奉仕部は少し異なる軌跡を描く (Mr,嶺上開花)
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1月 比企谷八幡は予備校に通う

何も考えず投稿しました。良かったら読んでください。
あと、タイトルとあらすじは目安程度に考えてください。全く主軸が定まってなくブレブレなので()


穏やかな1月の空気。暖房は未だ起動したばかりだからなのかそれともポンコツだからなのか、ひんやりしたという表現では少し足らないくらいの冷たい空気を肌に刺さる。

この総武高校、略して総武高が無慈悲たる冬休みの終了を告げて2日目、ついでに昨日は午前登校だった為に本日は奉仕部としての新年度部活動初日。最初は由比ヶ浜による誰もが食いつきやすいあけおめトークで場は明るかったのだが、気付けば室内の温度は外の気温どころか氷点下にまで冷え込んでいた。

 

「………。」

 

「………。」

 

俺はマフラーの端に顔を当てて、仄かに篭った温もりを感じると同時に、温度的な冷たさではなく視線的な冷たさにどう対処しようか考える。

今ここにいる奉仕部である二人の部員、雪ノ下と由比ヶ浜は黙ってこちらを見ている。由比ヶ浜はどこかムッとした、見方を変えれば可愛いような表情だが雪ノ下は違う。芥塵を凍え殺しそうなほど能面な、まるでかめはめ波の練習をしていた兄を見てしまった妹のような目だ。ソースは俺、中2の時に小町に見られた時そんな感じだった。いやそうじゃなくて。

 

とにかく、この状況を早く脱してできるならば早く先程の空気に戻さなきゃならない。そうしないと俺の心臓やら肝やらが持ちそうにない。しかし何と言葉を掛ければいいのか…ここに来てコミュ障であることが影響してきた…いやいや俺はコミュ障じゃない、ただ人と話さないだけだ。自分で認めちゃダメだろ、俺のバカ。アホ。由比ヶ浜。

 

「比企谷君?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

唐突に雪ノ下は沈黙を破りついでに俺を呼び、つい声が裏返る。そしてその言葉にはやはり温度は無い。こえーよ、いや本当に。

 

「それで、もう一回さっきの言葉聞かせてくれるかしら?」

 

「…俺、予備校入ることにしたから」

 

「その後よ」

 

「…もしかして、俺が奉仕部辞めるかもって言ったことか?別にありゃ凄い忙しくなった時の事を考えてであって、別に辞める気はねえよ」

 

「…そう、それならいいのだけれど」

 

「そもそもまだ高2の1月じゃん!受験意識するには早くない?」

 

由比ヶ浜が紅茶の入ったマグカップで暖を取りながらそんな言葉を口にする。やっぱり由比ヶ浜はアホヶ浜だ、受験を舐めすぎている。典型的な足元を掬われて浪人する現役の鏡だろう。

 

「ばっかお前、俺が志望している国立大学的には今から対策していかないと間に合わないんだよ」

 

「…えっ…比企谷君貴方…」

 

「ヒッキー国立志望なの!?」

 

「おい、何だよ。そんなに俺が国立志望なのがおかしいか?」

 

俺のその発言に雪ノ下は珍しく純粋な驚きを顔に表し、由比ヶ浜も思わず声を上げて反応した。いや別に良いじゃん国立、そもそも言っちゃ悪いが千葉には文系だとそこまで良い私立無いし、千葉県から出たくない俺の気持ちを考慮したら必然的に地元の国立大学を志望せざるおえないんだよな。それに理由はもう一つある。

 

「…だって、国立大学に行けば私立受けたフリして私立の受験費用を親から貰うことができるじゃん。親は俺が国立大学行って、俺は私立の受験費用がそのまま懐に入ってwin-winな関係だろ?」

 

「うわっ!最低だヒッキー!」

 

…心外である、このくらい全国の受験生諸君ならやってる…やってるよな?

 

そんなことを考えている間にも、何時もなら俺に罵詈雑言をぶつける雪ノ下は難しい顔をして悩み込んでいる。なんだろうか、もしかしてそれこそ珍しく俺に「が、頑張って比企谷君…!」とか応援の声でも掛けてくれるのだろうか…?…いやありえないか。

雪ノ下は紅茶を丁寧な仕草で飲み干すと、静かに口を開いた。

 

「…貴方、その成績で本当に国立大学行けると思ってるのかしら…?それにどうせ貴方のことだから大学名を地味には伏せているけれど、その大学って千葉大学のことよね?文系でも2次試験に数学があるのよ…?行けると思ってるのかしら…?」

 

雪ノ下の発言が俺にクリーンヒット!やめて雪ノ下、俺のHPはもう0よ!!

…なんて冗談はともかく、具体的根拠がある分か今日の雪ノ下の毒舌の威力は何時もより一層磨かれているように感じる。現実はもう辛いほど見てるからそこに追い打ちを掛けないでくれよまじで、それより寧ろ俺に対する声援とか無いの?同じ部員仲間が困難に立ち向かってるんだぞ?なんでフレンドリーファイヤーしちゃうの、AIM狂ってるんじゃないの?

