いことには変わりありませんがね。

 ぽてぽてと歩き、まもなく大広間というところまで進んで気づきます。

 大広間の閉じられた大きな扉の前で、人がお1人佇んでらっしゃるのです。少しだけ扉に寄りかかるようにして、俯きがちに。一瞬だけ幽霊かと思ってしまって驚きましたが違います。そこにいたのは、私が見知った人なのです。それも普段ならここにはいないであろう人、です。

 

 声をおかけするか迷います。そんな私に気づいたのでしょう。その方が声をかけてくださいました。ですがまだ、私は迷っていました。

 

「キャシー、よかった。入れ違いにならなかったみたいだ」

「えと……私を待っていた、のですか?」

「そう。今日さ、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーに聞いたんだよ。キャシーが暗いのが苦手なんだって。だからさ」

 

 少しだけ照れたように目を細めて、彼は言いました。「迎えにきたんだ」と。どうしましょう。とっても、とっても胸がときめくのですが、どうしましょう。彼の名前がわかりません。

 艶々の赤毛に真っ白な肌。そこに散るソバカスも青い目の色も全部瓜二つなのですが! フレッドくんですか? それともジョージくんですか? なんて今の状況で聞けません!

 

 一応ですね、私も12歳の女の子らしく、こうして男の子に待ち伏せをされたりとかしてみたいのです。一応将来の夢にお嫁さんがありますしね。ですが私は小さいですし、ちょっとどころではなくおばさま風だと思っております。そんな私には恋心を抱いてくださる方はいないと思っているのですよ。いえね、一応年上受けはものすごくよい自覚はありますよ? 見知らぬお爺様とかお婆様とかによく頭を撫でられて、お菓子をいただいたりしますから。ですがそれって可愛い子供、特に幼い子供に向けてのものですよね? 私、12歳相応の対応ってされた記憶が微かにしかないのですが……。自分で言っていてなんだかとっても悲しくなってきました。

 その所為ですかね、ときめいていたのもすっかり落ち着きました。そうですよ、ときめいている場合ではないのです。今重要なのは彼がどちらなのか、です!

 ここはなんと聞くのがよいでしょうか……。う、浮かびません。可愛い男の子を傷つけずに知りたいことを知る、なんて高等技術私にはできませんよ! うう、今ここにアリシアさんがいて欲しいです。そうしたらきっと彼がどちらなのかわかるような気がするのですが。

 

「その、どうした? 迷惑だったか?」

「い、いえ! お迎えは嬉しいです。嬉しいのですが、その……お1人なのですか?」

「あ、ああ。俺1人」

 

 ニッと笑って、「帰ろ」と彼は私を促します。肩にも、腕にも、手のひらにも触れず、です。……彼はジョージくんでしょうか?

 隣を歩く彼の顔を見上げます。私は彼の肩辺りくらいまでしかありません。なんだか嬉しそうに歩いてらっしゃる姿はとっても可愛いのですが、本当にジョージくんなのでしょうか? さっぱりわかりません。

 大広間前から歩きます。引き戸の陰とタペストリーの裏の隠しドアを2度くぐり抜けます。お互いこの間無言です。

 どうしましょうか。なにかお話しした方がいいような気がすごくするのですが、なにかいい話題はありますか?

 なんて考えていたからですかね。あっさり階段を踏み外しかけます。勢いよく階段の踏み板に脛をぶつけそうな気がします。

 脛ってぶつけるととっても痛いのですよね。なんて思いながら私は体の力を抜きます。

 

「あ、危ない! ちょ、キャシー少しは避けようとしなよ!」

 

 慌てた様子で腕を取られ、転ばぬように引き寄せられます。助けてくださったようです。とっても反射神経が素早いのでしょうね。羨ましいことです。私にできるのは、別のところを傷めてしまわぬように体の力を抜くことだけですよ?

 

「いえ、避けると別のところにも怪我をするのです。被害を最小限に抑えるには流れに身を任せた方がよいのですよ?」

 

 もちろんそれはこれまでの経験則から覚えたことです。そうです。これまで何度も否定してきましたが、私も自分でわかっているのです。私がとってもよく転びやすいのだということを。

 スネイプ先生にお薬を持たされてしまう程度には慣れた事柄なので、私も転びそうになった時に慌てることもなくなりました。これが泰然自若というものなのでしょうかね。

 そんな私の言葉に、彼は声を荒らげます。

 

「いや、避けた方が怪我しないだろ、普通!」

 

 とっても心配してくれているのだと伝わるお言葉です。嬉しいのですが、それではダメなのです。だって、

 

「避けるとですね、脛を打つのではなく擦りむいた上、多分手すりに頭をぶつけていたと思います」

 

 私は胸を張って言い切ります。そうなのです。私が転びかけた時、行動すればするほど二次被害、三次被害が出るのです。ちなみに二次被害は自分に、三次被害は他の方に、です。……多分一番多く被害に遭われたのは、スネイプ先生だと思います。家だと基本的に私、自主的な行動を制限されていますからね。

 二次被害はいいのですが、人様の迷惑にはなりたくありませんからね。そうなるくらいでしたら自分が怪我をしたほうがマシ、です。しかも二次被害がない分怪我は軽くなりますしね。これでよいはずです。

 

「え? 断言なのそれ? ていうか……やっぱり断言できるくらいケガしてきてたんじゃん」

「……違いますよ? ちょっとだけです」

「でもケガして、あのすごく沁みる薬をたくさんつけてきたってわけ?」

 

 ちょっとだけムッとしたお顔で、彼は言い募ります。なんだかこんな会話を以前したことがあるような気がするのですが。

 

「いえ、たくさんは……」

「キャシーのウソツキ。あの時も俺が聞いたらたくさん使ってないって言ってたじゃん。それなのに今の感じじゃ違うだろ? その上さ、よく転ぶとは聞いてたけど、二次被害があるなんて知らなかったんだけど」

 

 えと、ですね。あのお薬をたくさん使うかどうかを聞いてきた方、それも男の子は、私の記憶の中でお一人だけ、のはずです。私、彼が誰だかわかった気がします。

 真っすぐ彼を見つめて、そうしてその言葉を聞いた状況を言葉にします。

 

「……ええと、ほぼ初対面の方には言えませんよ? とっても恥ずかしいのですから」

「恥ずかしがるキャシーも可愛いよ?」

 

 ニコッと言うよりも、ニヤッと笑った彼。本当にもう。私をからかって楽しいのでしょうかね。そのいたずらっ子なところに呆れと同時にちょっとだけイラっとしてしまいます。短気はいけないとわかっているのですが、からかわれてなにも思わないほど、私も無感動な人間ではないのですよ。

 

「フレッドくん! そういうことは好きな女の子に言って差し上げてください。私は勘違いしませんが、とってもキザです! もう、フレッドくんはチャーリーさんにそっくり過ぎます!」

「あ、怒った。怒ったキャシーも可愛いよ?」

 

 なおもからかうようにして笑うフレッドくんを残すように、私は後ろも振り返らず階段を登ります。もう知りません。フレッドくんの分のお料理は作ってなんてあげないのです!

 

 なんてプリプリしながら寮に帰って、ベッドに入って気づきました。フレッドくんは、多分暗い道を私が怖がらずに済むようにしてくれたのじゃないかってことに。もしかしたらなので、正解かはわかりませんよ? でももしそうなら……1つくらい、フレッドくんが食べそうなものを作ってあげてもいいかもしれませんね。でも1つだけ、です。私まだ、ちょっと怒ってるんですもん。



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その14

 ちょっとだけ頬を膨らませながら、私は朝食の席についています。はい、まだ昨夜の件が尾を引いているのです。というかですね、余計なことを考えてしまって、余計にぷりぷりしてしまっているのです。なんだか私、いつも通りには程遠いです。睡眠不足なんですかね?

 普段の私ならですね、一晩寝て起きたら前日の嫌なことなどは忘れてしまうのですよ? ですがどうにも昨夜のことは忘れられないのです。時間が経てば経つほど怒ってしまうのです。

 せっかく三食の中で1番美味しい朝食の席ですのに。怒りながら食べるご飯は消化に悪いのですよ! 全くもう! 後で私のお腹が痛くなってしまったら、それもきっとフレッドくんの所為です!

 

 今日の私はアリシアさんとアンジェリーナさんと3人だけで朝食をとっています。ちょっとだけまだ顔を合わせたくなかったので、早めに部屋を出て、確信犯的に3人分しか空いていない席に座ったのです。賑わっている時間なので、席を移動することも難しいですし朝食の間お話しすることもないでしょう。

 今フレッドくんとジョージくんにお会いしたら、どちらがどちらかわからないままに当たりが強くなってしまうかもしれませんからその予防策なのです。お友達と、自分の中で渦巻く感情の所為で仲が悪くなりたくないのです。ただでさえ嫌われるに足る外的要因が私にはたくさんあるのですから、少しでもその芽は摘んでおきたいのです。

 

 ですがそうすぐには折り合いをつけることができません。その所為でしょうね、少しだけお行儀の悪いメニューを選んでしまいます。

 

 テーブルの上には、イングリッシュ・ブレックファストの王道メニューである、卵料理にベーコン、ソーセージ。ベイクドビーンズにマッシュルームやトマトのソテー。ポテト料理にフレークやポリッジ、シリアルにトースト。たくさんの料理が並んでいますが、私が選んだのはクランペットです。

 表面にぽこぽこと穴がたくさん空いた、パンケーキの1つで朝食らしく卵料理などと一緒に食べることも好きですが、今日は違います。

 怒っている時に最適なもの。そう、甘いものとして朝食をとることに決めたのです。

 バターにたっぷりのハチミツをかけて、クランペットにたっぷり染み込ませます。私がお母さんだったら、子供が朝からこんなに甘いものを食べていたらきっちり叱りますが、今はお母様もお父様もいらっしゃいません。それにクランペットと共にハチミツ壺とバターが置いてあるのがいけないのです。

 ちょっとだけ言い訳をしながら、私は持ち上げたならきっとハチミツが垂れるほどかかったそれを一口大よりも大きくに切り分けて、頬張るのです。……うう、怒っている時でもクランペットは美味しいです。頬が緩んでしまうのです。美味しいものを食べたら、怒っているのがちょっとだけバカらしくなってきました。美味しいも正義ですよね。

 

 よくよく思い出してみれば、昨夜のアレはきっとフレッドくんの平常運転なのでしょう。そんな彼に振り回されて怒っているのはきっととっても損なことですよね? だって私はフレッドくんのことは息子のように思っているだけであって、男の子として見ていませんし。彼の言動に一喜一憂するなんておかしいですもの。

 そうです、私が気にすることではないのです。

 彼がああいったことを他の女の子におっしゃったのだとしても、それは私と関わりないこと、のはずなのですから。その結果がどうなるかも、私が関知すべき事柄ではありません。だって私には、もっと他に考えなくてはいけないことがあるのですから。

 

 とりあえず今私がするべきは……なんでしたでしょうか?

 ──ああ、そうです。必要の部屋の場所を確定すること、そしてそこにある、なんとかレイブンクローさんの髪飾りを手に入れること、です。

 今のところ私には壊す手段はないので、集めるだけになりますが……集めておいて問題はありませんよね? 集めておいてダンブルドア校長にお預けすればきっと大丈夫なはずですし。

 追々壊すための手段にも手を出した方がいいのかもしれませんが、無理ですよね。私、蛇語を話せませんし。今ホグワーツには誰も話せる方はいらっしゃいませんよね? ……多分いらっしゃらないはずです。ということはバジリスクの毒は手に入れることができませんよね? 他にどんな方法で壊すことができるのかも少し探してみることにしましょうか。見つかるかわかりませんが、努力が大事、ですよね? 

 色々なことを考えなくてはいけませんが、時間は有限です。朝食ももう終わりですし、授業に行かねばなりません。本日の授業は、一、二時限目が魔法史でお昼を挟んでの三、四時限目が呪文学です。どちらも基本は座学ですね。考え事の片手間で受けられるような授業ではないので、これから先を考えるのは少しお休みしておきましょう。放課後になればできますからね。

 

 クランペットの最後の一口を食べきり、ストレートティーを一口。ダージリンのオータムナル・フラッシュです。リクエストしてみたら出てきたのですが、びっくりですね。こんな高級茶を朝食に……いいのでしょうかね。でもとっても爽やかないい香りで、心が穏やかになります。

 時間は差し迫っているとわかっておりますが、ちょっとだけまったりしながら味わって、私は席を立ちます。

 ちなみにですね、アリシアさんやアンジェリーナさんが私の両サイドにいらっしゃいますが、今朝は朝の挨拶以降特にお話をしていません。……私の機嫌が悪いことに気がつかれたのでしょうか? いけませんね、周囲に影響を及ぼすような感情を抱いてしまうのは。常にニュートラルでいなけばダメ、です。

 私は子供ですが、ただの子供ではないのです。少しでも周囲に良い印象を持っていただかなければいけません。でなければ、なりたい未来になれません! からね。

 

「アリシアさん、アンジェリーナさん。お食事が終わっておりましたら、授業に行きませんか?」

「え、ええ。そうね、終わってるから早く行かなきゃよね」

「だ、だね」

 

 にっこりと笑いますが、アリシアさんもアンジェリーナさんもちょっとだけ強張った顔をしてらっしゃいます。……私のダメな感情はまだ出ているのでしょうか?

 

「その、どうかなさいましたか?」

 

 少しだけビクビクしながら問いかけてみます。嫌われてしまったのかを聞くのは、怖いです。ですが心の準備さえしておけば、挫けないのですよ。多分とってもしょんぼりするでしょうけれども、いつでも覚悟はしているのです。

 

「え? あ、ああ……クランペットがね、少し気になっただけよ」

「クランペットですか?」

「そうそう! どうしてキャシーってばあんなにハチミツ漬けのクランペット全部食べられるの! ハチミツ食べてるみたいなもんだったじゃん!」

「そう、でしょうか? 心持ち少なめにしていたのですよ? ハチミツ、皆さんもお使いになると思いましたし」

「え?」

 

 お2人の言葉にこてりと首を傾げます。テーブルの上にあったのは、私の手のひら2つ分に収まるハチミツ壺でした。多分内容量は300mlほどでしょうかね。それを全部使うのは周りの方に迷惑ですよね? ですから半分だけにしておいたのですが……。やっぱり使いすぎだったのでしょうか。

 そうですよね。ハチミツは美味しいですし、他の方もたくさん使いたかったですよね。ですが私的にあの量は最大ではなかったのです。ちょっと妥協したのですが……やっぱりダメでしたかね。

 

「や、そうじゃなくてさ……そうじゃなくてさ」

「はい、なんでしょう」

「──もう、いいわ。行きましょう、キャシー。授業に遅れるわ。アンジェリーナも諦めなさいよ、キャシーなんだから」

「あ、ああ……そうだよね。キャシーだもんね」

「な、なんでしょう……やっぱりちょっと多かったですか?」

「ああ、もういいのよ。キャシーは気にしないで? 大丈夫、そんなキャシーも可愛いわ」

「まあ、そうだね。大丈夫可愛いから気にしないでいーって」

「そうなのですか? えと、よくわかりませんが気にしないことにしますね」

「そうそう。それでいいのよ。さ、行くわよ」

 

 なんだかよくわからないまま、アリシアさんたちと私は大広間を出ます。結局私はお2人に嫌われていないということでよいのですかね? よいということにしておきましょう。だってアリシアさんも、アンジェリーナさんも笑って私の手を引いてくれていますから。

 

 ちょっとだけ眠くなってしまう魔法史の授業を受け、また大広間に向かって昼食をとって、向かうのは4階にある呪文学のお教室です。ちなみに授業もアリシアさんとアンジェリーナさんの間に座りました。しかもわざわざ1番前の席を取りましたから、いつも後ろの席に座るフレッドくんやジョージくんたちからは離れた席です。インターバルってきっと大事ですよね。

 杖の動かし方、呪文の発音の仕方。口頭と実演を交えて進む授業はとっても興味深いです。人が変わると、教え方も変わるというのは本当ですね。

 お父様やお母様は、かなり厳しく教えてくださいましたが、少しだけ難しい呪文や杖の振り方などを教えてくださっていたので……完璧には振れないのです。もちろん呪文は覚えてはいますが。しかも杖の振り方は1度か2度ほどしか教えてくださらないのですよ? ちなみにスネイプ先生も魔法薬学の個人授業の合間に少しだけ教えてはくれました。が、上手く薬を調合できないと、教えてくれませんでした。

 なんだか今思い出すと私の周りにいた大人たちは、ちょっとスパルタ過ぎるのではないかと思います。

 でもですね、上手くできるととっても褒めてくださるのです。だからついつい頑張ってしまうのですよね。それ故に次々に難しいものに移行してしまったのかもしれませんが。

 そんなスパルタなお父様たちとは違って、フリットウィック先生は丁寧にわかりやすく教えてくださいます。フリットウィック先生はきっと教えることがお好きで、だからこそお上手なのでしょうね。これまでできなかった杖の振り方も覚えられそうな気がします。

 

 教卓の上の、しかも本の上にまで乗っての講義をなさるフリットウィック先生に親近感を抱きながら、二時限分の授業を受けました。

 今日もとっても身になる授業を受けられましたね。まさかあの呪文の杖の振り方が、ああも簡単に出来るだなんて思いませんでした。色々な方に習うのは、そういった違いがわかってよいかもしれませんね。

 とっても充実した気分でアリシアさんたちと教室を出てすぐ、私は声をかけられました。

 

「キャシー!」

「……はい、なんでしょうか?」

 

 振り向きたくなかったですが、振り向かないわけにもいかず、精いっぱいの笑顔を浮かべながら答えます。ちょっとだけ私の声が固い気がしますがそこはそれです。

 

「その、さ……」

「はい、なんでしょう」

「あー…その」

「ご用がないのでしたら、よいですか? アリシアさんやアンジェリーナさんをお待たせしてしまっておりますし……」

 

 にこにこと笑みながら、口ごもる彼に笑いかけます。はい、多分彼はフレッドくんでしょう。彼の少し後ろには、リーくんともうお一方がいます。こちらを心配そうに見ていらっしゃるご様子から、彼がジョージくんであるような気もしますし。

 お二方、私、見世物ではないですよ? なんてことを考えながらお2人に向けて笑いかけます。あ、お二人ともそそくさとどこかに行かれました。フレッドくん、置いて行かれてますよ? よいのですか?

 

「キャシー、私とアンジェリーナは先に行ってるわ」

「そうそう、今はそっちを優先したほうがいいと思うよ?」

「え?」

「じゃあ、キャシーのことちゃんと連れて帰ってくるのよ?」

「……わかってるよ」

 

 フレッドくんに少しだけきつい声音で言ったアリシアさんは、さっくり私を置いて歩いていきます。……私も置いて行かれてしまったようです。なんでしょう。アリシアさんたちはフレッドくんの味方、なのでしょうか。……なんだかとっても捨てられた猫のような気持ちになってしまいます。

 でもアリシアさんはフレッドくんに私を連れて帰るようにとおっしゃいました。つまり私は捨てられた猫なわけではないはずです。きっと色々と心配をかけてしまったのですよね。反省しなかければダメ、ですね。お友だちに心配をかけるなんて。



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その15

 呪文学のお教室の前で、皆さんが帰って行かれるのを私は立ち尽くしたまま見送っています。

 それというのもですね、フレッドくんが全くなにもおっしゃらないからなのです。私としても皆さんと同じように寮に戻りたいと思ってしまうくらい、居心地が悪いのですが。なんでしょう、この空間。周りの皆さんにジロジロと見られている上、何事か囁かれております。にも関わらず、フレッドくんはご自分の中の感情にお忙しいようで全く気になさっていないのです。……置いて帰ってはダメ、ですよね。

 

 ほぼ全ての方がお帰りになるのを期せずして見送る形になった頃、フレッドくんが顔を上げました。

 

「そのさ、キャシー少し時間をくれないか?」

「……構いませんよ」

「ありがと、じゃあ……どこかに」

「ここではダメなのですか?」

「や、だって他にも人がいるだろ?」

 

 真っすぐにこちらを見ながらおっしゃる姿は好感が持てますが、もう少し周りを見ましょうね? 他の方(・・・)、もうすでにお帰りになられてますよ? いらっしゃっていても片手分ほどの方だけですよ? なんて内心で苦笑いしながら呟きます。

 

 ですがフレッドくんがおっしゃることも間違いではないので、頷きます。そんな私にフレッドくんはホッとしたお顔をすると歩き出します。

 フレッドくんとこうして2人だけで並んで歩くのはまだ2度目です。ですがこの2度の体験で、私は気づきました。普段通りに皆さんと歩いても、いつでもフレッドくんたちは隣に並んでくれていたのだ、ということに。

 私の歩幅はとっても狭いはずですのに、私は少しも無理せず歩くことができるのです。それは皆さんが私に合わせてくださっていることに他なりません。

 そのことに気づいて、なんだか余計に怒っているのがバカらしくなってしまいます。

 

 私は子供の体で大人だった記憶を持ってはいますが、結局は12歳の子供です。今はお父様やお母様、ドラコと離れて寮で暮らしていますが、家族との関わりが切れそうな今が怖いと思いますし、自分のしたこと、これからしようとしていることが正しいことなのかわかりません。ですが、日記をダンブルドア校長に渡すことができました。

 だから驕ってしまったのでしょう。記憶のある私は年相応の子供以上のことができるのだ、と。本当にバカです。

 どうして忘れてしまっていたのでしょうかね。こんなに小さい私が年相応どころか大人として見てもらえるようになるにはきっと随分と時間がかかるのが当然でしたのに。

 

 多分私は色々なことに焦っていました。

 家出を決意しても、家族であるお父様たちと離れることが怖いと思う心。思い出した記憶に引きずられて、素直になりきれない心。けれど記憶の上では大人になったことがあり、それらを表に出すことはしたくなかったのです。知られたくなかったのです。

 だから私は、私が子供だと伝えられるように、フレッドくんにからかわれたことがイヤだったのでしょう。

 なんだかそう考えると、悪いのはフレッドくんではなく、私だとはっきりわかりますね……。うう、ごめんなさいフレッドくん。

 

 しばらく歩き、1階までたどり着きます。寮に戻るにしてもなんにしても1度1階まで戻らなければならないので、フレッドくんもそうしたのでしょう。私は隣を歩く彼の顔を見上げ、そっと息をつきます。

 昨夜から今までのことでなにが悪かったのか、自覚したことで私はフレッドくんに謝罪すべきだとわかっています。わかっているのですが、どうにも素直に謝れないのです。……やっぱり私は子供、なのでしょうね。

 などと考えていたら、フレッドくんが足を止めます。

 

「キャシー。ちょっとさ、厨房に行かないか?」

「え? 厨房、ですか? えと、その何故?」

「あー…できるだけ短くするつもりだけど話、長くなるかもだし、大広間で夕飯食べられないかもしれないだろ? だから厨房でなにかもらって、どこかで食べればいいかなと」

 

 眉を下げて「ダメか?」と問うフレッドくんに私は首を振ります。確かにもうすぐ夕食の時間になりますし、私の謝罪もすぐにできるかどうかわかりません。ですからその案に乗ることにしたのです。

 

 地下へ降り、厨房を示す絵の前に立ちます。フレッドくんはなにも悩むことなく絵をくすぐります。私、これ知らなかったのですが。セドリックくんがあの夜はしてくださいましたからね、拝見はしましたが、実行はしていません。

 どうして知っているのでしょうか、と彼の顔を見ていれば、フレッドくんはニッと笑います。

 

「キャシーは甘いのがいいか? それとも普通の夕飯にする? どっちがいい?」

「……普通の夕食で構いません」

「そうか?」

 

 くつくつと笑いながら、フレッドくんは中に声をかけています。喧騒は起こりません。……ああ、そうなのですね。なにが欲しいのか、はっきり伝えれば屋敷しもべさんたちは聞いてくださるのですね。作りたいと言わなければよかったのでしょうか……。いえ、でもイギリス料理以外を食べたかったので、そこは仕方のないこと、ですよね?

 

 飲み物は紅茶とオレンジジュースにかぼちゃジュースの3つ。食べるものとして、本日のメインであったローストチキンとサラダを挟んだサンドウィッチ。ほうれん草のキッシュにソーセージが数本あります。しかもデザートにとりんごのコンポートまでつけていただけました。なんだかピクニックで食べるお弁当の豪華版のようですね。

 重そうなバスケットに入ったそれを持ったフレッドくんは、あっさりとグリフィンドール寮に戻るための道を進んでいきます。なんでしょう。やっぱり寮に戻るのでしょうか?

 

 あまり会話をすることもないまま、私とフレッドくんは8階まで進みました。途中階段で転ぶこともなく、平穏無事につきました。そうです、よく転びますが、大丈夫な時は本当に大丈夫なのですよ。入学してからずっと平気でしたのに、どうしてあの時は──ああ、そうです。あの時はそれはもう色々と余所事を考えていたから、でしょうね。原因がわかっているのですから気をつけなければダメですね。

 などと考えているからですかね、気づけば知らない道に出ています。もちろんフレッドくんは迷いなく歩いていらっしゃいますから、きっとここがどこかわかっていらっしゃるのでしょう。ですが私にはわかりません。階段はあれ以上登っておりませんので、きっと8階のままということしか。

 

 フレッドくんはとある廊下で何故か行ったり来たりを繰り返しています。なんでしょう? やっぱりフレッドくんもここがどこなのかわかっていないのでしょうか──なんて思っていたらですね、突然扉が壁に浮き出てきました。どうしてですか?

 

「よし! やっぱりここだった」

「やっぱり? えと、ここはどこなのですか?」

「ん? ちょっとだけ小耳に挟んだ部屋」

「……えと、ちなみにですね。どのような部屋、なのでしょうか?」

「あー…聞いた話だと、いろんなものがあったりなかったりする部屋だってさ」

 

 どうしましょう。私が欲しかった情報をどうしてフレッドくんはそんなに簡単に入手しているのですか。なんだかとっても悔しい気がするのですが。いえ、そんなことを思ってはいけませんよね? だって結果的に私がこの部屋の場所を知ることができたのですから。

 

「じゃあ、入るか」

「……フレッドくんはどなたからここのことをお聞きになったのですか?」

「ん? ちょっと前にお菓子をもらいに厨房に行った時、なんか面白い部屋はないかって聞いたら屋敷しもべたちが言ってたんだよ。やっぱ城内のことを知らないと、うまくいく悪戯もいかなくなるからな」

 

 ああ、そういう理由なのですね。なんだかとっても納得です。ちょっと釈然としないところもありますが、納得はできますし。

 

 フレッドくんに続き、部屋の中に入りましたが……え? その、ちょっとびっくりなのですが。フレッドくんは一体どんな趣味なのでしょうかと疑問に思うくらいの部屋です。

 思わずフレッドくんをじっとり見つめてしまいます。

 

「な、なに? なんか変か?」

「いえ、その……とっても可愛い部屋なのですが」

「あ、気に入った?」

「ええ。とっても可愛らしくて気に入りましたけれど……その、これはフレッドくんの趣味、ですか?」

 

 気になってしまいましたので、直接聞いてみます。

 だってとっても疑問なのです。悪戯好きなフレッドくんがアンティーク調の家具が並ぶ、とっても女の子が好きだろうお部屋を望んでいたと知ってしまったのですよ? 聞きたくもなります!

 

「違うよ。キャシーが好きだろうと思ったから」

「そうなのですか?」

「そ。母さんもこんな家具に憧れがあるみたいで聞いたことはあったけど、俺の好みはこういうのじゃないよ?」

 

 ソファーを押して感触を確かめるかのようにしながら、フレッドくんが言います。

 確かにですね、猫足の白いテーブルですとか、同じく白いふかふかそうなソファーですとか、レースのように繊細な細工のなされたガラスの花瓶にはとても甘い香りのする花まで生けられているところは憧れます。12歳の乙女としても、記憶の中の主婦としてもセレブっぽい調度品には夢がありますからね。まあ、実用にはあまり向かないとも知っていますけれど。

 

 ですが、短時間だけ利用するならその限りではないのです。私はキョロキョロと辺りを見回してしまいますね。なんでしょう、よく見たら花瓶に生けてあるのはチューベローズではないでしょうか? 時期が合わない気がするのですが、そこは深く考えないほうが良いでしょうね。なんと言ってもここは、不思議がいっぱいの魔法界なのですから。

 

「ま、とにかく座ろう。見て回るのは後でもできるだろうし」

「そ、そうですね。そうしましょう」

 

 フレッドくんに促されて、私は嬉々としてソファーに腰掛けました。……ちょっとどころでなく沈み込んでしまいそうなくらいに柔らかいソファーです。なんですか、この高級品は! しかもクッションの手触りも最高です。白地に白い糸で薔薇の花を刺繍してあるようですがとっても滑らかなんですけれど! シルクですかね、このカバー。ちょっと欲しいです。でもきっとお高いのでしょうね、なんて考えている間にテーブルの上には食事が並べられていました。

 

「先に食べよ? 話をするにしてもなんにしても、腹ごなししてからのがいいはずだしさ」

「は、はい。そうですね」

「そうそう。だからクッションから手を離しときなよ。汚れるしさ」

 

 むう。なんだかとっても子供扱いされた気がします。が、仕方ありません。私がクッションを抱きしめていたのがいけないのでしょうから。



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その16

 ちょっとだけパサつくローストチキンに苦戦をしながらまるで昼食のような夕食を食べ、紅茶を飲んで一息ついたところでフレッドくんが居住まいを正しました。

 きっとお話が始まるのでしょう。私も沈み込んでしまうソファーに浅く腰掛けて彼を見ます。

 

「あー…その、さ。昨夜はごめん!」

 

 勢いよく頭を下げて、おっしゃった一言。……どうしましょう。私も謝罪するべきです。というかですね、本当はフレッドくんではなく私の方が悪かったような気がするので、こうして彼に謝罪させてしまった私は──とってもダメではないでしょうか。

 私もテーブルにつくほど頭を下げました。彼がした以上に私も彼に謝罪しなくてはダメなのです。

 

「ごめんなさい、私の方がいけなかったのです。フレッドくんは悪くないのです」

「は? なに言って……ていうかキャシーは悪くないだろ」

「いいえ、私昨夜とっても態度が悪かったです。せっかく迎えに来てくださったのに……」

 

 そうですよ。あれはフレッドくんの善意からの行動だったのです。それなのに私は子供扱いされたと怒り出してしまいました。ダメです。事実を認められないなんて、子供扱いされたとしてもそれが妥当ですのに。完全に八つ当たりですよ。

 告げながらしょぼんとして反省します。

 

「そんなの……キャシー、こっちを見ろよ」

「はい……」

「俺、怒ってるように見えるか?」

「……いいえ、見えません」

 

 むしろ呆れているようにも見えます。

 

「どう考えたって、昨夜のあれは俺が悪かった。ま、今朝からのキャシーの態度にはちょっと傷ついたけど、あれも仕方ない。俺の自業自得だ。つまりさ、キャシーが今俺に謝る必要はないんだよ」

「いいえ。いいえ違うのです、違うのですよ……」

 

 私は彼になにを言えばいいのでしょうか。なにを言っても言い訳にしかなりません。それがわかっているからでしょう、なにも言えないのは。謝罪しなければならないことがあるのに、その理由を言えない私。そんな私を見ながらも広い心で許してくださるフレッドくん。なんでしょう。私に本当に大人だった記憶があるのですか? 自分で自分がわかりません。経験があるはずですのに、それを全く活かせない自分。こんな私は大人だったなんて言えません。

 

 確かに未来については物語の範囲内であればだいたいわかります。たまに思い出せないこともありますが、重要な物品については覚えているはずです。ですけれど、よく考えれば大人であったはずの私自身のことになると、前世の記憶のことを飛び飛びしか思い出せません。

 まるで無音のオムニバス映画のように、前世の私にとって特別だったらしい場面しか浮かばないのです。

 入学や卒業、結婚や出産といった人生の節目。

 旦那様だった方からされたプロポーズの場所が海の見える夕暮れの公園であったこと。泣きながら指輪を受け取っていたこと。夢を話しながら家を建てたこと。そして生まれた子供たち。その子供たちの成長ぶり。彼らを叱っていたこと、褒めていたこと。たくさんの出来事を見ました。

 中には旦那様だった方が亡くなったことや、それに打ちのめされている姿もありましたし、孫が生まれたことなども思い出せます。ですが、そこに付随する感情は嬉しかったのか、悲しかったのかすらわかりません。きっと嬉しかったのだろう、悲しかったのだろう。はしゃいでいるのだろう、悔しいのだろう。そんな予想をつけられますが、音声もなにもないフィルムを見ているだけのような状態では、それが正しいのか判断はできません。

 

 これでは私は大人だった記憶を持っていると言えるのでしょうか。もしかすると私は、思い出したその記憶の断片に引きずられ、自分を大人だと思い込んでいるだけ、なのでしょうか?

 気づいてしまったのそのことに、私は愕然としてしまいます。私は、本当に大人の心を知っていると言えるのでしょうか、と。

 そんな私に、声が届きました。

 

「……キャシーが泣くことない」

「え?」

「泣いてるって気づいてない?」

 

 とっても痛そうなお顔をしたフレッドくんの言葉に、私は自分の頬を触ります。……濡れています。とってもとっても濡れています。びっくりするくらいたくさんの涙が流れているみたいです。自分が泣いていることにも気づけなくなるほど、私は考えごとに囚われてしまっていたようです。

 

 入学するよりも前、記憶を思い出した頃から何度泣きそうになっても、私は涙を流しませんでした。記憶を思い出したことで私はもう大人の心を持っているのだから泣かないのだ、と決めていました。いいえ、思い込んでいたというべきなのでしょうか。その枷がなくなってしまったのでしょうね。せっかく少しは自分が成長したと思っていましたのに……結局私は少しも成長していない、小さな私のままでしかなかったのでしょう。

 

 私は顔を手のひらで覆い、泣いている自分を少しでも隠しました。フレッドくんに私が自分を哀れんで泣いているなんてこと、気づかれたくなかったのです。私は、私のことだけしか考えていないのだと、知られたくなかったのです。

 

 ほんの少しだけ無言の時が流れます。ですが少ししてキシリと音がして、パタパタと歩く音がしました。フレッドくんが席を立ったのでしょう。

 それを感じたことで、きっとフレッドくんは泣き出した私に呆れて、私を置いて帰っていくのだろうと思ったのです。子供なのですもの。そのくらい薄情なところがあって当たり前でしょう? 泣いている女の子を置いてその場から逃げる、なんて行動を記憶の中の子供の誰かもしていましたから。

 ですがフレッドくんはその子とは違うようでした。

 

「あれは俺が悪かった。俺がキャシーが怖がるくらいなら怒らせればいいやなんて思ってしたから──だから俺が悪い」

 

 私の隣。2人掛けでしたソファーの空いたスペースに彼は座り、そして私の頭を撫でてきたのです。優しく、甘やかすように、あやすようにゆっくりと。

 今の私より1つ下で、前世の私からしてみたら子供というよりも孫というくらいの彼。そんな彼に慰められていることに少しも違和感を感じない私がいました。

 それは昨夜の言葉よりももっと子供扱いであるはずです。それなのにイヤではないのです。それが不思議であり、自然でもありました。

 フレッドくんからすれば、私へのこの行動は妹さんへするものとなんら変わらないのかもしれません。フレッドくんもお兄さんなのですから、妹さんを慰めることがあったのでしょう。妹さんと錯覚するくらいには私は小さいですし、子供としか言えないほどにこうして泣いてもいます。子供扱いをされて当然なのでしょう。ですが、私にはそれがとても心地よかったのです。

 

 小さい頃からお父様やお母様の前で泣くと、ひどく怒らせてしまった後も泣き止まずとても困らせていました。だから少しでもお父様たちの前で泣くことを止めました。スネイプ先生の前で転んで泣いた時もとっても困らせてしまいました。だから少しでも泣かずに済むように、スネイプ先生の前では特に気をつけるようになりました。そしてドラコの前では良き姉でいたかった私は、あの子の前で絶対に泣きませんでした。ずっとずっと隠れて泣いていたのです。記憶を思い出してからはそれもしなくなりましたけれどね。

 

 私は子供でしたが、それなりに聡い子供だったのでしょう。人から嫌われることがとても怖かったのです。だから、本当は色々なことに気づいていましたが、気づかない振りをしていたのです。

 

 私は、私が今までどう思われてきたのか、そして今のホグワーツの中でどのように見られているのかを全て自覚しています。

 

 元闇陣営の一員であるマルフォイ家の令嬢であることで、私の周囲には同じく闇陣営の方たちが大勢いらっしゃいました。もちろんその方たちの娘さんや息子さんもいらっしゃいます。ですが私は、彼らと深く付き合うことができませんでした。

 いろいろな席でお会いすることがあっても、一歩引いて彼らと接していたのです。それで友人ができるわけもありません。ですが私は、親御さんによく教育されてヴォルデモート卿を崇拝するような方たちに違和感しか抱けませんでした。だからでしょうね、価値観の合わない方たちと親しくすることはできないと決めつけていたのです。

 

 そしてホグワーツでは、マルフォイであるのにグリフィンドールとなった異端で、抜きん出て幼い容姿をしていて、必然的に人の中心になる方とだけ親しくしています。私が別の名で、私のような存在を見たならば、きっと心のどこかでその方をよく思わないでしょう。

 マルフォイだからきっとズルいはずだ。きっと汚い手を使ってあの方たちの近くにいるのだ。幼い容姿も油断を誘うためだろう、なんてことも思うかもしれません。

 ですから、周囲の方たちが同じように思い、私を嫌うのだとしても止められないと理解しています。私自身が他の方を色眼鏡で見ている自覚があるのです。そうして理解しているからこそ、気づかない振りをしてきたのです。大人の記憶を思い出したのだから、それに耐えられるのが当たり前なのだと。

 それに私はとてもズルいのです。とてもイヤな子なのです。だからこう考えたのです。気づかなければそれはないことと同じなのだ、と。

 

 実際にはないのですから、私が自分がズルくてイヤな子だと気づく必要もありませんし、人の悪意に胸を痛める必要もありません。そう決めつけて自分のズルさや心の弱さから逃げていたのです。

 

 ですが本当は気づいていました。私は素直に、心の底から自分のためを思って、ただ泣きたかった心を誤魔化し続けていたのだと。

 

 本当はずっと自分のために泣いてしまいたかった。私は可哀想なのだと主張したかった。違和感しか感じない場所で心をすり減らして生きているのだと主張したかったのです。

 ですがそんなことはできるはずもありませんでした。

 今の私もそうですが、あの頃の私も子供でした。ですがなにも知らない子供のままでもいられませんでした。

 私自身がどんなに違和感を感じていたのだとしても、私という存在はマルフォイ家の令嬢です。お父様とお母様の娘です。跡取りとしてドラコがいますが、私はその見本としてあらねばなりませんでした。だからマルフォイ家に見合う高い教育を受けたのでしょうし、愛されてはいても厳しく躾けられたのでしょう。自分が愛されていることを感じてはいました。ですが私はお父様やお母様を尊敬できていたかといえばそうではありません。愛してはいました。ですが尊敬は──だからこそ、私はドラコを大切にしたのでしょう。私が得たかったものを与えるように。

 良いことをしたら全身で褒めてくださる。悪いことをしたらしっかり叱った上で抱きしめてくださる。共にいる時間が少ないのだとしてもその言葉で、行動で愛を示して欲しかったのです。側にいられないからとお金を渡されて、ドビーに生活のほとんどを任せる。それは親とは言えないのではないか。ずっとそう思っていたのです。私は本当に愛されている子供なのだという自信が欲しかったのです。

 

 だからこそ、私は記憶の中の『私』になりたいと願ったのでしょうね。彼女はとても暖かく、穏やかな家庭で育ち、そんな家庭を育んでいました。その感情を私自身が感じることはできませんでしたが、推し量ることはできました。彼女はとても、とても幸福な一生を過ごしていたのです。

 私はそんな彼女になりたかった。でも、なれないことも理解していました。だからせめて、彼女が与えられていたようなものを得たかったのです。

 

 ですが多少なりとも感じられていたお父様から、お母様から、ドラコからの愛情も、今は感じることができません。何度手紙を送ろうが、その返事が返ることがないのです。そして一部を除いた周囲の方からも好かれてはいません。だから信じたいのに信じきれないのです。私をお友だちとして扱ってくださるアリシアさんや、アンジェリーナさん。フレッドくんにジョージくんにリーくん。セドリックくんだって私を心配してくださいました。ですが、いつか彼らからも私は嫌われるのではないかと、いつだって考えていました。

 

 色々なことに怯え、そして打ちのめされている自分の心。それを癒してくれる人が私は欲しかった。なんの柵もなく甘やかされたかったのです。だから今、それをくれるフレッドくんの行為に対し、違和感を抱かないのでしょうね。ずっと望んでいた私を甘やかしてくれるその手に、私は誰よりもずっと子供のままだったのだと気づきます。同時に子供でいていいのだと感じられることが堪らなく嬉しくて、余計に涙は止まらなくなりました。



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その17

 ……ええ、とですね。どうしましょう。先ほどまで色々なことで乱れていた私の心は落ち着きましたが、今はそれとは違う別のことで落ち着きません。本当にどうしましょうか。

 

 泣くことは自浄作用があるとは言いますが、泣きすぎて頭が痛くなるレベルでしょう。と自分でもわかるくらいに泣きまして、気分は落ち着きました。

 こうして泣くことはずっと願っていたことでしたから、堪能してしまったような気もしないでもないですが。それもきっと、物心ついた頃から我慢してきたこと。それに重ね、自分は大人の記憶を持っているのだから、とより負荷を与えた2ヶ月と少しがいけなかったのでしょう。自覚しないまま、私の心はとっても疲れていたのでしょうね。

 それで目いっぱい泣いてしまったわけなのですが、今私はとても大変な状況に陥っております。

 

 いえ、泣いたことで多分目は赤いでしょうし、腫れてもいるでしょう。きっととってもブサイクさんになっていると思います。ですがそれはまだいいのです。泣いてしまったのですからそうなるのが当たり前ですし。違うのです。そんな私の容姿の問題ではなく、もっと別のことなのです。

 それは今私を包んでいる温もりに起因します。

 

 はい、温もりです。温かい腕です。誰のかと言えばそれはもちろんフレッドくんのものですね。当たり前ですね、今は私とフレッドくんの2人しかこの部屋にはいないのですから。

 気づけばですね、泣いていた私はフレッドくんに抱きしめられるかのようその腕の中におります。むしろ私から縋りついていたのです。……いえ、どちらかと言えば父親に泣いて甘えついた幼子のように齧りついたというべきでしょうか。よくドラコもそうしてきてくれていましたが、まさか自分がそのようなことをすることになるとは思いませんでした。

 

 ですがですね、これには理由があるのですよ!

 泣いていた私のすぐそばにあった、温かな腕。なにもかもを許してくださるかのように包み込んでくださったその腕と、子供ですが私よりも広い胸。私よりも硬い腕。私の知っているお父様やドラコとは違う、温かな香りのするそれらがとても、とても心地よかったのです。

 その所為なのでしょうね。私は抱きしめられるだけでなく、無意識のうちにフレッドくんの背中に腕を回しておりました。

 

 はい、抱きついたのです。それはもうぎゅうっと。しかもこうして考えている今も、抱きついております。フレッドくん、意外とガッチリしてらっしゃるようです。男の子って見た目と触り心地がこんなに違うのですね。なんて余所事を考えてみますがまだ悩んでおります。はい、自分の置かれた状況にどうしたらよいのかわかっておりませんからね。

 などと迷っていることに気がつかれたのか、それともしゃくりあげることが少なくなったから、なのでしょうか。フレッドくんが声をかけてくださいます。

 

「キャシー……そのさ、少しは落ち着いたか?」

「……は、い」

「そ、ならよかった」

 

 私がこくりと頷けば、ポンポンと背を叩いてくださいます。……今気づいたのですが、私はお父様にこんなことされた覚えがありません。いえ、頭を撫でられた記憶はありますよ? ですが抱きしめられた記憶は本当に──ああ、ダメです。こんなことを考えてしまってはまた泣いてしまいます。

 そうですよ、お母様には抱きしめられたことも、頬におやすみやおはようのキスをしてもらったこともあります。お父様は特にお家にいらっしゃらないことも多かったですし、お父様とお母様とで飴と鞭を担当分けしていただけです、きっと。多分。そうなはずです。全く愛されていなかったわけではないはずです。多分。

 

 無意識のうちに、回していた腕に力がこもってしまいます。いえ、いけません。もう泣き止んでいるのですから縋ってはダメです。

 私は必死に自分に言い聞かせながら、フレッドくんの背に回していた腕を解きます。ちょっとだけ名残惜しいですが本当にいけません。これ以上してしまってはクセになってしまいますからね。大変です。

 

「えと、その……申し訳ありませんでした」

 

 ですが少しばかり以上に恥ずかしさがありまして、顔をあげぬまま謝罪いたします。はい。別にブサイクさんな顔を見られたくないわけではないです。抱きついてしまったという自分が恥ずかしいだけです。

 そんな私の頭を、フレッドくんは軽い調子で小突きます。少しも痛くはないその手に、私は顔をあげてフレッドくんを見ます。

 

「だーかーらーキャシーは悪くないって。俺謝らなくていいって言ったよな?」

「う、はい……おっしゃってくださいました」

「わかってるなら謝らない」

 

 私の頭を撫でながら、ニッと笑うフレッドくんです。なんでしょう。とってもフレッドくんが大人に感じるのですが……悪戯っ子だと思っておりましたのに。なんだかとっても悔しいです。いえ、同じくらい嬉しいのですが。

 

「とりあえずさ、俺は謝ったし、いらないけどキャシーも謝った」

「はい」

「ということは、俺たちは仲直りしたってことでいいか?」

「え?」

「えって……違うのか?」

「違わない……のですか? その、わかりません」

 

 しばし無言になります。

 ええとですね、確かにお互いに謝罪いたしました。そしてその謝罪の途中で私は私事で泣き出しました。ですのでうやむやになったのではないか、と浮かんだところで気づきます。

 フレッドくんはそれを自分の言葉の所為だと勘違いなさっているのではないか、ということに。なんだかそんな気がします。……ええと、泣いた理由、秘密にしておいてよいですよね?

 自覚はきちんとしましたが、流石にまだ、自分が親に愛されてないかもしれないことを人に伝えたくはありません。そして大勢の方に嫌われているのだと知っているとも言いたくありません。ズルい私を封印するべきなのでしょうが、ちょっとまだ無理そうです。

 

 私がまたそんなことを考え込んでいれば、フレッドくんは撫でていた手でポンと私の頭を叩きます。

 

「じゃあ、仲直りしたことにしようぜ」

 

 そうしてニッとまた笑います。今度はなにか悪戯でも考えているかのような笑みです。な、なんでしょうか。なにかするつもりですか? というか悪戯したくなるくらいに私、今ブサイクさんだったりしますかね?

 などという私の不安を笑うかのようにフレッドくんは朗らかにおっしゃいます。

 

「そしたらさ、キャシーが俺の胸でひんひん泣いてたってみんなには内緒にしておくから」

「な、ひんひんなんて……」

「泣いてただろ?」

「……泣いてました……」

「俺とキャシーとの秘密ってこと。仲直りした友だちなんだし? 秘密の1つや2つあって当たり前、だろ?」

 

 ニッと笑って、親指を立てるフレッドくんです。いえ、そうおっしゃってくださるのは嬉しいですよ? 嬉しいのですがそこはかとなく漂う不安感はなんでしょうか。

 これはあれですか? 言わないというのはフリなのじゃないかという不安でしょうか? ……絶対にないかどうか、と言えば五分な気がします。面白くなるのであれば口にしてしまいそうな気もします……同じくらい言わないような気もしますが。

 

「な、なんだよ、その目。信じてないだろ」

 

 そんな私の心が視線に透けたのでしょう。フレッドくんは私をじっとり見ています。ですが声は少しだけ楽しそうなのです。それに助けられた私は、思うことをそのまま口にします。友だちであるなら、このくらいの軽口は……平気、ですよね?

 

「いえ、信じてはいますよ? ただその……フレッドくんは秘密にしていても面白かったら誰かに伝えそうな気がしただけ、です」

「……それ、信じてないって言わね?」

「ええと、どちらかと言えば理解しているということではないでしょうか? ご自分でもちょっと思われたのではないですか?」

「否定はしない。だけど今回は絶対秘密にする!」

「そうなのですか? えと、それはどうして?」

 

 私の言葉にあまりにもはっきりお答えになる姿が不思議で私はこてりと首を傾げて問いかけます。

 だってわからないのです。私のように面倒な相手の秘密ですよ? 誰かに伝える選択をしてもおかしくありませんし、私なら誰かに漏らしてしまうかも──いえ、しないですね。ちょっと恥ずかしいことくらいなら、誰にだってあることですから。

 フレッドくんはどんな理由でそう言い切るのでしょうか。

 

「そ、それは……」

「はい、それは? なんでしょう。とっても知りたいのですが」

「いや、だからそれはさ」

「はい」

 

 なんだか言い淀んでらっしゃいますね。なんでしょう。やっぱり私のお顔がブサイクさんになっているのが可哀想だから、とかそういうことでしょうか。え、それではこうしてお顔を合わせているのもちょっと……。私はとりあえず下を向いた上で自分の顔を両手で覆いました。隠した方がきっといい、はずですから。

 

「は? え、ちょ、キャシー? え、キャシーまた泣いてっ」

「え?」

「ちょ、ごめ……俺が悪い。俺が悪かったから泣くなよ……」

 

 ええとですね、私また再びフレッドくんの腕の中にいます。しかもがっちり、ちょっと苦しいくらいに腕に閉じ込められています。……ええと、どうしてでしょうか? いえ、わかっています。私の行動が少しばかり誤解を生むものだったのですよね。

 ですがまた抱きしめられるとは思ってもいなかった所為でですね、驚きすぎて私は固まってしまいました。そんな私の耳に、囁きのようなフレッドくんの小さな声が届きます。

 

「その、ただちょっとその……もったいなかったから言いたくなかっただけ、なんだよ」

 

 もったいないとはなぜでしょう? その言葉の意味を理解しかねて問いかけてしまいます。

 

「フレッドくん、なにがもったいなかったのですか?」

 

 とっても近い距離でしたが、顔をあげてフレッドくんを見つめながら問えば、フレッドくんは安堵と驚きとがないまぜになったような顔をしています。あ、初めて見る顔ですね。なんだか可愛いと思います。

 

「は? って、え? ……泣いてねえし」

「え? あ、はい。私のブサイクさんな顔をちょっと隠しただけだったのですが……誤解させてしまったようですね。ごめんなさい」

「や、ちょっと焦っただけだし……ていうか別にブサイクじゃないぞ?」

「いえ、ブサイクさんなはずですよ」

「えー? 確かに目は赤いし鼻も赤いけど、ほっぺたも赤くなってるしで、全体的には血色いい感じに見えるぞ? まあ、泣いたのはすぐわかるけど、普段とそこまで極端に違うところはない、はず」

「いえ、その……目も腫れてますよね?」

「んー? 別にこのくらいなら気づかないと思うけど?」

 

 私のまぶたをするりと撫でてそう言います。……え、とフレッドくんはやっぱりナンパな人だったのでしょうか。なんだか、なんだかとっても女の子に慣れているというか、手慣れた感じがするのですが。

 

「あ、でもまぶた熱いな。やっぱ腫れてるってことか? そんな変わってようには見えないんだけどなあ」

「え、あ……フ、フレッドくん?」

「ん? なに?」

「えと、なぜ私は目隠しされているのでしょうか?」

「んー…俺の手がキャシーのまぶたより冷たかったから?」

 

 え、それ理由になっていませんよね? いえ、冷やしてくださっているのは嬉しいですよ? ですけれど、確かあのバスケットの中に濡れた布巾ですとか、入っていましたよね? あれじゃダメなのですか?

 そう聞きたかったのですが、なんだかとっても嬉しかったこと、そしてとってもその手のひらが気持ちよかったことでついつい目を閉じてしまいました。

 どうしてこう、フレッドくんの腕の中で私は安心するのですかね?



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間話
僕が知っている彼女のこと


 僕があの日出会ったあの子は、とても小さくて可愛らしい女の子だった。

 

 

 僕ことセドリック・ディゴリーはあまり喋ることが得意ではない。特に女の子相手だとそれは顕著だ。思っていることはたくさんあるし、考えていることもたくさんある。だけど、それを口に出すのが得意ではないから、つい言葉数が少なくなってしまうんだ。

 もちろん家族相手であればそんなことは全然ない。だけど同じ年の子だとか、年上の人にだとかは全然ダメなんだ。

 父さんはそれが僕の個性なんだ、なんて言ってくれるけれど、それは甘えなんじゃないかな、なんて思ってもしまう。僕は、言いたいことをきちんと言えるようにならなければ、きちんとした大人になれない気がするんだ。

 尊敬する父さんのように、僕も思っていることを少しでも表に出したい。そう望んでも上手くできないまま訪れたホグワーツ魔法魔術学校への入学。少しだけ不安だった。もちろんたくさんの期待もあったけれど、上手く僕が望んだ人間になれるかがわからなくて少しだけ怖く感じていたんだ。

 だけどそんな風に悩んでいた僕は、ホグワーツ特急の中であの子に出会った。

 

 父さんから聞いたことのあった、マルフォイ家のご令嬢。僕は、その子をマルフォイ家のイメージみたいに嫌な感じの子なんじゃないかって想像してた。でも全然違うんだ。

 キャシーから名前を教えられるまで、彼女はマルフォイ家の子だなんて少しも思えないくらいに素直そうで、とても可愛らしい子でしかなかった。色眼鏡をかける前なら、キャシーとは友人になれると感じられたんだ。

 

 あの日、僕が初めて見たキャシーは光の中にいた。

 コンパートメントの椅子に座って、猫と戯れてるふわふわした洋服を着た女の子。柔らかそうなプラチナブロンドは緩い三つ編みになっていて、肩にかかってた。なんだか物静かで、人見知りなのかなって少しだけ思った。白いカーディガンと水色のワンピースに淡い色の髪に、なんだかそのまま空気に溶けて消えてしまいそうなくらいにも見えたから。

 だけどコンパートメントに入ってきた僕をまっすぐ見たその青空みたいな青い目が、この子がここにちゃんといるんだって僕に教えてた。とても強くて綺麗な青い空の色だった。

 

 「空いていますよ」って言いながら、ふんわり柔らかく笑ったキャシーにすごくすごくドキドキして、でもその名前を聞いてびっくりして、同時になんだか納得もした。

 もしかしたらの存在(・・・・・・・・・)がここにいるんじゃないか、なんて思えたんだ。

 

 たまに考えていたんだ。もし魔法界に例のあの人がいなかったならどうなるかって。

 きっと大きな争いはないまま平和だったんじゃないかとか、今ほど純血主義を声高に訴える人は少なかったんじゃないかとかね。僕自身純血だとかハーフだとか、マグル出身の魔法使いだとかに偏見はない。スクイブは少しだけ可哀想だなって勝手に思ってしまうけど、でも人と違うとか、劣っているだとか思わない。自分がされていやなことはしないでいたいし。

 そういう風に考えていたような存在が、キャシーなんじゃないかと思ったんだ。

 その、マルフォイ家が純血主義じゃなかったとしたら、マルフォイ家にこんな風にのんびりほんわりした女の子がいてもおかしくないんじゃないかなっていうふうに。

 

 でも僕には実感がないけれど、例のあの人の爪痕はまだそこかしこにあるらしいし、マルフォイ家はやっぱり純血主義だし、元闇陣営だ。だからマルフォイ家の娘のキャシーもそれに準ずる扱いをするべきなのかもしれなかった。だけどキャシーと話すたび、感じたんだ。僕の想像したマルフォイ家の娘と、キャシーは違うんだって。

 なんて言えばいいのかな……キャシーとマルフォイ家は関係があるけど、関係はない。そういう風に思えたんだ。だってキャシーは、自分の名前が人にどんな感情を抱かせるのか気づいていたみたいだったから。気づいてないと、あんな風に緊張した顔で名前を言うことはないと思うんだ。だって初対面の挨拶で名前を言うなんて普通のことだし、名前以外のところなら、キャシーは柔らかく笑ってた。なのに、名前を言うところで困った顔で笑うんだよ? そのくらい僕だって気づける。

 きっと何度も名前を言ったことで何かを言われてきたんだろうなって。

 

 それはとっても悲しいことだと思う。

 生まれは自分にはなにもできない領域だから。育ちは自分が自覚すればきっと変えることはできると思う。親に反発して、自分が正しいと思うことをしたりね。まあ、それが本当に正しいかは別として、親が闇陣営だったからといって、子供まで無条件にそうだとは限らないんじゃないかと思えたんだ。

 だから同時に思ったんだ。父さんの言うことが少し違うんじゃないかって。

 

 父さんは、僕と同じ学年になるマルフォイ家の子にはあまり近づかないほうがいいって言っていた。子供の後ろには親があるのが当たり前なのだからって。だけどキャシーを見て、それが一方的な考えかたなんだとわかったんだ。

 子供は確かに親の影響を受けやすいと思う。僕自身父さんを尊敬しているし、大なり小なりそういう感情があって当たり前だと思う。だけどそれを頭に置きすぎて、人を狭い視野で見てしまうのもなんだか違う。それはものすごく損をしているんじゃないかって思えたんだ。

 

 だから僕は、あのコンパートメントの中でキャシーの友人となることを選んだ。

 

 僕の直感なんて当たらないかもしれない。だけどキャシーを信じてみたかったんだ。それは僕自身を信じることにも繋がるし、僕のなりたい大人の姿にも通じるものがある。そう思えたんだ。

 そしてそれは間違いじゃなかった。

 

 初対面の印象で、キャシーは物静かで、とてもおとなしい子だと思っていた。でも話してみたらたまに寂しそうに、でもそれでもよく笑う丁寧な言葉遣いの女の子だと感じた。けれど、学校で過ごすうちにそれだけじゃないことも知った。

 キャシーはちょっとだけドジで、向こう見ずなところもあったりするんだ。だって道がわからない、場所がわからないのに迷いなく歩いたりするし、なにか考え事をしながら歩いてたりもするんだよ。で、大抵はつまずいたりしてる。キャシー、つまずくと周りをキョロキョロして、見られてないか確認してホッとしてるんだよ。僕は何回かそれを見てるけど、その全部にキャシーは気づいてない。うん、そんな風に抜けてるところがとても可愛いと思う。

 たいていそういう時は、あの時コンパートメントで一緒になったアリシアやアンジェリーナがキャシーのそばにいる。だからよく周りを見ていないキャシーでも迷わず教室につくし、ずっとは寂しそうにはしていない。僕はそれが嬉しい。笑ってるキャシーはとても可愛いんだ。

 

 そんなキャシーは勉強についても、すごい。飛行訓練は苦手みたいだけど、それ以外の授業では全てトップクラス。僕も勉強は苦手じゃないけど、僕でも敵わないころがたくさんある。だけどキャシーはそれを鼻にかけたりしないんだ。むしろ飛行訓練が苦手なことで落第するんじゃないかって心配してるみたいだ。キャシーは低いけどちゃんと浮けてるし、遅いけどちゃんと前に進んでる。だから最低ラインはクリアしてるのに、クディッチの選手のように空高く、素早く飛びたいみたいなんだ。でもキャシーが素早く空を飛ぶイメージはできないんだよね。普段の行動ものんびりおっとりしているし。

 

 きっとこんなことは、マルフォイ家の娘だからってキャシーを敬遠していたら気づけなかった。

 僕はずっとキャシーを勘違いしたまま、過ごしてたろうね。今の周りの子たちみたいに。

 

 キャシーのキャシーらしさを知らない子たち。特に偏見の目で彼女を見て、ちょっとだけ失敗した彼女をバカにしたりする子たちは、彼女の良さに気づかない。良さを全部マルフォイらしくないって貶す材料にしているんだ。マルフォイ家の子だから嫌っているくせに、マルフォイ家らしくないからバカにするなんて、そっちがバカなんだよって言ってやりたいくらい。だけどキャシーは聞こえてるはずのそんな言葉になんの反応も示さない。キャシーが言わないことを、キャシーではない僕が言ったところできっと意味がないんだ。むしろキャシーの立場は今より悪くなるだろうね。だって今ですら、僕は同じ寮生や、スリザリンの子にチクリと言われたりするから。

 

 でも、誰かになにかを言われて自分の考えを変えることを僕はしたくない。だってキャシーを知って、キャシーと親しくすることで、僕は僕のなりたい大人になれると思えるから。だから僕は、誰かになにかを言われたその時に、こう言ってるんだ。「僕は、僕のためにキャシーと友人になったんだ。それは誰かに言われて止めることじゃないだろう?」って。

 

 僕が闇陣営に憧れてるのかなんて勘違いをする人も中にはいたけれど、それっておかしいよね。だってキャシーのどこに闇陣営に加担するような素養があるっていうの? だってキャシーはグリフィンドールなんだよ? サラザール・スリザリンともっとも対立していたあのゴドリック・グリフィンドールの寮に選ばれた子なんだよ? 

 だいたい暗いところが怖くて、ちょっと声をかけただけで腰を抜かすような子が、闇陣営に与して正気でいられるわけないよね。

 いつかきっとキャシーを勘違いしている子たちも気づくはずだ。キャシーにできる悪巧みなんて、僕みたいな子どもでも叱れるくらいのことなんだって。そうしたらきっと、キャシーはもっと綺麗に、あのコンパートメントで初めて見せてくれたような笑顔で笑ってくれるような気がする。

 そうしたらきっと、キャシーは今よりもっと可愛くなるはず。

 みんなバカだよね。あんなに可愛いキャシーを嫌って、自分から彼女に選ばれるかもしれない道を閉ざしているんだから。もったいないよ。きっとキャシーは好きになった相手のことを誰よりも1番大事にしてくれる。1番に愛してくれるはず。あんなに優しくて、可愛い子が自分を1番に思ってくれるところを想像してみればいいのに。

 でもきっとそれはちょっとだけ僕に有利なことなんだろうなって考えてしまうから、ちょっとだけ周りのみんなが気づくのが遅くなればいいのにって思ってしまう。きっとそれが今の僕の悪いところ、なんだろうな。



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私がネガティヴにならずに済んだのは

 私は決めつけられることが嫌いなの。

 よく言われるのは、「アリシアは1人でも大丈夫でしょう」とか「アリシアは強いから」とか。

 他には「任せておけば安心だ」とかも言われたりする。だけど少しでも失敗すれば、調子が悪かったのかと言われたり、陰で笑われたりもした。

 

 私は別になんでもできるわけじゃない。

 勉強は嫌いじゃないから、それなりの努力でそれなりの成績を取れている。運動だって嫌いじゃないから、悪い点を取ったりはしない。だけどそれとわたしと、そんなに深く関係するものなの?

 

 私だって年相応の子供として、ワガママを言いたくなったりだとか、泣きたくだってなる。なのにそんな態度を少しでも出せば、必ずこう言われるの。

 

「そんなのアリシアらしくないよ」って。ねえ、あなたは私のなにを知って、そう言うの? 何度もそう聞こうと思った。でもできなかった。

 だってきっと明確な答えなんて返ってこないと思っていたから。聞くだけ無駄だと思っていたのよ。私は私を取り巻く世界全てを斜めに見ていたのだと思う。

 自分の周りに、自分を全力で肯定してくれる存在はいないのだと、思ってしまっていたから。

 だからきっと、新しい場所に行っても、私は変わることなんてできないだろうと思ってもいた。だってそれが周りが言う、『アリシアらしさ』なのだろうと感じてもいたから。

 

 そんな私は、新しい場所であるホグワーツ魔法魔術学校への入学のため、ホグワーツ特急に乗った。

 

 親しい友人なんて作らずに、7年も過ごすことはきっと無理だとわかっていた。だけどそれを進んで作ろうと思わない程度にはひねていた私の目の前に現れたのは、男の子と握手してぽわぽわ笑っている女の子。

 

 私みたいにつり目じゃない、ちょっとだけ垂れた青い目に、色素の薄い肌と髪。それなのにソバカスなんて1つもなくて、髪だってサラサラしてとても綺麗だった。だけどその子は1つだけ欠点があることに気づいた。欠点と言っていいのかわからないけど、個人を見てもらえないだろうことだから、多分欠点と言っていいはず。

 

 それはその子キャシーが、カサンドラ・マルフォイという、マルフォイ家の令嬢だということ。私は彼女の顔を見てそれに気づいたのよ。

 

 少し前に見た、日刊預言者新聞。そこに出ていた写真に、ホグワーツ魔法魔術学校の理事として、ルシウス・マルフォイが映っていた。父や母は、それを見て「彼は死喰い人だったんだ」や「娘はお前と同じ歳だというが、あまり近づかないほうがいい」なんて言っていた。

 なんて言うのだろう。臭いものに蓋をするように、近づかなければ安心が買えるというように、そう言ったのでしょうね。

 それを聞いて、私はなんだか納得できなかった。

 私と同じ歳である女の子。それを父親の過去だけで嫌うことは正しいのか。それがわからなかった。いいえ、それは正しくないのだとわかっていたけれど、それを言った父や母の言葉を疑いたくはなかったのね。だけど納得はできなかった。

 それに納得してしまえば、私は私が嫌いなことをする人間と同じになってしまう。そうわかったからかしら。だから私は入学前に決めていた。

 その子のことを、自分の目で見て判断しようって。

 

 そうして決めていたからなのか、ホグワーツ特急のコンパートメントでまさかすぐに会うことになるとは思わなかったけどね。

 

 私が初めて見たキャシーは、確かにあの写真のルシウス・マルフォイに似てはいたわ。でも父や母が心配するような暗いところのない子だろうとも感じられた。笑う顔がほんの少しだけ陰るところがあったけれど、言葉遣いは丁寧だし、ペットの猫をおかしいくらい撫でていたのよ。

 なんだこの子も緊張しているのねって思えたわ。

 

 元闇陣営の娘で、人を騙すような子だとして、その子は緊張していることがすぐにわかるような行動をするのだろうか。とても賢いなら、そんな風に自分を作るのかもしれないわ。でも、私は、キャシーはそうじゃないのだと感じたの。キャシーはそのまま自然体なんじゃないかって、勝手な予想だけど思ったのよ。

 だから私は私のその直感を信じることにした。でなければ、私はズルい人間になってしまうから。

 

 私の周りにいたような、イメージをその人に押し付けて、それと違う行動をすれば非難する。私はそんな人間になりたくなかったのよ。

 それにキャシーは、名前を言うことに戸惑っていたわ。どうして私と同じ歳の女の子が名乗ることに戸惑わなくちゃいけないの?

