FGOで学園恋愛ゲーム (トマトルテ)
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~共通イベント~
一話:私立カルデア学園


 

 

 もしも顔も声も同じ双子を好きになったら―――あなたはどちらを選びますか?

 

 

 それは今年の始業式のことだった。

 よく晴れた一年の始まりにはぴったりの日だったと彼は記憶している。

 始業式だというのに寝坊をした彼は全速力で校門を潜り抜け教室へと向かった。

 

 しかし、廊下を走った罰か二人の女の子とぶつかりかけてしまう。

 何とか持ち前の機転を利かせ自ら転ぶことで衝突を避ける。

 もっとも、しこたま体を打つという犠牲からは逃れられなかったが。

 

「ちょっと! あなた、ちゃんと前見て走りなさいよ!」

「廊下を走ること自体ダメです! て、それよりも大丈夫ですか?」

 

 頭上から鈴のなるような声が聞こえてくる。

 謝罪と無事を伝えながら頭を上げる。

 そこで彼は―――運命に出会った。

 

「どうかされましたか?」

 

 じっと見つめられキョトンとした顔で小首を傾げる心配してくれた女の子。

 聖女のような慈愛に満ちた表情に太陽のように明るい金色の髪。

 そして吸い込まれるようなアメジストの瞳。

 

「あなた、もしかして……頭でも打ってボケたのかしら?」

 

 呆れたように、かつ、見下したように笑うもう一人の女の子。

 まるで魔女のような危険な色気に満ちた笑み、月光のようなシルバーブロンドの髪。

 見る者を虜にして放さない黄金の瞳。

 

『……大丈夫、何でもない』

 

 見惚れていたことを隠すように彼は掠れた声を出す。

 立ち上がり埃を落としながら盗むようにもう一度二人を見る。

 同じ背丈に、同じ顔だち。細かい部分は異なるがそれでも同一人物かと見間違う。

 二人は双子なのだろうと確信する。そしてもう一つ、彼はあることを確信した。

 

 

 自分は―――双子の姉妹(ジャンヌ・ダルク)に一目惚れをしてしまったのだと。

 

 

 

 

 

「……先輩、先輩。起きてください」

 

 体を揺すられて自分が夢を見ていたことを理解する。

 どうにも背中が痛い。どうやらまた廊下で寝てしまったようだ。

 今は夏なので冷たい床に避難したのだろうかと考えながら彼、ぐだ男は大きく伸びをする。

 

『おはよう、マシュ』

「はい。おはようございます、先輩」

 

 寝起きに優しい後輩の無邪気な笑みが五臓六腑に染み渡る。

 この淡い紫色の髪の眼鏡っ娘が何故ぐだ男の家に自然にいるのか。

 その理由は当人にしか分からないが彼は深くは気にしない。

 

「先輩は本当にレムレムするのが得意ですね。もはやレム睡眠の達人です」

 

 一つ下のこの後輩との出会いは中学の時怪我をしていた彼女を助けたのが始まりである。

 それ以来、ひどく慕われ恩返しを理由にこうして朝起こしに来てくれたりする。

 二人の間に恋愛感情はないが、その絆は固く、家族と言っても差し支えはない。

 

「さあ、もう時間も遅いので早く朝食を食べて学校に行きましょう」

 

 特に反論することもないので頷いて支度を始める。

 その後朝食を食べてマシュと共に登校する。

 途中で季節外れの転校生と曲がり角でぶつかる、といったイベントもなく学校に到着する。

 

「では、先輩私は一年生の校舎なので、ここで」

『ありがとう、またね』

 

 途中、一年生のマシュと別れ自分は二年生の校舎に向かう。

 校舎の中といっても廊下は蒸し風呂に近いので足早に教室を目指す。

 しかし、廊下の先に見知った影が見えたので足を止め声をかける。

 

『おはよう、ジャンヌ・オルタ』

 

 高鳴る胸を抑えるように爽やかな挨拶をする。ジャンヌ・オルタというのはあだ名だ。

 ジャンヌだけでは姉のジャンヌと紛らわしいので彼女自身が決めた名である。

 因みにオルタと付けたのは何だかカッコいいという理由らしい。

 

「ああ、あなた? 一々挨拶なんてしないでくれる、鬱陶しいわ」

『でも、前は何も言わなかったら無視するなって怒ってたよね?』

「あ、あれは偶々よ! 偶々!」

 

 開口一番に邪険に扱われるがぐだ男は気にも留めない。

 以前であれば傷ついたセリフではあるが毎度同じようなことを言われるので慣れたのだ。

 ケンカを売っているようだが、これは、彼女の不器用なコミュニケーション方法なのである。

 

『たまたまかー』

「そ、そうよ、偶々……って、何よ! その生暖かい目は!?」

『たまたまかー』

 

 棒読みで繰り返しながら生暖かい目で見つめる。

 同じクラスになり気づいた彼女との付き合い方は素直でないことを理解することだ。

 ヤンキーのような目でメンチを切ってこられても怖気づかない。

 相手のペースに乗ったり、自分のペースに乗せることが重要なのだ。

 

「なんだ、騒がしいと思ったら、またお前達か」

『おはよう、エドモン』

 

 二人の騒ぎを聞きつけたのか教室からぐだ男の親友であるエドモン・ダンテスが顔を出す。

 やれやれといった風ではあるがいつものことなので対して気にした風でもない。

 

「ああ、おはよう。それと余りグズグズしているとチャイムが鳴るぞ。もっとも、お前はその程度のことを気にするほど繊細でもないか」

『それほどでも』

「褒めてなどいない! とにかく、自分のクラスに早く行け」

『なんだかやけに気合が入ってない、エドモン?』

 

 いつもであれば不良ぶっているために規則をさほど気にしないエドモン。

 しかし、今日は事情が違うのか気合に満ち溢れている。

 

「今日は一時間目にファリア神父の倫理の授業があるからな。貴重な時間を無駄にするわけにはいかん」

 

 目に炎を滾らせやる気に満ち溢れるエドモンにぐだ男はあっさりと納得する。

 ファリア神父は一時期荒れていたエドモンを導いた言わば恩師。

 その人物の授業ともなればやる気に満ち溢れるのも納得する。

 もしも、この場に居るのがぐだ男とエドモンだけであればこの話はここで終わっていた。

 しかし、この場にはもう一人、神や信仰といったものが大嫌いな人物がいた。

 

「あら、あんな貧乏神父の話のどこが面白いのかしら? あんな綺麗ごとなんて通るわけないでしょう。神も奇跡もないのですから」

 

 ジャンヌ・オルタである。

 神経を逆撫でするようにワザと丁寧な言葉使いで話しかける。

 もし、これがファリア神父のことでなければエドモンもいつものことと流していただろう。

 しかし、恩師への侮辱は許せなかった。

 

「神や奇跡の否定などどうでもいい。だが、俺の前でのファリア神父への侮辱は高くつくぞ?」

「うふふ……どう高くつくのか言ってくれないと分かりませんよ?」

 

 一瞬にして険悪なムードが流れる。

 最近こんなことばかりだなと諦めの境地を開いたような顔でぐだ男は遠くを見つめる。

 まさに喧嘩が始まるといった瞬間、混迷した場に救世主が現れる。

 

「何をしているんですか、二人とも」

「げっ」

「ち、またお前か」

『おはよう、ジャンヌ』

 

 エドモンと同じクラスの姉のジャンヌである。

 生徒会長を務める彼女はその責任感から騒ぎを聞きつけて来たのである。

 

「おはようございます、ぐだ男君。それよりも二人とも、喧嘩はいけませんよ」

「う、うるさいわね。こいつが悪いのよ!」

「ほう、喧嘩を売ってきたのはお前だったと記憶しているが?」

 

 互いに指を指し合い罪の押し付けを図るエドモンとジャンヌ・オルタ。

 そんな二人を見てジャンヌはやれやれと首を振りため息をつく。

 

「はぁ……二人の仲が良いのはよく分かりました」

「「違う! 違う違う!」」

『息ピッタリだね』

 

 これまた同時に否定の言葉を発しマネをするなとメンチを切り合う二人。

 この二人、なかなか素直になれないという点ではよく似ている。

 

 

『あ、チャイムのなる一分前だ』

「く……仕方ない。ここで幕引きとしよう」

「ふん、あんたのせいで遅刻するなんて馬鹿馬鹿しいから引いてあげるわ」

 

 そして何より、見た目と違って真面目なところがある。

 渋々といった感じではあるが二人とも自分の教室に戻っていく。

 

「ぐだ男君も早く教室に行かないと先生に怒られてしまいますよ」

『そうする。ありがとう、ジャンヌ』

 

 少し(たしな)める様な言葉にお礼を返すと微笑みを返される。

 その笑みに思わず頬が熱くなるがジャンヌの方は少し不思議そうな顔をするだけである。

 

「いえ。あ、この間は生徒会の仕事を手伝ってくれてありがとうございました。今度何かお礼をさせてくださいね」

『気にしないで』

「いえ、それだと私が納得できないので―――あ」

 

 お礼をしているところでチャイムの音が校舎に響く。

 慌てて話を切りジャンヌは頭を下げる。

 

「それでは、お礼の話はまた今度に」

『またね』

 

 最後にそう言い残してジャンヌは教室に戻っていく。

 その時にふわりと舞い上がったスカートに思わず目を引き寄せられる。

 それでもすぐに頭を振りぐだ男は自分の教室に駆けて行くのだった。

 

 チャイムが鳴り終わる寸前に扉に手をかけ、勢いよく飛び込みながら叫ぶ。

 

『セーフ!』

「アウトー!」

 

 大きく手を広げたぐだ男に対し片手を上げ、アウトのポーズをとる教師。

 長い黒髪に活発そうな瞳、まさに元気なお姉さんといった女性。

 その名も玄奘三蔵、あだ名は三蔵ちゃん。ぐだ男のクラスの担任である。

 

『そこを何とか、三蔵ちゃん』

「こら、三蔵先生、もしくはお師匠様って呼びなさいって言ってるでしょ」

 

 ぐだ男の呼び方にぷりぷりと怒りながら叱る三蔵ちゃん。

 ここ私立カルデア学園に採用されて三年目の国語の教師。

 今年晴れて初担任となったが中々先生と呼んでもらえずにいるのが目下の悩みだ。

 ただし、生徒からの親しみの現れなので敬意がないわけではない。

 

『お師匠様、お願いします』

「今日でギリギリは何回目?」

『2回目です』

「うーん、御仏の顔も三度だし……しょーがない、次はないからね」

『ありがとうございます』

 

 何とか遅刻の烙印から逃れ一息をつき席に座るぐだ男。

 そこへ隣の席の友人が声をかけてくる。

 

「怒られなくてよかったねー、ぐだ男」

『そうだね。そう言えばアストルフォは遅刻しないよね』

「ボクは朝の空気が好きだからね。まあ、暖かいお布団も大好きだけどね、あははは」

 

 隣の席のアストルフォ。あどけなさの中に可憐さを兼ね備えた見た目美少女(・・・)の友人だ。

 考えるよりも体を動かす方が早い人間の典型だが、優しさと勇敢さも兼ね備えている子だ。

 

「すまない、先生が話すので今は黙ってくれないか。でないと今度こそ怒られてしまうだろう。出過ぎた真似だとは思うがすまない」

「あ、ごめんねー」

『ごめん、それとありがとう、ジークフリート』

 

 二人の私語を注意してきたのはジークフリート。

 隣の席の気さくなアイドルかつクラスの委員長だ。

 自身の大柄な背のせいで後ろの人が黒板を見られないかもしれないと考え。

 常に猫背のような姿勢で椅子に座っているほどの謙虚な好青年だ。

 

「礼を言われるようなことはしていない。それよりも気分を害していないだろうか」

『こっちが悪いから謝らなくていいよ』

「そうか……すまないな」

「あはは、また謝ってるよー」

 

 しかし、少々腰の低すぎるところがあるので徐々に矯正していっている最中だ。

 彼が謙虚さを捨てる日が来るのかどうかはまだ誰も知らない。

 

「はいはい、それじゃあ今日の連絡をするわ。最近は暑いから室内にいても細目に水分補給をするように。それと最近変な笑い方をする変質者が出るみたいだからみんな気を付けるのよ」

 

 なんとなく頭の中に2メートル越えで『デュフフ』と笑う男を思い浮かべるぐだ男。

 しかし、流石にそんな男はいないだろうとすぐにそのイメージを焼却する。

 

「それから期末テストの期間に入るから、みんなしっかり勉強するようにね。これで連絡は終わり。今日も一日勉学に励むように!」

「もうそんな時期かー、授業は好きだけどテストは嫌だなぁ」

『授業が好きなだけ凄い』

 

 アストルフォと話をしながらカバンから教科書を出す。

 

「一時間目の教科ってなんだったっけ?」

『バベッジ先生の数学』

 

 前のテストの成績は芳しくなかったので今回は頑張ろうと心に決めるぐだ男。

 しかし、人間一人で頑張ろうと思っても中々続かないものだ。

 友人と一緒に勉強会を開いてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

「はぁはぁ…お姉様の汗の香しい香り……プライスレスです」

「くっつくな! このテケテケ槍女!」

 

 

 

 美少女(ジャンヌ・オルタ)を抱きしめる美少女(ブリュンヒルデ)

 必死に引きはがそうとするジャンヌ・オルタ。それに恍惚とするブリュンヒルデ。

 愛の形とは人それぞれである。

 

「あぁ…この罵倒…お姉様からの愛が籠った罵倒が気持ちいいです…!」

「ああ! もう! こうならないために暑いのを我慢して外にいたのに、教室に戻ったら意味ないじゃない!!」

 

 どうやらジャンヌ・オルタが先程廊下にいたのはそうした理由かららしい。

 三蔵ちゃんも言っていたようにこまめに水分補給をするべきだろう。

 

「ちょ、あんた気づいてるなら助けなさいよ!」

『友人と一緒に勉強会を開いてみるのもいいかもしれないな』

「聞こえないフリしてんじゃないわよ!」

 

 ぐだ男の恋物語はまだ始まったばかりだ。

 

 




メインはジャンヌ二人の√ですが、それが終わったら別√もあります。
後、まだ鯖は増えます。


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二話:宿題

 

『直流の利点欠点と具体的利用例について1000文字以上で述べるように……』

「エジソン先生らしいと言えばらしい宿題がでたな」

 

 帰りの会も終わり開放感が漂う教室。

 その中でぐだ男は先程出されたばかりの宿題についてジークフリートと話していた。

 

『正直、交流のネガティブキャンペーンでも書かされるかと思った』

「その点に関しては流石に教師として踏みとどまったのだろう」

「でも、その場合だとテスラ先生から逆の宿題が出されそうだよね」

『確かに』

 

 そこへ入ってきたアストルフォの言葉に二人揃って頷く。

 科学のエジソンと同じく科学のテスラ。

 この二人は事あるごとに直流か交流かで喧嘩を行う名物教師だ。

 

「しかし、これを提出すれば今度のテストで最大10点加点されるというのはありがたい」

「つまり赤点になり辛いってことだよね。よーし、がんばるぞー!」

『そうだね、苦手だからやって損はないか』

 

 ぐだ男はどちらかというと文系寄りである。

 そのため理系科目の成績があまり良くないことがあるので今回の宿題は非常に助かる。

 

「あ、そろそろ帰ってヒポグリフの世話をしないと、ばいばーい!」

『じゃあね』

「ああ。さて、俺も今日は用事があるのだ。すまないが帰らせてもらおう」

『うん、またね』

 

 手を振るアストルフォとジークフリートに手を振り返しながら周りを見る。

 テスト週間になったので部活に行くこともなく帰る同級生達。

 かくいう自分も特にすることがないのでどうしたものかと考える。

 

「おい、何ボーっとしてんだよ?」

『あ、モードレッド』

 

 掛け声と共にポンと頭を叩かれ振り返る。

 勝気な釣り目と金のポニーテールと共に悪戯気な笑みが目に映る。

 クラスメイトのモードレッド。気性は荒いが面倒見が良い男友達(・・・)だ。

 

『いや、これからどうしようかなって』

「なんだお前、そんな下らないことかよ」

 

 呆れたとばかりに溜息を吐いて見せるモードレッド。

 しかし、声をかけてきたのはモードレッドなりの気遣いなのでぐだ男は気にしない。

 

『モードレッドはこれからどうするの?』

「オレか? オレは今から図書室に行くぜ。さっき出された宿題をやりにな」

『俺もそうしようかな……でも、モードレッドが図書室なんて意外』

「うるせぇな! 今回のは…ほら、あれだ。テストの点を上げられるからな。それに」

 

 恥ずかしそうに叫び返しながら理由を述べるモードレッド。

 しかし、そんな理由よりも何より。

 

 

「今回順位を上げたら父上が褒めてくれるからな!」

 

『なっとく』

 

 

 父親(・・)に褒めて貰えるチャンスだからである。

 心底嬉しそうに語るモードレッドにぐだ男は生暖かい目を向ける。

 そこでモードレッドの頬によく見ると引っ掻き傷があることに気付く。

 

『怪我してるよ、モードレッド』

「ん? ああ、猫にやられたやつだ。まあ、こんなもん唾でもつけとけば治るだろ」

 

 昼休みに木から降りられなくなった猫を助けた時につけられた傷だ。

 恩知らずな猫もいたものだと思い出してムッとしながらもぐだ男が気にしないように振る舞う。

 だが、この学校で怪我というワードを出して無事でいられる者はいない。

 

 

「怪我人ですか? 直ちに処置します」

 

 

 扉を開け放つ音が教室に響き渡る。

 ちょうど扉を背にしていたモードレッドは顔を引きつらせブリキ人形のように振り返る。

 

「か、母ちゃん……」

「モードレッド、学校では先生と呼びなさいと言ったはずです」

 

 モードレッドが母と呼んだ女性はナイチンゲール。

 保健室の先生として学校中の人間から恐れ、尊敬されている。

 美しく、仕事も真面目な彼女がなぜ恐れられているのか、それは。

 

「怪我をしたらすぐに保健室に来なさいと何度言えば分かるのですか?」

「うわあああ、母ちゃんごめんよー!」

「謝罪は後です。すぐに消毒・殺菌を行わないと……」

「もうオキシドールのバケツで、顔面ザブザブはいやだぁぁぁ!!」

 

 ずるずると奈落の底へ引きずり込まれていくかのようにモードレッドは引きずられていく。

 溺れる者のように藁をも掴もうと手を伸ばすがその手には何も掴めない。

 ただ、静寂だけが教室を支配するのだった。

 

『美しい家族愛だったね……』

「とてもそうには見えませんが…あれも一種の愛情表現なのでしょうか」

『きっとそうだよ、そう思うしかないよ、天草』

 

 少し困り顔でぐだ男の言葉に反応したのは天草四郎。

 同じクラスで生徒会の副会長を務める真摯な友人だ。

 時折100%善意でとんでもないことを起こしそうになるが本人に悪意はない。

 

『そうだ、天草これから暇? 今から宿題をやりに図書室に行くんだけど一緒にどう?』

「お誘いは嬉しいのですが、生徒会で今日中に片付けないとならない仕事があるので」

『そっか、ごめんね』

 

 どうにも今日は他の人との都合が合わない日らしい。

 ただ、ぐだ男は偶には一人で静かにやるのもいいだろうとすぐに切り替える。

 

「いえ、また機会があれば誘ってください」

『ありがとう。それじゃあ、そっちも頑張ってね』

 

 天草と別れ図書室に向かう。

 部活が休みになったせいかいつもよりも校舎が静かに感じられる。

 そのせいか不思議とやる気が湧き出てくる。

 この調子で手早く終わらせてしまおう。

 そう、ぐだ男は意気込みながら図書室のドアを開けた。

 

 

「お姉様、この本を読みましょう。きっと新しい扉が開けます」

「ちょ、そんなのどこで見つけてきたのよ! 主人公×ヒロインってこの主人公どう見ても女じゃない!?」

「愛さえあればどんな壁も乗り越えられます。そうです、例え性別の壁だとしても」

「その壁は超えちゃいけないやつでしょ!」

 

 

 そっとドアを閉めるぐだ男。彼は何も見ていない。

 そう、絵本のような柄でどこか見覚えのある少女とマシュに似た少女が絡み合った本など。

 丸の中に刻まれた18という文字など見えなかったのだ。

 

「どうされましたか。こんな場所に立ち止まって」

『うわ! ……よかった、メドゥーサさんか』

 

 突如として後ろから声を掛けられて飛び跳ねるぐだ男。

 そんな様子に無表情で首をひねるのは三年生のメドゥーサである。

 女性らしい体つきと大人びた見た目からは想像できないが三姉妹の末っ子らしい。

 もっとも、二人の姉の話をするときは何故か遠い目をするのだが。

 

「入らないのですか? 鍵はすでに開けられているはずですが」

『中に入りづらいというか……入るのを戸惑うような人が居るような』

「図書室で騒ぐ人ですか? それはいけませんね。図書委員として叱っておかなければ」

 

 ぐだ男と入れ替わりメドゥーサが扉に手をかけ勢いよく開ける。

 

 

「はぁはぁ…お姉様の体温…お姉様の鼓動…もう我慢できません」

「押し倒すな! どけ! 今すぐどけ! そして変なところを撫でるなッ!」

「あぁ…そんなに激しくされたら……困ります」

 

 

 二人の絡み合う美少女。どちらが上でどちらが下かは言わなくともわかるだろう。

 必死に抵抗するジャンヌ・オルタだがブリュンヒルデはそれすらも快楽として受け入れる。

 その百合の咲き誇る光景に顔を赤らめながらも目を離せないぐだ男。

 一方のメドゥーサは無言で二人に近づき眼鏡を外す。

 

「図書室ではお静かに」

「うっ……」

「あ……」

 

 背を向けられた状態なのでぐだ男には理由が分からないが二人の体が固まる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のような二人。

 その様子にもう大丈夫だろうと考え溜息を吐きながら本を探しに入る。

 ジャンヌ・オルタの肌蹴たシャツの下に覗く白磁の肌をチラリと見ながらだが。

 

「因みに私はそちらもありだと思いますが、時と場所を考えてください」

「はい。今度は誰にも邪魔されない場所でお姉様と…はぁはぁ」

「少しは私の気持ちを考えなさいよ!」

 

 何やら会話が聞こえてくる気がするが自分は何も聞いていない。

 地蔵のような悟った顔を浮かべて、自分にそう言い聞かせながらぐだ男は本を探すのだった。

 

『これでも読んでみよう』

 

 適当な本を見繕い窓際に備えられた机に座る。

 そこから先は沈黙での作業だ。本を読み進め、必要な部分を紙にメモしていく。

 ペンが走る音と時計の針の進む音だけが静寂に響く。

 そんな作業を一時間ほど続けたところで隣に誰かが来た気配を感じ顔を上げる。

 

「隣座るわよ」

『どうぞ』

 

 自分と同じような本を抱えているので目的は同じなのだろう。

 しかし、先程まで別の場所で作業をしていたはずだと首をひねるぐだ男。

 その理由は続いて隣に来た人物で明らかになるのだった。

 

「隣……」

『どうぞ』

「…お姉様の隣を取るなんて……困ります」

『え?』

 

 ブリュンヒルデの凍えるように冷たい言葉に反射的に隣を見る。

 してやったりといった顔のジャンヌ・オルタ。

 ジャンヌ・オルタが座っているのは机の端。そして隣には自分。

 要するにブリュンヒルデはジャンヌ・オルタの隣に座れないのだ。

 

『席、代わろうか?』

「あら、その必要はないわ。席はまだ空いているんですもの」

『いや、でも殺意のこもった視線が……』

「い、い、か、ら! あんたは黙ってそこに座っておきなさい!」

 

 身の危険を感じサッと立ち上がるぐだ男。

 しかし、ジャンヌ・オルタは余程自身が作ったアドバンテージを崩したくないらしく。

 ガッチリとぐだ男の右腕を掴んで放さない。

 密着する肌に思わずぐだ男の心臓は跳ね上がる。

 

「ぐだ男さん…?」

『不可抗力です。離してください!』

 

 ジャンヌ・オルタから触れられたことが余程羨ましいのかブリュンヒルデの目から光が消える。

 ぐだ男の左腕を掴んで引き離すように引っ張る。

 明確な殺意を込められた腕の力にぐだ男の心臓がさらに跳ね上がる。

 

『メドゥーサさん、助けて!』

 

 助けを求め縊り殺される鶏のような声を出す。

 美少女二人に腕をひかれ奪い合いをされる夢のシュチュエーション。

 しかし、その実態は生贄or想い人につく蟲扱いである。

 

「どうかしましたか?」

『体がさけるチーズになる五秒前』

 

 声を聞きつけて来てくれたメドゥーサに簡潔に状況を伝える。

 それだけで状況を理解したのかメドゥーサは頷いて口を開く。

 

「なるほど、先に離した方が母親というわけですか」

『大岡裁き!?』

「はぁ!? だ、誰がこいつの母親なのよ!」

 

 メドゥーサのジョークなのか真剣なのか分からない言葉に思わず手を離すジャンヌ・オルタ。

 そのことにしまったという顔をするがもう遅い。

 しかし、ブリュンヒルデは固まったまま動くことはなかった。

 

「お姉様の子供…? つまり―――私達の息子」

「なんでそうなるのよ!?」

『斜め上の解釈だなぁ』

 

 想像をはるかに超えるリアクションに場が騒然とする。

 

「ごめんなさい。痛かったですよね」

『ごめん、急すぎる方向転換についていけない』

 

 自分が今まで握っていた腕を優しく擦ってくれる姿に嬉しさ以上に狂気を感じ顔が引きつる。

 今までも遠くに感じていた存在が今や地球の裏側レベルにまで遠く感じられるのだった。

 

「……ふふふ、冗談ですよ。お姉様の慌てようが面白かっただけです」

『ああ、安心した』

「それに…お姉様の隣にいられないのなら、こうすればいいだけですから」

 

 そう言ってブリュンヒルデはジャンヌ・オルタの背後から抱き着く。

 隣が無ければ後ろに立てばいいじゃない、という考えである。

 

「だから、鬱陶しいって言ってるでしょ!」

「大丈夫です。私はお姉様の後ろに居ます。朝も、昼も、夜も、ずっと、ずっーと」

『守護霊かな?』

「どっちかと言うと背後霊でしょ、これ!」

 

 堂々とした後方警備の宣言に肝を冷やしながら払いのけようとするジャンヌ・オルタ。

 しかし、どう足掻いても離れないのに諦めたのか大きく息を吐き肩を落とす。

 

「ああ…もういいわ。今日は帰るわ。それと隣でいいから背後にいるのやめなさい」

「お姉様……そういうところが素敵です」

「抱き着くのは認めてない!!」

 

 今度は隣から抱き着いてくるブリュンヒルデを引きはがしながら今度はぐだ男を見る。

 何事かと首を捻る彼に対して彼女はぶっきらぼうに目を逸らして呟く。

 

「その……悪かったわね」

『なにが?』

「何って……腕引っ張ったことよ…」

 

 酷く苦々し気な顔をしているのはやはり彼女が素直でないからだろう。

 しかし、腕を引っ張られたことは嬉しかったので問題はない。

 

『いいよ、別に。気にしてないから』

 

 笑って気にしていないと告げるぐだ男。

 その笑みに彼女はどういった顔をすれば分からないような表情を浮かべそっぽを向く。

 

「そ……なら、いいわ」

 

 それだけ言い残しブリュンヒルデと共に図書室から出ていく。

 そんな彼女の首筋が心なしかいつもより赤いような気がしたのは彼の気のせいだろうか。

 

 

「良い話のところ悪いですが、図書室で騒ぐ人にはそれ相応の罰を」

「「あ―――」」

 

 

 彼らは綺麗に纏まる話など滅多にないのだとこの日メドゥーサに教わったのだった。

 





書いていると何故かApo勢が生徒に多くなってしまった。
いや、ジャンヌとの関わりといい、年齢的にも生徒として扱いやすいんですよね。
次回はジャンヌメインで大人枠が多く出ます。


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三話:お誘い

 メドゥーサの罰が執行された後、そのまま図書室に残り宿題を行うぐだ男。

 残りは直流が使われているものの“具体例”を挙げるだけとなったところで時計を見る。

 

『そろそろ最終下校時刻か』

 

 大きく伸びをして背筋を伸ばす。

 バキバキと背骨が鳴る感覚を楽しみながら外を見る。

 夏本番に差し掛かってきたこともあり太陽はまだ昇っており、茜色に空を染めていた。

 

「おーい、そろそろ帰らないとおじさんが閉じ込めちゃうぞー」

『あ、ヘクトールさん、お疲れ様です』

 

 校舎の戸締りを確認しに来た用務員のヘクトールと鉢合わせする。

 常に飄々とした態度でザ・おじさんといった風貌なヘクトール。

 しかし、それは表面上の話で実際は抜け目のない性格で学校を守っている。

 

「おお、ありがとさん。いやー、最近の若い子は礼節がしっかりしてて偉いねぇ」

『ありがとうございます』

「おっと、そんなことより早く行ってやんな。お嬢ちゃんが待ってるぜ」

『お嬢ちゃん?』

 

 ヘクトールの言葉に誰のことか分からずに首をかしげる。

 ひょっとしてマシュだろうかと思い手早く荷物を片付け図書室から出る。

 

「あ、ぐだ男君。お疲れ様です」

『ジャンヌ?』

 

 予想外の相手の登場に目を丸くするぐだ男。

 

「いやー、少年も隅に置けないねー。こんな可愛い子に待っていて貰えるんだから」

「か、可愛いですか? そんなことはないと思いますよ」

『いや、ジャンヌは可愛いよ』

「ぐ、ぐだ男君もからかわないでください…!」

 

 立て続けに可愛いと言われて頬を染めて怒るジャンヌ。

 そんな姿が可愛いのだとぐだ男は内心で思うが本気で怒られても困るので黙る。

 

「へいへい、それじゃあ年寄りは退散するとしますかね。後は若い者同士でなー」

「もう……ヘクトールさんにも困ったものです」

『良いおじさんなんだけどね』

 

 いつものように飄々とした態度のまま歩き去っていくヘクトール。

 その背中に溜息を吐くジャンヌ。

 そんな姿にもぐだ男は目を奪われながら声をかける。

 

『そう言えばどうして待ってたの? 何か用事?』

「用事という程でもないですが、今朝お礼の話をしそびれていたので」

 

 言われて今朝のことを思い出すぐだ男。

 以前に生徒会の仕事を手伝ったそのお礼について話していたのだった。

 時間の影響で途切れた話の続きをしに彼女は律儀に来てくれたのだろう。

 

『気にしないでいいのに』

「ですが、恩返しないと納得がいかないので。何か困っていることなどがあれば遠慮なく言ってください」

『そうは言われても……』

 

 本当に気にしていないので何も思いつかず困惑するぐだ男。

 そんな折に最終下校の放送が流れ始める。

 

【下校の時間である。生徒の帰宅である】

 

 放送を流しているのはヴラド教師である。

 どこかの王族のような優雅さから生徒の人気も非常に高い。

 因みに校舎を囲うやけに刺々しい柵は彼の考案である。

 そして、その柵に動くクマのぬいぐるみが串刺しにされていたという都市伝説もある。

 

『ヴラド先生の放送だ。帰らないと』

「そうですね。では、一緒に帰りながら話しましょう」

『え?』

 

 一緒に帰ろうというジャンヌからの何気ない提案に思わず声を上げてしまうぐだ男。

 

「えっと……もしかして迷惑でしたか?」

『全然迷惑じゃない! 寧ろ嬉しい!』

 

 若干落ち込んだような顔を見せるジャンヌ。

 ぐだ男はその様子に慌てて否定を言葉を並べ、勢いに乗って本音を言ってしまう。

 そのことに気付いて思わず顔を赤くしてしまう。

 

「そうですか、よかったです。私もぐだ男君と帰れて嬉しいです」

 

 そんなぐだ男の姿にジャンヌはクスリと笑い花の咲くような笑みを向けてくる。

 彼女の可憐な笑顔にぐだ男の心臓はまるで早鐘のように打ち鳴らされるのだった。

 

「では、帰りましょうか」

『うん』

 

 二人並んで靴箱に行き校門へ向かう。

 ジャンヌは特に何も意識していないがぐだ男の方は動作がぎこちない。

 

「どうかしましたか?」

『な、なんでもない』

「そうですか…?」

 

 どこかおかしさを感じたのかジャンヌがぐだ男の顔を見つめる。

 しかし、その角度が身長の差のせいで上目遣いで見上げる形になる。

 そのためぐだ男は必死で目を逸らしつつ距離をとる。

 やはりおかしいのだが本人がなんでもないと言っているのでジャンヌも納得し離れる。

 そのことに安堵と若干の後悔を抱いているとやけにうるさい声が聞こえてくる。

 

「私の計算ではあなた方が最後です! お急ぎください」

『すいません、レオニダスさん』

「すみません」

 

 守衛のレオニダスに急かされて少し早歩きになる二人。

 彼は筋骨隆々な見た目とは裏腹に数学が趣味という頭脳派なところがある。

 まれに数学の教師陣と話し込んでいる姿も見られる人だ。

 

「ああ、いや。別に怒っているわけではなくてですな。最近は何かと物騒ですのでお二人の安全のために暗くなる前に帰宅することをお勧めしたいのです」

『心配してくれてありがとう』

「早めに帰ります」

 

 レオニダスの気遣いにお礼を言う二人。

 

「ええ、そうするのが一番かと。何しろ私の計算によれば夏の太陽は一見長いように見えて沈む時は秒速―――」

『さあ、帰ろうか、ジャンヌ』

 

 何やら専門的な話になりそうだったのでスルーをして歩き出すぐだ男。

 ジャンヌは無視していいものかと少し迷ったがすぐに割り切りぐだ男に追いつく。

 

『そう言えば……どうして俺が図書室に居るって分かったの?』

「ああ、それはですね。天草君に聞いたんです」

『そっか、天草なら知ってるか』

 

 言われて納得するぐだ男。天草は生徒会、そしてジャンヌも生徒会。

 仕事があると言っていたのだから2人とも同じ場所にいて当然だろう。

 

「では、先程の話を続きです。何か私にできることはありませんか?」

『……特に困っていることもないし』

 

 再び言われて記憶をまさぐるが特に困っていることはない。

 そう考えた時に今朝、期末試験のために勉強会でも開こうかと思ったことを思いだす。

 

『そうだ、勉強』

「え? べ、勉強ですか」

 

 勉強と言われてジャンヌの顔に焦りが見える。

 実はジャンヌは品性方正だが忙しいせいか勉強があまり得意ではないのだ。

 理系教科、特に数学の成績は妹のジャンヌ・オルタと同じように低い。

 

『そう言えば苦手だったっけ?』

「う……で、でも大砲の並べ方とか兵の配置は得意です!」

『逆にどこで学んだのそれ?』

 

 どこから手に入れたのか謎の知識を語るジャンヌにツッコミを入れる。

 

「しかし、そうすると私に教えられることは……」

『いや、勉強を教えて貰いたいんじゃなくて勉強会を開くつもりなんだけど一緒にどうかなって』

「え、そうだったんですか。すいません、早とちりしてしまって」

『こっちも言い方が雑だった』

 

 恥ずかしそうに視線を下げるジャンヌ。

 そんな姿にときめきながら慌ててフォローを入れるぐだ男。

 

「でも、そうなると結局私はぐだ男君に何もしてあげられない気がするのですが」

『じゃあ、人を集めるのを手伝ってくれる? 実はまだ集めてないんだ』

「そういうことでしたらお任せください。何人か心当たりがあるので声をかけてみます」

『日程とかは後で連絡するね』

 

 こうして勉強会の段取りが決まっていく。

 普通であれば共通の友人を探すのに手間を取るだろう。

 しかしながら、ぐだ男は校内一顔が広い男として有名である。

 誰を呼んでも面識があり、なおかつ初対面でもあっという間に相手の心を開く。

 コミュニケーション力の化け物といっても過言ではない人物なのだ。

 

「はい。私も今回は頑張ろうと思っていたのでお互いに頑張りましょう」

『うん、頑張ろう』

 

 気になっている相手と一緒に勉強会ができることに心の中でガッツポーズをするぐだ男。

 そんな気持ちに気づくことはないがジャンヌは共に微笑む。

 

「あ、私はこっちの道なのでここでお別れですね」

『また明日』

 

 手を振り、別れを告げる。背を向けた彼女の髪に夕日が反射し宝石のように輝く。

 その光景を瞳に焼き付けるように見つめてから反対の道を歩き出す。

 家までの距離は近くはない。

 だというのに到着した時には先程の光景が一瞬前のように感じられる程に彼は浮かれていた。

 

『ただいま』

「む、帰ったか。遅れる時は必ず連絡するように言っておいたはずだが?」

『ごめん、エミヤ』

 

 帰宅したぐだ男を待ち受けていたのはおかん、もといエミヤ先輩である。

 隣に住む大学生で両親が不在のぐだ男の世話を何かと焼いてくれる保護者枠である。

 

「君も、もう高校生だ。下手に束縛をするつもりはない。ただ、帰るのが遅れる場合は夕飯がいるか、何時頃に帰るか、どこに誰と行くかをメールで知らせたまえ」

 

 彼は世話を焼いてくれはするのだが小言が多い。

 全て相手のことを思って言っている言葉なのでまさにおかんである。

 因みに今朝の朝食も彼の作り置きである。

 

「それとだ。冷蔵庫の中を確認させてもらったがアイスやジュースなどが多すぎる。暑いのはわかるがあれでは健康に害が及ぶので程々にするように。それに食べすぎや飲みすぎでお腹を壊すのは君とて不本意だろう? ああ、お腹を壊すで思い出したが腹巻を作っておいたから冷える時は使うといい」

 

 徹底した管理体制が引かれているがそのおかげで健康なので文句は言えない。

 寧ろ両親がいる時よりも健康的な生活と化している。

 

「さて、小言はここまでにしよう。早く着替えてきたまえ。せっかくの作り立てだ、冷めてしまう前に食べるのが一番だ」

『分かった』

「ああ、それと明日は燃えるごみの日だ。忘れないように」

 

 怒涛の小言の連射にもぐだ男は特に気にすることなく自身の部屋に向かう。

 言われたとおりに着替えてすぐに食卓に着く。

 

『いただきます』

「ああ、どうぞ。……しかし、やけに機嫌がいいように感じるが何か良いことでもあったのかね?」

『秘密』

「ふ、そうかね」

 

 秘密と言われたことにニヒルな笑みを浮かべるエミヤ。

 俗に言うプレイボーイである彼にはぐだ男の機嫌が良い理由が女性関連だと気付いたのだ。

 もっとも、彼自身は女難の相も持っているためいつも酷い目にあったりするのだが。

 

『そういえば、この蛍光灯って直流? 交流?』

「む? これは交流だ。直流では長期間持続するのに向いていないからね。それに家庭に流れている電気は基本交流だ」

『じゃあ、直流の具体例って何かある?』

「一番身近なものは乾電池などだろう。他には最近注目されている太陽光発電などがある」

 

 聞けば簡単に出てくるエミヤの知識に自分の努力は何だったのかと思うがすぐにやめる。

 元々家電などが好きな性格の人間だ。一般常識よりも上の知識を持っていてもおかしくはない。

 きっとそうした理由なのだろうと納得し夕飯を食べ終え自分の部屋に行く。

 

『そう言えば勉強会の日程を決めないと』

 

 重要なことを思い出しカレンダーを捲りメモをする。

 そしてエドモンにお願いのラインを送りレポートの仕上げに向かう。

 

『具体例は電池や太陽光発電…と。最後にあれを書いて完成』

 

 レポートの出来上がった確かな充足感と共にぐだ男は最後の一文を書き記す。

 

 

 ―――直流は良い文明、と。

 

 




ヘクトール:不利なトロイヤをあのアキレウス相手に何年も守った英雄
ヴラド三世:圧倒的な強さを誇ったトルコ軍に悪魔と言わしめた護国の名君
レオニダス:数十万の軍勢を百分の一の人数で押し止めたスパルタ王

この防御網を超えられるとしたらヘラクレスぐらいなものです(真顔)

エミヤさんは保護者ポジに。だって高校生にするとただの士郎になるんだもの。


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四話:勉強会

 

「これは……どういうことだ? ぐだ男」

『何って、勉強会のメンバー六人を連れてきただけだよ、エドモン。それからこれお土産』

 

 土産の饅頭を受け取りつつ、ぐだ男の後ろにいるメンバーを見て顔を引きつらせるエドモン。

 彼はぐだ男が昨日送ったラインに対し、何なら自分の家でやってもいいと返事をした。

 彼の家は豪邸と言っても差し支えなく、どれだけ人数が増えても問題はない程に広い。

 そのため誰が来るかなどは全く確認していなかった。

 

「ジャンヌ・ダルク…!」

「なによ。こっちはぐだ男と姉さんにしつこく誘われたから来ただけであんた何かどうでもいいんだけど」

 

 自分が拒絶されているのかと思いガンをくれるジャンヌ・オルタ。

 しかし、エドモンが言ったのは彼女の方ではない。

 

「お前ではない! 姉の方だ!」

「私が居ると何か不味いことでも、エドモン君?」

 

 存在が気に食わないと姉のジャンヌの方に敵意を向けるエドモン。

 一方のジャンヌの方は特に気分を害した様子もなく真っすぐに見つめ返す。

 

「俺が貴様の存在を疎んでいるのは知っているだろう。優等生ならば優等生らしく俺になど関わらねばいいものを」

「エドモン君は悪い人ではないと知っています。この間も捨てられていた子猫を―――」

「貴様の見間違えだ! 俺は子猫にエサなどやっていなければ連れて帰ってもいない!」

 

 ジャンヌの言葉に被せるように叫び返すエドモン。

 だが、それは誰が見ても自爆であった。

 

「なるほど、捨て猫を拾ったのですか。それは素晴らしいことです」

「違うと言っているだろう、天草!」

「では、あちらにいる猫は一体?」

 

 悪意ゼロの聖職者スマイルでエドモンを追い詰める天草。

 エドモンは友人の100%善意の裏切りに汗を流しながらこちらに向かってくる子猫を見る。

 

「ふ、偶々迷い込んだ猫であろうよ」

「でも、すごい甘えてきてるよ。可愛いなぁ、もう」

 

 彼はあくまでもしらを切り通すつもりなのか他人のフリをする。

 しかし、アストルフォの無邪気な言葉の示すとおりに子猫はエドモンにだだ甘えである。

 

「ふふ、きっと飼い主にたくさんの愛情を注がれているのですね」

「ぐッ、うぅ……」

 

 そしてジャンヌの親友マリー・アントワネットからの止めがエドモンに突き刺さる。

 学園のアイドルとも呼ばれる彼女は純粋で愛情深い。

 故に彼女の言葉は時として刃物よりも鋭利なものとして突き刺さる。

 

『エドモン。俺はエドモンを信じるよ』

「―――慈悲などいらぬッ!」

 

 温かい眼差しのぐだ男に肩を叩かれやけくそに認めるエドモン。

 情けをかけられることは彼にとっては地獄よりも苦しいことなのである。

 

「ええい! もういい、さっさと家に上がれ! 場所はエデに聞け。俺はこいつをケースに入れてくる」

「ええー。せっかくだしボクとも遊ばせてよー」

「お前は何をしにここに来たのか思い出せ、アストルフォ!」

「あ、そっかー。それじゃあ、またね子猫ちゃん」

 

 エドモンに連れられて消えていく子猫を見送り家に上がる。

 そこからはメイドのエデに案内されて広い部屋に向かう。

 因みにこの中でぐだ男と天草はエドモンの部屋に来たことがあるが、今回の場所は別だ。

 

「それにしても広い家ですね」

「あら、ジャンヌは広いお家が好きなの? それだったら、今度わたしの家へ来てみませんか。勿論、皆様も」

 

 部屋に着き落ち着いたために簡単な話を始める。

 エドモンは勿論、マリーの家も一般家庭ではあり得ない大きさをしている。

 しかし、性格はボンボンというわけではないので多くの者から好かれているのだ。

 

「それにしても……あいつのあの追い詰められた顔! 惨め過ぎて最高だったわね!」

 

 エドモンがまだ来ていないためかジャンヌ・オルタは残忍な笑みを浮かべ笑う。

 それに対して特に思うことはないぐだ男だが、エドモンが来た時に喧嘩が始まっても困るので話題を反らす。

 

『ジャンヌ・オルタの笑顔も最高だよ』

「ええ、お姉様の最高の魅力の一つです」

「ばッ!? 何ふざけたこと言って……え?」

 

 場に沈黙が走る。ここにいるのは六人。

 ぐだ男、ジャンヌ、ジャンヌ・オルタ、天草、アストルフォ、マリーのはずである。

 もう一度確認をする。

 ぐだ男、ジャンヌ、ジャンヌ・オルタ、天草、アストルフォ、マリーそしてブリュンヒルデ。

 

『なんだ、ブリュンヒルデさんか』

「なんだじゃないわよ! なんであんたがここにいるのよ!?」

「そこにお姉様が居るからです」

「そこに山があるからみたいに答えるんじゃないわよッ!」

 

 本来ならば今回の勉強会にはブリュンヒルデは呼ばれていない。

 と言うよりもジャンヌ・オルタが意図的に誘わないようにしていた。

 だが、そんな小細工など歯牙にもかけぬとばかりに彼女はここにいる。

 

「まぁまぁ、心強い味方が増えたのはいいことではありませんか」

「そうそう、マリーの言う通りだよ。あ、ブリュンヒルデ。お菓子持ってきたんだけど食べる?」

「ありがとうございます」

「なんで誰も驚かないのよ……」

 

 何事もなかったようにニコニコと微笑むマリー。

 持ってきていたお菓子を開けてみんなに分け合うアストルフォ。

 余りにも自然に馴染むブリュンヒルデの姿にジャンヌ・オルタは重い息を吐く。

 

『いつものことだし』

「ええ、毎度驚いていては疲れてしまいますよ」

「賑やかなのはいいことですし」

「ああ……頭痛い」

 

 まるで実家のようにくつろぐ、ぐだ男と天草に微笑むジャンヌ。

 ひょっとしてこの中では自分だけが常識人になるのかと戦慄し頭を抱えるジャンヌ・オルタ。

 そこへエドモンがやってくる。

 

「……一人増えているようだが?」

「うるさいわね…私が聞きたいわよ…」

「そうか……お前も大変なのだな」

「初めてあんたに同情された気がするわ……」

 

 普段から友人に振り回される者同士伝わることがあったのか疲れた視線を交わす二人。

 

『みんな揃ったし、そろそろ始めようか』

「どのように勉強を行うのでしょうか? 皆で同じものをするのですか」

『うん。その形で毎日教科を変えていこう。それから。その教科が得意な人は教える係になるとかどうかな?』

 

 ぐだ男の提案に全員が頷く。

 後は今日やる教科を何にするかだけだ。

 

『取り敢えず、今日は何をする?』

「予定では初めに来るテストは世界史ですね」

「なら、テストの順番通りにやっていこうよ」

『それでいいよ。みんなもいい?』

 

 アストルフォの提案に乗り、尋ねるがこれも全員が頷いてくれる。

 

『じゃあ、今日は俺が教える役に回るよ。俺、世界史得意だし』

「あら、それでしたら私もお手伝いしますわ、ぐだ男さん」

『ありがとう、マリー』

 

 ぐだ男の一番の得意教科は世界史である。

 そしてマリーは全教科の点数が高い教養の高いお嬢様である。

 因みに、天草とエドモンも全教科で非常に優秀である。

 

「ぐだ男ー、早速だけどどういう風に覚えたらいいの? ボクすぐ忘れちゃんだよね」

『暗記だけだと疲れるから歴史上の人物と実際にあって話をするイメージを持つとかは?』

「例えば?」

 

 言われて少し黙り込んだ後に口を開く。

 

 

『例えば、リチャード獅子心王と会って“激討、朝まで騎士王トーク”で盛り上がったり、サラディン強すぎじゃない? とか、遠征期間長すぎて英語話せなかったってホント? て、質問したり、弟のジョン失地王があんなに下手な外交策したのは実は自分の十字軍遠征の借金のせいとか話すイメージをする』

 

 

 ぐだ男が話し終えると素直に感心するグループとおかしなイメージに笑うグループが出来上がっていた。

 

「あははは、おもしろーい!」

「なるほど、だからぐだ男君は歴史が得意なのですね」

「いや、後半はともかく“激討、朝まで騎士王トーク”ってなによ」

 

 爆笑するアストルフォに感心するジャンヌ。

 そして意味不明なワードにツッコミを入れるジャンヌ・オルタ。

 

『いや、アーサー王大好きらしいから』

「ハッ、何? 何でもかんでもエクスカリバーとか名前付けちゃったりするわけ?」

『かもしれない』

 

 まさかー、と冗談で笑いあう彼らは知らない。

 平行世界ではまさにそのような宝具を扱いかの王が戦っているなど。

 誰も知ることはない。

 

「でも、確かに印象に残りますね」

「ええ、ぐだ男君はある意味で達人ですね」

『いや、上には上がいるよ』

 

 ブリュンヒルデと天草の言葉に首を振るぐだ男。

 そう、彼の身近にはさらに上がいるのである。

 

『俺の知り合いに武器を見ただけでどんな人物がどんな風に武器を使ったとかわかる人がいる』

「それは……もはや手品に近い気が」

「おい、そろそろ始めるぞ。時間は限られているからな」

 

 ぐだ男が日頃世話になっている人物の話をすると若干引かれる。

 しかし、エドモンの言葉でそれ以上追及されることなく終わるのだった。

 

『そうだね』

「では、みなさん頑張りましょう」

 

 マリーの言葉を最後にそれからは全員が静かに机に座る。

 紙に書いて暗記する者や、問題集を解く者のペンが走る。

 しかし、黙っていては集まった意味がない。

 

「ちょっと、ぐだ男。聞きたいことがあるんだけど」

『なに?』

「このイブンなんとかって奴ら、三人も居て憶えづらいんだけど何とかならないかしら?」

『それ、ジャンヌ達にも言えるんじゃ……』

「うるさいわね! いいから何とか覚えやすい方法教えなさいよ!」

 

 イブン=ルシュド、イブン=バットゥータ、イブン=ハルドゥーン。

 いずれもイスラーム文化を語るには欠かせない偉人だが名前が同じため憶えづらい。

 なのでジャンヌ・オルタの言うことはもっともである。

 しかしながら、彼女自身姉と同じ名前であるためぐだ男にツッコミを入れられる。

 

『じゃあ、キャラ付けでもしてみたら? 年代順に並べて三兄弟にして』

「イブン三兄弟? 例えばどんなのよ」

 

 真面目なのか、ふざけているのか分からない対応にぐだ男に詰め寄るジャンヌ・オルタ。

 そのせいで彼女の顔がすぐ傍にきてドギマギとするが彼はすぐに口を開く。

 

『長男のルシュドは哲学者。次男のバットゥータは旅人。三男のハルドゥーンは歴史家とか』

「フン、そんなのじゃキャラ付けが薄くて覚えられないわよ」

『じゃ、じゃあ、どんなキャラ付けなら覚えられそう?』

 

 まるでダメダメな生徒でも見るように息を吐くジャンヌ・オルタ。

 普通であればムッとするかもしれない。

 だが、ぐだ男は首筋にかかる彼女の吐息の感触でそれどころではなかったので何とも情けない声で問い返す。

 

 

 

「そうね。私なら―――

 いつも窓辺で思想に耽っていて近寄りがたいけど実は優しい系先輩ルシュド。

 普段は無口だけど趣味の旅行の話になると夢中で語りはじめる系同級生バットゥータ。

 いつも明るくて子供みたいに大好きな歴史の話をしてくる無邪気系後輩のハルドゥーン。

 ……こんなところかしら」

 

 

 

 どうかしら、と自信満々な顔で見つめてくるジャンヌ・オルタ。

 それに対してぐだ男は曖昧な表情で沈黙し、周りの人間も何とも言えぬ沈黙を漂わせる。

 

「な、なによ。文句があるならハッキリ言いなさいよ!」

「いいえ、ジャンヌ・オルタ。みんなあなたの素晴らしい発想に驚いているだけですのよ」

 

 慌てるジャンヌ・オルタに対し天然なマリーは素直に褒め称える。

 マリーの言葉にジャンヌ・オルタは胸を撫で下ろし他の者もこれで流そうとする。

 しかし、ぐだ男に恐れというものはなかった。

 

 

『ジャンヌ・オルタって案外乙女思考だよね』

 

 

 一瞬、ポカンとした表情をするジャンヌ・オルタ。

 しかし、次の瞬間には顔を真っ赤にして反射的にぐだ男を吹き飛ばす。

 

「う、うるさーいッ!」

『バスター!?』

 

 完全に自業自得で吹き飛ばされるぐだ男。

 ハッとし、しまった、という顔をするジャンヌ・オルタ。

 このままでは倒れてしまうところで救世主は手を伸ばした。

 ポフ、という優しい音と共にぐだ男の体は柔らかいものに包まれる。

 

「もう、突き飛ばしたりしたら危ないですよ」

「ぐ……」

 

 ぐだ男の体を受け止めたのはジャンヌであった。

 後頭部に感じる温かく柔らかな存在(胸部)を必死に意識しないようにしながらぐだ男は立ち上がる。

 

『ジャンヌ・オルタを怒らないで、今のは俺が悪かったから』

「それは…そうですが……」

 

 まだ納得がいかないといった顔をするジャンヌを説得しながら何とか頭をクールダウンさせる。

 そしてどうすればいいのか分からないといった顔をしているジャンヌ・オルタに向き直る。

 

『ジャンヌ・オルタも変なこと言ってごめん』

「わ、分かればいいのよ。分かれば」

 

 頬を染めてそっぽを向きながらではあるが謝罪の言葉を受け取るジャンヌ・オルタ。

 その姿に素直じゃないとぐだ男は困ったように笑うが流石にもう口にはしない。

 

「では、勉強に戻りましょう。時間も限られていますし」

『そうだね』

 

 一件落着し自分の席へ戻っていくぐだ男とジャンヌ姉妹。

 しかしながら、この場にはまだ爆弾を投下する理性の蒸発した人物がいた。

 

 

「ところで、ぐだ男。ジャンヌのおっぱいの感触はどうだったー?」

『最高でした!』

「ぐだ男君!?」

 

 

 騒動はその後も続いていくのだった。

 

 





次回は早く物語を進めたいので一気にテスト直後まで飛びます。
六話目に夏の定番、そう―――肝試しイベントをやるためにね。


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五話:準備

 

 あれから勉強会も回数を重ねて確かな自信を身につけたぐだ男。

 テスト本番も落ち着いて取り組むことができ、手応えはあった。

 そのため最後の授業を終えたぐだ男は晴れ晴れとした気分で靴箱にいるのである。

 

「先輩!」

『マシュ、奇遇だね』

「はい。いつもは中々時間が合いませんので」

 

 まるで飼い主を見つけた犬のように駆け寄ってくるマシュ。

 そんな姿に癒されながら手にしていた上靴を靴箱に入れる。

 

『マシュはテストどうだった?』

「私はいつも通りです。先輩の方は?」

『勉強会を開いたおかげで良く解けた気がする』

 

 何気なく答えると何故か頬を膨らませるマシュ。

 

「……私も先輩と一緒に勉強がしたかったです」

『ごめん。でも、マシュとは学年が違うから習っているところが違うし』

「はい。それは分かっているんですが……」

 

 筋の通った理由は理解しているものの心が納得しない。

 そんな行き場のない感情に振り回されマシュは頬を膨らませ続ける。

 ぐだ男は彼女の姿に少し迷った後に指を突き出し。

 

『えい』

「ぷひゅ…! せ、先輩!?」

 

 マシュの膨らんだ頬を押し込む。可愛らしい音と共に萎むマシュの頬。

 そのことに顔を赤らめて驚く後輩をさらに撫でる。

 

『元気出た?』

「は、はい。あ、ありがとうございます」

 

 未だに顔は赤いままであるが素直にお礼を言うマシュ。

 どこからどう見てもいちゃついているカップルであるが事実は違う。

 ぐだ男にとっては特別な後輩であり、マシュにとっても特別な先輩である。

 ほんの少し背中を押してやるだけで二人は恋仲になるだろうが今の二人にその自覚はない。

 

「よお、坊主に嬢ちゃん。相変わらず仲が良いじゃねえか」

「クー・フーリンさん」

 

 そんな二人に気後れすることもなく声をかけてくるのは三年生のクー・フーリンである。

 まるで獣のような威圧感を持ちながらも頼りがいのある雰囲気を漂わせる。

 一部の後輩からは兄貴と呼ばれて慕われている人物である。

 

「御子殿、お待ちくだされ。荷物は私がお持ちします」

「あ? このぐらい自分(てめー)で運ぶから気を使うなって」

「そうは申されても……。おっと、これはぐだ男殿にマシュ殿、お疲れ様です」

 

 続いてクー・フーリンの後ろから現れたのは一年のディルムッド・オディナ。

 まさに絵に描いたようなイケメンで女子生徒のみならず近所のマダムにすら人気である。

 しかし、本人としてはモテることに興味はなく武術の鍛錬に精を出す毎日である。

 

『二人は今から部活?』

「まあな。やっとテストから解放されたのによ。師匠も偶には休ませろってんだよ」

 

 ブツブツと愚痴を言いながら手にした槍を弄ぶクー・フーリン。

 二人は槍術部に所属しており毎日顧問のスカサハにしごかれている。

 しかしながらそのかいもあり、大会では常に圧倒的な成績を残している。

 

 光の御子クー・フーリン。黄金の騎士フィン・マックール。

 輝く顔のディルムッド・オディナ。

 この三人が揃っている現在はまさに黄金期と言っても差し支えない状態なのだ。

 

 

「だいたいよー。師匠も毎日出張ってたらキツイだろ。いい加減、歳考えろってんだよ」

 

 

 ケラケラと快活な笑いを見せながら冗談を飛ばすクー・フーリン。

 しかしながら、その冗談は自身に対する死刑宣告と同義であった。

 

「ゲイボルク!」

「おごッ!?」

「御子殿!?」

 

 クー・フーリンの眉間にチョークが突き刺さり粉々に砕け散る。

 そのあまりの破壊力に地面に倒れ伏すクー・フーリンに慌てるディルムッド。

 騒然となる場に鬼神のごときオーラを漂わせながらチョークを投げた人物が現れる。

 

「まったく、言うことにことかいてこのバカ弟子は。目の前にいる女性はどう見ても若くてピチピチであろう?」

「いや、ピチピチとかいう言葉の時点で―――ぬおっ!?」

「お止めください、スカサハ殿! 御子殿が死んでしまいます!」

 

 なおも減らず口を叩くクー・フーリンに止めのチョークをお見舞いするスカサハ。

 威風堂々、王者の気風を漂わせた、赤い瞳が特徴的な美しい人物である。

 しかしながら、彼女の前でその年齢を弄ることは自殺行為に等しい。

 

「お前の目が狂っているだけだ。ぐだ男、お前の目から見て私は何歳に見える?」

『ピチピチの十代。まだ若いし、生徒でもいけるし』

「先輩の瞳が心なしかどこか遠くを見つめている気がします……」

 

 絶体絶命のピンチに咄嗟に返すがぐだ男の声には真剣さが欠片もない。

 しかしながら、取りあえずは若いと言われて納得したのか矛を収めるスカサハ。

 だが、クー・フーリンは懲りない男であった。

 

 

「まだいけるわけねーだろ、歳考えろ」

 

 

 空気が凍り付く。ぐだ男は悟る。クー・フーリンはこれから死ぬのだと。

 

「んーそうか、そうかんー、死ぬか。ここで死ぬな?」

 

 言葉だけ見れば若干のジョークが含まれているように見える。

 しかし、実際のところは地の底より響いてくるようなおどろおどろしい空気を纏わせていた。

 

「さて、今日のしごきはいつもの100倍にしてやろう」

「いや、いつも死にかけるのに100倍とか普通に死ぬだろ!」

『兄貴……骨は拾うから安心して逝ってきて』

「安心できる要素一つもねえじゃねーか!」

 

 スカサハに首根っこを掴まれ連れ去られる姿は悲しさを漂わせる。

 だが、現実は非情である。誰も何もすることができない。

 ただただ、彼を見送ることしかできない。

 

「クー・フーリンさん大丈夫でしょうか……」

『兄貴は死んだ! もういない!』

「まだ死んでねえよ!」

 

 廊下の向こう側からクー・フーリンが叫び返してくるがぐだ男の耳には入らない。

 ただ、兄貴の想いを背負い、胸に抱き、真っすぐに歩みを進めていくのだった。

 

「先輩、何事もなかったように下校しないでください」

 

 マシュに困ったような顔でツッコまれるが結局二人して帰ることにする。

 よその部活の事情に首を突っ込むのはお門違いというものだろう。

 昇降口を出てマシュと共に歩いていると見知った姿が見えてくる。

 

『何してるの? 天草』

「おや、ぐだ男君にマシュさんですか」

 

 何やら重たそうな段ボールを良い汗をかきながら運ぶ天草と遭遇する。

 

「見ての通り資材の運搬の最中ですよ」

『もう少し具体的に』

「それもそうですか。はい、これは毎年恒例の肝試しに使うセットの一部ですよ」

『ああ、あれか』

 

 納得がいって頷くぐだ男。

 そんな二人の様子にまだ一年のマシュは何のことかわからずに首を傾げる。

 

「あの、それは一体?」

『そっか、マシュは初めてだもんね』

「その名の通り肝試しですよ。毎年夏休み前に生徒が企画する行事です」

 

 先輩である二人がマシュに説明していく。

 マシュの方も興味津々なのかコクコクと相槌を打つ。

 

『設定されたポイントをスタンプラリーみたいに回りながら肝試しするんだ』

「二人一組のペアで様々な教室を回ってゴールの体育館を目指すゲームです」

『あれ、今年は墓地でやらないの?』

 

 天草の口から出た去年との変更点に驚き尋ねるぐだ男。

 すると、天草は若干渋い顔をする。

 

「ええ、去年私とジャンヌが除霊をし過ぎたせいか出が悪くなってしまって……」

「本物がいたんですか!? というか除霊しながら回ったんですか!?」

 

 衝撃の告白に思わず声を張り上げるマシュ。

 一方のぐだ男はそういえばそんなこともあったなと懐かしそうな顔をする。

 

「去年は私とジャンヌがペアになりまして。恥ずかしいことにどうした意図で行われているのか理解せずについ……」

『良かれと思って除霊したの?』

「はい。仏教徒かキリスト教徒かは分かりませんが少なくとも成仏はできたはずです」

 

 良い笑顔で微笑む天草にマシュは何と言うべきかわからないと言った表情をする。

 ぐだ男の方は彼の性格は分かっているので特に驚きはしない。

 

『それじゃあ今年はどうするの?』

「二年生や三年生、近所の人達から有志を募って驚かす役になってもらいます。因みに私もどういった内容かは知りません」

『つまり変わった肝試しなのか』

「あの……本物が出るのは普通なのでしょうか?」

 

 マシュからのツッコミが入るがぐだ男は笑って流す。

 こんなことで動じるようでは天草の友人は務まらないのだ。

 

『そう言えば去年といえば、夏休み明けから一気に焼けたよね、天草』

「それ日焼けだったんですか!?」

 

 ずっと天草の肌の色は地肌だと思っていたマシュが目を見開く。

 そんな姿に天草は苦笑しつつ理由を語る。

 

「まあ、理由の一つですが…。実は去年の夏休みにある用事があってセミラミスという女性を訪ねたのですが、その時に中東でしか取れない資材を集めて来いと言われまして」

「学生に対してなんという無茶ぶり……」

『それで本当に集めたんだよね?』

「ええ」

 

 まるで近所のスーパーへお使いしに行ったかのような軽さで頷く天草。

 

「もっとも、彼女の方は断るつもりで言ったらしいので酷く驚いていましたがね」

『かぐや姫の無茶ぶりに答えたようなものだからね』

 

 うんうん、と頷くぐだ男に目を丸くするマシュ。

 一方の天草は恥ずかしそうに頭を掻きながら話を続ける。

 

「本当に大変な作業でしたが、全人類を救済するのに比べれば大したことはありませんよ」

『天草、なんだかラスボスっぽい』

「よく言われます」

 

 聖者のような笑顔で笑いながらどこか黒さを感じさせる天草。

 だが、それを感じてもぐだ男は無条件に彼を信頼し共に笑う。

 そんなところへもう一人の知人が現れる。

 

「天草君どうしたんですか? そんなところで立ち止まって」

『あ、ジャンヌ』

「ああ、ぐだ男さんとマシュさんと話していたんですか」

 

 よいしょ、と荷物を下ろしてから汗を拭くジャンヌ。

 その仕草がやけに色っぽく見え、ぐだ男は思わず目を伏せる。

 

「マシュさんに肝試しの説明をしていたのですよ」

「なるほど。これが終わったら広報のプリントも作らないといけませんね」

『大変そうだね、二人とも。手伝おうか?』

「いえ、それが私達の仕事ですので大丈夫ですよ」

 

 ぐだ男の気遣いに対して二人は微笑んで断る。

 それは自分達がやるべきことを誰かに頼ってばかりだと成長しないという考えからである。

 

「後はペア決めのくじの準備もいりますね」

「確か去年の分が残っていたのでそれを再利用しましょう」

「そうですね。では、私達はまだやらないといけないことがあるのでこれで」

『うん、引き留めてごめんね。それじゃあ頑張って』

 

 二人と別れマシュと共に家路につく。

 その中でも二人の話題は先程聞いた肝試しのことであった。

 

「先輩、ペアは学年別なんですか?」

『うん。全学年一緒にすると大変だからね』

「そう…ですか…」

 

 残念そうな顔でつぶやくマシュにぐだ男は首を傾げる。

 しかし、すぐにいつもの表情に戻ったので気のせいかと割り切る。

 

「ところで先輩は去年は誰とペアになったんですか?」

『去年はジークフリート。大変だった』

「大変…? 何があったんですか?」

 

 どこか疲れたように語るぐだ男にマシュが尋ねる。

 

 

『いや、ジークフリートの背中にめっちゃバルムンク飛んできて』

 

「それ本当に肝試しなんですか!?」

 

 

 肝試しとは如何なる手を使ってでも相手を恐怖のどん底に落とす催しなのである。

 

 





マシュ√はジャンヌ二人の√が終わったら解放されます(真顔)
さて、次回はどっちとペアになるか。


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六話:肝試し

 

 夏の太陽も落ち、夜空にコウモリが飛び交う時間帯。

 普段は学校にいない時間帯にぐだ男達は集まっていた。

 そう、肝試しを行うために。

 

「何でもいいからとっとと始まれよな……お前もそう思うだろ?」

『そうだね、モードレッド』

「はは、やっぱお前とは気が合うな。気が合うってのは重要なことだ」

 

 行儀悪く机の上に座るモードレッドと話しながら開始の合図を待つ。

 なんでも事前に配られていた自分の番号を放送で呼ばれたら廊下に出てペアと合流するらしい。

 

「そういや、お前幽霊とか苦手か?」

『怖くはあるけど立ち向かえないほどじゃない』

「ハッ、お前のそういう素直なところ悪くないぜ」

 

 まるで悪ガキのような笑みを浮かべるモードレッド。

 そんな姿にぐだ男は子供みたいだなと思うが言えば怒ることは間違いがないので黙っておく。

 

「すまない。みんな、静かにしてくれ。どうやら合図が来たようだ。これは……テレビ放送か」

 

 委員長のジークフリートの声掛けで教室にいる生徒が一斉にテレビに目を向ける。

 すると、そこには夜とは正反対の煌びやかな黄金の衣服を身に着けた男が現れる。

 

【余は太陽王オジマンディアス。余の言葉をもって今宵の宴は開演する。ありがたく思うがいい】

 

「なぁ、ぐだ男。こいつムカつくんだけど。処す、処しちゃう?」

『落ちついて、モードレッド。画面が壊れるだけだから』

 

 自らを絶対強者と疑わない三年生のオジマンディアスの姿に眉を引くつかせるモードレッド。

 そんな友人を宥めつつぐだ男はオジマンディアスの言葉に耳を傾ける。

 

【校舎に張り巡らされた試練を乗り越え、見事、意識を失うことなくゴールに辿り着ける勇者がいることを願おう。それでは開演の―――】

 

 ズルリとずれるオジマンディアスの―――首。

 理解できずに画面を見たまま凍り付く生徒達。

 しかしながら、当の本人は蚊に刺されたような軽さで首を元に戻す。

 

【なんだ? 余の首は何ともないぞ―――おっと】

 

 今度は先程よりも明確に首が滑り落ち危うく肉が見えそうになる。

 どこかの教室から悲鳴が聞こえてくるがそれでもオジマンディアスの様子は変わらない。

 

【それでは進むがよい! 余がその様を見届けてやろう!!】

 

 大層なセリフを首がズレたまま言い切り画面から消えるオジマンディアス。

 静まり返る教室に1番目のペアを呼ぶ放送が流れる。

 

「な、なぁ……お前は何番目なんだ?」

『10番目』

 

 沈黙した空気が嫌なのかモードレッドが話題を振ってくる。

 

「オレは15番目だな。お前より後か……ま、お前が気絶してたら体育館まで引きずってやるよ」

『優しくお願い』

「そこは否定するところだろ? ま、いいけどな」

 

 ホントに仕方のない奴だと呆れたような顔をするモードレッド。

 しかし、心なしか嬉しそうな表情にも見えるので不思議だ。

 二人してそんな話をしていると順番が進んでいき8番目になる。

 

「む、俺の番か」

「あら…私のペアはあなたなのですか?」

 

 放送と共に同時に立ち上がったジークフリートとブリュンヒルデ。

 どうやらくじ引きの結果同じクラスの人間となることもあるらしい。

 

「あなたとか。頼りのない身だがよろしく頼む」

「ええ、ジークフリートさん…いいえ、シグルド」

「む? すまない。確かに俺の名前はシグルドとも読めるが違う名前だ」

「シグルド…? シグルド、愛さなきゃ…殺さなきゃ……」

 

 シグルドという名前に何かスイッチがあったのか瞳から光が消えるブリュンヒルデ。

 しかしながら当の本人は彼女が何を言っているのか聞こえないらしく首を傾げるばかりである。

 

『ジークフリート……気を付けてね』

「…? ああ、去年のようにはならないだろう。それに背中は彼女に守ってもらう」

『寧ろ背中に気を付けて!』

 

 必死に友に警告を促すぐだ男だったがジークフリートはどういうことか分からないとった顔をする。

 

「シグルド…行きましょう」

「すまない。それと名前の件だが……」

「ああ…殺さなきゃ…」

 

 美男美女の組み合わせであるがどこか恐ろしさを感じさせるペアが消える。

 願わくば二人共無事にゴールして欲しいものだ。

 

『無事だと良いんだけど……』

「オレに言うなよ。それよりほら、そろそろお前の番じゃねえのか?」

 

 モードレッドに言われて自身の番が近づいてきていることを思い出す。

 自身のペアは誰になるのだろうかとぼんやりと考えていると10番の放送が流れる。

 行けば分かるかと切り替え、腰を上げたところで同じように腰を上げたジャンヌ・オルタと目が合う。

 

「……ああ、あんたなのね。ま、誰でも同じだけど……知り合いで良かった」

『最後なんか言った?』

「何でもないわよ。ほら、こんなイベントさっさと終わらせましょ」

 

 プイと知らんぷりをしてライトを手に外に出ていくジャンヌ・オルタ。

 それを足早に追いかけていくぐだ男の足は心なしか軽やかであった。

 途中で憎まれ口を叩かれながらも追いついたぐだ男はルートの確認をする。

 

『俺達の場合は理科室に行って、それから図書室、保健室を回って最後に体育館だって』

「フン、そんな道簡単じゃない。いいわ、一気にクリアするわよ」

『ジャンヌ・オルタはこういうの平気?』

「当たり前でしょ。幽霊なんて非科学的なもの―――ヒャッ!」

 

 自信満々に話していたジャンヌ・オルタが突然可愛らしい悲鳴を上げる。

 

「あ、あんた急に首元に触ってきてんじゃないわよ!」

『触ってないよ?』

「嘘言ってんじゃ―――キャッ!?」

 

 再び悲鳴を上げてのけ反るジャンヌ・オルタ。

 確かに冷たい何かに触れられた感触はあるが振り返っても誰もいない。

 

「……本当にあんたじゃないのね?」

 

 頷くぐだ男の姿に不安げに辺りを見るが当然誰も見えない。それも当然だろう。

 先程からジャンヌ・オルタに触れているのは気配を遮断したハサンなのだから。

 百の貌のハサンが定番のコンニャクを彼女の肌に当てているのだ。

 普通であればバレバレなコンニャクもハサンにかかれば不可視のコンニャクとなるのだ。

 

『本当は苦手なんじゃ……』

「そ、そんなわけないじゃない! くだらないこと言ってないで早く行くわよ!」

 

 口では強がりながらもペースを落としぐだ男とはぐれないようにするジャンヌ・オルタ。

 そんな気配に一人心の中で可愛いなと思いながらぐだ男は彼女に付き従う。

 

「……理科室に着いたけどどうするの?」

『スタンプを押すんだけど……あ! あの机の上にあるやつだと思う』

 

 理科室に辿り着いた二人だったが何も異変はない。

 慎重に中の様子をうかがい机に近づくが何も起きない。

 

『理科室といえば人体模型が動き出すんだけど……』

「な、なに言ってんのよ。動くわけないでしょ」

 

 奥の方にいる人体模型をじっと見つめるが動く気配はない。

 それに安心しスタンプを押すがやはり何も起きない。

 

『終わったよ。もう出ても大丈夫のはず』

「ハッ、身構えて損しちゃったわ。そうよね、人体模型が動くはずないもの…うん」

 

 心底安心したような顔をして一刻も早く理科室から立ち去ろうと扉に手をかける。

 しかし、ぐだ男は違和感に気づく。最後に入ったのは自分の方だが自分は―――

 

『待って、ジャンヌ・オルタ! 俺は―――扉を閉めてない!』

 

 ―――扉を開け放して(・・・・・)おいたはずなのだから。

 

「―――え?」

 

 ぐだ男の声は間に合わずジャンヌ・オルタは扉を開けてしまう。

 月明かりが差し込み扉の外に居た者を照らし出す。

 細長い体に、不気味なまでに青白い肌。見る者を威圧する瞳。手にした大槍。

 そして何より、その体を染め上げるのは―――真っ赤な血飛沫であった。

 

「キャァアアアッ!」

 

 安心したところへの不意打ちに思わず悲鳴を上げて後ろに逃げるジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男はそんな彼女に前に立ち庇う様に震える足で敵と対峙する。

 

「俺に立ち向かってどうするつもりだ? 無駄な時間を使うだけだ」

『…! その声、それに一言足りなくて煽っているように感じる話し方―――』

 

 ぐだ男の脳裏にある人物が思い浮かぶ。

 

『―――カルナさんかッ!』

「正解だ。ところで先に行かないのか? 俺の役目はもうすんだ。お前達を止める理由はない」

 

 先程の緊張感はどこにいったのか、相手が分かった途端に気が抜けるぐだ男。

 

『どうしてまたお化け役なんかしているんですか?』

「頼まれたからな。俺の見た目はメイクがしやすいとな」

 

 相も変らぬ無表情で淡々と答えるカルナ。

 三年生の彼は校内でも見た目から良く怖がられているが本当は優しく、頼まれごとは断らない。

 人はそんな彼を施しの英雄と呼んでいる。

 

『分かりました。それじゃあ、行こうかジャンヌ・オルタ』

「そ、そうね。全く驚かせるんじゃないわよ……」

「これは相手を驚かせる趣旨の催しではないのか?」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」

 

 どこか噛み合っていない会話を繰り広げた後に二人並んで廊下に出る。

 そんな二人にカルナが最後に忠告を行う。

 

「廊下を通る場合は急いで進むべきだろう。あれ(・・)は俺と違って容赦がないからな」

『あれ?』

「後ろを見てみろ」

 

 言葉通りに振り返る二人。

 廊下の向かい側からこちらの方へ駆けてくるものがいる。

 白い頭巾を頭から被ったような見た目にギョロリとした瞳。

 極めつけはアンバランスにつけられた二本の人間の足だ。

 

「ちょ、何よあの気持ち悪いやつ!?」

『メジェド。目を合わせたら呪われる。好物は人間の心臓なエジプトのゆるキャラ』

「それのどこがゆるキャラよ! どうみてもキモキャラでしょ!!」

 

 メジェドに背を向け全力で逃げ去りながら話す二人。

 しかし、メジェドは流石は神とでも言うべきか、気持ち悪い程の速さで追ってくる。

 取りあえずどこかに逃げ込もうと二人して空いている教室を探す。

 

『ジャンヌ・オルタ、こっち!』

「あ…!」

 

 図書室の扉が開いていることに気づきジャンヌ・オルタの手を掴み飛び込む。

 そしてしっかりと鍵をかけてメジェドが過ぎ去るのを息を殺して待つ。

 

『……行ったみたい』

「そうね。それは良いとして…い、いつまで手を握ってんのよ」

『あ、ごめん』

 

 慌てて手を放すが今度は顔が火照ってしょうがない。

 チラリとジャンヌ・オルタの表情を見るが彼女の方も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 

『…怒ってる?』

「べ、別に、この程度で怒ったりしないわよ……さっきは守ってくれたし」

『さっき?』

「何でもないわよ。ほら、ここ図書室だし早いとこスタンプを押しましょ」

 

 カルナに対して自分を守るために前に出てくれたことを口にするがぐだ男には思い当たらない。

 そのことに複雑な気分になりながらも今度は自分がスタンプを押しに行く。

 

「これでいいのよね。また、何か起こらないうちに進みましょ」

 

 振り返りぐだ男の方を見るが彼は固まっていた。

 そして自分の背後を呆然とした表情で見つめている。

 

「な、なによ。こんな時に悪ふざけなんて―――」

 

 そう言って振り返り彼女は絶句する。

 それは恐怖ではない。ただ、単純に脳が処理できなかったのだ。

 暗闇に浮かび上がる目の前の―――マッスルを。

 

 

 

「―――アイドルに興味ありませんか?」

 

 

 

 まるで岩のような筋肉を包むスーツ。

 折り目正しく反逆されたシャツにネクタイ。

 そして、手錠による拘束を受けながらも丁寧に差し出された名刺。

 

「インペリアルローマ事務所で社畜剣闘士(プロデューサー)を務めているスパルタクス、人呼んでスパPだ」

 

 座右の銘『いつでも笑顔』を忠実に守る満面の笑み。

 だというのにその男はどこからどう見ても―――マッスルであった。

 

「『ああああああッ!!』」

 

「アッセイッ!」

 

 ジャンヌ・オルタが衝動的にスパルタクスをボコボコにする。

 ぐだ男が素早く鍵を開けて逃走の経路を確保する。

 そして二人揃って脇目も振らずに逃げ出す。

 二人にとってはそれだけの衝撃だったのだ。

 

「はぁ…はぁ…なによ、あいつ……反逆大好きな人相してるのにアイドルってなに?」

『ジャンヌ・オルタの反抗的な態度が反逆ととられたんじゃ?』

「あんなのと一緒にしないでくれる!?」

 

 息を切らして廊下に座り込む二人。

 しばらくそのままの状態で英気を養う。

 

「それで後はどうなるの?」

『後は保健室。それが終われば体育館でゴール』

「あと少し……次は何が来るのかしら」

 

 気づけば保健室の近くに来ていたのでそのまま歩いて向かう二人。

 そして慎重に中の様子を確認し、誰もいないことを確認し入る。

 

「……何もないわね」

『外にも誰もいない』

「それならそれでいいわ。これで最後のスタンプ…と」

 

 最後のスタンプをしっかりと押すジャンヌ・オルタ。

 その瞬間、まるでスイッチが入れられたかのような機械音が響いてくる。

 反射的に音のする方向を見る二人。

 

「ベッドからなんか出てきてるわよ……」

『人? いや、あれは人形?』

 

 ベッドの中から這い出てきたのはオートマタ。

 機械仕掛けの存在だと分かっているのでジャンヌ・オルタは特に恐れない。

 

「ハッ、今更人形が一体出てきた程度じゃ驚かないわ」

『……ジャンヌ・オルタ、外見て』

「はあ? 何を言って……」

 

 外を見て言葉を失うジャンヌ・オルタ。

 目に映ったのは遠くから行進してくるヘルター・スケルターだった。

 それだけなら驚かない。真に驚いたのは、その数だ。

 

「なんで…廊下が埋まる数がいるのよ……」

 

 廊下を埋め尽くしながら進むヘルター・スケルターの威容に圧倒される。

 だが、最も恐ろしいのは彼らではない。その軍隊を率いる者だ。

 

「速やかに患者を確保しなさい」

【イエス、マム】

『何やってるんですか、ナイチンゲール先生!?』

 

 ヘルター・スケルター達に指示を出しているのは保健室の主ナイチンゲールである。

 

「私は気が付きました。人の手では助けることができない人々も機械の力を使えば助けることができると」

『なるほど』

「なので彼らを使い―――病原菌を排除します」

『さっぱり分からない』

 

 一斉に進行しだすヘルター・スケルターから逃れるために保健室を飛び出す。

 すると何故か彼らはこちらを追って来る。

 

「なんでこっちを狙うのよ!?」

「あのオートマタは感染症を発症した人間という設定です。そしてあなた方は彼と接した。つまり患者です」

 

 何故かナイチンゲールが先頭となって追ってきながら設定を説明してくれる。

 

『これってもしかして訓練?』

「確かに訓練です。しかし、例え訓練であっても―――私は殺してでもあなた方を救います!!」

『無茶苦茶だ!』

 

 逃げる患者に追う医者。

 何ともおかしな、しかしながらお互いに譲れないデッドレースが幕を開ける。

 

「逃しません」

「なによ、あれ!? 走り方が完全にターミネーターなんだけど!!」

『いいから走ろう! そうしないと脱落する!』

 

 未来からの暗殺者のように無表情かつ完璧なフォームで追ってくるナイチンゲール。

 先程のメジェド程の殺傷力は持っていないというのに恐ろしさは段違いだ。

 鋼鉄の白衣の異名は伊達ではない。

 

「仕方ありません。みね撃ちです」

『弾丸にみね撃ちってあるんですか!?』

 

 容赦なく発砲してくるその様は殺人鬼にしか見えないが彼女は救おうとしているだけだ。

 そう、例え殺してでも。

 

『このままじゃ……あれは!』

「うそ、あれキモキャラじゃない! これ挟み撃ち状態!?」

 

 運の悪いことにぐだ男達の目の前にはメジェドが迫ってきていた。

 前門のメジェドに後門の看護師。絶体絶命である。

 

『いや…これはチャンスだ』

 

 しかしながら、ぐだ男の精神は諦めることを良しとしなかった。

 

 

『ナイチンゲール先生! あれは―――感染症の原因という設定です!!』

「なるほど…! では優先順位としてはあちらを先に―――排除しなければいけませんね」

 

 

 ナイチンゲールの眼光がメジェドを射抜く。

 そのあまりの迫力にメジェドは急停止し彼らを見つめる。

 だが、彼女は止まることはしない。

 

「全軍―――突撃です!」

【イエス、マム】

 

 ヘルター・スケルターの大軍隊とナイチンゲールがメジェドに襲い掛かる。

 彼女達の予想外すぎる行動にメジェドは混乱し逆走を始める。

 しかし、捕まるのは時間の問題であろう。この学校で彼女に勝てる存在はいないのだから。

 

『嵐は去った』

「……あんた意外と外道?」

『卑怯だと思う? なら、それが彼らの敗因だ』

 

 へたり込み、ぐだ男の使ったスケープゴート作戦に白い眼をするジャンヌ・オルタ。

 だが、ぐだ男は悪びれることなくどこかの誰かのまねをする。

 

『とにかく、今のうちにゴールしよう』

「それもそうね…って、あれ?」

 

 立ち上がろうとするジャンヌ・オルタだったが気が抜けたためか立てない。

 そんな彼女のためにぐだ男は何も言わずに手を差し伸べる。

 

「……しょうがないわね」

 

 いつもであれば馬鹿にするなと反抗していただろう。

 しかし、今は不思議とそんな気にはならなかった。

 彼女は若干頬を染めながら手を取り立ち上がるのだった。

 

『じゃあ、行こうか』

「ええ、そうしましょう」

 

 前を歩くぐだ男の背中を盗み見しながら彼女はボンヤリと考える。

 彼であれば、もしかすれば自分のことを―――

 

「……バッカじゃない」

『なにかあった?』

「何でもないわ。ほら、さっさと行くわよ」

 

 顔を見られたくないので彼を抜き去り前に出る。

 そうだ。あり得るはずがないのだ。

 誰かがこんな自分のことを―――愛してくれるなど。

 

 

 

 

 

 二人が体育館に着いたころには試練を切り抜けてきた生徒が既に集まっていた。

 

『そう言えばここでもなにかあるのかな?』

「さあ、私としてはもうどうでもいいけど」

 

 何の連絡もないままに過ぎる時間に全員が不思議がっているところで舞台にかけられていた幕が上がる。何があるのかと全員の視線が集中し大トリ(・・・)が現れる。

 

「うむ、皆の者よくぞ余のライブに集まってくれたな」

「ちょっと、なに(アタシ)を抜いてんのよ!」

 

 煌びやかなステージ。そしてその中心にいるのは煌びやかな少女二人。

 これだけであれば何の問題も、否、その少女達だからこそ問題がある。

 

 

 

「心配するでない、わかっておる。今日はこのネロ・クラウディウスと」

 

「エリザベート・バートリーの一夜限りのスペシャルなライブを行うのよ!」

 

 

 

 あまりの出来事に目が点になっていた生徒達が状況を理解する。

 そして、全員がこれから起きる惨劇を予想し悲鳴を上げた。

 

「ああ、この大歓声……燃えてきたわ!」

「うむ、黄色い悲鳴という奴だな。余も今日は全身全霊をもって歌うぞ」

 

 悲鳴を自分達への歓声だと認識し気合に満ち溢れる二人。

 一部の生徒達は外に脱出しようともがくがどういうわけか外から鍵が閉められている。

 後に生徒達は語る。この時ほどこの学校を恨んだことはないと。

 

 

「「さあ―――Let’s start!!」」

 

 

 今年の肝試しは撃墜率100%を叩き出しカルデア学園の伝説となったのだった。

 

 





もうちょいしたら夏休みに入ります。
夏といえば浴衣や水着がありますよね。
……何が言いたいかはわかりますね?


