間違いながらそれでも俺は戦車に乗るのだろう。 (@ぽちタマ@)
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番外編
オレンジペコは知っている


 大洗との練習試合のあと、ダージリン様は西住さんたちに手紙とティーセットを贈ることに決めたようです。

 

 たしかに彼女たちは私たちを何度も驚かせてくれました。

 一時期はこちらが優勢だったはずなのに、気がつけばこちらの車両が次々とやられ、そして最終的には一対一での対決。

 結果で言えばこちらの勝利でしたが、あれはどちらに勝利が転んでもおかしくなかったと思います。

 

 だからダージリン様は、大洗のみなさん、特に西住さんと八幡さんを好敵手と認め、その証としてティーセットを贈ろうとしているようなんですが……なんだか様子がおかしいような?

 

 いえ、おかしいというのは少し語弊があるかもしれませんが、少なからずいつものダージリン様ではないような気がします。

 どのような窮地にも決して動じることなく対応し、勝利のためには僚車を盾とすることも辞さない非情さも併せ持つ優秀な指揮官であるはずの彼女が。今はどことなく、楽しそうに手紙を書いている様子は、普段なら滅多に見られないような光景です。

 

「ダージリン様、どうかなさったのですか?」

 

「どうしたのペコさん?」

 

「いえ、なにやら楽しそうに手紙を書いてらっしゃるご様子だったので、少し気になりまして」

 

「楽しそうに?」

 

「えぇ」

 

 どうやら、ダージリン様は気づいていなかったようで、私に指摘されて初めて気づいたようです。

 

「ふふっ♪たしかに楽しみなのかもしれませんね。彼がどんな反応をするのか」

 

 なにやらよからぬことを企んでいるご様子。まるでその顔はいたずらっ子のように悪い顔になっています。これはほかの生徒には見せられませんね。

 

 ダージリン様が先程おっしゃった「彼」とは、比企谷 八幡さんのことで間違いないでしょう。

 

 今、聖グロリアーナでは彼のことで話題がもちきりになってしまっています。それもそのはず、あのダージリン様が殿方とお茶会をしていたり親密そうに話していたりなどすれば、お嬢様学校といえどやはりそこは女子高生、こういう話題にはやはり敏感なのです。

 

 その話題の中心にいるのがダージリン様ということもあり、噂は瞬く間に広がっていきました。

 

 当の本人はまったく気にしていようなのですが、なぜかそのとばっちりが私の方に……。

 

 いえ、たしかに私はいつもダージリン様と共に行動はしていますが、その……カッコよかっただとか、性格はどうだとか、私に聞かれても困ってしまいます。

 

 だってそれは私の感想であって、ダージリン様の感想ではないのですから、おいそれと言えるはずがありません。

 

 え?私の意見でいい?いえ、そこは黙秘させていただきます。

 

「ダージリン様、あまり八幡さんをからかってはいけませんよ?」

 

「えぇ、大丈夫よ」

 

 本当に大丈夫なんでしょうか?不安です。

 

 

 そして数日がたち、戦車道全国大会の抽選会があった日。

 

 どうやらダージリン様宛に八幡さんから手紙の返事が来たようで、私はその手紙をダージリン様に届けるように言われたので届けに行きました。

 

「ダージリン様、八幡さんからの手紙です」

 

「彼から?」

 

 そして私から手紙を受け取り、ダージリン様はその手紙を読んだのですが、なにやらダージリン様の動きが止まり心なしか顔が赤くなっているような?

 

「ど、どうしましょう?」

 

 いつものダージリン様とは思えない狼狽えよう、あわあわとしている様子は初めて見ました。

 

「ど、どうなさったんですか!?」

 

「こ、これを」

 

 ダージリン様に見せられたのは彼の手紙。書いてあった内容はシンプルに。

 

『月が綺麗ですね』

 

 と、書いてあり。ピキっと、私の中で何かが崩れる音がしました。

 

「ダージリン様?」

 

「ぺ、ペコさん?なぜか纏っているオーラがおかしくってよ?」

 

 おかしい?いえいえ私はなにもおかしくはないですよ?それよりも。

 

「どういうことか説明をしてもらっても?」

 

「え、えぇ、この前手紙を送ったのを覚えてるかしら?」

 

「あの手紙ですか?」

 

「あれにちょっとしたいたずらで、彼にラブレターを……」

 

「ラ、ラブレター!?いたずらにしてはやりすぎですよダージリン様!」

 

 それで彼から返ってきた手紙がこの返事だと……、へぇー。そうですか。そうなんですか。八幡さんはダージリン様みたいな人が好みだと。ま、まぁ?私には関係はないです。関係はないですけど。

 

 ダージリン様はダージリン様で少し狼狽えすぎなような、意外とそういうことには初心なんでしょうか?

 

「ど、どうしましょう?ペコさん」

 

「知りません」

 

「え?」

 

「自分で蒔いた種なんですから自分でなんとかしてください」

 

「ぺ、ペコさん!?」

 

 もう私は知りません、あとは二人でどうにかしてください。

 

「それよりもダージリン様、先程から携帯が光ってますよ?」

 

「携帯が?こんな時に誰かしら…………ふふ、ふふふ」

 

 あ、あれ?ダージリン様の様子が?

 

「やってくれますわね八幡さん」

 

 先程の狼狽えようはどこにいったのか、今やどこ吹く風。とりあえず相手は八幡さんのようですが、それにしては反応がおかしいような。

 

「どうかなさったんですか?」

 

「これを見てちょうだい」

 

 ダージリン様の画面にはメールで。

 

『冗談なんで気にしないでください』

 

 と、書いてあった。

 

 たぶんこれは、この手紙のことを言っているのでしょう。これまた手の込んだことを、ダージリン様もダージリン様ですけど、八幡さんも八幡さんのような……。

 

 とりあえずはよかったです。……ん?よかった?なんで私は今、ホッとしたんでしょう?

 

「次に彼に会ったときが楽しみね」

 

「ダージリン様、もうやめときましょう。たぶんあの人には勝てないと思いますよ?」

 

 これはわりと本気で言ってるのですが、どうやらダージリン様はあきらめる様子はなく。

 

「なにを言ってるのペコさん、このままでは終われませんわ!」

 

 ダージリン様は八幡さんが相手となると、人が変わったように子供っぽくなる。

 

 たぶん、このことを知っているのは聖グロリアーナで私だけなんでしょうけど、ほかの人には見せられませんわね。

 

 このあと、ダージリン様はプラウダ高校でのお茶会で八幡さんと再会してボロボロにされるのですが、さすがはダージリン様と言うべきか、ただでは帰ってきませんでした。

 

 彼がこの聖グロリアーナに来るように話をつけてきたと言っていましたけど、それはそれで大丈夫なんでしょうか?