 それは私たち周囲の人間がマルフォイという家を『元闇陣営』で『例のあの人』に与した人間だと見ているから。

 怖いから遠ざける。怖いから排斥してそれで安心しようとしている。とてもズルい人間なのよ。私はそんな人間の一部になりたくなかった。

 多分、これは子供らしい潔癖さってヤツなのでしょうね。自分でもわかってるの。私の言っていることが少しおかしいって。でもそれでも自分と同じように、型にはまるように強制されてるって思えたキャシーと、私自身が親しくなりたいと思えたのは本当。

 

 まあ、パッと見て大丈夫だなとも思ったし、話してみておっとりしてるのは演技じゃないともわかったしね。

 

 というかね、猫と散歩に行って迷子になった挙句知らない子たちと和気藹々としてる──なんてこと、闇陣営の人ができるの? しかも私が行った時は半泣きだったのよ? 闇陣営の人ってそんなに涙腺弱いのって疑問に思うくらいのことをしてたんだもの。疑いなんてなくなるわ。

 

 それから少しずつ知っていったキャシーのこと。

 キャシーは小さくておっとりしていて、のんびりしてるけど黙っている時は大抵変なことを考え込んでる時で、そんな時は100パーセントつまづいてる。それも何度もね。

 いい加減考え事しながら歩くのは危険なんだって理解すればいいのにね。でもまあ、入学までに治らなかったクセだろうから、きっとこの先も無理なんでしょうね。それにそのお陰で、それが『キャシーらしさ』なんだって思えるようにもなれたんだけど。

 

 そう、『らしさ』って言葉は、その人を好意的に表すもので、ネガティヴな感情だけでできているものじゃないのだって、私はキャシーと出会って気づけたのよ。

 

 朝、ぼんやりしながら三つ編みをして、ぴょこんと立ったままの前髪の寝癖に気づいてなかったりとか、ネロにじゃれつかれてそれに気づいて慌てたりだとかするキャシー。朝ごはんはすっごい喜んで食べるのに、昼や夜は難しい顔をして少しだけしか食べない。味のわかりやすいものが好きで、紅茶が好きで、甘いものが好き。そんなところはすごく女の子らしくて可愛いと思うわ。まあ、ハチミツを波々かけたクランペットはやりすぎだと思うけどね。

 

 そして予想に反してキャシーは頭がいいのよ。でも勉強はできるけど、運動が苦手──本人は嫌いではないって言ってたけど──で、多分足も遅いと思うわね。普段から行動がのんびりしてるしきっと間違いじゃないでしょうね。

 

 そうやってキャシーの色々なことを見て、確信したわ。やっぱりホグワーツ特急の中で私が感じた直感は間違ってなかったって。

 

 24時間ほとんど全ての時間私はキャシーといるわけなの。それでわからない方がおかしいわ。

 だいたいあの子、寝言で笑ったりしてるのよ? それも私や、アンジェリーナの名前を呼びながら。

 そんな子供みたいな子に偏見を持つなんて、私にはできないし、偏見を持つなんて子たちから守りたいと思うくらいになる。もちろんそれをして、キャシーのそばから離れることになるくらいなら、私は睨むだけでそれを止めるけれどね。

 

 キャシーは、私にとってこれから先も付き合っていきたい人。つまり大事な友人なのよ。



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少しだけ変わった日

 可愛い子だなっていうのが、俺がキャシーに抱いた初めの印象。

 

 初めて見た時のキャシーは、白いカーディガンを着て、水色のワンピースを着てた。ジニーが憧れるって言ってた、ふわふわした服。それを着た小さな女の子が廊下をウロウロしてるんだよ? それも泣きそうな顔して。だから気になった。ちょっと面白そうだなって。そんで観察してたら、同じところを俯きながら歩き回ってた。なにかを探すみたいに小さく呟きながらね。

 ああ、もしかして。なんて兄貴に聞いたことのある話を思い出して、その背中に声をかけてみた。

 

 兄貴が言ってたんだ。ホグワーツ特急で、たまにペットとはぐれる子がいるって。たいてい新入生だけど、そんな子たちは決まって廊下をウロウロしてるらしい。きっとキャシーもそうなんだろうなって思って声をかけたわけだけど……まさか後ろに下がってくるとは思わなかった。

 ぽすんって感じで俺の胸にぶつかったんだよな。

 

 そんなキャシーは俺の顎より下に頭があって、遠くから見て立てた予想よりも小さかった。多分ジニーくらいだな、なんて思った。

 同時にさ、後ろから声かけてるのに後ろに下がってくるっていうちょっと抜けてるその感じが可愛くて、笑いながらキャシーの頭のてっぺんを見てた。それからゆっくり振り返ってくるキャシーを、俺は真正面から見たわけなんだけど、キャシーは近くで見ても可愛かった。小さくて、どこか人形みたいで。でもちゃんと俺と同じ生きてる子だとはわかってたけど。まあ、とにかくちょっとマジマジと見たくなるくらいには可愛かった。

 

 で、きっとこの小ささだと先輩ってことはないだろうから、同じ歳なはず。なら仲良くしておく方がいいだろうな、なんてことを思って、探し物を手伝うことにしたんだよ。まあ、可愛かったからお近づきになりたいと思ったのも嘘じゃないけど。でも善意が半分ちょっとはあった。

 

 とにかくちょっと話して、そのまま探すのを手伝う流れに持って行こうとしてたんだ。自然に、かつ和やかに──って。だけどさ、そしたらさ、キャシーは泣きそうな顔になった。

 

 まさか俺の言葉で泣きそうになるとは思わなかった。や、ちょっと待ってよ。俺の言葉で、それも俺の前で泣きそうになるなんてさ、俺が泣かせたって思われるだろう? や、俺の所為かもしれないっちゃしれないけど。でもこの時は焦った。こんなのパーシーに見つかったら、なにを言われるかってさ。真面目が過ぎるのも考えものなんだよな、パーシーは。

 

 だから早いとこ泣き顔からせめて普通になってもらうために「俺も探すから」って言ったわけだけど、結構大変だった気がする。なんか上手いこと言葉が出てこなかったんだよな。

 それでもなんとか宥めて、キャシーの言った猫を探し始めようとした。ら、変な声が聞こえて、それが俺がいたコンパートメントでさ。それを言ったら遠慮したんだよな。

 

 それがなんかすごく新鮮な気がした。

 

 自分が困ってる時ってさ、普通助けてくれようとした相手になにかあっても気にできなかったりするもんだろ? 結局自分のことでいっぱいいっぱいになってるわけだから。それなのに気にした。自分は泣きそうになってるのに。ジニーなんか、俺たちに遠慮なんかしないし……。そんなところもまあ、気に入ったっていうかなんというか。

 だから俺は、キャシーのちっちゃい手を握って、コンパートメントまで行ったわけだけど……それが正解だったわけだ。

 

 俺たちのいたコンパートメントにキャシーの猫はいて、まあ、色々あったけど、落ち着いてようやく自己紹介ってなったその時、キャシーは困った顔をしてた。

 それは今ならわかる。名前を言いたくなかったんだろうなって。名前を言って、嫌な顔をされるくらいなら言いたくなくなるだろうし。

 俺だって『ウィーズリー』であることに不満はないけど、でもあの(・・)ウィーズリーだって言われるのは好きじゃない。子沢山のなにがいけないんだっての。幸せだから子沢山なんだよ! て言いたいけど、言えない。なんかそれがすげえ悔しくなる。気にしなきゃいいんだってわかってるんだけどな。

 

 まあ、そんなことはいいとして、名前を言うことに戸惑いながら名乗ったのは『カサンドラ・マルフォイ』って名前。

 

 それを聞いてちょっと驚いたのは確か。

 ルシウス・マルフォイは父さんの天敵みたいな人だって、俺でも知ってたし。でもさ、俺が見たことのあるその人とキャシーは似ているようで全く似てなかった。

 

 あー…人の父親を悪く言うのはイヤなんだけどさ、俺が見たことのあるマルフォイさんはちょっと底意地が悪そうだった。いつだって会えば喧嘩する父さんとマルフォイさん。純血なのにマグルに傾倒してる異端だなんて父さんは言われてたし、正直好きにはなれなかった。

 でもさ、俺思うんだよ。マグルの道具を集めてなにが悪いんだろうなって。

 だってマグルのものって面白いのもすげえたくさんあるじゃんか。まあ、どうやって使うのかわかんねえのとかもたくさんあるけど。でもそういうのを、どう使うのか想像するのって楽しいことだろ?

 すげえ夢のあることだと思うんだけどな。まあ、母さんが怒るからあんまり興味あるフリはしないけどな。叱られるのはちょっと面倒だし。

 

 ま、そんなことはよくって。

 

 そんな俺の中にあったマルフォイさんのイメージとキャシーは全く違った。それが重要。

 

 しかももっと重要なのは、キャシーの作ったっていうメシが美味かったこと。そう、俺たちは自己紹介して、キャシーがマルフォイだろうと構わないって言って、キャシーを泣かせそうになったりもしたけどまあ、友だちになったわけ。そんでちょうど車内販売がきて、メシの時間だって気づいたから、キャシーを誘ったわけだ。

 

 そしてら出てきたキャシーが作ったていうランチボックス。正直俺の母さんが作ったやつより美味そうだった。や、母さんのメシも美味いよ。食べ慣れてるし、どこかで食べるのよりはずっと好きだ。でもさ、キャシーが出したのはそんな母さんのメシと同等より少し上な感じだったんだ。

 断じて言うが、母さんのメシを貶してるわけじゃない。ただちょっと、ウチじゃ昼飯に出てこないようなのが入ってたってだけ。そう、キャシーの手作りは豪華だったんだ。

 

 だってツヤツヤなローストチキンの挟まったサンドウィッチは、食べたら肉汁が感じられた。普通もっとパサつくはずなのに。しかもちょっとさっぱりした感じのソースがまたチキンに合ってて、とにかくすげえ美味かったんだ。

 他の料理も、食べたことのあるやつより数段手間をかけてる感じがしたんだよ。まあ、母さんも手間暇かけて作ってくれてるだろうけどさ。でもそれと同じ以上に美味いメシを作れるキャシーに驚いたんだ。

 

 だってキャシーはマルフォイ家の娘なわけで、いわゆるご令嬢(・・・)ってやつなわけ。なんでそんな子がこんな料理が上手いんだってのが衝撃だったんだよ。ま、マルフォイ家がこづかい制ってとこも驚いたけどな。

 

 で、俺は気づいた。友だちになったキャシーは初対面の前から思ってたけど実は意外性がいっぱいですげえ面白いやつなんだってことに。

 

 だからそれからはキャシーをよく見て、たまに悪戯を仕掛けたりもした。ま、たいがい困った顔されるからあんましなくなったけど。でもそうしてくうちにキャシーのことを色々知ってくことになった。

 1番の衝撃は、俺よりも誕生日が早かったこと。嘘だろって思ったのは、多分絶対顔に出てたんだろう。だって正確に生年月日を言ったキャシーはちょっと悔しそうだったし。

 

 そんなキャシーは似たようなギャップがよくある。

 勉強が得意で、人に教えるのも上手い。でもその分運動が苦手でいっつも地面に近いところから、飛んでる俺たちを見てる。あの目がいい。憧れてるって感じにも、捨てられた猫って感じもするあの目が。

 なんだろ。俺、変な性癖でもできたのかって思うくらいあの目を見るとキャシーを苛めたくなった。

 でもキャシーをそうやってからかおうとすると、たいていアリシアとかアンジェリーナが出てくる。保護者かってくらいに。まあ、守ってやりたくなるような感じではあるよな、キャシーって。でも俺的にはちょっと苛めたいって思いが強かった。

 

 で、小耳に挟んだキャシーの弱点を弄るために俺は補習に出てるキャシーを迎えに行って、まあ色々あって怒らせた。

 びっくりした。キャシーが怒るなんて思わなかったんだ。キャシーに悪戯した時だって怒りはしなかったし、俺たちがどこかで別の誰かに悪戯しててもそれは変わらなかった。なのにたった一言、からかった言葉1つで怒ったんだ。他の女の子は喜ぶのにって、正直なにが理由で怒ったのかはわからなかった。でも怒らせて、凹んで、だから謝りたいって行動しようにも、キャシーはその夜から俺を避けた。翌朝もずっと。

 でもなんとか機会を狙って、授業終わりに捕まえた。で、2人っきりでメシを食って、謝って、そんで泣かれた。そう、キャシーは泣いたんだ。

 

 びっくりするくらいに涙が出てて、でもなんで泣いたのかわかんなくて、どうすればいいかもわからなくなりかけた。だけど泣いたやつにしてやれることなんて1つしかないだろ。だから慰めた。俺の腕の中で泣きすぎてキャシーが寝ちゃうくらいまで。

 

 それからもちょっと大変だった。キャシーは小さいから軽い。だから別に抱いて寮まで戻るくらいは簡単だった。けどさ、そのなんだ。あー…や、キャシーはとにかく柔らかかったんだ。それはもう、信じられないくらいに。

 俺だってジニーを抱き上げたことはある。でもそんなジニーと変わりない背の高さしかないのに、キャシーはすげえ柔らかくていい匂いがした。それは抱きしめてる時からわかってたけど……抱き上げたらそれが余計に感じられたんだよ。

 ちょっとだけ俺の腕の中で眠ってるキャシーに悪戯を仕掛けたくはなったけどそれができないくらい、なんかなんにも考えられなくなった。すげえ胸がドキドキして、なんか俺はおかしいんじゃないかって思うくらい挙動不審になってた。なにせジョージにどうしたんだって心配されたしな。

 

 どうして俺は眠ってるキャシーになんにもできなかったのか。悪戯するには絶好のチャンスだったのに、それをフイにしたのか。ちょっと寝る前のベッドの上で考えてみた。んで気づいた。気づかなかった方がよかったようなことに気づいちまった。あーもう! 色々絶対面倒だろってわかってるけど、何度考えてもその答えは変わんなくて、しょうがないから諦めた。流された方が楽、だからじゃない。変わんないなら、それが変わるまで付き合ってみるのもいいって思えたからだ。

 

 俺がキャシーを泣かせた日は、俺の中のキャシーへの感情がちょっと変わった日になった。



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俺の願うことは

 俺がキャシーとの出会いを思い出すと、まず1番初めに浮かぶのは、ネロの爪の鋭さ。そしてあの薬の沁みる度合いだ。

 どちらも正直泣きたくなるくらいに痛かった。実際ちょっと泣いた。いや、でもよ。マジで痛かったんだぞ? なのにあの双子ときたら……1人は腹抱えて笑ってやがったし、1人は安全圏で見てただけ。なんつー友達甲斐のないやつなんだ。や、まあ出会ったばっかだったけどな。

 

 まあ、俺とキャシーはそんな痛みを伴う出会いをしたわけなんだが、俺はキャシーを嫌っていない。

 もしかすれば親が知ったらなにか言うかもしれない。だけどそれって結局親から見たあいつの親への印象だろ? それが全面的にあいつに当てはまるかなんてあいつを知らないやつにはわからないだろ?

 

 だってあいつ、俺が怪我したって、ネロの爪で怪我したって気づいて泣きそうになったんだぜ? しかもできることならなんでもするって言いやがった。……あのな、キャシー。お前は小さくても女だ。俺がまだ子供だからいいが、相手が大人で、しかもペドだったらどうなるかわかって言ってるのか? そう思ったことをよく覚えてる。

 

 なんかこう、危機管理能力なさそうなやつだって思ってた印象はそれから変わることはないだろう。

 

 入学して、予想してた通りにスリザリンじゃなかったキャシー。そして俺はキャシーの言葉通りにグリフィンドールで、キャシーもそうだった。あ、もちろん双子も、あん時きたアリシアもな。それからキャシーの友だちだっていう、同じグリフィンドールのアンジェリーナも交えて、俺たちはよく一緒に行動をした。

 

 朝メシの時、授業に行く時、放課後とかで出された宿題をする時。とにかく大抵の時は一緒にいたと思う。

 その1ヶ月と少しの間に知ったのは、キャシーは意外なほど頭が良くて、授業で習う色んなことをよく知ってたってこと。なのに探究心が強いっていうのか、それ以上を習うために補習まで受けてる。

 いや、マジですげえよ。普通あの魔法薬学の補習を自分から受けられるように交渉するか? その上変身術だぞ。どっちも怖いことで知れ渡ってる先生2人だぜ? しかも1人はどうもグリフィンドールが嫌いらしいし……まあ、キャシーはそれでも平気みたいだけどな。

 

 そんな風にキャシーを知っていくと、キャシーがどんな性格なのかを知るとともに、キャシーが周りにどう思われているのかも知っていった。

 

 俺が知るキャシーは、多分真面目で努力家で、いいやつで、でもドジでちょっとトロいやつ。でもそれを補って余りあるくらいには可愛い。んで胸がでかい。うん。あれはすごい。言ったら多分アリシアに殴られる気がするから、誰にも言ってねえが、あれはすごかった。……俺の母ちゃんよりあるんじゃね?

 

 あー…それはいいんだよ。それはよくて、だな。キャシーはそんな風にいいやつだって言えるのに、周りのやつらはちょっと引いて見てる。多分その中にはキャシーと話してみたいと思ってる奴らもいるだろうな。だけど、キャシーの家の名前がネックになってるみたいだ。

 

 筆頭で言えば、ジョージなんだろうな。フレッドはなあんも気にせずキャシーをからかってるが、ジョージは心配してるらしい。なんでも親があいつの父親と仲悪いらしいから。

 でもよ、俺たちただの子供なんだぜ? 学校での付き合いに親って必要か? って思う。や、心配するのはわかる。なにせキャシーの父親はこの学校の理事らしいからな。下手うって退学に──なんて言われちまうかもしれねえ。でもよ、それってまずキャシーが父親に訴えねえとならなくね?

 あのキャシーが、自分がされたことを父親に言いつけるか?

 それはないんじゃね? というのが俺の意見だ。

 

 いや、ただの推測だけどよ。もしキャシーがそうやって言うやつなら、初めに俺とあった時にだってあんなこと言わないだろ? 傷が残らないように親に金を出させて治療させればいいだけだろ? いくら傷薬を持っててもかなり高性能なやつなんだから出し惜しみしたっておかしくないわけだしな。

 しかも父親に任せりゃ、俺たちの処遇だって、ジョージの心配通りになるだろ? なのにキャシーはそうしない。つまりさ、俺たちと一対一で向き合おうとしてくれてるってこと、だろ? 俺はそうやって向き合おうとしてるやつに対して、偏見で壁を作るのは嫌なんだよ。

 偏見て周りが思うよりもずっと嫌なもんなんだぜ? 俺はそういうの、ちょっと受けたことがあるし、すげえ嫌だった記憶がある。だから人にはなるべく偏見を持ちたくはない。まあ、嫌いなやつはどんなことしても嫌いなままなんだがな。

 

 それに思うんだけどよ、あんなぽやっぽやなやつに後ろ暗いところなんてあるわけねえよ。

 だってキャシーのメシ食ってる時と、猫と戯れてる時の顔、マジで癒しだぞ。外が大雨だとしても、そこだけ陽だまりになるんだぞ。そんなやつが親みたいなやつになるかっての。

 みんなバカだよな。

 あんなに面白いやつを勝手に勘違いして敬遠してるんだぜ? 俺みたいになんも考えずに接しちまえばいいのによ。

 

 あ、でもそうすっとあいつが作った菓子とかメシの取り分が減るのか? んー…それは困るな。あいつのメシ、どれも美味いんだよ。あの権利を他のやつにやるのももったいねえ気がする。

 

 んー…じゃあ、当分はキャシーのいいところに他のやつは気づかなくてもいいが、せめて陰口はやめてやってほしいぜ。

 もちろんキャシーは気にしてるそぶりなんて見せやしねえよ? でもよ、聞こえないフリなんだよ、それは絶対。すぐ近くにいた俺に聞こえてたんだからさ。つまりキャシーはわざと聞こえないフリをしてるってこと。でも聞きたくなくても勝手に耳には入ってくる。それなのに普通の顔してる。

 多分キャシーは、すげえ強いやつなのか、すげえ鈍いやつなのかのどっちかだろう。俺的には鈍いやつってのに一票だけど。

 だけどそんな風に聞こえないフリしてたって傷つくもんは傷つく。でなきゃキャシーの笑った顔が、ホグワーツ特急の中でとちょっと違う理由にならねえと思う。

 

 へにゃっとして、でもすげえ嬉しそうで幸せそうな顔。それがあいつの笑顔であいつが笑ってると平和なんだってすげえ思う。おかしな話だよな。マルフォイ家の娘の笑顔だってのに。

 

 でも元闇陣営の娘があんな風だからこそ、この先になんか希望が持てる気がすんだよ。

 

 今はそれなりに平和だけど、その平和ってずっと続くものなのかは確定した未来じゃない。もしかしたら第二の例のあの人が現れるかもしれないし、本人自体が戻ってくるかもしれない。未来はわからないんだ。

 だけどそんな中であんなぽやぽやしたやつが、あっち側から出たら、それだけで俺たち闇陣営と関わらないやつらとの垣根が低くなる気がした。そうなったらきっと今よりも世界は平和になるんじゃねえかって思える。

 

 どれもこれも憶測だし、本当にそうなるかなんてわかりゃしねえよ? でもそうなればいいと思うのは自由だろ?

 

 俺は自分の気持ちに自由でありたいし、友だちにもそうであってほしい。だから多分キャシーにはもっと友だちができた方がいいんだろうけど、それはちょっと困る。美味いメシの配分で。や、それは半分以上冗談だがな。俺たち以外の友だちができることは難しい気がするんだ。今のキャシーのまんまじゃ。

 

 キャシーが俺たち以外の誰かと交流することができるようになるためには、あいつ自身が変わることも必要なのかもしれないって俺は思う。あいつのいいところはそのまんまに、嫌なことだったとしても聞いて、その上でそれのなにが嫌なのかしっかり言えるようにならなきゃ、ダメな気がする。このまんま我慢し続けてくなんて土台無理な話だろ? いつかポッキリ折れちまう気がする。

 

 あいつが折れちまう前にそうなればいいのにって思えるくらいには、俺はキャシーのことを大事な友だちだと思ってる。が、断じて言うが、俺はただの友だちとしか思ってないからな! だから俺を悪戯の実験台にするのはよせよ、頼むから!

 



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応援だけなら惜しみなく

 俺がキャシーを知った日は、後から考えると俺たち2人が今までと同じ双子じゃなくなった日になったんだろう。

 

 

 何度も兄貴たちから聞いてきた、ホグワーツ魔法魔術学校への入学。駅までは家族全員で行って、だけどホグワーツ特急の中では俺とフレッドだけになった。

 でもそれはいつものこと。俺とフレッドは双子だったから、いつだって2人で1つであることが多かった。もちろんそれが嫌だって思ったこともあるけど、それ以上に2人でいることが当たり前でもあった。

 

 そうして乗り込んだ中で、リーという友だちもできた。乗り込んでから少しの間は3人でいたけど、フレッドは特急の中が気になったみたいで、1人でふらっと散歩に出た。それ自体はいつものことだって気にしてなかった。でも、そんなフレッドと入れ替わるようにして、1匹の猫がコンパートメントの中に入っていたんだ。

 

 艶々した毛並みの綺麗な黒猫で、目の色と同じ艶のある青いリボンをしてた。なんていうんだろう。美猫ってやつなのかな。とても可愛い顔をした猫だったんだ。

 

 そいつが「にゃー」って鳴いて、リーが指をひらひらさせて時間をかけて呼び寄せて、ようやくそばに寄ってきたところですかさず抱き上げようとして起きた、軽い事件。うん。正直腹が痛かった。なんだあれ。なんであんなちっちゃい猫にリーは負けてるんだって考えたら、笑いが止まらなくなった。

 

 だってリーってば不器用でさ。抱き上げようとして、嬉しかったのかなんなのか知らないけど、リボンに指を引っ掛けて、そしたらリボンはあっさり外れて床に落ちた。しかもだ、そのリボンは慌ててたリーの足の下になった。

 

 その瞬間その猫は毛を逆立てて、リーに襲いかかったんだ。ん? 止めなかったのかって? やだな、そんなことしないよ。だってリーが悪いのに。猫が怒って当然だろ? リボンを外しちゃった上に踏んでるんだから。

 

 で、まあそれを笑って苦しんでる時に、突然コンパートメントのドアが開いて、中にちっちゃい女の子が入ってきた。フレッドと一緒に。

 窓側にいた猫を、リーを挟んで格闘して、なんとか猫を抱きしめたけど──あれ多分(とど)めだったと思う。あの瞬間、1番リーの悲鳴が大きくなったからね。

 

 それで俺から事情を説明して、それでまあ、それなりに話をして、そのちっちゃい女の子がキャシーだと知った。

 

 キャシーはとても小さい。俺たちの妹のジニーくらいしかないと思う。ジニーは少し平均より大きめな子だしね、年が離れててもまあ、それはあり得るくらいの誤差だと思う。

 で、そんなキャシーは俺たちも知るマルフォイ家の子だった。

 

 カサンドラ・マルフォイ。ちょっとひどい名前じゃないかって思ったのは、俺だけだったのかな。でもまあ、カサンドラって呼ぶより、キャシーって呼ぶ方が似合うから意味はきっと言わなくて正解なんだろうな。だってカサンドラが、多分ギリシャ神話の『カッサンドラー』からじゃないか、なんて思っても軽々しく言えないよ。

 

 あの神話の中で、アポローンに愛されて、アポローンの恋人になる代わりに予言能力を授かったのに、その予言が元で愛を拒絶する人。しかもその泣く泣く拒絶した愛する人から呪いまでかけられてた。授けられた予言を誰も信じないように、だなんてひどい仕打ちだと思う。それから先の未来は全く明るいものじゃなかったし、色々考えると名付けに向く名前じゃないとしか思えない。

 だからかな、ちょっとだけマルフォイさんのことが信じられなかった。そんな名前を子供につけるだなんてちょっと趣味が悪いって思えて。神話を知らなかったのかもしれないけどさ。

 

 そんなことを思ってたからかな。俺のキャシーへの第一印象は悪くなかった。少しだけ不安はあったけど。

 

 俺の感じてた不安。それはどんなにキャシーがいい子でも、キャシーはマルフォイ家の子で、彼女の父親は俺たちの父さんとは犬猿の仲で、俺たちだって好きにはなれない人だった。それで簡単にキャシーを信じていいのか決められなかったんだ。

 実際キャシーの行動を見ても、ああマルフォイの子なんだなって思うところは多分勉強が得意なところと、スリザリン贔屓のスネイプに慣れてるところくらい。ぽやんとしてるところが大半だから、大丈夫なのかって思いもし出した。だけどやっぱり気になることもあった。

 

 俺たち双子は楽しいことが好きで、人によく悪戯をするけど、それは自分が楽しむためが1番であって、人を困らせたいと思っているわけじゃなかった。

 

 だけどキャシーは、俺たちが悪戯をすると、ちょっと困った顔をするんだ。もちろんキャシーにするのは他愛ない悪戯だよ。キャシーがノートを開いたらペラペラとページがめくれ続けたり、椅子に座ったら変な音がしたりするような、そんな感じ。特に変なアイテムを使うこともなくできるようなことをしてただけ。

 他のやつらとかは、そういうのをされるとたいてい笑って楽しんでる。まあ、怒るやつもいるけど、俺たちがやったんだって知ると諦めるのがほとんど。それだけ俺たちが悪戯ばっかりしてるってことなんだけど。

 

 そんな悪戯で、キャシーは困った顔をする。なんていうんだろう。怒ればいいのか、楽しめばいいのかわからない。そんなことを考えてるんじゃないかって顔だ。

 

 いっそ怒ればいいのにって思う。

 

 キャシーは、ホグワーツに入学してから、あの特急の中でのようには笑わなくなった気がする。どこか人の目を気にして、遠慮してるような気がする。なんとなく、それに気づいて俺とは全然違うのに、俺とどこか似ているような気がしたんだ。

 俺はちょっとだけ、心配をしてしまうきらいがある。それは俺の欠点で、長所なんだろうと思う。慎重であることはある意味で重要だろうから。

 

 俺たちの家は裕福とは言えない。兄貴たちも、弟も妹もいるちょうど真ん中の俺たちは、いつだって兄貴たちのお古を着てるけど、でもそれはあんまり裕福じゃないから。だけど母さんは毎年セーターを編んでくれるし、叱るけど愛されてると思う。

 そう、俺たち家族は人に自慢できるくらいに仲がいい。まあ、自慢はしないよ。だって仲がいいことは俺たちにとっては当たり前のことでも、人にとっては違うかもしれないから。

 

 でもそんな風に大家族だからこそ、俺は心配するんだ。お金のことだったり、弟や妹のこと、父さんのこと、母さんのこと。兄貴たちには頼ってばかりになるけど、俺だって色々考えてしまう。だから、できるだけ早く金を稼げるようになりたいって思うんだろうな。

 

 キャシーはそんな俺たちとは違い、マルフォイっていう金持ち一家の娘だ。つまりキャシーの父親はルシウス・マルフォイで、彼は俺たちの父さんと犬猿の仲だ。俺たちもキャシーとそうなるんじゃないかって思うのは普通だよな。

 

 だから俺は、多分キャシーと仲良くしようとしながら、少しだけ心は距離を置いていた。

 

 もちろんキャシーを可愛いとは思う。素直だし、頭もいいけどそれを鼻にはかけない。それでいて嫌味ったらしく見えないのは、俺にできる簡単だと思うことがキャシーにできないから、なんだろうな。

 うん、飛行訓練の時のキャシーはすっごく、それはもうすっごく可愛いよ。なんだろ……木に登って降りられなくなった猫みたいに箒にしがみついてるんだよ? あんなの見たら可愛いとしか思えないよね。

 

 そう、俺の中でいつの間にかキャシーは心配していた相手から、愛玩する相手になっていたんだ。

 

 そうなるまでにチャーリーに相談したりしてたよ。俺たちも、父さんとマルフォイさんのようになったりするのかなって。そしたらチャーリーはキャシーをからかうようにして見定め始めた。その所為で余計に寮内からキャシーの居場所が減ったような気がする。……あー…俺の所為、だよね。ごめんキャシー。

 

 でも愛玩するべき存在だって気づいてからは、俺はチャーリーに相談するのをやめた。同時にちょっとした罪の意識からキャシーのそばにチャーリーが寄らないようにしたりもしてた。でもチャーリーも実はキャシーの事、気に入ったみたいで隙あらば頭を撫でて抱き上げようとしてた。いや、それはきっとキャシーがジニーくらいの大きさしかないのがいけないんだと思うけどね。

 そういう意味では、いい変化なのかな? とにかく本当に俺たちにとってはキャシーは妹みたいなんだと感じるようになって、小さい子は可愛いと思ってた。なのにキャシーの方が誕生日が早いって知った時……衝撃だったよね。

 でもそんなところもなんだかキャシーらしいとも思うし、同じ学年なんだから年上も年下もないだろうし気にすることでもないよね。なんて俺は思ってたけど、なんかフレッドはちょっとショックを受けてた。

 

 この辺りから、俺とフレッドは今まで通りじゃなくなったんじゃないかと思ってる。

 

 夜に抜け出したフレッドが、ちょっとおかしな感じで部屋に戻ってきた翌日。フレッドはキャシーに無視されてた。同じように俺も無視されてたから、やっぱりってな思った。ていうのは、二人一緒にいないと、キャシーは俺たちの名前を呼ばないんだ。だからキャシーは俺とフレッドを見分けられてないんだなってなんとなく思ってた。まあ、母さんですらちゃんと見分けられないんだからそれも当たり前だけど。

 そんな確信を俺が得た頃、まあ翌日の夜なんだけど。キャシーと2人で消えたフレッドが、前日よりもおかしくなって戻ってきた。声をかけても生返事で、随分ベッドの上で唸ってた。あ、たまに小さくだけど叫んだりもしてた。ていうか暴れてたって言うべきかな。

 

 だけど朝になったら普段通り──よりも随分張り切ってた。ああ、なにかに気づいたんだな。俺とは違う目線でキャシーのことを見てるんだなって思えた。

 

 これからもただ見てるだけにするけど、できたらキャシーを一生近くで愛玩できるようになればいいって俺は思ってるよ。ま、フレッド頑張れって、エールだけなら惜しみなく贈るから。努力、してみるといんじゃないかな?



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可愛いは正義だよ?

 私は可愛いものが好き。だけど、私自身は可愛いものがあんまり似合わない。だからかな、可愛い子を見ると友達になりたいと思うんだよね。

 でも、たいていそういう子って、私みたいなのと友達になってくれなかったりする。なんだろ。やっぱ私のちょっとガサツなところが滲み出てたりするのかな?

 そう、私は結構ガサツなんだよね。人によっては好意的に「元気がいい」とか「明るい」だとか言ってはくれるよ。でもさ、たいていそういう子たちって、裏ではねちっこく言ってたりするんだよね。

 

 でも私自身はあんまりそういうのは気にしない方。だって人の意見て、結局はその人の考え方なだけで、全部の人がそう思ってるわけじゃないってことでしょ? だから人の意見を私はあんまり気にしない。だって気にしても意味ないし。

 

 そんな私が気にするのは、自分にはなにが合っているのかってことだけ、かな。そ、人の意見に迷うより、これから先もずっと私は私でいるわけだから、自分のことに迷った方がずっと有意義でしょ? それで平気なはずじゃん? で、自分のことを考えるわけなんだけど、それには多少迷ったりする。

 仕方ないよね。少しだけでもいいから、前よりいい自分になりたいし。

 

 それで、戻るのが可愛いものこと。

 まあさ、私は可愛い子だけじゃなくて、可愛いものを集めるのも好きなんだけど、それもイマイチできてない。というのも、なんか可愛いものに囲まれてる私って、私らしくないような気がしてさ。可愛いものに囲まれて過ごす、なんてできてなかったんだ。だからまあ、そんなわけで、私は可愛いものに飢えていたんだよね。

 そんな時に聞いた、あの子のこと。すぐに飛びついた私はおバカなのかもしれないね。

 

 一応私も知ってた。マルフォイ家がどんななのかってこと。父さん母さんも言ってたしね。知らないとは言わない。私には直接関係がないから、あんまり気にしてなかったけど。

 

 そんな私にちょっとだけそのことが関係し出したのは、ホグワーツ特急の、コンパートメントの1つに入ったことが始まり。

 私が入ったそこには、ちょっとカッコいいけど物静かそうな男の子と、気の強そうな、でも私と気の合いそうな女の子がいた。あ、女の子はアリシアで、結構キレイ系? な感じ。男の子はセドリックね。

 

 まずさ、部屋に入ったら二人して無言。や、挨拶はしてくれたよ。でも無駄口なんか叩きませんって感じで、話はあんまり続かなかった。

 で、ちょっとその空間が辛いかも〜なんて思いながら、部屋の中をこう見回してみたの。なんか話のきっかけになるようなこと、ないかなってさ。

 

 で、気づいたのは私と、アリシアとセドリック。3人だけなのに、トランクが4つあること。あれ? もしかしてもう1人この部屋にいるってこと? て浮かんで、すぐに聞いたわけ。

 そしたら教えてくれたのは、キャシーのこと。

 

 やーもうびっくり。だってさ、それまで無言だった2人がだよ? 一斉に話しだしたんだ。それも1人の女の子のことで。2人して、さっきまでツーンとしてたのが幻なんじゃないかってくらいの勢いだった。

 

 名前は後で教えてもらいなさいよって言って、どんな子なのかってことだけは教えてもらえた。

 

 とりあえず1番は小さいこと。んでぽやんとしてるってこと。ついでに黒猫を連れたひらひらワンピの女の子ってことも教えてもらえた。で、私は聞いたわけ。「その子って可愛いの?」ってね。

 うん、私の中で可愛いは1番大事な要素だったからね!

 

 そんな私の言葉にさ、2人はすごい勢いで話しだした。うん。ホントにさ、さっきまでの無言な時間てなんだったの! って聞きたくなるくらいすごかったなあ。

 

 アリシア曰く、ビスクドールみたいにキレイ目だけど可愛いと思うし、ちょこまかした感じで動くところも可愛い、とも言ってた。で、多分いろんなことを考えてるだろうけど相当のんびり屋だろうとも言ってたね。

 それからセドリック曰くだと、とっても丁寧な喋り方をするけど、でもそれでも親しみやすい。おっとりしてて、お嬢さんって感じで笑うところは可愛いって言ってた。ほっぺた赤くしながら。……セドリックってさ、なんか意外とわかりやすかったんだね。ちょっと私の中の好感度は上がったよ?

 

 ちなみにアリシアは笑うところは可愛いのとこで頷いてたけど、すぐにセドリックを睨んでた。なんでかわかんないけど。

 

 で、それから少しして、アリシアはその子が戻ってくるのが遅いから迎えに行くっていて出て行ったんだよね。うん、確かに遅いよね。お昼ご飯も終わったのに帰らないなんてさ。

 可愛い子だって言うしさ、私も心配になったけど、アリシアは1人でいいわって言ってスタスタ行っちゃった。で私はセドリックと残されたわけなんだけど……セドリック、言葉数がすっごい少なくなった。私からその子の話題を振らないとしゃべんないくらい。

 そんなんじゃ好きな子に告白もできないんじゃない、なんて思ったけど、それは自分で気づかなきゃダメなことだろうし、言わなかった。優しさだよ?

 

 少ししてアリシアがその子、キャシーを連れて戻ってきたわけなんだけど……や、もうびっくりするくらい可愛かった! 私の理想の具現化かってくらい。ちょ、家に持って帰りたいんですけどって思っちゃったのはおかしくないよね?

 そんな可愛いキャシーがびっくりするくらい大きい子だって知ったのもこのコンパートメントで、実際のサイズを知った──というか測ったのは、寮の部屋でのこと。

 

 キャシーさ、一度寝ると全然起きないみたいで、私とアリシアは結構寝てるキャシーを観察したりしてる。や、別に勝手にベッドの上に行ってたわけじゃないからね? キャシーのベッドで話してる途中で、突然ぱたんって寝ちゃうんだよ。なにコレ! 赤ちゃんみたいなんだけどってアリシアと盛り上がった〜!

 ま、そうやって眠っちゃったキャシーのほっぺたをプニプニしたり、勝手にスリーサイズを測ったり、ちょっと添い寝したりしてた。うん、アリシアには、スリーサイズはやめなさいって言われたけど、だいたい週1で今も測ってる。

 ……2週に1回の割合で増えてるってどういうことですか?

 

 うん、そんなことはいいね。

 とにかく私は、そうやってキャシーのことを知っていって、キャシーがものすごく好きになった。元々可愛いから気に入ってたんだけどね。それがもっと深くなったというか。

 だからかな。可愛いキャシーが可愛いまんまでいられるように、ちょっとだけお節介をやいたりした。アリシアと協力して男の子とか、陰口叩く子たちから遠ざけたりとかね。まあ、その時に使う、宿題手伝っては100パーセント本音なんですけどね。

 

 そうやってすることがホントにキャシーのためになってるかって言えば、わからないってのが答え。でも、キャシーには笑っててほしいなって思う。だってそうしたらもっとキャシーは可愛くなると思うし。だからね、私決めたんだ! キャシーの可愛いを守るためならちょっとくらいの無理や無茶は問題なしにできることをしちゃうぞってね。うん、わかってる。私のできることってのが勉強以外のことだってね。

 でもいいんだもん! 運動が得意な私だからこそ、いつか絶対箒使いを上手にして、キャシーを高い空まで連れて行ってあげられるはずなんだから。だからさ、それまでキャシーは誰の箒の後ろにも乗らないでほしいな。

 

 そんなわがままなことをだいたい毎日考えるのが、ここ最近の私の日課の一つ。うん、1番の日課はキャシーを愛でることなのは変わらないよ?



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S氏の優雅ではない放課後

 夕闇にホグワーツ城が包まれる頃、普段は穏やかで静謐な時の流れる彼の研究室は、週のうち三日ほど騒がしくなる。

 その日も、常の通りに彼がお茶を淹れ口をつけたその時にそれは届いた。

 

 どこからともなく現れた梟が置いていった赤い封筒。それを目にし、彼はそっとカップをテーブルに置く。そしてその上に蓋代わりにソーサーを被せると耳を閉じた。全て慣れた手つきである。

 

『セブルス、あの子はどうしている?』

 

 ひとりでに開いたその手紙が、囁くような声を出す。吠えメールであるそれは、開かずとも勝手に本人の声で読み上げられる手紙だ。

 だが彼の元へ毎回届くそれは、吠えメールの概念からすれば静かなものだろう。耳を塞がずとも耐えられる声音であるのだから。だが、彼は必ず耳を塞ぐ。

 

『我がマルフォイ家からグリフィンドールへ入寮……』

 

 誰が送ってきているのか。そして本来は誰宛に送るべきなのか。それを知っているが故の行動──ではなくただ単に耳を傾けるのが嫌なのだ。この声に。

 至極思う。勝手にやっていろ、と。

 

『セブルス、あの子は馴染めているのか?

 マルフォイだからと虐められていないか?

 虐げられてなどいないか?

 我がマルフォイ家は素晴らしき名家だが、名家故に悪評がまとわりつく』

 

 いや、あれは悪評ではなく、正当なる評価であろう。それが彼の意見だが、彼はそれも口にはしない。諸刃として自らに返るからだ。

 

 死喰い人になったことに後悔はない。否、できない。だからこそその評価は甘んじて受ける。そんな余所事を浮かばせる彼の耳に微かに届く声。

 ほぼ八割が『我が家』がどれ程素晴らしく、そしてどれ程高貴で、どれ程優れているかを語る、いつもの口上であるからだ。彼にとって、そんなものは聞き流すが当然であった。

 

 そして次第に話は元の筋へと戻る。これもまた、この手紙の常である。

 

 あの子、ことカサンドラを褒め称えていると言って過言ではないそれら。彼は耳半分で聞き流す。

 

 確かにカランドラは素晴らしく優秀な子供だ。

 それを彼自身もわかっている。でなければ、たった五つの子供が魔法薬学の芸術的作法をものにし、調薬できるわけはない。まあ、自身の教えが良かったこともあるだろうが。そんなことを思いながらカサンドラの姿を思い返す。

 

 手紙の主であるルシウスとよく似た髪色の、幼さの残る肢体の少女。彼女はとても聡明だ。

 己が周囲にどのように見られるか。それをよく知っている。あの純血主義の一家に育ち、教育されてきたにも関わらずそれに染まらない強さもある。

 だが同時に弱い。その心は子供であることを鑑みても弱く、脆い。いつか壊れるだろうと彼は思っていた。それらは全て、彼女の育ってきた環境が起因しているのだろうが、それがわかったからとは言え、彼にできることは多くない。

 多少、彼女のために時間を割くことくらい、だろうか。それが救いの一助になるとは思えないが。

 などと考えていれば、初めは囁きのようだった落ち着いた声が、荒ぶり始めた。やはりまたか。音には出さず、彼はため息をついた。

 

『いや!

 あの子は類い稀なるほどに可愛らしい。

 まさかどこの馬の骨とも知れぬ男に誑かされていたりなぞ、されてはおるまいな!

 どうなのだ、セブルス!

 あの子に好いた男などできたのではあるまいな!』

 

 アレが男に誑かされ身持ちを崩すとでも思っているのか。そう毒づきたいのを堪える。アレは恋や愛だのよりも、よほど勉学に力を入れている。それが彼の見解だが、ルシウスはその可能性を頭から消し去っている。忌避しているくせに、まず何よりも先のそれを考えてしまうのだ。

 何故実の父がアレの本質を理解しないのか。彼にはそれが謎でしかない。なんだ、父の盲目的な愛だとでも言うつもりか。馬鹿馬鹿しい。そう切って捨てたくなる。今のところしないが。言えばより面倒なことになることを経験則より知っているのだ。

 

『あの子からの手紙にはそんなことはなに1つ書かれていないが、実際のところはどうなのだ?

 知っているのだろう、セブルス!

 私に秘密を作るつもりか?

 早く、早くあの子の近況を私の元に送るのだ!』

 

 ああ、そろそろ手紙も終わりか。彼は毎度のルシウスの言葉に気づく。まあ、この後に流れるであろう言葉がより迷惑で、面倒で仕方ないが、それは無視すればいいことだと理解しているが故の思考である。

 

『送れないというのであれば、あの子の姿を写真に撮って送りたまえ。

 よいか、制服姿、私服姿、眠る前に寝起き──あとはそうだな、箒にまたがる姿を所望する!』

 

 無視をすればいいとわかっているが反論したくなる。そう、何度も思うのだが、彼が手紙の主の言う写真を撮ることはない。というか、彼が撮ることになればそれは盗撮しかないだろう。かなり不名誉なレッテルを貼られる行為を、何故しなくてはならない。そう思う程度には彼も常識がある。

 深く、そして長いため息をつき、彼はもう間もなく千々になって消えていくだろう手紙を睨む。それが彼にできる精一杯だ。

 

『では頼んだぞ、セブルス!』

 

 そんな一言で手紙は瞬く間に細切れになり、ゴミも残らない。

 だが、それで安心はできない。

 ついと視線を巡らせれば、手紙が終わるのを待ち侘びていたのだろう梟が後二羽、そこにいる。

 そう、ルシウスだけでなく、その妻ナルシッサ、そしてその息子ドラコの手紙が必ず三通ワンセットで届くのだ。カサンドラの元にではなく、彼の元に。彼はそれを止めてもらいたいと心底思っている。が、言ってきく男であればこのような事態にはなっていないだろう。

 

 最早諦めと、そして少しの意地から彼は二羽目の梟に目線を送る。

 今日の二通目は、妻なのか、息子なのか。……それにしても、かの家族は、アレを溺愛しすぎてはいないか。それだけが少し気になった。



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ご令嬢はお祝いをされました。
その18


 シャカシャカとボールの中をビーターでかき混ぜれば、少しずつもったりとしたクリームが出来上がります。生クリームはもうそろそろ大丈夫そうですね。

 

 本日は金曜の夜。あの、フレッドくんの腕の中でそれはもう号泣してしまい、その上寝落ちした日から3日ほど経ちました。はい。私、フレッドくんの腕の中で眠ったようです。いえ、よく覚えていないのですが、寝てしまったようで気づいたら朝で私は自分の部屋のベッドの中にいました。きっとフレッドくんが連れて帰ってくださったのでしょう。

 

 しかも翌朝は起きられなくてアリシアさんに起こされました。

 そうしたらですね、私の目が腫れていることに気づかれて、アリシアさんもアンジェリーナさんも心配してくださったのです。朝から冷やしたりなんだとちょっとだけ大変でしたがまあ、なんとかなりました。それにですね、他の方はあまり気にしないと思うのですよね。私の目が腫れていようと。

 だって私、嫌われているのですから。なんてちょこっと呟いてしまった所為でですね、アリシアさんに怒られました。嫌われているのだって思うのだったら、隙のない格好をしなさいと。普段ならできているんだから、今日もしなさいと。

 なんだかとってもお母さんに怒られている気分になりました。ちょっだけだらしない笑顔ででしたが、抱きついてしまったのはいい思い出です。

 

 アリシアさんは、最初は驚きながらも結局好きにさせてくださいましたし、アンジェリーナさんなんてズルイと言いながら私とアリシアさんの2人同時に抱きしめたのですよ。聞けばアンジェリーナさんは私がチャーリーさんに抱き上げられた時から抱っこしてみたかったのだそうです。いえ、アンジェリーナさんと私、そこまで言うほど身長に差はないはずなのですよ? ですがこうなんというのですかね。大きなテディベアのような感じで抱っこしたかったそうです。はい、甘んじてその言葉に乗りました。

 

 ああしてフレッドくんに泣かせてもらえたお陰で、私はちょっとだけアリシアさんとアンジェリーナさんと近づけたのではないかと思います。それがとても……そう、とても嬉しくて、でもどうしてかちょっと恥ずかしくてフレッドくんに感謝をしているのにまだなにも言えていません。

 だめですね。私ったら。嬉しいの気持ちはきちんと伝えないと意味がないですよね。というわけでですね、その気持ちを料理に込めて伝えようとしているのです。

 

 ちょっとだけ仲違いのような感じになってしまっていましたのに、皆さん私のバースディパーティーの企画は進めてくれていました。参加者はアリシアさん、アンジェリーナさん、フレッドくん、ジョージくんにリーくん。そしてフレッドくんがセドリックくんを誘ってくださっています。場所はフレッドくんと私がこの間行った、必要の部屋でするそうです。

 なんでもどれだけ騒いでも平気で私たちだけで楽しめる部屋を用意するのだとおっしゃっていましたね。

 それからこのことをですね、厨房の屋敷しもべさんたちに伝えましたところ、ここで作った料理は直接彼らが必要の部屋へ届けてくださることになりました。なんでも本来はできない姿現しを彼らだけはできるのだそうです。……羨ましいですね。私も早く姿現しとくらましをできるようになりたいです。

 

 そんなわけで今、私はケーキの準備をしております。

 イギリスのバースディケーキの大半は少し固めのスポンジにクリームだけを挟んで、アイシングですとかでコーティングしたものが主流です。食べて美味しいは美味しいのですが、お持ち帰りすることを前提としているので、ふんわりふわふわではないのです。

 そんなケーキも嫌いではありません。むしろアイシングって美味しいと思っているくらいですが、今回は日本式なケーキにします。

 生クリームで真っ白でふわふわ柔らかいバースディケーキですね。リクエストにありました、ザッハトルテもチョコレートタルトも小さめですが作りましたし、後はバースディケーキを生クリームとフルーツでデコレーションするだけです。

 ちなみにクッキーで一文字ずつ『HAPPY BIRTHDAY』作って、それを乗せる予定です。自分の誕生日を自分でお祝いしているようで、ちょっとだけおかしいかもしれませんがいいのです。クッキーは、屋敷しもべさんたちが型を抜いてちょうど今焼いてくださっているところですし、屋敷しもべさんたちからのプレゼントだと思うことにするのです。

 きっととっても可愛いとケーキになるはずですよ。ああ、文字ごとにチョコレートコーティングの色を変えるのも可愛いかもしれませんね。それもお願いしてみましょうね。思わず鼻歌がもれちゃいますね。

 

 今日私は授業終了後、夕食を食べてからすぐこちらにきまして、ずうっとケーキ作りをしています。ですが、ちゃんと合間に明日の料理の仕込みもしております。

 

 食べたことのない料理が食べてみたい。そんなリクエストでしたので、ここは1つ日本料理を作ってみましょうと一念発起しまして、記憶の中に眠っているレシピを発掘しました。

 白米が食べたいという欲求はとっても強く心に残っているのですが、白米も、それとともに食べていたはずのおかずについても、今の私は実際食べたことがありません。ぼやけた味しか思い出せませんので、食べてみたいのです。レシピは思い出せるのですけれどね。

 

 そんなわけで前もってお願いして、取り寄せていただいていたお米をご飯に仕立ててみます。ちなみに試しなので一合だけです。炊き方を覚えていただいて、明日は屋敷しもべさんたちにお願いするつもりです。そうなのです。全てを私1人でするつもりだったのですが、アリシアさんに怒られたのです。

 当日は、3時から寮の門限近くまで時間を取っているのに、夕食分を私が作ったら主役がいないじゃないか、と。はい、よく考えたらそうですよね。というわけで、ケーキ以外は一度少しずつ全て作って、明日は仕込んだ分を夕食時に持ってきていただくことになったのです。

 なんというか……屋敷しもべさんたち、本当にこんなお願いをきいてくださるなんて思っていなかったです。だって他の生徒さんたちの夕食を作りつつ、別の料理を作り、その上で別の場所に持って行く、なんて。とっても面倒だと思うのですが、彼らは喜んで請け負ってくださったのです。

 ありがたいことですね。屋敷しもべさんたちだからと言って、感謝しないでいられるわけもないです。

 どうすれば感謝の気持ちを受け取ってもらえるか。それを考えながら、ケーキを仕上げます。楽しい気持ちで作れば、その分美味しくなる気がするのです。ですからたくさん楽しいことを考えるのです。うふふん。

 

 楽しく有意義な時間を過ごしまして、私は厨房を出ました。はい地下ですね。薄暗いですが灯りはあります。ええ、1人でも帰れますよ。私は子供ですが、怖いものは怖いと言える子になったのですから。なんて意気込みながら1階まで戻り、大広間を目指します。ちょっとだけ足が震えていますが、そこは無視です。

 もうしばらくすると寮から出てはいけない時間になりますので、人影はありません──と思っていたのですが、また大広間の扉の前に誰かがいます。

 

「あ、キャシー。終わった?」

「はい、終わりましたよ」

 

 かけられた声に小さく笑います。それから少し胸を張って、自慢します。

 

「とっても美味しそうにできたと思います! ですから明日は楽しみにしていてくださいね」

「おう、キャシーの料理ならすっげえ楽しみだ。それに今回はお菓子もあるんだろう? そっちも楽しみだな」

「ふふ。フレッドくんはなんでもいいと言っていたではないですか」

「や、あれはキャシーが作ったのならって意味で! ていうかキャシーが作ったものならなんでもいいって言ったはずだろ、俺たち」

「ええ、フレッドくんもジョージくんもそう言っていましたね。ですがね、それって1番悩むのですよ? なんでもいいは1番範囲が広くて困ってしまうのです」

 

 なんて軽口を交わしながら歩きます。そうなのです。私、フレッドくんとジョージくんを見分けることができるようになりました──と言いたいところですが、それは2人でいらっしゃるときだけです。今のように1人でいらっしゃる時には、行動してくださるまではわかりません。

 ちなみにですね。お2人でいる時の判断基準は、私を見てすぐに笑って声をかけてくれるのがフレッドくんで、楽しそうに静かに笑うのがジョージくんです。なんだかジョージくんの目は、アリシアさんたちがたまに見せる目に似ている気がします。皆さんなにを考えていらっしゃるのですかね?

 お1人でいる時の判断基準なのですが、フレッドくんはよく私の頭を撫でます。小突きます。そしてたまに手を握ってきます。ナチュラルにです。でもそうやって自然に触れてこられると、嫌悪感は全く芽生えないのですよね。あ、でも手を握ってこられるのは本当にたまになので。多分この3日間の間に2度くらいですかね? あれ? 2度って多いのでしょうか?

 わかりませんが、私自身抱きしめていただいたあの時から、なんだかハードルが低くなったようで、手を握られるくらいは普通になりました。私から握ることはないですが、フレッドくんからのそれを拒否しようとは思わなくなりましたし。子供扱いをしていらっしゃるわけではないと気づいたからですかね? ですが、それって友だちとしても普通ですよね? 実際アリシアさんたちとも抱き合ったりしておりますし……。

 ええ、問題ないはずです。仲がとってもよいお友だちだととっても思いますし、いいですよね。

 

 ちなみにフレッドくんは私が補習授業で遅くなる時もこうして迎えに来てくださいます。アリシアさんもついてきてくださる時もあれば、リーくんやアンジェリーナさん、ジョージくんとの時もありました。えとですね、私の補習授業回数がそれなりに多いのですよね。ご迷惑をおかけしていますね。

 でも嬉しいのでついつい甘えてしまいます。が、フレッドくんは毎回必ずいらっしゃっていますが、大丈夫なのでしょうか。1番ご迷惑をおかけしているということですかね? そうですよね……今度なにかお礼になりそうなことを考えなくては、ですね。お友だちといえども礼儀は必要ですし。義理も必要なはずですから。

 

「キャシーは明日、3時よりも前にあそこに行くんだろ?」

「え? あ、はい。そうらしいです」

「なに、そうらしいって」

「ええと、ですね。アリシアさんとアンジェリーナさんと先に行くことはわかっているのですが、なにが目的なのか教えていただいてないのです。……なんでしょうかね? 飾りつけですとかは好きですが、あのお部屋でしたら望んだまま出てきますよね?」

「ん? まあ、そうだろうけど……ま、アレだよ。女の子は俺たち男と違って色々準備が必要ってことなんじゃね?」

「準備、ですか……ケーキの用意も、ご飯の用意もできておりますけどね? 他になにが必要なのでしょうかね」

「あー…うん、大丈夫。キャシーはなんも気にせずアリシアについて行っておけば問題ない。とりあえず明日は楽しもうな!」

「はい、明日はとってもとっても楽しみなのです!」

 

 フレッドくんと楽しく話しながら寮まで戻るのですが、本当に明日は予定時刻よりも早くあのお部屋へ向かうのはどうしてなのでしょうかね? 3時からですのに、お昼過ぎたらすぐにだなんて……お掃除でもするのでしょうか?



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その19

 ええと、私はどうしたらよいのでしょうかね? とっても手持ちぶたさんなのですが。お膝に乗せたネロを撫でるしかできないのですよ?

 というのもですね、私は今1人なのです。いえ、ネロがいますし1人と1匹でしょうか。とにかくですね、座ってネロを撫でることしかしてはダメなのです。今は戯れちゃダメと言われてるのです。

 私がそうしてぽつんといる場所は寮のお部屋、ではなく先日フレッドくんときました必要の部屋です。

 あの時の内装とはまた違う、ちょっとしたパーティでもできそうなほどに広いお部屋──の奥にある小部屋におります。実はどうしてここに残ることになってしまったのか、私自身よくわかっておりません。なんとなく予想はつきますよ? 多分ですが、皆さんがなにか考えてらっしゃるのだろうということは。

 私きっと驚かされることになるのでしょうね。だって準備をする方の中に、あの悪戯大好きなフレッドくんとジョージくんとがいらっしゃるんですから。なんでしょう……このお部屋から出た瞬間クラッカーを鳴らされたりしちゃうのでしょうか。え、私絶対ビックリしてしまう気がするのですが。いえ、そうならないように今から心しておけばいいですよね! なんて拳を握る私は今、お母様が用意した私服とも、制服とも違うお洋服を着ております。

 

 それは今から2時間ほど前に、必要の部屋へアリシアさん、アンジェリーナさんと向かったことの結果ですね。

 

 どうやらですね、アリシアさんはフレッドくんから詳しく場所をお伺いになっていたようで、全く迷うことなくこちらにくることができました。ええ、これで私もまた後日なんとかレイブンクローさんの髪飾りを取りにこれますね。なんて思っていたのもつかの間。

 私はですね、お部屋の中をよく見る前に中にあった小部屋に連れてこられたのです。もちろんアリシアさんとアンジェリーナさんのお2人にですね。飾りつけをなさるのかと思っておりましたが、そうではなかったようですね。なんてのんびり構えていたのですが、それはすぐにできなくなりました。

 

 私はお2人から飾りつけられてしまったのです。

 

 そうです。お部屋ではなく、私を飾りつけるため、お2人はお約束の時間よりも早くこちらにきたのだそうです。知らなかった、というか気づかなかったのは私だけのようです。

 その飾りつけの結果である、お2人で悩みに悩んで選んだという、とっても可愛らしい淡いローズカラーのワンピース。

 お花モチーフのレース編みがノースリーブのトップス部分で、オーガンジーを何枚も重ねたスカートはとってもふわふわです。ちなみに膝より少し下くらいの丈です。ミニじゃないですよ? そして差し色としてですかね、ウエスト部分に黒いベルベットの幅広のリボンが巻いてあります。

 とっても可愛らしくて素敵なワンピースだと思うのですよ? 思うのですが、ワンピースの形がですね、その……ハイウエストなのです。ダメなのですよ、ハイウエストは。しかもですね、切り替え部分にあるリボンがよりいっそう……。いえ、考えてはダメですね。可愛いのですからそれでいいはず、なのです。

 

 私はお2人に急かされてこのワンピースに着替えたのですが、その後アリシアさんにはメイクをされまして、アンジェリーナさんには髪を弄られました。とっても、とおっても嬉々としてお2人がしていらっしゃるので口を挟むことができませんでした。

 

 と言ってもメイクはお粉を(はた)いて、カールさせた睫毛に透明なマスカラをつけて、薄いピンクのリップを塗ったくらいです。あとはネイルになんだかとっても力を入れてらっしゃいました。なんとですね、親指の爪にですね、ネロを書いてくださったのですよ! しかも左右で違うのですよ、ネロの形が! アリシアさん、多才です! とっても器用で憧れますね!

 そしてアンジェリーナさんです。アンジェリーナさんもとっても器用です。私の髪をくるくるとカールさせたかと思うとですね、サイドの髪を少しだけとってするすると三つ編みにしていったのです。

 耳のちょうど横あたりで、間隔をあけて編まれたその細い2本を、そのまま垂らすのかと私は思っていたのです。が、気がついたらですね、その2本がいつの間にかハート型に変わっていたのです。はい、こうして説明しておりますがどうしたらそうなるのか、私には全くわかりませんでした。

 しかもですね、私が驚いている間に両サイド同じ形になさったのですよ。アンジェリーナさんもすごいです。つまりですね、私の頭の両サイドにはハート型がついているのです……あら? こうして言うと、なんだかとっても恥ずかしくなってきましたよ? いえ、でもとっても可愛い髪型だと思いますよ? その、私に似合っているかは別だと思いますが。

 

 ちょっとだけ恥ずかしいと言ったのですが、お2人は私の髪を飾り代わりにして、他はつけないことにしたので、この髪型は譲れないとおっしゃいました。私に拒否権はないそうです。いえ、可愛くしてくださっているのですから、文句は言いませんが……本当に似合っているのか不安なのですよ。だってこんな髪型にしたことありませんから。いつも私は片側で三つ編みをするだけでお終いにしているのです。その、技巧が必要そうな髪型はできないのですよ……。いえ、不器用じゃないですよ? 長くて大変なのですよ、自分でするには。

 ええと、とにかくこの髪型とネイルをした私がネロを抱きあげることで、このワンピースは最高の姿になるのだ、とアンジェリーナさんが力説なさってました。

 ですがですね、それならどうして最初にツインテールにしたのですか、アンジェリーナさん。しかもしっかり髪を縦ロールにして、耳の上でリボンつきで結ばれましたよね? ホグワーツ特急の中で見ていらしたのでしょうか……。

 いえ、それはいいでしょう。とにかくですね。普段は真っすぐな私の髪は今日はくるくると巻かれておりまして、ハート型がついているとっても可愛いものになっております。多分ですがワンピースとも合っていると思います。私の主観なので実際はわかりませんが。でもお2人がダメ出しをなさらなかったのですから、きっと平気なのですよね。などと思いながらネロを撫でます。癒されますね。ネロ可愛いですよ。

 

 そうして私の飾り付けを終えたお2人は、呼ぶまでここから出ないようにと私に言いつけられたのです。ちょっと怖いくらいの勢いでした。それから大人しく待っているわけなのですが……扉の外がなんだかとっても賑わっているような気がするのです。

 ちょっとだけですね、リーくんの叫び声ですとか、フレッドくんジョージくんの笑い声ですとか、アリシアさんの怒った声ですとかが聞こえます。えと、なんだとっても寂しいのですが……。

 ですが我慢です。お呼ばれするまで出てはいけないのです。約束は守らなくてはダメなのです。ネロがいますから大丈夫です……けれど、ちょっとだけ寂しいです。

 

 ちょっとだけ心が折れかけそうになりました頃、時間にして我慢を開始して10分ほどでしょうか。扉がノックされまして、薄っすら開きました。扉の外はなぜだか真っ暗です。

 

「キャシー、もういいわよ」

「アリシアさん! 本当ですか? もうよいのですか?」

「ふふ、いいわよ。でも一旦このドアの前で後ろ向いて、目を閉じててくれる? あ、ネロは抱きあげててね?」

「後ろを向いて目を閉じる、ですか?」

「そ、大丈夫よ。転ばないように私が支えるし。ホラ、早く」

「は、はい!」

 

 優しげなアリシアの言葉に促され、私は言われるがままに扉の前で後ろを向きます。なんでしょう。まだお部屋の中を見てはいけないということなのでしょうか? やっぱり皆さんが集まってなにかをしてくださっていたということなのでしょうか。それは嬉しいのですよ? 嬉しいのですが私も参加したかったです。

 

 そっと私の肩にアリシアさんが手をかけて、小部屋のライトを消します。これでどちらのお部屋も真っ暗になったということですよね? こんな中目を開けていたとしても私は1人で歩ける気が全くしません。アリシアさん、どうか、どうかよろしくお願いしますね。なんて心の中で縋ったのですが、アリシアさんはその声が聞こえたのでしょうかね。とってもとっても優しく私を歩かせてくださいました。後ろ向きに。

 目を閉じているにもかかわらず、どうして後ろ向きなのでしょうかね?

 

「さ、ここでいいわ。キャシーもうちょっとそのままね」

「は、はい。わかりました」

「じゃ、始めるわよ」

 

 アリシアさんがそうおっしゃった次の瞬間ですね、突然お歌が聞こえました。はい、アレです。あの定番のバースデイソングです。うう、皆さんとっても発音がいいですね。とってもお上手で、素敵です。なんて誤魔化すように考えてみましたが、目がとっても熱いのですが。こんな最初から泣いてはダメですよ! 頑張るのです私!

 

 ネロを抱きしめつつ自分を応援した甲斐があったのでしょうか。お歌の最後までちゃんと泣かずに聞くことができました。多分ですが目を閉じていたということもよい方向に作用したのでしょうね。ですが、私はまだ目を閉じたままです。ええと、いつ開けたらよいのですかね? アリシアさんから、お声がけがいただけるということなのでしょうか。

 

「キャシー! もう目を開けて平気だよ!」

 

 お声がけはアンジェリーナさんからでした。私はその言葉のままにゆっくりと目を開けて、目の前にあるものを見て言葉をなくしました。ただなにも言えないまま、目の前をじっくり見たのです。多分30秒ほどですかね、それからすぐに勢いよく顔を覆いました。はい、絶対皆さん泣かせにきてますよね! こんなの、こんなの泣いちゃうに決まってるじゃないですか!

 

 目を開けた私の目の前にあったのはですね、なんと垂れ幕でした。私が両手を広げたよりももっとずっと大きなそれは、キラキラしたリボンや、お花や星でとっても可愛らしく飾られたものでした。なにか魔法もかけてあるのですかね? リボンは虹色でしたし、星はキラキラ瞬いていましたし、お花にはヒラヒラと羽を動かす蝶々が止まっていたのですよ?

 そんなメルヘンなものに囲まれた中に、大きく書かれた私の名前と、それに続いてある『HAPPY BIRTHDAY』の文字。それが題字代わりなのでしょうね。その下には皆さんがご自分で書かれたのでしょう、字体も色も違うお名前たちが並んでいました。そしてですね、私の見間違いじゃなければ……。うう、やっぱり皆さん私を泣かせる気満々です。なんですかコレ! とっても、とっても嬉しすぎて涙が……いいえ、絶対、絶っ対泣かないですよ!

 そうです! そうですよ、『HAPPY BIRTHDAY』と皆さんのお名前の間にある『BEST FRIEND(最高の友だち)』が、その前についている『CASSIE'S(キャシーの)』がどんなに嬉しくても泣いちゃダメなのです。だってこれから楽しいパーティなのです。今から泣いたら台無しです!