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七話:恋する乙女

 ぐだ男のベッドの上でぐだ男とアストルフォが汗をかきながら見つめ合う。

 

『……使ってほしい?』

「う、うん……使ってほしい」

 

 静かな瞳で見つめるぐだ男に対しアストルフォは肌を上気させる。

 

『じゃあ、もっと感情を込めておねだりしないとなぁ』

「すぐに使ってほしいよぉ……」

 

 恥ずかしそうにアストルフォは懇願する。

 しかし、それだけではぐだ男は納得しない。

 

『もっと! なりふり構わず辛抱たまらん感じで懇願するんだ!』

「ボクもう我慢できないよぉ! 今すぐ好きに使ってぇ!!」

 

 息を荒げ、火照った肌に艶めかしい汗を流しながらアストルフォは叫ぶ。

 ぐだ男はそんなアストルフォに満足気に頷き静かに手を伸ばす。

 

 

『よし、じゃあエアコンつけようか』

 

 

 リモコンのスイッチを押すぐだ男。

 爽やかな冷気に当たりながらアストルフォはゴロリと横になる。

 

「あー、暑かったぁ。もう、こんな暑いのに扇風機だけじゃ無理だよぉ」

『家のエミヤ(おかん)が使いすぎは体に悪いって言うから』

 

 同じようにベッドの上に転がりながら訳を話すぐだ男。

 冷房を使いすぎると自律神経が弱まり結果的に熱中症などにかかりやすくなる。

 その危険性をエミヤは注意しているのだが暑いものは暑い。

 

「……あの、先程のやり取りは意味があったのでしょうか?」

『ただの遊び。ジャンヌもやる?』

「い…いえ、私にはとてもできません」

 

 禁断の道に進んでしまうようにも見えたやり取りに顔を赤らめるジャンヌ。

 学校帰りに二人に遊びに誘われた彼女であるが他人の家であそこまでくつろぐことはできない。

 

「やればいいのに、楽しいよー」

「貴女はもう少し節度をもった行動をしてください。人のベッドの上でくつろぐなんて……」

「えぇー、いいじゃん別にぃー」

『俺も別に構わないし』

 

 完全に脱力した状態で寝転がる二人にはジャンヌの言葉は届かない。

 そのことに溜息をつきながらジャンヌは二人の下に行き―――

 

「しっかりしなさい!」

 

 デコピンをお見舞いする。

 

「いったー……なにすんのさぁ」

「二人共ダラケ過ぎです。節度のある生活をするべきです」

『ここにもおかんが……』

 

 元来、優しくそして厳しい彼女は怠惰を許さない。

 相手のことを思ってのことだがスパルタ的な指導に二人はうめき声をあげる。

 

「もうすぐしたら涼しい時間になるので散歩にでも行きましょう」

「えぇっ!? おにー! あくまー!」

『俺達をエデンから追放するというのか…!?』

 

 死刑宣告にも等しい提案に猛抗議を上げる二人。

 だが、ジャンヌの意思は曲がることはない。

 

「文句言いません! ダラダラしていても何も良いことはありませんよ!」

「全くだ。彼女の言う通り少しは運動してきたまえ。テスト明けで体も鈍っているだろう?」

『いつの間に入ってきたの、エミヤ』

 

 気づけば勝手に部屋に入ってきたエミヤがジャンヌの援護に回っていた。

 

「言い争う声が聞こえてきたので何事かと思ってね。それと、散歩に行くのならお使いを頼まれてくれないか?」

 

 そう言って食材のメモを渡してくるエミヤ。

 

『……しょうがないか』

「では、頼むよ。それと牛乳はできるだけ賞味期限が長いものを買ってくるように」

 

 嫌そうな顔をしながらもメモとお金を受け取り頷くぐだ男。

 そんな彼に一言プラスしてエミヤは台所掃除に向かっていくのだった。

 

「それでは決まりですね。近くのスーパーまで歩いて向かいましょう」

「しょーがないなぁ。ボクもついていくよ」

『それじゃあ、準備するから二人は先に玄関に行ってて』

 

 二人に先に行ってもらっている間に財布を取り出しポケットに入れる。

 それから二人を追って廊下を歩いていたところで再びエミヤに声をかけられる。

 

「待ちたまえ。エコバックを忘れているぞ」

『あっちで袋を貰うのはダメなの?』

「忘れたのか? あそこのレジ袋は有料だ」

 

 さも当然のように語るその姿はやはりおかんであった。

 ぐだ男の方もそれは重々承知しているので頷くだけで特に何も言わない。

 しかし、今回は珍しくエミヤの方から一言付け加えてくる。

 

「それにしても……良い娘じゃないか。君が気になるのも分かるよ」

『え!?』

 

 そんなに分かりやすい態度でジャンヌに接していたのかと焦り振り返るぐだ男。

 だが、彼の行動にエミヤはニヤリと笑うばかりである。

 

「なるほど、やはりか」

『謀ったな、エミヤ!』

「私とて弟分が想いを寄せる相手は気になる。まあ、頑張りたまえ」

 

 生温かな目で見つめられ、顔を赤くしながらぐだ男は撤退する。

 そんな青春真っ盛りの弟分の後姿を満足気に見送りエミヤは今度は風呂掃除に向かうのだった。

 

『お待たせ』

「ぐだ男ー、なんだか顔が赤いよ?」

『な、何でもない』

 

 二人の元に辿り着いたところでアストルフォに尋ねられブンブンと首を振るぐだ男。

 そして、エミヤの言葉を思い出してチラリとジャンヌの方を盗み見る。

 

「どうかしましたか?」

『ううん。それより早く行こう』

 

 しかし、すぐにばれてしまい顔を赤くして外に出る。

 アストルフォは何も疑わずにその後ろに続き駆け出す。

 ジャンヌだけはぐだ男の行動を不審に思い首を傾げるが何も言うことなく彼に続くのだった。

 

 

 

 

 

「クーちゃん! クーちゃん! あのパン見た目も可愛くてすっごく美味しそう!」

「あ? 欲しけりゃ買えばいいだろ」

「そういう返しが欲しいんじゃないんだけど、クールなクーちゃんも素敵だわ!」

「……疲れる」

 

 スーパーに辿り着いた三人が初めに見たものは二人のカップル。

 ではなく、一人の男にベタ惚れしている女性とそれを雑に扱いながらも拒まない男だ。

 

『……逆方向から回ろう』

「あ! 誰かと思ったらぐだちゃんじゃない! 両手に花なんてやるわね」

 

 逃げようとしたぐだ男だったがあっさりとメイヴに見つかり手を振られる。

 大学生である彼女は入学と同時に同じ大学のクー・フーリン・オルタに一目惚れする。

 しかしながら、何度告白しようとそっけなく断られるだけらしい。

 

「いいわねー。私もクーちゃんと出会う前は良くイケメンハーレムを作ったものよ」

「い、イケメンハーレム……」

 

 メイヴの言葉に顔を赤らめながら引くジャンヌ。

 そんな様子にメイヴは楽しそうにジャンヌに詰め寄る。

 

「興味ある? 強くてカッコイイ男が自分によがる様って最高よぉ」

「け、結構です。そもそもそういうことは不埒です。主が許されません!」

「ふーん。だってよ、ぐだちゃん」

 

 慌てながらもしっかりとメイヴの言葉を拒絶するジャンヌ。

 その言葉にメイヴは意味あり気な視線をぐだ男に向ける

 

『どうしてこっちを向くんですか?』

「別にー。ぐだちゃんもどっちつかずじゃダメよってこと」

『この上なく説得力がない!』

「うふふふ、恋多き男は素敵よ。でも、一途な男はもっと素敵よ」

 

 まるで現在の心境を見透かされたような瞳に罪悪感がぐだ男の胸に押し寄せる。

 メイヴは最後に軽くウィンクを残しクー・フーリン・オルタの元に戻ろうとする。

 

「て、クーちゃん置いてかないでー!」

 

 しかしながらクー・フーリン・オルタは彼女を無視して一人で進んでいる。

 完全に邪険に扱われているがメイヴはめげることなく駆け出していくのだった。

 恋する乙女とは恐ろしいものである。

 

「変わった人だね」

『うん。通称、101回振られたメイヴ』

「な、なんというか……そこまでいってめげない心は逆に尊敬しますね」

 

 三人でメイヴという女性について話をしながら立ち去ろうとする。

 だが、どういうわけかそのメイヴ自身が鬼気迫る表情でこちらに走って来ていた。

 そして、その後ろには―――

 

 

「チーズは嫌いなのよー!!」

 

 

 ―――雪崩のようにチーズが押し寄せて来ていたのだった。

 

 

『牛乳はともかく、ジャガイモにニンジン、玉ねぎ……カレーでも作るのかな』

「ぐだ男君、現実逃避しないでください」

『でもオニキがいるから大丈夫だよ』

 

 ぐだ男は特に気にすることなく背を向けて野菜売り場に向かう。

 ジャンヌとアストルフォは大丈夫かとメイヴに目を向けるが間一髪のところでクー・フーリン・オルタが彼女を助け出したので安心してついていくのだった。

 

「無事か?」

「く、クーちゃんが私を…! もうこれは運命ね! クーちゃん結婚し―――」

「―――断る」

 

 後ろの方でそんなやり取りが行われていたが三人共振り返らず食品を籠に入れていく。

 結局のところクー・フーリン・オルタの尻尾が棚に引っかかった為の事故だったらしい。

 因みに、後で店に怒られ並べ直したらしいがメイヴは初めての共同作業と喜んでいたとか。

 

『後は卵と牛肉と醤油、それとお菓子は一人300円までだって』

「あ、じゃあボク、卵を持ってくるね。それからお菓子」

「では、私は牛肉を。アストルフォ、貴女は先にお菓子の方に行かないように」

「ぶー、それぐらいわかってるよ」

『じゃあ、俺は醤油を』

 

 時間をかけても仕方がないので残りの食材は三人で手分けすることにする。

 手にぶら下げた籠とは反対の手にメモを見ながら調味料コーナーに向かう。

 

『メーカーまで細かく指定するなんて……やっぱりこだわるなぁ』

 

 料理には妥協はしないという意思がひしひしと伝わる文字を眺めながら目当ての品を探す。

 

『あった』

 

 見つけた商品はエミヤ以外にも人気があるのか後一つとなっていた。

 一先ず見つからないということにならず良かったと息を吐き商品に手を伸ばす。

 しかしながら、彼の手は商品ではなく別の物と触れ合うことになった。

 

『「あ…」』

 

 触れ合う柔らかな手。驚いて隣を見るとそこには着物を着た良家のお嬢様のような娘がいた。

 相手も驚いているらしく金の瞳をパチクリとさせていた。

 その間にぐだ男の脳内にはどうするべきか選択肢が展開される。

 自分の物だと強引に奪うか、相手に譲るか。

 だが、片方の選択肢はあってないようなものだった。

 

『どうぞ』

 

 醤油を手に取り少女に渡す。

 少女はぐだ男と醤油を交互に見て困ったように尋ねる。

 

「よろしいのですか、それでないとダメなのでは?」

『いいよ、別に。頼んだ人も話せば分かってくれるし』

 

 そう話しながら値段と味が良さそうな別の醤油を籠に入れる。

 

「……お優しいのですね。それに“嘘”でもありませんし」

『そうかな? でも、良いことをした気持ちになれたからありがとう。それじゃあ』

 

 少女と別れジャンヌとアストルフォを迎えに行くぐだ男。

 故に彼は気づくことがなかった。

 少女が獲物を見定めた蛇のような瞳をしていることに。

 

 

 

「あの優しさ……間違いありませんわ。やはり(・・・)、あの方こそ―――ぐだ男様(安珍様)

 

 

 

 少女、清姫はうっとりとした表情を浮かべながらぐだ男の後姿を凝視し続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 ジャンヌとアストルフォとのお使いの翌日、ぐだ男はいつものように学校に来ていた。

 結局、醤油の件は『女の子には優しくしなきゃいけないよ』という言葉を守ったので不問であった。

 

「おい、ぐだ男。知ってるか?」

『何、モードレッド?』

「なんでもこの中途半端な時期に転校生が来るらしいぜ」

『後、少しで夏休みだよね?』

「だから、中途半端って言ってるだろ」

 

 モードレッドからもたらされた衝撃の情報に目を見開くぐだ男。

 既に7月、後は夏休みに入るだけである。

 こんな時期に転向してくるということは余程のことがあったのだろうと想像する。

 

『何はともあれ仲良くできたらいいな』

「お前いっつもそれだな。まあ、らしいっちゃ、らしいか」

 

 呆れた顔で頷きながら自身の席に戻るモードレッド。

 それと同時にタイミング良くチャイムが鳴り三蔵ちゃんが入ってくる。

 

「みんな、おはよー! 今日はビックニュースがあるわよ! 御仏も驚くぐらいのね」

 

 いつもよりもハイテンションな三蔵ちゃんのテンションだが誰も驚かない。

 何だかんだ言ってこうした情報は生徒の方が早く伝達したりするのだ。

 

「あれ? 何だか、みんな悟ったような顔をしてるけど……良い兆候ね! 立派な仏弟子…じゃなかった、大人になれるわよ!」

 

 一瞬拍子抜けしたような顔をするがすぐに気合を入れ直す様は流石と言えるだろう。

 

「今日は新しい仲間を紹介するわ。さあ、入ってきてちょうだい」

 

 三蔵ちゃんの言葉に従い扉が開かれ転校生が姿を現す。

 真新しい制服に身を包んださらりとした髪が特徴的な美少女。

 そして特徴的な金色の瞳。

 

『……あ』

 

 見覚えのある姿にぐだ男は思わず声を上げる。

 黒板の前に立ち自身の名前を書いていく少女。

 そして、振り返り優雅にお辞儀をする。

 

 

「今日からこのクラスでお世話になります―――清姫と申します。

 皆様どうかよろしくお願いいたします」

 

 

 礼儀正しい所作と丁寧な物腰に拍手が送られる。

 その光景に満足そうに頷き三蔵ちゃんが緊張をほぐすための質問をする。

 

「それじゃあ、清姫さん。何か好きなものはあるかしら?」

 

 しばらく質問の内容に考え込んでいた清姫だったが満面の笑みを浮かべ答える。

 場が騒然となる特大の爆弾を。

 

 

 

「―――旦那様(ぐだ男様)です。好きな人も好きな食べ物も全部」

 

 

 

 時が止まる。清姫の言葉に全員がポカンとした顔で固まる。

 ついで全員がぐだ男の方をガン見する。

 しかしながら当の本人も何が起きたかわからずにポカンとした顔のまま座り続けていた。

 

「これからよろしくお願いしますね。旦那様(ぐだ男様)

 

 語尾にハートマークがついているような、愛嬌たっぷりの声で言われる。

 だが、彼女の瞳どこまでも蛇であった。

 

 

 ―――ぐだ男の恋物語は急速に動き始める。

 

 




突然の転校生と既に会っているというのは王道物ですよね(白目)


さて、そろそろキャラも揃ってきたので個別√入ります。
それと、どちらも書きますけど皆さんはどっちから見たいですか?
活動報告で意見を取るのでよろしければお願いします。
まあ、特に意味はないかもしれないですがww


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~ジャンヌ√~
八話:想い


 

 終業式。それは休みに入る前の生徒達にとっての最後の試練。

 教師としても浮足立つ生徒に集中させるのに一苦労する行事だ。

 しかしながら、この学校の校長のカリスマは一味も二味も違う。

 

 

「愛し子よ―――ローマである」

 

 

 校長を務めるロムルスの言葉が体育館に響き渡る。

 その静かでありながら荘厳な声は聞く者に安堵(ローマ)畏敬(ローマ)を抱かせる。

 

「校長の話も終わった。では、一年生から速やかに教室に戻るように」

 

 ロムルスの話が終わりスカサハが生徒を教室に戻し始める。

 そんな中ジャンヌ・オルタは微妙そうな顔をしてぼやいていた。

 

「ローマであるって……結局何が言いたいのよ」

 

 ロムルス校長の話は非常に短く簡潔に纏められている。

 だが、短すぎるが故に分からないこともある。

 もっとも、ぐだ男のような分かる人間にからすれば簡単に分かるのだが。

 

休み中に事故に遭わないように(ローマ)二学期に元気な姿で会おう(ローマ)って言ってた』

「ローマしか言ってないじゃない!」

そんなことない(ローマ)

「汚染されてるんじゃないわよ!」

「そこ、しゃべらずに歩け!」

 

 ローマ語を喋り始めたぐだ男にふざけるなと食って掛かるジャンヌ・オルタ。

 しかし、スカサハに見つかり鋭い眼光を向けられてしまう。

 

「たく…あんたのせいよ」

『ローマ』

「ごめんじゃないわよ…て、うそ。今ローマで通じた…?」

 

 遂にローマ語を習得してしまったジャンヌ・オルタ。

 ニコニコと笑いながらそれを祝福するぐだ男だったが、当の本人は頭を抱えていた。

 自分も遂に一般人ではなくなってしまったのかと。

 

 しかしながら、気を落とすことではない。

 何故ならローマとは世界であり、世界とはローマであるのだから。

 全ての事柄がローマで表せてしまうのも、またローマなのである。

 

『ラーマ』

「それは別人でしょ!」

「む、今誰かが余を呼んだような……は! もしやシータか!?」

 

 ローマに字面が似ている為に呼ばれたラーマ少年が不思議そうに辺りを見回す。

 彼は別のクラスに属する2年生だ。

 最近別の高校に通うシータちゃんと晴れて付き合うようになったらしい幸せ者だ。

 

「お前達……余程お灸を据えられたいらしいな」

『ごめんなさい』

 

 いつまで経っても黙らない生徒に向けスカサハがどこからともなく槍を取り出す。

 それを境に水を打ったように沈黙が広がり、教室まで喋ることができるものは一人としていなくなったのだった。

 

『ふー、疲れた』

「あら、それは大変です。肩叩きでもいたしましょうか、旦那様(ぐだ男様)

『ありがとう、清姫。でも、いつの間に背後に?』

 

 教室に着き腰を下ろすぐだ男。背後でニッコリと笑う清姫。

 ここ最近このクラスでよく見られるようになった光景だ。

 

「妻は夫の三歩後ろをついていくものですから」

『おかしいなぁ、俺まだ独身のはずなんだけど』

 

 どこか遠くを見つめながらぐだ男はぼやく。

 その後ろでは清姫が甲斐甲斐しく肩を叩いてくれている。

 取りあえずこの状況を改善できないものかと彼は視線で助けを求めることにする。

 ちょうど、ジャンヌ・オルタとモードレッドが視界に入り悩んだ末にモードレッドに助けを求める。

 

「オレかよ……。あー…お前、ぐだ男の奴が困ってるみてえだぞ」

「それは本当ですか? もし…嘘でしたら、私……自分を抑えきれませんわよ?」

 

 嫌々そうな顔をしながらも助け舟を出すモードレッド。

 その言葉に清姫の目がスッと細まり辺りに冷気が満ち始める。

 

「はぁ!? オレを疑うのかよ!」

「ええ。私、嘘は許せない性質でして。特にあなた(・・・)のような人は疑わしくて」

「…! お前、まさかオレの…ッ」

 

 嘘を見通す瞳を向けられ瞬間的に自身の服装を確認するモードレッド。

 珍しく怒らずに慌てるモードレッドの姿にぐだ男は首を傾げる。

 だが、それ以上にこのままいけば喧嘩になると悟り、口を開く。

 

『モードレッドの言ってることは本当だよ』

旦那様(ぐだ男様)……私のことはお嫌いですか?」

『嫌いとかじゃなくて、清姫みたいに可愛い子と密着すると恥ずかしいだけだよ』

 

 悲しそうな顔をする清姫を慌ててフォローする。

 突然惚れこまれて困惑しているが別段彼女が嫌いというわけではない。

 寧ろ、積極的なスキンシップにドキドキとしている。

 

「嘘…ではないのですね?」

 

 そして、彼女が嘘という言葉を口にする度に別の意味でドキドキしている。

 

『本当』

「まぁ、嬉しいですわ、旦那様(ぐだ男様)。では、結婚しましょう」

『どうしてそうなるの?』

 

 清姫は、基本的に気立ても良く可愛い女の子である。

 時々、というより常に狂ったような過剰反応を示すところがあるが可愛い娘である。

 

「さー、今学期最後のホームルームよ。座った、座った」

『ほら、三蔵ちゃんが来たから席に戻らないと』

「……仕方がありませんね」

 

 名残惜しそうな声を残して自身の席に戻る清姫。

 その背中を見つめながらぐだ男は悩む。

 素直に好意を向けてくれることは嬉しい。

 しかしながら、それを素直に喜べるかどうかは別だ。

 

「明日から待ちに待った夏休み! ……と、言いたいけど午前中は夏期講習があるわね。御仏もおっしゃる通り世の中は無情なものね」

 

 三蔵ちゃんの話を聞きながらジャンヌ・オルタの後姿を見つめる。

 自分は既に二人の女性を気になってしまっている。

 不誠実なことだとは理解している。それにこの感情は本当の意味での好きではない。

 誰よりも一人の人を好きになる。愛とはそういうものではないのか。

 少なくともぐだ男はそう思っている。

 

「でも、負けないで! 夏期講習さえ乗り越えたら後は本当の休みよ! 勿論、宿題も山のように出すけど、それはそれよ!」

 

 本当に好きな人を選ばなければきっと後悔する。

 何より相手に対して申し訳が立たない。

 幾人もの女性を愛せる程甲斐性があるわけでもない。

 ただ、一人を愛するのだ。

 三蔵ちゃんの話が右から左に流れていくが彼は気づかない。

 

「じゃあ、色々ある休みだけどみんな頑張って! 頑張れば必ず功徳は来るから!」

 

 締めの言葉を言い終わり満足そうに頷く三蔵ちゃん。

 その様子にぐだ男は今更ながらに話を聞いていなかったことに気付く。

 しかし、気にしても仕方がないので流れに乗り立ち上がる。

 そこへブリュンヒルデに纏わりつかれ鬱陶しそうにしたジャンヌ・オルタが来る。

 

「ちょっと、ぐだ男。あんた夏休み暇? というか暇よね」

『どうしたの?』

「食べログって知ってる? 最近ハマってるのよ。おごり高ぶった有名店をボロクソに評価をして地獄にたたき落とす最高の趣味なんだけど」

 

 見下したような顔をしながらも喜びを隠しきれない表情をするジャンヌ・オルタ。

 どうやら叩き落すと言いながらしっかりと美食に満足している模様だ。

 

『それに付き合えってこと?』

「そうよ。このテケテケ槍女も行くんだけど……こいつだけだと何かと不安だからあんたも付き合わせてあげようってわけ」

 

 抱き着いているブリュンヒルデをビシバシと叩きながら語るジャンヌ・オルタ。

 なんでも趣味であるブログのためにグルメハントをしているらしい。

 ぐだ男にとっては気になる相手と一緒にいられるチャンスである。

 以前であれば二つ返事で了承していただろう。しかしながら。

 

『ごめん。予定が入るかもしれないから確約はできない』

 

 ぐだ男はやんわりではあるが断った。

 

「はあ? 何よ、それ」

『行ける時なら手伝うから。それで許して』

 

 しかめっ面をするジャンヌ・オルタに手を合わせて謝る。

 彼女は魅力的な女性だ。そんなことは百も承知だ。

 だが、そんな彼女よりも彼には気になる女性がいた。

 

「……そう、仕方ないわね」

 

 そんな彼の想いを薄々感じ取ったのかどうかは分からないが彼女は諦める。

 今まで見せたことがないような寂しげな表情を一瞬だけ覗かせ彼女は立ち去っていく。

 

『……帰ろう』

 

 何か心に重いものが載ったような気分になりながら荷物を纏める。

 終業式ということもあり基本的に学校に物は置けない。

 そのため計画的に持ち帰っていない生徒はこの日に大量に持ち帰るはめになる。

 ぐだ男もそのような生徒の一部だったために両手に荷物を持った状態で廊下を歩いていく。

 

「ぐだ男君」

 

 聞き覚えのある柔らかな声が耳に届く。

 胸の高まりを感じながら、ぐだ男は静かに振り返る。

 

『ジャンヌ』

「重たそうですね。あの、いくつか持ちましょうか?」

『大丈夫。大したことないよ』

 

 ぎこちない笑みを浮かべながら心配するジャンヌに断りを入れる。

 しかし、その不自然さはしっかりと彼女に伝わってしまった。

 心配そうに近寄ってきてぐだ男の顔を見つめる。

 

「顔色が優れませんが……どこか悪いのではないですか?」

『別にどこも悪くないよ』

「本当ですか?」

 

 身体はどこもおかしくないと答えるがジャンヌは納得しない。

 さらに体を近づけぐだ男の様子を確認する。

 

「顔が赤いですよ、ぐだ男君」

『い、いや。本当に体はどうともないから』

「ジッとしていてください」

 

 ジャンヌのシルクのように白く柔らかな手がぐだ男の額に当てられる。

 一気に火照りが体中に広がっていき、しどろもどろするぐだ男。

 

「熱があるのではないのですか」

『だ、大丈夫だから』

「ナイチンゲール先生を呼んできましょうか?」

『―――ごめん。それだけはやめて』

 

 ナイチンゲールの名前を聞いた瞬間に真顔に戻り拒否するぐだ男。

 

「ですが……」

『ほら、今日はもう帰って安静にしておくからさ』

 

 なおも心配してくるジャンヌを振り切るために笑顔で告げる。

 流石のジャンヌもこれ以上無理強いできないのか困ったような顔を浮かべる。

 その様子に罪悪感を抱くが保健室送りにはならずに済むと胸を撫で下ろす。

 だが、ジャンヌは次の瞬間に名案が思い浮かんだような顔をする。

 

「分かりました。では、一緒に帰りましょう」

『え…? いや、別に一人で帰れるし』

「ダメです。一人で帰って途中で倒れでもしたら一大事です。ぐだ男君は私が責任をもって送り届けます」

 

 使命感に満ちた表情で頷き宣言するジャンヌ。

 ぐだ男はそんな彼女にどうしたものかと頭を悩ますが結局何を言っても無駄だと判断し諦める。

 

『ありがとう。それじゃあ、帰ろうか』

「はい。辛かったらいつでも言ってくださいね」

 

 太陽のような笑顔で見つめられ胸が苦しくなるが何とか押し隠す。

 開放感溢れる空気の中、いつの日かのように二人で並んで下校する。

 隣を歩く彼女の姿をチラチラと盗み見ながら自身の心を整理していく。

 

「そう言えば……最近はよくぐだ男と一緒にいますね」

『そうだね』

 

 誰にでも優しく、それでいて気高い心を持つ彼女。

 見た目は勿論だが、彼女の美しさとはその心にある。

 

「人の縁は不思議ですね。初めて出会ったのがぐだ男君が廊下を走って転んだ時でしたね……」

『もしかして怒ってる?』

「ええ、ほんの少しだけ」

 

 そう言って苦笑するジャンヌ。

 特別な仕草でもなければ、褒められているわけでもない。

 だというのにぐだ男は彼女に見惚れていた。

 それは、彼が彼女という存在すべてにある感情を抱いているからにならない。

 

「でも……こうして仲良くなっていくのは嬉しいものですね」

『……うん』

「私、ぐだ男君ともっと仲良くなれたら良いなと思います」

 

 聖女のような微笑みには言葉以上の思いは込められていない。

 彼女にとって彼は仲の良い友達の一人でしかない。

 だが、しかし。それを理解してなお、ぐだ男の想いは変わらない。

 

『俺も、もっとジャンヌと仲良くなりたい』

 

 その言葉と共に彼は心の中で盟約を読み上げるように宣言するのだった。

 

 

 

 俺は―――ジャンヌ()のことが好きだと。

 

 

 









[壁]⌒ ₋ ⌒ )旦那様…?




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九話:男達の会議

 夏期講習も午前中に終わり、生徒が部活に遊びにと精を出す昼下がり。

 喫茶店『アーネンエルベ』の片隅で男達は隠れるように集まっていた。

 

『みんな、今日は俺のために集まってくれてありがとう』

「他ならぬぐだ男の頼みだ。俺達で相談役になれるのなら是非もない」

「ええ、力になれるのであれば喜んで」

「フン、貴様が導いて欲しいと言うのなら……導いてやろう」

 

 席の中心でぐだ男が集まってくれた友人に頭を下げる。

 ジークフリートはそれにイケメンな対応をし。

 天草は聖人スマイルで応え。

 エドモンは皮肉気な笑みを浮かべながらもウキウキとした様子を見せる。

 

『今日はみんなに……恋愛相談をしたいんだ』

「ほう、お前がか? 何をしなくとも女を落としかねないお前が相談とはな」

「それでお相手は誰なのですか?」

「相手が分かれば的確な支援もできる。決して他言はしないから安心してくれ」

 

 人誑しのぐだ男から出た意外な相談に興味を惹かれる三人。

 そんな三人の対応に気恥ずかしくなりながらも彼は息を吸い込み彼女の名前を吐き出す。

 

『俺……ジャンヌのことが好きなんだ』

 

 意を決して吐き出した言葉に三人はそれぞれ違う反応を示す。

 天草は相変わらずの笑顔で受けとめ。

 ジークフリートは真剣な表情で頷き。

 エドモンは何とも言えぬ顔で固まる。

 

「……あの人間要塞を好きになったのか?」

『うん』

「あれは女というには余りにも硬すぎるぞ?」

『だとしても、好きなんだ』

 

 ジャンヌに対して余り良い感情を抱いていないエドモンは警告をする。

 だが、ぐだ男の意志は変わらない。それを悟ったエドモンは溜息を吐き深く座り込む。

 そして、店員に追加の注文を行う。

 

「ウェイター、彼にコーヒーを!」

『ミルクたっぷりでお願いします』

 

 やけに堂に入った注文とマイペースなぐだ男の発言にウェイターは苦笑いをする。

 しかし、それもほんの一瞬ですぐにカウンターの奥に消えていく。

 

「そこまで言うのなら俺も手伝ってやろう」

『ありがとう、エドモン』

 

 親友を嫌いな人間に渡すのが嫌なのかイライラとした表情を見せるエドモン。

 だからと言ってぐだ男の意志を否定したりすることはなく相談に応じる姿勢を示す。

 

「頼りないかもしれないが、俺も微力ながら力になろう」

「私もお手伝いしましょう」

『恩に着るよ。ジークフリート、天草』

 

 他の二人も快く協力を申し出てくれる。

 ぐだ男はそんな友人達にお礼を述べつつ自分は恵まれているなと実感する。

 

『それでなんだけど、どうすればジャンヌと距離を縮められるかな?』

「俺の浅い経験からはこの程度のことしか言えなくてすまないが、プレゼントなどはどうだ?」

『プレゼントかぁ…』

 

 ジークフリートからの提案になるほどと頷くぐだ男。

 オーソドックスではあるが明確に好意を伝えるには良い方法だろう。

 

『ところでジャンヌの好きな物ってなに?』

「すまない。そこは俺にはわからない。天草、お前ならわかるのではないか?」

「彼女の好きなものですか……」

 

 しかし、ジャンヌの好きな物が分からなければ意味がない。

 そこで最も彼女といる時間が長い天草に尋ねてみるが彼はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「彼女は大抵のものは嫌いませんから、特別なものと言われると……思いつきませんね」

 

 彼女は大抵のものを嫌わずに受け入れる。

 それ故に特別なものとなると答えが出てこなくなるのだ。

 

「別にそれだけに答えを限定する必要はない。ぐだ男、お前ならば特別なことをする必要はない」

『それで大丈夫なのかな?』

「お前の魅力は誰とでも信頼関係を築けることだ。それが悪人であれ善人であれな」

 

 届いたコーヒーをちびちびと飲みながらエドモンの言葉に耳を傾ける。

 

「誰の傍にいてもおかしくなく、誰の傍にいても許される。一種の才能だな」

『そうなんだ』

「自身は気づかないのも特徴だが、まあ、それはいい。とにかく、お前は特別なことをしなくていい。誰の傍にでも居られるお前が特定の人間の傍にいる。それだけで十分だろう」

 

 語り終えて満足したのか自身のコーヒーを啜るエドモン。

 一方のぐだ男は納得したような、納得してないような表情を見せる。

 彼は普通の人間だ。誰にとってもそこに居て普通だと思わせる平凡な人物。

 だが、そんな普通な人間だからこそ誰かにとっての特別な存在となることができる。

 

『じゃあ、ジャンヌと一緒に居られる時間をもっと作ればいいの?』

「それでしたら、私に考えがあります」

『どんな作戦?』

 

 ぐだ男の言葉に閃いたとばかりに手を打つ天草。

 何となしにその仕草を不安に思いながらも彼は尋ねてみる。

 

 

「ジャンヌに生徒会長の座から降りてもらうのです」

『却下』

 

 

 バッサリと切り捨てるぐだ男。

 しかし、天草は何が悪いのか分からない顔をして説明を続ける。

 

「何故です? ジャンヌは自由な時間を手に入れられ、私は生徒会長の座につける。さらにあなたは落ち込むジャンヌの傍に居て好感度を上げられる。俗に言うWinWinというものですよ」

『物は言いようだね』

 

 天草に白い目を向けながら温くなったコーヒーを啜る。

 彼は100%善意でこうした外道な作戦を思いつくのだから末恐ろしい。

 

『ジャンヌを傷つけるような策は無しの方向で』

「良い案だと思うのですが……」

『ジャンヌを泣かせるぐらいなら一生嫌われた方がマシ』

 

 なおも自身の案を通そうとする天草だがぐだ男の覚悟を見て諦める。

 

「分かりました。では、他の策を考えるとしましょうか」

『うん、ありがとう』

「それならば、ストレートにデートにでも誘ってみればどうだ? 俺にはこの程度しか思いつかなくてすまない」

 

 今度はジークフリートが案を出す。

 基本的に控えめな正確なジークフリートではあるがここぞの時の思い切りの良さは素晴らしい。

 しかしながら、誰にでも彼と同じことができるとは限らない。

 

『いきなりハードルが高くない…?』

「何を今さら。女と二人きりなどお前なら幾らでも経験があるだろう」

『いや、あれは友達としてだから……いざ誘うとなると』

 

 若干皮肉気に告げるエドモンであるが当の本人は顔を覆って恥ずかしそうにするばかりである。

 普段通りであれば平然と女性と二人きりでも乗り越えられるぐだ男だが本命相手には勇気が出てこない。

 

「すまない。やはり俺の案では無理があったか……」

『いやいや、ジークフリートじゃなくて勇気のない俺が悪いんだし』

 

 自分の案で相手を不快にしてしまったと落ち込むジークフリートを宥めながらぐだ男はどうしたものかと考える。そこへ新たなる助っ人が現れる。

 

 

「よっ、恋のお悩みなら相談に乗るぜ」

『キャスニキ……盗み聞きはよくない』

「人聞きが悪いこと言うなって。偶々聞こえただけだよ」

 

 

 ここ、アーネンエルベでバイトをするキャスター・クー・フーリン。

 略してキャスニキがぐだ男の肩をポンと叩いてくる。

 

『……誰にも言わない?』

「ああ、ゲッシュに誓ってもいいぜ?」

『破ったら犬料理フルコース+激辛麻婆豆腐十皿ね』

「サラッとエゲツねえこと言うな、お前!?」

 

 新たなるゲッシュを誓わせつつぐだ男は本題に戻る。

 

『それで何かあるの?』

「いや、普通に女口説けばいいんじゃねえか? お前なら難しくねえだろ」

 

 何とも簡単そうに口説けと言ってくるキャスニキ。

 確かに正論ではあるがそれができればこんなところで悩んでなどいない。

 しかしながら、一応尋ねてみるぐだ男。

 

『例えばどんなの?』

「お前の心臓(ハート)にゲイボルク! …てのはどうだ」

『でも、キャスニキ槍持ってないよね?』

「ミディアムかウェルダン。好きな焼かれ方選びな」

 

 キャスニキがクー・フーリン兄弟の中で唯一槍を持っていない。

 普通に扱えるのだが何故か持っているのは杖といういじめ状態。

 それ故に彼の前で槍の話は禁句だ。

 

『レアでお願いします』

「たく…それだけ度胸があってなんで女一人口説けないのかねえ」

『本命には難しくなる。キャスニキだってエメルさんは口説けてないでしょ』

「あー……ナンパしたらビンタで追い返されたな、そう言えば」

 

 ぐだ男の言葉に納得を示すキャスニキ。

 エメルという女性にアタックをしているのだが軽くあしらわれている。

 彼女曰く『誉の一つもないガキの炉端に行く気はない』そうだ。

 

「でもよぉ、何もしなけりゃ何も起きないぜ?」

『困った』

 

 為せば成る、為さねば成らぬ何事も、と言うように動かなければ何も始まらない。

 世の中とはままならないものだと頭を抱えるぐだ男。

 そんな彼の元に更なる助っ人が現れる。

 

「何やらくだらんことで悩んでいるようだな―――雑種」

 

 黄金の髪に深紅の瞳。身に纏うは黄金の鎧、ではなく黒のライダースーツ。

 暴君の代名詞にして、全てを見通す叡智を携えた存在。

 その名も―――

 

 

『キャスニキ、コーヒーお代わりちょうだい』

「はいよ」

「ええい! この英雄王ギルガメッシュを無視するか雑種!」

 

 

 ギルガメッシュ。何かと尊大な態度で接してくるぐだ男の先輩である。

 

『凄過ぎる王気(オーラ)にあてられておかしくなっただけです』

「ハッ、我の目は誤魔化せんぞ? だが、我の王気(オーラ)を感じ取ったことだけは真か。よい。此度の無礼、貴様の道化ぶり(・・・・)に免じて特別に許してやろう」

 

 我こそがルールだとでも言わんばかりの横暴な態度でぐだ男を許すギルガメッシュ。

 その態度にエドモンやキャスニキは嫌そうな顔を見せるが彼は気にも留めずにどかりと椅子に座る。

 

「それにしても、貴様が恋とはな。身に過ぎたものを求める人間は悉く愚かだが、それはそれで愛でようもあるというものだ。光栄に思え雑種。この我自らが道を示してやろう」

『嫌な予感……』

 

 どこまでも自身に満ち溢れた顔で語っていくギルガメッシュ。

 ぐだ男は直観的にこれはダメだと悟りながらも聞いてみる。

 

「男子が媚びを売るなど言語道断。男ならば力強く、かつ簡潔に言えばよい。

 ―――我のものになれ、セイバー! …とな」

 

『ナイワー、ショウジキナイワー』

 

 余りにも自己中心的な言葉にドン引きするぐだ男。

 恐らくそれを言われたセイバーという女性も聖剣が滑るぐらいにドン引きしただろう。

 

「分からぬか? フッ。確かに、雑種には些か荷の重い言葉やもしれぬな」

「分かりたくもねえだろーよ、普通」

「ほぉ……狂犬風情が吠えるではないか? いや、貴様は()を持たぬ故に羊か」

「あ? 喧嘩なら買うぜ、金ピカ野郎」

 

 一触即発の空気が流れキャスニキとギルガメッシュが向かい合う。

 ぐだ男達は巻き込まれては大変とそそくさと退散を始めるのだった。

 因みに騒ぎに駆け付けた悪役ボイスの店長に二人揃って焼きを入れられたらしいが自業自得というものだろう。

 

「まったく、とんだ邪魔が入ってしまったな」

「ええ、本当に困ったものですね」

『これからどうしようか』

 

 エドモンと天草に同調しつつぐだ男は頭を悩ます。

 今までは自然に接することができていたが、いざ意識すると今まで通りに出来るか分からない。

 明日からどんな顔をして会えばいいのかと頭を悩ませているところへジークフリートが声をかけてくる。

 

「思ったのだが、恋人のいない俺達で話すよりも恋人がいる人間に聞いた方が有用な意見を得られるのではないか?」

『――あ』

 

 その手があったかと三人同時に手を叩くのであった。

 そして、思い立ったが吉日とでも言うように彼女持ちで名高い二人を集めてみせた。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 

 

「余とシータの馴れ初めが聞きたいのだな?」

 

「我が最愛のネフェルタリとの話を聞きたいと言うか、よかろう」

 

 

 ラーマとオジマンディアス。

 一人称が余であると同時に愛妻家であるという共通点がある二人だ。

 この二人であれば有用な話をしてくれるに違いないと思いぐだ男は二人を呼んだ。

 

「まず、余とシータの出会いは―――」

「ネフェルタリは余にとって―――」

 

 初めは穏やかな口調で話し始めた二人であった。

 しかし、時間が経てば経つほどに状況は変わってくる。

 

「シータの愛らしいところはだな―――」

「ネフェルタリは愛らしいだけでなく勇猛果敢であり―――」

 

 既に一時間ほど経過しているが二人の話の勢いに陰りはない。

 

「見た目だけではない。シータは余に一途でいてくれるのだ!」

「余には数多の女がいるがネフェルタリへの愛は微塵も揺らがぬ!」

 

 三時間が経過し、ぐだ男達の目が死んでくる。

 

「シータこそが世界最高の女性だ!!」

「それは己の中だけであろう。ネフェルタリに勝る女などこの世にはいない!!」

 

 六時間が経過し、ぐだ男達は魂が抜けたような顔で話を聞かされ続ける。

 現在、二人はどちらの嫁が最高かの激論に突入している。

 いつ終わるかは分からない。

 ただ、ハッキリしていることは一時間や二時間で終わるはずがないということだけだ。

 

『ごめん、みんな……。この二人を選んだ俺が間違ってた』

「いえ…あなたは…決して…間違いではありません」

「間が……悪かった…だけだ」

「エデ……俺は…帰れそうもない」

 

 全員が戦闘不能のグロッキー状態になりながら悟る。

 

 何でもかんでも人に頼ると碌な目に合わないと。

 




ヒロイン不在どころか野郎オンリーの話を書くという軽い暴挙に出たけど後悔はない。
大丈夫、ちゃんと水着イベントはこっちでもあるし。
次回以降にToLOVEるな展開もあるし。



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十話:夏と雨

 オープンスクール。それは次年度の生徒を獲得するための私立校にとって欠かせない催し。

 それはカルデア学園であっても変わらない。

 夏期講習の最終日付近ともなれば教師や駆り出された部活生が慌ただしく準備に勤しむ。

 

「去年に使った備品は念入りに殺菌を、新しい備品であれば消毒を欠かしてはいけません」

「でもよ、母ちゃん。去年しまう時に消毒しなかったか?」

「先生です、モードレッド。それと使っていないからと言って雑菌が付かないわけではありません。出来れば無菌状態で保存したいのですが、流石にそこまでは設備の都合上できませんので仕方なくです」

 

 保健室で息子(・・)と会話をしながらもテキパキと作業をこなすナイチンゲール。

 その話を聞きながらモードレッドは雑にではあるが荷物を運んでいく。

 

「消毒用アルコールが足りませんね……。ヘクトールさん、至急補充をお願いいたします」

「はいよ。はぁ……うちの学校は備品の消費が激しくて楽ちんできなくて困る」

「怠慢は肥満の元です。健康的に過ごすためには働いてください」

「へいへい。まったく、家の女房より怖くて頭が上がらないわ」

 

 丁度訪れていたために頼まれ、嫌々といった体で足早に仕事をこなしに向かうヘクトール。

 それ以降は静寂の中にナイチンゲールとモードレッドが作業をする音だけが響く。

 といったわけもなく、すぐに慌ただしい音が聞こえてくる。

 

「ナイチンゲール殿は居られるか!?」

『先生急患です!』

 

 剣道部三年の佐々木小次郎とぐだ男が一人の少女を背負って駆け込んでくる。

 

「患者ですか? 一体どなたが」

『沖田さんが持病の発作で血を吐いて倒れました!』

 

 ぐったりとした様子で二人に背負われているのは同じく剣道部三年の沖田総司だ。

 人斬りというあだ名を持つ凄腕の剣士だが持病には勝てず時折こうして運ばれてくるのだ。

 

「だ、大丈夫ですよ。沖田さんはこの通り――コフッ!」

「この通り収まりがつかなくてな。早めに治療せねばなるまいと思って連れてきた次第だ」

 

 大丈夫という言葉の代わりにダバダバと口から血を吐き出す沖田。

 その光景に溜息を吐きながら小次郎とぐだ男は沖田を差し出す。

 

「あ、あの、安静にしておけば収まるので……」

「安心してください」

 

 怯えるような目を向ける沖田にナイチンゲールは天使のような笑みを返す。

 それにホッと息を吐く沖田であったがすぐに彼女の表情は絶望に染まる。

 

「私はあなたを殺してでも救います!」

「矛盾してませんか、それ!?」

 

 天使とは花のように愛でられるものではなく、誰かのために闘う者を指すのだ。

 

「モードレッド、すぐに彼女をベッドに移動させてください」

「暴れてる場合は?」

「物理麻酔をしてもかまいません」

「流石だぜ、母ちゃん!」

「流石じゃありません! もうお菓子をあげませんよ、モードレッドォ!」

 

 やけに息の合ったコントを繰り広げる三人に背を向けながら二人は保健室から出る。

 

「これで安心でござるなぁ」

『うん。怖いけどちゃんと治してくれるからね、先生は』

 

 二人揃って晴れやかな表情で語り合う。

 何より掃除に準備にとやるべきことはまだ山ほどあるのだ。

 一人の犠牲で足を止めるわけにはいかない。

 

「しかし、校舎にいても嫌でも夏だと思い知らされる」

『海にでも行きたくなる』

「海でござるか、確かに夏の定番。……む。拙者、今素晴らしい一句が閃いたので聞いてはもらえぬか?」

 

 特に断る理由もないので黙って頷く。

 小次郎はそれを受け自信満々な顔で読み上げる。

 

「夏の青 浜辺でデレる マルタどの……ふ、ふふ…ありえぬ、ありえぬなぁ」

 

 二人は同時に夏の海で水着を着てデレるマルタを想像する。

 しかし、小次郎の方は人の夢とは儚い物だとでも言うように諦めの表情を見せる。

 勝手に想像して勝手に否定するとは実に失礼なことである。

 

『小次郎さん……』

「いや、今のは忘れて―――グホッ!?」

『マルタさんがすぐ傍にいるって言おうとしたのに……』

 

 そんな小次郎の体に強烈なボディブローが突き刺さり小次郎は地面に這いつくばる。

 まるでゴミでも見るかのような視線を小次郎に向けながら件の人物マルタは指を鳴らす。

 

「なに変な想像してんのよ、へっぽこ侍! というかあり得ないってどういうことよ?」

『マルタさん、地が出てます』

「あら、こほん。小次郎、人をネタにして笑うのはよくないことですよ」

「笑ってなどおらんよ。ただ、想像することすらできずに嘆いて―――ガハッ!?」

 

 今度は小次郎の体ごと持ちあげる鋭いアッパーを繰り出すマルタ。

 彼女は前生徒会長で“笑顔”と“祈り”を武器に学園をまとめ上げた存在だ。

 未だに下級生からの信頼は厚い。

 

「花も恥じらう乙女に対してその態度……悔い改める必要がありそうね」

「最近の乙女とは拳で語り合う娘のことを言うのか。いや、勉強になった」

 

 ふらふらと立ち上がりながらもニヒルな顔でちょっかいを出し続ける小次郎。

 彼の精神力は見習うべきところがあるがその生き様は見習わないほうがいいだろう。

 校舎中に鳴り響く一際重く鋭い打撃音を聞きながら、ぐだ男はそう思うのだった。

 

『減らず口 叩けば増える 打撃音』

 

 一句読み上げ、事の次第を剣道部員に伝えるために来た道を戻る。

 途中までは何事もなかったのだが、突如として理科室から言い争う声が聞こえてきたので中を覗いてみるぐだ男。

 

「見学会の体験授業は直流の実験に決まっているだろう! このすっとんきょう!」

「これだから凡骨は、テスラコイルのインパクトこそが生徒の心をつかむのだ! 貴様のような量産豆電球では生徒が逃げていくのがわからんのか?」

 

 言い争うライオンヘッドと天才(変人)

 語る必要もない学園の名物教師エジソンとテスラである。

 

「おっと、手が滑った」

「おっと、電気が滑った」

 

 拳が舞い、電撃が飛び散る。

 いい年をした大人が幼稚なケンカを繰り広げる様に何とも言えぬ顔をするぐだ男。

 争いは同じレベルでしか発生しないと言われるが。

 この二人はどちらも天才であるために争っているという珍しい例である。

 もっとも、他人から見ればただ単に迷惑なだけであるが。

 

「む? ぐだ男君ではないか!」

「おお! グッドタイミングだ。君に聞きたいことがある!」

『……見つかってしまった』

 

 藪を突いてしまったことを自覚するが既に遅い。

 教室に引きずり込まれ二人の天才に問われる。

 

 

「直流と交流、どちらを授業でやるべきだと思うかね!?」

 

 

 ―――正直どっちでもいいです。

 その言葉を飲み込み、仲が悪い割にぴったりと息の合った言葉に内心で辟易しながら考える。

 この問いかけでどちらか片方を贔屓することはできない。

 後で延々と直流と交流どちらかの良さを説明されるからだ。

 故にぐだ男はこう返事を返す。

 

『いっそ、両方やってそれから中学生にどちらが良かったか聞いたらどうですか?』

 

 筋が通っているような意見ではあるが彼の思惑はそこではない。

 ぶっちゃけると彼は未来の後輩へとキラーパスを送ったのである。

 それこそ後は任せたと言わんばかりの投げ出しっぷりだ。

 

「うーむ…確かにそれならば白黒ハッキリつけられるか」

「ふはははは! いいだろう。その勝負受けてやろうではないか凡骨!」

「ぬかせ、すっとんきょう!」

 

 しかしながら、二人には受け入れられ、一応の解決を見せる。

 それを見届けぐだ男は再び歩き出すのだった。

 

「しかし、時間はどうする?」

「勿論、公平に半分だ。後でエルメロイ2世に時間割の修正を頼むとしよう」

 

 後に問題になるであろう苦労人の胃痛に背を向けて。

 

 

 

 

 

 剣道部の手伝いも終わり自販機で買ったジュースを飲んで一息をつくぐだ男。

 そこへ意中の女性の声が響いてくる。

 

「あ、ぐだ男君も準備の手伝いをしていたのですか」

『ま、まあね』

 

 本当は少しでもジャンヌと会えるかもしれないと思って残ったなどとは言えない。

 勿論、純粋に人助けの意味合いもあるが大部分は彼女と会える可能性に賭けただけである。

 

『ジャンヌは生徒会長だしスピーチの練習とかあって大変じゃない?』

「大変ですけど、私達の時のことを思い出して楽しいですよ」

 

 そう言いながらジャンヌも自販機に金を入れジュースを買う。

 どうやら彼女は炭酸飲料を買ったようだ。

 

「ぐだ男君の方こそ関係のない行事でも手伝ってくれて大変じゃありませんか?」

『自分の学校だから関係あるでしょ?』

 

 当たり前のことをしただけだと不思議そうに首を傾げるぐだ男。

 そのどこまでも素直な仕草にジャンヌはクスクスと笑う。

 

「ぐだ男君のそういったところ、私は好きですよ」

『それ褒めてる?』

「ええ、凄く褒めてます」

 

 ぐだ男は単純だと言われたような気がして複雑そうな顔をする。

 しかし、ジャンヌが笑っているのでそれでいいかと割り切り自身も頬を緩める。

 

『ところでジャンヌ。今日はもう終わり?』

「はい、後片付けも終わったので。……何かあるのですか?」

『いや、ジャンヌと一緒に帰れたら嬉しいなって』

 

 内心ではドキドキとしながらも精一杯取り繕ってお誘いをする。

 ジャンヌは一瞬、頬を染めてから少し困ったような表情を見せる。

 

「もう……そんな言われかたをしたら断われないじゃないですか」

『嫌だった?』

「いえ、私も嬉しいですよ。では、一緒に帰りましょうか」

 

 OKを得ることができて内心でガッツポーズを取りながらジャンヌにお礼を言う。

 友人達と相談した結果、とにかくチャンスがあれば彼女の傍にいるようにと決まった。

 そのため、ぐだ男はその計画をとにかく実行し続けているのである。

 

『……あれ? 雲行きが怪しい気が』

 

 浮かれる彼の心情とは反対に空には夏特有の入道雲が立ち込めていた。

 これは一雨きそうだと思いカバンから折り畳み傘を取り出す。

 

「雨が降りそうですね…。ぐだ男君は準備がいいですね」

エミヤ(おかん)が持っていけって』

「よく気が回る人ですね。私は……今日は晴れると思っていましたので」

 

 どうしたものかと可愛らしく眉を寄せるジャンヌ。

 彼女の仕草一つ一つにドキドキとしながらぐだ男も急ぐ。

 

『濡れるといけないから早く帰ろう』

「そうですね」

 

 二人並んで足早に歩いていく。

 しかし、夏の天気の変わり易さを舐めてはいけない。

 二人がレオニダスに見送られ校門を出たあたりでポツポツと雨粒が落ちてくる。

 

「これは……困りましたね」

『帰るまで保ちそうにないね』

 

 少し駆け足気味に進みながら話をしていく。

 その間にぐだ男は自身の傘とジャンヌを交互に見てあることを決める。

 

『はい、これ使って』

「え? でも、ぐだ男君が……」

『走って帰ったら何とかなるはず。それじゃあ』

 

 戸惑うジャンヌに傘を押し付け、振り返ることなく駆け出していく。

 ぐだ男は思う。今の俺は―――輝いていると。

 

「待ってください、ぐだ男君!」

『ヘバァ!?』

「ご、ごめんなさい」

 

 しかし、そんな輝きは続くことなくジャンヌに腕を掴まれた反動でこけ、アスファルトと熱いキスを交わす。

 

「大丈夫ですか。私が急に掴んだせいで……」

『ほ、星が見える、スター』

「ぐだ男君!?」

 

 頭を打った衝撃で目の前に星がクルクルと回る状況になるが何とか立ち上がる。

 だが、ぐだ男は自分が何故止められたのか分からず困惑している。

 そこへ、一気に雨が降り出してくる。

 

「すみません。と、とにかく一緒に傘に入ってください」

『でも、狭いよ』

「全身ずぶ濡れになるよりはマシです。では…えい!」

 

 可愛らしい掛け声と共にぐだ男の隣ピッタリとくっついてくるジャンヌ。

 世間でいう相合傘という状況にぐだ男の頭は軽い混乱状態に陥る。

 

「後はぐだ男君が私を家まで送り届けてくれれば完璧です」

『う、うん』

 

 緊張を隠すことが全くできずに顔を真っ赤にして何度も顔を上下させるぐだ男。

 そんな彼の様子にジャンヌは笑うかと思ったが彼女もまた恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 

「そんなに緊張しないでください。あなたにそんな顔をされると私も……緊張しちゃいます」

 

 消えるような小さな声で呟かれた彼女の言葉に内心身悶えしながらぐだ男は歩き出す。

 ザーザーと降りしきる雨の音がうるさいが彼にはそんなものなど聞こえてはいなかった。

 ただ、触れ合う彼女の温もりだけに神経が異常に反応し彼女の横顔を見ることしかできない。

 

「……あの、肩がはみ出ていますよ?」

『俺が全部入るとジャンヌが濡れちゃうでしょ』

「私は気にしないでください。悪いのは傘を持ってこなかった私ですから」

『……俺も男だからさ。女の子の前ではカッコつけたいんだ』

 

 気を遣うジャンヌから傘を奪い取りジャンヌ一人がすっぽりと収まるようなポジションをとる。

 そして、照れ臭そうに笑いながら彼は濡れた頬を掻くのだった。

 

「もう…そういう言い方は……卑怯ですよ」

 

 若干潤んだ瞳で目を逸らし大人しくするジャンヌ。彼女の見た目に変化はない。

 しかしながら、彼女の心臓はドクドクと普段よりも大きな音を立て続ける。

 それからはどちらも言葉を交わすことはなく、ただお互いの距離だけを意識して家路に着いていく。

 

「……あ、ここが私の家です」

『うん。じゃあ、ここまでだね』

 

 ジャンヌを送ったことに満足し彼女の家から歩き去っていくぐだ男。

 だが、次第に強くなっていた雨は今やゲリラ豪雨並みの雨を降らせており、その足を物理的にも精神的にも重くさせた。

 

「あの、ぐだ男君。もし、よかったら家で雨宿りしていきませんか?」

『え? じゃ、じゃあ、お邪魔します』

 

 そんな彼の様子にジャンヌは黙っていることができずに声をかける。

 彼女の申し出に驚くぐだ男だったが彼女と共にいられるのなら断る理由などないので二つ返事で頷いてみせる。

 

『あ、でも制服がずぶ濡れだから迷惑じゃ……』

「でしたら、乾かしましょう。今からやれば雨が止む頃にはきっと乾きます」

『そこまでお願いするのは……』

「私も女の子ですから、男の子には家庭的なところを見せたいんですよ」

 

 先ほどのお返しとばかりに茶目っ気たっぷりに言い返すジャンヌ。

 ぐだ男はしてやられたと笑い肩をすくめてみせる。

 

『そっか、ありがとう』

「いえ、お互い様です」

 

 良い雰囲気で笑い合う二人。

 後は穏やかな時間が流れていくだけのはずであった。

 しかし、それはジャンヌの天然な言葉のせいで木っ端微塵に砕け散ることになる。

 

 

 

「それと、風邪を引くといけないので、まずは―――お風呂に入ってください」

 

 

 




 次回、お風呂イベント!
 後、イベントのサモさん可愛すぎじゃないですかね?
 思わずモーさん√を真っ先に書きそうになってしまった。



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十一話:お風呂

 

 温かな湯気が立ち上り顔をしっとりと湿らせる。

 湯船は体全体を包み込み優しく癒してくれる。

 しかし、ぐだ男の精神は全くと言っていいほど休まらなかった。

 

「気持ちいいですか?」

『うん。温かくてとろけそう』

「もう、変なこと言わないでください」

 

 浴室にくぐもった声が響き合う。

 彼女の声が鼓膜を打つ度に彼に甘美な刺激を与える。

 鼓動は倍速になったようにひっきりなしに血を送り続ける。

 端的に言うと彼は―――のぼせそうになっていた。

 

「お父さんの服を置いておくので上がったらこれを着てくださいね」

『ありがとう』

「そ、それと下着なんですが……」

『大丈夫! 下着は濡れていないからそこまでは用意しないでいい!』

「分かりました。それではゆっくり温まってくださいね」

 

 扉の向こう側からジャンヌが立ち去っていく気配を感じぐだ男は大きく息を吐く。

 一緒にお風呂に入るという夢のような展開は残念ながら起きなかった。

 もっとも、起きたら起きたらでキャパシティーオーバーで気絶しただろうが。

 

『でも……今のもなんかいいなぁ』

 

 お風呂の扉越しに会話する男女。まるで夫婦ではないか。

 そう考えたところで恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして口元までお湯に浸かるぐだ男。

 だが、妄想はまだ収まらない。

 

『それにこのお風呂には毎日ジャンヌが……』

 

 本能に抗うこともできずジャンヌの入浴シーンを想像してしまう。

 湯船に浸かる陶磁器のように白い肌が火照り赤く染まる様。

 美しく均整の取れた女性らしい体を洗う姿。

 あの長く綺麗な髪はどのようにして手入れしてあるのだろうか。

 

『…ッ』

 

 ハッと妄想から我に返り一体何を考えているのかと自分で自分の頬を抓る。

 しかし、思い浮かべてしまったものはそう簡単には消えてくれない。

 悶々とした状態が続き頭に血が上り頭がクラクラする。

 

『……上がろう』

 

 このままここにいると昂ぶってはならない何かが昂ぶる。

 そう判断したぐだ男は湯船から上がり、浴室を出る。

 ここで一般的な家の構造について話すとしよう。

 

 基本的に一般的な家では水回りを良くするために風呂と洗面所は同じ空間にある。

 ジャンヌの家もその例外ではない。

 つまり、風呂場から出た人間と洗面所にいる人間が―――

 

 

「ああ、姉さん出たの。早く代わってくれない。雨で濡れて気持ち悪―――」

 

 

 ―――鉢合わせすることがあるのだ。

 

『……お、お邪魔してます』

 

「……え? あ、ああ、そうね。いらっしゃい」

 

 向かい合うぐだ男とジャンヌ・オルタ。

 彼は一糸まとわぬ状態で咄嗟に手で前を隠し、できるだけ爽やかに挨拶をする。

 そんな彼に彼女はタオルを手にし、雨で濡れ下着が透けて見える姿で挨拶を返す。

 どちらも硬直したまま動けない。

 

『タオルこれでいいのかな?』

「は? い、いいんじゃないかしら」

 

 取り敢えずジャンヌが置いてくれたであろうタオルを取り、前を隠すものを得る。

 一方のジャンヌ・オルタは混乱しているのか何も言ってこない。

 当然だろう。家に帰ったら赤の他人が風呂から出てきたのだ。訳が分からない。

 

『それと悪いけど出てくれる?』

「そうね。そうよね、ここにいるのはおかしいわよね―――って!!」

 

 我に返ったジャンヌ・オルタが事態に気づき顔を真っ赤にする。

 そして大きく口を開き悲鳴を上げる。

 

「なんでいるのよ!? このケダモノォオオッ!!」

『ごめんなさいぃいい!!』

 

 手に持っていたタオルや、近くにあった石鹸などを手当たり次第に投げ飛ばすジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男はどうすることもできずに攻撃を受け止め続ける。

 恐らくは彼女はジャンヌから何も知らされていないのだろう。

 それ故に彼女からすれば変質者の裸を見せつけられたようなものだ。

 対応としては当然のものだろう。そう考えるが痛いものは痛い。

 

『不可抗力です! 許してください!』

「うるさい! そもそも何であんたが家にいるのよ!?」

『それはおりいった事情が―――』

「何事ですか!?」

 

 高らかに音を立てて扉が開かれる。

 それと同時に飛び込んできたジャンヌに跳ね飛ばされぐだ男の頭が洗濯機にぶつかる。

 思わず目を回し頭を振るぐだ男にジャンヌが慌てた様子で声をかける。

 

「すみません、つい勢いで」

 

 ―――下着だけを身に着けた状態で。

 

『…………』

 

 思わず彼女の姿を凝視してしまう。

 女性の下着のことなど彼には分らないが色気の少ない白い生地がどうしようもなく目に付く。

 特別なものではない、普段着の下着。

 だが、彼女の完成されたプロポーションにより引き立てられ危険な美しさを醸し出す。

 何より心配そうに覗き込んでくるせいで、柔らかな双丘の谷間が目の前で強烈な存在感を放っている。

 

『……我が生涯に一片の悔いなし…ガフ』

「き、気絶しないでください! どうしましょう……」

 

 脳の処理限界を超え、満足そうに気絶するぐだ男。

 気を失った彼にジャンヌは自分がぶつけたせいで気絶してしまったのだと思いオロオロとする。

 一方で、ジャンヌ・オルタはそんな二人の姿を観察しある結論に至る。

 

 

「あ、あんた達……まさか―――ヤったの?」

 

 

 顔をトマトのように赤くしながらジャンヌ・オルタは尋ねる。

 下着姿の姉。そして何故か家で風呂に入っていた同級生。

 それはつまり情事の後の光景ではないかと邪推したのだ。

 

「はい? やるとは何を?」

「何で分からないのよ! あ、赤ちゃんを……作るやつよ……」

 

 心底恥ずかしそうに消え入るような声で呟くジャンヌ・オルタ。

 それを聞いたジャンヌは一瞬何を言われたのか分からないようにポカンと口を開ける。

 しかし、次の瞬間にはどういった勘違いがされたのかを悟り頬を染め上げる。

 

「ち、違いますよ! そんなことしていません!」

「じゃあ、なんで下着姿なのよ! というか、なんでこいつが風呂にいるわけ!?」

 

 ジャンヌ・オルタに言われて初めて自分の姿に気づき慌てて反論するジャンヌ。

 

「これは着替えている最中に急いできたからです! ぐだ男君がここにいるのは、その…服が濡れていたからです!」

「はぁ? 別に乾くまで別の服着せてればいいだけじゃない」

「風邪を引いたらどうするんですか!?」

「知らないわよ、そんなこと!」

 

 気絶するぐだ男の上で騒がしく喧嘩を繰り広げる姉妹。

 普通であれば起きてきそうな喧騒ではあるがぐだ男の精神は未だに覚めない。

 そのため二人の姉妹喧嘩は誰に止められることなく続く。

 

「大体、男を連れ込むとか常識考えなさいよ! 犬や猫じゃないのよ!!」

「う…い、いいじゃないですか! 人助けです! 恩返しです! よって無罪です!!」

「だったら何よ! あんたのせいで私は変なもの見る羽目になっちゃったじゃない!!」

「変なものというと……」

 

 二人の視線がぐだ男のある一部に向けられる。

 幸いにしてタオルのガードは崩れておらず事故は起きていない。

 

「……見たのですか?」

「完全には見てないわよ! ただ、上がった瞬間に一瞬だけ…見えたような……」

 

 目を逸らしながらぼそぼそと語るジャンヌ・オルタ。

 二人の間に妙な空気が流れる。

 しばらく沈黙が続いていたが、お互いにその空気に耐えられなくなり口を開く。

 

「……こいつどうすんのよ?」

「一先ず、起きるまで安静にしたいのですが……体を拭かないといけませんよね」

 

 運悪く体を拭く前に倒れてしまったためにぐだ男の体は水で濡れている。

 このままでは湯冷めで風邪を引いてしまうかもしれない。

 しかしながら、二人は無言で見つめ合う。

 

「誰が拭きましょうか…」

「私は知らないわよ。あんたのせいなんだから、あんたが拭きなさい」

「そう……ですよね。はい、そうするしかないですよね」

 

 自分が起こしてしまった悲劇故に自分で尻拭いをするしかない。

 ジャンヌは軽く頬を叩いて気合を入れ、新しいタオルを手に取る。

 

「……いきます」

 

 まるで戦場に赴くような表情でぐだ男の体を拭きにかかるジャンヌ。

 その姿をジャンヌ・オルタも固唾を飲んで見守る。

 頭をあまり揺らさないように拭き、肩から腕にかけての水滴を拭き取る。

 何とも言えぬ緊張感で体が火照る中、ジャンヌは黙って作業を行う。

 だが、見守っていたジャンヌ・オルタの言葉でそれも終わりを告げる。

 

「こいつ……意外と良い体してるわね」

 

 言われてまじまじと彼の体を観察してしまうジャンヌ。

 服の上からでは分かることのなかった分厚い大胸筋。

 背中まで盛り上がった背筋。そしてハッキリと割れ目の見える腹筋。

 控え目に見ても彼の体は鍛え上げられていた。

 

「確かに、カッコいい体です……はっ! いけません、そんなことよりも早く拭いてあげないと」

 

 思わず見とれていた自分に恥ずかしくなり顔を隠すように俯きながら再開する。

 しかし、先程までは気にしなかった浮き上がった鎖骨や乳首、腕の筋肉がいやに目につく。

 それでも何とか我慢して足まで拭き終える。

 ここまで来れば安心だと思ったジャンヌだったが肝心なことを忘れていた。

 

「タ、タオルの下は……どうしましょうか」

「わ、私に聞かないでよ!」

「拭くとなると、ふ、触れないとダメですよね…」

 

 体の残りの一部。タオルで隠された部分に目をやる二人。

 ここを拭くとなると見ないようにはできても一部分に触らねばならない。

 だが、そんなことは純情なお年頃の少女二人にはできない。

 

「も、もう、諦めなさいよ。ちょっと濡れてる程度で風邪引くほど柔じゃないわよ、こいつ」

「そ、そうですよね、仕方ないですよね。後は風邪を引かないように毛布でも掛けて起きるのを待てばいいですよね。はい」

 

 ここまで自分達はやったのだからもういいだろうとお互いに頷き合う。

 そしてぐだ男が起きるまで立ち去ろうとしたところでタイミングよく彼が起き上がる。

 

『うーん…あれ? 俺、何してたっけ』

「ああ、良かった。起きたのですね、ぐだ男…く…ん…」

 

 ホッと胸を撫で下ろすのもつかの間。

 起き上がったことで最後の防御壁として機能していたタオルがハラリと落ちる。

 一切の遮蔽物もなく露わになるぐだ男の“ぐだ男”。

 事態に気付いた張本人が慌てて手で覆うがもう遅い。

 

 

「「キャァアアアッ!!」」

『ホントにすみません!!』

 

 

 顔を真っ赤に染めた二人の悲鳴と共に攻撃を受けながらぐだ男は謝罪を繰り返すしかなかった。

 

 

 

 

 

『この度は不快な目に合わせて本当に申し訳ありませんでした』

 

 乾いた制服を着た状態で二人に対し深々と頭を下げるぐだ男。

 年頃の女性に男の象徴を見せつけたなど通報されてもおかしくないこの時代。

 頭を下げるだけで許してもらえるのなら安いものである。

 

「たく、今度やったら縊り殺すわよ」

「元はと言えば私のせいでもあるので、もういいです。それに不快というわけでも…い、いえ、なんでもありません!」

 

 唸るように警告をするジャンヌ・オルタ。

 自分も悪かったと頭を下げ何事か顔を赤らめるジャンヌ。

 何はともあれ、これ以上の追撃がないことに安堵の息を吐くぐだ男。

 

『ありがとう。それじゃあ、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないから帰るよ。服とお風呂ありがとう』

「雨は……止んでいますね。もう少し居てくれても良かったのですが仕方ありませんね」

 

 若干残念そうな顔をしてぐだ男を玄関まで案内しようとするジャンヌ。

 ジャンヌ・オルタは姉のそんな姿に何かを感じ取った後、小さく鼻を鳴らす。

 

「……フン」

「どうかしましたか?」

「べつにー、ポチに餌やってくるわ」

 

 不思議そうな顔をするジャンヌを残しジャンヌ・オルタはペットのポチの下に向かって行く。

 

『ポチ?』

「はい。家のペットのファブニールのポチです」

『そっかー。世界って広いなぁー』

 

 世界には色々なペットを飼う人がいるのだなと白目で考えながら歩くぐだ男。

 ジャンヌは何がおかしいのか分からないといった表情ながら黙って彼を案内していく。

 

「それでは気を付けてくださいね。今度は遊びに来てください」

『うん。ジャンヌも家にいつでも来ていいからね』

「はい、楽しみにしていますね」

 

 靴を履きながらジャンヌと和やかな会話を交わし立ち上がるぐだ男。

 そして、晴れやかな気持ちで玄関のドアを開けたところで彼女の父親と鉢合わせる。

 

「おや、ジャンヌの友達ですか。私はジル・ド・レェ、父親です」

『どうも。ジャンヌの同級生のぐだ男です。彼女にはいつもお世話になっています』

 

 スーツを着込み黒い髪に飛び出しがちな黒い瞳。

 一見すると変人奇人に見えそうな顔立ちであるがそこには確かな高貴さが滲み出ていた。

 何はともあれジャンヌの父親なので丁寧に挨拶を返すぐだ男。

 

「そ、そんなことはないですよ。私の方こそいつもぐだ男君にお世話になっています」

「ははは。仲が良い様で何よりです。ただし―――娘に手を出したら命の保証はできませんよ?」

 

 ギョロリとした瞳で笑いながらぐだ男を睨むジル・ド・レェ。

 その様子にぐだ男は彼は冗談や酔狂で言っているのではないと悟る。

 

「な、なに変なことを言っているんですか!? また目潰ししますよ!!」

「おおおッ! ジャンヌゥウウウッ!!」

『潰された後に言われても困るよ、ジャンヌ』

 

 

 しかしながら、父の言葉に顔を真っ赤にした娘の愛の鞭(目潰し)により一瞬で鎮圧される。

 目を潰されたのにも関わらず何故か嬉しそうな声を上げのたうち回るジル・ド・レェ。

 その姿に何となく憐れみを感じながらぐだ男はジャンヌの方を見る。

 

「もう……ぐだ男君も気にしないでくださいね」

『……そうだね、気にしない(・・・・・)よ。それじゃあ、またね』

「はい。それでは」

 

 特にこちらを意識した発言でないと感じながらぐだ男は背を向けて家を出る。

 そう、ジル・ド・レェの脅しなど気にすることはない。

 何故なら、命の危険程度で―――この想いが燃え尽きるはずなどないのだから。

 





~おまけ~本編で使わなかった落ち

 ジャンヌの家から帰り着き、茶の間で一息をつくぐだ男。
 しかし、制服のままでくつろいでいれば後でエミヤに小言を言われるので着替えに行く。
 制服を脱ぎ、Tシャツを探す。どこに置いたかと探っていたところで目当ての品を手渡される。

「お探しのものはこちらですか?」
『うん。ありがとう、清ひ……め?』

 気づけばすぐ傍にはニコニコと微笑む良妻(清姫)の姿があった。
 何故ここにいるのか。そしてその服の場所をなぜ知っているのか。
 言いたいことは山ほどあるが言葉にできない。そんな疑問に答えるように清姫は口を開く。

「嫌ですわ、旦那様。妻と夫が一つ屋根の下にいるのは当たり前のことでしょう?」

 心底当然だろうと思っている顔で首を傾げる清姫。
 彼女中では既に二人間には籍が入れられているらしい。

『そ、そっか』
「ええ、当然のことです。それとですが、旦那様―――お風呂に入った匂いがしますね」
『え? う、うん』

 クンクンと可愛らしく匂いを嗅ぎニッコリと笑う清姫。
 姿だけ見ればそれは愛らしい少女。
 だが、醸し出す空気は敵意をむき出しにした大蛇のそれである。



「先程どこで、何をしていたか。嘘をつかず(・・・・・)に教えていただけませんか? ―――旦那様ぁ?」



 少女の口が小さく、しかし全てを飲み込まんと貪欲に開かれるのだった。


~おわり~


どうですか。火照った体にはピッタリの湯冷ましでしょう(真顔)
因みに嘘ついたら辿り着くBADENDでもあります。勿論一回でアウト。
次回はデートっぽいイベントです。
その次は水着イベント。イベントCGは……ない!



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十二話:水族館

 

 ぷかぷかと水槽の中を浮かぶマンボウを眺めるぐだ男。

 最弱の魚などと揶揄されることがあるが世間に出回っている俗説は基本ウソらしい。

 もっとも、ジャンプした程度で死んでいたらとっくの昔に絶滅しているのである意味で当然だろう。

 

「なんだか死んだみたいにゆっくりしてるねー」

『そうだね、アストルフォ』

 

 隣で楽しそうにマンボウを眺めるアストルフォに相槌を打つ。

 何故二人が水族館にいるのかといえば、それは深い理由がある。

 ぐだ男の恋路応援隊となったエドモン達は様々な手を回して二人の距離を縮めようと奮闘している計画の一部なのだ。

 

「あ! 探しましたよ、二人共。もう、飲み物を買ってきている間は動かないでくださいと言ったじゃないですか」

「えー、この部屋からは出てないからいいじゃんべつにー」

「普通の部屋と一緒にするな! どれだけの広さがあると思っている!?」

『ごめん、二人とも』

 

 飲み物を手に勝手に移動していた二人を叱るジャンヌとエドモン。

 特にエドモンの方は居たくもない相手の傍に居させられたせいか若干キレ気味である。

 彼はこの計画の発案者でなければ間違いなくこの場にいなかったであろう。

 

「せっかくエドモン君のご厚意でみんなで水族館に来ることができているのですから、逸れないでください」

「俺の厚意などではない! 俺はただ使い道のなかった四人分の無料チケットをぐだ男に渡しただけだ!」

『そして俺はみんなを誘った。それだけだよ』

 

 ジャンヌと話しつつエドモンとぐだ男はアイコンタクトを送り合う。

 何だかんだと言いつつエドモンは世話焼きである。

 そのため、一人ではデートに誘う勇気がまだ出ないぐだ男のために多くの仲間で遊びに行くという体を取らせることにしたのだ。

 

『それにしても急なお誘いだけど迷惑じゃなかった?』

「オープンスクールも無事に終わって息抜きしたかったところですのでちょうど良かったです」

「ボクはぐだ男のお誘いなら月にだって飛んで行っちゃうよ!」

 

 二人の爽やかな返事に安心するぐだ男。

 というのも『つらいわー。チケットが四枚もあるのに二人しか集まらないわー。他に一緒に行ってくれる人がいなくてつらいわー』といった感じのことを言いながらチラチラとジャンヌを見て言ったせいなのだ。

 因みに後でそのことをエドモンに報告すると馬鹿を見る目を向けられ彼の精神に多大なるダメージを与えた。

 

「とにかく、あまり勝手な行動はするな。迷子にでもなりかねん」

「エドモンが?」

「お前だ! アストルフォ! 子供のように何をしでかすか分からんのはお前だろう!!」

「ひっどいなぁ、もう。ボクだって迷子になんかなったりしないよ」

 

 この中で空気というものを全く読まないアストルフォに釘を刺すエドモン。

 

「フン、どうだかな。俺はお前に何も期待していない。せいぜい逸れないように―――」

「わぁ! 見て見て! あっちに綺麗なクラゲがいるよー!」

「言ってる傍から勝手に動き出すな!!」

 

 光るクラゲを見つけ、目を輝かせながら走り出すアストルフォ。

 その手にはしっかりとぐだ男の手が握られているためにエドモンも無視できずに追いかけていく。

 ジャンヌはその様子に苦笑いしながら追いかけていく。

 その光景は一見すると家族のようであった。

 

『綺麗だね』

「うんうん。ぷかぷか浮いてるだけなのに光ってるから幻想的だよね」

 

 このように無邪気に虹色に光るクラゲを見つめるアストルフォ。

 しかし、それも束の間。また新しいものを発見すると同時に走り出していく。

 

「今度はカニだよ。美味しそうだねー」

『水族館で言ってはならないことを……』

「だってホントのことだもん。あ! あっちにすっごく大きな水槽があるよ!」

 

 手を掴まれているために一緒に走る羽目になっているぐだ男はアストルフォに翻弄され続ける。

 右に行ったかと思えば左に行く。

まさに元気いっぱいといった様子にジャンヌもエドモンも目を回しながら追いかけていく。

ある意味でここはアストルフォの独壇場となっていた。

 

「うわぁ! サメだよ、サメ! でっかいサメだ!」

『すごく…大きいです』

 

 可愛らしい笑顔を浮かべながら巨大な水槽の中を優雅に泳ぐサメを見るアストルフォ。

 サメの周りには多くの小魚も泳いでおり鱗に光が反射し幻想的な光景を醸し出している。

 そんな光景を見ているとふとした疑問がアストルフォの中に沸き起こってきた。

 

「ねー、どうしてサメは他の魚を食べないの?」

『エドもうん、アストルフォの質問に答えてよぉ』

「ええいッ、俺をどこぞの猫型ロボットのように呼ぶな!」

 

 アストルフォからの無邪気かつ残酷な質問をエドモンに受け流すぐだ男。

 押し付けられたエドモンは当然のことながら反抗するが期待の籠った瞳には逆らえない。

 

「ちっ……サメは強欲な人間と違い、満腹であれば獲物を襲わない。こまめに餌をやっている間は小魚を襲う理由がない」

 

 他にも魚の組み合わせの種類などを工夫して事故が起きないようにしてある。しかしながら。

 

「そうなんだー。じゃあ、小腹が空いた時はどうなるの?」

「……残酷なことだ」

『お魚さん……』

 

 帽子に手をやり瞳に悲しみの色を浮かべるエドモン。

 その表情にぐだ男も全てを悟り目を伏せる。

 如何に手を打っていても事故というものは必ず起きるものなのだ。

 

「そっか、でもお腹が空いたのなら仕方がないか……あ、今度はウミガメだ!」

『切り替えが早い……』

 

 小魚の悲しい現実に触れぐだ男と同じように悲しい顔をするアストルフォ。

 だが、持ち前の明るさで暗い気持ちを一掃し再び目についたもの目掛けて走り始める。

 勿論、手を繋いだぐだ男を引っ張りながら。

 

「アストルフォ、貴女は少し落ち着きなさい。ぐだ男君が大変そうですよ」

 

 しかし、振り回されているぐだ男を不憫に思ったジャンヌが窘めるように止める。

 もっとも、止められた方のアストルフォは不思議そうな表情を浮かべているだけだが。

 

「そもそも、どうして手を握っているのですか? そういうことは…その…好き合っている人がやるものです」

「え、そうなの? でも、ボクはぐだ男のこと―――好きだからいいよね!」

 

 恥ずかしそうにアストルフォに注意するジャンヌだったが次の言葉で固まってしまう。

 エドモンも無言で体を硬直させ、ぐだ男は突然のことに頬を染める。

 ニコニコと笑うアストルフォの時間だけが進んでいく。

 

『そ、それはつまり…?』

「あれ? ひょっとして君はボクのこと……嫌い?」

 

 不安そうな顔で瞳を震わせるアストルフォ。

 ぐだ男はその表情に思わず理性が崩壊して抱きしめたくなってしまう。

 だが、そんなことをすれば取り返しのつかないことになってしまいそうなので踏み留まる。

 

『いや、好きだよ。勿論友達としてだけど』

「えへへ、よかったー」

 

 取り敢えず爽やかな笑みを浮かべて誤解のないように返答をする。

 彼の返事にアストルフォは嬉しそうにぐだ男に抱き着いてくる。

 そんな様子にジャンヌは溜息を吐きながら注意をする。

 

「はぁ、あなたがぐだ男のことを好きなのは分かりましたが、異性にそのように抱き着きつくのははしたないですよ」

「んー? 異性?」

「そうですよ。ましてや結婚前の男女がそのような―――」

「―――でも、ボクたちは同姓だよ」

 

 空気が凍る。当然、少し肌寒い程に効いていた空調のせいではない。

 アストルフォの爆弾発言が原因である。

 エドモンとジャンヌは体が硬直したまま目を動かして二人を見比べる。

 どう見ても男なぐだ男に、どう見ても女なしかも飛びきりかわいいアストルフォ。

 

 

「ぐ、ぐだ男君は…女の子だったのですか?」

『なんでさ』

「そ、そうですよね。ぐだ男君にはちゃんと…つ、ついていますからね」

 

 

 以前の事件を思い出して顔を赤くしながらぐだ男、女性説を取り下げるジャンヌ。

 しかしながら、そうなってくると残された可能性は一つしかない。

 そう、アストルフォは―――

 

「貴女は……男の子だったのですか?」

「うん。ボクはオトコノコだよ」

 

 ―――男性だったのだ。

 衝撃の事実に呆然とするジャンヌをよそにアストルフォは微笑みを浮かべ続ける。

 

「……本当に?」

「ホントだよ」

「エドモン君、私を抓ってください。どうやら性質の悪い夢を見ているようです」

「諦めろ。ここは夢でもなければ地獄でもない。現実だ」

「そんな…うそ…信じられない」

 

 必死に否定しようとするが何も変わらない。

 現実とは常に非情なのだ。

 

「もー、信用ないなぁ。それならこれでどうだ!」

 

 いつまでも信じようとしないジャンヌに業を煮やしたアストルフォがぐだ男の手を掴む。

 そして、そのまま自身の胸へと彼の手を導いていく。

 

「どう? これでわかるでしょ」

『……いくら小さくてもブラジャーは着けた方が』

「もー! ふざけないでよー! こうなったら一緒にトイレに行って―――」

「わ、分かりました! あなたが男性なのは分かりましたのでもう結構です!」

 

 ジャンヌは下を脱いで見せると言おうとしたアストルフォを慌てて止める。

 このままでは男同士の怪しげな絵が完成してしまうと恐れたからだ。

 

「やっと分かってくれた?」

『よかったね。信じてもらえて』

「ぐだ男はあんまり驚かなかったね」

『アストルフォはアストルフォだし。どっちでも変わらないよ』

 

 男でも女でも親愛の念は変わらないという言葉にアストルフォは嬉しそうに頬を染める。

 

「そっかー、そっかー、でへへ……。ボクも君がどっちでも好きだよ」

『……やばい。もう性別とかどうでもいい気がしてきた』

「ダメです、ぐだ男君! そんなことは主がお許しになりません!」

 

 蕩けたような表情を向けられ危うく理性が崩壊しそうになるぐだ男。

 何とか首筋を赤らめたジャンヌの言葉により、一線を越えることなく止まる。

 しかし、次も今回のように止まれるかはぐだ男自身にも分からなかったのだった。

 

 

 

 

 

「何だか一気に疲れた気がします。今まで彼を女性だと思っていた私は一体……」

『仕方ない。あれは見破れない』

「そもそも理由がフラれて全裸になった友人を宥めるために女装したなんて…理解が追いつきません」

 

 衝撃の真実に未だにショックから立ち上がれないジャンヌを慰めるぐだ男。

 現在二人はイルカショーを見るために屋外プールに来ていた。

 因みに残る二人はエドモンが気を利かせて別の場所を回っている。

 

『ローラン……まさか目覚めたのか?』

「その人のことは良く知りませんがなんとなく危険な人のような気がします」

 

 まだあったことのない全裸(ローラン)のことを密かに訝しみながら二人はジュースを飲む。

 まだ、ショーが始まるまでは時間があるのだ。

 

『それにしてもなんで初めにアストルフォじゃなくて俺の性別を疑ったの?』

「その、なんと言いますか。頭の中にオレンジ色の髪の女性が浮かんできて……」

『それが俺…? リヨ…ぐだ…子……うっ、頭が!』

「私も何故か据え置きゲーム機を破壊させられたような…それに、一万年以上生きていそうな…」

 

 二人して謎の記憶に頭を痛める。

 特にジャンヌの方は触れてはいけない何かに触れたように冷たい汗が頬を伝っている。

 

『よし、この件はもう忘れよう。ラスボスを片手で捻りそうな俺なんていないんだ』

「そうですね、忘れましょう。私達の精神衛生のために。……でも、その前に一つ聞いておきたいことが」

『何?』

 

 何かを決心したように瞳に力を入れるジャンヌ。

 思わずドキリとしながらも平静を装い尋ねるぐだ男。

 

「ぐだ男君は……オ、オトコノコが好きなんですか?」

『よし、落ち着こうか。話せばわかる』

 

 自身にとんでもない疑惑がかけられていることを知り真顔で否定するぐだ男。

 

『そもそもなんでそう思うの?』

「いえ、ぐだ男君とアストルフォの仲がやけに良い気がしまして……勿論、仲が良いのは良いことなんですが」

『好きだけどただの友達だよ。ジャンヌもそういう意味で好きな人はいるでしょ?』

 

 ぐだ男の言葉にそれもそうかと胸を撫で下ろすジャンヌ。

 彼女の宗教観では同性愛は基本的にご法度である。

 そう、アストルフォの尻を撫でるぐだ男などいないのだ。

 

「そうですね。隣人愛ですか、それならば納得です。私もそういう意味であれば皆さん好きです」

『嫌いな人はいないの?』

「嫌いな人…ですか? 許せない行為はありますが、嫌うということはないです」

 

 至極当たり前に嫌いな人間はいないと宣言するジャンヌ。

 そんな彼女に今度はぐだ男の方が疑問を抱く。

 彼女の考え方はどこかおかしくないのかと。

 

『好きな人はいるのに?』

「…? 主と同じ全ての者への平等な愛というわけではないのですか?」

『いや、その中でも好き嫌いがあるんじゃないの』

「好ましい在り方や嫌悪する在り方はもちろんあります。しかし、如何なる在り方であろうと私は平等に愛しています。それが主の愛ですから」

 

 一切の迷いなどなく言い切るジャンヌにぐだ男は尊い何かを見る。

 しかし、同時にもの悲しさも感じるのだった。

 

『……特別な人はいないの?』

「え…」

『ううん、何でもない。忘れて』

 

 戸惑うジャンヌに首を振り笑って誤魔化す。

 彼女の心は聖女だ。誰かを憎むこともなければ誰かを特別に愛すこともない。

 何故ならばそれは平等(・・)などではないからだ。

 

 好き嫌いはあってもそこに特別なものはない。

 恐らく彼女は人としての尊厳全てを奪われても恨み言一つ言わないであろう。

 寧ろ相手の罪が赦されるように自らが償おうとするだろう。

 かつて人類の原罪を背負い磔になった救世主(キリスト)のように。

 

 その在り方は星のように輝いている。しかし、星には手が届かない。

 どれだけ手を伸ばしても人の手には入らない。

 子供だってわかることだ。だが、それでもなお―――

 

 

『……諦めない』

 

 

 ―――星に手を伸ばし続ける。

 例え、届かないのだとしても追っていくことしかできない。

 何故なら、一度その輝きに、美しさに魅せられてしまえば後戻りなどできないのだから。

 

「ぐだ男君…?」

『あ、イルカが出てきた。ショーが始まるよ』

「はい……そうですね」

 

 覚悟を新たにし彼女が気にしないように振る舞うぐだ男。

 彼の言葉にジャンヌも視線をイルカに向けるが頭の中では彼女も彼の言葉を考えていた。

 

 

 ―――自分にとっての特別とは何なのか、と。

 

 





ある程度のシリアスもあるのが恋愛ゲームです。
まあ、次回は水着イベントなんですが。
因みに一番どうするか考えているのはジャンヌの水着! ……ではなくアストルフォです(小声)


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十三話:海水浴

 ジメジメとした空気、吹き付ける熱風。

 そしてジリジリと肌を焦がす太陽。

 何年この国に住んでも慣れることのない夏。

 そうした気候であるからこそ、この国の人々は思うのだ。

 

 ―――そうだ、海に行こうと。

 

「ふははは! それ、我自らボールを下賜してやっているのだ。しくじるなよ、狂犬」

「グホッ!? パスで顔面狙うやつがいるかッ!」

「問題ありません、光の御子殿。私の親指かむかむで全て予知しておりました」

「なら、注意しろよ!?」

 

 ボール遊びに興じる三人の男達。

 ギルガメッシュがクー・フーリンにパス(アタック)を出し、それを顔面で受け止める兄貴。

 打ち上がったボールはフィンが無難に打ち返しゲームを進めていく。

 

「余は日差しはあまり好きではないのだが……偶には悪くなかろう」

 

 アロハシャツを着、ビーチパラソルの下で優雅に椅子に座り読書に耽るヴラド三世。

 絶世の美少年でも美少女でもないがその高貴さ故に近くを通る者の視線をくぎ付けにしていく。

 

「清涼な風! 暑さを癒す海水! しかし、私は敢えてその心地よさに―――反逆する!!」

 

 せっかくの海だというのに涼もうとはせずに顔以外すべて砂風呂に埋まり続けるスパルタクス。

 その異様な光景のせいで彼の周りには鳥すら近づかない地帯が出来上がっている。

 

「夏の海に照り付ける太陽。いやー、雅でござるなぁ。ここでは一句読むのも無粋であろう」

 

 麦わら帽子を被り、麦茶を片手に砂浜に立つ小次郎。

 素朴ながらもどこか美しさを漂わせる姿に何人かの女性客が振り向いたりしているが小次郎的にはいじりがいのある相手ではないので特に興味を持たない。

 

「カルナァアアッ! ここで全ての宿業に決着をつける!!」

「フッ……俺に挑むべきでないと分からないか? だが、それでこそアルジュナか」

「貴様ぁッ!!」

 

 浅瀬で水の掛け合い(殺し合い)を行うカルナとアルジュナ。

 このような場所で喧嘩をするのは場違いだと、分りづらく言いながらも相手をするカルナ。

 それを『お前では俺に勝てない』と煽っているのだと勘違いしヒートアップするアルジュナ。

 どっちもどっちな種違いの兄弟である。

 

「ああ、海で遊ぶのはいいが―――別に、焼きそばを作ってしまっても構わんのだろう?」

 

 黒のブーメランパンツで、ニヒルな笑みを浮かべながら焼きそばを作るエミヤ。

 両手に握られた愛用のコテ“干将莫耶”が今日も光に当たり輝きを放つ。

 各々が夏の海を満喫する様子を眺めながらぐだ男はぽつりと呟く。

 

『なにこれカオス』

 

 天草、エドモン、ジークフリート、アストルフォ、ジャンヌ、マリーと共に訪れた海。

 そこに同じように海水浴を楽しみにして来た客がいることは当然のことだ。

 近場の海なので知り合いがいることも折り合い済みだ。

 だが、これほどの濃いメンツが揃っているとは思っていなかった。

 

『エドモン、どうしようか?』

 

 一先ず、気持ちを入れ替えるつもりで何をするか海パン姿のエドモンに話しかける。

 現在、女性陣とアストルフォは着替えている最中なので男性陣は手持無沙汰なのである。

 しかし、話しかけられたエドモンはただ海を見つめるばかりである。

 

「……俺を呼んでいる」

『え?』

「海と波が…俺を呼んでいる!」

 

 いつになく気合の入った声で叫ぶエドモン。

 彼の手にはいつの間にかサーフボードが握られていた。

 

「いざ、恩讐の彼方へッ!!」

『エドモンが壊れたッ!?』

 

 ぐだ男の制止も聞かずに海へと駆け出していくエドモン。

 その姿は復讐に駆られた鬼ではなく、ただの船乗りの姿であった。

 

『どうしよう……』

「好きにさせてあげるのがいいかと。船乗り魂がうずいたのでしょう。もっとも、今の彼は波乗りですが」

『波乗りエドモン』

 

 普段のキャラが崩壊したエドモンを呆然とした表情で見送りながらパーカー姿の天草と話す。

 天草の方は特に気にした風でもないのでぐだ男もエドモンから視線を逸らす。

 

『そうだ。シート引いてパラソルでも立てておこうか』

「そうだな。こういった仕事は男が済ませておくものだろう」

 

 背中が隠せないので必然的にパーカーの類が切れないジークフリートが提案してくる。

 それに乗じ、気を取り直して手に持っていたパラソルとシートを設置しに行くぐだ男。

 

「ここらへんで良いのではないでしょうか」

「ああ、あまり遠くにしては女性陣とはぐれてしまう」

『了解。それじゃあ―――ここに旗を立てる』

 

 最後まで戦い(遊び)抜くことを誓って“誠”の旗を突き立てるようにパラソルを地面に刺す。

 もっとも、ただの冗談であるが。

 

「あれ? こんなところで奇遇ですね。何となく呼ばれたような気がして沖田さん登場です」

『近藤さんと土方さんは?』

「可愛い沖田さんよりも男狙いですか!? で、でも確かに最後まで戦うなら土方さんの方が…」

 

 二年生の時の大会で当時の先輩達と最後まで戦い抜くことができなかったことを思い出しへこむ沖田。

 その様子にぐだ男は慌てて沖田を褒め始める。

 

『うれしいわー。こんなところでつよくてかわいいおきたさんとあえてうれしいわー。みずぎすがたがかわいすぎてつらいわー』

 

 ここまで棒読みできるかというレベルで褒めるぐだ男。

 桜色のチューブトップのブラに同じ色のパンツ。

 桜がイメージであるビキニタイプのこの水着は確かに沖田に似合っている。

 しかし、ぐだ男の棒読みではダメだろうとその場にいる誰もが思っていたが。

 

「そうですよね。沖田さんは大人気ですからね。浜辺の視線を独り占めにして大変なんですよー」

 

 沖田は満更でもないような顔で鼻を高くする。

 意外とちょろいところもある沖田である。

 

「おっと、そう言えば最近人気が落ちてきたノッブを待たせているんでした。まあ、沖田さんは大人気なんですが。それでは皆さんここで」

 

 一緒に来ていた織田信長、略してノッブのことを思い出し、ご機嫌のまま歩き去っていく沖田。

 かなりぶしつけなことを言っているがそれも彼女とノッブの関係が良好である証拠である。

 

『ふう、何とかなった』

「ええ、何事もなくて何よりです」

「あれでよかったのだろうか……いや、本人が良ければそれでいいのか」

 

 沖田を見送りながら改めてシートを引き始める三人。

 後は豪華な椅子でもあればセレブな気分を味わえるのだが生憎そこまでの準備はない。

 なにはともあれ、これで準備万端となったところでタイミングよく女性陣が現れる。

 

「みなさん、お待たせしました」

『ヴィヴ・ラ・フランス』

 

 マリーに声に反応しつつぐだ男は振り返り水着を見る。

 彼女の水着はタンキニ。赤いタンクトップ状のビキニを優雅に着こなしている。

 胸元のリボンと頭に乗ったカニがアクセントとして味を出す。

 形容するなら避暑地に来たお嬢様という表現がピッタリだろう。

 

『凄く似合ってるよ。水着もカニも……カニ?』

「あら、カニさん、ごきげんよう」

 

 何故か頭に乗っていたカニに律儀に挨拶をし砂浜に下してあげるマリー。

 カニの方もマリーを傷つける気が起きないのか全く抵抗せずにそのまま砂浜に消えていった。

 これも彼女の人徳がなせる業であろう。

 

「じゃじゃーん! どお、どお? 似合ってる?」

『アストルフォ、その水着は……』

 

 最近、オトコノコだと判明したアストルフォの水着にぐだ男は言葉を失う。

 下は白色のホットパンツ。

 上半身は胸元を淡い緑色のキャミソールで隠し、その上から紫のパーカーをはおっている。

 

 このパーカーが曲者である。アストルフォの肩のラインを隠し性別の壁を曖昧にしているのだ。

 男性らしさを出しているようで、少女らしい可愛らしさを表現する。

 そんな男性とも女性とも見れる中性的な姿が危険な色気を放ちぐだ男に襲い掛かる。

 

『う、うん。似合ってる』

「えへへ、やったー! ほらほら、ジャンヌも早く褒めてもらいなよ」

「ま、待ってください。まだ心の準備が―――キャッ!」

 

 最後に恥ずかしそうに大きめのピンクのパーカーで体を隠すジャンヌ。

 しかし、アストルフォは相手の事情など知ったことではないとばかりにパーカーを剥ぎ取りジャンヌの水着を露わにする。

 

『凄く……可愛い? 綺麗? いや、セクシー?』

「む、無理して褒めなくてもいいです」

『嘘じゃないよ。ただ、全部当てはまって何て言えばいいか……とにかく似合ってるよ』

 

 自分の乏しい語彙力を恨みながら恥ずかしそうにモジモジとするジャンヌを見つめる。

 シンプルな紺色のビキニ。タイプはホルターネック、つまり首の後ろで紐を結ぶタイプだ。

 下も同じ色のシンプルなものであり、紐で止められている。

 

 しかし、彼女の抜群のプロポーションを引き立てるという意味合いでは最高のものだ。

 健康的なくびれに柔らかそうな太腿からヒップにかけての煽情的なラインが見る者を虜にする。

 そして何よりホルターネックのバストを強調する特性がいかんなく発揮され、彼女の豊かな胸がとてつもない破壊力を生み出している。

 

 さらにみずみずしい肢体は魅惑的な色気を兼ね備えつつ美しさも醸し出す。

 加えて、恥じらう彼女の姿が可愛さも生み出し一つの凶悪な兵器となっているのだ。

 

「そ、そんなに見つめないでください。……マジマジ見られると恥ずかしいです」

『ご、ごめん。つい見惚れてた』

「もう……さらに恥ずかしくなるじゃないですか」

 

 互いに赤くなり目を背ける。

 そんな桃色の空気が出来上がる様を周りの友人達はニヤニヤと見つめる。

 