 だってここ女子校ですよ?ダージリン様はどうするつもりなのでしょうか?まさか女装でもさせたりとか……、男の人にこう言ってはいけないんでしょうが、意外と似合いそうですね。女装。

 

 

 



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アリサの理由

 大洗の試合のあと、サンダースのミーティング室で隊長の反省会という名のお説教があった。

 

 隊長は普段はそれこそ、とんでもないぐらいにフリーダムで、何があっても大抵のことは許してくれるのだが。一度でもフェアプレーから外れようものなら、普段の温厚さと相まって怒るとめっちゃ怖いのよ。

 

 うぅ……、こうなるってわかってたのに。でも仕方がないのよ!だって!

 

「ねぇアリサ、なんで無線傍受機なんて使ったの?さすがにあれはやり過ぎだと思うんだけど」

 

「え…、えっと……、それは……」

 

「なに?いえないことなの?」

 

 隊長の顔が険しくなる。べ、別に、やましいことがあるんじゃないんです!

 

「そ、その……笑いませんか?」

 

「ん?大丈夫!問題ナッシングよ!」

 

 ほ、本当かなぁ。

 

「大洗のやつが偵察に来てたじゃないですか?」

 

「オットボール三等軍曹?それがなにか関係あるの?」

 

 関係があるかなんてもんじゃないですよ!あいつは…いや、あいつらは……!

 

「偵察に来たのはいいんですよ!いや、よくはないですけど……。あいつらと来たらお姫様抱っこなんて見せつけてきて!私は…私は、タカシと上手くいってないのに!」

 

「え?もしかしてそれが理由なの?」

 

「……はい」

 

 だって羨ましかったの!妬ましかったの!お姫様抱っこよ!?私だってタカシにされたこともなかったのに!!

 

 だから大洗を完膚なきまでにやっつけようと無線傍受機を使った。仲間に止められもしたが、あの時の私は冷静じゃなかった。ただただけちょんけちょんにすることしか考えてなかった。

 

 結局、そのせいで負けてしまったし。

 

「次の出会いがあるよ」

 

 落ち込んでいる私にナオミさんが肩を叩いて励ましてくれる。

 

 ナ、ナオミさん!

 

 私は心のなかで泣いた。だってイケメンすぎなのだ。クールビューティーなのにやさしいだなんて反則すぎる。

 

「たしかにあなたの理由はわかったわ、アリサ」

 

「……隊長」

 

「今回の試合についてはこれ以上なにも言わないわ。オーケー?」

 

「はい…すみませんでした」

 

「うん!わかればよろしい」

 

 さっきも言ったが無線傍受機を使ったのは、私のごくごく個人的な理由だけど。それでもあんなことになるとは思ってなかった。

 大体おかしくない?たしかに私は無線傍受をした。だけど、相手も相手で、あの対応の速さはおかしすぎるわ。実際、どの段階から気づいたのかしら?まさか序盤から?いやいやそんなまさか。

 

「ねえ、アリサ?」

 

「は、はい!?」

 

「搦め手ってどう思う?」

 

 隊長にしては珍しい質問だ。この人は基本的にそういうことをやろうとしない。いや、やらないというよりは正攻法が好きで好きでしょうがないといった感じだ。

 

 本当にどうしたんだろうか?

 

「どうしたんですか?急に」

 

「う~ん、そういうのもありなのかなーって思っちゃって……」

 

「え!?」

 

 これには私以外のみんなも驚いている。な、なにが隊長にあったというの!?これは緊急事態よ!早急にどうにかしないと!

 

「な、なにがあったんですか!?」

 

「え?なにって…ハッチーにきれいにハメられちゃったじゃない?」

 

 は、ハメられたって……。それは相手の作戦という意味ですよね!?あっちの意味じゃないですよね!?隊長だからそういうことじゃないってわかりますけど。主語を入れてください主語を!一年生のちょっとおませな子たちが隊長の発言で顔を赤くしてしまっていますよ!

 

「…相手の作戦って意味ですよね?」

 

 私は恐る恐る隊長に聞く。

 

「ん?それ以外の意味ってあるの?」

 

 私の質問に隊長はキョトンとしている。こういうところも隊長らしいというかなんというか。

 

 うん、ですよねー。そうですよねー。よかった本当によかった。心なしかみんなホッとしてるように見える。グッジョブ私!

 

「いえ、気にしないでください」

 

「そう?それで話を戻すんだけど。あそこまできれいにやられるとむしろ清々しい気持ちになっちゃってね。ああいう心理戦?情報戦?ていうのかな、そういうのもありなのかなぁって思ったわけなんだけど」

 

「そうですね。私のファイヤフライもああされてしまうと意味がなくなりますし」

 

「あれは比企谷が特殊なだけなような……。普通はあそこまでうまくいかないと思いますし、実力だけでいえばこちらが普通に勝ってましたよ」

 

 そう、いくら無線傍受をされているとわかっても、あそこまでこちらを一方的に追い込むことなんてできないと思う。というかあいつ異常すぎよ!どこまでがあいつの思惑通りだったのかわからないけど、できるならもう戦いたくないわね。

 

「普通なら…ね。でも私たちは負けたのよねー。ハッチー、またうちの学校に来てくれないかしら?」

 

「隊長、前から思ってたんですけど、あいつのどこがそんなに気に入っているんですか?言っちゃなんですけど、お世辞にもカッコいいとも思えないですし」

 

 いや、顔は悪くないんじゃないかしら?でもいかんせん、あの目つきの悪さですべてを台無しにしてしまっている気がする。

 

「うーん…ハッチーはね、とにかくおもしろいわ!」

 

 そういえば隊長の笑いの沸点は異常なほどに低い。

 

「おもしろいって…なにかあいつとあったんですか?」

 

「この前、うちの学校に見学に来てたじゃない?」

 

「たしか隊長が案内してたんでしたっけ」

 

「そうそう、その時にうちの戦車倉庫とか案内してたんだけどね」

 

 なんで大洗のやつってわかっててこの人は案内しちゃうかな。隊長も一回戦の相手だってわかってたはずなのに、男だから関係ないと思ったんだろうか?いや、どうだろう。わかってても結果が変わらないような気がするのはなぜかしら。

 

「戦車を見ながらこうつぶやいてたのよ、履帯に細工できないかとか、砲弾を不発弾にできないものかとか、面白いわよねハッチー。普通そういうこと考えないじゃない?」

 

 いやいやいや!面白くないですよ!まず第一に、妨害工作以外のなにものでもないですからそれ!なんで普通に笑ってるんですか隊長!

 

「普通は誰もそんなことはしませんよ……」

 

「まぁさすがに私もそれはとめたわ、各車両は試合前にはいつも点検してるからやってもムダになるって」

 

 隊長、注意するところが違いますよ?そこは妨害工作を考えているところを咎める場面ですよね!?無駄になるからやめときなさいって、なんで相手を思いやってるんですか!

 

「そしたらハッチー、そうですかってシュンとなっちゃってね?ちょっとその顔が可愛かったわ」

 

 なんか惚気られてる気分になってきた……ん?というか?