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その20 別視点

「週末にパーティーするんだ。セドリックもくるだろ」

 

 そう僕に言ったのは、グリフィンドール寮の双子のウィーズリーの片割れ、フレッド・ウィーズリーだった。

 

 僕と彼は、友人かと言えばそうではない。けれど誰かに仲が悪いかと問われたとしたら、多分僕はこう答える。「普通だよ」って。

 そう、僕らの仲は悪くない。でも親しくないからよくもない。そんな関係なはずなのに、なぜかパーティーに誘われたんだ。正直参加するとかしないとかを考えるよりも先に、どうしてって強く思った。

 

 それは彼が言うそのパーティーが、仲間内でのバースデイを祝うためだってことから。僕は彼の仲間認定されるような接点があったのか、本当にわからなかったんだ。

 そんな僕に、彼はニヤッと笑いながら続けて言った。「キャシーのバースデイなんだ」って。なおさらびっくりした。キャシーがもう12歳なんだってことも、僕と誕生日が近いんだってことも。驚いたけど、なんだが嬉しくもあった。キャシーのバースデイを祝えることが、そしてキャシーを挟めば寮が違っても僕は彼らから仲間認定されるんだってことが。

 

 僕のいるハッフルパフとグリフィンドールは仲が悪いことはない。でも特別親しいわけじゃない。みんな基本的に同寮の子たちでまとまるから。でも僕はキャシーを挟んでアリシアやアンジェリーナと友人になった。でも、この時まではキャシーを挟んでも彼らとは友人ではなかった。それはこれからも変わらないんじゃないかと思ってたんだ。でもそれは違ったんだってこの時感じられて、それが嬉しくて、僕は笑って「もちろん参加するよ」って言った。

 

 そしたら彼、フレッド・ウィーズリーはまたニヤッと笑って僕に近寄ってきた。

 人なんて多くない廊下だったのに、声を潜めて僕に言ったんだ。そのパーティーで「サプライズを考えてるんだ」って。

 それに続けて、彼はキャシーにサプライズを仕掛けて、キャシーを喜ばせたいんだと言ったんだ。正直意外だった。だって彼らは有名だったから。悪戯ばかりするってことで。悪戯以外のこともちゃんと考えてるんだなんて思ってしまったのは、少し失礼だったかな。なんて彼を見直した。

 そんな彼らの計画に乗ること。それに戸惑いがなかったわけじゃない。だけど、だけどさ。キャシーを喜ばせたいっていう欲求には勝てなかったんだ。だってきっとキャシーはとても可愛く笑ってくれるだろうから、その笑顔を引き出す一旦に、僕がなれるならなりたかったんだ。

 

 それから短い時間で僕らはたくさんの計画を立てて、そしてそれを実行していった。

 

 パーティーはキャシーの友人だけが参加するから、人数はそう多くない。キャシーはあんなにいい子なのに、友人が多いとは言えないからだけど、でもそれはある意味都合がよかった。計画が漏れにくいってことだけ、だけどね。

 

 多分キャシーは喜ばないだろうから、大仰なプレゼントはご法度。カードか、お菓子かお花か、とにかく消えものがいいだろうってアリシアは言っていた。だから僕らは基本的にはカードだけで、贈りたい人だけなにかを用意することにした。まあ、みんなお菓子やお花を用意していたけどね。かくいう僕も、メッセージカードと小さなブーケを用意することにした。時間が足りなくて学外から取り寄せることができなくて、間に合わせになってしまったんだけど、来年はしっかり用意しよう、と決められたからそれはよかったんだろうね。

 

 プレゼントを決めてから飾りつけを考え始めたんだけれど、僕はどこでそのパーティをするのか知らなかった。どこかの教室か、グリフィンドールの談話室ででもするのかと思っていたんだ。それをフレッド・ウィーズリーに聞いたら、彼はまたニヤッと笑って言った。「特別な部屋があるんだ」って。そこがどこなのか気にはなったけれど、聞かなかった。そう、別にそこがどこでも構わなかったから。ただキャシーが周りを気にせず楽しめて、そして笑ってくれるなら、ね。

 

 パーティーの飾りつけは、基本的に男チームですることになった。もちろんデザインはアリシアやアンジェリーナたち女の子が考えたものだけど、2人は別の飾りつけをするから、部屋の中は僕らに任されたんだ。これは失敗できないぞって、みんなで協力して作ったのはキャシーが好みそうな壁を彩る花や、リボンとかの飾り。それから大きな垂れ幕。バースデイパーティーはひどい時は週末毎にあったりするけれど、垂れ幕まで作ってお祝いすること自体はそう多くない。多分なにかの記念日的な日、とかだけ。だけど今回のパーティーは僕らにとっては記念日だったから、一も二もなく賛成して作ったんだ。

 前々日までにデザインを詰めて、垂れ幕自体に飾りを配置したのは前日。せっかく魔法を使っても叱られない学校内なんだから、家じゃ自分たちでできない飾りにしようって、色々と細工をした。色変えの魔法とか、蝶がいるように見せる幻を作る魔法とか、そんなのを使ってね。

 僕とフレッド・ウィーズリー、その双子の片割れのジョージ・ウィーズリーとリー・ジョーダン。僕ら4人で作ったわりにはいい出来だと思う。せめて1人でも高学年の人がいたらもっとすごい魔法をかけられたかもしれないけれど……でも、僕らにできる最高の出来だって自信を持って言えるよ。でもこれはまだ完成じゃない。当日のパーティーの前で完成させるんだと、フレッド・ウィーズリーは言った。まあ、そうだよね。アリシアやアンジェリーナは僕らとは別行動だったから、彼女たちの手が入っていなかったんだから。

 

 そんなわけで飾りつけだけ終わった垂れ幕や、作った飾りは一晩だけ僕が保管することになった。僕だけキャシーと寮が違うしね。随分大きな箱に隠したそれは同室の子たちの興味を引いたみたいで、それはなんだって聞かれもした。だけど僕はそれを秘密にした。その、彼らがキャシーに今興味を持ったら困るから。僕らだけでキャシーのバースデイを祝いたいなって、僕は思ってしまったんだ。少しだけ心が狭かったかな。

 

 一晩だけ隠したその箱を持って、僕がグリフィンドールの寮を訪ねたのは、パーティー開始だとキャシーに告げていたという3時よりも1時間半前。まあ、妥当だよね。1時間あれば魔法でなんとか飾りつけることもできるだろうし、垂れ幕も完成させられるだろうから。十分に余裕があるだろうって思いながら向かった、グリフィンドールの談話室への入り口。太った貴婦人(レディ)の絵の前には、もう彼らはいた。

 

 僕らはフレッド・ウィーズリーに先導されて特別な部屋、正しくは『必要の部屋』に向かった。

 そこにはもうすでにキャシーとアリシアたちがいることを聞いた。でも、3人は別の飾りつけをするために、小部屋にこもっているんだとも言っていた。だから僕らはパーティー会場になる大きな部屋の飾り付けを始めたんだ。なるべく騒がないようにしながらね。まあ、すぐにうるさくなってしまったけど。

 

 壁一面に花を飾り、リボンを飾り、キャシーみたいに可愛らしく飾って、いざ垂れ幕を完成させようとした頃、アリシアとアンジェリーナが合流した。もちろん小部屋から出てきたんだけど……キャシーはもしかして1人でいるのかなって少しだけ心配になった。でも周りのみんなはそれを気にしてないみたいで、僕はそれを言い出せなかった。キャシー、寂しがっていないかな、なんて言い辛かったんだ。少し恥ずかしくてさ。

 でも僕のそんな心配は杞憂だったのかな? キャシーは可愛がっている猫のネロと一緒にいるらしい。でも、できる限り早く済ませて早くキャシーを呼びましょう、なんてアリシアが言うから、みんなで急いで垂れ幕を仕上げることにした。

 垂れ幕作り班を代表して、僕がキャシーの名前と『HAPPY BIRTHDAY』とを書いて、それからフレッド・ウィーズリーに言われるがままの文字を書いた。うん、これはきっとキャシーが喜んでくれるはず。きっと綺麗に、可愛く笑ってくれるはずって思えたら、なんだかすごく嬉しくて、僕は無意識に笑っていた。そう、キャシーの笑顔を思い浮かべるだけで、僕は笑顔になるんだ。それくらい僕はキャシーの笑顔が好きなんだろうね。

 

 それから1人ずつ、好きな色で自分の名前を書いたり、キャシーに対して思っていることを書いたりした。

 

 僕も書いたよ。「笑っている君が1番可愛い」って。でもそうしたらフレッド・ウィーズリーにからかわれた。どうしてかな、僕は本当のことしか書いていないのに。そして僕をからかった彼はと言えば、「怒ったキャシーも可愛いよ」って言葉。……キャシーは怒ることなんてあるのか、って少しだけ考えたけれど怒ることもあって当たり前だよね。僕らだって人なんだから。

 

 リー・ジョーダンは「俺たちは戦友だ」で、ジョージ・ウィーズリーは「いつかきっと空を飛べるように祈ってるよ」なんて言葉で、アリシアは「私たちは親友よ」で、アンジェリーナは素直に「キャシー大好き!」って書いてあった。それ以外にもたくさんの言葉がかかれたけど、どれも好意的なものばかり。みんな、キャシーのことが大切で、好きなんだなって思えたらすごく嬉しくなった。もちろん僕もみんなに負けないくらいにキャシーを好きだよ。

 

 一通りみんなが垂れ幕に書いて、ペンを仕舞おうとしたんだけど、最後の最後に彼は小さく、本当に小さく一言を書き足していた。それは彼が書いた「俺たちは友だちだろ」って言葉の後ろ。そこに彼は時間が経つと消えてしまうインクで書いていた。

 

False. You mean so much to me.(嘘だよ。君は僕の大切な人だよ)

 

 僕はその時、ようやく彼がキャシーのことを特別な意味で、1人の女の子として好きなんだってことに気づいた。でも消えるインクで書いたということは、彼はそれをまだキャシーに伝えるつもりがないんだろうとも気づいて、僕は僕以外がきっと見ていないだろうそのことに気づかなかったフリをした。

 きっと一番のライバルになるだろう彼のことを、誰かが応援しないで済むように。……僕はキャシーに関わることになると、やっぱりどこか少し心が狭くなってしまうみたいだ。



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その20

 嬉しくて、嬉しくて、この間フレッドくんの胸で泣いてしまったあの時とは正反対の感情で私は泣いてしまいました。でも仕方ないのです。皆さんが私を泣かせにかかっていたのですから! 泣いちゃうのも当たり前なのですよ!

 そうやって泣いてしまった私を、すぐにアリシアさんとアンジェリーナさんが抱きしめてくださいました。

 

「ごめんね、まさか泣いちゃうなんて思わなかったのよ」

「あーん! キャシー泣かないで! ごめんね、喜んでくれると思ったんだよー!」

「う、嬉しくて……」

 

 私は首を振りながら、それしか言えませんでした。だって本当に嬉しかったのです。きゅうってお2人に抱きつきながら、泣きやもうとしていたのです。そこにどなたかがいらっしゃいました。

 

「フレッド、あなたからも言ってよ。キャシーを泣き止ませられるんでしょう?」

 

 アリシアさんがおっしゃいます。えと、アリシアさん? どうして私をフレッドくんが慰めたとご存知なのですか? と考えましたが、そうですよね。私泣き腫らした顔をして寮に戻ってるのですよね。眠ったままでしたから、誰かが私をベッドに運んでくださったということですものね。お礼、言えていませんね。グスグスと泣きながら私はそんなことを考えていました。はい、少しでも早く泣きやめるようにですね、余所事を考えるのはいい方法なのですよ。

 

「なんで断定なんだよ」

「実績があるでしょ」

「そりゃまあ、ね」

 

 そうやって軽口をアリシアさんと交わしたフレッドくんは、私の頭を撫でてくださいました。あの時のように慰めてくださったのですが……なんでしょう。なんだか違う気がするのです。どこがとは言えません。なにがともわかりません。ですがなにかが、どこかが違うのです。そのお陰なのか、涙は一応止まりました。よかったです。

 

 あの時のように2人だけではないから違うと思うのか、それはわからないのですが、その違いを知りたくて、私は泣いてブサイクさんになった顔を上げました。はい、この際恥は掻き捨てです。もう泣いてしまったことで、これ以上の恥はないですからね。恥じらいなんて捨ててしまうのです。そうして見えたのはですね、イニシャルFの入った手編みのセーターです。ああ、だからアリシアさんはフレッドくんだとわかったのですね。なんて思ったのですが……なんとなく違う気がしました。

 なんとなくですが、これは彼らの悪戯の一環なのではないか。と思ってしまったのです。なので、悪戯返しをしてみようと思いました。悪戯には悪戯に返すべきですよね。いつもはどうしようか迷ってしまってなにもしていませんでしたが、今日は無礼講と勝手に思ってしまいましょう。

 

 えい、とばかりに私は目の前の仮称フレッドくんに抱きつきました。フレッドくんだとしたら、私は慣れていますし、気にしません。もしフレッドくんではなくジョージくんだったら気づくと思いますし、きっと仮称フレッドくんも慌ててくれるのではないか、と思ったからです。

 

「ちょ、キャシー! あなたなにしてるのよ!」

「フレッドズルい! キャシー私もー!」

 

 なんて声が聞こえましたが、気にせず私はきゅうっと抱きつきました。なんだかビクッとされましたが、きっと平気でしょう。私はその胸板に顔を埋めました。……似ています。あの晩に抱きついた胸に似ているのですが……なんでしょう。匂いが違う気がします。後ですね、ちょっとだけ頬に当たる固さが違うというかなんというか。ほんの些細な違いなので、それが正解かわかりませんが私の本能は彼がフレッドくんではないと言っています。

 私は確かめるためにグリグリと押しつけていた顔を上げ、彼のお顔を見上げます。そうですね、お顔の位置は同じだと思います。でも違いますよね?

 こてりと首を傾げて聞いてみます。

 

「どうしてジョージくんはフレッドくんのセーターを着ているですか?」

「っ……ええと、キャシー? 抱きついて判断したのかな?」

「え? あ、はい。そうですよ? で、どうしてですか?」

「いや、キャシー……ああ、もういいいや。うん、なんかわかったし。そうだよ、俺がジョージ。すごいね、キャシーは」

「ジョージくん?」

 

 ちょっとだけ頬を赤くなさりながら笑ったジョージくんは、そうおっしゃって私を離そうとなさいます。ですがまだ質問に答えてくださってないのですが。答えが知りたくて、私はなおいっそうジョージくんに詰め寄りました。私的悪戯の完遂目標は答えをいただくこと、なのです。お答えいただくまで離れるつもりはありませんよ?

 

「や、だからね。離れようね、キャシー」

「でもお答えをいただけていませんよ?」

 

 逃げるようとなさるジョージくんに強く抱きつきながら私は問います。やっぱり違いますね、抱き心地。ちょっとだけフレッドくんの方ががっしりしている気がします。

 なんてことを考えながら詰め寄る私と、仰け反るジョージくんとの間に手のひらが割り込みます。ちなみにアリシアさんとアンジェリーナさんは私の肩を引き寄せようとしてらっしゃいますが、私自身が抵抗しています。だってなんだか悔しかったのです。別に泣かされてしまった意趣返しではないですよ? それは少しだけです。純粋に悪戯を完遂したかっただけ、です。悪戯ってなんだかとっても楽しいのですね。ちょっとだけ興味が出てしまいました。

 そんなことを考えていれば、手のひらは私の肩に降ろされます。

 

「キャシー、離れようね」

「え? あ、フレッドくん。ジョージくんが答えてくれないのですよ。どうしてセーターを交換していらっしゃるのですか?」

 

 手のひらの主はフレッドくんでした。とっても眉を下げながらおっしゃいますが、私は譲りませんよ? ジョージくんから答えがいただけないのであれば、フレッドくんから聞くまでです。

 じいっとフレッドくんを見つめれば、フレッドくんはいっそう眉を下げてしまいます。なんだかとっても困っていらっしゃるようです。そんなに難しいことを私は聞いているのでしょうか? 悪戯じゃなかったのですかね?

 

「あー…まあ、それは……なんとなく?」

「いえ、それ絶対違いますよね? なにか悪戯をなさるおつもりだったのではないですか?」

「え、あー…いや。その、とにかくジョージを離そう? このままじゃマトモに話もできないし、パーティーも始められないだろ?」

 

 そう言い募りますが、明確な答えを下さいません。なんですかね。簡単な疑問ですよ? 悪戯されるとわかっていればあんまり驚かなくて済むじゃないですか。そうやって備えてはダメなのですかね? ダメなのでしょうけど……聞きたかったのです。

 ですがフレッドくんがおっしゃることは正しいので、私はジョージくんを解放しました。なぜでしょう? ジョージくんが膝をつきました。私、そんなに強く抱きしめていましたかね? 男の子に膝をつかせられるほど力が強かったのでしょうか? ドラコはどれだけ抱きしめても平気ですが……。なんて思いながら、室内にいらっしゃる皆さんを見ます。

 

 リーくんは呆れた顔して苦笑い。アリシアさんはちょっと怒ってらっしゃるようです。アンジェリーナさんは悔しがっていますね。そしてセドリックくんです。彼はなんだかわかりませんが、俯いてらっしゃいます。とってもどんよりというか、しょんぼりというか、そんな感じがすごくするのですが。なにがあったのですかね?

 

 こてりと首を傾げる私の背をフレッドくんは押し、部屋の中央へと進ませます。

 そこには大きなテーブルがありまして、とってもパーティーらしくセッティングされています。フレッドくんは私に目配せして、ドリンクの入ったグラスを持ち上げます。皆さんもそれに倣って持ち上げれば「乾杯」の一言。なんだかフレッドくんに上手に流されたような気がしますがいいのです。楽しいパーティーが始まるのですから、気にしちゃダメですよね? あ、でも絶対に後で聞くということは忘れませんからね。覚悟しておくといいですよ、フレッドくん。

 

 乾杯の合図とともに、テーブルの上にはお菓子が山のように現れます。私が作りましたお菓子の他にもなぜかありまして、それにはカードが1つついていました。どうやらですね、屋敷しもべさんたちがお祝いとして作ってくださったようです。

 嬉しい限りなのですが、食べきれないくらいにあります。ここでお腹いっぱい食べてしまったらお夕食として用意したご飯が食べられなくなってしまいそうです。ダメです、そんなの。せっかくの白米ですのに! やっと朧げな味が明確になるのですから、満腹にはしませんよ。

 なんてちょっとだけ変な意気込みを抱きながら、私は屋敷しもべさんたちが作ってくださったお菓子を食べます。自分で作ったものは、また食べることができますからね。

 

 クッキーやマドレーヌ、フィナンシェに糖蜜パイといった焼き菓子。ヌガーチョコレートにトリュフやキャンディ類が山盛りに。そしてトライフルやプリンやムースといった生菓子まであります。……ええと、本当にこれは多すぎではないですかね? 焼き菓子やチョコレート類は日持ちしますからよいですが、生菓子は……。お残しはダメなのです、と私はトライフルを手に取ります。

 大きな入れ物にではなく、小さなカクテルグラスに作られた色とりどりのフルーツの入ったトライフル。生クリームとカスタードクリーム、フルーツとスポンジ。全てを1度に食べるのが1番美味しいのです。……とっても甘くて美味しいです。絶対私の顔はだらしなく崩れていることでしょう。でもいいのです。泣いてしまってブサイクさんになっているのですからね。それ以上にブサイクさんになることはないはず、なのですから。

 

「その……キャシー? 今、少しいいかな?」

「あ、はい。大丈夫ですよ、セドリックくん。なんでしょうか」

 

 立食形式のパーティーですので、椅子には座らず食べておりましたが、流石にお話しする時はダメです。私は手を止めてセドリックくんを見ます。……なんでしょう。やっぱりまだお元気ない気がします。もしかして具合が悪いのに参加してくださっているのでしょうか?

 

「キャシー、誕生日おめでとう。これプレゼントと言っていいかどうか……僕の気持ち」

「え! えと、プレゼントまでご用意していただいているのですか?」

 

 セドリックくんのお言葉と、差し出されたミニブーケを目にして、私は慌てて皆さんを見ます。皆さんニヤリと笑って頷きます。……皆さんその、本当に11歳なのでしょうかね? イギリスのお子様はこんなにサプライズばかりするのですか? あ、ちなみにドラコはサプライズをしようとするのですが、毎晩寝る前に私に『今日の僕』を報告して毎回そのサプライズを話してしまうのです。可愛いですよね、ドラコ。もちろんちゃんと当日は驚きますよ? だって驚かないとドラコが泣いてしまいますから。

 などと考えていましたら、皆さんもプレゼントを手に私のところにいらっしゃいます。本当に、本当にいただいてもいいのでしょうか。

 

「ホラ、迷ってるヒマがあったら受け取りなさいよ」

「そうそう。誕生日にはプレゼントがつきものでしょ!」

「まあ、ケーキもつきもんだけどな。ホラ落とすなよ」

「ケーキを作ったのはキャシーなんだから、プレゼントがあって当たり前。遠慮しないで受け取りなよ」

「そうだよ。キャシーのためにみんな選んだんだよ」

 

 アリシアさん、アンジェリーナさん、リーくんにジョージくん、セドリックくんとどんどんプレゼントを渡してきます。私はミニブーケや小さなボックスやカードを胸に抱えて、また泣きそうになっています。なんでしょう。お誕生日ってこんなに泣きたくなるようなものでしたか?

 

「泣くなよキャシー。パーティーは楽しいものなんだから、嬉しくて泣きたくなっても我慢。その代わりに笑えよ」

 

 そう言って、フレッドくんはニカッと笑います。私も泣きそうですけど笑います。だってフレッドくんの言う通りですから。嬉しいのですから笑った方がずっとずうっと楽しくなれますよね!



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その21

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものですね。気づけばパーティーは終わってしまい、もう今日はその翌日です。日曜日なのでまったりしています。

 ちなみにですね。皆さん私の仕込んでおいたご飯を喜んで食べてくださいました。パーティーですけれど、子供受けがよさそうなものを選んだお陰でしょうか、大成功だったようです。また食べたいとまでおっしゃってくださいました。それにですね、ぼんやりだったお味はしっかり私の中に記憶されましたよ。これからはいつでも再現できますし、他のお料理も作ってみようと思えますね。はい、食べてくださる方がいるのはとっても嬉しいことですから。

 でも意外です。1番人気があったのが、だし巻き卵だったのです。2番手は唐揚げで、次が男の子一押しのトンカツ。女の子は茶碗蒸しがお好きなようでした。ちなみにご飯はライスコロッケにしましたので、男女ともに受け入れられたようです。よかったです。

 それにしても本当に白いご飯はとっても美味しかったです。私だけ白いご飯のおにぎりにしましたが、あれは至福の時間でしたね……。また厨房にお邪魔してご飯を炊くことにしましょうね。

 などとお部屋でお父様たちへのお手紙を書きながら考えておりましたらお声がかかりました。

 

「キャシー、寮の外にセドリックがきてるわよ」

「え? セドリックくんですか?」

 

 スポーティな私服姿のアリシアさんが扉を指差しおっしゃいます。

 

「どうしたのですかね? お約束はなかったと思うのですが……」

「さあ? ただキャシーを呼んでくれって言われただけだし。ま、行ってあげなさいよ。セドリック、ちょっと落ち込んでるみたいだし」

「……セドリックくん、やっぱりなにかあったのですか? 昨日もパーティーの間とってもお元気がなかったのです」

「あー…そうね、パーティー中は元気はなかったわね。まあ、気になるなら聞いてみたらいいんじゃない?」

 

 アリシアさんの言葉に背を押されるようにして、書きかけの手紙をしまい、軽く身だしなみを整えてポーチを持って私は扉まで向かいます。どうしたのですかね、セドリックくん。私がお話を聞いてお元気になればいいですが……。能天気な私ではダメなのではないでしょうか。

 

 お天気がよいからですかね、普段よりも少し人の少ない談話室を抜け、私は扉を開けます。太った貴婦人(レディ)の絵から少し離れた場所で、セドリックくんが立っています。

 

「セドリックくん、お待たせいたしました」

「キャシー……ごめんね、休んでいるところに」

 

 私が声をかけると、少し俯いていらっしゃったセドリックくんは顔を上げて、私を見ます。なんだかほっとしてらっしゃるような感じがしますね。お待たせしてしまったのでしょうか?

 わかりませんが、やっぱりアリシアさんのおっしゃった通りに落ち込んでいるというか、お元気がないところは昨夜と変わっていないようなのです。そんな彼の言葉に首を振り、私は言います。

 

「いいえ。お部屋にいただけですので、構いませんよ。それで……どんなご用ですか?」

「ああ、うん。ここだと人もいるし……少し外に出ないかい? 天気もいいし、散歩には向いてると思うんだけど」

「ええ、構いませんよ」

 

 セドリックくんに促されるまま、私は彼の後をついて歩きました。お外とおっしゃいましたが、どちらに向かわれるのですかね? 今日は日曜日でお天気もよいです。中庭はとっても人が多くいらっしゃると思うのですが。

 

 

 外はとても晴れています。少し雲が浮かぶ青い空とその青を映す湖がとても綺麗です。もちろん湖には、空だけでなくホグワーツ城も映っています。本当に綺麗ですね。

 晴れていますが、どうしてか湖に人は多くありません。ですからしっかりと鑑賞できるわけなのですが、湖は昼間に見るとこんなに綺麗なのですね。私実は昼間に湖をちゃんと見るのが初めてなのです。たいていは寮か図書館にいましたから。……引きこもりではないですよ? お勉強に勤しんでいただけなのですよ?

 ……もう少し、飛行訓練や薬草学の時だけでなく外に出るようにしなければダメですね。運動しているのがお手紙を送るときにふくろう小屋に向かうだけ、というのはいけない気がします。主に体重面で。お家でよりもお菓子をたくさん食べている気がしますし……。

 

「キャシー、少し歩くと休める場所があるんだ。そこまでいいかな?」

「え? あ、はい。大丈夫ですよ」

「じゃあ……キャシー、手を貸して? 道は整ってるわけじゃないからさ、転んだら危ないだろう?」

「えと、セドリックくん?」

 

 私を見ながらそうおっしゃって、セドリックくんは手を差し伸べてきます。なんだかとっても驚いてしまったのですが。だってセドリックくんとは手を繋いだことがこれまでありません。抱き上げられてしまったことはありましたが。

 どうすれば、なんて迷ってしまうのですが、セドリックくんは柔らかく笑うだけです。それ以上誘うことはないのですが、差し出された手はまだ宙に浮いたままです。……これは手を取らねば行かないという意思表示なのでしょうか。

 いえね、道がよくないから、転ばぬようにとご心配いただけているとはわかります。ですが私……セドリックくんの前で転んだことがあったでしょうか? 記憶にないのですが……もしかして見られていたということでしょうか。なんですか、とっても恥ずかしいですよ! 勝手に頬が熱くなってしまいます。

 

「キャシー? 頬が赤い。手を繋ぐの恥ずかしい?」

「い、いいえ……それは別に」

 

 そうです。お友だちなのでしたら手を繋ぐくらいは普通ですよ。私が恥ずかしいと思っているのは、内緒にしていた失敗を知られていたとわかったら、なのですよ。そこのところはお間違いなく、です。

 そんな私の言葉を聞いたセドリックくんは、なんだか嬉しそうに笑って、私の手を取ります。これまでのセドリックくんにはなかった強引さというか、積極性を感じます。セドリックくん、フレッドくんやジョージくんに影響を受けたのでしょうか。

 ホグワーツ特急での、はにかんでいらっしゃる姿が印象にありましたのに……。『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは申しますが、一晩で変わるものなのですか? 昨夜のパーティー中はお元気はなかったですが、特急の時とそう変わりないご様子でした。はにかむような笑顔ですとか、言葉遣いですとか、変わりなかったように思います。その後から変わられた──? いえ、でもあの抱き上げられた時も少しだけ特急内とは違いましたかね? 違ったような気がしますね? ではフレッドくんたちに影響を受けられたわけではないということでしょうか。

 

 私の手を取り、ゆっくりと歩くセドリックくんの横顔を見上げます。基本的に私は人の横顔を見上げているのですが、セドリックくんはフレッドくんよりもまだお小さいようです。ちょっとだけ私の首の角度が緩やかです。背の高い方だとちょっと辛いのですよね。私も早く大きくなりたいです。

 

「キャシーのプレゼントにした花を摘んだのも、これから行く辺りなんだ」

「まあ、そうなのですか? セドリックくんがくださったのはコルキカム、でしたよね」

「んー…ごめんね。花の名前は詳しくないんだ。でもたくさん咲いているところは綺麗だったから、それを少しでもキャシーに届けられたらなって思って」

 

 ほんの少しです。ほんの少しですがセドリックくんのお顔が赤くなっております。なんです、もう! ご自分で言って照れてしまうのならおっしゃらないでくださいな! 私まで照れてしまうではないですか! セドリックくん、可愛いのですよ、もう!

 

「あ、ありがとう……ございます。とっても綺麗で嬉しかったです。素敵な花言葉のお花でしたし、本当に嬉しかったのですよ」

「花言葉? ああ、そうか。花ってそういうのがあるんだよね。ごめん、僕不勉強で詳しくないんだ」

「男の子でしたらそうだと思いますよ? 私だって他のお花を調べて少し知っていた程度ですから」

 

 セドリックくんのくれたコルキカムのブーケ。コルキカムの花言葉はよいものでしたら「永遠」ですとか「永続」。他には「楽しい思い出」「悔いなき青春」でしょうか。お友だちに贈るに相応しい花とも書いてありましたね。だから余計に嬉しかったのです。が、そんな花を無自覚で贈れてしまうセドリックくんはやっぱり、とっても、とってもイケメン特性が高いです。ときめいてしまうではないですか!

 

「あのブーケも可愛くできたとは思うけど、たくさん咲いているところはもっと綺麗だったから、キャシーに見せたくて」

 

 そう言って笑いますが、セドリックくん? ブーケは自作だったのですね? 頭もよくて性格もよくて器用でイケメンさん。やっぱりセドリックくんはモテる男ですよ。スペック高すぎる気がします。まだ11歳ですのに。

 ああ、そうです! セドリックくんのお誕生日をお伺いしておかねばですね! いただいたのにお返しをしないなんて義理に悖るのですよ。

 

「きっとキャシーが僕に笑ってくれると思って」

 

 私を見ながらふんわりと笑うセドリックくん。どうお聞きすればよいでしょうか。なんて考えながら歩いている所為ですかね。セドリックくんのお言葉を聞き逃してしまいましたが……大丈夫ですよね? きっと大丈夫です。

 さて、どうお聞きしましょう。……ここはもう、すっぱり素直にお聞きすればよいですかね? そうですね、人間素直が1番ですよね。

 

「あの、セドリックくんのお誕生日はいつなのですか? 私、お祝いしていただいて本当に嬉しかったので、セドリックくんもお祝いしたいのですが」

「え? 僕? そっか……言ってなかったね」

 

 セドリックくんはふわっと笑うのですが、どこか困ったように見えるのはどうしてなのでしょうか。

 

「僕の誕生日、実はもう過ぎてるんだ。だからお祝いはいいよ」

「え! だ、ダメですよ! 私だって過ぎていますがお祝いしていただいたのですよ? セドリックくんだってお祝いされて当然で──」

「それなら僕はキャシーにセドリックって呼び捨てにされたいな」

 

 セドリックくんは私の言葉を遮るようにしてそうおっしゃいました。……呼び捨てがお祝いなのですか? 私の呼び方1つがお祝いに値するかはわかりませんが、そのくらいお安いご用です。でも本当にそれでいいのですかね?

 

「わかりました。では、セドリック」

「うん。なにかな、キャシー」

「えー…と、行きましょう? どこかに行く予定なのですよね?」

「うん、そうだね。立ち話していても仕方ないね。じゃあ、行こうか」

 

 セドリックくんは満面の笑みを見せました。比較対象は「はにかみ」ですとか「困った感じの笑顔」ですので、よくわかりました。あれは輝かんばかりの笑顔というのでしょう。……呼び捨てにするだけでそんな笑顔を見せてくださるなんて、セドリックくんはとっても可愛らしいと思います。ちょっとだけドキドキしてしまいました。

 でもですね、アリシアさんたちもそう呼んでいらっしゃるのです。だからきっとアリシアさんたちもセドリックと呼んだ時は、あんな笑顔を見ているはず、ですよね? 私、もったいないことをしていたのですかね、なんて思ってしまうのでした。



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その22

 湖畔に群生して咲く、淡い青紫のコルキカムはキラキラと光る湖面に映えていて、とても綺麗でした。目の保養をとてもした気分です。

 ああしてお外に出て、お花や植物を見るのもよいですね。なんて寮に戻ってのんびりしていたのですが、私お呼び出しされました。はい、ダンブルドア校長です。お部屋の机の上に不死鳥さんが舞い降りたのにはびっくりしました。悲鳴、あげそうになりましたよ? アリシアさんたちがいらっしゃらなくて本当によかったです。

 このお呼び出しが遅かったのか、早かったのかよくわかりませんが、お休みの日ですのにお呼び出しされました。と言ってもお呼び出しは夕食後ですが、今はまだお昼過ぎです。時間は十分あります。なので私、これから必要の部屋に行ってみようと思います!

 せっかくダンブルドア校長とお会いできるのですから、それならもう1つ手に入れやすいものがあることですし、さっくり取ってこようと思ったのです。一石二鳥ということですね。壊す方法は未だにどんなものが他にあるかわかっておりませんが、品物があるだけマシなはずです。はい、多分。

 

 そんなわけで私は、勢い勇んで昨日通った道を今日は1人で向かったわけです。ちょっとだけ寂しいですが、そこはそれです。他の方を巻き込むわけにはまいりませんからね。なんて思っていたのですよ? だってご迷惑にしかならないではないですか! なのにです、なのに今私のお隣にはなぜかジョージくんがいます。

 そっと伺うようにジョージくんのお顔を見上げます。

 

「ん? どうかした?」

「い、いえ。ただ少し……」

「少し、なに? どうしてついてくるのかなって思ってる?」

 

 はい、そうです。とははっきり言えません。1人で行きたい理由をお話しできないのですから。ですがなんと答えればよいのかもわかりません。むうっと悩む私の眉は寄ってしまっていることでしょう。

 ジョージくんはなんだか面白いものを見るかのように私を見て、小さく笑って指を伸ばします。

 

「眉間にシワ。イヤならイヤって言いなよ? そうしたら考えるからさ」

「痛いですよ、ジョージくん」

 

 つくつくと眉の間を突かれます。ちょっと爪が刺さりましたよ、ジョージくん。女の子の顔になにをするのですか、もう。おでこを押さえながら、私はじっとりジョージくんを見上げます。やり返してみたいですが、悔しいことに眉間には届きませんからね。見るだけにしてあげるのです。感謝してください。

 

「ああ、ごめんね。で、どうなの? イヤなの?」

「イヤではないですが……。というかですね、イヤと言ってもついてくるおつもりですよね、ジョージくん」

「あ、わかった? そのつもりだよ。面白そうだし」

 

 なんだかよくわかりません。私のなにが面白いのですかね?

 フレッドくんはもう少しわかりやすい方ですのに、ジョージくんはなんだか掴めません。直球で問いかけても、のらりくらりと躱されるのです。……私の聞き方がダメなのでしょうかね? ……それとも昨日私が抱きしめたことが原因ですかね?

 苦しかったからその仕返しですか、ジョージくん。お膝をついておりましたし、とっても苦しかったということですか? 私いつの間にそんな怪力になっていたのでしょうか。

 私はじっと自分の手を見ます。小さい手ですよ。めいっぱい開いても、親指から小指まで15cmもありません。普通もう少し大きいですよね? こんな手に男の子を苦しめられるくらいの力なんてあるのでしょうか? ない、ですよね?

 

「なに、自分の手なんか見てさ」

「いえ、私は力が強いのかどうかと思いまして」

「は? 強くないでしょ? ホラ、この手。俺の手の中にすっぽり隠れるくらいちっちゃいのに」

 

 さっくり私の手はジョージくんの手の中に隠れました。……フレッドくんだけでなく、ジョージくんも実は手を握ったりしていらっしゃる人だったのですね。私のデータは間違っていたようです。などと思いながら、本当に自分の力が強くないのか確かめるため、きゅっとジョージくんの手を握ってみます。はい、全力です。

 き、きっと痛くて大変なはずですよ。

 

「キャシー、それって全力なの?」

「そ、そうです! 目いっぱいです!」

「……ああ、もう! キャシーは力なんか強くないから、そんなに力まなくていいって!」

 

 ジョージくんは笑いながら私の頭をワシワシと撫でて、止めてきます。いえ、髪が乱れてしまうのですが。なんて力を込めるのを止めて見上げます。先ほどまでのようなお顔をしていませんね。なんだか困ったような笑顔になっている気がします。いえ、大前提に楽しそうというのもありますが、なんとなく困っているように見えるのです。笑顔ってたくさんあるのですね。

 

 じいっと見てみます。……本当に双子だけあってフレッドくんとジョージくんはそっくりです。そっくりなのですが、目がなんだか違うのですよね。いえ、色はそっくりですよ? 違うのはそこに出るお2人の性格、と言えばいいのですかね。

 こう、なんと言いますか……「目は口ほどに物を言う」と言いますよね? なんだかその言葉通りに、その目から伝わる、お2人の思っていらっしゃることが違う気がするのです。

 と言っても、私になんとなくわかるのは、お2人とも私をお友だちと思ってくださっていることだけです。それ以外の詳しいところはわかっていません。わかっても、可愛がられているのかなあという程度です。はい、希望的観測が多大に含んでおります。

 

「な、なに? そんなに見られても俺、お菓子なんか持ってないよ?」

「な、いりませんよ。お菓子は昨日たくさん食べましたし、寮に戻ればまだいっぱいあります!」

「ん、知ってる。で、どうしたのさ。そんなにじっくり見て」

 

 俺の顔になにかついてる? と首を傾げるジョージくんです。そうですね。目と鼻とお口と後はソバカスがありますが、それはいつも通りです。いつもと違うのはその目だけですよ。なんて思いますが、よくわからないことは口に出しません。

 私は首を左右に振ります。そうです。ジョージくんの思ってらっしゃることは、多分今の私にとっては大したことではないはずなのです。私に今大事なのはなんとかレイブンクローさんの髪飾りですよ!

 

 と意気込みますがダメです。それを手に入れるためにはジョージくんと一緒では都合が悪いのです。どうすればいいのですかね。私の思考は堂々巡りですよ。むう。

 などと考えているうちに、必要の部屋の前についておりました。いつの間についていたのでしょうか……。気づきませんでした。

 

「ああ、キャシーここにきたかったんだ」

「は、はい。少しだけ入りたいお部屋がありまして……」

「へえ。キャシーはここのこと、フレッドに聞く前から知ってたってこと?」

「え? ええ、少しだけ。でもどこにあるのかまでは存じあげなくて、結局フレッドくんに教えていただいた形ですかね?」

「ふうん……。あ、行きたいなら行っておいでよ。俺はここで待ってるからさ」

「え?」

「えって、1人で行きたいんでしょ? だから1人で歩いてたんだろうし、流石に俺も無理やりついて行こうとは思わないよ?」

「そ、それは申し訳ありません……」

「別に。ホラ、待っててあげるからさ、早く行って用事をすませなよ。終わったら俺と遊ぼうね」

「ええと、それは」

「いいから、ホラ」

 

 ジョージくんに背中を押されます。が、まだですね、扉は出ていませんよ? まずはこのお部屋の前の廊下をウロウロしませんと。

 1回、2回、3回。行ったりきたりしたことで扉が浮かび上がってきます。はい成功した模様です。と言っても中を見て見ないことには正解かはわかりませんが。というわけで突撃なのです。扉を開けてものが堆く積み上がっていましたら正解なのですよ!

 とってもドキドキしながら薄っすら扉を開けました。はい、大正解なようです! 私はますますドキドキしながら細いその隙間から室内に入ります。

 

「では行ってまいります。ジョージくん、覗いちゃダメですよ?」

「覗かないって。気をつけてね、キャシー」

 

 ヒラヒラと手を振るジョージくんに笑いかけてから、私は扉を閉めました。これでジョージくんの目から室内は見えないはずです。さあ、これで心置きなく探せますね! と勢い込みますが、1つ1つ探す時間は流石にありません。ここでどうするか。それは簡単ですね! なんと言ってもここは魔法魔術学校で、私は魔女です。魔法を使ってさっと探すのですよ!

 

 スッチャっと杖を取り出します。私もですね、たくさん呪文を覚えましたので、この状況に合ったものくらいすぐに思い出せます。うふふん。初めて使う魔法ですので、ドキドキですね。胸が高鳴ってしまうのですよ!

 とってもとっても自分の気分が盛り上がっている自覚はありますが、今ここには誰も止める方はおりません。私はやるのですよ! 杖を構え、そっと1つ息を吐き、そうしてその呪文を唱えます。

 

「アクシオ!」

 

 なんとかレイブンクローさんの髪飾り! と目いっぱい思い浮かべたのですが……髪飾り、出てきてくれません。ええと、呪文、失敗ですか? えと、呼び寄せ呪文は『アクシオ』ですよね? 呼び寄せる対象も言った方がいいのですかね? 私は考察するように首を傾げて考えます。

 何度考えてもわかりません。諦めた方がよいのでしょうか? ですがせっかくここまできたのです。諦めたくないのですが。……なんとかレイブンクローさんの正確なお名前がわかれば、探せます、かね?

 私は薄明かりの中で積み上がるものたちを前に、悩みました。はい。すぐに聞こうと思えば聞けるのです。扉のお外にジョージくんがいますから。ですが……ジョージくん、ご存知ですかね? いいえ、今は悩んでいる場合ではないはずです。わからなかったら、わからなかったですし、『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』なのですよ!

 私は拳を握りつつ扉を開き、ジョージくんを呼びました。

 

「ジョージくん、ジョージくん」

「ん? なに、もう終わった? 早かったな」

「い、いいえ。まだ終わっていないのですが、少しお聞きしたいことがありまして……」

「俺に?」

「はい。その、ジョージくんは『レイブンクローの髪飾り』と聞いて、どなたのお名前を思い出しますか?」

 

 扉の隙間から顔だけを出しまして、伺います。ジョージくんはきょとんとした顔で、私を見ています。うう、やっぱりご存知ありませんかね?

 どうしましょう。他にはどなたが知っていますかね。なんて考えておりましたら、ジョージくんがあっさりとお答えしてくださいました。

 

「レイブンクローですぐにわかるなら、ロウェナ・レイブンクローかヘレナ・レイブンクロー。で、髪飾りならロウェナの方じゃない?」

「……どうしてそんなにすぐにお答えが出てくるのですか! 私はわかりませんでしたのに……」

「いや、さ。まずレイブンクローでわかろうよ。それに『ホグワーツの歴史』に書いてあったはずだけど……キャシーは読んでなかった?」

「よ、読んでいません。うう……今度絶対に読みます! うう、なんだかとっても悔しいのですが!」

「ま、いいじゃん。知りたいことはわかったわけだろ? ホラ、待っててあげるから早くすませておいでよ」

 

 またもヒラヒラと手を振るジョージくんです。とってもとっても悔しいですがいいのです。これでわかったのですから! そうですね、私は大人ですから、教えていただいた代わりに、セーターを交換していたことは聞かないことにしてあげます! そうですよ、交換条件なのです。私が物知らずだったわけじゃないのですからね!

 

 ちょっとだけぷうっと頬を膨らませながら、私は室内に戻り、そうして呪文を唱えました。今度はきちんとロウェナ・レイブンクローの髪飾り! と力いっぱい思い浮かべましたよ。



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その23

 ええと、ですね。ジョージくんのお陰でしっかり思い浮かべることができたのでしょう。さっくり髪飾りは私の手に入りました。

 私の元にきた髪飾りは、なんだかティアラのような形をしているように見えます。が、「アクシオ」できたのですからこれがきっと髪飾りなはずです。でもですね、長い間放置されたからですかね? ちょっとだけ黒ずんでいて、埃まみれなのです。なんだか可哀想ですね。

 私は持っていたハンカチで、その黒ずみや埃が少しでも消えるように綺麗にすることにしました。もちろん力入れませんよ、傷がついてしまったら大変ですからね。はあっと息を吹きかけて、磨くのです。

 

 一通り磨きましたが……あんまり落ちた気はしません。が、いいのです。そもそも全ての汚れが落ちるとは思っていませんでしたし、多少は綺麗になっていますからね。

 さて、髪飾りが手に入りましたので、ここで取りいだしたるものものはと言えば。そうです。適当な布とですね、紐です。あ、ロープでも可ですが、今私のポーチに入っているのは布と紐だけで今日は紐を使います。

 この2つであの日記と同じようにぐるぐるにするのですよ。ロウェナ・レイブンクローさん、ごめんなさい。とちょっとだけ謝りながらです。

 

 2度目だからですかね。手際よくぐるぐるすることができまして、正味5分ほどでしっかり包み込めました。元の形を壊さないようにと気を使ったからですかね、ちょこっとだけ不恰好ですがいいのです。これで一安心なのですから。

 さて、パッと見てなんだかわからない状態にしましたこちらは、もちろんポーチの中にナイナイしてしまいます。はい、お外に出てジョージくんに聞かれても答えられませんからね。マズイものは隠してしまうに限るのです。見えなかったらないのと同じですからね。ぽいと仕舞い込んで、ポーチの口をキュッと閉じて、私は身だしなみを整えてから扉に向かいます。

 本当はですね、ちょっとだけ堆く積み上がったものが気になりますが、私に必要なものはこの中にはないはずですからね。気にしちゃダメなのです。そう言い募りますが、後ろ髪をとっても引かれます。が、ダメなものはダメなのです。意思を強く持ちまして、私は扉を開くことにしました。

 

 薄明かりだった室内とは違い、廊下は明るいですね。きょろりと見回せば、増えています。ええと、ですね。扉のすぐ近くに寄りかかるジョージくんと、そのお隣にフレッドくんもいるのです。どうしてお2人になっているのですか? 待ち合わせでもしていらしたのですか? なんて思ってしまいます。

 

「あ、キャシー! 終わったの?」

「ええと……はい。終わりましたが、その、どうしてこちらに?」

 

 にっこりと笑って私を見るのはフレッドくんですね。その隣で含み笑いのような感じで微笑んでらっしゃるのはジョージくんでしょうか。その微笑みはなんでしょうか。

 

「ジョージがキャシーを待っているって言うからさ。俺も待ってみたんだ。用事、もう終わったなら散歩でも行かないか?」

「お散歩ですか? でももうすぐお昼ですよね?」

「あ、ああ。そうだな。昼メシの時間になる、かな」

「フレッド、キャシーはご飯を食べるのが好きだし、遊ぶのは俺とが先。だから今日は諦めなよ」

「いや、でも……」

 

 なぜか言い淀むフレッドくんです。というかですね、遊ぼうねとは言われましたが、私いいと言いましたっけ? ……よく覚えていませんが、言ったのですかね?

 正直ですね。男の子と遊んだ記憶はあまりありません。ドラコへの対応と同じでいいのですかね? などと考えている間に、フレッドくんとジョージくんはお互いにお話が終わったようです。どうなったのでしょうかね?

 

「キャシー、昼メシの後はジョージと、俺とは夕飯の後に談話室でいいから少し話そう?」

 

 そうですか、そんな風に決まったのですか。でもですね、夕食後は私、ダンブルドア校長にお呼ばれしているのです。……なんと言ってお断りすれば角が立たないのでしょうかね。

 ちょっとだけ迷いながらフレッドくんを見上げます。なんだかキラっキラした目をしています。フレッドくん、こんな印象でしたでしょうか? なんだか初めてお会いした時よりも少年のようですよ?

 あっという間に考えていることが別のものに変わってしまいます。というか本当にですね、フレッドくんの印象が変わってしまっているのですよ。初めはあんなにナンパな方だと思っておりましたのにね。なんだか不思議ですね。私は1人自分の考えに頷いてしまいます。

 

「あー…キャシー? 俺の話、聞いてた?」

「え?」

「いや、これは聞いてなかっただろう。どう考えてもなにか別なこと考えてた」

「ジョージはそう思うか?」

「ああ。というかキャシーはわかりやすいから」

「それは俺もそう思うけどさ……。で、キャシー、結局なにを考えてたんだ? 夕飯後は俺と時間取ってくれるのか?」

 

 なんだかお2人で分かり合っているようですが……私そんなに考えていることがわかりやすいのですかね? ポーカーフェイスだと思っていたのですが。なんでしょう。なんだかとってもショックなのですが。

 だってですね、それではこれまで隠しきれていたと思っていたことは、全部まるっと伝わっていたのではないですか? ど、どうしましょう。もしかしたら私がフレッドくんをナンパな方だと思っていたこともまるっと伝わっているのでしょうか? そうなればジョージくんにもそう思ってしまっていたと思うのですが……アレ、私今ピンチですか?

 

 ぐるぐると色々なことを考えてしまって、つい私は黙り込んでしまいます。はい、いっぱいいっぱいなのですよ。並列思考とか夢のまた夢なのです。

 

「キャシー、また眉が寄ってる。なにそんな難しく考えてるの」

「そうだぞ、わかりやすいと言えばわかりやすいけど、そんな考え込むほどの問題じゃないだろ?」

「い、いえ。そのお2人は私が考えていることを全部わかっていらっしゃるのでは……」

「「は?」」

「私、自分がそんなにわかりやすいと思っていなかったのです……」

 

 多分ですね、今私はとってもわかりやすく落ち込んでいると思います。だって本当にショックなのです。しょぼんですよ。

 

「や、だからさキャシー」

「はい」

「落ち込まなくていいって。キャシーがわかりやすいって言っても、そんなの今は喜んでるなとか、これキライなんだなってくらいだって!」

「そうだよ。キャシーが朝メシは喜んでるけどそれ以外は苦手だろうなとか、魔法薬学の時に当ててもらいたんだろうなとか、当てられなくて凹んでるなとか……そんなくらいだよ? あ、後は暗いところを歩いてる時は必死に怖いのを隠してる、とかかな?」

 

 フレッドくんは一生懸命慰めようとしてくださっている気がします。ですがジョージくん? どうしてそんなに詳しく見て、覚えていらっしゃるのですか! ちょっと怖いですよ! 確かにですね、確かに魔法薬学の時はそうなっていますし、ご飯は朝ご飯が1番美味しいと思っていますし、暗いところは怖いですけれど……そんなに私はわかりやすいのですか? フレッドくんだってとっても驚いて見ていますよ?

 一瞬ですね、無音になったような気がします。

 じっとジョージくんを見る私とフレッドくん。そしてなんだかとっても楽しそうに笑われているジョージくん。なんでしょう。なんなのでしょうか、ジョージくんがここまで私を見ていた理由というのは。

 

 なんだか悪い予感に取り憑かれてしまいます。……私、やっぱりマルフォイ家の娘として、監視というか、観察というかをされているのでしょうか? そう考えたらなんだかとっても、さっきよりもずっとショックなのですが。

 少しだけ俯きそうになった私も耳に、どこか戸惑ったような声が届きます。

 

「あー…その、なんだ。うん、そのさ……ジョージの言うことはいいとして」

「い、いいのですか?」

「えー? 俺の言葉は無視なの? ヒドイよフレッドー」

「うるさい。とにかくジョージの言葉は聞かなかったことにしてだな、キャシー。俺と時間作ってくれるのか?」

「あ、ああ……えと、ですね。その実はお夕食の後にお呼び出しをされていまして」

 

 あら? なんでしょう。なんがかお2人のお顔が怖いのですが。しかも何故また無言になるのでしょうか?

 

「「キャシー、誰に呼び出された?」」

「え?」

「「どこのどいつに呼び出しされてるのか、聞いてるんだよ」」

「その、それは個人的な問題ですのでお答えは……」

「「個人的?」」

「は、はい。そうですよ、私を呼び出したことは内密になさりたいようですし……私もあまり人に知られたくはないのです」

 

 ですから聞かないでくださいませんか? そんな意味を込めて見つめます。が、ですね。とっても怖いのですが。なぜお2人はこんなに近寄っていらっしゃるのでしょうか。とっても詰め寄られている気がしてならないのですが。

 ですが言えません。ダンブルドア校長からお呼び出しされています。なんて言ってしまって、その理由はと聞かれても答えられませんからね。言わないことが正しい、はずなのですが……。

 

「「俺たち友だちだったんじゃないのか? 友だちなのに隠すのか?」」

 

 ユニゾンでおっしゃるお2人に言わないままでいられる気が全くしないのですが。お2人、こんなに押しの強いところもあったのですね。うう……ですが言えないものは言えないのです。

 私はお2人にマルフォイ家の娘だと疑いの目は向けられたくありません。このまま言わずにいても疑われるかもしれませんし、言ったとしてもそう思われるかもしれません。どっちもどっちだと思うのです。

 もし疑われたくないと詳細に説明したとしますよね。そうしたらですね、むしろ「やっぱりマルフォイ家の娘らしい」と思われかねないのではないでしょうか。なんと言ってもマルフォイ家で所蔵していた、ヴォルデモートさんのお品をダンブルドア校長に渡したのですから。ダンブルドア校長を害するつもりだったのかと思われてもおかしくありません。そんなつもりは微塵もないですが……いえ、もちろんお2人のことは信じたいです。大事なお友だちと思っています。けれど怖いものは怖いのです。お2人にまで嫌われてしまったら、アリシアさんもアンジェリーナさんも離れていってしまうかもしれません。リーくんも、セドリックくんもです。

 お友だちを信じているのに、信じられない私はきっととっても薄情なのでしょう。だけど自分の感情に気づかぬフリはもうできないのです。だって私は気づいてしまいましたから。誰かに嫌われることはとても、そうとっても心が痛くなるのです。悲しくなるのです。だからもう、これ以上誰かに嫌われたくないのです。

 なにも言えないけれど、自分の顔から感情が伝わるのも怖くて俯いてしまいます。

 

「キャシー、ごめん……」

「その、言いたくないならいいよ」

「っえ?」

 

 届いた言葉に思わず顔を上げてしまいます。

 どこかバツの悪そうな顔をしたお二人。でも真っすぐに私を見ています。……お2人は私を疑っているわけではないのでしょうか? 私がダンブルドア校長にお会いしても、彼を害するためにとは思わないでいてくれるのでしょうか。

 

「ホントはさ、すごい聞きたいよ。キャシーが誰に呼び出されるのかとか、どうして秘密にするのかとか……その、その相手のことを特別だと思ってるのか、とかさ」

「フレッドくん……」

「そうだよ。それはすごい気になる」

「ジョージくんまで……その、どうしてそこまで気にしてくださるのですか? 私が、マルフォイ家の娘──だからですか?」

 

 私はお2人の表情に、そしてその言葉に後押しされるように聞いていました。ズルい子です。わかっているのです。私がとってもズルいと。でも聞きたかったのです。お2人の口から、私をどう思っているのかを。

 今ならきっと答えていただけるだろうから、と自分のことは秘密にしたまま私は問うてしまうのです。

 

「そ、そんなの!」

「友だち。それもかなり親しくしたいと思ってる友だちだと、俺は思ってるよ。フレッドもそうだろ?」

「そ、そうだよ! キャシーは大事な友だちだよ! 俺が……俺たちが1番大事にしたい友だち!」

「っ……ご、ごめんなさい!」

 

 とっても真剣なお顔で言ってくださったお2人に、私ができたのは謝ることだけ。うう……どうして私はお2人を疑ってしまたのでしょうか。そうですよ、いつだってお2人は私に話しかけたり、笑いかけたりしてくれていました。あんな風にバースデイパーティーまで開いてくれたのですよ? どうしてそれなのに疑ってしまうのでしょう。

 本当に私はズルくて、イヤな子です。そして人を信じられないダメな子です。

 自己嫌悪でさっきよりもずっと俯いてしまいます。というか目まで熱くなってきました。私の涙腺は、とってもとっても緩くなってしまっています。でもここで泣いてはダメなのです。悪いのは疑った私です。そんな私にできるのは、話せることを正直にお2人に伝えることだけ、なのです。



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その24

 私がダンブルドア校長にお会いすること。

 その理由はお伝えできませんでしたが、それだけは話すことができました。フレッドくんは私がダンブルドア校長とお話ししたがっていたことを覚えていらっしゃって、納得してくれたのではないかと思います。あの時お話しした方はフレッドくんだったようですね。

 その後昼食をとりまして、ジョージくんに遊ばれました。いえ、なんだか語弊があるかもしれませんが、ジョージくんは私の髪を弄りたかったのだそうです。ええ、昨日のパーティーで見た髪型を自分もしたかった、などとおっしゃっていました。

 大分驚いたのですが、可愛かったので妹のジニーさんにしてあげたいのだそうです。妹さん思いでとっても素敵だとは思うのですよ? ですが私に声をかける前に、すでにアンジェリーナさんからやり方は伺っていたようなのです。つまり私の予定を聞く前から、決めていたということなのでしょう……。いえ、別にいいのですが、流石に夕食までの時間ずっと弄られ続けるとは思いませんでしたよ?

 

 ジョージくん作の可愛らしい三つ編みお団子ヘアにされた私は、私を迎えにきたアリシアさん、アンジェリーナさんとともに夕食へ向かいました。でもですね、あまり動いていないこと、それから少しばかりの緊張からあまり食べられなくて。お2人には少し心配させてしまったようです。笑って誤魔化しておきましたが。

 はあ、なんだか胃がキリキリするのですがそれは無視します。ちょっとだけお腹をさすりながら一旦お部屋に戻ります。

 

 かさりと開いたのは、不死鳥さんが持ってきてくださったお手紙です。はい、ダンブルドア校長からのお手紙なのですが、そこには「午後8時に校長室へ」とあります。8時までまだ1時間と少しありますので、私は書きかけの手紙を仕上げてしまうことにします。初めの部分しか書けていませんでしたからね。

 静かに机に向かい、文字を書き連ねます。毎日たくさんのことがありますが、お父様たちに伝えられることというと実はそう多くありません。流石に泣いてしまったことなどは言えませんし、ダンブルドア校長にお会いするとも言えません。ましてあの日記をダンブルドアに渡しましたなんて以ての外です。

 家族に秘密を作るのは本当に心が痛いです。お友だちにも秘密ばかりですし……。

 

 ダンブルドア校長に相談してみましょうかね? お友だちに悩むことを相談しても大丈夫か、と。いえ、ダメだとはわかっているのですよ? わかっているのですが、それでも正直なところ言って心を軽くしたいと思ってしまうのです。

 多分私は欲張りなのです。秘密を持ちたくない。話して嫌われたくない。でも話さないで嫌われたくもない。秘密なんてなくしてしまいたい。でも危険なことに巻き込むだろうとわかっているのに、そんなことはしたくない。堂々巡りなのです。

 

 こんな風に迷っていることもご相談してみましょうか。ダンブルドア校長は聞いてくださるでしょうか。なんてため息まじりに考えながらも手は動き、手紙は完成します。

 

『親愛なるお父様、お母様、ドラコへ

 

 お父様、お母様、ドラコ、皆お元気ですか?

 カサンドラは元気です。

 毎日たくさんのお勉強をして、お友だちとお話をして、楽しく過ごしております。

 ホグワーツでのお勉強は、お父様がたくさん教えてくださったことで遅れることなくついていくことができています。お父様、ありがとうございます。

 

 お母様、お母様が用意してくださったお洋服は皆さんとても可愛いとおっしゃてくださいます。ですが、休日にお勉強をする時、少しだけフリルが気になってしまうのです。もう少しだけシンプルなお洋服を送っていただくことはできますか?

 せっかくお母様がご用意してくださったものを汚したくはないのです。面倒でなければ、お母様に選んでいただきたいのです。

 

 ドラコ、お父様やお母様の言うことを聞いて、よい子にしていますか? 私は毎晩ドラコの今日の僕を聞けないことが少しだけ寂しいですよ。でも、クリスマス休暇にはお家に帰れますので、頑張りますね。ドラコも私を待っていてくれると嬉しいです。

 

 それからお父様、実は先日私の誕生日が過ぎているのにお友だちが私のためにバースデイパーティーを開いてくださいました。

 お友だちの皆さんからたくさんの嬉しいことをしていただいて、とってもとっても私は幸せでした。ですからその幸せをお父様やお母様、ドラコにお裾分けしたいと思いました。

 お喜びいただけるかわかりませんが、パーティーで出したものと同じお菓子をお送りします。その、私が作ったものになるので、お父様方のお口に合うか心配ですが、お友だちは皆さん美味しいとおっしゃってくださいました。お父様方が喜んでくださるとよいのですが……。

 

 少々長くなりましたが、今週もとても楽しく、そして幸せな時間を過ごすことができました。お父様たちはどうでしたか?

 私はお父様たちもそうだといいと願っています。

 お父様、お母様、ドラコが幸せでないと、私はとても悲しくなってしまいますから。

 

   愛を込めて  カサンドラ

 

 P.S

 直にハロウィンがきますね。その頃に合わせて、またドラコにお菓子を送りたいと思っています。悪戯をされないためのお菓子に使うようにと言づけください。』

 

 インクが乾いてから折りたたみ、封筒へ。封蝋をして後は出すだけですが、流石にこれから校長室へ向かうのに出せません。だって疑われてしまいますからね。可能性は少しでも減らしておかなくてはダメなのです。これは明日の朝一に出しましょう、と引き出しにしまいます。

 もう頃合いでしょうか? お約束の時間に遅れぬように校長室へ向かうことにします。ですが……お手紙には合言葉は書いてありませんでした。どなたかが開けてくださるということなのでしょうかね? ちょっとだけ心配です。

 

 

 グリフィンドール寮から階段を下り、3階へ。2体のガーゴイル像が扉を守る場所が校長室への入り口です。が、どなたもいません。ええと、合言葉はなんでしょうか? お菓子……お菓子の名前なのでしたよね? 今はなんのお菓子なのでしょうか?

 

 悩むからですかね。じっとりガーゴイル像を見つめてしまいます。いえ、見つめたところで意味がないとはわかっているのですが……。本当にお手紙には書いていませんでしたよね? 確認のためにお手紙を出します──が、やはりありません。では試しになにか言ってみましょうか?

 私は幾つかのお菓子の名前を浮かばせます。何度言っても大丈夫なのですかね? わかりませんが試す価値ありですよね? はい、きっとそうです。と納得している間に、ガーゴイル像さんはぴょんと台座から降りていました。

 

「え? 合言葉はいいのでしょうか?」

 

 ポツリと呟きますが答えは返りません。ええ独り言です。寂しいです。が、遊んではいられません。

 ガーゴイル像さんが脇に避けたことでなのでしょう。扉が開き、そこに階段が現れます。この階段の先が校長室、なのでしょうから、急ぐべきです。なにがキーとなって開いたのかはわかりませんが、いいのです。これで間に合うのですからね。

 

 螺旋状になって階段を登りきると、そこには樫の木でできた大きな扉が1つ。ノッカーの形が……ええと、グリフィンでしょうか? なんでしょう。ダンブルドア校長はグリフィンドール推しだという主張でしょうか? などと思いながら、ノッカーを鳴らします。

 ああ、ドキドキするのです。中から応えの声が聞こえるまでのこの数瞬間が1番緊張します。これは絶対に私が人の部屋を訪ねる経験が少ない所為ですね。私、未だにご在宅中のお父様のお部屋に訪ねる時は緊張しますから。

 

 ちょっとばかり余所事を考えて、緊張を解そうとしたのですが、それが解れるよりも前に中から声が届きます。ゴクリと喉を鳴らしてから、私は扉を開けました。うう、心臓が口から飛び出てしまいそう、なのですが!

 

「し、失礼いたします」

「おお、来たか。お主がカサンドラ・マルフォイじゃな」

 

 好々爺然としたおじいさま。ダンブルドア校長がいらっしゃいます。こんな間近で見るのは初めてですよ! ちょっとだけミーハーになってしまいますが、仕方ありませんよね?

 

「ほれ、そこに座りなさい。今お茶を入れよう」

「い、いえ。お茶は……」

「いいからの。座って待つのじゃ。話は長くなるだろうしのう……」

「わかり、ました……」

 

 態度はトゲトゲしくはありません。けれど彼は老獪な方と言えなくもありませんから、言葉の柔らかさでそれはわかりませんよね? 私はそっと椅子に座りながら考えます。

 ダンブルドア校長と対立してもなんの意味もありません。むしろ状況は悪くなるでしょう。でしたら私にできることは1つだけ。全てを話し、そして彼の考えに協力すること。そうすれば私の家族も、きっと私も今よりもマシな未来になれる──そんな気がするのです。そこまで上手くいくかなどわかりませんけれど、それに縋りたいのです。

 自分の心を決めたことで、僅かですが緊張は薄れました。

 

 ダンブルドア校長はカップをテーブルに置くと、私の真正面に座り、そして笑います。何度も見たことのある人の良さそうな笑顔です。

 

「さて、スネイプ先生経由でワシのもとに届いたこの日記。お主はこれが何か知っているのか?」

「はい、知っています」

「そうか。ではここにあった名も、知っているということかの」

「はい……。その、『T・M・リドル』トム・マールヴォロ・リドル──後に例のあの人(・・・・・)になる方、です」

「ふむ……では聞くが、これをワシに届けた理由は?」

「それは……」

 

 真っすぐにこちらを見る目はとても怖いです。とても強く、偽りを許さないと言いたげで、偽るつもりがなくとも心が震えるほどです。

 私に言えることは、全て言ってしまうつもりです。が、それが信じていただけるのかわからない。だから余計に怖く感じるのでしょうか。私は迷うように一度目を伏せます。

 

 ここで言わないままだったとしても、きっとダンブルドア校長はホークラックスの存在に気づくでしょう。ですがそれでは私たちマルフォイ家の評判は地に落ちたままになるでしょう。それはイヤなのです。ならば私にできることを──

 

「それはホークラックスです」

「ホークラックス……分霊箱であると、何故お主は知っておるのじゃ? アレに対する書籍はこのホグワーツにはないはずじゃが、どこかで見たのかのう」

「……いいえ、見たことはありません。ただ、知っているのです。ホークラックスの作り方や、あの人のそれがいくつあるのか、どれなのか──を」

 

 じっと私を見るダンブルドア校長。私も彼を見つめ返し、そして願います。お願いです。私の言葉を、全てではなくていいので信じてください。言葉に出せない代わりに、熱くダンブルドア校長を見つめます。

 私はただ、守りたいのです。家族を、私を、私を取り巻く全ての人を。大それたことなんて言いません。私にできるかどうかもわからないのですから、言えません。だから願うのです。守るために私を信じてください、と。

 なにもできない私にできる、唯一のことはこうして願うことだけ、なのでしょうね。



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その25

 ダンブルドア校長は私の言葉になにかを答えるでもなく、紅茶を一口飲みます。ゆっくりと、まるでその心を落ち着けるかのように。

 カチリと微かな音を立て、カップがソーサーへと戻るのを聞きながらも私はただダンブルドア校長を見つめます。なにをおっしゃるのか、微かな不安を抱きながら。とても怖いです。怖くて目を逸らしてしまいそうになります。でも、それはしてはいけないのです。

 今この場で目を逸らすことは、偽ることと同義になってしまいます。ダンブルドア校長に偽るつもりなどないのですから、私は目を逸らしてはいけないのです。

 

 まるで紅茶の余韻を楽しむかのように、そっと目を閉じたダンブルドア校長はまた強い視線を私へと向けます。それに怯まぬようにぎゅっと拳を握り、私は喉を鳴らしました。

 

「お主はこれがホークラックスであるというが……それを証明できるものはあるというのか?」

「……ある、と言えばありますが、すぐにこの場でお見せできるものではありません。その、ダンブルドア校長にご協力願わないと、私ではできません」

 

 私が証明として出せるものは、己の記憶だけです。ですがそれを私自ら人にお見せすることはできません。けれどここには、校長室には憂いの篩(ペンシーブ)があります。あれで私の記憶を見ていただくことはできるはずです。

 記憶をお見せすることに戸惑いがないわけではないです。私の為人だけでなく、恥ずかしい記憶ですとかも見られてしまうことでしょう。私がどれほどイヤな子なのかそれも知られてしまうでしょう。ですが、前世の記憶があるのだと口で言うよりもずっと信用を得られるはずです。

 ちらりと私が流した視線で気づいたのでしょう。ダンブルドア校長は深くため息をつき、また目を閉じます。それは躊躇いなのでしょうか。それとも疑いなのでしょうか。どちらだとしても、私は試される側なのです。否やは言えません。

 

「記憶を読まれることに葛藤はないのかのう……」

「葛藤は、もちろんあります。その……とても恥ずかしい記憶を見られてしまうかもしれませんし。でも、口で説明をするよりもずっとご理解いただけると思ったのです。ダメ、でしょうか」

「駄目かそうでないかで言えば良いと言えばいいのかの。しかしのう……」

 

 迷われるダンブルドア校長に、私からごり押しするのもどうなのか。迷ってしまいます。ですが悩んだままではいられません。ちょっとだけ強気で攻めてみます。

 

「お疑いがそれで晴れるのでしたら私には断る気はありません。ですからダンブルドア校長、私の中のホークラックスの記憶を読んでいただけませんか?」

「ううむ……」

 

 ダンブルドア校長は腕を組みながら唸ります。とっても悩んでらっしゃるようです。どうしたらよいでしょうか。これ以上願い出るのも違う気がしますし……。なんだか八方ふさがりな気がします。

 

「うむ、では見せてもらおう。お主がそこまで言うのだ、嘘はないのだろうが、わしも全てのホークラックスのありかを知らねばならぬしのう」

「本当ですか! ありがとうございます、ダンブルドア校長!」

「……記憶を見られることで礼を言われるとは思わなんだ。まあ、よい。それがお主なのじゃろうて」

 

 なんだか妙な納得の仕方をされているようですがいいのです。私の疑いはこれできっと晴らせると思いますし。まあ、当初の予定とは違うところで疑惑をもたれそうでしょうけれど。

 私の記憶を、それも前世のものを読み取ることで、私が前世の記憶保持者として知られることでしょう。もしかすればダンブルドア校長や、このホグワーツのことが書籍として、そして映像としてなっていることも読まれてしまうかもしれません。

 それらが怖いと思う感情ももちろんあります。ですがこれは戸惑うべきことではないのです。むしろ戸惑いはあらぬ疑いを呼んでしまうでしょう。私は、少しでもイヤな子である私をよい子の私にしたいのです。

 

 ダンブルドア校長は席を立つと、戸棚にしまわれた淡く光る水盆らしき器を取り出します。ゆらゆらと揺らめく光はとても幻想的で、私はしばしそれに魅入ってしまいます。とても綺麗です。悲しいほどに綺麗に思えるのは、それが数多の人の記憶を知っているからなのでしょうか?

 魅入る私の前、見上げるほど高い背をまるで見せつけるように立ったダンブルドア校長は杖を取り出します。あの杖をこめかみに当てることで、記憶を取り出すのです。そこまでは知っていますが、痛みを伴うのか。全ての記憶を取り出せるのかまでは知りません。私は緊張に肩を強張らせながらそっと目を閉じました。

 ほんの少しこめかみに触れた硬い存在。冷たくも、熱くもないその感覚に身を任せれば、それはすぐに離れます。

 

「もうよいぞ、カサンドラ」

「は、はい。……これで全ての記憶を取り出せたのですか?」

「いいや。全ての記憶など必要なかろう? 必要なのはホークラックスのありかや行方、そしてお主がホークラックスとは何ぞやを知っておるか、じゃろう?」

 

 歌うようにおっしゃりながら、ダンブルドア校長は杖から伸びる、銀に輝く光の筋を水盆の中に落とします。

 ゆらゆらと波紋を残して消えてゆくその光は、水盆に満ちるものと混じり合い、徐々に光を増していきます。眩く輝くそれを直視することはとても難しく、私は目を閉じてしまいます。

 

 ゆっくり、ゆっくりと光が弱まって、目を開ければダンブルドア校長がそれを覗き込んでいるのが見えます。とても真剣に見ていらっしゃいます。なんでしょう。なんだかとっても恥ずかしいですが。

 それからしばらくとても真剣に見入っていたダンブルドア校長は、ふうっと1つ息を吐くと、私を見ました。

 

「お主が本来隠されるべきはずのホークラックスを知っておること。そしてトム・リドルのホークラックスの場所を知っておること。壊し方も知っておることも分かった。どれも得難い知識じゃろう」

「そうだと思います。私の家の書庫にもホークラックスについて書かれたものは、この学校の図書館にあるものと同程度ですし……私自身、この記憶がなければホークラックス自体を調べようとは思わなかったと思います」

「……しかし壊す方法がのう」

「はい、私に思いつくのは、バジリスクの毒を覚えさせたグリフィンドールの剣だけ……なのです。その、ダンブルドア校長はなにか思いつきますか? 私、どうしてもホークラックスを壊したいのです」

 

 私は身を乗り出して、ダンブルドア校長に伺います。

 

「わしにも思いつかんが……バジリスク、のう。お主はそれがどこにおるか知っておるのか?」

「え? えと、私の記憶を見たのではないのですか?」

「見たがのう、全てではないとゆうただろう? わしが見たものはホークラックスについての全て。他のものはわしとて見る気はせんよ」

 

 明るくにこりと笑うダンブルドア校長に、私はほっと息をつきます。は、恥ずかしい記憶は見られなかったようですね。よかったです。

 そうして落ち着いたことで、私はこれから先を話し合うべく語ります。バジリスクがいる場所や、ヴォルデモートさんの配下となっている隠れている人物のこと。そして捕まっているあの人が冤罪だということ。

 

「ううむ……『サラーザール・スリザリンの秘密の部屋』に『ピーター・ペテュグリューの生存』。そして『シリウス・ブラックの冤罪』。どれも普通は知りえぬことだと思うが、お主はホークラックスを知っておったしのう……」

「全てを信じていただこうとは思いません。ですが本当のことなのです」

「じゃがのう……」

「え、ええと──マートルさん! 嘆きのマートルさんのいらっしゃるトイレに行きましょう! 女子トイレですが、あちらが秘密の部屋の入り口なのです!」

 

 と、とってもはっきりと言いましたが、私実はマートルさんのいらっしゃるトイレの場所を存じません。ダンブルドア校長はご存知でしょうかね?