「と、とにかく全員揃ったので遊びましょう」

『そ、そうだね』

 

 友人達の生暖かい視線に恥ずかしくなり話題をそらすジャンヌとぐだ男。

 しかし、友人達は二人の様子に息がぴったりだなと思うだけで反省などしない。

 もっとも、ただ1人ジークフリートだけは優しさから別の場所を見ていたのだが。

 

「しかし、まずは何をしましょうか」

「私、バレーボールを持ってきたの。だからビーチバレーなんてどう?」

「定番ですまないが、俺はスイカ割りようのスイカを持ってきておいた」

「ボクは海で泳いだり砂浜で遊んだりしたいなぁ」

 

 天草の問いかけに三人が各々の意見を上げる。

 マリーはビーチバレー。ジークフリートはスイカ割り。

 アストルフォは水泳や砂遊び。

 

「私はみなさんがやりたいもので結構です」

『俺も、天草は?』

「私も皆様が楽しめるのであれば何であっても大丈夫です」

 

 残りの三人は特に意見はないらしく多数決という形にもならない。

 どうしたものかと全員が頭を悩ませる。

 そして、自然とぐだ男の方に視線が向く。

 

「ここは、ぐだ男君に決めてもらうのが一番でしょう。神の啓示もそう言っています」

「おや、ジャンヌも同じ意見ですか。珍しいですね。私もぐだ男君に選んでもらうのがいいかと」

『俺でいいの?』

 

 聖人コンビに推薦され、他の者もぐだ男が決めるのならそれでいいと頷く。

 全員からの信頼に断ることなどできるはずもなくぐだ男は息を吸い込んで口を開く。

 

 

「それなら、まずは―――」

 

 




意味深な終わり方ですがぶっちゃけ全部やります。順番が変わるだけの話ですし。
後、二部構成なので今回は短くてすまない。
それと序盤の野郎どもはCMを男に変えてイメージしてください。


エミヤ「こーうはい!」(UBWラストの微笑みで)


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十四話:海水浴2

双腕・零次収束(ツインアーム・ビッグクランチ)ッ!」

 

 波乗りから帰ってきたエドモンからのトスを受けた天草が強烈なスパイクを放つ。

 バレーボールは光と闇に分裂したような残像を見せながら敵陣に襲い掛かる。

 しかし、敵も一筋縄でやられる程貧弱ではない。

 

「甘い! 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 エドモンの帰還により人数が奇数になったために助っ人に入ったエミヤがそれをブロックする。

 七つの花弁が咲き誇るかのごとき強固なブロックを見せるエミヤだったがボールは相手のコートではなく後ろに逸れてしまう。

 

『必殺! 回転レシーブ!』

 

 だが、ぐだ男が回転しながら飛び込みボールを何とか拾う。

 打ち上げられたボールは絶妙な角度でエミヤの頭上に上がり絶好のチャンスとなる。

 すかさずエミヤは高々と舞い上がり相手を鷹の目で射貫く。

 

「ではな―――ボール(理想)を抱いて溺死しろ」

 

 最高の決め顔で渾身のアタックを叩き込むエミヤ。

 狙った位置はとてもではないが天草、エドモンともに届く範囲ではない。

 それでも―――エドモンは不敵に笑っていた。

 

「理想だと? くははは……俺の中にあるものは一つ―――憎悪だ」

 

 瞬間、エドモンの姿が青い光となり消え去る。

 それだけでも信じ難いが本当の絶望はその先にあった。

 

『エドモンが……増えた?』

 

 死角にあったボールを難なく拾うエドモン。

 それをトスするエドモン。

 どういう理屈か空中で最後の一撃を叩き込むために停止しているエドモン。

 彼の力が具現化した奥の手。

 

「ファリア神拳奥義―――虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)ッ!!」

 

 ―――それはレーザーであった。

 超高速の打球は空気摩擦により膨大な熱量を生み出し一筋の青い閃光となる。

 脳が筋肉に信号を送る間もなくボールは無人の地帯に突き刺さる。

 その一撃にこれでどうだと言わんばかりのドヤ顔を見せるエドモン。しかしながら。

 

 

「ダブルコンタクト! エドモン君は今二回連続で触れたので反則です」

 

 

 普通にルール違反である。

 

「なん…だと? 今のは俺の分身だ! 俺自身ではない!」

「だとしたら人数制限をオーバーするので反則ですね。というわけで失点です」

「貴様…! これだから審判(ルーラー)は気に食わんのだ…ッ」

『いや、ルールは守ろうよ』

 

 審判のジャンヌに毒づきながらコートに戻るエドモンに誰もがツッコミを入れる。

 マリー提案のビーチバレーはこのように白熱した戦いが繰り広げられていく。

 因みに、総当たり戦を行った結果マリーとジャンヌの鉄壁のペアが優勝したのであった。

 

 

 

 

 

「すまない、これも皆のためだ」

 

 男の手により振り上げられる身の丈を超える大剣。

 だが、真に恐ろしいのは担い手だ。

 隠された(・・・・)瞳の裏に悲しみの色はあれど迷いはなし。

 佇まいには油断はなく、隙など存在しない。

 

 ただ斬るために、戦うためにこの身は存在する。

 男は無言。されど、醸し出す空気は雄弁である。

 どれだけの修練に身を置けばこのような空気を纏えるのか、想像することすらできない。

 それ故に彼は恐怖も怒りもなく驚くほど自然に理解するのだった。

 この一太刀は―――死、そのものだと。

 

 

 

「―――幻想大剣・西瓜失墜(バルムンク・スイカワリ)

 

 

 

 振り下ろす大剣()

 

 ―――一閃。分かるのはそれだけであった。

 

 斬られた感触など無い。故に彼が自身の終わりを悟ったのは数秒後。

 己の半身が重力に従い―――別れていくのを見届けた時であった。

 寒気が走るほどの切れ味ゆえに赤い飛沫すら上がらず、音すら立たない。

 まるで元からそうであったように真っ二つのまま崩れ落ちながら(スイカ)は呟く。

 

 

『スイカ割りに……呪いあれ…ッ』

 

 

「おかしなナレーションを付けるな。スイカが食べづらくなる」

『夏になる度に撲殺されるスイカの気持ちが知りたくて、つい』

 

 ふざけてナレーションをつけていたぐだ男の頭を叩くエドモン。

 現在、一行は楽しくスイカ割りを行っている最中だ。

 まずはアストルフォ、ジャンヌが挑戦したが失敗。

 続いたジークフリートが惚れ惚れする様な腕前で見事に成功させたのだ。

 

「……すまない、俺達のために犠牲にしてしまって本当にすまない」

『ごめん、ジークフリート。そこまで心にくるとは思ってなかった。調子に乗ってごめんなさい』

「いや、正義とはなんなのか……もう一度見つめなおす為には通らねばならない道だった」

「スイカ割り程度で大げさだなぁ。そんなことより早く食べようよ! ボク、ちょうどお腹減ってたんだ!」

 

 ぐだ男のナレーションのせいで自身の正義について考え込むジークフリート。

 一気に暗くなりそうな場であったがそこは空気を読まないアストルフォが粉砕していく。

 悩むことより食べることの方がアストルフォにとっては重要であるのだ。

 

「しかし……」

「私は供養のためにも美味しくいただくべきだと思うわ。さ、みんなで食べましょう」

 

 まだへこむジークフリートだったが、マリーの純粋な言葉に立ち直る。

 ぐだ男はそんな彼への謝罪の意味を込めて少し大きめに切り分けて渡す。

 

「でも、本当に甘くて美味しいスイカね。そう言えば何かをかけたらもっと甘くなると聞いたことが……」

『ハーウェイカレー……いや、塩だよ、マリー』

「それだわ! せっかくだし試してみましょうか。でも肝心の塩がありませんね」

 

 どこかに塩でも落ちていないかとキョロキョロと辺りを見回すマリー。

 当然、そんなもの都合よく落ちているわけもなく―――

 

「あったよ、塩!」

『よし、でかした!』

 

 再び焼きそば作りに戻っていったエミヤの調味料セットから落ちたらしい塩をアストルフォが見つける。

 

「これを少しふりかけて食べると……本当に甘くなってるわ!」

「本当ですね。面白い現象です」

 

 マリーはアストルフォから受け取り早速試した結果、驚きの声を上げる。

 ジャンヌも物は試しと挑戦し驚きで顔をほころばせる。

 

「へー、面白そう。ボクにも貸して!」

「あ、そんなに勢いよくかけたら」

「えい!」

 

 ジャンヌから塩を受け取り、勢いよく振りかける。

 スイカに塩をかければ甘く感じられるのは程よくかけるからである。

 つまり、今のアストルフォのように大量に振りかけてしまうと。

 

「しょっぱーい!」

『スイカが白くなるまでかけたら当然』

 

 普通にしょっぱく感じられるのである。

 失敗したと顔をしかめるアストルフォを見ながらぐだ男は自身のスイカに塩を振りかける。

 そして、そのままアストルフォの口の前まで持っていく。

 

『はい、これなら大丈夫だよ』

「あーん……うん、うん! これだと甘いね!」

 

 ぐだ男から差し出されたスイカに齧り付き表情を一変させるアストルフォ。

 彼はコロコロと変わるアストルフォの表情に笑いながら自身もスイカを齧る。

 先程、アストルフォが齧ったばかりのスイカを。

 

「あ、間接キスだね、これ」

「か、間接キスですか!? いけません! 不浄です、異性でそのような……同性でしたね、そういえば」

 

 何食わぬ顔で間接キス発言をするアストルフォにジャンヌが食って掛かる。

 しかしながら、アストルフォとぐだ男は同性だったことを思い出し押し黙る。

 同性であれば特に問題はないのだから仕方がない。

 

『……気づかなかった』

「もう、恥ずかしがらないでよ。君が恥ずかしがると……ボ、ボクも恥ずかしくなっちゃうし」

 

 今更ながらに間接キスに気づき顔を赤らめるぐだ男。

 そんな彼に気にしていなかったアストルフォの方も意識してしまい頬を染めてもじもじとする。

 二人の間に流れていけない甘い空気が流れ始める。

 しばしの沈黙の後、ちらりと上目遣いを見せ、アストルフォが小さな口を開く。

 

 

「ねぇ……キス…してみる?」

 

 

 尋ねるようでいて、乞うようなしっとりとした声がぐだ男の耳を包み込む。

 思わず脳内に『アストルフォとキスをする』という選択肢が出る程にその言葉は危険であった。

 

「何言ってやがりますか、このピンクは!!」

 

 だが、次の瞬間には混乱故に口調がおかしくなったジャンヌがアストルフォの頭を叩いていた。

 

「いったーい。もー、叩かなくてもいいじゃん」

「そうですわよ、ジャンヌ。誰だってベーゼをしたくなる時はありますわ」

「ダメです! そもそも、そういうことは結婚を前提にした相手とやるものです! 後、今のはマリーのべーゼとは絶対に違う何かです!!」

 

 日頃のおしとやかさはどこに行ったのか、一気に捲し立てるジャンヌの姿に目が点になる一同。

 しかし、それでもアストルフォは懲りることなく爆弾発言を繰り出す。

 

 

「もしかして―――ぐだ男とキスしたいの?」

 

 

 一瞬相手が何を言っているのか分からなくなり無表情になるジャンヌ。

 だが、次の瞬間にはアストルフォの言葉を理解しトマトのように顔を真っ赤にする。

 

「だ、誰がそんなことを言ったんですか!? 私は別にぐだ男君とは……」

『そうか…うん、そうだよね』

「あ、いえ。決してぐだ男君が嫌いというわけではなくてですね! な、何と言えば……」

 

 アストルフォの言葉を否定するジャンヌの姿に若干落ち込むぐだ男。

 それに対して慌てて誤解を生まないように努めるジャンヌだったが、徐々に何を言えばいいのか分からなくなり黙り込んでいってしまう。

 

「そ、そうです。みなさん喉が渇きましたよね? ですね! 飲み物を買ってきますね、では!」

 

 そんなジャンヌが取った行動は一旦退却し体勢を立て直すことであった。

 呼び止める間もなく一目散に海の家まで駆けだしていくジャンヌの後ろ姿に一同は呆然としながら呟くのだった。

 

 

『財布忘れてる』

 

 

 

 

 

 一人で裸足では熱く感じる砂浜の上を歩きながらジャンヌは息を整える。

 つい、勢いで逃げてきてしまったので後で彼にはしっかりと謝罪をしなければいけないだろう。

 

 それにしても何故自分は逃げてしまったのだろうか。

 さらに言えば、自分は彼のことをどう思っているのか。

 彼女の頭の中では答えのない問いが繰り返され続ける。

 

「……あ、財布を忘れていました」

 

 ふと、今更ながらに自身の失態に気づき声を零す。

 当然取りに戻らねばならないが雰囲気的に戻りづらい。

 

「どうしましょうか……」

「デュフフフ。お困りのようでござるなぁ」

「へいへい、可愛いお嬢さん。良ければ俺達が力になりましょうか?」

 

 明らかに不審な声をかけられて警戒しながら顔を上げるジャンヌ。

 目の前にいたのは黒い髭が特徴的な巨漢。

 そして、彼の肩に乗ったクマのぬいぐるみ、のようななまもの。

 

「拙者はエドワード・ティーチ、通りすがりの海賊でござる。あ、因みに今は絶賛フリーでござるよ、デュフフフ」

「神々に地上の獣をすべて狩り尽すと恐れられた狩人オリオンとは俺のことさ。お嬢ちゃんのハートも射貫いてみせるぜ?」

 

 二人は夏の海にはつきもののナンパ野郎である。

 ついでに近所で有名な不審者コンビでもある。

 そんな変質者二人に対してジャンヌは。

 

「さて、どうしましょうか……」

「まさかの無かったこと扱い!?」

「流石の拙者も泣くでござるよ! あ、でもこの冷たい対応も中々……デュフ!」

 

 ガン無視を決め込んで歩き去っていく。

 

「ねえ、ねえ。お金貸すから一緒に遊ばない?」

「仕方がありません。取りに戻りますか」

「あの、すいません。自分の存在に不信を抱きそうなんでせめて視線ぐらいは向けてください」

 

 なおも懲りずにナンパをしようとするオリオン。

 しかし、ジャンヌの鋼鉄の意志(シカト)によりメンタルにダメージを受ける。

 

『おーい、ジャンヌー』

「あ、ぐだ男君」

 

 そこへ、自身の財布を持ったぐだ男が手を振りながら現れる。

 知っている者の登場にホッと胸をなでおろすジャンヌ。

 だが、男の登場に二人組は露骨に態度を変える。

 

「申し訳ない、拙者達という先約がいるのでお引き取りを願いますぞ。デュフフフフ」

「オラオラ、怪我したくねーならさっさとすっこみな!」

 

 黒髭の2m越えの体格を生かしてぐだ男に脅しをかける二人。

 因みにオリオンの方は欠片たりとも脅威にはなっていない。

 そんな二人に対しぐだ男はどこまでも冷静に対処してみせる。

 

『あ、ドレイク姐さんだ』

「デュフフフフ……嘘はいけないでござるよ。どこを探しても水着姿のBBAなんて見当たらナッシング」

『いや、ちょうどあそこの陰に隠れてさ。いやー、際どいビキニでダイナマイトボディだったなー』

「デュフ、フフフフ―――急用を思い出した、ここで帰らせてもらうぜ」

 

 ドレイクの水着姿と聞いて真顔に戻り、人生最高の速度で駆け出していく黒髭。

 残されたのはぐだ男とジャンヌ、そして置いて行かれたオリオンである。

 無言で見つめ合うぐだ男とオリオン。初めに動き始めたのはオリオンの方であった。

 

「……あー、あいつも帰ったことだし、俺は帰らせてもらうわ。じゃあな」

『オリオン、電話』

「え、俺?」

 

 逃げ出そうとしていたオリオンを捕まえスマホを彼の耳に近づけるぐだ男。

 オリオンはどうしようもなく嫌な予感を感じながらも律儀に電話に出る。

 

「もしもーし?」

 

【ダーリン、今どこ?】

 

「―――人違いです」

 

 アルテミスの声に一瞬で反応し電話を切るオリオン。

 しかし、その行動こそが本人だと言っているようなものだ。

 ぐだ男に捕まれた状態でオリオンはガタガタと体を震わせる。

 

「あー、坊主。離してくれないか?」

『ちょっと待って、GPS情報でアルテミスに場所教えている最中だから』

「マジ、すんません! 自分調子に乗ってました! 後生だから下してくださいぃ!!」

 

 もはや嫁と呼んでも差し支えのないアルテミスの接近に恐れおののくオリオン。

 そんな彼に対してぐだ男は何を思ったのかオリオンを砂浜に下す。

 

「おお! この恩は一生忘れな……あれ? なんで俺の下に穴が掘られていくのかなー?」

『下してあげているだけだよ。但し、逃げられないように埋めるけど』

「あー、そっかー。嘘は言ってないなぁ、うん。―――て、誰か助けてー!!」

『大丈夫、五分もすればアルテミスが来てくれるから楽になれるよ』

「その救世主どう考えても死神も兼任してるよね!?」

 

 丁寧に身動きが取れないように頭以外のすべての部分を埋めていくぐだ男。

 そして、作業が終わると良い仕事をしたとばかりに汗を拭い立ち上がる。

 

『じゃあ、行こうかジャンヌ』

「はい、行きましょう」

「誰でもいいから、助けてーッ!」

 

 そのまま良い笑顔でオリオンを置いて歩き去っていく二人。

 二人が砂浜に何かが落ちてきたような巨大な穴が開いたと伝え聞いたのは後日のことである。

 

『大丈夫だった、ジャンヌ?』

「はい、ぐだ男君が助けてくれましたから」

『ジャンヌは無防備だよ。もっと気を付けないと、可愛いんだから』

「へ? あ、その……すみません」

 

 可愛いという言葉に頬が熱くなるが、ぐだ男のムッとした表情を見て素直に謝る。

 ジャンヌはなぜ、彼がムッとしているのか理由がわからず混乱する。

 

「あの……怒っていますか?」

『ジャンヌにじゃないよ。あの二人に対して』

 

 彼の怒り、というには些か小さなものであるが、それは黒髭とオリオンに向いていた。

 無いとは思うが、もしかしたら彼女が傷つけられたかもしれないという怒りだ。

 

『ジャンヌは怒らないの?』

「私ですか。確かにああいった行為はいけないと思いますので怒りといえば、怒りになるのでしょうか?」

『そうじゃなくて、もっとこう……一人の人のために怒るとかさ』

 

 ジャンヌは滅多に怒らない。寧ろ、心の底ではいつも人を憐れんでいる。

 それは彼女が人ではなく罪そのものに怒りや憤りを抱くからだ。

 確かにそれは怒りだが、近しい者に関する怒りとは全くの別物であろう。

 

 例えば、目の前で子供が傷つけられているのを見た時、多くの者は虐待に怒りを抱くだろう。

 しかし、それを見ている人物がその子の母親であれば怒りの種類は異なる。

 母親は虐待という行為ではなく、愛する子を傷つけられたことに怒る。

 そして、傷つけた相手を憎悪する。それが一般的な人間だ。

 

「それはどういうことですか?」

『自分の好きな人が危ない目にあったら、そんな目に合わせた存在に怒らない?』

「……すいません。よく分かりません」

 

 だが、彼女は人を憎まない。人に対して怒りを抱かない。

 彼女が怒るのは罪としての行為であり、誰かのためだけに怒りを抱くことはない。

 罪を恨み、人を憎まずという高潔な精神性を持つ。

 美しい生き様だ。普通の人間にはできないからこそ美しい。

 星を見上げるのが好きな人間は多い。だが、星を追い続けることのできる人間はいない。

 

『そっか。なら、仕方ないか』

「え?」

 

 しかしながら、彼はそれを否定しない。

 そこが彼女の良いところだと知っているからだ。

 彼女の全てに惚れ込んだ。ならば、何があっても追い続けるしかない。

 

『ジャンヌは今のままでもいいってこと』

「はぁ、そうですか。……あれ?」

『どうしたの?』

「い、いえ、なんでもありません」

 

 そんな彼の決意はジャンヌには分からなかったが一つだけ分かることがあった。

 彼は黒髭とオリオンに怒っている。そして話の流れからして、それは好きな人のため。

 つまり、どういう意味でかは分からないが彼は―――自分のことが好きだということだ。

 それに気づくと同時に、急に気恥ずかしくなってしまい鼓動が少し早まる。

 

『ほら、早くジュースを買ってみんなのとこに戻ろう』

「はい……あの、その手は」

『いや、人が多いから逸れるといけないし……』

 

 差し出された手に顔を赤らめ戸惑うジャンヌ。

 ぐだ男の方も理由付けはしてあるがやはり恥ずかしいのか頬を掻きながら目を逸らす。

 しばらく、無言の状態が続いていたがやがてどちらからともなく笑いが零れる。

 

「では、エスコートお願いします」

『お任せあれ』

 

 少女のやわらかい掌と少年の分厚い掌が重ね合わされる。

 どちらもおっかなびっくりで力強くは握れない。

 しかし、そのことがお互いのほんのり暖かい体温を深く感じさせ、意識させる。

 それでも、しっかりと離すことなく二人は手を握り続けるのだった。

 

 

『ねえ、ジャンヌ』

「はい、なんでしょうか」

『今度―――二人きりで出かけない?』

 

 




~おまけ~

「忘れないようにカレンダーに予定を書いておきましょう」

 海から帰ってきたジャンヌは忘れない為にぐだ男との約束をリビングのカレンダーに書き込む。
 これがジャンヌ・オルタであれば自分の部屋の物に書くであろうが彼女は天然であった。

「よし、これでいいですね」

 少し拙い字ではあるがしっかりと予定を書き込み満足げに頷くジャンヌ。
 どこか心が浮足立つような感覚を不思議に思いながらも自分の部屋に戻っていく。
 誰も居なくなったリビング。そこへ父親のジルが現れカレンダーに目をやる。

「おや、これはジャンヌの字。前よりも一段と上達し…た……」

 途中までは娘の成長に喜んでいたジルであったが内容を読み取り凍り付く。
 ジャンヌが書いてあった予定は―――


【ぐだ男君と二人きりで遊園地へ】


 ―――どこからどう見てもデートの予定であった。

「おおおお! ジャンヌゥウウウッ!!」
「うるさいわね、この糞親父! ポチ、黙らせなさい!」
「■■■■■ッ!!」

 ジャンヌ・オルタの名を受けたファブニールのポチに押し潰されながらジルは考えるのだった。
 このデートを何とかして邪魔しなければと。




ジャンヌの可愛い姿をいっぱい書こうと思ったら何故か超人バレーを書いていた。
何故かジークフリートがスイカワリをしていた。
何故かアストルフォと間接キスをしていた。
いやー、人生って何が起こるかわかりませんね(棒読み)


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十五話:遊園地

 時計の針を十秒ごとに見つめる。

 まだ約束の時間になっていないというのに来てくれないのではという不安が脳裏に過る。

 その度にジャンヌは約束を破る人間ではないと思い出し首を振る。

 そんな挙動不審な行動を何度繰り返したのか分からなくなったところで待ち人の姿が見える。

 

「お待たせしました」

『おはよう、ジャンヌ』

 

 こちらが待っている姿を見て小走りで来てくれるジャンヌ。

 ちゃんと来てくれた想い人の姿にホッと胸をなでおろしながらぐだ男は彼女の服装を見る。

 

 胸が強調されるノースリーブの白のシャツにスラリとした白い腕が眩しく輝く。

 胸元には紺色のネクタイを止め、同じ色のホットパンツを履いている。

 そして肉付きの良い脚はニーソックスで覆われ、僅かに覗く太ももが独特の色気を放っていた。

 

『似合っているよ、それ』

「ありがとうございます。それと、待たせしてしまいませんでしたか?」

『ちょっと待ったけど、今日が待ちきれなかっただけだから気にしないで』

「そうですか……実は私も今日を楽しみにしてたんです。今日は一緒に楽しみましょう」

 

 どこからどう見てもカップルにしか見えない二人は楽しそうに笑いながら入場口に入っていく。

 遊園地『わくわくらんど』。同じ系列の『わくわくざぶーん』と共に人気を博しているレジャースポットだ。

 そんな人気施設に今日は不審人物が紛れ込んでいる。

 

「あの匹夫めが…ッ。私ですらもう何年もジャンヌ達とこのような場所に来ていないというのに……キィイイッ!」

 

 近くの茂みに隠れ悔しそうにハンカチを噛むジル。

 今日は何としてでも二人の仲を瓦解させようとお忍びで来ているのである。

 

「まあ、いいですとも。直に私と我が盟友プレラーティの合作のトラップがあなたを恐怖のどん底に突き落とすのですから」

 

 悔しがるのを止めて狂気に満ちた笑みを浮かべるジル。

 因みにこの顔を家でやると速攻でジャンヌの目潰しが飛んでくるらしい。

 

「どうぞ、それまで残された余生を楽しみ……いえ、やはりジャンヌと楽しむなど、キィイイッ!」

 

「ねえ、お母さん。あの人何してるの? 解体してもいい?」

「ダメよ、ジャック。きっとお腹を壊しちゃうわ。それよりも一緒にお菓子を食べましょう」

「うん、分かった!」

 

 ジャンヌとぐだ男がデートしている姿を想像し再び叫び声をあげるジル。

 そんな彼を一組の母娘が見つめていたがどちらの(・・・・)意味でも事案にならずに済んだのだった。

 

 

 

 

 

「まずは、何から回りましょうか」

『一先ず、空いているのから乗っていこうか』

「そうですね。では、あれなんてどうでしょうか?」

 

 そう言ってジャンヌが指差したものはコーヒーカップであった。

 ちょうど開いていたので二人して意気揚々と乗り込む。

 

「回すのはぐだ男君にお願いします」

『任せて、回すのは得意だから』

「あの…死んだ目になっていますが大丈夫ですか?」

 

 ハンドルを手に取り何かを思い出したのか死んだ目になるぐだ男。

 しかし、気にしても仕方がないので回し始める。

 

「あ、回り始めました」

『…………』

「……ぐだ男君、少し速くありませんか?」

 

 初めは楽しそうな顔をしていたジャンヌだったが段々と速くなる速度に冷や汗を流し始める。

 しかし、回しているぐだ男の方は何も語らずに黙々と回すのみである。

 

「ぐだ男君、大丈夫ですか?」

『無心で回せ、回転数こそが全てだ!』

「何があったんですか!?」

 

 どこまでも透き通った、否、伽藍洞の瞳には何も映らない。

 ただ、ひたすらに回し続ける男の姿がそこにはあった。

 

『外敵など必要はない。想像するのは常に星5(最強)の自分だ』

「正気に戻ってください、ぐだ男君!」

『まわすのぉおおおっ!!』

「すみません! これもぐだ男君のためです、えい!」

 

 謎の狂化状態に陥ったぐだ男をどこからか取り出した旗で殴って鎮静化させるジャンヌ。

 打撲の衝撃でぐだ男は正気を取り戻すが精神的ダメージを受けたように項垂れる。

 

『夢を見ていたんだ……何度回してもジャンヌが来てくれない夢を』

「ゆ、夢ですか?」

『うん。魔法のカードを使ったのに出てくるのは黒鍵…黒鍵…黒鍵! うわぁあああ!』

「もう一度すみません!」

 

 今度は加減などせずに記憶を消し飛ばすつもりで叩くジャンヌ。

 酷いように見えるかもしれないがこれ以上幻覚を見せるよりはマシだ。

 流石のぐだ男も堪えたように肩で息をしながら顔を上げる。

 

『ありがとう。これ以上は爆死するところだった』

「ぐだ男君……既にそれは俗に言う爆死というものです」

 

 どこまでも慈悲深い眼差しでぐだ男を諭すジャンヌ。

 ぐだ男はその優しさにより爆死という辛い思い出から立ち直る。

 しかし、彼の心に与えたダメージは計り知れない。

 そもそも、何故ぐだ男がこのような暴走に至ったのかと言えばだ。

 

「どうやら、幻覚が相当に堪えたようですね、いい気味です。それに今の暴走でジャンヌの好感度も落ちるはず。流石はプレラーティ。素晴らしいアイディア」

 

 ジルの嫌がらせが原因である。

 一部の人間にとっては非常に心を抉る攻撃という非常に悪辣な趣味。

 これでジャンヌはぐだ男に失望するはず、そう確信していた。しかしながら。

 

「大丈夫ですよ。よく分かりませんが私はあなたの傍に居ますから」

『ジャンヌ……』

「さあ、まだまだ時間はあるので一緒に楽しみましょう」

『うん。そうだね』

 

 その程度で人を嫌いになるようなジャンヌではない。

 優しく包み込むような微笑みでぐだ男を完全復活させる。

 二人は結局仲が割れるどころかさらに良い雰囲気となって歩き出していく。

 当然ジルにとっては面白くない。

 

「ぐぬぬぬ…ッ。ここはジャンヌの優しさに救われましたね。しかし、次は私の海魔達の出番。今のうちに神に祈っていなさい!」

 

 捨て台詞を吐きながらジルは次の仕掛けの準備に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

『“ペルシャウォーズ”……なんだろ、これ』

「乗り物に乗りながら物語を体験していくタイプのアトラクションみたいですね」

『せっかくだし、見ていく?』

「そうですね。行きましょう」

 

 名前が気になり中に入るぐだ男とジャンヌ。

 説明を受けてからバギーに乗り込むとバギーが砂漠の中を動き始める。

 勿論、セットであるがその臨場感は本物にも劣らない。

 

「凄くリアリティがありますね」

『うん。砂とか風とか海魔とか……海魔?』

 

 明らかに砂漠には似合わない生物の姿に言葉を失うぐだ男。

 心なしか海魔の方もダレているような空気を漂わせている。

 しかし、命令には逆らえないのかバギーに向かって襲い掛かってくる。

 

『何か武器はない?』

「そう言われても……待ってください。誰かが来ます」

 

 演出だとは思っても取り敢えず戦おうとする二人。

 だが、そこに示し合わせたように何者かが現れ矢を放つ。

 次々と海魔の体に突き刺さっていく矢の雨。

 まるで本物(・・)のように断末魔の叫びをあげて消えていく海魔を見ながらその人物は現れる。

 

「大丈夫か、あんた達」

『あなたは?』

「俺か? 俺は東方の大英雄アーラシュだ!」

 

 ニカッと笑い名乗りを上げる男性、アーラシュ。

 ジャンヌの近所に住む文系大学生ではあるがここでは大英雄である。

 夏休みのアルバイトで働いているのだが、今は誰が何と言おうとも大英雄である。

 

「俺は光の神アフラ・マズダーの命を受けて封印された大魔王アンリ・マユの復活を阻止するために戦ってるんだ」

『さっきの敵はアンリ・マユの支配下?』

「そのはずなんだが……初めて見る奴だったな」

『まさか、アンリ・マユの力が強まって…!』

「ああ、可能性はあるな」

 

 劇だと分かっているからかノリノリで世界観に入り込んでいくぐだ男。

 そんな彼に話を合わせながらアーラシュは打ち合わせと展開が違うことに内心で首を捻る。

 しかし、深く詮索はせずに物語を進めることにする。

 何かあれば自分がどうにかすると決めながら。

 

「とにかく、ここは危険だ。戻った方がいいぜ」

「ですが、そのようなことを放っておくわけにはいきません」

『俺達も手伝わせて、アーラシュ』

「たく……よし、それならついてきな。なに、大抵のことからは守ってやるよ」

 

 色々と空気を読んだジャンヌも本腰で加わり物語は急速に進み始める。

 そんな様子を隠れた場所から見ながらジルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「どうぞ、存分に足掻きなさい。最高のクールをお見せしましょう」

 

 自信満々に呟くジルであったがそう簡単に行く程世間は甘くない。

 アーラシュ先導の下、三人は次々と困難を乗り越えていく。

 

「お前は、十回刺さないと死なないアジ・ダハーカ…ッ。いくぞォオオオ!」

【さあ来い、アーラシュ! オレは実は一回刺されただけで死ぬぞ!】

「手に持った矢を突き刺すぜぇえええっ!!」

【グァアアア!? ザ・フジミと呼ばれたこのアジ・ダハーカが…バカなぁァアア!!】

 

 三人は悪竜アジ・ダハーカをなんやかんや倒し。

 

【アジ・ダハーカがやられたか……】

【くくく、奴は我ら悪神四天王の中でも最弱】

【人間如きにやられるとは神々の面汚しよ……】

「敵が多いから空を矢で埋め尽くすぜ!」

【グワァアアア!?】

 

 四天王の残りアエーシュマ、ジャヒー、タローマティを矢ダルマにしてなんやかんや討ち取る。

 

『これで後は大魔王アンリ・マユを倒すだけ…』

「ああ、だがその前にもういっちょ倒さねえといけない奴がいるな」

「あれは大海魔…!? そんな、どうしてここに!」

 

 そしてアンリ・マユとの決戦だという時にジルの大海魔が現れる

 既に三人の力は尽きかけている。もはや残されたものは絶望しかない。

 しかしながら、アーラシュだけはとっておきを残していた。

 

「お前さん達は先に行きな。ここは俺が受け持つ」

『そんな、無理だよ! もうアーラシュには戦う力なんて……』

「いや、とっておきがあるのさ」

『とっておき?』

 

 短く頷きアーラシュは大海魔を鋭く睨み付ける。

 

 

 

「―――俺自身がステラになることだ」

 

 

 

 そう、アーラシュは自らの命と引き換えにぐだ男とジャンヌを先に進ませようというのだ。

 

「我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ───流星一条(ステラァァッ)!!」

 

 大海魔と共に自らも爆発四散していくアーラシュ。ついでに中に入っていたジルも爆発する。

 

『アーラシュゥウウッ!!』

「アーラシュさん……。ぐだ男君、必ずアンリ・マユを倒しましょう!」

 

 二人はアーラシュの雄姿を目に焼き付けなんやかんやで復活したアンリ・マユを倒しに行く。

 

「よお、戦う前に一つ言っておくけど、俺最弱なんで手加減してくれよ?」

『俺も一つ言っておくことがある。お前のせいで失ったフレポの分だけ殴るのをやめない!』

「おいおい、理不尽な扱いには慣れてるけど、お前程身勝手なのは初めてなんですけど」

「ぐだ男君、必ず帰ってきてください…!」

 

 刺青だらけの青年の姿をしたアンリ・マユに向かいぐだ男は駆け出していく。

 そう、いつの日にかぐだ男の勇気が世界を救うと信じて……。

 

 

 

 そんなダイジェスト気味なアトラクション“ペルシャウォーズ”も終わり昼時になる。

 何だかんだで楽しんだ二人のお腹もちょうど空いてきたところである。

 

『お腹空いたし、何か食べない?』

「あ、それでしたら……その」

 

 おずおずと恥ずかしそうにバックの中からバスケットを取り出すジャンヌ。

 

「サンドイッチを作ってきたのですが……よろしければ食べてくれませんか?」

『本当!? ありがとう、ジャンヌ!』

「た、大したものではないのでそんなに期待しないでください」

 

 自信なさ気に差し出すジャンヌにぐだ男は飛び上がらんばかりに喜んでみせる。

 そのあまりのはしゃぎように顔を赤らめながらも少し嬉しそうに笑うジャンヌ。

 二人は休憩場所の空いている席を陣取り、手作りサンドイッチを開帳する。

 

『美味しそう。ジャンヌって料理上手なの?』

「ほ、褒められるほどのものではないと思いますが、家では料理もしますので、一応」

 

 手放しでの称賛に恥ずかしがりながらはにかむジャンヌ。

 ついで、やはり出来が気になるのか、ぐだ男に食べるように視線で促す。

 

『それじゃあ、いただきます』

 

 彩緑の具材にそれを生かす白いパン。

 取り敢えず、ハムとレタスとトマトが入った物を取り一口口にする。

 緊張した面持ちでジャンヌが自分を見つめているのを感じながらゆっくりと咀嚼する。

 

『……うん。美味しいよ!』

「そうですか。お口に合ったようで何よりです」

『ジャンヌは良いお嫁さんになれるよ』

「も、もう……恥ずかしいのでやめてください」

 

 ぐだ男の言葉に首筋が熱くなるのを隠すようにジャンヌは自分もサンドイッチに齧りつく。

 それでもなお体の火照りは消えずにどうしようもなく目の前の彼のことを意識してしまうのだった。

 




次回も遊園地です。
確定アトラクションは「鏡の国のアリス」「観覧車」ですかね。
地味にシリアスに書きます。


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十六話:遊園地2

一部分だけぐだ男の名前を立香に差し換えています。
基本は変わりません。


 昼食を食べ終わり再び園内を回り始めるぐだ男とジャンヌ。

 初めは少し距離感のあった二人も今では自然に近くに寄っている。

 しかし、それを快く思わない者はまだいる。

 

「ま…まだ諦めたわけではありませんぞ! ここで希望を断つわけにはいかないのです!」

 

 アーラシュのステラの影響で全身に傷を負いながらも執念で立ち続けるジル。

 娘のために老骨に鞭を打つといえば聞こえはいいが、単に迷惑なだけである。

 

「使いたくはなかったですが、次のアトラクションでジャンヌのことを綺麗に忘れて(・・・)もらいましょう」

 

 最後に何とか悪役らしい笑みを浮かべて歩き去っていくがその後ろ姿はあまりにも情けないものだった。

 

 

「なんだか聞き覚えのある声がしたような……」

『人が多いし声が似ている人もいるんじゃない?』

「それもそうですね。あ、今度はあれなんてどうですか?」

 

 

 何となくジルの存在に気づきそうになりながらもやはり気づかない二人。

 そんなやり取りの後に二人が入っていったのは“鏡の国のアリス”。

 粒子ダイブによって空想の世界に入り遊ぶというものだ。

 勿論、火を吐くなどの現実ではできないこともできたりする。

 

『あれ? あそこにいるのは……』

 

 アリスの世界に入ったところで見覚えのあるオレンジ色の髪を見つける。

 そして隣にいるのは同じ色の髪のツインテールの女の子。

 

『もしかしてラーマ?』

「ん? おお、ぐだ男にジャンヌ・ダルクではないか!」

「ご友人でしょうか、ラーマ様?」

 

 振り返った二人は予想通りの人物であった。

 ラーマに恐らくは彼の彼女であるシータ。

 どうやらデートの最中に出くわしたようだ。

 

「ああ、シータは初対面なのだな。この者達は中々に面白い人物でな。余の友人だ」

「そうですか、ラーマ様がお世話になっています。シータです、どうかよろしくお願いします」

『ぐだ男です、よろしく』

「ジャンヌです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 礼儀正しく礼をするシータに二人も挨拶を返す。

 シータはぐだ男の顔を見た後にジャンヌの顔を見て不安そうな顔を見せる。

 何か粗相をしてしまったのかと不安がるジャンヌを置いて彼女はラーマに視線を向ける。

 

「ラーマ様……彼女とは…?」

「シータ、邪推するでない。余が愛する女性は過去にも未来にもそなた一人だけだ」

「もう、ラーマ様ったら…」

 

 シータはどうやらジャンヌとの関係を疑ったようだが特大の惚気ですぐに疑うのをやめる。

 ぐだ男とジャンヌがそんな桃色空間を作り出す二人を何とも言えない目で見ているとラーマの方がふと思い出したように声をかけてくる。

 

「しかし、共に居るということは余の助言が役に立ったようだな」

「はい…助言?」

「実はだな。ぐだ男はそなたに―――」

『ストッープ!』

 

 ぐだ男のアプローチが成功したのだと早合点し愉快そうに語りだすラーマ。

 ぐだ男は慌ててそんなラーマの口を塞ぐ。

 心なしかシータからの視線がきつくなったのを感じながらラーマに耳打ちをする。

 

『まだ告白はしていないから黙っていて』

「なんだ、まだだったのか。ならば仕方あるまい」

 

 早く告白してしまえという視線を向けながらもぐだ男の意思を汲み取ってくれるラーマ。

 

「あの、それで?」

「いや、何でもない。いつか本人から言う日が来るので気にするな」

「はぁ……分かりました」

 

 明らかに何かあると疑いながらもジャンヌは渋々と頷く。

 そこへ、とてとてと可愛らしい少女が走ってくる。

 

「ねえねえ、あたし(アリス)と一緒に遊びましょう」

「あなたは?」

あたし(アリス)あたし(アリス)。鏡の国の中で一緒に遊びましょう」

 

 フリフリのドレスを着こんだ少女、ナーサリー・ライムは案内人。

 四人を魅惑の世界に連れていく存在だ。

 

『じゃあ、一緒に遊ぼうか』

「うれしいわ! あなたが優しい人でよかった。みんなで一緒にお茶会をしましょう」

『わかった』

 

 ニコニコと笑いながらぐだ男の手を取り鏡の中に飛び込んでいくナーサリー・ライム。

 残された三人は一瞬どうしたものかと顔を見合わせるがすぐにその後ろに続いていく。

 

「ぐだ男君はもしかして……小さな子が好きなのでしょうか?」

「誤解を招くような言い方はやめてやらぬか」

 

 密かにぐだ男の名誉がかかった会話を行いながら。

 

 

 

 

 

 鏡の世界に向かったぐだ男達はそこでチェスの駒の姿と力を得る。

 ぐだ男はビショップ、ラーマはナイト、ジャンヌはルーク、シータはポーン。

 服装も全員がそれにあった服装へと変わりコスプレのようになる。

 四人はナーサリー・ライム(アリス)に導かれながら鏡の国を進んでいく。

 

「キマイラとバイコーンが争っていますね」

「ブラフマーストラがよく効きそうだな」

『撃たないでね。流石に可哀想』

「でも、そんなラーマ様も素敵です」

 

 アルトリア・リリィ(白の王様)にモフられる権利をめぐって町中で争っている2匹の獣。

 そんなどこか気持ちの分かる争いを横目にしながらさらに一行は進む。

 

『白の騎士……良い人なんだけど』

「何故、振る舞う料理がすべてマッシュポテトなのだ?」

「日中は三倍マッシュです、とか……」

「……雑でした」

 

 途中、モードレッド(赤の騎士)に襲われたところをガウェイン(白の騎士)に助けられる。

 さらに食事まで振る舞ってもらったのだが全てマッシュポテトであり四人を震撼させた。

 

「赤の女王め……キャラが被るなどと…余にどうしろというのだ」

「赤の女王……流石は名高い暴君です」

「ラーマ様はオンリーワンです。それをよくも……義弟(ラクシュマナ)を呼んで全面戦争をしかけましょう」

『やめて。世界が数回滅びるとかいうダイナミックな表現のインドはNG』

 

 ネロ(赤の女王)の無茶ぶりに怒り心頭のシータを宥めながらさらに奥に進む。

 因みにラクシュマナは国と(ラーマ)をかけて迷わず兄を取る程のお兄ちゃんっ子である。

 最近は(ラーマ)義姉(シータ)のイチャラブを見ることに新たなる幸せを見出したらしい。

 

「たのしいわ! たのしいわ! この森を抜けたらみんなでお茶会よ!」

『結構長かったけど、後もう少しか』

「でも、気を付けてね。この森にはこわーい怪物が住んでいるの」

「怪物? 問題はない、すべてに余に任せるがいい」

「ラーマ様……かっこいいです」

 

 ナーサリーライムが警告を出すがラーマは自身に任せろと胸を叩く。

 その頼もしい姿にシータがメロメロになっているのを見ながらぐだ男は自分も何かを言うべきだろうかとジャンヌを見つめる。

 

『ジャンヌ……この森を抜けたら君に伝えたいことがあるんだ』

「ぐだ男君……それはフラグです」

 

 冗談のような本気のような言葉を交わし四人は注意深く森に踏み入る。

 しかし、彼らは気づいていなかった。

 警戒するべきものは怪物(ジャバウォック)だけでなく―――“名無しの森”そのものも含まれるのだと。

 

『怪物ってどんな怪物なの?』

「あの子はね、おっきくて、とっても力持ちなのよ」

『あの子?』

 

 化け物という割にはやけにフレンドリーな呼び方に首を傾げるぐだ男。

 それもそうだろう。怪物(ジャバウォック)は。

 

「そうよ。だって“ジャバウォック”は―――あたし(アリス)の友達だもの」

 

 彼女の夢の住人なのだから。

 

「森の中で鬼ごっこをして遊びましょう。あの子が鬼でみんなが逃げるの。もし捕まったらカエルみたいにペチャンコよ」

 

 ゆっくりと木の陰から表した姿は一言で言えば、化物。

 人間に似た赤黒く巨大な身体は獣じみた筋肉を纏い、竜を思わせるデザインを持つ。

 身体には薄気味の悪い紋様が刻み込まれ、それ自体が息をしているかのように脈打つ。

 

 体長は三メートルを優に超え、緩慢な動作と朧気な瞳で周囲を見渡す。

 だが、それは可愛らしいものではなく肉を喰らうべき獲物の物色。

 まぎれもない怪物、人が抱く恐怖そのものである。

 

「まったく、子供の悪戯というものは時にとんでもないものだな、■だ男?」

『そうだね、ラ■■?』

 

 互いの名前を口にしようとして違和感に気づく。

 名前が出てこない。否、記憶が―――奪われている。

 

「なん…だ? 余は誰だ…それに余が愛するのは■■■」

『俺は…それに…君達は…誰だ…?』

「思い出せない。私の……名前は■■■■」

「忘れたくないのに…記憶が……■■■様…」

 

 “名無しの森”は文字通り人の名前を奪い取る。

 そして、それを皮切りに全ての記憶を奪っていき最後には存在を消滅させる。

 四人は自身の存在すら思い出すことができずに立ち尽くす。

 しかし、記憶がなくとも意思はある。

 

『早くこの森を抜けだすんだ!』

 

 ぐだ男はもはや誰かも思い出せなくなった者達に逃げるように叫ぶ。

 記憶がなくとも分かることはある。目の前の存在から逃げなければならないという本能だ。

 これはナーサリーライムの言う通りに鬼ごっこなのだ。

 森を抜け切る前に捕まればアウト、捕まる前に森を抜ければセーフ。

 ルールは単純だ。ただ、決して逃げられないことを考えなければだが。

 

「さあ、鬼ごっこの始まりよ」

 

 真っすぐに出口へと駆け出していく四人。

 だが、直線的な道のりで人間が化物よりも速く動けるはずがない。

 大地を震わせる咆哮を上げながら怪物は四人へと襲い掛かってくる。

 

「キャッ!? 足が木の根に…!」

「ッ! 早く私の手を取ってください!」

 

 後少しで出口というところでシータが木の根で足をくじき倒れる。

 人の手で手入れされていない森は歩くだけでも一苦労だ。

 それを歩いてきた経験(記憶)を失った状態で駆け抜けるなど土台無理な話だ。

 

 慌てて隣を走っていたジャンヌが助け起こそうとするが間に合わない。

 寧ろ、自身までもがジャバウォックの牙が届く範囲に取り残されてしまう。

 ジャバウォックは何の戸惑いもなく身動きの取れない二人に向かい底の見えない口を開く。

 しかし―――

 

 

「させるかぁぁッ! ■■■!!」

『逃げて、■■■■!!』

 

 

 間一髪のところでラーマが手にした剣でジャバウォックを斬りつけ、ぐだ男がガンドを放つ。

 ジャバウォックは僅かに仰け反るがダメージを受けた様子には見えない。

 しかし、それでも彼女達を生かすには十分であった。

 

「あれは我らが食い止める! その間にそなたらは森を抜けるのだ!」

「そんな…どうして? 何も思い出せないのに、私はあなたが誰かも分からないのに…」

 

 背を向け逃げるように促すラーマにシータは戸惑う。

 彼女の記憶は森に奪われた。目の前の彼が誰かなど思い出せない。

 それどころか自分が誰かも覚えていない。

 それはラーマも同じであった。

 

「実のところ、余も分からん。そなたが誰かも、自分が誰かも、分からん。だがな―――」

 

 存在が薄れていく苦しみもものともせずにラーマは静かに目を瞑り刃を握る。

 そして、再び瞳が開かれた時、彼の瞳には記憶を全て失った人間とは思えない、強い輝きが灯っていた。

 

 

 

「―――僕が君を愛していることだけは分かる」

 

 

 

 彼女の名前は覚えていない。肌の感触も、声も、顔も全て消えた。

 だとしても、一人の女性を愛しているという事実だけは決して忘れない。

 己の存在をも消失させる“名無しの森”。

 名前を奪い、記憶を奪い取るその力も―――彼の愛を奪い取るには不十分であった。

 

「余は君を守りたい。戦う理由などそれだけで十分だ」

「……■■■…様」

 

 自然とシータの頬を涙が伝う。しかし、そのまま惚けているわけにはいかない。

 彼の想いを無駄にしないように立ち上がり背を向けて挫いた足を引きずりながらも歩き出す。

 

『君も早く!』

「しかし…私は……」

 

 ぐだ男はジャンヌも続くように促す。

 だが、記憶を無くそうとも彼女の心は聖者のそれであった。

 自身のために他人を犠牲にすることなどとてもではないができない。

 そんな彼女に同じように記憶を失いながらぐだ男は声をかける。

 

『ここは男に任せて』

「私も手伝います。■■■■達を残していくわけにはいきません」

『あの子を助けてあげて。足を挫いているから長くは歩けない』

「ですが―――」

 

 頑固な性格は変わらないジャンヌはなおも食い下がろうとするが手で口を塞がれる。

 驚くジャンヌをよそにぐだ男はニッコリと笑ってみせる。

 

『俺も男だからさ―――好きな(・・・)女の子の前ではカッコつけたいんだ』

「……え?」

『ほら、いいからもう行って』

 

 記憶がないからこそ素直に出た好きという言葉にジャンヌは意表を突かれる。

 ぐだ男はチャンスとばかりにジャンヌを押して出口に強制的に向かわせる。

 そして、ジャバウォックとギリギリの戦いを繰り広げているラーマの下に援護に向かう。

 

「…! 彼女を安全な場所まで運んだら戻ってきますからね!」

『頑固だなぁ』

 

 なおも自分達を助けることを諦めないジャンヌに苦笑いしながらぐだ男はラーマにサポートを行う。

 

『倒せそう?』

「……大技を叩き込めれば何とかなるやもしれん。普通の攻撃では傷一つつかん」

『威力が上がるようにサポートするよ』

「フ、そなたも誰やも分からんが何故だか信用できる気がするな」

 

 ラーマの傷を癒しながら作戦を立てる。

 時間が経てば経つほどに自身の存在が薄れていく。

 本能でそれを理解したために二人は言葉を交わすこともなく短期決戦を決める。

 

「チャンスは一回だけだ」

『全てを賭けるよ』

「良い心意気だ。行くぞ、名も分からぬ友よ」

 

 短く最後の言葉を交わし襲い掛かってくるジャバウォックへ立ち向かっていく。

 ラーマが近接戦で暴力の嵐をさばいていき、ぐだ男が遠距離からガンドなどで援護する。

 そして、遂にジャバウォックの動きが止まる一瞬を作り出すことに成功する。

 

『今だ!』

「任せろッ!」

 

 ぐだ男の合図によりラーマは手に持つ剣を頭上に掲げる。

 それは記憶による剣術ではない。生まれた時から持つゆえに本能が覚えている技。

 魔性の存在を相手に絶大な威力を誇る、本来は矢として放つ奥義。

 

 

「ブラフマーストラッ!!」

 

 

 光の輪と化した刃がジャバウォックを切り裂かんと襲い掛かる。

 

「つッ、やはり硬いな…!」

 

 しかし、夢の住人であるジャバウォックはそう簡単には死んでくれない。

 この身に死など訪れはしないとでも言うように不滅の刃を押し返し始める。

 ラーマの額から嫌な汗が流れ落ちる。それは死への恐怖からではない。

 

 ここで負けてしまえば名前も忘れた愛する人を守れないかもしれないという恐怖からだ。

 だが、現実は常に残酷だ。ジャバウォックの力が徐々に上回り始める。

 ―――もうダメか。思わずそう考えてしまう。しかしながら、彼は一人ではなかった。

 

『令呪をもって命ずる―――打ち勝て!!』

 

「礼を言うぞ―――友よ!」

 

 ぐだ男からの令呪のブーストを受けて更に凄まじい力を得る不滅の刃。

 流石のジャバウォックもこれには太刀打ちすることができずに徐々に押し切られていく。

 そして―――

 

「ハァアアアッ!!」

 

 ―――遂にジャバウォックの体を切り裂く。

 呻き声をあげる怪物に止めと言わんばかりに炎と雷を伴った爆発を巻き起こす。

 爆炎の中に消えていったジャバウォックに背を向けラーマは戻ってきた剣をキャッチする。

 

「この戦い、我々の勝利だ」

『早く、ここから抜け出そう』

「ああ、そうだな」

 

 これで終わったと安堵し二人は急ぐように森の出口へと向かっていく。

 ―――だが、しかし。

 

 

【■■■■■■■!!】

 

 

 怒り狂う咆哮により二人の足は地面に縫い付けられることとなる。

 

「馬鹿…な…?」

『まだ……生きている…!』

 

 振り返り、絶望する。

 ジャバウォックの姿は一目で重傷と分かるほどに傷ついていた。

 身体中から血を流す姿は人間であれば身動きできない程だ。

 しかしながら、敵は獣、否―――化物である。

 動けない道理はない。

 

「来るぞ! 避けろ!!」

 

 ただひたすら単純に突進を繰り出してくるジャバウォック。

 単純な技であるが手負いの化物が繰り出すそれは一つの災害も同然。

 逃げる間も与えず、受け流すことも許さない猛威。

 そのあまりの破壊力の前に為す術なく二人は吹き飛ばされる。

 

『ぐっ…!』

「がはっ!?」

 

 大木に叩き付けられ呼吸をすることができなくなりながらも瞳は敵に向ける二人。

 しかし、そんな最後の抵抗など何の意味もない。

 存在が薄れていくということは力も失われていくということだ。

 限界に達した体は動いてはくれず、ただ怪物の胃の中に入るのを待つばかりである。

 

「余は…死ぬわけにはいかんのだ! まだ、■■■の無事を…!」

『くそ……■■■■…ッ』

 

 必死に声をあげながら立ち上がろうとするラーマにぐだ男。

 だが、ジャバウォックにはそんなことは関係ない。

 ニタリとまるで笑うかのように口を開き巨大な腕を振り上げ狙いを定める。

 そして、二人の命を完全に絶つべく、双腕を―――振り下ろす。

 

 

 

「主の御業をここに―――我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 

 

 しかし、その剛腕は一本の旗により完璧に防がれることとなる。

 呆気にとられるぐだ男に向かい彼女は振り返り微笑みかける。

 

「戻ってきましたよ、立香君(・・・)

『立■…立香…ッ! ■ャンヌ…ジャンヌ!』

「はい。記憶が戻ったのですね」

 

 自身の名前を口にしたことで記憶を取り戻すぐだ男。

 ジャンヌはその様子に胸を撫で下ろし息を吐く。

 

『どうしてこの森で記憶が?』

「一度外に出て思い出した後にメモに自分の名前を書いて忘れないようにしたんです」

『そんな方法が…ッ。そうだ、シータは大丈夫だったの?』

「はい。無理を押してラーマ君の下に」

 

 事情を一通り説明してもらいラーマの方を見るぐだ男。

 ジャンヌはその間にもジャバウォックから全員を守り続けている。

 

「ラーマ様! ラーマ様!」

「シータ…か。ああ、やっと君の名前が思い出せた」

 

 シータの登場に心底安堵したような声を出しながらラーマは立ち上がる。

 失った記憶と共に力も取り戻したのだ。

 

「さて、後はあれを倒すだけだな。シータ、弓はあるか?」

「はい。ここに」

『矢はどうするの?』

「矢ならば、ここにあるではないか。見せてやろう、不滅の刃の真の力を」

 

 シータが持っていた弓を受け取り自らの剣をつがえるラーマ。

 だが、弓とは全身の力を使って放つもの。

 やはり衝突を受けた痛みが残っているのかふらついてしまう。

 

「ラーマ様、私があなたを支えます」

「シータ……すまないな。ジャンヌ・ダルク、防御を解いてよいぞ」

「分かりました。では、五秒後に解きます」

『残りの令呪全てで命ずる、ジャバウォックを倒すんだ』

 

 シータに支えられながらラーマは弦を引き絞る。

 ジャンヌは矢が放たれるタイミングまで暴れ続けるジャバウォックを旗でいなし続ける。

 ぐだ男は最後の令呪2つでラーマとシータを強化する。

 そして―――五秒が経つ。

 

「今です!」

「行くぞ、シータ!」

「はい、ラーマ様!」

 

 旗による防御が無くなったことで暴れ狂うジャバウォックが襲い掛かってくる。

 しかし、それを見ても四人は誰一人として動じない。

 全てを一本の矢に賭けているがゆえに。

 

「受けてみよ!」

「羅刹王すら屠った一撃!!」

 

 

「「―――羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)ッ!!」」

 

 

 音を超え、二人の弓から光の矢が放たれる。

 ジャバウォックは先程のように防ごうとするが全て無意味であった。

 気づいた時にはその体には―――ぽっかりと巨大な穴が開いていたのだから。

 

【■■■■■■■!?】

 

 一瞬の空白の後に訪れた激痛にジャバウォックは断末魔の悲鳴を上げる。

 体の中から焼き尽くされる、あり得ない痛み。

 血液が沸騰し蒸発することで体の皮膚が引き裂けていく。

 そして、最後には―――跡形もなく破裂して消えていくのだった。

 

『勝った……』

「はい。ラーマ様の勝利です」

「そうだな。そなたらのおかげだ」

「とにかく、ここから出ましょう。流石に疲れました」

 

 ジャバウォックの消滅を見届け息を吐く四人。

 そんな四人の下に戦闘開始直後から消えていたナーサリー・ライムが姿を現す。

 

「すごいわ! すごいわ! バッドエンドをハッピーエンドに変えちゃうなんて!」

『バッドエンド…?』

「そうよ。この物語はバッドエンドって決まってたの。それをハッピーエンドに変えたんだもの。私には無いものを作ったのよ、本当にすごいわ!」

 

 四人の勝利に本当に嬉しそうに飛び跳ねるナーサリー・ライム。

 その姿に怒ろうにも怒れずに何とも言えない表情を浮かべる四人。

 今回の過剰なまでの演出はジルとプレラーティにより仕組まれたのが理由だ。

 ぐだ男の記憶を完全に奪ってしまおうと目論んでいたが結局失敗に終わった。

 もっとも、奪ったところでジャンヌへの想いは変わらなかったのだが。

 

「でも、そろそろ夢から覚めないといけないわ。アリスの夢はこれで終わり。次はちゃんとお茶会をしましょう」

 

 ナーサリー・ライムの言葉と共に四人に眠気が襲ってくる。

 現実世界に戻るのだ。それを理解しぐだ男は瞼を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 ぐだ男達が“鏡の国のアリス”から出た頃には日が傾いており赤々とした空が広がっていた。

 もうそろそろ最後にしようとどちらが言うこともなく決まり、ぐだ男とジャンヌは観覧車に乗った。

 

「景色が綺麗ですね……」

『うん。本当に綺麗だ』

 

 二人で観覧車の中から外の風景を眺める。

 しかし、二人ともどこか心ここにあらずといった様子でお互いを盗み見ていた。

 そして瞳が合う度に目を逸らし再び目を合わせるというのを繰り返す。

 

「あのぐだ男君……一つ聞きたいことがあるんですが」

『うん、何かな』

 

 お互いに何が話したいのかはわかっている。

 だが、その話題に触るにはやはり勇気がいる。

 初めに勇気を絞ったのはジャンヌの方であった。

 

「ぐだ男君はあの時、私に、その……好き…と言いましたよね?」

『……うん。言ったね』

 

 お互いの頬が真っ赤に染まる。

 続けて尋ねるまでもないが、それでもジャンヌは問う。

 

「あの…その……それはどういう意味で…?」

 

 人間として好きなのか、それとも異性として好きなのか。

 ジャンヌは勇気を精一杯に振り絞って尋ねる。

 ぐだ男は問いかけに対してゆっくりと息を吸い込み口を開く。

 ここまで言わせてしまった以上誤魔化すというのは相手に失礼だと考えながら。

 

 

『初めて会った時から―――1人の女性としてあなたのことが好きでした』

 

 

 覚悟を決め真っすぐにジャンヌを見つめて宣言する。

 言われたジャンヌの方は驚いているような納得したような器用な顔をする。

 だが、そこまで観察する余裕などぐだ男にあるはずもなく彼は一気に言い切る。

 

『ジャンヌ―――俺と付き合ってください!』

 

 ハッキリとした声で思いの丈を打ち明ける。

 ジャンヌは彼の言葉に瞳を潤わせ頬を朱に染める。

 そして、何かを戸惑うように口を開く。

 

「私も……ぐだ男君のことが好きです」

 

 ジャンヌの声にパッと顔を明るくするぐだ男。

 しかし、それはぬか喜びであった。

 

 

「でも、それが―――特別なものかどうか分からないんです……」

 

 

 何かを苦悩するように思いを吐き出すジャンヌ。

 その顔には何とも言えぬ暗さが漂っていた。

 

「ぐだ男君のことは大好きです。それは間違いないです。でも、個人に向ける感情かと言われると……どうしても分からなくて」

『うん……』

「それにぐだ男君は記憶がなくても私を好きだと言ってくれました。今の私はきっとその想いに応えられない……いえ、相応しくないんです。特別な感情を向けられて、同じぐらいの特別な感情を返せるか自信がないんです……」

 

 ぼそぼそと普段の彼女からは考えられないようなか細い声で話すジャンヌ。

 それは彼女が心の底から悩んでいる証拠。

 必死に考えて何とか答えを探そうとしながらも見つけられないもどかしさ。

 常に正しく、公平である聖女故に見つけられない答え。

 

「すみません。こんなことを言うのは失礼だと思いますが……待ってくれませんか?」

『分かった』

「私がちゃんとした返事を出せるまで待って欲しいんです…て、え?」

 

 必死な表情で懇願するジャンヌにぐだ男は即答する。

 あまりに速い返事に頼んだ側であるジャンヌの方が驚いてしまう程だ。

 しかし、彼も何も言わないわけではない。

 

『でも、一つだけ約束してほしい』

「なんでしょうか…。あ、その、私に失望したのであれば別に他の方を好きになっても……」

『どれだけ時間をかけてもいいからジャンヌが一番幸せになれる答えを出して』

 

 元気のないジャンヌの声を否定するようにハッキリと告げる。

 

『俺のことを気遣う必要なんてないから。君が俺を選ばなくても、他の人を選んでも君が幸せならそれでいい。……ちょっと悔しいけどね』

 

 苦笑いを浮かべながら告げるぐだ男にジャンヌは訳が分からなくなる。

 悪いのは優柔不断な自分なのにどうして彼はそこまでしてくれるのかと。

 そんな疑問を抱いていることに気付いたのか、ぐだ男は続けて口を開く。

 

 

『好きだから。ずっと笑っていて欲しいから、幸せになって欲しいから、それだけだよ』

 

 

 満面の笑みを浮かべて言われた言葉にジャンヌの心はどうしようもなく荒れ狂う。

 まるで彼の想いが濁流となって押し寄せてきたのかのように。

 彼女の心を大きく揺さぶっていく。

 

「……いいんですか?」

『無理して決めても仕方ないでしょ?』

「それは……そうですが」

 

 少し納得がいかないが相手が了承してくれた以上、掘り返すのは逆に失礼にあたる。

 そう自分を納得させて不規則に速い鼓動を繰り返す心臓を落ち着かせる。

 

「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」

『どんどん甘えて』

「は、はあ……」

 

 すぐにいつも調子に戻ったぐだ男を見ながら彼女は考える。

 特別な愛とはどういったものなのかと。

 




「受けてみよ!」
「羅刹王すら屠った一撃!!」


「「―――バルスッ!!」」


途中の戦闘パートはこのネタのため(真顔)

というか、今回はラーマ・シータのラブラブ羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)を書きたかったのでちょっと真面目にしたんです。


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十七話:ガールズトーク

 

 自室の机に座りジャンヌはボーっと窓の外を見つめる。

 目の前には数学の問題集が置かれているが全く進んでいない。

 集中力がまるで続かない。

 理由は分かっているが、だからといって解決できるものでもない。

 

「ぐだ男君……」

 

 悩みの原因を口にし、溜息を吐く。

 告白された返事を返さなければならないが考えは纏まらない。

 自分が相手を本当の意味で特別だと思えるのかもわからない。

 頭の中の白紙に考えを書いては消してはを繰り返す。

 

「どうしましょう……っ! あれは…」

 

 何度目かも分からない溜息をついたところで窓の外の道にぐだ男の姿を見つける。

 楽しそうに笑いながら道を歩くその姿に思わず胸が跳ね上がり、頬が緩む。

 その笑顔が―――他の女性に向けられているのに気づくまでは。

 

「マシュさんと散歩でもしているのでしょうか……」

 

 ごく自然に二人で並んで歩く、ぐだ男とマシュ。

 微笑ましい光景だ。だというのに胸の奥に鈍い痛みが走る。

 以前には感じられなかった感覚に戸惑いながらそのまま二人を見つめ続ける。

 そこにいるのは自分ではないのか、と思いながら。

 

「清姫さんまで……」

 

 ぐだ男とマシュ、正確にはぐだ男の三メートル後ろを電柱に隠れながら追跡する清姫。

 普段のジャンヌであればストーカー行為だと気づくことができたのだが今の彼女には余裕がなかった。

 

「そう言えば、ぐだ男君の周りにはいつも女の子がいるような……」

 

 今更ながらに気づくぐだ男の交友関係の広さにもどかしい想いを抱く。

 同級生に後輩、先輩に近所のお姉さん。

 果てにはストーカーとひょっとすれば自分が知らない女性とも会っているのではないか。

 そんな考えが彼女の胸に黒い影を落とす。

 

「ぐだ男君は優しいからおかしくないですよね」

 

 自分を納得させるように口に出し、ぐだ男とマシュ、ストーキング中の清姫から目を逸らす。

 しかし、心は落ち着くことなく寧ろ先程よりも苦しくなる。

 端的に言えば彼女は嫉妬していた。

 

「いけません……私にはぐだ男君の交友関係に口出しする資格などないのです。それに嫉妬など主がお許しになられません」

 

 彼の告白を保留してもらったくせにそのような感情を抱く自分が許せずに唇を噛む。

 どうしようもなく意識してしまっている。それは誤魔化しようがない事実。

 だが、嫉妬は大罪だ。負の感情など抱いてはいけない。

 そうしなければ今までの自分を否定してしまうことになる。

 

「……気分転換に散歩にでも行きましょう」

 

 このままでは何にも手がつかなくなると考え椅子から立ち上がり外出用の服に着替える。

 そして、ボーっとしたまま玄関に向かう。

 

「……ンヌ、ジャンヌ。聞いていますか?」

「っ! すいません、お父さん。何か用ですか?」

 

 無意識のうちに靴を履いていたところでジルに声を掛けられていたことに気づく。

 慌てて謝りながら視線を向けるがジルは何とも言えない表情で見つめている。

 

「いえ、お出かけになられるようでしたのでどちらに行くのか尋ねただけですよ」

「あ、はい。少し散歩に行ってきます。夕飯には帰ります」

「わかりました。今日は私が夕飯を作っておきますのでゆっくりしてきてください」

 

 明らかに自分の様子がおかしいのを感じて気遣いを見せる父親に申し訳なくなり頭を下げる。

 そして行ってきます、の言葉もなしに外に出ていく。

 ジルはそんなジャンヌの様子を黙って見つめながら大きく息を吐くのだった。

 

「どうやら一肌脱ぐ必要がありそうですね。……今度は陰からでなく正面から行くとしましょう」

 

 何やら意味深な言葉を呟きジルは剣と鎧(・・・)を取りに家の中に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 ジャンヌは町の中を当てもなく歩き回る。

 幸いなことに空はどんよりと曇っており快適な気温となっていた。

 しかし、それを素直に喜ぶことができずに彼女は悩み続ける。

 瞳は無意識のうちに彼の姿を探し彷徨う。

 そのせいか、前方への注意が疎かになる。

 

「キャッ! す、すみません」

「ちょっと、しっかり前見て歩きなさいよ……て、あら、ジャンヌじゃない」

「あ、マルタ様」

 

 ついに通行人とぶつかってしまい謝るがよくよく見るとそれは先輩のマルタであった。

 一年生の頃から世話になっている相手であるのでつい気が緩んでしまう。

 

「あなたも買い物に来たの?」

「い、いえ。ただ歩いていたらいつの間にかここに……」

 

 尋ねられて素直に答えるとマルタは怪訝そうな顔をする。

 それもそうだろう。ジャンヌの言葉は明らかに日常にそぐわないのだから。

 彼女自身、後になってハッとするがもう遅い。

 マルタは何かがあったのだと察して彼女に微笑みかける。

 

「これからお茶でもしようと思っていたんだけど、あなたもどう?」

「え? あ、はい。私は大丈夫です」

「よし、決まりね。じゃあ、あそこの喫茶店に入るわよ」

 

 お誘いではあるが有無を言わせぬ圧力を感じ取り頷くジャンヌ。

 マルタはその態度に満足そうに頷くとジャンヌの手を引っ張りさっさと喫茶店に入っていく。

 中に入り席に着き適当に紅茶を頼んだところでマルタは息をつく。

 

「さて、何か悩み事かしら? 話に乗るわよ」

「ど、どうしてわかったんですか?」

「いや、あなたが明らかにおかしかったから聞いてみただけよ」

「そ、そうだったんですか……」

 

 真顔で答えられて恥ずかしくなるジャンヌ。

 一体どんな顔をして歩いていたのだろうかと今になり後悔するがどうしようもない。

 むしろ、見つかったのがマルタで良かったと気持ちを入れ替える。

 

「それで、何に悩んでいるのかしら。言えないことなら多少ボカしてもいいわよ」

「あの、一応尋ねますけど話さないという選択は……」

「あなたがそれを選び取る勇気があるのならね」

 

 ニッコリと笑うマルタだが、その顔には絶対に逃がさないと書かれていた。

 世話焼きの彼女は多少強引であっても彼女の悩みを解決するつもりなのだ。

 デリカシーが無いと言われればそれまでだが、人間時には強引な方が上手くいく時もある。

 ジャンヌは諦めたように瞳を閉じ、覚悟を決めて口を開く。

 

「あの……つい先日告白を受けまして…」

「恋バナね!? あ、コホン、ごめんなさい。それでどうして悩んでいるのかしら?」

 

 ジャンヌの言葉に頬を染めて乙女らしく盛り上がるマルタ。

 しかし、すぐに節度のある態度を思い出し、咳払いをして心を落ち着かせる。

 

「その、返事を待ってもらっているんですが答えが見つからなくて……」

「その人のことが好きじゃないのかしら?」

「いえ! その人は優しくて明るくて、誰とでも仲良くなれる良い人なんです! むしろ、私の方が相応しいか……」

 

 好きか嫌いかで言われれば間違いなく好きだ。

 特別なものは持っていないというのに、否、普通だからこそ輝く人物。

 自分の方が相応しくないのでは思ってしまうほどにジャンヌはぐだ男の価値を認めていた。

 

「んー、要するに自分なんかが相手でいいのかって悩んでるの?」

「えっと…簡単に言えばそうなります…かね?」

 

 特別な愛情。ジャンヌはそれが欲しかった。

 男女の愛でなくてもいい。この人が一番大切だと思えること。

 それが家族に向けるものであっても、友人に向けるものであっても。

 この世の全てを引き換えにできると思える感情が。

 だが、マルタの返答は予想外のものだった。

 

「本当に好きなら受け入れてもいいんじゃないのかしら?」

「へ? で、でも、私は彼を本当の意味で愛せないかもしれないんですよ!」

「落ち着きなさい。まず、あなたは自分の願いに目を向けるべきよ」

 

 少し声を大きくするジャンヌを宥めながらマルタは優しい瞳を向ける。

 

「あなたがその人の傍に居たいのか、それとも居たくないのか。大切なのはそこよ」

「し、しかし、不釣り合いの私が居ても、彼の迷惑に……」

 

 相手のことを思いやるばかりに苦しい顔を浮かべるばかりで素直に感情を出せないジャンヌ。

 マルタはそんな彼女に小さくため息を吐きながらゆっくりと諭すように語り始める。

 

「ジャンヌ、あなたの相手を思いやる心は美徳です。ですが、勝手に相応しくないと決めるのは傲慢ですよ」

「ご、傲慢ですか?」

「私はその方を知りませんが、あなたの顔を見れば素敵な人なのは分かります。だからこそ敢えて言いますよ。―――見返りがない程度で失望する奴なら愛すんじゃねえ!!」

 

 突然のヤンキー口調にビクッと肩を震わせるジャンヌ。

 しかし、マルタはお構いなしにガンガンと喋っていく。

 

「愛とは与えるものです! それは相手が返してくれることを期待するものではない。お互いが与えることで初めて恋愛が生まれるけど、それは強制するものじゃないのよ!」

「は、はい」

 

 力強い言葉にジャンヌは反論することもできずにコクコクと頷き続けるジャンヌ。

 

「相手に自由を与えて“赦す”。見返りを求めずにあなたに注ぐもの。彼はそれを理解してあなたを愛している。だというのに、あなたは自分の心ではなく彼を思いやるだけ。それは彼の愛に対する侮辱です!」

 

 その言葉にジャンヌはぐだ男の言葉を思い出す。自分が一番幸せになれる答えを出すこと。

 そういう条件だったはずだ。だというのに自分は相手のことばかり気遣っていた。

 確かに、彼女の悩みはマルタの言うとおりに彼の覚悟と愛に対する侮辱であった。

 

「彼はあなたに自由を与えているのにあなたは自ら鎖でもって心を縛っている。彼が望んでいるのはあなたが本心から望むことを為すこと! だから、まず、あなたは自分がどうしたいかだけを考えなさい!!」

 

 言い切って乾いた喉を潤すために紅茶を口にするマルタ。

 ジャンヌは彼に言われた約束を守れていなかったことに恥じ入り俯く。

 そんな様子にマルタは若干の罪悪感を抱いたのか、バツが悪そうに頬を掻く。

 

「まあ、そんなに悩むことはないわよ。なんだかんだ言って彼はそんなあなたのことが好きになったんだから」

「……望むままに動くことは罪ではないのですか?」

 

 ポツリとジャンヌが言葉を零す。

 そこからはダムが決壊したように言葉が流れ落ち始めるのだった。

 

「私は嫉妬してしまったんです! 彼の傍に他の女の子がいることに! でも、その感情に自由はない。だから、愛ではない! 怖いんです……私は彼を愛せないんじゃないのかって。……与えられるだけで何一つ返せないのは嫌だ。私は彼に幸せになって欲しい。だけど、私のせいで幸せになれないんだったら……私は彼の傍に居たくない…ッ」

 

 抑圧されていた感情がゴチャゴチャとした言葉となり噴出する。

 常に正しくあろうとした聖女の姿はそこにはなかった。

 正しくあろうとすればするほど相手を傷つけるのではと恐れる少女。

 

 彼女は普通の人間が持つような悪感情が持てないのではない。

 既に他者への愛で満杯になっていたコップに注がれる様々な感情が水と油のように混ざらずに地面に流れていただけだ。

 

 仮に注がれるものが憎悪や怒りであれば、代わりに他の者が掬い上げてくれただろう。

 しかし、彼女だけに向けられた愛は少しずつ彼女の他者への愛に混ざっていった。

 その結果生まれた自分だけの感情(嫉妬)にどうしようもなく戸惑っているのだ。

 

「ジャンヌ……大丈夫よ。幸せになってほしいと思うのは愛です。怖いのもそれだけ相手を想っているからこそ。後は自分の気持ちと素直に向き合うこと。そして、相手の幸せをしっかりと知ることです」

「マルタ様……」

 

 穏やかな声でジャンヌを導く姿は彼女もまた聖人であることを知らしめていた。

 

「それに少々自分のしたいことをしても罰は当たらないわよ。食べることが罪じゃないのよ。感情がコントロールできなくなって、暴食へ向かうことが罪なのよ。だから、ちょっとぐらい嫉妬したって自分でコントロールできるなら別に良いでしょ」

「そういうものなのですか?」

「そういうものよ。私を信じなさい」

 

 自信満々に微笑むマルタ。

 ジャンヌもそんな彼女に信を置きここに入って初めて微笑みをみせる。

 

「分かりました。相談に乗ってくれてありがとうございました」

「どういたしまして。とにかく、自分で納得のいく答えを見つけなさい」

 

 悩みを解消したことにお互い充実感を漂わす。

 しかし、ガールズトークがこのような話だけで終わるはずがない。

 

「ところで、誰なのよ?」

「へ…?」

「ここまでぶっちゃけたんだから言ってもいいんじゃない?」

「え、えーと……そ、そうですね」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるマルタにどうするべきかと考えるジャンヌ。

 だが、すぐに話すことに決める。

 彼女に恩を感じているのもあるが、それ以上に今は―――

 

「私に告白してくれたのは―――」

 

 ―――ぐだ男のことを話したかったのだから。

 

 

 

 

 

 ジャンヌとマルタがガールズトークに花を咲かせている頃。

 河川敷にて二人の男が向かい合っていた。

 

『あの、これは…?』

「あなたのジャンヌへの想いは本物でしょう。ですが―――私はまだ認めません!」

 

 白銀の鎧を身に纏い木刀()を構えるジル・ド・レェ。

 同じように木刀()を握りながらも状況が未だに飲み込めずに戸惑うぐだ男。

 

「あなたの覚悟を試させてもらいます。私に一太刀入れることができたのならジャンヌとの関係を認めましょう。しかし、入れることができなければ―――彼女の前から消えてもらいます」

『……一太刀でいいんですか?』

「ええ、一太刀です。そして何度でもかかってきても構いません」

 

 条件だけ見ればぐだ男に有利のように見える。

 しかし、目の前の相手を見ればそれがハンデでも何でもないことを理解させられる。

 

 

「もっとも―――100回やっても結果は全て同じですが」

 

 

 目の前にいるのは情けない父親などではない。

 かつてその剣と武勇で名をはせた正真正銘の―――英雄だ。

 






イエス「右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい」
マルタ「右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい」

言ってる人の違いで殴られている側と殴っている側のイメージが入れ替わる不思議(真顔)


さて、ジャンヌ√ラストスパートです。
後、少しで終わります。


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十八話:河川敷の決闘

 

 ぐだ男は剣など握ったことがない。

 故に剣の振り方など分からないし、足捌きも知らない。

 彼が漫画の主人公であれば天賦の才や、覚醒の言葉だけで互角に戦えるようになるだろう。

 しかし、彼は普通だ。どこまでいっても天才には敵わない。

 ましてや究極の一を極めた存在に善戦するなど不可能だ。

 

「甘いッ!」

『つぅッ!?』

 

 馬鹿正直に振り上げた剣など目もくれられず脇腹を激しく打ち付けられ吹き飛ばされる。

 痛みから反射的に唾液と一緒にこみ上げた痰を吐き出す。

 

「もう終わりですか? あなたの気持ちはその程度ですか!」

『まだまだ行ける…!』

 

 睨み付けてくるジルの啖呵に答えるように痛む体を起き上がらせる。

 相手は決して自分からは仕掛けてこない。

 それは初心者に対する配慮のようなものであり、圧倒的な自信からであった。

 

 初心者と上級者が争えば何もすることができずに初心者が負けるのが当然だ。

 それは歴然たる事実。これがもし戦争であれば如何なる手を使ってでも勝てばいいのだろう。

 しかし、これは決闘だ。小細工は無用、そもそもしようがない。

 故に真っ向から馬鹿正直にぶつかり合うしか道がない。

 

『いくぞぉッ!!』

 

 今度は突きに変えて一直線に突っ込む。

 

「そんな手が通用するとでも?」

 

 だが、あっさりと剣を跳ね上げられ、返す刀に横からの一撃を叩き込まれ吹き飛ばされる。

 経験に裏付けされた圧倒的な力量の差。

 端的に言おう。ぐだ男が勝つのは―――不可能だ。

 

『次は…当てる!』

「いいえ、決して当たりません」

 

 それでもぐだ男は立ち上がり彼に立ち向かっていく。

 そして、今までと全く同じように無残に地面に転がさられる。

 何度地面に這いつくばったのか、ふとそんなことを思うがすぐに乾いた笑いを零す。

 

 10を超えたあたりからもはや覚えてなどいない。

 ひょっとするとすでに50回以上打ち倒されているかもしれない。

 しかし、それがどうしたというのだ。

 四肢に力を込めて立ち上がり、やせ我慢で強気な笑みを浮かべる。

 

「……何度やろうと結果は同じです」

『まだまだ…これからぁッ!』

 

 何度でも這い上がり、何度でも立ち向かう。

 それしか知らないし、それしかできない。

 ただ、自分にできることを愚直に行い続けていくだけである。

 

「ハッ!」

『ぐうぅ…まだ…だ』

 

 顎を砕くような凶悪な一撃が決まってもぐだ男は再び挑みかかる。

 だとしても届かない。まるで最果ての海に挑むように自身の剣が届く気がしない。

 運よく相手の懐に自らの獲物が入り込んだかと思えば次の瞬間には弾かれる。

 隙などなく、万に一つも勝ち目はない。

 

「これで、おしまいです!!」

 

 ふらつく姿にここで終わらさなければ流石に不味いと判断したジルが大きく剣を振り上げる。

 ぐだ男の目にはその動きが映るが避けることも防ぐこともできない。

 それを十二分に理解したうえでジルは容赦なくその体に剣撃を打ち込む。

 

『ぐぁああ…ッ!』

「……やりすぎてしまったでしょうか」

 

 ボロ雑巾のようになりながら地面に横たわるぐだ男の姿に罪悪感を抱く。

 もとよりこれは彼の覚悟を見極めるためのもの。

 彼本人に対しては悪感情はないのだ。

 だが、しかし。そのような気遣いは全くもって必要でなかった。

 

『…まだ…まだ……やれる…』

「まだ、立ち上がりますか…ッ」

 

 剣を支えにして再び立ち上がるぐだ男の姿にジルは目を見開く。

 根性がある少年だとは思っていたがここまでとは予想だにしていなかった。

 勝つことが不可能だというのはぐだ男自身が一番よく分かっているはずだ。

 それなのに、なぜ立ち上がることができるのか。

 

「…ッ! いいでしょう。その気持ちに敬意を表して私も最後まで付き合いましょう!」

 

 一瞬、ぐだ男の気迫に怖気づきそうになった自分を奮い立たせるようにジルは叫ぶ。

 相手はその言葉に傷だらけになった顔で強気に唇を吊り上げてみせる。

 まるで届かぬからこそ挑むのだとでも言わんばかりに。

 

『勝負は……これからだ…!』

「何度でも…! 何度でも叩き伏せましょう!」

 

 言葉通りに二人の剣は戦いを再開する。

 ぐだ男にはもはや剣を鋭く振れるような力は残っていない。

 しかし、それでもジルは手加減などせずに何度も、何度も彼を吹き飛ばしていく。

 だが、その度に彼は立ち上がる。とっくに限界を迎えているというのに大地を踏みしめる。

 

『この…程度……まだ…だ』

 

 まるでゾンビのように何度でも起き上がるぐだ男。

 勝っているのは自分だ。負けているのは相手。

 だというのに、ジルはまるで自分が追い詰められているような錯覚に陥る。

 目の前の存在が同じ人間に思えなくなった。恥ずべきことに彼は恐怖した。

 しかし、それはすぐに彼の中で敬意へと変化した。

 

「不可能に挑み続けるその姿勢…! 尊敬に値します!」

 

 越えられない壁に挑み続ける精神性は誰もが持っているものではない。

 みな、諦めたり、回り道をしようとしたり、穴を掘ったりと正面から越えることを諦める。

 だが、この少年は馬鹿正直に目の前の壁を乗り越えようとしている。

 

 普通であるがゆえに壁を砕くような爆発力もない。

 ただ、己の根性だけで壁に手をかけ、足をかけ爪が剥がれても噛り付いている。

 その在り方はジルから見て非常に敬意を持てるものであった。

 

「痛みも恐怖も感じぬその強靭な精神……騎士として仕えたいとすら思いますよ」

『……違う』

 

 自分からの賛辞の言葉を否定するぐだ男に一瞬動きを止めるジル。

 その間にもぐだ男は死人のように足を引きずりながら近づいてくる。

 そして、首を上げるのもやっとの体に鞭を打ち、顔を上げてジルを睨み付ける。

 

 今まで下げられていた彼の瞳を目にし、ジルは言葉を失う。

 彼の瞳は恐怖で震えていた。痛みによる反射で涙が流れていた。

 だというのに、その奥には―――炎が宿っていた。

 

 

『俺はそんな高尚な人間じゃない……。怖いのは嫌だし、痛いのも嫌だッ!

