それ往け白野君! (アゴン)
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なのはA’s篇
終わりのようなプロローグ


すみません。現在手掛けている両作品がどうも上手く書き留められず、ストレス発散ばかりに書いてしまいました。

相変わらずの駄作者ですが、何卒宜しくお願いします。




 

 ムーンセル。月に存在する太陽系最古の物体。

 

地球が誕生して以来全ての生命、歴史、そして魂すら記録している記録媒体。

 

そこで行われてきたとある闘争とその際に起こったトラブルと戦い、その果てに“自分達”は勝利した────。

 

 唯一人勝ち残った自分はムーンセルと一体化し、優勝者の権限を以てムーンセルを完全に封印し、地上との繋がりを断ち、誰にも手を出すことのないようにした。

 

───のだが。

 

 

「おい贋作者(フェイカー)なんだこの供物は? この我に草を食らえと言うのか?」

 

「それはほうれん草のお浸しだ。無駄口を叩いてないでさっさと食せ」

 

「むむむ、この味噌汁の塩加減といい焼き鮭の味付けといい、ウズメちゃんと同レベルの美味さ……アーチャーさんオカンスキル高すぎじゃね?」

 

「奏者よそこのショーユを取ってくれぬか?」

 

はい。あんまりかけ過ぎるとしょっぱくなるから気を付けてね。

 

「うむ!」

 

 ほうれん草のお浸しに醤油を垂らし、食す。次に焼き魚を頬張り白く輝くホカホカご飯をかっこむと、少女はリスのように膨らんだ頬をモゴモゴと動かしながら幸せそうに目元を緩める。

 

幸せそうに食べる彼女の笑みに此方も吊られて笑みをこぼしてしまう。

 

────というか。

 

どうしてこうなったんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事は遡る事数日前。月の裏側、サクラ迷宮の最深部。ムーンセルの中枢で行われた最後の決戦の時まで巻き戻る。

 

ムーンセル内部にある霊子虚構世界。通称「SE.RA.PH(セラフ)」が用意した上級AIがふとしたきっかけで起きたバグ。

 

そしてそこにつけ込んだ一人の“欲”が発端となり本来行われる筈だった『聖杯戦争』はその機能を失い、巻き込まれた魔術師(ウィザード)達は月の裏側に引きずり込まれる事になった。

 

 まぁ、その後も色々あったりしたが仲間達のお陰でなんとかムーンセルの中枢にまでたどり着き、元凶となった“この世全ての欲(アンリ・マユ)”を倒した事で、ムーンセルを解放し、全てが解決した────これが自分………岸波白野が体験した 『月で体験した』大まかな経緯である。

 

だが、その事と目の前の光景は本来なら繋がらない。何故なら、彼等は『この時代の人間ではない』からだ。

 

彼等は全員、ムーンセルにより記録された“英雄”達。或いは暴君として君臨し、或いは世界の守護者としてその名、勇姿、魂の在り方を世界に示し、刻んだ英傑達である。

 

「きっさまぁ! またこの腐った豆を王であるこの我に献上したな! 首を差し出す覚悟は出来ておるだろうな贋作者!」

 

「たかが納豆ごときムキになるなよ英雄王。それにこの世全てが貴様の財だというのなら残さず食してみせろ。この間だって……」

 

「あ~あ、また始まったよあの赤と金。埃が舞うから暴れるなら外でやれっての。それはそれでご主人様、いい感じで納豆が錬れましたよ。はい、あーん♪」

 

「あ、ズルいぞキャスター! 今日は余が奏者にあーんをするのではなかったか!」

 

「はん、甘いんですよ皇帝さん。戦いは常に相手の二手三手を読むこと。それを忘れた時点で貴女に勝機はありません」

 

「ぐぬぬぬ。おのれ~、ならば奏者! あーん、だ!」

 

「くっ、その手があったか!」

 

──────英傑達である。

 

テーブルを囲み、ギャイギャイと騒ぎ立てる彼等を見て、とてもそうは思えないが彼等はまごうごとなき英雄なのである。

 

ここ、大事な所だからね?

 

 此方に顔を向けて食べさせて欲しい口を開いてせがんでくる少女に卵焼きを食べさせる。

 

その様子を目の当たりにしたピンク髪の少女は狐を思わせる耳をピコーンと立てて驚きを顕わにしている。

 

騒がしい喧騒。朝の食卓にしては些か煩いと思われるが、今の自分にとってはこの光景すら眩しく、尊いモノに見えた。

 

「ふふ、今日も賑やかですね先輩」

 

 隣から聞こえてきた声に振り向くと、そこには紫髪の少女、間桐桜が慈しむように微笑んでいた。

 

その優しい笑顔に少々煩すぎる気もするけどね、と苦笑いで返す。

 

「所で先輩、その………お体の方は大丈夫なんですか?」

 

 すると今度は表情を暗くさせ、此方の身を案じた視線が向けられている。

 

心配そうに見つめてくる彼女に大丈夫だと口にする─────

 

「いらん心配はよせ雑種。その男には既に我秘蔵の秘薬を呑ませてある。こやつの体を蝕んでいた病などとうに消え失せているわ」

 

────前に、金髪紅目の男が腕を組んで呆れた様子で桜をその鋭い視線で射抜く。

 

「す、すみません。どうもまだAIだった頃の癖が抜けなくて……」

 

 男────ギルガメッシュの迫力に圧され、つい萎縮してしまう桜。

 

いや、それは仕方がないと俺は口にする。桜はただでさえ生い立ちが少し特殊なのだから慣れるのに時間が掛かるだろうし、何よりその気遣いが自分にとっては嬉しいのだから桜が気にする必要はない。

 

慣れてなければ学べばいいし、不安があれば自信をつければいい。少し違うけどこれってギルガメッシュの口癖だったよね。

 

「……ふん」

 

 ソッポを向き、卵焼きを頬張るギルガメッシュ。分かっていながらの指摘に少し機嫌を損ねたのかそれそれ以降今日の朝食では口を開く事はなかった。

 

というか、本当に変わったな彼も。以前なら言葉一つ間違えたらそれだけで斬り殺す気満々だったのに───。

 

「所でご主人様、今日は如何なさいます? 地下で魔術の勉強をなさいますか? それとも外へ探索に?」

 

 狐の耳と尻尾を生やした少女、キャスターに少し外に出てみると、口にする。

 

今、自分達が拠点としている住居は……信じられないことに超が付くほどの一流マンションだ。

 

地上で目覚め、まだこの体が病で蝕まれていた時、先に『受肉』して待っていてくれた金髪の少女───セイバーとギルガメッシュが用意してくれたものらしい。

 

 何でも宝くじでそれぞれ一等が当たり、株で更に儲けて現金払いでこのマンションを一括購入したらしい。

 

………流石皇帝特権と黄金律、マジパネェ。

 

地上12階、地下三階、屋内にプールやカラオケ、ゲームセンターにネットと娯楽に充実しており耐震構造も完璧。

 

ジナコではないがここまで充実してしまうなら本当に引きこもってしまいそうだ。

 

部屋一つ一つが無駄にデカい所為もあってここに住んで数日経過した今も落ち着けなくて中々寝付けない。

 

嗚呼、あの狭くも私生活感に溢れたマイルームが懐かしい。

 

 因みに地下の一階は自分の魔術or肉体の鍛錬所だ。今までは電子世界で何不自由なく活動していたが、ここは重力に支配された現実世界。

 

長い間眠っていた自分には最初の頃は堪え、ほんの少し歩いただけでも息切れを起こしてしまう程だった。

 

 そこで設けられたのが自分専用の為に皆が用意してくれた地下トレーニングルーム。

 

肉体的鍛錬のコーチにはアーチャーが、魔術鍛錬にはキャスターとそれぞれつきっきりで指導してくれた。

 

最初の内はアーチャーの筋力トレーニングで体を十二分に動かせるまで鍛え、その後キャスターが自分に魔術の基礎を教えてくれた。

 

流石に英雄の指導だけあって辛いものだったが、それだけ真摯に自分に付き添ってくれたのだから文句はない。ただ驚いたのは普段は空気を読まないキャスターがこんな時は真剣な態度でトレーニングにつき合ってくれた事だ。

 

彼女曰わく、魔術は時に人としての倫理を捨てる場合があるから真剣にならなければならないとの事。

 

彼女は良妻を自称しているが、それ故に自分に対し気を効かせてくれる所が多々ある。

 

魔術を使い、それによりあらぬ災いに巻き込まれた時、自分一人でも立ち向かえるよう彼女なりの配慮の仕方なのだろう。

 

 まぁ尤も、今自分に使える魔術はせいぜい肉体強化ぐらいのものだけどね。

 

「ご主人様? どうかなさりました?」

 

─────おっと、どうやら少しばかり思い出に浸りすぎていたようだ。ボーッとしていた自分にキャスターが顔をのぞき込んでいる。

 

ちょっとここに来たばかりの頃を思い出していたんだ。あの頃は皆に世話をかかせてばかりで申し訳ないなぁって。

 

「何を今更、君が手の掛かるマスターであることは今に始まった事じゃないだろう」

 

「うむ! あの頃の奏者は生まれたての子鹿のようにプルプル震えていてとても可愛らしかったぞ! 今も余のすま~とふぉんに記録してあるからな!」

 

ちょ!? いつの間になに撮ってんの!?

 

「私も自前のパソコンにご主人様の育成日記を動画として保存しておりますよ。プルプル震えながらそれでも頑張って立とうとするご主人様……………ハァハァ、テラカワユス」

 

携帯を掲げてにこやかにしているセイバーに対し、キャスターは不気味な微笑みを浮かべて鼻血を流している。

 

こ、このサーヴァントはどうしていつもこう………なに笑ってるんだよギルガメッシュ。

 

「雑種と駄狐に弄ばれているマスターマジ愉悦」

 

コイツもコイツでブレねぇなぁ!

 

「あ、あはは……」

 

視界の端では呆れたように肩を竦めるアーチャーと隣の桜は困ったように苦笑いを浮かべるだけ。

 

最初は色々ドタバタしてるけど、結局は自分がいじられて終わるといういつもの朝食を終え、“俺”達は食卓を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして朝の食卓を終えた俺は身支度を整え、玄関先で靴を履いて待機していた。

 

「ご主人様、お待たせしました」

 

「奏者よ! 待たせたな!」

 

声がする方に振り返ると、そこではセイバーとキャスターがそれぞれに似合った格好で佇んでいた。

 

というかそれ、“向こう”の服だよね? こっちにもあったんだ。

 

「お二人のはどうやら地上にあった物をモデルにしていたみたいですので、見つけるのは比較的簡単でした」

 

 そうなのかと、聞こえてきた桜の方へ視線を向けると。

 

───────。

 

「あ、あの、ど、どうでしょうか先輩。私、どこか変な所はないですか?」

 

 桜の服装はセイバーのような情熱をもった赤のワンピースでもなければキャスターの現代風の若者をモチーフにした可愛らしさの物でもない。

 

ただただシンプル。紫のセーターにクリーム色のスカートという単純な格好だが、その姿は俺の目に鮮烈に焼き付いて離れない。

 

────あ、あぁ、す、凄く似合ってるよ。

 

と、我ながら情けない声色で感想を述べると。

 

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 桜も顔を真っ赤にさせて俯いている。

 

な、何だこの空気。だ、誰か何とかしてくれ!

 

「むーっ! 奏者よ、桜ばかりに魅とられてるでない。余の格好も賛美せよ!」

 

「……ご主人様?」

 

 と、此方が淡い青春を思わせる空気に四苦八苦していると、セイバーは頬を膨らませて不安を顕わにし、キャスターは笑顔で此方を見据えていた。

 

ちょっ! キャスター、尻尾、尻尾増えてるって!

 

「あらやだオホホ。というか、桜さん? 幾らご主人様を想ってはいてもご主人様は私の旦那様。そこの所は間違えないで下さいまし」

 

「うむ! 奏者は余の婿だからな! こればかりは桜でも譲れんぞ!」

 

「……………」

 

「……………」

 

「………………あ?」

 

「……………むむ?」

 

 ホラホラ二人とも、そんな事で喧嘩しないの。折角の日曜での探索なんだから楽しもうよ。

 

「むぅ……」

 

「で、でもぉ……」

 

 未だ溜飲が下がりきれない二人。そんな彼女達に仕方がないと思い。

 

……ふ、二人も、可愛いよ。

 

「………ふぇ?」

 

「ご主人様、今なんと?」

 

 さて桜、今日も天気が良さそうだし、そろそろ行くか。

 

「は、はい」

 

 俺は桜の手を引いて玄関の扉を開け、目の前に広がる街並みに向けて走り出す。

 

「ま、待つがいい奏者! 今の、今のもう一度訊かせてくれ! 今度は耳元で囁くように!」

 

「あぁんご主人様ぁ、お待ちになって~!」

 

後ろから聞こえてくる俺の“家族達”

 

「……先輩」

 

ん?

 

「正直、私は怖いです。貴方をムーンセルから救い、皆さんを現界させた事で私たちは私達の知る世界とは全く別の異世界に飛ばされてしまいました」

 

────そう。彼女はあの戦いで一時的にムーンセルに同期、同化する事で自分を地上に戻し、更にどういう訳か今まで戦ってきたサーヴァント達とその記憶も持ってきてくれた。

 

その時の弊害か、彼女は受肉を果たしたサーヴァント達と自分の魂と肉体と共に近いようで違う世界、平行世界へと飛ばされてしまった。

 

 未だ、多くの事柄は依然謎のまま。この世界ははたしてどういったものなのか分からず、桜が不安になるのも無理はない。

 

それはAIなど関係なく、彼女が彼女だから感じ、思う事。

 

だから、俺は言わなければならない。

 

────大丈夫だ

 

「………え?」

 

ここにはアーチャーがいる。セイバーが、キャスターが、そしてギルガメッシュがいる。少なくとも俺達は一人じゃない。

 

「先輩は………怖くないんですか?」

 

怖くないと言えば嘘になる。けど、それ以上にワクワクしているかな。

 

「ワクワク……ですか?」

 

 まだこの世界は俺の知らない光景がある。だからそれを見てみたい。恐怖よりも興奮が上回って落ち着かないんだ。

 

「………ぷ、フフ、まるで子供ですね先輩」

 

 そうだ。自分はまだ子供だ。この世界に産声を上げた幼い命そのものだ。

 

未熟で、一人では何一つできない無力な命だけど、自分達には体がある。進んでいける足がある。

 

「だから、行こう桜。俺達は多分、その為にここにいるのだから」

 

「──────はい!」

 

「ちょ、ご主人様ぁ! 無闇にイケメン魂を上げないで下さい! ────惚れ直すやろーーー!!」

 

「むぅぅぅっ!! 狡いぞ桜! 余も奏者と手を繋ぎたい!」

 

 ここがどんな世界であれ、きっと自分は止まらない……否、止まれないだろう。

 

何せ、この身体は多分それで出来ているのだから。

 

 

 

 

 

 




終わりじゃないよ! これがプロローグだよ!

なんか最終回っぽくなりました。

けれど、ここからこの岸波勢力は色んな作品に出張っては引っ掻き回していく予定ですので、 生暖かい目で見てくれると嬉しいです。

今の所はリリなのやマジ恋い辺りかな?



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主人公は巻き込まれてなんぼ

 

 ムーンセルでの戦いから既に一ヶ月近い時間が経過し、地上………即ち地球では冬真っ只中の季節に直面していた。

 

もうじき季節はクリスマス。街の人々は来るべき聖誕祭に備えてその胸の内を踊らせている事だろう。

 

さて、そんな浮かれている街中に対し、自分こと岸波白野というと。

 

「ほら、姿勢が崩れているぞ。単純な筋力トレーニングだからって手を抜くんじゃない」

 

「よん……ひゃく、きゅうじゅう………なな! よんひゃくきゅう……じゅう」

 

現在、鬼教官(アーチャー)の指導の下で今日も今日とて体力トレーニングに勤しんでいます。

 

聖誕祭? クリスマス? なにそれ美味しいの?

 

外は冬特有の寒さに覆われているのに、地下にいるこの空間は異様な熱気に包まれていた。

 

「ご、ひゃ……く!」

 

「よし、これで午前のトレーニングは終了したな。早々に疲れを取っておけ、午後はキャスターの魔術鍛錬があるのだろう?」

 

 淡々とそれだけを告げると、アーチャーは地下のトレーニングルームから出て行く。

 

流石は英霊のシゴキだけあってその内容はキツいものがあった。最初の頃は腕立て、腹筋、スクワット、それぞれ十回程度でランニングも精々1~2キロが限度だったのに………。

 

 それが今や最初の頃の五十倍と来たものだ。しかも身体が慣れないように日々量も増しているし。

 

時々、あの白髪頭から二本の角が見える時があるのだが………気のせいだろうか?

 

……まぁ、自分には出来ると思っているからこそ厳しいのだろう。それに、限界を超えそうになった時はアーチャー自身が止めてくれるだろうし。

 

それに、彼の厳しい指導のお陰で目覚めた当初の弱々しい身体は影をも失い、腹筋はうっすら割れ、腕にも筋肉がつき始めている。

 

 自分も男だ。ガチムチな体型はご遠慮願いたいが逞しい体つきにはやはり憧れたりもする。

 

そんな体型に徐々にだが近づいている。これまでの成果が目に見えるとやる気も出てくると言うもの。

 

ふと、思う。あれ? たかだか一ヶ月程度で筋力トレーニングの効果って出てくるものだっけ?

 

筋力トレーニングは種まきの様なものだと誰かが言ってた。地道に反復的に繰り返すからこそ肉体に変化が生じ、筋肉が付くものだと。

 

成果が現れ始めるのはどんなに早くても3ヶ月後位。なのにたかだか一ヶ月で効果が現れるなんて……。

 

 と、そろそろ着替えて上に戻らないと。もうじき昼食だ。確か今日の当番はキャスターだった筈。

 

彼女の味付けもアーチャーとは異なり、とても美味で違った旨味が楽しめる。

 

そんなキャスターの料理の腕前はアーチャーも認めており、我が家の家庭を味を支配する二大柱の一柱である。

 

桜もそんな二人に習って料理を学び、時々皆に振る舞っている。

 

俺も桜と一緒に余裕がある時は二人に教授して貰っているが、なにせこんな生活だ。まともに教えて貰えたのはほんの一、二回程しかない。

 

何とかして自炊出来るようになれないものか、男性の中で唯一料理出来るのがアーチャーだけとか……何だか情けなく感じる。

 

 ギルガメッシュとセイバー? 出来ると思うかい? いや、やると思うだろうか? あの二人に。

 

身体の調子に付いては後でアーチャー辺りに相談してみよう。桜は………よそう、もしこの身体に異常があったとき、彼女に余計な心配を掛ける訳にはいかない。

 

 そう思い、トレーニングルームの端に架かっていたタオルを手に取り、額から滝の様に流れる汗を拭い、息を整えていると────。

 

「ご苦労様です。先輩」

 

「相変わらず無様な姿よな。雑種」

 

 桜と────ギルガメッシュ? 桜ならいつもトレーニングが終われば迎えに来てくれるから分かるがギルガメッシュが来るなんて珍しい。彼は汗臭いからと言ってここには来る事は滅多にないのに。

 

「なに、あの贋作者がいつにも増して張り切っていたのでな、貴様がよりヘロヘロになっているのを見られると思ってな、ここへ来たしだいだ。崇めるがよい」

 

あぁ、そうですかい。それで? 見応えはあったんですか英雄王様?

 

「うむ! 実に滑稽な姿よ。貴様を見れば生まれたての牝鹿も貴様を敵とは見なすまい。流石我がマスター。そうでなければ困る」

 

 ワッハッハと、豪快に笑うギルガメッシュに溜息をこぼさずにはいられない。

 

というか、本当にそんな理由でここまで来たのか? もうすぐ昼飯なのに………。

 

「おっと、貴様の滑稽さに本命を忘れる所であった。桜よ、こやつにあれをくれてやれ」

 

「は、はい。先輩、飲み物を持ってきました」

 

 ギルガメッシュに促され、桜が渡してきたのは柄の書かれていないボトルだった。

 

恐らくはいつものスポーツドリンクなのだろう。ありがとう。と、桜に礼を言って一口飲む。

 

 口から含んだスポーツドリンクの養分は全身に広がり、疲弊しきった肉体に安らぎと癒しを与えてくれる。

 

甘く爽やかな口当たり、いつまでも呑んでいたい衝動に駆られ、俺は一気にボトルの中身を飲み干してしまう。

 

ぷはーっ! いつも思うがこのドリンクの美味さは格別だ。これを飲んでしまえば先程までの疲れが嘘のように消えていってしまう。銘柄が分からず、どこに売っているのかは分からないが……もしかしてこれは手作りなのか?

 

「ほう。雑種の割に中々舌が肥えているではないか。良い。その才に免じ、貴様に一つ我に対し質問する事を赦そう」

 

 ギルガメッシュ? 今のはどういう意味だ?

 

突然のAUO様の問いに頭を傾げてしまう。助け船を渡してもらおうと桜に視線で訴えると、桜は困ったように苦笑いを浮かべている。

 

え? もしかして……このドリンクを作ってたのは────。

 

「ふん、少しばかり間があったのは気になる所だが……良い、特に許す。貴様のその間抜け面に免じて教えてやろう」

 

 じゃ、じゃあ本当にギルガメッシュが? 

「我のありがたみに平伏するがよい。我が財をこんなにも使うのは後にも先にも貴様────」

 

「奏者よー! キャスターめがご飯できたと申しておるぞ! はやく来ぬか! 余は腹が減った!」

 

 ギルガメッシュの言葉を遮ってセイバーはトレーニングルームに入ってきた。

 

自分の台詞を遮られ、且つ割って入ってこられたセイバーにギルガメッシュは腕組みの仁王立ちのままプルプルと震えていらっしゃる。

 

明らかに激怒している英雄王に隣にいる桜はビクリと身体を震わせて自分の後ろに隠れてしまう。

 

あの、桜さん? そんなに近付かれると……汗臭いでしょ?

 

「す、すみません。け、けど別に嫌じゃないですよ?」

 

それはそれで恥ずかしいから、今は自重して下さい。

 

と、それ所じゃなかったか。まず何とかすべきは目の前の光景。激昂しているギルガメッシュなどどこ吹く風、セイバーはプルプル震えている英雄王に向かって。

 

「む? 何を震えておるのだ金ピカ。というか珍しいな。何故お主が此処にいるのだ?」

 

と、空気も読まず更に刺激するような事を言ってのけた!

 

やややややべぇ! 英雄王の王裸いやオーラが更に膨れ上がって……っ!

 

「ふん、興がそがれた。雑種、種明かしはまた後でだ。首を長くして待っているがいい」

 

と、爆発すると思われていたギルガメッシュのオーラは消え失せ、踵を返して此方に一瞥すると、その口元を邪悪に吊り上げてトレーニングルームを後にした。

 

 き、気が抜けた。ギルガメッシュの強さを間近で見てきただけに彼の怒気を前にした時は生きた心地がしなかった。

 

隣にいた桜も自分と同様に気が抜けたのか、今はヘナヘナと床に座り込んでいる。

 

そして、そんな自分達に対しセイバーはと言うと────。

 

「むぅ、一体どうしたのだあの金ピカは。いつもなら余をチビだのちんまいだとバカにしてくる癖に……い、いや余は別にちっちゃくないぞ。うん」

 

と、相変わらずの平常運転だった。

 

 ……所で、ギルガメッシュは先程何を言い掛けたのだろう? 何やら今まで飲んできたドリンクに付いて秘密があったみたいだけど。

 

まぁ、後で訊けばいいか。本人も今は興が乗らないみたいなこと言ってたし、夜にでも訊きに行けばいいだろう。

 

その後、特に目立った荒事はなく、俺たちはキャスターの作ってくれた昼食を堪能した。

 

メニューはカレー。インド発祥の伝統的料理。味の方はやはり上等のものだった。

 

ただ食べている最中、ふと“彼女”を思いだして一人冷や汗を流したのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして午後。魔術の鍛錬をするために俺はマンションの空いた一室でキャスターの下、その指導を受けていた。

 

「ではご主人様、身体内部の魔術回路をゆっくりと開いて下さいまし」

 

 言われて自分の内に眠る回路を呼び起こす。

 

────瞬間、全身に熱い電流のような感覚が流れていく。

 

ゆっくりと、体中に染み渡らせる様に馴染ませると、やがて力が湧いてくる錯覚を覚える。

 

いや、錯覚ではなく実際に身体能力が向上しているのだろう。腕や手足に宿る力が以前とは比べ物にならないと身体全体から歓喜を起こしている。

 

「はい。ではその状態を維持(キープ)したまま一時間程マンション内を歩いてきて下さい」

 

 魔術鍛錬とは、謂わば精神面の鍛錬に他ならない。魔術回路から流れる魔力のコントロールはそれだけで精神的に多大な負荷をかける。……まぁ、それは素人である自分だから掛かる負担な訳なのだが──────。

 

つまり、何が言いたいのかと言うと………キツいですキャスターさん。

 

「頑張って下さい。マスター」

 

 くっ、電脳世界では難なく魔術を行使出来ていたのに………これが地球の重力に縛られた魂の末路か!

 

「結構余裕そうですので二時間に追加で」

 

 すみませんごめんなさい勘弁して下さい。

 

意外にも肉体派なキャスターの指導の下、泣き言を口にしながら岸波白野の魔術鍛錬は続いた。

 

そして、本日の鍛錬も終えて午前同様息も絶え絶えで床に大の字で倒れる自分にキャスターが寄り添ってくれる。

 

 「……………」

 

キャスター?

 

どうしたのだろう。今のキャスターにはいつものような陽気で尽くしてくれる良妻(自称)の面影はなく、その暗い表情はまるで子の身を案じる母親の様……。

 

「ご主人様、やはり魔術の鍛錬は続けるおつもりなのですか?」

 

────え?

 

「魔術……魔道とはその字の如く“魔の道”です。人の倫理、価値観とは全く異なり、場合によっては『人で在ることを捨てる』事もあるのです」

 

「私は、ご主人様にその様な道を歩いて欲しくない。力が欲しいというのならもっと別の道を歩んで欲しいのです」

 

 耳と尻尾を垂らし、彼女が口にするのは主である自分への心の底からの案じだった。

 

たとえそれが自分に嫌われる要因になろうとも間違っていることなら正す。それが彼女の良妻としての在り方なのだろう。

 

そして彼女の言い分は、それは正しく正論(ただしい)なのだろう。

 

だから俺は言った。─────それは、出来ないと。

 

何故なら────万が一、アーチャーやギルガメッシュが戦いに参加出来ない状況に陥った時、キャスター達を守れる男が自分しかいないからだ。

 

「…………マスター?」

 

呆然と此方を見るキャスターに堪らず視線を逸らしてしまう。

 

きっと、今の自分の顔は赤くなっているに違いない。実際頬の部分が熱を帯びている。

 

「で、では、ご主人様は私達を守る為に?」

 

そ、そうだよ。

 

我ながら情けない声だ。彼女達からすれば毛の生えた程度の素人が歴戦の英傑に対して「君達は俺か守る!(キリッ」と言っているようなものだ。

 

「プップスー! 戦闘力たったの5の癖に見栄張りすぎー」とか、「楯くらいしかならないじゃないですかヤダー!」とか鼻で笑われても可笑しくない。

 

いや、絶対に言いそう。特にギルガメッシュ辺りは。

 

折れそうになる心を必死に奮い立たせ、それでもと言葉を付け加える。

 

 ────これは、意地だ。戦う必要なんてこれからは無くなるだろうが、男として生まれた以上誰かを守れるようになりたいと願うのは仕方がない事。

 

電子の世界での仮初めの肉体ではない本物の身体を得られたのだからこれくらい夢見ても……いいと思う。

 

 

 今回はその対象が我が家の女性陣達だっただけのこと。その為にアーチャーに無理を言ってトレーニングのコーチを頼んでいるし、こうしてキャスターに魔術の先生をお願いしている訳で……。

 

まぁ、つまり………何が言いたいかと言うと。

 

 

────意地があるんですよ、男の子には。

 

「────────っ!」

 

ホント、我ながら恥ずかしい事を話したものだ。キャスター、この事は誰にも言わないでって………キャスター?

 

とうしたのだろう? 俯いてプルプル震えているキャスターに大丈夫かと肩に手を置こうとした時──────

 

「マスタァァァーッ!!」

 

 どわぁぁぁぁっ!?

 

腹部に衝撃が走ると身体が床に打ち付けられる。

 

「あぁんマスターのイケ魂ぶりが半端ない所為で私もう我慢できません! ヤるなら今しかねぇー! そうだそうすれば良かったのだ! これで正妻戦争は私の勝利! という事でタマモ、行きまーす!」

 

 やらせはせんぞぉぉっ!

 

「むらくもっ!?」

 

ルパンダイブしてくるキャスターを横に転がる事で回避。床に顔面を強打したキャスターは口から煙を吐き出して気絶している。

 

そんな彼女を放って行く訳にも往かず、取り敢えずこの部屋にあるベッドに寝かせ、自分はそそくさと部屋を後にする。

 

やはり彼女はいつも通りの彼女だった。

 

まぁ、だからこそキャスターと呼べるのだろうけど。

 

「おぉ奏者よ。ここにおったのか!」

 

あれ? セイバー、どうしたんだ?

 

 

「うむ、実はアーチャーに今宵の夕餉の材料を買ってこいと頼まれてな。一人では寂しいし、そなたを探しておったのだ」

 

アーチャーが? 珍しいな。彼が買い物を人に頼むなんて……普段の彼はその生粋のオカン性質故にこういう事に頼むことはないのに。

 

「そろそろ君たちにも買い物の一つを覚えてもらわないと……と、あやつが申してな。全く、皇帝たる余を小間使いするとは中々度胸のある奴よ」

 

 アーチャーの真似をするセイバーにくすりと笑い声が出てしまう。

 

「まぁ、何事も経験よな。アーチャーの指図を受けるのは少々癪だがそなたと一緒であれば楽しい時間になろう」

 

 そうだね。と、にこやかに微笑むセイバーに同意し、着替えてくるから先に玄関で待っていてと告げるとセイバーはこれまた嬉しそうに満面の笑みを浮かべて走り去っていく。

 

嘗ては暴君と恐れられてきた彼女だが、やはりこういう面では一人の女の子なのだなと思う。

 

────と、呆けている場合じゃないな。余計な時間を掛けてしまえばその分彼女の機嫌を損なってしまう。

 

急いで自室に戻り着替えを済ませ、セイバーの所へ向かうためにマンションに付いているエレベーターへと乗り込む。

 

そうだ。ついでにお詫びとしてキャスターに油揚げを買っていこう。

 

何に対して……とは、訊かないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、街中へとやってきた俺とセイバー。

 

まだ聖夜には時間があるというのに街並みはクリスマス一色に包まれている。どこもかしこもカップル達で賑わい、その喧騒はクリスマスの予定について愉しそうに話し合っているものだった。

 

互いにコートを着用の防寒対策を施し(我がセイバー様はコートも赤いのがお好きの様子)、突き刺さるような寒気に抗いながら買い物に向かう最中。

 

「ムッフフー、奏者よ。愉しいな!」

 

え? そ、そう?

 

ただ腕を組んでだけで上機嫌のセイバーに思わずそんな言葉がでてしまう。

 

いや、自分も頗る嬉しいですよ? セイバーのような美少女に腕を組まれているのだ。男である自分としては嫌になる訳がない。

 

彼女という美少女が買い物とはいえ随伴してくれるのだ。故に周りから飛んでくる矢のような嫉妬の眼差しなど何とも思わないさ。

 

あ、でもこの事を桜やキャスターに知られたら……ちょっと怖いかな。

 

特にキャスターからはいつ玉天崩がくるのかと内心怯えていた。

 

だって、あの一撃を受けた男性サーヴァントの悶絶っぷりは見ていた此方もゾッとするんだもの。

 

 隣ではしゃいでいるセイバーを宥めながらそんな事を考えていると。

 

「奏者よ、余は嬉しい。いつもはそなたの後、或いは前に立って戦いを共にしたのものだが……戦いなどなく、ただこうして並び歩くのもいつもとは違う喜びを感じるのだ」

 

 嬉しい。先程のようにはしゃいでいるのは嘘のように静かにそう語るセイバー。

 

そんな彼女の横顔に一瞬ドキリと心臓が高鳴る。普段と違う悲哀に、けれど嬉しそうに微笑む彼女に視線が一瞬だけ釘付けになってしまったのは、このクリスマスを前にした街の空気に当てられたものか。

 

「見よ奏者! このケーキスゴいぞ! スゴく大きいぞ! 余はこれを聖夜に食したいぞ!」

 

 と、青春ぽいのも束の間、いつの間にか大通りの向こう側で子供の様にはしゃいでいる彼女を見て、やれやれと肩を竦ませる。

 

あまり離れるなよ。と、迷子にならないよう少し大きな声で言うと。

 

───────っ!!

 

瞬間。世界は凍り付いた。

 

今まで聞こえてきた喧騒も、街中に響いていた聖夜を思わせる音色も、何も聞こえなくなった。

 

 いや、音だけではない。人が、先程まで大勢いた人間達が何の前触れもなく一瞬にして消え去っていた。

 

セイバー!?

 

堪らず声を上げて振り上げる。

 

───しかし、そこにいる筈の彼女の姿はどこにもなく、今この空間にいるのは自分だけだと思い知る。

 

音もなく、人も消え、残ったのは一瞬にしてゴーストタウンと化した街と自分唯一人。

 

……いや、違う。消えたのは人でも音でもセイバーでもない。消えたのは自分自身だ。

 

自分一人が先程までいたあの場所から“意図的”に消されたのだとこれまでの戦いを通じて得た本能がそう告げる。

 

 ならば、これをやったのは誰だ? こんな結界を施してまで一体何をしようというのだ?

 

 

──────ジャリ

 

 

っ!

 

 音が、聞こえた。今まで自分しかいなかった空間に自分以外の足音が、地面を踏みしめる足音が、背後から聞こえてきた。

 

ゆっくりと、振り返る。

 

「────お前には、何の恨みもないが」

 

それは────騎士だった。

 

桃色のポニーテールを靡かせ、騎士甲冑を身に纏い、手にした剣は敵を切り裂く日本刀に近い形状をしている。

 

性別こそは違うが、アレは自分の知る騎士と全く同一のものだ!

 

『女性の好みですか? そうですね。強いて言うなら年下でしょうか? 年上の女性というのは私の守備範囲外ですので』

 

…………ごめん、ちょい違うかも。

 

「悪いが、此処で倒れてもらう」

 

!!!!!

 

気が付けば頭で考えるよりも先に身体が動いていた。全身に魔力という血流を流し込み、一瞬だけ自身の身体能力を向上させ、横へと飛ぶ。

 

瞬間、自分がいた場所は弾け飛び、爆風により身体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

───────がっ。

 

背中に衝撃が貫き、肺から空気が強制的に排出される。

 

 全身に広がる痛みに堪えながら何とか立ち上がり、目の前の立ち上る煙に睨みつける。

 

やがて煙は消え、抉れた地面には先程の女騎士が悠然と立っている。

 

────なんて威力だ。あんなもの一撃でも受ける場粉微塵に吹き飛んでしまう!

 

一体何者だ! 何のために自分を襲う!

 

疑問の叫びを口にしても、女騎士からは何の反応も示さない。

 

ただ彼女から向けられるのは鉄の様に冷めた瞳のみ。

 

そこからは殺意どころか微塵の敵意も感じない。だが、確かな意志が彼女の瞳から感じ取れた。

 

意志があるのなら話が出来る。喩え届かなくても言葉を聞かせる事ができる。

 

────貴女が何を目的としているのは知らない。けれど、仮に貴女が騎士であるなら此方の問答に応えて欲しい。

 

「───────」

 

 一瞬、彼女の目元がピクリと動いた気がした。

 

「済まない」

 

!!!

 

 瞬間、自分の横っ面に衝撃が疾る。

 

反射的に手を出して防御してみたものの、女騎士の力は強く身体を横に吹き飛ばされてしまう。

 

壁に打ち付けられ、鋭く、それでいて重く鈍い痛みが全身を覆っていく。

 

消えかける意識を必死につなぎ止めながら、俺はゆっくりと歩み寄る女騎士に視線を向ける。

 

参った。弱い弱いと思っていたがまさか張り手一発でこうも簡単にやられるとは思わなかった。

 

足に力が入らない事から、走って逃げることも出来やしない。

 

一歩、また一歩近付いてくる女騎士を睨みながらどうしようもない自分に嘆いていると。

 

……ふと、思いついた。

 

あった。一つだけだが出来る事が自分にあった。

 

だがそれは無意味に近い。何せ、もう自分にはそれが出来るだけの“令呪”は残されていないのだ。

 

けれど、それしかない。

 

今も近付いてくる女騎士を見据えながら、俺は深く息を吸い込む。

 

相変わらず俺は弱い。強くなろうにもまだまだ足りない物が多い。

 

だから、申し訳ないけど、今一度俺に力を貸してくれ!

 

「………こい、セイバー……!!」

 

両手を広げ、ただ叫ぶ。

 

そんな自分に目の前の女騎士は一瞬驚き、これ以上何かされる前に潰すと、一気に此方に詰め寄ってくる。

 

ダメか! 目の前に振り下ろされる刃を睨む──────。

 

「───────ッ!?」

 

突然、白い閃光が女騎士の前に立ちはだかる。

 

光が放つ一撃に吹き飛ばされ、女騎士は吹き飛びながらも体勢を整えるが、その時の彼女の顔は驚愕に染まっていた。

 

何故なら。

 

「よくも……よくも余の奏者との至福な一時を邪魔してくれたな。覚悟は出来ているだろうな? 下郎!!」

 

憤怒に染まる花嫁が、その剣の切っ先を女騎士に向けていたのだから。

 

 

 




と言うわけでまず主人公達が介入する世界はリリなのA‘sの劇場版です。
故にグレアム叔父さんも猫姉妹も出てきません。

下手したらなのはやフェイトの出番すらなくなる……かも?


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花嫁は純白こそが真理

 

 

 

 

 来てくれたのか、セイバー。

 

目の前に立つ花嫁の剣士に思わず安堵の声が漏れてしまう。

 

「済まない奏者よ。珍妙な結界に阻まれて駆けつけるのが遅くなった」

 

 いや、こうして来てくれたのだし、実際間一髪で助かったのだ。ありがとう。

 

それよりも、セイバー、今結界と言ったのか?

 

結界と言えばアリスとありすの固有結界やアーチャーの宝具を連想させるが、この異質な空間はそこまで危険なものとは思えないのだけれど。

 

「恐らくは単に外界との繋がりを空間ごと隔離させる結界なのだろう。─────それよりも、だ」

 

あぁ、分かっている。

 

痛みで軋む肉体に喝を入れ、よろけながらも立ち上がる。

 

セイバーが見据える女騎士は此方の出方を伺っているのか剣を構えて待ちの姿勢を保っている。

 

「……さて、一応訊いておくとしよう。何故奏者を狙う? 貴様の目的は何だ?」

 

「……………」

 

 セイバーの問いにもやはり女騎士は語らない。まるで仮面を被っているのかさえ思われる彼女の表情はさながら氷の剣士を連想させる。

 

「来るぞ! 下がれ奏者よ!」

 

っ!

 

そういって飛び出してくる女騎士に合わせてセイバーも剣を携えて地を蹴る。

 

弾丸の如く飛び出す両者、互いに手にした剣に力を込め、間合いに入った─────瞬間。

 

剣戟が響くと同時に、空気が爆ぜた。

 

何十メートルと離れているというのに振動する大気がビリビリと肌に突き刺さってくる。

 

それは、ここ暫く忘れていた戦いの感覚……サーヴァント同士による戦場の感覚だった。

 

だが、それはおかしい。ここは───否、この世界は自分達の知る世界ではない。

 

自分という再現されたデータを地上にあった冷凍睡眠状態の自分に移す為、桜がムーンセルの力で以てサーヴァント達と共に地上へ降ろした。

 

その際、自分達のいた世界からは弾き出され、似ているが違う平行世界へと跳ばされてしまっている。

 

まだこの世界の事は知らないことは多いから絶対にとは言えないが、それでも皆のようなサーヴァントはいない筈。

 

もし存在すればそれはその地が聖杯戦争の地である事は間違いない。

 

以前、ギルガメッシュから訊いたことがある。本来聖杯戦争は七人のマスターと七人のサーヴァントによる乱戦が主体であると。

 

なら、やはりあの女騎士はサーヴァントなのか? ならばマスターはどこに?

 

「っ! 奏者よ! 何を呆けておる!」

 

っ!

 

言われて我に返る。一度距離を開けたのかセイバーは走れば此方の手の届く距離まで来ていた。

 

セイバーの衣装のアチコチには細かい擦り傷が見える。……悪いことをした。戦いの最中に他の考えにうつつを抜かすなど愚の骨頂。

 

そんな慢心を振り払うように頬を両手で打ち、思考を戦いに移す。

 

済まないセイバー。迷惑を掛けた。

 

「うむ、特別に許そう。ここから先は余と奏者のオンステージだ。あの無礼千万で厚顔な女剣士を蹴散らそうではないか」

 

───そうだな。……所でセイバー、あの女騎士と打ち合って何か気付いた事はないか?

 

戦いにおける自分の役割はサーヴァントのバックアップ。セイバーの実力を十二分に発揮させる為に相手の情報は不可欠になる。

 

あくまで、あの女騎士をサーヴァントとして語るなら───

 

「うむ。今ので奴のクラスが余と同じセイバーである事は間違いないと確信した。ただ────」

 

ただ?

 

「奴の持つ剣、何やら細工が施されているようなのだ。それがいちいち目にはいるから鬱陶しくて叶わん」

 

言われて女騎士の持つ剣に注目している。幸いに向こうもセイバーの実力を思い知ったのか迂闊に攻めてこようとはしない。だからじっくりと彼女を観察するに危険を伴うことはなかった。

 

────確かに、女騎士の持つ剣はどこか機械染みていて何らかの仕掛け(ギミック)がありそうに見える。

 

機械仕掛けの剣。そんな剣を持った英霊なんているのだろうか?

 

「────参る!」

 

 と、今まで黙っていた女騎士がたった一言の言葉と共に再び突進してきた。

 

セイバー!

 

「うむ! 心得た!」

 

自分の叫びと共にセイバーもまた再び弾丸となって女騎士を迎え討つ。

 

そして、二合目の打ち合いが始まろうとした時。ふと、奇妙な音を聞いた。

 

それはまるで何かを充填……いや、装填した音。そして見えたのは女騎士の持つ剣から一個の薬莢が弾け飛ぶ光景。

 

装填、そして薬莢。この二つに嫌な予感を感じた俺は。

 

「セイバー! 下がれ!」

 

「っ!」

 

「紫電─────一閃!」

 

 女騎士の剣に、眩いまでの炎が宿る。アレは拙い。振り下ろされる破壊の斬撃を前に。

 

「花散る(ロサ)──────」

 

セイバーは下がるのではなく、敢えて前へと踏み込み。

 

「天幕(イクトゥス)!!」

 

自身の真紅の大剣に更なる力を込め、女騎士に目掛けて打ち込んだ。

 

力と力、二つのエネルギーはぶつかり合い、せめぎ合い────そして。

 

猛烈な爆撃となり、周囲一帯を巻き込んで爆散した。

 

 くっ、セイバー!

 

堪らず声を大にして叫ぶ。しかし、その叫びすら爆発の余波によりかき消され、俺はただ襲い来る爆風に堪えるだけで精一杯だった。

 

やがて爆風も収まり、煙も晴れてきた所で視界も良好となり、辺りを見渡すと。

 

──────っ!!

 

ウェディングドレスを身に纏っていた花嫁は、腹部からにじみ出る鮮血によってその純白のドレスを赤に染め上げていた。

 

彼女の本来の色は赤だ。だが、瞬時にそれは違うと頭の中で否定する。

 

彼女に似合う赤は情熱。彼女の在り方が炎に思えるからこそ彼女は赤が似合うのだ。

 

断じて、あのような血に染められた色合いではない!

 

 剣を突き立てて必死に堪えているセイバー。その表情は苦悶に満ちながらもしてやったりと言いたげな……悪戯が成功した子供の顔をしていた。

 

何だろうと向こうへ視線を向ければ、そこにはセイバーと同じ様にボロボロの姿となった女騎士が奇しくもセイバー同様地面に剣を突き立てて膝を地に着けていた。

 

しかも、彼女が動かない所を見る限り、どうやら彼女は気絶しているようだ。

 

 あ、相打ち? まさかセイバーはあのタイミングの最中で避けるよりも互いに打ち合う事で両者に……自分を含めてダメージを与える事を選んだのか!?

 

確かにあのタイミングでは完全に避けきれる事は出来なかった。同時に生半可な防御では防ぐことも………。

 

自分の所為だ。と、後悔しながらセイバーの下へ駆け寄り、崩れる彼女の身体を抱き留めた。

 

「そ、奏者。すまぬな、無様な姿を見せた」

 

謝らないで欲しい。今回の戦いは自分の責任だ。謝らないといけないのは自分の方だ。

 

「そんな愛らしい顔をするでない。ひとまずあ奴の動きは止めた。悔しいがここは退くとしよう」

 

あぁ、此方も被害は多大だがあの女騎士も動けなくなった今、逃げる事は容易い。

 

反省は後ででも出来る。今は撤退の時だ。

 

俺は動けなくなったセイバーを抱き抱え、肉体強化によって増強させた身体能力でこの場から離れようとする。

 

───────が。

 

これは─────糸!?

 

細く、緑色に輝く糸が自分達の身体を締め上げていた。

 

「シグナム、大丈夫?」

 

「珍しいな。シグナムがここまでボロボロにやられるなんて」

 

「それほどあの剣士の力は強力だったという事か」

 

頭上から聞こえてくる三者三様の異なる声。

 

満足に動けなくなった身体を這いずる事で声のする方に向ける。

 

そこにいたのは、宙に浮かぶ三人の騎士。

 

三人の内二人は女性、しかもハンマーを手にした赤い格好の女の子は外見的にはまだ年端のいかない少女。

 

いや、外見に惑わされてはいかない。あの口振りからしてこの三人は全員セイバーに重傷を負わせた女騎士と同等の力を有しているのが分かる。

 

 未知の敵の更なる襲撃に背筋に悪寒が走る。だが、ここで地べたに這い蹲っている訳にはいかない。

 

セイバー!

 

 

 

声に出して彼女を呼びかける。しかし、彼女からは返しの言葉が聞こえてこない。身体を拘束されているのになんの反応も示さない所から察するに、彼女も気を失っている。

 

彼女の下へ往く為に地面を這う。ゴリゴリと堅いアスファルトが身体の至る所に食い込んでくるがそんなものは苦にもならない。

 

何故なら、あそこで血を流して気を失っているセイバーの方がもっと苦しく、痛い思いをしているのだ。

 

「……やめておけ、もう貴様に出来ることはない。大人しく諦めろ」

 

犬耳と尻尾を生やした男から、諦めろと告げられる。だが、止まらない。

 

「諦めなさい。私のクラールヴィントからは逃げられないわ。大人しくして、今なら傷の手当てもちゃんとするわ」

 

緑色の女性に諦めろと告げられる。しかしそれでも止まらない。

 

二人から諦めろと言われ、それでも止まらず、ゆっくりだがセイバーに近付きつつある自分に苛立ちを覚えたのか。

 

「おい、いい加減にしとけよ。あんまり余計な手間をかけさせんな」

 

鉄槌を手に持った赤い少女が立ちふさがった。

 

これ以上動いたら潰すのだと、目の前の少女の瞳が語っている。

 

………ふざけている。全くもってふざけている。

 

いきなり攻撃してきておいて諦めろだの傷を治すから動くなだの、挙げ句の果てには潰すだの……好き勝手言ってくれている。

 

そして何より不快に思うのが、“この程度の窮地で自分が諦めていると思われている事”だ。

 

「…………け」

 

「あぁ?」

 

「───────どけ」

 

一言。たった一言だけ紡がれた言葉は少女の何かを揺さぶったのか、その瞳を大きく見開かせている。

 

「……………シャマル、『闇の書』を」

 

「ヴィータちゃん?」

 

「コイツ、大した力なんて持ち合わせてねぇクセにそこらの魔導師よりも固い意志を持ってやがる。“アイツ”も言ってただろ、この手のタイプは放っておくといつの間にか逆転してるって」

 

「……そう、なら蒐集は貴女に任せるわ。私はシグナムの治癒をしてくるわね」

 

そういって緑の女性は女騎士の方に向かい、赤い少女は左手を掲げ此方に詰め寄ってくる。

 

「許してなんて言わねえ。恨んでくれても構わねぇ、けど、今はアンタの力、貰い受けるよ」

 

そういって少女の左手に現れたのは………一冊の本。

 

十字架の装飾が施された本を前に、背筋に悪寒が走った。

 

なんだ………あれは? ただの本でないことは分かるが、それでもあの禍々しさは……まるで絵本のお伽話に出てくる呪われた魔導書のよう。

 

ギギギと音を立てて開くその様は、まるで死者を招く棺。

 

「闇の書、蒐集」

 

少女の呟きと共に妖しい光を放つ魔導の書。

 

そこに意識が奪われ掛けた──────その時。

 

「ヴィータ! 下がれ!」

 

男の声を聞いた瞬間、少女は闇の書と呼ばれる書物を閉じ、後ろへと飛び退く。

 

瞬間、少女のいた場所に何かが突き刺さり、爆発。俺はその爆風と衝撃波に圧され、吹き飛ばされてしまう。

 

そして、宙に浮かんだ自分の身体が暖かい何かに抱き留められ、縛られていた身体の糸が瞬く間に切り裂かれ、身体の自由が解放されていくのが分かる。

 

─────あぁ、本当に、ウチの英霊達はなんでいつも登場するタイミングが良いんだろう。

 

 

「全く、夕飯の時間になっても帰ってこないから心配して来てみれば……………相変わらず君の女難のスキルは健在か」

 

そんなスキルはない。と皮肉を語る褐色肌のオカンに返す。

 

「うわ軽る! セイバーさんなんであんなにいつもガツガツご飯食べてるのに太らないんですか? 不公平すぎですぅ……て、ご主人様! いいいいけません男同士だなんて! 非生産的ですぅ! ハッ! まさかこれまで私の誘惑を幾度も跳ね返してきたのはご主人様にそういう性癖があったから!?」

 

………そして、こちらも相変わらずだねキャスター。そしてありがとうセイバーを助けてくれて、お陰で助かった。

 

セイバーを抱えたまま此方に駆け寄ってくるキャスター。彼女もアーチャー同様黒の呪術者の衣装を身に纏っている。

 

駆けつけてくれたサーヴァント達。二人に簡潔に、それでいて真摯を込めた礼を言うと。

 

キャスターの手が傷付いた自分の頬に汚れる事も厭わずに優しく触れてくる。

 

「いえいえ、ご主人様もよくご無事で………セイバーさんとここで暫くお休みください。───あの騎士気取りの三下、ちょっと●●してきますんで」

 

………あれ? もしかしてキャスター、めちゃくちゃ怒ってる?

 

「……責任は君が持ってくれよマスター。彼女、他の女が君に手を出したと思い機嫌を損ねているようだ」

 

全身から怒気というオーラを醸し出すキャスターにアーチャーは引いていた。いや、手を出されたというのは本当だが……意味合いが違くないか?

 

「何者だテメーら、邪魔すんなよ」

 

「アラアラ、人の旦那様をいきなり襲っておいて邪魔とか、いよいよ度し難いですねぇ………呪うぞ?」

 

ゾクッとした。彼女の敵意……いや、殺意か。直接彼女の殺意を向けられていないのにこうも悪寒がするとは……。

 

そんなキャスターの殺意を面と向かっている赤い少女は目を大きく見開いている。

 

「やれやれ、彼女が悪霊の類で喚ばれていたと思うとゾッとするな。流石マスターだ。あんなじゃじゃ馬をよく今まで制御できたものだ」

 

 いや、あんまり出来てないと思う。というか、誰も彼女の旦那発言に誰も気にも止めていない。まぁ、流石にこの場面では指摘しないと思うが。

 

「そ、奏者は余の婿……だ」

 

と思ったら気絶しながらもセイバーが反応した!?

 

「だが、実際どうするマスター。セイバーが一人撃退したとはいえ以前として数は向こうが上。しかもあの緑の方は回復担当と来ている。長引けば此方が不利になるぞ」

 

そう、アーチャーの指摘の通り状況は未だ此方が不利だ。あの赤い少女の持つ鉄槌も女騎士と同様に仕掛けがありそうだし、青い男の方は構えを見るに徒手空拳が得意に見え、緑の女性は糸の拘束と回復と卓越した後方支援者だ。

 

もし彼女達が一斉に襲いかかってきたら、そしてその攻撃方法が洗練された連携だったら、今の自分達では勝てる見込みは限りなくゼロに近い。

 

「あぁ、私も同意見だ。故にキャスターの迫力に圧されている今がチャンスだ。タイミングは此方でやる。マスターはセイバーを抱えて逃げる事を第一に考えてくれ」

 

アーチャーの呟きに頷く。そして、今にもキャスターが飛びかかろうとした…………その時。

 

「! ヴィータ、管理局の魔導師が此方に向かっている。相当な数だ」

 

頭から生えた耳をピコピコと動かし、男は少女に何か言っている。

 

……今更だが、何で男に犬耳?

 

「ヴィータちゃん、シグナムの回復もまだ時間が掛かるだろし、ここは………」

 

「チッ、分かったよ。ここは大人しく退いてやる。けどな、おい! そこのお前!」

 

……はい? 俺?

 

「次会った時はゼッテーお前の魔力頂くからな、覚悟しておけ!」

 

 鉄槌を自分に突きつけ、捨て台詞を吐くと少女達はそれぞれ宙に浮かび、それぞれ別方向へと飛んでいった。

 

………て、飛んだ!?

 

「マスター! 呆けるのは後だ。恐らくは結界が消える。我々も撤退するぞ!」

 

「あのガキんちょめ、覚えてやがれよ。それはそうとご主人様、セイバーさんは私が責任持ってお預かりします。マスターはアーチャーさんに捕まって下さい」

 

分かった。何がどうなっているのか、今日の出来事を桜とギルガメッシュに話す以上、ここに留まるのは宜しくない。

 

抱き抱えたセイバーをキャスターに預け、自分はアーチャーに捕まり、サーヴァント特有の超人的な身体能力で以て跳躍し、その場からさっていく。

 

 やがて元の空間へと戻り、街にはまるで何事もなかったように人々の活気で賑わっていた。

 

冬の肌寒い外気に触れ、自分はまた新たな戦いに巻き込まれたのだと、静かに確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛生軌道上。時空管理局大型艦船『アースラ』

 

 宇宙空間に佇む次元を渡る船。現在の“地球人類”では到底到達しえない技術の塊。

 

そんな近未来的宇宙船の内部で一組の男女が大きなモニターを前にしていた。

 

「……また、“闇の書の守護騎士”が現れたみたいだね」

 

「うん。けど、どうやら今回は対象の蒐集に失敗しているみたい」

 

「失敗?」

 

 その言葉に黒い制服を纏う少年は怪訝に思う。モニターに移る四人組、守護騎士と呼ばれる彼女達は皆狙った対象者達を確実にしとめているからだ。

 

その実力は魔導師のランクで言えば“S”しかも古代ベルカの騎士ならば近接戦闘では無類の強さを発揮する。

 

事実、そんな彼女達に同じく優秀な魔導師の少女が二人も撃墜されている。

 

そんな彼女達からよくも逃げ延びたのだと少年は驚き、関心する。

 

だが、その一方でキーボードを叩く青い制服の少女は少し苦笑いを浮かべている。

 

「それで、ね、クロノ君。一応対象者の映像も一枚だけあるんだけど……見る?」

 

「……そうだな。もしなのはやフェイトとは別の魔導師がいるのなら接触するためにも必要かな」

 

「………うん、分かった。けど、見て驚かないでね」

 

「?」

 

一瞬だけ間を空ける少女にクロノと呼ばれる少年は首を傾げる。

 

一体何だろうと怪訝に思うと、目の前に新たに大きくモニターが映し出され。

 

「───────花嫁?」

 

間の抜けた顔をしてしまい、少女にクスリと笑われてしまった。

 

 




今更ですが、この作品は一つの世界に複数の作品が登場するのではなく、一つ一つ違う世界に介入するという物語です。

ディケイド的な。

………あれ? もしかしてそれって多重クロスじゃない?


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復活! ブロッサム先生!

 

 

 

海鳴市。

 

海に面した街。気候は穏やかで特にコレといった大規模な事件や事故など起きず、至って平凡で平和な日々を過ごす街。

 

 空も夜の帳に染まり、住宅街の道路にも街灯の明かりが灯り、人々は夕食の用意をする為に自宅へと足を運んでいる。

 

そんな日常の中、とある二人の少女もまた夕食の仕度をする為、自宅へ向かう最中であった。

 

片や車椅子の少女、まだ歳も10に満たないだろう幼い少女は自身が乗った車椅子を押してくれている女性に、膝に乗せた買い物袋を落とさないよう気を付けながら顔を向ける。

 

「本当、いつもありがとう。お姉ちゃんにはいつも助けて貰ったばっかりや」

 

 はにかむ笑顔を浮かべながら、少女は女性にありがとうと礼を言う。

 

幼いながらも真摯に礼を言う少女に女性はやれやれと肩を竦め、その金色に輝くツインテールを揺らして。

 

「あのねぇ、アンタはそうやっていっつもありがとうありがとうって言ってるけど、あまり簡単に礼なんて言うもんじゃないわよ」

 

「せやけど、いつも凜姉ちゃんにはお世話になってるし、家ではウチの勉強だって見てくれてるし……どんなにお礼言っても足りひんやんか」

 

「世話をしているのは半年前、道端で倒れていた“私達”を拾ってくれたのと拠点として住まわせて貰っているからよ。既にキブアンドテイクは成り立っているんだから、余計な礼は不要よ。余分な感謝は心の贅肉になりやすいんだから」

 

「……う、うん」

 

 幼い少女の礼に金髪ツインテールの凜と呼ばれる赤い少女凜は突き放した物言いをした途端ハッと我に返る。

 

見れば車椅子の少女は冷たく言い返された事に少なからずショックを覚え、泣きそうな顔で俯いている。

 

しまった。いつもの調子でやってしまったとあたふたと慌て、やがて凜は一拍の間を置き。

 

「─────ま、まぁこっちもそれなりに色々やってあげているし? ちょっと余分だけどそのお礼は受け取っておくわ」

 

 それは、彼女なりのお礼の返しなのだろう。顔を朱くしてソッポを向いている凜に少女はつい可笑しくって笑ってしまう。

 

「ちょっと、人が折角真面目に返しているのに笑うのは失礼じゃない?」

 

「ご、ごめんな。凜姉ちゃんの赤くなった顔が面白くって」

 

「このぉ、年上をからかうんじゃないの!」

 

「ひゃあ! ぐ、グリグリは許してぇ!」

 

 自分をからかった少女にお仕置きとばかりにこめかみをグリグリする。

 

その光景は端から見ればとても穏やかで、見ず知らずの人が見れば、外見こそ似てないが二人は姉妹にも見えた。

 

「まったく、帰りが遅いから迎えに来てみれば、いつまでコントをしてるつもりなの?」

 

「あ、エリーちゃん!」

 

「ちょっとエリザ、何勝手に出てきてるのよ。アンタは留守番だって言ってたじゃない」

 

 目の前に佇む赤髪の少女。エリーやエリザと呼ばれる少女は凜の自分に対する扱いにムッと来たのか、眉を寄せて不機嫌を露わにする。

 

「いいじゃない別に、もうここらの住民は夕食を食べるのに家へと入ってるわ」

 

「そういう問題じゃないでしょ。アンタは色々目立つんだから、少しは自重してくれないと困るのよ」

 

目立つ。そう、エリザと呼ばれる少女は凜の言うとおり少々……いや、かなり目立つ姿をしていた。

 

服装? いや、彼女の現在の格好はピンクのワンピースを着た至って普通で可愛らしい服装だ。

 

ならば容姿? いや、これにも特に問題はない。寧ろ彼女の容姿は謂わば美少女に該当するだけである。

 

では、一体彼女のどこが問題なのか。それは────。

 

「ええやない。エリーちゃんの角はカッコいいし、尻尾だってスベスベで気持ちええよ?」

 

そう、彼女には普通の人間には到底有り得ない鋭利な角と鞭のようにシナる尻尾がそれぞれ頭と臀部から生えていた。

 

「当然よ。いつもバスでの手入れは欠かせないもの。それとはやて、カッコいいじゃなくて可愛いと言ってくれないかしら? 角だって私のチャームポイントなんだから。あとエリーちゃん言わない」

 

「えぇ? バッファ○ーマンみたいでカッコええのに?」

 

「誰が悪魔超人か!」

 

はやての指摘にキシャーと牙を向く。しかし、それも本気の威嚇ではない為はやても「キャー」とワザとらしく悲鳴をあげている。

 

そんな二人の漫才に呆れたのか、凜は溜め息をこぼし。

 

「もう。なんだっていいからさっさと家に帰るわよ。他の皆だってそろそろ帰ってくる頃でしょう?」

 

「あぁそうそう、あの子達帰って来てるわよ? ヴィータはソファーにウダーってなってたし、お腹減ってるんじゃないかしら?」

 

「えぇ!? ちょっ、エリーちゃん! それを早く言って!」

 

「だってしょうがないじゃない。言う前に凜が突っかかってきたんだもの」

 

「私の所為!? ああもう! 分かったわよ。はやて、少し飛ばすわよ!」

 

「うん、いつでもオッケーや!」

 

 今頃自宅でお腹を空かせて待っているはやての家族に向かう為、凜はその足に魔力の流れを巡らせ、急いで帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘗て、少女は一人だった。

 

父も母も少女がもっと小さかった頃に事故で亡くなり、少女は幼い頃から天涯孤独で当時から足の不自由さはあった。

 

 けれど幸い少女の家庭は上流階級で、遺産も残り、家もその周囲もバリアフリーに適した環境で少女一人なら車椅子生活でも不自由なく暮らせていけた。

 

だが、それでも少女は孤独だった。

 

 

親類からの誘いもあった。だが、それでも少女は家に残ることを選んだ。

 

今は自分一人しかいない空っぽの家だが、それでも少女にとっては父と母が残してくれたたった一つのカタチなのだと。

 

そしてその数年間。少女は一人孤独の生活を過ごしてきた。

 

だから、これはきっとそんな寂しさに耐え続けた自分に対する神様からのプレゼントなのだろう。

 

半年前、自分が10歳の誕生日を迎えた日、少女の世界は一気に変わった。闇の書の守護騎士と呼ばれる四人の騎士。

 

そして、夏頃に家の前で倒れた二人の少女。

 

たった一人、寂しさと戦い続けた少女の家族は一気に増え、賑やかになり、今は煩いと思う程だ。

 

泣いたり、怒ったり、喧嘩したり、仲直りしたり、その全てが少女の望みであり、願いだった。

 

故に、少女は幸福だった。故に、少女は欲深いと自覚しながら更に願った。

 

“自分はもう幸せだ。だから、短いこの命が尽きるまで、どうか皆と一緒にいさせて下さい”と─────。

 

そしてその願いは皮肉にも………聖夜の夜に裏切られる事になる。

 

「所で、どうして私には料理を作らせてくれないのかしら? これでも子ブタ一匹余裕で泣いてせがまれる程の腕前なのよ?」

 

「それはない」

 

「それはないなー」

 

「なんでよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……む、むぅ?」

 

セイバー! 良かった。気が付いたか。

 

「そ、奏者? 余は確かあの女剣士と戦い………ここは?」

 

ここは俺たちの拠点。医療施設は流石に無かったからな。桜とアーチャー、キャスターも一緒になって急拵えだけど作って貰った。

 

「そう───か。皆には世話になったな」

 

そう言って天井を見上げる彼女の姿はどこか痛々しく、弱々しく見えた。

 

そんな彼女の額に手を乗せ、気にするなと意味を込めて軽く撫でる。

 

 ……あの女騎士との一戦の後、気絶をしたセイバーを拠点であるマンションに連れ込み、桜の手によって応急処置が施された。

 

幸いセイバーの傷は致命傷には至らず、ゆっくりと静養してくれれば一週間も掛からず完治する事だろう。

 

 その時、桜と自分、アーチャーとキャスターで作った仮初めの病室は壁に白い布で覆い、棚やテーブルには薬品を散りばめられている。

 

そして元保険医だった為か、桜の応急処置の手当の手際は驚くほど手早く、正確だった。

 

 そのかいあってこうしてセイバーは目を覚まし、その顔を自分に見せてくれた。

 

後で桜や二人には改めてお礼を言っておかなければならない。

 

因みに自分は持ち前の強運が役に立ったのか、打ち身と打撲で済んで湿布と絆創膏程度ですんでいる。

 

「そ、奏者よ」

 

 呼ばれて視線を下ろすと、セイバーの頬は赤く高揚し、鼻先を毛布で隠しながら上目遣いで此方を見ている。

 

「そ、その、だな。て、手を、そろそろどけて………いや! や、やっぱりなんでもないぞ! うむ。もう少し撫で撫でするがいい」

 

 何故か最初の方は聞き取れなかったが、どうやら頭を撫でていたのには抵抗があったらしい。

 

いつもは撫でてとせがむ癖にこういう時は遠慮しがちなのだな。

 

それとも、やはり先程の戦いで彼女に思うところがあったのだろう。

 

セイバーは剣の英霊だ。そんな彼女が相打ちとはいえ遅れを取ったというのだから、彼女の心境は複雑な思いだろう。

 

気にするなと、言葉で言うよりも今はこうしてセイバーの頭を優しく撫でるだけにしておこう。どうせ、今日は一晩ここにいるつもりだし。

 

「なぬっ! それはまことか!?」

 

っ!

 

び、ビックリした。突然起きあがって来るものだから驚いて仰け反ってしまった。

 

いやそれよりも大丈夫なのかセイバー。傷、痛まないのか?

 

「~~~~~っ!!」

 

起き上がった拍子に腹部に刻まれた傷が響いたのだろう。痛みに悶絶し、傷口を抑える彼女に言わんこっちゃないと軽く戒め、ゆっくりと寝台に寝かせる。

 

 

「あ、当たり前だろう。 ここに来てからそなたとは別々の部屋で寝ているし、キャスターや桜がいては二人で仲よくイチャイチャ出来なかったではないか! その間余がどんなに寂しい思いをしたか……分かっておるのか!」

 

 は、はい。すみません。

 

横になりながらもセイバーの有無を言わせない迫力に思わず反射的に頷いてしまう。

 

 だが情けないと思うなかれ、歴戦の英雄である彼女が本気の怒気を纏いながら迫ってくるのだ。元々ただの一般人でしかない自分が、どうして耐えられようか。

 

「……とは言え、今回の一戦。奏者には情けない姿を見せたな」

 

 やはり、彼女は気にしていたようだ。

 

「あの者の剣技。恐らくは古い……何らかの流派、或いは我流によって鍛えられた業なのだろう。それほどまでに奴の剣技は凄まじく、洗練されていた」

 

 セイバーの口から聞かされるのは剣を交えた相手の情報だった。

 

卓越された剣裁き、けれど見たこともない技と魔の力。どこかの国のサーヴァントかと思われていたが、セイバーの話を聞く内にドンドン違うものに思えてきた。

 

無論、自分には満足な魔術知識など持ち合わせてはいないし、あの女騎士がサーヴァントかどうかなんて判断は出来ない。

 

だが、自分達を狙った彼女達は霊体化せずに空へと飛翔し、逃げていった。

 

 後でアーチャーに聞いてみた所、彼自身もあの様な魔術は知らないそうだ。

 

キャスターも同様の反応で、あの騎士達は自分達の知る既存の魔術師ではなく、平行世界────つまり、この世界に於ける魔の使い手なのではないかと推測が出てきた。

 

 そんな未知の存在を相手に善戦し、更には戦い方という情報入手できたのだ。セイバーには礼を言う事はあれど、非難するのは間違いである。

 

しかし、ここで礼を言っても彼女の事だ。素直に受け取ってもまた悔しそうに顔を歪めるかもしれない。

 

だから、ここはありがとうと言う場面ではなく。

 

「セイバー、次は勝とう。今度こそ、二人で」

 

「──────、う、うむ! 当然だ! そなたと余がいるのだ。次はあの女剣士を完膚なきまでに叩き伏せてくれよう」

 

 と、顔を真っ赤に染め上げながらも微笑んでくれる。

 

やはり彼女はそういった笑顔が似合う。────と、そう言えば。

 

「? どうしたのだ奏者よ。ゴソゴソと下を弄って、何かあるのか?」

 

 覗き込んでくるセイバーに今見せるからと促し、彼女の前にトレーの上に乗ったを小振りの土鍋を差し出した。

 

 鍋に入っているのはお粥。しかも怪我人、病人には定番の卵粥である。アーチャー先生の指導の下、一度目の失敗を経験しながら漸く造れた渾身の作品である。

 

「これを……奏者が?」

 

起き上がろうとするセイバーを支えながら身体を起こさせ(何度も動かしてごめんね)彼女に蓮華を渡す。

 

一応味見もしたし、不味くはないと思う。

 

アーチャーからも取り敢えずは及第点と褒めて(?)くれたし、味に問題はないはず。

 

しかし、セイバーは蓮華を受け取ってくれない。やはりどこかまだ調子が良くないのだろうか。

 

もう夕飯の時間は過ぎてるし、良い感じにお腹が空いているのだと思うのだけど………。

 

「─────そ、」

 

 

「奏者が、食べさせてはくれぬか?」

 

 モジモジと指を弄って上目遣いをしてくるセイバーに即答で勿論と答え、蓮華を持って土鍋に入った粥を掬い、火傷しないよう冷ましながら彼女の口へと運ぶ。

 

もぐもぐと口を動かしてよく味わい、やがてゴクリと喉を鳴らして呑み込む。

 

お、お味はいかが?

 

「う、うむ。程良く甘みがあって美味である。……というか、恥ずかしさが上回って味がよく分からぬ」

 

 シーツを握りしめ、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えているセイバーに、思わずクスリと笑ってしまう。

 

とは言え、折角作ったのだからちゃんと完食して貰おう。幸いセイバーの口には合ったらしく、その後も彼女は黙々と卵粥を食べてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。部屋の外、廊下側では………。

 

「キーッ! セイバーさんてば何て羨まけしからん事うぉぉっ! 本来ならばあそこは正妻である私の役回りでしょー! どうしてこうなった? どこで選択肢間違えた? タイガー道場カモーン!」

 

「……本当、いい加減自重したまえよ?」

 

二人の様子を見る為、そっと待機していたオカンと正妻(自称)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

……………………。

 

……………………………………。

 

 

──────ハッ!

 

微睡みの中から、瞬間的に目を醒ます。

 

どうやらあの後、セイバーと色々世間話をしていたら疲れて眠ってしまったらしい。

 

セイバーもセイバーで今もスヤスヤと寝息を立てているし、どうやらお互いに疲れてしまっていたようだ。

 

 電気も備え付けのテーブルの上にあるスタンドしかついておらず、それ以外は完全に夜の静寂に支配されている。

 

ふと、片付け忘れたトレーと鍋が目に入る。

 

中に入っていた粥は全て平らげ、鍋は綺麗になっている。

 

トイレに行くついでに片してしまおうと、トレーを持って部屋の外へ出ると。

 

「ここにいたか。雑種、この我自ら足を運ばせるとは不敬ここに極まったな」

 

っ!

 

突然横からの声に思わずビクつき、思わずトレーを落としかけてしまう。

 

───ぎ、ギルガメッシュ? 一体どうしてここに?

 

「我を前にしてその態度、益々もって度し難い。我がマスターといえど首を斬り落とす所だが。よい。今の無様な姿を見て少しは溜飲が下がった。特に許す」

 

 な、なんか知らない内に命の危機があってよく分からない内に許して貰えた。

 

相変わらず唯我独尊な男である。

 

というか、そっちこそ今までどこに行ってたんだ? 全然見当たらなかったからどこかに出掛けていたのかと思った。

 

「それを今から説明してやる。ついてくるがいい」

 

 そう言うと、ギルガメッシュはヅカヅカと歩き出して廊下の向こうへと一人消えていく。

 

え? ちょ、なんなんだいきなり。

 

理不尽に思いながらもトレーを床に置き、俺はすぐさまギルガメッシュの後を追った。

 

 すぐにギルガメッシュに追いついたかと思ったら今度は高級マンションにありがちなエレベーターへと乗り込む。

 

グングン下へ降りていく中、流石に理不尽すぎると思いギルガメッシュに問い掛けた。

 

─────一体、どこに行くつもりだ。と

 

 すると、ギルガメッシュは一拍の間を置いた後。

 

「雑種。貴様はこの安宿についてどれ位知っている?」

 

 安宿? 安宿とはこの高級マンションの事だろうか。(安宿という発言に対しては最早突っ込まない)

 

知っているも何も、この高級マンションは地上12階の地下三階。超が三つ位付く高級マンションだろう?

 

今更その質問は──────待て。今、エレベーターに表示されるB3からB4に変わった?

 

このマンションの地下は3階までじゃなかったのか? いや、3階までしかなかった筈だ!

 

4階まで続く階段なんてどこにもなかったし、エレベーターにだって地下4階行きのボタンは存在していなかった。

 

 混乱する脳内。だが、事態はそれだけには留まらなかった。

 

ガクンとエレベーターの全体から音がすると、今度は爆発的に加速し始めたのだ。

 

地下10階、20階、30階……ドンドンエレベーターは下へ下へと加速していく。

 

そんな中、ギルガメッシュだけは落ち着いた様子で佇み王の風格を損なわないでいる。

 

「半分は正解だな。確かにこの安宿の地上は十二階までだ。だが、地下は違う。貴様が呑気に身体を絞っていた合間、我と桜は別件を済ませていた」

 

 桜? 唐突に出てきた桜の名前に頭の中の混乱は収まらず、余計に収集の付かない状態になってしまっている。

 

今自分に出来るのはこの慢心王の言葉に耳を傾けるだけ。

 

やがて地下への階数は90台へと突入し、それにつれて徐々にエレベーターの落ちる速さが緩やかになっている。

 

そして、階数は遂に99と表示され…………。

 

「さぁ、答え合わせだ雑種。この階貴様はなんと読む?」

 

 数学的に数えれば99の次は100。だが、今表示されているのは数字の100じゃない。

 

 地下の階数を表示を表しているBの文字、その隣にあるのは………。

 

───────『BB』

 

 

ガコンッ、と重苦しい音と共にエレベーターの扉が開き、自分の目に映ったものは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とてつもなく広く無限と思わせる空間にそれはあった。

 

 淡く輝く巨大な箱。幻想で、且つ神秘的な輝きを放つ透明な箱が宙に浮かんでおり、その中に巨大な球体が埋め込まれている。

 

…………知っている。自分はあの物体を知っている。

 

“外側からは見たことなく、また内側しか知らない”自分だが、目の前のアレがどういうモノか瞬時に理解してしまった。

 

何せ、あの中で自分という存在は目覚め、セイバーや桜達と出会い、命がけの戦いを繰り広げてきたのだから!

 

「今宵は“あの女”が目覚める日だったのでな。桜と貴様を立ち会わせたいと思ってここに連れてきた」

 

「……先輩」

 

 聞こえてきた声に振り返る。そこには嘗て旧校舎で着ていた黒を強調させたセーラー服を身に纏う桜が、申し訳無さそうな表情で佇んでいた。

 

「ごめんなさい。ギルガメッシュさんに口止めをされていて……」

 

 その口振りは同時に自分の中にある疑問にに対する答えでもあった。

 

──────そして。

 

『良い子の皆も悪い子の皆も、みーんなが待ってた新番組! いよいよはじまるよーーー!』

 

 嗚呼、やっぱり彼女なのか………。

 

『せーっの! BーBー……チャンネルゥーーッ!!』

 

 現れた巨大なモニター。そこに映し出されているのは嘗て敵であり、ラスボスであり………そして、岸波白野を守る為にたった一人で戦い続けた少女。

 

 

 

 

無邪気で邪悪な笑顔を振りまく彼女が、───そこにいた。

 




………駆け足感が否めない。

兎に角、次回、何故サーヴァント達が受肉したのか、言い訳気味に説明します。


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教えて! ギルガメッシュ先生!

えー、今回はグダグダで矛盾点の多い話となっております。

自分にはこれが限界でした。ですのでそこだけは本当にご容赦下さい。

それと、今回はリリカル要素皆無です。


 

 

 

─────現在、岸波白野の思考は混乱……いや、停止していた。

 

 目の前に浮かぶ巨大電子モニター。そこに浮かぶ一人の少女は、嘗て自分達の前に立ちはだかり。

 

同時に、敵となる事で岸波白野という一人の人間を守り続けた………女の子。

 

『あれあれー? なんかノリ悪くないですかー? 折角超絶小悪魔美少女BBちゃんの初お披露目なのに酷くないですかー?』

 

 BB。世界を敵に回してまで自分を守り、そしてその恋に殉じた少女が巨大電子モニターに映し出されていた。

 

─────どういう事、だ? 何故彼女がここに……そして、あの巨大な物体は一体なんだ?

 

いや、自分はあの物体を知っている。

 

混乱する思考を徐々に落ち着かせ、脳内に浮かぶ疑問を一つずつ解消させる為に作動させる。

 

BB、彼女の後ろにある物体がアレである事は………いやしかし、アレがこんな所にあるなんておかしい。不自然を通り越して最早奇跡の領域だ。

 

 思考は正常に作動しているが、その中は有り得ないの文字で埋め尽くされている。

 

「雑種。聡い貴様なら既に分かっている筈だ。あの女の後ろにある物体、それはまさしく貴様の想像通りだ」

 

 ニヤリ。とギルガメッシュが邪悪な笑みを浮かべながらの一言に思考は一つの解を決定付けた。

 

『ムーンセル・オートマトン』

 

地球開闢以来から月面で観測し続けている太陽系最古の物体にして神の自動書記装置。七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)。万能の願望器として機能しているが故に聖杯と呼ばれる存在。

 

光という観測媒体により培われたデータは無限に迫り、地球の歴史、物体、そして人や動植物の全てを記録した管理の怪物。

 

そんな代物が、どうしてこんな所にあるんだ!?

 

 漸く収まりかけた混乱が、考える度に再発しかける。やがて熱暴走が起こり卒倒間近という所────。

 

「見苦しいぞ雑種、あまり騒ぐでない。それにあれは確かにムーンセルだがその機能は低下し、今やその権能は半分程度しかない劣化物よ」

 

ギルガメッシュ? それは……どういう意味だ?

 

訳知り顔でドヤ顔をするギルガメッシュに苛立ちを覚えるが、今はそれどころではない。

 

 殴りたくなる衝動を自制心をフル回転させることで何とか抑え、ギルガメッシュに説明を要求する。

 

「貴様、一体いつからこの世界が自分のいた世界と別物だと納得した?」

 

 ……それは、桜からある程度話を聞いたし、何よりここは日本だからだと思う。

 

「ほう? それは何故だ?」

 

 これも桜からよ情報だが、自分達の世界の日本は大崩壊や数々の自然災害が重なり、横行するテロ等の所為で政府は崩壊。規律や土地を失い残った日本人は世界中へ散らばり、今や日本という列島は存在しないカタチとして扱われている。──────と聞いている。

 

けれど、今自分達が住んでいる国は日本だ。大崩壊も起きていないしテロ行為もされていない。

 

自分達の世界に存在したとされる西欧財閥なる組織も耳にしない。この世界は自分の知る世界情勢とは何もかもが違う。

 

「己の目で見たわけでもないし足を運んだ事もない。耳にしただけで世界を知った気でいるのは愚者のする事だぞ。雑種」

 

 ギロリ、と鋭くなるギルガメッシュの真紅の瞳に射られ、思わず萎縮してしまう。

 

「だが、貴様のいうこと言うことは間違っていないな。今回は許すが今後は改めろよ」

 

 殺意……いや、これは怒気か? まるで間違いを諫める父親のような態度を取るギルガメッシュは今後は気を付けろと釘を差すだけに留まり、その怒りを静める。

 

………どうも調子が狂う。普段とは違う態度に目を点にしていると、隣に控えていた桜が小声で声を掛けてくる。

 

「先輩、大丈夫ですか? ギルガメッシュさんの殺意に当てられるなんて……」

 

 心配してくる桜に大丈夫だと返答する。何せ彼はただ怒っただけなのだ。彼が本当に殺意を向けてくるのならあんなモノじゃない。それは何度も殺意を向けられた自分自身がよく思い知っている。

 

「先輩……大変だったんですね」

 

………あれ? なんか同情された?

 

「雑種。話を続けるぞ? 貴様は世界を渡ったという話は聞いたな。ならばその経緯、理由、我達の受肉、そしてこれから起こる事象については……知っているか?」

 

 ギルガメッシュに言われ、慌てて頭の中を整理する。経緯……それは確か眠り続けていた自分を起こす為に桜が色々頑張ってくれて────待て、やはりおかしい。これまで自分は肉体の鍛錬や魔術特訓に追われて気になる暇すらなかったが、これは明らかにおかしい。

 

 病において眠っていた筈の自分が治療法の確立によって目覚めさせられたのならまだ分かる。しかし、────こんな事を言うのは心苦しいがムーンセルのAIである桜や記録から再生されたギルガメッシュ達がここにいるのはあまりにも都合が良すぎる。

 

加えて自分の記憶。本来ならサーヴァントは一人一体が原則なのに自分には四体の英霊達がいて、更にそれぞれちゃんと記憶として鮮明に残っている。

 

一体、何が、どうなって、いるんだ?

 

「まぁ、貴様が混乱するのは仕方のない事。しかしこれからゆるりと話す故、頭を空にし、心して聞くが良い」

 

ギルガメッシュの声に沈んでいた思考が浮かび上がる。

 

こういう時、彼の声は本当に助かる。彼の我を通す声は聞く者を意識ごと振り向かせられるのだから。

 

────まぁ、それなのに見ただけで無礼と称し、殺しに掛かるのは勘弁して欲しいけれども。

 

「まずはサクラと我達についてだな。これは比較的簡単だ。貴様が外へ意識を飛ばされた直後、桜はムーンセルに働きかけ外部に備え付けられていた英霊の受肉装置を起動させ、我達を現界させた」

 

───────────────は?

 

い、いや、今サラッとトンでもないこと言わなかったか?

 

「その後桜はアトラス院へムーンセルの力で以てハッキングを仕掛け、その技術によって肉体を創造し、我達と合流を果たしたのだ」

 

 

…………ちょ、ちょちょちょちょちょチョイ待てAUOよ、今なんて言ったの?

 

「何だ。折角このギルガメッシュ先生が自ら教えてやっていると言うのに、横やりとは何事か」

 

 五月蠅いよ何だよギルガメッシュ先生って! どうでもいいよそんな事! それよりもなにサラッと凄いこと言ってんの!? 受肉装置ってなに!? そんなもの初めて聞いたよ!

 

「それはあるだろう。聖杯戦争の勝利者の中にはサーヴァントの受肉を望む者だっているのかもしれないのだぞ? その程度の可能性も考慮できないムーンセルではあるまい」

 

「因みに、受肉させる方法は神代の時代から基づく魔術……いえ、“魔法理論”によって用いられてます」

 

ありがたい桜の補足に思わず納得しかけてしまう。

 

神代の時代って……いや、ムーンセルは地球が生まれた頃から存在しているからアリと言えばありなの……か?

 

地球が創世された日から観測し続けているのだから魔術、魔法といった技術も理論的に記録されていてもおかしくはないと思うが。

 

い、いやそうかも知れないけど……でも優勝者に叶えられる願い事は一つの筈じゃ……。

 

「やれやれ、貴様。どうやら贋作者に鍛えられた所為で頭まで脳筋になったか? ムーンセルはどういうモノだったか思い出してみろ」

 

 溜息を吐かれ、もの凄く呆れられた。────もの凄く悔しいが言われて思い出す。

 

確か、記録宇宙と観測宇宙の違いだっけ?

 

あやふやな自分の知識にギルガメッシュは頷き、今度は桜が説明を始める。

 

「更に言えばムーンセルは過去、現在、未来をも計測し、観測しています。先輩の言うとおり本来なら優勝者に叶えられる願いは一つです。けれど、そこで私はズルをしてその願いを四つに増やしたんです」

 

四つ!? そんな事が可能なのか!?

 

「以前、遠坂先輩から聞いたことありますよね? 観測宇宙とかその他諸々……」

 

 た、確かにそんな話もしたっけ。なんかやたら難しくてよく理解できなかったけど。

 

本から飛び出そうとジャンプしたら本当に出てきてしまった。……みたいな?

 

「はい。ですのでその喩えに倣って説明すると、同じ内容を記した本を複数持ってきて同じ箇所を切り取ってそのページに無理矢理貼り付けた。という感じです」

 

─────────ワッツ?

 

「貴様は実際他のサーヴァントとで聖杯戦争を勝ち抜いた記憶があるのだろう? ムーンセルは概念や可能性、そして結果が真となる場所。つまり、そういうことだ」

 

いやどういう事!?

 

………いや、待て、ということは実際自分はアーチャー、キャスター、セイバー、そしてギルガメッシュでそれぞれ聖杯戦争で優勝を果たしてその“結果”を繋ぎ合わせてムーンセルを誤魔化したのか?

 

確かに皆との記憶はちゃんと覚えている。ということはセイバー達とムーンセルでの戦いの痕も過去であって現在に続いている?

 

「ほう、どうやら本来の調子に戻ってきたようだな。その通り、いかにムーンセルといえど起きた事実を覆すことは出来ん。結果を覆す事になればそれはムーンセルの崩壊を意味しているからな」

 

ムーンセルは管理の怪物。故に起きた事象の結果を否定する事は出来ず誤魔化しだと理解しても矛盾を避ける為に受理せざるを得ない。

 

正にムーンセルと一時的に同化し、人間として目覚めた彼女にしか出来ない芸当だ。

 

こんな裏技を使うなんて……桜、君は。

 

「頑張りました♪」

 

頑張り過ぎだよ桜さん。

 

「それで、我が蔵にある船でもって雑種共と地球に降り、サクラと合流した訳だ」

 

─────ハァ、ソウナンデスカ。

 

「けれど、その際にある問題が発生したんです」

 

問題? ……まぁ、色々裏技を使ったのだから誤作動の一つや二つおかしくないわな。

 

「本来なら先輩だけを地上に降ろすつもりが、聖杯戦争の本戦に参加した数名の参加者が行方不明になったのです」

 

 申し訳無さそうに語る桜、聖杯戦争の参加者が消えた? まさかまたサクラ迷宮のようなバグが起こったのか?

 

「いえ、バグではなく誤作動です。私がムーンセルにアレコレやってしまった所為でムーンセルは自分の中にある外部からのデータを吐き出してしまったのです」

 

 それは……例えるなら喉の奥に手を突っ込んだらえずいて吐いたようなものか?

 

「そうですね。言ってしまえばそんな感じです。外部からのデータ、即ち聖杯戦争の参加者達なのですが、ムーンセルに吐き出された事により強制排出。その殆どのプレイヤーはその間の出来事を忘れており、無事に地上に帰還しています」

 

 

 ムーンセル内部、しかも虚数空間であるなら時間や距離の概念は当てはまらない。

 

聖杯戦争への参加された人間は桜の無茶な介入によりムーンセルから吐き出され、今回の参加者は事実上ゼロ。

 

虚数空間に囚われていたマスター達は“予選の途中”でムーンセル自身に追い出される形になった。

 

つまりは聖杯戦争そのものがやらなかった事になったのか。

 

…………なんか、自分で言っててかなり無茶苦茶な事を口走っている気がする。

 

けど、もうなんか慣れた。

 

 それはそれとして、どうして参加した殆どのマスター達は無事に帰還したのに本戦に出場した数名のマスターは行方不明になったんだ?

 

「それは……分かりません。強いていうなら世界から弾きだされた。というのが今のところの私達の考えです」

 

弾きだされた? 

 

「詳しいことはまだ分かっていません。ですが、その人達のデータを検索してもムーンセル内のどこにも無かったんです。消去(デリート)された痕もありませんし」

 

 消された痕も無いのに存在しない。ムーンセルはどんな些細な事象も記録漏れする事はないのだから不思議に思うのは分かる。

 

けれどそれはムーンセル内部での話だ。どうして他のマスター達の存在は確認できたのにそのマスター達の所在は分からなかったんだ?

 

「その話をするにはまずはこの物体の話をすることから始めねばならんな」

 

 そう言って一歩前に出るギルガメッシュは背後にあるムーンセル(仮)に親指で差す。

 

というか、何だその眼鏡は? 本気で先生を気取るつもりか?

 

「控えよ。先生王の前である。慎ましく、讃えながら聞くがいい」

 

なんだよ先生王って、気に入ったのか先生って役。

 

「うむ、何せ今回のサブタイがサブタイなのでな、相応しい格好で挑むのが道理であろう」

 

メタな発言にツッコミはせず、粛々とギルガメッシュの話に耳を傾ける事にした。

 

「まず我達と桜との合流は割と簡単であった。何せ我達が受肉する際事前に連絡はできたのだ」

 

ほうほうそれで?

 

「その後、桜からムーンセルの誤作動について話を聞いてな。本来なら捨て置く所だが……後にこの事が貴様に知れると貴様は余計な後悔に苛まされるのは目に見えている。故に逆に考えてみた。貴様も巻き込んでしまえと」

 

うんうんそれで?

 

「しかし我達にはその事態を詳しく把握する事は叶わず、また術もなかった。いや、我一人ならどうにかできるが折角使えそうな雑種がいるのだからそれを活用する手はない、と思うてな」

 

へぇへぇそれで?

 

「その後、我達は再び月へ戻り、ムーンセルを斬った。以上」

 

うんうん───────んん?

 

 ちょっと待て、今、なにか、凄いこと言わなかったか?

 

「ムーンセル、斬った、以上」

 

──────はぁぁぁぁぁぁああああぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?!?

 

斬った!? ムーンセルを!? 太陽系最古の物体を!? 神の頭脳を!? アイェエエエエ!? 何で!? なんで!?

 

「仕方あるまい。直径三千キロもの物体など流石の我の蔵でも少々手に余る。我と贋作者、駄狐とセイバーの手で何分割したあと地上へ持ち帰り、必要な部分を繋ぎ止めてこのような形となった」

 

………どうしよう。あまりにもあまりな事実を前に何も考えられない。人間、理解の越えた真実を前にすると思考する事をやめるんだな。

 

─────そのうち白野は、考えるのをやめた。みたいな?

 

「質問は受け付けんぞ。面倒だからな。ともあれムーンセルをカスタムし、ネットワークに接続する事であらゆる回線に割り込み、ハッキングする事ができた。その辺りは流石ムーンセルといった所か」

 

そうか、それで世界中に返されたマスター達の所在を掴むことができたのか。

 

神の頭脳と呼ばれるムーンセル。その力の一端だけ見せただけで世界のネットワークを掌握できるのだから世界中の人間の所在を認知するのは容易い、か。

 

「まぁ、ムーンセルを半分ほどバラバラにした所為もあってか月のムーンセルは地上から完全に手を引き、今では人間の手では開けぬ程に閉じこもっておる。所謂引きこもりだな。ムーンセルにまでニートをさせるのだからジナコ=カリギリの堕落ぶりは凄まじいものよな」

 

 高笑いをしているギルガメッシュを前に自分はムーンセルに同情を禁じ得なかった。

 

ムーンセルにもし言語能力なあればきっとこういうだろう。『もうヤだコイツ等』と。

 

内部をイジられ、バラバラにされて引きこもるしかなかったムーンセル。君は今、泣いていい。

 

「そしてその後、世界に奴等の姿はないと知り、我達は世界を移動する術を探した。が、こればかりは上手くいかず難航した。一時期は我が至高の剣“エア”で世界ごと切り裂こうと思ったが、それでは貴様諸共消してしまう可能性があったのでな、その案は却下した」

 

サーヴァント達の受肉。桜の存在の理由。世界を移動する理由その話を聞き残された疑問はどうやって世界を渡ったのか、その方法だった。

 

やはり世界の壁を越えるにはそう上手く行くはずもなく、ギルガメッシュ達でも苦戦したのだろう。彼の中々開かない口振りから察するに余程重要な話のようだ。

 

「実はその時、どこからともなく現れたゼルレッチと名乗る魔術師のお爺さんが面白そうだからって理由で世界を渡る魔法の術式をムーンセル(仮)に組み込んでくれたのです」

 

 な、なんかあっさりと解決した!?

 

な、なんだそのゼルレッチって人。まるで世界を渡るのが趣味みたいな人じゃないか。

 

しかも面白そうだからって理由で教えてくれるなんて……どこかで会ったらお礼を言うべきなのかな?

 

「ともあれ、その宝石翁のささやかな助力も甲斐あって我等は世界を渡る術を身につけ、この安宿に備え付ける事で全ての仕度が整ったというわけだ。これは全て貴様が目を醒ます前の出来事だぞ。感謝するがいい」

 

 ───────言葉がでなかった。

 

自分がのうのうと眠っていた間に桜とギルガメッシュ達は奮闘し、自分の為にここまでしてくれた。

 

ありがとう。今の自分にはこれしか言えない。いや、出来なかった。

 

どんなに言葉にしても足りない。けれど足りる言葉が見つからない。

 

ならせめて自分という物語が完結するまで自分という在り方を見せるしかない。それが岸波白野が彼等にできる最大の礼なのだから。

 

 

そして。

 

 

『あのー、いい加減主役を置いて話を進めるのはやめてくれませんかー?』

 

モニターに映った不機嫌に頬を膨らませる少々に向き直る。

 

その表情は自分の良く知った強情で、意地っ張りで、けれど誰よりも岸波白野という人間を想ってくれた大事な─────。

 

『おや? そこのセンパイさんは私の話を聞いてくれるのですね? よしよし、後輩の話を聞いてくれるセンパイは好きですよ』

 

…………え?

 

なんだ、この違和感は? 今の彼女の態度はまるで初対面の人に対するソレじゃないか?

 

自分とは何度も顔を合わせ、幾度となく戦った筈なのに……これではまるで。

 

「先輩、貴方の想像どおり。あれはBBであってBBではありません。彼女は分割して再構築したムーンセル(仮)の内部にあった僅かな彼女の残照を元に造った……」

 

「謂わば、模造品よな。故に、貴様の嘗てあの女に掛ける情は全く無意味だぞ」

 

突き付けられたギルガメッシュの言葉に、否応なく納得してしまう。

 

ああ、やはりと。

 

あの時消えゆく黒いコートの切れ端は幻ではなかったのだと。

 

もう二度と、彼女には会えないのだと。

 

なら、この喉まで出掛かった言葉は……もう、口に出すことはない。

 

だけど、せめて、これだけは言わせて欲しい。

 

「初めましてBB、また会えて嬉しいよ」

 

 初対面の彼女と、消えた彼女に向けてこれからも宜しくとだけ告げ、踵を返す。

 

「あの、先輩。大丈夫ですか?」

 

桜の心配にもやはり余裕がないのだろう。泣きそうになる自身に喝入れ、出来る限り笑いかけながら大丈夫だと口にする。

 

けれど正直、今日は色々衝撃的過ぎる真実が多かった為、もう寝かせて欲しい。

 

それだけ告げて自分はエレベーターへ乗り込み、地上へと戻る。

 

その際、彼女の……BBの寂しげな微笑みに気付きもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、貴様も健気よな。ワザワザ記憶を無くしたフリまでしおって、そんなに奴のことを好いているのならいっそ組み伏せばよいものを」

 

白野が地上へ戻ったのを見送った後、ギルガメッシュは邪悪な笑みをモニターに映る少女に向ける。

 

『相変わらずいちいち癪に触る言い方をしますねぇ。貴方には関係ないでしょう』

 

「そうか。なら我が雑種と貴様のこれからの関係を肴に愉しむ事にしよう。貴様の道化っぷりに期待しているぞ?」

 

簡潔に、そして凄まじく嫌味な意味を込めて吐き出されたギルガメッシュの言葉にBBはその可愛らしい顔を歪ませる。

 

そんな彼女の表情すら、ギルガメッシュにとっては己を満たす愉悦に過ぎず、彼は終始笑みを浮かべたままエレベーターに乗り込みその場から姿を消す。

 

残されたのは桜とBB。ムーンセル(仮)を前に二人の少女は言葉を出さないまま数分の沈黙に入る。

 

そして、先に口火を切ったのは桜の方だった。

 

「BB、どうして貴女は先輩にあんな嘘を付いたの? ムーンセルに1最小単位にまで砕かれてもその想いまでは絶対に無くさなかった貴女が」

 

『何それ? 憐れみのつもり? これだから性格ブスはいやになるのよ。自分が肉体を得たくらいで調子に乗っちゃって私と貴女は同型のAIだったけど、その在り方は別物なのよ』

 

自分はお前とは違う。だから私には構うな。BBの言葉にはそんな拒絶の意味を込められていた。

 

しかし、と、桜は首を横にする。

 

「うぅん、ソレは違うわBB。私達は元々は同じ同型で同じ役を担った存在。……今は色々立場が違うけど、もう一つ私達には同じモノがあるわ。それは────」

 

『やめて』

 

言い切る前にBBが遮った。それ以上は言ってはだめだ。その先は自分には過ぎたるものだ。

 

だって、またその言葉を口にしたら……きっと、自分は耐えられない。ここにいることが耐えられなくなる。

 

『私は、ここでいいの。ここでならあの人を見つめていられる』

 

「BB……」

 

『さぁ、早く貴女も行きなさい。所詮私は路傍の石。気に止める価値もない存在なのだから』

 

 BBは背を向ける事で突き放す。もう来るなと、もうその言葉を投げ掛けるなと。

 

だから、桜もこの場は諦める。エレベーターに向けて足を進め、その扉を潜る。

 

「……でも、忘れないでBB。あの人はきっと貴方を───」

 

それ以上の言葉は、BBの耳には届かなかった。

 

一人、ムーンセル(仮)の前に残された少女は暗闇の宙(ソラ)を見上げる。

 

『本当、リアルでも相変わらずなんですねぇセンパイは。お人好しで、バカで、無能で………』

 

けど。

 

“また会えて、嬉しいよ”

 

その言葉に、どれだけの意味が会ったのだろう。

 

その言葉に一体どれほどの気持ちが籠もっていたのか。

 

『ああでも、そんな貴方だから────』

 

彼女の呟き。それは誰に聞こえる事なく暗闇へと溶けていった。

 

 




いやもうホント、自分にはコレ位しか思いつきませんでした。

ご都合だらけで穴だらけな話ですが、楽しんで頂けたら幸いです。



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私の究極惚れ技奥義は108式までや

海鳴市にある住宅街。

 

世界はまだ明けたばかりの時間帯で朝日の光が幕を開け始めた頃。

 

何て事はないただの一軒家でしかない民家に複数の人影がリビングに集まっていた。

 

「シグナム、身体の方はもう大丈夫なのか?」

 

「あぁ、問題ない。シャマルの治癒のお陰で戦闘も可能だ。シャマル世話になったな」

 

「その為の私だもの、気にしないで」

 

ソファーに座る複数の女性と床に佇む一匹の狼。彼女達は先日、岸波白野を襲った守護騎士、“ヴォルケンリッター”

 

主の為にその身を差し出すある魔導書の守護人格プログラム。

 

「しかし、先日のあの剣士、一体何者だったのだ? 奇妙な格好をしていたが………まさか、花嫁でもあるまい?」

 

「さてな、私もただ一度剣を交えただけでは計り知れん。ただ、あの剣撃は凄まじく重く、ただの花嫁ではない事は確かだ」

 

シグナムと呼ばれた女性は先日刃を交わした花嫁姿の少女との一戦を思い出す。

 

 自分が必殺の一撃を放とうとした瞬間、下手をすれば致命傷に成りかねない斬撃を前にした時、彼女は怯む所かその真逆、地を蹴って踏み込んできたのだ。

 

その所為で此方の一撃は満足な形にはならず、此方も手痛い傷を負う事になった。

 

恐怖を前にしても退かない胆力。そして自分も目を見張った重く、そしてのし掛かるような剣の一撃。

 

あのような形で出会えなければきっと今頃、お互い剣に付いて語りあっていたに違いない。

 

また、勿体ない出会いをしてしまった。とシグナムは少し後悔したように目を伏せる。

 

「そんな話はどうだっていいだろ? さっさと行こうぜ。早く行かないとはやてが起きちまう」

 

そんな自分の思考を赤毛の少女によって起こされる。

 

そうだ。今は後悔する時ではない。

 

シグナムは手に握りしめた自身の武器を形取ったアクセサリーを握りしめ、赤毛の少女に一瞥する。

 

「分かっているさヴィータ。シャマル、闇の書の頁は今どの辺りまで埋まった?」

 

「半分を過ぎた所ね。あの魔導師の娘達から蒐集できたのが大きかったみたい」

 

「良し、なら行くとしよう。私の所為で蒐集が遅れたからな。今日はその分を取り戻すぞ」

 

「あったりめーだ」

 

「心得た」

 

 互いに頷き合い、リビングを後にする三人と一匹。

 

リーダー格であるシグナムが扉のドアノブに手を伸ばすと。

 

「待ちなさい」

 

「っ!」

 

背後からの呼び止めに家から出ようとした全員の動きが止まり、恐る恐る振り返ると。

 

「な、なんだ凜ちゃんか~」

 

「驚かすなよな。お前の声、はやてにそっくりだからマジビビるんだよ」

 

壁に寄りかかりながら遙か彼方からの異邦者、遠坂凜が金色の髪を揺らし、その碧眼をシグナム達に向けていた。

 

「アンタ達、また蒐集ってやつを始める気? シグナムに至っては傷を治したばかりじゃない」

 

「私なら平気だ。主はやてを助ける為にも私達は闇の書を完成させねばならんのだ」

 

冷淡な眼差しを向ける凜に、シグナムもまた見つめ返す。

 

決して譲らない。確固たる決意を持った彼女の瞳にはその意志を伝わせる強さがあった。

 

そんな彼女に凜は呆れた溜息を漏らす。

 

その強さは向ける方向が違う。そう思いながら。

 

「あのね、アンタ達が最近帰りが遅い所為ではやての奴が毎晩泣きそうになってるの分かってる? 毎回慰める私の身にもなって欲しいんだけど?」

 

「それは────済まないと思っている。凜やエリザベートには本当に迷惑を掛けた」

 

「別に迷惑なんて欠片も思ってないわよ。住まわせて貰ってるのはこっちなんだし、それに付いてはなんの不満はないわ。私が言いたいのは毎回あの子を泣かしているのにアンタ達は何とも思っていないのかって聞いてるの」

 

スッと凜の目が細くなり鋭くなる。睨んでくる凜の視線にいたたまれなくなったのか、シグナムは視線を外し伏せてしまう。

 

はやてを泣かせている。それを改めて思い知らされた守護騎士達はシグナム同様、或いは泣きそうな表情で俯く。

 

これでは自分が悪者ではないか。今度は凜がいたたまれなくなり、肩を竦めながら溜息を漏らす。

 

「……ねぇ、本当にあの魔導書を完成させなきゃダメなの? はやての病気を治すだけなら私だって協力するわよ?」

 

 この世界に来て元の世界では叶わなかった現実世界での魔術行使が可能となった。

 

魔力(マナ)が枯渇したあの世界とは違い、この世界は未だ魔力に満ちている。電脳世界でしか出来なかった魔術も行える。

 

だから自分も少しは手伝えるという気持ちを暗に隠しつつ、凜は更なる提案を上げた。

 

「それにほら、時空管理局だったかしら? ちょっと胡散臭いけど大きい組織みたいだしそいつ等に助けて欲しいと頼めば何とかなるんじゃない?」

 

「それは………」

 

「出来ねぇよ」

 

 凜の提案にシグナムが応える前にヴィータが却下する。

 

「アタシ達はもう引き返せねぇ所まで来ているんだ。今更管理局に助けを乞いてもはやてごと捕まるのが目に見えてる」

 

そう。自分達は既に多くの人達を手に掛けてきた。

 

主の人生を汚す事は出来ないため、人を殺める事はしていないがそれでもこれまでに大勢の人間や魔物達に要らぬ怪我を負わせてきた。

 

そしてこの間も再会に喜ぶ二人の幼い魔導師を潰し、斬り倒した。

 

そんな自分達が今更助けを求めるなど、到底出来はしなかった。

 

「だーかーらー! その申し訳ないと思う気持ちがあるんならどうして最初から助けを求めなかったの! アンタらのその忠誠心は大したものだけどそれが間違った方向に向かってるって何故気付かないの!」

 

本気でバカなんじゃないのか。と凜は内心で思った。

 

此方の言葉なんてまるで耳に入っていない。今彼女達の頭にあるのは“主はやての速やかな救出”しかない。

 

最初から大人しく助けを求めれば良いモノを、コイツ等自体が状況を悪化させる。

 

何度も何度も同じ事を言っているのまるで聞き入れない彼女達に凜も苛立ち始め、ついには半ギレにまで感情を剥き出す。

 

「……済まない遠坂凜。お前には迷惑ばかり掛けている」

 

「だからぁ!」

 

「主はやての対応は任せた。これ以上の時間は掛けられん」

 

それだけ言い残し、シグナムと他の守護騎士達は扉から出て家を後にする。

 

また呼び止められなかった。

 

彼女達を止められなかった事を情けなく思う凜は八つ当たり気味に壁を叩き、凭れるように寄りかかった。

 

「………はぁ、ま。私もあの子があんなになるまで気付けなかったんだから人のこと言えないわね」

 

 凜は寝室で眠っているだろうこの家の小さな主に視線を向ける。

 

それはまだこの世界にきたばかりの頃。凜は一時的な記憶障害に陥っていた。

 

自分が誰なのか、一体何をしていたのか、それすら忘れてしまった凜は同じく記憶を無くしたエリザベートと共に偶然拾ってくれた八神はやての世話になることになった。

 

幸い最低限の一般知識、常識を持っていた事で生活自体に不満は無かった。

 

シグナムやヴィータとも打ち解けてきたしこのまま幸せな日々がいつまでも続くのだと彼女自身思っていた。

 

所がある日、病院で経過診察の話を聞きにいった際、はやての容態が自分が想像していたものより遙かに重いものだと知ることになる。

 

そんな衝撃的な話が自分の記憶に触れたのか、凜は記憶を取り戻し、エリザベートも自分が何者なのか思い出した。

 

自分が魔術師だということもあり、凜はシグナム達が何をしようとしているのかも何となくわかった。

 

だが、全ては遅かった。凜が彼女達を止めようと必死になるのも虚しく、その頃にはシグナム達は多くの人間を地に叩き伏せていたのだから。

 

「何やってるんだろ。私」

 

イヤになる。元の世界での聖杯戦争優勝候補等と言われておきながら小さな女の子すら救えていない。

 

「ねぇ、アンタならこんな時………どうしてる?」

 

思い出すのは聖杯戦争中に知り合った一人の男。

 

弱い癖にウジウジ悩み、弱い癖に諦めが悪くて、弱い癖に─────こんな自分をなんの見返りも求めず、当たり前のように助けてくれた。

 

そんな底抜けのお人好し(バカ)を思い出した凜の呟きは、開いた扉から差し込んでくる朝日の中へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達な住まう超高級マンション────の、地下一階。

 

広大な空間で普段は体力トレーニングに勤しんでいたこの場所で、鳴り響くのはアーチャー(鬼教官)の罵声と。

 

「引き際が甘い! ただ刃物を振り回すだけなら猿でも出来るぞ。相手の動きを観察し、行動を予測しろ!」

 

 重い鉄同士がぶつかる剣戟の音が地下の鍛錬室に木霊する。

 

互いに刃を潰した模擬刀を手に相手を見る。

 

たが、冷ややかな顔をするアーチャーに対し、自分の方は息も絶え絶え、まだ初めて十分も経っていないのに既にこの身は限界寸前………いや、限界を迎えていた。

 

普段の筋力トレーニングの延長だと甘く見ていた。これならいつもの地獄の筋トレの方が何倍もマシである。

 

既に手にした鉄の短刀はダランとぶら下がるだけ、重さ五キロもある鉄の模擬刀を振り回せばこんなにも疲れるなんて……アーチャーと刃を交えながらつくづく自分が素人なのだと思い知る。

 

 何故こんな鍛錬を始める事になったのか、事の発端は先日、例の女騎士達に襲われたのが原因だ。

 

今後、あの手の輩がいつ現れるのか分からない以上、最低でも自分の身を守れる……或いは自分達が駆けつけるまで何とか保たせ、逃げ切られる術を身に付けさせようとアーチャーが言い出したのが理由である。

 

コレには自分も同意見だ。自分に身を守れる術を身に付けられるのならば今後窮地に陥ってもそこから抜け出せればその分皆の負担も減るというもの。

 

だからアーチャーの提案には異論なく賛同したのだが。

 

これは………少々キツ過ぎるのではないだろうか?

 

────ふと、急激に身体から力が抜け落ち、ストンと床に尻餅つく。

 

「む、しまった。まだ初日だというのに少々飛ばし過ぎたか。今日の所はコレくらいにしよう」

 

その言葉に思わず顔を上げる。普段はこっちがもうダメだと言っても絶対にそれを許容しなかったのに、十分しか始めていないのにもう終わりだと告げたのだ。

 

息をする事で精一杯なので目でアーチャーに疑問をぶつける。

 

すると疑問の眼差しを向けられた事に気付いたのか、アーチャーはやれやれと肩を竦め、呆れながら口を開いた。

 

「いやね、君がどういう人間であることかを思い出したのだよ。君はどんな窮地に陥っても決して立ち止まらず前に進もうとする。これは即ち自分の限界に常に挑む、或いは突破しようとする姿勢に他ならない」

 

……………?

 

今一、アーチャーの言いたい事が理解出来ない。限界に挑むのは別に悪い事ではないと思うのだが?

 

限界を突破するのだってそれで次の段階に進めるのだから、それは皆の負担の軽減にも繋がるのではないのか?

 

そう言うとアーチャーはやっぱり分かってないと先程よりも更に深い溜息を漏らす。

 

「それは時と場合によるだろう。限界に挑むのも突破するのも本来なら体調を万全にしてから挑み、その後は身体のケアを十二分に行い充分な休息を取る。それこそが正しい肉体への虐め方だ。ましてや君は襲撃の傷をまだ完全に癒していない。そんなやり方では限界を挑み、超える前に壊れてしまう。本来なら今日の所は身体をゆっくりと動かし、軽く流す程度だったのだよ」

 

アーチャーに諭され、分かったと頷く。確かに身体を鍛える前に壊してしまっては意味が無くなる。それでは皆の負担を減らす所か逆に重荷になっている。

 

手にした鉄刀へ視線を落とし、握り締める。

 

と、そんな自分に何か思う所があるのか、アーチャーは本日三度目の溜息をこぼし。

 

「BBの事が気になるのか?」

 

────!

 

ドクン。と自分の胸中から心臓の音が一瞬高鳴る。

 

BB。自分……岸波白野を最期の瞬間まで想い、守ってくれた孤独の少女。

 

消滅したかと思われていた彼女が生きていた事に驚きを感じたが、それ以上に彼女の記憶が失われていた事実が、自分にとってこの上なく苦しかった。

 

彼女をあのようにしたのは自分だ。もっと早く彼女の真意に気付ければもしかしたら少しは結果が変わったのかもしれない。

 

「本当、君は考える事が丸わかりだな。そんなに悩んでも答えなど出はしないだろうに」

 

アーチャー?

 

「良いかマスター。起こったしまった出来事は変えられない。どんなに苦く辛いものでも呑み込んで先に進まねばその途中で無くしたモノの意味がそれこそ無駄になるぞ」

 

 アーチャーの叱咤、或いは励ましのようなその言葉は真摯に、そして真剣に岸波白野という人間に対しての警邏だった。

 

それはきっとアーチャーも同じ事で悩み、苦しみ、そして呑み込んだモノ。だからこそ彼は怒りとも見える表情を自分に向けているのだろう。

 

───頬を叩く。

 

そうだ。先ずは兎に角自分を鍛える事から始めよう。どうせ自分はそんなに上手く事を運べる術など持ち合わせてはいない。

 

BB───彼女の記憶が無くしても自分は覚えているのだから。

 

だから、後悔するのは後にしよう。そうでもしなければあの時自分を身を投げ出して助けてくれた彼女に顔向けすら出来なくなる。

 

ふと、沈んだ視線を上げる。見ればそこにはアーチャーが先程の怒った表情とは別に笑みを浮かべていた。

 

「ま、分かってくれれば幸いだ。私も君のサーヴァントである以上その辺りの助言はするつもりだ。まぁ、他にも三体もの英霊がいるわけだし余計なお世話かも知れないが」

 

 そんな事はないと即答する。自分はまだまだ未熟だ。魔術師としても人としてもこれからまだ多くの事で悩み、挫けるだろう。

 

それを支えてくれるのは歴戦の英霊なのだから頼もしい事この上ない。まぁ、こうして何度も頼ってしまうのはどうかと思うけど……。

 

「ふっ、それこそ今更だろう。君が未熟なのは百も承知だ。故に今すぐ全てを会得しろなんて言わないさ。─────君はまだまだ先のある若者だ。ゆっくりと学び、覚えるといいさ」

 

と、笑みを浮かべながら手を差し伸べてくるアーチャーに自分も笑みがこぼれる。

 

そして、彼の手を掴もうと──────

 

「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!」

 

─────する前に横からの大音量の声音にビクリと肩を震わせる。

 

………キャスター?

 

呆然となる此方をお構いなしに、キャスターは怒り心頭の様子でズカズカと歩み、自分もアーチャーの間に無理矢理割って入ってきた。

 

「こっちがセイバーさんの看病をしている前に何勝手にイベント進めてやがるんですかこの紅茶は! 今のは間違いなく私とご主人様のラブラブなイベントでしょう! BBという懐かしくもショッキングな再会を果たしてしまうご主人様を慰めて……よしんばそのまま既成事実へ持ち込んで……傷心を癒した所へ私と一緒に幸せな未来へレディ・ゴー! をするのが今回の流れでしょう!?」

 

いや、なにがレディ・ゴーなのかどういう流れなのか一切分からないのだけど?

 

耳をピコーンと立てながらアーチャーに詰め寄るキャスター。

 

アーチャーもどうしたものかと呆れ果てながら困っている。

 

「大体ご主人様もご主人様です! 貴方様の為なら喩え日の中水の中! 黄泉路の果てまで定刻通りに参上するこの私めを差し置いてこんな板チョコ男と汗水流して息も絶え絶えになるなんて……一部の腐女子しか得がないじゃないですかぁ! ハッ! ま、まさかご主人様はやはりそちらの気が!? こ、こうなれば不祥タマモ、呪術を以て男の娘に───あいたぁ!」

 

暴走続けるキャスターに思わず強めのツッコミをいれてしまう。

 

と、頭を両手で抑え、涙目になりながら此方に振り向く彼女の眼差しは此方を心配、そして訴えるものだった。

 

「だ、だってぇ、ご主人様昨日から全然元気ありませんでしたし、今日だって朝ご飯あまり食べてなかったし、時々辛そうな顔してたし、私だってご主人様のサーヴァント(兼妻だから)お役に立ちたかったですし」

 

と、イジイジと指同士をイジるキャスターを見て我に返る。

 

どうやら意識しないうちに自分は皆に余計な負担を掛けていたようだ。

 

いや、正確には頼っていなかったと言った方が正しい。特にキャスターとしては頼ってくれなかった事がなによりも辛かったのか、その表情からはいつもの陽気さはない。

 

月での戦いを経て、一人で何かしなくてはならないと無意識の内に一人で勝手に自らを追い詰めていたようだ。

 

今の自分の姿をギルガメッシュが見れば「愚劣ここに極まったな」と罵る事だろう。

 

事実その通りだ。自分は思い上がっていた。仲間という存在がいるのにも関わらず重荷を背負った気でいるのは独り善がり以外の何物でもない。

 

支えてくれる人達がいる以上頼る。それは桜もセイバーも同じ筈だ。

 

 叩いてしまったキャスターの頭を撫でながらごめんなと謝る。

 

するとキャスターは今まで沈んでいた表情を一変、目を細め、嬉しそうに耳を垂らして撫でられている。

 

 彼女の明るく振る舞う姿は時々悩む自分の気持ちを軽くしてくれた。

 

そんな彼女に感謝を込め、必要以上に撫でてあげることにした。

 

「はふぅん。ご主人様の手、暖かいですぅ。……ハッ! もしやこれが伝説に残る究極惚れ技────ナデポ!?」

 

言動はアレだが。

 

 

 




次回は漸くバトル……に、なるかな?


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男だけの買い出し

 

 岸波白野が謎の女騎士に襲われて数日。

 

聖夜祭まであと二週間を切った日、海鳴市の海沿いの街道を歩く二人の少女がいた。

 

互いにツインテールという同じ髪型、髪留めをしているのは半年前、一時の別れの際にお互いに手渡したリボン。

 

栗色の髪をした 少女の名は高町なのは。半年前にとある出来事で“魔法少女”となった若く、幼い魔導師である。

 

対する金髪の少女はフェイト=テスタロッサ。彼女もまたなのはと同じ魔導師である。

 

二人に共通しているのは共に『半年前』、その当時は互いに譲れない目的の為にぶつかり合い、傷付け合いもした。

 

けれど、高町なのはは諦めず何度も話し合い、最初で最後の本気の勝負をする事により二人は分かり合う。

 

そして、その後の彼女達は悲しい出来事を体験しても彼女達は手を取り合って助け合い、別れの時は遂に互いにとって大切な友人となった。

 

そんな二人は今、互いに悲哀の混じった顔で俯き、口を開く事なく街道を歩いていた。

 

いや、それは悲しみというより困惑だった。

 

「……中々、見つからないね」

 

 不意に今まで黙っていたなのはが口を開く。

 

「うん。けど、クロノやエイミィ達が今一生懸命行方を追っているみたいだから、私達は焦らず待っていよう」

 

「うん。そうだね、その間なにもしないのはなんだし、フェイトちゃん、この後またいつもみたいに練習付き合ってくれないかな」

 

振り返り、微笑みながら聞いてくるなのはにフェイトもまた微笑み返しながら勿論と言う。

 

「今の私達じゃ、まだまだあの人達には叶わない。私のバルディッシュやなのはのレイジング・ハートも……」

 

「うん。だから、もっと強くなろう。悲しいことや辛いことにならないために」

 

 先程の沈黙はどこへやら、向き直り微笑みを交わしあう二人を彼女達の友人が見たら「またか」と呆れるに違いない。

 

と、何か思い出したのかそうだといいながらフェイトはとある話を持ち出す。

 

「そう言えば、クロノから聞いたんだけど、例の騎士達、また無関係な人達を襲ったみたい」

 

「え?」

 

 その話を聞いてなのはの表情は暗くなる。またどこかの誰かが傷付いた。自分達が動けないばかりに守れたかも知れない誰かを傷付けてしまった。

 

その事実がなのはの顔に暗い影を落とす。それを見てしまったフェイトはあたふたと慌てながらフォローを入れる。

 

「で、でもねなのは、襲われた人は無事……とはいかないけど、リンカーコアを蒐集されずにすんだみたいなの」

 

「………え?」

 

フェイトのその言葉になのはは顔を上げる。

 

例の騎士達、自分を撃墜した赤い少女の力は防御に自慢のある自分の防御壁を易々と破壊し、相棒のデバイス諸共戦闘不能にされた。

 

そしてそれはフェイトも同様。彼女に至っては騎士達のリーダー格に手も足も出せずに敗退。彼女の相棒であるバルディッシュもなのはのレイジング・ハートと共に今は管理局の技術師に預けている。

 

更に加えて奇妙な魔導書に自身の魔力の源、リンカーコアを蒐集されてしまい、現在回復してきてはいるものの魔法を行使する事は出来ないでいる。

 

そんな自分達を追い詰めた騎士達を、その“誰か”は難を逃れていたというのだ。

 

一体どんな凄い術を使ったのだろう。なのはの頭の中は既に鬱屈としたものではなく、てだその“誰か”に対し尊敬に似た感情を抱いていた。

 

「実はね、クロノから資料として一枚の映像を渡されているんだ。参考になのはにも見てもらいたくて」

 

「ありがとうフェイトちゃん」

 

親友のフェイトに礼を言い、彼女の携帯を覗き込む。あの騎士達の猛攻撃を受けて一体どんな妙技で退けたのか。

 

魔導師としてなのか、それとも騎士としてなのか、なのはの魔導師としての血が騒ぎ、興味津々の様子で見ていると。

 

「えっと………これって」

 

「花嫁……さん?」

 

 画面に映し出された一人の女性(後ろにいる男性らしき人物は見切れている)を目に。

 

「き、綺麗な人だね」

 

「う、うん」

 

 どうしようもない空気が二人を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。とある街の中。

 

都心に近く、比較的人の多い街で自分達は夜の買い出しに来ていた。

 

その目的は二つ。一つはいつも通りの買い出しでもう一つはクリスマスに備えプレゼントを見繕う為である。

 

その為今回女性陣はマンションで留守番していて貰い、自分こと岸波白野とアーチャーは彩られた街に繰り出しているのだが。

 

「ん? なんだ雑種。我に言いたい事でもあるのか?」

 

いや、別にないけど……なんでギルガメッシュも来ているんだよ。いつもならマンションの最上階でワイン片手に街を見下ろしているのに……。

 

「なに、英雄王もたまには下々の生活を見てみたくなるモノよ。相も変わらず欲にまみれているなここは」

 

そういいながら金色のコートを靡かせて夜の街を闊歩するAUO。

 

正直、近寄りがたいです。

 

しかもコートの下にはいつぞやの私服、夜の帝王の格好しているのだから周りからの視線もイタい。

 

「ふん、雑種どもめ。本来なら我の姿を見ただけで斬首に処すというのに熱い視線を向けおって、仕方あるまい。下の雑種どもへ微かな恩恵を与えてやるのも王の役目か」

 

「……なぁ、マスター。今更ながら思うのだが君はよくあの男のマスターをやる気になったな。ある意味尊敬の念を禁じ得ないぞ」

 

うん、自分でも良くあの男と戦ってこれたなって不思議で仕方ないよ。というかアーチャーさん、さり気なく俺の後ろに下がろうとしないでくれないかな?

 

「む、すまん。……しかしなマスター。私としてはあの男と一緒に見られるのは少々キツい所なのだが……」

 

 それは自分だって同じだ。だって金色のコートだぞ? 夜の帝王だぞ? 家族やカップルの多いこの街でアレはもう異端者の領域だぞ? これ以上一歩たりとも近付きたくないわ!

 

迷宮内を探索していた頃、この格好をしていたギルガメッシュに敵性プログラムすら引いてたぞ。

 

「なんだ雑種。折角王の後ろを歩かせてやるというに何を遠慮している? ………ははぁ、さては貴様あの迷宮で我の前を往く事に味をしめたな? 遠慮ではなく足りぬとは、つくづく強欲なマスターよな」

 

違ぇよ。なんて言っても今のこの男には届かない。ならば変に機嫌を損なわないよう出来るだけ後ろに付くことで我慢しよう。

 

素直に後ろに付いたのが彼の機嫌を良くしたのか、ギルガメッシュは高笑いしながら街を往く。

 

嗚呼、周囲からの視線がイタい。周りのカップルやら家族やらの大勢の人達の好奇の眼差しが自分の背中に突き刺さる。

 

────というか、おいそこの褐色白髪眼鏡、何さっきより離れている。親指立てんな良い笑顔でドンマイ言うなその伊達眼鏡叩き割るぞこの野郎。

 

「所でマスター、彼女達へプレゼントをするのはいいが、どういう物にするのかは決めているのか? 正直彼女達……特にセイバーとキャスターはどんな代物をプレゼントするつもりだ?」

 

 露骨に話題を逸らすアーチャーに訝しげに思うが…………まぁ、確かにそうなのだ。

 

二人のサーヴァント、特にセイバーは浪費癖が激しく、普段は可愛らしい花柄のパジャマを着ている癖に外出時の格好はどれも一流ブランドの服を着ている。

 

ある財は全て使い切ろうとする彼女の性故に仕方がない事なのだが……正直、少しは自重して欲しい。

 

自分で株などで稼いではいるみたいだが、その浪費癖が原因でギルガメッシュと衝突した事は一度や二度ではない。

 

 以前、彼女の部屋に招かれた事があるが……ベッドに天蓋を付けたり、全ての家財をこれまたブランド品にしていたりとやりたい放題。

 

そんな普段セイバーが身に付けているものが世界一級品であるならば、自分が渡そうとしているプレゼントなどたかが知れている。

 

 キャスターもセイバー程ではないにしろ、彼女も宝、つまりは財を欲しがる節がある。

 

彼女には幾つかプレゼントの候補があるが、それでも安物では喜ばれないだろう。

 

かと言って手元には精々諭吉さんが三人程しかない自分の経済状況では、二人の希望には応えられないだろう。

 

唯一プレゼントとして確定しているのは桜だ。遠慮がちな彼女でもこれなら受け取ってくれるだろうし、値段も高く過ぎず、けど安物でもない。

 

あとはBBだが、これも桜同様に決まっているから問題ない。

 

嘗て、そして今も戦ってくれている彼女達が最も頭を悩める種になるとは……皮肉なものである。

 

 それはそうとアーチャー、なんかない?

 

「いきなり話を振ってきたな。………そうだな、二人とも確かに財を欲しがる癖はあるが、君の手で作られたものならば案外すんなり受け入れてくれるのではないか?」

 

 手作りか……確かにそれも一つの手ではある。なら素材は少し値を張るもので作ってみるのもいいか。アーチャー、教えてくれる?

 

「私が出来ること前提で話してないか? まぁ、できるが」

 

よし、材料を買って夜なべ覚悟で作れば聖夜には間に合うか。あ、でもセイバーってクリスマスにプレゼントされるのは抵抗あるのかな?

 

「それは……分からないな。いや、メリーまでなら許すみたいだから大丈夫か?」

 

 なにメリーまでって……まぁ、これ以上の話ても良い案は浮かびそうもないし、ひとまずはそれでいくとしよう。

 

「女共に財を貢ぐとは、貴様もつくづく運のない奴よ」

 

視線を向け、口調は哀れんでいるように聞こえるが…口端が吊り上がっているぞAUO。

 

ていうか、ギルガメッシュはないのか? 女性にプレゼント……て、あるわけないか。

 

「当然だ。俺は絶対にして始まりの王。民から財を巻き上げてもその逆はあり得ん」

 

ですよねー。

 

「自慢する事でもないがな。所でマスター、君は近い内バイトの面接に向かうのでは無かったのかな?」

 

 後ろからのアーチャーのその言葉に立ち止まる。

 

そうなんだよな。実は襲撃を受けた翌日、本来なら喫茶翠屋という喫茶店にバイトの面接に向かう筈だった。

 

所があの女騎士達の襲撃にあい、セイバーの看病と自身の傷を癒す為に面接は失礼ながらこちらから断る事になってしまった。

 

今思えば勿体ない事をした。電話越しから聞こえてきた女性の声は終始こちらを気遣っていてくれたし、店長らしき男性の声も体調を万全にしてからきて下さいと言ってくれた。

 

社交辞令なんだろうけど素直に嬉しかった。優しい人達みたいだったし、今度また面接に伺ってみようかな?

 

「お人好しの君がそういうのなら、その人達も相当だな」

 

 そう言いながらアーチャーは呆れの籠もった苦笑を見せる。

 

前から思っていたが、そんなに自分はお人好しなのだろうか?

 

「お人好しだ。まごうごとなきな」

 

即答! しかも断言された!

 

「つまらぬ事で我の時間を割くな雑種。貴様が必要以上に情け深いのはもはや必然(デフォルト)今更違うとは言わせんぞ」

 

 こっちはこっちで辛辣な口調で言われた。

 

うん、分かった。この事についてはもうこれ以上言わない。言ったら最後、ありとあらゆる方向から物凄いバッシングを受けてしまいそうだ。

 

「まぁ、我としてはその情け深さと女難のスキルで以て今後貴様がどんな女をモノにするか見物ではあるがな」

 

 振り返り、邪悪な笑みを浮かべるギルガメッシュに戦慄を覚える。

 

この笑い、これは彼独特の愉悦を見出した時の笑顔だ!

 

「もし貴様が女との痴情のもつれで背後から刺されたら、我は我の蔵にある至高の船でもってその様を見送ろう。その時、貴様はこう讃えるのだ。────nice,boat。とな!」

 

 非常に良い笑顔で高らかに笑うギルガメッシュ。きっと彼の脳内では自分が女性に刺された瞬間を再生されているのだろう。

 

アーチャー、偽螺旋剣Ⅱ(カラドボルグ)でアイツの頭撃ち抜いて。

 

 

 

「落ち着けマスター、気持ちは分かるが堪えるんだ」

 

 ギルガメッシュと共に行動してからと言うモノの、振り回される度合いが日増しに増えている気がする。

 

……というか、そもそもどうしてギルガメッシュもついてきたんだ? クリスマスに備えるとか有り得ないだろうし、買い物に来ているわけでもない。

 

彼の今一分からない行動に頭を捻らせていると。

 

「マスター、どうやら来たみたいだぞ」

 

アーチャーに言われ辺りを見渡す。

 

そこは前に観た世界との繋がりを断つ檻の世界。喧騒という音も、人という気配も、この世界には何も感じられない。

 

まるで世界が自分しかいなくなったとさえ感じる孤独感。……間違いない、これはあの女騎士が使った結界と全く同じモノだ!

 

「ほう。これが貴様の味わった結界という檻か。外界との繋がりを断ち、連絡手段すら使わせないとは、中々手の込んだ檻よ」

 

「成る程、確かにこれでは一度外と内で分かたればこの結界に入るのは容易ではない。セイバーの君に対する想いの強さが改めて知ったな」

 

 自分を守る用に立つ二人に思わず内心で安堵する。前回とは違い今度は頼もしい英雄が二人も自分の側に付いてくれている。

 

だが、油断もまた出来ない。まだ彼女達の手の内は全て知った訳ではないのだ。一体どこから、どのような手段で襲ってくるのか分かったものではない。

 

 と、その時、不意に視界の端に奇妙な物体が目に入る。

 

あれは……ボール?

 

いや違う! あれは────鉄球だ! しかも恐ろしく威力の籠もった!

 

「贋作者!」

 

「言われずとも!」

 

自分が気付いた瞬間、ギルガメッシュが檄を飛ばしそれよりも早くアーチャーがその手に弓と一本の矢を手に鉄球に向けて放つ。

 

激突し、爆砕する鉄球。

 

大きく広がる爆炎があの鉄球に込められた力の度合いを否応なく連想させる。

 

────いや待て、今のはおかしい。

 

鉄球とはそもそもあんな派手に爆発するものなのか? 複数で同時に爆発するならともなく掌サイズの鉄球一個程度であんなに爆炎が広がるのは不自然だ。

 

なら、彼女達の目的は────。

 

「ギルガメッシュ!」

 

「聞こえている。いちいち喚くな」

 

 自分の呼び掛けに応えると同時にギルガメッシュは自分達の真上に幾つもの宝剣、宝槍を発射させる。

 

「──────チィッ!」

 

 その時聞こえてきた幼い少女らしき者の舌打ち。それが彼女の考えが一瞬にして理解した。

 

一回目は前、次は上、ならその次と次は。

 

「後ろだ!」

 

「分かっていると、言っておろうが!」

 

蔵から取り出した一本の宝剣、ギルガメッシュがそれを手に取り、振り返りもせずに背後へ振り下ろすと。

 

そこには以前、自分を襲った女騎士が驚いた表情で剣を振りかぶっていた。

 

「ほう、貴様が例の女騎士か。王である我に斬り掛かったのだ。相応の覚悟は出来ているのだな!」

 

「貴様は……一体!」

 

「王の問いに問いで返すな、不敬!」

 

せめぎ合っていた拮抗はギルガメッシュが振り抜くことであっさりと崩される。

 

吹き飛び、それでも体勢を整える女騎士は宙を翻し、赤い少女と合流される。

 

 以前襲ってきた時の彼女達は四人、だが今目の前にいるのはその半数の二人。

 

そして、中でもあの犬耳男の能力はまだ未知数。一体どこから仕掛けてくるのか、脳内で思考を巡らせた───その時。

 

突如として足場がぐらつく、と同時に自身の体が言いしれない浮遊感に襲われる。

 

「あまり手間を取らせるなよ雑種」

 

 頭上から聞こえてくる呆れ口調のギルガメッシュの一言に状況を理解する。

 

どうやら下からの攻撃に反応し、彼は自分の襟首を掴みながら上へ跳躍してくれたのだ。

 

まさか、本当に下からも来るなんて……。

 

地面から突き出た白い槍………否、正しくは壁か。

 

大きく突き出た槍は幾つも重なり、この街を両断するように分け隔たつ。それはまさに城壁を思わせる強固さで、これを破壊するとなると結構骨が折れそうである。

 

と、状況を分析している内に一つ気になる点が生まれた。………アーチャーがいない!

 

「たわけ、あんなちゃちな誘導に流されたのだ。奴等の目的は最初から我等の分断に決まっておろう」

 

 ギルガメッシュの冷淡な口振りに悔しいという感情が渦巻く。月での戦いで少しは戦場の流れというものに慣れてきてはいるつもりだったが、こうも後手に回るとは……。

 

「雑種、貴様は確かに個の戦闘に於いては我でも時折目を見張るモノがあった。しかし、それ故にこのような乱戦では足下を掬われる可能性が出てくる。もっと高い視点から戦場を見よ」

 

 ……ギルガメッシュの助言にそうだなと頷き、次に備えて身構える。

 

アーチャーの事だから心配はないと思うが、それでも向こうは未だ未知の力を持った魔を使う者達だ。

 

どうにかしてこの結界から脱出し、家で待っている皆との連絡を取ろうと考えていると。

 

「まさか今ので仕留め切れなかったとはな。やはり、ただ者では無かったか」

 

頭上から聞こえてくる凜とした凄みのある声、見上げると其処には自分たちを襲った女騎士と緑色の女性、そして犬耳の男が足下にそれぞれ魔法陣らしき方陣を展開して宙で佇んでいた。

 

そんな、まさか四人の内三人がこっちにきているなんて! では、アーチャーの方は赤い帽子の子が!