 

「マートルのいるトイレのう。3階の女子トイレじゃが、そこでどうするのじゃ? 秘密の部屋へ向かうには、何か特別なことが必要なのじゃろう?」

「あ……そうでした。その、パーセルマウスでないとだめなのです。その蛇語で開けと言えないとダメだったはずです」

「パーセルマウス、のう……」

「はい。サラーザール・スリザリンその人もお話できていて、あの人も話せたようです。私は話せませんから開けませんし、バジリスクも倒せません……ダメですね」

 

 そうです。スリザリン寮の創設者であるサラーザール・スリザリンさんはとっても純血主義でらして、そんな自分の意志を継げる方を探していらっしゃったようです。サラーザール・スリザリンさんのことも、秘密の部屋があるだろうこともお父様からお聞きしたことはありますが、パーセルマウスでない私では開けられません。それにもし開けられたとしても、バジリスクなど倒せません! これは断言できますよ。

 私は非力なのですよ! 力もなけば知恵もちょっとしかありません。そしてまだ1年生なので魔法だってうまく使える自信がありません。ダメダメなのですから、やっぱり開くわけにはまいりませんよね。

 などと私が納得しかけていれば、とってもとっても弾んだ声がしました。え?

 

「ふうむ……では行くか」

「え? 行く、とはどこへ?」

「うむ。マートルのところじゃな。わしも少しならパーセルマウスができるしのう。本当に開くのか確かめねばならんじゃろう?」

「え? で、でもですね、その……もし開いてしまったら多分生徒にバジリスクの被害が出ると思います。そのたくさん」

「なぜそう言えるのじゃ?」

「その……扉が開いたことで、バジリスクは地下にある秘密の部屋から、確か水道管を伝って出てくるはずです。バジリスクは目を見たら即死してしまうのですよ?」

「なに、簡単じゃ。目を見なければ即死はせんし、ちょっと開いてみるだけじゃ」

 

 なんでしょう。どうしてダンブルドア校長はこんなにも楽しそうなのでしょうか。え、冒険が好きなのですか? 開いたらバジリスクが出てきてしまうかもなのですよ? もし物語通りに進むのなら絶対に出てきてしまうと思うのですが。

 さあ行こう、すぐ行こうとばかりに楽しげなダンブルドア校長に、私が拒否を示すことはできません。手を引かれ、校長室を出て、同じ階にあるマートルさんのいるトイレへと向かっているようです。

 なすがままの私にできることは、転ばないように必死に足を動かすことと、他力本願に叫ぶだけ、です。「ああ! もう本当にどうしましょう! もしバジリスクが出てしまったらこれって私の所為ではないですか? どうしましょう! こんな時誰に相談すればいいのですか! 教えてください、ダンブルドア校長!」という虚しい叫び。それはもちろん私の心にだけこだましていました。



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その26

 薄暗い廊下を、ダンブルドア校長に腕を引かれながら私は走っています。が、もうダメです。もう私には耐えられません! 歩幅が大き過ぎるのですよ!

 

「っきゃう!」

「うぐっ」

「い、痛いです……」 

 

 はい、やはり予想通りに私の足は耐えられませんでした。あっさりさっくり転んでしまいます。足がもつれてしまい、転けた上で私は壁にぶつかりました……。とっても痛いです。おデコがごつんとぶつかったのです。

 とっても涙目になりながら蹲るのですが、なんだか廊下とは違う柔らかいものに座っている気がします。なんでしょうか、この暖かくも柔らかいものは──ああ、見てはいけないものがありますよ。どうしましょう!

 

「ダ、ダンブルドア校長! 大丈夫ですか!」

 

 俯いた私の下にはですね、王道なのでしょうか。ダンブルドア校長がいました。私、ダンブルドア校長をクッションにしたようです。

 

「だ、大丈夫ではない、かのう……すまんが早く降りてもらえるか、カサンドラ」

「す、すみません! すぐ、すぐ降ります!」

「っぐ!」

 

 とっても慌てて校長の上から降りました。が、私が乗ったという証拠であろう足型が、しっかりと背中に残っています。そっと目を逸らしますが、意味はないでしょう。うう、どうしましょう。

 廊下にぺたりと座り込んで、私は途方に暮れてしまいます。

 ダンブルドア校長に危害を加える気がないと思っていました。が、私は転びやすい私に巻き込んでしまっています。そうです、絶対にダンブルドア校長は私の三次被害の被害者です。……なんとお詫びをしたらよろしいのでしょうか。

 思わず泣いて謝ろうかと思い浮かびましたが、それは意味がありません。泣かずに謝らなくてはです。と、意気込んだのですが、ダンブルドア校長は未だに廊下に寝たままです。ど、どうなさったのでしょうか。

 

「ダ、ダンブルドア校長? その、本当に大丈夫ですか?」

「あー…大丈夫、ではないのう。腰、いわしちゃったみたいじゃ」

「こ、腰ですか?」

「そうじゃのう。なんとういうか……ギックリ? みたいじゃのう。起き上がれる気がとんとせんわい」

 

 大変です! いつもしゃんとしているダンブルドア校長がギックリ腰! しかもその原因が私。……私もしかして退学になりませんか?

 

 そんなことが頭の中を過ぎりましたが、臆している場合ではないのです。こんな、こんなダンブルドア校長の恥になりそうな事態を早く改善しなくてはいけないのです! いまの私に唱えられるかわかりませんが、物は試しです。私は杖を取り出し、一つ息をはいてからさっと振ります。

 

「エピスキー!」

 

 ダンブルドア校長の腰に向け、癒し呪文を唱えますが──効いているのでしょうか。わかりません。も、もう1度唱えておきましょうか……。

 

「エピ──」

「カサンドラ、大丈夫じゃ。効いておる──まあ、まだ動けんじゃろうがのう」

「え、ええと……ではモビリコーパス!」

 

 再び唱えた呪文。よかったです。浮いてくれました。くったりとしたままですが、ダンブルドア校長の体は宙に浮きました。後はこのまま医務室まで行くことができれば──ええと、医務室はここからどう行くのでしょうか?

 医務室は2階であることは存じていますが……。どうしましょう。正確な場所がわかりません。ダ、ダンブルドア校長はご存知ですよね?今お聞きして平気でしょうか?

 

「こ、このまま医務室まで行きたいと思うのですが、よろしいですか?」

「あー…医務室か。そうじゃのう、それがよいじゃろうな。ポピーは医務室にいるじゃろうしのう」

「マダム・ポンフリーはいらっしゃるのですね! わかりました、向かいます……が、その私正確な場所がわらないのです。お、教えていただいてもよいでしょうか」

「では、近くなったらわしが案内しよう。まだ1年なのじゃからの。恥じることはないぞ」

 

 とってもくったりしたままですが、ダンブルドア校長が力強く言ってくださいました。私はそれに背を押されるように歩きます。私が歩く速さに合わせ、宙に浮いたダンブルドア校長も進みます。

 私の歩く音ばかりが聞こえて、無言になってしまいます。が、仕方ないでしょうね。私とダンブルドア校長とが直接お話ししたのは今日が初めてなのですから。話しが弾むはずもありません。

 

 お呼び出しを受けまして、日記の説明をしました。そしてもう1つのホークラックスをお渡しする予定──でしたが、渡していませんでしたね、私。なんというおバカなのでしょうか。どうしましょう。今お渡ししてもいいのでしょうか。……いえ、今はダメですよね。ぐるぐると悩んでしまいます。

 

「おお、カサンドラ。そこの角を右に曲がればもう医務室じゃ。先に行って扉を開けてくれんかのう」

「は、はい! ただいま!」

「おお、よいよい。走らんでもよい。また転んでは大変じゃろう」

 

 うう、ダンブルドア校長はとっても、とってもお優しいです! どしましょう。こんなお優しい方にお怪我を負わせてしまいました。もしも怒られなかったのだとしても、私自主的に反省文を提出しなくてはダメですよ! いえ、きっと多分怒られてしまいますでしょうけれど……。うう、本当にごめんなさい、ダンブルドア校長。

 少しでも早く着くようにと小走りに、けれど転ばないように気をつけて進み、私は医務室の扉を開けました。後はマダム・ポンフリーをお呼びするだけ、です!

 

「え、えと、その……きゅ、急患です!」

「まあまあ、大きな声でどうしたのです」

「その、ダンブルドア校長が……」

「校長がどうしたというのです? ああ、額が赤く腫れていますよ。一体どこにぶつけたのです」

 

 マダム・ポンフリーは私の前髪を上げると、おデコを見て眉を顰めます。え、そんなに腫れているのですか? その、そこまで痛くはないのですが。……いえ、違います。私の怪我は後回しで平気なのですよ! 急患はダンブルドア校長です!

 

「私は大丈夫です。それよりもダンブルドア校長を!」

 

 そう叫ぶように言って、私は杖を振るいダンブルドア校長を医務室の中へと入れます。ちょっとだけ勢いが強くなりすぎたような気がしますが、そこはいいということにしておきます。なんと言っても急患ですから。

 

 くったりしたダンブルドア校長の姿にマダム・ポンフリーは驚きながらも、しっかりとした指示をくださいます。私はその指示に従い、ベッド上へと静かに降ろします。腰がこれ以上痛くならないように慎重に、です。

 ギックリ腰はとっても、とっても痛いらしいのです。しかも癖になりやすいとも言います。どうしましょう、これから先ダンブルドア校長の持病がギックリ腰になってしまいましたら……ええ、わかっています。私の所為ですよね。どう償えばよいのでしょうか。

 

 きゅうっと目を閉じて、早く良くなりますようにと願います。私では治療のお手伝いはできません。先ほど唱えた『エピスキー』だってどこまで効いているかわかりません。少しでも効いているとよいのですが……。

 

「はい、終わりましたよ。次はあなたの番ですよ、さあお座りなさい」

「え? ダ、ダンブルドア校長は? もう大丈夫なのですか?」

 

 マダム・ポンフリーの声に目を開ければ、目の前にいらっしゃいます。

 

「ですから終わりました。応急処置がよかったのでしょうね。軽い痛みが残っていたようですが、今夜一晩大人しく寝ていれば治ります。大丈夫なのですから、そのように泣きそうな顔をしない」

 

 そうおっしゃりながら、マダム・ポンフリーは私のおデコを出し、じっくりと見つめます。ちょっとだけ外気が気持ちいい気がするのは、熱を持っているから、ですかね?

 難しい顔をなさったまま、軟膏を塗りガーゼを貼り付けていきます。とっても手際がよいのです。憧れますね。私もよく怪我をして、自分で治療しますが、こんなに手際よくなんてできません。癒者はとってもお勉強しなくてはなれませんが、ちょっとだけ憧れます。まあ、私がなったところで就職先が全くないような気がしますが。

 

 そっと前髪を下され、頭を撫でられます。

 

「さあ、終わりましたよ」

「あ、ありがとうございます。その、夜遅くに申し訳ありませんでした」

「それほど遅くはありませんから大丈夫ですよ。さあ、あなたも今晩はここに泊まりなさい」

「え? そんな、大丈夫です」

「あなたは頭を打っているのですよ? 夜中に具合が悪くなるかもしれない状態のあなたを寮に戻すことはできません」

 

 聞き分けなさい、とおっしゃるマダム・ポンフリーになにも言えず、私は一晩寮に戻らず医務室に泊まることとなりました。コレ、お父様やお母様にお伝えすることができませんよね? というか告げるべきではないですよね。こんな失敗をしてしまったなんて、娘じゃないと言われかねません。……まだ私は覚悟ができていないのですよ。

 

 内緒にしましょう。そう思いながら、ベッドに入ります。ちなみにマダム・ポンフリーは部屋の奥へと向かっています。はい、私ダンブルドア校長と隣り合ったベッドです。これは今、なにかお話をしても大丈夫ですかね?

 ここでレイブンクローの髪飾りをお渡しすることはできませんが、持っていることはお伝えできそうですね。ちょっとだけ安心です。

 

「ダンブルドア校長、今お話ししても大丈夫ですか?」

 

 こっそり潜めた声を出します。マダム・ポンフリーに見つかったら、多分怒られてしまいますからね。静かに話すのです。

 

「起きておるが、お主は大丈夫なのか? 具合は悪くなっておらんか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 私を心配してくださるダンブルドア校長に、静かに、ですがはっきりとお伝えします。とっても大事なことですからね。

 

「あのですね、校長室でお伝えし忘れてしまったことがありまして、それをお伝えしたいのです」

「ふむ、それはアレのことか? あの記憶だけでなく、なにか他にあったということ、じゃろうか?」

「そう、なのです。ええとですね、実は今日のお昼前に『必要の部屋』から髪飾りを持ってきてあるのです」

「うむ。お主意外とやるのう」

「あ、ありがとうごさいます……でもですね、お伝えし忘れていますから、ダメだと思いますよ?」

「じゃがもう手に入れておるんじゃからいいのじゃよ。じゃがまあ、今それを受け取ることもできんからのう……明日の夜、また時間を作ってもらってもよいかの?」

「私は構いません。ですがダンブルドア校長は大丈夫なのですか?」

「まあ、大丈夫じゃろう。ポピーが平気じゃと言っておったしの」

 

 とっても明るく笑うダンブルドア校長に、そこはかとなく不安を感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。

 ですが明日またお会いして、お渡しできるのはよいことですし、気にしないことにしましょう。

 

「わかりました。ではまた、ええと今日と同じ時間でよろしいですか?」

「おお、そうじゃな。それでいいじゃろう」

 

 そう言って、小さく頷くダンブルドア校長はさあ、子供は寝るのじゃ、とおっしゃって、杖を振ります。部屋の中が暗くなりました。が、そのすぐ後に寝息が聞こえ始めました。……ダンブルドア校長はとっても寝つきがよいようです。なんだか羨ましいですね。なんて今日1日の怒涛の展開加減に興奮冷めやらぬ私は、薄明かりに見える天井を眺めるのでした。



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その27

 眠っていた私は、アリシアさんとアンジェリーナさんに揺り起こされまして、お2人とともに朝食を食べに大広間へ向かうことになりました。ちなみにダンブルドア校長はもういらっしゃいませんでした。ご挨拶ができませんでしたね。残念です。

 

 一晩医務室にお泊まりになった私を、お2人ともとっても心配していてですね、なんだかとっても過保護になっていらっしゃいます。……私そんなにご心配をおかけしてしまったのですね。反省しなくては。

 それにですね、お2人だけでなく大広間ではフレッドくん、ジョージくんにリーくん。チャーリーさんにセドリックくんにまで声をかけていただけました。嬉しい限りです。が、ちょこっとだけ問題が起きました。はい、セドリックくんをですね、『セドリック』と呼んで、皆さんに責められたのです。

 で、お誕生日のお祝い代わりなのだとお伝えしたのですがご納得いただけず、皆さんを呼び捨てすることとなりました。私呼び捨てできますかね。もうフレッドくんはフレッドくんなイメージで固まってしまっているのですが。でもダメですね。お約束してしまいましたし、努力しましょう。

 ちなみにちょっとだけセドリックくんは涙目になってらっしゃいました。どうしたのでしょうかね? ともあれセドリックくん以外の方も呼び捨てにすることになったのですから、セドリックくんにはなにか別な贈り物をご用意した方がよいですよね。男の子ってなにを喜びますかね?

 

 などと余所事を考えながら、私は今日の授業を1日分受けてしまいました。いえ、ノートはきちんと取っておりますが、あんまり真面目に聞いた記憶がありません。これではダメですね。学生の本分は勉強、ですのに。

 授業は薬草学、変身術の二本立てだったのですが、マクゴナガル先生にも心配されてしまいました。というのもですね。本当は今夜、変身術の補習の予定だったのです。ですがダンブルドア校長とお約束してしまいました。そうなのです、私すっかり忘れてしまっていたのです。大事な補習でしたのに。

 私の体調からかと思われていたようなのですが、ダンブルドア校長に呼ばれているとお伝えしたことで、マクゴナガル先生は安心してくださったようですね。よかったです。これ以降の補習はナシです。なんて言われなくて本当によかったです。そうなってしまいましたら、アニメーガスへの道のりが遠くなってしまいますからね! 目指せ猫さんなのですよ!

 

 今日は夕食を早めに終えて、厨房で時間までいくつかお菓子を作りまして、それからネロと少し戯れて英気を養いました。そうです。お手紙に書いたお菓子を作るため、です。とっても簡単なものにしてしまいましたが。

 その作ったお菓子と手紙とを包みまして、お家へと送りました。医務室で目覚めましたので、今朝出し損ねてしまったのです。今日中には届くでしょうし、平気ですよね?

 ドラコもそうですが、お父様もお母様も食べてくださるといいですね。大丈夫ですかね? お父様はあまり甘いものを好まれませんし、お母様も体型維持のために甘いものの制限をしていらっしゃいますし……。いえ、食べてくださると思っておきましょう。そうでないとしょぼんとしてしまいそうですからね。はい、物事はよい方に考える方が幸せになれますからね。

 

 お手紙を出した梟小屋から3階まで降りて、私は校長室まで向かいます。時間的にはちょうどいい頃合いとなるでしょう。もう校長室の場所は覚えましたからね、平気なのですよ! と、思っておりましたが、そうです。私はまた合言葉を聞いておりませんよ! どうしましょう。今日もガーゴイルさんたちは動いてくださいますかね?

 とっても不安を感じながら向かったのですが……ガーゴイルさん、台座の上にいませんでした。さっくり階段が出ています。なんでしょう、このウェルカム状態は。ええと、その、ダンブルドア校長がしてくださっているということですよね? そうですよね? 自分に言い聞かせるようにしながら、私は階段を登りました。

 

 2度目のグリフィンのノッカーを鳴らします。中からですね、なんだかとっても弾んだ声が聞こえます。

 

「失礼いたします。カサンドラ・マルフォイです」

「おお! 待っておったぞ、カサンドラ」

「お、お待たせして申し訳ありません」

 

 よいよい、とおっしゃってくださいますが……どうしてこんなにもダンブルドア校長は笑顔なのですか? なんだかとっても満面の笑みという言葉が浮かぶのですが。えと、どうしたのでしょうかね?

 ちょっとだけダンブルドア校長の表情に首を傾げながら、促されるままに席につきます。また昨夜のように対面して座るのです。座った途端さっと紅茶の入ったカップを供され、ダンブルドア校長も席に着かれます。

 

「では、カサンドラ。昨夜の言っておった髪飾りを出してもらってよいか?」

「あ、はい!」

 

 ごそごそとポーチの中を漁り、ぐるぐるのアレを取り出します。はい、これで2度目のぐるぐる提出ですね。

 ぽふんとテーブルにそのまま置けば、ダンブルドア校長はまずはじっくりとそのまま見つめます。端から端まで確認したのですかね、ゆっくりとその紐を解くのです。

 布と紐とをテーブルの隅に置き、現れた髪飾りを見やります。私もそれに習い髪飾りを見るのですが、じっくり明るいところで見ると必要の部屋で見たよりもはっきり形がわかりますね。

 中央に石があります。それを彩るように鷲が彫り込まれ、なにか文字も書いてあるように見えます。……ええと『計り知れぬ英知こそ我らが最大の宝なり』でしょうか。なんだかとっても難しい言葉ですね。

 

「ふむ、ロウェナ・レイブンクローの髪飾りに相違ないようじゃな」

「ええと、ホグワーツの創設者のお1人で、レイブンクロー寮をお創りになった方ですよね?」

「そうじゃ。レイブンクロー寮にはロウェナ・レイブンクローの立像があるのじゃが、そこにあるものと同じ髪飾りじゃ。失われたと言われてきたのじゃがのう、まさかホグワーツの中にあるとは」

 

 なんだか嬉しそうに感心していらっしゃるダンブルドア校長を見つめながら、考えます。お渡ししたもの以外のホークラックスを手にするには、どうしたらいいのかを。

 私はよく覚えていないのですが、それでも記憶の中を探ったダンブルドア校長はそのありか全てがわかったようです。ここは素直にお伝えして、逆に教えていただくのがよいですよね? 多分ですがもう1つくらいなら、私でも手に入れられそうな気がしますし。

 

「ダンブルドア校長。その、昨夜は記憶をお渡ししたのですが、私ホークラックスについての記憶が曖昧なのです。その……とっても覚えていた日記ですとか、この髪飾りは場所まで覚えていたのですが他のものは……」

「ふむ、じゃがお主の記憶の中には詳細な場所まであったが?」

「その、なんと言いますか。……記憶から知識になる時に欠落してしまったというべきなのですかね? どんなものか、どんな場所にあるのだろうか、はわかるのですが詳細なものが浮かばないのです」

 

 素直にはっきり言ってみましたが……私使えないですね。なんでしょうこの残念感。自分で言っていてなんだか悲しくなってきましたよ。

 ダンブルドア校長はしばし悩まれた後、まあよいじゃろうと呟きます。お教えいただけるということですかね?

 

「ではカサンドラ。お主はどれを知りたいのじゃ? ロケットか? 指輪か? それともカップじゃろうか?」

「ええと……指輪はどこか遠いところ、でしたよね? それでは私が取りに行くことはできないと思いますので、お聞きしてもしょうがないと思います。ですのでカップかロケットではないか、と」

「ふうむ。サラザール・スリザリンのロケットに、ヘルガ・ハッフルパフのカップか」

 

 どうやらカップはハッフルパフの名がついたものだったようですね。……ヴォルデモートさんは歴史的重要物が好きなのですかね? 壊したら大変なことになりそうなものばかりなのですが、ヴォルデモートさんの選択がちょっとだけ迷惑だと思ってしまうのはダメでしょうかね?

 こくりと1つ頷いたダンブルドア校長は、まあいいじゃろう。と呟きます。

 

「サラザール・スリザリンのロケットは、今はまだブラック家の中にあるようじゃな。あの家におる屋敷しもべ妖精のクリーチャーが保管しておるようじゃ」

「ブラック家の……」

「それからカップじゃが、あれはのう難しいじゃろうな。グリンゴッツ銀行内の金庫の1つにある」

「え、ええとどなたの金庫でしょうか?」

「あー…お主の伯母にあたる人物じゃよ」

「伯母様、ですか? ええと、ベラトリックス伯母様とアンドロメダ伯母様のお2人がいらっしゃいますが……ベラトリックス伯母様ですか?」

「そうじゃ。ベラトリックス・レストレンジは随分と傾倒しておるし、お主の記憶でもそうあったしのう。間違いはなかろう」

 

 ブラック家の中にあるものも、ベラトリックス伯母様の金庫内にあるものも、私には簡単に手に入れることができませんよ。確かにお母様はブラック家出身ですが、私自身はそちらに伺ったことはございませんし、ベラトリックス伯母様にもお会いしたこもありません。本当に小さい、記憶にも残らない頃にお会いしたことがあったかもしれませんが、それでは意味がありませんしね。

 私がお父様の金庫には行ったことはありませんが、お父様は私の金庫を開いたことがあります。それは鍵をお渡ししていたからなのですが……鍵さえあれば平気でしょうか? それとも血縁でなくてはダメでしょうか? わかりませんので、聞いてみることにします。

 

「ダンブルドア校長、グリンゴッツ銀行は、鍵さえあればどの金庫でも入ることができるのでしょうか? その、お父様が、鍵をお預けした私の金庫から、私の代わりにお金を引き出してくださったことがあるのです」

「ううむ……できないことはない、と思うのじゃが、お主はベラトリックスの金庫の鍵がなんであるのかわかるのか?」

「え? 鍵とは杖のことではないのですか?」

「杖である時もあれば、違う時もある。様々なのじゃよ。しかしお主はなぜ杖が鍵だと?」

「お母様がそうおっしゃっていたのです。その、杖は一生ものである上、肌身離さず持っているものなので、人に取られることも少ないから、と」

 

 ですからお母様のお姉様であるベラトリックス伯母様でしたら、杖を鍵にする可能性もあるかと思ったのですが。間違っていますかね。そうですよね、そこまで単純なわけはありませんよね。

 

「杖のう……ベラトリックス・レストレンジの杖は本人が未だ持っているだろうしのう。難しいのではないか?」

「そう、なのですか? ベラトリックス伯母様は今アズカバンですが、あそこは杖を持っていてもよいのですか?」

「よいというわけではないはずじゃが……取り上げることは難しいのじゃろうな」

「どうして杖を取り上げないのでしょうか。その、悪いことをしたわけですよね? 悪いことをしたのでしたら、それ相応の罰が必要なはずです」

「そうじゃな。だがアズカバンに収容したことで皆安心するのじゃろう。じゃから杖を取り上げることもしないのじゃな」

 

 ですがアズカバンから脱獄する方がたくさん出ますよね? アズカバンだけではダメだという証拠だと思うのですが、それが魔法界の法律なのでしょう。

 でも、思うのですよね。悪いことをした方の記憶を奪ってしまえばもう同じことはできないのではないか、と。その、忘却術を使えば生まれたての子供のように戻るはずですから。

 

「どうしたのじゃ、カサンドラ」

「いえ、その……どうしてアズカバンに収容する方、それももう出すつもりのない方の記憶をどうして抜かなのかな、と」

「記憶を抜く、じゃと?」

「ええ。忘却術というものがありますよね? あれは記憶をまっさらの状態に戻してくれるものですよね? 悪いことをした自覚をなくしてしまうのはダメかもしれませんが、もう2度と同じことは繰り返さなくなると思うのですが」

 

 と言い切ったのですが、ダンブルドア校長は黙り込んでしまいます。ええと、私そんなにおかしなことを言いましたかね? ですが、そのくらいした方がいいと思うのです。だってアズカバン、本当に脱獄される方多いですから。

 死喰い人さんたちが脱獄しなければ、ヴォルデモートさんの勢力はとっても力が弱くなると思うのです。これは搦め手というのですかね? いえ、でも誰でも考えつくことですよね。ああ、そうですよ。もし忘却術を使うのでしたら、あの方に頼めばよいのではないですかね。確かとっても素晴らしい忘却術の使い手、なはずですから。



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その28

 ホークラックスのお話をしていたはずが、いつの間にかアズカバンに収容された方たちへの処遇の話に変わっていました。いえ、私がいけないのですが。でもずっと疑問だったのです。罪と罰とは等価であるべきではないのか、と。

 そんな私がポロっと零した言葉をですね、ダンブルドア校長はじっくり考えられて、一言おっしゃいました。「それはいいかもしれんのう」と。え? ええと、その、本当にいいのですかね? いえ、これは私とダンブルドア校長とのお話の中だけのことだと思うので構わないのですが、本当によいと思っていらっしゃるのでしょうか。

 

 自分で言っておいてなんですが、とっても難しいと思うのですよね。だって本当に収監された方たちが杖を持っているのでしたら、まずそれを取り上げてから忘却術を使うのですよ? そんなに簡単に杖を取り上げられるのでしょうかね? きっととっても反抗されますでしょうし、無理でしょうね。いえ、ディメンターがいればできるのですかね? わかりませんね。

 でも本当に不思議ですよね。これから脱獄する方が増えるとは言え、今はまだどなたも脱獄したことはありません。ですから収監しただけ安心できるのでしょうかね? ですが罪を、それも許されざるようなものを犯した方たちなのですよ? 私でしたら安心できないのですが。

 そもそもですね、悪いことをして収監されたのに杖を折られないということが不思議だ、とも思うのです。

 だって未成年者が魔法を使ったことが魔法省に知られたならば、1度目は警告。2度目には杖を折られ、ホグワーツを退学になるくらいなのですよ? とっても重い罰ですよね。

 私的には未成年者が魔法を使うことで起こる危険、というのは大人がなんとかするべきだと思うのです。だって大人はそのためにいるのです。大人の存在理由は子供が間違いを犯した時、叱るだけでなく、諭し、そして守るため、なはずなのです。そうでなければただ歳だけ重ねた大きな子供ばかりが増えてしまうような気がします。実際そのような方もたくさんいますしね。

 こんな風に未成年者には厳しい法があるにも関わらず、どうして成人しているからといって罪を犯したものの杖が残るのですかね? なんでしょう。癒着ですかね? イヤですね、大人って。

 

 なんてつらつらと考える私を余所に、ダンブルドア校長は何事か紙に書き出し始めました。……ええと、お手紙のようですね。ということは覗いてはいけませんね。では、淹れていただいた紅茶を飲みながら、ダンブルドア校長がお手紙を書き終わるのを待ちましょうか。ゆったりした時間が流れていますね。

 

 3枚目の紙に移ったお手紙を見て、ダンブルドア校長はなんだかとっても嬉しそうです。なんでしょうか。なにがあったのですかね? その紙の中程まで書いた頃、ダンブルドア校長は顔を上げて問うてきます。

 

「のう、カサンドラ。お主はこの魔法界で1番の忘却術の使い手は誰だと思っとるのじゃ?」

「忘却術の使い手ですか? ええと、今はそれで有名ではないと思いますが、ロックハートさん、ですかね?」

「ロックハート? ギルデロイ・ロックハートかのう?」

「はい、そうですよ。あの方の著書は全て他の方の功績なのですよね? 他の方から奪った後、忘却術をかけていらっしゃるはずですよ」

 

 と、答えましたが……あら? これはまだ世に出ていない話でしたかね? でもいいですよね。私、あの方あまり得意ではないのです。あの方の授業を受けるくらいでしたら、他のことに従事していただくのがよいですよね。ええ、多分そうなはずです。

 

 私が1人納得していれば、ダンブルドア校長はお手紙を書き終えたのでしょう。封筒に入れ、封蝋を押しています。今の問いはなんだったのでしょうかね?

 

「ふむ。今宵はよいことを聞けたのう」

「そうですか? えと、それはよかったです」

 

 笑みながらそうおっしゃっていただけて、私も一安心です。が、本当にお手紙はなんだったのでしょうかね? わかりませんがダンブルドア校長がよいとおっしゃるのですから、それでよいですよね。

 浮かべた笑みを深めながらじっと私を見つめ、ダンブルドア校長は口を開きます。

 

「のう、カサンドラ。お主がホークラックスを壊したいことはわかったが、探すことも、壊すことも無理せずすればよいじゃろう。きっと全て上手く行くはずじゃろうてな」

「そうでしょうか……。時間が足りないのではないかととっても心配なのです。その、例のあの人が復活なさったら、お父様がアズカバンに収監されることになるのではないかと思ってしまいますし……」

「家族が心配か。そうじゃろう。お主は優しい子のようじゃからのう」

 

 ダンブルドア校長はいっそう優しい笑顔を見せてくださいます。ですが私、ちょっとだけ覚えているのです。お父様がアズカバンに収監されたことを。お母様は残っていましたが。そしてそのお父様はヴォルデモートさんの手引きで脱獄するのですよ。つまりですね、罪を犯して収監されたにも関わらず、また罪を重ねてしまうのです。……マルフォイ家の名誉って地に落ちませんかね?

 いくら『間違いなく純血の血筋』で『聖28一族』に選ばれていても、世論がヴォルデモートさんを非難すれば私たち一家も非難されてしまうのは当たり前のことでしょう。私はいいのですよ。そうなってしまう可能性を知っていましたから。ですがドラコが……ドラコが蔑まれるのはイヤなのです。

 私はなんとかしてドラコを死喰い人にさせないつもりです。あの子にはなんの罪もないまま、このホグワーツを卒業してもらい、そして幸せな、肩身の狭い思いをしない結婚をしてもらいたいのです。後はハリーとは喧嘩はしても友人となって欲しいと思います。まあ、これは希望的観測なだけですが。

 

 お父様にも、お母様にも、ドラコにも幸せな未来があって然るべきだと思ってしまう私は、本当に優しいのでしょうか。だって私が欲しいのはとても利己的なお願いと同じもの、でしょう? ですからすぐに浮かんだ否定の言葉を私は言いました。

 

「私は優しくなんてない、ですよ」

「なにを言っておる。お主は優しい。そうでなければ自らを危険に曝そうなどお主ほどの年で思わんじゃろう?」

「でもそれは……それは私が知っていたから、です」

「そうかもしれんな。しかし普通の子供じゃったら、もっと早うに大人に言っておるじゃろう。そしてお主の身近な大人はルシウスじゃろう? そのルシウスに言わんかったこと、スネイプ先生を頼り、わしを頼ったこと。それが正しいとお主が思ったから──じゃとわしは思ったのだがのう」

 

 違うか、と首を傾げるダンブルドア校長に、私は口ごもります。そうです。お父様にも伝えようと思えばできました。ですが怖かったのです。私がいらないのだと放り出されてしまうかもしれない、そう思ってしまったから。

 私は家族が好きです。周囲からどう思われていようと、家族として愛していますし、大切なのです。だからそんな彼らを少しでも守れるだろう選択をしたかっただけ。全てを自分でできないから、頼れる大人を探して、それがたまたまダンブルドア校長だっただけ──いいえ、違いますね。ダンブルドア校長を私は選んだのですね。

 スネイプ先生だけでもよかったはずです。ですが、これ以上の負担をスネイプ先生に与えたくありませんでした。間接的になってしまいますが、私はスネイプ先生も助かって欲しいのです。

 

 どれもこれも私が我が儘だから生まれた願いです。行動です。子供の論理を振りかざして、正しいと主張しているだけのような気もします。それなのに褒められているような言葉をいただくわけにはいかないのです。けれど私はなんと言葉を重ねれば、自分がズルい子だとばれないで済むのか考えてしまい、なにも言えませんでした。本当に私はズルくてイヤな子ですね……。

 ちょっとだけしょんぼりしてしまう私に、またダンブルドア校長の声が届きます。

 

「それにのう、お主が優しい子でなければ、友がそばにいることを拒むのではないか?」

「え?」

「お主は先日友に祝われたのじゃろう? 厨房の屋敷しもべ妖精が言っておった。開かれたパーティーはとても楽しそうなものじゃった、とな」

 

 少しだけからかうようにウインクするダンブルドア校長に、私は頷きながらあの日のことを思い出します。

 とても幸せで、とても楽しかった。泣いてしまったのも嬉しかったからですしね。それが表に現れたのでしょう。私は笑っていました。

 

「──はい、とても、とても楽しかった、です」

「お主のバースデイを遅くなっても祝おうと思う友がいる。それは普通に過ごしていたとして得られるのか? お主はどう思う?」

「皆さんが……皆さんがとってもお優しいから、です。だから私を喜ばせてくださったんです」

「それは違うじゃろう。お主が優しいからこそ、相手も優しくなる。それが連鎖し、素晴らしい友情が生まれるのじゃよ」

 

 そう言い切って、ダンブルドア校長は紅茶を一口飲みます。多分とっても温くなっていると思うのですが、気にせずカップを傾けています。それは多分、今の私の顔を見ないため、なのでしょうね。私今、とっても泣きそうになっていますし。

 だって嬉しかったのです。それは私が優しいということではなく、素晴らしい友情が生まれるの言葉です。そうなれるといい。そうありたい。そう思えたからなのでしょうかね。とっても目が熱いのです。

 

「さあ、カサンドラ。今日はもう遅い、そろそろ寮へ帰らねば明日が辛くなるぞ」

「で、ですがまだお話は……」

「無理は禁物、じゃ。今わしの手元にはホークラックスが2つある。残りはまだ多くあるが、それを今すぐ手に入れることは不可能じゃろう? ならばわしらができるのは、次を手に入れられるように英気を養うことだけじゃろう?」

 

 にこりと笑うダンブルドア校長は、そっと私を立たせ外まで送ってくださいます。

 螺旋階段を降り、廊下に出たところでとても深く優しい笑顔を浮かべてこうおっしゃいました。

 

「カサンドラ、お誕生日おめでとう。わしもお主が生まれてきてくれたことを嬉しく思うぞ」

 

 私の頭を撫でてのその言葉。私は涙腺が決壊しないように唇を噛み締めて、堪えるしかできないのでした。

 ダンブルドア校長ったら、ひどいです。泣き顔で帰ったら、皆さんがとってもとっても心配してくれてしまうのですよ! そうしたら、ダンブルドア校長が責められてしまうかもしれないのですよ!

 なんて余所事を考えながら、今できる精一杯で笑ってお休みを言いました。ダンブルドア校長のこと、なんだかとっても、今まで以上に好きになった気がします。



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ご令嬢は家族が大好きです。
その29


 ダンブルドア校長とお話をしてから少し時間が経ちました。そうなのです。ハロウィンも終わりましてもう11月ですね。時間が経つのは早いものです。

 ハロウィンの日は、朝からしっかりと授業をしまして、お夕食でとってもかぼちゃかぼちゃしい食卓を囲みました。お飾りもハロウィン仕様で天井からはジャック・オー・ランタンがたくさん吊るされていましたね。

 食後に談話室で魔法薬学と魔法史のレポートを仕上げ、『ホグワーツの歴史』を読んでいたのですが……なんだか色々な方に声をかけられましたね。ええ、毎回『Trick or treat!』とお菓子を要求されたのです。いたずらがイヤでしたので、もちろんお菓子を渡しただけなのですがね。校内中がお祭り騒ぎになっているようですね。私がマルフォイ家の娘であろうと構わず声をかけていただけているようで、少しだけそれが面白かったです。

 大抵お声をかけられて振り向いてようやく私と気づかれるようなのですが、そんな方にはすぐにお菓子と笑顔をお渡ししてお引き取り願っています。はい、面と向かって嫌味を言われたくないが故の予防策ですがなにか?

 ちなみに朝起きてすぐ、談話室に降りたところでフレッドくんとジョージくんとに捕まりまして、お菓子を持っていなかった私は悪戯されました。……仮装、させられることになったのです。あ、もちろん無理やりお2人に着せられたわけではないですよ? 同じ無理やりでも、無理やり持たされたのです。衣装を。今夜のハロウィン・パーティーの後でいいから談話室で着てね! なんて笑顔つきで。断れませんでした。ですので、パーティー後の寮の談話室で、私は仮装しました。

 黒いショートパンツとなんだかピタリしたこれまた黒いトップスのセットに、黒いタイツと黒猫耳に黒猫尻尾でした。しかもネロとお揃いの青いリボンを模したのでしょうね。青いリボン型のチョーカーがついておりました。……着ましたよ? 着ましたけれどどうして私1人だけが仮装していたのでしょうか。それだけが未だに納得できないのですが。そしてですね、きっとこの仮装の所為? お陰? で、私だと気づかれなかったのでしょう。……よかったのでしょうかね、それとも悪かったのでしょうかね。わかりません。

 

 そんな風にハロウィンでの出来事を思い出す私の目の前には、とっても綺麗な火花が飛んでいます。はい、今日は11月5日。ある意味でお祭りです。特にフレッドくんとジョージくんのイキイキ加減がありえないくらいだと思います。なんでしょう。水を得た魚のようです。

 本日11月5日は日曜で、授業がありません。そんな日の朝からお2人はとっても楽しそうに花火を飛ばして、校内中に火花を散らしているのです。比喩でなく物理的に。ちょっとだけ火事になってしまうのではないかと不安になるくらいです。

 

「あの2人は朝から元気よね」

「そ、そうですね。ですがいいのですかね?」

「あ、校内での花火? 大丈夫じゃないかな。多分だけど」

「いえ、多分では……」

「しかたないよー! だって『ガイ・フォークス・デイ』なんだもん! それにあの2人なら火事にならないようにしてるんじゃないかな」

「そうね、あの2人なら悪戯に命をかけてるだろうけど、それで死ぬつもりはなさそうだものね」

 

 ガイ・フォークス・デイとは、本来は悪いことをしたガイ・フォークスさんのお人形を市中引き回しの刑に処しながら、爆竹や花火を打つようなお祭りです。が、魔法界ではもう人形は全く使われておらず、花火や爆竹だけのようですね。……いえ、それだけで十分な迫力ですが。

 遠目でフレッドくん、ジョージくん、それから巻き込まれて花火に追いかけられているリーくんを見ながら、私たちはお茶をしています。はい、安全圏に避難中なのです。

 それというのも、爆竹や花火をすぐそばで鳴らされ、私は涙目になってしまったのです。いえ、だってとってもびっくりしたのですよ! 本当にすぐ近くで『バーン!』と破裂したのですよ! 泣きたくもなります!

 

 というわけで、そんな私を彼らのところから引き離してくださったのがアリシアさんとアンジェリーナさんです。ちなみにですね、セドリックくんもいます。彼も逃げてきたようですよ。

 

「そういえばセドリック、もうすぐクィディッチの試合でしょ? あなたどっちを応援するつもり?」

「え、それは……グリフィンドールの予定だけど」

「あ、やっぱりセドリックもスリザリンは苦手なんだね」

「まあ、セドリックはスリザリンの方になにかされたのですか? もしそうならおっしゃってくださいね、私スネイプ先生に直談判します」

「え、や、そんなことはないよ。大丈夫。そうじゃなくてさ、グリフィンドールとスリザリンだったら、友だちがいる方を応援したいっていうだけ、だよ」

 

 ちょっとだけ慌てたように、セドリックくんが言います。そうですよね、自寮が出ていないのでしたら、知り合いの寮となりますよね。でしたら私もレイブンクロー対ハッフルパフ戦の際はハッフルパフを応援しましょうね。……お友だちに変化は未だありませんし。

 ですが無理にお友だちを増やそうとは思っておりません。お友だちって自然と増えていくはずのもの、ですからね。まあ、私はマルフォイ家の娘というネックがありますから、とっても難しいと思ってもいるのです。普段の私を見て判断していただければいいな、とも思いますけれどね。

 

 4人でお茶を飲みながら、まったりと過ごして『ガイ・フォークス・デイ』は終わりました。流石にお夕食の時間にはフレッドくんも、ジョージくんも花火や爆竹を取り出すことは止めたようですね。よかったです。本当にびっくりしてしまいますから。

 なんてことを考えながら大広間から寮へ戻ろうとしたのです。ですが私、スネイプ先生から呼び出されました。おかしいですね。宿題のレポートですとか、補習を忘れたなんてことはないはずなのですが。それになにかを誰かに渡して欲しいともお願いしていません。いったいなんのお話でしょうかね?

 

 スネイプ先生の研究室である、地下の魔法薬学教室のお隣。やっぱり暗いですが、大分慣れました。さっくりと到着して、ノックをします。中からいつもとは違うとっても渋い声で入室の許可がおります。お機嫌悪いのでしょうかね?

 

「失礼いたします。スネイプ先生、どうかなさったのですか?」

「座りたまえ」

 

 開口一番に伺ってみたのですが、椅子を示されるだけ、でした。ええと、本当にどうなさったのですかね。とっても、とおっても渋いお顔をされています。

 私が椅子に座ると、逆にスネイプ先生は立ち上がり、なにかを持っていらっしゃいました。スネイプ先生の腕でようやく抱えられるほどの大きさの荷物、ですが……いったいなんでしょうか?

 ドサリと随分重たい音を立て、その荷物は机の上へと下されました。机、大分揺れましたよ。疲れ切ったようなため息をついたスネイプ先生は、私を見ないままおっしゃいます。

 

「お前のものだ。さっさとそれを持って帰ってくれ」

「え? いえ、いったい誰から……」

 

 問いかければ睨まれました。それでわかりました。はい、家からですね。というかお父様から、でしょうか。申し訳ありません、スネイプ先生。

 心の中でいっぱい謝罪をしながら、私はその荷物を持ち上げようとしました──が、持ち上がりません。お、重いのですよ! いったいなにが入っているというのです? お父様、本当にこんなものをどうやって送ったのですか! 梟さんが、スネイプ先生が大変ではないですか!

 などと憤ってしまいますが、早くこちらを持ち帰らねばなりません。どうすればよいか、は考えずとも浮かびます。はい、呪文を唱えて運べばよいのですよね。

 

「ロコモーター!」

 

 荷物を見つめて唱えたからですかね。特に名称を言わずとも浮いてくれました。いいですね、これ。力が全くいりませんよ。

 私は浮いた荷物をちらりと見てから、スネイプ先生へと向き直ります。退室の挨拶は大事ですし、心からの謝罪をしなければダメ、でしょうから。

 

「スネイプ先生。このたびはご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」

「構わん。それがこの部屋からなくなるのであればなんの問題もない」

「そ、そうですか……ええと、では失礼いたしました」

「ああ、そうだ。カサンドラ、ダンブルドア校長がここ最近頻繁に外出をしているが──理由を知っているか?」

「い、いいえ? 存じませんが……ダンブルドア校長はそんなにお出かけなさっているのですか?」

 

 な、なんでしょう。猫なで声からのこの質問は。いえ、ダンブルドア校長とは先月からお会いしていません。個人的にも、校内で見かけることもありませんでした。ですので本当に外出をしていたのかはわかりません。ですが、スネイプ先生が嘘をおっしゃる意味もないので、本当に外出なさっていたのでしょう。

 その理由と言われれば、アレでしょうとはわかりますよ。ですがダンブルドア校長がおっしゃられていないものをお伝えするわけにはまいりません。私は曖昧に口を閉ざします。ばっちりバレているような気がしますが、そこはそれです。押し切ることも時には大事なのですよ。

 

「もうよい。知っていることはわかった。それを言いたくないこともな」

「え、ええと……」

「それほど顔に出ていて、騙されるほど私は間抜けではない。が、別に深く聞くつもりはない」

「ええと、ありがとうございます」

「礼を言われる義理もないがな」

 

 ふいっと顔を背けながら、スネイプ先生はまるで猫を追い払うかのように手を振ります。退室の許可が出た、ということでしょう。それにしてもスネイプ先生はどれだけダンブルドア校長がお好きなのですかね? そんなに行動の全てが知りたいだなんて……ちょっとだけ変な目で見てしまいそうですよ? 冗談ですが。

 

 おやすみなさいとお伝えしてから部屋を出たのですが、相変わらず大広間の前に人影がありました。今日は1つだけ、ですね。

 

「キャシー? スネイプに呼び出されたにしては早いな。なんだったんだ?」

「ええ。この荷物を渡すためだったようで……」

「まあ、早くてよかったけど。じゃあ寮まで帰ろう」

 

 そう言って私に手を差し伸べるのはフレッドくんですね。そうして寮まで手を繋いで戻ったのですが、『ロコモーター』本当に使える魔法ですね。手ぶらで歩いてるも同然です。杖を掲げるくらいの労力だけですからね、すごいですね。

 談話室で荷物を開けるわけにもいきませんし、フレッドくんにもおやすみなさいとお伝えしてからそのまま荷物を部屋まで運びました。この荷物、本当になにが入っているのですかね?

 

 大きな紙包みだったのですが、開いた1番上には学用品が山のように入っておりました。闇の魔術に対する防衛術の教本、それも上級がなぜかあります。……ええと、たくさん勉強しろということでしょうかね? それとも身を守れということでしょうかね? わかりませんよ、お父様。

 その下には、また色の違う紙包みに包まれたものがありまして、それを開いたら……色とりどりのお洋服がありました。これまでよりもちょっとだけフリルやレースの少ないもの、です。これはお母様ですね。

 そして1番下にはですね、たくさんのお手紙があります。どれも封筒には入っていない、紙だけのお手紙でした。内容はと言えば、まるで日記のようなものです。はい、ドラコからの『今日の僕』が入学から昨日までの分が入っていました。ドラコ、字が上手くなりましたね。

 

 ええと、この荷物を見る限り、私はグリフィンドール寮だとしても家族と思っていただけているということでしょうか? そうだといいのですが、とそれぞれの荷物をぎゅっと胸に抱きます。ちょっと泣きそうです。ですが泣くわけにはいきませんからね、少しずつ荷物を片づけていきます。

 お母様からのお洋服は取り出しやすい位置にしまい、お父様からの学用品は机の上には全て並べます。そしてドラコからの日記のような手紙は、しっかりとまとめて引き出しの中にしまいます。見るのは明日以降にしますよ、今読んだら泣く自信が満々ですからね。

 

 そうして全ての荷物を片づけて終えて、包んでいた紙をたたみ始めたのです。が、その紙と紙の間からですね、ひらりと封筒が1つ落ちました。……ええと、お父様の封蝋がついた封筒です。な、なんでしょうか。絶縁状は入っていませんよね? 大丈夫ですよね? とってもとってもビクビクしながらですね、私は封筒を見つめるのでした。



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その30

 よく晴れたとても清々しい日ですが、私眠いです。とっても、とっても眠いです。ちょっとでも油断すれば眠ってしまいそうなほどに眠いです。

 今日の私はとっても寝不足なのですが、こんな日に限って魔法史の授業がありました。いえ、授業では眠らないですよ? ですが寝てしまいそうなくらいに先生のお声が平坦すぎました。まるで子守唄のようでしたよ……。

 ですがそこは気合いでなんとかしまして、今はお昼なのです。やっぱりまだ眠いですが、ここはちょっと濃いめの紅茶を飲みまして、乗り切るつもりです。だって私は寝不足ですけれど、今とっても幸せですから! 元気自体は普段の100倍くらいあるのですよ!

 

 私が幸せな理由、それはもちろんお父様からのお手紙故です。

 昨夜は動揺しすぎてしまい、ベッドの上で大分悩みましたがお手紙自体は読めました。その所為で寝不足なのですが、お手紙にはとっても嬉しいことが書いてあったのですよ!

 私ですね、お父様に……いいえ、お父様だけでなく、お母様にもドラコにも嫌われてなかったのです! それを私に教えてくれたのも、もちろんお父様からのお手紙ですね。

 

 お手紙の内容は学校での私を案じる言葉ですとか、労わるような言葉がたくさんありました。私の手紙にずっとお返事がなかったのも、大広間で私が家からの手紙を受け取らずに済むようにと心配してくださったからとありました。『グリフィンドールにいるマルフォイ家の娘』を心配してのことだったのですよ。お手紙がなかったことはとても寂しいことでしたが、こうしていただけたことで相殺ですね。

 このお手紙も、荷物もその理由からスネイプ先生へと一旦送られたそうです。スネイプ先生にはご迷惑になりますが、先生を通すことで周囲には知られ難くなるから、と。お手紙はとても嬉しいのですが……いいのでしょうか。

 スネイプ先生、とってもお疲れだったように思えるのです。ちょっとだけ思いました。お父様はこのお手紙以前にもスネイプ先生へと何某かのお手紙を送っているのではないか、と。それも私絡みで。多分間違いではない気がしますね。日に日にスネイプ先生のお顔が強くなっていましたし。本当にお父様はどのようなお手紙をスネイプ先生に送っていらしたのでしょうかね?

 私には内容まではわかりませんが、いただけたお手紙がとっても嬉しいので深く考えることができません。そうなのです。たくさんの心配もとっても嬉しいですが、このお手紙の最後は『クリスマス休暇に帰ることを待っている』と締められていたのです。

 私、クリスマスにお家に帰っても大丈夫だとわかったのです。それを喜ばずにはいられません。もちろんその手紙を全面的に信じるべきかもわかりません。ですが家族を信じず誰を信じろというのですか。

 私は家族の未来を憂いてはいますが、信じているのです。いえ、信じたかったのです。私は愛されているのだと。それを感じさせてくれたあのお手紙をどうして信じずにいられるというのでしょうか。

 読み込んだ手紙の言葉に天にも登るほど喜んでしまう私は、とっても単純でしょうけれども、いいのです。だって私は家族が大好きなのですからね。

 

 ちょっとだけ眠気が薄れた昼食の後は変身術の授業です。

 教室内に整然と並んだ机の上には今日取り組む課題があります。ちょろりと長いしっぽをしたネズミさん。ヒクヒクとおヒゲを動かしています。こうしてみるとネズミさんも可愛いのですね。

 今日から新しい課題としてですね、ネズミを嗅ぎたばこ入れに変える呪文を習うのです。初回説明の今日、皆さん一生懸命お話を聞いています。いえ、私も聞いていますが、ちょっとだけ心が幸せでどこかに行っているだけです。……ダメですね、授業は真面目に受けなくてはいけませんね。

 私も真面目にマクゴナガル先生のお話を聞きまして、杖を取りネズミさんと向き合います。杖の振り方、呪文、変えたい物の形。それを思い浮かべて一振りすれば──嬉しいことに1度で成功しました。

 今机の上にあるのは可愛らしいネズミさんではなく、お父様のコレクションの1つである嗅ぎたばこ入れがあります。

 青い楕円形の缶のそれは、繊細な細工のされた時計が中央に、その周囲は宝石や金で彩られています。とってもとっても高そうな代物ができてしまいましたね。ですがこれ、開けて大丈夫なのですかね? 元はネズミさんなわけですし、蓋を開けたらネズミさんが怪我をするとかはないですよね?

 考えてしまうと怖いことが浮かんでしまうので、私はできあがったそれを触ることなく静かに待ちます。ええ、良い子で待つのですよ。なんて考えておりましたらアリシアさんが声をかけてくださいます。

 

「キャシー、もうできたの?」

「え、あ、はい。できましたよ」

「え、ちょ、これすごい細かい細工なんだけど……本物じゃないの?」

「ちゃんとネズミさんですよ。きっとお父様のコレクションを思い浮かべたからですね」

「あー…明確なイメージが必要、なんだったわね」

 

 アリシアさんは私の言葉にちょっとだけ眉を寄せ、ご自分の前のネズミさんと向き合い杖を構えます。まだネズミさんはそのままの状態です。多分嗅ぎたばこ入れが明確にイメージできなかったのでしょうね。どのご家庭のお父様方が皆さん嗜んでいるわけではないでしょうし。ちなみにうちのお父様は嗜みませんよ? あれ、鼻に直接たばこの粉末を塗るものなので、見た目がイヤなのだそうです。確かに私も見たくありません。お父様のお鼻の下に茶色い粉末がびっしり、なんて。

 などと考えながら、私は教室内を見回します。

 私の席の近くにはアリシアさんはもちろん、アンジェリーナさんにフレッドくん、ジョージくん、リーくんがいらっしゃいます。皆さん一生懸命に杖を振るっています。というか皆さんまだできていませんね。しっぽが生えたままだったり、頭がそのままの残っていたりしているようです。……私はどうしてこんなに早くできたのでしょうかね? いえ、きっとマクゴナガル先生の補習のお陰ですよね。

 

「カサンドラ・マルフォイ。出来たのですか」

「あ、はい。できました」

「──素晴らしい。とても精緻な細工ですね。他の皆さんもご覧なさい。素晴らしい出来ですよ」

 

 そうおっしゃったマクゴナガル先生は嗅ぎたばこ入れを持ち上げて皆さんに見えるようにします。ええと……こんなことも初めてです。マッチを針に変える呪文の時でも、それなりに早くできましたが見本にはされませんでしたから。いえ、多分針が一般的なものではなかったからでしょうけれど。私、マッチを針は針でも畳針に変えたようなのですよね。自覚はなかったのですが、小さなマッチが15センチほどもある針に変わるとは思いませんでした。いえ、でもきちんとできていると褒められはしましたよ?

 

 皆さんはマクゴナガル先生の手にある嗅ぎたばこ入れを見て、また杖を振り出します。先生は机の上にそれを戻しながら「グリフィンドールに1点」とおっしゃいます。ええと、私が点をいただいていいのでしょうかね? ちょっとだけ不安になりましたが、贔屓はなさらないマクゴナガル先生なのです。余計な心配はしなくてもよいですよね? ここは素直に喜ぶのが良いですよね? なんて言い訳をしてみますが、私の頬はとっても緩んでいることでしょう。だって褒められて嬉しくないわけありませんからね。

 

 お家からのお手紙を読み、とっても幸せな気分でいたら授業で褒められて、余計に幸せな気分になれた今日も1日終わりです。マクゴナガル先生との補習でも、なんだか進んだような気すらするほどです。といってもまだまだアニメーガスは遠い存在ですが。

 早くアニメーガスになりたいところですが、それは時間がかかって当たり前のことなので焦ってはいけません。どちらかというと私が焦るべきはヴォルデモートさん関連のこと、なのですから。などと考えながら、私は寮まで歩いているのです。ちなみに本日はフレッドくんとアリシアさんとアンジェリーナさんがお迎えにきてくださいました。ありがたいことですね。

 

「キャシーはさ、変身術の補習でなにを習ってるの? 授業とは関係ないこと、なんでしょ?」

「それ、私も気になるのよね」

「今日習ったところを教えてもらってたわけじゃないんだろ?」

「ええ、授業自体の補習はしていただいていませんよ。その、私、どうしてもなりたいものがありまして……」

 

 今まで話していませんでした、変身術の補習理由を聞かれてしまいました。話すことに否やはないのですよ? ないのですが猫になりたいのです! 猫になってネロと遊びたいのです! なんて正直に言うのは少し恥ずかしいのです。ちょっとだけ言葉を濁してみました。が、逆に興味を引いてしまったような気がします。なんでしょうか、アンジェリーナさんのキラキラした目は。

 

「それ、すっごい興味があるんだけど!」

「ええと、その」

 

 アンジェリーナさんに詰め寄られる私の隣、アリシアさんとフレッドくんは気づいたようです。

 

「変身術でなりたいものって言ったら……アレよね」

「アレには俺も興味あるけど、アレって難しいんだろ? キャシーでもそんなにすぐにはできないだろうし、俺じゃ無理かな」

「え、アリシアもフレッドわかるの? ええ! ちょ、私にも教えてよ!」

「アニメーガスよ。アンジェリーナも聞いたことくらいあるでしょ」

「そ、魔法省に7人しか登録されてないっていう、貴重な魔法。人が動物に変身するってやつだから……キャシーは、猫になりたいんだろ?」

「ええと、その、そこまでわかりやすいですか?」

「だってキャシー、ネロのこと大好きだろ。アニメーガスになって、ネロと遊びたいんだろうなって思っただけ、だよ」

 

 ちょっとだけ困ったように笑うフレッドくんと、ちょっとだけ呆れたような顔をするアリシアさん。そしてとっても羨ましそうな顔をするアンジェリーナさん。そしてちょっとだけ隠しておきたかった理由がまるっとバレてしまっている私。なんでしょう。とってもカオスな気がします。

 

「私も! 私もアニメーガスになるための補習受けたい!」

「ああ、それいいわね」

「あー…でもそれなら、ジョージもリーも受けたがるんじゃね?」

「え? え? それって」

「決まってるでしょ?」

「俺たちみんなで補習を受けて、アニメーガスになるってこと、だよ」

「そうと決まれば、私マクゴナガル先生のところに戻るわ。私たちもキャシーと一緒に補習が受けたいって伝えてこなくちゃ」

「あ! それ私も行く!」

「え、ちょ、それなら俺たちも受けるって伝えておいてくれよ。俺から2人には言っておくし、どうせ受けるに決まってるしな」

「そうね、じゃあそれも伝えておくけど代わりにしっかりキャシーを連れ帰っておいてよ? 今日のその子、寝不足みたいでフラフラしてるから」

 

 私が口を挟む隙もなく、3人の中でお話は決まったようで、アリシアさんとアンジェリーナさんは元きた廊下を戻っています。その場には私とフレッドくんだけが残されることになりました。

 

 皆さんと一緒に補習を受けられるのは嬉しいことです。ですがいいのでしょうか。アニメーガスってとっても難しいのですよね? 皆さんのお時間の無駄にならないといいのですが……というかですね、もしかしてアレですか? 今日の補習のように、耳やしっぽが中途半端に生えた私を見られるということなのでしょうか……。ちょっと、いえ、大分恥ずかしいのですが。



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その31

 目先の問題──クリスマス休暇に帰宅できるか──が片づいた私は、翌日ぐっすり眠って気分もスッキリです。ですのでこれからのことを考えることにしました。

 ちょっとした小さな問題は浮上してきましたが、皆さんと補習を受けられるというのはきっと楽しいことです。実際にアニメーガスの失敗ではないですが、猫耳猫しっぽ付きの姿は見られていますしね。まあ、アレを渡されたということが、補習の失敗を知られていたかもしれない──という疑惑は中々拭えないのですが、今は未来のことに目を向けることにしたのです。別に逃避ではないですよ?

 

 私が望む未来は、変わらず家族が少しでも幸せになれる未来です。まあ、それはヴォルデモートさんが打ち倒された後に、でもいいのですが。

 とにかくそれを考えるとですね、まずホグワーツにヴォルデモートさんの脅威が迫らないことが1番ですよね? となるとどうすることがよいのでしょうか。

 

 物語の中で1番にヴォルデモートさんの影が出るのは、今から2年後の原作スタート時です。その時にヴォルデモートさんの手下になっている方──は今は普通の方のように見えます。そうです。なんとクィリナス・クィレル先生は今はターバンを巻いていらっしゃいません。

 入学の時、スネイプ先生はすぐに見つけられたのですが、実は私クィレル先生は見つけることができなかったのです。後日その理由に気づいたのですが、ターバンを巻いていらっしゃらなかったからのようですね。ええ、私はあの方をターバンで判別していたようです。今のふわっとした金茶髪の髪の毛で、それなりに整ったお顔のクィレル先生を判別できていなかったのです。だって本当にターバンの印象が強かったのですもの。仕方ないですよね。

 しかもですね、今のクィレル先生はマグル学の先生なのです。闇の魔術に対する防衛術の先生ではないのですよ。初めての授業の時にはびっくりしましたね。てっきりクィレル先生がいらっしゃると思っていましたし。

 つまりですね、3年生からの選択授業であるマグル学の教授であるクィレル先生と、私は全く接点がないのです。その所為ですっかり忘れてしまっていたのですが、あの方は近いうちにヴォルデモートさんを後頭部に隠すのですよね。

 その正確な日がわからないことが痛いですね。これはダンブルドア校長への相談案件、ですかね?

 そうですよね、確かクィレル先生が学校をお休みになってから、ヴォルデモートさんを後頭部にお隠しになって、また学校に戻り闇の魔術に対する防衛術の教授になられる、はずですので。つまり単純な解決策は、お休みになった後に戻れないようにすればよいか、もしなんでしたらお休みを与えないようになさればよい、のかもしれませんね。もっともそれはダンブルドア校長がお考えになることですし、一生徒の私にどうこうできることではありませんよね。やっぱりダンブルドア校長への相談案件ですね。

 

 クィレル先生はダンブルドア校長にお任せするとして、残るはネズミですね。そうです、フレッドくんたちのお兄様であるパーシーさんのペット『スキャバーズ』になっている、ピーター・ペテュグリューさんをどうするか、です。ちなみに捕まえるのは簡単だと思います。どうやらうちのネロがですね、何度かちょっかいをかけているようなのです。フレッドくんから伺いましたが、結構な頻度でうちのネロってば追いかけているようです。ちなみにまだそれはパーシーさんにはバレていないようです。

 それにしてもネロは『スキャバーズ』が、普通のネズミとなにかが違うとわかっているのですかね? もしそうなら、本当にネロは普通の猫ではない疑惑が益々浮上しますね。まあ、とっても可愛いのであまり気にならないと言えば気にならないのですが。だって可愛いは正義ですからね!

 

 それはさておき、『スキャバーズ』はネズミですが、ピーター・ペテュグリューさんは人間です。サクッとネズミ捕りにかけるわけにもいきません。というか一応人間なので流石にかからないとは思うのです。

 それよりも考えるべきはピーターさんを捕まえた場合です。

 その場合の対処としては、シリウス・ブラックさんの無実を証明するために真実薬を使って自供させた上でアズカバンに入っていただく。その上で忘却術をかけること、ではないかと思います。ですが、それが私にできるかはわかりません。忘却術を使ったことがありませんからね。それができなければ、今のところはどこか出てこれないところに閉じ込めるのが1番ですかね? それともこちらもダンブルドア校長にご相談した方がよい、ですかね?

 いえ、それよりも先に、一応『スキャバーズ』を見てみるところから始めるべきですかね? 正直言うと私はまだきちんとパーシーさんとお話ししたことがありません。ええとですね、多分私はパーシーさんから遠巻きに見られているというかなんというかな状態なのです。ですから直接お話しすることは難しいかもしれませんね。となると『スキャバーズ』を見ることもできないでしょうか? いえ、ここで悩んでも仕方ありませんね。できるかできないかは試してみなければわかりませんし、今日の放課後はちょうどなんの補習もありませんから話しかけてみましょう。当たって砕けろ! ですよね。

 などと考えながらの私は、ただいま廊下を歩いています。ちなみに朝食の時間から悩んでいましたが、ご飯はしっかり食べております。マフィンは美味しかったです。そして今、呪文学の授業に向かう途中なのですが、私の両手はアリシアさんとアンジェリーナさんに握られております。ええ、あまりにも私がフラフラ歩くので、ということで強制的に握られました。ですが、いいのです。きっとそのお陰で転ぶ心配もないでしょうしね。まあ、お2人の背が高いので、私はもしかしたら『捕獲された宇宙人』のようかもしれませんが。気にしたら負けなのですよ。多分魔法界の方はご存じないでしょうしね。

 

「キャシー? そろそろ教室に着くけど考え事は終わったの?」

「え、あ、はい。終わりました」

「間に合ってよかったね。で、なにで悩んでたの? 私に何かできるなら手伝うよ!」

「そうね、できることがあるならね」

「あ、ありがとうございます、アンジーにアリー」

 

 私は少し……いえ、だいぶ照れながらお2人を呼びます。

 ええ、そうなのです。私お2人を呼び捨てどころか愛称で呼ぶことになったのです。いえ、心の中では未だに『さん付け』でお呼びしているのですよ? ですが声に出す呼び方ですと私の『キャシー』と同じように愛称で呼んで欲しいと言われたのです。こんな嬉しいことを断れるわけなどありません。という意気込みが強いからですかね、未だに照れてしまうのは。

 そんな照れを隠すように笑いながら続けます。押し切ることは大事、ですからね。

 

「お2人が手伝ってくださったらとっても心強いですが、今は授業ですね。お昼にお話ししてもよいですか?」

「もちろんよ。私たちから言ったんだから」

「そうそう! お昼楽しみだね!」

「ありがとうございます」

 

 お2人とお約束をしてから、呪文学の授業を受けます。今日はまた新しい呪文を習うのですよ。

 これまでの授業で習ったのは鍵のかかったドアを開ける『アロホモラ』、物を浮かべる『ウィンガーディアム・レビオーサ』。今日はその2つの復習をした後、足縛りの呪文をお教えいただけるそうです。どんな機会に使えるのか全くわかりませんが、新しい呪文というのはワクワクしますね。

 

 

 とっても楽しい授業を終え、私はアリシアさんやアンジェリーナさんだけでなく、フレッドくんにジョージくん、リーくんに連行されるようにして大広間へ向かいました。なんでしょうか。なにが始まるのでしょうか。なんてビクビクしていたのですが、なんのことはありません。皆さん私の悩み事を聞きたかったのだそうです。嬉しいけれど、背の高い皆さんに囲まれるのはですね、ちょっとだけ怖いのですよ?

 大広間で昼食を食べながら、どんな悩みなのかと聞かれます。はい、どうしましょうか。いえ、言えるものは1つですよ? スキャバーズに会うために、パーシーさんと交流がしたいのだ、ということだけ。ですがそれを真っ正直に言って平気なのでしょうか。ちょっとだけですね、あの時を思い出してしまうのです。そうです。『会いに行く予定の人がいる』と言ったあの時を。で、ですがきっと大丈夫ですよね? おかしなことなど起こりませんよね?

