『スイッチ』を押させるな――ッ! (うにコーン)
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バイツァ・ダスト の巻

いつのまにかあった特殊タグの操作練習中。
タグの使い方がプログラミング言語に似てて使いやすいです


荒木先生「主人公がウジウジしてたら読者はウンザリするぞ」

この作品のキャラクターはあんまり悩みません。 悪は悪らしく。 善は善らしく行こうと思います。


「スイッチを押させるなァ  ッ!」

 

 仗助(じょうすけ)の焦りを含んだ叫びが、路上に響いた。 目の前には、血を流し倒れ伏す……1人の男。 自身の快楽のために、47人もの命を手にかけた快楽殺人鬼、吉良吉影(キラ ヨシカゲ)だ。

 

「いいやッ…… 限界だ、押すねッ!」

 

 吉良吉影に寄り添うかのように浮かぶ、半透明の異形の人型。 吉良吉影は特殊な弓と矢によって、ある能力に覚醒していた。 これは吉良吉影の精神エネルギー、分身体、()()()()()()()と言えるものだ。 この能力は、常に守護霊かのごとく寄り添う姿から、幽波紋(スタンド)と呼ばれる。

 

 吉良吉影のスタンド能力<キラー・クイーン>は、触れたものを『爆弾』に変える能力だ! 右手人差し指にある『スイッチ』を押すことによって()()させ、チリすら残さず爆発させる事ができるのだ。 彼はこのチリ一つ残さず消し去る能力で、遺体も証拠も残さずに殺人を繰り返し、自身の欲求を満たすため…… 快楽殺人を繰り返していたのだ!

 

 しかし!

 

 彼は今…… 追い詰められている。 彼の能力は『爆破』すること。 爆弾化させた空気の塊を撃ち出し、爆破させた際に出た、煙や家具が破壊される音で目立ってしまった。 現場は市街地! 付近の住民が、火災による煙を見たのか消防や警察を呼ぶッ! 少なくない野次馬の人だかりが出来てしまったのだッ!

 

 そして…… 後方には吉良吉影が、最も会いたくないと考えている最強の追跡者。

 

 

 スタンド名<スター・プラチナ>空条承太郎(くうじょう じょうたろう)

 

 

 が、こちらへ走ってくるのが見える。 その後を追うように、

 

 

 スタンド名<ヘブンズ・ドアー>岸部露伴(きしべ ろはん)

 

 スタンド名<エコーズ・act1.2.3>広瀬康一(ひろせ こういち)

 

 

 の3人が異変に気付き、1度は顔を変え、逃走に成功した彼を『キラ』だと見抜き、こちらへ向かってくる。

 

 そして眼前には、今まで戦っていた宿敵。

 

 

 スタンド名<クレイジー・ダイアモンド>東方仗助(ひがしがた じょうすけ)

 

 スタンド名<ザ・ハンド>虹村億泰(にじむら おくやす)

 

 

そして顔を変えるために、殺して顔を奪い乗っ取った男の子供。

 

 

 川尻早人(かわじり はやと)

 

 

 がいる。

 

 

 自身は傷だらけ…… 満身創痍ッ! 絶体絶命ッ! もうどこにも逃げ道は無いッ!

 

 『キラ』は()()()()()()()()追い詰められたのだ!

                           ド ド ド

 だが彼には『切り札』があった。 ()()()()()()()()()()()()()()()時にだけ使える『切り札』が。 卑劣にも()()()()()使()()()()非力な一般人、1人を犠牲に…… 時間を()()し、数時間だけ巻き戻す<キラー・クイーン>第3の爆弾。 その名は『バイツァ・ダスト』。

 

 追い詰められ、絶望から力無く地面に倒れ伏す吉良吉影。 そこに救急隊員の女性が駆け寄り手を差し出す。

 

 手を伸ばし、もう大丈夫だと元気付けながら、吉良吉影の手に触れる!

 

 再び現れる<キラー・クイーン>の姿!

                           ド ド ド

 このままでは『彼女』は『爆弾』に、気付かぬうちに変えられ、犠牲にされてしまう!

 

「今だッ!」

 

 そして!そのスイッチが押され    

 

 ズン!! 

 

  る前に、吉良吉影の右手が急激に重くなる。 右手はアスファルトに叩きつけられ、メリ込み、網目状にヒビを入れた。

 

「『ACT(アクト) (スリー) FREEZE(フリーズ)!!』射程距離5メートルに到達しました。 (エス)(エイチ)(アイ)(ティー)!」

 

 目の前には、いつの間にか接近していた広瀬康一のスタンド<エコーズact3>。 ()()()()()()()()()()能力により、吉良吉影の右手はアスファルトを砕くほどの、凄まじい重さにされた。 自重によって、右手の指がアスファルトに張り付いたように動かない。 『爆破』するには、スタンドの右手人差し指側面にある『スイッチ』を押し込む必要があるというのに。

 

 

「この クソカスどもがァ    ッ!!」

 

 

 起爆を阻まれてなおスイッチを押そうとする吉良吉影。 力づくで右手を無理矢理持ち上げると、スイッチを押そうと指を動かす。 だが、重くされた右手の動きは鈍い。 そこへスタンド使い最強といわれた承太郎が、ギリギリ射程距離内に到着し、能力を発動させる。

 

ドォ      「『スター・プラチナ ザ・ワールド』!」      ン!!

                           

 能力の発動と同時に、世界は完全なる静止に包まれる。 ザ・ワールド。 世界の名を冠するその能力は『時を体感で2秒間程止める』能力。 間違う事無き()()のスタンド能力だ。 スイッチを押されるギリギリで、能力を発動することに成功した承太郎は、安堵の吐息を漏らす。

 

 

「康一君……」

 

  承太郎の着ている、ロングコートの裾に捕まる彼に、止まった時の中で。

 

「君は本当に頼もしいヤツだ」

 

  康一へ感謝の言葉を告げる。

 

「この街に来て、君と知り合えて、本当に良かったと思ってるよ……」

 

  そして承太郎は。

 

「そしてやれやれ」

 

  倒すべき敵を見据え。

 

「間に合ったぜ……」

 

  トドメの拳をブチ込ませるッ!

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

 

ドグシャァッ!!

 

 

 超スピードによって繰り出される必殺の拳。 残像によって、幾つもの拳が分身のように現れる。 <キラークイーン>の右手を叩き潰しても、それでも尚。 打ち足らぬとばかりに叩き込まれる。

 

「『時』は動き出す」

 

「うげあああああ  っ!」

 

 砕かれ、裂かれ、潰された。 右手の痛みに耐え切れず、吉良吉影は悲鳴を漏らす。

 

 

メシャンッ!!

 

 

 停止した時の中でブチ込まれた拳。 吉良吉影の全身にクレーターを無数に穿つ。 折れた骨が肉を裂き、全身から鮮血が吹き出る。 ラッシュを受けた吉良吉影は、血を撒き散らしながら吹き飛ばされていった。

 

 

 数メートルも空中を、殴られた衝撃で飛ばされた。 叩きつけられるボロボロの身体(からだ)

 

「押してやる………… 押してやる。 今だ! 押すんだ!」

 

 止まった時の中で受けた拳は彼には一瞬の、瞬きほどの()()すら理解できなかっただろう。

 

「今! 『スイッチ』を…… 押すんだ…………」

 

 最早、右手は砕け、有り得ない方向にひしゃげている。 <スタープラチナ>のラッシュを受け、全身の骨が折れている。 立ち上がる事さえ出来ないほどだ。 吉良吉影は、うわ言の様に『スイッチを押す』と呟き、痙攣しているが、最早決着は付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    と…… 思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! ストーップ ストォーップ!!  そこに誰か倒れているぞーッ!!」

 

 吉良吉影が吹っ飛ばされた場所。 それは、怪我人を収容しようとしバックで移動していた救急車の真後ろだった。 何か…… やわらかい物にぶつかる独特な、水気を帯びた嫌な音が響く。 停止した救急車の後輪に、吉良吉影は右手ごと頭部を挟まれる。 吉良の頭部が背中側へ回転して行き、枯れ木の折れる乾いた音がしたと同時、車体の下から溢れ出る大量の血。

 

 急速に失われていく吉良吉影の意識。 そして…… 吉良吉影の『キラークイーン バイツァ・ダスト』は……

 

(せめて…… このクソカス共だけは……ッ!)

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼が絶命すると同時。 偶然『スイッチ』はタイヤに挟まれて押されてしまう。

 

 

 

    カチリ

 

 

 

 何の因果か…… 吉良吉影の死と同時に意図せず発動した<キラークイーン バイツァ・ダスト>

 

 死と同時に発動した能力。 歪んだ精神は吉良吉影の魂を糧に、増幅されたスタンドパワーを発揮させた……

 

 

 

ドグオォォ!

 

 

 

 しかし半端に発動した<バイツァ・ダスト>は、吉良の望み   ()()()()()()()()()のは不可能だった。 連鎖するように爆破は広がり、まるで線香花火のように小型の爆発が連続して起こる。

 

「どォーなッてんだこりゃアァーッ!」

「バカなッ! 吉良吉影はすでに再起不能だ!」

 

 限界以上に追い詰められることによって、効果が最大以上に膨れ上がった<バイツァダスト>!! 仗助、億泰、康一、承太郎の4人。 狭い範囲に絞られた能力。 連鎖した爆破は、『時』ではなく『世界』を爆散させた。

 

 

 

ドッグオオォオォォン!!

 

 

 

 一際大きい爆発が起こり、激しかった爆音は鳴りを潜める。 眩い閃光によって閉じていた目を、恐る恐る開く。 

 

 

   ザザァ…… ザザァ……

 

 

 吹き抜ける風。 葉擦(はず)れの乾いた音。 呼吸で感じる、木や草の香り。

 

「う…… 一体、何が……」

 

 承太郎は顔の前で、腕を交差させ防御していた姿勢のまま、呻くように言葉を漏らす。 ゆっくりと首を動かして辺りの状況を確認していく。

 

「此処は、何処…だ……?」

 

 そこは、草原であった。 風が吹き抜ける度に、草の絨毯は波打ち音を立てる。

 

 振り返ると、すぐ近くには森があった。 かなり深そうに見えるその森は、人の手が入っている形跡が無い。 手付かずの自然が、そこにはあった。

 

 幸いな事に、他の3人はすぐ近くにいた。 驚きの表情を浮かべたまま、絶句し、身体を硬直させている。 

 

「くそ…… 止められ、()()()()か……」

 

 悔しそうに仗助がそう呟くと、意識を失いその場に倒れる。

 

「仗助ェッ!」

「仗助君ッ!」

 

 億泰と康一が倒れた仗助に駆け寄る。 仗助を抱えた億泰は、仗助の足や肩に突き刺さった木の破片を見ると、

 

「こいつぁ…… ヒデェ……」

 

 と、額に冷や汗を浮かべて言った。

 

 木の破片が突き刺さった傷から血が流れていた。 放置すれば失血死してしまう。

 

「億泰、この刺さった木を抜くのはマズイ 抜いた途端、大出血するだろう。 飛び出た部分を<ザ・ハンド>で削り取ってくれ。 刺さったまま、止血する」

「お、おう わかったぜ! <ザ・ハンド>!」 ガオン! ガオン!

 

 抜き取る際に手間取らないように、数センチ残して破片を()()()()、裂いた服を包帯代わりにして止血する。 応急手当にしかならないが、これで時間が稼げるハズだ。

 

 一旦傷ついた仗助を横にすると、承太郎は付近を調べ始めた。 辺りを見回しながら辺りの植物や土を調べていく。 どうやら低木や雑草の葉を詳しく調べているようで、5分ほど調べたところで結論を出した。

 

「やれやれだぜ…… 日本に自生している植物がまったく見当たらない。 どうやらこの森は日本ではない可能性が高い」

 

 承太郎は手に持っていた摘み取った葉から手を離し、心底疲れたように告げる。 手から離れた雑草や木の葉はヒラヒラと舞いながら地に落ちていった。

 

「康一君。 君のスタンド<エコーズ>を上空に飛ばし、周囲の地形を確認してくれないか?」

「は、はい。 やってみます」

 

 軽く息を吸い、集中する。 そして康一の背後から、バスケットボール大のスタンドが姿を現す。 それはエコーズと名付けられている康一だけの能力であり、もう一人の康一自身だった。

 

「<エコーズact1>!」

 

 現れたスタンドは射程距離50メートルの、遠距離操作型スタンド<エコーズact1>だ。

 

 彼のスタンドは、物体に文字(擬音)を貼り付け、その音を繰り返し響かせる能力を持つ。

 

 また、康一の気持ちを文章にしたモノを相手に貼り付ければ   異常なほど思い込みの激しい人間には通用しないが   相手の心に直に想いを強く訴えることができる。 人に貼り付ければ頭の中にその音が響き渡り、五感の1つである聴力を、まるで強制的にヘッドホンでも付けられたかのように塞ぐことが出来る。 さらに地面や壁に貼り付ければ、たとえば踏み切りやサイレンの音などを出し、欺瞞させてまるでその音が鳴っているかのように勘違いさせる事ができるのだ。

 

 しかしこのスタンドには小さくない弱点がある。 長い射程・高い汎用性を持つスタンドだが『パワー』と『スピード』がほとんどない事だ。 このスタンドではかなり使い方を工夫しなければ戦闘に勝利することは難しいだろう。

 

 康一はエコーズを自身の上方   空中へと進ませ、高度を50メートルまで上げさせる。

 

 グングン高度を上げるスタンド。 スタンドの視界を共有し、辺りを見渡した康一は小さな村と石造りの遺跡か神殿のようなものを見つけた。

 

 しかし、村と神殿は別方向にあるうえ、かなり距離が離れていた。 両方の場所に移動するには、少なくない時間が掛かる事が容易に想像できた。

 

「うーん…… 後ろに森林を挟んで、石でできた神殿みたいな建物と…… 前に小さい村みたいな家屋がいくつか建っている場所がありますよ。 でも遠いので両方は無理ですね。 徒歩では時間が掛かり過ぎてしまいます」

 

 石造りの神殿。 これで益々この場所が日本で無い可能性が増した。 承太郎は、その情報を聞いて眉間にしわを寄せる。

 

「そうか…… ありがとう康一君。 仗助の治療のため、村に向かおう。 あればだが、落ち着いたら日本大使館の場所を聞いて、保護を求めることが出来るかもしれないな」

 

 気絶した仗助を背負い、承太郎が村へと進む。 康一と億泰は、此処が大自然の真っ只中だということもあり、血の臭いに誘われた熊や狼などの肉食獣を警戒しつつ歩く。

 

 背中に感じる命の重さに、焦りを感じながら承太郎は…… 村で仗助の治療が出来る事を祈ったのだった。

 

 

 

to be continued・・・

 




――没ネタ――

~ありんすさんが、6層でアルシェちゃんの頬をベロォするシーン~

「これは汗をかいている味でありんす…… アルシェ・イーブリィル!」 キリッ!


すきなとこ:あたりまえなことを、さも大発見のように言っちゃう。
      シャルティアちゃんかわゆい

ボツりゆう:貴重な敵役か仲間キャラが減る。


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異世界旅行者 の巻

流行れ……! 流行れ特殊タグ…ッ! めんどくさいなんて言わずに…ッ!



荒木先生「卑怯だったり、困難な状況に陥った理由がマヌケだからって理由だと、そのキャラクターは好かれないぞ」

成程、言われてみればって感じがする。
OVER LORDの、とあるキャラ。 マッチョで、正義感が強くて、優しくて、卑怯な手を使わないガゼフがイマイチ好かれず、2次作品とかの出番が
ガゼフ < ニグン
なのはこういう事だったんだと。
確かに、ガゼフがカルネ村でブチ殺されかけたのはマヌケさが原因と言えるね。
モロ悪徳キャラな貴族にやられっぱなし。 対策しないとマズイってわかってて放置、つまりウジウジ悩む。
んで装備ひん剥かれて、罠とわかってて部下を減らしてる。 最終的には無策にニグンヘ突撃して返り討ち。 主人公のモモンガに助けられる、つまり尻拭いされると。

さわやかキャラなのにもったいねえええええええ!

なので、INT増やして悩まないように改造したら人気出るんじゃあないだろうか?

出展は『荒木飛呂彦の漫画術』¥842だぜッ!
紙媒体と電子書籍両方あるけど、電子書籍の方が本文の検索が出来るからオススメだぜ。


「ハァ…… ハァ…… ハァ……」

 

 しん   と…… 静まり返った、物音ひとつしないしじまの空間で、痛みに耐える息遣いだけが……音を発していた。

 

 魔法の光が照らす部屋は薄暗い。 室内を快適な明るさに保つために作られた、魔法が掛かったシャンデリアは墜落し、その役目を果たしていない。 窓すら無いこの部屋は、太陽は決して照らしてなどくれない。

 

「ううっ…… くっ……」

 

 唯一…… その場で呼吸をしていた1つの影。 激痛に身を震わせ、口から出る悲鳴を噛み潰す。

 

 ゆっくり、ゆっくり……と。 長い時間を掛け、その人影はやっとの事で立ち上がった。

 

ビシャッ  ビシャシャッ

 

 床に叩き付けられる水音。 床には大量の血が流れていた。

 

 真っ暗な室内で人影は、肩口まで切り裂かれて力無く垂れ下がった右腕を押さえる。 歯を食いしばりながら痛みに耐え、首を回しキョロキョロと辺りを探す。

 

「生き残ったのは…… 私だけ……?」

 

 仲間の姿を。 同僚の姿を。

 

 やがて…… 人影は1人うな垂れると振り返り、足を引き摺りゆっくりと歩き出す。

 

 ……薄暗い室内を移動する人影が、崩れた壁に取り付けられた光源のそばを通り過ぎた。

 

 長い髪、細い腰。 形のよい乳房は血に濡れていた。 そう、『彼女』が負傷しているのは腕だけではなかった。 首筋を深く切り裂かれたためか…… 全身を、滝に打たれたかのように血に濡らしている。 左足の膝が()じ折られ、まともに歩くことすら出来ないだろう。 だから足を引き摺っていたのだ。

 

「どうして……? 一体、何が起きたのかも…… わからないけれど…… それでも……」

 

 ずっと俯きながら歩いていた彼女の視界に、無情にも階段が姿を現す。 燃え盛る炎のように美しかった、赤い絨毯。 しかし、今では見る影も無い。 粉々に粉砕された瓦礫と土埃が降り積もっていて、くすみ汚れていた。

 

  階段へ1歩踏み出す。

 

「んっ…… く、ああっ……ッ!」

 

 捻じ折られた膝を、力尽くで持ち上げる。 痛みに強い彼女も、想像以上の激痛に悲鳴を上げた。

 

コツ…

 

「ハァ、ハァ、ハァ…… んぐぅぅ……」

 

 それでも歩くのを止めなかった。

 

コツ…

 

 1段、また1段と…… シャンデリアの光を反射して、美しく濡れたような輝きを放っていた階段を上る。今では大部分が崩れてしまった階段を上って行く。 1歩踏み出す毎に血が噴き出す。 かなりの深手のようだ。

 

コツ…

 

 疲労と、出血と、痛みで…… 意識が朦朧としてきた彼女。 そんな彼女が近付く事を、拒むかのように高かった階段が唐突に途切れた。

 

  俯いていた頭を上げる。

 

「…………」

 

 彼女の目の前には、椅子に座って眠る…… 愛しき人。 

 

「……よかった。 お怪我は…… 無い様…です、ね……」

 

 彼女は安堵の吐息をつく。 苦痛に歪んでいた表情が、ふわりと綻ぶ。 そして、彼女が本来持っていた美貌を取り戻す。 優しさを感じさせる、白く透き通った、艶かしいまでに美しく整った顔。 (うる)んだ瞳から、一筋の雫が流れ落ちた。

 

 全てを投げ打ってでも、完璧に守り通した。 貴方のいない世界に、生きる意味など無いと。

 

 霞む眼は…… (すで)(ほとん)ど見えないが、彼女にはハッキリと見える。 この世の何よりも美しい、彼の姿が。

 

「ずっと、ずっと昔から…… 貴方様に…… 愛慕(あいぼ)を寄せておりました……」

 

グラリ      ドサッ

 

 よろよろと、崩れ落ちるように膝を折り、倒れる。 冷えた石畳が、火照った身体に心地よい。 燃えるように熱かった体温が、急激に下がっていく。

 

「やっと…… やっとお伝え出来ました……」

 

 身体をバラバラに砕かれてしまうのかと思えたほどの激痛は、もう無い。 むしろ身体が軽く感じる程だった。 

 

 眠る彼が座る椅子に、遠慮がちに寄りかかる。 そのまま膝元に、甘える猫のように頭を預け、眼を閉じる。

 

「1つだけでよいのです……… お願いを…聞いて頂けますか……? せめて…せめて最期(さいご)だけは…… 貴方のお側で……」

 

 溢れ出るように流れていた、暖かな血液は…… 今では緩やかになり。 苦しげに、喘ぐ様に激しかった呼吸も穏やかになった。

 

 喜色に満ちた、彼女の声は。 睡魔に負け、眠りに落ち…… 次第に小さくなっていく。

 

「心より…… 貴方様を…… お(した)い…して…… おります……」

 

 

 もう、血は流れていない。

 

 

    モモンガ様……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 質素な。 という言葉がよく似合う、石材と漆喰のようになめらかな質感の土壁で出来た家屋。 二階建てのその建築物は、ガラスやプラスチックなどは一切使われておらず、木材と土を焼いたセラミックス…… 原始的な瓦などの、自然からの恵みのみで建てられていた。

 

 二階に設けられた寝室に、これまた簡単な作りの寝台が、幾つかの部屋にわかれて置かれていた。 数は合わせて4つある。 そのうちの一つに、包帯を巻かれた少年が1人横たわっていた。 近づくと分かるが、その包帯からは、ハッカ油のような…… 湿布薬のような、目に沁みるほど強烈な薬草の臭いが放たれていた。

 

 うっすらと少年の眼が開かれた。

 

「ううっ…… ぐッ!……」

 

 起き上がろうと体に力を入れようとして、怪我による痛みが少年の全身に走った。 苦痛に満ちた声をあげる少年。 ひとまずは起き上がることを諦め、辺りを見渡す。 最初に目に付いたのは、くすんだ色をした古い木材で作られた天井だった。

 

(しらねー天井……)

 

 少年は、声には出さずにそう考えた。 全身に広がる、疲労によるものだろう倦怠感で、声を出す気力が沸かなかったのもある。 だが、それ以上に、なんだか言ったら負けのような、奇妙な感情があったためだ。

 

 すぐに天井から興味が失せ、少年は首を回し横を見る…… と同時に、突っつかれた猫のように肩を跳ねさせる。 顔のすぐ横、十数センチくらいの距離に、こちらを覗き込む子供の顔があったためだ。

 

「うおおおッ! びっくりしたぁッ!」

 

 急に動いたためにぶり返す痛み。 少年は、イデーイデーと言いながら、情けなく眉をハの字に曲げ傷を押さえる。 異臭を放つ包帯にグルグル巻きにされてはいるが、見た目より大丈夫そうだ。

 

 何呼吸かした所で、痛みが治まってきた少年は、もう一度横を見る。 5歳から…… 8歳くらいだろうか? ショートカットくらいの長さの髪を2つに分け、紐を使って左右に可愛らしく縛ってある。 髪の色は明るいが、染めてあるようには見えない。 目の瞳、虹彩もやや明るい。 幼さが目立つため、少女と言うより幼女と言った方が正しく思える。 全体的に丸みを帯びた顔が非常に可愛らしい女の子だった。

 

 しばらく無言で見つめ合う2人。 ドラマか映画のような状況だが、見つめ合う2人の内1人が幼女である事と、部屋中に異臭が充満している状況が、雰囲気を完全にブチ壊している。 人生はそう上手くはいかない。 現実は非情である。

 

 何か話しかけた方がいいのかと少年は考え、とりあえず自分の状況を訪ねようかと考えていた…… その時だった。 少年は幼女   いや女の子が、スゥ  ッっと息を吸うのに気が付いた。 少年の心に湧き上がる嫌な予感。

 

 

「お姉ちゃああああああん!!」

 

キィィン    

 

 鼓膜が破れるかと思うほどの強烈な空気の振動が、少年の耳を襲うッ!

 

 女の子は、少年の耳元でシャウトをした後、弾かれるように立ち上がると、姉の姿を探しに部屋から慌ただしく出て行ってしまった。 恐らく少女は姉の言いつけを守っただけだろう。 そう、『目を覚ましたらお姉ちゃんに教えてね……』と、言われていたために。

 

 …………そして部屋に再び静寂がもたらされた。 残されたのは、心臓の鼓動に合わせてガンガンと痛む、頭と耳を押さえて悶える少年。 ただ1人だけだった。

 

 

 

 

 

 トブの大森林。 直径45キロを優に超える、日本の四国(約1800平方キロメートル)に匹敵するほどの面積を持つ広大な森林。 その最南端に、少女たちの住まうカルネ村があった。

 

 村の真横に手付かずの大自然があるというのに、村には防壁どころか柵すらない。 カルネ村の真横の森林はトブの森の南側を支配する強大な『森の賢王』という魔獣の縄張りであり、めったにモンスターや猛獣は村へは来ないためだ。

 

 人口はおおよそ120人。 25家族からなる村の主な産業は、森から取れる薬草類の恵みと農産物だ。 100年ほど前に、トーマス・カルネという開拓者がこの場所に村を切り拓いた。

 

 森で採取される薬草類を、年に3回ほど商人が買い付けに来ることと、徴税にやってくる役人が年に1度来るだけの…… 時間が停止したような…… 『王国』に所属する小さな村である。

 

「お姉ちゃん! エンリお姉ちゃん! おきた! おきたよ!」

 

 2つのおさげを、馬の尻尾のようにぴょこぴょこと揺らしながら走る女の子。 騒がしく麦畑にやってきて、自身の姉の名を呼ぶ。

 

「どうしたのネム? おきたって何がおきたの? 落ち着いて話して?」

「すごい頭のおじちゃんがおきたの!」

 

 ああ、とエンリはそれだけの情報で納得した。 まあ、本人がソレを聞いたら「たしかによぉ~~ 叔父さんだけどよぉ~~……」と複雑な表情をするだろうが。

 

 エンリは麦畑の雑草取りを一時中断して、ぐぐ~っと腰を伸ばす。 ずっと中腰の姿勢で作業していたため、背中から腰にかけて筋肉がカチカチに固まってしまった。

 

 ネムは姉のエンリを急かしながら、元気いっぱいといった感じで村へ走っていく。 エンリは口では咎めるがいつもの事なので、歩いてネムの後を追った。 エンリは早歩きでネムを追っていたが、曲がり角でネムの姿が一瞬見えなくなる。 遅れてエンリが角を曲がると、ネムがなにやら地面に(うずくま)る男性に話しかけていた。

 

(ああっ!! なんてことッ! 走りながら余所見をしていたネムがぶつかって、怪我でもさせてしまったのかしらッ!)

 

 と思い、エンリは慌てて駆け寄ろうとする。

 

 

    だが

 

 

「うずくまって、おじちゃん。 オナカ痛いの?」

 

 聞こえてきたのは予想外な問い。 どうやら妹は体調が優れない男性を心配し、話しかけていただけのようであった。 エンリは真っ先に疑ってしまった妹に心の中で謝罪すると、(うずくま)る男性へ視線を移す。

 

 エンリが男性へ話しかけるよりも早く、男性はネムを見るやいなや、大きく肩を跳ね上げると、腕を振り回しながら逃げるように慌てて立ち去ってしまった。

 

 多少不審に思い眉を潜めるエンリ。 だが、その男は袋や鞄を持たず薄着であったため、物取りの類ではないだろう。 奇妙に思ったが、エンリはすぐに忘れてしまう事にした。

 

 エンリは、早く早くと急かすネムの手を取り、ネムに引っ張られ転びそうになりながら、仲良く自宅の方へと歩く。 手を繋いで村外れを歩いていると、エンリがある人影に気がついた。

 

「あら、お疲れ様です。 承太郎さん」

 

 承太郎と呼ばれた彼は、丸太を()()()()()()()()()()()()()()()薪を割っていた。 彼は、持っていた半月状に割られた丸太を、まるで蜜柑の房を毟るように手頃な大きさに割ると、大量に割られた薪の上に放り投げる。

 

「厄介になっているからな。 たいした礼は出来ないが……」

「あっ! おっきなおじちゃん、あのねっ! すごい頭のおじちゃんがおきたの!」

 

 彼と初めて会ったのは昨日の朝。 エンリが毎日の日課である水汲みをする為に、2斗(約36L(リットル))の水量が入る小型の水瓶を持って、井戸に向かおうとしていた時の事だ。 承太郎達3人が怪我をして意識の無い仗助を背中に担ぎ、トブの森方向からやってくるのをエンリ姉妹が見つけたのだ。

 

「ネム、それじゃわからないでしょ? ちゃんと言わなきゃ…… ごめんなさい承太郎さん、ネムが失礼な事を言って。 どうやら仗助さんの意識が戻ったようですので、皆さんに知らせようと思いまして」

「……そうか」

 

 短く返答をする承太郎。 億泰と康一に意識が戻ったことを伝えるため、一先ず作業を中断すると億泰達のいる場所へ歩き出した。

 

 ネムは、歯の生え変わりで隙間の空いた歯を見せて、機嫌良さそうに笑いながら2人の近くをクルクルと走り回る。 そんなネムの捲り上げた服の袖が、飛び散った草の汁で緑色に染まっていた。

 

「ムッ…… ネム、服の袖が汚れてしまっているな」

「あら本当。 仗助さんに使う薬草をすり潰した時に飛び散ったんだわ」

 

 そう、重傷の仗助を見て手当てをしなければと一番最初に言い出したのはネムだった。 大量の出血の跡に驚いて慌てている年上のエンリより、10歳のネムの判断の方が早かったのだ。

 

「すまないな。 村の貴重な備蓄だろう。 有り難いことだが……」

「大丈夫ですよ、困った時はお互い様ですから。 それに承太郎さんが割ってくれた薪、すごい量でした。 薪割りは重労働なので助かります。 当分は薪に困らないほどの量なんですよ?」

 

 腰を曲げて少し前屈みになり、隣を歩く承太郎の顔を見上げるような、あざとい姿勢でエンリは微笑む。 しかし、彼の方は滅多に笑みを見せない。 だが、ネムに対してはうっすらと……   本当に僅かだが   笑みと、僅かな寂しさを浮かべて、頭を撫でる。 彼から聞いた、おそらく遠いであろう…… ニホンという、何処かにある彼の故郷に、娘か息子を遺して来てしまったからに違いないと、エンリは勝手に想像していた。

 

「それに、他の皆さんにも村の事を手伝って貰ってますし…… そんな気負わないで下さい」

 

 仗助を抱えた承太郎達を、エンリは治療のため自宅へと運び入れた。 傷を縫い、薬草で止血   あっという間に出血が止まって、承太郎達は非常に驚いた   し、エンリの御両親に寝台を貸してもらい、意識のない仗助をそこに寝かせたのだ。

 

 傷を縫ったのは承太郎だ。 承太郎の腕が二重にブレたかと思った時には、物凄いスピードで縫い上げられていた。 エンリの両親から借りた縫い針と糸で、顔色一つ変えずブスブスと躊躇なく傷を縫ったのだ。 その際、エンリが心配そうに近くで見ていたのだが、糸で傷を縫うのを初めて見たようで、顔が真っ青を通り越して真っ白になってしまっていた。

 

 ちなみに綿糸(めんし)で縫い合わせた。 金属やナイロン製の糸が手に入らなかったためだ。 抜糸する際に肉が引っ張られてかなり痛むだろうが…… 縫わずに放置して化膿させるよりはマシだろう。

 

 途中で、大量の洗濯物を洗う作業をしていた康一と億泰に合流し、エンリの自宅へと入る。 康一が洗うと大量の洗濯物が、短時間のうちにものすごく綺麗になるのでエンリは不思議に思っていた。 薬草の汁が染み付いた服でさえかなり綺麗になるのだ。

 

 『能力』とか言うヤツで洗うらしく、放っておくだけなので疲れないらしい。 康一は、今では村の殆どの洗濯物を引き受けていた。 どうやっているのか一度聞いてみたが、超音波の振動がどうとかで、エンリには少々難しく理解出来なかったので諦めることにした。

 

 家に入るとエンリの母親が出迎えてくれた。 丁度昼食を作っていたようで、良い香りが部屋中に充満している。

 

 軽く挨拶を交わし、2階へと階段を上る。 扉を開け室内に入ると、薬草の臭いがツンと鼻を刺激した。 寝台に寝ていた仗助が首だけを動かし承太郎達に気がつくと

 

「あっ…… 承太郎さん。 お久しぶり? ッスかね? 」

 

 と苦笑いを浮かべた。

 

「ああ、そうだな。 ……約1日半振りか」

「えっ! そんなに寝てたんスか!?」

 

 丸1日    正確には30時間以上意識が戻らなかったことを聞かされた仗助は、自分が怪我をしていることも忘れ、大声を出してしまう。 目元に涙を浮かべながらハラを抑えている仗助を見て、康一は安堵と呆れから、ほう、と溜息をついた。

 

「診たところ内臓はやられていなかった。 出血のショックで意識を持って行かれただけだろう」

「仗助よぉ~ ネムちゃんに御礼言っとけよ? 看病とその包帯の薬やったのネムちゃんなんだからよぉ~」

「ヘェ~ッ! こんなに小さいのにグレートッスねーッ! ありがとうよ~ネムちゃん、後で御礼させてくれよなぁ~~」

 

 隙間の空いた歯を見せてニカッとはにかむネムの頭を、仗助が撫でる。

 

「痛みはどうだ、仗助」

「あ、大分良くなったっスね…… 動かさなければッスけど。 いやー、スゲー薬草っすね…… 効果も臭いも……」

 

 ふむ、と少し考えて承太郎が仗助の腕に巻かれた包帯を解く。 驚く事に、ほぼ傷が塞がっており、縫った糸も取れてしまっていた。 抜糸の痛みから解放された仗助は内心ガッツポーズをする。

 

 

    

 

                           ゴ ゴ ゴ

 ふと仗助が違和感に気がつく。

 

(ん? なんつーか…… 下半身に違和感があるぞ……)

 

 寝台に寝転がったまま、胸の辺りまで掛けられていた厚手の掛け布を少し持ち上げる。

 

「………?」

 

 腰のあたりに何か白いものが見える。 布だろうか。 仗助の腰の部分を広くカバーするように布が巻きつけられ、留め具で止められていた。

                           ゴ ゴ ゴ

「…………」

 

 足の付け根まで布がしっかりと隙間なく覆っている。 厳重に巻きつけられた布は、ちらっとみただけでは下着のようにも見えるが…… 下着にしては()()()()()()

 

(…………ゲッ! こ、これは! まさか!! )

 

 

                           ゴ ゴ ゴ

 

 

 

 

 

 

 

 

バァ    (オムツだとォォオオッ!?)    ン!!

 

 

 

 

 布オムツを履いていた。 いや、()()()()()()()

 

 いつ意識が戻るのかわからず、実際に1日半もの間意識を失っていた重傷患者に、オムツをつけるのは衛生的に考えても当然だ。 フツーの病院だったら、取り外す時に激痛を覚悟するアレ…… 尿道カテーテルを問答無用でブッ込まれていただろう。 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()が…… 最初から最後までこれだけを使っていた…… つまり…… ()()()使()()()()()か、どうかは…… 今の状況からは推測出来ない。

 

(ハッ! そ、そんなことより! 誰がやったんだ!? 俺は意識がなかった…… 俺に取り付けたヤツがいるハズだぜッ!)

 

 持ち上げていた掛け布をソロリソロリと慎重に戻すと、不自然に思われないように細心の注意を払って辺りを見回す。 最初に目についたのは、寝台の端に腰を降ろし談笑する億泰。

 

(キャラじゃあねえよな……)

 

 億泰の可能性を一瞬でバッサリと切り捨てる。 康一である可能性も、体格が小さいからと除外。 次に視界の端で騒ぐネムが目に入るが……

 

(いや流石にねーよ……)

 

 仗助はエンリを、目を動かさないように視界の端で見る。 仗助が無事に意識を取り戻したことが純粋に嬉しいのだろう。 ニコニコと機嫌がよさそうに微笑を浮かべていた。 だが、仗助には悪戯をしている子供が笑い声を出すのを我慢しているようにも見えた。

 

(い、いやそんなハズはねェ  ッ! だ、だが…… もしそうなら…… ヤベエぜ  ッ! 気になるけどよ  ッ! 知りたくねぇよォ  ッ!)

 

 と、くだらない不安に襲われる仗助。 その後の会話など全く耳に入らなかった。 ちなみに…… この室内に子持ちの男性が1人いることを仗助は知らない。

 

 まぁ、仗助が「なんで教えてくれなかったんスか!」 と言ったところで、「聞かれなかったからだ」と、返って来るであろうが。

 

 

 

 

to be continued・・・




――没ネタ――

~~もしジョジョオタな至高の御方がいたら~~


モモンガ「お久しぶりです。 ナンテコッタ・フーゴさん」

一々ジョジョ立ちするパンドラ

パンドラ「至高のウォン方にッ! 教えていただきましたァン!」ビシイ
モモンガ「やめろ」


すきなとこ:ギャグ色が強そうでおもしろい。だれか書いて

ボツりゆう:ギャグ書くのが苦手


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招かれざる客 の巻

紛らわしいので、承太郎の一人称を3・4部『俺』から、6部『私』に変更します。



荒木先生「超魅力的な(おもしろい)キャラクターがいれば、もうその作品は無敵だぞ。 それくらいキャラクターは重要だぞ」

沢山の方が、様々な2次小説を執筆される中で。 オリキャラ物で、特におもしろいと感じるものは、全てといっていいほどキャラクターが個性的で楽しい。

ああ成程、と思う。 書籍版オーバーロードでは、出てくるのは全て個性的なキャラクター。

主人公は骨だし、ヒロインは残念美人。 龍と言えばカッコイイ物である……という風潮をブッ飛ばすデブゴン。 

さらに、こんな少ない情報で「あ、これはあのキャラの事を言っているんだな」と想像できてしまう。 それくらい個性的で『濃い』キャラが勢ぞろいだ。

本編、2次問わず、そんな個性豊かなキャラを見ることが出来るのは、それだけで楽しいんじゃあないかな?

みんながんばれ。 神様!


 オホン、オホン 「だからよぉ~~ なんで着替えるか? なんてどうでもいいことじゃあねーかよぉ~~ くっだらねぇーこと聞きたがるよなぁ~~っ」 オホホーン、オオホン 

 

 仗助は顔を赤くしながら、わざとらしく咳をする。

 

「オホン、オオホーン! オホン オムツ オホーン!!」

「えっ? 何から着替えるんだって?」

 

 耳に手のひらをあてて、よく聞こえなかった と、億泰が聞き返した。

 

「何着てようがどうだっていいじゃあねーかよぉ  ッ! 着替えるからよォ~ さっさと出て行ってくれよッ!」

「今何かオムツ…… とか聞こえたけど……」

 

 ウププッ と億泰が目を丸くし、笑うのを堪え切れないといったフウに噴き出した。

 

「実はよぉ、もう知ってんだよっププッ。 ヒソヒソ こんな面白いことからかわずにいられるかってんだッ! ヒソヒソ  ウククッ! ウクッウッ!」

「あっ!ひょっとして承太郎さんからすでに聞いているなッ!」

 

 仗助は、掛け布を頭まで被って億泰に背中を向ける。 完全にヘソを曲げてしまったようだ。

 

「このチンピラがッ! からかってやがったなーッ! くそーッ着替えはもういいッ!」

「わかった、わかったからよぉ~…… 俺が悪かったよ…… そう怒んなって仗助ェ~ 着替え終わるまでの間、部屋から出てくよぉ~」

 

 億泰は、仗助のマネをしてわざとらしく咳をし  

 

「オホーン オホンオホン オホホーン オムツ を着替えるから」 ギャハハハハハッ!! ヒーヒー!

 

バンバン  バンバン

 

 床を叩きながら、億泰は爆笑している。 うるさい。 非常に迷惑である。

 

(く、くっそ~~ッ! 付け上がりやがってェェェ  ッ! これは俺のキャラじゃ無いッ! 下ネタは断じて俺のキャラじゃないッ! ……ぐ、ぐやじいいい~~ッ!)

 

 悔しさから、ギリギリと歯を食いしばって目に涙を浮かべる仗助。

 

「うるせーぞ億泰。 状況確認は昼食を摂ってからだ。 仗助もさっさと着替えて降りてこい」

 

 椅子の背もたれに掛けてあった仗助の制服を、承太郎が投げ渡す。 バサリと制服は音を立て、覆いかぶさるように拡がると、寝台に着地した。

 

 

 

 

 仗助が包帯を外し、着替えを終えて1階に降りてくると、テーブルの上には鹿肉を使った料理が並んでいた。 脂の少ない深い赤色をした…… まるでルビーのように美しい赤身の肉を煮込んだシチューだ。 鼻をくすぐる香ばしい香りと相まって、非常に美味しそうに見える。 仗助の胃が、音を出して空腹を訴えた。

 

 だが、エンリの表情は何故だか硬い。 肉を前に固まっているエンリと、久々の肉にテンションが上がりっぱなしのネムが対照的だった。

 

「お母さん、このお肉は…… どうしたの?」

 

 カルネ村では肉など滅多に手に入らない。 畜産をする余裕が無く、トブの森で狩をするのもモンスターや森の賢王などの脅威が多く危険な為だ。 森の浅い場所なら比較的危険が少ないが、そもそもカルネ村には狩人が1人しか居ない。

 

「承太郎さんがラッチモンさんと一緒に狩をしてきてくれたのよ。 大きな2頭の雄鹿を獲って来てくれたから、村の人達と分けても沢山あるわよ。 遠慮しないで食べて、エンリ」

「しっかし、弓を使わず槍だけで仕留めるなんてどうやったのですかな?」

 

 文字通り頭を捻って不思議そうな声で聞いてくるエンリの父に、承太郎は 「投げただけだ」 とだけ答える。

 

 ヘェ~と、それだけの説明で納得するエンリの父に()()()()()が苦笑いする。 どうやら承太郎達4人なら何でもありだと思われているらしい。 向こうから肉にしてくれと言ってきたと説明しても、ヘェ~ の一言で済ましてしまうような、そんな勢いを感じた。

 

「鹿肉って初めて食ったっスけど、結構イケるっスね~~ サッパリしてて、食べやすいっス」

「仗助、オメー、もう肉食っても大丈夫なのかぁ~? 怪我とかよぉ~」

「大丈夫だよ! つーか心配するフリして肉取んなよッ!」

「へぇ~…… キャットフードとかに使われてるのは知ってたけど…… こんなに美味しいなんて知らなかったなぁ…… 猫っていい餌食べてたんだなぁ」

「おねーちゃんおかわりぃッ!」

「もう食べたのネム!? ちょっと待っててね、よそってくるから」

「…………やれやれだぜ」

 

 一瞬で騒がしくなった状況に、承太郎は溜息を1つ。 賑やかな声に水を差さないようにと、騒がしさを我慢して食事を進めた。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて、エンリの両親も交えた一家団欒のひと時。 村の仕事は、承太郎と康一&億泰コンビがほぼ終わらせてしまったため余裕があるのだ。 承太郎が村の事や地理などの質問を(まじ)えた話をしていると、仗助のところへ2リットルペットボトルくらいの大きさの人形を抱えたネムがやってきた。

 

「おじちゃん、これ見て~ かわいいでしょ~ お気に入りなの」

 

 仗助はもう既に、おじちゃん呼びを諦めている。

 

 ネムが持っている人形は、古びたガイコツ魔術師の編みぐるみで、モチーフとは裏腹に非常に可愛らしいものだった。 注意してよく見ると、所々ほつれたり破れたりしている。

 

「ずいぶん古そうな人形だなぁ~ ガイコツの人形なんてよ~ ものスゲー作るの難しいだろうによ~ 作った人はよ~ こりゃあ天才だな」

 

 本気で人形の造りの繊細さと技術力に感心すると、傷んでいるところが嫌でも目に入る。

 

(おっ! そうだ礼をするんだったぜ!)

「ネムちゃん。 その人形破れたりほつれたりしてるけどよぉ~~ 『なおして』あげるぜ?」

「えー! おじちゃん治せるの~! すごいすご~い!」

 

 まさに天真爛漫といった笑顔を浮かべる。 これには仗助も思わず釣られて口角が上がった。

 

 仗助が破れた箇所を両手で覆い、「痛いの痛いの飛んでいけー」なんてらしくないことを口走る。 それを聞いた康一は、仗助の背後で、思わず うわぁ…… という感じの引き攣った苦笑いをしてしまった。

 

 そんな康一をよそに、新品同様になった編みぐるみを見てネムは わぁ~! と感動と喜びの声を口に出すと……

 

 

「ありがとう! すごい頭のおじちゃん!」

 

 

 大声でお礼を口にした。

 

                  ド ド ド

 

 承太郎達3人の、周りの空気が一瞬で凍りつく。 康一と億泰は滝のような冷や汗を流し、緊張に身体を固まらせた。 そして、承太郎は自身のスタンド<スター・プラチナ>を   うっすらと体に重なるようにだが   発動させている。

 

 急に緊張状態になった3人を、エモット夫妻が不思議そうに見ていた。 今の所この3人しか知らないことなのだが…… 普段は温厚な性格をしている仗助だが、トレードマークの髪型を(けな)されたりすると突然キレる奇妙な性質を持っているのだ。

 

                  ド ド ド

 

  スゥーッと仗助の右腕が持ち上がっていく。

 

 

 スタンドは精神力に依存する。 怒りなどの精神状態の変化で、スタンドの性能やパワーが上下するのは珍しいことではない。

 

 

  <スタープラチナ>の能力を、発動させる寸前まで準備させている承太郎。

 

 

 いきなりキレるのは母親譲りの性質だろうか? その爆発力は筆舌に尽くしがたく、その圧倒的なパワーは承太郎の<スター・プラチナ>のパワーを凌駕するほどであった。

 

 

  そして…… 仗助の右腕が肩の辺りまで持ち上がり…… 止まる。

 

 

 

 

 そして、仗助はビシィッ! と、自身のリーゼントを指差したのだ。

 

「スゲーだろ~ この髪型はよぉ~! オレの命の恩人も、こんな髪型だったんだぜェ~~ッ!」

 

ズルゥ  

 

 仗助の予想外の行動に、力が抜けズッ転ろぶ億泰と康一。

 

「…………」

 

 承太郎は無言でスタンドを消すと、エンリの両親との会話に戻っていった。

 

(なあ、康一よぉ 仗助のヤツ何でキレなかったんだ?)

(『凄い』は仗助くんの中では、ケナす言葉じゃあ無いんじゃないかな……タブン)

 

 口元に手をやり、聞こえないように気をつけながら小言で質問した億泰。 まぁまぁ納得のいく予想が康一の口から聞かされる。

 

 

 

  しかし、そんな平和なひと時は唐突に終わりを迎えた。

 

 

 

    ぁぁああああ!!」

  なんだ!?」

 

 ガタンと勢いよく椅子が倒れる音。 仗助が椅子を蹴り倒しながら立ったために起きた音だ。

 

 仗助が椅子を蹴倒しながら立ち上がり、承太郎の目は細く鋭くなる。 聞こえて来たのは…………悲鳴だろうか? 誰にも指示されること無く4人は行動に出た。

 

「ネモットさん、姉妹を連れてこちらへ来るんだ。 絶対に御家族と繋いだ手を離したりするな」

 

 彼等はエンリが一度も見たことの無い表情をしていた。 剃刀のように鋭く尖らせた神経が、承太郎の表情を険しいものへと変えていたのだ。

 

 エンリ達が身を寄せ合い、室内の脇へ移動したのを見届けた仗助は倒れた椅子に向き直り、そのまま右足を振り上げ  

 

「〈クレイジー・(ダイアモンド)〉ッ!」

 

 と叫ぶと、背後から現れた白い幽霊と重なるように右足をスイングさせた。 粉々に蹴り砕かれフッ飛んでいく、元・椅子の残骸。 家屋の裏口の扉に残骸が衝突して、木と木がぶつかり破壊され、 

 

バッギャァァアッ!

 

 と、轟音が響った。

 

 そしてエンリは驚愕に眼を見開いた。 破壊されたハズの扉と椅子の残骸が、まるで映像の逆再生のように飛び散った残骸と共に集まっていったのだ。

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「裏口は塞がせてもらうぜぇ~~ッ! 後で元通りになおすからよぉ~~ とりあえず出入り口は玄関だけにしたッ!」

 

 チラリと、侵入経路を見事に塞いだ仗助を見て、玄関へと警戒しながら歩く承太郎。

 

「今のは…… 明らかに悲鳴だった。 室内だったため、聞き取り辛かった上に方向もわからないが…… エモットさん、貴方達は御家族と一緒に、ひとまず避難したほうがいい」

 

 玄関を自分の体で塞ぎつつ外の様子を伺う。 近くに、今すぐ危険だと思われる脅威が無い事を確認する。

 

「<エコーズact1>ッ!」

 

 外の状況を確認し終えた承太郎に、視線だけでコンタクトを取った康一が、自身の分身とも言える『スタンド』を出現させる。

 

 精神エネルギーの塊でもあるスタンドは、うっすらと背後の景色が透けて見える。 スタンド能力で生じた像は、自分自身の分身と言えるものだ。 射程距離内ならば、壁の向こう側で操作するのも自在だ。 ただし、スタンドの視界と共有できる能力でないと分身の状態がわからず、目隠しした状態になってしまう。

 

 康一の、小型のスタンドは視認性が低い。 その姿は、まるで偵察ドローンのように空中に浮かぶ。 蛇のような長い尻尾を揺らし、2本の腕と…… 浮かんでいる為必要が無いハズのタイヤが、脚の代わりに付いている。

 

 軍事用偵察ドローンは、最低2km……出来れば5km以上遠くから操作出来る事が望ましい。 だが、エコーズはスタンド能力だ。 ある程度の攻撃が出来るし、エンジン音や風切り音がしない静かな移動が出来るので、これ以上望むのは酷だろう。

 

「偵察してこい、エコーズ!」

 

フワリ

 

 康一の命令を受け、外に出ていくエコーズ。 そのままグングンと高度を上げ、射程ギリギリの地上高50メートルまで上昇する。 パワーが低い代わりに遠隔操作する事が出来るこのスタンドは、遠距離から操作する必要性から、スタンドの視界を共有する事ができる。

 

 上空でエコーズは首を振り、異変を探す。 が、それはすぐに見つかった。 森とは反対方向。 村の南側から、全身を鎧に覆われた…… 見た目から騎士だと推測できる人影が確認できた。 手に握るのは、太陽の光を反射し銀に輝く剣。 その剣の1つは血に濡れている。 全身鎧に包まれた騎士は、鎧の重さを感じさせない軽快な足取りで、村へと走る。

 

「あ、あれは!」

「どーした康一! なにが見える!?」

「鎧だ! 鎧を着た集団がこっちに来るよッ! 血のついた剣を持ってる…… さっきの悲鳴はきっとこいつらのせいだ!」

 

 

 

「「  !!」」

 

 

 

 康一を含めた4人の表情が、眼に見えて固くなり、エモット夫妻はその腕に抱いた姉妹をさらに強く抱きしめた。 武器を持った襲撃者が近づいている。 その情報を聞かされたエンリから、小さく悲鳴のような声が漏れる。

 

「……やれやれだぜ。 まだ村の外にいるんだったな、康一君。 敵の数が多いから、バラバラに散会されるとブチのめすのに時間が掛かりすぎて面倒だ。 そうなると村人に犠牲者が出るだろう。 オレと仗助が迎撃する。 億泰と康一君は(はぐ)れた奴らから村人を守ってくれ」

 

 手早く役割分担を決め、承太郎と仗助は扉を蹴破り外へ出ると、騎士のいる方角へ全力疾走してゆく。 そして康一が、少し待ってくださいと慌てて騎士から逃げようとするエンリ達を引き止める。

 

 康一は集中するとスタンドへ意識を移し、その目から光が消えた。 虚ろになった目は開かれているが、その目は何も見ておらず、スタンドの視界が康一の精神に繋がれる。 村の上空で浮遊する<エコーズact1>は、その2本の(かいな)に『音』を固形化したような物体を抱えていた。

 

 <エコーズact1>が、腕を振り上げて文字を眼下に広がる村へと投げた。

 

ドシュゥ  ッ!

 

 村の中央広場に向けて投げられた『音』は、地面に触れると、そのまま吸い込まれるように立体的だった姿を消す。 そして、大地にはまるで描かれたように『カンカン』という文字が()()()()()

 

カンカン!! カンカン!!

 

 と鐘を叩く『音』が村中に響き渡る。 これを聞いた人はこう思うだろう。 「これは警鐘の音だ」と。

 

 異変に気付いた村人が民家から次々と顔を出す。 そこへまた投げられた音は、『武器を持った騎士が迫っているので村の中央広場へ急いで来て下さい!』という『声』だった。

 

 危険が迫る。 それは、この世界に住まう村人は、珍しいことではないと言う。 モンスターか、それとも野盗か。 思い当たる(ふし)は幾らでもあった。 ナイフや農具などの手近な武器を持った村人が、顔を蒼白にして民家から飛び出し、中央広場へと走る。

 

「よしッ! これで一箇所にみんな集まってくれる! ()()()()()なったッ!」

「行くぜッ 康一! 村の広場によぉ~~ッ!!」

 

 億泰は扉の無い玄関の縁を掴み、慎重に顔を出し外の様子を伺う。 敵の姿は見えない。 銀色の鎧は日の光に輝く雪のように目立ち、粗雑な楽器のようにガチャガチャうるさいので、チラッとみるだけで見落とすことは無い。 そのまま億泰は倒れた扉を踏んで外に出ると、振り返らずに腕を クイックイッ っと手招きした。

 

「近くには居ないようですので、僕たちも行きましょう。 殿(しんがり)は僕がやりますので、億泰君の後ろを付いて行ってください。 ただ、億泰君のスタンドに巻き込まれないように近づきすぎないで下さい!」

 

 スタンド というものが、エンリ達には良く解らなかったが…… 先ほど姿が見えた、幽霊のようなものを四人が召還できるのだろうと無理矢理納得させる。 コクリと、緊張した面持ちで頷いたエンリの父。 ネムと硬く手をつないだエンリと妻の手を掴むと、チラチラと後続の様子を伺いながら進む億泰の後を追うって外に出る。

 

 

 

 

 

 一度も騎士に出会わずに、中央広場に到着した億泰と康一。 エンリ達は他の村人達と合流すると、粗末な武器を持った村の男達に促され、男達の後ろへと移動した。

 

「ヨッシャァッ! 無事に合流できたぜぇーッ!」

「まだだよ、億泰君! はぐれた殺人鬼が2、3人こっちに来るかもしれないッ!」

「あーそうだったな。 オレのスタンドはよぉ~…… 『手加減』が()()()んだよなぁ」

 

 康一はすでに上空へ飛ばしたエコーズを回収している。 いつでも自分の身と村人を守れるように…… 康一は以前深追いをして後悔してから、慎重になっていた。

 

 2人は、物陰に隠れていないか確認するために、お互いに離れた場所をウロウロと歩く。 舗装されていない道…… いない。 曲がり角の影…… いない。 民家の影…… いない。 ……どうやら仗助と承太郎が、かなりの数を抑えていてくれているようだ。

 

 (なんとかなりそうだ)

 

 ほっとする康一。 少し張り詰めた神経を緩めた、その時であった。

 

「あっ!」 

 

 康一が指を指した先に、物陰から現れた騎士が1人でこちらへ向かってくるのが見えた。 康一が振り向いて億泰に伝えようとする。

 

 

  が、しかし。

 

                  ゴ ゴ ゴ

 

 康一の眼に映るのは、2人の騎士と対峙する億泰の姿であった。

 

 騎士は康一を見ると、面頬付き兜に隠されて確認できない表情をニヤリと歪める。 この村最初の獲物は、目の前の黒い服を着た子供。 武器を持たずに、こんなところをフラフラと歩いている。 

 

(ククク…… この…… 馬鹿めがァ――ッ!!)

 

 剣は、家具やガラクタをひっくり返すのに邪魔だったため、抜かずにおいた。 (さや)から抜かれる銀の剣。 凶暴な(やいば)は、日の光を浴びてギラリと光る。

 

(子供はすばしっこいからなァ――ッ! 捕まえておかなくちゃあなぁッ!)

 

 騎士の腕が、目の前の子供を捕まえようと伸ばされる。 が、その前に子供がこちらに振り向く。 自分の姿を見ても逃げない子供に、不審に思い伸ばす腕の速度が落ちた。

 

「一応…… 言っておきますけどぉ~ いまの僕に触らないほうがいいですよぉ~?」

 

 騎士の腕がついに康一の肩を掴んだ。 何か言っているが自分には関係ないと無視し、手甲に包まれた腕を後ろに引き鋭い剣先を突き立てようと振りかぶる。

 

 

 

 ……ふと、掴んだ肩になにやら   模様のような物が(えが)かれている事に気が付いた。

 

 

 

「ン? なんだ、これは…… 文字……か? これは…… 読めないが……」

「<エコーズact2>…… ぼくの『服』にはすでに『尻尾文字』が貼り付けてあるんだよ。 あ~あ…… だから言ったのに……」

 

 康一の衣服には、すでに『グルグル』の文字が()()()()()()()のだ。

 

 やれやれという、呆れた感情を表情に出し捨て台詞を吐く康一。 外国人のようにオーバーな仕草で、両手の掌を上に向ける。

 

 康一のスタンド<エコーズact2>の能力。 それは…… 尻尾文字が張り付いた箇所に触れると、書かれた文字が実感となる能力だッ!

 

 全盛期のマイケルジャクソンばりに騎士は  

 

グル グル グル グル グル

 

 激しく回転するッ!

 

 しばらくして回転が止まり、騎士は生まれたての小鹿のようにヨタヨタとふらつく。 足がフニャフニャになっていて覚束(おぼつか)ない。 だが、急にピタリと動きが止まった。

 

「………………?」

 

 小刻みに震えながら棒立ちする騎士。 それを不審に思った康一は、震えている騎士を(いぶか)しげに観察する。

 

 やがて震えもピタリと止まった。 すると……

 

「…………うぶうぉえええええッッ!!」

 

 ブッシャァァア!!

 

 回転させられ酔った騎士は、逆さにしたバケツにのぞき穴をつけたような見た目の、面頬付き兜を被ったまま嘔吐した! 行き場を失った吐瀉物は、のぞき穴から水鉄砲と同じ原理で吹き出す。 そう、()()()()()()()()()()()()()

 

「うわあああああああああああああああああッ!!」 

 

 ギリギリのところでゲロブレスを回避した康一は、叫びながら必死で距離をとった。 そして、バクバクと走ったからではない心臓の鼓動に胸を押さえ、ブッ倒れた騎士を見ながら  

 

(次からグルグルの文字は、地面に貼り付けよう……)

 

 と反省したのだった。

 

 

 

 

 

to be continued・・・

 

                                  




目ん玉からゲロ吐きやがれッ!
というお話。


――没ネタ――

~もしデミウルゴスがマジギレしたら~

デミウル「本物のアインズ様はこの私を信頼成されて『まかせる』とおっしゃったのだ!!」
    「よくも!! このクソ下等生物がッ! ()()()()()()()()姿()()()()()()()なァ――ッ!」
    「蹴り殺してやるッ! この両足羊がァ―――ッ!!」


すきなとこ:デミちゃんの忠誠心がアリアリアリアリアリと感じられるとこ

ボツりゆう:どうやれば変身するんだ? いや、出来るのか?
      できそうな奴とモモちゃん接点無いしなぁ


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カルネ村襲撃警報! の巻

荒木先生「キャラクターを作る上で、重要なのは動機だぞ」
    「動機が曖昧だと感情移入できないぞ。 あと早めに伝えないといけないぞ」

動機かぁ~。
共感できる動機ってなんだろう? こんな理由なら殺人も許されるっていう動機。
侵略戦争…… 善性キャラでは厳しいか。 盗賊がいたので殺っちゃいました…… 偽善かな? うーむ……

モモンガさんの動機はナザリックを不滅にするために「殺られる前に殺る」っていう行動的な理由だよね。
殆どの善性主人公が、正当防衛な受動的理由で動いている中、先手先手で動くモモンガさんマジパネェッス。

デミウルゴス「俺たちに出来ない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!」
こんな感覚なんだろうか。

受け身な理由ってーと復讐とかかな? 攻めな理由ってムズカシイよね。
反社会的な動機で行動する夜神月さんを、主人公にするのはスゲー難しかったと思うぜ。


「ハァ、ハァ、ハァ…… な、なんて大量のゲロを出すんだ…… まさかこれがコイツの能力!?」(ドキドキ)

 

 一拍置いて、大量の冷や汗が康一の全身から溢れる。

 

 全身にゲロをおっ(かぶ)った騎士は、2日酔いにうなされる酔っ払いのように、(うめ)き声を出しながら地ベタに転がっている。 泥まみれで汚らしい。 それを康一は、道に転がっているクソを見るような、近寄りがたさと嫌悪が混ざった視線で騎士を見る。

 

「そんなワケ無いか…… あっ! 億泰君のことを忘れていたッ!」

 

 振り返る。 康一のスタンドの射程ギリギリ外に、彼が立っていた。 抜き身の剣を億泰へ突きつける騎士。 スタンド<ザ・ハンド>を出現させ、臨戦態勢に入っている億泰。

 

「マズイ! 億泰君のスタンドは『空間を削り取る』能力ッ!」

 

                  ド ド ド

 距離が遠かった。 射程の長い<エコーズact1>や<エコーズact2>ではパワーが足らない。

 

 『ドッヒュゥゥゥッ!』の文字を投げつけ、風の実感で騎士を吹き飛ばすか? 不可能だ。 距離が離れすぎている。 <エコーズact1>や<エコーズact2>はスピードが遅い…… 絶対に間に合わないだろう。

                  ド ド ド

 <エコーズact3>で『重く』して取り押さえるか? 不可能だ。 近距離パワー型のACT3では、距離が離れすぎていて射程外だ。 射程内に入るまで走ったとしても7~8秒掛かる。 (なか)ばまで走ったところで、騎士は穴開きチーズのようにされてしまうだろう。

 

「削り取ってしまったら、例え仗助君のスタンドだろうと()()()()()! 『存在しない』ものは治せないッ!」

 

 考えている暇は無い。 康一は地を蹴り、全力で走り出す。 もしかすると、億泰が『削り取っちまう』までに、何かが起きて間に合うかもしれない。

                  ド ド ド

「止めなければ! 抑えなければッ! このままでは…… このままではッ!」

 

 白刃を輝かせ、騎士が剣を振り上げる。 棒立ちの億泰に、剣を振り上げたまま突撃し、2人同時に切りかかる算段だろう。

 

   ゆらり、と  スローな動きで<ザ・ハンド>がその必殺の『右手』を引き、構えを取る。

 

「億泰君が人を殺しちまうッ!」

 

 

 

 

 

 

 

ガオン! ガオン!

 

 空間ごと()()()()()()特徴的な音が2回響く。

 

「ま…間に…合わなかった……」

 

 (なか)ばまで走ったところで振られた『右手』。 やはり間に合わなかったのか。 走るスピードは急速に失われ、ついには足を止めてしまった。 額に汗を浮かべ、絶望に表情を歪ませる康一。

 

 

 

   だが。

 

 

 

 シュゥゥゥ

 

  えっ?」

 

 空間が『(えぐ)られた』跡が、空中に2条出来ていた。 そう、騎士の手前で。

 

 目の前に現れた2本の傷跡。 削り取られた空間は急激に閉じ、元に戻ろうとする。

 

「『ナナメ前方に』空間を削り取るッ! するとぉ~~……」

 

ドン!

 

「壁に向かって瞬間移動するッ!」

「なッ! なんだと!」

「瞬間移動!? 」

 

 騎士の体が閉じた空間に引っ張られ、強力な慣性によってフッ飛ばされる。 2人の騎士は、交差しXの軌跡を描き空を飛ぶ。 億泰の横を通り過ぎて、後方へ。 そのまま両脇にある(へい)や壁に激突した。

 

「ぶげ!」ドゴ バゴォ!

「ドピ!」バガ  ッ!

 

 (したた)かに顔面を強打した騎士は、不思議な悲鳴を叫んだ後地面に転がった。 鼻をぶつけたのだろう、兜の隙間から血が垂れていた。

 

 兜の上から鼻を手で押さえ、騎士が転がっている。

 

  痛みに震える騎士の背へ、影が差した。

 

 太陽を背に、騎士を見下ろす億泰の影だ。

 

「さっきオメーよぉ~~…… 殺すっつったか? なあ? ()()()()()()()()ってのはよぉ……」

 

 億泰の表情が、一気に険しくなった。

 

「どぉーいうことだコラァァア! タダじゃあ死なせねぇぞ、ダボがァァア!」

「うひいいいいい!」

 

バゴ! バギ! ベキ! ベキ!

 

 激昂状態の億泰が、倒れた騎士に追い討ちせんと、連続で蹴りを入れた。 鉄骨すら歪めてみせる億泰のスタンドは、騎士の鎧をベコベコに陥没させた。

 

 血が頭に上り、血圧が()して額に血管が浮き出た億泰。 額には深い溝が刻まれ、獣のような形相は、康一ですら一瞬ギクリとしてしまうほどだった。

 

「億泰君!」

「あ゛あ? ……おう、康一。 オメーのほうは大丈夫だったかよ?」

 

 再起不能になるまで、ボロボロの状態にした騎士から視線を外し、億泰が振り向く。

 

「う、うん僕は大丈夫だけど……」

「じゃぁ問題ね  な。 こっちの鎧も再起不能にしたことだしよぉ~~ ……こいつらど  すっかな」

 

 ピクピクと痙攣している騎士を見て、康一がう~んと唸りながら考える。

 

「とりあえず縛っておけばいいんじゃあないかな? 武器を取り上げて村の人たちに縛っておいてもらおうよ」

「そーだな。 俺たちじゃあ何処にロープがあんのかワカんねーしな」

 

 億泰は<ザ・ハンド>を出現させると、スタンドで騎士2人の片足を掴んで引きずって行く。 そして適当に近くに居たおっさんに縛っておくように頼んだのだった。

 

   そして、もう一方の騎士はというと……

 

「そういえば…… 僕のほうの騎士はゲロまみれなんだった……」

「うへぇ~~~ッ! チ、チタネ   ッ!」

 

 うわぁ~~っとでも言いそうな表情で遠巻きに覗き込む億泰。 康一がどうしようかと悩んでいると、ポンと手を打ち、

 

「良いことおもいついたぜ!」

 

 と言い出した。 余計なことの間違いでは。 そんな言葉が脳裏に浮かぶが、他にアイデアも無いため、そのまま億泰の話を聞くことにする。

 

「こうやって空間を削り取ればよぉ~~ ()()()()移動させられるぜ!」

 

 手前の辺りを狙って、少し空間を削り取る。 空間が元に戻る際の、ドンという音と共に騎士が移動した。

 

   が、ミスをしてしまった。

 

「あっ!」

 

 空間が閉じる際の慣性で、スッ飛んでいく汚れた騎士。 億泰のミスで方向がズレてしまい、村人が集まっている場所の近くへと飛んでいく。

 

 いきなり飛んできた汚物を避けようと、あわてて移動する村人。 ゴキブリが飛んだ時のような、必死さを含んだ悲鳴をあげて、群集が真っ二つに裂かれる。

 

ドザアァァッ!