 

「隊長、ひとついいですか?」

 

「なに?」

 

「あいつのことが好きなんですか?」

 

「ハッチーのこと?もちろん好きよ?」

 

「いえ、人間的としてではなく、恋愛的な意味でですよ?」

 

「それって、手をつないだりとかデートしたりしたいってこと?」

 

 隊長の中での恋人関係ってそんな感じなんですね。

 

「まぁ、そんな感じです」

 

「そうね、私は――――」

 

 



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カルパッチョの恋愛相談

「はぁ……」

 

 大洗との試合のあと、ドゥーチェの元気がないように見える。最初は目標だった二回戦突破ができなかったからかと思っていたんだけど、どうやらそれも違うように思えてきた。

 

 伊達に二年間、彼女のもとで一緒に戦車道をやってきてはいないのだ。いつもの彼女なら負けても引きずりはするこそ、次の目標を定め、それに向かってすぐに動き出すのだが、今回はその停滞している時間が長い。

 

 それにさきほどのように、ため息をつくことが多くなったように感じられる。

 

「なにかあったんですか?」

 

 ドゥーチェが明確に元気がなくなったのは試合後、もっと厳密に言えばそのあとの食事の時からだ。

 

「ん?あぁ、カルパッチョか」

 

「私でよかったら相談に乗りますよ?」

 

 アンツィオ高校のエンジンと言っても過言ではないこの人が元気がないと、アンツィオ高校全体が沈んでるように感じられる。これは比喩でもなんでもなんでもなく、いつも元気な一年生のあの子たちも今回はなにかを感じ取ったのだろう。いつもより食べているご飯の量が少ない。まぁ少ないと言っても、おかわりが一回減っただけなのだけど。

 

「いや、私になにかがあったというより、あいつになにかがあったというか……」

 

「比企谷くんとなにかあったんですか?」

 

「え!?いや、あの、その……」

 

 目に見えて動揺している。やっぱり比企谷くんとなにかあったみたい。

 

「……誰にも言うなよ」

 

「わかってますよ」

 

「本当だな?本当にだぞ?」

 

「ドゥーチェ、それはいわゆる……」

 

「振りじゃない!振りじゃないぞ!!」

 

 冗談はここまででにしておこうかな。話がすすまなくなっちゃうし。

 

「それでなにがあったんですか?」

 

「その…試合のあとにだな、私はあいつに告白しようと思って呼び出したんだよ」

 

「え!?告白!?」

 

「わっ、馬鹿馬鹿!声がデカい!」

 

「す、すいません、つい」

 

 まさかあの時にそんなことがあっただなんて、それでドゥーチェが元気がないとなると。

 

「元気をだしてください、ドゥーチェ。次の出会いがありますよ」

 

「なんで私がフラれたみたいな話にしてるんだ、カルパッチョ!違うから、私はフラれてないから!!」

 

「ドゥーチェ、声が大きいですよ?」

 

「誰のせいだと思ってるんだ……」

 

 この時、ドゥーチェが叫んだことによって、アンツィオ高校であることが起きるんだけど、それはまた違う機会にでも話そうかな。

 

「フラれていないなら、なんでそんなに元気がないんですか?」

 

「あいつがつらそうな顔をしたんだ…」

 

「比企谷くんがですか?」

 

「あぁ、理由はわからないけど、私が告白しようとしたらな」

 

 告白をしようとしたら。それは比企谷くんが過去になにかあってそれを引きずっているということになるのかな?

 

「ということは、告白は結局やってないんですね」

 

「う…だって、あいつのあんな顔をみたらそれどころじゃなくなって…」

 

「比企谷くんに理由は聞いたりとかは……」

 

「聞けてたらこんなに悩んでいると思うか?」

 

 それもそうか。

 

「連絡先は知ってるんですか?」

 

「それはなんとか交換した」

 

「じゃあ今から連絡をしましょうよ!」

 

「今!?なんでそんな急に!?」

 

「善は急げって言うじゃないですか」

 

「急ぎ過ぎだろ!」

 

「でも、うかうかしてたら、誰かが傷心の比企谷くんの心を癒してとっていくかもですよ?」

 

「ないない。だってあいつだぞ?」

 

 ドゥーチェのその根拠はどこからくるんだろうか?確かに普通の人と比べたらちょっと…ううん、すごく変だけど。男の人で戦車道をやってる人なんてそうそういないから、普通の人ならちょっと一線を引いちゃうのかもだけど、同じ戦車道をやっている女子からしたら違う印象を持つんじゃないのかな?

 

「第一、あいつは性格が捻くれているんだから好きになる奴なんていないだろ」

 

「でも、結構優しいですよ?比企谷くん」

 

「は?」

 

「この前うちの学校に来た時のこと覚えてます?」

 

「あの時がどうしたんだ?」

 

「うちの一年生たちの頼みごととか結構聞いてたみたいですよ、主に力仕事とか」

 

「それで?」

 

「それでって……比企谷くん、見た目のわりには面倒見がよくて優しいですから、いわゆるギャップでコロッと落とされる女子もいると思いますよ?現にうちの一年生の大半は比企谷くんに懐いてますし」

 

 まぁ、懐いている理由が、「あの目のやばさなら天下を獲れる!」とか、「あの人がいたら相手の高校に絶対舐められなくなりますよ!」とか、「カチコミに行ったら圧倒的!」なんてのもあって。女子という個体からでてくる単語ではなかったけれど。

 

「小町がいるから年下の扱いがうまいんだろ」

 

「比企谷くん、妹がいるんですね」

 

 どんな子なんだろうか?比企谷くんをベースに考えたらいいのかな?うーん、ちょっと想像がつかないなぁ。

 

「どんな子なんですか?」

 

「え?そうだな、一言で言えば…」

 

「言えば?」

 

「比企谷と正反対の性格だな。あいつと違ってすごくコミュ力が高い。基本的に誰とでもすぐに仲良くなるしな」

 

「へぇー、そうなんですね」

 

「あと戦車道が無茶苦茶強い。比企谷 小町って知らないか?結構有名だったりするんだけど」

 

 それなら知っている。戦車道の雑誌とかによく取り上げられている子だ。となると、あの子が比企谷くんの妹になるのか。

 

「それでドゥーチェ、どうするんですか?」

 

「どうするって、なにがだ?」

 

「連絡ですよ、しないんですか?」

 

「……でも」

 

「別にあの時のことじゃなくても世間話でもいいじゃないですか、とにかく一人で考えて塞ぎこんだらダメですよ」

 

「な、なら、せめてメールでさせてくれ、電話だとテンパってしまいそうだ」

 

 今はそれでしょうがないのかな。

 

「それとありがとな、カルパッチョ。話を聞いてくれて」

 

「みんなも心配してますから、早く元気になってくださいね?」

 

「そうだな、落ち込んでばかりもいられない。次こそは悲願の2回戦突破…じゃなかった、優勝を目指して頑張らないと!」

 

 どうやらドゥーチェはもう大丈夫なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそんなカルパッチョの思いとは裏腹に、彼女は今度は安斎から相談されるのであった。

 

 大洗の準決勝のあと。

 