 ちょっとだけ戦々恐々としながら、私は皆さんの顔を見回します。はい、どなたも怖い顔はしていませんね。きっと大丈夫、ですよね。

 

「それで? 今日のキャシーが悩んでたのはなんなの? 教えてくれるんでしょ」

「ええ。そのですね……私、パーシーさんとお話がしてみたいなあと考えていたのです」

「パーシーさん? ていうと双子のお兄さんの1人よね」

「え? チャーリーさんじゃなくて、パーシーさんなの?」

「はい、そうなのです」

 

 私の言葉にアリシアさんとアンジェリーナさんが問いかけてきます。はい、その通りですがどうしてそこまで驚かれるのでしょうかね? フレッドくんやジョージくんまで驚いていらっしゃいます。ちなみにリーくんは普段通りにネロを撫でています。猫が本当にお好きなようですね。

 

「キャシー、本気でパーシーと話したいのか?」

 

 リーくんに撫でられて、目を細めているネロに見惚れかけていれば、フレッドくんからそう問われます。

 

「え、ええ。そうしたいのですが……ダメでしょうか」

「いや、ダメじゃないよ? ダメじゃないけど……なあ、フレッド」

「ああ、ダメじゃないんだけどちょっと難しいかもしれないな」

「難しい……。それは私がマルフォイだから、でしょうか」

「それもある。でもそれだけじゃないんだよ」

 

 なんだか言い渋るようなお2人に、私が厭われるだろう理由としてあげたのですが、どうやらそれだけではないようですね。……ええと、なんでしょうか。なんて考えかけると、フレッドくんとジョージくんの視線はリーくんに向かいます。

 

「ちょっとさ、パーシーにバレたんだよね」

「え、えと……それはネロが……」

「そう、それ。つい昨日かな、キャシーの補習中にネロがね」

「あー…確かにアレはちょっと騒ぎになってたかな。でもそこまで怒ってなかったみたいに思ったけど? パーシーさんネロがいなくなったら普通になってたし」

 

 ジョージくんの言葉にアンジェリーナさんが首を傾げています。ええと、騒ぎになるほどのことをネロはしたのですね。私、知らなかったのですが……。お詫びしなくてはダメなのではないでしょうか。

 

「あー…これは弁解とか、弁護とかじゃなくてだけど、一応言っとく。パーシーもさ、動物に対して理不尽に怒り続けるほど短気じゃないよ」

「そう、問題はキャシーがネロの飼い主だってことなんだよ」

「……それは、私がマルフォイ家の娘であるので、私の差し金でネロが襲ったと思われている──ということですね」

「うん、だいたいそんな感じかな」

 

 フレッドくんもジョージくんも苦笑いです。ちなみにアリシアさんとアンジェリーナさんは小声で『器が小さい』とかおっしゃています。多分そういう問題ではないと思いますよ、お2人とも。

 マルフォイ家の娘であることに全く不満はないのですが、こういう時はどうすればよいでしょうかね。はあ……わかっていたことですが、やってもいないことを疑われるのって、ちょっとだけイヤな気分ですね……。



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その32

 お昼にお話を色々聞いていただき、そしてパーシーさんのことも伺いました。

 はい、パーシーさん。とっても筋の通った方だとは思いましたが、多分とっても融通の利かない方だとも感じました。後はですね、とっても権力志向というのでしょうか。そんなところがそこはかとなく感じられましたね。

 はっきり言ってしまえばですね、私とお話が合わないような気がします。

 私は権力とかどうでもよいと思っています。過ぎる権力もお金も、幸せを生むかどうかわかりませんしね。生活する上で困らない程度のお金と、誰にも縛られない自由さと、命の危険のない平和があれば人生は幸せだと思うのです。過ぎる権力なんて、ヴォルデモートさん然りですよね。

 だからと言ってパーシーさんに近づかないまま、スキャバーズを捕まえることなどできないでしょう。見ることはできるでしょうけれど、捕まえるのは……ねえ。きっと私が真っ先に疑われるでしょうし。今から「私になんの下心もないのですよ」とか「スキャバーズは実は人間なのですよ」なんて言ったところで信じてはもらえないでしょうね。

 というかですね、そんなことはパーシーさんでなくとも難しいでしょうし、パーシーさんでしたら余計に頭が固そうですから信じてはくださらないでしょう。真面目な方って自分に理解できないことですと、基本的に信じてくださいませんからね。

 私としてもフレッドくんとジョージくんのお兄様ですので、パーシーさんを悪くは思いたくはないのですよ? ですが一方的に悪事を働いていると言われては、良い印象を抱けないのです。

 もちろん私が、全ての方に好かれるなんてことは思いません。初めから『マルフォイ家の娘』であることで、嫌われるだろうことは考えていましたしね。ですが、それは私をよく知らない方だから、だから私を知っていただければ大丈夫──なんてちょっと心のどこかで思っていたのです。が、パーシーさんの考えで、やっぱりそんな簡単にはいかないのだと教えられてしまいましたね。私は楽天的過ぎたのでしょうね。

 パーシーさんとは、フレッドくんやジョージくんと仲良くするようにできる、なんて思ってはいけないのでしょう。が、それでは困りますよね。ピーターさんについてはなるべく早い段階でなんとかしなければダメでしょうし……。どうしたらよいのでしょうか。新たな悩みが生まれてしまったような気がします。

 

 などと色々なことを考えながら午後の講義である薬草学を受けました。授業自体になんの問題もなかったのですが今、問題発生です。ええとですね、私の目の前にパーシーさんがいます。

 

 夕食を終えて、寮に戻る予定だったのですが悩みすぎた所為ですかね、とっても甘い物が食べたくなってしまったのです。はい、夜寝る前に食べるのは危険ですが、どうしても食べたくなってしまったので、厨房でお菓子を分けていただこうと思ったのです。そこまではよかったのです。

 厨房でお菓子をもらった後、寮まで戻る最中である今、お菓子を両手いっぱいに抱えている状態で出会ってしまったのです。ええと……寮内にお菓子を持ち込むのは寮則違反ではないですよね? 多分違いますよね? いえ、そんなことを考えている場合ではないですね、ここはなにかお話をしませんと!

 

「こ、こんばんはパーシーさん」

 

 きっとお返事はないでしょう、と思っていましたが挨拶は基本ですからね。ぺこりと頭を下げながら言ってみます。ちなみに真っすぐに目は見ていません。はい、身長の高い方なので目線自体は簡単に合いませんし、嫌っているだろうことを知っている相手を真っすぐ見るのはちょっと辛いですからね。

 

「──君は何を考えているんだ?」

 

 その言葉に私は思わず顔を上げました。見上げて映るのは、フレッドくんたちとよく似た赤毛にソバカス。銀縁のメガネをかけた神経質そうなお顔立ちをしています。そんなパーシーさんは、眉間にシワを寄せているような気がしました。

 

「え?」

「フレッドやジョージだけじゃなく、他の生徒も含め、どれだけ仲間を増やそうとしているんだ」

 

 パーシーさんがおっしゃいますが、その言葉の意味が私にはよくわかりませんでした。

 

「仲間、ですか? その、フレッドくんやジョージくんたちはお友だちなのですが……」

「友達? 何を言っているんだ、君は闇陣営の娘だ。それも狡猾なマルフォイ家の娘なのだろう! あの家らしく、ホグワーツで仲間を増やし、何かしようと企んでいるんだろう!」

「そ、そんなことはしていません!」

 

 全くないとは言えません。ホークラックスを含め、ダンブルドア校長とお話ししていたり、未来について画策したりしていますからね。ですが基本は家族の未来のためにですので、他の方にあまり影響はないと思うのですが。そう思ってしまったので私は否定しましたが、パーシーさんは鼻で笑いました。なんだかカチンときますね。

 

「ハッ! そんなこと、誰が信じるというんだ! 君が何か企んでいなければ、どうしてフレッドやジョージたちが簡単に君の近くにいることを選んだんだ! 君が何か工作していない限り、マルフォイにいい印象などない僕らの家族が靡くわけはないだろう! 一体何をしたんだ!」

 

 ……パーシーさんは、ご家族を心配しているのでしょうけれど、どう考えても信用していないと言っていませんかね? なんだかとってもイヤな感じなのですが。

 相手が自分をどう思っているかを私だって心配はしていましたよ。ですが愛されているだろうことは理解していましたし、私だって愛しています。どんな家族であろうと、それは私にとって当たり前に抱く感情だからです。

 ですがパーシーさんは、私という悪がご家族を害していると、私という悪にご家族が靡いたとおっしゃるのです。微塵も家族を信じていないという証拠ですよね……。

 

「チャーリーだって君はマルフォイ家の娘らしくないから大丈夫だなんて言っているが、信用できない。君はスネイプ教授とも親しくしているし、本当は何かを企んでいるのだろう?」

「パーシーさんがお考えになるようなことなど、なにも企んでいません」

「言い訳はいらないよ。別にいいんだ、君が何を企んでいようと。ようは僕に、僕らに関わりがないのなら」

「え?」

「悪いが、僕の家族からは手を引いてくれ。フレッドやジョージは悪影響を受けやすい。君のような子と関わってしまえばあいつらも闇陣営に堕ちてしまうかもしれない……そんなことは僕には許せないんだ」

 

 パーシーさんはとっても、とっても熱く語っております。私の言葉は一向に聞く気がないようです。いえ、別にいいと言えばいいのですよ? ですが、面白くはありません。やっぱり私はパーシーさんと馬が合わないと思います。

 というかですね、いつになったらこのお話は終わるのでしょうか。私、お菓子を抱えたまま立ち尽くしているのですが。……今お菓子を食べるのはダメですよね? そうするともっと煩くパーシーさんが語り出してしまいそうな気がしますし……。甘い物が食べたいのですよ、私は。

 

 両手に抱えたカゴいっぱいにあるお菓子を見つめながら、パーシーさんのお話を聞き流していたわけなのですが、要所要所は耳に入っています。

 ええとですね、パーシーさん? どうしてネロがスキャバーズを襲うのが、私が始めた、闇陣営の恐ろしさをホグワーツに轟かせるための手段なのですか? スキャバーズをどうにかしたいと思ってはいますよ? ですがそれはホグワーツに危機が訪れないようにしたいから、なのですが。しかもですね、一生徒のペットを襲って恐怖を轟かせられるのでしょうか。ネズミには恐怖を轟かせられるかもしれませんが、それは私の功績ではなくネロの功績になりませんかね? いえ、言っても無駄ですよね。わかります。パーシーさんは人のお話を聞かない人のようですからね。ええ、本当にはた迷惑な方ですね。

 私、このままこの場からいなくなってもいいような気がしてきました。お友だちのご家族ですので、悪印象は払拭したかったですが、パーシーさんのこのご様子だと無理だと感じました。ええ、無駄な努力ってあると思いますよ。私がパーシーさんと仲良くなれることは……多分うんと先の未来ならあるかもしれませんが、今は無理です。だって私、今とってもお菓子が食べたいのですよ!

 とってもいい匂いをさせる糖蜜パイですとか、アイシングでデコレーションしたクッキーですとかを紅茶と一緒に食べたいのですよ! せっかく屋敷しもべさんたちが用意してくださったのですから、美味しいうちに食べたいと思ってしまうのも仕方ないですよね? パーシーさんのお話よりも優先したいと思ってしまっても、私とパーシーさんの親しさの度合いから言ってもおかしくないですよね?

 

 じっとカゴの中を私が見ていましたら、パーシーさんの手がカゴに伸びてきました。え? なにをなさるおつもりですか!

 

「この菓子だって、賄賂か何かなんだろう!」

「え、な、なにをするんですか!」

 

 私が食べたくていただいてきたお菓子ですよ! そりゃあお裾分けはするでしょう。だって屋敷しもべさんたちはたっぷりとくださいましたし。ですが、基本は私が食べたいからなのですよ! そんなお菓子をパーシーさんがカゴごと奪い取ってしまいました。身長差故でしょう。高く掲げられたカゴに私の手は届きません。ジャンプしても無理です。

 

「これは僕が処分する。フレッドやジョージに君から渡されてはかなわないからな」

「そんな! それは私がいただいてきたものですよ! パーシーさんもお菓子が欲しいのでしたら厨房で頼めばよろしいじゃないですか!」

「菓子が欲しいだなんて言っていないだろう! 僕はこの菓子を賄賂として渡されたくないだけだ!」

「賄賂にだなんてしません! 私が食べたくてもらってきたのです!」

 

 食べ物の恨みは恐ろしいのですよ! 私は精一杯威嚇するようにパーシーさんを睨みます。だって私のお菓子! 許すまじなのですよ!

 端から見るとですね、多分とっても子供の喧嘩のようになっていることでしょう。でもいいのです。だって私はまだ12歳の子供ですから。12歳の子供がお菓子を盗られて怒ってもなにもおかしなことはないです。そうですよ、だって本当に食べ物の恨みは恐ろしいのですからね!

 

「キャシー? そこでなにしているの?」

「え? あ、セドリック、くん……」

 

 そうなのです。私とパーシーさんは厨房の近く、つまりハッフルパフの寮のほど近くで小一時間ほど口論を繰り返していたのです。だいぶ声が大きくなっていましたし、内容も内容なので大変大人気なかった自覚はあります。それが煩かったのでしょうね。セドリックくんが現れたのです。色々とご確認のために。そうなのですよね、実は歩いている方が誰もいなかったわけではありませんので。先生方を呼ばれずに済んでよかったですね。

 でもごめんなさい。セドリックくんにはとってもご迷惑をおかけしてしまいました。でもあなたの仲裁は忘れません。そうなのです。セドリックくんが、とっても素敵にパーシーさんを言いくるめてくださったのですよ。そのお陰でですね、私の手にもしっかりお菓子が戻りました。ホクホクです。あ、ちゃんとセドリックくんにもお菓子のお裾分けをしましたよ。

 なんだかセドリックくんにしなくてはいけないお礼がたくさん溜まってしまっているような気がしますね。今回のこと、それからお誕生日のプレゼントも含め、クリスマスには奮発してなにかお贈りしなくてはダメですね! 感謝はたくさん示さなけれはダメですからね! 本当にありがとうございます、セドリックくん!



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その33

 パーシーさんとの一悶着があった夜から明けて翌日の放課後。つつがなく授業を終えた私は1階大広間近くの小部屋にいます。はい、パーシーさんとのやり取りがですね、ハッフルパフの方経由でマクゴナガル先生に知られていたのです。あ、もちろんセドリックくんではないですよ。別の方です。

 

 そんなわけで私とパーシーさんとのいざこざを知ったマクゴナガル先生に、朝1番にパーシーさんと2人で呼び出されまして、ちょっとしたお小言と、放課後に時間を空けるように言われたのです。はいそうです。誠に遺憾ですが、私とパーシーさんは他寮の生徒を煩わせたということで、罰を受けることになったのです。

 私もあの場で大人げなく怒ってしまいましたし、罰を受けること自体は別に構いません。私も悪いところがあったわけですからね。ですが、どうしてパーシーさんと2人っきりでの罰なのでしょうか? 私とパーシーさんはちょっと小競り合ったというか、なんというか。喧嘩一歩手前くらいの関係になっていたと思うのですが、そんな相手と広くはない部屋の中で2人っきり。気不味いことこの上ないのですが。これも罰の1つなのですかね?

 ですがイヤだとは言えません。だってマクゴナガル先生の寛大な処置で、一応寮点は引かれず、罰だけで済ませてくれたのですからね。ワガママは言えません。

 

 放課後にマクゴナガル先生の研究室に行きまして、言いつけられたのが、このお部屋のお掃除です。はい、なんでも今後マクゴナガル先生がお使いになる予定というこのお部屋をですね、時間内に2人でピカピカに磨き上げたら寮点は引かない。そして罰は終わりとなるそうなのです。が、その時間内というのがですね、本日の帰寮時間までなのです。ええと、それどんなタイムトライアルなのですか? 先生、8時から12時までの4時間でピカピカにするのは少し辛いと思いますよ? このお部屋、とっても汚れていますから。

 ちょっとだけため息をつきながら、私は部屋の中を今一度見回します。はい、確認って大事ですよね。

 

 このお部屋はですね、普段の教室の約半分ほどの広さです。狭くもありませんが、広くもないです。2人でのお掃除には妥当なくらいの広さだとは思います。

 ですが前方にある年季の入った、ちょこっとボロい上薄汚れた黒板。それから磨けばきっと飴色になるだろう教卓。その細かな彫刻の隙間にもびっしり埃が詰まっています。この教卓だけで1時間はかかりそうな気がするのですが。

 そして後方部分にはですね、机と椅子を重ねたセットが10あります。こちらも埃とですね、文字ですとか絵ですとかの悪戯書きがたくさんあります。多分これも消さないとダメでしょうね。幸いなことに窓はありませんから、窓拭きやカーテンの洗濯は必要なさそうです。ですが最難関があるのですよ!

 それはですね、私では到底届かない煤けた天井です。

 元は多分ベージュなのでしょう天井にはたくさんの蜘蛛の巣と、埃をとっても被ったシャンデリアが吊られています。6つあるそれはどれも細工が細かいです。吊り下げ式のため、ランプの数だけ鎖もあります。繊細なアンティーク品な気がしますので、掃除は慎重に行わないといけないでしょうね。……こちらも軽く見積もって1時間と少しはかかりますよね。ええ、ランプだけで。

 それだけでなく床には綿埃とはこういうものだという、見本のような埃が鎮座しています。砂色の床の上に5センチほどです。しかもですね、思うに砂色の床は床本来の色ではないような気がします。私たちがお勉強している教室の床の色と全く違いますから、きっとそうなのでしょう。

 

 どこから手をつけるべきかはわかりますが、どうやり始めましょうかね。そんなことを悩む私の手にはとっても立派な掃除用具があります。はい、ほんの少し前にですね、私とパーシーさんはバケツとモップに箒にちりとり、そしてハタキと梯子を持たされ、マクゴナガル先生にこのお部屋に連れてこられたのです。

 なんだかとっても楽しそうなお顔をしていた気がするのですが……マクゴナガル先生は、なにがそんなに楽しかったのでしょうかね? 多分罰を与えることがお好きではない方、のはずでしたよね? そうですよね? ドのつくSな方ではないはずですよね? ……補習は厳しいですが、お優しい方のはずです。多分。

 

 などと余所事を考えて時間を浪費してはいけませんね。早く掃除に取りかからねば! と私は拳を握ったのですが、私の隣にいらっしゃるパーシーさんは、未だに動いておりません。

 実はですね、この部屋に案内された後すぐからずっとパーシーさんは、ばっちい床には膝と両手をついていらっしゃいます。下を見つめたところで埃しか見えないと思うのですがね? ずうっと地面とにらめっこしていらっしゃいるように見えます。パーシーさん、地面相手では勝てませんよ?

 なんて冗談はさておきまして、パーシーさんは打ちひしがれていると言えばいいのでしょうかね?

 どうやらですね、罰を受けることになったことが余程ショックだったらしいのです。パーシーさんはとっても品行方正で、成績優秀で、先生方の覚えも良い方だそうですから。ぶちぶちとご自分でそうおっしゃっていましたからね。多分そうなのでしょう。

 そうですよね、品行方正な方が罰を受けてしまうなんてとっても残念なことですよね。などと思いはしますが、ちょっとだけいい気味ですとも思ってしまうです。はい、わかっております。全ては食べ物の恨み故です。もちろん思うだけで口には出しませんよ?

 ですがこうしていても意味はありません。むしろ掃除が終わらなければ寮点が引かれてしまいます。ならばやるべきことは1つなのですから、さっさとパーシーさんにやる気を出していただきませんと。私は打ちひしがれるパーシーさんの傍に立ち、パーシーさんを見下ろしながらお声をかけます。

 

「パーシーさん、パーシーさん。いつまでもそうやっていてはお掃除が終わりませんよ?」

「…………」

「お掃除が終わらないと、寮点が引かれてしまいますよ?」

「………………」

 

 パーシーさんはピクリとも動きません。まるで屍のようですね。……なにが起動スイッチになるのでしょうかね? 優等生の起動スイッチは『寮点が引かれる』ではないのですかね? ああ、パーシーさんたら、ご自分がもう優等生ではないと思っていらっしゃるのですね! でしたら簡単です!

 

「パーシーさん? お掃除が早く終われば、優等生に戻れますよ?」

 

 多分ですが。なんて思いながら適当に言ってみたのですが、これが当たったようです。パーシーさんがピクリと動かれました。

 なんと言えばいいのですかね? 油の切れたゼンマイ仕掛けのおもちゃ? ホラー映画に出てくるゾンビ? ですかね。そんな感じでとってもぎこちなくパーシーさんは私の顔を見ます。わあ、とっても悲壮感の溢れるお顔をしています。ちょっと涙目のような気すらしますね。いえ、普段のお顔をそこまで存じ上げていませんから憶測ですけど。

 なんだか面白いと言えばいいのか、可哀想なと言えばいいのかわからなくて、つい曖昧に笑います。

 

「────本当に?」

 

 迷子になった小さな子供のように、とってもか細い声での問いかけ。昨夜のハキハキした、人の話を聞かないパーシーさんはどこに行ったのですかね? なんだか調子が狂ってしまいますね。

 

「はい? なんですか?」

「本当に掃除をすれば戻れるのか?」

「ええ、きっと。マクゴナガル先生もおっしゃっていましたよね、掃除が時間内に終われば寮点は引かないと。つまり罰はあっても、それが記録に残らないということではないですか?」

 

 全て私の勝手な予想です。ですがこういうことは言い切ってしまったもの勝ちですからね。弱っているパーシーさんならこのくらい言っておけば、言いくるめられるような気がします。真面目な方ですからね、ご自分の汚点が許せないのでしょうし。

 私の言葉を反芻するようにして呟いて、パーシーさんは1度目を閉じました。まあ、そのお顔はフレッドくんやジョージくん、チャーリーさんに似ていらっしゃいますね。やっぱりご家族は似るものなのですね。黙った上で、先ほどのようなお声を出されていらっしゃれば会話のしようもありますのにね。

 なんて考えておりましたら、パーシーさんがすくっと立ち上がります。

 

「よし! では掃除を始めるぞ!」

 

 顔を上げ、力強い目で室内を睨んでそうおっしゃったパーシーさんは、ぎゅっとモップを握りました。そしてそのままいきなり床を掃除し始めたのです。

 ……ええと、掃除の基本は上から、ですよね? 私間違っていませんよね? 上からお掃除しなくては二度手間三度手間になってしまいますよね? え、基本のはずですよね? もしかしてパーシーさんはこういったお部屋のお掃除をしたことがないのでしょうかね? なんだか意外ですね。ご自分のお部屋をきっちりかっちりお掃除して整理整頓していらっしゃいそうですのに。

 

 などと考えている間にですね、パーシーさんはざかざかと綿埃を撒き散らしながら床を拭くように掃いております。埃がとっても舞い上がっています。くしゃみ出そうですよ? ぱふっと自分の鼻と口とを抑えた私は、彼の持つモップの柄を掴みます。埃が多少おさまるのを待ってから、満面の笑みで彼に声をかけました。自分的にとってもいい笑顔が作れたと思いますよ。

 

「パーシーさん? お掃除の基本は上からですよ? そんなこともご存知ないのですか?」

 

 ちょっとだけ意地悪く言ったのは、もちろん食べ物の恨みからです。異論は認めません。もちろんお菓子は無事私の手に戻りましたが、1度盗られたというトラウマは中々消えないのです。当分は辛口で対応すると私は決めたのです! そしてあわよくばパーシーさんがお菓子を持っていたら奪うのですよ! あ、もちろん奪った後に返しますけれどね。

 そんな私の心が伝わったのでしょうかね、パーシーさんはお顔を赤くしながらモップを振りました。はい、私の手を離させたかったようですね。

 

「っな! そ、そんなことは知っている!」

「ではパーシーさんは天井にハタキをかけてください。私では届きませんし」

「……わかった」

「……パーシーさん、天井にはモップではなくハタキ(・・・)でお願いします」

 

 ぼたぼたと埃と蜘蛛の巣の破片が舞い散る中で私がハタキを差し出しながら言えば、パーシーさんは先ほどよりもずうっとお顔を赤くしながらハタキを奪い取りました。はい、とっても怒っていらっしゃるようですね。短気はいけませんよ? なんて笑いながらハンカチをマスク代わりにつけた私は、部屋の隅に置いてあります梯子を運びます。

 はい、私の身長では天井に手なんて微塵も届きませんからね。パーシーさんが運んでいらした梯子は私のためのものですよ。パーシーさんには貸してあげないのです。パーシーさんは精々頑張って背伸びをして天井を掃除してください。私はランプの埃をとりますからね。



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その34

 キュキュッとシャンデリアのランプを磨きました。その数6個中5個です。はい、終わりが見えてきましたね。などと思っておりましたら、一向に進まない天井掃除に焦れたパーシーさんが、ハタキに突然魔法をかけました。そうしたらですね、1本しかなかったハタキが増えたのです。多分ですがジェミニオでしょうね。

 そのお陰でハタキは都合6本に増えまして、浮遊呪文とゴシゴシ呪文の併用で宙に浮いたまま天井の埃を落としています。そして落とした端から、これまた増えたモップが床ではなく天井を磨いております。ある意味人海戦術というのですかね? そうですね、魔法を使えば早くできたのですね……私、気づきませんでした。

 せっかく見本を見せていただいたのですから、私も実践してみましょう!

 じっと汚れの残った最後のシャンデリアを見つめます。細かなところにこびりついた埃。ランプのくすみ。そのどれもが取れますように、と願いながら魔法を唱えます。

 

「スコージファイ!」

 

 ……なんでしょう。1時間近くかかってランプ5個を綺麗にしたということが馬鹿らしくなるくらい簡単に綺麗になっておりますよ? と言っても仕上げ磨きはした方が良いでしょうけれど、それでも手間はとっても減っております。悔しいですが、これを利用しない手はないですね。

 綺麗になったシャンデリアを見つめている間に、パーシーさんが呪文をかけたハタキも、モップも天井を瞬く間に綺麗にしています。汚れているところは後ほんの少しですね。

 これで天井はほぼ終わりました。では続いて壁ですが、こちらも軽くハタキをかけて水拭きをしてしまえば平気でしょう。これも増えたハタキとモップでできますよね。床も同様です。残る机の悪戯書きは『スコージファイ』を1つずつ唱えれば平気そうですし、教卓の細工も同様でしょう。……予想よりも早く終われそうな気がしてきました。

 気分が上向きになったからですかね。私の掃除の手は休まることなく進みます。壁の上の方は浮遊呪文で浮かせたハタキ。下の方は自分の手で。役割分担をしながら端から端まで私がハタキをかければ、追うようにパーシーさんがモップを動かしていきます。……パーシーさん、モップはそろそろ1度洗わないと、壁が元の汚れ以外のもので汚れてしまいますよ?

 私は無言でバケツに水を溜めます。……洗剤がなかった時点でアレですかね、魔法を使う前提だったのですかね? 言っていただかなければ罰掃除に魔法は使いませんよ、マクゴナガル先生。

 

 20分もすれば壁の掃除もあらかた終わりました。なんだかですね、私とパーシーさんの息がとっても合ってきているような気がします。この罰掃除のお陰ですかね? あんまり嬉しくないですが。

 ジャブジャブとモップを洗うパーシーさんを横目に、私はそんな余所事を考えながら掃除の手順を思い浮かべます。

 残るは教卓と机と椅子のセット、それから黒板に床ですね。机と教卓なんですが、極論ですが小さくしてモップのようにバケツで洗えたらすぐ終わりますよね。1つずつ呪文をかけるよりも、バケツでいっぺんに洗う方が早い気がするのですよね。それに小さくしておけば床の掃除も楽でしょうし……ですが縮小呪文は、本当に縮小しますかね?

 ちょこっとだけ悩みましたが、ここは試してみるべきでしょう。やらずに後悔するよりもやって後悔した方が建設的でしょうしね。試しとして1つの机と椅子のセットを見つめながら呪文を唱えます。はい、もちろん呪文は『レデュシオ』です。

 

「レデュシオ! あ、縮みましたね」

「君は……そんな呪文まで使いこなせるのか」

「え? 使いこなせるというか……今初めて使いましたよ?」

「は、初めて?」

「ええ、だってお家では座学しかできませんよね? そのお陰でこうして呪文は知っておりますけれど、使ったのはホグワーツに着いてからですよ? それがどうかしたのですか?」

「い、いや……」

 

 なんだかとってもパーシーさんが驚いた顔をしています。ですがね、パーシーさん。私はまだ1年生なのですよ? つまり入学したばかりですし、お家で魔法を使ったこともありません。まあ、たくさんの呪文や杖の振り方は教わっておりますが、実践はどれも初めてのものばかりです。

 ですが今はパーシーさんのご様子はどうでもよいですね。掃除の続きです。机と椅子をまとめて、それから教卓を小さくして、増やしておいたバケツに入れていきます。ひとまとめにして『スコージファイ』をかければ1回で終わりですし、床も綺麗にしやすいですからね。

 さくさくと小さくしたものをバケツに入れ、部屋の中は大分広々と感じます。はい、まだ薄汚れておりますが。いえ、違いますね。汚れているからこそお掃除しなくてはいけないのですからね。早く済ませてしまいましょう。

 机の入ったバケツをパーシーさんに手渡して、私は黒板と向き合います。杖をさっと一振りして呪文を唱えてサクッと綺麗にします。大物でも1度で済むというのは最高ですね。新品同様とは言えませんが、もし授業で使うのだとしても遜色はない程度に綺麗になりました。黒板面はツヤツヤのピカピカです。一部周囲は塗装が剥げているところがありますが、そこはそれです。それでは次の部分に移ることにしましょうね。

 はい、次は床ですよ。私はフンフン鼻歌を歌いながら周囲にある掃除用具ですとかを宙に浮かせていきます。はい、いっぺんに『スコージファイ』をかけるのに邪魔ですからね。なんだか悲鳴みたいな声が聞こえた気がしますがそれは無視しまして、私自身も宙に浮きます。あら? 呪文を言い忘れているような気がしますが……これって、無言呪文に当たるのですかね? わかりませんが効果が出ているのなら問題ないでしょう。

 床に向け、杖を一振りすれば積もりに積もった埃が全て消えてなくなりました。はい、元々床にあったものも、天井から落とした蜘蛛の巣込みの埃も全てです。ちなみに床は思った通り砂色ではなく、木目の美しい木の床でしたよ。魔法って素晴らしいですね! ちょっと楽しくなってしまいました。だからですかね、埃が消えて綺麗になった床がもっと綺麗になればいいのに、なんて思ってしまったのです。いえ、私も『スコージファイ』と『ゴシゴシ呪文』以外のお掃除魔法は知りませんが、何かあるのではないかと思ってしまったのです。それが通じたのでしょうか……気づいたらですね、床がワックスをかけたかのようにピッカピカになっておりました。なんでしょう……『ワックス呪文』なんてものもあるのでしょうかね? それはわかりませんが、理想通りに綺麗になったのですから構わないですよね。

 

「お、おい! いい加減僕を降ろしてくれないか!」

「え? あら、パーシーさんも浮いていたのですね」

「な! き、君が浮かせたのだろう! っそんなことはいいから、早く降ろしたまえ!」

「はあい。今降ろしますから、少し静かにしてくださいね」

 

 にっこり笑いながらお伝えします。あんまり煩いと落としちゃいますよ? いえ、流石にそこまではしないですけどね。浮遊呪文を解除して、パーシーさんに掃除用具も降ろします。ああ、なんだかもったいないですね。せっかく綺麗にした床に足跡をつけるというのも。ですが床に立つなら足跡がつくのも仕方ない、ですし……そこは折り合いをつけましょう。

 私もスタンと床に着地しまして、降り立ったパーシーさんのところに向かいます。相変わらずお顔が赤いです。アレですね、色の白い方なので、感情の上下で顔色がすぐに変わるのでしょうね。……そう考えると、パーシーさんってわかりやすいのですかね? 予想ですが、きっと今は私に怒っているのでしょう。甘んじて怒られるつもりはありませんよ? 私もお掃除は早く終わらせたいですから。

 

「パーシーさん、そのバケツをくださいな」

「は?」

「ですから、そのバケツの中身をお掃除してしまえば一応終了ですよ? だから早くくださいな」

 

 ええ、そうですよ。天井にランプ。壁に黒板に床。残るは教卓と机と椅子のセットだけです。まあ、お掃除した上できちんと机などは整列させた方がよいでしょうけれど。でもそれはそこまで時間がかからないはずです。小さくしていますからね。持ち運びには困らないはずですよ! お掃除が楽なようにとしたのですけど、一石二鳥だったようですね。私冴えていたようです。

 半ば呆然とした顔をしたパーシーさんはバケツをくださいません。仕方ないので、私はちょっとだけ奪うようにしてバケツをいただきます。はい、素直に渡してくださらないからいけないのですよ。バケツの半分以下に詰まった机などは、ミニチュアでとっても可愛らしいです。さて、見ていてもお掃除は終わりません。サクッとこちらにも呪文をかけましょう。

 

 机などをしっかり綺麗にして、サクサクっと机を配置していきます。はい、もちろんミニチュアのままでです。大きくしてから位置関係を直せばよいので、今はざっくりとですが。なんだかすごい光景ですよ。お掃除して綺麗になったお部屋の中はやっぱりそう広くはないのですが、そこにですね、手のひらサイズの机と椅子、教卓が並ぶのです。まるでドールハウスの家具を実際の部屋に並べたような感じですね。まあ、この机などはきちんと本物なのですけれどね。

 さて呪文をかけて、元のサイズに戻しましょうか。なんて私が杖を構えかけたところで、パーシーさんが言いました。「少し待ってくれ。元に戻す呪文なら僕がかける」と。別にその言葉に反対する理由もありませんし、私はパーシーさんに譲ることにしました。はい、決して元に戻す呪文を忘れていたわけではありませんよ? ちゃんと覚えています。多分アレのはずです……はい、多分。

 などと考えている間に、パーシーさんはさっくり全てのものを元のサイズに戻されました。わあ、1発で成功ですよ。スゴイですね。というかやっぱり元に戻す呪文は肥大呪文の『エンゴージオ』だったのですね。よかったです。私の多分は合っていたようです。ちなみに私はこちらの呪文も使ったことがありません。……今少し思ったのですが、肥大呪文を私にかけたら私大きくなれますかね? 私の身長、少しは伸びますかね? え、どうしましょう。今とっても肥大呪文が使いたくて堪らなくなっているのですが!

 なんて私が葛藤しておりましたら、いつの間にかパーシーさんが机を整列させていました。はい、しかもですね杖の一振りではなく、人力ですよ。なんでしょう……パーシーさんの目には定規でも備わっているのですかね? それとも角度計ですかね? とっても平行で、等間隔にきっちり並んでおりますよ。これってパーシーさんの性格故なのでしょうかね?

 私が手を出す隙のないまま机は並べ終わり、一仕事やり終えた感満載でパーシーさんが額の汗を拭いております。なんですかね、とっても爽やかに見えます。スポーツをしたわけではなく、罰掃除なはずですのに。ですがアレですよね、10個の机を並べただけで汗を掻くって……パーシーさんがそれだけ神経を使ったということですよね。運動が苦手だというわけではないはずですよね。……パーシーさんが運動が苦手なのだとしたら、それはとっても面白いとは思いますが。どうなのですかね?

 

「よし、これで終わったな。ではマクゴナガル教授のところに行くとしよう」

「え?」

「ほら君も行くぞ。終了したことを報告しなければ終わりではないのだからな」

 

 サクッと双子呪文の効果を消した掃除道具を抱え、パーシーさんは私に向かい手を差し伸べております。しかもですね、なんでしょうフレッドくんのような、ジョージくんのような笑顔です。わあ、やっぱり笑い顔も似ているのですね。なんて余所事を考えたくなりますがダメですよね。というかですね、一体なんなのですか。私とパーシーさんて、昨夜は犬猿の仲になりそうな感じではありませんでしたかね? これは一体どういうことなのでしょうか。

 ちょっと展開についていけなくて呆然とする私を余所に、パーシーさんはサクッと私の手を取り歩き出します。ああ、そんなところはフレッドくんに似ているのですね。なんて思ってしまうのは、多分逃避なのでしょう。え、本当にこの罰掃除でパーシーさんの心境にどんな変化があったのですか? ちょっと私にはわからないのですが。



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その35

 うう、とっても、とっても腕が痛いです。内心涙目の私は、ちょっとだけぎこちなく腕を振って歩いています。

 痛い理由はわかっているのですよ? どうしてこう、私の腕の筋肉が痙攣するかのように痛いのかは、とっても悲しいことに筋肉痛なのだと。それも昨夜のお掃除でなったのだ、ともです。

 ……つまりは私が杖を振る以上の運動をしていなかった、という証拠のようですがまだよいのです。なんと言っても翌日朝に筋肉痛になっているということは、私がまだ若いという証拠なのですからね! 痛いは痛いですが、早くきたのですから良いことにしておきましょう。ええ、ポジティブが大事ですよ。

 とはいえ私は12歳ですので、若くて当たり前なのですけれどね。……深く考えると色々と危険なので考えないことにしましょう。

 

 ええとですね。昨夜はですね、10時になる前にお掃除を終えまして、パーシーさんに手を引かれるままマクゴナガル先生の研究室にてご報告をしました。

 はい、パーシーさんと手を繋いだままマクゴナガル先生と対面しました。どうしてでしょうかね?

 なにはともあれしっかりとご報告をしました。が「夜の内に確認をしておきます」とのことで、寮点が引かれるかはまだわかりません。

それというのも私もパーシーさんもお掃除で大分薄汚れてしまっていましたので、マクゴナガル先生は「帰寮して早くお風呂に入りなさい」とおっしゃってくださったのです。

 ありがたいそのお言葉に甘えまして、パーシーさんとともに寮に帰ってから色々と身支度を済ませて就寝しました。が……迂闊でしたね。もっと湯船の中でマッサージをしておけばよかったです。いえ、でもまさかお掃除程度で私の筋肉が悲鳴をあげるとは思わなかったのです。

 なんでしょう……私が軟弱だということでしょうか。きっとこれは筋トレ案件ですよね。そうですねよ、私は空は自由に飛べないですが、地上では多少動けるようにしておきませんと将来的に大変ですし。

 ええ、そうですよ。もしも将来『闇陣営』のどなたかに追われることになったとしたら、足が遅ければ私が1番に捕まってしまうかもしれません。それはちょっと困りますし、恥ずかしいです。やっぱり筋トレとジョギングは取り入れる方が良さそうですね。頑張れ私! ですね。

 なんて考えながら、私はアリシアさんとアンジェリーナさんに手を引かれ大広間まで向かっています。ええ、考え事をしていなくても大抵そうなので、今更拒否はしません。しませんが、今日は腕を引かれるのがとっても辛いのですが。痛いのですよう。

 ですがいけません。顔をしかめないように気をつけませんと。フレッドくんやジョージくんに気づかれて悪戯の餌食にされてしまいますからね。なんて思っていたらですね、朝食の席でパーシーさんがフレッドくんとジョージくんの餌食になっておりました。

 

 パーシーさん、私のように腕だけでなくほぼ全身筋肉痛のようです。わあ、やっぱりパーシーさんは運動が苦手なのですね!

 私の代わりに悪戯──と言っても、腕や肩、足などを突かれる程度ですが──をされているパーシーさんを横目に、私はとっても美味しい朝食を食べました。面白いものを見ながらですと、美味しい朝食はもっと美味しくなるのですね。

 ……あら? ダメですよ、こんな考え方は。私は人が痛めつけられているところを見て喜ぶような質ではなかったはずです。いけませんね、気をつけませんと。と自戒しますが、私はフレッドくんたちを止める気がありません。

 ええ、ありませんよ。いくらパーシーさんがこちらを見ていようとも、止めません。だってですね、下手にちょっかいを出して悪戯がこちらにきてしまったら困りますから。私、痛いの嫌いなのです。ただでさえ普段から転んでよく痛い思いをしていますからね、しなくていい痛い思いはしたくないのです。これって人身御供というものですかね? 

 

 とっても美味しい朝食を済ませまして、さあ授業に! と思っておりましたら、マクゴナガル先生がいらっしゃいました。

 

「カサンドラ・マルフォイ、パーシー・ウィーズリー少しこちらにきてください」

 

 グリフィンドール寮のテーブルまでいらしてでですね、私とパーシーさんとを呼ぶのです。これはアレですよね。寮点が引かれるか否かのお答えがいただけるということですよね。

 否やはありませんので、私とパーシーさんはマクゴナガル先生のところへと向かいました。ちなみにアリシアさんとアンジェリーナさんには先に教室に向かってもらうよう伝えてありますよ。私ちゃんと魔法史のお教室の場所を覚えましたからね!

 

 その場で話し込むわけではなかったようで、マクゴナガル先生の先導のまま歩きます。進む廊下の様子から、どうやらあのお部屋へ向かうのだとわかります。

 たどり着いたお部屋。改めて室内を見ますが、初回遭遇時とは全く違う部屋のように見えますね。ええ、自画自賛になりますがとっても綺麗になっておりますよ。すぐにでも授業に使えそうなほどです。

 マクゴナガル先生は私たちに向き直ると笑みを浮かべました。

 

「随分と頑張ってくれましたね。とても綺麗になっていますよ」

「「あ、ありがとうございます」」

 

 私とパーシーさんの言葉がハモりましたね。いえ、でも仕方ないですよね。とっても笑顔で褒められましたから、お礼が口をつくのも仕方ないですよね。

 そんな私たちにですね、マクゴナガル先生は一旦は笑みを深めて頷きました。ですがその笑顔をあっさりと消しました。これは……もしかして寮点が引かれてしまうのでしょうか? え、やっぱり魔法を使ったのはダメでしたか?

 

「とても努力してくださったようですし、約束通り寮点を引くことはしません。ですが──」

 

 喜ばしい言葉ですが私はピシリと背筋を伸ばします。だってですね、マクゴナガル先生は1度言葉を区切った後、それはそれは怖いお顔で笑ったのですよ。先ほどとの対比がすごいです……。

 私、怖い笑顔って初めて見た気がします。うちのお母様が私とドラコを叱る時は笑顔なんて一切見せませんから。真顔で懇々とお説教が続くのです。ちなみに正座ではないですよ。

 叱られるのだ、と緊張しながら続く言葉を待ちます。はい、覚悟はできましたよ。どんなお叱りにでも耐えてみせますよ! なんて気合を入れます。

 

「パーシー・ウィーズリー、私はあなたに失望しました」

 

 厳しい視線をパーシーさんに向けて一言。覚悟はしていましたが、とっても怖いです。もし今のその一言を私が言われてしまったら──ショックで寝込むかもしれません。多分パーシーさんもそうなのでしょう。とっても顔色が悪いです。ええ、そうですよね。当たり前ですよね。だって1番身近な寮監であるマクゴナガル先生に『失望された』と言われてしまったのですから。

 ふうっと1つ息を吐いて、マクゴナガル先生は続けます。

 

「ホグワーツに慣れていない一年生ならいざ知らず、あなたはもう3年生です。それも5年生になれば監督生に選ばれるかもしれないほどに優秀な。そのようなあなたが、下級生を噂だけで判断するなどとは思いませんでした」

「はい……」

「本当に私は驚きましたし、失望しました」

「……はい。申し訳ありませんでした、マクゴナガル教授」

「そのように謝ることは簡単なことですが、行動が伴わなければ意味はありません。一度失ったものを取り戻すのは大変難しいことです。パーシー・ウィーズリー、あなたは私の失望をどのようにして取り戻すつもりです?」

 

 3度です。3度『失望』という言葉を口にされるマクゴナガル先生の眉間はとっても深いシワができています。多分ですが先生もこんな言葉を口にしたくないのでしょう。だって本当にお優しい先生ですから。そしてそれはとっても辛い事実ですよね。そんなお優しい先生に、辛い言葉を自分の行動が言わせてしまっているのですから。パーシーさんもお気づきでしょうかね。

 もしも私が言われたのならば、どう答えるのか。それを考えれば自然と背筋が伸びます。もちろん緊張で。私はきゅうっと唇を噛み締めながらパーシーさんの言葉を待ちました。

 

「今後は……今後は僕にできる限り、偏見を持たず人と接します」

「それで? 偏見を持たずにいたからと言って、その他大勢の意見に流されるのでしたら意味はないのです。その結果どうするのです」

「──自分の目で見たものを信じることにします。その、カサンドラ・マルフォイに対しても、誰に対しても先入観を持たず自分で見て、聞いて知ったことが真実であると……」

「ええ、それは当たり前のことです。つまりあなたは、その当たり前のことができていなかったのだ、と認めるのですね」

「はい、僕は周囲に流れる噂や、彼女の出自だけで彼女の性格などを決めつけていました。……噂が真実であるかも確かめることもせず、一方的に嫌いました。けれど僕は噂と彼女が違うことを、この部屋を掃除することで知りました」

 

 そう言ったパーシーさんは1度私を見ました。とっても難しいお顔をしています。

 いいのですよ? 嫌いなら嫌っていたままでも。それだけの素地が私にはあるとわかっていますし、そうなってしまってもその方を責める気はありません。私だって記憶に残っていることから苦手な方や、嫌いと言える方がいますからね。それが人なのですから当たり前なのです。私が万人に好かれるなんて厚顔にも思えませんし。

 パーシーさんは顔を上げて真っすぐにマクゴナガル先生を見ています。とても緊張しているのでしょうか。握られた拳がほんの少しですが震えているような気がします。……よく考えたらですね、パーシーさんてまだ14歳なのです。義務教育中の子が教師と相対して自分の悪いところを自覚させられて、その上それに対する自分なりの解決策を発表する──ええと、とっても難しいことではないですか、これ。

 などと思っておりましたら、パーシーさんははっきりとした声で話しだしました。

 

「僕は彼女がマルフォイ家であるということで、この掃除を僕一人ですることになるだろうと思っていました。ですが実際は先生が褒めてくださったこの部屋の掃除は、彼女の主導です。僕はその……掃除の基本すら理解していませんでしたが、彼女はどうすれば1番効率よく、そして時間内に綺麗にできるのかを考えて行動していました。その時に使った魔法すら、初めてだというのに素晴らしいもので……彼女がとても優秀な魔女になれるだろう素質のある生徒であることも知りました」

「それを知り、あなたはどう思ったのです」

「彼女は──カサンドラ・マルフォイは噂とはかけ離れた子だ、と思いました。そして僕は間違っていたのだとも」

「──それがわかっているのでしたら、あなたにこれ以上問うのは止めましょう。あなたは頭のいい子ですからね」

 

 パーシーさんの言葉にそう返したマクゴナガル先生は頷くとふっと小さく微笑まれました。というかですね、気になるのですが、掃除したあの時間だけで私の印象が変わるくらい、流れている噂って悪いのですか? 気にしていなかったのでどのようなものが流れているのか私知らないのですが……。少しは調べた方がよかったのでしょうか?

 

「さて、カサンドラ・マルフォイ。あなたもですよ」

「は、はい」

 

 マクゴナガル先生の言葉にいっそう背筋をピシリと伸ばして私は顔を上げます。はい、お二人とも背の高い方なので見上げないと視線が合わないのは仕様です。私が小さすぎるわけじゃないのですよ。

 

「あなたは自分が誤解されやすい境遇だと理解していながら、それを解消させる努力をしていません。あなたが素直に行動すれば周囲はそれを理解しようとするでしょうに……これはあなたの怠慢が招いた結果でもあります」

「……はい、心します」

「万人に好かれるはずはないとあなたは思っていることでしょう。それは私とて同じですが、それでも真実のあなたの姿が周知されれば耳を疑うような噂を流されることはなくなるでしょう」

 

 本当に私の噂ってどんなものが流れているのですか? マクゴナガル先生の眉間のシワがとっても、とっても、それはもうスネイプ先生並に深くなっているのですが。え? 本当にどんな噂なのですか! 今更ですが、俄然気になってきてしまったのですが!

 なんて言えるわけもなく、私は口を閉ざしたままマクゴナガル先生を見上げます。

 

「……あなたが流れる噂に興味がないことは私も知っていますが、それではいけません。もう少し周囲に気を配り自分が与える影響を考えなさい」

「は、はい……」

「あなたは良くも悪くも人目を惹く生徒です。生家のことも優秀であることも、その容姿ですら──そのどれにもあなたは無頓着であるように周囲に映ることも、噂を助長させているのでしょう。自覚なさい、カサンドラ・マルフォイ」

 

 どこか労わるように目を細め、マクゴナガル先生はそうおっしゃいました。そんなお言葉をいただいた後、私とパーシーさんに「2人ともが反省をしていることは伝わっていますよ。この部屋の掃除も、2人が協力しなければあの時間で終わることはなかったでしょう。そして私のところに来た時からもわかります」と、にこりと優しげな笑顔で微笑まれました。

 とっても、とっても飴と鞭な気がします。しますが、私はその笑顔にホッとしてしまいました。はい、ばっちり飴に絆されている自覚はあります。

 

 授業に遅れないようにと言って、マクゴナガル先生がお部屋を出られました。そのお言葉の通りに私たちも授業に出るべきだとわかっているのですが、私もパーシーさんもお部屋から出ませんでした。はい、まだ予鈴も鳴っておりませんからね。まだ少し時間があるのです。

 時は有限です。私は今できることは明日するのではなく、今してしまいたいので、今パーシーさんに願い出ることにしました。

 

「パーシーさん」

 

 私は意を決してお呼びしたのですが、パーシーさんもこちらを見てくださいます。ほぼ正面に立つパーシーさんを見上げます。パーシーさんはやっぱりフレッドくんやジョージくんによく似た赤毛で、色白。家族なのだとすぐにわかるくらいには似ていらっしゃって、私はあまり緊張することもなく口を開くことができました。

 

「私はカサンドラ・ナルシッサ・マルフォイです。よろしければ私とお友だちになっていただけませんか?」

 

 真剣な目で私を見ていたパーシーさんはとっても驚かれたのでしょう。大きく目を見開いていらっしゃいます。

 それなりには緊張している私は、パーシーさんがなんとお答えになるのかを考えながら、彼の言葉を待ちました。



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その36

 午前の授業である魔法史の教室から、また大広間まで戻り私はお昼をとっています。──が、そこに普段と違うところがあります。はい、それは私の隣に座る方、です。

 普段私の食事時、お隣ですとか近くに座られるのはフレッドくんやジョージくんにリーくん、アリシアさんやアンジェリーナさんです。そうです、いつも皆さんと固まってご飯を食べているのです。が、今は違います。

 

「そうか、君の見解はそうなのか」

「ええ、刑務所(アズカバン)についてや、犯罪者について魔法界はとても遅れていると思います。もちろん私はそう思う、というだけですが」

「いや、一理あると僕も思う」

 

 どこか納得したように頷きながら、私の隣に座る方──パーシーさんはとても美味しそうにマッシュポテトを口にしています。

 そうなのです。私は今朝のあの一件でパーシーさんとお友だちになれました。私自身とってもびっくりです。だってパーシーさんですよ? あんなに私のことを責めていたパーシーさんが、考え直したからといってそんなにすぐにお友だちになってくださるとは思いませんでした。

 ですが結果はこの通りです。こうしてお昼をご一緒してアズカバンの収監システムについて談義が交わせる程度に、私はパーシーさんと打ち解けられました。はい、話題がおかしいとは思いますが、実はコレとってもホットでタイムリーな話題なのです。

 

「けれどダンブルドア校長はどうして今更こんな提案をしたのか、君にはわかるか?」

 

 実はですね、お昼になってすぐ日刊預言者新聞に号外が出たのです。一斉にフクロウが大広間の天井を埋め尽くしました……。とっても壮観でしたよ。

 皆さんが驚き、そして話題にするその号外の内容。それは私たちの話題からわかる通りに『アズカバン収監者への処罰として、重犯罪者や再犯の見込みのあるものに対してその記憶を忘却術で消去する』ことが確定した、というものです。

 

 ダンブルドア校長とお話ししていた記憶のある私でもびっくりです。どなたにご相談したのかは存じませんが、まさかあの日の夜にしたお話が実現されるとは思いませんでしたからね。しかも収監者に忘却術をかけるのがあのギルデロイ・ロックハートさんだと新聞にもありました。

 本当に、本当にびっくりしました。まさにあの日の夜にお話ししていた通りになっているのですから。……ええと、どうしてそこまで反映されたのでしょうかね? アレですか? ロックハートさんの著書の謎が紐解かれて白日の下に晒されたということでしょうか?

 それは私にはわかりませんが、とにかく、アズカバンのシステムが変わることになったのです。まだ実行されていませんが、魔法省の決定は覆らないことでしょう。一応とっても権力を持った機関でしょうからね、魔法省は。

 そんなわけで私とパーシーさんとの話題もそうですが、今の大広間の中の話題の大半はそれになっています。そこかしこでどんな方が収監されているのか、アズカバンがどこにあるのか、どんなところなのか、そしてなにがそこを守っているのか──などと漏れ聞こえてきます。

 それらを耳にしながらのパーシーさんのお言葉。私は言葉に詰まりました。ええ、詰まってしまって仕方ありませんよね。

 

「え? その……それは」

「なにか知っているのか?」

「いえ、その……ま、まあそれはいいとしてですね、パーシーさんは初めに誰の記憶を抜いたほうが良いと思いますか?」

 

 私はパーシーさんの問いかけを聞こえなかったことにして、逆に問いかけてみます。はい。質問に質問を返すのはいけないことでしょうけれど、今は明言できませんからね。内緒なのです。

 私の言葉に考え込むようにパーシーさんはむむっと眉を寄せています。パーシーさんって、フレッドくんやジョージくんに似ていますが、とっても真面目ですよね。こんな質問にしっかり考えてくださいますし。

 

「それは難しい質問だな」

「ええ、とても難しいです。どなたの記憶をなくすことができれば、どう状況が変わるのか。それを理解してしなければいけませんからね」

 

 パクリと人参のグラッセを口にしながら、私も頷き答えます。そうなのですよね。誰がどのようなことをして、そしてこれからどうするのかを考えて記憶を消しませんと、脱獄されてしまうかもしれません。まあ、1番に脱獄なさるのは某ネズミを新聞で見たシリウス・ブラックさんですからまだ時間はありますよね。

 ああ、でも重犯罪者という観点から言えば、死喰い人認定されているシリウス・ブラックさんは忘却術対象者ではないですかね? ……これはダンブルドア校長にご相談してみたほうがよい気がしてきました。シリウス・ブラックさんが亡くなってしまったらいけませんからね。

 などと考えておりましたら、パーシーさんは相変わらず眉を寄せたままおっしゃいます。

 

「今収監されている死喰い人は全て──だとは思うが、僕には誰を最初にするべきかわからないな。君は誰がいいと思うんだ?」

「私は──私はベラトリックス伯母様をしていただきたいと思っています」

「ベラトリックスというと……ベラトリックス・レストレンジか。君の伯母だったのか」

「はい、お母様のお姉さまです。お会いしたことは私の記憶にありませんけれど」

 

 そうなのですよね。お会いしたことがないので、私には伯母様が本当はどんな方か存じません。ですが多分『私』の記憶に残っているお姿に変わりないと思います。その性格も変わりないのでしょう。お母様から伺ったお言葉の端々からそれは感じられました。

 身内にはそれなりにお優しかったようですが、些細なことで癇癪を起こしていらした──とお母様が眉を下げていらっしゃいましたから。

 

 よくよく考えれば、私的に記憶を消してしまったほうが良いと思うのは、ベラトリックス伯母様とバーティミアス・クラウチ・Jrさんです。 

 伯母様はハリーたちの壁としてそれはもう、とてつもない壁として立ちふさがりますし、クラウチ・Jrさんも色々と問題を起こしてくださいます。最大はハリーの名前をゴブレットに入れた上でヴォルデモートさんの復活に手を貸すところ、でしょうか。というかあの人がいたらセドリックくんの命も大変なことになってしまいますし……どうしましょう。クラウチ・Jrさんの記憶を先に消したほうがよい気がしてきました。

 今のクラウチ・Jrさんはアズカバンにいらっしゃるのでしたかね? あの方は他の方たちと違って集団での脱獄ではなかった気がしますし……。初期は獄中で亡くなっていると言われていましたが、実は生きていてお家にいるという設定だったはずです。これは生存か否かを確認してみればわかりますよね。

 こちらもダンブルドア校長にお聞きすることにしましょうか。なんて考えていましたら、パーシーさんが声をかけてこられました。

 

「その、すまない。君にとって辛いことを聞いたのではないか?」

「え? いえ、平気ですよ。本当にお会いした記憶のない方ですからよくわかりませんし……それに伯母だとはいえ悪いことをしたのは確かなのですから、情けをかける必要はないと思うのです」

「それはそうだが……」

「パーシーさんがお気になさる必要ないですよ」

 

 そう言って私は笑います。そうです。私的に言えばですね、お父様とお母様、それからドラコがそんな目に合わないのであれば正直伯母様であろうと、家族以外の他の方がどうなろうと構わないのです。もちろんお友だちがそんな目に合うのも嫌ですが、彼らがアズカバンに入るような罪を犯すことはありえないでしょうからね。心配するべきは私の家族ですよ……。お父様、神秘部に行かないでいることはできませんかね?

 なんて思いを馳せながら、パーシーさんとの会話を続けます。ちなみにすぐ近くに座っていらっしゃいるフレッドくんたちは、チラチラと私とパーシーさんとを見ていらっしゃいます。お話に参加していただいても構わないのですが、何故だか遠慮なさっています。

 それというのもですね、どうやら私とパーシーさんが親しくしていることが意外なようなのです。

 私とパーシーさんとがさっと隣り合って座った瞬間にフレッドくんが呟いていました。「嘘だろ、パーシーが!」と。そんなにパーシーさんが私と親しげに話す姿は意外だったのでしょうか──いえ、意外ですよね。私もまだちょっと信じられませんし。

 などと考えておりましたら、フクロウが一羽、私の前に舞い降りました。フワフワと羽が宙を舞っています。ああ、プレートの上に落ちてしまいますっとついその羽を掴んでしまう私です。

 

「手紙、か?」

「ええ、どなたからでしょうか──あ」

 

 焦げ茶と白とグレーのまだら模様のフクロウ。クリッとした目で私を見ながら差し出したのは封筒が1つ。そのお手紙に差出人のお名前はありませんでしたが、どなたからのものかすぐにわかりました。ええ、本当にすぐ。それが正しいかどうかはわかりませんが、多分正解でしょう。

 実は封筒の隅にですね、小さくデフォルメされたイラストがあったのです。はいとっても小さく、私小指の先ほどの大きさの、三角帽子をかぶったおヒゲです。しかもおヒゲは長くて先が三つ編みです。……ダンブルドア校長、これ他の方にもすぐわかりませんか? 私と個人的に会うとういことは知られない方が良いのではないのですか? とっても、とっても疑問でいっぱいになってしまいました。

 私がそのイラストを指先で隠しながら封筒をじっとり見つめていればですね、パーシーさんが「開けないのか?」と聞いていらっしゃいました。が、今この場では開けられません。私は曖昧に笑みながら、そっとお手紙をローブのポケットに仕舞い込みます。

 

「パーシーさん、バーティミアス・クラウチ・Jrさんのことをご存知ですか?」

 

 そうして誤魔化しまじりに問いかけます。ダンブルドア校長からだけでなく、他の方からもお伺いしてみたほうがいいだろう、ということからの質問です。

 

「あ、ああ。知っているが……彼がどうかしたのか?」

「いえ、あの方もアズカバンに収監されています、よね?」

「いや? 彼はもう亡くなっているはずだ。確か収監されて1年ほどか? クラウチ氏は相次いで彼と妻とを亡くした──はずだ」

「ええと……お詳しいですね、パーシーさん」

「そうか? このくらいは基礎知識だろう?」

 

 ええと、本当に基礎知識なのですかね? アズカバンに収監されている方の家族を知っている、ということが。私が首を傾げてパーシーさんを見れば、彼はどこか得意げに笑みながら続けます。

 

「少し前に魔法省について調べた時、魔法省の役人の家族についても少し調べたんだ」

「ご家族について、ですか?」

「ああ。その前にアズカバンについて調べた時に見た名と同じ名が魔法省の役人の中に合って、それが気になってな」

 

 パーシーさんは苦笑いして、そうして続けます。

 

「それで1981年の裁判記録も読んで、クラウチ氏がどのような評価をされているかも知った。──家族を顧みず、息子の教育を間違えてバッシングを受けたことも、な」

「それはおかしいと思います」

「おかしい? 親が子を諌められずにいたことがか?」

「ええ。確かに親は子を教育する義務があると思います。ですが子どもにも自我があります。親と違う思想に傾倒することもあるでしょう? どんなに優れた人が教育したのだとしても、他者が傾倒するものを変えさせるのは困難だと思います」

「それは、確かにそうだが……」

「というかですね、子どもは基本的に親に逆らう生き物だと思うのですが、パーシーさんはどう思われますか?」

「──そ、それこそ人それぞれじゃないか?」

「まあ、そうですよね。パーシーさんは真面目な方ですから、お父様に逆らったりなさらなそうです。というかお父様を尊敬なさっていそうな気がします」

「逆らわない……尊敬……」

 

 なんだかパーシーさんは固まってしまっています。なんでしょうか? 私なにかおかしなことを言いましたかね?

 あ、ちなみに私はお父様を尊敬していますよ? 少しだけ恥ずかしいというか、不安に思うところもありますが、それでも尊敬に値する知識ですとか、家族に対する様々な愛情ですとかを私に見せてくださいましたからね。もちろん言葉は少なかったですし、抱きしめるだとか頭を撫でられるだとかはされたことはありませんが、それでも愛情はしっかり感じられていましたからね。だから私はお父様のことも、お母様のことも尊敬しているのです。

 パーシーさんはそうではないのでしょうか? ええと、ウィーズリー家のお父様は確か、アーサー・ウィーズリーさんでしたよね? とってもお優しそうで、子煩悩で奥様を大切になさっていて──とっても、とっても理想のお父様な気がします。あんなに優しく、そしてユーモアに富んだお父様がいたら、きっととても毎日楽しいのでしょうね、羨ましいです。



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その37

 固まったパーシーさんは、とってもぎこちない仕草で残ったお昼を召し上がってから午後の授業に向かわれました。ちなみにご飯は残さずに召し上がっていらっしゃいましたが、私にはなにもおっしゃってくださいませんでした。……私、なにか怒らせてしまったのですかね?

 なんて首を傾げながら私も昼食を食べきり、席を立ちます。その途端ですね、フレッドくんたちに詰め寄られました。内容がなんであるかはわかっておりましたが、時間も時間でしたので大広間を出て廊下で歩きながらお話を伺うことにしました。はい、私たちも午後の授業に向かわねばなりませんからね。

 

 予想通りに皆さん口々に私とパーシーさんとがお昼を一緒にしていたことが不思議だったのだ、とおっしゃいます。それは私も同じ気持ちですよ。ですが、お友だちと昼食を共にするのは良いことですからね。気にしないことにしておきましょう。

 私も何度もその答えとなる「お友だちになったのだ」ということをお伝えしたのですが、皆さん中々信じてくださいません。……これは私とパーシーさん、どちらの信用がないのでしょうかね?

 

「本当の本当に事実なのですよ? そんなに信じられませんか?」

「全く信じられないわけじゃないのよ?」

「そうそう。でもありえないって思っちゃうんだよね」

「まあなんとなく感じられはしたよ、本当なんじゃないかって。なんてったってあのパーシーがキャシーに突っかからず会話してたからさ」

「確かにパーシーが普通だったな。……でも、どうしてキャシーはパーシーに友だちになろうなんて言ったんだ?」

「ええと、その、笑いませんか?」

 

 私の顔を見てそう問うてくるフレッドくんとジョージくんに私は問いかけます。はい、恥ずかしいと思われる理由からなので、できるなら言いたくないのです。

 

「「笑わないに決まってるだろ!」」

「そうよ、キャシーの言葉を笑うはずないでしょ?」

「そうそう! 笑うわけないよ!」

「いや、面白けりゃ笑うだろ?」

「リーは黙ってて! 私たちは皆キャシーの理由を聞きたいんだから! なんだったらリーは先に行っててもいいのよ」

「な、仲間外れにすんなよ! 俺だって聞きてえよ。どうしてあの堅物で、どう考えても合わないだろうパーシーさんとキャシーが友だちになろうと思ったのかはさ」

 

 なんだかみなさんが別の意味で揉めている気がします。というかどうしてこんなに聞きたがってくださるのでしょうか。いえ、とっても嬉しいですよ? 笑わないとおっしゃってくださったことも、聞きたがってくださることも。

 ですが今、この場で理由を言って平気なのでしょうか……。え、なんだかもっと恥ずかしくなってきたのですが。どうしましょう。言わないほうがよい気がしてきました。

 ええ、そうですよ。言えません、言えませんよ!

 パーシーさんが、フレッドくんやジョージくんのお兄様だから、できるなら敵対するよりお友だちになってしまいたかった──なんて、とっても恥ずかしくないですか?

 しかも詳しく言えば私がお2人とお友だちになったことで、ご兄弟で仲違いして欲しくなかったなんて、とっても自信過剰な気がしますし……。え、やっぱり恥ずかしいですよね、コレ。

 もちろんこの理由でしたら、パーシーさんだけでなくチャーリーさんともお友だちにならねばなりません。ですがチャーリーさんはダメです。あの方は私をからかうのがとっても楽しそうですし。周囲の方が少しばかり怖いですからね。抱き上げられるのも大分困りますし。

 その点で言えば、パーシーさんはとっても真面目な方ですからね。私をからかうよりもきっと真面目にお友だちとして接してくださるでしょう。選択としては間違いでなかったはずです。ですが理由はやっぱり言えませんよね。

 

「え、ええと……その、やっぱり内緒です」

 

 多分私の顔は赤くなっていることでしょう。ですが言えないのだとはっきりと口にします。そうですよ、自信過剰な理由なんて言えません。恥ずかしすぎます。

 

 そんな私を見ているアリシアさんもアンジェリーナさんもリーくんも、どうしてか驚いた顔をしています。何度か瞬きをした後、お三方はフレッドくんを振り返ります。

 ちなみに丁度私の正面に立っていらしたフレッドくんは、目を見開いて固まっています。その姿は「私とお友だちになってください」とお伝えした時のパーシーさんにとっても似ています。あ、ちなみにそのお隣に立つジョージくんは、私とフレッドくんとを見比べてちょっとニヤついています。なんでしょう、なにか企んでいるかのように見えますよ? え、私なにか悪戯されるのですか?

 どんな悪戯をされてしまうのか。ちょっと想像してしまって、眉が寄ってしまった気がします。そんな私の顔を見て、アリシアさんがとっても深いため息を吐かれます。

 

「はあ……わかったわ。今は聞かないであげる。もう着くしね」

「えと、今だけじゃなくこれからも内緒ですよ?」

「ええ、内緒(・・)なのよね」

「は、はい」

 

 何故か私の言葉にアリシアさんはにんまりと笑います。……これは寮のお部屋で問い詰められるルートが確定した気がします。が、アリシアさんやアンジェリーナさんにお伝えするのでしたらきっと多分大丈夫でしょう。恥ずかしいは恥ずかしいですが、からかわないでいてくれるでしょうし。

 少しばかり覚悟を決めながら、未だ固まったままのフレッドくんを見上げます。が、彼の目はどこを見ているのでしょうかね? 真っすぐ見上げていますが目が合っている気が全くしません。なにが彼を固まらせたのでしょうかね?

 

「フレッドくん? 大丈夫ですか?」

「あー…キャシー、先行ってなよ。フレッドは俺とリーでどうにかして連れてくからさ。授業、遅れたら困るだろ?」

「え、でも……」

「いいのよ、キャシー。私たちは先に行っておきましょ。男には男にしかわからないことがあるんでしょうしね」

「そうだね。行っちゃおうよ」

「大丈夫、授業が始まるまでには連れてくよ」

 

 ジョージくんはにこやかに、リーくんは少し困り顔で私たちを送り出そうとしています。が本当にフレッドくんは大丈夫なのでしょうか。その……なんだかとっても、固まったフレッドくんはいつものフレッドくんらしからぬ様子なのです。とっても心配になってしまうのですが。にっこり優しく笑ってくださるのがフレッドくんですのに……。

 心配でやっぱり私もここに残ります、と口にしようとしたのですが、私はあっさりアリシアさんとアンジェリーナさんに連行されてしまいます。はい。私の両手は常にお2人の手と繋がれていますかからね。

 

「大丈夫。すぐ行くから」

「おお、気にせず先に行っとけ」

 

 半ば引きずられるように歩く私に、かかるジョージくんとリーくんの声。にこやかに笑うジョージくんはヒラヒラと手を振ります。どうしてなのでしょう、ジョージくんの笑顔を見るとそこはかとなく不安感が増すのは。

 足が止まりかける私に、アリシアさんがおっしゃいます。

 

「キャシー、大丈夫。なにが理由かはわかってるんだし、ジョージがいるんだから平気なはずよ」

「え! アリーもアンジーもわかっているのですか?」

「え、キャシーはわからないの? フレッド、すっごいわかりやすいのに」

「え、ええと……その、とってもお困りなのはわかりましたよ?」

「あー…うん。確かにお困り(・・・)だったかな」

 

 ほんの少し眉を下げながらアンジェリーナさんは笑います。なんだか困っているみたいです。……私が困らせているのですよね。うう……フレッドくんはなにに困っているのでしょうか。私にはわからないですよう。

 多分とっても私の眉は下がっていたのでしょう。苦笑い気味にアリシアさんが笑いながらおっしゃいます。

 

「大丈夫よ、キャシーはなんにも気にしないでいいの。だってただパーシーさんと『お友だち』になっただけなんでしょ? 私たちと同じ、ただ(・・)のお友だちにね」

 

 念を押すように、言葉の一部がとっても強く感じるのですが……他意はないですよね? 疑問に感じながらも私は頷きます。

 

「え、ええ。そうですよ? その、フレッドくんやジョージくんのご兄弟ですし……。罰掃除をして、パーシーさんとも仲良くできるのではないかと思ったのです」

 

 軽く『理由』らしき言葉を口にしてしまっていました。で、ですが大丈夫ですよね? 特におかしな感じにはなっておりませんよね?