 

「…というかその為の予備校だろうが、それにもう12月の冬季講習から入学自体は一応してるからな」

 

「そう…、因みに週何回授業あるのかしら?」

 

「2回だな。数学と英語しか受けてないからな」

 

国語は独学でも対応できる自信があるし、社会系科目はそれこそ私立は受けないので独学で十分行ける。それらを鑑みたらこの選択になるのは、まあ必然と言えただろう。

 

そんなことを考えていたら由比ヶ浜が覚悟を決めたような表情をしているのに気づく。何を言うつもりなんだののアホ娘は、そう思っていると由比ヶ浜はよしっ!と頬叩いてこう言った。

 

「じゃ、じゃあ私もヒッキーと一緒にその予備校、通う!」

 

「やめとけ」

 

「それは止めておいたほうが良いと思うわ由比ヶ浜さん」

 

「二人揃って速攻大否定!?なんで!?」

 

俺は、そして恐らく雪ノ下もロクなことは言わないだろうと由比ヶ浜の言葉に対して身構えていたがどうやらそれは正解だったようだ。第一俺のクラスは数学はともかく、英語は一番上である。そのクラスにアホの娘代表である由比ヶ浜が入れるかと言えば…まあ無理だろう。数学なら俺と同じクラスになれるだろうがそもそも由比ヶ浜は私文志望だ、態々高い授業料を払って数学を受ける必要はない。

 

「…まあ由比ヶ浜さんの事は置いておくとして、比企谷君貴方本当に本当の本気なの?千葉大はセンターよりも2次試験重視だから貴方の苦手な数学も捨てられないわよ、数弱企谷君?」

 

「えっゆきのん無視!?」

 

「まずは勉強しろ由比ヶ浜。じゃなくて雪ノ下、お前は煽るのかアドバイスしてるのかどっちなんだ?…てか妙に千葉大に関して詳しいな、もしかして浪人生?」

 

「もしそうなら今頃私は姐さんに弄られ倒されてるわ。ただ私の従兄に千葉大に進学した人がいたのよ。その人が、毎回会う度千葉大の事を自慢らしげにペチャクチャペチャクチャ…」

 

「…すまん。お前も苦労してるんだな…」

 

「ちょっと二人共私を無視しないで!?」

 

意外な雪ノ下の苦労を知り得たところで、由比ヶ浜の悲痛の叫びが室内に響く。

 

「だから由比ヶ浜、お前はもう少し勉強しろ、話はそれからだ」

 

「いやヒッキー!?何かいつもより冷たくない!?」

 

「あのね由比ヶ浜さん、予備校っていうのは既に基礎がある程度固まってる人が行く場所なのよ?まだ由比ヶ浜さんには少し早いわ」

 

「ゆきのんまで冷たい!?」

 

「…そういや、雪ノ下は予備校とか通わないのか?今はともかく、4月からとかで」

 

雪ノ下はその俺の言葉に少し顔を伏せる。

 

「…母は私に、雪ノ下家としての家柄に相応しい生き方を求めているの。その過程で予備校なんてぼったくり事業に頼ってはいけないって言われてるのよ」

 

「…本当に大変なんだな…」

 

「…ゆきのん、ごめん…」

 

「…良いのよ、分かってくれれば…」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

翌日、放課後。俺は昨日雪ノ下や由比ヶ浜に言ったとおり奉仕部の部活は欠席し予備校の授業に来ていた。

今日は年度が開けて初の授業である為か、教室に入るとまだ授業まで40分あるというのに既に半分以上席が埋まっていた。

 

俺は指定された席に着くと、周りの人たちに見倣って授業テキストを開く。まあ一応予習はもうしているので、問題を確認してもう一度解けない問題を整理するだけだが…ってよく考えたら授業テキスト今開く必要なくないか?分からない問題は分からないし、普通に汎用問題集やってた方が全然時間的に効率的な気がする。畜生俺という奴は…、ついつい新たな環境だからと言って周りと合わせてしちまった…!

 

そんな風に自習していると、ふと視界に黒いシュシュで纏められた銀髪ポニーテールがふらふらと映る。…この髪、何処かで見覚えがあるような…?

デジャブを感じる銀髪ポニテは俺の前の席に座ると、バックからテキストを出して読み始める。何なの、予備校生は一人残らず授業前はテキスト読まないと死んじゃう病にでも患わってるの?

 

そんな事を考えつつ問題を解いているといつの間に時間が過ぎたのか、電子チャイムが鳴る。それと同じタイミングでこの授業の講師だと思われる眼鏡を掛けた、中年くらいの男が教壇に登り話し始める。

 

「こんにちわ、年が明けて新しい人も増えましたね〜新入りさんは初めまして。志望校目指して一年、じゃなくてもうこの授業はあと二ヶ月ですね、まあ細かい云々は抜きにして頑張りましょう!」

 

…なんか、特徴的な講師だな。高校の教師とはまた違う雰囲気だ、何というか少しラフな感じである。

 

 

その後は淡々と、と言っても決して詰まらないと言う意味ではなく、つつがなく、しかし所々に茶番が入りつつ授業は進行した。

 

そうして小休止を2回挟み授業は進行し、始まってから3時間後に延長もなく今日の授業は終了した。

 

筆箱や教科書を閉まっている間にも感じるのは、生徒間の会話の少なさである。休憩時間でもそうだったが、やはりこの時期から予備校に通っている生徒はかなり意識が高い人が多いらしい。特にこのクラスは一番上のクラスだ、その傾向も尚更なのかもしれない。うんうん、非常に結構、ぼっちに優しい環境は大歓迎である。

 

「って、あれ?…比企谷!?」

 

はいはい比企谷ですよー、唐突に聞こえてきた声に心の中でそう返しつつその方向に顔を向けるととても見知った顔がそこにはあった。

 

「えっと…川崎?いたのか」

 

「それはこっちの台詞よ…いつの間に後ろに座ってたんだか…」

 

最初からいましたよーサキサキさん、なんて言うのも憚れたので口を噤む。というかあの銀髪ポニテ、どこか既視感があったけど川崎だったのか、どうにも微妙に、喉に小骨が引っかかるような感覚がするわけだ。

 

「というか比企谷、この予備校通ってたっけ?」

 

「まあ冬季講習からな。通常授業に出るのは今日が初めてだ」

 

「そう…因みに他に授業は?」

 

「数学が一番下から二番目のクラスだ」

 