 

「あの白髪男の方を侮っている訳ではないが、そちらの金髪、そして君の方がある意味厄介だと判断した。悪いが、今度こそその魔力を頂くぞ」

 

 剣の切っ先を此方に向け、敵意の籠もった目で自分を射抜く女騎士。

 

まずい。ギルガメッシュの実力を疑う訳ではないが自分という足手纏いがいる以上、此方の不利は覆らない。

 

こうなるのを分かっていたら、アーチャーやキャスター辺りに鍛錬だけでなく戦術とか習っておけば良かった!

 

「─────痴れ者がぁ」

 

 瞬間。空気が凍り付いた。

 

地の底から、計り知れない怒りの念が籠もったギルガメッシュの呟きに隣にいる自分は勿論、頭上で見下ろしている女騎士達は目を見開いて驚きを露わにしている。

 

 彼────ギルガメッシュは憤怒している。それも凄まじく、嘗て無いほどに。

 

震える肩と共に顔を上げると────。

 

「天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に踏ませるだけでは厭きたらず見下ろすとは────その罪、万死に値する!」

 

 その方向に思わず嗚呼、と声を漏らしてしまう。

 

そうだった。今まで大人しく精々自分を弄る事しかしない彼だったが、本来は全てを呑み込み、破壊する激流のような男だった。

 

その彼が紅い双眸でもって宙に浮かぶ女騎士達を射殺さんばかりに睨み上げる。

 

その身を黄金の鎧に包ませ、片手を上げると背後に浮かぶのは無数の剣と槍が何もない空間から顔を覗かせている。

 

それを前にした騎士達は驚愕に染まり、その目を大きく見開かせていた。

 

「せめて散り際で我を愉しませろよ? 雑種共」

 

 氷のように冷たく、裁定者が罰を下すようにその手を下ろす。

 

 

─────それは、蹂躙の始まりだった。

 

 




やばい。最近ギルガメッシュしか書いていない気がする。


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このAUO実にノリノリである。

今回はタイトル通りの話。つまりは無双です。

ヴォルケンファンの皆様はご注意してお読みください。


 

襲撃者達の二度目になる奇襲を受け、ギルガメッシュと白野、アーチャーの三人は二手に分かたれ、それぞれ違う場所で襲撃者の猛攻を防いでいた。

 

結界による外界との隔離。人も車も街の喧噪もかき消されたこの街で、紅き鉄槌が嵐となって赤い弓兵へその手に必殺の威力を込めて振り下ろす。

 

「うらぁぁぁっ!」

 

「ふっ」

 

 振り下ろされた鉄槌は標的に掠りもせずに空を切り、地面を穿ちアスファルトの大地を粉砕する。

 

「やれやれ、恐ろしい一撃だな。見た目の割に随分エグい攻撃をしてくれる」

 

「うっせ! テメーこそチョロチョロと動き回りやがって! 大人しく潰されてろ!」

 

自分の一撃は当たれば文字通り必殺の一撃だ。どんな頑強な障壁だろうと分厚い装甲だろうと粉砕出来る自信はある。

 

そう、当たれば。

 

こちらの攻撃をヒラリヒラリと蝶のように避ける赤い弓兵に、少女の内心はマグマの如く煮えわたっていた。

 

「それはゴメン被る。……先程から気になっていたが、君には些か上品さが欠けているな。もう少しお淑やかに振る舞えないのかね?」

 

 弓兵による挑発。それは普段の彼女なら何て事ない鼻で笑って返せるモノ。

 

だが今の彼女は冷静ではなかった。どれだけ自慢の鉄槌を振り回しても当たらない現状と今“自分達の置かれている状況”に追い詰められ、アーチャーのトドメの挑発に少女は無意識の内に冷静に状況を見極める判断能力を失った。

 

「うるせぇ、うるせぇよ! いいからとっとと潰れやがれ! ────アイゼン!」

 

 少女が怒号の叫びを上げると共に足下に赤い三角形の魔法陣が浮かび上がり、手にした鉄槌を空へ掲げる。

 

「グラーフアイゼン、ロードカートリッジ」

 

少女の叫びに合わせ鉄槌もまた煌めく。ガシャンと音が鳴り、鉄槌の中から幾つもの薬莢が弾け飛ぶ。

 

 みるみる形が変わり、変形を終えた鉄槌は今までなかった鋭利の部分を備え、対の方には噴射口らしきブースターが見える。

 

見るからに破壊に特化した少女の鉄槌を目の当たりにしたアーチャーは、驚き半分呆れ半分の気持ちでため息を漏らす。

 

「あの女剣士といいこの少女といい、この世界の武器はああも変幻自在なのか?」

 

「これで終わりだ。テートリヒ……シュラァァァック!!」

 

 少女の怒号を合図に、鉄槌に新たに備わった三つの噴射口が雄叫びのように火を上げる。

 

地を蹴り、一度だけ勢いを乗せた後、少女はそのまま鉄槌に身を任せ、一気に間合いを詰めてくる。

 

 その様子を垣間見たアーチャーは両手に握り締めた夫婦剣『干将・莫耶』を手放し、新たに一つの弓を携える。

 

しかし、その弓には矢は添えられていない。アーチャーの開いた手には干将・莫耶ではない別の剣が握られている。

 

「何をするかは知らねぇが!」

 

そのアーチャーの異様な立ち姿に一瞬だけ呆けるも、関係ないと思考を振り切り、少女は更に威力を上げようと回転し、その力に遠心力を加え。

 

「これで、ぶっ潰れろぉぉっ!!」

 

 渾身の力を込めて鉄槌を振り下ろす。

 

それはまさに必殺。彼女の鉄槌はアーチャーのだけではなく、地面や周囲の電灯、建物すらも巻き込んで崩壊させていく。

 

舞い上がる砂塵の中で少女は我に返る。

 

(し、しまった! やりすぎた!)

 

 彼女には願いがあった。自分の主人を守る為、主人を救う為に彼女は戦い続けた。

 

しかし、ここで殺害という大きな罪を犯してしまえば自分だけではなく自分が命よりも大切な主人すら巻き込んでしまう。

 

 少女の顔から血の気が引き、その脳内は「どうしよう」の文字で埋め尽くされる。

 

そう、彼女は混乱していた。

 

だから、“その隣で弓を引いていたアーチャー”の姿を認識するのに一瞬だけ遅れてしまう。

 

「!?」

 

「臭いは覚えたな?」

 

 瞬間、少女は空へと急上昇してアーチャーとの距離を稼ぐ。

 

しくった。混乱した。そう言えば手応えなんてなかった!

 

そう頭の中で己を罵倒しながら、少女はどうしてこうもこの戦いが上手くいかなかったのが漸く理解した。

 

 なんて事はない。それはただの────

 

「喰らいつけ、赤原猟犬(フルンディング)」

 

「あ……ぐ」

 

相手を格下だと勝手に決めつけた慢心、油断、そして自分には後がないという強迫観念に近い自己暗示故の───自爆だった。

 

脇腹から感じた痛みと衝撃により、少女の意識は強制的に途切れる。

 

 

その最中、落ち行く筈だった自身の体を誰かが抱き留めた感覚に陥ると。

 

「やれやれ、少女とはいえ敵に情けを掛けてしまうとは、マスターの甘さが移ったか」

 

 そんな皮肉混じりの言葉を最後に、紅い鉄槌の少女は意識を完全に手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははははは!!」

 

 高笑いが人気のない街並みに木霊する。

 

自分の前に立つ世界最古の英雄王は空へ飛ぶ三人の騎士に向けて無尽蔵とも呼べる槍や剣、矛といった武具の雨を降り注ぐ。

 

騎士達はそれぞれの体裁きで避け、弾いたりいなしたりしているが、誰一人受けようとはしない。

 

理由は素人な自分でも分かる。一度でも防いでしまえば最後、容赦のない物量でその体を串刺しにされるのだと分かっているからだ。

 

しかもギルガメッシュの放つ宝具の一つ一つの威力は絶大。薄い装甲や障壁などたちどころに粉砕してしまうことだろう。

 

だからといって今の状態が最善の方法でないのは明白。今は何とか凌いでいるが彼女達はジリジリと追い詰められ、その表情は追い詰められた草食動物だ。

 

「くっ、なんだこの術は!?」

 

「全てが私達の持つデバイスと同じ……ううん、それ以上のエネルギーを持っているなんて!」

 

「たわけが、貴様等の持つ玩具と我の財宝を同列に扱うなよ。我が扱う財は全て至高の品だ。それを見極められぬとは、益々度し難いな!」

 

 英雄王が牙にも見える刃を覗かせて頬を吊り上げる。

 

前に、こんな話を聞いた事がある。人が笑顔を浮かべる際、その時の筋肉の模様は動物の威嚇、或いは怒りを表現する時のものと全くと言って良いほど類似しているらしい。

 

ギルガメッシュの今の微笑みはまさにそれ、獲物を蹂躙しようと身構える肉食獣そのものだ。

 

「シグナム、これではじり貧だ。一度離れるぞ! 奴等はどうやら空戦の適正はないと見た」

 

「そうだな。シャマル!」

 

「了解!」

 

 僅かな隙間を見つけ武具の弾幕から逃れる騎士達はそれぞれ別方向へと飛翔していく。

 

あれだけの弾幕から僅かな損傷で逃れる辺り、彼女達の技量の高さが伺える。

 

「奇襲の次は逃走か。雑兵共の考える事はつくづく単純だ。いいだろう、その余興に暫し付き合ってやろう!」

 

そう言うとギルガメッシュは蔵の扉を閉じ、腕を組んで何もない空間に座ろうと腰を降ろす。

 

いったい何を? そんな疑問が過ぎった瞬間、自身の足下に黄金に輝く奇妙な足場が現れる。

 

これは……船!? しかも浮いてる!?

 

混乱する自分をギルガメッシュは一度だけ此方に視線を送り、その表情を愉快そうに歪ませる。

 

「さぁ、無様にしがみつけよマスター! 我がヴィマーナに振り落とされたくなければな!」

 

 言うな否や、ギルガメッシュは黄金の小型飛行船ヴィマーナを発進させて飛び去った騎士達の後を追う。

 

その速さに驚くより先に振り落とされないよう必死に操縦席らしい椅子にしがみつく事で頭が一杯だった。

 

通常の飛行船では有り得ない軌道と速さ、魔術による身体強化でなんとか張り付いてはいるものの、この空気抵抗の圧力には正直堪える!

 

 「ほら、見つけたぞ雑種。疾く逃げねば串刺しよ!」

 

そして前方に捉えた騎士……青い装飾を施された犬耳の男に向けてギルガメッシュは再び蔵の扉を開く。

 

一斉に掃射される武具の弾幕。男はまさか此方に空を飛ぶ方法があるのを予想だにしていなかったのか、その表情は驚愕に満ちている。

 

 降りかかる武具の雨を男は類い希な飛行技術を以て抜け出し、街路樹へ逃げていく。

 

その行動に賞賛を送ると共に疑問する。

 

おかしい。確かに彼がギルガメッシュの武具の雨から抜け出した技量は凄いの一言に尽きるのだが、その後の行動が気に掛かる。

 

障害物に利用するだろう街路樹。姿の見えない二人。そして、支援に特化した緑色の女性……。

 

幾つかの疑問と欠片が繋ぎ合わさった時、自分の頭にある一つの“答え”が浮かび上がる。

 

……まずい。もしこの答えが正解したのなら自分達はまんまと向こうの網に引っかかりに行くようなもの。

 

無論、ギルガメッシュにもその考えは看破しているだろう。だが忘れてはいけない。彼は世界最古の英雄王であると同時に世界最古の慢心王でもあるのだ。

 

「そらそら逃げろ狗! 貴様のその姿が酒の肴になる」

 

…………このAUOノリノリである。

 

と、英雄王が追いかけっこに夢中になったその時。

 

「ギルガメッシュ、前に向かって剣を振り下ろせ!」

 

「!」

 

その瞬間、笑い声を上げていたギルガメッシュの表情が氷の様に冷たくなり、自分の声を聞いた瞬間蔵から一振りの剣を取り出して立ち上がり、目の前に迫る何もない空間に向けて振り下ろす。

 

その時聞こえてきた糸が切れる音に確信が持てた。やはり、追い詰めたのは自分達ではなく─────

 

「くっ、紫電───」

 

「遅いわ、たわけめ」

 

頭上から斬り掛かってきた女騎士に、ギルガメッシュはつまらなそうに吐き捨てながら切り払う。

 

女騎士の一撃はギルガメッシュに当たる事なく、寧ろその剣を防御に回してしまった事で攻撃手段は失い、女騎士は為す術なく吹き飛び、ビルの壁に叩き付けられる。

 

舞い上がる煙の中、退屈の様に操縦席に座り直したギルガメッシュは、頬杖しながら視線を此方に投げつけてきた。

 

「全く、貴様も余計な真似をしてくれたモノよな。お陰で窮地に陥る楽しみがなくなったではないか」

 

その言葉にやはりと納得する。この男、自分の退屈を紛らわす為にワザと死地に片足突っ込みやがった。

 

その為にいらない危機に陥り掛けたのに! と、一言言ったやろうとするが。

 

「ま、先に言った我の言葉を直ぐに達成させた手腕は見事だ。後で飴をやろう」

 

 

その一言に何も言えなくなった。もし窮地に突っ込もうとしたのも自分を試す要因なのだとすれば、それは岸波白野の育成を体を張って成し遂げようとしてくれたからに他ならないからだ。

 

 ……なんだか言いくるめられた感はするが、これ以上の言及はやめておこう。と、内心で決めていた時、煙の向こうからガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえてくる。

 

「が、ぐ……お、おのれ、こんな所、で」

 

額や手足から血を流しながら這い出てくる女騎士。

 

 壁に打ち付けられたダメージで女騎士の動きが鈍くなっている。けれどそんな状態になっても戦おうとする彼女の姿に言いし難い気迫を感じる。

 

一体何故そこまで戦おうとするのか、何の為に戦おうとするのか、立ち上がろうとする彼女に問い掛けようとする───が。

 

「喚くな」

 

 ただ一言、ギルガメッシュの絶対にして無慈悲な宣告と共に彼女の四肢が武具によって撃ち抜かれる。

 

「──────!!! あ、が、あ………」

 

一度に手足を撃たれた事により、女騎士の表情が痛みによる苦悶に染め上げられる。

 

「シグナム!? 貴様ぁぁぁっ!!」

 

 ギルガメッシュの所業に怒りを露わにした男が、その拳を掲げて此方に突っ込んでくるが。

 

「狗は狗らしく、地に這いつくばっておれ」

 

 男の頭上から降り注げられる無数の槍が、男の全身を撃ち抜き、地に叩き付けた。

 

「ざ、ザフィー……ラ、き、貴様……」

 

女騎士の四肢に打ち付けられ剣やら槍から血が滴り落ちてゆく。そんな凄惨な光景に目を背けたくなる。

 

 血を流した事で意識は朦朧としているだろうに………痛みが気付け薬になっているのか、それとも彼女の意志がそうさせているのか、或いはその両方か。

 

凄惨な姿になっても未だ衰えない闘志を秘めた瞳に───ギルガメッシュは愉快そうに笑った。

 

「良いぞ。実に嗜虐心がそそる顔だ。では今度はその顔がいつまで続くのかを愉しみとし、今宵の肴にしよう」

 

手を上げて蔵の扉を開き、一本の槍を取り出すギルガメッシュ。

 

女騎士をなぶり殺そうとする彼を流石に不味いと思いやめるよう言い渡す────

 

「シグナムから離れなさい!」

 

 横からの第三の声に呼び止めようとした自分も、振り投げようとしたギルガメッシュも止まる。

 

声の方へ振り向けば先程以来に姿を見せた緑色の女性が一冊の本をこちらに向けていた。

 

「これ以上、彼女達に近づくのなら……」

 

「ほう。ではどうする女。王の愉悦の一時を邪魔し加えてそもそも原因はそちらにある。仕掛けておいて止めろと言うのだ。それなりの覚悟あっての言なのだな?」

 

口元を歪ませながらギルガメッシュの朱い双眸が緑色の女性を射抜く。

 

その眼光にやや震えながら、女性は本を開き此方に向けて言い放つ。

 

「私の持つ魔導書、『闇の書』は尋常ならざる力を持っています。ここには膨大な魔力が詰め込まれているので一度開けば最後、私達諸共この一帯を消し飛ばします」

 

 女性の言っていることは正しかった。あの魔導書には途方もない魔力が詰め込まれている。

 

あれだけの魔力、ただ放つだけでも相当な威力を持っていそうだ。

 

だが、それだけではこの予感は説明できない。単にあの魔導書が凄い代物であるならばここまで悪寒を感じる事はないのだから。

 

 あの魔導書、闇の書と呼ばれる本からは自分では理解できない禍々しさを感じる。

 

そしてそれはギルガメッシュも同様なのか、開かれた魔導書を見て「ほう」と関心の呟きを漏らしている。

 

「成る程、確かに貴様の言うことは正しいのだろうよ。その魔導書からは確かに強い魔力の波動を感じる。であるならば貴様等は何のためにその力を持つ? 世界の征服か? それとも破滅か?」

 

「違います。私達の望みはただ一つ、我らが主を救済するためです」

 

「……………は?」

 

「救………済?」

 

 ギルガメッシュの呟きにつられ自分も思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

いや、別に救済自体をバカにしているわけではない。問題はその本で誰かを救うという事だ。

 

「私達の主はこの本の所為で重い病に掛かっています。ですからこの本の力を解き放つ事であの子の命を助け出す。それが私達の全てです。貴方を狙ったのもこの本を完成させる為に蒐集対象として……ですが今回の件でもうあなた方には手を出さないと誓います。ですから───」

 

 女性からの言葉にふざけるなの一言も言いたくなるが、今はそれどころではない。

 

彼女はその魔導書で主を助けると言った。闇の書を完成させる事で主を呪縛から解放させると………。

 

それがどんな意味を示しているのか、自分には分からない。だが、悟ってしまったのだ。幾度の戦いを経て、人類悪やら人間の負の一面を知り、触れた自分だから分かる。

 

あれは、“解き放ってはならない”モノだ。あの中には言い知れない悪意が眠っている。

 

 彼女達にそれはダメだと余計な事だと自覚しつつ呼び止めようとする……が。

 

「く、ふふ、くふふ────くははははははははははははは!! ふははーっはっはっはっ!」

 

 隣で座りっぱなしの英雄王が突如腹を抑えて大きな笑い声を上げた。

 

「ふは、ふはははは! おい聞いたか白野。こやつら世界を破滅にするかと思いきや主を救うと言い出したぞ」

 

「な、何がおかしいの!」

 

「わ、笑いたくもなる。貴様等は“自分達が何をしているのか”理解出来ていない上で救うなどと言っておるのだぞ? これを笑わずとしてなんとする。く、ククク……」

 

 ギルガメッシュも自分と同じ事を感じ取ったのだろう。だからこそあんな風に言ったのだ。

 

彼がそう言ったお陰で確信が持てた。あの魔導書は破壊を生み出す危険な存在。間違っても誰かを救い出す手段にはなり得ない。

 

問題はそれをどうやって彼女達に理解させるかだ。あの様子からして生半可な説得は通用しないし……どうする?

 

「良い。良いぞ。その道化っぷりに免じて此度の数々の無礼は許そう。いや、本当ここまで笑ったのは久方ぶりよな」

 

 笑いすぎたのか、ギルガメッシュの目尻には涙がでている。そして彼の言う彼女達の道化ぶりを良しとしたのか、ギルガメッシュはシグナムと呼ばれる女騎士に打ち立てた槍と剣を光の粒子に変えて回収する。

 

「そこの狗もまだ死んではいまい。急いで治癒すれば助かるだろうよ」 

 

そう言うとギルガメッシュはヴィマーナを起動させて空へと飛翔させる。

 

待って欲しいと言う前に物理法則を無視した無茶苦茶な軌道に体は耐えることで精一杯。

 

その際、ギルガメッシュは此方に視線を向けていた。その瞳に余計な事は言うなと意味を込めて。

 

やがて結界は解かれ、自分達は外界に解放される。

 

ギルガメッシュの瞳を見て確かに自分には関係ないことだも認識する。

 

それにあの緑色の女性も言っていた。もう此方には手を出さないと。

 

ならば、ここから先は自分には無関係の領域だ。その果てに彼女達が自滅しようが何しようが知ったことではない。

 

───けれど、知ってしまった。あの本が破壊を呼び起こすものだと、それを知らないで完成させる騎士達の存在を。

 

あの魔導書に蝕まれ、苦しんでいる人がいることを……何より。

 

『助けて』

 

そんな言葉があの魔導書の奥底から聞こえてきた事が、俺の中にいつまでも引っかかって離れない。

 

 




今回、何故岸波は闇の書の闇に気づいたのかと言うと……まぁ、経験かな?
cccの表側のボスとの時は人類悪と対峙しているし、悪意というものには敏感になっているかなーという作者の願望です。

所で人類悪とこの世全ての悪とではどう違うのかな?

ギルガメッシュは人類悪の方が上みたいなこと言ってるし。

PS
感想欄の英雄王の殆どがAUOになっていた。
……こんなとき、私はどんな顔をすればいいのだろう?


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近所のお付き合いは大事。

 

 

「……はぁ。一体、この人達は何者なんだろ?」

 

衛星軌道上に浮かぶ次元航行巡洋艦『アースラ』。

 

その艦のオペレーターを勤める管理局員、エイミィは目の前のモニターに浮かぶ複数の画像を前に深い溜息を漏らす。

 

 今現在自分達が担当している『闇の書事件』と呼ばれる案件。当初は襲い来る守護騎士達による対応や二人の幼い魔導師をフォローするのに手一杯だったのたが、スクライア一族の少年の協力により、今回の事件の全貌が明らかになっている。

 

それはいい。事件の終息に向けて皆が一丸となっている空気は良いものだし、エイミィ自身も良い傾向だと認識している。

 

だがここ数日、闇の書事件の他に気掛かりになる案件が増えたのだ。

 

モニターに映る花嫁姿の女剣士。そしてそれに加えて赤い剣と弓矢を巧みに扱う男の戦士と凄まじい武具の物量で守護騎士達を圧倒する黄金の男。

 

 そんな並外れた戦闘力を持った彼らの側には一見何てことない、どこにでもいそうな普通の青年が映っていた。

 

 そしてその青年は以前記録していた花嫁の女剣士の側にも見切れてはいるが確かにいる。

 

 この青年が花嫁剣士、赤い弓兵、黄金の男と関係性があり、且つ中心人物である事は明白だ。問題は何故そんな青年が守護騎士達を相手にしているのか、である。

 

「やっぱり、ただ巻き込まれただけなのかな? でも、どこか別世界からの来訪者であるなら私達に連絡あってもおかしくないと思うし……けれど、そんな連絡は本局も無いって言ってるし」

 

 この世界。管理外第97世界地球に魔法が栄えたという記録は存在しない。

 

だが、彼等の扱う術は魔法に関連しているのは予想できる。しかし、管理局の総本山───所謂本局はここ近年地球に他の管理世界からこの世界に訪れた人はいないと報告が来ている。

 

なら正規な手続きをしていない集団が違法な手段を用いてこの世界に来ているのか? だとすれば何が目的で?

 

 彼等の狙いが闇の書であるなら一応の説明は付くが、今の所その様子は見受けられない。

 

無論見えない所で守護騎士達と何か企みをしているのかもしれないが、それは自分の推論であって確証には程遠い。

 

「やっぱクロノ君に相談するしかないよねー。私じゃどんなに頭を捻っても全然分かんないや」

 

たはー、と苦笑いしながら腕を伸ばし、デスクワーク特有の凝った肩を解しながらエイミィは本日の報告書のマトメに入る。

 

ふとそんなとき、地球の形をとった電子地球儀に一つの赤い点がエイミィの視界に入る。

 

 時空管理局の技術力は文字通り様々な世界の集合体。故にこの巡洋艦一隻だけでも地球のネットワークにも介入し、その地の情報を得ている。

 

なのに、何故今までこんな巨大な端末に気付かなかったのだろう?

 

「なんだろ……これ? 記録端末……なの?」

 

 不思議に思ったエイミィはその赤い点を凝視する。その点の位置は現在艦長の住んでいる海鳴市から近い街に地点にある。本来なら彼女はまずその艦長に報告すべきなのだが………。

 

ここで間が悪く、彼女の女性特有のデバガメ根性……即ち好奇心が騒ぎ出し、興味本位でその赤い点にアクセスしてしまったのだ。

 

 そして次の瞬間、エイミィは巨大モニターに映し出される膨大なデータ量に戦慄を覚える。

 

「何………これ?」

 

モニターに埋め尽くされるデータ量。流れてくるデータの並に圧倒され、呆然となってしまう。

 

こんな記録容量、普通の端末では有り得ない。

 

(これじゃあ無限書庫、いえ、それ以上の──!)

 

エイミィは急いで親友のクロノ、そして艦長に連絡するために通信回線を開こうとする────が。

 

 

「!!?」

 

鳴り響くアラーム音と共に全ての通信回線が遮断され、モニターは黒に染め上げられ、浮かび上がるのは緊急事態とミッド語に翻訳された文字がアチコチに表示されている。

 

現在繋がっているのは艦内通信のみ、そこから聞こえてくる声は艦に乗り込んでいる武装魔導師と、自分と同じオペレーター局員達の断末魔にも似た悲鳴だった。

 

『な、何だ!? 何が起こってる!?』

 

『これは! 外部からの電子……いえ、量子演算機能によるネットワークを通じた電脳侵略(サイバーアタック)です!』

 

『バカな!? この艦は管理局の最新鋭の技術で造られているんだぞ! まだ未発達なこの星にそんな技術力があるわけ……』

 

『電脳侵略、更に侵攻速度を加速! 艦の80%の機能が奪われました!』

 

『う、うわぁぁぁぁっ!!』

 

『今度はなんだ!?』

 

『か、管理局に登録されたデバイスが次々と暴走! ネットワークを通じて操られている模様です!』

 

『ファイヤーウォールが利かない!? なんだこれ、これじゃ破壊じゃなくて……侵食!? いや───溶かされている!?』

 

『ダメです! アースラ艦、制圧されます!』

 

 通信越しから聞こえてきたその言葉を最後に、艦内のシステムがダウン。アースラと呼ばれる次元の海を渡る艦は暗闇に閉ざされ、艦内にいる全ての乗組員達は訳の分からない事態に混乱していた。

 

ただ一人、事態を把握していたエイミィはその顔を絶望に染め上げる。

 

「私、の……私の、所為だ」

 

デスクに座り、頭を抱えながらエイミィは数分前の自分を殴り付けたかった。

 

変な好奇心に駆られ、勝手に未知の物体にアクセスし、ハッキングを許しあまつさえ艦の全てを制圧されてしまった。

 

 言葉では表現できない後悔と混乱がエイミィの頭を支配する。

 

これから一体どうする。とそんな時。

 

『迷える仔羊に合いの手……もとい愛の手を! 出張版! BBー、チャンネルー!』

 

艦内に響きわたる場違いな軽い声が聞こえるも同時に、今まで暗かったモニターに光が灯り。

 

『さてさて、噂の時空管理局という胡散臭い皆さーん! 元気(ライフ)してますかー? 勿論生きて(ライフ)してますよねー? 活動(ライフ)しているに決まってますよねー?』

 

「な、なに?」

 

『超銀河系アイドル美少女! BBちゃんの送るBBチャンネル! 今回は時空の管理者といかにもアレな組織のスタジオにきていまーす!』

 

 モニターにデカデカと映る見た目は麗しい少女が、その口から毒をまき散らしながらまるでコメディー番組の司会者のように映像画面の真ん中を陣取っている。

 

『本来なら先輩を弄り倒し、その様を笑いながら炭酸飲料を飲み干したい所なんですが、今回はワザワザ虐められたいMっ子さんがいるらしいので本日はこのような形になりましたー。はい皆さん拍手ー!』

 

 言葉が……出なかった。艦内システムが全て掌握され、本局にも、地球にいる友人達にも通信手段が断たれ、絶望した所にこんなふざけたコメディー番組擬きが流されているのだ。

 

エイミィは自分か悪い夢を見ているのではないかと錯覚し始めた。しかし、何度瞬きしようと目を擦ろうと目の前の悪夢(現実)は消えない。

 

『違うわ。間違っているわよBB。ワザワザ相手の望むことをしてしまえばそれは虐めでもなんでもないわ。ただのご褒美よ』

 

『むむ! 流石は我が分身。一々言うことが辛辣な癖に的を射てますね』

 

『え、えっと、取り敢えず潰していいのかな?』

 

『ストップ。ひとまず貴方は大人しくしてなさい。全く、あれほど少しは手加減を覚えなさいと言ったのに……』

 

『て、手加減ってなんですか?』

 

『……それ、ネタで言ってるのよね?』

 

『………………?』

 

『この子、天然か!?』

 

「…………」

 

 この人………いや、姿は見えないが他にも声がするので人達か。

 

いきなり登場したかと思いきや今度は漫才を始めているBB名乗る少女に、エイミィはバカじゃないと不覚にも思ってしまった。

 

そんな彼女の姿に落ち着きを取り戻したエイミィは声を張り上げて言葉を吐き出す。

 

「あ、貴方達は一体なんなの!? 何が目的でこんな事をするの!?」

 

 言ってやった。これで少しは溜飲が下がったとエイミィは少しばかり冷静さを取り戻すが───。

 

『─────はぁ? ふざけてるんですか? 貴女』

 

「きゃあぁぁっ!」

 

 瞬間、エイミィの手元にあったコンソールが爆発する。

 

そこに置いていた手がコンソールの爆発に巻き込まれ、エイミィの両手は皮膚は焼かれ、破片が突き刺さり、見るも無惨なモノへ変わり果てている。

 

痛みでのた打ち回るエイミィ。しかし、それをお構いなしに画面に映る悪女は言葉を続ける。

 

『勝手に人の恥部を覗き込んだ癖に、随分上から目線なんですね? そういう態度を取るのでしたら此方にも考えがありますよ?』

 

「な、何を……する気なの?」

 

『貴女達の指揮官、リンディ提督でしたか? 今その人が住んでいる街に向かって“アルカンシェル”を撃ち込みます』

 

「っ!?」

 

 その一言にエイミィは絶句した。あの街には自分達の指揮官だけではなく多くの無関係な市民が住んでいる。

 

アルカンシェルという戦略兵器を撃ち込んだら、それこそ甚大な被害が……!

 

『勿論、それによる不始末は全て貴方達に被って貰います。時空の管理者、無関係の市民ごと悪を滅ぼす───なんて、良い記事(ゴシップ)になると思いません?』

 

本気だ。エイミィはモニターに映る悪魔(BB)が本気でそれをやるというのを本能的に察知した。

 

『ま、そんな事をやれば先輩……あの人が悲しむからそれはまだやりませんけどね。こんなくだらない事であの人の負担にはさせたくはないですから』

 

 と、それだけ言うとBBと名乗る少女は侮蔑の籠もった冷たい視線を向け。

 

『いいですか? 今度こんな真似をすればアルカンシェルなどとちんまい手段は取りません。本局に保管されているロストロギアを全て暴走させ、あなた方を文字通り消しますから────そのつもりで。ああそれと、この座標地点に手を出せば問答無用でそうするのでお忘れなく』

 

 その言葉を最後に、BBの姿が画面から消え、それと同時に艦内の制御が元通りになる。

 

遠くから自分の名前を呼ぶ声を耳にしながら、エイミィはとんでもない事をした。と自責の念にかられながら意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あーあ、あのおバカな人達の所為でとんだ無駄な時間を過ごしたわ。────あ、でもこの映像を撮っていた事だけは褒めてあげるとしましょう。邪魔なギルガメッシュさんやアーチャーさん、セイバーさんを切り抜いて………ウフフ。必死な先輩、可愛いです』

 

 暗闇の空間。誰もいない地の底で少女は回収した映像を加工し、一人悦に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────!

 

「先輩? どうかしましたか?」

 

 午前の鍛錬も終わり、昼食を採っていた自分の背中を言いし難い悪寒が走る。

 

一瞬背後を見るが其処には誰もいなく、あるのは自分達を囲んだ食堂の壁程度だ。

 

心配した様子で見つめてくる桜に大丈夫だと言って昼食のおかずである唐揚げに箸を伸ばす。

 

カラッと揚がった衣とジューシーな鶏肉が口の中に広がりご飯を頬張る速さも増していく。

 

 また腕が上がったのではないかキャスター、と素朴だが自分なりの褒め言葉を口にする。

 

「え? そ、そうですか? なにぶんこの手の食事を作るのはは初めての試みでしたので、不安でしたから……天ぷらなら自信あったのですけど」

 

「いや、確かにこの唐揚げは旨い。まだ改善の余地はあるが初めてにしては見事な仕上がりだ。これでは私もうかうかしてはおれんな」

 

 おお、アーチャーからも太鼓判が貰えるとは、流石良妻賢母を目指すキャスターさん。

 

「女性ではなく男性のアーチャーさんから褒められるのは何故か今一つ釈然としませんが、ご主人様にそう言って戴けるのならこのキャスター、頑張った甲斐がありました」

 

 と、素直に褒められるのは慣れていないのか、狐耳を垂らしながら照れるキャスターに思わず笑顔が綻ぶ。

 

それが面白くなかったのか、キャスターの隣にいる食べ専だったセイバーが膨れっ面で口を開く。

 

「む、そ、奏者よ。余だってこれくらい出来るぞ。余は皇帝故に調理場に立つことは出来ぬが……あ、あれだぞ! カップラーメンは作れるぞ!」

 

 セイバー、それ料理って言わない。

 

「むふふ、セイバーさん。そう言うのはマトモに料理を出来てからにしてくださいな。ご主人様が好みなのは家庭を支える良妻賢母。つまりはこのタマモこそがご主人様のストライクゾーンのド真ん中なのです」

 

「ぐ、ぐむむ! よ、余も出来るぞ! この間こっそり卵焼きとやらを作ったのだ!」

 

 あの、セイバーさん。貴女さっき自分は皇帝だから調理場には立たないって言いませんでした?

 

「誰にも見られていないからよいのだ!」

 

 な、なんて無茶苦茶な暴論! 赤セイバーてばマジ暴君!

 

「ちょっと待ちたまえ、セイバー。その卵焼きとやらはもしかして先日私のテーブルに置いてあったあのダークマターの事か?」

 

「うむ! ちょっと失敗した故な。捨てるのも勿体ないのでソナタにくれてやった。どうだ? 旨かっただろう?」

 

「もしアレで自信作とか抜かしていたら全力で全国の鶏さんに土下座させる所だったぞ。なんだあの未知の物体は? 煎餅かと間違ってかじったら思わずその日食べたモノが全て戻してしまったぞ!」

 

 酷く憤慨した様子でセイバーに箸を向けるアーチャー。普段そういう作法には煩い彼がなりふり構わずにしているのだから、それほどセイバーの作った卵焼きは酷い味がしたのだろう。

 

 しかし、一生懸命食べる人の事を想って作ってくれたのだ。味はどうあれ自分は食べて見たかった。

 

「ほ、本当か奏者!」

 

「正気かマスター。あんなものを食べたら間違いなく腹を壊すぞ。あまり軽率な言動は………」

 

 そこまで言い掛けた所でアーチャーの口は止まった。そう、どんなに不味い料理でも、それが料理である限り自分は完食できる自信がある。

 

それが、喩え人の領域を超えたものでも、だ。

 

「そうだった。このマスター、大抵のものならなんでも食べてしまうのだったな。迷宮の時も拾い食いとかしてたし」

 

 自分というマスターの性質を思い出したアーチャーは呆れの溜息を漏らす。

 

失敬な。確かに拾い食いはしたけどそれは時々であって毎回ではない。いつも人が雑草食べてるような言い方はしないで欲しい。

 

「いや、奏者よ。結構頻繁だったと思うが?」

 

 セイバーの言葉をスルーし、話を戻す。

 

自分は嘗て“この世、全ての欲”即ちアンリマユなる存在と対峙した。

 

けれどその前に自分はもう一つのアンリマユと対峙し、これを打ち勝った事を思い出して欲しい。

 

「もう一つのアンリマユだと? そんな存在あったか?」

 

「私も記憶にありません。ご主人様、それはどこルートの話ですか?」

 

 どこのルートも何も、これはここにいる全員が知っている事だぞ。

 

これだけ言っても分からないのか、セイバー達、桜も覚えが無いのかその頭に疑問符を浮かべている。

 

 とその時、今まで食べる事に専念して いたギルガメッシュが口元を吊り上げてニヤリと笑う。

 

「クク、我は覚えているぞ雑種。あの時の貴様の戦いは見事だった。最古の英雄王たる我ですら記憶に深々と刻まれているのだからな」

 

 ふ、流石は英雄王、見る目が違う。でも、ほっぺたにご飯粒くっつけている所為で威厳/Zeroですけどね。

 

そう、あれはサクラ迷宮の地下14階での事。あそこで起きた戦いは生涯忘れることはないだろう。

 

 あれはまさにアンリマユ。“この世、全てのメシマズ”に他ならない。あれを打ち倒した自分なら、もはや恐れるものは何もない。

 

現に、あの後食べた店員自慢の激辛麻婆豆腐が甘味に思えたわ!

 

「………あー、成る程。確かにそうですね」

 

「あの時のマスター。ホント追い詰められていたからな」

 

「口からロケット噴射で後方三回転とか、人間超えてましたものね」

 

「あれほどの推進力は我が舟ヴィマーナでもなかったからな。正直、雑種ながら驚いた」

 

 それぞれからそれぞれの賛辞に思わず目から熱い雫が零れる。

 

と言うわけで、今晩のご飯は麻婆豆腐をリクエストしたいのだけれど……。

 

「それはだめだ」

 

「それは無理だ」

 

「却下だたわけ」

 

「却下ですわご主人様」

 

 四人のサーヴァントからの一斉のダメ出しに自分は為す術なく消沈。隣にいる桜は苦笑いを浮かべてドンマイとだけ告げてくる。

 

あぁ、神父。購買の店員神父よ。私の願いは未だ聞き届けられない。

 

 

───ふ、温めますか?

 

食べたい、その麻婆豆腐。

 

 

と、まぁおふざけはここまでにして、実際どうなんだセイバー。

 

「む? なにがだ?」

 

 惚けた様子で首を傾げるセイバーに思わず溜息が零れる。

 

自分がセイバーに対して思う所など、先日の女騎士から受けた傷に決まっているだろうに。

 

心配を掛けたくない気持ちは分かるが、それでも気に掛かるのが自分だとセイバーも理解している癖に。

 

「ぬ、それは、そうだが───けど、怪我の方は大丈夫だぞ。サクラの治療やキャスターの看病もあったお陰で今ではこの通り万全よ!」

 

「先輩、セイバーさんの容態なら既に全快です。必要あるなら戦闘も可能ですし、日常生活に於いても問題はありません」

 

「私が看病していたのですから当然です」

 

 力瘤を見せてくるセイバーは兎も角、桜やキャスターがそう言うなら確かにそうなのだと安心できる。

 

それなら今度セイバーの料理を楽しみにしておくとしよう。

 

「う、うむ。だが余の手作りは本当に稀だからな! 楽しみに且つ腹を空かせながら待ち続けるがいい!」

 

 顔を赤くしながら宣言してくるセイバーに楽しみだと返す。

 

「くっ、ご主人様のメシマズに対する耐久力を逆手にアピールするとは! この皇帝、やる!」

 

「わ、私も頑張らないと!」

 

「……なぁ贋作者、そこの醤油を取れ」

 

「自分で取れ、と言いたい所だが私も少々塩分を摂取するとしよう。その後でなら取ってやる」

 

「全く、毎度毎度飽きぬものよ。いい加減口から砂糖が出てきそうだ」

 

(……俺も、端から見たらこんな感じだったのかな?)

 

と、こんな調子で我が家の食卓はいつも通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それじゃあ、行ってくるよ。

 

昼食を終えた後、自分は外出用の衣服を身に纏い、玄関先にまで見送りに来てくれた桜に外出の旨を伝える。

 

本日の午後の鍛錬はキャスターに無理を言って休みにしてもらった。彼女は自分との過ごせる時間を無くした事に機嫌を損ねたのか、いつもならいるはずの見送りにその姿は見せないでいる。

 

それが少しだけ寂しく、心苦しいが、これも昨日買えなかった目的の物を手に入れる為である。

 

今現在に於いて風評被害は甘んじて受けるとしよう。

 

全ては聖夜の日に挽回させる手筈なのだから!

 

「あ、あの、本当に誰も付けないで一人で街に向かうつもりですか? やっぱり一人くらい誰かに付いて貰った方が……」

 

桜からの警告に似た呼び掛けに自分は大丈夫だと返す。

 

昨晩、ギルガメッシュがあの女騎士達を必要以上に叩きのめしてくれたお陰で此方にはもう二度と干渉しないと言ってくれた。

 

彼女達が本当に騎士だと言うのなら、自分から言った宣誓を破ることはしないだろう。

 

「で、ですが……」

 

 それを証拠にアーチャーは一人で出る事に反対はしなかった。

 

寄り道しないで早く帰宅するように等と小言を言われたが、それだけである。

 

それに怪我を治したばかりのセイバーにはまだ負担を強いるような真似はしたくない。

 

 ……まぁ、何かあればすぐに連絡するよ。そのためにワザワザ携帯も買った訳だし。

 

それに逃げる速さなら多少自信はある。アーチャーから生き延びる術を──まだ途中だけど──教えて貰ってるから何とかなるさ。

 

「もう、本当強情なんですから。……気を付けていってらっしゃい」

 

行ってきます。

 

見送ってくれる桜を後目に、俺はマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局のところ、特に問題らしい問題には直面せず、目的のモノはすぐに買えた。

 

現在マンションに住む女性陣。キャスターやセイバー、桜のそれぞれの好みに合わせて買った割にはさほど時間は掛からなかった。

 

 まぁ、そのお陰で予定よりも出費はデカかったが………必要経費だと思っておこう。

 

これからも良い関係を続けられるよう。感謝を込めて渡す。あの月での戦いの中では決して得られなかった幸福を、噛み締めるように、よく味わうように。

 

 それは兎も角として、問題はムーンセル(仮)の内部にいるBBについてだ。

 

彼女は電子の海にいる存在。現実的にプレゼントを渡すには無理がある。

 

プログラムの彼女にプレゼントを渡すには物理的にではなく、やはりプログラムとして渡すのが正しい……のだろうか?

 

 まぁ、一応桜に合わせて彼女の分も買っているが、直接そう言う風に渡すのは……嫌味みたいに取られるのではないだろうか?

 

 ドンドン巡りの自問自答。取り敢えず両方準備しておく方向で自身を納得させると、いつの間にか自分が住宅街に迷い込んだのだと気付く。

 

既にこの街───いや世界に来てひと月が経過しようとしているのだからこの周辺の地域は大体把握している。

 

一応マンションの場所なら把握しているし、ここならそう遠くないのだけれど……。

 

やめておこう。興味本位で知らない道を行くと後々迷子になりしょーもない理由で皆に電話をする羽目になる。

 

 そうなったらソレをネタにギルガメッシュがまた自分を弄り倒すに決まっている。

 

『その年になって迷子とか、マジ愉悦』

 

───うん帰ろう。急いでもといた場所に引き返しダッシュで家に帰ろう。

 

折角早い段階で目的の代物をゲットできてのだ。早々に帰宅し、クリスマスに備えて準備をする事にしよう。

 

無論、女性陣にはバレないように。

 

 そうと決まれば善は急げ、踵を返してその場から立ち去ろうとするが……。

 

「シグナム、ザフィーラ、本当に大丈夫?」

 

「問題ない。傷の治癒なら既に完了した。戦闘も充分可能だ」

 

「それに、最早我らには時間がない。早いところ闇の書を完成させねば」

 

「あぁ、つーわけで無理を承知で頼むぜ、ザフィーラ、シグナム」

 

 自分の横から聞き慣れた四人の声。まさかと思いつつ振り返ると………。

 

「あ、貴方は!」

 

「むっ!」

 

「………貴様」

 

「っ! テメー……」

 

 扉から出てきた三人の女騎士と一匹の狼が、固まった自分を見てそれぞれ敵意を全開にして此方を睨んできた。

 

──────わぁ、意外とご近所さんだったのね。

 

 

 




今回、BBの他にも二人出てきますが……ハイ、皆さんのご想像通りです。
ただ、まだ彼女達の本格的な出番はまだ先ですので名前は伏せておいて下さい。

せめて、「BB以外にもいただと!? 一体何者なんだ!」位にしておいて下さい。

誠に勝手なお願いですが、宜しくお願いします。


PS
今回の感想の半分近くが英雄王のキャストオフについて。

裸を期待するのならば君達も相応の対価を払わねばなるまい。

───つまり。

パンツ 脱ぎな さい

以上。さぁ、読者の皆様よ。英雄王のキャストオフをその身で以て示せ。


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ご主人様のフラグ建築っぷりは世界一ィィィィッ!

 

 季節は冬。もうじき雪が降り、街が一面の白になるであろうこの季節。

 

クリスマスという年に一度のイベントに備え、せめてもの甲斐性を女性陣達に示す為に財布を空にし、心身共に寒くなった私こと岸波白野ですが………。

 

「さぁ、答えて貰おうか。貴様、何が目的で我等の居所に現れた?」

 

「正直に答えろよ? でねぇと、アイゼンの頑固な汚れになっちまうからな」

 

 現在、自分のライフまで空になりそうです。

 

あの直後、鬼の形相で滲み寄ってきた彼女達に抵抗できぬまま、なすがままに家の中へ連れ込まれ、リビングにある椅子に座らせると、それぞれ獲物をこちらに突き立て、四方を囲むように鎮座している。

 

……あの、逃げるなんて真似はしないんでこれ、解いて貰えません?

 

 椅子に座らせた直後、自分の体を締め付けるように覆う幾束の緑色の糸、それを発している緑色の女性に離してくれとダメもとでお願いしてみるが……。

 

「あまり動かないで。私のクラールヴィントの糸は拘束具としてではなく、斬撃系統の攻撃もできますから」

 

 聞く耳持つ処か更におっかない話をし出した!

 

皆に連絡しようにも携帯は没収され、折角買った買い物は袋ごと犬耳男に回収されてしまっている。

 

というか、あの犬耳男が狼から変身したときは驚いた。異形の形をした存在を何度か目にした事があったから少しは耐性はあったつもりだが、まだまだこの世界は自分の知らない事ばかりのようだ。

 

以前ギルガメッシュに言われた聞いただけでは世界は知り得ないと言った言葉の意味、少しだけ分かった気がする。

 

すると、犬耳男改め狼男は買い物袋の全てを点検し終えたのか、袋を女騎士の方へ渡してくる。

 

「全て確認した。中に入っているのは櫛や毛糸といった雑貨の類のものばかり。毒といった過激物の反応もなかった」

 

「確かか?」

 

「間違いないわ。私の方でスキャンしてみたけど、特に危険物の反応は検出されなかったし……というかこれ、全部女性向けのプレゼントじゃない?」

 

「なんだと?」

 

「チッ、得体の知れないヤベー奴かと思ったら、単なるスケコマシかよ」

 

 緑色の女性のその一言にリビング内に充満していた殺気が一気に四散し、代わりに軽蔑の眼差しが突き刺さってくる。

 

あれ? 何この仕打ち、自分なにかした?

 

というか、自分が危険な存在でないならいい加減解放してくれないだろうか? 昨夜言ったもう此方には手を出さないと誓ったあの言葉は嘘だったのか?

 

「嘘ではない。我々はもう二度と貴様には手を出さないつもりでいた。だが、貴様から近付いてきたのなら話は別だ。主に被害が被るようならば全て排除せねばならない」

 

 睨みつけてくる女騎士の瞳を見て、嗚呼、 やっぱりと変に納得してしまった。

 

彼女達は多分、多くの功績、或いは力を示してきた屈強な騎士達だったのだろう。

 

セイバーに深手を与えたり、アーチャーやギルガメッシュを分断させた巧みな連携攻撃も出来る事から、彼女達が歴戦の戦士だと言うのは嫌でも分かる。

 

なのにどうして自分という倒すには容易い存在をこうまで敵意剥き出しなのか。

 

恐らく、彼女達は追い詰められている。それも肉体的にではなく精神的にだ。

 

ギルガメッシュの攻撃は他の三人と比べて熾烈さが違う。一撃が重いセイバー、巧みな技で翻弄し、敵を追い詰めるアーチャー、多彩な呪術で広範囲に作用させるキャスター。

 

 それに対しギルガメッシュは一人で戦争が可能な圧倒的物量で相手を蹂躙する。そんな彼の攻撃を受け、どんな優秀な治癒師がいても一日で完治するなんて不可能だ。

 

それが分からない程追い詰められているのか、それともそれでもやらなければならないという覚悟でいるのか。

 

彼女達が抱いているのは────その、両方なのだろう。

 

だからどんなに傷ついても、壊れても、彼女達は続けるのだろう。蒐集という行為を。

 

だから、俺は聞いてしまった。聞かずには────いられなかった。

 

一体、君達は何の為にこんな事をしている?と。

 

「……それを聞いて、どうするつもりだ?」

 

返ってきたのは、先程以上の敵意。

 

いや、これは殺意だ。触れてはいけない部分に触れ、今自分は自ら死地に飛び込んだのだ。

 

けれど──いや、だからこそ引いてはいけない。そう自分に言い聞かせ。

 

 自分は二度も君達に襲われた。勝手気ままに仕掛けて於いて、その言い草はないだろう。

 

君達は自分に事情を説明するだけの義務がある、と。

 

無論、それを大人しく素直に聞き入れる彼女達ではない。此方が強気に出たのが癇に障ったのか、赤い少女はその手にあの鉄槌を握り締め────。

 

「あんま調子に乗るなよ? 昨日はちょい油断したから手傷を受けちまったけど、今度はそうはいかねぇ。大体テメェはあの板チョコ野郎達がいねぇと何にも出来ない屑野郎なんだろ? だから機嫌を損ねないようあんなプレゼントを買ってる。違うか?」

 

 鉄槌を突き付け、瞳孔の開いた目で殺気を叩き込んでくる少女に、自分は何も言い返さず、ただ睨み返した。

 

彼女の言う事は正しい。自分には満足に戦える力もなければ逃げる事すら出来ない弱者だ。

 

プレゼントを買ったのも、そう言った気持ちが無いとは残念ながら言い切れない。けれど、それ以上に彼女達を大切に想っているのもまた事実だ。

 

皆で初めて味わうクリスマス。それを楽しい思い出にする為にプレゼントという自分に出来る事を選んだのだ。

 

だから、それを言葉にはしない。口に出してしまったらあのプレゼントが自分の言い訳の為に買ったと、認めてしまうからだ。

 

 ─────1分、それとも10分か。体感時間にして結構な時が流れたと思ったら、女騎士は深い溜息を漏らし。

 

「………そうだな。貴方の言い分も確かに正しい。此方は二度に渡り貴方を襲い、更には命を見逃して貰った。となれば、私達も多少の事情は話す義務がある……か」

 

「ちょ、シグナム!?」

 

「本気かよ!?」

 

「…………」

 

 シグナムと呼ばれる彼女の発言に、残りの三人はそれぞれ納得いかないような声を上げている。

 

寡黙な狼男でさえ、口では言わないがその鋭い目つきで異論を主張している。

 

だが、それを女騎士────シグナムは目で彼女達を制し、三人はそれ以上何も言うことはなかった。

 

以前から思っていたが、やはり彼女がこの中のリーダー格のようだ。

 

そんな彼女に従うのか、赤い少女は鉄槌を下げ、ふて腐れた様子でテレビの近くのソファーに座る。

 

それに合わせ、緑色の女性が糸を解き、体の自由が解放される。

 

荷物や携帯はまだ返して貰えないが、まぁこればかりはしょうがないだろう。

 

「では、話や自己紹介の前に一つだけ聞かせて貰おう」

 

 テーブルにあった椅子を引き、シグナムが自分と向かい合うようにして座り、こちらをジッと見つめてくる。

 

「貴方は……時空管理局なる組織の者か?」

 

──────はい?

 

じくう……時空の………管理局?

 

何だろう。聞いたことがない名前だ。

 

 シグナムからの問い掛けに全く心当たりがない。訳も分からず頭を傾げていると……。

 

「成る程、どうやら本当に知らないようだ。なら約束して欲しい。もし今後、その者達と出会う事になれば、我々の事は決して話さないと」

 

その言葉、裏側の意味まで理解した上で頷く。

 

もし今後、そのような組織と出会い、彼女達について何か一つでも口を滑らせる事になれば……その時は、命を懸けた制裁が待っている。

 

無論、言うつもりはない。だから話してくれと言うと。

 

「ありがとう。では───」

 

「ただいまー」

 

 シグナムが口を開き掛けたその時、玄関の方から声が聞こえてきた。

 

この家の住人が帰ってきたのだろうか。と、玄関へ繋がる扉へと視線を向けると。

 

「どどど、どうしようシグナム! はやて帰って来ちまったぞ! しかもアイツと一緒に!」

 

「し、しまった! この男の問答で時間を忘れてた!」

 

「ど、どどうしましょう!」

 

 ……えー、と?

 

先程までの緊張感から一変。慌てふためく三人にこちらもどうしたものかと頭を掻く。

 

唯一冷静だった狼男はただの狼に戻っており、買い物袋とその中に入った携帯を渡してくれる。

 

一体どうしたのだろうと、困惑する自分を余所に、扉は開かれ。

 

「あれ? なんや珍しいなー。今日は四人共一緒なんやね。……あれ? そちらの方はどちらさん?」

 

 車椅子に乗った少女───赤い少女と同じくらい───が、不思議な物を見る目で訊ねてくる。

 

あ、どうも。岸波白野です。

 

「あ、これはどうもご丁寧に。ウチは八神はやて言います。岸波さんはシグナム達のお友達ですか?」

 

 此方の紹介にはやてと名乗る少女もまた丁寧な関西弁で返してくれる。彼女の問いには取り敢えず肯定だけしておく。

 

───何だか、話どころではなくなった。ひとまず今日は帰る事にし、また後日改めて話す事にしよう。

 

そう思い立ち上がると。

 

「あれ? もう帰るんですか? シグナム達が友達連れてくるなんて今までなかったから、もう少しゆっくりしてけばいいのに」

 

ま、まさか引き止めてくるとは思わなかった。その純粋な気持ちは嬉しいが、ひとまずここは退散────

 

「ちょっとはやて、まだ車椅子に着いた汚れは取れてないんだから、リビングに入っちゃだめよー」

 

玄関から聞こえてきた声に、思わず心臓が跳ね上がる。

 

「えー? ちょっとくらいええやん」

 

「ダメよ。物を長持ちしたいんだったら整備、点検は必須よ。折角アンタの乗る車椅子は高価な物なんだから大事に乗ってあげないとその子も可哀想よ」

 

 脳裏に蘇るは月の裏側で自分に最後まで付き合い、助けてくれた大事な仲間の一人。

 

そんな、バカなと思う一方でこの胸の高鳴りは間違いないと告げている。

 

「うー。分かったよー。せやからそんなに目くじら立てんといてー」

 

「ったく、素直にそう言えば良いのよ。大体アンタ─────は…………」

 

 玄関から出てきた赤い服の女性、両サイドに髪を纏めたツインテールは、紛れもない彼女の証し。

 

「う、そ……白……野……君?」

 

 リビングから顔を覗かせ、此方に向けたその時、自分も、彼女の時間も停止した。

 

衝撃。そう、今までにない衝撃を受けて自分は呆然となり、愕然となり、そして………悲しくなった。

 

何故なら………そう、何故なら。

 

あの遠坂凛が、髪を金髪に染め、カラコンなんてしたりして非行に走っていたなんて───!!

 

「最初の第一声がそれかぁぁぁぁっ!!」

 

 彼女の手からカチカチに固まったカップアイスが投げつけられ、見事自分の額に命中する。

 

「あ、アタシのアイスがーー!」

 

「なんやおもろい人やなー。凛姉ちゃんの知り合い?」

 

「ふん! 知らないわよこんな奴!」

 

「もぅ、うっるさいわねー。満足に昼寝もできやしない……て、子ブタ? なんでこんな所にいるの?」

 

 頭を打った衝撃で意識が朦朧としていく中、ふともう一つ聞き慣れた言葉が聞こえてきた。

 

───あ、エリザベートもいたんだ。

 

「ちょっと! 私との感動の再会これでおしまいなの!?」

 

ガクッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、うむ。では晩ご飯はいらないな。……なに、気にする必要はない。あぁ、ではな」

 

時刻は既に夜の七時を迎え、空は夜の帳を降ろした頃、アーチャーの携帯に岸波白野からの連絡があった。

 

食堂に集められたセイバー達は携帯を切り、振り向くアーチャーに疑問の言葉を投げ掛ける。

 

「そ、それでアーチャーさん。先輩は……先輩はどうしたんですか?」

 

 掴み掛かる勢いで詰め寄ってくる桜。心配性である彼女はいつもならいる筈の岸波が帰ってこない事に酷く狼狽し、そして落ち着きがなかった。

 

それはセイバーやキャスターも同様で、その素振りこそ見せないでいるが、その心の内は焦りに埋まっている。

 

尤も、ギルガメッシュだけはワインの注がれたグラスを片手にニヤニヤとほくそ笑み、悦に浸っているが……。

 

「無事かそうでないかと言うと、彼は無事だ。事故に遭ってもいなければ迷子になっている訳でもない」

 

「そ、そうなんですか……良かった」

 

「では何故奏者は帰ってこぬのだアーチャー。真面目な奏者が夕餉になっても帰ってこぬとはちとおかしいのではないか?」

 

「…………」

 

 白野が無事だという報せに安堵する桜だが、では一体何故帰ってこないというセイバーの問いに、アーチャーは苦笑いを浮かべる。

 

キャスターは心当たりがあるのか、表情を険しくさせ………。

 

「実は彼は今………例女騎士達の所にいる」

 

ガタンッと、セイバーが立ち上がる。そしてその時は既にキャスターは食堂を出てマンションの玄関に向かっていた。

 

やはりキャスターは白野がどこにいるのか想像できたらしく、女騎士の“お”の部分で既に食堂の扉に手を掛けていた。

 

 そんな神速の速さ、且つ鬼気迫る勢いで駆けるキャスターだが。

 

「天の鎖よ」

 

マンションの通路を爆走していたキャスターの躯を天からの鎖が縛り上げる。

 

「えぇいこの! 離しなさいこの金ピカ! 私のご主人様がピンチなのです! 今すぐこれを外しなさい! てか外せ! 呪うぞこの野郎!」

 

「落ち着きたまえキャスター。マスターは無事だ。幸い今は彼女達の主らしき人物に快く迎えられている様子で、今あちらで夕食をご馳走になるようだ」

 

「そんな事はどうでもいいのです! 問題なのはご主人様があの女共にフラグを立ててしまうかもしれないという事です! 貴方も知ってますでしょう? 次々と立てては回収するご主人様の一級フラグ建築っぷりを!」

 

 追い付いたアーチャーがキャスターを宥めるよう言い聞かせるとするが、聞きようがない。

 

「大丈夫です。ご主人様の居場所はこのタマモ、匂いで分かります。ご主人様の居るところが分かり次第………」

 

「分かり次第……どうする気かね?」

 

「チャージしてボンッと、綺麗な花火を上げるつもりです」

 

「良し分かった。ひとまず今晩君はそうしておけ」

 

 サラッと恐ろしいこと口走るキャスターに、アーチャーは背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

すると此方に追い付いたセイバーと桜が、それぞれ納得いかない様子でアーチャーに意見を投げ掛ける。

 

「アーチャーよ。何故助けに行かぬ? 奴等は二度にも渡って余の奏者を狙って来たではないか」

 

「おいコラ、そこの淫蕩皇帝、なにさり気なく自己主張してやがる?」

 

「わ、私も心配です! 幾らもう手を出さないと言ってきてもそれはその場限りの方便かもしれません!」

 

 キャスター、セイバー、そして桜の三者三様の意見にアーチャーは若干気後れしながら落ち着けと促す。

 

「そもそも、何故そなたはそんなにも落ち着いておる? まさか、奴等の言葉を鵜呑みにしたわけではあるまい?」

 

「流石に私もそこまでのお人好しではないさ、確かに奴等の言っていることは今一つ信用できないが、信頼できる要素が一つだけ“生まれた”」

 

「要素が……“生まれた”? あったのではなく……ですか?」

 

「そうだ。故に私はもう彼女達は脅威になり得ないと判断した」

 

「一体何がどうなればそんな結論になるんですか? いい加減勿体ぶってんじゃねーです」

 

 要点を話さず、変に勿体ぶるアーチャーに業を煮やしたキャスターが口調を尖らせて問い詰める。

 

そんな彼女たちにアーチャーはやれやれと肩を竦ませて────。

 

「なに、大した事じゃない。彼女達の拠点には私達の敵であり、それ以上に頼れる遠坂凛なる少女がいるだけだ。無論、ランサー付きでな」

 

さり気なく言い放ったその言葉に、セイバー達は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった食堂で、英雄王は一人悦びの笑みを浮かべる。

 

「クク、さぁどうするマスター。あの本に眠る女はどうあってもその結末は変えられんぞ?」

 

彼の脳裏に浮かぶのは、あの禍々しい光を放つ闇の書なる魔導書。

 

その最奥に眠る、未だに悲痛な叫びを上げ続けている一人の女。

 

殺してくれと、死なせてくれと、何度懇願し、願い続けてもその想いは叶うことはない。

 

故に諦めた。どんなに願っても決して叶う事はない願いに。

 

それでも叫び続けているのは、そんな彼女に残った最後の抗い。

 

「何とも純粋で哀れで、滑稽な願いよな。壊れている自分を自覚しながらも、壊せずにはいられんとは……」

 

全く以て度し難い。と口にする英雄王の口元は愉悦の味で歪んでいる。

 

「さぁ、此度の主は貴様の願いを叶えてくれるか……見物よな」

 

 グラスに映る赤い瞳を細めて、英雄王は愉悦に滲んだワインを飲み干した。

 

 

 




今回はキリの良いところで終わったので少し短めです。
申し訳ありません!

そして感想にあったノリの良い人達に向けて一言。

許されるのはニーソックスと手ブラまでです。


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フラグブレーカー!発動、承認!

 

 

 

 この世界。自分のいた世界とは別の所謂平行世界へと跳んで早1ヶ月以上の月日が流れた。

 

誰もが楽しみにしているだろうクリスマスの日を前に、二度も襲撃を受けるという大波乱を経験しながら、私こと岸波白野は日頃の感謝を込め、マンションにいるだろう女性陣にプレゼントを買ったのだが。

 

その後に偶然ばったりと出会ったヴォルケンリッターなるこれまで自分達を襲ってきた騎士達と出会い、彼女達の家に拉致される。

 

危うく斬り殺されるかと思いきや、此方の言葉に耳を傾けてくれたお陰でどうにか窮地を脱出した────と、ここまでは良かったのだが。

 

「ほら子ブタ、さっさと口を開けなさいな。この私が食べさせて上げるのだから素直に言うこと聞きなさい」

 

「…………」

 

 今現在、別の意味で窮地に立たされているとです。

 

差し出された箸に刺さったミートボールを頬張り、モグモグと噛みしめて飲み込む。

 

「どう? おいしい?」

 

上目遣いで訊ねてくる少女……ランサーことエリザベートに美味しいよと返す。

 

その返しに気分を良くしたのか、ランサーは次々と受け皿に料理を乗せ、自分を食べさせようと迫ってくる。

 

い、いやね、実際嬉しいよ? 角や尻尾を生やしていると言っても彼女は間違い無く美少女の部類に入る。

 

けど……。

 

「あらあら、良かったわねぇ岸波君? 可愛い女の子に食べさせて貰えるなんて男冥利に尽きるわね。これならもう思い残す事はないんじゃない?」

 

 向かい側に座る阿修羅をも凌駕した覇気を纏った遠坂凛 が菩薩の如き微笑みを向けてきている彼女を前に、夕飯時なのに食欲がだだ下がりである。

 

どうやら最初の再会の時にミスをしたのか、あれ以来マトモに口を聞いてくれなかった彼女だが、夕食時に更に悪化。

 

 同じく再会を果たしたランサーが隣に座ると、凛の怒りのボルテージは瞬く間に上昇し、今では此方の一挙一動に反応して怒りを募らせている。

 

……正直、おっかないです。

 

 怖すぎて逃げ出したいのだが、隣に座るランサーがその腕力でもって離さないから席を立つことすら叶わない。

 

流石竜の娘、その怪力は今も健在である。

 

そして上記の通り、ランサーは自分に引っ付いている。……つまりは密着状態である。

 

それが凛の琴線に触れているのか、彼女の怒りボルテージは更に上昇。負のスパイラルの完成である。

 

その内、彼女の細めた目からビームが出てくるのではないか……それ程までに彼女の表情は恐ろしかった。

 

そして恐ろしい序でにもう一つ思ったのが。

 

「うわ! うわわ! これが噂に聞くSHURABAなんやな! ウチ初めて見た!」

 

「ちょ主、目を爛々と輝かせて見ないで下さい! 主の教育に悪いです!」

 

「大丈夫や! ウチちゃんと知識とこの後の対応は覚えてるもん! 確かあれやろ? 取り敢えずnice,boat。って言うんやろ?」

 

「ダメです主、それでは血の雨が降ります」

 

「そうですはやてちゃん。その前に中に誰もいませんよ。て言わないと」

 

「貴様の仕業かシャマルゥゥゥゥッ!!」

 

 意外にも、彼女達とは気が合いそうな気がする。

 

そんな気がするんだ。

 

「お前、結構余裕そうだな」

 

現実逃避とも言う。

 

と言うか、何故ランサーはこんなに自分に引っ付いて来るのだろうか?

 

彼女は人とこういう触れ合いを極度に苦手にしている。手を繋ぐ事は勿論、こうしてくっ付くのは彼女的にはかなり抵抗を感じるのではないだろうか?

 

「は? 何で私がこんな事をしているかですって? 恥ずかしくないのかって? そう言ってるの? そんなの……恥ずかしいに決まっているじゃない」

 

 では何故? と聞き返すと、ランサーは受け皿を持ったまま目を逸らし、顔を真っ赤に染めてボソボソと小声で呟き始めた。

 

「だ、だって、折角また会えたんだし。本当はもう二度と会えないと思ってた訳だし? その………う、嬉しかったし?」

 

───うん?

 

「と、兎に角私がしたいからこうしているの! わ、悪い!?」

 

 突然怒鳴らた。その迫力に押されながら頷くと、ランサーは「分かればいいのよ」とだけ言って、変わらず自分の腕に引っ付いている。

 

顔を真っ赤にしながらも離れようとしないランサーに、どうしたものかと困っていると。

 

「こはぁーーー……」

 

 口から煙を吐き出し、金髪のツインテールを揺らす凛が視界に飛び込んできた。

 

『初号機は!? パイロットの様子はどうなってるの!?』

 

『ダメです! 反応ありません!』

 

『え? な、何これ? パイロットの反応はないのに初号機のシンクロ率が上がっている!?』

 

『そんな!?』

 

『まさか……暴走!?』

 

付けたままのテレビからそんな話が聞こえてきた。

 

止めて遠坂さん。使徒との決戦はまだ先よ。

 

「こ、これがSHURABA……想像以上の迫力や」

 

「こ、こえぇ、凛の奴いつもの倍以上にキレてねぇか?」

 

「二人の少女が一人の男を巡って争う……はやてちゃんの将来の為にこの場を是非録画しておかないと!」

 

「そこまでにしておけよシャマル」

 

 その後、激昂した凛を何とか宥めつつ、夕食の食卓は進み、なんだかんだありながら結果的にはシグナム達とは和解。

 

少々ハラハラした時間ではあったけれど、その後の彼女達との時間は有意義に過ごせたと思う。

 

あ、あと彼女達のリーダー格であるシグナムさんとは最後辺り結構話せたりして友人みたいな関係になれた。

 

やはり同じ苦労人として色々感じる所があるらしい。

 

「この見境なし」

 

なんでや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神家で夕飯をご馳走になって時刻は九時を過ぎた頃、すっかりお邪魔になってしまった自分はそろそろお暇する事にした。

 

八神家の皆さんに見送られ、漸く家に帰れるかと思った矢先。

 

「そこまで送っていくわ。調度、話したい事もあるしね」

 

見慣れた髪を駆け上げる仕草をして、凛がそう言うと──。

 

「なら、私も行くわ。いざという時マスターを守るのがサーヴァントの役目でしょ?」

 

ランサーも当然の様に付いてくる事になった。

 

 そうして凛とランサーに送って貰い(何故か挟まれた。逃げ場がない!)電灯の付いた暗い夜道を歩いていく。

 

誰も言葉を口にしない沈黙の空間。ランサーは夕食の時と同じように自分の腕に引っ付いて一人キャッキャッとはしゃいでいる。

 

だからなのか、暗闇でよく見えない凛の顔が般若に見えるのは……。

 

……あの、凛さん?殴ったりしませんよね?

 

「あら何? 岸波君にはそんな性癖があったのかしら?」

 

 ホントスミマセンゴメンナサイ。ですからもう勘弁して下さい。

 

彼女の有無を言わせない微笑みに高速の速さで頭を下げる。……自分の周りの女性陣はどうしてこう、気が強い人ばかりなのだろう。

 

「何か言った?」

 

いいえ何も!

 

「はぁ、……まぁいいわ。貴方への制裁は今度にして今は重要な話が先よ」

 

 呆れられながら凛はとある方向に向けて指を差す。何だろうと思い視線を向けると、人の気配がない夜の公園を差していた。

 

どうやら、あそこで話をするつもりらしい。街灯以外目立った所もないし、あの家で話せない内容をあそこでなら話せるのだろう。

 

凛の提案に分かったと頷き、彼女の後をついて行く。

 

所で凛さんや、先程制裁がどうとか言ってましたけど……冗談ですよね?

 

「ふふっ」

 

何その薄ら笑い。

 

 凛の意味深な微笑みに怯えながら、人気のない海沿いの公園へと足を踏み入れた。

 

 

 

誰もいない公園。自分達以外は人の気配がないこの場所で、凛と自分は向かい合うように立っている。

 

「白野君。話をする前に一つ質問していい?」

 

彼女の問いに自分は黙したまま頷く。凛……彼女が言いたい事は恐らくシグナム達の事に関する事だろう。

 

「白野君は彼女達の持つ魔導書、闇の書って本を見たことある?」

 

 やはり。と思うと同時にあると返答する。

 

凛の言う闇の書とは十中八九十字架の装飾が施されたあの本に違いない。

 

あの禍々しい嫌な空気を醸し出している魔導書など、ムーンセルにいた頃にだって見たことがない。

 

「そう。アンタもあの魔導書がどんなにヤバい代物か理解したみたいね。あの中にいる化け物を解き放ったらそれこそ未曾有の大災害になりかねないわ」

 

険しい表情の凛を前に、自分も同じく頷く。

 

あの中にあるモノは危険だ。どこか遠い所で厳重に封印させるか、強力な一撃で粉々に打ち砕く位しか方法が思い付かない。

 

あの本の中に蠢いているのは、そういう類のモノだ。

 

「そうね。私もアンタに同意見だわ。でも、今の私たちではそれは無理。だから──」

 

 

一瞬だけ言い淀む凛に、思わず首を傾げる。

 

すると───。

 

「あの魔導書は危険な存在よ。だから、あの魔導書が完成する前に───八神はやてを、殺さなければならない」

 

─────え?

 

ちょ、ちょっと待て。今、凛は何て言ったんだ?

 

殺す? 誰を? 八神はやて? はやてって……まさか、あの車椅子の少女を?

 

凛の言葉に何をバカなと言いたくなったが、彼女の悲痛な顔を前に何も言えなかった。

 

凛は……本気だ。必要があるなら躊躇なくあの少女を殺す事を厭わないでいる。

 

そして凛の言葉が嘘ではないように、今までにやけ顔だったランサーの顔が曇っている。

 

──だが、それはあまりにもおかしい話だ。何故闇の書の完成を防ぐ為にあの幼い少女を手に掛ける必要がある?

 

「彼女は闇の書と契約しているのよ。彼女が特定の年齢に達する時、自動的に闇の書の主になるよう、予め細工をしていたのでしょうね」

 

 契約とは誓約。つまりは目的があって交わされる約束の上位変換システムだ。

 

契約書という一般会社でよく使うモノであるいっぽう、魂レベルで縛る呪いじみた物だって存在している。

 

だけど、それでは何のためにあの少女はそんな契約を? そこまでして望む願いとは一体何なんだ?

 

「いいえ、彼女自身にはなんの望みもないみたいよ。これは一緒に暮らしていた私がよく知っている。あの娘は碌な願いがない。いえ、欲が薄いのよ」

 

何だろう。その言い回しをする凛に何か違和感を覚える。

 

いや、違和感を感じるのは凛ではなく、彼女を通して欲が薄いとされるあの少女か。

 

欲が薄いと言うのは生まれた時からそういう性質なのか、或いは既に充分過ぎる幸福を得ているからか。

 

まぁ、10歳になるかならないかの少女に欲望云々説いても仕方ないと思うが。

 

「どうしてあの娘が闇の書の主に選ばれたのか、その原因は分からない。けれど、はやてが魂レベルで闇の書と接続(リンク)しているのは確かよ」

 

またもや凛の言い方に違和感を覚える。そもそも、どうして彼女はそんなに自信を持って言えるのだ? 喩え一緒に暮らしていると言ってもその人の精神を潜らない限り………。

 

そこまで言い掛けた所で口が止まる。───待て、あるぞ。一つだけだが相手の精神に潜る方法が!

 

「そう、白野君の想像通りよ。私ははやて──ではなく、魔導書である闇の書に使ったのよ。殺生院キアラの持つコードキャスト………“万色悠帯”を」

 

万色悠帯。それは月の裏側での事件で全ての元凶となった張本人、殺生院キアラが用いる彼女独自で編み出した禁忌の術。

 

相手の魂に潜るだけではなく、相手の魂を自分の内側へと引き込む秘技。

 

確かに彼女に解読してもらう為に万色悠帯のコードを渡したが………まさか、実際に使えるまで会得していたとは。

 

「な、なによ。どうして何も言わないのよ? アンタならこんな術を使った私に何か言いたい事があるんじゃない?」

 

万色悠帯は使う人の目的次第で最低最悪の兵器になり得る力を持つ。相手の精神に潜り込み、意識を奪えば体の言い操り人形にしたり、逆に魂を自分の内に誘い込めば相手は器のないただの肉塊に成り果てる。

 

 そんな危険な術を凛が使った。──本来なら糾弾すべき事なのかもしれないが、自分はさほど怒りを覚えなかった。

 

何故なら、その術を使った事を凛自身が深く反省しているから。故に自分には彼女に対して怒る必要などないのだ。

 

それに、彼女がそんな事は絶対にしないと。表、裏を通じて知り得たから。

 

だから、余計な言葉は使わず、ただ一言だけ告げる。

 

「君を、信じていたから」

 

「──────っ、ば、バカじゃない!」

 

……怒られてしまった。

 

まぁ、確かに面と向かって言う言葉ではないな。今更ながら気恥ずかしくなって頬が熱くなってきた。

 

……話を戻そう。何故凛ははやてにではなく闇の書に万色悠帯を?

 

「はやてと闇の書には何らかのパスがあるって前から気付いていたわ。パスが繋がっている以上、闇の書にも何らかの接続因子が存在する。寧ろ、なくてはならないのよ」

 

それは……どうして?

 

「さっきも言った通り、闇の書とはやては魂レベルで契約をしている。けれどはやて自身にはそれを繋げるパスがない。仮にあったとしてもあの娘にはそれだけの術式を展開できる力………いや、知識がないのよ」

 

 ………成る程、はやてに闇の書と繋がる因子が見当たらない以上、原因は闇の書しかない。ということか。

 

「そう言うこと。闇の書を通じてはやての状態を診るつもりだったけど……正直、かなりヤバいわ」

 

 眉を寄せ、表情を曇らせる凛に事の重大さが伺える。

 

「白野君。この世界には自分とは別の魔術体系が確立されているのはご存知?」

 

 凛の問いに知っていると返す。知っているも何も、実際彼女達の魔はこの身で以て思い知っている。

 

「シグナム達はそんな自分達の使う魔術を生み出す器官をリンカーコアと呼んでいるみたい」

 

リンカーコア。それは自分達でいう魔術回路の事を言うのだろうか。

 

「そうね。その認識で間違いないわ。で、はやてにもリンカーコアがあるのだけれど、彼女の場合そのリンカーコアが闇の書に侵食されていたわ」

 

リンカーコアの侵食。自分の魔術を生み出す器官が別のモノに蝕まれる………。

 

それがどんな害となるのか、ただ聞かされている自分には想像すら出来ない。

 

「リンカーコアが侵食された事によりはやての足は不随となった。しかも、それだけじゃなく闇の書は随時はやての躯をリンカーコアを通じて蝕んでいってる」

 

 はやての車椅子生活で歩けなくなった真実、そしてその侵食が今も進行していると聞かされ、自然と自分の手は握り拳を作っていた。

 

そうか。凛は自分よりもずっと前からこんな気持ちを持っていたのか。

 

なら────

 

「助けよう。凛」

 

「………白野君?」

 

それが、自分の選んだ選択だった。

 

はやては闇の書に蝕まれて以前から、そして今も尚苦しんでいる。

 

そして、そんな彼女を助ける為にシグナム達も傷付いている。凛も、何も出来ないでいる自分を悔いている。

 

なら、助けるしかない。この中で誰よりも弱く、力のない自分が言っても説得力は皆無だろうが、それでも言わずにはいられない。

 

身を粉にして足掻いているシグナム達が、報いるには、それぐらいしか手がない。

 

それに、“闇の書の中にいる”声の主だってそれを望んでいると思う。

 

でなければ、助けてなんて言葉が出るわけがない。

 

「……ホント、これが最弱のマスターだって言うんだから始末が悪いわよね。白野君、アナタ自分がどれだけ無茶な事言っているか自覚してる?」

 

無論、自覚はある。けれどこっちには自分より格段に優秀な魔術師と何度も戦いその強さを思い知ったランサーがいる。

 

「ふ、ふん。流石私の子ブタね。なかなか見る目があるじゃない」

 

「全く、結局は丸投げじゃない。当然、言い出しっぺのアンタも手伝ってくれるのよね?」

 

勿論だ。幸い此方には頼りになる四人の英霊がいるんだからな。

 

 と、そんな事を言った途端、場の空気がシンッと静まり返った。

 

………え? どしたの?

 

「……何言ってるの? アンタのサーヴァントは狐のいかにもあざといキャスターでしょ?」

 

「はぁ? 貴女こそなに言ってるの凛? 子ブタのサーヴァントは私が認めた剣士、セイバーじゃない」

 

食い違う二人の言葉に思わずしまったと口を結ぶが、既に手遅れなので大人しく白状する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、英霊が四人とか、最早チートってレベルじゃないわね」

 

「あ、あれ? 何だろ。私の記憶にないのに私の本能がその三人には絶対に会うなって叫んでる。特にギルガメッシュとか言う奴に」

 

 自分の今までの顛末を話し終えると、凛とランサーはそれぞれ疲れ切った様子で公園のベンチに座り込んでいた。

 

凛達がこの平行世界にいる理由。はやてに拾われるまで記憶を無くしていたこと、何故かランサーが受肉していた事など不可解な事や分かった事などを話している内に、既に時刻は10時を過ぎていた。

 

 けれど、ムーンセル(仮)については話していない。だって話してしまったら凛が発狂しながらハイキックしてきそうなんだもの。

 

 太陽系最古の物体を真っ二つに切り離すとか、あの世界で生きている人間からすればとんでもない事には違いない。

 

……あれ? そう言えば、そんな事をしでかした彼等のマスターである自分はあの世界ではどんな扱いになっているのだろう?

 

やばい。知りたいけど怖くて聞き出せなくなってきた。

 

今更思い浮かんできた自分への疑問に冷や汗を流す一方、凛は深い溜息を吐き出して──

 

「ま、兎に角アンタの手札は把握したわ。私も私で色々調べてみたい事があるし。何かあったら連絡して」

 

そうして手渡されたのは一枚の紙切れ。そこには凛の携帯番号とアドレスらしき文字が書き出されていた。

 

すぐさま自分の携帯に凛の番号とアドレスを打ち込み登録を済ませる。

 

互いに協力する事になった以上、連絡手段は必須事項。凛の事だから不必要な連絡は迷惑だろうから、頻繁に掛ける事はないたろうが……。

 

「じゃあ、私達はここで帰るわ。多分、あのバカ達は今日も蒐集に行っているだろうし、はやてを一人にしておくわけにはいかないから」

 

 あぁ、その方がいい。一人というのは存外堪えるものだ。ましてやあの幼い少女が孤独とやらを味わうには少しばかり早すぎる。

 

早く帰ってやれと言うと、凛もありがとうとだけ返して来た道を戻ろうと踵を返す。

 

その際、俺は改めて凛に言った。

 

絶対助けよう。はやてを、そしてシグナム達を。

 

その返事に凛は「当たり前よ」と強気の応えを返してくれた。

 

ランサーも名残惜しそうに離れると凛の後を追い、凛と共に暗闇の中へと消えていった。

 

………今日は、少しばかり疲れた。

 

セイバー達のプレゼントを買いに外へ出たかと思いきや、襲ってきたシグナム達と三度目の邂逅を果たし、更に凛達と再会した矢先に闇の書をどうにかするという話に繋がっていく。

 

 さてさて、これから自分はどうするべきか。取り敢えず我が家で待つ勝手気ままな英雄様達に懇願の土下座をすることから始めるとしよう。

 

それが、はやて達を闇の書から解放させる最初の一手なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、帰ってきた自分を待ち構えていたのは涙目で斬り掛かってくるセイバーと鬼と化したキャスターの命を懸けた鬼ごっこを繰り広げたのは……思い出したくないので止めておく。

 

英雄王よ。遠見の筒とやらで覗いていただけでなく、その内容を脚色してある事ない事キャスター達に聞かせるのは流石に人としてどうかと思う。

 

 

 

 




今回は以前やった説明会その二です。
相変わらず矛盾だらけの考察ですが、笑って見逃して下さい。


そして、感想欄を見て思ったのですが……まさか、なのはGODまで期待してくれている方……います?

もし書くべきだと言う人は礼呪でもって命じて下さい。

そうでない人は参考までに次はどの世界に行かせてみたいか、検討してみて下さい。

勝手気ままな作者ですが、どうぞこれからも宜しく。



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ウチのキャスターが修羅場すぎてヤバい

 

 

 凛とランサーとの色んな意味で衝撃的な再会から翌日、自分はとある目的地に向かって外を歩いていた。

 

凛とランサー、二人が厄介になっている家は八神はやてという幼い少女が家主で、彼女が一家の中心人物であると同時に自分を二度も襲ってきた守護騎士達の……ひいては闇の書の主でもあった。

 

最初は斬り合う間柄だった自分達だが、はやての夕食に誘ってくれた気遣いや、その後の話をしたりして、ヴォルケンリッターの将であるシグナムを始めとした騎士達とは和解。

 

もう自分には手を出さないと誓い、凛とランサーに途中で送って貰ったのだが、凛の話を聞いて事はこれだけでは終わっていない事に気付かされた。

 

 闇の書にリンカーコアを侵食されたはやては肉体にも障害が現れ、彼女の足が動かないのもそれが原因だと聞かされている。

 

 更に闇の書の侵食は緩やかでも確実にはやてよ命を蝕み、このまま手を拱いてしまえば彼女の命は間違い無く闇の書に食われる事になる。

 

けれど、だからと言って闇の書が完成されてしまえば、解放された闇の書が主諸共破壊し、暴走してしまう可能性が出てくる。

 

 どちらにしても被害は出てしまう。ならば最悪の事態に陥る前にはやてを殺す事で全てを終わらせるつもりだったというのが、自分と出会う前の遠坂凛の見解だった。

 

けれど、自分の勝手な言い出しに乗ってくれた彼女は、それを最後の最後の手段として保留し、この岸波白野に賭けてくれた。

 

そんな彼女に報いる為に、自分も出来る事をしようと思い、今日も今日とてアーチャーの鬼のようなシゴキに耐えていたが。

 

『全く、お前のお人好しさは今になって始まった事じゃないが……少々、甘過ぎるのではないかな?』

 

 などと、鍛錬を終えた後も彼の愚痴にいつまでも付き合う事になったのは予想外だったが……まぁ、これも自分の我が儘に付き合う事に対しての対価だと思えば安いものか。

 

 凛と話し終えた後、自分は皆を集めて今回の出来事の裏、そして襲い掛かってきたシグナム達とはやてと闇の書の関連等を全て話し、その上で皆にも協力して欲しいと頭を下げた。

 

最初は勿論非難囂々、セイバーやキャスターは勿論、桜までが反対したのは少々キツいものがあったが、持ち前の悪足掻きで説得をつづけた。(無論、土下座の姿勢のまま)

 

最初は難色を示していたが自分のしつこさに呆れ、渋々と協力を了承してくれたのがアーチャー。

 

その後、条件付きでセイバーとキャスターも協力に賛成する事になり、桜とは今度料理を一緒にしようという形で納得してくれた。

 

嬉しさ半分、申し訳なさ半分でセイバー達が協力してくれる事に喜んでいると。

 

『いいだろう。その話し、我も乗ったぞ。雑種』

 

 絶対に賛成してくれそうにないと思っていた人物からの了承に、自分は思わずどうしてと聞き返してしまった。

 

確かにギルガメッシュの参戦は心強いを通り越して恐ろしさすら感じる。しかし、こういった皆で何か行動を起こそうとするのは、彼は好みではなかったと思っていた。

 

それに、彼は闇の書の仕組みを初見で看破し、その上で爆笑し、自分には余計な事を言うなと釘を差してきたのだ。

 

そう言った経緯があった為に、最初に提案を出して彼を前にした時、正直斬られる覚悟をした。

 

所が────

 

『何を言う。幼き少女が命の危険に晒し、その少女に仕える騎士達が知らずに戦っておるのだ。そんな喜げ……いや、悲劇を回避する為に我も助力をしようと言うのだ。泣いて喜ぶがいい』

 

 それを聞いた瞬間、自分を含めた全員が思ったに違いない。『コイツ、絶対なにか企んでいる』と。

 

若しくは事の顕しを近くで眺め、事の行く末を観客気分で傍観者になるつもりか。

 

色々憶測が脳裏で駆け巡るが、止めておく。自分ではどう足掻いても英雄王の企みを先読みする事なんて出来ないからだ。

 

 だが、手を貸してくれると言ってくれた以上、アテにはさせて貰う。

 

そうして、地下のBB除く全員の一応の賛同を得て、その場はそれで解散となったのだが……。

 

「きゃーん。ご主人様、寒いですー。タマモ、手が冷たいですー♪」

 

 お願いですからキャスターさん。少し自重してくれませんか? 恥ずかしいから。

 

「えー? ご主人様言ったじゃないですか。自分に協力してくれれば出来る範囲でなんでもするって」

 

そうだったなと返し、再び昨日の出来事について思い出す。

 

 そう。あの時自分は迂闊にもそう口走ってしまい彼女達にそんな事を言ってしまった。

その為に今日はキャスターと一日デートをする事になり、真冬の空の下でカップル同然に街中を散策している。

 

セイバーは来ていない。何でもキャスターには看病された借りがある為、今回は余計な手は出さず、静かに家で待っているとの事。

 

……今頃、悔しくて布団とか枕をギッタンバッタン叩いたりして憂さ晴らしをしているんだろうなぁ。

 

見送りに来てくれた際、頬をこれでもかと膨らませてプルプル震えていたものなぁ。

 

と、此方の考え事を読み取ったのか、キャスターは抱き付いてきた腕に力を込め、上目遣いで睨んでいた。

 

「もう! ご主人様、デートの最中に他の女を思い浮かぶなんてマナー違反ですよ?」

 

 プクッと頬を膨らませるキャスターにゴメンナサイと真摯に謝る。けれど、彼女の膨れっ面が可愛く、そして面白かった為、半笑いになってしまった為、ちょっと態度が悪かったかなと反省。

 

「えへへ~、ご主人様は暖かいですね。タマモ溶けてしまいそうです」

 

しかし、そんな自分の態度に対して怒らず、タマモは更に密着し、満面の笑顔を浮かんでいる。

 

確かに、ここ最近彼女の態度には冷遇な場面が多かった気がする。キャスターも自分の為に戦ってくれている以上、彼女の我が儘に多少なり応えるのも偶には良いだろう。

 

……それに、こんな綺麗で可愛い女性と同伴出来るのはやはり嬉しいのだから。

 

それはそうとキャスター、一つ聞いてもいいかな?

 

「はい? 何です?」

 

以前から疑問に思ってたんだけど……耳と尻尾、隠さなくていいの?

 

「呪術で普通の人には見えない不可視の術を施してありますから大丈夫です」

 

呪術ってスゲー。

 

今更の疑問に笑顔で一蹴され、思わず苦笑いが浮かぶ。

 

そう言や、ランサーの角と尻尾も出っぱなしになっていたけど、凛辺りが何とかしているのかな?

 

などと、ちょっと考え事している内にドンッと肩に何かがぶつかった。

 

 恐らくすれ違い様に誰かにぶつかってしまったのだろう。これでは拙いと思いながら振り返り様にすみませんと謝罪するが……。

 

「イッテェな、どこ見て歩いてんだ?」

 

如何にも柄の悪いドレッド頭のお兄さんがこめかみに血管を浮かばせて凄んできた。

 

すると彼の取り巻きである数人のチンピラが、ニヤニヤ笑いながら自分達を囲み始める。

 

「おーイテェ、こりゃ肩の関節が外れたかな?」

 

「そりゃ大変だ。おいコラ兄ちゃん、ミッチーになんて事しやがるんだよ。これから折角仲間誘ってボーリングに行くってのに、これじゃあ女の胸も揉めやしねぇじゃねぇか」

 

 大袈裟に肩をさするミッチーに、チンピラAが顔を強ばらせて凄んでくる。

 

どれもこれも強面である為、周囲の人間は見て見ぬ振りをし、その場は一種の空白地帯になっていた。

 

彼等の彼女であろう女性達もチンピラの言葉にイヤーとか「ケンジってばヤラシー!」などとピンク色の声を上げている。

 

……全員ガングロだけど。

 

「ツー訳でよぉ。慰謝料として10万程金を貰おうかな? ほら、俺ってば善良な市民だから100万とかバカな事言わねえし」

 

いや、ただぶつかっただけで10万とか善良な市民なら請求しないと思う。

 

………まぁ、ウチにはぶつかっただけで即首を斬ろうとする英雄王がいるけどね。あ、市民じゃなくて王様か。

 

取り敢えず、ここで荒波を立てたくはないので頭をペコペコと下げ、下手に相手を刺激させないように気を配りながら彼等の包囲網の脱出を試みるが。

 

「おいおい兄ちゃん、どこへ逃げようってんだ?」

 

「そらねぇだろ? ぶつかって来たのはそっちだぜ?」

 

 前を遮る様に、他のチンピラ達か立ちふさがる。

 

どうしたものか。アーチャーに一般人への無益な攻撃は控えるようにキツく言い渡されているし、かと言って無抵抗で殴られては折角のキャスターとのデートが台無しになる。

 

やはりここは逃げの一手か。普段から走り込みをやらされている為にそこそこ体力には自信がある。

 

 そうと決まれば行動あるのみ、小声でキャスターに上手く自分に合わせるように言うが………。

 

「…………」

 

───キャスター?

 

俯いて顔を見せないキャスターに訝しげに思っていると。

 

「あれぇ? 今まで俯いてて気付かなかったけど、君結構可愛いじゃん!」

 

「こんな根暗な野郎とは縁切ってさ、俺達と楽しもうぜ? 天国に連れてってやっからよ」

 

 ミッチーとケンジがキャスターの顔を覗き込むとその顔をやらしく歪め、彼女の肩に触れようと手を伸ばす。

 

肩外れたんじゃなかったのかよ。流石に看過出来なくなった俺は、チンピラ共の手を掴もうとする─────

 

「触んな雑菌が」

 

───が。

 

「う、うわ! な、なんじゃぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

「み、ミッチー!?」

 

「何だこれ、ミッチーの身体がいきなり燃えてぎゃぁぁぁっ!!」

 

チンピラ達の身体を次々と点火する炎。その熱と痛みにチンピラ達は悶え苦しみ、冷たい海に向かってダイブする。

 

突然の阿鼻叫喚の地獄絵図にギャル達も怯え、周囲の人達も戦慄し、この通りはパニック状態に陥っていた。

 

 ただ、この惨状の原因となる人物に心当たる俺は、その張本人であろうキャスターに視線を向ける。

 

すると彼女は先程までと同じ笑みを浮かべて。

 

「私、今日は本当の本当に嬉しかったのです。ここ最近セイバーさんやら凛さん、あのドラゴン娘に良いようにご主人様を弄ばれて少々フラストレーションが溜まっておりましたの」

 

 満面の笑顔。女神と見間違う程の微笑みを浮かべながらキャスターは囁き続ける。

 

「だから、此度の二人っきりの綾瀬は本当に嬉しく、感激したのです。ですから───」

 

 するとキャスターは笑みで瞑っていた目を僅かに開き。

 

「もしまた誰かに邪魔されたりすれば私、自分を抑えそうにありません」

 

 その囁きに背中が総毛立ち、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

 

彼女の冷たい殺気。自分に向けたモノではなく、滲み、溢れ出た殺意に頬から冷や汗が流れ落ちた。

 

けど、決して引かない。ここで殺気に当てられて彼女の腕から逃げてしまっては、その瞬間自分はあのチンピラ以下の存在になってしまう。

 

だから、抱き付いてくる彼女の腕を強く握り、行こうとだけ呟く。

 

「はい。ご主人様」

 

 そんな自分の態度に心を許してくれたのか、キャスターは無邪気な笑みを浮かべて寄り添ってくる。

 

パニック状態となっているその場を後にし、俺達は僅かな一時を過ごす続きをするのだった。

 

………所でキャスターさん。流石に公共の場でご主人様はちょっとご遠慮したいのですが。

 

「では旦那様で? 寧ろタマモ的にはそれで構わないのですが?」

 

………やっぱご主人様で。流石に妻帯者にはまだ早いですから。

 

「あぁん! ご主人様のいけずぅ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、大したトラブルもなく俺達のデートは順調に進んでいった。商店街ではウィンドウショッピングやちょっとした小物の買い物、映画等々一通り基本的なデートを堪能した後、本日の締め括りとしてとある喫茶店へと赴いていた。

 

それで、どうだったかな? 岸波白野初のデートの感想は?

 

「そうですね。正直申し上げればもう少し手順良くいかないものかとヤキモキしてました。最初のウィンドウショッピングは兎も角、小物は100均の手鏡、映画は時間が合わず適当な本屋で時間潰し、トドメにはバイト先になる予定だった店に行くとかムードもへったくれもありませんでしたわ」

 

キャスターのダメ出しっぷりにテーブルに突っ伏くす。

 

 ………確かに、彼女の言うことも尤もだ。デートと変に意識した所為で緊張し、ウィンドウショッピングではキョドってばかりだった。

 

映画の上映時間も確認せず、行き当たりバッタリな行動の所為で無駄な時間を使い、最後の締め括りとして指定した喫茶店もバイト先になる筈だった店とか、空気を読まないにも程がある。

 

けれど、自分の財布事情を考えれば、これでも頑張った方なのですが………。

 

「それは、ご主人様の常日頃の行いの所為です。そんなんだから金ピカにハサンなんて呼ばれるんですよ」

 

 グサリッとキャスターのトドメの一言が心の奥深くに突き刺さる。……折角のデートが完全に失敗に終わり、彼女の期待に応えられなかった事実にうなだれていると。

 

「ふふ、申し訳ありませんご主人様。少々イタズラが過ぎましたね」

 

 イタズラが成功した子供の様に、無邪気に微笑むキャスターにへこたれた自分の心にスッと癒された気がした。

 

「確かにご主人様のデートは残念な形で成ってしまいましたが……最初に言ったように私はそれでも嬉しかったのです。ウィンドウショッピングで落ち着かない貴方。映画の上映時間に間に合わず、慌てながらも必死に挽回しようとする貴方。残り少ないお金で小物を買ってくれた貴方。その全てが私にとって宝物で、頑張る貴方様がこの上なく愛おしく思えました」

 

慈母の微笑みとは、こういう事を言うのだろうか? 彼女の慈愛に満ちた微笑みにこれまでのささくれた気持ちが嘘のようになくなり、あるのはこんな優柔不断な自分を好いてくれている彼女に対する幸福感だけだった。

 

それでもただ一つ、彼女に言いたい事があるとすれば───。

 

「また今度、来よう。その時はきっとキャスターが満足出来るデートにしてみせるからさ」

 

その言葉に、キャスターは一瞬呆けた顔になるが。

 

「はい。その時は是非。この良妻狐、いつでもいつまでもお待ちしております」

 

やはり、彼女の笑顔は美しかった。

 

………所で、いつまでこっち見てるつもりですか? 士郎さん

 

「あ、いや、その。注文されていた珈琲を持ってきたんだけど……お邪魔だったかな?」

 

 恐る恐るテーブル脇に立つこの人は高町士郎さん。

 

この喫茶翠屋の店長さんで、ここは以前話した自分が働く筈だったお店。

 

 どのメニューの値段も手頃で、ハサンいや破産間近な自分の財布事情にも比較的優しいお店となっている。

 

と、そんな事よりも今日は本当にすみません。バイトの面接をキャンセルしたばかりでなく、こうしてお店に来てしまって。

 

「あぁ、それは気にしなくていいよ。お客様としても大歓迎だけど、こうして君の無事な姿を見ることも出来た。……怪我の方はもう良いのかい?」

 

 心配そうに訊ねてくる士郎さんに大丈夫ですと返答する。実際自分の受けた被害は打ち身と打撲程度で大した怪我はなく、酷い大怪我を負ったセイバーも今はもう全快している。

 

あるとすればバイトの面接を勝手にも断ってしまった事に対してだけだ。

 

「だから、それはもう良いって。君の事情は理解したし、その事に関しては桃子も息子の恭也だって怒っていないさ。それに、まだバイトの申込期限は切れてないし、なんならもう一度受けてもいいんだよ?」

 

 こ、この人は聖人君子か何かか? 他人でしかない自分にここまで親身にしてくれて、しかも一方的に面接を断った自分をもう一度受けてみないかと誘ってくれている。

 

「うわー。ここまで来ると何か裏があるんじゃないか疑ってしまいますね」

 

こらキャスター、滅多な事は言うもんじゃありません。

 

「いやぁ、実はね。ウチはこの時期になるとケーキの予約が殺到してね。手頃で元気のある若者を捜していたんだよ」

 

て、いきなり裏話!?

 

で、でも、それが本当だとすると素人な自分がケーキ作りなんかしても大丈夫なのだろうか?

 

「あぁ、その辺なら桃子が丁寧に教えてくれるし、そんなに難しくないから大丈夫さ」

 

 なんと、プロからの指導があるなら心強い。これを機に料理下手を卒業するのも一興か。

 

プレゼントの作成も最初は失敗したけど今は順調に進んでいるからクリスマスには間に合いそうだし、料理下手も直せてバイト両を貰えてハサン脱出なら一石二鳥!

 

 士郎さん、不躾なお願いですが……。

 

「うん。その言葉、待っていたよ白野君」

 

こうして、自分はその場で喫茶翠屋のバイト要員として契約する事になった。

 

「あらあらまぁまぁ、キャスターさんてば旦那様にメロメロなんですのね。お若いのに羨ましいわぁ」

 

「何を言ってるんですか桃子さん。旦那様と仲良くお店のをしているとか、接種した糖分が逆流しちゃいますー。その仲良しの秘訣、是非このキャスターに先輩としてご伝授して下さいな」

 

なんか意気投合してるー!?

 

とまぁ、色々紆余曲折があるものの、いつの間にか仲良くなった桃子さんとキャスターを引き離し、俺達は帰路に着くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に太陽は傾き、もうじき海に沈もうとする頃、自分とキャスターは夕暮れの海沿いの道を並んで歩いていた。

 

「ご主人様、今日は本当にありがとうございます。タマモ、本当に本当に嬉しかったです」

 

 これで何度目だろうか。幾度となく礼を言う彼女に言いから気にするなと告げて返す。

 

そのやり取りが心地いいのか、キャスターはデレデレな顔で自分の腕に擦りよってくる。

 

今更引き離すのもどうかと思うので、取り敢えずはこのままでいさせて上げようとした時、ふとある事を思い出す。

 

そういや、あれから凛の連絡はまだ来ていない。そう簡単に成果はでていないだろうがそれでもなんの音沙汰なしなのは……。

 

此方の事情か少し変わった事だし、バイトの事を含めて一度此方から連絡した方がいいか?

 

 いや、でもデートしている最中に電話をするのもなんか間違っているかもしれないし。

 

「えへへ~、うにゃうにゃにゃ」

 

こんな幸せそうな彼女の顔を崩すのは、些か無粋に過ぎるだろう。

 

もう家までそんなに距離はないのだし、ひとまずは家に帰ってからで────

 

「ご主人様!」

 

言われる前に我に返る。この世界と隔絶するような空気………間違い無い、これは結界だ。

 

だが何故? シグナム達はもう自分達を襲うことはないとあの時誓った筈だ。

 

約束を無闇に破るような人達ではないのに……だが、これは自分達を二度も囲った結界によく似ている。

 

と、頭が疑問に浮かんだその時だった。

 

「時空管理局執務官クロノ=ハラオウンだ。君達に少し聞きたい事がある」

 

 それは、黒衣の魔導師だった。

 

黒に統一された衣服と杖、宙に佇む少年はシグナム達とは違う威圧感を放っていた。

 

そして、そんな彼から聞かされた時空管理局という名前、それはシグナム達から聞かされた時空の法を司る次元世界の番人達の総称だった。

 

そんな組織の一員が、こんな小さな少年だなんて。

 

「君達は闇の書と呼ばれる魔導書と、それにまつわる騎士達と何度か交戦したという情報があり、僕達の艦に対して電脳攻撃を仕掛けて一時的に制圧したという疑いが掛けられている。……大人しく、此方に従って欲しい」

 

驚いていた自分の頭に新たに聞き慣れない言葉が聞かされた為に、少しばかり脳内がシェイクされる。

 

………え? 電脳攻撃? 艦を制圧? 何を言ってるんですかこの子。

 

混乱する自分が呆けていると。

 

「─────この、クソガキがぁ」

 

ゾクリ。

 

殺意に満ちた声に我に返り、隣にいるキャスターに振り向くと。

 

「ご主人様との愛の一時を邪魔するだけでは厭きたらず、そのご主人様を犯人扱いするとな………覚悟は出来てるだろうなヒューマン」

 

黒い呪術の衣服を身に纏い、尋常ならざる殺気を撒き散らすキャスターが、黒い少年を睨み付けていた。

 

………あれ? なにこのデジャヴ。

 

 

 

 

 

 




えー、先ずは読んで下さった皆様に対して一つ言わせて頂きます。

私は別に管理局アンチとか、ヘイトとか、そんなつもりは一切ありません!マジで!!
ただこう、展開上必要な位置になってしまったというか……書いている内にこんな展開になってしまって………。

言うなればそう、間が悪かったのだ! どこかのスーパー求道僧も言ってた!


……本当、前の時といいマジで申し訳ありませんでした。

こんな駄作者ですが、どうか見放さないで下さい。

それでは次回。ノシ


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人のデートを邪魔する奴は、ヤンデレに刺されて地獄に堕ちる。

 

 

 

 数時間前、次元航空巡艦船『アースラ』内。

 

現在不在しているアースラ艦長の代理を務める黒衣の少年、クロノ=ハラオウンが艦長席に座り、モニター画面越しに映る眼鏡の少女に向けて会話を交わしていた。

 

「………それで、なのはのレイジングハートとフェイトのバルディッシュは?」

 

『もうじき完成予定。カートリッジシステムも滞りなく組み込めたし、破損部分も修復したから、後は二人が此方に来るのを待つばかりだね』

 

 少女の言葉にクロノは「そうか」と簡潔に返す。

 

『それで、クロノ執務官。エイミィの様子は……?』

 

「今は医務室で眠っている。命に別状はないし、両手の怪我もじき回復するだろう」

 

 少女の問いにやはりクロノは簡潔に返す。その淡泊な返事に誤解される人間が多いが、少年は別に感情に乏しい訳ではない。

 

人並みに怒りはするし、悲しむ。ただそれは今ではないと己を律し、任務に真摯に挑んでいるからである。

 

幼い内に執務官という肩書きを持ち、責任と使命感を持つが為、その冷たい態度にも見える少年の対応は彼なりの処世術の表れでもあった。

 

それを理解している為、モニターに映る少女はクロノを冷血な人間等とは思わない。寧ろ自分よりも幼いのによくそこまで己を自制出来るものだと関心している。

 

優秀な母の代理で、その肩に掛かる重圧は重いだろうに。

 

「明日辺りには二人もそちらに向かうだろう。その時は宜しく頼む」

 

『それは勿論ですよ。折角寝る間を惜しんでここまで来たんですから、最後の調整も抜け目なく終わらせますよ』

 

「頼んだ」

 

 その会話を最後に、モニターの映像は切り替わり、別の映像がクロノの前に映し出されている。

 

映像に映し出される幾つもの画像。その中に浮かぶ一冊の本が映っている映像に、クロノの心中がザワリと騒ぎ出す。

 

(闇の書。10年前に父さんを殺し、母さんを悲しませた元凶……)

 

 思い返すのは葬儀で必死に泣くのを堪える母の姿。父を失い、幼い内に死というモノを理解した自分も確かに辛くもあり一心不乱に泣きたくなった。

 

けれど、現場に居合わせながら父を見殺しにするしかない母の気持ちを思えば、耐えられない事ではなかった。

 

父は失った。しかし、そのお陰で母や当時現場に居合わせていた管理局員達が救われた。

 

父の行いは正しいのか、間違っていたのかは分からない。けれどそんな父に憧れ、誇りに思えたからこそ今の自分がここにいる。

 

だから、復讐なんて感情はなかった。この闇の書を前にあるのは運命めいた皮肉とあんな悲劇は二度と起こさせない使命感のみ。

 

………まぁ、全く微塵もないと言えば嘘になるが。

 

「と、それよりも今はこっちだな」

 

 自分の心情に一通りの整理を終えたクロノは次の映像を映し出す。

 

それは闇の書の守護騎士達と争う赤い服の男と黄金の男、そして純白の花嫁衣装に似た格好をした少女の姿だった。

 

三人とも、それぞれ独特な出で立ちでその戦い方も様々だ。

 

赤い男の戦略性、花嫁衣装の女剣士の剣裁き、黄金の男はその戦い方からしてデタラメの一言に尽きる。

 

そして、そんな彼等の側を常にいるのが……。

 

「この青年、という事か。彼等の仲間である以上ただ者ではないと思うが………」

 

 クロノの目が一人の青年の姿を捉える。

 

それは一見すればなんて事はない、ただの一般人に見えるが……それでは済ませない唯ならぬ気配を、クロノは画像越しに感じていた。

 

根拠はとある戦闘映像、監視用として街中にばら撒いたサーチャーに映っていたモノ。

 

黄金の男が取り出した飛行船。そこにしがみつきながら青年は何やら叫んでいるのが見えた。

 

 隠密性能を高める為に音声機能は付けられなかったが、この場から見る限りでは黄金の男に指示を飛ばしている様に見える。

 

そして、クロノのそんな考えは見事に的中する事になる。

 

 青年が叫んだ直後、男は一振りの剣を取り出して目の前の何もない空間を斬る。すると緑色の糸が弾け飛んだ瞬間が見え、その瞬間同時に上から奇襲してくる騎士を弾き飛ばし、以降は圧倒的な展開が暫く続いた。

 

 三人の騎士達を相手に圧倒する。確かに黄金の男の戦闘能力は凄まじいが、それ以上にそんな男を見事に扱う青年こそがクロノにとって脅威に思えた。

 

 相手の手の内を知っているのかのような観察眼、敵の戦略を見透かす洞察眼。見た目は若い青年のようで彼の立ち振る舞いは歴戦の戦士のソレだ。

 

間違い無い。戦闘能力こそはないものの、この人物が彼等のリーダー的存在なのだとクロノは確信する。

 

 だが、何故そんな彼が守護騎士達と相対している? 何が目的で敵対している?

 

巻き込まれたと言われればそれまでだが、彼等の戦い振りを見てそれは有り得ないと頭の中で否定する。

 

 彼等の戦いは自分達の使う魔導と良く似ている。しかし、本局にはそんな人物が管理外世界に向かった報告は一度もない。

 

故に、考えられる理由はひとつしかなかった。

 

「闇の書を奪い、その力で世界でも支配するつもりか?」

 

 次元の犯罪者が闇の書を狙って地球へとやってきた。それがクロノの見解であった。

 

無論、決め付けはしない。もっと他に違う目的があるのではないかと頭の中でその可能性を模索している。

 

本当にただ巻き込まれただけかもしれないし、世界を渡る際に本局に報告をし忘れただけかもしれない。

 

だが少年の心が、勘が違うと叫んでいる。

 

彼等は危険だと。下手をすれば闇の書よりも……そう声高に叫んでいるのだ。

 

ふと、耳に通信を知らせるブザー音が聞こえてくる。何かと思い振り向けば、この艦の乗組員の一員である技術スタッフからの定期通信だった。

 

『クロノ艦長代理、艦の60%程機能が回復し、ひとまず応急処置は終わりました』

 

「ありがとう。引き続き艦のシステムチェックを頼む」

 

『了解です』

 

 簡単な連絡内容を聞いてその通信は終わりになる。

 

クロノの執務官として青年に警邏を鳴らす理由、それはこの次元航空巡艦アースラへのシステムハッキングだ。

 

その時のクロノは本局へ報告しに向かっていた為に詳しくは知らないが、技術スタッフやオペレーターの話によるとハッキングしていた者はものの数秒でアースラのファイヤーウォールを突破、艦の制御だけではなく局に登録しているデバイスにまで支配し、暴走させたという。

 

 艦の制御はものの数分で解放されたが、その際に艦のシステムはハッキングの痕跡諸共ボロボロに破壊され、一時は通常運航さえ出来なくなっていた。

 

技術スタッフにシステムを直してもらい、ファイヤーウォールも以前のものより強固にしてもらったが、相手は未知の存在だ。正直、再びハッキングされれば防ぎようがないだろう。

 

「………これは、偶然か?」

 

 謎の戦力を有する若き青年、もし青年が此方の存在と所在を既に認知し、警告代わりに艦のシステムをハッキングしたとしたら?

 

………もしかしたら、今の自分はとんでもない犯罪者を相手にしているのではないだろうか?

 

 不安と恐怖が、クロノの思考を焦がしていく。

 

まだ確定していた事ではない。これまでの推察は全てクロノ一人の“もしも”の話かもしれない。

 

だが、そんな存在が更なる力を求めて闇の書を手に入れようとすれば?

 

もし闇の書の力を完全に御せるだけの力量を持っているとすれば?

 

 ………執務官は単独で動く権限を持ち合わせているが、その分その身に宿る責任は重い。

 

勝手な憶測で事態を混乱させる訳にはいかないし、何より今の自分は艦長の代理だ。迂闊な行動を起こして艦長の……母の立場を悪くさせる訳にはいかない。

 

けれど、そうしている内に青年が闇の書を手にしていれば?

 

既に彼には守護騎士達を退ける戦力を持っている。その気になれば今この瞬間だってあの青年は闇の書を手にしているかもしれないのだ。

 

理性と本能、騒ぎ立つ感情を前にクロノは困惑し、思い詰める。

 

「こんな時、彼女が目覚めてさえいれば!」

 

 まだ目覚めてはいない幼なじみにクロノは苦悩する。他の乗組員達が詳しい事情が知らない以上、システムハッキングについて唯一知っている可能性があるのは彼女だけなのだ。

 

情報が足りない。未知の存在を相手になんの手掛かりも無しに戦うのは愚の骨頂。

 

けれど、今はその情報を集める時間すらない。

 

 頭を無造作に掻き上げ、目の前の青年が映った画像を睨みつける。

 

数分、或いは10分以上睨み続けている内にクロノの中で一つの決断が思い浮かぶ。

 

 手元にあった紙にサラサラと文字を書き写すと、クロノは技術スタッフに通信回線を開く。

 

「忙しい所済まない。僕のデバイスの調整はどこまで進んでいる?」

 

『クロノ艦長代理? えっと、現在代理のデバイスはウイルスがないかクリーニングをしておりまして、あと数分で完了します』

 

「そうか。なら今からそちらに向かう。度々申し訳ないが早い内に終わらせてくれ」

 

『え? 代理? まさか出るつもりですか? 例の守護騎士達はまだ確認されておりますし、第一今は待機なんじゃ……』

 

話を最後まで聞かずにクロノは通信を切る。

 

同時に席から立ち上がり、自身のデバイスを受け取るために早足で通路を歩く。

 

そのデスクの上に、辞表届けと書かれた一枚の手紙を残して。

 

(事態が最悪の方向に向かう前に、何としても彼の真意を確かめなくてはならない。彼が敵なのか、それとも味方なのかを)

 

 あんな悲劇を二度と起こしてはならない。

 

事態が複雑化している中、時間も残されていない以上気付いた者が動くしかない。

 

そしてその際に起こる責任は全て自分が負う。

 

その覚悟を胸に、クロノは青年───岸波白野の下へ跳ぶのだった。

 

そして、その邂逅は割と早く叶うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然現れた時空の管理者を名乗る少年に、自分は暫し呆気に取られていた。

 

 時空を管理するのだからイメージとしてはこう、七人の賢者とかなんとか七武海みたいな感じかと思っていたが……こんな小さな子供でもやっていけるモノなのか?

 

 少年の体格は外見的にヴィータちゃんや八神ちゃんより少し大きい程度、年齢も10歳前後に思える。

 

だが、そんな彼から向けられる警戒心と敵愾心は本物だ。

 

それに……彼のその表情は何か怯えているようにも見える。

 

一体何に? その疑問が浮かび上がる前に──。

 

「やはり、もう一人いたのか。その外見から察するに使い魔の類だと思われるが……なんて殺気を出しているんだ」

 

「今更後悔しても遅ぇのです。折角ご主人様との甘いラブラブ空間を邪魔しただけではなく、犯罪者扱いする。……幾らガキとはいえ容赦はしないぞコラ」

 

何時にも増して怒りを露わにするキャスターに落ち着けと促す。

 

だが、自分の言葉に耳を貸さず、キャスターは更なる怒りを募らせていく。

 

「こればっかりはご主人様のお言葉でも譲れません」

 

 一体どうしてそこまで怒りを露わにするのか。確かにデートの邪魔をされて頭に来るのは分かるが、別にこれで最後になるわけではないのだ。

 

デートならこれから何度も出来るだろうし、キャスターもそれを待っていてくれると言ったじゃないか。

 

「………一つ、ご主人様は勘違いをされています。此度の逢瀬、初めてだったのは────私もなんです」

 

 その言葉に自分は思い違いをしていた事に気付く。キャスターは生前からその美しさに見惚れられ、多くの王や天皇に仕えてきた。

 

一見華のある日々を過ごしてきたかに思える彼女だが、それは側室や后としての立場であり、一人の女性として扱われる事は決してなかった。

 

 どこにでもいる女性として、当たり前の日々を過ごす。それこそが彼女の願いだと言うのに………。

 

彼女の悲しげな横顔を目の当たりにして、やはり自分は未熟なのだなと実感する。

 

「………一つ聞こう。君達は闇の書についてどこまで知っている?」

 

黒い杖を此方に翳し、より一層敵意を強くして少年は自分達を見下ろす。

 

そんな彼に、自分から送れる言葉は一言だけ。

 

「君に、君達に話す事はなにもない。早々に帰ってくれ。こっちはまだデートの途中なのだからな」

 

「────ご主人様」

 

「……そうか、では少しばかり手荒にいかせて貰う。君達は危険な存在になりつつあるからな」

 

 その瞬間、少年が杖を頭上に翳すと無数の刃が彼の周りに顕現する。

 

その一瞬だけ驚く。少年のその攻撃はまるでギルガメッシュの様な圧倒的物量を持って───

 

『この我を凡百の魔術師と同列に扱うなよ。雑種』

 

ふと、吹き出してしまった。

 

当然だ。かの英雄王の容赦のない攻撃に比べればこの程度の物量はなんてことない。

 

それに───

 

「降り注げ、スティンガーレイン!」

 

「炎天よ、疾れ」

 

此方には、五つの王朝を滅ぼした大妖狐が側にいるのだから。

 

 ぶつかり合う刃の群と炎の渦。炎が刃の全てを呑み込むと、その瞬間爆発を起こして辺りの木々を薙ぎ倒していく。

 

周囲に満ちる爆炎と煙。それを視界を遮る壁として扱ったのか、黒い影がキャスターの右側に飛び────

 

「右だ! キャスター!」

 

「はいです!」

 

 キャスターの武器である鏡が、黒い影に向けて横凪に打ち込む。

 

ガギンッ、と金属音がぶつかり合う音が聞こえ、その衝撃に煙が吹き飛んでいく。

 

 キャスターに向けて杖を振り下ろしている少年とそれを鏡で防ぐキャスター。

 

その次の瞬間には既に両者は弾かれるように間合いを取ってキャスターは地に、少年は空中へとそれぞれ距離を空ける。

 

ほんの僅かな攻防を垣間見て、やはりこの少年も強いと理解する。

 

使い勝手の良い剣の弾幕による撹乱、そして爆炎と煙というカーテンを利用しての奇襲、素早い踏み込みによる白兵戦。

 

己の技を持って状況を有利に進める戦い方は、どこかアーチャーに似ていた。

 

「……やはり、手強いな。貴女の魔術もそうだがそれ以上にそちらの人の観察眼は厄介過ぎる。まさか此方の初手をこんな見事に見破られるなんて」

 

「はん、ウチのご主人様をあまり見くびらないでくれます? 魔術師としての実力は平々凡々ですがこと戦闘に於ける洞察力はピカ一なのです。その内タケミーやフッチン以上になるんじゃね? と私も戦々恐々の思いなのですから」

 

 今の攻防で仕留める気だったのか、少年は自分を見て……いや、睨んで来ている。

 

キャスターはキャスターで軽口を叩いているが……誰? タケミーとかフッチンて?

 

「あれ? 知りません? 一応二人とも軍神と崇められてるんですけど……タケミカヅチやフツヌシって」

 

よし、これ以上詮索するのは止めよう。大体何で自分が日本の軍神と比較されなきゃならんのだ。

 

キャスターの主を持ち上げる性分は時々度が過ぎる傾向がある。

 

「いやー、案外分かりませんよ? だってご主人様一度見た攻撃は殆ど受けませんよね?」

 

 そりゃ、人間は学習する生き物だ。そうそう何度も同じ手が通用すると思われては困る。

 

……まぁ、時々深読みのし過ぎで誤爆する事もあったけど。

 

「いやいや、深読み程度でサーヴァントの動きを先読みするとか、ドンだけですか?」

 

 何か自分の言動がおかしかったのかキャスターが引いてる。その事に内心でショックを受けつつも彼女に警戒しろも激を飛ばす。

 

「軍神、まさか神に匹敵する目を持っているとは……やはりただ者ではないな」

 

何か扱いが大きくなってるーー!

 

今の自分とキャスターのやり取りを聞いていたのか、少年は戦慄を覚えた表情で此方を……ひいては自分を凝視していた。

 

「ご主人様、今です! あのガキんちょが勝手にビビっている内がチャンスですよ!」

 

 キャスターのその言葉に一瞬躊躇する自分だが………まぁ、仕方ないよね。先に仕掛けてきたのはそっちだし、戦いの最中に気を逸らすのはいけないよね。

 

「氷天よ、砕け」

 

彼女のその言葉と共に、少年の足下に氷の槍が突き出てくる。

 

「っ!」

 

自身に目掛けて迫ってくる氷の槍を少年は身を翻して回避する。

 

やはり強い。目の前まで迫った氷の切っ先を咄嗟の行動で完全に回避している。

 

加えて彼方は自由自在に空を飛べて、此方はそんな術はない。

 

なら、ここはその飛行能力を逆手に取らせて貰い、この戦いを終わらせる。

 

「キャスター、風を!」

 

「───成る程、承知しました」

 

此方の指示の意図に瞬時に察してくれたキャスターがその大きく開いた袖口から一枚の符を取り出して頭上に投げる。

 

符はその瞬間眩い光の粒子となり、空中へ四散する。

 

「何をするかは知らないが!」

 

 そんな此方の行動をお構いなしに少年は離れた空の位置で再び杖を掲げる。

 

現れたのは自分達の頭上を埋め尽くさんばかりの剣の束。此方が二人掛かりという不利を考えて、どうやら短時間の決着へと踏み出した。

 

「これで終わらせて貰う! スティンガーレイン・ファランクスシフト!」

 

 吐き出す言霊と共に少年が杖を振り下ろす。その瞬間、剣の雨が降り注げられたると思った───その時。

 

「─────っ!?」

 

今まで空を足場にした少年が、突如落下したのだ。

 

何かに引き寄せられる様に、ではなく。フッと、唐突に、何の抵抗も感じられず。

 

バランスと術の制御を失い、空に浮かんでいた剣の大群はガラス細工の様に四散し、少年は重力に従って地面に落下する。

 

そして、その時を見計らったように。

 

「護摩の焚き火と参りましょう」

 

したり顔のキャスターが、少年に向けて特大の花火を上げた。

 

「ケッ、汚ねぇ花火だぜ」

 

 やめい。

 

やりすぎな攻撃をぶちかますキャスターに、自分は戒めのチョップを放つ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうしましょうかご主人様。今の内に去勢しときま───あいたぁ! も、モフルのでしたらもっと優しくお願いしますぅ」

 

 気絶した相手に恐ろしいことを口走るキャスターを折檻した自分は悪くない。

 

少年を倒した事により結界は解かれ、辺りは夜の暗闇に包まれる。

 

人の気配はしないし、どうやら人目に付くことはなかったようだ。

 

さて、問題はこの気絶をした少年についてだが……どうしよう。

 

そもそもこの少年は自分を管理局の執務官だと言った。そんな彼をここまでボロボロにしてしまった事で、余計な事態に陥ってはいないだろうか?

 

「もう、ご主人様ってば心配性ですねぇ、別に宜しいではないですか、もしまた向こうから仕掛けてくれば今度こそ軽々(コロコロ)してしまえばいいだけですし」

 

………なんだか、ここ最近のキャスターは物騒な事しか口にしていないような気がする。

 

一体どうした? 何故そこまで苛ついているんだ?

 

「いえいえ、別にご主人様のフラグ建築っぷりに怒ったり、セイバーさんや桜さん、更には凛さんやドラゴン娘にさえ落とすご主人様のイケメンぶりに憤怒していることは……えぇ、ありませんとも」

 

………どうやら、原因は自分にあるようだ。

 

どうにかしてキャスターの機嫌を取らねば、でないと近い将来に彼女の虚勢拳を受ける時が本当に来てしまう。

 

 キャスターの機嫌をどう取ろうか、本気で考え始めた時。

 

「……洞察力の高さの割に、意外と詰めが甘いな」

 

キャスターと自分の身体には蒼白い縄が全身に巻き付いていた。

 

「そちらの魔術師がまさか攻撃ではなく空間に作用する術を施していたとは……お陰で僕は空中機動での力場を失い、無防備に転落する事になるとは……」

 

 全身が縛られた事によりバランスが崩れて地面に倒れ伏してしまう。

 

先程とはまるで逆の立場になり、気絶していた少年は満身創痍になりながら杖を支えにして立ち上がる。

 

「本来ならこの搦め手にも対応してみせたけど、どうやら自分を追い詰め過ぎた為に自身を見失っていたようだ。今後の課題として肝に命じておくとしよう」

 

「肝に命じておくじゃねーです! このガキ、折角人が見逃してやろうというのに掌返しとかどういう了見だっつーの!」

 

「何て言われようと構わない。僕は自分の成すべき事を成す為にここまで来た。もう、二度とあんな悲劇は起こさせない為に!」

 

今にも倒れそうな身体に鞭を打ち、少年は杖を振りかぶる。

 

逃げ出そうと必死にもがいているが、この光の縄の強固さは並ではなく、魔力によって強化した肉体でもビクともしない。

 

キャスターも抜け出そうと力を込めているが、縄に皹を入れるだけで完全に破壊するまでは至らない。

 

ここまでか。少年が手にした杖を此方に向けて振り下ろ────

 

『やれやれ、折角一度は見逃してあげたというのに、随分勝手な事を言うのね』

 

 ──────ピタリ、と自分の頭上まで迫ってきた所で少年の手が停止する。

 

いや、彼が止めていたのは手だけではなかった。

 

腕や足、全身に至るまで、彼の動きは全て停止させられていた。

 

いや、それ以前に今聞こえてきた声は!?

 

『バリアジャケット、確かに優れた装備ね。耐衝撃や耐魔法、更には物理防御の機能も搭載され、至り尽くせりの画期的装備。けれど、デバイスという端末を介している時点で全てが台無しになっている。────何故なら』

 

この声、やはり間違いない。あの少年のデバイスとやらの杖にはあの少女が────!!

 

『それが端末でネットワークに繋がっている以上、全てはこの私……メルトリリスの一部になるのだから』

 

 少年の手にする杖が一層強い光を放ったとき、少年は力なく地面に倒れるのだった。

 

 




はい、また一人追加ー。

……そろそろハーレムタグを付けるべきか?

皆さんはどう思う?


PS
ウルトラ求道僧に皆反応し過ぎですから!

いや、ネタにした自分が言うこっちゃないですが。




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甘い物を食べた後は歯を磨くべし

今回はグダグダです。

どうかその辺りをご容赦の上、お読み下さい。


 

夢を────見た気がする。

 

まだ父が生きていた頃。母も一緒に……親子三人でピクニックに出掛けた時だ。

 

両親共に局員の人間である為に多忙で、一緒に過ごした時間なんてほんの僅か。

 

確かに寂しかった。託児所や幼稚園で遅くまで帰ってこなかった二人に、まだ我が侭な部分のある自分は随分勝手な事を言っていた。

 

 その度に二人はごめんなさいと、済まないと、心底後悔した様子で俯き、二人が悲しそうに顔を歪めると、自分の胸の内にモヤモヤした感情が渦巻き、感情が抑えられなくなり、更に喚き散らしていた。

 

我が侭を言い、困らせていたにも関わらず二人は忙しい合間になんとか時間を取り、家族で初めてのピクニックに来れた。

 

そこで父と交わしたのは言葉は………何だったのだろうか。

 

『ねぇ、どうしてお父さんとお母さんはいつも一緒にいられないの?』

 

『それはね、世界中の困っている人のお助けをしたいからなんだよ』

 

『じゃあ、僕の事は助けてくれないの?』

 

 あぁ、そうだ。確かそんな事を言ったりもしたっけ。

 

構ってくれない事に捻くれて、自分よりも世界の平和を守る両親が……自慢で、だけどそれ以上に嫉妬してた。

 

管理局に勤めてたりしなければ、こんな嫌な気持ちにならずに済んだ。もっと皆で笑い合う事が出来た。

 

そんな子供ながらの屁理屈であの時の僕は酷いことを聞いた。

 

世界と自分、どっちが大事なのかと。

 

『勿論、お前だ』

 

返ってきたのは、当たり前の返事だった。

 

その時は一瞬、だったら何故と疑問に思ったが父はそんな自分の気持ちを察したかのように続けた。

 

『父さんはな、確かにお前を満足に構ってやれない。母さんも、いつもお前に寂しい思いをさせていると悔やんでばっかだ』

 

 その言葉に、何故か心が痛んだ。父のその言葉はお前に気を遣ってやってんだ。と、暗に言われた気がしたから………。

 

けれど、父は次の瞬間はにんまりと笑い、自分の身体を抱き上げた。

 

『けどな、父さんは後悔してないぞ。父さん達が頑張れば頑張る程、お前やエイミィちゃんを守るって事に繋がるんだからな!』

 

『僕達を………守る?』

 

『ああ! それに、自分の父親が世界を守るって自慢になるし、何より格好いいじゃないか!』

 

 それは、まるで宣誓だった。

 

僕達を守る為、そして僕の自慢になる為に父は戦っていると、そう宣言したのだ。

 

 そんな父を自分以上の子供だと思った。けれど、同時にそんな父を格好いいと思ってしまったのもまた事実で……。

 

『なら、僕もなる! お父さんやお母さんみたいな格好いいヒーローに!』

 

『ははっ、ヒーローか。じゃあさしずめ、クロノは────────って所か』

 

『うん! なる! 父さんや母さん、エイミィや皆を守る─────に!』

 

 肩車をして、──────という言葉に父は笑う。それが決して自分をバカにしたものではなく、本気でそうなれると父は信じてくれていた。

 

けど。

 

『だけどなクロノ、お前は一つ思い違いをしている。それは───────』

 

そこから先の事は、良く覚えていない。父の悲しみと憧れの混じった呟きに僕は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うん?」

 

 気がつくと、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。辺りを見渡せば丁寧に整えられた清潔な雰囲気、広々とした間取りで大きな窓ガラスからは綺麗な夜景が映し出されている。

 

どうやら、相当高級な部屋に置かせて貰ったようだ。

 

しかし、一体誰が何の為に?