 そうです。あの時パーシーさんと個人的な──罰掃除ですが──時間を過ごしたことで、思えたことなのですからそれは間違いじゃありません。

 

「まあそれだけじゃなさそうだけど。それは聞かないであげる。とにかく今は早く授業に行きましょ」

「そうそう。授業は真面目に、でしょ? キャシー薬草学も好きだもんね」

「そ、それは好きですが……」

 

 そう言って私の手を引き、歩き出すアリシアさんとアンジェリーナさん。本日の薬草学は外にある温室で、ですのでその足は外に向かっています。

 まだ予鈴まで少しありますし、時間的余裕があります。が、フレッドくんたちは間に合うのでしょうか。後ろ髪引かれてしまう私は、元いた廊下をチラチラ振り返ってしまいます。

 フレッドくん、ジョージくん、リーくんの3人が固まっています。お2人の手はフレッドくんの肩や背中を叩いているように見受けられます。その様子はフレッドくんを励ましていらっしゃるように見えるのですが。

 やはり私がなにか彼を困らせるようなことを言ってしまったか、してしまったのではないでしょうか。とっても不安になってしまいます。色々と問題のある私ですから、今以上にお友だちに迷惑をかけてしまうのはイヤなのですよ。

 

「キャシー、そんなに心配しないでも大丈夫よ。すぐに気づいて元に戻るわよ」

「だねー。だってお友だち(・・・・)になったんだってキャシーは正直に言ったでしょ? 理由は内緒だったけどさ」

「でも……私が原因なのですよね? なにがいけなかったのかわかりませんが、わからないままにしてはいけないと思うのです。その、また同じ失敗をしてしまうかもしれませんし……」

「キャシー、それは考えなくていいの。キャシーはキャシーのままでいいのよ。問題はキャシーにあるわけじゃないんだから」

「それでもあのままだったらそれはフレッドが悪いんだから、やっぱりキャシーが気にする必要はないよ!」

「そう、なのでしょうか……」

「そうそう。だから今は行こう?」

 

 お2人の言葉に促され、私も後ろ髪を引かれながらも外にある温室へ向かいました。

 

 明るい日差しに満ちた外は、11月ということもあり少し肌寒いです。ですがお日様のお陰でとても清々しい空気をしています。こんな空気の中でいつまでも悩んでいてはいけませんね。私は授業に向かう心構えをしつつ、抱いた不安ですとかを今は忘れることにしました。

 もちろんまだ気になりますし、私に悪いところがあるのでしたら直したいと思います。ですがそれがどこであるのかは、フレッドくんにお伺いしなければわかりません。いえ、私に至らないところがたくさんある自覚はありますが、今回はピンポイントでフレッドくんを困らせてしまったのですからね。たくさんの至らなさではなく、まずはこちらでしょう。

 授業が終わりまして、夕食が済んだらフレッドくんに伺いましょう。と心に決めて、私は暖かな温室の中に入るのでした。



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その38

 予鈴の後、フレッドくんとジョージくん、リーくんのお3人は他の皆様よりも遅れて教室にいらっしゃいました。3人連れだって、入り口付近にいらしたのですが、こちらを見て笑ってくださったのでホッと一安心です。

 とは言っても、フレッドくんの様子は気にはなりました。私の所為である可能性がとっても高いのですから。ですが流石に授業中にお聞きするわけにはいきません。自粛しなくてはです。先ほどよりも普段のフレッドくんに近いような気はしましたし、あまり気にかけては逆にご迷惑になりますからね。

 全ては夕食後にしましょう、と決めたのです──がそれができなくなってしまったのは偏に昼食時にいただいたお手紙故と言えるでしょう。

 

 実は私、薬草学の授業が終わってすぐお手紙に目を通したのです。急を要する手紙であったら大変ですからね、とちょっとだけ忘れていたことを自分に言い訳しながらですが。

 そしてやっぱりお手紙は予想通りにダンブルドア校長からのものだったのですが、書かれていた内容がちょっと困惑するようなものでした。1人になってから読んでよかった、と言える程度には。

 ええとですね、なんとダンブルドア校長からのお手紙には個人的なお夕食のお誘いがあったのです。それも後日ではなく、本日の。しかも場所は校長室です。はい、確かにですね、お昼の段階で読んでいればここまで困惑はしなかったでしょう。後にしてしまった私が悪いのだとわかりますが……ダンブルドア校長も、ホグワーツに戻ってすぐの夕食を大広間でとらなくて大丈夫なのですかね? ダメな気がするのですが。

 とはいえお誘いをお断りするわけにはいきません。お話ししたいことも、お聞きしたいこともたくさんありますからね。というわけで今私は1人廊下を歩いています。お夕食をとるために皆さんは大広間へと移動していらっしゃいますが、私は1人別行動なのです。

 

 通い慣れたとは言えませんが、入学して3ヶ月ほどでこれで3度目の校長室です。ええと、校長室でお夕食を食べていいのですかね? ちょっとだけ疑問は浮かびますが、そこは気にせずガーゴイル像の前に立ちます。今日も今日とて門番のはずですのにさっくりあっさりお役目を放棄しています。ダンブルドア校長のご好意なのでしょうけれど、階段丸見えですよ? これでいいのですか? と、とっても不安になってしまう私です。

 一度お伝えしたほうがいいのでしょうか、なんて考えながら螺旋状になった階段を登りまして、ダンブルドア校長が待っているであろうお部屋の前へ。こちらの扉は閉まっておりました。よかったです。

 それから入室のための声かけをして、校長室へと入ったのですが……ダンブルドア校長はなんだかとっても嬉しそうでした。そしてとっても楽しそうでもありました。なんでしょうね? なにがあったのでしょう。

 

「元気にしておったか、カサンドラ」

「はい、とっても元気です」

「そうかそうか、それはよかった」

 

 簡単なご挨拶のあと、ダンブルドア校長に勧められるまま席に着きました。が、そこはいつも通りにダンブルドア校長の執務机の正面です。色々と事務仕事ですとかに使いそうなものが並ぶそこが、どうやら今日のお夕食が並ぶ机となるようです。……え? 本当にここで食事をして平気なのですかね?

 

「急な誘いですまんかったのう」

「いえ、それは構いませんが……ですが、よろしかったのですか? 今日お戻りになったばかりなのですよね?」

「そうじゃのう。戻ったばかりではあるが、カサンドラには謝らねばならんことと、伝えねばならんことがあったからのう」

「謝らねばならんこと、と伝えねばならんこと、ですか?」

「そうじゃ」

 

 それはそれは楽しげに目尻を下げて、ダンブルドア校長は笑います。本当に人の良さそうなお爺様、という感じです。

 それにしてもお話の内容はなんなのでしょうかね? こてりと首を傾げれば、ダンブルドア校長はいっそう笑みを深めます。

 

「食事をとりながら話すとしようかのう。カサンドラも腹が空いておるじゃろう?」

「え、ええ。まあ、それなりには空いていますけれど……」

 

 ダンブルドア校長が指を鳴らすと、すぐに机の上にプレートが現れます。流石に大広間でのお食事と違い、バイキング方式ではなくワンプレートでのお夕食です。が、私のプレートとダンブルドア校長のプレートは乗っているものが違いますね。私のものはお肉も、お野菜も少なめです。普段食べているお夕飯くらいの量ですね。……屋敷しもべさんたちは、生徒一人一人の食べる量まで把握しているのでしょうかね?

 プレートの上に綺麗に盛りつけられたポークソテーやベイクドポテト、人参のグラッセですとかを食べながら、話されるダンブルドア校長の言葉を聞きます。

 

「まあ、そうやって魔法省内の過半数以上の賛成をもぎ取って、アズカバンに収監した者の処罰を決めたのじゃ」

「ええと、随分と過激な手段を選ばれたのですね」

「急務じゃったからのう。手段は選んでおれんかったのじゃよ。まあ、しっかりと説明したことで最終的には反対意見を出していた者たちも黙るしかなくなったのじゃろう」

 

 と言って、ダンブルドア校長はニヤリと笑います。私はちょっとだけ乾いた笑いでそれに答えます。深く考えたらとっても怖いことだと気づいてしまったからですね。私が内心引きつってしまったのは簡単なことが理由です。

 なんとダンブルドア校長は、魔法省の大臣さんたちが会議をしているところに単身乗り込んだのだそうです。それもアポなしで。もちろんその理由はアズカバン収監者の処罰について力説するためです。前もって会議に参加なさる方たちの数名には根回しのお手紙は送っていらしたそうですが、よくアポなしで乗り込めたな、と別の意味で感心してしまいますね。

 一歩間違えれば校長でいられなくなっていてもおかしくないことでしたでしょうに……。え、これってもしそうなっていたら私の所為ですよね?

 心底成功してよかったと思ってしまう私はダメな子でしょう。でも仕方ありませんよね、流石に子どもの私ではダンブルドア校長の今後の人生を背負うことはできませんから。本当に成功してよかったです。

 ちなみに力説の内容はですね、現行のアズガバンの危険性を主題として、如何に自分が主張する案が正当で、そして魔法界が安全に過ごせる案であるかを説いたのだそうです。しかもこれに反対する者はなにか後ろ暗いことがあるのではないか──と匂わせながらの大演説だった、と笑顔でおっしゃいますが……アレですよね? 言葉だけですよね? 肉体言語で語ったりなさってませんよね? 本当に匂わすだけでしたよね? と、ちょっとだけ不安に思ってしまった私は悪くないと思うのです。

 だって行動力と決断力とがありまくりで、協力者にも事欠かないだろうダンブルドア校長相手ですからね。

 そんな私を他所に、ひとしきり語ったダンブルドア校長はポンと手を打って眉を下げます。

 

「おお、そうじゃった! 忘れておった」

「どうかしたのですか?」

「うむ。初めに謝罪をせねばならんかったのじゃ。すまんのう、カサンドラ。実は昼に出た号外は嘘の記事なのじゃ」

「え? 嘘ですか? その、それは記事自体が、ではないですよね? 魔法省を説得はなさったのですし」

「そうじゃ。実はのう、決定したではなくもう敢行したのじゃ」

 

 そうこともなげに言ったダンブルドア校長は大きめなお肉を一口で召し上がられます。とっても美味しそうに召し上がるそのお姿を見つめながら、私は今聞いたばかりのお言葉を反芻します。

 ……『決定した』ではなく『敢行した』──ということは、悪いことではないはず、ですよね? もう収監された方たちは記憶を抜かれているということ、ですよね? え? 違うのですかね? なんだかとっても混乱しているのですが。

 

「ええと、敢行したということはですね、もう記憶を抜いていらっしゃるということですか?」

「そうじゃ。収監された死喰い人はもう全て抜き終えた。今後はそれ以外の凶悪犯罪に手を染めた者たちに移行する予定じゃな」

 

 えと、それは抜いてはマズイ方の記憶も抜いていませんか?

 私の頭に浮かんだのは、シリウス・ブラックさんです。え、ダメですよ、あの方の記憶を抜いたらハリーが悲しみます! と思ったのですが、ハリーはまだシリウス・ブラックさんのこと、ご存知ないですね。え? じゃあ平気なのでしょうか。なんて混乱しきってしまう私に、ダンブルドア校長はまたも楽しげな声のまま告げます。

 

「おお、そうじゃった。シリウス・ブラックについてはこの件からしばらく除外することになっておるからの、そこは安心してよいぞ。それにアズカバンに収監されておらぬ死喰い人もの」

 

 とパチリとウインクしながらダンブルドア校長がおっしゃいます。つまりシリウス・ブラックさんもお父様も今のところ無事である、と確定しました。が、確かこのままでいけばお父様はアズカバンに収監されてしまいます。……え? このままではうちのお父様も記憶を抜かれるということですよね?

 これから先なんとかしなくてはいけないことが増えてしまいましたが、これはまだ時間があります。なんとかできるはず、です。大分不安になりながらも話を続けます。

 

「そ、それはよかったです。ですが、その……何故号外に嘘を?」

「うむ、囮じゃな」

「それは……収監されていない死喰い人を捕らえるため、ですか?」

「それもあるが、本命は大元じゃな」

「そ、そちらなのですか……」

 

 撒き餌替わりに号外には偽りを載せたと言い切って、なおもダンブルドア校長はお肉を食べ進めます。私のものの3倍はあったお肉はもう私のものよりも少なくなっています。すごい食欲ですね。なんてちょっとだけ現実逃避してしまいます。

 そんな私に気づかないのか、ダンブルドア校長は滔々と語り出します。

 

「カサンドラが言ったようにロックハートは随分と忘却術が達者でな。こうちょっとばかり儂がお願いをしたら快く協力をしてくれたのじゃ」

「そ、そうなのですか」

 

 とってもいい笑顔でそう言い切られました。とってもとっても気になりますが、言葉の裏を探ってはいけないのだとわかります。私は曖昧な相づちをして誤魔化しました。

 

「うむ。それも自ら進んでアズカバンに来たのじゃよ」

「え? 進んで、ですか?」

「うむ、そうなんじゃよ。それはもう快く全ての者に忘却術をかけ、最奥の牢に閉じこもりおったのう」

 

 とっても楽しげにおっしゃいますが、そのお言葉は穏やかではない気がしますよ? なにがどうなっているのでしょう。

 

「ええ、と……それはどういうことなのですか?」

「いや、なに。難しいことをしたわけじゃないのじゃよ。ただ少しの、ロックハートの過去のことをこう事細かに耳打ちしてのう。彼らの身内(・・・・・)に内々に知らせてもよいかと確認してみたのじゃ」

「それは……」

「そうからの。そうなれば今後は彼らからだけでなく、日刊預言者新聞に記事が出ることで闇陣営からも狙われるじゃろうと少しのう。まあ、そうしたら──」

 

 ニヤリと笑い、後はわかるじゃろう。と問うダンブルドア校長に私が言えることは何もありませんでした。これはどう考えても司法取引的なものですからね。私が関わってよい問題ではないはずです。

 アズカバンにおこもりになることで、一応ギルデロイ・ロックハートさんは全ての記憶を失わずに済みましたし、その命も安全です。そのお心が安全であるかは私にはわかりかねますが。

 というかロックハートさんのことよりも、他の方のことが気になっているのです。そちらの方が比重が大きいです。その方が今どこにいらっしゃるのかはわかっているようなわかっていないような感じですが……これはダンブルドア校長にお伝えした方がよいですよね。

 

「その、ダンブルドア校長」

「どうした、カサンドラ」

「その……アズカバンに収監されているバーティミアス・クラウチ・Jrさんはどうなっていますか?」

「クラウチ・Jrか……」

 

 食事の手を止めて、ダンブルドア校長は眉を寄せていらっしゃいます。これは……私はなにかおかしなことを聞いてしまったのでしょうか?

 

「収監されてすぐ、病にて死んでおる──はずじゃが、カサンドラはクラウチ・Jrが生きていると言うのか?」

「はい。私の記憶には生きていると残っています……。それに彼の所為でその……生徒が1人亡くなることに、なります」

「それはまことか!」

 

 ガタリと音を立ててダンブルドア校長は席を立ちます。目の前で立ち上がられたことで、上から見下ろされています。とっても怖いお顔をしたダンブルドア校長にほんの少しだけ怯えてしまいました。ええ、ちょっとだけ怖かったのです。

 ですが怖がったままではダメですからね。私はコクリと頷き、ダンブルドア校長の言葉に返します。

 

「は、はい。そのセドリックが……」

「なんと……セドリック・ディゴリーが……」

 

 できるなら口にはしたくなかったですが、私はセドリックくんの名前を口にしました。口にすれば記憶の通りになってしまいそうで、言わないでいたかったです。

 大事なお友だちの1人がいなくなってしまうなんて、本当のことになるのだとしても信じたくないこと。ですが言わないままではいられません。変えられることがあるのなら、戸惑っていてはいけないのです。多分。

 

「それはいつじゃ? ホグワーツ内でか?」

「ハリーが4年生の時、のはずですので、今からですと6年後のはずです。場所は……ポートキーで飛ばされた先でしたので詳しくは……」

「ふむ……済まぬがカサンドラ。憂いの篩(ペンシーブ)を使っても構わぬか? これは早急に調べねばならんことじゃろうし……今から打てる手は打っておきたいのじゃ」

「それはもちろん! ダンブルドア校長が知りたいと思うことでしたらなんでも調べていただいて大丈夫です。私にできることはこのくらいしかありませんし……」

「カサンドラ、自分を卑下してはならん。お主がおらねば儂は生徒が亡くなることも知らんかった上、なにも為せんところじゃったのじゃぞ」

 

 そっと手を伸ばされ、私の頭を撫でるダンブルドア校長の目はとても優しくて、ちょっとだけ泣きたくなってしまいました。

 私にできることは本当にとっても少ないです。ですからなんでもする気はありますが、私にできることは限られています。私は無力な子供でしかありませんから。だけどダンブルドア校長が認めてくださったというだけで、それが報われる気がするのです。それがきっと、とても嬉しいことだから、なのでしょうね。



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その39

 もうあと少しとなっていた食事を、私が急いで食べ終えたところでダンブルドア校長が1つ指を鳴らします。その途端プレートは消えて、代わりにポットとカップが2つ。それからお茶請けとしてでしょうか。小さなカップケーキとクッキーがこんもりと盛られたトレーがその場に現れました。

 とっても美味しそうで心惹かれましたが、それに手をつけることはせず私はそっと目を閉じました。それはもちろん一足先に食べ終えていたダンブルドア校長が、すぐにでも憂いの篩を使えるようにスタンバイしていらっしゃったからです。

 憂いの篩は2度目の体験ですからね。時間がかからないことも、痛みがないことも知っています。力を抜いていれば、終えたダンブルドア校長からお声がかかるのですから、それを待てばよいのです。

 そっとこめかみに杖の先が触れた。そう思ったすぐ後に私から離れていく足音が届きます。ダンブルドア校長が水盤に向かったのでしょう。

 

「もうよいぞ、カサンドラ」

「あ、はい」

 

 私の目に映ったのは、キラキラした光の帯が伸びる杖を持ったダンブルドア校長。やっぱり水盤のところにいらっしゃいます。素早いですね。

 

「儂は少しばかりこちらに集中させてもらうからのう。お主はしばらくお茶を楽しんでいてくれるか? ああ、菓子が足りなければすぐに足せるから遠慮はせずともよいからの」

「い、いえ。お夕飯の後ですし、大丈夫です。こちらは気にせずどうぞご覧になってください」

 

 とっても楽しげに笑って、パチリとウインクなさるダンブルドア校長。ちょっとだけ重くなってしまった空気を軽くしようとしてくださっているのでしょうね。そのお茶目なところはとっても素敵だと思います。

 私の言葉に「すまんのう」と答えながら、ダンブルドア校長は水盤を覗き込みます。1人待たされる私よりも、私も覚えきれていない『私』の記憶を読み取る方がずっと大事ですからね。全く気にしなくて構いませんのに。ダンブルドア校長はお優しい方ですよね。

 

 真剣な顔をして内容を吟味するかのようなその横顔。ダンブルドア校長がどの記憶を私から抜いて、どの記憶をお読みになっているのかはわかりませんが、これから先に関わる大切な事実であることはわかっています。自分で自分の記憶を見ることができないということは、とてももどかしいです。けれどダンブルドア校長が全てを見終わるまで待てば、そのもどかしさも少しは和らぐでしょう。

 逸る心を少しでも鎮めるために、勧められた通りにお菓子とお茶に手を伸ばしました。

 勧められたものに手をつけるのはマナーだからでもあります。私が甘いものが好きだから、だけではないのですからね。と誰にともなく言い訳しながらカップケーキをいただきます。

 な、なんということでしょう。ノーマルなココアのカップケーキかと思っておりましたら、中にチョコレートチップとクルミが練りこまれていますよ。コレ、とっても濃厚で、とっても美味しいです。ちょっとだけテンションが上がってしまったのは、やっぱり私が甘いもの好きだから、でしょうか。

 

 お皿に乗っていたカップケーキの約半分ほど。それからクッキーも全種類一枚ずついただいた頃、ダンブルドア校長が水盤からお顔を離されました。

 そのことでトレー上の減り具合に気づきました。……とっても食べ過ぎたような気がしますが、どれも素晴らしく美味しかったのですよ。我慢ができませんでした。私ったらとっても意志が弱いですね……。明日からは絶対に何某かのトレー二ングをし始めねばです。このままでは子ブタちゃんになってしまう気がしてきました。そっと私は自分のお腹を押さえてしまいます。

 

 そんな私の様子に気づくこともなく、未だ水盤へ視線を向けるダンブルドア校長はとっても難しい顔をしていらっしゃいます。

 

「……ふむ、そういうことなのじゃな」

「なにかおわかりになったのですか?」

「うむ。重大なことを知れたのう」

 

 ダンブルドア校長は席まで戻りながらもとっても難しい顔をしています。やっぱりクラウチ・Jrさんは捕まえられないのでしょうか。セドリックくんは大丈夫なのでしょうか。とっても不安になってしまったのですが、そんな私に向かいダンブルドア校長は柔らかく笑みかけてくださいました。

 

「そのように心配せずとも大丈夫じゃよ。まだ時間はあり、手もある。全てはカサンドラの記憶のお陰じゃよ」

「よかった……」

「うむ。これは儂に任せてお主は普段通りに過ごせばよい。また記憶を見せてもらうことがあるやもしれんが、難しいことは全ては儂がするでな」

「ですが……私にできることがあるのでしたら、記憶を見ていただく以外にもお手伝いをしたいです」

「それはならん」

「え?」

 

 私が申し出た言葉を、ダンブルドア校長が鋭い声音で止めました。今まで一度だってダメだとは言われなかったはずの言葉に、私は1つ肩を震わせてしまいます。

 怖かったのではありません。関わるなと言い切られたのだと気づいて、私は関係がないのだと言われたような気がしてしまったのです。いえ、わかっています。私はこの世界できっとイレギュラーな存在で、本当なら物語の中に関わるべき存在ではないのでしょう。

 ですが私はここにこうして生きています。どんな奇跡や偶然や運命の悪戯があったのだとしてもここでこうしてお父様やお母様、ドラコの家族として存在しているのです。なにもせずそれをだけを甘受することはできませんし、したくありません。

 どうして私が関わってはいけないのか──そうきっと私の表情や、目が言っていたのでしょうね。苦笑いするように目尻を下げたダンブルドア校長が席に着き、そしておっしゃいます。

 

「儂が読み取った記憶には残念ながらカサンドラ、お主はいなかった。以前見たその時に気づいておればよかったが、これは儂の落ち度じゃろうな」

「……私が記憶の中にいないということが、その……問題なのですか?」

「そうじゃ。お主がいない世界とお主がいる世界。今日までは上手く進んでホークラックスも手に入れられたが、これがこの先にどう影響するのか儂には読めん。故にカサンドラ、お主はこの件に深く関わらず普段通りに過ごすのが良いと儂は思う」

 

 とても真剣なその目。私はダンブルドア校長が私を除外というか、疎外しようとしておっしゃっているのではないとようやく気づきました。

 ダンブルドア校長が私を心配してくださっていること、同時に私が関わらねばハリーに辛い未来が訪れないかもしれないと思っていらっしゃるのだろうこと。その2つが同時に浮かびました。

 私自身への心配、というものは私の願望かもしれませんが、それに抗えるほど私はダンブルドア校長を信頼していないわけではありません。むしろ今はお父様よりもこのことに関しては盛大に信頼していると言えるでしょう。だから私は、心に未だ燻る感情があるのだとしても、その言葉通りにするのだと頷くことしかできません。

 実際ダンブルドア校長は私には到底できないことをしてくださいました。きっとこれからも同じようにしてくださるおつもりなのでしょう。ですがこれについて1つだけ懸念があるのです。

 

「ダンブルドア校長。1つ……1つだけお約束をしていただけませんか?」

「なにを、と聞いた方が良いのじゃろうな」

「ええ、聞いてください」

 

 困ったようなダンブルドア校長のお顔に、私も笑い返しますがきっと似たような顔をしていることでしょう。だって私も困っていますから。

 ふうと1つ息を吐いたダンブルドア校長は、眉を下げながら「聞かせてもらえるか」とおっしゃてくださいました。

 

「望む先を得るための最善の策だとしても、自らの命を対価にしないでください。ダンブルドア校長が亡くなってしまったら、それだけで私たち闇の陣営に対する者たちの旗印がなくなります。心が弱くなります。私はダンブルドア校長が亡くなってしまったらきっと──いいえ、絶対に泣きます。知っていたのになにもできなかったのだと自分を恨みながら」

「……カサンドラは儂が死ぬことは知っておったのか」

「ええ。ダンブルドア校長が、シリウス・ブラックさんが、スネイプ先生が」

 

 スネイプ先生がと告げた時、ダンブルドア校長はガタリと音を立てて腰を浮かせます。どうやらここまでは読んでいらっしゃらなかったようですが、これは私の中ではっきりくっきり残っている唯一と言っていい記憶ですので、亡くなる方に間違いはないはずです。

 正確に言えばこれから出てくるだろう、リーマス・ルーピンさんにアラスター・ムーディさん、ニンファドーラ・トンクスさん。ハリーにたくさんのことを教えた大人たちが亡くなってしまいます。ですがそれだけではないのです。

 

「生徒ではセドリック、フレッドくん、他にもたくさんの方が亡くなります。私は……私はハリーの周囲で、彼を支えていた方々がたくさん亡くなるのだと知っています」

 

 名前を呼ぶたび、私の目が熱くなっていきます。

 目の前のダンブルドア校長。シリウス・ブラックさんは未だお会いしたことはありませんが、物語の中での姿なら朧げながら浮かびます。そしてはっきりと浮かぶのはセドリックくんにフレッドくんの笑顔です。

 とても大切な私のお友だちである彼らに、私がお料理をするたびにちょっと困った行動をしてしまうドビーもそうですね。あの子も記憶の中ではハリーとは親しくしていましたし、亡くなってしまった時に『私』は泣いていた気がします。

 

 その他にもたくさんの方がヴォルデモートさんの所為で亡くなります。私が今親しくしている方も、親しくない方も──本当にたくさんの方が亡くなって、そしてたくさんの方が苦しむことになるのです。

 それを良しとしたくないというのは、私の我儘なのだとわかっています。ですが知っているということで未来が少しでもよくなるのでしたら、その記憶を使うことに戸惑いはありません。ましてダンブルドア校長というとても頼りになる方がそれを手伝ってくださるのでしたら。とても他力本願ですが、私は自分の身の程を知っているのです。

 カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイとは、人からそう好かれてはいず、大勢の方の賛同を得られる存在ではないのだと。と言うかですね、例え私がマルフォイ家の娘でなかったのだとしても、不特定多数の誰かの心を変えられるような存在にはなれないと思います。だって私はごく普通の性質をしていますから。カリスマ性なんて多分カケラもないと自信を持って言えます。自慢には全くなりませんが。

 そんな私が望む、分不相応な望み。誰かに、ダンブルドア校長に頼らねば成し得ない夢物語になるだろう望みを口にします。

 

「私は誰も亡くならない夢のような未来を望んでいるわけではないのです。ただ────私が大切だと思う方が、いなくならない世界になって欲しいのです。幸せになれる、幸せだと思える世界になって欲しいのです」

 

 闇陣営の、マルフォイ家の娘である私が戦いで命を落とすような世界ではない、魔法界になって欲しいと望んでしまうのはきっとおかしなことなのでしょう。

 未だお父様は闇の陣営の1人ですし、ヴォルデモートさんの脅威はなくなっていません。それが当たり前だと皆さんの意識にもあるのでしょうから。

 だけど私はそれが普通の世界だとは思えないし、思いたくないのです。もっと穏やかな世界であって欲しいのです。そうであれば私の家族も今よりも、物語の中でよりも幸せになれるはずなのです。そうしたら私も、もしかしたらイレギュラーの私も幸せを求めて良いことになるかもしれません。

 ……そうです。どんなに取り繕っても、私は、私の家族の幸せと自分の幸せのために無駄な戦いで人の死なない世界になって欲しいと思っているのです。自分では叶えられないから人に叶えてもらおうとしている、とても──とても利己的な人間なのです。

 

 こんな私が幸せを望むのはきっととても欲深いことなのでしょうね。



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その40

 言うだけ言って黙り込んでしまった私へと、ダンブルドア校長は新しいお茶を注いでくださいます。温かそうな湯気と一緒に、ふわりとダージリンの爽やかな香気が届きます。ゆるく波紋の浮かぶカップの中を睨むように覗き込み、私は唇を噛み締めています。

 

 私は私が利己的な人間であることを本当なら誰にも知られたくありませんでした。

 万人に好かれる人間には到底なれないとわかっています。私はとても贔屓の好きな人間ですから。私は私が特別と思った方々だけを贔屓してしまうのですから、聖人のように誰からも好かれるとは思えませんしね。

 だけどそれを隠したいと思ってしまう程度に小心でもあるのです。

 ですがダンブルドア校長は他の誰もが知らない私の秘密を知っていらっしゃいます。それは私が勝手に秘密の共有者としてダンブルドア校長を選んでしまったからですが、だからでしょうね。私がお父様にもお母様にも、スネイプ先生にも言えないだろうことをダンブルドア校長に言ってしまうのは。

 子供であると自覚はしていても、少しでも背伸びしたい、やっぱり子供の私。そんな私のあるがままの言葉をダンブルドア校長なら受け入れてくれるような気がしてしまったのです。ですが──きっととても困らせてしまっているのでしょう。

 今、なんの言葉もこの場に落ちてきていないことが、その理由だとしか思えません。微かな息遣いしか届かないこの場で、私はそれ以上の言葉を重ねることもできず、かと言って注がれたお茶を口にすることも、少し前まで食べていた甘味に手を伸ばすこともできませんでした。

 

 それからしばらく私とダンブルドア校長との間には無言だけが満ちていたのですが、ちょうどカップ1杯分の紅茶をダンブルドア校長が飲み干したその時、1つの言葉がその場に落ちました。

 

「そう言えばの、カサンドラ」

「……はい、なんでしょうか」

「実は儂の、ホークラックスを手に入れたんじゃが──見たいか?」

「────え?」

 

 ダンブルドア校長からのお声がけで、ようやく俯いていた顔を私は上げたのです。ですが……なんですかその爆弾発言のようなお言葉は! とってもとってもびっくりして、私はさっきまでのシリアスな空気なんてすっかり忘れてダンブルドア校長のお顔を口を開けて見てしまいました。

 

「しかもの、2つも手に入れられたのじゃ! 儂、頑張ったのじゃよ?」

 

 そう胸を張って、ダンブルドア校長がとっても茶目っ気たっぷりにおっしゃられます。おっしゃられますが、内容は可愛くないですよ! だって本当ならとってもとっても大変な思いをして手に入れるべきもの、のはずなのですよ?

 

 私が持ってきました日記は、私の家にあったものですからね。ある意味手に入れるのはとても簡単でした。ちょっとお父様に後ろめたかっただけですし。

 同じようにロウェナ・レイブンクローさんの髪飾りもホグワーツ内にありましたからね。廊下で3回も行ったり来たりする必要はありましたが手に入れるのはやっぱり簡単と言えました。

 ですが他のホークラックスは、そうではないはずです。

 1つは伯母さまの金庫にあるカップですね。双子呪文のかけられたそれは、警備が厳重な金庫の中にあります。ハリーたちはそこに忍び込んでいたはずですよね?

 それ以外にはブラック家の中にあるロケット、こちらも確かドビーのお仲間である屋敷しもべさんがちょっと大変だった気がしますし、替えになるものを手に入れなくてはいけませんよね?

 そしてちょっとばかり遠いところにある指輪。これは確かヴォルデモートさん自身に深く関わっていて、かつあの方自身が隠したもの、ではなかったでしょうか? え? 違いますかね? わかりませんが手に入れるのは簡単ではなかったような気がとてもします。

 そしてですね。最難関はヴォルデモートさんのそばに付き従っている蛇さんにハリーです。どれもがちょととどころではなく手に入れることも破壊することも大変だったと記憶していたのですが……え? どれを手になさったのかはまだ存じませんが、その……物語が始まる前でしたら、そんなに簡単に手に入るもの、なのですか?

 

 脳内で自問自答を繰り返してしまった私は、多分5分以上は止まっていたと思います。はい、意味は理解したのですがそれを事実として頭がですね、認識しようとしてくれなかったのでしょう。

 なんでしょう……ロード時間の長い旧式のゲーム機ですとか旧式のパソコンにでもなった気分です。だって本当に情報過多が過ぎますよ! ダンブルドア校長!

 とりあえず今聞こえた言葉を吟味することを放棄した私の脳は、糖分を欲したようです。無意識にトレーの上のクッキー、それもアイシングたっぷりのものを取り、一口で食べます。ついでに冷めかけた紅茶にも口をつけます。

 ゆっくりと紅茶を飲む内に徐々に内容が脳内に浸透して、私はダンブルドア校長に問いかけました。

 

「……2つ、ですか?」

「そうじゃ。これで今手元にあるのは4つになったのじゃな」

 

 それはそれはとっても楽しげに笑うダンブルドア校長に、強張った顔をしていただろう私。なんだか先ほどとは別の意味でシリアスになったような、それでいてとってもカオスになったような気がするのですが、これはダンブルドア校長の有能(チート)さ加減を理解していなかった私がいけないのでしょうか?

 

「まあ、手に入れられたのは、残った中では入手しやすかったお主の伯母の金庫にあるヘルガ・ハッフルパフのカップと、マールヴォロ・ゴーントの指輪だけじゃがの」

「……いえ、それでも素晴らしいと思いますよ?」

「うむ。儂頑張ったからの」

「そう、ですか……」

 

 呆然としてしまう私を他所に、ダンブルドア校長はベラトリックス伯母さまの金庫に入れた経緯を説明してくださいます。

 なんでもですね、伯母さまは全ての記憶──といってもこの場合はヴォルデモートさんに出会った頃からのものらしいのですが──を抜いた後、子供のようにとても素直な性格となったそうなのです。いえ、元の伯母さまをよく存じ上げませんので私には判断がつきませんが。とにかく聞かれたことにはすぐに答えてくださり、そして怖いものを見た時には泣き出す程度には子供がえりしているそうです。……ええと、あの、アズカバンって今、保育所のようになっているというわけでしょうか?

 ちょっとだけ浮かんだそれを押し込めて、私はダンブルドア校長のお言葉に耳を傾けます。ええ、逃避ですがなにか?

 

 ダンブルドア校長がおっしゃるには、子供のようになった伯母さまを、ダンブルドア校長自らがとっても楽しく教育したそうです。ええと、これはなんと言い表せばよいのですかね?

 とにかくダンブルドア校長は伯母さまに善悪を教え込んだのだそうです。その、ヴォルデモートさんが魔法界で1番の悪だと教え、そしてその悪を倒せるキーアイテムが伯母さまの金庫に隠されているのだ、といった風に。ええ、なんというか伯母さまがキーキャラクターであるというか、物語の根幹に関わるヒロインのようにお伝えしたようですよ?

 それを聞いてわかりました。ええ、そうですよ。コレは多分とっても洗脳チックに教育した、と言うべきなのでしょうね。ですがそれも瑣末なことにしておきましょう。そうしましょう。色々とたくさんの事実で私の脳はパンク寸前ですからね。

 

 ともかくそうしてダンブルドア校長は伯母さまとお二人でグリンゴッツに向かい、あっさりさっくり追われることもなく金庫の中からカップを手にしたそうです。それがアズカバンに収監されている方々の記憶を抜くと決まった3日後だそうです。はい、伯母さまが1番に記憶を抜かれたのだそうですよ。

 その後せっせと忘却術を行使するロックハートさんですとか、暗い牢の中ではなくちょっと明るいお部屋に移動した伯母さまですとかをアズカバンに置いたまま、ダンブルドア校長はお1人でリトル・ハングルトンというところから、マールヴォロ・ゴーントの指輪をいただいてきたそうです。有能な泥棒さんのように、忍び込んでだそうです。

 

「というわけでの、身代わりの指輪を置いておけばそう簡単にはバレんじゃろうと思うてな。儂冴えてるじゃろう?」

「ええと、その……それで誤魔化されてくれるのはあの人以外の方、ではないですか?」

「うむ。そうじゃろうな。じゃがそれでよいじゃろう? あやつが自ら赴いて手に入れるかどうかはまだわからんしの。儂が以前にお主の記憶から読み取ったのは儂があの指輪を手に入れ、そして破壊したということ、じゃからな」

「そ、そうでした! ダンブルドア校長! あの指輪はつけていらっしゃいませんよね!」

 

 そうです。私の記憶に間違いがなければ、ダンブルドア校長があの指輪をつけてしまうと呪われてしまうはずです。とっても痛そうに、手の色が変わっていたはずですから。

 多大に心配をしながらダンブルドア校長の手を見ますが、そこに指輪はありません。

 

「しとらんよ。儂も見たからのう。あの指輪が儂を蝕んでおったところは」

「よ、よかったです……」

「儂もの、自ら死を選ぼうとは思わん。じゃがハリーをホークラックスから解放するためには儂の死が必要になるはずじゃ。儂がおらねばハリーを導き、戻すことができぬのではないか?」

 

 まるで我儘を言う子供を諭すような声音で、ダンブルドア校長はおっしゃいます。つまり私が心配していたことを全てダンブルドア校長はご存知だったのです。

 以前に読まれた私の記憶。それはホークラックスのありかとその行方、そして壊し方。ダンブルドア校長はきっとその詳細を実は全てご存知だったのでしょう。だからお1人で集めに行った。今それを壊しているのかはわかりませんが、集めた先にご自分の死があることを理解しながらの行動。それを私に止める権利があるのでしょうか。だってホークラックスを集めて壊したいとダンブルドア校長に願ったのは私なのです。つまり──ダンブルドア校長を死に至らしめようとしているの指輪ではなく望んだ私、なのです。

 

 気づいたそのことに、私は愕然としました。

 確かにホークラックスが幾つも揃ったことは喜ばしいことです。それを成したダンブルドア校長はとても優秀で、そして頼もしく優しい方だとわかります。ですが私が願ったことが遠からずダンブルドアをこの世から消すためのものであったと気づいて平静でいられるほど、私は情のない人間ではないのです。

 私はどれほどの恩をどれほどの仇で返そうとしているのでしょうか。

 私は自分がとても利己的であるとは思っていましたが、こんな重要なことに気づかないほど、愚かだったとは気づいてもいませんでした。しおしおと萎れるように私は俯きます。フレッドくんやセドリックくんの死を思った時よりもずっと目が熱くなっている自覚があります。ですが泣くわけにはいきません。だって気づいていなかったのだとしても私が望んだこと。つまり私の罪なのです。その罪を今更なかったことにはできません。泣いて許しを請うても意味はないのです。

 きゅうっと唇を噛み締めて、そして勢いよく顔を上げます。

 

「方法を──なにか良い方法を必ず探し出します」

「カサンドラ? どうしたのじゃ?」

「ダンブルドア校長がおっしゃってくださいましたから、私は私にできることを模索しながら普段通りの生活を送ります。記憶をご覧になりたい時は言ってくださればすぐに馳せ参じます」

「それは有難いことだが……カサンドラ、お主は何を考えておるのじゃ? 危険なことなのなら止めるのじゃ」

「いいえ、少しも危険なことなどありませんよ。ただ書物を読んで知識を増やして少し今よりも勉強する時間を増やすだけ、ですから」

 

 私は子供のように屈託ない笑みになるように意識しながら笑いました。

 そうです。なかったことにできない罪なのでしたら、それを挽回できる術を探せば良いのです。それが私の償いになるはずなのです。こうしてはいられませんね。

 

「ダンブルドア校長。お話の途中ですが、私お暇して構いませんか? しなければならないことを思い出してしまったのです」

「そ、それは構わんが……カサンドラ、思い詰めてはならんぞ?」

「ええ、わかっています。私にできることをするだけですし、私にできることがとっても限られていることもわかっています。陰ながら応援する程度のことしかできませんが、ダンブルドア校長。よろしくお願いいたします」

 

 そう告げて私はゆっくりと深く頭を下げました。こんなことで私の罪は軽くなりはしませんが、これは謝罪のためではなく決意の礼です。私は必ず見つけてみせます。ダンブルドア校長を死なせずに済み、そしてハリーがホークラックスから解放される手段を。

 そう決意した思いのまま、私は校長室を後にしました。



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その41

 廊下を歩き、大広間へと差しかかったその時に声が届きました。それは私の聞き慣れた優しい声。強張ったまま前を見ることも忘れていた私を気づかせるためにでしょうか。かけられたその声の主を見つめ、私は肩に入っていた力が少し抜けるのを感じました。

 いつものように少しだけ壁に背中を預けて佇んでいるのは、見慣れた赤毛の男の子。フレッドくんでした。

 

「キャシー、遅かったな」

「フレッド、くん……」

「すっげえ疲れた顔してる。大丈夫か?」

 

 私を心配してくださるフレッドくんのお顔を見てさき程よりもずっと目が熱くなりましたが、私はあの場で決めたのです。もう泣かないのだと。

 そうです。私は子供でしかないですが、ただの子供だというように泣いていてはいけないのです。そんな暇はないのですよ。だって時間がまだあるとはいえ、それは有限なのですから。ダンブルドア校長の命の期限は残り10年もないのです。泣いて時間を無駄にすることなんてできません。

 だから私は意識して気の抜けた笑顔を作ります。

 

「ちょっとだけ難しいお話をしてしまったのです。だからちょっとだけ疲れてしまいましたが、美味しいお菓子をいただきましたし、私は元気ですよ!」

 

 フレッドくんたちには、ダンブルドア校長に招かれたとお伝えしてありました。ここで嘘をつくよりも正直に伝えた方がよいと思ったからなのですが──皆さんその理由については問い質すことはなさいませんでした。私が信頼を得ているのだと自惚れてしまうのはダメでしょうけれど、とても嬉しかったです。

 そして今、私を迎えにきてくださっているフレッドくんにも感謝の念が湧いて止まりません。彼のお陰なのでしょうね。私の混乱していた心が大分凪いできていますから。

 

「そう、か? まあ、キャシーがそう言うなら……」

「はい。それにしても今日もお迎えにきてくださるとは思いませんでした。その、お昼に私フレッドくんを怒らせてしまったと思っていましたので」

 

 そうです。私は彼を困らせてしまったはずなのです。それなのに普段通りに私を迎えにきてくださっていること。それは本当のお友だちであるという証明のようで私はとても嬉しいです。

 それを確かめるように問うてしまうズルい私ですが、フレッドくんはどう答えてくださるのでしょうか。

 期待するようにそのお顔を見上げれば、フレッドくんはとても驚いたような、それでいてお昼に見たような困ったお顔をされています。……ええと、やっぱり私はフレッドくんを困らせてしまう問題児なのでしょうか。

 

「……キャシー、まだそう思ってたのか?」

 

 私の手を引き、歩き出そうとしていたフレッドくんは私の顔を覗き込んでそう問いました。いえ、そんな近くで見られると流石に困ります。多分ですが私の目は未だに潤んでいるはずですからね。

 さっとフレッドくんから視線を逸らしながら、その答えを口にします。私的答えなので、フレッドくんの望むものではないと思いますが。

 

「その、アリーやアンジーはすぐに元に戻ると言っていましたよ? それを信じていないわけではないのです。ですが大事なお友だちをもし私が困らせてしまったのでしたら、自分の悪いところは直さないとと思ったのです」

「キャシーの悪いところ? ていうかアレはキャシーが悪いわけじゃないよ。俺が勝手に考えたことで頭がいっぱいになっただけだし……うん、とにかくキャシーは悪くないんだから気にしなくてもいいんだ」

 

 歩き出しながらフレッドくんはそうおっしゃってくださいますが、自分の悪いところは自覚しないと大変なことになるのですよ? ですから私はそれを自覚したいと思っているのです。これはいくらフレッドくんでも譲れないですよ。

 

「いえ、でもですね。やっぱり大事なお友だちが考えていらっしゃるところが少しもわからないというのも問題だと思うのです。確かに私とフレッドくんは男女で性別が違いますが、わかり合いたいと思ってしまうのです……って、これが私の悪いところですね」

「ど、どこが悪いところだって!」

「いえ、だってこれはやっぱり我儘ですから」

 

 そう言って私は苦笑いします。そうですよね、これが私のいけないところです。その結果私はダンブルドア校長に願ってしまったのですから、自重しなくてはいけません。もっと、なんでもできる大人にならなくてはダメ、です。

 私は自分の心を戒めるように、フレッドくんの暖かく私よりも大きな手のひらを握る手に力を込めて言います。

 

「私とフレッドくんは別の人間ですし、全てを理解し合うのは難しいと頭ではわかっているのですよ? ですがやっぱり少しでも、その……フレッドくんの考えていらっしゃることを知りたいと思ってしまうのです。それがとっても我儘な望みだとわかっているのですけれどね。ごめんなさい、フレッドくん」

「そんなことない! 絶対そんなことないから! 俺はキャシーがそう言ってくれるの、すげえ嬉しい! 俺だって少しでも、今よりもっとキャシーのことを知りたいと思ってるし!」

「本当ですか? それは……とってもとっても嬉しいです! それじゃあ私たち、親友になれますか?」

 

 そのお言葉が嬉しくて、私が思わず問えば、フレッドくんはピシリと固まりました。

 

「……え?」

「え? フレッドくんどうかなさいましたか?」

「いや、別になんでもない。そう、なんでもない。ただちょっと夢を見てただけ、だからさ。はは……」

 

 なんだかとっても肩を落として、でも歩き続けるフレッドくん。再度問いかけても明確なお答えはくださいませんでした。とにかく今は寮まで帰ろう、とおっしゃって。ですので私も歩き出しました。

 私の小さい歩幅に合わせ、歩いてくださるフレッドくん。アリシアさんやアンジェリーナさん、ジョージくんやリーくんもそうですが、1番歩き慣れた彼の隣は私の心をとても穏やかにしてくださいます。やっぱり私は、分不相応ですがこんな平和が誰の元にもずっと訪れることを望んでしまうのです。

 そのためにはできることをしなくてはいけません。明日、そう明日の朝、お願いするところから、です。敵はきっととっても手強い方ですが、やってやれないことはないはずです。だって私とスネイプ先生の間柄、ですから! ──いえ、一方的に私がご迷惑をおかけしていると自覚はしていますが、スネイプ先生以外に頼れる方はいらっしゃいませんからね。

 

 明日から、私は魔法薬学の権威に迫る勢いで研究をしよう! とフレッドくんの手を握り締めながらそう誓うのでした。

 

 

 そうして開けた翌日の朝、私は気づきました。

 ええ、そうです。私、バーティミアス・クラウチ・Jrさんの行方ですとか、ピーター・ペティグリューさんであるスキャバーズのことですとか、他にも色々とお聞きしなければいけなかったことをすっかり、そうまるっとお伺いし損ねていました。ベッドの上で項垂れたのは自業自得なのだとわかっていますが、朝から私のテンションはガッタガタに落ちました……。

 

「キャシー。そろそろ朝食を食べに行かないと遅刻することになるわよ?」

「そ、それはダメです! 今! 今支度をしますから!」

「あ、じゃあ髪は私がしてあげる! キャシーはここに座ってブラウスのボタンでも止めてて!」

「え? アンジー? その……」

「いいじゃない。させてあげなさいよ」

 

 そう言いながらアリシアさんはサクッとベッドの上にいる私の前にブラウスですとかの制服一式を持ってきてくださいます。ちなみに私とアリシアさん、アンジェリーナさんは同室です。そして何故か3人部屋です。いえ、ありがたいと言えばありがたいのですよ? 他の方に気を遣わせずにすみますからね。一応私は周りの方に好かれてはいない、マルフォイ家の娘ですから。

 そんなわけで真ん中にある私のベッドにお2人が集まり、甲斐甲斐しく私の身支度を手伝ってくださいます。……とっても幼い子供ですとか、介護されている方にでもなったような気がしますよ?

 

「さ、でーきた! 今日のキャシーもとっても可愛いぞ!」

「あら、可愛いじゃない。さ、キャシー笑って?」

「え? あ、はい」

 

 アンジェリーナさんのお言葉に目をぱちくりさせている隙にかかる、アリシアさんからの言葉。私はここ一月ほどで日課になってしまった行動の為、笑いました。ちょっとだけ引きつってしまった気がしますが仕方ありません。

 実はですね、アリシアさんが10月になってすぐくらいから急に私の写真を撮り出すようになったのです。その理由は存じませんがどうしてもと望まれまして、断りきれなかったのです。ええ、決して差し出されたお菓子につられたのではないとだけは明言しておきます。了承したその時、とっても嬉しげに笑ってくださったのが印象に残りましたね。とってもホッとしていらしたのが不思議でした。

 そしてそれ以降アリシアさんが撮るのはですね、私のパジャマ姿ですとか、制服姿に私服姿。それだけに留まらず、多分ですが眠っているところですとか、先生がお優しい授業の隙間ですとかにもバシバシ撮っていらっしゃいました。ちなみにお食事の時や宿題をしている時も気づくと写真を撮られている時があります。が、流石に授業中は止めていただきました。ええ、私よりも周りの方が困ってしまいますからね。

 ちなみにですね、基本は私1人で、よくてアンジェリーナさんが写り込むくらいで、フレッドくんたちと共に撮ったことは一度もありません。……私はできるなら皆さん一緒に写った写真が欲しいですよ?

 

 ちょっとだけぼんやりとお写真について考えていた私は、いつも通りにお2人に両手を取られていました。大広間に向かうのだとわかっていますので抗いません。考え事をしていても転ばなくなったのはお2人のお陰、ですからね。それに甘えてしまう私なのです。とってもダメな子ですがもういいのです。それが私と開き直ることにしました。ええ。きっと友情の証なのでしょう、とね。

 

 それからサクッと朝食を食べ終えて、向かうのは地下にある薄暗い教室で行う魔法薬学の授業です。時間割りでわかっていましたが、これはおねだりを放課後よりも先にできますね。と内心で思ってしまいます。と言ってももちろんそれは授業が終わってからにしますよ?

 

 ちょっとばかりグリフィンドールを逆贔屓するスネイプ先生の授業を恙無く終え、私は教室を後にする皆さんとは逆にスネイプ先生のもとに向かいます。ちなみにこんな私の行動をアリシアさんやアンジェリーナさんは止めません。きっと放課後の補習の話だ、と思ってくださっているのでしょうね。

 さあ、どうやってこの眉間にくっきり皺を寄せているスネイプ先生に、新たな補習をお願いしましょうか。なんて考えながら、私は殊更柔らかく笑うのでした。



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その42

 お昼の時間を全て潰したとしても、絶対にスネイプ先生に許可をいただこう。そう決意した私なのですが、なんでしょうか。スネイプ先生からそれはもうあっさり許可をいただけました。

 本当に何故なのでしょうかね? 古いお薬をたくさん調べて、新しいお薬を開発してみたい──という言葉がよかったのでしょうかね? わかりませんがとにかく許可がいただけたのですからそれでよしとしましょう。ええ、下手に藪をつついて蛇を出したくはないですからね。

 

 ともあれ早く許可をいただけたお陰で皆さんと昼食を囲むことができました。というわけで今私はいつも通りに皆さんとご飯をとっています。

 いつも通りに私の周囲には、アリシアさんにアンジェリーナさん、それからリーくんにフレッドくんとジョージくん。そしてすぐ近くにはパーシーさんもいたりします。ええと、どうして皆さんそんなに興味津々なお顔をしていらっしゃるのでしょうかね? ……コレはスルーしてはダメですか?

 

「キャシー? あなたまた補習を増やすつもりなの?」

「え?」

「さっき。スネイプにまた頼んでたじゃん? 今よりもっと増やしちゃうの?」

「ええと、それはないと思いますよ? その、スネイプ先生にも都合があると思いますし……今より少し高度なことを教えていただきたいとお願いしたようなものですし、多分回数が増えるのではなく時間が少し伸びるか、内容が濃くなるか、でしょうか?」

 

 私が首を傾げながらそう告げれば、皆さんと深いため息をつかれます。ええと、なにかおかしなことを言いましたかね? ですが仕方ありませんよね? だって私がしたいことはこの世にあるかもわからないお薬を作ること、ですからね。魔法薬学ならあのお薬も作れるかもしれませんし……補習を厭うてはいけません。

 もちろんダンブルドア校長やハリーの助けになるために必要なのが、魔法薬学だけだとは限りませんからね。時間の許す限り様々なことに手を出していきますよ! 私は私にできる罪滅ぼしとしてなんでもすると決めたのですからね!

 お食事の途中ですが、私はつい握りこぶしを作っていました。ちょっと気合が入りすぎてしまったみたいですね。

 

「キャシー? ちょっといきなりどうしたのよ」

「そーだぜ、なにいきなり気合入れてんだよ?」

「ええと、その……魔法薬学に向けた情熱がその、迸ったというか、なんというか」

「キャシーらしい。で、他の補習はどうするつもり? 俺やフレッドたちとの変身術の補習もあるし、キャシーは他にもしてたよね?」

 

 ソーセージをフォークに刺しながら、ジョージくんがおっしゃいます。ええ、そうですね。受けている授業の半分は補習をしていただいています。……他のものももう少し内容を高度なものにしていただいた方がよいですかね? そうですよね。魔法薬学だけでなく、他の方面からもアプローチすると決めたところですし。

 

「そうですね、他のものも受けていくつもりです。ですが今より高度にしていただけるものについては、それを先生にお願いしようかと思っています」

「そ、じゃあ今よりもっとキャシーの成績が上がっちゃうわけだ」

「そう、でしょうか?」

 

 サクッとおっしゃいながら、ソーセージに食いつくジョージくんのお言葉に、私は首を傾げてしまいます。ええと、私はそこまで成績は良くないと思うのですが?

 宿題で提出したレーポートですとかは、『A』にペケがついていますし、これって『A』よりも下ということですよね? 全てのものがそうなのですから、私のレーポートはアリシアさんよりも下のはずです。

 アリシアさんの方が成績が良いと言えるはずですのに、とやっぱり首を傾げてしまいます。

 

「そうでしょうね。だってキャシー、あなた今でも『A+』のレポートしか出さない優等生なのよ? それがもっと高度な補習を受けたら成績が上がるのも当たり前、でしょ?」

 

 そんな私にアリシアさんからかかったお言葉。ええと……あれはペケではなかったのですね。レーポートの成績は『A』が最高ではなかったのだと初めて知った瞬間です。とっても驚きながらも私はやっぱり首を傾げたまま口にします。

 

「そ、そうなのですかね? その、授業とはあまり関係のない方向で高度にしていただこうと思っているのですが」

「いや、キャシーならそれを糧にすんじゃね? 今だって先生が言った内容が普段の授業に活きてんだろ? ぜってえ上がるな」

「うう……ますますキャシーとの差がついちゃう。キャシー! 私のこと見捨てないでね!」

「え、ええ。そんな心配をなさらなくてもちゃんと大事なお友だちですよ、アンジー」

 

 リーくんのお言葉に、何故かアンジェリーナさんが半分泣き顔になりながら私にひしっと抱きつかれ、大きな声で嘆かれます。成績が離れていたとしても、そんなことでお友だちになるわけではありません。そんなご心配は無用ですのに。

 私の言葉にいっそう涙目になられるアンジェリーナさんは、なんだかとっても可愛らしいです。いえ、私よりも背がお高くてずっとお姉さんに見える方ですが。

 

「わーん! キャシー、愛してる! 私の宿題はキャシーがいなきゃ終わらないの! 私も頑張るから見捨てないでね!」

「見捨てませんから、ね?」

 

 いっそう抱きつかれました。ええ、本当に可愛らしいです、と私もアンジェリーナさんの背中を撫でるように手を伸ばしたのです。伸ばしたのですが、とってもおかしな感触を感じました。どこから、とは明言できません。というか言えませんが。

 きっと勘違いだろう。なんてもぞりと体を動かしてみたのですが、その感触は消えません。ええ、その理由はわかっているのですよ? そっと、ええ、そっとアンジェリーナさんの肩を押し戻そうとしました。が、抵抗されました。

 

「アンジー? えと、少し離れましょう? 今はご飯中ですし、ね?」

「いーやー! 今キャシーを堪能してるところなんだもん!」

「ひゃう! ア、アンジーそんなところを揉まないでください!」

「えー? ダメ?」

 

 とってもワザとらしくですね、私の胸元に一揉み以上してからグリグリと頭を擦りつけて、それから顔を上げられたアンジェリーナさん。ええ、その笑顔はもう先ほどの涙目なんて少しも感じられません。……嘘泣きだったのでしょうか?

 未だに私に抱きつき、その上でその……胸をとってもとっても堪能していらっしゃるアンジェリーナさんを諌めます。ええ、寮ではほぼ日課のような行動ですが、突然すぎて対応できませんでした。私の修行が足りなかったのでしょうか。

 多分足りなかったのでしょう。私の口は盛大に滑りました。

 

「だ、ダメに決まってるじゃないですか! こ、ここは寮のお部屋じゃないのですよ!」

「はーい! じゃあ、今日の夜を楽しみにしてるね!」

「え? いえ、今夜していいとは言って──」

「諦めなさい、キャシー。アンジーになにを言ってもムダ、よ」

 

 はい、たった今、寮で辱めを受けることが決定したようです。いえ、それはいいのです。本音を言えばあんまりよくはありませんが、今はそれを考えるよりも先に、この今の状況で周りにいらっしゃる皆さんがどう思われているか、です。

 ちょっとだけ挙動不審になりながら、私は周囲に視線を巡らせます。ええ、他の寮の方は気にしてらっしゃらないようで──はなかったようです。……ハッフルパフ寮のテーブルにいるセドリックくんと目が合いました。

 セドリックくんは、とっても困ったような、それでいてとっても恥ずかしそうなお顔をしています。しかも私の恥ずかしさが感染したのでしょうか、その頬が遠目で見ても赤いことがわかります。

 口パクで「大丈夫?」と問うてくださるセドリックくんに、私は曖昧に笑みを浮かべてから頷きます。大丈夫ではありませんが恥ずかしかったので。ちなみに多分セドリックくん以外には気づかれていないような気がします。よかったです。

 それではお近くの方は、とすぐ近くを見ました──が、私はサッと視線を逸らしました。

 ど、どうして皆さんそんなに凝視していらっしゃるんですか! 特にパーシーさん! そんな真っ赤な顔でこちらを見ないでください! ズレてしまった眼鏡を直しながらも視線を外さないなんて、なんでですか! 感じていた恥ずかしさが余計に強くなってしまうじゃないですか!