 

 悲しいかな、だれにも受け止めてもらえずに顔面から着地する騎士。 シャチホコのような姿勢で、数メートル滑走した後、道端に積み上げられていた木箱に突っ込んでしまったのだった。

 

「………」

 

 辺り一帯は静まり返り、気まずい空気が流れ…… 黒い鳥が、アホーアホーと鳴きながら通り過ぎていった。

 

 億泰はおっさん2人を適当に選ぶと、縄で縛っておいてくれと後始末を押し付けて逃げた。

 

「わりぃ わりぃ ナナメに削んの まだあんま慣れて無くてよぉ~」

 

 承太郎達が戻ってくるまでの間、護衛を継続しておかなくてはならない。 苦笑いしながら自分のミスを反省しつつ、警戒の任務に戻る。

 

 そこへ丁度、剣を落としたのか…… 鞘だけを腰に付けた鎧の男がヒィヒィ言いながら走っているのが見えた。 他の騎士と意匠が違う、顔が確認できるように開いた兜を装備した男だった。 その男は、こちらへ向かってくるのではなく、2人の前方を通り過ぎるだけのように見えたが……

 

「あの野郎~~ 下痢したニワトリみて  に急いでるぞ…………」

「あれ……どうする? 逃げてるっぽいけど……」

「そりゃぁ決まってんだろ  がよぉ…… ブチのめして………………そしてまたブチのめすッ!!」

 

 <ザ・ハンド>が右手を振った。

 

 わけもわからず、引き寄せられる男。 手足をバタつかせながら億泰の方向へと、真っ直ぐに引っ張られる。 首を動かし、進行方向を確認すると、見えたのは拳を握り締めた億泰の姿だった。

 

バガン!

 

 野球の4番バッターの如く、的確にその開いた兜の隙間に拳を叩き込む。

 

「おげぇぇぇええッ!」

 

 悲鳴を上げながら、滝のように鼻血を流す男。 その男の胸倉を掴む…… のは、鎧なので出来ないため首を握る。 めまぐるしく変わる状況に付いて行けない男は、首を絞められたためかくぐもった声を出す。

 

 億泰は、左手で男の首を掴んだまま、右拳を脅すように少しオーバーな動きで頭上に掲げる。 言うことを聞かないと、殴るぞと。

 

「オメーこの鎧共の仲間だな? 何でオメーらはこの村を襲うんだコラ」

「な、何だお前らッ! ここ、この村に、やっ雇われた、ワーカーか!?」

 

 問答無用で億泰の右手が振り下ろされた。 

 

メシャアッ!

 

「いいかこのゲロ野郎~~ 質問すんのはこのオレだぜ。 オメーは答えるだけに集中しろ。 いいな?」

 

 顔を近づけて凄みを利かせる。 顔が逆光になり、睨みを利かせる億泰の形相は、鬼を連想させた。 完全にブルっちまった鎧の男は、全てを諦めポツポツと喋り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 大地を蹴り、疾走する足音が聞こえる。 ダダダと踏みしめる音の発生源は、奇妙な髪形をした1人の男。 東方仗助だ。 彼は、この騎士達の隊長と呼ばれていた男を追っていた。

 

  隊長。 超の付く、重要人物。

 

 鎧を着た騎士の集団に、防御力を犠牲にあえて顔が見えるようにデザインされた、2人の男が居た。 その内の1人…… ロンデスと呼ばれていた副隊長が、突然現れた2人に混乱している部隊員を素早く立て直し、連携して攻撃してきたのだ。

 

 仗助と承太郎によって、次々と顔面に拳を兜ごとブッ込まれ昏倒していく騎士。 その隙に乗じて、戦意を喪失した   ベリュースと呼ばれていたもう一人の男が、逃走を図った。 こいつが仗助が今、追跡している男だ。

 

「ちくしょおおおッ! 鎧着てるっつーのに、ヤケに足がはえー野郎だぜ!」

 

 自分の方が身軽なのに、逃げるベリュースに追いつけない悔しさから、悪態をつく。 病み上がりで万全とは言えない体調も、走る速度の低下と不快感をなおさら増加させる。

 

 障害物を利用しつつ、器用に蛇行して逃げるベリュース。 ヤツが十字路を右に曲がると、家屋の影に入り視線が遮られる。 やや遅れて仗助が右に曲がった時には、ベリュースの姿は見えなくなっていた。

 

「ヤベー! 逃がしちまったか!? クソッ 何処行きやがったアイツ!」

 

 息切れと、走ったため痛む脇腹を左手で押さえる。 家屋の壁に寄りかかりながら、噴き出す汗を右腕で拭い、呼吸を整える。 それと平行してベリュースの姿…… もしくは足跡などの形跡を探す。

 

   すると、仗助の耳に特徴的な音が聞こえてきた。 ガオン と、空間を削り取る特徴的な音。 今まで走っていたため気が付かなかったのだ。 

 

 確かに騎士の集団と接触した際、ロンデスが数人に指示を出し、別行動を取らせていた。 承太郎が投擲したソフトボール大の岩で、全員再起不能になったものと考えていたが…… やはり数人逃がしていたのだろう。

 

 バガン。 という何かが衝突する音と、先ほどの男の声がする。

 

「億泰のヤツ…… あの腰抜けを捕まえたのかよ。 やっぱり頼りになるヤツだぜ~~ あいつはよぉ~~」

 

 なんとタイミングの良い事であろうか! 頼りになる仲間の存在に、心が軽くなる。 少し休んだためだろう、なんとなくだが……疲労が軽減され、体も軽くなった気がする。

 

 歩き始めるが…… まだ息は上がったままだ。 痛む脇腹を押さえつつ、壁に手を付いて音のした方向へ進む。

 

「確か…… この角を曲がれば、音のした場所だぜ」

 

 一応、待ち伏せを警戒しつつ角を曲がる。 

 

 

 

「 !! 」

 

 

 

   が、目に映ったのは予想外の光景だった。

 

                  ゴ ゴ ゴ

 

 追っていた騎士の隊長、ベリュースが捕まっている。   まぁそれは良い。

 

 そのベリュースを捕まえているのが、億泰。   それも良い。

 

 問題なのは。 この状況が問題なのは。 それは   

 

「億泰テメ―何やってんだああああッ!」

 

 億泰が、鼻血を出したベリュースからカネを受け取っている事だッ!

 

「いやいや、仗助。 勘違いすんなよ? コイツが ()()()() カネくれるっつ  からよぉ  

 

 億泰が右手をチョップの形で左右に振る。 チガウチガウ、といった感じで!

 

「どっからどー見てもカツアゲじゃあねぇかテメ  ッ!」

「人聞きのワリ―こというなよ仗助ェ~~ これはアレだよ。 なんつ  かよぉ、腰が抜けて立てねぇっつ  から、立たせてやってるだけだぜェ~~」

 

 ベリュースに視線を戻す。

 

「なあ゛?」

 

 ベリュースを睨み、ドスの効いた声で……どっから、どー見ても脅している億泰。

 

「うひいいい お、おがね! おがねあげましゅううう!」

 

 ベリュースが狼狽しながら後ずさる。 涙と鼻血に……濡れたと言うより(まみ)れた顔を、くしゃくしゃに丸めて。

 

「やかましいッ!何度も同じセリフはいてんじゃあねェ  ッ! てめ  オウムかコラァッ!!」

 

 釈然としない表情の、仗助と康一が見守る。 あとはロンデス(ひき)いる騎士達をブチのめし終わった承太郎を待つだけだ。

 

「……まぁ、あとは承太郎さんにまかせようぜ、康一」

「……そうだね」

 

 丁度そこへ、ロープを持った村人がこっちへ駆けてくるのが見えたのだった。

 

 

 

 

 

to be continued・・・




――没ネタ――

~アインズが聖なる遺体扱い~

オバロ世界で大陸横断レース開催!
実は聖なる遺体(骨)を揃えるために仕組まれたものだった!
パーツ(骨)が揃うたびに強力な魔法が使用可能に!?

揃うとマッパのアインズ様爆誕。
WEB版ならちゃんと遺体っぽくなるかな?



すきなとこ:遺体をめぐって繰り広げられるガチバトル!
      5部位揃った! ドラゴンライトニング!
      9部位揃った! グラスプハート!
      遺体を多く集めた時、超派手バトル化待った無し!

ボツりゆう:せ、聖なる? カルマ値-500なんですけれど。
      眼球無くね? 耳も無いっつーか骨しか無い。
      250のパーツに分かれた~とかで尺伸ばしとか、スゲージャンプ漫画っぽい。
      あれ? なんかそんな玉っころの破片集める漫画が…


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遭難した四人 の巻

荒木先生「読者の共感を呼ぶのは勇気だぞ」
    「究極の選択を行わざるを得ない難局を、どうキャラクターが乗り越えるか?」
    「これを勇気で克服するのは、最高のシチュエーションだぞ」

えーえーそうでしょうよ! そうでしょうとも!
蛇口を捻るみたいに、ぽこじゃかアイデアが浮かぶ荒木先生なら楽でしょうよ!
漫画家業が楽な仕事と言っちゃうような人ならね!

ぐぬぬ……!
そんな楽に…出るかッ……! アイデア………ッ!

まぁ、たとえば…… スタンドの力を引き出す、矢尻の元になった隕石とか……
隕石のパワーで出来た悪魔の手の平とか……
考えるのをやめて石に変身したカーズ様だったりしたらおもしろいなぁ~~
究極生物の能力をお裾分け~ みたいな。
そういやジョジョリオンの石化人間って、まんま柱の男じゃね? まぁカーズ様のがよっぽど強いのだろうけど。


「じゃ、じゃぁ僕は見張りに戻るよ」

 

 カルネ村・中央広場にて、康一は億泰と仗助に近接防御を任せ、<エコーズact2>を上空へ飛ばす。 スタンドの視界を共有し、グングンと視線が高所へと移動する。

 

 少し高度を犠牲に、<エコーズact2>を旋回させ哨戒する。 念のために攻撃も出来るようにact2で実体化させたが、いくら探しても騎士は見つからない。 全滅させたか壊走しているようだった。

 

 旋回半径を少しづつ大きくする。 家屋や木々により遮られていた視界が、角度が変わったことにより、見えるようになった。 高度を30メートル……10階建てのマンション程まで下げると、村外れに気絶した騎士と、その騎士を調べる承太郎の姿が確認できた。

 

「うーん…騎士っぽい人たちは殆ど倒したか、逃げたみたいだね。 もう大丈夫だと思うよ」

 

 康一が告げた情報に、目に見えて安堵し、胸を撫で下ろす村人達。

 

「ありがとうごぜいます、旅のお方。 あなたがたが村に滞在しておられなんだら、死人が出ているところでした」

 

 転んだ、擦り剥いた。 などの軽い負傷者が出たものの、死者・行方不明者は居ないと、村長から聞かされる3人。

 

「……いや、そいつぁ~おかしいぜ」

「はぁ? なにがだよ。 ぎせー者はゼロなんだろ?」

「億泰よぉ~~ 鎧どもが襲ってくる前に、悲鳴が聞こえたろ。 血のついた剣持ったヤツがいるって康一も言ってンだしよぉ~~」

「村人以外の人が怪我をしているかもしれない、っていう事だよ! 億泰君!」

 

 ハッ!とした顔になる億泰。

 

「マジかよ! 助けにいかねーとヤベーじゃん!」

「村の人たちにも手分けして探してもらおうぜ。 纏まった人数で行動すんならよ~ 鎧のヤツもそう簡単に手出しできねえだろうしよ」

 

 8人の男性に騎士が持っていた剣を持たせ、足らない武器は農具で補った。 そのチームを3つ作り、騎士が隠れていないか、見逃した怪我人がいないかと、手分けして捜索する。

 

 幸いな事に、はぐれた騎士が隠れているような事は無かった。 だが、怪我人も見つからなかったことが、不自然だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 村外れの草地。 風が吹くと海原のように波打つ丘に、承太郎とブッ倒れ気絶した多数の騎士がいた。 気絶した騎士の装備を外し、ひっくり返したり叩いたりして承太郎が調べていた。

 

「承太郎さん。 無事だったッスか?」

 

 背を向けている承太郎に、仗助が無事を確認する。 言葉とは裏腹に、軽い調子で問う。 信頼しているが…数が多かった為、一応確認したのだ。

 

「ン? ああ、仗助か。 それと村長も」

 

 先ほどまで調べていた兜を、仗助へ適当に放り投げる。

 

「仗助、こいつを持ってみろ」

「うわっ! 軽ッ! なんスかこれ、プラスチックくれー軽いっスよ!」

 

 難なく受け取るが… 予想していた重量より大幅に軽い兜。 少々オーバーな感想だが、身構えていたのに肩透かしを食らった為、その驚きも増加しているのだ。

 

「アルミニウムかと思ったが… 強度がありすぎる。 色も見た目も…… 剛性や弾性に至るまで、鉄だとしか思えないな」

 

 言い終わるや否や、厚さ2cmほどある胸甲部分を、ベギリと()し折った。 なるほど。 確かにヒビの入り具合も、割れた部分からみえる色合いも、鉄の特性と瓜二つだった。

 

 それを興味深そうに見ていた康一は、

 

「特殊な加工が施されているんでしょうか?」

 

 と質問するが、答えは他の3人以外。 予想外の人物からもたらされた。

 

「その鎧には、おそらく軽量化の魔法が掛かっているのでしょう。 帝国の騎士は、魔法を(ほどこ)された高価な武具が、国から支給されると聞いたことがあります」

「帝国?」

 

 バケツのような、生産性を重視した簡素な作りの兜をひっくり返して、

 

(被ったらヘアースタイルが崩れるな)

 

 と、中を覗き込んで考えていた仗助が聞き返す。 彼には、ヘルメットや帽子は天敵だ。

 

 旅人ならば、知らないのもあたり前か。 と、一人で納得しつつ、

 

「はい。 帝国、バハルス帝国の紋章が   その鎧に刻まれております」

 

 と、鎧の一部分を指し、答える村長。

 

「バハルス…帝国、か。 聞いたことは…… 無いな」

 

 承太郎は腕を組んで、記憶を探る。 が… そんな名前の国名は、聴いたことも見たことも無かった。

 

「あ、承太郎さん。 億泰君が隊長っぽい人から硬貨を受け取ってましたよ。 調べればこの国が何処なのかわかるかも」

「そうか。 億泰、見せてみろ」

「これっス。 なんかあいつは金貨がどうとか…って言ってたぜ」

 

 おや?と、承太郎は片眉を上げて聞き返す。

 

「待て… 金貨…? その男は金貨と言ったのか?」

「え? 確かに金貨って言ってたッスよ~~ 持って見ると、なんとなくソレっぽいなぁ。 重いし」

ゴ ゴ ゴ

 ゾワリ、と。 承太郎の背筋に悪寒が走る。 まさか…と、そんなはずが……有り得ない、と。 全身の汗腺が開き、冷や汗が背中を流れる。 違和感に気が付いているのは4人のうち、承太郎以外に誰もいない。

         ゴ ゴ ゴ

「………村長。 あんたは……この『紙幣』という物を知っているか?」

 

 財布から数枚の紙幣を取り出し、村長に渡す。 だが……

                  ゴ ゴ ゴ

「しへい? いや、私どもは辺境の田舎者でして… お力になれず申し訳ございません」

 

 ()()()()()。 この人物は、村長という立場でありながら… 『カネを知らない』 と言うのだ。 返された紙幣を……青褪めた顔色で受け取り、しまう。

                           ゴ ゴ ゴ

「なにか不都合な事でもあったのでしょうか?」

 

 と、村長が不安そうな顔で問いかけてくる。 そこへアレェ~? と、億泰が抜けた声で聞き返す。

 

「なんか変なとこあったッスかあ~? オレは気が付かなかったけどよ~」

「ヤバイ…… この状況はヤバ過ぎるぜ… テメーらは気が付かないのか?」

「………ハッ! そ、そうか!」

 

 仗助が初めに気が付き、一拍おいて康一も気が付いたように顔色を変える。 億泰は… まだ頭をひねっているが、かまわず説明する。

 

「金は既に俺達がいた世界では、価格が高騰しすぎて通貨として使われていない。 1枚で10万円くらいするからだ」

 

 そう。 初期の通貨は、偽造や密造を防止するために、希少金属を材料にすることで解決した。 中でも金は、()()()()()()()()()金属の中では最も『比重』が重い。 なお、現在は金属として最も重いのがオスミウム(22.57)、最も軽い金属がリチウム(0.534)となる。

 

 金の比重は19.32だ。 水の19.32倍重いこの金属は、耐腐食性に優れ美しい光沢を放つ。 融点も1064度と、鉄の1538度と比べ低く、塑性(そせい)にも優れる。(折れたり割れたりせず、しなやかに曲がるということ)

 

 そして、体積と質量を調べれば、それが純金なのか。 それとも混ぜ物がされているのかが計算できる。

 

 美しく、加工が容易で、希少性があり、偽造を見破れる。 これが貨幣に金が使われる理由

   だった。

 

「だが、経済が発展するにしたがって貨幣の増産が追いつかず、デフレが起きるし使いにくいってんで、安いアルミや銅の合金に置き換わったんだ」

 

 金貨として使うよりも、溶かしてインゴットとした方が得。 そんな経済状況になりかねないのだ。

 

 そして、これが現在日本で使われている硬貨の材料。

 1円   アルミ

 5円   黄銅(真鍮)

 10円  青銅

 50円  白銅

 100円 白銅

 500円 ニッケル黄銅

 

 つまり、と一拍おいて承太郎は3人に向かって、丁寧に教えるように話す。

 

「俺たちは()()()()()()()()()()()に。 ()()()()()()()()()()()()… ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! と言うことなんだぜ!」

「エッ! するってェ~とぉ~… つまりィ… 俺達が居る場所は、モノスゲー過去で遠くってことですかイ!?」

「未来… ッて線もあるぜ億泰…」

 

 ようやく状況が飲み込めた億泰の額に浮かぶ汗。 混乱した思考は上手く言葉をつむげず、もどかしさからか、手を上下にシパシパと動かしながら、億泰は問いかけた。

 

「オ、オレぁ~ ただのコスプレ野郎だって思って、ブチのめしちまったよ!」

「こいつぁ~グレートっすよ~ さっきの鎧の男は本物の軍人の可能性がある! ッて事ッスよね! つまりバックには国がいるっつーこと……」

「ただのスローライフな田舎地方じゃあなかったのか… ガスも電気も水道も無い…… サバイバルなんて、ぼくには無理だよぉ…」

「だが、それ以上にヤバイのは…… ()()()()()()()()()()()()()()()()()ッてことだぜ……」

 

 全員が押し黙る。 長い沈黙が続くかと思われたが、億泰によって唐突に破られることとなった。

 

 「ああ~ッ! そ、そういえばよォ!」

 

 全員の視線が億泰に集まる。

 

「そお~いやぁなんでここの人たちに日本語通じてんだ? ここって外国のはずじゃぁないの?」

 

      「「「 !! 」」」

 

「そ、そういえば言ってる言葉と口の動きが違うような… 思いっきり状況に流されてたよ!」

「グレート! この衝撃的な状況はよぉ~ まるでSFだよなぁ~」

「決まりだな。 ここは俺たちの知っている世界ではないッ!」

 

 億泰の一言に全員の表情が驚きに変わる。 億泰なのに!と言うことでは決してない。

 

 1度か… 2度以上かもしれないが…… 核戦争か、もっと()()()()()()で文明が滅びを迎えた。 そして繰り返される()()()()()()。 そんな想像に、顔を青褪(あおざ)めさせる承太郎。

 

 そして   気付いていながら()()()ソレを承太郎は黙っていた。 最初に耳にした際は、マジックペンやマジックテープのような、便利な何か。 の、事と… 思っていたのだが…… どうやら見当違いだったようだ。

 

 それは、魔法。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと認識されているこの世界。 そんな世界に、重量を軽減する   ()()()()()()()()()がある……(いびつ)さ。

 

 康一のスタンド能力を使えば、重量を増やす。 つまり、質量を操作することが出来る。 

 

   だが。

 

 操作、変更出来るのは()()()()()の物質のみだ。 強度はそのままに軽量化したら… 誰が使おうと、どれだけ離れようとずっと軽いままになる  など……()()()()()

 

 この世界の住民は、思いつかないのだ。 思いも寄らないのだ。 精々、鎧を軽くして楽が出来るようになる程度の技術としか、思っていないのだ。 精製が困難で、()()()()()()()()()()を使わずに()()()()()()ことが可能かもしれない。 などとは……… 想像すら出来ないのだ。

 

(高度に発達した科学は魔法と見分けが付かない。 か………)

 

 アーサー・C・クラークの言葉が、承太郎の心に重く()()かる。 彼ら四人は…この、不自然な世界で   『遭難』した。 

 

 

 

 

 昼過ぎ、太陽がやや傾いてきたくらいの時刻。 カルネ村を襲った騎士風の集団は、完全に無力化された。 武装解除され、武器防具を失った騎士達は、驚くほど素直に従う。 腕を後ろ手に縛られ、まとめて中央広場に座らされている。

 

「テメーらにはよぉ~~ 聞きてぇコトが山ほどあっけどよぉ~~」

「しばらくそこで日干しになってろよ」

 

 不良2人に反省してろと、1つも日陰のない場所に放置される、元・騎士達。 初夏の陽気がジリジリと肌を焦がす。 脱水させ、判断力を鈍らせる狙いのようだ。

 

   所は変わって、カルネ村・村長宅。 土間のような場所に大きめのテーブルと数脚の椅子がある。 室内には村長夫婦と、承太郎、億泰、康一 仗助の6人。 村内で最も大きいとはいえ6人もいると少々手狭だ。 

 

「お待たせしました」

 

 柄の無い陶器のカップに麦茶を注ぎ、全員に配る村長の妻。 億泰が教えた…大麦を炒って煎じるだけの、ちょっとした工夫。 それは、すでにこの村には根付いている。

 

「あー… そういやぁーオメー自炊するんだったな…」

 

 半目で、似合わねぇー という視線を送る仗助。 ずっと外食するワケには行かないのは、わかっているが…ソレはソレ。コレはコレ、と。 その顔で料理かよ、と失礼なことを考える。

 

 そして、背筋を伸ばして「あらためまして」と村長が、

 

「私達の命を助けていただき… 本当に…… ありがとうございました」

 

 頭を下げ、続くように村長の妻も感謝の言葉と共に頭を下げた。

 

「あのままでは私達は… 成すすべも無く殺されていたでしょう。 本当に… 本当にありがとうございます。」

「村長、頭を上げてくれ。 何度も言っていることだが… 俺達は偶然助けることが出来ただけだ。 ……結果的にそうなったに過ぎない」

 

 頭を下げたまま、左右に首を振る村長。

 

「いえ… そうだとしても私達の命が助かった事に違いはありません。 本当に感謝しているのです。 お礼をさせて頂きたい」

「そうか… だったら俺達に手を貸して欲しい。 実はトラブッて道に迷ってしまってな。 この辺の地理や、どんな国があるのか等を知りたい。 地図があると(なお)の事助かるのだが」

「それくらいでしたら、お安い御用です」

 

 地図を取りに行っていた村長の妻が、「失礼します」と室内へ入ってくる。 遅くなって申し訳ありませんと謝罪しつつ机に手書きと思われる、あまり緻密ではない地図が広げられた。

 

 等高線どころか縮尺すら怪しい地図。 モヤッとした配置の山岳地帯。 文化も科学も、知れば知るほど…この世界の時代は中世だとしか思えない。

 

   考えまいとしていても、嫌でも頭によぎる、ある答え。 元居た世界には戻るのは絶望的なのでは、と。

 

 目を硬く閉じ、歯を食い縛る。 揺れる心と弱い考えを、握りつぶす。 そして、必ず戻ると心に誓う。 愛する家族のために。 妻と娘の元へと、必ず。

 

「私達の村はこの地図の中央部にある『トブの大森林』という森の南部にあります。 これが私達の村『カルネ村』です」

 

 村長が地図の中央部を指差す。 かなり大きめの森林のすぐそばに村がポツンと書かれている。 ススッと指が動き、すぐ下の要塞都市を指す。

 

「すぐ南にあるのが『エ・ランテル城塞都市』です」

 

 トントンと指が地図上の左右の首都を叩いた。

 

「そして地図の西にあるのが『リ・エスティーゼ王国』で、カルネ村とエ・ランテルは王国所属です。 東にあるのが『バハルス帝国』で、王国と帝国は現在戦争中です」

 

 指が地図の上から下までをなぞるように、山岳を示す絵をなぞっていく。

 

「この山岳によって二国間はこの、エ・ランテル城塞都市の部分で分断されています。 なので、このエ・ランテルで毎年のように争っています。」

 

 最後に地図下部の一際大きい国の部分を示した。

 

「南にあるのが『スレイン法国』です。 この国には人間種以外住んでおりません」

「ん? ()()()()()だと? この世界には人間以外に知的生物が存在しているのか?」

 

 村長は不思議そうな表情をすると指折り説明していく。

 

「はい、そうです。 人間種は他に、山小人(ドワーフ)森妖精(エルフ)がいます。 そして亜人種の子鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)、人食い大鬼(オーガ)がいます。 こちらは、集落や小さな国のようなものを作ることもあります」

 

 エ・ランテル城塞都市を、村長の皺が刻まれた指が指し示す。

 

「このような大きな都市には『冒険者ギルド』がありまして、このような危険なモンスターを…… 報酬次第ですが…… 退治している『冒険者』の人たちがいます。 こちらには魔法を使える方々もたくさんいますので、もしかしたら私達よりもお役に立てるかもしれません。」

 

 予想外の単語が次々と出てくると、承太郎を含む4人はさらに困惑する。

 

「おいおいおい… モンスターに魔法使い、さらには冒険者って… マジかよ…」

「だがこれで1つ解ったことがあるな。 この状況…… 世界と言ってもいい。 なんらかの作為的な力が働いているッてことだ。 それならば、必ず杜王町に帰る方法がある!」

「何らかの『スタンド能力』って可能性もあるってことですよね。 つまりはそれを解除する方法も……」

 

 

 

 

 仗助は、昔読んだ… 今では殆ど内容を忘れてしまった、とあるフィクションを思い出す。

 

 汚れた大地。 腐敗した海。 死の風が吹きすさぶ、未来の地獄。 地軸すら曲げられた、人類のツケ。 そんな環境で、人類は地下に逃げ込み、かろうじて生きていた。

 

 1人遺された、孤独な科学者。 孤独に耐えられず、遺伝子操作し、最悪な環境でも生きられる生物を……創った。 やがて訪れる最悪の事故。 逃げ出す怪物、人間モドキ。 そして… 造られた新たな人類…… 亜人。 亜人は、自身の種を創造した科学者を、主人と呼び、父と呼び、神と呼ぶ。 我々は、神の手によって生み出された、唯一の存在なのだと。

 

 魔法のような、超科学。 大地を跋扈(ばっこ)する、伝説の怪物。 剣と魔法のファンタジー世界は、滅びた超文明が残した、ただのツケだったと。 そんな…… 夢の無いストーリー。

 

 ブルリ、と震えが起きる。 見渡す限り広がっている、未知の世界。 世紀末な環境よりかは幾分マシかと、そう、納得させる。 母親や、歳の離れ過ぎた父や、友達や…… かけがいの無いものを残して来てしまった。 必ず戻ると、方法はあると奮い立たせる。

 

 そう。 俺達の、僕達の、私達の奇妙な冒険は…… いま、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

to be continued・・・




――没ネタ――

~~リィジー婆=エンヤ婆~~

リィジー「しくしく、しくしく。 心の清い、我が愛する孫…ンフィーレア」
    「…………ケェ   ッ!」
    「だからうれしいんじゃよォ~~ッ! テメーをブチ殺せるんだからなぁ~~~ッ!」
    「脳みそズル出してやるッ! 背骨バキ折ってやるッ!」


すきなとこ:こわい。
      深い愛情による、燃え盛る憎しみ。リィジーが孫の死で狂っちまう。
      原作に無いリィジーの見せ場、来たる!?

ボツりゆう:こわい。
      『まだ』ンフィーレアが死ぬワケにはいかない。
      リィジーの戦闘スタイルとか使える魔法とかわからない。
      ハサミ振り回すのかな?


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幕間 1 の巻

ロンデス&ベリュース… 貴様には、『出番が削られた事を後悔する』時間をも……与えんッ!



 時はやや(さかのぼ)る。 カルネ村という寒村(かんそん)の道端に、意識を失って倒れている男が1人いた。 …いや、『(あらわ)れた』

 

 上半身半裸で、ピンク色の髪に青海苔をくっつけたような長髪の、奇妙な()で立ちをしている。 上半身に身に着けるのは、これまた奇妙な模様の、網のような紐のようなもの。 まるで衣服としての機能を持たない珍しいものだった。

 

 

 

 

   ハッ!」

 

 気が付くと、また景色が転移でもしたかのように変わっていた。 ここは… 長閑(のどか)な田舎。 それがオレが始めに思った第1印象で、次に思ったことが…

 

(つ… 次は… ど、どこから… いつ襲ってくるんだ!?)

 

 だった。 だがしばらくしても何も起きず時間だけが過ぎていく。 こんなことは、初めてだった。

 

 実は、オレはジョルノジョバーナとか言うガキのスタンド。 <(ゴールド)(エクスプリエンス)・レクイエム>の能力によって、際限なく死に続ける呪いを受けた。

 

 何度思い出しても恐ろしい。 まさか5歳くらいの少女にあんなことをされるとは思わなかった。 死に続ける… まったくもって、ブルッちまう能力だ。 しかも死ぬ死因が、かなりつまらない理由で死ぬのが腹立たしい上に、何が原因なのか… 予想も出来ず恐ろしい。

 

 いや… 1度だけだが印象深い死に方があったな… そう、あれは()()()()()()()だったか。 目覚めたと思ったら、荒地に造られた… 変な村が死に場所だった時だ。 (宿っぽい所だな)と考えていたら、英語を喋る目の前のババアが、急に爬虫類になったんだ。

 

 スタンド能力だったのだろうか。 まあ、そんなことは大した事じゃあ無い。 目の前にイキナリ恐竜が出てきた時は、思わず乾いた笑いが出てしまったぜ。 

 

 オレは今からトカゲのクソになるのかと思うと、大して信じてなどいない神を、こう呪ったんだよ。

 

「神は…… オレをダーティな場所に送り込むのが、お好きなようだ」

 

 で、意識が無くなって気付いたらまたこんな村の道端に転がってると言うわけだ。

 

 引っかかれただけで、意識が無くなったから解らないが… 『前のオレ』はたぶんクソになっちまったんだろう。 想像もしたくないが。

 

「おじちゃん、うずくまって オナカ痛いの?」

「うわああああああああああああああッ!」(ビックウウウッ!)

 

 不意打ちで、あの時の子供のように話しかけられたので、思わず大声を出してしまった。

 

 振り向くと…… うんざりする。 またしても5歳くらいのガキがいた。 もう二度とあんな目にあうのは御免だッ! 急いでこの場所から離れなくてはッ!

 

 ガキはヤバイ! ガキはヤバイんだ! ガキの親にショットガンで脅されて、嫌々ごっこ遊びに付き合ったら死んだ時のあの絶望は! もう2度と味わいたく無いんだよ!

 

 だが今の不意打ちで腰が抜けてしまい、思うように動けない。 なんとか立ち上がろうともがいていると、ガキの後ろから、鋭利な刃物を持った女がこちらに物凄いスピードで接近してくるではないか!!

 

(うおおおおおッ! ガキよりもあっちの方がヤバイ! )

 

 あれはヤバイ! 人の命を刈り取る形をしている! あんな鋭利な鎌で切られたら、きっと人間の頭などシャンパンのコルク栓のように跳ね飛ばされてしまうだろうッ! はッ、早く逃げなければッ! もうすぐそこまでエエエェェェッ!

 

「く、来るなッ! 俺の側にッ近寄るなああ   ッ!!」

 

 なんとか立ち上がることに成功したオレは、もつれる足を何とか押さえつけ全力で逃げ出す。 話しかけられただけで… 首を()ねられそうになるような、こんな物騒な村から立ち去ることにした。

 

「こんな恐ろしい村にいられるか! オレは一人で逃げるぞ!」

 

 恐怖を押し殺し、振り向く。 ベネ(良し)! ディ・モールト(非常に) ベネ(良し)! あの女殺人鬼は、オレにあまり興味が無いようだ。 追いかけてこない。

 

 全力疾走し、疲れたのでしばらく歩いていると、村の外れだろう場所にたどり着いた。 なんということだ! 最大生存時間記録更新だッ! オレは、オレは…… 呪いを振りきった!

 

 ふう…… やっと一息つける。 なんだか、落ち着いたら急に腹が立ってきたぞ……ッ! クソが。 まただ。 また女だ。 なんだっていうんだチクショウ。

 

 俺はいつも女に邪魔される。 やっと手に入れた矢もトリッシュに邪魔されて。 あいつの母親の写真のせいで俺の正体もバレた。

 

 いきなり吠えた、あのクソ犬もメスのような気がするし、俺を轢き殺した車のドライバーもババアだった気がする。 クソガキなら大した事にならないと思っていたら、ナイフ仕込んだテディベアにお医者さんごっこ(外科)されるなんてよ。

 

 本当に嫌になる。 さっき会った金髪の女も、思いっきり鎌を片手に持っていたしな。 どうせあのまま、あの場所にいたら、急に豹変するんだろう。 どうせ。

 

「今からテメーのタマキン、噛み切ってやるぜェ  ッ! メ  ン!」

 

 とか、意味不明な言葉を叫んで、オレをブッ殺すんだろうぜ。 ケッ。

 

   誰だそんなことしねーつった奴はッ! 賭けてもいいんだぜ! 何を賭けるのかって? 命なんてどうだ? ハハハ、笑えねえ。

 

 

 

 ……同じ場所をグルグルと回っている気がする。 3時間くらい歩いているのに村から大して離れられていない。

 

 振り向く。 が、景色はさっきと変わっていない。 まさか今回の死因は餓死です。 なーんて事にはならないだろうな? な? そうだよな! そうといってくれ!

 

 ……うん?

 

「なんだ?」

 

 なんだが奇妙な音が…… ガチャガチャうるさいぞ? バケツでも叩いているような音が後ろから聞こえる。 おや、クルリと後ろを振り向くとダサい鎧を着た男が居たぞ。

 

「勘のイイ奴! 野性のコウモリにさえ気づかれずに近づけるこのオレに対して、『妙だな』と思っただけでもよく感じとったものよ!」

「羨ましいな。 暇そうで…」

 

 なんだこのアホ面ひっ下げた鎧の男は? コスプレか? それとも脳がクソになってしまったのか? 野生のコウモリとか… 覚えたての言葉だから、使ってみたかったんだろう。

 

 ああ、イラつく。 ふざけるなよ。 今俺は女から逃げるのに忙しいんだ。 お前の遊び相手になっている場合じゃあ無い。

 

「ナメんなよォ  ッコラ ッ! あっあっあっ、(ウヒヒ)相手になるぜッ! かかってきやがれッ! このドチンポ野郎があ~~ッ!」

 

 やれやれだぜ。 小さく呟いたのに聞かれてしまったようだ。 ムッ… やれやれ? なかなかイイ響きだな。 今度使ってみよう。

 

 このアホはというと… フン、手が震えているぜ。 こいつの取り巻きだか付き添いだかしらねーが、同じような見た目のヤツらも冷ややかにコイツを見ているぞ。 ブルッちまったか?

 

「お前の趣味に付き合わなきゃぁいけないのか? ヒマつぶしなら他でやれ…」

 

 ベネ。 俺かっこいい。

 

 おやおやおや… アホ面がみるみる赤くなっていったぞ。 まるで信号みたいで面白い。 プルプル震えている今の内に、脇からすり抜けてさっさとこの村から立ち去ろう。

 

「おいッ! その男を押さえつけておけッ! そいつは()()()()()()()()()()

 

 うおっ!? 両腕を同じ鎧を着た汗臭い男に抱えられてしまった!  く、くせえ! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ! こいつら、一体何日体を洗っていないんだ!?

 

 なんて一日だ! こんな不快な思いはあのジョルノに次いで2位だ!

 

    ザグゥッ!!

 

 ぐっ! い、痛え! なんだ、鋭い痛みがゆっくりとやってくるぞ!? 視線を下に下げると、腹にアホ面が持っていた剣が刺さってるではないか!

 

「なん!? だとォ~~ッ!! バッ…バカなッ! ま…まさかッ! ()()()()()、こんなヤツにッ! このディアボロがッ!!」

 

「俺の側に、近寄るなあああああああああああ!!」

 

 そんな! あの女のせいだ! こうなる事がわかっていたから、『あえて』見逃したんだ! クソが! 今度こそ逃げ切れたと思ったのに! 頭がカワイソーなコスプレ野郎じゃあなかったのか! く、くそ… 意識… が…

 

[『ディアボロ』 ベリュースの箔付けにされて  死亡]

 

 

 

to be continued・・・




カンケー無い話なんだが…
ストーンオーシャン15巻のヴェルサスが承太郎の記憶ディスク手に入れるときの顔。
あれ、浦安鉄筋家族の春巻にそっくりで、ジワジワ来る。

――没ネタ――

~~Web版アルチェル「この墳墓は不当占拠だ」~~

アインズ「おい…使者。 あんた…今、俺のナザリックの事なんつった!」

ケルベロ「ぐあうるるるる うばしゃああああ」


すきなとこ:ゴゴゴゴ… な雰囲気
      横柄な馬鹿がブチのめされるのは、スカッとするぜェ  ッ!


ボツりゆう:書籍版の情報で書くつもりですんで。 すぃませぇぇん。
      ナザリック勢は『暗躍』するのがグレートなんスよォ  ッ!


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戦士長ガゼフ・ストロノーフ の巻

荒木先生「主人公はヒーローで、その条件は『孤独である』という事だぞ」
    「究極の選択を迫られた時は、主人公だけが解決できるんだぞ」
    「チームで行動していても、戦う時はそれぞれが孤独なんだぞ」

むむ! これはオーバーロード3巻、シャルティアとPvNした状況と全く同じじゃあないか!

階層守護者を引き連れ、数の暴力でタコ殴りにするか!
それとも、死を覚悟で1対1のガチンコか!

やっぱ最高にカッコイイのは後者! 後者! 後者! 圧ッッッ倒的、後者ァァアアッ!!
ゾロゾロと仲間を引き連れて、自分はその後ろで隠れてるなんて、ヒーローの資格無しだね!

確かに他の作品見てると、軍師キャラも知略で孤独に戦っている。
燃えるのは、熱い個と個のぶつかり合い。 フィクションなんだから多少こじ付けでも戦わなきゃあね。


まぁ、つまり。 何が言いたいかってーと……

щ(`・д´・ ;) モモンガさんは週刊誌、少年跳ねる系の主人公キャラだったんだよ!

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)


「あの~承太郎さん。 あの捕まえた騎士達をどうするつもりなんですか?」

 

 康一が、会話が途切れた頃を見計(みはか)らって気になっていた事を問う。

 

「ヤツらにはたっぷりと、持っている情報を吐いてもらう。 そのために捕らえてあるんだからな」

「承太郎さんはよぉ~ ヤツらから何を聞くつもりなんだぁ?」

「そうだな……… ヤツらがドコの誰で、何に所属しているか。 そのような情報を入手するために尋問する必要がある」

 

     「「 !! 」」

 

 村長を含めた、全員の表情が強張(こわば)る。 言外に、あの襲撃者は帝国騎士ではない、との承太郎の言葉に。

 

「なッ… ヤツらの鎧は帝国の物だって村長が言っていたじゃないッスか! それにヤツらも帝国兵だって言ってたし…」

 

 確認するように仗助の視線が村長へと向けられ、その通りだと頷く村長。

 

「『嘘臭い』んだよ、あいつらの外見も行動も…… 簡単に所属をゲロッたのも怪しい。 敵国の弱体化が目的なら…… 盗賊の仕業に見せかける方が、ずっと自然だ。 焦土作戦を取る際に、わざわざ正規兵の(よそお)いをする必要は無い。 『ウマ味』がないだろう?」

「俺にもワカるよーにセツメーしてくださいよぉ~! 承太郎さん!」

「つまりだ。 わざわざ恨まれる様な事をする際に、自分が何処の誰かだなんてわかるようにしなくて良いんだ。 帝国は王国の『土地』だけではなく、労働者や建築物を含めた『資産』が欲しいから戦争をして奪おうとしている。 後になって統治する頃に、住民に恨まれたままでは手間がかかって面倒だろう?」

 

 ああ! と、声を出した康一。 納得が行ったように手の平を打つと、人差し指を立てる。

 

「と、いうことはですよ? あの襲ってきた連中は、王国と帝国が争うと…… 『得をする』国の人なんですか?」

「個人が雇って襲わせたってこたぁーねーだろぉーがよー。 何かの組織とかグループっつー可能性もあるんじゃあねぇか?」

 

 すっかり(ぬる)くなってしまった麦茶を1口飲み、険しい表情で承太郎がさらに続ける。

 

「規模はさほど問題じゃあ無い。 それに、だ。 ヤツらをこのまま生かして帰すのも…… マズい。 敗残兵が逃げ帰るとなると、通る村は全部襲うだろう」

身包(みぐる)み剥いじまえばいいじゃねえかよぉ~ 素手ならなにもできねーじゃん」

 

 億泰が、椅子の背もたれに体重を預け、前足を浮かせた、だらしない姿勢で簡単に言う。 ギシギシと鳴る音が耳障りに響く。

 

「いやそれはだめだよ億泰君。 ほかにも援軍とか別働隊とかいるかもしれないよ。 そいつらが予備の武器とか持ってたら戦線に復帰しちゃうよ」

「顔もバレちまってることだしなぁ~~ この国…… 王国のけーさつに突き出すしかねーっつーことだぜ」

「まだあるぞ。 カルネ村に来たヤツらが本物の騎士で…… ヤツらが先兵だとしてだ。 帰ってこない、連絡も無いでは…… 再度兵士が調査に送られてくるだろう。 騎士というのは身分や家が裕福だったりする。 生きているのなら生きたまま取り戻したいと思うハズだ」

「はあ…… あいつら金持ちなんスか……」

 

 ヘェ~ と、仗助は口を開いたまま納得する。 そういえばあいつ、金貨持ってたなぁ、どっかのボンボンだったんだろうか、と。

 

「鎧や馬、訓練に掛かる費用は自前ってのも珍しくは無い…… つまりヤツらは『人質』だ。 増援が来たら盾にしたり、交渉したり出来る『カード』になる」

 

 今回カルネ村を襲撃した騎士は40名弱。 全員が刀剣のみの近接で、弓を持っていなかった。 だから迎撃できたのだ。 流石にこれ以上の数、100人200人の増援が来たら…… 四人で200人いる村人を護衛するにはキツ過ぎる。 必ず討ち漏らしが出て、村人に犠牲者が出るだろう。

 

 だからこその人質だった。 王国が、この襲撃者に対応するための時間稼ぎのために。

 

 

 

 

 

 

 

   カルネ村・西側住宅地

 

  ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。

 

 息を切らせて男が走る。 息が上がり、体力の限界はとうの昔に超えている。 気管支が、その酷使に耐え切れず出血し、鉄の臭いで男にそれを知らせる。

 

 それでも走る。 走る。 走る。 目的地は、旅人が村長と話しているハズの、村長宅。

 

「しらせねっど! 村長に… あの旅人に! てえへんなこどになる!」

 

 その男は、つい先ほど侵略者に命を狙われ。 そして運良くカルネ村に滞在していた旅人に命を救われた。 受けた恩を、爪の先ほどの量すら返していないというのに、救いをその旅人に求めるのは気が引ける。

 

 男は悔やむ。 自身の無力さに、考えの浅はかさに。 なんて自分は無力なんだと。 この細腕では、家族の命すら守れやしないと。 悔しさが水滴となって、頬を濡らす。

 

「村長! 承太郎さん方! てえへんですっ、村外れに戦士風の姿の騎馬が!」

 

 転がるように  実際に転んだが  扉を乱暴に開け、異常を知らせる。

 

 村長と呼ばれた初老の男は、またか。 と、表情を曇らせ、俯く。 対照的に、承太郎達四人は座っていた椅子から立ち上がる。 (あわただ)しく村長宅から飛び出し、目を凝らしてその戦士風の集団がいる方角を睨む。

 

(馬鹿な、もう別働隊が来たのか? 1日も経っていないのに早すぎる)

 

 予定より早い増援の出現に、承太郎の焦りは隠し切れず、付近の住民にも伝わる。 ざわつく村人達。 皆、再度やってきた危機による不安からか…… 表情は暗い。

 

「村長。 戦えない女性や子供を、村長の家へ(かくま)うんだ。 体力のある者は騎士達が使っていた剣を使え。 鎧を着ている時間は無い、急いで避難するんだ」

 

 はい、と緊張した面持ちで返事をした村長と村の若者達は弾かれた様に行動へと移す。 村長の家の中に戦えない老人や子供を入れ、周りを木箱や倒した荷車でバリケードを作る。 その内側に  剣ではなく槍が欲しいところだが  武装した村人が囲む。

 

 防御陣地の構築が終わる数分の間に、すでに康一が<エコーズact1>で偵察していた。

 

「康一君。キミのエコーズで何か見えるか?」

「……見た目はあの騎士とは違いますね。 戦士というか… 傭兵みたいな格好をしています。 武器は~ …剣と鎚鉾(つちほこ)と… あと弓ですね」

「弓を装備している、か…… 念のためにエコーズを下降させて、草むらに隠すんだ。 そして… 傭兵か…… 何か所属がわかりそうな物を身に付けてはいないか?」

 

 上空から見下ろすように浮かべていた<エコーズ・act1>を、地に伏せさせると見つからないように近付いていく。 匍匐(ほふく)をするように慎重に草陰にスタンドを隠し、詳細を確認する。 騎乗した戦士を観察すると、胸甲に王国の紋章が描かれていた。

 

「鎧の胸甲部分に、モジャッとしたトカゲっぽい動物が、両前足を上げてるマークがあります」

「村長から聞いた王国の紋章に似ているな」

 

 国から派遣された治安維持部隊だろうか。 全員が騎乗しているとはいえ、それにしては数が少ない事が気がかりだ。 なんと、その部隊にはたったの17名しかいないのだ。

 

 戦士風の集団は、村を注意深く観察し、ゆっくりと近づいてくる。 かなり警戒しているようで、各員が別々の方向を監視し、奇襲を受けないようにしている。

 

「あっ!」

 

 急に焦り交じりの声で叫ぶ康一。

 

「どうした康一! 敵に見つかったのかよ!」

「いや、違うよ億泰君。 あいつら、馬に騎士の死体を乗せて、馬の手綱を引いてる!」

 

 戦士風の集団の1人が、馬に乗ったままもう1頭の馬の手綱を引き、移動していた。 弓騎兵の騎士の死体を騎士の馬に、まるで布団を干すように横向きにして、うつ伏せに寝かしている。 その数3名。 1人1頭の馬の手綱を引いているので、少なくとも3人以上逃がしてしまった計算になる。

 

「帝国と王国は戦争中、だったか。 どうやら騎馬の騎士を、知らずに数人逃がしてしまっていたようだな。 丁度あの戦士達と鉢合わせして、戦闘になったのだろう。 だが…… 死体… か」

 

 騎士の死体に付いた傷の数は少なく、1発ないし2発で絶命させていることが伺えた。 この戦士風の集団は、相当の手練(てだれ)であることを、皮肉な事に物言わぬ死体が物語っている。

 

「おれのスタンド<ザ・ハンド>でよぉ~~」

 

 いかにも自信たっぷりといった表情で、億泰がスタンドを出現させる。

 

「1人ずつ引き寄せてブチのめしちまおう!」

「億泰よぉ~~、まだアイツらが敵って決まったワケじゃあねーだろーがよー」

 

 遮蔽物に身を隠しつつ、近づく集団にどのような対処をするか相談する億泰と仗助。 あーでもない、こーでもないと、纏まりが付かず、時間だけが過ぎてゆく。

 

 結局、良い案が浮かばず、治安維持の部隊の可能性が高いとして、様子を見る事にした。

 

 

 

 

 

 

   カルネ村・村境界線付近

 

 傭兵集団のような馬に乗った男達は、ゆっくりとこちらを警戒しながら馬を歩かせる。 キチッと整列して並んだ光景は、この集団の練度の高さを表している。

 

 そのまま村内の半ばまで来たところで止まり、先頭にいた短く髪を刈り込んだ男が前に出てきた。

 

 集団の中でも、飛び抜けて屈強なその男は鋭い視線を、臨戦態勢を取り、スタンドを出現させたままにしている康一と<エコーズact3>に向け、そのまま同じく億泰と仗助のスタンドにも向ける。 しばらく観察した後、鋭く研がれた刃のような視線を承太郎と<スター・プラチナ>に送った。

 

 しばらくして、威圧に動じない承太郎に、満足したように1度だけコクリと頷くと、見た目通りの重々しい声で話し出す。

 

「私は リ・エスティーゼ王国所属、王国戦士長 ガゼフ・ストロノーフ。 ……この近辺の村々を荒らしまわっている帝国騎士共を征伐(せいばつ)するために、王の命令を受け巡回している者である」

「王国戦士長…… 本当に?」

 

 村長が戦士長との言葉に驚いたのか、独り言のように呟く。 初めて聞く単語に、承太郎は村長に詳細を尋ねた。

 

「村長、その王国戦士長っと言うのは一体何だ?」

「商人達の噂話程度の信憑性しかありませんが… 確か… 王国の御前試合で優勝した、最も腕の立つ人間が選ばれる地位で、王直属の精鋭兵士達を指揮するのが戦士長だとか」

 

 そうか、と承太郎は相槌を打ち、騎士の襲撃と戦士長の到着したタイミングが重なった偶然を、本当に偶然なのかと眉を潜める。

 

 戦争中とはいえ、わざわざ軍のトップが治安維持に駆り出されるという、違和感に。 携帯電話などの、何時(いつ)でも何処(どこ)でも連絡が取れるような手段を持っているのなら…… いや、持っていたとしても、それは迂闊(うかつ)過ぎる行為だった。

 

「村長だな… この状況と、隣にいる者は一体誰なのか説明してもらいたい」

「彼らは、私達の村が襲われている所を助けていただいた恩人で、名を……」

「私は空条承太郎だ。 姓が空条、名が承太郎」

「東方仗助ッス」

 

 名乗ると同時にペコリと会釈をすると、ガゼフも会釈を返す。

 

(なんかよ~ 曲がったことが大嫌いっつーかよ~ 頑固っつーかよ~ 硬そうな人だなぁ~)

 

 が仗助の第一印象だった。

 

「姓を先に名乗るとは、南方からこられたのですかな?」

 

 南方。 何を基準にして南方なのだろうか。 情報が少なすぎるし、初対面の人物にこちらが何もわからないという弱みを見せるのは危険。 ここは濁しておくべきだった。

 

「さあな。 ……多分そうなんじゃあないか?」

 

 カルネ村に数日間滞在している際に、名・姓の順番なのは気が付いていた。 だが、日本… 極東地域の文化が南方だという情報はなかった。 距離はどれくらい離れているのだろうか? 地続きなのか? 交通手段はどうなるのか? まだまだ情報が必要不可欠。 うかつな行動が取れない。

 

 ガゼフは顔を動かし、隣りにいる億泰達に視線を向ける。 ハッ、と促されていることに気が付いた康一。

 

「ぼくの名前は広瀬康一、まー覚えてもらう必要は無いですけど~」

 

 康一が、手を後頭部に当てて名を名乗る。

 

「康一よぉ~ ユーメー人とかによえーのか~? モジモジしちゃってよ~」

 

 割り込むように、笑いながらからかう億泰。 反論しながら「キミも言いなよぉ~」と康一が急かす。 億泰は右手をチョップをするように挙げて、

 

「オレは虹村億泰っつーんだ」

 

 と簡単に済ませる。

 

「では、村が襲われたと村長が言っていたが… 彼ら四人がこの村を?」

「そのとおりでございます。 実は、彼らのお連れ様が怪我をしてしまい、療養のために村に滞在していたのです。 そこへ帝国の鎧を着た集団に村を襲われそうになったところを救っていただいたのです」

「村長。 結果的にそうなっていたに過ぎないと…」

「救っていただいたのです」

「………」

 

 承太郎は、やれやれだぜと嘆息(たんそく)をついて諦める。 なかなかに村長は頑固のようだ。

 

「今度はこちらから質問させてもらおう。 後ろにある死体についてだ」

「この死体は我が任務、帝国騎士征伐の証拠にするために運んでいる」

「数は3人のようだが…… 殺すしか無いほど騎士の人数が多かったり、強かったりしたのか?」

「いや、違う。 出会ったのはこの3人だけだ。 それに、然程(さほど)梃子摺(てこず)らされたりはしなかった」

 

(だろうな… 1発2発でトドメを刺されているんだからな)

 

「素晴らしいな、戦士長。 では、どうやって尋問したり、逃亡を演出して泳がせたりするつもりだ? 逃げた先に増援や別働隊がいるとは思わなかったのか?」

「そ、それは……」

 

 ガゼフは言葉に詰まる。 そもそも、あわてて逃げる弓騎兵を移動中に偶然発見できただけだった。 それで討伐に成功しただけだとしても、迂闊(うかつ)だったと後悔する。 1人でも捕まえることが出来れば、その者から情報を引き出し、先回りをすることが出来たかもしれない。

 

 国王から賜った任務は、帝国騎士を征伐すること。 捕らえろとは言われておらず、村人を殺す騎士達を生かして置くなんて我慢がならなかったのだ。

 

「戦士長様。 襲ってきた連中は、村の中央広場に縛られて集められております。 その者達から尋問なされば良いかと」

 

 村長の言葉に、目を大きく見開いて絶句する戦士長。 帝国の兵は練度が高く、装備も整っているので返り討ちに遭う想定は全くしていなかった。 追い払っただけだと、先入観で思い込んでいたのだ。

 

 たっぷり10秒ほどだろうか… 呆然としていたが、ハッ! と、我に返った戦士長は、馬から下りると4人に深々と頭を下げる。

 

「本来私がやらねばならぬ使命であるのに申し訳ない。 そして村を救っていただいた事に… 深く感謝する」

 

 その場にいた、承太郎達四人以外の全員の表情が、驚愕の色に染まる。 どうやら予想以上に有名で、身分が高いのだろう。

 

 中世くらいの社会文化ならば、身分の差はかなり重要なことだろうから、そこまで不思議ではない。 むしろ、周りのその態度が、ガゼフ本人という確信と、戦士長の身分が本物である何よりの証拠となった。

 

「いや、成り行(なりゆ)き上逮捕に成功したにすぎない。 身柄を公権力を持つ者に引き渡そうと考えていた所だ。 むしろ手間が省けて助かるというものだぜ」

「しかし本来は私の役目。 何か礼が出来ると良いのだが…… 生憎(あいにく)今は持ち合わせが無く…… 後日渡したいと思うのだがどうだろうか?」

「後日受け取るのは不可能だ。 俺達はこの一件が片付いたら移動しようと考えていた。 戦士長殿のおかげで引き渡す目処が立った」

「では別の形で何か支払えるならそれをお願いしたいのだが?」

「………では、戦士長に1つ頼みがある。」

「1つだけとは謙虚な方だ。 して、それは一体何かな?」

 

 

 

 

 

 

 

「オレと試合をして貰いたい」

 

 

 

 

to be continued・・・

 




――没ネタ――

~ガゼフがアインズさまのご尊顔を拝見したがるシーン~

ガゼフ「帽子を取ってもらってもよろしいかな?」

承太郎「お断りします。 あれが――「えっ!おれッスか!?」暴走したりすると厄介ですから」

すきなとこ:帽子を取りたくない理由を仗助に押し付けちゃうとこ。
      後頭部が帽子と一体化しているんだ。見たくもなるさ。

ボツりゆう:取って欲しくなる理由が思いつかなかった。
      髪型系のこだわりは仗助の役じゃね?


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悪意に満ちた世界 の巻

荒木先生「キャラクターや、世界観の説明をダラダラと続けたら、読者はイライラしてしまうぞ」
    「読者が見たいのは、キャラクターの行動や運命だぞ」
    「世界観は、キャラクターの行動や台詞に盛り込めば、十分読者に伝わるぞ」

ううむ、確かにキャラクターの性格や置かれた状況。 過去の出来事を、紹介したくなる。
手塩に掛けたオリジナル キャラクターだったら、特にそうだろう。
だとしても、読者が読みたいのはストーリ…… キャラの設定資料なんて読みたくは無い、か。

それが難しいんだよなぁ~~ッ! この、匂わせるっつーの? 自然な感じっつーの?
荒木先生は「キャラを困難な状況に放り込めば(おの)ずと表現できる」って言ってるけど。
キャラの設定がカッチリ決まってないと、なんて喋らせていいか悩んじまうし……
『絵』でなく『文章』で表現する小説はソコがムツカシーのよ! 伝わり難いし、伝え難い!


 ヒソヒソとしていた周囲のざわめきが、瞬時にして大きくなる。 ガゼフの部下だろうか。 後ろに控えるように待機していた一人が、

 

「身分もわからぬ者がッ! 戦士長と試合をしたいなどと無礼だと   

 

 と、言いかけて片手を挙げたガゼフに制される。

 

「私はそれでかまわないとも、空条殿。 だが、どのような怪我を負おうが、お互いに禍根無しということを約束していただく」

「そうか、それと怪我の心配はしなくていい。 仗助が治せるからな」

「ほう、その若さで治癒の魔法が使えるとは。 その姿から察するに、召還を得意とするマジック・キャスターなのですかな?」

 

 4人の背後に浮かぶスタンドを、チラチラと見ていたガゼフ。 スタンド能力を魔法による召還だと想定し、質問した。

 

「はあ? 誰が車輪だコラ」

「お、億泰君。 そっちのキャスターじゃ無いよ!」

「確か~ 投げる、っつー意味だったハズだぜ。 ニュースキャスターとかのよー」

「魔法使いですか? って言いたいんだと思うよ。 たぶんだけど」

「ああ、なるほど。 俺によー 魔法なんて使えるわけねーッスよ。 メルヘンやファンタジーじゃあないんスから。 オレのは能力ッス」

「魔法ではない? 能力とは一体何のことですかな?」

 

 ガゼフにとって予想外の答え  能力。 背後に浮かぶ、異形の人型ですら魔法ではないとの返答に混乱する。

 

「直接見せたほうが早いな」

 

 と、承太郎は、騎士から鹵獲した剣を半ばから折り、刀身の部分で指を薄く切る。

 

「仗助、頼む」

「了解ッス」

 

 仗助が<クレイジー・D>の能力を発動させると、折れた剣と切り傷が瞬時に治る。

 

「武器や鎧の破損もなおせるので気を楽にしていい。 死にさえしなければ大丈夫だ」

「成程…… 良く解らないが、信用できるようだ。 では、()()お相手しよう」

 

 ジリジリと高まっていくお互いの殺気。 ビリビリと空気が震えるようにさえ感じられた。

 

 承太郎は、精神力の消耗を抑えるために解除していたスタンドを、ゆっくりと発動させる。 2重に()れる様に、重なっていた2枚の写真がズレる様に、次第に(あらわ)になる承太郎のスタンド…… <スタープラチナ>。

 

 承太郎自身は動かず、スタンドだけをガゼフから見て左横に回りこむように、ゆっくりと移動させる。 ガゼフは間合いを計るように横に回りこむ<スター・プラチナ>を嫌がり、右後ろへ1歩後退しつつ、両方が視界に入るように少し左を向く。

 

(ガゼフはスタンドが見えている。 村人が特別と言うことは無いか。 ガゼフの取り巻きにも見えているな……)

 

 この世界の、少なくとも人間はスタンドの視認が可能と結論付け、スタンドを自身の近くへ戻す。

 

(次は…… 私の能力が通用するかどうかだが……)

 

 と考え、スタンドの能力を発動させた。

 

 

ドォ          『スター・プラチナ ザ・ワールド』           ン!!

 

 

 世界が暗転し、元に戻る。 時の流れが止まり、承太郎を除く全ての物体が停止する。 軽く地を蹴り、ガゼフから見て右側に、間合いに入らない様に回り込み、視界外へ移動した。

 

「そして時は動き出す……」

 

(何ッ! 消えたッ!?)

 

 そして2秒後。 再び時の刻みが開始され、承太郎を見失ったガゼフ。

 

(背後へ回られたか!)

 

 先ほどスタンドが左側に回ろうとしていた為、一瞬で左に移動したと予想し、左を見る  が。

 

(い、いない!? 何処へいった!)

 

 当然のごとく見つけることは出来ず、そのまま体を回転させ、後ろを見るが見つからない。 完全に後ろを向いた辺りで、視界の端に承太郎の姿を視認する事が出来た。

 

「 !! ほう…… 空条殿は転移をする事ができるのだな?」

「……さあ、どうかな」

 

(能力は正しく動作している…… ザ・ワールドで時を止められる。 そしてガゼフは停止した時の中でのオレの動きが見えていなかった…… DIOのような能力はない……)

 

 向かい合う位置が90度変わり、側面を戦士団と仗助達に向けるような位置で2人の動きが止まる。

ゴ ゴ ゴ

 2人の周りの景色が歪んで見える程…… 膨れ上がる殺気。 張り詰めるような空気に、争いに慣れていない村人達の顔が青を通り越して白くなっている。 そして、戦士団の騎兵や仗助は…… 瞬きをする事を忘れてしまったかのように、動き1つたりとも見逃すまいと、固唾を呑んで見守っている。

         ゴ ゴ ゴ

 紅く染まり行く大空が、西から侵食されるように闇に覆われていく。 闇に追われるように沈んでいく太陽が、向かい合う2人の戦士を照らす。 張り裂けそうだと感じられるほど高まった緊張でだろうか…… 2人は微動だにしない。

                  ゴ ゴ ゴ

 いや… 少しずつ間合いを詰めるように近付いている。 ジリジリとミリ単位で縮まっていく間合い。 両手長剣のガゼフの間合いと、スタンドを持つ承太郎の間合いは()しくもほぼ同じ。

                           ゴ ゴ ゴ

 お互いの間合いがお互いの本体へ触れる…… 刹那(せつな)、2人は暴風を(まと)った竜巻へと変化したッ!

                                    ゴ ゴ ゴ

 右の(かいな)を振りかぶる<スター・プラチナ>。 右中段胴薙ぎのガゼフ・ストロノーフ。

 

 

ズギャァァアアッ!!

 

 

 中央で衝突し、開放された膨大なエネルギーは、暴風へと変化し、付近の砂を砂利と一緒に吹き飛ばす。

ド ド ド

 暴風に運ばれてくる砂と小石によって、閉ざされるギャラリー達の視線。 再び開かれた彼らの双眸に映るのは、拳を手首まで切り裂かれた承太郎と、両手長剣の剣先が砕けた戦士長の姿だった。

          ド ド ド

(やれやれだぜ…… 思った通りただの剣や矢とかの物体でもスタンドが傷付くのか…… 厄介だな…)

                    ド ド ド

 裂かれた右腕から血が(ほとばし)るのを冷静に見つめながら分析する承太郎。

                              ド ド ド

「仗助、戦士長の剣とオレの腕を頼む」

 

 仗助の能力によって何事も無かったかのように元に戻った拳から視線を外し、

 

「待たせたな」

 

 と構えを取る。 承太郎は爪先立ちになると、間合いを先ほどより早いスピードで詰めていった。

 

 承太郎がガゼフの間合いに入る。 それを待っていたかのように、両手長剣の横薙ぎが再び眼前に迫る。

 

 <スター・プラチナ>を出現させ、スタンドの掌部分で挟むように押さえると、引き寄せるように自身の方へ引っ張った。

 

 剣を持つ手が承太郎の方へ引き寄せられ、剣を持つ手首を蹴り砕かんと、<スター・プラチナ>の足刀が迫り   

 

 

     ()()()()()

 

 

(読まれていたッ!)

 

 剣を引かれ、少し前のめりになったガゼフが持つ剣は、持ち手を左右逆にしており、ギリギリで<スター・プラチナ>の足刀は宙を切る。

 

 ガゼフは剣を左に捻る。 左足で足刀を放った承太郎は片足立ちの不安定な姿勢になっており、うつ伏せに倒れ伏すと思われた。

 

 通常、人は倒れそうになると倒れまいとする。 その体勢が崩れ切る前に、攻撃を仕掛けようと1歩踏み込むガゼフ。 (ひるがえ)る剣。

 

 空気を切り裂く鋭利な音が、その剣の先端速度の凄まじさを表している。 大重量の鋭利な鋼が、承太郎の左肩を食い破らんと迫る。

 

 

 

 

ギャギャリィィッ!!

 

 

 

 

(何と! 何時の間に剣を!)

 

 肩を切断されると思われた承太郎。 だが、承太郎の左手には何時の間にか、剣が逆手持ちで握られていた。

 

 両手長剣の重量と、振り下ろしの速度から来る、凄まじい量の運動エネルギー。 剛直な鋼を摩擦により、(しのぎ)の部分を莫大な量の火花へと変える。

 

(そうか! 先程指を切って見せたあの剣か!)

 

 あらかじめ()()()()ように剣先を地面に向けてある。 今度はガゼフが体勢を崩す番だった。

 

 大剣の重さに引っ張られたかのように、前のめりに姿勢を崩すガゼフ。 迎え打つは、しゃがみ込んだ低い姿勢で脇腹へと拳を振るう承太郎。

 

(素晴らしい。 隙を見せるまで正面から押すのでなく、順序立てて攻め立て隙を作るとは!)

 

 アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィン…… 極限状態により脳内物質が過剰に生成される。 異常に興奮した脳が、究極まで研ぎ澄ました感覚は、時間の流れが遅くなったかのように感じさせる。

 

(だが…… ()()()()で一本はやれん!)

 

<即応反射>

 

 物理法則を超えた動きで、ガゼフが一瞬で万全の体制へと変わる。 体を捻り、体と拳の間に両手長剣を割り込ませた。

 

 

 

ガイィン!!

 

 

 

 何トンもある鉄骨が、地上高数十メートルから落下したような、凄まじい爆音を立てて止められる。

 

(ぐうっ! なんという衝撃!)

 

 (はじ)けてしまうのではないかと思えるほど、手の中で暴れる大剣。 手を離れ、飛んで行ってしまわないよう押さえつける。

 

   ハッ!」

 

 一瞬だった。    膂力で剣を押さえつけ、硬直している隙は。 だが、それを見逃すハズがなく。

 

「速いッ!」

 

 ガゼフのブーツを左手で引っ張りあげる。 完全に足が地面から離れ、背中から地面に倒れ伏す   

 

 

   前に。

 

 

「オラァァアアッ!」ドグシャァァアアッ!

 

 

 

 打ち込まれた拳はガゼフの着ていた胴鎧を大きく陥没させ、脇腹を抉る。 拳の形に陥没した鎧は、さほど抵抗無く大きく形を変えた。

 

 

   だが

 

 

(何ッ!? 浮かないだと!? ダメージが低いッ!!)