 でも―――ジャンヌに会えなくなるのはもっと嫌だッ!!』

 

 

 彼は勇者でもなければ、英雄でもないし、正義の味方でもない。

 どこまでも普通の人間だ。人を傷つけず、人を思いやれる優しい普通の人間。

 そのような強くない人間が必死に勇気を振り絞って不可能という名の怪物に挑んでいる。

 一人の少女のために、己の全存在を賭けて立ち向かう様は、ただひたすらに―――美しかった。

 

『おぉおおおッ!!』

「くっ…!」

 

 ぐだ男の在り方に見惚れていたために彼の攻撃に反応するのが遅れる。

 咄嗟に体が動いて、後数ミリの距離で相手を吹き飛ばすことに成功する。

 しかし、ジルの心は晴れなかった。

 寧ろ、今の一撃を受けてやるべきだったとすら思っていた。

 それほどまでにジルは彼のことを心から認めてしまったのだ。

 

 

「2人ともやめてください!!」

 

 

 なおも立ち上がろうともがくぐだ男とそれを見つめるジルの間に突如、少女が割り込んでくる。

 息を切らし金色の髪を揺らしながら少女、ジャンヌは顔を上げる。

 

「帰り道に物音がしているから来てみれば……何をしているんですか?」

「あ、その、これはですね……」

 

 明らかに怒っていますという彼女には珍しい声色で睨み付けてくる娘にジルは困り顔をする。

 男同士の戦いを女性に説明するのは非常に難しいのだ。

 

『一太刀入れられなかったらジャンヌともう会うなって言われて……』

「………お父さん?」

 

 ぐだ男からの手短な経緯の説明を聞いたことで冷たい空気を醸し出すジャンヌ。

 底冷えのする声で呼ばれたジルの方は戦闘の影響とは別の汗を背中に流す。

 

「どうして知っているのかは置いておくとして、私とぐだ男君の問題はお父さんには関係ありません!」

「そ、そうは言ってもですね」

「私がぐだ男君の傍に居るか居ないかは私の意思が決めます! それにぐだ男君をこんなにも傷つけて…ッ。……流石の私も怒りますよ?」

 

 ぐだ男の青あざだらけの体を悲しげに見つめ、ジルには怒り(・・)の視線を向けるジャンヌ。

 その姿にジルは驚きながらも内心で微笑む。

 自分が手助けしなくとも彼女はそのうち自分の気持ちを素直に表すことができるだろうと。

 

「もう、こんなことしなくていいんですよ。ほら、ぐだ男君、私の肩に捕まってください」

 

 なおもムスッとした表情で父に怒りながらぐだ男の介抱を行おうとするジャンヌ。

 しかし、彼女の行いは彼の手により制される。

 

 

『―――まだ、終わってない』

 

 

 フラフラとした足取りのまま剣を構えるぐだ男。

 その姿にジャンヌだけでなくジルも目を見開く。

 彼は何故、まだ戦い続けるのかと。

 

「もういいんです。お父さんの戯言になんて付き合わなくても私は気にしませんから」

 

 気遣うように体を支えようとするジャンヌの手を優しく退け、ぐだ男は首を振る。

 

『誰の問題でもない。……これは俺の意地だから』

 

 戦う理由は、もはやジルのためでもなく、ジャンヌのためでもない。

 己の男としての意地だけが今にも折れそうな彼の体を支えていた。

 

 

 

『ここで引いたら俺は……君のことを―――胸を張って好きだと言えなくなるッ!!』

 

 

 

 如何なる理由であれ彼女をかけた戦いから逃げてしまえばもう戻れない。

 自分の心に逃げたというしこりが残り続ける。

 それだけは嫌だった。

 

『君が俺を好きでなくても……忘れたとしても……この気持ちにだけは嘘をつきたくないんだ』

「ぐだ男君……」

『だから、最後まで戦う。自分の体が動く限り戦わないと、きっといつか言い訳をしてこの想いを無くしてしまうから……戦わせて欲しい』

 

 傷だらけの顔で無理やり微笑みを作り笑いかけるぐだ男。

 ジャンヌはそんな彼の笑顔に胸が張り裂けるような気持ちになる。

 自分をここまで純粋に想ってくれるのは嬉しい。

 だが、自分のために傷つく姿など見たくない。

 まだ、止めるべきか苦悩しているところに今度はジルが口を出してくる。

 

「仕掛けた身で言うのもなんですが、ジャンヌ。彼の思うようにさせてあげなさい」

「でも……」

「男には決して引けない戦いというものがあるのです。そしてそれが今来たというだけです。彼にとっても、私にとっても……」

 

 ぐだ男と鏡合わせになるように剣を構えるジル。

 そんな姿にジャンヌはなおも悩むが最後には無言で下がっていく。

 二人の意思を尊重することにしたのだ。

 

『ありがとう、ジャンヌ。それじゃあ……お願いします!』

「手加減はしませんよ。最後の最後までお付き合いしましょう!」

 

 剣撃が舞う。

 ぐだ男の剣術は相も変わらず素人のそれであるが勢いは先程までとは比べ物にならなかった。

 しかしながら、相手のジルも勢いだけで倒せる相手ではない。

 依然としてその剣術に陰りはない。

 二人は何度も打ち倒し、そして何度も立ち上がり戦い続けていく。

 

「ぐだ男君…っ」

 

 その光景をジャンヌはジッと見つめ続ける。

 何度も打ち倒されながらも、その度に這い上がる彼の姿に見惚れる。

 同時にどこまで傷つき続ける姿に不安と焦りが込み上げる。

 知らず知らずのうちに服の裾を手が真っ白になるほどに握りしめていた。

 だが、それでも二人を止めることはしない。

 

「ぬぉおおおおッ!!」

 

 雄叫びを上げながらジルはぐだ男を吹き飛ばす。

 もはや、何度打ち倒したのかは彼にすら分からない。

 しかし、回数など関係はなかった。

 あるのはぐだ男は決して負けを認めないという確信だけ。

 

『――――――ッ!!』

 

 声がでない程に掠れた喉で吠えるぐだ男。

 足が痛い、手が痛い、腹部が痛い。

 痛くない場所など体のどこにも存在せず、肉体は限界だと悲鳴を上げる。

 だが、その悲鳴を気合一つで抑え込み終わりのない戦いに挑み続ける。

 ―――己の意志を貫き通すために。

 

 

「ぐだ男君―――負けないでください!!」

『……ッ、うぉおおおおおッ!!』

 

 

 ジャンヌからの声が届く。

 ぐだ男は潰れた喉から声を出し、最後の力を振り絞る。

 選んだ技は突き。真っすぐに突き出し捨て身の覚悟で突進する。

 

 相手からすれば軌道は読みやすい攻撃だが迎撃するのはやり辛い技だ。

 しかし、ジルは敢えて真正面から受け止める姿勢を見せる。

 彼を打ち倒すには真正面から心を砕く以外に方法がないと理解したために。

 

「これが…! 正真正銘の最後ですッ!!」

『ぐぅ…ッ!』

 

 以前のように剣を跳ね上げ、返す刀に横からの一撃を叩き込むジル。

 ぐだ男の右手(・・)は剣と共に宙に浮きとてもではないが反撃が間に合う距離ではない。

 万事休す。そう、ジルもジャンヌも思った。しかしながら。

 

 

『その技は―――覚えたぞ…ッ!』

「な…っ!?」

 

 

 ぐだ男はジルの剣を左腕(・・)を犠牲にすることで防ぎきる。

 驚愕の表情を浮かべるジルに対し、彼は焼き鏝を押し付けられたような痛みを抑えながら笑う。

 どこまでも強気に―――最初から苦戦などなかったというばかりに。

 

「今です、ぐだ男君!」

『ハアァッ!!』

 

 右腕の剣に全身全霊の力を籠め振り下ろすぐだ男。

 咄嗟に剣を戻し防御を行おうとするジル。

 両者の行動には一切の無駄はない。

 

 故に―――甲高い金属音が鳴り響いたのは偶然ではなく必然だった。

 

 

「……私の負けです。あなたのような人が―――娘を好きになってくれて本当によかった」

 

 

 優しく微笑み、握りしめていた剣を地面に放り投げ自身の敗北を認めるジル。

 一方のぐだ男は喜びの声を上げる間もなく大の字になって倒れ伏す。

 そんな彼の下にジャンヌは一目散に駆け寄っていく。

 

「ぐだ男君……よく頑張りましたね」

『は…はは……ジャンヌ…俺……勝ったよ』

「はい…はい…ッ。ぐだ男君の勝ちです…!」

 

 ボロボロのまま力なく笑うぐだ男を彼女は眼に涙を溜めながら見つめる。

 彼が一体何度挑んだのか、打ち倒されたのか、それは彼女にも彼にも分からない。

 100を超えていたかもしれないし、それ以上かもしれない。

 ただ一つ分かることは―――彼の想いが本物だったということだ。

 

『ああ……良かった』

 

 最後に安堵の言葉を小さく呟いて彼は瞳を閉じる。

 大好きな少女の温もりを肌で感じながら。

 

 

 

 

 

 次にぐだ男が目を開くと自室の天井が瞳に映った。

 そして、穏やかな表情で自分の頭を撫でるジャンヌの顔が次に映る。

 

「あ、目が覚めましたか。どこか痛いところはありませんか?」

『ジャンヌ…? どうして俺は自分の部屋に?』

「あの後、ぐだ男君が気絶したので運ばせてきてもらいました」

 

 ぐだ男が気絶した後は彼の家に謝罪を兼ねてジルとジャンヌが運んできておいたのだ。

 因みに移動中にジルはジャンヌにしこたま叱られたらしい。

 

『エミヤは何も言わなかったの?』

「はい。ただ、そうか、と短く頷いただけでした。それと伝言ですがしばらく妹達の晴れ舞台があるのでこっちには来られないと言っていました」

『……親子総出で写真でも撮りに行ってそう』

 

 娘のイリヤとクロエを溺愛するエミヤ家の一同を思い浮かべて苦笑いを浮かべる。

 あの家族は複雑な構成だが皆良い人でいつもお世話になっているのだ。

 

『あと、それと』

「はい、なんでしょうか?」

『……これって膝枕?』

「そ、そうですけど……あの、寝心地が悪かったりはしないですか」

 

 顔を赤らめながら肯定する彼女の胸部が目の前に近づいて焦るぐだ男。

 しかし、何とか体裁を取り繕い返事をする。

 

『いや、柔らかくて最高だよ』

「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですが。それなら良かったです」

 

 微笑むジャンヌの姿を見て胸が高鳴る。

 やはり、自分は彼女のことが好きなのだと再認識して自然と言葉が零れる。

 

『好きだよ、ジャンヌ』

「…! もう……不意打ちは卑怯ですよ」

 

 彼の言葉にジャンヌはむくれた様な嬉しい様な表情をみせる。

 そんな姿にやっぱり可愛い人だと内心で呟きながらぐだ男は笑いかける。

 ジャンヌは彼の笑みにドキリとしたように目を逸らしポツリと声をこぼす。

 

「その……カッコよかったですよ、あの時のぐだ男君は」

『あの時? じゃあ、今は?』

「今は……ふふ、可愛いですよ」

 

 拗ねた様に尋ねてくるぐだ男の頭を撫でながらジャンヌは笑う。

 不思議な人だと思う。普段は明るくて、どこか抜けているところがある良い人。

 だというのに、自分の大切なものの為に戦う時はいつだって本気でカッコいい。

 そこまで考えて彼女は唐突にあることに気づく。

 

「そうだ……私……」

『ジャンヌ、何かあった?』

「いえ、何でもありません。今は……ですけど」

『気になる』

「大丈夫ですよ。いつかきっと、いえ、必ず教えますから」

 

 怪訝そうな顔をするぐだ男を見て穏やかな表情を見せる。

 思えばずっと前から自分はこの想いを抱いていたのかもしれない。

 どうして彼だけもっと仲良くなりたいと思ったのか。

 普通の人間からすれば考えるまでもなく理解できたことかもしれない。

 しかし、遅かったからといって問題があるわけではないだろう。

 

「それよりも何かして欲しいことはありませんか? 今ならサービスですよ」

『うーん、それなら……もう少しこのままでいてくれる?』

「はい、お安い御用です」

 

 自分の膝の上で幸せそうに笑う彼を見てジャンヌは確信する。

 

 

 私は他の誰でもない彼に―――恋をしているのだと。

 

 





ジル「何度やっても同じだ。いい加減諦めなさい」
ぐだ男「僕だけの力で君に勝たないと…ジャンヌが安心して……帰れないんだ!」
ジャンヌ「ぐだ男君……」


今回は三行で振り返るとこんな感じでしたね(真顔)

さて、次回でジャンヌ√のラストです。
ラストなんで甘くかけたらいいなと思います。


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十九話:特別な人

 

 楽し気な祭囃子が遠くから聞こえてくる。

 祭りの空気を肌で感じながらジャンヌはもう一度身嗜みを整える。

 水色を基本にした花柄の浴衣。

 こういったものを着るのには慣れていないために緊張してしまう。

 彼はどんな感想を抱くかと期待と不安で胸の鼓動が大きくなる。

 

『遅れてごめん、ジャンヌ』

「あ、ぐだ男君」

 

 紺色の浴衣に身を纏ったぐだ男が駆け寄ってくる。

 別に時間は遅れていないのに自分を気遣う態度に少し嬉しくなりジャンヌは微笑む。

 今日はジャンヌの方から夏祭りにお誘いをしたのだ。

 

「いえ、今来たところなので気にしなくていいですよ」

『本当?』

「はい。本当に一瞬しか待っていないような気がします。ぐだ男君の顔を見たからでしょうか?」

 

 特に意識もせずに天然気味に言われた言葉にぐだ男は顔を赤らめる。

 しかし、ジャンヌの服装を褒めなければならないと思い出して口を開く。

 

『その浴衣すごく可愛いよ』

「ありがとうございます。一生懸命選んだかいがありました」

 

 本当に嬉しそうに笑ってくれるジャンヌの姿にぐだ男は見惚れる。

 まるで太陽のように、その笑顔は夜の闇の中でもハッキリと輝いて見えた。

 

『じゃあ、屋台でも回って行こうか』

「はい。一緒に行きましょう」

 

 二人で並んで歩き始める。

 屋台の周りは色とりどりの光や、食べ物の匂い、人の話し声が飛び交う。

 誰も彼もがこの空気を楽しみながら今日この日を楽しむ。

 

「夏休みもそろそろ終わりですね」

『そうだね』

「宿題は終わりましたか?」

 

 ジャンヌの言葉にぐだ男は鐘の中に閉じ込められた安珍のような顔をする。

 それは恐怖を抱いているようで、何かを悟ったような表情でもあった。

 

『……さ、最後の一瞬まで諦めないから』

「カッコ良く言ってもダメです。やっていないんですね?」

『人理焼却までには間に合うから……』

「目を逸らしてはダメです」

 

 必死に全く終わっていない宿題から目を逸らすぐだ男。

 だが、ジャンヌにピシャリと否定されてうなだれる。

 

『お、温情を……』

「宿題はやらないといけませんよ。はぁ……手伝ってあげますからちゃんと終らせましょうね」

『本当? ありがとう!』

「ですが、答えは教えませんよ。そうしないとぐだ男君のためになりませんから」

 

 喜ぶぐだ男に少しため息をつきながら宿題を手伝う約束をする。

 あの時のようにカッコいい彼はどこに行ったのかと思うが失望はしない。

 こうしたところも彼の人に好かれる由縁だと理解しているからだ。

 

『あ、焼きそばだ。せっかくだし買ってくるよ』

「もう、反省しているんですか……」

 

 叱られたことも忘れ、焼きそばの屋台に意気揚々と買いに行くぐだ男。

 そんな彼の子供のような姿に怒るに怒れずにジャンヌも続いていく。

 

『すいません、焼きそば2つください』

「少し昼寝をしているがいいぞ、ご主人。今、猫の手も借りたい程に忙しいのだ。もっともキャットの手は既に猫なのだがな、ワン」

『あれ? タマモキャット?』

 

 祭りには似合わないメイド服に身を包んだ猫のような狐のような犬のような女性。

 妖艶な雰囲気が見事に野性味で損なわれているのが彼女、タマモキャットなのだ。

 

「おうさ、赤いマントのシェフの代わりにこの厨房(戦場)に舞い降りたキューピットというところなのだな」

『狐で猫で犬でキューピット……そのブレブレなところがキャットだね』

「うむ、自分で言うのもなんだがブレブレであるな。しかし、焼きそばの味はぶれない。そこはキャットの誇りがかかっているからな。売り上げのために妥協はない!」

 

 ぶれぶれなところがぶれない。それこそがタマモキャットである。

 奇妙な生物の登場に呆気にとられ黙っていたジャンヌであるが二人の関係が気になり尋ねる。

 

「あの、お二人の関係は?」

「キャットとご主人は主とそれを守る者、即ち―――夫婦関係らしいぞ」

 

 キャットの言葉にピシリと空気に罅が入る音がする。

 ぐだ男はどこか禍々しい空気を放ちながらも顔だけはニコニコと笑うジャンヌを恐る恐る見る。

 

「ぐだ男君、詳しくお話をしてくれませんか?」

『誤解です。キャットの言葉は基本脈絡がないから!』

「その通りなのだな。ところでご主人、新しい首輪が欲しいのだが?」

「く、首輪? ぐだ男君に……そんな趣味が……」

 

 誤解が誤解を生みぐだ男の立場がどんどんと怪しくなる。

 

『本当に誤解だから! そんなことしてないから!』

「ご主人、キャットの愛情たっぷり焼きそばであるぞ。だが値段は割り引かない! お金は大切なのだな」

『あ、うん。はい、お代』

「毎度である。それではイチゴパフェが如き夏の夜を楽しんでくるがいい」

 

 修正不能な事態になりかけているぐだ男とジャンヌを何食わぬ顔で追い出すキャット。

 追い出された二人は微妙な空気で黙ったまま歩き続けるが耐えきれなくなりジャンヌの方が口を開く。

 

「ぐだ男君はああいった動物が好きなのですか?」

『ケモ耳っていいよね―――じゃ、なかった! 誤解だからね。キャットとは如何わしい関係じゃないから』

 

 思わず本音が零れ落ちながらも否定するぐだ男。

 そんな彼をジト目で見ながらジャンヌはあることを行う。

 

 

「………わ、ワン」

 

 

 手を犬の耳のように立て可愛らしく鳴くジャンヌ。

 その衝撃にぐだ男は時が止まったようにジャンヌの姿を凝視する。

 一方の彼女はやはり恥ずかしのかゆでだこのように顔を赤くしながら俯く。

 

「う、ぅぅ……やっぱり恥ずかしいです」

『もう、俺死んでいいかも』

「やめてください! こんなので死なれたら私の方がうかばれません!」

 

 まるで月夜の下で安心して死んだ男のように安らかな笑顔を見せるぐだ男。

 しかし、ジャンヌの方からすれば恥ずかしい真似で死なれるなどもってのほか。

 照れ隠しも兼ねつつぐだ男をぶんぶんと揺さぶって正気に戻す。

 

『アヴァロンはここにあった……』

「もう……頭を冷やしていてください。私は飲み物とたこ焼きを買ってきます」

 

 デレデレとするぐだ男に喜べばいいのか怒ればいいのか分からずに一先ず退避するジャンヌ。

 そして、手近な店で飲み物とたこ焼きを二人分買っていきぐだ男の元に戻る。

 

 見た目に似合わず健啖家である彼女であるがデートということもあっていつもよりも食べる量を抑えている。

 それだけ、彼女は今回のデートを大切なものと思っている。

 だというのに。

 

「あら、こんなところでお1人? よかったらお姉さんがお相手してあげましょうか?」

『あ、いや、そのですね、マタハリさん……』

 

 ぐだ男の方は大人の女性にナンパをされてあたふたとしているのである。

 女性ですら虜になってしまいそうなプロポーションに毒のような色気。

 まだまだ初心な高校生がテンパってしまうのは致し方無いことだ。

 しかし、それをジャンヌが快く思うかどうかは別だ。

 

「ぐだ男君! もう、こっちに来てください!」

『よかった、ジャンヌ…って、痛っ! ちょっと腕を握る力が強いって!』

「あらあら、若いっていいわねー」

 

 ムスリとした表情を隠すことなくぐだ男の手を引いて歩いていくジャンヌ。

 自分が何をしたのかよく分かっていないながらぐだ男も逆らわずについていく。

 そして、気づけば人込みから抜け出し周囲には人がまばらにいるだけになっていた。

 

「ぐだ男君はいつも女性のそばに居て、いつも色んな人に好かれて……」

『ジャンヌ?』

「あなたが優しいのは知っていますし、理解もしています。でも、それとこれとは別です」

 

 振り返ることなくぐだ男に文句を呟いていくジャンヌ。

 ぐだ男の方はそんな彼女らしからぬ言葉を不思議に思いながら背中を見つめる。

 だが、次の言葉で彼の表情は一変する。

 

 

「わ、わたしだって……やきもちぐらい妬くんですよ?」

 

 

 拗ねた様に頬を膨らませながら、かつ恥ずかしそうに顔を赤くして彼女は顔を向ける。

 そのあまりの破壊力の高さにぐだ男は言葉を失い彼女を見つめる。

 しかし、ジャンヌはあくまでもまだ怒っていますという風に装いツンとした態度をみせる。

 

『ご、ごめん……』

「本当に反省していますか? ぐだ男君は天然タラシですから、不安です」

『う…っ』

「でも……許してあげます。ただし条件がありますけど」

 

 痛いところを突かれ困り顔をするぐだ男の姿にジャンヌはクスリと笑い回るように振り返る。

 そして、悪戯っぽく最高の口説き文句を口に出すのだった。

 

 

 

「いつもとは言いません。でも、今日だけは……私だけを見ていてくれませんか…?」

 

 

 

 少女のちょっとした独占欲。

 常に独占をするのは相手を縛るだけの我儘な感情だろう。

 だが、一日だけ、少しの間だけならばほんの少しの我儘として許されるはずだ。

 

『……お安い御用だよ』

「少し説得力がありませんけど、信じてあげます……ふふふ」

 

 花の咲いたような笑顔を向けジャンヌは笑う。

 ぐだ男の方もそんな彼女を愛おしく思いながら自然と笑みを浮かべる。

 二人はそのままベンチに座り買っていた食べ物を開ける。

 

『祭りの食べ物ってぼったくり価格だけど美味しく感じるよね』

「お祭りの空気のおかげですね。と、ところでどうしてずっとこっちを見ているんですか?」

『ジャンヌだけを見ていろって言われたからね』

「むむむ……確かに、一本取られましたかね」

 

 お互いに見つめ合いながら笑い合う。

 穏やかな時間が流れていく。

 何の変哲もない普通の時間。だが、普通故に美しい世界。

 

『あーん』

「へ? あ、あーん…」

『どう、美味しい?』

「お、美味しいです……」

 

 たこ焼きをお互いに食べさせ合い満足げな空気を醸し出す二人。

 ジャンヌは恥ずかしそうに顔を赤らめて咀嚼し少し涙目でぐだ男を見つめる。

 ぐだ男の方はしてやったりといった笑顔で笑うばかりである。

 

『そう言えば花火が上がるらしいけど、それまでにまた出店の方に行かない?』

「はい、そうしたいんですがその前に……ハッキリとさせておきたいことがあります」

 

 真剣な表情で見つめてくるジャンヌに対してぐだ男も真剣な表情で受け止める。

 

「ぐだ男君は……どうして私のことを好きになってくれたんですか?」

 

 ジャンヌの言葉にぐだ男は困ったように頬を掻く。

 彼にとって理由はあまり関係がないのだ。

 好きだから、愛している。非常にシンプルな考えだ。

 しかし、答えないわけにもいかないのでぽつりぽつりと語りだす。

 

『最初は一目惚れだった。そこから、優しい性格とか頑固なところとか、頑張り屋なところとか、色んなところが好きになっていったんだ』

「こ、こうして言われると恥ずかしいものですね」

『俺だって恥ずかしい』

 

 お互いに顔を赤くしながら話していく。

 それでも二人は目を逸らすことなく見つめ合い続ける。

 

『でも……一番の理由は笑顔かな』

「笑顔…ですか?」

『そう。君が笑っている。それだけで幸せになれた。でも、遠くから見つめているだけじゃ満足できなかった』

 

 今まで胸の内にためていた感情を吐露していきながらぐだ男は苦笑いする。

 自分の情けなさを語っていくのだからそれはある意味で当然だろう。

 

『もっと笑って欲しかった。君の隣で一緒に笑い合いたかった。でも、君は誰かのために笑って自分を犠牲にする。そんな綺麗なところも好きなんだけど、俺が好きな笑顔はそれじゃないんだ』

「はい……」

『誰かのためじゃない。君が君のために笑う姿が見たくなった。結局は俺のエゴかな。そのために好きになったし、君に告白した。俺が見たい笑顔を見るために』

 

 少しだけ自己嫌悪に陥ったように瞳に影を落としながらぐだ男は語り続ける。

 自分以外の誰かでもいいといった気持ちは嘘ではない。

 しかし、そうであっても彼女が彼女のために笑えるならば、という条件付きでだ。

 彼の愛は一言で言い表せるものではない。

 

『君は例え地獄に落ちても誰かを救えたのならば自分は救われたって言うと思う。でも、俺はそんなの納得できない! 誰かのために犠牲になる必要なんてない。君は君だけの幸せを見つけるべきだ。君が望まないのなら俺がそれを望む!』

 

 怒りのようで悲しみのような言葉が彼の喉を通って噴き出していく。

 

『君が他の誰かの為に全てを投げ打って彼らの幸福を祈るように俺も俺の全てで君の幸せを望む!』

 

 自分勝手な愛を罪というのならば彼のそれは罪だろう。

 しかし、罪だからこそその愛は美しく輝くのだ。

 

『だから、もう一度言うよ。君の傍に居させて欲しい。君を幸せにさせてください!』

 

 真っすぐに彼女の瞳を見つめ返事を待つ。

 ジャンヌの方も黙ったまま彼を見つめ続ける。

 お互いに世界の時が止まったかのような錯覚を覚える。

 そして、再び時が動き始めると共に彼女の口が開かれる。

 

「あれから色々と考えました。ぐだ男君のために断ろうなんて馬鹿なことも考えました」

『うん……』

「でも……やっぱり自分の心に従うことに決めました」

 

 すぅー、と息を吸い込み彼女は真っすぐな想いをぶつける。

 嘘偽りのない、心からの願いを。

 

 

 

「私もぐだ男君の傍に居たいです。あなたを―――もっと、もっと好きになりたいです」

 

 

 

 精一杯の想いで紡がれた言葉にぐだ男君は一瞬固まっていたがすぐに歓喜の表情浮かべる。

 そして、感情のままにジャンヌを全力で抱きしめた。

 

「ひゃっ! い、いきなりは心臓に悪いです……」

『ジャンヌが可愛すぎるのが悪い』

「なんですか、それは……」

 

 文句を言いながらもジャンヌもそっと彼の体に手を回し抱きしめ合う。

 

『でも、なんで受け入れてくれたの?』

「そ、それは、やっぱりぐだ男君のことが他の人とは違う……特別な人だと分かって……」

『うん、うん…!』

「私の好きという感情は他の人とは違うかもしれません。ですが……それでもあなたの傍に居たいと想う気持ちだけは間違いではない……それに気づけたんです」

 

 お互いの声が耳元で囁かれる。

 相手の顔も見えぬほどに近くにいるがゆえに体温も鼓動も全て相手に伝わる。

 これが幸福なのだと暖かくなる心が証明する。

 

「あなたを好きになりたい。他の誰かではなく、あなたに恋したい。それが私の想いです」

 

 少し距離を取り穏やかで美しい笑みを向けるジャンヌ。

 そんな彼女の姿にぐだ男は微かに涙を滲ませる。

 それほどに嬉しかったのだ。彼女に自分という人間が選ばれたという事実が。

 

「もう、そんな顔しないでください。こういう時は笑ってください」

 

 ジャンヌは泣きそうな顔をするぐだ男に困ったように微笑みかける。

 そして、ゆっくりと彼の頬に顔を近づけて―――優しく口づけを送る。

 

『あ……』

「ふふ…返事を待たせてしまったお詫びですよ」

 

 顔を真っ赤にするぐだ男に悪戯気に笑いかけるジャンヌ。

 ぐだ男は少し悔しくなり反撃に出る。

 

『口にはしてくれないの?』

「そ、それは……まだ早いと言いますか……」

『じゃあ、俺もこれで我慢する』

 

 彼女にやられたのと同じように優しい口づけを一つ、彼女の柔らかな頬に送り返す。

 自分と同じようにトマトのように顔を赤くするジャンヌに彼は勝気な笑みを見せる。

 

『これでお相子だね』

「そうですね……ああ、急に恥ずかしくなってきました」

『こっちもだよ』

 

 お互いに恥ずかしくなって顔を逸らす。

 どこまでも初々しい二人組であるが、まだバカップルと言われるようになる未来は知らない。

 そんな未来はさておき、打ち上げられた花火の音が二人を現実に引き戻す。

 

「あ……花火ですね」

『まだ、ちゃんと回ってないし、またお祭りを楽しみに行こうか』

「そうですね。時間は……たくさんありますしね」

 

 ぐだ男が立ち上がりジャンヌに手を差し伸べる。

 彼女は彼の手を取り、どこまでも自然に隣に並びながら歩きだしていく。

 繋ぎ合った手の指をしっかりと絡ませ、離さないようにしながら……。

 

 

 ―――二人の未来へと歩き出していくのだった。

 

 

 ~FIN~

 

 





ジャンヌ√完結!
さて、次回からはジャンヌ・オルタ√です。
こっちは趣を変えてオルタを主人公っぽく書いていこうかなと思っています。
そっちの方がオルタのめんどくさ可愛いさを出せるかなと。

後、しばらく忙しくなるので投稿間隔が長くなると思います。

それでは、よろしければ感想評価等お願いします。


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~ジャンヌ・オルタ√~
二十話:食べログ


八話のジャンヌ・オルタのお誘いを受けることで√に入ります。
では、どうぞ。


 

「食べログって知ってる? 最近はまってるのよ。おごり高ぶった有名店をボロクソに評価をして地獄にたたき落とす最高の趣味なんだけど、あんたも付き合いなさい」

『いいよ。それでどこに行くの?』

「そうね、初めは―――」

 

 終業式の日にジャンヌ・オルタの食べログに付き合うことを決めたぐだ男。

 満足気に笑うジャンヌ・オルタの横顔に微笑んでいた彼は知らなかった。

 これが新たなる戦いの幕開けだということを……。

 

 

 

 

 

「ここが激辛ラーメン店ね。ふふふ、どうせ激辛とか言って味はいい加減なんでしょうね」

「お姉様が居ればどんな料理も甘く感じられるので問題ありませんね」

『怖いもの見たさで痛い目に合わないように』

 

 暖簾をくぐりこの夏一軒目の店に入る。

 漂う匂いはどれも鼻腔をくすぐるばかりで激辛の兆しは未だに感じられない。

 しかし、三人は知らなかった。

 真の辛さとは口に運ぶその瞬間まで一滴たりとも逃がさないのだと。

 

「さて、メニューは……ってなによ、これ?」

『全部麻婆がついてるね』

「はぁ? ふざけてるのかしら。まあ、いいわ。どうせ、食べるものは決めてきてたんだし」

「すいません。この激辛麻婆ラーメンというのを3つほどお願いします」

 

 テーブル席に座り三人で同じラーメンを頼む。

 店主である年齢不詳の女性は非常に良い(・・)笑顔で注文を受けると厨房に向かっていった。

 

「それにしても、古臭い店ね、ここ」

「趣深いということですね、お姉様」

『ワザと悪く言えるのは一種の才能だね』

「うるさいわね。私は素直な感想を言っているだけよ」

 

 分かっています、といった優し気な笑みを二人に向けられ頬を赤らめながら睨み付けるジャンヌ・オルタ。

 しかし、二人にとっては可愛いだけでありブリュンヒルデに至っては鼻血を流している。

 

『はい、ティッシュ』

「ありがとうございます」

「……こうして見るとあんたが普通に見えるから頭が痛いわ」

 

 ぐだ男から差し出されたティッシュを優雅な仕草で受け取るブリュンヒルデにポツリと零す。

 ジャンヌ・オルタからすれば四六時中暴走しているブリュンヒルデであるが。

 平常時ではまさに絵に描いた美少女のためにその異常性に気づくものは少ない。

 

「これはただ迸るお姉様とのインスピレーションが溢れ出ただけですのでご心配なさらず」

「寧ろ、別の意味で心配なんだけど。……はぁ、黙っていたら完璧な美少女なのにねえ」

『鏡ならここにあるけど?』

「うっさいわね! 焼き殺すわよ、あんた!」

 

 黙っていたら完璧な美少女という言葉に鏡を差し出すぐだ男。

 口が悪いジャンヌ・オルタもその部類に入るというブーメランだが当然不評を買いおしぼりを投げつけられてしまう。

 

「たく、これなら連れてこないほうが良かったかしら?」

「そうすると、私とお姉様が二人きりのランデブー……困ります」

「やっぱり二人よりも三人の方がいいわよね」

『すごい変わり身を見た』

 

 妄想世界へトリップを始めたブリュンヒルデに手段を択ばないジャンヌ・オルタ。

 そんな学生らしいようで、らしからぬ下らない会話はあるものの登場で終わりを告げる。

 

【激辛麻婆ラーメン3つお待ちどうさまアル】

 

 三人の前に置かれるラーメン。否、麻婆豆腐。

 グツグツと煮え立ち地獄の窯の中を連想させる禍々しさ。

 どこまで見ても赤一色で豆腐ですら赤く染まっている。

 丁寧に調理されたのは一目で分かるが、心が理解できなかった。

 ラーメンという文字が消え去った激辛麻婆の威容を。

 

「……なによ…これ」

「麻婆豆腐ですね……」

「ラーメンはどこよ……」

『下に沈んでいるのが少し。本体が麻婆豆腐だね、うん』

 

 店長に文句を言う気すら起きない、いっそ清々しいまでの麻婆。

 これからこの赤い物体を食べるのかと思うと心が欠けそうになる。

 しかし、ブログのために逃げるわけにはいかずそっと蓮華を手に取る。

 

『俺が先に行こう。なに、すぐに戻ってくるさ』

「あんた……死ぬ気?」

「いけません、その先は地獄です!」

『我に七難八苦を与えたまえ!』

 

 まずは自分が毒見となって麻婆を口に運ぶぐだ男。

 二人が制止しようと手を伸ばすが既に彼の口の中に麻婆は消えていた。

 

『ギャァアアアッ!!』

 

「悲鳴!? 普通料理の感想って辛いとか不味いとかよね!?」

「辛みは痛覚の錯覚ですが……まさかこれほどまでに人体にダメージを与えられるとは。お父様ですら、こんなものは作れない…!」

 

 舌に乗った瞬間に全身が棘で串刺しにされたような痛みがぐだ男を襲う。

 何とか飲み込むが、麻婆は溶岩のように胃にへばりつき体内を焼き焦がす。

 

 だが、ここの麻婆はただ辛いだけではない。

 飲み込んだ後に胃に溜まる確かな充実感と痛みの後に残る旨味。

 死ぬほどの激痛に耐えなければならないがこの麻婆豆腐は―――

 

『悔しい…でも、美味しく感じちゃう…!』

「……は?」

『一口で意識が飛びそうになるけど……味自体は美味しい』

 

 全身から奇妙な汗をかきながら水を飲み干すぐだ男だが、確かにその顔には充足感があった。

 

「ほ、本当かしら? で、でもブログのためには食べないことには……くっ!」

「お姉様……わ、私が代わりに食べましょうか?」

「冗談じゃないわよ! このぐらい食べてみせるわよ!!」

「待ってください、私も一緒に逝きます…!」

 

 ブリュンヒルデが代わりに食べることを進言するが逆にそれが彼女の闘争心に火をつける。

 蓮華を引っ掴み勢いよく麻婆豆腐を口一杯に頬張り―――机に突っ伏す。

 

「父さん…姉さん……意地張ってごめんなさい」

『ジャンヌ・オルタがあまりの辛さに懺悔を始めた…!?』

 

 意識が吹き飛び、普段の彼女では考えられない素直な言葉が零れ出てくる。

 人間死ぬ前になると色々と後悔するのだ。

 一方のブリュンヒルデは何事もないように座り続けている。

 だが、それは所詮見た目だけだ。

 

「…………」

『座ったまま尚、君臨するのか……ブリュンヒルデ』

 

 蓮華を咥えたまま意識を失いながらも座り続ける戦乙女の姿にぐだ男は涙を流す。

 ただの一口でこれである。完食すればどうなるのか。

 三人がそこまで考えたところで店主の悪魔の声が降ってくる。

 

【お残しは許さないアルよ】

 

 恐怖には鮮度というものがある。

 残された希望がもぎ取られた時、人間はこの世で最も恐ろしい感情を抱くのだ。

 しかし、恐怖に打ち勝つのもまた人間に許された選択である。

 

「や、やってやろうじゃないのよ……後でボロ糞に書いてやるんだから…!」

「原初のルーンで味覚を変化させればこの程度…!」

『目の前の麻婆も完食できずに人理救済なんてできるかよ…!』

 

 三人はそれぞれの確固たる意志をその手に持つ蓮華に乗せる。

 そして、戦友と一度視線を合わせ最後に小さく頷き合う。

 

『生きてまた会おう』

「ふん、せいぜい死ぬんじゃないわよ」

「お二人ともご無事で」

 

 今生の別れを済ませ“この世すべての辛味(マーボードウフ)”に勇者達は無謀にも立ち向かっていくのだった。

 

 

「………あの子達は何をやっているんだ? いや、僕みたいな年寄りには若者は理解できないか」

【はい、衛宮さん、お代わりアルよー】

「ああ、ありがとう。しかし、ここの麻婆豆腐は美味いな。アイリの手料理は愛は詰まっているんだが劣化ウラン染みているからなぁ……まあ、残したことはないんだが」

 

 

 三人の若者達が死地に赴く中、擦り切れた元正義の味方は一人ぼやくように惚気ながら激辛麻婆に舌鼓を打っていたのだった。

 

 

 

 

 

『お腹がずんがずんがするです……』

「これでも食べて傷ついたお腹を癒しましょう」

 

 お腹を押さえて麻婆の後遺症に苦しむぐだ男。

 そんな彼にコンビニで買ったチョコアイスをそっと差し出すブリュンヒルデ。

 因みにメガネの形はしていない。

 

「ちょっと、私の分はないのかしら?」

「お姉様は私と一本のアイスを溶かしあってそのまま口移しを」

「やるわけないでしょ!」

「冗談です。はい、お姉様にはこれを」

 

 クスクスと笑いながらアイスを二つ差し出す。

 ジャンヌ・オルタはジト目で睨みながらもその中からあずきバーを選び受け取る。

 

『ジャンヌ・オルタ、あずきバーは気をつけてね』

「はあ? 何を気をつけるっていうのよ。ただのアイスでしょ」

 

 何をバカなことを言っているのだと呆れた目を向けながら袋を開け取り出す。

 しかし、あずきバーはただのアイスではない。

 

『―――侮るな。奴は時として人間に牙を剥くぞ』

「は? なに馬鹿なこと言ってるのよ。そんなこと起こるわけないわよ」

『昔は君のような挑戦者だったのだが、歯を折られてしまってな……』

「なによ、それ! 本当にアイスなわけ!?」

 

 あずきバーは歯の弱い人間では到底太刀打ちできる存在ではない。

 夏の暑さに紛れながら彼らは幾人もの歯をその誇りと共に打ち砕いてきた。

 人類の英知が生み出した究極の一。英雄王の蔵にも入っていると言われる代物だ。

 

『アイスの身でありながらサファイアの硬度を超えた存在……それがあずきバー』

「ふ、ふん。あんたが折れても私がそんなバカなことになるわけないでしょ!」

『後、水飴でも歯が取れるから良い子のみんなは気を付けてね』

「あんた歯取れすぎでしょ……」

 

 震え声になりながらも意地を張って平気なフリをするジャンヌ・オルタ。

 ここで少し融かしてしまうのは自分が恐れていると思われる。

 そう考えたジャンヌ・オルタは恐怖を振り切り、勢いよくあずきバーにかじりつく。

 

「硬ッ!?」

『大丈夫、おっぱい揉む?』

「セクハラ発言してんじゃないわよ! というかあんた男でしょうが!」

「お姉様にならいつでも喜んで!」

「あんたは黙っときなさい!」

 

 想像していた以上の硬さに涙を滲ませながら叫ぶジャンヌ・オルタ。

 そして便乗して悪乗りするぐだ男にブリュンヒルデ。

 アイスの一本で場は混沌へと導かれてしまったのだ。

 あずきバー融かすべし、慈悲はない。

 

『それで歯は大丈夫なの?』

「フン、大丈夫に決まってるでしょ。あんたと一緒にしないでちょうだい」

 

 ぐだ男を見下しながらあずきバーを融かすためにチロチロと舐めるジャンヌ・オルタ。

 そんな小動物的な仕草にぐだ男とブリュンヒルデは温かい視線を向けるが肝心の本人は融かすのに一生懸命で気づかない。

 

『いいよね、ジャンヌ・オルタ』

「はい……」

「…? 何よ、あんた達。変な目をして?」

 

 怪訝そうな顔をする彼女に首を振り二人して笑う。

 ますます、顔をしかめるジャンヌ・オルタであったがすぐに無視をして目の前にアイスに意識を戻すのだった。

 

『それで、ブログは書けそうなの?』

「ええ。過去に類のないレベルで扱き下ろしてやるわ。あんなの人間の食べ物じゃないわ。あれを好んで食べる人間なんて外道よ、外道」

 

 麻婆の味を思い出して顔をしかめながら毒を吐くジャンヌ・オルタ。

 しかし、ぐだ男もその意見には全面的に賛成なので何も言わない。

 あれを好むのは外道の代名詞の神父か魔術師殺しぐらいなものだろう。

 

「それで、次は何を食べに行きますか?」

「そうね……取り敢えず激辛系はもうやめましょう」

『右に同じ』

 

 もう、一生分の辛みは満喫したとでも言うようにげんなりとした表情を見せる三人。

 

「では、次はスイーツなんてどうでしょうか?」

「確かに悪くないわね。じゃあ、適当に驕り高ぶっている場所でも探しておくわ」

『楽しそうだね』

「あたりまえよ。自分は偉いと思っている奴を絶望の淵に叩き落すこと以上に楽しいことはないですもの」

 

 どこまでも邪悪な言葉を言ってのけるジャンヌ・オルタ。

 だが、手元のスマホで良さ気な店の品を楽しそうに検索しているので台無しである。

 ところどころで美味しそうなどという言葉も聞こえてくるがツッコミを入れると怒るので何も言わない。

 こういうのは遠くからニヤニヤとしながら眺めるのが通なのだ。

 

「じゃあ、今日はここで解散ね。次も私に付き合いなさいよね」

「勿論です。付き合うなと言われても付き合います。主に背後3メートルから」

「それはただのストーキングでしょうが!?」

「……?」

「何を当然のことをみたいな顔をするんじゃないわよ! 私がおかしいみたいじゃない!」

 

 まるで漫才のようなやり取りをする二人にぐだ男は他人ごとだと割り切り笑う。

 しかしながら、すぐに他人ごとではないことに気づかされることになる。

 

「清姫さんも行っていますので。ほら、今も―――ぐだ男さんの3メートル後ろに」

『今明かされる衝撃の真実ゥウ!?』

 

 ブリュンヒルデの爆弾発言に驚き振り返るぐだ男。

 すると、壁の横から顔を出す清姫と目が合いニコリと笑みを向けられる。

 その顔は非常に可愛らしいのだがなぜだかぐだ男の背中には冷たい汗が流れるのだった。

 

「……それじゃあ、私は帰るわ」

『今、見て見ないフリして俺を見捨てたよね?』

「えー、なーにー? きゅうにみみがとおくなったんですけどー?」

『きよひーの前で嘘は禁句だよ!』

「うるさいわね、嘘ぐらい別にいいでしょ。嘘の一つも認められないのは病気よ。せいぜい頑張ればいいわ」

 

 窮地に立たされたぐだ男を見捨ててジャンヌ・オルタは家路につく。

 面倒ごとから逃げて他人に押しける完璧な作戦。

 しかし、そんな彼女を待ち受けていたものは過酷な運命であった。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 自宅にたどり着いた彼女を姉のジャンヌが出迎える。

 エプロンを身に着けているのでちょうど夕飯の準備をしている最中らしい。

 

「もう少しで夕飯ができるので待っておいてください」

「ふーん、今日は何なの?」

 

 ジャンヌは妹の問いかけにニッコリと笑みを浮かべて答えるのだった。

 ジャンヌ・オルタの表情を一瞬で青ざめさせる一言を。

 

 

 

「―――麻婆豆腐です」

 

 

 





次回も食べログですかね。
この√だときよひーの出番も増えそうです。


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二十一話:女性達の会話

「ああ……普通に食べられるわ」

『うん。砂糖をぶちまけたようなものじゃなくてよかったね』

「このフォウくんパフェ。なんだか食べていると力が漲ってくるような気がします」

 

 しゃれた外観の喫茶店の中で、パフェをつつきながら、安堵の息をこぼす三人。

 前回の麻婆豆腐に地獄を見た経験から、警戒していたが、やはりあれは特例だったのだ。

 三人は黙々と、可愛らしくフォウくんがデコレーションされたパフェを食べていく。

 

『ジャンヌ・オルタ的にこの店はどう?』

「まあまあね。この無駄に凝ったデコレーションの分を、味を上げるのに回せばマシになるんじゃないかしら?」

「つまりデコレーションは可愛いということですね、お姉様」

「一言も言ってないわよ!」

 

 若い高校生らしく、三人はワイワイと賑やかに食べ進めていく。

 明るい雰囲気の店内であるが、何も明るい話ばかりが飛び交っているわけではない。

 誰も気づかないように、賑やかな雰囲気に隠れて、重い話も行われている。

 

「リリィ……考え直しなさい。あの男だけはダメよ」

「でも、イアソン様は放っておけないんです。具体的にはナイフで刺さないといけない気がするんです」

「あなたは何もわかっていないわ。顔だけがいい男なんてゼウス並みの地雷よ。もっと内面を見なさい」

 

 ふっくらとしたパンケーキを前に、フォークすら持たずに話し合う姉妹。

 メディア・リリィと姉のメディアが、妹の交際相手について話し合っている最中だ。

 

「確かにイアソン様は、捻くれ者で一見しなくても屑ですけど、道に座り込んでいるお婆さんがいたら、文句を言いながらおんぶをしてくれるような人なんですよ!」

「そうね……1万分の1ぐらいの確率で良いことをするかもしれないわ。でも、それとこれとは話は別よ。きっと将来、ドロドロの裏切りを行うことになるわ」

 

 やけに実感のこもった言葉で妹を説得しようと奮闘するメディア。

 彼女は、神に狂わされて弟をナイフでバラバラにするかのような、残酷な未来が待ち受けている気がしてならないのだ。

 

「それにこの前、小5の女の子と話し込んでいたから危険よ」

「違います! それはバーサーカーさんグッズの自慢話をしていただけです、きっと!」

「……それはそれで問題があるような気がするのだけど」

「お姉ちゃんだってセイバーグッズを買い漁っているじゃないですか!」

「セイバーはいいのよ。セイバーはセイバーですもの」

 

 妹の反論にも、全く動じた様子を見せないメディア。

 一見するとカッコよいが、要は開き直っているだけである。

 

「なら、どんな男性ならいいんですか!?」

「え? そうねえ……。やっぱり変に飾らないで、ありのままの自分を受け入れてくれて、無口だけど、本当に伝えたいことは、ちゃんと伝えてくれる人かしら」

 

 メディアは若干頬を染めながら、脳裏に浮かぶ男性の特徴を答える。

 顔はイケメンでなくていいのだ。ただ、その在り方が尊いものであればいい。

 そんな、魂イケメンの暗殺拳の使い手の教師が彼女の想い人である。

 

「そんな人、本当にいるんですか?」

「な! あなた宗一郎様を侮辱する気!? 鍋でコトコト煮込むわよ!」

「別に侮辱していません! それより、お姉ちゃんの方がイアソン様を侮辱しているじゃないですか! 子豚さんに変えちゃいますよ!」

「あなたという子は、どこで育て方を間違ったのかしら」

「お姉ちゃんじゃなくて、ヘカテ叔母さんに育てられました!」

 

 何やら魔女のような、物騒な言葉の応酬を始める姉妹。

 しかし、周りの客への配慮は考えられているのか、あまり声は聞こえてこない。

 ぐだ男の耳にはなぜか入ってくるが、日常茶飯事なので気に留めず追加注文をする。

 

『すいません。このツインアーム・ビッグクランチ・フラッペチーノっていうのください』

「うわ、何その、2000カロリーぐらいありそうなのは」

『天草がお勧めしてたから』

「……あいつって、時々変なことするわよね」

 

 名前だけで胃が重くなる感覚に、呆れた顔をするジャンヌ・オルタ。

 その頭の中では、フラッペチーノを巻き舌で言う、天草の姿が浮かんでいるがすぐに焼却する。

 

『エドモンからは、恩讐の彼方風ティラミスを勧められた』

「あんたの友達って変人ばっかね。あれでしょ、類は友を呼ぶって奴ね」

 

 最近覚えたのか、ドヤ顔でことわざを使うジャンヌ・オルタ。

 その子供のような姿に、ブリュンヒルデは無言でガッツポーズをするが、オルタは当然のように無視をする。

 

「要するに、あんたも変人ってわけね」

『その理論でいくと、ジャンヌ・オルタも変人じゃないの?』

「はあ? なんでそうなるのよ」

『いや、ジャンヌ・オルタも俺の友達でしょ?』

 

 ぐだ男が何気なく言った言葉に、ジャンヌ・オルタはポカンと口を開ける。

 彼女は、友達という言葉に慣れていないのだ。

 

「な、なな、何言ってんのよ、急に!?」

『私がお前の友だ』

「うそよ! あんたみたいな変人いらないわよ!」

『おお、ジャンヌ・オルタよ。友情を忘れてしまうとは情けない』

「そういうところが変人なのよ、あんたは!」

 

 からからと笑いながら、冗談を飛ばしてくるぐだ男に、ジャンヌ・オルタは怒鳴り返す。

 しかし、本気で怒っているようには見えず、どちらかというと戸惑っているように見える。

 それに気づいたブリュンヒルデが、クスリと笑い、助け舟を出す。

 

「私は恋人だからセーフですね、お姉様」

「あんたは友人以前に変人じゃない! 後、自然に恋人扱いするな!!」

「そんな……あの燃えるような夜を忘れてしまったのですか…? 主にブログで」

「別に炎上したことなんてないわよ! そもそも唐突すぎるのよ、あんたは!!」

 

 怒涛のツッコミの連打に、肩で息をするジャンヌ・オルタ。

 普段は人とあまり関わらない彼女であるが、この面子で集まれば自然とツッコミに回る。

 キャラの濃すぎる友人しかいない人間の悲劇である。

 

『それで、俺達は友達でいいの?』

「…ッ。そんなの……そんなの……」

 

 素直になれず、どうすればいいか必死に考えを巡らせるジャンヌ・オルタ。

 二人のワクワクとした様子にも気づく余裕はない。

 しかし、答えないのはプライドが傷つくのでツンとした口調で吐き捨てる。

 

「……勝手にすれば。あんた達がどう思おうが、私には関係ないもの」

『つまり、友人として認めてくれたでファイナルアンサー?』

「だから、勝手にしなさいって言ってるでしょ!」

 

 うるさいとばかりに、フイッとそっぽを向くジャンヌ・オルタ。

 しかし、それだけでは赤く染まる頬を隠すことはできないのだった。

 

『にやにや』

「気持ち悪い顔で笑ってんじゃないわよ! というか、自分で効果音つけてんじゃないわよ!!」

『わかりやすい方がいいかと思って』

「余計なお世話よ!」

 

 どこまでもふざけた態度を取る、ぐだ男にメンチを切るが効果はない。

 既に彼の中では、ジャンヌ・オルタからの罵倒はご褒美のようなものなのだ。

 

「困りましたね……お姉様を攻略するのは私なのに」

 

 痴話げんかをしているかのような二人の姿に、ブリュンヒルデは悩まし気に頬杖をつく。

 ジャンヌ・オルタは、ブリュンヒルデルートに入らなければならないのだ。

 それを邪魔する者がいるのならば、友人であっても排除しなければと。

 そんな物騒なことを考えていると、隣から声が聞こえてくる。

 

「困りました……旦那様は、前世から私のるーと固定のはずなのですが」

 

 いつから居たのか、可愛らしく困った表情を浮かべる清姫。

 彼女は、ぐだ男と自分は、前世から結ばれているのだと、信じて疑わない。

 そんな、二人の恋する乙女が、互いに視線を合わせる。

 

「清姫さん。一つ提案があるのですが?」

「はい、お聞きしましょう」

 

 彼女達はお互いの利害が一致している。

 ブリュンヒルデはそこに目をつけた。

 

「清姫さんがぐだ男さんと出かける。その間に、私がお姉様と出かける。そうすれば、自然と二人の仲はこれ以上深まらず、逆に私達はそれぞれの想い人と仲が深まる」

「確かに、あなたの言う通りですね」

「ええ、私達は手を取り合うべきです」

「本当に魅力的な提案です」

 

 ブリュンヒルデからの提案に、納得して頷く清姫。

 この策は完璧な策だ。誰も傷つけることなく、二人に利益が生じる。

 断る理由などない。しかし、彼女の返事は意外なものだった。

 

 

「ですが、お断りします」

 

 

 彼女の返答はNOであった。

 

「……なぜですか?」

「この清姫が最も嫌いなものは嘘です。真実を伝えずに、そのようなことをするのは(だま)し討ちに等しい行為。同じ土俵に上がる前に、敵を排除するなどもってのほか。正妻たるもの、小細工などせずに、どっしりと構えて横綱相撲をすればいいのです」

 

 どこか威厳に満ち溢れた言葉にブリュンヒルデは目からうろこが落ちたような気分になる。

 そのためか、清姫の中では既に自身がぐだ男の正妻になっていることに、突っ込みを入れてくれる人間はいない。

 

「そうですね……私が間違っていました」

「いいんですよ。間違いは誰にでもあるものです。ただ、それを認めないのが嘘なのですから」

 

 ニコリと笑みを浮かべて、ブリュンヒルデの手を取る清姫。

 美しい友情のように見えるが、想われる側からすれば傍迷惑なだけである。

 

「そもそも、妻は夫の三歩後ろを行くものですもの。妻が引っ張るのではなく、あくまでも夫を立てなければダメです」

「はい。死後も、冥府の館まで追っていくぐらいでないと、ダメですよね!」

「あんた達、さっきから、なに恐ろしい話してんのよ!?」

 

 今まで無視をしていたが、物騒になってきたので、ツッコミを入れるジャンヌ・オルタ。

 因みに、ブリュンヒルデが、ぐだ男を危険視している理由には気づいていない。

 

『まあまあ、いつものことだから落ち着いて』

「死んだ目で言われても、説得力ないんだけど……」

 

 死んだ目で、いつものことと言い切るぐだ男に、憐みの視線を向けながら座りなおす、ジャンヌ・オルタ。

 その視線が、なぜか無性に泣きたくなるものだったので、ぐだ男は無理矢理、話題を変える。

 

『そういえば、みんなは宿題やってる?』

「ええ、当然です」

「私も、少しずつですが」

「そりゃ、あんなの、少しずつやらないと終わるわけないでしょ」

 

 やっていなさそうなジャンヌ・オルタも含めて、やっているという返答にぐだ男は汗をかく。

 彼にとって、夏休みの宿題とは最後の数日でやるものなのだ。

 

「もしかして、あんた一切手をつけてないの?」

『ま、まだ、時間はあるし』

「そう、よかったら見てあげましょうか」

『え、ジャンヌ・オルタが?』

「ええ。ただし、あんたが間に合わなくて絶望する顔をだけど……ふふふ」

 

 邪悪な笑みを浮かべて、ぐだ男を見下すジャンヌ・オルタ。

 人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。

 必死に努力する相手に、横からちょっかいをかけて、遊ぶのが彼女の趣味なのだ。

 しかし、ここにはそれを善しとしない人物がいる。

 

「旦那様を否定するのは心苦しいですが、夫を諫めるのも妻の役目。お手伝いしますので、一緒に宿題をしましょう。あ、それと、この前探していた本は三段目の引き出しの中にありました」

『ありがとう、清姫。ところで、なんでそれを知っているのかな?』

「? 掃除をしていた時に見つけたからですが?」

『そうじゃなくて……いや、やめておく。夜寝れなくなりそうだから』

「まあ、私のことを想うと夜も眠れないなんて……これはもう、結婚するしかありませんね」

 

 かみ合っているようで、まるでかみ合っていない会話を繰り広げる二人。

 恋する乙女とは時に恐ろしいものである。

 

「それでしたら、私もお手伝いしましょうか。もちろん、お姉様も一緒に」

「は? なんで私も一緒にやらないといけないのよ」

「昨日、『一人よりも大勢でやった方が楽しい』と言っていましたので」

「ちょっ! あれはそういう意味じゃ……って、なんで知ってるのよ!?」

「お姉様のベッドの下で聞きました」

「もう、ただのホラーじゃない、それ!!」

 

 いとも容易く行われるストーカー行為。

 その源は純粋な愛であるが、やられる側からすれば恐怖でしかない。

 そして、その苦労が、ぐだ男とジャンヌ・オルタに妙な共感を抱かせていることを二人の乙女は知らない。

 自業自得というものである。

 

『取りあえず、みんなで宿題をするのは決定でいいのかな?』

「フン……まあ、あんたが、どうしてもって言うならつき合ってもいいわよ」

 

 相も変わらず、ツンツンとした態度であるが、拒絶はしないジャンヌ・オルタ。

 そんな姿に、ぐだ男は思わず微笑んでしまいながら思うのだった。

 

 ―――もし、彼女の隣に立てるのなら、それは素晴らしいことだろうと。

 




ジャンヌ・オルタ的には、ブリュンヒルデ√とぐだ男√がある状態。
そして、ぐだ男√に行くと清姫との戦いが待ち受けているのです(真顔)

次回は勉強会という名の遊び会。


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二十二話:ライフゲーム

 

「この! そんなところでボサッと止まってんじゃないわよ! 賠償金はあんたが払うべきよ!」

『文句を言っても、ぶつかってきたのはそっち。さあ、おじぎをするのだ、ポッター!』

「くっ、これが現実なら車ごと焼き払ってあげるのに…!」

『リアル人生ゲームは勘弁』

 

 わいわいがやがやと、人生ゲームを囲む、ぐだ男達。

 ジャンヌ・オルタ、清姫、ブリュンヒルデ、ジークフリート、そしてぐだ男の五人だ。

 五人は宿題をやるために、ぐだ男の部屋に集まったはずなのだが、現状はこの様である。

 友達と集まれば遊んでしまうのが学生の(さが)である。

 

「それでは、俺のターンだな。……1か。しかし、また資金は増えたようだ」

『さすが、黄金律。でも、一番遅れているね』

「どうにも、俺はこういったゲームではあまりいい目が出ないらしい」

 

 五人の中では最も遅れているものの、止まるマスのほとんどが、お金の増えるマスのジークフリート。

 ついているのか、ついていないのか、非常に判断のしづらい状況である。

 

『……それにしても、ボードゲームにして本当に良かった』

「あんた、今、なんか言った?」

『気にするようなことは言ってないよ』

 

 疑問符を浮かべるジャンヌ・オルタを残して、ぐだ男は数時間前を回想する。

 初めは、大乱闘コロッセウムというゲームをしていた。

 だが、個性ある友人達は簡単に問題を起こしていったのだ。

 

【なによこれ!? 防御力高過ぎ! バグじゃないの!?】

【悪竜の鎧が強すぎてすまない。これでも、竜殺しの大英雄の力のほんの一端なのだが……】

【竜の血を浴びてあれほどの力……つまり、私も竜になれば】

【ああ、シグルド……勇ましい姿、でも殺さなきゃ。愛さなきゃ…殺さなきゃ……】

 

 圧倒的な力を見せつける大英雄ジークフリート。

 そのあまりの強さに、一方的な戦いになってしまったり。

 

【ヒャッハー! キングボンビーをくらえ!】

【ちょっ、ふざけてんじゃないわよ! ぐだ男のくせに!!】

【リアルファイトは危険だ。すぐにやめるべきだと、俺は思うぞ】

 

 最下位争いで、醜いボンビーの押し付け合いを行った、ぐだ男とジャンヌ・オルタ。

 結果的にリアルファイトが勃発し、オルタのコブラツイストが炸裂した。

 もっとも、ぐだ男からすれば、柔肌を堪能できたご褒美だったのだが。

 

【お姉様、ババ抜きはやめて、そろそろ別のゲームでもやりませんか?】

【嫌よ! 絶対に勝つまでやめないわよ!!】

【負けず嫌いって厄介……】

 

 ババ抜きでは、ジャンヌ・オルタがもろに表情に出すせいで、負け続けるという事態になる。

 それでも、負けず嫌いの彼女は諦めずに挑戦し続け、時間だけが過ぎていく。

 途中で、ぐだ男がわざと負けてあげようとしても、問題が起きる。

 

【旦那様……今、嘘をつこうとしていませんでしたか?】

【清姫さんとダウトをしても、勝てそうにありませんね】

 

 噓つきは絶対に許さない少女、清姫の妨害にあい、真剣勝負を挑まざるを得なくなるのだ。

 もし、彼女とダウトをしたのならば、彼女以外の参加者は全員焼き殺されていくだろう。

 

『ボードゲームなら嘘もないし、運次第だから誰でも勝てるチャンスはある』

 

 そのような試練の果てにたどり着いたのがボードゲーム。

 反則を自ら侵さない限りは、まず嘘つきにならず、公平に遊べるゲーム。

 まさに、この面子でやるのにピッタリのゲームなのだ。

 

「では、私の番ですね。どうやら、ここで結婚のようですね。

 ―――あ、ご、誤解しないでくださいね、旦那様。あくまでもゲームの中です!

 決して、決して! 浮気ではございません!!」

『うん、分かってるよ。だから、俺のキャラが結婚しても怒らないでね』

 

 誤解されたらどうしようと、焦りながら必死に弁解する清姫。

 彼女のそんな姿に、ぐだ男は思わず可愛らしいと思いながら返答する。

 ちゃっかりと、自分に危害が加わることの無いように誘導しながら。

 

「はい。お相手はゲーム上の私だと思っていますので問題ありません」

『そっか、そっか…そっか……』

 

 しかしながら、ぐだ男の小細工など、視界にも入らないかのように、踏みつぶされてしまう。

 前世、現世、来世、そしてゲームの世界でも彼女は離れない。

 愛に不可能はないのである。

 

「次は私の番ですね。……私も結婚ですか」

「ええ、そうね。だから、ナチュラルに女を乗せようとするんじゃないわよ。あんたも女でしょうが」

 

 結婚マスに止まり、流れるような仕草で、女性を隣の席に乗せようとするブリュンヒルデ。

 それに対し、ジャンヌ・オルタは、まさか自分のつもりかと、恐れながらツッコミを入れる。

 

「望まぬ結婚は嫌です。はい、旦那が薬で記憶を奪われて、寝取られるなんて最悪です」

「そ、そうね。そんなことする奴は縊り殺さないといけないわね」

「ええ。ですから、絶対に奪われないように、ゲーム内でも死守していようと思います」

「結局、旦那なら男でしょう。屁理屈言ってないで男の方を乗せなさいよ」

 

 どことなく暗い話になりながらも、最後にはツッコミが入る会話。

 せっかく遊んでいるのだから、楽しいのが一番なのだ。

 

『さて、やっと俺のターンか。一気に行くぞ』

 

 気合を入れてルーレットを回す、ぐだ男。

 現在は金額的には3位だが、ここからの追い上げも十分に可能だ。

 

『よし、9だ。なになに……“妖怪に襲われ、鐘の中に隠れた。ルーレットを回して奇数が出ないとスタートから。”……なんだ、このマス?』

「鐘の中に囚われるなんて……私が居れば鐘を溶かして差し上げますのに」

『どう考えても、それって蒸し焼き案件だよね?』

 

 謎のマスに止まり、冷や汗を流すぐだ男に、清姫がニッコリと笑いかける。

 非常に可憐な笑みなのだが、ぐだ男には何故かその姿が蛇に見えるのだった。

 

『とにかく、奇数を出さないと……』

「大丈夫です。偶数でも、私はどこまでもついていきます」

 

 清姫の応援を受けながらルーレットを回す。

 誰もが固唾をのみ、その結末を見守る。

 

 

『……4だ。 “残念! 鐘の隙間から服の裾がはみ出していた。来世(スタート)からやり直そう』

 

 

 現実は非情だった。妖怪に襲われたぐだ男は、スタートからやり直すことになってしまった。

 

「あははは! いい気味ね。私の車にぶつかるから、そんなことになるのよ」

『いや、俺はぶつかられた方なんだけど……』

「うるさいわね。いいから、一人みじめにスタートからやり直しなさい」

 

 腹を抱えて笑うジャンヌ・オルタに、ムッとなって言い返すが、結果は変わらない。

 しぶしぶとスタートから始めることにする。

 そんなところで、部屋の扉がノックされる。

 

『はい、どうぞ』

「お邪魔するわね」

 

 中に入ってきたのは、輝く銀の髪に赤い瞳を持つ美しい女性、アイリスフィールだった。

 手には、お菓子とお茶が入ったおぼんが握られていた。

 

『あれ、アイリさん? 来ていたんですか』

「今日は、一緒にご飯を食べようって、切嗣から聞いてなかった?」

『そう言えば……』

 

 衛宮家は両親が不在のぐだ男に、家族ぐるみで世話を焼いてくれているのだ。

 時折、こうして衛宮家の夕飯にお呼ばれすることがあるのだ。

 

「よかったら、皆さんもどうかしら? 腕によりをかけて料理を作るわよ―――私が(・・)

『……Pardon?』

 

 ニコニコとしながら告げられた爆弾発言に、ぐだ男は顔を真っ青にする。

 アイリスフィールは、今は一主婦として人生を満喫しているが、元は超がつくお嬢様である。

 お城に住み、メイド達に世話をされて育てられてきた。

 そんな人間が料理ができるだろうか。いや、できない。

 

「私が作るのよ。いつもは子供達にやってもらっているんだけど、たまには、お母さんらしいところを見せないと」

『そ、そのままでも、十分、母親らしいと思いますヨ』

「ダメよ。こういうのは行動で示すものだって、切嗣も言ってたわ」

 

 既に、やる気満々なアイリスフィール。

 ぐだ男は避けられない運命を悟り、友人達だけでも逃がそうと目配せをする。

 それを受けて、ジークフリートが小さく頷く。

 

「お言葉は嬉しいのだが、家族の団欒を邪魔するわけにもいかないだろう」

「あら、別に遠慮しなくてもいいのよ。食事はみんなで楽しくね」

 

 ロシアンルーレットという意味でなら、楽しくなるかもしれないと、ぐだ男は考えるが口には出さない。

 

「ですが、これだけの人数が増えると大変ではありませんか? お義母様(おかあさま)

「そう言われると……一人だと大変かもしれないわね」

「でしたら、義娘(わたし)がお手伝いします」

 

 所々で、不穏な言葉が混ざっている清姫であるが、起死回生の一手を繰り出してみせる。

 そう、手伝いながらであれば、最悪の結果は免れるかもしれないのだ。

 もっとも、本人からすれば、ただ単にアピールの場だと思っているだけだが。

 

「いいのかしら?」

「ええ、何もしないというのも心苦しいので」

「それなら、手伝ってもらおうかしら。ふふふ、楽しみね」

 

 にこやかに会話を交わす二人の姿にぐだ男は胸を撫で下ろす。

 何とか死傷者が出ずに済みそうだと。

 

 

 

 

 

『マモレナカッタ……』

 

 目の前で、ブクブクと不気味な泡を立てる料理を見て、ぐだ男は肩を落とす。

 メインに置かれているこれ以外の料理はまともだ。

 他のものは、清姫とエミヤが作り上げたので、美味しそうに見えるためにギャップが激しい。

 

『清姫、エミヤ……これは一体?』

「……ええ、嘘はありませんでした。正直だけで作られた料理です、これは」

「私も何とか止めようとしたのだが……自分一人で作るといって聞かなくてな」

 

 どうしたものかと三人で頭を抱える。

 口に含んだ瞬間に、舌が物理的に溶けてしまいそうな、シチューのような何か。

 小5のイリヤやクロは勿論、女性陣に食べさせていいものではない。

 

『……男だけで完食しよう』

「ああ、それ以外になかろうよ。女性を危険にさらすわけにはいかん」

「このようなことになるのなら、悪竜の血で背中と言わず、胃も強化しておくべきだったな……」

『そう言えば、ジャンヌ・オルタってファブニールを飼ってたよね……』

「ちょっ! ポチをどうするつもりよ! やめなさいよ、目が冗談に見えないんだけど!?」

 

 今からでも、竜の血を飲めば、この局面を切り抜けられるかもしれないと考える、ぐだ男。

 しかし、当然のことながらジャンヌ・オルタに猛反対され、すんでのところで踏み止まる。

 

「……思いついたよ。この料理を穏便かつ、最小の犠牲で処理する方法をね」

「おとーさん? なんだか目が怖いんだけど……」

 

 そんな絶体絶命の状況の中、一家の大黒柱は重い口を開く。

 イリヤが、普段と様子の違う切嗣の様子に驚いているが、彼は気にすることなく言葉を続けた。

 

 

「―――スケープゴートだ。男性陣の中から一人を囮にする」

『げ、外道だ…!』

 

 

 至極真面目な顔で放たれた言葉は、1を切り捨てて、2を取る正義であった。

 確かに分散させるよりも、一人が食べた方が確実性は増すだろう。

 全滅の危険性を背負うよりも、一人の犠牲を許容する。

 それが正義という集団秩序なのだ。

 

「フ……それならば、私が行こう。なに、体の頑丈さには自信があってね」

「いや、それならば俺が行くべきだ。俺は生まれてこの方、大病を患ったことがない」

「気にすることはない。囮役のような地味な仕事は、君には向かないだろうよ」

「誰かのためになれるのならば戸惑う理由はない。この心臓を捧げるのも厭わない」

 

 何故か、率先して犠牲になろうとしている、エミヤとジークフリート。

 声が似ているせいか、それとも内なる正義の味方になりたいという願望がそうさせているのか、それは誰にもわからない。

 だが、二人の口論は発案者の鶴の一声によってさえぎられる。

 

 

 

「いや―――囮役はもちろん僕が行く…。君達はこれからの世界を守っていく、正義の意志達だ」

 

 

 

 切嗣は恐れから声を震わせることもなく、淡々と言い切る。

 そして、制止も聞かずにアイリの料理の器を自分のもとに寄せる。

 

「親父…!」

『まさか、初めからそのつもりで……』

「あなたは……なぜ、そこまで…」

 

 動揺し、声を上げるぐだ男達に向き直り、切嗣は穏やかな笑みを見せる。

 

「僕はね、正義の味方に…なりたかったんだ」

「しかし、その願いは……」

「うん。正義の味方は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

 

 かつて、世界平和という馬鹿げた理想を掲げた男がいた。

 しかし、理想は呪いに変わり、男をむしばんだ。

 だが、男は一人の女に世界を超えた先でも愛されていた。

 

「だから、正義の味方になれるのなら、僕は喜んでこの料理を食べるよ」

「爺さん、あんたは……」

「それに、僕がアイリの手料理を他の人に渡すわけがないだろう?」

 

 故に、全身全霊の愛でもって、返さなければならない。

 キザな笑みを浮かべ、切嗣はスプーンを手に取り、深呼吸を行う。

 そこへ、後片付けを終えたアイリがやってくる。

 

「あら、あなた。私の料理を独り占めにしてるの?」

「うん。みんなにわがままを聞いてもらってね。やっぱり、奥さんの手料理は僕だけのものにしたいからね」

「もう、切嗣ったらぁ」

 

 歯の浮くようなセリフを並べ、アイリのご機嫌をとる、切嗣。

 彼の姿からは、特別なものは何も感じられない。

 それは、死線を何度も潜り抜けてきた、歴戦の戦士故に醸し出せる凄みでもある。

 

「それじゃあ、いただきます」

「はい。お味の方はどうかしら?」

 

 周りの者たちは、いただきますをしても、食事に手をつけずに切嗣を見つめ続ける。

 それを意識することもなく、切嗣は食べていいようには見えない物体を口に運んでいく。

 口内を形容しがたい味と、触感が蹂躙するが、おくびにも出さない。

 

「……うん。美味しいよ」

「よかったぁー。ちょっと失敗しちゃったからどうかなと思ったんだけど、お口にあったなら嬉しいわ」

 

 どこがちょっとだと全員が、無言でツッコミを入れている間にも切嗣は食べ進めていく。

 まるで、一度手を止めてしまえば、二度と進まないとでもいうように。

 鬼気迫る気迫で、スプーンを動かし続ける。

 

「ふう……ご馳走様。アイリ、悪いけどお茶を持ってきてくれないかい?」

「はい、お茶ね。えーと、どこにあったかしら」

 

 そして、あっという間に完食してしまう。

 だが、体に残ったダメージは本物であった。

 アイリの姿が見えなくなったところで力なく崩れ落ちる。

 

「おとーさん! しっかりして!!」

「そうよ、こんなところで倒れてどうするのよ!」

「ああ……イリヤ、クロ……僕は…正義の味方に…なれたかな…?」

 

 駆け寄ってくる娘二人に、微笑みかけながら切嗣は小さく問いかける。

 自分は子供の頃に憧れていた存在になれたのかと。

 

「うん…! うん…ッ! おとーさんは正義の味方になれたよ…ッ」

「そうよ…本物の…私たちの正義の味方よ…ッ!」

 

 娘たちの言葉に満足げな表情を浮かべ、衛宮切嗣は声をはき出す。

 

「ああ―――安心した」

 

 その言葉を最後に、衛宮切嗣は安らかに瞳を閉じるのだった。

 娘たちからの心の籠った言葉と、小さな安らぎをしっかりと胸に抱きながら。

 

 

 ――ケリィはさ、どんな大人になったの?――

 

 ――僕はね、正義の味方になれたんだ――

 

 

 

 

 

「いや、これ食事よね? なんでこんなことになってんのよ? というか、最近こんなのばっか……まともに食事がしたいわ……」

 

 事態に困惑したジャンヌ・オルタの心の叫びは、誰にも届くことなく消えていったのだった。

 

 




ここまで書いておいてなんですけど、士郎も実装されるかもしれないんでエミヤ=士郎ではないです。

衛宮アチャ太郎がエミヤの本名です(真顔)


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二十三話:プールサイド

 

 『わくわくざぶーん』女子高生のわくわくして、ざぶーんとしたい、という素直な意見から名づけられたプールである。

 夏は普通のプールとして、冬は温水プールとして人気を博している。

 

『俺は俗にいう、ハーレム状況にいるのではないか?』

 

 プールサイドに一人で立ちながら、ぐだ男は呟く。

 今日はジャンヌ・オルタ、ブリュンヒルデ・清姫の美少女達とプールに来たのだ。

 それも、男はぐだ男一人だけ。まさにハーレム状態である。

 

「羨ましいですね、お兄さん」

『誰もが憧れる状況にいるからね、俺は。ところで、ギル君はなんでいるのかな?』

「ぼくは、ここのオーナーですから」

 

 聞きなれた声が足元から聞こえてきたので、返事をしながら視線を落とす。

 金色の髪に、少女かと見間違えるほどの美貌。

 ここ『わくわくざぶーん』のオーナー、ギル君こと子ギルである。

 

『そうなの?』

「はい。今日のお兄さんみたいに、面白そうなお客さんには、声をかけて回っているんです」

『例えばどんな人が?』

「そうですね、お兄さんと同じ状況の人があちらに」

 

 子ギルが指さした方を見ると、そこには大勢の女性に取り囲まれる男がいた。

 

「あの、お言葉は嬉しいのですが、私にはお嬢様方をお相手する時間がないのです」

「はっはっはっ。いいじゃないか、ディルムッド。どうせ、それと知らずに、その魔貌でお嬢さん方を誘惑したのだろう? バチコーン! バチコーン! とね」

「いえ、決してそのようなことは……」

 

 大勢の女性から、逆ナンをされるディルムッド。

 それを笑いながら、おちょくるフィン。

 男であれば嫉妬するような状況だが、ぐだ男は憐みの視線を向けることしかできなかった。

 

『モテすぎるのも辛いんだね……』

「お兄さんも、他人事じゃないと思いますよ?」

『よし、他にはどんな人がいるのかな?』

「そういう切り替えの早いところは、嫌いじゃないです。後は……そうですね、あそこの太ったお方なんて面白いですよ」

 

 残酷な現実から目を逸らし、今度はパラソルの下で寝そべる太った男性を見る。

 ピザをむしゃむしゃと食べ、コーラをぐびぐびと飲むDEBU。

 何か起きたら、まずは奴を疑えと言われる男、ユリウス・カエサルその人である。

 

「ふー、実に良い。バカンスとはこうして怠惰を貪るものでなくてはな」

『うーん……実に堕落的な生活だ』

「確かに、あれはあれで愛でようがありますが、本当に面白いのはここからです」

 

 完全に、リラックスモードに入っているカエサル。

 しかし、その余暇を砕く者が現れる。

 

 

「ドーモ、カエサル=サン。サー=ガウェインです。借金の返済をお願いします」

 

 

 軽くウェーブのかかった金髪に、鋭い青眼。

 手には剣を携え、一部の隙もなく構える、太陽の騎士ガウェイン。

 だが、プールなので律儀に海パン一丁である。

 

「うむ、わざわざこのような場所まで来るとは、いささか野暮ではないかね?」

「御託は良いのです。いいから払いなさい」

「そうは言われてもな。今ここで私が倒れれば、融資者である君達もただではすむまい」

 

 最強の借金取りに対して、得意の弁論を始めるカエサル。

 彼には国家予算並みの借金をしながらも『自分が倒れれば、負債を負うのはお前だぞ。だから、もっと私に金を貸して出世させるのだ』と言って、さらに資金を提供させたという逸話がある。

 それほどに、彼の弁論と戦略は優れたものであるのだ。

 しかしながら、太陽の騎士の行動は非常にシンプルなものであった。

 

「午前の光よ、借金を返したまえ!」

 

 容赦なく聖剣を振りかざし、カエサルに襲い掛かる。

 カエサルは舌打ちをしながら避けるが、その表情から余裕は消えていた。

 

「暴力か。ああ、実に、実に、合理的だ! 弁舌で勝てぬ相手ならば、有無も言わさずに斬りかかれば良い。私でもそうする。いかにペンは剣よりも強しと言えど、ペンを握る手を斬り落とされれば、どうすることもできぬからな!」

「さあ、ローマよ。我が王の威光の前に、財布を差し出すのです! あのルキウスのように!」

「適材適所ではないな。一騎当千の騎士を相手にするには、私ではいささか荷が重い」

 

 一片の曇りも苦渋も無く、取り立てに来る太陽の騎士に、カエサルは高速で思考を行う。

 得意の弁論は封じられ、筋の通った言い訳も聞く耳を持たない。

 ならば、残された道は1つ。

 

 

「―――逃げるに限る」

 

 

 三十六計逃げるに如かず。

 形勢が不利であれば、後ろを振り向くことなく逃げるべきである。

 しかし、太陽の騎士がそれを認めるはずもない。

 

「この剣は太陽の映し身。かつ負債を回収するもの……エクスカリバー―――」

 

 借金を背負うものを確実に捕まえるために、聖剣の力を開放する。

 それでいいのかと問いたくなるが、王のためならば泥を被るのも覚悟の上だ。

 太陽の力の一端を今まさに、解き放つ―――

 

 

「はいはい。他のお客さんの迷惑になるので外でやってくださいね」

 

 

 だが、二人の体は黄金の鎖によって絡めとられてしまう。

 肌の露出の多い服で拘束と書けば、青少年の喜びそうな展開だが現実は酷いものである。

 ガウェインはまだ、お姉様方が喜びそうな姿だが、カエサルに関しては目も当てられない。

 ローマ人全ての、夫であり妻であると言われた男も、こうなれば形無しである。

 

「この二人、どうしましょうか?」

『ダストシュートから、外に出せばいいんじゃない?』

「それもそうですね、では」

 

 反論も反抗も許さぬように、素早く二人を排除する子ギル。

 公共の福祉に反する人間には、罰が与えられるものだ。

 

『悪は去った』

「はい。これで穏やかな休日が戻ってきますね。それでは僕はここで」

『じゃあね』

「ええ、お兄さんはしっかりとお姉さん方を褒めてあげてくださいね」

 

 子ギルの言葉に、首を傾げるぐだ男だったが、すぐに理由は判明する。

 

「旦那様、お待たせしました」

 

 振り向くと、そこには恥じらい気味に立つ清姫がいた。

 身に纏うのは、少し表面積が少なく感じる水色のビキニ。

 着やせするタイプなのか、予想よりも大きなバストが強調され、色気を放つ。

 

『可愛いね、清姫にぴったりだ』

「まあ、ありがとうございます。この日のために何か月も前(・・・・・)から準備してきたかいがありました」

 

 にこやかな会話であるために、ぐだ男は気づかない。

 彼自身は清姫と会ってからまだ、一か月程度しか経っていないという事実に。

 

『あれ、後の二人は? まだ着替えているの?』

「いえ、一緒に更衣室から出てきたはずなのですが―――」

「あー! ちょっと匿いなさい、ぐだ男!!」

 

 ジャンヌ・オルタの声に視線を向けるが、あっという間に、背後に回られ盾にされる。

 何事かと戸惑うぐだ男だったが、原因はすぐに判明する。

 

「お姉様、日焼け止めクリームを塗らないとダメですよ。だから、今すぐに私がお姉様の肌にしっとり、ねっとりと」

 

 長い髪をポニーテールにまとめ、息を荒げ、頬を紅潮させたブリュンヒルデが現れる。

 彼女の水着は大胆な白のモノキニ。前はワンピースに見え、後ろからはビキニに見えるものだ。

 彼女の完成された肉体と合わさり、まさに戦乙女といった、神秘的な美しさを醸し出す。

 もっともセリフで台無しであるのだが。

 

「表現が嫌らしいのよ! 大体、室内プールなんだからそんなに焼けないわよ!」

「……最近は紫外線の浴びすぎで、皮膚がんになることもあるんですよ?」

「そ、そんなの、偶にでしょ?」

 

 ブリュンヒルデの言葉に不安になり、尻すぼみになるジャンヌ・オルタ。

 実際問題、白すぎるといっても過言でない彼女の肌は、日差しに弱い。

 そうした事情があるので、彼女はブリュンヒルデの申し出を突っぱねきることができないのだ。

 

『別に、ブリュンヒルデ以外に、塗ってもらうんならいいんじゃない?』

「それよ! それ! 別にあんたじゃないとダメなんて理由はないんだから」

 

 ぐだ男の提案により、パッと顔を明るくするジャンヌ・オルタ。

 ブリュンヒルデの方は悔しそうな顔をするが、事実のため何も言い返せない。

 

「じゃあ、ぐだ男。あんたが塗りなさい」

『え! 俺でいいの!?』

「…あッ! 違う、違う! 今のは、う―――」

 

 まさか、自分が指名されるとは思わず、裏返った声を上げるぐだ男。

 ジャンヌ・オルタの方も無意識で言っていたのか、今になり相手が異性だということに気づき、慌てて否定しようとするが。

 

「嘘……ですか?」

 

 この世から噓を無くすと言って、はばからない清姫に止められてしまう。

 

「う、嘘じゃないわよ! 別に…」

「では、間違いですか?」

「私が間違いなんてするわけないでしょ!」

 

 普段から馬が合わない性格のために、売り言葉に買い言葉とばかりの会話を繰り広げる。

 だが、嘘をつくこともできず、素直に間違いを認めることができないとなると。

 

「つまり、旦那様に日焼け止めを塗って頂くということで間違いありませんね」

「う…っ。そ、そうよ。別に構わないわよ……変なとこに触れないなら」

 

 初めに言ってしまったように、ぐだ男に塗ってもらうしかなくなる。

 何故こうなってしまったのかと、後悔からプルプルと震えるジャンヌ・オルタを横目に、ぐだ男は清姫に耳打ちをする。

 

『でも、良かったの、清姫。俺、男だよ?』

「はい。確かに旦那様が他の方に触れるのは、少し、すこーし、複雑な思いですが……」

『ですが?』

「この世からまた一つ嘘が消えましたので。次に旦那様に、塗ってもらうことで我慢いたします」

 

 己の信念を貫き通して見せた清姫は、朗らかに笑って見せる。

 しっかりと自分の利益を確保しながら。

 

「そんなところで話してないで、さ、さっさと、終わらせなさいよ!」

『分かった。じゃあ、背中向けて。前は自分で塗れるでしょ?』

「当たり前でしょ。ほら、早くしなさい」

 

 緊張しているのか、声を震わしながら促すジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男の方も緊張から、乾いた唾を飲み込み、ゆっくりと彼女の体に手を伸ばす。

 

「…っ!」

『あ、ごめん。痛かった?』

「べ、別に、何でもないわよ。とっとと終わらせなさい」

 

 ビクッと体を震わせながら、彼女は零れそうになる声を抑える。

 ぐだ男の方も、予想の何倍も柔らかく、触れれば簡単に傷つけてしまいそうな肌に戸惑う。

 お互いに恥ずかしくて仕方がなくなるが、他の二人に見られているので必死に耐える。

 

「…つぅ…! ……んッ」

『本当に大丈夫…?』

「へ、平気だって言ってるでしょ…っ」

 

 顔を赤くして、こちらを睨みつけてくるジャンヌ・オルタ。

 その姿に、ぐだ男は思わず、自分が彼女を汚しているような錯覚を覚えてしまう。

 しかし、すぐに頭を振って邪念を振り払い、作業を終える。

 

『はい、終わったよ』

「はぁ…はぁ…やっと終わった……変な気分になっちゃったじゃない」

『なんか言った?』

「な、何でもないわよ! とにかく、あんたのせいよ!!」

 

 若干涙目になりながら、ぐだ男にあたるジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男の方は理由は分からないが、取りあえず頭を下げる。

 だが、それだけでは彼女の気持ちは収まらなかった。

 

「とにかく動いて忘れましょう! 25mプールで競争ね! 負けたらアイスおごりなさいよ!!」

『ジャンヌ・オルタが負けたら?』

「フン。女性に奢ってもらうような甲斐性なしなの、あんた?」

『ずるい……』

「うるさいわね。いいから行くわよ! ほら、あんた達もよ」

 

 そして四人は、ジャンヌ・オルタを先頭にして、レジャーを満喫していくのだった。

 

 

 

 

 

「あー……疲れた」

『今日はよく遊んだ……』

 

 流れるプールにて、浮き輪に乗って流されて行くジャンヌ・オルタとぐだ男。

 そろそろ日も沈みかけており、客の数もまばらになってきている。

 因みに清姫とブリュンヒルデは、最後にウォータースライダーに乗ってくると言って、ここにはいない。

 

『結局、競争は俺の勝ちだったね』

「ノーカンよ、ノーカン。途中でバタフライするレオニダスを見て、吹き出したから負けたのよ」

 

 苦々しげに、言い訳をするジャンヌ・オルタ。

 確かに、レース中に偶然、日課のトレーニングをしていたレオニダスと会ったのは仕方がない。

 まるで、トビウオのように、水面から飛び上がりながら泳ぐ姿を見て、吹き出すなという方が無理だろう。

 

『笑いながらでも、勝てるぐらいに肺活量をつければいいだけ』

「どんな脳筋的発想よ、それ」

『レオニダスさんは言っていたよ。10倍の敵に勝つには1人で10人分戦えばいいだけだって』

「間違ってるでしょ、それ! 計算はあってるけど何かが間違ってるわよ!!」

 

 疲れている体に鞭を打ち、ツッコミを入れるが、スパルタ式数学に間違いはない。

 重装備をしなければ敵の攻撃が防げない。軽装でなければ素早い機動ができない。

 そんな時にどんな計算すればよいか、答えは単純だ。

 重装備をしたまま、素早く機動できる筋肉をつければいいだけだ。

 

『ジャンヌ・オルタだって、最高に頭の良い方法とか言って、スターを集めてバスターで殴るってやってるじゃん』

「私のと一緒にしないでくれる! 私のはインテリ戦法よ!」

 

 その後も、二人して水面に浮かびながら言い争う。

 もっとも、ぐだ男の方には言い争っている気はないのだが。

 

『ねえ、ジャンヌ・オルタ』

「はあ? なによ、まだ文句でもあるの」

 

 そんな中、ふと思い出したようにぐだ男がつぶやく。

 ジャンヌ・オルタの脳内を混乱に陥れる言葉を。

 

 

『ジャンヌ・オルタの水着が一番ドキドキした』

 

 

 それまでの流れを断ち切り、突如として落とされた爆弾発言。

 一瞬、ジャンヌ・オルタは何を言われたか分からずにポカンとするが、次の瞬間には顔を真っ赤にする。

 

「な、な、なな何言ってんのよ!? 頭でも打ったわけ!?」

『いや、水着を褒めてなかったから。今更だけど言いたくなった。すごく、綺麗だよ』

「はあ!? お世辞なんていらないわよ。私が綺麗とかあるわけないでしょ!」

 

 混乱して、とにかく今の言葉を否定させようとしているジャンヌ・オルタに、ぐだ男は真剣な声で返す。

 

『そんなことない。黒のビキニが凄く似合ってるし、小さ目に入った柄も女の子らしいよ』

「う…う、うるさいわね。水着ばっか見てんじゃないわよ、変態!」

『どっちかというと、ジャンヌ・オルタばっかり見てた』

「だ、だから、気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ…!」

 

 喜べばいいのか、怒ればいいのか、決めかねてバシャバシャと水をかけるジャンヌ・オルタ。

 そんな彼女に、ぐだ男は満面の笑顔でとどめを刺す。

 

 

『そういう素直じゃないところも、可愛いよ』

 

 

 放たれた可愛いという言葉に、ゆでだこのように赤くなるジャンヌ・オルタ。

 そして、恥ずかしさから目に涙をためて、ブルブルと震えながら小さく口を開く。

 

「……殺す」

『え?』

「あんたを殺して私も死んでやる!!」

 

 恥ずかしさが殺意に変わり、容赦なくぐだ男をプールの底に沈めようとする。

 具体的には、頭部に打撃を加えて意識を奪うという方法で。

 

『ちょっ! こんなとこで無理心中はダメでしょ!』

「うるさい! うるさい! うるさい! いいから黙って死になさい!!」

 

 顔を真っ赤にしたジャンヌ・オルタとぐだ男のリアル鬼ごっこは、清姫達が帰ってくるまで続くのだった。

 

 





士郎「イリヤの水着に一番ドキドキした」

メドゥーサや我が王などのキレイどころよりもロリで姉なイリヤを選んだ主人公。
なお、無銘になると「かわいい子なら、誰でも好きだよ」と発言する模様。


さて、気づけば十月も半ば。
せっかくなんで夏休みはあと一話ぐらいで切って二学期に入ろうかなと思います。
体育祭に文化祭とイベントがありますからね。


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二十四話:デート?