 

自分がこれまで何をしてきたのか思い返していると。

 

「あ、気が付いたんですね。良かった」

 

 ふと、穏やかな声が耳朶を擽った。

 

 

振り返ると白衣を纏った少女が、手に食器を乗せたトレイを持ち、丁寧な言葉遣いで此方に歩み寄っていた。

 

「あの……貴女は? それにここは? 僕は確か……」

 

おしとやかな少女の登場に少しばかり混乱してきた。

 

何とか思考と呼吸を落ち着かせ、自分の事を思い出そうとすると。

 

「あ、私は間桐桜って言います。公園で倒れていた貴方を先輩達が運び込んで来てくれたんですよ」

 

微笑みながらそう告げてくる彼女に、思わず胸が高鳴る。

 

大和撫子。確かこの世界この国に於ける言葉だった気がする。

 

成る程、確かにこの言葉は目の前の彼女にこそ相応しい。柔らかな物腰といい、綺麗な顔立ちといい、今まで出会ったことのないタイプの女性に思わず頬が熱くなる。

 

「そ、そうなんですか。それはありがとうございます。あの、僕はクロノ=ハラオウンと言って───」

 

そこまで言って、自分が今まで何をしてきたのか完全に思い出す。

 

拙い。何故だか分からないが本能がここにいるなと叫んでいる。

 

桜と名乗る少女には申し訳ないが、ここで大人しくしている訳にはいかない。

 

急いで愛用のデバイスを手に、アースラへ帰還せねばならないと、ベッドから出ようとした時。

 

「桜君、そろそろ夕飯の時間だ。ここは私達に任せて君も食べてくると……おや、起きていたか」

 

 扉が開かれ、入ってくる褐色白髪の男にクロノは驚愕し。

 

「アーチャー、どうかしたのか……ん? 起きていたのか」

 

 その後ろから出てきた青年、岸波白野の存在に絶句し、自分が如何に危うい状況にいるのか瞬時に理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノと名乗る管理局に所属する少年を倒してしまってから数刻、既に時刻は夕食時を過ぎ、現在は九時過ぎとなっている。

 

流石にあのまま公園で置き去りにして置くわけにもいかず、自分達の拠点に連れて帰る事にした。

 

 終始不機嫌だったキャスターには後日埋め合わせをする事を約束し、何とか折り合いを付けた。

 

ギルガメッシュとセイバーにはひとまず自室で待機していて貰い、何かあった時は駆け付けて貰うよう言い含めてある。

 

 まぁ、彼の武器が此方にある以上向こうも下手に攻撃出来ないと思うけど。

 

 そして、一番こう言った話し合いの場に適しているアーチャーと一緒に目の覚めた少年と向かい合っているのだが。

 

「…………」

 

この少年、警戒心バリバリである。

 

当然と言えば当然の反応、敵と認識していた者に拠点へと連れてこられたら自分だって警戒する。

 

ただ、話しを聞いて貰うには多少はその警戒心を解いて欲しい所。どうしたものかと頭を悩ませていると。

 

「色々聞きたい事はあるだろうが、先ずは食べてたまえ。遅くはなったが……なに、お粥や比較的カロリーの低いモノばかりだ。太る事はない」

 

 アーチャーが比較的日常らしい会話で相手の緊張や警戒心を解きにいった。

 

「毒の類は入っていない。なんなら私が先に食べたら信用してくれるかね? 私としては温かい内に食べて欲しいのだが……」

 

 困り顔のアーチャーに少年は漸く膝の上に置かれたトレイ……お粥の入った土鍋に視線を落とす。

 

 真っ白く、温かいお粥を前に少年の腹から空腹の音が鳴る。それを聞かれた事が恥ずかしかったのか、少年は顔を赤くさせながら一心不乱に食べ始めた。

 

その姿を見て、僅かばかり警戒を解いた事を察したアーチャーは、やれやれと肩を竦める。

 

そして、瞬く間にお粥を食べ終えた少年は今更ながら咳払いをして表情を強ばらせ、ベッドの上で正座をして此方に向かい合った。

 

そして………。

 

「………この度は、色々な意味でご迷惑をお掛けてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 

それは、清々しい程に見事な土下座だった。

 

単なる開き直りではなく、その姿は全ての非と責は自分にあると、全身から滲み出てくる謝罪と自分がやってしまった行為に対する後悔の念から、この少年からはあの公園で感じた敵意はないと分かった。

 

アーチャーもそれを理解したのか、一度深い溜息をこぼすと、呆れながらも少年に顔を上げるよう促した。

 

「誤解が解けたようで何よりだ。しかし、だからといって此方がそれで納得するかは別の話だ。君も組織の人間であるなら、先ずは理由を話してくれないか」

 

「はい。僕もそのつもりです。あと、ご飯、おいしかったです」

 

「それは重畳、では始めようか。立場的に尋問めいた問い掛けになってしまうが、宜しいな?」

 

 アーチャーの問い掛けに少年は小さく頷き、そこへ自分も混じり夜っての尋問ならぬ質問か始まった。

 

互いの自己紹介と少年の所属組織を話し、それからは淡々とした質問が繰り広げられていく。

 

何故自分とキャスターを襲ったのか、どうして守護騎士達と相対しているのか、此方も時空管理局なる存在を事前に知っていた為に、話はトントン拍子に進んだ。

 

「なる程、次元漂流者。それならあなた方の扱う魔法系統が僕達の知らない代物であるのは当然ですね」

 

「正確には魔法ではなく魔術だがね。そちらこそまさか事前に此方の存在を掴んでいたとは……しかも、聞いた限りでは君達の魔導はどちらかと言えば機械よりだ」

 

 クロノ少年からの質問は、此方が次元漂流者だという事で全て納得してくれた。

 

 “次元漂流者”文字通り次元を越えての漂流者である為、管理局の情報にも当てはまらず、魔導を扱いながら何者であるかも分からないし、証明しようもない。

 

 筋書きとしては、ある日なんの前触れもなくこの世界に来た自分達は取り敢えず日常生活に溶け込む為に日々を過ごし、そんなある日リンカーコアを狙う守護騎士達に襲われ、二度も交戦した事で自分達が次元漂流者だと分かり、どうしようかと悩んでいた所でクロノ少年という管理局員に遭遇した───と、大体こんな所である。

 

 大体本当の事だが、その中に幾つか嘘が混じっている為、素直に納得してくれているクロノ少年に罪悪感MAXである。

 

しかも守護騎士であるシグナム達とはその後和解した事や彼女達の主である八神はやての事は一言足りとも話していない。

 

まぁ、シグナム達からは管理局には自分達の事は話さないという先の約束があるし、仕方ないといったら仕方ない……と、思う。

 

やがて自分達が闇の書を狙う組織でないことを理解してくれたのか、クロノ少年は何度か頷いた後、自分に向き直った。

 

「岸波さん、貴方には本当に申し訳ない事をした。情報が無かったとはいえ此方の勝手な憶測で貴方に冤罪を着せる所だった。重ねてだが、済まなかった」

 

 と、立場的に上からの物言いだが、その謝罪は真摯なものだと分かった為、此方からはもうそれ以上彼に対して責めることは無かった。

 

それに、こちらにも非があると言うとクロノ少年は目をぱちくりと見開かせて何がと返してきた。

 

「少年、君達の乗る艦……アースラと言ったか? そこに妙なハッキングを受けたことはなかったかね?」

 

「っ!」

 

 アーチャーの言葉にクロノ少年は目を大きく見開かせて驚きを露わにしている。

 

「この拠点には確かに君達で言うロストロギアに等しい文明遺産が存在している。……誰かが興味本位でそこへアクセスしたのだろう。私達の持つ遺産は電脳に長けた性質を持っているから、ハッキングされた事に対し自衛も含めて………」

 

「カウンターハッキングを受けた……と?」

 

 クロノ少年の呟きにアーチャーは頷く。少年は自分の疑問が全て解決したのか一頻り悩んだ後、「そういうことか」と呟いた。

 

「お陰で自分の中にある全ての疑問が解決しました。あなた方という次元漂流者の存在。ロストロギア級の遺産を持ち合わせている事にも理解しました。ただ、僕も………」

 

「なに、此方としてはそちらも敵対する意志が無い事を示しただけても儲けモノだ。君も君の立場があるだろう。我々の潔白の証明は後日、ほとぼとりが冷めてからと言うことにして頂きたい」

 

「はい。………本当に申し訳ありません」

 

最後に深々と頭を下げる事で少年は改めて謝罪し、此方も気にするなと返す。

 

……まぁ、向こうからすれば自分達という未知の勢力が闇の書を狙っていると映っていたみたいだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 

なんだか向こうでは酷く追い詰められていたみたいだったし、冷静な判断すら出来ない状況なのだとしたら、今回の出来事は不思議ではなかったのかもしれない。

 

尤も、此方がもう少し大人しく対応できていれば、話し合いで解決もできただろうに……。

 

いや、挑発した自分も悪いんですけどね。

 

「今日はもう休んで行くと良い。流石に君の得物は返せないが明日、君が組織に帰る時になったら返却しよう」

 

「……本当、申し訳ありません」

 

 少年の度重なる謝罪にアーチャーも苦笑いになる。

 

自分も全ては間の悪かった誤解であった事が証明され、内心で深く安堵する。

 

 アーチャーは少年が食べ終えたオボン下げ、部屋を後にして自分もそれに続いた。

 

 

 

 

 

そして、一人残されたクロノは自分の疑念が勘違いと誤解によるものだと分かり、自身を未熟だと罵りながらベッドに横たわる。

 

その時、ふと思う。

 

「………あれ? 何か、もの凄く大事な事を忘れていないか、僕」

 

 この時、戦闘に於ける疲弊と自分の疑問が解消した安堵感、そして呑気に昔の夢を見ていた少年はすっかり自身にとって重要な案件がある事を失念していた。

 

 

 

 

「く、クロノ君が辞表を出したってどういう事!?」

 

「そ、それが自分にもさっぱりで……エイミィさんは何かご存じないのですか?」

 

「…………きゅう」

 

「わわ! 気絶しないで下さいエイミィさーん!」

 

 

なんて遣り取りがあったのは、岸波白野達には関係のない話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノ少年との話し合いを終えた後、自分は自室へと戻り、備え付けられたパソコンを前にしていた。

 

見た目はどこにでもある一般のモノと大して変わらないが、その中身はまるで別物である。

 

何故なら……。

 

『あら白野、遅かったじゃない。ダメよ、あまり女性を待たせてしまっては』

 

 画面一杯に映る少女、メルトリリスを前に深く溜息を吐く。

 

……それで、これは一体どういう事かな?

 

『これは? 何のことを言ってるの? ……いえ、これは適切じゃないわね。“どれの事を言ってるの?” が、正解かしら?』

 

 主に君が知っている事を全部。メルトリリスの相変わらずな態度に頭が締め付けられそうな感覚になる。

 

『そうね。先ずは私の……いえ、私達の経緯を話すことから始めましょうか。私達は殺生院キアラに取り込まれた後、消滅する筈だった私達を貴方達がキアラを倒したことで解放され、BBへと還っていった。その後ムーンセルの初期化プログラムにBBごと処分されたのだけれど……』

 

 生きていた……いや、蘇ったBBと同時に自分達も復活した、と言うことか。自分の言葉にメルトリリスはそうだと頷く。

 

それじゃあ、その分だとパッションリップも生きているみたいだな。

 

『えぇ、けどなんだかあの子、今は会いたくないといってムーンセルの奥の方へ引っ込んでるわ。貴方に好かれるよう努力すると言ってたけど』

 

 そうか。なんであれ、リップも電脳世界とはいえ存在しているのは嬉しい。今度は戦いを抜きにして会ってみたいものだ。

 

……と、待てよ。今までメルトリリスと話して思ったのだが、彼女には自分との記憶が存在しているのか?

 

『? おかしな事を言うのね? あるに決まっているじゃない。貴方との迷宮で駆け巡った愛の逃避行劇、たとえムーンセルに消化されて消えはしないわ』

 

 逃避行というより鬼ごっこだけどね、命懸けの。と、聞こえないように呟く。

 

けれど、だとしたら尚更おかしい。何故BBの分身である彼女には記憶があってBB自身には記憶がないんだ?

 

『あー、それはー……まぁ、追い追い分かるわ』

 

 メルトリリスの言葉に首を傾げる。やはり、彼女はBBについて何か知っているのだろうか?

 

すると、此方の疑問視の目線にメルトリリスはわざとらしく咳払いをし、無理矢理話を区切った。

 

『こほん、それは兎も角として次は私が何をしていたか、ね。あの子供、クロノという魔導師が持っていたデバイスには貴方も知っての通りよ。あのデバイスには私の蜜で満たしてある』

 

 メルトリリスの自慢気に語る仕草にやはりと納得してしまう。

 

 メルトリリスの持つ蜜は甘美なまでの猛毒だ。一度彼女の蜜に振れてしまっては最後、それはどんな強固なプロテクトだろうと瞬く間に溶かされ、メルトリリス自身になるか壁や天井と言った物言わぬモノに成り果てるしかない。

 

そんな彼女の猛毒に掛かってしまってはクロノ少年のデバイスはもう元には戻らないのか。

 

『いいえ、それはいらない心配よ。だって本体は私なんだもの、私が命じたらあのデバイスは元に戻るわよ』

 

 あ、そうですか。

 

あっさりと最後の疑問が解決されてしまったことに思わず間抜けな声を出してしまう。

 

『(と言っても、あのアースラに忍び込ませた私の蜜はまだ消さないわ。もし奴らが白野を狙ったりしたらその時の罰ができないもの。大気圏で燃え尽きる人間の断末魔、聞いたことがないけどどんな音を奏でるのかしら?)』

 

………メルトリリス?

 

どうしたのだろう。何やらほくそ笑む表情で何やらブツブツと呟いているが──もしかしたら彼女は彼女で忙しいのだろうか?

 

 彼女にはクロノ少年のデバイスを元に戻す作業もあるだろうし、あまり酷使に扱う訳にもいかない。

 

そろそろ時間も遅いし、今日はこの辺にしておくか?

 

『あら酷い。まるで邪険に扱うのね。折角貴方とこうして会えたのだからもう少し話そうという甲斐性はないのかしら?』

 

 メルトリリスの冷ややかな指摘が胸にグサリとくる。き、今日はキャスターにもやたらとダメ出しを受けたのだからそろそろ勘弁してほしい所だ。

 

『私としてはもう少し貴方を弄って楽しみたいところでしょうけど、仕方ないわね。いいわ、今日はこのくらいで勘弁してあげる』

 

そ、そうしてくれると助かります。

 

『ただ、これだけは忘れないで頂戴。私は貴方を諦めない。近い内必ず貴方の前に現れるから覚悟しときなさい』

 

 そんな宣戦布告にも似た告白を最後に、パソコン画面の映像が切れる。

 

相変わらずの彼女に思わず苦笑いするが、ふと疑問に思う。

 

目の前に現れる。とはどういう意味だろう。既に自分と彼女は邂逅を果たしていると言うのに……。

 

 今はそれは置いておこう、今日は色々あって疲れた。

 

クロノ少年との誤解は解消された訳だし、後ははやてちゃんを闇の書の呪縛から解放させるだけ。

 

その事だけを頭に残し、ベッドに横たわった後、俺は意識を眠りの中へと落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう間もなく、聖誕祭。

 

さぁ、闇の書に捕らわれし者達よ、踊れ踊れ。

 

それが呼ぶのは悲劇か喜劇か、いずれにしても叫びが上がるのは確実だ。

 

 

 




今回は本当にグダグダでした。
次回はもう少し早めに投稿しますので、どうか宜しくお願いします。


そして申し訳ありません。

私生活が忙しくて感想に答えられる時間が無いため、誠に勝手ながらここで大雑把に返したいと思います。

〉クロノ、及び管理局アンチについて。
これについてはもう言い逃れが出来ないことになってます。
ただやはり自分にはあのような展開でしか物語りを書く事が出来ませんでした。
ただ、次元漂流者という言葉を使ってもっと穏便に出来たのでは? と、気付いたのはこの話を書いて思いました。
……本当、申し訳ありません。

〉メルトリリスなら闇の書どうにか出来んじゃね?
なったらなったで白野君をターゲットにしそう。
魂レベルでの契約だし、その気になれば闇の書に閉じこめることも可能。

………あれ? マジで一つになるんじゃね?


と、長々しくなりましたが、これからも執筆していこうと思いますので、宜しくお願いします。


PS
興味半分でランキングとやらを覗いてみたら14位になってた!?

ありがとうございます!!



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バイト戦士に、俺はなる!

 

 

 

 翌朝、何やら慌ただしく急いでいたクロノ少年に彼のデバイスを渡して帰るのを見送った後何事もなく朝食を戴き、その後はキャスターの指導の下、今日の午前は魔術の鍛錬を行った。

 

最近体力作りばかりでマトモに魔術の鍛錬がしていなかった為、キャスターがアーチャーに言い含めて今日は彼女が先生となっていた。

 

 ………やたら体をすり寄せてきたのは気になったが、これも精神を集中させる為の鍛錬だと自分に言い聞かせて何とか耐えた。

 

そして午後、昼食を食べ終えた自分は単身でとある場所に来ていた。

 

そこは───。

 

「やぁ、待っていたよ岸波君」

 

昨日ぶりです士郎さん。

 

 今自分は昨日バイトの面接(面接と言っていいのか?)を受けた喫茶店、喫茶翠屋へと来ていた。

 

「あらあら岸波君、来てくれたのね。早速で悪いんだけど厨房の方、お願いしてもいいかしら?」

 

 出迎えに来てくれたのは士郎さんと桃子さん。お昼を過ぎた為かお客の数はそれほどでもなく、今は食休みで珈琲を飲んでいるお客が多い。

 

来る時間帯に少し不安だったがこれなら向こうも迷惑ではなかった……と、思いたい。

 

まだ見習いですらない自分が手伝っては足手纏いになるだろうし、士郎さん達に余計な負担を掛けるのも気が引けるし……。

 

と、此方の考えを読みとったのか士郎さんは微笑みながら腕を組み。

 

「ま、仕事に関してはこれから覚えていけばいいさ、あまり気に病まず何かあったら僕達に相談してくれ。恭也」

 

「なんだい父さん」

 

 笑顔を絶やさずに気にするなとだけ告げる士郎さんは奥にいるだろう従業員の名前を呼ぶ。

 

息子さん…なのだろうか、厨房があるだろう店の奥から現れたのは自分より少し年上の好青年なお兄さんだ。

 

「こっちは息子の恭也、今日は息子も手伝いに来てくれたから分からないことは聞いてくれ」

 

「恭也だ。君の事は親父達から聞いている。取り敢えず奥へ引っ込もう。何時までもここにいては他の客の迷惑になりそうだからな」

 

 恭也さんに言われ、自分は彼の後を追い厨房の方へ向かう。その様子に士郎さん達は苦笑いを浮かべながら頑張れとだけ言ってくれた。

 

そして予め用意してくれたエプロンを身に纏い、バイトとして自分に待ち構えていた仕事は……。

 

「それじゃ、先ずは皿洗いから初めて貰おうか」

 

 食べ物を提供するお店らしい仕事だった。

 

 

 

 

それからというもの、恭也さんの指導の下で様々な仕事とそのやり方を教えて貰った。

 

テーブルに残った配膳の片付け、厨房の掃除、レジ打ちから注文を受け付けるフロアスタッフのオーダーまで、本当に色々な事を教わった。

 

そして口調こそ冷たく感じるものの、恭也さんの教え方はもの凄く丁寧だったし、仕事に失敗したときはフォローまでしてくれた。

 

 まんま仕事場の頼れる兄貴だと最初の頃の印象がガラリと変わり、そして恭也さん自身も少しは気心を知れてくれたのか、此方の呼び方を少し柔らかくなっていた。

 

そして本日の仕事が終わりに差し掛かった頃、お店の裏で小休止していた時。

 

「どうだ。喫茶店のバイトは? 意外に疲れるだろ?」

 

慣れない仕事に疲弊していた自分に、恭也さんが缶コーヒーを片手に歩み寄ってきた。

 

「まぁ、今日は他のバイトの子がいなかったからお前に掛かる負担が大きかったが……いや、中々助かったぞ」

 

 そういって恭也さんは此方に缶コーヒーを投げ渡し、自分の隣に座る。

 

奢ってくれた恭也さんに礼を言い、蓋を開けてコーヒーを飲み干す。今まで水分を取っていなかった為かコーヒーの冷たさに喉が潤っていく感覚が心地良い。

 

「実際助かった。父さんや母さん達だけでは少しキツい時間帯だったからな。お前が物覚えがいいからついこき使ってしまった。……初日だというのに済まないな」

 

 恭也さんの謝罪に気にしないで下さいと返す。確かに初めてやる割には仕事量が多くて驚いたけど、その分経験も出来たし失敗した時の対処法も教えて貰えたのだからこれはこれで悪くない。

 

そう言うと恭也さんは自分の何に驚いたのか、一瞬だけ目を見開かせ。

 

「……意外に前向きなんだな。普通はこんなにやらされたら心のどこかでは多少なりゲンナリするものだが、お前にはそんな機微が全くない」

 

 驚いている恭也さんにそんな事はないと返す。確かに自分でも自覚はあるがどちらかと言えばそれは開き直りや強がりの方だと思う。

 

「………お前、他の人から鈍いとか言われてたりしてないか?」

 

 あれ? なんか呆れられてる?

 

溜息を吐いてジト目になる恭也さん、一体どうしたのだろうと声に出そうとすると。

 

「っと、そろそろお前も休憩終わりだろ? 次はフロアで注文を受ける仕事だ。今度は俺からのフォローはないからしっかりやれよ」

 

 恭也さんは先に立ち上がり、最後に頑張れよと言葉を掛けて厨房の方へ向かう。

 

期待してくれるなら応えるしかない。

 

缶コーヒーを飲んだ事でやる気と元気を取り戻し、本日最後の仕事場であるフロアへと向かった。

 

────が。

 

「ほう、ここが雑種の働き場か。雑種らしくなんともこじんまりとした店よな」

 

「むっ、このシュークリームとやら中々の美味! 店主、これをもう一個、いや二個追加だ!」

 

フロアにある一番目立つ席に座る一組の男女。赤と金、それぞれ目立つ過ぎるコートを着る二人に思わず突っ込んでしまう。

 

というか、何故二人がここにいる! セイバー&ギルガメッシュ!!

 

「む? 雑種か。ほうほう、中々様になっているな。給仕姿が早くも板に付いているではないか。このケーキは貴様が造ったものか?」

 

 違ぇよ。今日来たばかりのバイトがいきなりケーキなんて作れる訳ないだろ。

 

というか、なにしに来た。

 

「ふ、そう邪険にするでない。我が雑種が如何様に働いているのか、それを見定めるのも王の役目」

 

 なんからしい事を言っているが、要するに自分という弄りキャラを遠巻きに見つめて面白おかしく肴にするって話だろうが。

 

「うむ、正にその通りよ。流石は雑種、その鋭さはもはやAランクよな」

 

 喧しい。何がAランクだ。

 

……まぁ、ここであーだこーだ言っても埒が開かないし、自分にも仕事がある。ここで二人だけに構っている訳にもいかない。

 

咳払いをし、気持ちを切り替えて訊ねる。ご注文は?

 

「このメニューにある品物、上から全部だ。無論、テイクアウトでな」

 

 うっはー。やると思ったが本気でやりやがったこのAUO。

 

というかそれだけの品、全部食べきれるのか?

 

「我をどこぞの腹ペコ王と同列に扱うなたわけめ。ここで買った品は全て我の蔵に入れておくだけよ」

 

 そう言えばギルガメッシュの財宝をしまっている蔵は時間という概念がないんだっけ?

 

時間が進まなければ生物だって腐らないだろうし、そもそもこの英雄王の蔵に入っているのは武器武具の類だけではない。

 

 聞いたところによるとギルガメッシュの蔵には槍や剣だけではなく、酒や霊草なる食物等も収納されているとか。

 

前も酒を自分に振る舞おうとしてくれたし、自分の身を案じて霊草まで出そうかと気遣ってくれたりもしたっけ。

 

 まぁ、ひとまずはその話は置いといて今はギルガメッシュの注文に従おう。

 

少々時間が掛かりますが宜しいですか?

 

「ならん、四十秒で支度せよ」

 

 では少々お待ち下さい。

 

「奏者も段々と金ピカの扱いに慣れてきたな……」

 

 それも今更である。というかセイバーさん、鼻とほっぺたにクリームついてて子供っぽいですよ。

 

「全く、貴様は中身も外面もちんまいな」

 

「だ、誰が豆粒ドチビか!」

 

「そこまで言っておらんわ!」

 

はいはいお客様、他のお客様のご迷惑になりませんよう大人しくお待ち下さい。

 

 騒いでいる二人を尻目に、自分はその後も黙々と仕事を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからフロアでの注文の受け取りも難なくこなし、バイト初日の仕事は滞りなく完了した。

 

 時間的には夕方過ぎ、お客の姿は疎らになり、外も夜の帳が降りようとしていた。

 

ギルガメッシュとセイバーの姿もいつの間にか消えている。飽きて帰ったかそれとも別の所へ遊びに行ったか。

 

自分としては早々に帰って大人しくしていて欲しい所だが……あの二人にそれは無理な注文というものだろう。

 

「お疲れ様岸波君、バイト初日からこき使ったけど大丈夫だったかな?」

 

 仕事を終え、私服に着替えようとした自分に士郎さんから声が掛けられる。

 

 此方を気遣ってくれる士郎さんの心意気に感謝しながら、彼の手元を見る。

 

お疲れ様です。士郎さんは明日の仕込みですか?

 

「そうだね。正確に言えばクリスマスに備えてだけど。やっぱり今年も予約が一杯でね、今の内にスポンジ部分だけでも焼き増ししておかないと」

 

 苦笑いを浮かべながら士郎さんは手元にある容器の中を専用の道具でかき混ぜる。

 

やはりプロの人間が手掛けるだけあってその手際は見事なものだ。

 

ただ、自分としてはこのまま帰るのは些か後味が悪い。本来なら自分もクリスマスケーキに備えて手伝う筈だったのに……。

 

「気にしなくていいよ。実は君が主な雑務の殆どを担当してくれたお陰で桃子も僕もケーキ作りに専念できた。既に予約の大半は完成したし、後は今晩中に全て作り終わらせるさ」

 

 そ、そうだったのか。なんだか士郎さんも桃子さんも厨房から出て来ないものだから何してるんだろうと変に勘ぐったのだが、そういう事なら自分も頑張ったというものだ。

 

ただ、自分としてはケーキ作りをしてみたかっただけに少々拍子抜けではあるが。

 

と、そんな自分の考えを見抜いたのか、士郎さんはクスリと笑みを浮かべ。

 

「そうだね、今は無理だけど時間があった時は教えるよ。桃子もお菓子作りは得意だし、恭也の話では岸波君は飲み込みが早いみたいだから案外はやくお店に並べられるだけの腕になるんじゃないかな?」

 

 士郎さんのお世辞に自分はただ苦笑いを返すだけで精一杯だった。

 

士郎さんの仕事の邪魔をするわけにもいかず、 自分は着替える為にロッカーに向かう。

 

それでは士郎さん、また明日。

 

「はい、お疲れ様」

 

 士郎さんに挨拶をして出入り口を後にする……と。

 

「ひゃわ!」

 

 自分の腹部に軽い衝撃が響く、何かと思い視線を下ろすと栗色髪の少女が鼻を押さえて涙目になっていた。

 

「だ、大丈夫? なのは」

 

「う、うん、大丈夫だよフェイトちゃん」

 

 隣にいた金髪ツインテールの少女が栗色髪の少女に寄り添う。

 

しまった。士郎さんに挨拶をしていた為に前方不注意になってしまった。

 

鼻を押さえて痛がる少女に謝罪と共に大丈夫かと訊ねる。

 

「あ、はい。大丈夫です。此方こそすみません」

 

 栗色髪の少女は此方に振り向くとぶつかってすみませんと頭を下げてきた。

 

まだ小学生位だろうに礼儀が出来てる子だと思わず関心してしまう。

 

「あの、もしかして新しく入ったバイトの人ですか? あの、私高町なのはって言います」

 

 元気よく自己紹介してくれるなのはちゃんにこれはご丁寧にありがとうと返す。

 

……ん? 高町ってもしかして士郎さんの?

 

「はい! 高町士郎は私のお父さんです!」

 

 これまた元気よく手を挙げるなのはちゃん。その仕草に微笑ましく思いながら自分も今更ながら此方も自己紹介をしておく。

 

「初めまして、岸波白野です。これから士郎さん、桃子さんのお世話になるから宜しく」

 

「はい。此方こそ宜しくお願いします」

 

 満面の笑顔で返される。この子、ええ子や!

 

太陽に輝く彼女の笑顔に癒されるとなのはちゃんの横に立つ金髪の少女は困った顔付きでオロオロとしていた。

 

「あ、そうだ。折角何で紹介します。此方はフェイト=テスタロッサちゃん。私の大事なお友達です」

 

「ふ、フェイト=テスタロッサ……です」

 

 どうやらテスタロッサちゃんは少しばかり人見知りのご様子。仕方ない、いきなり見知らぬ人に名乗るというのはこの年頃の女の子には抵抗があるのだろう。

 

さて、お互い自己紹介を済ませたからお近付きの意味を込めて自分の奢りでシュークリームの一つくらいご馳走してあげたい所だが、生憎今の自分の金銭にはその余裕すらない。

 

加えてここはお店の出入り口だ。もう間もなく店終いとはいえここにいては邪魔になってしまう。

 

「なのはー? 家に帰ってたんじゃなかったのかー?」

 

 店の奥から士郎さんの声が聞こえてくる。

 

 

「あ、お父さんが呼んでる。ごめんなさい白野さん。もっとお話をしたかったんですけど……」

 

 此方に気を遣っているのか、申し訳なさそうに顔を伏せるなのはちゃんに気にしなくていいと声を掛けて道を譲る。

 

「ありがとうございます! いこ、フェイトちゃん」

 

「う、うん」

 

 そう言うとなのはちゃんは礼儀正しく頭を下げて店の奥へと向かい、フェイトちゃんもペコリと頭を下げてなのはちゃんの後を追った。

 

礼儀正しい子だなと関心しながら自分も帰路に付いた。

 

「………ねぇ、なのは」

 

「うん? どうしたの? フェイトちゃん」

 

「あのね、エイミィから渡された映像に映ってた花嫁さんなんたけど……その隣にいた男の人って、あの人じゃない?」

 

「ふぇ?」

 

「見切れてたから分かりにくいけど、多分間違いないと思う」

 

「………あ、確かにそうかも」

 

「でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな遅いなー、一体どこまで遊びに行ったんやろ?」

 

「全くアイツ等ったら、折角はやてが奮発して鍋にしようかって時に」

 

 既に時刻は九時を過ぎている。夕食の時刻はとうに越えているのに以前として帰る気配のない四人の家族にはやては寂しそうに呟く。

 

そしてそんなはやての呟きが聞こえた凛は怒りを露わにして腕を組んでいる。

 

「凛姉ちゃん、そんなに怒っては血圧あがるよー?」

 

「そうよ凛、あまりカリカリしてると皺が増えるわよ?」

 

「やかましい! 大体はやて! アンタもアンタでアイツ等の主をやってるんだからもっとしっかりしなさいよー!」

 

「あわわ、藪蛇やった」

 

 怒っている自分に対し茶々を入れてくる二人に凛は憤怒の叫びを上げてはやての頬を引っ張る。

 

十歳特有の柔らかいプニプニ肌を堪能しながら、凛は呆れの混じった溜息を深々と零す。

 

「ホンッとアイツ等ってば何回言っても分からないんだから、はやてを寂しい思いをさせてる自覚があるんだったら側にいてやりなさいよね」

 

 遠坂凛は自身に自我が目覚めた時は既に天涯孤独の身の上だった。

 

幼い頃から生きるか死ぬかの日々を強いれられ、戦い、他者を傷付け、そうすることでなんとかこれまで生きてこられた。

 

西欧財閥にテロ行為をしていた頃には色々な仲間ができてたりしていたが、それまでは孤独の日々を送っていた彼女にとって、はやては自身の過去を見ているような気分になっていた。

 

ましてやはやての足は不随、車椅子がなければ満足に外に出歩くことさえ出来やしない。

 

幾ら両親が残してくれた遺産があるとはいえ、財産が孤独を癒すことは出来ない。

 

 今この小さな少女に必要なのは力でもお金でもない。痛みや寂しさを和らげてくれる“家族”だ。

 

なのに、その家族ときたら今ははやての事などは放っておいて闇の書の蒐集なんぞに精を出している。

 

(ったく、何が守護騎士よ。主の騎士を名乗るんだったらそれぐらいのアフターケアをしてみなさいっての!)

 

 帰ってきたら折檻ね、と凛は内心決意した。

 

ふと、はやての頬を摘んでいた手に暖かい感触が宿る。

 

何かと思い顔を上げると、はやては微笑みを浮かべながら凛の手に重ねるようにして手で触れていた。

 

「凛姉ちゃん。ありがとね」

 

「………はやて?」

 

「ウチは幸せもんや。今はシグナム達はおらんけど、凛姉ちゃんやエリーちゃんもおる。そんで凛姉ちゃんがシグナム達に本気で怒ってる。それがウチにとってどんな宝物よりも大事に思えるんや」

 

 はやては言った。嘗て願っても決して叶わなかった願いがあったと。

 

そして今、一生叶わないと思ってた願いが叶えられ、それがどんな宝石や財宝よりも美しく、尊いものなのだと。

 

はやてにはもう願うべき夢がない。全てが叶った今、彼女には欲というものは存在していなかった。

 

ただ一つ願うとすれば、この“今”が自分に許された限り続いて欲しいということ。

 

──だが。

 

「バカ言ってんじゃないわよ」

 

「あいた」

 

遠坂凛は、そんな少女の儚い願いをチョップで以て両断に斬り伏せた。

 

「アンタのその願いは願いじゃない。今の日々が宝物? 冗談じゃないわ。そんなものはあって当たり前、誰もが持ってる当然の権利よ」

 

「ふぇ? り、凛姉ちゃん? で、でもウチは今のまんまで十分幸せやよ?」

 

 叩かれたおでこを押さえ、若干涙目になるはやて。一体自分の何がいけなかったのか、それが本気で分からない彼女は凛に心底呆れた様子で溜息を吐かれた。

 

「そんなものは幸せって言わない。単なる心の贅肉、余分な心の油の塊よ。本気で幸せを願うんならもっと利己的にならなきゃ」

 

 凛の幸せ理論にはやては目をパチクリさせる。

 

彼女の言っている言葉の意味を半分程度も理解出来ないはやてはただ凛の幸せ抗議を聞くしか選択は残されていなかった。

 

「アンタは一度家族を失い、そしてあの守護騎士(バカ共)という家族を得た。分かる? アンタは今幸せを得たんじゃない。漸く願いを叶える為のスタートラインに立った所なのよ」

 

「スタート……ライン?」

 

はやての呟きに凛は力強く頷いた。

 

そう、この八神はやては自身の願いを叶える最低限の位置に立っているだけに過ぎない。

 

まだ家族と遊びに行ったり、泣いたり、我が儘言ったり、喧嘩の一つもしていない。

 

それなのに十分幸せ? 願いはもうない?

 

嘘ばっかりの強がりはそこまでにして欲しい。というか、まだ十年程度しか生きていない小娘が自分を差し置いて幸せ云々を語らないで欲しい。

 

こちとらまだ彼氏らしい彼氏のいない寂しい青春の真っ只中にいるのだから!

 

(この子、アレね。SGがあったら見栄っ張りとか強情っぱりとかの類ね、絶対)

 

 呆けた様子で此方を見つめるはやてに凛はそう評価する。

 

子供なら子供らしくもっと我が侭言えば良いのだ。もっと大人を困らせて自己アピールすれば良いのだ。

 

「兎に角、そんな年寄り臭い願いは空の彼方に吹き飛ばしなさい。アンタは自分の“今とこれから”にバカみたいに期待で胸を膨らませとけばいいのよ」

 

「今と……これから?」

 

噛みしめる様に呟くはやてに凛はそうだと応える。

 

二、三回程頷いた後、はやては今までとは違う年相応の無邪気な笑顔を見せて。

 

「うん。そうやね、ウチ、もうちょっと欲張りになる」

 

「そうよはやて、欲望は女を美しくするの。下手な我慢は美貌の大敵よ」

 

「おー、なんやエリーちゃん大人やな~」

 

「アンタが言うと……洒落にならないわね」

 

ランサーからの横やりに苦笑いをするも、はやてが年相応の子供らしさを取り戻したことに良しとする。

 

「さて、それじゃあ食べるとしますか。いい加減お腹空いちゃった」

 

「あ、アカンよ凛姉ちゃん。ちゃんとシグナム達の分も残しておかんと」

 

「帰ってこない連中が悪いのよ。今日のお肉は私が貰ったー!」

 

「や、やめて~!」

 

 こうして、騒がしい夕飯を堪能して夜は耽っていった。

 

そうだ。絶対にはやては死なせはしない。

 

シグナム達もそうだ。あの聞き分けのない連中は揃って折檻してやらねば気が済まない。

 

だから……そう、だからこそ。

 

(守ってみせる。絶対に!)

 

遠坂凛はその決意の下、終始はやてに付き添うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし翌朝、はやては突然の発作を起こし、病院に入院する事になる。

 

決意は無意味、闘志は無価値。

 

希望はなく、あるのは絶望と無力のみ。

 

暗き聖夜の日まで……あと、数日。

 

 

 




いよいよリリなのAsもクライマックスに近づきました。

今回凛の心情を自分なりに書いてみました。

物心ついた時から天涯孤独な身の上だった彼女は、その心の奥底で家族というものに憧れを抱いていた……なんて自分の妄想を多分に含まれておりますが。

楽しんで戴ければ幸いです。


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闇の胎動 前編

 

 

 

 地球時間、12月24日。

 

 地球の……特に日本では待ちに待ったクリスマスイヴに街は賑わい、そこに住む人々は年に一度の一大イベントに浮かれていた。

 

そんな中、衛星軌道上で佇む次元航行艦『アースラ』では。

 

「つまり、その岸波勢力なる人達の真意を図るべく、貴方は単身その人の所へ殴り込みに行った訳ね」

 

「………はい、その通りです」

 

 まるで日本を勘違いした外人の部屋の様な内装を施された一室。

 

艦長室と呼ばれるその場所でクロノは、自身の母であり上司であるリンディ=ハラオウンを前に正座し、そしてうなだれていた。

 

そしてクロノの隣にいるエイミィは彼よりも青ざめた表情で正座し、リンディの一挙一動を怯えた様子で見つめている。

 

「しかも辞表届け何てモノまで出して……もし襲われた彼らが怪我、ないし万が一の事があれば貴方の首だけでは済まないのよ?」

 

「はい。……思慮が至らず、申し訳ありませんでした。リンディ提督」

 

 リンディと呼ばれる女性の威圧感が増していく。それを感じ取るクロノは下手に口答えする事なく、粛々と彼女の言葉に耳を傾けた。

 

最も、全面的に自分が悪いので最初からクロノには口答えするつもりは毛頭無かったが……。

 

「そもそも、向こうが予期せぬ戦力を持っている事に対し、慎重な対応をしなかったのが貴方の落ち度です。確かに彼らの有する戦力は危険な一面があるのは認めましょう。ですが、それを全て悪い方向へ考えてしまうのは貴方の悪癖でもあります。それに最初から次元漂流者の可能性を考慮しておけばもっと穏便に済ませたものを……」

 

リンディ提督の有り難いご高説から既に二時間以上が経過している。

 

慣れない正座の姿勢、普段から正しい姿勢の在り方として母から教育を受けていたクロノは兎も角、エイミィの方は限界を迎えており、全身をプルプルと震えさせている。

 

そして遂に、我慢の限界を越えたえはリンディに気付かれないようにモソリと身を捩るが───。

 

「エイミィ、誰が姿勢崩して良いと言いましたか?」

 

「ひっ!」

 

 リンディからの普段は聞き慣れない低い声にエイミィの肩がビクリと跳ねる。

 

「艦内に辛うじて残った通信記録を閲覧して分かったのですが、この度の騒動の原因はエイミィ、そもそもは貴女が原因のようですけど……弁明はありますか?」

 

ニコリ。とリンディの微笑みにエイミィはガタガタと震えている。

 

目の前の女性からの圧力に下手なことを言ったらとんでもない目に合うと直感的に悟ったエイミィは……。

 

「す、スミマセンでしたーー!!」

 

 土下座。それはもう見事なまでの土下座っぷりを披露した。

 

誰にも相談せず、ましてや艦長であるリンディに一言の相談もなく勝手な行動を取り、そしてその行動の代償に艦全体を危険に晒した。

 

そしてそれを引き金に執務官であるクロノも自身の勝手な妄執に囚われ、岸波白野なる人物達に無遠慮に接触してしまう。

 

どれもこれも重大な違反だ。最悪、彼らのクビが飛ぶことも有り得ない話ではない。

 

尤も、クロノはそのつもりで辞表を出したのだろうが……。

 

 ともあれ、頭を深々と下げてこれでもかと猛省しているエイミィにリンディは深い溜息を吐き出した後、顔を上げなさいと声を掛ける。

 

「まぁ、あなた方だけに任せて自分だけ休暇を満喫していた私が言っても説得力は無いわね。クロノ、エイミィ、二人の処遇のことは闇の書事件の後、岸波白野さんに改めてお伺いしますから、そのつもりでいなさい」

 

「はい。分かりました。艦長」

 

「す、スミマセンでした」

 

 と、一通り言いたい事は一度目を伏せ、その後やんわりと表情を和らげる。

 

「さて、一応これで私の言いたいことは終わりよ。二人とも、楽にして頂戴」

 

 先程とは違い、今度は優しさに満ちた表情で姿勢を崩して良いと告げるリンディだが、先程までの彼女の言葉が骨身にまで染みたのか、二人は正座の姿勢を崩す事なく座っている。

 

せめて態度だけでも反省を示そう、そんな考え方が滲み出てくる二人の姿にリンディは苦笑いを浮かべる。

 

尤も、そうでなければ困る。幾ら子供の年齢でも二人は進んでこの仕事に就いたのだ。

 

だとすれば、これも良い経験だなとリンディは納得し、二人の姿勢に付いてそれ以上追及する事はしなかった。

 

「そう言えばエイミィ、貴女手の怪我はどうしたの? 報告を聞いた限りでは結構酷い怪我だったみたいだったけど………」

 

「あ、はい。医務室のスタッフ達のお陰でどうにか……オペレーションによるバックアップも今なら可能です」

 

 そう言ってエイミィは包帯の巻かれた手をリンディの前に翳す。

 

一見痛々しく見える彼女の手だが、包帯から血が滲んでいたり、汚れていない所から見ると、どうやら本当に怪我は回復してきている所だ。

 

 エイミィのオペレーションの能力は高い。彼女による状況分析能力はこのアースラに搭乗してから幾度となく発揮している。

 

「宜しい。なら、今後も貴女の活躍に期待しているわ。下がって」

 

「は、はい。失礼します!」

 

 リンディの指示に従い、エイミィは敬礼をして部屋を後にする。

 

「クロノも、貴方ももう下がっていいわ。今後は軽率な行動を取らないよう、気を付けなさい。そして、この辞表届けはひとまず私が預かっておきます。………いいですね?」

 

「はい。本当に申し訳ありませんでした」

 

 クロノの出した辞表届け。それを一時預かる事で彼にも退出の言葉を告げる。

 

しかし───。

 

「………クロノ?」

 

立ち上がってはいるが、一向に退出しないクロノにリンディは訝しげに思っていると。

 

「………母さん、父さんがまだ生きていた頃の話、覚えてる?」

 

「!」

 

クロノのその言葉にリンディは二重の意味で驚愕する。

 

クロノは公私の区別を弁え、その都度キッチリと切り替える若くありながら仕事人の在り方をしていた。

 

そして父の事も……10年前のあの日から訊ねられたら応えはするも、自分からは決して言葉にすることはなかった。

 

そんな彼が普段からは絶対に口にしない母という言葉に、リンディは少なからず動揺した。

 

今ここにいるのは自分と息子だけ、誰にも聞かれないよう部屋に簡単な防音結界を張った後、リンディはクロノの問いに答えた。

 

「……えぁ、覚えているわ」

 

「なら、三人でピクニックに行ったことも?」

 

 コクリとリンディは頷いた。

 

忘れもしない。あの日は最初で最後の家族揃ってのピクニックだったのだから。

 

忙しい日々の合間に、何とか互いに連絡を取り合いながら漸く合わさった休日。

 

広い公園の丘の上で、三人でお弁当を囲んだ記憶は……今でも鮮明に思い出せる。

 

「あの日、僕は父さんに肩車をしてもらった。広々とした広大な空の下で、僕と父さんは大はしゃぎだった」

 

「えぇ、しかもお父さんの方がはしゃいでいたものね」

 

 中々会うことのない息子に、今日くらいは一緒に遊ぼうとする夫の姿。

 

それを思い出したリンディは懐かしむように笑みをこぼす。

 

だが、それが一体どうしたのだろうか? クロノの言いたいことが理解出来ないリンディは首を傾げていると。

 

「三人でピクニックに行った事、母さんの作ったお弁当が美味しかった事、あの日の土の匂い、風の心地よさ、それら全て覚えているのに……どうしてだろう。肩車をした時、父さんと何の話をしたのか、それだけが思い出せないんだ」

 

「……………」

 

 クロノのまるで懺悔をしているような呟きにリンディには応える術がなかった。

 

あの日、風が少しばかり強かった為、離れていた二人の言葉はリンディの耳には届かなかった。

 

ただ一つ分かった事があるのは、あの日のクロノはとても力強く凛々しい顔付きをしていた事だけ。

 

 夫が息子に何を話したかは、彼の意固地な態度の所為で最後まで聞き出す事は出来なかった。

 

けど。

 

(これを渡せば、思い出せるかしら)

 

 リンディは制服のポケットに収納された一枚のカードをさする。

 

それは生前愛する夫が自分に託した一個のデバイス。

 

一瞬、これを渡すかどうか一考したリンディは………。

 

「クロノ、貴方に渡したい物があります」

 

 息子に、父から託された“想い”を手渡す決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶翠屋でバイトするようになってから数日、あれから特に変わった事もなく、凛からの連絡もないまま日々を過ごし、昨日漸くウチの女性陣に対してのプレゼントの準備が終えた。

 

そしてクリスマス、その前夜祭を迎えた今日、このままバイトを終えて皆にどうサプライズをして渡すかを考えていた所。

 

「入院? はやてちゃんが?」

 

 本日のバイトも後僅かに差し掛かった頃、凛から緊急の呼び出しを受けた俺は慌てた様子の彼女の声に思わず声を出してしまう。

 

店の裏で掃除をしていた為、幸い店側に迷惑を掛けた様子はない。

 

だが、電話越しの彼女の声が珍しく慌てている為か此方の声も上擦ってしまった。

 

『うん。闇の書の浸食が思った以上に侵攻してたみたい。あの子、本当は今までずっと苦しい思いをしていたのに我慢してて……ったく、子供の癖に変に頑固なんだから!』

 

 電話越しなのに髪をかき乱して狼狽する凛の姿が幻視する。

 

『いや、本当は私が気付くべきだった。私、万色悠滞まで使ってあの子の具合を看ていたのに、それに気付かないなんて……結局私もあの子の強さに甘えていただけじゃない!』

 

 自責の念に駆られた凛を落ち着けと言って返す。

 

彼女がここまで取り乱すのは珍しいが、今はそんな事を言っている場合じゃない。ましてや、今は後悔している暇も無い筈。

 

 凛、君は今病院にいるのか?

 

『え? うん、今は病院の外にいるけど……白野君?』

 

 なら、はやてちゃんの病室を教えてくれ、幸い此方には呪いに関してはピカイチのキャスターがいる。彼女を連れて先にこれから向かうから凛ははやてちゃんの側にいてやってくれ。

 

『………………』

 

─────凛?

 

『はぁ、まさか貴方に落ち着けと言われるなんて一生の不覚だわ。そうね、確かに言うとおりよ、今は悔やんでいる場合じゃない。これからはやての側にいて気休め程度だろうけど治癒術を施して見るわ』

 

 調子を取り戻した様子の凛に頼もしさを感じながら通話を切る。

 

彼女からしたら普段一緒にいたのにはやてちゃんの容態に気付けなかったから余計に自責の念が強いのだろう。

 

 それにはやてちゃんの容態に気付けなかったのは自分も同じ、これなら凛に変な気遣いをせずに頻繁に連絡を取り合うべきだった。

 

────いけない。先程凛に偉そうに言った自分が後悔に駆られてどうする。

 

 頭を横に振り、気持ちを切り替える。

 

「岸波君、誰か倒れたのかい?」

 

 背後からの声に振り返る。

 

そこにいたのは喫茶翠屋の店長、高町士郎さんだった。

 

彼を前にしたとき一瞬言うべきか戸惑う。彼にはこの喫茶店で働かせて貰ったり、此方の都合で一度は断っておきながらそれでも構わないと笑って許してくれた。

 

事情があるとはいえ、またもや此方の都合で仕事を抜け出したいなんて言うのは……やはり、勝手過ぎる。

 

けれど、こうしている間にもはやてちゃんは闇の書に蝕まれ苦しみに呑まれている。なんとか納得してもらい抜け出しを見逃して貰おうとする………。

 

「………聞いたよ。知り合いの子が入院したんだって?」

 

────士郎さん?

 

「済まない。立ち聞きをするつもりはなかったんだ。一通り此方の仕事が終わったから君も上がっていいよと声を掛けるつもりだったのだけれど……」

 

 士郎さんの申し訳無さそうに呟く言葉に気にしないで下さいと返す。

 

というか、え? お仕事はもう終わったんですか?

 

クリスマスケーキの方も? 全部?

 

「ん? あぁ、予約されていた分のケーキな桃子が一人で終わらせたよ。君が他の雑務を全部片付けてくれたお陰だ。ありがとう」

 

礼を言う士郎さんに思わず「はぁ、こちらこそ」と間抜けな声を漏らしてしまう。

 

え? 予約のあったケーキを桃子さん一人で作ったの? ………マジで?

 

「桃子は昔、一流ホテルのパティシエ達のチーフを担当していた事もあったから、あのくらい朝飯前さ」

 

 あのポワポワとした桃子さんにそんな経歴があったなんてっ!

 

いや、けどそうしたら配達はどうするんだろう。もうすぐ夜になるし、士郎さん一人では大変じゃあ………。

 

「なに、そこは恭也や美由希も手伝ってくれるから何て事ないさ、君は君のやるべき事があるんだろう? 早く行ってあげなさい」

 

士郎さんの漢気溢れた気遣いに胸に熱いものがこみ上げてくる。

 

どうしてそこ恭也さんや美由希さんが出てくるのかは知らないが、ここは余計な詮索をせずに厚意に甘えるとしよう。

 

士郎さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうござます。

 

「明日、余裕があったらまた来なさい。桃子が君の為にもう一個ケーキを作るみたいだから」

 

 士郎さんの言葉に手を振って応え、俺は急いで私服に着替えて凛やはやてちゃんのいる海鳴総合病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白野君!」

 

 大急ぎで駆けつけ、はやてちゃんのいる病室に差し掛かった時、廊下で待っていてくれた凛が此方に気付いて手を振ってくる。

 

「済まない。遅れた」

 

「気にしないで、今知り合いの子達がはやての見舞いに来てくれたの。あの子も今は落ち着いているみたいだしランサーだけ置いているわ……というか、汗だくよ貴方、大丈夫?」

 

 心配してくる凛に気にするなと返す。伊達に鬼教官(アーチャー)に毎日鍛えられていないからこの程度は苦にならない。

 

それよりもキャスターはまだ来ていないのだろうか? 病院の場所や病室は携帯で教えた筈なのだが……。

 

「どうやら一足先に貴方の方が早かったらしいわね。ほら、来たわよ」

 

「ご主人様~! 遅れて申し訳ありません~!」

 

 凛に促されて振り返ると、私服姿のキャスターが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「久し振りねキャスター、積もる話もしたい所だけど……早速看てくれる?」

 

「それは構いませんけど……ご主人様、本当に私で宜しいのですか? 確かに呪いの類なら私も少々詳しいのですがぶっちゃけた話、あの金ピカなら適当な宝具でも使って治してくれそうなものですけど」

 

 キャスターの疑問の言葉に確かにと口を滑らせる。しかし、しかしだ。

 

彼はこの状況を楽しんでいる節がある。一応メールで連絡をしてはいるが、一向に返信が返ってくる様子はない。

 

ギルガメッシュがいない事に少しばかり不安に思う部分はあるが、今はキャスターがいる。もし万が一はやてちゃんの容態が急変するのなら彼女に頑張って貰う他無い。

 

 色々押し付ける形になってしまうが……頼むキャスター、力を貸してくれ。

 

「私からもお願いするわキャスター。はやてを助けて上げて」

 

「う~ん、正直な話私よりもサクラーズの方が適任な気が……ともあれ、ここで見せ場を見せればご主人様のハートもキャッチ! 不肖タマモ、頑張らせて戴きます!」

 

 何だか気乗りしない様子のキャスターだったが、此方の願いを聞き入れてくれた様子で今はやる気を出してくれている。

 

最初の呟きが聞き取れなかったが、兎も角やる気を出してくれた事を良しとしよう。

 

凛を先頭に病室の扉を開け、いざはやてちゃんのいる病室に踏み込むと。

 

「ヤノーシュ山から貴方に~♪ 一直線、急降下~、く~し~ざ~し~で~、ち~ま~み~れ~♪」

 

「あ、あははは~、あれ? なんでかな? 何で笑いがこみ上げてくるんだろう?」

 

「あ、アリサちゃんしっかり!」

 

「フェイトちゃん、私なんだか眠くなってきたよ」

 

「なのは、しっかりして! この歌で眠ってしまったら戻ってこれないよ!」

 

 ………地獄絵図が広がっていた。

 

え? なにこのカオス。

 

 

 




今回は話を分けますので短めです。



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闇の胎動 中編

 

 キリストの生誕前夜祭、つまりはクリスマスイヴ。

 

既に街はクリスマス一色に彩られ、人々はその楽しい時間を思い思い過ごしていた。

 

そんな中、凛からの突然の呼び出しでキャスターと共に入院しているだろうはやてちゃんの下へと急いだ。

 

キャスターは呪術のエキスパート、闇の書の呪いに蝕まれたはやてちゃんをどうにか出来ないにしても、何かヒントになるようなものが分かるかもしれない。

 

そんな期待を胸にはやてちゃんのいる病室へと足を運んだのだが……。

 

「どう? 私の歌声の子守歌バージョンは? 気に入って貰えたかしら?」

 

 ご満悦。エリザベートことランサーは先に見舞いに来ていた少女達に自慢の歌声を存分に披露できて酷く嬉しそうである。

 

「え、えっと……凄い歌だったよね、フェイトちゃん」

 

「う、うん……相当凄いと思う………よ?」

 

 凄いの後に酷いという言葉を使わない辺り、この二人の少女の気遣いにホロリとした。

 

そんなランサーの独占コンサートに見事耐えきっていた二人の少女は苦笑い。

 

そして、残ったもう二人の少女はと言うと……。

 

「………………」

 

「………………」

 

 死んだ魚の目の如く、瞳から光を失っていた。

 

椅子に大人しくうなだれている彼女たちに合掌し、凛と共に病室へ踏み込む。

 

すると此方に気付いたのか、ベッドで腰掛けていたはやてちゃんが此方に向けて声を掛けてくれた。

 

「あ! 誰かと思ったら岸波さん! お見舞いに来てくれたんですか?」

 

耳からポンっと耳栓を取り外すはやてちゃん。………そうか、どうやら既に彼女はランサーに対しての対応を熟知していたらしい。

 

 そんな眩しい笑顔と共に迎え入れてくれるはやてちゃん。その声と顔からとても闇の書の呪いに蝕まれているとは思えなかった。

 

けれど、それが強がりなのは凛から話を聞いて知っている自分としては、こんな小さな子供にそんな気遣いをさせている事実に胸の奥が痛む。

 

此方の気持ちを悟られないよう気を付け、少女達を迂回し、向かい側にいるランサーの隣へと座った。

 

「あら? 貴方も来たのね子ブタ。今可愛らしい子リス達に私の可憐な歌声を披露していた所よ」

 

 自分が隣に座った事に機嫌を良くしたのか、彼女の尻尾はフリフリと揺らいでいる。

 

「可憐? 今の雑音が可憐と言いましたかこのトカゲ娘は? 今のが歌だというのならその辺の工場音はヒットチャートの上位に食い込めるっての」

 

呆れ顔のキャスターが自分の隣に腰を下ろす。

 

自分の歌がバカにされたのが気に入らなかったのか、額に青筋を浮かべたランサーが睨みを利かせる。

 

「あら、何かしらこの無礼なオバサン狐は? 厚いのはその無駄な顔にノった化粧だけにしといて下さる?」

 

「なっ!? 私は基本的にパックだけだっつーの! 化粧なんてご主人様との結婚披露宴の時だけです!」

 

互いにメンチを切らせ、険悪ムードになる二人。

 

……というか、自分を挟んで睨みを利かせないで下さい。居心地が悪すぎる。

 

 するとゲンナリとした自分の表情を見たランサーは自分の腕を抱き寄せ、その体を密着させてきた。

 

「ホラ、アンタが怖ーい顔をしてるもんだから子ブタが怯えているじゃない。ねぇ子ブタ、貴方こんなおっかないツレがセイバー以外に二人もいるの? 今からでも遅くないわ。セイバーを連れて私達の所へ移籍しなさい。可愛がってあげるわよ」

 

「はん、まだ経験/Zeroの生娘がなーにをえらそーに。というかご主人様の貞操はこの私が既に予約を入れているのでお断りします」

 

「なっ!? しょ、しょしょしょ処女ちゃうわ!」

 

 …………一体何の話をしているのだろうかこの駄狐は?

 

いやそれ以上に小学生を前に何ちゅー話をしているんだ。しまいには………。

 

「さて、後で岸波君は折檻しておくとして。キャスター、早速看て上げて頂戴」

 

 殺気立った凛の視線が一瞬自分を射抜いていた。

 

うん、何となく分かっていたけどどうして自分が折檻されなければならないのだろう。

 

「強いて言うなら気持ちかしらね」

 

 特に理由のない暴力が岸波白野を襲う!

 

「あははははは! 相変わらず兄ちゃん達はおもろいな~、ウチ兄ちゃんのファンになりそうや」

 

そしてすっかり自分がお笑い芸人だとはやてちゃんに勘違いされていた。

 

「ねぇ、すずか。しょじょって何?」

 

「ふぇ、フェイトちゃんはまだ知らなくて良い事だよ!!」

 

 此方が勝手に騒いでいる一方、残った二人の少女達はコソコソと話し合い、紫髪の少女は顔を真っ赤にさせて俯いていた。

 

イヤ、ホントすみませんね。

 

「この変態」

 

なんでや。

 

凛の心ない言葉の暴力に自分の硝子のハートはボドボドである。

 

 以前から思っていたがどうして凛は自分に対してこうもキツく当たるのだろう?

 

「そんなの……言えるわけないじゃない」

 

ツンとした態度でソッポ向く凛。取り付く島もない彼女の言動にうなだる。

 

「ご主人様、いい加減にしてくださいましね?」

 

にこやかに微笑むキャスターが怖い。あれ? 何だろう? 微妙に命の危機?

 

 だが、確かにいい加減話を進めなければならないだろう。

 

はやてちゃんに向き直り、取り敢えず見舞い代わりに持ってきたロールケーキを差し出す。

 

「岸波さんもケーキを買ってきてくれたんですか?」

 

 目をパチクリさせるはやてちゃん。ケーキといってもコンビニに売ってる安物だけどね。

 

「そんな事あらへんよ。ウチ、嬉しいです。すずかちゃん達もワザワザありがとうな」

 

「気にしないでよ。私たちもはやてちゃんと一緒にクリスマスを過ごしたかったから……かえってお邪魔じゃなかったかな?」

 

「それこそ気にしなくてええよ。入院している合間は基本暇やし、寧ろ嬉しいサプライズや」

 

 子供らしい和気藹々とした会話が続く。そんな中、今まで黙っていたキャスターが自分の服を引っ張り、目線を扉の向こうへ促していた。

 

どうやら、ここでは話せない内容らしい。

 

はやてちゃんに失礼をしてキャスターと一緒に廊下へ出る。

 

そしてその後間を置いて凛も用事を思い出したと言って病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてはやてちゃんの病室から少し離れた所にある休憩所。患者達の憩いの場として設けられた所に場所を移した自分達は、それぞれ向かい合う形で対峙していた。

 

「キャスター、何か分かったの? 見た限りでは何か特別な術式を組んでいた様子もなかったけど……」

 

 凛の疑問に自分も頷く。彼女の言うとおりキャスターは特に目立った行動は起こさず、はやてちゃんを見ていただけだった。

 

「あんなの見ただけで分かります。あぁまで躯を蝕んでいたらプログラムだろうが呪いだろうが瞬時に分かるってーの」

 

 キャスターのその物言いにイヤな予感を感じる。

 

見ただけで分かる。それはつまり、それ程までにはやてちゃんの容態は────。

 

「良くて一ヶ月、悪くて一週間、今の彼女は殆ど………虫の息です」

 

────────っ。

 

予想よりも遙かに深刻………いや、事実上キャスターの死刑宣告の一言に肩が震える。

 

あの扉の向こうで無邪気に笑っているはやてちゃんが………死ぬ。

 

信じられない。信じたくない。けれど、キャスターの真剣な表情が事実だと告げている。

 

「………そう、私の方と大体同じね。予想していた期間より一ヶ月以上間があったけど……」

 

 重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは凛だった。

 

その口振りは予め予想していたらしく、その様子はショックはあるものの驚きはないように見えた。

 

だが、それ以上に彼女の言い方に違和感を覚えた。予想通りということは自分の考え通りに事が進んでいる事。

 

彼女がこういった口振りは決まって何らかの手段がある時だ。

 

だから自分は敢えて問うように聞いた。凛、何か手はあるのか?

 

「あるわよ。尤も、その方法はかなり危険よ。私一人では到底無理だし、下手をすれば闇の書に取り込まれるわよ」

 

 凛のその言葉に沈み掛けた希望が一気に浮き上がってきた。

 

手段がある。はやてちゃんのあの笑顔を守れる術がある。それを聞いただけで俄然、やる気が出てきた。

 

無論、手段が無くても何とか模索するつもりだったが……。

 

「待って白野君。喜ぶ所を水差すようで悪いけどキチンと説明させて頂戴。これから私の言う案を理解した上で判断して」

 

 釘を刺すように、諫めるように言う凛に浮かれ掛けた気持ちを静める。

 

それから椅子に腰掛けた自分に宜しいと頷き、凛は自身の出した案を語り始めた。

 

案……といってもやる事は単純だ。凛の万色悠滞で自分の意識を闇の書に送り込み、闇の書の奥で眠る管制プログラムとやらを目覚めさせ、主であるはやてちゃんの了承を下に闇の書との契約を破棄させるというものである。

 

確かに口にすれば簡単だ。やり方に関してもまるでサクラ迷宮で行った衛士攻略法のソレだ。

 

自分が闇の書に意識をダイブさせるのも、そういった経験を持つ自分こそが成功する可能性が高いと踏んだ上での指名なのだろう。

 

方法は出た。後は実行あるのみだ。

 

「待って白野君。最初に言ったけどこれは私一人では到底無理な手段なの。私だけでは充分なバックアップが出来ない。不備とか何らかの緊急事態が陥ったとき、私だけじゃあカバー仕切れない。最低でも優秀な魔術師があと一人は欲しいわ」

 

 確かに、凛の言うとおりだ。これから自分が潜ろうとするのはこれまでの少女の“心”ではなく闇の書という物質に潜り込むのだ。

 

なによりはやてちゃんの命が掛かっている。満足な支援も出来ず失敗となっては笑い話にもならない。

 

 だったらキャスターならどうだろう? 呪術師でジャンルは違うが、それでも彼女が超一流の術者であるのは違いない。

 

キャスターの手を借りることが出来れば自分としては勿論、凛としても頼もしいのではないだろうか?

 

「確かにそうね。キャスター、そう言うことだからお願いしても良いかしら?」

 

「え、えーと……ですね」

 

 ? 何だろう。キャスターの歯切れの悪い口振りに首を傾げる。

 

彼女にしては珍しい歯切れの悪さにどうしたのだろうと声を掛けると。

 

「凛さん、一つお伺いしてもよろしいですか? あの魔導書───闇の書はデバイス、つまり情報媒体の端末でその全貌はプログラム形式なのですのよね?」

 

「え? えぇ、そうよ。あの闇の書はこの世界で言うデバイス。基本的にプログラム形式よ。だからこそ私でも結構深い所まで闇の書を解析できた。……って、どうしたのキャスター?」

 

 凛と同様、何やら様子のおかしいキャスターに疑問に思っていると……。

 

「あの……ご主人様、やっぱり此度の件、やはり私よりサクラーズの方が向いているかと思います。確かに私もその手の知識が無いわけではありませんが、万全を期すのなら彼女達の助力を請うべきかと……個人的には気にくわないんですけどね~」

 

 最後の方は聞かなかった事にして……それにしてもサクラーズとは、一体誰の事───

 

『あら、惚けるなんて酷いわね。サクラーズという名称はどうかと思うけど、その場合示しているのは私達の事ではなくて?』

 

 マナーモードにしていた筈の携帯から音声が聞こえてくる。驚きながらポケットから取り出すと……。

 

『はーい』

 

 メルトリリスが携帯の画面に映し出されていた。

 

「ちょ、メルトリリス!? どうしてアンタがここにいるの!?」

 

『ふふ、乙女の秘密をいきなり聞き出すなんて、そういう無粋な所も相変わらずね、凛』

 

「こっちの質問に答えろって言うのよ! 大体アンタの秘密なんてとっくに知ってるのよ!」

 

『そうね、私の秘密も大概だけど……凛、そういう意味では貴女も中々のものよ』

 

「勝手に人の秘密を暴露しようとすなー!」

 

 目の前で携帯と喧嘩する少女のアレ一歩手前のこの状況は兎も角として、………メルトリリス、どうして君がここに?

 

『白い桜がね、私に言ってきたの。私では力になれないから代わりに付いてってってね、あの子の言いなりにはなるのは癪だけど、貴方の側にいられるのは中々優良条件だから、こうして今まで貴方の携帯の裏で待機していたわけ』

 

 彼女の何気ない言葉に納得してしまう。

 

メルトリリスはその存在自体が高度な上級AIだ。BB程でないにしろネットワークを通じて自分の携帯に潜入する事など造作も無いだろう。

 

「それで、側にいたという事なら今までの話も聞いていたのでしょう? ならとっとと答えやがれ」

 

『やれやれせっかちなんだから、そんなに私が彼の中にいるのが気に入らないのかしら?』

 

「そんな卑猥な表現聞いてないってーの! たかがご主人様の携帯に入り込んでいる位でいいきになるなってーの!」

 

『今の私の台詞のどこが卑猥だったのかしら? 全く、これだから脳内万年ピンクの発情INーRAN狐は、貴方も大変ね、白野』

 

 うん、そうだね。大変だね。

 

大変ついでにキャスターを挑発するのは止めて貰えないでしょうか? 隣にいるキャスターの顔がめっさ怖いです。

 

『そうね、強いて言えば出来ないこともないかしら? 凛のように万色悠滞で覗いた訳でもないし、その闇の書とやらがどうであれ私の蜜を受ければ私になるしかないんだもの。若しくはドレインして片を付けるわ』

 

あぁ、やはりあの極悪なスキルは健在なのね?

 

『どちらにせよ、もっと詳しくみる必要があるわ。もし万が一私の手に負えない代物ならBBの力も借りることになるかも……』

 

 BB……あれ以来マトモに言葉を交わしていない。本来ならプレゼントを渡す切っ掛けに色々話をしたかったのだが───仕方ない。

 

キャスター、凛、先に言っててくれ。こっちはBBと話を付けてくる。

 

「分かりましたマスター。凛さん、まずは私達ではやてさんの容態を看ましょう」

 

「なんかサラッとBBの事も言わなかった? ……あぁもう! 分かったわよ! 今ははやてと闇の書を何とかする方が先決! だけど白野君、後でキッチリ説明してもらうからね!」

 

ズビシッ!と、此方に指を向けた後、凛はキャスターと共にはやてちゃんの病室へ向かっていく。

 

そんな二人の後ろ姿を見送った後、自分はBBに連絡入れようと我が家へと電話を掛けようとする………が。

 

「しまった。ここ病院だ」

 

病院内は基本通話を控えるべき。近くに公衆電話も見あたらないし、仕方ないと半ば諦め、病院の屋上へと向かう。

 

そして、そこで自分を待ち受けていたのは……。

 

「待って! お願い。話を聞いて!」

 

「聞く耳は持たんと言った!」

 

シグナム達が鬼の形相で悲壮な顔をしたなのはちゃん達に向かって刃を突きつけていた。

 

………今度は修羅場?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、白野からメールを受け取っていた筈のギルガメッシュは……。

 

「おい英雄王、貴様携帯はどうした?」

 

「無くした。明日買い換える」

 

 呑気に酒を煽っていた。

 

 




すみません。リアルが忙しくて中々投稿出来ませんでした。

しかも短い。

本当、すみません。


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闇の胎動 後編

 

 

 

 

 それは、ほんの数分間の出来事でした。

 

私の大切な友人の一人であるすずかちゃんの提案の下、私とフェイトちゃん、アリサちゃんの四人ですずかちゃんの友達のお見舞いにする事になりました。

 

事前にすずかちゃんが連絡してくれた事もありはやてちゃんとはすんなりと出会えて、そしてはやてちゃんのご家族らしい遠坂凛さんとエリザベートさんとご挨拶をした後、いよいよプレゼント!

 

まだ小学生である私達ではお小遣いを出し合ってウチのお店のケーキを買うので精一杯。

 

で、でもでも、味は確かだから大丈夫の筈!

 

そんなちょっぴり不安な私の気持ちを、はやてちゃんは飛びっきりの笑顔で受け入れてくれました。

 

 ああ、この子も良い子なんだなって、この時私は流石すずかちゃんのお友達だなと嬉しくなったのです。

 

恐らくそれは、アリサちゃんもフェイトちゃんも同じ。新たに知り合えた友達にこれからの事をお話しようとすると………。

 

「さて、それじゃあ可愛いらしい子リス達が集まった所で、一つ私の歌を聴かせて上げようじゃない」

 

 席を立ったエリザベートさんがそう言うと、凛さんは「知り合いと待ち合わせがあるから失礼するわね」と言って病室から逃げるように後にして。

 

はやてちゃんも心底申し訳なさそうな顔をした後、エリザベートさんに気付かれないよう千切ったティッシュを耳栓の様に耳に詰め込みました。

 

はやてちゃんのおかしな行動を疑問に思っていると………。

 

「ではまず最初の一曲、『恋はドラクル』! 私の歌を聴きなさい!」

 

個室で防音設備もされているらしいから、多少は騒いでも大丈夫。そうはやてちゃんの担当医から聞かされていた私達はノリノリなエリザベートさんを止めようとせず、ちょっと面白い人だなと、一体どんな歌を唄うのだと呆れ半分楽しみ半分で耳を傾けると……。

 

「恋はドラクル~♪(朝は弱いの)優しくしてね~、目覚めは深夜の一時過ぎ~♪」

 

 そこからの記憶は……あんまりはっきりしない。

 

なんだかその後、他の人もはやてちゃんのお見舞いに来ていたみたいだけど、その辺りの記憶も曖昧で側でフェイトちゃんが必死な顔で私を揺さぶっていた事位しか思い出せない。

 

 その後、意識を取り戻した私が最初に見たのは……。

 

「…………」

 

怒るべきか、同情すべきか、そんな微妙な感情を表情を浮かべたヴィータちゃんが目の前にいた。

 

そして辺りを見渡すといつの間にかすずかちゃんとアリサちゃんや、凛さんやエリザベートさんの姿は見えず、この場にいるのは守護騎士の皆さんとはやてちゃん、そして涙目で抱きついてくるフェイトちゃん。

 

そんな私達をシグナムさん達がヴィータちゃんと同様、なんとも言えない表情で此方を見ていた。

 

………あれ? なにこの空気。

 

そしてその後、漸く私ははやてちゃんが闇の……夜天の書の主なのだと知ることになるのでした。

 

というか、どうして私気を失ってたんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ども、みなさん。少し早いですがメリークリスマス。

 

最近はもうめっきり寒くなり、厚手の上着やコートなどが手放せなくなってきています。

 

実際、ここ海鳴病院の屋上に来た直後は肌寒い空気が刃のように突き刺していました。

 

 え? なんで過去形かって? ………それはですね。

 

「悪魔で……いいよ。話を聞いて貰えるなら、悪魔だっていい!!」

 

燃え盛る炎を前に、めっさ暑い思いをしています。

 

いやー、季節的に寒くてもやっぱり近くで焚き火をすれば暖かいものなんですねー。

 

『白野、気持ちは分からない事もないけれどそろそろ現実を見つめなさい。このままでは流れ弾に当たる危険性が出てくるわよ』

 

 冷ややかなメルトリリスの言葉に我に返る。

 

………うん、取り敢えず言いたいことは一つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やってんのアンタらぁぁぁぁっ!!?

 

「むっ! お前は?」

 

「岸波君!?」

 

「岸波!?」

 

「白野さん!?」

 

「さっきの……!?」

 

 自分の叫びにヴィータちゃんの除いた面々がそれぞれ驚愕を露わにしながら此方に振り返っていた。

 

大声を叫んだ為に幾分冷静さを取り戻した自分は落ち着きながら辺りを見渡す。

 

騎士甲冑を纏うシグナム達と法衣らしき格好をしたなのはちゃんとフェイトちゃん、それぞれ手にした武器を見る限りどうやら彼女達は互いに敵対関係にあるようだ。

 

……いや、正しくは違うのだろう。シグナム達は兎も角フェイトちゃんの瞳は敵対者の目じゃない。言葉が通じず悪戦苦闘する外国人のようだ。

 

 なのはちゃんは……うん、なんか据わった顔付きでヴィータちゃんと対峙している。

 

ヴィータちゃんはヴィータちゃんで親の仇を見るような目つきでなのはちゃんを睨んでいるし、かなり複雑な事情があると見た。

 

ひとまず、一番話の分かりそうなシャマルさんに話を聞くことにする。

 

………何があったんですか?

 

「…………」

 

「お前には、関係ない」

 

 黙したシャマルさんに代わり、シグナムが突き放す様に言い放つ。

 

そう、関係ない。彼女達が対立しているのは自分には何の関係もない。

 

本来ならこうして間に割って入ることもなく、見て見ぬ振りをすれば良かったのだ。

 

………だが、岸波白野には最初からそんな選択肢は存在しない。

 

知り合い同士が戦っているのを黙って見過ごす程、自分は鈍感ではない。

 

 故に、冷たい眼差しを向けてくるシグナムを真っ向から見据えて。

 

「………関係なら、ある。そもそもはやてちゃんを放っておいて何やってるんだアンタらは?」

 

「…………」

 

 その言葉にシグナムの目が一層鋭くなる。

 

お前に言われる筋合いはない。そんな事は分かってる。目障りだ。消えろ。等々………。

 

そんな拒絶に満ちた眼光が岸波白野を射抜く。

 

正直、その眼光に恐れを感じていた。だが、それ以上に彼女の追い詰められた瞳が気になった。

 

シグナムだけじゃない。シャマルさんもヴィータちゃんも、そして今はここにいないザフィーラさんも、死に着実に向かっているはやてちゃんに何も出来ないでいる自分を責め続けていた事だろう。

 

 それが強迫観念に近い状態に陥り、自身を追い詰め、誰の言葉にも耳を傾けられなくなっている。

 

だが、だからと言って言葉をかけ続けるのを諦める訳にはいかない。喩え届かなくても気持ちを言葉に乗せて吐き出せなければ永遠に互いを分かり合う事なんて出来ないのだから。

 

「こんな事をして、はやてちゃんが喜ぶと本気で思っているのか?」

 

「………黙れ」

 

「凛やエリザベートもいるのに、どうして誰も頼らない?」

 

「それ以上、近付けば……斬る」

 

 一歩ずつ、ゆっくりだがシグナムとの距離を縮めて往く。

 

此方に切っ先を向けているシグナム。一切揺るぎはせず、その言葉通り近付けば迷い無く切り捨てるだろう。

 

だが、それでも自分の歩みは止めない。止めてはいけない。

 

何故なら……。

 

「誰かに迷惑を掛けるのが嫌なのか? それははやてちゃんが言った言葉だからか?」

 

「黙れ───っ!」

 

 こんな苦しんでいる友人を見過ごすなど、何より自分自身がそれを強く拒否しているからだ。

 

「もしそうだとしたら……きっと君達は意味を履き違えている。はやてちゃんが言いたかったのは迷惑を掛ける事よりも───」

 

「煩い……」

 

 一歩、また彼女に近付く。

 

その度に剣を握り締めた手が、カタカタと静かに揺らいでいた。

 

決意に満ちた瞳が、後悔と呵責に滲み出始めていた。

 

やがて、彼女の間合いへと入り込み。

 

「誰かに打ち明けて、悩みを吐き出して欲しかったんじゃないのか?」

 

「煩い!!」

 

 叫びを上げると共に、シグナムは手にした剣を自分に向けて振り下ろした。

 

瞬間、鋭い痛みと共に額から暖かい液体が流れるのを感じた。

 

恐らくは剣の切っ先が額を掠めてのだろう。額から流れる流血を見て、フェイトちゃんはその顔を驚愕の表情で染め上げていく。

 

後ろではシャマルさんが息を呑む声が聞こえてくる。

 

だが、誰よりも驚いているのはシグナム自身だった。

 

誰よりも敵を斬り伏せてきた彼女が、表情を真っ青に染め上げている。

 

いつも凛々しい彼女がそんな顔をしていると思うと、ちょっと笑えてくる。

 

だけど痛みはない。いや、痛みは在るが歩けない程の痛みではない。故に再び自分は歩み始める。

 

「やり方なんて、それこそ探せば沢山在るはずだ」

 

「止めろ」

 

「時空管理局の人達にだって、助けを請えば出来た筈だ」

 

「止めてくれ」

 

「騎士というものがどれほど高潔なのかは俺には分からない……けれど、君達のこれまでの行いは……」

 

「止めてくれ!!」

 

「その誇りを捨てる程の価値はあったのか?」

 

 我ながら、なんて浅ましい言動だろう。

 

当事者でも無い癖に、ただ巻き込まれただけの部外者な癖に。

 

勝手にでしゃばって、その場を掻き乱して、彼女達からすればいい迷惑だっただろう。

 

止めにはまるで傷口に塩を塗りたくる言葉責めまでやってしまう始末。

 

自分には加虐性質はない筈だけれど、黙している携帯からはメルトリリスのクスクスと漏れる笑い声が聞こえてきそうだ。

 

自分の行いは決して褒められた行為ではない。けれど、それ以上に自分で自分の首を締める彼女達が許せなかった。

 

そして、自分の言葉が届いたのか。

 

「………では私は、私達は、どうすれば良かったのだ。死に瀕した主を前に……私は!」

 

片手で顔を抑えるシグナム、開いた指の隙間からは彼女の涙で滲んだ瞳が見える。

 

 「だから、これから助けるんだ。シグナム達だけでなく、今度は俺達全員で」

 

「………っ!」

 

その言葉が意外だったのか、シグナムは顔を上げて信じられないといった形相で此方を見つめている。

 

「此方にはプログラムに関しては優秀過ぎる仲間がいる。だから、きっと大丈夫さ」

 

『結構良い感じで説得出来てたのに、最後の最後で私達に丸投げとか……ホント行き当たりばったりのプロフェッショナルね、貴方は』

 

 ぐふっ、メルトリリスの真実というなの槍がゲイボルグの如くハートに突き刺さる。

 

けれどこの程度では挫けない。情けなくて涙が出そうだけど、根性で耐えてみせる。

 

「けれど、私達は……」

 

手を震わせ、未だ迷っているシグナム達。彼女達からすれば散々各所に被害を出しておいて今更誰かに頼るのも抵抗が在るのだろう。

 

それこそ、彼女達が捨てるべき誇り(プライド)だろうに。

 

「どうしても自分が許せないのなら、全てが終わってから怒られよう。時には殴られよう。それが正しいケジメの付け方だ」

 

騎士である彼女達のプライドを真っ向からへし折るみたいで申し訳ないが、それこそ要らない考えである。

 

迷惑を掛けたのなら謝る。心配かけたのなら謝る。そんな事、子供でも分かる理屈だ。

 

言葉では決していわないが、彼女達に当てはまる表現は唯一つ。

 

なんて事無い、ただの、『駄々っ子』だ。

 

そんな自分の言葉に漸く納得してくれたのか、シグナムは手にしていた剣をアクセサリーらしき物体に変え。

 

「済まない……世話になる」

 

深々と頭を下げて敵意を下げてくれた。

 

後ろに控えていたシャマルさんも甲冑姿をから私服へと姿を変え、シグナム同様頭を下げている。

 

ひとまずこの場は何とかなった。後は空で激しい魔法バトルを繰り広げているヴィータちゃんとなのはちゃんに声を掛けるだけ。

 

 なのはちゃんは兎も角、ヴィータちゃんの説得には骨がありそうだな~。

 

なんて考えていると、今まで大人しくしていたフェイトちゃんと目があってしまう。

 

なんて応えればいいか分からず、取り敢えず笑顔とサムズアップで応えてみた。

 

すると萎縮したのか、困ったように頭を縦に振り、そそくさと空へと飛んでいった。

 

………ちょっと、寒かったかな?

 

『今の表情を保存、後でムーンセルにも記録させておこうっと』

 

やめて!?

 

 メルトリリスのガリガリと自分の自尊心を削っていく一方、俺はこれではやてちゃんも何とかなるだろうと心のどこかで安堵していた。

 

だが………。

 

『自動防衛運用システム《ナハトヴァール》起動』

 

 頭上から聞こえてくる声………否、音声に視線を向けると。

 

アレは……蛇?

 

不気味に蠢く蛇の集合体が、妖しい光を発し。

 

『守護騎士システムの維持を破棄、闇の書《ストレージ》の完成を最優先、守護騎士システムは消去、敵対勢力の排除の後、コアを収集』

 

瞬間、蛇の放つ光に飲み込まれ、岸波白野の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、意識を取り戻す頃には……。

 

「いやぁぁぁぁっ!!」

 

はやてちゃんが絶望に満ちた表情で空に向かって叫んでいた。

 

一体何があったのだろう? 目の前で叫ぶはやてちゃんは元より、今までここにいるはずだった守護騎士の皆がいない。

 

いるのは黒い縄で拘束された状態を必死に抜け出そうともがくなのはちゃんとフェイトちゃん、そして……不気味に蠢く蛇の集合体だけ。

 

先ほどとは全く異なる状況に、頭を混乱させていると………。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 狂った様に叫ぶはやてちゃん。その足下にはどす黒い三角形の方陣が浮かび上がっていき、黒い渦が周囲に広がっていた。

 

なんだ? はやてちゃんに何が起こっている!?

 

更なる事態の急変に、自分の脳内が処理できない領域にまで陥っていく。

 

すると、足下が崩れていくような錯覚に陥る。

 

みれば黒い渦に触れた所から岸波白野の躯がボロボロ崩れ落ちていっているではないか。

 

(違う! これは………吸収されてるのか!?)

 

 

このままではあの黒い渦に呑み込まれてしまう。どうすれば良いか考えていると。

 

『白野!』

 

「っ!」

 

メルトリリスの声に我に返り、携帯を手にメルトリリスと対面する。

 

「メルトリリス! 今他の皆との連絡は繋がるか!?」

 

『結界が敷かれているか時間は掛かるけど、可能よ!』

 

 どうやら此方の意図を既に読んでいたのか、分かっていると言わんばかりの対応に少し安心する。

 

「ならこの事を外にいる皆に知らせてくれ、頼んだぞ!!」

 

そう言ってメルトリリスからの返事を待たずに携帯を屋上から投げ捨てる。

 

これで彼女まで取り込まれる心配は無い筈。

 

後は自分という存在が、闇の書に完全に取り込まれるまで足掻くしかない。

 

───足掻く。その言葉に僅かに頬が弛む。

 

何故なら、無様に足掻き続ける事が岸波白野の数少ない特技だからだ。

 

そう思ったら一気に覚悟は決まった。

 

自分の名前を呼ぶなのはちゃん達を耳にしながら、岸波白野は完全に黒い渦へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、闇の書の“ソレ”は目覚める。

 

「また、全てが終わってしまった」

 

全ては主の安らぎの為に、“ソレ”は願いを執行する。

 

ある日を境に、歪んでしまった機能と共に。

 

世界は、終焉えと向かおうとしていた。

 

だが、忘れるな。闇の書よ。お前が呑み込んだその者は、史上最強のワクチンであること。

 

そして記録しろ。彼に手を出せばどんな目に合うのかを。

 

「人の夫に手を出す奴はぁ、私に蹴られて地獄に堕ちろぉぉぉぉっ!!」

 

「何っ!? ぐはぁっ!?」

 

「い、いきなり背後からの奇襲とか……」

 

「流石狐、やることえげつないわね」

 

 

 

 




おかしいな。今一シリアスになりきらない。

どうしてだ?


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◇幕間 主人公設定

本編投稿にはまだ暫く時間がかかるため、このような処置をする事にしました。

尚、この設定には作者の多大な妄想が多く詰め込められているため、ご了承下さい。



 

 

マスター:岸波 白野

 

◇ステータス

 

筋力:E

 

耐久:E

 

俊敏:E

 

魔力:E

 

幸運:D

 

◇スキル

 

女難EX

 

別名フラグ一級建築士。

 

この称号を持つ者は本人が望む望まないかかわらず、女性と何らかの形で出会ってしまい、何らかのフラグを立ててしまう。

 

取り分け岸波白野の場合、己が男を上げる度(キャス狐曰くイケメン魂度)そのフラグ建築ップリは凄まじい。

 

その乱立ぶりに英雄王からはナンパ王と、無銘の正義の味方は嘗ての自分以上だと太鼓判(?)を押す程だ。

 

尤も、好かれる女性陣は皆厄介な性質な持ち主である事から、このスキルの厄介さが伺える。

 

 

 

 

 

観察眼A+

 

共にサーヴァントと戦い、そして勝利に大きく貢献してきた岸波白野の数少ない特技。

 

最初こそは相手の動きに惑わされる場面もあるが、二度目、三度目と回数を重ねる毎に相手の動きを読み、遂には先読みという直感めいた力を発揮する。

 

その目は超人とされるサーヴァントの動きすら捉え、たちどころに対処し、戦いを制す。

 

アーチャー曰く達人クラス。英雄王曰く圧倒し過ぎる為つまらないなどと、色々折り紙付きである。

 

ただ、本人からは「人間は学習する生き物」だとそんなに大したモノではないと評している。

 

………事前に言っておくが、通常サーヴァント戦に措いて伝承や伝説を下に攻略していくのであって、実際に面と向かい合って攻略するのではない。

 

 

 

 

不屈の闘志EX

 

岸波白野の魂に宿る不撓不屈の在り方。

 

たとえ全てが闇に呑まれようと、どう足掻いても絶望しかなくても、僅かな…けれど確かにある未来の為に、全てを懸けて今を往く。

 

その魂の叫びに暴君が、無銘が、大妖狐が、そして英雄王すら聞き届け、そして惹かれていった。

 

またこれは岸波白野限定のスキルではなく人間、或いはヒトならば誰もが持つ可能性であり、嘗て人類が失った在り方でもある。

 

全ては暖かな人を守りたいから。そんなありふれた小さな願いを、欲望を持った………どこにでもいる人間。

 

それが岸波白野の在り方である。

 

………彼の意志を折るには、神の力ですら不可能かもしれない。

 

 

 

 

 

 

◇備考

 

この小説に於ける主人公。

 

幸運こそはDと低めだが、EXランクスキルの《不屈の闘志》で窮地を粘る為、大抵なんとかなる。

 

その有り様はキャス狐に「何だかんだありながら最終的には必ず勝つという反則じみた人」と呼ばれてたりしている。

 

特に意識して行っている訳ではないのに女性にアプローチしてしまう事から、凛からは侮蔑の眼差しを、キャスターからは一夫多妻去勢拳の恐怖をそれぞれその都度受けている。

 

ただ、自分に行為を抱いてくれている人から相応しい人であろうと頑張ろうとする気概を持つ。

 

 そして度重なる戦いに措いて磨き抜かれたカリスマ性は型月一なのでは? と、囁かれているとかいないとか。英雄王すら彼に剣を預けている事から、その信憑性の高さが伺える。………遠坂パパェ。

 

また魔術師ランクこそは最底辺、腕前も肉体強化のみと半人前以前の話だが、先も言ったカリスマ性により大抵のサーヴァントとは相性が良さそうではある。

 

 

 

どこぞのドリルを持たせたら天元すら突破しそう………。

 

 




岸波君は、多分意志を力に変える武装や武器を手にしたら所謂最強クラスになれるのでは? と思ったりします。
同時に、最弱であるからこそ彼の強さが光るものだとも思いますけどね。


そして申し訳ありませんが感想返しは次回の本編の投稿時にやりたいと思います。
いつも感想を下さっている皆さん、本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございます。


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闇の中で……

 

 

 クリスマスイヴ。その日、少女は穏やかな幸福の時間を過ごす筈だった。小さく、儚く、けれど家族と過ごすその時間だけは確かな幸せに包まれる。そう───その“筈だった”。

 

闇の書に深く眠っていた“彼女”は、主である八神はやての願いの下、ナハトヴァールに侵食されるまでの最後の時間を使い、その願いを完遂させる為に行動する。

 

───の、だが。

 

「この引きこもりがぁぁ! 今更しゃしゃり出て人の夫を呑み込むとか何様のつもりだわりやぁぁっ!?」

 

「落ち着きなさいキャスター! アンタ、キャラの崩壊がエンラい事になってるわよ!?」

 

「幾つもの人気よりたった一人の若奥様になることこそが我が願いィィ、キャラ崩壊なんぞ知ったことかぁぁっ!」

 

「江頭か!?」

 

「くっ、よくもふざけた真似を!」

 

 眼下で吠える狐の様な耳と尻尾を生やしている少女を睨み、彼女は蹴られた尻をさする。

 

その光景を黒い縄から脱出したなのはとフェイトとはどうしたものかと悩む。先程まで………いや、実際今も緊迫した状況なのだが、涙目でお尻をさする彼女と、ビルの屋上で未だに何かを叫んでいるキャスターを前に、どうも緊張感を感じ取れない。

 

ひとまず、声を掛けて話を戻そうとするなのはだが。

 

「────どうやら、今この場で最も危険な存在はお前のようだな」

 

「はぁん? 私が危険? んなの当たり前だっつーの。ご主人様のピンチにはいつもこのタマモ、常にレッドゾーンに向かってフルドライブですから。つーか、いい加減マスター返しやがれ」

 

 銀髪の髪を靡かせて彼女はキャスターを睨む。その鋭い眼差しを真っ向から睨み返しながら、キャスターはコメカミに青筋を浮かべて岸波白野を返せと脅す。

 

しかし、そんなキャスターの言葉など耳にせず、彼女は手元にある闇の書を手に取り、その本を開く。

 

「今はお前の様な不確定要素を相手する暇はない。………悪いが、出て行ってもらうぞ」

 

 ペラペラと頁を開く度に闇の書からは眩い光を放ち、キャスターの足元には彼女を包み込むように輝く方陣が現れる。

 

「これは……転移の陣!? 勝てる見込みのない相手には即撤退とか、それはこっちの専売特許なのに! おのれぇ、覚えてろよこの古本────!」

 

 恨み言を吐きながらのご退場、らしいといえばらしいキャスターの退場に凛は苦笑いを零す。

 

だが、笑ってばかりもいられない。キャスターという貴重な戦力を失ったのは大きいし、何より未知数の怪物が相手なのだ。あの二人の魔導師がどれほど強力な力を持っていたとしても、目の前の存在には霞んで見える。

 

何故なら、あの存在はシグナム達が狩り続けたリンカーコア………即ち膨大な魔力量を内封した化け物なのだ。その魔力量はいち人間………いや、一個の生命体が持てる限界を振り切り、今や嘗てのBBと同じ巨大構成体(ギガストラクチャ)になりつつある。

 

「ランサー、いける?」

 

「とぉぜん、今宵はクリスマスイヴだし、聖夜祭に向けての一足早いコンサートといこうじゃない」

 

隣にいるサーヴァントに言葉を投げつけ、そのサーヴァントも当然いけると豪語してくれた。

 

その言葉に頼もしさを感じつつ、宙に浮かぶ銀髪の女性を睨みつける。

 

「お前達に罪がないのは分かっている。だが、我が主はこの日の惨劇を無かった事にして欲しいと望んだ。故に………」

 

 轟っ! 六つの黒い翼を広げ、銀髪の女性はその紅い眼光を凛とランサー、そしてなのはとフェイトに向け。

 

「その原因たるお前達を……消さねばならない」

 

 瞬間、世界は崩壊する。

 

地面から立ち上った幾つもの炎の柱、一棟丸々浮かび上がったビル群、その通常なら有り得ない光景はさながら終末を迎えた世界そのものだろう。

 

「これは……異界化? しかもこれほど大掛かりの異界化とか、デタラメにも程があるわね」

 

 背筋に冷たい冷や汗が流れる。改めて思い知る相対する彼女の底知れぬ力に凛は少なからず絶望を感じた。

 

(けれどこの程度の窮地、乗り越えなければアイツに笑われるってね!)

 

 今頃、取り込まれた彼は彼女の中で必死に取り込まれないよう足掻いている頃だろう。ならば、自分に今出来る事は……。

 

「ちょっと! そこのちびっ子達!」

 

「ふぇっ!?」

 

「わ、私達の事?」

 

「そう! アンタ達のどちらでもいいから時空管理局の連中と連絡取れない?」

 

 此方の戦力が増えるまで、どうにか持ち堪える他ない。そして願わくば……。

 

「ったく、マスターがピンチだってのに、他のサーヴァント達は何やってんのよ!」

 

 岸波白野が言っていた残り三体のサーヴァント。彼らの登場に期待を寄せながら──。

 

「闇に───沈め」

 

「ちぃ、ランサー!」

 

「お任せってね!」

 

 迫り来る怪物を相手に、盛大に火花を散らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────暗い。

 

何も見えず、何も感じず、ただ“黒”しかないその空間。

 

闇と呼ぶに相応しい虚構の空間で、どうにか自我を保ち続けていた自分は今何がどうなっているのか、頭の中で整理する。

 

はやてちゃんのお見舞いに向かい、キャスターに彼女の容体を看て貰い、凛とメルトリリスを交えて今後の話をして、何故か戦っていたシグナム達となのはちゃん達の間を割って入り………それから、あの奇妙な蛇が現れて黒い渦に呑み込まれたのだった。

 

 ………これで、自分という存在が認識出来なくなってきた度に行う脳内整理は五度目である。

 

我ながらしぶといと、内心で苦笑する。

 

だが、行けども行けどもこの暗闇からは抜け出せる気配はない。

 

終わらない闇。その所為か自分という存在は認識出来ても歩いている感覚は極めて薄くなっている。

 

このままでは六度目の自我を守る為の脳内整理を行われるのも時間の問題かと、ほとほと困った時。

 

ふと、前方に黄色い点の様なものが見えた。

 

見間違いかと思ったがそれは違うと直ぐに頭で否定する。ここは闇。終わる事はあっても変わることのない………正しく悪夢の世界だ。

 

だが、事実としてあの黄色い点は存在している。このどこまで行っても闇しかない世界に一つの異物を目にした事で、岸波白野は己を今までよりはっきりと認識し、黄色い点を目掛けて走り出した。

 

どれだけ走り続けただろう。初めは豆粒のように小さい点だったソレは徐々に輪郭を帯びて、やがては一つの形となって自分の前に鎮座している。

 

黄色い点だったソレは、髪だった。

 

長い長い髪、地面に着くまで延びきった黄金色の髪。

 

今まで黄色い点と認識していたソレは、小さな子供位の背丈の後ろ姿だった。

 

一体誰だろう? そう疑問に思った自分は目の前の人物に声を掛けようと────

 

「貴方は……誰?」

 

───する前に、その人物は自分に名前を尋ねながら此方に振り向いた。

 

少女だった。まだ幼い……はやてちゃんやなのはちゃん達よりも一回り程小さい………女の子。

 

 純粋な眼差しを受け、彼女に自分の名前を名乗った。

 

「俺は岸波白野。君は……誰なんだい? 何故こんな所に?」

 

気になって此方も聞き返してみる。ここは闇の書、ならばこの少女は闇の書に関するナニかだとは思うが……。

 

すると少女は一瞬だけ困った顔をして、けれど次の瞬間には氷の様な……感情を無くした能面みたいな表情になり。

 

「私は……システムU─D」

 

 システム……U─D? 名称からして闇の書のプログラム……それも高性能AIのようなものだろうか?

 

こんな幼い少女が闇の書のAIとは……その性能さは自分には計り知れないが、ここで出会えたのは寧ろ幸運だ。彼女にお願いすれば闇の書とはやてちゃんの繋がりを断てるかもしれない。

 

 そう思った自分は彼女に近づき、闇の書の事について相談しようと……一歩前に出た時だ。

 

「ゴメンナサイ」

 

…………へ?

 

「私に出来るのは……ただ壊すだけだから」

 

 瞬間、自分の躯に何かが巻き付く。見れば自分の躯にはあの時の蛇が幾重にも重なって自分の躯を縛り上げていた。

 

全身の言うことが利かない。魔力回路を総出で出力を上げているが、まるで抜け出せる気配がない。

 

「私には何も出来ない。だから、せめて闇の底で……微睡みの中で眠って下さい」

 

 そう言って自分を押し出すように掌を向けて、少女は言った。

 

“ごめんなさい”と。

 

それは、贖罪。決して許されない自分(U─D)に対してと、これから消えゆく自分(白野)に大して出来る最大の謝罪。

 

だというのに、その瞳は……涙で溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇に……沈め」

 

「さっきから毎度毎度、それしか言えないんかアイツは!」

 

 降り注ぐ魔力弾の雨の中、ビルや遮蔽物を駆使して避け続けながら凛は今も頭上でふんぞり返っている銀髪女に愚痴る。

 

時には車を遮蔽物代わりに、時には隣で走るランサーを頼りに逃げ回る彼女の姿は、どことなく岸波白野に似ている。

 

「ランサー、アレなんとか撃ち落とせないの!?」

 

「何言ってるのよ凛、私はランサーよ? アーチャーの真似事なんて出来るわけないじゃない」

 

「だったら翼! あんた仮にも竜の娘でしょ!? バサァッと翼を広げて飛べないの!?」

 

「出来たらとっくにやってるわよ!」

 

ぎゃあぎゃあと言い合う二人、悔しいが状況は此方に圧倒的不利な方へと傾いている。そもそも、空を自由自在に飛行する敵を相手にする事自体二人には初めての経験なのだ。

 

幾ら槍を振っても、どんなに物を飛ばしても、思うがままに空を駆ける彼女には当たる事すら満足に出来ない。

 

だが、このままやられっぱなしでいられる遠坂凛ではない。

 

 ふと、手に握りしめた幾つもの宝石を見る。そのお守り代わりで手にしている宝石は彼女が日雇いバイトを経験しながらコツコツと溜めた汗と涙の結晶。

 

一瞬、ほんの一瞬だけ使うか躊躇するが、そうも言ってられないのが今の現状だ。

 

「出し惜しみしてる場合じゃないわね。ランサー、私達で何とか隙を作るからアンタはその隙をついて組み付いて! アンタの怪力なら流石のアイツだってダメージは通るでしょ!」

 

「了解よ凛。───そんじゃあ!」

 

 今まで逃げ足だった二人は足を止め、銀髪女と向かい合う。凛は宝石を握りしめ、ランサーは───。

 

「ふんぐぉぉぉぉぅっ!!」

 

丁度ソコにあった巨大デコトラを持ち上げ──。

 

「ふんっ、ぬらばぁぁっ!!」

 

宙に浮かぶ銀髪女に向けて、巨大デコトラを投げつける。

 

その可憐な見た目とは違い、馬鹿げたランサーの怪力に一瞬だけ銀髪女は目を見開くが、所詮は一直線に飛来する物体。彼女は横に移動して軽く回避しようとするが。

 

「ガンドッ!」

 

凛の指先から放たれる黒い弾丸がデコトラのガソリンタンクを射抜き、デコトラは銀髪女の爆発に巻き込まれる。

 

盛大な花火に巻き込まれ、一瞬銀髪女の視界全てが爆炎に包まれていく。

 

「ちっ、小癪な」

 

 舌打ちを打ち、今の一連の動作を小癪と断ずる。慢心とも取れる言動だが、彼女にはそれを言わしめるだけの力があった。

 

至近距離で爆発したにも関わらず、無傷でいられるその耐久性………いや、障壁の頑強さはもはや規格外のレベルに達している。

 

あれを抜くには至近距離……ないし零距離からの強力な一撃か、若しくはあの障壁を撃ち抜く程の攻撃を浴びせ続けるしかない。

 

どちらも殆ど無理無謀と言っていいほどの難易度だが、やらなくては始まらない。

 

故に。

 

「今よちびっ子!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

 凛の合図と共に今まで潜んでいたなのはとフェイトがそれぞれビルの屋上から姿を現す。

 

手にした杖を掲げ、銀髪女に突きつけると黄色いキューブと桃色の縄が彼女の動きを止めようと拘束する。

 

「今よランサー! 盛大にやっちゃって!」

 

「分かってるわよ凛。さぁ、盛り上げていこうじゃない!」

 

 拘束から逃れようともがくが、解く度になのはとフェイトが逃さないと更なるバインドを追加する。

 

すると槍を掲げたランサーがその槍を銀髪女に向けて勢い良く投擲する。

 

串刺しにすると言わんばかりに向かってくる槍を前に、左手だけを拘束から解かれた銀髪女は掌を槍に向けて障壁を展開する。

 

 黒く塗りつぶされた三角形の障壁。何度も此方の攻撃を防いできた強固の壁を前に、やはり通らないかと思われたが。

 

「まだ終わりじゃないわよ!」

 

 浮遊するビル群、或いは崩壊した足場を使ってランサーは銀髪女へと接近し、助走を付けての跳び蹴りをぶちかます。

 

ただでさえ力の乗った槍に更なる力を加えられた事により、銀髪女の障壁に僅かな亀裂が生まれ───。

 

「イッちゃいなさい!」

 

 遂に障壁を砕き、銀髪女の腹部へ深々と槍を突き刺した。

 

そして更に、追撃とばかりに槍を銀髪女から引き抜き。

 

「サービスよ、受け取りなさい!」

 

 ランサーは横凪に尻尾を彼女に叩きつけた。痛烈な二撃を受け、宙に身を投げ出す銀髪女、そこへ逃がさないとばかりに杖の形状を変えたなのはとフェイトが、それぞれ狙いを付けて……。

 

「ディバイン───」

 

「サンダー………」

 

「バスターッ!」

 

「スマッシャーッ!」

 

 特大の魔砲の一撃を叩き込まれ、黄色い閃光と桃色の奔流に呑まれた銀髪女は幾重ものビル群ごと貫かれていく。

 

遙か彼方まで吹き飛んだ銀髪女に、流石にダメージが通っただろうと確信する凛は握り拳を作り小さなガッツポーズを見せる。

 

が、しかし……。

 

「今のは少し利いたな。流石は守護騎士達と互角の力を持つ者達だ」

 

 所々に傷跡は見えても、さして利いた様子のない銀髪女が翼を広げて舞い上がる砂塵の中から姿を現す。

 

「……冗談でしょ? 今ので擦り傷程度とか、どんだけの耐久力してんのよ!」

 

「仕方ないわね。凛、宝具を解放するわ! 子リス達、もう一度やるわよ!」

 

「わ、分かりました!」

 

「頑張ります」

 

「いい子ね、素直な子リスは大好きよ」

 

 手応えのあった攻撃なのにまるで利いた試しのない目の前の怪物に、流石の凛も戦慄を感じる。

 

だが、まだこちらの手が尽きた訳でもない。ランサーの奥の手である宝具を開帳すれば、まだ可能性は充分にある。

 

 しかも嬉しい誤算にあの二人のお子様魔導師は相当の力をまだ秘めている。これらを全て出し切れば倒せないまでもほぼ確実に動きは止められる。

 

仮に機能停止をさせられなくても異変を感じ取れた管理局の人間が助勢に駆けつけてくれるだろうし、あとは数の暴力で以てごり押しで状況を進められる。

 

(いい流れね。後は白野君をどう助けるかによるけれど……流石に纏めて吹き飛ばす訳にもいかないか)

 

 と、取り込まれた岸波白野の事まで考えられるだけの余裕が生まれた時。

 

「まさか、この程度で私に傷を付けたと本気で考えているのか? ならば今すぐその甘い認識は捨てた方がいい」

 

『reparare』

 

 銀髪女が闇の書を片手にページをめくると、闇の書は煌びやかな輝きを放つと同時に瞬く間に彼女の傷を回復していく。

 

その様子を見てしまった凛達は回復能力すら併せ持つ彼女に、嫌な物を見たように表情を歪める。

 

「我等の守護騎士達が身命を賭して集め、そしてその身を差し出して完成させた魔導書だ。お前達に破られる道理は……ない」

 

「身命? は、こっちの言うことなんて全然聞きもしない連中が勝手に集めただけの古本が、えっらそーに語ってるんじゃないわよ」

 

「………何?」

 

 身命、そして文字通り身を変えて闇の書を完成させたシグナム達。それを嘲笑い、貶すような口振りの凛に銀髪女の声が自然と低いものになる。

 

「お前に何が分かる。日に日に命を消えていく主を、ただ眺める事しか出来ないでいた我等の苦悩が」

 

「確かにはやてがああなるまで気付かなかった私が言えた事じゃないわ。けどね、アンタ達ははやてを助ける事だけを頭になかった所為でもっと基本的な事を忘れてたのよ。人に頼るって当たり前の事をね」

 

「………我等の主は他人に迷惑を掛けるなと仰った。誰にも迷惑を掛けず、闇の書を完成させるにはこれしかないと───」

 

「だからバカだって言ってんのよこの駄プログラム!」

 

 銀髪女……いや、官制プログラムの言い分にとうとう我慢出来なくなった凛が、声を荒げて罵倒し始める。

 

「誰かの迷惑? んなの生きている内は誰だって誰かに迷惑かけてるもんだっての! 私はどうよ! 年上の癖に未だにはやての家で厄介になっているしよーもない女よ! つーか既にアンタ達は多くの人に迷惑掛けていること分かってる!? 主の願いだって言い訳にして現実逃避してんじゃないわよこのバーカ!」

 

 ボコボコである。フルボッコである。今まで何かとシグナム達に対し思う所のあった凛はここぞとばかりに爆発させて管制プログラムに八つ当たりをする。

 

その光景になのはは「うわぁ」と軽く引いており、フェイトはどうしたものかとオロオロしている。

 

「……ねぇ凛、私が言うものなんだけどあんまり癇癪は起こさないものよ。色んな意味で鬱になるから」

 

「ほっとけ!」

 

ランサーからの指摘に顔を真っ赤にさせる凛。一方の官制プログラムは……。

 

「だが、事態がこうなってしまっては最早私ですら止められない。残された時間を我が主に捧げると誓ったのだ」

 

 凛の言葉は届いてないのか、官制プログラムはその手に力を込め。

 

「お前も……眠れ」

 

凛に向かって一直線に急降下してきた。

 

「させるもんですか!」

 

当然。彼女のサーヴァントたるランサーが間に割ってはいるが───。

 

「どけ」

 

「っ! これ、さっきの子リス達の……きゃっ!」

 

 先程、管制プログラムを縛り上げたバインドが、ランサーの動きを封じ、身動きの取れなくなった彼女に回し蹴りを浴びせて吹き飛ばす。

 

「ランサー! 何これ、体が!?」

 

何度も地面をバウンドし、崩落したビルの中へ叩きつけられたランサー。彼女の下へ走ろうとする凛だが、思うように体動かない事に目を見開かせる。

 

 目の前に翳された開かれた闇の書、あれが自分を取り込もうとしているのだと凛が悟ったとき。

 

「危ない!」

 

黄色い閃光となったフェイトが、凛を弾き飛ばす様に割って入ってきた。

 

フェイトの体当たりにより吹き飛びされた凛、しかし彼女のお陰で闇の書に取り込まれる事はなかったが……。

 

「フェイトちゃん!」

 

「っ!?」

 

 なのはの叫びに振り返ると、凛の瞳には自分に代わり闇の書に取り込まれるフェイトの姿が映し出されていた。

 

「お前には、心の闇が潜んでいるようだな」

 

「あ、ああ……」

 

「我が闇の書の中、永劫と刹那の狭間で眠り続けるがいい」

 

 バタンッと、本が閉じる頃にはフェイトの姿は完全になくなり。

 

「お前達も、安らかに眠るといい」

 

「こんの……駄々っ子がぁ!」

 

 平然と平気な顔をしている官制プログラムに、凛は額に青筋を浮かべ、怒りを露わにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、憎しみの連鎖だった。

 

 それは、悲しみの連鎖だった。

 

こんな筈じゃなかったと、力に呑み込まれ、消えていった嘗ての闇の書の主達……。

 

いや、本当はそんな名前じゃなかった。ただの記録、魔導の歴史を記すだけしかなかったその魔導書は一人の悪意によってその力を全く別の物へと変質させた。

 

呪い、奪い、壊し、消す。『  』と呼ばれた魔導書はいつしか死と呪いをまき散らす害悪となり果ててしまい。

 

数多の主と命を奪い、破壊と死を振りまいていった。

 

止めてくれ、 死にたくない、 殺してくれ、死なせてくれ、なんで自分が、もういやだ、力なんて望むなんじゃなかった。

 

力を求めた者がいた。願いを叶えたい者がいた。或いは闇の書そのものすら知らない者もいた。

 

優秀な力を持った魔導師がいた。覇を唱える王がいた。誰かの為にこの力を使おうとする者がいた。

 

欲望のままに力を奮った者がいた。闇の書から逃げようとする者がいた。

 

千年にも及ぶ時の中、様々な主と人と関わり合いになった闇の書だが、その結末を変えるものは一人として現れなかった。

 

 闇の書に呑まれた誰もが呪い、叫び、死んでいった。ここにあるのは全てその掃き溜め。

永い時の中で蔓延る“負”は、もはや呪いではなく怨念の類へとその性質を変化させていった。

 

“この世、全ての悪”とは別の負。それが闇の書の中に溜まりに溜まった膿の正体。

 

呑み込まれていく。この負の海に……。

 

どんなに足掻いても、もがいても、この掃き溜めの海に溺れるだけで…………

 

岸波白野は……もう

 

 

 

 

何も────できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『助けて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コエ、が……聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

 

この掃き溜めの中で、薄暗い闇の中で、それは聞こえてきた。

 

まるで掠れた声、何かの雑音なのではと疑ってしまいそうな声。

 

だが、その言葉にはこれ以上無いほどの“願い”で溢れていた。

 

この負の凝縮された世界でただ一言、その言葉を聞いた瞬間、自分は再びもがき始めていた。

 

無意味だと、無駄だと、諦めろと、世界がそう語りかけてくる中で自分は無様にも足掻き続けてきた。

 

今の自分に何が出来る? サーヴァントもいない、ただの魔術師にすら劣る自分が、足掻いた所で何になる?

 

 そうだ。その通りだ。自分はセイバー達の力がなければ何も出来ない半人前以前の未熟な人間だ。

 

力がない/だが、それはいつものことだ。

 

悪足掻きだ/寧ろそれは褒め言葉だ。

 

どんなに無力でも、意味のない行動でも、前に進んで歩き続ける。

 

それが岸波白野が自分の魂に刻み込んだたった一つの誓い。

 

だから足掻く、だからもがく。

 

苦しくても、どんな痛みを伴おうと、その声に向けて進み続ける。

 

だから……そう、だからこそ。

 

手を伸ばさずには─────いられない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター岸波白野。クラス“セイバー”を選択。承認します』

 

『いきなり騎士王を引き当てるとか、相変わらずもの凄いガッツですね。先輩は……けど、これで漸く私も全力を出せるってもんです。さぁ! やっちゃいますとしますか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも暗闇に包まれた世界で、俺が手にしたのは────

 

光り輝く、黄金の剣だった。

 

 

 

 

 




はてさて、今回色々ぶっ飛んでいますが岸波白野の活躍にご期待下さい。


PS
岸波君って、意外にも王様系の英霊とは相性がいいんじゃないだろうか?
騎士王とか征服王とか。


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光の道へ。

 

 衛星軌道上、次元航空艦船アースラ。時空管理局が有する航空艦の内部ではオペレーター達による状況報告と各コンソールを叩く喧噪で慌ただしくなっていた。

 

「海鳴市及び周辺域の魔力反応、尚増大中!」

 

「通信繋がりません! 異界化の進行も常時広がっている模様です!」

 

「このままでは海鳴市は疎か地球全てが異界化する恐れも………!」

 

 緊迫する空気。状況が刻一刻と迫ってくる中、艦長たるリンディ=ハラオウンは静かに彼らの報告を耳にしていた。

 

腕を組み、目を閉じて思考していたリンディは徐に回線を開き、一人の少年の下へ通信を繋ぐ。

 

「クロノ執務官、そちらの様子はどうなっていますか?」

 

『今現在なのはが住民らしき人物達と共に闇の書の管制プログラムと交戦中………状況はあまりよくないようです』

 

「そう……エイミィ、フェイトさんの方はどうなっているの?」

 

『バイタルは今の所正常値を保っています。ですが闇の書内部の状況が確認出来ない為、早急な救出を検討するべきかと思います』

 

 現地からとオペレーターの報告にリンディはある決断を迫られていた。

 

それは次元航空艦アースラに搭載された兵器、“アルカンシェル”の事を指している。

 

アルカンシェルは管理局が有する強力な必滅兵器だ。一度発射されれば対象を周囲百キロ単位で巻き込み、空間ごと湾曲させて消滅させるだろう。

 

しかし、強力過ぎるが故に周囲に影響を及ぼすこの兵器は使い所を間違えればそのまま甚大な被害を生み出してしまう。

 

だが、今回自分達が相手をしているのは幾度にも渡り凄惨な被害を生み出した超危険物のロストロギア。

 

闇の書と呼ばれるそれは、今も尚死と破滅を予感させる余波をまき散らしながら増大し、膨張していく。

 

このまま放置しておけば、間違いなくアルカンシェル以上の災害と災厄をまき散らす事になるだろう。

 

故に、決断しなければならない。このまま現状を見守るか、それともアルカンシェルを発射させるか。

 

ならば……。

 

「クロノ執務官、そちらにユーノ君とアルフさんも戦力として送ります。二人と合流次第なのはさんとその原住民の方と共に共闘し、管制プログラムの無力化、フェイトさんの救出の手立ては随時此方で検討します。その間、彼等のフォローを……」

 

『了解です。艦長』

 

 リンディの先送りとも呼べる選択にクロノは一切の口出しをしないで承諾し、通信を切った。

 

だが明確な状況を分からないままでアルカンシェルを放つ事は許されない。強力故に使い方を誤ればそれこそ悲劇は繰り返されるばかりだ。

 

「……情けないわね、子供達ばかりに任せて」

 

 本来なら自分も現場へと向かいたい。けれど提督という責任ある立場に自分が立つ以上、勝手な行動は絶対に許されない。

 

まだ幼い子供達に現状を委ねればならない。そんな呵責の念を抱えながらアルフとユーノに連絡を入れようと通信回線を開こうとする。

 

と、そんな時だった。

 

「これは、秘匿回線? こんな時に一体……」

 

 モニターに小さく映し出された秘匿回線。一体何者からだとリンディは訝しげに思いながら通信を繋げると。

 

『え、えっと、これであってるよね? 間違ってないよね?』

 

「…………」

 

 形容しがたい程に巨大な胸が目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、嘗て“彼女”が愛刀として奮った星の剣だった。

 

湖の精霊によって打たれたその剣で彼女は王として多くの敵を打ち倒し、国を守り、多くの民を、兵を、騎士を率いていた。

 

最終的に彼女は後悔に満ちた結末を辿る事になるが、それでも彼女の残してきた伝説は今も語り継がれている。

 

……今一度、手にした剣を見る。どうして自分がこの剣を手にしているのかは分からない。けれど分かる。この剣は今の自分には必要なモノなのだと本能が……或いは剣そのものからそう言っているように感じる。

 

だが、これを自分が振るってしまって本当にいいのか? いや、振るえるのか?

 

ただの一凡人でしかない自分が、果たしてこの剣を奮う事が許されるのか?

 

 ふと、視線を感じた。誰もいる筈がないこの虚数空間の中でその人物が誰なのか半ば確信しながら振り返ると……。

 

王がいた。嘗て民と国を守るため円卓の騎士を率いた王がその誇りを、その在り方を一切淀みなく佇む王の姿が自分の目の前で佇んでいた。

 

 驚く……よりも、その姿に圧倒された。ギルガメッシュやセイバーとは真逆の……正しく王として存在した彼女の堂々した佇まいに、自分は唯々圧倒された。

 

その碧眼は慈愛でもなく、怒りでもなく、ただ問い掛ける瞳をしていた。それでどうすると、その力でどうするのかと、王はその問いの眼差しだけを自分に向けてきている。

 

 自然と、口が開いた。

 

「助けたい人がいるんです。だからこの剣を少しの間俺に貸して下さい」

 

驚くほどすんなりと言葉が出た。まるで友人にゲームを貸してくれと言ってるような軽い口振り。

 

相手が相手ならその場で斬り捨てられてもおかしくはない。それほどの事を自分はしているのだ。

 

一方で自分の内心では後悔はなかった。だってありのままの、今の自分の気持ちで言ったのだし、嘘の気持ちなど欠片たりとも持ち合わせてはいない。

 

だから、真っ直ぐ此方を見つめてくる王の碧眼を自分は恥じることなく見つめ返す事が出来た。

 

 すると今まで無表情だった顔が微笑みを浮かべ、彼女は口を開く。

 

『ならば奮いなさい。その気持ちを、意志を乗せて……その思いに聖剣は呼応するだろう』

 

それだけを告げると王は踵を返して暗闇の中を歩き、光の粒子となって消えていく。

 

その後ろ姿にありがとうございます。と礼を言い、消えた彼女とは逆方向へと向き直る。

 

目の前に広がる闇は依然として広がったまま……いや、更なる闇になるべき手にした聖剣ごと呑み込もうと押し寄せてくる。

 

 これも、人の意志。悪意に呑まれた負の感情。

 

きっと、彼等も諦めたくはなかったのだろう。でなければこうしてしつこく自分を呑み込もうと躍起になるはずはない。

 

結末を変えれず、悲しみのままに終わらされた彼等は魂の残滓となった今も、後悔の海に沈んだままなのだろう。

 

ならば……終わらせよう。

 

自分には精々借りた力を奮うだけしか能がない人間、自分一人では彼等の無念に応えられる術はない。

 

だから、もう少し待っていて欲しい。自分の頼もしい相棒達と新たな『夜天』の主は、きっと終わらせるだけの光を見せてくれる。

 

この薄暗い暗闇を照らす程の……光を。──だから、これはその証拠だ。

 

 俺は王から許可を戴いた剣を両手で高く掲げ、声を高らかに叫ぶ。

 

これは、嘗て理想を信じて戦った王の剣。

 

その名は────

 

「『約束された───勝利の剣』!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろされた黄金の剣は暗闇に染まる世界を───

 

───一刀の下に切り裂いた。

 

まるで十戒の如く分け隔たれた暗闇の世界。その中心を敷かれた光の道を自分は全速力で走り抜ける。

 

この先に彼女がいる。手にした剣を逆手に持ち替え、一心不乱に走り抜けた。

 

そしてその先に彼女がいた。光に包まれながら────信じられないモノを見た───そんな驚愕の表情を浮かべて。

 

後少しで手が届く。肩が外れる勢いで彼女に向けて手を伸ばすが……届かない。

 

彼女とはそう遠くない距離に位置しているのに、どうしても手が届かない。何か不可視の力が働いているのか、それとも別の要因があるのか……。

 

「……どうして?」

 

ふと、声が聞こえてきた。自分の手を見て怯えとも見える表情を浮かべ、彼女は疑問の眼差しを自分に向けていた。

 

「どうして、貴方は私を助けようとするの?」

 

……………へ?

 

「私の正式名称はアンブレイカブル・ダーク。私が存在する限り闇は消えない。私がいるから闇は生まれる。貴方達がナハトと呼ばれる蛇がいるのは……私がいるから」

 

 アンブレイカブル・ダーク………『砕けぬ得ぬ』そう自称する彼女はこう語る。

 

全ての原因は自分だから、自分という存在がいた所為でこれまで多くの悲劇を生み出してきたのだと。

 

だから───

 

「私を、私ごと……消して下さい。その剣で私を斬って下さい」

 

 その笑顔を見た瞬間、自分の体は一歩前に出た。

 

そして次の瞬間、全身に身を引き裂くような衝撃が自分の意識を引き裂こうと襲いかかってくる。

 

恐らく、ここから先は彼女の絶対領域なのだろう。異物である自分が彼女に近付けさせまいと、躍起になっているのが分かる。

 

「止めて下さい。憐れみなんかいりません。さぁ、その黄金の剣で私をこの闇の世界ごと消して下さい。その剣ならば、それが可能です」

 

 目の前の少女が何か言っているけれど、生憎それに耳を貸せる程今の自分は余裕がない。

 

何せ僅かでも気を逸らせば忽ち彼女の領域に吹き飛ばされるのだ。堪える事に全力を尽くさねば今こうして耐える事すらできないのだから。

 

「お願いです。私を消して下さい。まだ完全に目覚めてはいない今なら……まだ、間に合います」

 

 また一歩前にでる。今度は明確な敵意を乗せた衝撃が自分の体を八つ裂きにしようと襲いかかってくる。

 

続いてもう一歩前に出る。内側から何か破裂したような音が聞こえてくるが……なに、大した事はない。

 

この程度の痛みは散々迷宮で味わってきたものだから、今更どうと言うことはない。

 

「………分からない。どうしてそこまで強情になれるのですか? 貴方にとって私など何の意味も、価値も、関わりもない存在です。害悪しか生み出せない怪物です。なのに……どうして?」

 

 踏ん張りながら、自分は僅かに言葉を迷わせる。どうして言われてもただ自分が感じたままにしか行動していないし、そもそもそんな深い理由など自分は持ち合わせていない。

 

ただ……そうだな。自分を斬って欲しいといった彼女の顔が、自分の知っている笑顔と瓜二つだったからだろうか?

 

『最期に見る私の姿が────格好悪かったらイヤだなって』

 

「そんな……そんな理由で? 意味が分かりません。訳が分かりません。私はその人ではありません。貴方の言っている事はなんの脈絡もない……支離滅裂な言葉の羅列です」

 

それはそうだろう。彼女は君ではない。比べる事自体おかしな話だ。けれど、それでいいのだ。

 

「………え?」

 

自分は……岸波白野は君を助けたい。善意も悪意もなく、ただ自分がそう思ったから──自分はこうしてここにいる。

 

そもそも、そんな損得勘定ができる程自分は賢くない。気が付いたら体が動いていたのだ。理由を訊ねられても正直……困ります。

 

「ただ……私を助けたいから? それだけの為に貴方はここまで……」

 

なんか感銘を受けているが、そんな大層な話じゃない。なんの見返りも求めず助けようとする愚者が、みっともなく足掻いているだけの話だ。

 

けれど、それもそろそろ限界。踏ん張っていた足の感覚は無くなりつつあり、自分を排除しようとする彼女の領域がそろそろ本気で自分を消しに掛かってくるだろう。

 

だから、精一杯の力を込めて手を伸ばし。

 

「一緒に行こう」

 

 ただの───何の捻りもない言葉を口にした。

 

するとその言葉に何かを感じ取ったのか、彼女は一瞬だけ目を見開かせて────。

 

「────はい」

 

満面の笑顔と共に自分の手を握ってくれた。

 

やっぱりその手は彼女の外見と同様に小さく、強く握り締めれば壊れてしまうのでは?と、錯覚するほどに細い。

 

けれど同時に───生きているような───暖かさに頬が弛む。

 

さぁ、ここから出よう。幸いにまだ彼の王の剣は未だこの手に残っている。

 

自分の躯に引っ付いてくる彼女の頭を安心させる様に撫でて、再び剣を両手で握って天に掲げる。

 

さぁ、帰ろう。俺達の世界へ。

 

振り下ろされた剣、そこから放たれる光の帯は夜の世界を切り裂き。

 

あるべき世界へ繋ぐ標となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達が……お前達さえいなければ!」

 

 降り注がれる魔力弾の雨、その無限とも錯覚する魔力の量に高町なのはと凛は精神、体力共に限界を迎えていた。

 

唯一超人の域にいるランサーは体力的にはまだ余裕があるが、凛というマスターを魔力弾から守るだけで手一杯。

 

未だ援軍は此方に来ている様子はない。このままではじり貧になる一方だと凛は内心で舌打ちを打つ。

 

「はん、私達がいなければ何? はやてはシグナム達と一緒に穏やかなクリスマスを迎えられたとか、そんな事が言いたい訳?」

 

「そうだ。そうすれば我が主は家族という夢に浸りながら幸せの内に逝けたのだ」

 

「穏やかに死ねるのが幸せ? 冗談じゃないわ。アイツがいつそんな事を望んだの? アンタが言っているのはただの勝手な思い込みよ。そんなの幸せでも夢でもない。ただの逃避よ」

 

 管制プログラムの言葉に、凛は歯に衣を着せない言い方で吐き捨てる。そんなものは幸せではないと、ただの逃げ、楽になりたいだけの現実逃避なのだと。

 

「あの子は私に約束してくれたわ。今の幸せに満足せずもっと我が儘に、もっと幸せを望むんだって、アンタも知ってる筈よ。あの日あの時、あの子は安寧の今ではなく、辛くも未知のある未来を選んだって!」

 

 はやては言った。もっと今を楽しむと、もっと皆と話をして、時には喧嘩をして、怒り、泣き、笑い、それを繰り返して未来へ生きていくと。

 

だから、それを阻もうとするのならどんな奴が相手でもぶちのめす。そう自分に言い聞かせ、凛は地に付いた膝を上げてよろめきながら立ち上がる。

 

だが、それを嘲笑うかのように。

 

「……お前がなんと言おうが、私のやることに変わりはない」

 

 空を、大地を、そして自分の周辺を覆う無数の光弾が凛達に狙いを定め。

 

「フォトンランサー、ジェノサイドシフト」

 

 管制プログラムが手を降ろすと同時に、それらはそれぞれ必殺の威力を以て襲いかかる。

 

「凛っ! 子リス!」

 

ランサーが慌てて駆け寄ろうとするが、管制プログラムのバインドが彼女の四肢に巻き付き、それを許さない。

 

 瞬く間に光の雨の中へ呑み込まれてゆく凛となのは、やがて爆炎の中で吸い込まれていく魔力は行き場をなくした渦となり、周囲を巻き込んで爆散する。

 

深々と地表を抉った凄まじい一撃、流石にこれで終わっただろうと管制プログラムは立ち上る煙を前に冷ややかな視線を落とす。

 

────が。

 

「何者だ………お前は?」

 

 煙の中現れた黄金の剣を携えた少年が、二人を庇う様に出現していた。

 

有り得ない。今この場には彼女達と自分以外誰も存在しない筈。この異界に誰かが侵入してきた反応など感知していない……

 

混乱する意識の中、管制プログラムは少年に疑問をぶつける。

 

すると少年は頬を吊り上げ。

 

「俺は───通りすがりの魔術師だ」

 

そう、不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白野……君? 貴方、どうやってここに!? それにその剣は……嘘でしょう? 本物の聖剣じゃない!?」

 

イヤホント、どうしてここにいるんだろう? 狼狽した凛の疑問の言葉に自分も分からないと頭を掻いて返事をする。

 

あの闇の中を聖剣で造った道を頼りに走り続けて、気が付いたらここにいた。

 

聖剣についても……何て言ったら良いのかなぁ? なんか根性だしたら出てきた。

 

「根性で聖剣がだせるかぁぁぁぁっ!! アンタ今、色んな英雄達に喧嘩を売ったわよ!? 寧ろ私が買ってやるわこらぁぁっ!」

 

 胸倉を掴み、揺さぶってくる凛に落ち着けと言い聞かす。

 

落ち着け凛、なのはちゃんが呆気に取られているぞ。遠坂は常に優雅に振る舞うんじゃなかったのか?

 

「誰の所為でこうなったと思ってんのよ!」

 

何か間違った事を言ったのか、凛は更に力を込めて揺さぶってくる。

 

すると今まで呆気に取られ、呆然としていたなのはちゃんが声を上げる。

 

「あ、あの! 剣、剣が消えていますけど?」

 

なのはちゃんに言われて振り返ると、地面に突き立てた聖剣が光の粒子となって四散し、消えてゆく。

 

その光景にあるべき所へ還ったのだと悟った自分は、納得しながら見送っていると──。

 

「今頃一人増えた所で変わりはしない。あの剣が消えた今、お前達に勝機は───ない」

 

 冷たい瞳で見下ろしてくる銀髪の女性。……いや、夜天の管制プログラムを前に自分も一歩歩み出る。

 

背後から聞こえてくる凛やランサーの言葉を耳にしながら、自分は管制プログラムとの距離をまた一歩近付く。

 

『お願いします。彼女を……夜天の管制プログラムを助けて上げて下さい。この悲劇を、終わらせて下さい』

 

ここに来る前に交わしてきたあの子との約束に、分かっていると頷く。

 

だけど………。

 

「今頃お前一人が加わった所で、状況は変わらない。寧ろ、お前という犠牲が増えるだけだ」

 

────そう、彼女の言っている事は何もかも正しい。一介の魔術師にすら劣る自分ではこの状況を打破するだけの力は持ち得ない。

 

出来るのはそう────

 

「闇に……眠れ」

 

何時だって───

 

「────来い。俺の────」

 

彼等を呼び続ける事しかできないのだから────!

 

「サーヴァント達!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜天の管制プログラムが魔力弾を放った瞬間、天から降り注ぐ四つの光の柱がソレラを防ぐ。

 

「全く、相変わらず貴様の声はよく通る。お陰で酒を煽って微睡んでいた気分が台無しではないか」

 

「ふん、遠見の筒で常に心配そうに見ていた癖によく言う」

 

「きゃっはーん♪ ご主人様ー! お待ちしておりましたー! さぁ、地獄の宴の始まりじゃーっ! 覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

 

「うむ! なにやら良く分からんが楽しそうではないか奏者よ!」

 

 四人の英霊が揃った今、この宴の終演は間近へと迫りつつあった。

 

 




そろそろA’s編は最終局面へ。
てゆーか、この後の防衛プログラム戦が酷いことに……なるのか?


色々突っ込む所はありますが、あまり気にせず読んで下されば嬉しいです。


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SFTその1 黄金劇場

……今回の話を読むに当たって皆さんに一言。

イジメ、格好悪い。



────物事に始まりがあるように、どの事象には必ず終わりが在る。

 

それが悲劇的に終わるのか、それとも喜劇的に終わるのかは定かではないが……少なくとも、今回の物語はそのどちらでもないだろう。

 

何故なら────

 

「さて、つい勢いで出てきてしまったのだが───雑種よ、この場合貴様はどう攻める? 我達全員で蹂躙するか、それとも相手に合わせて一人ずつ相手してやるか……」

 

「戦略的に言わせて貰えば、私は数にモノを言わせて攻めるべきだと進言させて貰おう。時間も限られているだろうし、向こうは様々な魔力を取り込んだ怪物だ。先手を取られる前に一気に仕留めるべきだと思うがね」

 

「タマモ的にはどっちでも構いませんけどー、敢えて言わせて貰えばー、徹底的にグチャグチャにしたいです♪」

 

「そうなった場合、無論余が先陣を切らせて貰うぞ! 折角の幕上げなのだ。派手にいかねばな!」

 

このハチャメチャな陣営に、悲劇喜劇など存在しない。あるのは劇的なまでの幕引きのみである。

 

 そんな彼等……四人のサーヴァント達を前に自然と頬が弛む。嗚呼、やはり彼等の存在はこの上なく心強い。

 

相手が悠久の時を転生しながら生きてきた呪われた魔導書だというのに、そんな危機感は全くと言って良いほど感じない。

 

「白野君!」

 

 ふと、自分を呼ぶ声に振り返る。その目は不安や怯えではなく、期待に満ち溢れた確信を得たモノだった。

 

「頼んだわよ!」

 

「任せろ」

 

その言葉に振り返らずサムズアップで応える。彼女から託された事により、自分の躯に一層に力が沸き上がっていく。

 

「あ、あの! 私も……」

 

「ここから先はアイツ等の領分よ。子リスも怪我をしてるんだから無理しないの」

 

 ボロボロになった躯を引きずりながら立とうとするなのはちゃん。そんな彼女をランサーが優しく押さえ込む。

 

そんななのはちゃんにも大丈夫だと凛が言い聞かせ、なのはちゃんのことは彼女達に任せて自分はやるべき事の為に闇の書の管制プログラムと向かい合う。

 

「何故だ。何故お前は我が闇から逃れる事が出来た? しかも『砕け得ぬ闇』まで連れ出して……何故そうまでしてお前は!」

 

「はっ! お笑いだな闇の徒よ。貴様はこやつが何者か分からぬままこの男を取り込んだのか?」

 

「生憎、ウチのマスターの諦めの悪さは天下一品でな。お前程度の闇など幾度もぶつかり打ち勝ってきた」

 

「まぁ、ぶっちゃけて言えば主人公補正のなせる技なんですけどね。流石ご主人様、私達に出来ない事を平然とやってのける。そこに痺れる憧れるぅっ! ……って、あれ? なんかサラッとフラグっぽいものも建てませんでした?」

 

「いずれは余の婿になる男なのだからその程度は出来て当然! うむ! 故に全く心配してはおらんかったぞ!」

 

管制プログラムの問いに四人はそれぞれ鼻で笑いながら即答する。というかキャスターよ、さっきから君は何を言ってるのかな? フラグとか……。

 

っと、今はそれ所じゃない。頭を抱えて表情を歪めている彼女を前に自分は気を引き締めて見上げる。

 

「さぁ、お仕置きの時間だ。管制プログラム、その駄々っ子ぶりもここまでだ!」

 

主に躾るのはウチのサーヴァント達ですけどね! とは決して口には出さない。

 

 すると此方の挑発にノったのか、管制プログラムはその身を小刻みに奮わせ。

 

「うぅぅ……うぁぁぁぁぁっ!!」

 

断末魔にも似た叫びを上げながら、周囲に数発の魔力弾を纏わせ突進してきた。

 

「セイバー!」

 

「うむ!」

 

自分の言葉に合わせ、セイバーは管制プログラムに向かって跳躍する。

 

ぶつかり合う白と黒、セイバーの突き出た刃の切っ先は管制プログラムの強固な障壁により阻まれている。

 

そして此方を狙い澄ませていたかのように管制プログラムが、その身に纏っていた魔力弾数発が自分目掛けて放たれてきた。

 

あわや直撃かと思われたその攻撃、しかし──。

 

「黒天洞、私の主戦力です」

 

 彼女の神具である鏡が障壁となり魔力弾を取り込む様に吸い込んでいく。そしてそれに合わせて……。

 

「そら、返しますわ。密天よ、唸れ」

 

一点に絞り、練り込まれた風の一撃が管制プログラムを襲い、障壁諸共吹き飛ばす。

 

 よほど障壁が破られたのがショックだったのか、管制プログラムの表情はみるみる青ざめていく。

 

「そんな、私の障壁が……こんな、容易く!?」

 

「残念ながら、私は魔導師でもなければ魔術師でもありません。人を呪い、縛る呪術。あなた方の使う術とはその根本から異なっていますのよ」

 

「くっ!」

 

後方に吹き飛ばされ、転がりながらも体勢を整える管制プログラムは眼光を鋭くさせて凄みを利かせる。

 

─────が。

 

「よそ見をしている暇があるのか? 雑念」

 

「っ!?」

 

頭上から聞こえてくる声に彼女は顔を上に向ける。

 

視界に飛び込んできたのは天を覆う無数の武具。そしてその中央の黄金の帆船には黄金に輝く英雄王が座しており………。

 

「そら、無様に足掻いて見せよ。それが我の肴になる」

 

 全ての宝具、その原典たる武具が文字通り雨となって降り注がれる。

 

「ぐ、うぉぉぉぉっ!!」

 

が、それをむざむざ受ける程管制プログラムは甘くはなかった。最大限に展開された障壁で以てギルガメッシュの宝具の嵐を受け止めるが───。

 

「その程度の壁で、我が財を受け止めるか? 図に乗るなよ雑念!」

 

 ギルガメッシュは蔵に繋がる扉である空間の波紋の波を広げ、更なる物量で管制プログラムをその障壁ごと押し潰す。

 

幾重にも重なって降り注がれる武具、その一つ一つが絶大な威力を誇る為に彼女の張った障壁はやがて罅が入り、亀裂となって広がっていく。

 

「ぐ、こ、この……この、程度、で!」

 

 屈しかけていた膝が遂に地面へとぶつかる。だが、管制プログラムはその無尽蔵の魔力で亀裂の入った障壁を更に頑強に塗り固めていく。

 

そんな彼女を見て、ギルガメッシュは呆れた様に鼻で笑い、頬杖の姿勢から立ち上がり蔵から一本の槍を取り出す。

 

その握られた槍は眩い程の雷鳴を鳴り散らし、さながら雷槍と呼ぶに相応しい代物だった。

 

そんな雷槍をギルガメッシュは天に掲げ……。

 

「中々頑張るではないか、……では、これならどうだ? インドラの火、その身に受けて耐えて見せよ!」

 

管制プログラムに向けて投擲、迸る雷槍を障壁で受けた瞬間─────。

 

ビル群を巻き込んでの大爆発、周囲を消し炭にしていく閃光に管制プログラムは呑み込まれていった。

 

そんな光景を前に……。

 

「うわぁ、これは酷い」

 

「何だろう。壮大な戦いの筈なのにどこか小学生並のイジメに見えるのはどうしてかしら?」

 

「…………」

 

 背後から聞こえてくる凛とランサーのドン引きの声。なのはちゃんに至っては一方的にやられている管制プログラムを見て絶句し、なにやらやるせない笑みを浮かべている。

 

すると蔓延する爆炎の中、全身がボロボロになった管制プログラムが煙の中から飛び出し、空へと逃げていく。

 

地上戦では不利だと悟ったのだろう。彼女はギルガメッシュよりも高い位置で滞空していると、その手に膨大な魔力の塊を収束させて此方に狙いを定めている。

 

このままこの街ごと吹き飛ばすつもりなのか、管制プログラムの手には巨大な魔力の塊が顕現し。

 

「沈めぇぇぇっ!!」

 

 拳を握り、魔力の塊を殴りつけようとした───その瞬間。

 

“赤原を往け、緋の猟犬”

 

横から飛び出た一本の槍が、巨大な球体となった魔力の塊を射抜き───暴発。

 

「あ、ぐぁぁぁぁああっ!?」

 

 収束は完了し、いざ放とうとした所からの横槍。集めた魔力が膨大なだけにたった一本の矢が流れをかき乱し、暴発へと誘発させた。

 

一体誰が、どこから邪魔したのか、恐らく彼女自身が一番混乱しているのだろう。何故なら────。

 

凡そ、数キロは離れているだろう高台の上に弓を携えたアーチャーが随時彼女を狙っているのだから。

 

「バカな、あんな遠くから収束魔法の一番脆い境い目を射抜いたというのか!?」

 

 驚愕を露わにしている管制プログラム。アーチャーの絶技……いや、神業とも呼べる技巧は正直自分も驚いている。

 

伊達に“アーチャー”のクラスを名乗っているだけに飛び抜けた技量を持つ彼に、益々頼もしく感じる。

 

これで、彼女にも此方の布陣が把握出来た事だろう。力業で迎え撃つセイバー、搦め手や多彩な術で援護、または補佐をするキャスター、上空から圧倒的物量で攻めるギルガメッシュ、そして後方から如何なる距離、如何なる角度から狙い撃つアーチャー。

 

彼等の持つそれぞれの特性を自分なりに考え、即興で思い付いた布陣だが今は巧い具合に噛み合っている。

 

 ……うん、言いたいことは分かる。余りにも旨く機能したこの布陣は本来個人を相手にするものではない。

 

多対戦を想定しての布陣、それがたった一人を相手に機能しているのだから色んな意味で酷い。

 

まぁ、その、イジメっぽくなってしまっているのが岸波白野に僅かな躊躇いを見せている。

 

基本的に常に危機を味わっている自分としても、違和感を感じずにはいられない。

 

「……鬼ね、アナタ」

 

 凛から冷ややかな視線を感じるが無視する。うん、分かってる。分かってるからそのジト目は止めて欲しい。

 

自分の中にある良心がガリガリと悲鳴を上げているのだから!