 

 体勢が万全でないため、全力の一撃では無い。 しかし、まともに打ち込まれた拳は、近距離パワー型の<スター・プラチナ>による1撃。 その拳は岩を砕き、大地を穿(うが)つ。 高速で迫ってくる大型トレーラーですら、<スタープラチナ>の拳の前では容易に目的地を変える。

 

 ……まともに食らえば、テニスボールの如く吹き飛ぶとは行かなくても、跳ねるくらいはするハズであった。

 

 しかし、実際に起きたのは鎧の破壊と比べて、明らかに低いダメージ。 不自然に加速する体術といい、この世界の住人は… まるで呼吸でもするかのように極々自然に…… 物理法則を捻じ曲げる。

 

(まだ不明な点が多い… この世界の住人は防御に長けているのか… それとも戦士長が何らかの能力で特別なのか…)

 

 地に手を着いて激しく咳き込むガゼフに、手を貸し立ち上がらせる。 2人は互いの健闘を称え、試合は終了した。

 

 

 

 

 

 

      ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 陥没した鎧を、仗助が<クレイジー・(ダイアモンド)>で修理する。 歪んでいた金具が元通りになり、胴鎧を外す事ができた。 ガゼフの脇には大きな痣が出来ており、腫れて熱を持っていた。

 

(<スタープラチナ>の1撃をくらって痣ですんでんのかよ。 スゲーなこの人も)

 

 緊張した面持ちで仗助が脇腹に触れる。 変化は劇的だった。 痛々しく赤黒くなっていた痣は、まるで無かったかのように元に戻っていた。

 

「おお、これはすごい。 痛みすら無い」

 

 と、自身の脇腹を(さす)ったり叩いたりするガゼフ。 脱いでいた服と外していた鎧を着込んでいる彼に、仗助は

 

「なぁなぁ、さっき俺たちの事を魔法使いかって聞いてきたけどよ~~ この世界って魔法使いがいるって事か? ガゼフのおっさんは魔法を見たことあんのか?」

 

 と、矢継ぎ早に質問した。 ガゼフは片眉を上げ、何をあたり前な事をと、不思議に思いながら肯定する。

 

「その通りだが…… 君達は魔法を見た事が無いと? この地域の人ではなさそうだとは思っていたが、君達は一体何処から(まい)られた?」

 

 身支度が済んだガゼフは、服についた砂を払いながら立ち上がった。 馬上で睨むように観察した時に、この土地の者ではないと看破していたのだ。

 

「さあな……」

 

 隣りで治療の様子を見ていた承太郎が代わりに答える。

 

「私達にもそれがさっぱりでな。 気が付いた時にはすでにこの村の近くにいたんだ。 元の世界に戻りたいのだが、方法が見当も付かない」

「世界? 君達はこの世界の人間では無い、と?」

「……その通りだ」

 

 承太郎は懐から1本のボールペンを取り出す。 金属製の、なんの変哲(へんてつ)も無い普通のボールペン。 ステンレスの鈍い輝きが、試合を見守っていた村人と戦士団の視線を集める。

 

 ガゼフにそれを投げ渡す。 難なく受け取ったガゼフは、その金属棒の緻密な造りに瞠目する。

 

「……これは?」

「私達が居た世界の…… 筆記具だ。 尖っていない部分のボタンを押すと、書くための先端が飛び出す仕組みになっている」

 

 試しにと、手近にあった板の木片にペンを押し当てる。 パッと見では、どうやってインクが出るのか解らないというのに、滑らかな書き心地。

 

 鳥の羽が中空になっていることを利用し、加工した羽根ペン。 少々高額だが、金属製のペン先を使った寿命が長い付けペン。 両方とも引っかくように書くため、紙が破れるなんてよくあること。

 

 だというのに、この金属製の筆記具は、まるで摩擦が存在しないかの如く滑ってゆく。 いちいちペン先にインクを浸したりする手間も無い。 ボタン1つでペン先が隠れるのも、懐が汚れずに持ち運びが出来るだろう。

 

「これは… すごいな」

「私達がいた世界では、銀貨1枚(約5千円弱)でそれが5~6本購入できる」

「……嘘、ではないのだな。 その値段も。 無限に書ける、便利な筆記具のマジックアイテムは知っているが、安くても金貨6枚程しよう」

 

 ……またか。 と、承太郎は内心で舌打ちをする。 なんでもかんでも魔法の力、魔法の道具。 魔法は、()()()()人々の生活に密着している。 ()()()()()()()()程までに。

 

  これは、わざとだ。 わざと()()()()()()()()()()()()されているのだ。

 

 人は楽をしたがる生物だ。 だが、それは悪いことではない。 少ない労力で事が及ぶと言う事は、それだけ余力を残せるという事に繋がる。 くだらない事にいちいち消耗していては、ただの獣にすら命を脅かされるだろう。

 

 ……()()()()()()()()()。 問題があるのは…… この魔法という物が、()()()()()()()()()()()()事だ。 死んだら何も残らない魔法は、受け継ぐことが出来ないから……

 

 蛇口を(ひね)れば水が出る。 原理を理解せずとも利益を享受(きょうじゅ)する事ができるのと同じだ。 まあ、()()魔法(システム)()()()()()()()()()()()()()。 苦労して道具を作っても、魔法を使えば同じことが出来る。 だからその先に行こうとは思わないのだ。 …………いや、()()()()のか。

 

 虎や熊など、鼻で笑ってしまうような猛獣(ビーストマン)との生存競争で… 今が大変で()()()()()()()()のだ。 どうしてそうなるのか、疑問すら(いだ)かせないように、何者かによって。

 

 

 

 承太郎がいた世界、地球の歴史にもこのように停滞の歴史を歩んだことがあった。 人々は(のち)に、その時代をこう呼んだ。 暗黒時代と。

 

 ローマ・ギリシャで成し得た技術や知識が、後の世では全く理解できなくなった。 作り方がわからぬので『悪魔が作った』等と言った。

 

 はるか昔のギリシャで、地球は丸いと判っていたのに、後の世では平たい大地となった。 地球が太陽を周っていると言った者が裁判にかけられ、革新者は殺され異論者は口を(つぐ)んだ。

 

 歴史が停止(とま)っている。 いや、狂わされて(とめられて)いるのだ。 何者かによって。

 

 

 

 この、悪意に満ちた世界は    

 

 

 

to be continued・・・




筆記具マジックアイテムは捏造

――没ネタ――

~エンリが背中切られるシーン~

ネム「あっあっ! 姉貴ィィイ――ッ!!」

すきなとこ:勢いがいいよね
      緊張感っつーか緊迫感っつーか

ボツりゆう:いやぁネムが言ったら奇妙すぎるでしょう
      ネムの髪型をリーゼントにしなきゃ(使命感
      


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炎の上位天使 の巻

スタンドっぽさを出すために、天使の見た目はアニメVerでおなしゃす


荒木先生「キャラクターの台詞は、自分が使う言葉みたいな自然体が一番だぞ」
    「使いそうな言葉だけじゃなく、使わない言葉も調べておくべきだぞ」
    「頭痛が痛いとか、わざと間違った言い回しも味があっていいぞ」

まぁ要するに、無理して難しい言葉を使わなくてもいいって事ね? だよね?
セリフとしてなら「すいませぇん」とか「ゴイスーなデンジャー」とかも雰囲気の形成に役立つっつーワケっすかねぇー?

あと使えるとしたら…… 方便や訛りとかかな?
「ドアじゃねーズラ!」とか「了解でありんす! あ・り・ん・す!!」とか?
作品違うけど「だっちゃ」とか「なんよ」とかの語尾もGOODかも。

逆に完璧な、ですます口調とかどうだろう。 ニュースキャスターかよ! って感じの。
敬語ってなんか嫌味な印象あるよね。 インテリ野郎がネチネチ攻めるみたいな。

成程。 確かに話し方1つで、キャラの性格が浮き彫りになるなぁ。
でも仗助と億泰の口調が似てて書き辛いぜ。


「なぁなぁ、ガゼフのおっさんは魔法つかえんのか?」

 

 見るからにワクワクとした表情で、興奮した億泰。 両手とも握った拳を上下させている。 初めて見る魔法に期待しているようだが。

 

「いや、残念ながら私には魔法の才能が無いのでな。 剣を振ることしか能が無いのだ。 恥ずかしいことだが」

 

 帰ってきたのはNOの返事。

 

「じゃあよ! 俺も練習したら魔法使えるようになっかな!?」

 

 だが、そこは億泰。 めげない。

 

「可能性は十分あるとも」

 

 億泰の表情がみるみるうちに明るくなる。 口角が上がり、両腕を天に突き上げる。

 

「やったァ  ッ メルヘンだッ! ファンタジーだッ! こんな体験できるやつは他にいねーっ」

 

 いや、この世界の殆どが   生活魔法の0位階を含めればだが   魔法を使うことが出来るので、体験できるやつはいっぱいいる。

 

 しかし、億泰はどこまでも前向きだった。 知らないだけとも言うが。 そこへ無常にも現実が突きつけられる。

 

「才能さえあれば、1位階や2位階くらいなら10年ほどの修行で使えるようになるだろう」

「えっ! じゅ、10年かかんの!?」

「その通り。 さらに修行を積み、(恐らく)20年ほど修行すれば伝説の3位階まで到達できよう。 3位階の魔法が使えるようになれば、相当な熟練者だとも」

 

 そう、修行が必要なのだ。 熟練魔法使いとまで呼ばれるほど卓越する為には、長い時間修行が必要だという。

 

 契約して魔法が使えるようになった少女や、魔法学校から派遣された教師の少年など()()()のだ… いるとしたら、見た目がアレな 魔法ババア(カイレ) や、頭がアレな 魔法ジジイ(フールーダ) ばかり。 現実は非情である。

 

「さようなら… 俺の魔法ライフ……」

「あ、諦めるには速過ぎるぞ、億泰殿。 あの~ ほら、マジックアイテムを購入すれば、使えるはずだとも。 (スゴイ値段するけど)

 

 がっくりと肩を落とす億泰を見かねて、ガゼフが元気付けようとする。 が、彼は戦士系の前衛職であり、あまり魔法には詳しくない。 成功率は宝くじ以下の確立だった…

 

 

 

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ戦士長」

「ああ、そんなに畏まらないでくれ。 ストロノーフと気軽に呼んでいただいて結構だ」

「では、ストロノーフ…… この村が襲われた理由を知っているか?」

ゴ ゴ ゴ

 ぞくり、と。 空気が一瞬で変わったように感じられた。 ガゼフは、先ほどとは打って変わって、ひんやりとした雰囲気に少し身構えると、

         ゴ ゴ ゴ

「帝国騎士が略奪行為をするためだ」

                  ゴ ゴ ゴ

 と、硬い表情で答えた。 そんなガゼフの答えに承太郎はフン、と鼻を鳴らす。

                           ゴ ゴ ゴ

「嘘だな…… あんたはこの襲撃に不審な箇所があると気付いている。 馬から下りずに、警戒しながら村に進入して来ておいてとぼけるんじゃあねーぜ」

                                    ゴ ゴ ゴ

 ガゼフの肩が、ぎくりと跳ねる。 バツの悪そうな… 苦々しいその表情からは、何らかの事情があるのだなと、察するに余りある。

 

「君達は…… どのような世界から来られた? その判断力は…… 一体どの様にして……」

「……村長。 すまないが、席を外してくれるか? 他の村人達も」

 

 知らなくていい事を知ってしまって、消された。 なんて事にならない様に。

 

「私達は音の3倍の速度で空を飛び、星々を巡る船で月に降り立つ。 そんな世界から来たと言ったら……… ストロノーフ。 お前は信じるか?」

「…………」

「余り驚かないんだな。 正直なところ、私達はこの魔法ってヤツに驚かされてばかりだ」

 

 承太郎は、軽量化が施された騎士の鎧の一部をガゼフに投げ渡す。 引力に全力で中指を立てる技術が(ほどこ)された、承太郎の世界ではオーバーテクノロジーと呼ばれる物だ。

 

 38万km離れた月に行って帰ってくる技術はあっても、重力に喧嘩を売るような技術は無い。 重量を軽くする。 たったそれだけの事が… 現代科学では非常に重要な技術だ。 形を変えたり、素材を変えたりして何万人もの研究者が、その研究に心血を注いでいる。

 

「襲ってきた連中から情報を得る必要がある。 それも早急(さっきゅう)に。 思い当たる節があるなら尚更(なおさら)にな。 状況が変わる前に、打てる手は全て打っておくべきだ」

「承太郎殿は、何故そこまでして?」

「恩がある、んだよ。 ここの村人には…な」

 

 

 

   カルネ村中央広場

ド ド ド

 ぐったりと項垂(うなだ)れている薄着の騎士に、長く伸びた影が掛かる。

         ド ド ド

 近くに誰かが来た気配に気付いた騎士が顔を上げると、 逆光に照らされた数人の人影。 振りかぶられた手には、バケツの柄が握られており…

                  ド ド ド

 バシャァと水の弾ける音とともに、井戸水の冷たい水が騎士達に掛けられた。 一気に覚醒する意識。

                           ド ド ド

 水の冷たさに震えている騎士の胸ぐらを掴み、長身の男が騎士を軽々と持ち上げる。

                                    ド ド ド

「知っていることを全て話しな。 ブチのめされたくなかったらな」

「うぐぐ… 誇りある帝国騎士が… 簡単に話すわけが無いだろう…ッ!」

 

 首を締め上げられ、眉間に血管が浮いた状態だというのに、それでもなお抵抗する。 血液の流れが遮られ、顔が赤くなっている。

 

「お前、名前はなんだ? 言わないつもりなら、お前を今からヌケサクと呼ばしてもらうぜ」

「…ロンデス」

 

 男はロンデスと名乗った。 両手を後ろで縛られ、さらに胸ぐらを掴んで持ち上げられている状態だというのに、それでもなお、承太郎を鋭く睨みつける。

 

「ロンデス。 お前はこれ以上喋らなくていい。 時間の無駄だ。 ハンパなことでは何も事実は言わんだろう。 ……()()()()()()()

 

 承太郎は、ロンデスを片手で持ち上げたまま<スター・プラチナ>を出現させると、目にも留まらぬ速さでロンデスの歯を ベキィイッ! と、()し折った。

 

 噴き出(ふきだ)す血と共に、あれほど強情だったロンデスの口から悲鳴が漏れる。 そして、それを見ているロンデスの同僚達の股間からも、暖かいものが漏れた。

 

「先に喋った奴の無事は保証してやる。 が、後でウソだとわかったら……」

 

 ブチ折ってやるぜ。 と言外に、態度と表情で脅す。

 

「ウヒィィィイイイ!!」

「しゃべるゥ! 全部しゃべりますゥ~~!」

 

 目に涙を浮かべ、我先にと次々口を開く男達。 そして、後ろで見ていた仗助は、悪戯好きな子供のような表情を浮かべると。

 

「アラッ!! なっさけねーッ! もうゲロっちゃうのォ~~~? きさまそれでも軍人かァーッ!」

 

 と、両手を腰に当て、無能な部下を叱責する上官の真似をしておちょくるのだ。

 

(やれやれだぜ… 仗助のヤツ、最近妙にあのじじいに似てきやがったな)

 

 真横で今もなお聞こえてくる、最も我慢強いと信頼していたロンデスの悲鳴。 次は自分の番だと急かされるように聞こえてくる。 恐慌状態に陥った元騎士達は、次々と情報を口にするのだった。

 

 曰く、帝国騎士と言うのは偽装で、実際は法国に所属している。

 曰く、ガゼフ戦士長をおびき出すための罠。

 曰く、村を焼き払って来いとしか言われていないため、これ以上知らない。

 

 う~んあまり情報源として役に立たないなぁ。 なんて思い始めた頃のことであった。

 

 

 

    突如として、上空から輝く光が飛来した。

 

 

ドガァァアアン!!

 

 

 轟音を立てて着地し、土の地面に浅いクレーターが掘られた。

ド ド ド

 吹き上がった小石が撒き散らかされ、着地と同時に工作員を真っ二つに両断する。 光のように見えたのは、宙に浮いた、まるで天使のような4体のモンスターだった。

          ド ド ド

 胸の部分には輝く胸甲を装備し、右手には柄まで燃え上がる炎を纏った細身の直長剣(ロングソード)が握られている。

                    ド ド ド

 背には光の粒を、噴射するように吹き出す1対2枚の羽が生えていた。 その見た目は、何処(どこ)と無く神聖な雰囲気を(かも)し出している

                              ド ド ド

「何ッ! スタンドだとッ!?」

 

 上空から突如として飛来した天使。

 

ズバッ!! ズバッズバッ!!

 

 シャンパンのコルク栓のように、首を次々と()ね飛ばす。

 

 燃え上がり発光している炎の剣は、見た目通りの高熱を発しているようだ。 切り裂いた断面から、ドジュゥゥという音と共に、肉と油が蒸発する不快な臭気を発生させている。

 

 着地と同時に2メートルほど巻き上げられた砂が、引力に囚われ再び大地の元へ戻る間に、20名ほどの工作員を撫で斬りにしていく。

 

「まずいぜ! 犯人が消されてるッスよ!」

「いきなり口封じだってエエェェ――ッ!?」

 

 仗助と康一が、焦りを含む叫びを上げると同時に、承太郎が飛び出す。

 

「億泰! <ザ・ハンド>で天使型スタンドを一箇所に集めろ!」

「了解ッス!」

 

ガオン! ガオン!

 

 億泰のスタンド<ザ・ハンド>が、その防御不能・一撃必殺の(かいな)を振るう。 船が通った後に、航跡が残るのと同じように。 その、腕の軌跡が空中に現れる。

 

ドン!

 

 億泰の『空間を削り取る』能力で敵をこちら側へ瞬間移動させ、全ての天使が慣性によって近くへ集まる。 さらに4人の工作員が、それまでの間に首を刎ねられていた。

 

 承太郎が射程距離5メートルまで近付き、能力を発動させると同時に天使へ突撃。

 

ドォ          『スター・プラチナ ザ・ワールド』           ン!!

 

 一瞬。 瞬きをする程度の時間、世界が暗転する。 そして『時の流れ』が止まる。 剣を振り上げた天使の動きもピタリと止まり、微動だにしない。

 

 まだ<スター・プラチナ>のラッシュを叩き込むには少し遠い。 スタンドの脚力も使い、力強く地を踏みつけるように蹴る。

 

 許容量以上の圧が掛かった大地。 蜘蛛の巣状の裂け目が入り、圧力の逃げ場を求めて鋭角に砕けた土が吹き上がった。

 

「1秒経過…」

 

 一足飛びで距離を詰める。 億泰の瞬間移動によって、4体すべてが射程距離内に入っているッ! 

 

ガン     ガン      ガン      ドゴ      ガゴ      バゴ      バゴ

                                           

オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラァァア!!

                                           

   ドゴッ     ドゴッ      ドガ     ガギ     バキ      ガコ

 

 ドラム缶を叩くような、金属音と空洞音を響かせながら次々と打ち込まれてゆく拳。

 

 <スター・プラチナ>のラッシュが命中し、天使の胸甲鎧が砕け散る。 光の粒となって、空中で輝きながら消える鎧。 それはまるで星屑のようで    

 

    !! )

  ゴ ゴ ゴ

 承太郎の表情に、驚愕の色が広がる。

           ゴ ゴ ゴ

(長いッ! 時を止めていられる時間が… 成長しているだと!? 馬鹿なッ…速すぎるッ!?)

「2秒経過……ッ!」

                    ゴ ゴ ゴ

 ガゼフと試合をする前。 ザ・ワールドの効果があるかどうか調べるために発動させた時は、キッカリ2秒だった。 可能性があるとしたら、あの1戦。 空気が歪んで見えるほど集中した、あの死合しか思い当たらない。

                             ゴ ゴ ゴ

「0.2秒か… 止められる『時』が延びたのは…… そして時は動き出す…」

                                      ゴ ゴ ゴ

 2.2秒が経過し、再び時が思い出したかのように刻まれ始めた。 空中で、ヒビ割れた彫刻の如く微動だにしていなかった天使は、<スター・プラチナ>のラッシュを受け錐揉(きりも)み回転をしながら吹き飛ぶ。

 

 <スター・プラチナ>の能力を知らないガゼフや村人は、転移したように接近し、残像すらなく一瞬で打ち込まれたスタンドの拳に驚いた声を上げた。

 

 

 

    だが      

 

 

 

 天使は空中で踊るように回転し、一瞬で体勢を整える。 そう、プログラムされているのだろうか? 攻撃した承太郎達を無視して、縛られていて動けない工作員を切りつけていく。

 

 ヒビが入っているせいだろう。 その動きが、油を差していない錆び付いた機械のようにぎこちない。 先ほどの急所を的確に狙った、首を刎ねてゆく攻撃と違い、左右に剣をやたら振り回すだけの力押しだ。

 

 だが、縛られて動けない工作員には十分らしく、一振りする度に、炎の剣によって殺されていく。

 

 天使が、闇雲に炎の剣を振り下ろす。 それは偶然だった。 剣の切っ先が、縛られていたベリュースの縄を、肉を(えぐ)っただけの怪我で切断される。

 

 運良く自由になったベリュース。 鎧を脱いだため身軽になったのか、驚くべき速度で逃げ出す。 天使の脇を転がるようにすり抜け、村の外へ一心不乱に脱兎の如く駆け抜けていった。

 

 

 

 

to be continued・・・




時間停止対策した状態の人がいたら、オンゲーのラグみたいに感じられるのだろうか?
あまりにも頻度が多かったら、キレたその人に自宅凸されちゃったりして

――没ネタ――

~シャルティアさんが殺害予告するとしたら~

シャル「貴様は(ピー)液を吸って殺すと予告しよう」
アウラ「血液な? いかがわしく言うな」

すきなとこ:アルシェみたいなことはしないのかな(ゲス顔

ボツりゆう:たぶん男は襲わないハズ


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アーク・エンジェル・フレイム の巻

荒木先生「絵を描く時は、人体の構造だけでなく機械の類も同じだぞ」
    「ガンマンが出てくる漫画なのに銃の作画が変だと、それだけで読む気が失せるぞ」
    「どの世界にもマニアがいるのだから、変な絵や手抜きはすぐにバレるぞ」

作画崩壊、ダメ、絶対。
銃弾が薬莢ごとロケットみてーに飛んでくヤツとか。 まぁジョンガリAの杖型ライフルもすごく妙な構造してるけどね。
キレイな顔を吹っ飛ばしてやる~って言いながら、妙に小さいアサルトライフルを肩に担いでアイアンサイトなのにスコープサイトが見えちゃうやつとか。
たとえば雷の進む速度は光速だとか言っちゃう人もいるわけですよ。 光速って30万km毎秒だよ?

まぁ銃にかかわる機会が少ない日本とか、敷居が高い宇宙航空力学とか、数学力を要求する天文学とかをネタにするのは難しいって解ってるぜ。

ロボット漫画描く為にCG作画環境整えたのに、パソコンの操作がおぼつかないから結局既成のプラモを切り貼りして動体モデル作った、シドニアの騎士・著者 二瓶勉(にへい つとむ)先生くらい気合入れろって言う人は少ないだろうケド……

熱い紅茶で引っ掛けたから、堅牢なリボルバーが熱膨張で故障する~なんて適当な理由に済ますとアウトなんね。 まーフィクションだしいいだろってのはダメなのよ。 冷えると膨らむ物質とかそこら中にあるのにね。 例えば水とかね。

まぁ自分も気ぃ付けてリサーチしてるけれども、先入観とかで間違ってる場合もあるから、ここ変じゃね? って気付いたら教えてください。


             ハァ  ハァ  ハァ

 

「ハ、ハハハ。 やった。 やったぞ! 俺は、俺は… 生き残れた! そうだ。 俺が死ぬはずが無い。 こんな所で死んでいい男じゃあないんだ……」

 

                    ハァ  ハァ  ハァ

 

 偶然自由になったベリュースは、死が渦巻く村から脱出すべく全力疾走していた。 目標は前方。 丘陵(きゅうりょう)の向こうへ。 地形のアップダウンを利用して、敵からの視線と射線を遮るためだ。

 

 切り裂かれた手首は少々深手だ。 結構な量の血が流れているが、今すぐ失血死するというわけではない。 だが、放置してよい負傷でもなく、何も道具が無い今は手で圧迫止血するしかない。 早いうちに根元で縛るか、あれば包帯で止血し回復の水薬(ポーション)を飲めば、後遺症も無く傷も癒えるだろう。

 

 もう少し丘を上がれば、稜線を利用して奴らの視界の外へ逃れられる。 目の前に、同じ法国の部隊に所属する、1人の男を眼にしたのは、そう考えていた時だった。

  ド ド ド

 仲間だ、助かった。 ベリュースは息切れし、失血と酸素濃度の低下でうまく回らない脳を働かせ、そう思う。

            ド ド ド

「襲撃部隊の生き残りか?」

                      ド ド ド

 (ほほ)に大きな傷を持つ、その部隊の隊長であろう人物がベリュースに問いかけた。 ベリュースは、その隊長らしき男の前方3~4メートル付近で立ち止まる。

                                ド ド ド

「は、はいィ~! 襲撃部隊隊長のベリュースですぅ~ 我が隊は、謎の4人組によって…… 襲撃部隊のほぼ全てが捕らえられてしまいましたぁ~! しっ、しかしながら、ガゼフを(おび)き寄せ、足止めする事には成功いたしましたぁ~! こ…… ここまでやったんです! わたしの命だけは助けてくれますよねェェェ~~ッ! それで、あの…… ち、治癒のポーションを頂けないでしょうかぁ~ッ!」

 

 傷の男は小さく、

 

「だめだ」

 

 と呟いた後、ベリュースから興味を失ったように視線を外す。 その人物の感情を、全く窺い知ることが出来ないその瞳は、人形以上に光は無く、ガラス球以上に濁っていた。 まるで屍骸(しがい)()まる、深い湖の底のように濁っている眼。

 

 その場にへたり込むベリュース。 意識は朦朧とし、足は鉛のように重く。 糸の切れた人形のように(たお)()く体は、二度と動かせられそうに無い。

 

(あれ? もうすぐ夏なのに…… 今日はこんなに寒かったっけ?)

 

 と思いながら、ベリュースは失血で死んだ。

 

 生きて捕まり、情報を垂れ流す無能など、生かして置けるはずが無く。 急いで始末せねばならなかった。

 

 向かわせた天使は4体。 敵のド真ん中に送り込むには少なすぎるが、無能どもを始末するには十分だ。 これ以上の数を送り込んだとしても結果は変わらないし、無傷では戻れないだろう。 天使の召還にかかるMPも温存したいので、4体がギリギリでちょうどいい数だった。

 

 多少…… 予想外な事が重なったが、任務遂行不可能ということはなく。 当初の目的の、ガゼフ包囲網形成に成功した。

 

「ニグン・グリッド・ルーイン隊長。 襲撃部隊の口封じ、終了いたしました。」

 

 ニグンと呼ばれた、傷の男の少し離れた背後に、浮かび上がるように不自然に現れた一人の男。 全身を魔法のローブに包み、一切肌の露出は無い。 顔は、奇妙なデザインの、布のようなフルフェイスの兜によって隠されている。

 

「少々肝を冷やしたが…… あの程度の連中に、我々が敗北するハズが無いな」

 

 浮かぶ表情は侮蔑(ぶべつ)の色。 ニグンは、着々と任務が成功に向かいつつあるのに安堵し、村を取り囲むように部下を散開させる。

 

 

 

 

     リ・エスティーゼ王国。

 

 人間以外の種族や、モンスターによって。 日々、生存と種の存続が脅かされるこの世界で、国王派閥と貴族派閥で争い国力を減少させる無能の集まりが住む国。

 

 さらに、非常に厄介なことに、国王派閥も貴族派閥も力が拮抗(きっこう)しており、互いに互いをすり潰す。 影響力が拮抗(きっこう)する、その1つの原因であるガゼフ・ストロノーフ。 平民上がりの剣の腕しか特に能のない男だと、ニグンはつくづくそう思う。 まるで現状が見えていないと。

   ゴ ゴ ゴ

 ただでさえ滅びが目前に迫っているというのに、政争に国力を費やす王国を…… 法国は見限った。 そう。 その拮抗(きっこう)している力の片方を削ぎ、ズブズブと泥の中に沈む塔をただ見ているのではなく。 取り返しの付く間に蹴倒(けたお)して、一気に終わらせてしまおうと。

           ゴ ゴ ゴ

 そして、急激に力を付けた帝国に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために。 貴族派閥を工作員で思考誘導させ、ガゼフの装備を剥ぎ取り弱体化させて、始末する。

                    ゴ ゴ ゴ

 これによって、ガゼフに頼り切っていた国王派閥は一気に弱体化する。 そして、自分が豊かになることしか考えていない、無能な貴族派閥が国を動かすだろう。 王国の民の反意(はんい)が、無能な貴族に集まるだろう。

                             ゴ ゴ ゴ

 そこを帝国が、無辜(むこ)の民を救う。 人類を救済するという、立派過ぎる大義名分の下に王国を滅ぼす。 最小限の犠牲で済むように王国を吸収し、人類は(まと)まる。 そう、法国の上層部は考えた。

                                      ゴ ゴ ゴ

 包囲は完成しつつある。 全ては順調(じゅんちょう)、作戦通り。 残るはガゼフの抹殺のみ。

 

「……状況開始」

 

 ニグンはそう告げる。 底冷えするような、温度と感情を全く感じさせない声で。

 

「ハッ!」

 

 さほど大きくない声で、静かに返事をする部下達。 何時の間にか、ニグンの背後には四人の部下がいた。 司令塔であるニグンが、指示出しに集中できるようにするためだ。

 

 

 

    集中する。 体内にある、魔力に意識を向ける。 意志を持って意味を与えられた魔力は、暴力へと形を成す。

 

 そして… ニグンとその部下は、魔法で自らが生み出せる最高の天使を召還した。

 

「……()でよ。 我が魔力によって。 サモン・エンジェル・3rd(第3位階天使召喚)。 <アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム> ッ!」

 

 突如、光が吹き上がった。 そう、感じられるほどに(まばゆ)かった。 空中に現れた魔法陣から、燃え盛る炎の剣を(たずさ)えた天使が現れたのだ。

 

 1人だけではない。 40名いる全ての部下達が、同様に天使を召還する。 (おごそ)かに(たたず)むその姿は、主人の脇に控える従者のようで。

 

 ポツリ、と。 呟くように、静かに。 その名が唱えられた。

 

サモン・エンジェル・4th(第4位階天使召喚)。 <プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション>」

 

 先程とは、比べ物にもならない程巨大な魔法陣が現れる。 ズズズ… とでも、音が聞こえてきそうなくらい圧倒的なサイズの天使が、何も無い空間から現れる    

 

 

 

 

     カルネ村・中央広場

   ゴ ゴ ゴ

 例えるなら、血の噴水だった。 それは、(まご)う事なき惨状だろう。 平和な村に…… 突如として作られた、血の湯船(ブラッドバス)

           ゴ ゴ ゴ

 4体の天使が口封じの目的で飛来し、工作員を始末し終えるまでの時間は、約20秒間だった。 元騎士の工作員はほとんどが死亡し、混乱による工作員の逃亡者が数名の大損害。 この場に残ったのは死体のみ。

                   ゴ ゴ ゴ

 ガゼフの部下が状況確認のために、村の外へと偵察に駆け出した。 視界が、家屋によって遮られていたためだ。 壁に寄り添うように慎重に頭を出し、村の外の様子を確認する。

                           ゴ ゴ ゴ

 なだらかな丘陵の頂上に、ポツポツと等間隔に並んだ人影と…… ()()()()()使()が確認できた。 ある程度の情報を収集すると、部下は(きびす)を返し戦士長の元へ帰還する。

                                   ゴ ゴ ゴ

「ガゼフ戦士長! 村外の丘陵頂上に、複数人数の人影が確認できました! 先ほどの天使を引きつれ、村を囲みながら低速で接近しつつあります!」

 

 部下の報告に、元から険しい顔をさらに険しくするガゼフ。 承太郎達四人とガゼフは、遮蔽物に身を隠しながら移動し、村の外に展開した謎の部隊を確認する。

 

 見えるのは、等間隔で並んだ人影とその後ろに先ほどの天使が、ゆっくりと距離を詰めてくる光景。

 

 同じ見た目の天使が複数存在することに、疑問を感じる承太郎達。 承太郎は忌々しそうにチッ、と舌打ちをすると、

 

「天使みてえな見た目か…… 趣味の悪いスタンドだな……」

 

 と呟いた。

 

「スタンドは1人1体のはずですよね? 重ちーのような『郡体型のスタンド能力』でしょうか?」

「郡体型にしちゃあよー 高いパワーとスピードだったなぁ~ 『自動操縦型のスタンド』じゃあねえのか~?」

「オメーの兄貴みてーにウジャウジャいるのにあの大きさは、ちっと不自然だぜ~? それによー さっきの襲撃の時も近くに本体が居なかったのが気になるっつーかよー」

「仗助くんのいうとおり、攻撃が正確すぎるよね! もしかしたら『遠隔操縦型のスタンド』なのかな?」

「『遠隔操縦型のスタンド』にしてはガンジョーだった。 数が多いのも不自然だ」

 

 ハッ。 と、億泰が気付く。 『パワフル』で『遠隔操作』する事が出来るスタンドに。 心当たりがあると。 因縁があると。

 

 その名を。 ポツリと短く口に出す。

 

「音石明…… レッド・ホット・チリペッパーだ」

 

 ギリギリと、歯を食いしばり、何かに耐えるような声だった。

 

「……成程、な。 何かしらの、外部リソース…… 音石のヤローで言うところの…… 電気にあたる、外からのパワーを受け取っているということか。 あれば、だが…… 魔力とかな」

「4体倒したのに、敵に全くダメージのフィードバックが無いですね」

「1人につき1体いるようだがよぉ~~ ブッ倒されても、何度でもピカピカの新品を出せるっつーことかもなぁ」

 

 倒しても本体にダメージが無い。 さらに、倒したとしても再び沸いて出てくるこの厄介な敵は。 数のゴリ押しで、村ごと押しつぶす気なのだ。

 

 四人が意見を出し合う中、黙っていたガゼフが口を開く。

 

「貴方がたに心当たりが無いとのことならば…… おそらく…… あれらは私の命が目的だろう」

「なるほどな…… 戦士長の地位に、あんたが居るのが…… よほど我慢ならんヤツがいるようだな……」

「普段使用している装備は、今回の任務に使えないよう貴族共に妨害された。 裏で糸を引いているのも貴族の連中だろう。 やれやれ…… 貴族共もここまで腐っていたとはな……」

 

 貴族なんているのか。 あの、過去の遺物が。 平安時代かよと、億泰は心の中で悪態をつく。

 

 呆れたというように肩をすくめるガゼフを見て、承太郎は少しの間考え込むと、ガゼフに問いかける。

 

「ストロノーフは国王直属の部隊だったな?」

「そうだ」

「王国の貴族がストロノーフを暗殺しようとしている?」

「直接は法国だが、1枚噛んではいるな」

「この焦土作戦が罠だと最初から気が付いていたようだが、なぜ王や貴族に抗議しない?」

「私はあくまで王の剣。 命令とあらば、何処へだろうと行く」

「なるほど。 つまり王国貴族は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()テロリスト。 と、いうことか。 つまるところ国家反逆罪。 いや、帝国に成済ましていた所を見るに、外患誘致ってわけだぜ」

 

 これで貴族とやらに一泡噴かせられるな。 と、軽口を叩く承太郎を。 その手があったかと、眼から鱗が落ちたとでも言いたげな顔で絶句するガゼフ。

 

 そして、フッ と微笑を浮かべた。

 

「ならば、なんとしてもこの包囲を抜けなくてはならなくなったな」

 

 背を向け、馬に騎乗しようとするガゼフ。 これ以上迷惑を掛けたくないとでも、言うつもりか。 死地に(おもむ)くにしては、晴れやかな表情を    

 

 していた所を、承太郎に後ろ襟を捕まれて制止される。 ウグェ と変な声が出た。

 

「待て。 囮の部隊を速効で口封じする思い切りの良さから見て…… 村人達もどうせ殺害するつもりだろう。 オレ達も見逃すはずがないな」

 

 ガゼフがどうしたものかと押し黙っていると、康一が手を挙げて、

 

「どうせ戦うことになるんだったら、共闘しませんか?」

 

 と言った。 その言葉を聞いて、ガゼフの、春の日差しのような笑みはますます深くなり、

 

「その提案、こちらとしても是非ともお願いしたい」

 

 と返答する。 そして残された時間が少ないことも。

 

「我々はこの包囲を食い破るつもりでいる。 奴らの目標が私である以上、この村に長く留まれず、おそらく<暗視>(ダーク・ヴィジョン)の魔法を使えるだろう。 そうなるとこちらに不利だ。」

「ふーん 暗視ねぇ…… まほーってーのは便利だなぁ」

 

 あまり興味が無いのか。 億泰はハナクソをほじっている。

 

「あの、ぼく思うんですけど~ 距離取って戦うってことはですよ? 遠距離攻撃の手段があると思うんですけど、どうやって近付きましょう?」

「康一君。 君の予想は正しいと見ていいだろう。 距離をとって戦うってのはそれが利点であり、弱点だ。 なんとかして攻撃をかいくぐり近付けば、勝機はある」

「1人ずつやられねーように纏まって突っ込むしかねえッスかねー?」

 

 フム、と腕を組み少し思案する承太郎。 結論が出るのは早かった。

 

「1つ案がある。 ストロノーフ達が突撃する際に、オレが同行しよう。 弓騎兵が使っていた馬があるはずだ。 そして、ストロノーフの部下には、やって欲しいことがある」

「了解した。 共に行こう。 それと仗助殿、貴殿の能力を信頼して…… 1つ頼みがある。 聞いてはいただけないだろうか?」

 

 

 

    かくして、2つの世界の勇者は出会う。

 

 そして…… 教えてやろう。 それは、個人の性能の差が。

 

 たかが倍程度の人数差が、戦力の決定的な差ではない事を教えてやろう。

 

 さぁ、行こうか。 戦場へ……

 

 

 

 

 

to be continued・・・




さぁ盛り上がってまいりましたァ~~ン!
独自解釈が多々含まれる内容になるからよ。 ああ、まぁそんな考えもあるよねって感じで、軽ぅく考えてチョーよ!

――没ネタ――

~DIO様育毛剤のCMに出演する~

DIO「うむむむ~~~~んんんん!」ウットリ
   「予想通り(商品名)の薬液は、()()()。 実に!! なじむぞ!」
   「この肉体に実にしっくりなじんで、毛根が今まで以上に回復できたぞ」
   「最高にハイ! ってヤツだ――ッ!」 


すきなとこ:ジルクニフさん。 買わないのですか?
      プシューしてジュワーで。 笑いながら頭皮刺激して。 フハフハフハハハ。
      効いて来たらWRYYYYYYYY!!

ボツりゆう:TVCMなんて異世界にあるのだろうか?
      ジル君以外買わない…
      いや、モモンガさんが国作ったらストレスで抜ける人増えるか?


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『射程距離』まで近付け! の巻

プリン天使って4位階だったのか……



荒木先生「火の表現は風を描くぞ。爆発はその時の空気の動きを書くと、表現できるぞ」
    「水の表現は重力を描くぞ。水飛沫やコップの水が、どうこぼれるか観察するといいぞ」
    「光の表現は影を描くぞ。光源の位置や強さを意識するといいぞ」

あえて、現象そのものを書くのではなく、2次的な結果を表現することで奥ゆかしい表現が出来る……という事かな?
強い炎が何々する、した。 では物足りないということか。

消し炭のように炭化した。 吹き上がった勢いで舞い上がった。 爆風が家屋をなぎ倒し、鋭利に割れた瓦礫が主人公を襲う。 とかなら、火の勢いや強さを表現できるね。

水の場合は流れと言うことで、海の波飛沫とか、川のせせらぎ。 あとは温度とかだろうか? 濡れた髪とか、服が透けるとかもGoodかも。

光……はどうだろう。 太陽が真上にあるなら、時刻が正午ってわかる。 影が長く伸びたとかなら、夕方か。 朝はなんだろう。 闇が晴れるとかかな?


     村外・丘陵頂上付近

 

 ニグンは焦れていた。 遅い、遅すぎると。 ガゼフの性格から考えて、村人に危険が及ばぬようにと、村から飛び出てくるはずだった。 日が暮れれば<暗視>(ダーク・ヴィジョン)の用意があるこちらが有利だと知っているのに、あと5分もすれば完全に日が沈む。 

 

「不可解だ。 篭城するつもりか? 有り得ない…… 謎の四人組の出現が気がかりだが…… まさかその四人組が集団で逃げられる(すべ)でも持っているというのか……?」

 

 ニグンの心に焦りが生まれ、心をジリジリと追い立ててゆく。 闇が、ガゼフ達のいるカルネ村を、包み隠すように覆いつくさんと迫る。

 

 闇と光が混ざり合い、視界が悪い。 もしかして、いやそんなはずが。 と、ニグンの心は、嵐が来る前の海のように激しくざわめき、波立つ。

 

 口封じのために突撃させた天使で、ある程度の威力偵察は出来ていたが、視界を共有していたわけではない。 細かなことは解らずじまいだった。

 

 ふと、カルネ村の家屋の影から、動くものが見えた。 馬だ。 全ての動体が、騎乗した騎兵だった。 ゆっくりと馬を歩かせ、整列している。

 

「フン、やっと出てきたか…… 考えていたよりも臆病者だったな。 日が陰るまでウジウジ悩むとは、戦士長失格だ」

 

   ド ド ド

 ニグンは、薄暗く見え辛いその影を、全神経を集中し観察する     と。

           ド ド ド

    !! な、なんだと!」

                   ド ド ド

 眼を見開く。 驚愕によって。 それは予想外の光景だった。

                           ド ド ド

 騎兵全員が、姿を覆い隠すように、外套のような布を肩から被っている。 顔には覆面。 ニグンには()(よし)が無いが、それは『シュマグ』と呼ばれる簡素な覆面だった。 

                                   ド ド ド

「小賢しいマネを……ッ! 一体どれがガゼフだ!? 仲間を捨石にして、この場から逃れるつもりか!?」

 

 全ての騎兵が同じ色、同じ姿。 布で覆われた顔では、人物を判別する事など不可能。 紛れていたガゼフが部下に接近したら、各個撃破されてしまうだろう。

 

「人数は… 全員いるな。 つまりあの騎兵のどれかがストロノーフだということ。   散会していた部隊員を集めろ! 密集して各個撃破されぬようにせよ!」

 

 村を囲っていた特殊部隊員が、徒歩だというのに凄まじい速度で野を駆ける。 数分もしない内にほぼ全員の、ニグンの部下が騎兵を中心とした隊形で集まった。

 

「愚かな事だ…… ストロノーフの得物は身の丈ほどもある大剣。 隠しきれるものではあるまい。 よく観察すればすぐに…… 何?」

 

 無かった。 あの目立ちすぎる剣が。 どの騎兵もそんな巨大な剣を持っていなかった。

 

「目立つのを避けるため、武器を変更したのか? 慣れぬ武器でこの私と渡り合うつもりか? 嘗められたものだな」

 

 ニグンはそう断定し、忌々(いまいま)しいと舌打ちをする。

 

 その間、さらに日が落ちてゆく。 流石に視界が悪すぎる。 ニグンは素早く決断し、部下に指示を出す。

 

「総員、<暗視>(ダーク・ヴィジョン)を使用せよ」

 

 ニグンの部下はよく訓練されており、命令されなければ魔法を使わず、許可が無ければ返答すらしない。 命令によって、部下達はいっせいに<暗視>(ダーク・ヴィジョン)の魔法を詠唱し、発動させる。

 

 ニグン自身も<暗視>(ダーク・ヴィジョン)を発動させた。 闇に包まれていた視界が一斉に明るくなる。 虹彩の明順応(めいじゅんおう)によって明るさに慣れ、しだいに物が見えるようになってゆく。

 

 色までは無理だが、昼間のようにはっきりと輪郭が確認できる。 数秒の間、周囲の確認が不可能だったため、ニグンは油断無く視線を巡らせる。

                  ド ド ド

   違和感    

 

 ニグンの背を撫でる、ゾクリとした不快感があった。 先ほどと違う所がある。 どこだ、と焦る心を押さえつけて必死で探す。

 

 ガゼフの騎兵か? 違う、まだ動きは無い。 あの人数が動いたら、流石に気が付く。

 

 地形が変わったのか? 違う、そんな天変地異が起こせようハズがない。

                  ド ド ド

   いや、これは。 この違和感はもっと別のものだ。 そう、この違和感は……

 

 

 

 

 

 

『音』だッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

     ヒュゥゥウウ    

 

 小さい、(かす)かな間延びした音。

 

          ヒュゥゥウウ    

 

 少しずつ大きくなって行く、その音は。 まるで笛のような音だ。

 

               ヒュゥゥウウ    

 

 この音は『風切音』だ。 物体が高速で移動する際に発生する、空気の渦が音を立てているのだ。

 

 そして、ニグンは『それ』に気が付く。 ()()()()()()()()のではないと! ()()()()()()()()のだと!

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ニグンは思わず叫ぶ。 予想外の状況に    

 

 

 空中から飛来する何か…… 放物線を描いている。 大きさは人ひとりくらい。 形は丸い。 近付いてくるため加速度的に肥大する『それ』はッ!

 

 

バッギャアアアッ!!

 

 

 付近へ着弾した『それ』は『樽』だったッ!

 

 辺りに広がる、油が蒸発する不快な臭い。 地面へ衝突し砕け散った樽の中には、騎士に持たせていた錬金術油や生木などの可燃物が詰められていた。 よく見れば火種がチロチロと燃えており、次々と飛来してくる可燃物が詰められた樽は、着地と同時に砕け、一斉に燃え上がる。

 

 不可解なほどに黒煙を吐き出す樽に詰められていた可燃物の中に、一度も見たことの無い素材で作られたカードが裂かれて入れられていた    

 

 

 

    カルネ村・1時間前

 

「おーおー、あったぜ~ ガゼフのおっさんが、騎士は村を焼き   って言ってたからよぉ~ ぜってぇあると睨んでたぜぇ~~ この『油』がよぉ~~ッ!」

 

 遠慮という物を知らない億泰によって、工作員が所持していた荷物が紐解かれてゆく。 水や食料などの補給物資、略奪品だろう金品。 そして、キッチリと蓋が閉まる容器に入った……『錬金術油』。 ただし、火種となる着火具が見つからなかったのが不審だったが。

 

「旦那ぁ。 頼んまれていたもんはこれで全部だす。 村ん中にある、樽と木箱はこの2つが最後だぁ」

 

 話しかけられて億泰が振り向く。 そこにいたのは、ガゼフ達が村に来たことを知らせに来た村人だった。 

 

「おう、サンキューな! じゃあよー 中に生の枝とか葉っぱとかを、半分くれえ詰めておいてくれや」

 

 コクリと頷き、村人は作業に戻る。

 

 そして億泰は、油の容器を大量に抱えて来た道を戻る。 そう、そろそろ『準備』が終わっているだろう… その現場へ。

 

「はぁーあ。 カメユーのポイントカード。 半分たまってたんだけどなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 高く詰まれた木箱や樽の側で、渋る仗助と億泰から巻き上げたポイントカードやクレジットカードを素手で引き裂く。 細かく千切られた『ソレ』を樽に詰め、油をたっぷりとかけて蓋をする。 『ソレ』とは。

 

 

    プラスチック   

 

 

 合成樹脂と呼ばれるその素材は、天然樹脂のゴムやロジン(松ヤニっぽいやつ)と異なり、人工的に石油から作られる。 広く日常的に使われるこの素材は、当然のことながらよく燃えるが、不完全燃焼する際に非常に大量の黒煙…… ススを発生させる。

                  ゴ ゴ ゴ

 熱によって、可燃性液体である油が気化。 空気中の酸素と結合し、熱を出し燃焼する。 だが、油を燃焼させる場合、油の蒸発する速度に酸素の供給が追いつかず、一酸化炭素以前の状態で冷えてしまう。 そう、炭素の状態で。 それがさらに大量のススに変わるのだ。

 

 そして、不純物を多く含む生木も詰めるという念の入れ様。 それによって、莫大な量の『煙幕』の生成に成功する。

 

                  ゴ ゴ ゴ

 火種を(ともな)って飛来した樽は、着地した衝撃でバラバラに砕けた。 新鮮な空気と接触する面積が増えた可燃物は、火種によって一気に引火する。

 

 発生した煙は視界を遮り、プラスチックから生じた硫化物は、水分と反応して希硫酸へと変化する。 さらに燃焼ガスに含まれる二酸化炭素も、炭酸水に変わることで、ことさらに眼や気管の粘膜を刺激するのだ。

 

 

                  ゴ ゴ ゴ

 準備がほぼ終わったところで、それを見ていた不安そうな表情をしたガゼフが口を開く。

 

「それほどまで大きな物を、本当にあの小高い丘まで飛ばせるのですかな?」

「大丈夫ですよ。 僕のスタンドで、地面にボヨヨォォ~~ンの尻尾文字を貼り付けました」

「その地面にパワー型のスタンドが樽を投げつけるっつー作戦ッス」

 

 火種を差し込んだ樽を抱える3人。 3者3様の掛け声と共に、樽は凶悪な砲弾へと姿を変え、天高く昇っていく。 次々と飛んでいくその姿は、まるで迫撃砲だった。

 

 

 

 

 

    村外・丘陵頂上付近

 

 催涙ガスをまともに食らったニグン達は、一斉に咳き込み、目も開けていられない。

 

 事態を収拾しようと指示を飛ばそうとした時だった。 樽が砕ける音にまぎれて別のものが近付いてくる。

 

ダダッ ダダッ

     ダダッ ダダッ

          ダダッ ダダッ

                ダダッ ダダッ

                       ダダッ ダダッ

 

 ニグンは涙があふれ、痛む目を無理矢理開き、前方を睨む。 少しずつ大きくなる音の正体は、戦士団の騎兵が上げる蹄の音だったッ!

 

「煙に紛れ、距離を詰めるつもりかッ! 小賢しいぞッ! ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 してやられ、先手を取られた悔しさに吼えるニグン。 混乱する部下に激を飛ばす。 即、臨戦態勢へと移行させた。

 

「全部隊員に告ぐッ! ストロノーフが突っ込んでくるぞッ! 天使を自身の元へ呼び戻し、防御を固めろッ! 迎撃だッ!」

「うおおおおおッ! 来いッ! <アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>ッ!!」

 

 口頭で命令を受け、指示通りに動く部下と天使達。

 

 燃え上がる炎で辺りは明るい。 <暗視>(ダーク・ヴィジョン)の優位性は失われ、魔法による遠距離攻撃も煙によって当て辛い。

 

 戦士団の騎兵は、真っ直ぐこちらへ突撃してくる。

 

 だが、自身の背後にいる <プリンシパリティ・オブザ(監視の権天使)ベイション> は動かすことが出来ない。

 

 <プリンシパリティ・オブザ(監視の権天使)ベイション> の特殊能力は、視認する自軍構成員の防御能力を若干引き上げる効果。 だが、移動していない時に限るのだ。

 

「遠距離魔法は効果が薄いッ! 天使を突撃させよ!」

 

 煙によって下がった視認率で、無駄撃ちを恐れたニグンは部隊に命令する。 

 

 浮かび上がるように <アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム> が飛び立ち、十数体の天使が炎の剣を翻しながら戦士団の騎兵に突撃していく。

 

 

 

 

    だが。

 

 突撃してくるかと思われた戦士団の騎兵。 2手に分かれるとニグンを無視し、手薄になった両翼の部隊員へと方向を変える。

 

 ニグンは慌てた。 待機させていた天使に、援護しにいくよう命令を出す。

 

()()()()()! 本当にこの騎兵達は、ストロノーフの部下なのか!? 一体何が起こっているというのだッ!)

 

 額から汗を噴出させ、声を張り上げ部下に指示を出す。

 

 想定外が積み重なり、1体 2体と、予備の天使が前線に投入されていく。 それもそのはずだ。 2手に分かれた騎兵が、近づいたと思ったら(きびす)を返し逃走する。 逃げたかと思ったら、守りの薄い箇所に回り込もうとする。 すぐ逃げて、付かず離れずで戦おうとしないのだ。 1発でも魔法が当たろうものならば、脱兎の如く逃走し、村の奥へと隠れてしまう。 それが例えかすり傷であろうともだ。 そして、不思議なことに…… 無傷の状態になって戦線に復帰するのだ。

 

 ニグンは後ろを振り返って現状を確認する。 4人の部下が、ニグンの近くで護衛にあたっているし、無傷の天使も4体いる。 予備戦力はほぼ投入してしまったが、このまま攻め立てていけば…… いずれ馬が疲労し、討ち取られる騎兵も出てくるだろう。

 

 前へ向き直る…… と。

 

「なんだ? さらに…… 分かれただと?」

 

 騎兵が2騎、こちらへと突撃してくるのが見えた。

 

 ニグンは、侮蔑の笑みを浮かべてフン、と鼻を鳴らす。 たった2騎で何が出来るというのか? と。

 

 右腕を水平に持ち上げ、部下に攻撃魔法で狙撃を命じ    

 

 

 

 ようとした、その時であった。 横並びに突っ込んでくる騎兵が、腰の辺りから…… なにやら棒状のものを取り出した。

        ド ド ド

(……なんだ、あれは? なにをしようとしている? まさかあんな棒で戦おうとでも……)

               ド ド ド

 屈強な体付きをしたその男は、その棒を天へと突き上げる。 丸太のような腕に握られているその棒は、どこかで見た事のある形をしていて    

                  ド ド ド

 

キラッ     キラッ キラッ

 

 

 光る  男の後方が。 移動している  その光が。

 

 その光が、屈強な男へと凄まじい速度で迫る。 矢のように真っ直ぐに。

                  ド ド ド

 いや、男へではなかった。 その()()()()()()()()()へと向かっているのだったッ! 光はまるで吸い込まれるように……ッ!

 

 

 バチィィイイン! 

 

 

 光は『刀身』だった! 身の丈ほどある、鋭利でブ厚い(やいば)だったッ!

 

 強力な磁石同士が、高速で衝突したような轟音を響かせ元の形へと()()()両手長剣。 高速で飛来した刀身が巻き起こした旋風に煽られ、男のフードと覆面が剥ぎ取られ、飛ばされていく。

                  ド ド ド

 そこから覗かせた顔は…… たった2騎で突っ込んでくるその男の名は    ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「来るか………! ガゼフ・ストロノーフッ!!」

 

 

 

 

 

to be continued・・・




ダイオキシンが発生するので緊急時以外にタイヤとか燃やしちゃだめだよ! ぜったいだぞ! タイヤネックレスでググっちゃだめだぞ!
黒い煙なら曇り空でも気が付いてもらえやすい。 遭難した時とか、発炎筒無いなら一考の価値有り。

――没ネタ――

~DIOがジョナサンの恋人にちょっかい出すシーン~

「クライム…… ラナーとキスは済ませたのか? ()()()()()()? 初めての相手はラナーではないッ! このガガーランだッ!」


すきなとこ:絶望感がすごくつたわる
      ズッギュゥ――ン 程度じゃあすまなさそう

ボツりゆう:書いててつらい
      クライムがカワイソーすぎるぜ


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射程距離『内』まで 残り200メートル の巻

熱さを出すのが難しいぜ。


荒木先生「キャラクター・世界観・ストーリーを纏めるのがテーマだぞ」
    「テーマとは作者が何を描きたいかだぞ。作品の基礎だから初心一徹だぞ」
    「同じテーマでも作者ごとに考え方が違うぞ。表現も千差万別だぞ」
    「興味のない事をテーマにすると、途中で飽きるので長続きしないぞ」

この作品にも大きなテーマと小さなテーマがあんのよ~~?
大きなテーマは『不屈』『再起』。 んで、小テーマは『受け継ぐ』で『科学的』表現に沿って書いてるぜ。 説得力も出るしね。

オバロを題材に、色んな作者が色んな視点で書いてるテーマがあるよなー
例えば、ウマメシが食えないアインズ様に、食いもん飲みもんの紹介がてら食える様になりましたっつー作品。
NPCが一人で転移したらどうなるか、どう行動するか、暴走するか否かを書いた作品。
背負った物、守らないといけない者、足枷になりうる立場が無い一人で転移したら……を書いた作品。
同じ世界観で生きるモブキャラ外伝の作品。
自分が42番目の仲間で冒険したい。敵プレイヤーとして出会いたい。救いのないキャラを救いたい。

言ってみれば2次小説ってのは、D4Cの平行世界みてーなもんなのかね?

まぁ、自分はどんなテーマでも良いと思ってるし、書いても良いと思ってる。 話のテーマに下等上等なんて無いんだからね。



ダダダッ ダダダッ

 

 馬が駆ける。 限界まで速度を出しているからだろうか、息が荒い。 射程距離内まで、残り約200メートル。 流石は法国の特殊部隊だということか…… これ以上は近付けなかった。 馬が疲労で潰れる前に、陽動役のガゼフ部下に後を任せ、反転し突撃をかける。

 

 姿を隠し、戦力を分散させることには成功した。 部下の戦士達のおかげで、半分までの距離まで詰めることができたのだから。 後はニグン本人とその取り巻き、4名からの迎撃を搔い潜り、()()()()()()()ッ!

 

「ヤケを起こしたか…… 子供騙しの策が通じぬからと、真っ直ぐ突っ込んでくるとはな。」

 

 ニグンが、部下に攻撃魔法使用の指示を出す。 短い返事と共に、取り巻きの部下が魔法陣を手に浮かべた。 膨大な魔力の氾流が、魔法陣へと集まり暴力へと姿を変える。 

 

「そしてストロノーフは単なる犠牲者。 役立たずの騎士も多くの村人も…… 目的達成には必ず付きもののな…… 試練と犠牲なのだ」

 

 ニグンに余裕と侮蔑の笑みが浮かぶ。 揺れる炎の光と、黒煙によって視界が悪い。 研ぎ澄まされた集中力は、命中率を限界まで上げてゆく。 

 

「放てッ!」

 

 号令が発せられると同時、様々な色彩の光球がガゼフへと迫る。

 

(……避けない、だと?)

 

 不可解だった。 まるで回避運動を取ろうとしないのだ。 まるで、そんな魔法は避けるまでも無い…… とでも言うかの如く。

 

 光球が殺意を持って、ガゼフの生命を終わらせようと眼前に迫る。

 

 

 

     が。

 

 

 

「「「 !! 」」」

 

 『それ』は一瞬だった。 迫り来る光球と擦れ違っていたのだ。 場面が切り替わったのかと錯覚するほど不自然な移動。

 

 ガゼフは馬を降りていた。 いや、()()()()()()()。 もう一人の、馬に乗っていた男の手によって。

 

(転移魔法か!? いや、次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)の動きではないッ!)

 

 光球が、あさっての方向へと飛んでいく。 馬から飛び降りたのだろうその男は、ガゼフを抱えるようにして空中を滑空し、地面を捲くれ上がらせながら着地する。 

 

 大剣を両手で構え、疾走する。 攻撃魔法を、()()()()回避した2人は馬を捨て、自身の足で突っ込んでいく。

 

 マントと覆面をつけていたもう1人の男は、もう用が済んだそれを脱ぎ捨てる。 現れたのは、白いロングコートを着た長身の男。

 

 手に握られているのは4本の剣の柄。 再び、ガゼフの後ろから光が飛来し、()()()()()()()()()()()

 

 

ドォ          『スター・プラチナ ザ・ワールド』           ン!!

 

 

   『世界』が暗転し、時の流れが停止する。

 

 

「お前達はその魔法で、これからガゼフを必死で迎撃するのだろうが…… 時は最大で2.2秒ほど止まっている。 この投げられた剣の動きにお前は気付かない」

 

 矢とは比べ物にもならないほどの質量を持った剣が、承太郎のスタンド<スター・プラチナ>の手には握られていた。

 

オラァッ!!

 

「1秒前……」

 

 時が止まった世界で、全てを置き去りにする速度で剣が投げられる。 数メートル滑空した剣は、時が止まっていたことを思い出したかのように停止した。

 

    そして時は動き出す」

 

 魔法陣が浮かび上がった腕をガゼフへと向け、次弾発射の構えを取っていた四人の部下。 彼らには、このように見えただろう。

 

 

  突如として剣が空中から現れ、自分の肉体へ突き立った  

 

 

ブシッ! ブシブシッ! ブシッ!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 ニグンの表情が驚愕に染まる。 一瞬で4人の部下が殺られたことに。

 

「騎兵は天使に任せ、ストロノーフに絶えず魔法を撃ち込めッ! 急げッ!」

 

 包囲を諦め、短期決戦へとニグンは舵を切った。 36人のマジックキャスターが、その手に様々な魔法陣を浮かべ、攻撃魔法を放つ。

 

「<火炎球(ファイアーボール)>!」

 

 オレンジ色の燃え盛る炎が、2人を焼き尽くさんと空中を飛ぶ。 絶えず迫り来る攻撃魔法に、回避行動を取らざるを得ず、2人が進む速度は見る見るうちに衰える。

 

 火炎の球が、承太郎の足元で爆ぜる。 直撃が難しいと見るや、足元を狙った攻撃に変わりつつあったからだ。

 

(ぐうっ!)

 

 承太郎の表情が、苦痛に歪む。

 

(火の玉が爆発する範囲は…… 40mmグレネード弾くらいか。 やれやれだぜ…… 範囲がそこまで広くないのが救いってとこか…… だが……ッ!)

 

ボワッ  ゴアッ

 

 さらに2発の火球が爆ぜた。

 

「ぐうっ! HE-F(破片榴弾)のように、鋭利な破片も叩き付ける衝撃波も無いがッ! この『熱』ッ!」

 

 着弾すると燃え上がる火球の攻撃は、ジリジリと体力を削る。 蒸し風呂などとは比べ物にならない熱の渦が、2人の身体を灼いていくのだ。

 

 高熱によりガゼフの足がもつれ、膝をつく。 致命的なまでの、大きな隙。

 

「ストロノーフ!」

 

 承太郎は叫ぶ。 危険が迫っていると。

 

 ガゼフは痛む頭を持ち上げ、眼前を睨む。 迫る光球…… その数20以上。

 

 万事休すか。 せめてもと、煙の欺瞞効果で攻撃が反れる事を期待して、腕を犠牲に防御する。 が、そこへ承太郎が   

 

「立てッ! 突っ切るぞッ!」

 

ウォオラアアッ!!    バゴォァッ

 

 <スタープラチナ>の豪腕が地面を穿(うが)ち、深く抉る。 噴火のように吹き上がる大量の土砂が、2人の前方にカーテンの如く扇状に広がった。 大量の土砂と接触し、次々と手前で爆発する<火炎球(ファイアーボール)>。

 

「『接触』して『爆発』するなら、金網すら装甲足り得るんだぜ……」

 

 『金網』で作られた装甲。 その名も  

 

 

   スラットアーマー   

 

 対、成型炸薬弾防御のために考案された、金網に似た形をした追加装甲だ。 元々はHEAT弾の信管が隙間に挟まり、起爆させないようにすることを狙った追加装甲だ。 しかし、角度によっては信管が爆発してしまうので、無効化できる確率は60%ほどだといわれている。 もちろん、メインの装甲と離して取り付けるため、空間装甲としての効果も期待できるのだ。

 

 

フワッ

 

「 !! 」

 

 再び突進する2人の前の煙が不自然に揺れ、見えない何かが通り過ぎたように、円形に避けていった。

 

バグォアッ

 

 その見えない何かは、ガゼフの側頭部を掠めるように直撃し  

 

  !! グウゥッ!」

 

 衝撃がガゼフの脳を揺さぶった。 飛んできていたのは<衝撃波(ショック ウェーブ)>の攻撃魔法てあった。 視認が極端に困難な、重いハンマーで打撃を受けるような衝撃を与える魔法。 これでは…… 土砂程度では貫通されてしまう。

 

 大体の位置に、さらに数十発の魔法が闇雲に打ち込まれた。 後の事など考えない全力攻撃は、機関銃の乱射の如く黒煙の暗幕に空洞を作っていく。 そして…2人はついに…… 後残り僅か…… 20メートルの距離で地に膝をついた。

 

(止まったか……)

 

 ニグンは、予想以上に食い下がって見せたガゼフを前に、深呼吸を1つ吐き、安堵した。 背中を冷や汗が流れ、心臓は早鐘を打っていた。

 

「ガゼフ・ストロノーフ…… 貴様を始末する。 お前は最早、人類にとって害悪となった」

 

 右手を上げる事で、魔法による攻撃を停止することを部下に示す。 次に行なうのは、飽和攻撃。 対処能力を超える物量を、1度に叩き付ける事により一切合財に決着を付けるつもりなのだ。

 

「貴様がいるせいでリ・エスティーゼ王国は…… 他種族から生存が脅かされているというのに無駄な政争を繰り返し、国民は無駄な出血を強いられている……」

 

 右腕を持ち上げ、懐にあるクリスタルを握り締める。 超貴重なアイテムを下賜された意味は、自身が受けた任務の重要性を明確に物語る。 しかし、人間の護り手であらんとしてきた自分が、敵対しているとは言え人間の命に直接手を下すというジレンマが、ニグンの口を開かせた。

 

「貴様さえいなければ…… やがて、あの皇帝によって王国は帝国に併呑されるだろう…… 王国の民は無能な王からの愚政から開放され! 人類は1つに纏まるのだッ! 抵抗する事無く(かばね)を晒せ! ストロノ  フッ!」

「私は『正しい』と思ったことをした。 後悔はないッ! ……こんな世界とはいえ、私は自分の『信じられる道』を歩いていたいのだッ!」

「安っぽい感情で動いているんじゃあないッ!」

 

 ニグンの付近に、小型の天使が合計6体集まっていた。 MPを温存しつつ、決着を付けようと言う魂胆だろう。

 

「『神』のご意思だッ! これは『神』が望んだ未来なのだッ! ガゼフ・ストロノーフッ! 人類はお互いに手を取り合い、他種族からの侵攻を防ぎとめねばならぬッ! 人類同士で争っている場合では無いのだッ! やがて訪れる『平和』な時代のためにッ! 人類の未来のためにッ!!」

 

 上げた腕を振り下ろし、天使達に突撃を命じる。

 

「これが人類の為なのだぁ   ッ!! 消えろストロノーフゥゥゥウウウッ!!」

 

 空中を滑るように飛行し、2人へ殺到する小型の天使。 四方八方から迫り来る上位天使は、燃え上がる火炎を凝結させたかのような、美しく(きら)めく剣を振りかざし2人に襲い掛かる。 振り上げられた炎の剣が、まるで彗星のように軌跡を描く。 重力を感じさせない動きで、舞うように同時に切りかかった<アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>の剣が、2人を切り刻    

 

   何ッ…… 嗤ったッ!?)

 

 承太郎の体が2重にブレる! 獰猛な笑みを浮かべたその亡霊は、半透明の体を滑らせるように動かし…… ()()()()()()()()()()<アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>に、ラッシュを叩き込む。

 

ガン     ガン      ガン      ドゴ      ガゴ      バゴ      バゴ

                                           

オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラァァア!!

                                           

   ドゴッ     ドゴッ      ドガ     ガギ     バキ      ガコ

 

 音速を超える拳が、小型の天使に次々と打ち込まれる。 たった6体では、<スタープラチナ>のスピードをオ-バーフローさせられなかった。 承太郎は、拳が十分な威力でもって的に届く距離まで、あえて近付かせラッシュを叩き込んだのだ。 至る所にクレーターの装飾が施され、無数の罅割(ひびわ)れに覆われた天使は、痙攣しながら(ただよ)っている事しかできなかった。

 

(な…ぁ……! あ、ありえんッ!)

 

 ニグンは眼を見開き、顎を限界まで広げ、戦慄する。 眼で追うことすら出来ない、そのスピードに。 たった数発の拳で、強化された天使を無力化した、その威力に。

 

(白服のヤツも、しもべを召還するマジックキャスターだったのかッ!)