「ついに…ついに! 私の時代が来たわ!!」

 

 一人部屋の中で、興奮した声を上げるジャンヌ・オルタ。

 彼女の目の前にはパソコンが置かれており、そこにはブログランキングが表示されていた。

 

「食べログランキングでついに一位になったわよ!!」

 

 嬉しさのあまりに、誰もいないにもかかわらず叫んでしまう。

 当初は辛口のために、批判的な意見も見られたが、今では個性として認められた。

 

「ふふふ……もっと、もっと、崇めなさい。あー、人生楽しいわ」

 

 お祝いに沸くコメント欄を見ながら、彼女はニヤニヤと笑う。

 常連のブリュンヒルデや、名前を隠しているジルの他にも今回は多くのコメントがあった。

 どれも、彼女を称える内容がほとんどであったが、あるコメントを見つけ、彼女は思わず吹き出すことになる。

 

 

【いつも連れ歩いている黒髪の男性って、もしかして彼氏さんですか?】

 

 

「な、なに言ってんよ、こいつ!?」

 

 衝動的に画面を叩き割りそうになるが、何とか抑え込む。

 黒髪の男性とは勿論、ぐだ男のことである。

 

「急に叫び声が聞こえてきましたけど、大丈夫ですか?」

「何でもないわよ! 放っておいて!」

「はあ……あなたがそう言うのならいいんですが」

 

 叫び声を聞きつけて、心配したジャンヌに返答をしながら、返事を打ち込む。

 

「そんなわけないでしょ! 誰があんな変人と! 大体あいつは毒見役みたいなもので、偶々連れていってあげてるだけなんだから、勘違いしないでよね!」

 

 怒涛の勢いで打ち終え、送信ボタンを押したところで深呼吸をする。

 何を慌てているのだろうか、自分にとっては何でもない男のはずだ。

 意識したことなど欠片もない。そこまで考えて、彼女は彼の言葉を思い出す。

 

 ―――そういう素直じゃないところも、可愛いよ。

 

「ないないない! 全然私の好みじゃないし! 大体、そういう対象じゃないでしょ!」

 

 考えすぎて熱を帯びる頭を冷やすために、クーラーで冷えたベッドに頭から飛び込む。

 

「そりゃ、確かにあいつと居ると退屈はしないけど……」

 

 枕を抱きしめながら、ぐだ男との思い出を振り返る。

 彼と会ってからは退屈はしていない。

 何だかんだと言って、それなりに近しい仲にはなっているのだろう。

 

「でも、だからといって異性とは思えないわよ」

 

 ただの友達だ。異性関係に発展するような仲などもってのほか。

 いくら、鍛え上げられた体をしているからといって、それで落ちるほど自分は安くない。

 

「そもそも……こんな私を大切に思うわけないでしょ」

 

 ポロリと弱音が零れ落ちる。

 自己肯定感が低い彼女は、時折このようなネガティブな思考になる。

 誰からも比べられなくとも、彼女自身が人気者の姉と自分を比べてきた悪い癖だ。

 

「ああ、もう! イライラする。……そうよ、ハッキリさせればいいじゃない。私にも、あいつにも、そんな感情はないって証明すればいいだけよ」

 

 何かを思いついたのか、スマホを取り出して電話をかけるジャンヌ・オルタ。

 普段は気にも留めないのに、今はなぜかスマホを操作する指が震えていた。

 

「ぐだ男、ちょっと付き合いなさい」

 

 

 

 

 

『ああ! 今のは卑怯!』

「はぁ? よそ見してたあんたが悪いんでしょ。これでマッチポイントね」

 

 お互いに息を荒げ、汗を流しながら向かい合う。

 二人は今、ゲームセンターのエアホッケーで激戦を演じていた。

 現在、なりふり構わぬ不意打ちにより、ジャンヌ・オルタの一点リードであった。

 

『……あ! 後ろにスパPがいる!』

「そんな嘘に騙されるわけないでしょ!」

 

 ぐだ男も負けじと不意を突こうとするが、如何せん単純すぎてばれてしまう。

 

『どうやら、真の力を開放するときが来たようだな……目覚めろ! 俺のダークサイド!』

「ちょっ! 二刀流は卑怯でしょ!!」

 

 追い込まれたぐだ男は、遂にスマッシャー(ラケット)を両手に持つ禁じ手に打って出る。

 

『勝てば官軍、負ければ賊軍!!』

「くっ、こいつ完全に開き直ったわ…!」

『ここからが本当のデュエルだ!!』

 

 かつて究極生物は言った。どんな手を使ってでも勝てばよかろうなのだと。

 かつて抑止の守護者は言った。誇りなど犬に食わせてしまえばいいのだと。

 そう、勝負の世界において最も重要なことは勝つことなのだ。

 故に、ぐだ男はいかなる手段も選ばない。しかし、卑怯者に罰が当たるのもまた運命。

 

『二刀流って逆に戦いづらい……』

「あんた馬鹿でしょ?」

 

 過ぎたるものは及ばざるがごとし。

 孔子も言っている通りに、無駄な物が増えても動かしづらいだけである。

 

『まだだ…! 片方をゴール前でのディフェンスに回せば……あ』

「はい、私の勝ちね。……なんか素直に喜べないわね」

 

 試行錯誤を繰り返している間に、ジャンヌ・オルタに勝負を決められてしまう。

 崩れ落ちるぐだ男を冷めた目で見降ろしながら、彼女はため息をつく。

 せっかくの勝利も後味の悪いものになってしまった。

 

「ほら、さっさと次行くわよ。今度は気持ちよく叩きのめしてあげるわ」

『お手柔らかに』

「たく……こんな奴を意識するとかホントありえないわね」

『なんか言った?』

「あんたが底抜けのバカだって言ったのよ」

『流石に底ぐらいはあるやい』

 

 お互いに軽口を叩き合いながら、何か面白そうなものはないかと歩き出す。

 何気なしに当たりを見回したところで、ある景品がジャンヌ・オルタの目に留まる。

 

『クレーンゲーム? 何か欲しいものがあった?』

「いや……あれ、見なさいよ」

 

 指さされた方をじっくりと見つめてみる。

 可愛らしいウサギのぬいぐるみ、ライオンのぬいぐるみ。

 そして、紐で拘束され、ガムテープで口を塞がれたオリオン。

 

『ただの、クマのぬいぐるみジャナイノ?』

「棒読みになってるわよ」

『ふう……また浮気したのか』

 

 必死にこちらを見つめて、タスケテのサインを送ってくるオリオン。

 二人はどうしたものかと、顔を見合わせ、ぐだ男が動き出す。

 

『間違って子どもが取らないように回収してくる』

「勝手にしなさい」

 

 ゲームにコインを入れ、クレーンを動かし始める。

 そこまで得意というわけではないが、オリオンの方が必死になってきたので一度で成功する。

 景品口から、ぼてっと落ちてきたオリオンを手に取りガムテープを剥ぎ取る。

 

「ぶはぁー! 死ぬかと思った!! ありがとうよ、坊主」

『で、今回はどんな浮気をしたの?』

「しーてーまーせーん!! いや、女の子に声はかけたけどさ」

「こいつ、助けない方が良かったんじゃないの?」

 

 どれだけ罰を受けようと、懲りない態度のオリオン。

 そんな彼にゴミを見るような視線を向けるジャンヌ・オルタ。

 色男もクマになってしまえば形無しである。

 

「まあ、あいつのせいで、死にかけるのはいつものことだからいいけどよ」

『素直にアルテミスにプロポーズすればいいのに……』

「バッ! そんなのじゃないからね、ホント!!」

 

 普段は、誰にでもナンパをするオリオンであるが、アルテミスに対しては奥手である。

 本命相手には、本気で相手をしたいという属性の男である。

 

『というか、なんでそんなに焦ってたの。拘束されて監禁されてただけでしょ?』

「え? それをだけって言っちゃう? 常識的に考えておかしいよね?」

『いいから理由を話してよ。でないと元に戻すよ?』

 

 ツッコミを入れてくるオリオンを無視して、事情を聴きだす。

 

「いやぁー、俺も初めは店員の女の子にでも、助けてもらおうと思ってたんだけどな」

「ぐだ男、こいつ燃やしたほうがいいんじゃないの?」

「まった! まった! ちゃんと話すから! 中でボーっとしてたら、母娘が来てな。俺の方を見て、娘の方がこう言ったんだ『お母さん、あれ解体したい』ってな」

 

 ぐだ男の脳裏に、一人の解体少女の姿が浮かび上がる。

 

「流石にやばいって思って必死に逃げ切って、さっきようやく坊主に救出されたんだ」

『そっか……ところでお母さんの方はどう思った?』

「おっぱいがエロくて最高でした」

『ギルティ』

 

 反省の色が全く見られないオリオンを、再び縛り上げる。

 

「あの、これほどいてくれない?」

『ジャンヌ・オルタ、このナマモノどうする?』

「モグラたたきのモグラ代わりにしたらどうかしら」

「やめて! そんな残酷なゲームを子ども達にやらせないでぇ!!」

『大人になるって悲しいことなの……』

 

 その後、モグラたたきには、大当たりのクマが入っているという都市伝説が、まことしやかに囁かれることを、まだ誰も知らないのだった。

 

 

 

 

 

「ふふふふ、結局、私が全戦全勝ね」

『クイズゲームでは俺の勝ちでしょ』

「あれは問題が悪かっただけよ。ハロウィンのカボチャが、元はカブとかなんで知ってんのよ」

『予習は大切だよ。でも、あそこからクレオパトラに飛ぶのは予想外だった』

 

 ベンチに座り、近くで買ったクレープを食べながら、バッティングセンターでの出来事について話す二人。

 

「それにしても、あんたってバッティング下手なのね。私より飛ばなかったじゃない」

『おっと…心は硝子だぞ?』

「安心しなさい。割れても融かせば、また使えるわ」

『俺はこんなもののために…! 毎日トレーニングをしてきたわけじゃない!!』

 

 ジャンヌ・オルタに、バッティングで負けたことをいじられる。

 元々、運動神経の良い彼女に負けるのはそこまでおかしいことではないが、やはり男の威厳は傷つく。

 

「ねえ、どんな気持ち? 頑張ってきたものが否定されるってどんな気持ち? ねえ、ねえ?」

『つ、次に勝てばそれで大丈夫だから』

「何度でも叩き潰してあげるわ」

 

 満足気に笑いながらジャンヌ・オルタはクレープを口にする。

 いつもより甘く感じるのは、これが勝利の味というものだからだろうか。

 

『そう言えば、どうして今日は急に誘ってくれたの?』

「……別に、なんとなく暇だったから誘っただけよ」

 

 本当の理由を言えるはずもなく、そっぽを向いて答える。

 こんな相手に魅力を感じるはずがない、異性として見るわけもないと、自分の中で結論を出す。

 

『そっか。でも、なんとなくでも俺は一緒に出かけられて嬉しいよ』

「フン……」

 

 しかし、心のどこかで本当にそれでいいのかと、疑問が湧き上がる。

 本当に嬉しそうに笑う、彼の顔を見ていると何故か調子が狂ってしまう。

 心がささくれ立ち、雑にクレープにかぶりつく。

 クリームがはみ出してしまうが無視をする。

 

『……そう言えば、プールで競争して負けたらアイスおごりって言ってたよね』

「はぁ? あれはノーカンって言ったでしょ」

『うん。だから、これで我慢する』

 

 そう言って、ぐだ男は彼女の顔に指を伸ばし、頬についていたクリームを拭いとる。

 あっけにとられ固まる彼女をよそに、彼はそのままクリームを舐める。

 

『ごちそうさま』

 

 意地悪そうに笑いながら、味わうように唇を舐めるぐだ男。

 その妙に色気のある姿に、彼女は顔を真っ赤にし、呼吸困難のようにパクパクと口を開く。

 

『……て、驚いた? テレビで見たことをやってみたんだけど』

「…ねっ。死ねッ! 地獄の業火に焼かれて死んでしまえ!!」

『ご、ごめんって! 痛っ!? ちょっ! いつもよりシャレにならない痛みが!!』

 

 一瞬、ドギマギとしてしまった自分が許せず、加減なしで叩きまくるジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男の方も、いつものじゃれつきとは違う痛みに気づいて必死に謝る。

 相手の心を傷つけてしまったのなら、誠心誠意、真心を込めて謝らなければならない。

 

『落ち着いて、ジャンヌ・オルタ』

「やめなさい…! 手を掴むんじゃないわよ! どうしようが私の勝手でしょ!!」

 

 一先ず叩いてくる腕を掴み攻撃を止めさせる。

 そして、相手の目をまっすぐに見つめて話しかける。

 

『そんなわけない。他の誰でもない俺が困る』

 

 まだ、反抗しようとする彼女を優しく論す。

 彼女が暴れれば、自分にダメージがいくので困るのは当然だろう。

 

『俺が悪かったよ、ごめん』

「フン……どうせ、あんたのことだから理由なんてわかってないんでしょ」

『う…っ。でも、本当に悪かったと思ってる。君の気持ちを考えてなかった。男として失格だ』

 

 とりあえず、許可も取らずに女性の肌に触れたのが、ダメだったのだろうと考えて謝る。

 

「そんなこと言ったって、あんたはどうせ他の女にも同じようなことするんでしょ」

『ジャンヌ・オルタだけだよ。他にはしない』

 

 理解していないので、どうせ同じことをするだろうと、ジャンヌ・オルタが皮肉気に告げる。

 だが、ぐだ男はもうこんなことはしないから、心外だと言い返す。

 

「信用できないわよ……あんたのことなんか」

『信じてくれとは言わない。だから、これからの俺を見ていてほしい』

 

 若干、天然タラシなところのある、ぐだ男に疑いの視線を向ける。

 本人も少しだけ自覚があるのか、罰が悪そうな顔をするが、一応の返答をする。

 

「はぁ……仕方ないわね。今回だけよ」

『愛想をつかされないように頑張るよ』

「せいぜい頑張りなさい」

 

 何とか許しを得て、ホッと胸を撫で下ろすぐだ男。

 二人はそのまま、元の雰囲気に戻り立ち去っていく。

 もし、この場にいた人物が二人だけであれば、このまま何事もなく終わっていたであろう。

 しかし、この場にはジャンヌ・オルタを心配してついてきていた者がいた。

 

 

「あの子が心配で隠れて見ていましたが……ああいったやり取りは、世間一般では恋愛ですよね? あの子がやっていた『葉桜ロマンティック』というゲームにも似たような展開があったので間違いありません。あの子はぐだ男君と付き合っているんですね!」

 

 

 物陰から、こっそりと覗いていた姉のジャンヌが顔を出す。

 恋愛感情がわからない彼女は伝聞と、気になってやってみたジャンヌ・オルタの乙女ゲームから考察し勘違いをする。

 

「あの子のことを、理解してくれる人ができたんですね……。少し寂しいですか、姉として祝福しないといけませんね」

 

 さらに、持ち前の人の良さから二人を応援する方向に向かう。

 そのことが2学期に入ったときに二人を襲う事件となるのだが、二人はまだ知らない。

 

 




乙女ゲームってこんな感じだと思うんだ(暴論)
次回からは壁ドンとか顎クイを書きたい。ジャンヌ・オルタはときめく姿が映えると思うんだ。

後、ジャンヌが顔を赤くしながら、乙女ゲーしてるの想像したら萌えたから、ジャンヌ√のアフターで恋愛勉強でゲームするポンコツジャンヌを機会があったら書きたい。



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二十五話:正夢

 

 9月1日。日本全国の学生が、この日だけは来て欲しくないと願う一日。

 夏休みが終わり、学校が始まる。誰だって憂鬱で夢でも(・・・)見ていたくなる日だ。

 ジャンヌ・オルタもそんな生徒の一人であった。

 

「ああ…眠い。最後の日だからってゲームしすぎたわ」

 

 最近買った『七人の贋作英霊~この恋は真作~』のやり込みで、重い瞼をこする。

 ここまで多くの生徒とすれ違ったが、同じような行動をする者が多かったのは似たような理由だろう。

 

「それにしても、養父ルートは反則だったわね。ギャグルートだと思ってたら、思いの外シリアスで感動してしまったわ……」

 

 昨日のゲームの内容のせいで、未だにゲームの世界に居るような感覚に陥りながら歩く。

 そのせいか、いつもはつまずかないような段差に足を引っかけてしまう。

 

「あ…!」

 

 重力に従い、体が地面の方へ傾いていく。

 まずいと思い、目を瞑り衝撃に備える。

 しかし、次の瞬間に感じたのは固い床の感触ではなく、温かく柔らかい感触であった。

 

「大丈夫ですか? お姉様」

「あ、ありがとう」

「ふふふ、お姉様は私がいないとダメですね」

 

 目を開けた先にいたのは、クスクスと笑うブリュンヒルデの姿であった。

 まるで、乙女ゲームのありきたりな展開のような出来事に驚きながらも、礼を言う。

 

「しっかりしてくださいね、お姉様。でも、そんなところが可愛いですけどね」

 

 何故か、流れるような仕草で髪を撫でながら、そんなことをのたまうブリュンヒルデ。

 普段であれば、ジャンヌ・オルタも振り払って終わりだっただろう。

 だが、プレイ中に誤って突入してしまった百合√を思い出し、叫んでしまう。

 

「こんなルートに入ってたまるかぁ!」

「あ! お姉様、そんなに走ると危ないですよ!」

 

 夢見心地(・・・・)のせいか、このままではブリュンヒルデ√に入ってしまうと思い込み逃走を図る。

 しかしながら、フラグは強烈なまでに立ってしまっていた。

 駆けだそうとした瞬間に、進行方向に腕を突き出され制止される。

 要するに壁ドンをされたのである。

 

「困ります……そんなことされると…私、抑えきれませんよ?」

「や、やめなさいよ…ッ」

「ああ、その表情……我慢できません」

 

 ジャンヌ・オルタの顎に手を添えて、キスをするように引き寄せるブリュンヒルデ。

 余りにも自然な動作に、ジャンヌ・オルタは何もできず、無防備に体を差し出す。

 二人の顔と顔が近づいていき、唇が触れ合おうとした瞬間だった。

 

 

『無理やりはダメだよ』

 

 

 横から力強い腕が伸びてきて、ジャンヌ・オルタの体を引き寄せる。

 分厚い胸筋の感触と、どこか落ち着く香りが彼女を包み込む。

 そのことに驚いて見上げると、少し怒ったようなぐだ男の顔が瞳に映るのだった。

 

「無理やりだなんて……お姉様が魅力的すぎるのが悪いんです」

『それはわかるけど、怯えちゃってるよ』

「な!? べ、別に怯えてなんてないわよ!!」

 

 震えていたのがばれて必死に否定するが彼女の言葉は聞き入れられない。

 ただ、子供をあやすようにポンポンと背中を叩かれるだけである。

 そのことがさらに彼女の羞恥心を煽り、涙がにじみ出てくる。

 

『ああ、もう……可愛い顔が台無しだよ』

「か、可愛いとか言うな!」

『ほら、涙拭いて』

 

 普段のぐだ男とは思えないような、キザな動きで涙を拭きとられる。

 具体的には指で拭うというものだ。

 ジャンヌ・オルタはますます、恥ずかしくなり顔を赤くしてうつむく。

 

『顔が赤いよ、熱でもあるの?』

「べ、別にそんなんじゃ―――」

 

 そこまで言って、彼女の思考は完全に停止する。

 少し近づければ、唇が触れ合うほどの距離にある彼の顔。まつ毛の長さまで分かってしまう。

 額をつけて熱を測るぐだ男に文句すら言えない。

 まるで夢でも(・・・)見ているようだ。

 

『熱があるね。保健室に行こう』

「熱なんてないわ―――キャッ!?」

 

 抵抗を試みたところで、お姫様抱っこをされて可愛らしい悲鳴を上げる。

 その時点で、彼女の許容量は限界を超えていた。

 あー、うー、と言葉にならない声を上げて、恥ずかし気にぐだ男の胸に顔をうずめる。

 その間にも彼は人目も気にせずに保健室に向かっていく。

 

『そんなことして、何がしたいの?』

「うぅ…こっちが聞きたいわよ。あんたこそ……私をどうしたいのよ」

『……聞きたい?』

 

 保健室に到着し、彼女をベッドに寝かせ、ぐだ男は甘く低い声を出す。

 部屋には他に人はおらず、二人きりの状況である。

 

『俺だって、男なんだよ?』

「ま、まって、あんた何する気…?」

 

 ギシリと、ベッドが軋む音が響く。

 彼女の上に覆いかぶさるようにぐだ男が乗ってきた音だ。

 彼は狂おしさを込めた息を吐きだしながら、紅潮した彼女の頬を優しく撫でる。

 

『ジャンヌ・オルタ。俺は……君のことが―――』

 

 

 

 

 

「お姉様、起きてください。もう休み時間ですよ」

「ゆ、夢だったのね」

 

 ジャンヌ・オルタが目を開けると、そこは見慣れた教室であった。

 どうやら、寝不足の影響で一時間目から居眠りをしていたらしい。

 

「顔が赤いですが、大丈夫でしょうか?」

「ッ! 少し離れなさい!」

 

 先程の夢の内容を思い出して、顔を赤くするジャンヌ・オルタ。

 その様子に心配をして、手を伸ばしてくるブリュンヒルデだったが警戒から避けられてしまう。

 

「お姉様…?」

「な、なんでもないわ。それより次の授業ってなに?」

「はい。たしか、数学だった気が―――」

『大変だ!』

 

 何とかごまかして、ブリュンヒルデの気を逸らすことに成功するが、今度は別の騒ぎが起こる。

 廊下からぐだ男の叫び声が聞こえ、何事かと振り返る。

 

 

『バベッジ先生が…! バベッジ先生が―――ドアに挟まってる!!』

 

 

 教室のドアに挟まり、蒸気を噴出しながらSOSを出す、チャールズ・バベッジ。

 水陸両用、鋼鉄のフォルム。

 ロマンに満ち溢れた体を持つバベッジであるが、私生活ではこうした不便もある。

 

『大丈夫ですか、バベッジ先生!?』

「我は正常に稼働しているが、動くことができない。押してもらえると助かる」

『わかりました! アストルフォ、こんな時こそ怪力スキルを発動するんだ!』

「まっかせてー!」

 

 ドアに挟まったバベッジを救出すべく、実は怪力なアストルフォが立ち上がる。

 後ろに回り込み、そのロマンあふれるボディに手をかけ、一気に押し込む。

 

「そりゃ!!」

 

 スポンと、効果音が聞こえるようにバベッジが抜け出していく。

 途中、ミシリとドアが歪むような音が一瞬聞こえてきたが、そこは敢えて無視をする。

 

「動作機能、正常状態。機体損傷なし。手間をかけてすまなかった」

「このぐらい平気、平気。でも、今度も引っかかったら面倒かなぁ」

「うむ、その通りだ。機体を小型化できるように、今後調節するとしよう」

 

 何とか脱出に成功し、アストルフォに礼を言うバベッジ。

 そんな様子を呆れたように見つめながら、ジャンヌ・オルタはチラリとぐだ男の顔を盗み見る。

 

「あり得ない…あり得ない…なんで、あんな奴のことを夢に見たのよ……」

 

 夢の内容を思い出しながら首を振る。

 正直に言うとブリュンヒルデ以上にダメージが大きい。

 あれは完全に個別ルートに入ったイベントだ。

 

「いくら、昨日やりこんだからって、あんな夢見るなんてあり得ないわよ……」

 

 夢に整合性を求める必要性はないだろうが、夢の中であのような展開が起きたのだ。

 嫌でも、自分が相手のことを想っているのではないかと疑ってしまう。

 

「夢でも選ぶとかないわ。事故よ、事故って変なフラグ立てたのよ、きっと」

 

 必死に勘違いだと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。

 そこへ、心配したブリュンヒルデが話しかけてくる。

 

「お姉様……ゲームのやり過ぎは体によくありませんよ」

「そんなの私の勝手でしょ! ……てか、なんで知ってんのよ、あんた」

「愛の力です」

「愛って怖い!」

 

 愛の力に戦慄するジャンヌ・オルタ。

 愛とは最後に勝つものであり、不可能を可能にする魔法の言葉である。

 そう、愛さえあれば、溶岩に飛び込みクロールをすることも容易いのだ。

 

「とにかく、何か悩みがあったら相談してくださいね」

「あんた……さっきのは私を笑わせる冗談だったのね」

「いえ、先程のは純愛120%です」

「あんたを信頼した私が馬鹿だったわ」

 

 真顔で答えるブリュンヒルデに、ガクリと肩を落としながらも彼女は少し嬉しそうな顔をする。

 なんだかんだと言って、誰かに心配されるというのは嬉しいものである。

 

「……そうね。もしよ、もし。私が、す、好きな人ができたって言ったら、あんたはどうするの?」

「婚姻届けの用意なら既にできています」

 

 まるで、教科書を取り出すかのような自然な動作で、引き出しから婚姻届けを取り出すブリュンヒルデ。

 

「待ちなさい。なんでそんなもの持ってるのよ。というか、18歳以下は無理でしょ」

「女性同士なら年齢が下がるのでいけます!」

「同性なのに、選ばれるのは自分だって、根拠が欠片もない自信はどこからくるのよ?」

「諦めなければ夢は必ず叶います!」

「ダメだわ、こいつ……早く何とかしないと」

 

 一切曇りのない瞳で言い切る、ブリュンヒルデ。

 対するジャンヌ・オルタは、どこか遠くを見ながらため息を吐く。

 なぜ、こんな奴に好かれてしまったのだろうかと。

 

 

 

 

 

 放課後の訪れを知らせるチャイムが鳴り響く。

 特に部活にも、委員会にも所属していないジャンヌ・オルタは家路へと向かう。

 

「今日は隠しルートの親戚のおじ様ルートをやらないと……流石に体育祭前に終わらせないと死ぬわ」

 

 ボーっとする頭で、今後の予定を立てながら廊下を歩く。

 全ルートを攻略するまでは、寝不足からは逃れられない。

 そもそも、寝ている暇などない。全クリ前に休むなど言語道断だ。

 

『久しぶり、ジャンヌ。元気だった?』

「はい。ぐだ男君の方もお変わりありませんか?」

 

 そんなことを考えながら、廊下を歩いていたところで見慣れた姿を見かける。

 ぐだ男に姉のジャンヌが、楽しそうに会話をしている光景。

 いつもならば、無視をして通り過ぎるところだが、今日は苛立ちから無視ができなかった。

 

「フン、情けない顔して……一発引っ叩いてあげるわ」

 

 姉に笑みを向けるぐだ男の姿に、なぜか心がささくれ立ち、気づかれないように近づいていく。

 そして、射程圏内に入り、手を振り上げようとしたところで事故は起こる。

 

『あれ? 何してるの、ジャンヌ・オルタ』

「ばっ!? いきなりこっちに来られたら、止まれな―――」

 

 ジャンヌ・オルタの存在に気づいたぐだ男が、何事かと寄ってくる。

 彼女はこのままだとぶつかると判断し、必死にブレーキをかけるが急には止まれない。

 その結果、勢い余ってぐだ男に抱きつく形になる。

 

『……え、えーと、これは』

「一体何を…?」

 

 困惑した様子になる二人の顔が面白いが、今のジャンヌ・オルタにはそれを笑う余裕などない。

 なぜ、このような事態に陥っているのか自分でもわからない状況。

 さらに、夢で感じたような温もりと匂いで頭が正常に働かない。

 そのため、自分でも何を言っているのかわからないうちに言葉を紡いでしまう。

 

 

「あ、あんたが…私のことを見てないのが悪いのよ…!」

 

 

 顔をトマトのように赤くし、上目づかいで見つめながら悪態をつく。

 自分がぶつかったのが悪いのではなく、ぐだ男の不注意が悪いという責任転嫁だ。

 それが終わると、恥ずかしさのあまりに当初の目的も忘れて、一目散に逃げだしていく。

 

『ジャンヌ・オルタ…?』

「……ぐだ男君、追ってあげてください」

『え?』

「あの子はきっと、あなたが自分を見てくれないことに嫉妬してしまったんです」

 

 フンスと胸を張りながら断言するジャンヌ。

 妹のことなら、なんでもお任せという姉の意地であるが、今回ばかりはただの勘違いである。

 

『いや、あれ、こけたことの言い訳じゃ……』

「違います! こう、啓示がキュピーンと降りてきてるんです! 自分だけを見て欲しいという気持ちだと!」

 

 神は言っている。そんな啓示に覚えはないと。

 

「お姉ちゃんは知っています。あの子は恥ずかしがり屋で寂しがり屋なんです。自分の気持ちを上手く相手に伝えられない。そのせいか、私を昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれないんですよ!」

『いや、それは誰でも恥ずかしいよ』

 

 何やらスイッチが入ったのか、おかしなテンションになるジャンヌ。

 具体的には、経験値がどんどん増えそうな空間のテンションである。

 

「私はお二人を応援しています。だから、あの子のことをお願いします」

『いや、だから、多分勘違い……』

「お願いします!」

『ア、ハイ』

 

 強引に説得をされ、死んだ目で頷く、ぐだ男。

 もはや、抵抗することはかなわない。

 

「さあ、あの子を追ってあげてください!」

『もう、どうにでもなれ』

 

 完全に乙女ゲーの知識が偏っているジャンヌを置いて、ぐだ男は走り出す。

 結局、予想通りに誤解だったので、コンビニのおでんと引き換えに許してもらったのだった。

 しかし、ジャンヌのあらぬ誤解は、新たなる火種の元となる。

 

 

「た、大変なことを聞いてしまいました……」

 

 

 三人のやりとりを見ていた、メガネの後輩の声が、夕暮れの校舎に静かに消えていくのだった。

 

 




次回は体育祭でも書こうと思ってます。

アストルフォ√設定

なんやかんやあって過去に戻ってしまったジャンヌとジャンヌ・オルタ。
二人はどちらも√後であり、ぐだ男を攻略すべく姉妹で争う。
と、思いきやぐだ男がアストルフォに惚れる異常事態に。
二人はぐだ男を正常に戻すべく協力して誘惑してくる。
果たしてぐだ男は己の愛を貫くことができるのか……。
なお、他に√が増えていればそこのヒロインも逆行してくる。


本√は真実の愛とギャグを貫くものとなっております(笑)
後、ハーレムはないです。あくまでもアストルフォがヒロインの√です(曇りなき瞳)


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二十六話:体育祭

 

 柔よく剛を制す。

 この言葉を知っている者は多いだろう。

 しかし、この後の言葉を知っている者は意外に少ない。

 柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。

 

 圧倒的な力は時に、人間が生み出した技術を根こそぎ破壊しつくしてしまう。

 

【いったぁーッ! ヘラクレス選手、またしても一人で綱引きに勝利っ!!】

「はーはっはっは! いいぞ、実に清々しいな、ヘラクレス! 流石は俺の大英雄だ!!」

 

 宙に舞っていく相手を眺めながら、3年生のイアソンは高らかに笑い声をあげる。

 傍らには岩のような筋肉を持ちながら、紳士的に相手にお辞儀をするヘラクレス。

 パワー勝負でヘラクレスの右に出る者はいない。

 

「圧倒的だな。これでは体育祭の終わりを待つまでもなく、決まってしまうなぁ」

「あの、イアソン様。先程吹き飛ばされた人達の手当てに行ってもいいでしょうか?」

「構わんよ。敗者により敗北の屈辱を……まて、そのナイフはなんだ、メディア?」

「治療用のナイフですよ?」

 

 心底不思議そうな顔で答えるメディア・リリィに、流石のイアソンも相手に同情を見せる。

 

「よし、落ち着け。敗者のプライドを踏みにじるのは全競技が終了してからにしよう」

「わかりました。皆さんが困らないように、今のうちにナイフを研いでおきますね」

「はっはっはっ! ……敵に回さなくて本当に良かった」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもないさ」

 

 どこか恐ろしさを感じさせる笑みに、肝を冷やしながら彼は得点表に目をやる。

 現在、イアソン達白組がリードをしている状況だ。

 高校の体育祭となれば、そこまで本気で取り組む学校も少ない。

 しかし、だからと言って負けてやるほど、素直な性格の人間はこの学校にはいない。

 

「くだらん…実にくだらん催しだ。だが、雑種共の身には合った催しか」

「ほお、気が合うな、黄金の。確かにこの催しは王たる余達には不釣り合い。しかし、民の英気を養うという意味では悪くはない。もっとも―――」

 

「「誰が頂点かなど語るまでもないがな!」」

 

 一方の赤組の王様コンビこと、ギルガメッシュとオジマンディアスはくだらないと語り合う。

 基本的に手を貸すことはしない二人だが、自軍が負けることを認める性格ではない。

 そして、微妙に二人の間で意見がずれていることに気づかない。

 

「ファラオと偉大なる王が敵にならなかったのは僥倖ですが……気が落ち着きません」

 

 そんな二人の様子に、ズキズキと胃を痛めている3年のニトクリス。

 二人のことを尊敬している彼女ではあるが、意見のずれがなくなったときに、どんな惨事が起きるのかと考えると、気が休まらない苦労人である。

 

「フ、最も偉大な者の前で恐縮する気持ちはわかるが、そう固くなるな、ニトクリスよ」

「全くだ。天上の王の威光を素直に受け入れればいいだけよ」

「言うではないか、太陽の」

「そちらこそな、黄金の」

「「ふははははは!」」

 

 願わくば、この勘違いがばれませんように。

 そうニトクリスは、胃の辺りを押さえたくなりながら願うのだった。

 

『ニトリがんばれ……』

「ちょっと! よそ見してる暇があったら玉投げなさないよ!」

 

 その様子を、涙ながらに見つめていたぐだ男だったが、ブルマ姿のジャンヌ・オルタの声で現実に戻る。

 現在は玉入れの真っ最中。赤組のぐだ男は何としてでも点を稼がなければならないところなのだが。

 

『でも、投げても弾き出されるし……』

「だから、もっと投げろって言ってんでしょ!」

「こちらとしては、諦めてもらえると助かるんですけどねぇ」

 

 先程から赤組の球の半数が、白組の玉によって叩き落されている。

 それを成し遂げているのは、オレンジの髪に飄々とした態度が特徴の2年のロビンフッドだ。

 彼は相手が投げる球をことごとく自身の玉で弾き飛ばし、なおかつ自分の玉はかごに入るように調節するという離れ業を披露している。

 

「この…! 汚い、汚いわ! 流石は森の賢者!!」

『ジャンヌ・オルタ。それはオラウータンに失礼だよ』

「いや、俺に失礼でしょーが! ほんっと、今のが煽りじゃなくて天然だからやりづらい」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも、目は油断なく戦況を見つめるロビン。

 そして、再び飛んできた赤玉を撃ち落とそうとする。

 が、視認するのもやっとな速度で飛んできた玉に逆に撃ち落とされてしまう。

 

「……なんですか、そりゃ」

「僕はこういう催しはあんまり好きじゃないんだけど……射撃の腕を競うんなら負けられないね」

『ビリー…!』

 

 寝ぼけまなこをこすりながら、一人の青年が現れる。

 寝ぐせのついた金髪に細い瞳。

 普段はのんびりとしているが、早撃ちに関しては右に出る者はいない、ビリー・ザ・キッド。

 

「一度、君とは競い合ってみたかったんだよね、グリーン」

「へいへい、そりゃあ光栄なこった。こっちとしては、ごめんこうむりたいんですけどねぇ」

「じゃあ、負けてくれる?」

「無理な相談ってやつ。一応、チームのために頑張るつもりなんでね」

 

 お互いにニヒルな笑みを浮かべ、球を持つ。

 どちらも欠片も動かない。完全なる静。

 それが動に切り替わる瞬間を互いに探り合う。

 そして、遂に―――

 

 

「それでは、時間になったので球を投げるのを終了してください」

 

『続きは来週!』

「いや、ないわよ!?」

 

 お互いに投げることなく終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「たくッ! 結局あんたがよそ見してたから、あの森の賢者(オラウータン)に負けたじゃない!!」

『ほへんなひゃい』

「真面目に答えなさいよ!」

「すまない。両頬をつねられながらでは喋れないのではないだろうか……」

 

 試合終了後に、両頬をつねられ、ジャンヌ・オルタの八つ当たりを受ける、ぐだ男。

 ジークフリートが心配して止めに入るが、ジャンヌ・オルタは聞き入れずにグニグニとぐだ男の頬をいじり続ける。

 

「うっさいわね。別にいいでしょ。こいつの頬も腹立つことに柔らかいし」

『輝く白さ、驚きの柔らかさ!』

「それは洗剤でしょ! て、いうか普通に喋れてんじゃないの!」

『ふぉう、ふぉうふぉふぉう』

「あからさまにごまかしてんじゃないわよ!」

 

 今度は首根っこを掴まれて、ブンブンと振り回され始めるぐだ男。

 その様子にどうしたものかと、オロオロとするジークフリートの肩を、天草がポンと叩く。

 

「あれは彼らなりのコミュニケーションですよ。心配しなくても大丈夫です」

「そういうものなのか……なら、邪魔者は退散するとしよう」

 

 生暖かい視線を向け、立ち去っていく二人にジャンヌ・オルタは怪訝そうな顔をする。

 

『どうしたの?』

「……最近あんたといると変な目向けられる気がするんだけど」

『そう言えば、そんな気が』

 

 最近は何故か二人でいると、生暖かい目を向けられることが多い。

 ぐだ男の方も覚えがあるのか顎に手を当てて考える。

 

『他にも色々と変化があるような……』

「そう言えば、テケテケ槍女が私達が一緒に居るのを見る度にペンをへし折っていたような」

『最近、寝ていると天井から清姫の声と視線を感じるような……』

 

 二人して顔を見合わせて黙り込む。

 普段がおかしいために気づいていなかったが、明らかに彼女達の様子がおかしい。

 そして、自分達に何かしらの被害が及ぶ予感が拭いきれない。

 

「ああ…白昼堂々とお姉様と見つめ合うなんて……ふふふふ、殺意が沸いてしまいます」

「正妻の余裕を欠いてはだめです。ええ、昨日も旦那様のベッドを温めていたのは私ですもの」

「先輩…本当に先輩とジャンヌ・オルタさんは……」

 

 殺意の波動を振りまくブリュンヒルデに、目から光の消えた清姫。

 そして、どこか遠くを見つめながら呟くマシュ。

 本能が、彼女たちには近づいてはならないと警鐘を鳴らす。

 

『おうちかえりたい……』

「ちょ! あんただけ逃げようとしてんじゃないわよ! というか、何が起こってんの? あんた、また変なことしたでしょ!」

『いや、俺は何も……』

 

 顔を寄せて問い詰めるジャンヌ・オルタだったが、そのことがさらに彼女達を煽ることになっているのには気づかない。

 そもそも、なぜ彼女達がおかしな状態になっているのかというと、それは一つの勘違いからだった。

 

 

 

 

「た、大変なことを聞いてしまいました……」

 

 ある日の放課後、ぐだ男に抱きつくジャンヌ・オルタの姿と、ジャンヌの応援しているという言葉を知ってしまったマシュ。

 

「どうしましょう…。お二人は本当に付き合って……」

「どうした、マシュ。そんなところでボーっとして」

「アタランテさん…!」

「何か悩みがあるのなら、話してみろ。黙っていても何も解決しない」

 

 3年陸上部のアタランテに声をかけられる。

 ケモ耳お姉さんという、その手の趣味の人にはたまらない属性を持つ女性だ。

 子供に優しく、どこか子供っぽいマシュにも気を使ってくれる。

 

「はい、実は―――」

 

 好きという感情を理解していないが、慕っていた先輩に相手ができたというショックから、簡単に口を開いてしまうマシュ。

 しかし、その話を聞いている者がいた。

 

「た、大変なことを聞いてしまいました」

 

 アタランテとマシュの話を、偶然盗み聞きしてしまった沖田が頭を抱える。

 盗み聞きなどする気はなかったが、偶然では仕方がない。

 

「どうしましょう……。このまま黙っていることも……」

「なんじゃ、沖田。そんなところで頭を抱えて、また持病かのう」

「ノッブ…!」

 

 艶やかな黒髪に爺言葉、第六天魔王の異名を持つ織田信長ことノッブが現れる。

 入学当初からの腐れ縁で、友人のような、宿敵のような関係を築いている。

 

「実は―――」

 

 取り合えず、ノッブだけには話してみようと口を開く、沖田。

 だが、彼女と同じように話を聞くものが居た。

 

「た、大変なこと聞いてしまったわ」

 

 偶々通りかかったマルタが、どうするべきか混乱に陥る。

 

「どうしたのかしら? マルタさん」

「マリー…! 実は―――」

 

 マリーに今聞いたことを伝えるマルタ。

 しかし、またまた話は聞かれていた。

 

「大変なことを聞いてしまった」

「どうした?」

「実は」

 

 連鎖は止まることなく続いていき。

 

「大変な―――」

「どうし―――」

「実は―――」

 

 そして、伝説へ……。

 

 

 

 

 

『一体何が起きたんだろうなぁ……』

 

 そんな、ジャンヌの勘違いから始まった負の連鎖に気づくことなく、ぐだ男は呟く。

 ジャンヌ・オルタもイライラとぐだ男をつねるが、原因には気づかない。

 現状では二人以外は全員が知っているという、外堀が埋められた状況なのだ。

 

「……考えても無駄ね。今は面倒な競技でもやっておきましょう」

『そう言いつつ、楽しんでるよね?』

「私は負けるのが嫌いなだけよ。それから、あんた放送で呼ばれてるわよ?」

『あ、障害物競走にも出てたんだった』

 

 諦め、目の前の競技に集中するジャンヌ・オルタ。

 ぐだ男も徒競走に出場することを思い出し、スタート地点に歩いていく。

 その様子に、二人の様子を見つめていたブリュンヒルデと清姫も留飲を下げる。

 だが、しかし。

 

「あ、ちょっと……」

『ん、なに?』

 

 ジャンヌ・オルタがぐだ男を呼び止める。

 振り向いた彼の姿に彼女は頬を赤らめて俯き、どうしたものかと悩むそぶりを見せる。

 

 

「その……が、がんばりなさいよね」

 

 

 恥ずかしそうにそっぽを向きながら、激励の言葉をかけるジャンヌ・オルタ。

 彼女のいじらしい態度に、ぐだ男も頬を染めるが軽く手を挙げて応える。

 

『頑張ってくるよ』

「……フン」

 

 素直でないながらも、頬を緩ませて恋人同士のような甘酸っぱい空気を醸し出す二人。

 そんな空気に、周りの多くの者は生暖かい視線を送るが、彼女達だけは別であった。

 

「ふふふ…ふふふふふ……困りますね」

「ええ…私達以外のるーとなんて困りますね」

「あ、あの、お二人とも怖いです……」

 

 底冷えするような、綺麗な笑顔を浮かべながら笑う、ブリュンヒルデと清姫。

 マシュが二人の様子に恐れ戦いているが、二人の表情は変わらない。

 

『なんだろう、急に寒気が……』

 

 果たして、ぐだ男は数々の試練を越え、ゴールすることができるのだろうか。

 

 




噂は噂であり、噓を言っているとはカウントされないのできよひーの目をもってしてもうんぬん。
まあ、一番はぐだ男とジャンヌ・オルタが喧嘩(イチャイチャ)しているせいですが(笑)

次回、十二の試練(真顔)


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二十七話:試練

 

 人生とは試練の連続だ。

 小さなものから大きなものまで、様々な試練が人に降りかかる。

 試練とは常に理不尽なものであり、運命に思うがままに弄ばれるのが人だ。

 しかし、それを足掻き、乗り越えていく力を持つのもまた人であり、人生である。

 

 

 そして、その醜く足掻く様こそが人の美しさなのだ。

 

 

『だからってこれはないよねぇ!』

【ぐだ男選手、ヒュドラ相手に逃げることしかできないかー!?】

『触れたら即死の毒持ち相手にどうしろと!?』

 

 九の首を持ち、切っても増えて再生する蛇・ヒュドラから全速力で逃げる、ぐだ男。

 試練という名の障害を越えていく、障害物競走。

 人生の厳しさを体に叩きこむ競技なのだ。

 

『いくらなんでもこんな人生やりすぎだよ!』

【恨むならゼウスとヘラを恨め! と、アルケイデス君からコメントが来たよ】

『やっぱ神って糞だわ!』

 

 天上にいる迷惑夫婦を呪いながら、ぐだ男は駆ける。

 しかし、いつまでも逃げていてはゴールには辿り着かない。

 頑張るといった手前、リタイヤだけはしたくない。

 

『ダヴィンチちゃん、何かヒントは!?』

【さっき、別のヒュドラを倒したヘラクレス君は、9つ同時に首を落としていたよ】

『ナインライブスゥウウッ!!』

 

 腹の底から叫んでみるが、どこかの正義の味方のようにはできない。

 ぐだ男はぐだ男で、切り抜ける策を見つけ出さなければならないのだ。

 

『なにか…なにか策はないのか……あれは!』

 

 ヒュドラの近くにあるものを発見し、ぐだ男は一か八か走り出す。

 

【ぐだ男選手、これは一体?】

 

 真っすぐにあるもの目がけ向かっていき、そして―――それを踏み台にして飛び上がる。

 

 

【カニを踏み台にしたぁ!?】

 

 

 友情出演を果たしていた巨大なカニを、全力で踏みつけて高く跳躍するぐだ男。

 そのまま一気にヒュドラの上を飛び越えていく。

 

【ここで補足を入れよう。カニ君はヒュドラの親友で、友を助けるために挑んだけど、あっさり踏みつぶされる悲しい宿命を背負っているのさ】

『殺してないよ!? でも、踏んでごめん、カニさん!』

 

 どこか哀愁の漂う背中を見せるカニと、それを慰めるヒュドラ。

 そんな美しい友情を背中にして、ぐだ男は遅れを取り戻すべく走っていく。

 

『さあ、今度は何が来る…!』

 

 前を走っているのは、フィンとディルムッドの槍術部の若きエース達。

 足の速さでは群を抜いており、単純に考えれば追いつける要素などない。

 しかし、これは障害物競走。何が起こるかは誰にもわからない。

 例えば、走っていったその先で―――

 

 

【イノシシィイイッ!!】

 

 

 イノシシと対決しているということもある。

 体から血を流し、肩で息をするフィンとディルムッド。

 そして、牙をギラつかせるイノシシ。

 

『ま、魔猪だぁーッ!』

「ディルムッド、あれは我々の手で仕留めよう。安心したまえ、水の準備はできている」

「こ、零さないでくださいね、主」

「ははは……もう、過ちは繰り返さないさ」

 

 どこで手に入れたのか、槍を構えながら主従は語り合う。

 フィンには、水を使い傷を癒す術がある。

 しかし、かつてその力を持ちながら、ディルムッドを癒すことができなかった出来事があった。

 その出来事は、二人の関係に深い溝を生んでいた。

 

「そういうわけだ。ぐだ男君、ここは我々に任せて、先に行きたまえ」

『でも……』

「ご安心を。ここで立ち向かわければ、試合に勝って勝負に負けるも同然。すぐに片づけて追いついてみせます」

 

 爽やかな笑みを浮かべて、ぐだ男を先に進ませようとするフィンとディルムッド。

 それは男の意地であり、戦士としての誇りであった。

 余りにも眩い生き様に、ぐだ男は涙を堪えられず下を向く。

 

『ちゃんと追いついて来いよ…。絶対だぞ! 絶対だ!』

「大丈夫さ、問題はない」

「ぐだ男殿の方こそ、私達が来るまでに進んでおかないと、簡単に抜いてしまいますよ」

 

 互いに言葉を交わし、背を向ける。

 ぐだ男は、背後から聞こえる男達の雄叫びと、魔猪の咆哮に背中を押され走り出す。

 だが、胸の中でざわつく不安が消えることはなかった。

 

 

【フィン選手、ディルムッド選手アウトー!!】

 

『やっぱり死亡フラグが立ってた……』

 

 死亡フラグに槍兵。これだけ状況が揃っていれば結果は一つしかない。

 デッドエンドである。

 

『兄貴なら…兄貴なら、戦闘続行で何とかなったかもしれないのに…!』

【クー・フーリン君は、俺が超えたらあいつらの立つ瀬がないって言って不参加だよ】

『この人でありィイイ!!』

【教師として一応言っておくけど、そんな言葉はないからね】

 

 意外に、細やかな気遣いができるクー・フーリンを褒めながら、ぐだ男は走る。

 後ろから追ってきてくれる者はいない。

 ただ、前を独走するヘラクレスを追っていくだけである。

 決して置いてきた者の意志を無駄にしないために。

 

「やっと来たのね、子イヌ」

(アタシ)の歌を一人で聞きたいなんて贅沢なんだから」

「そうそう。でも、そこまでして(アタシ)を求められたら応えないわけにはいかないわね」

『なんで三人もいるんですかぁ!?』

 

 次の試練に現れた者達を見て、ぐだ男は絶叫する。

 ランサー・エリザベート、キャスター・エリザベート、ブレイブ・エリザベート。

 まだ、バーサーカーの枠も残している自称アイドルだ。

 

「それは……ほら、細かいことを気にしてもしょうがないわよ」

(アタシ)が三人いるってことは(アタシ)の美声が三倍よ、三倍」

「こんなにありがたいものを独り占めにできるんだから、感謝しなさい」

『三倍案件は英雄王に持っていってください』

 

 聖杯の泥を相手にしても、我を保てる王であってもこれには耐えられないだろう。

 天の岩戸に引きこもった良妻狐ですら、1秒で引き籠りをやめて逃げ出すレベルである。

 

「なによー! (アタシ)だけだと不満だっていうの?」

『いや、もうお腹いっぱ―――』

「ふむ、強欲なものよ。だが、その強欲に応えてやるのも皇帝の役目よな」

「余達が来たのだ。万雷の拍手をもって迎えるがいいぞ」

 

 どこから聞こえてくる声に、現実逃避をしたくなりながら、ぐだ男は顔を上げる。

 真っ赤なバラが雨のように降り注ぐ中、彼女達は現れる。

 真紅の衣装を身にまとう、ネロ・クラウディウス。

 純白のドレスが眩しい、ネロ・ブライト。

 そう、我らが皇帝陛下のお出ましである。

 

「あら? あんたも増えてるの」

「うむ。理由などどうでもいいことだな」

「それよりもだ、喜ぶがいい。今日は余とそなたらで―――五重奏(クインテット)を行うのだ」

 

 

『やめろてめぇええッ!!』

 

 

 突きつけられた余りにも残酷な現実に、彼は悲痛な叫びをあげる。

 だが、いくら叫ぼうとも手を差し伸べてくれる神はいない。

 

【因みにさっき通過したヘラクレス君は、8回ほど蘇生していたよ】

『カリバーンよりも上…だと…?』

 

 大英雄ですら殺してみせる魔声に、今更ながらに戦慄する。

 一体どうやって、この試練を超えろというのか。

 

「先程は、あのヘラクレスに余の美声を聞いてもらえたからな」

「うむうむ。尊敬するヘラクレスに、感動で体を震わせながら賛辞を贈ってくれたことを余は一生忘れないぞ」

『バーサーカーは強いんだね……』

 

 体に異常なまでのダメージを受けながらも、紳士として対応したヘラクレスの強さに感動しながら、ぐだ男は考える。

 この試練を乗り越えるには何かで彼女達の気をそらす必要がある。

 その間に先に進む以外に道はない。彼女達には競技が終わってから謝ればいい。

 

『カリギュラさーん! 姪っ子のコンサートが始まりますよー!!』

「ウオオオオッ!」

「伯父上!? 先程も聞いていたではないか。今はこの者に―――」

「ネロォオオオッ!!」

 

 会場に来ていたカリギュラを、ネロ達の元に向かわせ足止めをする。

 次に、エリちゃんズを止めるために、似た者同士の彼女を呼ぶ。

 

『ニトリ様、来てください!』

「不敬ですね! 誰がお値段以上ですか! メジェド様にその心臓を捧げますよ!」

 

 わざとニトクリスを怒らせて呼び込み、エリちゃんズとの化学反応を起こさせる。

 

「あら、その白いの可愛いわね。こう、見た目に反してバイオレンスそうなところが」

「メジェド様の良さがわかるとは、中々に良い目をしておられますね。先程から聞いていましたが、あなたの歌も冥府の亡者のようで大変よろしい」

「分かってるじゃない。あんたのこと気に入らないって思ってたけど、考えを改めるわ。いいわよ、もっといい歌を聞かせてあげるわ」

 

 性質が似ているのか、意気投合しているエリちゃんズとニトクリスを置き、ぐだ男は逃走する。

 後で何かを言われようとも、今を生き残ればそれでいいのだ。

 

『さあ、最後の試練は……借り物競争か』

 

 机の上に置いてある5枚の紙を見て判断する。

 ここにきて、ようやくまともな物が来たなと思いどれを引こうかと考える。

 しかし、どういうわけか全部表にされていることに気づく。

 

『ラッキーなのかな? 取りあえず何があるのか……』

 

 そこまで言葉にして、あんぐりと口を開ける。

 書いてある内容が余りにも、あんまりなものであったために。

 

 

【旦那様と呼んでくれる可愛いクラスメイトと鐘】

【自分を息子(異性)として愛してくれる母と婚姻届け】

【特技が暗殺で毒殺な可愛い少女と婚約指輪】

【恋敵として背中を狙ってくる儚げな美女と槍と遺書】

【意中の女性(しっかりと名前を呼びましょう)】

 

 

『細かく設定しすぎいッ!?』

 

 明らかに特定の女性にしか行きつかない、お題に白目をむく。

 因みに先に来ていたヘラクレスは、銀髪で赤目の少女というお題を引いていた。

 その結果として、現在はイリヤを連れていくための切嗣の説得で足止めをされている。

 すぐに選べば、リードできるチャンスなのだが、ぐだ男は動けない。

 

『5択中4択がデッドエンドしかない……人生の墓場エンドが2つに物理エンドが2つ。ははは……殺意を感じる』

 

 乾いた笑い声をあげながら、ここまで来てしまった自分を恨む。

 こんなことならば、前の試練で気絶しておくべきだったのだ。

 

『でも、前に進むしかない……それしかできない』

 

 しかし、諦めるという選択肢は彼の中にはない。

 諦めるぐらいならば、最初から挑みなどしない。

 何よりも、彼女から応援してもらったのだから。

 

『いい加減、腹をくくろう』

 

 5枚目の紙を掴み取り、彼女のもとへ走り出す。

 そして、書かれている通りにその名を叫ぶ。

 

 

『ジャンヌ・オルタッ!!』

「へっ!? な、なによ、いきなり叫んで。恥ずかしいから呼ばないでくれる」

『俺と一緒に来てほしい!』

 

 突如呼ばれ、視線が集まる状況に顔を赤らめて無視しようとするジャンヌ・オルタ。

 だが、ぐだ男は彼女の事情など知らないとばかりに、手を差し出す。

 

「べ、別に私じゃなくてもいいでしょ」

『君じゃないとダメなんだ!』

「そ、そんなこと言われても……」

 

 彼女はどこまでも真っすぐな瞳を見られずに、目を逸らす。

 それでも、彼は彼女を見つめ続ける。

 やがて、耐えきれなくなったのか、彼女は小さく溜息を吐く。

 

「わかったわよ……早く終わらせなさい」

『ありがとう。大切にするよ』

「…? ええ、丁重に扱いなさい」

 

 一体、どんなお題で自分が選ばれたのか知らずに首を傾げるジャンヌ・オルタ。

 しかし、内容を知るダヴィンチちゃん等は、ニヤニヤとその様子を見つめるのであった。

 

【さあ、ゴールに向かわないとヘラクレス君が追い付いてくるよ】

『急ごう』

「あ…! 急に手をつないんでじゃないわよ…ッ」

『嫌だった?』

「……嫌じゃないわよ。ただ……ああ、もう! ほら、行くわよ!!」

 

 急につながれた手に戸惑い、叫んでしまうが嫌ではないのか振り払うことはしない。

 そのまま顔を赤らめる彼女の様子に、思わずドギマギしてしまいながら彼は走り出す。

 だが、そのムードを破壊するように、後ろから猛烈な追い上げが来る。

 

「え、えーと。やっちゃえ、バーサーカーさん!」

「■■■■■■■■■!!」

【おーっと! ヘラクレス選手、イリヤちゃんを肩に乗せて爆走してるぞー!!】

 

 切嗣の説得(物理)が終わり、再スタートしたヘラクレスが猛然と迫ってくる。

 心なしか、肩にイリヤを乗せた方が速くなっているのは気のせいではないだろう。

 

「ちょ、追いつかれるわよ、あんた!」

『こうなったら―――俺もジャンヌ・オルタを背負う!』

「は? あんた、正気……て、キャッ!?」

 

 ヘラクレスに対抗するように、共に走っていたジャンヌ・オルタを背負い、速度を上げる。

 背中に当たる柔らかな存在に、意識が逝きそうになるが、煩悩を打ち消すように足を動かす。

 そして―――ゴールテープを切る。

 

【ゴール!! ほんの僅かな差でぐだ男君の勝利ーっ!!】

『はぁ…はぁ…殺されるかと思ったけど何とか勝てた』

「いいから、とっとと下ろしなさい!」

『いた!? 分かったから叩かないで!』

 

 勝利の余韻に浸る間もなく、喧嘩を始める二人。

 それだけであればいつもの光景であったが、今回は爆弾があった。

 ぐだ男が選手の控え場所に向かった後に、彼女はお題の書かれた紙が落ちていることに気づく。

 

「大体、私が呼ばれるってどんなお題だったのよ。えーと、意中のじょせ…い…?」

 

 お尻に食い込んだブルマを直しながらお題を見たところで、混乱で固まるジャンヌ・オルタ。

 次第に内容を理解していき、ゆでだこのように顔を赤くしていく。

 

「な、なんなのよ……これ」

 

 呆然とした声は、誰にも聞き取られることなく風に消えていく。

 その日は、一度もぐだ男の顔を見ることができずに終わったのだった。

 

 





強引かもしれませんが、そろそろ終わらせます。
残り1,2話ですかね。


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二十八話:正直な気持ち

 ベッドに崩れ落ちる。

 沸騰する頭は、熱で回路がショートしたようにまるで働いてくれない。

 ジャンヌ・オルタは、どうしようもないうっぷんをぶつけるように、枕を壁に投げつける。

 

「なんで…なんで…私なんかを選んだのよ……」

 

 どうして自分が選ばれたのか。

 ぐちゃぐちゃになった頭の中ではそれだけが繰り返される。

 自分と彼は、そんな関係になるような間柄ではなかった。

 そう、信じていた。

 

「大体、私はあいつのことなんて……あいつの…ことなんて……」

 

 何とも思っていないはずだった。

 自分に何度も言い聞かせてきた。

 だというのに、彼が自分のことを好きかもしれないと分かった瞬間、自分は―――

 

「どうして……あんなに嬉しかったのよ…!」

 

 嬉しかった。どうしようもなく胸が高鳴った。

 喜びが全身を駆け抜け、乙女のように期待した。

 なんとも思っていない相手であれば、こうはなっていない。

 彼は彼女にとって、特別な存在になっていた。

 

「ホントは…わかってる…。私はあいつのことが―――」

 

 少女の言葉は反響することなく、喉の奥に飲み込まれていく。

 認めてしまった。今までは決して認められなかった。

 認めてしまえば、恐怖に怯えなくなくてはならないから。

 

「どうせ、私なんてすぐに見捨てられるわよ。だって、こんな女に愛される要素なんてないし」

 

 どうでもいい人間に嫌われるのは構わない。見捨てられても笑っていられる。

 でも、好きな人に嫌われるのは耐えられない。見捨てられたらきっと絶望する。

 だから、なんとも思っていないと思い込もうとしていた。

 そうすれば、傷つかないで済むから。

 

 

「そうよ……だから―――これ以上あいつとは関わらない」

 

 

 自分から遠ざかってしまえば、

 きっと、この胸の痛みは無くなっていくから。

 

 

 

 

 

『最近、ジャンヌ・オルタに避けられている気がする……』

 

 重苦しい曇天を眺めながら小さく呟く。

 どうにも最近様子のおかしいジャンヌ・オルタを心配し、エドモンに相談するぐだ男。

 相談役のエドモンも、面倒な話題が来たものだと思いながらもしっかりと返答する。

 

「なんだ、喧嘩でもしたのではなかったのか?」

『喧嘩はしてない』

「ならば、お前が相手を怒らせるようなことをしたのではないか」

『うーん……たぶん、そうなんだろうけど思いつかない』

 

 食堂で買った、紙パックのイチゴ牛乳を飲みながらぐだ男は頭を悩ます。

 

『偶に視線を向けては来るから、何かして欲しいんだと思うんだけど』

「俺に話したところで分かるわけもないだろう」

『それはそうだけどさぁ……』

 

 頬杖をつき遠くを見つめ、ため息をつく。

 何をしてしまったのかわからないが、話せないというのは中々にダメージが大きい。

 そんな、ぐだ男の様子に放っておくわけにもいかなくなり、エドモンは助け舟を出す。

 

「そんなに悩むぐらいならば、直接聞け」

『……怒られないかな? ほら、女の子ってどうして気づいてくれないのって言うじゃん』

「知ったことではない。言葉にしなければ伝わらんこともある。なにより、ここで弱音を吐くより何倍もマシだろう」

 

 女性特有のわかってほしいという願いだと勘違いし、渋るぐだ男。

 しかし、エドモンの言うように、ここで止まっていても何も解決しない。

 しばらく、唸るような声を出してから行動を決定する。

 

『わかった。放課後にでも直接聞いてみる』

「お前の思うように行動すればいい。何があろうと俺はお前の味方だ」

 

 最後にキザなセリフを残して、立ち去っていく後ろ姿を見ながらぐだ男も立ち上がるのだった。

 

 

 

 放課後になり、ワイワイと賑やかになる教室。

 そんな空気とは無縁とばかりに、ジャンヌ・オルタはさっさと教室から出ていこうとする。

 やはり、以前とどこか違うなと思いながら、ぐだ男は彼女を呼び止める。

 

『ジャンヌ・オルタ、少し話したいことがあるんだけど』

「……急いでるから、やめてくれる?」

『少しだけでいいから。聞いてくれないかな?』

「……やめてって言ってるでしょ」

 

 振り返ることもなく、速足で歩き去る彼女に置いていかれまいと、ぐだ男も足を速める。

 

『なにか、俺が怒らせることをしたのなら言ってほしい』

「別になにもないわよ」

『でも、明らかに俺のこと避けてるよね?』

「……気のせいじゃない?」

 

 すぐ傍にいるというのに、とてつもなく遠くにいるように感じる距離感。

 まるで、目の前から彼女が消えてしまうような感覚に、彼は思わず彼女を手を掴んでしまう。

 

ジャンヌ(・・・・)!』

「―――うるさいわねッ!!」

 

 しかし、その手は他ならぬジャンヌ・オルタによって振り解かれてしまう。

 驚き、目を見開く彼に、初めて振り返り彼女はその顔を見せる。

 

「迷惑だって、言ってるのがわからないの!?」

『ジャンヌ・オルタ…?』

「別に私じゃなくても、姉さんの方にでもいけばいいじゃない。顔は同じだし」

『何を言ってるの…?』

 

 今までに見せたことのない顔で、自身を拒絶してくる彼女にぐだ男の心は傷つく。

 それでも、目を逸らすことだけはできずに彼女を見つめ続ける。

 

「分からないの? そう、あなたの頭じゃ理解できないのね。じゃあ、ハッキリ言ってあげるわ」

 

 そんな彼に対して、彼女は自分がどんな表情をしているかもわからずに口走る。

 もう、引き返すことができなくなる言葉を。

 

 

「私に―――関わってこないでって言ってるのよ!!」

 

 

 ぐだ男の顔が悲しみで大きく歪む。

 ジャンヌ・オルタはその表情を見て、自分がとんでもないことを言ってしまったことに気づく。

 だが、時は戻らない。口から出た言葉は決して消せない。

 

「……あ、い…や―――ッ」

 

 全てが手遅れだという事実にどうしようもなくなり、彼女は背を向けて逃げ出していく。

 今度は止めてくれる手も無ければ、心配してくれる優しい声も無い。

 それが―――彼女の絶望をより深いものにするのだった。

 

 

 

 

 

 走った。何もかもから、逃げたくて走った。

 だから、今自分がどこにいるかもわからない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 ただ、一つの絶望が心を占めていた。

 

「嫌…われた。嫌われた…! 嫌われたッ!」

 

 涙と共に嗚咽が溢れ出てくる。

 彼の悲しむ表情が目に焼き付いて離れない。

 自分はもう本当の意味で彼と関われない。

 その事実がジャンヌ・オルタの心をギリギリと絞めつけていた。

 

「あんなこと言ったんだもの……もう、元には戻れないわよ」

 

 自嘲気味に、諦めの言葉を吐き出す。

 

「でも…これで、よかったのかもしれないわね…。もう、あいつも私に関わってこないでしょ。なら……もう、なにも痛くないもの…」

 

 あんなことを言ったのだ。ぐだ男の方から距離を置いてくれるだろう。

 それならば、もう何も恐れなくていい。

 捨てられる恐怖も、嫌われる痛みも、愛してもらえない寂しさも、全てが消えてなくなる。

 

「……そうよ。これで…これで……よかった(・・・・)のよ」

 

 自分を納得させるように呟く。

 涙はもう止まった。

 しかし、降り出してきた雨が、彼女の心を表すように頬に降り注いでいくのだった。

 雨はやみそうもない。傘もない。

 だが、感傷に浸るのを邪魔する人間はいた。

 

 

「嫌ですわね。とても嫌な臭いがします。酷く醜い―――噓の臭いがします」

 

 

 振り返ると、そこには薄ら寒い笑みを浮かべた清姫が、傘をさして立っていた。

 

「……なによ、笑いに来たの? 笑いたいなら笑えばいいわ。それか、あいつのとこに行ったら? 私はあんな奴のこと、どうでもいいし(・・・・・・・)

「また、噓を重ねるんですか? 本当に救いようのない方」

 

 憐れむような、軽蔑するような視線を向けながら清姫はジャンヌ・オルタに近づいていく。

 それを拒む気力も起きないのか、ジャンヌ・オルタはただ、濁った眼を向けるだけである。

 

「私が何をしようが私の勝手でしょ? あんたには関係ないわよ」

「いいえ、大いに関係があります。私の願いは嘘のない世界ですもの」

「そんな願い不可能よ。夢見てんじゃないわよ!」

「―――ええ、そうですね」

 

 否定すると思われた言葉に、肯定の言葉を返す清姫。

 その行動に思わず意表を突かれ、泣き腫らした目を丸くする、ジャンヌ・オルタ。

 そんな彼女の目の前に立ち、清姫は真っすぐな視線で告げる。

 

「噓をつくことはできません。私の願いはそれこそ子どもの夢のようなもの。あなたの言うように、叶えることは不可能」

「じゃ、じゃあなんで、そんなものを……」

「不可能ですが、それを諦めるというのは自分の気持ちに―――噓をつくということ」

 

 清姫は嘘が何よりも嫌いだ。だから、決して夢を諦めない。

 諦めるということは、自身の心に噓をつくということだから。

 

「ですから、私は諦めませんし、すべての噓を許しません。なにより、私が最も嫌いな嘘は自分の心を偽ることですから」

「……だから目の前の嘘を許さないって言うの?」

「ええ、その通りです。世界から嘘が消えないのなら、せめて私の目に入る世界から、嘘を無くせるように努力するだけです」

 

 曇りのない澄んだ瞳で宣言する清姫に、ジャンヌ・オルタは羨ましいと思う。

 彼女のように、自分の心に素直であれたら、どんなにいいだろうかと。

 

「あなたは自分の心を素直に表すべきです。噓をつくことなく、正直に」

「知った口利いてんじゃないわよ! あんたが私の何を知ってるっていうのよ!?」

「―――はい、何も知りません」

 

 またしても正直に開き直った返答に、湧き上がった怒りが再び収まってしまう。

 

「私は、私の心を正直に伝えているだけです。悪く言えば我儘ですが……噓をつくよりもずっといいと思っています」

「……だとしても、何を言えばいいっていうのよ…?」

「思うままに、心の底から叫んでしまえばいいのです。自分に噓をついて後悔するよりも、正直な気持ちを言って後悔する方が気持ちいいですよ? それに……あなたが想いを伝えるべき相手も来ましたし」

 

 そう言って、立ち去っていく清姫。

 彼女の向かう先には、傘もささずに走ってきたぐだ男の姿があった。

 

「旦那様。私はここでお暇させていただきます」

『清姫……君は―――』

 

 立ち去って行こうとする清姫に声をかけようとするが、唇に指をあてられて止められる。

 彼女が自分のことを好きなのは知っている。

 だから、何かを言わないといけない。だというのに、彼女は穏やかに微笑むばかりである。

 

「旦那様…いえ、ぐだ男様。もし、貴方様が私のことをほんの少しでも想ってくださるというのなら……決して、決して! 噓をつかないでくださいまし。それがどんなに優しい嘘であっても」

『……うん、わかった』

「ありがとうございます。例え、あなたが応えてくれなくとも……お慕いしております」

 

 最後に自分の気持ちを伝え、ぐだ男に背を向けていく、清姫。

 そんな彼女に並ぶように、ここまでぐだ男を案内したブリュンヒルデが現れる。

 

「よかったのですか…?」

「それはあなたの方こそ。お慕いしていたのでしょう? ぐだ男さんを」

「私は嘘のない世界を正直に生きたいだけです。それが例え……夢物語だとしても」

 

 お互いに無言になり、雨の音だけが鼓膜を打つ。

 このまま最後まで会話がないのではないかと、ブリュンヒルデが思い始めたときに、清姫がポツリと言葉をこぼす。

 

 

「正直者は馬鹿を見ると言いますが……本当かもしれませんね」

 

 

 彼女の頬から、一滴の水滴が零れ落ちる。

 それがただの雨粒なのか、それとも涙なのかは誰にもわからない。

 だから、ブリュンヒルデは励ますためではなく、本心からの言葉を伝えるのだった。

 

「でも、嘘つきになるより、よっぽど清々しいですね」

「……ふふふ。そうですね、本当に…清々しい気分です」

 

 最後に二人が零したものは、雨でも涙でもなく―――笑顔だった。

 

 

 

 

 

『ジャンヌ・オルタ……伝えたいことがあるんだ。聞いてほしい』

 

 清姫とブリュンヒルデが消えた後に、残った二人は見つめ合っていた。

 怯えるようなジャンヌ・オルタに対し、ぐだ男は少しずつ距離を詰める。

 しかし、ジャンヌ・オルタはそれでも拒絶しようとする。

 

「関わらないでって言ったでしょ…! 来ないでよ!!」

『それでも、伝えたいことがあるんだ』

「私には関係ないわよ! こんな醜い女に関わる必要なんてないでしょ!?」

 

 自虐的な言葉を叫び、少しでも遠ざかろうとする、ジャンヌ・オルタ。

 その度にぐだ男は彼女に近づいていく。

 

『落ち着いて、ジャンヌ・オルタ』

「知らない! 知らない! どうせ、私を好きな人なんていないんだからどうでもいいでしょ!?」

 

 追い詰められ、子供のように叫ぶジャンヌ・オルタ。

 彼女の頭には逃げることしかない。自信など欠片もない。

 否定され、拒絶される恐怖に怯えているだけだ。

 そんな小さくか弱い存在に、いつもの彼であれば優しく接していただろう。

 だが、今の彼は違った。

 

 

『―――うるさいッ!』

 

 

 声を荒げ、彼女が背にした壁に手を押し当て、逃げれないように捕まえる。

 その普段とは打って変わった態度に、彼女は震えて涙を滲ませる。

 

『よく聞いておけよ! 俺の気持ちをしっかりと聞けよ?』

「や、やめて……」

 

 拒絶されると思い、目をつぶって首を振るジャンヌ・オルタだったが、そんな抵抗は無意味だ。

 荒々しくも、優しさを込めた言葉からは逃れられない。

 

 

『お前のことなんか―――大好きだッ!!』

 

 

 男らしい告白の後に、力強い腕で抱きしめられる。

 彼女は一体何が起きたのかと、最初は理解できていなかったが、次第に理解してボロボロと涙を零す。

 

「なんで…なんで…私なんかを選んだのよ…?」

『好きだから』

「私…姉さんみたいに性格はよくないわよ…? 面倒臭い女よ…?」

『知ってる』

 

 涙と共に正直な弱音が流れ出てくる。

 それをぐだ男はただ受け止めていく。

 

「嫉妬深い女でもいいの…?」

『誰でもない君がいい』

「寂しがりやで傍にいないと何するかわからないわよ…?」

『ずっと傍にいるよ』

 

 決して離さないと伝えるように、痛いほどに彼女を抱きしめる。

 

「本当に、本当に、私なんかでいいの? 炎で焼かれるわよ?」

『君と一緒に焼かれるのなら構わない。愛してる、この世の誰よりも』

 

 不安げに瞳を揺らす彼女を、安心させるように優しくささやく。

 

「嘘じゃないの…?」

『嘘なんてつかない』

「じゃあ……証明してよ。私のことを好きだって…証明して……」

 

 乞うように、か細い声を出し、瞳を閉じるジャンヌ・オルタ。

 長いまつげが揺れ、緊張したように震える吐息が顔にかかる。

 ぐだ男は、そっと彼女の顎に手をかけ、優しく上げる。

 

『ずっと好きだよ』

「地獄の底まで付き合ってもらうんだから……」

 

 二人の距離がゼロになり、唇が重なり合う。

 甘く酸っぱい、初めてのキスは―――恋の味だった。

 

 

 

 

 

 ~3years later~

 

「ああ、もう! なによ、この地雷ヒロイン!? ウジウジしてるだけじゃなくて、役に立たないのについていこうとするんじゃないわよ!」

 

 鏡の前に座り、乙女ゲームをしながら文句を言う、ジャンヌ・オルタ。

 稀にある地雷ヒロインに当たってしまったことで、不満が噴出している。

 男性キャラは良いばかりに余計にダメなところが際立ってしまうのだ。

 

『そんなに文句言うならやらなきゃいいのに』

 

 そんな彼女の長くなった髪を梳きながら、ぐだ男が呟く。

 二人は同じ大学に進み、今ではこうして同居しているのだ。

 

「ストーリー自体は良いからやめられないのよ!」

『はいはい。それはそうと、俺より良い男キャラはいた?』

「はぁ……何度も言わせないでよ」

 

 拗ねたように尋ねてくるぐだ男に、ため息をつき、ゲームの電源を切るジャンヌ・オルタ。

 

 

「私にとってあんた以上の存在はいないんだから、拗ねるんじゃないわよ」

 

 

 その言葉に、ぐだ男は嬉しそうに笑いながら彼女を抱きしめる。

 

「ちょっと、まだ終わってないでしょ」

『後でちゃんとするから』

「もう……仕方ないわね」

 

 文句を言いながらも、ジャンヌ・オルタの方も重心を彼の方に傾ける。

 温かく柔らかな、愛しい女性を抱きしめながらぐだ男は尋ねる。

 

『何かして欲しいことはない?』

「して欲しいこと? そうね、それじゃあ―――」

 

 彼女は頬を染めて、少し甘えるような声を出す。

 

 

「キス……してくれる?」

 

 

 そのいじらしく、可愛い言葉にぐだ男は断れるはずもなく、彼女と唇を重ねる。

 もう、何度もキスをしてきたが、愛する人とするキスはいつだって。

 

「……好きよ」

 

 甘く、特別なものだ。

 

 

 ~FIN~

 

 





ジャンヌ・オルタ√完結!

一旦ここで完結とさせていただきます。遂に主人公の名前が藤丸立香と判明しましたしね。
そろそろシリアスを書かないと、禁断症状が出そうなので他の√はいつかまたに。

それでは、感想・評価ありましたらお願いいたします。
完結までお付き合いいただきありがとうございました!


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マシュ・キリエライト√
1話:マシュと立香


マシュ・キリエライト√が解放されました。
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それではお楽しみください。


「藤丸立香……」

『呼んだ、マシュ?』

「あ、いえ、なんでもないです、先輩」

 

 台所でお茶を沸かしていた先輩が、呼ばれたのかとひょっこり顔を出す。

 慌てて否定すると、特に気にした様子もなく再び消えていく。

 その姿に少しの罪悪感を抱きながら、今度は聞こえないように小さく呟く。

 

「……立香先輩」

 

 それが私の大好きな先輩の名前だ。

 

『マシュ、紅茶に砂糖は入れる?』

「はい、いただきます」

 

 先輩がマグカップを二つ運んでくる。

 一つを受け取ると、冬の寒さでかじかんだ手のひらにじんわりと温かさが広がる。

 

『でも、久しぶりに名前を呼ばれて驚いたよ。みんなぐだ男としか呼んでくれないからさ』

「あだ名というものですね。みなさんが先輩に親しみを持っている証拠です」

『そうだと嬉しいんだけどね』

 

 先輩は笑いながら語る。

 先輩のあだ名は本名よりも先に広まってしまい、名前で呼ばれることが少ないのだ。

 

「先輩は……どんな風に呼んでもらいたいですか?」

『ん? 俺はどんな呼ばれ方でもいいよ。“りつか”って外国の人には呼びづらいみたいだし。“りっか”でもわかるし、それこそ“ぐだ男”もすごく馴染んでる』

「そうですか。それでは、私も好きなように呼ばせてもらいますね」

 

 ゆっくりと息を吸い、胸に込めた想いと共に吐き出すように名を紡ぐ。

 

「―――立香先輩!」

 

 すこし勇気を込めて発した言葉。

 先輩は意表を突かれたように目を丸くして、若干顔を赤くする。

 

『……なんだか新鮮な気分だな。でも、なんで急に変えるの?』

「それは……私の意識が変わったと言いますか、色々と変えたくなったと言いますか」

『俺が何か変なことした?』

「いえ、先輩は何もしていません! 本当に個人的なことですから!」

 

 少し不安そうな顔をする先輩に、慌ててフォローを入れる。

 

「え、えっと、紅茶美味しいです」

『んー…まあ、エミヤには遠く及ばないけどね』

 

 無理矢理にではあるが話題をそらす。

 先輩の方もその不自然さに首をひねるが、気を使って話を合わせてくれる。

 その優しさが先輩の素敵なところの一つだ。

 

「そんなことないですよ。十分美味しいです。それに……」

『それに?』

「いえ、なんでもありません」

 

 藤丸立香という人間がマシュ・キリエライトのために淹れてくれた。

 それだけで私は幸せになれる。

 ……恥ずかしいので口には出せませんけど。

 

『とにかく、満足してるならそれでいいや。外は寒いし、しっかり温まっていってね』

「はい。心配をかけてすみません」

『それにしても急に家に来てどうしたの? なにか急ぎの用でもあったっけ?』

「理由と言いますと……すいません。ただ、立香先輩の顔が見たくなって、つい」

 

 理由などないことを伝えると、先輩は目をぱちくりとさせる。

 しまった。あんな説明だと先輩に変な子だと思われてしまう。

 慌てて訂正の言葉を入れる。

 

「あ、あの、今のはその……論理的な理由が見つからなかったと言いますか。嘘ではないんですが、少し言い方が!」

『ははは』

 

 必死に言い訳をする私を見て、先輩は声を上げて笑う。

 そのことが恥ずかしくて思わず俯いてしまう。

 

『マシュは可愛いなぁ』

「……へ?」

 

 今、先輩は何を言ったのだろうか?

 予想外のことにフリーズする頭に大きくて温かい手がのせられる。

 

『俺もマシュの顔が見れて嬉しいよ。あ、勝手に頭を撫でてごめん』

「い、いえ、私は大丈夫です。……むしろ、もっと撫でていただいても」

『ん? 最後なんて言った?』

「な、なんでもありません!」

 

 首を傾げながらも先輩は手を引っ込めてくれる。

 思わず、勿体ないという言葉が口から零れそうになるが、恥ずかしいので飲み込む。

 つくづく、自分の引っ込み思案な性格は嫌になる。

 

『そっか。なら、いいや』

 

 でも、先輩はそんな私でも笑って受け入れてくれる。

 だからだろうか。私は最近あることに気づいた。

 

「立香先輩」

『なに?』

「私、そういう先輩のことが好きです」

 

 冗談めかして好きだと伝える。

 

『ははは、ありがとう』

 

 LOVEではなくLIKEだと思い、笑う先輩。

 私も笑う。でも、本当は冗談なんかじゃない。

 先輩が他の人のことが好きだとしても、必ず振り向かせてみせます。

 だって、私は先輩のことが。

 

 

 ―――本当に、本当に、大好きだから。

 

 

 

 

 先輩に好きな人がいる。そんな噂を聞いたのは夏休みが終わり新学期に入った時でした。

 お相手はジャンヌ・ダルクさん。まだ付き合ってはいない。

 でも、初めて聞いたとき私は勝てないと思った。

 

 ジャンヌさんは美人で、スタイルが良くて性格も良い。

 無意識に負けを認めてそこで初めて気づいた、先輩のことが好きだという想いを。

 

 ―――私の方が先輩のことを知っているのに。

 

 そして、どうしようもなく醜い嫉妬。

 自分のことが嫌いになってしまうほどの負の感情。

 

 ―――私は先輩のためならなんだってできる。

 

 何の根拠もない自信だけは持っていた。でも、それだけでは何の意味もない。

 先輩に振り向いてもらえるように、何か行動を起こす前から諦めていた。

 誰だって知っている。行動をしなければ何も起きないことぐらい。

 

 ―――このまま、ただの後輩として変わらない関係で終わっていいのか?

 

 だから、私は自分の心に問いかけた。

 先輩は優しいから、きっと今のままの関係でも変わらず接してくれる。

 私の本当の気持ちに気づくことなく。

 

 ―――嫌だ!

 

 胸に激しい衝動が駆け抜けた。

 ごまかせない。一度気づいてしまった以上は無視することはできない。

 

 ―――先輩のことが好きだ。

 

 この想いをなかったことになんてしたくない。

 例え、先輩が私を選んでくれないのだとしても好きだ。

 好き、大好き。初めて会ったあの日からずっと恋をしている。

 

 ―――先輩。先輩が望むのなら私は命だって惜しくはないんですよ?

 

 心の中でそっと呟いて、先輩を見つめる。

 ああ……胸が張り裂けそうになるほどの鼓動が、先輩の耳に届かないか心配です。

 いえ、聞いてもらった方がいいかもしれません。

 

 ―――きっと、この鼓動は言葉よりもなお雄弁に愛を語ってくれるだろうから。

 

 そうすれば先輩だって今までとは違う目で私を見てくれるはず。

 でも、それはできません。まだ、そこまでの勇気は持てないから。

 だから、今は別の方法で先輩に私を見てもらう。

 

 ―――いつの日にか、先輩の胸の中で愛を囁いてもらうために。

 

 マシュ・キリエライトの恋物語は進んでいく。

 

 

 

 

 

『ふわぁ……まだ眠い』

 

 温かく柔らかな布団から抜け出し、冬の冷気に肌を晒しながら目をこする。

 昨日はマシュが帰った後にゲームをやってしまったために、寝不足になってしまったのだ。

 まあ、完全に自業自得なのだが。

 

『ん…良い匂いがする』

 

 廊下を歩いていると味噌の芳潤な香りが鼻孔をくすぐってくる。

 きっとエミヤが作ってくれているのだろうと思い、キッチンに続くドアを開けるが、その予想は外れていた。

 

「おはようございます、先輩」

『おはよう、マシュ。今日はマシュが朝ご飯を作ってくれたの?』

 

 エプロン姿の後輩が可愛い笑顔を向けてくる。

 

「はい、エミヤ先輩の代わりに、今日からは私が先輩の朝ご飯をお作りします」

 

 フンスと胸を張り、はりきった様子で語るマシュ。

 その姿は非常に可愛らしいのだが、一つだけ気になる点がある。

 

『代わりって、エミヤはどうしたの?』

「少し忙しくなるそうなので頻繁には来れないみたいです」

『そっか、わかった』

 

 それならば仕方がない。むしろ、今まで自分がどれだけ彼に頼っていたかがわかる。

 今度恩返しに何かプレゼントでもしよう。エプロンなんかがいいかもしれない。

 

「……本当は私が言って代わってもらったんですけどね」

『マシュ、今なんか言った?』

「い、いえ! それよりも早くしないと冷めてしまうので食べましょう」

 

 何やら慌てた様子で首を振るマシュだが、気にしても仕方がない。

 今はマシュが作ってくれた朝食の方が大切だ。

 

『いただきます』

「ど、どうですか?」

『待って、まだ箸も持ってないから』

 

 初めての料理に緊張しているのか、すぐに感想を求めてくるマシュ。

 そんな彼女を宥めすかしつつ、味噌汁を一口飲む。

 そして、少し崩れ気味な卵焼きを頬張る。

 

『……うん、美味しいよ』

「……先輩、エミヤ先輩のと比べるとどうですか?」

『それは……まあ、エミヤの料理はプロレベルだからさ』

「美味しくないんですね?」

 

 普段からトップクラスの食べ物を食べているからかそれよりも劣ったように感じてしまう。

 マシュは目ざとく気づき悲しそうに肩を落とす。まずい、すぐに励まさないと。

 

『いや、本当に美味しいよ。エミヤには劣るけど、美味しいことには変わりないよ』

「ですが、先輩に満足してもらえないというのは……」

『大満足だよ。少なくともマシュの料理は俺の好きな味だし。それにしても、よく俺の好きな味が分かったね』

「いえ! それは普段の先輩を観察していただけですので」

 

 元気が出たのか、少し笑いながら答えるマシュ。

 そのことにホッと胸をなでおろすのと同時に、そこまで観察されていたことに照れを覚える。

 

「先輩が調味料をどれだけ使用したかや、食べ物を食べた際の表情の変化まで全て観察してきた結果です!」

『マシュは勉強熱心だなぁ』

 

 勤勉なことは悪いことではないので何も問題はないだろう、おそらく、きっと。

 

「もっともっと気に入ってもらえるように、これから毎日頑張ります」

『毎日は悪い、マシュだって忙しいでしょ?』

「私は大丈夫です。それよりも先輩の方こそ私がいなくて大丈夫なんですか?」

 

 そう言われて押し黙る。

 今まで人に頼りっぱなしだったことに改めて気づく。

 やっぱりこのままじゃいけないな…よし。

 

『俺もちゃんと自分で朝食を作るようにするよ』

「え?」

『その日はマシュはゆっくり寝てていいからさ』

「ま、まってください!」

 

 マシュを気遣って自分でやると伝えるが、何故か慌てた様子で止められてしまう。

 一体どうしたというのだろうか?

 

「ほ、本当に料理ができるんですか、先輩?」

『一応、調理実習とかでは普通にできてるから』

「ダメです! もし包丁で指を切って、そこから破傷風になったら死ぬんですよ!?」

『ちょっと大げさすぎない?』

 

 確かに破傷風は怖いが、料理中になった人はそうそういないだろう。

 

「とにかく私に任せてください! 私が先輩をお守りします!」

『料理ってそんな危険なものだっけ?』

「キッチンは戦場です。エミヤ先輩もよく言っていました」

 

 流石は一流シェフ100人とメル友になった男だ。心構えからして違う。

 

『うーん、でも任せっぱなしってのも悪いし。なら、2人で一緒に作る?』

「え、先輩と一緒にですか?」

 

 目を大きく見開き驚くマシュ。

 

『嫌なら、別に断っていいけど』

「とんでもないです! ぜひご一緒させてください!」

『わ、わかった』

 

 ズイと身を乗り出してくるマシュに、気圧されながら頷く。

 理由は分からないがマシュが喜んでいるのならそれでいいか。

 

『ところで家の方は大丈夫なの?』

 

 マシュの実家はどうなっているのかと聞くと、途端に笑顔が消える。

 なにか不味いことに触れてしまったのかと、身を固くしてマシュの様子をうかがう。

 

「……お父さんは家に居ることの方が少ないので知りません」

『マシュのお父さんってランスロットさんだっけ?』

 

 そこまで言ったところで、マシュが珍しく他人に対し不満をこぼす。

 

「はい。毎日仕事で遅くまで帰らないくせに、朝は私よりも早く起きて出て行ってしまうダメな人です。あんな生活を続けていたら、倒れても文句は言えませんよ、本当」

 

 毒を吐いているように見えて、相手のことを心配しているマシュに少しだけ和む。

 しかし、口に出すと不機嫌になりそうなので、それを伝えることはしない。

 

『お兄さんもいるんだよね?』

「ギャラハッド兄さんはこの前“ちょっと聖杯探索してくる”と言って出て行ったきりです」

『待って、お兄さん昇天してないよね?』

「大丈夫です。そのうちお父さんみたいに、フラっと帰ってくると思います」

 

 マシュは気にしていないようだが、ギャラハッドさんの安否が非常に気になる。

 だが、深く突っ込むには朝の時間は少々短かった。

 

「あ、時間です、先輩! 早く食べましょう!」

『わかった』

 

 時計の針を見てお互いに食べる手を早めるのだった。

 

 

 

 

 

「おはようございます、ぐだ男君、マシュさん」

『おはよう、ジャンヌ』

「おはようございます、ジャンヌさん」

 

 二人で登校しているところで、同じく登校中のジャンヌと出会う。

 今日も笑顔が眩しい。まさしく聖女だ。

 

「…………」

「あ、あのマシュさん。じっと見つめてきて…私の顔に何かついているのでしょうか?」

「あ! い、いえ、なんでもありません!」

 

 そんな俺の横では、マシュが何とも言えぬ顔でジャンヌを見つめていた。

 普段のマシュからすると想像できない行動に首を傾げるジャンヌ。

 そんな仕草の一つ一つに、目が奪われてしまうのは仕方のないことだと思う。

 

「先輩! そう言えば私、今日は日直でした!」

『え、じゃあ急がないとね』

「はい、ですので急ぎましょう!」

『あれ? なんで俺も走って……ま、いいか』

 

 突如思い出したように叫ぶマシュに、引きずられるように駆け出していく。

 一瞬なんで俺も走るのかと思うが、マシュが遅れたのは主に俺のせいなので考えるのをやめる。

 だからだろうか、去り際にジャンヌの言葉を聞き取れなかったのは。

 

「マシュさんの出席番号だと今日ではないような……いえ、きっとやり方が違うのですね」

 




主人公の名前が変わった?
ほら、これは一人称で書いてるからさ。
つまりリニューアルしたのだから変わっていても問題はない、いいね?

さて、マシュ√は真面目に書きます。というかマシュが立香を攻略する感じ。
ジャンヌ√で好感度が上げられず夏を終えるとフラグが立ちます。
ギャグよりも妬きマシュマロや塩マシュマロ、病みマシュマロをメインにします。

ところで―――ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィって攻略しないとダメですかね?


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2話:独占欲

 

 お腹が鳴り、昼食時間の訪れを告げる。

 グッと背筋を伸ばしながら、何を食べようかと考える。

 

『今日はパンでも買って食べようかな』

「リッカも購買部に行くの? なら一緒に行こうよ」

『オッケー、アストルフォ』

 

 同じように購買部に用があるらしいアストルフォが加わり、一緒に廊下に出る。

 そこで予想していなかった人物にばったりと出会う。

 

『あれ、マシュにエドモンこんなところでどうしたの?』

「こいつがお前の所在が分からずに迷っていてな。俺はそれを導いてやっただけだ」

『何か用事、マシュ?』

 

 やれやれといった具合に、肩を落としながら語るエドモン。

 

「あの、その……お弁当を作っていたので良ければと思いまして」

 

 そう言っておずおずと差し出されたのは、丁寧に包まれたお弁当箱だった。

 まさか、弁当まで作っていたとは思わなかったので驚いてマシュを見る。

 

『わざわざ俺のために作ってくれたの?』

「はい、せっかくなので朝食を作るときに一緒に。……食べてくれますか?」

 

 若干不安げに、こちらの様子を窺うように尋ねてくるマシュを前にすれば答えは一つしかない。

 

『もちろん! マシュがくれるものならなんでも大歓迎だよ!』

「ありがとうございます、先輩! ……あれ? 今、なんでもって言いましたか?」

 

 なぜかスッと目が細くなるマシュ。

 なんでもという言葉が琴線に触れたらしいが、理由は分からない。

 ただ、先ほどよりも廊下を吹き抜ける風が冷たいように感じる。

 

『マシュ…?』

「本当になんでも貰ってくれるんですね」

『な、なんでもって言うと例えば?』

「そ、それは……」

 

 グイグイと押してくるマシュに対して、具体例を聞くと途端に顔を赤らめだす。

 一体何を俺にくれるつもりだったのだろうか。

 

「あ、旦那様。こんなところにいらしたのですね」

『わ!? いきなり背中から声をかけないでよ、清姫』

「すみません。つい、いつもの癖で」

 

 神出鬼没という言葉を体現するかのように現れた清姫に、動悸が速まる。

 当の本人と言えば、可愛らしく舌を出して反省の色は見られない。

 まあ、実際に可愛いのだが。

 

「ところで、旦那様。私、今日は愛妻弁当を作って参ったのですが、召し上がっていただけませんか?」

「…! 清姫さんも先輩にお弁当を…ッ」

「あら、マシュさんもなのですか? ふふふ……」

 

 二人の乙女の視線がバチバチとぶつかり合う。

 

「もちろん、私のお弁当を食べてくれますよね、旦那様?」

「いえ、先輩は既に私のお弁当をもらってくれています。先約は私です」

 

 同時に胃が原因不明の痛みに襲われ始める。

 

「旦那様、どちらを選ぶのですか?」

「先輩……信じています」

『いや、あの……その…』

 

 二人から期待のこもった瞳を向けられる。

 なぜこうなったのかと、諦め気味に考えるが答えが出るはずもない。

 もう、どうしようもない。そう諦めようとしていた時だった。

 

「んー? リッカが両方食べればいいだけじゃないの?」

 

 アストルフォの鶴の一声が、空気を一気に激変させる。

 

「なるほど……両方食べていただき旦那様にどちらが美味しいかを決めていただくのですね」

「分かりました。先輩の味の好みは把握していますので問題はありません」

「あら、私が旦那様の好みを熟知していないとでも?」

「先輩と過ごした時間は私の方が多いですよ」

「愛とは過ごした時間で決まるものではありませんよ」

 

 お互いに落ち着いた声でありながら、苛烈さを隠し切れない会話。

 本人は何も言っていないというのに、進んでいく状況についていくことができない。

 

「よかったねー、リッカ。お弁当たくさん食べられるよ」

 

 ただ、ニコニコと無邪気に笑う、アストルフォの顔だけが癒しなのだった。

 

 

 

 

 食堂に着き、自販機で買った温かいお茶をすする。

 

「さあ、旦那様。私が作った唐揚げをお召し上がりください」

「いえ、立香(りつか)先輩は私のタコさんウィンナーが食べたいはずです」

「あらあら、旦那様はガッツリと肉類を食べることを望んでいるのですよ?」

「ウィンナーも肉類です。それに先輩はこういった可愛らしいものが好きな一面もあります」

 

 目の前ではお弁当箱を開いて、何を最初に俺に食べさせるか争う女性二人。

 その光景だけでお腹いっぱいなので、争わないで欲しいです。

 

「モテる男も辛いものだな、ぐだ男。同情するぞ」

『明らかに笑った顔で言われても説得力ないよ、エドモン』

「くくく……対岸の火事を眺めるのは気分がいいからな」

 

 追い込まれた俺の状況を楽しみながら、自分の弁当箱の包みを解くエドモン。

 こんなところで人間の醜さを表さなくてもいいものを。

 

「そう言えば、そのお弁当ってエドモンが作ったのー?」

「これか? これはエデが作ったものだ」

『つまり、愛妻弁当?』

「フ、今更その程度の煽りなど無意味だ。そもそもエデは俺の家のメイド。メイドが主の昼食を用意することにおかしさがあるか?」

 

 そう言われてしまうと、確かに何もないと言わざるを得ない。

 エドモンの方も何一つ意識することなく、弁当箱のふたを開ける。

 

 

 

【LOVE❤】

 

 

 

 可愛らしくデコレーションされたハートマークを見て、無言でふたを閉じるエドモン。

 

「…………」

 

 そして、こちらに何も言うなという視線を向けてくるが、アストルフォの前では無意味だ。

 

「よかったね、エドモン。エデちゃんは君のことが大好きみたいだよ!」

「違う、違う違う!!」

 

 顔を覆い、机に突っ伏すエドモンをニヤニヤと見下ろす。

 どうやら良好な関係を築けているようで何よりだ。

 

「なるほど、こういった愛情表現もあるのですね。勉強になります」

「先輩もこういったものが好きでしょうか…」

 

 いがみ合っていた女性二人も、興味津々といった様子で近づいてくる。

 徐々に顔が赤くなり、体から闘気のような湯気が出てくるエドモン。

 精神的に追い詰められている証拠だ。

 

「…ッ! 胃の中に入れてしまえば同じこと!」

『そんなに急いで食べて……勿体ない』

「ニヤニヤと笑いながら言うな!」

 

 先程の趣返しをしてやり満足げに笑う。

 これが正当な復讐か、確かに気持ちのいいものだ。

 だが、復讐者は常に危険な立場にいることを忘れてはいけない。

 

「さて、そろそろ時間も無くなってきたので私達のお弁当を食べてもらいましょう」

「そうですね。では、先輩、口を開いてください」

『わー、ふたりにあーんされるなんてうれしいなー』

 

 箸におかずをつまみ、まるでフェンシングのように突き付けてくる二人。

 嬉しいのだが、そこはかとなく不安がよぎる。

 いや、嬉しいのだが。

 

「では!」

「行きます!」

『もごぉッ!?』

 

 同時に口の中に詰め込まれる、唐揚げとタコさんウィンナー。

 なんとか咀嚼していくが、両方同時なので味がよくわからない。

 

「どうですか? 旦那様」

「美味しいですか、先輩」

『いや…よくわからない』

 

 嘘をつくと、清姫にアンチン・ザ・ファイヤーされてしまうので、正直に答える。

 しかし、言い方が悪かった。

 

「確かに一つだけで総評を述べるのはおかしいですね。流石です、先輩」

「はい、ご安心ください。私のおかずは百八式までありますので」

「そういうわけですので、先輩」

「全部食べてくださいね」

 

 まるでマシンガンのように、口に詰め込まれていく料理を味わいながら心に刻むのだった。

 両方なんて中途半端な選択肢はいけないと。

 

 

 

 

 

「先輩、一緒に帰りませんか?」

 

 放課後になり、先輩が教室から出てきたところを捕まえる。

 一年の校舎から急いできたので、少し息が乱れているがなんとか押し隠す。

 先輩には心配をかけたくない。

 

『いいよ、マシュ。でも、急にどうしたの?』

「えっと…それは……先輩と一緒に帰りたくなったからではダメ…でしょうか?」

 

 下から覗き込むように、先輩の表情をうかがう。

 ジャンヌさんの他にも清姫さんという強敵がいるのだ。出遅れるわけにはいかないのです。

 

『ダメなわけないよ。マシュがそうしたいのなら喜んで』

「ありがとうございます」

 

 ニカッと笑い白い歯を見せる先輩。

 その姿にドキリとするが、同時に先輩が私を仲の良い後輩としか思っていないことを思い知らされる。

 

「……負けません」

『マシュ?』

「なんでもないです。では帰りましょう」

 

 そっと先輩の袖をつまみながら引っ張る。

 本当は手を繋ぎたいですが、恥ずかしいので今はこれが限界です。

 

『そうだね、帰ろうか』

 

 二人で並んで歩きながら、校門まで向かう。

 ふと、他の人達から私達はどんな風に見られているのかと考える。

 仲の良い友達? それとも恋人? きっと近しい関係に見えるだろう。

 

 でも、それはあくまでも他人からすればだ。

 肝心(かなめ)の先輩といえば、私のことを意識などしていない。

 ふとした瞬間に、私ではないあの人(・・・)を探す瞳が証拠だ。

 

『美術の時間に変な仮面を作るのが流行ってね、それで天草が……マシュ?』

「へ? あ! すいません、ボーっとしていました」

『大丈夫、マシュ? 最近ボーっとすることが多くない?』

「いえ、体調に問題はありません。私の不注意です」

 

 ペコペコと頭を下げる。また、先輩に心配させてしまった。嫌われないでしょうか。

 でも……先輩の目は真っすぐに私を見つめてくれている。

 ああ、そうだ。心配をかければ、もっと私のことを見てくれるかもしれません。

 

「先輩は―――」

 

 

 ―――私が傷ついたら、私だけを見つめてくれますか?

 

 

 喉から出かかった言葉を飲み込む。

 いけない、これはエゴだ。自分以外の誰もが悲しむ自己満足だ。

 だから、別の言葉を吐き出す。

 

「私が居なくなったらどう思いますか?」

 

 先輩の顔が驚愕に歪む。

 こんな質問、普通はされないから驚くのが当然でしょう。

 

『悲しいに決まってる。人目もはばからずに泣くよ、俺』

「ふふふ…ありがとうございます」

『マシュ、本当に何もないの? 悩みなら相談に乗るよ』

「大丈夫です。先輩が傍に居てくれるなら何も問題はないです」

 

 私のために涙を流してくれる。それが嬉しくて思わず笑みが零れる。

 先輩が心配してくるのも納得のおかしさだ。異常だ。

 私はおかしくなった。いえ、きっと最初からおかしかったのだ。

 先輩に恋をした瞬間から、ずっと。

 

「やや、これはマシュ殿に立香殿。今日もトレーニングが捗りますな」

「あ、レオダニスさん!」

 

 校門をくぐるところで、守衛のレオダニスさんに声をかけられる。

 この人はとても親切で、私に逆上がり克服トレーニングメニューを作ってくれた恩師だ。

 

「お二人もお時間があれば、トレーニングでもいかがですかな?」

『ダンベルしながら門番しててもいいの?』

「ご安心を。このダンベルはいざとなれば、不審者撃退のための投石となります!」

『流石はスパルタ式数学。無駄がないなぁ』

 

 先輩も認めるように、レオダニスさんは数学も得意です。

 そして盾の扱いも超一級とまさに防衛のスペシャリスト。

 ところで、先輩がどこか遠くを見つめているような、気がするのは気のせいでしょうか?