 

「わ、私、もう行きます!」

 

 幸い食事中ではありましたが、お昼はほぼ食べ終わっていましたからね。勢いよく席を立って、私は大広間の入り口を目指しました。

 ちょっとだけ早足で歩きながら気づきます。私の心が軽くなっているということに。なんでしょう。昨日から緊張していた私の心がとっても解れている気がします。……内容はどうであれ、お友だちとのこうしたやり取りは心の潤滑油になる、のでしょう。

 私はくるりと振り返り、アンジェリーナさんとアリシアさんに向けて笑顔で言います。

 

「早く行きましょう? アリー、アンジー!」

「そんなに急がなくても教室は逃げないわよ、キャシー」

「そうそう。ゆっくり行こうよ!」

 

 そう言ってゆっくり席を立ち、私のところまで歩いてきてくださるアリシアさんとアンジェリーナさん。それに遅れるように、フレッドくんやジョージくんにリーくん、そしてパーシーさんまで席を立たれます。セドリックくんも席を立たれたのが、視界の端に映りました。

 私のいるところまで歩いてきてくださる皆さん。それが嬉しくて、私はもっと笑顔になります。そうすると皆さんも笑顔になってくださいました。そんな皆さんのお顔を見ると、私はきちんと皆さんのお友だちだと思っていただけているのだ、と思えるのです。そんなことで人の気持ちを推し量る私は、とっても卑怯かもしれません。

 ですがなくしたくないのです。

 どんなに恥ずかしいことがあっても、大好きだと思えるお友だちがいることはとっても、とっても楽しくて嬉しいこと、ですから。

 私はもう誰もいなかった頃の、お父様やお母様、ドラコだけしか大切だと思えなかったあの頃には戻れないのです。

 今でもお友だちと同じように大好きで、これから先に幸せでいて欲しいお父様やお母様、ドラコとずっと一緒にいられるようしたい。そして誰も死なないは無理でも、大切な人が皆さん生きていてくださる未来を手に入れたい。そう願っています。だからそのためにはできることを頑張って、できないこともできるようになるために、今以上に頑張るのです。

 そんな決意で、私はアリシアさんとアンジェリーナさんの手を握り締めお2人に、皆さんに笑いかけるのでした。



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間話
憂鬱な少女Aの不本意な習慣


 アリシア・スピネットは今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学したばかりの新一年生である。

 齢11歳にして多少世をひねたところのある子供。それが端的にアリシアを表せる言葉だったのだが、ホグワーツに通い始めてすぐ心を許せる友人が多数できた。それは今後とも末長く付き合いを続けて行きたい、と彼女が願うくらいに大事な友人だ。そのお陰か、アリシアもアリシアなりに将来への希望も持てるようになった。未だ年相応とは言い難いが。

 そんなアリシアは、勉強に友情にと充実した生活を送っていたと言っていいだろう。

 

 9月の入学から1月(ひとつき)経ち、学校内の迷路具合にも、授業の進度や難度にも慣れ、そして友人との交流も深め始められた頃、彼女にある一つの習慣が生まれた。

 

 それは10月の第2週目の月曜日から始まった習慣で、普段目覚める時間よりも1時間と少し早起きをしてすることである。

 彼女が毎週月曜にすること。それは彼女の所属するグリフィンドール寮がある東塔から、対となる西塔まで向かい、ある目的のために登ること。正直に言えば1度1階に降りてから、また塔を登るのは億劫だが仕方ない。西塔の最上階にまで行かねば、彼女の目的は達成されないのだから。

 彼女の目的。それは西塔最上階にある、ふくろう小屋に向かい人に知られずにとある荷を送る──というものである。

 そんなアリシアは今日も今日とてルームメイトに気づかれぬよう、細心の注意を払い身支度を整え部屋を出た。

 まだ秋の終わりとも言える11月の半ばだが、早朝は部屋の空気も、廊下の空気もすっかり冬の色が濃くなり始めている。少しばかり身を震わせながらも手早く身支度を整えることも、防寒を整えることもここ最近は慣れたこと。アリシアはまるで顔を隠すかのようにぐるぐると巻き上げたマフラーの中で息を吐きながら、少しばかり長い道のりを歩いた。

 

 アリシアがこの行動を習慣づけることになったきっかけは、些細なこと──とは言い難いことが原因だ。

 今でもアリシアは思う。どうして私はあの日、あの時、あの部屋に向かってしまったのだろうか──と。もちろん今、何度考えてもあの選択は間違いではなかったが、それでももう数時間時間をずらすか、日延べすればよかったのではないか。そう思ってしまう。まあ、結局のところ、日を変え、時を変えたところで結果は変わらなかったような気もするのだが。

 それでもやっぱり思ってしまうのだ。

 どうして私はあの日、あの時、あの教授の部屋になんて行ってしまったのだろうか、と。

 

 あの日、とは9月の最終週のことだ。

 

 アリシアたち新一年生は入学して1月経っていないが、その日も大広間に荷を届けるふくろうが飛び交っていた。

 それは自宅から手紙や荷物。日刊預言者新聞などの購読物などを届けるためだ。もちろんアリシアもその日までに手紙を2通受け取っている。だからまだ1月でも誰の元にも1つや2つ届くのが普通なのだろうと漠然とアリシアは思っていた。実際アリシアにも、友人となったアンジェリーナも双子にも、リーにもセドリックにも、ホグワーツに通う生徒の全てに1度は手紙や荷物が届いていただろうから。詳細に調べたわけではないが、在校生と新入生で数の違いはあるが等しく届いている──とアリシアは思っていたのだが、それが違うと気づいたのが9月の第3週の最終日。セドリックに、15通目の父親からの手紙が届いた日だ。

 流石にセドリックの父のように3日に1度──というか、多い日で日に2度届く生徒はいないが、各々が家族からの荷物や手紙を受け取っている中、ただ1人だけ大広間でも、寮でも1度も手紙を読んでいたり、荷を解いていたりしていない生徒がいることに気づいたのだ。

 

 その生徒はアリシアが今のところ1番気にかけている友人である、カサンドラ・マルフォイだ。

 

 アリシアにとってカサンドラは、今後とも末長く、そして深く付き合って行きたいと願うくらいに大事に思う友人に、すでにこの時なっていた。出会って1月も経っていなかったが、カサンドラはそう思うに足る人物だとアリシアには思えていたからだ。

 

 アリシアの知るカサンドラとは、2日に1度自宅へと手紙を送り、会話の端々に家族への思慕の念を見せるくらいに家族思いな少女だ。マルフォイ家という、けっして大多数に受け入れられる生家ではないと理解しているからか、そう大っぴらに家族を話題にしないがそれでも伝わるものは伝わる。カサンドラが如何に家族を思い、家族を愛しているのか、ということが。

 そんなカサンドラの元にただの1通も手紙が届かないことが、アリシアの心に火をつけた。

 そう、ただのお節介だとはわかっていたが、アリシアは義憤に駆られてしまったのだ。

 自分にとって大切な友人を、その家族が蔑ろにしているのではないか。もしかしたら、家族を思っているのはカサンドラだけなのではないか。もしもそうならば、なにかしたい。自分にできることがなにかあるのならば、したい。そう願う程度にアリシアの心も年相応になっていたのだろう。

 

 それに知っていたのだ。アリシアには経験がないが、どれだけ愛しても、同じだけのものを返してくれない家族がいるということ。そんな家族を持つ子供の大半は盲目的にその家族を愛し続けているのだ、ということを。それを知識としては知っている。

 そんな境遇にカサンドラが置かれているのではないか。カサンドラが体にではなく、心に傷を持っているのではないか。その傷は未だ癒されていないのではないか──そんな途轍もない不安が胸を占めた。

 だからアリシアは必死に考えを巡らせた。そして浮かんだのだ。カサンドラのこれまでを知るであろう、マルフォイ家に近しいと推察できる人物が。

 

 それはカサンドラが接する態度からも窺い知れた。個人的に親しくしていたのだろう、と思える程度に親密な空気をどこか感じた。もちろんそれを意外に思わなかったとは言わないが、それでもカサンドラのような子が親しみを抱くような人物なのだと一応は納得した。ある意味で性格のいい人物(・・・・・・・)だ、とも思ったが。

 アリシアとしては一癖も二癖もあるだろうと推察できるその人物とは、できるなら個人的な付き合いなどしたくなかった。週に何度かある授業で会うだけで接点は十分すぎるほどあると感じるくらいには、苦手だと言えるのだろう。だが、それを押してでもアリシアは彼の人物に会うべきなのだろうと思った。これまでの寮生活で、カサンドラの家族との接点になり得そうな相手はその人物以外には浮かばないのだ。といくつか理由を重ねたが、はっきり言えば消去法である。なにせ知りたいと願うカサンドラの交友関係ははっきり言って狭い。自分とアンジェリーナと双子にリー、それから寮の違うセドリックのみが彼女の友人だ。

 もちろんアリシアが知らないだけで、ホグワーツ内にマルフォイ家と縁故ある家もあるのだろうが、カサンドラは本当に自分たちと教師以外の人物と殆ど口を利かない。同寮の生徒よりも厨房の屋敷しもべ妖精との方がよっぽど会話しているはずだ。これだけでもアリシアはカサンドラをただのお嬢様だと思えないが、それは余談だろう。

 

 そうしてアリシアは、9月の最終週の土曜日。カサンドラたちと楽しく夕食をとった後、その人物の部屋を訪ねた。

 

 友人らと別行動して向かったのは暗くジメジメした地下にある、居心地がいいとはお世辞でも言えない地下牢の1つ。魔法薬学の教室の隣にあるとある教授の──というかスネイプ教授の研究室、である。どう考えても子供が懐くはずもないほど人当たりの悪い男に、このホグワーツで1番懐いているカサンドラ。彼女といるその時だけは、スネイプ教授も普通に見えるような気がする。などとどう考えてもスネイプ教授に対して失礼としか言えないことを考えながら向かった。

 そう、きっとカサンドラという存在と、なにかをやらかしてしまった罰則以外なら、卒業までの期間で授業以外に1度だって関わり合いになろうと思わなかったであろう教授の元にアリシアは自らの意思で向かったわけだ。その結果がアリシアの日課に繋がるのだが、それも未だ完全に納得はできない。自業自得なのだろうとも薄々わかっているが。

 

 3度のノックの後しばらく待ったが返事はなかった。もう1度ノックをして、一呼吸待ってからアリシアはそのドアを開いた。もちろん返事はなかったのが、不在確認の意味を込めてアリシアはドアを開いてしまった。マナー違反であるとわかっていたから、大きくではなくほんの少しだけ開いたドアの隙間。そこから見えたもの、聞こえたものにアリシアは固まるしかできなかった。鍵をかけていなかったスネイプ教授が悪いのだと責任転嫁したいくらいに後悔する行動でもあるが、マナー違反をしてしまった罰なのだと考えることで一応納得できる。したくはないが。

 

 アリシアに途轍もない衝撃を与えたのは、荒ぶる声音でとある言葉を喚き散らしていた吠えメール。正直なところ、アリシアは初めて入ったスネイプ教授の研究室の内装も、ヒラヒラと舞い散っていた手紙の破片も、しっかりと視界に入っていたはずだが正直全く記憶に残っていない。

 それは全て部屋中に響き渡っていた、重苦しいほどの愛情の塊──と言っていいのか正直わからないくらいに激しいほどの父の愛の言葉の所為だ。

 思わずほんの少しだけ開いていたドアを、開け放ってしまう程度にアリシアは動揺していた。もちろんドアが開く音でこちらに気づいたのだろう、室内でしかめっ面で耳を塞いでいたスネイプ教授とも目が合った。その時に聞こえてきた言葉が『我が娘カサンドラは世界一可愛らしいのだ!!』という叫びだったのはよく覚えている。

 

 固まったアリシア同様に固まっていたスネイプ教授。だがアリシアの予想よりも素早く動いた教授に、アリシアは研究室内に引っ張り込まれ、それはもう険しい視線を向けられた。ああ、知られたくなかったのだろうな。なんてアリシアが考えたほんの数瞬後、スネイプ教授はなにかを思いついたかのように目を瞬かせ、それはもう明らかに作り笑いだとわかる程度にぎこちない笑みを浮かべた。

 ああ、これは色々な意味で逃げられないのだな──とアリシアはその時自分にこれから課されるだろう行動が予測できた。なにせその時にアリシアの耳に届いたのは『早く、早くあの子の学生生活の記録を送るのだ! セブルス!』という絶叫のような叫びだったのだから。

 

 

 そんなわけで、ある意味でスネイプ教授の仲間というか手下というかな関係になったアリシアは、日々可愛らしいカサンドラの可愛らしい寝姿や、フリル満載なパジャマ姿であるとか、これまたフリル満載な私服姿を激写した。それ以外にも日々の食事風景に、箒にまたがり低空飛行をしている姿だとか、真剣に杖を振るうところに、魔法薬学の授業中に調薬するところ──ちなみにスネイプ教授公認なのでこれだけは叱られない──だとかを激写し続けた。正直言って将来はパパラッチだとか、ストーカーになれるのではないかと思うくらいに写真が上手く撮れるようになった。そして全く嬉しくないが、今のアリシアなら、100メートル先にいるカサンドラを望遠レンズでブレなしに撮れる自信がある。それも素敵に笑顔を浮かべただろうカサンドラをピンで。なにせマルフォイ氏の要求する写真は、できるならカサンドラ1人。次点で友人(但し女子のみ)との写真なのだから。だがどれほどアリシアの写真の腕が上がろうが、それは多分カサンドラ限定なのだろう。というか彼女以外は殆ど撮らないので、それ以外は上手く撮れる気は少しもしないアリシアだ。

 ちなみにスネイプ教授がその叫びに許諾の手紙を送った(ちなみにその日待っていたふくろうに届けさせていた)次の日の昼には、最新のカメラと望遠レンズと三脚。それから1箱に1ダース入りのフィルムが12箱、ふくろう便の速達(・・)で届いた。アリシアはこの時初めてふくろう便に速達があることを知った。別に知りたくなかったが。

 ちなみにフィルムは予備を含んでいるわけではなく、1月に最低1ダースは撮れ、ということらしい。更に言うならばフィルムは1本が36枚撮りなので1ダース432枚である。1日に最低15枚は撮らなければ1ダースなんて1月に撮りきれない。常にカメラを持ち歩かなければいけないのだと知ったアリシアは、同時にカサンドラの父の──というか、家族の愛はカサンドラが思う以上に重く深く、そして病的なのだということも骨の髄まで理解した。

 確かにアリシアから見てもカサンドラは可愛いとは思う。それはもうとても可愛い子だとは思うのだが、あの重い愛には全く共感はできない。これからくるだろう思春期や反抗期にカサンドラが家出したいと思うことがあるのなら、なにを置いても協力しようと誓ったのは、多分後ろめたいから────なのだろう。もっともそんな最中もきっとアリシアはカサンドラの写真を撮ることになるだろうことは難くない。なにせスネイプ教授がアリシアのフルネームをあっさりさっくりルシウス・マルフォイ氏にバラしているのだから。多分どこに逃げても無駄だろう、と思う程度の頻度でアリシアの元にも彼らからのカサンドラへの愛を叫ぶ手紙──ちなみに吠えメールではない。カサンドラにバレると困るらしい──が届くようになってしまったのだから。ちなみにその所為でアリシアはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精と知己になっているのは余談だろう。

 

「今週もよろしくね」

 

 冷たい風の吹きすさぶ西塔のてっぺんにあるふくろう小屋。そこで封筒というよりも小包という方が正しいだろう手紙を、見慣れたふくろうに預けると、アリシアは塔から見えるそれはもう心が洗われるような景色を眺める。見慣れたがそれでも綺麗だと感じる朝の景色を活力にして、今週も乗り切ろう──そう誓うアリシアだった。




本当は『S氏の多大なる苦悩を知る少女Aの、不本意な習慣について』とつけるつもりでした。が、それではすぐにネタバレになってしまうのでちょっとだけ変更しました。
S氏に次ぐ犠牲者の少女Aでした。


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優雅なる紳士、L氏の長子溺愛記録

 ウィルトシャー州にある、カントリーハウス。その歴史と伝統を感じさせる豪奢な屋敷の中は、華美な外観とは裏腹に静謐に満ちている。但しそこに住まう者を除いた屋敷の中だけ、だが。

 

 麗らかな午後。中庭を見渡せる南向きの大きな窓のある居間(パーラー)で、彼はゆったりとソファに腰掛け最愛の妻の淹れた紅茶を嗜んでいる。その仄かに甘さを感じさせる馥郁たる香り、そして深みのある味わいの紅茶は、紳士の優雅な午後のひとときに相応しい飲み物と言えるだろう。

 ちなみに銘柄は、以前届いた暗唱できるほど読み込んだ手紙にあった『ダージリン オータムナル・フラッシュ』である。更に言うならばホグワーツの厨房になぞ負けてなるものか、と反骨精神満載で金と権力を多大に使い取り寄せた品でもある。

 全くもって大人気ない彼は、手紙の主である最愛の娘『カサンドラ』を重苦しいほどに愛しているくせに、それを表に出すのを恥ずかしがる男──であるルシウス・マルフォイだ。

 ちなみに彼がこの紅茶を取り寄せたのは、もちろんそれを飲んだ愛しい娘の言葉故。カサンドラから届いた手紙にあったのだ。『とても香り高く、そして美味しかったので、お父様とお母様とドラコにも飲ませてあげたいです』と。娘と飲むよりも先に、娘の味わったそれと同じものを感じたかったから、であるのは言うまでもないことだろう。異論は認めない。

 

 そんなどう考えても病的なほど娘を愛しているルシウスは「間違いなく純血の血筋」とされる「聖28一族」の一つであるマルフォイ家の現当主である。

 魔法界でも有数の名家である『マルフォイ家』は、時代によっては富を持つマグルとも手を組んでいたこともある、ある意味で時勢を読むことに長けた一族だと言えよう。以来10世紀にも渡って名家として財産や権力をほしいままにしているのだ、それは間違いではないだろう。

 それ故に今の彼の『ホグワーツ魔法魔術学校理事』という地位があり、そして元死喰い人という過去があるのだろう。もちろんルシウスはその地位に伴う実力もしっかりとある男だ。ホグワーツの理事然り、死喰い人としての闇の魔術についても然り。

 だが、ルシウスをよく知る彼の後輩S氏からすれば、彼の優れた部分はほぼ全て『娘と息子への重苦しい愛で相殺──どころかマイナスになっている』と言い切れるらしい。が、彼はそれを知らない。気づいてもいない。

 自らを優れた魔法使いとして誇る彼は、その昔最も優れていると傾倒していた(・・・・)名前を言ってはいけないのあの人のことを近年──正確に言うと第二子であるドラコが生まれて少ししてからは──頭の隅にすら置いていない。多分もう自らが闇の陣営であったことすら常に考えているということがなくなった。まあ、親しい者は大抵闇の陣営であるので、闇の魔術のことなどを話題とすることが皆無なわけではないのだが、ルシウスは彼の人を『我が君』とはとんと言っていないだろう。なにせ日々子供達を愛でるので忙しかったので。愛情溢るる父として、ルシウスは子供の成長の一挙手一投足を見逃せなかったのだ。

 

 彼曰くそれは全て、第一子であるカサンドラの素晴らしき愛らしさ故となるのだろう。

 その容姿は彼にも、その妻にもよく似た高貴なる血筋であるとよくわかる秀麗な容貌をしている。性格も名家の令嬢であるならば許容できる範囲でおっとりとし、柔らかな雰囲気を持っている。もっともカサンドラはマルフォイ家の娘なので、そんな名家の令嬢らしさとやらが必要かと言えばわからないが。

 とにかくカサンドラはマルフォイ家とブラック家の両家の血を引く生粋の令嬢だろう。

 共に純血の家系で、その合いの子となるカサンドラも特別なる家系に生まれた純血の娘、であるが、彼女は物心ついた頃からマルフォイ家らしいとも、ブラック家らしいとも言えないところが多々見受けられた。

 

 闇の魔術を教えた時も、その呪文をすぐに覚えはしたが試す素振りすら見せなかった。ルシウスですら、習ったその時に父の前で杖を振るった記憶があるにも関わらず、カサンドラは怖がるかのようにして試さなかった。思い出す泣きそうなその顔はそれはもう筆舌にしがたいほどに愛らしかった、と力説できるルシウスだ。

 そしてそれを疑問に思いルシウスが問うて知ったのは、カサンドラが呪文を行使したその結果を理解しているからだということ。

 たった3つの子供が唱えたところで正しく行使できるかもわからない呪文の結果に戸惑ったのだ。

 それを知り、なんと聡明な子かと感銘を受けた──というわけではなく、初めはなんと意気地のない子供かと思った。だがカサンドラはどれだけ怯えようが教えた呪文をそれとして唱えられなかろうが、ルシウスが教えたそれらを1つとして忘れることがなかった。何度となく泣きそうになりながらも、マルフォイ家の娘として必要だと理解していたからだろうか。全てを学び、身につけようと必死に教えに食らいついてきた。まあ、どんな時も半分ほどは泣き顔だったが。それも可愛かったと思い出すたびルシウスの顔はやにさがる。断じて言うが父の愛である。

 

 同時に、その心の弱ささえ変えることができるのならば、カサンドラは素晴らしく『マルフォイ家に相応しい娘』へと成長するのではないかと期待した。そしてその思いのままに、それは厳しく全てにおいての教育を施した。

 

 ルシウスからは闇の魔術だけでなく、ルシウスが知る全ての魔術を。

 ナルシッサからは名家に相応しい躾として、ダンスから食事のマナー、淑女教育と呼ばれるだろうもの全般を。

 鞭だけではなく、飴を与えるのはその頃からナルシッサの領分になってしまったのは誤算だが、カサンドラはその年齢に見合わぬ教育にすら遅れることなくついてきた。時折可愛らしい顔を晒して、年相応に泣くこともあった。が、それもいつしかなくなった。

 そんな教育を続けて8年。ホグワーツ入学を控える頃のカサンドラは、ルシウスが誰に見せても恥ずかしくない『マルフォイ家の娘』だと言い切れる娘へと成長した。

 もっとも相変わらず闇の魔術に対しても、闇の陣営に対しても戸惑い、相容れないようだが、その心を隠すことは上手くなった。家族以外にはカサンドラがそれらを苦手としていることに気づいている者は、マルフォイ家に集まる闇の陣営の中にはいないだろう。それほどカサンドラの淑女教育は功を奏したようだ。

 

 だが弊害も1つ。

 どうやら屋敷しもべ妖精との距離が、ルシウスの知らないうちに近くなっていたようでカサンドラは屋敷の厨房にたびたび忍び込んでは菓子や食事を作っていたようだ。カサンドラから直接その品を受け取ることはなかったが、ドビー経由でチョロまかせた菓子のいくつかはルシウスも口にしたことがある。

 初めて作った、僅か5歳の娘が作ったとは思えぬほどに美味なるクッキー。ルシウスはそれを食べ、紅茶を嗜み感涙した。我が娘ながら素晴らしいと。そしてどれほど料理が上手かろうが、絶対に嫁には出さない、とその時誓ったことは今もなお忘れてはいない。

 ちなみにカサンドラが作る食事というのも、弟であるドラコのものであるというのだから、どれだけカサンドラが愛情深い娘であるのか知れるというもの。この辺りから、ルシウスは『我が君』を忘れ始めたと言っていいだろう。もちろん覚えてはいるのだ。いるのだが、家族を壊してまで『我が君』に付き従いたいとは全く思えなくなっていた。

 その頃から少しばかり闇の陣営にある家とも疎遠になり始めた。相変わらず死喰い人としての地位は中枢──というか多分表立つ意味でのトップに近い──のだが、彼らを自宅に呼ぶ回数は極端に減った。断る理由には事欠かない。なにせ『我が君』の復活の兆しはとんとないのだから。ちなみに1番の大きな理由は幼女ではなく少女になったカサンドラと、年回りの合う男児を自宅に招きたくなかったから──であるのは余談だろう。

 

 そんなルシウスの、というか純血主義で闇陣営に属するマルフォイ家が変わったのは、日々彼が見続けたカサンドラが理由であることは間違いない。なにせ日々見続けたカサンドラは、本当に、本当に、第一子であることを除いても可愛かったのだ。

 

 舌ったらずな声でお父様と、お母様と呼ぶ姿。大好きだと身体中から伝わるほどに嬉しげに笑うそれは可愛いカサンドラ。

 どんなに難しくとも必死に覚えようと杖を振るい、呪文を唱え、そして厳しい指導に耐える真剣な顔をしたカサンドラ。

 ドラコの食事や、散歩、絵本の読み聞かせや、外遊び。どれに対しても勉強以上に熱心に取り組む姿は少しばかりドラコに対して嫉妬してしまうくらいに愛情溢るる姿を見せるカサンドラ。

 教師として宛がった子供受けの悪そうな後輩にも懐き、それはもう素晴らしい調薬の腕を得たのが8つの時だというカサンドラ。

 

 その行動の全てが年相応らしからぬものであったが、マルフォイ家の娘、として鑑みれば瑕疵などないと言い切れるのだが、これまた懸念が一つ。

 

 カサンドラは幼い時分から考え事をしながら歩いては、『転ぶ』『ぶつかる』などその大事な体に傷を作ることが多々あった。大事な大事な娘の柔肌に傷跡を残してなるものか、と素晴らしい効き目の軟膏を後輩に開発させ、彼からとしてカサンドラに持たせたのは英断だったろう。ちなみに傷薬の権利は買い取り、マルフォイ家の秘蔵薬として随分な高値で売りに出していたりもする。売り上げは全てカサンドラの金庫に入れているが。

 

 最愛の娘を思い浮かべながらカップ一杯の紅茶を飲み干し、ルシウスはソファの背にもたれる。その身を柔らかに包み込む慣れたその感触。一人がけのこのソファに座るカサンドラは随分と小さく見えるのだったな。そんなことも思い出し、彼の顔はまた崩れる。屋敷にいれば、触れたもの全てからカサンドラを思い出し、そしてその表情を崩すのがカサンドラがホグワーツに入学してからの日課だったりするが、それをカサンドラが知らないというのは良いことなのか、悪いことなのか。

 

 そう、カサンドラが生まれてからホグワーツに入学するまでの11年間、そのすぐ側でつぶさに見つめてきたカサンドラのその全てにルシウスは、彼の妻であるナルシッサは、そして誰よりも愛情いっぱいに育てられたと言えるドラコは誰よりも何よりもカサンドラを愛した──というよりもメロメロになったと言えるだろうか。

 『我が君』にマルフォイ家の弱点はなにかと探られたならば、そうすぐにはわからないだろうが、この屋敷に訪れたことがある闇の陣営方の誰かなら、この家の弱点はカサンドラ以外に浮かばないだろう。そのくらいに彼らはカサンドラを愛しているのだから否定はしない。が、多分それに気づいているのは彼の後輩だけ、であるはずなのでさして心配はしていない。彼が自分を、そしてカサンドラの尊敬を裏切るはずはなかろう──と信じているからである。

 

 ちなみに家族の中でより深くその愛に溺れているが誰かと言えば、ルシウスだと断言できる。ナルシッサも、ドラコもそれぞれにカサンドラを愛し、慈しみ、慕っているがそのどれもが自分には敵うはずがないとルシウスは本気で思っている。なにせどれだけ努力し、マルフォイ家の令嬢たらしくなろうとしていたかを見てきたのだ。それはある意味で間違いではない。そんな時のカサンドラは全くもって子供らしからぬ姿であったはずなのだが、それは彼の中では気づくこともない事実である。前提にマルフォイ家らしい令嬢である、ということがある弊害だからなのだろう。

 もっとも多少マルフォイらしからぬところがあろうとも、その愛が揺らがないとカサンドラがホグワーツに入学したことで知ったが。

 

 カサンドラがホグワーツでグリフィンドール寮に属することになった。そうカサンドラからの手紙でも、後輩から月一でくるカードからも知ったが、ルシウスは別段気にならなかった。ましてたびたび送られてくるカサンドラからの手紙には日々学校生活を楽しんでいる様が伝わる。そして後輩からのカードにある、その月に提出したレポートの成績からも、不安は抱かない。どう見積もっても学年首位になるだろう成績を取っているのだ。この際寮がどこであるかは些細な問題である──と、スリザリン一押しだったはずのルシウスは思う。大分カサンドラの性格に、そしてカサンドラに向けるその愛情に血迷っているといって過言ないのだろう。がまあ、カサンドラからすれば歓迎すべき事柄なので、問題はないだろう。

 

 そっと目を向けたローテーブルの上には、学内の至る所で撮られただろうカサンドラの写真が日付け順に貼られたアルバムが鎮座している。ちなみに2週間で1冊。送られ始めて一月を超えただけなので、まだアルバムは2冊しかない。別に冊数に多大なる不満があるわけではないが、これまで欠かさず揃えてきた中で、11歳から12歳になるまでの9月一月分の愛娘写真集が欠番になってしまったことは遺憾だ。やはり初めから教職の誰かか、生徒の誰かを買収しておくべきだったか──と考え、悪どい顔をする。が、考えている内容な残念が過ぎるので、多分そこまでの問題は生まれないだろう。多分カサンドラに「お父様なんて嫌いです!」と言われるくらいだろう。それが1番彼が堪えることなのは否定しないが。

 

 

 随分と怪しい笑いを漏らしながら、食い入るようにアルバムを見つめるルシウスは、実の娘であり、マルフォイという家に相応しいとは言えないだろう性質の娘を殊の外愛している。彼女のためならば多分復活した『我が君』にすら反旗を翻せるかもしれないくらいに。実際はどうなのかわからないが、今の平和な世の中でなら彼はこう言い切れるだろう。「うちの娘と息子のためだったならば、私はこの命すら投げ打てる!」と。

 ちなみに彼が決めていることはもう1つある。

 いつかカサンドラと付き合いたい、嫁にしたいと言いだすような輩が出てきたら、ルシウス・マルフォイの実力の全てを以ってして、決闘にてけちょんけちょんに打ち倒してやる! というものであるのは、本当に余談だろう。



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D氏は搦め手と仰天させるのがお好き

 彼が最も信頼すると言っていい人物から秘密裏に渡された品。梱包をしたことがない者が手がけたのだ、と一目見てわかるほど不恰好に布と紐とで包まれていた。両手に余る程度の大きさのそれは、不可思議としか言えぬ品であった。

 その渡し主である少女と対面を果たすべく、彼が最も信頼する人物──セブルスより聞いた彼女へと手紙を送り、呼び出した。無論目的はその少女が自分の、自分たちの敵にならぬかどうかを確かめるため。

 彼にはそれを考えるべき義務があった。

 それは彼、アルバス・ダンブルドアがホグワーツ魔法魔術学校の校長であるから。そして不死鳥の騎士団の旗印であるから、だけではない。ただの後悔だ。純粋に一教育者として教え子であったトム・リドルを諌められなかったこと。その後悔故に周囲を騒がせたヴォルデモートが再びこの世に舞い戻るのであれば、それをどうにかするのが自分の役目──だと思いたかったからかもしれない。

 

 そんなダンブルドアが今年入学する生徒の中で最も気にかけていた人物がいる。それがこの度呼び出すに至った少女──カサンドラだ。

 ホグワーツでグリフィンドール寮に所属することになった、誰もが知る闇陣営に最も近いだろう家の娘。あの帽子が組み分けたのならば、それはその性質がグリフィンドール寮に相応しいのだという証明に他ならないはず。

 そう頭でわかっていても、実際にこの目で見なければ、そしてその心根を知らなければわからないだろうとは思っていた。つまりセブルスからもたらされたと言えるこの邂逅は、彼にとって好機とも言えた。

 

 『校長室』に呼び出したのも、多少カサンドラが粗相をしても構わないから。そしてカサンドラがこの部屋に、自分に対し緊張すれば何某かのボロが出るのではないかと期待もして。一体彼の少女はどのような態度をとるのだろうか。久しぶりに高鳴る胸を感じつつも、それを鎮めるように茶を嗜む。約束の時間までは今少し。程なくしてノックの音が響くだろう。

 

 そうして約束の5分前、ノック音と細く高い声が扉の外から届き、カサンドラがきたことを教えた。

 そして(まみ)えたのは、ふっくらとした頬の幼い娘のような姿をしたカサンドラだ。

 ダンブルドアのよく知る、ルシウスやナルシッサによく似た髪色の、けれどその目にはルシウスらとは違う光を持った娘。この者は闇の中に生まれてなお、闇に染まっていないのだろうとダンブルドアには思えた。それがただの希望ではなく、事実であったと知ったのは、この邂逅のお陰なのだろう。

 

 マルフォイ家の長子であるカサンドラ・ナルシッサ・マルフォイはその幼さとは裏腹に聡明であること。世の全てを知るかのようでいて、悪を知らぬ純粋すぎる子供であることをこの時ダンブルドアは知った。

 事実カサンドラはダンブルドアをも知らぬ、この世の誰もが知らぬはずのこの世界の未来を知っていた。それ故にただの子供とは違う印象を受けたのだろうが、それはカサンドラの一部でしかなかったとも知った。

 カサンドラはダンブルドアが望む世界へ向かうために必要な、途轍もない情報をその内に秘めた存在だったのだ。

 ヴォルデモートを弱らせることのできる、彼の者の魂が分けられた品であるホークラックス。それの在り処を、それを壊す方法を知る少女。尤も『バジリスクの毒を覚えさせたグリフィンドールの剣』だけしか思い出せないと言った弊害はあるようだが、それもさしたる問題ではない。ダンブルドアは憂いの篩(ペンシーブ)を使ったことで、それだけでないことを知ったのだから。

 

 過去と今の自己との狭間で読み込みきれぬ記憶。カサンドラの中に埋没し始めているそれを明確な形で他者である自分が理解していること。それはどこか歪な事態なのかもしれないが、それでも望むべき未来へと向かえるならば瑣末なことだと言い切った方がいのだろう。だが多少の迷いも浮かぶ。垣間見たその全てを告げるべきか、告げざるべきか。ダンブルドアとて多少悩んだが、言わぬ方が良いだろうことはすぐにわかった。下手に知れば、カサンドラはその手段を得ようと邁進するだろうことが短い邂逅でもわかったからだ。

 だから誤魔化すため、次いで話題に上ったバジリスクのいる場所である『サラザール・スリザリンの秘密の部屋』に向かおうと言った。無論バジリスクに、秘密の部屋に、少しも興味がなかった、とは言わない。むしろ巨大なバジリスクが見たかった。というか倒せるものなら倒してみたかった。……別にどうしても、というわけではない。そう、ちょっとだけである。

 が、まあその結果ダンブルドアは老年に差し掛かってなお初めての経験をすることになった。……ギックリ腰が斯様に鋭い痛みと、また再発するのではないかという不安を抱かせる病だと知ったのだ。廊下をうつ伏せのまま漂い移動する最中、ギックリ腰に良いとマグルの雑誌にあった、体操の1つでもしようと画策するくらいに強く心に刻み込まれた出来事だったと言えよう。

 

 そんな小さな秘密も、翌日の晩にした会話には敵わない。

 カサンドラとしたその会話は彼に驚きと、新たな興味と、そして胸の高鳴りを与える情報に満ちていた。そう、これから先、魔法界が比喩でなく変わるだろう、と確信できるほどの情報が。

 彼自身魔法界の情報の収集だけでなく、マグルについてもかなり詳細に調べ、知識として蓄えている。そう、蓄えていたのだが、カサンドラの一言でそれがさして活かせていなかったのだと自覚した。

 ダンブルドアも、マグル界の囚人に対しての処遇なども知識として持っている。だがそれを魔法界に適用することなど考えつきもしなかった。どうにも頭が固くなっていたらしい。マグルはマグル。魔法族は魔法族。相容れない種族の違い故に同じに語るべきではないのだ、そう思い込んでいたのだろうか。もっと柔軟に考えることができていればすぐに思い浮かんで然るべきことだった。かなり悔しく思えたが、悔やんでいるだけでは意味がない。

 ダンブルドアはすぐに手紙に認めた。カサンドラの口にした、アズカバンに収監された犯罪者の処遇についてを。ちなみに送り先は1つではないが、一番手紙の内容が濃く書かれているものはとある人物だ。彼ならばきっと上手く使うことができるだろう。

 

 それからダンブルドアの日常は素晴らしく充実したものになった──というか、正直なところ休日などないと言っていいほどに忙しくなった。が、まあ、ある意味で充実していたので、不満はない。

 そう、金をかけずに裏工作をすることや、司法取引染みたやりとり、肉体言語を用いた説得などもある意味で心が沸き立った。20か30ほど若返ったような気すらしたほどだ。まあそれだけ若返ったところで老年であることは否定しないが。

 

 そんなダンブルドアがまず1つ目にしたのは、手紙での各所への根回しだ。これはホグワーツ内からでもできたこと。少々腱鞘炎になるか、と思うほどの量の手紙を書いたが、そこはそれだ。結果がよければそれでいいのである。

 

 そして2つ目は、送った手紙の主の中で、賛成に近い返信を得た者の過半数が出席する魔法法律評議会の会議へと単身乗り込むこと。無論公にはアポなしであるが、大多数の者は彼が会議に参戦することを知っていたので問題はないだろう。多分。

 

 さらに行った3つ目は、その会議内で内々に決定したそれを行使するための人材確保(・・・・)である。これは2つ目が成功したことでできたことではあるが、カサンドラから聞いた忘却術の使い手や忘却術士本部に所属する使い手を招集したりしたのだ。無論殆どの人物は有無を言わせずに招集である。一番時間をかけたのは、カサンドラの推薦を受けた彼。口説き落とすのに少々の根回しが必要になったが、それも必要な労力だったのだ。特に大した苦労ではないと言えるだろう。

 

 そして人員が揃ったところで移行した4つ目は、内々で行使する順を決め、各所に連絡すること。アズカバンに収監された罪人の誰を、を詳しく決めることは後回しにした。重要なのは死喰い人たちである、とわかりきっていたからだ。というわけで、サックと収監された死喰い人の順番は決まった。別にゴリ押しをしたつもりはなかったが、全てダンブルドアの主張した通りになったのは余談だろう。断じて言うが肉体言語は使っていない。

 

 ちなみにこの2つ目から4つ目までを決めるために費やした時間はほんの数時間。アポなし突撃からダンブルドアの独壇場だったので、会議に参加していた彼らはみな缶詰になったのである。ある意味逃さなかったとも言えるのだが。もちろんそれにも理由がある。その場で決定した内容が広く周知される前に、いかに早く行使できるか。それが何よりも重要なことだったのだ。そうでなければ意義は半減してしまうだろう。

 

 そして5つ目は、決めたそれを一斉に行使すること。この5つ目が、一番時間がかかったところでもある。

 なにせこれまで魔法法律評議会が行なっていた、最高刑である『吸魂鬼のキス』や終身刑とは違い、刑を科したその後のことも考えなければならなかったのだから時間がかかるのも道理である。

 

 これまで最高刑を科した後は、魂の壊れた肉体がただ死ぬのを待てばよく、終身刑もアズカバン内の牢で過ごす罪人に居心地のよい空間など作る必要もなかった。

 だが今回の刑は違う。

 カサンドラが言ったそれは、悪事を犯したその記憶のみを抜きさり、心を子供に戻すというもの。もちろん一度杖を取り上げてから、であるが。カサンドラから聞いたその時から、ダンブルドアはこの案には素晴らしい利点があることに気づいていた。

 

 元々が闇の陣営でや、様々なことで悪事を働いていた者たちなのだが、その者たちの大半は素晴らしい魔法の使い手でもあった。その者たちが真っさらな状態になるのである。それは上手く教育を施し、こちらの手の者にできるということ。しかも優秀な魔法使い、魔女になれる素地がある。これを使わない手があるわけがない。

 そう、反ヴォルデモート派側である自らや、善き魔法使い、魔女が人道に基づいて正しく教育さえ行えれば、離叛を心配する必要もなくなる。尤も極論で言えば、離叛の意を示したところで元は罪人であるのだから戸惑いなく始末することができるだろう。それは会議でダンブルドアの言葉への賛同としてもあった。

 どう言い繕っても、罪人の記憶を抜くことは利点しか見当たらないのだ。

 

 もちろん死喰い人であった者らの腕には、その証たる闇の印がある。それを見られれば偏見の目に晒されることは請け合いである。だが、元々が死喰い人や、重犯罪者としてアズカバンに収監されていた事実があるのだ。これは消そうとして消せる事実ではないので、その程度は瑣末なことと折り合いをつけるべきだろう。

 それに彼らには欠片も記憶がないのだ。ヴォルデモートについて語れと言ったところで、教育した結果である『魔法界の怨敵』であるというくらいの知識しかないことになる。探ろうとしたところで肩透かしもよいところだ。更に言えば、この印も悪い面だけではない。

 もしもヴォルデモートが復活した場合、この闇の印はきっと何某かの変化を起こすだろう。でなければこのように目立つ形で印を、死喰い人らがその身に残すはずなどないのだろうから。

 

 本当に、彼らの記憶を抜き、こちら側につけるというのは利点しか見当たらない。

 まあ、ほぼ魔法についての知識すら消して、再教育を施すのは大分骨の折れる作業ではあるが、そこはそれだ。大抵の者の過去は知れている。過去に犯した罪と照らし合わせ、それに向かわぬように修正しつつ魔法という概念を、それを己が行使できるのだということを、そしてそれを善い行いで使うのだということを同時に教えられるのならば無駄にはならないはずだ。そうして教育したことが陽の目を見るのは随分と先かも知れないが。

 そうしてダンブルドアが起こしたそれらは、概ね大きな問題もなく終えられた。もう少し暴れてもよかったか、とひと段落ついて思いもしたが、まあ問題がなかったのでそんな欲求は瑣末なことだったのだろう。多分。

 

 それからダンブルドアが最後の仕上げにしたのは、全て終わったそれらを、さもこれから行うことだとばかりに日刊預言者新聞にリークすること、であった。

 ちなみにこれは未だ正確な日取りは一切未定であるとして、闇の陣営の中、特に未だヴォルデモートの影響の強い人物の炙り出しを行うことを目的としている。最後の最後であるそれは、まだ結果が出ていない。が多分きっと、何某かの手段を以ってして、アズカバンに襲撃の1つでも起こす輩が現れるだろうことは難くない。それらはダンブルドアにとって非常に楽しみなところだ。誰が引っかかるのか、密かに誰かと賭けでもしてみようか、とちょっとだけ考えてもみた。が、誰も乗ってはくれそうにないので自粛した。そのくらいの分別はもちろんあるのだ。

 

 そんな風に本当に素晴らしく充実した2週間。ちょっとばかり忙しかった所為か、自慢の髭の艶は多少落ちてしまったが、それは瑣末なこと。なにせ得たものの方が多いのだから。

 

 刑の執行の片手間に、ダンブルドアはもう1つ行動した。

 それはまず一番初めに刑に処し、多少の教育(・・)を終えた彼女と共にグリンゴッツに向かうこと、である。そう、目的はホークラックスだ。ちなみに会議が終わって、刑が執行されるまでの間にサクッとリトル・ハングルトンに向かってもいる。もちろんそれもホークラックスの1つであるマールヴォーロ・ゴーントの指輪を手に入れるためである。

 

 ダンブルドアはカサンドラのように2つのホークラックスを手に入れたのだが、はっきり言って期待外れだった。

 

 1つは金庫の持ち主と共に向かった、金庫の中。多少双子呪文の対処が面倒だっただけ。もう1つなど、無人のあばら家から指輪をくすねるだけだったのだ。山も谷も、なんの事件すら起きぬままにあっさりさっくり手に入ってしまって本当に拍子抜けもいいところだった。

 が、まあきっとこれを手に入れたことを告げればカサンドラが良い反応をしてくれるだろう。それだけを楽しみに彼は久方振りにホグワーツに戻り、その日の内に彼女を呼び出した。

 

 再び見えた校長室での会話。その日までにしたことなどを話した。が、どうしてかカサンドラとの会話は色々なところに話が飛びやすい。どうやらその1つで思い当たった考えに、カサンドラの頭はいっぱいになってしまったようで、ちょっとばかり唐突に話を切られてしまった。その所為で、ダンブルドアは自慢しようとしていたもう1つのことが言えなかった。

 

 カサンドラも魔法族の子供なのだ。きっと『吟遊詩人ビードルの物語』を読んでいるはずなのだ。アレにあった『死の秘宝』を全部揃えたのじゃぞ! 儂、『死を克服』したのじゃぞ! と自慢できなかったことが、大変悔やまれる。そのためにマールヴォーロ・ゴーントの指輪を手にした、カサンドラの記憶にあった自分の話をしたのだが。

 どうやらカサンドラはダンブルドアの目算よりも大分優しく、そして自分に懐いていたらしいことを知った、未だ煩悩からの解脱は程遠そうなアルバス・ダンブルドア108歳であった。



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僕の特別な姉上

 9月1日、よく晴れたその日は僕にとってとても辛い日々の始まり。それは僕が敬愛する姉上が、僕を置いてホグワーツ魔法魔術学校へと行く日だ。

 姉上が入学なさることは少し前からわかっていたけれども、それでも僕は姉上と離れることがたまらなく寂しかった。もちろん初めから2つ下の僕が姉上と一緒に行けないこともわかっていた。それなのに実際に姉上に置いていかれてしまうとどしようもなく寂しくて仕方なくなったんだ。いくらクリスマス休暇には戻ってくるとは言え、それまでの期間が短いとは僕には思えなかったから。

 だけど僕はそんな気持ちを隠して姉上に『手紙をたくさん書くから』と『父上と母上のいうことをよく聞いて、お勉強も頑張る』と力いっぱい言った。僕は姉上に心配をかけたくなかったんだ。それは僕が、たぶん家族の誰よりも姉上のことが大好きだから、だからそう思うのだろう。

 だって姉上がホグワーツに向かうまで、僕が1番そばにいたのは、父上でも母上でもなく姉上なのだ。そんな人がそばにいなくなることを寂しがるのはきっと当たり前と言っていいはずだ。特別僕が姉上に依存しているというわけではないはずだ。多分違うはず。とにかくそんな風にいつもどんな時でもすぐ近くにいた姉上がいないこと。それは本当に、途方もなく寂しさを僕に突きつけるもの。だからきっと僕がそうして寂しく思うのは仕方ないこと、なはず。

 

 その日以降は朝起きたその時もいなくて、朝食も姉上が作ってくださったものではなくて、昼の勉強の時も、息抜きのお茶の時間も、夜寝る前のひとときにも姉上はいない。それを実感するたびに僕はへこたれた。そう、しばらくの間本当に本当に寂しくて、僕が沈んでいるように家の中も火が消えたように静かになっていた。今だって、多少は緩和したけれど寂しいことに変わりはない。

 だけど姉上からの手紙が、僕宛の手紙があるからまだ一応我慢できるている。……断じていうが僕はダメな子じゃないから。ただ少し姉上が大事な人なだけだ。その……これまで僕の過ごす時間に、姉上がいらっしゃらなかったことなんて、お風呂の時間とかくらいだけ。眠る時も食事の時も、遊ぶ時も勉強の時もずっとずっと姉上は僕とともにいてくださっていたんだ。だから余計に寂しかったのだろうと思う。

 

 姉上の存在が家の中に、僕の隣からいなくなって、僕は毎日の張り合いというものがなくなったみたいだ。

 毎日、姉上が褒めてくださるから頑張っていた勉強も、これまでより進みが遅くなった。運動もあまりしなくなって、外に出る機会が減った。もちろん姉上を後ろに乗せるために頑張っていた飛行術も。そうして部屋にいるからと仕方なく姉上と一緒に読んだ本を開いても、ただ眺めるだけで内容なんて1つも頭に入らなかった。それに姉上と一緒に集めていた蛙チョコレートのカードも、なんだか色あせてしまったみたいに思えた。

 それもこれもやっぱり姉上がいてくださらないから、なんだろう。

 

 当たり前だと思っていた毎日が色あせてしまった僕は、姉上がとても好きだ。そしてたぶん世界で1番、この世の誰よりも姉上のことを理解しているのは僕だ、と言えるくらい僕は姉上のことを知っている。

 僕が知っているのは普段のおっとりとした温かい姉上だけじゃなくて、これまでの姉上がどれだけの努力をなさっていたのか。どれだけのことを考えていらっしゃっていたのか。どれだけの愛情を僕に注いでくださっていたのか。それらを僕は知っている。その全てを知って僕はいっそう姉上のことを好きだと思えるに至った。

 そう、僕はごく小さい頃、姉上のことを嫌いだと思った頃があったんだ。それは父上からの後継教育が始まった3つの頃からの1年ほど。あの頃はどうして僕だけがこんなに勉強しなくちゃいけないのかわからなかった。姉上はその頃の僕から見るとなにもしていないように見ていたから。姉上は姉上で後継教育以外の勉強をしていたなんて、その頃の僕は知らなかったから。それに父上は、不出来な僕を叱る時に必ず姉上と比べた。姉上がどれだけ早く呪文を覚えたのか。どれだけの知識を今覚えているのか。それにひきかえどうして僕はこんな簡単なことを覚えられないのか──他にもたくさんのことで比べられた。

 僕と姉上には2歳の年の差があるけれど、父上がそうして比べるのは、僕と同じ年の頃の姉上。言い返す言葉もなければ、僕には無理だと嘆くこともできやしなかった。父上にこれ以上失望されたくなどなかったから。そんな僕の感情は、必然的に姉上に向かった。

 そう、あの頃の僕は姉上が好きで同時に嫌いだったのだ。もちろん姉上は毎日僕のために絵本を読んでくださったり、散歩に連れ出したりしてくださっていた。夜眠る時だって同じベッドで寝てくださっていた。それに喜んだり、感謝したりしていたけれど心の底では素直に姉上が好きだと言えなくなっていたんだ。

 

 たぶん僕はずっと自分が可哀想な子だと思っていたんだろう。

 姉上がどんな思いでいたのか、どんな辛いことをしているのか知りもしないで、姉上が僕よりもずっと父上に、母上に認められた優秀で幸福な子供だと思っていたんだ。だけどそれが違うのだと知ったのは、5つになる少し前。僕の後継教育が2年目になった頃。そして同時に姉上が魔法薬学の個人授業を受けることになった頃のこと、だ。

 父上のご友人であるセブルス・スネイプが、姉上と2人きりで部屋にこもるようになった。ずっと難しい顔をして、笑うことなんてあるのだろうか。そう思うくらいに暗く重たい雰囲気のスネイプと姉上が2人きりになる。それを少しだけいい気味だと思ってしまうところもあった。けれど姉上はそんなスネイプともそれなりの関係を保っているようだった。それは僕が覗き見た授業の中で知ったこと。スネイプは僕に眉を寄せた難しい顔しか見せないのに、姉上に対し難しい顔ではない表情を見せていたんだ。姉上は、やっぱり誰にでも好かれる幸福な子供なんだと強く思えて僕は沈んだ。

 だからだろう。ずるい僕は姉上はきっと僕よりも大人に取り入るのが上手いのだ。だからスネイプの表情が違うのだ。それはきっと姉上が子供らしくないからで、子供らしい僕にできないだけだ。僕が劣っているわけじゃないんだ──なんて自分に言い聞かせたりして、少しでも沈んだ心を浮上させようとしたりもした。

 だけど父上が優秀だと褒めそやすスネイプの授業速度に、姉上が遅れずについていっていること。声高にそれを告げる父上は、やっぱり姉上は覚えがいいと何度も褒める。暗に僕はまた姉上と比べられているのだと感じ、悔しさが募り始めた頃に僕は見たんだ。姉上が僕に、父上に、母上にそしてスネイプに隠れて泣いていらっしゃるところを。

 

 僕は姉上が泣く姿を見たことが、それまでなかった。僕の記憶にある姉上はどんな時でもいつも笑顔でいらっしゃったんだ。朝も昼も夜もどんな時でもふわふわして温かい笑顔。それは幸せなんだってすぐにわかるもので、僕はその笑顔を見るといつも複雑な思いに駆られた。

 そう、いつだって姉上の笑顔を見れば僕の心も温かくなったけれど、同時に心のどこかが硬く冷えた気がしていたんだ。なんていうか、姉上の笑顔を見るたびに一生大事にしたいような、すぐにでも壊してしまいたいような、そんな両極端な気持ちを抱いていた。

 それはたぶん僕にある苦しいことも悲しいことも、姉上にはないんだって思えたからなのかもしれない。だって姉上は本当に幸せそうに僕に笑うから。見ている僕まで一緒に幸せになれるような気がするのに、同じくらいに幸せでないのだと突きつけられているようなそんな気分をずっと感じていたんだ。……今ならわかるけれどね。それは僕の独りよがりの感情だったんだってことが。

 だって僕は、僕より幸せで、ずっと妬んでいた姉上のある姿を見て、ようやく気づけたんだ。ずっと、ずっと姉上が無理をしていらしたんだってことに。

 

 僕が父上とともに勉強を始めた頃、父上が褒めていらした姉上は僕と同じ年だった。そう、まだ3つだったんだ。いくら姉上が優秀だったとしても、泣かないでいられるわけがない。僕ですら泣きたいと思ってしまうくらいに辛い勉強や、父上からの叱責があったりするのだから女の子である姉上が泣きたくならないわけはない。だけど姉上は初めの少し以降は殆ど涙を見せることがなかったらしい。それはずっと続いていたはず──だったのに、違った。ただ姉上は隠していたんだ。僕にも、父上にも、母上にも。

 それがどうしてなのか、僕は考えた。

 とても考えて考えて、そしてまた気づいたんだ。

 姉上は自分の弱いところを誰かに見せたくない人なのだ、と。もしかしたら違うのかもしれないけれど、あの時の僕にはそう思えた。そう考えれば色々なことにつじつまが合う気がしたんだ。

 

 僕に本を読んでくださるほんわりと温かい姉上と、父上がおっしゃる僕とは比べ物にならないくらいに闇の魔術を覚えたという姉上。

 僕とのお茶の時間ではとても幸せそうに甘いお菓子を食べる姉上と、家族での食事で真剣に、だけどどこか眉を寄せながらナイフとフォークを操っている姉上。いつだって僕だけと一緒ではない時の姉上はどこか幸せなんだと思えない姿だった気がする。

 姉上は、優秀だったと言われていてもそれが辛かったのだろうか。父上にも、母上にも認められていても、それでも幸せではなかったのだろうか──僕は泣いている姉上を見て、ようやくそのことに思い当たった。それはとても、とても遅い気づきだったのだろう。これまでの殆どの時間をともに過ごしていた僕が気づかなければ、姉上の泣く姿を知る者なんているはずなかったのに。それなのに自分に素直になれなかった僕の目は曇っていた。だから気づかなかった。

 

 少しだけ足早に姉上は庭に向かっていた。その後ろ姿に気を引かれ、その日僕は姉上の跡をつけた。そして見たのは姉上が慣れた様子で庭の隅に行き、小さく蹲る姿。よく見なければわからないようにだろうか。ライラック色のワンピースを着た姉上は、背の高いライラックの茂みに隠れるようにして膝を抱えていた。じっと見ていれば姉上の肩が震えていることが、ほんの微かに引きつるように息を吸う音が聞こえた。姉上は声を殺して、隠れて泣いていたんだ。僕はそんな姉上の姿を、声をかけることもできずにただ見ていた。少し離れた楡の木立から、ただ立ち尽くしたままで見ていた。

 

 僕より優秀で、僕より優れていると思っていた姉上が、僕に隠れて泣いている姿。それを見て僕はなにもできなかった。そう、僕は1人で姉上を泣かせてしまっていたことに気づいたのになにもできなかったのだ。嫌いだという気持ちのまま、姉上を蔑むことも、好きだという気持ちのまま走り寄ることも。そのどちらも。

 きっとこれが逆だったなら、姉上は僕を慰めるために色々なことをしてくれただろう。だけど僕にはそれがなに1つできない。いいや、違う。してはいけないんだと感じた。そうでなければ、姉上が僕に、僕らに隠れて泣くはずはないのだから。それは僕がどっちつかずな僕で、そしてどうしようもなく子供だったから、なのだろう。まだ子供だけれど、今の僕だったならたぶんなにを置いても走り寄って姉上を抱きしめるだろう。

 姉上は頑張っている。僕は姉上が好きだ、と。辛かったら、悲しかったら、苦しかったら泣いてもいいのだ、と。抱きしめて、慰めて、一生そばにいるからと何度でも口にするだろう。あの日以降姉上のそんな姿を見たことがない僕は、まだ行動に移せていないけれど。

 

 あの日姉上が泣いていらっしゃる姿を見てから、僕の姉上に対する感情は1つになった。それは嫌いだと思っていた姉上の姿は、ただ僕が勝手に作り上げたものだと知ったからなのだろう。僕の心の中には、ただ姉上が好きだ、というそれだけでいっぱいになった。だから姉上がいらっしゃらない毎日が退屈で、張り合いがないのだろう。

 けれど姉上がいらっしゃらないことは悪いことだけではない。その分久しぶりにお会いできるクリスマスの準備を手抜かりなくできる。そう僕は自分の心を奮い立たせる。いつもいつも僕を驚かせてくださる姉上を、今年こそは僕が驚かせて、そして嬉し泣きさせるくらいに喜ばせるのだ! そう思えば、日々の勉強にすらやる気が起きた。……僕はどうやらとても単純だったらしい。

 ただ姉上が好きすぎて、姉上に追いつけない自分が情けなくて、意地を張っていた3つの僕。5つになる前にはその心を見直すこともできたけれど、甘やかされるばかりで姉上を泣かせてあげることもできない甲斐性なし。今年こそ僕はそんな僕から卒業するのだ。

 だから僕は、秋口から毎日せっせと庭の木々を集め、姉上がお好きだろう物を作る。僕に甘い菓子や食事を作ってくださる姉上ならば、きっと買ってきたものよりも、僕の作ったものの方が喜んでくださる──ドビーにそう言われたのはシャクだけれど、それもそうだと納得できたから、だから僕は毎日少しずつ手を入れていく。

 姉上は喜んでくださるだろうか。泣かないまでも、心からの笑顔を僕にだけ見せてくださるだろうか。今の僕は姉上の笑顔を思い出すとふわふわと胸が温かくなる。それでいてどこかに飛んでいってしまいたくもなる。それは僕が姉上を特別に好き──大好きだから、なのだろう。

 いつか法律が変わればいいのに。そんな叶わないだろうことを浮かべながら、僕は日々姉上を思い出す。久しぶりにお会いできるクリスマスに思いを馳せながら。



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ご令嬢は決断することにしました。
その43


 ピンとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、ほうっと息を吐けばほわりとした真白い丸が浮かびます。はい、吐く息が白くなるほど今日はとっても、とっても寒いのです。お鼻がツーンとするくらいに空気が冷えているのはですね、クリスマスまで約1週間を切ったこの日とってもたくさんの雪が降ったからです。

 休日である日曜日の今日、ホグワーツは一面の銀世界です。昨日降りしきっていた雨は夜のうちに雪に変わったようで、朝起きるのが辛いほどの寒さでした……。

 とってもお布団とお友だちでいたかったですが、朝寝坊してしまうとご飯を食べられなくなりますからね。勇気を出してベッドから出た私ですが、やっぱり寒くて仕方がなかったので恥も外聞もなく毛糸のパンツを着用中です。ちなみにお手製でドラコと柄違いのお揃いです。

 ……少し恥ずかしですがいいのです。アリシアさんもアンジェリーナさんもネロの顔柄を可愛いと言ってくださいましたからね。慰めかもしれませんが寒さ対策は大事ですからね。

 乙女の矜持を投げ捨てた私はお手製の毛糸製品をしっかり身にまといまして、ちょこっとだけモコモコしています。ですがローブを着てしまえばそれもパッと見にはわかりませんからきっと大丈夫です。ちょこっとだけアンジェリーナさんが不満そうなのは、たぶん希望の手触りではないからでしょうけれどそこは私が関知すべきところではありませんからね。流します。

 

 少しでもよい未来になるように、と決意してからほぼ毎日補習授業を受けまして、大分高度なことを学べ始めた私ですが、このたびとっても嬉しいことがあったのです。それは皆さんと一緒の補習授業である変身術での成功──では、残念ですがないのですが、それでもとっても嬉しいことには変わりません。

 なんとですね、なんと私このたび半年ぶりに身長が伸びていたのです! 10歳を越えてから、1ミリたりとも変化のなかった私の身長。悲しいことに成長期が終わってしまったのかと思っていたのですがそれは杞憂だったようです。三度聞き直してから万歳三唱してしまった私はおかしくないはずです! とってもとっても嬉しかったのですからね、それも当然のこと、のはずなのです。ええ、アンジェリーナさんとアリシアさんに生温かい目で見られていたのだとしても、いいのです。だって嬉しかったのですから!

 その嬉しさが未だ続いている私は、うふふんふふんとご機嫌で雪野原になった中庭に向かいます。そんな私の両隣にはアンジェリーナさんとアリシアさんがいまして、目の前の中庭にはもちろんフレッドくんとジョージくん、リーくんにセドリックくん。そしてなんとパーシーさんまでいらっしゃいます。と言っても他の方もたくさん──ではないですが、それなりにいらっしゃって雪と戯れていらっしゃいますが。

 せっかくの休日に積もった雪ですからね、皆さんで楽しみましょうということになったのです。ちなみにリーくんとアリシアさんはちょっとだけ嫌がっていました。寒いのがお嫌いなようです。が、アリシアさんは私がどうしてもとお願いして来ていただくことができました。たぶんリーくんはフレッドくんかジョージくん、もしくはお2人に無理やり連れてこられたのでしょうね。寒がりらしいですのに、ローブどころかマフラーもつけていませんから。

 私は苦笑いをしながら、そっと杖を出します。ちなみに歩きながらですが、そこはなんの問題もありません。はい、いつもの如くアンジェリーナさんが私の手を握っているから、です。更に言うならアリシアさんはここのところの日課ともいうのでしょうかね、しっかりとカメラを構えていらっしゃいます。たまに横顔にフラッシュが飛びますからね。今も撮影していらっしゃるのでしょう。……アリシアさんの写された写真は一体どこに行っているのでしょうかね? なんとなく、そうなんとなくですが予想はしていますが、確証がありませんのでまだお聞きしていません。が、そろそろお伺いした方がよいのでしょうか。などと考えながら、私はそっと杖を振ります。

 

 しばし待てば雲ひとつない晴れ渡った空にですね、ハタハタと真っ黒なローブと、グリフィンドール色のマフラーが舞い踊りながら飛んできます。どうやら上手くアクシオができたようで一安心です。

 私の呼んだその2つは、私の目論見通りにしっかりリーくんの上に落ちまして、リーくんはサンキューと満面の笑顔を浮かべながらいそいそと着込んでいらっしゃます。はい、風邪など召しては大変ですからね。お友だちの具合が悪くなったらとっても心配してしまいますし、せっかく一緒に受けている補習授業の進度が変わってしまいますから。どうせなら皆さんで一緒にアニメーガスになりたいですからね。

 

「キャシーったら、リーに自分でやらせたらよかったのに」

「いえ、たいした手間ではありませんから。それに見ているだけで寒いですし……ある意味私のためでもあるのですよ」

「まあ、見てて寒いのは確かだけどさ。でもキャシー、アクシオまで無言呪文でできるんだね」

「そうね。他にも確かパーシーさんとの掃除でいくつか詠唱なしだったとは聞いていたけど……キャシー、あなたもしかしたら殆どの魔法でできるんじゃない?」

「そう、なのですかね? 試したことのある呪文はそう多くありませんし、わかりませんよ?」

「うーん……キャシーならできる気がするよ? だって私たちの親友のキャシーは可愛くってとっても賢い子だからね!」

 

 なんだかとっても嬉しそうなお顔をして、アンジェリーナさんはそうおっしゃいます。しかもアリシアさんまで否定することなく頷いていらっしゃいます。……なんでしょう。なんだかとっても期待をかけられているような気がするのですが。え? もしかして私、全ての呪文を無言呪文でできるようになった方がよいのですか? なんてぐるぐると私の中で巡ります。

 

「キャシー? どうかしたのか?」

「や、いつも通りじゃないかな? きっとまたなにか考え込んでるんだろうから、気にしなくて平気だと思うけど」

「いや、そうだとしても考え事しながらだと、キャシーのことだから転んでしまうんじゃないかな?」

 

 なんだか私の顔の前にちょこっと影ができましたが、変わらず私は考え込んでしまいます。ええ、無言呪文ですよ。私……全部出来るのですかね? いえ、流石にお父様に習った系統の呪文ですとできる気はとんとしません。

 ええ、そうです。あれらの呪文は詠唱すらできませんからね、私。でも私はヘタレじゃないのですよ。なんて思っていれば、私の左手が宙に浮きます。なんですかね? これも無言呪文の1つでしょうか?

 

「それは大丈夫! 私が手を離さないからね!」

「そうね。もうしばらくはかかりそうだし、アンジーなら絶対にこの子の手を離さないだろうし、そこまで心配しなくても平気だと思うわ」

「まあ、そうかもしれないけど……いったいなにを考え込んでるんだろうね、キャシーは」

 

 なんでしょう。手が浮くような呪文があったような記憶はないのですが……。いえ、これも私が不勉強なだけ、でしょう。これからも日々邁進してたくさんのことを覚えていかなくてはいけませんよね。

 私は1人コクコクと頷きます。

 

「さあ? 普通にキャシーが可愛いって話してただけだし……いつも通りのことしか話してなかったと思うよ?」

「ま、それはいいよ。キャシーがなんで考え込むのかは、俺たちにはわからないこと、だしさ」

「だな。マジでキャシーの思考回路は意味不明なとこがあるし」

「いや、そこまでは言ってないよ? とにかく俺たちは普段通りにしてればいいってことが……ま、そういうことだからさ、俺たちはこの雪でなにをするのか決めておこうよ。そうしたらキャシーが気づいた時にすぐ動けるだろうし」

 

 1つ目はやはり変身術ですね。アレを完璧にして、そして授業で習える呪文を完璧にする。それからスネイプ先生との補習で行なっているお薬になんとか目処をつける。でしょうかね? といっても未だに目処は立ちそうもないのですけれど。

 ええ、本当に薬草学も、魔法薬学もとっても難しい、繊細な技法が必要なものですからね。まだ一年生の私にはとっても難しいのです。が、私は諦めません。満月に負けないお薬をなんとか作り上げませんと!

 私はグッと拳を握ろうとして、気づきます。そうでした。私の手は今アンジェリーナさんと繋いでいたのだった、と。ついでに今自分がどこにいるのかも思い出しました。中庭で雪遊びをする予定、だったのですよ。ダメですね、思考の迷宮にまた迷い込んでしまっていたようです。

 

 気を取り直して私は周囲を見回します。

 

「……お前たちは本当に慣れているんだな。僕は未だに慣れないんだが」

「そりゃ仕方ないっしょ。パーシー先輩はこいつと仲良くなったのが1番遅いし、学年も違うし。ま、そこまで深く考えなくても平気じゃないっすか? キャシーはこうやってみんなで集まっててもよく自分の中の思考の迷宮にはまり込むんで」

「はあ……そうなのか。じゃあこれからはなるべく気にしないようにする、か」

「そうそう。そうしないとこっちの身がもたないんで。あ、でもアレだ。キャシーがなんか突拍子もないことを言い出すかもってことだけは心の隅にでも置いといた方がいいかも?」

「と、突拍子もないこと?」

「あーたぶんキャシーの中では色々と繋がってるんだろうけど、俺らにはわからない結果に落ち着くことがあるんすよね。前にやったバースデイパーティーの時の料理もそうだし、パーシー先輩と菓子を取り合って喧嘩するとか、そんな先輩と友達になってるとか? まあ、見てて面白いんすけどね」

「…………そ、そうか」

 

 なんだかとっても訳知り顔をしたリーくんが、パーシーさんに説明をしています。私のことを。……私のこと、ですよね? 『キャシー』と言っていましたし。……私、そんな印象なのですね。

 

「リー、あなたそれ……いいわ、なんでもない。とにかくなにをするのかサクッと決めてしまいましょう」

 

 ちょこっとだけしょぼんとしかければ、カシャリと1つシャッター音がします。はい、アリシアさんですね。ここ最近は本当にどんな時でもカメラを手放さない理由。一度お聞きしたほうがよいでしょうか。いえ、とってもとっても隠していらっしゃるのは知っているのですけれど。でもご迷惑にしかなっていないだろうこともわかっていますし……。おんなじくらいアリシアさんが楽しんでらっしゃるような気もしているので、悩むところですよね。

 むんむん考え込んでしまいます。お友だちから嫌われないように、かつこれ以上迷惑をおかけしないようにするには──やはりクリスマス休暇中にどうにかするのが1番でしょうか。聞いてくださいますでしょうかね、お父様。……無理な気がとってもするのですが。なんと言っても、相手はお父様ですからね。搦め手を使うよりも直球で、それもお母様からお教えいただいた魔法の言葉を使うべきでしょうか。今まで一度も使ったことがありませんから、効果のほどは全く見当もつかないのですけれど。

 

「だ、だな。パーシーはなにかしたいことあるか?」

「そ、そうだな。ここは雪合戦──と言いたいところだが、彼女はそう運動が得意ではないようだし、スノーマンを作る、とかか?」

「確かにそうだけど、それだけじゃ面白くないんじゃない? この年になってわざわざスノーマンを作るだけってのもさ」

 

 ですがきっと、何事も為せば成る、為さねば成らぬ何事も! ですよね。そうしましたら、今夜中にお母様宛にお手紙を認めましょうか。1人でも味方がいれば安心できますし、お母様以上に適任な方はいらっしゃいませんからね。

 

「そうだけど……。じゃあどうするのよ。どう考えても雪合戦は無理だし、たぶんだけどソリ遊びも無理だと思うわよ? 私にはこの子がソリから転がり落ちるところしか想像できないもの」

「ア、アリシア……その、それは否定できないけど、ちょっとはっきり言い過ぎだよ」

「大丈夫よ、セドリック。この子、今本当になんにも聞こえてないはずだから。予想だけど『もしかして全ての呪文を無言呪文で使えるようにならなくちゃダメですか』とか考えてるはずだから」

「あ、あの一言のせいだったんだ。そんなに気負わなくてもキャシーならその内使えると思うんだけどね? キャシーってば自己評価低いよね」

 

 プニ、と頬をなにかに突かれたような気がしますが、今はお母様にどのようなお手紙を書くかで頭がいっぱいの私はそれすらも気にしません。ええ、多分アンジェリーナさんのちょっとしたイタズラでしょうし。害は全くありませんからね。

 

「それには同意するが、無言呪文は相当に難しいことだからな? そこは誤解しないように」

「パーシーは真面目だな。俺たちのキャシーが魔法のことでできないことなんて少ししかないんだから、きっとその内……そうだな、成人する頃には使いこなせてると俺は思うけど?」

「僕もそう思うが、それを口にするからこうして彼女が固まるんだろう? 友人なら彼女が考え込まないような話題を出した方がいいんじゃないか?」

「あ、それ無理っすよ。こいつなにが原因でこうなるか、はっきり言って予測不能なんで」

「そ、そうなのか。いや、確かにあの掃除の時もそんな瞬間があったが……」

 

 右、左、右右左、と頬が突かれ続けていますが、まあそれもさしたる問題ではありません。……そうですね、やはりお母様へのお手紙には、包み隠さず素直に認めるのが1番でしょう。ええ、お母様は私やドラコが隠し事や嘘をつくことがお嫌いなようですし。人間素直が1番ですしね。

 

「で? どうする」

「どうするってなにが? キャシーの意識をこっちにどうやって向かせるか?」

「アンジェリーナ……そっちじゃない。スノーマンを作るんじゃないなら、なにをするか、だよ」

「あ、そっちか。ごめんごめん、ジョージってばそんな呆れた顔しないでよ」

「呆れもするって。この雪の中でこうやって立ち話するだけってのも意味ないだろ? というか早くなにをするか決めないと、俺たちもだけどキャシーも風邪をひくかも知れないしさ」

「それは大変だね! 早く決めよう!」

「アンジェリーナはブレないよな……」

「そこがアンジェリーナだと僕は思うよ?」

 

 ええ、そうです。素直に、それでいて事細かにお友だちであるアリシアさんの行動と、その前からのスネイプ先生のご機嫌の悪さを認めましょう。きっと、とってもお父様がお二人に迷惑をおかけしていらっしゃるのでしょう。……ちょっとだけ、その理由を知りたくないと思ってしまう私は、ダメな娘──なのでしょうね。



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その44

 ちょこっとだけですが、しょぼんと肩を落としてしまった私の頭を、どなたかがポンポンと軽く叩きます。そして同時に軽くですが肩を揺すられました。ええと、誰かがお呼び、ということですね。

 ふいと横を向きますと、私の右肩には大きな手のひら。そのまま視線を上げれば、私の斜め上にお顔があります。そっくり同じ赤毛にソバカスですが、この目はフレッドくん、ですね。

 

「キャシー? そろそろいいか?」

「え? あ、はい。大丈夫、ですが……えと、フレッドくん、なんでしたでしょうか?」

「あー…うん。そっからか」

 

 フレッドくんは小さく苦笑いして、今度は私の頭をゆるりと撫でます。フレッドくん、頭を撫でるのが上手なのですよ。うちのお父様よりも、ずうっとよいお父さんになりそうです。

 

「あのな、雪遊びでなにをするかで、一応候補が出たんだよ。それでキャシーはどっちがいいか聞きたくてさ」

「雪、遊び……。そうでした。皆さんで遊ぶのでしたね」

「そうそう」

 

 ああ、そうでした。私、また周りの状況を忘れて考え込んでしまっていたのですね。……本当にもう、ダメな子です私は。次からは気をつけなくては、なんて何度目かわからない繰り言を胸の内で呟きながら、私は周囲を見回します。

 

 私のすぐ右隣にはフレッドくんが。左隣には、変わらず私の手を握るアンジェリーナさん。二歩ほど離れたところには、カメラを構えたアリシアさんとキリッとした表情で腕を組むパーシーさん。その後ろに柔らかく微笑むセドリックくんがいて、そのさらに後ろにジョージくんとリーくんが。ちなみにお2人は、お2人だけで雪玉をぶつけ合っています。とっても楽しそうですよ。

 

「キャシー、今のところね! 全員で『雪の妖精』を作って遊ぶか、半分に分かれてスノーマンを作って、どっちが先にできるか競争するかってなってるんだ! キャシーはどっちがいい?」

「『雪の妖精』ですか……」

「うん! あたしはキャシーが雪まみれになってるところかなり見たいから、『雪の妖精』推しね!」

「アンジー少し落ち着きなさい。はあ、流石に『雪の妖精』はないと思うんだけどね。でもアレ、多少冷たいだけで危険はないでしょ? だからキャシーにはいいと思ったのよ。一応全く面白くないってわけじゃないし」

 

 アンジェリーナさんの言葉にアリシアさんは苦笑いしながらおっしゃります。

 雪の妖精はアレです。新雪の積もった地面にですね、仰向けで倒れ込むんです。それもできたら大の字で。そして倒れ込んだ後にですね、両手足を大きく振るんですよ。そうしますと雪の上に妖精のような、天使のような跡が残るのです。残るのですが……はっきり言って男の子には面白い遊びではないと思うのです。もちろん女の子にも、ですが。ええ、これで喜ぶのはとっても小さな、ドラコよりも小さな子だと思います。

 そんな遊びを流石に14歳になるパーシーさんにさせるのも忍びないです。見て見たいか見てみたくないかで言えば、断然見てみたいのですけど。きっととっても雪まみれなパーシーさんが見れることでしょうし。ううん……ですが、「雪の妖精」とスノーマン。どちらもどちらな気がしますね。パーシーさんを基準にしますと。

 むんむん悩んでいますと、今度はカシャカシャと連続してシャッター音がします。ええ、アリシアさんです。フラッシュが少しばかり眩しいですね。

 

 笑った顔、困った顔、寝起きに、たぶん寝顔。私服に制服、パジャマ姿までアリシアさんはシャッターを切ります。四六時中カメラを構えていらっしゃるわけなのですが、やっぱりこれはアリシアさんの意思ではないと思うのです。だってアリシアさん、毎回毎回とっても気にしていらっしゃることがありますから。

 とってもとっても心当たりのある、その気にしていらっしゃること。……やはりお伺いした方がよい、ですよね。

 

「っわ! っぶねーだろ!」

「っ! バ、バカ!! どうして勝手に入ってくるのよ、リー!」

 

 ぽやんと考えていたその時、アリシアさんの初めて聞くような声が届きました。

 初対面のすぐ後にあった、ホグワーツ特急内でフレッドくんやジョージくん、リーくんから庇ってくださった時よりも、ずっとずっとアリシアさんは感情的になっていらっしゃるようです。普段はとっても冷静なお顔が、とっても赤くなっていて、眉も釣りあがっているような気がします。とってもとっても怒っていらっしゃるみたいです。……やっぱり予想通り、なのでしょうか。

 私のすぐ隣に、バランスを崩したらしいリーくんがいます。なんだか息が荒いです。お顔も少し赤らんでらっしゃいます。

 

「っな! 俺じゃねえよ! こ、こいつが俺の背中を押したんだっつーの!」

 

 アリシアさんは、サクッとリーくんを捕まえて折檻をしています。ええと、こめかみに拳をグリグリと押しつけるアレは折檻でよいのでしたよね?

 たぶん力一杯押しつけているでしょうに、アリシアさんは痛みに呻くリーくんをこれまたサクッと無視して、リーくんの指差した方へとお顔を向けます。そこにいらっしゃるのは、私の隣に立つフレッドくんと同じ顔の彼、です。

 

「ジョージ! あなたなに考えてるのよ! 私が、これまでずーっと、ずーーーーっとキャシー以外撮らなかったことに意味があるだろうって、あなたなら気づいてたんでしょ!」

「気づいてたというか、なんとなくは考えてたけどさ。でもそれが正解かはわからないし? それにさ、リーはこう言ってるけど、俺だってワザと背中を押したわけじゃない」

「そ、そうだよアリー。その、彼は雪で滑って、それでリーの背中にぶつかったんだよ。本当に悪気があったわけじゃないんだ」

 

 ジョージくんに食ってかかるアリシアさんを宥めるように、セドリックくんが声をかけます。……皆さんやっぱり気づいていらっしゃったのですね。アリシアさんが私しか写真に写さないことを。多分きっとその理由も思い当たっていらっしゃるのでしょうね。

 そうですよね、普通は気づきますよね。写ってもアンジェリーナさんと私か、先生方と私、くらいでしたものね。これはやはり確定、なのでしょう。うう……アリシアさん、ごめんなさいです。

 心の中でめいっぱい懺悔します──が、それだけではダメですね。困っているお友だちを助けられずして、お友だちだと胸を張って言えません。恥ずかしくないお友だち関係を続けていきたいのですから、どんなに難しくとも達成できるようにしなくては、です!