 

 と、そんな事を考えていた時だった。

 

「負け……られない。私には、まだ為さねばならない事が……!」

 

地面に落ち、明らかにダメージを受けていた管制プログラムが震えながら立ち上がる姿を見て、自分はやっぱりとどこか納得していた。

 

 彼女もまた駄々っ子だ。けれどただの駄々っ子じゃない。自分の為ではなく、誰かの為に戦っている。

 

たとえ間違ったやり方だとしても、彼女達は手放したく無かったのだろう。

 

八神はやてという心の拠り所を。

 

それが叶わなくてもはやての願いだけでも聞き入れてあげたい。あの管制プログラムはその願いの為だけに全てを捧げているのだ。

 

身も、心も、魂すらも……。

 

そんな彼女を、ただ力だけで折るのは難しい。それこそ、内側からこじ開けない限り……。

 

「悲しいな、闇の書よ」

 

───セイバー?

 

いつの間にか布陣を解いて、彼女は一見無防備な姿で管制プログラムへと歩み寄っていく。

 

「主の為に全てを投げ打つ、それがたとえ己の為であったとしても……その決して報われぬ在り方に余は少し感動した。永遠という時間の中で漸く出会えた心の揺りかご、壊してしまうのは些か惜しい」

 

 一歩、また一歩とセイバーは彼女との距離を縮めていく。

 

その光景に誰も口出しはしない。キャスターもギルガメッシュも、そしてアーチャーも無防備で近付いていくセイバーに何も言わないでいる。

 

 ……何となく分かる気がする。セイバーが口にしているのは嫌みでもなければ皮肉でもない。ただ一人の主に対して己が全てを捧げる騎士に対しての───心からの賛美だった。

 

間違っていても、彼女達の在り方は美しいと、ローマの暴君たる少女は語る。

 

「────だが、その在り方は主だけでなく周りの人間すら不幸にする。それは最早情熱の炎ではない。全てを呑み込む泥そのものだ。故に!」

 

轟っ! 彼女の覇気が突風となり、辺りの散乱した木々を凪ぎ飛ばしていく。

 

「そなたに、本物の情熱というものを教えてやろうではないか!」

 

高々と告げる宣言と共に、セイバーの衣装は変化していく。そう、嘗て表側で共に戦った彼女のトレードマークたる“真紅”に。

 

「往くぞマスター! 宝具を解放する!」

 

その叫びに自分も応っ! と力を込めて返答する。

 

「私の、全ては……主の為に!」

 

 そこへ魔導書の力を借りて傷を癒した管制プログラムが、雄叫びを上げながらセイバーに突っ込んでいく。

 

それをセイバーは穏やかな表情で愛しそうに見つめ───。

 

どこからともなく、一輪の薔薇を取り出し。それを宙へ放り投げると、セイバーも管制プログラムに向かって飛び出していく。

 

 

『我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け! インペリウムの誉れをここに!』

 

その謡は、嘗て至高の贅と財によって彼女が築き上げた劇場。数々の逸話を元に生み出されたそれは、アーチャーの持つ固有結界と似て非なる大魔術。

 

『咲き誇る華の如く……開け! 黄金の劇場よ!!』

 

オリンピア・プラウデーレ。『招き蕩う黄金劇場』。暴君による独唱の幕が───斬撃による一閃と共に開かれる。

 

 

 

 




えー、今回は区切りのあるところで終わってしまったので、かなり短いです。

………5000文字にも満たないとか、ホントナメてるな自分。

次回はもう少し中身のある文にするよう頑張りますので、宜しくお願いします。


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SFTその2 産声

 

 

 

 どこまでも広がる草原、優しく吹く風は髪を撫で、それがくすぐったくても心地よかった。

 

大きな大木の根本に陣取り、広げられたビニールシートに座り、私達はバスケットの中にあるお弁当を美味しく口にしながら“家族”の団欒を過ごしていた。

 

 それは、嘗て心のどこかで私が望んだ光景だった。

 

「フェイト? どうしたの?」

 

私の家族、私の拠り所、どんなに望んでも……もう、二度と手にする事はない理想郷。

 

これが私の中に棲む心の闇だと言うのなら……嗚呼、それはなんて……溺れてしまいそうな程に心地が良いのだろう。

 

だって。

 

「プレシア、どうやらフェイトはまだ夢から覚めきっていないようですよ」

 

「あらあら、フェイト、勉強するのは関心だけど、夜更かしは駄目よ。折角の可愛い顔が台無しになってしまうわ」

 

「そうだよフェイト、私を見習ってしっかり睡眠を取らないと駄目なんだよー」

 

「アリシアはもっと勉強するべきだと思う」

 

「う、藪蛇だった」

 

ここには全てがあるのだから。

 

リニス、アルフ、アリシアお姉ちゃんに───そして、お母さん。どんなに手を伸ばしても届かない願いが目の前にあるのだから。

 

「あら? どうしたのフェイト、お母さんの手を握ったりして」

 

そう、触れられるのだ。暖かい母さんの手、母さんの温もりがどんなに願っても叶わなかった想いが今、この手にある。

 

離したくない。失いたくない。これを手放す位ならどんな奴が相手だろうと斬り捨てて見せる。

 

そう、迷いなく誓える。────けれど。

 

 

────ドクン。

 

 

それと同じ位大切なナニカが、あったような気がするけど……上手く思い出せない。

 

「もう、仕方ない子ね。膝を貸して上げるから少し横になりなさい」

 

「あー! フェイトばっかりずるい! 私もー!」

 

「はいはい。ホラ、来なさいアリシア」

 

 母さんが膝をポンポンと叩いて少し横になるよう誘い、私は素直に受け入れて母さんの膝枕で横になる。

 

隣にいるアリシアお姉ちゃんと目が合い、クスリとお互いに微笑んでしまう。

 

暖かい。躯だけでなく、心が、この微睡みと共に溶けてしまう。

 

(ああ、だけど……何だろう。私には、もっと大切にしなければならない事があるような)

 

 

───ドクン。

 

 

心臓の音が五月蠅い。どうしてこんなに警邏のように鳴らしているのだろう?

 

ここには何もない。あるには永久に続く幸福だけしかないというのに……。

 

「おやすみ、フェイト」

 

「おやすみなさい、フェイト」

 

「おやすみ、母さん。アリシアお姉ちゃん」

 

 

────嗚呼、何もかもが煩わしい。もういらない。私にはここにある全て(家族)さえ在れば……もう、何もいらない。

 

微睡みに誘われるがままに……私の意識は瞼と共に────落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────終わらない』

 

(────誰?)

 

唐突に聞こえてきた声に、私は思わず誰だと訊ねた。

 

『ここは違う。これは違う。ここはまだ結末ではないと思う』

 

 煩わしい。五月蠅い。静かにして欲しい。心地良い微睡みを邪魔されて害された気持ちを引きずりながら声のする方へ睨み付ける。

 

けれど、そこにあるのは無限の暗闇。聞き間違い? いや、それにしてはやけに通った声をしていたけれど────。

 

『呆れてしまう。結局のところ、この心はソレだけはできないらしい』

 

また、声が聞こえてくる。一体なんなのだろうか。

 

人の良い気分を台無しにしただけじゃなく、まるで此方を全否定するような口振り。

 

不愉快だ。不快だ。馬鹿にしてる。煩わしい。消えて欲しい。

 

それは全て本心だ。この声に対する率直な自分の感想だ。────だというのに。

 

何故私は、この声の主に対してそう言えないのだろう?

 

何だ? この苛立ちは? 何だ? この憤りは?

 

やがて私は憤りを感じながらもそれを声高に叫ぶことはせず、その独唱とも取れる謡に私は自然と耳を傾けた。

 

『何故なら。────何故なら、たとえ心が折れていても、剣はまだ、この手の内に』

 

 

………………あ。

 

────何となくだが、分かった気がする。

 

この声の主は、詰まる所とんでもなく諦めが悪いのだ。

 

どんなに辛くても、苦しくても、格好悪くても、情けなくても。

 

ただそれだけ、たった一つ自分の魂に誓った些細な在り方にこの人は貫き通している。

 

力がないのは関係ない。才能なんて望んでいない。誰よりも劣っていようと、誰よりも傷付いても、全てを懸けてだだ前に進む。

 

だから、なのだろう。この暗闇にしかなかった空間でこんなにも眩しく輝いていられるのは……。

 

『フェイトちゃん!』

 

ふと、どこかで聞いた声に想いを馳せる。

 

 ───思い出した。いや、どうして忘れていたのだろう。

 

苦しい思いをした。悲しい結末を経験した。けれど、その果てに私は大切な友達を得た。

 

 

─────ドクン。

 

 

心臓が、力強く脈動する。そうだ。私はここにいるわけにはいかない。まだ私の手には───。

 

守りたい、明日があるのだから───!

 

 

 

 

 

 

 

『“約束された─────勝利の剣”!!』

 

瞬間、暗闇が切り裂かれて私の目の前には淡く煌めく光の道が出来上がっていた。

 

本能が叫ぶ、この道を往けば皆が───私の在るべき世界へと戻れる。大切な……守りたい人がいる所に。

 

踏み出しそうになった足を、一瞬だけ躊躇する。

 

振り返れば、きっと……もう二度とあの人達には会えないだろう。

 

私の拠り所。不幸なんてなく、私の望んだ全てがある……理想郷。

 

母の温もり、姉の優しさ、その全てが───すぐ後ろにあるのに!

 

決断はした筈。なのに、心がそれを拒んでいる。

 

……やっぱり、私は弱い。あの声の人のように心まで強くはなり得ない。

 

と、そんな時だった。

 

『行ってらっしゃい。フェイト』

 

『頑張ってね、フェイト』

 

「──────!」

 

 その一言に、涙が溢れた。

 

突き放した言葉じゃない。それは私の───フェイト=テスタロッサに向けての………心からの激励だった。

 

振り返りたくなった。姉に抱きつきたくなった。母の愛に甘えたくなった。

 

─────けれど。

 

「行ってきます。母さん、お姉ちゃん!」

 

私は、駆ける。涙を流しながら、後ろにいる二人に聞こえるよう、声を張り上げて決別の言葉を叫んだ。

 

けれど、それは永遠の別れではない。いつか訪れる“本当の眠り”までの……ちょっと長い道のりに戻るだけ。

 

だから、今はこれだけ行っておこう。

 

「またね、母さん。お姉ちゃん」

 

その手に現れた相棒を握りしめ、私は彼方まで続く光の道を往くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……ここは?」

 

 周囲を囲む黄金の劇場を一瞥して、管制プログラムは疑問の言葉を呟く。

 

『招き蕩う黄金劇場』

 

セイバーの奥の手である宝具、それが解放された今、世界は一時の合間彼女の所有物となっている。

 

 今、この場にいるのはセイバーと彼女のマスターである自分のみ。本来ならここにギルガメッシュ達もいるのだろうが、セイバーが1対1での決着を望んだのか、彼等の姿は見当たらない。

 

そして当人たるセイバーは普段の花嫁姿とは別の、真紅の衣装を身に纏って管制プログラムと対峙している。

 

「治癒が上手く働かない!? 貴様、私に何をした!?」

 

 宝具解放の時に放った一撃が彼女の脇腹を抉っている。その傷を癒す為に魔力を練っている様だが、未だに完治出来ていないことに管制プログラムはセイバーに向けて憤りの混じった疑問をぶつける。

 

「ここは余の劇場、生み出した余の願望に応え作り出した空間……そなた達の言う所の結界とちょっと似ているけれど違う感じ……とだけ言っておこう」

 

剣を肩に置き、どうだ! とドヤ顔をするセイバーに自分は苦笑いを浮かべる。

 

セイバーの黄金劇場。それは彼女が皇帝だった頃、国民を閉じ込め終わるまで決して開かれる事を許されなかった………文字通り彼女の為の舞台。

 

この舞台が開かれた今、もはやここから先はセイバーの独壇場。セイバーもここで決着を付けると意気込み、手にした真紅の大剣に力を込める。

 

────そして。

 

「主の……私達の願い。────邪魔を、するなぁぁぁぁっ!!」

 

 悲哀に満ちた叫びと共に、管制プログラムは巨大な魔力の砲撃を放ってきた。

 

迫り来る黒の光。巨大な光を前に岸波白野は選択を迫られる。

 

『回避』か、それとも『防御』か。

 

迫り来る極光の光。全てを呑み込むばりに突進してくるソレを見て、自分は高々に叫んだ。

 

「“切り裂け”セイバー!」

 

「うむ!」

 

 自分の指示に疑う事など一切せず、セイバーは目の前の黒い光に向けて真っ直ぐに駆け出して跳躍し。

 

「『喝采は剣戟の如く』!!」

 

彼女の放つ三つの斬撃が、極光の光を四分割にしたのだ。

 

「────なっ!?」

 

それを目の当たりにした管制プログラムは、信じられないモノを見たように驚愕を露わにし。

 

「呆けている暇などないぞ!」

 

「っ!?」

 

勢いつけての空中落下、重力を味方に付けて打ち下ろしに管制プログラムは咄嗟に障壁を展開するが。

 

「おぉぉぉぉっ!」

 

「が………はっ」

 

セイバーは阻まれた障壁ごと、管制プログラムを壁へと叩きつけたのだ。その衝撃と威力に管制プログラムは吐瀉物を吐き出し、地面へと崩れ落ちていく。

 

正直言って、自分としてはこれ以上彼女とは戦いたくなかった。

 

回復もままならず傷だらけとなった手足、背中に生えた六つの羽はむしり取られたようにボロボロになり、地べたに這い蹲っているその姿は……まるで、死を前にしてもがく鴉のように見えた。

 

けれど。

 

「まだ……だ。まだ私、は! 主の為に……」

 

 立ち上がろうとする管制プログラムを前に、先程まで頭に浮かんだ考えを払拭する。

 

彼女はたとえ自分が死ぬ事になっても、決して退こうとはしないだろう。

 

主の願いの為、彼女の頭にあるのは……ただ、それ一点のみだった。

 

だから自分達も容赦はしない。彼女が何度でも立ち上がろうとするのなら、自分達も何度でも迎え撃つ。それが、彼女に対するせめてもの………。

 

「………幕引きだ。奏者よ、この演目はもう長いこと続け過ぎた」

 

セイバーの提案に自分はただ静かに頷く。そう、終わらせよう。この演目を、闇の書の物語を………その一撃で以て。

 

「うぅぅぅ………がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 最早、まともに言葉すら綴れないのだろう。管制プログラムは獣の如く叫びを上げ、拳に全ての魔力を集めて突進してくる。

 

─────捨て身。必死の形相で突っ込んでくる彼女を前に、何となくそう思った。

 

だが、ここで退く訳にはいかない。向こうが全力でぶつかってくるのなら、此方も全てを振り絞ってぶつかるだけ。

 

─────いや、そもそも前提が違う。

 

いつだって自分達は全力でぶつかる事でしか分かり合えない!!

 

だったら!

 

「セイバー! やってくれ!」

 

「うむ! この剣、そなたに捧げよう!」

 

 自分の指示の下、セイバーは剣を掲げて管制プログラムと同様、全霊を以て駆け出していく。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

「闇の書よ! 我が剣技、その身で以て受け取るがいい!」

 

瞬く間に無くなっていく二人の距離、その間がゼロに差し掛かった時。

 

「『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』!!」

 

 セイバーの剣が、管制プログラムの胴体を斬り裂いた。

 

闇の書よ、絶望と嘆きに染まる悲しき魔導書よ。

 

新しき主の下、夜天の蒼空に還るがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どうして、世界はこんな筈じゃない事ばかりなのだろう」

 

──────誰?

 

「最初は、唯の記録媒体でしかなかった私が、何時しか悪意に染まり、絶望を知り、悲劇を呑み干し、死を振りまき……その全てに何も、出来ずに」

 

誰か……泣いてるの?

 

「涙なんて私にはない。あるのは諦めとただ消滅だけを望むナニか。けれど、唯一つの願いすら叶えられなくなった今、私にはその資格すら無い」

 

願い? アナタの願いって何?

 

「……主の願いを叶える。それが───それだけが私の」

 

主の願い? それを叶えるのが貴女の願い? ………それは、おかしな話なんやないかなぁ?

 

「それは………」

 

 その人の願いはどこまでいっても“その人の願い”や。貴女はその主って人の願いを楯に逃げてるだけなんやないのか?

 

「けれど、それしか……それしか私にはないんです。名前も失い、在り方も無くし、今の私にはただこの身の消滅を望むことしか……何も」

 

────なら、名前をあげる。

 

「………え?」

 

私も昔、大事なモノを失った。大好きだったお母さん、怖いけど優しかったお父さん。その二人はもういないけど、その代わり私……『八神はやて』って名前をくれた。

 

そしてそれは、私の全ての始まりやった。シグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラと、凛姉ちゃんとエリーちゃん。

 

そんな皆に会えて、私はある気持ちになった。もっと素直になろう。もっと我が儘になろう。大人ぶった考えなんて捨ててしまおうって。

 

「………主」

 

 私は……うぅん、私達はまだ始まってもいない。私達はスタートラインにも立っていない。

 

────だから。

 

「一緒に行こう。皆でこれからを始めに!」

 

「──────はい!」

 

 

 

 

 

それは、祝福だった。

 

これからの自分と決別する為に、新しい自分を見つける為に、主から送られる新たな真名(エール)。

 

『祝福の風(リイン・フォース)』

 

 今、この日この時この瞬間、闇の中へ沈んでいた夜天の星は、新たな名前と主と共に蒼空へと還っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトちゃん!」

 

 宝具を閉じた瞬間、聞こえてきた声に振り返る。そこにはいなくなってたフェイトちゃんになのはちゃんが喜びの笑顔を振りまいて駆け寄っている所だった。

 

互いに再会を喜ぶ二人に自分もホッと胸を撫で下ろす。……良かった。どうやらフェイトちゃんも無事に抜け出せれたようだ。

 

「どうやら、終わったようね」

 

ボロボロになった凛が腕を抑えて近付いてくる。

 

お疲れ様、今回は散々でしたね。

 

「全くよ。アンタは……て、そっちも中々大変だったみたいね。額、切れてるわよ」

 

凛に言われておでこに手を添えると、シグナムに斬られた箇所の傷が開いたのか、赤い液体が掌に付着する。

 

「ご、ご主人様ぁ! おでこに切り傷が! 待って下さいまし、今私が特性の治癒術を以てお治し致します! ……ッハ! もしやこれは合法的にご主人様をペロペロするチャンスなのでは? 唾液には治癒の促進させる作用がありますし、そうだそうですそうしましょう! ご主人様、ちょっとおでこをこちらへ」

 

所で凛、はやてちゃんの姿は見ていないか? フェイトちゃんが脱出しているのなら彼女も出て来ていると思うんだけど?

 

「残念ながら見てないわ。というか、どうして貴方がそれを知ってるの? 闇の書の中に一緒にいたから分かったとか?」

 

 凛の質問に自分はコクリと頷いた。自分が脱出する際、他の誰かが闇の書から出て行くのが感じた。それがフェイトちゃんだというのは魔力からして何となく分かったし、彼女が出て来たというならはやてちゃんももしやと思ったのだけれど……。

 

やはり、主たる彼女はまだ闇の書に取り込まれたままなのか。

 

「あれー? ガン無視ですかー? なんか最近私への態度冷たくありませんかご主人様ー?」

 

「ハッ、無様だな。やはり一尾程度では奴を手に入れるのは無理なのではないか?」

 

「るっさい! 余計なお世話だっつーの! つーか無視されてないし、アレはご主人様の照れ隠しなのだとタマモ、分かってますし」

 

何か後ろでサーヴァント二人が騒いでいるが、放っておく。それよりもセイバー、今日はお疲れ様。

 

「全くだ。余は早く帰って湯浴みがしたい」

 

すっかりお疲れ気味のセイバーにありがとうとお礼を言って頭を撫でる。セイバーは特に拒絶する事なく撫でる自分の手を受け入れ「ん~」と声を伸ばして安らいでいる。

 

 さて、そろそろ今後の事を話し合おう。先ずはアーチャーに預けている“彼女”の事にも

説明をしなければならない。

 

電話を……って、しまった。そう言えば携帯はあのまま投げ捨てたままだった。

 

誰からか携帯を借りようと考えた─────その時だった。

 

 

 

 

──────ドクン。

 

 

 

 

いきなり大地を震わす程の脈動に、自分を含めた全員がその音源に振り向く。

 

そこにいるのは地面に倒れ伏した管制プログラム。既に機能停止にまで追い込んだ筈の彼女から、なにか良くない……邪悪な胎動が響いてくる。

 

やがて彼女の躯は宙に浮き、禍々しい光を放つと音もなく消えてしまった。

 

一体どこへ? そんな疑問が浮かんだ瞬間。

 

「何よ……あれ」

 

ランサーの指さす方角、その先には海鳴の街に沿って広がる海の上に、巨大な黒い物体がその存在を誇示するように鎮座しついた。

 

……いやな予感がする。培ってきた経験と本能的勘が、あれを解き放ってはいけないと警邏を鳴らしている。

 

頭の中で理解する。あれは、闇の書の中で渦巻いていた“闇”だ。

 

死して尚、世界を呪おうと蠢く亡者の叫び………アレは、その集合体だ。

 

だが、それならそのすぐ側で光り輝くあの球体はなんだ?

 

どす黒い闇で鎮座する球体が怨念の集合体なら、あの純白な球体はまるで────

 

「ほう。どうやら此度の主とやらは涅槃の螺旋から抜け出せたようだな」

 

─────ギルガメッシュ?

 

「雑種、アレはお前の想像のとおり。新たな命を宿した卵よ。そして見ておくがいい。あそこにいるのはまさしく……夜天の主とその守護者達よ」

 

どこか楽しそうにしている話すギルガメッシュに、自分は彼が卵と称する球体へ目を向ける。

 

────そして。

 

『おいで、私の騎士達』

 

卵から命が還り、新たな主と騎士達が産声を上げた。

 

 

 

 

 

新たな夜天の────誕生である。

 

 

 

 

 

 

 





リンディ「そんな!? アルカンシェルが使えない!?」

???「あ、あああの、スミマセン。これが私のお仕事なんで」

クロノ「あれを野放しにしておいたら、本当にこの星は闇に呑み込まれる!」

セイバー「むう、余はもうネタギレだ」

なのは「でも、終わらせない! 終わらせたりなんか……絶対にしない!」

ギルガメッシュ「良いだろう。興が乗ったぞマスター。さぁ、人類最古の地獄を見せてやろう!」








はい、嘘予告です。現在Fate/zeroを見ていた所為か予告じみた事を書きたくなったのでついやっちゃいました。

次回はいよいよ大詰め、果たして結末はどうなるのか!?

あんまり期待せずお待ち下さい。


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SFTその3 万象織り成す星

多くは言いません。ただ一言。

これが人のやることかよぉぉぉぉぉっ!!




「……何ですって?」

 

 次元航空艦の艦長であるリンディ=ハラオウンは僅かばかり声を低くして、目の前のモニターに映る少女に問いを投げかける。

 

 モニターに映る少女、その豊満というレベルを明らかに超越したバストに最初こそは言葉を失ったが今は画面から少し離れ、その全貌は明らかになっている。

 

その正体は一言で言い表すならば─────痴女だった。

 

薄紫色の長い髪、体格の割に童顔な顔つきそして、その巨大な肉塊とも呼べる乳袋にはサスペンダーらしきものしか備え付けられていなかった。

 

………目の前の少女に羞恥心という概念は存在しないのか。男性局員なら前屈みする事間違いなしの彼女の姿にリンディは呆れながら溜息をこぼす。

 

 今更ながらだが、この通信は艦長であるリンディにしか聞こえてはいないし見えてもいない。未だオペレーターからの状況報告は聞こえてくるし、エイミィだってこの会話記録に気付いてすらいない。

 

幾ら秘匿通信だからといって映像は兎も角、音声すらも気付かれないというのはおかしな話だ、

 

だが、向こうは一度アースラを瞬く間に掌握した手練れのハッカーだ。誰にも気付かれずに個別に通信を送るなど造作もないのだろう。

 

 すると、此方の言葉に痴じょ……もとい、少女は困った様に表情を歪めると。

 

『え、えっと、あの人からの伝言で「この度の件は此方で始末を付けるから、そちらは下手な介入せず大人しくしていなさい」です。今度はちゃんと聞こえましたよね』

 

聞き間違えではなかった。────傲慢とも呼べる伝言の内容にリンディは眉間に皺を寄せ、お使いが出来て安心したようにホッとする少女に僅かな敵意を乗せて見据える。

 

“この度の件”……それは間違いなく今も尚続いている闇の書事件の事だろう。

 

あの魔導書は全次元を通じて死と滅びを振りまく文字通りの“魔”導書だ。それを放っておくのはリンディの職業柄にも、そして────私情的にも看過する事は出来ない。

 

故に、彼女は否定する。

 

「それは出来ないわ。今現在に於いて私達には闇の書を消滅させるという任務が下されています。あなた方がどんなに優秀な魔導師であろうとも、見過ごす訳にはいきません」

 

そう、目の前の少女の言葉を鵜呑みにする程彼女が今いる席は軽くはない。現場の様子が確認できない以上、現場を指示する自分たちが冷静に判断・決断を行わなければならない。

 

誤った判断で間違った決断をすればそれこそ被害は倍に広がり、多くの人命が失われる事になる。

 

加えて闇の書は幾度と無く転生を繰り返し、その被害を広げていった特一級の危険指定遺物だ。ここで確実に仕留めなければまたもや闇の書を逃がす事になり、その度に起こる被害は止める事は出来なくなるだろう。

 

だから、リンディは少女の言葉に耳を貸すつもりはなかった。このまま通信を切り、クロノと連絡を取ろう電子コンソールに触れようとするが。

 

「………何か、勘違いをしてませんか? 私、別にお願いをしに来た訳じゃないんですけど?」

 

────ゾクリ。先程までの落ち着きのない態度から一変。画面越しからでも伝わる少女の殺意に、リンディはその行動の全てを停止させられる。

 

まるで自分の心臓を鷲掴みされているような────そんな錯覚。

 

いや、それは錯覚などではない。冷静に考えれば分かる事だった。

 

目の前の少女は以前アースラを乗っ取った少女と同格、であるならばその時と同様にまたこのアースラが掌握されるのは自明の理に等しい。

 

まだアースラはシステムを復旧させて間もない。対策の一つも講じていない今、再び艦を掌握されればアースラは二度と此方の手には戻らない。

 

そうなればアースラのコントロールは勿論、アルカンシェルですら好き勝手に撃たれてしまう。その時の被害予測は……想像すらしたくない。

 

『あの、一応言っておきますけど、これは不当な命令じゃないですよ? 最初に手を出してきたのは貴方達ですから』

 

その言葉にリンディは眉を寄せてどういう事なのかと思案し、すぐに心当たりに見当がついた。

 

それは我が息子にしてアースラの戦力、クロノ=ハラオウンの事で間違いないだろう。

 

事情があったとは言え、クロノの行動は勝手な憶測によって引き起こされたモノ。もしBBと名乗る少女がエイミィから聞いた通りの人物なら、その話を聞いた瞬間に問答無用でアースラを墜としていた事だろう。

 

こうして使いを寄越して命令してくるだけでも、彼女からすれば多分な恩情を与えているつもりなのだろう。

 

というか。

 

(やはり、彼女達と岸波白野とは繋がっているのね)

 

 クロノの報告を思い出してリンディは目の前の少女を見つめながら思案する。

 

一端とは言え、アースラは現管理局の技術を詰め込んだ次元屈指の艦。それを一分も掛からずに掌握する彼女達の電脳能力は……最早、ロストロギア級でも一線を画す存在なのだろう。

 

そして、そんな彼女達の母体とも呼べるモノが、あの座標に表れている。

 

そして、そんな彼女達をあの若い少年が支配している事実。

 

────恐ろしい。下手をすれば彼の勢力だけで世界を支配できる力を持つ事実に、リンディは今更ながら恐怖を抱いていた。

 

 クロノは此方から下手な干渉や戦闘行為を仕掛けない限り向こうは極力関わってこないと言っていた。事実、それは正しいのだろう。

 

岸波白野という人物は時空管理局の事は勿論、この世界の魔導というものを本気で知らなかったようだし、無闇矢鱈に誰彼構わず戦いを挑む人間ではない。寧ろ極力争い事は避けるような─────それこそ、どこにでもいる一人の少年だ。

 

だが、それ故に恐ろしい。そんな世界すら左右する力持つのが唯の少年だと言うなら。

 

彼の気紛れ一つ、感情一つで世界が崩壊しかねないからだ。────だが、そこまで考えるだけの自由は今の彼女にはない。

 

『あの、いい加減早く決めてくれませんか? 私、この後やる事があるので……』

 

返事の催促する少女の問いにリンディは決断する。自分は艦を任された一人の艦長……ならば、自ずとその答えは──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い卵の球体から彼女達は生まれた。新たな夜天の主となった八神はやては騎士の甲冑とも魔導師の法衣にも似た服を身に纏っていた。

 

白と黒、そして金が入り混じった装飾は陸地にいる自分にすら分かるように彼女を夜天の主に足る厳かな雰囲気を醸し出している。

 

……ただまぁ、彼女自身が外見と中身も幼いから背伸びした子供という感じがするのは否めないが。

 

「ヴィータちゃん!」

 

「シグナム!」

 

 今まではやてちゃんの登場に呆然としていたなのはちゃんとフェイトちゃんが、それぞれライバルらしき人物の名前を呼んで海の向こうへ飛んでいく。

 

フェイトちゃんの方にはオレンジ色の髪と尻尾、そして狗っぽい耳を生やした少女が後を追っている。……狼男の次は狼女?

 

と、そんな事を考えている内になのはちゃん達ははやてちゃん達と再会し、それぞれ嬉しそうに話し合っている。

 

 何だかんだありながら彼女達も守護騎士達の事が気になっていたのだろう。喜びの表情を隠しもせず語り合っている彼女達を見て、何となくそう思っていると。

 

「え、えっと、岸波白野さん……ですよね?」

 

背後から聞こえてきた声に振り返ると、どこか民族衣装らしき格好をした少年がたどたどしい態度で自分に尋ねてきた。

 

「あ、うん。岸波白野ってのは俺の事だけど?」

 

 一体自分に何の用だろう?

 

「そ、その、なのはから大体の経緯は聞いています。今回の闇の書事件に巻き込まれたとか。この度は本当に色々申し訳ありませんでした。あ、僕はユーノ=スクライアと言います」

 

 ユーノと名乗る少年にご丁寧にどうもと会釈し、気にしていないから別にいいと付け加える。

 

最初こそ巻き込まれた形だったけれど、最終的には自分から首を突っ込んだのだ。此方から謝る事はあってもその逆はないと思う。

 

というか、ユーノ君も管理局の一員なのだろうか? その口振りからはそのように聞こえてくるが……。

 

「あ、はい。一応民間の協力者として管理局に身を置いています。岸波さんは……その、魔導師なんですか?」

 

遠巻きに何者だと聞かれているような気がするけど……まぁ、考え過ぎか。大体普通の人間が結界に入れるモノでもないみたいだし、別段隠す程でもないけど。

 

「いや、正確には魔導師ではなく魔術師だよ。と言っても腕は半人前以下だけどね」

 

「魔術師? 魔導師じゃないんですか?」

 

魔術師という単語に聞き慣れていないのか、自分の説明に首を傾げてくるユーノ君にそうだよと返す。

 

あ、あとそっちのツインテールの彼女も魔術師だよ。

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ちょっと、魔術師ってのは否定しないけど……白野君、貴方警戒心の配慮が薄いわよ。一応私達魔術師は秘匿しなきゃならない存在なんだから」

 

え? そうなの?

 

「そうなのって……はぁ、まぁいいわ。アンタの間抜けっぷりは今に始まった事じゃないからいいとして────あれ、どうするの?」

 

 何だか色々呆れられているが取り敢えずスルーして凛の言うアレに視線を向ける。

 

未だ海の上で胎動している黒い球体。相変わらず嫌な空気をまき散らしているし、自分としても何とか手を貸したい所だけど……。

 

─────無理じゃね? そう遠くない距離でも海の上に陣取られてしまったら此方から打って出る事なんて出来やしない。

 

セイバーも宝具を使って体力的にも辛そうだし、キャスターやアーチャーの術なら届きはしそうだけど決定打には火力が足りなさそう。

 

「白野君は? 貴方が持っていた聖剣を使えば威力的にも問題なさそうだと思うけど?」

 

確かに、騎士王の聖剣を使えばダメージは通りそうだけど……無理だと思う。

 

さっきから全身に力を込めてはいるが聖剣のせの字も出てこない。多分打ち止めなんだと思う。

 

そもそも騎士王だからこそ使うことが許される聖剣だというのに、凡人たる自分がそうホイホイ使われるのはどんな懐の深い王様でも癪に障るだろう。

 

闇の書の内部から脱出する際に二発も、しかも連続して放ったものだから打ち止めにもなる。

 

「いや、普通の凡人は気合いだけで聖剣だせないから。……けど打てないなら仕方ないわね。やっぱりここはアナタのアーチャーに期待するほかないか」

 

「私を呼んだかね。凛」

 

 凛の言葉が終わるに合わせて頭上のビルから飛び降り、高台にいたはずのアーチャーが合流する。

 

 お疲れ様アーチャー。何か変わった事はなかった?

 

「君達が戦っていた最中、私は安全圏にいたのだよ? その上身の安全の心配までされてはサーヴァントの面目が丸潰れだ。まぁ、子守をさせられた事には些か反論したいがな」

 

と、ややご不満そうに背中におぶった少女をおろし、アーチャーはやや愚痴を漏らす。

 

そんな彼に済まんと軽く謝罪をし、彼の後ろに隠れている少女をのぞき込む。

 

や、怪我はしてないかい?

 

「……………」

 

地面にまで金色の髪を伸ばしている彼女……システムUーDは一度自分に視線を向けると、今度はアーチャーから自分へテテテと歩み寄りヒシッと腰に抱きついてきた。

 

「白野君、どうしたのそのチンマイの? まさかロリコンに目覚めたの?」

 

「ご主人様~、いつの間にフラグを建てたのですか~? 詳しい事情が聞きたいのでちょっとそこでO☆HA☆NA☆SHIしません?」

 

 しないし怖いから笑顔で詰め寄らないでくれないだろうか? 恐ろしい程のいい笑顔を振りまく凛とキャスターから離れる。

 

その一方でセイバーは頬を膨らませて明らかに拗ねているし、アーチャーはヤレヤレと肩を竦めている。

 

状況は未だ改善されていないのにイマイチ緊張感が足りない気がする。

 

どうしたものかと自分も困った時。

 

『みんな、聞いて欲しい事がある』

 

ユーノ君の眼前にモニターらしき画面が展開し、そこに先日会ったクロノ君が以前にも増して真剣な面持ちで映っていた。

 

『今回闇の書の暴走体との戦闘を想定して準備されてきた“アルカンシェル”だが……整備不良の為使用出来なくなった』

 

「なっ!?」

 

 クロノ君からの通達が余程ショックなのか、ユーノ君は目が飛び出そうな程に目を見開いて驚きを露わにしている。

 

隣にいる凛にアルカンシェルって何? と聞くが「私が知るわけないでしょ」と一蹴されてしまった。

 

ユーノ君の慌て振りを見れば相当不味い事なのは何となく理解できる。

 

『だから暴走体のコアが露出した後も何らかの手段でコアを破壊して欲しい。コアを壊さない限り、暴走体の再生は止まらないから……』

 

淡々と事実を語るクロノ君。そんな彼の言葉にユーノはどうしたモノかと頭を悩ませ、うーんと唸っている。

 

海の方へ見ればなのはちゃん達もユーノ君と同様、困ったような仕草で頭を悩ませていた。

 

 暴走体。あの黒い球体に眠る中身が正しくそう呼ばれるのなら、やはり、あの闇の書の中に眠る“負”が暴れ出すということ……ならはやくケリを付けなければ。

 

セイバーによって幕を降ろした第一幕、なし崩し的に始まったグダグダの第二幕など、早急に終わらせてみせなければ、それこそここまで頑張ってきた皆の力が無駄になる。

 

だが、事態は更に加速し─────。

 

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 

黒い球体は弾け、中からおぞましい程に狂気の叫びを上げる怪物が産声を上げた。

 

瞬間、オレンジ色の輪が暴走体の動きを止め、白い楔が暴走体の肉体を突き刺しながら動きを止めていく。

 

「うわ! 始まっちゃった! そ、それじゃあ皆さんもお気を付けて!」

 

ユーノ君はそれだけを言うと、慌てながらなのはちゃん達の所へ飛び立っていく。

 

残された自分達はと言えば、なのはちゃん達と暴走体によるド派手な魔法戦を眺めているだけしか出来ないでいた。

 

凛も自分達に出来ることはないと悟り、地面に座り事の顛末を見届けようとしている。

 

「で、どうするかねマスター。私がここから援護射撃をするという一応の手段があるが………正直、あまり好ましくないぞ」

 

 アーチャーの提案と問いに自分は自然と頷いた。確かにアーチャーの狙撃なら充分届く範囲だし、障壁も偽・螺旋剣を使えば突破出来なくもないだろう。

 

………だが、此方の攻撃に反応して反撃してくる自動砲台にも見える攻撃手段が、あの暴走体にある以上、迂闊に攻め込めない。

 

なのはちゃん達の様に自在に空を飛ぶ手段がない以上、ここからの攻撃は全て悪手になりかねない。

 

もう一度聖剣を出そうと気合いを全身に込めているが………うん、やっぱ駄目だ。

 

コアを破壊出来ない以上、暴走体を完全に消滅させるのは不可能。今はなのはちゃん達が頑張っているが……無限に再生し続ける暴走体相手では何れ力尽きてしまう。

 

どうにかならないものか、傍観者になりつつも自分は頭を捻らせて考え込んでいると。

 

「やれやれ、なんとも度し難い。汚物となり、妄念となり果てても人間というものはこうも縋り付くものなのか」

 

────ギルガメッシュ?

 

 呆れたと言わんばかりの口調に振り返れば、黄金の王はその口端に深い笑みを造り、かと思えば今度は慈しみとも言える眼差しで暴走体を眺めていた。

 

「白野よ。あの中にいた貴様ならば分かるだろう。あそこで暴れている汚物が、一体何で造られているのか」

 

問いを含んだ口振りでギルガメッシュは自分を見つめてくる。─────そう、ギルガメッシュの言うとおり岸波白野はあの醜くなりながら叫んでいるモノの正体が理解できる。

 

あれは闇の書に取り込まれた自分がいた世界。即ち、人々の“願い”でもあり“夢”だ。

 

闇の書という絶大な力を持ってしまった魔導書に、人々は一時その魔導書が願望器か何かの様に捉え、求め、使い、そして────消えていった。

 

アレはその夢に敗れ、願いに食いつぶされてきた人々の怨念が詰まっている。まだ足りないと、まだ寄越せと、ただの欲望となった今でもアレは救いを求めさまよっている。

 

だが、彼等を裁く資格など自分は持ち合わせていない。聖杯戦争で多くのマスターの願いを踏みにじった自分は勿論、他人の夢、願い、希望を壊す権利などどこの誰にも許されはしない。

 

────故に、その資格があるとすれば。

 

「然り。その責はこの我、英雄王ギルガメッシュが飲み干す定めよ。岸波白野、我がマスターよ。さぁ、命じるがいい。月での我が言葉、忘れたとは言わせんぞ」

 

まるで此方の反応を愉しんでいるような口振りに、自分もまた口端を吊り上げる。

 

『今生の合間、我の蔵を好きに使うことを特に許す! さぁ、見せてやろうではないか我がマスター!』

 

あぁ、忘れるものかよ英雄王。さぁ、自分達に見せてくれ。お前の……総ての英雄の王たる所以を!

 

「当然だ。では、往くとするか」

 

そう言うとギルガメッシュは足下に黄金の帆船ヴィマーナを顕現させ、自分を隣に乗せると暴走体に向けて飛び立っていく。

 

それを終始眺めていた凛達は……。

 

「うわー、あの慢心王にあそこまで言わせるとか、ご主人様のカリスマ性は底なしじゃね?」

 

「むむ~! 狡いぞ金ピカ! 余も奏者とランデブーしたいぞ!」

 

「あの英雄王が………実際聞くまで信じられなかったが─────マスター、恐ろしい子!」

 

「意外と余裕ね、アンタ達」

 

 などと、それぞれ羨ましがったり驚いたり、呆れたりしながらも、彼等の様子を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

「ああっ! クソ、また再生しやがった!」

 

「これで二十数回、やはりコアを破壊しない限り暴走体は消えないのか」

 

 暴走体と交戦し幾度目かの再生。繰り返される攻防になのは達魔導師メンバーはその体力をジワジワと削られつつあった。

 

まだ数も質も此方が勝っているとは言え、体力までは無限じゃない。アルカンシェルという有力な戦力が期待出来ない今、こうなる事は必然だったのかもしれない。

 

「くっ! せめてアルカンシェルが使用可能になるまで持ちこたえてくれ!」

 

 クロノは飛び交う共闘仲間達にそう呼びかけ、一時の士気を底上げする。

 

だが、それは見込みは薄いと口にしたクロノ自身がそう確信している。

 

あれはクロノが現場に到着する数分前、異界化した結界内に突入しようとした矢先、アースラから入電が入った。

 

“アルカンシェルは整備不良の為に使用不可。現戦力で以て対処せよ”

 

 たった二行にも満たない通告文にクロノは絶句する。有り得ない。この大事な局面でアルカンシェルが使えないとはどういう事だ。

 

すぐさま艦長に連絡を繋げようとするが、異界に潜入した為か通信は繋がらず、仕方なくクロノはなのは達を指揮して暴走体の撃破に否応無しに専念する事になった。

 

(だけど、あまりにもおかし過ぎる。あの母さんがここ大一番にこんな無謀な命令を下す筈がない)

 

 母であるリンディ=ハラオウンは息子であるクロノが良く理解している。リンディは己の利権の為だけに他者を巻き込む愚者ではないし、部下やその友人達を無意味に秤に掛ける人物では断じてない。

 

では、一体どうして? そんな考えを抱いた瞬間、クロノの中である回答が導き出される。

 

(まさか、また例の少女が!?)

 

「きゃぁぁぁぁっ!!」

 

「っ!?」

 

 思考の海に沈み掛けた意識が知り合いの叫びによって引き上がらせる。見れば白い法衣を身に纏う少女が、暴走体の触手に拘束されているではないか。

 

「なのはっ! くっ!」

 

助けに行こうとするが、それをさせまいと暴走体の放つどす黒い魔力の光がフェイト達をを阻む。

 

「アカン! リイン、お願い!」

 

『御意!』

 

 友達を助け出そうと、はやてはリインフォースの助力を得ながら石化の銀月の槍を触手に向けて放つ。

 

確かに槍は暴走体の触手を射抜き、周辺を石化させていくが、暴走体の回復速度が石化の速さを上回り、触手はよりおぞましい形となってなのはに迫る。

 

「なのはぁぁぁぁっ!!」

 

フェイトの叫び声も虚しく、触手は口を開き、補食しようと牙を向けた─────。

 

瞬間。

 

「………え?」

 

天から降り注ぐ武具の雨が、なのはを縛り上げていた触手を悉く破壊した。

 

一瞬呆けてしまうが、我を取り戻したなのはすぐさま退避し、フェイトの側まで飛んでいった。

 

「あ、あの。今のは一体なんなの?」

 

疑問の言葉を口にするなのはだが、誰もその質問には応えない。────何故なら。

 

クロノやはやて、シグナム達やフェイト………そして、暴走体すら空に浮かぶ黄金の帆船に目を奪われていたのだから──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の夢とは、焦がれれば焦がれるほどに歪み、壊れ、崩れていく。────雑種よ。何故だか分かるか?」

 

 隣で玉座に座る王の問い。目の前で暴れる暴走体を前に愛おしそうに見つめる英雄王の横顔を一瞥し、自分の中にある答えをそのまま口にする。

 

「やっぱり、儚いからか?」

 

「ふん、月並みな言葉だが……まぁ間違いではない。身の程知らずの願いや夢に焦がれるがあまり、夢や願いそのものに食いつぶされる。あれは────その末路よ、言い方を変えればアレはある意味では人の結晶よ。欲望にまみれ、破滅に染まり、死と滅びを振り撒く……何とも度し難く、おぞましく、それでいて─────」

 

愛しいものよ。

 

最後の呟き、その呟きにどれほどの意味が込められているのか……今の自分ではまだ分からない。

 

ただ、一つはっきりしていることは────。

 

「故に、その人の業。裁定者であるこの我が裁いてやろう」

 

 神々が生み出した裁定者にして人類の楔だった王が、今宵、この時限りその役目を果たすという事だ。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

暴走体が近付いてくる帆船に向けて極光の光を放つ。が、英雄王の進軍に何か感じる所があるのか、破滅を孕んだ光は悉く外れ、海面だけを穿いていく。

 

「人の塊よ。知っているか?」

 

英雄王の手元に黄金の波紋が揺らめき、一本の剣が彼の手に握り締められていた。

 

「人の夢は儚く、いずれ────醒めるものなのだと」

 

 それは、剣と呼ぶには剰りにも奇怪な形をしていた。円柱状の刀身、その形は一見突撃槍にも見えるソレ。

 

その剣に銘は無い。この乖離剣を彼は『エア』と呼ぶ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 暴走体が叫ぶ。威嚇するように、悲鳴のように、────まるで、赦しを乞うかのように。

 

英雄王は帆船の先端に立つと、エアを床に突き刺し、その力を解放させる。

 

瞬間。世界は崩れ始める。

 

「ちょ、ちょっと何だよこれ!?」

 

「な、なんかもの凄くヤバいかも………」

 

ギルガメッシュの放つ禍々しくも神々しい光を前に、異常を察知したなのはちゃん達が次々とその場から離脱していく。

 

それを知ってか知らずか、ギルガメッシュは淡々と唱える。根源の………否、原初の言霊を。

 

「原初を語る。────元素は混ざり、固まる。万象織り成す星を生む!!」

 

世界が崩れ、逆転し、流転し、反転し、やがて────世界は一時の暗雲に呑み込まれる。

 

そして次の瞬間、暗雲が晴れ、暴走体が目にしたのは──────。

 

「ふ──────ハハハハハハハハハ!! さぁ、死に物狂いで耐えよ、雑念!!」

 

無限に広がる……開闢の宇宙だった。

 

それは、悪夢。………否、違う。

 

原初の地獄。神話の再世。世界の破界。

 

三つの銀河を足蹴に、黄金の英雄王は高らかに謳う。

 

「死して拝せよ。『天地乖離す─────開闢の星』(エヌマ・エリシュ)!!」

 

王が裁定を下し、エアを突きつける。それが合図となり、三つの銀河は織り成し、暴走体に向けて放たれて往く。

 

ソレを前にしたとき暴走体は─────。

 

「────────────」

 

叫ぶ事も、反撃する事もせず、ただ銀河の渦に呑み込まれていった。

 

その刹那。

 

『──────ありがとう』

 

その言葉は────一体、誰の呟きだったのだろう。

 

渦に呑み込まれ、消え行く今、それを確かめる術は……永遠にない。

 

 そして英雄王の放つ乖離剣は、暴走体をコア毎消滅させ、異界となった世界を─────切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 




ランサー「さぁ、DDの食卓の始まりよー!」

弓「この料理作ったの誰だー!?」

金ピカ「バカな、我の計測器(スカウター)でも計りきれんだと!?」

白野「別に、アレを完食しても構わんのだろう?」

桜「もう止めて! 先輩のライフはとっくにゼロですよ!」

凛「目を逸らしちゃだめよ。これがあの子の生き様なの!」

白野「この岸波白野を落としたくば、アレの三倍は持ってこい!」


次回『饗宴の宴』







はい。嘘予告です。

まぁ、思いっきりはっちゃけるのはCCCだから仕方ないとあきらめて下さい。

お、俺は悪くぬぇー!






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饗宴の宴

始めに言わせて下さい。

今回はギャグ回です。故にキャラ崩壊の部分が目立ちますがどうか気にせず読んで下さい。


 

 

 

 皆さん、こんばんわ。岸波白野です。

 

闇の書に寄生していたナハトヴァールと呼ばれる蛇は暴走体となり一時は世界の危機に陥る事態にまでなりましたが、そこは我らが英雄王の力で見事粉砕。

 

暴走体はその源であるコア丸ごと消滅させ、見事、世界の危機を拭い去ったのですが────。

 

「フハハハハハ! やはり宴というものは蹂躙した後に限る! おい。そこの雑種、我に酒を注ぐのを赦す。手早く済ませよ」

 

「は、はい!」

 

「ユーノ君、大変そうだね」

 

「てゆーか、どうしてアタシ等までここにいるんだよ」

 

「ええやん。折角のお呼ばれなんやから、今は楽しんどこ。ね、ヴィータ」

 

「う、うん……」

 

現在は……えー……なんというかその、宴の真っ最中であります。

 

 遡る事数時間前、暴走体を異界ごと消滅させた後、ギルガメッシュはやたら上機嫌でこう宣言し。

 

『これより王の帰還である。有象無象の雑種共よ。今宵限り我の宴に参加する事を特に許す』

 

といって自分達の拠点にして我が家であるマンションへ殆ど全員を半ば強制的に連れてきたのだ。

 

はやてちゃんは面白そうだと守護騎士達、リインフォースと呼ばれる新たな騎士を交えて参加し、なのはちゃんフェイトちゃんの二人はそれぞれ家に連絡して困惑しながら参戦。

 

白野さんの家にパーティーをすると言ったら士郎さんは安心して「お願いします」と電話越しで話してきた。

 

どうでもいいが士郎さん。少しばかり気を許し過ぎません? 普通バイトの人間に娘を預けませんって。

 

まぁ、それほど自分という人間を信頼しているから娘さんを預けると言っているのだから、嬉しいと言えば嬉しい。

 

 クロノ君だけは報告があるといってその場から離脱。ギルガメッシュを見る彼の顔が怯えにも見えたのは……気の所為だろうか?

 

 

それは兎も角として、今現在自分達のいる場所はマンションの地上五階。住居区の合間にある大広間で宴を執り行っていた。

 

パーティー用にと用意されたこの広間にはなのはちゃん達と自分達を含んだ全員が入っても尚、スペースはまだまだ余りある。

 

隣に建設された調理場からは、シェフのアーチャーが助手の桜と共に今も料理に専念している。

 

……いつの間にか、桜の料理の腕前が上達している事実に少し寂しくなったのはここだけの話。

 

いや、元々桜は料理上手だった。弁当とか作ってたりしてたし、実際美味しかったから単に電脳世界と現実世界の違いに慣れていなかっただけなのだろう。

 

「フェイト! これスッゴく美味しいよ! 食べてごらんよ」

 

「あ、アルフ、そんなにがっついたら笑われるよ。もっと大人しくして」

 

 と、少し離れた位置でも分かる料理を頬張る狼娘────アルフさんの野性的な食べっぷりにフェイトちゃんは顔を赤くして彼女を注意しているが……あんまり効果はなさそう。

 

そしてAUOのお酌係りになってるユーノ君。ごめんね、彼は金髪碧眼の女の子が好みらしいんだ。流石にソッチの趣味はないから大丈夫だろう、ここは一つ我慢して貰おう。

 

何せAUOを怒らせたら、それこそ闇の書以上の災厄になりかねないのだから。

 

それに────。

 

「奏者よ、何を呆けている。早く余にあーんするのだ。此度の戦いの褒美だ。十全に余に尽くせ」

 

「そうは問屋が卸しません! 大体、そんなに疲れているのなら部屋に戻って大人しくしていろってんです。寧ろ帰れ、さぁさご主人様。どうぞ此方を召し上がれ、このチキンの素揚げ、私が手掛けましたのですのよ」

 

自分も自身のサーヴァント達の相手で手一杯なのですから……。

 

左のセイバー、右のキャスター。どちらも自分の腕にひっしりと付いて離れない。───そして、止めとばかりに。

 

「ハクノ、あーん」

 

膝に乗ったユーリがフォークに刺した唐揚げを此方に寄越してくる。何で鶏肉ばかり? いや、問題は其処ではない。

 

この無邪気に自分に食べさせようとしてくる女の子はシステムU-D。あの闇の書だった魔導書の内部にあった“砕け得ぬ闇”なる存在だ。

 

砕け得ぬ闇とかシステムU-Dと言う呼び名では何とも味気ないので即興でU-Dから捩ってユーリと名付けてみたのだが……これが好評だったのか、彼女は自分の事をユーリと呼んで、そして呼ばれている。

 

まるで邪気の無い子供と戯れているみたいで自然と頬が弛む。キャスターの真似をして食べさせようとしてくる彼女に、自分は自然と口を開いて差し出してくる唐揚げを頬張る。

 

うん、旨い。衣はサクサクしているのに鶏肉柔らかさと旨味が広がり、肉汁と共に口の中で踊っている。

 

「うぅ、そんなぁ、ご主人様ぁ、どうしてタマモを無視するんですかぁ」

 

 と、唐揚げを味わっている自分の横でキャスターが恨めしく此方を見ている。耳を垂れて涙目になっている事からどうやら本気でショックを受けているようだ。

 

そんな彼女にゴメンゴメンと頭を撫でながら謝り、お返しとばかりに彼女の前に手作りのお稲荷さんを差し出す。

 

「ご主人様?」

 

ヨヨヨと泣き崩れた彼女は自分の前に差し出されたお稲荷さんに目を丸くしている。

 

唐揚げ、美味しかったよ。これはせめてものお返し。あまり上手には作れなかったけど……。

 

「も、もしかしてこれは……ご主人様の手料理!?」

 

なんかキャスターが喜びに震えているが、そんな大層なモノじゃない。予め用意された材料の中に油揚げと酢飯があったからアーチャーの見よう見真似で少しばかりの量を作っただけ。

 

試しに自分で試食してはみたが……うん。やはり素人感バリバリである。酢飯の味も落ちているし、油揚げの甘さも生かし切れていない。あまり作っては却ってアーチャーの邪魔になると思った自分は手伝いを早々に切り上げて、宴に使われる食器の出し入れ……つまり、下準備の方に回った。

 

とまぁそんな回想はどうでもいいとして、今自分の手元にはこんな失敗作の料理しかないんだけど……やっぱり止めとく?

 

「いいえ! ご主人様の初めてのお稲荷さん、このタマモ、シットリネッポリと戴きます!」

 

そんな事を言ってキャスターは髪を託し上げ、口を開いてお稲荷さんを食べようとする────が。

 

「あぁ、ご主人様のお稲荷さん、なんて大きい、タマモの口に入らなふぎゅっ!?」

 

なんか卑猥な事を口走ってきたので無理矢理突っ込んでやった。まったく、子供の前でなんつー言葉を口にするのだこの駄狐は。

 

モガモガと口を動かして必死に稲荷寿司を呑み込もうとするキャスターを尻目に、嘆息をこぼしていると。

 

「随分と良いご身分じゃない白野君。女の子を侍らせるなんてすっかりハーレムの王様ね」

 

呆れ顔の凛が髪を託し上げて此方に歩み寄ってきた。

 

お疲れ様凛。今回はお互い大変だったね。

 

「まったくよ。お陰ですっかりお腹減ったわ。体重の事なんて気にしないで今からじゃんじゃん食べるつもりよ」

 

何だか疲労している凛。向かい側の席(テーブルは丸い円上の形をしている)に座り、慎ましくも結構な勢いで料理を食べ始める凛に、どうしたのだと訊ねる。

 

すると凛は応えず、視線だけでその方角を見るよう促してくる。

 

一体なんだろうと振り返ると、銀髪の女性ことリインフォースとシグナムがはやてちゃんの近くにいるのに居心地が悪そうに此方を見ている。

 

………え? どしたの?

 

「アイツ等、今回の件で迷惑を掛けたアンタにどういった謝罪をすればいいか私に相談してきたの。私は別にアイツがそんな事を一々気にするような奴じゃないと言ったらあの二人、なんて言ったと思う?」

 

曰わく、「そんな事で許される訳にはいかない」

 

ならば謝れば? と言えば「その程度の罰で赦されれば、騎士たる私が納得できない」

 

「もう面倒くさいからじゃあアイツの奴隷にでもなったら? って言ったら顔を真っ赤にして黙ったの。もうウンザリしたから、後はアンタに任せるわ」

 

……………………………。

 

何というか…………うん、やはり凛は凛だった。

 

人のいないところで勝手に奴隷を売りつけようとする辺り、遠坂マネーイズパワーシステムの発案者は伊達ではないと、改めて思い知った。

 

まぁ冗談はさておき、実際彼女達は彼女達で色々思うところがあるのだろう。

 

特にシグナムは騎士としての高い誇りを持っている分、 自分の額を切った事に申し訳なく思っているのだろう。

 

別に此方も色々言いたいことを言ったりしてるから、おあいこだと言うのに……難儀な人達である。

 

「ホントよ。もっと謝るべき人は大勢いるってのに……これだから騎士って奴は」

 

厳しい台詞を吐き捨てて海老チリを頬張る凛に思わず苦笑い。

 

「……にしても、アンタはアンタで出鱈目よね。セイバーにキャスター、アーチャーにギルガメッシュ。一人で四人のサーヴァント持ちとか、チート以外の何物でもないわよね」

 

 今度は此方に愚痴の捌け口として狙いを定めたのか、ジロリと睨みつけてくる凛に二度目の苦笑い。

 

「大体、私はまだその事に関してまだ納得してないんだからね! 根性で聖剣だした事も含めて、後でとっちめてやるんだから! はやて!」

 

「なに~~?」

 

「今晩ここに泊まるから! 以後宜しく!」

 

「おっけ~、任せて~!」

 

 ビシリッとレンゲを向けてはやてちゃんに言い放ち、はやてちゃんもそれに笑顔で応える。

 

うん。前から思ってたけど君達仲良いよね。声が似てるから?

 

「ちょっと凛さん。幾ら素直になれないからといって、それは少し強引過ぎやしません?」

 

「そうだぞ! 折角の余と奏者の宴だというのに邪魔するでない!」

 

「ふん、そんなのお断りよ。そっちこそいい加減彼から離れなさい。彼、嫌がってるの分からない?」

 

あ。あれ? なんだろう。先ほどまでの和気藹々とした空気からいきなり修羅場っぽい空気に様変わりしたぞ?

 

「フハハハハハ! 早速やっているではないか雑種! 相変わらず人誑しな奴よ。善いぞ、遠慮なく爆発するがいい!」

 

くそ! あのAUOめ! 人の危機に笑いを求めやがって! てゆーかなんだ爆発って、爆発するほどの燃料なんて持ち合わせていないぞ。

 

だが、確かにこの空気は些か宜しくない。今にも喧嘩を始めそうなこの三人の空気をどうやって怒りをしずめよう。

 

膝に乗ったユーリと一緒に頭を悩ませていると………。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

広間中に響く悲鳴に、この場にいる全員が振り返る。

 

そこにいたのは─────

 

「ユーノ君、しっかり!」

 

幼いながらも一級の実力を持った魔法少女、高町なのはちゃんが倒れ伏すユーノ君に駆け寄っていた。

 

何事かと思い全員(AUOは除く)が彼に駆け寄ると……。

 

ユーノ君の目は白目を剥いており、口から赤い液体が吐き出されており。その手には液体と同じ、赤い物体の乗ったスプーンが握り締められている。

 

そして、床に掛かれた“金星”の文字。まさかと思い先程まで彼が座っていたテーブルに視線を向けれると。

 

血のように赤い、深紅のスープが置かれてあった。

 

「あらあら、早くも子ブタ一匹、私の料理で昇天したみたいね」

 

 その声に、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

 

まさか、そんなバカな。頭に否定の言葉を並べながら、ゆっくりと振り返ると。

 

「さぁ皆さん。今宵は折角の宴、煌びやかな私、エリザベート=バートリーが腕を奮って調理したわ。泣いて喜びながら貪り食べなさい」

 

そこには、これでもかと眩しい笑顔を振りまくランサーが赤い満漢全席を背に両手を広げて立っていた。

 

 それを前にした自分、セイバー、キャスターは勿論、ギルガメッシュすら固まって頬をひきつらせている。

 

「さぁ喜びなさい。DDの食卓、始まりよ!」

 

その宣言と共に岸波白野は確信する。これは、闇の書やナハトヴァールを上回る強敵の出現だと。

 

てゆーか! アーチャーはどうした!? こんな暴挙、料理にプライド持っている彼が許す筈がないだろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、白野の相棒の一人であるアーチャーは、その手に赤い液体の乗ったスプーンを握り。

 

「あぁ、なんだ。そんなとこにいたのか爺さん。今そっちに逝くよ」

 

「はわわわ! アーチャーさん、しっかりして下さいぃぃぃっ!!」

 

割と、命の危機に瀕していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが、恐怖に脅えていた。

 

目の前にある赤の侵略者。それを従えているのは破顔の笑みを浮かべる魔嬢のアイドル。

 

「さぁ、泣いて喜びながら食べなさい。この私か丹精を込めて作ったどれも至高の一品よ!」

 

さぁさと、エリザベートことランサーは全員に食べるよう促してくる。

 

倒れたユーノを見て、なのはは直感する。アレはこの世に在らざるモノだと。

 

もはや食べ物の範疇を超え、毒物の概念すら越えた名状し難きナニかなのだと、十年そこらしか生きていない少女は語る。

 

それを証拠にこの場にいる全員が動かない。あの暴走体をコアごと消滅させた金ピカの人すら、驚愕に目を見開かせている。

 

「な、何よ、さっさと食べなさいよ。料理が冷めちゃうじゃない」

 

涙混じりになるランサー。端からみればか弱い少女を大勢で苛めているように見えなくもない。

 

だが、誰も彼女の席に座ろうとしない。特に異臭する訳でもないし、外見だけはマトモな料理に見える。

 

しかし、彼女の料理と称するナニかからはコレ以上ないほどの“死”の匂いがする。

 

それを動物の本能を刺激しているのか、フェイトの使い魔であるアルフは怯えながらも威嚇するという必死の抵抗を見せている。

 

「……私が、戴こう」

 

そんな時、守護騎士の長こと烈火の将シグナムが一歩前に出る。

 

「なっ!? ダメだってシグナム! お前だって味わっただろ! アイツの作った飯はシャマルの料理(毒物)の比じゃねぇ! 以前アレを食って丸三日寝込んだの忘れる訳ないだろ!」

 

「アレ? ヴィータちゃん。何気に私のことディスってない?」

 

 背後から聞こえてくる鉄槌の騎士の言葉に僅かに躊躇いが生まれる。───忘れる筈がない、あの料理の恐ろしさは自分達が良く理解している。あの料理を食べた瞬間、眩暈を起こして以後数分間の記憶が根こそぎ失われていたのだ。

 

しかも味覚もおかしくしたのか、その後に食べたシャマルの料理が意外と旨く感じてしまう。それ程にあの料理は不味かった。

 

「なに、流石の奴もあれから少しは料理の腕は上がっているだろう。ユーノ少年が気絶しているのは……単に、あの味に慣れていないだけだろう」

 

そう、信じたい。

 

だが、自分とてあの料理(地獄)を体験したのだ。多少なりとも耐性は出来ている……筈!

 

それに───。

 

(今まで主はやてにご迷惑を掛けた分、ここで挽回せねば!)

 

今までの自身への払拭と主への忠義を示す為、烈火の将は意を決して赤い液体を掬い上げ、口の中へ運び────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────しばらくお待ち下さい─────

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグナム! しっかりしろ、シグナム!」

 

結果、彼女の完敗。口にした瞬間糸の切れた人形の如く地に落ちたシグナムは二、三回ほど痙攣した後、事切れた様に気を失った。

 

侮った。まさか改良ではなく改悪されていたとは……そう口をこぼしたシグナムの一言がその場にいた一部の者に恐怖を与えたのは、言うまでもないだろう。

 

「もう、慌てて飲み込むからそうなるのよ。幾ら待ち遠しかったとは言え、騎士なのだから食卓の礼儀は守って欲しいものだわ」

 

やれやれと肩を竦めるランサーに全員が「違ぇよ!」と心を一つにしたのは彼女しか知らない。だが、どんなに否定しようとも目の前の現実が変わることはない。

 

 声高にして叫びたい。そんなもの作ってくるなと、だがそんな事を口にすれば今度は竜の息吹による音波兵器が飛び込んでくるのは目に見えている。

 

────何この理不尽。その言葉を誰かが呟くのに、そう時間は掛からなかった。

 

(おい雑種! 貴様三度は蘇るのだろう!? ならば今逝ってこい!)

 

(ふざけるでない! そういう貴様こそ、自慢の蔵にしまい込めばよいではないか!)

 

(戯けた事を抜かすな! 我の蔵は至高の一品しか持ち込まぬ! いや、アレもある意味ではそうなのだろうが、どちらにせよ我の趣味ではない!)

 

(タマモの術でも味が変わらないとか、どんな呪い(カース)が宿ってるの? あの未知の物体は)

 

 あの料理の恐ろしさを客観的に知っている三人はそれぞれ押しつけあっている。

 

その一方では───。

 

「我が主、私が出来るだけ時間を稼ぎます。その内にどうかアナタだけでもお逃げ下さい」

 

「あ、アカン! それはアカンよリインフォース!」

 

 祝福の風が主を逃すために自ら死地に飛び込もうとしていた。

 

────誰もが、恐怖に呑み込まれていた。

 

────誰もが、絶望に染まっていった。

 

“この世、全てのメシマズ”を前に、誰もが抗う気概すら奪われ掛けていた……その時。

 

ガタリッ、と誰かが席を立つ音が聞こえてきた。

 

全員が、一斉に振り返ると。

 

「………ハクノ?」

 

キョトンとした表情のユーリが白野の膝から下ろされ、彼の席に代わりに座らせていた。

 

「その料理、この俺が戴く」

 

その姿に、どこぞの求道僧が重なった。

 

「白野、今シャマルがとっておきの胃薬を調合してるわ! だからそれまで何とか時間を稼いで!」

 

「─────凛、一つ聞くが」

 

 凛の言葉に白野はただ一言だけ応える。

 

「時間を稼ぐのもいいが、─────別に、アレを完食しても構わんのだろう?」

 

その背中に、遠坂凛は何も言えなくなった。

 

一歩、また一歩、赤い満漢全席に近付いていく男を前に誰も何も言わず、そこへ続く道だけを譲っていく。

 

そして、赤い満漢全席へと辿り着いた白野は慎ましく席に座り、ランサーの持つレンゲに手を伸ばす。

 

「え? 子ブタ、いいの? だってアナタには───」

 

そこから先は彼女も言葉に出来なかった。覚悟の決まった漢の眼、そこに余計な言葉は不要と悟ったランサーはただ頷き、手に持ったレンゲをそっと彼の掌に乗せる。

 

そして────。

 

「全ての食材に、感謝を込めて────」

 

      “戴きます”

 

両手をパンッと重ね、万物全てに感謝する漢の姿を見て、ヴィータは思う。

 

(まるで、神様に祈っているみてーだ)

 

そして晩餐は静かに、そして粛々と過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────幻視した。いつか見た、その風景を。

 

何時だったか、以前にもこんな事があった。どんなにキツい難行でも、どんなに辛い苦行でも、その背中を見ながら自分は必死に食いついていった。

 

『付いてこれるか?』

 

フッと、首だけ振り向かせ、その程度かと嘲笑う彼の微笑に、自分は内心で嬉しく思いながらも反発した。

 

『あぁ、付いてってやるさ、────いや、お前が付いてこい、まるごしシンジ君!!』

 

今はもう見えない親友の背中だが、その姿は今でも自分の脳裏に、記憶に刻み込まれて色褪せる事なく──────。

 

 

 

 

 

 

 

──────欠けた夢を、見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごーい! 全部食べちゃったの!? もう、子ブタったらがっつき過ぎ♪」

 

 隣でランサーが何か言っているが、今の自分の耳に入らない。

 

映っているのは空になった満漢全席だったモノ。それを見たとき岸波白野は言いし難い達成感に包まれていた。

 

─────やった。苦しく厳しい戦いだったが、どうにか勝ち、そして生き残れたようだ。

 

以前にも増して破壊的な味だったというのに、どうにか全て平らげる事ができたようだ。

 

所々記憶がないのは……ランサーの料理を食べた弊害だろうか。相変わらず恐ろしい料理だが、もう大丈夫。その元凶たる料理は全て自分が食したのだから!

 

だから、ちょっとテンションが上がってたのだろう。自分は徐に立ち上がり。

 

「エリザベートよ」

 

「は、はい」

 

「この俺をお前色に染めたければ、今の三倍は持って来い!」

 

そんな、勝ち鬨じみた声を上げた時、広間は歓声に包まれた。

 

「きゃーん! 流石ご主人様ぁぁん! 一生……いえ、輪廻の果てまでお供します~!」

 

「うむ! 奏者はやはり余の見込んだ男よ! 今すぐ婚姻の儀を済ませたい所だ」

 

「我のマスターを名乗るのだ。この程度はこなせなくてはな」

 

それぞれから聞こえてくる拍手喝采の声。ちょっと乗せ過ぎな気がするが……ハッハッハ、よい気分である。

 

「じゃあ、はい」

 

──────え?

 

ランサーの声に振り返ると、今し方食べ終えた筈の赤い満漢全席が置かれていた。しかも、先程の倍以上の量で。

 

……えっと、エリザベートさん? さっき僕、ここにあったの食べたよね? なんでまた料理があるの?

 

「あれは余り物よ。本当はアナタだけに作ろうと思ってたんだけど、予想以上に張り切っちゃって、捨てるのも勿体ないから他の連中に上げようと思ったの。だけどまさか余り物まで完食してしまうなんて……そこまで私の料理を食べたかったのね。もう、この食いしんぼ」

 

……なん……だと……?

 

アレが……余り物? あれだけあった料理が、単なる余り物? あんまりにも衝撃的な発言をするランサーに岸波白野の思考は混乱している。

 

助けを求めようと凛達の方へ視線を向けると……。

 

「ほらユーリ、あっち行って食べましょうね」

 

「ご主人様! ファイトです!」

 

「奏者よ。そなたに華の祝福があらん事を」

 

「逝け雑種。貴様の旅路は、それは見応えがあるだろうよ」

 

────────。

 

どうやら、調子に乗ったのが運の尽きらしい。

 

「さぁ子ブタ。遠慮しなくていいのよ。量的にもさっきのを合わされば三倍近くだから、きゃっ! アナタも遂に私色に染まっちゃうのね」

 

そして後ろには、嬉しそうにはにかむランサーが。

 

……どうやら、覚悟を決めるしかないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、岸波白野の胃袋は─────死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DEAD END(嘘)

 

 

 

 




前書きでも書きましたが今回はギャグ回です。
デッドエンドとありましたが、特にタイガー劇場とかそんなものはありません(笑)


そして感想返しの方ですが……申し訳ありません。ここ数日はリアルが忙しいため、
マトモに返信する事も更新する事も難しくなりそうです。

ですので、大雑把にここで感想の感想を……。



誤字脱字多くてホンットすみせんしたぁぁぁっ!!



では、また次回ノシ


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番外編 月と兎と白と……

えー。また頭にポット浮かんだ一発ネタです。

テーマはIS世界での白野君と、ラスボス風味な兎さんとの決闘。

凡人対天才って、一種のロマンじゃね?と思って一時間程で書き上げた代物です。

束さんのキャラが崩壊していますから、期待せずに読み、思いの外楽しめたら幸いです。



 

 

 

「誰なの、お前……」

 

 天才……いや、天災と称される彼女は目の前の男に問いを投げ掛ける。

 

男は凡人だった。どこにでもいて何の価値も、目を見張るモノもない、そこいらの……それこそ彼女にとっては路傍の石ころと変わらないモノ。

 

 世界で二人目の男性IS操縦者と騒がれてはいるが……ただそれだけ、適性ランクもDと底抜けに低く、クラス代表を決める戦闘もドベ。詰まるところただISを動かせるだけの唯の男に過ぎなかった。

 

だが、不思議と人望はあった。その人畜無害の人物像か、それともどれだけ侮蔑罵倒されようが決して諦めないその姿勢に惹かれたのか、彼女の親友、そして親友の弟は彼と親しくなっていった。

 

─────それが、彼女には我慢出来なかった。

 

「いい加減、死んじゃえよ!」

 

 彼女の言葉に従い、側に控えていた無人機が少年に向けて銃火機の弾幕を浴びせる。

 

少年の操るISが崩れる。絶対守護領域もその効果を無くし、ただの屑鉄に成り下がったソレは少年を自身の爆発に巻き込まれないよう、吐き出す様に放り投げる。

 

瞬間、爆発と共に少年は外へと身を投げ出される。爆風により吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドし、数十メートルも転げて漸く停止する。

 

……既に少年は満身創痍。腕、足、腹、頭と流血し、その肉体は既に死に体に近かった。そう、それなのに───。

 

「……へぇー、まだ立つんだ」

 

 少年は立ち上がっていた。その瞳の色を微塵も曇らせずに、少年は天災を睨み付ける。

 

「──────っ!」

 

その目だ。その目がどうしようもなく彼女を苛立たせる。クラス対抗戦の時も学年別トーナメントの時も、自分が送り出したゴーレムと親友を模して作られたVTシステムが暴走した時も、この少年はその目を崩さなかった。

 

まるでこの世に希望があると、そう信じて疑わないこの少年が、彼女にはとても目障りだった。

 

だから、消してしまおう。そう考えに至るまでにそう時間は掛からなかった。直接的にしろ、間接的にしろ、やり方は幾らでもある。

 

何せ世界は自分のおもちゃ箱なのだ。指先一つで思いのまま、男卑女尊などという世界になったのも、偏に自分の気紛れに他ならない。

 

たかが男一人潰すなど、それこそ児戯に等しかった。

 

 ……だが、それは叶わなかった。如何に優れた無人機を送り込もうが、彼に従う四人の怪物がそれを許さなかった。

 

少年の護衛と称して送り込まれた四人の怪物。そのそれぞれがISを生身で圧倒する様は……天災である自分も驚愕した。

 

親友以上の怪物ぶりに当時は肝が冷えたが、彼を守護する存在は彼等だけではなかった。

 

彼をネットワーク経由で孤立させようと、あの手この手で始末しようとするも、その全てが不発に終わる。

 

自分を凌駕する者がいる。自ら天才にして天災と豪語する彼女にとって、その事実は何物にも勝る侮蔑となった。

 

故に、彼に対する憎悪は日に日に増していった。殺意に身を任せ、この手で殺してやりたいと何度も思った。

 

(ちーちゃんといっくんに付き纏う害虫は、私が一匹残らず駆逐してやる!)

 

 あらゆる手を使った。それこそ、亡国企業などという組織にまで手を伸ばして彼等を仕向けるよう手はずを整えた。

 

彼等が亡国企業に手を焼いている間、自分はなりふり構わずISとコアを量産し、世界中に自身の悪意を乗せてばらまいた。

 

実に2000を越えるISは世界を混乱に陥れるべく、破壊し、蹂躙し、殲滅していった。

 

今、この世界を支えているのは親友と各国の精鋭達、そして彼に付き従う四体の怪物だけだろう。

 

そして、少年を裏から支えてきた“彼女達”の母胎も先程手中に収まった。流石にあの三体のAIがいたら手が出せないが、目の前の少年の居場所を突き止めるため全ネットワークを駆け回っている事だろう。

 

空き巣紛いの行為もそうだが、何よりそうしなければ電脳体一つも掌握できない事実が更に彼女を苛つかせるが……正直、今はさほど気にしていない。

 

何せ諸悪の元凶をこの手で打ち倒せるのだ。これを僥倖と言わず何と言う。

 

そう、ワザワザこんな地の果てにまで呼び寄せたのだ。ここは歓喜に震え、喜びに打ちひしがれる所……だというのに。

 

「…………………」

 

 少年の、その醒めた眼が───無性に気に食わない。

 

「気に入らない眼だね。まだ諦めていないの? 束さん、いい加減君の相手は厭きたんだよねー」

 

 此方に呼び込んだのは彼女だというのに、あまりにも身勝手な言葉。……だが、彼女はこの世界に於いて絶対なる存在。如何なる不条理だろうと理不尽だろうとそれが罷り通るのが彼女の天災たる所以だろう。

 

そして、そんな諦めの悪い少年の前に先程銃火機を乱発した無人機が目の前に降り立った。

 

その姿、出で立ちは彼女の親友たる世界最強(ブリュンヒルデ)に似ている。────いや、似ているというよりそれは瓜二つに近かった。

 

「ふっふーん。どう? それは束さん特性のVTシステム。どこぞの国が造った出来損ないとは違って、ソレにはちーちゃんの全てが詰まっているのです! つーことで、いい加減マジ死んで。あ、それとも命乞いでもする? 「参りました束様」の一言でも言えば考えなくもないよ?」

 

自分の傑作品に彼女は自慢げに語り、少年を降伏するよう呼び掛ける。────だが。

 

「…………」

 

少年は相も変わらず、ただ冷ややかに彼女を見つめていた。そして、その眼が彼女の琴線に触れ。

 

「そう。─────なら、死ね」

 

 宣告と共に、彼女は親友の写し身に命令した。銃火機を手放し、腰に添えられた刃を取り出すと、ソレは少年に向けて一直線に振り下ろされ───────。

 

 

 

“ギャギィィインッ”

 

 

 

────る事無く、それどころか後ろに吹き飛ばされていた。

 

「っ!?」

 

その光景に天災は驚愕する。────有り得ない。親友の写し身が一刀の下に斬り伏せられているなんて、どうして信じられようか。

 

天災は少年に視線を向ける。

 

そこにいるのは─────白銀の鎧を身に纏い、黄金の剣を携えた少年が、佇んでいた。

 

少年の流す血が白銀の鎧に滴り落ちる。まるで落ち武者ならぬ落ち騎士だと罵倒する所だが、彼の瞳と堂々とした佇まいが、そんな考えを払拭される。

 

もう一度、倒された無人機に目を向ける。横一閃、腹這いに切り裂かれた斬撃はまさに洗練された一撃なのだろう。

 

やはり、ただの人間ではなかった。目の前の少年は自分と同じ、世界を呪う為に生まれた異端者なのだと………。

 

『いいえ、それは違います』

 

「っ!?」

 

 だが、その言葉を入るはずのない第三者に否定される。

 

 

『貴女の想像通り、彼には力はありません。出来ても精々街のチンピラから逃げ切る程度の力です。彼があんな力を奮えるのは、悪足掻きを得意とする彼に英霊が惹かれたから手を貸しているに過ぎません』

 

「─────嘘だ」

 

嘘だ。そう天災は呟く。

 

 

だって有り得ない。ただの凡才が天災である自分に迫る力など持てる筈がない。悪足掻き? そんなもので誰かが手を貸してくれるほど世界は優しくないのは、彼女自身が一番理解している。

 

───────だというのに。

 

「何だよ、何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何だよ何なんだよお前はぁぁぁぁぁっ!!」

 

何故、自分は彼の姿に釘付けになっているのだろう?

 

「何で世界はお前に味方する!? 秀でた才能もない癖に! ただの凡人の癖に! 路傍の石ころの癖に!」

 

 それは、罵声と呼ぶにはあまりにも悲惨過ぎた。少年には彼女の罵倒が自分に向けてるのではなく、彼女自身の事を差している様に聞こえていた。

 

天才と呼ばれた彼女、天災と畏れられた彼女。彼女の中に眠る葛藤呵責など、凡人たる少年には理解できない。

 

ただ、一つだけ言わせて貰えば。

 

「篠ノ之束、お仕置きの時間だ」

 

彼女が重ねてきた罪を、身勝手に罰する事のみ。

 

「私を罰する? 何様のつもりだよ。お前」

 

とびきりの殺意を込めて、目の前の敵を射抜く。もはや彼女の目には少年はただの路傍の石ではない。自分を脅かす敵となっていた。

 

そんな彼女の視線を、少年は不敵の笑みを浮かべながら真っ直ぐに受け止め。

 

「俺はただの─────通りすがりの魔術師だ」

 

轟っ! 彼女の周りに電子の嵐が生まれる。

 

嵐の中から出るのは、“赤”

 

彼女の妹が纏う同じ色をした赤だが、それには銘はない。ただ彼女はこれを第七世代の試作機と呼んでいる。

 

「上等だよ。やってみせなよ。岸波………白野ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「─────っ!」

 

天災の雄叫びと共に、第七世代のISは火を噴く。その禍々しい光を放つ怪物を相手に、少年は手にした剣に力を込め、天災同様駆け出した。

 

手にした剣と刀、力と力がぶつかり合い、天才と凡人の戦いが─────始まる。

 

だが彼女は気付いていない。そもそも何故こんな凡人に気になり始めたのか、それがどういう理由で他者に関心のない彼女の気に触れたのか。

 

その理由を知るのは……もう少し、先になりそうである。

 

 

 




感想返しは次回、できたら纏めて返したいと思います。


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傾国の美女

 

 

 

 

 

「それでは白野さん。私もこれで失礼します」

 

「ではマスター、これから二人を送って行くから、留守の方を頼む」

 

 ギルガメッシュが(一方的に)催した宴会も終わりを迎え、片づけも済ました頃は時間も遅くなり、流石にこれ以上は不味いと思い、なのはちゃん達は帰る支度をして

アーチャーは彼女達を送って行こうと外行きの私服に着替えている。

 

本当は自分が送っていきたい所だが……エリザベートの料理を食べた所為で身動きが取れない。

 

招待しておいてごめんね。と横になりながら謝罪する。

 

「い、いいえ気にしないで下さい! お呼ばれしてくれて嬉しかったし、お料理も美味しかったですから!」

 

だから、気にしないで下さい。そうはにかむ笑顔を見せてくるなのはちゃんの優しさに涙が出そうである。

 

「全く、詰まらぬ事で一々悩むな雑種。この我自ら開いた宴だぞ? 喜びに打ち震えるこそはすれ、迷惑に思う事なぞ億に一つもあり得んわ」

 

 隣で呆れ顔のAUOにツッコミを入れたくなったが……生憎、今の自分にはそれだけの気力はない。

 

にゃははとなのはちゃんも困った様に苦笑いを浮かべている。

 

「なのは嬢、そろそろ宜しいか? あまり遅くなってはお父上達が心配するだろう」

 

大広間の出入り口付近から、アーチャーの催促の声が聞こえてくる。時刻は既に十時過ぎ、子供が出歩くにはいい加減時間が過ぎている。

 

「あ、はーい! それじゃあ白野さん、今回のお呼ばれとはやてちゃん……夜天の皆を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

元気一杯の笑顔と共になのはちゃんはアーチャーの所へ駆け寄っていく。……助けたのは別に自分じゃないんだけどなぁ。

 

自分が今出来るのは肉体強化による僅かな身体能力の向上と、持ち前の諦めの悪さ程度だというのに。

 

どういう原理か知らないが、あの聖剣だって元々は騎士王の所有物だ。無理言って貸して貰えたから良かったもの、次はどうなるか分からない。

 

暴走体を倒したのだって我らが英雄王の力によるモノだし、自分は殆ど何もしていない。……けれど、今その事を言うのは些か無粋かな?

 

手柄を横取りしているみたいで悪い気がするけど、ここは否定しないでおこう。

 

去っていくなのはちゃんに気をつけて帰るようにと、士郎さん達に宜しくねと告げる。なのはちゃんは「はーい」とこれまた元気良く返事を返すと、今度こそアーチャーと共に大広間から出て行く。

 

ただその時、フェイトちゃんが此方をチラチラと様子を窺っていたのが気になった。何か言いたいことがあるのだろうかと不思議に思っていると、本人と目が合い、フェイトちゃんは頭を下げて無言の別れを告げ、なのはちゃんの後を追った。

 

……前から思っていたが、どうやら自分は避けられているようだ。まぁフェイトちゃん自身が人見知りするみたいだし、自分に慣れるのはもう暫く時間が掛かるのだろう。

 

「岸波さん、今回はウチの子達の事といい、リインフォースの事といい、ホンマお世話になりました」

 

 なのはちゃん達を見送った直後、今度ははやてちゃんと守護騎士の面々が自分の前に現れていた。

 

車椅子が無く、シグナムに抱き寄せられているはやてちゃん。このまま病院に帰るのだろうか?

 

「うん。そうなんよ。何せ無言で出て行ったからなぁ、石田先生、今頃カンカンや」

 

アハハと苦笑いのはやてちゃん。彼女も事前に連絡したのだが、元々彼女は重体患者、死の危険すらあった彼女が突然病室から消えていたのだ。大騒ぎになるのは必然と言える。

 

故に宴に参加する前に病院……ではなく、はやての担当医である石田先生個人に連絡を入れたのだが、コレがもう大騒ぎ。

 

どうして病室からいなくなったのか、何故宴なんてものに参加しているのか、場所を教えろと今すぐにでも此方に乗り込んできそうな勢いに少し焦った。

 

そこで現れたのは凛。彼女の電話越しによる催眠で石田先生は沈黙。病院側にでも何もなかったと色々手を回すよう言い含める最中の光景は……流石魔術師と思う反面ちょっと怖かった。

 

けれど幾ら催眠を掛けたとはいえそう長い時間術に掛かったままではいられない。催眠が解かれる前に何事もなく病室に戻るのがベストなのだが……ちょっと厳しそう。

 

後日自分も謝りに行くよ。ウチの王様が言い出した事とは言え自分にも多少悪い所はあるだろうから。

 

「そんなん気にせんといて下さい。そんな事より……ほら、皆」

 

…………?

 

なんだろうか? はやてちゃんが守護騎士の皆を見渡すと、それぞれ皆申し訳無さそうに俯き。

 

「岸波白野。貴方に対する数々の無礼、誠に申し訳なかった」

 

真摯の謝罪と共に守護騎士全員が頭を下げてきた。……え? 何故に?

 

「我等は、主の命を救いたいが為に多くの人達に迷惑を掛けた。中でも貴方は我等だけではなく、主はやて、そしてリインフォースまで助けてくれた。貴方にはどんなに礼を尽くしても足りない。騎士としてこのまま済ますのは許されない。だから、岸波白野。貴方直々の采配で我等に罰を与えて欲しい」

 

………え~と、つまりその、自分に迷惑を掛けたからどうか煮るなり焼くなり好きにしろ。と、そう言っているのかな? この騎士被れは?

 

「ほう。自ら辱めを受けに来るとはな。中々興味深い。どうする雑種。いっそのことこの女騎士共を手籠めにするか? あ、だがそこの狗、貴様はダメだ」

 

 隣でAUOが悪魔の囁きみたいな事を言っているが、自分にはそんな事をする気は毛頭ない。というか、君達は思い違いをしている。

 

「え?」

 

謝るのだったら、自分にではなく君達の言う迷惑を掛けた多くの人達に謝って欲しい。

 

そもそも自分は最初こそは巻き込まれたが、後は自分から首を突っ込んできたのだ。故に責任は自分自身にも在る。君達が頭を下げるのは少し違うと思う。

 

「だ、だがそれでは我々の気が……」

 

気が済むとか済まないとか、それを口にしている時点でそれは謝罪とは言わない。本当に自分に謝るのであれば、先ずは君達が蒐集したという魔導師の人達に謝ってからだ。

 

「…………そうだな、ありがとう岸波白野。貴方の言葉がなければまた我等を道を外す所だった。貴方に頭を下げるのは、もう少し後になりそうだ」

 

 苦笑いを浮かべ、礼を言うシグナム。やっぱり堅物だなぁと思っていると隣のギルガメッシュが不満げに………。

 

「つまらん。折角新たな修羅場フラグを立ててやろうと言うのに、まったく興醒めだ。我はもう寝る。あとは雑種同士で仲良くくっちゃべるといい」

 

何て捨て台詞を吐きながら大広間から出て行った。傍若無人の振る舞いに騎士達も慣れてきたのか、それぞれ苦笑いや同情の眼差しを自分に向けてきている。

 

「ほらな、岸波さんならそう言うと思った。それじゃあ岸波さん。色々ご迷惑を掛けてゴメンな。それじゃあウチらもこれで……」

 

 守護騎士達を連れ、踵を返すはやてちゃん。その表情は背中越しからでも笑顔で包まれているのが分かる。きっと彼女は今、今まで一番に楽しい時間を味わっている事だろう。

 

だから、敢えて言わせて貰おう。

 

「はやてちゃん。それは君にも言える事だよ」

 

「─────え?」

 

「君は確かに彼女達の主で、夜天の書の所有者だ。けれど、だからと言って一人で抱え込むべきではないと思う。その辺り、よく考えてくれ」

 

なんて、余計な言葉を口にする。彼女は聡明な子だ。自分の立場、そして自分の守護騎士が何をしてきたか、あの闇の中で自分と同様感じ取っていた事だろう。

 

嘗て闇の書が振り撒いた破滅と死、それを垣間見たのなら、……責任の強い彼女ならきっとその責任を取ろうと躍起になるだろう。

 

ハッキリ言ってそれは間違いだ。起きた出来事は変えられないし、そもそも夜天の書の所有者というだけで全ての責を彼女に押し付けるのは筋違い……だと思う。

 

だからよく考えて欲しい。過去の責に捕らわれるのではなく、自身の未来の為に頑張って欲しい。

 

なんて、少し説教臭くなってしまった。見ればはやてちゃんは此方を驚いた表情で見つめてくるし、やはり子供相手に講釈を垂れるのは自分には向いていない。

 

「……うぅん。そんな事あらへんよ。ありがとう岸波さん。ウチ、もっと考えて皆と一緒に頑張るよ」

 

皆の為にではなく、皆と一緒に……その言葉を聞いたら何だか安心した。どうかその気持ちを忘れないで欲しい。君には今までの君よりも幸せにならなければならないのだから。

 

「────はい」

 

はにかむ笑顔のはやてちゃんに自分も笑みがこぼれる。─────と、それだけじゃなかった。

 

「? 岸波さん。まだ何か?」

 

忘れる所だった。はやてちゃん、リインフォースに伝えて欲しい。明日、もう一度ここに来てくれって。

 

「はぁ、それは構わないと思いますけど……何でですか?」

 

メンテナンス……と言えばいいのだろうか? 取り敢えず彼女に紹介したい人達がいるから。

 

「メンテナンスですか。ウチでいう定期検診みたいなもんやろか? 分かりました。あそこの扉に隠れている子に伝えておきます」

 

 ビクリと、大広間の扉付近から銀色の髪が流れる。そこには夜天の書の管制プログラムにリインフォースがオズオズと此方を様子見している。

 

 

 

あれほど暴れ回った彼女が慎ましい態度をしているのを見ると、何故か頬が弛む。

 

その後はやてちゃんはリインフォースとヴィータちゃんを此方に来るのを了承し、彼女は守護騎士達と共に夜の街へと消えていった。

 

「みなさん、帰っちゃいましたか?」

 

背後からの声に振り返る。そこにはエプロン姿の桜が少し疲れた様子で立っていた。

 

桜、今回はありがとう。それと、色々迷惑かけて済まなかった。

 

「本当ですよ。先輩てば無茶ばかりするんですもの。はい、胃薬です」

 

そう言って渡される桜印の胃腸薬。その効果は以前のサクラ迷宮探索の時で立証済みである。

 

 やれやれと呆れの混じった桜の溜息。やはり今回は無茶をし過ぎたのだろうか、彼女の自分を見る視線がやや厳しい。

 

「今回“は”じゃなく、今回“も”です! 先輩は他の皆さんと違い唯の人なんですから、もっと自分を大切に扱って下さい!」

 

し、叱られてしまった。まさか後輩にまでこんな台詞を聞かされるとは……はっ、まさかアーチャーの影響か?

 

「……怒りますよ?」

 

はいスミマセンゴメンナサイ。ですから笑顔で詰め寄らないで下さい。怖い、めっさ怖いですから。

 

「全く、あまり真面目な場面でふざけないで下さい。……けど、そんな貴方だから目が話せないんですけどね」

 

問題児としての意味ですね分かります。けど、実際彼女には色々と世話を掛けているし、ホント、申し訳ないです。

 

「もういいですから、そんなに謝らないで下さい。私も覚悟してましたから、先輩は大人しそうに見えて実は行動派なんだって」

 

うっ、そんな人をヤン茶坊主みたいな言い方はどうかと思う。思うが……言い返せない。

 

何だろう。何だか最近の桜は時折自分より年上に見えてしまう時がある。やはり落ち着きがある分自分の方が子供に見えるのだろうか。

 

とは言え、このままでは先輩としての立場がない。慈愛の微笑みを浮かべている桜に、自分はポケットに入れておいたモノを手渡す。

 

「……先輩? これ、なんですか?」

 

ラッピングが施された長方形の箱。差し出されたそれを桜は小首を傾げて見つめる。不思議そうにしている桜に、今日は何の日かと訊ね……。

 

「もしかして、プレゼント……ですか?」

 

桜の答えにそうだよ。と返す。ホントはサプライズとして色々考えてたけど、今日は大変な事が幾つもあったから……忘れる前に手渡せてよかった。

 

「あの、開けてみてもいいですか?」

 

訊ねてくる桜に勿論と答え、気に入ってくれるかどうか内心不安に思いながら彼女の様子を眺めていると。

 

桜の驚きながらも花咲く笑顔にそれは杞憂だったと思い知る。

 

「あ、あの。ホントに良いんですか?」

 

当然。それは桜の為に買ったものだ。値段は……まぁ、今の自分の経済事情の理由につき、そんな高価なものではないけれど。

 

い、いかがでしょうか? も、もし気に入らなければ後日改めて買わせて戴きますけど……?

 

「そんな事ないです! 絶対、絶対……大事にします」

 

 プレゼントの入った箱を大事に抱える彼女に、内心で安堵する。もし気に入らなければどうしようと悩んでいただけに、桜の微笑みに何故か救われた気さえする。

 

さて、後はウチのサーヴァント達に渡すだけなのだが……。

 

「すー……そう……しゃ、むにゃ」

 

「おあげ………おいなりさん」

 

譫言と寝息を立ててすっかり寝入っている彼女達に思わず苦笑い。ユーリも二人の間で心地良さそうに眠っている事からどうやら彼女達とも仲良くなれたみたいだ。

 

無理に起こす事も出来そうにないし、暖房も利いてるから、今日は彼女達にこのまま眠って貰おうか。

 

「そうですね。じゃあ私、お布団用意しておきますね」

 

なら自分も手伝うよ。大広間から出て行こうとする桜を追って自分も広間を後にする。

 

ただ、一つ言いたいことは……。

 

「くー……遠坂の金融システムはぁ~、世界一ぃぃ………くー………」

 

「私のぉ~、歌を~、聞きなさい~………」

 

凛、そしてランサーよ。その寝息は流石にどうかと思うぞ。その寝言からランサーは恐らく専用のコンサート会場でリサイタルでも開いてそうだけど、凛の方は……うん、止めておこう。下手な詮索は身を滅ぼす。

 

酔い潰れ、そして表には出さないが戦いの疲れで疲労困憊な彼女達にお礼を言い、俺は桜と共に寝床を用意し。

 

セイバーとキャスターにバレないよう、こっそりと枕元にプレゼントを置いた。

 

 後日、凛とランサーにプレゼントをゴネられたのはまた別の話。

 

いや、勿論用意しましたけどね。ユーリを含めて三人分。お陰で岸波白野の初めての給料は一瞬で消し飛びましたが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時刻は深夜を回り、あと数分すれば日付が変わるだろう時間帯。自分はパソコンの電源を入れ、画面を開いている。

 

以前メルトリリスを呼んだとき、このマンションに設置された電子、パソコンの類は全てムーンセルに繋がっていることが分かった。

 

しかもここの住人以外は使えないという原理の分からないプロテクト付き。その気になれば軍事基地のシステム掌握や大国の機密を覗き放題というのだから、なんとも物騒な話である。

 

……と、そんな話ではなかった。画面の前に近付き、メルトリリスと同様彼女の名前を呼ぶ。

 

び、BBさーん? いますかー?

 

初めて顔あわせた時以来、何だか気まずくて声を掛けにくかったが……呼び掛けに応えてくれるだろうか?

 

『なんですか先輩、私、今忙しいんですけど?』

 

なんて考えているウチにいつの間にか画面には黒コートを羽織った桜───BBがジト目で佇んでいた。

 

は、はやい。呼び掛けから一秒も掛からないとか、余程急いでいたのか。

 

『もう、用件なら手短にして下さい。私はボンクラな先輩と違って多忙の毎日を過ごしているんですから』

 

腰に手を当てて、不満げに語るBB。まぁ、確かに彼女の仕事を邪魔するのは頂けないよな。……何やっているのかはしらないけど。

 

だけど向こうからしたら仕事を邪魔する厄介者に過ぎないだろう。少々味気ないが、大人しく彼女にアレを渡す。

 

引き出しからUSBメモリを取り出し、パソコンと接続する。するとBBの前に桜の時とは色違いの箱が三つ現れる。

 

突然目の前に現れた箱にBBはマジマジと見つめ……。

 

『……なんですか? これ』

 

クリスマスプレゼント。と、ただそれだけを告げ箱をクリックして中身を開ける。

 

桜とBB、彼女たちに送る自分のプレゼントは───。

 

『………リボン?』

 

白いリボン。それを前にしたBBは目を丸くし、視線を自分と手元のリボンへ行ったり来たりしている。

 

まぁその、自分達はこれからイヤでも一緒になることがあるから、これはその親睦の証みたいなものだ。

 

なんだかモノで釣っているみたいで悪いけど、どうか受け取って欲しい。

 

『……ふ、ふん。モノで釣ろうとする浅ましい先輩に免じて、取り敢えずコレは受け取っておきますね。リップとメルトリリスの分もあるみたいですし、彼女達には私から渡しておきます』

 

 やはりどこか卑しい気があると思われたのか、不服そうなBBに自分は苦笑いをこぼす。これで少しは彼女との距離が縮められると思ったけど、どうやら失敗したようだ。

 

渋々残りのプレゼントを受け取るBBにゴメンねと謝るが、何か気に障ったのか彼女はそれから顔を合わせようとせず、背中越しでブツブツ言いながら電子の世界へ戻り、画面から姿を消した。

 

……なんだか、あまり話せなかったなぁと反省しつつ、ベッドに横になる。これまでの疲労が一気に吹き出してきたのか、意識は朦朧とし、睡魔に誘われて眠り付くのにさほど時間は掛からなかった。

 

今度はプレゼントを渡すときは、もっと色々気をつけよう。そう誓いながら────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────意識が引っ張られていく。

 

この魂が何かに引き寄せられていくこの感覚……覚えがある。

 

これは以前、“彼女”の根源……原初とも呼べる部分に触れた時と全く同じ────。

 

自分が立っている様な感覚、その感覚に確信を持ち、瞼を開けると。

 

「相変わらずみみっちい面構えをしておるな。のぅ、ご主人様や?」

 

宮殿らしき空間に鎮座するソレ─────九つの尾を持つ白面金毛。

 

神が……目の前にいた。

 

 

 

 




この度、多くの感想を戴き誠にありがとうございます。
そしてゴメンナサイ。前回纏めて返すと言いましたが、リアルが多忙に付き返信できません。

ですので、この場で幾つかあった同じ内容の質問を返すだけになります。


〉今後はどこの世界へ行くの?
今の所候補に上がっているのは

コードギアス

fate/staynight

fate/Zero

ネギま!

ハイスクールD×D

になります。ただハイスクールだけは原作が終了していないのでエクスカリバー編のみとなります。

ネギま!の方も原作基準ではなく大戦時代の話が主になりそう。

と、こんな所です。

基本的に作者と皆様が知っていそうな世界にしか行きませんので、その辺りご了承下さい。

そして、マトモに返信しない駄作者で申し訳ありません。
これからも見離せず、温かい目で読んで、楽しんで下されば幸いです。

本当に、申し訳ありません。そして、ありがとうございました。


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こんなエピローグで大丈夫か? 前編

今回、最後辺りで主人公が壊れます。
あと九尾も。
その辺もご容赦下さい。



 

 

 

 時空管理局所属次元航空艦船アースラ、そこの艦長室では闇の書という特一級危険指定遺失物の調査の任を受け持ったリンディ=ハラオウンが目の前の画面に浮かぶ一人の少女と睨み合っていた。

 

……いや、睨み合うというには少々語弊がある。正確にはリンディが忌々しく一方的に画面の少女に睨んでいると言った方が正しい。

 

『では、以上の内容でのご報告で宜しいですね』

 

「────今回の闇の書事件では現地の民間人の協力の下、闇の書の暴走体の撃破。夜天の管制プログラムも夜天の書も諸共消滅した為、八神はやての監視、保護も一切不要となった。……こんなの、どうやって説明しろと言うの?」

 

 手元に置かれた電子文の内容を読んでリンディは少女────BBを睨み付ける。

 

この報告文は全て偽りだ。現地の協力者から夜天の書の消滅まで全てが嘘で塗り固められている。管理局の手柄というなんとも耳障りの良い言葉を選んで事を巧く運ぼうという魂胆が目に見えている。

 

『何かご不満な点でも? 闇の書という危険な遺失物を消滅したという手柄を全て貴方達のモノになるのですよ? 恨まれる筋合いはないと思いますけど? ていうか、寧ろ感謝して欲しいですね』

 

だが、そんなリンディの鋭い眼光にもBBはどこ吹く風。黒いコートを靡かせて呆れ顔で竦めている。

 

クロノやエイミィから話は聞いていたが、まさかここまで傍若無人とは……。自身が想像していたモノより斜め上を行くBBなる人物を前に、リンディはどう言葉を選ぶべきか悩んでいた。

 

なにせ交渉の余地など、この少女の前には初めから存在しない。彼女はただ真実だろうが偽りだろうがただ確定事項を此方に叩きつけてくるだけなのだ。

 

この分ではたとえエイミィが迂闊にアクセスしても向こうから直接乗り込んできた事だろう。現に今もこうして秘匿回線で介入してきているのだ。その可能性も十分にあっただろう。

 

 だが、彼女とて提督の立場を預かる身。そうそう何度も向こうの言いなりになる失態は犯さない。

 

「……BBさん。一つ聞いてもいいですか?」

 

『ん? 何がです?』

 

「彼……岸波君の側にいた黄金の鎧を纏った男性、彼は一体何者なのかご存じ?」

 

リンディの脳裏に蘇る光り輝く黄金の鎧の男。クロノの記録した映像だけでは剣にも槍にも似つかないモノを手にした時、全てが終わっていたという事しか分からない。

 

だが、あの男が何かをしたのは分かる。何故ならどんなに破壊しても必ず転生してしまう闇の書を完全に消滅させてしまったのだ。

 

異界化ごと破壊する出鱈目なナニか、その正体の情報だけでも何とか得ようとするが……。

 

『あぁ、アレですか。私からは言えませんが……まぁ、その辺は本人と話し合って決めて下さい。私には興味のない話なので』

 

BBのその言葉にリンディは意外に思った。彼女の事だから絶対に教えないだろうと予想していたが、まさか好きにしろと返事が来るとは……。

 

『ただ、命の保証はしませんよ。あの金ピカに“それは物騒な代物だから我々が管理するー、だから此方に引き渡せー”なんて言うものなら即殺されるのは目に見えてますからね』

 

「…………」

 

 此方を小馬鹿にするようなBBの態度に何らかの訂正を求めたい所だが、その気力はリンディにはない。

 

彼女の言い方は少し棘があるが、大体同じ内容の話をするつもりだったリンディにとっては九死に一生を得た思いだからだ。

 

黄金の鎧の男についての報告を上層部に連絡すれば、間違い無く管理局は彼等に接触を試みる事だろう。

 

そうなれば激突は必至。最悪闇の書を葬ったあの一撃が今度は此方に向けて放たれる事になる。───リンディの頬を冷たい汗が流れ落ちる。

 

『大体、貴方達という組織は私的に気に入らない点が多すぎるんですよねー。誰も頼んでいないのに次元世界の守護者とか名乗られても正直困るし、管理世界とか管理外世界とか区別する癖にいざ魔法関係となると容赦なく介入してくるし、貴方達の言う管理外世界の人達からすれば一体何様なんだと言われても仕方ないと思いますよ? オマケに人材不足とか言って未成年の戦場への投入とか、私達のいた世界も大概でしたがこっちも結構アレですよねぇ』

 

「…………」

 

『ま、余所の組織にアレコレ言うのもどうかと思うし、此方に変に手出しをしなければ文句はありません。あ、でもあの人に僅かでも迷惑を掛ければ容赦なく潰しますのでその点は覚悟してください。────それじゃあ私はこの辺で失礼します。報告の方、よろしくお願いしますね。次元の守護者さん?』

 

 そう言ってBBは接触してきた時と同様に一方的に通信を切られる。散々好き放題言われた挙げ句誤った情報の提出を余儀なくされたリンディの心中は、察するにあまりあることだろう。

 

だが、今の自分達では彼等に手を出すことなど出来ないというのも、覆せない事実。震える右拳にそっと左手で覆い、リンディは深い溜息と共に自身を落ち着かせる。

 

「……今回は私達の完全な敗北ね。あの様子だとかの艦にまだ何か細工を施しているみたいだし、素直に従うしかないか」

 

なんて諦めと共に自嘲の笑みをこぼしながら、どこかリンディは少し晴れやかな顔をしていた。

 

「望んでいた結末とは違ったけど、これで闇の書に苦しむ人はいなくなった訳……か。今度夫に報告しておこうかしら」

 

 デスクの隅に置かれた家族三人で並んで映っている写真を見て、リンディは静かに目を伏せるのだった。

 

 

─────尚、これは岸波白野がBBを呼び出す五分前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃ、折角久し振りに呼んでやったのにつまらんの。もうちっと喜んだり泣き叫んだりしたらどうじゃ?」

 

 目の前に横になっているのは以前、自分がキャスターの原初に触れたときに出会った根源。まだ世界に神と言うモノが存在出来ていた頃の彼女の真の姿。

 

その力は時や次元の壁を容易く乗り越え、魂だけとはいえ自分を呼びつける程である。

 

というか、そんな友人を呼びつけるノリで時間や次元を軽く越えないで欲しい。マジびっくりするから。

 

「その割には結構余裕そうではないか? もうちっと神気を強めてみるか? なぁに、今の主なら五分位は耐えられるじゃろ」

 

 そんな居酒屋に行くノリで神気を強めないで欲しい。あんな対峙しただけで殺傷できる神気を当てられる凡人の身にもなってみろ!

 

というか、一体今回は何の目的で呼びつけたんだこのジャイアントBBAは? いや、そもそも目的があるから呼ぶとか、そんな殊勝な存在だったら最初からここに自分はいないか。

 

「は、相変わらずチンマい癖に強気じゃのう。しかもあれから幾分か育ってきておるし、存外、将来は大物になるやもしれんな」

 

 ……その言葉に一瞬呆けてしまう。え? もしかしてこの巨大狐、自分の事を褒めたのか?

 

驚いた。神様というのはこの巨大狐のように英雄王張りに傍若無人だと思っていたから……。

 

なんて思っていると、此方の考えが読まれたのかソレは見るからに不機嫌な顔付きになり、その口元からは鋭い牙を覗かせている。

 

「図に乗るでないわ。今の主は微生物から小動物に成長しただけのとるに足らん矮小物よ。そもそも、あの楔の小僧と同列に扱うなぞ二度とするなよ? でなければ次は妾の腹の中に収まると知れ」

 

 うわ。なんか凄い怒り出した。というかギルガメッシュの事知ってたのか。……まぁ、知っててもおかしくないか。次元の壁すら壊す彼女の事だから自分の記憶くらい読み取るのは訳ないか。

 

それよりも彼女の言った自分の成長具合が気になる。微生物から小動物か、……うん。割と結構成長しているみたいだ。自覚は出来ていないけどこの分なら次また会う時は犬や猫位の動物には成長しているといいな。

 

「…………今の罵詈雑言を誉め言葉と捉えるか。その阿呆みたいに前向きな姿勢も変わらずか。ああ、忘れてた。主は生粋の阿呆じゃったな」

 

あれ? なんか呆れられてる? 自分の言った言葉になにか思う所があるのか、キャスター(面倒だから以下G狐で)は横になり、頬杖の姿勢で深々と溜息をこぼす。

 

何だかよく分からないがそろそろ帰らせてくれないだろうか。明日も約束事があるし、出来るだけ早く戻りたいのだけど……。

 

「………む、なんじゃ。妾との逢瀬にもう飽きたのか? 流石は一級フラグ建築士、この妾すら袖に扱うとは、そんな事ができるのは天地開闢から終焉まで主ただ一人だろうよ」

 

───────。

 

い、一体いつの間にこんな世俗的になったのだろうかこのG狐は? あれか? こんなんでもやっぱり今のキャスターとどこか通じてんのか? ……って、そう言えば通じてるんだった。

 

「まぁよい。主の相手にも飽きてきた所だし、供物を寄越せば後は用無しよ」

 

 そう言って差し出してくる巨大な手。……え? なに?

 

「なにとはないだろう。妾の分身だけでなく淫蕩皇帝の小娘にまで供物を捧げたのだ。ならば、妾にも供物を捧げるのが道理であろう?」

 

いや、その理屈はおかしい。というか、供物なんてそんなもの自分は渡した覚えは────まて、もしかしてこのG狐はプレゼントを強請っているのか?

 

見れば心なしかG狐の尻尾がユラユラ揺れているようにも見えるし……案外、楽しみにしていたとか?

 

け、けれど今の自分にはそんなプレゼントを用意出来るほどの余裕なんて持ち合わせては……。

 

「む? 主よ。その手に持った糸屑はなんじゃ?」

 

G狐に言われ、疑問に思いながら自分の右手を見ると、そこにはセイバーに渡そうと準備した時、初めての作業で慣れず失敗した手編みのマフラーだ。

 

そう言えば部屋に置いたまま放置してたんだっけ。けど、どうして自分の手に?

 

なんて疑問に思っているとG狐は自分の手からソレを取り上げ、マジマジと物珍しそうに眺めている。

 

「なんともみずぼらしいな。これではまるでゴミではないか。まさかコレを妾に献上するつもりだったのかえ?」

 

ジロリと値踏みするような視線が岸波白野に突き刺さる。弁解したいところだが、相手は自分の考えなど容易く読み取れる。ならばいっその事全てを話してしまえと、G狐のいう糸屑について話をする。

 

「……成る程、つまりはこのまふらーの出来損ないを小娘らに渡すつもりだったのだな?」

 

G狐の問いにそうだと返す。その声色からして怒っている様子ではなさそうだ。

 

だが、いつ気分を変えて自分を消しに来るか分からない。

 

忘れてはいけない。彼女は自分達人間とは根本から違う原初の塊。自分一人殺す事など息を吸うよりも容易い事なのだから。

 

ここからどう説得しよう。そんな事を考えていると────

 

「ふむ。供物としては下々の下じゃが……まぁよい。此度の献上品はこれで許してやるとしよう」

 

…………へ?

 

「ではな主様よ。精々面白おかしく余生を楽しむが良い。また気分次第で呼ぶこともあるじゃろう。楽しみにしておれ」

 

 意外にも彼女の言う糸屑で我慢するという彼女らしからぬ言葉に呆然としていると、自分の意識は宮殿らしき場所からドンドン遠ざかっていくのが分かる。

 

G狐の方は自分に興味を無くしたのか、ゴロンと寝返りを打って自分に背中を見せている。

 

「おっと、忘れる所じゃった。主は淫蕩皇帝の原初も垣間見たようじゃが───気をつけておけよ。もし奴が神格を得ようものなら、あの小娘────魔人に堕ちるぞ」

 

それは、彼女からの真摯の警告だった。神格を得るのに何故魔人に堕ちるのか、そもそも何故そんな事も知っているのか人間でしかない自分には分かりかねない。

 

ただ、彼女のその後ろ姿を見て思う所は一つ。

 

──────なんかめっさ尻尾揺れてるんですけどぉぉぉぉぉっ!?

 

フリフリと九つの尻尾がめっさ揺れてるんですけどぉぉぉぉぉっ!?

 

まさか、嬉しかったのか!? 意外にも純情だったのか!?

 

G狐なんて言ってごめんよキャス狐ぉぉぉぉっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────なんか、もの凄い疲れた。

 

何か凄く重要かつレアな光景を目の当たりにしたような気がするけど……ダメだ。思い出せない。

 

思い返せるのは昨夜赤い満漢全席を全て平らげてなのはちゃん達と別れの挨拶をして……セイバーとキャスターにプレゼントを渡して……。

 

「そうだ。今日はリインフォースとヴィータちゃんが来るんだった」

 

漸く思い出した約束事に慌てて起床し、時計を見る。

 

時刻は朝の七時を回った所。よかった。朝食時には間に合ったか。

 

今頃はアーチャーが朝食を作っているだろうし、このまま食堂に向かうとするか。

 

────ふと、机に視線が向く。何だろう。そこにあるはずのモノが無くなっている。そんな奇妙なデジャヴが自分を襲う。

 

「マスター。起きているか? 起きているならセイバー達を起こすのを手伝ってほしいのだが?」

 

 と、扉越しから聞こえてくるアーチャーに返事を返し部屋を後にする。思い出せないのなら差ほど大したモノではないのだろう。

 

何だか寄り道をした気分だが、今朝からは色々忙しくなる。アーチャーの出来立てのご飯を戴く為にも、自分はセイバー達のいる大広間に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主様の初めてのプレゼントか……ふむ、悪くない」

 

 

 

 

 




今回は前の時と同様長くなりそうでしたのでキリの良いところで区切らせて貰いました。

そして、今回で語った魔人云々はネタバレになるのでツッコミはご容赦下さい。

また、何のことだか訳ワカメと言う方には一つだけヒントを。
ズバリ、メガテンです。

分かった人は厳密には違うと思いますがどうか内密に、そうでない人はそのままで結構です。

それでは、次回もお楽しみに!



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こんなエピローグで大丈夫か? 後編

今回もキャラが全壊してます。

それを覚悟した後、お読みください。


 

 

 オッス、オラ白野。皆、毎日朝昼晩キッチリご飯食べてっか? 飯はしっかり食べなきゃ力入んねえから、時間が許す限り食べるんだぞ?

 

………はい。のっけから奇妙なテンションでご免なさい。ですがどうかご容赦を、何分目の前の光景がアレなもので、自分としても少しばかり現実逃避に浸りたい心境でしたので。

 

けれど、いつまでも目を背けている訳にもいかない。ここは勇気を振り絞って現実を直視しようではないか。どんなに困難な道のりでも一歩ずつ前に進むのが岸波白野の数少ない取り柄なのだから……。

 

では、心を落ち着かせて………せーの。

 

「おいコラ白野、現実逃避してないでさっさと私の質問に答えなさい! ムーンセルを半分奪ってきたとか何考えてんの? バカなの? 死ぬの? つか私が殺してやるわ! そもそもムーンセルを個人で所有するとかあのバ会長すらやらなかったのに何平然とアンタの物になってるのよ! ちょっとでいいから貸しなさい! ほんの五分でいいから!」

 

鬼気迫る勢いで胸ぐらを掴んでくる遠坂凛さんに恐怖を感じずにはいられない。……うん。今すぐ回れ右してダッシュで走りたい。けれど凛の握力が凄くて逃げ出せないんだ。凄いね凛。

 

「う、うわぁ……凛の奴いつにも増して恐ぇ。なんか頭から角が生えてるように見えるのはアタシの気の所為か?」

 

「トオサカリン。まさかここまでの気迫を見せるとは……騎士でもないのに大した奴だ」

 

なんか向こうの方でヴィータちゃんとリインフォースが驚いたり引いてたり関心しているのが気になるけど、そろそろ現状について説明を語るべきだろう。

 

 まず自分達がいるのはムーンセル(仮)が安置されている地下BB階。あれから起床した自分はアーチャーに言われてセイバーとキャスター、そして凛とユーリにランサーを起こして食堂へ向かった。

 

女性サーヴァントの二人には枕元にあったプレゼントに気付いてお礼を言ったきたり、今度は凛やユーリ、ランサーにもプレゼントをすると約束して、一緒に食堂へ向かい。色々談笑などしたりして、今朝の朝食は比較的平穏に過ごせた。

 

その後はヴィータちゃんとリインフォースがはやてちゃんの約束通りに来てくれて、桜の案内のもと皆と一緒に地下へと降りていった。………と、ここまでは良かったのだが。

 

凛がキューブ状の物体を目にし、案内役の桜からソレがムーンセル(仮)だと言われた瞬間。

 

それまでに彼女が信条にしていた優雅さなどかなぐり捨てて………そう、いきなりシャイニングウィザードをかましてきたのだ。

 

顎にいい感じで入った一撃は白野の脳を揺さぶり、冒頭のように一時の逃避へと至っていたのだが……うん。やっぱりまだ痛い。

 

てゆーかホント落ち着いてくれ凛。止めようとしている桜がいい加減泣きそうだぞ。あとそこのAUO、こっち指差して爆笑すんな。

 

「……ち、分かったわよ。けど今度突飛な事言われたらゲリラ仕込みのCQCを叩き込むからそのつもりでいなさい」

 

 なんて理不尽! 最近凛の自分に対する容赦と言う物がなくなってきているような気がする。

 

「せ、先輩。大丈夫ですか?」

 

「凛さんの見事な膝蹴りに一瞬呆けてました。ご無事ですかご主人様」

 

 胸ぐらを離し、そっぽ向く凛に苦笑いを浮かべながら顎をさする。心配そうに歩み寄ってくる桜とキャスターに大丈夫だと返事しながら、依然として不機嫌全開の凛に視線を向ける。

 

まぁ、あの世界の住人で魔術師(ウィザード)として名を馳せてきた彼女が自分を疎ましく思うのはある意味当然だろう。

 

ムーンセルという願望器を半分とはいえこの場所に保管され、管理されている。その様は端から見れば自分が独占しているようにも見えるのだろう。

 

多くの人々が望み、手を伸ばし続けた聖杯を個人が独占し、所有しているのは世界を変えようと奮闘した彼女に対する侮蔑も良いところなのだろう。

 

「道理でこの場所でネットサーフィンをすると繋がりやすくなる訳よ。何だかここの電子機器には一々プロテクトが掛かっているのが気になったけど、要するにそれだけ高度の技術と術式が施されてるって事だから────もしここのパソコンを一台でも好きに出来たら世界の情報は全て丸裸に出来るじゃない。やだ、私の時代到来?」

 

………………………。

 

 さて、そろそろここへ来た本題に移るとしよう。向こうの準備は出来てるかな?

 

「ご主人様、今のは見なかった事にしましたね」

 

お黙り。藪を突ついて鬼を呼び出すほど岸波白野は命知らずではありません。

 

ええ見ませんでしたもの。そこで自分のパソコンをどう使わせて貰おうかとか、催眠にでも掛けるかとか物騒な単語を口にしている凛の姿なんて全っ然見ていませんもん。

 

「やれやれ、マスターの挙動不審な姿は兎も角として……凛、そろそろ落ち着いて貰おうか? このままでは話が進まないのでね。そこの騎士達も戸惑っているだろ」

 

「うっ、わ、分かってるわよ。確かにちょっとふざけすぎた。ご免なさい白野君」

 

 混沌になりかけてきた空気を我が家のオカンことアーチャーが戒め、アッパーな凛は正気に戻り大人しくなった。

 

流石のオカンぶりに関心しながら、アーチャーに用意できたのかと訊ねる。

 

「あぁ、どうやら向こうの方は準備出来ているらしい。リインフォース女氏、此方に来てくれ」

 

「あ、あぁ……」

 

アーチャーの言葉にやや尻込みしながら奥へと進む彼の後をリインフォースが追う。不安そうにしている彼女を見てヴィータちゃんも少し不安気味に自分に聞きに来た。

 

「な、なぁ、一体何をするつもりだよ。リインフォースに何かよからぬ事をするつもりじゃあ……」

 

それに……と、ユーリの方を見てヴィータちゃんは眉を寄せて不機嫌さを露わにして。

 

「それに、アイツは一体何者なんだ? リインフォースが言うにはアイツはナハトの奴を生み出した奴って聞いてるけど……何だってそんな危ねぇ奴がここにいんだよ」

 

なんて言葉を呟きながらユーリを見る目を鋭くする。そんなヴィータちゃんの視線に気付いたのかユーリは申し訳なさそうに俯き、居心地悪そうにしている。

 

「鉄槌の騎士よ。そう睨むでない。ユーリが怯えるではないか。そもそも愛らしい童女同士で喧嘩をするのはよすのだ。折角可愛らしい顔が台無しではないか」

 

と、そこへセイバーがヴィータちゃんに抱き付く。突然の包容にヴィータちゃんは激しく動揺している。抵抗しているも相手は超人の力を持つサーヴァントだ。武装もしておらず魔力の力を使おうとしないヴィータちゃんにはその腕力からは抜け出せる事は叶わず、セイバーの胸の中でもがいていることしか出来ないでいる。

 

その光景にうらや……ゲフンゲフン。微笑ましく思っているとユーリが自分の服に掴み、泣き出しそうな顔をして涙を流すのを懸命に堪えていた。

 

そんなユーリの頭にポンと手を置き、少しでも不安を和らげるように優しく撫でる。すると自分の手の感触に落ち着いたのか、涙を流しそうになっていた表情はなくなり、照れ臭そうに微笑んでいる。

 

頬を赤くしている事から、どうやら少しばかり気恥ずかしかったようだ。

 

「………相変わらずのフラグ建築ぶりね。しかも今度は幼女とか、ホントマジ一遍死んでみたら?」

 

「な、なによ。私だって似たような体型してるのにどうして私には靡かないのよ子ブタ!」

 

「ふふ、大丈夫。このタマモ呪術を使えばロリータへの変身も可能です。えぇ、ご主人様が望めばエターナルロリータになることも辞さない覚悟ですとも!」

 

 なんか向こうで三人程の鋭い視線を感じているのだが……うん、気にしないでおこう。

 

「雑種が修羅場って我のメシが美味い」

 

そして黙れよAUO。いつからお前はそんな俗的になった。

 

「フン。貴様等のネットスラングなんぞ。既に知り尽くしておるわ。だがこの時代の雑種共の煽動スキルは大したことないな。我を本気にさせたくばジナコ=カリギリを連れてこい」

 

 腕を組んでやたら偉そうにしているギルガメッシュ。というか、何故ジナコがそこで出てくる?

 

「貴様が呑気に寝ている合間暇だったのでな、奴が立てたスレとやらを見ていた。いやはやああも有象無象の雑種共を釣るジナコの煽りの腕前は中々見事であった。我だったら直接乗り込んで切り刻んでいるな。うむ」

 

いや「うむ」じゃねぇよ。人が寝ている間何してんのこのAHOは? ジナコの立てたスレ監視とか、別に知りたくないなかったよ!

 

 …………イカン、アーチャーという真面目キャラがいなくなった途端に再び空気が混沌としてきた。いや、主に混沌にしているのはギルガメッシュだけだけど。

 

「だって我“混沌・善”だもん」

 

うるせぇよ。アンタが“もん”とか付けるな気色悪い。つーか朝っぱらから元気だなあんた。まだ十時になっていないってのに、相変わらずテンションの高い王様だこと。

 

そしてセイバー、いい加減ヴィータちゃんを離してあげなさい。窒息しかけてピクピクしてますよ。

 

「む? おお済まん。余のトランジスターグラマーに溺れてしまったか。可愛い奴よ。お持ち帰りしたいぞ」

 

──────さて、そろそろ話を戻すとしよう。何故リインフォースをここに連れてきたのか、その理由は………。

 

『収拾が付かなくなる前に無理矢理にでも話を変える。その一歩間違えればKYとも呼べる荒業をこなすとは……流石先輩ですね』

 

 自分達の前に現れた巨大な電子モニターを前に全員の視線がそこに集まる。そして映し出された黒コートを羽織ったもつ一人の桜───BBが無邪気に邪悪な笑顔を振りまいてそこにいた。

 

「………BB。実際見るまでは半信半疑だったけどまさか本当に生きてたなんてね」

 

横にいる凛の表情は険し……くはなく、寧ろ軽い。その顔付きと口振りからは親しみすら感じる。

 

『はい? どなたですかそこの守銭奴ツインテさんは? 私のことを知ってるみたいですけど気安く話しかけないでくれます?』

 

「………っ! アナタ、記憶が……」

 

BBの言葉に全てを察したのか、凛の視線が自分に向けられる。彼女の事を事前に知っていた自分としては頷く事しか返答出来ない。

 

『さて、雑談もそこまでです。そこの……えっと銀髪赤眼の方はそこの上に立ってください』

 

「こ、こうか?」

 

BBに言われるがまま、リインフォースは指定の場所に立つ。一見なにもない筈の空間は突如変質し、幾つもの電子モニターがリインフォースの周りに展開する。

 

加えて足下にも光の輪が幾つも顕現し、リインフォースを囲みながら上下に動いている。あれでリインフォースの事を調べているのだろうと何となく理解した自分は大丈夫だから楽にしといてと、言葉だけ送る。

 

さて、BBがリインフォースを調べている間此方はどうしようか。気絶したヴィータちゃんを抱きしめたままセイバーはユーリともじゃれついてるし、完全に手持ち無沙汰になってしまった。

 

「ちょっと、私の事忘れてんじゃないわよ」

 

………そうでした。一番厄介な事を忘れていた。しかし、説明しろと言われても正直なんて話せばよいのやら、何せ自分も教えられた身だ。凛が納得のいく説明をどうするか悩んでいると。

 

「ふん。ならば仕方あるまい。至らぬ契約者を立ててやるのも我の仕事だ。リンよ。しかと聞くがよい」

 

いつの間にやら眼鏡を掛けたギルガメッシュが教壇みたいなセットを背景に佇んでいた。……おい、やっぱり気に入ったのかギルガメッシュ先生。

 

そんな自分のツッコミも当然のごとく流され、自分達はセット同様用意された机に座り、アーチャーとリインフォース、BBを除いた全員がギルガメッシュ先生の話しに耳を傾けた。

 

まぁ、話の内容自体は以前聞いたものが殆どだったから、自分は聞き流していたけど。

 

 

けれど凛の方は初耳だったので、時折「はぁっ!?」とか言って奇声を上げて驚いたりしている。うん。ちょっと前の自分を見ているみたいで少し面白かった。………絶対口には出さないけどね。

 

そして自分の知ってる事を全て話し終えると、ギルガメッシュ先生は満足気に笑っている。意外と人に教えるのは好きなのかな?

 

ただ凛の方は口元を押さえて何やら考え込んでいるけど……一体どうしたのだろう?

 

不思議に思っていると凛は口元から手をどけて何時にも増して真剣な顔付きになる。

 

「………白野、アンタ自分が元の世界でどんな扱いになっているか知ってる?」

 

……………………。

 

「時間旅行とか魔法じみた力を行使したという所業の事は今は置いておくわ。けれどそれ以上に気になるのはあの世界での現在に於けるアンタの立ち位置よ。聖杯戦争が終わりムーンセルは人の手には届かない位置にあるけど、ここにはその半分がある。いい? 半分とはいえ願望器の半分がアナタの手中にあるのよ? この意味、分かってる?」

 

 凄みを増して顔を近付けてくる凛に少しドギマギしながらも、自分は心のどこかでやはりと納得していた。

 

それは今まで意識しながらも避けていた話題。ここ最近巻き込まれたりバイトしたりなどですっかり忘れていたが、どうやら遂にその謎を解き明かす時が来たようだ。

 

 だから問いただす。あの未だに教壇の上で偉そうに講釈垂れてるAUOに、ヴィータちゃんとユーリと戯れてるセイバーに、自分の隣でわざとらしく視線を逸らすキャスターに、自分はあそこの世界でどうなっているのかと。

 

「え、えーっと、なんと話せばよいのやら、お、おほほほほ」

 

「う、うむ。奏者よ。そう細かいことを気にするでない。アレだぞ、あまり神経質だと禿げるらしいぞ?」

 

「ふん。間の悪い奴よ。察するがいい」

 

露骨に話を逸らすんじゃありません。そして察するじゃない、いいから教えよ。

 

自分の視線に合わせないよう顔をこちらに向けないでいる。くそぅ、令呪があれば無理矢理にでも答えさせるのに!

 

悔しく思う自分。すると今まで黙していた桜がおずおずと手を挙げて……。

 

「え、えっと、その話をする前に一つだけ確認させてください。先輩、アナタは以前ムーンセルの半分を奪う話を聞きましたね?」

 

今更な質問をする桜にどうしたんだと疑問に思いながら頷く。

 

「実はその時、その事が世界中に知られちゃって、その時姿だけは隠し通せたので私達の存在を知られる事はなかったんですけど……」

 

ですけど?

 

「その時、ムーンセルを奪った容疑が……その、先輩に向けられまして」

 

…………………え?

 

「その後も私達が世界を移動する際に色々準備している間も、ちょっとここでは言えないやんちゃをしてしまいまして……」

 

「私達のやる事なす事が“それも岸波白野って奴の仕業なんだよ!”といった具合に全ての罪がご主人様に集中しまして……」

 

え? え?

 

「しまいには奏者の賞金首の額と写真が全世界に行き渡ってな。いやぁ、余の奏者が世界に注目される存在になったと知ったとき、余の胸が高鳴ったものだぞ」

 

セイバーの証言は置いといて、あの……桜さん。どうでも良いことかと思いますが、その賞金首の額とやらは────おいくら?

 

「は、はい。何分一日毎に額が更新されていましたので……その、私が最後に確認したのは日本円で換算した所──────30兆円ほどでした」

 

おぅふ。今まで抉っていた自分の良心を最後の桁外れな賞金額の所為でゲイボルグの如く射抜かれてしまった。

 

何て事だ。これでは仮に元の世界に帰った所で居場所なんてないじゃないか! そもそもどうして聖杯戦争の優勝者が自分だと知れ渡っている!? ……いや、西欧財閥辺りの情報網ならソレぐらい調べるのは容易いのか?

 

とは言え自分はこれでまた一つ失った。皆を責めるつもりはないが、胸の辺りがポッカリと穴が開いた気分だ。

 

すっかり意気消沈となった自分。落ち込んだ自分の肩を優しくも温かい感触が振れる。

 

「元気出しなさいよ。たとえ世界から見放されてもアンタの居場所はここでしょ? なら胸を張りなさい。アンタのサーヴァント達は文字通りアンタの為に世界を相手にしていたんだから」

 

………そうだ。結果的に世界から追放されたとは言え、自分の居場所は依然としてここなのだ。セイバーやキャスター、アーチャーにギルガメッシュ、桜達のおかげで今の自分がいるのだから文句などあるはずがない。

 

ありがとう凛。君のおかけで目が覚めたよ。そのお返し……ではないが此方も一言かえさせてくれ。

 

「ん、なに?」

 

非常に良いことを言ったみたいだけど、その$った目が全てを台無しにしてること……気付いてる?

 

「え、えー? 一体何の事かしらー? 私全然しらないなー? あ、そう言えば私元の世界に忘れ物したんだった。ねぇ白野君ちょっと一緒に来てくれない?」

 

今このタイミングでそんな事を言ってる時点で認めているようなモノじゃないか! あからさま過ぎるだろ!?

 

「いいから! なんなら腕一本、いや指一本でいいから! そうすりゃアンタを討ち取ったってでっち上げるから! ね、いいでしょ減るもんじゃないし!」

 

減るわ! 主に自分の体と心が! 折角良い話しになりかけていたのに台無しだよ! シリアスを壊すのはキャスターだけかと思ったけどここにもいたよ!

 

「ふははははは! いやはや全く貴様は我を厭きさせぬな雑種! 二度も世界を救った男がなんの因果か犯罪王とはな! もし貴様が英霊の座に着くことになれば間違いなく反英雄の類であろうな!」

 

 そんな王の称号いらないから! なにさ犯罪王って! どんだけ脚色されてんだよお前の頭の中で!

 

「いやー、ご主人様。割とマジで浸透してますよ? “極悪犯罪王岸波白野”いやん、ワイルドですぅ」

 

ワイルドの範疇超えてるから! 寧ろ外道の類になるからその呼び方だと! おかしい。一体何故自分にそんな不名誉極まりない通り名を受ける羽目になったのだ!?