 

「ああ、数学と言えば最近はジャンヌ・ダルク殿に教えてあげているのでした」

「ジャンヌさんにですか?」

「ええ。どうにも彼女はスパルタ式数学と相性がいいようで。なんでも最後には筋肉で解決するところが気に入っているとか」

『それって本当に数学なの?』

 

 レオニダスさんの教えは確かに偉大です。

 ですので、ジャンヌさんが親しむのもよくわかります。

 

『でも……ジャンヌが勉強か』

 

 ですが、先輩がジャンヌさんの名前を口に出す度に、湧き出させる感情はわかりたくない。

 でも皮肉にも、同じように片思いをしているから分かってしまう。

 想う相手の名前に乗せた、狂おしいほどの恋心を。

 

 

 ああ―――羨ましい。

 

 

 もし、先輩の想いが向く先に居るのが私だったら……。

 そんなことを思う自分に嫌気がさし、そっと顔を伏せる。

 今の私は、きっと酷い顔をしているから。

 

「少し話し込んでしまいましたな。それではお気を付けて」

『お仕事頑張ってください。それじゃあマシュ、行こうか』

「はい……先輩」

 

 レオニダスさんに挨拶をして、再び歩き出す。

 そして、チラリと先輩の方を見る。

 きっと、この人の横には私なんかよりも相応しい人がいるだろう。

 

 ―――想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

 

 でも、事実だ。ジャンヌさんであれば、こんな妬ましい感情は抱かないだろう。

 ジャンヌ・オルタさんであれば、堂々と隣を歩いてみせるだろう。

 きっと、私じゃ不釣り合いだ。こんな野暮ったい女の子じゃダメなんです。

 

「……先輩」

『ん、どうしたの?』

 

 でも。

 

「て、手を繋いでくれませんか? その……辺りが暗くなってきましたし」

 

 諦められるはずがない。

 だって、私は先輩のことが大好きだから。

 

『ははは。どうぞ、喜んで』

「あ、ありがとうございます」

 

 差し出された手を、おっかなびっくり握る。

 温かい。それに大きくて安心する。まるでお父さんみたいです。

 でも、それだけじゃない。壊れ物を扱うように優しく握り返してくれる。

 先輩になら壊されたっていいのに。

 

『痛くない?』

「平気です。もう少し、いえ…もっと強く握っていただいても……」

 

 大切に扱ってくれているのだと、言葉がなくとも伝わる。

 心の中にじんわりと広がっていく、幸福感と充足感。

 自然と頬が緩み、顔が桜色に染まる。辺りが暗くなかったら、恥ずかしくて見せられません。

 

「立香先輩」

『なに?』

「私、今、先輩のことを独り占めにしちゃってます」

 

 精一杯の笑顔を向けて先輩を見つめる。

 少しでも先輩の中では可愛い女の子でありたいから。

 

『……そうだね。確かに独り占めにされてる』

「はい、離しませんからね、先輩」

 

 

 できることなら―――このまま一生。

 

 





病みマシュマロを書くのが楽しい(愉悦)


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3話:知恵袋

 

 みこーん知恵袋。

 質問者の質問に対し、世界の誰かが答えてくれるというシンプルなサイトだ。

 しかし、シンプルゆえに多くのマスター(ユーザー)が利用している。

 かく言う私もその一人だ。

 

【すいません。こんなところで聞く話ではないのかもしれませんが恋愛について相談があります。

 私には好きな先輩がいます。毎日ご飯を作りに行ったりしてアピールしています。

 ですが、先輩は他の人が好きなようで私のことを異性として見てくれません。

 もう、どうすればいいかわかりません。でも、このまま終わりたくありません。

 何とかならないでしょうか?】

 

 ペンネームである“デミサーヴァント”の文字を見ながら返事を待つ。

 リビングのソファーに制服のまま座っているが、緊張して着替える気すら起きない。

 そんなところへ、まず一つ目の回答が来る。

 

「ペンネーム、“HF劇場版見に来てね”さん、からですね」

 

【わかります、その気持ち!

 私も先輩が好きで毎朝、毎晩通っているんですが振り向いてもらえません。

 その先輩に好きな人がいるという話は聞きませんが、正直諦めかけていました。

 でも、最近ようやく女性として意識してもらえ始めたと思います。

 これから追い風が吹いてくるはずです。具体的には来年から。とにかく諦めないでください。

 終わらない冬はありません。必ず春は来ます。

 どこか遠くの世界から、あなたの人生に桜が咲くことを信じています】

 

 なぜでしょうか。この人とはすごく仲良くなれそうな気がします。

 とにかく、元気を分けてもらった旨を書き返事を返す。

 返事を終えたところで、別の回答が来ていることに気づく。

 

「ペンネーム、“世界一美しいのは妾”さん、ですか」

 

【バラの香水を体中に振りかけて、絨毯にくるまってプレゼントはわ・た・し。とやれば簡単よ。

 もっとも、これは妾の美しさがあってのもの。

 とにかく美しさを磨きなさい。それが最短かつ最良の方法です】

 

 無理です。色んな意味で。

 ですが、綺麗になるというのはいいかもしれません。

 化粧や洋服について、真剣に調べてみましょう。

 

「次の方は“コナハト女王”さん、ですね」

 

【その気持ちよーく分かるわぁ。

 私も大学に入って一目惚れした人がいるんだけど何度告白しても

 「うるせえ、チー鱈ぶつけるぞ」の一点張りなのよ。

 そろそろ既成事実でも作ろうかと思ってるんだけど、あなたも参考にしていいわよ】

 

 これは参考にはなりませんね。ええ、全く。

 いくらなんでも段階が飛び過ぎです。

 べ、別に先輩とそういう関係になるのが、嫌というわけではありませんが。

 

「と、とにかく次の人に行きましょう。“大江山の頭領”さん」

 

【ふふふ、デミサーヴァントはんは随分と初心やなぁ。

 そんなところも愛いけど、偶には大胆にいかんとあかんよ?

 勇気が持てんいうなら、酒でもあおったらええんどす。

 ほんなら、ええ気持ちになって、先輩特攻が手に入るんとちがいます?】

 

 お酒の力に頼る……なんでしょうか、すごくいけるような気がします。

 ですが、私も先輩も未成年です。飲酒はできません。

 仮に成人するまで待つとなると、先輩が他の誰かに取られているかもしれません。

 それでは意味がないのです。

 

「次は…! こ、この方はキャス狐さん!」

 

 みこーん知恵袋の代名詞と言っても過言ではない人の登場に、思わず力が入る。

 大きく深呼吸をして、ゆっくりとマウスをドラッグする。

 

【届いてほしいのに届かない恋心。タマモちゃんもよーく分かります。

 

 ですが、何もしなければ素敵な殿方は別の女性のもとに。

 天の岩戸で枕を濡らしてもなお、悔やみきれない結末になりかねません。

 ですので、あらゆる手を尽くしましょう。

 コメントを見るにデミサーヴァントさんは奥手のようですが、それではダメなのです!

 もっと、積極的に大胆に、迷惑をかけていいので異性として意識してもらいましょう。

 

 女性として意識してもらいたいのなら、やっぱり色仕掛け。

 胸元を大胆にはだけさせたり、ミニスカートから覗く太ももで先輩を悩殺、悩殺❤

 

 すでに胃袋を掴む作業に入っているようなので、そちらはオーケー。

 今度は少し距離を置いたりしてみてください。

 いつも傍に居るあなたがいないことで、先輩は寂しさを覚えます。

 そして気づけば、頭の中はデミサーヴァントさんのことだらけ。

 

 マジで恋に落ちる5秒前! あなたの大切さに気付き、そのままゴールインも夢じゃない!

 まとめると、まずは女性であることをアピール。そして押してダメなら引いてみろ! 

 この2つを意識して素敵な先輩をみこっとゲットしちゃってください☆】

 

 具体的な方法に、的確な指示。やっぱりキャス狐さんは凄いです。

 それにしても……。

 

「い、色仕掛けですか……」

 

 自分の胸に手を置いてみる。

 同年代の友人に比べても、大きさでは上の部類に入りますが……。

 先輩に満足してもらえますでしょうか?

 当面のライバルはジャンヌさん。私よりも上の可能性が高いです。

 

「でも、アピールしないと先輩がとられちゃいます」

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 多少恥ずかしくてもやるしかないです。

 そう決意を固めたところで新たに回答が来ていることに気づく。

 回答をしてくれた以上は返事をしないと失礼なので、しっかりと読み込む。

 

【初めまして、デミサーヴァントさん。

 私は女性ではないので、的外れな回答になるかもしれませんが、どうかご了承ください。

 あなたが慕う先輩がどのような方かは存じませんが、きっと素敵な方なのでしょう。

 そして、そんな素敵な方を好きになったあなたもきっと素敵な人です。

 ですので、自信を持ってください。

 

 男性というものは愚かなものです。

 誰かを大切に思っていても、そのことを自覚することができないことすらあります。

 そういった時は素直に言葉で伝えてもらうと自分の心に気づいたりします。

 告白でなくともデートなどに誘ってみるのはどうでしょうか?

 もしかすると、心の内にあるあなたを想う心に気づくかもしれません。

 

 長々とつづってしまいましたが、私はあなたの恋路を応援しています】

 

 不思議と勇気が湧いてくる回答に頬が緩む。

 応援されるというのは、こんなにも嬉しいものなのかと改めて感じる。

 お礼のために短いものの、しっかりと感謝の旨を打ち込み返信する。

 

 

 

【ありがとうございます。励まされて勇気が出ました―――匿名卿さん】

 

 

 

 

 お礼の返事を眺め、満足げに頷く。

 どうやら、うら若き乙女の力になれたようで何よりだ。

 これがもし自分の娘のことだとしたら、冷静な判断はできないだろうと、何となしに考えながらスマートフォンをしまう。

 

「ランスロット卿、今日は上がりですか?」

「ああ、今日は一足先に帰らせてもらうよ、トリスタン卿」

「そうですか、残念です。美人の人妻が経営する良いスナックを見つけたのですが」

「…ッ!」

 

 至極残念そうな顔のトリスタンの話に、思わず振り返りそうになるが、何とか踏みとどまる。

 今日はマシュからいい加減早く帰って休めと言われているのだ。

 なので、涙を呑んで家路につくことにする。……今度、場所だけでも教えてもらおう。

 

 そんな未練がましいことを考えながら、車を運転すること数十分。

 最近は寝るためだけに帰る場所と化している我が家が見えてくる。

 マシュはもう寝ているのだろうか? できればお帰りなさいの言葉だけでも欲しいのだが。

 最近はまともな会話がないからな……。

 

「ただいま……フ、寝ているか」

 

 静まり返った我が家に、自嘲気味に笑いをこぼす。

 私自身が先に寝ていなさいと言っているのだ。

 文句を言うのはお門違いだろう。

 そう思ってリビングに向かったところで、明かりが零れていることに気づく。

 

「起きているのか…? マシュ?」

 

 そっとドアを開けて中を覗くと、ソファーの上で静かに寝息を立てているマシュの姿があった。

 

「まったく、こんなところで寝て……」

 

 

 ―――娘の無邪気な寝顔プライスレス。

 

 

「さて、毛布はどこにあったかな」

 

 一体何年ぶりに見る娘の寝顔だろうか。

 無言でガッツポーズをしてしまったが、誰も私を責めることはできないはずだ。

 このまま写真を撮って携帯の待ち受けにしたいが、バレたら無視をされかねないので我慢する。

 しかし、可愛い。これは天使と言っても過言ではないだろう。

 

「よし、これで大丈夫だな」

 

 毛布を掛けて風邪をひかないようにする。

 最近は朝に会うこともできないが、毎日早起きして疲れているのかもしれないな。

 

「む、これは…?」

 

 机の上に見慣れない、新品の雑誌が置いてあることに気づき手に取る。

 

「ファッション雑誌か……そうか、マシュもそういうことに気を使う年頃だからな」

 

 娘の成長と共に近づく親離れの時を思うと、不思議と涙が出てくる。

 ギャラハッドとは最近連絡が取れていないが、あの子も騎士だ。

 きっと私の心配など杞憂で元気にやっているだろう。そう信じている。

 

「しかし、どれもこれも新品ばかりだな。今日買ってきたばかりなのか?」

 

 他にも様々な雑誌があり、しわができないように畳んで整理していきながら眺めていく。

 ファッション雑誌『THE ROMA』、美容雑誌『PTOLEMAIOS』、恋愛雑誌『Marie』。

 まるで恋する乙女が読むようなものばかりだ。

 …………む?

 

「ふう…落ち着け。落ち着くのだ、ランスロット。まだそうだと、決まったわけではない。全裸で森の中を駆け出したくなるが落ち着くのだ。マシュぐらいの年頃の子なら興味があって普通のことだ。私とて若いころは、ガウェインと共に背伸びをして成人誌を買っていたではないか。そうだ、何もおかしいことはない。何も焦ることはない」

 

 アイム・ヴェリー・クール。ソー・カーム。

 よし、これで問題はない。私は正気だ。

 

「手早く片付けて今日はもう寝よう。そうだ、それがいい」

 

 心に冷静さを取り戻しマシュの手から滑り落ちたであろう、最後の一冊を床から拾い上げる。

 そして、丁寧に付箋(ふせん)が張られているページを開いてしまう。

 

 

【先輩が好き! 妹扱いで終わりたくない女の魅せテクその7☆】

 

 

「……………ハッ!? 今、気を失っていたのか、私は!?」

 

 思考回路がオーバーロードして、一瞬意識が飛んでしまう。

 しかし、すぐに復活し持ち前の冷静さを取り戻す。

 冷静になった証拠として素数を数えてみせよう。1、2、3、……。

 

 

 

「むにゃ……せーんぱい…えへへ」

 

 

 

「MASHUUUUUU‼」

 

 ダメだ。こんな寝言を聞いたら、もう否定しようがない。

 膝下から崩れ落ちながら嘆きの咆哮を上げる。

 ショックで何をするべきか、まるで分らない。

 夢なら一刻も早く目を覚ましたい。

 

「ひゃ!? な、なんですか、急に大きな声が……お父さん?」

「マシュ、私の顔を全力で叩いてくれ」

「頭黒髭ですか、お父さん?」

 

 マシュの辛らつな言葉で、これが現実であることを理解してしまう。

 軽蔑するマシュの視線を浴びながら、フラフラと立ち上がる。

 

「大体なんですか、家に帰ってくるなり変な叫びをあげて。せっかくの夢が台無しじゃないですか。後、毛布ありがとうございます」

 

 流れるように文句を言いつつも、お礼を忘れないマシュは良い子に育った。

 そんな現実逃避をしながら押し黙っていると、マシュが雑誌がまとめられていることに気づく。

 

「……お父さんが片付けたんですか?」

「あ、ああ。マシュを起こすのも悪いと思ってね」

 

 そう答えると、何故かマシュの顔が赤くなる。

 

「なんでそういう変なところで気を使うんですか!? 起こして私に片付けるように言ってくれればいいのに! 恥ずかしいじゃないですか!! 片付けることは良いことですけど!」

「は、恥ずかしい?」

「男子高校生の母親が息子の隠しているエッチな本を整理整頓するようなものです!!」

 

 想像しただけで首を吊りたくなった。

 ああ、私はなんと残酷なことをしてしまったのだろうか……。

 己のあまりの情けなさに再び膝を折る。

 

「とにかく、今度からは先に起こしてください! それから、今日はお風呂掃除もしないでいいので、早くお風呂に入って寝てください!」

「な!? た、偶にはゆっくり学校の話でも……」

「どうせ、明日も私より早いんだから寝るべきです。話す暇があったら休んでください。では、おやすみなさい」

 

 怒涛の勢いで語り終えると、雑誌をもって自分の部屋に行くマシュ。

 そして最後にクルリと振り返り、一言言い残していく。

 

「言い忘れていました。キッチンに夕食の残りがあるので、明日までに食べておいてください」

 

 パタンと扉を閉め完全に姿を消す。

 私にはその後ろ姿を見つめ、呆然と佇み続けることしかできなかった。

 

「キッチンだったな……」

 

 悲しみを押し隠すために、独り言をつぶやきキッチンに行く。

 そこにあったのは、豚肉と玉ねぎをあえた炒め物と酢の物だった。

 そういえば、豚肉や酢には疲労回復の効果があると聞いたことがあるな。

 今は関係のないことだろうが。

 

「いただきます」

 

 炒め物を温めなおし、缶エールを開けて一人寂しく遅い夕食を取り始める。

 愛娘の料理のはずなのだが、衝撃の事実の前に味を楽しむことができない。

 精神を落ち着かせるためにとアロンダイトに目を向ける。

 マシュに好きな男性が…好きな男性が……。

 

「初めまして、さよオーバーロードでいくか……いやいや! 私は何を考えているんだ?」

 

 動揺のあまり、モルガン染みた考えに至るがすぐに否定する。

 どんな相手かもわからないのだ。なにより、恋愛は悪いことではない。

 むしろ応援するべきではないのか?

 

「……自分の娘となるとこうも難しい問題とは」

 

 しかし、理性と感情は必ずしも一致してくれない。

 自分の心にも関わらずどうしたいかが分からない。

 何か、何か背中を押してくれるものがあれば……。

 

「そうだ! こういう時こそ!」

 

 名案が思い浮かび、すぐさまスマートフォンを取り出して実行に移る。

 もう、これ以外に頼るすべはない。

 

 

 

 

“MIKOON!JAPAN知恵袋”

 

 質問者:匿名卿さん

 

【娘に好きな人ができたようなのですが、父親としてどうすればいいかわかりません。

 どんな対応をすればいいでしょうか?】

 





子供が寝た頃に家に帰宅し、夕食を温めなおして缶ビールを片手にニュースを見る。
これが円卓最強の騎士の日常です(涙)


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4話:容疑者Xの変装

 

「先輩、先輩、起きてください」

 

 ゆさゆさと先輩の体を揺すり、意識の覚醒を待つ。

 今日は土曜日で学校はありませんが、私が先輩の家に来ることにおかしさはありません。

 先輩は私がいないとダメなんです。

 

「せんぱーい、起きないといたずらしちゃいますよ?」

 

 中々目を覚ましてくれない先輩の耳にささやきかける。

 すると、ピクピクと耳が動く。これは起きている証拠ですね。

 先輩は私をからかおうとしているのでしょう。

 ですが、今日の私は一味違います。

 

「仕方ないですね。ではいたずらを開始します」

 

 そっと先輩のベッドに寄りかかり、顔を近づける。

 先輩のまつ毛の長さや、吐息がハッキリと分かる距離まで自分の顔を近づける。

 すごくドキドキします。ですが、ここまで来たらやらないわけにはいきません。

 覚悟を決めて最後の行動に移る。

 

「えい」

『むぐぅ!』

 

 先輩の鼻をつまんで気道をふさぐ。

 息苦しくなったのか、単純に狸寝入りを諦めたのか、先輩が目を開く。

 

「おはようございます。今日もいい天気ですね」

『おはよう……マシュが本当にいたずらするとは思わなかった』

「ふふ、私も毎日進歩しているんですよ」

 

 笑いながら顔を上げる先輩を覗き込む。

 少し大きめで覗き込むと胸元が見える服で。

 

『……ッ』

「どうしたんですか、先輩?」

 

 見てます。先輩が私のむ、胸を。

 すごく恥ずかしいですけど、キャス狐さんの言うとおりに目が釘付けです。

 これで先輩を私の虜に―――

 

『服に糸くずがついてるよ』

「あ、ありがとうございます……」

 

 思わずガックリと肩を落としそうになる。

 ま、まだです。まだ始まったばかりです。

 諦めるには早すぎます。ここからが勝負の始まりです。

 

「今日はパンとサラダとスープを作ってみました」

『楽しみだな』

 

 先輩と一緒に朝食をとる。

 今日はお父さんの朝食も作ってきたので、大したものが作れませんでしたが、先輩は満足してくれたみたいで良かったです。

 

「先輩、今日はなにか予定はありますか?」

 

 お皿を洗い終え、ソファーに座っている先輩に質問する。

 

『ん? 今日は特に何もないかな。のんびりしようかなと思ってたから』

「あ……お邪魔でしたか?」

『まさか。一緒にのんびりしよう』

 

 そう言ってポンポンと自分の隣を叩く先輩。

 こ、これは隣に座れということで間違いないですよね?

 

「し、失礼します」

 

 おずおずと先輩の隣に座る。

 肩が触れるか触れないかの距離がもどかしい。

 先輩はどんな気持ちなのかと気になり、チラリと横顔を覗く。

 すると、先輩はミニスカートで露になった私の足を見つめていた。

 

「先輩、私のスカート似合ってますか?」

『う、うん。似合ってるよ。でも―――』

 

 ここがチャンスとばかりに、先輩に生足を見せつける。

 さっきは失敗しましたが、これならば先輩も私を女性として見てくれるはず。

 

『寒そうだね』

 

 そう言って先輩は毛布を取りに行く。

 そして、固まる私の膝に優しく毛布を掛けてくれる。

 

『これで大丈夫っと』

「ありがとう……ございます」

『よし、この前録画していたドラマでも見ようか』

「はい……」

 

 先輩は……やはり私のことを異性として見ていないのでしょうか?

 いえ、弱気になってはいけません。最初から不利な勝負なのはわかっています。

 それよりも今は、この密着した状態を有効に活用しましょう。

 

「先輩も一緒に毛布を使いましょう」

『そうだね』

「で、ですので、もう少し近づきますね」

 

 毛布で二人分をカバーするために、ピッタリと先輩とくっつく。

 うう…どうしましょう。ドキドキが止まりません。

 

「と、ところで、どんなドラマなんですか?」

『んーとね。人間嫌いで偏屈な数学者兼探偵が、助手のアイカツ女子が持ってきた事件に巻き込まれて、事件解決することになる推理ドラマ』

「なるほど、タイトルは?」

『アルキメデスの円』

 

 よくありそうな設定ですが、なんでしょうか。

 とてつもない展開が繰り広げられそうな予感がします。

 

『じゃあ、始めるね』

 

 先輩が録画の再生ボタンを押す。

 オープニングが流れ、ドラマが展開される。題名は“容疑者Xのアリバイ”

 まず初めに映ったのは、何やら図形を描くことに没頭する主人公。

 そこへ、アイカツ女子が飛び込んでくる。

 

【ちょっと、聞いてよ! すごい事件が起きたのよ!】

 

 そして、間髪を入れずに床に散らばった図形を踏んづける。

 

【ぅ私のぉ! 図形を踏むなぁあああっ!!】

 

 思わずビクッと驚いてしまう。

 先輩が言うにはこの主人公はかなり偏屈な性格らしい。

 

【いいじゃない別に。減るもんじゃないし】

【私の精神は確実にすり減っているぞ!?】

【そんなどうでもいいことよりも事件よ! 事件!】

 

 ついでに助手の性格は、とても助手とは思えないレベルの性格らしいです。

 

【容疑者全員にアリバイがある殺人事件が起きたのよ】

【他の人間ではないのですか?】

【それが部外者は絶対に入れない場所で、なおかつダイイング・メッセージを残してたの】

【ほう、それはなんと?】

【一文字、“X”って】

 

 少しだけ考えるしぐさを見せる主人公。

 

【ちなみに被害者は?】

【えーと、確かブリテン財閥で女社長やってたランサー・アルトリアって人】

【容疑者は?】

【セイバー・アルトリアに謎のヒロインX、セイバー・アルトリア・オルタ、それからアルトリア・リリィとランサー・アルトリア・オルタね】

 

 どうでもいいですが、このキャスティングはおかしくないですかね。

 

【謎のヒロインXが一番怪しいんだけど、他の社員複数に見られている。それで逆にアルトリア・リリィは社員には見られてないけど、他の全アルトリアから庇われてるの。特にセイバー・アルトリアの庇いが顕著ね】

【ふう……くだらない。実にくだらないですねぇ。こんな事件は警察で十分です】

 

 一瞬で事件の犯人が分かってしまったのか、興味をなくし作業に戻る主人公。

 しかし、助手がそれを止めさせる。

 

【あ、もう前ギャラはもらってきたわよ】

【この低級助手がぁぁぁッ!!】

 

 素晴らしいキレっぷりを見せる主人公。

 あの役者さんの演技は鬼気迫るものがあります。

 そう、まるで本当に怒っているような。

 

【ほら、早く行くわよ。サクッと解決してくればいいじゃない】

【し、仕方ありませんね。いいでしょう、その低次元な事件を解決してみせましょう】

 

 結局、事件現場に行くことになった主人公と助手。

 そこで容疑者達を呼び出し、あっさりと解決に導こうとする。

 ところで、まだ始まって十分程度なのですが、残り時間はどうするのでしょうか?

 

【雑ですねぇ! 実に雑ぅ! 犯人もトリックも全て雑ゥ!!】

【流石ね! もう犯人を言っちゃいなさいよ!】

【ええ、早く帰ってクオンタム・タイムロック(TV番組)でも見ましょう】

 

 そう言って、容疑者の周りを歩き始める主人公。

 緊張した面持ちのアルトリアさん達。

 主人公はピタリと一人の前で立ち止まる。

 

【犯人は謎のヒロインX殿! ではなく―――セイバー・アルトリア殿、あなたです】

【……ほう、何を根拠に言っているのですか? 私はその時間に確かにガウェインが目撃しています】

【ガウェイン殿、あなたは確かにセイバー・アルトリア殿を見たのですか?】

【はい。確かに我が王は業務をこなしていました】

【その時に話されましたか?】

【いえ、王の業務の支障となると思いましたので】

 

 まさかの犯人に驚く現場。

 私も謎のヒロインXさんだと思っていたので驚いてしまう。

 

【ところで皆さんはご自分の作業能率を知っていますか?】

【…ッ!】

【いや、そんなものは計算したことがない。私は常に最高速度でこなしているからな】

【部下のものは感覚でわかるが自分のはな】

【え、ええ。みなさん、それに私も常に全力でこなしているだけです】

 

 僅かに身じろぐセイバー・アルトリアさん。

 そして、焦りだすアルトリア・リリィさん。

 逆にオルタさん二人は憮然とした態度を貫く。

 

【その通り。先程ここ五年分のみなさんの作業能率を計算させていただきましたが、みなさん面白いほどに一定の能率を守ってらっしゃる。事件発生時を除いて、ですがね】

 

 主人公の言う先程とは数分にも満たない。

 その計算速度に主人公の優秀さが表されていた。

 

【妙なんですよ。セイバー・アルトリア殿の作業能率が事件発生時だけ―――アルトリア・リリィ殿のものと完全に一致しているなんて】

 

 全員の視線がアルトリア・リリィさんに向く。

 

【アルトリア・リリィ殿、あなたは事件発生時に何をしていましたか?】

【お、屋上で休憩していました】

【それを証明するものは?】

【あ、ありません】

 

 アルトリア・リリィを目撃したという証言はない。

 あるのは、リリィがそんなことをするわけがないという擁護と。

 セイバー・アルトリアさんによる証言のみ。

 

【セイバー・アルトリア殿。あなたは事件発生時に―――リリィを変装させていましたね?】

【……さて、なんのことやら】

【ごまかしても無駄です。私の数式に狂いはありません】

 

 あくまでもポーカーフェイスのセイバー・アルトリアさん。

 

【正解を出してあげましょう。この事件のつまらない解をね!】

 

 ですが、主人公は欠片も揺らがず、決め台詞を放ちます。

 

【あなたはアルトリア・リリィ殿に自身の変装をさせ、ガウェインに目撃させてアリバイを作った。そしてあなた自身は最も怪しまれるであろう、謎のヒロインXに変装し、ランサー・アルトリア殿を殺害した。……違いますか?】

 

 何ということでしょうか。

 セイバー・アルトリアさんと思われていたのは、実はアルトリア・リリィさん。

 そして、犯人と思われていた謎のヒロインXさんは、セイバー・アルトリアさんだったのです。

 

【アルトリア顔を恨んだ人間の犯行にして、アルトリア顔を利用したトリック。ですが、雑ゥ! 実に雑な犯行です! 神の創造の手は止まらない。武内+自由=アルトリア顔の方程式は決して破れない!!】

 

 ビシッと指をさして決める主人公。

 しかし、セイバー・アルトリアさんは黙したまま動揺を見せない。

 それどころか静かに口を開き、問いかける。

 

【見事な推理です。ただし―――証拠があればですが】

 

 はい。作業能率が違ったとはいえ言い訳はいくらでもできます。

 主人公もそれは想定したらしく、勝利を前に舌なめずりをするように笑う。

 

【証拠? 私がそれすら持たずに来るとでも? 助手殿、証拠の指輪を】

 

 そう言って今まで黙っていた助手の方を向く。

 呼ばれたことに気づき、何かを飲み込みながら振り向く助手。

 なんでしょうか、すごく嫌な予感がします。

 

 

【え? 美味しそうだから食べちゃったわ、テヘ】

 

 

【この、どこに出しても恥ずかしい最高最低の無能助手がぁアアアッ!!】

 

 衝撃の展開に絶叫する主人公と、呆気にとられるアルトリアさん達。

 こうして、物語は後半部分の新たな謎解きに入っていくのでした。

 それにしても……斬新すぎます、このドラマ。

 

 

 

 

 

【私は許せなかった…! これ以上アルトリア顔が増えることが…ッ】

 

 新たな証拠を突き付けられ、ガックリと膝をつき、悲痛な思いを吐くセイバー・アルトリア。

 そんな胸の詰まる場面を見ながら、横にいるマシュを見る。

 

「先輩、ここにモードレッドさんとネロさんを入れれば、さらに凄いことになるのではないでしょうか?」

『想像もしたくないね』

 

 ドラマを楽しんでくれたのか、意見を言ってくれるマシュ。

 しかし、そのせいか俺に寄りかかっていることに気づかない。

 どこか甘い香りが鼻孔をくすぐり、ドキドキしてしまう。

 

【次回、『フュージョン? ポタラ? 謎の融合事件! ~増える助手と胃薬~』をお楽しみに!】

 

「終わりましたね。ふう……何だか眠たくなってきました」

 

 次回予告で、増殖した助手を見て、失神する主人公を見ながら欠伸をするマシュ。

 毎日、朝早くから家に来てくれているから眠いのだろう。

 

『眠いなら、少し寝ててもいいよ』

「…ありがとうございます。それでは……」

 

 寝ぼけているのか、何の躊躇もなしに、俺の膝にコトンと頭を乗せるマシュ。

 そのまますぐに安らかな寝息を立て始める。

 

『……心臓に悪いな』

 

 今日のマシュはどうにも油断しているというか、色っぽい。

 胸チラを何とかごまかしたり、毛布を掛けることで生足を見ないようにしてきたが、これはもうどうしようもない。

 

『危なっかしいなぁ』

 

 こんな無防備な姿でいたら、危ない人に目を付けられるかもしれない。

 ただでさえ、黒髭やオリオンみたいな人物がいるのだから。

 まあ、あの二人は女性にひどいことは絶対にしないだろうけど。

 とにかく、そうならないように俺が守ってやらないと。

 

「せんぱい……いかないでください」

 

 どんな夢を見ているのか、マシュが苦しそうにうわ言をつぶやく。

 

『大丈夫だよ。俺はここにいるから』

 

 安心させてあげるために、そっと手を握ってあげる。

 いつも世話になっているのだから、こういう時ぐらいは甘えてほしい。

 恩返しだってしないといけない。

 

『マシュ、今度一緒に遊びに行こうか。……て、聞こえないか』

 

 自分で言って一人苦笑する。当然返事などない。

 ただ、繋いだ手がキュッと小さく握りしめられるだけだった。

 





途中の推理ドラマは分かる人には分かるあのコンビ。
さて、次回はデート回です。



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5話:先輩と二人で

 デートです。はい、デートです。もう一度言いましょう、今日はデートなのです!

 先輩がどういった意図で、遊びに行こうと言ったかはわかりませんが、紛れもなくデート。

 脳内裁判でも可決されました。今日は先輩とのデートです。

 今度こそ、先輩を私の虜にして見せます。

 

「ですが、どんな風に過ごせば……」

 

 恋愛雑誌『Marie』を穴が空くほどに見ながら、シミュレーションを行う。

 まず、映画の鑑賞を行います。次にランチ。そして2人でショッピング。

 今現在、明確に決まっているのはこの3つです。

 

「ああ…心臓が口から出てしまいそうです」

 

 しかし、残りはアドリブでこなさなくてはいけません。

 正直に言うと、頭が真っ白になってしまいそうです。

 みこーん知恵袋にも尋ねましたが、流れに任せるしかないとのことでした。

 

「それに先輩はちゃんと来てくれますでしょうか…」

 

 待っている時間が長ければ長いほど、不安が重なっていく。

 もしかしたら、ただの聞き間違いかもしれない。

 私の都合のいい夢かもしれない。そんな弱気な気分になった時でした。

 

『誰が来ないって?』

「ひゃっ!?」

 

 頬に当たる温かな感触。

 驚いて振り返ってみると、缶ココアを手にした先輩が立っていた。

 まるで、いたずらに成功した子どものような笑顔を浮かべながら。

 

「もう、驚かせないでくださいよ、先輩」

『ごめん、ごめん。マシュが寒いかなって思ったからさ』

 

 そう言って、笑いながら缶ココアを渡してくる先輩。

 こういう所は、本当にずるいと思う。

 怒っていても、許してしまうから。

 

『そういえば、何をそんなに熱心に読んでいたの?』

「べ、別に大したものじゃありません! そ、それよりも早く行きましょう」

 

 恋愛雑誌を読んでいたのがバレるのが恥ずかしいので、慌てて鞄に押し込む。

 もうここからは、完全にアドリブで行くしかありません。

 マシュ・キリエライト、ファイトです!

 

『そうだね。あ、それと、その服可愛いよ』

「へ…? あ、ありがとう…ございます」

 

 “可愛いよ”その不意打ちには余りにも強い一撃に、顔が真っ赤になる。

 でも、頑張って服を選んだかいがありました。

 白のニットワンピースにチェックのマフラー。

 そして、厚めの黒のタイツに同系色のブーツです。

 

『マシュによく似合ってると思う』

 

 もっと、攻めた方が良いかとも思いましたが、好評のようなのでよかったです。

 初めてのデートで、色気を出し過ぎるのは良くないというのは本当なのですね。

 ありがとうございます、キャス狐さん。

 

『それじゃあ、少し早いけど映画館に行こうか』

「はい、エスコートをお願いしますね、先輩」

『精一杯務めさせてもらいます』

 

 二人してクスクスと笑いながら歩き出す。

 

「……私は悲しい。友の頼みとはいえ、せっかくの休日にうら若き男女を付け回すなど」

「私だけでは公正な判断ができそうにないのだ。帰りにバーに行くのでそれで許してくれ。もし、そこの麗しいお嬢さん。少し道を尋ねたいのですが」

 

 なんでしょうか、すごくイラッとする声が聞こえた気がします。

 でも、気のせいですね。今は先輩と楽しまないと。

 

 

 

 

 

 ポップコーンとジュースを買い、席に座る。

 映画タイトルは“戦場のサンタクロース”です。

 因みにサブタイトルは“俺が…俺たちがサンタムだ!”らしいです。

 

「先輩、どうしてこの映画を選んだんですか?」

『季節に合ってるし、なんか感動ものって聞いたから』

「どうもネタ方向に行く気がするのですが……」

『つまらなかったら、映画批評家みたいに二人で批評しようか』

 

 そう言って笑う先輩。

 

「そうですね、それはそれで楽しそうです」

『うん。あ、そろそろ始まるみたい』

 

 定番のブザーが鳴り、プロローグが始まる。

 

 

【僕はね…サンタクロースになりたかったんだ】

【なんだよ、なりたかったって諦めたのかよ?】

 

 一人の老人が子どもに語り掛ける。

 少年はむくれたように問いかける。

 まるで、あなたはサンタクロースじゃないのかと言うように。

 

【うん、サンタクロースは子どもを笑顔にしないといけないんだ。でも、僕には無理だった。笑顔にしたい子達を泣かせてしまった】

【なんでだよ。普通プレゼントをもらったら笑うだろ】

【プレゼントはね、相手が心から望むものじゃないとダメなんだ。でも、それに気づいたとき、もうクリスマスは終わっていたんだ】

【そっか、ならしょうがないな】

【うん……本当にしょうがない。こんなこと、クリスマス前に気づけばよかった】

 

 夜空に浮かぶ星を見ながら老人は静かに呟く。

 それは、もう戻らない過去を懐かしむ様に。

 

【しょうがないから、俺が代わりに―――サンタになってやるよ】

 

 少年の声に驚く老人。

 真っすぐな瞳は在りし日の自分を思わせるようで、決して折れないと思わせた。

 

【ああ――安心した】

 

 少年に願いを託し、老人は瞳を閉じる。

 そして、もう二度と開くことはなかった。

 時は流れる。少年は青年へと成長し、クリスマスにプレゼントを配り始めた。

 

【想像するのは常に子どもたちの最高の笑顔だ】

 

 初めは自分の身近な子ども達に配っていた。

 しかし、彼は満足しなかった。自分の目に入る世界の子どもを笑顔にする。

 それは簡単なようで、不可能なことだった。

 

 1人にプレゼントを配れば、視野は広がる。

 まだ配られていない子達のことが気になり始める。

 10人に配れば、次は100人に。100人に配れば1000人に。

 その次は……決してプレゼントを配られることがないであろう子ども達だった。

 

【他の誰もプレゼントを届けたがらない場所に行きたいんだ】

 

 恵まれない子ども達。難民キャンプや紛争地帯。

 プレゼントどころか、クリスマスを祝うことすら難しい地域に彼は渡った。

 青年は大人になった。白く染まった髪と真っ赤な服で戦場を駆け回る。

 その姿から人は彼をこう呼んだ。戦場のサンタクロース―――サンタムと。

 

【無茶な真似はやめなさい! あの激戦区に行ったら殺されるわよ!?】

【激戦区? 生憎、私の目に映っているのはプレゼントを待つ子ども達だけだ】

 

 彼は止まらなかった。危険な場所に自ら飛び込み続けた。

 まるで、聖地への巡礼のごとく。まるで、そうしなければ呼吸ができないかのように。

 近しい者はもちろん止めようとした。でも、彼は聞く耳を持たなかった。

 そして、彼の周りから人は消えた。否、自分から彼らを切り捨てた。

 孤独になっても彼はプレゼントを配り続けた。

 

【この世に本当にサンタクロースをがいるはずがない】

【あいつはおかしい。何か危険な目的を持っているに違いない】

【子ども達を洗脳する気じゃないのか】

【俺はただ……子ども達に笑って欲しかっただけなのにな】

 

 人々は彼を疑った。理解できない行動に恐怖した。

 それでも彼はサンタクロースをやめることはなかった。

 そんなある日、彼のもとに一通の手紙が来た。

 

【“戦争に行ったお父さんが帰ってきますように”か……。これはまた、届けがいのありそうなプレゼントになりそうだな】

 

 戦争に駆り出された父の帰りを待つ子どもの手紙。

 生きているかも、死んでいるかもわからない父親。

 だが、彼には関係なかった。彼は平然と、明日の天気を尋ねるように口にする。

 

 

【別に、この戦争を終わらせてしまっても、構わんのだろう?】

 

 

 

 

 

『サンタムぅぅ…ッ。お前だって報われたっていいじゃないかぁ…!』

 

 昼食をとるために入ったファミレスで、サンタムの最後を思い涙を流す先輩。

 戦争を終わらせ、子どもの父親を流れ弾から庇って倒れたシーンには、私も泣いてしまった。

 

『それなのに「これは…とんでもないプレゼントをもらってしまったな」とか…キザすぎるだろ』

 

 決して弱音を吐かずに、撃たれた後もプレゼントを配り続けた姿はカッコよかったです。

 ……聖夜は今日しかない、という言葉も痺れました。

 

『最後は笑う親子に「メリークリスマス」って言って、眠るように息を引き取るとか反則…!』

 

 誰もが報われてほしいという最後。

 ですが、彼の意志は絶えることなく引き継がれていました。

 私としてはあのエピローグが一番良かったです。

 

『プレゼントを配られた子ども達が、大人になって“戦場のサンタクロース財団”を創り上げて、「俺が…俺たちがサンタムだ!」で終わるのは泣いたよね』

 

 ネタだと思っていた、サブタイトルの伏線回収に号泣してしまったのは記憶に新しい。

 私の後ろの方でも思わず「私は嬉しい」と泣いている人もいましたし。

 

「とにかく、すごく楽しめましたね」

『うん。じゃあ、昼食も食べたし、次は買い物に行こうか』

「はい!」

 

 先輩と一緒に立ち上がる。

 そして、先輩の腕に抱きついて胸を当てる。

 

『マ、マシュ……』

「なんですか? さあ、行きましょう」

 

 明らかに戸惑った表情を浮かべる先輩。

 少しだけ悪いことをしているような気持ちになりますが、今日は離しません。

 先輩は私だけのものです。誰にも……渡さない。

 

「マ、マシュがあんな大胆なことをォオ…!」

「待ちなさい、ランスロット卿。今出ていけば、既に底をつきかけている父親への好感度がマイナス方向に振り切ってしまいます」

「ぐぅぅッ! 私はどうすれば…!」

 

 何やら騒がしいですね。

 誰かは知りませんが、せっかくのデートを邪魔しないで欲しいものです。

 

 

 

 

「先輩、この服はどうですか?」

『うん、可愛いね』

 

 先輩と一緒に服を選ぶ。

 普段はあまり試したりはしませんが、今日は別です。

 ガンガン攻めていきます。

 

「これはどうですか?」

『セクシーだね』

「で、では、これはどうでしょうか?」

『ビーストだね』

 

 段々ときわどい服装に変えていき、先輩の視線をくぎ付けにする。

 顔を真っ赤にしているので大成功です。

 すごく恥ずかしいのを我慢したかいがありました。

 

『今日のマシュは……何というか、大胆だね』

「先輩のせいです」

『俺のせい?』

「はい、先輩のせいです」

 

 一体自分が何をしたのかと、首を捻る先輩。

 先輩にはわからないでしょうね。私がどれだけ先輩のことが好きか。

 鈍感なくせに一途だから、他の女の子に目を向けない。

 ……少しは私の身にもなってほしいです。

 

『そっか、なら謝罪しないとね』

 

 分からないままに頷き、何故か歩き出す先輩。

 慌てて私も横にくっついていく。

 先輩はそのまま何かを探しているように、辺りを見回す。

 

『今度はあそこに行こう』

「えっと、アクセサリーショップ…ですか?」

 

 煌びやかなアクセサリーが並ぶお店。

 中には私のような学生には手が届かないような高価なものもあります。

 先輩はここで何をするのでしょうか。

 

『すいません。以前、お電話をした藤丸です』

 

 何やら、店員さんと話し始める先輩。

 なんでしょうか。先輩はここで何かを注文していたのでしょうか?

 先輩に似合うアクセサリーというと、どんなものでしょう。

 

『はい、ありがとうございます』

 

 小奇麗な包装をされた包みを受け取り、お金を払う先輩。

 しかし、どうにも女の子が好むような包みですね。

 

『マシュ、プレゼント』

「……はい?」

 

 笑顔で差し出される包み。

 後ろを見る。私以外に居ません。

 先輩を見る。私のことを見ています。

 包みを見る。確かに私に差し出されています。

 

「こ、これを……私にですか?」

『いつもマシュにはお世話になっているからさ。そのお礼と謝罪かな』

 

 照れくさそうに頬を搔きながら、先輩はもう一度私の方に差し出す。

 う、嘘じゃないんですね。先輩からのプレゼント。

 

「あ、ありがとうございましゅ」

『ん? どういたしまして』

「す、すみません。噛んでしまいました!」

 

 うぅ…こんな場面で噛むなんて、恥ずかしすぎます。

 

「起きてください、ランスロット卿。まだ、指輪と決まったわけではありませんよ」

「…ハッ! 私としたことが……そうだ、まだ決まるには早い」

 

 恥ずかしすぎて、周りの声も聞こえません。

 そのまま先輩に案内されるままに、休憩用のベンチに座る。

 

「あ、あ、開けてもいいでしょうか?」

『もちろん。俺もマシュが着けてる姿を見てみたいし』

「は、はい。では……」

 

 震えて、思うように動かない指で包装を解く。

 もちろん、綺麗に保存して記念品として残すつもりなので丁寧に折りたたむ。

 そして、最後の箱を開けて中身を取り出す。

 

「四つ葉のクローバーのネックレスですか」

『うん。あんまり派手なのは好きじゃないと思ったから。それに、きっと似合うだろうから』

「……先輩、着けてくれませんか?」

『もちろん』

 

 そう言って、先輩はネックレスをかけてくれる。

 色はシルバーで、モチーフは四つ葉のクローバー。

 確かに私にも似合いそうなものです。

 

『はい、できたよ』

「先輩。私、可愛いですか?」

『うん、凄くかわいいよ』

「……えへへ」

 

 好きな人からプレゼントをもらって、可愛いと言ってもらえる。

 ああ、なんて幸せなんでしょうか。ここで全て終わってもいい。

 そう思えるほどに幸せです。でも、もし……もっと幸せになることができるのなら。

 

「先輩は四つ葉のクローバーの花言葉をご存知ですか?」

『ん? えーと……幸福って言われてるんだっけ?』

「はい、正解です」

 

 一般的に知られている花言葉としては、それが最も有名です。

 ですが、四つ葉のクローバーには他にも花言葉があります。

 

「でも、他にもあるんですよ」

『へー、どんなのがあるの?』

「少し、耳を貸してくれますか、先輩」

 

 特に疑うこともなく耳を向けてくれる。

 私はそんな先輩の頬っぺに唇を近づけていき

 

 ―――キスをする。

 

 

 

「“私のものになって”……ですよ、先輩?」

 

 

 





因みに復讐という花言葉もあります。

「俺のものになってよ」
「え? は、はい、よろしくお願いします」
「ごめん、他に好きな人ができたんだ」
「私はこんなに愛してるのに…ッ。あなたを殺して私も死ぬ!!」

こんな感じらしいです(真顔)


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6話:選択肢

 

「マスター、もう一杯だ!」

「ランスロット卿、飲み過ぎです。これ以上は……」

「飲まねばやっておられん!」

 

 情けなく飲んだくれる私に、トリスタンが注意する。

 だが、今の私に止めるという選択肢はない。

 バーのカウンターに突っ伏しながらさめざめと涙を流す。

 

「娘が他の男のもとに行こうとしているのだ! 納得などできん!」

「私には分かりませんが、素直に娘の成長を喜ぶべきでしょう」

「あのように女性の扱いに慣れた者が相手では不安ではないか!!」

(これはブーメランというものでしょうか? いえ、今言うのはダメですね)

 

 マシュはキスまでしたというのに、まだ付き合っていないなど不誠実だ。

 お父さん、結婚までキスなんて許しません!

 

「では、マシュ殿に別れるように告げるのですか?」

「それではマシュが悲しんでしまうではないか!?」

(私にどうしろと……)

 

 しかし、マシュが藤丸君のことを慕っているのは事実。

 無理に引き離せば、マシュの心に大きな傷を残すことになりかねん。

 

「あなたはあの立香君のことをどう思っているのですか? 見たところ、いたって普通の好青年でしたが」

「む……それは、確かに悪人ではない。マシュへの対応も丁寧なものだった」

「それならば認めてあげてもいいのでは?」

「それとこれとは別問題なのだ!」

 

 空になったグラスをカウンターに叩きつける。

 ああ、確かに彼は好青年だろう。仮にマシュでなければ素直に応援できる子だ。

 だが、自分の娘となると感情が暴走するのだ。

 言葉に表すことのできないこの感情。一体どうすればいいのだ。

 

「どうぞ、スコッチウイスキーです」

「む? 私は頼んでいないが…」

「あちらのお客様からです」

 

 差し出された身に覚えのないグラスを尋ねると、マスターから隣の客を示される。

 

「わかります、よーくわかりますぞ。娘を思う、その気持ち!」

「あなたは?」

「これは失礼。私、ジル・ド・レェと申します。高校生の娘を持つ身です」

 

 がっしりと握手を交わす。

 本質的には合わない部分もあるかもしれないが、今この時だけは分かり合える。

 そんな気がした。

 

「私の娘達も思春期に入り恋をするのも当然。しかし、どうしても認められない。あの小さかった子どもがと……」

「昔は『パパ大好き』と言ってくれていたのが、今となっては『お父さん、最低です』に……」

「わかります、わかりますぞ! 私も下の娘は反抗期真っ盛りで『ちょっと! 下着を一緒に洗わないでよ!』と」

「なんと、恐ろしい…! いつか我が身に訪れる時が来ると思うと夜も眠れない…ッ」

 

 年頃の娘を持つ、父としての悩みが湧くように出てくる。

 マシュも最近は、冷たい目を向けてくることが多い。

 その度に私のガラスのハートは傷つきひび割れていく。

 

「乙女が恋を楽しむのは本来ならば喜ばしいこと。さらに相手も善良な人間ならば何も悩むことはない。だというに! 娘のこととなると相手を許せなくなる!」

「娘婿を殴る父親の気持ちが今になって分かるとは……あの頃は思いもしませんでした」

(二人の話が進んでいるので、私は愉快な曲でも弾いていましょう)

 

 例え素晴らしい相手であっても、一度徹底的にぶつかりたくなってしまう。

 それが娘を奪っていく男に対する素直な気持ちだ。

 

「しかし、このような身勝手な気持ちをぶつけていいのか……できれば穏やかな気持ちで話したいというのに」

「思い通りにならないのも親心というものです。私もジャンヌ、娘に好きな相手ができたときは、剣を持って全力でぶつかり合いたいと思っています」

「なんと! それは名案だ! あ、いや、しかし、それでは余りにも物騒すぎる気も」

 

 剣を持って語り合えば、自ずと彼のマシュに対する気持ちが見えてくるだろう。

 しかし、私と彼が戦えば単なる蹂躙にしかならない。

 円卓最強の騎士の名は伊達ではないのです。

 

「……しかし、色々と言ってきましたが、最後は娘の気持ち次第でしょう。本当に愛し合っているのなら、私達に止めるすべはありません」

「それは……分かっているのですが」

「見守りましょう。それが私達にできる唯一のことです」

 

 彼の言う通りだろう。親とは子を見守る存在だ。

 いつまでも支えていては独り立ちができない。

 

「もちろん、相手が遊び感覚であればしかるべき対処はしますが」

「しかり」

 

 だが、相手の気持ちを陰ながら確認するのは構わないだろう。

 というよりも、これは義務だ! ……おそらく。

 

(私は不安です。友が犯罪者になってしまわないか)

 

 その後もトリスタンの演奏の中、愚痴を語り合い、夜は更けていったのだった。

 

 

 

 (………スヤァ)

 

 

 

 

 

『なあ…マシュが可愛いんだ。最近グイグイ押してくるんだ』

「それを俺達に言ってどうするつもりだ……」

『いや、相談をしたくてさ』

 

 寒風が吹く屋上でエドモン、天草、ジークフリートのいつもの男友達に相談を持ち掛ける。

 アストルフォは……うん。男の娘だから今回は除外しておいた。

 

『マシュって俺のことが好きなのかなって……』

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人が今更何を言っているんだこいつ、という視線を向けてくる。

 俺が一体何をしたというのだろうか。

 

『ほっぺにキスまでされたら、もう確実だよね?』

「そこまでされてようやく気付いたのか、お前は……」

「マシュさんも大変なのですね……」

「すまない、当の昔に気づいているものだと……」

『え?』

 

 三人の非難するような視線が俺の心に突き刺さる。

 まさか、周知の事実だったとは……。

 

「あれだけアピールされて気づいていないとは思っていなかったぞ」

『てっきり、甘えてきているだけだと』

「……普通は好きな相手でもなければ甘えないと思いますが」

 

 今更ながらにマシュの行動を思い出してみる。

 ……うん、なんで気づかなかったんだろうな、俺。

 

「それで、相談というのだからこれからの関係性で悩んでいるのだろう?」

『あ、うん。今までずっと妹みたいに思ってたから……急に女の子に見え始めてどうしようって』

 

 女性として意識しだすとどうしても、距離感がつかめなくなる。

 今までのように頭を撫でるのも失礼だろうし、ふとした瞬間に見せる色気は目の毒だ。

 そのせいか、最近はどうしてもよそよそしくしてしまう。

 

「物事は単純に考えるべきだ。お前はマシュのことが好きなのか?」

『……えっと』

「お前が好きならそのまま告白すればいいだろう。成功率100%以上は固いぞ」

『マシュのことは……』

 

 どうなのだろうか。大切な後輩。ずっと傍に居てくれた存在。

 嫌いなはずがない。でも、異性として見たときは分からない。

 

『俺はジャンヌのことが……』

 

 好きのはずだ。だというのに、最近は彼女のことを考えるとマシュの顔がチラつく。

 自分の心が分からない。ジャンヌのことが嫌いになったわけではない。

 不純だけど、マシュもジャンヌも好きだ。

 

「あの人間要塞を選ぶのなら、マシュにはハッキリと別れを告げてやれ」

『でも……』

「ぐだ男君、希望を絶たれることは確かに辛いことです。ですが、希望をチラつかせながら絶望させないというのは、それ以上に残酷なものです」

 

 天草の言葉に何も言い返せなかった。

 希望と絶望を交互に与え続ける。それは最も残酷で不誠実なことだ。

 

「仮に絶望するのだとしてもだ、一度底につけば後は上に上がるだけだ。その原動力が復讐(・・)か愛かはわからんがな」

 

 エドモンがため息をつきながら語ってくれる。

 絶望の果てに生まれる希望もあるのだと。

 

「俺の勝手な考えですまないが……。何かを選ぶということは、他の何かを切り捨てるということだ。選択の連続を繰り返し、本当に大切なものを守っていく。諦めるということはしたくないが……何も失わずに得ることができないというのは真理かもしれない」

 

 ジークフリートの重い言葉が脳裏に刻まれる。

 どちらか片方を選べば、もう片方は捨てるしかない。

 これが正しいこととは思いたくない。でも、選ばないことは許されないだろう。

 

『一人を選ぶか……』

 

 この世に一人しかいないどちらかを選ぶ。

 そう、それが俺に迫られた選択だ。

 

『ありがとう、三人とも。しっかり考えて答えを出すよ』

「フ、なるべく早くするんだな。相手が待ってくれるとは限らんぞ?」

 

 ニヒルな笑みを浮かべながら、エドモンが肩を叩いてくる。

 確かに、急がないとどうなるかはわからない。二人ともすごく可愛い子なのだから。

 

「この時期ですと、クリスマスパーティーがあるので、そこまでに決めるのはどうでしょうか?」

『そうだね、ありがとう、天草。ところでなんでクリスマスを押してるの?』

「サンタには縁がありますので、ええ」

 

 どこか怪しげな笑みを浮かべる天草に首を傾げる。

 まあ、特に悪いことにはならないだろうので見て見ぬふりをする。

 

「クリスマスパーティーか……」

『何かあるの、ジークフリート?』

「いや、そのだが……クリームヒルトという女性に誘われていてな。俺のような冴えない男が連れ立って、彼女の評判を下げてしまわないか心配でな」

『いや、ジークフリートはイケメンだから自信持ちなよ』

 

 何やら既に予定が入っているらしい、ジークフリートの背中を押す。

 相手の女性がどんな人かは分からないが、ジークフリートなら大丈夫だろう。

 

「人の心配をするとは案外余裕があるな。いや、お前らしいがな」

『エドモン……それは言わないでよ』

 

 皮肉気な冗談に苦笑いしながら三人と一緒に校舎に戻っていく。

 マシュとジャンヌ、俺が本当に好きな人は……。

 

 

 

 

 

 どうしましょう、先輩に嫌われたかもしれません。

 ああ……息をするのもおっくうです。

 

「少し一気に攻めすぎたのでしょうか……」

 

 デートの後から先輩の態度がどこかよそよそしい。

 やはり、私にアドリブは早すぎたのでしょうか。

 

「でも……本当に先輩に嫌われているとしたら」

 

 考えただけで吐き気がする。

 先輩のいない世界なんて想像したくもない。

 もしも、そんな世界になるのなら、いっそ―――■■■しまいたい。

 

「…! 先輩の気配がします……」

 

 思いつめていたところで先輩が近づく気配を感じ取り、とっさに隠れる。

 

『あれ? マシュの声が聞こえたと思ったんだけどな……』

 

 キョロキョロと辺りを見回して私を探す先輩。

 よかった、きっと私は嫌われていないんだ。

 そう思って姿を現そうとした時だった。

 

「あ、ぐだ男君。何をしているのですか?」

『あ、ジャンヌ』

 

 ジャンヌさんが現れた。

 足を止め、様子を観察することに変更する。

 

『いや、さっきマシュが居たような気がして』

「マシュさんですか? 私は見ていませんが……」

『気のせいだったのかな…?』

 

 どこかぎこちない笑顔を浮かべて、ジャンヌさんと会話をする先輩。

 なんでしょうか、どこか緊張しているような。

 知らない……私が見たことのない顔だ。

 

「そう言えば、ぐだ男君はクリスマスパーティーはどうするつもりですか?」

『え? えーと……』

 

 クリスマスパーティー。カルデア学園が主催で行われるクリスマスの催し。

 毎年様々なイベントが開催され、大変な人気を博している。

 そして、そこで告白したカップルは一生添い遂げるというジンクスがあります。

 

「私はオルタを誘ったんですが、断られちゃって」

『そ、そうなんだ』

 

 クリスマスパーティー、ジャンヌさん、緊張した先輩。

 これらから道にき出される解は……ジャンヌさんを誘おうとしている。

 きっと…そうですね。―――私じゃない…っ。

 

「最近反抗期なんでしょうか。昔みたいにお姉ちゃんを慕ってくれなくて困っているんです」

『ジャンヌ・オルタは照れ屋だからね』

 

 先輩の口から私以外の女性の名前が出る。

 それも別の女性と会話をしながら。

 心の中を何かがのたうち回る。焼けるような痛みが胸を焦がす。

 ああ……ようやく分かりました。先輩は私のことが嫌いじゃないんだ

 ただ―――私を見てくれないだけ。

 

「あ、そう言えば職員室に宿題を提出しに行く途中でした。それでは」

『あ、ジャンヌ…』

「はい、なんでしょうか?」

 

 苦しい、苦しい、苦しい。

 きっと先輩は、私以外の人を……選ぶんだ…ッ。

 こんなに…こんなに…好きなのに…!

 

『………いや、何でもない。ごめん、引き留めて』

「? はぁ、分かりました。何かありましたらいつでも言ってくださいね」

 

 去っていくジャンヌさんの後ろ姿を見つめながら、先輩は何かを決めたように頷く。

 もう、決めたのでしょう。私ではなくジャンヌさん(・・・・・・)を選ぶのだと。

 私じゃない…私じゃない…ッ。私じゃないッ!

 

『……と、そろそろ教室に戻らないと』

 

 先輩が私の隠れている場所まで近づいてくる。

 だから、諦めて姿を現す。

 私が私でいられるうちに。

 

「先輩……」

『あ、マシュ。ちょうどよかった、今度―――』

「今晩先輩の家に行ってもいいですか?」

 

 先輩が何かを言おうとしたが遮って尋ねる。

 普段ではありえない私の行動に先輩も驚いているが、まだ緊張しているためか、すぐに頷いてくれる。

 

『もちろん。今日は二人で料理でもしようか』

「……はい、わかりました」

『材料は買ってあるから、後は何か必要なものあったっけ?』

「そうですね、それでしたら―――」

 

 どこか先程よりも浮ついた様子の先輩は、私の瞳を見てくれない。

 ああ…でも、それでよかったのかもしれません。

 こんな目は見せられませんから。この世の全てに。

 

 

 

「―――包丁を研いでおかないと」

 

 

 

 絶望した瞳なんて。

 

 






安心してください、遂に―――タイガー道場の準備が整いましたので。


それからジャンヌ関連の短編を投稿したのでそちらも見てくださると嬉しいです。


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7話:狂愛

 包丁を研ぐ、丁寧に研ぐ。よく切れるようにしっかりと研ぐ。

 後ろでは先輩が今日の晩御飯の材料を取り出している。

 背中が良く見える。先輩の大きくて温かな背中が。

 

『今日はシチューにするからジャガイモに人参,玉ねぎとお肉で…後何か入れる?』

「……ブロッコリーが残っているので一緒に入れてしまいましょう」

『ああ、そうだったね。忘れてた』

 

 先輩はこういったところは抜けている。

 私がいないとダメな人なんです。

 私がいないと、他の誰でもない、私が。

 

『マシュはやっぱりしっかり者だね』

「……ありがとうございます」

 

 なのに、どうして私を選んでくれないんですか?

 私が先輩を支えているのに。私がいつだって傍に居るのに。

 ねえ、先輩。どうして私を見てくれないんですか?

 こんなに先輩のことを好きでいるのに。

 

「…ッ」

『マシュ?』

「なんでもないです」

『そう……』

 

 ああ…やっぱりどこかよそよそしい。

 酷いじゃないですか、先輩。

 前はもっと私のことを心配してくれたのに。

 先輩が私のことを見てくれないのなら、私は……。

 

「いた…ッ」

『包丁で指切ったの!? 大丈夫?』

「いえ、大した傷では……あ」

 

 先輩が私の手を取って傷口を舐めてくれる。

 こそばゆい舌。生温かな口内の感触。

 体中に痺れのように快感が走る。

 

『後は水で洗って、少し待ってて、今ばんそうこうをもってくるから』

 

 私の目を見て(・・・・)心配してくれる先輩。

 すぐに背を向けて救急箱を取りに行ってしまったけど、間違いないです。

 

「やっと……私のことを見てくれました」

 

 喜びが毒のように体を駆け巡る。

 血液が熱くなる。先輩が私のことを見てくれた。

 そうだ。簡単なことだったんだ。

 

「私が傷つけば先輩は私のことを見てくれるんだ」

 

 先輩が舐めてくれた指をゆっくりと舐める。

 ああ、先輩の味がする。

 自分でも顔が上気しているのが分かるほどに体が火照っている。

 

「もっと…もっと…傷ついたら、私のことをずーっと見ていてくれますよね?」

 

 迷いも戸惑いもなかった。

 先輩が私のことを見てくれる。それだけが全てだった。

 包丁を握り直し、自分の手首に向け大きく振り上げる―――

 

 

『マシュ!?』

 

 

 先輩の怒鳴り声が聞こえてきて、思わず手を止めてしまう。

 ゆっくりと振り返ると、困惑の形相を浮かべた先輩が目に入った。

 

『何をしているの?』

「先輩…先輩は私のことが嫌いですか?」

『なにを……』

 

 笑うように泣く私を見て先輩が戸惑う。

 そうですよね、こんな女の子じゃ嫌いになって当然ですよね。

 先輩に愛される資格なんてこれっぽっちもない。

 

「だって先輩、最近私のことを見てくれないじゃないですか?」

『え…?』

「どこかよそよそしいですし、今日だって上の空みたいで」

 

 私の世界は先輩が全てだから。

 先輩が私を見てくれないなら、先輩が私の前から消えてしまうのなら。

 いっそ―――■■■(死んで)しまいたい。

 

「すっごく辛いんですよ? 大好きな人に見てもらえないのは」

『マシュ……』

「でも、やっと見てもらえました。私が傷ついたから」

 

 哀れみでもいい。単なる親切心でもいい。

 大好きな先輩が私だけを見てくれるのなら、他には何もいらない。

 例え、この命が尽きるのが代償だとしても。

 

「ねえ、せんぱい。もっと…もっと…私を見てください」

 

 自分の心臓に包丁を向け、朗らかな笑みを浮かべて先輩を見る。

 血の気が引いて真っ青になる先輩。初めて見る表情だ。

 よかった。こんな表情を独り占めできるなんて―――私は幸せ者だ。

 

 

「それでは、先輩。私をことを最後まで見ておいてくださいね?」

 

 

 研いで、研いで、良く切れるようになった包丁を心臓に突き立てる。

 何かが抵抗するように阻む感触と、温かな血飛沫が手に伝わる。

 同時に私の目に先輩の顔が映る。どこまでも真剣に、怒る顔が。

 

 

『馬鹿ッ! 絶対に死なせるか!!』

 

 

 包丁の刃の部分を握りしめ、必死に押しとどめる先輩。

 その手からは真っ赤な血がしたたり落ちていた。

 

「は、離してください、先輩! 先輩が傷ついてしまいます!」

『マシュがそれを離すまで死んでも離さない!』

「そ、そんな……」

 

 先輩の手から逃れようとしてみるがピクリとも動かない。

 ただ、先輩の肉に刃が食い込んでいくだけだ。

 本気だ。先輩は死んだって離すつもりはないんだ。

 

『マシュ……』

「……ッ!」

 

 先輩の瞳が私を真っすぐに射貫く。

 どうしてだろうか、見つめていて欲しいのに、その瞳には耐えられない。

 先輩が傷つくのは嫌だ。先輩がいなくなるのは嫌だ。

 先輩がいなくなったら生きていけない。だから、先に消えたかったのに。

 

「ずるい…ずるいです…先輩」

『ずるだってするし、命だってかけるさ。マシュのためならね』

 

 世界が止まったように二人で見つめ合う。

 動くものは一つ。刃を伝い、私の手に流れてくる先輩の血だけ。

 ……もう、無理だ。

 

「ごめんなさい……先輩」

 

 包丁から手を離し、うなだれる。

 きっと、もう二度と先輩とは関われない。

 当然です。こんな醜い女が先輩の傍にいてはいけません。

 

『謝るのは俺の方だ。ごめん、マシュ』

 

 だというのに、次の瞬間に訪れたものは罵倒ではなく、優しい抱擁だった。

 戸惑う私を先輩は痛いほど強く抱きしめる。

 

『マシュ……好きだ』

「え…?」

 

 強く、優しい言葉が耳を打つ。

 でも、信じられない。だって先輩は私のことなんて……。

 

『最近マシュのことを意識し始めて……どんな風に付き合えばいいか分からなくてさ。そのせいでよそよそしい態度をしてしまってさ。本当にごめん』

「嫌いじゃ…ないんですね? 私のこと…?」

『好きだよ。何度だって言える』

 

 そう言って、傷ついていない方の手で頭を撫でてくれる。

 久しぶりのその感触に気が抜けてしまいそうになるが、まだ、問題は残っています。

 

「でも、先輩はジャンヌさんのことが好きなのでは……」

『あー……うん。好きだった。でも、失いかけてやっとわかったんだ。マシュの方がずっと大切だって』

 

 少し恥ずかしそうに語る先輩に、声が出ない。

 ジャンヌさんよりも私が大切だなんて、信じられない。

 

『最近はマシュのことが頭から離れないんだ。だから、俺の好きな人は君しかいない』

「でも、ジャンヌさんをクリスマスパーティーに誘おうとしてませんでしたか?」

『見てたのか…。うん、嘘はつけない。確かに誘おうかなって思った。でも、マシュのことを選ばないって選択はできなかった』

 

 先輩の目を見る。確かに嘘をついているようには見えません。

 ということは、つまり。

 

「わ、私の早とちり……ということですか?」

『残念ながら、そうなるね』

 

 自分への嫌悪感が噴出してくる。

 ああ、やってしまった。

 自分勝手な判断で先輩を傷つけてしまった。

 なにより、先輩の信頼を裏切ってしまった。

 叶うのなら、今度こそ死んでしてしまいたい。

 

「……あ! そんなことよりも傷です! 早く手当てをしないと!」

『そう言えば、そうだった』

「そう言えばって……」

『マシュが無事で安心してた』

 

 そう言って、いつものように笑う先輩。

 何事もなかったように、しっかりと私の目を見て。

 傷が痛くないはずがないのに、無理をしてでも私を安心させようとして。

 

「ごめんなさい……」

『うん。だから仲直りしようか』

 

 ありったけの包帯で傷口をグルグル巻きにしながら謝る。

 でも、先輩は許してくれる。

 どうして勘違いしていたんだろう。

 こんなこと、私のことが好きじゃないと絶対にできないのに。

 

「私にはもう……先輩の傍に居る権利がありません」

『じゃあ、義務で』

「義務…?」

『しばらくこの怪我で手が不自由だから介護してほしい。それはマシュの義務じゃないかな?』

 

 確かに、それは怪我をさせてしまった私の義務でしょう。

 ですが、また自分を抑えられなくなってしまうかもしれません。

 

「やはり、それでも……」

『ああ、もう! 後輩は先輩の言うことを聞きなさい!』

「は、はい!」

 

 ビシッと指を突き付けられて、思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

『俺が許すって言ってるの。なら、何も問題はない、オーケー?』

「い、イエッサー」

『もし、罰が欲しいんなら逃げるんじゃなくて、毎日俺に会って話すこと。マシュが俺の前から消えたいのなら、俺はそれを止める。それが一番の罰でしょ?』

 

 逃げてしまいたいという心を読まれ言葉に詰まる。

 先輩は優しい。私に罰を与えてくれる。

 許さないということで赦してくれたのだ。

 

「はい……分かりました」

『……よし。じゃあ病院に行こうか』

 

 頷くが先輩の目はごまかせない。

 口ではああ言っているけど、きっと気づいている。

 私が―――先輩に愛される資格なんてないと思っていることを。

 

 

 

 

 

 正直に言うと、マシュがあそこまで俺のことを思ってくれているのは嬉しかった。

 重いのは別に構わない。むしろ、その程度背負えないと男として名折れだ。

 もちろん、そのせいで思いつめてマシュが傷つくのは嫌だけど。

 

「そこまで深い傷でなくて良かったです……」

『そうだね』

 

 病院での治療の結果、特に後遺症は残らないと診断された。

 しばらく痛むだろうが、そのうち治るから心配するなとのことだった。

 

「でも、痕が残ったらどうしましょう……」

 

 病院からの帰り道を歩きながらマシュが不安そうに呟く。

 傷は治るが痕は残る可能性がある。

 まあ、私生活には特に支障はないんだけど。

 

『んー、傷物にされたから責任を取ってもらおうかな』

「せ、責任ですか?」

『逆だけどお婿さんにもらってくれる?』

「へ!? あ、あの、その……」

 

 オロオロと慌てふためきながら、顔を赤くするマシュ。

 非常に可愛らしい姿だが、その瞳の奥には自責の念が残っている。

 自分にはそんな幸福は許されないとばかりに。

 

『ははは、冗談、冗談。こんな軽く言えることじゃないから』

「じょ、冗談ですか」

『うん……今はね』

「え? て、あぷ…っ」

 

 今の言葉の真意を問いただそうと、俺を見上げるマシュの頭を撫でる。

 柔らかな髪の毛、恥ずかしそうに頬を染める姿。

 ああ…全てが愛おしい。自分の気持ちに今更ながらに気づいた。

 マシュは俺にとってかけがえのない女性だ。

 ちょっとぐらい重くても何も問題はない。自分の全てを奉げたって惜しくない。

 

「もう、そうやってごまかすのは反則です」

『マシュの怒る顔が見たいから仕方ない』

「……怒る顔を?」

『怒った顔も可愛いから』

 

 ムスッとした表情でほっぺを膨らませるマシュ。

 こんな可愛い顔で怒られて、反省しろという方が無理だ。

 

「からかわないでください」

『からかってないんだけど』

「…………」

『…………』

 

 お互いに睨めっこのように見つめ合う。

 しかし、同時に耐えられなくなりクスリと笑いを零す。

 

「ふふふ……先輩おかしな顔です」

『マシュは相変わらず可愛いね』

「もう、だからそういうのはからかいなんですよ」

 

 自然な笑顔を見せるマシュに安堵の息を吐く。

 

『やっと笑ってくれた』

「あ……」

『ずっと落ち込んでいるより、笑っている方がいい。俺もそっちの方が嬉しいし』

 

 ようやく、元の距離感に戻ったように感じる。

 仲の良い先輩と後輩。そんな今まで通りの関係。

 でも、今のままの関係じゃ満足できない。

 

「先輩は……本当に優しいですね」

『ただ単に優柔不断なだけかもしれないよ?』

「それは困りますね」

『そこは、そんなことはないって言ってくれないの?』

 

 手厳しい言葉に苦笑いを返す。

 今の今までは優柔不断な男だった。

 でも、これからは一途な男になりたい。

 

 ―――マシュを選んだ。本当に大切な人として。

 

 他の何かを切り捨ててでも守りたい存在。

 いや、他の全てを合わせても超えることができない愛しい人。

 

「先輩は色んな女の人に粉をかけていますから」

『……ただ単に親切にしてるだけどね』

「お父さんも同じことをよく言ってます」

『ごめんなさい』

 

 なぜだか分からないが、深く謝罪しないといけない気分になり頭を下げる。

 

「少なくとも私は……あまり他の人を見て欲しくないです」

『マシュ……』

「あ、いえ、こんなこと言ったらダメですよね」

 

 感情が暴走を起こした一件を思い出し、一歩下がるマシュ。

 気にする必要なんてないのに。

 俺はマシュが死ぬのは嫌だけど、マシュに殺されるのは全然構わないのに。

 

『あー、えーと、マシュ?』

「なんでしょうか…?」

 

 ポリポリと頬を書きながら声をかける。

 そして、遠ざかった距離を同じ分だけ一歩。さらに超えてもう一歩。

 先輩と後輩との境界線を越える。

 

『今度のクリスマスパーティー一緒に出ない?』

「え…? で、でも、私なんかじゃ…」

『因みに拒否権はないから』

「ええ……ずるいです」

 

 今のままの関係は終わらせる。彼女が一生不安になることがないように。

 きっと、もう二度とこの温かな関係には戻れなくなる。この世界は壊れる。

 でも、そこに新たな世界を築き上げる。

 

『俺と一緒じゃ嫌かな?』

「そんなわけないです! た、ただ……」

『なら、いいよね?』

「は、はい。……その、よろしくお願いしますね?」

 

 先輩と後輩の関係から、愛し合う男女の関係に。

 

 そして―――マシュをお嫁さんにもらいたい。

 

『うん、しっかりエスコートするから楽しみにしておいて』

 

 

 聖なる夜に俺はマシュに―――プロポーズする。

 

 




告白すっ飛ばしてプロポーズまで行くのがマシュ√
あ、活動報告にBADEND追加しておきました。よかったらどうぞ。

さぁて、ラストが見えてきたぞ。
次回は久々にバトルを書きます(ネタがないとは言っていない)


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8話:クリスマスパーティー

 

 寒風に身を震わせながらマシュを待つ。

 今日はクリスマスパーティーの日だ。

 一緒に行く予定なのだが、何故かマシュが現れない。

 

『電話をしても出ない……マシュの身に何か起きたのか?』

 

 パーティー会場にすでにいるというのに姿が見えない。

 そろそろ迎えに行こうかと考えたところで、後ろから目を塞がれる。

 

「だーれだ?」

 

 可愛らしい声と共に、ムニュっと柔らかい感触が押し付けられる。

 このマシュマロ具合は一人しかいない!

 

『マシュ、やっと来た』

「ふふ、遅れてすみません、先輩」

 

 手を握って振り返ると、ニヘラと笑うマシュの顔が見える。

 それにしても、遅刻なんてマシュには珍しい。

 

『どうして遅れたの? 心配したよ』

「少し、ジャンヌさんからお手伝いを頼まれまして」

『手伝い?』

「それは直に分かると思います」

 

 少し疑問には思うが気にしないことにする。

 それよりも今は綺麗なマシュを褒めることの方が大切だ。

 

『大人っぽくて凄く似合っているよ、そのドレス』

「こういうのは着慣れないので、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 マシュのイメージにピッタリな紫色のドレス。

 最大限に彼女の魅力が生かされていて、いつまでも見惚れていられそうだ。

 

『他の人にも見られるって思うと少し妬いちゃうな』

「ホント、ホント。よく似合ってるよ、マシュちゃん」

『……ん?』

「おう、坊主。久しぶりだな」

 

 いつの間にか俺の頭によじ登っていたオリオン。

 そして、オリオンの眉間に飛来する矢。

 アルテミスによる浮気への鉄槌が落ちたらしい。

 

「ダーリンがまた浮気してる! いい加減にしないと実力行使しちゃうよ!」

「おう、俺の頭に刺さってるのは実力じゃないのか?」

「あ、藤丸君、いきなり撃ったりしてごめんね」

『リンゴを頭に乗せた人の気持ちが分かったよ』

 

 どうやら、一緒にパーティーに来たらしいオリオンとアルテミスと挨拶する。

 ウィリアムテルって結構ひどいことをしたと思う。

 

「アルテミスさん、浮気をされた場合の対処法を教えてもらえませんでしょうか?」

「浮気・即・射よ! ダーリンったら見境がないから、そろそろ拘束して監禁してもいいなーって思ってるけど」

「なるほど。先輩を傷つけるのははばかられますが、監禁までなら……」

『ごめん、そういうことは俺達がいないところで話してほしいな』

 

 頭上でガタガタと震えているオリオンと一緒にツッコミを入れる。

 一度暴走したせいか、最近のマシュは色々と隠そうとしない。

 悩みを溜め過ぎるのは良くないが、こうもオープンだと辛いものがある。

 やっぱり、絶対にマシュから離れないって安心させないと不安なのだろう。

 

『まあとにかく、ここだと寒いから中に入って何か食べよう』

「わかりました。あの、オリオンさんは先輩から降りないのですか?」

「……いや、偶には別の奴の上でも楽しいかなーって」

 

 どこか歯切れの悪いオリオンの言葉に事情を察する。

 確かにアルテミスの頭の上だと不便だろう。

 なぜなら。

 

『アルテミスの上だとアルテミスの顔が見えないもんね』

「ちょッ!? そういうことは黙って、あ! 違うから! そんな理由じゃないからね!?」

 

 顔を赤らめて必死に否定するオリオン。

 しかし、それこそがイエスという答えだろう。

 

「キャー! ダーリンったら恥ずかしがり屋なんだからぁ」

「ち、違うって勘違いするなよ、もー!」

「普段なら嫌だけど、今日は他の人と引っ付いてても特別に許してあげる」

「え? 女の子とも?」

「ダーリン、星座が綺麗だねー」

 

 顔は笑っているが目は全く笑っていない状態で、オリオン座を指さすアルテミス。

 流石に星座に変えるという脅しには逆らえないのか、オリオンも黙ってコクコクと頷く。

 

「先輩も……他の女の子のところに行ったら許しませんからね?」

『今日はやけに心配するね。確かに女性が多いけどそんなに心配しなくても』

「あ、いえ、その今日はこれから―――」

 

 マシュが何かを言いかけたところで、パーティー会場全体に白い煙が立ち込める。

 思わず手で押さえて咳き込んでしまうが、毒や催涙ガスの類ではないらしい。

 

『なんだろう、これ? ねえ、マシュは何か知って―――』

 

 煙が晴れてマシュが居た場所を見て気づく。

 マシュが居ない。

 

『マシュ!?』

「アルテミスもいねぇな」

 

 オリオンと一緒に辺りを見回してみるが見当たらない。

 それどころか、同じようにパートナーを探している男性達が目に入る。

 一体何が…?

 

「うふふふ、どうやら成功したようですね……わん」

『こ、この声は…!』

 

 スポットライトが一か所に集まり、ある人物を照らし出す。

 魔性少女の衣服に身を包み、とってつけたような犬耳としっぽ、そして話し方。

 一言で言えばあざとい。とにかくあざとい。その少女の名前は―――

 

 

「全てはこの―――神風怪盗ジャンヌの計画なのです! ……わん」

 

 

 ジャンヌ・ダルク。一体コスプレをして彼女は何がしたいのだろうか。

 

「えーと、皆さんのパートナーは私が盗ませていただきました、わん」

 

 どうやら、女性達の消失は彼女が原因らしい。

 取り合えず、何かしらのイベントということが確定したので安心する。

 

「クリスマスは子ども達のためにあるのです! 断じて恋人がイチャイチャするためのものではない! ……というサンタアイランド仮面の言葉によりこの計画は実行されました。……あ、わん」

 

 取り合えず、最後の「わん」は忘れるぐらいならつけないでいいと思う。

 というか、サンタアイランド仮面って誰だろうか。

 

「えーと、とにかくパートナーが返してほしければ、私、怪盗ジャンヌからの挑戦を受けてください!」

 

 遂に開き直って「わん」を捨てたジャンヌ。

 恥ずかしがるぐらいなら、最初からムリなキャラ付けなんてやらなければいいのに。

 

「それぞれのパートナーは囚われており、コースにある私からの挑戦をクリアしなくては解放されません。基本1人1つですが、例外もありますのでご注意を」

 

 どうにも例外が気になるが、現状ではどうしようもない。

 それと、会場のコースを歩いていって挑戦とやらを行うらしい。

 ……普通は怪盗というと謎解きなんだろうが、ジャンヌに頭を使うという発想はない。

 恐らくは障害物競走並みの、挑戦の連続となるだろう。

 

「なおパートナーを解放した時点でクリアとなるので、パーティーに戻っていただいて構いません。因みにゴールにある最難関の挑戦をクリアすると、先着一名になんでも願いを叶えてくれる超豪華賞品がもらえます」

 

 それ、なんて聖杯?

 

「ですが、パートナーを放って1位を目指して、後で関係が壊れても私は知りません」

 

 ジャンヌの言葉に会場が静まり返る。

 最速を目指すなら、当然最後の挑戦以外無視していくのが一番だ。

 しかし、後でそれがパートナーに知れようものなら関係の崩壊は免れない。

 何でも願いを叶える。そして一人だけに。

 この言葉は人の欲望をどうしようもなく誘惑し、選択を迷わす。

 

「以上で説明は終わりです! 怪盗ジャンヌの挑戦にせいぜい足掻くがいいわん!」

 

 煙に包まれて消えるジャンヌ。

 ゴホゴホと咳き込む声が聞こえてきたが、何も言わないでおこう。

 

『さて、じゃあ行こうか』

「あー、まあ…行かないと男が廃るな」

 

 頭に乗せたオリオンと共に歩き出す。

 そこへ、別の声がかかる。

 

「待て、俺も行こう、ぐだ男。……エデがさらわれたからな」

「ああ、目的は同じはずだ。クリームヒルトもさらわれた」

「私も皆さんについて行っていいですか?」

『エドモン、ジークフリート、それに天草』

 

 同じようにパートナーを怪盗ジャンヌにさらわれた男達が集まる。

 目的は皆同じだ。無言で頷き、並んで歩きだす。

 マシュ、少し待っていて。すぐに迎えに行くから。

 

 

 

 

 

「悪いが、私の鷹の瞳(インサイト)の前では君の死角は丸見えだ」

「く…!」

 

 一歩も動けぬジークフリートの横をボールがバウンドしていく。

 絶対死角。相手の骨格・筋肉全てを見極めた上で返球することのできぬ場所に打つ。

 シンプルゆえに破ることのできない絶対的な能力。

 それにしても、どうして―――テニスなんてやっているんだろうか?

 

【ゲーム、エミヤ1-0! チェンジ】

 

 挑戦として何故かテニスを挑まれたジークフリートを応援する。

 しかし、なぜかノリノリのエミヤは優れた眼力を活かし圧倒する。

 少しは空気を読めないのだろうか。

 

『ジークフリート、大丈夫?』

「素晴らしい眼力だ。俺の死角を的確について打ってくる。あれを返すのは難しいだろうな」

『じゃあ、どうするの?』

「問題はない。俺は俺のテニスをするまでだ」

 

 心配するがジークフリートは何も言わずにコートに向かっていく。

 一体どんな秘策があるのだろうか。

 連れ去られたはずなのに、ゆったりと客席で応援しているクリームヒルトさんも注目している。

 

【ゲームカウント0-1! サーバー、ジークフリート】

 

 ジークフリートがトスを上げ、両手でラケットを振りかぶる。

 まさか、あの構えは!?

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 視界からボールが消え、エミヤのコートに突き刺さる。

 当然エミヤは一歩も動けない。

 

【サービスエース!】

「これは……強力なサーブだな」

「次も全力で行かせてもらうぞ」

 

 コートを抉るような衝撃波を起こしたサーブ。

 だが、エミヤはまだ余裕のある表情を浮かべ、ジークフリートは油断した表情を見せない。

 

「はぁああッ! 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

「同じ手は通用せん! 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

『うまい! 自分から後ろに飛んで威力を殺した!』

 

 ボレーのようにラケットに当て、自身は後ろに飛んでボールの威力を下げる。

 流石はエミヤだ。たった一度見ただけで対処を編み出すなんて。

 これじゃあ、ジークフリートに勝ち目が―――

 

「俺のサーブを止めるとはな。だが―――幻想大剣・邪竜失墜(バルムンク)!」

 

 両手バックハンドでの強烈過ぎる一撃が、ベースラインぎりぎりに決まる。

 そして、唖然とするエミヤに向けて、ラケットを突き付けながらジークフリートは宣言する。

 

 

「すまない。言い忘れていたが―――俺のバルムンクは百八式まであるぞ」

 

 

 途方もない数に誰もが言葉を失う。

 ジークフリートは何時如何なる状況でもバルムンクを放てるのだ。

 しかも、連射可能で。これでは筋力で劣るエミヤでは勝ち目がない。

 だが、それでもエミヤは怯まない。

 

「勝てないのなら、せめて勝てるものをイメージするさ」

「……なに?」

「直にわかるさ。さあ、君のサーブだ」

 

 皮肉気な笑みでボールを渡すエミヤ。

 その表情に警戒をあらわにするジークフリートだが、やることは変わらない。

 

「ふん!」

 

 バルムンクで相手を押し込んでいくだけである。

 コートに砂煙を起こしていく打球を、エミヤは先程と同じように後ろに飛びながら返球する。

 

幻想大剣・業魔失墜(バルムンク)!」

 

 今度はフォアハンドでのバルムンクでコートの隅を狙う。

 あと少しでバウンドする。そう思った時―――ボールがコートの外に弾き出された。

 

「な…!?」

「まさか、この技を使うことになるとはな」

 

 あり得ない現象に驚愕の声を上げるジークフリート。

 対するエミヤはやれやれとでも言うように肩をすくめる。

 一体、何が起きたんだ?

 

「あれは…!」

『知ってるの、天草?』

「ええ。あれは―――衛宮ファントムです」

『衛宮ファントム…!?』

 

 物々しい名前に思わず変な声を上げてしまう。

 

「その昔、天才とうたわれた衛宮矩賢が編み出した技、衛宮ゾーン。

 ボールに特殊な回転をかけることで、相手のボールすらコントロールしてしまう悪魔の技。

 そして、その息子衛宮切嗣がさらに改良を加えたのが衛宮ファントムです。

 肘への極大の負担と引き換えに相手の打球を全てコート外に弾き出す。

 二代目衛宮の卑劣な技と言われれば誰もが思い浮かべる技です」

 

『ごめん、全部ちゃんと聞いた上で理解できなかった』

 

 取りあえず、卑劣な技だということだけ理解しよう。

 

「これは……一筋縄ではいかないということか」

「フ、私もまだ現役なのでね。そう簡単には負けられないさ」

「すまないが、ぐだ男達は先に行っておいてくれ。この勝負は間違いなく死闘になる」

 

 ジークフリートが俺達に先に行けと告げる。

 そうだ。ここで勝っても解放されるのは、クリームヒルトさんだけ。

 俺達は俺達でパートナーを取り戻さなければならない。

 

『必ず勝ってね』

「無論だ。情けない姿を彼女の前で晒すわけにいかないからな」

 

 最後にイケメンなセリフを言って、背を向けるジークフリート。

 ここから先は友を信じるしかない。

 

『行こう、エドモン、天草、オリオン』

 

 残った四人で頷き、走り出す。

 さあ、次の挑戦は何に、いや、誰が挑むことになるのか。

 

 

 

 

 

「さて、次の患者はあなた達ですか?」

 

 あ、終わった。

 ナイチンゲール先生の声を聞いた瞬間に悟る。

 何で勝負するか分からないが、この人に勝てる気がしない。

 

「……メルセデスということは俺だな」

「その通りです、ダンテスさん。エデさんは殺菌消毒の行き届いた部屋にいます。1時間ごとに換気もしているので、衛生環境は完璧です」

「そ、そうか……」

 

 囚われているにも関わらず完璧な衛生環境に、何とも言えぬ表情を見せるエドモン。

 しかし、甘く見てはいけない。

 手洗いうがいをしなければ、オキシドールで顔面ザブザブが待っているのだ。

 ある意味で普通に囚われるより辛いかもしれない。

 

「ときに、ダンテスさん。あなた生活習慣が乱れているようですね?」

「な、なんのことだ?」

「黙りなさい。夜更かしに深夜の間食、それによる疲労の蓄積。全て大病を患う元となります」

「そもそも、なぜ知っているのだ!?」

「先程エデさんからお聞きました」

「エデェエエエッ!!」

 

 まさかの助けようとした相手からの裏切りに、嘆きの声を上げるエドモン。

 可哀そうだが、俺としても健康に生きて欲しいのでここは先生に任せることにする。

 

『じゃあ、エドモン。俺達は先に行くよ』

「おう、アルテミスが泣くと面倒なんでな。先に行かせてもらうぜ」

「私達としても友人には健康に生きてもらいたいものですので」

「貴様ら…! 俺を見捨てる気かぁ!?」

 

 見捨てるんじゃない。これからの戦いにはついてこられそうにないから、置いていくんだ。

 

「では、治療を始めます」

「待て待て待て! なんだその剣を振り上げた背後霊のような奴は!?」

「人々を救いたいという私の思いが具現化したものです」

 

 巨大なナースが現れ、エドモンに向けて剣を振り上げる。

 きっとあれだ。触れると自分以外なんでも治してくれるんだろう。

 

「それは分かった! だが、なぜ患者である俺に剣が向かっている!?」

「疲労は内臓からダメージが現れるものです。ですので、治療薬を患者の体内に突き刺すのは自明の理」

「おかしい! 何かが間違っている!!」

「安心してください。モードレッドが見ていた漫画でも剣を突き立てて治療していましたので」

「なぜ、漫画を信用する!?」

 

 標的が変わらないうちに、背を向けて走り出す。

 次に会う時は、きっと健康的で血相の良い姿になっているだろう。

 

「患者は黙って治療されなさい! ナイチンゲール・プレッジ!」

「メルセデスぅぅぅッ!」

 

 さようなら、エドモン。君の犠牲は無駄にはしない。

 

 次に会うその時まで―――待て、しかして、希望しとくよ。

 

 




バトル=テニス これ、テストに出るからね?
まあ、次回はまともなバトルがあると思う。
それから、バッドエンドを活動報告の方に乗せてましたけど、よくよく考えると非会員の人が見れないかもしれないんでこっちにも載せておきます。






 マシュの手にした包丁が彼女の胸に突き刺さりそうになる。
 なんとかして止めないと…!