「ど、どうしよう、カルパッチョ、比企谷から返信が返ってこないんだが!私嫌われたのかな!?」

 

 涙目になってカルパッチョに相談する安斎がいたとかいなかったとか。

 

 その相談を受けた結果、八幡の連絡先が勝手に増えたとかどうとか。

 



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ノンナは企む

『試合終了………勝者、大洗学園!』

 

 試合終了のアナウンスが鳴り響く、どうやら私たちは負けてしまったようです。

 

「負けちゃった……」

 

 ポツリと呟くカチューシャ。

 いつもの彼女なら、試合に負けてしまうと、必ずと言っていいほど癇癪を起こすのだが、今日の彼女はどうやら様子が違うように見受けられる。

 

 負けて悔しいのか、目をぐしぐしと擦って涙を拭いている姿は久しぶりに見たような気がする。

 

「泣いてなんてないんだから!」

 

 誰もなにも言ってはいないのに、なぜか言い訳をするカチューシャ、その姿は見ていてやはり愛らしい。

 

「ノンナ!」

 

「どうしました、カチューシャ?」

 

「行くわよ!」

 

 行くとはなんのことだろうか?

 

「まだ戦車が回収できていないので学園艦には帰れませんよ?」

 

「違うわ!あいつらのところに行くのよ!」

 

 今日の彼女は本当にどうしたのだろう?

 こちらが試合に勝っているならまだわかる、いつもの彼女ならそうするだろうから。

 でも、私たちは負けたのだ。その上で相手に会いに行くなど初めてではないだろうか。

 

 なにが彼女をそこまでさせるのか……。

 いや、思い当たる節など1つしかない。

 彼だろう。

 

「彼に会いに行きたいんですね、カチューシャ」

 

「そ、そんなんじゃないわ!私たちに勝ったあいつらに挨拶をしにいくだけよ!」

 

 目に見えて動揺している。やっぱり、目当ては彼か。

 

 本当にこれは珍しい。カチューシャがこんなに簡単に相手を気に入ることなどあっただろうか?

 私の記憶している限りではなかったように思う。

 彼女は基本的に警戒心が強い、そんな彼女がましてや男性を気に入るだなんて……。

 

 まぁ、カチューシャが行くというのなら、私はそれに従うだけです。

 それに、私も彼に聞きたいことがあったのでちょうどいいでしょう。

 

 最後の攻防の時に彼の戦車を撃ち抜いた感触に違和感があった。

 あまりにも手応えが軽すぎた。あれは確実に装甲を弄っている。

 

 私が知りたいのはなぜ装甲を弄ったかではなく、なぜそうしようかと思ったか。

 カチューシャに言われれば私もそういうことはできると思う。

 でも彼は、誰かに言われて、はい、そうです。と、素直に聞くタイプではなさそうだった。

 

 なら必然的に、彼は自ら装甲を弄り、そして最後にフラッグ車の盾となった彼の行動は極めて異常だと思う。

 下手をすれば怪我ではすまないかもしれない行動。試合中の彼の戦車の動きに迷いはなかった。

 まるでそうすることがさも当然のように。

 

 だから、彼がなにを思って行動したのかが気になってしまっている。

 

「ノンナ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 いつの間にか考えこんでいたようだ。

 

「行きましょうか、カチューシャ」

 

 そして、私はいつものようにカチューシャを肩車して、大洗のメンバーがいる場所へと向かうのでした。

 

 

 大洗のメンバーがいる場所へと着いたのですが、なにやら雰囲気がおかしい気がする。

 どうみても勝ったチームとは思えないほどに、全体の空気が重くなっている。

 なにかあったのだろうか?

 とりあえず、大洗の隊長に話しかけよう。

 

「少しよろしいですか?」

 

「あなたたちは、プラウダ高校の……」

 

「聞きたいことがあるの、いいかしら?」

 

 どうやら本当に彼女たちに話したいことがあったようで、カチューシャは話しかける。

 

「…なんでしょうか?」

 

「包囲網の一部を薄くしていたのに、なんでそこを攻めてこなかったの?あえて分厚いところを攻めてくるなんて思いもしなかったわ」

 

「あれは八幡くんが…えっと、うちの副隊長なんですけど、他のやつは全部私たちを誘い込むだけの罠でしかないって、言っていて」

 

 なるほど、こちらの意図が相手に看破されていたのですね。

 ですが……。

 

「それでも、わざわざ中央突破をしなくてもよかったのでは?」

 

 あれは成功したからよかったものの、失敗していれば、あそこで全滅していた可能性があった。

 

「私たちが勝つにはどうしてもあなたたちの注意を惹き付ける必要がありました。だから、あえてそうしました」

 

 あえてこちらの包囲網の分厚いところを攻めこみ、こちらを、いえ、カチューシャを煽ったということでしょうか。

 確かに、カチューシャならああされてしまえば追いかけてしまう。

 その結果、途中車両が二両ほど少なくなっていても彼女は気にせず、フラッグ車を叩きにいった。

 そして、私たちはフラッグ車を撃破できず、むしろこちらのフラッグ車が撃破されてしまった。

 驚くべきことは、これが計算されて行われていることだ。彼女の口ぶりからはこうなるとわかっていたようにも聞こえる。

 

「こうなると確信があったんですか?」

 

「あったというか、なんというか…」

 

 どうも歯切れが悪い、どうしたのだろうか?

 

「こうすれば絶対に相手の隊長は頭に血がのぼって私たちを追いかけてくるから、後は時間との勝負だって」

 

「それも彼が?」

 

「はい」

 

 どうやら、私たちは完全に相手の掌の上で踊らされていたようです。

 しかし、彼はカチューシャのことをよく理解している。会ったのはお茶会のときと試合前に会ったときだけだ。

 それだけで、ここまでわかるだなんて……。

 

「それはわかったわ!なら、なんであなたたちはそんな辛気くさい顔をしているの?このカチューシャに勝ったんだからもっと嬉しそうにしなさいよ!」

 

「それは……」

 

 カチューシャの言葉で表情が暗くなる。

 

「それにあいつはどこにいるの?姿が見えないんだけど」

 

「!、えっと…」

 

 この反応、どうやら大洗の人たちのこの雰囲気は、彼が関係しているようだ。

 これ以上は聞いてもあまりよくはないでしょう。

 

「カチューシャ」

 

「なに?」

 

「そろそろ戻りましょうか」

 

「…そうね。決勝、頑張りなさいよ!無様な戦いなんてしたら承知しないんだから!」

 

 カチューシャにしては珍しく相手を励ましている。

 

「は、はい!ありがとうございます!絶対に"全員"で決勝戦を頑張ります!」

 

 そういった彼女はなにかを決意したのだろう。

 先程までの暗い雰囲気がなくなっている。

 

 さて、私たちも帰りましょう。

 

 

 その帰り道、私は気になっていたことをカチューシャに聞く。

 

「カチューシャ」

 

「どうしたの?ノンナ」

 

「彼に会ってどうするつもりだったんですか?」

 

「……」

 

「カチューシャ?」

 

「…頭」

 

「なんですか?聞こえませんよ?」

 

「頭撫でてもらおうと思ったの!」

 

 そういえば、あの時にも彼がカチューシャの頭を撫でていた。

 

「そんなに気に入ったのですか?」

 

「ノンナ、あいつのなでなではそんじょそこらへんのレベルじゃないわ、あれはもうこくほうきゅうよ!」

 

 彼女にここまで言わせるとは……。そんなにすごいのだろうか?