そう言うと川崎は少し呆れたような表情を浮かべる。

 

「…寧ろあんたのその成績で良くそこで踏みとどめられたね」

 

「俺もそう思う」

 

「んまあそれはともかく…その…、折角だし…、……途中まで一緒に帰る?」

 

「…へっ?」

 

川崎は顔を赤らめ、横に逸らしながら段々自信が無くなったのか声を萎ませながらも早口でそう言う。…ナニコレ、アレ、おかしい。川崎とは確かに多少の関係性は持ってはいるが、それでもそういう、恋愛になるような事は………。

ーーーそこまで考え、俺は思い出す。これはあれだ、俺が勝手に勘違いして自爆しちゃう系の、青春期特有の例のアレだ。川崎には恐らく、いや絶対俺に対するそういう感情は全く持ち合わせていない。言ってて悲しくなってくるがまあそれは仕方ない、それはともかくそれなら話は早い。俺も普段通り接すれば解決だ。…あっぶねえ、思わず本気にしちゃうところだったぞ、恐るべしサキサキ。

 

「えと…アンタが嫌なら別にいいんだけど…」

 

「いんや良いぞ、じゃあちゃっちゃか帰るか」

 

「…何か、淡々と言い切られるとムカつく」

 

理不尽だ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

場所は移り駅前。予備校のある場所が家の最寄り駅から数駅離れているために電車という文明の利器からなる交通手段に頼らざるおえないのだ。

 

「それで、何でアンタ予備校通い始めたの?」

 

そして隣を歩く川崎。川崎とこういうシチュエーションになるのはあまり無いので柄にも無く少し緊張してしまう…イカンイカン、それを考えるとキリがない。無駄に意識してしまうだけだ、心頭滅却煩悩退散…。

 

「まあ何だ、志望大学が明確に決まったからだな」

 

「そう…」

 

「そっちこそどうなんだ?」

 

「お陰様で順調、スカラシップも何とか今のところは貰えてる」

 

「そりゃ凄いな…ところでスカラシップって模試でどんくらい取りゃ貰えんの?」

 

「どれくらいって…まあ殆どの模試で満点近くを取り続けてれば貰えるよ」

 

「…本当に凄かったんだな、お前…」

 

「普通だよ、普通」

 

殆どの模試で満点って言ったら偏差値的には80を超えるだろうから普通は無理だろ。不良少女みたいな出で立ちしてる癖にこのサキサキ、もしかしたら雪ノ下以上の天才少女なのかもしれない…。知られざる真実を知ってしまった気分だ…。

 

「でも何で高校の成績は普通なんだ?成績表には上位に載ってないだろ?」

 

「ウチの高校って総合となると保健体育とか家庭科とか入るじゃん。あたし、そう言うのほとんど勉強してないから赤点ちょい上くらいなの」

 

「…ちょっと待て、ってことは…」

 

「…科目別ってことなら確かに数学とか英語とか国語とか、そういう一般科目は大体一桁台の順位だよ」

 

「因みに一位になったりしたことは…」

 

「殆ど無いよ。というかそもそも高校の試験とか何も対策してないからしょうがないじゃん」

 

…ってことは雪ノ下はテスト対策してないとは言えこの天才少女に大体勝ち越してるのか。やっぱり雪ノ下も半端ないな…。

つまり雪ノ下と川崎が総武高を代表する2大才女…今までの印象もあってかやっぱり違和感しかない。川崎に才女は似合わない。

 

「…今何か、凄い不愉快な気持ちになったような…」

 

「気のせいだ!気にするな!」

 

「あ…、うん…」

 

 

そんなこんなで、意外と弾んだ会話を楽しんでいると最寄り駅に着いてしまう。改札を出ると、出てすぐ手前で思わず立ち止まる。川崎の家と俺の家はどうやら逆方向のようだ。

 

「そ、それじゃあまた来週…」

 

「あ、ちょっと待て川崎」

 

そそくさと帰ろうとする川崎を俺は引き止める。川崎は、少し不思議そうな表情を浮かべながらコクリと首を傾げる。可愛い。いやそうじゃなくて。

 

「一つ、頼みがあるんだが…」

 

「何?あたしにできる事ならまあ、借りもあるし…、手伝ってあげる」

 

「んじゃあ、肩を借りたつもりで言わせてもらうぞ」

 

ーーー俺に数学を教えてくれ。

 

 

 

…どこかで紙袋が落ちたような音がした。

 

 




思うんですが…、サキサキのスカラシップって普通にとんでもなくすごいと思うんですが…そんな成績あるんなら医学部行けるんじゃないですかね…まあ予備校とか塾によるんでしょうけども。


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1月 比企谷八幡は隣人を疑う

方向性が行方不明です。誰か探して救助して下さい。

因みに前話のスカラシップの話題、ベースは某巨大S予備校ですが殆ど架空なのであまり気にしないで下さい。尚千葉大に関しての情報は事実です。千葉の豆知識ですね、はい。


次の日の放課後、俺は最早定例となる奉仕部への出勤をしに部室へと向かっていた。今日も今日とて冬の風は校内にまで吹き込み、雲が多いせいで太陽の光もあまり廊下に差し込まず、校内はさながら冷蔵庫のような寒さだ。

 

「…さぶっ…」

 

…思わずそんな独り言を呟いてしまう。俺はそれとなくマフラーの結びを少しキツくして、何とか首周りの保温性を上げる。…何で俺、こんな寒い中部活に向かってるんだろうか…月一回くらいしか依頼なんて来ないのに。そのくせして毎日部活あるとかどうなってるの?青春を生け贄にして社畜経験得てるの本当におかしいでしょ。やはり俺の社畜生活はまちがっている。

 