 

 ムクリ。 と、地に伏していたガゼフが突然起き上がる。 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

<流水加速>

 

 限界近くまで同時発動させた武技により、プチプチと、ガゼフの耳元で鳴る異音。 限界など、とっくに過ぎていた。

 

 取得している武技を発動させ、人が徒歩で移動したとは、到底思えない速度で天使の四肢と羽を切り落とす。

 

<即応反射>

 

 1刀の元に切り捨てられた羽が地に落ちるまでに、全ての天使が重力の呪縛を甘受せざるを得ない姿となった。

 

「くそっ…… 往生際の悪いッ! 天使を再召喚せよ! …………どうした! 何故やらぬ!」

「た、隊長! 召還した<アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>がまだ消えていません! 『再』召喚できません!」

「なんだとッ! 予備の天使達はどうしたッ!?」

「そ、それが…… 村へ逃げる騎兵を追わせていた天使に、戻ってくるように命令しているのですが…… 何かに捕らえられているのか、戻ってきません!」

 

 カルネ村へと視線を移す。 眼を凝らして観察すると…… ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 時は数分遡る。 承太郎が刀剣を投擲し、焦ったニグンが騎兵への対応を天使に任せ、集中攻撃するように命令を出した。 

 

 陽光聖典の特殊部隊員。 召還系マジックキャスターの彼らは、手数の豊富さを得意としている。 天使へ細かい指示を出せ辛くなる事に目を閉じれば、2つの目標を同時に攻撃することも不可能ではない。

 

「騎兵は天使に任せ、ストロノーフに絶えず魔法を撃ち込めッ! 急げッ!」

 

 彼らは訓練通りに、ニグンの指示に従って動けばよい。 何時も通りに、極々普通に…… ()()()()()()()()()()()()。 それがたとえ、深追いしろという命令であっても。

 

天使達に 騎兵を追わせ 突撃させよ!

 

 状況は戦闘中であったのだ。

 

 多少、イントネーションや発音が変であっても、彼らは不審に思わない  ()()()()()()()()()()()

 

 普段と異なる命令であっても異を称えない  ()()()()()()()()

 

 騎兵は村へと逃げる。 天使は騎兵を追っていく。 多数の天使を引きつれて村に入って行き、石造りの家屋が破壊されている箇所に差し掛かる。

 

 天使が命令通り騎兵を追い、瓦礫の上空を滑るように飛ぶ…… すると、ニヤついた笑みを浮かべた仗助が、影になっていた場所から姿を現す。

 

「飛んで火に入るなんとやら。 ってヤツかね~コリャ…… <クレイジー・(ダイアモンド)>ッ!」

 

 と、気合を入れた叫びと同時にスタンドの拳を瓦礫にブチ込んだ! 

 

「ドラァ……! まっ、何度でもヒリ出せるっつーんならよぉ~~ 倒さずに捕まえちまえばいいってことだよなぁ~~」

 

 フワリと瓦礫が浮き上がり、()()()()()()()()()()()()。 天使の体を巻き込み、癒着しながら歪な形へと直ったのだった。

 

「フン。 バカな分、アンジェロよか楽だったぜ」

 

 

 

 

 

to be continued・・・




ショックウェーブの発音だけ流暢で笑える。 ショッウェイ!


――没ネタ――

~~アルシェちゃんがモモンガにビビってゲロ~~

アルシェ院くん おそれることはないんだよ 友だちになろう
           ↓
オゲエ!
           ↓
ゲロを吐くぐらいこわがらなくてもいいじゃあないか… 安心しろ… 安心しろよ、アルシェ院


すきなとこ:モモンガ様がマジで友達になりたそうなとこ
      ジエットくんがそんな感じ?

ボツりゆう:主人公の出番食わないでください
      見られて吐かれるってきついわ。 モモンガさーんが何したっていうんだ!


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ちっぽけな犠牲 の巻

荒木先生「自分と違う意見はアイデアが出てくる気配がプンプンするぞ」
    「アイデアは面白いとおもった事をメモしたアイデアノートに纏めているぞ」
    「メモしてる内容は、良いと思ったこと・自分とは違う意見、出来事、理解出来ない人・
     怖い出来事や笑える出来事、トラウマになりそうな事の3つだぞ」


つまりアイデアっつーのは、自分一人じゃあ出てこない……でにくい? もんなのだよ。
好奇心こそがアイデアを生み出す鍵ってワケよ。 飽きと熱意の欠乏こそが作品を殺すんだね。

料理や酒に興味のある作者は、例えば戦国時代にフォーカスを当てたり外国だったりの世界観と絡めれば、料理漫画……小説もか。 が、書けちゃうっつー事ね。
自衛隊上がりの作者だったら異界軍vs現代軍な、泥臭い話が書けるし、自衛隊あるあるネタとか軍事トリビア的な事を絡ませれば、面白い話が書ける。
経済に強いんだったら、(OVER ROADと絡ませるなら)人類が社会をどんなフウに発展させてきたかを、歴史を交えて書けばイイジャナイ!
アイデアは自分の生活に、密接に関係してんだなぁ。
自分の趣味とかを題材にすれば、モチベーションもネタ出しもスイスイなんじゃあないかな?

特に詳しく分析するべきなのは『自分と違う意見』って荒木先生も言っている通り、コレは「あ~そーゆー見方もできるのね……」って気付かせてくれる。
その気付きがアイデア誕生の足がかりなのだよ。
偏屈になって耳心地の悪い意見をシャットアウトしていてはいけないっつーワケかね?
まぁ、欲しいのは『意見』であって『批判』では無いんだけど。 経験値になるのは意見の方だからね。

特に気を付けてるのがミリタリー系統。 ミリオタは苛烈な人多いのよ。
軍事ってのは究極のリアリストが多くて、妥協するとすぐ批判されっちまう。
特に多いのが、撃つ直前までトリガーに指を掛けるな! 弾庫内以上に弾出てるぞ! です。
コレがね…… 色々とね…… リサーチが大変でね……
軍の歴史とか、作戦の因果とか、武器の名前とか、調べること多い多い。
だから『ココ違うで!』って情報スゲーあり難いです。


                  ド ド ド

「く、くそっ! <ショックウェイ>! ……あ、ああっ、しっ…… しまった! MPが、もう!」

「隊長ッ! 部隊員の殆どが、魔力を枯渇させています! 指示を!」

「その程度自分で考えろ! 俺はお前の母親ではないのだぞッ、このマンモーニがッ!」

                  ド ド ド

 湧き上がる苛立ちから、声を張り上げてしまう。 そしてなお鎮火しない怒りの炎に、ギリギリとニグンは歯を噛み締める。 天使は捕らえられ、部下の魔力も尽きてしまった…… なんと無様な状況だろうか? これほどまでの屈辱は、あの日以来だった。 そう、あの女冒険者によってもたらされたあの屈辱は。

 

(あり…えない……ッ こんな……こんな状況、あっていいはずが無い……!)

                  ド ド ド

 無意識に左手で古傷を撫でる。 指に、ざらついた傷の感触が伝わってくる。 それと同時に、1度たりとて忘れたことの無いあの屈辱感も。

 

(だが、まだだ…… まだ私は負けた訳ではないッ!)

 

 右手で懐の感触を確かめると、確かにある固い感触。 まだ、1つ、切り札がある。 最高最強の切り札が。 だが、この切り札を切るのは非常に覚悟のいる事であった。

 

 そして、重なりすぎている想定外。

 

  撤退するか?

 

 馬鹿な…… そんな事出来るはずがない。 あと1手…… あと1手でガゼフを始末出来る所まで追い詰めたのだ。 此処で撤退しようものなら、何も得られないどころか、払った代償が大き過ぎる。

 

「くっ…… 動かしたくなかったが、仕方が無いッ! <プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション>! 奴らを近寄らせるなッ!」

 

 控えるようにニグンの後ろで静止していた、2階建ての家くらいある巨大な天使が前へと移動する。 巨大な物体が音も無く移動する様は、強烈な違和感を覚えさせた。 でかい図体の割りにそこそこ速い速度で、ニグンの前に立ちはだかり自らの身体で壁を作る。

 

 左手に持っている円形の盾を油断無く構え、右手に持つ巨大な槌鉾(ついぼう)を振り子のように振って下段に構える。 電柱ほどの太さがある柄に、大型バスより一回り小さい大きさの柄頭が差し込まれた巨大な武器は、まさに1撃必殺の威力を持つだろう。

 

 腰をひねり、大きく溜めを作った<プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション>。 荒れ狂う暴風を纏わせて、天使は巨大なメイスを地面へ向けて振り抜く。

 

ボゴァァアアッ

 

 巨大な槌鉾は大地を抉り出した。 岩混じりの土砂が、まるで榴散弾のように2人へと迫る。

 

 凄まじい破片飛沫の広がりと、その爆発さながらのスピード! この岩1つにでも当たりようものならば、全身の骨が砕け、内臓が破裂し、死が訪れるだろう。

 

 地面に伏せるか!? それとも飛んで避けるか!? だめだ、どうしても広がり飛んでくる飛礫(つぶて)のどれかにあたってしまうッ!! 

 

 

  2人の姿が、巻き上げられた土砂と土煙の中に消える。 ゴゴゴ…… と、地響きの音が聞こえる以外、誰も音は立てず。 誰も喋らずに、土煙に飲み込まれた2人を通意深く伺う。

 

 

 

  静寂。 微風によりゆっくりと土煙が晴れて行く。

 

「……殺ったか?」

 

 部下の一人が呟いた。

 

「死体を確認するまで気を緩めるな! 周囲を警戒せよ!」

 

 ニグンは血走った眼で2人がいた場所を睨む。 ニグンの勘が告げていた。 あっけなさ過ぎると。

 

    土煙が完全に晴れた。 そして…… そこには穴が深く掘られていた。 地面を縦に掘って、塹壕のようにやり過ごしたのだ。

 

「やはり図体だけのデクノボーだったな。 小さいやつより動きがスットロイぜ。 まぁ、パワーだけはDIOよりも上だったが…… 命中しななければ意味が無いな」

 

「「 !! 」」

 

 意外な方向からの声。 停止した時間の中で土を掘り返し、身を隠した承太郎の声が上から響き渡った。 一斉に、視線が上に…… <プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション> の首筋辺りに注がれる。

 

 <プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション> は、なんとか振り落とそうと腕を伸ばしたり、身体を振り回したりしているが……

 

「デカイ図体は上りやすかったぜ…… ()()()()どうにもできねーだろう? カッタルイ事は嫌いなタチなんでな。 このまま…… ブチ壊させてもらうぜ」

 

 なぜ生きている。 どうやってあんな所に。 何時の間に移動した。 そんなニグン達の叫びを無視し、承太郎はそう宣言して分身を実体化させ  

 

 フッ  と承太郎の姿が消えて地上に現れるのと、

 メギャン  と天使の全身にクレーターが出来るのと、

 バグォォオン  と天使が墜落するのは、全て同時だった。

 

 そして……

 

ウオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 聞こえてくるのは咆哮。 しまったと思いながらニグンが振り向く。 ガゼフが静かな事に、疑問を持つべきだったのだ。 承太郎が、わざわざ目立つ行いをしたのは、ガゼフから気を逸らすためだった。

 

 呼吸を整える時間はたっぷりとあった。 自身が使える武技を、次々と発動させていくガゼフ。 最高の瞬間火力を解き放つのは! 今!

 

「ぬうううあああ!! <六光連斬> <六光連斬>! <六光連斬>ッ!! 」

 

 身体の許容値以上の負荷が掛かるのが、妙に思考が晴れ渡ったガゼフの脳裏に理解できた。 何もかもがスローモーションに見える中で、プチプチと筋肉や毛細血管が断裂していくのが、手に取るように解る。 せめて腱だけは切れないでくれと、居るのかすら解らない神に祈る。

 

 1振りで、同時に6本の輝く光の筋が、3回放たれる。 三日月形の(まばゆ)い光が、<プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション>のヒビ割れた身体を切り刻む。 手加減する余裕が無かったのだろう…… 星空を切り取ったかのような光の粒が、キラキラと輝きながら虚空へと消える。

 

 「ガッハァッ!!」

 

 それと同時に、吐血するガゼフ。 すでに承太郎の表情からは余裕が消え、苦々しいものへと変わっていた。 呼吸を整え、全身の状態を確認する、が…… 状況は良くない…… 手足の感覚が痺れてきている。

 

(まずいぜ…… 想定以上にダメージが深い。 ストロノーフも限界に近いか…… 恐らく気管辺りにダメージがあるな)

 

 チラリと横目でカルネ村を確認し、

 

()()()()()……)

 

 と予測する。

 

 光の粒になって消えていく<プリンシパリティ・オブザベ(監視の権天使)イション>を、呆然と眺めているニグン。 そんなニグンに、満身創痍のガゼフが唐突に笑い出す。

 

「フ、フフフ…… ハ  ッ ハッハッハ! ハハハハハハ!」

「何が可笑しいッ!」

「無様だな……と、思ってな、ニグンとやら。 どうだ? 倍以上の戦力差を持ってしても、それが覆されつつあるこの状況は?」

 

 血走った眼を一層見開いて、ニグンは吼える。 剣を杖代わりに、身体をもたれさせながら…… やっとの事で立っていられるガゼフの言葉に怒りを爆発させて。

 

「小癪な事を! お前はまだ、この俺に傷1つ付ける事が出来ていないではないかッ! 今のお前が、この俺に勝てる訳がなかろうよ!」

「いいや、お前は負けるよ……ニグン。 私達には、異世界からの助っ人が味方しているのだからな」

「何だと!?」

 

 チラリ、と。 ガゼフの隣りにいる、白いコートの男を見る。

 

「お前がその、『異世界人』か!?」

 

 驚きから声が裏返る。

 

(まさか、ぷれいやーだというのか!? なんでこんな場所にいるんだ!?)

 

 フ―ッ、と承太郎は深呼吸をし、緩慢に頭を左右に振った。

 

「やれやれだぜ…… 随分(ずいぶん)口が軽いな、ストロノーフ」

「フフフ…… 知っているか? 『彼等』は魔法を使わず、音の3倍もの速度で空を飛び、星々を巡る船に乗り月に降り立つのだぞ? お前にそれが出来るか、ニグン」

「おい、ストロノーフ。 言っておくが、私が飛んだり行ったりしたワケじゃあないからな。 月には国の代表が数人行っただけだ」

 

 一見…… 和やかに会話している2人を他所(よそ)に、ニグンは思考をめぐらせる。 もしかしたら()()()()()()()()()かも知れない、と。

 

「…………。 異世界から来たという証拠を見せろ。 まぁ、魔法もマジックアイテムも無しに、人が飛べるとは思えんがな」

 

 その言葉に、承太郎はうんざりとした調子で懐へと手を入れ、手帳を取り出した。 適当な白紙のページを、ビリィッ! と破り、紙を折る。 そしてその折られた紙を、ニグンに向かって投げつける。

 

 その『紙』は、フワリ フワリ と空を(ただよ)い、時折上昇したりしながらニグンの手に収まった。 驚愕に表情と身体を硬直させたニグンの手にあるのは…… 紙飛行機。 

 

 その手に収まる紙は、こうニグンに語りかける。 飛ぶ事なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「これで理解したか? 満足したか? ではこちらが質問する番だな…… お前…… 確かニグン、と言ったか。 お前が先程言っていた…… ガゼフを始末すると、神の望んだ平和が訪れると言うのは、一体なんだ?」

 

 この異世界人を寝返らせれば、莫大な利益があるだろう。 うまくいけば、人間の救世主たりえるかもしれないのだ。

 

「……リ・エスティーゼ王国は国王派と貴族派がお互いの足を引っ張り、貴重な国力を消耗させている。 王国が…… まだ国力を残しているうちに『効率良く』滅び、帝国に吸収されれば…… 確実に国を立て直すだろう」

 

 話に少しずつ熱がこもる。 伏目がちに視線を下げ、言葉は苦々しく吐き出される。

 

「現在、人間の生存圏に侵攻を続けるビーストマンは人間を食料としか見ていない。  絶滅するまで止めないだろう…… 今は少しでも多くの力が必要! 人間同士で争っている場合ではないのだッ!」

「それが何故、神が望んだ事になる?」

「過去に神は、亜人や異形の者に滅ぼされ行く運命にあった人類を、お救いになられた! だが今は、そのお力に頼ることが出来ぬ…… 我々だけの力でやらねばならぬのだ! その為にはストロノーフは死なねばならぬ!」

 

 興奮した様子のニグンを、冷ややかに見て承太郎は…… 肩を竦めて挑発するように。

 

「成程。 それで次は……そうだな。 お前は月の裏側はどうなっているのだろう。 だとか、物質とは一体なにで出来ているのだろう。 とは疑問に思わないのか?」

「そもそも、月に行って何か良い事でもあったのか?」

「まぁ、然程(さほど)…得られるものは無かったな。 新雪の地に足跡を残したくらいの…… 満足感はあっただろうがな」

(月自体には、な)

 

「フン…… 月に行って見たいなど、これっぽっちも思わんな。 その話を聞いて、そんなどうでもいい事、考えている暇など無いと益々思うようになったぞ」

 

 そうか。 と、承太郎は落胆する。 ()()()()()()()が…… 成長することに興味が無いとの返答に。

 

 月にまで…届く努力の果てに。 それがたとえ、軍事偵察衛星(かみのしてん)が得られようとも。

 

 物質への…飽くなき探究心の果てに。 それがたとえ、大量破壊兵器(ぎじたいよう)を操る法が解ろうとも。

 

 この世界の住人は、まるで興味が無いと言うのだ。

 

「そもそも神とはなんだ? 強者ならば神か? 一発の魔法で数万人殺す力があれば神か? ならば一発の爆弾で17万人以上殺した大統領は神を超えたという事だな?」

「……何の事だかさっぱり理解できんが… 神を  

「『疑ってはならない』なんて詰まらねー事を言うんじゃあねーぜ」

 

 言葉をあえて被らせ、ニグンを指し、黙らせる。

 

「『疑うな』なんて言葉は、『疑われると困る奴』…… 詐欺師が使う言葉なんだからな」

 

 ニグンは、一瞬言葉に詰まったが…… やがて口を開く。

 

「『神』とは…… 我等が法国では、異界より参られる…… ぷれいやーと御自身の事を(おっしゃ)られる、神の如き力をもたらして下さる御方々の事だ」

「本当に『暗殺』なんて手段で人類が救えると?」

「思っているッ!」

 

 限界以上に見開いた、血走った眼をギョロリとガゼフに向け、指を指す。

 

「100年毎に訪れる、神人にすら…… ストロノーフ! お前の国の王は、お前に噛み付けと命令するだろう! 神の尊さも、その素晴らしさも、偉大なる力もなにもかも理解できぬ王国の貴族と王によってな! そして、そのとばっちりで何万もの罪無き人々が死ぬ!」

 

 左手で握った拳を、遠心力で開かせるように勢い良く振るう。 それはニグンの、拒絶の心を表していた。

 

「お前は死なねばならぬ! お前の存在が、世界中の人類を不幸にするのだッ!」

「フ、フフフ…… くだらぬ理由よ。 貴族の馬鹿共が、理解できぬと言うならば……

 

     あえてこの命! その神とやらに差し出すまで!」

 

 ガゼフは立ち上がる。 背筋を伸ばし、大地を踏みしめ、敵を見据えて。 

 

「たとえ、このちっぽけな手から多くの命が溢れ落ちようとも! 目の前にいるたった一人しか救えずとも! それがたとえこの命犠牲にしようともッ! 」

「愚かなッ! 自らの命を、噛ませ犬として差し出すとでも言うつもりかッ!? あえて見せしめになる事で、愚かな王が神に反抗せぬ様にと! 犬死にだぞ!! そんなちっぽけな犠牲1つで…… あの愚か者共が理解できるものかッ!」

「それでいいッ! 民の為に死ぬのならば本望!」

「狂っている! お前は狂っているぞッ、ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 傷だらけの身体で…… 火傷だらけの太い右腕で…… 亀裂が入り、所々砕けている鎧をしかと掴み。

 

 

 

「貴様に俺の心は永遠にわかるまいッ!」

 

 

 

 力任せに、重い鎧を引き千切る。 防御を捨てるは決意の証か。

 

 ニグンの口から、唇を噛み締めたために血が流れる。 ()()()()()()()()()()()()()、と。 怒りのままに握りしめた拳に爪が刺さり、血がにじむ。

 

 そんなニグンに承太郎が人差し指を、ビシィッ! と、突きつけ。

                  ゴ ゴ ゴ

「その余裕。 お前、まだ何か『切り札』を持っているな?」

 

 と、ニグンの心を読んだかのような問いをする。

 

「……そうだ。 最高位天使、<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>を召喚する秘宝を使用する」

                  ゴ ゴ ゴ

    覚悟を決めろ。

 

 心の中で、不甲斐無(ふがいな)いばかりに…… 切り札を切らざるを得ない状況に陥ったことを、『秘宝』を授けてくれた神官長に謝罪する。 右手で掴んだクリスタルを、懐の中からゆっくりと取り出す。

 

 そんなニグンに、承太郎は  

                  ゴ ゴ ゴ

「出しな…… お前の……ドミニオン…………オーソリティ…を」

 

 さっさと切れと…… ()()()()()()()

 

「…………。 クソ… クソ、クソッ!、クソォォオオッ!! いいだろう! 最高位天使を召還するぞッ!!」

 

 頭上へと掲げられる、光り輝くクリスタル。 元からあった輝きが、力が開放されて行くにつれて、更に光が増していく。 手に握られたクリスタルから溢れ出す光は、力強い風へと姿を変え、夜の(とばり)を吹き飛ばす。

 

 透き通るクリスタルにヒビが入った。 ガラスが割れる音よりも透き通った音を奏で、秘宝は砕かれる。

 

パキィィイイン  

 

 爆発的に広がる白い光。 神聖な光は夜の闇を圧倒し、丘の上を昼へと変えた。

 

 圧倒的な光と存在感に、ニグンの心は平静を取り戻し、安心感に包まれる。

 

「見よ! 最高位天使の尊き姿を! そして後悔するがいい……ッ! 切り札を切ったからには…ガゼフ・ストロノーフ、貴様は何が何でも始末する! ……だがッ!」

 

 余裕を取り戻したニグンは2人を見下す。 辺りを照らす光は、余裕の光だとでも言いたげな表情をしていた。

                  ド ド ド

「異世界人。 お前だけは助けてやる。 我らが法国に…その力、その知識。 惜しみなく提供するというのならば、な」

 ニグンの頬が釣り上がり……  嫌味な嘲笑が張り付いた顔で、ガゼフを指差し無慈悲に告げる。

 

「ストロノーフにトドメを刺せ。 そうすれば君達を受け入れ、歓迎しよう……」

 

 両手を広げ、好意的に抱きしめるようなポーズをとる。 が、ニグンの表情は一貫して邪悪に歪んでいた。

                  ド ド ド

「言葉ではなく行動で示せ。 そして、法国に協力するのなら…… そうすれば…… お前達のその命、故郷の情報や、帰る手段を探す助力を約束しよう」

「………」

 

 口調までも優しく。 柔らかな微笑を(たた)え、子供に言い聞かせるように説得する。 そんなニグンの言葉を聞き、承太郎は俯いて長考する。 

 

 そしてついに。 意を決したかのように頭を持ち上げ、再度確認する。

 

「法国に協力すれば…… 本当に…… 帰る手段を探してくれるのか?」

「ああ…… 約束するとも…… 奴の命と引き換えの ギブ アンド テイクだ……」

 

 承太郎は振り向く。 視線の先には傷ついたガゼフが、こちらを真っ直ぐに…… だが、覚悟を決めた表情で見つめていた。

 

「ストロノーフ……」

「辛い役を任せてすまなかった……承太郎殿。 ……覚悟は出来ている。 やってくれ」

 

 腰を落とし。 身体を捻り。 全身のバネを使い。 承太郎は、振り上げた右足を加速させる。

 

 残像で、小型の台風のように流れて見える。 目視で見るには、彼の攻撃は早すぎたのだ。

 

 

 

ドグシャァアッ!!

 

 

 

 残像すら置き去りにする速度で放たれた決死の蹴りは、ガゼフの腹部に深々と突き刺さり、物体が物体に衝突する大きな音を響かせ、弾き飛ばし、宙に浮かせる。

 

 身体をくの字に曲げて、腹を抱えこむように飛んでいくガゼフの身体。 ニグンの頭上を山なりに、放物線を描いて飛び越していく。

 

 嗜虐の快感に浸ってるとも見られる微笑みを、更に深く刻み、濁った眼を見開いて、狂喜に囚われ高笑いしようとするニグンに……

 

「ああ、さっきの返答がまだだったな……」

 

 落ち着いた声で承太郎が、家に忘れ物をしてしまったとでも、言うかのような気軽さで……

 

「俺の返答…… それは」

 

 振り向いた承太郎の眼には卑屈さなど、全く無い。 輝やかしき決意を湛え、これから起きる事への自信に満ちていた。

 

 そして。 帽子の鍔に指を…… ツッ   と沿わせて。 傲岸に、不遜に、高らかに    宣言する。

 

 

 

 

 

「だが断る……! だぜ」

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされたはずの、ガゼフの瞼が開き、眼光が鋭く光る。 たたまれていた身体を開く…… が、そこに蹴られた跡など無い。

 

「隊長ォォオオ  !!」

 

 部下の叫びで、ハッと気付く。 ガゼフにトドメが刺されていない事にッ! 

 

「インパクトの直前。 時を止め、ガゼフを投げ飛ばした。 蹴ったように見せかけてな……」

 

 よく見ると……白い承太郎の衣服に白い文字で…… 『ドグシャァアッ!!』 の文字が()()()()()()()

 

 地上に、傷付いた全身を打ちつけられる瞬間、刹那を切り裂き、ガゼフの武技が発動する。

 

<即応反射>

 

 物理法則を無視した動きで、ガゼフの両足が大地をしかと掴む。

 

<疾風走破>

 

 左後方に大剣を構え、低い姿勢で疾走する様は、まるで1匹の猛獣のようだ。

 

<戦気梱封>

 

 精神は鋭く研ぎ澄まされていた。 プラチナで出来た星の光を受けて、薄く開かれた眼がキラリと光り…… 残像で尾を引いた。

 

「なんだとォォオオ   ッ!!」

 

 ニグンは、全力で身体を捻る。 後方から迫る殺意に正対せんと振り向く。

 

 視界の端に、かろうじて捕らえられたのは…… 右から迫る、逆袈裟切りを振るうガゼフの大剣だった。

 

 

 

「射程距離   『内』だッ!」

 

 

 

 

 

 

to be continued・・・




黒き豊穣への貢=原爆だと考えています。 17万人の犠牲、黒い雨、奇形の子。
非戦闘員を巻き込んでないだけマシということなのだろうか。
初手、戦略兵器とかモモンガ様マジパネェッス。 某ゲームのガンジーみたい。

――没ネタ――

~ジル君が、最強の1撃を頼む相手を間違えたら~

シル君「最強の1発希望」
(キム)将軍「おk 派手だからボタンポチーで」

すきなとこ:勘違い、すれ違い系漫才ってグーよね。
      魔法は汚染が無いエコだから、地球を汚さないね。

ボツりゆう:派手だからって理由で、戦術核ブッパされてはかなわん!
      ジル君は、核の恫喝受けてるだけだから許してさしあげろ。


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最高位の4番目 の巻

オバロ11巻にウイスキーだかブランデーだかをエルフが飲んでたッぽいけど
蒸留酒が陰も形もなかった所から、急に出てきた点からこいつはプレイヤーかその子孫で、何らかの蒸留酒を生み出すアイテムとかがあるのだろうか?

蒸留酒自体は中世時代にすでにあったけどオバロ世界では未確認。
日本では、1540年くらいに米焼酎を飲んでいたってポルトガル人の日記に書いてあったし
1559年(信長に秀吉が遣えて少したったくらい)に、二人の大工が日付と署名入りで

其の時座主は、大きなこすてをちやりて一度も焼酎を不被下候(くだされずそうろう)
「神社の座主がケチで焼酎を一度も飲ませてくれなかった」

という恨みつらみを書き残していたぞ。

ザルなドワーフも蒸留酒はあんまり飲んだことが無いっぽかったから、市場にはあまり出回ってないのかな?


 武技を連続仕様し、アクロバティックに着地したガゼフ。 最大のチャンスを生かし、ニグンを背後から苛烈に攻め立てんと襲い掛かる。 そんなガゼフに加勢する為、走り出そうとする承太郎。

 

 だが、複数のニグンの部下が懐からスリングを取り出し、鉄球を番え射出した。 

 

ドシュドシュゥ    

 

 数十発もの鉄球が迫るが、銃弾ですら指先で『(つま)み取る』スピードと正確な動きが出来る<スタープラチナ>の拳に、容易に弾き返される。

 

「オラオラオラオラァッ!」

 

 数発の鉄球が射出者の元へと帰還し    

 

メメタァ

 

 メリ込んだ鉄球は顔面の骨を砕く。 噴き出す血飛沫(ちしぶき)と、砕けた歯の欠片を撒き散らしながら、数人が意識を失い地に倒れた。

 

 

 

 

 防御を捨て、身軽になったガゼフの動きは疾風の如く。

 

 ニグンは振り返りつつ、走り出す。 その視線の端には、凶暴な刃がニグンの身体を引き裂こうと迫っていた。

 

(避け…… 切れんッ!)

 

 魔法系のニグンより、格闘を主体とするガゼフのほうが、運動精度も敏捷性も上である。 即座に、後退するだけでは回避は困難だと判断し、姿勢を大きく変え、前後左右に上半身を傾ける。 そうする事で、少しでも凶刃から距離を取ろうと言うのだ。

 

ブォン

 

 鋭利な(やいば)が耳のすぐ側を掠める。 高速で振られた刃は、短く刈り込まれた髪を掠めて、抵抗無く頭髪を切断した。 耳を撫でる風が、切った髪を吹き飛ばしていく。

 

(ギリギリかわせたッ!)

 

 奇跡的に回避に成功したが、大剣はその膨大な質量を無視して軌道を変えた。 再び凶刃がニグンの命を狙って空気を切り裂き、迫る。

 

 身の丈ほどもあるというのに、大剣は小さく速く振られる。 その大剣には、1撃で一切合財を両断する、必殺の力など込められていなかった。 振りは小さく、当てる刃は狭く、狙いは急所へ。

 

 そう、それは魔法詠唱者(マジックキャスター)の急所。 呼吸をつかさどる気管   咽喉(のど)。 首を裂かれては魔法の詠唱は出来ず、命令も出来ない。

 

 一歩、二歩と後退を余儀無くされ、紙一重でかわす凶刃の殺意は、全身を悪寒で包み汗を噴き出させた。 3歩目。 ガゼフが4(たび)剣を(ひるがえ)す…… その時。

 

ドスゥッ

 

  (かかと)に衝突するやわらかい感触。 姿勢が後ろへと崩れる。

 

(……えっ?)

 

 想定外の事態に、ニグンの頭の中が真っ白になる。 此処はゴツゴツとした岩どころか、小石すらない…… なだらかな丘。 そんな場所で(つまづ)く? ()()

 

 スローモーションの世界で、眼だけを動かし、足元を見る。

 

「…………」

 

 『それ』は、草に埋もれていて見え辛かった。 弾力があって……丸くて、細長い。 視線をさらに移動させ    

 

 ハッ! と、『ソレ』の正体に気付く。

 

(こッ! これは! ()()()はァァアアッ!)

 

 足に当たった障害物。 そいつは…… そいつの名は。

 

「べリュゥゥゥス、貴様ァァアアッ!

            このッ……糞の詰まった肉袋がァァアアッ!」

 

 工作員のお飾り、ベリュースであった。 ニグンが見捨てた、役立たずの死体だった。

 

 この無能は死んでもニグンの足を引っ張るのか。 それとも、見捨てられたゆえの恨みがそうさせたのか。 はたまた、ただの自業自得か。 死体に躓いたニグンの体勢が崩れ    

 

(まずい! 転倒してしまうッ!)

 

 降って湧いた大きな隙! 倒れこむニグンの首へ、鋭い切っ先が突き出され  

 

ザクゥゥウウッ!!

 

 (ほとばし)る鮮血。

 

  あぐぁッ!」

  ガフッ!!」

 

 が…… ()()。 1つはニグンの腕から。 もう1つはガゼフの背から。 ガゼフの背後には…… 1体の<アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>。

 

「何だと!?」

 

 肺にまで刃が達したのか、血煙を吐くガゼフ。 右手から力が抜け、剣が滑り落ち…… 地面に当たり、カランと頼りない音を響かせた。 そして、崩れ落ちるように膝を衝き、一拍置いて倒れ伏す。

 

「ストロノ―フゥゥウウッ!!」

 

 初めて承太郎の顔から焦りが生まれた。 背後を振り向く。 そこには戦闘不能にした天使が『5体』いた。 そう、1体足らないのだ。

 

(まさか……! 先程のスリングで天使にトドメを刺したのかッ!)

 

 再びガゼフへと戻した視線の先には、1体の<アーク・エンジェル・フ(炎の上位天使)レイム>が1体、炎の剣を振り上げて2撃目を打ち込まんとしている。 足元に転がっている鉄球を拾い「ウォオオラァァアッ!!」と、天使へ投擲。 頭部へ命中した鉄球は、天使の頭を砕き墜落させた。

 

 魔法が込められたローブごと切り裂かれた右腕を押さえながら、よろよろと立ち上がるニグン。

 

「あ……あぶなかった…… ギリギリ右腕を刀身の間に滑り込ませられなかったら…… 魔化されたローブを切り裂くこの威力! 俺の首は落とされていただろう……」

 

 懐から取り出した、青い液体を傷にかける。 するとピタリと止血が止まった。 取り出したもう1本を飲むと、グジュウジュと裂傷が回復して行く。

 

  ハッ!」

 

 背後に気配を察知し、向き直ると…… そこには、倒れていたガゼフが何時の間にか起き上がり、足を引き摺りながらニグンへと向かってきていた。

 

「……無駄だ。 お前は最早戦う所か、立ち上がることすらできない身体だ」

 

 フラつきながら、ガゼフは握り締めた拳をニグンの顔へ打ち込む…… が。

 

ガシ―ン

 

 素手で受け止められる。

 

「無駄だ。 鎧すら無い身体で、まともに上位天使の剣を受けたのだ…… 見ろッ! 足下に広がる多量の出血! すでに、魔法詠唱者の俺ですら楽に受け止められる程に! ()()()()()()()()()()()()()()

 

 えぐられる様に切り裂かれたガゼフの背中からは、足を伝って地面に大きく広がるほどの出血の跡が出来ていた。

 

「ぐっ…うう………」

 

 ふらつき、眼の光も曇り、虚ろな眼差しで…… ただ立っているだけのガゼフの胸を…… トン   と、軽く押す。 押されるがまま、グラァァッと倒れていくガゼフに背を向け  

 

「これで…… 2分もすればストロノーフは失血で死ぬ。 あとは…… 異世界人。 お前を始末するだけだな」

 

 と、承太郎に正対した。

 

 

 

 

    が。

 

 

 

 

ガシィィイッ!!

 

 と、ニグンを後ろから羽交い絞めにする腕があった。 肩越しに見えるのは、血に濡れたガゼフの姿。

 

「貴様ッ! この期に及んで、まだ諦めておらんのかッ!」

 

 脇腹へ肘を打ち込んでやろうと、右腕を振りかぶ     ろうとしてのだが。

 

ドン

 

 と、腹部へ衝撃があった。

 

「……?」

 

 腕を止め、視線を下げる。 腹に接触したのは……

 

「なんだ、これは…… 剣の…… 柄?」

 

 剣の柄だった。 剣の柄が、磁石のようにニグンの腹にくっついていた。

 

チクッ    チクチクッ

 

 背中に感じる、針で突かれるような軽い痛み。 肩越しに、ガゼフがニヤリと笑ったのが解った。

 

「嫌がる仗助殿に頼み込んで……『仕込んで』もらったのだ。 こうして…… ピッタリと距離を詰めれば…… 必ず当てられるから…な」

 

 背中の痛みが増す。 ガゼフが歯を食い縛り、何かに耐えるようにして…… 身体を硬直させている。

 

(仕込む? 剣の柄と関係あるものを? ハッ! ま、()()()!)

 

 ニグンの顔が青褪めた。

 

「まッ!! ()()()()! 鎧を、あえて棄てたのはこの為か…ッ! き……貴様ッ! バカなッ!! なんて事を思いつくんだァァアアッ!」

「うぐッ…… そうだ。 その()()()、だ」

 

 羽交い絞めにしているガゼフの腕を、力尽くで引き剥がそうと暴れる。 だが…… ニグンは魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、ガゼフは戦士だ。 たとえ大量出血していたとしても、膂力では全く適わない。

 

「貴様ッ! バ…… バカなッ! は…… 離せッ! うおおおおお 死ぬ気か!? ストロノーフ!! 貴様ァァアアッ!」

「そして、仗助殿はこの場にはいないので…… 代わりに私が……」

 

 

 

 

 

「<クレイジー・(ダイアモンド)>ッ!!」

 

 

 

 

 

 メキメキと音を立てて、ガゼフの腹部から()()()()()が飛び出したッ! 剣の柄が、元の状態に戻ろうとして   ニグンの背中と腹を挟み込むッ!

 

「うおおおおおおお!! は、離せェェエエッ!」

 

 身体をやたらめったらに暴れさせ、肘をガゼフに打ち込み。 捕縛から逃れようと、獣のように暴れる。 背中からの出血に加え、腹部からも出血したガゼフの身体は…… もう限界だった。

 

「後は…頼んだぞ……承太郎殿……」

 

 腕から力が抜け、暴れるニグンに振りほどかれたガゼフの身体は、仰向けに倒れ伏した。

 

「ぐぅあああっ! つ、潰され……ッ! この剣を…… なんとかしなければッ!」

 

 鳩尾を、凄まじいパワーで圧迫する柄と、背中をえぐる刀身。 このままでは、いずれ魔化されたローブを引き裂き、ニグンの腹部へ突き立ち大動脈を切断するだろう。 痛みと、圧迫による呼吸困難により霞む意識の中で、ニグンは暴挙ともいえる手を打つ。

 

「魔法防御力は、この魔化されたローブにより高いハズだッ! <ファイアーボール>!」

 

 腹を突き破らんと食い込む短剣を、()()()()()()()焼くという暴挙。

 

「ぐうううあああああああッ!!」

 

 魔化されたローブ越しとはいえ、凄まじい熱量がニグンの皮と肉を焼く。 とめどなく流れる汗が滝のように流れて蒸発していくのが、感覚で解る。 焼け焦げ、グズグズになった短剣は力を失い地に落ちた。

 

 仰向けに倒れるガゼフを横目で見ながら、血が滲む脇腹を抑える。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…… 今のお前の行動…! 本当にオシマイかと思ったぞ…… ストロノーフ。 さっきお前の事を戦士長失格なんて言ったが、撤回するよ…… 無礼な事を言ったな……」

 

 ゴボリ、と。 血が流れる…ガゼフの腹部から。 血を吐き出す…ガゼフの口腔から。

 

 ガゼフに動く気配が無いことを確認すると…… やがて承太郎を鋭く睨んだ。 痛みにより顔が歪み、脂汗が噴き出ているが…… 魔法詠唱者(マジックキャスター)は走り回って攻撃するわけではないので、戦闘するのに支障は無い。

 

「褒めてやろう、異世界人。 部下達のMPを尽きさせ、この俺に切り札を切らせた…… 更に手傷まで負わせるとはな。 いや、本当に恐れいったよ…… その発想、判断力…… 正直なところ敬意すら感じるぞ? 本当によく戦ったよ、お前はな」

 

 任務は全て、無事に完了した。 後はこの敵対している異世界人を始末するのみ。 敵対してしまったからには、ここで放置するわけには行かないのだ。 放置すれば必ず成長し、対処不能の脅威となるだろう。

 

「全くその通りだな。 その賞賛、素直に受け入れさせて貰おう」

「フン、負け惜しみを…… まぁいい。 何か言い遺す事はあるかな?」

 

 覚悟を決めたように棒立ちになっている承太郎に、せめてもの情けだと、随分と梃子摺らせてくれた腹いせに、薄く笑いながら最後の言葉を聞いてやろうと問う。 命乞いでもしようものなら、素気無く断ってやろうと考えて。

 

「そうだな…俺達のほうが不利だから。 近付けさえさせなければ雑魚だから。 そう考えて俺の話に食いついてくれた事に、深い感謝を贈るぜ、ニグン。 お前がもっと注意深ければ、ここまで上手く事は運べなかった」

「…………はぁ?」

 

 異世界人の口から出てきたのは予想外の言葉だった。 それは感謝すると。 ()()()()()()()()()()()()()、と言っているのだ。 口をポカンと開き、全く理解出来ない様子のニグン。

 

「神様の話は面白かったろう? 続きが聞きたいと思っただろう? ……目の前に敵がいるのにペラペラ、ペラペラ…… 時間稼ぎに決まっているじゃあないか。 フッ…フフフ……」

「それでは…… 今までの…話は…… ウソだったと言うのか!?」

「やれやれだぜ…… 適当な事を言っているに決まっているだろう? それらしく言えば、会話に食いついて来ると思っただけだ」

 

 答え合わせ、するように。 手品の仕掛け、教えるように。 

 

「最高位天使を前に、何故そんな態度が出来るッ!」

 

 言い聞かせるように、丁寧に…… こう、煽る。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。 

 

「ただ単に、デカくなっただけじゃあねーか。 その上、神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、ドミニオンは第四位に数えられる天使の総称だ。 それが『最高位』? 笑わせるぜ」

 

 一瞬で血液が頭へ上り、思考が沸騰する。 自分だけでなく、秘宝によって召喚した最高位天使まで…… 神官長の誇りまで侮辱したその言動に。

 

「やめろォォォオオ! 知ったような口をきいてんじゃあ無いぞォォオオ!」

 

 咆哮する。 最早、数秒たりとて生かしては置けぬ。

 

「<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>ッ! 善なる極    

 

ガボァァッ!

 

 右の(かいな)を横薙ぎし、天使を見上げたその瞬間。 地面が爆破されたかのように、土が吹き飛ぶ。

 

善なる極撃(ホーリースマイト)を放て」そう、言おうとして…失敗した。 拳によって、阻まれた。 自分の真下から、突き上げられた…… 白い腕によって。

 

バグチョアッ!

 

 下方から鋭く打ち込まれるアッパーカット。 顎の骨がミシミシと音を立ている。

 

「ガハッ! うっ…… あっ……」

 

 殴られて吹き飛ぶニグン。 脳が揺さぶられ、一瞬気が遠くなり、受身も取れずに頭から墜落し、倒れ伏す。 やっとのことで、激痛に耐えながら上体を起こし、仗助を睨む。 聞こえてくるのは、ボタボタと水滴が落ちる音。 見ると、顔から血が溢れるように流れていた。 裂けた唇と折れた鼻を左手で押さえ、止血する。

 

 さらに数人の…… 若い少年が2人、仗助が開けた大穴から<クレイジー・(ダイアモンド)>の手に引っ張ってもらいつつ姿を見せた。

 

「<エコーズact1>は…遠距離操作型なんだ。 だから…障害物があっても正確に操作出来る。 そう…壁があろーと…… 土があろーと…… サポートするのは簡単だったよ。 あんた達は上ばっかり見ていたからね」

 

 ふよふよと浮かぶ、奇妙な姿をした生き物の手には…… ニグンには読めないが…… 『ドグシャァアッ!!』の文字が抱えられていた。 

 

ボコッ! ズボッ!

 

 次々と地面から姿を現すガゼフの戦士達。 その姿は、墓から這い出てくる古いゾンビ映画を思い起こさせる。 ニグンは倒れた姿勢のまま、辺りを見回し…… 何故、どうやって近付いて来たのか理解する。

 

「穴だッ! こ…こいつらッ! 穴を掘って近付いて来やがったッ!」

 

 魔力切れを起こしているニグンの部下は、地面から這い出てきた戦士達に、首に剣を突きつけられ無力化されていた。 援護は期待できない。 元より、使()()()()()MPで戦うニグン達と、()()()()()()HPで戦うガゼフ達では、此処から部下達が独力で巻き返しを図るのは不可能であった。

 

「ふぃ~~ つっかれたぜぇ~~ッ! なにぶんこの距離だからよぉ。 ズゥ~~ッと腕振りっぱなしで肩がこっちまったよ! 空間ごと削り取ってっからよぉ 掘った土の捨て場所も、空気の心配もしねーでいいっつーのはいいんだがなぁ…… 1人でここまで掘ったんだぜぇ?」

 

 億泰が、心底疲れたといった表情で深呼吸する。 左手で肩を揉んだり、肩の関節を回したりしてコリをほぐすような動きをしていた。 そして、急に真顔になった億泰。

 

「おれは頭ワリーけどよぉ~~……… 兄貴から(おそ)わって歴史だけは得意なんだよ。 2500年くれー前の中国っつー国に『孫子』っつー兵法書があってよ。 こう書かれてんだよ。 『勝利というのは 戦う前に 全て すでに 決定されている』」

 

 少しずつ億泰の表情が崩れ、笑うのを(こら)える様な顔になり……

 

「つまりだなぁ……… 説明すっとよぉ……… 戦う前に 敵に気付かれねーよーに、いろんな作戦を練っとくんだよ!! おめーは策を考える頭が俺達よりバカって事だなぁ   ッ!!」」

 

ギャハハハハ!

 

 自身の頭を指差し、皮肉に満ちた表情で大笑いした。

 

「うぬぬう…… き、貴様……ッ」

 

 血走った眼で億泰を睨む。 背後に、ゆっくりと近付く1人の気配を感じ、振り向く。 そこには歩いて近付いて来た承太郎が立っていた。

 

「俺からも、孫子から1つ教えてやろう。 『兵は詭道(きどう)なり』 戦いとは詭道(きどう)!(あざむくこと) 敵を怒らせて心を動揺させれば、その力に隙が生じる。 と、いうことだぜ……」

 

 ニグンはそこで初めて気が付く。 ずっとイライラしていたのではなく、させられていたのだと。 挑発的な言動はわざとだったのだと。 思考能力を低下させられ、撤退の手段を封じられていたのに、今頃気が付いたのだ。

 

「そして…… ニグン。 お前には致命的な弱点があるぜ。 『口で命令』しなければ、スタンドに攻撃させられないという弱点がな。 数瞬、タイムラグがあるんだよ、お前にはな」

「謙虚に振舞って、さっさとトドメを刺せ。 それを怠った事がお前の敗因だ」

 

 そして…… 完全なる敗北を知る。 無傷で立っているガゼフと承太郎の姿を()の当りにして。 せっかく減らした2人のHPが、何らかの方法により全快してしまった事を悟った。

 

 

 

    だが。

 

 

 

 うつむき、顔を手で押さえた下で、口角を邪悪に歪める。

 

(まだだ…… まだ終わってはいないッ! こいつらは、思念で天使に命令を下せる事を知らないッ!)

 

パキィィイイン   

 

 突然、巨大な天使が持っていた笏が涼しげな音を響かせ、硝子のように粉々に砕け散った。 巨大な天使自身が放つ光をキラキラと反射しているその破片は、巨大な天使の周囲を衛星のように、土星の輪のように、ゆっくりと旋回しだす。

 

(奴らが1箇所に集まっている今が好機ッ! ()()()善なる極撃(ホーリースマイト)を打ち込み…… 一網打尽にしてくれる!)

 

 ヘラヘラと、虚ろな表情で笑うニグン。

 

「フ…フハハハハ…… 最後の最後でヘマをしたな…… こうなっては最早俺でも止められん!」

 

 その濁った双眸は、完全に狂気に取り付かれていた。

 

「スデに勝った気でいたなッ! それがお前の…敗因……だ?」

 

 最後に慌てふためくガゼフ共の顔を拝み、法国の神官に蘇生されるその日までの手土産にしようと、俯いていた頭を持ち上げた…… が。

 

「ン! そうだったな…… まだ1匹残っていたんだったか……」

 

 何も問題が無いかのように、5人全員涼しい顔をしていた。 危機感など、微塵も感じていなかったのだ。

 

「な… 何故だ! なぜそんな落ち着いていられるッ!  魔神の1体を単機で打ち滅ぼした伝説の存在だぞ!? 絶対にお前らなどに打ち倒す事も、善なる極撃(ホーリースマイト)を防ぐことも出来んッ!!」

「ブッ倒す? オレはよぉ   ブッ倒すなんてことはするつもりね―な……」

 

  キラッ   キラ キラッ

 

 仗助のスタンド<クレイジー・(ダイアモンド)>の右手には…… 光を反射する水晶の欠片が握られていた。

 

「逆だよ逆。 治してんだよ…… この水晶から出てきたっつーんならね……」

 

 ビデオを逆再生するかのように集まっていく水晶の欠片。 それに吸い込まれ、小さくなっていく<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>

 

 昼間のように明るかった丘は、夜の闇を取り戻し、正しくあるべきへと戻った。 最大の切り札は…… 仗助の能力により、呆気なく無効化されたのだった。

 

 完全な状態まで怪我が癒えた承太郎が、眼にも止まらぬスピードで<スタープラチナ>を出現させ   

 

ドグシャァッ!!

 

 ニグンを真上へ蹴り上げた。 天高く上昇し、錐揉み回転しながら落ちるニグンは  

「合わせろォォオオ!! 仗助ェェエエッ!!」

「了解ッス! 承太郎さん!」

 

 落ちた先が地獄であると錯覚したのだった。 だが、はたしてこれは錯覚だったのか。 この、加速度的に近付く2人の鬼。

 

 大理石の如く、曇り無き<クレイジー・(ダイアモンド)>の白き右の(かいな)  

 幾億もの星屑を抱える夜空の如く深い<スタープラチナ>の紫の右膝が  

 

 落下するニグンの肉体を正確に捉える。

 

「オォラァァアッ!!」 「ドララァァアアッ!」

 

 何十トンもの圧力を掛ける、プレス機に挟まれたかのように身体を潰されるが  <クレイジー・(ダイアモンド)>の能力によって、ニグンには()()()()が無い。

 

ボギャァァアアッ!!

 

 全身の骨が砕けた。 身体を伝わる衝撃と激痛がそれを教えてくれる。 しかし、瞬時に砕けた骨も、潰れた臓物も、瞬く間に治癒されてしまう。 両の拳を振り上げた2人の鬼によって、強制的に破壊と再生の渦にブチ込まれたのだった。

 

 

 

ドゴ   バゴ   ドゴ   グシャ   メキ   ドゴ   ドゴ   ズドッ   ドゴッ   メギ

                                            

    オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラ オラァァア!!

    ド ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラァァアア    ッ!!

                                            

 ズドッ  ドゴッ  ドゴッ   ドッ   ドガ   ドグォ  バキ   バゴ   ドゴ   グシャ

 

 

 

 鏡のように寸分の狂い無く、正確に拳を打ち込んでいく。 眼にも止まらぬ拳速は、残像による錯覚によって、あたかも分裂したかのようだ。

 

「あああああがあああ  !! ぐあばああああ  !!」

 

 

ドグシャァッ!!

 

 

 燃えていた油も、木屑も、今ではすべて燃え()しとなり。 元通りの、星の光を邪魔する物など全く無い…… 満点の星空が、承太郎達4人の頭上に広がっている。 見事過ぎるその星の海に、見上げた仗助の表情が思わず綻び、承太郎へ話しかける。

 

「承太郎さん、見てくださいよ。 (星空が)スゲーッスよ」

 

 仗助の言葉に、承太郎は空をチラリと見るが、興味を失ったように首を振った。

 

「フン…… (極地のオーロラと比べて)全然大した事ね―な。 この程度なら、仕事中に何度も見ているぜ」

「もっとスゲーのを見たことあるんスか? 俺もいつか見れるッスかね―ッ!」

「ああ…… 元の世界に戻れたら、幾らでも(絶景を)見る機会はあるさ……」

 

 猿轡と、縄を打たれて捕縛されていく法国の特殊部隊に背を向け「あ~~! 疲れたぜェ~~ッ!」と、一人愚痴を零す億泰。 その言葉に、心底同意する3人は、休息を求めカルネ村へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

to be continued・・・




スリングって遠心力で投げるのだけど、鉄球使うのはゴムの張力使ったスリングショットだよね
どっちが正しいのかな

――没ネタ――

~忠犬クライム、ジョースター家に行く~

ラナー「紹介するよ。 クライムっていうの! 私の愛犬(意味深)でね、利口な猟犬なんだ」

ボギャァァ!!

ラナー「なっ! 何をするだァ   ッ! ゆるさん!」


すきなとこ:ラナーなら、若DIOに勝てる。 絶対勝てる。 すごく見たいです。

ボツりゆう:思いつくクライムネタって、ぜーんぶクライムが酷い目にあうやつばかりだ……
      どっちかってーと、ラナーと若DIOって同じような性格してるよね。


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踊る会議室 の巻

 地平線の向こうに太陽が沈んで久しく、夜闇が街を覆っている。 此処は法国、神都大神殿会議室。 辺りはすでに寝静まり、虫が静かに奏でる音楽の他、静まり返っていた。 会議場には、数人の老人達が丸く作られた円卓に着席し、一様に渋い顔をしている。 煌々と永続光(コンティニュアル ライト)の魔法によって明かりが(とも)されているこの会議室とは対照的に、老人達の空気は暗い。

 

「なんということだ………」

 

 白く、清潔感を感じさせる…… くどく感じられない程度に装飾が施された豪奢なローブを纏った老人が呟く。 肩を落とし、手で顔を覆って、偶然としか言いようの無い不運を嘆く。 質素だが、決して安いわけでは無く、しっかりとした作りの木製の椅子の背もたれに体重を預け、天を仰いだ。

 

「不運としか言い様が無い。 まさか100年の揺り戻しに来て頂いた『ぷれいやー』の方々と遭遇戦に陥ってしまうとは」

 

 同じく、顔色を悪くした別の老人が、いい訳とも取れる言葉を口にする。

 

「いや、まだ彼等が『ぷれいやー』だと決まったわけではないぞ…… 言い伝えの情報と、いささか毛色が違う」

「だが…… この世界の人間では無いという事は確かじゃ。 あのような、1度使用した『魔封じの水晶』を天使ごと元通りに戻すなど、我々には不可能。 そんなことが出来る話など、見たことも聞いたことも無いわい」

 

 重苦しい雰囲気のまま、老婆が発した『彼等』の正体は今だ不明だとの言葉。 その発言を補足するようにもう1人の神官が言葉を繋ぐ。

 

 彼等、男女の老人達は法国のトップ、神官長の役職を冠する者達だ。 上位の役職に就く彼らが、こんな真夜中に雁首(がんくび)揃えて、不健康そうな悪い色をした顔を突き合わせているのにはある理由があった。

 

「……生きている陽光聖典の特殊部隊員は皆、捕らえられてしまったか。 さらにガゼフ・ストロノーフは生きており、我々法国が関与していることも知られてしまった…と」

「最高位天使が封じられた至宝も…… あの者達の手に渡ってしまったぞ……」

 

 そう。 この6名の神官達は、土の巫女姫がニグンの様子を探るために大儀式を行い、その様子の異変に気付いた土神殿の神官の報告によって急遽集められたのだった。 土の巫女姫は、スレイン法国の6人の巫女姫の一人であり、神都の6神殿の一つ、『土神殿』において各地の監視を行っている。

 

 

 

 時は数時間前へと遡る。

 

 各神殿へ、血相を変えてやってきた土神殿の使者に(何か悪いことが起きたのだな)と、覚悟を決めて土神殿へやって来た彼。 彼は神殿に着くと<次元の目(プレイナーアイ)>の魔法を、数十人のマジックキャスターと共に大儀式で発動させ額に汗を浮かべた、薄衣を纏った巫女の姿を眼にした。

 

 見慣れた光景のはずが、なにやら雰囲気がおかしい。 皆、一様に表情が険しく、押し黙っていたのだ。

 

(どうしたと言うのだ。 いったい… あの画面に、何が映っているのだ……?)

 

 土の巫女姫が<次元の目(プレイナーアイ)>で見ている映像を、他の人物も見る事が出来るようにと、透き通った水晶のような画面が空中に浮いている。 それは炎上する丘の上で苦戦するニグン…… 陽光聖典の戦闘場面が、上空から俯瞰する形で映し出されている。

 

 映し出される映像。 それは、王国戦士長・ガゼフ ストロノーフが、ありとあらゆる奇策を用いている映像だった。 力付くで押しつぶそうとするニグンを翻弄し、実力の半分も出せない状況へと追い込まれているように見えたのである。

 

(なんだと……!! 戦っているのは、王国のガゼフ・ストロノーフだろう!? 彼奴(あいつ)は、こんな裏を掻くような策を弄するような人物ではないはず! 愚直に、真正面から突っ込んでくるのを迎撃するだけで終わる…… 簡単な任務だったハズだ…… それが何故!?)

 

 予想外かつ想定外。 人の精神が入れ替わってしまったのかと思えてくるほどの、信じがたい状況が映し出される水晶の画面に混乱してしまう。

 

 そして気が付く。 白い服を着た1人の男が度々、短距離を転移するかのように瞬間移動している事に。

 

次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)……? いや、魔法を発動する際の遅延が無い…… まさか第6位階転移(テレポーテーション)を使っているというのか……?」

 

 彼は…… いや、この土の神殿に集まっている全員が、と言っても過言ではないだろう。 白いコートを着た男が、第10位階魔法の時間停止(タイム ストップ)に似た能力を持っており…… ()()()()()()()()()()()()()使()()()()()という事に。 そして、第7位階…… 大儀式を用いて8位階までの魔法しか存在しないと考えている彼らは、白コートの男が、実際にその能力を使っているという事に気付いていない。 

 

「白服の男に気が付いたか。 よく見たまえ…… この男は無詠唱で発動させている。 しかも純粋なマジックキャスターではなく、近付いて召喚した(しもべ)に攻撃させる……拳闘士(モンク)に似た戦い方をするようだ……」

「距離を離すための転移(テレポーテーション)を、逆に距離を詰めるために使っている。 と?」

 

 信じられない、といった様に左右に首を振る。 それもそのはずである。 魔法と格闘を両方極めようとすると、能力を分散させることに繋がる。 故に、結局の所どっち付かずの…… ユグドラシルプレイヤーに言わせると、『クソビルド』になってしまうのだ。 だから、弓などの遠隔は遠隔のみ。 格闘などの近接は近接のみ。 魔法などの特殊なものは、魔力系・信仰系などと多岐にわたるが、万能を求めず一点集中させたほうが、結局の所…… 強いのである。

 

 これが、この世界の『魔法』の常識なのだから、彼らが信じられないのも無理は無い。 超常現象=魔法と思い込んでいる法国の神官に、これはスタンド能力で魔法ではなく能力だ   と言っても、信じる者などいないだろう。 こちら側フウに言うと「~などと意味不明な供述をしており動機は未だ不明」と返って来るようなものだ。

 

「全くもって意味が解らないぞ。 召還したしもべに遠くから命令すればよいではないか。 何故わざわざ危険を侵して近付く必要がある?」

「おそらく、だが…… あの紫色のしもべは、召還主からそう遠くへ行けないのではないか? そういった縛りを自らに課す事で、召喚魔法の効果を上げているのだと…… 私は思う」

「だとしたら…… 我々が見た事の無い、未知の魔法をこの白服の男は使っていると!?」

 

 額に玉の様な汗を浮かべた同僚の神官が、無言で頷き肯定する。

 

 やがて、6人全ての神官が土の神殿へと揃った頃。 固唾を飲んで見守っていた戦いが急展開を見せる。 ガゼフを追い詰めつつも決定打を欠いてしまったニグンが、懐から取り出した秘宝・魔封じの水晶を使い、最高位天使を召還したのだ。

 

 眩く輝く天使の威光のせいだろうか。 戦いが一旦止まり、白服とニグンが会話し始める。 

 

「音声は入らないのか!!」

 

 苛立ち混じりの声が、耳障りに土の神殿内に響く。 どうやら、誰かが音声も拾うように指示したが、何やら手間取っている様子であった。 会話を始めた画面の2人の様子を見て、冷静さを欠いた他の神官が勝手に指示をだしたのだろう。 会話を盗聴できるのは、彼にとっても好都合。 口を挟まず、成り行きに任せていると…… プツッと泡が弾けるような音と共に、2人の会話が聞こえてきた。

 

「異世界人。 お前だけは助けてやる。 我らが法国に…その力、その知識。 惜しみなく提供するというのならば、な」

 

 ニグンが発した『異世界人』との言葉に、一瞬にして喧騒に包まれる神殿内。

 

「異世界人だと!? ストロノーフの隣りにいる男は、まさかぷれいやーなのか!?」

「この男がストロノーフに入れ知恵したと言うのか!!」

「この者がぷれいやーだとしたら、敵対するのは不味いぞ! 急ぎ対策を練らねばならぬ!」

 

 大きく、うねるようなざわめきよって、ようやく聞こえるようになった会話がかき消されてしまう。 苛立ちと共に、「静かにしろ」と。 怒鳴る為に息を吸い込む、彼よりも早く。

 

   黙りなさいッ!!」

 

 大きくは無いが、よく響き渡る老女の声で。 まるで水を打ったかのように一斉に口を閉じる神官達。 沸騰した思考が、氷柱を直接脳に突き入れられたかと錯覚するほどまでに冷静さを取り戻した、彼等神官達の耳に。 せっかく冷静さを取り戻した思考を、バラバラに爆破させてしまう言葉が届く。

 

「インパクトの直前。 時を止め、ガゼフを投げ飛ばした。 蹴ったように見せかけてな……」

 

    はぁ?)

 

 その場にいた全員が、自身の耳を疑った。 トキヲトメル? 時間を止めたと言ったのか、この男は。

 

(ありえない……ッ! 妄言だ…… ブラフに決まっているッ! 嘘で煙に巻こうとしているのだッ! 時間を止めるなど、出来るはずがない! あの6大神様ですら成し遂げられなかった、奇跡の御業(みわざ)だぞ!!)

 

 先程とは別の意味で、言葉を失う神官達。 一転して窮地に立たされるニグンを、開いた口を閉じることも出来ず眺めていた。

 

 画面の向こう側は、目まぐるしく状況が変わっていく。 あからさまな挑発に冷静さを欠いたニグンが、召還した天使に攻撃を命令しようと、うっかり視線を<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>に移してしまう。

 

(馬鹿が! たとえ一瞬でも、敵から眼を離すんじゃあ無いッ!)

 

 舌打ちをすると同時に、彼の悪い予感は的中した。 ニグンの足元の地面が、爆発したかのように土砂が吹き上がり、ニグンの顎を打つ。 

 

(成程…… 最初からこれを狙っていたのか。 つまりは、ストロノーフも白服の男も囮! 常に姿を晒し、プレッシャーを与える事で、陽光聖典の者が容易に移動出来ないようにしたのか!)