→【傷つかないようにマシュの手を抑える】
 【刃を握り絶対にマシュに刺さらないようにする】


 迷う暇などない。反射的に傷つくことを恐れ、思わずマシュの手を抑える方に走る。

「離してください…先輩。そうしないと先輩に見てもらえないじゃないですか」
『だから―――』
「離してください!!」

 心が壊れるような悲鳴が鼓膜を引き裂く。
 もう、マシュには俺の声なんて聞こえていない。
 ただ俺を引き離そうと必死に暴れているだけだ。

『落ち着いて! マシュ!』
「もう! もう! 私にはこれしかないんです!!」

 取っ組み合いのようになり、お互いに何がどうなっているか分からなくなる。
 そのうちに力で勝る俺が勝ち、マシュの手から包丁が吹き飛ばされる。

『よかった…?』

 ホッとしたのも束の間。胸元に走るビリリとした不快な感触。
 何が起きたか分からずに視線を下げる。

「え…?」

 マシュの呆然とした声が聞こえる。
 俺も声を上げようとしたが、代わりに出てきたのは鉄臭い液体だった。
 それもそうだろう。包丁が飛んだ先は―――俺の心臓の真上だったのだから。

「先輩…先輩!?」
『……シュ』

 声が出てきてくれない。
 今にも泣きだしそうなマシュを安心させてあげたいのに。
 せめて抱きしめようとするが、体は前に進むことなく後ろ向きに床に崩れ落ちた。
 おかしいな、俺はマシュの下に行きたいだけなのに。

「ごめんなさい…! ごめんなさい…! 先輩を傷つけるつもりなんてなかったのに…!」
『…………で」

 泣かないで。そう伝えようとするが無理だ。
 俺に覆いかぶさるように埋めるその顔からは、涙が雨のように降り注いできている。

『マ……シュ…』
「せん…ぱい…?」

 何とか腕を伸ばす。
 涙の止まらないマシュの頬に触れて、涙を拭いてあげる。
 
 ―――ああ、ダメだ。俺が触れた先から赤く染まっていく。

『ご…め…ん……』

 もう、一緒に居られそうにない。
 瞼がゆっくりと閉じていく。
 でも、最後に伝えないと。これだけは伝えないと。
 マシュの首に腕をかけ口元に耳を近づけさせる。

「……なにを…?」

 最後にこれだけは伝えないと死ぬに死ねない。
 彼女が暴走してしまったのは、俺の責任なのだから。
 俺が彼女を救ってあげないと。


 ―――愛してるよ。


 かすれた声で精一杯に伝える。
 腕にも瞼にも力が入らなくなり、ダラリと落ちていく。
 意識が遠のく。そこへ彼女の声が聞こえてくる。

「先輩…私も……愛してます。だから―――」

 胸元から何かが抜き取られる感触がする。
 ああ、違うんだ。俺はただ君を救いたかっただけなんだ。
 やめてくれ、お願いだから。


「―――これからはずっと一緒です」


 生温かい雨が降ってくる。
 こんな結末を望んでいたわけじゃない。
 彼女をもっと幸せにしてあげたかった。

「先輩……抱きしめてあげますね」

 ベチャリ、と崩れ落ちてきたマシュの体が俺を抱きしめる。
 そして、俺の手を握りしめてくれる。
 俺も残された力で握り返す。
 それでも、降り注ぐ涙は決して止まらない。

「ふふふ……私達…愛し合ってるんですね」

 壊れた笑い声が聞こえてくる。マシュには死んで欲しくなんてなかった。
 ああ……でも、これが彼女への救いになるのなら…それも悪くない…か。
 でも…できることなら最後に一度だけ。


 ―――マシュを抱きしめ返してあげたかったな



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9話:愛しき人のために

 彼は人としてはあまりにも強靭過ぎた。

 彼は神としてはあまりにも高潔過ぎた。

 あまたの英傑・怪物が彼に挑んだが、誰一人として彼に膝をつかせることはできなかった。

 

 ―――化け物。

 ある者は彼を恐れ、そう呼んだ。

 

 ―――大英雄。

 ある者は彼を敬い、そう呼んだ。

 

 だが、どちらであろうとも彼にとって変わりはなかった。

 隔絶した力は望まぬままに彼を孤独にした。

 常に最強であるがゆえに並び立つ者はいず、理解者もない。

 

 彼は望んだ。ただの一度だけでいい。

 己が全てを出し切り―――鬼ごっこで鬼役をしてみたいと。

 

「ダーリン助けてー!」

 

 早々に捕まったアルテミスの悲しむ声が聞こえるが、そう簡単には動けない。

 ヘラクレスはオリオンを探し回りながらも、アルテミスへの注意を一瞬たりとも切らない。

 たかだか、氷鬼(・・)で本気出しすぎだろと、オリオンが思うのも無理はない。

 

(いや……タッチしただけで相手が怪我するから、鬼役ができなかったもんな)

 

 間違って本気で触れようものなら死人が出かねない筋力。

 誰だってヘラクレスに鬼役は頼みたくなどない。

 頼むとしたらイアソンかイリヤぐらいなものだ。

 

(だからって、こうも全力全開で来られてもなー……今の俺はぬいぐるみだし)

 

 木の上で身を隠しながらヘラクレスを観察する、オリオン。

 ぐだ男達を先に行かせたはいいが、どう考えても今の自分では相手にならない。

 ならば、隠れながら近づいてアルテミスを解放するしかない。

 

(なんとか隙を作ってそこを狙うしかないな)

 

 相手に聞こえない音量で一人呟き、行動を開始する。

 木が生い茂るこの森は、自分にとっては有利な場所だ。

 もしも、平面で隠れる場所がない地形であったら、話にもならなかっただろう。

 

(よし、後ろを向いてるな。今のうちに)

 

 何とかアルテミスのそばの木に移動し、一気に下まで飛び降りる。

 後はアルテミスにタッチすればいい。

 ヘラクレスは後ろ向いている。そして、距離が離れている。

 勝利を確信した。―――だが、しかし。

 

「■■■■■!」

 

 ―――大英雄に死角などない。

 オリオンが飛び降りる際に発した、僅かな枝の軋み(・・)を聞きつけ振り向く。

 そして、手にした石を手首のスナップだけでオリオンに投げつける。

 

「うそぉおッ!?」

「きゃぁあッ! ダーリンがまたお星様になっちゃう!?」

 

 投石は数コンマでオリオンに直撃し、そのまま空の彼方まで吹き飛ばしてしまう。

 

「や、やべえ。中身が、中身が出てきちまう」

「■■■■■■!!」

「げっ! もう追って来てやがる!」

 

 何とか爆発四散は避けられたオリオンであったが、ヘラクレスは追撃をかける。

 重力に従い落下していきながら、どうやって逃れるか思考を巡らせ、細長い枝に目を付ける。

 

「一か八かやってやるぜ!」

 

 地上で待つヘラクレスから逃れるために、オリオンはワザと体を枝にひっかけさせる。

 

「良いとこまで飛んでくれよな!」

 

 そして、枝をしならせてバネの要領で再び空に打ちあがっていく。

 下の方ではヘラクレスが、悔しそうに木々をへし折っているが見なかったことにする。

 あんな力で掴まれてしまえば、筋トレをしていなければ即死だろう。

 

(さて、何とか逃げられたがどうするか。もう、木の上からじゃ通用しないだろうしなー)

 

 一先ず、逃れた先の木の上で息を整えながら考える。

 今度はカカシでも作って、自分の場所を偽装して近づくべきか。

 そう考えていた時だった。

 

「■■■■ッ!」

 

 ―――森が割れた。

 

「は? なんで森が割れて―――」

 

 巨大な石剣を投げた。

 簡単に言えばそれだけだ。だが、それがもたらす被害は控えめに言って災害。

 軌道上にある木々は、一直線に刈り取られるようにへし折られていく。

 

「ぬォオオオッ!?」

 

 それはさながらモーゼの奇跡。

 海を割ったその偉業を、ヘラクレスは己の腕力のみで成し遂げてみせる。

 為すすべなどない。オリオンは木々の遺体と混ざるように、吹き飛ばされてしまう。

 

「やー! ダーリン、死んじゃダメー!」

「■■■■■■■!!」

 

 アルテミスの悲鳴が森に響き、怪物は勝利の咆哮を上げる。

 後はあの木々の山から、オリオンを見つけ出しタッチするだけだ。

 それだけで氷鬼(・・)の勝者となる。

 

「うそ…ダーリン、死んじゃ、いや……」

 

 その事実にアルテミスの瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 愛した男性が死ぬなど、彼女にとっては耐えられない。

 しかし、そんなことはヘラクレスの知ったことではない。

 勝利をつかみ取るためにゆっくりと歩き出そうとし―――降り注いできた矢の雨から飛び退く。

 

「■■■■■!」

「わりーな。もうちょい付き合ってくれや」

 

 さらに、後方からは木々で跳弾させた矢の嵐がヘラクレスを襲う。

 だが、ヘラクレスにとってはさして脅威ではない。

 振り向きざまに腕を一振いして、全て弾き飛ばす。

 

「■■■■!?」

「うかつだったな。そいつは毒だ」

 

 だが、それは罠であった。

 ヘラクレスにとって矢は、皮膚を一枚裂く程度の威力でしかない。

 しかし、皮膚を一枚でも裂けば毒矢の効果は生きてくる。

 大英雄の行動を奪うことはできないが、動きを鈍らせることはできる。

 

「おいおい、悪く思うなよ、狩りってのは本来こういうもんだ。もっとも、お前さんなら真正面からで大丈夫なんだろうがな」

 

 破壊された木々の隙間から差し込む月光が、一人の男を照らし出す。

 狩人らしい軽装に、クマの毛皮を流すように羽織る。

 その顔は毛皮で目より上が見えないが、非常に端正な顔立ちであることを窺わせる。

 

「すまん、アルテミス。心配かけちまった」

「ダーリン……」

 

 男が親しげにアルテミスに話しかけ、彼女もそれに答える。

 

「惚れた女の手前、情けない姿は見せられねえんだ」

「■■■■…!」

 

 毛皮に隠れた瞳がヘラクレスを射抜く。

 それは、かの化け物にさえ自分が狩られる側であると錯覚させるもの。

 地上の全ての獣を狩りつくすと、天上の神々に恐れられた伝説。

 

 

「悪いが、遊びはここで終わらせてもらうぜ―――大英雄」

 

 

 ―――オリオン。それが星座に名を連ねる最強の狩人の名だ。

 

 

 

 

 天草と共に先へと進んでいく。

 オリオンのことが気になるが、やるときはやる男なので信じている。

 

「おや、これは……」

『アーラシュさんが倒れてる!?』

 

 そんなことを考えていたところで、地面に倒れ伏すアーラシュさんを発見する。

 慌てて駆け寄って、助け起こす。

 

『大丈夫ですか、アーラシュさん?』

「く…こいつは……恥ずかしいところを見せちまったな」

『そんなことよりも一体だれがこんな酷いことを…!』

 

 一瞬、他の挑戦者に敗れたのかとも思うが、アーラシュさんがここまでやられるとは思えない。

 

「全身黒の鎧を着た騎士が突然現れてな…。背中を切られちまった……」

『なんて卑劣な……』

 

 姿を隠して相手を背後から斬るなんて、ただの外道じゃないか。

 一人を殺すためにホテルを丸ごと爆破するようなものだ。

 

「卑劣で結構。親とは時に子どものために泥をかぶるものなのです」

『その声は…! ランスロットさん…?』

 

 今まで隠れていたのか、靄が消えるようにランスロットさんが現れる。

 アーラシュさんを襲撃して一体何が目的なんだ?

 

「私の目的はあなたです、藤丸君」

『な…!?』

「マシュとの関係を洗いざらい吐き出してもらいましょう」

 

 鋭い眼光は研ぎ澄まされた剣のように、俺の喉元に突き立つ。

 相手は本気だ。冷たい汗が額から流れ落ちていく。

 いけない。こんなところで負けたらダメだ。

 臆さずに、言いたいことを言わないと。

 

 

『お義父さん! お嬢さんを僕に下さい!!』

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない! というか、結婚とか早すぎる!!」

 

 

 くっ! やっぱり一筋縄じゃ行かないか。

 でも、諦めるつもりなど毛頭ない。

 

『認めてください! 必ず幸せにしますから!』

「軽薄な言葉を口にするな! まだ、付き合ってもいない男女が結婚など言語道断!」

『じゃあ、何年付き合えばいいですか!?』

「誰が付き合うことを認めると言ったぁッ!?」

 

 お互いに怒鳴るように言葉を交わしていく。

 これは意地の張り合いだ。

 理屈で説明できることじゃない。言葉で分かり合えることじゃない。

 

「マシュはこの先に居る」

『つまり、マシュの下に行きたいのなら』

「私の屍を越えていくがいい!」

 

 ―――己の拳で語り合うしかない。

 ファイティングポーズを取り、一呼吸する。

 ランスロットさんも同じように構える。

 

『剣は使わないんですか?』

「ここにいるのは騎士ではない、ただの父親だ」

 

 男の意地と意地の張り合い。

 武器など無粋。拳で伝えられないのなら最初からその程度の気持ちだ。

 

『ごめん、天草。先に行ってて』

「……挑戦内容が変わりましたが、こういう挑戦でもいいでしょう」

『天草?』

「いえ、分かりました。先に行って待っておきますね」

 

 何やら含みのある言葉を残しながら、先に進んでいく天草。

 その行動が気にはなるが、今は考えている暇などない。

 

「では、始めようか」

『…ッ!』

 

 爆発的な踏み込みにより、接近してくるランスロットさん。

 回避―――間に合わない。

 防御―――そのまま押し込まれる。

 ならば、取るべき行動は一つ。

 

『それなら!』

「はぁッ!」

 

 ―――迎撃する。

 

『いつ…ッ!』

「く…ッ!」

 

 互いの拳が同時に頬に突き刺さる。

 口の中が切れ、血の味が広がる。

 だが、関係ない。

 

『マシュをお嫁さんに下さい!!』

「手塩にかけて育てた娘を簡単にやれるものか!!」

 

 ―――殴り合い。

 泥臭く、情けなく、子どものように殴り合う。

 技術などどちらも捨て去っている。

 

「その程度の力でマシュを守れるのか!?」

『死んでも守り抜きます!』

「―――愚か者めがッ!!」

 

 ―――憤怒。

 怒りの籠った拳が突き刺さり、体が宙に浮く。

 腹部に入ったアッパーは、胃の中身を逆流させる。

 

「死んでしまえばマシュが悲しむとなぜわからない!!」

『…ッ!』

 

 顔面への強打。

 腹部への蹴り込み。

 鼻から血が噴き出す。

 

「守るとは! いかなる困難に遭おうとも愛する者の下に帰ってくること!!」

『ぐぅ…ッ』

「相手だけを守り、自分がこの世から去ることを守るとは言わん! それは―――逃げだ!!」

 

 ―――言葉と拳が、俺の心と体を容赦なく砕いていく。

 吹き飛ばされた肢体は、鈍い衝撃と共に地面に打ち付けられる。

 

「誰かを守り、自己満足に浸ったところで残るのは愛した者達の涙だけだ。それが分からないのであれば君にマシュを、いや、誰かを愛する資格はない!!」

 

 視界はぼやけるというのに、声だけはしっかりと耳に入ってくる。

 

 ―――目が覚めた。

 

 確かにその通りだった。自己満足に命を捨てることは守ることじゃない。

 それはただのエゴだ。マシュの幸せを奪ってしまう最低最悪の。

 

『……なら、生きる』

 

 ―――四肢に力を籠める。

 立ち上がる。例え、何度打ち倒されるのだとしても。

 

『泥水をすすってでも、血にまみれてでも、誰かを犠牲にしてでも、マシュのために生き続ける』

「……言うのは簡単です。示したいのならまずは―――私から生き延びてみせなさい!」

『当然…ッ!』

 

 襲い掛かる拳が俺の体を傷つける。

 でも、怯まない!

 

『オォオオッ!!』

「づぅ…ッ!?」

 

 打撃とも言えぬ拳を叩きつける。

 型なんて関係ない。いや、自分でもどんな攻撃をしているか分からない。

 ただ、想いと共に腕を振るい続ける。

 

「まだ…まだその程度ではマシュはやれん!!」

『なに…!?』

 

 ―――体が宙に浮く。

 防御を無視して放たれたストレートは、俺の顎を容赦なく打ち抜く。

 

「せいッ!」

 

 そして、無駄のない動作で、浮いた体を地面に叩きつけられる。

 息が止まる。呼吸をしようとしても肺が動いてくれない。

 ああ、でも―――体は動く。

 

『……ハァ…ハァッ…!』

「今のは決まったと思ったのですが……」

『ははは……冗談。まだ、手も足も動く…諦めるには早すぎる』

 

 精一杯に強がって笑ってみせる。

 さあ、反撃の開始だ。

 

『マシュと…! ずっと一緒にいたい!!』

「ここに来てこのような力を…!」

 

 今度は俺の方が顔面を殴り飛ばす。

 続いて、蹴りを入れる。

 しかし、それは避けられる。だが、止まることはない。

 ただ前に出て攻め続ける。

 

『ずっと俺のことを好きでいてくれたあの子を…幸せにしたい…!』

 

 ―――いらない。

 マシュ以外の全ての存在なんて。

 

 ―――排除する。

 彼女が悲しむ原因となる全てを。

 

『何よりも大切なマシュを守り続けたい! それが俺の望む全てだから!!』

「……ならば、その力を示しなさい!!」

 

 地面を蹴る。二人同時に最後の力を振り絞る。

 宙で弓のように体をしならせ、右の拳に全てを籠める。

 そして、互いが交差する瞬間に―――振り切る。

 

『…………』

「…………」

 

 世界から音が消えたような静寂が訪れる。

 拳を振りぬいた状態で双方動かない。

 だが、それも―――限界だった。

 

『く…そ……』

 

 足から崩れ落ちる。

 最後の一撃は体の芯までダメージを残した。

 立つことなんてできない。限界が来た。

 ああ……でも、不思議だ。

 

『まだ…倒れていられない!』

 

 ―――マシュのことを思うと体に力がみなぎってくる。

 限界を超える。震える体を無理矢理起き上がらせる。

 

「………仮にですが、もしあなたがマシュと世界、どちらか一つを選ばなければならなくなった時、あなたはどちらを選びますか?」

 

 ランスロットさんが静かな声で尋ねてくる。

 マシュと世界? そんなこと考えるまでもない。

 

 

『―――マシュに決まってる』

 

 

 どちらか一つしか選べないのなら、本当に大切な者を選ぶだけだ。

 誰に恨まれようとも、見捨てた者から呪われようとも。

 

「……マシュが世界を救うことを望んだ場合は?」

『俺はマシュを優先する。でも、マシュが悲しむのは嫌だからついでに世界も救う』

「マシュを見捨てれば世界が確実に救われるとしても?」

『マシュの居ない世界なんて俺は―――いらない』

 

 マシュが居ない世界なら滅んだって構いはしない。

 俺の考えはおかしいのだろう。でも、心がそう叫んでいるんだ。

 大切な人のいなくなった世界に意味なんてないって。

 

「そうですか……それなら―――先に進みなさい」

 

 ランスロットさんがゆっくりと膝をつく。

 余力はまだまだ(・・・・)あるのだろう。円卓最強の騎士に俺が勝てるはずがない。

 だが、戦うことをやめた。それはつまり、俺のことを認めてくれたということ。

 

「マシュがあなたを待っています」

『はい。迎えに行ってきます』

 

 最後の力を振り絞り、足を前へと進める。

 あと少しだ。あと少しでマシュの下にたどり着けるんだ。

 だというのに―――それを遮る者が現れる。

 

 

 

「待っていましたよ、ぐだ男君。さあ、怪盗ジャンヌからの最後の挑戦です」

「サンタアイランド仮面もいます。さて、先程の啖呵は見事でしたが…実際に聖杯とマシュさんどちらか片方を選べと言われたら、どうしますかね?」

 

 

 

 俺の邪魔をするな…ッ。ジャンヌ・ダルク、天草四郎。

 




真オリオンは作者の妄想なんで別にゲームで出たりはしません。
次回でマシュ√ラストになると思います。
終わったらアストルフォかモーさんか清姫をやります。
その前に√アフターを書くかもだけど。


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10話:プロポーズ

 

 たどり着いた場所はコロッセオのような空間。

 客席には誰もおらず、闘技場には敵が二人いるだけ。

 

『そこをどけ……マシュが待ってる』

「う…辛いですが、そういうわけにはいきません。これは私からの挑戦なのですから」

 

 ドスを聞かせた声で、ジャンヌに退くように言うが効果はない。

 同じく天草も涼しい顔をして立っている。

 改めて思うが、この二人のメンタルはどこかおかしい。

 

「では、ルール説明をしましょう。サンタアイランド仮面さん」

「はい、それでは。……こほん、ルールは至ってシンプルです。私達を倒して先に行く、それだけです。反則行為も特にはありません」

『……つまり、そっちが2対1でかかって来ても問題はないと?』

「ええ、反則ではありませんので」

 

 天草ことサンタアイランド仮面が、落ちついた声で肯定する。

 まずい。数で不利、体力的にも限界に近い。

 こんな状態で二人を相手にするなんて不可能に近い。

 

「お察しのように、ぐだ男君が圧倒的に不利です。ですので―――チャンスをあげます」

『チャンス…?』

 

 天草の言葉に眉をひそめる。

 そんな俺のことを見ることなく、天草はあるものを取り出す。

 

「この聖杯をマシュさんの代わりに選んでください」

『それだけ?』

「勿論、それだけではありません。ぐだ男君には全人類の不老不死化を願ってもらいます」

『不老不死…?』

 

 ラスボスのようなことを言い始めた天草に、思わず言葉を失う。

 

「全人類を不老不死にし、救済を図るのです」

「サンタアイランド仮面さん、私聞いてないんですけど?」

 

 ジャンヌも何故か驚いている。

 

「おや、失礼。説明していませんでした。ついでですので、マシュさんにも説明をしましょう」

 

 そういってコロッセオの内部に入っていき、マシュを連れてくる天草。

 何やらいかつい手錠がかけられているようだが、特に外傷は見られない。

 

『マシュ!』

「先輩…? どうしたんですか、その姿は!? 一体誰がそんなにボロボロに!?」

 

 まさか、あなたのお父さんとは言えまい。

 というか、ランスロットさんが後で困るので言わない。

 

『取り敢えず、無事でよかった』

「はい。ちょっぴり暇でしたけど、囚われのお姫様役はずっと憧れだったので」

 

 そうか、だからみんな素直に攫われていったのか。

 女の子だし、一度はそういう役をやってみたいよね、うん。

 

「さて、それでは説明をしましょう。初めに言った通りにマシュさんを取り戻したいのなら私達二人を倒してください。ですが、聖杯を選ぶのなら―――マシュさんを見捨ててください」

 

 何を言っているんだ、天草は…?

 世界を救うことと、マシュを救うことは全く別のことだ。

 そもそも聖杯を取った上で、マシュを救うことだってできるはず。

 

「因みにですが、これはマシュさんに着けていただいている手錠と同じ(・・)ものです」

 

 そう言って、天草は懐から手錠を取り出し遠くに投げ捨てる。

 一体何を、と誰もが思った瞬間―――手錠が大爆発を起こす。

 

「天草四郎!?」

 

 爆発したものと同じ手錠、それがマシュの手についている。

 これはつまり―――聖杯を選べばマシュは死ぬということだ。

 本当に知らなかったらしいジャンヌが、怒声を上げて天草に旗を突き付ける。

 

「ふふふ、安心してください、ジャンヌ・ダルク。ぐだ男君がマシュさんを選び私達に勝てば爆発しません(・・・・)から」

 

 だが、天草は冷ややかな笑みを浮かべて笑うばかりである。

 間違いない……聖杯を選んだ瞬間、マシュを殺す気だ。

 

「せ、先輩……」

『安心してマシュ。俺がマシュを見捨てるはずないでしょ?』

「本当にそうですか? 全ての願いが叶うのですよ、この聖杯さえあれば」

 

 心底不思議そうに尋ねてくる天草に殺意が湧いてくる。

 マシュが居ない世界になんて興味もないし、マシュ以上に欲しいものもない。

 初めから選択肢などないも同然―――

 

 

「例えば、世界を救った後に―――マシュさんを生き返らせることも」

 

 

 天草の言葉に目を見開く。

 

「いいですか? どんな願いも叶えられるのです。他の願いを叶えた後に、マシュさんを生き返らせれば問題はありません。そもそも無かったこと(・・・・・・・)にして何食わぬ顔で平和になった世界を二人で生きていけばいいじゃないですか?」

 

 そうだ。無かったことにすればいい。

 リスクを冒さずに、自分の願いを叶えられる。

 全て元通りにできるのなら、犠牲にしたって構わない。

 

「私は世界平和という願いを叶えられる。あなたは全ての願望を叶えることができ、尚且つマシュさんも手に入れられる。誰も損はしません」

『……どうして自分で願わない?』

「聖杯を手にするべきは勝者です。私にはその資格がない。だから、代わりに勝者であるあなたに叶えてもらうのです」

 

 変なところで律儀なのか、はたまた制約があるのか。

 とにかく、天草自身が願うことはないらしい。

 

「天草君、マシュさんに被害が出るようであれば、私もあなたに敵対させてもらいます」

「それは全てぐだ男君、いえ、立香君が決めることです。これはそういう挑戦でしょう?」

「く…ッ!」

 

 本気で敵意を向けるジャンヌであるが、実力行使はできない。

 ただ悔しそうに唇を噛むばかりである。

 

「さあ、それでは選んでもらいましょう。聖杯とマシュさん、どちらを選びますか?」

 

 静かに問いかけてくる天草。

 祈るように視線を向けてくるジャンヌ。

 不安そうに俺を見つめるマシュ。

 そして俺は感情のままに口を開く。

 

 

『聖杯なんて下らないものより、マシュが欲しいに決まってるだろ、クソ野郎がッ!』

 

 

 全力で殴り飛ばしてやりたい気持ちを込めて叫ぶ。

 だが、俺の暴言にも天草は怒った様子も見せずに、不思議そうに尋ねる。

 

「聖杯を選べば無かったことにできるのですよ?」

『無かったことになんかならない! 例え誰の記憶から消えても、俺の心に残り続ける!!

 一度見捨てた人間が生き返ったところで、見捨てた事実は決して消えないッ!!』

 

 仮に多くの人間を殺されたとしよう。

 全てが修正され、虐殺は無かったことになる。

 人々は生き返り、何事もなかったように元の生活に戻っていく。

 でも、それを犯した人間の罪は消えないし、消えてはならない。

 

 だって、おかしいだろう。

 罪を犯してでも何かを守ろうとした意志も。

 失った者への嘆きや、それを乗り越えて強く生きた人生も。

 無かったことになるなんて、俺は認めない。

 

「例え、ここで見殺しにしても過去ごと修正してしまえば、見捨てた事実すらなくなる。

 ここにマシュさんが来ないという、新たな歴史が刻まれればいい。

 新たな可能性の中でマシュさんと幸せになればいいではないのですか?」

 

 確かにそれならば見捨てられたマシュは居なくなる。

 捨てられた絶望も、悲しみも抱かなくて済む。

 でも、何の意味ない。

 

 

『俺が愛しているのは、今ここにいるマシュだけだ!!』

 

 

 俺が抱きしめたいのは、俺がキスしたいのは、俺が抱きたいのは。

 今この瞬間、ここにいるマシュだけだ。

 

『違う過去じゃ意味がない。同じ過去でも意味がない。どんなに綺麗に辻褄を合わせたって愛せるもんか! 違うんだ! 今ここにいるマシュじゃなきゃダメなんだ!!』

「……無限にある可能性(世界)であれば限りなく近い存在もいるはずです」

『無限のもしもよりも、目の前に居るマシュを選ぶ! それ以外はいらないッ!!』

 

 声を張り上げる。これが俺の愛だ。

 マシュしか愛せないし、愛さない。

 だから、もう少しだけ待っててくれ。

 これが終わったら―――

 

『失せろ…ッ。目障りだ…!』

 

 ―――君とキスをしたい。

 

「そうですか…そうですか…ええ、予想通り。いえ、それ以上ですかね。マシュさんは観客席まで下がっていてください」

「私としては全力で天草君を旗で殴りたいですが、挑戦である以上、今は立香君の敵を務めます」

『かかってこい…!』

 

 啖呵を切り、拳を構えるが心と違い体は思うようには動いてくれない。

 勝たなくては意味がない。だが、不利な条件しかない。

 でも、何とかして勝たなくてはならない。

 

「容赦はしませんよ。神があなたを見捨てていないのなら、あなたは生き残れるはずですから」

 

 天草の黒鍵が一気に3本程飛んでくる。

 頭はそれを避けろと命じるが、体は思うようには動いてくれない。

 2本は避けることに成功したが、1本が右足に刺さってしまう。

 

「すいません、立香君!」

『ぐあぁッ!』

 

 思わず右膝をついてしまったところで、ジャンヌの旗が俺を吹き飛ばす。

 一応、死なないように手加減はしてくれたようだが痛いものは痛い。

 転がるように吹き飛ばされながら、何とか姿勢を整えようとするが膝が笑って立てない。

 

「先輩…もう無茶をしないでください!」

『いや…だ。まだ、戦える…!』

 

 観客席から今にも泣きそうなマシュの声が聞こえる。

 精一杯に強がって、そう言ってみるが体を起き上がらせるだけで精いっぱいだ。

 

「立香君、マシュさんは必ず守りますので、もう諦めてください」

『いいから……かかってこい!』

「…ッ! もう、どうして男の子はこんなに意地っ張りなんですか!? 知りませんからね!」

 

 ジャンヌが心配そうに声をかけてくれるが、それを払いのける。

 だが、それがジャンヌの覚悟を決めさせたのか、俺を気絶させるべく旗を振りかぶる。

 やっぱり、ボロボロの体で2対1じゃ、どうしようもない。

 

『くそ…! せめて……仲間がいてくれたら』

 

 この絶望的な状況を覆せるかもしれないのに―――

 

 

 

「―――俺を呼んだな!」

 

 

 

 振り切られた旗を受け止める背中。

 ボロボロのコートに帽子、体からは稲妻のように黒い波動が湧き出ている。

 片手でジャンヌの攻撃を受け止めつつ、彼は邪悪な笑みを浮かべ声を上げる。

 

 

「仲間の名を! そうとも、俺こそ貴様の友。復讐者(アヴェンジャー)、エドモン・ダンテスだ!」

 

 

 エドモン。ナイチンゲール先生に治療されたはずの彼がそこに居た。

 

『エドモン……』

「どうした、何を呆けている。お前は救うのだろう? マシュを」

『…ッ。ああ!』

 

 その声につられて、前に並び立つように進み出る。

 勇気が湧いてくる。ただ、仲間がいるというだけで立ち向かう力が出る。

 

「まさか、エドモン君が来るとは…でも、立香君は戦えないも同然。私達の方がまだ有利です!」

「ええ、その通りです。離れてください、ジャンヌ。―――告げる(セット)

 

 天草の声が頭上から聞こえる。

 そこには両手に膨大なエネルギー弾を備えた彼がいた。

 あれはやばい。

 

天の杯(ヘブンズ・フィール)起動。万物に終焉を―――双腕・零次収束(ツインアーム・ビッグクランチ)ッ!!」

 

 光と闇、異なる存在が交じり合うかの如く、交差しながら二つの魔弾が襲い来る。

 避けなければ死ぬ。そう思わせる攻撃。

 だというのに、エドモンは受け止める動作すら見せない。

 まるで、自分には当たらないと分かっているかのように。

 

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)ッ!!」

 

 

 俺達の後ろから斬撃の波動が走り抜けていく。

 それは天草の魔弾とぶつかり合い、相殺する。

 

「遅れてすまない、助太刀に来た」

『ジークフリート…!』

 

 颯爽と現れたのはエミヤとの死闘(テニス)を制したジークフリート。

 続々と集まってくる仲間達に、思わず涙が出てくる。

 

「ぐだ男、お前は早くマシュの下に行ってやれ」

『でも、マシュの手錠をどうにかしないと……』

「よぉ、お困りのようだな、坊主」

 

 不意に足元から声が聞こえてきて見下ろす。

 得意げに手錠のカギを回して見せる、クマのぬいぐるみ、オリオンの姿があった。

 

『オリオンまで! 一体いつの間に鍵を…?』

「ほらよ、ちょいと天草の坊主の腰からスっといた。この体は目立ちづらいからな」

『みんな……どうしてここが』

 

 次々に助けに来てくれる仲間達。

 でも、どうやって俺が苦戦していることを知ったのだろうか?

 

「ああ、デカい盾を持った兄ちゃんに頼まれてな」

「俺もだ。片目が隠れている男性だったな」

「フン……大方お節介を焼きに来たのだろうよ。あの騎士は」

 

 俺には誰のことを言っているのか分からないがありがたい。

 とにかく、今はマシュのことを優先しないと。

 

「ここは俺達に任せて先に行きな」

「ああ、お前の背中は俺達が守ろう」

「行け、真実の愛とやらをお前には掴む資格がある」

『みんな……ありがとう…!』

 

 感謝の気持ちが溢れてくるが、それしか言葉にできない。

 零れる涙を袖で拭い走り出す。

 しかし、ジャンヌがそれを阻む様に立ちふさがる。

 

「ここまでくれば手加減をする必要もありませんね」

「残念だがお前の相手は俺だ。ジャンヌ・ダルク!」

「エドモン君ですか……いいでしょう、あなたも救ってみせます」

 

 エドモンがジャンヌと交戦し、俺の道を切り開いてくれる。

 その隙間を縫うように俺は駆ける。

 

「最後の足掻きとなりそうですが……これも使いましょう」

『なッ! 客席への道を壁で塞いだ!?』

 

 客席へと続く通路を無数の壁がシャッターのように封鎖する。

 シャッターという表現をしたが、それは石でできたもので、RPGなどで見るレベルのものだ。

 俺には壊すなんてとてもじゃないができない。

 乗り越えるしかないのか? そう思った瞬間だった。

 

 

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)ッ!」

 

 

 無数の石壁がバターのように斬り裂かれる。

 ただの一振りしただけだというのに、そこには人一人が通れるだけの道ができていた。

 

「……行きなさい」

『ランスロットさん…!』

「しまった。まだ仲間がいましたか…ッ」

 

 俺の方を見ることもなく、先に行くことを促すランスロットさん。

 そんなランスロットさんに天草は黒鍵を投げるが、届く前に弾き落される。

 

「すまないが、君の相手は俺だ」

「ジークフリート君……どうやら、神は今度も私の声を聞き届けてはくれなかったようですね」

「友とはいえ、手加減はするつもりはないぞ」

 

 刀と大剣がぶつかり合い火花が散る。

 そんな光景を脇目にとらえながら、マシュの下に走っていく。

 足が重い。体が痛む。息が続かない。

 それでも、心だけは強く保っていた。

 

『マシュ!』

「先輩…!」

 

 マシュも俺の方に向かって歩いてくる。

 それでも俺は足を緩めずに向かっていく。

 そして、遂に二人の距離がゼロになる。

 

「立香先輩! 大丈夫ですか!?」

『大丈夫、マシュの顔が見れたから。それより早く手錠を外そう』

 

 オリオンからもらった鍵で手錠を解き、遠くに放り投げる。

 手錠は甲高い金属音を上げて地面に打ち付けられるが、何故か爆発はしなかった。

 もしかして、天草は嘘をついたのだろうかと思うが確認する手段はない。

 

『とにかく、これで無事―――』

「先輩の馬鹿!」

 

 手錠から目線を戻したところで、マシュに抱き着かれる。

 体が疲労でフラつき倒れそうになるがなんとか踏ん張る。

 

「どうして無茶ばかりするんですか! 先輩にもしものことがあったら私……生きていけません」

『マシュ……俺もだよ』

「え?」

『マシュにもしものことがあったら生きていけない。だから無茶だってする』

 

 彼女の華奢な体を抱きしめ返す。

 マシュが俺に依存しているように、俺もマシュに依存している。

 

『君がいないと俺はダメなんだ。きっと壊れてしまう』

「そ、それは、私も……先輩がいないと」

『うん。だから―――ずっと一緒に居よう』

 

 少し距離を離し、マシュの瞳を真っすぐに見つめる。

 藤丸立香、一世一代の告白だ。

 

「俺が君を一生守るから、君も俺を一生守って欲しい」

「せ、先輩……それは…まさか…」

『うん。結婚してくれ、マシュ』

 

 顔を真っ赤にして、口をパクパクさせるマシュ。

 自分では見えないが、恐らくは俺も顔が真っ赤になっているだろう。

 

「その…まだ…先輩は結婚可能な年齢では…ないのでは?」

『じゃあ、結婚を大前提にした上で付き合ってください』

「あ、あの…その……」

 

 あうあうと目を白黒させるマシュ。

 混乱しているのは分かるが、俺も我慢できないので早くして欲しい。

 

「私で良いんですか…?」

 

 少し自信なさげに尋ねてくるマシュ。

 俺はそんな彼女の唇を奪い去る。

 驚き、目を見開いている表情に、もっといじめたくなるがここは我慢する。

 

『マシュの全てが欲しいんだ。心も体も記憶も、全て俺のものになって欲しい』

 

 俺の目は狂気に満ち溢れているのかもしれない。

 それでも、隠すことなんてできない。

 この激情は決して収まらないのだから。

 すると、マシュの瞳から涙のしずくがこぼれ落ちてくる。

 

「はい…はい…ッ! 私も先輩とずっと一緒にいたいです! 愛してます…この世の誰よりも!」

 

 泣きじゃくりながら、俺の胸に顔を埋めてくるマシュ。

 そんな愛しい人の頭を優しく撫でながら、俺も静かに涙を流す。

 飛び切りの嬉し涙を。

 

「好きです…! 大好きです! もう絶対に離しません!」

『うん、俺も君を一生離さない』

 

 きっと、俺とマシュが出会えたのは偶然じゃなくて―――運命なのだから。

 

 

 

「……父さん、いつまで見ているんですか。聖杯も回収しましたし、二人きりにさせてあげるべきでしょう」

「しかし……湧き出す感情が収まらなくてな…うう…マシュ…」

「はぁ…。ほら、マシュの思い出話にぐらい付き合ってあげますから、飲みに行きましょう」

「ああ……そうだな。マシュ…幸せになるんだぞ…グス……」

「まったく、頼りになるのか、ならないのか……」

 

 

 

 

 

 ~6years later~

 

 荘厳な教会の中、今日のメインである俺は、緊張と喜びが混ざった顔で待つ。

 結婚式の主役ともいえる―――花嫁(マシュ)を。

 

「それでは花嫁の入場です」

 

 盛大な拍手に迎えられマシュが付添人のランスロットさん(お義父さん)と一緒に入場してくる。

 ランスロットさん(お義父さん)は完璧なエスコートを見せるが、顔だけは涙でぐしゃぐしゃになっている。

 そんな父親にマシュは困ったように笑うが、嫌悪感はない。

 普通の仲の良い親子だ。

 

「先輩、私、綺麗ですか?」

『天使かと見間違えたよ』

「ふふ、ありがとうございます」

 

 純白のウェディングドレスに身を包んだマシュは、お世辞抜きに天使に見える。

 こんなに可愛いお嫁さんをもらえる俺は、きっと世界一の幸せ者だ。

 そして、誓いの宣誓が始まる。

 

「汝、藤丸立香は、この女、マシュ・キリエライトを妻とし

 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も

 共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い

 妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

 

『死が二人を分かっても誓います』

 

 少し、いたずら気味に答える。

 神父を務めてもらっている天草は、少し困ったように笑うが何も言わない。

 天草とは結局あれからも良き友人であり続けている。

 もっとも、世界の救済は諦めていないらしいが。

 

「汝、マシュ・キリエライトは、この男、藤丸立香を夫とし

 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も

 共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い

 夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

 

「誓います。死が二人を分かっても」

 

 マシュも茶目っ気を出して合わせてくれる。

 傍から見ると俺達の愛は重いのかも知れないが、これぐらいでちょうどいい。

 

「それでは指輪の交換をしてください」

 

 マシュの触れれば折れてしまいそうな指に、指輪をはめる。

 永遠の愛をこめて。

 

「ではベールをあげてください。神の下で誓いのキスを」

 

 ベールが上がると、化粧で普段よりも大人びたマシュの顔が見える。

 もう、何度もキスをしているが、未だに胸のドキドキはなくならない。

 

『これからもっと幸せにするよ』

「はい。よろしくお願いしますね、先輩……いえ」

 

 一旦言葉を切り、少し頬を染めるマシュ。

 何事かと見つめる俺に、彼女は飛び切りの笑顔でこう告げるのだった。

 

 

「―――あなた」

 

 

 ~FIN~

 





ふう、マシュ√完結しました。
余談ですがジャンヌ=セイバー 邪ンヌ=凛 マシュ=桜 こんな感じにSNを意識して書きました。
作者的に一番好きなのはジャンヌ√ですが、書きやすかったのはマシュ√。
邪ンヌ√はシリアス封印しようとした結果すっごい苦労した。ギャグ続けられる人尊敬します。

さて、次回はアストルフォかモーさんか清姫のどれかにしますがせっかくなんでアンケート取ります。活動報告の方に書いておきますね。

それでは感想評価ありましたらお願いします。


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~モードレッド√~
11話:彼の秘密


ジャンヌ√・ジャンヌ・オルタ√どちらにも入らずに
十話のオープンスクールイベントに参加するとモードレッド√フラグが立ちます。
まあ、特に確認しなくても読めます。


 それはうだるように暑い日のことだった。

 溶けて消えてしまうのではと、大真面目に考えてしまう暑さの中、俺は荷物運びをしていた。

 

「パイプ椅子は後20個だな。気張れよ、ぐだ男」

『暑い…せめて校舎の中を通れたらいいのに……』

「しょーがないだろ。あっちの通路は今工事中なんだからよ」

 

 モードレッドにパイプ椅子を渡しながら愚痴をこぼす。

 靴を履き、体育館倉庫からパイプ椅子を取ってくる。

 文字にすれば一行で済むが、実際のところは苦行だ。

 

 直射日光に照らされ、さらには地面からの照り返しもある。

 まるで干物にでもされたかのように、水分は奪われていく。

 さらに汗で手が滑り、いつも以上に力を消耗するのだ。

 

『オアシスが欲しい……』

「何言ってんだ、お前? たく、ほらよ。こいつで汗拭いて、もうちょい頑張れよ」

『これはモードレッドのハンカチ?』

「後で返せよ。じゃないと母ちゃんに怒られるからな」

 

 それだけ言い残して、パイプ椅子を受け取り会議室にまで運んでいくモードレッド。

 俺は受け取った、柄の入っていない白のハンカチを少し眺めてから顔を拭く。

 そこからは消毒液の匂いと、ほのかに甘い香りがした。

 

『毎日消毒されてるんだろうなぁ……』

 

 消毒、殺菌と叫びながら衣類を洗う、ナイチンゲール先生を想像し呟く。

 でも、この花のような匂いは何だろう。

 先生もちゃんと柔軟剤は使っているのだろうか?

 

「何をボーっとしているのですか? 熱中症なら急ぎ保健室へ」

『いや、大丈夫ですよ、ニトクリス先輩』

「そうですか。ならば、作業に戻りなさい。勤めを怠ることがないように」

 

 立ち止まって考えていると、メジェド様の頭にパイプ椅子を乗せて運んでいくニトクリス先輩が現れる。

 その姿に思わず、ああやって自分も運べば楽だろうと思うが、すぐに首を振る。

 あれはファラオに許された特権だ。平民が行っていいものじゃない。

 

『というか、メジェド様って一応神様だよね』

 

 それを頼んでいるとはいえ、使役できるファラオはやはり凄い。

 というか、汗一つ流していないのが驚きだ。

 

『さて、俺ももう一頑張りしようか』

 

 負けじと頬を一つ叩き、気合を入れなおす。

 そしてアリの行列のように、規則正しく歩いていくメジェド様に続き、倉庫に向かうのだった。

 

 

 

 

『ぷはぁ、やっぱり暑いときのコーラは美味い!』

 

 荷物運びも終わり、食堂の自販機で買ったコーラをグビっと飲む。

 喉を通る冷たい感触に、汗を乾かす清涼なクーラーの風。

 まるで天国のような快適さだ。いっそこのまま眠ってしまいたい。

 だが、それは叶わない。

 

『モードレッドにハンカチを返してこないとな』

 

 ポケットから折りたたんでおいたハンカチを取り出す。

 借りた物は返さないといけない。そこには確かな信頼関係があるのだから。

 鉛のように重く感じる足を無理矢理動かし、ゆっくりと立ち上がる。

 

『さて、モードレッドは今どこにいるかな?』

 

 むわっとした熱気を感じる廊下に出て、顔をしかめながら考える。

 ナイチンゲール先生のいる保健室にでも行ったのだろうか。

 それとも別のところか。

 

「あれ? そんなところに突っ立ってどうしたの? もしかして瞑想中だった?」

『あ、お師匠様。そんなに目を輝かせて言わないでください』

「えー。やっと仏門に入る気になったかと思ったのに……ま、いいわ。それでどうしたの?」

 

 ちょうど、職員室に向かう途中だったのか三蔵ちゃんが声をかけてくれる。

 ああは言っているが、本当のところは自分のことを心配して、声をかけてくれたのだろうと思うと少し心が温まる。

 

『モードレッドを見ませんでしたか?』

「モードレッド君? それならさっき教室に居たわよ。着替えるらしいから私は出てきたけど」

『ありがとうございます、お師匠様』

「お安い御用よ。他にも困ったことがあったら何でも言うのよ?」

『はい』

 

 三蔵ちゃんと別れて教室へと向かっていく。

 着替えているらしいが、別に入っても問題はないだろう。

 何せ、男同士(・・・)なのだから。

 

『モードレッド、ハンカチを返しに来たよ』

 

 駄菓子の袋を開けるような気軽さで、扉を開ける。

 そこでは三蔵ちゃんの言葉通りに、モードレッドが服を着替えていた。

 ―――上半身裸で。

 

「ちょ…おま…!」

『モード…レッド…?』

 

 男性と女性の中間にあるような綺麗な体に、大人し目ではあるが膨らんだ胸。

 おかしい。モードレッドは男性のはずだ。だというのに、どうして。

 

『胸が―――』

 

 あるんだ。と言い切ることはできなかった。

 なぜなら、豹のように跳躍したモードレッド襲い掛かってきたからだ。

 

 背中を蹴り倒され地面に押さえつけられる。

 そしてのしかかられ、声が出せないように口を押えられる。

 完全に警察に制圧された犯人の姿だ。

 

「おい……忘れろ。今のことは忘れろ」

『……?』

「何の事って顔してんじゃねえよ! なんでお前はこの状況で平然としてんだよ!」

 

 ドスの利いた声で脅しをかけられるが実感がわかない。

 というか、分からないことだらけだ。

 モードレッドは女性だったのか、ただ単におっぱいがあるだけなのか。

 それが気になってしょうがない。

 

「ちっ……よく聞いとけよ」

 

 他人に聞かれないように、モードレッドが耳に口を近づけてくる。

 獣のように荒い吐息が耳に当たり、全身の毛を逆立たせる。

 

「オレが……性別を隠してるのを忘れろって言ってんだよ」

 

 モードレッドの言葉を聞き取るが、やはり分からない。

 彼が彼女だったのは分かった。だが、その理由が分からない。

 ないない尽くしだ。

 

「もし誰かに言いふらしたら殺すからな?」

 

 だが、現状ではとても説明してくれる様子ではない。

 一先ず、了解の意を示すように指でOKマークを作る。

 

「よし、じゃあ放してやる。……叫んだりすんじゃねーぞ」

 

 手を退けて俺の上から降りるモードレッド。

 それを確認して、俺は彼女の方を振り向かないようにして教室から出ていく。

 

「おい! 逃げるつもりじゃねえだろうな?」

『いや…その…ふ…く…』

「ああ? ハッキリ言ってみろよ」

 

 逃げて言いふらすつもりかと、食って掛かってくるモードレッド。

 その虎のような気迫に臆しながら、俺はぼそりと呟く。

 しかし、それでは聞こえないようだったので、少し大きい声で告げる。

 

『服を着てくれないと……ま、丸見えで』

 

 一瞬だけ見えた白磁の肌に、甘い果実のような乳房。

 今のモードレッドは思春期の男子が直視できるような格好ではないのだ。

 

「な、なな…! とっとと出てけッ!!」

 

 蹴り飛ばされるように教室の外に出る。

 最後の瞬間に見えたモードレッドの顔はトマトのように赤かった。

 そんなことを思いながら、別の場所に行くこともできずに待ち続ける。

 すると扉が開かれて、まだ顔が若干赤いモードレッドが姿を現す。

 

「………着替えたぞ」

『うん………』

 

 男物の制服に、男らしい口調。

 普通に見れば男にしか見えないモードレッド。

 だが、先程見た女性の体がそのイメージを邪魔する。

 

「……もう、今日は準備も終わりだな。一緒に帰るぞ、話があるからな」

『分かった』

 

 その後は無言のまま歩いていく。

 沈黙が針となって心に突き刺さる。

 今までの友達らしい気軽な空気は残っていない。

 

「ここなら……もう人も来ないだろ」

 

 帰り道にある、寂れた小さな公園。

 昼間であれば子どもが遊んでいるが、日が沈んだ今は人影がない。

 そこのブランコに腰かけてポツリポツリと話し始める。

 

『それで、どうして…?』

「父上を越えたいからな」

『アルトリアさんを?』

 

 モードレッドは大ブリテン財閥の重鎮である、アルトリアの血を引く者だ。

 因みに、アルトリアは複数人存在する。

 何を言っているのか分からないかもしれないが、実在するものは実在する。

 

「父上の跡を継いで、今以上にすげー会社にする! その為には男の方がいいんだよ」

『やっぱり男じゃないと跡は継ぎ辛いの?』

「今でも頭が固い奴はいるからな。極度に女嫌いな奴もいるし」

 

 手にした缶ジュースを飲みながら、愚痴るモードレッド。

 あまりそういう風には見えないが彼女も相当苦労しているらしい。

 

『このことはナイチンゲール先生も…?』

「そりゃ知ってる。まあ、あんまりいい顔はしないけどな」

 

 何かを思いつめるように、星を見上げるその瞳はどこか寂しげだった。

 星に手を伸ばすような孤独な道。

 理解されない人生を歩もうと決めている。そう、思えた。

 

『……それで、俺はどうしたらいいのかな?』

「黙って俺の秘密を言いふらさなきゃいい。それだけだ」

『いや、そうじゃなくて』

「はぁ? 言いふらすならお前でも殺すぞ」

 

 脅すような目を向けられるが、我慢して受け止める。

 俺が言いたいのはそういうことじゃない。

 

『何かモードレッドの力になれることはないかなって』

「……は?」

 

 信じられないバカを見るような目を向けられる。

 いや、実際にモードレッドからすれば、その通りなのかもしれないが。

 軽く咳払いをして、もう一度言い直す。

 

『いや、モードレッドの力になりたいって思ってさ。何だか迷惑もかけたみたいだし』

「……それでチャラにしろってことか?」

『違う違う。純粋にモードレッドの夢の手助けがしたいだけ』

「本気か…?」

『俺にできることなら何でも言っていいよ』

 

 胸を張ってそう宣言する。

 そんな俺を何とも言えない目で見つめてくるモードレッド。

 しばらくの間お互いに無言だったが、遂に彼女がため息を吐く。

 

「たく……それなら、今まで通りに頼むぜ」

『今まで通り?』

「今まで通りに……と、友達としてさ」

 

 恥ずかしそうに噛みながら告げる、友達と。

 彼女にとってはそれだけでも恥ずかしいようだ。

 

「い、今はこれぐらいで許してやるよ!」

『分かった。そうだね、俺達友達だもんね』

「お、おう。恥ずかしいから、何度も言うなって」

 

 照れ隠しに砂を蹴り飛ばしてくるモードレッド。

 こうしていると、普通の男友達にしか見えない。

 色々とハプニングはあったが、何とか今まで通りに付き合っていけるだろう。

 

『オープンスクールが終わったら遊ぼうか』

「お、ならお前ん家でゲームしようぜ! 漫画も用意しとけよ」

『それぐらいなら自分の家でもできるでしょ』

「うるせえな。……ゲームはやり過ぎると母ちゃんに止められるんだよ」

『ああ……』

 

 恐らくはゲームの初めに出てくる、一定時間が経ったら休憩しましょうなどを守らされているのだろう。

 

「コントローラーは毎日消毒しねえといけねえし…寝転びながらやってたら、ちゃんとした姿勢でしろって言われるし……」

『それは……辛いね』

「菓子は決まった時間にしか食えないし…夜更かしは基本できねえし…とにかく厳しいんだ」

 

 軽く涙ぐみながら語っていくモードレッドに同情する。

 ナイチンゲール先生にかかれば、どんな不健康な人間でも一週間で叩きなおされるだろう。

 

『逃げたりしないの?』

「はぁ? なんで逃げるんだよ」

『いや、モードレッドだから盗んだバイクで走り出しそうだし』

 

 他にはキャメロットのガラスを割って回ってそうである。

 

「するわけねえだろ。父上ですら反抗できねえんだぞ。

 ……ああ、いや、一回だけ家出したことあったな」

『え、いつ?』

「ガキの頃だよ。家出っつってもほんの数時間だし」

 

 どこか遠い昔を思い出すような目で、モードレッドは語っていく。

 心なしか、嬉しそうな表情に見えるのが印象的だ。

 

「雨の中、傘も差さずに探し回ってくれてさ……。

『風邪をひきますよ』ってだけ言って抱きしめてくれた。

 あん時はなんつーか……嬉しかったな」

 

 やっぱり、良い母親なんだな。

 実際、ナイチンゲール先生が怒るのはその優しさからだし。

 まあ、暴走気味で怖いときもあるけど。

 

「……て、やっぱこそばゆいな。この話は忘れてくれ」

『えー、こんな良い話なのに』

「うっせえ! お前からかってるだろ! 殴るぞ!!」

 

 ギャーギャーと喧嘩をしながら笑い合う。

 やっぱり、このぐらいの距離感が俺達にはちょうどいい。

 そう、一方的に殴られるぐらいが。

 

『痛っ、ちょ、そろそろ本気で痛いって…!』

「おう、痛くしてやってるからな」

『ごめん。もう、からかわないから許して』

「……しゃーねえな」

 

 ポカスカ殴られた肩の辺りを擦りながら平謝りする。

 顔面は許してくれる辺り、まだ優しい対処だろう。

 まあ、そこまで怒らせたらこっちが全面的に悪いだろうが。

 

「とにかく、話は終わりだ。絶対にバラすんじゃねーぞ」

『モードレッドからバラさない限りは大丈夫』

「ハ、なら永遠にねえな。じゃあな、気をつけて帰れよ」

『モードレッドもね』

 

 軽く手を振り、歩き去っていくモードレッド。

 そんな、どこか凛々しい後ろ姿が見えなくなったところで、ポツリと呟く。

 

 

『でも……生おっぱい初めて見たな』

 

 

 やっぱり、そこだけは衝撃的だった。

 

 




お互いに意識してない状況から恋に落ちる√の予定。
それにしてもマシュ√最終章前に急いで終わらせて良かった。
エドモンとか色々とネタ被りしそうでしたし。

後、クリスマスに「女装男子×ボーイッシュ」の恋物語書いたんでよろしければどうぞ。
作者からのプレゼントです。


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12話:お泊り会

【どうして死んだの…?】

 

 一人の女が呆然とした声で呟く。

 目の前には血塗れになった少女の死体。

 一見すれば愛する者を失った悲劇に見えるだろう。

 だが、これはそんな生易しいものではない。

 

【ほんの数百万回殺しただけじゃない?】

 

 血と脂で切れなくなったナイフを、少女に突き立てながら女は涙を流す。

 まるで、少女が別の誰かに殺されたかのように嘆く。

 深く、深く、海の底に沈みこむような絶望の声で。

 

【僕はただ、君を殺したかっただけ(・・・・・・・・・・)なのに】

 

 己が惨たらしく殺した(・・・)少女の前で女は慟哭の声を上げる。

 心底悲しげに、殺した者に憎しみを籠めるように。

 女は叫び続ける。

 

【死んで欲しくなんてなかった! 僕はただ君を殺したかっただけなんだッ!!】

 

 ―――狂気。

 一体、それ以外の何で女の叫びを表せるだろうか。

 己で殺しておきながら、死んで欲しくなかったとほざく。

 手が届くのならば、この手で殴り飛ばしてしまいたいと願うほどに、女は狂っていた。

 

【バルバドス…? 君の心臓(ハート)は僕だけのものなんだよ?】

 

 抉りだした心臓があった場所に手を入れ、体内を掻き回すが既にそこには何もない。

 それに気づいた女はゲラゲラと笑い始める。

 この程度ではまるで満足できないのに、どうして死んだのだと。

 

【バルバドス……目を開けてよ。じゃないと君を殺せないじゃないか】

 

 塵すら残さないとばかりに、女は少女の体を解体し始める。

 骨を奪い、目を抉りだす。とてつもない価値がついた宝石扱うように丁寧に。

 そして、傍と気づく。自らの様子を窺う―――俺の存在に。

 

【やぁ、こんばんは。君は……良ぃー爪を持ってるねぇ。まるで混沌が見えるようだ】

 

 ニタリと女の口が大きく歪む。

 乾いた血と肉片が顔の表皮からこぼれ落ちていく。

 それを勿体ないとばかりに舌で舐めとり、女はバルバトスの体をゴミのように投げ捨てる。

 死んだ体に興味はない、今欲しいのは新鮮な生き血だと言わんばかりに。

 

【今夜は月が綺麗だ。きっと君の冷たく青白くなった肌に良く映える】

 

 狂気に満ちた満面の笑みに思わず気圧され、一歩下がってしまい小枝を踏む。

 パキリ、そんな耳を澄まさないと聞こえないような小さな音が立つ。

 でも、虐殺開始のゴングにはそれで充分だった。

 

【お願いだから死なないでね? 僕は君を殺したいんだから―――永遠にねぇッ!!】

 

 数えきれないほどの人間に増殖したように、女が嬉々として襲い掛かってくる。

 

 ―――死。死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ!

 

 女の腕が、足が、口が俺の体を蹂躙していく。

 爪を剝ぎ取り、体内の結晶を引きずり出していく女に、俺は全く反抗ができない。

 コントローラーを動かすはずの指は、凍り付いたまま動いてくれない。

 

【ヒャハハハッ! 死なないで! もっと生きてね! 僕は君がもっともっと欲しいんだッ!】

 

 言葉とは矛盾するように、画面の中の俺は殺されていく。

 一秒たりとも休まることなく、何百もの死を体験する。

 殺してくる。欲望のままに、ただひたすらに殺してくる。

 

 これを悪と呼ばずに、罪と呼ばずに何と言えばいいのだ。

 間違えようがない。女の存在は―――人類の悪性そのものだ。

 

 

【あれ…? 噓でしょ。もう、動かなくなっちゃうなんて…嫌だよ。僕、嫌だよ!

 君が死んじゃうなんてイヤだ!! まだ、3万回しか君を殺してないのにィ!!

 ねえ…目を開けてよ。まだまだ、全然、爪を剥ぎ取れてないんだよ?

 死なないで、僕のために生きて。もっと―――殺させてよ(楽しませてよ)?】

 

 

 赤髪の女の顔がドアップで映ったところで、俺は耐えきれずにゲームの電源を落とした。

 モードレッドは、漫画を取り落としたまま硬直する。

 最近男と判明したアストルフォは、大して効いていないはずの冷房にガクガクと震える。

 ラーマはあまりの残酷さに静かに目を覆っている。

 

 夜の闇に覆われた部屋に居る誰もが、凍り付いたまま動けない。

 

「寝る前のホットミルクが入ったぞ」

『うわぁあああッ!?』

「ぬぁあああッ!?」

「うひゃあああッ!?」

 

 その硬直を打ち破るようにドアを開けるエミヤ。

 全員が恐怖でビクッとなりながら叫び声をあげる。

 飲み物を持ってきたエミヤもビクッと震える。

 要するにみんなビビリまくっていた。

 

『ノ、ノックがぐらいしてよ、エミヤ』

「あ、ああ、すまない。少し考え事をしていてな。しかし、なぜこうも驚いたのだ?」

『マジンハザードってホラーゲームが怖すぎて、みんなでビビってた……』

「べ、別にオレはビビッてねーからな! ただ、単に驚いただけだ!」

 

 エミヤに説明すると、モードレッドが反論をしてくる。

 だが、声が震えているため、みんなに温かい目を向けられるのだった。

 

「へ、変な、目で見るんじゃねーよ。バーカ! バーカ!」

 

 怒って首筋を赤くして、罵倒してくるモードレッドをあやしながら、改めてゲームパッケージを見る。

 

『“襲い来るマスターから魔神柱として生き延びろ!”……いや、無理ゲーでしょ』

「魔神柱が女の子になってるから、かなりキツクなってたねー」

「なんでも、魔神柱を可愛くして欲しいと要望があったらしいが……ロマニ・アーキマンとやらは今回は下手を打ったな」

「確かに見た目はグロくはねーけど……その分マスター側が酷いことになってたな」

 

 ゲラゲラ笑いながら魔神柱(美少女)を殺していく様は正直引いた。

 ラフムだってあそこまで残酷にはなれない。

 どう考えてもマスター側が悪役だ。それも超極悪の。

 

「まあ、ホラーゲームなのだから、涼しくなれてよかったじゃないか」

『他人事だと思って……こっちは冬のテムズ川に落とされた気分だよ』

「あれは涼しいとかそういうレベルではない! こう、魂の底から凍るような怒りの方が……」

『エミヤ、何言ってんの?』

 

 何やらトラウマを引きずり出されたのか、頭を抱えるエミヤ。

 今度、ジャガーマン先生かイシュタルさんに聞いてみよう。

 もしかしたら、何かわかるかもしれない。

 

「ゴホン、とにかくだ。そろそろ寝る時間ではないかね?」

 

 そう言われて時計を見ると、夜の11時を過ぎていた。

 確かに寝る時間ではあるが、今日は男友達で泊まり込みの遊びだ。

 正直言って、オールするぐらいの気持ちである。

 

「……因みにだ。ナイチンゲール殿からもしっかり言うように釘を刺されていてな」

「やべぇ! おい、お前ら今日はもう寝るぞ! 続きは早く起きてやろうぜ」

 

 ナイチンゲールの名前に、即座に寝支度を始めるモードレッド。

 その姿から普段の生活が透けて見えるようで、何故だか涙が零れてきた。

 肝っ玉母ちゃん、怖い。

 

「そーだねぇ。今日は寝て明日にしようかー」

「まあ、仕方あるまい。さて、シータにお休みのメールを送るか」

 

 机を片付け、雑魚寝の準備を始めるアストルフォ。

 シータとメールをするラーマ。

 各々が一日の終わりの行動を取り始める。

 因みに今日は俺も床で寝る。だって、ベッドで寝たらお泊り会感がないじゃないか。

 

「む、『浮気じゃないですよね?』とはな。フ、シータも心配性だな。そなた達、悪いが証拠の写真を撮らせてくれないか」

『いいよ、記念の写真としても残るしね。エミヤ、お願い』

「ああ、了解した」

 

 ラーマがお泊り会と称して、浮気をしていないか心配らしいシータのために写真を撮ることにする。

 スマホをエミヤに渡し、寝間着姿のまま写真を撮ってもらう。

 こういうのは、修学旅行以来なのでワクワクする。

 

「ふむ、これでいいかね? 私はそろそろ戻らせてもらうよ」

「ああ、ありがとう。恩に着る。さて、後はこれをシータに送ってと」

 

 写真を添付し、送信するラーマ。

 そして、スマホをしまおうとするが、何故か瞬く間に返信が来る。

 シータは一体何を思ったのだろうか?

 

「……『男性…なんですよね? 男性なんですよね? ラーマ様を信じていいんですよね?』とは……いや、確かに男のはずなのだが」

 

 困ったようにアストルフォを見るラーマ。

 そういうことかと頷いてアストルフォを見るモードレッド。

 チラリとモードレッドに目をやり、やっぱりアストルフォを見る俺。

 

「もう、みんなして酷いなぁ。ボクはオトコノコだよー!」

 

 プリプリと怒りながら頬を膨らませるアストルフォ。

 ごめん、どう見ても女の子にしか見えない。

 

「とにかく、ただの誤解だ。我らは皆男だからな」

「お、おう、そうだよな」

「? モードレッド、なんか顔が赤くない?」

『気のせいだよ、きっと』

 

 ぼろが出そうになるモードレッドをフォローしつつ電気を落とす。

 女性だったことが判明したモードレッドではあるが、この程度のことで意識するタマではない。

 何より全員友達なのだ。彼女のことだから一緒に寝ても欠片も意識しないだろう。

 

『じゃあ、おやすみ』

「おやすみー」

「ああ、おやすみ」

「ふぁ……おや…すみ」

 

 そして、全員が瞳を閉じ、夢の中へと旅立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 やっぱり、無理だった。

 ギンギンに冴えわたった目で、天井を見つめながら大きく息を吐く。

 

 モードレッドは予想通り意識することなくいびきをかいている。

 アストルフォはカービィのように涎を垂らしながら寝ている。

 ラーマは威風堂々と枕を高くして眠っている。

 

 問題は俺だ。なんか、色々と目に毒で眠れない。

 

『……なんでそんなに薄着なんだ』

 

 横目でチラリとモードレッドを見る。

 熱いのか布団をはぎ、太ももとお腹をむき出しにしているのが酷く扇情的だ。

 夏という季節を考えれば別におかしくはない恰好だ。

 

 おかしくはないのだが……それでも女性であることを隠しているんじゃないのか?

 あんなにスラリとした足に、ムチっとした太ももが男に見えるはずがない。

 

「えへへ…ヒポグリフぅ…」

 

 寝言を言いつつ、ゴロリと転がってきたアストルフォの太ももが見える。

 ……おかしいなぁ、ムチムチとした女性の太ももにしか見えないよ。

 そう考えるとモードレッドの性別がバレないのもおかしくないのか?

 

「う…うぅ…ゲイザーの焼ける匂いがする…」

 

 悪夢を見ているのか、うめき声をあげるモードレッド。

 可哀そうだが俺にはどうすることもできない。

 きっと、夢の中にベディヴィエールが来ているのだろう。

 

「よく見ると…美味しそうだね…キミ…」

「おい…やめろ…目玉だけは…勘弁しろ」

「じゃあ…足…食べてもいい…?」

「ふざけんな…ポテトのマッシュでも…食べりゃいいだろ…!」

「よーし…いただきまーす」

「やめろぉ…!」

 

 なんだ、この嚙み合っているようで噛み合っていない寝言は。

 ここまで混沌とした会話が成立するとか、何気に凄くないだろうか。

 

「……シータ…すぅ…」

 

 そして、至って普通の寝言を呟くラーマ。

 良かった。ラーマまで会話に参加したらどうなることかと思った。

 

「……ハッ! 良かった…夢だ。…ああ、小便小便」

 

 やはり悪夢だったのか、目覚めてトイレに行くモードレッド。

 俺は寝言を聞いていたことがバレないように、寝たふりをしておく。

 そして数分ほど経ったところでモードレッドが戻ってくる。

 何故か、俺の布団の中に。

 

『…ッ!?』

「父上ぇ……」

 

 混乱する俺をよそに、モードレッドは安らかな寝息を吐き始める。

 どうやら、寝ぼけて布団を間違えたらしい。

 目の前に来たモードレッドの顔を思わず観察してしまう。

 

 整った顔立ちと猫のような瞳は、今は年相応のあどけなさを出している。

 そして普段は気づかないが、長いまつ毛とふっくらとした唇が色っぽさを醸し出す。

 ヤバい……理性が保ちそうにない。

 

 モードレッドの布団の方に移動させてもらおう。

 そう考えて動き出そうとするが、背後から何かにがっしりと掴まれてしまう。

 

「ヒポグリフ……まだ…死んでないよね…? まだ…食べられるよね…?」

『パンケーキになった奴じゃないんだから、もうやめてあげてよ…!』

 

 声を押し殺してツッコミを入れながらもがくが、ビクともしない。

 なぜ、こんな時に限って怪力を発揮してしまうのだろうかこの子は。

 

「父上ぇ…」

「ヒポグリフぅ…」

「シータぁ…」

 

 本当にぶれないな、ラーマは。

 

『く…! 本当に動けない……』

 

 アストルフォに拘束されたまま動けなくなる俺。

 後門のアストルフォ、前門のモードレッド。

 要するに挟み撃ち状態に陥ってしまった。

 

 動けない状態の俺の首筋に、アストルフォが息を吹きかけてくる。

 体に小さな電撃が走り、鳥肌が立つ。

 正気を保て、アストルフォは男だ。男の子だ。男の娘なんだ! ……あれ?

 

「食べちゃいたい……」

 

 よし、落ち着け。ついついムラムラしてくるが相手は男だ。

 そっちの道に落ちたらダメだ。モードレッドを見よう。

 紛うことなき女性である彼女を見ればこの邪気を祓えるはずだ。

 

 モードレッドの綺麗な髪。モードレッドのスベスベとしたうなじ。

 モードレッドの健康的なお腹。モードレッドのスレンダーな脚。

 ……ふう。別の方向でムラムラしてきた。

 

「父上…おんぶ……」

 

 可愛い。寝ているモードレッドがどうしようもなく可愛い。

 思わず襲いたくなるが、我慢する。

 いや、アストルフォのせいで動けないんだけどね。

 

『我慢だ…我慢…』

 

 とにかく、今は耐えよう。

 覚者さんだって性欲が一番抗いがたい欲求って言ってるんだ。

 苦しいのは当たり前だ。でも、お互いの信頼のために俺は乗り越えないといけないんだ。

 この長い夜を…!

 

 

 

 

 

 朝日が俺の勝利を祝うように差し込む。

 やった。俺が勝ったんだ! ……一睡もできなかったけどさ。

 

『アストルフォ、モードレッド朝だよ』

「うぅん……後、五時間……」

「ふぁぁ…朝か……」

 

 日が昇ったので容赦なく二人を起こして、久しぶりの自由を手に入れる。

 ふう、清々しい。まるで正月に新しいパンツを履いたような気分だ。

 

『ラーマも朝だよ』

「シータ…? いや、ラクシュマナ…?」

『俺だ』

「なんだ、お主だったのか」

 

 暇を持て余したやり取りをしながら、大きく伸びをする。

 そう言えば、昨日のゲームを途中で切ってしまったが、どこまでセーブができているだろうか。

 何となく気になり、確認のためにゲームの電源を付ける。

 すると、画面に女の顔と文字が表示される。

 

 

 

【よかった。また、バルバドスを―――いっぱい殺せるんだ】

 

 

 

 早朝の住宅地に悲鳴が4つ響き渡るのだった。

 




ゲーム内のバルバドスちゃんは所長顔です。
そしてリセットする度に初めからに。つまり、所長と同じで永遠に……。
よし、これでみんなの願いは叶うな(愉悦)

さて、除夜の鐘でも聴いてガチャ欲を消しましょうか(108回で収まるとは言ってない)
それでは皆さん良いお年を。


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13話:虫捕り

 それは、ほんの小さな出来事がきっかけだった。

 

「ギルー! 大変だよ!」

「どうしよう、どうしよう!」

「どうした、ジロウ、イマヒサ。騒いでばかりでは伝わらぬ。大きく息を吸ってから答えてみよ」

 

 近場の森にて近所の子ども達と虫取りをしていた英雄王、もといギルガメッシュ。

 そこへ何事か事件があったのか、ジロウとイマヒサの二人の少年が駆け寄ってくる。

 

「すー、はー……ギルの黄金のカブトムシが逃げちゃったんだよ!」

「ミミが良く見ようとして虫かごから出したらバーッてさー」

「ふむ……それはまことか、ミミ?」

 

 二人から事情を聴き、ビクビクとこちらを窺う少女、ミミに目をやるギルガメッシュ。

 ミミは蛇のような赤い眼光に怯えてしまうが、勇気を振り絞り前に進み出る。

 そして、頭を叩かれるのを受け入れるように首を垂れる。

 

「ごめんなさい。ギルのカブトムシ逃がしちゃって……」

「よい。(おもて)を上げろ、ミミ」

「え…っと?」

「顔を上げろって意味だよ」

「あ、うん。ありがとう、エルキ」

 

 一緒に遊びに来ていたエルキドゥに意味を教えられ、顔を上げるミミ。

 そんな彼女の様子を穏やかな目で見つめながら、ギルガメッシュは尋ねる。

 

「ミミ、カブトムシはどこに行った?」

「それは……森の中に」

「ふむ、ならば、この世界からは出ていないのだな?」

「…? うん」

 

 ミミの返答にギルガメッシュは満足そうに頷くギルガメッシュ。

 エルキドゥはその様子から何を言おうとしているのかを察し、クスクスと笑う。

 一体どういうことだろうと、小首を傾げている子ども達に王は告げる。

 

「よいか、この世界は余すことなく我の庭だ。我のペットが我の庭に飛んでいっただけのこと。

 ならば、何も問題はなかろう。カブトムシはどこにも逃げてはおらん」

 

 清々しいまでの王者としての発言。

 この世のものは全て自分のものであり、どこに行こうとも自分の掌の上でしかない。

 それ故に黄金のカブトムシはどこにも逃げていないと言うのだ。

 いっそ暴君に聞こえるかもしれない言葉だが、子ども達は、ただ彼の威光に心を奪われるだけである。

 

「さて、くだらん話は終わりだ。

 ミミ、我の蔵からアイスを人数分取り出すがよい。しばしの休息だ」

「わかった!」

「ああ、言い忘れておいたが、あずきバーは注意して食べるのだぞ。あれは狂犬故な」

 

 自身の蔵からアイスを取り出させ、アイスを頬張る子ども達を眺めるギルガメッシュ。

 そんな、穏やかな表情を浮かべるギルガメッシュにエルキドゥが声をかける。

 

「あれでよかったの? 何なら動物達に聞いて探そうか」

「くどい、世界(ここ)は我の庭だ。何も問題はなかろう」

「ふふふ、相変わらず子どもには優しいんだね」

「子は国の未来そのものだ。王たる我がそれを分かっていないとでも言うのか、友よ?」

 

 自然そのもののような透明感に中性的な顔立ちのエルキドゥ。

 ただ佇んでいるだけで、この人に従いたいと思わせるカリスマを持つギルガメッシュ。

 二人の友人関係は、夕日のウルクで殴り合って以来決して切れぬものとして続いている。

 

 余談ではあるが、そんな二人の関係にミミの中でよからぬ物が芽生え始めている。

 そう、男は男と、女は女と恋愛すべきだという究極の思想が。

 もっとも、エルキドゥには性別はなく、人格が男性よりなだけであるのだが。

 

「まさか。でも、君のことだから捧げものだったら酷いことでも許容するんじゃないの?」

「さてな。まあ、我に奉げられることはこの世に二つとない名誉ではあるだろうよ」

 

 全てを見透かす瞳で、ここではない別の世界を見るように目を細めるギルガメッシュ。

 そんなどこか邪悪さも含んだような友にも、エルキドゥは微笑み続ける。

 彼にとっては友の邪悪さなど気にする程のことではないのだ。

 何より、彼自身結構やんちゃをする。例えば牛の内臓を女神にブチまけるとか。

 

「でも、黄金のカブトムシはちょっと勿体なかったかな」

「なんだ。お前が欲しがるなどイチゴ畑以来だな」

「そういうのじゃないよ。ただ単に珍しいからね」

「我の財宝なのだから当然だ。しかし……確かにこのまま終わるのは少々つまらんか」

 

 失ったこと自体は大して気にしていないが、何もしないというのも芸がない。

 そう考えたギルガメッシュの頭にフッとアイデアが湧いてくる。

 

「ふむ、面白いことを思いついたぞ、友よ。偶には催しを開かねばな」

「ろくでもないものじゃないよね?」

「フハハハハ! 心配するでない。さて、そうと決まれば早速準備をするか」

 

 セミの声が聞こえる森の中に、どこまでも自信に満ちた笑い声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

『黄金のカブトムシを捕まえた雑種に賞金100万円…か』

「おい! ボサッとしてんじゃねーよ。100万先に取られちまうぞ!!」

 

 モードレッドの怒声を聞き、広告のチラシをポケットにしまいなおす。

 今日は英雄王主催の虫捕り大会に二人で参加しているのだ。

 あたりを軽く見まわしてみると、俺達と同じように参加している人が多くいる。

 

「はーい。虫除けスプレーはちゃんとしましたか?

 沖田さんとはぐれないように気を付けて、コフッ!?」

「まーた血を吐いとるんか、この人斬りは。どうせなら蜜でも吐けば虫が寄ってくるのにのう。

 ところでじゃが、この火縄銃式虫捕り網なんてどうじゃ? 木の上でも簡単に狙えるぞ」

「子どもに物騒なものを持たしてるんじゃありません!」

 

 近所の子ども達を引率している沖田さんにノッブ。

 正直、火縄銃式虫捕り網がカッコいいので一つ欲しい。

 

「黄金のカブトムシってのはゴールデンじゃねえか。よし、俺達が一番に見つけだすぜ!」

「黄金か、リンゴなら欲しいが……まあ、今日は子ども達の引率だしな。

 うむ、子どもの引率だしな…!」

 

 さらに、黄金と言えば俺、俺と言えばゴールデンな金時。

 そして、虫には興味はないが子どもと触れ合うために来たアタランテさん。

 冷静になろうと努めているが耳がピクピクと動いているので、楽しんでいるのが丸わかりだ。

 

「おい! だから、ボサッとすんなって言ってるだろ!!」

『ごめんごめん、モードレッド』

「たく、ライバルは多いんだからな。とにかく一番最初に見つけんだ」

 

 再び怒鳴られて、他の参加者から目を逸らし、モードレッドの方を向く。

 麦わら帽子に赤いTシャツ、そしてギリギリ男性ものと判別できる短パン。

 非常に動きやすく、どこか色気を感じてしまう服装の今日のモードレッド。

 本当にこの子は性別を隠せるのだろかと、少し不安になるが思考を止めて声をかける。

 

『100万円手に入れたら何に使うの?』

「あ? サーフボードを買う資金にすんだよ」

『モードレッドってサーフィンするの?』

 

 友人の新たな一面を知り驚く。

 そもそも、彼女が水着を着る姿が想像できない。

 いや、確かに波に乗っている姿は似合いそうではあるが。

 

「まあな。結構面白いんだぜ? 波を乗りこなしたり、偶に沖に流され過ぎて死にかけたりな」

『後半って面白いの?』

「ハハ! 流石に最近はねえけどな。初めたては正直やばいときが結構あった」

 

 木の上を見上げてカブトムシを探しながら、快活に笑うモードレッド。

 彼女の姿からは、昔を懐かしむ経験者特有の雰囲気があった。

 

『でも、モードレッドが泳ぐ姿って見たことないな』

「そりゃあ……なぁ。水着着るとなると…あれだろ?」

『ああ……もろに肌が出るもんね』

 

 彼女は少し苛立ちの籠った顔で虫捕り網を一振りする。

 ダイバースーツでも着れば隠せるだろうが、一般の男性物の水着では無理だ。

 どうりで海水浴に誘っても来なかったわけだ。

 

『ということはいつも一人でやってるの?』

「べ、別にいいだろ! サーフィンなんて波との一対一(サシ)の勝負だしな」

『……ぼっち』

「うるせえ! 虫かごにつっこむぞ、お前!」

 

 ビシビシとかごを叩きつけてくるモードレッドに平謝りしながら考える。

 今度からモードレッドと遊ぶときは、海やプールを避けなければならないだろうな。

 

『あ、あそこにカブトムシが見える!』

「おし! Take that, you fiend!」

 

 取りあえず、モードレッドの仕置きから逃れるために、木の上に見つけたカブトムシを指差す。

 すると、彼女はすぐさま切り替え、勢いよく木に飛び蹴りをかますのだった。

 小柄な体格からは考えられないような重く鈍い音が辺りに響く。

 そして振動に耐えられずボトリとカブトムシが落ちてくる。

 ついでにボトリと俺の肩に毛虫が落ちてくる。

 

「黄金の奴じゃねえな。ま、捕まえとくか。お、こっちにはクワガタか」

『待って、この毛虫どうしよう?』

「いや、掃えよ。なに呑気に意見求めてんだよ」

『それもそうか』

 

 冷静なツッコミに真顔で同意を示し、葉っぱを拾い、刺激しないように毛虫を掃いのける。

 危なかった。これが頭だったら即死だった。

 そんなことを考えながら、毛が残っていないか丁寧に確認していく。

 

「おい、ちょっとこっち向いてみろよ」

『なに? って痛たたたたッ!?』

 

 突如として鼻に襲い掛かる痛みに、目を白黒させてながら何事かと見てみる。

 すると、何故かクワガタがぶら下がっていた。

 ガッチリと俺の鼻を挟んだ状態で。

 

『なにやらしてるの!? というか、これ本気で痛い!』

「あははは! マヌケな面してるぜ、ぐだ男」

 

 いたずらに成功した小学生のような笑顔で、俺を笑ってくるモードレッド。

 実際にやってることは、小学生か芸人がやるようなことなので違和感はない。

 

『泣きっ面にクワガタとかやめてよ!』

「ハチよりマシだろ?」

『確かに。て、どっちも痛いのには変わらないからね?』

 

 毒がないだけマシかもしれないが、痛いものは痛い。

 何とかクワガタに放してもらい、鼻を抑えるが幸いなことに血は出ていない。

 それにしても何でこんなことを?

 

「また、ボサッとしてただろ、お前」

『えぇ…それだけで…?』

「それだけってなぁ! せっかく二人で来てるんだからよ……もっと、こう…さ。

 ……ああ! とにかく、お前が悪いんだからな!!」

 

 顔を赤らめてそっぽを向くモードレッドに、思わずキュンとしてしまう。

 なんだろう、構って欲しいのに構ってもらえなかった猫のような感じだ。

 ある意味で子供らしいというか、上手く言えないが非常に可愛らしい。

 

『モードレッド』

「…………」

 

 チラッとこっちを見ただけで、まだ機嫌を直してくれない。

 本当に猫みたいだ。こういう時は何か気を引くものを。

 そう思った時、探し求めていたものを見つけた。

 

『モードレッド……』

「……なんだよ」

『あそこのカブトムシ黄金じゃない?』

「居たのか、100万円!?」

 

 拗ねていた状態から、一瞬にして目をランランと輝かせるモードレッド。

 その変わり身に思わず一言申したくなるが、今はそれどころではない。

 100万円なのだ。うまい棒が10万本買えるのだ。

 

「おぉ…マジで金ぴかじゃねーか」

『よし、他の人が来ないうちに―――』

「―――一歩音越え、二歩無感、三歩絶通」

 

 早速捕まえに行こうとした瞬間、俺達の横を何かが通り過ぎる。

 そして、瞬間移動したかのように黄金のカブトムシがとまる木の下に現れる。

 縮地の使い手、沖田総司が。

 

「沖田さん大勝利ー! カブトムシは沖田さんがもらっていきますよ」

「あー! ずっりーぞ!」

「勝てば官軍、負ければ賊軍。戦いなんてそういうものです」

「クソッ、正論過ぎて反論できねー…!」

『いや、これって戦い?』

 

 思わずツッコミを入れるが、沖田さんからカブトムシを奪おうと反応してしまう以上、否定もできない。

 というか、勝てば官軍、負ければ賊軍という言葉がやたらと重い。

 

「さあ、後は捕まえてみんなでお団子食べ放題です―――」

「今じゃ! 三段撃ち、開始ィー!!」

 

 沖田さんがカブトムシに手を伸ばしたところで、クモの網のような銃弾が飛んでくる。

 黄金のカブトムシはそれを間一髪で避け、別の場所に飛び去っていく。

 その光景に舌打ちし、ノッブはさらに号令をかける。

 

「皆の者、第二段に入れ替わり放つのじゃ」

「いきなり出てきて何やってんですか!? この第六天魔王!!」

「はっはっは。人斬りに100万は勿体ないわい。儂が有効に使ってやるから全額よこすのじゃ」

「子どもに射撃やらしといて、独り占めとか何言ってるんですかぁ!?」

「ちゃんと駄賃は払っておる! 団子ぐらいは好きに買えるわ!」

 

 仲間かと思いきや、仲間割れを始める沖田さんとノッブ。

 一瞬仲裁に入ろうかと思うが、今は黄金カブトを追うのが先だ。

 

『モードレッド!』

「おう! 追うぜ、次の木にとまったところで仕留めるぞ!」

 

 二人の仲間割れをチャンスと見て、一気に森の中を駆け出す。

 そして、ちょうどいい高さに止まった瞬間を見計らい、虫捕り網を伸ばす。

 が、次の瞬間には俺の網は矢で射抜かれていた。

 

『…は?』

「む、網に阻まれたとはいえ私が外すとは……カブトムシめ、中々に良い動きをする」

 

 矢の飛んできた方を見ると、アタランテさんが悔しそうに次の矢をつがえていた。

 森の中での狩猟で彼女の右に出る者はいない。

 それだけにカブトムシにすんでのところで逃げられたのは、プライドに触ったのだろう。

 

「いやいや! 落ち着けって姐さん! ゴールデンなカブトムシは撃ったらダメだろ!?」

「…? あのカブトムシを獲れば(・・・)いいのではないか?」

「そっちの獲るだと木っ端微塵だろ! 捕まえる方だよ、今回は!」

「そう言えば、この子達も虫を捕まえているだけだな……」

 

 金時の必死の説明により、なんとか誤解を解くアタランテさん。

 もし金時が居なかったら、今回の催しは誰も得をしない結果で終わっていただろう。

 最悪、グロテスクな光景に子どもが泣いたかもしれないので、金時のファインプレーだ。

 

「驚いてる場合じゃねぇぞ! 今のうちに捕まえんだ!」

『でも、かなり高く飛んでるよ。このままじゃあ、手の届かない場所まで行く』

 

 黄金カブトはもうコリゴリだと言わんばかりに、高々と飛んでいこうとしている。

 流石に木の頂上付近まで行かれたら、俺達では捕れない。

 唯一の飛び道具を持っているノッブが、自動的に勝者となってしまう。

 

「へ、なら上に行く前に捕りゃいい。ぐだ男、前に屈め!」

『は? とにかく、わかった』

 

 何がしたいのかわからないが、言われたとおりに腰を曲げて地面を見つめる。

 そして、聞こえるモードレッドが駆け出す音。

 続いて、背中を全力で踏みつけられる強烈な衝撃。

 

『俺を踏み台にしたぁ!?』

「わりー! でもこれしか思いつかなかったんだ!」

 

 背中を擦りつつ顔を上げて飛翔するモードレッドを見る。

 高々と舞い上がり、大きく虫捕り網を振りかぶる。

 そして、宙を飛ぶ黄金カブトに狙いを定め、振るい降ろす。

 

「よーし捕ったぁッ!! 着地は任せたぞ!」

『え? 着地考えてなかったの?』

「いいから任せたぞ!」

 

 何も考えずに落ちてくるモードレッドに、文句を言いたいがそんな時間はない。

 とにかく反射的に落下地点に入り、受け止め体勢をとる。

 さあ、どんとこい!

 

『まそっぷ!?』

「あ、やっべ。潰しちまった」

 

 空中から落ちてくる人を受け止めるなんてできなかったよ……。

 モードレッドに押しつぶされながら変な声を出すが、情けないことこの上ない。

 

「おーい無事か?」

『……ムリポ』

「大丈夫そうだな。それより見ろよ、こいつ。ホントに全身金ぴかだぜ」

 

 嬉しそうに笑いながら、黄金のカブトムシを見せつけてくるモードレッド。

 その姿はボールを取ってきた子犬のようで、非常に可愛らしい。

 可愛らしいのはいいのだが……。

 

『モードレッド……』

「なんだよ? あ、分け前は半々な」

『いや、その……そろそろ、退いてくれないかなーって』

 

 俺に言われて初めて、自分の状態を確認するモードレッド。

 大の字に倒れる俺。それを押し倒し馬乗りになる彼女。

 そして、運悪く二人の腰の位置がいつフュージョンしてもおかしくない位置にあるのだ。

 正直、俺のエクスカリバーがいつ極光モルガーンしてしまうか分からない。

 

「う、うわっ! 悪い、すぐに退く!」

『いや、謝らなくていいけど…』

 

 顔を真っ赤にして俺の上から退くモードレッド。

 少し、ホッとした息を吐きながら俺も立ち上がるが、お互い目を合わせられない。

 

『と、とにかくカブトムシを見せに行こうか』

「お、おうそうだな」

 

 話を無理矢理逸らし、この微妙な空気から脱却しようとする。

 そもそも、俺達は友達なのだからそういう関係じゃない。

 これでいいんだ。

 

「……ぐだ男、なんでオレが着地のこと言わなかったか分かるか?」

『…? いや』

 

 恥ずかしそうに頬をかきながら、モードレッドが声をかけてくる。

 一体何だろうか。

 

「あのさ…お前なら、オレをちゃんと受け止めてくれると思ったんだ。

 まあ、押し潰しちまったけどさ」

 

 その点は少しだけ文句を言いたいが、役得だったのも確かなので黙っておく。

 

「でも、嬉しかったぜ。……ほ、ほんの少しだけな」

 

 モードレッドは照れくさそうに笑い、それっきり顔を背けてしまう。

 しかし、その首筋が赤く染まっていることから、どんな顔をしているのか想像するのは容易い。

 

『モードレッド……』

「い、いいから行くぞ! ほら、サッサと金貰おうぜ」

『そうだね』

 

 恥ずかしがる彼女の声色にクスリと笑いを一つ零し、その背を追っていく。

 だからだろう。木々の陰からこっそり、俺達の様子を窺っていた存在に気がつかなかったのは。

 

 

「やっぱり、男の人は男の人同士で恋愛すべきよね!」

 

 

 モードレッドが自身を男と偽っている弊害がこの日新たに生まれた。

 ギルガメッシュとエルキドゥで開きかけていた扉をミミは二人の後押しでこじ開けたのだ。

 そう、BLという名の禁断の扉を。

 

 彼女がイリヤとクロに「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの」

 と言って引かれる日はそう遠くない。

 




コンビニで「濃厚デミ・マッシュルーム」という商品名を見て、マシュとの濃厚なイチャラブを思い浮かべてしまうのは作者だけでしょうか?


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14話:部屋

 

 それはエドモンの家にて、男友達で遊んでいた時だった。

 

「海にでも行かないか?」

 

 そう言って、夏の定番行事をエドモンが提案してきた。

 

「海ですか? いいですね」

「俺も構わない。それで日にちは?」

「それは、この日でどうだ?」

 

 特に予定もないのか、天草とジークフリートはすぐに頷く。

 そして、日にちを詰めていく段階に入る。

 

「その日ならボクもいけるよー」

「余も問題はない。して、モードレッドとぐだ男は行けるのか?」

 

 最終確認をするためにラーマが、俺とモードレッドに尋ねてくる。

 俺としては是非とも行きたいのだが……チラリとモードレッドを見る。

 

「オ、オレはその日に用事があってな。お前らだけで楽しんで来いよ」

 

 努めて気にしていないように振舞いながら、彼女は行けないと言う。

 本当はみんなと一緒に遊びたいという寂しさを隠しながら。

 

「そうか、用事ならば仕方がないな。それで、ぐだ男お主は?」

 

 ラーマの問いかけに一瞬だけ考えるが、すぐに口を開く。

 

『ごめん、その日は俺も用事があるんだ』

 

 モードレッドだけを一人にしたくはない。

 一人ぼっちはとても辛いことだから。

 まあ、傍迷惑かもしれないけど。

 

「分かった。では、余達だけで楽しんでくるとしよう」

「そうか、なら詳しいことは参加者だけに送るか。後日、連絡をする。今日はお開きにするか」

 

 エドモンの言葉にガヤガヤと話しながら立ち上がる俺達。

 その中でモードレッドだけは、何とも言えぬ顔で俺を見つめてきていた。

 恐らくは俺が嘘をついたのではないかと疑っているのだろう。

 それを証明するように他の友人が居なくなったところで、彼女が尋ねてくる。

 

「おい、お前……なんで嘘ついたんだよ」

『何のこと?』

「とぼけんなよ。俺の直感はごまかせねーよ」

『さあ、本当に用事があるのかもしれないよ?』

 

 咎めるような言葉に俺はとぼけて返す。

 視線が鋭くなるが、俺は涼し気に笑いながら微笑むだけだ。

 

「たく……じゃあ、別のこと聞くぞ」

『どうぞ、俺に答えられることなら何でも』

「海に行く日にオレん家に来れるか?」

 

 予想外の言葉に目を大きく見開いてしまう。

 

『……その日は用事があるんじゃないの?』

「質問には質問で返すなって習っただろ。用事なら午前中に終わるかも(・・・・・)しれねーし」

『そっか……じゃあ、俺の用事も午前中に終わるかも(・・・・・)しれない』

 

 ほんのりと頬を染めながら返事をする。

 モードレッドの頬も、ほんのりと染まっているのが良く見える。

 

「待ってるからな。……ちゃんと来てくれよな」

『なるべく待たせないようにするよ』

 

 勿論、二人とも用事なんてない。

 でもそれは言わない。まるで、男女の秘め事の約束のようにしとやかに結ぶ。

 互いの意地というものを守るために。

 

「じゃ、じゃあな。オレの家はこっちだから」

『うん、またね』

 

 少し恥じ入るように小さく手を振り、モードレッドは背を向ける。

 夕日に染まるその背中は、一人の魅力的な女の子にしか見えないのだった。

 

 

 

 

 

『ここがモードレッドの家か……』

 

 約束の日、首を大きく上に曲げて家の全様を眺める。

 その姿はまさに威風堂々。一目で豪邸だと分かる作りで見る者を圧倒する。

 軽く咳ばらいをし、インターホンに指をかける。

 と、そこで。

 

「お待ちなさい。まずはアルコール消毒液で手を洗いなさい」

『あ、はい。ナイチンゲール先生』

 

 玄関先に置いてあったアルコール消毒液で手を洗う羽目になる。

 流石はナイチンゲール先生だ。家に入る前から先制パンチをくらわしてくる。

 

「それから家に入ったら、うがいをするように」

『分かりました』

「モードレッドを呼んでくるので案内はあの子にさせます」

 

 先生は手を洗うのを見届けると、俺を家の中に入れてモードレッドを呼びに行く。

 埃一つない手入れの行き届いた中の様子をしげしげと眺めていると、ドタドタと走る音が聞こえてくる。

 

「おおっ! よく来たな。早速オレの部屋に―――」

「モードレッド?」

「―――行く前にうがいしないとな。洗面所はこっちだ」

 

 先生に人睨みされただけで、あっさりと自分の主張を曲げるモードレッド。

 母は強しというが、この家でのヒエラルキーでは直接的なトップなのだろう。

 

『いつもこんな感じなの?』

 

 洗面所へと案内される途中で小声で尋ねる。

 

「ああ。手洗いうがいは絶対だな。

 オレもコーラでちゃんとうがいしてんだけどなぁ。なんでか怒られんだよ」

 

 渡された清潔なコップでうがいをする俺の横でモードレッドがひとり愚痴る。

 コーラでうがいが効果があるのか、ないのかは俺には分からないので黙って頷いておくだけにする。

 

「よし、終わったな。じゃあ、オレの部屋に行くぜ」

『分かった』

 

 一言返事を返し、どこかウキウキとした様子のモードレッドの後ろについていく。

 その中で俺は気づかれないように深呼吸を一つ行う。

 端的に言って緊張しているのだ。でも、仕方がないだろう。

 

 だって女の子の部屋なんだ。男友達として接してはいるが、間違いなく女子高生、JKなのだ。

 思春期真っ盛りの男子高校生である俺が意識しないはずもない。

 どんな匂いがするのだろうとか、下着とか見えたりしないかなとか考えている。

 

「ついたぞ。……まあ、散らかってるけどくつろいで行けよ」

『お邪魔します』

 

 丁寧にあいさつをして部屋に入る。

 部屋に入っての第一印象は簡素だなというものだった。

 寝るためのベッドに、テレビ、乱雑に散らばった少年漫画。

 そして机の上に大切に飾られた家族写真。

 他にも細々としたものはあるが、全体としてシンプルな部屋だ。

 

「そ、そんなにジロジロ見るなよ。……照れくさいだろ」

『ごめん。意外って言ったら悪いけど、もっとごちゃごちゃしてるかと思ってた』

「そうか? まあ、軽く掃除はしたけどよ」

 

 そう言って、モードレッドは適当に座れと座布団を投げてくる。

 片手でそれをキャッチし、座ってあぐらをかく。

 

「…………」

『…………』

 

 何を話せばいいのかわからずに、甘酸っぱい沈黙が流れる。

 

「な、なんかしゃべれよ」

『そう言われても……』

 

 お互いにどうすればいいのか分からずに話題の提供を求める。

 これが男部屋であれば、適当に何かを引っ張り出して話のネタにするのだが、女の子の部屋では失礼だろう。

 

「そうだ! この前借りてきたDVDがあんだった。えーと……」

 

 DVDの存在を思い出したらしいモードレッドが、四つん這いになりDVDレコーダーをいじる。

 別に彼女はスカートを履いているわけではない。デニムの短パンだ。

 だが、四つん這いで強調されたお尻と、ムッチリとした太ももが強烈な刺激を放つ。

 思わず、後ろから襲い掛かりたいという劣情が湧き上がってくるが何とか抑え込む。

 

「よーし、あった。ん、なんでよそ向いてんだ?」

『何でもないよ』

 

 目に毒な光景から目を逸らしていた俺の方を、不思議そうに見てくるが察してほしい。

 というか、もう少し女性として注意してくれないだろうか。

 いくら性別を隠しているとはいえ……俺の理性が。

 

「ま、いいか。一先ず、これでも見ようぜ」

『なんてタイトルなの?』

「えーと、“王の名は”だな」

 

 そこはかとなくパクリの匂いがするが、一先ず見てみないことには分からない。

 黙って映画が始まるのを待つ。

 

 

 ある日、日本への留学生であるアルトリア・ペンドラゴンは不思議な夢を見る。

 それは自身が5世紀後半のブリテンで王位につくというものだった。

 不思議な夢に疑問を抱きながらも、ホームステイ先の赤毛の少年と日々を過ごしていた。

 しかし、その後も不思議な夢は続き、どういうわけか身に覚えのないことが起き始めていく。

 

【シロウ、私のプリンが冷蔵庫に見当たらないのですが】

 

【何言ってるんだ、セイバー。昨日食べてたじゃないか?