 彼に、そのなでなでのやり方を教えてもらえれば、もっとカチューシャを愛でることができるかもしれない。

 

 これは近々、彼の元に行かないといけませんね。

 







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本編
そうして、彼と彼女たちの戦車道が始まる


 戦車道、それは世界で戦車を用いて行なわれている武道である。現在ではマイナーな武芸とされているが、かつては華道・茶道と並び称されるほどの伝統的な文化であり、世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきた。礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸とされ、世界的に広く認知されている。                 

 だが少し待って欲しい、本当に待って欲しい。百歩……いや一万歩譲って戦車道が女子の嗜みと認めるとしよう。そこはいい。

 では逆になぜ男子が戦車を動かすことがおかしいいのだろうか?世界を見渡せば男女共通のスポーツなんていくらでもある。それこそ性別が女子であらねばならない!なんてものはない。

 別に男女が混同にとか俗物的な願いを抱いているわけではない。俺が言いたいのは、テニス・卓球・バレーボール、ほかにもいろいろとスポーツはあるが、男女別にきちんとわかれているからこそ住みわけができているということ。それなのに、戦車道ときたら……。

 

 本題に入ろう。男子が戦車道やるのはおかしくない。戦車に乗ってるのはおかしくはない。どこがいけないのか?俺が間違っている?いやいや、俺は間違っていない。もし間違っているとするならそれは世界の方であり、俺の目が腐っているのもぼっちなのもこの学園艦の自動販売機にMAXコーヒーが置かれていないのも全てはこの間違っている世界のせいである。男女平等を謳うのならこの間違った価値観をどうにかしないといけない。

 

 

 結論を言おう、この世界は間違っている。

 

 題名「戦車道について」 作 大洗学園2年 比企谷 八幡

 

 

 

 県立大洗学園。

 茨城県大洗町の飛び地として建造された学園艦及び学園艦に所在する学校。

 特段特筆すべきところがないこの学校、強いて言うなら歴史だけは古い伝統校と言うだけだろうか?

 そんな学校の生徒会室に、何故か俺は呼び出されているわけだが。

 

「ねぇ、比企谷ちゃん。なんで自分がここに呼ばれたかわかってる?」

 

 俺を今、「比企谷ちゃん」と呼んだこの人がこの生徒会の生徒会長の角谷 杏。

 小さい外見に騙されそうになるが、この人は一応三年生であり俺より年上である。この人に逆らうやつはこの学校にいられなくなるとか言われているほどに生徒たちの間では恐れられている。まじやばい。

 

「なんでですかね」

 

 心当たりがまったくない。

 俺は人間関係以外はそつなくこなして学園生活を送っていたと思うんだが……なんかやったっけ、俺?

 最近のオレの行動を思い返してみるか。

 朝、妹に起こされ朝食を取り学校に向かう。授業中以外は基本的に寝た振りをして休み時間を過ごしてるし、昼食はいつも人気のないところで一人で食べてるし、放課後は部活も入っていないから即帰宅してるし……。うん、どこからどう見てもいたって問題のない普通の高校生活を送ってるな、俺」

 

「……それを普通の高校生活とは呼ばないんじゃないかな」

 

 おっと、途中から声が漏れてたみたいだな。会長さんにつっこまれてしまった。

 

「比企谷。貴様、友達はいるのか?」

 

 俺にそう言ってきた片眼鏡をしているこの女性は、河嶋 桃。この生徒会の広報である。大洗界隈ではヘタレのももちゃんなるあだ名があるそうな。

 

「や、いるわけないじゃないですか」

 

「友達いないの比企谷くん!?」

 

 そしてこちらのおっとりしてる人が生徒会の副会長の小山 柚子。

 密かにファンクラブが作られるほど男子からの絶大な人気を誇っている。え?説明に差がありすぎるだろって?そこは色々察してほしい。

 

「……友達とか必要ないでしょ、べつに」

 

 そもそも友達いない=悪みたいな風潮がおかしい。友達がいなくても勉強はできるし、学業においてなんの支障もきたさない。

 まぁたしかに、青春という言葉を彩る際には必要なのかもしれないが。それこそ「卒業したら絶対また会おうね!」とか言っときながら結局会いはしないのだ。そんなどうでもいい上っ面な関係を友達と呼ぶのなら俺はいらないし欲しいとも思わない。

 

「それで学校生活は楽しい?比企谷ちゃん」

 

「人の顔を伺って大して興味もない話にうんうん頷きながら、友達(仮)と楽しくもしたくもない会話を繰り広げるよりは有意義な学校生活を送ってるつもりですけど」

 

「……これはそうとう重症だねぇ。まあ一旦この話は置いといて本題に戻ろうか」

 

 なんだったけ?あれか。俺が生徒会室に呼ばれた訳か。俺みたいな模範的な生徒なんていないぞ。うん、まじで。

 なんせ誰にも迷惑をかけずに学校生活を送っているからな。俺の席に女子が座っていても席を離れるまで待つ俺マジ紳士(どけと言える度胸がないともいう)。

 

「心当たりがないんですが」

 

「小町ちゃんから話がいってると思うんだけど。話聞いていない?」

 

「……あの、小町って、比企谷 小町ですか?俺の妹の?」

 

「そうそう。君の妹の、比企谷 小町ちゃん」

 

 俺の妹だった。同姓同名ではないらしい。会長さんは俺の妹と言ったから間違いはなさそうである。

 

「ちょっと待ってください。小町に確認とっていいですか」

 

「いいよ~。まあここ学校だから、あんまり長くなり過ぎないようにね~」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は携帯を取りだし小町に電話をかける。

 

「もしもし?お兄ちゃんどうしたの?こんな時間にわざわざ小町に電話だなんて」

 

「ああ、そのことなんだが。小町、俺に何か言うことがあるんじゃないか?」

 

「え、なんのこと?」

 

 この妹、完全に忘れてやがる。電話の向こうできょとんした顔が優に想像できるぞ。

 

「ヒントは生徒会」

 

 これでわからないって言われたらどうしうかと思ったが、さすがに大丈夫だったらしく。

 

「あっ、忘れてた!お兄ちゃんに学校で戦車道を手伝うよう言っといてね~って言われてたんだった!」

 

 なんでそんな大事なこと忘れてるの小町さんよ。その年でアルツハイマーとかシャレにならないよ?