別に俺はあの奉仕部という部活自体が嫌いなわけではないのだ、それどころか落ち着くし逆に好ましく思っている。それでも、何のイベントも無いのにずっと通い続けるのはやはりどこか苦痛がある。何も起こらず、変化もしない。諸行無常という言葉をどこに忘れてしまったのか、今も尚あの部室の中は半年以上前から続く停滞が支配している。それが悪いとは特に思わないが、良いとも俺は思わない。中二病チックに言えば、俺は勇者になって魔王を倒す的な刺激が欲しいのかもしれない…ごめん、今のナシで。超恥ずかしい。

 

「…っきゃっ!?」

 

「うおっ!?」

 

そんな日々の不満を心で愚痴りながら歩いていたせいか、前から歩いてきた人に気づかず俺はぶつかってしまう。

 

「いたたた…」

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

俺は後ろに倒されてしまったその人物に手を差し伸べる。顔をよく見れば、高校生にしては少々未だ幼い顔付きで、ショートの髪は茶色に染めている。冬だというのにシャツのボタンは上から二個も開けており、またリボンもかなり緩く付けていて由比ヶ浜と良い勝負である。にしてもこいつ、何というか…初めて見たような気がしないのはなぜだろうか…?

 

「…あ、はい…。大丈夫です」

 

そう言うと俺の手は取らず普通に立ち上がりスカートを叩く。…なんだろう、凄い今切ない気分だ。

 

「本当に悪いな、心中で不満を呟いてたから周りが少し見えてなかったわ」

 

「いえいえ、私もちゃんと確認せず歩いていましたしお互い様です」

 

…ちょっと待てよ、これを使えばあの奉仕部の退屈な時間を多少は削ることが出来るんじゃないだろうか。奉仕部は嫌いじゃない、嫌いじゃないのだが、変わり種の女の子二人と同じ空間で数時間過ごすと言うのは意外と精神的な体力を使うのだ。

…少し時間を潰してから行くか。そう俺が考えてしまうのはしょうがない事なのだろう。

 

「なあ、じゃあ詫びついでにジュースでも奢らせてくれないか?」

 

「えっ、もしかしてそのまま仲良くなってあわよくばデートに誘って告白しようとか考えているんですかでももう私間に合ってるのでごめんなさい遠慮します」

 

「いや違えし何も合ってねえよ…本音を言えばただ時間を潰したいだけだ」

 

「…そうですか、まあ私も喉が乾いたんでエスコートお願いします」

 

そう言って軽く笑う目の前の女子高生。何か、手を上げたり首を傾げたりする動作が一々小町に少し似てあざとい気がするが、俺は気にしないことにして近くにある購買に向かった。

 

 

 

購買はやはり放課後ということもあってか、殆ど人がおらずテーブルもガラガラに空いていた。

俺は取り敢えず自分の分のマッカンと、この…名前が分からないあざといちゃんにレモンティーを買ってテーブルへと座る。因みに何故レモンティーという選択にしたのかと言えばこういう少しギャルっぽい見た目をしている女は大体語尾にティーと付いたドリンクを飲むという俺ソースの経験談からである。由比ヶ浜とか超レモンティーとかミルクティー好きだし。つかアイツは手にペットボトル持ってたら大体そのどっちかなんだよな、ほんとに雪ノ下を見習えよ。こっちはお茶か野菜ジュースだぞ、すごく健康的。流石部長。俺はほぼマッカンだが。

 

疲れたように欠伸をするあざといちゃんの対面に俺は座り、あざといちゃんの前にレモンティー、自分のところにマッカンを置く。

 

「あ、ありがとうございます。やっぱ購買は暖かいですね〜あ、ところでお名前聞いてませんでしたね」

 

「2年F組の比企谷八幡だ、そっちは?」

 

「ありゃ、先輩でしたか。私は一色いろは、実はこう見えて生徒会長なんですよ?」

 

「…そうか、高1で生徒会長とか凄いんだな一色は」

 

その言葉で先ほどの疑問が氷解する。そうか、どっかで見たことあると思ったがなるほど、生徒集会で良く壇上で発言していたからか。でも、こんな見た目なのに良く生徒会長になれたな…もしかしてうちの生徒会選挙ってザルなのか?

なんてことを本人の前で不躾にも考えていると、一色は顔を俯かせる。

 

「…でも私、本当は生徒会長になりたかった訳じゃないんです」

 

「そりゃまた、どうして?選挙には立候補していたよな?」

 

そう言えば去年、ほんのチラッと一色を生徒会選挙の時に見かけたことがある。その時は流したが今思い返すと確か…。

 

「友達が、勝手に応募しちゃってたんです。それで、もう引こうにも引けない段階まで行っちゃって、対立候補も居なくて、気付いたら生徒会長に任命されちゃいましたね。…本当に困っちゃいます」

 

ーーー欠けていたピースが嵌まる音がした。思い出した。確かあの時は集会で選挙演説をしていたのだが、どこかその声に覇気とか意欲とか、そういうのはまるでなかったような気がする。ただ流されているだけというか、もう半ば諦めてしまったような表情でその言葉に気持ちは何も篭っていなかった。恐らく、早く終わってほしいという一心で演説をしていたのだろう、何せ対立候補がいない時点で一色の当選は確実だったのだから。

 

「…辞めたいとか、思ったことはないのか?」

 

「当然思ったに決まってるじゃないですか。でも生徒会長なんて地位、部活みたいにホイホイ辞めれるわけないじゃないですか」

 

「苦しい、とか感じないのか?」

 

「勿論感じてますよ?来る日も来る日も雑務で、偶にパシリ先輩が手伝ってくれますけどそれでも量は多いですし、それに望んで得た立場でもないので。…実を言えば、先輩がこれに誘ってくれた時、ラッキーと思ったんです。あのままだとまたいつも通りに生徒会室に行って、同じような雑務を来なして、帰宅するだけだったので…」