 

 陽光聖典はマジックキャスターのみで構成されている。 煙と揺れる光源のせいで、撃ち出す魔法の命中率が下がっていたであろう。 ぷれいやーと呼ばれる神の如き力を持つ彼等ならば、行進間射撃やスラローム射撃でも命中させられるだろうが…… MPに限りあるこの状況。 無駄撃ちは、(すなわ)ち死であった。 少しでも精度が欲しいと考え、足を止め固定砲台と化してしまっていたのだ。

 

(心理戦にも長けているのか…… 完全に敵対してしまったとなると、厄介な状況になるやもしれんな……)

 

 どのような方法で、この短い時間にあの距離の地中を掘り進めたのか。 彼には想像すら出来なかったが、恐らくは…… 歩く速度程度だろうと。 足止めが必要だと、異世界人達が判断して行動した点から、そう予想を立てた。

 

 殴られて怯んだニグンを無視し、奇妙な頭髪の形をした少年が、映像を逆再生させるようにガゼフの傷を完全に治してしまう。

 

(無詠唱!? あの若さで、治癒の魔法を使えるのか!? いや待て…… ストロノーフの装備まで同時に治っている。 リペアと治癒の効果が同時に現れているな…… この少年も、我々の知らぬ魔法が使える様だ……)

 

 苦虫を数匹纏めて噛み潰したような顔をしながら、腕を組み情報の分析に勤める。 視界の端に映る、他の神殿の神官も同様にその表情は苦々しく。 額に脂汗が浮かんでいた。

 

 陽光聖典の隊長、ニグンは殺されてしまうのだろうか? それとも情報を引き出す為に拷問されるのか? 機密情報の流出を防ぐ為に、特殊な魔法で自壊するように対策してはある。 非人道的だとは思うが、これは人類の存亡をかけた重要な作戦を担う人物達。 綺麗事だけでは生きてはいけぬと理解しているし、特殊部隊に配属される者も納得済みである。

 

 すると突然、ガラスが割れ砕けるような…… 硬質な音が彼の耳へ届く。 深く沈めていた思考の海の中で、熟考させていた意識を即座に浮かび上がらせた。 よく見ると、<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>の持っていた王杓が砕け散っていた。 天使を中心に、破片が煌きながら衛星のように回転している。

 

「何ッ!? まさか、あの近距離で増幅された善なる極撃(ホーリースマイト)を打ち込むつもりか!? 自分自身まで巻き添えにして!」

 

 倒れ伏し、俯いているニグンの表情は…… 上空から見下ろすするように俯瞰(ふかん)している視点からでは、全く(うかが)い知ることはできない。 だが、陽光聖典隊長に任じられたニグンの覚悟だけは。 この行動を1目見るだけで、いくつも言葉を連ねる以上に理解することが出来た。

 

 再び、ザワザワと神殿内が騒がしくなるが、それを咎めようとする者は誰1人として居なかった。 それもそのはずである。

 

 今、此処に。 自身の全てを投げ打ってでも任務を優先する、殉教者としての覚悟をみせたニグンの覚悟に。

 

 祈りを捧げる事を一体誰が咎められるというのであろうか。 

 

 

 

    だが、しかし。

 

 

 

 そんな彼らの祈りが届く事は無かった。 奇妙な髪型をした少年が、至宝・魔封じの水晶の破片を拾うと…… 時間が巻き戻されていくかのように、<ドミニオン(威光)()オーソリ(主天使)ティ>の砕かれた王杓が修復され、砕けた魔封じの水晶が修復されると…… 天使の姿も、その水晶の中へと消えた。

 

 茫然自失といった様子で絶句する。 目の前で起きた現象が、全く理解出来なかった。 夢でも見ているのかと錯覚する。 彼の足元がガラガラと音を立てて崩れ去っていくような感覚すら覚えた。

 

 残像で、分裂したかのように見える程のスピードで、ニグンの肉体へ拳が打ち込まれる。 次々と打ち込まれるその拳は、次第(しだい)に速度と破壊力が増していく。 人の身体に打ち込まれているとは到底考えられない異様な音は、その神殿に集まった者の心胆を凍えさせる。

 

「ヒィッ…… ううっ………」

 

 押し殺した、嗚咽とも取れる悲鳴が聞こえる。 ガチガチと、恐ろしくて歯を鳴らす音もだ。 土の巫女姫が恐怖に震えているのが、止まらない膝の震えと悲鳴で手に取るようにわかる。 集まった神官達は、画面越しで見ているが、土の巫女姫はずっと<次元の目(プレイナーアイ)>で直接観ていたのだ。 年若い少女が、恐怖に心が竦み上がるのも当然だった。

 

 

 

 そして、その恐怖は。 全員に伝播(でんぱん)することとなる……

 

 画面の向こう、丘の上。 燃え盛る炎が、荒振る命を燃やし尽くし、焼け残りの草の根方を、煙が水底に動く影のように低く這っている。 幽鬼の様に揺れる炎も、神々しく輝く天使も姿を消した。

 

 急激に闇が丘を覆い、2人の表情を黒く塗りつぶす。 炭化した草の燃え止しが、かろうじて光源として残っている。 黒く焼け焦げた大地に、点々と瞬く紅い光。 その光景は、まるで地獄の釜の底。

 

 

    !!」

 

 

 息を、飲んだ。

 

 画面の向こう。 阿修羅の如く暴れ狂っていた少年が。 顎を上げ、真っ直ぐに    

 

 

 

 此方(こちら)を見ていた。

 

 

 

「承太郎さん、見てくださいよ。 スゲーッスよ」

 

 背筋が凍った。 全身から血の気が引く。 恐怖がこころを支配し、心臓を握り締め、呼吸が出来なくなる。

 

 よりにもよって…… 最悪の相手に、監視していたことが露見してしまった。 頭の中が真っ白になる。 思考が空転し、纏まりを見せない。

 

「フン…… 全然大した事ね―な。 この程度なら、仕事中に何度も見ているぜ」

 

 ああ、そうか。 我々は監視などしていなかった。 ただ、覗きをしているだけだだった。 最初から見向きもされていなかったのか。

 

ドサリ

 

 何かが倒れる音と共に、映像が掻き消えた。 硬直する身体をやっとの事で動かし、何事かと巫女姫を見る。

 

 案の定、予想通りだ。 先程の音は、巫女姫が過度のストレスで気を失い、倒れ伏した音だった。 腰の辺りに、水溜りが広がっているのが見て取れる。 ぐったりと、微動だにせずにいる巫女姫を、慌てて世話係が介抱するために駆け寄り、抱え上げてそのまま退室していく。

 

「対策を考えます。 各、神官長は会議室へ」

 

 そして、最高神官長の指示により神都大神殿会議室へと集まったのだ。

 

 衝撃的過ぎる状況に、会議は遅々として進まず。 「これ以上刺激するべきではない」という者。 「敵対してしまった以上、全力で排除するべき」という者。 「心から謝罪し、許しを得られれば、世界の救世主になる」という者。

 

 少ない情報。 纏まりを見せることのない会話は紛糾(ふんきゅう)する。 会議は踊る、されど進まず。

 

 地平線が白み始めた頃。 ようやくといった感じで、会議は終わる。 リ・エスティーゼ王国の処遇は貴族派を勝たせる方針だったのを、王派に変更。 内乱の芽を潰すことになった。 そして異世界からの旅人4人は、情報不足の為保留  先延ばし、棚上げとも言う  される。 巫女姫の容態が回復するのを待ち、探査魔法を使って現在地を特定し、使者を送るという事に決定された。

 

 

 

 

 

to be continued・・・




恐らく巫女姫の魔法は、覗き見した映像を口頭で他人に伝える方法をとっているっぽい。 けど、話がわかり辛くなるので、見れるようになる魔法使ったっつー事にしておくんなましよぉぉお~~

法国って11位階まで観測できてるのかな? 適当に8位階までにしといたけど、修正がいるかも。

――没ネタ――

~もし、ナーベラルだけ転移したら~

ナーベ「キャァァアア    ッ!!」

宿店主「いかがなさいました?」
ナーベ「い い いい いかがなさいました? じゃあないッ!」
   「べ べべべ べ べ 便器の中に! し、信じられない……」

ナーベ「便器の中に!」

ナーベ「フールーダが顔を出しているわッ!」
フルダ「師よぉ……」


すきなとこ:変態だああああああああああああ!!
      これくらいブッ飛んだ行動を取れば、ナーベも女の子らしくキャー言ってくれそう
      
ボツりゆう:帝国の重鎮がこんな事したら流石にシャレにならん
      こんな事したらナーベに全力で始末されるでしょう


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等価交換 の巻

 時計があれば、その針は午後九時を指しているだろう時間帯。 辺りはすっかりと暗くなり、田舎を除いて不夜城と化した日本では決して拝むことの出来ない星空が広がっていた。

 

 農村であるカルネ村は、太陽が姿を隠したら早々に寝台へ潜り込み、太陽が顔を覗かせるより少し前に、朝を迎えるのがあたり前だ。

 

 朝が早い、農業に従事する村人達の迷惑になるからと、ガゼフ率いる戦士団と承太郎達4人だけで、広場で惨殺された騎士と陽光聖典の特殊部隊員四人の遺体を回収した。

 

 基本的に、魔法の力を用いる光源を使用出来ないこの村で、光源となる松明(たいまつ)を使用してまで急ぎ回収したのには理由があった。 村長やガゼフ、さらに敵であるニグンまでもが  

 

「放置すると、彷徨う死者の魂が悪霊となり、アンデットモンスターへ変質する恐れがある」

 

 と口を揃えて言った為だ。

 

「お、おおお、お化けなんて! ぜぇ~~んぜん! こっ、怖くなんかないもんね!」

 

 悪霊という単語に、過剰に反応した億泰が、明らかに挙動不振な動きで否定する。 そんな億泰を見かねてか、承太郎が助け舟を出す…… が。

 

「魔法なんてワケがわからん物があるんだ。 易々とは信じられんが…… そんな2次災害が起きても不思議じゃあないな。 まぁ、猛獣といった意味で…… モンスターだとか、悪霊だとかの表現を使っているかもしれんがな」

 

  助かったかどうかは定かではなかった。

 

 

 

 村から十分離れた、立ち木や低木などの可燃物が無い、土が剥き出しになった場所。 こんな事に使うとは思いもよらなかった大量の薪が、遺体と一緒に運ばれて、剥き出しの土の上に下ろされる。

 

 棺までは用意できなかった。 板も、加工するための道具も技術も無かったからだ。 4人は無言で、死者に手を合わせる。

 

「こんな奴等に、祈りを捧げる必要なんてないだろう……!」

 

 呟くように発せられた、その震えた声には、明確に怒りの感情が込められていた。

 

「やめないか副長!」

「言わせてください戦士長! こいつらは…… こいつらは戦士長の命を奪うためだけの理由で! 何十人…… いや、何百人もの村人を殺し! 村々に火を点け! 孤児をあえて増やしたのですよ!」

 

 それは…… と、ガゼフは言葉に詰まった。

 

 戦士団の人や、副長の気持ちもわかると、仗助は心の中で呟く。 日本人の価値観を押し付けている事はわかっていた。 だが、「憎くても死ねば仏」の価値観を持つ日本人には、死人に鞭を打つような真似は、どうしても出来なかったのだ。

 

 仗助も康一も、口を開けずに居る中。

 

「ガゼフのおっさんはよ…… 貴族ってヤツらに狙われてたんだよな」

 

 ガゼフの隣りにいた億泰が沈黙を破った。 静かに話す億泰の表情は、能面のように真顔で、感情は読み取れない。

 

「ずっと前からちょっかい出されてたんだろ? ……早い内になんとかしていれば。 王様に相談していれば、無関係の村人は殺されずに済んだんじゃあ無いのか? おっさんが手を(こまね)いていたせいだって事なんじゃあないのか?」

「…………その通りだ」

 

 無関係の村人が襲われた、その原因の一端がガゼフにあるだろうと、侮辱とも受け取れる発言に殺気立つガゼフの部下達。 怒りに任せ、声を張り上げようとした副長を、ガゼフは片手を上げることで制した。

 

「この1件は…… 私の浅慮(せんりょ)と、王の剣でありたいという私の我侭(わがまま)が引き起こしたものだ…… もう二度と。 自分の身勝手で犠牲者を出せさせぬと誓おう」

「本当にわかったのかよ?」

 

 責任を感じているのだろう。 眼を閉じたガゼフは悲痛な表情を浮かべ、頷く。

 

バギィィッ!!

 

 振り向きざまに、億泰の肘がガゼフの顔面に打ち込まれた。 避けることも、防ぐこともしなかったガゼフの鼻から、少なく無い量の血が出る。

 

「それは仲直りの『握手』の()()()だ。 おっさん」

 

 億泰の眼には涙が浮かんでいた。 理不尽な理由で失われる命に、やるせない思いがあったのだ。 殺人と能力者を増やす事を、繰り返す兄に対し。 彼と同じように何も出来ず、止められなかった無力感が、億泰に涙を流させたのだ。

 

「あ、ああ。 か、感謝する。 億泰殿」

 

 

 

メラメラ  メラメラ

 

 

 

 鮮やかな。 眩いオレンジ色の炎によって…… 遺体が焼かれていく。

 

 土葬が一般的なこの世界で、火葬をするという選択は、非常に勇気の要る判断だった。 40名を超える大量の遺体。 放置などすれば、たとえ運良くアンデッドにならなかったとしても、腐敗し、疫病が蔓延する原因になる事は明らかだ。 腐臭は、腐肉を食らう獣を呼び寄せ、鼠などの病原菌を撒き散らす小動物も増やす。 病原菌に汚染された鼠が蚤を介して、黒死病(ペスト)を大流行させたと言う話は非常に有名だ。 この伝染病は非常に恐ろしく、死者数は2千万人から3千万人にも及ぶ。 さらに、カルネ村は井戸水に依存しており、水質汚染の発生は死活問題であった。

 

 それでも土葬を選択したとしよう。 安全に埋葬するには2メートル以上の、深い墓穴が必要だ。 野生動物の嗅覚は鋭敏であり、1メートル程度の()()穴などものともしない。 もし、愛する家族や親しい友人が眠る墓を、卑しい獣が(あば)いたら。 遺体を墓穴から引きずり出し、食らわれたら。 遺族の心はどうなるだろうか? きっとバラバラに砕けてしまうだろう。

 

 だが、火葬といえど良い事ばかりではない。 燃料を大量に使うということだ。

 

 現在、火葬に使われる燃料は重油を使用する。 高温で燃焼する重油は、たとえ死を運ぶ殺人ウイルスであっても、カスすら残さずに焼き殺すことが出来る。

 

 そして、仏教が広まったからだとという面も存在する。 『御焚き上げ』という言葉を聞いたことがあるだろうか。 煙が空へと昇っていく事から、炎には浄化の力があり、燃やせば天へ届くと信じられていた。 天上、雲海のさらに上におわす神の元へ行ける様にとの、願いが込められているのだ。

 

 遺体を埋葬し、簡素な墓標を立て終わった頃には、深夜などとっくの昔に過ぎていた。

 

 

 

 

 

    チチチ  チチ チ

 

 翌日の朝はよく晴れていた。 小鳥が数羽、さえずりながら空へ舞い上がっていく。

 

 仗助は目覚めると、大きな欠伸を噛み殺して寝台から起き上がる。 家の中は既に静かで、エモット夫妻の姿も見えない。 恐らく、すでに農作業に出ているのだろう。

 

 朝食用に、机の上に用意されていた干し果物を練りこんだパンを、口いっぱいに頬張ると水で胃に流し込む。 身支度を整え、<クレイジー・(ダイアモンド)>で治した玄関を開けると、朝の低い太陽の光が仗助の眼を刺した。

 

「殺せ! どうせお前等は俺が憎いんだろう!? さっさと殺したらどうだッ! 例え拷問されようとも、俺は何も吐かないぞ!」

 

 唐突に聞こえてきた怒声。 首を回し発生源を探すと、魔法を使えないように、手を自分の体に向けるように縛られた   エジプトのファラオみたいだ   ニグンがわめいている。 趣味の悪いローブも、長旅のはずなのに袋が1つしかない荷物も没収されており、着ているのは何の効果も無い(と、ガゼフが言っていた)服だけだった。

 

 大きな町か、王国の首都に連行するためだろう。 縛られたニグンのロープを掴んでいるガゼフが、口を開く。

 

「いいや、お前は殺さん。 尋問したり、拷問したりもしない……」

「やれやれだぜ…… まだ理解出来ないのか。 お前は『餌』だ! ニグン・グリッド・ルーイン! お前が生きていると都合の悪い奴が、お前を口封じする為に寄って来るだろう…… それが『餌』の役目だぜ。 それ以外は何もしなくていい」

 

 ニグンは、人差し指を突きつける承太郎に、怒りのこもった視線を向け睨みつけた。

 

「何故我々の邪魔をするッ! 人間種には、ビーストマンのような鉄を切り裂く鋭利な爪も! 石を粉砕する強力な牙も無いのだぞ! 綺麗事では何も解決しないのだ! わかっているのか!?」

「爪も牙もない? お前は噛みついたり引っ掻いたりして戦うつもりか? まるで子供の喧嘩じゃあないか。 私は遠慮しておくぜ」

「承太郎殿は、襲ってきた貴様を返り討ちにしただけだ。 邪魔をしたのはむしろお前達の方だ」

 

 顔を真っ赤にして吼えるニグンを、冷ややかに見下ろす承太郎とガゼフ。

 

「お前は何も知らないからそんな事が言えるのだ、異世界人! 我が法国の隣国、竜王国は度重なるビーストマン共の襲撃によって、既に3つもの都市が陥落している! あのおぞましい獣どもが『ご馳走』と持て(はや)すのは、一体何か! 想像できるか!?」

「さあな。 お前の口振りからして、碌な物じゃあ無い事は確かだな」

 

 肩を竦める承太郎。 興奮して喋り続けたからか、口に泡を浮かせたニグンが、話題にすることすら嫌だとでもいいたげな表情を浮かべ。

 

「妊婦の腹を()()()()()裂き、その()を目の前で食らうことだ……ッ」

 

 と、心底不快だと言いたげに吐き捨てた。 

 

「…………」

 

 承太郎は答えず、(成程な。 だからあの状況でさえ、撤退せずに戦おうとしたのか)と、思う。 ニグンの戦い方が、どこか幼稚で焦りが見えていたのは、こういうことだったのかと。 この男は、実のところ…… 対人戦闘の経験は()()。 自分よりスペックが高い、パワーや数で押し切るような相手とばかり戦ってきたのだ。 今まで心理戦など必要なかったのだろう。 だから、(はた)から見ているだけで『焦っている』ことがバレバレだったのだ。

 

 心の、感情の制御も…… 甘い。 興奮させれば、聞いてもいない事をポロポロと喋る。 簡単に、この世界には()()()()()()()()()()()()()()()()()()という情報が手に入った。

 

「その獣に対抗する為に、何の罪も無い村人を殺したのか。 『大きな善の為には、僅かな悪は()むを得ない』とはよく聞くがな。 そんなものは、その悪と(じか)に接してしまった人間には何の関係も無い。 逆に、その『大きな善』とやらがその人にとっての悪になる」

 

 視線を上げ、周囲を見渡す。 眼に映るのは、日々の暮らしの中で小さな幸せを見つけ、平和に暮らす村人達。

 

「その悪への対抗が更なる血を流す事になり…… 報復の連鎖が始まる。 そこに最早大儀は無く、あるのはただの恨みつらみだ」

「ではどうしろと? 亜人や異形の者は、人の力を生まれながらに凌駕するのだぞ!」

「やれやれだぜ…… 魔法なんて技術があるんだ。 力で適わないなら、知恵で凌駕すればいい…… 俺達がやって見せたようにな。 10の為に9を切り捨てるなんて事をしていたら、いずれ切り捨てた数が…… 救った数を上回るぜ。 犠牲ゼロで救ってみせるくらい言って見せろ」

    !!」

 

 用は使い方だぜ。 との言葉に、ハッとするニグン。

 

「こ、この俺が言えた事ではないと! そのような立場に無い事はわかっている! だが! だが! 貴方がたのその知識、少しだけでもこの俺に教えていただけないだろうかッ!」

 

ドグシャァッ!!

 

 膝を地につけ、頭で地を打つ。 鮮やかに思えるほどの土下座スタイルだった。 離れて見ていた仗助の耳にも聞こえてくるくらい、強かに打ちつけられた頭。 地面に擦りつけたまま、「どうか、どうか」と言いながらにじり寄る。

 

(おおっ! 承太郎さんが少し後ずさった! 珍しいモン見れたな……)

 

 当然の事ながら、ニグンが欲しているのは軍事技術だ。 そんな情報を、さっきまで敵対していた人間に渡せるはずも無い。 鬼気迫る雰囲気を纏った、異様な格好のニグンに物怖じせず、康一は諭すように語りかける。

 

「僕達が居た世界の基本原理は『等価交換』なんですよ。 便利な生活や強力な武器、ものスゴイパワーが出せる機械も…… 星の汚染っていう悪影響との等価交換なんです。 たとえ今は勝てても、遠い未来か近い将来か…… 将来僕達が教えた技術で、自然と世界が…… 毒と廃棄物に覆われるなんて、僕はイヤです」

 

 それに…… 敵を滅ぼして人間だけの世界に成ったとしても、人間が新たな敵になるだけだろう。 最後の最後、たった一人になるまで殺しあう、『人間の本質』は変えられないのだ。 (まさ)に、人間とは矛盾した生き物であり。 度し難い。

 

「攻撃するために用意された魔法を、攻撃だけに使うのではなく別の使い方を考えろ。 その獣と戦う前に、罠だとか役に立つ道具を準備しておくとかな」

 

 だが、同情の余地もあると。 あやふやなアドバイスをしておく。 言っている事は、自分で何とかしろといっているのと同じだが。

 

「もし…… 仮定の話だが……」

 

 ガゼフが、彼らしくなく遠まわしに承太郎へ質問する。

 

「異世界の技術でこの私の命が狙われたら…… 承太郎殿。 私はどうなっていたと思う……?」

「…………」

 

 眼を閉じ、疲れたように溜息を1つ。 好奇心とは恐ろしい物で、たとえ()()()()()()()()()だとしても聞きたくなってしまうのか。

 

「そうだな…… こんな何も無い草原をダラダラ移動していたら、空爆されてオシマイだっただろうな」

「……空爆、とは?」

「矢も魔法も届かないくらい高いところから、一方的に攻撃を仕掛ける事だ。 上を取ってしまえば、石だろうが爆弾だろうが落とすだけだからな。 あとは…… 遠くから狙撃をしたりだとか、路肩爆弾(IED)…… 広範囲を破壊する罠を使っただろう。 ニグンがストロノーフの性格を把握していた事から考えて…… 人間爆弾という手も使うかもな」

 

 予想以上の答えに、ガゼフは青い顔をして絶句する。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。 聞いていただけのニグンですら、ガチガチと歯を打ち鳴らし、震えていた。

 

「何故、だ。 何が原因でそこまでの事をさせる!?」

「まだ、解りませんか? ニグンさん。 僕達の世界に、()()()()()()()()()()()()。 いるのは()()()()()()()()()()()()()です。 人間同士しか敵が居ない争いで、億の数の人が死ぬ。 いかに()()()()()()()()()なんて事をずっと考えてきた…… そんな世界の技術を渡せるハズがないでしょう?」

 

 康一の『さらに良くない状況になりますよ』との言葉に、ようやく諦めたニグンは、ガックリとうな垂れる。 そして、そのまま俯いてなにやらブツブツと呟きだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 手持ち無沙汰に、しばらく歩き回っていた仗助は、井戸端で何かの作業をしている億泰とネムに気が付いた。

 

「う~っす なにやってんだ億泰。 そんなところでよォ~~」

「あっ! おはよう、おじちゃん!」

「おーう。 おはようネムちゃん」

「よぉー仗助ェ。 見りゃぁわかんだろ? じゃが芋摩り下ろしてんだよ」

「じゃがいもだぁ~~?」

 

 なんで芋なんて摩り下ろしてんだよと、表情だけで器用に表現する仗助。

 

「デンプンだよデンプン。 甘いものあんま食ったことねーっつーからよぉ~~ 水アメ作ろーって思ってよぉ~~」

「はぁ~? 芋で水アメがつくれんのかよ?」

 

 まあ見てろって~~と、作業を再開する億泰。 摩り下ろした芋の汁の濁った水を捨てると、確かに白く沈殿したものが見て取れる。 何度か綺麗な井戸水で洗うと、雪のように真っ白な片栗粉ができた。

 

 日本で売られている水飴の原料はサツマイモであり、馬鈴薯ではないが、馬鈴薯は澱粉を取り出しやすいので今回はこれでいい。

 

「億泰さん、芽が出た大麦を砕いておきましたよ。 でも、本当に麦とじゃが芋で砂糖なんて作れるのでしょうか?」

 

 しゃがみこんで覗き込んでいた仗助(いわゆるヤンキー座り)の背後から、エンリがやってきた。 仗助と軽く挨拶を交わし、砕いた麦芽の粉末を入れた陶器の器を億泰に手渡す。

 

「おうともよ~~ せーかくには水アメだけどよ。 んじゃぁ材料も揃ったことだし、かまど貸してくれよエンリちゃん」

 

 エモット家にやってきた億泰達は、手早くかまどに火を入れると、片栗粉に水を加え焦げ付かないように混ぜながら加熱する。 すると、最初は白く濁っていた液が透き通り、粘りのあるドロドロした状態になった。

 

「少し冷ましたら麦を入れて、冷えすぎねぇように布巻いて6時間ほっといたら完成だぜ! 薄かったら煮詰めりゃいいからよ。 ガッカリすんじゃあねえぜ~~」

 

 大体60度まで冷まし、麦芽を入れる。 すると、ドロドロしていた液の粘度が下がっていく。 これは、麦芽に含まれるアミラーゼという酵素の働きで、唾液にも含まれている消化酵素だ。 甘くなるのは、澱粉が糖化されているために起こる現象であり、ちなみに大根でも可能だが、風味が変わってしまうぞ。

 

 ちなみに、同じような原理を利用してトウモロコシを糖化させたものがある。 コーンシロップだ。 果糖ぶどう糖液糖という名前で、食品添加物として殆どの加工食品に入っているほどメジャーな材料だ。 アイスにはほぼ入っていると見て間違いない。

 

 食品添加物ではあるが、単に鎖状に繋がった、炭素と水の化合物である糖がさらに繋がり、鎖状になった澱粉を再び分解しているだけなので、健康被害など起こりようが無い。 ……太るという結果意外は。

 

 この方法で作られた糖は、蔗糖(テンサイ・サトウキビ等から作られる天然糖)の半分くらいしか甘みを感じないという欠点があった。 だが、この欠点を日本の科学者が解決し、トウモロコシ澱粉(コーンスターチ)が豊富に手に入る国で爆発的に広まった。

 

 あとは皆さんにもお分かりだろう。

 

 そう、はち切れる寸前の風船みたいな、太った国民がワンサといる、肥満大国アメリカ。 そんな肥満の原因を作り、国庫を医療費でパンク寸前に追いやったのは、日本だったのだ!! ……いや、そんなワケ無い、ただの食いすぎだ。 コーラSサイズが、日本のLサイズよりも大きいとかナメてるとしか言いようが無い。 ジャガイモは野菜だから太らないとか頭沸いてるのかと言いたい。 ただの自業自得なのに、人のせいにするのはアメリカっぽいともいえる。

 

「こんな簡単に甘いものが作れるなんて、異世界の知識というのはすごいのですね。 砂糖は高価ですし、大きな町にまで買いに行かないと手に入らないので助かります。 ネムの為にここまでしていただけるなんて、なんてお礼を言ったらいいのか……」

「ありがとー!」

 

 億泰は、笑顔を向けるネムの頭を撫でた。

 

「おう、どういたしましてだ」

 

 残りの作業は、数時間待った後煮詰めるだけになった。 なので、出立の準備でもしようかという流れになった。

 

「あの…… これを。 あまり量はありませんが……」

 

 仗助の手に、塩漬けにした鹿肉の干し肉が手渡される。 乾燥しているためだろうか、赤黒い色をしている。 大きな肉が5枚ずつ4セットあり、これだけの量の食料があれば2~3日はサバイバルせずとも良いだろう。 ウサギだの、ヘビやカエルだの、イナゴだとかの、食べ慣れない物を食う覚悟をしていた仗助達にとっては渡りに船。 ありがたく受け取る。

 

「サンキュー、エンリちゃん」

「さんきゅ?」

 

 少し困った顔をして、首をかしげたエンリに別れを告げ、億泰と共に外へ出る。

 

「なぁ億泰。 今のうちに承太郎さんに、これからどーすっか相談しにいこうぜ」

「おう、それじゃあそうすっか。 杜王町に戻る手がかりもほしいしよぉ~~ でっけー街が近くにあるらしーから、ソコ行くのかなぁ~~?」

 

 億泰は歩きながら手元を見る。 両手に抱えている、重さはともかく嵩張(かさば)る干し肉を持ちにくそうに、何度も持ち直していた。

 

「なぁ仗助ェ~。 食い物とか水筒とかを入れるよぉ~~ 袋かカバンが欲しいなぁ~」

「そういやぁそうだなぁ~。 確か魔法使いが袋持ってたよなぁ。 それでいいんじゃあねえか?」

「あー! そうそう!」

 

 急に大きな声を出し、重要なことを思い出したと、ポンと手を打つ億泰。

 

「あの袋スゲーんだぜ! ものスゲーいっぱい物が入るのに重くないんだよ!」

「はぁ~~?」

 

 楽しそうにしている億泰と対照的に、仗助の表情は渋い。 魔法使い1人に付き、1つ。 ドラ○もんの4次元ポケットを持っているなんていわれても、そう簡単に信じられない。 いくらなんでもSF過ぎたからだ。

 

「いやマジな話だぜ仗助ェ~~ 魔法使いって何持ってんのか気になってよぉ~~ ひっくり返したら出るわ出るわでよぉ~~!」

「ヘェ~~ 魔法っつーのはなんでもアリなんだなぁ。 そういやぁエニグマっつー奴が似たような能力を持ってたなぁ~~ 人質取るよーなクソヤローだったがよぉー」

「ヘェー マジかよ。 便利な能力だなぁ~~」

「オメーの能力も結構便利だぜ? TVのリモコン取ったりよー」

「マジックハンドかよ!」

「ハンドだけにか?」

 

 しばらく歩いていると、馬の(いなな)きが唐突に聞こえてきた。 そちらを見てみると、傭兵風の騎兵が何十人もいる。 見知った顔ではないので、一旦エ・ランテルへ帰還していたガゼフの部下が、反転して戻ってきたのだろう。 捕虜となったニグン達の身柄は、彼等(かれら)が護送するようだ。

 

「戦士長! よくぞご無事で!」

「ああ、お前達もな。 到着早々で悪いのだが……」

「いえ! 我々は戦士長の部下であります! お気遣いなどしていただかなくても、ただ命令してくだされば!」

 

 若く、利発そうな男性が、見た目通りのハキハキとした受け答えで返答する。 ガシャンと小気味良い音がして、手甲をつけた腕で胸甲を叩く。 独特な敬礼の仕方だった。

 

「そうか。 では新たな任務を命ずる! 法国特殊部隊員の捕虜を捕った。 捕虜をエ・ランテルへ移送し、準備が出来次第、首都リ・エスティーゼへ護送せよ! この捕虜は第3位階魔法の使い手だ。 油断するな」

「ハッ! 了解しましたッ! 捕虜を首都まで護送します!」

 

 熱意に満ちた彼の返答に、満足そうに頷くガゼフ。

 

「ストロノーフ。 聞きたいことがある。 いいか?」

「いかがなされた、承太郎殿」

「北東に10kmほど離れた所に、石造りの神殿のようなものがあるのだが…… 何か知っているか?」

 

 ふむ…… 神殿、か。 と、眼を閉じたガゼフは腕を組み、長考する。 眉間に深い(しわ)が刻まれており、かなり難儀をしているようだ。

 

「申し訳ない。 私は、この近辺に神殿が建てられている…… とは聞いたことが無い。 この付近は確かに王国領だが…… 見ての通り、人間の生存圏ではないのだ」

「そうか。 ……私はその神殿を調べてみたい。 もし古代文明などの文化遺産だった時の為に、盗掘や破壊をしていない事を証明して欲しいのだが、頼めるか?」

「ふむ……」

 

 チラリと副長の様子を伺う。 今までの会話が聞こえていたようで、コクリと頷き、後の事は任せて下さいと引き受けてくれた。

 

「良かろう。 私でよければ力になろうと思う」

「そうか。 助かる」

「貴殿には返しきれないほどの恩がある。 少しだけでも恩を返させてくれ」

 

 そう告げると、ガゼフは屈託(くったく)の無い笑みを浮かべた。

 

 承太郎達四人は、騎士達が使っていた離れ駒に騎乗する。 見送りに来てくれた村人達に分かれを告げ、この世界から杜王町へ帰還する方法を求めて旅立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

to be continued・・・




えー 世界観の説明はよって声があったんで、活動報告にざっと書いておいたズラ。
これは超ネタバレだから自己責任で見て欲しいズラ。


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偽りの豊穣 の巻

「こいつぁ…… ぶったまげたぜ。 完全に予想外だ」

「神殿じゃあ…なかったんですね……」

 

 予想していた光景と違う状況に、億泰と康一が眼を丸く見開いて固まる。 ギリシャ建築風の建造物だということは、康一のスタンドで確認できていた。 恐らくは、ギリシャ神話を基にした宗教建築物だろうと。 だが   その予想は真っ向から否定される事となる。

 

 一行は、馬に跨り、張り出すように行く手を遮る森の木々を迂回して進んできた。 足場も視界も悪い森の中で、騎乗して進むのは困難である。 複雑に絡み合った根が馬の足を滑らせ怪我をさせたり、鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々に隠れた肉食獣から、奇襲を受けたりする可能性が高いからだ。

 

「これは    墓場…かよ……? この、ポツポツと立ってる石…… 全部、墓標だっつーのか……」

 

 馬から降りた仗助が、泥と草に覆われ見辛くなっていた、十字架を(かたど)った石碑の1つに近寄る。 伸び放題だった草を千切り取り、泥や土を払い落とした。

 

「どうやらそのようだな。 様々な意匠で彫刻されているようだが……」

 

 承太郎は、墓石に落としていた視線を上げ、真っ白な建造物へと注ぐ。 巨大な円柱で支えられた、潰れた二等辺三角形の屋根。 屋根を支える柱には溝が縦に掘られており、細かい彫刻が掘られていた。

 

(似ている…… 似過ぎている。 アテネのパルテノンに。 だが…あの建築物は…… ()()()()()()()殿()()! 偶然同じ意匠で立てたのか? だが、柱の数も彫刻の意匠も同じようになるなんて…… 有り得るのか?)

 

 全員が下馬し、敷地内に入る。 敷地内の中心にそびえる、神殿のような物へ進もうとした。 その時  

 

「うおっとぉ!!」

 

ズデェッ!

 

 億泰が()()に足を取られ、スッ転んだ。

 

「おいおい、億泰~~ ちゃんと前見て歩けよなぁ~」

「いや、なんか草むらン中にサッカーボールみてぇ―なもんがあってよぉ~~」

                    ド ド ド

 (したた)かにケツを打ちつけた億泰は、痛む腰をさすりながら起き上がる。 と、同時に……    ()()()()()()()()()()()()()   

 

    ッ!!」

 

 ()()()()()

                    ド ド ド

「うっ! うわッ! な、なななッ! 生首ィィイイッ!!」

 

 拾い上げた物が()()()()()理解した億泰。 気が動転し、放り投げることもできず、ただただ慌てふためき悲鳴を上げる。

 

「お、落ち着け億泰! それは違う!! ()()()()()()()!!」

「ヒィィイイ……    え?」

                    ド ド ド

 少しでも遠くへと。 腕をつっぱるようにしつつ、直視せぬように顔を(そむ)けていた億泰が、仗助の一言で大人しくなる。 ソロリ、ソロリと。 ゆっくり、手の中にある頭部を薄目で確認する。

 

 非常にかわいらしい顔付きをしているのが、この状態からでも解る。 履帯(りたい)()した眼帯で左目を覆っており、大きな、パッチリとした右の翠眼(すいがん)には十字のレティクルが刻まれている。 鈍く光を反射するさまは…… まるでガラス球のようだった。 生気の無い、この乾いた瞳。 

 

「あ、ああ…そうか……… 人形、かぁ~~」

 

 ニセモノだと。 ようやく気付き、脱力する億泰。 そのままヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「どうやら…… これが本体のようだな」

 

 一同が、承太郎の発した言葉に振り返る。 承太郎の眼の前には、力無く地面に横たわる…… 女の子の形をした   首の無い人形。 しかし、ただの人形を見つけたという事にしては、重々しく緊張した声だった。

 

 倒れた人形を抱き起こし、カマボコ状の形をした墓石に 寄りかからせる。 だが、未だに眉間に溝を刻んだ、厳しい表情をしている。 その様子に疑問を感じた仗助が、横に立つ。

                    ゴ ゴ ゴ

   !! こ、()()()()!!」

 

 滑らかに切断された頚部(けいぶ)。 一体、どのような刃物を使えばここまで鋭利に切断できるのだろうか?

                    ゴ ゴ ゴ

   ()()。 ()()()()()()()()()()()()。 問題があるとしたならば…… それは中身にあった!

 

「機械じゃあね―かァ  ッ! 超精密に作られたロボットだッ! ヒジョ―に高度なテクノロジ―ッて感じッスよォ  ッ!! どォ  してこんなモンがこんな所に!?」

                    ゴ ゴ ゴ

「予想がハズレであればと、思ってはいたが…… やれやれだぜ…未来ってのが正解だったか…… 『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』 魔法ってのも、ただの科学技術の応用ってだけなのかも知れないな」

 

 焦りを含んだ、苦い表情をしていた承太郎に、散開して辺りを調べていた億泰と康一、さらにガゼフが合流する。

                    ゴ ゴ ゴ

「と、すると…… 大規模な、魔法を使うためのインフラがあるのかもしれませんね。 それを住民の人達は知らず知らずの内に使っている、とか」

「ストロノーフ。 ……まさかとは思うが、このような機械仕掛けの物を見たことがあるか? 例えば…… 時計はどうだ?」

 

 と、承太郎が問いかけるが、ガゼフは眼を丸くして驚いていた為、返答は予想通りのものとなった。

 

「いや…… このような緻密な物、見たことも聞いたことも無い。 何が、どうなっているかすら…理解出来ないが…… 人の身長ほどある柱時計か、懐中時計…… 魔化させ、マジックアイテムにしたものを使っている」

「……そうか」

「承太郎殿…… これは一体……」

「これは私達の遥か上を行く技術だ。 子供に刃物を持たせる以上に危険な物だ…… 忘れろ、ストロノーフ」

「了解した。 そなたがそう言うのならば、そうなのであろう。 此処では私は、何も見ていない」

 

 億泰が抱えている少女のロボットの頭部を、仗助が拾い上げる。 <クレイジー・(ダイアモンド)>を実体化させ、なおす能力を発動させた…… が。

 

「な、なんでだ? なおんねーぞ?」

「いや、よく見ろ仗助。 かなりスローだが、効いている」

 

 仗助のスタンド<クレイジー・(ダイアモンド)>は、叩き壊し吹き上がる石畳を、空中で治す程のスピードを持っている。 しかし、精密すぎるためか? それとも他の原因があるのか? この少女のロボットを治すスピードは非常に緩慢であった。

 

「……ダメッスね。 完全になおったハズなんだけどよ~~ 反応がねーッスわ。 ここで何があったのか聞けるかと思ったんだがなぁ~~」

 

 スタンドは精神と直結している為、完全に治った事が感覚でわかる。 しかし、少女のロボットは眼を開けたまま…… ピクリとも動かない。 その目の前で、何か反応が無いかと手を振ったりしていた仗助が、残念そうに溜息をつくと肩を落とした。

 

 故障していなくとも、動力が無くては機械は動かないのと同じか。 または、電源が通じていて故障もしていなくとも、電源ボタンを押さなくてはパソコンが起動しないように。 何らかの操作が必要なのだろうか?

 

「デデン デン デデン……  デデン デン デデン……」

「……何が言いてぇんだよ、億泰」

 

 後ろで見ていた億泰が、某州知事が出演している映画のテーマを口ずさむ。

 

 億泰は遠まわしにこう言っているのだ。 もし、この美少女ロボが治った瞬間、イキナリ「お前達を絶滅(ターミネート)させる」と言って、襲い掛かって来たらどうするんだ、と。 元から故障していたり、バグっている可能性を考慮すべきであり、仗助のこの行動は明らかに…… 短絡的過ぎる行動であった。 迂闊(うかつ)だったと言える。

 

 もし…… 日本があの映画を撮るとしたら、どのようなストーリーになるだろうか? たとえば、こんな美少女ロボが未来から送り込まれ、主人公を亡き者にするために襲い掛かるが、なんやかんやあって恋いが芽生え、AIが愛と任務の狭間で葛藤する…… とかだろうか? だとしたら、作中に無理矢理な…… ご都合のよいお涙頂戴を入れ込まれ、駄作に陥る可能性大だろう。

 

「仗助、億泰。 何をモタモタしている」

「お?」

「え?」

 

 承太郎の呼びかけに2人が振り向く。 すでに、3人が神殿内部へ入る階段を見つけていたようだった。 3人はそれぞれ、ニグン達から鹵獲した、永続光の魔法が付加された投光機を手にしている。

 

 億泰と仗助は、慌てて3人に追いつくと、そのまま階段を下りていく。 殿(しんがり)を担った承太郎が後に続こうとして…… チラリと、振り返って少女のロボットに視線を送る。

                        ゴ ゴ ゴ

「………………」

 

 険しい表情で、まるで睨みつけるように視線を送る承太郎。 彼は…… 気付いていた。 あの少女のロボットが、()()()()()()()()()()の服を着ている事に。

 

 そう。 このロボットからは…… 非常に強く……

 

(『メイド服』を着た、『少女』の『ロボット』だと……? こんな物を作るのは…… まさか、な……)

                        ゴ ゴ ゴ

    日本の匂いがする。

 

 

 クルリと、(きびす)を返し階段を下りる承太郎の背を。

 

ギ…… ギギ…ギ   

 

 機械仕掛けの少女は、首を回し。 目で追った    

                        ゴ ゴ ゴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツ…… コツ…… コツ……

 

 薄暗い空間に、足音が反響する。 複雑に反響して聞こえる事から、かなり広々とした空間であることが想像できた。

 

「フム…… どうやら此処は墳墓らしい」

「墳墓? 墳墓って何ですか?」

「ピラミッドだとか、古墳だとか…… そういった墓地の類の物だ。 この墓標の数からして…… 公共の場だったのかもしれない」

 

 備え付けの、魔法の光を放つ照明が設置されてはいるのだが、少なくない箇所が破壊されており薄暗い。 広い空間があったと思われるこの地下空間は、崩れた瓦礫で大部分の通路が塞がれており、ほぼ1本道となっていた。 億泰の<ザ・ハンド>で瓦礫を撤去してはどうかとの案も出たが、崩れかけの地下で瓦礫を『削り取る』のは危険過ぎたし、何らかの遺跡だった場合…… たとえ瓦礫だったとしても、勝手に触るのはマズイ。 

 

「……静か、だね」

「ああ、そうだな」

 

 不安に押しつぶされそうな顔をした康一が、同じく緊張した面持ちの仗助に話しかける。

 

 地下1階も、地下2階へと降りてしばらく移動した後も、辺りは不気味に静まり返っていた。 もし、歩くのを止めたら耳が痛く感じられるほどの静寂が5人を包み込むだろう。

 

「……おや? 承太郎殿、地下3階へと続く階段があるようだ」

「通じているのか?」

「……特に崩れていたりはしていないようだ」

 

 問題が在るとしたら。 ()()()()()()()()()なのだろう。 行けども行けども、ピラミッド等にありがちな罠も、住み着いたネズミや虫などの小動物も、墓場だと言うのに遺体の1つすら無かったのだ。

 

 3階へと降り…… 案の定と言うべきか。 代わり映えしない景色の中を進む。

 

   !」

 

 その時であった。 <エコーズact1>で、不審な物音がしないか警戒していた康一が、通り過ぎた側面の壁に扉が設置されているのに気が付く。

 

「……? 承太郎さん。 こんな所に扉があります」

 

 後へ振り返り、承太郎に左手で扉を指差し、知らせる。

 

「何だこの扉は…… 石材製の扉か?」

 

 石造りの扉が、そこにはあった。 重く、脆く、加工し辛い石の扉が。

 

 映画でありがちなスライド式のシャッターではなく、ドアノブも蝶番もあるフツーの扉の材料に石を使う違和感。

 

カン  カン

 

 手の甲でノックすると、見た目に反して金属質の音が返って来る。 どうやら鉄扉に石を貼り付け、装飾にしていたようだ。 迷彩効果か、景観を損ねないための工夫なのかもしれない。

 

 ノック後、しばらく待ってみたが返事は無い。 2度3度と、繰り返しノックをしても返事は無く、あまり期待していなかったとは言え…… 一同は落胆し、肩を落とす。

 

「失礼する」

 

ガチャリ  

       ギィィィ……

 

 金具の擦れる音と共に、扉は抵抗無く開かれる。

 

「…………」

「なんだぁ~~? コリャ~~?」

                   ゴ ゴ ゴ

 

 扉の向こうは   いや、『室内』は、女性物の調度品で揃えられており、中には甘い香りが薄く漂っていた。 まさかガス兵器ではないかと警戒したが、特に体調に変化は無い。 何らかの芳香剤の香りであろうと結論付ける。

 

 足の先が丸まった、黒檀の丸机。 フリルの付いた、ゴシック調のテーブルクロス。 金で縁取りされた、花びら模様のティーセット。 金や銀で細かく装飾された大きな鏡も、いわゆるゴスロリといった服が収められているクローゼットも。

                   ゴ ゴ ゴ

 調度品の1つ1つは、一定のテーマをもって揃えられており、赤やピンク…… 黒といった色彩であっても、落ち着いた印象を与えてくる。 桃色の薄絹のベールで区切られた、この部屋の主の趣味嗜好から  

 

「女性がここに住んでいたんでしょうか……?」

                   ゴ ゴ ゴ

 主に部屋にいたのは、女性なのだろうと。 そう、想像できる。

 

  此処が、地下の墳墓内だと言う事を除けば。

 

 

 

 

 

「おい億泰」

「あ?」

「この雑誌のここ見ろよ!」

「なんだよ?」

「いいから見ろよこいつを」

 

 仗助の手には、ツルツルとした質感の紙に印刷された、背表紙の無い1つの雑誌。 それが億泰に、あるページを指差しながら手渡された。 開かれたページに目を落とすと、布製の…… お椀状の形をしたものが2つ、写真の中に収められている。

 

「これ、もしかすっとよぉ~~!」

 

 胸の辺りに両手を当てる仗助。

 

「ここ、盛り上げるヤツかよォ  ! ほへ  ッ」

「なになに? AAカップがCになる…… へ    ッ! だまされるぜ    ッ! 気をつけよーぜ! なあ!」

「ええっ! いや、僕に振らないでよ……」

 

 アホなネタで騒ぐ2人に、承太郎は眉を潜め  

 

「おい。 気安くベタベタと触るんじゃあねーぜ……」

 

 と、注意しようとして…… ()()()

 

    ハッ!!  なんだとッ!?」

 

 勢い良く体を捻り、仗助達へと早歩きで向かう。 億泰から、奪い取るように本を手にし、ペラペラとページを捲っていく。

 

「これは……! この本は! この、『()()』はッ!!」

 

 承太郎の額から、緊張で汗がツツゥ  ッと流れた。

 

   日本語じゃあねぇかッ!!」

「「    !!」」

 

 仗助達は戦慄した。 目を見開き、背中には冷や汗が流れ、呼吸は浅く早くなる。

 

「グレート……! 超ヤバイ状況になって来たッスね…こいつは……」

「そ……そういえば、これは羊皮紙じゃない! パルプ紙だ!」

 

 この地下墓地は……! 違和感だらけのこの施設の正体は、未来の公共墓地だったのか!? ならば、この部屋は管理人の私室だったのか!?

 

 承太郎達は、あの杜王町から『未来』へと! キラの死に道連れとして、1度滅んだ文明の後へと送り込まれてしまったのだろうか!?

 

「やはり…… 此処にはッ! ()()()()()ッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()がッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

to be continued・・・




赤鼻のおっさんが騙されてしまった、Cになるバフを重ね掛けしています。 


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オートマトンは超越者の夢を見るか? の巻

「これが…承太郎殿の故郷、ニホンという国の文字…か」

 

 ガゼフは本に目を通す。 カクカクとした漢字も、丸みを帯びた平仮名も、全く見覚えが無く始めて見る言語だった。

 

「見た事の無い文字か?」

「王都の文官に聞けば、何か解るかもしねぬが…… 少なくとも、私は見た事が無い」

 

 そうか。 と、承太郎は雑誌を机の上に戻す。

 

「先へ進みましょう、承太郎さん。 この部屋の様子から、少なくとも1週間以内には人がいた事が解りました」

「ああ、康一の言う通りッスよ。 考えてみたら、この遺跡…… 『風化』で崩れたんじゃあ無く、『破壊』されて壊れているような気がするぜ……!」

 

 もしかしたら生存者がいるかもしれないと、康一と仗助が訴える。

 

「…………」

 

 腕を組み、渋面を作って長考する承太郎。 今まで通ってきた道程の状況や、静か過ぎる地下の様子から、此処を襲った何者かが居る可能性は低いと判断する。

 

 部屋から退室し、不審な物音を聞き逃さぬよう開け放たれていた扉を、キチッと閉める。

 

バタン

 

 と、音を立てて扉がしまると同時。 物陰にチラリ、と『何か』が見えた。

                  ゴ ゴ ゴ

    ハッ!」

 

 仗助が勢いよく振り返る。

 

「……? どうかしたかよ~~ 仗助ェ。 忘れ物かぁ~~?」

「いや…… 今、なんか見えた気がしてよ……」

                  ゴ ゴ ゴ

 表情を強張らせ、緊張した様子の仗助が、キョロキョロとせわしなく辺りを見渡す。

 

チラッ

 

   あっ!」

 

 声をあげ、人差し指を突き出す康一。 視線の端に、一瞬だが…… 揺れる布のような物が映った。

                  ゴ ゴ ゴ

「お……おい、冗談ならやめろよ?」

「冗談なんかじゃあね  よ億泰。 こいつぁ~マジだぜ……」

 

 冷や汗を滴らせ、血の気が引いた青い顔をした億泰。 地下墓地という、場所が場所だけに、億泰にとってこの状況は笑えなくなっていた。

 

「……ゴクリ」

                  ゴ ゴ ゴ

 億泰が唾液と共に、不快感を飲み込む。

 

「こ…こーいう時ってよぉ~~ 映画とかじゃあいつの間にか、後ろに立ってるんだよなぁ……」

 

 引きつったっ表情で「ハハ…ハ……」と、乾いた笑い声を発しながら…… よせばいいのに振り返る。 心の中では、いないでくれと願いながら。

 

 

    !!」

 

 

 そうして再び、翠眼(すいがん)の少女と目が合った。 今度は、鼻が触れ合いそうになるくらいの近距離だというオマケ付きで。

 

「うわああああああああ!! お、お化けぇぇぇええええ!」

 

 絶叫。 転びそうになりながら、慌てて距離をとる億泰。

 

 お化け呼ばわりした事に不満があるのか? ビビッて尻餅をつく億泰に、少女は冷たい眼差しを送る。 その少女に見覚えがある康一が、驚いた声を上げた。

 

「あっ! も、もしかして! この()は……まさか!」

「おいおいおい…… マジかよ……! 俺が治した、さっきのメイドロボじゃあーねーか!」

 

 フリルの付いた、白黒のメイドドレス。 迷彩柄のマフラーとメイドカチューシャ。 衣服の半分が、まるで装甲版のように金属で覆われていた。 まさか、戦闘用の無人兵器だったのだろうか? 可愛らしい少女という見た目は、もしかしたら敵が攻撃するのを躊躇(ちゅうちょ)するかもという、心理的な効果を狙った物かもしれない。

 

 身長は康一とほぼ同じか、それよりも小さいくらい。 そして、一際目を引くのが、左側の腰に下げられた、奇妙なデザインの突撃銃(アサルトライフル)だった。

 

 この銃の、特に目に付くのが、2つのSTANAG(スタナグ)マガジンに似た弾庫と、その後ろにドラムマガジンが直列に並んでいることだ。 これでは銃床が長すぎて肩に当てにくいし、腰撓(こしだ)めでしか狙いがつけられないだろう。 照準機が装着されていないので、銃床を肩に当てて撃つ事はあまり無いのかもしれない。

 

 銃本体のデザインは細長い。 丸みを帯びた形状は、南アフリカの軍需会社・デネルグループが開発した、ブルパップ方式の ベクターCR21 に、なんとなく似ているだろうか。

                  ド ド ド

 十分に警戒していた仗助達に音も無く忍び寄り、いとも容易(たやす)く背後を急襲したのは、そんな物騒な出で立ちをした美形の少女だった。

 

「…………」

「…………」

 

 仄暗(ほのぐら)い地下墓地内に、張り詰めた空気が流れる。 突如(とつじょ)現れ、容易(たやす)く5人の背後を取った少女は、棒立ちのまま動く気配は無い。

                  ド ド ド

 しばらく奇妙な沈黙が続いた後、億泰がゆっくりと首を動かし、仗助に(お前が何とかしろ)とジェスチャーで訴えた。 

 

(ええーッ! お、俺かよ! 確かに治したのは俺のスタンド能力だけどよ  ッ!)

 

 と、引きつった表情の仗助が、自分を指差して億泰に伝える。

                  ド ド ド

「……そ、そういやあジョセフのじじいが、こんな時に使えるトッテオキの方法があるって言ってたぜ……!」

 

 そんな、仗助の覚悟を決めたような声に、康一が驚き聞き返す。

 

「ええ! そ…そんな方法があるの!?」

「ああ……! イマイチ信用ならねーが、『わしが若い頃、この方法を使えばパツイチじゃったわい。 ホッホッホ』って言っていたぜ……!」

「そ…… それで、その方法って……?」

                  ド ド ド

 仗助の両手が ススゥーッ と、持ち上がる。 人差し指を伸ばし、手を振ると……

 

「ハッ…… ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

 

 と、にこやかに話しかけた。 これが、この奇妙な動きと言葉がトッテオキだとでも言うのか。

 

「さぁごいっしょに………… ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

「仗助、お前何言ってんだよ!」

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、それでも続けようとする仗助に、億泰が問いかける。 この奇妙な踊りを教えた当の本人が、この方法で失敗していた事を知らずに。

 

「いやぁ~~ ひょっとすると、このロボっ娘いいヤツなのかも知れねえと思ってよぉ~~ 雪男(イエティー)とか巨人(ビックフット)とかにも出会ったとき、いきなり悪い者と決め付けるのは良くねーと思うんだよ、俺はよ」

 

 言われてみれば、仗助の言う通りであった。 5人の背後をいとも容易く取ってしまう程の、高性能な武装した機械という異質な存在に、勝手にビビッて警戒していただけたったのだ。

 

 いつでも攻撃できるスペックかつ、遠距離から攻撃できる銃を装備した彼女が、(いま)だに攻撃して来ない事からも、すぐに攻撃するつもりが無い事がわかる。

 

「ロボじゃない…… 自動人形(オートマトン)。 CZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)。 私の名前……」

 

 無表情な眼帯の少女が、滑らかに動く身体の高度な技術と裏腹に   わざとらしいともいう   棒読みで答えた。

 

「あーっと…… しーぜっとにーいち……」

「シズでいい……」

「おっけーシズちゃんね…… シズちゃんさあご一緒に   ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

 

 敵意が無いことが解った。 彼女の名前も教えてもらった。 それでもなお、ジョセフから聞いた奇妙な踊りを続ける…… が。

 

「うわぁ…………」

 

 無表情であった。 シズの、表情をピクリとも動かさない…全くの無表情かつ小声で呟いた、引き気味の言葉に仗助はザクザクと心を刻まれた。

 

(グハァァアアッ!! チ、チクショ~~ッ!! なぁ~~にが、柱の男? にも効果はグンバツだよ! 全然逆効果じゃあねえかあのジジイ!!)

 

 仗助はもう二度と、ジョセフの言葉を「簡単に信用しねー!」と心に硬く、硬く誓った。

 

 予想以上の精神ダメージに白目を剥く仗助を無視し、シズは5人に背を向ける。

 

「ついて来て」

 

 そう短く告げると、振り返りもせずにツカツカと歩いていく。

 

「えっ…… ど、どうします?」

「まさか…… あの自動人形(オートマトン)のシズΔ(デルタ)という機体の、所有者の所まで案内するつもりか? そうならば…是非会って話を聞いておくべきだろうな……」

 

 拒否されることなど、微塵も考えていないかのように、迷い無く歩みを進めるシズ。 放心状態の仗助の肩を承太郎が叩き、シズの後を追って5人は地下墓地の奥へと歩いていった。

 

 しばらく薄暗い通路を進んでいく。 すると、先頭を歩いていたシズが急に立ち止まり、横を向いて壁の一部を押す。

 

ガコン

 

 その壁は、まるで何らかのスイッチのように押されるがまま沈み込むと、ズズズ…… と石が()れる音を響かせながら壁が左右に開いていく。

 

 隠し扉の先は、行き止まりの小部屋であった。 大きな… 扉ほどの大きさの鏡が、壁に寄りかかるように立て掛けられているのが目に付く、石で造られた壁がむき出しの…… 殺風景な小部屋。 それだけだった。

 

「なんでしょうこの小部屋……」

「ぜんッ…ぜん、わかんねー…… なにがしたいんだ、コイツ」

 

 一方的について来いと言った挙句(あげく)、長い距離を歩かされ、着いた目的地は何も無い小部屋。 ブツブツと文句を垂れる億泰は、肩透かしを食らったような気分だった。     が。

 

  ええっ!?」

「おいおいおい! スゲーなこりゃあ!」

 

 シズという名の少女は、無造作(むぞうさ)に巨大な鏡へ歩み寄った。 すると…… グニャリと鏡面が歪んだ。 そして、表面が水面(みなも)のように揺れる、7色に輝く薄い膜のようなものに変わる。

 

 それがさも当然であるといった様子で、シズが木枠を越えて先へと進んで行く。

 

 仗助、億泰、康一の3人は、急に現れたSFな道具に「スゲー!」と歓声を上げると、鏡の裏側を覗き込んだ。

 

「おおっ! やっぱり鏡の裏に通路なんかねーぜ!」

「これってもしかして…… 『どこでもドア』ってヤツですかァ  !?」

「ちょ、コレすげーッスよ承太郎さん! どういう仕組みで動いてんのか、ぜんぜんわかんねー! ファンタジーっつー感じッスよぉ   ッ!!」

 

 鏡に手を突っ込んだりしてハシャイでいる仗助達とは裏腹に…… 承太郎の表情は、驚愕が張り付いたまま…硬い。

 

(これは……転送装置…なのか……? まるで、別の空間を繋いでいるように見えるが……)

 

 宇宙物のサイエンス・フィクションでよくあるように、一旦素粒子レベルで分解して、再構築するとかの物ではなさそうだ。 そもそもバラバラに分解などしたら、後で再構築したとしても、1度死んでいると言えるのではないだろうか?

 

 そんな承太郎の心配を他所(よそ)に、高校生3人組は何も考えずに木枠の中へ飛び込んでいく。

 

「…………やれやれだぜ」

 

 嘆息(たんそく)をひとつ、承太郎とガゼフは1歩を踏み出す。 得体の知れなさからの、気持ち悪さはあるが…… 今は、先に進まねば仗助達3人とシズを見失ってしまう。

 

 霧の中を突っ切るように何の抵抗も無く、7色に輝く膜の向こう側へと進んだ先には    

 

 

 

 

 

 …………宮殿。 そう、見渡せば…… 豪華な宮殿のような通路が続いていた。

 

 天上から落下した…… 砕けたシャンデリアが、淡い魔法の光を放つ。 所々が、蜘蛛の巣状にヒビ割れ陥没した白亜の床には、細かく砕けた瓦礫が散乱している。 ……真っ白に。 シミひとつ無かったであろう壁には…… 穿(うが)たれたような大穴が開き。 金で装飾された箇所は、まるで高熱に(さら)されたかのように溶けて歪んでいた。

 

 過去の栄光が…… 脆くも崩れ去ったかのようなこの光景は。 浮かれていた3人の心に冷や水を浴びせる形になり、舞い上がっていた気持ちは完全に墜落した。

 

 先程の、騒がしいまでのハシャギようが消え失せ。 ずっと無言でシズの後を追い、崩れた通路を歩いてきた仗助達。 彼らが、ドーム状の広い部屋の手前に差し掛かると、立ち止まったシズが振り返り   

 

「……ここで待ってて」

 

 と、言うと…… 首に巻いていた迷彩柄のマフラーを(ひるがえ)すと、まるでマフラーが消えてしまったかのように透明になる。 そして、そのマフラーに覆われたシズの姿も。

 

「なッ   !! 光学迷彩だと!?」

 

 承太郎が驚いた声を上げて目を見開く。

 

「ああ…… そーいう事だったのかよ……」

「何がだよ」

「俺達の背後を簡単に取れたのはよ~~ あの姿が消えるマフラーのおかげっつーことだよ億泰」

 

 ドーム状の部屋の奥にある、傷だらけの巨大な扉。 傷や破壊の跡があるのは扉だけではない。 至る所が、凄まじい暴力によって破壊されていたのだ。

 

 右側には首が落とされた女神の、左側には叩き潰された悪魔の彫刻が施された巨大な扉が、僅かな隙間だがひとりでに開く。 (しばら)く動きが無かったが、やがてシズがマフラーを外し姿を見せた。 どうやらシズが、わざわざ光学迷彩を使ってまで警戒して、扉を開けたようだった。 彼女にそこまで警戒させるとは、一体何者だったのだろうか。 

 

 手招きするシズへと向かう途中。 周囲に、禍々しい砕かれた像が置かれた巨大な扉を前に。 康一が「まるで魔王城みたいですね」と(つぶや)いた。 破壊の跡が生々しく、元の美しかった姿を想像する事しかできないが、莫大な資産と手間をかけて建設されているということは十分に感じられる。

 

 しかし…… そんな康一の(つぶや)きに(こた)えた者は、誰一人としていなかった。 

                  ゴ ゴ ゴ

 扉へと。 近付くに連れて…… 強くなる、臭気。

 

 

 

   ()せぶような血臭。

 

 

                  ゴ ゴ ゴ

 シズに案内されるがまま、この先へと扉を(くぐ)ったならば確実に。 目に映るのは…… 血濡れの惨状、血の湯船(ブラッドバス)が待っているだろう。

 

 不安な表情を見せる康一達3人に、その場で待っているようにと承太郎は片手で制し。 「先に私が見てこよう」 と、前に出た。

 

 「承太郎殿1人で先に行くのは危険だ。 この先を確認しに行くのならば、私も同行しよう」

 

 大剣を抜き放ち、鋭く闘志を練り上げたガゼフもその横に続く。 2人は、門と見間違えるほどの巨大で重厚な扉に背を預ける。 ガゼフは一層強くなった血の臭いに顔を(ひそ)め、僅かに1人通れるほど開いた隙間から中の様子を(うかが)った。

                  ゴ ゴ ゴ

    ッ!!」

 

 思わず息を飲む…… その破壊の規模に。 眼を見開く…… その死山血河に。

 

 崩落した柱が何本も積み重なり、床や重なった部分から血が滴り落ちている。 えぐられた柱に、掛けられていたであろういくつもの旗。 大部分の旗が地に落ち、赤地の布は汚泥と血に濡れていた。 大理石の床には何条もの裂け目(クレバス)が刻まれ、その深さは闇に閉ざされ(うかがい)い知ることは出来ない。 破壊されていない箇所が見当たらないほど、破壊し尽くされたその空間に…… たった一つ。 健在に(たたず)む1つの影。

 

「承太郎殿。 此処はどうやら…… 玉座…のようだな」

「……そのようだ。 破壊し尽くされた状況を見るに…… 相当激しい戦闘があったようだな」

                  ゴ ゴ ゴ

 室内の最奥、巨大な王座のみが。 凄まじいまでの暴力から逃れ、無傷で鎮座していた。 

 

 両開きの大扉を片方だけ開き、5人全員が玉座の間へと立ち入った。 シズの案内で、瓦礫や障害物を迂回しつつ王座の手前、階段の前まで到着する。

 

「……この人が君の主人なの?」

 

 悲痛な表情の康一が、シズにそう問いかける。 無表情でコクリと、ただ頷く彼女に康一は…… 言葉を失ってしまった。

 

 ズタズタに引き裂かれた赤絨毯が敷かれた、階段の(いただき)に……

 

「主人の死が、受け入れられずにいる。 っつーワケか……」

 

 豪奢な漆黒のローブに身を包んだ白骨化した1人の遺体が、至る所に彫刻の装飾が施された、巨大な水晶の玉座に腰掛けているのを()の当たりにして。

 

 ふとした拍子に、億泰が足元の赤絨毯に染み込んだ赤黒い液体に気が付く。 視線を上げ、点々と続くその跡を眼で追うと……

 

「たっ…… たいへんだこりゃああっ!!」

 

 遺体のすぐ側で、力無く横たわる女性を発見した。

 

「あっ! じょ、仗助君! あそこに誰か倒れているよッ!」

 

 仗助が<クレイジー・(ダイアモンド)>を実体化させ、弾かれるように駆け出し階段に足を掛け  

 

「待て仗助ッ!! 行くな!!」

 

 行く手を遮るように片手を上げた、承太郎に制された。

 

「なんでッスかッ! 早くしね  と……」

 

    間に合わなくなる。

 

 だが、この言葉は紡がれずに終わることとなった。

 

    もう死んでいる」

 

 承太郎の腕を、無理矢理退かそうとしていた仗助の手が。 一瞬、ビクリと震えた後…… 承太郎の腕から離れ、そのままダラリと垂れ下がる。

 

 仗助をその場に残し、10段程度の短い階段を上ると、白い服を着た女性のすぐ側へ膝を突く。 玉座に座る白骨化した遺体   かなりの高身長。 恐らく男性   の膝に頭を預け、息を引き取った女性の状態を調べていく。

 

 頭から伸びる角のような物と、腰にある黒い羽のような物は何らかのファッションだろうか? 作り物にしては、妙にリアルに作られている。 ピアスや刺青のように、埋め込む(たぐ)いのアクセサリーが流行ったのだろう。

 

 承太郎は現場を荒らさないよう、迂闊に触れないように注意しながら、下から覗き込むように見ていく。 左頚動脈付近を、鋭利な刃物で切られたような裂け目が走っており、腕にいたっては骨ごと肩口まで切り裂かれていた。

 

(死因は…… 咽喉と腕を裂かれたことによる失血死か?)

 

 まるで鋭利な刀剣を、片手で受け止め防御したような裂け方だった。

 

 床に撒かれた血の跡に触れる。 人差し指で(こす)り取ってみるが、乾燥した血液は床の絨毯に染み込んで固まっており、指に血の粉が少量付着するだけだった。

 

(流れ出た血液が完全に乾いて、死後硬直の緩解(かんかい)が始まっていない…… いや、一部始まっているな)

 

 あごの辺りの筋肉の硬直が、僅かだがやや緩んでいるように見える。

 

(この気温でこの硬直だとすると……)

 

 温度計などの機材も無い。 司法解剖する事も出来ないが、頭の中で計算をし、大体の結論を出すと立ち上がる。

 

「最低でも、死後60時間経っているという事になるな…… 死亡推定時刻は…… 約3日前、誤差8時間ってところか」

 

 3日前までは生きていた可能性があるとの言葉を聞き、仗助の表情がクシャリと歪む。

 

「俺が…… ベッドの上でチンタラ寝てなけりゃあ…… 助かったかもしんねー……」

 

 そう、約3日前だ。 仗助達がこの世界に飛ばされてすぐに。 この神殿のような施設へ来たのならば、この玉座が戦場になる前に到着出来たかもしれなかった。

 

 拳を硬く握り締め、肩を震わせる仗助。 そんな彼の様子を心配そうに見つめていた康一が、仗助の肩を抱き……

 

「仗助くん。 (きみ)のせいじゃあないよ」

 

 と、否定する。

 

「ケガをしていた仗助くんを助けるために、神殿を後回しにしてカルネ村行ったって思ってるかもしれないけど…… それは違うよ。 仗助くんがカルネ村に行けたおかげで…… エモットさん達も村長も、ストロノーフさん達も死なずにすんだんだよ」

 

 光を失っていた仗助の瞳に、再び輝きが戻っていく。

 

「あの女性を助けられなかったって…… 後悔ばかりしちゃうんじゃあなくて…… 村の人達だけでも助けられたって。 そう考えるんだよ、仗助くん」

「ああ…… サンキューな…康一。 もう平気だぜ……」

 

 気力を取り戻した仗助は、礼を言うと康一に微笑みを向けた。 そこへ億泰が、頭を捻りながらやってくる。 床に落ちた旗に描かれている紋章を調べていたようだが、知った紋章は無かったようだ。

 

「なぁ仗助ェ~~ このお城っぽいとこが無人ってぇーなるとよー。 ココがいってぇ何なのか、聞けねえっつーことだよなぁ。 あのロボ娘に聞いても、なぁ~~んも答えねェしよー」

「そういえばそうだよね。 何のためにココまで連れてきたんだろう」

「……つーか、あのシズ・デルタっていうメイドロボ何処行ったんだ?」

 

 3人はキョロキョロと辺りを見渡す。 ……が、また彼女の姿は見えなくなっていた。

 

 探すのを諦めかけた…… その時。 突然、目の前に光学迷彩を解除したシズが現れ、3人は驚愕した。 驚かすのが好きな、悪戯好きの性格なのだろうか?

 

 してやられたような気分だったが、気を取り直した仗助が「何のために此処へ案内したんだ?」と、問いかける。 そんな質問にシズは短く、ポツリと呟くように「これ……」と言った後、細くしなやかな腕を伸ばした。

 

「これ…… 元に戻して。 おねがい」

 

 差し出された、シズの小さな手にあったのは…… 色とりどりの丸い宝石と、バラバラに砕かれた黄金の欠片だった。

 

 

 

 

to be continued・・・




シズのマフラーは半捏造。
不可視化できるアイテムを持っている&ドワーフの不可視化マントがシズと同じかといっていたからこれかなと。
迷彩柄だし。


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王の資格 の巻

                  ゴ ゴ ゴ

 破壊された貴金属の破片を手にして、自動人形(オートマトン)の少女は無言で(たたず)む。 仗助は、シズの手にある希少鉱物の球と希少金属の欠片に驚き、眼を丸くして、シズの顔と貴金属の破片へと交互に視線を送った。

 

「元の状態に直せ…って…… ()()をかよ?」

 

 鋭角に砕かれた、その黄金の欠片は…… 殆ど照明としての機能を果たしていない、()ちたシャンデリアにボンヤリと照らされ。 薄暗い空間の中であっても、キラキラと光を反射し山吹色に輝いていた。

 

 シズの小さな手の平で転がる、辰砂(しんしゃ)琥珀(こはく)青藍(せいらん)の宝玉は、全くと言っていいほど濁りが無く、冬の空のように澄み切った透明度を誇っている。 そして、その宝玉1つ1つが、まるで自力で発光している錯覚に陥るほどの存在感があるのだ。

                  ゴ ゴ ゴ

「そう。 とても大切」

 

 突然突き出された、希少鉱物の破片に。 仗助はゴクリと固唾を呑んだ。

 

(キンとか宝石とかよー…… どう見ても、絶対ヤベ―だろこれ…… なんでいきなり初対面のヤツにこんなこと頼んでくるんだ……?)