 

「そうだとしても! そうだとしても困るのは私じゃなくてリーなのよ! ジョージ、あなたこの責任を取れるの!?」

「いや、責任って言われてもさ……その、フィルムを別のにするのじゃダメなのか?」

「ダメなのよ! それでいいならとっくにやってるわよ! このフィルムはね、全て連番で製造番号が振られてて、それ通りに撮って、それ通りに送らなくちゃいけないの!」

 

 半分くらい泣き出しそうにしながら、アリシアさんが叫びます。フレッドくんも、ジョージくんも、リーくんもセドリックくんもパーサーさんも黙りこくってアリシアさんを見ています。誰もなにも言わない──言えないのは、やはり皆さん答えがわかっているから、なのでしょう。これは、その……ええと、本当の本気で確定ということですね。どうしましょうか、本当に。

 ぐるぐると心の中で悩みますが、なにもしないままではいられません。ええ、どう考えても原因は私、なのですから。私しか、アリシアさんの現状を変えることはできない、と言って過言ではないはずです。

 

「……アリー?」

 

 心の中でいっぱい、いっぱいため息をつきながら、私はアリシアさんへと声をかけます。

 こちらを向くアリシアさんは、今日までで一度も見たことないほど憔悴していらして、その瞳は涙に濡れているようにも見えます。え? これってアレですよね、アリシアさんの涙の原因も私、ということですよね? ……どうしてくれるんですか、もう!

 フツフツと憤りが私の心と言わず、身体中に芽生えています。はい私、とってもとっても、とーっても怒っているのです。ですが、そんな感情は隠します。今1番にしなくてはいけないのは、怒ることではありませんからね!

 

 そっとアリシアさんの肩に手をやり、私はできる限り優しげに笑います。ええ、隠そうとしていてもお腹の底から湧き上がるものがありますが、それでも笑うのです。今、この場で1番大事なのは私にとって大切なお友だち、ですから。ええ、お父様ではないのですよ、お父様では。

 

「アリーはなにも気にしないでいいのです。そのフィルムにリーくんが写り込んでしまったのでしたら、今日以降は全て包み隠さず撮っていきましょう? 全て私がなんとかしますから」

「でも……それじゃあみんなが……」

「大丈夫です。私、全てをなかったことにできるだろう魔法の言葉をいくつか知っていますから」

 

 にっこりと私は笑います。とっても華やかに笑えたと思うのですが、なぜだか皆さんいっそう無言になられます。顔色もあまりよくないように思われます。どうしてでしょうかね? やはり寒いところに立ち尽くしている今がいけないのでしょうか? それともお母様のあの笑顔を思い浮かべたのがいけなかったのでしょうかね?

 

 遠くで鳴いている鳥の声が、妙によく聞こえます。周囲で遊んでいらしているはずの方々のお声もあまり聴こえないような気すらします。それは全て私を含めた皆さんが無言でいらっしゃるから、でしょう。

 誰もなにも言わない──というちょっとばかりおかしな空気を壊すように、フレッドくんが頬をかきつつおっしゃいます。

 

「あー…アリー? とりあえずさ、キャシーもこう言ってるし、そろそろリーとジョージを許してやってくれないか?」

「……そう、ね。リーは冤罪だったし、キャシーもわかっていたわけだしね」

「ええ、そうですよ。アリーはなあんにも気にしないでいいのですよ。うふふふふ……私がこの後始末はつけますから」

 

 きっぱりと告げます。ええ、お母様の協力はまだ取りつけられていませんが、きっと平気です。というかですね。お友だちを困らせる方は、例えお父様と言えど私は許しませんよ? ホグワーツで私が楽しく生活を送れているのも、全てお友達がいてくださるから、なのです。もちろん快く送り出してくださったお父様やお母様、ドラコも私にとって大切ですが、それとこれとは違うのですよ!

 さて、私があの魔法の言葉を口にしたら、お父様はどんな反応をなさるのでしょうかね? あら、なんだかとっても、先ほどまでよりもクリスマス休暇が楽しみになってきましたね。うふふん。あ、第1の魔法の言葉がダメでしたら、第2の言葉を──奥の手とお母様にお教えいただいた言葉をお伝えしましょうね。きっととっても、とーっても楽しいことになる気がします。ええ。

 私は思い浮かんだ考えに、つい笑ってしまいます。が、今はそれも後回しです。もっとずっと大事なことがありますから。

 

「それにですね、私お友だちと写っている写真が欲しいです。これからクリスマス休暇が始まりますし、すぐには会えませんからね。写真があれば思い出の記憶にもなりますし、何度でも皆さんのお顔を見ることができるでしょう?」

「あ、それ俺も賛成! 俺もキャシーの……というかみんなでか。みんなで映った写真が欲しい」

「あたしもほしい! ていうか、今日までアリーが撮ったキャシーのパジャマ姿とかもほしいくらいだもん!」

 

 そうですよね。やっぱり皆さんも思い出の証として写真の1枚くらいほしいですよね。アンジェリーナさんのお言葉の後半はともかくとしてですね、思い出を風化させないためには皆さんと写真に映るのはよいこと、ですよね。

 再びにこりと笑いながら、私はアリシアさんの手からカメラをそっと借ります。ええ、まずはアリシアさんとアンジェリーナさんのお2人を写すのですよ。

 

「アリーもアンジーも、2人とも笑ってくださいな」

 

 カメラを構えて言います。が、ええとひとつ言ってよいですか? このカメラ、ものすごく重たい、のですが。……いくら性能がいいのだとしてもですね、私と同世代の女の子が持つには本当に重すぎると思うのですが……。お父様は何を考えていらっしゃるのですか、本当にもう。

 

 それからアリシアさん、アンジェリーナさんにフレッドくんジョージくん。リーくんにセドリックくんとパーシーさん。それぞれの写真を私は撮りまして、最後に近くを歩いていましたスネイプ先生に頼んで皆さんと一緒の写真を撮っていただきました。

 私からカメラを受け取るスネイプ先生は、とっても、とってもおかしな顔をしていらっしゃいましたね。それで先生が全てをご存知だったのだとも気づきました。……ウチのお父様が、大変ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。と、平謝りしたい気分でいっぱいになりましたが、できませんでした。ええ、スネイプ先生は一枚写真を撮ったその足で、さっさとその場を離れてしまわれたのです。

 でも一応ですね「父には私から伝えますから、手を出さないでくださいね」とだけは言えましたからね。きっと大丈夫でしょう。スネイプ先生からお父様へと情報が流れることは防げたと思います。

 ええ、そうですよ。お友だちに苦労をかけたお父様へは、私がきつうーいお灸をすえるのですからね。誰にも、例えスネイプ先生だとしても、その役目は譲ってあげないのですよ。



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その45

 あの雪の日から1週間経ちまして、今日はクリスマス休暇が始まる日。クリスマス・イヴです。今週は普段以上に忙しなく過ごしていた所為か、飛ぶように時間が経ちましたね。師走という言葉の意味を実感いたしました。

 

 私がとても忙しくしていた理由。それはとある計画をしたことが主な理由です。もちろんお勉強もしっかりしていましたが、計画も大事ですからね、寸暇を惜しんで勤しんだのですよ。

 お父様には内緒でお母様と何度となくお手紙を交わしまして、極秘に進めました。お母様というとっても強力な協力者を得られましたからね。負けるわけなんてないのですよ。うふふん。緻密にして綿密な計画──とは言えませんが、お父様に負けないで私の意見を通せるだろう言葉のピックアップはお母様監修の元終わりましたからね。途中で少しだけびっくりするようなことも知りましたが、多分それは瑣末なことのはずです。ええ、多分。……スネイプ先生には、研究費として幾ばくか差し上げねばならないと深く痛感しましたが、その多分きっと大丈夫なはずなのです。

 深く考えると、よりお父様と膝突き合わせてお話ししなければならないとは思うのですが、そこはそれです。今、1番大事なのはアリシアさんのことについて、ですからね。ちょこっとだけ後回しにすることにします。ごめんなさい、スネイプ先生。

 

 なんて考えている私は今、ホグワーツ特急に揺られています。ええ、もうしばらく乗っていれば、9と4分の3番線に辿り着くのです。ちなみにお父様も、お母様もドラコもお迎えに来てくださるそうです。嬉しい限りですね。前哨戦ですよ、お父様!

 

「あー…キャシーすっごい楽しそうだけど、どうかしたのか?」

 

 どこか呆れを滲ませた雰囲気で、フレッドくんが問いかけていらっしゃいます。

 いけませんね。考えていることが顔に出てしまっていたら、お父様に勝てません。気を引き締めなくてはなのです。ペチペチと頬をはたきながら、私はフレッドくんに向き直ります。

 

「ええと、その……大したことではないのですよ? ただちょっとお母様やドラコにお会いできるのがとっても楽しみなだけですから」

「家族に会えるのは嬉しいよね! キャシーはさ、お父さんとお母さんに会ったら、まず1番最初になにするつもり?」

「そうですね……。参考までにアンジーとフレッドくん、アリーはなにかなさるご予定か伺ってもよいですか?」

 

 言葉を濁すかわりに、私はそう問いかけます。質問に質問で返すのはいけないことですが、正直に言ってしまってもいいのかわかりませんからね。ある意味予防策なのです。

 なんと言ってもこのコンパートメントの中には、アリシアさんもいらっしゃいますからね。心の傷になっていらっしゃるだろうお父様の話題はできるなら避けたいのです。

 ええ、だって言えませんもの。駅のホームで再会の挨拶が済んだらすぐに、お父様ににっこり笑ってフィルムを差し出すつもりなのですよ、なんて。もちろんアリシアさんやアンジェリーナさんと別れた後できちんと実行に移しますけれどね。

 

「ううーん。普通にただいまと会いたかったー! って言ってハグ、かなあ?」

「まあ、アンジーも家族ととっても仲が良いのですね」

「普通だよ、普通。でも久しぶりだし……ね」

 

 照れていらっしゃるのか、ほんのり頬を赤らめるアンジェリーナさんは大変可愛らしいです。はい。ちょっと胸がキュンとしてしまいます。

 アンジェリーナさんの言葉にふんわり癒されておりますと、後を継ぐようにフレッドくんが口を開きます。どのようなことをなさるのですかね? 少しだけ予想はつきますが。

 

「俺は多分、弟をからかって、母さんが俺とジョージを見分けられていないフリをスル──くらいか?」

「なによそれ。家族にもイタズラしてるの、あなた? いい加減にしないと弟に嫌われるわよ?」

「いいんだよ、それが俺たち家族のコミニュケーションなんだから。ていうかさ、そういうアリーはなにをするつもりなんだよ」

「そうね、別に普通に再会の挨拶をするくらいかしらね。私はアンジーほど家族が大好き、とは言い切れないし」

「え? アリーはご家族と仲が良くないのですか?」

「あー…そんなことないのよ? ただ、そのなんていうの? 意見の食い違いがあるだけってこと」

 

 ヒラヒラと手を振り、苦笑いするアリシアさん。ええと、その……アリシアさんがご家族と食い違う意見というのは、その……私のことではないですか? とは面と向かっては聞けません。ええ、聞いてそうだと言われてしまったら、多分とっても立ち直れないですから。

 

「そんな顔しなくてもいいのよ、キャシーのことが直接関係してるわけじゃないんだから」

「で、でも……」

「本当に違うのよ。だって私、手紙にきちんとあなたと友人になったのだと書いてるし、あなたがマルフォイなのだとしてもグリフィンドールなのだからなにも心配いらないってしっかり書いてるわ」

「ですが……」

「もちろん全てを信用しているわけじゃないでしょうけど、両親もキャシーと私が友人だってことは納得してくれているのよ?」

「……でも意見は食い違っていらっしゃるのですよね?」

「そうね、食い違ってるわ。でも本当にあなたじゃないのよ」

 

 諭すようにそうおっしゃるアリシアさんを、私はただ見つめてしまいます。疑いたいわけではないのですよ? ですが素直に信じられるほど、我が家の評判はよろしくないですから。

 そうして見つめていると、アリシアさんは困ったように笑います。ああ、困らせているのは私ですよね。どうしましょう……。

 

「……あなたのお父様のことよ」

「え? お、お父様……ですか?」

 

 囁くようにアリシアさんはおっしゃいました。私のお父様、ですか?

 

「そう。私が知ってるあなたのお父様と、父や母の知る『ルシウス・マルフォイ』があまりにもかけ離れているから、父も母も信じてくれなくて」

 

 私の思っていることが透けたのでしょうか、肩をすくめてアリシアさんは軽くおっしゃいました。

 ええと、アリシアさんはお父様とお母様とのお手紙で私のことだけでなくウチのお父様のことも話題として出している──という解釈でよいのでしょうか。え? なんでしょう……なんだかっとっても肩身が狭い気がするのですが。

 というかですね。どうしてアンジェリーナさんも、フレッドくんもこちらを生温かい目で見ているのですか? と聞きたいですがわかっているのです。ええ、わかっているのですよ。なんと言ってもアリシアさんがスネイプ先生のお部屋で聞いたというお手紙(吠えメール)の内容を皆さん一緒に伺いましたからね。わからないわけもないのです。

 私だって初めは信じられませんでした。だってお父様はいつだってとっても難しい顔をしていらっしゃいましたし……。ハグどころか、頭を撫でていただいた経験も片手で数えられるほどしかありません。まあ、これはお母様も同じなのですけれど。

 たぶんですが、私とお父様の距離感は親子というには遠いものだったように思うのです。もちろん家族愛を感じなかったなんて言いません。言いませんが、アリシアさんがおっしゃったようなおおっぴらな愛の言葉など、私は伺ったことはありませんでした。ですから、にわかには信じ難いのです。が、このようなことでアリシアさんが嘘をつかれる意味もないですし、本当に本当のことなのでしょう。

 

 闇の陣営の旗印的立ち位置の我が家、マルフォイ家。現在その筆頭であるお父様の対外的な印象といえば、狡猾であるとか、例のあの人に心酔しているだとかだと思います。それが……娘への愛を叫ぶ男だった──なんて聞いても、お父様を知らない方ではお父様とは結びつかないでしょう。知っているはずの私ですら無理なのですから。

 

「まあ、単純にこれは私と家の家族との意見の相違だからキャシーは気にしなくていいの。別に喧嘩してるわけじゃないし……だからそんな顔しないで」

「え、えと……」

「どうしょうってすぐわかる顔。なんかキャシー、迷子になった子どもみたいな顔してる」

「ま、迷子……」

「んー…でもしょうがないよね。ずうっと信じてたことが違うんだ、なんてそんな簡単に信じられないよね。実際に見てみないとさ」

 

 アンジェリーナさんも苦笑いしながらおっしゃいます通り、確かに一度その目にしなければ信じることは難しいでしょう。私だってアリシアさん以外の方がおっしゃったのならすぐには信じなかったかもしれませんし。ええ、私もですね。流石に誰でも信用するわけではないのです。──私を信用してくださらない方のことを無条件で信頼できるほど、世間知らずではないですし、無知でもないのですから。

 つらつらと考えれば考えるほど深みにハマりそうですが、違いますね。今考えるべきは1つ。周囲の方が信じる、信じないではなく、如何にしてお父様から望む言葉を引き出すことができるか、です。

 果てしなく壮大なおねだりをする予定ですからね。今ここでそれ以外のことを拘っているわけにはいかないのです。そう、どんなに気になっているのだとしても、最大の目標以外は今は気にしてはいけないのです!

 

「あー…なんか納得できた感じ、か?」

「多分ね。拳握ってるし、目にも力がこもってるし……キャシーは可愛いわね、本当に」

「キャシーはいつでも可愛いよ!」

「それは当たり前よ」

「アリーもアンジーのこと、言えないんじゃないか?」

「あら、あらあら。フレッドには負けるわよ?」

「そうでもないんじゃないか? ……まあ、1番キャシーバカなのは、多分あの人──だろ?」

「……そう、ね。それは間違いないでしょうね」

 

 うふふん! お父様がどれほどお慌てになるか、今から楽しみで仕方ありませんね! ああ、早く駅に着きませんでしょうか!

 

 初めてお父様に逆らう──はずですのに、私はとってもそのことが楽しみで、とっても親不孝な娘ですね。なんて少しだけ思ってしまいますがいいのです。だって今は、本当にお父様よりもお友達であるアリシアさんの方が──いえ、お父様からこれから得られるであろう交換条件の方がずっと大事、なのです。

ごめんなさい、お父様。



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その46

「お父様、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

 

 さわさわと賑やかな声に溢れるキングクロス駅構内。そのさざめきの1つとしてこの場にいる私は、そうお父様にお声をかけました。

 今はですね、ホグワーツ特急を降りて、皆さんとお別れの挨拶をした後も後です。つい先ほどお父様、お母様、ドラコへと帰宅の挨拶も終えまして、さて自宅に向かうか──というところだったのです。が、私の計画的にはこのまま真っすぐに帰宅するわけにはいかないのです。ええ、お母様と手紙で打ち合わせを重ねた計画を実行するためには、この場での話し合いが必要なのですよ!

 

 この場所、とはもちろんキングスクロス駅の9と4分の3番線。ここは魔法界とマグル界との境といっていい場所。私の壮大な計画は、マグル界に近い場所(・・・・・・・・・)であることが、とってもとっても重要なポイントなのです。ここにお父様を足止めすることが、まずは前哨戦です。うふふん。マグル界に──なんて、お父様はきっと良い顔をしないでしょうけれども、そこはそれ。この計画が遂行できれば、お父様も折れるしかないはずなのです。

 

 私の声かけに怪訝そうなお顔をしながらも、お父様は振り返ってくださりました。

 暖かそうなカシミアのマフラーを巻いたお父様の首元は、私の視線よりもずいぶん高い位置でして、半ば仰ぎ見るように私はお父様のお顔を見上げて『にっこり』笑います。はい、お母様直伝の笑みです。お友だちにですとか、通常時にお父様、お母様、ドラコへ向けるものよりも三割増し。

 ちなみにお母様曰く口元はにっこりで、目は笑ってはいけないのだそうです。ちょっと難しいのですけれど、私鏡の前でたくさん練習したのです。ですのできっと素敵にお母様のように笑えているはずです。

 

 そんな私の顔を見てですね、お父様の眉がピクリと動きました。それ以外に表情は変わっておりませんが、その目はなんだか忙しなく動いていらっしゃるように感じますね。いい傾向ですね、これは。

 うふふん。お父様、覚悟してくださいね?

 

「私、どうしても今お父様にお伺いしたいことがあるのです。ですので、しばしお時間をいただいてよろしいでしょうか?」

 

 こてりと首を傾げて問います。もちろん絶賛『お母様直伝』の笑顔を振りまき中です。きっと傍目には仲のよい親子の歓談のように見えていることでしょう。ええ、きっと。私たちがマルフォイ家のものでなければ、でしょうけれども。ですがそれは瑣末なことですね。今は追求の一途ですよ。

 

「…………なんだ」

 

 お父様は一拍の間の後、そう仰りました。足止め成功、ですね。ですので計画は第2弾へと移行します。

 更に笑みを深めながら、私はお父様の傍についと視線を向けます。そこには今の私と同じように──いえ、それ以上に目の笑っていない、とってもお怒りの際の笑顔を浮かべたお母様がいらっしゃいます。

 ほんのちょっぴり肩が震えそうになりましたが、それを我慢して、私は前もってしておりましたお願い通りに目配せとともにお母様をお呼びします。ええ、これも重要なこと、ですからね。そうです、お母様から滲むお怒りの感情は私に、ではないはずですからね。ええ、たぶん。

 

「ではお母様」

「ええ、わかっているわ。さあドラコ、少しお母様とあちらにいましょうね」

「は、母上? その、姉上と父上は──」

「あらあら、大丈夫よ。カサンドラが少しだけお父様とお話しする間だけのことよ? なんの問題もないのだから、ドラコはあちらでお母様と一緒にお話していましょうね」

 

 そんなお母様の柔らかい声と同時に、どこか慌てたようなドラコの声が届きます。が、今はそれを気にして入られません。ええ、ドラコの情操教育的によくありませんからね。私が今からすることは、よく言えば反抗期で収まりますが、どちらかと言えばその……脅迫のような気がしないでもないのですから。いえ、脅迫ではないですよね、多分。その、きっと正当な主張、と言っていいはず、です。ええ、多分きっと。

 

 などと自分を納得させながら、私はそっとワンピースの隠しポケットから1つの品を取り出します。私の小さな手のひらにすっかり隠れてしまうくらいに小さなアレ(・・)です。

 

「お父様、こちらに見覚えございますよね?」

 

 そう問いかけながら私はそっと手のひらを開き、小さなそれをお父様の眼前に晒します。お父様の目が、いっそう忙しなく動いております。目が回ってしまうのではないかと少しだけ心配になってしまうくらいに、私のお顔を手のひらのそれと、そしてお母様とドラコの後ろ姿へと。どうやらお父様は順調に動揺してくださっているようですね。

 

「…………それがなんだと──」

「まあいやですわ、お父様。私が先に質問しているのですよ? いつもお父様はおっしゃっていらっしゃるでしょう? 『質問に質問を重ねるのはいけない』と。ですのでお父様からこちらについてお答えいただけませんか? そうしましたら、私もきちんとお父様のご質問にお答えいたします」

「フィルム、だろう。だからそれがなんだと──」

 

 相変わらずお父様の目は忙しなく動いておりますが、その表情は僅かにぴくりと眉が動く程度の変化くらいでしょうか? あ、でもこめかみが細かく痙攣していらっしゃるような気がします。全くの普段通りかと言えば違いますね。私の知るお父様はそれはもう、私の前では1ミリ足りとも表情を崩したりなさいませんから。これらの変化だけで充分普段とは違います。尤も声だけは普段通りに落ち着いたもの、になっていらっしゃいますけれど。……これがいつまで持つのでしょうかね?

 

 私は手のひらに乗せたままでしたフィルムを指先で摘み上げ、お父様によく見えるように差し出します。もちろん善意ですよ? ちなみに理由はフィルムのメーカー名ですとか、そのシリーズの名前ですとか、その通し番号ですとかがよく見えるように、です。ちなみに通し番号はブルーグレイのインクにての手書きです。私もとっても見慣れた手跡()で書き出された数字。飾り文字に似た独特な手跡のこれを知らないとは言わせませんよ、お父様。

 

「もちろん見覚えがございます──よね、お父様?」

 

 ぴきりと音を立てて固まる──といった風な変化はございませんでしたが、お父様は差し出したそれをじっくりと見つめながら渋面で立ち尽くしていらっしゃいます。

 というかですね、認めるしかないと思うのです。だってアリシアさんに渡していらっしゃったフィルムは、お父様がよくお使いになっていたメーカーのものですし、そこに書かれた通し番号はお父様のものだとしか思えない手跡。娘である私がそれらのことに気づかないわけなどないのですよ? 何度お父様がカメラにフィルムをセットする姿を見たとお思いですか? 一年分以上のこのメーカーのフィルムが常時お父様のお部屋にあったことも知っているのですよ? それにですね、何度私がお父様が字を書くところを見たのだと思うのです? 私に美麗な文字の書き方を教えてくださったのはお母様ですが、基本の文字の書き方はお父様が教えてくださったのですよ?

 

 ごくごく短い時間ではありますが、普段のお父様からすれば長い時間になるのでしょうか。人混みで立ち尽くしたお父様は、1度目を閉じまして長いため息を吐きました。それはもう、とっても長くて深いため息でした。なんでしょう。諦めのため息、というものでしょうか?

 

「カサンドラ……これを私に見せ、なにがしたいと言うのだ」

「では、これはお父様が用意したものである、とお認めになったと言うことですね?」

「……そう、だ。私が用意した」

「私のお友達である、アリシア・スピネットさんに送り、そして私の写真を撮れと命じたこともお認めになられますよね?」

「…………み、認め……る」

 

 それはそれは悔しげに、お父様はそうおっしゃいます。とってもとっても眉間にしわを寄せていますし、とってもとっても苦々しいお声を出されています。これを直接お聞きしましてもですね、やっぱり私信じられないのですが。

 お母様曰く、お父様は私を溺愛しているがために私の写真を欲し、それでアリシアさんに命じたのだ──なんて、なんだか簡単に信じることができないのですよ。だからでしょうか、私はつい、浮かんだまま呟いてしまいます。

 

「お父様は、ホグワーツでの私の姿を知りたいと思うほど、私のことを愛してくださっていたのですね。私……ずっと気づきませんでした……」

 

 私と言う存在は、お父様からきっと愛されているはずだとは思っていました。けれどそれは愛して欲しいと私自身が思っていたから。ある意味私の願望です。マルフォイ家に相応しくない娘の私ですが、愛されていないとは例え心の中でも思いたくなかったのです。跡継ぎではなくとも、せめて娘として望まれているのだと思っていたかったから、でしょうね。

 ですから私は、お父様がアリシアさんになさったことを表面上怒ってはいても、心のどこかで喜んでもいたのでしょう。だってこのフィルムは証なのですから。

 私がお父様に愛されているのだと思っていいという証。マルフォイ家に相応しくなくとも、娘として私は愛されているのだと、自信を持っていいのだという証。この考えは、きっと間違いではないのですよね? そんな気持ちを込めて、私はお父様を見上げます。

 

 ウロウロと彷徨うような視線は、相変わらず私とフィルムとお母様とドラコとの間を行き来していますが、渋面ではなくなっているように思えます。ええ、どちらかというと、その……お父様が困っていらっしゃるように見えるのですが。

 ええと、お父様が困っている? え? そのような姿は、こうして面と向かって初めて見るものなのですが。確か私が泣いた際は困惑していたような、迷惑していたような雰囲気は感じたことがあります。ですが、今のようにオロオロといった擬音が似合いそうな困ったお顔は見たことがなかったですよ? え? お父様って、本当に私のことを愛してくださっていたのですか? お写真も監視名目ではなく、その本当に愛故、だったのですか?

 

 そんな言葉が私の中を巡り、思わず計画を忘れてしまいそうになってしまいます。が、そんな私の心にお母様のお言葉が蘇ります。

 

『お父様はカサンドラをとても愛しているのよ? だからカサンドラからのお願いであれば、きっとなんとしても叶えてくださるはずよ』

 

 手紙に認められておりました、そのお言葉。半信半疑──いえ、半分以上疑っておりましたその言葉が、真実であると思えたのです。ですからきっと、私の計画は叶う。そう強く感じました。

 そうです。相思相愛な親子であるのならば、きっと私のお願いは簡単にではないですが叶えていただけるはず、です。そうですよ、ただちょっと、別宅が──私個人のお家(但しマグル界に)が欲しいという、お願いくらい、私を愛してくださっているお父様でしたらきっと快く叶えてくださいますよね?

 

 そう浮かんで、私はつい笑っておりました。それはきっと、私はお母様直伝ではない、普段通りに目もすっかり笑んでいるとわかるような満面のもの。望んだ通りになるだろう、そんな目処がついたからといって、つい本心から笑ってしまう私は、本当にマルフォイ家の娘らしくないのかもしれませんね。でも、そんな私ですが、マルフォイ家らしいお父様のことは、きちんと愛しておりますから! 私たちはきっと相思相愛なのですから、私のお願いを叶えてくださいね、お父様!



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その47

 もう! もう! 本当にどうしてダンブルドア校長はこんなにもサプライズがお好きなのですか!

 私は憤りの全てを叩き込むようにキツくペンを握りしめ、思いの丈を便箋に綴ります。もちろん書くのは、ダンブルドア校長へ送るお手紙ですよ。内容的には私がお父様にお願いいたしまして、マグル界に別宅を手に入れましたよ──と認めて送ったお手紙のお返事の返事です。

 

 あのクリスマス休暇初日──というか帰宅途中の駅構内で、私は志貫徹いたしました。ええそうです。私は私のお願いをお父様に叶えていただいたのです。

 もちろん快諾していただいた──どちらかというと快諾させた(・・・)と言った方が正しいような気がしますが、それは瑣末なことですね。──なお家はですね、資金は何故かとっても増えていた私の貯金から購入いたしました。ええ、どうしてか、グリンゴッツの金庫の中で桁が3桁ほど増えていた私の貯金。始まりは私のおこづかいだけを貯めていたはずの貯金ですよ? ある意味貯金箱と同じようなもので、あそこまでの額になるほど、流石のマルフォイ家でもおこづかいでもらえるわけなどありません。

 家、それも多分豪邸と言えるようなお家が少なくとも2軒は買える。いえ、もしかしたら新築できるかもしれない額になったのがなぜか。それはお母様からの手紙で知りましたが、本当にどうしてそんなことをなさるのですかね、お父様は。いえ、スネイプ先生がお作りになったお薬は、とってもとっても素晴らしいものでしたし、それほどの価値があるだろうことも事実です。ですからとっても高額に取引されるだろうことも予測はできますよ? ですが、どうしてその売り上げが私の金庫に納められているのですか! こちらもお父様にしっかり抗議するべきだったのですが、私丸め込まれました。

 権利自体は、あの金庫内の額に満たないけれどそれなりの──多分1年は研究費に困らない程度の──額を渡している。だから問題ないのだ。なんてお父様はおっしゃいました。ヤブを突いて、別の問題が出てしまうのは困りますので、一応私もそれで納得しました。ええ、金庫内にある額は全て私の自由にしてよいと言質と共に書面でも残していただきましたからね。私からスネイプ先生に研究費にと幾ばくかお渡しすればよいでしょう。受け取ってもらえる気はとんとしませんが。ですが頑張って受け取っていただきましょう。ええ、お父様のというよりも、マルフォイ家全体からの迷惑料ですからね。ええ、主に吠えメールでの騒音被害の……。

 

 ええとですね。とにかくですね、そんなわけで私はさっくり別宅を手に入れたのです。はい、前もってお母様にお願いしておりましたので、別宅となるお家の確保ですとか、必要書類(お父様のサイン待ち)ですとかの準備はできていましたからね。とってもスピーディに進みましたね。とっても増えていた貯金の一部を使いまして、お家も元々手付けを払った状態にできていましたし。

 というわけでお父様のサインを頂いて、すぐに残金をお支払いして私のものにできました。といっても実際の名義はお父様なのですけれどね。

 

 そんな経緯で私のものとなったお家はですね、マグル界のとある閑静な住宅街の中の1つです。

 建て売りというか、分譲住宅と言えばいいのか。とにかくその住宅街の中で統一されたデザインの外観をしたお家ですね。でもですね、建て売りと侮ってはいけません。茶系の煉瓦仕立ての外壁も、それに映える焦げ茶の玄関ドアや窓枠などもとっても素敵なのですよ? ちなみに間取りはマルフォイ家よりも随分と小さくはありますが、家族4人で暮らす分には過不足ないお家です。より正確に言いますと、4LDKプラス階段下に納戸が1つ。ちなみに暖炉もあります。しっかりお父様から暖炉ネットワークに繋げられてしまいまして、自宅と直結になってしまっていますが、今の所──そうですね、私がホグワーツを卒業するまではお父様がこのお家にくることは禁止できていますからなんの問題もないでしょう。ええ、お父様がマグル界にきてしまったら、多分絶対何某かの問題を起こすでしょうからね。禁止するのが正解なのですよ。ええ、過干渉を避けたい、というわけではないのですよ?

 

 私はですね、そんなお家を手に入れた経緯ですとか、理由ですとかをダンブルドア校長へのお手紙に認めてお送りしたのです。お家を手に入れたその日のうちに。ええ、こういったご報告は早い方がよいですからね、引越しする日ですとか詳しい住所ですとかをお伝えしたのですよ。そうしたらですね、なんとその翌日夜である今夜にダンブルドア校長より返信が届いたのです。……驚きました。私、とってもとっても驚いたのですよ、ダンブルドア校長……。

 

 だってですね、引越ししたその日の夜ですよ? もちろんお引越し自体はですね、我が家の屋敷しもべ妖精であるドビーの姿現しでサクッと家具ですとかの移動も終わっておりましたし、小物の整理ですとかもドビーもですが私も頑張って終えることができていました。ちなみにお母様はこの家に置く家具の選別。お父様はその家具の代金を持つ。ドラコは私への応援で引越しに参加しています。はい、ドラコ以外は自宅で、ですが。全ての片付けが終わりまして、ドビーがドラコを送りました後、少し遅めの夕食を食べようか──としていたその時にですね、ダンブルドア校長からのお手紙を持ったとある方がいらっしゃったのですよ……。

 ダンブルドア校長、引越し祝いなのだとしてもサプライズにも程がありますよ?

 

「カサンドラ、まだ手紙を書いているのか?」

「…………ええ、そうですね。まだ(・・)書いておりますよ?」

「……ど、どうしてそんなに怒っているんだ? その、俺がなにかしたか?」

「うふふふふ……なにもしていないと言い切れる、とおっしゃりたいのですか?」

 

 私がお母様から教わった笑み──お父様に向けたものよりも多分ずっと冷たいものでしょうね──を声をかけていらっしゃったその方に向けます。冷たい笑みも向けますよね? 女性の私室にノックもなしにお入りになっていらっしゃるのですし、その前が悪すぎますしね。

 

 私の部屋のドアのすぐそばに立つその方も、ご自分が悪い自覚がおありなようですね。とっても顔色を悪くしていらっしゃいます。が、私は悪くありませんからね? 全てはあなたが──シリウス叔父様が悪いのですからね! ……いえ、元はと言えばダンブルドア校長が悪いのですかね?

 いえ、でもシリウス叔父様も悪いですよね? 私が購入した私のお家に、ダンブルドア校長のお手紙を持って暖炉ネットワーク──なぜかホグワーツと繋がっていました──から現れて、ドビー作のお夕食を灰まみれにしたこと。そしてなぜか! そうなぜかこのお家にお住まいになると決まっていたこと。そしてなにより勝手に外に出ようとなさったこと──私が怒っても仕方ありませんよね?

 暖炉から現れるその時に灰が舞ってしまうものでしょう。そこは仕方のないこととして認めてもよいですが、成人した魔法使いなのですから、暖炉ネットワークをご使用になるのではなく、姿現しにすればよかったのではないですか? ……いえ、姿現しはアレでしたね。場所を正確に浮かべられなければバラけてしまうのでしたね。……仕方ありませんね、やっぱり暖炉をお使いになったのは良しとしましょう。付随して食事をダメにしてしまったことも、遺憾ですが許しましょう。食べ物の恨みは恐ろしいですが、今回は許してあげるのです。ええ、私の心はネス湖より少し狭いくらいですからね。

 

 ですがここにお住まいになるだとか、我先に外に出ようとなさるのは許されることではないと思うのです。ええ、例えダンブルドア校長がお許しになっていたのだとしても、です。

 

 そうなのです。シリウス叔父様が持っていらしたダンブルドア校長からのお手紙に認められていたこと。それはなんとこの度私がこの家を手に入れたということで、計画を前倒しにすることに決めた、ということ。以前少しだけお話ししておりました、シリウス叔父様とかの方──某ウィズーリー家のペットのネズミさん──が関わる、『過去のポッター家事件』についての計画。ダンブルドア校長は犯人であるかの方を捕まえる事にしたそうなのです。というかもう実行済みであるとの報告でしたが。

 

 正直ですね、意味がわかりませんでした。

 もちろん捕まえて欲しかったことは確かです。そしてシリウス叔父様についても、冤罪を晴らせるものならば、晴らして差し上げたかったですよ? ですがそんなに上手くいくはずはないと思っていたのです。ええ、ちょっとだけ思い出せるあのシーンで、ネズミからサクッと人間に戻っていらっしゃいましたし、簡単にはいかないだろうと思っていたのです。

 が、そんな私の予想とは裏腹にダンブルドア校長は、その……私の手紙を読んだその足でアーサー・ウィズーリーさん──フレッドくんとジョージくんのお父様ですね──と秘密裏にお話をしまして、サクッと、それはもうサクッとパーシーさんのペットであるかの方を捕まえたそうです。

 なんでもネズミにだけ罹る伝染病の予防接種を受けさせるから──と言って、パーシーさんから引き離し、ペットケージに入れたそうです。あ、もちろんその辺にあるケージではなく、魔法をかけたもので、その中では変身術は使えなくなるそうです。その上で忘却術をおかけになったということなので、つまり彼は自分の意思で人になることがもうできなくなったということ。ちなみにもう伝染病に罹患していたので、助からなかったと仰って、新しいペットであるネズミさんと、梟さんをセットでプレゼントなさったそうです。……ダンブルドア校長はウィズーリー家のお子様達にとって、とってもサンタクロースになったのですね。

 元々人であった方をネズミのままでいさせる。それが正しいことなのかは私にはわかりませんが、これでもしかしたらセドリックくんの死亡フラグが折れたかもしれませんよね? かの方が『下僕の肉』を投じなくなるのですし……。いえ、どう未来が変わるかまだわかりませんが、そうなるといいと願っておきましょう。最悪を予想するよりも最高を今くらいは考えておきたいですし──などと考えておりましたら、シリウス叔父様は私の部屋の中にしっかりお入りになり、その上で私のベッドに腰掛けて、私のお気に入りのクッションを抱きかかえながら寛いでいらっしゃいます。え? これは私、怒っていいのですよね?

 

「ダンブルドアの言った通りだな。カサンドラはよく考え事にふけって話が止まる、というのは」

「……そうですか、そんなこともお伺いになっていらっしゃるのですか」

「ああ。マルフォイなのにマルフォイらしくなく、闇陣営に染まることなど絶対にないだろう娘。俺に似たところもある──と言っていたか? まあ似ているよな。俺はブラック家から出たグリフィンドールでカサンドラはマルフォイ家から出たグリフィンドールなんだから」

「それは──とっても心外ですね」

 

 なんだかとってもイラっときたので、そう言い切ってまた笑みを浮かべます。ええ、怒っているのですよ、私は。

 

「ちょ、ちょっと待て。その……なんだ、なんでそんなに怒っているのか全くわからないんだが」

「まあ! 叔父様ったらおかしなことを仰いますね?」

 

 こてりと首を傾げつつ、私は指折り叔父様がなさったことを言い重ねていきます。ええ、ネス湖より少し狭いくらいの心ですが許しているだけであって、起きたことを忘れるわけではないのですよ?

 

「お夕食をダメにされたこと。この家で1人──いえ、ドビーと同居する予定でしたのに、そこに割り込むのだとおっしゃっていたこと。そして夕食時も過ぎた時刻であるというのに、はた迷惑にも隣家に突撃しようとなさったこと。ああ、その時は杖を掲げていらっしゃいましたよね?」

「あ、アレはその……」

「まあ、言い訳がおありなのですか?」

 

 百歩譲って隣家の方が知り合い、それもとても親しい間柄でしたら夕食後の時間にお尋ねしてもいいでしょう。ですが私は本日この家に越してきたばかりです。まだお隣にご挨拶には伺っていません。そしてですね、成人済みの魔法使いであろうと、マグルに杖を掲げて魔法をかけてはダメ、でしょう? シリウス叔父様は好戦的過ぎやしませんか?

 いくら隣家にお住まいの一家が、ハリーを虐げているダーズリーさん一家なのだとしても、ダメなのもはダメ、なのですよ!



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その48

「反省なさいましたか? シリウス叔父様?」

「は、反省はした……したから、その、そろそろ椅子に……」

「なんですか? なにか仰いましたか、叔父様」

 

 私は自分の顔よりも少し下にあるシリウス叔父様の顔をしっかりと見据えながら、にこりと笑います。ええ、とってもとっても反省の色が見えませんからね、シリウス叔父様は。

 

 ただいまですね、切々と私が如何に叔父様が拙いことをなさろうとしていたのかをマグル界の常識と、そして魔法界の常識と合わせてご説明しておりました。ええ、叔父様はかれこれ9年ほど世俗から離れた暮らしをなさっていらっしゃいましたしね。若輩者ですが、私がお教えすることに勝手に決めたのです。ええ、それがきっとダンブルドア校長の望みでしょうと判断してですよ。今は異論は認めませんよ?

 

「夜に向かうのはダメですと、確かに私は言いましたが──だからと言って、早朝が許されるわけではないのですよ? 叔父様?」

 

 そうなのです。ただいまこのお家に越してきて、一晩経った朝の6時です。親しくない方のお宅を訪問するのに、夜はダメですが、朝もダメでしょう? ましてや日も明けきらない早朝。嫌がらせ以外の何物でもないと思うのですが。普通の真っ当な神経を持った方ならなさらない所業だと私は思います。ちなみにお父様は低血圧なはずはないでしょうに、朝が弱めです。お母様曰く動きが緩慢としていて可愛いのだそうですよ。惚気ですね、お母様。

 マグル界だけでなく、多分魔法界でも当たり前だろうことにすら、シリウス叔父様は思い当たらなかったようです。……そんなにハリーが心配なのですかね。いえ、わかっていましたけどね。シリウス叔父様がハリー父であるジェイムズさんラブで、ハリーラブだということは。……なんだか語弊のある語感になりましたが、間違いではないでしょうし、よいですよね。

 

 内心でため息をつきながら見つめる叔父様。多分ですがとっても足が痺れていらっしゃるのでしょうね。何度か足を崩そうとなさっていますが、それができずにうごうごしています。ええ、物理的に拘束はしていませんが今の叔父様は動くことができないのです。それに正座なんてイギリスの方はしないでしょうし、慣れない方は足が痺れて当たり前ですよね。ですからこうして罰になるのですが。

 そんな叔父様を見つめつつ私はドビーの入れてくれたモーニングティを飲みます。ええ、モーニングティ(・・・・・・・)です。というかただいまの私は、本来なら人様の前に出るべきではないパジャマ姿ですがなにか?

 

「いや、本当に反省した! したからその、オレも椅子に座らせてくれないか?」

「反省したのでしたら、周囲の状況がお見えになっていますよね? なにかないのですか?」

「周囲?」

「ええ、シリウス叔父様の周囲の状況です」

 

 私の言葉に叔父様はきょろりと辺りを見回しますが、なにかに気づくことはないようです。ええ、私がパジャマであることは範疇外のようです。私はただいま12歳の女子です。淑女が人前でパジャマ姿を晒すということがどのような意味になってしまうのか、叔父様は気づくこともありません。まあ、一応肉親ではありますし、そこまで気にすることもないのでしょうけれど、普通は気づくと思うのですが。お父様曰く、婚約案件なのだそうですが──マルフォイ家とブラック家では違うのですかね?

 

 察しの悪いシリウス叔父様の姿に私は、私の予想していた『シリウス』と、今目の前にいらっしゃるシリウス叔父様がなんだかとってもかけ離れた方──のような気がしてきました。……私シリウス叔父様がこんなに猪突猛進な方だなんて思いもしなかったです。

 

「そう、だな。落ち着いた雰囲気の感じのいい家、か? 少々手狭な上にマグル界だが、ここならハリーと暮らすのもきっとハリーの為になる──」

「叔父様?」

「そ、そういうことじゃない、のか?」

「今はハリーのことを話していたわけではない、ですよね? むしろそれは周囲の状況ではなく叔父様のご希望でしょう?」

 

 気づいてくださらないシリウス叔父様に見切りをつけまして、にっこりとお母様スマイルを浮かべながら問うてみました。ええ、シリウス叔父様はキョトンとしています。可愛くないですよ?

 

「私、パジャマなのですよ? 叔父様が朝日が昇ってすぐにこの家を出ようとなさったので、ドビーが起こしてくれたから、ですが……昨夜が初対面でした叔父様の前でこの姿を晒し続けている私に対して、なにか一言はないのですか?」

「色も形もカサンドラに似合っていると思うが」

「お褒めいただき光栄です。が、そういう問題ではないのですよ? 今この場で私が、私だけがパジャマであること。それから、もう12歳の令嬢が異性の前でそのような姿を晒すことの意味。おわかりになりませんか?」

 

 お父様は仰いました。「名家の令嬢たる者、みだりに寝間着姿などを異性に見せてはいけないのだ」「そうなればその相手と結婚ことになる」と。今思い返せば多分にお父様の愛情を感じられるお言葉です。が、私としてもそれは気にするべきものだと思っています。流石にそれに続く、「そんな姿を見せるのは当分先でいい。むしろなくてもいい」というお母様からお伺いした言葉までは気にしはしませんが。私にだって一応羞恥心も、夢もあるのですからね。

 シリウス叔父様は反省なさるべきなのです。

 夜だけでなく、早朝から隣家に迷惑をかけようとなさったこと。それから私にも。私はこの家で個人的な目的のためにひっそりと暮らそうとしていましたが、その計画を知らなかったとはいえ壊したこと。昨夜のドビー作の夕食をダメにしたこと。女子の私室に入り込んできたこと。早朝から私に着替える時間すら与えないこと──まだ出会って1日も経っていない叔父様の株はどんどん下がり、それはもうとてつもない勢いで『素敵な叔父様』枠から外れていっています。むしろ『手のかかる悪ガキ』が一押し枠になっている気がします。

 

 内心で、ではなく大きくため息をついて私は叔父様へこの家で私が定めた1つのことを口にします。

 

「叔父様。この家は私の家です。名義はお父様のものになっていますが、資金は私が出しましたし、場所も私が選びました。室内にある家具も私の、私の家族の選んだものが並んでいます」

「あ、ああ。ここがカサンドラの家だとはわかっているが──それがどうかしたのか?」

「つまりですね。私はシリウス叔父様の姪ではありますが、この家の家長です。この家での最高権力者なのです。つまりは私がこの家のルールなのです────が、そこのところはご理解いただけていますか?」

「最高権力者? カサンドラがルール? いや、その、ただ持ち主だということじゃ……」

「あら、叔父様ったらおかしなことをおしゃいますね。私、本来はこの家でドビーと私と、私のペットのネロと暮らすつもりだったのですよ? お父様やお母様と離れ、マグル界のことを学ぶつもりで」

 

 この地区を選んだのが『主役たるハリー』を先駆けて見てみたかったからが最大の理由です! とはシリウス叔父様にはお伝えしませんが。大義名分って大事だと思うのです、私。それにドラコを呼んで愛でつつハリーとの友情を育んでもらおうと画策していた。なんてもっと言えませんね。

 私の膝の上で、眠るようにして丸まっておりましたネロが、私の声で目を覚ましたのですかね。ひょいと顔を上げ、周囲を見回して、最後に叔父様を見ます。ネロは初めて叔父様を見たのですが、どうしたのでしょうか。

 

「ネロ? どうしたのですか?」

「にゃ、にゃんにゃにゃにゃい……」

「いえ、なんでもないことはないと思うのですが……。シリウス叔父様のことがお嫌いですか?」

 

 びしりと固まったネロに声をかけて撫でますが、ネロはピンと尻尾を伸ばしたまま。視線は一切叔父様から離れていないようですが、一体なんなのでしょうか。え、もしかしてネロ初めての人見知り、ですか?

 

「ネロ、嫌いでしたら叔父様に近寄らずともよいですよ? ダンブルドア校長には申し訳ないですが、叔父様を追い出せばよいのですし」

「にゃ! にゃにゃ!」

「え? それはダメなのですか? でも叔父様のことがお嫌いなのではないですか? 私、叔父様よりネロの方がずっと、ずうっと大好きですから、ネロが嫌なのでしたら本当にシリウス叔父様を追い出しますよ?」

「あー…その、カサンドラ? オレはその、猫よりも下なのか?」

「いいえ、違いますよ?」

「そ、そうか」

「この家の中で言えば、シリウス叔父様はネロよりも、ドビーよりも下です」

 

 ホッとなさったように強張らせた顔を崩した叔父様に、私はにっこり笑ってそう言って、ネロを抱き上げて椅子から降ります。

 

「ドビー?」

「はい、ドビーめはここにおりますお嬢様」

「ドビー、申し訳ないけれど叔父様はお疲れのご様子です。お風呂の支度をして差し上げて? 叔父様がお風呂にはいっている間にお部屋の支度を整えて、一眠りできるようにしてくれるかしら?」

「かしこまりました、お嬢様!」

 

 パシッと音を立てて現れたドビーですが、同じ音を立ててまた部屋からいなくなります。ええ、仕事が早いとってもよい屋敷しもべ妖精なのですよ、ドビーは。

 

 私は叔父様に向き直りまして、そうしてまたにっこり笑ってお伝えします。最高権力者からの決定事項ですよ、叔父様。

 

「では叔父様。昨夜は疲れを取るために眠っていらっしゃらないようですので、これからお風呂で疲れを取って、一眠りなさってください。ああ、もちろん勝手に家から出ることは許しませんよ?」

「だ、だが隣にハリーが!」

「ハリーにもハリーの生活がありますよ? とにかくですね、叔父様はきちんと休んでください。とっても怖い顔をなさってる自覚はありますか? そのままお会いになればハリーにも嫌われるだろうことは請け合い! ですよ?」

 

 叔父様はアズカバンでの疲労が取りきれていないのでしょうね。やつれていますし、疲れているのだと一目でわかる程度には草臥れています。それに昨夜だけでの分ではないだろう、くっきりとしたクマがあります。お風呂にゆっくり浸かって、お眠りになって、美味しいご飯でも食べればきっとその姿も多少は見れるようになるでしょう。ええ、少しは改善なさらないと、ハリーに嫌われてしまうかもしれないくらい、叔父様は悪人臭が漂っておりますよ?

 

 こてりと首を傾げながら、私は叔父様の姿をじっくりと見つめます。叔父様は私の言葉に答える気がないようですね。

 そんな叔父様はいつから着ているのでしょうかね、というくらいに草臥れたお洋服を着ています。その意匠は魔法界らしいものかといえばそうではないですが、マグル界で通用するかといえばそうも言えません。端的に言えばとっても古くて傷みが激しいですからね。こんな服での初対面はハリーは別にしても、隣家のダーズリーさん一家の方々──特にお母様のペチュニアさん? には受け入れられないでしょう。一歩間違えれば不審者として通報されかねませんよ。フォーマルな服装をしろとは言いませんが、せめてカジュアルでもこ綺麗にしておきませんと。これはお買い物案件、になりそうですね。

 まずは叔父様の服を用意しなくてはダメですが、この辺りのお店を私は知りません。え、どうしましょう。ドビーに用意させるとなると、本邸のお父様のお洋服になってしまいますし。フォーマルもフォーマルな服ばかりのお父様のワードローブでは、どう考えてもシリウス叔父様のイメージにそぐわないと思うのですが。などと考えながら、私は歩き出しまして、叔父様を見下ろします。ええ、ほんの僅かばかりですが座っている叔父様を見下ろせるくらいには、私の背はあるのですよ?

 相変わらず正座をなさっているシリウス叔父様。当たり前ですけどね。ドビーにお願いして、そうしてもらっているのですから。そんな叔父様にですね、そっと、そうそっと近づきましてスリッパを履いた右足で踏みました。叔父様の足の裏を両方。ええ、嫌がらせですがなにか?

 

「っぐあ! ちょ、カサンドラ! 踏んでる! 足! 踏んでる!」

「あら、申し訳ありません叔父様」

「いや、おま! 謝罪しててもっ! やめる気がないだろ!」

「まあ、そんなことはございませんよ? 叔父様が私の言葉を聞いてくださるのでしたらすぐにでもおやめしますよ?」

 

 踏み踏みと柔らかく叔父様の足を刺激しながら、私はそうお伝えします。

 子どもで、その上そう大きくない私と大人な上で男性であるシリウス叔父様。私たち2人が真っ向勝負をするならばどうなるか。体格差で私の負けは確実なのですからこのくらいの卑怯な手は有効範囲ですよね? ……なんだか私、今とってもマルフォイ家の娘らしくないですか? なんだかとっても楽しくなってきている私です。

 慣れない痺れに格闘しながらも、叔父様が頷いてくださるまでのしばらくの間私はずうっと叔父様の足を踏み踏みするのでした。



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その49

 叔父様がお風呂で疲れを取った後、ドビー得意の良い子を眠らせる子守唄の呪文──多分ただの強制睡眠魔法ですが、をお受けになってお眠りになりました。そのお陰ですかね。家の中はなんだかとっても静かでよい雰囲気に満ちています。ええ、少し前までの騒がしさなんてカケラも感じません。……叔父様はとっても賑やかな方、だったのですね。別の意味で。

 とにかくですね、落ち着いたオーク材の腰壁ですとか、目に煩くない淡いベージュの小花柄の壁紙の可愛い壁面ですとか、これまた趣味のいいシンプルながらも質のいいダイニングテーブルですとか。お母様の選んだ家具はこの家にとっても合っていて、本当に素敵なのですよ。まるで赤毛のアンですとか、丘の上の小さなお家のような雰囲気になっているのです。私赤毛ではないですけれど。

 

 そんな素敵ダイニングでドビーとネロ共に朝食を食べた私は悩んでおりました。それはおじさまの服をどこで入手するかにです。

 一応マグル界的な世界の記憶的なものはありますが、マグル界は私にとって未知の場所、ですからね。ですがこうしてただ悩んでいるだけでは意味がありませんね。女は度胸です! 当たって砕ける勢いで、出かけるべきです。と、自分に気合を入れまして、私は街まででかけることにいたしました。ええ、店の場所がわからないことなんてきっと瑣末なことです、と自分に言い聞かせながら。

 

 

 お出かけの準備をするために部屋に戻った私ですが、そうなのです。家具もお母様選定ならばクロゼットの中身もお母様選定でした。フリル過多な中身に若干テンションを落としながらも、外出時におかしくないだろう服を選びます。心のメモに自分の洋服も買う、ということを太字でメモしながら。

 

 そうして選んだのはフリルの控えめな紺地に白い襟の可愛いワンピース。ポイントは胸元に3つ並んだ襟と同じ白い包みボタン。それから袖と裾に入った白いライン、ですかね。もちろん胸元と、襟にはフリルがありますがそこまで気にならないはず、です。それにキャメル色のフリルなしのダッフルコートと、同じくキャメル色のポンポン付きのマフラーと手袋。髪型はドビーに頼んで気合いを入れる意味で、ポニーテールです。いつの間にか毛先を巻かれていましたが、一応気合いは入りましたね。

 コートの中に小振りなポシェットを斜めがけして、そこにはお財布とハンカチを。見せ鞄として明るいブラウンの革鞄を持っていきましょう。こちらは検知不可能拡大呪文のかかった鞄ですからね。見かけ以上に荷物が入ることはお買い物にとっても大事、ですよ。1人で行くのですからね。

 

 全ての支度を整えて、鏡で一通り確認をしまして、私はサクッと玄関に向かいます。マルフォイのお家よりも、部屋が玄関までが近くてよい感じですね。

 

「では行ってまいります」

「お気をつけてお出かけくださいませ、お嬢様。お嬢様の留守中の家は、このドビーめがしっかりとお守りいたします」

 

 恭しくお辞儀するドビーは真面目ですね。そこがいいところであり、悪いところでもあるのですが。今日はとっても頼りになるのでよいでしょう。ええ、シリウス叔父様のことを任せるのにドビー以上の適任はいませんからね。

 

「はい、留守は任せましたよ」

「はい! お任せくださいお嬢様。シリウス様にはお嬢様のご帰宅までお部屋にいてくださいますよう尽力いたします!」

「ええと、ほどほどでお願いしますね? お家を壊さない程度でしたら構いませんが……。そうです。ネロは嫌でしたら叔父様のところには近づかなくてよいですからね? 叔父様はドビーがしっかり抑えてくれますからね」

「にゃ。にゃーにゃにゃにゃ?」

「はい、気をつけて行ってまいりますね」

 

 ドビーとネロの言葉にいざ出発です! と気合いを入れて外に出た私です。が、そこで驚きというか、予想外の出会いがあるとは思いませんでした。

 

「──お、おはようございます……その、えと」

 

 ドアを開けてすぐ、玄関ポーチにとある方がいらっしゃったのです。それも今まさにチャイムを押そうとしていらっしゃる女性が。

 その方は多分記憶の中にほんの少しですが残る方です。多分ですがカサンドラとしての記憶ではなく、以前のもの──だと思うのですが、お名前は覚えていない方でもあります。ちょっと独特な服装の壮年の女性なので、この12年の間に目にした方でしたら忘れてはいないと思うのです。

 

「フン。こんなところに魔女がきてどうするっていうんだい」

 

 その方は、私を見てほんの少しですが驚かれたのでしょうね。目を丸くした後極めて潜めた声音でそうおっしゃいました。ええと、どうして声を潜めたのかはなんとなくわかるのですが、私が一目見ただけで魔女とわかるのかどうかがわかりません。え、とってもマグルらしくなれていると思っていたのですが……。

 今の私はお買い物に出かけるつもりでしたので、ローブも着ていなければ、杖も持っていない上に使い魔らしい黒猫のネロも連れていないのですよ? 普通のワンピースしか着ていないはずですが、滲み出る魔女臭があるのでしょうか。なんだかとっても不安になってしまいます。

 

「え、あの、その……」

「この地区に魔女や魔法使いが住むのはね、規制されてるんだよ。あんたはそれを知らないっていうのかい?」

「え? 規制? それはなぜで──」

「全くそんなことも知らないで、どうしてここを選んだんだい? ダンブルドアの頼みじゃなきゃ、こうしてここには来やしなかったってのに」

 

 相変わらず潜めた声音でおひとりで疑問提起して、おひとりで納得なさるその方。本当にどなたなのでしょうか? ほんの少し見たことがあるような気はするのですが、よくわかりません。悪くはないと思っている私の記憶力ですが、実は穴だらけなのでしょうか……。

 

「あたしはね、アラベラ・フィッグ。この通りの2つ向こうに家がある」

 

 私の様子を気にかけることもなく、今度は普通の声音でその方──アラベラ・フィッグさんはおっしゃいました。が、私、お名前をお伺いしても全くどなたかわからないのですが……この方はハリポタに出てきていた方、なのでしょうか?

 

「アラベラ、フィッグさん……。ええと、その、ご用はなんでしょうか?」

「別に用なんてありゃしないけどね。ダンブルドアが特例であんたをここに住まわせることにしたというから見にきただけさ。全くわがままな男が権力を持つと振り回されるこっちが大変だよ」

「……そ、そうですか」

 

 よくわかりませんが、私が──というか、魔女や魔法使いがこの地区に住むことが規制されていること。理由は多分ここにハリーが住んでいるからなのだと思いますが。を、アラベラさんは私に教えるためにここにいらしたようです。そして多分ですがダンブルドア校長から何某かの命を受けているのでしょうね。ええ、そうでなければあのようなお言葉は出てこないでしょうし。というかダンブルドア校長。多方からわがままだと思われていらっしゃるのですね……。

 少しばかり私が遠い目をしてダンブルドア校長を思い出していると、アラベラさんがびしりと人差し指を私に突きつけます。

 

「とにかくね! あんたも、あんたと一緒に住む男もここで問題を起こすんじゃないよ! そうなりゃいろんなところが大変になっちまうからね」

 

 これはご親切にも忠告をしてくださっているということ、ですよね。それが例えダンブルドア校長からの命なのだとしても、こうして足を運んでくださっているのはアラベラさんのご意志でしょうし。

 見かけの個性的さや、言葉尻の強さは少しばかり怖さを感じますが、ここは素直に聞き入れておくべきでしょう。私は1つ頷いて、アラベラさんを見上げます。

 

「わ、わかりました」

「魔法を使うのはダメだし、魔法族だってバレるようなもんも使っちゃいけない。それをしっかり理解して行動するんだよ!」

 

 ちょっとだけ怯んでしまっているのでしょう。私の言葉は上ずってしまいましたが──続くアラベラさんの言葉はとっても耳に痛いものでした。

 もちろん私は気をつけるつもりです。料理や掃除など当たり前にできることは魔法など使わずにできるでしょうし、移動は箒での移動よりも歩いた方が私の場合は早いですしね。ですが、ですよ。問題は私ではないのです。

 アラベラさんからの苦言のようなご忠告を1番気をつけなければいけないのは、今お部屋で就寝中であろうシリウス叔父様です。そっと記憶に残る『シリウス』の行動と、私が目にしたシリウス叔父様の行動を思い返します。え? 叔父様、ご忠告を守れる気がとんとしないのですが。

 叔父様がサクッと魔法を使って、サクッと見つかって、サクッとアズカバンへ逆戻りさせられるのが瞬時に浮かんでしまう私です。これはフラグでしょうか……。

 なんとしても叔父様には我慢を覚えてもらいませんと、この浮かんだことが実際に起きてしまいますね。ええ、ハリーの実生活を知ればシリウス叔父様なら怒り狂うこと請け合いですから。

 

「聞いてるのかい、あんた? なんとも間抜けな娘だね? あんた本当にあの(・・)男の娘なのかい?」

 

 などと考えていた私は、1人頷きながら悩んでいました。ええ、また1人で思考の迷宮に迷い込んでいたようです。そんな私に呆れを多大に含んでいるだろう声音が届きました。ついでに訝しむように見られています。どちらかというと、私をというよりもなにか違うものと私を比べていらっしゃるような気配がしますが。……私とお父様のこと、ですよね?

 

「アラベラさんはお父様をご存知なのですか?」

「そりゃ知ってるさ。まあ、だからこそダンブルドアが言うことを理解できないんだがね。とにかく大人しく過ごす分にゃ見逃してもらえるんだから、そこのところをよく理解しておくんだよ。忠告はしたからね」

「は、はい。ご助言ありがとうございます。えと、ではその……1つお伺いしてもよろしいですか?」

「……おかしなことじゃなきゃ、答えてやってもいいが……」

「ありがとうごさいます。そのですね、話が変わってしまうのですが、この辺りでお洋服を買えるようなお店はどこにありますか? できたらそちらへの行き方も教えていただけると嬉しいのですが」

 

 私は真摯にアラベラさんを見上げながらお伺いいたしました。ええ、とっても場違いな質問だとは私もわかっているのですよ? とっても大事なことをお教えいただいた上にこのようなことを聞くのは憚られますから。ですが、背に腹は変えられません。

 私はここに越してまだ1日も経っていません。つまりですね全く地理に疎いのです。こちらのお家にもですね、実際に公共交通機関を使ってきていません。暖炉で移動、してしまいましたから、正直駅までどう向かえばよいのかも存じません。お父様がおっしゃったので、それに従ったのですが……なんだかとっても自分が箱入り娘な気がしてきました。

 叔父様を1人にする時間を少なくするためにも、闇雲に探すわけにも参りませんし、どなたかに聞くべきなのです。が、流石に隣家に尋ねてハリーに聞くなんてことはできません。ハリーとも、ダーズリー家の方々との初対面すら済ませていませんから。

 つまり私にとって渡りに船だったアラベラさんの来訪なのですが、それをアラベラさんがわかるはずもなく、アラベラさんは呆れたような顔をしていらっしゃいます。多分。よく存じ上げない方なので、正しいかはわかりませんが、私の質問がおかしかったからでしょうね。

 

「あんたの目的はハリーを引きずりこむこと──なのかい?」

「え? 引きずりこむ、ですか? お家に、ですか?」

 

 呆れたようなお顔をしながらも、訝しむような目で私を見ながらアラベラさんがおっしゃいます。が、質問の意味がよくわからなくて、私は首を傾げてしまいます。引きずりこむという言葉は悪いですが、私的にはハリーを我が家にご招待したいです。というか避難所のように使って欲しいと思っています。それが滲み出てしまっていたのか──と焦っていたのですが、どうやらアラベラさんの問いかけはそのような意味ではなかったようです。

 

「はあ……そうじゃあないようだね。全くあんたは本当にマルフォイの娘なのかい?」

 

 ああ、これは本当の本気で呆れていらっしゃるのだな、とわかるくらいにアラベラさんは呆れ顔をしていらっしゃいます。ええ、何度も見てそうかもと思っていたものよりもグンとわかりやすい呆れ顔ですよ。……出会ってまだ十数分でですが、それが判別できるくらいってどうなのでしょうか……。

 ですがそれも仕方ないことなのかもしれません。なにせアラベラさんは私がマルフォイ家の娘であると伺っていらして、そしてマルフォイ家がどのような家なのかをご存知らしいのですから。つまりアラベラさんがハリーを心配するのは当たり前で、そうして心配していたからこそ、肩透かしを食らって呆れていらっしゃるのでしょうね。ああ、私は本当にマルフォイ家らしくない娘、なのですね……。

 

「はっきり聞くが、あんたはハリーに害をなす気があるのかい? ダンブルドアが言うには、そんなことはないらしいがあたしはあんたを知らないからね。ここではっきり聞いておきたいね」

 

 少しだけしょんぼりとしてしまう私に、アラベラさんはまた問いかけていらっしゃいます。疑うような、確かめるかのようなその言葉。それも仕方のないことなのでしょう。マルフォイであることが、ハリーを害する危険性を孕んでいる。それをすっかり忘れきってしまっていた私がバカだったのでしょう。私はアラベラさんに疑われるに足る家柄の娘。ですがそれに傷つく私では、もうないのです。私はマルフォイ家の娘らしくない娘ですが、お父様にもお母様にもドラコにも愛されていると確信を持てたのです。ですから今は、それに落ち込むよりも素直に答えるべきです。

 アラベラさんを見上げながら、私は浮かぶまま自分の素直な感情を口にします。ええ、素直なのはとっても大事なことですからね。

 

「ハリーとお友だちになれるのでしたら、今すぐにでもなりたいくらいに興味はあります。ですがあちら(・・・)の陣営に私自身が組しようとは全く思っておりません。ですからハリーにもそれを強要する気はありません。というか入りたいと言われたら全身全霊をもってして止めるくらいには、あちらが苦手です」

 

 私がどう思っているかを、初対面の方が知っていらっしゃるわけはありません。言葉を尽くしてこそ、私という個性を知っていただけるはず──ですよね? といいますか、もしかしたら私これはホグワーツで行うべき行動だったのではないでしょうか? そうしたら今よりももっとお友だちが増えていたような気がするのですが──いえ、それならそれでクリスマス休暇後から考えればよい、ですよね。ええ、多分きっとそうです。今はアラベラさん攻略です。

 ご納得いただけないのでしたら、素直に真摯に言葉をいくらでも重ねますよ! と意気込みながら、私はアラベラさんを見つめます。

 

「……あんたは本当にダンブルドアが言った通りの子どもだね」

「ええと、それはよい意味であると思っていいのでしょうか?」

 

 アラベラさんは深く大きなため息をつかれまして、私の前から歩き出しました。え、ちょっと待っていただけませんか? まだお答えがいただけていないのですが! なんて思っておりましたら、アラベラさん。隣のお家の前に向かっています。え? お隣はダーズリーさん宅ですよね?

 混乱しきりな私をさておき、アラベラさんはチャイムをサクッと鳴らしております。ええと……今の時刻は何時、でしたでしょうか? ええ、一応知人であればお訊ねしてもさほど問題ではない時間──なはずです。私がお家を出たのはお店が開くだろう10時を過ぎていましたし。多分大丈夫、ですよね?

 などと考えていれば、開いたドアの中にいらっしゃる方とアラベラさんはお話を始めていらっしゃいました。

 

「朝早くに済まないけど、今日1日ハリーを預かれないかね? ちょっとばかり人手が必要でね。もちろん無理にとは言わないが──」

 

 え? ハリーをですか? アラベラさんはすっかり私のことをお忘れになっているのでしょうかね?

 

「ああ、済まないね。助かるよ」

「いいえ、構いませんのよ。ほらハリー、いつもフィッグさんにはお世話になっているのだから、しっかりお手伝いしてくるのよ」

「わ、わかりました……すぐに準備します……」

 

 つい聞き耳を立ててしまいましたが、細くて自信なさげな声変わりもまだの少年の声がしました。ちょっとありえないくらいに胸がドキドキしているのですが! え? もしかして私、ハリーに会えるのですか! テンションがとってもとっても上がってしまっているのですが!

 

 私のことをアラベラさんがすっかりきっぱりお忘れになっていないだろうことを祈りながら、私は隣家の玄関先を見つめてしまいます。もちろんハリーが今出てくるのか、どうなのか。それを見逃さずにいるために、です。はい。私ミーハーだったみたいです。あ、もちろん『生き残った男の子』だからではなく、ハリポタの主役のハリーが目の前に現れるかも知れないから、です。

 どうしましょう。ホグワーツでフレッドくんやジョージくん。セドリックにアンジェリーナさんにアリシアさん、ジョーくんにダンブルドアやスネイプ先生やマクゴナガル先生と出会ったその時よりもずっとずうっとドキドキします。あ、お父様やお母様、ドラコは別枠です。初めから家族であった記憶がありますし、ドキドキはしませんよ? 胸は温かくなりますが。

 

 ときめく私をよそに、アラベラさんは隣家から離れ、私の方を向きます。とっても呆れ顔をしていらっしゃる気がします。え? なんでしょう。私の感情、ダダ漏れですか? ダーズリー家を見ないまま、アラベラさんは私の方に向かって歩き出していらっしゃるのですがよいのでしょうか。たった今ハリーを借り受けるお話をしていらっしゃいましたよね?



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