 

…もしかしたら一色は俺と少し似た環境にあるのかもしれない。当然責任の重さやすべき事は全く違うし、年齢も周囲の人間も違う。だけど、毎日同じような事の積み重ねで飽き飽きしている、それだけは歪めようがない共通項で括られる事実だ。一色いろはという人間もまた、何らかの刺激を望んでいるのである。…それならば、二人も同じ考えを持つ人間がいるのなら、互いの苦しみを理解することは完全に出来なくとも、その望みを補完する事はできるのではないだろうか。

 

そこまで思い至った俺は、疲れた表情の一色を直視しつつ発言した。

 

「なあ一色、一つ提案があるんだが…」

 

「…なんですか、先輩?」

 

「…週一で良いから、こうして話さないか?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、比企谷君?遅れてきた理由は何かしら?」

 

時間は少し進み、奉仕部部室。

現在俺は、少々の遅刻から詰問を受けていた。

 

「えっと、ふくつ」

 

「嘘ね。もし仮にそうなら今頃比企谷君はお腹を左手で擦ってるわ」

 

「ちょっと待て、何でお前が俺の癖を知ってる」

 

「日々の観察のお陰よ」

 

普段の癖ならいざ知らず、何故こいつは俺が腹痛の後に行う動作を知っているんだよ…!小町だって気づいたのは2年前つってたぞ…!

…久々に背筋が冷たくなった…。

 

「もしかしてまさかヒッキー…逢引!?」

 

「どうしてそういう結論に至ったんだよ、お前の頭ん中は常時昼ドラ展開中か?」

 

そして相変わらずな由比ヶ浜。本当にこいつの脳内はどうなってるのか、一度中身を割って確かめたいまである。

 

「私も由比ヶ浜さんと同意見だわ…。どうせ性懲りもなくこの男はまた他の女を引っ掛けてるんだわ、気持ち悪い」

 

「いやあの雪ノ下さん、何で俺がそんなチャラ男みたいな扱いになっているんですかね。自慢じゃないが俺の携帯の連絡帳の異性、この部活メンバーと小町と母ちゃん、あと平塚先生くらいしか……いないぞ?」

 

「その妙な合間は何かしら?」

 

「なんかもの凄く怪しいよ!」

 

…そう言えば昨日川崎と、今日一色と連絡先を交換したんだった…、と思い出して少し返答に合間が空いてしまったことに気づいたのだが既に後の祭り、由比ヶ浜は頬を赤くし膨らませてムッとした表情になり、雪ノ下は目のハイライトが消え絶対零度の能面へと変化した。由比ヶ浜は可愛いが雪ノ下、お前はマジで怖いからそれ止めろ。やめて下さい。お願いします。100円あげるから。

 

「…由比ヶ浜さん、ちょっとこれで野菜ジュース買ってきてくれないかしら?」

 

そう言って雪ノ下は財布から120円を取り出し由比ヶ浜に渡す。…何だろうか、凄く嫌な予感がするんだが…。

 

「えっ、でもゆきのん」

 

「由比ヶ浜さん、お願い」

 

「…うん、分かったよゆきのん」

 

由比ヶ浜は反論しようとしたが、雪ノ下の謎の迫力に負けてそのおつかいを受諾してしまう。…これは乗るしかない、このビックウェーブに!

 

「えっとじゃあ俺もちょっとついでにジュースでも買ってこようかなぁ〜」

 

「比企谷君…?」

 

「…ごめんなさい、ここで大人しく座ってます」

 

…見事に危険領域からの脱出に失敗し、由比ヶ浜はガラガラとドアを開け教室から出ていってしまう。…べ、別に雪ノ下の恐ろしい雰囲気に負けて逃げようとした訳じゃないんだからね!

 

雪ノ下は由比ヶ浜が完全に出ていったことを確認すると、抑揚の無い発音で言葉を紡ぎながら俺に無感情の瞳を向ける。

 

「比企谷君、実は貴方にずっと昨日から聞きたいことがあったのよ」

 

「…昨日?昨日は俺、お前と会ってないよな?」

 

「ええ、私が偶然通り掛かっただけだもの。だから仕方ないわね。まあ前置きは良いわ。単刀直入に聞きたいの」

 

…やばい、何かは分からないけどやばい。俺の中の警鐘が由比ヶ浜が出て行ってからずっと鳴りっぱなしだ。

それに雪ノ下にしてはどこか会話の流れが可笑しい。基本的に雪ノ下は他者も重んじて会話を進める人間だ、なのに今は自分の世界だけで完結している節がある。圧倒的違和感、それを雪ノ下から感じ取れる。

…今は雪ノ下の感情を刺激しない方がいい、そう直感的に感じた。

 

そして雪ノ下は冷たいまま、その口を開く。

 

「ーーー貴方、昨日の夜10時23分、駅で川崎さんと何していたの?」

 

瞬間、俺の思考がフリーズする。

…どういうことだ、いや、それ自体は分かる。偶然雪ノ下は駅を通りかかった、そこに嘘は含有されていないだろう。しかし幾ら雪ノ下が几帳面だとしても、その時間を分単位で覚えているのは幾ら何でも行き過ぎている。違和感を感じる。

…そう、まるでこれではヤンデレみたいじゃないか。

 

ーーーそんな浮き上がった考えを即時に俺は圧し折る。そんな訳が無い、あの雪ノ下のことだ。まず普段の言動から見て俺に惚れている訳が無いし、それに雪ノ下はそんな奴じゃない。そうだ、そんな奴じゃない…。

 

「ぐ、偶然川崎と予備校のクラスが同じだったから一緒に帰ることにしたんだ。多分お前が見たのもその時のことだろうと思う」

 

「…でもそれだけじゃないわよね?」

 