 

 数秒か…… それとも数分か……

 

 破壊された玉座の間で、貴金属の破片を目の前に出された仗助は、その異質さと脈絡の無さに是か非かの答えを出せずにいた。

 

  その時。

                  ゴ ゴ ゴ

「ム! これは…… 金の破片か? フム…… 無傷の玉座周りで、唯一破壊されている物質だな…… 王冠…にしては量が多いか……? 王杓と考えるのが自然…… いや、両方という可能性もあるな……」

 

 玉座周りを調べていた承太郎が、シズが手に持っている破片と同じ物をみつけたようだった。 玉座内にいる全員と情報が共有できるよう、発見したものを言葉として口に出す決まりになっていた為だ。

 

(なるほどなぁ~~ この破片は遺品っつー事かよ……)

 

 そんな承太郎の報告を聞いていた仗助は、「その破片は何?」と聞いても「大事な物」としか答えないシズへの警戒を解く。

 

「…………。 迷って悪かったな…… 今、直すぜ」

 

 <クレイジー・(ダイアモンド)>を実体化させ、スタンドでシズが持つ破片に触れた。 

 

 スタンドは精神エネルギーが実体化し、可視化できるようになった能力の事だ。 つまり、操作する本体の精神状態に、そのスタンドのパワーは大きく左右される。

 

 スタンドの姿は精神の姿…… 心の具現化だ。 臆病風に吹かれ…… ブルッちまったスタンド使いは、自身の能力を十全に引き出すことが適わず。 祖父を無残な姿に変えられ…… 怒りに精神を燃やすスタンド使いは、瞬間的にだが自身の限界以上に時を止める爆発的なパワーを発揮した。

 

 仗助は精神を集中させ、軽く息を吸う。

 

 スタンドの能力は想いの力。 願いの具現化だ。 犯罪の証拠を残したくない殺人鬼は、死体を完全に消す能力を得、大切な人や…… 思い出の詰まった物を失いたくない若者は、暴力に傷つく人や物を癒す力を得た。

 

 不可能を可能にする力を持つ、スタンド使いは…… 自身の写し身に名前を付ける。 そして呼ぶのだ。 眼に見えない精神を、魂の叫びを形にするために。

 

「<クレイジー・(ダイアモンド)>ッ!」

 

 これは自己暗示。 日課(ルーティン)である。 ある老婆は、吸血鬼の男にこう言った。

 

 『出来て当然』と思うことですじゃ! 大切なのは『認識』することですじゃ! スタンドを(あやつ)るという事は、できて当然と思う精神力なんですぞッ!

 

 自分の分身、スタンドの名を呼ぶというのは、つまるところスイッチを押すようなもので、気合を入れているだけだ。 重い物を持ち上げる際に、歯を食いしばるのと同じで、アゴの筋肉なんて腕には繋がっていないのに、実際に噛み締めると力が入る。

 

 シズの手にある破片がフワリと浮き上がり、磁石のようにくっつく。

 

 全力で拳を振るう際に「オラオラオラ」と叫ぶのも、能力を発動させる時に「ザ・ワールド」と叫ぶのも、スタンドに向かって「防御しろ」と命令してしまうのも。 レースゲームに熱中し、ついつい身体が動いてしまうのと同じ。 『そうする』と、それが可能だと『認識』できるからだ。

 

 

 

    そう…… なるはずだった。

 

 

                  ド ド ド

 シズの手にある希少金属の破片は、2つか3つがくっ付いただけで動きを止める。

 

「はあ!? なおんねぇ  ってどういうことだこりゃア  ッ!?」

 

 自身の能力に絶対の自信がある仗助は、受け入れがたい結果に衝撃を受け、大きくうろたえる。

 

 スタンドパワーが弱まっているのか? 又は部品がこの世界から、億泰の<ザ・ハンド>で削り取られたかのように、消滅してしまったというのか? それともこの貴金属の破片は『生命』を持っており、死んでしまったため魂が消滅してしまったのか? だとしても『肉体』であるこの黄金の破片は修復されるハズだ。

                  ド ド ド

 直す能力とは逆に、仗助の『自信』ってヤツがブッ壊れかける。 予想外の状況故の、焦りと緊張で冷や汗を流し唇の端を噛む。 その姿は()しくも彼の父。 ショセフ・ジョースターが、初めて柱の男…… サンタナと対峙し、窮地に立たされた時と同じ姿だった!

 

「こ…… この『破片』が特別なんだ! きっとそうだ、そうに決まってるぜ!」

 

 適当に、足元のヒビが入った床に能力を発動させる。 すると、今回は問題なく修復されていく。

 

「おおっ! 予想通りだったぜ…… まさか…この破片、シズちゃんみてーにスタンド能力が効きにくい材質なのか……? 安い磁石みてーに…近い破片しかくっつかねー……」

                  ド ド ド

 チラリと、床に散らばる破片に眼をやる。 床には、数えるのもバカバカしくなるほどの数が散らばっていた。

 

「これ全部、パズルみてーに1つ1つくっつけるのかよ……」

「ま、まぁ僕も手伝うからさ! きっと大丈夫だよ!」

 

 仗助の心の内は、まさか! だった。 荒れ果てたお城みたいな、ダンジョンのようなこの場所で、パズルを解かされるなんて、こんなイベントはまるで、ゾンビが襲ってくるあのゲームによくある…… 唐突にやらされる謎解きのように思えた。

 

「これよぉ~~」

 

 億泰がしゃがみ込み   所詮ヤンキー座りだ   破片を指で摘まんでしげしげと眺める。

 

「箱ン中に入れて<クレイジー・(ダイアモンド)>で直しちまえば早えーんじゃあねーか?」

「いや、それは止めておいたほうが良いだろう」

 

 シズを含む全員の視線が承太郎へ集まった。

 

「この部分……」

 

 承太郎が手に持った、比較的大きな破片の曲線部分を指でなぞる。

 

「明らかに断面ではない曲線だ。 恐らく、元の状態はかなり複雑な形をしている。 適当に直して、後でネジが1本余りました…… 程度では済まなさそうだな」

「中で空洞が出来たり、部品が干渉して直らなくなってしまう可能性があるってことですか」

 

 面倒でも確実に直すべきだと、納得できる理由を告げられてしまった。 これでは、最早ぐうの音も出ない。

 

 

 

 ……しばらくして。 

 

 断面がピッタリ合う破片を探し、仗助の能力で接着するように修復していく。 30分ほど時間が過ぎただろうか? 完成図すらないジグゾーパズルと格闘する5人+1台は、会話する気力も失せ…… 黙々と破片と格闘していた。

 

 難易度エクストリームモードのパズルに飽きてきたのか、億泰が玉座をチラリと見た。

 

「ここが未来の日本ってーなら、この遺体は王様だったのかなぁ~~?」

 

 豪奢な椅子に座った、白骨化した遺体。 重厚な漆黒のローブと、散りばめられた装飾品。 城か宮殿のようなこの場所。 地上の墓標郡(ぼひょうぐん)。 この施設は、崩御(ほうぎょ)した王を埋葬(まいそう)するための、墓地だったのだろうか?

 

「ほう、億泰殿の故郷、ニホンにも王がおられるのか? 急に親近感が沸いてきたというか…… 出来ることなら、一目会ってみたい」

「あ~っと、オレ達がいた日本は王様はいないんスよ」

「うーん…… ここが日本だって証拠は今の所ないけど…… 日本の場合、王さまじゃあなくて天皇、皇后様じゃない? でも、皇族(こうぞく)の方達のお墓なら…木造のハズなんだけどね」

 

 荒れ果てた空間の、何処を見渡しても木製の柱や家具は無く。 それどころか窓も無い。 転移して移動してきたが、恐らくここは地下なのだろう。 大理石のような白い石で作られた柱や、金や銀、水晶などの素材で装飾が彩られていたりと、木製の物は扉や机などの僅かな部分のみだった。

 

「そういやぁよぉ~~ 天皇……ってよくわかんねーんだけど、つまり、その…… なにやってる人なんだ?」

「そんなことも知らねぇのかよ億泰。 皇族の人達ってぇーのは…つまり……」

 

 なんとなくは知っているが、言葉にすると難しい。 そんな感じで言葉に詰まり「あ~~っと……」と、天を仰ぐ仗助の答えが出る前に。 承太郎がザックリとした答えを出す。

 

「一言で言うと…… アイドルに似ているな」

「アイドル…… ですか?」

 

 いきなり身近な(たと)えを出され、康一が聞き返す。

 

「そうだ。 日本の象徴、顔役。 陛下は日本人全員の祖父で父で兄弟で息子で孫みたいなものだ。 王や皇帝のような、強権は持ち合わせていないが…… まぁ、心のよりどころと言うヤツだな。 又は親しい友人と言ったところか」

 

 血筋だけの国営アイドルと言っていい存在が皇族であり、それは何千年と続く日本の歴史であり誇りなのだ。 だから、ただの象徴としての存在であったとしても、他国や他人に冒涜されるとカチンと来る。 怒りが沸く。

 

 そう、まるで自身の親しい者を侮辱された時の様に。

 

「承太郎殿。 つまりそれは…… ニホンを、国を纏めているのは…… 政府の長は別に居るということか?」

「ああ、そうだ。 たった1人の肩に国を背負わせるのは危険だし、負担が大きすぎるからな。 ストロノーフの所属する王国…… 王政とは違い、日本は民主制を採用している」

「民主制…… そのような(まつりごと)の仕組みは…初めて聞く」

「国民が多数決による投票で、信頼できる政務者を決め、そこから1人のリーダーが選ばれるという事だぜ」

「なるほど…… 『君臨(くんりん)すれども、統治(とうち)せず』か……」

 

 アゴに手をやり、なにやら考え込むガゼフ。 そんなガゼフの意図を見抜いたのか、承太郎が(いぶか)しげな表情で「妙なことは考えるな。 ストロノーフ」と、制した。

 

「国民の投票で国のリーダーを決める事を『民主主義』というがな。 この方法には、非常に大きな弱点がある」

「大きな弱点…… それは?」

()()()()()()()()()()()()()。 という弱点だ」

「なに!? それでは本末転倒ではないか!」

「民主制の成否は、国民の学力に大きく依存する。 昔の日本も、イキナリ国民全員が投票したワケじゃあないんだぜ。 年齢と性別、そして高額の納税が出来るかどうかで、投票者を(ふる)いに掛けていた」

「……成程。 高額の納税が出来るということは、一定の知識を持ち、なおかつ政治に関心がある。 ……ということか」

 

 ガゼフの飲み込みの良さに、承太郎は僅かに微笑(ほほえ)んだ。

 

「その通りだ。 甘い言葉や、出来もしない未来を語る口だけのヤツを見抜くために、学力がどうしても必要だ。 もし無能が(おおやけ)の場でヘマをして、私を信じてくれ(トラストミー)なんて言ってみろ。 ほぼ確実に…… 他国から見切りをつけられるだろうな」

「……今の王国には、文字すら読めない民が過半数を()めている。 貧しさゆえに学ぶ機会の無い子供達ばかりだ…… 多くの民が容易に騙されてしまうだろうな」

 

 それに…… と、ガゼフは内心で渋面を作る。

 

(あの()()()()()()ならば。 表面上は善政(ぜんせい)()いて裏では…… いや、裏から表舞台の者を口先だけで操り、自分は危険を侵さずに甘い汁を啜るのだろうな。 彼奴(あやつ)はそのような男だ)

 

「さらに……だ。 リ・エスティーゼ王国は、確か帝国とやらと戦争中だったか……? 停戦合意すらせずに政変が起きたならば、大混乱に陥るだろう。 1月(ひとつき)もたずに、王国は地図から消えるだろうな」

 

 戦争中の国は、意思決定が迅速(じんそく)である必要があるため、なるべく多くの権限(けんげん)がリーダーに集約されているのが望ましい。 だが、これは国のトップが腐敗していない事を前提とした、ハイリスク・ハイリターンの手段だ。

 

 リーダーが腐敗しても、被害が広がらぬよう保険を掛けた民主制か? 又は効率のみを追求した独裁制か? もしかしたら他に良い仕組みが生まれるかもしれないが…… 答えは永遠に出ないだろう。

 

「もう一ついいだろうか、承太郎殿。 大した事では無い…… 酒場で話すような、冗談じみたことなのだが」

「なんだ?」

()()()()とはどういった者なのだろうか? 異世界から来られた御仁の意見を…考えを。 是非聞いておきたい」

 

 言葉では冗談だと言っておきながら、ガゼフの声は真剣だった。

 

 承太郎は「フム……」と、僅かな時間考えた後。

 

「『良い』を考えるのは難しいが、『悪い』を思いつくのは簡単だ。 つまり、逆に()()()()を作り出し、それを反転させればいいという事だ」

 

 と述べる。 そして、フッ。 と自嘲気味(じちょうぎみ)に鼻で笑い、これから言うのは冗談だぞといった、軽い口調で話し始めた。

 

「知能が高い事は当然として…… とりあえずは死なない事か。 不老不死の方法を求めて暴政や無茶をしたヤツは多い。 ファラオ王の様に、世代交代の混乱も無いしな。 それに優秀なヤツは敵も多い…… 暗殺されないように、強いのも最低条件だな」

「最悪ですかぁ~~ やっぱり7つの大罪って言われているように、強欲(グリード)嫉妬(エンヴィー)怠惰(スロウス)傲慢(プライド)色情(ラスト)暴食(グラトニー)憤怒(ラース)とかですかね~~? あっ、ここくっ付くよ仗助君」

「サンキュー康一。 だがよ~~ 誇りは重要だぜ? 誇りが無いと、ただ死んで無いってだけで生きているとは言えねーからな!」

 

 地道な修復が(こう)(そう)し、問題なく黄金の破片は互いに癒着していく。 数えるのも億劫(おっくう)だった細かい部品が、今では6つほどの大きなパーツへと姿を変えていた。

 

 子供が遊びで話す『シルヴェスター・スタローン(代表作・ランボー)と、ジャン・クロード・バンダム(代表作・ブラッドスポーツ)はどっちが強い?』レベルの   子供がスタローンとバンダムを知っているかは謎だが   感覚で、仗助達のテンションは更にヒートアップしていく。

 

「人望がある人で、優しい心の持ち主がいいなぁ~」

「酒や女などの欲望に溺れないようにするか。 物理的に飲食やセックスが出来ない体で…… 未経験じゃ無いとな。 女絡みで国が傾くなんてザラだ。 妲己(だっき)とかな」

「それ必要ッスかね?」

「精進料理に肉を真似た料理があるが…… あれは一度食べた肉の味が忘れられ無いからだ。 経験すら無ければ、傾国の美女でも耐えられる…… かもしれん」

「なぁ仗助ェ~~ 悪ィヤツつったらよぉ~~ 『カネの為に何でもやる』ヤツのことだぜェェエ~~~! つまり最高の王は『モノスゲーカネ持ち』だ!」

「まあ最後は運だな。 多少のミスも、幸運があればなんとかなるだろう」

 

 極悪難易度パズルの終わりが見えてきたことに、気が緩んできた一同。 気の向くまま、悪ノリに悪ノリを重ね、出来上がったのは…… トッピングを全部のせて、訳がわからなくなったラーメンのような、矛盾した存在だった。

 

 こってり豚骨しょうゆ塩みそラーメンあっさり味。 これが何らかのキャラクターならば、明らかにまともではない存在だろう。

 

「そのような…… 王がいるだろうか?」

 

 感心したような、あきれたような、微妙な表情を浮かべたガゼフ。 仗助達がフザケ過ぎたため、話の流れが明後日どころではなく。 大気圏から離脱し火星付近までブッ飛んでしまい、途中からついて来れなかったのだ。

 

「いない」

 

 承太郎は、いままでの話の全てをバッサリと切り捨てる。

 

「私が言いたいのは…… ()()()()()()()()()()と言う意味で無い。 最高に近付けば近付くほど…… ()()()()()()()()()()という意味だぜ……」

 

 『王』になる理由。 『王位の価値』は一体何だと思うだろうか? 有象無象を踏み潰す力……軍権か? 眼もくらむ莫大な財宝……資産か? 皆が(うらや)む英雄……名誉か? その全てか?

 

 人が権力を欲するのは『欲するものを手に入れるための手段』が欲しいからだ。 1言で言うなら、人が『王位に付く』ということは『ただそれだけ』だ。 金が欲しい、名誉が欲しい、食べ物が欲しい、身を護る力が欲しい………… 愛が欲しい。 そんな欲望を満たすための…… ただの手段だ。

 

 カネがあるなら遊んで暮らせばいいし、力があるなら鍛える必要は無い。 ()()()()()()()()()()()()()()。 なんて、わざわざ自分から損を被るような…… そんな聖人のようなヤツなんて存在しないのだ。

 

「フフフ…… 何という…ままならぬものよ……」

 

 口角を吊り上げたガゼフは、額に右手を当て、天を(あお)いで嘆息(たんそく)する。

 

此方(こちら)を立てれば、彼方(あちら)が立たず。 彼方(あちら)を立てれば、此方(こちら)が立たず。 全く、等価交換とは厄介なものだ)

 

 なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。 と、ガゼフは肩を上下に揺らす。

 

 ずっと張り詰めていた空気が、多少は緩み。 最後の仕上げだと、気合を入れた仗助の能力で至宝は1つになる。 幾つもの螺旋(らせん)を描くように、複雑に捻れた黄金の破片は、2時間以上の時と手間を掛けて、ようやく元の姿へと戻ったのだった。

 

「流石によぉ~~ こんくれーの大きさになると重てぇ  よなぁ~~」

 

 仗助は、予想外の事態に苦笑いを浮かべる。

 

 ……元の姿を取り戻した『杖』は、明らかに大きすぎた。 長身の承太郎よりも一回り大きい金の杖は、2メートルを優に越えていたのだ。

 

 淡く、柔らかい魔法の光に照らされた異形の杖は…… 磨き抜かれた鏡のように、キラキラと光を反射していた。 吸い込まれそうなほどの透明な輝きを放つ宝玉と、浴びた光を増幅して反射しているのかと錯覚するほどの見事な黄金。 この芸術作品が光源以上に輝いて見えるのは…… 暗いと文句を言った億泰に、シズが新たな光源を用意した為か? それとも杖自体が放つスゴ味のせいか?

 

「ウッカリ落とさないでよ? せっかく直したんだから……」

「大丈夫だって…… 3~40キロ程度ならよぉ~~ スタンドで持上げればヨユーだろ」

 

 生身では持上げるのすら一苦労する金塊も、近距離パワー型のスタンドならば何の問題も無い。

 

 <クレイジー・(ダイアモンド)>の白い腕を、自分の身体からズラす様に実体化させた仗助。 だが、杖に伸ばした腕は途中で止まった。

 

「おっと…… 遺体の手に戻す前に、手を合わせるのを忘れていたぜ」

 

 仗助の、呟くように発せられた一言。 承太郎達一同は、玉座の白骨化した遺体へと手を合わせた。

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

 

 うろ覚えのお経を唱える億泰。

 

「成仏してくれよ……」

「してください……」

 

 本気で冥福を祈る仗助と康一。

 

「…………」

(けがれ)れ無き御霊(みたま)が、四大神の祝福を受け天に召されんことを……」

 

 そして、黙祷を捧げる承太郎と、現地の宗教であろう…… 四大神という神に祈るガゼフ。 思い思いの方法で祈りを捧げ、改めて杖を持上げる。

 

 持上げて最初に思ったことは。

 

「……んん? 思ったより軽いな……」

 

 であった。 見た目よりは…… が頭に付くが、金が材料にしては軽すぎた。 重さを軽減する、あのオーバーテクノロジーが使われているのか? はたまた金だと思っていたのは勘違いで、別の素材が使われていたのか? だが仗助は、調べる方法も意味も無いため、まあいいやの一言で疑問を片付けた。

 

 遺体の左手は、壊れる前は杖を持っていたのか、右手と比べて少し開いていた。 巨大な杖を、遺体が崩れてしまわないように、王座に寄りかからせるようにして遺体の左手に持たせた    

 

 

 

    瞬間だった。 

 

 

ブワァアッ!!

 

                  ド ド ド

「うわああああああああああっ!!」

 

 遺体が杖を手に収めた瞬間。 ねじくれた杖から湧き上がる、ドス黒く邪悪なオーラ。 そのドス黒いオーラを背にするよう時折、赤銅(しゃくどう)色のオーラが陽炎(かげろう)のように立ち(のぼ)るって行く。 黒く透明なガス状の何かは、人の顔の形へと変わり、苦悶(くもん)の表情浮かべ…… 崩れ…… 消えていく。 まるで人の魂が炎に灼かれ、苦痛に呻きながら消えていくようだった。

 

 肉の無い、骨の腕が……

 

ガシィッ

 

 驚いて手を離してしまった仗助の代わりに、杖を(しか)と掴む。 ゆっくりと…… 感触を確かめるように、うなだれていた髑髏(どくろ)の王が頭を動かし…… 正面を向く。 そして、その頭蓋に空いた空虚(くうきょ)眼孔(がんこう)に、赤い炎が灯った。

                  ド ド ド

 骨の(むくろ)が、左の(かいな)に携えた杖を突く。 

 

カシン   

 

 涼やかな音を響かせ、杖は鳴る。 (むくろ)はそのまま、ゆっくりと立ち上がると…… 炎が灯った眼孔を、まずは康一に。 そして億泰…… 仗助へと注ぎ。 最後に長い時間、承太郎を注視する。

 

「…………」

「…………」

 

 両者睨み合う。 初めて出会った異質な存在に、どうしていいか判断が付かないのだ。 

                  ド ド ド

 張り詰める空気。 引き裂かれる寸前までに高まった緊張感。 血圧が急激に上昇し、心拍数が増加する。 混乱する脳よりも先に、身体が戦闘の準備を進めていた。

 

 これが、この存在が、ガゼフやニグンが言っていた不死者(アンデッド)か。 生命を憎み、殺す存在か。

 

 承太郎は、止め処なく流れる冷や汗を拭うことすらできずに歯噛みする。

 

(マズイ…… 近すぎる。 撤退するにも4人を連れていては不可能だ……ッ! 2.5秒は短すぎる!)

 

   自分が殿(しんがり)となって戦い、他の四人を逃がすか? そう、考えた時だった。

                  ド ド ド

 

 

    空条…… 承太郎………」

 

 

 

 ポツリと、その男の名を呼んだのだった。

 

    !!」

 

   承太郎は戦慄する。

 

 

(コイツは誰だ? 私達の事を知っているのか!? 何故…… 状況がヤバ過ぎる……!)

 

 ありえない状況に、思考がバラバラに砕け散り…… 纏まりが付かない。 黄金の杖を手にした瞬間。 突如動き出した、白亜の骸に名を呼ばれた承太郎達は。 驚愕に大きく眼を見開き、完全に凍りついたのだった。

 

 

 

to be continued・・・




国盗り物語で、制度の話は避けて通れないよね



――没ネタ――

~自分で呼んだワーカーにナザリック盗掘される~

モモンガ「う~~ううう… あんまりだ…… HEEEEYYYY!!」
    「あぁぁんまりぃぃいだぁぁあ  ッ!」
    「AHYYY(アヒィィイ)!! AHYYY(アヒィィイ)!! WHOOOOOHHHHHH(ウホォォオオオ)!!」
ピタリ
モモンガ「ふー、スッとしたぜ」スッキリ
    「俺は激昂(げきこう)してトチ狂いそうになると精神状態が安定するんだ」

すきなとこ:こんなんしたら激昂(げきこう)させた側が完璧ブルっちまうやん!

ボツりゆう:ちょっとかっこわるいです……




たくさんの誤字報告ありがとうございます。
眠い眼擦りながらだと誤変換になかなか気が付かない!


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終わりの始まり の巻

「…………はぁ」

 

 魔法の光が、柔らかくも眩い光を煌々と放ち。 部屋の中央に置かれている、黒曜石(オブシディアン)で作られた傷ひとつ無い巨大な円卓を照らす。

 

「何処かで会いましょう…… か……」

 

 透明感のある深い黒の円卓は、その身体を濡れ羽色に染め上げ。 41脚ある、豪奢な椅子と組み合わされ、華々しい空間を演出し  

 

「何処で…… 何時、会うのだろうね……」

 

 ……1つだけ埋まった席が、哀愁を漂わせた。

 

    ふざけるな!」

 

バン!

 

 骨の両腕が、オブシディアンの机を叩く。

 

 41席ある椅子に座る影は、ただ一人。 去り逝くかつての思い出を、肩を震わせ噛み締める。 彼の名は…… 鈴木悟。 またの名を   モモンガと言う。

 

「ここは皆で作り上げた、ナザリック地下大墳墓だろ! 何故、こんな簡単に棄てる事が出来る!」

 

 肉も皮も無い骨で出来た彼は、これからたった一人で…… 世界の終わりを待つ事となる。

 

「……いや、違う。 現実と空想、どっちを取るかの選択そしただけだよな。 みんな苦渋の選択だったんだ…… 誰も裏切ってなんかいない」

 

 YGGDEASIL(没入型ゲーム)の終わりを。

 

 終わりかけのゲームではなく、現実を選んだだけだ。 そう、自分に言い聞かせるように呟いたモモンガは、ゆっくりと立ち上がり部屋の壁に向かって歩いていく。 彼が向かった先には、1本の(ねじ)くれた杖が壁に飾られていた。

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの象徴 Staff Of Ainz Ooal Gown(スタッフ オブ アインズ ウール ゴウン) だ。

 

 ギルド最強の武器にして、ギルド維持の要であるこの豪華絢爛な杖は、ギルド武器と言う。 1つのギルドに付き1個しか作成できないこの武器は、通常の武器とは比べ物にならないほどの強化が可能であり、この杖も(れい)(たが)わず莫大なリソースが注入されていた。

 

 ゲームプレイヤーが作成できない世界級(ワールド)を除き、9段階ある希少価値(レアリティ)の中での最上位。 神器級(ゴッズ)アイテムに神器級(ゴッズ)アイテムを組み合わせた、この最高にして最強の武器。 モモンガ曰く神器級(ゴッズ)の枠を超え、「世界級(ワールド)に届きうる」とまで言わしめる可能性を持つのだ。

 

 そんな武器が、何故。 このような地下深くに、1度も使われる事無く…… 飾られるがままになっているのか? それは、ギルド武器が破壊された場合、ギルドが解散してしまうからだ。 ギルド武器の破壊は…… ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの破壊と同義であり。 ギルドの象徴であるこの武器は、言ってしまえばギルドそのものなのだ。

 

 仮にギルド武器が破壊され、ギルドが崩壊した場合はと言うと、そのギルドに所属していたメンバーは『敗者の烙印』というものを常時、頭上に浮かべる事となる。 特別なマイナス効果もプラスも無いが、敗者の証であり…… 屈辱の極みである。

 

 やがて、モモンガが壁に飾られている杖の前まで到達すると  

 

 チラリ

 

 と、自身の装備に目を向けた。 現在、モモンガが普段使用している装備は、狩りを行なうための失ってもあまり痛くないレアリティの装備で固められていた。 茶色の、わざわざ目立たない外装を選んだローブだ。

 

「……この格好じゃあ情けないよな」

 

 「最後だから」と、そう呟いたモモンガは、ギルドマスターらしい格好に着替えるために、コンソールを操作する。 虚空に半透明の文字盤が浮かび上がり、自身が持つ最高の装備をタッチ操作で選んでゆく。

 

 何も無い虚空から、現在まで装備していた茶のローブが虚無(きょむ)へと消え、黄金で縁取られ宝石で装飾された、漆黒のガウンが現れる。

 

 現実世界では到底成し得ない奇跡の技だが、所詮この場は仮想現実(ヴァーチャル リアリティ)…… 虚構の世界だ。 無から有を生み出し、有を無に帰すのも、ゲームの中では造作も無い。 最早有って当たり前の機能だ。 むしろ無い方が「不便だ」と、クソゲー扱いされるだろう。

 

 頭の頂から、足の爪先まで、全身を神器級(ゴッズ)の装備で固めたモモンガは、視界の端に映るHead Up Display(ヘッド アップ ディスプレイ)が自身のステータスの上昇を示している事を確認した。

 

 ギルドの象徴を手にするに相応しい姿。 完全武装へと着替えたモモンガは、ギルド武器へと手を伸ばし……

 

「………ッ」

 

 手を止め、逡巡する。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。 作成してから、一度も使われた事の無い…… 切り札にして弱点の、矛盾せし最強の杖。 輝ける過去の結晶。

 

 故に迷う。 こんな終わりかけの世界に解き放って良いものかと。

 

「やっぱり…… ダメだよな……」

 

 ギルド武器へと伸ばしていた腕を、力無く垂れ下がらせた。 輝かしい記憶を宿すギルドの象徴を、今の残骸と成り果てた時代に引きずり落としたく無かったのだ。

 

 モモンガは虚空へと手を差し込み、試作品のギルド武器を自らのインベントリから取り出す。 本物のギルド武器はインベントリに仕舞う事ができないが   そんな事が出来たら、持ち主がログアウトするだけでギルド攻略が不可能になってしまう   この試作品は、データ量にスキ間のあるただの神器級武器のガワでしかない為、入れておくことが出来る。

 

 試作品と言えど、見た目は全く同じ。 それもそのはず、ただ単にデータをコピーすればいいだけなのだから。 性能以外に違う場所など、名前位なもの。 手に収めた瞬間、赤銅色(しょくどういろ)のオーラが吹き上がり、人の苦悶の表情へと変わるのも同じだ。

 

 だからだろう。 何度見ても、この杖の感想は   

 

「……作りこみ、こだわりすぎ」

 

 だった。

 

 時刻は、既に23時半を過ぎた。 来るかもしれないと身構えていたプレイヤーも、来てくれるかもしれないと期待していた仲間も、来る可能性がほぼ無いに等しい事はモモンガも心得ていた。

 

 モモンガは振り返る。 見えるのは41の空席。 以後、二度と使われる事の無い……冷え切った椅子達。

 

 湧き上がる複雑な感情を押さえつけ、寒さに追い立てられるように彼は円卓の間を後にする。

 

 特定条件以外で…だが。 ギルドメンバーのみに与えられた Ring Of Ainz Ooal Gown(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持っている者がゲームにログインすると、円卓の間に出現するようになっている。 だが、かつての仲間も先程ログアウトしてしまった。 最早…… この寂しい部屋で、過去の仲間をひとりぼっちで待つ必要も無い。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 モモンガが向かう先は、ナザリック最奥…… 玉座の間。 たった30分で、ナザリックの防衛トラップと守護者達を(くぐ)り抜け、敵対プレイヤーが玉座まで来れるハズが無い。 ならばせめて、最後は玉座の間で。 と、思ったからだ。

 

 楽しかった思い出に浸りながら廊下を歩く。 右も左も、天井でさえも細かく装飾が施されたロイヤルスイートは、ナザリックの誇りであり…… 生きた証だ。

 

 途中で追従(フォロー)させた、戦闘メイド達とセバスを待機させ、モモンガはドカリと王座に腰を下ろす。 

 

 アルベドの設定を変更するのに悪戦苦闘している間に、終末(サーバーシャットダウン)まで残り3分を切ってしまった。 流石に『雌犬(ビッチ)である』というのは可哀想過ぎると思ったからだ。

 

 モモンガの「ひれ伏せ」とのコマンド入力で、セバスや戦闘メイド達が王座に座るモモンガの眼下で(ひざまず)く。 すぐ横で微笑を湛えたアルベドが、タブラが持たせたのであろうギンヌンガカプを手に、(こうべ)を垂れる。

 

 残り1分。 過去の思い出が走馬灯のように去来する。 ()()()()()()()()()()41通メールを送ったが、実際に来てくれたのは、ほんの一握りだった。

 

 でも、それでも良かった。 だって…… そうだろう?

 

「そうだ…楽しかったんだ………」

 

    楽しかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガは椅子に体重を預け、眼を閉じる。

 

 シャットダウンまで残り10秒……

 

 明日は4時起きだ。 サーバーシャットダウンしたら、すぐに就寝しなければ仕事に差し支える。 現実に戻ればシャツとトランクスだけの、だらしの無い格好だが、どうせすぐにベッドに入るつもりだったし、一人暮らしなので誰かに見られる心配も無い。

 

 時を数える。 5秒前……

 

 

 

 4…… 3…… 2…… 1……

 

 

 

    ゼロ。

 

 何かが光った気がした。 それと爆発した音も。

 

   !? グッ!」

 

 グニャリとした感覚と共に、脳を揺さぶる衝撃がモモンガを襲い。 抗え切れぬ、睡魔に似た浮遊感に流されるまま、モモンガの意識は失われて行く。 闇夜の霞に、覆われて行く意識の片隅で。

 

 

 

    手に触れて感じていた、左手の確かな感触が砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経過しただろうか? 唐突にモモンガの意識が覚醒していく。

 

「流石によぉ~~ こんくれーの大きさになると重てぇ  よなぁ~~」

 

 ボンヤリとした思考に、一石を投じるように。 モモンガの耳に話し声が聞こえた。

 

(……? あれ、おかしいな…… 確か…サーバーは落ちたはずで……)

 

 まさか、何らかの原因でサーバーのシャットダウンが延期。 さらには寝落ちしてしまったのか? と、焦りを含んだ良くない予想が頭を()ぎる。

 

(いい!? 今、何時……ッ!)

 

 慌てて時刻を確認しようと、モモンガが眼を開くと。

 

「ウッカリ落とさないでよ? せっかく直したんだから……」

 

 目の前には5人の人間の男達が。 ナザリックを攻略しにきたプレイヤーだろうか?

 

(うおおおっ!! イキナリ5対1って! な、なんで玉座の間まで…… っていうか近ッ!) 

 

 声に出さずに焦るモモンガ。 彼は遠距離戦を得意とする、魔法詠唱者のため…… この距離、この人数差では一方的に攻められて倒されてしまうだろう。 2対1で問題なく勝てるのは、たっち・みーくらいしかいないのだ。 まぁ、タンカーとアタッカーを両立できる彼を引き合いに出すのが間違っていると言われてしまえば、それまでなのだが。

 

 今すぐログアウトしないと会社に遅刻する   もうしているかもしれないが   と、説明してログアウトするべきか? それとも、覚悟を決めて魔王ロールをして歓迎するべきか?

 

 絶体絶命の窮地! 二者択一! どうするモモンガ……! ナザリックの名誉は彼の手に掛かっているぞ……!

 

 そして…… 悩みに悩んだ彼は    

 

 

 

(攻撃してくる様子が無いし…… と、とりあえず様子見で……)

 

 現状維持を選んだ……

 

 モモンガが、薄眼を開け   意味は無い   観察していると、どうやらモモンガの事を遺体か何かと勘違いしているのが見て取れた。 何故ならば……

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

 

 こちらに向かって手を合わせ、口々に冥福を祈られているからだ!

 

(ええー!? いや確かにガイコツだけれども! アンデットだから死んでないし! いくらなんでも酷くない!?)

 

 アンデットに成仏しろと言うのは、遠回しに消えろと言っているのか! 会って顔を合わせた瞬間にコレは酷すぎだろ! と、内心で思っていても口に出せるほど、鈴木悟の心臓には毛が生えてはいない。

 

 「お引き取り下さい」と言われて「お前が息を引き取れ」と、楽に言ってのけてしまう、そんな、ぶくぶく茶釜さんに痺れる憧れてしまうモモンガだった。 こんな時のために気の利いた文句の1つでも考えておくべきだっただろうか? そんなフウにモモンガが現実逃避していると。

 

(……え? アレって…スタッフ オブ AOG レプリカ?)

 

 寝ている間に手から落ちたのか、黄金の杖が床に転がっており。 なんと! その杖を、髪型がハンバーグみたいな少年が、モモンガに持たせようとして来るではないか!

 

(えっ! ちょっ、待って! それはマズイ! それはマズイんだぁぁああ!)

 

 当然の事ながら、この杖をモモンガが持つと、モモンガのキャラクターIDに反応して巨匠のこだわりが出て来てしまう。 つまり、オブジェクトだと思っていたガイコツが、モモンガというプレイヤーだとバレてしまうのだ!

 

 モモンガの必死の祈りも天に届かず、ついに黄金の杖は左手に触れる。 当然の如く、匠の技は遺憾無く発揮された。 そして吹き上がる漆黒のオーラ。 怨嗟(えんさ)の魂。

 

「うわあああああああああ!」

(ひぇ    !)

 

 驚いた少年の絶叫で、つつかれた猫のように肩を跳ねさせたモモンガ。 肉の無い手でガッチリと、反射的に杖を握ってしまう。 最早、寝たふりは通用しない。 覚悟を決めて魔王ロールをやり遂げ、華々しく散るべきなのだ。 

 

 縮み上がる心を奮い立たせる合図として、金の杖を打ち付ける。 涼やかな音を奏でるこの杖が、本物のギルド武器で無いことが残念だ。 5対1とか、正に『勇者vs魔王』では無いか。 ……いや、1人多いかもしれないが、とりあえずは、ナザリック最強の武器と共に勇敢に戦い、全身全霊全てを出し切って終わる事が出来たハズだったのに。

 

 心の中で溜息をついて、雰囲気たっぷりに立ち上がったモモンガは、イメージの中の魔王っぽい感じで5人を睥睨する。 身構えた少年達の体が二重に振れて、幽霊のような姿が    

 

(………んん?)

 

 既視感(デジャビュ)があった。 モモンガは彼等を……… 知っている。

 

(何処かで…… ええと、何だったかなぁ……?)

 

 喉元まで出かかっているのに、出て来ない。 そんなもどかしさを振り払うように、モモンガは全力で記憶を掘り起こす。

 

(名前は確か…… 九条…いや、違う。 だけど近いよな……)

 

 何処で…… いや、()()()()()()()()()()のだったか? と、考えていた…… その時だった。 モモンガの脳裏に、過去の楽しかった記憶が、唐突にフラッシュバックする。

 

 本…… そう、面白いマンガがあるからと(すす)められ、読んだ電子書籍のキャラクターだ。 まぁ、200巻近い量の為、途中までしか読んでいなかったが。 だが、誰だったか? ()()()()の事なので、記憶が曖昧だ。 確か、その友人は彼等の事をこう言っていた。

 

『こいつらは、ションベンたれ康一に、あほの億泰…… それにプッツン仗助と承太郎だ……』

 

 ああ! そうだ、これだ! モモンガは、正解を掘り当てた瞬間、思わず名前を口走ってしまう。

 

「空条…… 承太郎……!」

 

 目に見えて、相対している5人に緊張が走るのが分かった。 大人気だった書籍といえど、流石に150年前の作品を知っているとは思わなかったのだろう。

 

 彼等の背後に(たたず)むように浮かんでいる、幽霊のようなヤツは一体何だろうか? 無詠唱で召喚したとしても、ズレるように(あらわ)れるなんて…… ユグドラシルのシステム的に変だった。 知らない内に、コラボイベントでもあったのだろうか。 だが、わざわざ150年前のマンガとコラボする意味がない。

 

(おっと、待たせ過ぎてしまった。 ええと、最初のセリフは…… よくぞ来た、勇者達よ! だよな)

 

 モモンガは翼を開くように、ゆっくりと両腕を広げた。

 

 お手本はその昔、1年に1度だけ巨大化するという、サー・チココ・バヤシという名の魔王だ。 女性のハズなのに閣下(Sir)と呼ばれていた彼女は、自身をかたどった巨大なゴーレムの手の上で演説し、日本中にその声を轟かせ、恐怖を振り撒いたという。 その巨大なゴーレムは、ガルガンチュアに匹敵する大きさ誇ったというのだから、驚きだ。 モモンガは、その話を聞いて、いつかガルガンチュアを使って名乗りをしたいと思いつつ。 巨大地底湖の外に出せないのだから、無理だと諦めたのはいい思い出だ。

 

 抱き竦めるように、両腕を広げたモモンガは。 「世界の半分をやろう」と、お約束のセリフを言うべく気合いを入れ    

 

「にょくぞ来た!」

 

 ……噛んだ。 噛んでしまった。 一世一代の大舞台で、緊張し過ぎてしまったのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 どうしたらいいのか解らず、バンザイの状態で固まるモモンガ。 立ち上がったと思ったら、第一声を噛んだ彼に混乱し、ポカンと口を開けた状態で眺める仗助達。

 

 せっかくの雰囲気も、いい感じに高まった緊張感も。 全て雲散霧消してしまい、何とも言えない緩んだ空気が流れる。

 

 誰か助けてくれ。 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆い、(しゃが)み込んでしまいたくなる…… その時であった。 スゥーッと、心が沈静化されていくのが感覚で解る。 非常に不可解な感覚だが、今この状況では 有り難かった。

 

 同時に、冷静さを取り戻したモモンガの足元で、シズが(ひざまず)き。

 

「モモンガ様、ご無事でうれしい。 CZ2128Δ、御身の前に」

 

 抑揚の抑えられた、しかし流暢な言葉で臣下の礼をとる。

 

(……え? シズ・デルタって…… NPCの? コマンドも入力して無いのに、何で喋って……)

 

 モモンガを認識し、滑らかに身体を動かし(ひざまず)く動作。 意識が戻った事をトリガーとして、適切な内容の文言を選ぶAI。 ユグドラシルでは有り得ない程、この処理は…… ()()()()()

 

 そもそも、NPCに搭載されている人工知能(AI)と言う物は、ただのプログラムだ。 『この状況』になったら『こうする』。 『この命令』が入力されたら『この作業・手続き(サブルーチン)』を読み込み実行する。 など、()()()()()()()()にしか効果が無い。 有限の処理能力しかないAIには、現実に起こりうる問題全てに対処することなど出来ない。 これを『フレーム問題』と言い、機械には想定外を想定外のままにしておく。 つまるところ…… 『考えるのをやめる事』が出来ないのだ。 無限の数の想定外に全て対応しようとすると、無限の数の対応プログラムが必要になってしまうのだ。

 

 明らかにゲームの処理能力を逸脱(いつだつ)しているシズ。 不可解な事態の連続に混乱し、開いた口が塞がらない。

 

(…………ん? ()()()()?)

 

 恐る恐る、モモンガは自分の顔に触れた。

 

    !! く、口が動く! 表情が動くなんて、ユグドラシルでは有り得ない!)

 

 そう。 だから、処理能力に限界があるユグドラシルでは、いちいち面倒なエモーションを表示するか、オーバーなジェスチャー…… 又は両方を駆使して、感情を伝えるのだ。

 

「……? 気分、悪い?」

 

 シズが小首(こくび)(かし)げ、モモンガに気を遣う発言をする。 やはり、と言ったところか。 予想通り、シズの口は動いていた。

 

「い、いや。 なんでもないで…… 気にするな」

 

 敬語で返答しそうになるが、言い直す。 設定どおりな口調で喋り、高度な受け答えをすると言っても、シズは所詮NPCだと言い聞かせて。

 

 ()()()()()に話しかけるなんてメルヘンチックな、ある意味純粋な心は…… 当の昔に消えてしまっている。

 

 ……が。

 

 あまりに人間らしさを見せるこの少女を、あっけなく無視することが出来る程、非情にもなれないモモンガであった。

 

「状況…… そう、現在の状況を教えてくれ」

 

 そして、ついにモモンガは、シズに、かねてより気掛かりであった…… 破壊され尽された玉座の間について問いかけた。

                  ド ド ド

「はい。 現在時刻より98時間43分前。 モモンガ様の スタッフ・オブ・AOG が、何者かの攻撃で…… 突如破壊された」

「なっ!? 破壊されただと!!」

 

 一体誰に!? でもどうやって! 玉座入り口には侵入者パーティ2組の12名を、楽に撃退できるほどの防御用モンスターが配置されている。 そもそも、9階層のロイヤルスイートを除いて8階層あるダンジョンを、モモンガに気付かれず攻略するなど不可能だ。

                  ド ド ド

 一人、動揺し。 考え込むモモンガに、その先を続けていいのかとシズが待機している。 それに気付いたモモンガは、ジェスチャーで続けるようにシズに(うなが)した。 シズはコクリと(うなず)くと、相変わらず抑揚の無い声で喋りだす。

 

「さらに、原因不明の精神異常が発生。 階層守護者同士で戦闘が勃発した。 アルベド様。 シャルティア・ブラッドフォールン様。 コキュートス様。 アウラ様。 マーレ様。 デミウルゴス様が Killed In Action(戦死) されました」 

                  ド ド ド

 モモンガは、目の前が暗くなるような錯覚に囚われる。 足元が、ガラガラと音を立てて崩れていくような…… そんな喪失感を味わった。

 

「なん……だと……! 守護者同士で…争ったのかァッ!!」

 

 モモンガ自身も、内心驚くような大声が出た。 悲嘆(ひたん)(いきどお)り、悔恨(かいこん)などの負の感情が混ざり合い、怒気となって口から出してしまったのだ。

                  ド ド ド

「申し訳…… ありま…せん……」

 

 怯え、俯くシズ。 膨らんだ風船が(しぼ)んでしまったかのように、精神が沈静化されたモモンガは。 その小さな背中を見て、罪悪感を(つの)らせたのであった……

 

 

 

 

 

to be continued・・・




ヘロヘロ「出番が!」

※犯人はヤス。 みたいに、ピンときてもコメント欄でネタバレしないようお願いします。
 犯人の事を書くときは、ぼやかしてフワッとした感じで!


今頃AOG杖無いと設定変更出来ない事に気が付いた。 ヤバイ。
ビッチ設定のままでもよかったけど、不便。 なので、苦しい理由だけどツールで変更したことに。

円卓の間→玉座でシャットダウンまでは、原作と同じように進んだと想定しています。
キングクリムゾン! 飛ばし気味だったから不安。

仗助達コーコーセーに手を出したら犯罪だよ犯罪! 彼ら未成年よ~~?


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さらば愛しき主人よ の巻

 昂ぶった心が精神の沈静化により冷却され、妙に思考がクリアになったモモンガは、この奇妙な感覚には慣れそうもないなと思いつつ…… 顎に右手を当てて、シズから聞いた情報を分析する。

 

(原因不明の精神異常で、NPCが同士討ちし始めた…… そして、何者かの攻撃でスタッフ・オブ・AOGが破壊された?)

 

 PG(プログラム)で動作するNPCが、一人歩きしているのは有り得ない。 さらに、精神攻撃を無効化する特性や、耐性スキル、装備をさせている守護者達が混乱、又は狂戦士(バーサク)化させられるなど有り得ない。

 

(いや、杖の破壊の方が先だったか? ……うん? じゃあこの杖は、破壊されていないとおかしく無いか?)

 

 モモンガの左手には、無傷のレプリカが握られている。

 

 運営が狂っていると言われる、数多くの理由の一つにユグドラシルのとあるシステムの仕様上、神器級(ゴッズ)だろうがノーマルだろうが、一度破壊された装備は2度と元に戻らないと言うものがある。 装備破壊の攻撃や罠がフツーにあるくせに、だ。

 

 壊された装備を、高かろうと一部分でも直す課金アイテムを実装すれば、飛ぶように売れただろうに。 あのクソ運営は、(かたく)なに売り出そうとはしなかった。

 

(なーにが、覆水盆に返らずだよ。 変な所ばっかりこだわりやがってさ)

 

 モモンガは口には出さず、心の中で悪態を吐く。 だが、内心それもそうかと…… 納得もしていた。

 

 破壊された装備を直す、そんな便利な課金アイテムなんて実装すれば、敵の装備を破壊する事に特化した、ヘロヘロのスキルビルドが無駄になってしまう。 スライムという種族特性上、筋力が上がり辛い為、嫌がらせに特化したPVP特化スキルビルドなのだ。

 

 人的にも物的にも時間的にも、莫大なリソースを注入し、苦労して作成した装備を破壊してくるヘロヘロ。 その特徴的なスキルビルドのおかげで、ヘロヘロの姿を見ただけで敵対プレイヤーが逃げ出す程に、彼は蛇蝎(だかつ)の如く嫌われていたのだ。

 

(ペロロンチーノさんは、ヘロヘロさんのスキルを『装備だけ溶かす、都合の良い液体』と言っていたけど…… なんでだ? HPにほぼダメージが入らないんだから『都合の悪い』が正解じゃあ無いのか?)

 

 その後、姉の茶釜に殴られていたので何かしらの冗談だったのだろうか。

 

「シズよ。 この通り杖は無傷だが…… 本当にこの杖が破壊されたのか?」

 

 コクリと頷くシズ。

 

「彼に戻の状態に戻してもらった」

                  ゴ ゴ ゴ

 有り得ない。 と、モモンガは。 眼孔の闇に灯る、赤い炎を大きくさせ、瞠目する。

 

「まさか……!」

 

 本当に彼等は、本物のスタンド使いなのか。

                  ゴ ゴ ゴ

 そしてこの訳の解らない状況は何なのだ? 視界に映っていたHUDは、いつの間にか消えていた。 いくらモーションコマンドを入力しても、GMコールが繋がるどころかコンソールすら開かない。 おそらく、これではログアウトも強制終了も不可能だろう。 そして何より不思議なのは、シズの言葉を信じればだが…… モモンガは、3日も意識を失ったままだったと言う事だろう。

 

「おい…… 何でオメーは承太郎さんの名前を知ってんだ? 敵なのかよオメーはよぉ~~」

                  ゴ ゴ ゴ

 一人で考え込んでいたモモンガに、仗助が誰何(すいか)した。

 

「……あなた達は、本当にあの?」

「……オメーの言ってる『あの』ってのが何なのかは知らねーけどよぉ~~」

 

 ふん、と仗助が軽く鼻を鳴らした。 胸をそらしつつ、唇を突き出すようにしながら言う。

                  ゴ ゴ ゴ

「その杖を直したのは俺達だぜ。 頼まれたからな…… それでよぉ~~ オメーの質問に答えたんだから、俺の質問にも答えろよコラ」

 

 どうやら、迂闊に承太郎の名前を口にした所為で、モモンガに敵意があるのか疑われているようだった。 シズ(みずか)ら、モモンガの足元で臣下の礼を執っているので確信が持てず、図らずも膠着していたのだ。

 

 だが。  モモンガに、言葉を濁して答えない選択は無い。 スタンド使いの一人、虹村億泰は、かつてのギルドメンバーやまいこのような性格をしている。 このまま煮え切らない態度をとっていれば、もしかしたら…あの脳筋教師のように「一発殴って見ればわかるかも」とでも言い出しかねなかった。

 

 当然、モモンガは殴られたくは無いし、削られたくも無い。 痛い思いなんてまっぴらだ。 なので  

 

 「い、いやいやいや!」

 

 手をチョップの形で突き出し、パタパタと左右に振る。

 

「昔読んだ本に書いてあって! それを思い出したときに、思わずポロっと言ってしまっただけで!」

「本って…何の本なんだ?」

                  ド ド ド

 ギクリ。

 

 モモンガは 言葉に詰まる。 ケツの穴にツララを突っ込まれたような、気味の悪い寒気が襲う。 正直にマンガの本ですと言っても、絶対に信じてなどくれないだろう。 必死で頭を働かせ、何かヒントになる物は無いかとあたりを見渡す。 そして、承太郎へと目が止まる。

 

(    !!)

 

 モモンガの脳裏に、一筋の光明が射す。 これだ、これしか無い! と、モモンガはそれに飛びついた。

                  ド ド ド

「ろ、論文…… とか?」

「……そーかよ。 まぁ、モノスゲー未来っつーんなら…… 有り得なくはない…かもな」

 

 よっしゃ! と言いたくなったが、ぐっと堪える。 まだ、仗助の表情から半信半疑なのが見て取れるからだ。

 

(そーいやぁ承太郎さんが、ヒトデの論文を書いてるっつーのを聞いた事があるぜ。 もしかしたら、それを読んだのかもしんねーな)

                  ド ド ド

 仗助の質問が途切れたのを見計らい、承太郎がモモンガへ「私からもいいか?」と話しかけた。

 

「あ、はい。 どうぞ」

「先程呼ばれていた『モモンガ』という名前は、何かしらのコードネームか渾名(あだな)だろうか?」

「あ…いえ、それは違います。 モモンガはキャラクター名でして。 コードネームなんてそんな…… 中身はただの、鈴木 悟っていう会社員です」

「…………? よく、理解出来ないのだが……」

 

 ガイコツ姿の恐ろしい外見とは裏腹に、受け答えの端々(はしばし)に見える『普通の人』っぽさ。 最初の印象とは真逆の、なんというか『人の良さ』が滲み出ていたせいだろうか? それとも、見た目とのギャップのせいだろうか? 1発目の台詞を思いっきり噛んだ際に流れた、緩い空気が更に緩んで行く。

 

「何故そのような姿になったのか…… 聞いてもいいか?」

「え、ええ。 実は、自分でも今の状況がよくわかってないのですが……」

「それでも構わない。 知っている事は何でも話してくれ。 どうやら、私達と似たような状況に(おちい)っているようだ…… 何か、力になれるかもしれない」

「ええと…… 僕はさっきまで、ゲームを…… あっ、ナノマシンを使った、YGGDRASIL(ユグドラシル)ってタイトルの『没入型 大規模多人数通信(DMMO) RPGゲーム』なんですが」

 

 ナノマシン。 未来科学と言えばコレ。 と言っても、過言ではない程メジャーな技術。 それが…… さも当然のようにゲームという遊戯に取り入られていると、モモンガは語る。

 

 いきなり出てきた超科学の単語に、高校生三人は沸き立った。

 

「おおっ! ナノマシンだってよ億泰! スゲーよな、未来の科学ってヤツはよぉ~~ッ!」

「お、俺にはムツカシー事はわかんねーんだがよぉ。 いったいなんだよ…その、何マシンって?」

「ナノマシンだよ、億泰君! 眼に見えないくらい小さい機械を身体に入れて、ガンとかの病気を治しちゃうんだよ!」

「ヘェ~~ッ、未来ってスゲーんだなぁ」

 

 ……話に全く付いて行けないガゼフを置き去りにして。

 

 ナノミリメートル   10のマイナス9乗(0.000,000,001)の大きさ。 このサイズの機械を作り、直接体内に注入するという技術を、一塵大の機械(ナノマシン)という。 癌細胞『だけ』に抗癌剤を直接吹き付けたり、サイエンス・フィクションの作中では、ナノマシン同士が結合。 あたかも、生命体の細胞のように振舞(ふるま)ったりする…… という物もある。

 

 細菌やバクテリア以下、ウイルス(10~100ナノミリメートル)サイズの機械を作ることは不可能だ。 という意見もある。 だが、現状ではリソグラフィー技術(3Dプリンターのようなもの)を用いて製造し、歯車からモーター程度の機械的部品の試作に成功している。

 

 ちなみに。 ウイルスは増殖する際に、他の生物の細胞内に取り付く事が必要だ。 自己増殖が出来ないので、ウイルスは生物学的に、生命とはみなされていない。 天然のナノマシンだと表現する者もいる。

 

 彼等が驚くのも、無理も無い。 仗助達が生活していた1999年では、情報通信技術がこれ程まで発達するとは予想すらされておらず、例えば、スマートフォンどころかインターネット技術も未成熟だったのだ。

 

 彼らが生きていた1999年は、ようやく携帯電話からのインターネット接続サービス(携帯電話IP接続サービス)が開始された頃だ。 それからたった8年が経過した2007年に、Apple社の最高経営責任者(CEO) 故スティーブ・ジョブス氏が、高機能携帯電話(スマートフォン)のiPhoneを発表した。

 

 事実は小説よりも奇なりと言おうか。 科学技術は、予想を超えるスピードと方向性で進化していく。 近未来を題材にした過去のSF作品で、スマートフォンの登場・発達・普及を予想できた者はいただろうか? 様々な巨匠が未来を予想し、(えが)いてきたが、この、ただの板にしか見えない端末を1人1台持つ未来が来るとは…… 誰も予想できなかった。

 

 勝手に騒ぎ出す高校生に遠慮してか、モモンガは話を先に進めて良いのか迷う。 それに気付いた承太郎は「気にするな」とモモンガに告げる。

 

「その…… ナノマシンを使ったゲームが、これとどう関係するんだ?」

「え、ええ。 このゲームも、サービス終了が決まっちゃいまして    

 

 モモンガは、話し始めるうちに少しづつ…… 饒舌(じょうぜつ)になっていった。 自分で考えていたよりも、寂しかったのかもしれない。 まるで老人の思い出話のように、モモンガの話は留まる事を知らなかった。 そして……

 

「それで、ここ…… ナザリック地下大墳墓って言うんですが、最初のギルドメンバーの9人の内の1人。 弐式炎雷さんが、1人でナザリックを見つけて来ちゃったんですよ!」

「モンスターだらけの沼を、1人でですかァ~~!?」

「仲間を呼ばれる前に1撃死させれば問題は無いって。 頭おかしいですよねー」

「いやー、ゲーム廃神って人はブッ飛んだ人が多いから。 おもしろそうだなぁ…… 僕もそのゲームやりたくなってきましたよ!」

「ハハハ。 サービス終了しちゃいましたけどね。 あとナノマシンの注入と、端末に接続するために手術が必要ですよ」

 

 聞き手の康一が、興味津々と言った様子で。 相槌(あいづち)を入れたのも、モモンガの話に拍車を掛けたのだった。

 

「でもまぁ、ヘロヘロさんを呼び止めなくって良かったと思います。 もしかしたら、ヘロヘロさんも閉じ込められていたかもしれませんし。 もしそうなったら、なんと言って謝ったら良いか……」

「サトルさんはよぉ~~ 元の世界に戻りてぇーって思わねぇーんスか?」

「うーん…… どうでしょう? 戻ったって恋人も家族もいませんし…… 孤児なんですよ、僕」

 

 実は年上だったと知り、微妙な敬語で質問した仗助の表情が。 (マジぃ、ヤベェ事聞いちまったかなぁ)と、曇る。

 

「ああ、そんな(たい)したことじゃあ無いんですよ」

「ハァ!? え…な、なんでッスか?」

「あまり珍しいことじゃあ無いんです…… 僕の居た時代は。 環境汚染が進みすぎてしまって、強化人工心肺化の手術とマスクが無いと…… 外にも出られない始末でして」

                  ゴ ゴ ゴ

 表情が凍りつく。 気楽に話すモモンガと、側で姿勢を正した状態で待機するシズ   元から無表情だが   を除いた全員が。

 

 星の汚染によって、文明が滅びかけているだと? 何だ…… その、メソメソとした夢の無い滅び方は。 これじゃあまるで、自分が垂れたクソが溜まった…… 「肥えだめ」で溺れかけているネズミみたいじゃあないか。 人間はそこまで愚かだったのか。

 

 それならまだ、愛で空が落ちてきて世紀末になったとか。 とある石油掘削員が小惑星の破壊に失敗して、地球に衝突して破壊されたとか。 そんなフウな、パッと燃え尽きるような滅び方の方が、まだマシだ。

                  ゴ ゴ ゴ

「だからですかねぇ…… 結構居心地いいんですよ、この身体。 暑くも寒くもないし、眠くもならない。 僕の知ってるアンデットと同じ性質を持つなら、一々あのクソ不味いペースト食も食べる必要は無いですし、疲れ知らずなのでノンストップで山登りも出来ちゃいます」

 

 そういえば、会社の上司が「昔は綺麗だった」とか「山の頂上から見る景色は最高だぞ」とか、聞きたくも無い自慢話をしてきた事があった。 だが、当時はブ厚いスモッグに覆われて、景色なんて見えるハズが無かったし、山登りなんて強化人工心肺に多大な負荷を掛ける娯楽なんてもっての他だ。 レンタルだし。

                  ゴ ゴ ゴ

 それになにより、生まれてこのかた一度も自然に触れた事の無かったモモンガは。 ゲーム内では上ったことがあるが、リアルでの山登りなんてものに…… 全く興味が沸かなかった。

 

「……成程。 つまりゲームの終了と共に、鈴木君はこの世界に飛ばされてきた…… 体感的には、ゲームの中に閉じ込められた。 と、言う事か。 災難だったな」

「承太郎さん…… コイツぁ~もしかして…… 吉良の野郎の能力のせいじゃあないッスかね?」

「……そうだと言えない所が、もどかしいな。 吉良と鈴木君の接点が無い。 此処に岸辺 露伴(きしべ ろはん)川尻 早人(かわじり はやと)が飛ばされてきていない以上、ヤツは私達4人『のみ』を狙ったハズだ」

                  ゴ ゴ ゴ

 モモンガが話す、予想外の内容に驚きつつも。 現状を把握する為、情報を噛み砕き考え込む2人に。

 

「あの…… どうして此処へ来たのか、聞いてもいいですか?」

 

 モモンガが沈黙に耐えかねたのか、承太郎へ質問した。

 

「私達は『吉良 吉影(きら よしかげ)』という殺人鬼を追っていたのだが…… その男の『バイツァダスト』という能力で、どうやらこの世界へ飛ばされてきてしまったようだ」

「ああ、スタンド能力ですか」

「……よく知っているな」

  ! わ、私の友人に詳しい人がいて! 聞いてただけで、そこまでよく知らないんですけど! そ、それで『この世界』って何ですか?」

 

 慌てるモモンガに疑問を(いだ)きつつも、承太郎は片眉を上げただけで流す。

 

「先程までは『未来の地球』だと考えていたが…… どうやらその線も怪しい。 ナザリックと言ったか…… この巨大建造物を地下ごと飛ばす、なんてナンセンスだ。 何か目的があるならば、鈴木君のみを狙えばいい話だからな……」

「え? じゃあ地上は、毒の沼に覆われて無いと?」

「そうッスよ。 丘も谷も無い、ただの平坦な草原だったぜ」

「……草が鋭く凍っていて、歩くたびにそれが突き刺さる。 とか……」

「なんスかそれ。 ゲームじゃぁ無いんスからよぉ~~ そんなことあるワケ無いッスよ。   第一、そんな地形だったら此処まで来れねぇッス」

 

 それもそうだと、納得したモモンガは。 それと同時に、自分の置かれている状況が逼迫(ひっぱく)しており、最早YGGDRASIL(ユグドラシル)というゲームの世界ではないと。 そう、理解せざるを得なかった。

 

 アンデットの種族特性のおかげか。 奇妙に思える程、思考がクリアで落ち着いていられるのに、モモンガが不幸中の幸いだなと胸を撫で下ろしていると。

 

「随分とよぉ~~」

 

 億泰が、両手を頭の後ろで組みながらモモンガへ話しかけた。

 

「落ち着いていられるんだなぁ。 スゲー肝っ玉が据わってるっつーか…… 覚悟があるっつーか…… 感心しちゃうぜェ~~」

「あ~~っと…… どうやら、この身体…… 死の支配者(オーバーロード)って種族なんですが、精神作用無効の特性が効いているらしくって。 驚いたりすると沈静化するんですよ」

「ずっとクールでいられるっつー事かよ。 うらやましいぜ」

 

 驚いた表情で感心する億泰に、ハハハと笑うが。

 

(良い事ばっかりじゃあ無いのがなぁ……)

 

 喜んでいいものかと、悩ましく思うモモンガ。

 

 思い出話に花を咲かせている際、何度かこの沈静化が起こった。 焦りや怒りで我を忘れる心配が無い、というのは…… 何者かに攻撃を受けた状況では、喜ばしく思う…… が。 楽しかったりした時でも発動するのが、非常に不快だった。

 

「しかしよぉ~~ サトルさんが、NPC? の争いに巻き込まれなかったのは奇跡ッスよ。 今までずっと気絶してたってんだからよ」

「いや、恐らくは…… だが」

「……?」

                  ド ド ド

 承太郎が指差す、床に視線が集まる。

 

「鈴木君が座っていた玉座だが…… 不自然な程、無傷だ。 誰かが妨害した…… ()しくは、護っていたのだろう」

 

 承太郎の視線が。 白い布の包みに注がれる。 玉座の傍らに寝かされている…… 女性の遺体へと。

 

「……アレ、は? 一体、何です……か?」

「…………」

 

 承太郎は顔を伏せたまま答えず。 やがて、恐る恐る…… モモンガが布の端を持ち上げ    

                  ド ド ド

    !!」

 

 絶句した。 名状しがたい、複雑な感情が湧き上がり…… 沈静化する。

 

「ア…… アルベド……」

 

 辛うじて、だが。 彼女の名前を口にするモモンガ。 ヨロヨロと、彼女の横で両膝を着く。

 

「勝手に調べさせてもらった…… 申し訳ない。 死因は鋭利な刃物による裂傷、それに伴う失血だ。 背後に怪我が無く、前面に裂傷が集中している点を考慮して……  自らを犠牲に、鈴木君の命を護ったのだろう」

                  ド ド ド

 何故、こんな僕の為に。 ましてや、命まで失って。 動揺するモモンガには理解不能……   いや、見当は付いていた。

 

(アルベドの設定を…… 変えたからだ……ッ!)

 

    僕のせいだ。

 

 強く、強く。 骨の拳を握り締め。 歯は、食いしばり過ぎてギリギリと音を立てた。 後悔と、不意打ちで襲ってきた誰かへの怒りが。 心の中で、嵐となって渦巻いた。

 

「生きていたら…… 俺の<クレイジー・(ダイアモンド)>で治せたんだけどよ……」

 

 唇を。 血が(にじ)む程噛んだ仗助が、申し訳なさそうにモモンガへ謝罪した。

 

「い……いや、違う! NPCなら…金貨で復活出来る……!」

 

 モモンガはまだ、取り返しが付くことに気が付いた! まだ、助ける方法があることに気が付いた! 宝物庫にある金貨5億枚と、スイッチの役目のギルド武器があればッ!

 

 唯一、たった1つ残された! 一筋の希望! 左手に持つ、ギルド武器へ視線を移し   

 

    !! そうだ、ギルド武器……! 本物は円卓の間に飾っておいたままだ!」

 

ガバァアッ!!

 

 『本物』の、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手中に収める為。 勢い良く立ち上がったモモンガは。

 

「<飛行(フライ)>!」

 

 無意識に、さも当然のように。 手馴れた様子で、飛行の魔法を発動する。 無我夢中だったのか、異世界で魔法が使えるのか実験すらしていないと言うのに。

 

ドヒュゥ  ッ!!

 

 瓦礫で塞がった、足場の悪い室内を一直線で飛び越え。 モモンガは巨大な扉を越え、円卓の間へと凄まじいスピードで向かっていった。

 

「待ッ  ! ヤベェッ!! サトルさん1人で行っちまったッスよ!」

「しくじった……! 非常に理性的だったので、油断した……ッ! 私のせいだ! もっと慎重になるべきだったッ!」

 

 こんな殺人鬼がいるような部屋に居られるか! ワシは部屋に戻るぞ!

 

 こんな台詞を吐き捨て、たった一人で自室に閉じこもった人物がたどる運命は。 殺意を持った襲撃者に襲われ、無残に命を散らすだろう。

 

 いきなり去って行った、モモンガの突出した行動に出遅れた一同は、慌てて後を追う。 まだ、ナザリック内が安全だと確認していない現状、モモンガを1人にするのは危険過ぎた。

 

 モモンガの後を追うシズに遅れること数秒。 承太郎達は、シズの小さな身体を見失わぬよう、尋常ならざる身体能力で走る後ろ姿を、必死で追ったのだった。 

 

 

 

 

to be continued・・・




SF書くのってスンゲーむずかしいのさ。

そして、今の所モモンガさんがやられっ放しだ
だが今は試練の時! 耐えるんだモモンガさん!