 

「ごめんね、お兄ちゃん。後で小町がなにかすると思うから許して!」

 

 するではなく思うなんだな、小町よ。それ絶対にあとで忘れるパターンだろ。

 

「……はぁ、わかった。すまんな、こんな時間にかけて。戦車道、頑張れよ」

 

「うん!じゃあ、お兄ちゃんも頑張ってね!」

 

 なにを頑張れと言うんだマイシスター。

 というか、小町はいつどこでこの生徒会長に会ったんだろうか。悪影響とか受けてないよな?心配だ。盗んだ戦車で走り出さなければいいんだが……。

 

「話は終わったかな?で、どうだった?」

 

「すいません。小町が言うの忘れてたみたいで」

 

「それじゃあ話が通じないわけだ。納得納得」

 

 ホントになんで呼ばれたかわかんなかったからな。

 

「で、さっき小町ちゃんが話した通りなんだけど。比企谷ちゃんには我が校の戦車道を手伝ってもらいたいんだよね~」

 

 手をひらひらとさせながら、会長は軽いノリで俺にそう頼んでくる。

 手伝い、手伝いねぇ。

 

「そもそも、この学校に戦車道なんてありましたっけ」

 

 俺の記憶が正しいならそんなものなかったはずだが。

 

「今年から始めるからね~」

 

「じゃあなんで戦車道なんですか、わざわざ始める意味でもあるんですか?」

 

「……それはね。この学校が廃校になっちゃうからなんだよ、比企谷ちゃん」

 

 今なんて言った?廃校?

 一瞬冗談かと思ったが、さっきまでへらへらとしていた会長さんの顔つきが真剣なものになっている。

 

「か、会長!わざわざそのことは言わなくても!」

 

「あわわわわっ。あ、あのね比企谷くん、これにはわけがあってね……!」

 

 二人の反応を見る限り、はいドッキリでした!みたいな展開にはならいみたいだ。これが演技だったら女優とか目指したらいいと思う。小山さんはグラビアに出れば売れそうだなー。

 いや、しかし、廃校ねぇ……。

 

「つまり、実績を作るってことですか」

 

「話が早くて助かるよ、比企谷ちゃん。つまりはそういうこと」

 

 廃校になる条件がなにかは知らんが。廃校にさせないだけの、廃校にすることができないレベルの実績を作ろうということなのだろう。

 

「簡単に優勝できるなんて思ってるんですか?」

 

「まぁ、パパーっと優勝できるならしたいよねぇ」

 

 えらく簡単に言うな。この人、本当に廃校を免れようとしているのか?

 

「そもそも、俺にメリットがなにもないんですけど……」

 

「これ、なーんだ?」

 

 メタモン!いや、あの鬼畜なシルエットクイズは置いといて。

 俺が素直に頷かないと想定していたのか、会長は一枚の原稿用紙みたいなものを俺に見せてきた。

 その原稿用紙をよく見ると、俺の名前が書いてある。

 

「……あの、どうしてそれが?」

 

 おかしい。あれはたしか授業で出た課題だったはずなんだが……なんでここにあるんだ?

 

「これがここにある事実はどうでもいいんだよ。ねぇ、比企谷ちゃん」

 

「……なんですか」

 

「私が言いたいこと、わかるよね?」

 

 普段から人の行動の裏を読んでいる俺からすれば、会長がなにを言わんとしているかなんて簡単にわかる。

 えーと。つまり、会長はこう言いたいわけだ。

 

 ―――言うこと聞かなきゃこれバラまくぞ、と。

 

 ……理解したくなかった。

 会長がひらひらとさせている原稿用紙が逮捕令状のように見えてきた。

 最初から俺に選択肢なんてなかったらしい……。

 

「責任者を呼んでもらえますか?」

 

 こういう時は上司を呼ぶに限る。お宅の社員の教育どうなってんですかねー?と問いただすために。

 

「責任者?私だけど?」

 

 はい、詰んだ。

 

「生徒会が必要な時には比企谷ちゃんを呼ぶと思うからその時はここに来てねー」

 

 逆らったらたぶん無事じゃすまないんだろうな。

 

「……わかりました」

 

「あ、それと比企谷ちゃんには戦車に乗ってもらうからよろしくね」

 

「……俺、男ですよ?わかってます?」

 

「大丈夫大丈夫。たぶん、戦車道に集まる子たちは戦車道のこと知らないから」

 

 それはいろいろと大丈夫じゃないだろ……。いや、それ以前に、

 

「戦車道やるにしてはいろいろ足りないものが多くないですか?」

 

「それは大丈夫だよ」

 

 会長はなにがとは言わなかったが、自信満々に俺にそう答える。もう対策を打ってるらしい。

 これで話は終わりらしく、生徒会室退出間際の「明日を楽しみにしててね~」と、会長の呪詛にもにた言葉に送り出され、俺は生徒会室をあとにした。

 

 

 ====

 

 

「はぁー、まじでこれからどうなるんだ……」

 

 次の日、あの会長さんの呼び出しもなく昼休みを迎えた。

 てっきり朝からなにかを手伝わされると思ったんだけどな。別に呼び出されないことはいいことなのだが……。

 

「……逆に怖いな……」

 

 まあ考えてもしかたないし、昼飯でも食いに行くか。

 そして俺がいつものベストプレイスへ行こうとした時、一人の女子生徒が目についた。

 そこから奇妙な光景が始まる。

 シャーペンを落としてから拾おうとする。まぁ、普通。

 拾おうとして机の下に潜り込む。まぁ、普通。

 最終リザルト―――筆記用具のすべてをぶちまける。……いや、なにがあったし。

 そんな飛散した筆記用具の中に見覚えのあるものが目についた。ん?あれはたしか……、

 

「ふむ、ボコか……」

 

 また珍しいものを―――

 

「ボコのこと知ってるんですか!?」

 

 まるで生き別れた兄妹をみつけたような勢いで、先程の女子が俺に迫っていた。

 

「ちょ、ちょっと落ち着け!あと近い近い!離れてくれっ!」

 

「あ、す、すみません。突然急に……」

 

「お、おう……」

 

 まじでビックリした。ボッチに気安く近づくのはやめてほしい。

 

「あ、あの。私、西住 みほっていいます」

 

 ん?西住?それってたしか……、

 

「なぁ、つかぬことを聞くんだが、お前って戦車道やってたりするのか?」

 

 俺の言葉にビクッと、西住はわずかに反応した。

 

「……今は、やってないよ……」

 

 今は、ね。

 たしか西住って名前は、戦車道の家元の名前だったはずだ。知り合いの人がよく打倒西住流とか言ってたから間違いないだろう。

 

「そうか。じゃあ、俺の名前は―――」

 

「……聞かないの?」

 

 どうやら西住は俺に根掘り葉掘り聞かれると思っていたらしい。

 

「なんだ西住、話したいのか?」

 

「う、ううん。そうじゃないけど……」

 

「なら別に話さないでいいだろ。俺もそこまでしりたいわけじゃないし」

 

「……ありがとう、比企谷くん」

 

 西住はいきなり俺にお礼を言ってくる。

 

「いや、俺はなにもしてないし……ってかなんで俺の名前知ってるんだ?」

 

 俺はまだ自己紹介はしてないはずだが。

 

「名前は比企谷 八幡くん。それと誕生日は8月8日だったと思うんだけど……あってますか?」

 

「――――」

 

 これには驚いた。俺のこと知っているやつがいるなんて。しかも誕生日まで。ちょっと俺のなかで軽めの革命が起きている。なんだ?なにが起きた?革命返しするなら今ですよ?