一瞬、背筋がピクッとしてしまう。しかし他にしたことと言えば川崎に数学を教えて欲しいと頼んだことくらいだ、あれはノーカンでも大丈夫だろう。

 

「…いや、本当にそれだけだ」

 

何故か足が情けなくガタガタと貧乏揺すりを始める。気合で音こそ立ててないが、口の中では歯もギリギリと歯ぎしりを立てそうになっている。…まさか俺は雪ノ下に怯えているのか?いやそんな馬鹿なことがあるはずが無い。

きっとこれは俺の勘違いだろう。雪ノ下は確かに他がそうであるように、一見隙が無いように見えて完璧な人間ではない。そして恋愛事ともあまりに関わりはなさそうで、だからヤンデレに見えるのも俺の思い過ごしだろう。

 

「比企谷君はわた…」

 

「ゆきのん!野菜ジュース買ってきたよ!…はぁ、はぁ…」

 

ガラッと大きな音を立ててドアを開けたのは由比ヶ浜だった。少し走ってきたのか、由比ヶ浜は軽く肩で息をしている。…先程の状況、非常に不味かったのでとても助かった、ナイス由比ヶ浜!…言葉にはできないが。

 

「…ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

「どういたしましてゆきのん!」

 

そうお礼を言う雪ノ下は何時もの雪ノ下で、さっきの雪ノ下が既に夢のように思えてくる。しかし、あれもまた雪ノ下雪乃であるのも事実である。

どちらが本当で、どちらが仮面なのか…そんな事を考え始めたせいか俺の脳内はゴチャゴチャと整理の付かない状態になってしまい、…だから俺はその議題を忘れることにした。

 

 

…それにしても、さっきは小声で何を言いかけたのだろうか…?

 

 




早速、八幡もゆきのんもキャラ崩壊し始めたぞ…
少し強引な流れについては反省してます、後悔はしてないけど。

感想や評価を下さるとモチベが上がりますのでできればお願いしまふ。


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1月 川崎沙希は乙女である

受験勉強と試験勉強で遅くなりました。3話です。
今回も二部構成となっております、ただBパートは本当にオマケ程度に考えてくださると嬉しいです。

あと、沢山の感想に評価赤色本当にありがとうございます…!
これからも更新は遅くなるでしょうが、その分頑張って書いていきます、よろしくです!


黒いシュシュで纏められた銀髪の長いポニーテール、それに真ん中に良く分からない達者な英語で文の書かれた半袖の白いシャツにダメージジーンズ。脇にはコートが丁寧に畳まれて置かれており、几帳面なその性格が見て取れる。

…そう、銀髪の時点で分かったかもしれないがこれは川崎のことだ。

本日は日曜日。太陽がさんさんと照らしつける快晴な空の下、俺は対面に座る川崎と私服姿で外のことなど知ったものかと高校近くのファミリーレストランで居座っていのである。そしてその理由は言わずもがな…

 

「その式、間違ってるよ。てかまず解き方の指針からミスリードしてる、アンタ本当に基礎固まってるの?」

 

「…本当に面目ない」

 

…まあこんな感じで約束通り、数学を教えてもらっている訳である。

 

「んじゃあこれで合ってるか?」

 

「全然違う…!あーもう…どうやったら理解できるんだろ…!?」

 

しかし予想以上の俺の数学力の無さに思わず川崎は頭を抱えだす。なんか、本当に申し訳ない気持ちが溢れ出してくる…。

というか実際、俺はどのくらいの数学力を持っているのだろうか。多分模試を受ければ多少はそれを測り知ることもできるのだろう、そう思い俺は次の模試の予定を脳内検索に掛ける。

…そう言えば、丁度来週に模試があったような…でもなんだっけか。マークか記述か、そこが思い出せない。因みにマーク模試だったらセンター対応、記述模試なら私立と国立の二次試験に対応してるのが一般的である。

、どうやら俺の脳内検索エンジンと記憶デバイスは本当にガタが来ているようで、何十秒経ってもフリーズしたまま動く気配はない。待て待て、俺の頭のOSはwindows98か?処理速度遅すぎだろ、こんなんじゃjpg画像保存するのにも何分も掛かっちまうだろうが。

 

「ちょっと比企谷、何ぼーっとして。聞いてんの?」

 

…と、ここで俺は非常に頼りになる家庭教師が居たことを思い出す。そうだよ、最初から川崎に聞きゃ良かったんだ。他人頼りは俺のモットーだろうが…、本当に俺の脳錆びついてないだろうな?

 

「なあ川崎、そういえば次の模試ってマークと記述、どっちだ?」

 

ちょっとした不安を抑えつつ俺は川崎に本題を聞いてみる。すると川崎は、先程数学を教えてくれたとき以上に呆れた表情と共に少し苛ついた表情をする。…なんか更に悪化してませんか川崎さん。

 

「じゃあ逆に聞くけど来週、土曜と日曜は何があるでしょうか…!」

 

「来週の土日…?」

 

模試以外で、ということだろうか?