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超越者は二度杖を鳴らす の巻

荒木先生「主人公は、常に勝って終わるのがベストだぞ」
    「連載開始当初はDIOにやられっぱなしで、アンケートで人気があまり出なかったぞ」
    「常にプラス方向で終わるのがコツだぞ」

わかってはいたんだけれどねぇ……
モモンガさんが謎の敵に一方的にやられてるのは、見たくないんだろうなって。
だけどストーリーの流れ上、仕方が無いのよこれはぁ~~っ!
モモンガさんの意識を「お前を殺すのに罪悪感無し!」って方向に持っていかないといけない。
「こんなヤツなら、モモンガさんに殺されても当然だ」って読者が思えないといかんのよ。

殺すにも、殺されるのにも理由が要るんだよなぁ……


                  ゴ ゴ ゴ

 モモンガ……いや、鈴木 悟の心には恐怖があった。

 

 ユグドラシルではPVPなど日常だった。 やって、やられて、やり返して。 全盛期の、勝ちまくっていた頃なんて…… 何十通の罵詈雑言(ラブコール)が綴られた電子メールが届くなんて、当たり前だった。

 

 だが…… 今は現実。

 

 模倣現実(ヴァーチャルリアリティ)などではなく、少しのミスが敗北に…… 即、死に繋がるのだ。

                  ゴ ゴ ゴ 

 目を閉じ暫くして、異変に気付き開いたら。 味方のハズのNPC達に囲まれて「こんにちは死ねェ   ッ!」と、なっていた可能性もあったのだ。

 

 円卓の間へと飛ぶ。 そして、何度かの沈静化を経て、ようやく冷静さを取り戻したモモンガは罠と奇襲を警戒し、飛行を解除して早歩きで向かう。 ……焦る心を抑え付けながら。

 

 NPCを配置していなかったからだろう。 赤い絨毯の敷かれた通路は、無傷の状態を保っていた。 やがて円卓の間へたどり着き、走り出す寸前の勢いをそのままに、荒々しく扉を開く。

 

ドグァァアアン

 

 開ききった扉が、勢いを殺しきれずに壁に打ち付けられ、轟音を響かせた。 普段のモモンガならば、こんな行儀の悪い行いなどしないだろう。 だが、今現在の、余裕の無い精神状態では、外聞(がいぶん)()(つくろ)う余裕など存在しなかった。

 

「ハァ…… ハァ…… ハァ……」

                  ド ド ド

 アンデッドの体は、酸素など求めていないというのに。 鈴木悟の残滓(ざんし)が…… 肉体があった頃の記憶が……

 

 名残(なごり)が。

 

 モモンガに呼吸を強要する。

 

「う…… うう……ッ!」

                  ド ド ド

 円卓を挟んで真正面に飾られているハズの、ギルドの象徴は。

 

「ク、クソッ……! 一体、誰が…… こんな……!」

 

 山吹色に、燦然(さんぜん)と輝いていた過去の栄光は。 

 

「くそォォッ!! この『敵』ッ!! 絶対にブッ殺してやるぅぅぅぅゥゥ      ッ!!」

                  ド ド ド

 現在のナザリックを体現するかのように、その身体を恥辱と屈辱に濡らしていた。

 

「うわあああああああああああああああああ!!」

 

 深く深く刻まれた、縦に走る一筋の亀裂によって。

 

 

 

 

 同時刻、9階層ロイヤルスイート通路。

 

「今の声はッ!」

 

 <エコーズact1>の優れた聴力を、レーダーのように使っていた康一が、モモンガの叫び声を鋭敏(えいびん)に感じ取る。

 

 先行するシズに導かれ、開かれたままの扉を(くぐ)った仗助の眼に映ったのは…… 亀裂の走った杖を前に、両膝を屈し拳で床打つモモンガの姿。

 

(金の杖! コッチが本物だったのか! これがねーと、白い服を着ていたアルベドって人を、蘇生できねーんだな!)

 

「大丈夫だ、サトルさん! 俺の<クレイジー・(ダイアモンド)>なら、消滅していない限り直せるぜッ!」

 

ガシィッ!!

 

 仗助のスタンドが、白い腕で杖をしかと掴む。

 

「そして<クレイジー・(ダイアモンド)>ッ! 依然問題無く!」

 

 そして、発動させた癒しの力は、仗助の精神力をパワーに変えてスタンド能力を発揮  

 

ズギュン!

 

「う、うおおおッ!? な、なんだこりゃあッ!」

 

 すると同時。 <クレイジー・(ダイアモンド)>の姿が、まるでミイラのようにやせ細る。

 

「す……()()()()()()ッ! パワーが…… スタンドパワーが! ううっ…… で、()()()。 そんな感じだ……! まるで真っ二つに割れちまった地球を直してるみてーだ!!」

「手を離せ仗助ッ! スタンドが消滅してしまう!」

「そうです! 仗助さんが、ここまでするメリットなんて無いはずです!」

 

 異変に驚き、承太郎とモモンガが肩を掴み止めようとするが。 仗助は、震える手で振り払い。 それでもなお、裂けた杖にスタンドパワーを注ぎ込む。

 

「い…いや…… もう少し…ッ!」

 

 自分自身。 存在そのものと言ってもいいだろう『それ』が削られていくような感覚が、仗助の心を襲う。 そう、まるで巨大なプールを、小さな水道から引いた水で満たすような感覚だった。 注いでも注いでも、一向に見えない終わり。

 

    !! そうか……理解したぜ……ッ! シズちゃんを直す時、スゲエ時間かかったのは…… LV差があるからだ! ガゼフのおっさんが、承太郎さんのスタープラチナに脇腹殴られてブッ飛ばされず、痣だけで済んだのは…… LV差の所為だ!」

 

 やがて、その『感覚』と、モモンガとの会話で知り得た『知識』が…… 点と点が、1本の線へと繋がった。

 

 そして気付く…… 事態の深刻さに。 スケールの規模に。 この世界は     

 

「……これだ! 今まで感じていた、違和感の正体は…… これだッ!  魔法だけじゃない…『この世界』ッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()! 物理法則のように底の底まで!」

 

 ()()()()()()()()()と。

 

グラリ

 

 仗助の身体から力が抜け。

 

ドグシャァァアアッ!!

 

「い、いかん! 仗助殿ッ!」

「仗助君!」

「おい仗助ェ!」

 

 倒れこむように、身を床へと投げ出した。 仗助の身を案じる声と同時、モモンガは仗助を助け起こす。

 

 大量に精神力を使い、見事。 ギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを、元の状態に戻す事に成功した仗助。 への字に曲がった口からは「疲れた」を連発し、ゴールしたてのマラソンランナーのように息は荒く、四肢を投げ出し動こうとしない。

 

「なんでそこまで……!」

 

 利がないだろうと困惑する、モモンガの顔を見て仗助は薄く笑う。 疲労と倦怠感によって、泥のように感じられる身体を小刻みに揺らしている。

 

「さあな…… そこん所だが、俺にもよくわかんねーぜ。 俺がそうしたいから、そうした。 ただの、それだけだぜ。 …………なぁ、サトルさん。 何故っつーんなら逆に聞くがよぉ……」

 

 イタズラが成功した子供のように、ニカッと白い歯を見せ笑顔を浮かべると。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

  !!」

 

 理由の有り無しなんて、些細なことだと笑い飛ばす。

 

 あっけに取られ、口を開いたまま固まるモモンガ。 その背後で、後先を(かえり)みない仗助の行動に、承太郎が深い嘆息を吐いた。

 

「休憩を挟みながら、何回かに分けて能力を発動させれば済む事だろう」

「…………あ~~」

 

 今頃気付いたのか、との承太郎の言葉に仗助は、眼をそらし表情を引きつらせ、苦笑いをこぼしたのだった。 

 

「……ぷっ、くっ     あははは!」

 

 突然室内に、楽しげな笑い声が響く。

 

「い、いやすみません…くっくくく…… 同じ事を、仲の良かったギルドメンバーの人も言っていたなって     思い出しちゃいまして」

 

 モモンガの感情は、残念ながら途中で抑制された。 それでも、ジリジリと燻るような気分の良さは少しだけ残っていた。

 

 鼻歌のひとつでも歌いだしそうな気分の中、右手を虚空へと手を差し込んだモモンガ。

 

ズッ  

 

 手首より先が闇に消え、再び現れた指先に。 赤い水薬(ポーション)の入った、ガラス製の小瓶が(つま)まれていた。

 

「回復薬です。 効くかどうかは5分5分ですが、無いよりマシでしょう?」

「おおっ、気が効くぜサトルさん。 しかし…ク、クスリかぁ~~っ! やっぱよぉ~~…… 『良薬口に苦し』だよなぁ……」

 

 大理石の床の上に胡坐(あぐら)を書いた仗助は、カルネ村で産地直送された薬草を思い出し、眉間にシワを寄せる。

 

 「色は赤いし、シャバシャバしてんな」と、仗助はモモンガから受け取った小瓶を振って、チャプチャプと音を立てたり。 「……あのキッツイ匂いはしねーのか」と、ガラス製の栓を抜いて、匂いを嗅いだりしてモタついていたが……

 

 やがて覚悟を決めたのか。

 

グイィィッ!!

 

 仗助は眼を閉じ、一気に薬を(あお)咽喉(のど)の奥へと流し込む。 一瞬、胃から発生した熱が、カァーッ、と身体全体を熱くしたかと思うと、すぐにその熱は引いていく。

 

  おおっ!」

 

 変化は劇的だった。

 

 仗助は驚きに眼を見開き、感嘆の声をあげる。 見た目こそ変わらないが、全身の気怠さは全て霧散していた。 まるで「10時間熟睡して目覚めたような、モノスゲー爽やかな気分」だったのだ。

 

「どうやら効果あり…のようですね?」

 

 モモンガは満足げに頷く。 無意識的に魔法は使えたが、ユグドラシルのアイテムが、問題なく効果を発揮するのか一抹の不安があった。 どうやら、多少古くても問題なく作用する様だ。

 

「グレート! トニオさんの料理食った時みてーに、身体のワリーもん全部ブッ飛んだぜ!」

「それは良かった。 負属性のアンデットには、逆にダメージを受けてしまうので使い道がなかったんですよ」

 

 ユグドラシルにおいて、アンデットは負属性のアライメントに属する。 マイナスの数値にプラスの値を加えると、数値がゼロの値に近付いてしまうように、マイナスにはマイナス。 プラスにはプラスの効果がある行動を取らなければならないのだ。

 

 そして    深く傷付いたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは……<クレイジー・(ダイアモンド)>の癒しの力を受けて。 色褪(いろあ)せた飴色(あめいろ)に染まった、41人の結晶は…… いつしか本来の輝きを取り戻し。 柔らかな光をその身に受け、ギラリと怪しく(きらめ)く。

 

「……よし。 それじゃあ、サトルさん」

   はい。 色々と借りが出来てしまいましたが…… お返しは(いず)れ、必ず」

「いーっていーって…… 見返りなんて、期待しちゃあいねーぜ」

「そう言う訳にも行かないのですよ。 『私がそうしたい』のですから、そうさせてください」

「……それじゃあ、あまり期待せずに待ってるぜ。 ほらよ」

 

 背伸びをし、立ち上がった仗助は。 もう一人の自分から、黄金の杖を受け取ると。 持ち手をモモンガに向け、差し出した。

 

 モモンガは左手で杖を受け取ると、感触を確かめるように握った手に軽く力を込める。

 

オオオォォォ……

 

 実際には、何も効果音等は出ていないが。 ギルド武器から立ち上った怨嗟(えんさ)の魂が…… 立ち上る漆黒のオーラが。 それを見る者の耳に、その咆哮を錯覚させる。

 

 コンソールやHUDは、隠れてしまって見えない。 それでも、自身のステータスがメキメキと上昇していくのが感覚で解る。 本物のギルド武器を手中に収めたモモンガは、左手の杖に視線を向けたまま、満足そうに数度頷くと。

 

カシイイィィン     

 

 鋭く尖った石突(いしづき)を床に打ちつけ、涼やかな音を響かせた。 深い貝紫の外套を(なび)かせ、堂々と黄金の杖を携えたその姿。 それはまさしく、王の誕生であった。

 

 ()くして、ナザリック地下大墳墓のギルド長…… モモンガの手に Ainz Ooal Gown は戻ってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

「では、我がギルド…… アインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓の守護者を復活させるため、宝物殿へ金貨を取りに行きます。 ……その前に」

 

 1本の杖に、2匹の薬師蛇(クスシヘビ)が螺旋状に絡みついた…… アスクレピオスの杖と言う、ギリシャ神話がモチーフの銀色の指輪をシズ以外に配る。

 

「この指輪を差し上げます。 これは装備者に、毒の完全耐性を与える指輪です。 必ず装備して下さい」

 

 階層守護者NPCなどに装備させている、毒や病気を無効化するアイテムとは違い、この指輪は毒無効の効果しかない。 課金で増やせる、指輪の装備枠に限りがある   実際にモモンガは左薬指以外全てにリングを装備している   上に、その耐性を貫通してくるプレイヤーだっている。 モモンガにとってこの指輪は、捨てるのも勿体無いなぁ~~くらいの物でしかないのだ。

 

「ありがとうサトルさん。 そして宝物殿……ですか。 『敵』が真っ先に狙いそうな場所ですね……」

 

 中指に装着しながら康一は、果たしてNPCを蘇生させられるだけのリソースが残っているだろうか? 待ち伏せされないだろうか? と、不安そうな表情を浮かべる。

 

 そんな康一の不安を払拭しようと、モモンガは努めて明るい声で否定する。

 

「大丈夫ですよ。 宝物殿は物理的に隔離された場所にあります。 この……」

 

 モモンガは、紅玉が()まったリングを、全員に見せた。 よく見ると、透き通った赤の向こうに、何らかの模様が見て取れる。

 

「ギルドサインが刻まれた、マジックアイテムの指輪が必須なんです」

「ギルドサイン……『家紋』の様なものですね」

「ええ。 そしてナザリックには転移を阻害する仕掛けが施されています。 リング・オブ・AOGを装備し魔法を発動させるか、指輪を起動させないと宝物殿へ進入できません。    ですが」

 

 視線を逸らし、少し考え込む仕草で言い淀む。

 

「宝物殿最奥には、私が作成したNPC…… パンドラズ・アクターが詰めています。 …………もし、戦闘になったら。 私が相手をしますので…すぐに離脱してください」

「加勢は必要ねーのかよ? サトルは一人で戦うつもりなのか?」

 

 モモンガは、億泰の申し出を首を振って否定した。

 

「パンドラズ・アクターはLV100…… プレアデスのシズですらLV46です。 LVの差が絶望的過ぎて、戦闘になったら一瞬でやられてしまうでしょう」

 

 とはいえ、まだ襲撃者が潜んでいるかもしれないナザリックで、5人に円卓の間で待機してもらうのは愚策だ。 とりあえず固まって行動し、自らの手で護衛する。 もしくは、隔離されている宝物庫で待っていてもらうだけなら安全だろう。

 

「なるほどよぉ~~。 足手纏いにならねーよーに、大人しく離れていた方が良さそうッスね。 サトルさんも、危なくなったら離脱するんだぜ」

「はい、十分警戒します。 では、()ず私が転移しますので、後で来て下さい」

 

 モモンガは振り返り、仗助達に背を向けると、手馴れた様子で魔法を発動させる。

 

「<異界門(ゲート)>」

 

 モモンガの目の前の、何も無かった空間に亀裂が走り。 亀裂は瞬時に楕円形に広がると、暗黒の渦が虚空に現れた。 あざ笑うハロウィンカボチャの口穴のように、暗黒の渦がガッポリ開いたのだった。 どんな豪胆な偉丈夫(いじょうふ)でも、一歩踏み出すことを躊躇してしまうであろうその穿孔に。 モモンガは、一片の躊躇無くその身を沈みこませる。

 

ズブリ

 

 身長2メートルを越すモモンガの身体は、呆気なく暗黒の穿孔に飲み込まれ、消えた。

 

「…………」

 

 たっぷりと十数秒待機し。 仗助が空間の亀裂を通り、ついつい閉じてしまっていた眼を開くと。

 

    す…すげえ……」

「床に直置きって…… いいのかよ……」

 

 無意識の内に、感嘆の声が漏れ出した。

 

 旭光(きょっこう)の様に眩ゆく輝く、数えるのも馬鹿らしくなる量の金貨、財宝、工芸品。 仰ぎ見る程高い天井に、届きうるかと思える程の量の財宝が、山脈の様に連なっていたのだ。

 

「雑然としていますが、此処にあるのはレア度の低いものばかりなので心配要りませんよ」

 

 次々と上がる感嘆の呟きに、モモンガは機嫌の良さそうな声で「もっと凄いアイテムが奥にある」と、言外に指摘した。

 

 目に痛いほど一面金色だが、この宝物殿表層にあるのは莫大な量の金貨だけではない。 眩しくて良く見え無いが、良く観察するとルーブル博物館に展示されるような、見事な美術品の数々が無造作に放り出されているのだ。 例えば黄金の食器、様々な宝石を埋め込んだ王笏、白銀に輝く獣の毛皮、つるりとした埴輪の頭    

 

「……ン? 埴輪の頭?」

 

 記憶にない物がモモンガの視界を(かす)め、思わず二度見する。

 

「……はぁ?」

 

 一瞬、何が金貨に埋まっているのか理解に苦しんでいた。    その時であった。

 

 なんと! 金貨の山が、モコリと盛り上がり! 出て来た長細い4本の指を、真っ直ぐに揃えた手で敬礼をしたのだ!

 

「ようこそおいで下さいましたッ! 我が創造主たる、モ・モ・ン・ガ様ッ!」

 

 

 

「お前そこで何をやっているんだパンドラズ・アクタ    ッ!

   行為はともかく理由(ワケ)を言えェェ   ッ!」

 

 

 

 自作NPCの常軌を逸した行動に、思わず声を張り上げたモモンガは、パンドラズ・アクターに、ビシィッ! と人差し指を突き出し、何のつもりだと問いただす。

 

 モゾモゾと、金貨の山から這い出して来たパンドラズ・アクターは、踵を打ち鳴らし再び敬礼をすると  

 

「マジックアイテムの山に身を滑り込ませ、圧迫されていましたッ!」

 

 オペラ歌手の様に、非常に良く通る声で「圧迫祭りです!」と。 さらに、胸に手をかざしたり振り上げたりして踊る様に話す。

 

「あれは、数日前の事でした…… 宝物殿奥にて待機する(わたくし)の心に、突如! 狂おしいまでの愛が! マジックアイテム愛が! 到来し・た・の・で・すッ! ……(わたくし)、辛抱堪らなくなってしまいまして。 引き止める心を振り払い、身体が勝手にマジックアイテムを求めてしまいました!」

「………それで、わざわざ此処まで圧迫されにやって来たのか……レア度の高いアイテムだと気が引けるから。 俺、そんなフウな設定にしてたっけ?」

「まさに! この気持ちはモモンガ様から頂いたものッ!」

「アッハイ」

 

 宝物殿の安全確認の道すがら、自慢もかねていろいろ紹介して行こうと思っていたのだが。

 

(う~~ 何だかなぁ……)

 

 出鼻を挫かれ、そんな気分ではなくなってしまった。

 

 ざっと見た所、モモンガの作成したNPC、パンドラズ・アクターが攻撃して来る様子は無い。 狂っているようには    設定通りと言う意味で    見えなかった。

 

「ところでモモンガ様。 宝物殿へはどのようなご用件で参られたのでしょうか?」

「ああ、お前は隔離されていたので何も知らないのだな」

 

 モモンガは右手を顎にやり、今の状況を整理しながら話し始めた。

 

「正体不明の敵プレイヤーに一瞬の隙を突かれ、ギルド武器を狙われたようだ。 間一髪の所で完全破壊は免れ、修復に成功したが……守護者達が犠牲になってしまった。 傷付いたナザリックを元の姿へと修復し、守護者達を復活させる為に、宝物殿の金貨が必要なのだ」

「なんと! 我らが栄光あるナザリックに楯突こうなどとは…… 笑止! 必ずや、然るべき報いを与えてやりましょうッ!」

「それで…… 今はどうなんだ? その、妙な精神の動きは」

 

 鬱陶しく動いていたパンドラの動きが、ピタリと止まる。

 

「それが……奇妙な事に、マグマのように熱く煮え滾っていた、愛が! 先程、急激に冷え込んでしまいました。 私にも何が何やら、見当すらつきません」

「サトルさん、これって……仗助君がギルド武器を直したタイミングと重なりませんか? 精神異常が現れたのも、武器が破壊されたタイミングです!」

 

(いや…… ギルド武器の破壊にそんな効果はないハズだ)と、康一の推理に納得しかねていると。

 

   ! ああっ、そうか……ギルティー武器……!」

 

 ガゼフが「ようやく思い出した」と悔しげに顔を歪め、額に手を当てた。

 

「子供を寝かしつける時に聞かせる、ただの寝物語かと思っていた……! まさか、あの伝説は事実だったのか!」

 

 全員の視線が、一斉にガゼフヘと注がれる。

 

「数百年もの昔、突如として現れた人智を超える力を持つ魔人が…… この世界に現れ、討ち倒されたと言う話だ。 その際に、ギルティー武器なる宝が破壊されると、魔人が狂い出し仲間割れをし始めた…… と、知人が言っていた」

「人智を超える力……ですか。 この世界の平均LVが分からない事には、どの程度なのか判断がつきませんね」

 

 考え込むモモンガの耳に、カツンと踵を打ち鳴らす音が聞こえた。

 

「モモンガ様! 私の見立てによると、彼は30LVでございます。 そして彼らは20LVに届くかどうかの値です」

 

 尚も続ける、オーバーな所作に。

 

(能力は優秀なんだけどなぁ……)

 

 パンドラズ・アクターを半目で    出来ないが    見る。

 

「……そうか。 王国最強の戦士が30LV前後と言うのならば、現地勢の脅威は低い…か。

 やはり警戒するべきは、他プレイヤーだな…… ご苦労だった、パンドラズ・アクター」

「ハッ! 恐悦至極にござ   

「ところで! ストロノーフさん。 その伝説を知っている、知人の方と話せませんか?」

   あ、い、いや…彼女はかなりのご高齢だった。 話を聞かされたのも、何十年も前。

 恐らくは……」

 

 力になれず、申し訳ない。 と、ガゼフは頭を下げた。

 

「そう……ですか。 いや、ギルド武器が修復されたなら、NPCの精神異常は解決された。

 それが判明しただけでも良しとしましょう」

 

 宝物殿最奥、武器庫の方角へと踵を返そうとしたモモンガの背に。 パンドラズ・アクターの呼び止める声が掛かる。

 

「モモンガ様。 不敬を承知で申し上げたい事があります。 よろしいでしょうか?」

 

 一歩踏み出そうとしていた足を止め、向き直ると。

 

「……なんだ?」

 

 と、短く返答した。

 

「ナザリック初の緊急事態なのでしたら、この私めも宝物殿を出て働くべきかと愚慮します」

 

 パンドラズ・アクターの提案は、グウの音も出ない正論だった。 モモンガは、しばらくの間パンドラズ・アクターを眺めていたが。 やがて決心したのか、虚空から取り出した指輪をパンドラズ・アクターに投げ渡した。

 

「おお……! これはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。 至高の御方のみに所持を許された    

 

 アイテムの事を語らせると、延々と話し続けるのでモモンガは片手を上げ黙らせる。

 

「持ち主の決まっていない予備だがな。 今から宝物殿最奥のワールドアイテムが保管された武器庫に、異常が無いか調べに行く。 私の身を護れ、パンドラズ・アクター」

 

 瞬間。 モモンガにもハッキリと感じ取られるほど、空気が変わった。

 

(まずい…… 早まったかもしれない……)

 

 指輪を握り締め、小刻みに震えるパンドラズ・アクターを見て、モモンガはそう思う。

 

 ピンク色の卵に、マジックで丸を描いただけの顔に喜色を浮かべ。 キレッキレの動きで踵を打ち、敬礼をすると。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)ッ!」

 

 モモンガの悪い予感通り、気合の入りまくった声でこう宣言したのだった。

 

 

 

 

to be continued・・・

 

 




モモンガの一人称は、仲の良いギルメンに対しては『俺』
パンドラに対しても『俺』で、独り言も『俺』
だけど余所行きとか、緊張している時とか、NPCに対しては『私』を使っているっぽい


――没ネタ――

~~山河社稷図が暴発して、閉じ込められました~~


モモンガ「時間経過で外に出られる流法(モード)ですね」
仗助  「なぁ~~んだ、じゃあゴロゴロしようっと」
億泰  「俺と同じリアクションするなぁぁああッ!」


すきなとこ:やっぱり親子ですなぁ ジョセフそっくりだわ
      
ボツりゆう:ラリホ~~っと、敵の攻撃じゃあないとただの事故じゃん


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流れよシャルティアの涙 の巻き

 宝物殿中層   セキュリティ・ゲート前 

 

「ナァァザリックの、ゥワールドアイテム保有数はァァアアッ!

 世ェェ界イチィィィ!! アインズ・ウール・ゴウンに不可能は無いィィイイ   ッ!!」

 

ビシィッ!!

 

(うっわ  ! だっさいわ  ッ!)

 

 自分が手掛けたNPCの、あまりにもあんまりな惨状に…… モモンガは内心で絶叫する。

 

 テンションメーターが、悪い方向に振り切ったパンドラズ・アクター。 そして、長い事アクセスしていなかった為、案の定パスワードを忘れたモモンガは、セキュリティ・ゲートを解除出来ずに、セキュリティーゲートを前に悪戦苦闘していた。

 

 全てのギミックに精通しているという設定の、シズに聞けば容易にパスワードを解除できるだろう。 しかし、モモンガはシズに頼らなかった。 アインズウールゴウンのギルド長として、自力で開けなければ成らないと言う、矜持によって。

 

「う~~ん、仕方ないか…… 『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』」

 

 電源の入っていない液晶画面のようだった、黒くのっぺりとした壁。 モモンガの一言によって、白い文字が水底から浮かび上がるようにジワリと、ヒントが浮かび上がる。

 

 『Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum』

 

 浮かび上がったアルファベットの羅列を見て、片眉を上げた承太郎がある事に気付く。

 

「これは…… ラテン語か」

「わかりますか?」

「丁度、エジプトについて調べ物をしていたからな」

「タブラさんは凝り性だったからなぁ。    あ、この仕掛けを作ったギルドメンバーの一人なんです。 タブラ・スマラグディナさんはこの様な仕掛けが大好きでして……」

「タブラ・スマラグディナ……か。 成程、エメラルド・タブレットの読みは、ラテン語でタブラ・スマラグディナ。 そして、このヒントもエメラルド・タブレットの一節のようだ」

 

 承太郎は杜王町で、とある遺物の調査をSPW(スピードワゴン)財団に依頼していた。 その遺物の名は…… 聖なる弓矢。 射抜いた者から、スタンド能力を引き出す弓と矢…… 重要なのは鏃だが、その石でできた鏃をSPW(スピードワゴン)財団に調べて貰っていたのだ。

 

 聖なる弓矢の出処は古代エジプト…… そして、エメラルド・タブレットもエジプトのピラミッド内からだ。 まぁ、ただの偶然なのだが。

 

 聖なる弓矢の経緯はこうだ。 『ディアボロと言う名の少年が、カネ目当てで発掘のアルバイトをしていた際に出土した鏃を持ち逃げし、エンヤ婆に売り払った』のが最初だ。 彼は最初から年齢も国籍も名前も嘘の申告をしていて、最初から遺物を盗むつもりで参加していたのだと思われる。

 

 そしてエメラルド・タブレットと言うのは、錬金術の考え方の基礎。 基本思想が書かれた、巨大なエメラルドの宝石…… だとされている。 こうであると確定出来ないのは、そのエメラルドの石版自体は発見されていないからだ。

 

 12世紀…… 日本で言う所の平安時代の終わりに、ギザの大ピラミッドの内部に存在していた石版だとされいる。 現存するのは、羊皮紙にラテン語で書かれた、その石版の写しのみであり、目撃証言以外の、タブレットの存在を証明する証拠は存在しない。

 

 書かれている一文に『上は下の如し。 下は上の如し』というのがある。 これは、某エルリックな兄弟錬金術師が旅をする漫画にも登場する。 『一は全。 全は一』ってヤツだ。 これなら聞いた事があるだろう。

 

 そう、錬金術を題材にした作品を書くなら絶対に外せ無い! ってくらい、エメラルド・タブレットは基本なのだ。

 

 さて、エメラルド・タブレットに書かれている錬金術というのは、文字通り金を生み出すすべを求めたものである。 決して錆びず、美しさを失わない完全な金属…… 金。 その不変の金を合成し、人工的に生み出そうと言うのが錬金術なのだ。

 

 科学理論の発見に、重要な役割を果たした錬金術なのだが…… 初期の錬金術の実験はそれはそれは酷い物であった。

 

 たとえば(リン)(元素記号P)は、錬金術の実験をしていたドイツの商人が、尿から偶然発見したものだ。 燐は人類が発見した、最古の元素と言われ、肥料やマッチなどの生活を豊かにする物から、白燐弾と言う人を焼き殺す事を目的とした、非人道的兵器などまで発明された。

 

 発見の経緯(いきさつ)は、腐敗させた馬の尿から金を取り出すために    黄色だからと言う理由だろう    バケツ60杯分も煮詰めたら、燐が残ったというわけだ。(絶対臭い。 オゲェェェッ!)

 

 だが、このような失敗を繰り返し、諦めずに実験を繰り返したおかげで    結局、金は作れなかったが    科学は発展した。 そのうち錬金術も少しずつ発展し、錬金術の理論から科学技術を分離させ、新しい理論である科学理論が生まれたのだ。 実際に金を作るとなると、高温高圧の環境で核融合させるしかないのだが…… そこまでするよりも鉱石を掘ったほうが安いので誰もやらないのである。

 

 ただ、初期の科学理論も粗が多く。 パラケルススという黎明期の科学者が、水銀 (元素記号Hg) と硫黄 (元素記号S) を混ぜると新しい化合物を作れる根拠として『硫黄油』なる物を作り出した。 しかし、実はこれはジメチルエーテル (元素記号C26O なんか食べられそう) というガソリンや、灯油によく似た燃え方をする別の物質だ。 もしかしたら、法国の特殊部隊が使用した錬金術油とは、ジメチルエーテルが起源なのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

「もしタブラさんがいたら、やっと理解して貰える人がいたって喜んでくれるかな……」

「かも知れないな。 私の高祖父…… ジョナサン・ジョースターは、大学で考古学を専攻していた…… 古代の事柄に縁が深い血統なのかもしれないな」

 

 興味無さげに、ポケェェ  ッと眺めていた仗助は、画面を指差し「これなんて読むんスか?」と質問した。 承太郎は、(いま)だに腕を組んで頭を捻り、パスワードを思い出そうとしているモモンガをチラッと見た後、口を開く。

 

Ascendit(アスケンディトゥ) a() terra(テッラ) in(イン) coelum(コエルン),

    iterumque(イテルンクエ) descendit(デスケンディトゥ) in(イン) terram(テッラン),

        et(エトゥ) recipit(レキピトゥ) vim(ウィン) superiorum(スペリオルン) et(エトゥ) inferiorum(インフェリオルン)

 

 意味は   と続ける承太郎。

 

「『大賢を持って、祖は大地より天に静かに上り、再び降る』と、書いてあるようだ」

 

 と答えた。

 

 それを聞いていたモモンガは、ヒントの訳を呼び水にして記憶の底からパスワードを思い出す。 そのままポンと手を打ち「思い出した!」と嬉しそうな声を上げる。

 

「斯くて汝。 全世界の栄光を我が物とし、暗き物は全て汝から離れ去るだろう  !」

 

 シズに、確認の意味も込めて視線を向ける。 シズがコクリと頷くと同時、道を塞いでいた闇が、まるで凝縮されたかのように1つの塊になって宙に浮いた。

 

 空洞の先は、博物館の展示室のようになっていた。 ギラギラと照りつけていた照明の光は、柔らかく抑えられたシックなものへと変えられている。  艶やかな濡羽色の床に、展示用の台座がキッチリと整列して並んでいた。

 

 パンドラズ・アクターの武器紹介を右から左に聞き流しつつ歩いていく。 やがて、中央にソファーとセンターテーブルが備え付けられた、開けた場所へと出た。 後ろを振り向くと、縦に長い長方形の出入口が5つ並んでいる。

 

 モモンガは半ばまで進んだところで振り向くと、自身の指に収まっているリング・オブ・AOGを外す。

 

「この先の中には私が作成したゴーレムに、ギルドメンバーのメイン装備を装備させた不死の化身(アヴァターラ)が配置されていまして。 この……」

 

 リングがよく見えるように、視線の高さまで持ち上げる。

 

「指輪を持つ物を迎撃する様になっています。 それは、私やNPCも例外ではありません」

「ほう……」

 

 心底感心したと、ガゼフが感嘆の声を上げる。

 

「ここへ来るまでの鍵である、指輪自体を目印にしたのだな。 それならば確実に罠が作動する…… ううむ、見習わねばな」

「それだけではないぞ、ストロノーフ。 此処は指輪が無ければ外に出る事も叶わない密室だ。 心理的に、例え一瞬でも手放したく無いと考えるだろうな」

 

 思いがけないベタ褒めに、気恥ずかしくなったモモンガは頬を掻く。 骸骨の身体に表情筋など無いが、なんとなく後ろをむいてしまうのであった。

 

 空間の中に仕舞っておいたリングケースを取り出し  

 

  おっと! 危ない、忘れる所だった」

 

 持ち手の決まっていない、インベントリの中に仕舞っていたリングも全てケースに入れる。

 

「……ちゃんと全部あるよな?」

 

 出かける前に、ちゃんと鍵を閉めただろうか? とか。 ガスの元栓はどうだったか? とかの、ありがちな不安がモモンガを襲う。

 

 リングの数がどうしても気になってしまったモモンガは、改めてリングの数を数え直す。

 1つ、2つ、3つ……

 

  うん。 パンドラに渡した数を除いて、ちゃんと47個全部あるな」

 

 念入りに、3回確認した所で納得がいったモモンガは、パンドラズ・アクターにリングケースを渡す。

 

「お前1人をここに残す事になるが…… リングは絶対に奪われてはならんのだ。 まぁ、解っているとは  

 

 短い間だが、再び1人ぼっちにさせてしまうことに罪悪感を覚えたモモンガは。 下げていた視線をパンドラズ・アクターに戻した瞬間、呆気に取られた。

 

「おお……! 至高の方のために作られたリングが……! 私の手の中に…こんな量が……!」

 

 理由を言う口を止めたのは…… 至高の方々専用のリングが触れ、私の手が圧迫されている! ……とでも言いたいのだろうか? 埴輪顔を、器用にホクホク顔へと変化させたパンドラズ・アクターだった。

 

「……まぁ、お前がそれでイイんなら……いいんだ。 ……うん」

 

 マズイ物を見てしまったかのように、モモンガは顔を逸らす。 

 

 忘れよう。 今はワールドアイテムの確認が急務だ。 半ば無理矢理、思考停止させたモモンガは霊廟へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

コツ   ン     コツ   ン     コツ   ン 

 

 光量の落とされた薄暗い空間に、乾いた足音が反響していく。 まるで、革靴が立てる音ですらピシッと背筋を伸ばしているような。 霊廟の空気は、そんな雰囲気に包まれていた。

 

「ここは霊廟です」

 

 モモンガが静寂を切り裂き、皆に説明する。

 

「左右の窪みに設置された像が、先程話していたアヴァターラ。 辞めていったギルドメンバーが、もう使わないからと私にメイン装備を譲ってくれたんですよ」

 

 勿体無いから、護衛とマネキンを兼ねてゴーレムに装備させたんです。 と、モモンガは感情の読み取れない平坦な声で話す。

 

 飴色のゴーレムの腕や足は、太さや長さが揃っておらず、不可解に歪んでいた。 巨大な頭蓋、長すぎる尾、足らない指等。 言うなれば……奇形。 左右の壁にズラリと整列するゴーレム達は、まさに異形種の冠を体現していた。

 

「ハハ、不恰好でしょう? 絵心と言うかなんというか…… 実は、こういった外装を作るのは苦手なんですよ。 なるべく似た出来合いのゴーレムパーツを組んだんですが……」

 

 改めて見て、記憶の中のギルドメンバーの姿と比べると…… かなり変だ。 まるで、子供の頃に作った人形を引っ張り出し、友人に見せるような気恥ずかしさがある。

 

 だが、そんなモモンガの心配を他所に、物珍しそうにアヴァターラを眺める億泰は、表情から見るに結構気に入っているようだ。 トニオ・トラサルディのレストランへ行った時のように、口角を上げ笑顔を浮かべていた。

 

「味があってよ~~ イイんじゃあねーか? ピカソみたいでよぉ~~っ」

「億泰の言う通りだぜサトルさん。 ありのままを、そっくりそのまま残すんならよ~~ 写真撮りゃあいいんスからね」

「う、うん? ありがとうございます……?」

 

 果たしてそれは褒めているのだろうか? イマイチ腑に落ちない例えに、モモンガは首を捻るのだった。

 

「フム…… 何も異常は無いようですね」

 

 ナザリックが保有するワールドアイテムは11だ。 アルベドが所持していたこの『ギンヌンガカプ』や、玉座にある『諸王の玉座』。 そして現在装備中のモモンガ玉を除いて数えれば、確認するのはたった1ケタだ。 たいした時間が掛かるはずもない。

 

 霊廟の外、待合室まで戻ったモモンガは、次の手を打つべく行動に出る。

 

「パンドラズ・アクター」

 

 命令通り待機していたパンドラズ・アクターから指輪を受け取ると、自分にも言い聞かせるように力強い声を発した。

 

「お呼びでしょうか我が主よ!」

「守護者復活の為の金貨を、随時玉座の間へ移動させておけ。 供としてシズを付ける」

「ヤヴォ…… 了解いたしました!」

 

 わざとらしくカツカツと床に軍靴を打ちつけ、命令を遂行するため浅層へ歩いていったパンドラズ・アクターを見送り、いつの間にか緊張していた肩の力を抜くモモンガ。

 

「さて…… どうやら目処が立ってきたようで、一安心です。 一先ず何とかなりそうですね」

 

 ワールドアイテムを根こそぎやられていたら、致命的を通り越して最早対処不能の域に達する所であった。

 

 しかし。 深呼吸をして肩の力を抜くモモンガとは対照的に、仗助達3人の表情は硬い。

 

「まーな…… だが、犯人の姿が一向に見えねーっつーのが気掛かりだぜ……」

「犯人は逃げてしまったんでしょうか? それとも、この世界に来ていない……?」

「仗助と康一の心配はわかるぜ。 臆病っつーのはよぉ~~ そのまんま用心深さに繋がるからなぁ~~っ」

 

 うーむ。 と、モモンガはしばらく考えていたが。

 

「そこの所は、情報が少なすぎてハッキリしませんね…… 守護者が復活したら、何か見ていないか聞いてみましょう」

「それしかね~~のかねぇ…… まぁ、マトモに準備もできねーで戦いになるよかマシかなぁ~~」

 

 今の状態で考えても、(らち)が明かぬという結論に至り、来た時と同じように、暗黒の渦に身を投げるのだった。

 

 

 

 

 

          …………

 

   ザザッ  

 

  ンガ様…… モモンガ様……! 起きてください、モモンガ様! 眼を…… 眼を覚ましてくださいモモンガ様!」

「止しなさい、アルベド」

「…………。 此処で…… 何をしているのかしら?」

「……何、とは?」

(とぼ)けないで! 階層守護者であるあなたが、一体ここで何をしているのかと聞いているのです! この状況が分からないの!?」

「無論、状況は把握していますとも。 むしろ、状況を把握していないのは其方(そちら)の方では?」

 

ザザッ   ザリッ  ザザ  

 

  のような細事に(かま)けている時間などありません」

「……一体、何をするつもり? まさかとは思うけど」

「そのまさかですよ。 アルベドも気付いているはずです…… もう二度と! ……モモンガ様が眼を覚ます事がないと。 アンデッドは眠らないのですよ?」

「違う! モモンガ様は眠っているだけよ! いずれ眼を  

「やかましいッ! ウ…ググ……! ふ、不敬……など……!」

「……!? 何か…… 何か様子が変よあなた……」

 

ガリガリ   ガガ   ザ    

 

  までも、眠っておられると。 そう言い張るつもりですか。 ならば…… その執着。 私の手で断ち切って見せましょう」

「モモンガ様には…… 指一本たりとも触れさせないわ……!!」

「……お待ちください。 いくらなんでも…無礼が過ぎますよ?」

「ほう…… 私の前に立ち塞がりますか。 セバス」

「これ以上の勝手。 至高の御方々が許そうとも…… この、セバス・チャンが許しません」

「ふ、二人とも、何を! 止めなさい守護者同士でッ! モモンガ様の御前(ごぜん)なのよ!?」

「いつか…… 決着をつけなくてはと。 常々(つねづね)そう考えておりました」

「ああ…… 確かにいい機会だね、セバス。 決着を付けるのは今。 今以外ありません」

「……1つ。 貴方を殺す前に伝えておくべき事があります」

「奇遇だね。 私にもあるのだよ」

「いい機会です。 同時に言いましょうか…… デミウルゴス」

 

 

「「私はずっと、あなたの事が嫌いでした」」

 

 

 

     ブツッ…………

 

 

 

 

 

「夢を  

 

 純白のドレスに身を包んだ美女は、眼を覚まし。

 

「夢を見て…… おりました…… 酷い悪夢を……」

 

 一人の男の腕の中。 ポツリ、ポツリと、熱にうなされる様に呟く。

 

「モモンガ様が…… お眠りになって…… 眼を覚まさなくなってしまう…… 最悪な夢……」

 

 うっすらと開いた、揺れる瞳で男の顔を見つめる。 

 

「大切なものが…… 次々と壊れていって…… みんなの心がバラバラになって…… どうしようもなくて……」

 

 やがて、その瞳は濡れてゆき。

 

「それでも…1つだけ……護れました…… 私の一番大切な御方だけは…… フフ、笑えてしまいます…… 良く考えれば…夢だってわかった…… あんな事…有り得ないのに……」

 

 大粒の欠片が流れ出た。 幾つも幾つも、限界などなく。

 

「ああ…… アンデッドの私が眠るなど有り得ぬ事だ。 もう何も心配する事は無い。 全ては夢だったのだ…… ただの……な。 くだらない悪夢など…忘れてしまえ、アルベド」

 

 うっすらと開かれていた(まぶた)は落ちる。 これが最後と、溢れ出た悲しみと安堵の感情が、粒となって流れ落ちたのだ。

 

「気を失った……か。 私の命を護ってくれた事。 感謝するぞ……アルベド」

 

 モモンガは毛布代わりにと、空間から取り出した厚手の布をアルベドへ掛けた。

 

「モモンガ様」

 

 モモンガは肩越しに振り返る。

 

「プレアデスと同じく、支配などの精神異常は確認できません」

「そうか…… ご苦労であった、パンドラズ・アクター」

「いえ! わたくしめの事など御気になさらず、なんなりと御申しつけ下さい!」

 

 NPCの蘇生において、モモンガは冷徹とも言える判断を下した。 100LVであるアルベドを蘇生する前に、モモンガ1人でも対処可能な、プレアデス達を実験的に蘇生させていたのだ。

 

 蘇生の失敗で金貨を失うリスク。 トラブルで二度と復活できなくなるリスク。 精神異常が続いていて戦闘になるリスク。 様々な理由から、ギルド武器を使って正常にNPCが蘇生できるかの実験をしたのだ。  真っ先に彼女を蘇生させたいのは、モモンガ自身であるハズなのに…だ。

 

 蘇生実験の結果は正常。 玉座の間だけで使えるコンソールでも調べたが、何処にも異常は見られなかった。 シズ・デルタと、泣きながら抱き合うユリ・アルファ。 完全に揃ったプレアデス姉妹達を前に、モモンガは「良かった」と呟いて胸を撫で下ろす。

 

 斯くして。 階層守護者は順次蘇生され、最後にナザリック最強のNPCシャルティアの蘇生をもって…… 深い、本当に深い傷跡を残しながらも、アインズ・ウール・ゴウンは完全なる姿を取り戻した。

 

ズズズ…… ゴゴォ   

 

 ジョースター達5人は、1/2oz(オンス)金貨5億枚   重量にして7.5キロトン   ゲーム式に表現するのなら500(メガ)枚の金貨が波打って、NPCの命へと姿を()()くのを、玉座の間の門   レメゲトン   に背中を預け眺めていた。

 

 彼らが離れた所にいるのは、ゲームでのユグドラシル時とは違い、装備の無い状態。 つまり、その、生まれたままの姿で蘇生してしまう為だ。

 

 ユグドラシルはエロコンテンツに厳しかった為、完ッ全に油断していたモモンガは、予想外のトラブルによって沈静化が発動するくらい慌てふためいてしまった。 自身のインベントリから、何か覆うものを取り出そうと焦るあまり、捨てられず肥やしになっていたアイテムを、猫型ロボットの如くそこらへ巻き散らかしたのだ。

 

 その際の空気の気まずさたるや……

 

 なので今現在、彼等には見守ることしか出来ず、感動の再開に水を差すような無粋な真似もしたくはない為、離れたところにいるという訳だ。

 

 遠目に見えるのは、肉の無い骨の胸に顔を埋め、幼子の様に泣くシャルティア。 モモンガが、その小さな背中に手を回し、優しく抱きとめ慰めていた。 純白のハンカチを頬に当て、涙を拭われたシャルティアの表情は…… 見た目相応に幼く見えた。

 

 

    が。

 

 

ゾクリ   

 

   承太郎の背を、悪寒が撫でる。

                  ゴ ゴ ゴ

(妙だ…… 何かがおかしい。 何処か不自然だ……)

 

 幾つものピンチを救ってきた、承太郎の勘が警告を発する。 ()()()()()()()()()()()()…と。

 

 眼を潤ませている康一や、鼻を啜る億泰達に変化は無い。 違和感に気付いたのは承太郎だけであった。 

 

 承太郎の交感神経が急激に緊張し、心拍数が跳ね上がる。 急激に増した血流量に呼応するかのように、全身の汗腺が冷や汗を流す。 噴出した汗が額を流れ、頬を伝い、顎を離れ地に落ちた。

 

                  ゴ ゴ ゴ

 

 だが。

 

 

 

 全身を強張らせた承太郎は、そんな事にかまっている暇は無いと、額に浮き出た汗を拭いもせずに悪寒の正体を探す。

 

(何処だ… 何処だ……! 何処だ……ッ!)

 

 部屋に異常は無い。 何者かが襲撃の準備をしているのではない。

                  ゴ ゴ ゴ

 NPCも、仗助達も全員居る。 気付かぬ内に消された訳でも、偽者が侵入した訳でもない。

 

 モモンガは通常だ。 攻撃がバレぬように、巧妙に狙撃されてなど無い。 バレにくい攻撃を受けてもいない。

 

(違う…… 私は今、()()()()?)

 

 

 

   優秀。

 

 鋭い観察眼や、数多(あまた)の経験を元に、最良の答えを出す能力を『優秀』であるという前提とするならば…… 承太郎の危機対処能力は、誰よりも優秀であると言えた。 気付く能力。 推理する能力。 弱点を暴く能力。 ……全てが1級なのだ。

                  ゴ ゴ ゴ

 承太郎の意識は沈んでいく。 深い深い、思考の溟海(めいかい)の中へ。

 

「も゛も゛ん゛か゛さ゛ま゛」

 

 声が    

 

「お゛や゛く゛に゛た゛て゛す゛、も゛う゛し゛わ゛け゛こ゛さ゛い゛ま゛せ゛ん゛!」

 

 声が聞こえる…… しゃっくり交じりの……嗚咽(おえつ)…が……。

 

「よい。 よいのだ、シャルティア。 私は……お前達が無事ならば、それでよいのだ。」

「も゛も゛ん゛が゛さ゛ま゛  !」

 

 承太郎の思考が、ある可能性に辿り着いた、その時。 再び、先程よりも強い悪寒が   承太郎の全身を覆った。

 

(そうか    違和感の正体は……これかッ! ()()()かッ!!)

 

 やがて答えに辿り着く承太郎。 本当は、このまま気付かない方が幸福であったかもしれないが……

 

(泣いている…… シャルティアの頬を、涙が流れ落ちているッ!)

                  ド ド ド

  アンデッドとは…… 生者を(にく)み、生者を(ねた)み、地獄に引き摺り込もうとする……

 怨念の化身のことだ。

 

 唐突に、ニグンから聞いた情報が脳裏にフラッシュバックする。 それと同時に、違和感が胸中を渦巻く。 憎む…… 妬む…… 何故だ? ()()()()()()()()()()と。

 

 強い感情は沈静化されるのならば、殺意を抱く程の怒りや(そね)みなど   ()()()()()()()()()()()()

 

    ハッ! ……まさか!」

                  ド ド ド

 だったら何故、鈴木悟の精神は沈静化されるのだ。 内側からの起因での感情の起伏は、精神異常無効の埒外であると言うのに。

 

「そんな…… そんなまさかッ……!!」

 

 鋭く研ぎ澄まされた観察眼は警告する。 類い稀なる、優秀さが故に承太郎は気付いてしまった。

 

 鈴木悟…… 彼は、アンデッドの特性で沈静化しているのではない事に。

 

 承太郎は玉座の間から、逃げるように退室する。 この予想、この気付き、あの者達に知られてならぬ為。

                  ド ド ド

 絶対に言えるものか。 こんな予想を、こんな推理を。 あの姿、あの反応を見せられて。

 

 言おうものならNPCは皆、モモンガへの愛故(あいゆえ)に感情を爆発させ、激昂(げきこう)するだろう。 激情のまま、怒りで身を焼き魂焦がし、その命尽きるまで狂わせるだろう。 愛する主人を呪いし者よ、死すべしと。

 

「吐き気を催す邪悪とはッ! 何も知らぬ、無知なる者を利用する事だ……!

 自分の利益の為だけに利用する事だ……」

 

 鈴木悟に取り付いた、おぞましき悪意。 その邪悪なる意思に、血濡れた戦いの経験故に承太郎は気付いた。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()、在ろう事か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に。

                  ド ド ド

 承太郎の眼前には、レメゲトンのゴーレム達が立ち並ぶ。 幾つもの、生気の無い眼に見つめられながら彼は叫ぶ。 叫ばずには居られなかったのだ。

 

「何も知らぬ一般人をッ!! てめ    だけの都合でッ!」

 

 鈴木悟は、ゲームの世界から()()()()()()のでは無く、歪んだ(ことわり)が支配する異世界へと()()()()()()()()のだ。 悪しき心を持つ、何者かによって。

 

「敵は……! 敵は『二人』いたという事かッ……!! 『むこうの世界』で攻撃した者と……

 『こちらの世界』で操作している者の二人……ッ!」

 

 彼の『心』を押し潰すのは、一体何の為なのか。 彼を引きずり込んだ目的は、一体『何』をさせる為なのか。 ただの一般人である彼を、ここまで手間をかけて拉致し、監禁する動機が解らない。

                  ド ド ド

 豊かな自然と、清浄な大地が広がるこの世界。 だが、承太郎にはもう素直に美しいとは思えなくなっていた。 全てが嘘に汚れ、歪に曲げられて見えていたのだ。

 

 

 

 

 

to be continued・・・




栄光あれ。 で浮き出たヒントの訳が、かくて汝~~だと思ってた人!

Q:passwordを入力してください
A:パスワード

みたいな謎掛けじゃあないのよ! 大辞典の情報間違ってない?


イビルアイって、変な名前のキャラがいるけど。 同じ言い回しが劇場版ジョジョの歌の、歌詞に使われててね。
Yo, look into my evil eyez この邪悪な瞳を見ろ
ってヤツなんだけども、スゲー厨二病ぽくて痺れる。 いやむしろ厨二病で良いんだぜ! 演出は少しくらいコテコテでもgoodなのよぉ~~。

つー事は、キーノなんたらさんの謎タレントって、目に関する…悪い感じの技なんだろうか?
視線でなんかする…… ハッ! エロビームか何かッスか!?


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第二階層は遠すぎる の巻き

荒木先生「視点はなるべく動かさず、カメラがあるような視点をイメージするといいぞ」
    「欧米の書き方は、良い構図の絵が重要で、何をしたかをひたすら書くぞ」
    「日本の書き方は、キャラの心の動きや表情を細かく書くぞ」

 この視点の違いってのは結構重要で、その人が書く小説の特徴っていってもいいんよ。 この視点の距離で雰囲気はガラッと変わる。
 一人称視点。 キャラの背後、三人称視点。 そして、俯瞰で見る神の視点。
 シューティングゲームにFPS視点てのがあるけど、小説でこの書き方をすると、そのフォーカスが当たったキャラクターの心の動き、思考や動機、状況にどう思ったかをスゲー自然に書くことが出来るんだな。
 文章の中に「私」と入ってれば、キャラ名を出さなくてもフォーカスの当たったキャラの事だって理解出来る。
 しかもこの視点の良い部分はまだある。 それは『文体が口語で書ける』っつーメリット! つまり、そのキャラクターの独り言を聞いてるっつー体で話を進められるので、書き言葉である文語に比べてハードルが低いのさ。 書くのが苦手でも、ネタさえ揃ってればスラスラ書けるんだぞ。
 ちなみに、この前書きも口語を意識してるぞ。
 そしてデメリットも当然ある。 それは、視点が近いゆえに、フォーカスしてるキャラ以外の心情を書き辛いって事。 書きたかったら、一旦、一人称視点を辞めないといけない。 コロコロ視点が変わると読者が混乱するので、ここをどうにかしないといけないぞ。


 焦燥、憎悪、困惑、恐怖、殺意、屈辱、羞恥……

 

 彼の精神は、様々な負の感情によって、嵐の夜の如く荒れ狂っていた。

 

 自分が1度死んだことなどは、どうでも良かった。 元より、死ぬことに恐怖など無い。 NPCである彼は、ナザリックと、至高の御方の役に立って死ぬ為に生まれてきたのだから。

 

(それが…… それだと言うに…… この私は……ッ!)

 

 最も強い負の感情は、恥であった。 『敵』の進入を許し、あろう事か仲間同士で殺し合う醜態を晒してしまったのだ。

 

 泣きながら抱き合う、セバスの部下…… プレアデス達。 至高の御方の腕の中、声を挙げて泣きじゃくるシャルティアの姿を見ていると、胸が張り裂けそうになる。 謝罪と忠誠の証として今すぐこの胸を割り、心臓を(えぐ)り出し献上してしまいたいぐらいだ。

 

 許されるのならば、今すぐにでもナザリックを飛び出し、下手人を惨殺してやりたいと考え  

 

(……落ち着きなさい。 私1人が動いたところで、解決するような問題でも無いでしょう……)

 

 ギリリと、鋭く尖った歯を食いしばり、憤怒の感情を押さえつける。 いつか必ず見つけ出し、いつか必ず捕えてやる。 その時、その瞬間まで、この激情は大切にとっておこう。

 

 ふと、視線を玉座の間の扉に送る。 門と言っても過言ではない程巨大なソレの傍らで、1人の壮年の男と、3人の少年が…… どうやら、大広間の修繕をしているようであった。

 

「あの~、サトルさん。 このシャンデリア、重すぎて天上まで上がらないんですが……どうしましょう?」

 

 奇妙な髪型をした人間の、不可思議な能力。 物と物を磁石のように吸い付ける、魔法にもスキルにも見えない特殊な力は、自らの身長を越す大きさのシャンデリアを持上げるまでのパワーは無いと言う事か。

 

 モモンガ様は、シャルティアの髪を手櫛で()くように数度撫でる。 そして、泣き止んだシャルティアとアウラ、マーレ達に、人間の手伝いと護衛を命じられた。

 

 シャルティアは気合の入った声で返事をすると、自らの特殊スキルを使用し、完全武装へと装備を整える。 そして、人間の手伝いをするために走り出していった。 やれやれ、と溜息が出るのも仕方の無いこと。 少々空回りしているのが、不安を煽るのだ。

 

 我々、守護者の中から選ばれたのは、ナザリック守護者最強と、広範囲殲滅の得意なマーレ。 そして、2人の弱点を補う、探知能力の優れたアウラ。 その3人を向かわせたという事は…… 手伝いを口実とした、監視。

 

 流石は、至高の御方の最上位。 完璧なこの組み合わせを即答なさるとは…… 正に、端倪すべからざるという言葉が相応しいお方だ。 しかし  

 

「知らない能力を持つ…… 人間。 ……調()()()()()必要がありますか」

 

 ポツリと、零すように出てしまった独り言。 あの人間とモモンガ様の関係が理解出来ない上、この状況があの人間共の計画で無いとの確証は無いのだ。

 

「デミウルゴス。 一体、何を考えているのですか……? まさか  

「用心するに越したことは無いだろう、セバス。 この状況が、あの連中の罠で無いとも言い切れない。 ()()()()()()()(もち)いてでも探る必要があると  

 

 耳聡く、私の呟きを聞いていたセバスに向け、努めて安心できるようにした笑顔を向ける。

 

「私は愚考するのだよ」

 

 だが、セバスは(しか)めた表情を益々深くした。 たかが人間の処遇なに、何が気に入らないというのだ、全く。 シモベたるもの、全力でナザリックの為に動かなければならぬというに……

 

「想像はつきますが…… 一応、その、手荒な方法とやらをお聞きできますか?」

「私が長時間モモンガ様のお側を離れる訳にはいかないので…… 情報収集の専門家である、特別情報収集官のニューロニストに任せるつもりです。 そして助手にトーチャーを……と」

「認められませんね、デミウルゴス」

 

 私の計画を聞き、一蹴したセバスの表情は硬く、語気は荒々しかった。

 

「別に、あなたの許可など必要としていませんが?」

「情報収集ならば、魔法を使えばよいではないですか。 その方が早く、確実です」

「……魔法が失敗する恐れがある。 このような場合は、物理的な手段で口に割らせるに限ると思うがね?」

 

 何故、セバスは反対するのだ。 この人間にこだわる理由が理解出来ない。 せっかく、怒らせないように笑顔で対応してやってるのに、だ。

 

「……ならば、その役が私でも構わないハズですね?」

「ニューロニストの代わりに聞き出してみせる、と?」

 

 無言で首を縦に振るセバス。 フム…… 成程、これは意外に()()()かもしれない。

 

「そしてデミウルゴス。 私が聞きだすに当たって、貴方は一切手出し無用です」

「ほう。 仕事を横取りした挙句、私を追い出すつもりですか」

「貴方には任せられません」

「信用の無い事ですねぇ……涙が出そうですよ」

 

 ハンカチを目元に当て、ヨヨヨ…… と、悲しみをジェスチャーで表す。

 

「……茶化さないでください」

 

 それが気に入らなかったのか、セバスは私に詰め寄り、私の胸を指で突く。

 

「兎に角、手出し無用。 いいですね?」

「いいでしょう。 その『約束』を受けてもいいですが、ただただ私だけが要求を突き付けられるのは…… 不公平だと思いませんか?」

 

 両手を広げ、肩を竦めて見せる。

 

「そうですね…… 自分から言い出した事なのだから、セバス1人でやってもらいます。 そして、これから一切のスキル、魔法の使用を禁じます。   いいですね?」

 

 口を開きかけたセバスを、人差し指を立てることで制す。

 

「理由は単純。 先程言った、口を直接割らせる為です。 それとも、まさか、守護者ともあろう者が…… スキル無しでは、あのような子供に返り討ちに合ってしまうと?」

「……見縊(みくび)らないでいただきたい。 そんな事は、万が一にもありません。 ただ  

「ただ? どうかしたのかね、セバス」

 

 口篭(くちごも)るセバスに、その先が言い易い様、笑顔で聞き返す。 束の間の沈黙の後、セバスはこちらに背を向けた。

 

「……いえ、なんでもありません。 ただの嫌がらせかと思っただけです」

「おやおや、心外だね。 私が、そのような無意味なことをすると?」

「…………」

 

 そうして、私の質問に答えず、セバスは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスの撒いた種は、いずれしっかりと根を張るだろう。 あとは芽吹かせて刈り取るのみ。

 

 悪魔はモモンガの近くへと歩み寄り…… 良く知る同僚、コキュートスに聞こえるように   シャルティア達も身体能力が高い為、聞き取るのは容易なはず   1つ、爆弾を落とす。

 

  モモンガ様、守護者の蘇生は滞り無く終わりました。 ただ、領域守護者の状態が未確認です」

「領域守護者の無事は、玉座の機能を使って確認できているが?」

「いえ…… 区画を護ると言う特性上、隔離されているとも言える彼らは、この非常事態を把握していないと思われます」

「……我ガ盟友ニモ、知ラセル必要ガアルカト。 此方ニ来ルヨウ、知ラセテ来マショウ」

 

 デミウルゴスの視界の端で、アルベドの微笑が凍りついたのが見えた。 彼が言うに、彼女の表情は全く読めないそうだが、かなり動揺すれば多少……窺えるようになるのだ。

 

 降って沸いた、カテゴリーG出現の危機に、アルベド、アウラ、シャルティアの3人の動きが眼に見えて悪くなる。 身体をまるで、凍り付かせたかのように硬直させていた。 ちなみに、この虫の元々の名前は、『御器被り』だったが、新聞の誤字が思いの他広まった為、定着した。

 

 理由を知っているだけに、少々罪悪感を感じるデミウルゴスだったが…… モモンガの知らない所で起こった事とするために、ジョースター達とモモンガを分断しなければならないのだ。 これだけは、可哀想だが泣いてもらうしかない。

 

「そ、その必要は無いのでなくて?」 アルベドが腰の羽をギクシャクと動かしながら言う。 「ほ、ほら、第2階層はシャルティアの管轄なのだから、シャルティアに伝言を命じればそれで済むじゃない?」

 

 シャンデリアを抱え上げ、天上まで飛行していたシャルティア。 突然崖っぷちに立たされた彼女は、女性がしてはいけない必死の形相を浮かべ、勢い良くアルベドの方へと振り返る。 反動で機材が揺れ、ガシャガシャと音を立てた。

 

 そこへ、デミウルゴスが1歩前へ出る。

 

「いえ、それには及びません。 モモンガ様、コキュートスとセバスに、伝言を命じては如何でしょうか? コキュートスは友人の無事を直接確かめられますし、1石2鳥かと」

(さて…… 切欠を作ってあげましたよ、セバス。 いくらなんでも解らなくはないでしょう?)

 

「フム   そうだな。 セバス、頼めるか?」

「はい。 命令とあらば、喜んで……」

 

 一連の流れに、微笑を湛えた悪魔は、その微笑みを一層深くした。

 

 第2階層へ向かうセバスが、ついでと称して仗助達にナザリックの案内を申し出る。 しかし、残念ながら、誘い出せたのは康一ひとりだけであった。 2人いれば、証言を照らし合わせて嘘を暴く事が出来たのだが…… 欲を出して失敗しては元も子もなし。

 

 全ては予定通りなのだ   

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下。 第7階層と第6階層を繋ぐ転移門付近に、彼等の姿があった。

 

 一人は老人。  雪のような白髪と髭を湛え、柔らかな物腰の奥に隠された目は、抜き身の刃のように鋭い眼光を放つ。 黒い燕尾服を着込んだその姿からは、何処かの大貴族に遣える執事を思わせる。 しかし、見る者が見れば、鋼の肉体がその服の下に隠されていると気付くはずだ。

 

 一人は巨大な昆虫。 青空のように透き通った真っ青な身体は、見た目通りに超低温であり、触れれば氷のように凍てついてしまうだろう。 日本の武士が着込んでいた、大鎧のように見えるのは、形を変えた甲殻だ。 そのため防具の(たぐ)いが一切装着できず、同僚からは全裸だと揶揄されてしまうのだが。

 

 一人は少年。 丈夫な綿(めん)の生地で作られた、陸軍将校の服が元の黒い服は、詰襟(つめえり)の学制服だ。 低い身長、薄い色をした頭髪、幼さを残す表情からは、彼が高校生だとは思えない。 彼を全く知らない人物の第一印象は、年齢以上に若く見られる事だろう。

 

「ず、随分、広いん、ですね……」

 

 息を荒げた康一は、光り輝き渦を巻く、転移門の前で息を荒げる。 歩きやすい9階層や、進入禁止のためスッ飛ばした8階層。 そして、まだスタミナが残っていた7階層   暑さはコキュートスにフォローして貰った   の内は良かった。

 

 だが、ボーナスと言うリアルマネーの物量に物を言わせた、広大なナザリックが康一の前に立ち塞がった。 そしてゲームであったが為に、交通の便(アクセシビリティ)なぞ全く考慮されていない…… むしろ逆に、徹底的に悪くなるように作られた地形に、早くも苦渋を舐める。

 

「ナザリックハ、10階層ニ別ケラレテイル。 コノ第6階層ハ、ナザリックデ最モ広ク、密林ノ広ガル階層ダナ」

 

 コキュートスが気を利かせ、同僚が管理している階層の紹介をしてくれた。 最も広い階層が、足場の悪い密林で構成されているそうだ……ありがとうよクソッタレ。

 

 意を決して転移門を潜ると、以外にもそこは室内であった。

 

「き、恐怖公さんの居る、ブラックカプセルは何階でしたっけ?」

「第2階層です」

 

 さらりと、絶望的な情報をセバスが寄越してくれる。 このペースでは、第2階層に着くまでに日を跨いでしまう……が、だからと言ってセバスやコキュートスにおんぶして貰うなんて恥ずかしくて無理。 康一は高校生なのだ。

 

 第6階層に広がるのは、鬱蒼とした密林。 そこから天を突くように伸びた、石造りの巨大な手のような建造物がある。 楕円形の広場を取り囲むように作られた客席には、いくつかの人影があった。 近付いて見れば一目瞭然だが、それは人の形をしていれど人ではない。 茶色のそれは、泥人形。 物言わぬ土塊(つちくれ)、観客役の賑やかし、クレイ・ゴーレムの集団。

 

 そう、康一がセバスに案内されたそこは、イタリアのコロッセオを彷彿とさせる楕円形の闘技場だったのだ。 ただ違うのは、重力を無視したように四方に伸びる、特異な形状の客席があった。

 

「コキュートスさん、僕の事は気にせず先に向かって下さい」

「……スマヌ、スグ戻ル」

 

 遅々として進まぬ行程に、焦燥(しょうそう)を隠し切れなくなっていたコキュートスを見兼ね、康一は2手に分かれる事にした。

 

 会話の時間すら惜しいと、短く謝罪したコキュートスは、軽やかに地を蹴り客席を飛び越え去っていく。 康一は、まるで映画の世界みたいだなと考えながら、凄まじい身体能力を発揮し小さくなっていくコキュートスの背中を見送ったのだった。

 

 康一は、その緻密な作りに感嘆の声を漏らしながら、セバスの案内で闘技場の奥へと進んでいく。

 

 錆色の鉄格子がはまった通路は薄暗いが、松明のゆらゆらと揺れる淡い光によって雰囲気は素晴らしい。 所々置かれた石細工や、彫刻の施された壁も、まるで本当にコロッセオに来たと錯覚してしまうほど精巧だった。

 

「この通路の先が中央の広場です」

 

 目の前の格子戸は既に持ち上がっており、下の部分が少し見えていた。 トンネルの出口のように通路の先は明るく、薄茶色の土が平坦になさられていることから、地下構造の仕掛けは省略されているのだろう。

 

 セバスは格子戸をくぐった先で端に寄ると、片手を中心へ向け康一を促す。 もう少し彫刻などを眺めていたかったが、この先にある物の好奇心が康一の背を押す。

 

  それは想像以上だった。

 

 崩れかけのコロッセオでは到底味わうことは出来ないだろうそれ。 自分が剣闘士(グラディエーター)だったら味わうだろう興奮。 ここに立って始めて康一は、ボクシングやレスリング選手が何故、痛い思いや辛い思いをしてもリングに上がるのか。 数多のライバルに打ち勝ち、トップを目指すのかを理解できた。 

 

 膨大な数の観客はここで、360度見渡す限りの観客席に座り、勇者の登場を今か今かと待つのだろう。 何千人も収容できそうなそこには、観客の代わりに茶色のゴーレムがこちらを見ている。 康一は広場の中心で、観客席をぐるりと見上げ    

 

ワァァアア    

 

 巻き起こる歓声と、万雷の拍手に歓迎される選手の背中を幻視した。

                  

「康一様がいた世界では闘技場として使われていたようですが、ナザリックではもっと別の使い方をするのですよ」

 

 広々とした闘技場の真ん中でつっ立ってる康一の背に、不意に掛けられる落ち着き払ったセバスの声。

 

「上階には転移の罠がいくつかあります。 それを発動させると此処へ転移させる仕掛けになっており……」

                  ド ド

 観客席で、何かが動いた。 それは土人形。

 

「つまりは闘技場ではあるものの、此処が作られた目的はもっと別……」

 

 無数の土塊(つちくれ)が動く。 太い棒みたいな足が、床を打つ。

                  ド ド ド ド

「此処は…… 愚かにも神聖なるナザリックに侵入した塵芥を…… 『始末』する、処刑場に…ございます」

 

 動像(ゴーレム)が足を踏み鳴らす地響きが、コロシアム全体を震わせ。 地震の如く伝わる振動が、空気を震わせ2人を包んでゆく。 第6階層の闘技場に、狂気と言う名の振動が、ビリビリと響き渡っていく。

                ド ド ド ド ド

「モモンガ様も、お優しい。 多少、役に立つとは言え、人間など首輪を着けさせ鎖に繋ぎ、屈服させてから命令すればよいというのに」

 

 背中から叩き付けられる、致死性の空気。 それはまるで、空気そのものが闇に墜ちたかのように暗く。 そして、真夜中の嵐のようにゴウゴウと音を立てて、真っ黒な風を背中から吹き付けるそれは……

 

「殺しはしません。 身体に聞くこともありますので。 では、知ってることを全て…… 吐き出してもらいます」

 

 

 

    極大化された、殺気。

 

 

 

  え?」

 

 康一は振り返る。 ゆっくりと。 ……いや、実際には、全力で勢い良く振り返ったのだ。

 

 

 

   だが。

 

 

 

 セバスの全身から放たれる殺気を浴び。 身体が…… 全身の細胞一つ一つが警告を発したために、康一を包み込む…とある感覚。 生命の危機に瀕した時に起きる…… スローモーション現象。 究極の集中が引き起こした錯覚。 タキサイキア現象の発現。

 

 耳を塞ぎたくなるほどの騒音。 空気の揺れ、大地の揺れが伝わったかのように、セバスの身体が霞むように()れて    

 

ドスゥゥウッ!!