 

常に周りから最弱、人畜無害系とか色々言われてきた自分が何故!

 

「受け入れなさい。それが真実よ」

 

そんな真実いやだぁぁぁぁぁっ! てか凛、意外と乗ってきたな! 愉しいか? 自分を虐めて愉しいか!?

 

「ほう? やはり見所のある女だったか。ならば凛よ。貴様には愉悦部の部員ナンバー4の称号を授けよう。因みに会長は我であの店員が会計だ。我がマスターは庶務だが……特別だ。貴様には副会長の座をくれてやるとしよう」

 

「ははぁ!」

 

なんなの? ねぇなんなの? なんでそんな息ぴったりなの? 自分がおかしいの? あとさり気なく自分も巻き込まないでくれない? なにさ愉悦部って? てかあの神父も混ざってたの?

 

 

────温めますか?

 

 

なんか変な電波受信した!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、相変わらず賑やかだなウチのマスターの周辺は」

 

「……………そういう割にはお前も楽しんでそうだな」

 

「む? そんなつもりはないのだが……いや、やはりどこか楽しいと感じるのだろうな。アイツにはいつも手を焼くが────その分嬉しく思う自分がいる」

 

「羨ましいよ。私には遂ぞそんな主とは巡りあえなかったからな」

 

「だが、それも過去の話だ。これからは違う。お前もあの少女と共に当たり前の幸福を得てくるといい」

 

「………あぁ、そうだな。償うべき罪を精算したら、必ず」

 

「では往くとしよう。BB、後は頼んでも?」

 

『はいはーい。そこのリインさんの欠損された所とか上書き、歪んだ箇所は全て治しましたので、さっさと帰ってくださーい』

 

「済まない。礼を言う」

 

『お礼なんか結構ですので、私達に迷惑を掛けるのはこれっきりにしてくださいね? あの人の頼みでなかったら八つ裂きにしても飽き足りないんですから』

 

 BBの手厳しい言葉に苦笑いを浮かべつつ、二人は騒がしいあの場所へと戻っていく。

 

彼の受難はまだまだ始まったばかり。はてさて、岸波白野の今後の冒険はどうなるのか! 愉悦に浸りながらお楽しみに!

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手に入れるんだ。お父さんの夢の為に、システムUーDを、絶対に!!」

 

 

 

 

「ドクター、これを」

 

「これは?」

 

「闇の書にまつわる資料です。古いものですが……情報は確かかと」

 

「ほう。無限の力を生み出す“アンブレイカブル・ダーク”か、興味深いね」

 

たった一人の少女を巡って、歯車と欲望が彼等の前に現れるのは……そう遠くない話し。

 

 

 

 

 

 




これで終わりじゃないぞ。もうちっとだけ続くんじゃ。

という訳でA’s編はこれにて終了。次回からはオリジナルなGODになりそうなので、あまり期待せずにお読みください。

そして、白野君が最近ツッコミ化してますけど次回はボケも出来るのだと証明しつつ、幕間な話しをお送りしたいと思います。

それではまた次回!ノシ


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なのはGOD篇
ピチピチの恰好が似合うのは何歳まで?


今回、割とグダグダです。


 

 

 12月に起こった事件通称“闇の書事件”、巻き込まれたり首突っ込んだりしたり斬られたり、色々災難だったり自業自得な思いをしてその事件はなのはちゃん達やウチのサーヴァント達の活躍により、無事幕を降ろした。

 

そんな波乱のクリスマスから数ヶ月が経過し季節は春、出会いと別れの季節となっていた。

 

そんな春麗らかな日、自分こと岸波白野とはと言うと。

 

「そら、動きが単調になってきているぞ! 相手の動きを注意深く観察し、速やかに行動に移せ!」

 

 普段通り鬼教官から有り難い地獄の指導を受けている最中であります。あの事件があってからアーチャーの特訓には更に熱が入り、此方が壊れないよう絶妙な力加減で自分の身体能力の向上を促している。

 

まぁ、闇の書事件ではあまり活躍出来なかったし、一時的に人質のような立場にもなった事があるから彼の熱の入りようも分からない事もないんだけどね。

 

自分としてもいい加減お荷物になるのは御免だし、強くなれるならそれはそれで本望だ。だからアーチャーの指導にも耐えられるが。

 

「ほう、私を前にして考え事とは余程余裕があると見える。ならば、もう少しギアを上げるとするか」

 

 お願いだから少しは加減して下さいお願いします。最初は組み手か基礎鍛錬かのどちらかずつだったのに今はその両方をやらされている始末。

 

しかもなまじこなしてしまうのだからアーチャーは日に日に鍛錬の錬度を上げていくのだから、マジ体の限界を超えそうです。

 

けど、目の前の鬼教官は自分に対しそんな加減などするはずもなく。

 

「手の振りが甘い! 相手のカウンターの餌食になりたいか!」

 

「─────っ!」

 

彼の手に持つ二振りの短刀が自分の防御代わりに重ねる短刀に叩き込まれ、自分は床に叩きつけられる。

 

強制的に肺から酸素を吐き出され、一瞬だけ呼吸が停止させられた自分は咳込みながら何とか立ち上がろうとするが……ダメだ。体が言うことを利かない。

 

「ふむ、今日はここまでにしておこう。この後は君もバイトだ。遅れないよう気を付けろよ。それと、クールダウンはしっかりやるように」

 

 今日の鍛錬の終了を意味する台詞を言われ、自分はヘロヘロになりながら何とか返事をする。

 

あの五キロの短刀を振り回して早30分。既に腕はプルプルと震え自分の体を支えるのはキツい状態になっている。

 

仕方なく床にペタンと腰を下ろし、呼吸を整える事に集中していると………。

 

「相変わらずキツそうな訓練してるわね。英霊相手に稽古しているとか、アナタ一体どこに向かっているのよ」

 

 背後から聞こえてくる聞き慣れた声、その人物が誰なのか確信しながらも自分は振り返る。ヘトヘトになって返事も出来ないが、取り敢えず笑顔で返して歓迎の意を示す。

 

「あーもー、無理して笑わなくていいの、そんな死人みたいな顔したら夢に出てきそうだわ」

 

辛辣な凛の言葉に涙を流し掛けたがグッと堪える。いや、疲れてそんな余裕なんてないんだけどね。

 

 何度か深呼吸を繰り返す内に呼吸は整え、動けるようにまで回復した自分はふらつきながら壁に掛かったタオルを取り、滝の如く流れる汗を一気に拭う。

 

「にしてもここのマンションには呆れたわ。豪華な部屋だけじゃなくプールやゲーセンといった娯楽付きだし、もうちょっとしたレジャー施設よね。なんでこんな大施設があるのに周りの人間は何も言わないのよ」

 

凛の当然の質問に自分は苦笑いしか返せない。まぁ、こんな巨大マンションがいきなりあったら周りの人間は黙っちゃいないよね。

 

けれど、この世界にはそんな理不尽も罷り通る万能手段がある。それは………ぶっちゃけお金です。

 

だって英雄王と皇帝という暴君ズがいるんだもの、仕方ないよね。

 

黄金律というふざけたスキル。しかもそれを持つのが二人もいるとなれば相当な資金が貯まっている筈、そう思い自分は以前ここの拠点にどれだけの資金があるのかと二人に聞いたら─────0が13個付いた辺りから数えてないそうです。

 

ここに国家予算並のお金がどこかに隠されてあるのは……凛には黙っておこう。そして自分もここの拠点についての資金については一切触れない事にした。

 

お金とは恐ろしい。下手したら聖杯以上に人を狂わせる魔性の呪いを秘めている。

 

本来なら自分なんぞ働いたところで殆ど意味はないのだが……流石に彼等ばかりに負担させる訳にはいかない。というかヒモな生活はホント勘弁願いたい。

 

自分の小遣いくらいは自分で稼ぐ。そうしなければこの岸波白野の大事な何かが崩れ落ちてしまいかねないからだ。それに、それがいやだからアーチャーもバイトに出掛けてるし、キャスターも家政婦紛いの事をしている。

 

「ふーん、アンタも大変なのね」

 

所々此方の呟きが聞こえたのか、凛は呆れと哀れみの視線を此方に向けてくる。……というか凛、そもそもなんで君がここに? はやてちゃんは?

 

「今更の質問ねソレ、はやては病院で最後の検査よ。その間暇だから以前から気になっていたアンタの特訓を見に来たって訳。理解した?」

 

 凛のその言葉にそう言えばと納得する。闇の書の呪縛から解放されたはやてちゃんは担当医の石田先生も驚くほどに回復し、懸命のリハビリの下、今は補助付きの杖があれば一人で図書館に行けるほどだ。

 

まぁ、実際一人で外出する事はなかったんだけどね。外に出る時は守護騎士の皆が必ずついて回るし、仮に騎士達皆が付いていけなくてもなのはちゃん達が既にはやてちゃんの隣をキープしているし、何より凛が一人で外出するのを許さない。

 

以前翠屋に来たとき「皆過保護過ぎやー」とボソリ自分に愚痴った事を覚えている。

 

「ったく、アイツってば隙あらば一人でどこかに行こうとするんだからこっちは気が気でないっての」

 

腕を組んで不機嫌を露わにする凛に思わず笑みが零れる。まるで心配性のお姉さんだなと呟くとそれが聞こえたのか凛の鋭い眼光が此方を射抜く。

 

「言っておくけど白野、あの子の放浪癖は間違い無くアンタの所為よ」

 

は? 何故に?

 

「アンタって自分が思った事はすぐ行動に移そうとするじゃない。あんたが闇の書に閉じ込められた時、アンタのそう言う所、あの子に移ったのよきっと」

 

…………さらりと人を病原菌扱いするこの人に対し、自分は怒ってもいいと思う。

 

というか、勝手に人を放浪癖のある人間にしないで貰いたい。自分はただ間違っていると思った事に対して素直に受け入れられないでいるだけだ。……まぁ、見方によっては子供の駄々にも見えなくもないが。

 

「アンタの言う悪足掻きが駄々なら、他の人間の我が侭はどうなるのよ。根性で聖剣を出すような人間とそれこそ一緒にしないで欲しいわ」

 

何て呆れられながらそんな事を言う凛に、自分は少し納得いかない気持ちで壁に掛かったタオルで汗を拭う。

 

凛とそんなやり取りをしていると、出入り口の扉が開かれ、桜とユーリが中へ入ってくる。

 

走り寄ってくるユーリに転ばないでねと気を付けるよう促し、自分も彼女の下へ歩み寄ってくる。金色の髪を揺らしながら駆け寄ってくるユーリの手には柄のないペットボトルが握られており。

 

「ハクノ、飲み物持ってきました」

 

ユーリは両手に握り締めてソレを差し出してきた。

 

ありがとうと礼を言いながら頭を撫でてやるとユーリも嫌がった素振りを見せず素直に受け入れてくれる。

 

「あーあ、すっかり仲良くなっちゃって。こりゃ兄妹というより親子ね」

 

「そうなんですよ。ユーリちゃんてば最近いつにもまして先輩に懐いてるんですよ」

 

 此方を細めで見つめてくる凛と苦笑いを浮かべている桜をスルーしながらユーリから渡された飲み物を煽る。

 

桜は自分に対してああ言っているが、桜や他の面子に対してもユーリは懐いてきたと思う。家事や料理の手伝いをする場合はアーチャーやキャスターと一緒にいる時があるし、セイバーともよくじゃれ合っているのも見かけている。ギルガメッシュの後ろをチョコチョコ付いていく所を見ているのでユーリは意外とここの住人と一緒にいるのが多いのではないか?

 

ユーリの寝る部屋だって桜と同じ部屋だし、……うん。普通に順応してきてるよね。善いことだけどさ。

 

「………ははぁん」

 

────何ですか凛さん。その人の弱点を見つけたような良い笑顔は。

 

「べぇつにぃ? そっかー、白野君寂しいんだー。そっかそっか、ユーリ、パパ寂しいんだって、慰めてあげなさいよ」

 

 おいコラそこの拝金主義者、なに人を勝手にお父さん認定してやがりますか? 自分はまだ二十歳にもなっていない未成年ですよ。父親ならどちらかといえばアーチャー……いや、彼はどちらかと言えばオカン気質だったな。

 

なんて事を考えているとユーリはジッと自分の方へ視線を向けて……。

 

「──────パパ?」

 

ドクンッと、一瞬だけ鼓動が高鳴った。……む、むぅ、まさかこの年で父親と呼ばれる日が来ようとは………バイトの帰りにお土産でも買って来ようかな?

 

「せ、先輩がお父さんならおおおおお母さんは一体誰なんですかね? ここはやっぱり私───」

 

「ちょっと待ったぁぁぁっ! あっぶねー、危うく正妻の座が奪われる所だったー。ちょっと桜さん? 私が認めたアナタの座は愛人までです。側室が正室に迎えられる大奥ならよくある展開は視聴者が認めてもこのタマモが許しません!」

 

うん。予想はしてたけどやっぱりきたなキャスター。いつも思うけど君の耳は一体どうなっているのかな?

 

「いやん。いけませんご主人様。それは乙女のヒ・ミ・ツ♪ 決して開かれてはいけないパンドラの箱なのです」

 

成る程。つまり開けたら絶望が真っ先に襲いかかるんですね分かります。主に尻に敷かれる的な意味で。

 

「ほらー、ユーリ。余を母と呼ぶが良いぞ。そなたのような可愛らしい童女が娘とあれば余も嬉しい。さぁ、遠慮する事はないぞ」

 

「ちょい待てそこの淫蕩皇帝。いつの間にそしてどこから湧いて出て来やがった?」

 

「ヌ? 何を言っておる。お主と一緒に来たではないか。決して気配遮断のスキルは使ってないぞ」

 

「サラリとアサシンの得意スキルを真似るとか皇帝特権マジぱねぇー! え? てゆーか皇帝特権ってそう言うものでしたっけ?」

 

「細かい事はよいのだ! 余が言うから間違いないのだ!」

 

 向こうでセイバーとキャスターが言い合いをBGMとして聞き流しながら、自分はそう言えばとギルガメッシュとの会話を思い出す。

 

このドリンク、確かギルガメッシュも少し咬んでいるような話をしていたような気がする。……確か、自身の宝をどうのこうのとか。

 

その後セイバーの乱入で聞き逃し、それ以降闇の書事件などで聞く機会はなかったのだが……結局、このドリンクは一体なんなのだろうか?

 

まぁ、毒物という訳でもないしコレを飲めば忽ち疲労が回復するから別に気にしないけどね。

 

「ちょっと白野君。ノンビリしてないであの二人止めてよ。ユーリの取り合いが始まってるわよ」

 

「離すのだキャスター! ユーリが痛がってるではないか!」

 

「そっちこそいい加減手を離しなさい! ユーリちゃんはタマモがそだてるんです! きっと将来はハリウッドで女優街道まっしぐらなんです!」

 

「あぅあぅあぅ~~………」

 

「ゆ、ユーリちゃんしっかりー!」

 

 いつの間にか始まっていたユーリ争奪戦。涙目でオロオロしている桜の静止も聞かず、火花を散らしている二人に溜め息を吐きながら自分も止めるように彼女たちの下へ歩み寄る。

 

相変わらず変わらない日々、岸波家は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、疲労を回復した自分はバイト先の翠屋へと出勤し、バタバタと慌ただしくもそのバイトも無事に終わった。

 

今は桃子さんから戴いた賄いのシュークリームを頬張りながら今日も一日働いたと内心自画自賛しながら暗くなった夜道を歩き、帰路に付いている。

 

バイトもあれから数ヶ月経過し、仕事の内容にも慣れ、今では雑務とホールの仕事、その全てを完璧にこなすほどに成長している。

 

しかもその後時間が許す限り桃子さんから直々の指導を受け、ケーキ等の菓子作りを教えて貰っていたりしている為、今の自分はちょっとしたケーキなら作れる程度の腕にはなっている。

 

 流石に店に出せるほどの腕前ではないが、それでも作ったケーキはなのはちゃん達に美味しいと食べて貰っている。

 

お世辞でも美味しいと言ってくれればそれだけ作る人間もやる気を出すと言うもの。……何となく、人に世話を焼くアーチャーの気持ちが分かった気がする。

 

シグナムやヴィータちゃんも結構頻繁にお店に顔を出しにきてくるし、ランサーに至ってはほぼ毎日顔見せに来ている。

 

何でもここで働かせてもらえないかと士郎さんに掛け合っているみたいだけど……悪いがエリザベート、それは自分が許さない。

 

君の心算は図れないが、もし翠屋で自分の料理を出したいというのなら、全身全霊でもって阻止させて貰う。

 

あの悲劇は繰り返させてはいけない。あんな地獄を体験するのは自分だけで十分だ。故に、休憩時に士郎さんからランサーについて聞かれた時は触り程度、且つ真摯に止めて置けと忠告しておいた。

 

 相変わらず騒々しい毎日だが、その分一日一日がとても充実している。

 

「……なんだか年寄り臭いな。俺まだ十代なのに」

 

なんて事を口にしながら、海沿いの街道を歩く。海に反射した星々の光が綺麗だなと感傷に浸りながら歩いていると……。

 

─────波打ち際に倒れる一人の女の子を見つけた。

 

「─────!」

 

そして、それを確認した瞬間、自分は彼女の下に駆け寄り、その冷えた体を抱き上げた。

 

冷たい。海水で濡れた彼女の体は生命特有の暖かさが感じられない。急いで病院に知らせようと携帯を出す────

 

「フェイト……ちゃん?」

 

その直前、青い髪をした自分のよく知る少女と同じ外見の彼女に、思わず名前を口にする。

 

夜空のように深い青の色をした髪、自分の知った娘はユーリと同じ金色だったが……それにしても似ている。

 

おっと、呆然としている場合じゃなかった。この子の素性はどうあれ、ここで寝かせて置くわけにもいかない。改めて携帯にダイヤルを押し、病院に連絡して緊急車両の手配をして貰おうとする─────

 

「余計な事をしないでくれないかしら?」

 

 瞬間、背後から聞こえてきた声に振り返りながら距離を取った。

 

月夜に照らされ、現れたのは眼鏡を掛けた三つ編みの女性と……

 

「クアットロ。何故貴様が前に出ている。原住民との接触は控えろと言われた筈だ」

 

「あん、トーレ姉さまそんな怒らないで下さいまし、それに見られても減らしてしまえば結果的に目撃者は0ですわ」

 

男勝りの屈強な女性が自分の前に立ちはだかっていた。

 

………この明確なまでの殺気、初めて会った時のシグナム達を思い出す。

 

これは不味い。それもかなり。

 

たとえここで争っても次の瞬間自分は殺される。そもそも、仮に戦えたとしてもまだ“あのアプリ”はまだインストールされていない。

 

いや、実際あと数分ちょいで完了するが、それでもその時まで自分が生きていられる保証はない。ましてや、この子を守りながらなんて……とても。

 

絶体絶命の窮地、二人の暗殺者を前に自分に出来ること、──────それは。

 

「………へ、」

 

「「?」」

 

「変態だーーーーーー!?」

 

取り敢えず、叫んでみました。

 

だってピチピチしてるんだもの、仕方ないよね。

 

 




次回、主人公が遂にアレを使います。

その対象は?


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礼装

 

 

 

 ─────少女達の話をしよう。

 

彼女達はいつだって暗闇の底にいた。

 

希望、絶望などありはしなく、あるのは永劫終わらぬ忘却の籠。

 

力に溺れ、理に縛られ、王の重圧に潰れていった絞りカス。

 

そんな彼女たちの救いは更なる破滅か

 

─────或いは失意の祝福か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、我々のどこが変態だ!?」

 

 自分の叫びに動揺したのか、大きな体格をした女性が僅かに頬を染めて異議を申し立てにくる。

 

いや、普通に変態でしょう。天下の往来でこんなピッチピチの恰好をした女性がいれば、誰だって自分のような反応をするはずだ。

 

“お前もっと際どい奴を知ってるだろ”というツッコミは聞かない。だってどれも卑猥な恰好してたけどそれ以上に自分の命が掛かっていてそれどころじゃなかったんだもの。

 

あ、でもBBの時は割と落ち着いて見えたな。え? なにがって? 知ってる癖に。

 

「これは私の趣味ではない! このスーツは我々の戦闘に耐えられるようドクターが性能優先で開発された特殊装甲だ! 決して卑猥な目的で着ている訳ではない!」

 

ガタいのいい女がまくし立てるが……正直さほど威圧感は感じない。

 

だってその恰好で装甲とか(笑)

 

そんなピチピチが装甲なら、脱げば脱ぐほど強くなる形態もあってもおかしくないかも。というか、そんな恥ずかしそうにしているなら上から何か羽織るなりすればいいのに。

 

「~~~!」

 

此方の指摘が的を射たのか、大女の顔は先程以上に顔を赤く染めて自分を睨みつけている。

 

「トーレ姉さま落ち着いて下さいまし、相手の話術の術中に嵌まっていますわよ」

 

すると、賑わいを感じ始めた空気に冷たく醒めた声が響き渡る。眼鏡を掛けた女、大女が言ったクアットロと呼ばれる女性が自分を一瞥しながら大女の側へ歩み寄っていく。

 

その刹那、クアットロと目があった瞬間、自分の背筋が言いし難い悪寒に襲われた。

 

冷たく、此方を見下すクアットロの視線は残虐性を孕んでおり、自分の中の直感があの女は危険だと警邏をならしている。

 

「……済まなかったクアットロ、少々取り乱した」

 

「いえいえ、私としては珍しい物を見れたから別に構いませんですわ」

 

ホホホと笑うクアットロに大女……トーレが一度だけ睨み付けるがクアットロ自身はどこ吹く風、飄々とした態度でその視線を避けている。

 

そんな彼女にやれやれと嘆息したトーレが据わった目で此方を見据え。

 

その眼光に、自分は内心で生まれ始めた自信が砕け散ったのを実感した。

 

 自分はここ数ヶ月、アーチャーの厳しい特訓を受け、普通の人間よりは動けるようになってきたと自負している。

 

だが、それはあくまでも人間の範疇での話だ。どんなに体を鍛えた所で大勢の人間を相手に立ち回るなど出来る筈がない。

 

更に言えば、目の前の存在はそう言った常識を超えている。自身の直感が叫ぶ、あれはシグナム達と同じ人の身を超えた怪物なのだと。

 

ならば、人の身である自分が太刀打ち出来る筈がない!

 

最早彼女はからかいやすい大女ではない。裏の……その道を知ったとんでもなく腕の立つ手合い。そんな相手を前に自分に出来る手段はただ一つ。

 

三十六計逃げるが勝ち。

 

そうと決まった瞬間、自分の行動は早かった。貧弱な魔力回路を総動員させ、肉体の強化へと回すと女の子を抱えて自分は一目散に逃げ出した。

 

「あらあら、脇目も振らずに逃げ出すなんて見た目以上に臆病な方なのね」

 

「それは違うぞクアットロ、あれは状況を冷静に分析した結果だ。自分の技量を察し、その上で結論を出した。……私は彼を臆病とは思えんよ」

 

後ろで何か言っているが今はそれ所じゃない。早いところ此処から離れ、セイバー達が自分の異変に感づいて駆け付け来るまで逃げ切るか、人混みの中へ逃げ込むしかない。

 

どちらにせよ今頼れるのは自分の足のみ、幸いアーチャーの特訓のお陰で、女の子一人抱えて走っても大丈夫な程度には体力が付いている。

 

 一度背後に振り返り、様子を伺う。今自分が走るのは砂浜から離れた道路。あと僅かで市街地に入れるという所まで近づいている。

……二人はいない。もしかして本当にまけたのか?

 

そんな短絡的な事を考えながら携帯の画面を覗き込む。……良かった。どうやら結界の類に囲まれた訳ではなかったようだ。

 

画面に映る三本のアンテナでその事を確認すると、自分は携帯画面を動かしてあるアプリを起動させようとする……。

 

が、画面には依然としてインストール中という文字があるだけ、桜の話では後五分程で完了するようだが、今はそんな僅かな時間すらとてつもなく長く感じる。

 

仕方ない。やはりここはセイバー達に救援を頼もう。本当なら人混みに紛れてより安全を確保してから連絡したかったが、そんな悠長な事も言っていられない。

 

携帯画面を弄り、登録された人物、より確実に且つ迅速に駆け付けてくれるだろうアーチャーに連絡を入れようとする─────

 

「ほう、存外遠くまで逃げたものだな。一般人としては中々だ。─────だが」

 

瞬間、左肩から肉の抉れる音が耳朶に響いた。

 

──────っ!!

 

衝撃が、自身の体を襲う。吹き飛ばされながらも抱えた女の子を放り出さないよう、体の内に押し込めるように抱き込み、自分の体をクッション代わりに庇う。

 

二、三度程地面をバウンドし、地面を転がった所で漸く勢いは止まり、自分は目の前の舞い上がる砂塵の向こうへと睨みつける。

 

ソコから現れる人影、トーレの姿に自分は驚きを露わにした。

 

アレは……羽、だろうか? 彼女の手足────四肢から昆虫の羽のようなものがそれぞれ二つずつ展開されている。

 

「我がライドインパルスからは逃れる術はない」

 

キチキチと羽の蠢く音が 此方まで聞こえくる。まるで本当に虫みたいだと何処か楽観的な事を考えてしまう。

 

だが、あれはそんな生易しいものじゃない。あれが彼女の言う技能なら、アレはなにも移動に特化した代物じゃない。驚異なのは爆発的に加速させる能力と、それに見合った切れ味だ。

 

差し詰め、音速を超えた速さで斬撃を叩き込む。彼女の力はその一点に集約されているのではないだろうか。

 

「………驚いたな。まさかただの一度で私の攻撃とその能力について看破するとは────成る程、お前の真の能力はその目か……だがこれで分かっただろう。私がその気になれば、お前は今の一撃で音速の衝撃で微塵となっていた。──────最後の通告だ。その少女を離し、此方に投降せよ」

 

トーレから言い渡される事実上の最後警告。これを断れば自分は即座にあの羽の刃に切り刻まれる事だろう。いや、彼女のライドインパルスなるものが発動した瞬間、音速の壁に叩き付けられて今度こそ粉々になるだろう。

 

なのはちゃんのような鉄壁の魔力障壁を張れたりできればまだ可能性はあったのだが。

 

 ……視線を、女の子に向ける。容態が芳しくないのか、女の子は時折苦しそうに声を呻き声を上げている。何とかしてやりたいがそれをして上げるだけの力も技量も、今の自分にはない。

 

「何を迷う。元々はその娘とお前は何の関わりもない存在の筈だ。ここでそいつを見放した所で、誰も責めはしまい」

 

そう、その通りだ。自分はこの娘とはなんの関わりもない……それこそ、名前すら知らない赤の他人だ。

 

そんな彼女の為に命を張る理由も義理も、自分には関係ない。だから─────

 

この娘を差し出してしまおう。

 

 

 

 

─────なんて事を考えるよりも先に、この躰は前へと押し進んでいた。

 

「──────なに?」

 

自分の行動に驚いたのか、トーレは呆れも混じった驚きの声を上げている。

 

確かにこの娘と自分にはなんの関わりもない。それこそ先程言われたように見捨てて逃げるという選択もあった。

 

けれど、聞いてしまった。彼女の苦しそうな息遣いを、鼓動を、生きようとする意志を。

 

だから動いた。頭で考えるよりも先に自分の意志が彼女の意志に呼応した。

 

たとえ逃げることが叶わなくても、ここで見放すという選択肢は岸波白野の中に最初から存在していなかった。

 

だから走る。この命を消さないよう、無力だと知りながら走る。

 

けれど、それが許さないのも事実であり……現実である。

 

「……そうか、それが貴様の答えか」

 

ゾクリ。その呟きに背筋に悪寒が走る。

 

一瞬だけ振り返れば先程よりも冷たく、まるで機械のような無機質な殺意が自分に向けられていた。

 

暗殺者。トーレと呼ばれる長身の女からはそんな名称が思い浮かび。

 

「さよならだ。せめて、静かに逝くといい」

 

気が付くと、目の前に羽の刃が迫っていた。

 

 

瞬きしたその刹那の間に距離が縮められた事に驚きながらも、自分はここで終わりなのかと半分他人事のように思えて……。

 

振り上げられた刃、それを避けることも出来ず、ぼんやりと眺めていると。

 

「やらせ……ないぞ!」

 

腕の中から聞こえてきた声と共に、円型の障壁が羽の刃を受け止めていた。

 

「なんだと?」

 

今までよりも大きめの声で驚く暗殺者。自分の想定外の出来事にトーレは警戒を兼ねて一度距離を開ける。

 

 彼女も驚いているだろうがそれ以上に驚愕しているのは自分自身だ。なにせ先程まで呼吸もままならなかった少女がその手にひび割れた斧を片手に暗殺者に向けて突き出しているのだから。

 

「……驚いたな。まだそんな力が残されていたとは」

 

「うるさい! ズルい奴! よくも僕達が万全じゃなかった状態に襲いかかってきたな!」

 

腕の中で暴れる女の子。目を覚ましたのはいいがこれでは抱えて走るのは難しくなった。仕方ないので地面に降ろすと、彼女は此方に目もくれず憤慨した様子でトーレに喰って掛かる。

 

「その方がドクターの命令が遂行しやすかったのでな。私としては不本意だったが……それで、どうする? 意識を取り戻した所でもう一度私と戦うか?」

 

「当たり前だ! 僕はサイキョーなんだ! お前なんかに負けるもんか!」

 

……うん、なんというか元気な子だな。どこかAHOな感じのする子だが……悪い子には見えないな。

 

というか戦うつもりか? 無理だ。言動からは元気そうに見えているがそれは興奮した状態による一時的な錯覚に過ぎない。一度でも交戦すれば忽ち体力はなくなり、またボロボロにされてしまう。

 

いや、ボロボロにされるのらまだマシだ。あの暗殺者は本物の殺人者だ。相手の弱点は突かないという温く、甘い算段は取らない。

 

だが、この少女は全くその事が頭に入っていない。今まで抱えていた自分にすら気付いていないのだ。止めることは困難に近いだろう。

 

どうする? どうすればいい。この状況を打破する一手、もしくはそれに近い可能性は!

 

 一刻も許されない状況の中、岸波白野はその思考だけを加速させる。状況の確認、女の子の生存可能性、自分達に於ける一分後の未来。

 

確定した最悪の結果を変える。それは小規模ながらも運命の変更を意味している。そんな事、一介の人間にどうこう出来る筈が────。

 

 

“ピロリロリン”

 

 

刹那、心地よいインストール完了の合図が耳に届く。そう言えばと半ば反射の域でポケットから携帯を取り出すと。

 

そこには──────

 

 

 

《礼装召喚アプリのダウンロードを完了しました》

 

 

 

見つけた。逆転の一手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナンバーズ、数ある戦闘機人の中から戦闘部門の一人であるトーレは確信していた。

 

この一撃で全てが終わる。この腕を振り下ろせば悪足掻きしていた少女を討ち取り、任務は完了となる。

 

後は目撃者の抹消。個人的にあの少年の今後が気になる所だが、自分達はドクターの為に存在するモノ、いかなる残虐行為だろうと率先して行うのが我が存在理由。

 

 向こうは興奮した状態だ。それはどこか虫が死の間際で見せるもがきに見える。

 

さぁ、これで終わらせよう。そう思いトーレは先程同様防御の上から少女を斬り潰そうとする──────が。

 

「な、に!?」

 

 その一瞬の攻防に驚愕する。今の一撃は少女を防御ごと斬り伏せるには十分な力を有していた。

 

だというのに、何故斬り込んだ自分の方が力負けし、吹き飛んでいるのだ!?

 

不可解な現象、あり得ない結果。だが、変わらない事実が目の前に起きている。

 

「あ、あれ? 僕こんなに力強かったかな?」

 

戸惑っているのは少女自身も同じだった。確かに万全の自分なら目の前の暗殺者に遅れを取ることもなかったし、こうして危機的状況的にもならなかった。

 

けれど、それでも、そんな“万全な状態よりも力が強い”というこの状態は一体どういうことか。

 

混乱に陥る二人、その疑問に答えられるのはただ一人。

 

「“錆び付いた古刀”。発動確認」

 

鈍い光沢を放つ古びた刀を持った少年だけであった。

 

 

 




友人の薦めでシンフォギアなるものを鑑賞しました。
うん、面白いww
ひとまず一期を通して見たら何でも聖遺物とか出てきてますね。
ハバキリとかガングニールとか。
……いけるかな?(ナニが?

それと、以前の候補についてですが、やはりロボットものとは相性悪そうなので、期待して下さった皆様には大変申し訳ありませんがギアスは候補から除外させて戴きます。

本当に申し訳ありません。


マジ恋いとかダメかなぁ。大和と白野の軍師対決とか……誰か書いてくれないかなぁ(チラ


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暗き死闘、読みの本領

 

 

 それは、今の事態に陥る数時間前の事。バイトに向かう自分に桜と話した内容にあった。

 

 

────礼装召喚アプリ?

 

「はい。先輩の携帯にはあの月で手に入れた全ての礼装を召喚出来るシステム……通称“礼装召喚アプリ”のダウンロード準備が施されています」

 

………まぁ、人の携帯に勝手に何をしているのとか、そんな野暮な質問は置いておこう。礼装、つまりあの世界で使っていたコードキャストがこの現実世界でもそのまま使用可能となるのか?

 

「そうですね。今は準備段階ですから何とも言えませんが、もしかしたらより現実的な仕様になるかもしれません」

 

現実的な仕様? それはつまり……どういう事だってばよ?

 

「つまる所、電脳世界にあったモノが現実世界に具現化される事により物質の法則、或いは世界の概念とも呼べる枠に収まり、概要通りの仕様になるものや、下手をすれば宝具級の代物になるものもある。という事です」

 

桜の真剣な表情にゴクリと息を呑む。もし彼女の言っている憶測が事実で、且つ現実的になったらその礼装によっては現実世界に干渉され、そのランクを底上げされるということなのだ。

 

───いや、正しくは“本来の代物”として変換されると言った方が正しいのか。

 

どちらにせよ、心当たりのものが幾つかある自分としてはなるたけ使用は控えたいとこの時思った。

 

下手に使って物騒な組織や団体の目に留まれば無用な争いの元になるやもしれないし、元より自分自身使うつもりは殆どなかった。

 

闇の書事件も終結し、今は平和と言ってもいいほど穏やかな日々を過ごしている。そんな中、幾ら新しい力を奮いたいと理由で礼装を使うのが何だか忍びなく思ったからだ。

 

無論、礼装は使ってこそ価値のあるものだ。何らかのトラブルに巻き込まれたり、そんな自分だけの力で乗り越えなければいけない時に使えるモノが使えないままではそれこそ宝の持ち腐れになる。

 

アーチャーにも相談し、礼装に関する訓練も受けたいと思ってはいるが……やはり。

 

「躊躇しちゃいますか?」

 

自分の顔を心配した様子の桜が覗き込んでくる。そんな彼女にそうだなと頷く。

 

「先輩のその感性は間違っていないと思います。貴方は無用な力を行使するのは是としない人、それは皆さんもよく分かっています。だから……」

 

─────桜?

 

「その礼装は先輩が……先輩自身が必要だと思った時に使って下さい。貴方が守りたいと思うモノ、人の為にその力を行使して下さい」

 

此方を真っ直ぐに見つめて来る桜に笑みが零れる。結局の所、礼装使用についての判断は自分に任せると言っているのだ。やれやれと呆れながらも、そこまで自分を信用し信頼してくれる桜に応えられるよう頑張るとするかと、内心で意気込む。

 

そんな事を思いながら、携帯の中に組み込まれた新たな───けれど嘗ての力達に視線を落とす。

 

ダウンロード中と書かれ、点滅しているその様は……まるで脈動し、胎動しているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、何が……起きたの言うのだ?」

 

吹き飛ばされ、地に膝を付いた暗殺者が少女を通して自分に驚愕の視線と疑問ををぶつけてくる。

 

少女は瀕死だった。それこそ指先で押せば倒れる程に……だが、それは自分という第三者が介入した事で覆された。

 

 今一度、自分の手に握り締められた鈍い光沢を放つ錆びだらけの刀に視線を向ける。“錆び付いた古刀”この礼装の効果は対象の筋力を強化させるというシンプルながらも確かな効果を発揮させる優れモノだ。

 

そして暗殺者が狼狽している内に更なる手を講じる。ポケットに入れた携帯を相手に気取られないよう注意しながら握り、念じる。

 

彼女の筋力を強化したのは、一時的な応急処置に過ぎない。まだ自分の手札を完全に把握出来ていない状態で押し切れる程、向こうは甘くない。

 

故に、此方の次なる手段は────。

 

「“鳳凰のマフラー”」

 

消え入りそうな自分の呟きとは対称的に、首辺りに暖かい感触が広がっていく。見ればシルクの中に鳳凰の羽をあしらった見た目はお洒落なマフラーが自分の首に巻き付いて風に靡いている。

 

向こうは新たに装備を変えた事に更に驚いている。────悪いが、その隙を利用させて貰う。

 

「heal!」

 

回復という意味の言霊を叫ぶと少女の躰の傷の何割かが癒され、顔色も僅かだが血色の良いものへと変わっていく。

 

「あ、あれ? どうなってんの僕の体!?」

 

勝手に自分の体が力が強くなったり回復したりと不思議な事になっている為か、少女は暗殺者以上に混乱している────お嬢ちゃん!

 

「へ? だ、だれ!?」

 

此方の声に振り返り、初対面の反応に思わず苦笑いを浮かべてしまう。───本当に気付かなかったのね。

 

だが浮かれている暇も余裕もない。自分は少女に前を向くよう言葉を強くして警告すると。

 

「───ち、やはりただ者ではなかったか!」

 

我を取り戻した暗殺者が標的を自分に切り替えて、四肢に生えた羽を展開する。

 

───瞬間、再び暗殺者の姿が消える。同時に音速を超えた爆発音が辺りに響く、彼女は標的を自分に変えた。つまり、ここから先は自分が優先して狙われる立場にある。

 

一秒後に訪れる死に怯えながら、自分は携帯を握り締め古刀とマフラーを消し、次の装備を展開する。

 

「何をするつもりかは知らんが、これ以上はやらせん!」

 

再び眼前に迫る暗殺者、トーレの一撃が自分に迫る。このままでは後からくる衝撃とそれよりも速い斬撃により切り刻まれてしまう。

 

だが。

 

「お前の相手は────僕だろ!」

 

「っ!」

 

蒼い閃光が、暗殺者の勝手を許さない。手にした戦斧に力を込め、魔力によって生み出された障壁が暗殺者の刃を阻む。

 

後からくる衝撃も彼女の張った障壁は突き破る事もなく、自分は一秒後の死を彼女によって回避された。

 

「そこのお兄さん!」

 

うん?

 

「何だか良く分からないけど、お兄さんが僕を助けてくれたの?」

 

障壁を張りながら此方を問いかけてくる少女に、自分ははっきりと応えられなかった。

 

助けたいとは思ったけど、実際助けられているのは此方の方だ。成り行きだがこうして庇って貰えなければ自分は一秒だって生き残れる気がしないのだ。

 

だからその……た、助けるつもりでいました。

 

「ふぅん、変なの。ま、いっか。僕をここまで動けるようにしてくれたのは事実だし、力も何だか知らないけど沸き上がっている。────なら!」

 

「くっ!」

 

力任せに少女は戦斧を奮い、力負けした暗殺者が再び吹き飛んでいく。宙に浮かんで体勢を整える暗殺者は忌々しげに此方を睨み付けてくる。それに対し───。

 

「強くてカッコいい────所謂サイキョーの僕、レヴィ=ザ=スラッシャーがお兄さんを守って上げる! こういうの“ぎぶあんどていく”って言うんでしょ?」

 

少女─────レヴィが満面の笑みと共に此方に振り向いてくる。その幼くも頼もしい笑みに此方も思わず笑みが零れる。

 

だが、楽観は出来ない。相手は一流の暗殺者だ。此方は礼装の補助により一見戦えそうに見えてはいるが所詮付け焼き刃に過ぎない。

 

彼女達程の手練れの戦いとなれば僅かな隙が命取りになるのは、あの月での戦いで思い知っている。

 

つまり、自分というハンデを抱えながら戦う事になるのだ。中途半端な介入は自分は勿論彼女の邪魔にもなりかねない。

 

それに────

 

「あまり図に乗らないで貰おう。貴様を一度地に叩き落としたのは誰か……忘れた訳ではあるまい」

 

「ふーんだ! 弱々の僕に勝ったからって浮かれてるお前なんか怖くないもーん! 今度はこっちがギタギタにしてやる番だ!」

 

考えている最中をレヴィと暗殺者の戦闘によって中断される。二人は剣戟を交えながらドンドン上空へと昇っていく。それに拙いと直感した自分は、近くにあったビルの中に入り込み、ズキズキと痛む左肩を抑えながら、レヴィの姿を見失わないよう屋上へと登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肌寒い風が頬を撫でる。もうすぐ春も間近だというのに、ビルの屋上という場所もあってか冬の名残たも呼べる寒さは未だ健在だった。

 

そんな中、頭上では紫の光と蒼い閃光が幾度も激突している。まるで花火が打ち上がっているような煌びやかさだ。

 

以前、なのはちゃんから聞いた話だと、こういう空中戦を高度な飛行戦とか言っていた気がする。

 

 空という絶対的な優勢を取られている以上、自分の行動は限られている。今はなんとか視認できているが、もっと上空を飛ばれたら肉眼での戦況確認は困難になってしまう。

 

レヴィちゃんに掛けた筋力強化の効果も無限ではない。もし本人が気付かずに“錆び付いた古刀”の効果が切れれば……最悪の結末が待っている。

 

どうにかしてその事を伝えたいがここからでは聞こえないだろうし、下手に此方の手を読ませる訳にもいかない。

 

それに、まだ多くの礼装がLockという文字に埋め尽くされている。───これはまだダウンロードが完了していないという事なのだろうか?

 

兎に角、どうにかしてレヴィちゃんとの連携を取らなければ。と、行動に移した時だ。

 

「あらあら、ダメですわよ。貴方はここで無様に地べたに這い蹲って下さいな」

 

───瞬間、背中に鋭い痛みと共に鮮血が舞った。

 

これは、斬られたのか? 一体誰に……いや、知ってる。自分は、この声の主を知っている。

 

「あら? 今ので致命傷を与えたつもりでしたけど、存外しぶといですのね。まるでゴキブリみたい………気持ち悪い」

 

ジジジと、砂嵐と共に何も無いところから人が現れる。それは、先程まで姿を消していた腹黒眼鏡の女───クアットロだった。

 

これは、どういう事だろう。この屋上には誰もいなかった。それは何度も確認したから間違いない筈。

 

だが、事実こうしてこの女は厭らしい笑みを浮かべて自分を見下ろしている。その手に血の付いた短刀を手にして────。

 

いなかった筈なのにここにいる。彼女の能力は“彼”の使った《顔のない王》と同じ能力なのだろうか。

 

「私のIS能力は“シルバーカーテン”私が見せるモノは全て幻、本物などない偽物の世界で微睡みの中で逝きなさい」

 

────なんて考えていると向こうから種明かしをしてくれた。だが、それを教えると言うことは既に王手は打ったと同じ意味だ。自分という不確定要素を抑えた事で、この場の優勢は揺るぎないとこの女は確信している。

 

そして、それはこの上なく正しい。恐らくはこの女は今まで姿を消していた事で此方の様子を伺っていたのだろう。一部始終、その全てを。

 

ならば、レヴィちゃんを急激に回復させた自分の手をも既に見切っている筈。

 

「おっと、そのポケットにある携帯には触れないで下さいね。どのような仕組みかは知りませんが些か厄介な能力を持っていそうなので……」

 

─────本当、嫌になるほど此方の手を読んでいる。自分が携帯から礼装を取り出している所まで見られては手の出しようがない。

 

だが………。

 

「さて、これ以上動かれるのも面倒ですので、貴方にはここで退場して─────貰うとしますかね!」

 

先程までの知的な表情から一変、眼鏡越しからでも分かる狂気の瞳にゾクリと背筋が寒くなる。

 

───あぁ、そうだともクアットロ。お前の見解は全て正しい。

 

自分が倒ればレヴィちゃんの妥当は俄然容易くなる。……いや、お前達からすれば多少の面倒が増えた程度の認識でしかないのだろう。

 

お前のその見解、認識、正しく正解だ。今の自分にはこの状況を打破する手段がない。このままお前の刃を受ければ、虫けらの如く潰されて……そこで自分は終わる。

 

だが、いや……だからこそ。

 

ここで、予め仕込んでおいた手札を切らせて貰う。

 

「────これは!?」

 

 胸元目掛けて振り下ろされたクアットロの刃が、皮一枚届かない。どんなに力を込めても刃は一ミリたりとも動きはしない。

 

どういう原理なのか全く理解出来ないでいるクアットロは、その光景に唖然としていると……。

 

「これは……札!?」

 

岸波白野の胸元に張られた一枚の札に視線が行った。

 

そう、これが岸波白野の現在に於ける切り札“守りの護符”だ。

 

本来ならサーヴァントの耐久を強化するだけの代物だが、この世界に干渉された影響か一時的だが物理的衝撃を遮断する結界が施されるという代物に変わっている。

 

情けない事だが保身目的で張った礼装が意外な所で活躍できた。それに、此方の防いだ一手が効果的だったのか、向こうは今も驚愕している。

 

そしてそれはこの状況を打破出来る十分な……けど、唯一無二の隙となった。

 

痛む体に鞭を打ちながら立ち上がり、体勢を整えながら携帯を取り出す。

 

呼び出すのは再び“錆び付いた古刀”。だが、これはまだこれから繋げるコンボの下準備でしかない。

 

刀を持ち、力を込める。イメージするのは迷宮、アリーナを通して行ったあの光景。

 

「この、人間風情がぁぁっ!」

 

苛立ちを露わにし、怒りの形相で突き進んでくる彼女に───俺は、その一撃を奮う。

 

「“空気撃ち……一の太刀”!」

 

「っ!?」

 

錆び付いた古刀から発する風の魔力放出。これによりクアットロは吹き飛ばされ、屋上の出入り口の扉へ叩きつけられていく。

 

“空気撃ち/一の太刀”本来ならサーヴァントが放つ魔力放出を可能とする礼装。電脳世界では形のない、言わばスキルの一種かと思われた代物だったが、どういう訳か自分にも撃てた。

 

サーヴァント専用だけかと思われた礼装だが、この分だと他の礼装も意外と自分にも作用するモノが幾つかあるかもしれない。

 

色々試してみたい所だが……今は、とてもそんな余裕はない。

 

血を、流し過ぎた。朦朧とする意識の中、古刀を杖代わりに支えてどうにか意識を保っていると……。

 

「……クアットロが、やられたか。バカめ。相手を格下だと思い込むから痛い目に遭う」

 

いつのまにそこにいたのか、今まで上で戦っていた筈のトーレが瓦礫の中からクアットロを救出していた。

 

するとそこへレヴィちゃんが後を追って自分の前に立つように降りてきて。

 

「ちょっと! 逃げるのか!」

 

「……そうだな。悔しいが今回は此方の負けだ。戦闘向きではないとはいえ、ただの人間が戦闘機人を破ったのだ。潔く退くとしよう」

 

レヴィちゃんの挑発にも素直に受け取る事で流し、自分達の負けだと潔く認めるトーレ。暗殺者だと呼んではいたが、存外彼女もシグナムと同じ騎士道に似た気質の持ち主なのかもしれない。

 

「だが、次はこうはいかない。負け惜しみになるがそちらの……特にそこの人間の手の内は知った。次に会うときは───その命、無くなるものと知れ」

 

だが、そこはやはり仕事人なのか、トーレはクアットロを抱え、最後に殺気を込めて言うと、夜の帳へと消えていった。

 

屋上に残っているのは自分と自分の知った……けど、別人の少女のみ。

 

「逃げられちゃったかー。ま、けど今回は僕の勝ちだね! 次でまた勝てば今度こそ僕の完全勝利! これでシュテルや王様も僕を見損なう……あれ? 見損なうは……違うのか?」

 

嗚呼、やっぱりこの子AHOの子だ。

 

目の前の少女の可愛らしい一人漫才を耳にしながら、自分の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ英雄王」

 

 岸波白野が激闘を繰り広げていた遙か上空、黄金帆船に乗った二人の英霊が視線を交える。

 

「どういうつもり……とは、どの事を指している? マスターが礼装を使用した事か? それとも……別の話か?」

 

「惚けるなよ。貴様の常日頃マスターに飲ませたあのドリンクの事だ。貴様の事だ、ただの霊薬ではあるまい」

 

「ふっ、王の腹の内を読まんとする貴様の態度は刎頚に値するが……まぁいい、貴様のそのオカン気質とやらに免じて許してやろう」

 

相変わらずの超絶上からの目線な物言い。一瞬愛刀の夫婦剣で切り刻んでやろうかと思ったが、この男にそんな事を求めても無駄だと悟り、褐色肌の男……アーチャーは大人しく聞き入れる。

 

「貴様の察しの通り、我が雑種に与えたドリンクに混じった霊薬はそこいらのモノとは質が違う。あれはある意味では……人としての枠を超える為の代物よ」

 

「………なんだと?」

 

アーチャーの声色に険が入る。黄金の王────英雄王の語る“人の枠を超える”という言葉に嫌な予感を感じるからだ。

 

ギルガメッシュは危険な男だ。己の欲、悦を満たすのなら他者を蔑ろにするのは当たり前、寧ろそれを誇りに思えなどと口にする生粋の暴君だ。

 

自分の中にある記憶の一部、そこから直感として感じる危険信号。

 

普段の主と接する彼の対応が比較的柔らかなものであったから忘れていたが、この男は本来こういう存在だ。

 

─────消すなら今か。アーチャーは見下ろす英雄王に切りかかるか本気で迷う。

 

マスターの身を守り、外敵を殲滅するのがサーヴァントたる自分の役目、それがたとえ同じマスターを守護する英霊であっても変わらない。

 

この距離なら一瞬で仕留められる。アーチャーは密かに短刀の一振り、莫耶を投影するが。

 

「だが、そうなるかは全てあ奴次第よ。人のままで人として生きるか、人以外のモノになり果てるか……その選択は全て奴の“意志”によるものだ」

 

「───────」

 

ワイングラスに入った赤ワインを眺めながら英雄王は言葉を紡ぐ。厳しくもマスターを見守ろうとする彼の姿勢に思うところがあったのか、アーチャーは手にした莫耶を消し、やれやれと肩を竦める。

 

「………存外、優しい所があるのだな」

 

「何か言ったか? 贋作者」

 

「いや、─────それよりもいい加減それをしまったらどうだ? 敵は撤退した。貴様がそれを出したままではオチオチマスター達を回収しにいけないのだが……」

 

ポロッと零れた言葉を誤魔化しながらアーチャーは指摘する。彼の示す“ソレ”は黄金帆船の下────つまりマスターたる岸波白野のいるビル屋上の上空に展開された無数の剣と槍の事。

 

常に暗殺者と腹黒眼鏡に狙いを定めていた武具の数々、しかもご丁寧に白野を巻き込まないよう調節込みという徹底ぶり。

 

その様を見てもしかしたら自分の考えは杞憂なのではないかとアーチャーは一人思う。

 

「………ふん、雑種の無様な足掻きも終わった事だ。ならば忠犬らしく主の下へ行くがいい。我は帰る」

 

アーチャーの指摘に不機嫌になったのか、英雄王は素っ気ない返事と共に展開した武具を蔵にしまう。

 

その様子に苦笑いを浮かべながら、アーチャーは黄金帆船から降り、白野のいるビルの屋上へと向かっていった。

 

誰もいなくなった船、自分の拠点に向かう最中に英雄王は語る。

 

「雑種、努々忘れるな。貴様の在り方はその弱さと共にある。その“人”としての在り方を忘れた時、貴様は─────」

 

そこから言い掛けて英雄王は詮無き事だなと口を閉じる。余計なお世話だなと内心思いながら。

 

黄金の船は夜の空を飛行し、金色の帯を夜空に描く。まるで主の無事を祝うかのように────。

 

 

 

 

 




はい。と言うわけで今回はレヴィちゃんの手助けもあり、どうにか自力で乗り越える白野君を演出してみました。

……ちゃんと出来ているかは不安な所ですが。



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ドラマと現実は実は似ている?

 

 

 ………知ってる天井だ。

 

目の前に広がる見慣れた天井を見て、ここが自分の部屋なのだと認識する。どうして自分が寝ているのか、不思議に思いながら起き上がると。

 

────っ!

 

肩に鋭い痛みが走る。なんだと思い恐る恐る痛みのある左肩に触れると、白い包帯が肩から体へと巻き付いている。

 

一体これはどうした事だろうと首を傾げた時、昨夜の出来事がフラッシュバックのように鮮明に蘇る。

 

そうだ。自分はレヴィと名乗る少女を拾って、その時ピチピチの格好をしたおかしな連中に襲われたのだった。

 

果たしてレヴィちゃんは無事なのだろうか。覚えているのは暗殺者達を撃退した所までだが、こうして自分がここにいるということは彼女もまた無事である可能性が高い。

 

肩の傷はズキズキと痛むが動けない程ではない。自分はベッドから起き上がり、自室の扉を開いて廊下に出る。

 

────と、その時。

 

「あ、お兄さんだー!」

 

……へ? ぶほぉっ!?

 

声の聞こえてきた方に振り返ると、蒼い閃光が自分の腹部に突進してきた。まるでボーリングの玉がそのまま突撃してきたような衝撃に自分は為す術なく地面に倒れ伏す。

 

「ちょ───なにしてやがりますかこのチビッ子は!? ご主人様、ご無事ですか!? ご主人様!」

 

「あれー? お兄さんピクピクしてる? カエルさんの真似をしてるのかな?」

 

「はわわわわ! だ、ダメですよレヴィちゃん! 先輩は怪我してるんですから上に乗っちゃダメー!」

 

薄暗くなっていく意識の中、キャスターと桜の割とマジで焦った声が耳に響いてくる。

 

────良かった。無事だったんだねレヴィちゃん。

 

「おお奏者よ、死んでしまうとは情けないぞ!」

 

そしてセイバー、それ割と洒落になってませんよ。

 

混乱する空気の中、どうにか意識だけでも回復した自分はキャスターとセイバーに担がれ、目覚めて数分後にベッドへ戻されるのだった。

 

そして、それから更に数分後。

 

「ゴメンナサイ」

 

何とか回復した自分にレヴィちゃんが深々と頭を下げてくる。気にする必要はないよと声を掛ける。……まぁ、ベッドの上でという少し情けない姿なのは見逃して欲しい。

 

そしてベッドで横になりながら桜から昨夜の話を聞かせて貰った。どうやらあの後気絶した自分とレヴィちゃんの前にアーチャーが降り立ち、自分達を回収してくれたようだ。

 

血だらけとなった自分が戻ってきた時、それはそれは大騒ぎになったとか。桜は泣きセイバーは狼狽しキャスターは怒り狂って暗殺者達を追うとしたのだから………うん、割と想像できるな。

 

 そんな事より、レヴィちゃんの方こそ怪我は大丈夫なのだろうか、礼装で回復したのはいいが発見した時は相当衰弱していたのだ。気にならないと言えば嘘になる。

 

「ボク? ボクならへっちゃらだよ! なんたってサイキョーだもん!」

 

えへんっと胸を張るレヴィちゃんに自分もそうなのかと変に言及しないでおく。一応確認の為に桜とキャスターに目線を送ると、桜は苦笑いキャスターは肩を竦めて呆れている。

 

……どうやら、本当にレヴィちゃんは回復しているようだ。礼装の効果のお陰かそれとも彼女自身の回復力が凄まじいのかは知らないが、兎に角無事のようで良かった。

 

だが、これで本題に入る事も出来るというものだ。恩着せがましい事は言えないが、彼女からは事情の説明を聞く義務がある。

 

ワクワクと此方をキラキラした目で見つめてくるレヴィちゃんに罪悪感を感じながら問い掛ける。

 

出来るだけ優しく、親しみやすさを込めて、決して尋問紛いな質問にはならないよう注意をしながら────。

 

────レヴィちゃんは、一体何者なのかな?

 

その答えに

 

「え? さっきも言ったじゃん。レヴィ=ザ=スラッシャーって、“雷刃の襲撃者”それがボクの名前だよ。お兄さんって意外と物覚え悪い? バッカだなー」

 

“雷刃の襲撃者”か、何だろう。それは名前というよりどちらかと言えばセイバーやキャスターといったクラス名のようにも聞こえる。

 

彼女の改めて聞かされる名乗りにより更なる深まる謎。彼女にはこれから色々聞かせて貰いたい所だが────その前に。

 

人をおバカ呼ばわりする口はこれかな?

 

「い、いふぁいいふぁい! おひぃひゃん、やめふぇよ~!」

 

頬を引っ張られて涙目になるレヴィちゃん。ムクムクと沸き上がる嗜虐心を堪えながら彼女のもっちりとした柔肌を暫くの間堪能する事にした。

 

「きゃん、ご主人様ってば子供相手にも容赦しないんですね。そこに痺れる憧れるぅ!」

 

「むぅ、狡いぞ奏者よ! 余もレヴィの柔肌を堪能するの我慢していたのに! 余も混ぜよ!」

 

「先輩、流石にそれは……」

 

三人からの情景、嫉妬、呆れの三者三様の視線を受け、色々大事なモノを失いながらレヴィちゃんの頬を弄り倒すのだった。

 

………え、Sじゃないよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それではレヴィちゃん。改めて聞かせて欲しい。失礼を承知で言わせてもらうけど、君は自分の知る人物と瓜二つなのは……どういう事なのかな?

 

「散々乙女の頬を弄り倒したというのにその余裕さ……これがご主人様の賢者モード!」

 

はいそこ茶々いれない、こっちは今割と真剣な質問をしているのだ。余計な発言は控えて欲しい。

 

「しかし奏者よ、そのほっこり顔で真面目な台詞を吐かれても正直……微妙だぞ」

 

「そうですよ。それに、女の子の頬を弄ぶなんて酷いですよ。ちゃんと謝って欲しいです」

 

うぐ、無理矢理にでも話を戻したかったが、どうやらそれは叶わないらしい。だ、だってレヴィちゃんのほっぺた柔らかくて気持ち良かったんだもの。仕方ないじゃないか。

 

だが、確かに先程までの自分の行動はちょっと色々拙かった。年端のいかない女の子を弄ぶとか、言葉の並びから読みとれば普通に警察に厄介になるレベルである。

 

ただでさえこの岸波白野には犯罪王などという不名誉極まりない名称が付き始めているのだ。どうにかしてイメージの回復を果たさねば!

 

「うぅ、ゴメンよシュテル、王様、ボク……汚されちゃったぁ」

 

一体どこでそんな言葉を覚えたのこの子はぁぁぁっ!? アレか! 最近話題の際どい昼ドラからか!?

 

けどアレは先週過激な描写が多すぎて打ち切りになったって話じゃなかったっけ?

 

すると頬を少し赤くした桜がオズオズと手を上げ……。

 

「す、すみません。その、私………録画してたのを一緒に見てまして」

 

桜ぁぁぁっ!? 女の子にそんなモノ見せちゃダメでしょぉぉぉぉっ!? ていうか桜って昼ドラ好きだったの? そっちの方が驚きだよ!

 

「あー、確かあの昼ドラって貴族の娘と婚約関係だった学生を平民の女の子が奪っちゃってテンヤワンヤな話でしたよね。私NTR系の話は嫌いですからすぐに飽きちゃいました」

 

「余はまだ理解できたぞ。叶わぬ恋とは知っても望まずにはおれない。うむ、まさに恋の王道話よな!」

 

「そうなんですよ。その後、学生の男の子の同級生の赤い女の子とか、インド系のノーパン主義の女の子とか、更に平民の女の子の生き分かれた三姉妹とか、更には貴族の許嫁が九人に増えたり、あとはとある国の皇帝を名乗る少女とか竜の血族の娘とか色々出て来ちゃったりするんですよねー」

 

「その後に現れた神父の発言には余も驚かされたな。まさか正妻戦争なるものが始まるとは……流石にそこまでの超展開は余も読めなかったぞ」

 

いや、なにそのトンでもドラマは? あと登場人物がやたらとデジャヴを感じるのはどうして? 僕の気の所為?

 

というかそんな戦争起きたらその学生君死ぬから、間違いなく巻き込まれて死ぬから、序でにその舞台となる街諸共ね!

 

というか、君達は女の子の前でなんつー話をしているのかね。そんな事を話していたら……。

 

「お兄さん、女誑しの人でなしなの?」

 

ほらぁ! また妙な言葉覚えちゃった! この子は純真(AHO)なのだからすぐ他人に影響されてしまうのだから少しは自重して欲しい。

 

それと、それは自分の話ではなくドラマの話だからね。故に、自分には全く関係のない話だから気にしなくていいからね。

 

念の為に再三に渡って誤解を解くと、それが功を制したのか、レヴィちゃんははーいと元気よく返事してくれた。

 

 さて、ここで本題に入りたい所だけど……昼ドラの話ですっかり盛り上がってしまっているためそんな話が出来る雰囲気ではなくなった。

 

傷がまだ完治していない所為か体がダルい。今日の所は解散し、話を聞くのは傷を治してからの方がいいのかもしれない。

 

桜、携帯を取ってくれないか? バイト先の士郎さんに事情を説明したいんだけど……。

 

「お、それなら私から先程連絡しておきました。休みの理由は風邪にしておきましたけど……大丈夫ですかね」

 

事前に連絡しておいてくれた桜にありがとうと礼を言う、士郎さん達は物騒な話とは無関係の人達だ。下手に正直に話して心配させるわけにもいかない。

 

ただ、やはり自分も後で連絡しよう。今はお仕事中で忙しそうだし、謝罪を含めての連絡はお昼を食べて少し落ち着いてからにしよう。

 

というか、既に時刻はお昼に差し掛かっていた。道理でお腹の虫が鳴くものだと妙な関心を抱いていると。

 

「そうですね。そろそろお腹も空きましたし、今日は私がお料理を作りますね。消化に良くてお腹も膨れるスパゲッティなんてどうでしょう?」

 

期待して待ってますと、桜シェフに返すと桜は笑みを浮かべながら部屋を後にする。

 

「桜さん一人では大変でしょう。私もお手伝いしときます。セイバーさん、ご主人様とちびっ子のお守り、お任せしましたよ」

 

「うむ、万事余に任せるがよい」

 

続いてキャスターも桜の手伝いをすると言い出して部屋を後にする。残ったのはレヴィちゃんとそのレヴィちゃんに抱き付くセイバー、そして自分だけとなった。

 

「ちょっと、セイバー離してよー」

 

「良いではないか。童女の柔肌に触れるのは稀なのでな。大人しく余の抱き枕になるがよい」

 

 

相変わらず抱き癖のあるセイバーに苦笑いを浮かべつつ、ふとあることを思い浮かぶ。

 

そう言えばセイバー、アーチャーとギルガメッシュはどうしたの? なんだか二人ともいないっぽいけど……。

 

そう思ったのはアーチャーが自分を回収したと言う事、彼の事だ。自分が目を覚ましたと知れば皮肉を口にしながら駆けつけてくるものだと思っていたのだけど。

 

ギルガメッシュの方は……まぁ、なんだ。自分を見て愉しむ彼なら先程の遣り取りを見逃す筈がないという、割と曖昧な理由からだ。

 

するとセイバーは自分の方を見ながら。

 

「アーチャーならユーリを連れてはやての家に行ったぞ。金ピカは二人に付いてった」

 

………なんだって?

 

セイバーの台詞に自分はどこか違和感を感じた。こと生活環境と健康管理に煩いアーチャーが誰かに家事を任せて出掛けるのもそうだが、どうしてユーリまでもが連れ出す必要があるのだろうか。

 

それとも、“ユーリを連れて行かなければならない事情”でもあるのか? 頭に浮かぶ疑問、けれど全てが憶測に過ぎない推測であるため、勝手な判断は出来ない。

 

一体自分の知らない所で何が怒っているのか、嵐の前の静けさのように感じるその不気味さに自分は悪寒を感じていた。

 

ただ一つ言えることは。

 

付いていったというギルガメッシュ、彼が余計なトラブルを起こさないか心配でならない。という事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────その頃、とある料亭では。

 

「あぁ、そうか。………分かった。帰りには私の方で夕飯の買い出しをしておこう。では、引き続きマスターの事を宜しく頼む」

 

「桜からか?」

 

「あぁ、どうやらマスターが目を覚ましたらしい。今は怪我を治すことに専念し、大人しくしているらしい」

 

「白野さんが……良かったです」

 

「は、相変わらず丈夫で渋いな我がマスターは。こと生き残る事にはゴキブリ並の渋とさよ」

 

「黙れ英雄王、その褒めてるのか貶してるのかよく分からん評価は今はやめておけ────失礼したリンディ女氏、見苦しいモノを見せた」

 

「いいえ、お気になさらず。────では、始めましょうか」

 

本人(白野)が知らない所で、重要な会談が行われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────オマケ────

 

 

“ピピピピピピ”

 

「む、我だ。少しまて……うむ、うむ、そうか、ならばすぐに制作に取り掛かれ! あまり我を待たせるなよ!」

 

「────英雄王、今のは何だ?」

 

「なに、我が造っていたドラマが漸く再開し始めたのでな、部下がその報告の連絡を寄越したのだ」

 

「貴様、ドラマなんぞ制作していたのか?」

 

「因みに、モデルはウチのマスターだ。我の手掛けたドラマは昼ドラの頂点に君臨するだろうよ!」

 

(……一体、何の話をしているのだろう)

 

 

 




と、言うわけで今回は久々にギャグを書かせて貰いました。

いやー、やっぱりギャグはいいものですね。筆が進む進む。


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番外編 IS日常編

本編かと思った? 残念、また番外編でした!

………すみませんごめんなさいまだ完成してないので勢いだけで書いた話を先に載せちゃいました。

尚、今回は殆ど会話だけですので大変読み辛いです。

それでも読んで下されば、自分としても幸いです。



 

 

 “IS”───通称インフィニットストラトス。篠ノ之束が開発したというマルチパワードスーツ。

 

女性にしか扱えないとされるISの登場により、男女の差別化が激増。女性が優遇され、男性が非難される女尊男卑の世の中へと変わっていった。

 

そんな中、世界に三人の男性のIS操縦者が現れる。一人は織斑一夏、世界最強の姉を持つ本来の物語の主人公である。

 

もう一人はギルガメッシュ。その人物の経歴の全てが一切不明という謎の青年。

 

そして、最後の一人は─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────1時間目────

 

 

「ちょっと宜しくて?」

 

成る程、ISというのは稼動時間、つまり一緒に生活したり戦闘したり、共に過ごせば過ごすほど操縦者の適性に合わせて成長、進化するのか。

 

「あ、あぁ。そうみたいだな。ていうかよく理解できるな白野。俺、全然チンプンで分からなかったぞ」

 

確かに専門用語ばかりで混乱するかもしれないけど、要点だけを抑えて解釈すればそんな難しいものでもないぞ。細かい所は山田先生が教えてくれると思うし……。

 

「宜しいかしら?」

 

「そ、そういうもんか。俺はISってのはメカメカしいから凄く難しいものだとばかり思ってたからなぁ」

 

要は難しいから無理だと決めつけるんじゃなく、少しでも理解しようとする姿勢が大事なんだと思う。女性ばかりで大変な環境にいるのは分かるけど、自分もいるんだ。お互い助け合っていこう。

 

「お、おう。そうだな。俺もお前の助けになるよう頑張るよ」

 

「よ ろ し い か し ら !?」

 

じゃあ、早速助けて貰おうかな。一夏は今日放課後暇か? よければ買い物に付き合って欲しいのだが……。

 

「あ、あぁ、確かこの学園には購買もあったし、構わないけど……」

 

「ちょっと、聞いてますの!? さっきから無視ばかり、いい加減怒りますわよ!」

 

そうか。なら授業が終わり次第行くとしようか。いやぁやはり男友達というものは良いものだな。変に気を遣わなくて済むから有り難い。

 

「そ、そうだな。俺もそう思うよ」

 

「ねぇ、ちょっと、聞いてますの? 聞こえてますわよね? 聞こえてる筈ですわよね? む、無視しないで下さいませ」

 

この分で部屋割りも同室だと尚有り難いのだけれどなぁ……。

 

「それは無理っぽいなぁ、俺は政府の方が色々絡んでるし、お前もお前でボディーガードの人と同室なんだろ? 確か、セイバーさんとキャスターさんがお前の部屋と同室なんだよな」

 

そうなのだが……一夏、下手をしたら学園が吹き飛ぶかもしれんが、その時はゴメン。

 

「何をするつもりなんだお前のボディーガードは!?」

 

大惨事正妻戦争だ。

 

「まるで意味が分からんぞ!?」

 

「あ、あの………わ、私は」

 

「………なぁ、白野」

 

む? どうした一夏。何か気になる所でもあったか? もしかして“瞬間加速”の事か? あれは自分もよく理解していないから上手く説明できないんだが……。

 

「いや、そうじゃなくてな、そろそろ……いいんじゃないのか?」

 

「………………」

 

 一夏に言われ彼の視線の先へと目を向けると、何故か代表候補生がプルプルと身を震わせ、涙目で自分を訴えている。

 

あ、イギリスの代表候補生セシリア=オルコットさんじゃないですか? 何かご用ですか?

 

「っ! ふ、ふん! 漸く気付きましたのね! そう、私はセシリア=オルコット! エリー……」

 

“キーンコーンカーンコーン”

 

おっと、予鈴が鳴ったな。では一夏、また後で。

 

「…………………………」

 

「む? 何をしているオルコット。さっさと席に着かんか」

 

「なんか、その…………ゴメンな」

 

「ふ、ふわぁ~~ん! あんまりですわ~~!」

 

涙を流す代表候補生、これがホントの“蒼の雫”……なんちて。

 

「……鬼だ」

 

「フハハハハ! 流石だな雑種! 女の躾はお手の物と見える!」

 

「ぎ、ギルガメッシュさん。自分の教室に戻って下さーい!」

 

 

 

─────二時限目─────

 

「この、さっきはよくも私に恥をかかせてくれましたわね! もう許しませんわ! 決闘です!」

 

おお、まさか代表候補生自ら声を掛けて下さるとは、これは転入初日から幸先がいい。

 

「な、何ですの? 急に態度が変わりましたわね。何を企んでますの?」

 

先程の態度は確かに失礼でした。しかし自分達はまだまだISのIも分からないヒヨッコ、何とか皆に追い付こうと必死に勉強会をしていただけであります。決して、そう、決して貴方様の相手が面倒だから無視しようなんて考えはありません。ありませんとも!

 

(う、嘘くせぇ!)

 

「ま、まぁそれなら仕方ありませんわね。成る程、男の人も無能なりに頑張っていますのね。ミジンコ程ではありますが見直しましたわ」

 

だが、依然として我が方は圧倒的に足りない。技術も、知識も何もかもが! これでは皆と過ごすIS学園生活の足手まといになってしまう! どこかに優雅且つエクセレントなエリート様がいれば、土下座をしてでもご教授したい所なのだが! くっ、 そんな都合良くいるわけ………。

 

「ふ、岸波さん。貴方がそこまで仰るならこのセシリア=オルコット、あなた方に二人を手助けする事も吝かではありませんわ」

 

────な、まさか、教えてくれるというのか? 代表候補生というエリートが、自分達に!?

 

「まぁ、下々の道を説いてあげるのも貴族の役目! さぁ、何が知りたいんですの?」

 

その、まことにお恥ずかしいのですが………イギリスの第三世代、ブルー・ティアーズなのですが。

 

「まぁ、よりにもよって私の機体ではありませんか!」

 

何分、貴女の機体は複雑でして……ですが流石はエリート、こんな高い操作技術を必要とする機体を扱うなんて、そこに痺れる憧れるぅ!

 

「ほ、本来なら国家機密にも勝るISの技術をおいそれと話すことは許されないのですが、貴方の真摯な態度に免じ、少しだけ説明しても宜しいですわよ?」

 

ホント!? 知りたい! 教えて教えて、スーパーエリート!

 

「オーホッホッホッ! 宜しいですわよ!」

 

「お、織斑先生、岸波君が白昼堂々と誘導尋問してるんですけど~~」

 

「………おい、誰かあのバカを止めろ」

 

 

 

─────三時間目─────

 

 

 

「ここにアイツがいるのね。待ってなさいよ一夏、今すぐアンタの所に行くわ! と、その前に────ちょっと、そこのアンタ! アンタが二組のクラス代表ね! 私と勝負………」

 

「何か言ったか? 雑種?」

 

ゴゴゴとギルガメッシュの背後に浮かぶ無数の武具。彼自身の迫力も重なり、圧倒的威圧感の前に。

 

「……何でもありましぇん」

 

中国の代表候補生、凰鈴音はその命と引き替えに大事なモノを失った。

 

 

 

────四時間目─────

 

 

「では、お前達の相手を紹介する。───上を見てみろ」

 

織斑先生の言葉に従い、全員が頭上を見上げる。どこまでも広がる青空、そこに小さな黒点が浮かび、徐々に大きくなっていく。

 

「ど、どいて下さーーい!」

 

空から飛来してくるオドオドした態度で此方の嗜虐心を煽ってくる童顔教師、山田麻耶先生。

 

一夏の真上に落下してくるマヤ。巻き込まれないよう自分を含めた生徒達が一夏自身を置き去りに退避していく。

 

逃げ遅れた一夏との視線が重なる。「助けてくれ!」必死に訴えてくる彼に応え、自分も届かないと知りながらも両手を差しだし───。

 

“────左手は、そえるだけ”

 

ただ、それだけを告げた。まぁ、特に意味はないんだけどね。

 

「なにがだぁぁぁぁっ!!」

 

その後、山田先生の下敷きになり、色々ラッキーな目にあった一夏はチョロコ……ゲフンゲフン。オルコットさんと二組の専用機持ちさんに謂われのない暴力を受けることになる。

 

ただ、もし自分の所に山田先生が落ちてきたなら、きっと、もっと大変な事になっていたんだろうなぁと、今更ながら思うのだった。

 

「うふふふふ、どうやらご主人様を狙う不届き者がいらっしゃるようで」

 

「確かタテナシとか言ったか、うむ。余の奏者を狙うとどうなるか。少し教えてやらねばならぬな」

 

「すでにBBが場所を突き止めているようです。ふふ、久々に腕がなってきたー」

 

………あちらもあちらで学園に馴染んできたようで大変宜しい。自分も嬉しくなるというもの。

 

「現実逃避してないで止めんか!」

 

織斑先生のハリセンという名の出席簿は、今日もフルスロットルである。

 

 

 

────昼休み─────

 

 

「フハハハハ! 食堂のおばちゃん共と一緒とは、随分様になっているではないか贋作者!」

 

「いいからトレイを手にしたらとっとと離れろ、他の学生の迷惑だ」

 

そうだぞAUO、皆も待っている……というか、自分もさっさと食べたいから早く退けてくれないかな?

 

「全く、余裕の無い奴よ。仕方あるまい、早く来いよ白野、王を待たせる事なぞあってはならんからな」

 

はいはい。ったく、もう少し協調性というものをもって欲しいな。英雄王様には。

 

「ソレも今更な話では思うがな。で、マスターは何にする?」

 

では、激辛麻婆豆腐を大盛りで。

 

「………申し訳ないが、そのような品は当店では扱っておりません」

 

なん……だと?

 

 

 

────五時限目─────

 

「織斑一夏、私と戦え!」

 

「所でシャル、他にもお勧めな武装ってないか? 俺、もっと試してみたいんだけど」

 

「え? う、うん。他にもスナイパーライフルとか連射の利くサブマシンガンとかあるよ」

 

ハンドガンタイプもあるのか、本当に色々あるんだな。アーチャーが見たら喜んで分解しそうだ。

 

「……おい」

 

「分解って、あの食堂の人ってそんな趣味を持ってたの?」

 

「それだけじゃないぜ、師匠は料理の腕もスゲーんだ。バリエーションも豊富だし、今度の休みに教えて貰うんだ」

 

……成る程、こうしてオカンの系譜は受け継がれていくのか。流石だ、パーフェクトだよアーチャー。

 

「おーい、ちょっとー?」

 

「というか、岸波君のガードさん達って皆出鱈目だよね。ISを相手に圧倒するとか、一体どんな構造してるの?」

 

「二組のギルガメッシュなんかは剣とか槍とか無造作にぶっ放しただけで終わりだもんなぁ、どんなISならあんな攻撃出来るんだ? 全身装甲位ってしか情報がないんだけど……」

 

それを言うなら君のお姉さんこそどうなってるのかな? セイバー相手に善戦するとか、人間の範疇超えてるよね。

 

「お、おい………」

 

「それを言うなら白野だってそうだろ? 剣道全国優勝の剣捌きを普通一度見ただけで見切れるかよ」

 

いや、確かに見切れたけど、体が追い付かなければ意味ないから、あ、でも篠ノ之さんのセコンドになったら織斑先生といい勝負に持ち込める気がする。

 

「つ、つくづく化け物なんだね。君って」

 

「…………」

 

なぁ、前から思ってたけどどうして君達は事ある毎に自分を人外扱いするかな? その所説明して欲しいのだが?

 

「いや、だって岸波君。怪我とかしても割と平然としてるじゃん」

 

「そうそう。お前、クラス対抗の時、ゴーレムに血塗れにされても立ってたじゃん。あれ、女子の結構な人がトラウマになってんだぞ」

 

そんな大袈裟な、腕や腹が吹き飛んだなら兎も角、ちょっと頭から血を流した程度で騒ぐのはどうかと思う。

 

「いやいやいや、割とダラダラだったと思うよ? というか、血を流して平然としている人間はいないから」

 

「まぁ、お前なら腹が抉れようが腕が千切れようが前進しそうだよな」

 

………………。

 

「おい、黙るなよ。マジっぽいだろ」

 

「お前ら~~~!」

 

「「?」」

 

「む、むじずるのはイジメにもなるんだぞ~! イジメは、よぐないんだぞ~~! き、ぎょうがんに、いいづけでやるんだがらな~~!」

 

 どうやら此方の徹底的なスルー作戦にとうとう業を煮やしたのか、ドイツの軍人様は涙目になりながらアリーナを後にしていく。

 

ジナコの教えてくれた“構ってちゃんは基本スルー作戦”どうやら効果は抜群らしい。

 

「……ねぇ、一夏、岸波君って意外と」

 

「あぁ、鬼だ。しかも割と鬼畜系」

 

「そ、そうなんだ。……僕も気をつけよう」

 

む、なんだかまた不名誉な称号を受けた気がする。

 

 

 

 

『はぁ……はぁ……、涙目鼻水垂らしの隊長、テラカワユス』

 

 

 

 

 

 

────臨海学校────

 

篠ノ之束、貴方にどうしても言いたい事がある。

 

「あ? 何お前、ちーちゃんとの話を邪魔しないでくれないかな?」

 

時間は取らせない。それとも、子供相手に耳を閉じるのが怖いか?

 

「───いいよ。そこまで言うなら聞いてあげる」

 

ありがとう。では─────

 

「いい年した女性がその格好してるのは流石にどうかと思う。織斑先生ですら公ではキチッとしてるのに……あと、暑くないんですか?」

 

「─────っ!?」

 

(((い、言ったぁぁぁぁっ!?)))

 

「おい岸波、お前今サラッと私をバカにしなかったか? それと、何故そんな事をお前が知ってる?」

 

落ち着いて下さい織斑先生、ソースは一夏君です。

 

「一夏ぁぁぁあっ!」

 

「うわぁぁ!? 白野、それは内緒だって言っただろって千冬姉のアイアンクローが俺のこめかみにィィィ!?」

 

「ふ、ふふ、面白いこと言うねぇ君。───名前は?」

 

岸波白野、通りすがりの魔術師だ。

 

「オッケェ、覚えたぞその名前。今度会うときは楽しみにしておけよ」

 

次来るなら是非リリカルでマジカルな格好で来て下さい。盛大に笑いますので。

 

 乗ってきた人参のロケットに乗り込み、天災と称された女性は去っていく。

 

────きっと、彼女は孤独のままなんだ。誰も分かり合えず、他者を他者とも思えない彼女は、月を背後に今日も世界を嘲笑う。

 

だが、もう少し待っていて欲しい。きっと貴方の気持ちに応えてくれる人が、現れる筈だから。

 

「……なんか良いこと言っているが、全然感動的じゃないからな?」

 

テヘ☆

 

 

 

 

 

 

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私の出番がない……だと?」

 




と、言うわけで殆ど勢いで書いた日常編、如何でしたか?

そんな事より本編書け? ……はい、仰るとおり。

もう暫くしたら載せる予定ですので、もう暫くお時間を。

因みに、最後の台詞は箒ちゃんです。箒ファンの方、スミマセン。


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深まる疑惑、広がる誤解

今回、色々グダグダです。



 

 

 海鳴市のとある料亭、海に面した所謂高級料理店と呼ばれる店で、一際目立つ男女が座敷部屋で相対するように座っていた。

 

女性の方はリンディ=ハラオウン。先の闇の書事件と因縁のある人物であり、次元航空艦船アースラを統括する提督という役柄を担っている。

 

そんな立場のある人間と相対するのは、岸波白野のサーヴァントであり、守護者であるアーチャーと。

 

「ふむ、雑種の店というから期待してはいなかったが、存外愉しませてくれるではないか。我の舌に合わねば店ごと吹き飛ばすつもりだったが……これが穴場という奴か。おい、そこの雑種、次の料理を疾く持って来い。王の直々の命だぞ。急げよ、出なければ貴様の首だけではなく店ごと吹き飛ばすつもりだから覚悟しとけよ」

 

「は、はいぃぃぃぃ!!」

 

「………済まないな、気にせず続けてくれ」

 

「は、はぁ」

 

料亭の料理を全て注文するという暴挙を行っているのは言わずもがな、英雄王である。彼の傍若無人の振る舞いにアーチャーはスルーし、リンディに気にしないでくれとだけ告げる。

 

リンディはリンディでどうしたらいいか分からず、取り敢えず頷いておくだけにしておく。

 

そして、全く関係ないのに英雄王に絡まれる仲居さん……ドンマイ。

 

「それで、その提督が何故私の携帯に連絡してきたのか、そこからの説明を求めようか」

 

 隣でドンチャン騒ぐAUOを視界の端へと消し、アーチャーはリンディに敵意の籠もった視線を向ける。マスターである白野に八神家に向かうなどと嘘を付いてまでユーリを連れて来ただけではなく、いきなり此方を呼びつけて来たのだ。この程度の対応は当然だろう。

 

それは向こうもそれを承知していたのか、リンディは困った風に微笑むと今度は深々と頭を下げて謝罪をしてきた。

 

「この度は私の勝手な呼び掛けに応えて下さり、誠にありがとうございます。それに、先日の闇の書事件に関しての事も含め、改めて謝罪させて下さい」

 

「……いや、その件に関しては此方も済まなかった。貴女の息子、クロノ君にも言ったかもしれないが、本来なら我々は部外者だ。巻き込まれたとは言え貴女達からすれば未知の勢力が介入してきたと怪しむのも無理もない。故に、その事に関しては我々も、そして我々のマスターも気にしてはいない。それに……此方も色々やらかしているから、立場的にはおあいこだ」

 

リンディの謝罪にアーチャーは前にもこんな事あったなとデジャヴを感じながら返答する。12月に起きた闇の書事件、その時起きたBB達と管理局の衝突は白野には未だ明かされていない。

 

その事実を知るのはアーチャーとギルガメッシュ、そして桜しか知らない。ただ、勘の鋭いキャスターなら何となく察しているみたいだが……。

 

アーチャーの事情を察したような態度にリンディは顔を上げ、苦笑いを浮かべる。

 

「そう言って戴けると此方も有り難いです。本当は岸波白野さんご本人に挨拶に向かいたかったのですが……何分、事後処理に追われて」

 

 心底疲れたと溜息を零すリンディに今度はアーチャーが苦笑い。闇の書事件に関する報告を殆ど偽造、隠蔽、捏造に近い形で上層部に報告したのだ。組織に属する彼女の心労は計り知れないだろう。

 

それに仮に事後処理がなくとも岸波白野の住むマンションの管理は殆どがBBが管理し、警護している。もし見知らぬ者、或いは入るのを許さない者がうっかり侵入したりすれば、それは恐ろしい結末を意味している。

 

一度誤ってハッキングをしてその脅威を嫌と言うほど味わったアースラの乗り組み員達は二度と彼等と関わりたくないと思うだろう。

 

それほどまでにBBという存在が恐ろしかった。そして、そんな彼女を従順させる岸波白野という少年に対しても……いや、或いはそれ以上に。

 

たとえそれが岸波白野自身が預かり知らぬ誤解であったとしても。

 

 リンディ提督は岸波白野に対し直接謝罪をしたいと言った。けれど、アーチャーが代わりに言っておくと提示した途端彼女の態度は緊張が解かれたものとなった。

 

彼女も恐れているのだ。無意識の内に岸波白野という情報、或いは映像越ししか知らないその人物に対して闇の書以上の畏怖を感じている。

 

だから事前に彼女が保護しているフェイト=テスタロッサの友人の高町なのはを経由して、アーチャーの連絡先を入手するというまどろっこしい手順を選んでいるのだ。

 

まぁ、BBの恐ろしさ……ゲフンゲフン、純情さを知っているアーチャーとしては苦笑いを浮かべる事しか出来ないのだが。

 

 やはりここは誤解を解くべきか、アーチャーはリンディに自分の知る岸波白野という人物に付いて語ろうとするが……。

 

「あぁ、その判断は間違っていない。良かったな女、貴様のその対応は空に浮かぶ雑種共の命を救ったぞ」

 

「…………え?」

 

それを、隣の英雄王が遮った。

 

「ぎ、ギルガメッシュ?」

 

「女、確かリンディとか言ったな。お前の中にある岸波白野の人物像は殆ど間違っていない。いや、寧ろまだ足りん所かな」

 

「そ、それはどういう……?」

 

「ハッ、白々しい態度はよせ。貴様の考えることなどとうに見抜いておるわ。大方、我がマスターを危険視しておるのだろう?」

 

「────っ!」

 

「おい貴様、何を勝手……ふぐっ!?」

 

ギルガメッシュのその言葉にリンディの表情が僅かに強張る。目の前の男の鋭い眼光に当てられ、リンディは身震いしながら自身を強く持ってその眼に抗う。

 

アーチャーはいきなり物騒な物言いをするギルガメッシュに何をするつもりだと問い詰めるが、彼の投げつけてきた酒瓶を突っ込まれ、あえなく轟沈。

 

 倒れ、目を回すアーチャーに一瞬だけ一瞥するが、リンディはこのギルガメッシュという男から視線を逸らす事が出来なかった。

 

緊迫する座敷空間、既に追加注文を出し終えた為、仲居さんはここにはいない。ホント、危ない所である。

 

「岸波さんがどういう人物か、フェイトさんやなのはさんの証言で一通り聞いています。大層な人格者で人に危害を加えるような人間ではないと聞き及んでいますが……」

 

「ふむ、まぁ確かに我が雑種は人畜無害な人種に分類されるが……何も博愛主義者ではない。相手によっては敵意を見せる事もあるだろうさ」

 

おちょこを片手に英雄王は微笑を浮かべ、目を細めてリンディを流し見る。……その赤い眼が獲物を見つけた蛇の様な眼をしているのは、彼女の気の所為だろうか。

 

「私達に彼と……いえ、彼等と敵対する意志はありません」

 

「であろうよ。でなければ今頃貴様等は生きてはおらん」

 

サラリと危険な事を口にする英雄王にリンディは複雑な感情を抱く。……そもそも、先程からこの男は一体何が言いたいのだろう?

 

リンディ自身とて、交渉や言葉を交えてのやり取りなら多少覚えはある。だが、目の前のこの男からはそのような心算は一切感じ取れない。

 

先程からの挑発しているような口振りはまるで此方の反応を愉しんでいるような……そんな印象が伺える。

 

ゴクリ、唾を飲み込む音が嫌に耳朶に残る。目の前の男の考えが読み兼ねているリンディ、すると英雄王は突然クハハハと笑い声を上げて。

 

「クハハハ、良い。未亡人の焦りの入った表情、存外に愉しめたぞ」

 

「………は?」

 

笑い声と共に吐き出される言葉に、リンディは一瞬呆然となった。一体この男は何を言っている? そんな疑問で頭が埋め尽くされていると。

 

「どうだ? 我がAUOジョークは? 王の前だが特に赦す、好きに笑うがよい」

 

一体今のどこに笑える箇所があったのだろうか。疑問に思うリンディだが……。

 

(止めておきましょう、きっとまた余計な事になる)

 

 出会ってまだ一時間も掛かっていないのに、ギルガメッシュの事を何となく理解したリンディだった。

 

「さて、我がAUOジョークに場が温まった事で、本題に移るとしよう。女、貴様が今回我を呼んだのは……海上に浮かぶ“亀裂”の事か? それとも、戦闘機人なる俗物の事か?」

 

「っ!?」

 

突如、英雄王から放たれた言葉にリンディの眼が大きく開かれる。驚愕を露わにする彼女の表情にギルガメッシュは面白いモノを見つけたようにその口を三日月に歪ませる。

 

「戦闘………機人、ですって?」

 

「お、どうやら知らなかったのは其方のほうか。なに、先日我が雑種がそう名乗って襲いかかってきたようでな。……その分だと何も知らぬようだな。では話を変えよう」

 

「ちょ、ちょっと待っ………」

 

いきなり出てきた戦闘機人という存在、そしてその存在に岸波白野が襲われたという事実、またもやサラリと重大事項を口にするギルガメッシュにリンディは問い詰めようと席を立つが────。

 

「話を変えると言った。二度目は無いぞ、女」

 

その言葉に、その眼に、何一つ返せる言葉は無かった。血のように赤いその眼、有無を言わせないその振る舞い。────暴君、リンディの脳裏にそんな単語が思い浮かぶ。

 

先程理解したような気がすると言ったが、あれは誤りだ。リンディ=ハラオウンの眼ではこの男の素性など計り知れない。

 

だが一つだけ、あえて一つ分かっているモノがあるとすれば、それは……。

 

(このムチャクチャな男ですら、彼は御しているということか………)

 

岸波白野、リンディの頭の中に浮かぶ彼の人物像がまた一つ変わった瞬間だった。

 

 そして頭の思考を切り替え、リンディはギルガメッシュの語るもう一つの案件に付いて耳を傾け、言葉を紡ぐ。

 

「女、一つだけ聞こう。あの海上に浮かぶ亀裂、アレは先の雑念を祓った際に生まれた歪み、それで相違ないな?」

 

「………はい。より厳密に言えば闇の書の暴走体を破壊した際の衝撃により生み出された“名残”のようなモノ、今は結界で隠していますが……」

 

「崩壊するのは時間の問題か。全く、力を奮おうにも世界の方が耐えられんとは、強力過ぎるのも考え物よな。……やはり一時のノリで出すべきではなかったか」

 

 英雄王とリンディの語る亀裂、それは以前ギルガメッシュが闇の書の暴走体を破壊する際に使われた乖離剣による影響で生まれた弊害だった。

 

リンディの語る話だと、英雄王の放った一撃は異界化した世界ごと暴走体を消し飛ばすだけには留まらず、現実の世界にさえ破界の爪痕を残し、今なおジワジワと広がりつつある。

 

傷痕が広がった所でどのような影響が出るかは見当つかないが、万が一があってからでは遅い。その為、リンディは警戒するようアーチャーに呼び掛けたのだが。

 

「………それにしても、大した慧眼のお持ちですわね。まさか結界を施した空間を看破するとは、流石に思ってもいませんでした」

 

「たわけ、この世の天地の全ては余すことなく我の物だ。自身の所有物がどうなっているかの程度など、見極められなくて何が王か」

 

相変わらずの超上からの目線。だが、目の前の男にはそれを言っても納得できるほどの説得力が彼にはあった。

 

「して女、話はそれで終わりか? ならば我は帰る。ここにいても大した話は聞けそうにないのでな」

 

 酒を飲み干したギルガメッシュは鼻を鳴らしながら立ち上がり、部屋を区切っていた襖へと手を伸ばす。その様子を眺めていたリンディは一瞬だけ戦闘機人についての情報を聞き出そうとするが……止めた。

 

この男は悪鬼だ。それも己が愉しむ為なら善悪を問わず食い物にする程の……。ここで下手に問いを投げ掛ければ無礼の一言で殺しに来ていただろう。あの男は────そういう存在だ。

 

たった数十分、会談と呼ぶにはあまりにも短い時間だったが、ギルガメッシュという男に付いて知れたことが今回の会談のある意味では一番の成果なのかも知れない。

 

ただ一つ、問題があるとすれば……。

 

「アーチャー、しっかりして下さい」

 

「ぐ、むう……」

 

「すいません! ご注文の品、お持ち……て、あれ?」

 

この混沌とした空気を、どうやって処理をすべきかという事だ。

 

 

 

 

「くく、これであの女も我が雑種に対して警戒するだろうよ。そうすれば自ずと今回の裏に潜む輩の正体も明らかになる。……さぁ、ここからはお前の仕事だぞマスター、貴様の足掻きを存分に見せて貰おうか」

 

暗闇の中を、黄金の王が一人あざ笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、街の反対側に面している山中。人気のない森林の中、機械的な音が鳴ると同時に電子の画面が暗闇の世界に灯りを付ける。

 

「─────以上、この世界に来て我々が体験、経験した大まかな情報だ」

 

『そう、まさか生身の人間が戦闘機人を倒すなんて信じられないけど、貴女が言うのなら間違いなさそうね。………それで? クアットロは?』

 

「今は周囲の警戒に当たらせている。……なにやら藁の人形と小槌を持っていたのが気になったが、特に問題はないだろう」

 

『そ、そう。……それで、貴女は今回の任務、どう思う?』

 

画面の向こうにいる女性の問いに女────トーレは一度腕を組んで考えた後、素直にその言葉を口にする。

 

「……率直に言えば厳しいな。夜しか動けないという点もそうだが何より戦力が足りない。この街には他にも高戦力を有した魔導師も何人かいるみたいだし、搦め手としてももう一つ欲しい所だ」

 

『そう、ならやはり彼女達の力も必要みたいね』

 

「彼女……達? まさか、No.2だけでなくNo.5の事か? No.5はまだ稼動して日が浅いし、No.2は別件の任務があっただろ? 大丈夫なのか?」

 

画面の女性の言葉にトーレは意外な物を見たような物言いで問い掛ける。そんな時、トーレの隣に今まで沈黙を保ってきた空間に突如、第二のモニターが展開され、そこには青紫の髪と金色の瞳が特徴的な白衣の男が映し出されていた。

 

『それなら問題ないよトーレ、既にNo.5の稼動は正常に安定しているし、先日侵入してきた部隊を壊滅させた所さ、戦闘方面の能力はざっとSクラス、戦力としては十分だと思うよ』

 

「ドクター?」

 

画面に映るドクターと呼ばれる青年にトーレは驚愕の声を上げる。サラリと部隊に侵入とか壊滅とか不穏な単語が出てきて焦ってしまうが、ドクターの無事の姿を見て大事ないのだと悟る。

 

『ドゥーエの方も少し現地から離れさせて上げたかったからね、彼女の力もあれば今後は多少動ける筈だよ』

 

「了解しました。ですがそちらは大丈夫なのですか? 部隊というからには我々の基地もそれなりに損害があったと思いますが……」

 

『いやね、実は今回の介入で研究所があちこち壊されてね、ここではもう研究は続けられないからね。幸いデータや次の個体は残ってあるから場所を移して再開発するつもりさ』

 

成る程とトーレはドクターの説明に何となく察しが付き、頷く。恐らくは場所を移るに当たり余計な荷物を持たないようドクターが配慮した采配のようなものなのだろう。

 

ドゥーエを此方に寄越すのも移設した研究所の座標を送る為に必要な処置、No.5という新たに配置される戦闘機人の投入も新たな実戦データが欲しい為。

 

ドクターの考えを半分ほど理解したトーレだが、ここで新たに別の疑惑が浮上する。彼女はこの疑惑を解消する為、彼に疑問を投げ掛ける。

 

「ドクター、一つお聞きしても?」

 

『構わないよ。何が聞きたいのかな、トーレ』

 

「はい。今回の遠征、確かに無限の力を有する“砕け得ぬ闇”はドクターからすれば魅力的に見えますが、その……そこまでして入手すべき代物なのでしょうか? ドクターならばそれに近しい物を造るのも、そう難しい事ではないと思いますが」

 

 自分達を生み出したドクターは天才だとトーレは自負する。それは生みの親だからとかいう贔屓ではなく、彼の出自を考えての当然の答えだ。

 

嘗て存在したとされる伝説の地、“アルハザード”彼はそこにあったとされるデータ下に『管理局の一部の人間達の手によって』生み出されたデザインベビーである。

 

無限の欲望。それが彼に植え付けられた因子であり、楔である。

 

その彼がそこまで執着する“砕け得ぬ闇”、トーレは思い切って訊いてみると。

 

当の本人は顎に指をおいてうーんと呻き。

 

『いや実はね、もう一つ興味深い物が出来たんだ。今回の戦力は謂わばその為に投入したと言ってもいいね』

 

「興味深い物……ですか?」

 

『そう。確かキシナミハクノと言ったかな? 個人的に興味が湧いてね。─────ちょっと、連れてきてくれないかな』

 

キラリと、無限の欲望の瞳が妖しく煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ハックション!

 

「お兄さん、風邪ー?」

 

いや、多分違うと思う。誰かが噂してるのかな?

 




ギアーズの出番はもう少し先になりそう。
それと、多分未来組の出番は……ありません。
すみません。


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闇の欠片

今回、やや短めです。


 

 

 

 

 どうもこんにちは、岸波白野です。ピチピチ暗殺者達となイサコザの後、雷刃の襲撃者ことレヴィちゃんを回収してはや二日、やっとトーレから受けた傷も癒え、これから翠屋に行って士郎さん達に顔出しに向かおうとしたのだが────。

 

「なっ!? フェイトが……二人!?」

 

「お、お前が私のオリジナルか、よし、今すぐ勝負だ! 私が勝ったら……えっと、その髪型を変えて貰うぞ!」

 

「え? ……え?」

 

「奏者よ、見よ! 同じ顔が二人もいるぞ! 余は知っているぞ、これを世間ではドッペルゲンガーと言うのであろう!」

 

現在、どういう訳かマンションの出入り口前で絶賛カオスの真っ最中である。

 

事は数分前、バイトに休みの謝罪と暫く来れそうに無いことを伝える為に外出の支度をし、バイト先を見てみたいというレヴィちゃんの要望に応え、護衛のセイバーを連れて出掛けるつもりがマンションの自動ドアを潜った所でフェイトちゃんとアルフちゃん、そして何故か一緒のアーチャーとユーリと遭遇。そしてそのまま現在に至る、という事である。

 

というか、マジどうしたの? アーチャーは兎も角としてユーリまで朝帰りとは……何か事情があるのだろうけど、少しこれは頂けないのでは?

 

「え、えっとその……」

 

「マスター、彼女に非はない。言い訳になるだろうが私の話を聞いて欲しい」

 

困り顔のユーリを庇うように、アーチャーが事の倣わしを語ってくれる。

 

 アーチャーの話では、昨日リンディさんと話をする為にとある料亭で会合し、先の闇の書事件に関して謝罪と感謝の言葉を話してきたという。

 

ただ、話の途中でギルガメッシュが余計な茶々を入れ始め、何やら物騒な話をし始めたという。

 

止めに入ったアーチャーだが、ギルガメッシュに無理矢理呑まされた酒によりダウン、その場はユーリが介抱していたがギルガメッシュが帰った後、残されたどうしようもない空気の中、リンディさんは自分の家に来るよう進め、その日一晩お世話になったらしい。

 

……なんというか、うん。ホント色々申し訳ないです。近い内リンディさんには挨拶を兼ねてお礼を言いに行った方がいいのかもしれない。

 

唯でさえ闇の書事件で多大な迷惑を掛けたというのに、未だ連絡すらしていないのは流石に失礼かな。バイトや特訓、日々の生活で忘れていたが………もしかして自分、結構ヤバい事している?

 

と、内心でビクついていると、服の袖に何かに掴まれる。何だと思い視線を向ければ、そこには俯いたユーリが自分の服を握っていた。

 

まる一晩いなくなった事で自分に怒られると思ったのだろう。その暗い表情をするユーリの頭にそっと手を載せて「怒ってないよ」と出来るだけ優しく声を掛ける。

 

するとユーリは一度自分の顔を見ると、頬を弛ませて頷く。安心して気持ちが緩んでいるのかその頬は若干朱くなっている。

 

……うん、ウチのユーリマジ天使。こんな子にお父さんと呼ばれても満更でもない自分がいる。

 

ひとまずこれでアーチャー達の疑問は解決した。フェイトちゃんとアルフが来ているのもそんな二人の送りに来たと何となく理解できる。それにギルガメッシュも丸一日帰って来ないのはそう珍しくもないので放置。只、残されている問題は……。

 

「いい加減にしな! 私のフェイトはねぇ、アンタみたいにそんなアホ丸出しなんかじゃないんだよ!」

 

「なにをー! 犬の癖に生意気だー! それに僕はアホじゃなくてレヴィ! 強くてカッコいい大人の“れでぃ”なんだぞー!」

 

「あ、あの、二人とも喧嘩は止め……」

 

この混沌の空気を、いい加減何とかしなくてはならないという事だ。フェイトちゃん、時々此方に助けをチラ見してくるし、どうやら本気で困っているみたいだし。

 

ただ、いきなり自分とそっくりな人間が目の前に現れても変に殺伐とした空気にならないのはそんなアホ……いや、純真なレヴィちゃんの人格の賜物なんだなぁと思いつつ、三人の間に割って入る。

 

これこれいかんよレヴィちゃん。あんまり人様に噛みついては。

 

「何だよお兄さん、邪魔しないでよ!」

 

……またほっぺたムニムニされたい?

 

「サーッ! 大人しくしますサーッ!」

 

自分の説得に大人しくなったレヴィちゃん。軍式の敬礼までするのは少しやりすぎに思えるが……まぁいいだろう。

 

取り敢えずここで立ち話をするのも何だし、皆で行くとしようか、フェイトちゃんとアルフは見送りの途中という事で……。

 

「は、はぁ……」

 

「私はフェイトがいいなら構わないけど……」

 

 レヴィちゃんを大人しくした事で本日の方針は決まり、ひとまずは翠屋に向かう事にする。アーチャー、ユーリはキャスターと桜と一緒に留守番の方を頼みたい。

 

「はい。分かりました。気を付けて下さいね」

 

「セイバーがいるから大事ないと思うが、努々気を怠らぬようにな」

 

アーチャーの台詞に分かってると軽く応え、自分達は喫茶翠屋へと向かう。

 

…………所でセイバー。

 

「む? どうした奏者よ。何か悩み事か?」

 

悩み事というより疑問なのだが、どうして今回はキャスターは自ら進んで留守番役を選んだのだろうか?

 

「さぁ、良くは知らぬが……何でも奏者の部屋を掃除するからと言っていたな」

 

あぁそうなの? キャスターに申し訳ない事したな。翠屋から帰るときは桃子さんのシュークリームをお土産に買っておこう。

 

と、キャスターに対して感謝の気持ちを感じると同時に。

 

「ヌフフフフ、ここがご主人様のお部屋~♪ 香しい匂いがプンプンするぜぇぇ!! さて、では先ずは枕の交換から始めるとしましょう。………クンカクンカ、クンカクンカ」

 

………何故だか、途方もない悪寒を感じるのは自分の気の所為か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠屋での一時は少々の波乱を呼びながらも比較的平和に過ごせる事が出来た。

 

最初はバイトを休んでしまった事への謝罪ともしかしたら頻繁に休んでしまうかもしれないという報告。特に後半の方は流石の士郎さんでも一言文句を言われるかと覚悟していたが、此方をジッと見つめた後士郎さん特有のスマイルを浮かべコレを承諾。

 

余りにも器の広さと深さに思わず聖人君子か何かと錯覚してしまう。…………や、聖人と付いた人にはマトモな思い出はないから比較出来ないが。

 

流石に休みの間はバイト代は出せないとか言ってたけど………士郎さん、それ普通だから。一般常識だからそんな申し訳ない顔しないで欲しい。マジで良心が痛むから、胃が痛くなるから。

 

などと冗談混じりの会話を交わしながら、せめてもの償いとお店への貢献として昼食はここで取ることにし、メニューにあった桃子さんの手料理をご馳走になる。

 

その時レヴィちゃんを紹介すると、士郎さんは驚きの表情でフェイトちゃんと見比べる。咄嗟の思い付きで出したフェイトちゃんの妹発言にフェイトちゃんもレヴィちゃんも驚愕。特にレヴィちゃんは納得がいかなそうに抗議してきたが、セイバーにハグさせる事で黙らせる。

 

その後、昼食を取っていた最中に店内に現れたなのはちゃんと二人の少女、アリサちゃんやすずかちゃんとやはりレヴィちゃんの事で一悶着あったが、その辺りはセイバーのハグで解決。流石はハーレムを築いた皇帝様、守備範囲は広い。本人はお持ち帰りをしたいと言っていたが、そこは流石に自粛せよと言い聞かせる。

 

そんなこんながあり、翠屋から抜け出した自分達は今、フェイトちゃん達を送っていこうと海岸沿いの道を往く。

 

 日は沈み掛け、夕焼けの光が街に本日最後の光を照らしているのを眺めながら、ふと思う。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

空気重っ! 何この空気! 何で皆黙ってるの? 翠屋でキャッキャと賑わっていた空気は何処へ行ったの!?

 

「奏者よ。騒いでいたのは基本的余だけだったぞ?」

 

知ってるよ! というか自分でそういうことを言わない! 余計悲しくなるでしょう!

 

「余はどこぞの青と違って豆腐メンタルではないからな。この程度の自虐は屁でもないぞ」

 

いやそんな胸を張って言う事じゃないから、あと青ってなに? 誰のことを言ってるの? いや、それ以前に無意味な誹謗中傷は止めなさい。色んな人に怒られるから。

 

「そろそろ説明して」

 

自分とセイバーの漫才に突然冷たい声が場の空気を貫く。恐る恐る振り返ると鋭い眼差しとなったフェイトちゃんがレヴィちゃんに向けて斧を突き付けて凄んでいる。

 

「一体アナタは何者? どうして私と同じ格好をしているの。応えて」

 

先程以上に冷ややかな口調になるフェイトちゃん。修羅場と化しつつある空気をどうにか和らげようと間に割って入るが………。

 

「よく言うよ。ホントは分かってる癖に」

 

レヴィちゃんもまた、フェイトちゃんと色違いの戦斧を取り出す。セイバーも物騒な空気に流石にふざけては入られなくなったのか、自分の前に立ち彼女達から下がらせようとする。

 

「僕はレヴィ=ザ=スラッシャー。“雷刃の襲撃者”お前達が滅ぼした闇の書の闇、ナハトの残した闇の残滓だよ」

 

吐き捨てるように出てきた彼女の一言にこの場にいる全員が息を呑む。闇の書の闇、つまり目の前の少女はギルガメッシュが消した筈の…………。

 

「闇の───欠片」

 

フェイトちゃんのその呟きに、胸の奥底がドクンと脈打った。─────有り得ない。だって暴走体はギルガメッシュが跡形も残さずに消した筈。

 

「そう、僕達は暴走体の肉片ごと塵に還る筈だった。けどね、あの金ピカの放ったバカみたいにデカい力の所為で空間は直前に崩壊。ある事が切欠で自我が目覚めた僕達はその時出来た空間の亀裂に逃げ込む事でどうにか生き延びる事ができたのさ」

 

淡々と此方の疑問を応える彼女の言葉が、否定する自分の心にストンと入り込んでくる。

 

空間の亀裂、その事自体は初めて訊かされる言葉だが、レヴィちゃんの表情が嘘ではないと告げている。

 

「なら、どうしてアナタは私と同じ格好をしてるの。闇の欠片が自我を持っていたとしても、それだけでは説明がつかない」

 

「それは………」

 

「レヴィ、そこまで語る必要はない。そこの塵芥は我が消滅させる」

 

 瞬間、第三者の声がレヴィちゃんの言葉を遮ったと同時に、大量の魔力弾が降り注いでくる。

 

「フェイト!」

 

「っ!」

 

「奏者よ、余の後ろから動くなよ!」

 

咄嗟の行動が出来たのは、フェイトちゃんの使い魔であるアルフと剣のサーヴァントであるセイバーだった。

 

アルフちゃんが魔法障壁を張り、セイバーが瞬時に顕現させた剣で全て払い落とす事でなんとか防ぎきり、それに比例するように辺りはチーズの様に穴だらけとなっている。

 

一体何がどうしたのかと思い、魔力弾が飛んできた方角へ視線を向けると────驚きと同時に何故だか納得してしまった。

 

何故なら。

 

「全く、探しましたよレヴィ。アナタの所為で余計な時間を過ごしました」

 

「ぶー、そんな怒らなくてもいいじゃん。けど、ありがとねシュテル、王様、二人とも来てくれたんだ」

 

「当然だ。臣下を纏めるのは王である我の努め。あとは……残った塵芥を消すのみよ」

 

自分が良く知る女の子と、同じ顔をしていたのだから。

 

 




今回は珍しくシリアスで終わった。

次回はその反動が………来る?


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勘違いは止まらない。

今回、短めです。

ここ暫くはこんな調子になりそうです。


 

 

 

 闇の書。それは嘗て多くの命を蝕み、数多の悲劇を生み出し、数え切れない程の災厄を振り蒔いてきた負の遺産。

 

当時、呪いの代名詞とも呼ばれたソレは自分のサーヴァント達が消滅し、悲劇の連鎖は断ち切った筈だった。………けれど、今更ながら思う。

 

果たして、本当に悪かったのは闇の書だったのか? 夜天を闇に変えたのは、そうなるよう手を加えた人間自身。

 

闇の欠片とも呼べる彼女達は、その事については一体どう思っているのか…………自分には見当も付かない。只、一つ言わせて貰えるとすれば。

 

「ねぇー、シュテるんに王様、迎えに来てくれたのは嬉しいけど……もう少し後でもいいかな」

 

「……レヴィ、それは一体どういう意味です?」

 

「いやだって、お兄さん所の料理メチャクチャ旨いんだもん。キャスターって人の料理もそうだけどお兄さんの作るお菓子も美味しいしさ、しかも今度はそのお師匠さんが造ってくれたシュークリームもあるんだよ。せめてそれを食べてからにしても……」

 

「貴様の中の我らは菓子以下と言うのかレヴィ? ん? その辺りはどうなんだ?」

 

意外にも彼女達は人間らしく、それこそ見た目の……年相応の女の子のようで────。

 

「ほぅ、レヴィの他にもまだ童女がいたとは……ムッハー! 夢が膨らむ! 奏者よ、あの三人をお持ち帰りしても良いか? 答えは聞いてない!」

 

…………はい、本日のシリアスタイムしゅーりょー。悲しいことに岸波白野の周りには悲観的にモノを見る人間が少ない! や、自分が言える事ではないのですが……。

 

「食料を話題に内輪揉め……まさか彼はそこまで計算を入れて彼女に餌付けを!? 流石岸波さん、その読みの深さは私では把握できない」

 

そんでフェイトちゃんはフェイトちゃんで物凄い勘違いを発動してるし。チガウヨー、ボクソンナコトカンガエテナイヨー。

 

というか餌付けってなにさ、いつから自分は猛獣使いになった。それはそれとして、レヴィちゃん、今自分の言うことを訊いてくれれば桃子さんがくれた特性シュークリームを自分の分も上げよう。

 

「ホントに!?」

 

「おぃぃ!? レヴィ、何を懐柔されとるかおのれはぁぁぁ!! 食い気か! 貴様はアホの子としてでは厭きたらず腹ペコ属性まで付ける気か!?」

 

「いけませんレヴィ、無用な複数属性は下手をすれば悪魔合体になりかねません。そういうのはもう少し世の中というものを理解してからの方が……」

 

……意外とノリがいい彼女達を見て、親近感が湧いたのはどうしてだろう。

 

「くっ、おのれぇ、よくも我が臣下を誑かしたなぁ。その罪、万死に値する!」

 

と、漸く此方に話を振られた事で会話に参加する事ができた。────初めまして、自分は岸波白野、見習いですが魔術師をやっております。

 

「これはご丁寧に、私はシュテル。シュテル=ザ=デストラクター。星光の殲滅者にして“理”を司る者。そして、こちらの傲慢な方が私達の王。闇統べる王ことロード=ディアーチェ、以後お見知り置きを」

 

「おい、誰が自己紹介をしろと言った? というか我を序でみたいに扱うでないわ!」

 

成る程、シュテルちゃんにディアちゃんか。二人は今までどうしてたの? レヴィちゃんが言うには襲われてたらしいけど……怪我とか大丈夫なの?

 

「その点はご安心を、確かに襲撃されましたが私達二人は“協力者”の手引きの元、どうにか窮地を逃れていて、今は人気のない廃ビルを拠点にしてます」

 

…………余計なお世話かもしれないけど、拠点はもっとちゃんとした所を選んだ方がいいよ。さもないとどこぞの路地裏同盟みたいになってしまうから。

 

「そうならないよう気を付けてはいますが、如何せん私達の出生が出生ですので、戸籍を造ろうにも……」

 

くっ、こんな小さな女の子達が路頭に迷う事にのるなんて、世の中世知辛過ぎる!

 

「おい、いつまでこの漫才を続けるつもりだ。え? これ我の方がおかしいの? ついていけてない我がいけないの?」

 

「王様ー? どうしたのー? お腹減ったのー?」

 

何やら落ち込んだ様子のディアちゃんにレヴィちゃんぎ頭を撫でて慰めている。その微笑ましい光景を眼にしていると。

 

「協力者? あなた達以外にもまだ誰かいるって言うの!?」

 

今まで黙していたフェイトちゃんが、驚愕を露わに問い詰めている。それを好機と見たのか、話題を変えようと目を光らせるディアちゃんの表情が見えたのは、きっと見間違いではない。

 

「ふん、それを訊いた所で無駄な事よ。貴様等は今ここで、その名の通り塵へと還るのだからな!」

 

フェイトちゃんの質問にも答えず、ディアちゃんはその手に魔導師らしい杖を顕現させ、先程と同じ無数の魔力弾を掲げ、対するフェイトちゃんも黒い法衣を身に纏い、戦斧を手に周囲に雷鳴と稲妻が迸らせる。

 

「奏者よ、下がっておれ」

 

一触即発の空気にセイバーも自分を守ろうと花嫁衣装に似た真っ白な礼装を纏う。あわや戦闘開始かと思われた時、レヴィちゃんが自分達の間に立った。

 

「……レヴィ、貴様なんの真似だ?」

 

「王様、今回は僕の顔に免じて見逃せないかな」

 

「……何故だ。理由を言え」

 

「僕、二人に迎えに来てくれるまでお兄さん達のお世話になってたんだ。そんな人達とは……戦えないよ」

 

「…………」

 

ディアちゃんの鋭い視線が、レヴィちゃんへと射抜く。その表情は先程までの状況に振り回される女の子ではなく、その名に相応しい王の風格を纏っていた。

 

数秒、或いは数分に及ぶ長い沈黙。時間という感覚が鈍り始めた頃、ディアちゃんは呆れたように溜息を吐き出し、覇気を解く。

 

「仕方あるまい。臣下の借りは我の借りでもおる。ここはお前の言葉に従ってやるとしよう」

 

「……うん、ありがとうね。王様」

 

「ふん。……では、もはやここに用はない。往くぞシュテル、レヴィ」

 

「はい。王よ」

 

 レヴィちゃんの言葉を訊き、ディアちゃんはこの場は引いてやると杖を消し、宙に浮かぶ魔力弾を消滅させると、後は興味を無くしたように踵を返し、空へと舞い上がっていく。

 

シュテルちゃんもその後に続き、レヴィちゃんも二人の後を追おうとする……けど。

 

少し、待ってくれないだろうか。

 

「お兄さん?」

 

自分の声が訊き届いたのか、レヴィちゃんは此方に振り返ると、なんだろうとフワフワと浮かびながら近付いてくる。

 

法衣まで自分とそっくりな事に驚いているのか、フェイトちゃんの警戒する顔付きが怖い。けど大丈夫だと心配かけないよう声を掛けるとその警戒心が僅かに弛んだような気がした。

 

……時間は掛けられない。空の向こうではディアちゃんの早く来いという急かせる言葉にレヴィちゃんも焦り始めている。だから、これ以上言葉を交わす事はなく、俺はレヴィちゃんにシュークリームの入った袋をそのまま手渡した。

 

「え? ……お兄さん。これって」

 

袋を手渡され、中身を見たレヴィちゃんが目を丸くして自分を見る。頷く自分に何かを感じたのか、レヴィちゃんは一瞬だけ涙ぐみ……。

 

「ありがとうお兄さん。……さようなら」

 

そんな別れの言葉を残して、レヴィちゃんは今度こそ振り返らず、ディアちゃんと共に空の向こうへ消えていった。

 

…………セイバー。

 

「む? なんだ奏者よ」

 

桜に電話して、今夜は遅くなりそうだから先にご飯を食べててくれと伝えてくれ。

 

「うむ。分かっ───まて奏者よ。今……なんと言ったのだ?」

 

え? いやだから今夜は遅くなるから……

 

「な、なんと! まさか奏者から逢瀬の誘いを受けるとは! う、うむ。そういう事なら仕方あるまい。余も覚悟を決めるとしようではないか!」

 

なんかエラい気合いの入った様子で携帯で電話しているが……一体どうしたのだろう。

 

まぁ、それは今は置いておく。それよりもフェイトちゃん。

 

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

君達の今住んでる所って、確かリンディさんもいるんだよね。

 

「はい。今調度その人と話していますけど……それが何か?」

 

なんと、先程から耳に手を当てて何をしてるのかと思ったけど……成る程、これが念話という奴か。

 

便利そうだ。今度自分にも出来ないか教えて貰えないかな。っと、話を逸らしてしまった。フェイトちゃん、リンディさんに伝えてくれ。

 

「は、はい……なんでしょう」

 

話したい事があるから今から其方に向かう。待っていて欲しいとだけ。

 

その事を告げると、フェイトちゃんは素直に頷き、念話越しでその旨を伝えると、自分に向き直り付いてきて下さいと歩き始める。

 

アルフもいつの間にか子犬の姿へと変え、主人の横をテクテクと歩いていく。

 

セイバー、連絡は取れた?

 

「うむ! 万事抜かりなく! さぁ、参ろうではないか!」

 

なにやらホクホクとした様子のセイバー。何か良いことでもあったのだろうか?

 

だが、それを詮索している余裕はない。戦闘機人、レヴィちゃん達闇の欠片、そしてそれに協力する謎の人物。

 

雲行きが怪しくなってきた今、少しでも協力を得る為に、自分は管理局の提督なる人に助力を仰ぐ事にした。

 

そこで、更なる混沌があるのも知らずに────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですって!? セイバーさん、それはどういう!?」

 

夕食時前。もうそろそろアーチャーの料理が完成しようとした所、食器を並べていた桜の所に携帯の着信音が鳴り響く。

 

なんだろうと電話を取り二、三回程頷いた桜だが、あるキーワードを耳にした途端表情を真っ赤に染め上げ、電話越しにいるセイバーに怒鳴りにも似た叫び声を上げる。

 

「うわ、びっくりしたー。いきなり大声だしてどうしたのですか桜さん」

 

思わず同席していたキャスターもこれには驚き、尋常ではない様子の桜に問いかける最中ふと思う。

 

(まさか、ご主人様の身に何かが!? いえ、喩えそうであったとしてもご主人様にはセイバーさんがいる筈。セイバーさんがヘマをするのも疑問に思いますし、何よりご主人様は未だ制限はあるものの礼装も使用可能となっている。そんな二人がそう簡単に足下を掬われるのは考えにくいし……)

 

主人である白野の事になるとその思考速度をトランザムさせるキャスターだが、明確な解は得ることはない。

 

言いし難い不安、携帯をしまいギギギと振り向く桜にキャスターにも緊張がはしる。

 

「い、今セイバーさんから連絡があって……」

 

「そ、それでご主人様は!? ご主人様はどうしたのです!?」

 

ここまで彼女が動揺するのは珍しい。昔の彼女を知る者が見れば目を疑う程の光景だ。

 

ゴクリ、キャスターは生唾を飲み込み緊張した様子で桜の次の言葉を待っていると。

 

「“奏者の貞操は戴いた”と、それだけ────」

 

瞬間、一匹の狐がマンションから飛び出した。

 

 




やはり、ギャグはいい。ギャグはリリンが生み出した文化の極みだよ。


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一番の敵は己の内に……

今回、やや苛つく描写があると思われます。
さぁ、読者の皆様、壁ドンの用意は充分か?


 

 

 リンディ=ハラオウンはその若さとは裏腹に提督という役職に就いている。それはなにもコネや裏金といった賤しい手段で得た地位ではなく、彼女自身の力で得たモノである。

 

彼女は優秀だ。人としてもそうだが提督という立場に在籍しているだけあって交渉や所謂相手の心理を汲み取った話術も心得ているし、魔導師としての実力も折り紙付きである。

 

だが、そんな彼女でも出来ない事がある。それは例えば────。

 

「こんな時間にすみません。貴女がリンディ=ハラオウン提督さんですよね? 俺は岸波白野。先の闇の書事件では多大なご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」

 

「い、いえ! こちらこそ、巻き込んでしまったようで……申し訳なかったです」

 

今、この状況が最たる例である。

 

(い、一体この状況は……どういう事なの!?)

 

アーチャーやユーリを送り出し、仕事も終わった事で夕飯にしようかと思った矢先、娘同然に思っていたフェイトが連れてきたのは彼女が最も危険視していた男────岸波白野その人だった。

 

玄関先でフェイトを出迎えた際、彼とばったり出会した時の自分の顔ときたら……きっと、酷く間抜けな顔をしていただろう。

 

(というか、一体何が目的!? 報復? 報復が目的なの!?)

 

割と落ち着きのない思考で素っ頓狂な考えが脳裏に浮かぶ……が、それはないなと考えを否定する事で一気に思考が冷えていく。

 

兎も角今は話を進める事に集中しよう。幸い相手からは敵意は感じないし、落ち着いて用件を尋ねよう。それが喩え目の前の男の高度な演技による罠だとしても。

 

何より、彼の隣で不機嫌を露わにしている女剣士の同行には常に注意を払わねばならない。

 

(目の前の男と彼女の二人に警戒しなければいけないのが辛い所ね)

 

 表の顔はあくまで好意的に、それでいて内心では警戒を抱き続けながら、リンディ=ハラオウンは覚悟を完了する。

 

それが、どれだけ取り越し苦労なのか知らずに………。

 

いや、この場合強ち間違いじゃないのが、岸波白野の悲しい運命なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書事件を介して名前こそ知ってはいたけど、こうして直接リンディさんと面と向かって会うのは初めての事だ。

 

最初は提督という立場の人間にアポなしで面会するのはどうかと思ったけど、緊急の事態と言う事で納得して貰おうとか、変に言い訳じみた事を考えていたけど……。

 

なんというか……うん、普通に良い人だ。いきなりの訪問に最初こそ驚いていたけど、後は普通に対応してくれたし、さほど気にせず招き入れてくれた。

 

温厚そうな人だし、これなら此方の話も聞き入れてくれる事にも期待してもいいのかも知れない。─────あと美人だし。

 

変に時間を取らせるのもアレだし、早々に本題に入りたい所なのだが…………。

 

「…………じーーーーー」

 

あの、セイバーさん? 一体どうしたんでせうか? 先程から恨みがましく睨んできて……私、何かしましたか?

 

「ふん! 奏者が逢瀬を誘ってきたから期待してたのに……余は裏切られた気分だ!」

 

………うん、どうやらこの皇帝様は何か盛大に勘違いをなさっているご様子。本来ならここで誤解を解くようにしたい所だが、今はそれは赦されない。

 

だって人の家に押し入ってまで痴話喧嘩するとか、恥ずかしいにも程がある! 見てみ! 既にリンディさんがポカンとした表情でこっち見てるから!

 

「ねぇアルフ。おうせって知ってる?」

 

「品種の肉の話かな?」

 

向こうの部屋で聞き耳を立てているフェイトちゃん達の声が聞こえてくる。お願いだから君達はいつまでもそのままの君でいて欲しい。

 

と、いい加減話を切り替えて態とらしく咳払いをする。セイバーからのジト目の視線が痛いが、ここは敢えて無視。リンディさんと向き合いながら先日まで起こった自分の出来事について話し始める。

 

 最初は戦闘機人の事、次にレヴィちゃんやディアちゃん達闇の欠片と呼ばれる者達の事、更にそんな彼女達に何者かが協力しているという事。全てを話し終える頃にはリンディさんも真剣な表情で聞き入っていた。

 

「…………成る程、大体の事情は分かりました。貴重な情報提供、誠にありがとうございます」

 

仰々しく頭を下げてくるリンディさんに思わず此方は萎縮してしまう。情報といっても自分の体験談を元に主観で話しているだけに過ぎない。其方に対して余計な混乱に陥らせる要因にもなりかねないと思うのだけれど……。

 

「いえ、そんな事はありません。貴方の説明は丁寧でしたし、主観的ではなく寧ろ客観的な意見も多かったですから、当時の状況がより分かり易く伝わってきますよ。お若いのに関心しますわ」

 

リンディさんからの偽りのない賞賛に照れ臭くなる。いや、こうして面と向かって褒めてくれるのは中々機会がないのでどう対応していいか分からないものである。

 

「むー……」

 

隣で膨れっ面になるセイバーを尻目に、話し合いは続く。リンディさんも流石提督という役職にいる為か情報整理が上手く、素人な自分に対し分かり易く纏めてくれた。

 

戦闘機人なる存在は“砕け得ぬ闇”つまりはユーリを狙っているらしく、彼女達はドクターと呼ばれる何者かの指示で動いていおり、且つ隠密性は高く、見つけるのは難しいと推測する。

 

理由は一つ、それはクアットロと呼ばれる戦闘機人の能力が原因だと思われる。“シルバーカーテン”なる能力は相手に幻覚、幻を見せるという厄介な代物の所為であると思われるからだ。

 

一方のレヴィちゃん達だが、ぶっちゃけ彼女達は戦闘機人達と比べて危険性は低いと思う。実際話してみて意志疎通の出来ない相手ではないし、目的こそ知らないが決して分かり合えない存在ではないと思う。

 

…………いや、正直に言えば“そう思いたい”が本音か、レヴィちゃんとは数日しか過ごさなかった仲とはいえ、全くの赤の他人ではない。短い間でも楽しく過ごせた彼女との時間に嘘はないという“縋り”にも似た自分の心境故の願い。

 

アーチャーやギルガメッシュに聞かれれば甘いの一言で断じられてしまいそうだが……コレばかりは如何ともし難い。

 

後は協力者だが……それが何者で何が目的でレヴィちゃん達に協力するのか、情報不足も合間って尚より不気味に感じる。

 

 ただ一つ言えることは、このままではレヴィちゃん達が危ないという事だ。戦闘機人は勿論、下手をすれば管理局の人達にだって敵に回るかも知れないのだ。

 

リンディさんを信用していない訳ではないが、彼女だって組織に所属する人間だ。その気になれば自身の感情だって押し殺せるだろう。

 

だから、自分は頼み込む。

 

───リンディさん。

 

「はい?」

 

レヴィちゃん達の事は自分達に任せて貰えないでしょうか?

 

「え!?」

 

「…………………」

 

自分の一言が余程意外だったのか、子犬形態のアルフを抱き寄せたフェイトちゃんは驚きの声を上げている。

 

セイバーは何だか得意げにウムウムと頷いているが……まぁそっとしておこう。

 

対するリンディさんは目を閉じ、吟味するように何度も頷いた後此方に視線を向け。

 

「………そうですね。私も貴方に同意見です。客観的に見ても闇の欠片よりも戦闘機人達の方が危険性が高い。裏に高度な技術力を有した科学犯罪者が潜んでいるとなると、事は単純な話ではなくなりそうですし、ここは協力し、二手に捜索し情報を共有するのがベストでしょう」

 

………あ、そ、そうですか?

 

「? 何か気になる点でも?」

 

あ、いいえ、まさかこうもすんなり話が通るとは思わなくて……その、ちょっと自分で驚いています。

 

「ふふ、面白い人ですのね。貴方の見解は正しいですよ。少なくとも、現時点においては……貴方は少し自信を持った方がいいかもしれません。過度の過小評価は時に過大評価よりも手に負えませんから」

 

は、はぁ、恐縮です。

 

案外自分の意見がすんなり通った事により思わず呆けてしまうが、取り敢えずこれでリンディさん達と協力体制になれたことは大きい。

 

これで戦闘機人達の事はリンディさん達管理局の人達に任せ、自分達はレヴィちゃん達の捜索に専念できる。一通りの話し合いは全て終わり、時計を見れば既に一時間ほど経過していた。

 

長居して申し訳ないとリンディさんに謝罪して席を立つ、その際玄関先まで見送られる。

 

リンディさん、今日はいきなり押し掛けてしまい誠に申し訳ありませんでした。

 

「いいえ、その事に関しては此方も気にしてはいません。寧ろ、貴方という人物が少し分かった気がして良かったですわ」

 

……? なにやら引っかかる物言いだけど……ま、いいか。そんな事よりも重大なのはこれからの事だ。

 

戦闘機人、レヴィちゃん達。双方の居場所が分からない今、後手に回るのは必定。ならその時万全に対処出来るように体勢を整えておくのが今の自分達に出来る事だ。

 

玄関の扉を開けて、最後にリンディさんに振り返り頭を下げる。こらからの事、宜しく頼みますと念を込めて。

 

今度こそ、自分達は帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 二人を見送り、フェイトを自室で夕飯が出来るのを待っていて欲しいと頼み込みながら、リンディはリビングの椅子に座り一人考えに浸る。

 

(─────不思議な人)

 

リンディが岸波白野という人物に対して最初に抱いた印象はそれだった。

 

闇の書の暴走体を根こそぎ消滅させる力を持つ男を従えたり、此方のネットワークを一瞬にして掌握する高い技術力を持ちながら、彼が待纏う雰囲気は一般人のソレと殆ど変わりない。

 

無論だからといって警戒を緩ませてはいないが、それでも今の話し合いに彼からは嘘の要素は見付からない。彼から要求された提案も彼が保有する戦力を考えれば納得ができる。

 

(もしかしたら、私は彼に対して誤解してるんじゃ……)

 

岸波白野という一見人畜無害そうな少年を邂逅し、リンディはふと思う。それがどれだけ危険な考えなのかを自覚しながら……。

 

彼自身の考えはどうであれ、彼に従う存在達はいずれも曲者揃い且つ強者ばかり。万が一彼等と争う事態になったらそれこそ手が付けられない。

 

(……心苦しいけど、フェイトちゃん達に協力して貰う事も検討した方がいいかも)

 

あくまでも監視を目的にとリンディは考える。何れにせよ、ここは彼の言葉に賛同し、自分達は戦闘機人なる者達の同行を探る事から始めよう。

 

リンディは徐に立ち上がり、その前に夕飯を済ませようと席を立つ。

 

『────────』

 

「っ!?」

 

背後から感じた視線にリンディは振り返る。そこには誰もいなく、あるのはただ電源の入っていないテレビのみ。

 

─────しかし、気の所為だろうか? 今一瞬、黒いコートを羽織った少女が此方を見ていたような。

 

「……疲れているのかしらね」

 

ここの所、仕事が多くてあまり睡眠を取っていなかった気がする。今日は早めに就寝しようと思いつつ、リンディは少し遅い夕飯の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。すっかり辺りは暗くなり、夜の帳に包まれた海岸沿いの街道。月の明かりという自然の灯りの下、自分とセイバーは肩を並べて歩く。

 

いやぁ、無事に終わって良かった。最初はどうなることかと思ったが、リンディさんが上手くフォローしてくれたお陰で話し合いは滞りなく完了できた。

 

「…………」

 

やはりリンディさんは仕事の出来る女性らしく、その手際は見事なものだった。美人秘書という言葉はああいう人にこそ相応しいのかも知れない。

 

「…………」

 

そ、それにしてもアレだ。仕事は出来てもプライベートでは少しばかり抜け目があるのもまた可愛げがあって良いもので、そう、例えるならウチの桜とかそういう分類に入りそうである。

 

「…………」

 

……あ、あの、セイバーさん? さっきからどうして不機嫌そうにしていらっしゃるんですか?

 

「……ふん! 余を期待させるだけさせておいて裏切った奏者なぞ知らぬ! ああ知らぬともさ!」

 

 人を一方的に裏切り者扱いをした後、セイバーはプイッと頬を膨らませてソッポ向く。……先程からずっとこの調子である。

 

何も言わずにいるとセイバーの無言の圧力と視線が向けられて来るし、かといって怒っている理由を尋ねても今のように全く取り付く島もなく拒絶されてしまう。

 

勝手に期待したのはそっちだろうと言うのは簡単だが、詳しく話を伝えなかった自分にも非はある。

 

だから自分は言った。何でもするから許してくれと、するとそれを耳にしたセイバーがピクリと身震いさせ、ゆっくりと此方に振り返る。

 

「……本当に、何でも聞いてくれるのか?」

 

先程までの不機嫌さはどこに行ったのか、そこには先程までの理不尽な皇帝様ではなく、モジモジと照れさを露わにした恋する乙女のような仕草をするセイバーが、頬を紅くして上目遣いで自分を見つめてくる。

 

……どうしよう。勢いで言ってしまったがもしここで無理難題な事を言われたりしたらそれこそ自分のお財布事情が決定してしまう。

 

高級ワインか? それとも新しい服か? どちらにせよ岸波白野の自己破産は免れない! いや、下手をすればヒモ生活へとまっしぐ、自称働く自宅警備員(笑)が爆誕する事になる!

 

覚悟を……決めるしかないのか。迫り来る選択を前に岸波白野は一世一代の覚悟を決め掛けた時。

 

「そ、その……だな。ち、チューを余は望んでいるのだが………」

 

……………はい?

 

「だ、だから! 余は奏者とのチューを望むと言っておるのだ! 言わせるな恥ずかしい!」

 

……チュー? 鼠やチューベットの事じゃなくてマウストゥーマウスの……チュー?