 

「その。私、転校してきたばかりでこっちにまだ友達がいなくて。それで、誰とでもいつ友達になっても大丈夫なように名簿を見てクラスの全員の名前と誕生日を覚えてるの」

 

 なるほど、西住もボッチだったのか。俺と違ってアクティブボッチだけど。

 あれだよ。俺なんてクラスのやつほとんどの名前を知らないんだが。逆に俺の名前を知ってるやつなんて一人もいないまである、なんせボッチだしな。いやまぁ、西住は知っていたんだが。

 

「あ、あのっ!それで、好きなんですか!?」

 

「―――は?」

 

 ちょっと待とうか。主語をいれよう。それだとあらぬ誤解が生まれてしまう可能性がある。

 あと顔を赤らめて上目遣いで言うのやめてくださいお願いします。俺のこと好きなんじゃないかって勘違いしそうになるから。

 昔の俺だったら勘違いしてその場で告白までしてすぐ振られるまである。振られちゃうのかよ……。

 

「それってボコのことか?」

 

「うん、そうだけど。なにかおかしかったかな?」

 

 西住って天然なんだろうか?悪い詐欺とかにひっかからないよな?

 

「好きかどうかで答えるなら別に嫌いではない」

 

 まあぶっちゃけ好きだけど。好きになった理由を言うとなると、俺の黒歴史を西住に話さないといけなくなるからそこは割愛させていただいた。

 

「そうなんだ……。ボコを知ってる人がこんなに近くにいたなんて嬉しいなぁ」

 

 さっきまでの筆箱ピタゴラス事件(勝手に命名)を起こしてしょんぼりしていた同一人物とは思えないほど嬉しそうに笑う西住を見ていると、別人なんかじゃないと疑ってしまいそうになる。

 

「まあ、人気ないからな、コイツ」

 

「そうなんだよね……。こんなに可愛いのに……」

 

「か、可愛いか?」

 

「うん!」

 

 可愛いときたか。そんなこと言うやつは西住で二人目だ。ちなみに一人目は親戚の子だ。まじジャンキーかってレベルでボコ好きである。さすがに西住はそのレベルじゃないと思いたい。

 先程から話にあがっているボコなんだが、正式名称はボコられグマのボコといって、ひたすらにボコがボコボコにされるという話のせいか人気が驚くほどにない。

 ちなみになんだが、小町がボコを気に入ってる理由が「なんかボコってお兄ちゃん似てるよね。あっ今の小町的にポイント高い♪」だそうだ。

 待ってくれ小町、それだと俺は常にボコボコにされてるってことにならないか?いや、あながち間違っていないのかもしれないが……妹よ、お兄ちゃん的にポイント低いよ。

 

「それより西住。お前、飯はいいのか?」

 

「あ、そういえば……」

 

 どうやらボコの話に夢中になって今が昼休みなのを忘れていたらしい。ボコのこと好きすぎだろ、西住のやつ。

 しかしあれだな。ボコのことになると人が変わるというか、あの笑顔で迫れば誰でも直ぐに友達になれる気がするんだが……。

 

「Hey!彼女!一緒にお昼どう?」

 

「えっ……?」

 

「ほら沙織さん。西住さんも驚いていらっしゃるじゃないですか……」

 

「あ、いきなりごめんね?」

 

「よろしかったら一緒にお昼どうでしょうか?」

 

「わ、私とですか!?」

 

「そうそう」

 

「え、えっと……」

 

 なぜが西住はチラチラと俺を見てくる。

 行きたいなら行けばいいのに。……あれか、俺のことを気にしているのだろうか?

 

「ひ、比企谷くんも一緒にどうかな?」

 

「……いや、俺は遠慮しとく。女子の中に男子が混ざってもな。俺のことは気にしないでいいぞ別に」

 

「あ、う、うん……わかった。ごめんね?」

 

 そんな捨てられた子犬みたいな目でみないでくれ。

 西住的には俺も一緒に行くものと思っていたのだろうか?でも、そもそも誘われたのは西住だしな俺はいらんだろ。それに俺が行かない方が西住もあの女子二人と話がはずんで仲良くなれるだろうしな。

 

 さてと、いつもより少し遅くなってしまったが、俺も飯でも食いにいきますかね。

 

 

 ====

 

 

 昼休みを満喫して教室に戻ってみると、西住の様子がおかしくなっていた。

 具体的には目のハイライトが仕事をしておらず、授業中だというのに教科書やノートは閉じたまま。教師が西住に授業の質問をしてもしばらく反応がなくどこか上の空だった。

 さすがにそれを見かねた教師が西住に保健室に行くよう促し、先程西住と食堂にいった女子二人もあの状態の西住が心配だったのか、一緒に付いていった。

 あの様子を見る限りじゃ友達にはなれたようだな西住のやつ。

 

 そしてその後滞りなく今日の授業が終わり、あとはHRだけになったのだが。その直後全校放送が流れてきた。

 

『全校生徒に告ぐ、体育館に集合せよ』

 

 昨日の今日でこれとなると、十中八九戦車道絡み。

 

 案の定、体育館に集合させられた目的は戦車道についてだった。

 まず最初に、戦車道が如何に素晴らしく戦車道をやることが如何に女子にとって重要であるのか、というのをひたすらに説明をしている動画を見せられた。

 簡単に言うと戦車道をやれば女子力が上がり男にモテる、と。

 まじで男子に見せる必要なかっただろこれ。

 しっかしあれだな。こんなので戦車道にくる奴なんていないんじゃないかと思っていたのだが、女子の反応を見てみると案外乗り気なのである。

 まじで?お前らもうちょっと物事を真剣に考えた方がいいんじゃないの?馬鹿なの?