 何だかいつもよりも感動して食べていた気がするけど】

 

【……私が?】

 

 食べた覚えのないプリンの消失。

 そして、いつもよりも固い態度を取っていたという記憶にない行動。

 奇妙な現象に首を傾げながらも生活を続けていくうちに、夢がどんどんと鮮明になっていくことに気づく。

 

【毎度、蛮族退治の夢ばかりなので同じ夢だと思っていましたが、全部違う夢だったのですね。

 しかも、回数が重なるにつれて敵が増えていくとは。ブリテンは大丈夫ですかね?】

 

 夢の先の自分、アーサー王は周囲の反応からして完璧な王だった。

 なので自分も完璧にこなそうとしていた結果、いつの間にか情が移ってしまった。

 それと何故か、アーサー王は自分よりスタイルが良いのに男扱いらしい。

 いくら臣下に美形が多いとはいえこれはないだろうと思うが、夢のことなのでさほど気にせずに過ごしていく。

 

【セイバー、最近なにか悩み事でもあるのか?】

 

【どうしたのですか、シロウ。藪から棒に】

 

【いや、最近たまに思いつめた表情をするようになったし。

 知ってる道なのに、分からないって聞いてきたりするからさ】

 

【………いえ、シロウの思い過ごしでしょう】

 

 しかし、日々の違和感はどんどんと大きくなっていく。

 自分でない自分の可能性。

 二重人格にでもなってしまったのかと思うが、それ以上にあの夢のことが気になる。

 そこで、彼女は思い切ってある行動に出ることにした。

 

【夢の先で手紙を書いてきましょう。

 私の仮説が正しければ、あちらも何かしらの行動を起こすでしょうし】

 

 自分の身上と名前を記し、手紙としてアーサー王に持たせておく。

 そうすれば、自分が夢から起きた後には。

 

【……やはりそうですか】

 

 アーサー王からも手紙が来ているはずだ。

 予想通りに枕元に几帳面に折りたたまれていた手紙を開き内容を確認する。

 明らかに自分の書いた内容ではない。それを見て彼女は確信した。

 

【どうやら―――私達は入れ替わっているようですね】

 

 5世紀後半のアーサー王と21世紀のアルトリアは夢の中で入れ替わっていたのだ。

 

 

 

 

 

「滅ぶと分かっていても救おうと足掻いた父上。

 確定した未来を知っても笑顔で進んだアーサー王……くそ、涙が止まらねえぜ!」

 

 号泣しながら語るモードレッド。

 確かに未来から来たアルトリアが滅びの運命に抗おうと必死になる姿は、涙なしには見れない。

 逆にアーサー王は未来で全ての結末を知っても、迷うことなくあるべき時代に戻ったシーンも感動ものだった。

 

「【あなたの笑顔に続くのなら、きっと私の人生に間違いはないのでしょうから】とか

 ……アーサー王マジパネエ!」

 

 事実を知り、何とかできないかと尋ねるシロウへのセリフは鳥肌がたった。

 本当は一緒に居たいのに、芽生えた恋心を押し隠して気丈に振舞った騎士王。

 

 全ては水泡のように消え行くものだ。誰の記憶にも残らない。

 だとしても、それが誰かの笑顔につながるのならばそこに意味はある。

 それが未来に来たアーサー王が得た答えだった。

 

「クライマックスで隕石にエクスカリバーをぶっぱするのは燃えたぜ!」

 

 5世紀のマーリンの星詠みにより予言された、21世紀のイギリスへの巨大隕石の落下。

 その運命を覆すために現代に戻ったアルトリアは、イギリスに帰り湖の乙女から剣を授かる。

 そして、祖国の破滅を回避すべく、迫りくる巨大な隕石に向かいエクスカリバーを放つ。

 だが、ただの女子高生であるアルトリアには破壊しきる力が足りなかった。

 

「ちくしょう…! あそこで親子かめはめ波みたいにエクスカリバーとかカッコよすぎだろ!」

 

 そこにアヴァロンからの眠りを終え、霊体として現れたアーサー王が背中を押したのだ。

 ブリテンが危機に陥れば、アヴァロンでの眠りを覚まし、再び蘇るという伝説の通りに。

 

「ラストに名前を聞かれた父上が、一言“キングアーサー”って言って去るのはやばかったぜ」

 

 もういない。しかし、確かにそこに居た偉大なる王の名前。

 アーサー王の意志は今もなお息づいているというメッセージで映画は終わった。

 久しぶりに映画を見たがこれは間違いなく200億は行く。間違いない。

 

『ホントに感動したね。……それと、ちょっとトイレ行きたいんだけど場所教えてくれない?』

「ん、ああ、案内するからちょっと待ってろ」

 

 ずびずびとティッシュで鼻をかみ、ゴミ箱に捨てて立ち上がるモードレッド。

 そのまま二人で部屋から出ていき、トイレに向かっていく。

 

「ほう、これは珍しいな。愚息が友人を招くとは」

「あ、父上!」

『あ、お邪魔してます』

 

 そこで、ランサー・アルトリア・オルタさんとばったり出くわす。

 何故か馬に乗っているのは、家がやたらと広いからだろうか?

 

「どうだ、愚息はそなたにとって良き友人か?」

『はい、それは勿論』

「なんだよ、こっぱずかしいこと言うなよ」

 

 関係性について尋ねられ、素直に答えるとモードレッドに小突かれる。

 でも、二ヘラと頬が緩んでいる辺り嬉しくはあるのだろう。

 

「フ、そうか。私の跡を継いで(・・・)超えるなどと言っている馬鹿者だが、よろしく頼むぞ」

「バカじゃねーよ! オレは絶対に父上の跡を継いで超えるからな!」

「……まったく、自分の心すら理解できぬか」

 

 自分の跡を継ぐという言葉に渋い表情を見せるランサー・アルトリア・オルタさん。

 一体そこにどういう意味と感情が込められているかは俺には分からない。

 分からないが、二人の関係が複雑であることだけは分かる。

 

「まあいい。それで、お前はこの男をどう思っているのだ?」

「おう、良い友達だぜ!」

「なるほど、それだけか?」

「そ、それだけってなんだよ? 確かに他の奴らとはちょっと違う……かもしれないけどさ」

 

 モードレッドは横目で俺を見ながら、ほんのり顔を赤くする。

 その様子にランサー・アルトリア・オルタさんは、愉快そうに笑う。

 

「そうか、そうか。これは面白いことになりそうだな」

『面白いこと…?』

「せっかくの二人きりだ、押し倒してみたらどうだ?」

『なっ!?』

 

 からかうように告げられた言葉に声が裏返る。

 この人は俺がモードレッドの性別を知っていることを、理解したうえでからかっているのだ。

 まるで、一緒にいる間に必死で押し殺していた劣情を煽るように。

 

「フフフ、ではな。くつろいでいくがいい」

 

 不敵な笑みを残して歩き去るランサー・アルトリア・オルタさん。

 その背中を見つめながら、俺とモードレッドは無言で立ち尽くす。

 思春期の男女があんな事を言われて意識しないはずがない。

 映画によって解れていた緊張が再び訪れる。

 

「な、なぁ……」

 

 その空気を壊すためにモードレッドが口を開く。

 

「俺達ずっと友達だよな?」

 

 どこか不安そうな瞳。

 すぐ傍に居るのに消えてしまいそうな儚さを湛えた表情。

 それを見るのが嫌だから即答してしまった。

 

『勿論。ずっと友達だ』

「ハハ…! そうだよな。うん、そうだよな!」

 

 パッと顔を輝かせる彼女の姿に、少しの罪悪感を覚える。

 でも、しょうがないだろう。言えるわけがない。

 心の奥底では彼女を異性として意識しているだなんて。

 

「そうだな、友達だからな。よっし! 今度サーフィンに連れて行ってやるよ」

 

 性別を隠してでも頑張っている彼女に言えるはずがないだろ。

 





さて、次回はサーフィンです。
因みにアルトリアさんは銀幕のスターです(真顔)


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15話:夏の熱

「ひゃっほー! 良い波が来たぜ!!」

 

 大波に乗り、見事なライディングテクニックを見せるモードレッド。

 今日は約束していたサーフィンの日。

 プライベートビーチには俺と彼女の二人しかいない。

 

 それ故か、彼女の姿はとても扇情的だ。

 表面積の少ない真っ赤なビキニを見事に着こなし白い肌を晒す。

 そして、キュッと引き締まったくびれが健康的なエロスを演出する。

 言葉では言い表せないほどに彼女は魅力的だ。

 

「おーい。お前もこっちに来いよ」

『そう言われても、まだ波に乗れないし』

「じゃあ、あっちで練習しようぜ。あっちなら波が小さいからな」

 

 スイスイと波に乗ってきたモードレッドが手を差し出す。

 俺はその小さく柔らかそうな手のひらを一瞬見つめ、握り返す。

 

「あ…」

 

 モードレッドは今更ながらに、手が触れ合うことへ羞恥心を感じたのか、顔を赤くする。

 しかし、何かを忘れるように首を振り、手に力を籠めるのだった。

 

「任せな、すぐに波を乗りこなせるにしてやるからよ」

『うん、よろしく』

 

 お互いにハニかんだ笑みを一つ。

 近いようで遠い距離を縮めるように、腕を引き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 ボードの上で重心を見極め、体の軸を固定する。

 これで波には乗れた。後はこの波を乗りこなすだけだ。

 波に翻弄される木の葉ではなく、波を操る竜のように。

 

 波の動きに合わせ、ボディバランスを取っていく。

 そして、最後まで乗り切ったところで海の中に沈む。

 冷たい海水が全身を包み込み、急激に俺の頭を冷やす。

 

 だが、初めての成功に熱くなる俺の心を冷やすことはできず、一人笑いと共に泡を零す。

 太陽の光が水で屈折して生み出される幻想的な光景を楽しみながら、ボードの下に浮き上がる。

 

『ふう! やっとまともに乗れた』

「おう、やっとできたな!」

『モードレッドの指導のおかげだよ』

 

 ボードに上半身を預けてプカプカと浮きながらお礼を言う。

 そして、モードレッドが待つ岸へ向かうためにパドルで向かっていく。

 

「良い感じにできたな。次は沖に出てみるか」

『その前に少し休憩させて。流石にくたびれた』

「なんだよ、しょうがねぇ奴だな」

 

 疲れたと言うと、彼女はブツブツと言いながらも砂浜に腰かけてくれる。

 そのまま二人で無言のまま海を眺める。真っ青に澄んだ水。

 切れ目などないような空と海の境界線。

 全てが美しく尊いものに見える。

 

『……いい場所だね』

「だろ? いつもここでやってんだ。人もいねーしな」

『独り占めってのも贅沢だね』

 

 打ち寄せる波に手を浸しながら呟く。

 すると、彼女は何故か違うとばかりに喉を鳴らす。

 

「そりゃあ、贅沢かもしれないけどさ。……こうやって他の奴と居るのも悪くないもんだぜ?」

 

 こちらを見ずにポリポリと頬を掻くモードレッド。

 きっと彼女は今まで、友達と海で遊ぶということができなかったのだろう。

 だから、他の人と一緒にいるのが嬉しいのだ。

 そういうことなら、俺も一肌脱いで他にも色々と楽しむとしよう。

 

「……なに急に穴なんて掘り始めてんだよ?」

『砂のお城でも作ろうかと思って。モードレッドも一緒にやろうよ』

「はぁ? なんでオレがそんなガキみてえなことを……」

『キャメロットを作るんだけど』

「し、しゃーねぇな。オレも手伝ってやるよ」

 

 キャメロットという言葉に、一気に食いついてくるモードレッド。

 他人ではなく、自分がキャメロットを作るというのがツボだったのだろう。

 

「まずは城からだな」

『城壁は?』

「先に作っちまったら、中で作業がし辛いだろ。それに城壁はガチガチに固めるからな」

『そんなにいるかな?』

「バッカ、お前。ピクト人が攻めてきたらどうすんだよ? あいつらはエイリアンだぞ」

 

 その言葉にエイリアンVS円卓という謎のタイトルが、脳裏に湧き上がってしまう。

 両者の争いに巻き込まれた赤毛の主人公が、最後は騎士として認められるなんてどうだろうか?

 ラスボスはスパさんとかだと迫力が出る。

 

「おい、そこの塔はもっと尖らせろって」

『結構これでもギリギリなんだけど』

「ダメだ、ダメだ。極限まで尖ってる方が強そうだし、カッコいいだろ」

 

 意外とこだわるところはこだわるモードレッド。

 そんな彼女と一緒に、あーだこーだと意見を交わし合いながら砂の城を建設していく。

 

「よーし、結構いい感じにできたな」

『ラストは……』

「おう、通路を空けて完成だ」

 

 城壁の質感まで再現し、ラストは城の中央を通る通路を開ける作業だ。

 やはり、最後に穴を空けるのは定番だろう。

 砂の上に寝そべり腕を伸ばして、二人で慎重に両側から穴を掘っていく。

 

「いいか、ゆっくりだぞ。ゆっくり動けよ」

『でも、ゆっくりだと俺の方がもちそうにない』

「お、おい! 激しすぎだって! オレの方が、こ、壊れちまう…」

『ご、ごめん。つい、我慢できなくて……』

 

 少しずつ動かすのは神経が過敏になり過ぎて辛い。我慢が効かなくても許してほしい。

 ……何だか嫌らしい言葉が並んだ気がするが気のせいだろう。

 その後も慎重に穴を指でほじくっていく。そして。

 

「…あっ。今、お前の指が当たったよな?」

『うん。これで穴を広げたら……よし! モードレッドの手だ』

 

 遂に城に通路を通すことに成功する。

 

「おっし! これでキャメロットはオレ達のもんだ!」

『反逆成功だね』

 

 嬉しそうに笑いながら、穴の中で俺の手を握りしめるモードレッド。

 俺も共に喜ぶためにしっかりとその手を握り返す。

 そのまま、キャッキャッと笑い合いながら話していく。

 しかし、少し落ち着いたところで気づく。

 

「な、なぁ……いつまで手つないでんだ?」

『あ、ごめん。すぐに離す』

 

 二人でずっと手を繋ぎ合っていたことに恥ずかしくなり、すぐに手を引っ込めようとする。

 しかし、キュッと強く握りしめられ、止められてしまう。

 

『モードレッド…?』

「あ、いや。別に手つなぐのが嫌ってわけじゃないからよ。

 ……も、もう少しこうしててもいいかなーって」

 

 モードレッドは寝そべった状態で照れくさそうに告げる。

 その仕草だけで俺の理性は限界だった。

 

『このままだとつなぎ辛いから、一端離していい?』

「べ、別にそこまでは……」

『ごめん』

 

 手を解き、立ち上がって彼女の下に行く。

 そして、戸惑う彼女の手を強引に握りしめ指を絡ませる。

 こんなこと、普段の俺達からは考えられない。

 でも、それを行ってしまうのが夏の魔力なのだろう。

 

『これなら好きなだけ握っていられる』

「お、お前なぁ……恥ずかしいだろ」

『ずっと言いたかったけど、その水着凄く可愛いよ』

 

 顔を真っ赤にして文句を言いながらも、手を振りほどく仕草は見せない。

 それが彼女から俺への信頼の証だった。

 

「か、可愛いって……ああ、クソ! 頭が熱くなっちまったじゃねぇか! こうなったら!」

 

 トマトのような顔で叫んだかと思うと、モードレッドは突然海に向かって駆け出し始める。

 手をつないでいるため、俺も引きずられるように駆け出し、海に叩きこまれてしまう。

 ドボン、と大きな音が二つ辺りに響き渡り、火照った体が急速に冷やされる。

 

「ぷはぁ! ふぅ……これで頭が冷えたぜ」

 

 幾分か冷静な声になったモードレッドが仰向けになり水面に浮かぶ。

 でも、片手はしっかりと離れないように俺の手を握っている。

 それがどうしようもなくいじらしくて、俺の心は高鳴る。

 そして、二人の間に穏やかな時間が流れていく。

 

「……なぁ、ずっと思ってたんだけどよ。お前はオレのことをどう見てるんだ?」

 

 しばしの沈黙の後に、ふと彼女がか弱い声でそう尋ねてくる。

 

「普通の男友達か? それとも男装してる変な奴…か?」

 

 普段のモードレッドからは考えられないような、後ろ向きな言葉。

 どこを見ることもなく、空だけを見続ける瞳には一体何が映っているのだろうか。

 

「たまーにさ……考えんだよ。本当のオレってなんなんだろうなって」

 

 そこから続く言葉は、俺なんて見ていない独白だった。

 

「ずっと父上を越えたくて生きてきた。

 男装してるのだってそうだし、勉強もだ。全部父上を越えるためだ。

 でもさ……ボーっとしてると思っちまうんだ。何、そんなに必死になってんだって。

 そりゃあさ、父上を越えたいって気持ちは嘘じゃない。本気の本気だぜ?

 それでもよ、理由がそれしかないのかってな。本当のオレは何がしたいんだ?

 父上のいないオレなんて考えられない。でも、別の道もあったんじゃねえかって」

 

 ギュッと俺の手を握る力が強くなる。

 それを俺はただ無言で握り返す。

 

「ずーっと仮面を被ってさ。本当の自分を隠して生きていく。

 そんな生き方じゃなくて、普通の女として生きるとか……そういう道もあったんじゃねぇか?」

 

 自分の髪に手をやり、トレードマークのポニーテールを解く。

 水の中に鮮やかな金髪が舞い踊り、幻想的な光景を作り出す。

 その姿はどこからどう見ても一人の女の子で、全く違う誰かに見えた。

 

「今までずっと自分の足で歩いてきたと思ってた。

 でもよ、本当はこんな風に……波に身を委ねてただけなのかもな。

 流されるままに、自分の道なんて考えないようにして無意味によ……」

 

 ひゅう、と風が頬を撫でていく。

 彼女が口を閉じれば、後は波が押し寄せる音しか聞こえない。

 そんな静かな二人だけの世界。

 

「なぁ……お前から見てオレは…どう見えてるんだ?」

 

 彼女の視線がようやく俺の方に向く。

 請うような、助けを求めるような、寂しげな視線が。

 

『モードレッドは……モードレッドだよ』

「……なんだよ、それ?」

『そのままの意味だよ、男とか女とか関係ない。モードレッドはモードレッドだ』

 

 怪訝そうな顔をして彼女が立ち上がる。

 解かれて肩まで降りてきた髪から、水滴がポタポタと落ちていく。

 寂しくても涙を流せない彼女の代わりだとでも言うように。

 

『きっとどんな生き方をしてたって、君は優しいし頑張り屋だ。

 それに、例え流されたものだとしても、君が歩いてきた道が無意味なんてことはないよ』

 

「なんで、そうやって断言できるんだよ…?」

 

『俺が君に会えた。君にとっては価値のないことかもしれない。

 でも、俺にとってそれは意味のある事なんだ』

 

 ただ出会えたことに意味がある。

 何も生み出さなくても、何の価値がなくても、それだけで十分なんだ。

 

『ありがとう、俺と出会ってくれて』

 

 最大級の感謝の気持ちを込めて告げる。

 短いが、それに全てを籠めることができる言葉で。

 

「きゅ、急に変なこと言うなよ。調子……狂うだろ」

『本当の気持ちなんだから仕方ないでしょ』

「お、お前なぁ……」

 

 怒ったように睨みつけてくるが、涙目のため迫力がない。

 むしろ、非常に可愛らしい表情となっている。

 

『それに今の生き方が間違いだと思えば、変えればいい』

「簡単に言ってくれるぜ。そう簡単に変えられないから困ってるんだろ」

 

 モードレッドの文句に苦笑する。

 正論だ。簡単に生き方を変えられるのなら誰も悩んだりしない。

 変化というものは誰だって怖いものだ。それが自分ともなれば尚更に。

 でも、そんな時に一つだけでも変わらないものがあったら、きっと勇気が持てる。

 

『一人じゃ怖い?』

「はぁ!? 別に怖いとかそう言うのじゃねーよ! ……まあ、寂しいかもしれねーけどよ」

 

 本音を悟られたくないのか、俺に背を向けるモードレッド。

 

『じゃあ、俺が一緒に居てあげるよ』

「は? お前何言って―――」

 

 俺はそんな彼女を後ろから優しく抱きしめる。

 声すら出せないほどに驚いているのが、肌を通して伝わってくる。

 そこへ自分の気持ちを告げる。

 

『俺はモードレッドの味方でいるよ。ずっと……』

 

 彼女の細い肩に手を回し、どこにも行かないと無言で伝える。

 そして、そっと彼女の肩口に頬を寄せる。

 

「や、やめろよ……。そんなこと言われたら……勘違いしちまうだろ」

『勘違いしてもいいよ』

「やめてくれよ……」

 

 何かを耐えるように震える声が俺の耳を打つ。

 彼女は今にも泣きだしてしまいそうだった。

 まるで、迷子になり親を探す子どもの様に、その肩は弱々しい。

 

「オレが…オレじゃなくなっちまう…」

 

 怯える声を出すが、俺の腕を振り払うことはしない。

 だから俺は、もっと強く彼女を抱きしめる。

 もう我慢できない。自分の気持ちに嘘なんてつけない。

 俺は彼女のことを完全に、異性として見ている。

 

『モードレッド……』

「やめろ、やめてくれ…!」

『俺は君のことが―――』

「やめろ!」

 

 一際大きな声を出したところで、思わず手を離してしまう。

 あ、とやってしまったという声が零れる。

 それがどちらの声かは分からない。でも、今日はこれ以上踏み込めないことだけは分かった。

 

「お前の優しさに甘えたら、もう……戻れなくなっちまう」

 

 もう今の場所には戻れない。それが怖いと彼女は言う。

 一度受け入れてしまえば、自分を偽ることなど二度とできないから。

 

「悪い……今日は帰らせてもらうわ」

『モードレッド……それでも俺は……』

 

 逃げるように背を向ける彼女に手を伸ばすが、届くことはなかった。

 一人取り残された俺は、虚しさを押し隠すように水しぶきを上げて倒れる。

 そして、彼女がやっていたように空を見上げ、伝えることができなかった言葉を小さく呟く。

 

 

 ―――好きだ。

 

 

 たった三文字の淡い言葉は、誰に届くこともなく波の中に消えていくのだった。

 




次回タイトルは「恋の病」。モーさん視点で書きます。
ホムンクルス設定は活動報告に上げたジャンヌ・オルタ√没案の段階で使わないことに決めました。なのでみんなの寿命の心配はないです。


いつか、ぐだ子で「王立キャメロット学園」とかやりたい。
留学生のランスロットとか、堅物委員長のアッくんとか、みんなのアイドルベディさんとか。
そして、メインヒーローはプロト我が王。

因みにマシュは親友兼百合√枠。


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16話:恋の病

 

「ちくしょう……眠れなかった」

 

 カーテンから差し込む朝日を見つめながら悪態をつく。

 一睡もしてないせいで頭がボンヤリして、目が充血してやがる。

 クソ…なんでオレがこんな思いをしなきゃなんねぇんだよ。

 

 ―――俺はモードレッドの味方でいるよ。

 

「ああ! 忘れろ! 忘れろ! 全部忘れちまえ!!」

 

 枕を抱きしめたまま、ゴロゴロとベッドの上で転がる。

 全部あいつのせいだ。あいつがあんな変なこと言うから悪いんだ。

 あいつがをオレのことを、だ…抱きしめるからこんな変な気持ちになんだ!

 

「なんで…なんで…こんなに顔が熱いんだよ…?」

 

 思い出すのは抱きしめられた時の感触。

 冷たい海の中で、あいつだけが温かくて、優しくて、それで……。

 

「だぁああッ! だから考えるなって言ってんだろ!」

 

 思わず自分で自分に悪態を吐いちまう。

 忘れようとすれば忘れようとするほど、あいつの感触が思い出される。

 全部…全部思い出せちまう。何度も寝ようとしたけど思い出して寝れなかった。

 これもそれも、あいつがオレのことを…!

 

「なんですかモードレッド!? 朝から近所迷惑ですよ!」

「うわぁああ! ごめんよ、母ちゃん!」

「母上です。モードレッド」

 

 叫び声を聞きつけた母ちゃんが、ドアを蹴破るように飛び込んでくる。

 このままだと尻を叩かれちまうから、すぐに謝っておく。

 

「まったく、あなたは相変わらず……」

 

 いつものように小言を言おうとする母ちゃん。

 でも、何故か急に黙り込んでオレの顔をジッと見つめてきた。

 な、なんだよ。オレ他にもなんかやらかしたっけか?

 コーラをがぶ飲みしたことか? クーラーつけっぱなしで寝たことか?

 それとも―――

 

「モードレッド!」

「ひぃぃッ!?」

 

 突然オレの肩をガシっと掴んで、じーっと目を見つめてくる母ちゃん。

 なんだ。一体どんなことを叱られんだ!?

 

「……眠れていないのですね?」

「へ? あ、う、うん」

「それはいけませんね。生活リズムが崩れるのは好ましくありませんが、少し眠りなさい。

 夏場はただでさえ体力を消耗します。倒れては一大事です」

 

 そう言って、心配そうにオレの頭を撫でてくれる母ちゃん。

 なんというか……普段は怖いけどこういう時は優しいから母ちゃんは好きだ。

 

「つっても、眠れないから眠れねーし……」

「確かに、原因が不明では対処のしようがありませんね。少し検診しましょうか」

「い、いいよ。そこまでしなくても」

 

 母ちゃんはいつも忙しいんだ。

 オレなんかのために時間を使うなんてもったいないだろ。

 

「私はあなたの母です。子どもの面倒を見るのが義務です」

 

 でも、母ちゃんは柔らかい声でそう言ってくれる。

 それが嬉しいから、反抗的な言葉はいつも喉から出なくなっちまう。

 

「……わかったよ」

「よろしい。では、検診を開始します」

 

 ニコリと普通じゃ気づかない程小さく微笑み、母ちゃんの検診が始まる。

 

「不眠の症状はいつからですか?」

「……今日だけだよ」

「なるほど。では、最近体に不調は見られませんか? 些細なことでも構いません」

「別に、いつも通り元気だぜ」

「ふむ……そうなると精神面の問題ですか」

 

 真面目な顔で考え込む母ちゃんに、何となく申し訳なくなる。

 こんなの、オレ一人で解決しなくちゃいけねーことなのに。

 そもそも、不眠なんて大したことでもないだろ。

 

「……モードレッド。今不眠は大したことではないと思いましたね?」

「ギクッ!?」

「睡眠は唯一脳が休まる時間です。

 いくら食事をとっても、体を休ませても、寝なければ意味はありません」

 

 ジトリとした目で睨まれて、冷や汗を流す。

 こうなると、長々としたお説教コースに入ることもある。

 それだけは嫌だから、コクコクと頷いて理解を示す。

 

「全くあなたは……とにかく、精神面での問題となるとストレスが考えられますね」

「ストレス…?」

「人間関係での悩みや、戦場での極度の緊張状態など、様々なものがありますが心当たりは?」

 

 言われて考えてみるがそんなものはない。

 そもそもだ。オレが眠れなかった理由は分かってる。

 人間関係…っていや、人間関係なのかな?

 とにかく、あいつとの関係は恥ずかしいから絶対に言いたくない。

 

「その顔は……言いたくないという顔ですね」

「な、何で分かるんだよ?」

「はぁ……何年あなたの母をやっていると思っているのですか?」

 

 呆れたように息を吐く母ちゃんの姿に反発したくなる。

 でも、それ以上に自分のことを、ちゃんと見てくれているのだという安心感が胸を占める。

 

「で、でも、それを分かってくれるんなら―――」

 

 言わないでも許してくれるだろう。

 そんな甘い考えは眉間に突き付けられた銃口により一瞬で崩れ去る。

 

「さあ、答えなさい。あなたを救うためには必要なのです」

「い、いやー……こういうのって普通はもっと優しくさぁ。そう! カウンセリングみたいにさ!」

「生憎、私はカウンセラーではありません。

 ある程度の心得はありますが、私にできるのは患者の病因を突き止めて治すことです」

 

 ダメだ。はなから話を聞いてくれる空気じゃねえ。

 いや、話を聞き出そうとしてるんだけどさ。

 とにかく、ここはなんとかごまかす方向で行くしかねえ。

 

「そ、そういえば、何だかもう眠くなってきたような―――」

 

 ―――銃声が響き渡る。

 部屋の壁に風穴を開けたピストルがこれ見よがしに煙を吐く。

 そして、母ちゃんは天使のような笑みを浮かべて言う。

 

「モードレッド。私はあなたを殺してでも、あなたを救います」

「わ、分かったよ! 言うから、言うからさ! そのピストル下ろしてくれ!!」

 

 最初から気づけばよかった。

 母ちゃんにオレが勝てるわけがなかったんだ。

 父上だってまず勝てねーのに、オレが挑んだこと自体が間違いだった。

 

「よろしい。では、心当たりのある原因を言いなさい。包み隠さずに」

 

 嘘は許さないと如実に語る眼光に威圧されて口を開く。

 ああ、もう。こうなったら素直に言うしかねえ!

 

「そ、その……ぐだ男のことを考えてたんだ」

「藤丸君ですか? 彼が何かあなたに対して危害を加えたのなら……」

「ち、違うって! いじめとか脅しとかそんなのじゃないから!!」

「では、何があったのですか?」

 

 治療の必要性がありますね、とピストルに弾を入れながら呟く母ちゃんを止めつつ喉を鳴らす。

 やっぱ、ちゃんと説明しないといけねえんだな。ちくしょう。

 

「その…さ。サーフィンに行ったときに……だ、抱きしめられてさ」

「…………」

「寝ようと思っても、あいつの感触とか声とかが頭に浮かんできて……」

 

 黙ってオレの話を聞いていく母ちゃん。

 オレの方も一度堰を切った以上は、止めることができずに言葉を続けていく。

 

「振り払おうと思ったんだけど振り払えなくて……。

 こう……胸の辺りがギュッて締め付けられたみたいで動けなかった。

 今思い出しても何だか鼓動がおかしくなるしさ。

 自分が自分でなくなるみたいで、オレどうしちまったんだろうって考えてた。

 そうやって考え続けてたら、いつの間にか夜が明けちまったんだ……」

 

 洗いざらいに考えていたことを吐き出していく。

 本当に恥ずかしいけど…抱きしめられたときは嫌悪感じゃなくて…その……。

 胸がキュンってなっちまった。まるで普通の女の子みたいに。

 それを認めたくねーから、何とか理由を見つけてあいつを嫌おうとした。

 

「あいつのことを、忘れようとすればするほど忘れられなくなった。

 あいつのことを、嫌おうとすればするほど嫌えなくなった。

 なあ、母ちゃん。オレ……どうしちまったんだろ…?」

 

 最後の方はガキの頃みたいに素直に聞いてた。

 大樹に身を委ねるみたいに、すっげぇ安心感を覚えていた。

 

「そういうことですか。これはまた……重い病にかかってしまいましたね」

「は? オ、オレって病気なのか!?」

 

 どこか呆れたように、手で顔を覆いながら母ちゃんがぼやく。

 か、母ちゃんがここまで言うなんて、ひょっとしてかなりヤバいんじゃねえのか?

 

「な、なんだよ? 何て病気なんだよ、母ちゃん?」

「……聞きたいですか?」

 

 念を押す言葉。普段ならどんな患者にでも堂々と告げる母ちゃんからは考えられない。

 オレ、死んじまうんじゃないだろうな。

 

「お、おう。お願いだから聞かせてくれ」

「そうですか。あなたがそう言うのであれば、私も隠さずに答えましょう。

 いいですか? 覚悟はできましたか?」

 

 再度の確認にゴクリと唾を飲み込み頷く。

 一体、どんな病気なんだ? やっぱ癌か? それとも聞いたこともないようなやつか。

 お願いだから治しようのあるやつであってくれよ…!

 

「モードレッド。あなたの症状は―――恋の病です」

 

「…………は?」

 

 聞き間違いかと思い、マヌケな声を出す。

 でも、母ちゃんは至って真面目な顔でオレを見つめるだけだ。

 それが、逆にオレを不安にさせる。

 

「も、もう一回言ってくれよ」

「恋の病です。あなたは藤丸君に恋をしています」

 

 ズバッとオブラートに隠すことなく突き付けられる言葉、“恋”。

 頭が混乱する。訳が分かんねーよ。

 だって、なんでオレがそんな気持ちに……。

 

「自分の気持ちと向き合いなさい、モードレッド」

「あ、あり得ねえよ! オレがそんな女みてぇな―――」

「では、藤丸君のことを嫌いだと言ってみてください」

 

 母ちゃんがオレの言葉を遮って、そんなことを言ってくる。

 何を考えてるか分かんねぇけど、そのぐらい訳なく言えるぜ。

 

「オレはあいつのことが―――」

 

 

 ―――ありがとう、俺と出会ってくれて。

 

 

「ッ!?」

 

 脳裏にあいつの笑顔が映し出される。

 まただ。忘れようとするたびに、嫌おうとするたびに、あいつが出てくる。

 心があいつを放そうとしてくれない。

 

「それがあなたの気持ちです」

「ち、違う! オレはあいつのことなんて別に…別に…!」

 

「なんだ、朝から騒がしい」

「父上ッ!」

 

 母ちゃんからの追求を否定しようと必死になっていたところで、父上が入ってくる。

 ハッとして振り返るが、父上はじーっと俺達の様子を観察して状況を分析するだけだ。

 

「喧嘩ではないな。何か悩み事か? モードレッド」

「それは……」

「モードレッドは恋の病にかかっています」

「なっ!?」

「ほぉ……」

 

 慌てて母ちゃんを止めようとするが無駄だ。

 父上は面白そうに唇を釣り上げているだけだ。

 オレには分かる。あの顔は何かを企んでいるときにする顔だ。

 

「そうか、そうか、お前もそんな年頃か」

「ばッ! だから誤解だって!」

「ちょうどいい。壁にぶつかっているお前にさらに壁を送ってやろう。喜べ」

 

 暖簾(のれん)に腕押しってのは、まさにこのことだ。

 父上はオレの言葉なんてちっとも聞かない。

 

「お前は私の跡を継ごうと思っているのだな?」

「はぁ? なんでこんな時にそんな当たり前のことを……」

「いいから聞け。そして、そんなお前に私は跡を継ぐなど言語道断と切って捨てている。

 なぜだか分かるか?」

 

 父上の問いかけにイラつくのを我慢して考える。

 オレには跡を継ぐ資格がないと父上はいつも言っている。

 理由は知らない。というか、聞いても答えてくれねーからな。

 

「そりゃ、オレの力がまだ足りてねぇからだろ」

「……ふぅ。見当違いも甚だしいな」

「じゃあ、なんだよ? 王になるのに何が足りないんだよ?」

「それがお前への課題だ。嘘でも私を越えると吠えるのならば、それぐらい自分で考えろ」

 

 訳が分かんねーよ。王になるのに力以外の何がいるってんだよ。

 でもだ。こういうことを言われたってことは、正解を見つけ出せば跡が継げるってことだよな?

 それなら、ブツブツ言うより従った方が得だ。

 そう頭の中で考えているのを分かっているかのように、父上はニヤリと笑う。

 

「ただし、分かるまでは家に帰ってくるな」

「は…?」

 

 何を言っているのか分からずに聞き返す。

 

「そのままの意味だ。答えを見つけるまで家には戻ってくるな」

「な、なんでだよ?」

「なんだ。王を継ぐと言う者が一人で生きることすらできんのか?」

 

 挑発だ。分かりやすい挑発。

 だとしてもだ。ここまで言われた以上は引き下がるわけにはいかねえ。

 やってやるよ!

 

「バカにすんな! 一人で何とでもできるぜ!!」

「フ、ならばせいぜい頑張るがいい。期待(・・)を裏切ってくれるなよ」

 

 何やら期待という言葉を強調し、意味深な笑みを残して去っていく父上。

 くっそ、バカにしやがって。オレだってやればできることを見せてやるよ。

 

「……モードレッド」

「なんだよ、母ちゃん? 今から出ていく準備をするんだけど」

「あの人にも考えがあってのことなので止めません。ですが、これだけはやらせてもらいます」

 

 そう言ってオレのそばに寄ってくる母ちゃん。

 もしかして、なんかくれるんだろうか?

 そう、淡い期待を抱いてしまったオレはきっとバカなんだと思う。

 

「とにかく―――今は寝なさい!!」

 

 ゴツン、という鈍い打撃音が自分の脳天に響く。

 母ちゃんがオレを眠らせるために、無理矢理殴ったのだと理解すると同時に意識が遠のく。

 そして、意識が途切れる寸前に心に固く誓うのだった。

 

 

 ―――何があっても母ちゃんには逆らわないと。

 

 

 

 

 

「出て行くつっても、今日どうすっかな」

 

 日が傾き始めたころに目が覚め、母ちゃんが用意してくれたバックを片手に、ブラブラと歩く。

 一人で生きれると豪語したものの、家がないってのは考えもんだ。

 ビジネスホテルにでも泊まって一晩過ごすか、適当に野宿するか。

 そんなことを考えながら歩いていたところでハタと気づく。

 

「あれ…? なんでこっちに向かって歩いてんだ、オレ」

 

 向かっていたのは普通の住宅街。

 ホテルなんてないところ。そして何より、あいつの家がある。

 ま、まさか、オレ……。

 

「無意識のうちにあいつの家に向かってたのか…?」

 

 気づいてしまった事実に慌てて首を振る。

 いやいや! あり得ねえって。

 それじゃまるで、オレがあいつの家に泊まろうとしてるみたいじゃねえか。

 

「ダメに決まってるだろ! 何も連絡せずに行くとか迷惑だし。

 そもそも、オ、オレとあいつは……」

 

 男と女だ。思わず出かけた言葉を喉の奥に飲み込む。

 違う。あいつとオレはただの友達だ。

 前だって一緒の部屋で寝て、気づいたら一緒の布団で……。

 

「何やってんだよ…オレは…!」

 

 今更ながらに、死ぬほど恥ずかしいことをしていたと気づき顔を覆ってしまう。

 穴があったら入りたい。というか、今度からあいつとどんな顔してあったら―――

 

『……何やってんの、モードレッド?』

「うわぁああッ!?」

『うわっ!?』

 

 件の人物に声をかけられて思わず飛び上がってしまう。

 あいつ、藤丸立香も手にしたスーパーの袋を持ったまま飛び上がっている。

 自分で言うのも何だが、なんだこの状況?

 

「べ、別になんでもねーよ」

 

 取りあえず、ごまかすためにこっちから話しかける。

 

『そ、そう? まあ、モードレッドが言うならそれでいいけど……』

 

 そのまま沈黙が訪れる。

 考えてみりゃ、海で変な別れ方をして以来だ。

 こんな空気になるのは仕方ない。とにかく、今はここから逃げ出そう。

 そう思った時だった。

 

 ぐぅー、と大きな腹の音が鳴る。

 ……そういや、起きてからは何も食ってなかったな、オレ。

 あいつもしっかりとその音を聞いていたのか、クスクス笑ってやがる。

 

「わ、笑うなよ!」

『ごめん、ごめん。そうだ、良かったら夕飯のカレーでも食べていく?』

 

 スーパーの袋を掲げながら尋ねてくる、ぐだ男の姿に少し悩む。

 だが、それもすぐに終わった。悩むなんてオレらしくない。

 今は腹ごしらえの方が大切だ。これからのことはそれから考えりゃいい。

 

「じゃ、じゃあ、食べてくわ」

 

 そうして、オレは立香(・・)の家に行くことにしたのだった。

 





次回はお風呂と一緒に寝るイベント。

さて、皆さんも寝不足に気を付けてくださいね。
作者は徹夜状態のモーさんのテンションを書くために同じく徹夜したので婦長に殴られてきまs


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17話:二人の夜

「ふぅ、食った食った」

『美味しかった?』

「おう、美味かったぜ。ごちそうさん」

『お粗末様でした』

 

 キッチンで皿を洗うぐだ男に答えながら腹を叩く。

 結構な量を食っちまったけど、まあいいだろ。

 あいつも何も言わねーんだし。

 

「そういや、エミヤの奴はどうしたんだ? 今日は居ねぇのかよ」

『エミヤならアルトリア・オルタさんに飯がマズいって言われて、中国に修行しに行ったよ』

 

 なんで中国なのかは知らねぇが、父上に不味いって言われたんなら当然だよな。

 まあ、ただ単に黒い父上は手軽な料理が好きなだけなんだけどな。

 青い父上は雑な料理が嫌いだけどよ。

 

『それはそうと、モードレッドの方はどうしたの?』

「いきなりなんだよ。オレなんか変なことしたか?」

『いや、持ってるバッグが旅行鞄みたいだし。どこかに行く途中かと思って』

 

 食器棚に皿をしまいながら尋ねられる。

 確かに、あのバッグじゃどっかに行くのかって思われるよな。

 

「いや…な。ちょっと父上に課題を出されてよ。それを解決するまで家に帰れねーんだ」

『え? それはまた突然だね。因みにどんな課題なの?』

 

 驚いた顔で尋ねてくるぐだ男にどうしようかと考える。

 まあ、別に言ったらダメだって言われてるわけでもないし。

 第一、こいつはオレの性別を知ってるしな。

 

「王になるには何が必要か考えろってな」

『王様になるのに…?』

「まあ、要は父上がオレに足りないって思ってる部分を理解しろってことだ」

『結構な難題だね』

 

 エプロンを外し椅子に腰かけ考える仕草を見せるぐだ男。

 

「別にお前が考えなくていいぜ。これはオレへの課題なんだからな」

『純粋にモードレッドの夢の手助けがしたいだけだよ。好きでやってるんだ』

 

 いつかの夜に言ったのと同じように、笑顔で告げられる。

 たく……やっぱり、こいつはどうしようもないお人好しだ。

 ま、まあ、そういうところが良いところだと思うけどよ。

 

『? なんか顔が赤いよ?』

「な、何でもねぇよ! 飯食って体温が上がっただけだよ」

『そう、それならいいけど。でも、そうなってくると泊まるとことかどうするの?』

 

 何とかごまかすことに成功するが、今度は別の問題にぶつかる。

 今日寝るところが決まってないのは事実だ。

 さて、どうすっかな……。

 

『良かったら家に泊まってく?』

「へ…?」

 

 今、なに言ったんだこいつ?

 

『泊まる場所決まってないんでしょ?』

「いやいやいや! め、迷惑だろ…?」

『今日は家には他に人もいないし。前にも泊ったことあるでしょ?』

「そ、そりゃ、そうだけどさ」

 

 前は他の奴も居たし、こんな変な気持ちでもなかった。

 オ、オレの覚悟が決まらねぇ…。

 

『まあ、無理強いはしないよ。一先ずお風呂に入ってきたら? ちょうど沸いてるから』

「そ、そうだな。風呂にでも入って考えるわ」

 

 促されて逃げるように風呂場に行く。

 そうだ。風呂にでも入ってゆっくりと考えよう。

 答えを出すのは後でいい。

 

 でも、その時のオレは気づいてなかった。

 風呂まで入ったらお泊りモードになるってことを。

 

 

 

 

 

 湯船に入ると同時にお湯があふれ出す。

 ついでに、浮いていたカタッシュ村の村長も落ちていったので、拾い上げておく。

 

「にしても、何がオレに足りないんだろうな」

 

 浴槽に身を預けて髪を解き、カタッシュ村の村長をいじりながらぼやく。

 剣の腕に関しては型が汚ないが強い。頭だって悪くねぇ。

 なんなら今すぐにでも、父上の代わりに努められる自信がある。

 

 でも、父上はそれじゃないって言うしなぁ。

 一体オレに何を求めてるんだろうな。

 そもそも、王って何をするものなんだ?

 

『モードレッド、タオルはここに置いておくね』

「おう、サンキュー」

 

 扉越しにそんな声が聞こえてきたので礼を言っておく。

 あいつも結構気が利くタイプだよな。

 

『じゃあ、ゆっくりしていってね。俺は布団(・・)を敷いておくから』

「ああ、頼むぜ」

 

 そのまま歩き去っていく音を聞きながら、顔を洗ったところで気づく。

 

「ん…? あいつさっき布団って言ったか?」

 

 軽く思い出してみるが、確かに布団と言っていた。

 オレ……泊まるって言ってないよな?

 

「ま、いいか。ここまで来たら泊ってもいいよな」

 

 考えるのも面倒なのと、もう少しあいつと一緒に居たいという思いから決定する。

 ……それにしても、二人きりか。こんなことって滅多にないよな。

 そ、それにあいつだって男なんだし、もしかしたら。

 

【モードレッド、一緒にお風呂に入ろう】

【バッ! お前男だろ!?】

【君も男なんだから大丈夫だよね。よし、男同士洗い合おうか】

【や、やめろって。そ、そこはぁ…!】

 

 頭の中でそんな展開を想像してしまい、顔面をお湯に叩きつける。

 何考えてんだよ! 冷静になれ、冷静になれ、モードレッド。

 裸で洗いっことか、あんなところやこんなところに手が伸びてくるとか。

 変なことを考えてる場合じゃねぇだろう!

 

【顔が赤いよ、モードレッド】

【の、のぼせただけだよ。勘違いすんじゃねぇよ】

【じゃあ、下も洗っていくね】

【よ、よせって……あっ】

 

 相手の許可を得ることなく伸びてくる不埒な手。

 いやらしい手の動きで、情けなく喘ぎ声をあげるオレ。

 そんな妄想を考える自分が恥ずかしくなり、顔を半分まで湯船につけブクブクと泡を吐く。

 考えるな、考えるな、考えるな。あいつのことなんて。

 

『あ、モードレッド? 言い忘れてたけど―――』

「にゃぁあああッ!?」

『えっ! なに!?』

 

 悪すぎるタイミングで、声をかけられたせいで叫んじまう。

 向こう側であいつがビクッと驚いている気配がするけど関係ねえ。

 全部あいつが悪い。

 

『何かあったの、モードレッド!?』

 

 だというのに、オレに何かあったかのかと心配をして扉を開けるあいつ。

 て、ふざけんな!

 

「入ってくんじゃねえよ、この変態が!」

『アヒル村長ッ!?』

 

 あいつの目がオレを捉える前に、カタッシュ村の村長を顔面にぶつける。

 目から星を出してるけど、オレは悪くねえ。

 そのままの勢いで扉を閉めて罵倒を叩きつける。

 

「勝手に人の裸を見ようとすんじゃねえよ、バカが! こ、心の準備ができねえだろ!」

『でも、モードレッドが急に叫ぶから……』

「うるせぇ! 変なこと想像させやがって! 全部お前のせいだ!!」

『えぇ……』

 

 扉の向こう側で訳が分からずに白い眼をしているのが分かる。

 でも関係ねえ。覗こうとした奴が100%悪だ。

 

『とにかく、赤い歯ブラシがあるからそれ使ってって、さっき言い忘れただけだから』

「なんだよ。そんなこと後でもいいだろ」

『普通はこんな状況になるなんて思わないよ……もう上がるまで来ないから安心して』

 

 最後に溜息を吐くように、言い残していくぐだ男。

 そのことにホッと胸を撫で下ろすのと同時に、少しだけ残念な気持ちになる。

 

「て、オレはまた何を期待してんだよ…! ちっ、さっさと洗って上がるか」

 

 顔をしかめてボヤキながら、体を洗い始めるのだった。

 無意識のうちに、いつもよりも細かく、丁寧に(・・・)

 

 

 

 

 

 風呂から上がり、いつものように髪をまとめて一息つく。

 ふとテーブルを見ると、瓶のコーラが置いてあったので拝借する。

 

「ぷはっ! 風呂上がりに用意しておくなんて気が利くじゃねえか」

 

 自分で飲むつもりなら冷蔵庫に入れておくだろうから、これはオレ用のはずだ。

 そう、自己正当化を図りながらソファーに寝そべる。

 あいつは今風呂に入っているので、部屋にはオレ一人だけだ。

 

「………暇だな」

 

 テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばすが、途中でやめる。

 特に見たい番組もないし、何だか気が引けた。

 といっても、暇なのは事実なのであいつの部屋に向かうことにする。

 

「漫画でも読むか。J〇J〇の6部が読みかけだったよな」

 

 乱雑に扉を開けてあいつの部屋に侵入する。

 そして、本棚から数冊ほどひっつかみ近くにあったベッドに寝転がる。

 ギシリ、と軋む音が静かな部屋に響く。

 何故かその音が嫌に気になってしまうが、気のせいだと首を振って枕を引きよせる。

 

「……あいつの匂いがする」

 

 どこか温かな太陽を思わせるあいつの匂いに、気が緩み枕に顔を埋める。

 が、すぐに自分が何をしているのかに気づき、飛び上がる。

 

「な、なななな、何やってんだよ、オレ…?」

 

 余りにも恥ずかしい行動を取った自分が信じられねえ。

 オレはこんなことをする柄じゃねえだろ。

 そもそも、人の匂いを嗅ぐとか引くとか、そういうレベルじゃない。

 ただの変態だ。

 

「そもそも、なんでオレは他人のベッドの上で寝転がったんだよ」

 

 そこまで遠慮のない性格してたか、オレ?

 いや、してるかもしれねーけどさ。わざわざ熱い部屋で寛ぐ必要はなかったろ。

 でも、あいつのベッドに無意識に寝転がった。

 それは……あいつの存在をもっと感じたかったからじゃないのか?

 

「そ、そんなわけねーよなぁ」

 

 自分でその考えを否定しながらも、もう一度ベッドにうつぶせになる。

 暑いはずなのに、全然嫌悪感がない。なんというか、今は温かく感じられる。

 全身が包み込まれるみたいで、あいつに抱きしめられているみたいな感じだ。

 

「て、違う! 違う! あいつのことなんて―――」

『俺のことなんて?』

「ぎにゃぁああッ!?」

 

 またも最悪のタイミングで現れたあいつに枕を全力投球する。

 正直、枕じゃなかったら首が吹き飛ぶ程度の威力で投げたがあいつはケロリとしたままだ。

 なんで、アヒルのおもちゃは効くのに枕は効かないんだよ。

 

『何とも思ってないって言おうとした?』

 

 風呂上がりのせいか、頬の赤いあいつがゆっくりと迫ってくる。

 ギシギシとベッドが音を上げ、二人分の体重を乗せたことを伝える。

 

「お、おい。何で近づいてくるんだよ…?」

『俺のベッドに俺が寝るのはおかしいかな?』

「そ、そういう意味じゃなくて」

 

 怯える様に声を震わせるオレを無視してあいつは近づく。

 そして、何も抵抗を見せないことを確認して、上からオレの顔を覗き込む。

 

『ちゃんと別の部屋に布団は引いてあるけど、今日はここで寝る?』

「ここって……お、お前のベッドじゃねえか」

『……モードレッド』

 

 立香(・・)がさらに身を乗り出して、ほとんどオレを押し倒す形になる。

 抵抗しようと思えば抵抗できる。でも、体は動こうとはしない。

 そんな訳の分からない感覚に戸惑うオレに、立香はゆっくりと手を伸ばす。

 

 ばくんと心臓が跳ねる。

 ただ頬を撫でられただけなのに、全身に甘い刺激が走る。

 

 

『俺だって男なんだよ?』

 

 

 そう告げるあいつの瞳は、獣のような獰猛さを湛えていた。

 

『今すぐにでも襲ってしまいたい』

 

 顔が近づく。熱い吐息がオレの頬を撫で、毛を逆立たせる。

 本気だ。立香はマジでオレのことを襲いたがっているんだ。

 

「それは……」

 

 怖い。だというのに嫌悪感はない。

 それはあいつの心に下種なものがないからだろう。

 純粋にオレという存在を欲している。

 もう隠しようがない。止めようがない。藤丸立香は。

 

『好きだ……モードレッド』

 

 オレのことが異性として好きなんだ。

 こんな、女らしさの欠片もないようなオレのことが。

 馬鹿みたいに好きなんだ。恋焦がれるような目を見りゃ嫌でも分かる。

 

『君が欲しい』

「ほ、欲しいって……どういう意味だ?」

『言わせたい?』

 

 不服そうに、ご馳走を前に我慢させられている獣のような瞳で答える。

 分かってる。ここまで来て分からない程鈍いわけじゃない。

 抱きたいんだ。こいつはオレの全てを欲しがっている。

 そして、その事実に心はどうしようもなく騒めいているんだ。

 

『君はオレのことをどう思ってるの?』

「……嫌いって言ったらどうする?」

 

 もどかし気に内股を擦りながら尋ねてみる。

 無理にでもオレのことをものにしようとするか、と。

 

『何もしないよ。今すぐ君の傍から消えるよ』

「無理矢理はしないのか? オレのことが好きなら力づくでもするんじゃないのか?」

『本気で好きだから。君が傷つくことはしたくない』

 

 そう真剣な顔で告げ、オレが動けるように退く立香。

 その行動に本気で想ってくれていることが伝わり、キュンと胸が締め付けられる。

 

『嫌いなら、お前のことは何とも思っていないと言ってもいい。でも、君の言葉で聞きたい』

「ず、ずりぃぞ……オレに言わせるなよ」

 

 今日一番の真剣な表情を見せる立香に顔を背ける。

 でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 答えないとな。ずっとごまかし続けるわけにもいかねえ。

 こいつを。そしてオレ自身を。

 

「……だ」

『良く聞こえないんだけど?』

 

 くそ! こいつのこういうところはムカつくぜ。

 何度も言わせるなよ。オレを恥ずかしさで殺す気かよ。

 

 

「オレもその……好き…だよ」

 

 

 全身の血が沸騰してしまったのではないかと思うほど体が熱い。全身が真っ赤になる。

 まともにあいつの顔が見れない。それでも、返事をした以上は反応を見なければならない。

 覚悟を決めてあいつの前に向きなおる。その瞬間。

 

 ―――唇を奪い去られた。

 

 貪るように、それでいてこちらを気遣うような優しさも見せる口づけ。

 突然の出来事に頭がバカになり、呆然と相手を見つめことしかできない。

 

『よかった。俺も君のことが大好きだ、愛してる』

 

 そして、再び激しい口づけをしてくる。

 そこでようやく意識を取り戻し、思いっきりこの変態の頭をぶん殴る。

 

「い、いきなりキスしてくんな! こっちにも準備ってもんがあるんだよ!!」

『いたた…。ごめん、我慢できなかったから』

「そういうのはもっと…こう…順序ってもんが……て、なに抱きしめてんだよ」

『順序って言ったから』

「あのなぁ…」

 

 とぼけた顔で返事をする立香に溜息を吐く。

 こいつと一緒に居て男のフリを続けられるのか。

 父上からの課題をどうやってクリアするのか。

 色々と問題はある。でも、今この時間ぐらいは。

 

「たく、しょうがねぇな……」

 

 安心してこいつに全てを委ねてもいいだろ。

 

「じゃあ、もうちょっとだけ……ギュッてしてもいいぜ」

 

 オレの心をあいつに奉げるように、体を立香の胸板に預ける。

 

『その先はどうかな…?』

「……ばーか」

 

 初めての二人だけの夜は温かくて暑いものだった。

 





注:この小説は全年齢版です。二人のこの後はご想像にお任せします。
さて、ここからラストスパートです。


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18話:跡継ぎ

 ―――マズい。

 その言葉が私の耳から離れてくれない。

 幾千の罵倒を叩きつけられるよりもなお強力な一撃だった。

 

 私に剣を作る以外の才能はない。だが、料理には少なからず自信があった。

 だというのに、かの騎士王は一刀のもとに私の自信を叩き斬った。

 隠すことなくその時の心情を告げるとすれば、一言で死にたい。

 

 それだけのショックだった。

 養父切嗣の子供の頃の夢が正義の味方ではなく、魔法少女になることだったとしてもここまでのショックは受けなかっただろう。

 

「私の料理に何が足りなかったのだ…?」

 

 滝に打たれながら自問自答する。

 イメージするのだ。エミヤ(正義の味方)ではなくただの料理人として。

 黒き騎士王の舌を唸らせるには何が必要なのかを。

 

 凍るような水が肌に突き刺さるが、今はそれを感じることもない。

 命綱なしの綱渡りに挑むよりもなお集中する。

 考えろ。彼女は何を欲しているのか。

 

 彼女の好みの料理はジャンクフードだ。

 ならばと思い、最高級のハンバーガーを作ったのだが不評だった。

 理由は……そうだ。手間暇をかけて作ったからだ。

 

 言うならば、あれは世界に一つのハンバーガー。

 量産性を極めたジャンクなものとは別物だ。

 それが彼女のジャンク舌には不評だったのだろう。

 

「では、いい加減に作った料理を彼女に出すのか?」

 

 答えは否だ。それでは意味がない。妥協を進化とは呼ばない。

 なにより私の拘りがそれを許さない。世界中のメル友の一流シェフ達への侮辱だ。

 ならば、どうする? 味付けを極端に濃くするか?

 

 だがそれでは健康に害が及ぶ。何より彼女の言うジャンクとは雑さのことだ。

 丁寧に濃い味付けにしたところで同じ結末を辿るだろう。

 

「それでは意味がない。何だ…? 何が私に足りないのだ…?」

 

 己の内面に問いかける。料理においての雑さとは何なのかと。

 ただポテトをマッシュしただけの料理。上等な料理にハチミツをぶちまける味付け。

 違う。これだけでは足りない。もっとだ。もっと根源に近づくのだ。

 

 究極の雑さとは何なのか。そして、それを料理するのに何が必要なのか。

 雑さとは見方を変えれば手を加えないことだ。

 では、料理にとって手を加えない状態とはなんだ?

 

「そうか…! 素材だ、素材そのものの味を最大限に引き出すんだ!」

 

 思わず立ち上がり、声を上げる。

 手を加えることなく、素材そのものの味を引き出す。

 そこに活路がある。調理の工程を極限にまで省くことで素材の味を引き立てる。

 雑な味付けに妥協するのではなく、味付けという概念を省く。

 素材そのものでジャンクな味を生み出すのだ。

 

「そのために必要なのは素材への感謝の気持ち。そしてなにより―――ワイルドさだ!」

 

 調理をする私も、大自然に溶け込むようなワイルドさを持っていなければならない。

 他者を理解するには他者と同じ目線に立つこと。

 ならば、素材を理解するために素材と同じ大自然と一体化することは当然のこと。

 

「答えは得た。待っていてくれ、セイバー。必ず君の舌を満足させて見せるから」

 

 

 

 

 

『え? ワイルドになるためにギアナ高地で修行してくる? ちょっと何言ってるか分かんない』

 

 エミヤから電話で告げられた内容に、訳が分からないという顔をする立香。

 傍から聞いてるオレでも訳が分からないので仕方がないだろう。

 

『はぁ…これはもうしばらく帰ってこないな』

「ま、いいんじゃね? 父上の舌を満足させるためなんだからよ」

『そうだね。いつも世話になってるから、偶には好きなことをやってもらわないとね』

 

 小さく笑みを浮かべ、携帯をしまう立香。

 その顔からはエミヤに対する確かな感謝の念が感じられた。

 

『ところで』

「なんだよ?」

『いつまでゴロゴロしてる?』

 

 おっとりとした声で聞かれて改めて現状を認識する。

 オレ達は一つのベッドの上で横になっている。

 オレは漫画を読んで、立香は偉人伝を読んでいる違いはあるが、どっちも同じ体勢だ。

 というか、オレがあいつの腕の中にすっぽりと納まる形になっている。

 

「つっても何かやることあるか?」

『いや、特にはないし、俺もこのままずっとこうしてたいけど』

「けど?」

『王になるには何が必要か考えないといけないんでしょ?』

 

 そう言われて漫画をパタンと閉じる。

 ……完全に忘れてた。いや、忘れてたつーか色んな事がありすぎて考える暇がなかったつーか。

 とにかく、答えを出さないとな。

 

「でないと、ずっとここにいる羽目になっちまう」

『ずっと家に居てくれてもいいんだよ?』

「ハ、ありがたいけど、甘え続けるわけにもいかねえだろ」

『……昨日はあんなに甘えてきてたのに』

「う、うるせぇ!」

 

 昨晩のことをほじくり返され、思わず立香の腹に肘鉄を食らわす。

 後ろでうめき声が聞こえてくるが自業自得だ。

 そりゃ、昨日の夜は甘えたかもしれねーけど、偶々空気に流されただけだ。

 普段からこんな奴に頼りっぱなしになるわけねーよ。

 

『まあ、いいや。どうする、ここで考えてみる?』

「なんでお前と一緒に考えることが前提なんだよ」

『ずっと味方だって言ったしね』

 

 背中から柔らかな声が聞こえてくる。

 振り返らなくても分かる。こいつが馬鹿みたいに優しい顔で笑っているのが。

 オレを守ってくれるって言っているのが。

 

「……しゃーねえな」

 

 だから、オレはこいつを信じる。

 

『じゃあ、まずはアルトリアさんにあって、モードレッドにないものを考えるのが良いと思う』

「ああ、確かにそれなら足りないものを見つけやすいか」

 

 父上=王だ。そこからオレを引き算したら王に足りないものが分かる。

 父上―オレ=で0になるようにすりゃ、自然と王になれる。

 まずはオレに足りないものを明らかにしないとな。

 

「なあ、お前から見て父上にあってオレにないものは何だと思う?」

『うーん……胸?』

 

 みぞおちに肘鉄を三発ほどお見舞いしてやる。

 割とガチでやばそうな声が聞こえてくるが、同情は一切ない。

 

『ケホ…ゲホ……ごめん、調子に乗った』

「次ふざけたこと言ったら、二度と口を聞けなくしてやるからな?」

 

 涙を流しながら謝ってくるバカに脅しをかける。

 そもそも、昨日あれだけ……いや、思い出すと恥ずかしくなるからやめだ。

 

「大体、オレだって大人になったら母ちゃんぐらいには……」

『大丈夫。大きくても小さくてもどっちも好きだから』

「お前自分で殺してくれって言ってる自覚あるか?」

 

 いい顔でセクハラ発言をかます、立香の首を締めあげる。

 『こういうプレイも……』とか、なんでこいつはこういう耐久性だけは高いんだよ。

 一回どっちが上かハッキリさせないとダメか?

 

「はぁ……とにかく、真面目に考えろ」

『イエスマム。……まあ、普通に考えたら経験量じゃない?』

「経験か…」

 

 確かにオレと父上じゃ、乗り越えてきた修羅場の数が違い過ぎるな。

 乱立してた子会社をまとめ上げたりとか、インペリアルローマに喧嘩売ったりとか。

 とにかく、父上には色々とあるからな。

 

「じゃあ、今から父上の武勇伝でも真似しに行くか!」

『え? まさかローマに喧嘩売るの?』

「ちげーよ。父上の逸話って言ったらまずはあれだろ」

 

 選定の剣を抜くところからだ。

 

 

 

 

 

「ちくしょおおおッ! 抜けねぇええええッ!!」

 

 岩に刺さったカリバーンが抜けずに喚くモードレッド。

 因みにカリバーンは、衛宮邸の蔵から拝借したものを適当な岩に刺した。

 

「ふざけんな…! オレに抜けねえはずがないだろぉ!?」

 

 若干涙目になりながら、カリバーンを抜こうとするがビクともしない。

 まるでカリバーン自体に意志があり、「アルトリア以外に抜かせてたまるか」と言っているような感じだ。

 そこまでモードレッドに抜かれるのが嫌か。

 

『ま、まあ、そもそも投影品だし。エミヤが悪戯で変な機能をつけただけかもしれないし』

「むしろ偽物の時点で拒否されるとか……オレって」

 

 取りあえず慰めようとするが、逆に傷口を抉ってしまう。

 まずい、このままだと一気にカムランコースに向かいかねない。

 

『そうだ! 一人でダメなら二人でやればいけるよ!』

「そうか…?」

『ほら、まだ未熟ってだけで二人で一人前とかよく言うでしょ? あれと同じ要領でさ』

「じゃ、じゃあ、やってみるか」

 

 二人で並び立ちカリバーンに手をかける。

 そうだ。一人では扱えなかった武器が二人だと扱えるなんて、まさに王道じゃないか。

 だから、今回だってきっと―――

 

 

「抜けねぇじゃねえかよぉおおおッ!!」

 

 

 やっぱりダメだった。

 そりゃそうか。オレには王気なんてないし。

 

「クソ…オレにはラブラブカリバーンも許されないのかよ。ちょっとやってみたかったのに……」

『ケ、ケーキ入刀ならできるから大丈夫だって』

「そんなの慰めにならねえよ!」

 

 グスグスと涙を流し始めるモードレッド。

 今の今まで自分に抜けないはずがないと思っていただけに、ダメージが大きいのだろう。

 しかし、どうしようか。

 

『これ、誰にも抜けないとこのまま放置だよね……』

 

 後で返す気で借りてきたので抜けないと困る。

 それに、もしかしたら抜こうとしても抜けない剣として観光名所になるかもしれない。

 

『おいて帰るわけにもいかないし、どうしようか』

「……おい、立香どいてろ」

『へ?』

「岩から抜けねえなら岩をぶっ壊す!! クラレント―――」

『ストーップ!』

 

 逆転の発想とも言える行動に出ようとする彼女を慌てて羽交い絞めにする。

 本物ならいざ知らず、偽物のカリバーンなら折れてしまいかねない。

 借り物を壊すのは流石にダメだろう。

 

「放せよ! 大体それ以外にあれを抜くなんて無理だろ!?」

『た、確かにそうだけど。だと言ってもね!』

 

 二人でギャーギャーと口論を交わす。

 だから俺達は気づかなかった。

 白百合の姫のような女の子が近づいてきているのを。

 

「はい。これでいいですか? モードレッドさん、立香さん」

 

 声をかけられて振り向くと、そこにはアルトリア・リリィが居た。

 ―――カリバーンを何食わぬ顔で差し出しながら。

 

『そ、それは、どうやって…?』

「…? 普通に持ったらスルッと抜けましたよ?」

『……大変じゃなかったの?』

「いえ、まるで自分から抜かれに来たみたいに簡単でしたよ」

 

 ニコニコと笑いながら告げる彼女は、客観的に見れば天使のようであった。

 だが俺達からすれば、それは悪魔の笑みだった。

 

「はい、モードレッドさん」

 

 惜しげもなくカリバーンをモードレッドに渡すリリィ。

 

「何を頑張っているか分かりませんが、頑張ってくださいね! それでは私はここで」

 

 リリィは石像のように固まるモードレッドを置いて、笑顔で歩き去っていく。

 まるで格の違いを見せつけるかのように、王者として堂々と。

 

「……なぁ」

『……なに?』

「オレ泣いてもいいか?」

 

 俺は黙って彼女を抱きしめてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 家に帰りベッドの上で背中を向けるモードレッド。

 明らかにいじけているその背中に苦笑しながら、コンビニで買ってきたものを出す。

 

『モードレッド』

「…………」

『ブラックサンダーアイス買ってきたんだけど食べる?』

「………食う」

 

 こちらに顔を向けることなく、手だけを突き出して求める。

 そんな姿に子どもっぽいなと思いながらアイスを渡す。

 ついでに自分の分を取り出し、一口かぶりつく。

 濃厚なチョコのうまみと、ガリガリとした触感が口の中に広がる。

 

「……オレさ」

『ん?』

「王にむいてねーのかな」

『随分と弱気な言葉だね』

 

 一人背中を向けたまま呟く彼女の傍に腰かける。

 そして、頭を撫でるがいつもとは違い反発してこない。

 

「父上はオレには継ぐ資格がないって言ってくるし、剣は抜けなかったし……」

『まだ、それだけでしょ』

「まだってな……。実際に王になれるかって言われたら……自信ねーし」

 

 珍しく弱音を吐く彼女の姿を見つめる。

 細い肩だ。ほんのちょっとの重荷だけでも、簡単に壊れてしまえそうなほどに細い。

 どこにでもいる普通の少女にしか見えない。

 

『……前から聞きたかったんだけどさ』

「なんだよ?」

『どうしてアルトリアさんを継ぎたいの?』

 

 その質問に初めて振り返るモードレッド。

 一体こいつは何当たり前のことを聞いているのかという顔で。

 

「そりゃ、父上を越えるためって言っただろ」

『それは覚えてる』

「じゃあなんで、今更そんなこと聞いてくるんだよ?」

 

 ネコ目で首を傾げるモードレッドに、言うべきか言わないべきか悩む。

 でも、結局言うことにする。

 

『別に越えるだけなら後を継ぐ必要はないんじゃない?』

「……は?」

『いや、アルトリアさんの功績を越えるのを独立してやるってのはダメなの?』

 

 ただ超えるだけなら、別に後継者としてやらなければならないという理由はない。

 むしろ単純に大きい会社を作れば越えたという見方もされやすい。

 でも、後継者というのは絶対に初代は越えられない。

 

 0を1にするのと1を10にするのは、全く別の功績だ。

 創立者というのは、後にどれだけ偉大な後継者が現れても尊敬され続ける。

 ある種の神様のようなものだ。

 

 後継者は常に創立者を敬い続け、偉大なる先駆者に頭を下げ続けなければならない。

 故に功績でどれだけ上回っても、単純な比較すら許されない。

 初代というのはそれだけ別格の存在なのだ。

 

「……いや、オレは父上の跡を継ぐんだって」

『それだと、アルトリアさんの功績あってのものだって思われて越えたとは言われづらいよ?』

「んなこと言われたって! オレは! ……父上の跡を継ぎたいんだよ」

 

 自分がどうしても跡を継ぐことに固執していることに気づき、胸を押さえるモードレッド。

 ああ、そうだ。彼女はいつだって父親を継ぐことを意識していた。

 それはただ単純に、父を越えるという気持ちからじゃない。

 他にも理由があるはずだ。

 

『ねえ、どうしてアルトリアさんの跡を継ぎたいの?』

 

 だから尋ねる。本当の意味で彼女が跡取りに固執する理由を。

 

 

「それは……だって…オレは―――」

 

 




カリバーン抜けなくて泣いてるモーさんはコハエースの絵で想像してください。
さて次回で多分ラストになります。

こっからは余談ですが、終わったら新作でも書こうかなと思ってます。
ツチノコに転生とか、なのはで不良女オリ主とか、ZeroとTOX2のクロスとか。
後、アトリエシリーズに手を付け始めたのでそこら辺も書きたい。
追記:簡単な構想を活動報告に上げておきました。


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19話:我が麗しき父への叛逆

 いつだってその背中に憧れてきた。

 父上の大きな背中に。

 

 色んなもんを全部背負っても、毅然と立ち続ける姿は美しかった。

 この人ならどんな重荷だって簡単に背負ってみせる。

 オレだけじゃない。他の円卓の奴らだってそう思ってた。

 

 でも、違った。どんなに完璧な存在に見えても完全なものなんてない。

 平然と立っているように見えても、軽いはずがなかった。

 大きく見える背中は本当は小さくて、いつ壊れてもおかしくないものだ。

 

 それでもなお、弱みを見せることなく立ち続ける。

 だから、その姿は美しかったんだ。

 強い人間が背負い続けているなら美しくはない。そいつは当然のことだ。

 

 本当は小さくてか弱い存在が、弱さを押し隠して全てを背負うから美しかったんだ。

 憧れは尊敬に変わった。そして、今までよりも強く父上を継ぎたいと思った。

 あの美しい存在に自分もなりたいと。

 

 何よりも、あの背中にかかる重みを―――

 

 

 

 

 

「少しでも……父上の背中にかかる重責を軽くしてあげたかった。代わりになってあげたかった」

 

 思い出す。どうして頑なに父上の跡を継ぎたいと願ったのか。

 オレはあの人にかかる重圧を肩代わりしたかった。

 肩の荷を下ろしてもらうために跡を継ぎたかったんだ。

 

『そっか……』

「オレは父上に楽してもらいたくて継ぎたかったんだな……」

 

 大きく息を吐いて脱力する。

 なんだ。こんな理由で固執してたんだな、オレ。

 

『アルトリアさんはきっとそれを知ってたんだね』

「なんだよ。まだ隠居するには早いって言いたいのか?」

『そうじゃなくて、モードレッドにとっては跡を継ぐことが目標になってるからじゃないの?』

 

 口に手を当てて考え込む仕草を見せる。

 一体、何が言いたいんだ立香の奴は?

 

『モードレッドは王様になって何がしたいの?』

「何ってそりゃ…そりゃあ……」

 

 何がしたいのかと言われて答えに詰まる。

 勿論父上を越える。でも具体的に聞かれると答えられない。

 

『アルトリアさんは関係なく、自分が王になってしたいことは?』

 

 そんなオレの心を見透かしたように重ねて尋ねられる。

 父上に関係ないこと? そんなもん、そんなもん……。

 

「思いつかねえ……」

『やっぱり』

 

 父上に関わらないことなんて一つも思い浮かばない。

 改めて自覚する。自分にとっての父上の重さを。

 父上のいないオレなんて考えられない。

 でも、もし父上が王じゃなかったら、オレは王を目指していたいのか?

 

『どんな王様になりたいの? 名君? 暗君? それとも暴君?』

「……そうか。オレは王になって何をするかを考えてないんだな」

『うん。君は王になることが最終目的になっている。その先がない』

 

 ハッキリと告げられる。

 王になることは終わりじゃない。本当はそこからが始まりだ。

 なのにそれを考えていなかった。

 父上を継ぐことばかりに意識がいって、その先を見ていない。

 きっと父上はそのことを気づかせたかったんだ。

 

「ああクソ…! やることもやりたいことも決まってないんじゃ、父上以上の名君どころか、暴君にもなれねえ」

 

 これなら暗君の方がマシだ。

 今のオレは結局何もかもブチ壊して、一つも生み出さずに終わるのが関の山だろう。

 

「やっぱオレって王に向いてねーのな……」

 

 なんだか全部アホらしくなって体をベッドに投げ出す。

 もしかすると、生まれた時点で王になれる奴ってのは、決まってるのかもしれない。

 所詮オレは将が無理して王の器を埋めようとしてるだけだ。

 王の王たる器を持ってる奴には及ばない。

 無理なのかな……父上を越えるなんて。

 

『向いてる向いてないは分からないけど』

「あぁ?」

『君が王を目指すのなら俺は第一の臣下になるよ』

 

 足元で立香が跪く。まるで王に仕える騎士のように。

 

「お、おい、何してんだよ?」

『毎回言ってるけど、俺はずっと君の味方だ』

「……暴君になってめちゃくちゃにするかもしんねーぞ?」

『暴君だろうが暗君だろうが、俺が味方をするのは君だけだ。それは決して変わらない』

 

 真っすぐな青い瞳を見つめる。

 嘘なんてない。きっと死んでもこの言葉を守る。

 立香はそう思える瞳をしている。

 

 

『我が王、モードレッド。ここに永遠の忠誠を誓います』

 

 

 誓いの言葉と共にオレの手を取り、小さな口づけが送られる。

 普段なら恥ずかしくなって振り払う所だ。

 でも、今回ばかりはそうもいかねえ。

 

「……二言はないな?」

『全てはあなたのために。盾となり、剣となり、あなたを守ろう。この命続く限り』

「そうか。ならばオレは卿の王であろう。卿の魂が朽ち果てるその瞬間まで」

『ありがたきお言葉』

 

 深々と頭を下げ、忠誠を誓う立香。

 それに対してオレも人生で一番の真剣さをもって答える。

 王と騎士が交わす契約。

 決して汚されることなく、破れることのない不滅の誓い。

 その言の葉を、心に深く深く刻みつける。

 

「………で、いつまでふざけた態度をとってんだ?」

『酷いな。俺はどこまでも真剣だって言うのに』

「いきなりこんなことしてきておいて、良く言えるぜ」

 

 たく、緊張から解き放たれたような、ニヤけた顔しといてよく言うぜ。

 まあ、真剣だって言うのだけは認めてやるけどさ。

 

「でも、まあ……これで方針は決まったな」

『え? 解決するようなこと話したっけ?』

「オレは父上に楽して欲しいんだ。一番の想いはこれだ。でも、越えたいってのも嘘じゃない」

 

 順当に継ぐだけ継いで、父上に引退してもらうだけで良かった。

 それでも、父上を越えたいっていう気持ちが無いわけじゃない。

 両方を叶えるにはどうしたらいいのか。

 今までの苦悩が馬鹿みたいに、すんなりと答えが出た。

 訳分けんねえ答えかもしんねえけど、オレにはこれしかない。

 

「決めたぜ。オレは―――叛逆する!」

『へ?』

 

 我が麗しき父への叛逆の始まりだ。

 

 

 

 

 

「父上ーッ! いるかぁーッ!?」

「帰ってきたと思ったらいきなりなんだ?」

 

 久々に帰る家の空気を懐かしむこともなく、モードレッドはアルトリアさんの下に躍り出る。

 アルトリアさんは怪訝そうに、モードレッドを一瞥した後に俺を見る。

 そして、ほんの少しだけ唇の端を釣り上げて見せるのだった。

 

「まあいい。それよりも答えは見つけられたのか?」

 

 視線をモードレッドに戻し問いかける。

 

「ああ…。オレはどんな王になりたいか、王になって何をするかを考えてなかった」

「ほぉ。どうやら無意味に遊んでいただけではないようだな」

「当たり前だ」

 

 カリバーンを抜こうとして、迷走していたことは黙っておこう。

 

「それで、気づいたのなら少しは考えたのだろうな?」

 

 重要なのはそこだとばかりに、指で机をトントンと叩くアルトリアさん。

 確かにそこが話しの肝になるのだが、俺は何も聞いていない。

 一体モードレッドはどんな答えを出したのだろうか。

 

「いいや、考えてないぜ!」

 

 堂々とした宣言に、さしものアルトリアさんも目を見開く。

 俺も思わず口をポカンと開けてしまう。

 

『な、なんで考えてないの? というか考えたから来たんじゃ』

「うるせーな。今のオレじゃどんなに考えても答えは出ねえ。そう思ったんだよ」

 

 あっけからんとした態度で語る彼女に思わず目を押さえてしまう。

 こんなことなら、ここに来る前にちゃんと話してくればよかった。

 そう思うがもう遅い。

 

「……そんな答えで私が納得すると思ってるのか? こんなことでは私の跡など―――」

「いいや、跡は継がねえ」

『え…?』

 

 さらに予想外の言葉にマヌケな声を上げてしまう。

 そんな俺とは反対にアルトリアさんは静かにモードレッドを見据える。

 

「……理由を聞こう」

「オレは父上を重責から解放したかった。だから、さっさと隠居してもらおうとしてた」

「私はまだまだ現役だ。いらん世話だ」

 

 憮然とした態度で否定する。

 だが、その表情は少しばかり嬉しそうだった。

 

「分かってるよ。でも、同時にあなたを越えたいとも思ってた」

 

 モードレッドの表情が寂しそうな、それでいて逞しいものに変わる。

 

「だからあなたの真似をしようとしてきた。でも、真似をするだけじゃ越えられない」

「そうだな。今のお前が私を越えるなど夢のまた夢だ」

「だから、オレは……あなたから離れないといけないんだ」

「なに…?」

 

 決意を込めた表情に、アルトリアさんが初めて動揺を見せる。

 かくいう俺も、父親大好きっ娘のモードレッドが、父上から離れるという事実に驚愕している。

 

「あなたから離れないと、オレはあなたに自分の存在意義をすがってしまう。

 どんな王になりたいかも、どんな風に生きたいかも、全部あなたを通して見てしまう。

 だから離れる。そうしないと何も新しいものなんて見つけられない」

 

 彼女はずっとアーサー王という存在に依存してきた。

 良い面もあったし、悪い面もあっただろう。

 だが、アーサー王なくしてモードレッドという存在はあり得ない。

 そう思い込んできた。

 

「あなたが居なくてもオレは生きていける。オレはオレだ。

 オレがオレとして生きて行けば、そのうち目指すべき理想も見えてくる。

 だから、オレは。アーサー王に―――叛逆する!」

 

 これは確固たる自分という存在を見つけ出すための叛逆だ。

 言わば親離れの儀式のようなもの。

 

「オレは独立する。そんでもってあなたの功績を越える。

 で、ブリテンを吸収合併して隠居させてやるよ!」

 

 屈託ない顔でモードレッドが笑う。

 父上を越える。父上を重責から解放する。

 その両方を叶え、さらに自分が目指すべき理想を見つけるために独立する。

 それが彼女が書いた反逆への序章だった。

 

「……クッ。これはまた大きく出たな」

「おう。夢と目標はデカくないとな」

「随分と変わったな。いや、変えられたと言うべきか?」

 

 面白そうに小さく笑いながらチラリと目を向けられる。

 だが、次の瞬間にはその表情は一変する。

 

「しかし、ブリテンに仇なすのならば―――今ここで消さねばな」

 

 残虐な表情が露わになり、その手にロンゴミニアドが握られる。

 肌が、魂が感じ取る。俺達を排除するのだと。

 ブリテンの守護者として情け容赦なく。

 

『モードレッドは俺が守る!』

 

 だから、俺はモードレッドの前に立つ。

 剣として敵を薙ぎ払うことはできずとも、盾となり守ることはできる。

 俺は彼女を守る騎士なのだから。

 

「おい! 退けって! お前じゃ話にならねえよ!」

『分かってる。でも守らないという選択肢はない』

 

 モードレッドは慌てて俺を退けようとするが、関係ない。

 前に立たないといけないんだ。誰でもない自分のために。

 

「フ、若いな。だが、覚えておくがいい。無謀を勇気とは呼ばん」

 

 そんな俺の姿を冷たい目で見降ろすアルトリアさん。

 濃厚な殺意が叩きつけられる。脳裏に明確に自分が死ぬ姿を描くほどに。

 分かっている。何の役にも立てない。むしろ足を引っ張るだけだ。

 でも、それでも、俺はモードレッドを守りたいんだ。

 

『無謀で結構。守りたい人が傷つくのを指をくわえて見ているなんて俺にはできない』

「立香、それはオレのセリフだ。臣下を見捨てるなんざ王のすることじゃねえよ」

「ほぉ、二人で来るか?」

 

 モードレッドが乱暴に俺を押して横に並び立つ。

 どちらも相手を守りたい。なら、こうなるのは必然なのだろう。

 お互いがお互いを守る。肩を並べて困難に立ち向かっていく。

 今までも、そしてこれからも。

 

「……全く。どうして私の周りには無茶ばかりする奴が多いのか」

 

 突如として気の抜けた声が零れる。

 

「勝てもしない大英雄に立ち向かったり、眠りもせずに看護を続けたり……こっちの身にもなって欲しいものだ」

『えーと……戦わないんですか?』

「こけおどしだ。ちょっとした騎士王ジョークだ、許せ」

『ええ……』

「なんだよ……まあ、よく考えたら父上なら真正面からかかって来いって言うよな」

 

 緊張していた反動からどっと力が抜ける。

 俺の覚悟は何だったのだろうか……。

 

「なんだ? そちらが戦いたいのなら構わんぞ。娘が欲しくば私を倒していけとでも言おうか?」

「な、なな何言ってんだよ!?」

「むしろ、最初はそちらの話かと思っていたぞ。あのドラ娘が彼氏を作ってきたのだと」

 

 先程までの殺気はどこへやら。

 ニヤニヤと笑いながら俺達をからかってくる。

 チラリとモードレッドの方を見ると、俺と同じように顔を真っ赤していた。

 

「モードレッド卿よ。よくぞ私の期待(・・)を裏切らなかったな。褒めて遣わすぞ」

「き、期待ってどっちの意味で言ってるんだよ!?」

「さてな。ところで、孫はいつ頃作るつもりだ? 流石に卒業までは待つのだぞ」

 

 その手の話題を振ってきて、モードレッドを言葉攻めにするアルトリアさん。

 モードレッドの方は元々そういった方面には弱いので、見る見るうちに形成が不利になる。

 

「ち、父上の卑怯者ーッ!!」

 

 そして、勝ち目はないことを理解し逃亡を図るのだった。

 俺の手を引っ掴んで。

 

「駆け落ちでもするか? それでも構わんぞ」

「うるせー! 後でちゃんと帰ってくるからなッ!」

『あの…その…幸せにします!』

「お前も変なこと言ってんじゃねーよ!?」

 

 ベシベシと叩かれながら俺達は部屋を出て行く。

 そして、部屋にはアルトリアさん一人だけとなる。

 

「まだまだ、子どもだと思っていたが……いやはや、雛が巣立つのは予想よりも早いものだな。

 フン、やるだけやってみるがいい。跡を継ごうが反逆しようが私のやることは変わらん。

 高き壁としてあやつの前に立ちふさがるだけだ……親としてな」

 

 彼女は一人、寂しそうな、それでいて嬉しいような顔を浮かべて笑うのだった。

 籠から飛び立った鳥は、どこまで高く羽ばたけるのかと想像して。

 

 

 

 

 

 外に逃げ出して数十分。

 恥ずかしさのあまり、がむしゃらに走っていたモードレッドが遂に足を止めた。

 初めてモードレッドが、自分の秘密を打ち明けてくれた公園の前で。

 

「はぁ…はぁ…あっちい……」

『はい、タオル』

「おう、サンキュー」

 

 持っていたタオルを手渡し、俺は自販機にジュースを買いに行く。

 そして、二人分を買い木陰のベンチに座る彼女に手渡す。

 

『あの日以来だね、ここは』

「そうだな」

 

 夏特有の強い風が吹き抜けていく。

 その風を黙って感じながら二人でジュースを飲む。

 あの日から随分と変わったものだ。

 ただの友達だったのが今では恋人だ。

 

『モードレッド』

「あん?」

『好きだよ』

「ブフゥッ!?」

 

 素直な気持ちを告げると何故かジュースを吐き出される。

 ゲホゲホと咳き込むモードレッドの背中を擦ってあげるとギロリと睨まれる。

 

「お前なぁ……そういう言葉はもっと雰囲気とかあるだろ?」

『言いたいことも自由に言えないなんて不便だと思わない?』

「質問に質問で返すなって! たく、もう……ホント、どうしようもない奴だな」

 

 どうしようもない奴。

 そんな罵倒を口にしていると言うに彼女の表情はどこか柔らかかった。

 

『叛逆の騎士には、これぐらいどうしようもない奴の方が似合うでしょ?』

「自分で自慢げに言うんじゃねーよ」

 

 ペシリと小さく肩を叩かれる。

 ちょっとした痛みが何故だか今は嬉しくて笑ってしまう。

 これが惚れた弱みというやつだろうか?

 

「……こっから新しい生き方が始まるんだな。お前は……ずっと一緒に居てくれるんだよな?」

『もちろん。第一の臣下だからね』

「そっか。そうだな……オレが王でお前が臣下ねぇ」

『何か嫌な点でもある?』

 

 いたずらっぽく尋ねてみるが、真面目に首を振られてしまう。

 どうやら彼女は真剣に話したいみたいだ。

 

「王と臣下の関係はそれでいい。……その、オレって独立を目指すじゃん」

『それがどうしたの?』

「いや、オレってもう性別隠す必要なくなるよな?」

『……そうなるね』

 

 思わぬところで生まれたメリットに今更ながらに気づく。

 これが一石二鳥という奴だろうか。

 

「それでさ……お前はどっちの方がいい?」

 

 このまま男として生きていくか。

 それとも女に戻って生きていくか。

 俺にとって望む答えは簡単だ。

 

『どっちでもいいかな。モードレッドはモードレッドだ』

 

 男だろうが女だろうが関係ない。

 俺はモードレッドという人間が好きだ。

 この気持ちは決して嘘じゃない。

 

「どっちつかずだな。はっきりしろよ」

『君を愛してるよ。男でも女でも』

「お、お前なぁ…」

 

 恥ずかしそうにしながらも、嬉しさを隠せずにニヤニヤとするモードレッド。

 そんな姿を愛おしく感じながら顔を近づける。

 

『まあ、どっちかを選べって言われたら結婚できる方が良いかな』

「け、結婚て、気が早すぎだ―――」

 

 唇を奪い去る。

 涙をためた瞳でモードレッドが抗議してくるが離さない。

 しばらく経ち、抵抗がなくなったところで唇を離す。

 

『一生離すつもりはないよ』

 

 それだけ告げて返事を待つ。

 頬を染め、潤んだ目を逸らして彼女はそっぽを向く。

 怒らせてしまったかと少し焦るが、こちらが口を開く前に彼女が口を開いてくれる。

 

「わかったよ。女としてのオレは……お前のもんだ、一生な」

 

 照れくさそうに告げ、今度はモードレッドの方から顔を近づけてくる。

 

「その代わり、お前も一生オレのもんだ。浮気したら……殺すからな?」

 

 若干病んだような瞳で、俺の首筋に歯形を一つつける。

 それはまるで自分ものだと主張するマーキングのようで、心の底から彼女に所有されたような気分になった。

 

『肝に銘じておくよ』

「分かったならいい。……よし、オレも言わねーとな」

 

 覚悟を決めた顔で大きく息を吐き、彼女は真っ赤な顔で告げる。

 

 

 

「あ、愛してるぜ……ダ、ダーリン」

 

 

 

 俺の理性はその一言で見事に粉砕されたのだった。

 




モードレッド√完結です!
FGOで学園恋愛ゲームはここで一区切りにさせていただきます。
しばらくのんびりして書きたくなったら何かを投稿します。
因みにこれの続編ならアストルフォ√です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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