 

「そうだ! 接吻だ! キスだ! 口付けだ! 文句あるか!?」

 

ウガーと顔を真っ赤にしてまくし立てるセイバーを前に此方は呆然となった思考からまだ復帰していない。えっと……そうかー、キスかー、なんというかうん、驚き過ぎて 上手く考えが出来ません。

 

というか、何故チュー? セイバーならもっと違うモノを望むと思っていた。服とかお酒とか。

 

「戯けた事を申すな。黄金律で大抵のモノを手に入れられる余が物を望むのは筋違いであろう!」

 

言われてみればそうだ。黄金律というふざけたスキルのお陰でセイバーの懐はかなり膨らみ、今ではポケットマネーだけで家をそのまま買えるとか言ってたっけ。……それでもギルガメッシュ程ではないのが何とも言えないのだが。

 

だが、それにしても解せない。そんな大抵の物が手に入るセイバーがよりにもよって自分の唇を選ぶとは……いや、めっちゃ嬉しいし、飛び上がるほど嬉しいのだが───。

 

「そ、それに奏者の初めてはキアラの奴に奪われてしまったからな。そなたの口元を見る度、あ奴の顔を思い浮かぶのはいい加減我慢できん」

 

ああ、そう言えばあったなそんな事。悔しげに語るセイバーを見て自分の当時の事を思い出す。

 

尤も、あれは合意のキスではなく一方的に貪られたと言った方が正しい。こう、ズキュゥゥゥゥンッ!! と言った具合に。

 

その後、アンデルセンが『フハハハハ! 残念だったな少年、お前の初めての相手はセイバーでもそこの保険室の女ではない。お前の初めてはこのKIARAだぁーーーっ!!』といきなり割って入ってきた時はびっくりした。

 

まぁ、その……セイバーが今までそんな風に思っていてくれた事には素直に嬉しいし、同時に申し訳なく思う。

 

 やはり自分にはこういった機微というものが今一つ足りないらしい。セイバーや“あの娘”にも散々言われてきたのに、まだ直っていないらしい。

 

済まないセイバー、また君に余計な気遣いをさせ……

 

謝罪の言葉を述べる前に、セイバーの人差し指が自分の口に添えられ、続いた筈の言葉を遮られてしまう。

 

「懺悔はよい。今そなたがすべき事は、一つ……そうであろう?」

 

そう言って微笑みを浮かべた後、セイバーは目を瞑って顔を此方に向ける。

 

ドキリ。心臓の音が高まるのを感じた。

 

月明かりに照らされた綺麗な金髪、ぷっくりと膨れた唇を前に自分の脈動が加速していくのが分かる。

 

────思考するよりも早く体が動いた。両手で彼女の体を抱き寄せると、ピクンと僅かにセイバーの体が跳ねる。

 

あぁ、戦っている時の彼女の力は自分なんて足下にも及ばない程逞しく、荒々しく、そして美しいのに……。

 

「…………ん」

 

今は、小さな一人の女の子が自分の手の内でなすがままにされている。

 

ゆっくりと自分と彼女の距離が近付いていく。残り五センチ、三センチ……。

 

そして、一センチを切った所で…………。

 

「見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁ」

 

その声は、聞こえてきた。

 

 声に反応して慌てて振り返ると、そこにいたのは……。

 

「こんな所で何をしているのかなとタマモはタマモは殺気を丸出しにしながら聞いてみたり♪」

 

阿修羅だった。

 

というかキャスター!? 何故にここに!?

 

「何故? それは愚問ですぅー、ご主人様に群がる虫螻はぁ、一匹の肉片の欠片一つも残さず絶滅させるぅ、それが私の使命ですからぁ」

 

ヤバい。何がヤバいってキャスターのキャラの崩壊が酷すぎてどうヤバいのか分からな過ぎてヤバい。

 

というか…………。

 

「きゃん♪ ご主人様への愛が深すぎて、タマモ、また生えちゃいました♪」

 

尻尾が生えてるぅぅぅぅっ!? 元々一尾しかなかったキャスターの尾が自分の感情のままに生えて今では……四本!?

 

「勢いに任せて、はい。もう一本追加です♪」

 

増やすなぁぁぁっ!! そんなポンッと軽い感じに尻尾を生やすなぁぁぁぁっ!?

 

やややややべぇ。このままでは殺られる───否、犯られる!?

 

だって明らかに目の色が違うんだもの。彼女の纏うオーラが黒とか赤とかじゃなくてピンクなんだもの。

 

と、兎に角狼狽するのもここまでだ。今は自分を落ち着かせ、キャスターを元に戻すのが先決。

 

落ち着けキャスター! 今は自分の話を────。

 

「全く、これから余と奏者の愛の契りが始まるというのに、無粋よな」

 

セイバァァァァァっ!? 何おかしな事を言ってんのォオぉぉ!?

 

「む? 何がおかしい? 愛する二人がチューをするのだ。当然その次はベッドの上で合体するのが当然であろう?」

 

何を平然と卑猥な事を口走りやがりますかこの皇帝様は! そんな事まですると誰が言いましたか!? というか自分はまだ童貞だ! そんな事まで考える訳ないだろう!!

 

「大丈夫。余は初めての相手も心得がある。そなた何も気にすることなく、余に全てを預けるがいい」

 

ダメだー。聞いてないよこのちびっ子皇帝。というか今振り返るのすっごく怖い。

 

恐怖を押し殺し、半分諦めながら振り返ると────。

 

「うふ、ウフフフフ、アハハハハハハハ!!」

 

────うわぁお。

 

そこにいたのは光のない目をし、ピンク色のオーラを纏ったキャスター(ヤンデレ)がそこにいた。

 

その後、有無を言わさず襲い掛かってきたキャスターからセイバーを連れて逃げ回り続け、海鳴市全土を渡り歩いた所で、騒ぎに聞きつけてくれたアーチャーと爆笑しながら登場したギルガメッシュのお陰で何とか鎮静できた。

 

この時、自分は思った。戦闘機人やレヴィちゃん達よりも、ウチの連中の方が厄介なんじゃね? と。

 

あ、あと今回キャスターから逃げ回っている内に新しく一つの礼装が使えるようになりました。それも“強化スパイク”

 

自分のサーヴァントから逃げ回っている内に礼装使用可能とか、色々残念過ぎる。

 

 




皆様はこの夏、いかがお過ごしでしょうか? 
私? 私は絶賛お腹を壊しトイレの住人になっております。


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朝、天国と地獄。

今回、かなりグダグダ感が酷いです。
それを覚悟の上でお読み下さると嬉しいです。


 

 

 

 どうも皆さんおはようございます。昨夜危うく悲しみの向こう側へと逝く所だった岸波白野です。

 

自分の言葉不足とセイバーの勘違いの所為で半暴走していたキャスターは駆け付けたアーチャーとギルガメッシュの協力の下、どうにか彼女の無力化に成功。いや、本当に良くやったと皆を褒めてやりたかった。

 

いやだって、明らかにキャスターの様子がおかしかったんですもの。接近戦最弱と言われていたキャスターが三人のサーヴァントを相手に圧倒してきたのは嘗てないほどに戦慄しました。や、マジで。

 

けれどそこは長い間付き合いのある自分の洞察眼と観察眼で何とか対応、冷や汗をダラダラ流しながらキャスターの一挙一動を凝視しているのは流石に骨が折れた。

 

だってあの時の彼女が火・氷・風のいずれかのスキルを使ったらそれこそ街一つが消し飛びそうなんだもの。闇の書事件より緊張感がハンパないってどういう事?

 

アーチャーもこれだからヤンデレは! と意気消沈で溜息吐いてたし……あ、でもギルガメッシュは「これで当分ネタには尽きぬわ!」とか言って爆笑してたっけ。ネタって何のことだろう?

 

まぁ、それは別にいい。重要な事じゃない。大事なのはこれからどうするかだ。

 

無論、この言葉の意味は戦闘機人やレヴィちゃん達に対する物でもある。だが、それ以上に重要視しているのは……。

 

「むふー、ごしゅじんさま~」

 

「そうしゃ~、もっとよを愛でるのだ~」

 

 この現状をどうにかするかが岸波白野に課せられた最重要ミッションである。文字の羅列だけでは分かり辛いと思うので、今の自分の常態を簡潔に述べたいと思う。

 

今自分達はベッドの上でキャスターは左側から、セイバーは右側からと抱きつくように眠っている。つまり、この岸波白野は二人のサーヴァントの抱き枕にされているという事だ。両側からの抱き付き、所謂サンドイッチ抱き枕である。

 

 ……言いたい事は分かる。けれど落ち着いて聞いて欲しい。就寝する前はいつもと変わらず一人で寝ていたのに、目が醒めるといつの間にか二人がいたのだ。誓って自分からは誘っていない。

 

……先程から一体自分は誰に言い訳しているのだろう? どうやらこの異常な事態と寝ぼけた思考が相まって碌に頭が回っていないようだ。

 

目が醒めてしまった以上、ここでいつまでも寝ている訳にはいかない。早いとこ起床して今後の事について皆と話し合わねば。そう思い起き上がろうとするが……。

 

────動けない。結構な力で起き上がろうとしているのにこの体は指先以外僅かな身じろぎも出来はしない!

 

まさかと思い二人の顔を見やるが、掴んでいる本人達は未だ夢の中、スヤスヤと眠っている二人からは心地よさそうな寝息が聞こえてくる。

 

……じゃあどいう事か、答えは単純。起き上がろうとする自分の力よりも眠った常態の二人の力の方が強いという事。

 

眠った女の子二人も引き離せない自分が貧弱なのか、それとも眠った常態でも頑強な力を持つ彼女達が異常と言うべきなのか……自分としては後者である事を願いたい。

 

いい加減声を張り上げて二人を起こそうか? 気持ちよさそうに寝息を立てている二人に僅かな罪悪感を抱いた時。

 

 

────フニュン。

 

 

おうふ。

 

 

────フニュニュン。

 

 

おぉうふ! こ、この万力の如く閉じられた密閉の空間に更なる衝撃が岸波白野を襲う!

 

この柔らかく、けれど弾力があり尚且つ母の腕に抱かれているような錯覚を起こすこの感触は……!

 

「む、うん……」

 

「きゅ─────ん」

 

……も、もう少し起こすのは待ってあげてもいいのかも知れない。昨夜は遅くまで暴れ回った事で二人とも疲れているだろうし、そもそもあの騒動はちゃんとセイバーに説明しなかった自分にこそ非がある。

 

セイバーには最近構ってあげられなかったし、キャスターには誤解を負わせた償いがある。この現状はつまりそう言う事なのだ。

 

自分一人が我慢するだけで二人の機嫌は良くなり、仲良くなることも間違いなし。そう、これは自分達の間を修復させる最善の手段なのだ。

 

二人の抱き枕になる事で、これからの活動が円滑に進められるのであれば自分には何の不満もない。

 

そう、決して二人のふくよかなお胸に溺れた訳ではない。決してな!

 

 さて、幸い朝食までまだ時間がある。二人が自然に起きるまでもう一眠りをすると───「残念だけど、お眠の時間はお終いよ~、白野君?」────!

 

突然耳朶に響いた聞き慣れた声、その声を聞いた瞬間岸波白野の体は髪の毛先から手足の指先まで一瞬にして凍りついたように膠着する。

 

首だけを動かし、恐る恐る声のした方へ振り向くと……。

 

「はぁい。随分いいご身分じゃない白野君。良い夢見れた? 見れたわよね? だったらもう思い残す事はないわよね?」

 

 ……成る程、これがラヴコメの主人公に課せられた使命か。よし、腹は括った。凛、何故君がここにいて自分の寝室に来ているのか、そして何故そんな怒り心頭なのかは敢えて問うまい。だが一つだけ、一つだけ君に言わせて欲しい事がある。

 

「………何よ」

 

幾ら最近暖かくなってきたとはいえ、ミニは如何なものかと────

 

「女王ナッコォ!!」

 

彼女の放った右ストレートは、それはそれは素晴らしく、キレがあり、思わず悲しみの向こう側へ飛び立つ所だった岸波白野の朝の出来事でした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数分後、騒ぎに駆けつけたアーチャーが凛を抑え、食堂へと連れて行き今はお互いが対峙しているように座っている。

 

「で、その光景を目の当たりにした君はウチのマスターにその右拳を叩き込んだ訳だ」

 

「う……わ、悪かったわよ。いきなり殴ったりして」

 

 今はこのように、借りてきた猫の如く大人しくなった凛が、アーチャーの説教に渋々頷いている。

 

流石にマウント取ってのぶん殴りはアーチャーから見ても相当アレな光景だったようで、彼は素直に謝っている凛を前にしてもあまり許している様子はなかった。

 

まぁまぁ、本人も反省している事だし、それくらいで勘弁してあげなよアーチャー。折角の朝食が冷めてしまうじゃないか。

 

「そうは言うがなマスター、そんな潰れたパンの様な顔をされては私としてもやりきれない思いなのだが……」

 

「白野、大丈夫ですか?」

 

隣から聞こえてくるユーリの声に大丈夫だと応える。顔面が内側にめり込んでいる所為で何も見えないが、時間が経てば元に戻るだろうさ。

 

因みにセイバーとキャスターはまだ寝ている。どうやら昨日の一件が随分と響いているようだ。何せすぐ隣で自分が凛のマウントポジションからのぶん殴りにも気付かなかったのだ。その疲労は相当なものなのだろう。

 

この際だから二人には今日一日は大人しくして貰おう。それが自分にも二人の為になる筈だ。

 

尤も、その原因が身内&自分の所為というのが何ともやり切れないが……。

 

 さて、そろそろ本題に入るとしよう。凛、君がこのマンションに来ているという事は事情はやはり……魔法関連の事かな。

 

自分のその言葉に凛は頷く。真剣な顔付きになった彼女にアーチャーも表情から感情を消して自分の言葉に静かに聞く。

 

「……えぇ、そうよ。貴方とリンディって人とのやり取りは翌日私達の方にも連絡が届いたわ。戦闘機人に闇の欠片、特に後者の方は私達も無関係とは言えないし、はやて達もアンタに協力する事で話は纏まったわ」

 

……え? はやてちゃん達にも話ちゃったの?

 

凛の話に自分は内心でしまったと愚痴をこぼす。レヴィちゃん達闇の欠片は謂わば闇の書の一部。そんな彼女達が動き出し、何かを企んでいると知れば元主だったはやてちゃんが関わろうとするのは明白だった。

 

はやてちゃんはあの年で責任感の強い子だ。今回の件を自分の所為だと勘違いしたり変に自責の念に囚われたりしなければ良いのだが……。

 

「あぁ、その心配はないわ。あの子、今回の闇の欠片について特に思う所はないみたい。寧ろ、自分のそっくりさんと会ってみたいみたいな事を抜かしてたわ」

 

向かい側で溜息を吐き、呆れを露わにしている凛に此方も苦笑いが漏れる。そうか、はやてちゃん、強くなったんだな。

 

「図太くなったって言った方が正しいわよ。それ」

 

凛の指摘にまたもや苦笑い。まぁ、はやてちゃんはどこか強かそうな印象があるから、どこかの守銭奴に似て。

 

「なによそれ、褒めてるの?」

 

ジト目で睨んでくる凛に勿論と応える。そう言えば凛はワザワザこんな連絡係りみたいな事をする為にウチに来たのだろうか。正直、その話は携帯でも連絡できたと思うのだけれど……。

 

「あぁ、それはね。あんたの所のキャスターに用があったのよ」

 

キャスター? 何故凛がキャスターに?

 

「ほら、アンタの所のサーヴァントは四体もいるし、アーチャーとキャスターから師事を受けているらしいじゃない。私もいい加減独学じゃ厳しいから、その筋の人に教えて貰おうと思ってね」

 

成る程、つまり凛は自分と同じようにキャスターに弟子入りしたいと言うわけか。朝早く来たのはその意気込みの顕れなのだろう。

 

キャスターは本職こそは呪術に精通した呪術師だが、なにも魔術は全く無知という訳ではない。寧ろ、彼女の本質を考えればそのどちらも極めていてもおかしくはない。

 

そんなキャスターにマンツーマンで指導して貰っている自分は……もしかして恵まれている?

 

「ま、その意気込みもアンタのやらしい光景の所為で台無しだけどね」

 

凛にジト目で見られ咳払いをして話を戻す。漸く顔が元に戻ったのにまた殴られるのはたまったものじゃない。

 

ひとまず朝食を食べたらはやてちゃんの家に行って詳しい話をしておこう。凛、はやてちゃん達は今日は暇かな?

 

「待って、今連絡してみるから」

 

自分の言葉に対し、凛は携帯を取り出してはやての家に電話する。

 

待つこと数秒、依然として電話に出る様子のないはやてちゃんに凛の顔は少し曇る。

 

「おっかしいわねー、いつもならあの子この時間には起きてる筈なのに……」

 

時刻は既に九時を回っている。平日なら既に彼女は学校に復学している頃だが、生憎今日は休日の日曜だ。

 

もしかして出掛けているのでは? と凛に問い掛けるが、凛は首を横に振ってこれを否定。

 

そもそもここに来るとき凛ははやてちゃん達に自分が帰ってくるまで大人しくしていると約束したのだ。彼女達が無意味に約束を反故にするのは考えにくい。

 

……ふと、最悪の状況が脳裏を過ぎる。戦闘機人、奴らは“砕け得ぬ闇”……つまりはユーリを狙っている。

 

けれど、奴らの後ろにいる者はどうだ? リンディ提督が言うには戦闘機人達の背後には高い技術力を有した科学者がいる可能性が高いと言う。

 

彼女達を生み出した科学者が何もユーリだけに狙いを定めるとは限らない。ユーリを内封していた闇の書……つまり、八神はやてには興味を示さないという保証は何処にもないのだ。

 

 ガタリ。互いに向き合う形で座っていた自分と凛が同時に立ち上がる。凛も自分と同じ考えに至ったのだろう。その顔には僅かだが焦りの色が見えている。

 

アーチャー、悪いが朝食の準備は一時中断。自分達の後に続いて周囲に対して牽制、警戒行動に移ってくれ。

 

「了解した」

 

ユーリは桜を探して一緒に避難してくれ、場所は自分の部屋、必要を感じたら寝ているセイバーとキャスターを起こしても構わない。

 

「わ、分かりました!」

 

自分の指示に従い、アーチャーもユーリもそれぞれすぐさま行動に移る。そして自分達もはやてちゃんの家に向かう為に急ぐことにした。

 

その際、試しに昨夜使えるようになった礼装、“強化スパイク”を使用した所……凛に今後の使用は控えるよう言い渡された。

 

まぁ、車よりも速い人間を見れば、誰だってそんな反応をするだろう。というか、使った自分が一番ビビった。

 

 

 

 

 

 

 そして到着した八神家。張り詰めた緊張感が支配する空気の中、自分は正面から、凛は外から侵入するという即興の奇襲作戦を構築しながら、最悪の事態を予想して中へと入る。

 

緊張の鼓動が耳元で鳴って五月蠅い。……リビングから声が聞こえる? 自分は恐る恐るリビングの戸を開けると─────。

 

「おー! これ美味い! ねぇねぇ王様! このお魚スッゴく美味しいよ!」

 

「はしたないですよレヴィ、レディならもっと慎ましく食べないと……あ、すみません。そこのお醤油取ってくれません?」

 

「あ、はい……」

 

「あははー、ホンマにフェイトちゃんやなのはちゃんにそっくりや!」

 

「一体なにしに来たんだよお前等、アタシ等を襲いに来たんじゃなかったのかよ?」

 

「そうなんだが……なんか、もう、どうでもいいや」

 

例の闇の欠片こと、レヴィちゃん達が八神家朝食の食卓に着いていた。

 

えっと……まぁ、なんだ。はやてちゃんのご飯、美味しいよね。

 

あ、凛の奴盛大にコケた。

 

 




今回から暫くはこんなグダグダな話になるかもしれないです。

ホント、済みません。


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お食事中はお静かに

今回も短いです。

けれどシリアスです。




 

 

 

 戦闘機人の奇襲。それを最悪の事態と想定した自分達は、連絡の着かないはやてちゃん達に言い知れない悪い予感に震え、彼女達の無事を確認するために八神宅へ急行。

 

もし自分の予想が的中し、はやてちゃんの身に何かあれば……。

 

無事でいて欲しい。そんな渇望にも似た感情に揺さぶられながら、頬に伝わる嫌な汗を拭いもせず、リビングに続く扉を開くと……。

 

そこには────。

 

「あ、王様お魚食べないの? なら僕が貰ってあげるよ!」

 

「だからレヴィよ。我等はここにのんびりと朝食を食べに来たわけではないと何度言えば……て、あぁ!? それは我が最後に取って置いた魚! 返せ返せ!」

 

「ハグハグハグ、ぷはぁー! 美味しかった!」

 

「あぁぁぁっ!?」

 

なんというか、まぁ、実に平和な朝の朝食があったとです。

 

レヴィちゃんに鮭の照り焼きを取られ、すっかり怒り心頭なご様子のディアちゃん。こらこら、喧嘩するんじゃありません。お兄さんの分けてあげるから。

 

「ぐすん。……うん」

 

涙を滲ませていた目を擦り、自分の分の魚を貰っていくディアちゃん。あ、シュテルちゃん、そこのお醤油取ってくれる?

 

「はい。ここの醤油は少し味が濃いのでかけるのであれば少量で済ませるのがベストだと思います」

 

 向こう側に座るシュテルちゃんからお醤油を取ってもらい、それを目玉焼きにタラーっとかける。……関係ない話になるが、ウチの連中はソース派閥と醤油派閥の二つに分かれている。ギルガメッシュとセイバーがソース派でキャスターとアーチャーが醤油派だ。一時期それが原因で大喧嘩をしたことがあるが……まぁ、今となっては良い思い出である。

 

因みに自分は気分によってその都度変える。桜は意外にもマヨネーズ派だったし、ユーリはシンプルに塩だけを掛けて食べている。今度BB達にも聞いて累計をとってみようかな? なんて至極どうでもいい事を考えながら味噌汁を啜る。

 

芳醇な味噌の香りと適度な塩分が下を潤し、ワカメと豆腐、そしてジャガイモの歯応えが口の中で踊る。

 

 まさか、アーチャーやキャスター以外にここまでの腕を持っているとは……はやてちゃん、更に出来るようになったな。

 

「ホント! やぁ~白野さんに言われるとなんやメッチャ嬉しいわ~。あ、ご飯のお代わりいります?」

 

頂こう。この味噌汁だけでも三杯はいける。

 

自分の評価に嬉しく思ったのか、満面の笑顔でご飯を装ってくれるはやてちゃん。器に盛られたホカホカのご飯に箸を伸ばし、二杯目を頂こうとすると……。

 

「いい加減にしとけやぁぁぁぁ!!」

 

今まで黙していた金髪ツインテの少女、遠坂凛がお椀を片手に雄叫びを上げた。

 

どうした凛、いきなり大声を上げて?

 

「もう、ダメやよ凛姉ちゃん。お食事中は静かにせな」

 

「大声も上げたくなるわよ! なに平然と朝ご飯食べてるのよ!」

 

いやだって、自分今朝は何も食べてないし……はやてちゃんも構わないって言うし。

 

「そうやよ凛姉ちゃん。白野さんはウチ等の恩人さんなんやから、これくらいのお礼は受け取って欲しいんや」

 

だから、はやてちゃんはそう言うこと言わないの。自分はそんなつもりはなく、純粋に君の手料理を楽しみたいんだから、そう言うのは無粋っていうんだよ。よく覚えておきなさい。

 

「はーい。えへへ、怒られちゃった」

 

自分の指摘にはやてちゃんは舌を出して苦笑い。その愛くるしい仕草に此方も思わず笑みが零れる。だというのに凛は一人で頭をワシワシと掻き乱し、「ムキー!」と叫んでいる。

 

 いやぁ、最初見たときは驚いた。何せ極限の緊張感の中で扉を開けて見れば絵に描いたようなアットホームな空間が出来上がっていたのだ。その光景に呆気に取られ、緊張が解けた所へ腹の虫が鳴ってしまうのも無理はない。

 

まさか腹の虫で気付かれるとは思ってもおらず、はやてちゃん達に見つかった時は驚愕やお叱りを受ける前に爆笑されてしまった。いやはやお恥ずかしい。

 

それでそのままなし崩し的に朝食にお呼ばれされてしまい、現在に至る。あぁそうそう、アーチャーは此方の状態を伝えると了解の声と共に拠点に帰った。

 

携帯越しから伝わる彼の溜息具合で疲れの度合いが何となく分かるが……うん、今度アーチャーには温泉にでも行って貰おう。ウチの中でも特に幸運値が低いアーチャーはその気質の所為か気苦労が多い。何せあの白髪だ、彼の苦労は昔から絶えないのだろう。

 

 はやてちゃんの料理を頬張りながら、そんな事を考えていると。

 

「────えぇぇい! 守護騎士達は何やってんのよ! こんな時の為の騎士なんでしょう!?」

 

凛が今度ははやてちゃんの守護騎士であるシグナム達に白羽の矢を立てる。シグナムはソファーに座りながら新聞を広げ、シャマルさんは流し台で食器を洗いながら、ザフィーラは狼状態でシグナムの横に座りながら、ヴィータちゃんはアイスの入った冷凍庫にそーっと手を伸ばしながら、それぞれビクリと体を震わせる。

 

「い、いやぁ……その」

 

「だってそいつ等まるで敵意を感じねぇんだもん。最初来たときはアタシ等も警戒したけどさ……」

 

「そこのレヴィとやらが酷く腹を空かせていたらしくてな、それを聞いた主が我が家へ招きいれたのだ」

 

「いや入れるなよ!? なんで入れちゃうの!? 止めろよ騎士!」

 

「仕方あるまい。主はやての命令は絶対だ。我々にそれを妨げる道理はない」

 

「とか言って、ホントは説得が無理そうだから諦めたんじゃないでしょうねぇ?」

 

シグナム達のそれぞれの言い訳に凛はジト目で睨み付ける。そんな彼女の視線に騎士達は逃げるように視線を逸らせる。

 

「大体、なんでアンタ達ものんびり食べてんのよ? 一応敵同士なんでしょ?」

 

 凛の指摘に今までモグモグと食べていたレヴィちゃん達の手が止まる。互いに顔を見合わせた後、御馳走様と手を叩いて食べた食器を流し台へ運び、再び自分達の前に立ち………。

 

「我は“闇統べる王”ロード=ディアーチェ!」

 

「私は“星光の殲滅者”シュテル=ザ=デストラクター」

 

「そして僕が“雷刃の襲撃者”レヴィ=ザ=スラッシャー!!」

 

「「「三人揃って!」」」

 

『マテリアルズ!!』

 

……………。

 

「………………」

 

「………………」

 

……何とも言えない空気が辺りに充満する。キメポーズらしい格好する三人は黙した自分達に気を良くしたのか、それぞれしてやったりなドヤ顔を見せている。

 

「ふっふっふっ、どうやら我達の威厳に畏れているな。見たか塵芥共! 我等の威光に平伏すがいい!」

 

「わふぅ~! 流石王様! 格好いい!」

 

「昨日一晩練習した甲斐がありましたね」

 

和気藹々とする三人にはやてちゃんはとても優しい目で微笑んでいる。きっと自分も似たような顔をしているのだろう。

 

他の面々もどうしたらいいか分からず頬をひきつらせて苦笑いをしているし、……ヴィータちゃんだけは目を輝かせているけどね。

 

そんな日曜朝の特撮ヒーローみたいなポージングをしている三人に、凛だけは頭を抱えてテーブルに伏している。

 

「……もういいわ。アンタ達にマトモに取り合おうとした私がバカだった。それで、そのマテリアルズが何を目的に私達の所に来たの?」

 

 凛がそう問うた瞬間、三人の目つきが変わる。雰囲気を変えた彼女達に合わせ、シグナム達守護騎士も警戒の意志を露わにする。

 

急激に変わった場の空気、下手したら今この場で戦闘が起きるかもしれない状況にマテリアルズのリーダー、ロード=ディアーチェが口を開く。

 

「……我等の目的はただ一つ、砕け得ぬ闇。システムU-Dを手に入れる事だ」

 

ディアちゃんから聞かされる彼女達の目的、それを耳にした時岸波白野は素直に驚いた。

 

システムU-D、砕け得ぬ闇。それはつまり彼女達もユーリを目的に動いていると言う事、だが何故だ? 何故皆ユーリにそこまで拘る?

 

無限に力を生み出すとされるユーリが、そんなにも魅力的なのか? しかし、今のユーリにはそんな素振りは全く見せていない。

 

普段の生活の中でも彼女は特に変わった様子も見せていないし、今のユーリはどこにでもいる普通の女の子だ。戦闘機人やレディちゃん達が求めるような力は持ち合わせていない。

 

「それは浅はかな考えというものだよ岸波白野。……いや、この場合は優し過ぎると言った方が正しいか」

 

ふと、リビング前の扉から声が聞こえてくる。その聞き慣れた言葉に全員が振り向くと。

 

銀色の長い髪を靡かせた朱色の眼をした女性、リインフォースが佇んでいた。

 

「本当はもっと早く説明したかったが……良い機会だ。私から説明しよう。闇の書、ナハトヴァール、そしてそれらの原因とされる砕け得ぬ闇の真意を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……この後、自分はある二つの選択を迫られる事になる。その選択の果てに……自分は、どちらを選ぶべきなのか。

 

────それはそれとしてリインフォース、君は何故今になって出てきたの?

 

「裏でずっとスタンバっていました」

 

やだ。意外とノれるのねこの子。

 

「ふみゅう~……あれ? 子ブタ、アナタ来てたの?」

 

そして現れる更なる混沌要素に物語は加速するぅ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるビルの屋上。強めの風に煽られながら少女はある建物を見つめる。

 

「ここがターゲットのいるマンションかぁ~、しっかしデッカいな。どんなヤツが住んでるのこれ?」

 

目の前に佇むのは数ヶ月前に建てられたとされる超が三つ付くほどの高級マンション。その外観も近代未来がモチーフにされたもので周囲の建物に囲まれても、その派手さは消える事はない。

 

その派手な外観のあるマンションを前に、少女は嘆息しながら睨み付ける。

 

「……やるんだ。例え誰かに恨まれようとも私は、やり遂げなきゃいけないんだ」

 

静かな声で少女は呟く。まるで自分に言い聞かせるように、覚悟を改めて固めるように。

 

すると少女の体が一瞬光に包まれる。ビルの屋上から何かが光っていると目撃する人はいても、次の瞬間には光は消えている。故に目撃した人は気の所為かと思い込み、騒ぎが起こる事はない。

 

 光から現れる少女の姿は、明らかに通常とは異色な格好をしていて。白と赤、或いはピンクの装飾を施された服装は見てくれだけは変わった可愛らしいモノだ。

 

だが、少女の両手に持つ銃がその考えを払拭させ、その印象を覆らせる。軽装な服装と相まってその姿はまるでガンマン。少女の顔付きは先程までの幼さがなくなり、ソレは戦士の表情へと変貌させている。

 

「さて、お姉ちゃんが来る前にとっとと片付けるとするかな!」

 

不敵な表情を作り、少女は足に力を入れた────その時だ。

 

「やれやれ、折角帰ってこれるかと思えばまさかこんな所で泥棒に遭遇するとは……」

 

「っ!?」

 

突然聞こえたきた誰かの声に少女は驚愕の表情を浮かべる。……今この場には誰もいない筈、屋上に先に誰かいないかは調べ済みだし、屋上から下へ続く扉には既に幾重にも術でロックしてある。

 

ここには自分以外誰もいないし、いてはいけない。だが、現実として声は聞こえてきた。

 

恐る恐る少女は振り返る。有り得ない、けれど何故? 相反する気持ちと共に声のした方へ視線を向けると……。

 

「いや、 別に泥棒と決まった訳ではないな。これは失礼した。だが、客人として来るのであれば玄関から来て欲しいものだ。ま、銃を持っている事からマトモな客とも思えんが……答えろ。君は何者だ?」

 

質問と共にぶつけられる殺気。その気迫と姿に圧され少女は言葉を失う。

 

はだけた赤い革ジャン、そこから見える浅黒い腹筋に首に巻かれた首輪とジーンズ。

 

そんな如何にもアレな格好をする男を前に───。

 

「……へ」

 

「?」

 

「変態だぁぁーーー!?」

 

「なんでさぁぁぁぁ!?」

 

少女の割れんばかりの叫びが、春の青空に木霊する。

 

だってその格好だもの、仕方ないよね。

 

 

 




中々話が進まない内容に、皆さんヤキモキしてるかと思いますが、そろそろ物語は加速します。

それまでどうか我慢してください。



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英雄王は見た!

今回、かなり独自解釈&設定が多いです。

ですが、元々この話は劇場版を元にしたオリジナルですので
どうかご容赦下さい。

それではどうぞ。


 

 

 

それは遙か大昔、古代ベルカと呼ばれる異世界の戦乱の事態が繰り広げられる前の出来事。

 

 本来の役割と能力を与えられていた夜天の書は造られた当時からその力を遺憾なく発揮し、多くの魔法、知識、知恵、英知を収集していった。

 

その知識を悪用されぬよう、四人の騎士と一人の管理人格制御システムが夜天の書を守護し、持ち主を転々としながらあらゆる世界、あらゆる時代を渡っていった。

 

だがそんなある日、ある時代のある世界で一人の天才がこの夜天の書に興味を示した。

 

まだ見ぬ知識がこの書には眠っている。自身の研究に息詰まった天才は夜天の書に眠る膨大な英知達に目を付け、あるシステムを付け加えた。

 

システムU─D。アンブレイカブル・ダーク、通称“砕け得ぬ闇”。

 

“砕け得ぬ闇”自体を夜天の書からデータを取り出すハードとして根付かせ、それを媒介に男は書の中に眠る英知を取り出そうとした。

 

………男は狂っていた。そんな無理矢理取り付けたシステムで夜天の書に組み込めば、どんな事態になるか分からないというのに。

 

だが、それでもやはりというべきか、男は天才だった。そんな無理矢理取り付けたシステムでもその機能は確かに動き出したのだ。

 

────本人が望んでいたモノとは、全く別の結果になったが。

 

夜天の書に取り付いた“砕け得ぬ闇”はその時まで刻まれた夜天の書のデータを全て吸収。中には禁忌とも呼べる術も記録されてあった為か単なるデータでしかなかったシステムU─Dは瞬く間に力を得て、無限にも等しい巨大構成体へと変貌してしまった。

 

システムU─Dによって歪まれた夜天の書は後に闇の書と呼ばれるようになり、更にその影響でナハトと呼ばれる闇の書の仮の統制システムを生み出してしまい、収集も“蒐集”へと変貌し、転生というバグシステムすらも発生し、死と破滅をまき散らす悪魔の書物へとその在り方を変えられてしまった。

 

ほんの些細な切欠と僅かな歪みは後の大きな亀裂となり、次元世界の恐怖の象徴として時の経った今でも語り続けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、私の記憶にある夜天と闇の記憶だ」

 

リインフォースによって語られる夜天と闇の二つの魔導書の全てを語り終える頃には、既に時刻はお昼を迎えようとしていた。

 

夜天から闇へと変貌した経緯。それらが明るみに出たことでシグナム達は苦い顔をして俯き、レヴィちゃんとシュテルちゃんは僅かに表情を曇らせている。

 

ただ、ディアちゃんだけは目を瞑り、腕を組むだけでその堂々とした姿勢は崩していない。

 

「…………ねぇ、一体なんの話をしてるのよ? 私にも分かり易く説明しなさいよ!」

 

一人、状況からして理解出来ていないランサーだけが、自分を構えと文句言ってきている。

 

そんな彼女を片手で制しながら、凛が問い掛ける。

 

「それで? そんな話を今更して、アンタは一体何を伝えるつもりなの?」

 

凛の低い声に場の空気がピンと張り詰める。リインフォース達純粋な目的で造られたプログラムに対し、システムU─Dことユーリは一人の天才の悪意から生まれたプログラム。

 

当然、その片割れたるレヴィちゃん達もそんなユーリと同質なモノを抱えているのだろう。リインフォースの彼女達に対する目つきが氷の様に冷たいのも、それに関係しているからか………。

 

「この事を思い出したのは私が岸波殿から修正の手解きを受けた翌日だ。本来ならもっと早く伝えたかったが……生憎、此方にも色々事情というものがある」

 

申し訳なさそうに俯くリインフォースさんに凛もやれやれと溜息を吐きながら頬杖を付く。

 

何でもリインフォースもバイトをして八神家の家計に貢献しているらしく、幾ら連絡を入れようとしても出来ない状況にあったらしい。

 

 まぁ、それはそれとして問題はユーリ達についてだ。冒頭にあれだけの話を続けられればリインフォースがこの後何が言いたいのか、大体予想は付いているが……。

 

「私が言えた事ではないが岸波白野、貴方が匿っているユーリ……いや、システムU─Dは貴方が思っている以上に厄介な存在だ。もし彼女の力が暴走した時、なんらかの覚悟はしておいた方がいい」

 

…………。

 

以前、メルトリリスやBBに訊ねた事がある。リインフォースに取り付いていた不正なデータを取り除いた時、序でにユーリも見てくれないかと訊いた。

 

ムーンセル(仮)の力を得たBBはプログラム関係なら無類の強さを持っている。そんな彼女なら、もしユーリに危ないプログラムが渦巻いていふのだとしても取り除けるだろうと……難しく考えずに訊ねた。

 

だが、返ってきたのは“無理”の二文字。普段なら有り得ない返答をするBBに自分は何故だと聞き返した。

 

理由は単純、ユーリは元からそういう風に出来ているのだと、彼女は言った。…………元から、つまり修正とか修復の以前の話でそのままの状態であるユーリを弄くるという事は、彼女の存在掻き乱すという事と同じなのだ。

 

無論、ユーリからそのシステムを取り除く事自体は不可能ではない。だが無理に引き離そうとすればユーリの存在認識が崩れ落ち、ユーリはユーリでいられなくなるという。

 

……その時は、我ながら軽はずみな事をしたと後悔した。ユーリがユーリでいられなくなる。それはデータ上ではただの『削除』であっても自分にとっては『殺人』である事となんら変わりない。

 

“元”から“別”へ変わるという事はある意味では死と同義なのだと、あの時の自分は何となく理解した。

 

 一度、辺りを見渡す。心配そうに此方を見つめてくるはやてちゃん、自分の言葉にどう反応するか静かに自分を見るリインフォース。

 

凛やランサーも自分の選択にどう対応するのか、言葉を発さずに自分だけを見てくる。

 

何時暴走するか分からないユーリ。もし彼女が暴れたりすれば、再び闇の書事件の再来となる。そうなれば周囲に多大な迷惑を被るだけではなく、折角社会復帰の為に頑張っているシグナム達の足を大きく引っ張ってしまう事にだってなってしまう。

 

今、自分は選択を迫られている。システムU─Dをどうするべきか……破壊すべきか否かを。

 

確かに、砕け得ぬ闇は危険かも知れない。造られた原因だとすれば、創造された物もまた悪意になる。

 

ここで選択を誤れば、その災いは大きく広がり、折角止めた筈の悲劇を再び呼び起こしてしまう。

 

そう、リインフォースの言葉は正しい。寧ろ自分が今ユーリを匿っているのが間違っているのかも知れない。

 

大人しく管理局に渡す事が、最善の選択。

 

────だけど。

 

「大丈夫さ」

 

自分の口からは、自然とそんな言葉が零れた。

 

「大丈夫……とは? まさか、放置しておくつもりなのか?」

 

先程よりも細くなったリインフォースの目が自分を射抜く。そんな彼女の眼差しを真っ直ぐに受け止めながら、自分はただ静かに頷いた。

 

だって見てしまったんだ。ユーリの姿を、彼女の日々の姿を。

 

桜と一緒に洗濯を干したり、セイバーに抱き付かれて困ったり、キャスターに色々吹き込まれて苦笑いしてたり、アーチャーのオカンスキルに驚いたり、ギルガメッシュの後ろにチョコチョコついていったり。

 

そんな彼女の姿を目にしていると、とてもそんな気など起きはしない。例え、何かが切っ掛けで暴走したとしても……。

 

「では、もし暴走したら、貴方はどうするつもりで?」

 

無論、止めるさ。けれどそれはユーリを消したりする為じゃない。また一緒に笑ったり、ご飯を食べたりする為だ。それに……。

 

「?」

 

娘を信じてやる事が、親に出来る最大の要因なのだと、自分は思う。

 

 自分のその言葉に辺りはシン……と静まり返る。改めて思い返すと、結構恥ずかしい事を言っているのに気付き、照れ隠しに頭を掻いていると……。

 

「……成る程、参りました。それが貴方の選択なのだとするのなら、私からはもう何も言いません」

 

リインフォースは降参とばかりに両手を上げて首を横に振っている。

 

此方こそ、ワザワザヤな役割をさせて済まない。するとリインフォースは今度は驚いた表情を見せ、「かなわないな」と呟きながら苦笑いを浮かべている。

 

 ただ、もし万が一ユーリが暴れたとして、止めるのは自分の役割なのだが……まぁ、自分はご存知の通り弱々の未熟な魔術師なので、その際には皆さんに協力を求めると思いますが……何卒、宜しくお願いします。

 

「はぁ、そんな事だろうと思ったわ。まぁアンタに貸しを作っておくのは後で色々特になりそうだし、その時は私達も手を貸すわ」

 

「素直に手伝いたいって言えばいいのに~、あ、ウチも勿論その時は手伝いますよ。白野さんの頼みやし、皆もそれでええな」

 

「主の頼み、そして岸波白野に先の礼を返せるのなら我等としても望む所です」

 

自分の情けない頼みに二つ返事で了承してくれる凛やはやてちゃん達。そんな彼女達の協力を得られる事に嬉しさを感じていると。

 

「ふん。話は終わったか? ならば我は帰るぞ」

 

一人だけ終始つまらなそうにしていたディアちゃんだけが、不機嫌そうに眉を寄せて席から立ち上がる。

 

そんな彼女は扉の前で一度だけ振り返る。その目は敵意に満ちており、隙あらば襲いかかる……獰猛な肉食獣の目をしていた。

 

「此度は部下が世話になったからこの場は退いてやる。だが忘れるな、システムU─Dを手に入れるのはこの我だ。そしてそれを果たした時……そこの子鴉!」

 

「へ? う、うち!?」

 

突然ビシリと指を突き付けられ、ディアちゃんの鋭い視線に晒されたはやてちゃんは驚き、肩をビクリと震わせる。

 

「貴様を始末し、我という存在を確立させる。首を洗って待っておれ!」

 

と、そんな捨て台詞を吐くと、ディアちゃんはレヴィちゃんとシュテルちゃんの二人を連れて今度こそ八神家を後にする。

 

「………いいの? 追い掛けなくて」

 

横からの凛の問いに自分は構わないとだけ告げる。彼女達とはまた会える。それもディアちゃん達の目的もまたユーリだと分かったから、近い内にまた会うのは必然だ。……尤も、その時は話し合いが出来るとは限らないが。

 

「当然よ。寧ろなんで今まで戦わなかったのか不思議な位だわ。アイツ等、自覚は無いだろうけど相当アンタに毒されているわよ」

 

ホント、最近凛の自分に対する扱いがより酷いモノになってきている。よりにもよって毒とか、人権侵害にも程がある。

 

 ……さて、戯れも程々にしてそろそろ自分も帰るとしよう。そう思い立ち上がると今まで呆然としていたはやてちゃんがハッと我に返り、自分に名残惜しそうな視線と共に呼び止める。

 

「えー? もう帰るんですか? そろそろお昼やからまだ入ればええのに……」

 

有り難いお言葉だが、今回は遠慮させて貰う。早めに帰らないとアーチャーが心配するだろうし、なにより今も眠っているだろうサーヴァントが心配だ。

 

もし自分がいない事を知り、且つこんな所にいると伝われば……正直、想像すらしたくない。

 

やっと落ち着きを取り戻した我が家なのだ。暫くは平穏を味わいたい。

 

「そうですか……ほんなら分かりました。白野さん、またのお越しを待ってますぅ」

 

笑顔を送ってくるはやてちゃんに見送られ、自分も玄関に続く扉に手を伸ばす。と、その前に……。

 

一つだけ訊きたい事があった。ドアノブにまで伸ばした手を一度だけ引っ込め、はやてちゃんに向き直る。

 

何かと思い首を傾げるはやてちゃんに、自分は一つだけ質問を投げ掛けた。

 

 はやてちゃん。今の三人についてどけど……どう思った?

 

 

「え? えーっと……最初押し掛けられた時は驚いたけど、話している内になんというか……うん、そんな悪い子とは思いません」

 

一度だけ考え、次に出た彼女の答え。笑顔と共に出される彼女の回答に。

 

「あぁ、俺もそう思うよ」

 

自分もまた、笑顔でそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、八神家を出た自分は我が家に帰る帰路に付いていた。

 

闇の欠片。マテリアルズことディアちゃん達三人衆は例の戦闘機人達と同様、砕け得ぬことユーリを狙っている。

 

ユーリ自身はこれといって変わった様子はないし、日々の生活の中でも別段珍しい症状は訴えていない。

 

今までそれを理由に自分も気にしてはいなかったが、今回リインフォースの話を訊くと少し不用心だったのかもしれない。

 

帰ったら何となく訊いて見るべきか? いや、下手をすればこれを機に自分に何かしら不安を覚えるのは明白だ。

 

ユーリには危ない事はさせられない。下手に事情を説明すれば、彼女は自分の所為だといらぬ後悔を与える事になるやも………。

 

いや、たとえそうであったとしても、狙われているなら話すべきではないのか? 自分の身に危険があるとすれば襲われた時落ち着いて対応出来るかもしれないだろうし………。

 

いやしかし、いやしかしと言うべきか言わないでおくべきかの葛藤の狭間で悶えていると……。

 

「白野くーん!」

 

ふと、聞き慣れた声が耳朶に響いた。何かと思い振り返ると…………凛?

 

どうしたのだろか? 満面の表情で此方に向かって走ってくる彼女に疑問に思っていると。

 

「もう、先に行っちゃうなんて酷いじゃない」

 

突然、右腕に抱きつかれた。………え? 何してんの遠坂さん?

 

 

“フニュン”

 

 

おぅふ。抱き付かれた右腕から柔らかいマシュマロの感触が伝わってくる。

 

「何よ。彼女が折角連れ添って上げるっていうのに、白野君てば不満なわけ?」

 

ブーと頬を膨らませて上目遣いの凛。その普段は見せない彼女の可愛さに思わずクラリと脳が揺さぶられる。

 

だが、しかし。その可愛らしい仕草の所為で確信してしまった。

 

 ─────君は、誰だ?

 

「え? 何を言ってるの? 私は遠坂凛。貴方の彼女じゃない」

 

残念ながら、自分と凛はそんな間柄じゃない。どちらかと言えば……そう、戦友と言った方がシックリくる。それに……。

 

「それに?」

 

俺の知ってる遠坂凛が、そんなに可愛い筈がないからだ!!

 

 ビシリと遠坂凛と瓜二つの少女に指を突き付ける。

 

そう、遠坂凛は無意味にデレを晒すヤツじゃない。最後の最後までツンを通し、最後の瞬間に僅かなデレを見せるのが遠坂凛の真骨頂なのだ。

 

そんなデレのバーゲンセールなぞ、ツンの価値を暴落させる所業だと知れ!!

 

『後で絶対ブン殴る』

 

……今一瞬凛の幻聴が聞こえたが……今はどうでもいい。さぁ、早く姿を現せ偽物! 貴様が偽りの遠坂凛だというのは、登場したときから何となく気付いたぞ!

 

「────く、ふふふふ、やるじゃないアナタ。まさか初見で私の能力を見破るなんて……やっぱりただものじゃないわね」

 

 自分の指摘に観念したのか、目の前の遠坂凛らしき者は妖艶な笑みを浮かべながらその姿を変えていく。

 

栗色の、腰にまで届きそうな長くウェーブの掛かった髪。その手には鋭い爪が施されており、なにより……その独特がピッチリが特徴的な格好は─────間違いない。

 

先日、自分とレヴィちゃんを襲った謎の集団────その名も、ピチピチ過激団!

 

「誰がピチピチ過激団だ!」

 

がっ!?

 

鋭い衝撃が後頭部辺りから響いたと同時に、岸波白野の意識はそこで暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、ホントふざけたヤツだ」

 

地面に倒れた岸波白野を見下ろして、戦闘機人No.3のトーレは一人愚痴る。

 

「あら、ダメよトーレ。折角ドクターの気に入ったサンプルなんだからもっと丁寧に扱わないと」

 

「ふん、この程度でどうにか成る程、コイツはヤワじゃない」

 

「へぇ、アナタにそこまで言わせるなんてこの子、何者?」

 

「さてな、本人が言うには魔術師らしいが……ともあれ、それを調べるのはドクターの仕事だ。我々も早々に引き上げるぞ。クアットロ」

 

「はーい。お待たせしましたー。アジトまでの転移装置の設置、完了でーす」

 

 トーレの呼び掛けと同時に、何もない空間から現れたのは、丸眼鏡と二つに編んだ三つ編みが特徴的な少女、No.4ことクアットロである。

 

「ターゲットを確保した。これより帰還する。シルバーカーテンを我等に」

 

「りょーかい」

 

岸波白野を抱えたトーレの指示に、クアットロは敬礼の仕草をしながらトーレともう一人の戦闘機人に幻惑の膜を纏わせる。

 

岸波白野を回収して僅か一分足らず。岸波白野はその周辺にいた誰にも気付かれずに、この世界から姿を消していた。

 

だがただ一人だけ、一部始終を遠くに位置するビルの屋上で鑑賞していた男がいた。

 

「ほう? 我の所有物を持ち出すとは、覚悟は出来てるだろうな? え? 雑種共」

 

深い笑みを浮かべながら、黄金の王は標的を捉えた。 

 

 





次回

『さらば! ピチピチ過激団!』
『英雄王大ハッスル!』
『怒れる黒桜』

の三本です!(嘘)


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番外編 進撃の白野(TSあり)

まずは謝罪を。

本当なら本編を更新したい所でしたけど、データが消えてしまった為掲載する事が出来ず、やむなく番外編を載せる事にしました。

本当、もうしわけりません。




 

 

 

 いつだってそうだ。いつも奪われるのは人間で、奪うのはいつも巨人共だ。百年前に突如として現れ、そしてそれは百年経った今も変わらない。

 

壁に囲われ、虚偽の安寧を貪る自分達は……まるで、飼われた家畜。豚のような生き方を強いられてきた。

 

圧倒的力の差は百年経った今も変わらず、巨人の猛威に人類は今も怯えて暮らしている。

 

そんな日々、突然現れた超大型巨人によって壁は壊され、人類は再び……巨人によって食い尽くされようとしていた。

 

「エレン! ミカサを連れて早く逃げなさい!」

 

「逃げるよ! だから早く出てきてくれよ!」

 

超大型巨人の蹴りによって壁は破壊され、その余波で多くの家屋が倒壊。少年は母親を助けようと必死に崩れた家の一部を持ち上げようとしていた。

 

だが、所詮は子供の力。どんなに力を込めてもビクともしない。ミカサと呼ばれる少女の力を借りても僅かな隙間も開くことはなかった。

 

ドズンッと巨人の足音がすぐそこまで聞こえてくる。イヤだ。少年は心の内で叫んだ。

 

何故自分達が一方的に蹂躙されなければならない。どうしてだ? 沸き上がる疑問はやがて怒りへと転じ、少年は意地でも持ち上げようと奮起する。

 

が、小さな子供一人の怒り程度でどうにか出来るほど世界は優しくはない。迫る巨人の足音がすぐそこまで近付いたとき、少年の母親は叫んだ。

 

「いい加減にしなさい! どうしていつも私の言うことが聞けないの!? お願いだから、最期くらい言うこと聞いてよ!」

 

母親の悲痛な叫びに、少年は涙する。持ち上げようとする手からは血が流れ、それでも全く動けない自分のひ弱さに少年は悔しかった。

 

誰でもいい。誰か助けてくれ。遂に少年はここにはいない誰かに救いを求めた。それが決して適わないと知りながらも……。

 

と、そんな時だ。少年と少女の間に一人の青年が割って入ってきた。

 

一瞬、少年は呆然となる。なんの前振りもなく、なんの脈絡もなく現れたその人物に少年は自分の祈りが通じたのだと錯覚した。

 

そんないきなり現れた青年に母親は今度はその人物に向けて声を張り上げる。

 

「私の事はいいですから、どうかこの子達を!」

 

自分の事は見捨てても構わない。母親のその叫びは確かに本心だった。けれどそう思うと同時に、自分の心に影が生まれるのを母親は自覚する。

 

───死にたくない。一瞬だけ脳裏を過ぎった言葉を、母親は呑み込む。

 

もう巨人はすぐそこまで迫っている。このままでは皆纏めて巨人の胃袋の中だ。

 

最早僅かな躊躇さえ許されない。少年や少女と同じく、家を持ち上げようとする青年に、母親はもう一度声を上げる。

 

と、その直前。

 

「────“錆び付いた鉄刀” 筋力強化」

 

青年が何かを口ずさむと、今まで母親にのし掛かっていた瓦礫が嘘のように払いのけられた。

 

その事実に言葉を失う三人。我を失った彼等を正気に戻したのは、飲んだくれの駐屯兵団の兵士、ハンネスだった。

 

「皆、無事か!?」

 

「───ハンネスさん?」

 

現れる知り合いにいち早く我を取り戻したのは、ミカサと呼ばれる少女。そんな彼女の言葉を川尻に少年とその母親もまた正気に戻る。

 

「あぁ、ちょうど良かった。オジサン、この人達の保護をお願いします。母親の方が足に怪我をしているみたいですから、治療の方も頼みます」

 

「へ? あ、あぁ、それは構わないが……アンタはどうするんだ!?」

 

突然呼ばれる事に動揺を隠せないハンネス。彼は混乱しながらも目の前の青年にどうするつもりかと訪ねた。

 

その問いに青年は、ただ一言「やることがある」とだけ告げて近付きつつある巨人に向かって歩き出す。

 

青年の行動にギョッとしたハンネスは青年を呼び止めようと声を掛ける。

 

「お、おい! なにしてんだアンタ! 巨人に喰われる気か!?」

 

巨人と人間では勝ち目がない。それは最早子供と大人の差ではない。その戦力差はまるで蟻と象。圧倒的力を持った巨人を相手にこれまで人類が対抗できた事などただの一度もありはしなかったのだ。

 

けれど、それでも青年の歩みは止まらない。そんな彼の背中を、少年は目を逸らさずじっと見つめ続けていた。

 

そして、遂に巨人の手が青年に向けて手を伸ばす。普通ならここで捕まれ、貪り喰われるのみ。

 

そんな現実を前に、ハンネスと母親は顔を背ける。────が。

 

巨人の手が青年を捕まえる直前、白い閃光が青年と巨人の間を横切り、巨人の手を肘から切り落とした。

 

巨人の腕を切り落としたのは青年よりも一回り小さな女の子。その白を強調した衣装はまるで雪の様な儚さと柔らかさを印象付けられる。

 

「うぅむ、やはりこやつらの相手は気が引ける。切った所で表情一つ変えぬのも気味悪いし何よりキモい。奏者よ! 此度の戦の後は風呂場で余の背中洗いを命ずるぞ!」

 

だが、そんな彼女の戦い方は見掛けとは正反対に苛烈。腕を切り落とされながらも尚向かってくる巨人の攻撃をかいくぐり、弱点とされているうなじへと一閃。

 

人間離れをした動きをする少女は、瞬く間に巨人を仕留めて見せた。

 

その光景にハンネス達は呆然。人類の天敵とされる巨人を何の苦もなく倒して見せた少女に、全員ただただ言葉を失うだけ。

 

そしてそんな彼等が呆然となっている一方で、壁を破壊されて地獄絵図となった町が全く別の形で変わり始めていた。

 

袋小路に追われ、逃げ場を無くした女性に巨人の魔の手が迫ると、赤い閃光が巨人のうなじを首ごと刈り取っていく。

 

また巨人に囲まれ、絶望するしかなかった子供達がふと上を見上げると、黄金の船が浮かんでおり。

 

「見苦しい。疾く死ぬがよい」

 

そんな短い台詞と共に、無数の刃と槍が巨人達に降り注ぎ、巨人達は蜂の巣にされていく。

 

また、壁をはかいしようと身を屈む鎧の巨人の前には……。

 

「残念ですが、ここから先は一方通行でございます。直ちに回れ右をして下さい。でないと……呪っちゃうぞ♪」

 

動物の耳と尻尾を生やし、奇妙な格好をした女性が、鎧の巨人の四肢を凍り付かせ、身動きを封じていた。

 

こうして、一方的に蹂躙するかと思われた人間達は、突如現れた四人の超人と一人の自称魔術師によってその窮地を逃れた。

 

 後に、ある超大型巨人は当時の事をこう語る。

 

「……いやいや、あんなのどうしろっていうんだよ」

 

またある女型の巨人は……。

 

「どうしろっていうのよ……」

 

また命からがら逃げ延びた鎧の巨人は……。

 

「撤退しよ」

 

 巨人達の猛攻を凌いだ人類はその日から四人の超人と一人の魔術師の協力のもと、巨人に対して反撃の狼煙を上げた。

 

調査兵団の兵力と超人達の戦力、そして魔術師と称する青年の観察眼と洞察力で巨人は瞬く間に駆逐され、エレンと名乗る少年が調査兵団に入る頃には、 既に巨人は世界からその姿を消していた。

 

後に、少年エレンはアーチャーと名乗る男性に弟子入りし、その才能を遺憾なく発揮され、少女ミカサと並ぶ“人類の双璧”呼ばれる事になるというのは……もう少し、先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────オマケ────

 

“もしも、白野がはくのん(♀)だったら”

 

 

 

 遂にこの日が来た。調査兵団に入隊し、あの人と同じ部隊に編入できた。

 

あの日自分やミカサ、母さんだけではなく多くの人達を救った伝説の人達と同じ部隊に遂に入れた。

 

……情けなくも緊張している。当然だ。なんたって向こうは人類の救世主なのだ。緊張しないほうがどうかしている。

 

────いや、正直に言おう。確かに俺は緊張している。けど、それは相手が伝説の救世主だからではない。あの人が……俺にとって初恋の人だからだ。

 

一目惚れだった。あの日、本来なら巨人に喰われて死ぬ筈だった俺達を当然の様に助けてくれたあの人に、俺は心の底から惚れたんだ。

 

俺は、まだまだ未熟なガキだ。あの人には到底釣り合わないだろう。……けど。

 

「えっと、それじゃあ次はエレン=イェーガー君だね。どうして君は私の部隊に入隊したかったのかな?」

 

ドクン。あの人に名前を呼ばれ、心臓の音が急激に高鳴る。……な、なんか言え俺! このまま黙っていたら変なヤツだと思われるだろう!

 

緊張で高鳴る心臓を押し留め、深呼吸をした後、俺は一歩前に立ち、あの人に向かって高らかに宣言する。

 

「はっ! 自分はエレン=イェーガー! この度はハクノ=キシナミ参謀官の指揮下に入れた事を、光栄に思っております!」

 

「て、照れるなぁ。私、そんな言われる程大した事してないよ? なんで皆私を持ち上げるかなぁ」

 

あぁ、照れ臭そうに頭を掻く仕草も素敵だ。あの時から変わっていないこの人に対し、俺は感情が高ぶっていたのだろう。

 

「自分は、まだ未熟ではありますが! いつかは参謀官のお役に立てるよう努力していく所存です! ─────だから!」

 

「………え?」

 

「その時は、自分と結婚して下さい!」

 

思わず、そんな事を口走ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、エレン=イェーガーは世界中に跋扈する巨人ではなく、四人の超人を敵に回す事になる。

 

また、同じく岸波白野の部隊に入ったミカサは事ある毎にこんな事を口ずさんでいた。

 

「はくのんマジ許すまじ」

 

 

 

 





もっとオカンなリヴァイとかズラ疑惑のエルヴィンとか出したかったです。


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大盤振る舞い

えー、この話を読む前に一言謝罪を。


予告、何割かマジになっちゃいました。




 

 

「────ハッ!」

 

「む? どうしたキャスター?」

 

「ご主人様の霊圧が……消えた?」

 

「何を言ってるんだ君は」

 

 もうじきお昼になるだろう時間帯。四人のサーヴァントの内三人がマンションの出入り口付近のロビーに集まっていた。

 

理由は三人の前に正座で座らせられている少女、彼女は先程までアーチャーと激戦を繰り広げられていたが、彼の奇抜的な格好に集中力を乱され、あえなく撃沈。

 

アーチャーも無力化した少女をこのまま放置しておくのは流石に忍びないと共に、何故自分達の拠点を狙っていたのか事情を聞くべく、こうしてマンションの内部へと連行した。

 

その際に、マスターである岸波白野の不在に気付いたセイバーとキャスターも起床。桜に白野の居場所を聞き出し、その場に向かおうとした時にアーチャー達と鉢合わせ、現在に至っている。

 

「……それで、何故君は我々の拠点を狙ったのかな? 事情も複雑そうだし、話してみてはどうかな?」

 

「…………」

 

アーチャーの比較的優しい声色にも関わらず、少女は全く話す様子はなく、貝の様に口を閉ざして目線を逸らしている。

 

「もう! アーチャーさんてばそんなお子様なんて構ってないでご主人様の捜索に協力して下さいまし!」

 

「そうは言うがな、この少女の力は未知数だ。なのは嬢の様な魔力とも少し違うようだし、そんな彼女を放っておくのは些か危険すぎると思うが……」

 

「なら、八神さん家でお世話になっているトカゲ娘にでも引き渡せば良いのです! あの娘なら色んな意味で可愛がって下さるでしょうし、拷問で口を割らせる事も出来るでしょう」

 

サラッと恐ろしい事を口走るキャスターに、アーチャーは冷や汗を流す。どうやら、昨夜発散させた嫉妬オーラがまた溜まり始めたようだ。

 

ザワザワと彼女の背後から伸びる暗黒オーラが、昨夜の死闘を思い出し背筋が震える。

 

少女は少女で拷問という物騒な単語やキャスターの暗黒オーラを前にビクリと身を震わせている。

 

「あー、済すまない。彼女は今虫の居所が悪いらしくてね。今は加減を知らないんだ」

 

「…………」

 

「それで、改めて聞かせて貰うが……君の目的は何かね?」

 

先程よりも低い声色で、アーチャーは少女に尋ねる。まるで幼気な少女に詰め寄る悪漢にも見えるが、そうも言ってられない。

 

何せ後ろにいるキャスターは大層ご立腹だ。しかも割と本気で。

 

このままでは本当にランサーに押し付けてしまう。流石に今の彼女があの時のような残虐行為をするとは思わないが、それでも敵に情けを掛けるような輩でもない。

 

特に、岸波白野の住まうここに襲撃を仕掛けたと知れば、それこそこの少女を以前ばりの拷問をするかも知れない。

 

 これは少女の為だ。アーチャーは最後の警告を兼ねて問い詰めると、少女は観念したのか、溜息を零した後……。

 

「……キリエ」

 

そう短く答えた彼女にアーチャーは人知れず溜息を漏らす。

 

「それでキリエとやら、そなたは一体何故余達の住処へと押し入ろとしたのだ? ただの強盗目的ではあるまい」

 

キリエと名乗った少女に今度はセイバーが訊ねる。すると名を出した事で観念したのか、キリエは淡々と己の目的を話した。

 

 自分達は未来の異世界『エルトリア』からの来訪者で、環境破壊で死に往く故郷を救い出すべく父の技術を用いて過去へと遡り、無限の力を内包した“砕け得ぬ闇”ことシステムU─Dのあるこの時代へと転移してきたという。

 

「まさか、君も砕け得ぬ闇が目的とはな。しかも未来からの来訪者とは……」

 

「砕け得ぬ闇の事自体は父さんの研究資料から偶々目にしただけ。けど、その力の凄さは私達の時代にまで語り継がれている。……けど意外だね。まさか未来から来た! なんて話、与太話だと否定されるかと思ったけど」

 

「ん? あぁ、それに関しては疑ってはいないさ。我々も似たようなものだし、“過去に逆行出来るほどの技術を持った未来”と思えばさほど難しい話ではない」

 

まさか自分が未来からという話を信じたという事実に、少女キリエは目を丸くする。

 

しかし、キリエの話を聞いた時、セイバーにある疑問が浮上してきた。

 

「ぬ? キリエよ。今そなたは私“達”と言ったな? そなたの他にも未来からの来訪者がいるのか?」

 

セイバーのその質問にキリエは途端に表情を険しくさせて黙り込む。その様子は重大な秘密を隠しているというよりも、話したくないから話さない。見た目と相応な子供らしい我が儘が見え隠れしている。

 

 再び黙り込んでしまったキリエに頭を悩ませるアーチャー。いい加減キャスターの堪忍袋が切れそうな所で、アーチャーの携帯から通話の着信音が鳴り響く。

 

何かと思い出てみれば……。

 

「メルトリリス? 何故君が?」

 

普段ならムーンセルか白野の携帯にしかいないメルトリリスがアーチャーの携帯にいる。その事実でさえ珍しいのに、彼女の表情は僅かな焦りが滲み出ていた。

 

『緊急事態よ。彼……白野が戦闘機人達に拐らわれたわ』

 

「「「っ!?」」」

 

メルトリリスから告げられる衝撃的な報告に、三人の顔付きが一変する。

 

セイバーは怒れる乙女に、アーチャーは冷徹な仕事人に、キャスターは憤怒の良妻(自称)に、それぞれ感情を変貌させる。

 

雰囲気の変わった彼等を前に、キリエは言いし難い悪寒に襲われる。

 

「戦闘機人……確か、奏者を襲ったとされる者達だな?」

 

「チッ、あまりにもチッポケな輩でしたから放置してましたけど、どうやら一度シメた方が良さそうですねぇ」

 

「二人とも焦るな。……メルトリリス、確かに誘拐したのは戦闘機人で間違いないのだな?」

 

三人の中で一番冷静なアーチャーがメルトリリスに確認を取ると、メルトリリスは間違いないと頷く。

 

「目的は……恐らくはユーリが狙いだろう。マスターを人質に取る事で交渉の材料にするつもりか」

 

「そんな事はどうでも良いこと、問題は連中がご主人様に余計な手出しをする前に殲滅する。これが最も重要です」

 

「うむ、余も同意見だ。メルトリリス、奏者が最後にいた場所はどこか?」

 

 メルトリリスから告げられる情報を下に、セイバー達はマンションを後にする。セイバーは赤いドレスを、キャスターは呪術師の着物を、アーチャーは赤い外套をそれぞれ出入り口のゲートを潜った瞬間に着替え、次の瞬間にはその超人的な速さでもって目にも止まらぬ速度で目的地に移動する。

 

ただ一人、ロビーに残されたキリエは……。

 

「え? 私、このまま放置?」

 

誰もいなくなったロビーで、ただポツリと呟くその姿は、自分の心の内に虚しく響いていた。

 

 一方、アーチャーの携帯に居るメルトリリスは彼等ほど感情を顕わにしてはしていなかった。────何故なら。

 

(まぁ、アイツなら私やリップよりも上手くやるでしょう。英雄王様も向かった事だし……)

 

今頃“彼女”は白野の携帯に潜み、機会を伺っている事だろう。寧ろ、相手が気の毒な事になりそうで同情する。

 

 ──────そう、なんの問題もなかった。ただ一つ。

 

「ハクノが……誘拐された? 私の……所為で?」

 

あの場に、ユーリがいた事を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………何だろう。体がだるい。あまりにもダルすぎて手足が動かない。

 

暗闇の意識の中、両手足から伝わる感覚に沈んでいた意識から浮上していく。そしてある程度の意識が戻ってきた所で、自分は手足から感じた違和感に気付いた。

 

────違う。これはダルさで動かないんじゃない。まるで万力で固められた様に強い力で締め付けられているんだ。

 

完全に意識が回復し、ゆっくりと瞼をあける。ぼやけた視界に映ったのは……眩しい程に照り出された光だった。

 

そしてその次に気付いたのは、自分の体が殆ど動けない状態にある事だ。ベッドらしき所で寝かされている自分の体は所々に金属らしい物体に固定され、獲物を逃がさんとするように離さない。

 

─────混乱仕掛けた頭を、深呼吸する事で落ち着かせる。ここで騒いでも埒が開かない。今自分に出来ることは可能な限り冷静になり、周囲の状態と状況を分析する事だ。

 

 幸い唯一首だけは自由だったので、左右に動かしたり僅かに起こしたりして今の自分の状況は確認できた。

 

周囲を囲んでいるのは真っ白な壁。そして手足が拘束されて動きを制限されている所を見ると……どうやら、自分は敵に捕まっているらしい。

 

らしいというのは、最悪な状況からの現実逃避である。…………あ、今思い出した。確か自分は例のピチピチ過激団と遭遇して気を失わされたのだった。

 

─────やべぇ。冷静に状況を分析している場合じゃねぇや。今更ながら押し寄せてくる不安の波に呑まれ、思わず声を大にして叫び声を上げたくなった。

 

その時だ。真っ白な壁がシュインと音を立ると同時に開かれると、そこから白衣の男性が秘書らしき女性を引き連れて現れた。

 

「やぁ、漸く目を覚ましたようだね。気分はどうかな?」

 

仮面の……外面だけの笑顔を向けてくる男に、快適に見えるなら眼科に行けと軽口を叩く。

 

そんな自分の軽口にも、男は笑みを深くさせるばかりで何もせず、後ろに控えている女性も特に何も言わず目を伏している。

 

「ハハハ、それはそうだろう。何せ君は折角捕まえた大事な被験体(サンプル)なのだからね。そう易々と逃がしたりはしないよ」

 

サラリと人をモルモット扱いする男に更に険悪を募らせる。ここまで相手を嫌だと思ったのは礼装を温めやがったあの店員神父以来だ。

 

というか、やはり自分は実験材料として捕らえられたのか。

 

「ふむ。意外と落ち着いているね? もっと色々騒ぎ立てるかと思ったが……」

 

いや、実際は叫びを上げる前にアンタ達が来たからね。精一杯の踏ん張りで恐怖を押し留めているだけなのです。

 

「そうか。それは勿体ない事をしたな。今後は気を付けよう。─────っと、忘れてた。自己紹介がまだだったね。私はジェイル=スカリエッティ。彼女達戦闘機人……ナンバーズの生みの親さ」

 

 告げられる男の紹介に自分はやはりそうかと納得する。リンディさんが以前戦闘機人達の背後には高度な科学技術を持った研究者がいるかもと語ったが、どうやらその推測は見事に的を射ていたようだ。

 

金色の瞳が、ジッと自分を見つめてくる。その期待に満ちた眼に自分は薄ら寒いモノを感じた。

 

……ハッ! もしやこの男、他の戦闘機人みたいに自分にも改造するつもりなのか? だとしたら……不味い。最悪の場合、自分も彼女達と同じピチピチの格好にされかねない!

 

つまり……。

 

『きゃるーん! ピチピチ過激団の新メンバー、岸波白野でーっす! センターを取れるよう精一杯頑張りますので宜しくお願いしまーす!!』

 

 ────寒気がした。この世界における科学者というのは大抵頭のネジが何本か外れていると聞いた事があるが……ジェイル=スカリエッティ、彼はそんな危ない連中よりも頭一つ抜きん出ている!!

 

「ふむ、見た感じ特に変わった様子はないな。身体にも目立った箇所はないし……」

 

スカリエッティは自分の全身を舐め回すように一瞥した後、クルリと踵を返してブツブツと何かを語り出した。

 

「となると、やはり彼の持つ情報端末が鍵となるのか? いや、見てくれだけで判断するのは得策ではないな。やはりここはある程度調べてから実験するのがベストか……」

 

小さい声だから聞き取れないが、碌でもない事を考えているのは何となく分かる。それに彼は研究者だ。対象を調べ尽くすのが彼の役割。

 

つまり、このままここにいれば自分はこの男に体を好き勝手に弄くり回されると言うことだ。……改造人間、男の子としては響かなくもないワードだが、実際体験するとなれば話は別だ。

 

それに、あのピチピチ衣装だけは正直避けたい。女性なら兎も角男である自分が着るのは……うん、ショウジキナイワー。

 

どうにかして脱出を試みたい所だが……手足が動かない。しかもどういう仕組みか魔力も上手く練り上げられないから身体能力の向上も出来ない。

 

本格的にヤバくなりそうな時、突然アラームらしき音が辺りに鳴り響く。何事かと反応した秘書らしき女性が空間からモニターを出現させると、画面には自分を誘拐した一人、トーレが映し出されていた。

 

「トーレ、何事ですか?」

 

『侵入者が現れた。これより迎撃に向かう』

 

「ふむ、管理局かそれとも彼の仲間が助けにきたのか……どちらにしても少し面倒になった。トーレ、私の作品達も連れて行くのを許可する。侵入者を撃退してくれ」

 

『了解しました』

 

スカリエッティの指示に従順に従い、トーレは通信を切り画面を閉じる。困り顔をするスカリエッティは頭を掻きながら自分に向き直り、先程同じ、悪寒を感じる笑みを向けてくる。

 

「と、言うわけだ。少々予定を前倒して君の体、そして君の携帯を同時に調べさせてもらおう」

 

ニヤリ。先程よりも深い笑みを浮かべるスカリエッティに先程以上に悪寒を感じた。

 

 そして自分が気絶している間に抜き取ったであろう携帯が、スカリエッティから秘書の女性に手渡して彼女が部屋を後にする所を見計らった所で、自分はこの男に問い掛ける。

 

何故そこまでして自分を調べたいのか、何故そんなにも知識欲に従順なのか。何者かが侵入してきたにも関わらず自分の欲求に素直なこの男に、自分はそんな事を訊ねた。

 

すると数秒の沈黙の後、スカリエッティは振り返ると……。

 

「それはね、私が“無限の欲望”なのだからだよ」

 

その自嘲に聞こえる自己紹介の声は、何故だか……哀れみを誘うものに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い砂漠地帯。生命の鼓動など到底聞こえない死の世界で、トーレは侵入者が現れたとされるポイントに向けて空を飛んでいた。

 

トーレの後ろを付いて来るのは生みの親であるドクターが同行するよう言われた作品達──通称“ガジェット”

 

その性能は戦闘機人には遠く及ばず、単体だけでは下位の魔導師にも勝てない模造品。トーレ自身も一機だけでは戦力には数えず、その性能の低さから彼女は玩具と呼んでいる。

 

だが、それはあくまで単体での話。そこに多大な数が集まってくれば話は変わる。

 

今現在彼女が率いているのは地上二百、空二百の累計四百にも昇るガジェットの群がトーレの後ろをついて行っている。

 

明らかな過剰戦力。相手が何人かは知らないが、これでは袋叩きも良い所だ。

 

せめて死体だけは残しておくように命令しておかねば……既にトーレは侵入者に対してどう撃退するかよりも、どう生かしておくべきかと思考を移していた。

 

と、そんな時だ。眼前に空に浮かぶ黄金の帆船がトーレの視界領域に入ってきた。アレが侵入者かと、トーレは四肢から生える羽を動かし、そのスキルを発動しようとした────瞬間。

 

「な、に?」

 

前方の帆船から無数の刀剣、槍が降り注いで来た。

 

突然の事にトーレは即座にライドインパルスを発動させて左に回避。どうにか避ける事は出来たが……。

 

「バカな、あれだけの数のガジェットが……全滅だと?」

 

振り返れば先程まで軍隊さながらの隊列を組んでいたガジェットの群、その全てが剣、刀、槍に突き刺され、煙を 上げながら爆散していた。

 

愕然とするトーレの耳に、男の声が響く。

 

「王の登場に寄越してきたのが……まさかガラクタと雑種一匹とはな。この我もトコトン見くびられたものだ」

 

声のする方へトーレは震えながら振り返る。彼女の視界には先程の黄金帆船が近くにあり、その玉座にも似た席には黄金の鎧を身に纏う一人の男が、退屈そうに彼女の方へ見ていた。

 

「さて、王の所有物を盗んだその所業は本来なら万死に値するが……今日の我は少々機嫌がいい。もうじきドラマの総仕上げが完了する所故、この場は寛大な処置で赦してやろうではないか」

 

「な、何を……何を言っている?」

 

トーレは訳の分からないことを口にする目の前の男に思考が乱されていた。すると、今まで座っていた男はのそりと席から立ち上がると、トーレに向けて一差し指を一本突き立てた。

 

「一分だ。一分間逃げ切れば貴様等を逃がし、我が雑種を譲ってやる。どうだ? 破格の条件であろう?」

 

……言っている事は支離滅裂でトーレの理解を越えているが、一つだけ確かな事がある。この男、底無しの莫迦だ。

 

敵を前に逃がすとか赦すなどとほざいている時点で気付くべきだった。この男は傲慢、慢心の塊だと。

 

そんな男の態度にトーレは途端に冷静になる。自分はこの男の攻撃を避けた。否、避ける事が出来たし、可能だ。

 

彼女のライドインパルスを用いれば、どんな威力のある攻撃だろうと避ける事が出来る。あとは油断しきっているこの男に取って置きの一撃をお見舞いすれば全て片が着く。

 

単純な作業だ。最初はガジェットが一瞬にして全滅された事に驚いたが、実際落ち着いて対処すればなんて事はない。

 

(貴様の攻撃を避け切った所で、その首を斬り落としてやる)

 

「どうやら、覚悟は決まったらしいな。では……始めよう」

 

男の開始の合図が鳴ると同時に、トーレはライドインパルスを発動させて一気に間合いを詰めようとする─────が。

 

そんな彼女の考えは、悉く潰れる事になる。……何故なら。

 

「なん………だと?」

 

空と大地、その全てが刀剣と槍によって覆われていたからだ。それは遙か地平線の彼方にまで及んでおり、隙間なく埋め尽くされている。

 

差し詰め武具の世界。圧倒的物量によって埋め尽くされた天地にトーレの思考はある疑問に支配される。

 

(避ける? 一体……どこに?)

 

その疑問にトーレは遂に答えを出せず。

 

「そら、得意の虫の羽で思う存分飛び回るがいい」

 

深い笑みを浮かべながら、男は武具の全てを発動させる。

 

押し寄せてくる武具の波にトーレは……。

 

「は、はは……」

 

ただ、壊れたように笑う事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なの?」

 

 ウーノはその光景を前にただ一言そう告げる。

 

ドクターに渡された情報端末を分析しようと、研究所に備えられている別の解析室に端末を置いた。……ここまでは良かった。

 

その次に本格的に解析しようと周りの機器に接続した。その瞬間だった。突如として部屋の明かりが消え、機器は火花を散らし、煙を上げ、漸く静かになった所で……彼女は現れた。

 

『私が何者かですって? 残念ながら質問する権利などアナタ達には存在しません。アナタ方に許されているのは……そう』

 

機械的、能面のような顔で“黒”い少女は淡々と語る。

 

『豚のような悲鳴を上げなさい』

 

そこには慈悲などなく、深い深い“怒り”だけだった。

 

 

 




やっちまったなぁ。(小波感)


そして溢れ出るBBの女子力(ラスボスオーラ)


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腹黒眼鏡の策略

相変わらず遅くてすみません。




 

 

 

 私はDr.ジェイル=スカリエッティにより生み出された戦闘機人No.5──チンク。稼働テストの時に管理局の襲撃に遭遇したが、ガジェットと私の固有能力により何とか撃退し、右目を損傷するというダメージを受けたが、それでもその部隊全ての人員を全滅させたのはドクターにとっても、そして私にとっても大きな収穫だった。

 

後で分かった事だが、私の右目に傷を付けた男は地上本部ではSランク相当の実力者で、その者を破った事により、私の実力は魔導師ランクでSランクの上を往くというのが証明できた。

 

戦闘機人は戦う事が宿命の存在。故にこの時私は生まれた瞬間に自分の存在意義を勝ち取り、そして得たのだ。

 

ただ、全滅したと言っても殺してはいない。他の姉達が不在で戦力が足りていなかった所為か、先程のSランクの隊長格や二名の女性魔導師は培養ポッドで治療中。他の負傷した隊員達も現在は新しい基地で治療を受けている。

 

これでいいのかと思ったが、ドクターは実験体が増えたから構わないと寧ろバッチコイの姿勢だったから、私としては別に異論はない。

 

────話が逸れた。つまり、私は戦闘機人として高い能力を持っていると自負している。自慢ではない。事実を述べている。

 

私の固有能力、“ランブルデトネイター”の力と私自身の力を用いれば、恐れるモノは何もない。

 

 さて、そんな私は現在ドクターの命令の下、管理外世界の地球にある“海鳴”という街の外れで一つ上の姉であるクアットロが設置したとされる次元転移装置の防衛の任に就いている。

 

このジャミング機能も搭載した優れモノで魔力感知による探知も防ぐ事ができ、且つ持ち運びも可能な便利な代物。これを持ち運ぼうとしたり、奪おうとする輩から守護するのが、私の今回の任務である。

 

本来なら眼を完治させてからの方が良かったのだが…………まぁいい。戦闘能力にも支障はないし、私自身その程度で敵に遅れを取るつもりはない。

 

既に万全。次元転移装置の近くで息を潜めていた────その時だ。

 

「……前方から、何か来る?」

 

今、私がいるのは街の郊外にある山の森の深い所だ。森林が生い茂っているので隠れるのには容易く、侵入者に対しても見つける事は容易い。

 

そんな私の視界に映っているのは、次元転移装置に向かってゆっくりと近付きつつある三つの人影。生い茂った森林でその全貌は確認出来ていない為、視界を通常モードから暗視視界領域に変更する。

 

……数は三つ、その体型から察するに女二人男一人の少数編隊のようだ。私は静かにコートからナイフを取り出し、息を潜めて獲物に狙いを定める。

 

最初は迷い込んだ現地住民かと思ったが、彼等の無駄のない動きと真っ直ぐ此方に向かってくる事にそれはないと自分に回答を出す。

 

となれば管理局の者か、はたまた別の無所属の魔導師か……いずれにせよ、自分のやるべき事は変わりない。どこかへ雲隠れしたクアットロの分まで私が動かねば。

 

そう思ってからの私の行動は早かった。なるべく木々を揺らさず、不振な音は立てず、静かに獲物に近付く様は蛇の如し。

 

暗視視界領域に捉えられた三人は、依然として此方に気付いた様子はない。

 

(これで───終わりだ)

 

せめて、ここへ来た自分の不注意を呪え。そんな捨て台詞と共にナイフを投擲。

 

瞬間。街の郊外から爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 手応えあり。周囲の木々をなぎ倒し、クレーターとなったその場を眺めて私は獲物を仕留めた確信を得た。

 

私の能力であるランブルデトネイターは投擲したナイフを爆発させるというモノ。火力の調節により人一人吹き飛ばす事など雑作もない。

 

応用力の高いこの能力の御陰で、ここへ来るはずだった三人は骨すら残さずに消し飛び、煙だけがモクモクと立ち上っていた。

 

少しやりすぎたか? ……いや、ドクターからは何をしてでも死守せよとの命令によりこの結果も予想の範疇の筈だ。それに情報の偽造はクアットロの得意とする分野だ。今の騒ぎもあと数分もすれば彼女の手回しによりなんて事はないただのボヤ騒ぎに報道されている事だろう。

 

さて、私も任務に戻るとするか。クレーターから翻し、元の位置に戻ろうとした時。

 

「中々見事な奇襲だったが……残念だったな。死体の確認をしなかったのは手痛いミスだ」

 

「!?」

 

いつの間にか、私の首筋には白い短刀の切っ先が向けられていた。そんな……何時の間に!?

 

視線を向ければ、そこには白髪に褐色肌と赤い外套の男が冷たい眼で私を見下ろしていた。

 

「さて、お主には聞きたい事がある。まずはそうさな……余の剣と情熱で塵に還るか」

 

「私の術で凍り漬けになるか……」

 

「“オレ”の剣で細切れになるか……さぁ、好きな方を選ぶがいい」

 

いつの間にか、男と一緒に消し飛ばした筈の女二人も不気味な笑みを浮かべて私の前に現れている。

 

圧倒的。ただその一言に尽きる彼等に私が抱いた感想は唯一つ。

 

何事も、調子に乗ってはいけない。私はこの事を後に生まれてくる妹達に強く言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、禁断の果実だった。

 

遙か昔、まだ時空管理局というものが正式に設立していなかった頃、争いの絶えない次元世界に三人の男はその果実に手を伸ばした。

 

太古の時代に滅んだとされる幻の異世界“アルハザード”彼等の手にはその世界の欠片が握り締められており、クローンの研究が本格的に開始され、その欠片を使用し復元させた。

 

《無限の欲望(アンリミテッドデザイア)》人の形を成した欲望は三人の男の 願い/野望 により世界に生まれ落ち、その驚異の技術と科学力により、管理局に多くの力をもたらした。────管理局が設立して暫く経ってからの話である。

 

「とまぁ、大雑把に説明したけど以上が私が生まれた経緯の話かな。どうだい? 少しは楽しめたかな?」

 

 自嘲気味に笑いながら問いかけてくるスカリエッティに自分はただ「はぁ」とだけ返すので精一杯だった。

 

いやだって、いきなり人の出自とか言われても困るし、どういう反応をすればいいのか分からない。

 

「なに、君のそれは当然の反応だ。いきなりこんな事を言われては誰だって驚くだろう」

 

何故か、ニヒルに笑みを浮かべるこの男に少しイラッとした。まぁ、確かに驚いたのは事実だし、どんな反応すればいいのか困ったのも確かだけど……ぶっちゃけ、そんな大した事でもないんじゃないかと思う。

 

「…………ほう?」

 

スカリエッティの生まれ方は所謂デザインベビー……設定された子供の事だが、そのやり方自体は自分の世界にもあったらしいし、シンジやユリウスもその生まれだと知った自分としてはそんな驚くという程でもない。

 

そして無限の欲望と言ったけど、人の欲望なんてそれこそ制限がない。豊かになればなるほど物を欲するし、逆に貧しい場合でもより強く物欲に執着するものだ。

 

何かをしたいというのも願望というし、詰まるところ人間の望みは全て欲望へと繋がっているというのも過言ではない。無限の欲望と言うのは、それこそ人類の総称の代名詞見たいなものだ。人一人が何かを望む限り、この事実は変わらないと思う。

 

「……では、何かね? 君からすれば私はそこらの人間と大して変わらないと、そう言うのかな?」

 

極論だけどね、と何故か目を見開いて驚きを顕わにするスカリエッティに自分はそう返す。

 

それに、例え本人が望んで生まれなかったとしても、生まれてしまった以上その人生はその人の物だ。例え、利用される為に生まれてきたのだとしても。

 

「…………」

 

黙り込んだスカリエッティの前に我に返る。い、一体いつから自分はこんな説教キャラになってしまったのだろうか?

 

はやてちゃんとか割とほっとけない子供と接して来たからか、どうもこんな説教癖が付いたような気がする。

 

ヤバい。この癖が治らずついクドくなってしまったら……ユーリ辺りからウザいと思われる日も近いかもしれない!

 

もしそうなったら、果たして自分は立ち直れるのだろうか。

 

突然現れた不安要素に危機と不安を感じていると……。

 

「く、くくく、ふははははは!」

 

今まで黙りだったスカリエッティが、突然腹を抱えて笑い出した。……え? どうしたと?

 

「ふふふ、いやー、笑わせて貰ったよ。まさか私をそこらの人間と同じと称する者がいたとは、彼等が聞いたら何というかな」

 

お腹を抱え、暫く爆笑していたスカリエッティはそんな事を呟きながら目尻に溜まった涙を拭った。

 

「無限の欲望は人類の代名詞……か、言われてみればその通りだ。例え造られたモノだとしても欲望を持つ限りソレは人として何の変わりもない。そんな当たり前のこと、誰かに言われるまで気が付かないとは……」

 

造られたモノでも人は人。その皮肉と矛盾の合わさった答えにスカリエッティはどこかスッキリした様子だった。

 

「ありがとう少年、君の御陰で目が醒めた。一時期は自分の在り方に悩んでいた時もあったが君のその言葉で答えを得ることが出来た」

 

まさか敵の総大将から礼を言われるとは思わなかったが、取り敢えずどういたしましてと答える。

 

何とも奇妙な空気となったが……まてよ? これはひょっとしてチャンスなんじゃないのか?

 

少なくとも向こうは敵意など感じないし、上手く説得できるかもしれない。そして更に上手くいけばこのまま拘束も解かれ、晴れて自由の身となりここから脱出できる算段も立つ。

 

そうと決まれば実行あるのみ。感激しているスカリエッティに思い切って自分を解放するよう説得を試みるが……。

 

「さて、ではそろそろ始めるとしよう。君の助言は私にとっては青天の霹靂だったが、それとこれとは話は別。私の研究の為の礎になってもらうとしよう」

 

────デスヨネー。ソンナキガシテマシタ。

 

いやもう、我ながら行き当たりばったり過ぎたな。そうだよ、折角捕まえた獲物をみすみす逃す真似なんてこの手の人間がする筈がなかった。

 

仕事とプライベートをキチンと区別する辺り、意外と律儀な人なんだなと関心する一方で、自分の置かれている状況に焦りを感じ始めている。

 

ヤバい。このままいここにいればピチピチ過激団の新メンバーにされ、センター争いに巻き込まれてしまう!

 

どうにかして脱出しなければ、だが、どんなに力を込めても枷は自分の手足を固定したまま動きそうもない。一体どうしたものか、脱出する術のない状態に本気で危機を感じた時、その声は聞こえてきた。

 

『全く、相変わらずのおバカさんなんですね、センパイ。あまり私の手を煩わせないで下さいね』

 

 扉の方から聞こえた来た声にスカリエッティが振り返ると、そこには先程部屋を後にした女秘書が呆れた表情で佇んでいた。

 

「ウーノ? どうしたのかな。もう端末の方は解析を終えたのかい?」

 

スカリエッティが女秘書の近くに寄る。何の抵抗も警戒もせず、家族に接するように近付き……。

 

『アナタですね? センパイを浚うよう指示したのは』

 

「……ウーノ? 何を言っ─────!?」

 

『気安く触らないで下さいます?』

 

ズドンと重い音が部屋に響き渡ると同時にスカリエッティは糸の切れた人形のように崩れ落ちる。秘書としての役割を担っているが、そこは戦闘機人として生まれた性能故、人一人を気絶させる程の一撃を放つ事はさほど難しい話ではないらしい 。

 

倒れ伏すスカリエッティをみむきもせず、女秘書は自分の下へ歩み寄り、再度呆れの表情を浮かべながら溜息をこぼした。

 

『全く、いつからアナタはピンチからピーチへジョブチェンジしたんですか? ホント、恐ろしい程に間抜けですねぇ』

 

罵倒混じりの一言に自分はただ済まないと返し、その通りの事を言われて苦笑いを浮かべる。

 

……ホント、君にはいつも大事な所で助けられているなBB───いや、桜。

 

そんな謝罪の言葉に、女秘書の体を手に入れたBBは一瞬だけ目を丸くした後。

 

『さぁ、とっとと帰りますよ。──────先輩』

 

優しいその笑顔を向けてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、走る。

 

目的もなく、行き場もなく、当てのない道を少女はひたすら走り続けていた。

 

(私の所為だ!)

 

自分がいた所為で、多くの人が涙を流した。自分がいた為に、多くの人達が悲しみ憎んだ。

 

守護騎士達を、管制人格プログラムも、そしてその代の主達を。

 

夜天を闇に変えてしまったが為に、多くの悲劇を生みだしてしまった。そして、そんな悲劇を生みだしてしまったのが─────。

 

(私の所為だ!)

 

 アスファルトの地面が、裸足で駆ける少女の足を容赦なく傷つける。

 

自分が存在した為に、数え切れない人が死んだ。そして今回も、自分を助けてくれた人が自分の所為で捕まり、危険な目にあっている。

 

助けに行きたい。けれど、助けに行ける術が自分にはない。

 

「───あっ!」

 

大きな石に躓いた少女はそのまま受け身も取れず、勢いを乗せたまま地面を転がる。その拍子に服の一部は破れ、足は血だらけになり、幼い少女は痛々しい姿へと変わっていた。

 

………結局、自分がどこにいようと人が幸福になることはない。自分という存在がある限り、不幸の連鎖は止まらない。

 

だったら、だったら───!

 

「私なんて……生まれてこなければ良かった」

 

そんな、自虐的な言葉が出た。

 

────雨が降ってきた。ポツリポツリとしか降っていなかった雨は、やがてその量を増していき、少女の心と体を冷たくしていく。

 

嗚呼、これは罰なんだ。そんな事が少女の脳裏を過ぎった時。

 

「この程度で罰だと思うだなんて、随分能天気な頭をしてるんですねー」

 

自分の心を抉ってくるような言葉に、少女は顔を上げると……。

 

「そんなもので許されると思っているんですか? え? “砕け得ぬ闇”さん?」

 

眼鏡を掛けた一人の女性が、卑下た笑みを浮かべて少女の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




いやー、モンハン面白い。

ついついプレイして投稿が遅れてしまった。

皆さんは何装備メインです?

自分は太刀とチャージアックスですね。


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砕け得ぬ闇

いやー、リアルが忙しくて執筆もモンハンもマトモに出来なかった。

感想返しも暫く出来そうにありません。

本当に申し訳ありません。


 

 

 

 

 ピチピチ過激団の首領ジェイル=スカリエッティに捕まり、一時は危機的状況にあった私こと岸波白野でしたが、BBの御陰でどうにか窮地を脱して今は彼らの拠点らしき基地内を脱出を兼ねて探索中である。

 

なんとも呑気な話であるが、基地内の全てのシステムはBBによって完全に掌握され、安全は既に確保されているとのこと。

 

それを証拠に通路のあちこちでは防衛システムらしい機械が動かずにそのまま倒れている。……流石はムーンセルをも掌握したBB、その手腕は見事を通り過ぎて遣りすぎの一言である。

 

で、そのBB本人はと言うと……。

 

「…………」

 

先程から無言のままでヅカヅカと先を進んでいく為、会話所かマトモに目も合わせていない。 このまま終始無言なのは流石に不味い……というか自分が耐えられないので思い切って声を掛けてみる。

 

あの、ワザワザ助けに来てくれてありがとう。手間を掛けたね。

 

「手間? えぇ、掛かりましたとも。先輩があまりにも間抜けな所為で私の貴重な時間が大幅に削られてしまいました。この埋め合わせはどうしてくれるんです?」

 

ジト目となった目線だけをこちらに向けてくるBBに苦笑いを浮かべずにはいられない。今目の前にいるのは間違いなくBBだが外見はスカリエッティの秘書の戦闘機人(面倒だから秘書機人)な為、余計に話し掛け辛い。

 

だがこのまま何も言葉を交わさない訳にはいかない。どうして自分の所に彼女がいるのかは分からないが、自分を助けてくれる為にワザワザ駆け付けてくれたのだ。ちゃんと礼を返すのが筋と言うものだろう。

 

何回か咳払いをしながら、一向に振り返ろうとしないBBに改めて礼を言おうとするが……。

 

「あぁそれと、これ、先輩の携帯ですよね序でに取り返しておきました」

 

───その前に、急に振り返って携帯を渡してきたBBに遮られる。まさか向こうから声を掛けてくるとは思わず、突然の反応に喉まで出掛かっていた言葉を呑み込んでしまう。

 

ひとまず受け取る際にありがとうと礼を言うが、BBはそれに反応する事なく再び前を向いて歩き始めていた。

 

ドンドン遠くなっていく、遠くなっていく自分とBBの距離がそのまま自分達の居場所なのだと改めて実感させられる。

 

───分かってはいたが、忘れられるというものは何度経験しても辛いものだ。それも自分だけではない、忘れたBB自身もきっと辛い思いをしているのだろう。

 

……よそう。この事はいくら追求しても答えはでない。今はBBが自分を助けに来てくれたという事実だけで良しとしよう。

 

通路の奥へと消えていくBBの後ろ姿を追いながら自分はもう少し頑張ろうと気持ちを切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー! もう! どうしてそこで突き放す様な事言っちゃうの! 私のバカバカ!!)

 

 岸波白野がBBに対して負い目を感じている一方で、そのBB自身は白野とは別のベクトルで絶賛後悔中であった。

 

(折角メルトリリスと交代して狙ったかのように攫われたセンパイを助け出して晴れて私に惚れさせるという綿密な計画がぁぁぁ!)

 

綿密処か穴だらけなBBの計画。しかし、彼女が内心ここまで動揺したのには訳があった。

 

 月での戦いの一件以来、白野に負い目を感じていたBBは現実世界の白野と再会を果たしたもののその負い目から白野の事は忘れたと嘘を付き、自ら白野と距離を開けることにした。

 

しかし、現実世界でも発揮する白野のフラグ建築スキルに、今まで傍観していたBBも危機を感じ始める。ムーンセル(仮)を通じて街中の至る所から白野を監……見守っていたが最早それも我慢の限界。

 

確かに自分はもう岸波白野には迷惑を掛けないと誓った。けれど、彼女も白野を慕う乙女の一人。常識という道理などBBの“C.C.C.”でこじ開けられるだろう。

 

だが、白野の前で堂々と啖呵を切ったBBとしては真っ正面からのアピールは些か抵抗が大きい為実行不能。

 

それからというものの、BBは考えた。どうすれば白野を自分に振り向かせられるか、時には白野の寝顔を眺めながら、時には白野の入浴映像を保存しながら、BBはひたすら考えた。

 

そして閃いた。振り向いて欲しいのなら相手も自分の事を好きになって貰えればいいのだと。そして現在白野は戦闘機人なる者達から狙われているというタイミング的にもベストな状態。

 

そして女の勘が働き、今日という日にメルトリリスと半ば強引に代わって貰い、白野の携帯に潜んいると、これまた狙い通りに事が運び、まんまと捕まった白野にBBが駆け付けるという最高のシュチュエーションが完成した。──────なのに。

 

(折角センパイが私にお礼を言ってくれたのにぃぃぃ!)

 

白野を前にした途端、考えていた言葉を全て頭の中から消し飛んでしまったBBは、持ち前の反抗的な態度で接してしまう。

 

月の裏側で演じていたモノが今なお染み付いて離れない事実にBBは心の内で涙を流す。世界はいつだってこんな筈じゃない事の連続である。そんな言葉がふと脳内で浮かんだ。

 

ここからどうやって巻き返す? 通路を黙々と進みながらBBはふとそんな事を考えると……。

 

「あ、あの! そこの人、ちょっと待ってくれませんか!」

 

「…………はい?」

 

何処からか声が聞こえてくる。何だと思い乗っ取った戦闘機人の能力を使って周囲の生命反応を割り出していると。

 

「ここ! ここです! あの、助けてくれませんか!?」

 

 すぐ隣からの熱源反応に振り返ってみれば、変わった格好をしたショートヘアの女の子が牢屋らしい部屋に軟禁されてるのが確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………なるほど、じゃあアミティエさんは妹さんを追って未来からやってきたんだ。

 

「はい。けど時空間を漂っている内に物凄い衝撃に遭遇しまして……気付いたらここの基地の前に倒れていて」

 

「そのまま捕まり牢獄行きですか」

 

基地内の探索中、偶然出会った少女。彼女はアミティエ=フローリアンさんでとある事情を持ち、家出した妹さんを追って未来からやってきたという。

 

最初こそは未来からの来訪者辺りで驚きもしたが、自分達も似たようなものだと気付き取り敢えず納得する。

 

しかし過去に遡る程の家出をするとは……アミティエさんの妹さんは随分ダイナミックなんですね。

 

「アミタでいいですよ。ハクノさんも拉致されたと聞きましたけど随分落ち着いてますね? 私がここに来たときは警備ロボがわんさかと配置されていたのに今は何だか静まり返ってるし……それに、その人ってここの人ですよね?」

 

戸惑いながら秘書機人の方を見やるアミタさん。中にいるのは秘書ではなくBBなのだが……その事を知らないアミタさんからすれば訳の分からない事だらけだろう。

 

順に追って説明する。結構複雑な事情なので言葉を選びながら丁寧に言葉を紡ぐ……が、一体どこから話せばよいのだろうか。

 

ムーンセル(仮)の事は……流石に話さないほうがいいか。そこまで話す必要はなさそうだし、彼女だって妹さんを連れ戻したくて躍起になっている筈だ。

 

手短く話そう。頭の中で話の順序を想定し終えた自分はアミタさんに掻い摘んで説明しようとすると……。

 

『そんな所にいたのか。全く、手間の掛かる雑種だ』

 

ふと、聞き慣れた声が耳朶に届いた瞬間、自分達の前にあった通路が轟音と共に崩壊し、辺りは瓦礫と砂塵で埋め尽くされていく。

 

「な、なにー!? 何事ですかー!?」

 

突然の事態に混乱するアミタさん。対するBBは呆れたように溜息をこぼし、またこんな事をしでかす人物に心当たりがありすぎる自分も顔を手で覆いながら深々と溜息を漏らす。その心境はまさにアチャーである。アーチャーではない。

 

「まさかこの我自ら迎えに来させるとは……の愚鈍さは最早度し難いを通り越して見事と賞賛できるな。え? 雑種?」

 

砂塵の中から現れ出るのは黄金の甲冑をその身に纏うAUO。……というか、一体どうやってここまできたのだ? アミタさんやBBが言うにはここはどうやら別世界の惑星らしいし、ここに来るには次元の壁を越えなきゃいけないらしいけど……。

 

「我と我の財に不可能はない」

 

あ、そうですか。その言葉で納得できてしまう辺り、この金ピカ王様のトンでも具合が分かる。ただアミタさんだけは事情が把握出来ておらず挙動不審に陥っているが……。

 

「貴様の方は………ほう? まさか自ら白野を救出に出てくるとは一体どういう風の吹き回しだ? BB」

 

 秘書機人の方を見て一目でBBだと見破ったギルガメッシュ。まさか一度見ただけで彼女の存在を認識するとは、流石人類最古の英雄王。

 

だが、何故だろう。今のギルガメッシュのものいいに少しばかり違和感を覚えた。

 

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべているギルガメッシュとは対照的にBBの方は鬱陶しそうに顔を歪めて舌打ちを売っている。

 

「そんな事はどうでもいいです。それで、アナタの方はどうなんですか? 其方にはネズミが一匹向かったそうですけど…」

 

「我がここにいる時点で気付け戯けが、この我が雑種一匹に手間を掛ける道理はない」

 

「誰もそんな事は聞いてません。私が訊ねているのは“生かしているか否か”です。ここにいる者達には改めて報復する必要がありますからね」

 

「それこそ無粋な問いかけだぞBB。いたぶる事に関しては我の得意分野だ。手足こそは削いで身動きを封じているが……まぁ、そこは機人と名乗るだけあって頑丈に出来ておるからな。少し楽しみ過ぎたのは認めよう」

 

「………まぁいいでしょう。生きてさえいるのなら後でどうにでもできますから」

 

いや良くねぇよ。なにサラリと恐ろしい事を語り合ってんだよアンタ等、見ろよ。アミタさんが顔を真っ青にしてガタガタ震えているぞ。

 

「む? 雑種よ。少し見ない間にまた女を手込めにしたか? 愉悦要素が増えるのはいいが今は自重しろよ? 流石にここで新しい要素をドラマに付け加えるのは難しいからな」

 

と、今まで眼中になかったのかアミタさんと目が合った途端そんな事を抜かしやがるAUO。というか、自分が女の子と一緒にいること=フラグ建築済みにするんじゃない。いつから俺はそんな女誑しになった? あと、ドラマってなにさ?

 

AUOの意味不明な言動に首を傾げていると、今まで静観していたBBが割って入ってくる。

 

「センパイも金ピカも漫才はいい加減止めて下さい。頗るつまらないし下らないです」

 

どうやらいつの間にかBBの中には自分とギルガメッシュはお笑いコンビにされていたようだ。酷く遺憾である。

 

訂正させたい所だが、何やらBBが何か受信したのか、指を耳に当てるとボソボソと何かを呟き始めた。

 

彼女の仕草を見て思い出す。今BBが取っている仕草は念話をしていたフェイトちゃんの仕草と似ているのだ。

 

では、今彼女は誰かと念話で交信しているのか? ギルガメッシュも黙って見ているし、自分も声を掛けずに静かに眺めていると………。

 

「今、メルトリリスから連絡がありました。システムU-D……いえ、ユーリが家を出たそうです」

 

 ザワリ。BBから告げられるその言葉に岸波白野は嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、私は生まれたのだろう?

 

恨まれ、憎まれ、蔑まれ、人は私に指を指しながら言ってくる。

 

悪魔、化け物、死神。闇の書を通してありとあらゆる罵倒が私に向けて言い放たれていく。

 

どうして、私は生きているのだろう? 誰にも望まれていないのに、誰からも愛されていないのに……。

 

愛とはなんだ? 友とはなんだ? 絆とはなんだ? 家族とはなんだ?

 

分からない。触れたことも見たこともない私には理解出来ない言葉。

 

一体、どうして私は存在しているのだろう?

 

分からない。どんなに思考を巡らせても答えには至れない。

 

「うふふ、嘘ば~っか。ホントはとっくの昔に知ってる癖に♪」

 

────知らない。私には分からない。一体どうして……。

 

「ふーん、あくまでシラを切るんだぁ。じゃあ、代わりに私が教えてあげましょう」

 

─────イヤだ。聞きたくない。話さなくていい、言葉にしないで欲しい。

 

「そんな遠慮せずに、親切な私が丁寧に且つシンプルに教えてあげます。えっと、どうしてアナタがそんななのかと言うと────」

 

止めて、止めろ、止めて下さい。そこから先は言わないで、ソレを聞いてしまえば私は…………今度こそ、私は────!

 

目を閉じ、耳を抑え、うずくまりながら声を拒絶するが、声の主はそんな私の抵抗を嘲笑うかのように透き通った声を出し。

 

「皆が、そうなるように望んだからだよ」

 

そんな、極めて単純な答えを私に教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、アハハハ、アハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猛烈な魔力。幼い少女からは想像もつかない巨大な魔力が一瞬の内に街を呑み込み、街を生命の息吹が感じられない閉ざされた氷の世界に変えてしまう。

 

禍々しい赤黒い魔力を放出されるユーリを眺めながら、戦闘機人No.4クアットロはほくそ笑みながら眼鏡を外す。

 

「ほーんと、お子様は御し易くていいわ。チョロッと幻を見せて上げたらこの通り、簡単に暴走してくれるんだもの♪」

 

未だに魔力を出し続けるユーリにクアットロはその笑みを更に歪め、両手をオーケストラの指揮者の如く掲げると、喝采を浴びるかのように天を仰ぐ。

 

「さぁ、暴れなさい。解放なさい! 純然たる破壊の力を! 圧倒的な暴力を! アナタのその名の由来を世界に見せ付けなさい!」

 

高々と狂ったように笑う道化。その眼下には真実を告げられ正気を失う一人の少女。

 

“砕け得ぬ闇”全ての元凶と呼ばれていた少女の力が────目覚める。

 

 

 

 




はい。という訳で精神的攻撃な得意なクアットロさんでした。

確かStsでも似たような事してましたよね彼女は。主に聖王様に対して。

果たしてユーリはどうなるのか!?

そしてクアットロの末路は!?(え?

次回も楽しみにしてくれると嬉しいです。

PS
そろそろ次の世界の内容が決まりそうです。


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この手を伸ばして…… 前編

今回、キリの良いところで区切りましたのでかなり短めです。


 

 

 

 

 

 ─────女の話をしよう。

 

憎しみの中から、少女は生まれた。

 

妬みの中から、少女は造られた。

 

壊してしまえと、誰かが囁く。

 

消してしまえと、誰かが嘯く。

 

暗闇、暗黒、漆黒、少女を囲んでいるのは深い深い奈落の底。

 

涙など枯れる程に、声など掠れる程に。

 

いつしか少女にはそんなモノ(絶望)は当たり前のモノになっていた。

 

けれど、なに、心配する事はない。

 

 泥にまみれ、汚く、醜く……少女を救い出すのはいつだってそんな底無しの─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚か者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な魔力が海鳴市から観測されるのと街全体を結界が覆ったのは殆ど同じタイミングだった。

 

僅かでもタイミングがずれれば平穏だった街並みは氷漬けにされ、その有り様は地獄絵図へと化していただろう。

 

そんな大事を回避出来たのは、偏に八神家の騎士であるリインフォースのお手柄だろう。

 

彼女に付いてはリインフォースが一番熟知している。何せ永い時の間一緒にいた間柄なのだ。彼女の異常な状態に気付けたのはある意味必然とも言えた。

 

だが、これで問題が解決した訳ではない。寧ろこの後こそが彼女達に課せられた最大の問題。

 

「どうして……」

 

白の魔法少女である高町なのはは呟く。街の中心で渦巻く赤黒い巨大な魔力の渦、その更に奥にいる少女になのは疑問に思わずにはいられなかった。

 

「どうしてアナタがこんな事をするの!?」

 

それはこの数ヶ月、友達とも呼べる関係だった少女。大人しくも勤勉で、両親が経営しているお店でバイトとして働いている彼の後ろをいつもついて回る可愛らしい女の子。

 

 優しくて、偶に見せる笑顔が眩しい位に可憐で、彼といるといつも楽しそうにしている……そんな彼女が。

 

「ううぅぅぅぅ…………あぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁああ!!」

 

まるで、狂ったように叫びながら魔力をブチ撒ける。そんな彼女の姿がなのはにはとても信じられない光景だった。

 

「なのは! 危ないよ! もっと離れないと!」

 

「ユーノ君!? で、でも!」

 

少女に近付きつつあったなのはを割って入ってくるユーノが止めに入る。ユーノに僅かに抵抗するなのはだが、更にフェイトやアルフが合流してきた事で大人しくなる。

 

なのはを宥めながら後方に下がる。郊外にある公園にまでたどり着くとそこには八神家の守護騎士達だけでなくマテリアルズ………レヴィ達が一同に介していた。

 

「来ましたか。高町なのは」

 

「わ、私と同じ顔? えっと……どちら様?」

 

「私はシュテル=ザ=デストラクター。アナタをモチーフに闇の欠片から生まれ出たものです。気軽にシュテるんとでもお呼び下さい」

 

「シュテル、今はふざけている場合ではない。今がどれだけ危険な事態か分かっておるのか?」

 

真面目な表情で軽口を叩くシュテルになのはは面食らいそれをディアーチェが注意する。顔や外見は似ているのに全く違う性質にその場の全員が驚く。

 

だが、和んでいる場合ではない。今がどんな状況なのか把握できていないが、それでも現状が緊迫し切迫した状況の中である事には誰の目にも明らかだった。

 

「皆、来てくれたか」

 

そんな時、頭上から聞こえてきた声に全員の視線が向けられる。彼女たちの前に降り立ったのは管理局執務官クロノ=ハラオウンだった。

 

「クロノ、状況は今どうなっている? アースラの方で観測してたんだろ?」

 

ユーノの投げ掛けてきた問いかけにクロノは頷く。その表情から察するに状況は思わしくないのだろう。

 

「現在、魔力の渦は特異点を中心に今も急激な速度で増大中。アースラスタッフも総動員して観測し対応しているが……このままだと」

 

「このままだと?」

 

「─────最悪の場合、結界の強度が耐えられず。結界を突き破った魔力が……現実世界を侵蝕するだろう」

 

クロノの説明にその場にいる誰もが戦慄する。この結界を張ったのは夜天の管制人格プログラムであるリインフォースと結界を得意とする管理局魔導師達だ。その頑強さも当然だが“動きを抑制する”事に特化したこの結界が耐えられないと知らされるなのは達は驚愕の色は勿論、戦慄し、怯えの色もあった。

 

その出鱈目な魔力が現実世界を侵食する。そうなれば海鳴の街が今度こそ氷漬けにされてしまい……待ち受けているのは永劫閉ざされた死の世界。

 

それだけは断固阻止せねばならない。状況を正確に把握したなのは達は表情を険しくさせる。

 

「だが、対抗手段が無いわけではない。彼女がここに閉じ込めている間、僕達で何とか食い止める。そうなれば上の準備は完了次第任務は完遂される」

 

対抗手段がある。その言葉を聞いた瞬間全員の顔が先程よりも明るくなる。だが、クロノの説明に疑問を感じたフェイトが挙手をしながら彼に問う。

 

「クロノ、準備って何のこと?」

 

「…………」

 

「なんだ。急に黙ったりして、勿体ぶらずに話さぬか」

 

フェイトの問いを受けて途端に黙り込むクロノに、ディアーチェは苛立ちの声を上げる。何か問題があるのか、全員の疑惑の視線がクロノに集まっていく。

 

そんな時、堅く閉ざしていたクロノの口がゆっくり開かれると……。

 

「現在、魔力渦の中心点を観測しながらアルカンシェルの発射段階に移行している。僕達の役割はその間何としても彼女をこの場に食い止めなければならないんだ」

 

その言葉に誰かの息を呑む音が聞こえた。

 

“アルカンシェル”数キロ範囲に渡って空間ごと歪ませ消滅させるという大威力広範囲消滅魔法。その名の通り空間ごと消滅させるアースラの切り札である。

 

そんな代物を結界ごと消し飛ばす。クロノからのその言葉に一番先に反論に出たのはこの街で生まれ育った高町なのはだった。

 

「ま、待って! そんな事をしたら街はどうなっちゃうの!?」

 

「………強固な結界により最悪の展開は防げると思うが、多少は影響でるかもしれない」

 

淡々と応えるクロノになのは一瞬思考が怒りに染まる。この街は彼女にとって掛け替えのない大切な場所だ。

 

親友と呼べる人達がいる。大切な家族がいる。宝物と呼べる思い出が詰まっている。

 

そんな沢山の想いが詰まった街が壊れようとしている。その可能性を前にまだ幼い少女は何か方法はないかと模索するが……。

 

「なのは、君の気持ちは分かる。けれど仕方ないんだ。アレが解放されれば被害はこの街処か世界中に広がってしまう。そうなれば…………闇の書の悲劇の再来だ」

 

悲痛な面持ちでそう呟くクロノになのはは口ごもり街の中心に浮かんでいる紅い球体の物体に目を向ける。

 

 そこから発せられる魔力の渦は依然として収まる様子は見せず、それ処かますます勢いを増していく。このままではどんな大災害が引き起こされるか分かったものではない。

 

海鳴市は勿論この国、この世界が危機的状況を迎える。そうなれば多くの人達が悲劇に見舞われる事になってしまう。

 

迫られる選択肢。凡そ小学生には重すぎる選択を前に高町なのはの思考が冷たくなる。

 

どうすればいい。どれが一番正しい。混乱する思考の中、隣から呼び掛けるフェイトやはやての声が耳に届かなくなってしまっている。

 

そんな時だ。

 

「少し、待ってくれないかな」

 

ここ最近て聞き慣れた声が、高町なのはの耳に溶ける様に入ってきた。

 

誰もが振り返ると、そこにいたのは四体の英霊を引き連れた少年。

 

「この件、俺に任せてくれないか?」

 

岸波白野が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────分かっていた筈だ。自分が今更幸せになろうとするなんて、それがどれだけ浅ましいのかを。

 

 ─────知っていた筈だ。その考えかどれだけ愚かしいのかを。

 

悪意の中から私は生まれた。敵意の中に私は存在した。憎悪の中で私は自己を認識できた。

 

恐怖、絶望、憤怒、嫉妬、ありとあらゆる負こそが私の代名詞だった。

 

今更、叶うはずがない。……否、叶えては行けない。

 

悪意を育む事が私の意味。敵意を振りまくのが私の意義。憎しみを生み出すのが私の証明。悲劇を繰り返すのが私の使命。

 

だから、故に、それが………それだけが私の存在意義。

 

「ほぉら。早くしないと五月蠅い連中がきますわよぉ? 早く始めてくれませんかぁ?」

 

………言われずとも分かっている。

 

私は“負”だ。私は“破滅”だ。私は“呪い”だ。

 

そうなるように造られた。そうなるよう望まれた。

 

人に疎まれ、憎まれ、恐れられるのが私。ならば望み通りにしてやる。

 

壊してやる。潰してやる。消してやる。腐らせて燃やして微塵も残らず巻き込んで消滅してやる。

 

それが望まれた私の……私の!

 

──────『君を助けたい』

 

ふと、思考の狭間にそんな言葉が横切った。嗚呼、あれは一体誰の声で誰の言葉だったのだろう。

 

狂気に染まった私の今の思考にはそれが何なのかを思い出せない。ただ、とても暖かく、優しいものだったとしか……思い出せない。

 

だが、それも今はどうでもいい。私は“闇”だ。砕けず、滅びず、ただ破壊するだけの災いが具現化したモノ。

 

だから、そんな暖かさには私には不要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、迎えに来たよ。ユーリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして貴方は、そんな笑顔で私の前に現れるんですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────オマケ─────

 

「おい、そこの小娘」

「な、何だ?」

「貴様だな? 以前自らを王と名乗った雑種は? この我を差し置いて王と名乗るだなと随分命知らずがいたものだ」

「な、なにおう! 我は闇統べる王ことディアーチェぞ! 貴様こそ頭が高いではないか!」

「ふん、たかが闇を統べた程度で王を名乗るなど片腹痛い。我は天地全てを統べし絶対の王……英雄王ギルガメッシュぞ。娘、今なら頭を垂れれば慈悲をくれてやるぞ?」

「ぐ、ぐぬぬぬ!」

「が、頑張れ王様! 大丈夫、偉そうな態度では負けてないよ!」

「レヴィ、フォローになってません。ですが困りました」

 

「? 何が困るの?」

 

「あの二人を同時に喋らせれば時折どちらが誰か分かり辛くなります」

 

「「「あー………」」」

 

 




最近、クオリティが見るからに落ちてる気がする。

何とかせねば!

次回はもっと内容を書くつもりですので、もう暫くお待ち下さい。


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この手を伸ばして…… 後編



相変わらずグダグダですが、楽しんで下されば幸いです。
では、どうぞ


 

 

 

 氷に閉ざされた世界。生命の息吹など感じられない死の世界。

 

街の中心に陣取る紅い球体から発せられる膨大な魔力は嵐となり、今もその勢いを増しながら結界をブチ破ろうと暴れ回る。

 

そんな所に一人の……なんの武装も持たない民間人が降り立ち、騒動の原因とも呼べる少女の元へ歩み寄っていく。

 

周囲には誰もいない。何かあった時駆けつけるべき人がいない状態で少年はゆっくりと近づきつつある。

 

そんな光景を目の当たりにしたクロノは我慢できずに声を上げる。

 

「正気ですか、アナタ方は!?」

 

言葉の端に棘がある言い方になってしまったが、それを気にする余裕などない。現になのはやフェイト、八神家の面々は心配の様子で少年────岸波白野を見つめている。

 

彼は魔術師と名乗ってはいるが、その実力は 見習い同然の未熟なモノ、障壁など張れる訳でもなく、自分達と違いバリアジャケットも纏っておらず、身を守る術など持ち合わせていない。

 

そんな民間人とも呼べる人間をいつ爆発するか分からない爆弾へと向かわせる。そんな状況を生み出したとされる元凶四人に、クロノはもう一度問いつめた。

 

「彼はアナタ方にとって大事な人じゃなかったのですか!? そんな彼をムザムザ死にに行かせるような事をして、何を考えているんです!?」

 

 本来なら、彼をあそこに連れて行かせたりせず、安全な場所に避難させる筈だった。どんなに彼が行きたいと懇願しようが、実力行使をしてでも安全な場所に連れて行く……そのつもりだった。

 

だが、目の前の立ちはだかる四人の超人に行く手を阻まれ、白野はクロノ達の制止を振り切って彼女の下へ駆けていった。

 

クロノには分からなかった。いや、それはなのは達全員が抱いたモノだった。

 

岸波白野は慕われている。それぞれが別の形として彼を守り、慕って、想っている。

 

言い合いもしている所も目立つが、総じて彼等の関係は決して悪いものではなかった。そんな彼等が今度は岸波白野を死地に向かわせている。

 

本来なら一番に止めるべき彼等が、一番に白野を見殺しにしようとしている。

 

一体どうして? 疑問ばかりのクロノの思考に今まで黙っていたアーチャーが語り出す。

 

「なに、さほど難しい話ではない。ウチのマスターは底無しの阿呆なのでな。ああなっては梃子でも自分の意志を曲げん。ならば、好きにさせてやるしかあるまい」

 

「うむ。乙女を救うのはいつだって白馬に乗った王子よ。余は知っておるぞ、これを“てんぷれ”と言うのであろう?」

 

「ご主人様の意志は私の意志、そして夫の影を踏まず、妻は三歩下がって控えるもの。つまり、良妻賢母狐の私とご主人様に間違いはねーのです」

 

 アーチャーに続いてセイバーとキャスターも一応応えてはくれるが、そのどれもが説明になっておらず、はぐらかした様に思える。

 

そんな曖昧な態度を取る彼等にクロノは再度問い詰めようとするが。

 

「王の前だ。少しは控えておれ、雑種」

 

 その言葉にクロノは勿論、セイバー達を除いた全員が凍り付いた。背中越しからでも伝わる圧倒的威圧感にゴクリと喉を鳴らす。

 

静かな口調と声色ではあったが、彼から発せられる圧力と重さが次はないぞと警告している。だが、それを良しとする訳にはいかない。自分は管理局の執務官という立場に立つ人間だ。立場を持つ人間には権利がある代わり、責任と義務が存在している。

 

 言葉には出さず目で訴える。震えながらも睨んでくるクロノにギルガメッシュは一度だけ一瞥し、その様子を鼻で笑いながらも先程よりも軽い口振りで話し始めた。

 

「これは奴とあの童女の問答だ。問答というものには論ずる者と応える者が必要なだけで武器は必要ない。……要するに、無粋なのだ貴様等は」

 

「…………は?」

 

 自分達が無粋? 英雄王から返される言葉にクロノを含めた全員の頭に疑問符が浮かぶ。一体何を問いて何を答えるつもりなのだろう?

 

いや、問題はそこじゃない。無粋とは一体どういう事だろう? 脅威を前に備えるのは人としての生存本能だ。何の備えも知識もないまま脅威に近付くのは自殺行為に他ならない。現に“砕け得ぬ闇”に岸波白野が近付く様はその様に見えて仕方ない。

 

 そんな彼等の思考など読み取ったのか、ギルガメッシュはフンと鼻を鳴らしながら岸波白野ユーリのいる方角へ向き直る。

 

その紅い瞳には主への無事を祈る慈愛のモノではなく、これから起こるであろう演目に愉しみを待つ観覧者のようで、隣にいたアーチャーはため息を吐きながら同じく岸波白野へ目線を向ける。

 

これ以上語る事はないのか、四人とも何も言わず、ただ立ちふさがる様にそこに立っていた。

 

ただ、高町なのは一つだけ英雄王に質問した。

 

「あの、白野さんとユーリちゃん。二人は無事に帰ってきてくれるでしょうか?」

 

懇願とも聞こえるなのはの問い。そんな彼女の質問に……。

 

「さてな、それを決めるのは我が雑種か……ユーリであろうよ」

 

英雄王はやはり振り返らずに淡々と応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍り付いた外気が肌に突き刺してくる。半袖という薄着を差し引いてもこの冷たさは異常だと自分の本能が告げている。

 

夏を控えた季節だというのに、まるで南極にいるみたいだと錯覚する。凍り付いた街、凍り付いた世界。生命の息吹が感じられない死の世界なのはここが結界の中という事だけが原因ではないだろう。

 

そんな死の世界で────。

 

「………………」

 

 氷よりも冷たい無機質なユーリの視線が自分を貫いている。

 

まるで機械だ。そんな言葉が一瞬浮かんだが、即座に頭を振って否定する。ユーリは機械ではない。確かに生身という意味では違うかも知れないが、それでも自分達と同じように笑ったり怒ったりする感情のある生命だ。

 

きっと誰かに操られているのだろう。ここに来るときBBから大まかな話は聞いたが…………どうやら、戦闘機人に捕まったのが自分の所為だと思いこんでいたらしい。

 

確かに奴等はユーリを狙っていたらしいが、別に誘拐された事自体は自分の不甲斐なさが原因だ。ユーリが気に障る事はない。

 

だが、そうですかと簡単に納得できなかったのだろう。ユーリは優しい娘だ。事の全ては自分の所為だと思い込んで、どうしようもない気持ちで一杯になって………。

 

 助けよう。今すぐに。ユーリがこんな事をするなんて何より彼女自身が望んでいない筈だ。

 

宙に浮かんでいるユーリを見つめながら、自分の足が一歩前に出る。そんな時だ。

 

『あらあら~? どうしてアナタがそこにいるんですかぁ? 人間さん?』

 

─────!

 

突如、人を小馬鹿にしたような声色の声が周囲に響きわたる。……この口振り、間違いない。ピチピチ過激団のトーレと一緒に襲ってきた腹黒陰険眼鏡────クアットロ!

 

『はぁいご名答! その様子だと私がなんの為にここにいるか分かっているみたいね』

 

ケラケラと笑いながら響いてくる声に自分は苛立ちを募らせながらも事の全てを把握した。奴は戦闘能力自体はなく、幻術で相手を翻弄するのが得意だと言った。その幻は人間に対して視覚的に惑わすだけでなく、機械……システムにも干渉出来る能力なのだと 。

 

人でもあり一つのシステムでもあユーリには奴の能力は効果覿面だったようだ。

 

どこかで高笑いしながら眺めている腹黒眼鏡に舌打ちを打つ。だが、これで原因が掴めた訳だ。後はソイツをとっちめてユーリを元に戻すだけ。

 

問題はその犯人である腹黒眼鏡をどう捕まえるかだが……何せ探索範囲は街中全土だ。その中から奴を見つけ出すには些か厳しい。

 

だがやらなくては、ユーリを助け出す為にもこの騒動は早い所終わらせねば………。

 

『あら? もしかして……私を捕まえれば全て終わりだと思ってません? だとしたらそれはトンだお門違いですわよ』

 

………なに?

 

『私がやったのはただの精神干渉、確かに私がこうなるよう誘導したのは認めますが……そこから先はその子自身が決めたこと』

 

ドクン。腹黒眼鏡の言葉に心臓の音が跳ね上がる。

 

では────何だ? この騒動を終わらせるには腹黒眼鏡を捕まえるのではなく………。

 

『そう、この異変を終わらせるには私ではなく、その娘を────』

 

 

 

“殺す事”

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が沸騰したような錯覚を覚えた。周囲に腹黒陰険眼鏡がいないか辺りを見渡すが、それらしい姿はどこにも見えない。聞こえてくるのは冷たい冷気の風とクスクスと自分を嘲笑う声のみ。

 

『確か、アナタはその娘からお父さんと呼ばれていたそうじゃなぁい? なら殺し合いなさい。父と娘、仲睦まじい親子の殺し合いを! うふふふふ、アハハハハハ!』

 

その耳障りな笑い声を最後に腹黒眼鏡の声は聞こえなくなった。本当に悔しくて腹立だしいが、今自分がするべき事は奴を追う事じゃない。

 

もう一度、ユーリと向き合う。その瞳は先程と同じく無機質な機械の様で、その紅い眼に一瞬身を震わせるが……大丈夫、落ち着けと自身に言い付ける。

 

あの陰険眼鏡に言いように言われたが、なにもそんな戯れ言に従う必要はない。ユーリが正気であるというのなら、此方が言葉を尽くして語りかけるだけの事。

 

そう思い一歩踏み出した……瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極大に圧縮された魔力の光が自分の腹部を貫いた。

 

───────っ!

 

痛みが襲ってきたのはそれから数秒経った後だ。

 

灼けるような痛みが腹部から前進にジワジワと巡りながら押し寄せてくる。その激痛に耐え切れず、自分は貫かれた腹部を手で押さえながら地面に膝を着く。

 

痛い。槍で貫かれたような錯覚を覚えながら、魔力の弾が放たれた方へ視線を向けると。

 

「……………」

 

 そこにはやはり、無機質な表情と眼で自分を見下ろすユーリが此方に指を向けて宙に佇んでいた。

 

ユーリがやった……のか?

 

認めたくない事実に痛みよりも驚きが大きかった。

 

─────嘘だ。と、そんな言葉が出るよりも先に、ユーリの周囲には無数の魔力の弾が浮かび上がり……。

 

「フォトンランサー、ジェノサイドシフト……ヴァリアヴルモーション」

 

赤黒い魔力の弾が嵐の如く降り注いできた。

 

襲い来る脅威にポケットに仕込んでいた携帯を操作し、ある礼装を顕現させる。

 

“強化スパイク”キャスターとの追いかけっこの際に使用可能となった礼装により自分の速度が劇的に向上する。

 

その速力を以て襲い来る魔力弾の嵐を横に逃げることで回避、完全に避けきったものだと思われたが……。

 

 甘かった。速度を上げれば何とか回避できると思われた魔力弾の群に、幾つか追尾機能が施されていたようだ。

 

肩が抉られた痛みが自分の動きを僅かに鈍らせる。ポタリと滴れ流れる血が肩から手に伝わって地面に落ち、氷の大地に赤い斑点が彩らせられていく。

 

止めるんだユーリ! そう声高に叫んでもユーリは眉一つ動かさずに相変わらず自分を見下ろしている。

 

冷たい眼だ。本当にこれがあのユーリなのかと、一瞬だけ疑ってしまった。

 

あの闇の中でいた時よりも、更に深い奈落のような……そんな暗く、冷たく、悲しい眼をしたユーリ。

 

そんな彼女に自分は手を差し伸べて告げる。帰ろうと、帰って温かいご飯を一緒に食べようと。

 

父と呼ばれて嬉しかった。娘と思えて嬉しかった。そんな日々が過ごせて楽しかった。

 

あの時の笑ったユーリはどんな花よりも綺麗で可愛かった。だから……

 

「戻ってこい! ユーリ!」

 

手を差し伸べて、力強く叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなモノ、私には必要ありません」

 

そんな自分の言葉に返ってきたのは、なんの感情もない無機質な声と。

 

自分の腹部を貫いた紅い腕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れ伏した岸波白野を見て、ユーリは背中に生えた異形の翼を見やる。

 

“魄翼”魂すら抜き取る手の形をした紅い翼は、ポタポタとその腕の色とは別の赤い雫を垂らしている。 

 

これで……終わった。血溜まりの中に沈む彼の姿をもう一度見つめ、ユーリは自身がもう後戻りが出来ないことを悟る。

 

…………戻る? 一体、自分はどこに戻るというのだろうか? 元から居場所などない。破壊し、破壊され、滅ぼしながらも滅びず、未来永劫“負”をまき散らすのが自分の役割だ。

 

未練など今更感じない。後悔など腐るほどしてきたが……その全てが無駄に終わった。

 

自分は“砕け得ぬ闇”だ。滅びず、消えず、仮に消えても必ず甦る不滅の存在。

 

闇は消えない。光が強ければ強いほど、闇は濃く、暗く、黒くなる。

 

だから消えない。消されない。そう望まれたから、そうなるように造られたから。

 

だから壊す。憎しみも悪意も悲しみも怒りも、その全てを私の糧にする。

 

もう、自分には何もいらない。────だから。

 

「消してしまおう。ここにあるモノ、その全てを……」

 

全ては唯の夢、闇である自分には悪夢でしかないこの街を、その全てを消すことで終わらせよう。

 

…………さぁ、終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────ジャリ。

 

 

「─────っ!?」

 

その音に“砕け得ぬ闇”はビクリと肩を震わせた。そんなバカなと、内心で否定しながらゆっくりと後ろを振り返る。

 

…………有り得ない。致命傷だった筈だ。先程放った一撃は一人の生命を刈り取るには十分過ぎる威力があった。

 

急所を僅かに外した? いや、そんな事はない。仮に外したとしても立ち上がれる程の力なんてある訳がない。ましてや、此方に向かって歩き出す程の力なんて……それこそ!

 

「なら、もう一度倒すまで」

 

今まで無表情だったシステムU-Dの顔に、僅かな苛立ちが垣間見えた。瞬間、今度こそ止めを刺そうと彼女は白野に向かって魔力弾を叩き込んだ。

 

グシャリ。腕に当たった白野は骨が砕けた音を立てながら吹き飛び、近くの瓦礫に吹き飛んだ。舞い上がる砂塵に今度こそ仕留めたと確信するが……。

 

「…………」

 

 男は、立ち上がっていた。先程よりも血を流しながら、青黒く張れた左腕を押さえながら、それでも男はその瞳に光を宿したまま歩き出す。

 

亀の様な鈍さだった。ナメクジにも劣る愚鈍さだった。恐らくはこの世で最もひ弱な存在になったであろうその男に……。

 

「─────!!」

 

砕け得ぬ闇は、嘗て無いほど危機感を感じた。

 

それから、魔力弾の雨を浴びせ、体中の至る所を撃ち抜いて見せた。烈火の如き炎で炙り、皮膚を爛らせた。

 

あらゆる手段で、闇は男をなぶった。そしてその数だけ男は吹き飛び、地に倒れ伏した。

 

────そしてその数だけ、男は何度も立ち上がり、少女に向かって歩き出していた。

 

ボロボロだった。死に体だった。動くなんて有り得ない。生きてるのなんて不思議な位だった。

 

顔なんて見るも無惨に腫れ上がっていた。別人と思えるくらいにボコボコになっていた。

 

だが、それでも男は歩き続けた。何もする事もなく、ただ無様に、醜く、血と泥にまみれながらその眼に変わらぬ光と力を灯しながら、男は一歩ずつ歩き続けた。

 

「なん……で、何で!?」

 

いつの間にか、少女の目には涙が溢れていた。何故この男は立ち上がる? 何故この男はこんなにも私を求める?

 

力を望むのか? 権利を求めるのか? 財を求めるのか? 名声を求めるのか?