来週の土日…もしかしてプリキュア特番でもあるのか?!…いや、そんなの川崎が知る由もないし第一今の話題とは関連性が余りにも無さすぎる。

となると、勉強か受験関連という訳になるのだが不思議なことに全くさっぱり思いつかない。…もしかして予備校の英語講師の誕生日?んな訳ないか。

 

「…もしかしてお前、誕生日?」

 

川崎はその答えを聞いて溜息を付く。…ハズレですね、ごめんなさい。

 

「違うから。あたしの誕生日はもう2ヶ月以上前に過ぎてる…そうじゃなくてほら、あたし達の一個上のことを考えれば分かるでしょ」

 

一個上…?一個上と言ったら既に受験直前も直前、既にセンターまで10日も切っているはずだし…あ。

 

「…もしかして、センター試験同日模試?」

 

「…やっと分かったの、このアホ企谷」

 

「うぐっ…」

 

全く言い返せねえ…。

まさか模試ばかり考えてたせいでセンター試験の事をすっぽり頭から抜かしてたとは、かなりドジ過ぎるミスだ。確かにセンター試験と言っても俺らの受ける本番ではないが、それでも流石にこれでは視界が狭いと言わざるおえない。

 

「というかアンタ、受けるんでしょ勿論?」

 

「ああ、当然だ」

 

「なら模試の日程と内容くらい完璧に把握しないと痛い目見るよ?当日寝坊してもあたし知らないから」

 

「肝に銘じとくわ…」

 

「どうだか…比企谷はちょいちょい抜けてるところあるから」

 

そう言いつつ川崎は俺のノートの1箇所を指差す。そこにはさっき解いた文字式が書かれていた。

 

「例えばここ、最後の一つ前までは合ってるのにタスキ掛けで間違えて答えミスってる。こういうケアレスミスは本当に勿体無いから」

 

「あ、マジだ」

 

次はここ、そう言って俺のノートのページを捲り指差す。

 

「このlogの符号間違えて計算してる。これじゃ解なしになるの気付かなかったの?」

 

当然気付かなかった。

 

「重ね重ね面目ない…」

 

「…まあ、こんな感じでアンタは少し抜けてるところがあると思う。特に数学だとそれが顕著だけど、詰めが甘い。それこそアンタの大好物のマッカンくらいは甘いから」

 

「おい、言っておくが俺にとってマッカンは褒め言葉だからな?」

 

「うるさい」

 

「はい、ごめんなさい…」

 

雪ノ下とはまた違った川崎の威圧感に呑まれつい即答で謝ってしまう。雪ノ下を仮に罵詈雑言を育てる毒薔薇とすれば、川崎は氷だろうか。こいつの花婿になる奴は大変そうだな…、尻に敷かれるのは結婚した時点で確定したようなもんだからな。でも料理も家庭労働も上手いし、それにきてこの美少女プロポーションときたものだ。川崎と結婚する奴は例えそうなろうが、羨ましいことには変わりない、それに川崎可愛いし」

 

「な……!…ひ、…ひ…比企谷……、」

 

…とか考えていたら、突拍子もなく川崎の顔がトマトもあわやというレベルで真っ赤に染まり上がっていた。何があったのだろうか?

 

「どうした川崎?」

 

取り敢えず事情を聞いてみるが吉だろう。にしても頬を真っ赤にして細かく震えてる川崎なんて初めて見たな…何時もは雪ノ下やクラスの女王的ヒエラルキーにいる三浦と同格の雰囲気持ってるから仕方ないかもしれないが。

 

「…心の声が漏れてたよ…アンタ………」

 

…………………えっ。

 

「えっ…、…まじで?どこから?」

 

「でも料理も…みたいなところから…………」

 

「……まじで」

 

 

その後の空気は言わずとも分かるだろう。それはもう、大変気まずい。特に俺なんか盛大に暴露しちゃって非常に気恥ずかしい。数学教えて、とか言ってる場合じゃない。

…まさか心の声が口から漏れるなんて思いもしなかった。しかも俺の言った言葉、ありのまま受け取ったら完全に告白みたいじゃん、うっわ俺恥ずかしい…!!

 

ついでにちらりと川崎の方を観察してみる。川崎は川崎で未だ頬を林檎色に染めながら顔を俯かせていた。何この可愛い生き物、小動物みたいで可愛いんだけど…!…しかも良く見たらテーブルの下で人差し指をつんつんしてるし、今まであまり意識してなかったが川崎も年頃の女子高生なんだよな…。そう思うと前から何だか、川崎の甘い香りが漂ってきてそのまま身を任せてしまいそうな……………………………………。

 

………………………ってそれ以上はアウトだ!!

俺はなんとか右手で左腕を抓ることで正気に戻る。危ない危ない、ついつい川崎の貴重な儚げな雰囲気にうっかり流されてしまうところだった。それに少し場所を忘れかけいたがここはファミレスの一席だぞ…、幾ら何でもロマンと言うか雰囲気が無さすぎだろ。そもそも川崎に手を出したら間違いなく俺はクラスメイトにネットに載せられ社会的抹殺を食らってしまう。頑張れ俺の理性、負けるな俺の理性。いつだって俺の人生には常に理性が寄りかかっているのだから…!

 

 

…結局俺が心内をぶちまけてしまった後、互いにドギマギしていたからか殆ど勉強をせずにファミレスを後にした。冬の空は相変わらず青く澄んでおり、まるで俺のこの黒歴史入りするだろう記憶すら飲み込んでくれそうであった。

…まだ、この一部始終を見ていた者がいることを俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー。

 

 

 

 

 

休日が開け、月曜日。

平日の中で一番憂鬱に感じる曜日ランキング暫定1位のこの日、俺は更に絡まれると面倒な奴に絡まれていた。

 

「はっちま〜ん!」

 

さて、ここで問題である。俺は今その声を聞いてしまったが敢えて聞かなかったことにして、繰り返すようだが問題である。今の発言を文章の地の文にしたとして、果たして誰の声だと考えるか?

そしてそれに対する俺の答えは一つ……、天使!…いや違った、戸塚である!