 

   !!」

 

 知覚できない程の速度。 時を止めたのかと思える程の一瞬で、セバスは距離を詰めた。 眼にも止まらぬ速度で放たれた抜き手が、無情にも康一の左肩に突き刺さったのだった。

 

 

 

to be continued・・・




設定資料集に、クレマンティヌスさんの、おにいちゃんの姿があって驚き。 漆黒聖典第5席次だったんだねぇ。
いや、明言はされてないのだけれど、髪色と言い、髪形とい言い、虹彩の色も同じだしで、これかなと。 
今頃、番外次席って誤読してたのに気付いた。 いつ主席でてくんのかなと思ってたら席次でした。

――没ネタ――

~<手癖の悪い悪魔>が()ッてきた『アレ』が換金出来なかった~

モモンガ「使い道も無いし、カネにもならないから返してきて」
パンドラ「畏まりました、わが主よ!」


パンドラ「よし、法国の衛兵の私室に入れたぞ」
    「机の上に置いとけば気付くでしょう。 誰の物か解るようにメモも残しておきますか」

女性衛兵「おや、こんな所に布とメモが。 何々?」

メモ  「お 前 の パ ン テ ィ ー だ」



すきなとこ:わざわざ返してあげるモモンガ様、やさしい
      でも、自分で行くのは恥ずかしい。かわいい

ボツりゆう:こんなピリピリしてる状態のナザリックを魔法で覗き見なんかしたら、
      クロスファイヤーハリケーンスペシャルが飛んでくるぞ~!
      アルベドが暴走しそう。モモンガ様の貞操が危険で危ない


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セバス・チャンの献身 の巻き

荒木先生「一般的に『上手な絵』はリアルで正確な絵だと思うぞ」
    「でも絵が上手くても売れない人と、ヘタでも売れる人がいるぞ」
    「違いは、絵で作者がすぐわかるという事だぞ」

 小説で絵柄は表現できないので…… 小説の雰囲気というか特長みたいなのをね。
書く人によって文の構成や、話の進め方に特徴がある。 例えば、幼女戦記のカルロ・ゼン先生なら、学術書のような固い文章を書かれるひとですな。 まるで、論文か報告書でも読んでいる気分になるぞ。
 逆に、硬い表現を廃し、常に口語で進める作者もいる。 ライトノベルなどが当てはまるのだけれど、とっつきやすさを重視したこの文章はサラッと読めてしまうので、ジャンクフード的な魅力があるね。
 ただ、緩い文になりがちな為か、批判も多い。 見下されやすいとも言えるね。 フィクション物語なんだから、ある程度の文法や表現の拙さに目くじら立てるべきじゃぁないと思うぜ(ある程度は、だけれど)
 そんなカッチリした本が読みたければ、太宰治でも夏目漱石でも芥川龍之介でも読めばいいじゃない、ってね。
 ちなみに、この作品は特殊タグを使う特徴があるだァー! ジャンクフード的な安さを目指しているぜ(出来てるかは別として!)


 デミウルゴスの呟きを耳にした時、私は我が耳を疑った。

 

 確かに、あの半透明のシモベを操る姿は奇異に見えた。 代償を必要とせずチカラを発揮する能力とやらも、不可解であった。

 

 至高の御方であらせられる、モモンガ様と親しそうに話す姿と、我々NPCの不始末により傷付いたナザリックを不可解なチカラで修復する少年達。 モモンガ様から、ハッキリとは彼ら人間の説明や紹介はされていない。 しかし、その献身的な姿と、レベルの低さから脅威だとは到底思えなかった。

 

 小さい。 あまりにも小さく、幼く、未熟な生命。 それをデミウルゴスは脅威と見做した。 モモンガ様に害成す者である可能性が、無いとは言えない、と。

 

 彼は、少年達を拷問に掛けるつもりだ。 殺さないよう、死なせないよう細心の注意を払い、ありとあらゆる苦痛を与えるつもりなのだ。 それを知った時、私は衝動的に動いていた。 熱くなる感情に任せるまま、強引にデミウルゴスの行動を制止したのだ。

 

 それが、このザマだ。 拷問官の変わりに、私が少年を打ち伸めす未来に変わっただけ。 なにも変わりはしない。

 

 可能ならば、殺さずにいたい。 第2階層へ向かう道すがら、私はそんな事ばかり考えていた。

 

 無実の罪で糾弾(きゅうだん)されれば、反発するに決まっている。 しかし、私がやらなければ……デミウルゴスはニューロニストの所へ、彼達を送るだろう。 もしかしたら、モモンガ様の恩人かも知れぬ少年達を、死ぬよりも辛い目に合わせるかも知れない。 それならば、いっそ安楽に死なせる事しか……私には思いつかない。

 

「此処は…… ナザリックへ愚かにも侵入した塵芥を…… 『始末』する、処刑場に…ございます」

 

 私は、少年に向けて殺気を放つ。 これに怯えて戦意喪失すれば……それでよし。 脅しつつ情報を引き出せばよい。 もし、戦う気配を見せたなら…… デミウルゴスの危惧が当たったという事だろうか。

 

 手加減し、出力を絞り放った殺気に、少年はびくりと肩を跳ねさせる。 逃げる素振りは…… 無いようだ。 ……気を引き締める必要があるかもしれない。 軽くとは言え、殺気に耐えた目の前の少年は、恐らく、死線を彷徨った経験が……あるのだろう。

 

「モモンガ様も、お優しい。 多少、役に立つとは言え、人間など首輪を着けさせ鎖に繋ぎ、屈服させてから命令すればよいというのに」

 

 馬鹿馬鹿しい。 心にも無い事を言う私を、冷静に自分を見つめるもう一人の私が、自嘲気味に鼻で笑っている。

 

 これで、これからの行動は全て私の独断で起こした事であると、少年に伝わった筈。 もし、全ての疑いが唯の杞憂(きゆう)に終わったとして…… 最悪の場合、責任をとって自害すれば……それでよい。 そうすれば、モモンガ様に迷惑は掛からず、何か言われたとしても言い逃れ出来る。 その点を鑑みれば、私のこの行動も、デミウルゴスの計画通りなのかもしれない。

 

「殺しはしません。 身体に聞くこともありますので。 では、知ってることを全て…… 吐き出してもらいます」

 

 決死の覚悟で向かってこぬよう、あえて逃げ道を作ってやる。 痛めつけるのが目的であると、宣言しておく。 喋れば助かると思えるように。

 

 私が放った殺気を感じ取り、急いで此方(こちら)に相対しようと、体を捻る少年。 だが、私にとっては非常に緩慢に見える動きだ。

 

 捕える際に、偶然気絶させてしまった体を装う為、背を向けて逃げられるよう足は攻撃しないでおく事にしよう。 私は一足飛びに距離を詰め、無造作に四指を肩関節に埋め込ませる。

 

 ……手に柔らかい感触が広がっていく。 普段なら何の感想も沸いてこない、最早あたり前であるこの感触が、今回だけはやけに不快であった。

 

 嗚呼、なぜ、こんな事になってしまったのだ。

 

 主よ…… 我が造物主、たっち・みー様……私を導いて下さい。 私は……どうすればいいのですか? どうすれば……よかったのですか……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ド ド ド

 人の形をした茶色の土塊が、まるで生きているかのように、雑な作りの足を打ちつける。 耳を覆いたくなる騒音の中、孫ほどの年齢の少年を打ちのめす、一人の白髪の老人。

 

 白く、薄手の絹手袋に包まれた右の抜き手は、少年の左肩に深々と突き刺さる。 老人の、達人的技量によって絶妙に手加減された抜き手は、指が全て埋まるほど突き刺さっていても出血は無い。

                  ド ド ド

「うッ……ぐぅぁあッ!」

 

 細心の注意を払って突き立てられた抜き手は、さらに康一の身体をほんの少しだけ浮かせ。

 

ドグシャァァアアッ!!

 

 康一を転ばせ、地面にそのまま押さえつける。

 

   う…ううっ…ぐ! あ……!」

 

 背中を(したた)かに打ちつけ、一瞬息が詰まる。 全身を襲った衝撃により発生した激痛に身を(よじ)り、捕縛から逃れようとする康一。 セバスの右手を掴み、左肩から抜こうとするのだが……

 

 セバスの体は、地面に縫い付けられたかのように微動だにしない。 それどころか、上腕骨と肩甲骨の間に突き刺した指を曲げ  

 

ボグン!

 

    !!」

 

 指の力のみを使い、そのまま肩を脱臼させた。

 

「ぐぅああああああッ!!」

 

 意識が飛びかける程の激痛が全身を駆け抜け、康一は眼を限界まで見開き絶叫した。

 

 ホワイトアウトする意識を、意思でなんとか繋ぎとめ、出現させたのはエコーズact3。 全力でセバスに突進し、跳ね飛ばそうと身体を打ちつけ……

 

バシィィ   

 

 巨大な岩を思わせる、鋼の肉体に弾かれる。

 

「……少年。 どれほど抵抗しようと、あなたは私に傷一つ付ける事はできません。 諦めなさい」

                  ゴ ゴ ゴ

 冷ややかな眼で康一を見つめていたセバスは、顔をゆっくりと近付け言葉を発する。

 

「ナザリックに入り込み、モモンガ様に近付いて…… 一体何が目的なのですかな? 幾ら貰い、誰に頼まれた?」

 

 康一は、セバスが発した言葉を数瞬の間理解出来ずにいた。 それほどの衝撃があったのだ。

 

「…………ち、違うッ! 僕はスパイなんかじゃ  

「そんな戯言を真に受けるとでも…… 思っているのですか?」

                  ゴ ゴ ゴ

 数秒考え込み、ようやく自分が疑われていると理解した康一。 だが、何の証拠も無い言葉をセバスは受け取らなかった。

 

「ぐ、ああっ…… 本当だ! ぼ、僕は敵じゃない……ッ!」

「何か証拠がおありで? 今、現に玉座の間まで侵入していたではないですか。 それでも少年は無実だと? アンデットであるモモンガ様と、一体何の繋がりがあるというのです?」

 

 反応を観察するように冷徹な視線を落としながら、セバスは右手に体重を掛けようとして  

 

「そこで何をしている、セバス」

   !」

 

 突如その背にかけられた声に、肩を跳ねさせる。 即座に振り返ったセバスはそのまま臣下の礼を取り、(ひざまづ)いたまま頭を垂れる。

 

「こ、これはモモンガ様! ナザリックに土足で侵入した人間の口を割らせるため、尋問を  

 

 額に脂汗を浮かべたセバスは、そこまで口にして…… ふと、気付く。

 

  至高の存在に声を掛けられたのに、ちっとも喜悦を覚えず。 それどころか、気配すら感じない事に。

 

「…………?」

 

 ゆっくりを顔を上げていく……が。 声が発された方向には、アインズの足元どころか影すら確認できない。

 

「攻撃は効かなくても……」

 

 後ろから聞こえてくる康一の声に、ゆっくりと振り返る。

                  ゴ ゴ ゴ

「『声』なら効いたようだね…… セバスが素直に手を離してくれたおかげで…… 立ち上がれたよ」

 

 そこには…… 激痛により全身から冷や汗を流し、脱臼した左肩を右手で(かば)いながら立つ康一。 左肩は力無くダラリと垂れ下がり、震える膝を押さえる事すら出来ず立つ姿は、すでに満身創痍。

 

「成程…… 機転は利くようですが…… その程度の小細工では、私に(かな)いますまい」

 

 明確に殺気を放つ老人を前に、康一の身体は小刻みに震える。 意思とは関係なく、呼吸は短く浅くなる。

                  ゴ ゴ ゴ

 背骨に一本の芯を通したように背筋を伸ばし、セバスは康一を前に向き直る。 身長差からか、精神的にか…… ボロボロの康一を冷ややかに見下しながら。

 

(今の隙は、逃げるに十分な時間が合ったハズ。 何故、逃げなかった…まさか戦うつもりでいる……?)

 

 しばらく注意深く観察していたセバス。 康一に新たな動きが無い事を確認すると、痺れを切らし疑問を口にした。

 

「全く理解出来ませんな。 今の隙は、私から逃げる唯一のチャンスだったハズ。 少年には死に行く道しか残されていないと言うのに……」

「…………僕は逃げないよ」

                  ゴ ゴ ゴ

 圧倒的な実力差。 やろうと思えば、小指だけで康一を、文字通り血飛沫に変えられるのだ。 肩への一撃で、康一もそれを有り有りと理解しているハズだと言うのに、彼は在ろう事か自分と戦う積もりでいる。

 

「勝てると…… 思っておいでで?」

「ううん…… でもね。 簡単には…負けてあげないよ……!」

 

 まさかと思い、逆転の策でもあるのかと問うてみれば、勝てぬ事は承知していると返答する。

 

 セバスは混乱した。 負けると理解していて何故逃げないのか? 余りの恐怖に、足が竦んで動けなかったのを隠しているのか? 仲間が異変に気付くのを期待し、時間稼ぎを狙っているのか?

                  ゴ ゴ ゴ

 何故、何故、何故……

 

「恐怖を感じないと……? 少年は、死が恐ろしくないのですか?」

「いいや…… 怖いよ…凄く怖い。 でもね…… 死ぬことが『最も恐ろしい』とは…… 限らないんだよ、セバス」

 

 肉食獣を前にした小動物の様に、ガタガタと震える康一。 そんな姿を晒しても、眼は光を失わず、口を真一文字に結んだ表情からは、熱い闘志が感じられる。

 

「負けると理解しててもなお、立ち向かいますか。 それは勇気とは程遠い……蛮勇というものなのですよ?」

 

 セバスは万が一を考え、慎重に探りを入れた。 目の前の子供は只の子供では無い。 このちっぽけな子供は、自分が至高と崇めるアインズが一目置く人物なのだ。

 

「それでも……そうだとしても。 勘違いで疑われたまま、終われるかよ……」

「……そうですか。 では、理解出来るまで体に教えて差し上げましょう。 圧倒的な差というものを……」

 

 セバスはそのまま、 スッ   と、腰を落とし構えを取る。

 

「フッ  

 

 浅く息を吐き出すと、地面が抉れると同時にセバスの姿が掻き消えた。

 

 眼で追う事すら出来ないスピード。 それは時を止められたかのようで、だが、地面の抉れと吹き上がる土煙が、只の超スピードで移動しているだけだと物語る。

 

    ッ!」

 

 おそらく背後を捉えられたのだろう。 だが、康一にそれを確認する時間は無い。 身体を丸め、前方へ跳躍する。 少しでもダメージを減らす為に。

 

 康一の耳が、風を切る音を捉え    

 

ドゴォォオオッ!!

 

 脇腹に蹴り込まれた、刹那の踵。 セバスが放つ、後ろ回し蹴りによって、 メシメシ  と骨が軋む音と、ビキィッ  とヒビの入る音が身体を伝わり、耳へと届く。

 

「ガハァ……ッ!」

 

 蹴られた勢いそのままに、壁側まで吹き飛ばされ転がって行った康一。 身体が砕けてしまいそうな衝撃は、息を全て吐き出させた。 筋肉痛の様な独特の痛みは、肋骨にヒビが入った事を脳に伝える。 咳をする度に鈍い痛みが走り、満足に呼吸出来ず酸欠の苦しみが襲ってくる。

 

 セバスは振り上げていた足刀をゆっくりと下ろす。 ズバ抜けたバランス感覚と、凄まじい体幹は、片足立ちであるというのに全く身体をブレさせない。 足が地面に縫い付けられているかのように滑らかなその動きは、正に達人の足捌き。

 

「簡単には死なしません。 全て喋って頂きましょう…… その、生命(いのち)に」

 

 完全に弄ばれていた。 反撃の機会すら与えない超スピードは、防御以外の選択肢を康一から奪っている。 生かさず、殺さず、康一の精神が砕け散るまで延々と続くで在ろう拷問。

 

「う…… ぐっ……ッ!」

 

 乱れた呼吸を整えようともせず、康一は地を掻きながらヨロヨロと立ち上がる。 左腕をダラリと垂れ下がらせ、苦痛に満ちた表情で俯き、蹴られた脇腹を右腕で押さえていた。 地を転がった時に、傷付けたのか打ち付けたのか…… 鼻と口から血が滴り、ポタポタと音を立てて土に染み込んでいく。

 

「フム……」

 

 ゆっくりと立ち上がる康一を、じっと観察していたセバス。 実験動物を観察していて何かに気がついた…… とでも言うような気楽さで、自身の予想を独り言の如く口にした。

 

「これだけ痛めつけても、反撃どころか逃げもしないとは…… やはり何かあるようですね」

(わざと超スピードで背後を取ったり、無造作に放った突きや殴打で解りやすく圧倒して見せました。 絶対に勝利は無い。 それを少年も理解しているハズ)

 

 だというのに、何故眼前の少年は立ち上がるのか。 セバスには理解出来なかった。 苦しみや痛み、そして死から逃れたいと思うのは、生物ならあたり前のことだと言うのに。

 

 まさか、と考える。 本当に偶然大広間まで来てしまったというのか、と。 盗掘する為でも襲撃する為でもなく…… 破壊されたナザリックを修復する為だけに、ただの通りすがりが何の利益も見返りも頭に無く、ここまで尽力したというのか。

 

「死ぬ事じゃあ無いんだよ……」

 

 それは、搾り出すような掠れた声だった。

 

「何か…言いましたかな……?」

「死ぬのが怖く無いのかって、さっき僕に聞いただろ……? ………()()()()()()()のはね。 死ぬ事や、痛い事じゃあ無いって……言ったのさ」

「…………」

 

 呼吸する度に胸に鋭い痛みが走り、康一は表情を歪める。 それでも話すのをやめようとせず、それどころか感情に任せるまま、少しずつ声を張り上げていった。

 

「本当に恐ろしいのは…… 『心』が砕けちまう事さ……! すべての希望が失われ、逆境に立ち向かう勇気が枯れ……ただ、ただ、時間が過ぎていく。 それをメソメソと眺めるだけの、心が砕けた生きた(かばね)になることさ!」

 

 フラフラと、走るどころかまともに歩く事すら出来ない身体で、こちらへ歩く。 セバスの方へ近付いて行く。 蝸牛の如く遅々とした歩みだが、一歩一歩確実に接近する。

 

 若さゆえに意地を張っているのだろうか。 セバスは、深い溜息を吐きながら頭を振った。

 

「生きた屍ですと……? それはまさか、モモンガ様の事を言っているのですかな?」

()()()…… でも、今言ったのとは、違うヤツの事さ」

 

ガン!

 

 手の届く距離まで近付いた康一を、無造作に拳で殴りつける。 身長が圧倒的に違うため、リーチの差による殴打は一方的。 セバスの拳は容易に康一の顔面に到達した。

 

 折れた鼻から血が噴き出し、裂けた唇からも血が止め処無く流れ出した。 殴られた衝撃で康一は大きく仰け反るが、踏みとどまる。

 

「莫迦なことを…… モモンガ様はナザリックにおいて最上位にして超越者。 人間よりも遥かに強く、人間よりもずっと永遠です」

「…………」

 

 平手が頬を張る。 乾いた音が2回、3回と響く。

 

「そして無限の時間がある…… 不老にして不死、時の流れを超越したオーバーロードなのです。 時は完全にモモンガ様を祝福しているのですよ」

「…………」

 

 構えすら取らない、体重の乗らぬ平手を康一は避けられない。 セバスの動きは早すぎた。

 

「少年に理解出来るはずがありません。 たいした経験も無く、愚かで、儚い…… 子供のキミに」

 

 飛び散った血液が、土に細かい染みを作り…… 流れ落ちた鮮血は、黒い制服を赤く染める。

 

 片手では数え切れない程の平手打ちを受けた康一は、ついに膝から力が抜け片膝と手を突く。

 

「諦めなさい、少年。 ……あなたの様な、ちっぽけな子供に何が出来ると言うのですか。 先程からまともに避けられず、反撃すら出来ないというのに……」

「反撃…は、『出来ない』んじゃあない。 ……『しない』のさ、セバス」

 

 立ち上がれない康一を、文字通り見下ろしていたセバスの表情が曇る。 此処で初めて、無表情だったセバスの眉間に皺が寄った。

 

「……情けでも掛けているつもりですか? それとも無抵抗なら身の潔白の証明になると? ……それは全くの無意味。 むしろ私に対しての侮辱に他なりません」

「フフ、フ」

「私が何か……可笑しい事を言いましたか?」

 

 康一はセバスを睨む。

 

「間違ってるから……さ。 さっきから……何一つね。 ……見当違いのところばかり見ているんだよ、お前はね」

「…………」

「僕はね…… 何かを期待して反撃しないんじゃあない。 『必要無い』から攻撃しないんだ」

「さっきから何が言いたいのか…… さっぱり理解できませんね。 時間稼ぎのつもりなら無意味です」

 

 少しずつ、セバスの表情に不快感が現れていく。

 

「……もう終わっている」

「………は?」

「僕の攻撃はスデに完了していて、これ以上する必要が無いから攻撃しないと言ったんだよ……!」

「…………フゥ。 時間の無駄でしたね。 次の1撃ですべて(しま)いにしましょう」

 

 セバスは腰を落とし、ゆっくりと。 構えを見せ付けるように、左腕を水平に持上げ、右腕を引き絞っていく。 次に放たれる1撃は、絶体絶命の1撃となるだろう。

 

「………僕はね。 たった一回ぽっちの失敗で何もかも失うなんて、あんまりだって…… 思うんだ。 何よりも強いとか、絶対に負けないとじゃあなく…… 『次こそは!』って思えるから、人間は素晴らしいんだって思う」

 

 康一の言葉を無視し、セバスは小指から順繰りに握りこみ拳を作る。

 

 セバスが握った拳から、ミシリと音が鳴った。 燕尾服に包まれた鋼の肉体は、放たれる前の弓のように、拳を撃ち出す時を今か今かと待ちわびていた。

 

「さらば…… 儚く、弱き者よ」

 

 そしてセバスは、短く別れを告げたのだった。

 

 

 

to be continued・・・




実写化ジョジョの情報が出る度に絶望が深まってゆく。 フルCG映画でやれば良いのに……解せぬ。


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ヘヴィー・エコーズ の巻き

 作品の雰囲気の続きなのだけれども、漫画は絵柄で表現できる。 だけど、小説は文章なので、誰が書いても同じ文字を使う事になる。
しっかりした劇画風か、緩いデフォルメか、可愛らしいポップ調か。 SF・ホラー・グロなら劇画でないとダメとは成らず、あえて緩いタッチで書き、アンバランスさを売りにするのもいいね。 正統派的にガッツリ書き込むのも悪くない。 ただ、向き不向きがあるので、格闘系の漫画はアクションシーンが売りなだけあってデフォルメ調はあまりやらない。 ただし! 鳥山明先生は少ない線で書き、トーンを全く使わずにアクションシーンを表現していたので、不可能ではないかな。 センスがいるけどね……

 じゃあ、どうやって差別化すんねんってなるのだけれど、これは使う単語で区別できるようになる……かも。

 その情報をどう表現して書くかで表現できるんじゃあないだろうか? 例えば、何かが『燃えている』シーンだとしよう。 同義語だけで、燃える・燃え盛る・燃焼する・焼き尽くす・焼く・灼く・焦がす・灰になる、など様々。 ああ、あと英語があるか。 バーニング!

 あとは表現技法かな。 直喩・隠喩・比喩・体言止め・対句法・倒置法・擬人法・対句法・繰り返し・省略法。 雰囲気が出る技法でオススメは……体言止めと対句法ですぞい。
「これが、あの漆黒の英雄(の力か)……」てな感じで、最後が名詞で終わらせるのが体言止め。 使う前に、その前の文章で何が止められたのかを察せるようにしよう。 雰囲気と強調が同時に出来るぞ。

対句法は、ちょっと難しい。 似た感じの語句か、対照的な言葉を並べてリズム感を出す技法でね。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響き有」 『声』と『響き』が音繋がりの単語だね。 あと、対照的な言葉で書くなら「人は生きるために働くのであり、働くために生きるのではない」と、するといいかも。


                  ゴ ゴ ゴ

「さらば…… 儚く、弱き者よ」

 

 短く、セバスは別れを告げた。

 

(本当に唯の偶然なのならば……安楽に終わらせるしか、もう手はない。 デミウルゴスの悪意から逃れさせるには……)

 

 セバスは深く腰を落とし、感情の無い能面のような無表情で少年を見つめる。 本気で打ち込むこの拳は、眼前の小さな命を……文字通り消し飛ばすだろう。

 

「…………」

 

 ……目の前の少年も理解しているはずだ。

 

「今がお逃げになる……… 最後のチャンスかと思われますが……」

 

 だのに、何故だ。 何故少年の眼は光を失わないのだ。 何故逃げないのだ。 命が惜しく無いのか。

                  ゴ ゴ ゴ

 様々な疑問が、僅かな感情と混じり合い、セバスの口を割って飛び出す。 最後通牒を掛けられた康一は  

 

「おととい来やがれ……」

 

 鼻で笑って突っぱねた。

 

(……愚かな) 

 

 間髪いれずセバスは行動を開始した。 溜めに溜められた莫大なエネルギーは、突進の衝撃で蹴られた地を、ベッコリと陥没させる程  強い。

 

 刹那を切り裂き、セバスは康一の背後へ回る。 勢いをそのままに、拳を打ち出  

 

「人間はね。 負け続けるようには出来ていないんだよ」

 

ドグガァァアアン

 

  そうとして、セバスは闘技場の壁面へ激突する。

 

「う……ぐぁ……!? 何が……!?」

 

 パラパラと、砕けた壁面の破片がセバスに降りかかる。 転倒したセバスは、信じられないといった表情で立ち上がろうと壁面を掴んだ。

 

 だが、立ち上がろうとしても足に力を入れることが出来ず……

                  ゴ ゴ ゴ

ドシャァァッ

 

 その場で再び転倒した。

 

「な!? 何だ、これは……! た、立てない……!?」

 

 馬鹿な。 セバスは声に出ない呟きを発する。

 

 視界の全てがグニャリと歪む。 重力がグルグルと混乱し、地面が液化する。 (ねじ)り上がる胃は、内容物も無いのに空嘔(からえずき)を繰り返す。 全力で立ち上がろうと一歩踏み出せば、()()()()()()()()()()()()()、セバスの頬を強かに打つ。

 

 脈動に合わせ、頭蓋を締め付けるような痛みが走る、この症状は言うなれば……

 

「め、目眩だと!? この私が!? うぐぅッ……! 頭痛がする………は、吐き気も……ッ!」

「エコーズAct1……やっと効果が出たのか。 そう 、『何も出来ない』んじゃあない。 あんたが『気付いていない』だけだったのさ!」

 

 酷い二日酔いであった。

                  ド ド ド

 痙攣する眼球を、意思で必死で押さえつけ、康一を睨みつける。 そして、康一の瞳に映る自身の姿に気が付いた。

 

  !? 何だこれは! 文字!?」

 

 セバスの頭部へ『張り付いた』ように書かれた文字。 擦っても落ちず、それは刺青(いれずみ)のように定着していた。

 

「確かに…… 僕が狙っていたのは『時間稼ぎ』だよ……」

                  ド ド ド

 驚愕に染まるセバスの表情。

 

「僕は左肩を外された時、スデに! act1は『音』を貼り付けていたんだよ……! いつ効果が出るか、出るまでに間に合うか確信は無かったけどね……」

「ば、馬鹿なッ! 一体幾つLVに差があると!? LV20程度の攻撃など効くハズが……!」

 

 ガンガンと痛む頭を手で抑え、歯を食い縛りながら康一を睨む。 地に伏せたセバスの頭は低く、立ち上がった康一の頭は高い。 今度は康一が見下ろす番だった。

                  ド ド ド

「本で読んだことがある…… 風力発電の羽が回ると、人が認識出来る可聴域よりも低い音が出て…… 健康に害を及ぼす……と! 普段、人は空気の振動を音として聞いている…… だが、その周波数は20Hz(ヘルツ)から2万Hzの間でないと聞こえない……」

「…………」

「20Hz以下の重低音は、生物にストレスを与えアレルギーを発症させる!! 長時間晒されると、まず頭痛が発生し吐き気を感じる! 三半規管が麻痺し、眼球は痙攣し、強い眩暈で立っていられなくなる!」

 

 セバスは、慌てて耳を塞ぐ。 意識を耳に集中すれば、確かに何かが震えているのが触覚で感じる。

 

「いくら力が強くても関係ない…… 不可聴の重い振動は……身体を伝わって…… 内部へ……内部へ……」

「………グッ!」

                  ド ド ド

 人差し指をセバスに突きつけ、康一は声を張り上げる。

 

「これは攻撃じゃあ無い……『現象』だッ! ただの現象なら、いくらLVが高くても抵抗のしようが無いのさ! サトルさんの声を聞かせたときに、セバスへ音が通じる事は最初に確認済みだぜ  ッ!」

「こ……この小僧が……ッ!」

「ずっと聞かせてたのは可聴域外の極低周波だッ! 僕の悲鳴や、助けを呼ぶ声を搔き消す為の『騒音』は……逆だッ! 逆に、僕のエコーズの出す『音』に気付け無くしていたんだよ!」

                  ド ド ド

 鬼の形相のセバスは、感情の爆発に任せるまま拳を振り上げ  

 

「ぬぅぁああめぇえるぅぅなぁぁぁああああッ!!」

 

ドゴォォオオッ!!

 

 地を殴りつけた。 凄まじい轟音と、砂交じりの風が闘技場を駆け抜け、それに呼応するかのようにゴーレムが動きを止めた。

 

「どうだセバス、僕は決して諦めないぞ! 何度でも立ち上がってやるッ! 僕達の祖先も、決して諦め無かったぞ! 厳しい自然や、理不尽な戦火も! 先人は科学や技術で悲しい運命を乗り越え、今を創ってきた! だから今があるんだ!」

 

 顔から血の気が失せたセバスは、震える身体を無理矢理動かし、緩慢に立ち上がる。

 

「どんな逆境でも前に進んできた! 不屈は失敗を乗り越えるからだッ!! 絶望的な状況でも諦めないから人は成長出来るんだ!」

「もう、いい。 黙りなさい……」

 

 目の前の少年が叫ぶたび、鼓膜が破れかねんと思える程の衝撃が、脳に伝わる。 冷や汗が流れ落ちる額を左手で押さえ、頭痛を無視し、吐き気を我慢しながら康一へヨロヨロ近付いて行った。

 

「お前の存在がその証拠だセバス! 人々が脈々と受け継いできた膨大な過去があったからこそ、たっちさんはお前を造る事が出来たんだ!」

「その薄っぺらい生で、至高の存在を語るか小僧ッ……!」

 

 老体からは信じられないスピードで、セバスの腕が空を切り、掌底が康一の顎を捉え   姿勢を下げた康一に回避される。

 

 目を見開くセバス。 その脇を擦り抜け背後に回る康一。

 

「きっとみんな乗り越えるさ! 毒の大地も、腐った海も、死んだ空気も!」

「黙れと言っている!」

 

 セバスは身体を半回転させ裏拳を   撃つ前に、肘を下から持ち上げられ、拳は虚しく空を切る。

 

 驚愕の表情を見せたセバスに、康一は言葉を重ねていく。

 

「人々の成長を! 父親の努力を! 自分の存在を否定するのかセバスゥゥ   ッ!!」

   黙れ! 黙らぬかッ!」

 

 最早、セバスの拳速は、人の限界をやや越える程度に落ちていた。 麻痺した三半規管は、狂った重力の向きを指示し、鋼の肉体の姿勢を大きく崩させる。

 

(こんな…… こんな、まさか! どこにこんなパワーが…… これが『能力』と言うものかッ!)

 

 横薙ぎの足刀は精彩を欠き、四肢を砕かんと迫る拳は肌を掠めていく。 後ろを振り向けば、頭を割り砕かんと痛みが走り。 姿勢を変えるだけで、胃は悲鳴を上げて暴れまわる。

 

「サトルさんが身も心も魔物なら! 生者を憎む不死者なら! NPCのお前達の事も…… 憎く感じるはずだろォ    がッ!」

    !」

 

 主人は自身を、生あるNPCの全てを憎く思っている。 有り得ない   とは、思えなかった。 ()()()生命を恨み、妬み、殺すのがアンデットだからだ。

 

 動揺し硬直した一瞬の隙を突き、康一の肘が脇腹を打った。 セバスの表情に驚愕の波が広がっていく。 一撃を、たかが20LVかそこらの子供から貰ってしまったのだ。

 

 しかし、ドン、と音はしたが、パンパンに空気の詰まったゴムタイヤを打ったような硬質な感触から、全くダメージになっていない。 康一は、予想通りの効果に、心の中で舌打ちをした。

 

「モ、モモンガ様は…… 至高の御方々を纏められる特別なお方! そこらの下等な成り損ないや出来損ないとは違う! 朽ちず、滅びず、不老にして永遠なる超越者なのだッ!」

 

 揺れる視界は幻影を捉え、麻痺した身体は鉛のように重い。 動揺した精神は、ことさらに拳から速度と正確さを奪う。

 

 子供のパワーでは防御を抜けず、何の痛痒も感じさせぬ無い拳や膝が、老いた身体に1つ2つと打ち込まれた。

 

「それでも彼は人間だ! 成って果てても人間だ! 彼の魂は人間の魂だ!!」

   くどい!」

 

 圧倒的な身長差が、今は仇となっていた。 低い身長の康一を捉えるには、身を屈めねばならないのだ。 三半規管を狂わせられた今、下段攻撃が出来る蹴りは不用意に繰り出せば転倒。 ()しくは、最悪自滅しかねない。

 

 セバスは内心で(ほぞ)を噛んでいた。 先程の弱った仕草に騙された……と。

 

(少年は抵抗出来なかったのではなかった! スタミナと体力を温存する為に下手に避けず、骨折や脱臼されないように満身創痍を装って近付き、わざと平手打ちを誘っていたのか!)

 

 フラフラとした動きは、油断させる為の演技だったのだ。 一発も足にダメージを与えていないと言うのに、歩くのもやっと……と言うのは、今考えてみれば……違和感だらけだ。

 

 激しい運動で頭が揺さぶられ、一層強い吐き気にセバスは襲われた。 苦々しい表情で歯を食いしばり、吐き気に耐える。 しかし、その僅かな隙を突き、康一は懐へ身を滑り込ます。

 

「不屈の心は再起の心! 人間の素晴らしさは挫けない素晴らしさ! いくら強くてもお前達NPCは失敗を知らない!」

 

 康一の、顎を狙った突き上げが迫る。 これ以上、頭を揺らされるのを嫌い、咄嗟に避けようと仰け反り  

 

 飛び掛られ、顔面を捕まれてしまう。

 

 小さい体格とはいえ、40kgの全体重を乗せた捨て身の突撃。 そして狂わされた三半規管により、バランス感覚を著しく減退させられたセバスは後方へ  

 

「赤子同然だァ    ッ!!」

 

ゴギャァアッ

 

 踏み固められた地面へ、強かに頭蓋を打ちつけた。 刹那、土煙に紛れ姿を現した豪腕が、康一の手首を掴む。

 

「ッ! し、しまッ  !」

 

 手首を掴んだセバスは  

 

メシャァ

 

 骨を握り潰し、ベキベキに砕く。 そしてそのまま、力任せに水平に投げ放った。

 

「モモンガ様は最後までナザリックをお捨てにならなかった…… 永遠に私達の上に君臨して頂ける……! 決して、人間のように脆弱な方ではありません……ッ!」

 

 康一は力尽くの行為に抵抗出来ず、なすがまま棒切れのように投げ捨てられた。 鼻先を掠める土が、滝のように流れて見えた。 このままでは、良くて全身打撲し捻挫する。 最悪、先程のセバスみたいに壁へ叩きつけられ、再起不能になるだろう。

 

(それならば  )

 

 康一は身を捩り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ううっ……! ぐぁぁ……ッ!」

 

 摩擦により速度が落ち、何回かバウンドした後、身体は地面を転がって止まる。 頭を腕で(かば)い、あえて抵抗せずに転がることで、緩やかに速度を殺す。

 

 幸運にも、上手く墜落できたようで、深いダメージは肘から先が砕けた右腕だけ。 至る所に擦過傷や、打撲痕があるが…… まだ立てる。 寝ている暇は無い。 首の力を使って立ち上がり、セバスの追撃を警戒せねばならないのだ。

                  ド ド ド

(まずい……このままではまずい……! セバスの動きは、ギリギリ避けられ無くも無い程度には…… 遅くなっている……しかし!)

 

 これで、名実共にボロクズになった。 それでも立とうとする康一は、外見とは対照的に…… 焦っていた。 何故ならば……

 

(『決め手』が無いッ! 僕のエコーズAct1には、パワーが無い! Act3もだ! 重くして抑えるだけ……火力が無い!)

 

 ()()()()()がノープランなのだ。

 

 頭痛も眩暈も吐き気も、症状とはつまり身体の防御反応なのだ。 このままAct1の振動をブチ当てていれば、セバスに深刻な後遺症を与えかねず、最悪殺してしまう恐れもある。

 

 康一の目的はセバスを殺すのではなく、この状況を切り抜けること。 時間が無いのだ。

                  ド ド ド

(唯一のAct2はスピードが遅くて、極低周波が解除されたセバスには命中しない…… 服に文字を貼り付けてカウンターを狙っても、石コロを投げられただけで負けてしまう! 千日手…… いや、このまま戦っていたら、スタミナの差でいずれやられる! 射程距離のことも、いつか気付かれてしまうかも知れない!)

 

 決め手の無い試合では、泥仕合をダラダラと続けた後、結局地力のあるほうが勝つ。 エコーズで強力なアシストを狙えても、フォワードがいないのでは話にならない。

 

(ダメなのか……! 結局、僕一人だけでは敵わないのか……! 誰かがいないと……ダメ……なのか……ッ!)

 

 震える足で立ち上がったセバスが、ゆっくりと迫る。

 

「これで両腕は封じました……! これ以上の苦痛は無意味です…… 抵抗しないのなら、私が安楽に終わらせて差し上げましょう……ッ!」

 

 流石に今の叩き付けが効いたのか、空嘔(からえずき)したセバスが苦しそうに言った。

 

「まだだ…… まだ…終わってない……」

 

 力が入らない両腕を、ダラリと下げた康一。 待ち受ける彼へ、セバスがリーチ差を利にスローな蹴りを打つ。

 

 速度を落とした薙ぎ払いの、意図するところは牽制。 回避か、カウンターを狙う康一を迎撃しようと言うのだ。

 

  だが。

 

(何ッ!? 避けない!?)

 

 康一は避けなかった。 むしろ自分から喰らいに行った。 脱臼した左肩で、受け止めに行った。

 

ボグン

 

「わ…私の蹴りで……わざと攻撃を喰らって……脱臼した肩を!」

 

 衝撃に抗わず、むしろ利用して加速し見様見真似で狙う裏拳。 セバスの体術を劣化コピーした攻撃で顎を狙う。 遠心力に後押しされた裏拳のダメージは大きい。 体裁きの困難さと命中率の低さを補えば、人間の顎の骨程度なら砕く事が出来る程に。

 

 そう、人間ならば……だ。 セバスの身体は、康一の拳では小揺るぎもしない。 直接の殴打は攻撃扱いであり、LV差が顕著に現れてしまうのだ。

 

「何故、そこまでモモンガ様に拘るのです?」

 

 拳を頬に受けつつ、セバスが問う。

 

「だって…… そんなの…あんまりじゃあないか……」

「…………?」

 

 それは、喉よ裂けろと言わんばかりに張り上げていた声では無く、蚊の泣くような声であった。

 

「サトルさんは…… 彼はこの世界にアンデッドの姿で此処に来た…… だったら彼は、この世界に生まれてすらいないって事じゃあないか」

 

 セバスには、少年が何を言っているのか理解できなかった。 サトル、という名がモモンガの事を指しているのは、話の流れを聞いていれば容易に察せる。

 

 だが、()()()()()とは一体何なのか? まるで此処にいることが異常であるとの物言いに聞こえた。 確かにモモンガの骨格は人骨だが、彼が人間であると断じる根拠が理解できなかったのだ。

 

「最初っから死んでいるから不老だ……? 時間が全てを祝福しているだと……?

 ふざけるなよ。 そんなものは祝福なんかじゃあない。 サトルさんは()()()()んじゃあない……! ()()()()んだ! ずっと終わりが来ないんだぞ!」

 

 『ナザリックにおいて、死は慈悲である』 これは、彼が(のち)に口にする言葉だ。 だが、それならば、『死ねない彼自身』に慈悲はあるのだろうか。 ずっと苦痛から逃れられないのだろうか。 彼は、一体、何処へ向かえば終りに辿りつけるのだ。

 

「いっその事狂ってしまえば楽になる…… だが! 護りたいものが多すぎて、押しつぶされそうになっても……彼の冷たい身体は、心にヒビが入る事すら……許してはくれない!」

 

 全ては等価交換である。 それは、遊戯(ゲーム)だろうと、虚構(バーチャル)だろうと、現実(リアル)であろうと絶対の(ことわり)。 殺し奪う犯罪者ですら、追跡者から命を狙われる危険との等価交換なのだ。

 

 護る力を望んだ彼は、対価として自分の全てを差し出した。 心も、時間も、楽しむことも、何もかも。 死ぬ権利すら彼には無いのだ。 全てを投げ打つ覚悟を持つ者が、強者足り得るのは当たり前だ。 自分の保身や欲望で動く、浅ましき連中が勝てるものか。

 

「悲しむ事すら禁じられ…… 弱音を吐くのも止められて…… 誰にも頼れないんだ! 彼はこの世界にひとりぼっちなんだぞ!」

 

 永遠に等しい時間の対価は、無限に続く苦痛の連鎖。 背後を追い立て身を灼くは、眩ゆく光る過去の栄光。

 

 終わりの見えない無人の荒野を、人間にも亡者にもなりきれぬ彼は、昼でも夜でもない薄暗がりを何の明かりも持たず、一人ぼっちで歩いて行くのだろう。 朝日に追い立てられる亡者のように。

 

「そんなのまるで機械じゃあないか! 利用するだけ利用して! 古びて飽きたら捨てられる! 他人に命令されるだけの悲しい機械だ!」

 

 王になることを望まれた彼の未来は、莫大な財宝と膨大な武力によって整えられていた。 道を踏み外せば奈落に落ちる、過剰な誘惑に抗いながら彼は、より良くあろうと努力するのだろう。

 

 そして、我が子(NPC)は、モモンガ達至高の存在を……親愛と尊敬を込めてこう呼ぶのだ。 調 子 に 乗 る な(おとうさま)…… と。

 

「それじゃあまるで……そんなのまるで……」

 

 

 

 

「呪いじゃないかァア     ッ!!」

 

 

 

 

 頬を流れた液体が、1つ、2つと土に黒い染みを作っていく。 あれ程騒がしかった闘技場には、奇妙な事に僅かばかりの静けさが戻っていた。

                  ゴ ゴ ゴ

 しかし…… 廊下に硬い靴音を響かせ近付く影。 勿体つけて、ゆっくりと……嗤い顔を浮かばせて、1人の男が現れた。 彼が浮かべた機嫌の良さの下に、残忍さが見え隠れしているようで……優しくもあるようにも見える、(いびつ)で矛盾した細身の男。

 

 康一は、うな垂れた顔を上げようとすらせず、内心で舌打ちをする。

 

(……増援、か。 結局…間に合わなかったな…… ゴメン、仗助君……サトルさん……みんな……)

                  ゴ ゴ ゴ

 康一は諦め混じりの苦笑いを浮かべた。 決定的な『終わり』が来た……と。

 

 

 

 打つ手は…………もう無い。

 

 

 

「何故、貴方が此処へ来る……! デミウルゴスッ!」

「…………え?」

                  ゴ ゴ ゴ

 康一は目を丸くして顔を上げた。

 

「いえいえ……少し、お手伝いを………と」

 

  そこには、セバスに邪悪な微笑みを向ける悪魔がいた。

 

 

 

to be continued・・・



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されど少年は竜人と踊る の巻き

                  ゴ ゴ ゴ

 闘技場に現れた1人の男に、増援と悟り敗北を覚悟した康一。 ニヤニヤ…… いや、ニタニタだろうか。 粘つく微笑を浮かべた悪魔が、康一の前に現れたのだ。

 

 そこには、セバスに邪悪な微笑みを向けるデミウルゴスがいた。 康一に、ではなくセバスに……だ。 状況が飲み込めず、疑問符を頭に浮かべた康一とは対照的に、セバスの表情は硬く凍り付いていた。

 

「いえいえ……少し、お手伝いを………と」

                  ゴ ゴ ゴ

 セバスがスキルを使えぬ状況にしたのはデミウルゴスとの約束であるし、そもそもデミウルゴスの()()()()()()()為に、手を出させぬ為にここまで面倒な手順を踏んだのだ。 だというのに、白々しくも貴方が存外不甲斐ないので、()()()手伝いに来た……とでも言う気だろうか、この悪魔は。

 

「何をしに来た! 私が全て相手をすると、了承したでしょうデミウルゴス!」

「確かに。 手を出さない事に納得はしました……が、()()()()()()()()()()()()()()ねぇ……」

「……何ですと?」

                  ゴ ゴ ゴ

 デミウルゴスはそう言うと、康一の方へ首を回す。 そして、何がそんなに可笑しいのか吊り上げた口角が一層吊上がり、鋭利な牙がチラリと顔を覗かせた。

 

「遅いですねぇ……いつ戻って来るんでしょうか? コキュートスは……」

  !!」

 

 刹那、この悪魔が言わんとする(げん)に思い当たる。 康一から血の気が失せ、表情が凍りつき、脳裏を()ぎる最悪の想像に恐怖を感じた。 手足は無意識に震え、歯が嚙みあわないほど顎がかちかち震える。

 

()()()()()()? このまま戦闘を続行して…『手遅れ』になるか…… それともこの『音』の能力を解除して()()()()()()()()?」

                  ゴ ゴ ゴ

 クソ野郎が、とセバスは心の中で不快感と共に唾を吐く。 彼は少年を騙そうとしているのだ……と、直感的にデミウルゴスの狙いを見抜いたのだ。 何一つ確信的な事は言わず、あえて勘違いさせるような言葉で翻弄せんと言葉を紡ぐ、その所業は正に悪魔。

 

 騙されて、考え無しに9階層に戻ろうとすればセバスが自由になり、負け。

 

 そもそも、ただの人間でしかない康一が、灼熱の第7階層を1人で突破できるはずも無い。 本当に、コキュートスが仗助達4人の命を狙ったとしても、彼らには主人たるモモンガが直接「護衛せよ」と命じた、守護者最強格2人が存在するのだ。 元より、どちらであろうと康一の取るべき行動は1つだけ。

 

 つまり、考えるだけ無駄であり、ブラフだと気付かない方が不自然である。

 

(私なら行きません。 こんな見え透いたワナに、みすみす引っかかるような真似は…… ましてや、あの少年がこんなブラフ、見抜けぬハズが無い)

 

 セバスの予想は『動かない』である。 スキルを封じた肉弾戦のみ。 さらに、本気を出していなかったとはいえ、80LV差をものともせず、徹底的に手を焼かせ食い下がってみせた康一が、このような簡単な仕掛けに騙される訳が無い……

 

 

 

 

 

  しかし、セバスの予想は覆された。

 

 背に感じていた康一の気配が、転移門のある出口の方角へ動いたのだ。 同時に、重く()し掛かっていた不快感も消え失せる。

 

「仗助君、億泰君! 皆ァァアアッ!」

 

 康一は駆ける。 全てを投げ出して向かう。 仲間の下へと。

 

(ば、馬鹿な  ! こんな、まさか、有り得ません!)

 

 眼を丸く見開き振り返ったセバスは、一心不乱に駆け出していった康一の背を目の当たりにした。 地面の砂を巻き上げ、猛然と走りゆくその足取りに躊躇など無く。 第七階層へ通ずる転移門へと真っ直ぐに。

 

 たった一言。 たった一言、悪魔がポツリと(ささや)いただけ。 それだけで、この戦いは、終止符を打ったのだった。

 

 こちらを見るデミウルゴスからの(さぁ、お次は貴方の番ですよ)との、無言の重圧。 苦虫を噛み潰したような表情のセバスは本来持つ肉体の性能を発揮し、秒の十分の一程も掛けること無く、康一の前へと先回りした。

 

 たたらを踏んで急停止する康一。 行く手をふさぐセバスを無視し脇を抜けようとするが、全力を取り戻した彼の横を傷ついた体で抜けられるはずもなし。

 

「デミウルゴスの言っていたことは全てブラフです…… まさか、こんな簡単な罠に掛かるとは思いませんでした。 残念でしたね」

 

 驚いた表情の康一を前に、セバスは鳩尾へと掌底を打ち   グニャリとした、やや固めの奇妙な感触を味わった。

 

  ? これは……また、文字ですか」

 

 腹部に致命的な掌を受け、呼気を限界まで吐き出させられた康一の背後。 尾の先の無いスタンド、エコーズAct2が浮遊していた。 セバスの手に伝わった奇妙な感触は、康一の学生服へ貼り付けられた、Act2尻尾文字による『ピタァアッ』の停止効果を受けてのものだった。

 

「たぶん……」 康一は、数度咳き込んだ後セバスの手首を掴む。 「さっきの話はウソなんだろうって思ってたよ……」

 

 セバスの耳に、ほう、とデミウルゴスの感心するような声が聞こえた。

 

「敵いっこないとか、逃げろとか、諦めろとか……何度も何度も。 ()()()()()()()()()()()()()()()言うじゃあないか。 ()()()()()()()()()。 ()()()()()()()()()んだ…… でもね」

 

 康一の表情は苦痛に歪んでいた。 言葉を紡ぐ為にする呼吸ですら、痛みを伴う困難極まるものであった。 だが、こればかりは言わねばならない。 伝えねばならない。 この、クソ頑固者にだけは。

 

「ひょっとしたら()()()()()()()()って思ったら…… 万が一でも! 友達がピンチだって可能性が1%でもあるのなら! ()()()()()()()()()()なんて…… ()()()()()()()よ……!」

  !!」

 

 康一の言葉に、セバスはハッと息を飲んだ。

 

 セバスの腕の中、眉を寄せ、歯を食いしばり苦痛に耐える康一。 徐々に身体に力が入らなくなり、ゆっくりと崩れ落ちるように片膝を着く。 だが、その闘志を宿した眼だけは、まだ光を失っていなかった。

 

「セバス…この戦い、あんたの勝ちだよ。 僕の意識も…体力も……ここが限界、みたいだし…ね……」

 

 そして康一は事切れた。 鋼で出来た腕の中、四肢を投げ出し、力無く垂れ下がる。

 

 セバスは、その小さな背中に複雑な思いを抱きながら見下ろし 「行かない選択肢など無い、ですか……」 と、そう静かに呟いた。 そこへ近付いてくる、硬い音を響かせる靴音。 首を持ち上げると、そこにはデミウルゴスがいた。

 

「これがスタンド使いの能力、ですか。 やれやれ…… この少年だけでなく、もう一人いたら……セバス。 負けていたのは貴方だったかもしれませんよ?」

「それでも私が負けるなどありえません。 ……もう十分でしょう、デミウルゴス。 これ以上は無意味です」

「まぁ、そうだね」

 

 予想以上にあっけなく同意したデミウルゴスに、少し驚いた表情を向ける。 デミウルゴスは肩を竦めて

 

「ただ、あのよう簡単なブラフに動揺するようでは、異能を持ってもまだまだ子供ですね」

 

 とため息混じりに言った。

 

「いいえ、デミウルゴス。 それは違います」

 

 首を左右に振り、デミウルゴスの言葉を否定したセバスの表情は、思いつめたような硬いものだった。

 

「少年が何故、助けに行かずにはいられなかったか……私にはそれが、痛いほどわかります」

 

 主人のいない虚無の城…… 成程、死ぬより遥かに恐ろしい。 

 

 そうだ。 それこそが我らNPCが存在意義。 生きる意味なのだ。

 

 

 

「これがもし…… 窮地に立たされているのがもし! モモンガ様だったと言うのなら…()()()()()()()()()()!」

「……その通りです。 階層守護者も領域守護者も関係なく、ナザリックの者なら彼と同じ行動を取ったことでしょう。 今のは私の失言でした」

「随分素直に認めるのですね? あれほど(かたく)なだった貴方が」

「知りたかったことは全て知り得ましたし、全て予定通り進みましたのでね。 今は珍しく気分が良いのですよ」

  ?」

 

 片眉を上げ、デミウルゴスの言葉が理解出来ないとの様子のセバスに、デミウルゴスは苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「……う、うう?」

 

 意識が覚醒し、眼を開くとそこは見知らぬ室内だった。

 

 広々とした空間には豪華な調度品が、所狭しと並べられている。 高すぎる天井には、水晶の欠片がキラキラと発光するシャンデリアが吊るされていた。 視線を手元に移せば、天蓋付きのベッドに清潔なシーツの敷かれた寝具。 そして、フカフカのブランケット(羽毛布団)が胸元まで掛けられていた。

 

「やっぱり…… 生きてた」

 

 ポツリと、安堵の吐息と共に呟いた康一。 身を起き上がらせると、想像以上に軽いブランケットが胸元から滑り落ちる。

 

 横に視線を移す。 そこにはセバスとデミウルゴスがいた。

 

「すぐには意識が戻りそうも無かったので  

 

 デミウルゴスが片手を広げて、豪華な室内を自慢するように

 

  勝手ながら、客室に運ばせて頂きました」

 

 現在位置を教えてくれる。 確かに一流ホテル並みの調度品だが、康一はそんな部屋に泊まったことが無いので、比べようが無い。

 

 はぁ、そうですか。 と、康一が気の抜けた返事を返す。

 

「先程、『やっぱり』と呟かれましたが……」

「途中からだけどね…気付いてたよ。 ケツ捲って逃げれろって言われて、挑発されてるのかもって思ったけど…… セバスさん、あんた結構顔に出てるよ」

 

 うっ、と小さく呻き声を上げたセバスは、自身の顔を押さえた。 意図を読まれまいとして無表情に徹した結果、逆に違和感を持たれてしまっていた。

 

「ちょいと小突いて、追い出すつもりだったのかな? でも、僕が頑固……わざとだったけど、存外粘るもんだから安楽に終わらそうとして  

「セバスに仕込んだ音の能力の、時間稼ぎが完了してしまった……と」

「そういう事になるね。 相手が何を目的にしているか? それがバレちゃったら、ストレート勝ちなんて無理さ。 僕は邪魔するだけでいいんだもん」

「やれやれ、最初からバレていたという事ですか。 少年の洞察がセバスに優ったのか…… それとも、セバスに演技を望んだ私が愚かだったのか」

 

 溜息を吐きつつ首を左右に振るデミウルゴスに、セバスはムッとした表情で。

 

「不満があるならデミウルゴス。 面倒臭がらず、ニューロニストでなく貴方が最初から相手をすれば良かったのでは?」

 

 と食って掛かる。

 

 ニューロニストの代わりにセバスにやらせたのは、同時に力量も測ろうとしたためだったのだ。 それならば、拷問官にまかせるなどと勘違いしてしまう人選で探ろうとせずに、自分で何とかすればよい。 いや、そもそもセバスが自ら代わりを申し出るように、わざとニューロニストの名を挙げたのか。

 

「嫌ですよ。 モモンガ様に嫌われてしまうかもしれないじゃあないですか」

「ほう…… では、私なら嫌われても良いと?」

「そう聞こえたかね? そんなつもりは無かったのだがね」

 

 デミウルゴスの涼しげな、全く悪びれていない声。 セバスの眉間の皺は、今にも増してますます深いものになる。

 

「そもそも私は、最初から彼等は脅威ではないと申し上げていました」

「調べる事は彼等の力量も含まれるのだよ? 外の世界の人間やモンスターが、どれほどの力があるか知っておくべきだろう?」

「そのやり方が間違っているのでは、と言っているのです」

「私はそうは思いませんね。 そもそも  

 

 徐々に言い争う声が白熱して行き、置いて行かれた気分だった康一が、

 

「……仲が良いんですね」

 

 と、深く考えずにポロッと出した一言。 そんな一言だった。 しかし。

 

「「どこが!?」」

 

 2人の反応は過剰なものだった。 口から出た言葉も、康一の方へ振り向く動作も、タイミングも何もかも同じだった。 それはまるで、事前に示し合わせたかのようで。

 

「「真似をしないで頂きたい!」」

 

 再び同じような仕草で向かい合い、同じような台詞を言い合う姿は、彼に聞いたあの二人と同じ姿だった。 いつも些細なことで喧嘩する、あの二人。

 

 好意の反対は、嫌悪ではない。 無関心だ。 本当に嫌いだと思っているのなら、喧嘩にすらならないのだ。 関わりたいとすら、思わないのだ。

 

 モモンガ   いや、鈴木 悟から聞いた、そんな不器用な二人の姿にそっくりな、セバスとデミウルゴス。 まぁ、人伝(ひとづて)に、彼の口から聞いただけの姿だったが。

 

 康一は微笑む。 喧嘩する程、仲が良い4人に。 だからほら、やっぱり  

 

「仲良しじゃあないか……」

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ…と、ドアノブが回された。 キィ  と木材の擦れる甲高い音を響かせながら、()()()()()()()扉が開かれていく。

                  ゴ ゴ ゴ

 一般メイド、防衛用モンスター、領域守護者、階層守護者分け隔てなく、ナザリックに所属するNPCで、扉を開く際ノックをしないのは、自室、罠を目的とした場所、無人が解っている場所を除いてありえない。 今居る第9階層なら、尚更に。 

 

 ただし、()()()()()()()()……だが。

 

「先程   アウラから聞いたのだが……」

 

 暗黒を、そのままローブに染み込ませた様な漆黒のローブ。 仄昏(ほのぐら)眼窩(がんか)に灯る、赤き炎は血よりも紅く。

                  ゴ ゴ ゴ

「どうやら第6階層の闘技場が騒がしかったようだが…お前達は何か知っているか?」

 

 白磁を思わせる染み一つ無い骸の身体は、正対した者に例外なく死を覚悟させる。

 

「そして何故、第二階層へ向かったはずの彼が客間に居る?」

 

 現れたのは至上にして絶対たる存在……『至高の四十一人』の内が一人。

 

「モ、モモンガ様……」

 

 消え逝くナザリックに最後まで残った、優しき支配者だった。

 

「どうした? ……2人とも酷く汗をかいているが、そんなに暑いか?」

「はっ! 御見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません!」

「い、いや、見苦しいと言う程でもないが」

「はっ! 失礼致しました!」

 

 モモンガが怪訝な顔を   できないが   していると「闘技場の騒ぎは私が原因です」と、覚悟を決めたように表情を硬くしたセバスが頭を下げた。

 

 実は  と口を開いたセバスを遮り、康一が「稽古ですよ!」と声を張り上げた。 思っていたよりも大きな声が出て、康一の心臓がドキリと跳ねる。

 

「向かってる途中で、すごく立派な闘技場に通りがかってそれで   ()()()()()()()()組み手をお願いしたんです! きっとその時の音ですよ!」

「ああ、康一さんの能力は『音』でしたね」

 

 ようやく得心が行った、といった感じで頷き「で、どうだったんだ?」と呼びかけられて、セバスがギクシャクとした動作で顔を上げた。

 

「はっ…どう、とは一体……?」

「初めてスタンド使いと戦った感想はどうだった、と聞いているだけだ。 そこまで畏まる必要は無いぞ、世間話程度の認識でよい」

 

 この時、モモンガはある事を失念していた。 ユグドラシルでの常識が通用しない、異能の能力への興味が、セバスへの気遣いを厚いベールで覆い隠してしまっていた。 つまり……

 

 上司の言う『無礼講』や『世間話』は絶対に罠だという事を。

 

「はい…… 非常に、特異な戦い方をする…と思いました。 何をするか予想がつかない、された事に気が付かない…… 先を見た戦い方をする彼に驚かされました」

「フム… やはり、ユグドラシルの頃の常識は通じないか……」

 

 一言一言発する度に、多大な神経を使う。 今の所は機嫌が良さそうにしているが、圧倒的な実力差がありながら苦戦しました…とでも言おうものなら、失望されてしまうかもしれない。 最悪、スタンド使いの方が最終的に強くなるからNPCはもう必要ないと捨てられる、愛想を尽かされ他の至高の四十人と同じようにお隠れになられてしまう恐れがあった。 そんな想像を脳裏に思い浮かべるだけで、セバスのような剛の者とて、心胆寒からしめてしまう。

 

「モモンガ様。 私から1つ補足させていただけますでしょうか?」

「よい。 なんだ?」

「有難う御座います。 ……実の所、セバスはハンデとしてスキルを封じて戦っており、肉体能力のみで勝利しました」

「ほー。 やはり80LVも差があると、ハンデがあっても押し切られ流石に勝てないか」

 

 満足そうに何度か頷くと、デミウルゴスへ視線を移し「守護階層の異常や破損が無いか調べて報告するように」と言い踵を返す。

 

「畏まりました。 直ちに調べてまいります、モモンガ様」

「私はこれから闘技場でギルド武器のテストを行なうつもりだ。 報告はそこで聞く」

「はっ!」

 

 小気味良い短い返答を発し、デミウルゴスが深々と一礼する。 どうしたらそんなに優雅なポーズが取れるんだろう、と考えながらドアノブへ手を掛け  

 

「ああ、そうだセバス」

 

 ちょっと忘れ物をした…… といった感じで、扉を半ばまで開いた状態で振り返る。

 

()()()()()()()()()()

 

「「「  ッ!!」」」

 

 モモンガの発したその何気ない一言に、戦慄が3人の体を突き抜ける。

 

 見ると、確かにセバスの脇に僅かに土が付着していた。 康一が闘技場の地面に押さえ付けられた時に付いた土が、セバスに肘を打ち込んだ際に付着したのだ。 なんという、なんという洞察力だろうか。 観察眼だろうか。 最初から泥仕合だったことは知られていた。

 

 モモンガがセバス達に質問したのは、ただの茶番だったのだ。 ()()()()()()()()()()、康一が、セバスが、デミウルゴスが()()()()()()()試していたのだ。 異能を調べるつもりが、いつの間にか調べさせられていた。 ……釈迦の手のひらを飛び回る孫悟空ですらない。 何もかも見通されていたと、その上で泳がされていただけだと思い至り、3人は気圧されたように息を吸い込む。

 

「こ、これは申し訳御座いませんでした!」

 

 深く頭を下げて、セバスは謝罪した。 悪戯が成功した子供のように、上機嫌なモモンガが退室していく。

 

 扉が閉まり、モモンガの去っていく気配が感知できなくなるまでの間   セバスとデミウルゴスは、その常軌を逸するまでの策略と智謀に、畏怖と興奮で胸がゾクゾクと躍るような感覚を味わった。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……」

 

 康一のいた客室を後にしたモモンガは、上機嫌にクスリと笑う。 その声に粘ついた嫌らしさなど全く無く、唇から自然と漏れ出てしまうような朗らかなものだった。

 

「セバスのやつ、土が付いていた事に気付かないくらいPVPの練習に熱中するとは…… 意外と早く打ち解けたじゃあないか。 心配するまでも無かったかな」

 

 土汚れの存在に気付いたのは、セバスが深く礼をした時、光源の角度によって黒い燕尾服の色が変わり、偶然気付いた。

 

「先生と生徒って形なら…… ユリが適任だと思うんだけど。 いや、セバスの場合は先生と言うより師父のほうがしっくり来るかな?」

 

 鈴木悟の居たリアルの世界では、深刻な環境汚染で不可能だが……夢中で公園で遊んで来た子供達が、服を泥だらけにして帰宅してきたような。 可笑しいやら呆れるやらで、そんな微笑ましさが胸中に渦巻いていた。

 

「セバスを作ったのは、たっちさんだし…やっぱり康一君とは気が合うのかなぁ。 やっぱり、NPCは作成者に似るんだろうか?」

 

 元通りに修復された、静かで清閑な第9階層の廊下を歩いていく。 コツコツと乾いた音を立てる靴音と、キン  と涼やかな音を奏でる杖の響きが心地よかった。

 

「さて、俺も頑張らないと。 うかうかしてたら、他のメンバーに笑われてしまうぞ…ギルド長」

 

 やるべき事は山のようにある。 すっかり癖になってしまった独り言で気合を入れる。 そして、ギルドサインの刻まれた朱色の指輪の力を解放し、現れた闇の球に身体が包まれた。 僅かな間を置いて、闇が凝縮するように縮まると、彼の姿は瞬く間に掻き消えるのだった。

 

 

 

 

to be continued・・・




精神異常でセバスとデミウルゴスが戦った……っていう背景があるので、違うんだよ、本当は仲がいいんだよーっていう流れにしたかった。

デミウルゴスの作戦を即効モモンガさんにチクらない時点で、口では文句言いつつも底の部分では信頼してるんだぜ。
牧場の正体を少ない情報で見抜いていたし、セバスはデミウルゴスの数少ない理解者なのよ。


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