 

いや、そのどれも違う。そんな目的の為にここまで出来る人間ではないと、少女は何となく理解出来た。

 

「私は、闇! 砕け得ぬ闇! システムU-Dでアンブレイカブルダークで! そうなるように造られて!」

 

頭を抑えながら、少女は喚いた。自分の存在意味を、自分がここにいる理由を。

 

或いは答えを探すように、或いは救いを求めるように─────。

 

「アナタが、アナタさえいなければ!」

 

 全ては、あの暗闇から自分を連れだしたのが原因だった。この男がいたから、何もかもがおかしくなった。

 

だから消してしまおう。魂を引き抜き、砕き、喰らうこの魄翼で、目の前の男を─────殺してしまおう。

 

翼を肥大化させて、一個の拳を作り上げる。そこに一切の情けも容赦もいらない。あるのは殺意の一撃だけ。

 

既に少女の目には涙はない。あるのは力の作用で生まれた────血涙のように赤く伸びたラインだ。

 

これで私は戻れる。闇を生み出す闇に、砕け得ぬ闇そのものに。

 

少女は駆ける。全てを終わらせる為に、全ての一撃を込めて男に向かって拳を振り上げる。

 

─────その時だった。少女が男の間合いに入った瞬間。

 

「なっ!?」

 

男は、突然倒れるように少女の体にもたれ掛かった。不意打ちにも近いその動作に少女は反応できず、男に抱き留められてしまう。

 

そして

 

「────────」

 

「───────え?」

 

男のその一言に、少女の思考は停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、自分はまた悩んでいたのだろう。ギルガメッシュの言う小さな悩みで、いつまでも悩んでいたのだろう。

 

事実そうだった。小さいかどうかは別として自分は悩んでいた。どうすればユーリを元に戻せる? どうやったらあの子を救ってやれる?

 

─────今更ながら、何も見えてなかったのだ。結局、自分はユーリの事を何一つ理解してやれなかった。

 

いや、知った気でいたのだ。あの子は可哀相な子だと、守って上げなくてはならない存在なのだと、勝手気ままに思い込んでいただけで……。

 

以前、BBが言っていたではないか。彼女はその存在が既に完成されていると。

 

システムU-D。砕け得ぬ闇。アンブレイカブルダーク。それが彼女の意味であり証明なのだと。

 

なら、どうすればいい? どうやったら……などと、堂々巡りの思考を一巡した後、嗚呼、やっぱ自分はバカなのだと思い知る。

 

結局、どうすればいいかなんて初めから分かっていた。あの時、暗闇の中で一人で佇んでいた彼女を見たときから、答えは見つかっていたのだ。

 

そしてそれを言葉にする事も出来る。────後は、その気持ちと想いを彼女にぶつけるだけ。

 

たが、体が思うように動かない/それがどうした。

 

だが、体中が痛みがあって死にそうだ/そんな事はどうだっていい。

 

だが、呼吸がうまく出来ない/言葉さえ話せれば充分だ。

 

眼が潰れた為、あまり良く見えない/うっすら見えるから問題ない。

 

 あれから何度も地面に這いつくばっているが……何、差ほど問題ではない。

 

歩みは遅くなるばかりだが………足が動けるのなら充分辿り着ける距離だ。

 

体が動けなくなっても、伝えたい想いがある。

 

だから、彼女が自分から近付いて来た時は思わず笑みがこぼれた。

 

足が躓き、彼女にもたれ掛かりながら────けれど、しっかり抱き締めたまま。

 

 

 

紡ぐべき言葉は救い? それともここにいるべき説得?

 

たぶん、どれも正しくはない。正しい選択なんてないんだけれど……敢えて言わせて貰えれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれて来てくれて……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子と、出会えた事に対しての……感謝だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 







次回『たった一つのシンプルな答え』


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たった一つのシンプルな答え





 

 

 

 

 

 

 ユーリ─────“砕け得ぬ闇”がその真の覚醒を果たし、その猛威を一人の男に対して奮っていた一方、街の外れの山奥にてその様子を一部始終覗いていた者がいた。

 

「────どうやら、クアットロが上手く事を運んだみたいね」

 

端から見れば何ともない街並みを一人の女性が観察しているだけのなんて事無い光景。しかし、街を覆っている結界を通して見ている彼女からすれば、それは全く違う別の光景に視えていた。

 

 街全体を覆った銀氷の世界。凍り付いた死の世界を目の当たりにして、彼女は妹であるクアットロが事の成功を成し遂げたのだと確信する。

 

彼女の名はドゥーエ、戦闘機人のNo.2であり能力を用いた変身、偽装工作を得意分野としており、その能力でもって岸波白野を捕らえたスパイである。

 

そんな彼女の次なる目標はこの先で待ち構え ているであろう妹のチンクの回収と基地に向かっての一時撤退である。

 

 既に目標は果たした。あれから一向に基地からの連絡が来ていないのは気掛かりでもあるし、早い所離脱した方が良さそうだ。

 

クアットロの方はもう暫くは保ちそうだし、この隙に態勢を整え、改めてクアットロを回収しようと判断する……。

 

そしてドゥーエは最後にチンクと通信を交わした場所を特定、合流しようとその地点まで駆け付けたのだが、如何せんそのチンクの姿が見えない。

 

「……何か、あったのかしら」

 

No.5、チンクの戦闘能力は決して低くはない。その応用性の高さから言えば戦闘技能トップのトーレと対を成せる程だ。彼女の生真面目さから言えば持ち場を離れる事もなさそうだし。

 

一体どうして? ドゥーエの思考に煮え切らない疑問がグルグルと回っていると─────。

 

「へぇ、アンタが噂の戦闘機人? 聞いた話ではもっとヤバそうな連中みたいだけど……案外、見た目は私らと変わらないわね」

 

「─────っ!?」

 

ドクン。コア部分から一際甲高い音が耳朶に響いた。ここにはいない筈の第三者の声にドゥーエは振り返らずに停止する。

 

何故この場所がバレた!? 混乱する思考の中、出来るだけ相手に悟られないよう呼吸を整えながら、ドゥーエは周辺の索敵を開始する。

 

今ここにいるのは背後に立つ者と周囲に囲むように佇む四体の生命反応のみ。索敵を終えるとドゥーエは舌を打って現状の危うさを理解した。

 

自分は誘い込まれたのか。ここに来るのを知っているという事は既にチンクはここの連中に捕まったと見ていいだろう。

 

オマケに自分も今窮地に立たされている。ここを切り抜けてアジトに戻るには相当な技量を有する事だろう。

 

「そのまま大人しくしてなさいよー。出来れば痛い目に合わせたくないから」

 

後ろからの声にドゥーエは僅かに口元を弛ませる。

 

──────あった。この状況を覆す僅かな隙が。耳に入ってきた声を頼りに、ドゥーエは内部に蓄積されたデータ内を検索しながら事の手順を模索する。

 

そしてそのデータを見つけた時、ドゥーエの笑みはより深いものへと変わっていく。

 

 声の主は遠坂凛。八神はやての家で居候をしている魔導師。その実力は未知数だがデバイスを用いず、簡易な魔法しか行えないと推測される。

 

そしてこの少女には気になる異性がおり、彼の態度で遠坂凛は多大な感情的負担を被る可能性大。

 

 この項目を見つけた瞬間、ドゥーエは確信した。このやり方を持ちえば必ずこの窮地から脱せると。

 

たとえ四体一という不利な状況でも、やり方一つでどうとでもできるのだと、彼女は勝利の道順を構築する。

 

自分はスパイだ。この程度でどうにか成る程ヤワではない。ドゥーエは両手に頭を重ねながら、ゆっくりと声のする方へと向き直り。

 

そしてその際、彼女はある人物へと変身する。

 

「─────!」

 

その姿に少女は一瞬息を呑む。そしてそれを見たドゥーエは同時に彼女に向けて走り出した。

 

やはり人間、どんなに鍛えられようと心の隙を付ければ脆いもの。岸波白野へ変身したドゥーエは呆気にとられる凛を見てそうほくそ笑む。

 

既に間合いには自分と彼女しかいない。自分を囲むつもりで離れた位置にいるのだろうがそれが仇になったな。

 

後は戦闘機人の腕力でこの少女を締め上げ、人質として利用するのみ。幸い転移装置は近くにある。このままドクターの元へ戻れば新たな実験材料が増えたと喜んでくれるだろう。

 

さぁ。これで王手(チェック)だ。未だ呆けた遠坂凛にドゥーエの魔の手が迫った────

 

その瞬間。

 

「───────がっ!?」

 

突如、自分の顔に重い衝撃が走る。何事だと混乱するもあまりに強い衝撃の為にドゥーエは意識を保てなくなり。

 

彼女は、そのまま意識を手放すことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛、女性相手に魔力を込めた顔面パンチとか……流石にやり過ぎじゃない?」

 

「いいのよ。コイツ、普通の人間とは根本的に違うみたいだし、この程度でどうにかなるような奴じゃないでしょ?」

 

 倒れ伏した戦闘機人を見て、凛は殴った手を振るい、ランサーことエリザベートは呆れた様子で肩を竦めていた。

 

本来ならランサーが間に入る事でドゥーエの行動を阻止するつもりだったが、それ以上にマスターである凛の動きが早かった為に見過ごした形になったが……鼻血を流しながら気絶しているドゥーエを目の当たりにすると、やれやれと深い溜息を漏らしながら手にした槍を消して……。

 

「そういう問題じゃないでしょう? 折角綺麗な顔立ちしているのに可哀相じゃない。もし痕が着いたらどうするの?」

 

「何で襲われたアタシじゃなくてコイツの方を心配するのよ? というか、アンタの方がずっとエグいやり方してるじゃない!」

 

「私は無駄に傷を付けたりしないわ。ゆっくり、じっくりと調教してあげた方が良いって、最近解り始めてきたもの」

 

「あーはいはいソウデスカ」

 

 何を妄想しているのか、頬に両手を付けて恍惚な表情となっているランサーを尻目に、凛は木の影に隠れた残りの二人に声を駆けた。

 

「アンタ達も悪かったわね。余計な手間を掛けて」

 

「い、いえ、私は別に……」

 

「戦闘機人って……要するに私達と似たような存在なのにそれを一撃でノシちゃうとかこの人、何者?」

 

凛の呼び掛けに姿を現すのは、アミタとキリエの二人────フローリアン姉妹だった。

 

姉のアミタは恐縮しながら、妹のキリエは戦闘機人を戦闘不能に陥れた凛に戦慄しながら、それぞれ木の影から出てくる。

 

白野と共に連れてこられたアミタ、拠点で待ち惚けを喰らっていたキリエ、その二人がここにいるのは偏にネットワークを自由に行き来が可能なメルトリリスによる行動が大きな理由となっていた。

 

 情報端末ならどのような代物にも侵入できる彼女は端末から端末へと移動し、海鳴市に戻ってきた白野達にはBBを通して、キリエには“直接”侵入していた為、情報共有による連携した行動は割と簡単に移せた。

 

複雑な事情を持っていたこの姉妹も、事態が事態の為に一時休戦。現在は事態の収集に協力する事になったのだが……。

 

「…………」

 

キリエだけは納得できていないのか、姉であるアミタとは一言も言葉を交わしておらず、視線も合わせようとしない。

 

そんな妹の様子にアミタはドキマギしながら問い掛けるが……。

 

「あ、あのねキリエ。私も色々考えたけど……やっぱりここの世界の人達に迷惑を掛けるのは良くないと思うんだ。勿論お父さんや私達の世界の事も大事だし、蔑ろにしたくはないけれど、私達の問題をここの時代にまで持ってくるのは……やっぱり間違いだと思うんだ!」

 

精一杯の言葉で妹を説得しようとするアミタだが、当の本人であるキリエはどこ吹く風、全く反応も見せずに相変わらず明後日の方向へ向いている。

 

そんな妹に肩を落とすアミタ。そんな二人を凛や事情を知った様子で肩を竦める。

 

そして、そんな妹の方はと言うと……?

 

(というか、一体あの出鱈目AIはなんなのよ!? 人に言うこと聞かなければその人格を溶かすとか物騒な事言い出すし、それを証拠に私のプログラミングを一部融解させたし! 毒を盛ったって何!? 私、一体どうなっちゃうのよ!?)

 

などと、岸波白野の拠点にいた時に交わした彼女との“お話”を思いだし、キリエは一人戦々恐々としていた。

 

そして、恐らくはそんな事だろうなと察知していた凛は色々勘違いをしている二人を尻目に街の方へ視線を向ける。

 

「こっちの方は片付けたから……そっちの方は任せたわよ」

 

今尚、無様に足掻いているであろうその人物に向けて、凛は一人エールを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男のその言葉を聞いて、少女は自分がこれからどうしたらいいか分からなくなっていた。

 

自分は破壊者だ。人に呪われ、蔑まれ、疎まれ、憎まれ、殺意を抱かる。そしてそんな負の中にいた自分にとって憎悪こそが全てだった。破滅こそが彼女の存在する意味だった。

 

なのに、この男はそれを祝福し、あろう事か感謝した。自分という存在と出会えたという─────そんな、ちっぽけな理由で。

 

けれど……嗚呼、そうか。そんな理由だけど、それだけで良かったのか。どんな小さな理由であろうと、どれだけ些細な事だとしても。目の前のこの人は、たったそれだけの事を伝える為に、自分の命を張れるのか。

 

バカな人だ。と、少女は思う。けれど凄い人だ。とも少女は思った。

 

理由なんていらない。ただ確かにある一つの事の為に、それが自分の事だろうと他人の事だろうと一生懸命になれる。

 

どこまでも愚かで、浅ましくて、呆れるほどにおバカさんで……けれど、それ故に眩しく、尊い。

 

だから、なのだろうか。こんなにも胸が苦しくなるのは………こんなにも、涙が溢れて止まらなくなるのは。

 

「全く、泣き虫なんだなぁユーリは。そんなんじゃ可愛い顔が台無しになるだろう?」

 

自分の頭に暖かい手が触れるのを感じる。血だらけになっても、どんなに自分が傷付いても何度でも立ち上がる。

 

そんな彼の腕に抱かれながら少女は自分の存在意義を新たに見いだそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、折角お膳立てしてあげたのに、余計な事をしないでくださいますぅ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────え?

 

そんな疑問の声が出てきたのは、岸波白野かユーリか。時が止まったかのように凍り付いた二人に聞こえてきたのは、ユーリの背後から現れる事の全貌の首謀者だった。

 

「ユーリさん? アナタもアナタです。私が折角用意した劇の演目をアナタ自身が壊しちゃってどうするんです? もぅ、私ってばプンプンですよ?」

 

背中から貫かれたユーリを見て、岸波白野の目が大きく見開く。その様を見て首謀者……戦闘機人のNo.4ことクアットロは気分を良くしたのか、その表情に歪んだ笑みを浮かばせている。

 

「けぇどぉ、ソイツを完膚無きまでにボロクソにしてくれたのは見ていてスカッとしましたので良しとしましょう。さて、残すは最後の仕上げです」

 

そう言ってクアットロはユーリを貫いた手を体内にまで引きずり戻し……。

 

「─────アクセス」

 

“接続”の意味の言葉を紡いだ瞬間。ユーリを中心に赤黒い魔力の渦が吹き荒れる。

 

「なっ!? クッソ!」

 

吹き荒れる魔力の暴風に岸波白野はユーリの体にしがみつく事で抗う。傷口からボタボタと血を流しながら、全身から襲い来る激痛に耐えながら、歯を食いしばって耐えて見せる。

 

────しかし。

 

「さぁ、いい加減お邪魔虫は消えなさいな。目障りなのよ」

 

眼鏡を取り外し、束ねた髪を解いたクアットロが白野の撃ち抜かれた腹部を蹴飛ばした。

 

痛みが走る。激痛に苛まされながらも白野は言葉に出来ない悔しさを抱いたまま、その意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体、どれだけの間気を失っていたのだろう? 一分か一秒か、はたまた数日は眠っていたのか。

 

冷たい地面の感触が感じている辺り、どうやらまだ自分は生きているようだ。

 

ならば起きなければ、起きれるなら立ち上がらなければ。自分にはまだやるべき事がある。自分にはまだ……ユーリから聞かされていない言葉がある。

 

腹部の開いた穴は、礼装の一つである“鳳凰のマフラー”が自分が寝ていた合間に傷を癒してくれていた。

 

サーヴァントだけにではなく使用者にまで効果を発揮できる事実を嬉しく思いながら、自分は体に力を込めて立ち上がれる。

 

……何だ。まだ自分には込められるだけの力が残されているではないか。所々傷だらけだがまだ動ける自分の体に苦笑いを浮かべる。

 

 ユーリの方へ視線を向ける。相変わらず赤黒い魔力の渦が今も渦巻いている事から、どうやらそれほど時間は経っていないようだ。

 

だが、先程と比べて明らかに巨大化している魔力の渦は、時間が経つに連れて更に大きく肥大化していく。

 

一体なにがどうなっている? そう疑問を感じた瞬間、突然渦は弾けたように掻き消え、その中から現れたのは……。

 

『あぁ、あぁ! これが力! 悠久の刻の中で培われた魔の力! 凄い! 素晴らしい! 嗚呼、見てますかドクター! 私、今、スッゴく幸せです!!』

 

それは人間の負をその身に受け、巨大化し、欲望の権化と化し────異形となったクアットロの姿だった。

 

見上げるほどに巨大化したクアットロは、此方に気付いた様子はなく、手にした力に喜び、その両手を天高く広げ、翳している。

 

『あぁ凄い。これが数多の魔導師が求めた闇の力。砕けず、滅びず、決して色褪せない永遠の力! フフ、アハハハハハハ!!』

 

自分の手にした力が余程気に入ったのか、先程から歓喜の声を上げるクアットロ。そして彼女の手にした力も凄まじく、魔力の余波がビリビリと肌を突き刺してくる。

 

だが此方にはそんな事はどうでもいい。ユーリはどこにいるのか……と、目線を目の前の巨人に這わせ。

 

見つけた。胸元のコアらしき部分に、磔のように四肢を一体化させられたユーリが、力なくうなだれていた。

 

ユーリ! 彼女の名を叫ぶと、ピクリと体が動き、僅かに反応している。……良かった。どうやら生きているようだ。

 

彼女の無事に安堵していると、今まで空を煽っていた巨人が、自分を見下ろす。

 

『あらあらぁ、まだそんな所にいたんですかぁ? ふふ、ホント貴方ってグズでノロマですのね』

 

 クアットロの卑下た笑みが、巨人の顔を通して見える。その見下した態度が癪に障るが、今はそれ所じゃない。

 

ユーリ! コア部分に捕縛された彼女に何度も呼び掛ける。だが、意識はないのかあれから自分の言葉に反応する事はなかった。

 

『うっふふー♪ ホーントバカな人。いい加減無駄って理解しないのかしら? この子は最早私のお人形で養分。そう、私に力を流し続ける部品なの。今更声を出した程度で、どうにかなる話じゃないの』

 

外野が何か囁いているが、構わず自分はユーリの名を叫んだ。例え意識がなくとも声が掠れても、何度だって呼び続ける。

 

すると、そんな自分の声が届いたのか───。

 

「……う、うぅ?」

 

今までうなだれていたユーリが、その瞼を開けてゆっくりと自分を見えるように顔を上げてくれた。

 

「…………ハクノ?」

 

未だ意識がぼやけているのか、ユーリの目は虚ろだった。だけど自分に反応してくれた事に嬉しくなった自分は溜まらず「そうだ」と返事をする。

 

『あぁもう! 鬱陶しい虫が!』

 

そんな自分の前に、巨人の深紅の腕が振り下ろされる。衝撃と風圧に吹き跳びされ、何度も地面に打ち付けられながら転がり、漸く止まった頃には……ユーリとの距離は何百メートルと引き離されていた。

 

『いい加減理解なさい。貴方のその行いは無意味、無駄なの。無力なの!』

 

空から叩きつけれる罵声に体が沈む。……そうだ。自分は無力だ。誰かに助けられないと何一つ出来ない……ちっぽけで惨めな存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、こっちはそんな事────────百も承知なんだよ。

 

手足に力を込め、もう一度立ち上がる。そして今度は肺に一杯の酸素を取り込み、大声と共に外気に解き放った。

 

───────ユーリ!

 

「─────っ!」

 

自分は言った! 君が生まれてきて嬉しいと! 一緒に過ごせて楽しいと!

 

また一緒にご飯が食べたい! 皆と一緒に遊びに行きたい!

 

君は、どうなんだ!!

 

「わ、私は…………」

 

『このゴミ屑がぁぁっ!! 性懲りもなく! いい加減諦めろぉぉぉ!』

 

巨人が迫る。赤い拳に魔力を込めて先程とは比にならない程の一撃が自分に向けて振り上げている。

 

けれど、自分は声を出すのを止めなかった。止めたくなかった。

 

まだユーリの気持ちを聞いていない。まだあの子の言葉を聞いていない。自分はまだ、彼女の本当の想いを聞いていない。

 

彼女は“砕け得ぬ闇”多くの人を殺し、呪い、悲しみの連鎖を生み出した負の遺産。けれど、いや、だからこそ聞きたかった。

 

君の、本当の気持ちを、言葉にして聞きたかった。

 

『トマトのように潰れろやぁぁぁっ!!』

 

遂に巨人の拳が、自分を捕らえて振り下ろされる。

 

逃げない。逃げられない。最後の瞬間まで彼女の前に立ち続けた。

 

そして、巨人の拳が眼前にまで迫った──────その時だ。

 

 

 

 

「私は──────“生ぎだい”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声を、言葉を、想いを耳にしたとき、嗚呼、やっぱり自分は単純なのだと、岸波白野つくづく思い知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、もっと生きたい。皆ともっとお話ししたい。皆ともっと……ご飯が食べたい」

 

もっと笑いたかった。もっと、解り合いたかった。

 

浅ましいと思う。今更自分だけの幸せなど願う事など赦されないのも分かっていた。

 

けれども、思ってしまった。感じてしまった。

 

もっと知りたい。もっと解りたい。

 

怒って泣いて、笑って喧嘩して、誰かの為に何かをしてみたいと。彼女は強く願った。

 

自分はシステムで闇だ。そんな願望、抱くこと自体矛盾し、破綻している。

 

けれど、それでも……大粒の涙を流しながら少女は彼に懇願する。

 

「お願いハクノ───────助けて」

 

それは掠れる程に小さな声だった。目の前の巨大な拳に潰された彼には………届く筈がない。

 

けれど─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、助けるさ。俺が……俺達が!」

 

そんな少女の 願い/想い は確かに届いた。

 

その手に、黄金に輝く聖剣を携えて─────。

 

 

 

 

 

 

 




次回、果たしてどうなるのか!?(ゲス顔)


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ここは我が国、神の国

タイトル通り、今回はあの方の宝具が飛び出します。


 

 

 

 

 

 

 ─────温かいモノを信じていたい。温かいモノを守っていたい。そんな未来を夢見て永い眠りについた自分を知っている。

 

だから、この体はきっと─────そういもので出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだ…………お前は?』

 

 目の前の巨人の驚愕に満ちた声に少しだけやり返せたように思えた自分は、僅かに口端を吊り上げる。

 

自分を捉えて振り下ろされた巨人の拳は一本の輝く剣を前に完全に停止していた。

 

手元を見て嗚呼、と声が洩れる。握り締めた手の中に収まっているのは以前闇の書の内部から脱出する際に使われた聖剣。アーサー王が奮ったとされる“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”だった。

 

目の前で光り輝く聖剣を前に、自分は再び力を貸してくれた王に心の内で感謝する。

 

『このぉ、アジな真似をぉぉぉ!』

 

 死に体だった自分に拳を止められたのがそれ程屈辱的だったのか、目の前の巨人は声を荒げてもう一度拳を振り上げる。

 

その手には先程以上の力が込められており、今度こそ潰してやると息巻いているように見える。

 

相変わらず此方の方は未だ動けやない。聖剣のお陰で今の一撃は防げたが次も防げるかどうかは……正直言って自信がない。

 

だが、それは些細な心配だ。例え自分には借り物の力しか震う事しか出来なくとも────。

 

 

「ディバイン────バスター!!」

 

「サンダー……スマッシャー!!」

 

ここには自分と違い、確かな力を持った心強い味方がいるのだから。

 

『なぁにぃ!?』

 

頭上から触り注げられる桃色と黄色の閃光に巨人は為す統べなく後退する。

 

「白野さん!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

そして自分と巨人の間に割って入ってきたのは白と黒、の幼い魔法使いだった。

 

「─────って、酷い傷じゃないですか白野さん!?」

 

「そんな傷でよく立っていられますね!?」

 

と、自分の方へ振り向いた二人が揃って顔を青ざめて絶句する。ああ、そういや腹をぶち抜かれたんだっけ。

 

今は礼装のお陰で傷は塞がっているが……いや、改めて見れば体中血塗れだ。確かにこの格好は小学生には些か刺激が強すぎたか。

 

せめて心配はないという事をアピールする為、敢えてお決まりの台詞を吐く。

 

────大丈夫だ。問題ない。

 

「それ全然大丈夫じゃないですよぅ!」

 

「ハクノ、絶対病院に行った方がいい」

 

─────どうやら、選んだ台詞が拙かったのだろうか。先程よりも真剣な剣幕で詰め寄ってくる二人に自分は思わず後ずさる。

 

い。いやね。確かに先程までは軽く死にかけましたけど、今は大分楽になったんですよ? その証拠に折れた筈の腕から何の痛みも感じませんから。

 

「それ、単に痛覚が麻痺してるだけですよぉぉぉ!!」

 

「ハクノ、兎に角今すぐ病院行こう。大丈夫、注射が痛いのは最初だけ」

 

 何だろう。自分が言葉を発すればそれだけなのはちゃん達が混乱しているような気がする。フェイトちゃんは比較的落ち着いて────あ、ダメだ。この子目を開けたまま気絶してる。瞳に光が宿ってない。

 

気絶していながら相手の事を思いやるなんて、なんて健気でいい子且つ器用な子なんだろうと、暫し場違いな事に考えを浸らせていると。

 

『がぁぁぁぁっ!!』

 

 雄叫びを上げながら拳を振り下ろしてくる巨人を前に、我に返ったなのはちゃんと意識を取り戻したフェイトちゃんが自分の腕を掴んで飛翔する。

 

振り抜かれた巨人の拳は自分たちに当たる事はなく、地面に深々と突き刺さる。

 

巨人の力が強すぎたのか、巨人は突き刺した状態で宙返り、そのまま仰向きに地べたに倒れ伏す。……その行動には理性と呼べるモノが何一つ見受けられなかった。

 

……おかしい。あの策略に秀でた陰険眼鏡が無意味に力を奮う事にどうしようもない違和感を覚える。また何か余計な策謀を張り巡らせているのか?

 

「多分、違うと思います」

 

と、自分の呟き声が聞こえてしまったのか、なのはちゃんは真剣な眼差しで巨人を見下ろしている。

 

「恐らくはユーリを操っていた者自身が、ユーリが送り込んでいる力に耐え切れなくなったんだと思う」

 

そしてフェイトちゃんは自分なりの考えを自分に教えてくれる。……成る程、確かにそれは納得の出来る話だ。

 

ユーリの内封していた力はそれこそ無尽蔵に溢れてくる。幾ら戦闘機人とはいえ無限に押し寄せてくる力という波には対処しきれず、処理仕切れなくなって暴走を始めたのか。

 

なのはちゃんとフェイトちゃんの優れた観察眼により、状況は何となく理解できた。────さそれはそれとしてだが、人に呟き声が聞かれるのは何となく恥ずかしいモノなのだな。

 

 

 巨人が倒れ伏している間になのはちゃんとフェイトちゃんは巨人との距離を充分に開けた位置に自分を下ろしてくれる。

 

そこには、はやてちゃんと守護騎士達の八神家メンバーとレヴィちゃん達マテリアルズ、そしてウチの最大戦力であるセイバー達が自分の戻りを待っていてくれた。

 

ただ、見事にボロボロとなった自分の姿にセイバーは大きく目を見開かせ、アーチャーは心底呆れたように溜息を吐き、ギルガメッシュに至ってはつまらなそうに舌打ちを打っていたなど、それぞれ反応を見せてくれた。

 

けど……何でだろうか。キャスターだけは送り出してくれた時と同じようにニコニコと変わらぬ笑みを向けてくれている。

 

何故だろうか。そんな彼女に途轍もなくイヤな予感がするのは……自分の気の所為か?

 

「シャマルさん! 白野さんに治癒を!」

 

「分かった!」

 

 と、キャスターの奇妙な態度に呆けていた間に、バリアジャケットに身を包んだシャマルさんが自分に向かって駆けだしてくる。

 

目の前で立ち止まり、改めて自分の体を見ると、ギョッと目を丸くして驚きを露わにしている。

 

気を取り直してシャマルさんは指輪に軽く口付けをすると、自分の周囲を淡い光の渦が包み込み自分の体を治癒していく。

 

キャスターの治癒術も相当だが、シャマルさんの治癒魔法も相当なものだ。体中の傷が見る見る内に癒えていく。

 

やがて光が収まる頃には自分の体に付いた傷は全て癒え、気分も大分よくなっていた。

 

「これで全ての傷は修復しました。けれど、ダメージまで消えた訳じゃありませんから……どうか、ご自愛下さい」

 

そう言ってシャマルさんは頭を下げてはやてちゃんの所に戻る。彼女は暗にこれ以上無理するなと言ってくれているが、正直それは出来ない。

 

何せ、自分はまだ取り戻していないのだ。あそこに囚われた娘を、まだ自分は取り返せてはいない。

 

「全く、あれほど啖呵を切って出て行ったというのに返り討ちとは、我がマスターながらつくづく情けないものよ」

 

「英雄王に同意するわけではないが……まぁ、確かに骨折り損であることは否定しきれんな」

 

「ふん! そこの男二人は何も分かっておらん! 奏者はユーリの心を先に救おうとしたのだ。うむ、余には分かっておるから安心するがよいぞ」

 

「うふふふふ」

 

ギルガメッシュの呆れ、アーチャーの溜息、そしてセイバーのフォローに苦笑いしか浮かばない。そしてキャスターは……うん、なんというか物凄く不気味だ。けどここで変に反応すると余計怖いので取り敢えず後回し。

 

 未だ倒れ伏した状態の巨人を尻目に自分は皆に向き直る。──────情けない事だが、今の自分ではユーリを助けることは出来はしない。

 

『グゥゥゥゥ……』

 

 

だから、力を貸して欲しい。此方の問題で巻き込んでしまった上に、図々しいだろうが……頼む。自分に─────俺に、娘を助けるだけの力を貸して欲しい。

 

そういって皆に頭を下げる。格好悪い話だが自分一人でどうこう出来る相手じゃない。手にした聖剣は今の所消える様子はないが、騎士王の剣をいつまでも借りている訳にもいかないし、何より自分の魔力が持たない。

 

闇の書内部では精々二発が限界だった。……いや、実際は何かがブーストされて二発も撃てたとも言える。

 

どうして自分の手に顕現されているかは不明だが、この力もいつまで続くのかは分からない。

 

だから頼んだ。手前勝手な言い分だとしても今の自分に頼れるのは皆しかいない。

 

すると。

 

「全く、何を言うのかと思えば……雑種、さっさと顔を上げよ。我以外に頭を垂れるなど、我に対する侮辱だとまだ気付かぬか」

 

「私は君のサーヴァントで君の為の剣だ。今更その問答は愚問というものだぞ」

 

「私もです! ユーリちゃんとはもっとお話したいですし、それ位お安いご用です!」

 

「せやせや、困った時はお互い様。それに、白野さんにはいつか助けて貰ったお礼もせなあかんかったし、丁度ええタイミングや。皆もそれでええな?」

 

「はい。……白野、貴方の意志と覚悟、しかと見させて頂きました。ならば、次は我らが示す時」

 

「ふっふっふ、ここで我の強さを示せば自ずと塵芥共も私の凄さに恐れおののくのは確定的に明らか、よいぞ! 存分に暴れてやろうではないか!」

 

「あ、今王様が喋ってたの? 全然気付かなかった」

 

「…………」

 

「王よ、どうか膝を抱えて座り込まないで下さい。大丈夫、キャラ立ってますよ」

 

「ふふん! 奏者に言われずともユーリは余の娘とも呼べる童! 救わずにして何が母か!」

 

自分の声に、言葉に、それぞれの反応がそれぞれの言葉で返ってくる。

 

そのどれもが自分の言葉に同意してくれる事に、岸波白野の胸には言いし難い熱いモノが込み上げてきた。

 

 ありがとう。そう呟きながら巨人の方へ振り返る。先程まで倒れていた筈の巨人は側にあったビルを支えに立ち上がる。

 

その姿は最初に見たときよりも歪になっていた。左腕は触手の様に変異し、右腕は獣の顔が幾つも浮かび上がってそれぞれ雄叫びを上げている。

 

 その異形な姿はクリスマスに起きた闇の書事件の暴走体を連想させる。ならば、その回復力も並外れて高いに違いない。

 

だが、ここで引く訳にはいかない。未だあそこで苦しんでいるユーリを助ける為にも、今は一刻も早く動くべきだ。

 

────行くぞ! その言葉を口にした瞬間、皆がそれぞれに瞬時に行動する。

 

なのはちゃんが桃色の光を幾つも放ち、巨人を牽制する。

 

巨人の触手がなのはちゃんに目掛けて放たれるが、閃光となったフェイトちゃんが触手を切り裂き、なのはちゃんの援護をしている。

 

巨人の向かいビルにはアーチャーとシグナムがそれぞれ弓矢で狙撃、炎と爆撃が同時に押し寄せてくる衝撃に巨人は後ろに後退する。

 

そこをすかさずセイバーが追撃、その舞踏服と同様、真紅の大剣を巨人のアキレス健を裂く様に振り抜き、だめ押しとばかりにヴィータちゃんの鉄槌が巨人の眉間に向けて振り下ろす。

 

バランスを崩され再び地面に倒れ伏す巨人、すぐに立ち上がろうと近くのビルを支えにするが……。

 

黄金の帆船────ヴィマーナに跨がった英雄王とディアちゃん、そしてはやてちゃんがそれを許さないとばかりに刀剣と魔力の雨を降り注がせる。

 

……遠巻きに見て思ったが、全く遠慮する事をしない彼等に自分は疑問に思う。

 

ユーリ、大丈夫だろうか?

 

呆然となって見ていたが、全員が全員容赦なく攻撃している。────ヤバい。何がヤバいってあの中にいるユーリが心配でたまらないくらいヤバい。

 

 巨人の方もその再生機能をフルに活用して傷を治しているが……その度にボコボコにされる様を見て。

 

何故だろう。確かにあそこにいる腹黒眼鏡には自分も思う所はあるし、寧ろ怒りを覚えた相手であるのだけれど。

 

なんでかな、いいようにフルボッコにされている様を見ていると、怒りよりも憐れみが浮かんでしまう。

 

 だが、そんな余裕に似た考えも束の間、無限にも等しい力を得た巨人はその驚異の再生能力で徐々に此方の戦力を圧し始めていた。

 

やはり決定打が無いのが痛手なのか、破壊した途端に傷を修復し、襲いかかってくる攻撃にアーチャー達は兎も角なのはちゃんやフェイトちゃん等の子供達は少しずつ疲労の色を見せ始めていた。

 

レヴィちゃんやシュテルちゃんもフォローに回る事で何とか保っているみたいだが、それも限界に近い。

 

何せ皆の持つ魔力量は有限、無限と呼べる巨人の相手にするにはやはりこれといった一撃が足りていない。

 

このままでは拙い。だが、ここで自分が“約束された勝利の剣”を放っても巨人を仕留められる可能性は低い。

 

下手に強力な一撃を撃とうものなら、あの巨人はそれを学習し、その一撃に耐えうるだけの肉体に作り替えるかもしれない。

 

徐々に圧され始めた戦線、どうにかして手を打たなければ、ジワジワと押し寄せてくる焦りに聖剣を握った手に力がこもる。

 

と、そんな時だ。

 

「簡単な事ですよご主人様、相手が無限に再生するのであれば、此方も無限に痛めつければ良いだけの話です」

 

ふと、背後からの声に振り返る。そこには何故か戦線に参加せず、ずっと黙りだったキャスターが、その目をうっすらと開けて裂けた様に口元を歪ませていた。

 

────悪寒が走る。彼女の瞳を見た岸波白野は一瞬、しかし確かに自分の横を通り抜ける美女に対し畏れを抱いた。

 

「かの銀行員も言いました。やられたらやり返す、倍返しだと、ならばその言葉にあやかり───」

 

そして巨人の前に立ち止まると、キャスターは一度だけ振り返り。

 

「百倍返し、その魂が八つ裂きに切り裂かれ、輪廻転生に返れぬ程に砕いてくれようぞ」

 

その、恐ろしい程に美しい笑顔を向けてきた。

 

──────ん? なんか、キャスターさん。口調が変わってません?

 

そんな自分の疑問など口にする間もなく、キャスターは自身の周りに多くの札を撒く。

 

続いて紡がれる言葉は……言霊、神の力の一部を引き出す神秘の言霊を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここは我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国、国がうつほに水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光』

 

それは神の側面として崇められ、奉られ、そして畏れ恐れられた彼女の力。“権能”

 

その力の一部を解放した時、世界は一時的に彼女の所有物となる。

 

『我が照らす。豊葦原瑞穂国、八尋の輪に輪を掛けて、これぞ九重天照らす……!』

 

『水天日光天照八野鎮石』

 

九十九の社に囲まれ、天照の力────日の本の力の一部が権限する。

 

 

 

 




はい。というわけでクアットロのフルボッコはもう暫くお待ち下さい。


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岸波白野の怒り

今回で漸く名のは編のバトルは終了。

少々クドくなりましたが最後までご覧ください。


 その違和感に最初に気付いたのは高町なのはだった。

 

その事に気付けたのは管理外世界という魔法とは一切の関わりを持たない世界でありながら、稀有な潜在能力の持ち主であるが故なのか……それとも、彼女が日本という国で育ったお陰なのか定かではないが……。

 

(何だろ……これ、魔力が────全然減らない?)

 

 世界が物質世界に移り変わった時から、森羅万象全てが有限へと変わった。物を食べれば腹が膨れる代わりに食べ物は減り、物を使えば物資は減る。

 

動物も弱肉強食、生態系に乗っ取りそのサイクルを守っていた。食べて、肥えて、増えて、そして死に……亡骸は土へと還って新たに生まれてくる動植物の糧となる。

 

それは生命の根幹を成すモノ。決して覆る事のない真理。それは、まだ弱冠10歳の幼子でも何となく分かる事だった。

 

 魔力とてそれは例外ではない。基本的にこの世界の人間は先天的にリンカーコアという魔力を生み出す器官が備わっている。無論、無限に生み出す訳ではないし、成長に従って生産される魔力は増えるが……それでもその人によってその魔力量は大きく作用される。

 

高町なのは……彼女は確かに幼子とは思えないほどの魔力量を有している。が、それでもやはり限界は存在しており、使えば使うだけ彼女に掛かる負担は大きくなる。

 

それがこの世界の常識、それがこの世界の理。

 

だというのに、その理が音を立てて崩れるのを誰もまだ気付きはしなかった。

 

────否、一人、その事実に勘付いた者が一人だけいた。

 

「……チッ、女狐め、本性をさらけ出したか」

 

 隣の宙で浮かぶ黄金の帆船に座っていた男が、不機嫌そうにそう洩らしながら舌打ちを打つ。

 

「あ、あの、何かあったのですか?」

 

つい男の愚痴を耳にしてしまった為、なのはオズオズと男に訊ねる。苛立ちを明確に顕わにしている男に問いかけるのは気が引けたが、そこは彼女の性というべきか……困った性分である。

 

ジロリと視線を向けてくる男────ギルガメッシュに高町なのはは息を呑む。気の所為か、目の前の巨人と戦うよりもこの男と対峙した方がよほど肝が冷える。

 

そんな緊張しきったなのはを余所に、ギルガメッシュは興味なさそうに視線を外す。

 

「些末な事だ小娘、どこぞの駄狐が怒りで我を忘れているだけの話よ。お陰で中々愉しめそうな縛りプレイがとんだヌルゲーになってしまった」

 

「は、はぁ……」

 

「そうさな。分かり易く言えば最初から無限バンダナでヒャッハー言いながらロケランをブッパしているような……そんな感じだな」

 

「え、えっと……」

 

 分からない。高町なのはには目の前のAUOの言っている事の殆どが理解出来なかったが、それでも何となく理解した事がある。

 

この王様気取りの人は途轍もなく俗世に嵌まっている。先程まで怖くて苦手な印象が別の意味で苦手になった瞬間だった。

 

「どちらにせよ、随分詰まらぬ真似をしてくれたものよ。これでは我の気が萎えるというものよ、全く、KYな狐め。我が雑種は何をしていた」

 

頬杖を尽きながら理不尽な悪態を付いているギルガメッシュに、なのははツッコミせず、静かに目の前の敵を見定めた。

 

これ以上この人に関わるのはよそう。自分から話し掛けておいて何だが、これでは話が進まなくなる気がする。

 

と、そんな時だ。

 

「なのは嬢! そっちに行ったぞ!」

 

「っ!」

 

遠くから聞こえた来たアーチャーの声になのははすぐさま反応する。向かってくる歪の巨人、その触手となった右腕を振り上げて此方に向けて放ってくる光景になのははギルガメッシュの前に出て魔力による障壁を展開する。

 

そしてその際、魔力を消費して行使する術を使った事でなのはは感じていた違和感に確信を持つことが出来た。

 

(やっぱりそうだ! これだけ魔力を使っても全然減らない。ううん、“尽きる気配がない”)

 

以前、闇の書事件でリンカーコアから魔力を抜き取られる感覚を体験した事のあるなのはは、自身の魔力消費加減に敏感になっていた節があった。

 

物事には何事も限界がある。もし全ての魔力が枯渇するまでリンカーコアを酷使していたら、それこそ身体に影響が出るほどの事態になるだろう。

 

だが、今はそんな気配すらない。今までならそろそろ疲れが出始めて苦戦を強いられる頃だというのに、全くそんな様子はない。

 

まるで自分の体に何か────とんでもなくドデカい魔力タンクがあるような。そんな錯覚すら覚えたなのはに………。

 

「下がれ小娘、王の前に立つのは刎頸に値するぞ」

 

突如、目の前に現れた巨大な壁に伸ばされた触手が一刀の下に両断された。

 

『グゥォォォォォッ!?』

 

「─────へ?」

 

壁の向こうから巨人の断末魔が聞こえてくる。訳が分からないなのはは恐る恐る振り返りながら男を見る。

 

男は、何もしていなかった。先程とは何も変わりなく、退屈そうに頬杖を付いて溜息をこぼしているだけ。

 

一体何だろう。不思議に思ったなのはが目の前の壁から少しばかり距離を開けると……。

 

「─────!!」

 

それは、一振りの剣だった。あまりにも巨大、剰りにも頑強、巨人と同等の大きさを誇る剣と呼称するであろう物体に、なのはは開いた口が閉じれなかった。

 

「斬山剣。山をも切り裂く大剣よ。貴様如き汚物など、この一振りあれば充分よ───だが」

 

そう言って、英雄王は腕を横に振るう。するとその動作に合わせるように巨大な剣が光の粒となって消えていく。

 

「貴様には、その程度では赦されん。あの雑種が珍しく怒りを顕わにしたのだ。このような好機、見逃す手はない」

 

 粒子となって消えた剣の先には腕を切断されてうずくまる巨人の姿があった。

 

そして、その足下には────。

 

「さぁ、往けよ雑種、貴様の娘を取り返す時だ」

 

光の剣を片手に、巨人に向かって走り抜ける岸波白野の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に突如現れた馬鹿デカい剣を前にして、やや呆けていた自分はすぐに我を取り戻して目の前の巨人に向かって駆け出した。

 

皆が巨人を相手に足止めをしている今が好機、皆の攻撃にすっかり気を取られている巨人の足下へ駆け寄っていく。

 

 キャスターの姿はない。あれから宝具を解放した後、微笑の笑みを浮かべながらどこぞへ消えてしまっていた。

 

何やら嫌な予感がヒシヒシと感じるが……まぁ、彼女の事だ。無事である事は間違い無いだろう。

 

それよりも、問題はここからだ。巨人のすぐ近くまで近付けたのはいいが、今度はコアのある胸元までどうやって辿り付くべきかだ。

 

本当ならギルガメッシュの黄金帆船ヴィマーナですっ飛ぶのが一番手っ取り早いのだが……そのギルガメッシュは今巨人の攻撃を避けるのに忙しそうだった。

 

無造作に飛び込んでくる触手の槍を、ギルガメッシュは黄金帆船を意のままに操り、航空隊も真っ青なトンでも軌道で避けまくっている。

 

 あれではギルガメッシュも此方に気を向ける程の余裕はないだろう。……いや、あるにはあるだろうが今はあの触手攻撃を避ける事に悦を見出しているから、どちらにせよ今は彼の力を借りる事は出来ない。

 

ではなのはちゃん達に協力して貰うか? ……いや、走りながら戦場を見渡して気付いたが、どうやら巨人はあれから更にその姿を変えて触手の数は倍の倍。何百、何千もの触手が彼女達に向かって襲い掛かっている。

 

誰も彼も自分の事で手一杯のようで、とても頼める状態ではない。

 

そんな中何故自分が無事なのか……恐らくは巨人の防衛本能が自分は脅威に値しないと判断しているからなのだろう。

 

別にそれは構わない。自分がここまで来れたのは皮肉にも巨人の防衛本能が正常に働いているお陰でもあるのだし……。

 

だが、好い加減困った。ユーリの事も心配だし、早い所決着を付けたい所だが……。

 

────いや待て、あるぞ。コアに辿り付くまでの秘策が。

 

今自分の手にあるモノはなんだ? かの星の聖剣であり騎士王の宝剣である“約束された勝利の剣”だぞ。

 

それに、それだけではない。自分には出来た後輩から渡されたとっておきの代物があったじゃないか。

 

 ……イケる。分の悪い賭だが、それでもやってみるだけの価値はある。後は自分の覚悟と技量次第。

 

手にした聖剣と携帯を手に、自分はユーリ奪還の最後の作戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は……呪いだ。人の悪意から生まれ、憎悪をされる為に生まれ、死と破滅を撒き散らす為だけに生まれた────災厄の種。

 

憎まれて初めて私の存在意義が定着する。破壊する事で私がここにいる意味があった。

 

憎まれて疎まれて、蔑まれて罵倒されて、悪意という名の泥に塗まみれて……いっそ、心が壊れてしまえばと、何度も願った。

 

────けれど。

 

「は……クノ」

 

 例え世界が私を憎んでも、全ての人が私を恨んでも、生きていたいと願う自分がいる。

 

浅ましくと思いながらも、それでも生きたいと想う自分がいる。

 

───力が、入らない。声も……… 出ない。

 

恐らくは先程からずっと力を吸い上げられていた影響なのだろう。声どころか、今はもう瞼を開ける事も億劫だ。

 

だけども、私は声を上げる。無駄だと頭の中で囁いていながら、それでも諦めたくないと強く思っている自分がいる。

 

“諦めない”ボロボロになっても、血だらけになっても、ただ一つ事の為に一生懸命になれる。そんなあの人のような姿に憧れて────。

 

「助けて! ハクノぉぉぉ!!」

 

私は、もう一度叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユゥゥゥゥリィィィィィ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────ああ、やっぱり。

 

私の父親は、どうしようもなく非力だけど

 

どうしようもなくカッコいいな。

 

あの時、暗闇で魅せた光と共に、私は暖かい腕の中に抱かれるのを感じながら、完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コアに無事到着。磔の様にくっ付いたユーリのすぐ側に聖剣を突き立て、彼女を抱き寄せて回収。見事、巨人からユーリの奪還に成功した。

 

いや、もうホント割と危ない賭けだった。下手をしたら地面に叩きつけられて潰れたトマトの出来上がりになっていた。

 

再度聖剣を貸してくれた騎士王に内心で感謝する。

 

 騎士王の聖剣、“約束された勝利の剣”から放出される莫大な魔力光を噴射代わりに利用し、コアまで一気に駆け上がる。

 

途中の軌道修正は礼装スキルの“空気撃ち一の太刀”を併用する事でどうにか可能とし、ぶつかる際の衝撃吸収材としても使用する事が出来た。

 

と、まぁ、即興で出来上がったネタとしては 中々で、結果としては上手く行ったと思う。……だが、ここで新たな問題が発生した。

 

────ここから、どうやって降りよう。

 

いや、もうね。そこまで考えが纏まって無かったというか、そこまで考える暇が無かった為、ここからどうやって脱出するか、頭をフル回転させてもトンと思い付かなかった。

 

いっそのこと飛び降りるか? 半ばヤケクソとなった自分の思考に横から現れる赤い外套の男、アーチャーによって遮られる。

 

「無事かマスター!」

 

跳んでくるアーチャーに大丈夫だと返答しながら彼の方に向かって飛び降りる。一瞬大丈夫かと不安に思うがそこは流石の英霊、地上50はあるだろう高さを、自分とユーリを抱えながら難なく着地。

 

自分とユーリを地面に降ろし、自分がユーリを抱えていると、アーチャーは深々と溜息を吐き出した。

 

「全く、相変わらず突飛な無茶をするなお前は。────しかし、まさか“約束された勝利の剣”を噴射代わりに扱うとは……贅沢というかなんというか、本人に知られたら怒られそうだな」

 

呆れた様子でそんな事を言うアーチャーにうっと息を呑む。そうだよな。幾ら温厚そうで理解のありそうな騎士王でも流石に今の使い方は拙かったよな。

 

今でも自分の手の中にあるのが嘘のようだ。今度、何かお礼した方がいいのかな? でも、どこにどうやって?

 

『お握りを四十個程所望します』

 

「何だ今の!?」

 

「────ん? どうしたマスター?」

 

何故か今一瞬奇妙な空耳を聞いたような気がした。突然声を大にして叫ぶ自分をアーチャーが訝しげに訊ねてくる。

 

何でもないと言いながら、何とか誤魔化すと、ふと、ある事が思い浮かんだ。

 

攻撃が………止んだ? 先程まで巨大な要塞の如く触手よ攻撃を繰り広げていた巨人が、今は嘘のように静まり返っている。

 

もしかして、ユーリを救出した事で動きが止まったのか? だとすれば事態も収拾が付いて一石二鳥なのだが……。

 

「……いや、どうやらそう上手く事は運ばんらしいぞ。見ろ、あのゲテモノ怪獣、まだ変異を遂げようとしているぞ」

 

『うぐ、ガ、アァァァァ……!!』

 

アーチャーが言うやいなや、突然巨人は呻き声を上げながら先程のような変異を開始した。

 

その様はアーチャーの言うように、それは最早人の形を象ったモノではない。ただ命を無作為に貪るだけの……ただの怪物に成り果てていた。

 

しかし解せない。コアであるユーリを救出した今、あの腹黒眼鏡………クアットロはあの力事態保てないはずでは?

 

だが、そんな自分の疑問とは裏腹に目の前の怪物の胎動は大気を震わせながら尚もその姿を膨張させていく。……一体、どういう事なのだろう?

 

「いや、恐らくはそんな大した話ではない。ユーリの状態を察するにどうやら奴はユーリの魔力、或いは生命を限界ギリギリまで吸い上げたのだろう。ならば、その内に秘められた魔力量は膨大だ。それこそ、無限に等しくな」

 

アーチャーの補足説明に成る程なと納得する反面、自分の中にある何かが“プッツン”した音が聞こえた。

 

……そうか、目の前のあの肉塊はユーリの魔力だけでなく、その命をも吸い上げたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────フザケるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター?」

 

抱き上げたユーリをアーチャーに手渡し、俺は肉塊に向かって一歩前に出る。

 

 自然と、聖剣を握った手に力が籠もる。聖剣もそんな自分に呼応して刀身が更に輝き出す。

 

「マスター、気持ちは分かるが……いや何でもない。お前がそこまでユーリを想っているのなら……その想い、歪ませるなよ?」

 

後ろから聞こえてくるアーチャーの溜息混じりの忠告に頷く。分かっている。恐らく今の自分は嘗て皆に見せたことのない顔をしているのだろう。

 

だが、それでもどうしても許せなかった。ユーリをあそこまで追い詰めた目の前の肉塊が……どうしても許せない。

 

あの時は彼女を助ける為だった。けれど、今は目の前の肉塊を消す為だけに奮おうとしている。こんな今の自分の姿を見て、騎士王は果たしてこの剣を振るう事を許してくれるだろうか。

 

『是非もなし』

 

 ……何だか、親指を下に向けた騎士王を幻視した気がした。先程の幻聴といい、どうやら今までのダメージの所為で上手く頭が働いていないようだ。

 

早い所決着を付けよう。キャスターの宝具の効果が切れる前に、なんとしてもケリを付ける!

 

『■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

遂に、言語能力すら失った肉塊が自分に向かって突進してくる。その様は自分ではなく、失ったコアであるユーリを求めて蠢いているようにも見えた。

 

だが、それはさせない。手にした聖剣を掲げ、俺は迫り来る肉塊にただ一動作だけ。

 

「“約束された─────勝利の剣”!!!」

 

星の聖剣をただ振り抜くだけだった。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!?』

 

光の帯が、肉塊の断末魔と共に押し退けていく。切断されながらも退けていく肉塊は街のビル街を抜け、肉片をブチ撒けながらその身を海に沈んだ。

 

シンッと辺りの空気が静まり返る。当然だ。街を両断する程の斬撃が肉塊を押し退けたのだ。なのはちゃん達が驚くのも無理はない。

 

だが、申し訳ないが弁解は後でやる事にしよう。未だ消える様子のない聖剣を携えながら溝となった公道の上を歩く。

 

 バシャバシャと大きな水しぶきを上げながら肉塊は立ち上がる。やはりまだ完全には消せていないかと苛立ちを覚えながら再生しようとすゆ肉塊を睨みつける。

 

ふと、視界の端に黄金に輝く帆船が入ってきた。見るとヴィマーナの玉座に座る英雄王が珍しい物を見たようにその表情を愉悦に歪ませている。

 

まぁ、彼の事だ。「あの雑種が怒りに身を任せてマジ愉悦!」とでも考えているのだろ。

 

だが、今はそんな彼の考えている事まで考えている余裕はない。興奮した所為かシャマルさんによって塞がれた筈の傷がまた開き始めていた。

 

益々時間を掛ける訳にはいかない。ビル街を出て岸へと立ち、起き上がる肉塊を前に再び剣を掲げる。

 

 俺は、存外狡い人間なのかもしれない。借りた力でしか戦えない癖に、それを利用して一人で戦おうとしている。

 

うん、自分で言って思ったが碌な人間じゃないな。人様の力を拝借して我が物顔でいるなど……そんなもの、目の前の肉塊と何ら変わりないではないか。

 

まぁ、その事はおいおいアーチャー辺りにも鍛え直して貰おう。

 

─────今は。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

目の前の汚物を、早急に消してやる事だけを考える。

 

迫り来る汚物を前に、俺……岸波白野は振り上げた聖剣を───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

 

 

 

 

何度も何度も、打ち付けるように振り下ろした。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■!!!??』

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

まだ肉塊の声が聞こえてくる。やはりまだ完全に消滅させるには程遠いのだと実感しながら、俺一心不乱に聖剣を振り下ろす。

 

 

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

『ちょ、ま、やめ……!!』

 

 何やら命乞いの声が聞こえてきた様な気がしたが、気の所為だろう。これではまだ足りないと俺はなりふり構わず聖剣を振るう。

 

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

『………………………』

 

 

とうとう断末魔も聞こえなくなってきたが、念には念を押し、ところ構わず聖剣を降り続けた。

 

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

「“約束された勝利の剣”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

そうして幾分の時間が経ち、キャスターの宝具の効果が失ったと同時に、自分の手から聖剣が光の粒となって消えていった。

 

……手応えはあった。無限に等しい魔力を内封していた肉塊も、今は完全に姿を消している。嫌な空気も見事に消え失せているし、結界の中だというのに、不思議と空は青くなっていた。

 

心が軽くなった気持ちだ。今までの鬱憤は見事に晴れ渡り、気持ち処か体まで軽くなった気がする。

 

まぁ、リアルに減ってるけどね。主に血と肉が。そんなブラックジョークを言える位、岸波白野の心中には余裕が生まれていた。

 

ただ一つ、不満があるとすれば………。

 

「「「…………………………」」」

 

マテリアルズを含めたなのはちゃん達の自分を見る目が、とても痛々しかった。

 

──────うん、やっぱりやりすぎたか。自分の背後に映る変わり果てた海鳴の海を見て、はっちゃけた自分を戒めるのだった。

 

あとそこのAUO、何度も言うけど人を指差して笑うな。好い加減泣くぞこら!

 

そんな自分のツッコミを皮切りに、自分達の間に笑い声が響きわたった。

 

………あぁ、今日はやたら疲れた。ユーリも戻ってきた所だし、今日はもう帰るとしよう。

 

「うむ、奏者よ。今日は誠に大儀であった。余に捕まるといい。それぐらいは特に許すぞ」

 

駆け寄ってきたセイバーに凭れ掛かりながら、自分は皆と共に帰路に着く。

 

その際、アーチャーに抱き抱えられていたユーリが目を覚まし、自分を見ると。

 

「……ただいま。ハクノ」

 

────おかえり、ユーリ。

 

ああ、やっぱり。ウチの娘は笑った顔が一番綺麗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………い、一体何だったのよあの化け物は!!」

 

 岸波白野達とは別の場所にある海岸。這うように道路沿いの歩道を歩く一つの影。

 

戦闘機人のNo.4……クアットロ。戦闘能力は他のナンバーズと比べて低い彼女だが、その分高い知能による情報戦が得意だった。

 

実際、途中までは万事上手く行っていた。岸波白野の奪取、加えて“砕け得ぬ闇”の完全支配下。敢えて暴走を起こさせる事で余計な不安材料を一掃させる狙いだった彼女は、あまりにも事が上手くいきすぎている事実に笑いを堪えるので必死だった。

 

 だが、そこまでだった。彼女の目論見は悉く外れ、遂には“砕け得ぬ闇”を取り逃し、今はこうして合流ポイントへオメオメと逃げる始末。

 

「このままでは済まさないわよ。人間!」

 

今一度、クアットロは自分をここまで追い詰めた白野に対して復習を誓う。“砕け得ぬ闇”という獲物は逃したが、代わりにそこから奪った魔力はまだ自分の体の中に渦巻いている。

 

忌々しい岸波白野に半分以下も減らされたが、ダミーの肉塊を用意した事で今頃奴らは自分は完全に死んだものだと思い込んでいるだろう。

 

「精々つけあがっていろ。私達が戻ってきた曉には今度こそ全員なぶり殺し────」

 

「いざや散れや、常世咲き裂く怨天の花……ヒガンバナ───セッショウセキ」

 

「っ!?」

 

 瞬間、自身の胸の辺りを何かが貫いた。

 

衝撃に耐えられず、地面を跳ねるクアットロ。何度も地べたを転がり、震える腕を支えに起き上がり、前を見ると─────。

 

「何処へ往く気じゃ? もしや、其方から仕掛けておいてオメオメと逃げ帰る気ではあるまいな?」

 

「ひぃっ!」

 

狐。そこには、尾を“七つ ”に分けた妖狐が目の前に現れていた。

 

彼女からの発せられる妖気、いや、禍々しくも神々しい“圧”に、クアットロは一瞬自分の心臓が止まったのを感じ取った。

 

────化け物。先程まで戦った連中も充分化け物だと分かってはいるが、目の前の存在はソレに輪を掛けて化け物である。

 

「い、いや!」

 

瞬間、クアットロは迷わず“逃げ”の選択をとる。自身のダメージなどなりふり構わず立ち上がり、すぐにこの場から逃げ出そうと走り出すが……。

 

「ヘグゥッ!?」

 

脚が凭れ、クアットロは顔を地面へと殴打する。訳の分からない状態。恐怖で足が竦んだのかと彼女は自分の足下を見るが……。

 

「…………え?」

 

その瞬間、彼女の思考は凍り付く。何せすぐそこにあるはずの自分の足が“溶けて無くなっている”のだ。

 

その事実を理解した時、彼女は叫び声を上げるよりもまず手に入れた魔力で治癒を施した。

 

術式もなにもない。ただ魔力治そうとしている無茶苦茶なやり方。だがそれでも、そこいらの治癒魔法よりも早く治せる程の魔力量を彼女は有していた。

 

しかし─────。

 

「なんで、どうして!?」

 

これでもかと魔力を注いでいるというのに、体の融解は止まらない。自分の体に何が起きているのか分からず、不安と恐怖に駆られた彼女に……。

 

「聞いた話によれば、主は無限にも等しい魔力を有しているそうではないか。ならば───」

 

『無限に呪われ続けるがいい』

 

「───────ひっ!」

 

 その瞳、その声、圧倒的死を前にした彼女の選択は一つだけだった。

 

“死にたくない”その戦闘機人でありながら生命に縋る彼女は、地を這い、それこそ死に物狂いで逃げを選択した。

 

「アッハハハハハハハ!!」

 

背後からの近付いてくる声を耳にしながら、クアットロは這い続ける。

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!!」

 

振り向かない。一度でも振り向いたら今度こそ殺される。一歩ずつ近付いてくる死を前にクアットロは必死の形相でボロボロに成りながらも逃げ続ける。

 

と、そんなときだ。前から現れる新たの影にそれまで絶望していたクアットロの表情が途端に明るくなる。

 

「う、ウーノ姉さま!」

 

漸く現れた援軍に、クアットロは破顔の笑みを浮かべる。これで助かったと、これでドクターの元へ帰れると、目の前に現れた姉が神の使いに見えたのはきっと気の所為ではない。

 

「あらあら、大丈夫クアットロ。酷くやられましたね」

 

「ウーノ姉さま! 早く! ああああの狐が来る前に早くドクターの元へ!」

 

「どうしたの? そんなに慌てて? ……あぁ、またキャスターさんの尾が増えちゃったんですか。全く、困ったお人です」

 

状況を理解していないのか、おっとりとした口調のウーノにクアットロは僅かに怒りを覚える。そんな事よりも今は一刻も早く逃げ延びる事が先決だと言うのに!

 

「いいから! ウーノ姉さま早く逃げ────」

 

待て。今、この女はなんて言った?

 

キャスター? そんな予め知っていた様な口振りは……一体なんだ?

 

汗が噴き出す。体が震え出す。頭で理解するよりも早く体が直感で解ってしまった。

 

「あらぁ? もうバレてしまったんですか? どうせならもっと楽しめば良かったのにぃ」

 

ギギギと、後ろに振り返るだけなのにがやけに重く感じる。何かの間違いであって欲しいと願った彼女の視界に映ったのは……。

 

「まぁいいです。今回の先輩の覚醒のお礼に、一つ良いことを教えて差し上げましょう」

 

赤黒く輝く、不気味な眼を細めて笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐怖というものには、鮮度というものがあってですね♪」

 

悪魔が、クアットロの体を抱き包んでいた。

 

この日、海鳴の街から離れた場所で一人の絶叫が木霊したが、その声を耳にした者は誰もいなかった。

 

 

 

 




はい。と言うわけで白野君無双(笑)でした。

今回で一通り終わったので、後は後日談とエピローグを混ぜて次の世界に向かいます。

凛やランサー、そしてユーリの処遇も決まりますので、この後の話も楽しみにして下さると嬉しいです。


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サヨナラのカウントダウン

 

 

 

 

 海鳴総合病院。海鳴市の中で最も大きく人々に利用されている施設、そこで自分こと岸波白野は個室待遇で絶賛入院中である。

 

あれから気絶した自分は事後処理などを他の皆に押し付けて即搬送。結界も解け、無事に街をそしてユーリを助けた自分は入院先のここ海鳴総合病院で医師の先生に診断……というか、一目見られた瞬間。

 

『即刻、入院して下さい』

 

と、その場で即時入院を言い渡された。因みに連れてきたのはセイバーとアーチャーで、目を醒めた自分は二人に退院を申し出たのだが……まぁ、もの凄い剣幕で怒られた。

 

そんなに酷いものだろうか。確かに腹が空いたりして一時は死ぬ思いをしたが、一番大きかった怪我が魔法で治癒され、後は助骨に皹が入った程度なのに……その事が不満で、後日見舞いに来てくれたなのはちゃん達に零してしまったら……。

 

『それ、本気で言ってるんですか?』

 

と、引かれた感じで睨まれた。なんというか、あの日からなのはちゃんやフェイトちゃんが矢鱈自分を気遣う素振りが増えてきたような気がする。この間もよく自分の体調に関してよく聞かれた。

 

まぁ、知り合いが入院しているとなれば、優しい彼女達が気にするのも自然な流れかもと思う。

 

そして入院している最中、バイト先の喫茶翠屋から士郎さんと桃子さんも来てくれた。結局バイトを休みがちですみませんと謝れば、そんな事よりも早く良くなれと士郎さんから激励とお叱りの言葉を頂き、桃子さんからは彼女直伝のシュークリームも頂いてしまった。

 

ホント、お二人には何から何まで世話になってばかりで頭が上がらない。その後も恭也さんや美由紀さんもお見舞いに来てくれた。

 

セイバーやアーチャーも頻繁に来てくれたしキャスターに桜、ギルガメッシュも来てくれた。

 

……ギルガメッシュの方は冷やかし気味だったけど。

 

 レヴィちゃん達マテリアルズとフローリアン姉妹であるアミタさんとキリエさんは今の所ウチのマンションに下宿という形で仮住まいをさせている事をアーチャーから聞かされた。

 

アーチャーは喧しくて適わんと嘆いていたが、口で言うほど嫌っていた様子はない。寧ろ世話焼きな彼としてはさほど苦手な状況ではないのかもしれない……プレイボーイだし。

 

ギルガメッシュも彼女達に手を出すのではないかと内心不安だったが、どうやら彼は今別件で忙しいとのこと、なんでもドラマの最終回の打ち合わせがあるとか。

 

アイツ、株だけでなくそんな事もしていたのか。流石はこの世の悦を極めた男。やることが一々凡人を超えている。

 

キャスターはセイバーと組んで仮入居のレヴィちゃん達相手に熾烈な戦いを繰り広げているとか。桜が言うには何でも自分の部屋に興味を持ったレヴィちゃん達が、キリエちゃんに煽動されるがままに毎回突撃を仕掛けているらしい。

 

キリエちゃんも大人ぶってはいるが、実はお茶目な性格らしい。毎回二人に沈められているキリエちゃん達を回収してはアミタさんが謝り通して形見を狭くしているらしい。

 

そこに自分がいないことに僅かな寂しさを感じるのは……やはり、自分も人の子だという事なのだろう。

 

 そしてそんなこんなで入院生活が始まって早一週間。そんな皆の毎日のお見舞いのお陰でどうにか退屈を凌いでいた自分、岸波白野だが一つ、ただ一つだけ不満があった。

 

別にお見舞いに来てくれる皆に不満がある訳ではない。寧ろ良く毎日来てくれるものだなと関心してしまう程だ。

 

────けれど。一人だけ、見舞いに来ない人がいる。

 

ユーリ。あの事件から既に一週間も経過しているのに今まで一度たりとも自分の所に顔を見せに来てくれていない。

 

まだ、あの時の事を気にしているのだろうか? 既に完治した腹部をさすりながらそんな事を考えていると……。

 

“コンコン”と病室の戸を叩く音が聞こえてきた。もしかしてユーリが来てくれたのだろうか? 戸をもう一度叩いてくる外の人物に期待を込めてどうぞと入室を許し、それと同時に病室の扉が開かれる。

 

そして、部屋に入ってきた“彼女達”に自分は絶句した。対する見舞い人の片割れはそんな自分の反応がおかしくてクスクスと笑っている。

 

「ウフフ、予想通りの反応ね白野。相変わらずアナタのその顔は私をゾクゾクとさせてくれるわ」

 

「あ、あの、急に押し掛けてごめんなさいごめんなさい」

 

 身を震わせている少女に対し、もう片方の少女は何度も頭を下げ、その巨峰をこれでもかと揺らしている。

 

きっと、今の自分は彼女の言うとおり間の抜けた顔をしている事だろう。だがそれは無理もない。─────何故なら。 

 

「こうして面と向かって合うのは久し振りね白野。アナタのリリスが帰って来たわよ」

 

「め、メルトばかり狡い。わ、私の事も覚えてくれてますよね? ね?」

 

画面越し、しかも基本的に電脳世界からは出られない筈のメルトリリスとパッションリップ。ムーンセル(仮)を守護する超高性能AIが、現実に、形となって自分の目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局。 それはその名称通り次元を守護する管理局の総本山。

 

嘗て、その管理局の基礎基盤から立ち上げた三人の人間が存在した。次元の海を、世界を守る為に永きに渡って戦い、一線を退き、肉体を捨て、脳だけとなった今でも『最高評議会』となる管理局の裏の支配者として世界を管理局を通して見守ってきていた。

 

しかし、そんな彼らの志も年月と共に廃れ、やがてそれは歪な形となって世界に悪影響を与えていくのを、彼等は理解してはいても自覚はしていなかった。

 

全ては次元世界の平和の為。そこに最早人間らしい感情は差し込まず、ただ目的の達成だけを望む彼等はまるで悪夢を製造する『機械仕掛けの神(デウス=エクス=マキナ)』

 

『スカリエッティからの連絡はどうした?』

 

『分からん。奴が無人世界で研究を続けているのは確からしいが、一向に連絡を寄越さない』

 

『だとしたら、まさか別の要因が介入したか、もしくは実験事故に巻き込まれたか……』

 

『それは困る。禁断の果実にまで手を出して漸く作り上げたサンプルだぞ。もっと有効的に動いてくれなければこれまでの時間は全て無駄になってしまうではないか。“ゆりかご”の事もある。早急に奴の所に使者を送り込むことを提案する』

 

 それは、凡そ人の会話とは思えぬ内容だった。自分達の野望の為に生み出した彼を部品扱いと見なし、もっと役立てと命令している。

 

幾度もなく繰り返してきた大小の切り捨て、それを心が痛まなくなってきた頃に彼等が抱く思いは──────。

 

“世界を守る”こと、既に彼等の対象はそこに住む命ではなく、世界そのものとなっていた。

 

どんな悲劇が生まれようと、どんな憎悪が連鎖されようと、世界が無事であるならそれで構わない。

 

ただ世界を守ることだけに全てを費やしてきた最高評議会。そんな彼等の元に……。

 

『突然の出張もなんのその! 遂にやってきました皆さん待望の! BBぃぃぃ……チャンネルゥゥゥゥ!!』

 

無邪気な悪意が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ハクノ。リンゴを剥いたわ。口をあけなさい」

 

 綺麗にリンゴを剥き、食べさせてくれるよう差し出してくるメルトリリス。何故彼女とリップがここに、しかも形として目の前にいるのかは未だに混乱している為に理解出来ないが、一つ言いたい事ができた。

 

あの、すみませんメルトリリスさん。流石に丸ごとはキツイッス。

 

「あら? 折角この私がワザワザ剥いてあげたと言うのに……泣くわよ?」

 

寧ろ俺が泣きそうです。いきなり現れて自分を挟むように座ったかと思えば、いきなり果物を剥き始めるとか……。

 

いや、別にそれ自体は悪いことじゃないよ? どちらかと言えばメルトリリスの様な美少女に剥いた果実をアーンとかして貰えたら嬉しいに決まってるよ?

 

けどさ、いきなりメロンをそのまま口にねじ込もうとするのはどうよ? 皮を剥いたからってアレは丸かじり出来るような代物じゃないでしょ? 無理だといったら今度は西瓜を寄越してくるし。

 

何度もツッコんだ挙げ句、漸く分かってくれたかと思ったら今度はリンゴと来た。いいかいメルトリリス。こういう時、果物を剥くときは一口サイズに切り分けて上げる事が優しさというモノだからね?

 

「そんなハクノ、突っ込むだなんて……こんな真っ昼間に、流石の私もまだそこまで手慣れてはいないわ。寧ろ未体験よ。そんな幼気な少女を昼下がりのこんな時間にこんな所で誘うなんて……この野獣」

 

 ……なんだろう。こうして面と向かい合って自分と話し合ってくれていることに余程テンションを上げているのか、メルトリリスの言っている事の大半がワケガワカラナイヨ。

 

「あ、あの、先輩。これ、食べて下さい」

 

そしてコッチのリップはその握力で果物を粉微塵に握り砕いている。……うん、病院患者には擦りリンゴが定番だけど、これ擦りを通り越して半分液体化しているよね?

 

 満開の花の様な笑顔と共に差し出してくるリップの手には、その中心に微かな果肉を残して汁をボタボタと滴り落としている。

 

試しに頂いてみると……うん、蜜とかが全部流れ出ているからスッカスカで何も旨味も感じない。

 

 要努力しましょう。口には出さずに彼女の頭を撫でている自分の顔は、きっとなんとも言えない微妙な表情となっていた事だろう。

 

…………さて、茶番はここまでだ。メルトリリス。話してくれるよな?

 

「あら? 何を聞くつもり? 生憎私の秘密は全て貴方に知られてしまってよ?」

 

なんて、軽くおちゃらけて見せるメルトリリスに自分は再度問うた。教えてくれと。

 

すると、今までふざけた態度から打って変わり、果物ナイフとリンゴを横のテーブルに置いたメルトリリスは少し真剣な表情となって自分を見据え。

 

「……戦闘機人よ」

 

────っ!

 

その言葉に、少しドキリとした。が、同時にやはりと思った。

 

今、彼女たちは肉体を得ている。戦闘機人という半機械と化した人工の肉体を器にして。

 

だからメルトリリスにはあの鋭利な脚部は無いし、リップの腕はあの全てを破壊してしまう手がない。

 

どちらもごく普通の人間と同じ、柔らかそうな素肌を晒した手足があった。

 

だから、なのだろうか。彼女たちの女の子らしい姿に戦闘機人と聞いても怒りや驚きなど湧かず、寧ろ嬉しさが込み上がってきたのは。

 

「全く、嬉しそうに頬を緩ませちゃって、折角脅し文句を用意したのに台無しじゃない」

 

そうは言っても、メルトリリスも嬉しそうに頬を緩めているように見えているのは自分の気の所為だろうか?

 

リップも恐る恐る自分の手を触れてははにかんだ笑顔を見せてくれるし、今日の入院時間はとても有意義に過ごせたと思う。

 

けど、だからこそはっきりさせなくてはならない。そんな戦闘機人の技術を一体どうやって手に入れたのだと言うのだろう?

 

すると、メルトリリスは自分のその疑問に溜息を漏らしながら口を開き、技術使用の経緯を説明してくれた。

 

「…………BBよ。アイツが私達に貴方の護衛としてこの体をつくり上げる為に管理局と交渉したの。今回の事件の手柄を全て差し出す代わりにスカリエッティの持つ戦闘機人の技術を全て寄越しなさいとね」

 

……何故だろう。メルトリリスからその話しを聞いて管理局の人達に平謝りしなくてはならない気がしてきた。主にクロノ君やリンディさん辺りに。

 

 技術ってことはその為の資材なんかも必要になってくるだろうし、その資材はきっと違法な手段と経緯で持ち込まなければならないだろうし……。

 

うぅ、胃が痛い。また自分に犯罪王の経歴が増えてしまったような錯覚に苛まされていると……。

 

「さて、それでは本題に入りましょう。ハクノ、一週間後、私達は跳ぶわよ」

 

は? 跳ぶ? 一体何処に? そんな疑問を浮かべた自分の顔は先程以上に間の抜けた顔をしているのだろう。メルトリリスが呆れた様子で溜息を吐いている。

 

「決まっているでしょ。次の世界に向かう為の準備よ」

 

その一言に、自分の頭にハンマーで叩かれた様な衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、良いのか?」

 

「構いません。既に、私はあの人の手によって救われている」

 

「……ごめんなさい。私達の我が儘の所為で」

 

「いいえ、謝罪は必要ないです。私のこの力、あなた達の為に使われるなら、本望です。それに、私は一人ではない。それが分かっただけでも十分です」

 

「じゃあ……」

 

「はい。私は──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────彼等と一緒には、行きません。

 

 

 

 



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クリスマス特別編

壊れた携帯が直ったので試しに投稿しました。



 

 

 

 ──正妻戦争。たった一人の旦那を巡って複数の嫁候補同士が戦う殺し愛。ある者は愛の為、ある者も愛の為、またある者も愛の為。自らを真の妻として正妻の座に至る為に他者を蹴落とし、欺き、利用する。この世で最も醜く、それでいて儚く美しい醜美に満ちた激闘。

 

何故このような戦いが許されるのか? 全ては愛を得るが為、見初めた夫を自身の伴侶にする為、全てを賭して戦う。

 

彼が好きだから、彼を愛しているから、純粋過ぎる彼女達のそんな想いを、蔑む事は出来ても卑下にする事は許されない。

 

故に、自称嫁達よ。戦うが良い。己の誇りと愛(ラヴ)を賭け、たった一人の男と添い遂げる為に。

 

さぁ、正妻戦争の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ただ一言、くれぐれもヤンデレ(バーサーカー)化はご遠慮してください。あとリア充死ぬがよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、いい加減諦めるがよい。さすれば貴様の命を助けてやると言うのだ。妾の慈悲をくれてやるというのだ。大人しく従うのが賢明というものだぞ?」

 

 荒廃した大地。木々は枯れ果て、空は濁り、海が汚れ、街は滅び、この世の地獄が具現化した世界で美姫は微笑む。

 

その臀部に九つの尾を生やした彼女は正に神なる者。遙か古の時代からその存在を確固たる者にしてきた彼女の存在感は、今やただそこにいるだけで世界に破滅を齎すモノへと化していた。

 

美姫の唇から吐息が漏れる。それだけで世界は軋み、助けてくれと悲鳴を上げる。

 

そんな桁違いの神格を前にしているのは、どこにでもいるありふれた女子高生。ボロボロになったスカートを握り締め、美姫を睨むその姿勢はさながら魔王に立ち向かう勇者のソレだった。

 

「イヤ……です」

 

掠れた声で囀く彼女の零れた一言に美姫は耳と眉をピクリと跳ねらせる。

 

「私は、あの人が好きです。恋をしたいし、愛したいとも思っています。貴方のあの人に対する想いも知った。だから諦めたくない。負けたくないんです!」

 

ソレは、少女の心の叫びだった。最初の頃は彼を連れ出し、夜逃げ紛いな事をしでかした自分を心底後悔し、時には死にたくなった。

 

けれど、そんな自分を彼は許してくれた。大丈夫と、自分も謝るから一緒に帰ろうと。その言葉にどれだけ救われたか定かではない。

 

単純だが、彼女はそれだけで救われ、同時に心底願った。この人の物になりたい。この人と一緒に生きていきたい。

 

けれどそれを許さないとばかりに、次々と彼を狙う女性が彼を囲むように現れた。

 

彼と同じ先輩の堂坂、インドからの留学生ロニ、遙かローマから現れる自称皇帝キャロ、今をときめく絶唱の歌姫(聞いた奴は死ぬ)エリー。

 

自分と同じく前々から彼を狙っていた者。偶々見かけて一目惚れをしたもの。そんな誰もが超の付いた美少女の中で、田舎生まれの小市民の自分では適わないと、少女は悟った。

 

何度も諦めようと思った。彼の為に彼の幸せを望んで身を引こうと、何度も思った。

 

けれど、それは出来なかった。ただ女々しかっただけなのか、自分が思っていた以上に図太いのかは分からない。

 

けれど、彼女……生き分かれた筈の妹達からの言葉を聞いて、このままではダメだとも思ったことも確かだ。

 

彼女だって好きな癖に。彼の事を自分以上に想っていた癖に、彼女はそれを露にも出さずに言った。

 

叫べと。どんなに世界が許さなくてもそれでもと叫び続けろと。

 

人間だけが持つ神。内なる可能性という名の神を信じて。

 

だから、諦めたくはない。

 

既に万策は尽きた。皇帝の人間離れした剣技も、歌姫(滅)の歌も、僅か程度の効果しか出せず、目の前の神の前に力尽きた。

 

堂坂もロニもその神気を前にリタイア。彼の婚約者を名乗っていたお嬢様が九つに分かれた神の化身だと知るには、余りにも自分達は遅かった。

 

「……そうか。ならば語るまい。この街諸共消し飛び、それを我がダーリンとの祝砲の狼煙にするとしよう」

 

掌を天に掲げ、莫大なエネルギーの塊を生み出す。もはやこれまでと少女は諦めかけた。

 

───しかし。

 

「それでも!!」

 

少女は叫ぶ。叫びながら駆け出す彼女の行動に美姫は僅かに目を見開いた。

 

諦めたくない。それは、自分が惚れた男の根本たる姿だった。

 

少女の体に彼の姿が被る。そんな幻影を見た瞬間、美姫は今まで見たことのない憤怒の顔をさらけだし、大質量のエネルギーを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、こんな事に………」

 

死闘を繰り広げる目の前の少女達を前に少年は嘆く。

 

皆、ホントはいい子で優しい子達の筈だ。それを歪めてしまったのは偏に自分の所為にほかならないだろう。

 

誰かが傷付くのは見たくない。可愛い後輩や同級生が傷付け合うのは見るに耐えなかった。

 

その結果がこれだ。中途半端な優しさで皆をその気にさせて、当の自分はなにも出来ずにただ傍観する事しか出来なかった。

 

その為にあのマーボー神(真名)の悪巧みにつけ込まれ、こんな悲惨な未来を作り上げてしまっていた。

 

そのマーボー神父は既に高飛びしている。去り際の『愉悦サイコー』と書かれた風呂敷が癪に障り、神父にローキックをかました自分は悪くない。

 

このままでは殺し合いになってしまう。どうにかしなくてはならないのにどうしようもない。そんな無力を噛みしめる彼の所に……。

 

「ふん、ならばその願い。我が叶えてやろう」

 

一匹の猫(?)が自分の前に現れた。

 

余りにも場違いな組み合わせだった。荒廃した世界に黄金に輝く猫モドキ。それはさながら神の使いにも思えた。

 

「神如きと同列に扱うなよ雑種。我の名はギルベェ。雑種よ。我と契約し我のモノになり魔法少年と成るがいい。さすれば、貴様の願いを一つだけ叶えてやろう」

 

色々言いたい事は多々あるが、それでもある一言が気になった。……願いが叶う?

 

もしそれが本当なら彼女達を止める事ができるかもしれない。

 

「当然だ。だがしかし。あそこまで事態が発展しては止める方法は一つしかない。雑種……いや

キジナミよ。全てを捨てる覚悟はあるか?」

 

ジッと見つめてくるギルベェの赤い瞳。一瞬だけ戸惑ってしまうが、戦う彼女達の姿を思い出し迷いは完全に消え去った。

 

あぁ、交わそう。その契約!

 

「良い覚悟だ」

 

瞬間。世界はまっさらな光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ? 私、一体なにを?」

 

「んー?」

 

荒廃した街中で、呆然と佇む二人の少女達。何が何やら分からずじまいの彼女達は混乱になりながらも側で倒れていた複数の少女達と共にその場から去っていく。

 

去り際に見えた彼女達の横顔は、混乱しながらも笑顔になっていた。まるで憑き物が落ちたかのように。

 

「……いいのか?」

 

「あぁ、おかげで決心が付いた。行こうギルベェ。俺達の戦いはまだ始まってすらいないのだから」

 

少年に関する記憶を全て失った彼女達にはきっとこの先素敵な異性と対面する時が来るだろう。

 

自分がいるから彼女達が争う。ならばその元凶たる自分が消えればいいと彼は願った。

 

後悔はしない。してはいけない。既に自分は人間ではない。後悔の時間など存在しない。

 

……だが。

 

「泣くのは、今回限りだぞ」

 

せめて祈ろう。この先の彼女達の人生が幸福であることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どきどきクリティカル~正妻戦争編~ 完。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………なぁにこれぇ?

 

「フハハハ! 見たか雑種! これが我が作り出したドラマの完成形よ! 既に次回作である『魔法少年リリカルはくのん』の制作が決定されておる! 存分に楽しみにしているがいい!」

 

病室で高々と笑うギルガメッシュに自分はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

あと、後にアーチャーから聞いた話だと、あのDVDを見せたウチの住居人達が軽くハルマゲドンで大変だったとか。

 

今度胃薬買ってあげよう。そう心に決めた岸波白野でした。

 

 

 

 

 




これでホントに今年最後の更新となります。

来年も宜しくおねがいします。


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サヨナラとは言わないで

新年あけおめ!今年も宜しくです!


 

 

 

 翌日。メルトとリップの二人のお見舞いから一夜明けた今日。傷も塞がり、体も自由に動かせる事から岸波白野はめでたく退院できる事になった。

 

見送りに病院の玄関先まで見送りに来てくれた担当医の先生に今までのお世話についての礼を述べると。

 

「ハハハ、今まで色んな患者を診てきたけど、君のようにボロボロになりながら一週間そこらで完治する事例は見たことがない。解ぼ……もとい、もっと経過を観察したい所だが、残念だよ」

 

良い笑顔で返してくる担当医の先生に改めてお世話になりましたと返す。うん。もう二度と病院の厄介にはならないぞ。

 

まぁ、実際は偶にやる礼装召喚アプリである鳳凰のマフラーを使って治癒力を高めていたから当然と言えば当然だ。何せあのままお世話になってたら一体いつまで病院に箱詰めになることやら。自分よりも重体の人はいるだろうし、いつまでも健康体の人が病院に居座っては病院側も迷惑な事だろう。

 

故に、予め持っていた礼装召喚アプリで治癒能力のある鳳凰のマフラーを使い、肉体を完全に治癒させ、現在に至るというわけだ。

 

因みに携帯はリップに持って来て貰った。仮にも入院患者が携帯を持ち出す為に病院から抜け出す訳にもいかないし、幸いにも携帯は自分の部屋にあったからリップも迷わずにこれたみたいだ。

 

それに、彼女には物を隠すにはうってつけの場所があるし……どこに隠したかって? 言わせんな恥ずかしい。

 

強いて言わせて貰えば……渡して貰った際、非常に眼福でした。あと携帯が若干生温かった。

 

とまぁ、リップに初めてのお使いをして貰った事で残りの入院生活は一日で終わったのだが……。

 

迎えが来ない。連絡はしたのに時刻は既にお昼を回ってるし、アーチャー達の誰かが迎えに来てくれるものだと思っていただけに少し拍子抜けだ。

 

ま、今頃皆はお昼ご飯を食べている時間だし、仕方ないか。玄関先の担当医さんに頭を下げ、リハビリを兼ねて歩いて帰ろうと一歩足を前に出した瞬間。

 

──いきなり、金色のバイクが目の前に現れた。

 

危なっ!? 後ろに飛び跳ね、回避に成功した自分はバイクに跨がった人物に何事かと顔を向けると。

 

「ふん、遅かったではないか雑種。我を待たせるとはつくづく見上げた厚かましさよな」

 

黄金のバイクを跨がるノーヘルのギルガメッシュが地面に座り込んでいる自分を見下ろしていた。

 

……一体いつの間に免許を。危ないとか、殺す気かとか言う前にそんな疑問が出てきてしまう自分はきっともう色々と手遅れなんだろうなぁ。

 

それはそうと、ギルガメッシュ一人? てっきりセイバーかキャスター辺りが来てくれるのかと思ってたんだけど……。

 

「サラリと女共が迎えに来てくれると確信している辺り、貴様も相当アレよな。二人と贋作者、そしてアルターの二人は昼餉の準備をしている。貴様の退院を聞いて慌てふためく様は中々見物だったぞ」

 

クククと愉悦スマイルをこぼす英雄王に嫌な予感がヒシヒシとするのは何故だろう。

 

確かにセイバーやリップとリリス達が料理出来るのは一抹の不安があるが、アーチャーやキャスターもいるのだ。そうそう失敗する事はないと思う。仮に失敗したとしても少し位味がおかしくても完食出来る気概と胃袋は持ち合わせているつもりだ。

 

「ほう? 言うではないか雑種。ならそこへランサーめが退院祝いで手作り料理を披露するという情報は余計な気遣いであったか?」

 

急ぐぞ英雄王。ガソリンの貯蔵は十分か?

 

「おい。先程の台詞はどうした?」

 

瞬時にギルガメッシュの後ろに座る自分にジト目の視線が突き刺さる。だが屈しはしない。何故なら、小さなこだわりで命を投げ出す程、岸波白野は人間が出来ていないからだ!

 

というか、折角退院出来たのにまた病院に送り返されるのはマジで洒落にならない。

 

「はっ、良いだろう。飛ばすぞマスター! 我が許す。死にたくなくば我の体にしがみつくが良い」

 

エンジンを吹かし、バイクを機動させるギルガメッシュ。愉しそうに笑みを浮かべる彼を後目に、病院の前で呆けている担当医の先生に改めて挨拶をする。

 

初めての入院生活だったが、あれはあれで中々有意義な時間だった。一週間お世話になった病院を見納めながら行こうとギルガメッシュに発進を促す。

 

……所で英雄王よ。ヘルメットはどうなされた?

 

「そんなものはない! 我がルールだ!」

 

次の瞬間。風になりながら私、岸波白野は思う。

 

二度とギルガメッシュのバイクには乗らないと。

 

途中、ノーヘルの違法で追ってきたパトカーとカーチェイスをしながら自分は堅く心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったではないか奏者よ! 待ちわびたぞ」

 

「お待ちしてましたよ先輩。ご飯の準備は出来ています。皆さんお待ちかねですよ」

 

 久し振りの我が家。出迎えてくれたセイバーと桜にありがとうと言いながら彼女達の後を付いていく。そして案内されたのは以前闇の書事件の時の祝勝パーティーで使われた大広間だった。

 

扉を開けてみればテーブルの上に置かれた料理を摘まみ食いしているレヴィちゃんと目が合った。や、久し振り。

 

「ング!? あ、あれ? お兄さんもう来ちゃったの?」

 

「だから言ったではないですかレヴィ。あまり摘まみ食いばかりしていると余分なフラグを立てますよと」

 

「しかし、貴様も呆れた頑丈さよな。普通なら死んでおるぞ?」

 

レヴィちゃんと挨拶を交わしていると、近くにいたディアちゃんとシュテルちゃんもそれぞれ近くに寄ってくる。

 

彼女達なりのお迎えの言葉を浴びていると向こうの出入り口の方から料理を持ったキャスターと目があった。

 

「みこーん! ご主人様お帰りなさいませ! そして申し訳ありません。本当なら私もご主人様のお迎えに向かいたかったのですが、何分こちらは人手不足。アーチャーさんだけでは手が足らないという訳で桜さんと私でお料理担当になり、金ピカさんを迎えさせる暴挙に出てしまいました。ですが男は船、女は港と言いますし、こうして待つのも良妻の努めかとタマモはタマモは尤もらしい言い分で誤魔化してみたり」

 

料理をテーブルに置くや否や、もの凄い勢いで駆け寄ると、キャスターは首がもげそうな程に何度も頭を下げながら弁明してきた。マシンガンの如く言葉を発するキャスターにレヴィちゃん達も呆然としている。

 

けれど、そんな変わりのないキャスターにどこか安堵している自分がいた。先の戦いではどこか様子がおかしかったからその後の病院生活での見舞いに来てくれた時は大丈夫かなと心配していたのだが……どうやら、本当に大丈夫なようだ。

 

何度も頭を下げてくるキャスターに気にしないでと返し、そろそろお腹も減り頃だと彼女に案内されて近くの席に座る。

 

すると今度はエプロン姿のアーチャーが大きな受け皿を両手に持って入ってきた。その後ろにはリップとユーリの姿が見えた。

 

入院生活に一度も姿を見せなかったユーリの元気そうな姿を見てたまらず手を振ってみる。するとこちらに気付いたユーリは一度こちらに視線を向けると……。

 

「…………」

 

どこか暗い表情で俯き、此方には視線を合わせることもなく、そそくさと部屋の奥へと引っ込んでしまった。

 

どうしたのだろう。そう思っていた所に全ての料理を作り終えたアーチャーが此方に近づいてきた。

 

「帰ったかマスター。その分では英雄王に随分振り回されたようだな」

 

同情の眼差しを向けてくるアーチャーに自分も苦笑いがこみ上げてくる。因みにギルガメッシュは今ここにはいない。自分を降ろすと風になってくると言い残しながら去っていった。今頃はパトカーと共にどこぞの峠でカーチェイスをしているのだろう。

 

「ぐぬぬぅ~。おのれ英雄王。まだ我もバイクには乗ったこともないと言うのに!」

 

「まだそんな事言って、ねぇ王様。別にアイツに勝てないからって僕達は王様から離れたりしないよ? ねぇシュテるん」

 

「はい。王よ。喩え貴方が英雄王に逆立ちして勝てなくとも、ホラー映画で一人で見れなくとも、喩え一人で夜トイレにいけなくても、誰も付き添ってくれず我慢する事になっても、喩えそれでオネショしたとしても貴方の側から離れるつもりはありません。安心して下さい」

 

「オネショなんかしとらんわぁ! ちゃんと一人でもトイレにいけたわ! お前段々と我に遠慮しなくなってきたな!?」

 

「と、そういう訳みたいですけど……どう思いますメルトリリスさん」

 

「ダウトね。私見たもの。昨夜リップと一緒にトイレに向かう二人を」

 

「み、見られてた? は、恥ずかしい……」

 

「王よ。嘘はいけません。さぁ、ここで本当の事をいうのです。本当は一人ではトイレにいけず、且つすぐに用を足せるよう常にハイテイナイのだと!」

 

「もうやだこいつ」

 

何やら、あちらはあちら楽しそうに盛り上がっているな。いつの間にかリップとリリスもいるし、あの様子からすればどうやら仲良くなれたみたいだ。

 

「さて、そろそろ頃合いだ。五月蝿い輩が帰ってくる前に早いところ食べてしまおう。アミタ嬢、キリエ嬢、君たちも早く席につくといい」

 

「はーい」

 

「いただきまーす」

 

厨房の方から現れるアミタさんとキリエさんが出てくる。どうやら彼女達も料理作りの手伝いに来てくれたようだ。

 

そうして、自分たちはアーチャー達の料理に舌を打ちつつ、談笑をしながら午後を過ごしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食も食べ、ひとまず解散となった頃。皆がこれから何をするか談笑していた時、一人大広間を後にするユーリを見かけた。

 

入院していた頃や先程の態度、明らかに今までとは違い余所余所しくなった彼女の事が気になり、自分も後を追って大広間を後にした。

 

大広間を出て通路の先にある休憩所。そこでユーリは一人そこにある椅子に座っていた。

 

俯いているからその表情は読み取れない。だけど、それが自分には痛いのを必死に堪えている幼子の様に見えた。

 

どうしたんだい? そう声を掛けるとユーリの肩はビクリと跳ね上がり、腕で顔を吹くと作り顔の微笑みを浮かべて此方に笑みを向けてきた。

 

「あ、その……白野、退院おめでとう。怪我、大丈夫ですか?」

 

不安げな顔で自分の体を見てくるユーリに大丈夫だと伝える。そもそも、打撲程度で入院なんて大袈裟なのだ。一番大きかった腹の傷は礼装のお陰で塞がったし、魔力が完全に回復すればそのまま治癒できたのに……皆、意外と過保護なものである。

 

「いや、全身打撲は普通に入院ものだと思う」

 

ボソリと呆れ混じりの反論は軽く流し、ユーリの隣へと座る。その際、何やら遠慮がちに少し横にズレたのが地味に傷付いたが、それでも気を強く持って話をした。

 

話の話題は、別段変わらぬ普通の話だった。ここの皆とは仲良くやれているかとか、喧嘩したりしていないかとか、困った事はないかとありふれた話だった。

 

けれど、話題も段々と減り。会話が続かなくなってきた頃。思い切って自分はユーリにあの話を振ることにした。

 

……ユーリ。

 

「は、はい」

 

これはまだ僕達の間にしか知らない話なんだけど、自分達は近い内、この世界から去らなければならない。

 

「っ!」

 

自分の振った話に、ユーリは膝に置いた手を強く握り締めている。

 

 忘れかけていたが、そもそも自分達がこの世界にいるのは桜が皆をムーンセルから解放する際に行った無茶な介入行動が原因だとされている。

 

勿論桜には非はないし、寧ろ自分を始めとしたセイバー達と再び会わせてくれた事に対しどんなに礼を言っても足りない程である。

 

けれど、それで自分や凛、それ以外のマスター達が別世界に飛ばされたのもまた事実。そんな彼らの救出、或いは接触する為にもう一度世界を渡らなければならない。

 

無論。凛にもこの事は話すつもりだ。いや、アーチャー辺りが既に説明をしているのかもしれない。彼はそういうフォローが出来るオカンだから早めの対処は確実にしていると考えてもいいだろう。

 

「……どうして、それを私に言うんです?」

 

未だに俯いたままのユーリがそんな言葉を返してきた。まるで、この後言う自分の台詞が分かっているかのように。

 

 ……ユーリ。正直言って俺は君とまだまだ一緒にいたいと思う。一緒に世界を見て回りたいと思う。そりゃ自分はお世辞にも一人前の魔術師とは呼べない半端者だし、それ以外でも皆に迷惑を掛ける事は多々あると思う。

 

けれど、それでもユーリと一緒にいたい。そう願いたいしそう信じたい。だから───

 

「一緒に行こう」

 

ユーリに手を伸ばしながら、口にする。

 

差し出した手に気付いたユーリは此方に顔を上げると一瞬だけ呆けた顔になる。

 

「───っ」

 

その時。何かを言い掛けたユーリが我に返ると、キュッと口を噤み、自分と顔を合わせないようにまたもや伏せてしまう。

 

───そして。

 

「ごめんな……さい」

 

ユーリの静かな、けれど確かな拒絶に岸波白野の時間が一瞬だけ止まった。

 

どうして? 何故? 溢れ出す疑問に押しつぶされそうになる。けれど、それよりも先に聞かなければならない事がある。

 

ユーリ。それはこの間での一件が関わっているのかな? だとしたらそれは……

 

「違うんです。そういう事じゃ、ないんです」

 

首を横に振って否定するユーリは続けて言った。

 

アミタちゃん、キリエちゃんの世界を救うにはユーリの力が必要。けれど、ユーリの力を完全に制御するにはディアちゃんの闇統べる王の力が必要なのだとか。

 

キリエちゃん達の世界は今の時代より数百年先の異世界の未来。一度別れてしまえば、世界を移動する自分達でも容易には会えなくなるだろう。

 

以前、BBが言ったことを思い出す。世界を渡る移動方法は左右へ渡るものに対し、時の移動方法は上下に昇ったり降りたりするエレベーター的な移動方法なのだと。

 

縦と横では交わる時は会ってもその出会いは単なる一点に過ぎない。一度離れてしまえば再び出会える確率は天文学的数字へと至る事だろう。

 

だから、本当なら自分は呼び止めるべきなのだろう。一緒に行こうと、いつものように自分の我が侭を押しつける形で……。

 

けれど。

 

「ユーリ。俺から言う事は一つだけ。それだけは聞かせて欲しい」

 

「は、はい」

 

「それは、自分で決めた事なのかい?」

 

俺は、岸波白野は、ユーリの親であることを誓い。そう願った。

 

だったら、その子の願いを応援してやるのも自分のやるべき事などではないだろうか。

 

「……はい」

 

自分の問いにユーリはしっかりと返事を返してくれた。ギュッと握り締めた手からは感情を抑えようとする意志の現れにも見える。

 

そんなユーリの頭に、自分はポンと手を置くと。

 

「頑張れ」

 

ただ、その一言だけが口からこぼれた。

 

頑張れ。その一言にユーリは抑えていたモノが一気に溢れ出したのか、自分の体にしがみついたままで泣き出してしまった。

 

またもや娘を泣かしてしまった。ダメな親だなと自覚しつつも、ユーリの背中をさすりながら何度も口にした。

 

頑張れ、負けるなと。そう口にする度、ユーリは何度も頷き。

 

「お父……さん」

 

自分の腕の中で、初めて自分を父と呼んでくれた娘に、一層抱きしめる腕に力が籠もった。

 

大広間から聞こえてくる喧噪を耳に、俺とユーリの親子は別れの挨拶を済ませた。

 

 

 

それから一週間後。思い出作りに勤しんだ自分達は……遂に、別れの時を迎えるのだった。

 

 

 

 




次回、流石にシリアスになる予定。


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極めて近く、限りなく遠い明日へ 前編

今回はかなりの難産でした。

次回はいよいよなのは編の最終回!


 

 

 

 

 

 あれから一週間。俺達岸波白野とそのサーヴァント達はユーリとの思い出作りをする為、様々な場所へと足を伸ばした。イギリス、フランス、アメリカ、ロシア。それこそ様々な国をその日の気分で向かい、そして遊び倒した。

 

アメリカでカジノを楽しむ序でに有名マフィアグループを一掃したり、核兵器を積んだ豪華客船にテロリスト達と一戦交えた際には自称コックさんと共にやりたい放題に無双したりもした(主にサーヴァント達がだが)。

 

また時にははやてちゃん達も誘ってハワイで遊びに行った時は、リップの水着姿に誰もが驚愕したものだ。

 

何せ驚異の160を誇る伝説の超バストだ。“りっぷ”と平仮名で書かれた旧式のスクール水着を着た彼女の姿は、その時海にいた観光客、地元民達を問わず、その視線を釘付けにした。

 

特にはやてちゃんには衝撃が大きかったようで、リップの胸を一度揉みたいと凄まじい執念から、リップとの追いかけっこを繰り広げた際には陸上選手顔負けの走りを見せつけてくれたのは記憶に新しい。

 

それ以降も八神家では時折はやてちゃんは乳揉み魔と化しているらしい。新たな属性が定着したはやてちゃんには今後もきっと新しい変化を見せつけてくれる事だろう。

 

またイギリスやフランス方面に向かった際はセイバーの故郷でもあるローマの地でなんちゃってローマの休日を体験してしまった。

 

自転車の後ろにローマ皇帝を乗せて走ったのは自分くらいの物だろう。その後も妬みオーラを全開にしたキャスターがセイバーと取っ組み合いになり、色んな人達に多大な迷惑を被ってしまったのも……まぁ、良い思い出にしておこう。

 

 旅費の事はセイバーとギルガメッシュに任せた為、そこら辺の心配はしていない。キャスターも楽しんでたし、アーチャーも渋々ながら納得してくれた。

 

笑ったり、驚いたり、色々な顔を見せてくれたユーリ。泣き顔以外の彼女の表情を見れた。それだけでもこの一週間の時間は無駄では無かったと俺は思う。

 

 そしてバイト先でお世話になっている士郎さん達の事だが、……なんていうか、一生自分はあの人達に頭が上がらないと思う。

 

たった数ヶ月のバイト期間の癖に、度重なる突然の休みと入院、厄介処か多大な迷惑を被った筈なのにバイトを辞めると言った時は嫌な顔一つしないで「お疲れさま」と、ただ一言だけ告げただけだった。

 

恭也さん達も何も言わずに納得だけしてくれるし、もうね、有り難過ぎて別れの際はあの人達の顔を直視出来なかった。

 

 ……そう、この街は居心地が良い。良すぎると言って良いほどに人に優しく、安らぎを与えてくれる。だから───否、だからこそ自分達はここから去らなければならない。

 

優しさに甘えてしまいそうだから。溺れてしまいそうだから。

 

それが悪いとは言わない。ただ、それは違うと自分の中にある何かが叫んでいる。

 

だから今日、俺達は発つ。

 

極めて近く、限りなく遠い明日へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、いっちゃうんですか?」

 

 海鳴市の海岸沿いにある公園。朝日に照らされ、潮風に髪を靡かせながら高町なのは目の前の人達に問う。

 

今この場にはマテリアルズとフローリアン姉妹、ユーリと白野達、そして高町なのはしかいない。

 

既にフェイト達は彼等に挨拶を済ませたのだ。涙を目尻に溜ながら、それでも気持ちよく別れを終えた彼女たちは他にやることがある為に、ここにはいない。

 

本来ならなのはもフェイト達と共に一旦下がらねばならないのだが、どうしても納得できない故に公園から去る事は出来なかった。

 

 そんな少女の問いを白髪褐色肌の偉丈夫、アーチャーが別れを惜しむなのはに苦笑いを浮かべながらその問いに答えた。

 

「済まないななのは嬢。だが、これは始めから決まっていた事なんだ。私達も、そして私達の主も、それを承知の上でここにいる」

 

「……そう、ですか」

 

悲しげに俯くなのはにアーチャーは苦笑いを浮かべる。無理もない。岸波白野達の旅路は帰り道のない一方通行の片道限定だ。一度世界を移動したら、元の世界に戻ってこられる可能性は限りなくゼロに近い。

 

そしてそれはマテリアルズやフローリアン姉妹にも言えることだ。未来からの……それも異世界からの来訪者だと知れば次に会える機会など無い事くらい小学生の彼女にも理解できた。

 

今日が最後。知った人間と今生の別れをする事になったなのはは、初めて感じる寂しさに胸の奥がズキリと痛んだのを感じた。

 

そんな彼女にアーチャーは苦笑いを浮かべながら少女の頭に手を乗せた。堅くて暖かい。父親と良く似た無骨な掌の温もりになのはは顔を上げる。

 

「別に死ぬわけではないさ。我々が往くのはこことは違う少し遠いところへ移動するだけ。……君達は世界を開拓する組織に属するのだろ? ならば、またいつか、どこぞの世界でバッタ出会うかもしれんぞ?」

 

その言葉になのはの顔に光が灯る。これで別れじゃない。いつかまた会える可能性を知った彼女はアーチャーに満面な笑顔で返事をした。

 

「ハイっ! 私、待ってます! 皆さんとまた会えることを!」

 

元気な返事、その事にアーチャーは満足そうに頷くと、なのはは踵を返して走り去る。

 

けれどその時、一度だけ振り返って……。

 

「ユーリちゃん、ディアちゃん、レヴィちゃん、シュテルさん、アミタさん、キリエさん! また会おうねー!」

 

左右に束ねた二本のツインテールを揺らしながら、なのはは既に去ったフェイト達を追って街の中へと走り去った。

 

その様子を微笑みを浮かべながら見送るアーチャーに、二人の影が近寄った。

 

「ちょっとアーチャーさん? 幾ら女性に飢えてるからといって小学生に手を出すのは流石にどうかと思いますけど?」

 

「いきなり現れて何を言い出すんだキャスター。どこをどう見ても幼子を諭すお兄さんの図であっただろうが」

 

「いいや、目が厭らしかったぞ。獲物を前にした狼の目だ。何故そんな事言い切れるかだと? それは余だからだ!」

 

「誇らしげに胸を張るな。そんな有り様だから淫蕩皇帝なんぞと呼ばれるのをいい加減知れ」

 

いきなり絡んできた二人の女性、セイバーとキャスターから掛けられるロリコン疑惑にアーチャーは先程までの爽やかスマイルから一気にゲンナリさせる。

 

「というか、お前達は別れを済ませたのか? 時間的にもうそろそろ始まる頃だろ?」

 

「無論、既に余はレヴィ達マテリアル娘と別れの挨拶を済ませた。これが最後になりそうだからな、めい一杯堪能してきたぞ!」

 

ほっこり顔のセイバーを後目にアーチャーは視線を遠くに向けると、海側に大きく描かれた魔法陣の近くで目を回しているレヴィと、髪をかき乱されたシュテルが疲れ切った様子で呆けている。

 

その凄惨さにその時の惨事を思い浮かべたアーチャーは嗚呼と、達観した様子で溜息を零す。

 

「私も既に別れを済ませました。アミタさんは兎も角、キリエさんが少々礼儀というモノが知らないので少し教育して差し上げたかったのですが……時間が無かったのが堪らなく悔しいです」

 

軽く舌打ちをするキャスターに苦笑い。そんな彼女の熱意を感じ取ったのか、向こうの方でキリエが辺りを見渡しながら青い顔をしていた。

 

それぞれが別れを済ませる中、アーチャーはある事に気付く。それは自分達の中でも一番の問題児とされるAUO、ギルガメッシュの存在だ。

 

「そういえば、英雄王はどうした? 先程から姿を見せないようだが……」

 

「我を呼んだか雑種」

 

声のする方へ振り返れば、横にあったベンチに優雅に腰掛ける英雄王がいた。

 

……何気にベンチを金箔にしている辺り、彼の黄金に対する並外れた拘りが垣間見える。

 

「英雄王、貴様は……いや、貴様は誰かに対し一々別れを告げる男ではなかったな」

 

「当然だ。何故雑種如きにこの我自ら礼を言わねばならん。最も、既に向こうから頭を垂れにきていたがな。雑種といえども王に礼を尽くす姿勢は関心するがな」

 

そう言って、ギルガメッシュはマテリアルズ達の方へ視線を向ける。何だと思いアーチャー達も振り返ると、レヴィやシュテルとは違いディアーチェだけは敵意と悔しさを滲ませながらギルガメッシュを睨みつけていた。

 

若干涙目になっている彼女を、ギルガメッシュはニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。その様子から最後にまた何かやらかしたなと察したアーチャーは、追及する事なくギルガメッシュから視線を外す。

 

しかし。

 

「だが、そんなものは単なる余興よ。これから起こる父と娘の最後の別れを見るのだ。愉悦を嗜む者としては見過ごすことは出来まい?」

 

そう言ってくるギルガメッシュにアーチャーの目が鋭くなる。二人の別れを楽しむ。そう言いきるギルガメッシュの悪趣味さにアーチャーは少なからず敵意を抱くが……。

 

仕方ない。この別れを言いだしたのは他ならぬ岸波白野とユーリなのだ。互いのやるべき事の為に別れをする事になった二人を、誰かがとやかくいう事は出来ない。

 

ならば、後は見守るだけ。その事を察したキャスターとセイバーも二人に干渉することなく、遠巻きで見守る事にしたのだろう。

 

もうじき、儀式が始まる。別れの時が刻一刻と迫る時間の中で、彼等サーヴァントは二人の親子の行く末を静かに見送る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリ、忘れ物はないかい? ハンカチは持った? ティッシュは忘れていない? アーチャーから貰った弁当は向こうに行ってから皆で食べるんだよ?

 

「だ、大丈夫。ちゃんと全部持った」

 

大丈夫といき込んでいるユーリだが、不安が拭えない。この子はしっかりしているように見えて実は結構抜けている所があるのだ。

 

旅行の際にお土産を買い忘れたりするし、少し目を離せば一人でどこかに行ってしまう。迷子になった時、見知らぬ場所で一人ぼっちになって泣きそうになっているのを知っている身としては、ユーリのこれからを心配になるのは仕方のない事だと思う。

 

もう一度ユーリに忘れ物をないか確認する。と、その時。キリエちゃんとアミタさん達フローリアン姉妹がそれぞれ申し訳なさそうな表情で此方に歩み寄ってきた。

 

「白野さん……その、本当に良かったんですか?」

 

アミタさんの質問に自分は目を丸くした。え? どしたの?

 

「だって、その……私達の為にユーリと、娘さんと別れる事になったんですよ? 私達に対して何も思う事はないんですか?」

 

悲しげに、そして不安に表情を歪めるアミタさん。……まぁ、確かに端から見れば彼女達の為にユーリと別れるのはそういう風に見られても仕方ないのだろう。

 

彼女たちの住まう世界は“エルトリア”。未来の世界で且つ異世界の場所だ。喩え時間旅行の術を持つ自分達でもそこに辿りつくのは至難の業だろう。

 

だから、実質ユーリとはここで別れる事になる。それが分かっているから、アミタさんは自分達が悪いというような口振りで尋ねてきたのだろう。

 

けれど、それは違うと自分は明確に否定する。何故なら、その世界に往くと決めたのは他でもない、ユーリ自身の意志によるものだからだ。

 

娘が自分からやりたい事を言い出したのだ。それを応援してやりたいと思うのも親としては当然の感情なのではないだろうか。

 

故に、君達にはなんの非はない。そう言うとアミタさんは感極まったのか、泣きそうになるのをグッと堪えながら自分に頭を下げる。

 

「白野さん。私、貴方の事絶対に忘れません。私の故郷を助けてくれて、ありがとうございます」

 

真摯の籠もった礼に自分は良いよと返す。彼女たちは自分の故郷を救いたいが為にここまできたのだ。特にキリエちゃん。彼女は姉の反対を押し切り、周囲を敵に回そうとしてまで故郷を救おうと頑張ったのだ。その事を誰も責めやしないし、自分もまたそんな彼女に尊敬するのだ。

 

だけど、そんな彼女達に一つお願いがある。色々迷惑を掛けるだろうユーリを、どうか面倒を見てやって欲しい。

 

そう言うと、キリエちゃんもお姉さんに倣って頭を下げ……。

 

「絶対、守ってみせます。私の故郷が元に戻っても、その先もずっと私達が守ってみせます」

 

誓うように宣誓するキリエちゃんに自分は安堵する。娘を頼む。そう言うと二人揃って大きな声でハイっと返事してくれた事に頼もしさと共に嬉しさがこみ上げてくる。

 

これで思い残すことはない。いや、無いことはないが、それでもユーリを託す事の出来る最後の覚悟が完了できた。

 

そんな時だ。公園の中心に青白い魔法陣が現れると、黒い法衣を纏った少年、クロノ君が杖を携えながら姿を現す。

 

「時間です。皆さん、準備はいいですか?」

 

その言葉にユーリと自分は手を繋ぎ、海側の方に描かれた巨大な魔法陣の方へ一緒に歩き出す。

 

この一週間、遊びに出掛けた際に繋いだ娘の手のぬくもり。それを離すと思うと、自分の胸の奥で言い知らぬ痛みを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の海を背景に、魔法陣に立つユーリ達。その背後には亀裂が浮かんでいる。魔法陣を使い、彼処を通って元の時代と世界へユーリ達を送るというのが今回の儀式の内容だ。

 

次元の裂け目。それは管理局の人達が次元を渡る際に使う次元の海ではなく。時間と時空、そのどちらもが曖昧となった虚数空間と呼ばれる空間と似ているもの、らしい。

 

 

そしてそれが先の闇の書事件でギルガメッシュが放った宝具の名残だと知った時はそれは驚いたものだ。

 

何せ目の前のアレが原因でアミタさんはこの時代に妹のキリエちゃんを追う際に次元の嵐に巻き込まれ、目を回して全く別の世界に跳ばされ、その時に気絶してピチピチ過激団に捕まる羽目になり、この裂け目を塞ぐために管理局の人……主にリンディさん達にエラい目に合わせた大本らしいのだ。

 

……うん、やはりノリで彼の宝具を使わせるのは不味いな。この時自分は今後は使い所を良く考える事を決めた。

 

というかあのAUOは何故この事を黙ってた? 問いただしてみた所「その方が面白いから」らしい。

 

ウチの王様にも困った事だ。そんな事を考えている内にクロノ君が儀式開始の合図をする。

 

「では、これより転移を開始します。危険なので白野さん達は下がってください」

 

クロノ君の指示に従い、魔法陣から離れていく。青白い光がより強くなっていく時、それが本当に別れの合図なのだと嫌でも気付かされる。

 

魔法陣の中心に立つユーリ達。感情で胸がかき乱されそうになるのを堪えながら、彼女達を見据えた。

 

……後悔はない、と言えば嘘になる。けれど約束したのだ。あの時、ユーリと別れの挨拶をした時にサヨナラは笑いながらしよう、笑顔のまま別れを告げようと、そう約束したのだ。

 

だから、胸の奥から沸き上がる感情は抑える。それはユーリも望まないし、何より自分がそんな別れはイヤだから。

 

「ユーリよ、達者でな」

 

「君達との生活は、中々楽しかったぞ」

 

「其方に行ってもお元気で!」

 

 セイバー達の別れの声が耳朶に届く。嗚呼もうすぐだ。もうすぐ自分は娘と呼んだあの娘と別れる。それは永遠に近く、そして二度と会えない事を意味している。

 

感情で胸が締め付けられそうになった時、ユーリと目が合った。……酷い顔だ。泣きそうになるのを必死に耐えながら笑顔を振り撒く彼女の姿は、いっそ痛々しく見える。

 

……何をやっているんだ俺は。こんな時にまで娘を泣きそうにさせて、これでは親と名乗るにはあまりにも不格好だ。

 

情けない。結局自分は娘一人笑顔で送ってやれない。

 

そんな考えが頭に過ぎった時、ふと身体が一歩前に出た。

 

そうだ。分かっていた事だ。こんな時に自分がどうするべきか、どう言葉を紡ぐときか。

 

そう思ったとき、自然と喉から声が出た。

 

「ユーリ!」

 

「っ!」

 

「絶対に会いに行く! 何年掛かるか分からないけど、何十年掛かるか知らないけれど、それでも絶対会いに行く! ────だから!」

 

“またな”

 

そう声高に叫んだとき、ユーリは目を一瞬見開いて。

 

 

「───はいっ!」

 

大粒の涙と共に大輪の笑顔を咲かせながら、光と共に消えていった。

 

眩い光。それが一瞬だけの輝きと知る頃には、海鳴の公園に描かれた魔法陣は綺麗サッパリとなくなり、ユーリ達もまた姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………行ったか」

 

「さて、我々も行くとしよう。次の世界への座標も整ってきた所だろう」

 

 ユーリ達を見送った後、次は自分達の番だとセイバー達は公園を後にしようとする。

 

けれどその時、その場から離れようとしない白野が目に入った。どうしたんだと思い声を掛けようとするセイバーだが、その様子から彼が今どんな心境か察し、声を掛けず、ひとまず先に拠点に戻ることにした。

 

その場で立ち尽くす白野。何も言わず、ただ水平線を見つめ続ける彼の所に唯一残ったギルガメッシュが空気を読まず声を掛けた。

 

「おい雑種、何を呆けている。我を待たすのは万死に値するものだと貴様は知っている筈だぞ」

 

相変わらずの上から目線、付け加えて容赦ない物言い。けれど白野はそれでも応えず、ただ水平線を見続けていた。

 

 僅かに、白野の身体が震える。それを目の当たりにしたギルガメッシュはヤレヤレと嘆息しながら彼の下へ近寄り、彼の頭にポンと掌を置いた。

 

「雑種、貴様はあの娘に生きる意味を教えた。生きる楽しさを学ばせた。辛さも、痛みも教え、あの娘の為に命懸けで身体を張った。貴様は正しく、あの娘の父であった。───故に」

 

「泣くな」

 

諭すように語りかける英雄王。しかし、それでも岸波白野の涙は止まらなかった。

 

父と娘の別れ、そんな時でも海鳴の空はどこまでも青かった。

 

 

 

 

 

 

 




次回は凛達の選択。果たして彼女達はどの道を選ぶのか?


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極めて近く、限りなく遠い明日へ 後編

今回で実質最終回。

次回はその後の話のエピローグを挟んでいよいよ新世界の話を書こうと思います!


 

 

 ユーリ達と別れを済ませ、再び拠点であるマンションへ戻ってきた俺達。涙で目を腫らした事に付いては誰も指摘せず、淡々と転移の準備をする皆の空気が今の自分には有り難かった。

 

ギルガメッシュも特に何も言わず、拠点に着くとそそくさと何処かへ姿を消す。恐らくは自分の部屋に戻ったのだろう。

 

「あ、先輩。お帰りなさい」

 

微笑みながら駆け寄ってくる桜にただいまと返す。

 

「そろそろ転移が始まります。危険はありませんが念の為に彼方のソファーで待ってて下さい」

 

そう言ってにこやかにロビーの端に置かれたソファーを指さす桜、……あの、桜さん? 一応自分達はこれから世界の壁を超えようとしてるんですよね? シートベルトとか、そういった安全性を高める処置などは……。

 

「ありません」

 

断言された!? 微笑みながら断ずる桜だが、流石にそれでは不味いのでは? キリエちゃん達だって時空超えには多大な負荷が掛かると言っていたんだけど……。

 

「それは単体で次元を超えようとするから引き起こされる……謂わば副作用です。本来なら強大な魔力と確立された術式、魔力をエネルギーとするならば術式は骨組みと装甲と見なして構成されなければなりません。私達の場合魔力は地下から供給され、術式はこのマンション全てに施されているんです。ムーンセル(仮)の計算と設計を基に造られていますので、安全性も完璧に仕上がってますよ」

 

……成る程、つまりこのマンションは世界を飛ぶ為に作られたスペースシャトルの様なものか。桜の分かり易い説明に納得し、頷いていると……。

 

「そんな小難しい話は置いといて。ささ、ご主人様はどうぞ此方にお寛ぎ下さい」

 

横から引っ付いてくるキャスター、彼女に言いように引っ張られ、為す術なく連れて行かれる自分は彼女と共にソファーへと座る。

 

そんな彼女の行動を通りかかったセイバーが……。

 

「ぬぅ! キャスターめ、相変わらず奏者の事となると行動が早い。余だって早めに準備を切り上げてきたのに……何たる周到さだ!」

 

憤慨した様子で此方に近付き、自分の隣に座ると身を寄せて自分と密着する。

 

「ふふん、戦いとは常に相手の二手三手を読むもの。ご主人様と数々の死線を越えてきたタマモに死角はありません。というかセイバーさん、アナタ少し近くありません? ご主人様が困っているじゃないですか。今すぐ離れて下さい、つーかどっかいけ」

 

「なぁ奏者よ。次の世界はどんな所なんだろうな。麗しい北欧の神界か、それとも魑魅魍魎が蠢く死界か。どちらにせよ、そなたと共にいられればそれだけで余は嬉しい。奏者よ、これからも宜しく頼むぞ」

 

腕に抱きつき、笑顔でそう言ってくれるセイバーに此方もこちらこそと笑みで返して彼女の頭を撫でる。

 

そうだな。自分は前に進むと決めた。自ら往くべき道を選び、別れを決意した。ユーリだって覚悟を決めたんだ。自分も腹を括らなくてどうする。

 

───ただ、一つだけ、一つだけ心残りがあるとすれば……。

 

凛、そしてランサー。ここにはいない二人はつまりこの世界に残ることを決意したのだろう。せめて別れの挨拶は済ませたかったが……仕方ない。彼女達が決めたのであるならば、自分から言えることはなにもない。

 

「そろそろ出発です。皆さん、準備はいいですね」

 

いつの間にか向かい側のソファーで座る桜が転移開始のカウントダウンを始める。

 

もうじきこの世界と別れる。一年も満たない間なのに、こんなにも名残惜しく感じるのは何でだろう。

 

魔法少女達との出会い、時空管理局との邂逅、娘との別れ、様々な思いが自分の中で駆け巡り……。

 

「…………凛」

 

月と月の裏側、そしてこの世界で何度も自分を助けてくれた戦友、彼女の事を思い浮かべながら桜の数えるカウントに耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろかしらね」

 

八神家のリビング。ソファーに腰掛け、注がれたコーヒーを口にしながら遠坂凛は壁に掛けられた時計を見る。

 

時間的にはもうすぐ彼等が出発する頃合いだ。彼との縁もこれでお終い。そう考えれば少し寂しくなるが……構わない。元より凛は最初からこうするつもりでいたのだ。

 

岸波白野とは共に往かない。その意味を正しく理解しながら、凛は彼等との離別の道を選んだ。

 

「……ねぇ凛、本当にいいの?」

 

「何度も言わせないのランサー、言った筈よ。私はここで八神はやて……あの子が幸せになるまで守るって決めてるの。謂わばこれは契約よ、魔術師が契約を破るなんてあってはならない事だわ」

 

「で、でもぉ……」

 

「なんなら、アナタだけでも行っても良かったのよ? はやてと契約したのは私だけだし、私自身アナタを縛るつもりはないわ」

 

「ば、バカ言わないでよ! そんな事するわけないでしょ、凛だけじゃ心配だし、……それに、もうあんな事はしないって決めてるし」

 

ボソボソと最後辺りは聞き取れなかったが、懸命に感情を押し殺して凛のそばにいる事を止めないランサーに凛はほくそ笑む。

 

無理しちゃって。そんな言葉が出掛けた時、戸が開かれ、一人の少女がリビングへと入ってきた。

 

「凛姉ちゃん?」

 

「あらはやて、お帰りなさい。そう言えばもうすぐお昼か。待ってて、今昼食の準備をするから」

 

呆然としたはやてがリビングに入ると、今日の食事の当番は自分である事を思い出した凛はそそくさと台所の方へ向かう。何気ない普段と変わらない凛の態度。しかし、それがはやてにはどうしても違和感が拭えないものに見えて仕方がなかった。

 

だから、彼女は口を開く。

 

「どうして……ここにいるん?」

 

その一言に凛の動きが止まる。その言葉の意味を知りながら、それでも凛は何のことだと聞き返す。

 

「何を言ってるのよ。私がここにいて悪い? 確かに私は居候の身分だけど、日雇いのバイトで借りを返しているつもりよ。それを───」

 

「違うよ」

 

「…………」

 

「凛姉ちゃん、どうして岸波さん達と一緒に行かへんの?」

 

はやての問いに凛は押し黙る。何故ここにいるのかと聞いてくるはやてを……凛は、彼女の目を合わせないで言葉を口に出す。

 

「……最初に言ったわよね。アンタを守る。まだ足も動けず、一人では遠くへ行くことも出来ないアンタをアンタの足となって守る。そう約束したわよね」

 

それは凛とランサーがはやてと出会ったばかりの頃。この世界に弾き出され、行き場のない二人を拾ってくれた少女に対する……一つの誓い。

 

孤独で、たった一人で、歩くことも立ち上がる事も出来ない当時のはやてが、凛には昔の自分と重なって見えていた。

 

同情もあった。拠点を得るという下心もあった。けれどそれ以上に、凛にははやてを守りたいという強い願いがあった。

 

けれど───。

 

「凛姉ちゃん。私ね、一人でも歩けるようになったよ。転んでも起き上がれるようになった。この間だって浜辺で走る事も出来たんよ。将来は陸上の選手にもなれるって、病院の先生にもお墨付きをもらっちゃった」

 

少女はもう、一人ではない。彼女の側には新しく出来た家族がいて、はやてを守り、一緒に生きていくと誓った騎士達がいる。

 

もう、自分は必要ないのだろうか。そんな寂しい思いが込み上がってきた時、はやての差し伸べた手が凛の手を握り締める。

 

「それに、凛姉ちゃん言ってたやんか。幸せを願うんだったら我が儘になりなさいって、それなのに凛姉ちゃんが我慢して幸せ逃したらそれこそ本末転倒や」

 

「……はやて」

 

「私はもっともっと我が儘になる。皆に迷惑掛けて、色んな人のお世話になって、それで幸せになる。だから、凛姉ちゃんも……」

 

『幸せになって』

 

その言葉に、凛は背中を押された気がした。それはもういいよという離別ではなく、また会いたいという願いが込められていた。

 

だから、凛は今度こそ決意する。

 

「……ねぇ、はやて」

 

「なぁに?」

 

「私ね、一人っ子だったんだ。お父さんもお母さんも私のちっちゃな頃に亡くなって、ずっと一人で生きてきたんだ」

 

 それは、ゲリラ時代の前の頃。魔術師の実力もなく、まだ力の無い自分が懸命に足掻いていた頃の懐かしい記憶。

 

血と泥にまみれ、それでも生きる為に歯を食いしばってきた彼女だが……ふと、思う事があった。

 

「だからかな。ずっと姉妹というモノに憧れてたんだ。妹とか姉とか、兄とか弟とか、そういう関係を欲しいと思ってた時があったの」

 

「……今は、違うの?」

 

はやての問いに、凛は微笑みながら振り返り……。

 

「もう、ここにいるからね」

 

はやて/いもうと の頭にそっと手を乗せた。一瞬呆けた顔になってしまうはやてだが、次の瞬間には嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

十秒、二人の顔が向き合っていたのは僅かその間だけ。それだけの時間が過ぎると凛は立ち上がり、はやての横を通り過ぎる。

 

「あーあ、それにしてもこんな子供に言い負かされるなんて、私もヤキが回ったか。イヤ、この場合は平和ボケって言うのかしら?」

 

頭をポリポリと掻いて、金色の髪を揺らす。けれどその瞬間には凛ははやてに向き直り、彼女に向けて小指を出し。

 

「……はやて、約束よ」

 

「うん、約束や」

 

はやても凛に応えるように小指を差し出す。

 

それは、契約の上書きであり、再会を誓う二人の契り。

 

「私は絶対に幸せになる。だからアンタも……」

 

「うん、私も負けない位幸せになる。───だから」

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

誓いと同時に指が切れる。互いに満面な笑顔を向けた後、凛はランサーに向き直り。

 

「ランサー、何泣いてんのよ。ほら、さっさとこないと置いていくわよ!」

 

「な、泣いてなんかないわよ! コラ、待ちなさい!」

 

その瞬間、二人は家から飛び出して走っていく。その際、ランサーは見送りに家から出たはやてに手を振り、簡単な挨拶を済ませると凛を追いかけて彼女もまた掛けだしていく。

 

……まるで、嵐のような二人だなとはやては思う。けれど、それは嵐と呼ぶにはとても暖かく、それでいて優しい風な嵐だった。

 

遠くなっていく二人の背中を見つめ、はやては呟く。

 

「凛姉ちゃん。知ってた? 実は私もね、姉妹が欲しかったんだ。叱ってくれるお姉ちゃんとか、甘えてくれる妹が欲しかったんや」

 

 

 

 

『ねぇアンタ、足動かないの?』

 

『……うん、もうずっとこの調子。車椅子があれば一人で動くことも出来るけど、やっぱり色々大変で』

 

『ふーん』

 

『本当はもっと違うところに行きたいんやけど、あまり誰かに迷惑を掛けるのは気が引けるし……出来ればお婆ちゃんになる前には治って欲しいんやけど、中々ままならないんよ』

 

『だったら、私がなってあげるわよ。アンタの足に』

 

『ふぇ?』

 

『アンタがここを住まわせてくれる間、私達がアンタの足になってあげるって言ってんの。ああ、拒否権はないわよ。もう決めたから。大丈夫、アンタ一人背負う位訳ないわ。ね、ランサー』

 

『ま、凛の頼みだし可愛い子リスの一人や二人、軽々と運んで見せてあげる。刮目なさい!』

 

 

 

……訂正、やっぱ嵐だわあの二人。と、人の話を聞かない二人の姉にはやては笑う。

 

「私はもう大丈夫。だから凛姉ちゃん。エリー姉ちゃん」

 

“またね”

 

遠くなっていく二人の姉。その後ろをしっかりと記憶に刻み込んで、八神はやては二人をいつまでも見つめ続けていた。

 

涙を流しても、嗚咽で喉を枯らしても、絶対に目を背ける事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カウント、20秒前」

 

 いよいよだ。桜のカウントダウンが遂にゼロへと差し掛かり、マンションが震えるように揺れた頃、不意にマンションの出入り口が視界に入った。

 

思えば、ここでのこの光景もこれで見納めか。そう思うと感慨深くなり、最後の思い出にと其方に目を向けた時だ。

 

「その片道列車、ちょーーーっと待ったぁぁぁぁ!」

 

突然、外からの怒号がここまで響いてくる。何かと思い立ち上がって外を見てみると、凛とランサーが此方に向かって全力疾走していた。

 

マジか。どうやらゲリラの魔術師様は最後の最後まで突撃思考の持ち主らしい。扉をぶち破りそうな勢いで突っ込んでくる二人に自分は急いで駆け寄って扉の自動ドアを開く。

 

「子豚ーー! 会いに来てあげたわよぉぉぉぶしっ!?」

 

「マスター、何をしている。もう転移が始まるぞ。早いところ座っノグホォォォ!?」

 

その瞬間、飛び込んでくる二人。ランサーの方は受け流し、その際に様子を見に来たアーチャーと激突。

 

そして、凛の方はというと……。

 

「えへへ、来ちゃった」

 

自分の胸の中に吸い込まれるように収まっていた。

 

 

「のわぁぁぁぁっ!? そそそそそ奏者よ! 一体何をしておるのだぁぁぁっ!?」

 

「おのれぇ、まさかギリギリのタイミングで乗り込んでくるとは、いつからこのマンションは銀河鉄道にすり替わったのですか!」

 

「凛さんズルいです! 私だってまだ先輩にギュッとされてないのに!」

 

途端に騒がしくなる後輩とサーヴァント二人。ああ、やっぱり自分達はこうでなくては。しんみりとお別れというのはあまりにもらしくない。

 

騒ぎ立てる皆を見渡しながら、俺は自然と口を開いた。

 

 

 

───さぁ行こう。極めて近く、限りなく遠い明日へ。

 

 

 

 

 

 

そして俺達のマンションは光に包まれた瞬間、この世界から完全に姿を消した。

 

 

 

 

怖くないかって? 勿論怖いさ。何せ未知の世界へ文字通り飛び込むのだから。

 

けれど心配はない。何故なら自分には頼りになる後輩と、自分を支えて、導いて、側にいる相棒とそんな自分を見ていてくれる王様がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 




次回、エピローグ

“私のお父さん”


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エピローグ 私のお父さん

今回の話は現状ディストラクションを聞きながら読むと少し感動する……かも?