 

戸塚とは、戸塚彩加という天使のこの世を忍ぶ為の名前で、その可愛さで国を一つ傾けてしまうほどである。…いやそれだと楊貴妃やクレオパトラと何ら変わりないな、ならば戸塚の頭文字から連想してその10倍の国を陥没させるということにしよう、うんそれが良い。つまり何が言いたいかといえばトツカエルはまじで天使ということだ。

 

…まあそれはともかく、いや個人的にはともかくで済ませられる内容ではないのだがともかく。

一つ言うのならば、現実はそんなに甘くないのだ。

 

「はちまん!我!我と組んで共に数世紀ぶりの天下統一を目指そうぞ!!」

 

その本当の答えは材木座義輝、こいつの性格を三文字で説明すれば"中二病"だ。しかも厄介なことにワナビ志望とかほざいてどっからか設定をパクってきたような陳腐なラノベを書いているため、その妄想力は収まることがない。いつになった卒業してくれるのだろうか。

 

本来ならコイツとはクラスが違うため、授業中にはエンカウントしないのだが体育の場合だけは違う。人数の関係上2クラス合同でやる為、こうしてその度材木座とペアにならざるおえないのだ。

 

「いや目指さねえから、つか天下取ったことも一度もねえよ」

 

「はっはっはっ!八幡!何を言うかと思えば笑止!我という奴がいながらまだあの輪廻転生を果たす以前の記憶を思い出せていないのか!」

 

うっわ、うぜぇ…。

思わずそんな言葉が出してしまいそうになるのを必死に我慢する。

 

「………うわ、ヒッキーキモっ…」

 

そんな微かな声が後ろから聞こえて振り返ると、由比ヶ浜がドン引きしながら背後を通り過ぎるところだった。ちょっと待って、このエンジン全開でアクセルベタ踏みしたような中二病発言してるの俺じゃないから、俺の前にいる材木座だから…!

そんな弁明が一瞬でできるはずもなく溜息を尽きるながら俺はガクリと肩を落とす。そんな俺の様子を見たからか、気を使って肩に手を置いて慰めようとした材木座の手をさり気無く振り払う。お前が原因だろうが、むしろ赤の他人のフリをしたいまである。

 

そんなこんなで授業は始まる。どうやら今日はバドミントンをやるようで、つまりは当然屋内である体育館で行われる。お陰様で冬の空気が見事に篭っており滅茶苦茶寒い。床とかもう雪ノ下の毒舌並みに冷たい。

 

誠に遺憾ながら俺のペアになってしまった材木座は、バドミントンのラケットを構えると不意にニヤリと笑い、シャトルを軽く上に投げる。

 

「往くぞ八幡!パトリオットサァァァーブ!!」

 

無駄な動作なく振り下ろされるラケット、その先には先程投げたシャトルが射程に入っている。そしてシャトルに思いきり当たったシャトルは物凄いスピードで俺の脇を通り過ぎて壁に突き刺さるーーーーー

ーーーーーなんてことはなく、シャトルそのまま床に勢い良くだけは良くバチン!と叩き落とされた。

 

「…お前、それ練習したことあるのか?」

 

「…少しだけ、ほんの一時間だけ」

 

そんな僅かな時間で強サーブを打とうとしていたのか…こいつ、ある意味大物かもしれん。

 

「それじゃあ見てろよ、本物のパトリオットサーブって奴を」

 

俺は近くに落ちていたシャトルを拾い、ラケットを構える。

 

「八幡…お主…まさか…!?」

 

「…イメージするものは、常に最強な自分だ」

 

「…八幡、それは衛宮何某のセリフでは…」

 

「アィ アム ボーン オブ ザ sword」

 

「壊れた幻想(ブロークンファンタズマ)…!?しかも微妙な英語の発音の中でソードだけが無駄に流暢で逆にカッコ悪い…だと…!?」

 

うるさい材木座、集中できないだろうが。

俺はシャトルを流れるような動作で少し斜め上に投げると、ラケットを思い切り自分側に引く。そしてタイミングよくラケットを地面と平行にスイングし、シャトルにありったけのパワーをブチ込む…!!

 

因みになぜ俺がパトリオットサーブなんていう、謂わば空想サーブが出来るのか?答えは簡単、ぼっちで壁打ちしてい続けていた時期があったからである。パトリオットサーブをひたすら公園の壁に打ち込み続ける日々、その当時の前半期はまずシャトルがラケットに掠らなかったこともあった。しかし段々と上手く打てるようになり、今ではこうして必殺サーブができるようになったのだ。…こらそこ、ぼっちサーブとか言うんじゃない。

 

そうして俺の打ったシャトルは確かなスピードを持って材木座の方へ接近する。久々に打ったが何とか打てて良かった、どうやらまだ腕は鈍ってなかったようだ。

 

 

「八幡…流石我が戦友!我が出来ぬことをいとも容易くできるとはグフぅ…!」

 

「あっ…」

 

なんて思っていたらシャトルはそのまま材木座の頭を直撃。シャトルはコロンコロンと転がり、材木座はそのまま後ろにバタりと倒れてしまう。…これ大丈夫か?

 

「おいどうした!?」

 

「あ、厚木先生」

 

材木座の力無く倒れる様子を見たのか、体育の厚木先生が材木座の元へと駆けつける。

 

「いやちょっとサーブをミスって…頭にシャトルがぶつかったんです」

 

「そうか…材木座!聞こえるか材木座!…どうやら意識はあるようだな、瞼は閉じたり開いたりしている。軽度の脳震盪だろう、このまま仰向けに安静にしていれば大丈夫だ」

 

「そうですか…それは良かったです」

 

必殺サーブが本当に人を殺さなくて良かった…。

そう思ってホッとしてると、厚木先生は呆れたように俺のことを見て言う。

 

「にしても比企谷、どうやったらバトミントンのサーブで脳震盪起こせるんだ?テニヌじゃないんだぞ?」

 

「あ、あははは…」

 

思わず乾いた笑いが溢れる。いや、本当に知りませんって、と言うか先生テニヌ分かるんですね。

 

そしてその後、先生によりパトリオットサーブは禁止技認定を受けた。解せぬ。

 




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