 海鳴市、市立聖祥学園小等部。

 

「せんせいー、さようならー!」

 

「また明日ねー!」

 

「はーい。気を付けて帰るんだよー」

 

 学校の廊下ですれ違う生徒達と挨拶を交わしながら、サイドポニーテールの女性教師はその手に明日の授業の資料を抱えながら職員室へと向かう。

 

あれから十年以上の月日が流れ、当時ここの生徒だった女性は様々な経験と人と出会い、その結果その時世話になっていた魔法とは離れ、今は学び舎であるこの学校で教師として働いている。

 

子供の相手は嫌いではなく、“とある親子”の関係を目の当たりにしてからは特にその思いは強くなり、親以外の立場で子供を育てるという環境からこの職場を選ぶ事にした。

 

当然当初は仕事に慣れず戸惑った。子供同士の喧嘩の仲裁や職場での先輩からの注意、次の授業の準備から宿題の用意、その全てが担任である自分一人で片付けないといけないから、女性は今更ながらこの仕事の大変さを思い知った。

 

けれど、持ち前とそれ以上の諦めの悪さを“ある人物”から見せつけられた女性はこの程度の苦難にはめげず、果敢に挑戦し、生徒と向き合い続けた。

 

その結果、生徒達とも打ち解け、授業も円滑に進められるようになった彼女は一躍この学校の人気教師となり、男子女子問わず人気者となっている。

 

その素直さと勤勉さから職場の先輩同僚からも評判は良く、男性教師に至っては女性のその美貌からお近付きになろうとあの手この手で画策するのだが……。

 

彼女の背後の影に潜む鬼ぃちゃんの存在により、女性は高嶺の華に成りつつあった。

 

それでも以前、気骨のある男性がその鬼ぃちゃんに女性との付き合いを許して欲しいと直談判しに一度だけ直接あったのだが。

 

『ほう? ならば腕一本、或いは腹をぶち抜かれる覚悟があるのだな?』

 

マジもんの殺意と共に言い放たれるその一言に男性の心は砕かれ、二度と女性に近付く事はなかった。

 

勿論その鬼ぃちゃんとしては半分冗談のつもりなのだが、何しろ可愛い妹に男が寄り付こうとするのだ。ある程度の覚悟がなければ許されないというものである。

 

因みに基準としているのは以前実家の喫茶店で一時の間バイトをしていた“ある人物”なのだが、正直、彼を基準としているのは色々間違いな気がする。

 

鬼ぃちゃん曰く『手足千切れようが妹のために体を張れる漢以外認めない』との事。それもその家族全員が共感している事から、女性の春が訪れるのは当分先になる事だろう。

 

だが、女性はそれでも構わなかった。今は生徒達と授業に専念する事が、彼女の楽しみとなっているのだから……。

 

子供達に教え、そして時には教えられる。その日一日一日が彼女にとって宝物になっていく。

 

「さってと、この後の仕事もパッパと片付けちゃおっか!」

 

『Yes. master』

 

女性以外誰もいない筈の廊下に声が響く。サイドポニーテールの髪を揺らしながら、女性は職員室まで足取り軽く掛けていった。

 

その首元に首飾りの赤い宝石を揺らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局。次元の守護者として存在する巨大な組織、そこに置かれた訓練施設に鋭く、激しい雷が降り注げられる。

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

「ふぅ、今日はここまでにしようか。エリオ、お疲れさま」

 

雷によって所々黒こげにされた赤毛の少年に、マントを羽織った金髪の女性が本日の訓練はここまでとストップを掛ける。

 

「そ、そんな! フェイトさん。僕はまだ頑張れます!」

 

けれどエリオと呼ばれた赤毛の少年はフェイトと呼ばれる女性にもう一度お願いしますと手にした槍を構える。

 

けれどフェイトは首を横に振る。どんなに本人が頑張れると言っても頑なに首を縦に振らない上司に、少年は遂に声を張り上げてしまう。

 

「どうしてですか! 僕はフェイトさんの様に強くない。強くなって誰かを守るには多少の無茶くらいするもんじゃないんですか!?」

 

確かに、少年の言うことは正しい。力がない者は一方的に奪われ、蹂躙される。それはどこの世界、どこの組織でも同じ事が言える。

 

けれど、その言葉は守るべきモノがあって初めて意味と成る言葉だ。その事が分かっていない以上、少年の言葉は女性には届かない。

 

女性はそんな意固地になっている少年に近付くと、彼の頬に手を添えて彼の視線と同じになるようにしゃがみ込んだ。

 

「ねぇエリオ。強さって何かな?」

 

「え? そ、それは……敵を倒したり、敵から誰かを守ったりする……力?」

 

「うん。そうだね、確かにエリオの言うとおり、強くなるには少しの無茶や無理は必要だよ。けれどね、私思うんだ。無理や無茶はやらなきゃならない時にやらなきゃ意味がないんだって」

 

「……え?」

 

「力ってのはそれはそこにあるだけで傷付けてしまうモノなんだ。奮うつもりが振るわれたり、守るつもりが壊してしまったり……ほんの少し扱いを間違えただけで、些細な切っ掛けで全てを無くしてしまう。力というものは強い癖にもの凄く弱いんだ」

 

「力が……弱い?」

 

それは少年にとって矛盾した話だった。力は強い癖に弱い、そんな哲学じみた話に少年は反芻しながらその意味を自分で考える。

 

そんな少年に微笑みながら、女性は今度は槍を握った少年の手に重ねる様に手を添えた。

 

「エリオ、エリオのこの手には何が握ってある?」

 

「え? 槍、ですけど?」

 

「うん。けどさ、それだけでいいのかな? 守りたいと思う人は武器を握っただけで終わっちゃっていいのかな?」

 

女性の問いかけるような質問に少年の思考は混乱し始める。訳が分からない。女性の言わんとしている言葉に何一つ理解できぬまま、少年は目をそらした時。

 

ふと、ある少女の姿を見かけた。訓練室の扉の前に立ち、心配そうに此方を見つめている子は、同時期に女性に助けられた同い年の少女だった。

 

その腕に竜の子供を抱き抱え、少女は少年を案じるように見つめている。そんな泣きそうで小刻みに震えている少女を目にした時、エリオの中に女性に対する答えが自然と浮かび上がってきた。

 

「フェイトさん……」

 

「うん?」

 

「やっぱり、僕はそれでも……強くなりたい」

 

 それは、今までとは違う意味の『強くなりたい』だった。目に光を灯らせ、真っ直ぐに自分を見つめ続けてくる少年に女性は笑みを浮かべる。

 

「分かった。それじゃあ始めよう。いつか来る無理を乗り越える為に、そのために無茶をする為に、めい一杯強くなろう」

 

「はい!」

 

互いに槍と剣を携え、二人の師弟は再び訓練室でぶつかり合う。その時受けた教え子の一撃は今まで一番重く、鋭かった。

 

教え子の成長に嬉しく思う、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。執務官になって六年目の春の出来事だった。

 

「あ、でもねエリオ。幾ら無理をする為でもお腹を貫かれて『大丈夫だ。問題ない(キリッ』みたいな事を真面目に言っちゃう変人さんにはならないでね?」

 

「いえ、なりたくてもなれないレベルですよ、それ……」

 

そして、自分の一言に教え子との距離が少し離れてしまったフェイトさんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ。時空管理局の地上本部として置かれている世界。住宅街が建ち並んだ所のとある一軒家。

 

そこでは玄関先である二人の兄妹が軽めの言い合いをしていた。

 

「兄さん。折角のお休み取れたのにもう仕事に行くの?」

 

「これでも執務官だからな。ゼスト隊長の話では結構急ぎの用事みたいだし、出来るだけ早く合流しなくちゃいけないんだ」

 

「全く、こんな可愛い妹を放って仕事仕事って……」

 

「そう言うなって、帰りにはちゃんとお土産買ってくるからさ。……それよりも、そっちは行かなくていいのか? そろそろゲンヤさんの所に出頭する時間だろ?」

 

「…………あっ」

 

「ティア~、まだ~?」

 

「ほら、お前の相棒も来たみたいだぞ」

 

「ゲェッ!? 本当だ!? 待ってスバル! 今行くからぁ!」

 

「やれやれ、これじゃあ執務官になれるのはいつになる事やら……アギト、それじゃあ後のことは任せた」

 

「おうよ。万事このアギト様に任せておきな!」

 

 時分の見送りの筈だったのに、いつの間にか立場が逆転しまっている事に、青年は苦笑いを浮かべながら二人と一騎の融合騎の背中を見送る。

 

今日も良い天気だと、青年は空を見上げ、自分の仕事場へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダに設立されたとある隊舎、執務室と思われるその部屋に複数の男女がそれぞれ設けられた席に座り、静かにその時を待っていた。

 

「隊長、ティーダ執務官との連絡が取れました。三十分後に合流するとの事です」

 

「そうか……メガーヌ。娘とはもう暫く一緒にいるつもりだったのだろう? 無理して今回の任務に付き合う事もないんだぞ?」

 

「それが娘の方から言われてしまいましてね。『活躍しているお母さんが私の自慢』なんて言われれば嫌でも頑張りますよ」

 

「やれやれ、クイントは引退していると言うのに……お前も難儀だな」

 

隊長と呼ばれる男性の同情に女性は苦笑いで答える。子供を持つ親は苦労するなと、子を持たない男性は肩を竦めると……。

 

「良いではないか。子供の為に頑張れるのは親の特権だ。それも期間限定のな」

 

「そういうお前は、今は娘に顎で使われる立場だったな。レジアス指令」

 

「誰かさん達の告発のお陰でな。流石にコネ無しで今の地位に付くのには骨が折れたぞ」

 

 中央の席に座り、ジト目で男性を射抜くレジアスと呼ばれる男性は嘗てこの地上本部の守護者と呼ばれる人物だった。

 

ある事件を切っ掛けにその座から追われ、留置所で刑の言い渡される時、親友と呼べる間柄だった男性に救われ、ゼロからやり直す事になったのは彼にとっては出来過ぎとも呼べる僥倖だった。

 

何せ……。

 

「まさか評議会が手を回しにくるとは……レジアス、彼等からあの後何か連絡はあったりしたのか?」

 

「いや、ワシが拘置所から出所して全てをやり直せと言うのを最後に、な。彼方からは連絡は来ないし、最近では殆ど此方側に手を出していないようだ」

 

「そうか……ここ数年奴らに対し警戒していたのだが、どうやらその必要はなさそうだな」

 

「だが、ワシとしてはそれ以上に解せぬ事がある。お前達がスカリエッティに捕らわれていた合間一体何があった? 報告では外部の者に助けられたと聞いたが……」

 

「あぁ、その事なのだが……」

 

それは十年以上前。目の前の親友の影に隠された陰謀を暴くべく、とある研究施設に強行捜査を決行した男性達の隊は、戦闘機人とそれに連なるガジェット達の猛威の前に全滅、最悪、彼等の実験材料にされるかと思われた時。

 

気が付けば自分達は管理局に属するベッドの上で眠っていた。当時救出隊の話によれば突入した時点で既に人の気配はなく、あるのは酷く荒れた研究施設と丁寧に介抱され、最低限の治癒処置を施された男性達全員の身柄だけだった。

 

一体誰が男性達を助けたのか、それは十年以上経過した今も謎に包まれている。

 

だが、男性……ゼストは少し心当たりがあった。施設のベッドに張り付けにされ、身動きの取れなかった自分を介抱したのは───。

 

(あの少年、名はなんと言ったのかな)

 

いや、最早詮無きことだとゼストは自分に言い聞かせ、そろそろ時間だと席を立つ。

 

「さて、そろそろティーダも来る頃だろう。本部からの許可も降りた。これより我々は“凶鳥(フッケバイン)”の捜査に向かう。メガーヌ、彼女達に連絡を……」

 

「了解です」

 

「なぁゼスト、本当にあの小娘達に協力を仰ぐつもりか? 奴らは万屋と謳っておきながら此方の足下を見てくる連中だぞ?」

 

「だが、腕は立つ。相応の報酬を定めればこれ以上ない戦力になるだろう」

 

「違いますよ隊長。レジアス指令はそういう事が言いたいんじゃなく、年頃の娘に危険な真似はさせたくないという真意(ツンデレ要素)があるのです」

 

「なんだそう言うことか。長い付き合いだがお前のそう言うところは今も汲み取れないなぁ、もう少し素直になったらどうだ?」

 

「ふ、ふん! ほっとけ!」

 

席を立って執務室から出て行くレジアスをゼストとメガーヌは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべるとそれぞれ彼の後を追う。

 

ゼスト隊。喩え月日は流れてもその実力は今も多くの若者達の目標となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……博士、エクリプス社長からのお誘い。お断りしても良かったのですか?」

 

「構わんさ。どうせ彼の研究は頓挫する。そういうのは既にフラグを立てているのを私は十年前に思い知ってるからね」

 

「あれは……嫌な出来事でしたねぇ」

 

「“彼等”のお陰で私の計画はオワタ状態さ。トーレは突起物や刃物に対して異常な恐怖心を植え付けられてしまったし、チンクは妹達に常日頃から調子に乗ることの恐ろしさを説いているし、クアットロに至っては精神が崩壊して幼児化してしまっている。素直な良い子になったと言うことに関しては良かったのかもしれないけど……」

 

 深い深いため息がドクターの研究室に響きわたる。ある人物達に出会ってから踏んだ蹴ったりな人生を送ってきた彼等にはその人物達の話題は鬼門と呼べた。

 

もし“彼等”の話題が先程の娘達の耳に入れば一人は泣き叫び、一人は穴を掘って身を隠し、一人は発狂するという混沌が出来上がってしまう。

 

それでもこうして彼等が生きていられるのは皮肉にもその人物達による大雑把な事後処理のお陰ともいえた。

 

何せ最大の驚異だった最高評議会が既にその機能を停止しているのだ。死んだ訳でもなく、ただそこにあるだけの肉塊となり果ててしまっているのは娘の一人であるドゥーエによって確認済みである。

 

管理局の裏のトップすら手中に収めている。その出鱈目な技術にドクターは改めて感心し、そして恐怖を覚える。

 

 だが、だからといってこれで彼等が引き下がる訳でもない。いつか彼等に追いつけるよう、ドクターは今日も健全でマッドな研究を続けるのであった。

 

「あ、そうそう。例の聖王の器ですが、どうやら雷帝の所の娘が保護したらしいですよ」

 

「マジで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元の海。時空管理局の技術発達のお陰で様々な世界への橋渡しの様な場所となった空間。そこには一隻の艦がプカプカと浮かんでいた。

 

「わっかりました~。それでは『万屋(よろずや)八神一家』エクリプス、及び凶鳥の調査協力の任を受け、三日後そちらに合流させて頂きます!」

 

その艦のブリッジで通信を切り、仕事の受領を承った女性は乗組員である家族達に今後の方針を大声で伝える。

 

「みんな~、次の仕事決まったよ~。狙いはフッケバイン、最近売り出し中のバラガキ共や」

 

「なぁはやて~、そのフッケバインってさ、以前はやてが乳揉みしだいた褐色女や弾幕娘がいる所だよな?」

 

「あの時は大変だった。主の性癖にキレた奴らから命からがら逃げてきた事がつい最近のように思える」

 

「何や何や~、ヴィータとザフィーラ、そんな辛気くさい顔してどないしたんや? そんな顔しとったら運気が逃げてしまうで?」

 

「はぁ……」

 

「それにな、ウチは決めたんや。この世全ての女の子のバストをワンカップ上げると! そうすればいつかはあのダイナマイト160にいつか到達出来るんやとウチは信じとる!」

 

「凄いですはやてちゃん! そのやらしい野望を臆面もなく言い切るなんて……そこに痺れる憧れるぅぅ!」

 

「せやろせやろ! リィンもいつかお姉ちゃんのようなバインバインにしたるからな。楽しみにしいや~」

 

「わぁいですぅ!」

 

もうダメだこの主と、末っ子と一緒に戯れる主の姿を後目に鉄槌の騎士と盾の守護獣は諦めのため息を漏らす。

 

「さて、あと三日もあることだし、取り敢えず準備をしとこうな。まずは~……シグナムとリインフォースの下着選びからや。二人とも、最近またサイズが大きゅうなったんやろ?」

 

「な、何故それを!?」

 

「フッフッフ、二人の乳を育てたのは何を隠そうこの私や! 二人のスリーサイズと体脂肪、体重まで私は常に要チェックや!」

 

「あ、あのはやてちゃん? 私は? 私も一応サイズ増えたんだけど……」

 

「シャマルはただ太っただけやん」

 

主からの容赦ない一言に崩れ去る湖の守護騎士。もしここに彼女の姉がいたら変わった妹分に何を思うのだろうか。

 

呆気に取られるのか、好き勝手に生きている彼女を笑って見送るのか、その答えは分からない。

 

「それでは、疾風号。発進やー!」

 

けれど、それでも彼女は笑顔で飛び立つ。その先にある幸せを手にするため、今日も万屋八神一家は次元の大海原へと往く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルトリア。嘗て死にかけていた世界はある日を境に次第にその命を再び蘇らせた。

 

色褪せた空には色が戻り、荒れた大地には草木が根付き、汚染されていた海は透き通った青さが広がっていた。

 

風が木々を揺らし、鳥は囀り、どうぶつ達が草原を掛けていき、子供達はそんな動物達と戯れている。

 

そんな微笑ましい光景を遠巻きに見つめる女性がいた。長い金髪を揺らし、子供達を見つめる赤い瞳は慈愛に満ち、全てを包み込む優しさを持ち合わせたその女性は女神と呼ぶに相応しい器量と慈愛を兼ね備えていた。

 

そんな女性の存在に気付いた子供達は女性に向けて手を振り、女性もまた微笑みを浮かべ手を振り返す。

 

……もう、どれほどの月日が流れたのだろうか。

 

仲間達と共にこの世界に赴き、目にしたときは絶句した。死にかけた大地、死にかけた空、死にかけた海に死にかけた世界。

 

全てが死に溢れた時、最初に一歩を踏み出したのは誰だったのか、今ではもう思い出せない。

 

けれど、そんな現実を前にしながらも皆必死に戦った。世界を生き返す為、この星を蘇らす為、全員が一丸となって生き抜いた激動の日々は、今でもはっきりと思い出せる。

 

引っ張っていく王がいた。皆を纏める理がいた。皆を笑わせ、励ましてくれる力がいた。

 

そして、自分を守ってくれた姉妹がいた。彼女達と共に生き、共に泣き、共に笑ってきた日々を、彼女はきっと永遠に忘れはしないだろう。

 

……だが、そんな彼女達はもういない。王と理と力、そして姉妹達は自分の役割が終えると共にこの大地と共に眠り、星と一つになった。

 

寂しいとは思う。けれど、悲しくはなかった。この世界にいる限り自分は彼女達を感じていられるし、何よりまだ自分の役目は終わっていない。

 

彼女達の子孫と共に生き、この世界の未来を見つめ続ける使命が彼女にはある。

 

 ───最近、思い出すことがある。この世界に来る前、自分の事を娘と言って文字通り命を懸けて自分を助けてくれたとある男性。

 

名前も覚えている。声も覚えている。けれどどうしてか、最後に分かれた時のあの顔だけは思い出せない。

 

笑っていたのか、泣いていたのか、忘れてはいけないのに忘れてしまっては、きっと自分はダメな娘なのだろう。

 

だけど、それでも構わない。いつかあの人と再び会うために、私は────。

 

「その時まで、生きています。元気でいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザッザッザッと、足音が聞こえてくる。大地を踏みしめ、此方に近付いてくるのは一つの気配。

 

一体誰だろう? 女性は近付いてくる足音の人物に心当たりがなく、何だと思い振り返ると……。

 

「───やぁ、久しぶり」

 

 言葉を、失った。

 

思考が混乱し、言葉が旨く発せられない。

 

目の前の人物に女性は───ユーリはどうしようもなく胸が苦しくなった。

 

知っている。あの時よりも一回り以上成長し、顔付きも変わっているが、目の前の男性の事をユーリは間違いなく知っていた。

 

ただ、涙だけが頬を伝って流れ落ちていた。

 

そんな彼女にしまったと呟きながら男性はポリポリと頭を掻いて……。

 

「ご、ごめんな。こんな時なんて言えば分からなくて、考えてたんだけど……忘れちゃった」

 

嗚呼、この人は変わっていない。抜けていて、頼りなくて、弱くて、不完全で……けれど、誰よりも優しく強い魂を持ったこの人は、あの時から少しも変わらずいてくれた。

 

それが嬉しくてユーリは大粒の涙を流して自分の顔を両手で覆い隠した。

 

言葉が出ない。何も言えなくなった彼女の頭に、ポンと暖かい感触が伝わってきた。

 

再び顔を上げると、そこには───。

 

「ただいま。そして───お帰りなさい。ユーリ」

 

あの日と同じ笑顔の父がそこにいた。

 

「お帰りなさい。そして────ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“お父さん”

 

 

 

 

 

 

エルトリアの大地に大輪の華が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回でなのは編は完結。次回からの話の舞台は……次回のお楽しみということで。

それでは皆様、また次回。


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戦姫絶唱シンフォギア編
プロローグ 生への足掻き


今回は色々飛ばしちゃってます。次回以降今回までの話を大雑把に纏めますので、ご容赦下さい。


 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 少女は走る。その手に自分よりも幼い少女の手を握り、背後から押し寄せてくる死の大群から必死に、そして決死の思いで逃げ続ける。

 

「大丈夫だよ。大丈夫だから!」

 

女の子を励まそうと、自身も不安や恐怖と戦いながら掠れた声で叫ぶ。

 

気丈に振る舞いながら走り続ける少女達、けれどそんな彼女達を嘲笑うかの様に“死”は二人の前に躍り出る。

 

「っ!」

 

「こんな所にまでっ!」

 

死に回り込まれ、一瞬絶望に飲み込まれそうになる。叫びたくなる衝動を必死に堪え、それでも少女は生きる為に抗う。

 

「こっち!」

 

子供を抱え、少女が選択したのは生きる事に対する執着。どんなに濃い死が迫りこようとも、それでも少女は生きる事を手放したりはしない───否、したくはなかった。

 

 幼子の足がもつれる。もう長いこと走り続けていた為、幼子の体力は既に限界を超え、立っていることさえままならなかった。

 

そして、少女もまた限界だった。死という重すぎる圧力に苛まされ、それでも尚抗った彼女だが既に肉体は限界を迎え、心は折れなくとも肉体が無理だと叫んでいる。

 

それでも、少女は諦めなかった。今この手に握った命を守るため、自身にまだ立ち上がれると言い聞かせ、足に力を込める。

 

「お願い。諦めないで! 大丈夫だから、きっと絶対……だから!」

 

だから。既に体力も尽き果て、泣く事しか出来ない幼子に少女は懇願する。

 

まだ自分は死ねない。こんな理不尽に命を奪われる事なんて……絶対にあってはいけない。

 

故に……。

 

「生きる事を───諦めないで!」

 

 二年前、嘗て自身に言われた“願い”を口にする。

 

生きて欲しい。生きて生きて生き抜いて欲しい。そんな願望を叫んだ少女の前には、自分達を囲む死が、殺意もなく、敵意もなく押し寄せてきた。

 

諦めない。そんな彼女の願いを否定するかのように、死の軍勢は容赦なく彼女達に襲いかかる。

 

迫り来る死。それが避けようのない事実だと知りつつも、最後まで少女は諦めなかった。

 

子供を抱え、せめて盾になるよう死に背を向ける。それが無駄だと分かりつつも、少女は絶対に諦めたくなかった。

 

“死”が……来る。圧倒的数の死を前に一歩も怯まなかった少女、そんな彼女に死の鎌が振り下ろされた時。

 

───それは、突飛も無く現れた。

 

頭上から降り注げられる無数の刀剣と槍の雨、それらに貫かれた“死”達は音もなく崩れ落ち、炭化となって空中に消えていく。

 

唖然となる少女。そんな彼女の驚きが消える間もなく、状況は一気に激変していく。

 

「童女の命を狙うなど、天が許してもこの余が許さん! 消えるがよい!」

 

「はいはーい。そこで堂々とロリコン宣言するセイバーさんは置いといて、ちゃっちゃっと片付けてくれませんか? アーチャーさん?」

 

「何故そこで私に振る? まぁ、やることは変わらないから別に構わんが……なっ!」

 

押し寄せてくる死の軍勢を前に、白と赤と黒がまるで吹き消すように蹂躙していく様を見て、少女は固まる。

 

白い女性はその身と同じ大きな大剣を振るって奴等を凪ぎ払い、赤い男性は二刀の短剣で切り刻む一方、黒い女性は火や風を起こし、氷漬けにして粉砕していく。

 

 目の前の奴等は“災害”と認定され、人類ではどう足掻いても太刀打ちできない存在だ。人を殺す為に現れる奴らに此方の常識は一切通用しない。

 

なのに、だ。それなのに目の前の人たちはそんな奴等を相手に立ち向かい、蹂躙し、圧倒している。

 

「……凄い」

 

そんな言葉しか少女には浮かばなかった。だけど、これで安心だ。目の前で起こる映画のような場面に驚きながらも、少女は内心安堵した。

 

だが、その時。少女の肉体に変化が起きた。

 

「うっ、ぐ!? あ、あぁぁぁっ!!?」

 

 体の内側から溢れ出る奔流。押し寄せる力の波に呑まれ、その一瞬、少女は少女でなくなる。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「む?」

 

「これは……!」

 

 少女の体を突き破り、溢れ出るナニか。それらが溢れる瞬間を誰もが驚愕して見ていた瞬間、そのナニかは少女の体に巻き戻り、少女の体を蝕んでいく。

 

そして……気が付いた時は。

 

「あ、あれ? 私……何をして?」

 

少女の姿は先程とはまるで別の姿へと変異していた。

 

混乱する少女、だがそれ以上に困惑していたのは自身の内側から溢れて止まらない力の衝動だった。

 

少女はどこにでもいる普通の女の子、それは少女自身が自負している事だった。……その筈だった。

 

「い、一体何がどうなって……」

 

「お姉ちゃん格好いい!」

 

混乱する少女だが、幼子の場違いな感想に意識が現実を認識する。

 

そして、そんな時だ。

 

「響ちゃん、大丈夫かい?」

 

「へ?」

 

自身の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。まさかと思い振り返れば……。

 

「岸波……さん?」

 

そこには、行きつけのお好み焼き店で新たにバイト店員として働いている。岸波白野がその手に一振りの刀を握りしめて佇んでいた。

 

「マスター、雑魚はあらかた片付いたが……気を付けろよ。奴等の特性を考えれば純粋な物理攻撃は通用しない」

 

「分かっている。今回のはあくまで実験。この礼装が通用するかどうかを確認するだけだ。……だから」

 

「うむ、奏者の身は余が必ず守る。安心してその力を奮うがよい」

 

「セイバーさんがポカしてもその後ろには私が控えております。万事このキャス狐にお任せを……まぁぶっちゃけ、もしご主人様に万が一があっても私の宝具でどうとでもしちゃいますのでその辺はご安心を♪」

 

「それはありとあらゆる意味で不味いから止めとけ。……まぁ、君を守るのが我々の役目だ。君は君の決断を、そして我々を信じてくれればいい」

 

「あぁ……頼んだ」

 

そういって少年は掛ける。その足に力を込め、死と同意義の災害に単身突っ込んでいく。そしてそんな彼を追従するかのように三人は彼の後を追い、彼に群がろうとする奴等を蹴散らしていく。

 

その様を、少女は半分見取れながら……。

 

「コードキャスト発動、礼装“破邪刀”!」

 

 少年の一振りと共に、死は切り裂かれた。

 

 

 

 

 




と、言うわけで白野君らが訪れる次の世界は戦姫絶唱シンフォギア。三期が決定した作品ですが、実際は二期止まり、下手したら一期で終わるかもです。

設定も知識もアニメしかなく、曖昧な点や矛盾した所がありますか、その事も踏まえた上でご理解頂ければと思います。

また、白野君は基本地の文で会話しますが、三人称や他の人からの視点からは「」を付けて喋らせようと思います。

その位しか思い付かなかったので……。

それでは、次回も宜しくお願いします。ノシ


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うっかり

今回は礼装に付いて独自解釈があります。

深く突っ込むのは無しに気楽に読んで下さると嬉しいです。


 

 

 

 ───数時間前。

 

 ユーリと、なのはちゃん達のいる世界から別れて早1ヶ月。別の世界へ移住し、漸く落ち着きを取り戻した自分は今日も今日とてマンションの地下、鬼教官の有り難いご指導の下、扱きという名のトレーニングを続けていた。

 

「ふむ、どうやら少しは下地が出来ていたらし。打ち合って十分、漸く私に一太刀浴びせられるようになったか」

 

自身の服袖に付いた僅かな切れ目を見て納得するように頷くアーチャー。対する自分はというと、心身共に既にボロボロ。仰向けに倒れ呼吸を整えるのに精一杯である。

 

一太刀浴びたというが実際はアーチャーの攻撃を避け、その反動で手を出した時偶然当たったものだ。自分の実力のモノじゃない。

 

「何を言う。以前までの君なら受けに回るだけで反撃する余裕すらなかったのだよ? 反動を付けたという事はそれだけの隙を私から見出したと言うこと、手を出したと言うことはそれだけ私との間合いの差を見極められるようになったという訳さ。それはつまり、君の目に君の体が漸く追いついたという事。素直に褒められたらどうかな?」

 

と、笑みを浮かべて珍しく褒めてくれるアーチャーに面食らう。ここの所トレーニングがキツかったから、こうした形として結果が生まれるのは確かに嬉しいものがある。

 

「とは言っても、まだまだ粗く甘い所が多いのもまた事実だ。この程度で満足せず、次からも扱いていくからそのつもりでな」

 

釘を刺してくるアーチャーに乾いた笑みが零れる。この分だと明日もキツそうだ。そんな事を考えていると向こう側の出入り口が開き、キャスターと凛が入ってきた。

 

「キャスターか。その分だとそちらも終わったようだな」

 

「えぇ、凛さんてば此方の教えをスポンジの如く呑み込んでいきますから師としては些か物足りなく感じます。最初こそは戸惑いはしていましたが、魔術と呪術の違いを理解してからはとんとん拍子で身に付けていくのですもの」

 

「意図的に混乱させる様な教え方しといてよく言うわ。こっちは唯でさえ電脳とリアルの違いに四苦八苦しているってのに……」

 

「ふっふーん、狐は人を騙し、偽るもの。あの程度で惑わされるとなれば、それは凛さんの器が大したものではないという事ですわ」

 

何やら軽口を言い合う二人。その口振りからしてキャスターが凛に何らかの試練を与え、凛はそれに見事応えたと言う事なのだろう。

 

疲れた様子で肩を竦める凛が此方を見ると、ため息を吐いて自分に手を差し伸べてきた。

 

「相変わらずしんどそうな鍛錬してるわねアンタも、立てる?」

 

差し伸べた手に捕まり、上半身だけ起こす。その際悔しそうに自分達を見るキャスターが視界に入ったが、取り敢えず無視をする事にした。

 

「それでアーチャーさん、ご主人様の方は如何な具合です?」

 

「マズマズと言った所かな。漸く私に一太刀浴びせられたのだ。今日の所はひとまず及第点と言わせて貰おう」

 

「英霊相手に一太刀とか……アンタ本当ドコに向かっているのよ」

 

呆れた様子で自分を見てくる凛。ほんの数センチ掠った程度でその反応はあんまりだと思うのは自分だけだろうか?

 

「流石ご主人様! 見事な進歩ですぅ! この分だと私やセイバーさんもこの鍛錬に協力できるのではないのですか?」

 

尻尾を振り、微笑みと共にそんな事を言うキャスターだが……ハッキリ言わせて貰おう。

 

無理だ。そもそもこの英霊相手に組み手の鍛錬できるのはアーチャーという加減が上手い相手があって初めて成り立つものであり、僅かでも手違いがあれば今頃自分はミンチと化している。

 

キャスターは兎も角として、セイバーが相手だったら恐らく挽き肉となっているだろう。何せ彼女のあの性分だ、手加減とかそういった細かいやり方は不向きな気がしてならない。

 

ギルガメッシュ? 蜂の巣になって終わるわ。

 

だからキャスター達が相手をして貰うのはもう少しマトモになってからだなとそれとなく断る。

 

さて、漸く体も落ち着いた所だし、そろそろ時間も迫っている。バイトに行くとしよう。

 

と、そこで気付く。アーチャー、セイバーとランサーはどうしたの?

 

「あぁ、あの二人なら今日も娯楽エリアで勝負しているさ。今日こそ決着を付けると言ってこれで何度目なのやら、……そろそろBBに施設補強の申請を出しておくか」

 

 疲れた様子で語るアーチャーに乾いた笑みが零れる。セイバーとランサー、共に自らの歌声に自信と自負を持ち合わせている二人は互いにアイドルとしてライバルと見定め、どちらがより歌姫(ディーヴァ)に相応しいか、娯楽エリアにあるカラオケボックスで日夜歌い続けている。

 

勿論防音設備は完備しており、更に防御の術式も施されており、───自分達への───安全面は完璧な仕上がりを見せている。

 

だが、そんな彼女達の度重なる歌声に遂に音が漏れ出したとアーチャーから報告があった時は二人を除く全員が戦慄し、恐怖を感じた。

 

BBもその事実には重く受け止めている事から、修理は近い内に施されるだろう。

 

そもそも何故あの二人がこうまで歌うことに熱中しているのか、その原因はある人物に対する対抗意識から来るものだった。

 

“風鳴翼”この世界に於ける日本代表の歌声の持ち主で十代の若さでありながら世界から注目されているトップアーティストである。

 

その激しさと可憐さの二つを持ち合わせている彼女の歌声と実力は世界中にファンを持ち、世界進出も夢ではないと言われている程である。

 

で、そんな風鳴翼の話を耳にしたウチの歌姫(笑)がこれに激しく対抗意識を燃やし、自分の方がより人々を熱狂させると言って日夜カラオケで歌の鍛錬と言って歌い続けている。───というのが、今の我らの陣営事情である。

 

どうにかならないものか。意外な所で意外な展開になってしまった現状に嘆いていると。

 

「まぁ、あの二人には近い内金ピカさんがどうにかするみたいですし、私達は気にせず過ごしていきましょうそうしましょう」

 

 そうキャスターは言ってくれるが、どうも自分は嫌な気がしてならない。あの愉悦大好きAUOが姿を見せずにここ数日大人しくしているのも不気味だが、出掛ける際に自分に向けたあのイヤ~な目つきが脳裏にこびり付いて離れない。

 

絶対何か企んでいる。そう理解しつつも止められない事実に更に憂鬱に思いながら立ち上がる。

 

そろそろバイトの時間だ。体を軽めに動かし、適度に疲労を流すと、出入り口の扉に向かって歩き出す。

 

「あ、せ、先輩……お、お疲れさま……です」

 

新たに出入り口から出てくるのは桜と同じ顔の別人──アルターエゴのパッションリップだった。

 

戦闘機人の技術を用いてリアルでも会えるようになった彼女の手には鍛錬の後にいつも飲んでいるドリンクが握られている。

 

ワザワザ届けに来てくれたのだろう。気を利かせてくれた彼女にお礼を言って受け取ると、リップは顔を真っ赤にさせて俯いてしまっている。

 

「お、お礼……言われちゃった。──えへへ」

 

 電脳世界でも結構な人見知りなのに、リアルではそれに更に拍車が掛かっている気がする。メルトの話では電脳とリアルの違いに戸惑っていると言うが……流石にこれでは日常生活が大変なのではないだろうか?

 

今度一緒に外に出掛けてみようか。彼女の人見知りが外の環境を通じて少しでも改善してくれればと思い、自分はさり気なくそんな言葉を口にするが……。

 

「ふぇ!? せせせせ先輩と外に!? そそそそそれってでででででデートという奴なのでは!?」

 

何やら酷く狼狽しているご様子。しかも頭から煙が出ていることからどうやら熱暴走を起こしているようだ。

 

大丈夫か? そう言ってふらついた彼女を抱き抱えると更に悪化。リップは顔を真っ赤にさせて気絶してしまった。

 

「はぁ~あ、全くあの天然ジゴロは……いつかモゲテしまえば良いのに」

 

「うふふ~、ご主人様ってば最近ワザとかってぐらい誑し込んでいますね~。タマモ、そろそろ本気だしてもいいのかな? かな?」

 

 何やら向こうでは凛とキャスターが物騒な事を言ってアーチャーは呆れた様に嘆息している。あれ? 俺が悪いの? そんな理不尽に呆然としている間もなく、時間も押している事からひとまずリップの事はアーチャー達に任せて彼女を壁により掛かせ、ひとまずバイト先の店に急行する事にする。

 

世界を移動しても、岸波白野の日々は変わらず。慌ただしい毎日を過ごしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、私呪われてるかも……」

 

お好み焼き専門店『ふらわー』店長の女将さんに認めて貰い、力仕事だけだがどうにかバイトの面接に受かった自分は、女将の指導の下で今日も仕事に精を出していた。

 

そんな時、カウンターの席から聞こえてきた暗い溜め息に下拵えをしていた自分の耳に入ってくる。

 

「どうしたんだい響ちゃん? また何か悪いことでもあったの?」

 

「それが聞いてよおばちゃーん。私ってば学校の登校中に犬に吼えられてさ、それにビックリしてたらドブに片足突っ込んじゃって、オマケに先生に怒られるわ先生に怒られたり先生に怒られちゃったりしたんだよ~」

 

「最後の三つは完全に響の自業自得じゃない」

 

女将に同情の言葉を貰おうと自身の不幸話を披露としているが、隣に座る女の子に戒められ、響と呼ばれる少女は再びカウンターのテーブルに突っ伏した。

 

二人の名前は小日向未来ちゃんと立花響ちゃん。ここの近所の学校、市立リディアン学院の生徒さんでこの『ふらわー』の常連客でもある。

 

最初の頃は男の俺が雇われた事で少しギクシャクしていた時もあったが、響ちゃんの明るい性格のおかげで今は地元住民に受け入れられ、働き出して1ヶ月経った今ではもうその違和感は拭い去られていた。

 

 そんな響ちゃんは未来ちゃんに言い負かされて此方に目を向けると、今度は自分に助けを求める様に迫ってきた。

 

「岸波さんなら私の気持ち分かってくれますよね! 私の不幸な出来事の数々を!」

 

鬼気迫る勢いで言ってくる響ちゃんにどうしたものかと悩むが、その背後では甘やかさないでと目で語ってくる未来ちゃんがいる。

 

心苦しいがここは未来ちゃんの訴えに従おう。……良いかい響ちゃん、世の中には段ボールをマイハウスと言い切る漢がいてね、犬に吼えられては犬を喰らい、ドブにハマればドブに住まうネズミを喰らったりして生きているんだよ。

 

「マジですか!?」

 

「ほらほら本気にしないの。岸波さんもそんなバレバレな嘘言わないで下さい」

 

本気に仕掛ける響ちゃんを未来ちゃんが戒める事で話を有耶無耶にする。うん、分かってはいたが年下の子にバッサリ言い捨てられると心に来るモノがあるね。

 

「だったら言わなきゃいいのに……ほれ、岸波君。そこのゴミだし終わったら今日の仕事は終了だよ。響ちゃんも、今日は何か用事があったんじゃなかったのかい?」

 

「ハッ! そうだった! 今日は翼さんのNewシングルの発売日だった! ゴメン未来、先行ってるね!」

 

 そう言って響ちゃんは慌ただしく店を出ていく。お金も払わずに去っていく響ちゃんに呆れの溜め息を吐く未来ちゃん、二人分の代金を払って席を立つ未来ちゃんの姿は学生とは思えない哀愁さが漂っていた。

 

「いつもいつも大変だねぇ未来ちゃん。あの子の世話焼いて」

 

「もう慣れちゃってますから」

 

そう言って笑う未来ちゃんは疲れた様子もなく、ただ綺麗に笑っていた。その様子から二人がどれほどの仲なのか、付き合いの浅い自分でも容易に想像できる。

 

麗しい友情に心が満たされるのを感じながら、自分も仕事を続行。ゴミだしをして本日のバイトを終了させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトも終わり、日が暮れ始めた時間帯になって自分は最寄りのCDショップから出ていく。

 

CDショップに何の用事かと思われるが、何を隠そうこの岸波白野も風鳴翼のファンの一人であるからだ。

 

響ちゃんも言っていたが今日は風鳴翼のNewシングルの発売日。この日を楽しみにしていた自分は予めCDショップに予約を入れていたのだ。

 

因みにこの事はウチの連中には基本的に秘密である。特にランサーとセイバーには最善の注意をしなければならない。

 

もし万が一自分が知られてしまえば……それこそ想像したくない事態が自分を待っている事だろう。

 

風鳴翼の歌は良い。何しろ今でこそはソロで活躍しているが、“ツヴァイウィング”の頃から活躍している彼女の歌声はこの界隈で留まることを知らない人気を博している。というか、前の世界のフェイトちゃんと声が瓜二つなのだ。

 

フェイトちゃんもアイドルに転身してたらこのくらい人気者になったのかな。そんな事を考えていた自分の耳に突如、警報を報せるサイレンが鳴り響く。

 

まさか。そう思った時、携帯のアラームが鳴り、電話に出ると、慌てた様子の桜が大声で叫んできた。

 

『先輩、大変です。“ノイズ”が現れました!』

 

 ノイズという単語に自分の心臓の音が一瞬高鳴ったのが聞こえた。

 

“ノイズ”13年程前からその存在を認識されている特異災害。突発的に発生し、人間を無差別に襲いかかる事から災害とまで呼ばれるようになったソレは、この世界の人類に対して脅威となっていた。

 

人間の様な形状をしたモノや怪獣の様に巨大なノイズが観測されていて、何もない空間からにじみ出てくる様に現れる等、様々な特徴が述べられるノイズだが、その最大な特徴は……此方の物理干渉が一切通用しない事である。

 

銃弾や普通の刀剣ではノイズに当たらず、逆にノイズに触れた者は炭素化……所謂炭となってノイズと共に消滅してしまう。

 

発生確率こそ低いとされるノイズだが、人類の脅威である事には変わらない。そんなノイズに対抗出来る手段と言えば、攻撃を仕掛けてくる一瞬を突くか、特別な方法で無理矢理当てる他ない。

 

そして自分には先日、その可能性が高い礼装が解禁されたばかりである。

 

……怖い。失敗した事に対する恐怖で手が震える。が、それ以上にここで震えるだけの自分に『ソレは間違っていると』強く叫んでいる自分がいることを自覚していた。

 

『…………』

 

通話越しの桜も黙っている。恐らくは自分の意図を知って、此方の意志を汲んでくれているのだろう。

 

『──先輩、行くんですね?』

 

桜の問いにはっきりと応える。ノイズがこの近辺で発生して、自分に対抗出来る手段があるのなら、ここでジッとしている訳にはいかない。

 

せめて住民の避難が完了するまで、ノイズを食い止める役目が必要だ。そこまで話すと、電話の向こうから盛大な溜め息が聞こえ、根負けした桜の諦めの言葉が語りかけてきた。

 

『───分かりました。先輩がそこまで言うのなら私は止めません。……いえ、そもそも貴方は人に言われて立ち止まる人ではなかったですね』

 

苦笑いの桜の顔が浮かぶ。済まないと謝る自分に対し、桜はその代わりと話を続けた。

 

『既にサーヴァントの皆さんを現地に向かわせています。アーチャーさん達と連携し、無茶の無い行動を心掛けると約束するのなら、私もこれ以上言いません』

 

その言葉に約束すると即答し、再び聞こえてくる溜め息と共に通話を切り、自分は携帯に内蔵された礼装召還アプリを機動させる。

 

礼装“破邪刀”

 

嘗ては鬼を斬ったとされるこの刀はムーンセルでの戦いでは相手にダメージを与えると同時に一定確率でスタンさせる効果を持っていた。

 

それが現実という干渉を受け、本来の役目、本来の効果を発揮できるのであれば恐らくは宝具クラスの代物になるだろうとアーチャーは語る。

 

“破邪刀”の真の役割。それは鬼を斬った事により文字通り破邪の効果を現す事だろう。

 

魔を滅し、妖を祓い、邪を調覆させる破邪の刀。それがこの破邪刀の本当の力。

 

ノイズが魔に連なる存在だとすれば、恐らくはこの破邪刀も通るはず。足にもう一つの礼装、強化スパイクを装備し、速力を強化した自分は急いで現場へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に言えば、実験は成功。礼装破邪刀は此方の狙い通りの効果を発揮し、十分な成果を挙げる事が出来た。

 

アーチャーやセイバー、キャスターの行動や何故かコスプレ姿で巻き込まれている響ちゃんと女の子の様子を伺いながら戦えていた事から、どうやら自分も少しは成長できていたようだ。

 

……ただ、その時の自分は少し舞い上がっていたのだろう。あの後立ち去り際に良く現場を注意しないで去った自分のミスである事にはなんら変わりない。

 

何故なら。

 

「貴方が岸波白野……さんですね? 申し訳無いが私達と一緒に来て貰いたい」

 

 翌日、モノホンの風鳴翼さんが自分が買った筈のCD片手に黒服のお兄さんを連れてバイト先に押し掛けてきたのだ。

 

え? 何この羞恥プレイ?

 

 

 

 

 

 




岸波君って、メンタルのタフさだけならOTONA顔負けが気がしないでもない。


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CCC48

タイトル通り。出落ち回。
これでシンフォギアはシリアスと化す(暗黒微笑


 

 

 

 

 その日は、私にとって運命の日でもあった。

 

立花響。嘗て私と同じ歌い手でツヴァイウィングの片翼である天羽奏と同じシンフォギアを纏っているのを知った時は、胸の奥が張り裂けそうになった。

 

何故死んだ奏のシンフォギアを彼女が纏っているのか、戦う事の意味も分からない少女に託されているのか、その時の私は胸の奥底から沸き上がる黒い感情を押し殺すのに必死だった。

 

ひとまず立花響は叔父が管轄する二課に預け、引き続き私はノイズが消滅されたとされる戦場の調査を続け、その際───あるものを見つけた。

 

それは私、歌い手としての私の曲の入ったCDジャケットだった。そういえば今日発売日だったなと今更な事を考えながら私は二課に戻り、立花響にこれはお前の物かと問い詰める。

 

返ってきた答えは否。シンフォギア関連の身体検査を終え、再び皆の所に連れてこられた後、立花響は当時の出来事を混乱しながらも私達に説明した。

 

赤い外套の男と赤いドレスの少女、そして青い巫女服を着た狐の様な耳と尻尾を生やした少女に助けられたと、説明された。

 

……どうやら、余程怖かったらしい。そんな幻覚を見てしまうまで追い詰められている彼女に対し、私は不慣れながらも謝罪した。

 

だが、立花響は夢ではないと断言する。その根拠はなんだと問いかけると、彼女はある人物の名を口にした。

 

岸波白野。最近立花響とその学友が贔屓にしている飲食店の新バイトらしく、その戦場には彼もいたのだと彼女は語る。

 

……俄には信じがたい。何故シンフォギアも纏わない人間がノイズと戦えるのだろうか? 新たな異端技術が発見されたのか? だとすれはどこの国が介入してきたのか、やはり米国辺りか? 尽きない疑惑が思考を埋め尽くすと、ある解決策が浮かんだ。

 

現場に落ちていたCD、これを調べれば購入者の身元も判明するのではないかと櫻井女氏の的確過ぎる指摘を最後に、今日の所は解散となった。

 

 そして翌日、早くも身元が割れ、その人物がいるであろう飲食店に入ると───。

 

「いらっしゃいませー、お客様は何名……様?」

 

───いた。どこにでもいそうな平々凡々とした見た目一般人である彼は、とても戦場に立てるとは思えない優男だった。

 

これが私、風鳴翼の岸波白野に対する最初の印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本物の風鳴翼と黒服の人達に連れられ、やってきたのは街中にあるごく普通のファミレスだった。先程“フラワー”で食べたのにまだ食べるのと聞いたら顔を赤くして怒られた。

 

今から二時間ほど前、突然自分達と来て欲しいと言われて少し呆然としてしまうが、生憎こちらはまだ業務時間中だ。女将さんが留守にしている以上店を空ける訳にはいかないと説明しすると、何やらヒソヒソと話し込む黒服さんと翼さん。

 

翼さんが失礼するといって携帯電話で話をすると、此方に聞こえないよう小声で話し、二、三回程頷くと再び自分に向き直り、終わるまでここにいてもいいかと訊かれた。

 

お客様を追い返す訳にもいかないのでどうぞと店の奥にある座敷へ案内し、そこで待って貰う事にした。その際、厳つい黒服のお兄さんが注文をしてお店に貢献してくれたりもした。グラサンで如何にもアレな人に見えたけど、意外に話しやすい人だったと追記しておく。

 

そうしてバイトも終わり、今まで待っていてくれた翼さん達と共に連れられてきたのだが……何故にファミレス?

 

取り敢えずついて行き、店の奥まで進むと───。

 

「やぁ、始めまして、君が岸波白野君かな? 俺は風鳴弦十郎。そこの風鳴翼の叔父をしている者だ」

 

赤茶けた髪が印象的な笑顔が眩しい爽やか系おっさんが席に座りながら自己紹介してきた。驚きながらも此方も返す。

 

ご丁寧にどうも、岸波白野です。

 

自分の紹介に何を満足したのか、弦十郎さんはウンウンと腕を組んで頷いている。え? なに?

 

「では司令、私はこれで」

 

「おう、ありがとうな翼。けど、ここでは司令ではなく叔父さんな」

 

「失礼しました。……では」

 

「仕事、頑張れよ」

 

司令という気になる単語を残し、翼さんは黒服さん達と一緒にファミレスを出る。

 

その時のすれ違い様に自分を見定める様な目が気になったけど……何だったんだろう?

 

「まぁ立ちっぱなしもなんだ。君も座って何か注文してくれ、いきなり呼び出した無礼もあるし、好きに注文してくれ。奢るぞ」

 

弦十郎さんに促されて席に座る。奢るぞと言ってメニューを渡してくれるのはいいが、それよりも話を進めたい。用件はなんですかと訊ねると弦十郎さんの目は細くなり、刃の様に鋭くなる。

 

「…… 立場上、俺は君に色々訊きたい事がある。が、その前に一つだけ訊ねたい。君は昨夜特異災害───ノイズと接触したかね?」

 

瞬間、目の前の男性の姿が一回り大きくなった気がした。この並外れた気迫に自分には覚えがある。

 

いつも拠点の地下で行われるアーチャーの組み手、目の前の男性からはその時のアーチャーと同じ威圧感が感じられていた。

 

唯の鍛えられたおっさんかと思ったが、どうやら少し違ったらしい。先程の翼さんの司令という単語といい、もしかしたらこの人はどこかの組織の上の立場にいる人なのだ

ろうか。

 

それに、確かに威圧感は凄いがこの人からは殺気は感じられない。恐らくは嘘を付かない方がいいと脅しているみたいたがこの程度の威圧には馴れているし、苦にもならない。

 

だが、嘘を付く必要も理由もない。弦十郎さんの質問に自分は「はい」と一言で返した。

 

一分位時間が経っただろうか。静かになる自分と弦十郎さんの空気が凍り、外から聞こえてくる音や他のお客の声が遠くなり始めた時、彼は動いた。

 

「そうか……ありがとう。この街に生きる一人の人間として礼を言う。響君を、子供を守ってくれてありがとう」

 

 そういって弦十郎は礼を言い、自分に向けてその頭をテーブルにぶつかりそうな勢いで深々と頭を下げてきた。

 

────え? どゆこと? 目の前のおっさんの突然の行動に面食らってしまう。取り敢えず頭を上げてくれ、周囲からの視線がイタいから、コラ、そこの坊や人に向けて指差さない。

 

自分の言葉を散々に受けた後、弦十郎さんは漸く頭を上げて改めて自己紹介をする。

 

「改めて自己紹介させて貰う。俺は風鳴弦十郎。先程も言ったが風鳴翼の叔父であり、特異災害対策機動部二課の司令官を勤めている」

 

 自己紹介の後に付け足してくる役職らしき名に新たに疑問が浮かぶ。……というか、本当に司令官さんだったのか。

 

「君も知ってはいると思うが我々の組織は特異災害……通称ノイズを相手に活動している政府機関だ。一般的には一課のイメージが強いが、我々は独自にあるシステムを使ってノイズとの対策を構築している」

 

何やら難しい事を言っているが、確かに特異災害対策機動部というのは聞いた事がある。何でもノイズの発生を事前に検知し、住民の避難やノイズの進路変更の誘導等々、ノイズの出す被害を最小限に留める為に政府が考案した組織だと聞いている。

 

ただ、一課は聞いた事はあるが二課という部署が存在するのは知らなかった。表に発表されていないということはやはり何らかの極秘資料を扱っている組織なのだろうか。

 

そう思うと何だか危険な所に自ら足を踏み入れた気がしないでもない。けど、目の前の弦十郎さんからはそういった危険な感じがしない。何の根拠にもならないが、ここは弦十郎さんの人柄を信じて続きを聞いてみよう。

 

「“シンフォギア”ノイズに対抗すべくある博士が発案したシステムなのだが……君は、このシステムについて聞いた事があるかな?」

 

弦十郎さんの質問に自分は首を横に振って明確に否定する。───シンフォギア。それがこの世界に於ける戦う為の術なのかとこの時自分は悟った。

 

先程の独自にとか言っていたし、どうやらそのシンフォギアなるシステムはまだこの世界に完全に普及されてはいない研究段階のシステムなのだろう。

 

───それにしてもそんな重要機密ッポイ話を自分に話しても大丈夫なのだろうか。いや、別に誰かに話すつもりはないですけどね。

 

となるとこの人の聞きたい事も大体見えてきた。多分自分達以外にノイズの対抗手段を持っている事に驚き、その技術を知りたいと言った所だろう。

 

先日戦っても分かったが、ノイズは本当に危険な存在だ。無差別に人を襲って死をまき散らす、そんな奴らを相手にそのシンフォギア以外に対抗できる手段があるのなら知っておきたい。恐らくはそういった腹積もりだったのだろう。

 

だから自分は弦十郎さんが次の台詞を言う前に口を開く。そちらにどういった事情があるかは知りませんが、此方は敵対する意思もなければシンフォギアについて口を割るつもりもありません、と。

 

次いで困ったことあれば出来る範囲で協力しますと付け足すと、弦十郎さんはその目を丸くさせ……。

 

「くっ、ハッハッハッハッ! これは参った。まさか此方の腹の底がこうも簡単に見破られるとは、いや完敗だハッハッハッハッ!」

 

声を大にして笑い出した。うん、何となく分かっていたけど豪快な人格だこの人。

 

この人の下で働く人は大変かもしれないが、存外やりがいがありそうだなと思う。

 

「度重なる失礼、本当に申し訳なかった。出来る事なら明日辺りもう一度話を聞かせて貰いたい。……俺の携帯の番号だ。予定が空いたら是非連絡してくれ」

 

そう言って渡される一枚の紙切れ、そこに書かれた番号に弦十郎さんの番号らしい数字の羅列が書かれている。

 

大した話もしていないし、深い思慮があった訳ではないが、今までの会話を聞く限り悪い人ではないようだ。

 

その時は是非、ご連絡させて頂きますと返し、時間も時間なので返らせて貰った。────その際。

 

「どうした? 食ってかないのか? さっきも言ったが奢るぞ。遠慮も不要だ」

 

好きなのを奢るぞと景気よく言ってくれる辺り、本当に豪快な人だと改めて実感する。

 

けれど、ここは遠慮させて頂く。ウチのオカンは食生活には厳しいのだ。下手に間食したりすれば明日以降の特訓が鬼の様にキツくなってしまう。

 

次の機会にとやんわりと断り、今度こそ自分は皆の待つ拠点に帰る事にした。

 

───シンフォギア。二年前に起こったとされるあの事件と何らかの関わりがあるのだろうかと、小さな疑問を胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は既に七時を過ぎ、家へと帰ってくる時には既に夜の帳が空を覆っていた。弦十郎さんと話をしていた為いつもより帰ってくるのが遅くなってしまった為、アーチャーから何か小言があるのかなと覚悟をする。

 

ただいまー。帰宅の声を出すが帰ってくるのは静寂のみ、……どうしたのだろう? いつもだったらセイバーかキャスター辺りが迎えに来てくれるというのに……。

 

もう一度、今度は先程よりも大きめでただいまと言うが、やはり返事はない。もしかしてもう先に食べてしまっているのだろうか?

 

部屋に戻らず食堂へ向かうが……おかしい、セイバー達の賑やかな声は疎か人一人の気配すら感じない。

 

確かにウチのマンションはかなりの広さを有しているが、それでも十人近い人数が住んでいるのだ。誰にも顔を合わせず、すれ違いもしないなんて……少しおかしくはないか?

 

疑問に思いながら食堂に辿り着くが……やはり誰もいない。あるのはてーに置かれた一人前分の食事の用意と置き手紙らしき紙切れが二枚置かれてあった。

 

……なんだろう? 二枚の内の一枚を手に読んで見ると、アーチャーらしい丁寧な文面が書かれていた。

 

『済まない、暫し野暮用が出来た。食事は用意したので必ず食べること』

 

珍しい。あのアーチャーが食事時に姿を見せないなんて……余程その野暮用というのは重要な案件らしい。

 

こちらは何だろう。もう一枚残った紙を手に取ると。たった一言。

 

『八時、テレビ見ろ』

 

とだけ書かれてあった。……この問答無用の無さ、恐らくはギルガメッシュ辺りが書いたモノだろう。筆跡も何となく偉そうだ。

 

一体なんだろう。時計を見れば時刻はもう八時、手紙に書かれた言葉に疑問を感じながらご飯の隣に置かれたチャンネルのリモコンを手に取る。

 

余談だが我が家の食堂には壁に大きな液晶テレビが取り付けられている。アーチャーは行儀が悪いと言ってあまり見ようとしないが、人数も増え、我が家の朝は皆テレビのリモコンの争奪戦を繰り広げられている。

 

閑話休題。

 

 リモコンの電源を入れ、画面に映像が映し出されると、ちょうどこの時間帯に放映される音楽番組がオープニングテロップと共に流れていた。

 

『どうと皆さん今晩は! ミュージック広場の時間がやってきました!』

 

『今回はなんと! 最近噂になっているアイドルグループが満を持して番組に登場! では早速出てきてもらいましょう!』

 

やたらノリノリのMCさん。というか、アイドルグループなんてあったんだ。有名な歌手なんて風鳴翼さん位しか知らない自分は新鮮な気持ちでテレビを見ながら夕食を口にする。

 

ステージの壇上から現れる複数の影、グループと言うからには人数も結構いるなとのほほんと考えながら注目していると。

 

ステージにライトが照らされる。沸き上がる歓声と共にその姿を現したのは……。

 

『今、人気急上昇のアイドルグループ、その名も!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『CCC48!!!』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

『さぁ、全国の豚ども! 私の為に感激の悲鳴を上げなさい!』

 

『うむ、やはり歌を吟じるのは観衆の前でこそ心が踊る! さぁお茶の間にいる民達よ、余の歌を聴けぇぇぇ!!』

 

『あ、あのあのあの、あんまり見ないで下さい。恥ずかしい……です』

 

『あんの腐れ金ピカ、まさかこんな事を企んでいただなんて……え? うそ、これもう回ってるの!? は、ハロー、皆さん、応援宜しくお願いしまーす。テヘぺろ』

 

『ふっ、私のトイストーリー実現の為に、視聴者共、タップリ課金なさい!』

 

『……何で私、ここにいるんだろう?』

 

………………。

 

画面に映る六人の少女達。その全員が統一されたポーズで壇上から姿を現し、観客達から割れんばかりの大歓声を上げている。

 

どれもこれも見たことのある人達ばかりだが、世界には似た人が三人もいたりする。きっと画面に映る彼女達もそう言った人達なのだろう。

 

画面を消して席を立つ。食べた食器を片付けて部屋に戻り、今日は早く寝るとしよう。

 

遠くから歓声が聞こえてくる。そういやあの番組のスタジオ、ここら辺にあるんだったな。

 

歓声が悲鳴に聞こえてきた気がするが、あくまで気がするだけなので放っておく。

 

あーあ、皆……ハヤクカエッテコナイカナー。

 

 

 

 

 

 

 




次回からはシリアス路線一直線。
間違いない。(スットボケ


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特異災害対策機動部二課

ここで登場人物の一人が脱落。


 

 穏やかな朝。朝日は差し込み、小鳥は囀り、爽やかな風が肌を撫でる。

 

今日はバイトもなく、久し振りにノンビリできる。午後は私用があって出掛けるがそれまでは大人しく部屋で読書にでも勤しむとしよう。

 

嗚呼、なんて平和な時間だ。こんなにも穏やかで健やかな時間を過ごせるのは本当に久し振りだ。

 

───だが、その前に一つ解決しなければならない疑問がある。

 

「ふむ、昨夜のライブで重軽傷者併せて六十人弱が病院へ搬送、軽傷者は未だ病室で魘されており、重傷者の一部は当時の記憶がスッポリ抜け落ちているとの事───か、うむ。初日にしては中々上手くいった方ではないか」

 

優雅に珈琲を片手に新聞紙を広げ、黒のスーツに身を包むのは我らが愉悦大好きAUO。髪を下ろし、落ち着きを持った彼はそこらのアイドルよりも色鮮やかに見えた。

 

が、そんな事はどうでもいい。自分は内心押し寄せてくる衝動に必死に待ったを掛けながらギルガメッシュに問い掛けた。

 

あのさAUO、昨夜の事なんだけど……あれ、どゆこと?

 

「ん? あぁ、アレか。何、先日“あいどるますたぁー”なる課金げーむをぷれいしてな、それだけでは物足りなくなったので実際我もあいどるぐるーぷを作ってみたのだ。どうだ? 中々よい演目であっただろう?」

 

ドヤ顔でそんな事をのたまうAUOに空気撃ちをブチ込みたくなった自分は悪くないと思いたい。……仮に、仮にコイツが気紛れでアイドル事業を興したとして───何故よりによってウチの面々が選ばれなければならないのだ。

 

「何を言う。我が陣営の雑種共は中身はどうであれその器量差は中々目を見張るモノがあるぞ。そんじょそこらの娘では太刀打ち出来ないのは貴様も想像できるだろう?」

 

確かに昨夜のCCC48なるアイドルグループは外見はかなりレベルの高い素材だと言うことは目に見えて理解できる。別ジャンルでデビューさせたらそれこそその業界に名を残す程の逸材だ。

 

だが、歌手としては間違いなく成就できない。何故なら致命的に足を引っ張る存在があのアイドルグループには存在するのだ。それも二人も。

 

「ふん、この英雄王改め黄金Pに不可能などない。あの二人の超絶音痴も我が財とPとしての実力でもってねじ伏せてやる」

 

新聞紙を傍らに置いて高く笑い飛ばすAUO。どこからそんな自信が出てくるのか分からないが、彼がそこまで言うのだ。下手に聞くのは止めとこう……巻き込まれかねない。

 

と、それもそうだが良くそんな話を皆納得してくれたモノだ。セイバーやランサーは兎も角として、リップやリリス、キャスターや凛までも取り込むとか、アーチャー辺りが反対しそうなのに……一体どんな交渉法を使ったんだ?

 

「なに、この我の交渉力を以てすれば雑種共の懐柔など容易いものよ。あ、だがリンだけは最初に陥落したな。アイドルになって有名になれば金が向こうから舞い込んでくるぞと言ったら即答で了承しおった」

 

おい、気高さと優雅さはどこへ行った遠坂凛。よりにもよって知りたくない情報を聞かされ、ゲンナリと疲労を感じた時、食堂の扉が開き、スーツ姿のアーチャーと桜が入ってきた。

 

「何をしている英雄王。もうじき仕事だ。グズグズしてないでさっさと……おや、マスター、起きていたのか」

 

おはようと挨拶をしてくるアーチャーにこちらもおはようと返す、ギルガメッシュと同じ格好をしていることから彼も似たような仕事をしていると見るが……一応聞いて置こう。

 

アーチャー、何その格好。

 

「あぁ、まぁ……その、何だ。私は最後まで反対していたのだが、いつの間にかマネージャーという立場に収まってな、断ろうとも考えたが奴等を放置しておくのがどうも不安で仕方なく……」

 

あぁ、確かにアーチャーなら目の前の核爆弾を見過ごす事は出来ないものな。うん、実は大体分かってた。となると桜の方は差し詰めアーチャーの補佐的な役割かな?

 

「は、はい。何せ活動する人達が人達なので……正直関わりたくないと言うのが本音ですが」

 

最後の方は聞かなかった事にして、ゲンナリとしている桜に頑張れと激励を送る。

 

すると全ての記事を読み終えたのか、珈琲を飲み干すと新聞紙をテーブルに置くと立ち上がり、扉に向かって歩いていく。

 

「本来なら貴様も連中の面倒を見させていたのだが、生憎それ程急いではいない。手が足りている故、今の内に貴様は貴様の出来ることをしておけ───精々励めよ」

 

肩に手を置き、最後にそう捨て置くギルガメッシュにまさかと思い振り返るが、既に彼は扉を潜り、廊下を踏み歩く音だけが聞こえてくる。

 

そんな彼の後ろ姿を呆れ顔で見つめながら、アーチャーは此方に顔を向け。

 

「と、言うわけだ。私も暫く落ち着くまで手が離せん。マスターもくれぐれも無理するなよ」

 

そう言い残すとアーチャーも食堂を後にし、桜も自分にペコリと頭を下げると彼に追従するように出て行った。

 

ぽつんと食堂に残されたのは自分だけ、再び穏やかな静けさに包まれると、自分こと岸波白野は参ったと天井を見上げた。

 

どうやらギルガメッシュ達は昨夜自分が誰と何をしていたか大体想像出来ているらしい。しかもあの口振りから、これからの事も察しているみたいだし……。

 

相変わらず抜け目がないと言うか此方の思惑が筒抜けているというか……流石歴戦の英霊達であると無理矢理納得しておくとするか。

 

 ────さて、朝食も済ませた事だし、後は日課のトレーニングを続けた後、弦十郎さんに連絡を入れるか。

 

とは言え、流石に一人でとなると少し不安にもなる。誰か付き添いを頼みたい所だが……残念な事に今はそんな人物は全員留守にしている。

 

誰か頼りになる人はいないか……そんな事を考えたと同時に彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

 

ポケットに締まった携帯を取り出して一言、彼女の名を口にする。

 

び、BBちゃーん。いますかー?

 

そして、一秒も間を置かずして……。

 

『全く、本当に学習能力の無い先輩ですねぇ私言いましたよね忙しいってまぁでも鈍臭い先輩の事だから一人でアタフタしているだけだろうし? 寧ろそんな姿はご褒美ですし? どうしてもと言うのなら百万歩ほど譲って聞き入れましょう。それで、ご用件はなんですか?』

 

マシンガンの如く激しい口上の後に続く科白に若干圧されながら、それでも姿を現してくれた彼女を微笑ましく思う。

 

携帯の画面越しで早く用件を言えと急かすBBを宥めながら、この後少し時間をくれないかと誘い出す。

 

その時、詳しい説明も無しに付いてきてくれる事を承諾してくれた彼女の迫力は凄まじかったと追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして午後、昼食を食べ終わり一段落した事で遂に自分は行動に移すことにした。BBを自分の携帯に潜ませ、昨夜弦十郎さんから渡された番号に連絡を入れる。

 

そして待ち合わせ場所で待つ事十分弱、向かいの通りから一台の車が通り掛かり、自分の目の前に停車した。

 

「待たせたな岸波君。連絡が来るのを待っていたぞ」

 

車の窓を開き、明るい声と共に顔を覗かせてきたのは弦十郎さん本人だった。まさか司令官自ら迎えに来てくれるとは思わず、面食っていると……。

 

「ははは、此方から連絡が欲しいと言って置いて自ら出迎えに行かないのは少しばかり礼を失すると思ってな。あぁ、気にする事はない。君を迎える為の準備もしてきてあるぞ」

 

いや別にそんな事気にしていないのですが……。自分の言葉も軽くスルーされ、弦十郎さんは笑いながら車のドアを開き、乗りなさいと手招きする。

 

「まぁここで話をするのもなんだ。乗ってくれ、案内するよ。我々特務機関こと二課にな」

 

ニヤリと不敵に笑みを浮かべる弦十郎さん。その笑みに若干の不安を覚えながら自分とBBは車へと乗車した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私立リディアン音楽院。音楽の名門校として知られるこの学院にはあの有名アーティスト、風鳴翼が在籍している学校である。

 

風鳴翼という存在が広告塔代わりとなり、多くの女学生がこの学院への入学を希望し、近年のリディアン音楽院の倍率はかなりの大きさに膨れ上がっているとか。

 

そんな女子校に歩く二人の男性、自分こと岸波白野と風鳴弦十郎さんは女性が多いこの学院ではかなり浮き出た存在の筈。

 

なのにこの学院の敷地内に入った時から生徒は疎か教師一人にすら出会していない。数百人も在籍している大規模な学院ではまず有り得ない光景だ。

 

まるで予め人払いを済ませている様な手際だ。二課という組織は自分が思っているよりも大きな組織なのかもしれない。

 

弦十郎さんの大きな背中を見つめながら後に付いていき、奥の方へ進むと……廊下の突き当たりに差し掛かった時に不意に立ち止まる。

 

何だろうと疑問に思うと、弦十郎さんはズボンのポケットから端末機を取り出してそれを突き当たりの壁に翳すと、壁は開き、奥には少し広めの部屋の様な空間が拓いていた。

 

「俺達の拠点は地下にあるんだ。手数を掛けるが安全の為にそこの手摺りに捕まってくれ」

 

弦十郎さんの指示に従い、身近にある手摺りに捕まると、弦十郎さんは先ほどの端末を翳すと扉は閉まり、エレベーターの如く下へ降下していった。

 

結構なスピード感が感じる。落ちることに馴れている自分としてはなんて事はないだろうが、初めて乗る人には中々スリルが感じる速さだ。

 

一体どこまで続くのだろうか。そう疑問に思った時、自分の視界に地下とは思えないある光景が飛び込んできた。

 

“壁画”である。自分達の乗るエレベーターをグルッと囲むように覆われた壁画はまるで地下の空洞壁画。

 

いや、空洞と呼ぶよりこれではまるで……。

 

「そろそろ着くぞ」

 

弦十郎さんに言われて挙動不審に思える行動を一旦中断。終着点に着いたお知らせの音共に開かれると同時に自分はふと思う。

 

特異災害対策機動部“二課”この組織は自分が思った以上に根が深い組織なのかもしれない。

 

ひとまず気を引き締めねば、適地とは言わないがここはこの世界に於けるこの人達の陣地。少しばかり警戒心を上げ、自分意を決して弦十郎さんの後に続いて扉を潜ると……。

 

『ようこそ、特機二課へ!』

 

多くの笑顔と歓迎のクラッカーが自分を迎え入れた。

 

 

 

─────はい?

 

 

「司令、お帰りなさい」

 

「うむ、皆に紹介しよう。彼が先日立花響君と一人の少女を助けた若者、岸波白野君だ」

 

おお~、という関心の声と共に鳴り響く拍手音。まさかの歓迎ブリにすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「は~い。貴方が噂のトンでもボーイ岸波白野君ね。私は櫻井了子よん、仲良くしてね」

 

は、はぁ……どうも。

 

『……チィ』

 

ポケットから聞こえてきた幻聴に我に返る。自分をまるで迎え入れてくれるこの空気に流される所だったが、彼女の舌打ちにここで惚けている場合ではないと自分に言い聞かせ、無理矢理にでも話の流れを変えることにした。

 

話は質問で、内容はここに入るはずであろう一人の少女。───ズバリ、風鳴翼の存在である。

 

何故ここに彼女がいないのか、そう質問すると弦十郎さんの目が僅かに細くなる。

 

「……何故、彼女がいないことが不思議に思うのかな?」

 

 それは愚問というモノだ。昨日会った時の彼女自らが口にした司令という単語といい、彼女自身から身に纏う覇気はアイドルの範疇を十二分に越えている。

 

大凡、アイドルというのは仮の姿なのだろう。恐らくはここでの所属こそが風鳴翼の本顔と見た。

 

そう言うと周りから再び関心の声が上がり、櫻井さんからは「まるで探偵ね」と言われた。

 

一方の弦十郎さんは降参したかのように両手を上げ、近くのソファーに腰掛ける。

 

「いやー参った。まさかそこまで見抜かれるとはね。……翼の事だが、これはまだごく一部の人間にしか知られていない話だ。これを聞く以上は他言無用で頼みたい」

 

先程までとは違い、真剣な顔付きになる弦十郎さんに周りの人間も揃って顔付きが強ばる。

 

……イヤな予感がする。自分の中にある本能が聞くなと叫んでいるが。

 

勿論です。と、気付けばそう答えていた。

 

自分の返事に弦十郎さんそうかと頷くと……。

 

 

「俺の姪っ子、風鳴翼は……病院に搬送。今も意識不明の状態だ」

 

そう、衝撃的な言葉を口にした。

 

何故、昨日まで元気だった彼女に一体何が起こったのだろうか。まさか例のノイズに関連しているのか?

 

「いやな、何でも昨夜のテレビ。ミュージック広場だったか? 何でもそこの現場で不都合があってどういう訳かスタッフも当時出演していたアーティスト達も纏めて昏倒していたんだそうだ。俺はその時借りてた映画を見ていたから分からなかったが……了子君は何か知ってるか?」

 

……………。

 

「私、その時間帯はお肌の手入れをしていたから……しかし、どうしてそんな事になってしまったのかしら?」

 

「もしかしたら、超絶に凄まじい音痴歌手がいたから! だったとか?」

 

「まっさかー、どこぞのガキ大将じゃあるまいし。ねー白野君」

 

あ、アハハーソウデスネー。

 

にこやかな笑顔を向けてくる了子さんの顔を直視する事などできる筈もなかった。

 

というか翼さん、あそこの現場にいたんかーい。

 

 

心の中でひたすら翼さんに平謝りする岸波白野でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏ー、今そっち逝くよー」

 

『こっちくんな』

 

 

 

 

 

 




次回。聖遺物


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聖遺物

今回はシリアスです。

途中までは……。


 

 

 

 

 “シンフォギア・システム”

 

特異災害ノイズに対抗する為、櫻井理論を基に聖遺物の欠片より生み出されたFG───フォニック・ゲイン───式回天特機装束の名称。

 

その装束の最大の特徴とされるのが───歌。シンフォギアを纏う奏者が歌を唄う事でそのシステムを起動、活性化させて奏者の心身に合わせて形状の変化、強化がされていくという対ノイズに特化したシステムである。

 

まだまだ問題点も多く、課題もあるシステムだが特異災害であるノイズには現状唯一効果のあるシステムでもある。

 

「以上の事が我々二課の保有するノイズに対する武器であり切り札だ。岸波君、ここまで来て何か質問はあるかね?」

 

 弦十郎さんから聞かされるシンフォギアに関する大まかな概要に今の所はありませんと返す。───シンフォギア・システム、歌を媒介に適性を持った奏者に装着し、ノイズと戦う特機装束。

 

歌に反応するという特徴に驚きもしたが、翼さんが そのシンフォギアに適性した第一号として適例し、アイドル活動の裏でノイズと戦っていると知り驚きの反応は更にドンと高くなる。

 

けれど一番驚いたのは、先ほどから隣でジロジロと此方を見てくる櫻井了子さん。彼女がシンフォギア・システムの生みの親だと言うことだ。

 

突拍子な言動が多い事からてっきりアレな人かなと思っていたけれど、独自の理論を提唱している辺り、やはりこの人は天才なんだなと思う。

 

「ん? 白野君、今私をディスらなかった?」

 

眼鏡の奥でジト目となる櫻井さんをまさかと簡単に返して追求を逃れる。……しかしシンフォギアか、ウチの女性陣達にも何人か適性出来たりするのだろうか?

 

別に戦わせる為ではないが……一見コスプレみたいな格好で唄ったり戦ったりするのだ。興味が全くないと言えば嘘になる。

 

あ、けど約二名程有り得ない人がいる。専門的な事など分からない自分だが、あの二人にだけは絶対適性する事はないと断言できる。

 

というかそう願いたい。もし何かの間違いで彼女達がシンフォギア奏者として適性される事になったりすれば……それは戦場が地獄と化す事を意味している。

 

あの二人の歌と攻撃が同時に繰り出されると想像すれば……必ず、イヤ、確実に敵味方問わず壊滅的ダメージを与える事は間違いない。

 

皆に隠し事をするつもりはないか、取り敢えずこの事はあの二人には伏せておくことにした。

 

 ───それとは別にしてふと疑問に思った事がある。シンフォギアが聖遺物の欠片から生成されていると聞いたが、何故欠片なのだろうか? やはり聖遺物というのはそれ程までに稀少な代物なのだろうか。

 

「当然よぉ、聖遺物は異端技術の結晶。様々な神話伝説伝承に記された超常の力を秘めた武具。古の時代より残された武具の多くは遺跡から発掘されているけど、その殆どが欠片としか残されておらず、完全な形で保たれた完全聖遺物は殆ど発見されていないのよ……」

 

櫻井さんの詳しい説明にそうなんですかと頷く。聖遺物……それは遙か古の時代、多くの英霊や武具にまつわる神々が使用していた刀剣類の武具。

 

英雄達や神々が使ったとされる武具が現在の聖遺物として存在しているのだとしたら────ヤバい、今更ながらとんでもない事に気付いてしまった。

 

聖遺物、神代よ時代から存在する武具をそう呼ぶなら、いっそ不味いとさえ思える人物が一人だけいる。

 

───ギルガメッシュ。人類が持つ全ての原典を持ち、全ての財を手にしている彼は聖遺物に関する財も持ち合わせている事だろう。

 

つーか持ってるし、寧ろそれを投擲武器として扱ってるし、使い捨てのカイロの如く投げ放つし、聖遺物の大盤振る舞いだし。

 

この事がもしお互いの耳に入ったら……うん、よそう。これ以上の予想は自分の身が保たない、主に胃の耐久力的な意味で。

 

取り敢えず、聖遺物に関してはAUOの耳に入らぬよう勤めよう。幸い彼は現代の娯楽に興じている最中だ。此方が下手にボロを出さなければ気付かれはしないだろう……多分。

 

「どうしたの白野君。なんだか顔色悪いわよ?」

 

櫻井さんに言われて我に返る。どうやら考え事に没頭していたようだ。何でもないですとだけ返して弦十郎さんに問い掛ける。

 

そもそも、何故弦十郎さんは自分にそこまでの話を聞かせてくれたのだろうか。確かにシンフォギア以外でノイズに対抗出来る手段があるとするならば知りたいだろうし、けれどそれだけの理由でここまで自分に話すのは立場的に難しいのではないのだろうか。

 

唯でさえシンフォギア・システム事態が国家機密レベルの秘匿内容だというのに、その奏者である翼さんの事まで話したりするのは……自分を信用してくれた上で話しているのか───それとも。

 

考えたくはないが、可能性としてある以上無視は出来ない。下手をすればここの人達全員が一瞬にして敵に回るかもしれないんだ。出来ればそんな事態は避けたい。

 

と、自分がそんな不安に煽られた時、弦十郎さんはオペレーターの友里あおいさんが注いでくれたお茶を飲み干し……。

 

「俺は、自分がそれなりに大人だと自覚しているつもりだ。だが、実際の所は年端も行かぬ姪っ子を戦場に送り出し、自分は高見の見物しか出来ない卑怯者だ。何かの役に立つ為に、誰かを守る為に磨いたこの力も、ノイズという災害相手には何の意味も為さない」

 

自身の拳に視線を落とし、そう語る弦十郎さんからはその鍛え上げられた肉体とは正反対の悲壮感が漂っていた。

 

……誰かの為に、何かの為に築き上げた力。それが通用しないと思い知らされ、自分よりも若い者達を戦場に送り出さなければならないといつ事実は、弦十郎さんにとって酷く苛まされている事実なのだろう。

 

「此方の都合だという事は重々承知している。だが、その上で君に頼みたい。翼が戻ってくる合間君のその力を俺達に貸してくれ」

 

 そう言って頭を下げてくる弦十郎さん。周囲を見渡せば友里さんや藤尭朔也さん、櫻井さんまでもが自分を懇願するように見ている。

 

弦十郎さんはプライドの無い人という訳ではない。ただ、自分のプライドよりも大事なモノがある事を知っているだけ。

 

だから必要なら自ら頭を下げる。それが自分に出来る事なのだと……そう自分に言い聞かせ。

 

自分に出来ること、そこに力の優劣など関係事を改めて知った自分は───自然と口を開いた。

 

自分に出来ることがあるなら、その時は喜んでお手伝いします───と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……司令、本当に宜しかったのですか? “上”に連絡を通さずに独断で決めてしまって」

 

「それに、彼には不可解な点が多すぎます。戸籍も恐らくは偽造だろうし、結局此方には彼の持つ異端技術を公開する事はなかったですし……」

 

「その点に関しては私も同意見だわ。弦十郎ちゃん、彼に協力を申し出たのは良いけど私としてはもう少し突っ込んだ話をしても良かったのに~」

 

 岸波白野が基地を出て、弦十郎は三者三様それぞれの部下と同僚に愚痴紛いの話を聞かされていた。

 

確かに、岸波白野という存在は不可解で不確かだ。戸籍も偽造されているし、この街に滞在してから一ヶ月の合間の記録しか彼の存在は確認されていない。

 

見た目は凡庸、その辺にいる一般人しか変わらないのにノイズと戦う術を持つ。それ故の怪しさ、それをオペレーターである友里あおいと藤尭朔也は危惧していた。……だが。

 

「俺は、そうは思わんさ」

 

「……司令?」

 

弦十郎だけは違うと、明確に否定する。

 

確かに彼は怪しい。胡散臭さで言えばカンフー映画に出てくる敵組織の構成員並に怪しい。

 

だが、弦十郎は見た。彼の───岸波白野の真っ直ぐな瞳を。いっそ愚かしいとさえ思える真っ直ぐなその瞳に弦十郎は怪しさ以上の確信を得た。

 

「彼は……岸波君はきっと俺達を騙したりはしない。仮に協力できなくとも、敵対する事はないと信じている」

 

「……その根拠は?」

 

「勘だ!」

 

訝しげに訪ねる櫻井の問いを即答で断言する弦十郎。一組織の司令官とは思えない発言にオペレーター両名は諦めた様に溜息をこぼし、異端技術の権威は呆れた様に溜息を漏らす。

 

仕方ない。これが自分達が付いていくと決めた男なのだと、それぞれが諦めた時。

 

ノイズ発生の警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く、相手側が搦め手とか使って来なかったから良かったものの、先輩の不用心さにBBちゃんは呆れてモノも言えません』

 

自分がリディアン音楽院から出て数分。既に自分は街中を歩いていると言うのに携帯に潜むBBは先程から不機嫌が直らない。

 

携帯越しで何を話しているのかと思われがちだが、幸いして時代は現代。テレビ通話というものが存在している以上、自分の今の行動は人目に付くことはなく、自然と画面の向こう側にいるBBと話すことが出来るのである。……ただ、道を歩いている以上は気を付けないといけないんだけどね。

 

端から見れば携帯画面に注視しながら歩く若者……うん、マナーの悪い若者として見られていそうである。

 

『そもそも、勝手に一人で協力を約束するとか……他の皆さんにどう説明するつもりなんですか?』

 

腕を組んでジト目で睨んでくるBBに返す言葉もなく、自分はただ乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

……ま、まぁ二課の人達は皆悪い人ではなさそうだし、最悪皆には内緒にしても大丈夫かなぁとは思うんだけど、ダメかな?

 

『弱い癖に何生意気なこと抜かしてるんですか?』

 

容赦のないBBの言葉の刃が岸波白野の胸にズブリと突き刺さる。確かに色々勝手な事を言っているとは思うが、そこまで言う事は無いと思う。

 

『はっ、そんな一人前の科白はアーチャーさんから一度でも一本取ってからのたまって下さい。いつもボコボコにやられて息も絶え絶えな癖に、以前偶々掠めた事で調子に乗っているなら、それ、改めた方がいいですよ?』

 

BBからのトドメの言葉に自分は今度こそ何も言い返せなくなってしまう。確かに自分は自身すら満足に守れない未熟者だ。誰かの力を借りなければ戦う事もままならない。

 

だが二課の人達と協力を結んだ事に間違いはないと思う。それはノイズと長い間戦って来ていた訳ではない。自分が彼等を信用に値すると確信したのは彼等が誰かの為に戦って大事なモノを守っている人達なのだと……そう思えたからだ。

 

 ───だが、それもあくまで自分の主観から見ての勝手な解釈だ。ひとまずは皆に相談し、その上で今後の事について話し合おう。

 

その時にはBBにも手伝って欲しいなと言うと、彼女の方は深い溜息を零して仕方ないと口にし……。

 

『ほんっっと、世話の焼ける先輩ですねぇ。今回だけですよ?』

 

そういって了承してくれる彼女にありがとうと礼を言い、我が家に向かって歩き出す。

 

───が、その前に一つ疑問に思った事がある。何故自分がアーチャーにまぐれとは言え一太刀掠めた事を知っているのだろうか?

 

地下の修練場には電子機器などなく、様子を見る術など無い筈なのだが……。

 

『べ、べべべ別に先輩の事が心配だとかアーチャーさんに一撃入れた事に喜んで保存用と鑑賞用、布教用に分けてムーンセルに記録させている事なんてないんですから! 勘違いしないで下さいね!』

 

何をどう勘違いするのだろう。自分の質問に顔を真っ赤にして慌てふためくBBを不思議に思った時。

 

────ノイズ発生の警報が響き渡り、同時に離れた高速道路から派手な火の手が上がった。

 

瞬間、街中の人々はその顔を混乱と恐怖に歪め、シェルターに向かって駆けて行く。

 

平和な街並みが一変して恐怖に支配される光景を目の当たりにして、自分は煙が上がっている方角へと睨みつける。

 

『───先輩、行くんですね?』

 

自分の考えている事が分かったのか、BBはその目を鋭くして自分に問いてくる。

 

行くなと、戦うなと、彼女の瞳は自分の身を案じているかの様に、まっすぐと此方を見てくる。

 

その問いに自分はそうだ、と一言返す。自分はシンフォギアの奏者ではない。ノイズの一撃をマトモに浴びればその瞬間灰となって消える事だろう。

 

勿論怖い。戦えば無傷で済む訳がないのだし、サーヴァントの無い自分では精々時間稼ぎ程度が関の山だろう。

 

だが、以前桜にも言ったがここで何もしないでいる事の方が余程自分には耐えられない事なのだ。

 

それに約束もした。翼さんが復帰する合間、自分も協力するのだと。

 

……というか、翼さんが入院している原因が自分達にあるのだと知っている身としては、このまま逃げるのは余りにも気が引ける。や、マジで。

 

だから自分が時間を稼いでいる合間、BBは皆に連絡をしてくれ。そう頼むとBBは深い溜息を吐き出し。

 

『分かりました。───ですが、無理だけはしないで下さい』

 

BBの言葉に了解と返し、ノイズが発生したと思われる地点に向かって駆け───。

 

『と、その前に餞別です。先輩が連中と話をしている合間、暇だったのでシンフォギア・システムの概要と情報をハックし、それを基に先輩用の礼装に仕立て上げました。存分に使って下さいね♪』

 

BBのその言葉を最後に、彼女の姿は自分の携帯から姿を消す。すると入れ違いに携帯の画面に礼装召喚アプリの起動画面が浮かび、そこには今まで見たことのない礼装の銘が書き込まれていた。

 

まさかあの短時間で新たな礼装を作り上げるとは……流石はムーンセル(仮)に於ける超級のAIだ。

 

ひとまず彼女の問題発言は置いといて、ここにきて新たに実装された礼装の説明に目を通すと……。

 

 

 

……え? 何これ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 ノイズが発生されたとされる地点。聖遺物の融合症例第一号である立花響は、弦十郎の制止も聞かずに単身ノイズの群と相対していた。

 

その身にシンフォギアを纏い、ノイズの恐怖に抗いながら懸命に立ち向かう姿。それは未熟ながらも彼女の覚悟を明確に表していた。

 

「私が、やらなくちゃ! 翼さんの分まで、奏さんの代わりに───私が!」

 

ここにはいない風鳴翼の為、自分を庇って逝った天羽奏の代わりに、少女は戦わなくちゃと自己暗示の様に呟く。

 

その言葉に、想いに嘘はない。だが……それ以上に歪だった。

 

 故に、弦十郎は響の出撃に待ったを掛けた。今の立花には無理だと、体ではなく、心が悲鳴を上げて入ることに気付いて、だから行かせられないと、現在彼は立花響の救出に向かって行動を起こしている。

 

だが、それでも彼女は変わらない。二年前の惨劇と、その後に彼女を待ち受けてきた仕打ちを経て、彼女には無意識のレベルにまで浸透したある観念が刻まれてしまっている。

 

「お前達なんかに……負けるもんかぁぁぁ!!」

 

少女が……吼える。その手を拳に変え、目の前のノイズに特攻を仕掛けようとした───その時。

 

 

 

 

 

 

 

『待てぇぇぇい!』

 

 

 

 

 

 

戦場に声が響きわたる。その声に響もノイズすらも行動を止め、声の聞こえて来た方角へ視線を向けると……。

 

夜間の高速道路を照らす街灯の一つに、月を背にその人物は佇んでいた。

 

『力なき者、罪なき者に対する不条理な暴力。人それを悪という』

 

全身を覆ったパワードスーツ、顔を隠したフルフェイスの仮面。首に巻いたマフラーが風と共に緩やかに靡く。

 

その風体はまるで彼女の友人が良く口にする特撮のヒーローのようで、月の光に反射し、淡く輝くその姿に響は思わず見とれてしまった。

 

「だ、誰!?」

 

我に返った響が乱入者に問いかける。響の問いにソレは街灯の上でビシリと空を指さし。

 

『天に星、地に花、人に愛。月光戦士ザビエル仮面、呼ばれなくとも即参上!』

 

『月に代わって……お仕置きだ!』

 

バーン! とそんな効果音が聞こえてきそうな登場だったと、ここに追記しておく。

 

 

 

 




ザビエル仮面、一体何者なんだ!?(棒


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防人

今回、何気に白野君単独の初戦闘です。




 

 

 

 

 

 時が───止まった。

 

群を成して跋扈するノイズ達も、ノイズ達に懸命に抗おうと闘志を燃やしていた響ちゃんも、アングリと口を開いて呆然として此方をみている。

 

その気持ちは分かる。緊迫した空気にこんな特撮ヒーロー被れの格好をした輩がいきなり現れたりしたら、誰だってこうなる。……まぁ、此方の空気を読んでだのか、ノイズ達が固まってい動かないでいるのが意外だったが……。

 

というかBBさん、何故にこんな形の礼装にしたのですか? 貴女なら盾とかもっと他にやりようがあったと思うのですが?

 

『はぁ? 何を小生意気な事を抜かしているんですかこの最弱さんは、いいですか? おバカな先輩に分かり易く説明すると、その礼装はシンフォギア奏者が唄う際に発生させるフォニックゲインことFG力場をその鎧で応用する事でカバーし、出力そのものは落ちるものの、ノイズの攻撃にある程度の耐久力を備えさせているのです。しかも身体強化の術式も施されているし、更には他の礼装も最大二つまで同時使用が可能な優れ物。そんなBBちゃんの画期的過ぎる礼装にケチ付けるなんて、ホント先輩はおバカさんですねー。大体、盾なんて碌に使ったこと無い癖にどうして実戦で使えると思ったのですか?』

 

BBからの一切の容赦のない説明にグウの音も出なくなった自分は掠れる様な声でごめんなさいとしか言えなかった。……泣きそうだ。

 

まぁ、それだけの性能が積んであるのならこの格好にも納得がいく。それに、ある程度ノイズの攻撃が無効化される事には素直に有り難い。

 

他にも二つも礼装が使えることも強みだし、BBの拘りが垣間見える。

 

ありがとうとBBに礼を言って自分は跳躍し、礼装の恩恵で強化された身体で難なく着地する。

 

周囲を見渡せばそこにはやはりノイズの群、逃げ場を無くし、ジワジワと滲り寄ってくるノイズ達を前に自分は未だに呆けている響ちゃんに声を掛ける。

 

────ボーッとしてると危ないぞ! そう声高に叫ぶと、我に返った響ちゃんは予想通りに混乱しながら自分に問いかける。

 

「え? え? その声、まさか……白野さんなんですか!? え? ど、どうしてここに白野さんが……それにその格好は一体」

 

質問は尤もだが今この場で説明している暇はない、兎に角今はノイズを片付けてからだと言い放った後一言付け加える。

 

───今の俺は岸波白野という没個性の人間ではない。月光戦士ザビエル仮面だ!

 

「は、はぁ……」

 

やや困惑気味の響ちゃんの返答を聞き流しながら、改めて自分はノイズの群に攻撃を開始した。左腕部に組み込まれた携帯にコマンドを入力し、この世界にきて新たに使用可能となった礼装“破邪刀”を出現させ、両手に持ち替えてノイズ達と睨み合う。

 

……BB、アーチャー達とはまだ連絡とれないのか?

 

『今先程、アーチャーさんとセイバーさんが仕事場から此方に駆けつけている模様です。合流まで凡そ五分、凌げますか?』

 

五分。その間、この場は自分と響ちゃんだけでやるしかない。響ちゃん、イケるかい?

 

「わ、分かりませんけど精一杯頑張ります!」

 

本人のやる気は結構だが、戦いの場はやる気と根性だけでどうにか出来るほど甘くはない。最悪響ちゃんをフォローしながら戦わなくちゃならない現状に額から嫌な汗が流れる。

 

良く考えれば自分だけの力だけで戦うのは今回が初めてなのかもしれない。慣れもしない単独の戦闘に呼吸が徐々に荒れていくのが分かる。

 

いつもはアーチャーやセイバー達の背中を見ながら戦っていた……しかし、実際自分が戦うとなるとこうも空気が重くなるものなのか。

 

彼等はいつも、こんな空気の中で戦っているのか。戦場という死合いの場で自身が呑み込まれ掛けた時。

 

『……先輩』

 

ふと、耳元に彼女の声が聞こえた。

 

『大丈夫です。先輩には、私がついていますから』

 

その言葉にいつの間にか安心したのか、刀を握る手に力がこもる。呼吸も収まり、震えも止まった事から、いよいよ自分の覚悟も完了できた。

 

一度大きく呼吸をしたのち……。

 

────行くぞ!

 

叫びとも呼べるその一言共に、響ちゃんと自分は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズ発生地点から少し離れたビルの屋上。月が照らすその場所に二つの影がノイズの群と戦う二人を観察していた。

 

「ほぅ、あの坊主。ちっと見なかった間に大分マシになってきたじゃねぇか」

 

「戦場の空気に呑まれてどうなる事かと思ったが……こりゃ杞憂だったみたいだな」

 

赤い槍を携え、その目を猛犬の如く鋭くさせる男の口元は獲物を見つけた肉食獣の様に愉快に歪める。

 

隣人の様子にいち早く気づいたもう一人の男はヤレヤレと呆れ気味に肩を竦め、槍の男を戒めるように口を挟んだ。

 

「あまり逸るなよ。まだ嬢ちゃんからの命令は下されてねぇんだ。勝手な行動で此方の情報を与えるのは得策じゃねぇだろ?」

 

「わぁってるよ。……それに、いつかアイツ等とはまたやり合う事になるんだ。今の内に相手がどの程度成長したか見ておくのも悪かねぇだろ?」

 

「全く、おたく等はホントそういうの好きだよねぇ。英雄の性って奴か?」

 

「さてな、……さて、そろそろ行くとしよう。嬢ちゃん達もそうだがあの女狐ももうじき動く頃だ。下手に動くのは今日限りだ」

 

「最初に様子見に行こうって言い出したのはそっちだろ。……へぇへぇ分かりましたよ」

 

 他愛の無い話をするように、男二人は屋上から飛び降りる。人々の目に止まらぬ速さで街中を駆け抜く二人は瞬く間に夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

 響ちゃんの無造作に振るわれた腕がノイズに激突する。彼女の纏う鎧がノイズに対する絶対的な武器となって、振り抜かれると同時にノイズは炭となって消えていく。

 

対する此方も刀を上下左右に振り抜いてその度にノイズを両断し、灰にしていく。

 

無論、ただ無抵抗にやられる程ノイズは大人しくない。形状に固執しないノイズ達は時にその身を弾丸として撃ち出され、此方に目掛けて襲いかかってくる。

 

ノイズに触れるだけで死を意味する此方からすればそれは不可避な死が無数に飛び込んでくるのと同義。通常の人間ならば胸を貫かれてノイズと共に炭化となってしまうだろう。

 

だが、それは既に一度見た。最初に破邪刀の試験運用で目撃したノイズの攻撃に自分はそれに合わせ、出来るだけ無駄な動きを省き、最小限の行動で横に体を逸らし。

 

────一閃。どうにかカウンターを合わせられ、自分は次も同じ要領でノイズ達を斬っていく。

 

確かにこのノイズの攻撃は危険だ。一つ一つが弾丸の様に速く、普通の人間では初見で捉えるのは困難だろう。

 

だが、生憎こちらは弾丸などよりも速い剣撃に毎日叩き込まれている身だ。アーチャーの攻撃に比べたらノイズの攻撃も───スローに見える。

 

「岸波さん……すごぉい」

 

関心している響ちゃん。そんな彼女の背後にノイズがいる事に気付いた自分はすかさず彼女に指示を送る。

 

響ちゃん、後ろ回し蹴り!

 

「え!? は、はい!」

 

自分の指示に驚きながらも従ってくれた響ちゃんは、自分の蹴りで倒せたノイズに自身が一番驚いていた。

 

気を抜かないでと彼女を叱咤しつつ、自分は常に周囲に気を配りながら戦闘を続けていく。そしてどうにかノイズの数が半分を切った所でBBからの通信が入ってきた。

 

『先輩、ノイズが一カ所に集中しました。チャンスです!』

 

言われて見ればばらけていた筈のノイズが一点に留まりっている。纏めて突っ込むつもりなのだろうか、しかし、それは此方にとって好機だった。

 

破邪刀の腹を左腕にすり合わせ、撫でる様に振り下ろすと、破邪刀の刀身に淡い魔力の光が宿っている。

 

“空気撃ち一の太刀”攻撃用のコードキャストとして使ってきたこの礼装を破邪刀と合わせて一つの攻撃手段として成り立たせる。

 

────その名も

 

「必殺! 月光(ムーンライト)スラッシュ!!」

 

魔力の斬撃に破邪の力を付与させた一閃。横凪に放たれたその一撃は射線軸上のノイズを一掃させて爆破。

 

灰となって消えていくノイズ達を見て、どうにか切り抜けたかと安堵した……その時だ。

 

「き、岸波さん! 上!」

 

響ちゃんに言われて上を見上げると、今度は大型の巨人型ノイズが自分たちの前に現れた。

 

デカい。情報でこそ知ってはいたが、いざ目の前にしたら改めて分かる大型ノイズの大きさに戦慄した時。

 

それは、どこからともなく聞こえてきた。

 

戦場にいながら場違いだと思いながら聴き入ってたのは────歌。

 

巨大なノイズの頭上から淡い青の光が灯った瞬間……次いで、巨大な剣が大型ノイズを両断した。

 

何が起こった? 爆風に煽られながらも何とか踏みとどまった自分の前に現れたのは……。

 

「───防人、風鳴翼。遅ればせながら戦場に参上仕った」

 

普段のアイドルとしてではなく、自らを防人として名を語る彼女は────。

 

いっそ、痛々しい程の剣気を身に纏わせていた。

 

 




この世界における日曜朝のテレビ番組表。

『カレイドライナーマジカルはくのん☆』

『呪装戦隊タマモナイン!』

『ヤンキュア♪サクラファイブ♪』

『月光戦士ザビエル仮面!!』

の四本と、お昼には『アーチャー三分クッキング』が予定されております。



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トラウマ

この頃の防人さんは荒れているので、ちょっとアレな描写になっています。

ですが、今回限りですのでどうかご容赦下さい。


 

 

 

 

 風鳴翼。戦場に舞い降りるその姿は宿り木に降りる鳥の様に軽やかで、響ちゃんも自分も一瞬だけ見とれてしまっていた。

 

確かに彼女は美しかった。先程耳にした歌といい、戦場の歌姫という言葉が似合いそうな程に彼女の奏でる戦慄は苛烈だった。

 

戦場に身を置く彼女の雰囲気は……まるで剣気。常に周囲に気を配り、同時に敵意を振りまくその姿は───言うなれば抜き身の刀身。研ぎ澄まされた彼女の剣気は近寄ったモノを切り刻む鋭さが垣間見えていた。

 

だけど……否、だからこそ思う。薄く、鋭く尖った刃は相手を切り刻むと同時に、自身が折れる要因にもなりうると。

 

諸刃の剣。鋭い視線をぶつけてくる彼女───風鳴翼に岸波白野はそんな印象を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、ノイズは粗方片付いたか」

 

 爆散し、燃え盛るノイズを見て風鳴翼は全てのノイズを片付けた事を確認する。凛とした佇まい、歌い手の時とはまるで別人のようで……けれど、その上で美しいと思える自分は堂々たる姿勢を崩さない彼女の姿に暫し見とれていた。

 

『なぁ~にが片付いたか(キリッ)ですか。後からシャシャリ出てきて美味しい所だけ持って行くとか、どこの大御所ですか。歌姫とか言われて調子に乗ってるんですかねぇ?』

 

なにやらやたら苛立っているBB、何がそんなに気に入らないかは知らないが今この場は自重して欲しい。……何だか、彼女───風鳴翼の様子がおかしいのだ。

 

余裕がないというか、切羽詰まっているというか……初めて会った時よりもより険しい表情をした彼女の顔を見て、少しばかり不安に思った時。

 

「あ、あの! 翼さん、私、今は全然頼りなくて足手纏いかもしれませんけど……きっと、絶対強くなって見せますから! だから、私と一緒に戦って下さい!」

 

響ちゃんが自身の決意を言葉にしながら前に出た。確かにこれから戦う仲間ならば響ちゃんのような素人では一緒に戦う者としては不安で仕方ないだろう。

 

だが、彼女の周囲にはそんな響ちゃんを応援してくれる人達が多くいる。弦十郎さんも面倒見のよさそうな人だし、きっと響ちゃんの良き師になってくれる事だろう。

 

『何を人事みたいに言ってるんですか先輩。アナタだって素人に毛が生えたようなモノで彼女と大差ないじゃないですか』

 

BBからの鋭い突っ込みに凹んでしまう。……フルフェイスの仮面で良かった。今の自分の顔を見られたら響きちゃん達の生暖かい視線を受ける事は避けられない運命になる所だった。

 

さて、そろそろ帰るとしよう。ノイズ達の反応も完全に消えた事だし、後片付けは二課がやってくるようだし、自分もいい加減腹が空いてきた。アーチャーとセイバーも此方に来ているようだし、此方から向かうのもいいだろう。

 

翼さんの事は気になるが、ここから先は彼女達の問題だ。自分は早いところ退散しようかなと踵を返した時。

 

「……そうね、私とアナタ───“一緒に戦いましょう”」

 

ドクン。と、彼女の言い放つその科白に胸の鼓動が一瞬高鳴り、背筋にゾワリと悪寒が走った。

 

振り返ればそこにあるのは呆然と佇む響ちゃんと、そんな彼女に刃を突きつける風鳴翼が対峙するように佇んでいた。

 

響ちゃんに向ける翼さんの敵意……否、彼女の纏うソレは最早殺気に近かった。

 

「……え?」

 

初めて向けられる殺意に未だ混乱から抜け出てない響ちゃん。そんな彼女の間合いに踏み込んだ風鳴翼は容赦のない一撃を彼女に向けて振り下ろされた。

 

ガキンッ! 響ちゃんに翼のさんの刃が届く前に自分の持つ破邪刀がどうにか割り込む事に成功。ぶつかりあう刃金が火花となって飛び散る様に響ちゃんは漸く我を取り戻し、同時に彼女は地面に尻餅を着く。

 

「……何の真似だ」

 

低く、それでいて冷たい声を発する目の前の風鳴翼に背筋が凍り付く。……間違いない。今彼女は本気で立花響を斬ろうとした。

 

兎に角一度彼女を落ち着かせねば、鍔迫り合いの状態で此方から話を切り出そうとした時、まるで此方の意図を読んだとばかりに後ろに飛び退き、その剣を上段に構える彼女の姿勢は此方の話を聞き入れようとしない拒絶の意志が色濃く見える。

 

『先輩、今キャスターさんとリップを追加で呼びました。出来るだけそこの歌姫気取りを長く足止めして下さいね♪』

 

そしてこちらは此方で怒りメーターが振り切れていらっしゃる。というか、何故にその組み合わせをチョイスした!?

 

声色こそいつもと変わらない……いや、寧ろ機嫌の良さそうにテンションを上げているBBにおっかないと感じる一方で、翼さんは先程よりも敵意を強めて此方に睨みつけてきた。

 

「……もう一度訊く、何の真似だ?」

 

先程よりも低い声色で訊ねてくる翼さんに自分も言葉を口にする。それは此方の科白だと、すると自分の声に一瞬驚いた素振りを見せた彼女は今ので自分の事が誰なのか理解し、けれどその上で敵意を微塵も緩めないまま言葉を口にした。

 

「岸波白野、そこを退きなさい。私が用があるのはそこの後ろに隠れている立花響だけだ」

 

剣を突きつけて威圧感を増してくる彼女に自分はそれは出来ないと簡潔に返事する。

 

それに気を悪くしたのか、歯をギシリと食いしばった。何故そこまでして敵意を剥き出しにしているのか、歌手としての風鳴翼しか知らない自分には分からないが、それでも彼女の行動は間違っていると断言出来る。

 

だから思い切って訊いてみた。何故響ちゃんをそこまで敵視するのか、何故戦いの素人の彼女をそこまで嫌悪するのか。

 

その自分の質問に返って来たのは……より強い敵意と刃だった。

 

「そう、その者は素人だ。戦いへの意義もなく、戦場に赴く覚悟もなく。───なんの覚悟も道理のない者が……奏のギアを纏うなぁぁぁっ!!」

 

それは叫びというには剰りにも荒々しく、そして痛々しく聞こえた。目尻に涙を滲ませた彼女はソレを振り払う様に首を横に振った後、跳躍し、自身の周囲に青白く輝く無数の剣を出現させた。

 

まるでウチの英雄王の様な攻撃だと驚くと同時に戦慄する。

 

あれだけの剣が此方に一斉掃射されたら自分だけではなく響ちゃんにまで被害が及ぶ。未だに彼女の怒りの原因は突き止められないが、止める事が出来ない以上逃げる他ない。

 

急いで響ちゃんを連れてこの場から離れなければ。そう思い足に“強化スパイク”の礼装を装着させ、未だに腰の抜けた彼女に向けて走り出そうとするが……動かない!?

 

どれだけ力を込めても微動だにしない自身の身体に不思議に思い、唯一自由の利く首を動かしてチラリと背後を見れば、月の影で伸びた自分の影に一本の小さい剣が突き刺さっていた。

 

どこかの忍者漫画にこんな風に敵を縛る術があったなと呑気に考える暇など……当然あるはずもなく、頭上からは千に昇る剣の雨が降り注げられていた。

 

既に逃げる場所も手段もなく、指一本すら動けないまま串刺しになろうとした時、自分は声を上げた。

 

逃げろ。腰が抜けて動けないだろう響ちゃんに無理だと分かっていながら声を掛ける。

 

すると自分の声に反応した響ちゃんが我に返って立ち上がる。良かった、これで彼女だけでも逃げられる。そう思った自分の思考は次の瞬間、驚愕の色に染め上げられる。

 

逃げるべきは彼女なのに、まるで自分を助けようと手を伸ばして駆け寄ってくる響ちゃんに自分は恐らくこの日一番の驚きを見せていた事だろう。

 

無数に飛んでくる剣を前に自ら飛び込んでくる響ちゃん。───そして、後に千の落涙と呼ばれる剣の軍勢に呑まれそうになったとき。 

 

赤と白の閃光が、千の剣勢達を無造作に吹き飛ばした。

 

「やれやれ、マスターがノイズに特攻を仕掛けるなんて話を訊いたから急いで来たものの、一体これはどういう状況だ? 説明を頼むマス……ター?」

 

「むむ! 見たことがある奴だと思えば、風鳴翼ではないか! 何故このような所に……ハッ! まさかこれが歌って踊れて戦えるというGEINOUKAI裏の三拍子という奴か!?」

 

地面に降り立ち、二人が現在の状況に困惑する中、自分は安堵のため息を漏らす。

 

アーチャーとセイバー、二人の到着にどうにか危機的状況を脱せた。取り敢えず身動きがとれない内は説明も何も出来ないので、アーチャーに影に突き刺さった剣を抜いて欲しいと頼む。

 

剣を抜かれ、どうにか身体の自由を取り戻せた自分は、二人への事情説明の前に、呆然と立ち尽くす響ちゃんに向き直り、大丈夫かいと声を掛ける。

 

「は、はい! お陰様でどうにか……」

 

怒濤の状況変化の連続で思考が追い付けていない響ちゃんに苦笑いしながら休んでてと促す。アーチャーも計りかねている状況に眉を寄せているし、そろそろ落ち着いて話をしようかと思った矢先。

 

「き、貴様は! 先日のミュージック広場に出てた……っ!」

 

カタカタと刃を持つ手を震わせながら、翼さんがセイバーに指を指していた。

 

怒り? いや、確かにそれもあるだろうが今彼女が胸の内に宿している感情はもっと別のものだ、

 

恐怖。彼女が何故セイバーに対してそこまで怯えているのかとセイバーに訊ねると……。

 

「うむ。あの時は“すたっふ”や他の“きゃすと”達が余達の美声に酔いしれて眠ってしまってな。“しゅうろく”は中止、そこの風鳴翼との決着は付けずじまいに終わってしまったのだ」

 

へー、ソウダッタンデスカー。

 

セイバーの説明にその時の状況が目に見えて思い浮かべる事が出来た自分は、当時その場にいたであろう翼さんに同情の目線を向ける。

 

「だが、ここで出会ったからには都合が良い! ランサーも呼び、今ここであの時の決着をつけようではないか!」

 

どうやら日本の歌姫と言われている翼さんに相当ライバル意識を持っていたのか、ドコから取り出したのか、その手には既にマイクが握り締められていた。

 

ビシリと翼さんに指を突きつけて挑戦状を叩きつけるセイバー。対する翼さんはガタガタとその身体を震えさせ、目尻に涙を浮かべ、顔は死人の様に真っ青になっている。

 

そして、次の瞬間───。

 

「………きゅ~」

 

翼さんは白目を剥いて、そのまま地面に仰向けになって倒れ伏した。

 

「え? え!? 翼さん!?」

 

突然倒れた翼さんに驚愕しながら駆け寄る響ちゃん。混沌と化した現場、唯一事情説明が可能な私こと岸波白野がとった次の行動は────。

 

響ちゃん、後はお願いね。

 

「………へ?」

 

撤退。ノイズも片付け、ひとまずやるべき事を終えた自分はアーチャーとセイバーと一緒にその場から離れる事に決めた。

 

決して事情説明が面倒になったとか、匙を投げたのではない。

 

何故なら───そう! 月光戦士ザビエル仮面は戦闘に時間制限があるのだ!

 

正体を隠すためにもここは一度引き返さなければならない。お腹も空いたし。

 

「……まぁ、気持ちは分からなくもないがね」

 

アーチャーから同情の科白を受けつつ、取り敢えず今日の所は大人しく拠点に帰るザビエル仮面でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、漸く彼が来てくれましたか」

 

「分かっています。抜かりはないよう、万全の体勢で事にあたります」

 

満天の星空。人気のない工場で少女はその口を嬉しそうに歪ませ。

 

「……ミスター白野。アナタに星の導きがありますよう」

 

今は離れた想い人に星の加護の祈りを捧げるのだった。

 

 

 




最後に出てきた人物に関しては分かってしまった人は心の叫びだけに止めてくれると嬉しいです。

何スロットなんだ!?的な感じで


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推測、銀髪、お好み焼き

久々の更新。暫くは此方をメインにしたいと思います。


 

 

 

 

 

「ほぅ、単なる偶像の小娘かと思っていたが……風鳴翼、中々見所のある女ではないか」

 

 翌朝、久し振りに皆が会した食堂で昨夜の出来事を説明した際に、ギルガメッシュが愉悦に満ちた笑みを浮かべてそんな事を口にした。

 

朝っぱらから気が滅入りそうな事を言わないでくれ、自分のそんなささやかな抗議も英雄王様には当然届かず朝の新聞を読みながらニヤニヤしている。

 

「しかし、相変わらず厄介な事に巻き込まれるなマスターは、一度祓って貰った方がいいのではないかね? 丁度専門家が要ることだし」

 

「ちょっとアチャ男さん、人を軽い女の様な物言いは控えて下さいまし。それに今回を限って言えば厄介ごとの元凶はどうやらその風鳴翼ご本人あるご様子。お祓いとか正直めんど……もとい、祓うよりも直接的な対応で済ませれば良いのです。より具体的に言えばここにいるメンツでフルボ……」

 

そこまで。何だか興奮し、物騒な事を言い出すキャスターに待ったを掛ける。彼女の言いたい事も分からなくはないが、それでも実力行使で黙らせるのには少し急すぎる結論だ。

 

此方はまだ彼女の事情を知らないのだ。一方的的に話を決めつけるのは少し早急と言うものだ。

 

「問答無用で襲い来る相手に事情とか、相変わらずそういう所は甘いわね。岸波君は」

 

呆れ顔でそう言ってくる遠坂に自分は苦笑う。確かに人が好いかもしれないが、それ以上に気になる事があると言った方が正しい。

 

「気になる事?」

 

遠坂の問いに自分は頷いて見せる。あの時の風鳴翼は自分の知るアイドル歌手ではなく、まるで一振りの日本刀の様なただずまいだった。それなのに……いや、だからこそその時の彼女の言動が解せなかった。

 

天羽奏。確か二年前まで風鳴翼と共に“ツヴァイウィング”として活動していた歌手として知られていた女性だ。風鳴翼と天羽奏は揃って人気の歌い手であり、当時はトップアイドル、アーティストとしても破格の実力を持っており、あの頃の輝きはファンにとって色褪せる事のない記憶としていつまでも残っている事だろう。

 

「随分ツヴァイウィングについて詳しいんですね先輩。いつのまにそこまでの情報を入手したんですか?」

 

どうやら自分の解説に驚いたのか、お茶を持ってきた桜が目を丸くさせて訊ねてくる。

 

何、そんな大層な話ではない。この岸波白野もまたツヴァイウィングの熱烈なファンだという事さ、因みに映像記録も既に入手済みである。プレミア価格が付いていた為、手に入れるのに相当苦労したが。

 

腕を組んで目を瞑り、シミジミとその時の事を思い出して語っていると、ふと視線を感じた。目を開けてみるとそこには自分を引いた目で見てくるサーヴァント達。

 

ゴホンと咳払いをして話を戻す。ともあれ、昨夜の風鳴翼の攻撃的な言動はツヴァイウィングの天羽奏、そしてガングニールの奏者となった立花響ちゃんが関係しているのは間違いないと思う。

 

するとそこで何か思う事があったのか、今までニヤケ面だったギルガメッシュが新聞を畳んで席を立ち、窓ガラスの方へ歩みを進め、そこから見える街並みを見下ろしながら愚痴をこぼした。

 

「ガングニールに天之羽斬りか、欠片とはいえ神槍や神刀を扱うとは雑種共の貪欲さには呆れ果てるな。だが、それはそれで愛で慨があるというものよ」

 

その呆れと彼特有の悦に満ちた表情に自分はやれやれと溜息しか出なかったが、同時に頼もしく感じた。

 

 そんなギルガメッシュをさておいて、自分は最後にもう一度話を進める。立花響、風鳴翼、ツヴァイウィングに……そして、天羽奏、この要因にもう一つキーワードがあるとすれば───それは二年前、ツヴァイウィングが最後に公演したあの舞台とその後に起きた“事故”が先程の要因を繋げる決定的な鍵となる事だろう。

 

「二年前? そういえばさっきから二年前ってのが良く出てくるわね。その二年前に一体何か起きたのかしら?」

 

質問してきたのは何気に初めてこの食堂に集まったメルトリリスだった。彼女の質問を機に全員の視線が自分に集まる。

 

……自分達がこの世界に来てまだ数ヶ月しか経っていないし、当時の出来事はファンの間でも、社会としてもタブー扱いされていた為、アイドル活動に忙しい彼女達では知るには難しい事柄だろう。

 

幸い……といえばいいのか分からないが、ツヴァイウィングのファンである自分はこの世界にきて僅か一週間足らずで二年前に起きた事件を知る事が出来た。

 

 二年前、当時のツヴァイウィングは人気絶頂の中、多くのファン達の歓声を浴びながら歌を歌った。その歌声に観客は感動し、魅了され、彼女達を讃えた。

 

何もかもが上手く行っていた。アイドルとして、歌い手として、そして……風鳴翼の言う防人としても、大歓声を上げる観客達相手に熱唱できた事を、心から嬉しく思えていた事だろう。

 

───そう、“ノイズ”が現れるまでは。

 

特異災害であるノイズは唐突に出現し、人間を索敵し、殺害する。この人間に対する破壊者であるノイズの登場に観客たちはパニックを起こしたという。

 

ノイズの襲来に多くの市民は死亡。だが、それ以上に酷いのはノイズによって殺害された人よりも、パニックを起こした人々によって亡くなった人の数が多いという事実だ。

 

「……パニック現象を起こした人間はその思考が著しく低下する傾向がある。我先へと逃げ出す人間が倒れた人間を気にも留めずに踏み殺していく。良くある話だな」

 

どこか達観した様子で呟くアーチャーに食堂は静まり返る。そう、そしてその死亡者の中に天羽奏の名前もあるという事だ。

 

「……成る程、大体読めてきたわ。風鳴翼が立花響を異常なまでに敵視する理由が」

 

「え? え? ど、どういう事なの?」

 

全員が納得し始めた頃、唯一分からないといった人物が一人、メルトリリス同様初めて食堂で顔を合わせることになったパッションリップである。

 

辺りを見回しながらどういう事なのかと口にする彼女だが、その度に激しく揺れる二つの物体に目が往く……ゲフンゲフン。

 

隣の桜の視線がキツくなってきたのを察知し、瞬時に話を続ける。

 

ツヴァイウィングである風鳴翼は天之羽斬りの奏者だった。同じツヴァイウィングとして活動していた天羽奏が無関係とは思えない。

 

 ここからは推測に過ぎないのだが、恐らくは天羽奏もシンフォギア奏者で、しかもガングニールの奏者だったのではないのかと考えられる。

 

そして現れたノイズと戦う最中に死亡、その時に立花響ちゃんにガングニールのシンフォギアが何らかの形で継承されたのではないかと自分は考える。

 

根拠としては昨夜、翼さんが響ちゃんの纏うシンフォギアを見て激しく怒りだしたのが理由なのだが……。

 

「確かに、少し無理矢理感は多少するけど、そう考えるとしっくり来るわね」

 

「流石は我が奏者よ。僅かな合間にそこまでの解を導きだせるとは、我が師セネカに勝る知将ぶりよ!」

 

煽てるセイバーを制止しながら再び話を戻す。先程も言ったがこれらの話は所詮自分主観の推測に過ぎない。決め付けるのは早急だし、これからまた時間の合間に調べていこうと思う。

 

「ま、妥当な所ね。あちらさんも色々複雑そうだし、下手に干渉すれば此方にとっても余計な火種になりかねないわ。岸波君も込み入った話をする時は必ず私か貴方のアーチャーに一言相談しなさい」

 

凛の忠告にそうだなと頷き、時計を確認する。そろそろバイトの時間だ。席を立って食堂から出ようとした自分にギルガメッシュから声が掛かる。

 

「雑種、貴様の推測だが確かに我もそれはそれで間違いはないと同意してやる。だがな、果たして問題はそれだけかな?」

 

視線だけを此方に向け、不敵な笑みを浮かべるギルガメッシュに自分はどう言うことだと訊いた。すると英雄王は更に口角を吊り上げながら。

 

「立花響という雑種、アレもアレで相当屈折した感性の持ち主だと我はみるが……贋作者、貴様はどう思う?」

 

「………………」

 

響ちゃんに対して気になる事を口にしながらアーチャーの方を見る。アーチャーはアーチャーでギルガメッシュの言葉に耳を傾けず、目を伏しているが…………なんでだろう、その姿勢が彼のギルガメッシュに対する答えを言っている様な気がしてならない。

 

二人の言動に引っかかる部分はあるが……いい加減バイトに向かわなければ遅刻してしまう。後ろ髪が引かれる感触を残しながら、朝から憂鬱な話題をふってしまった皆に侘びを言いつつ、自分は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ岸波君、お店の方は任せたよ」

 

 原付バイクに跨がり、買い出しに出掛ける店長を見送りながら、自分はフラワーに入って作業に戻る。

 

時刻は既にお昼を過ぎ、賑わっていた店内も今はすっかり大人しくなった。最早手慣れた皿洗いに没頭しながら自分の頭には今朝のギルガメッシュの台詞が思い出されていた。

 

立花響ちゃん。普段は明るくて気さくな彼女だが、もし自分の推測が当たっていれば二年前の事故で彼女もツヴァイウィングの最後の舞台となった会場でノイズと遭遇していた事になる。

 

……ノイズという死の恐怖と遭遇した。それだけでも彼女に掛かる心労は計り知れない。だというのに当時の世論、遺族達は死亡の半数以上がパニックに陥った市民達の所為だと知るや否や、怒りと憎しみの矛先を生き残った人々に向け、酷い批判を浴びせた。

 

何故お前が生きて息子は死んだ。娘を返せ、孫を返せ、と様々な罵倒を浴びせ、侵害し、罵った。

 

政府も生き残った市民に特別手当や処置を施したが、コレが却って世論を煽る結果となり、更なるパッシングを受けた事になる。

 

生き残った市民、もし響ちゃんもその一人だとすればその時の彼女の心の内は……。

 

 ……深い溜息が陰鬱となった気持ちと共に吐き出される。接待業をしている事を一瞬忘れてしまった自分を戒めながら店内に誰もいない事に安堵しながら再び作業に戻る。

 

と、その時だ。ガラガラと店の戸が開かれ、一人の少女が来客する。……珍しい事があるものだ。この時間帯ならいつもは人が殆ど来ないから。

 

綺麗な銀髪の髪を二つに纏めた少女はキョロキョロと辺りを見渡しながらカウンターの席に座る。……外人さんかな? 綺麗な顔付きだし、身なりも上品、どこかのお嬢さんかなと思いつつご注文は? と訊ねる。

 

「へ? あ、あの! 私は!」

 

 突然挙動不審になる少女に目を丸くなってしまうが、なに、動じる必要はない。既に店長からは外人のお客様に対するマニュアルも叩き込まれている。

 

少女の近くに置いてあったメニュー表を手に取り、分かり易く説明するが…この場合、英語で合ってるのか?

 

一応外国の言葉ならそこそこ話せるが……何せ付け焼き刃の言葉だ。正確な発音が出来ているかはあまり自信がない。

 

けれど少女の方は不安になる自分とは対照的に徐々に落ち着きを取り戻していく。最終的には身振り手振りで説明をする自分を冷めた目で見る程だ。

 

流石店長のマニュアルだ。対応度の高さは半端じゃない。

 

「………じゃあ、これをくれ」

 

少女の指さすメニューを確認し、畏まりましたと告げてお好み焼きを作る。

 

その際にただ待たせるのはどうかと思い、沈黙の店内を賑わせる為ラジオを付ける。

 

ラジオから流されたのはタイミングが良かったのか、最近色んな意味で話題の風鳴翼の音楽が流れて来た。

 

昨夜はあんなことがあったが、やはり彼女の歌はいい。気分も盛り上がるし陰鬱な気分など吹き飛ぶようだ。

 

だが、目の前の少女は音楽が流れた途端、表情を曇らせ、歌が聞こえた時は手を堅く握り、険しい表情で眉を寄せていた。

 

どうかしましたかと訊くと、少女は鋭い眼光を自分にぶつけ。

 

「なぁアンタ、音楽は……歌は好きか?」

 

彼女の唐突な質問に自分は曖昧な返事しかできなかった。けれど、少女はそんな事お構いなしに……。

 

「アタシは嫌いだ。歌なんて……大っ嫌いだ!」

 

震えながらカウンターを叩く少女、その瞳に強い怒りを宿した少女はお好み焼きが出来上がる前に立ち上がり、店から出ていった。

 

…………えっと、もしかしてこれ、俺が処理するの?

 

店長から店を任され、お好み焼きの焼き方もマスターし、何気にお客様に初めて差し上げる事になったお好み焼きは自分のお腹にそのまま入る事になった。

 

………お仕事って、大変だなぁ。

 

 

 

 




久々の更新。
次回も此方の話を進めたいと思います。

……多分。


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“槍”

次回に合わせて今回はやや短めです。


 

 

 

 

 

 お客様の為に初めて焼いたお好み焼きはお客様の口に入る事はなく、焼いた張本人である自分にIN。寂しさと切なさをお好み焼きと共に呑み込んだ自分は戻ってきた店長と共にいつもと変わらず店の経営の為に働いた。

 

そして夜、バイトの終了時間となって“ふらわ~”を後にし、帰路に付こうと歩き出す。

 

行き交う人々と擦れ違い、賑わい始めた夜の街の中を歩きながらふと思う。あれから響ちゃんと翼さんはどうなったのだろうか。

 

弦十郎さんからも連絡は来ていないから余計に心配だ。……だったら自分から連絡を入れるべきなのだが、昨夜の撤退の仕方がアレなだけにとても連絡する勇気が出ない。

 

何せあの場の事は全て響ちゃん一人に押し付けてしまったのだ。手を取って協力しようと言った手前、何ともしょうもない話だ。

 

『そうでしょうか? 私としてはこのまま連絡も寄越さないで勝手にやっててほしい所なのですけど?』

 

愚痴をこぼしていた自分の耳に聞き覚えのある声が届いたから携帯を取り出してみると……案の定、BBが呆れ顔でディスプレイに映っていた。───なんか、メルトリリスやパッションリップがリアルを満喫している為か、最近彼女ばかり自分の携帯にいる気がする。

 

『そもそも、あちら側の要求はあの歌姫気取りの女が復帰するまでの合間だけ、風鳴翼がシンフォギア奏者として復活した以上、先輩が連中に手を貸す義理はないと思いますけど?』

 

 確かにBBの言うことは正しい、弦十郎さんの言った約束は翼さんが戻ってくる合間協力体制をとる事、その翼さんが戻ってきたのなら自分が出来ることはもうないのかもしれない。

 

けれど、そもそも翼さんを病院送りにしたのは此方の所為だ。此方に非がある以上最低限の筋は通した方がいい。

 

というか、罪悪感で自分の胃がヤバい。ただでさえ翼さんはウチの問題児がトラウマになっているっぽいし、AUOもアイドル業にまだ飽きていないみたいだし、近いウチにまた出演が被りそうだし、そうなった時の翼さんの心労がマッハでヤバい事になりそうだし。

 

『先輩も苦労が耐えないですね』

 

ケラケラと小悪魔風にBBは笑うが、自分としては笑い話なんて処じゃない。弦十郎さんも本当に困っていたから自分達という不可解な輩を頼りにしているのがら、それに応えるのが最低限の礼儀だろう。

 

……よし、ここはやはり此方から連絡を入れることにしよう。向こうも自分の事について訊きたい事があるだろうし、説明も兼ねてもう一度話し合いの場を設けてもらうとしよう。

 

あの後の翼さんの事も気掛かりだし、響ちゃんにも謝らなければならないし、早いところ二人の蟠りを解くように協力しよう。

 

そういって携帯の電話ツールを起動した時……周囲の空気が異質なモノに変わった。

 

 ……人の気配がない。街灯は照らされ、店を開いている所は数多く見受けられるのに、肝心な人の姿が何処にも見当たらない。

 

異質な空気に背筋から悪寒が押し寄せてくる。頬に冷たい雫が垂れた時、ソイツは現れた。

 

「こうして近くで見てみると、色々感慨深い所があるな。あのじゃじゃ馬の嬢ちゃんと上手く宜しくしている所をみると、結構仲良く出来ているみたいだな」

 

 街の路地裏から現れる一人の男、気安い口振りとは真逆に男から発せられる空気は此方を呑み込むばかりのオーラを発している。

 

武人特有の気迫を前に自分の細胞が最大限の警邏を鳴らしてして自分に言い放ってくる。

 

“逃げろ”そう本能が呼び掛けてくるが、逃げた所でどうにもならない。寧ろ背中を向けたら最後、自分の心臓は背後から男の持つ武器に串刺しになる事だろう。

 

男の放つ気迫に呑み込まれないよう懸命に足を踏ん張らせていると、男はフッと口角を吊り上げ、不敵に笑い出す。

 

「ヘッ、この程度では臆さなくなったか、やはり成長しているなお前、成る程、嬢ちゃんが気に掛けるのも納得だ」

 

肩に担いだ獲物を手に持ち替え、男は自分に狙いを定める。その目には一片の揺らぎもなく、目の前の敵を排除する猛犬に見えた。

 

『チッ、まさかよりによってコイツですか! 先輩、逃げて下さい!』

 

携帯から聞こえてくるBBの声を耳にしながら、礼装である“鳳凰のマフラー”と“錆び付いた古刀”を装備し、男と相対する。

 

……先程も言ったが、この男から逃げる事は不可能だ。僅かでも隙を見せたらその瞬間に自分の命は呆気なく摘み取られる。

 

いや、本当はいつでも彼は自分を殺せた。彼の俊足を以てすれば自分程度の命位は易々と摘み取れる。今彼がそうしないのは……そう、彼にはまだその気がないからだ。

 

……BB、昨日の今日で申し訳ないが君は今からアーチャー達を呼びに行ってはくれないか?

 

『正気ですか先輩』

 

BBの自分を案じる言葉に頼むと返す。彼女の声から普段の余裕さがない事から、今の状況がどれほど危険な状態なのかが伺える。

 

だが、ここで二人してこの場にいてはそれこそ拙い事になる。BBは電子の存在だ。ここから皆の所には瞬間移動の如く早く行けるだろう。

 

事態を伝えれば皆の応援が来てくれる。自分はその間、死ぬ気で自身の身を守らなければならない。

 

『……すぐに戻ってきます。いいですか、絶対に無茶しないで下さいよ! 先輩にはまだ言いたいことがあるんですからね!』

 

強気な口振りでそんな事を言うと、BBは自分の携帯から姿を消す。そして次の瞬間、男の圧力が先程とは比にならないほど増した。

 

……これが、男の本気の気迫。これが英霊の本気。

 

嘗てあの月の戦いで何度も味わってきた感触に自分の手足が震えるのを感じる。

 

これが、彼等が戦ってきた者の圧力。改めてウチの問題児達の凄さを思い知ったと同時に、自分の手足の震えが収まるのが分かった。

 

……呼吸を整えろ、相手を見据え、次の行動の準備に移れ、アーチャーとの組み手の際に何度も言われた言葉を思い出しながら相手を見た時。

 

「いい面構えだ。そうでなくちゃ面白くねぇ。────行くぞ」

 

低く、唸る様な声と共に男の姿が光となる。

 

────“ランサー”嘗て月の聖杯戦争に於ける遠坂凛のサーヴァントである男は、赤い槍を手に蒼い閃光となって自分に襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ハッ!」

 

「ど、どうしたのよセイバー、いきなり大声だして」

 

「今、奏者がすこぶる拙い状況に陥っている気がする」

 

「セイバーさんもですか? 実は私も先程から尻尾の逆立ちが収まらないのです」

 

 控え室。もうじき収録の出番を控えたセイバー達は突然感じた己の第六感に敏感に反応していた。

 

マスターである岸波白野の安否をこうも過敏に察知するサーヴァントに遠坂凛は嘆息するが、対照的にセイバーとキャスターの表情は暗い。

 

「まさか、またノイズが現れたのでしょうか」

 

「考え過ぎよ。ノイズが現れたのなら普通警報の一つするものでしょう? ホントアンタらは白野君に対しては敏感ね」

 

「当然です。私の尻尾と耳は常にご主人様に関するレーダーとなっております。御主人様がフラグを建てればその度にみこーんと反応し、その都度私の乙女ゲージMAXによる超秘奥義が炸裂するのです!」

 

胸を張って主である白野に対する想いを口に出すキャスターに遠坂凛はお腹一杯の様子でゲンナリしてそうですかと返す。対してそのようなシンパシーを感じ取れなかったメルトリリスとパッションリップはそれぞれ悔しそうにぐぬぬと唸っていた。

 

「のう、真面目な話、本気で奏者の様子を見に行かなくてもよいのか? 余の癖っ毛も先程から奏者がヤヴァイとこれでもかと主張しているのだが……」

 

いつもとはらしくなく、心配そうに訴えてくるセイバーに全員の視線が集まる。鬼○郎張りのアンテナ感を見せるセイバーの癖っ毛、その様子に敢えて突っ込む真似はせず、遠坂は淡々と二人の説得を開始した。

 

「だとしても大丈夫よ。先程アーチャーに連絡を入れたら晩ご飯の買い出しの途中にアイツの迎えに行くって飛び出したわ。今頃は白野君と合流している筈よ」

 

「あぁ、先程から姿を見せないでいたのはそう言う事でしたの」

 

「流石はアチャ男、バトラーのサーヴァントでないのが悔やまれる」

 

「皆さん、そろそろ出番です。準備をお願いしますね」

 

アーチャーの名前を出した途端に先程までの不安だった皆の顔が安堵へと変わる。それを皮切りに出演の出番だと呼びに来た桜によって全員が控え室を後にする。

 

そう、アーチャーが一緒なら心配はいらない。そんな思い込みが後の波乱になる原因だと知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんのつもりだ英雄王」

 

 夜の街、ネオンの光が夜空を照らす中、ビルの屋上で赤い外套を身に纏うアーチャーが目の前の王を睨みつける。

 

彼を囲うのは無数の刀剣、一歩でも動けば一斉に発射される武具の弾幕を前に、アーチャーはその眼に怒りを滲ませる。

 

「そう逸るな贋作者、貴様の出番はまだ先だ」

 

「……以前もこんな事があったな。英雄王、一体今度は何を企んでいる」

 

武具の弾幕の奥で立つ黄金の王はアーチャーの質問に答えず、望遠鏡らしき筒を覗き込んでいる。

 

まるで面白いものを見ているかの様な彼の表情に、アーチャーは遂に我慢の限界に達し、その両手に愛用の夫婦剣を投影させる────が。

 

「もうすぐだぞ」

 

「…………何?」

 

「もうすぐ、我が雑種は貴様との鍛錬の日々に実を付ける頃合いだ」

 

「……何の話だ」

 

「惚けるなよ、何の為にアイツを鍛えた? 何のために今日まで奴を叩いて来た? 全ては一人でも困難へと立ち向かえる様、貴様等が決めた事ではないのか?」

 

「……………」

 

「我は唯そんな貴様等の道理に付き合ってやっているだけの事、もし本気で助けにいくつもりなら……好きにするがいい」

 

そう言ってギルガメッシュが腕を横に払うと、それに合わせて刀剣達も光の粒となって消え失せる。残されたアーチャーは先程のような剣幕はなく、ただ一握りの迷いが残されていた。

 

「……しかし、もしマスターに何かあれば」

 

「知るか。ここで散れば所詮はそこまでの男という訳だ」

 

英雄王の一言にアーチャーは何も言い返せなくなる。ここで見守るのが正しいのか、助けに駆け付けるのが正しいのか、迷ったアーチャーが決めた選択は……。

 

「……もし奴の槍がマスターの命に触れた時、私は躊躇なくこの矢を奴と貴様に放つ、いいな」

 

「好きにするがよい」

 

そんな捨て台詞と共にアーチャーはその場から離脱、姿が見えなくなったのを見計らってギルガメッシュは再び遠見の筒を覗き込み……。

 

「さぁ我が雑種よ、そろそろ次へと進もうではないか」

 

そう、愉悦に笑みを深まらせるのだった。

 

 

 




次回は遂に覚醒回!?


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