 そして動画が終わり昨日の生徒会三人が壇上に上がってきた。

 

「実は数年後に日本で戦車道の世界大会が開催されることになった。その為、文科省から全国の高校大学で戦車道に力を入れるよう要請があったのだ」

 

「んで、うちの学校も戦車道復活させるからねー。選択するといろいろ特典を与えちゃうと思うんだー。……副会長」

 

「成績優秀者には食堂の食券百枚、遅刻見逃し200日、さらに通常の授業の三倍の単位を与えちゃいます!」

 

「ということでよろしくー」

 

 異常なほどの好条件を叩きつけてきたな、あの会長。つまりはこれが会長の戦車道の人員あつめの策ってわけか。

 

 

 ====

 

 

 そして次の日の昼休み、俺は生徒会室に呼び出されてお使いを頼まれる。

 

「比企谷ちゃん。西住ちゃんが戦車道選択してないからここに連れてきてね~」

 

 とのこと。校内放送で事足りるはずだろうに……。

 たぶん昨日と一緒で食堂で食べているだろうと目星をつけ、俺は食堂へと向かう。

 そして食堂を覗いてみると目当ての人物がいた。

 

「西住、ちょっといいか?」

 

「どうしたの比企谷くん?」

 

「ねえ、ミホ……」

 

「そちらのかたは西住さんの知り合いですか?」

 

「えっと、同じクラスの比企谷 八幡くん」

 

「えっ?同じクラスだったの!?」

 

「すいません私も覚えがないのですが……」

 

「あ、あはは……」

 

 さすがのこれには西住も苦笑いである。ステルスヒッキーの性能は伊達ではないのだよ。てか君たち、昨日西住を誘ったときに俺を見ているはずだろ。どんだけ存在感ないんだろうな俺……。

 いつも以上に目を腐らせていたらいつの間にか自己紹介が始まった。

 

「私は武部 沙織、よろしくね!」

 

 無駄に元気がよろしいようで。うん、なんかコイツあれだな。初対面でいうのもなんだが頭が軽そうだ。

 

「わたくしは五十鈴 華といいます」

 

 こちらの方は如何にもな感じのお嬢様な感じがするな。着物とか似合いそうだ。

 

「さっき西住から紹介があったから俺はいらないな」

 

「じゃあ比企谷だからヒッキーだね!」

 

「却下」

 

「即答!?」

 

 ヒッキーってなんだよ。引きこもりだとでもいいたいのか?さすがの俺も泣いちゃうよ?いや、泣かないけどさ。男が泣いても気持ち悪いだけだし。

 

「それで、比企谷さんは西住さんに用事が?」

 

「はっ!まさか告白!」

 

「えっ!?」

 

「あらあら、まあまあ」

 

 西住が驚き、五十鈴のやつは顔に手をあて、武部のやつは興味津々にこちらを見てくる。

 いや違うから、てかやっぱり武部のやつ恋愛脳(スイーツ)かよ。なんでもかんでも恋愛に結びつけるな。あと西住よ、顔を赤くするんじゃない。勘違いしちゃうだろ。

 

「違う。生徒会から西住を呼んでくるよう言われただけだ」

 

「え、じゃあヒッキーって生徒会だったの?」

 

「いや違うが」

 

 あとヒッキーいうな。

 

「じゃあなんで生徒会の手伝いなんてしてるのよ!」

 

 怒らないでもらえます?それにこっちにも色々事情があるんだよ。

 

「ど、どうしよう?やっぱり昨日のことかな……?」

 

「昨日?」

 

 そういや、昼休みが終わってから西住の様子がおかしかったな。

 

「うん。昨日、会長さんに戦車道に入るようにって……」

 

 ああ、なるほど。そういうことか。

 

「私たちも一緒に行くから!」

 

「落ち着いてくださいね?」

 

「んじゃ、ちゃっちゃっと済ませようぜ。昼休みが終わっちまう」

 

「え、ヒッキーも付いてくるの?」

 

「……なんでそんな意外そうな顔してんだよ。呼びに来たんだから連れていかないといけないだろうが。あと、ヒッキーいうな」

 

 俺をナチュラルに仲間外れにするのやめてもらえませんかね?

 

「そ、それもそうだね。……なんかごめん」

 

 謝られるのが一番辛いんだが……。まあいい、さっさといこう。

 

 

 そして場所は変わって生徒会室。

 今その中で二つの勢力がにらみ合っている。ひとつは言わずもがな生徒会である。そしてもうひとつはまあ当たり前だが西住たちである。

 俺は一傍観者として部屋の端で様子を眺めていたのだが……、先程から話が進んでいない。

 生徒会の用件はもちろん戦車道に西住を入れること。それに対して西住たちは戦車道に入らないと言っている。

 明らかに話は平行線なのだが、さらに問題なのは当事者である西住本人がまったくしゃべっていないことだ。先程から生徒会に向かっているのは武部と五十鈴であり、西住は顔を俯かせたまま。

 その西住なんだが、戦車道を頑なに拒んでいる理由を俺は知っている。というか暇だったので、今スマホで調べた。

 西住流は有名だし、なんかヒットするだろうと思い、検索を掛けたらあっさりヒット。んで、調べた内容をまとめるとこうだ。

 

 戦車道全国大会。

 その決勝でプラウダ高校と黒森峰学園の試合があった。

 その日は天候が悪く、その試合中に黒森峰の戦車が山道で滑り、川に落ちてしまった。

 ここまではいい。問題はここからだ。

 黒森峰は戦車道の全国大会で9連覇中、そして大台の10連覇がかかった大事な試合だった。

 西住は、西住流という戦車道の家元であり期待も相当なものだったのだろう。

 だが、彼女は川に落ちてしまった仲間を助けにいった。自分の乗っていたフラッグ車を降りて。

 その後はもうわかるだろう?フラッグ車は撃破され黒森峰は負けてしまった。

 そしてプラウダが優勝し、黒森峰は連覇を逃した。結果だけ言えば、西住は戦犯である。

 そのあとのことは想像に難くない。だから西住は戦車道から離れる為、戦車道がないここ大洗学園に転校してきたのだろう。

 

「―――ミホは戦車やらないから!」

 

「西住さんのことはあきらめてくださいっ」

 

 俺が西住のことを調べている間に状況が変わるかと思ったがそんなことはなかった。

 そしていい加減この状況はダメだと感じたのか、先程から黙っていた会長さんが口を開く。

 

「そんなこと言ってるとあんたたち、この学校にいられなくしちゃうよ?」

 

 シンプルに脅しに来た。まじかよ。容赦ねーな、会長。

 さすがにこれには武部たちも押し黙ってしまう。

 

「これじゃちょっと埒が明かないから第三者に意見を聞くとしようか。……比企谷ちゃん?」

 

「比企谷、貴様男ならガツンといってやれ!」

 

「ヒッキー!」

 

 おいおい、なんでそこで俺に話を振るんだよ。あと武部、ヒッキーいうな。

 まぁ、いいか。これ以上長くなって昼休みがなくなるのも困るしな。

 

「俺から言わせてもらえれば、この話し合いは最初から間違ってますよ」

 

 この問題の当事者は誰だ?―――そう、西住だ。

 ならこれは西住が決めないといけない。外野がいくらぎゃあぎゃあ騒いだところでなにも変わりはしない。意味がない。無意味だ。

 

「西住、お前はあのことをまだ気にしてるのか?」

 

 その言葉に、西住はビクッと反応する。

 

「……比企谷くん、知ってたの?」

 

「ああ、悪いが調べさせてもらった」

 

「そう、なんだ……」

 

 西住は更に俯き、顔が見えなくなった。しかし俺は更に追い討ちをかけないといけないのだが、この顔を見ていると躊躇しそうになる。

 

「はっきり言わせてもらうが。西住、お前は戦車道から逃げてここ大洗学園に来たんだろ、違うか?」

 

「……っ!」

 

「比企谷、何言ってるの?」

 

「何って、西住から聞いてないのか?」

 

 たぶん西住は武部と五十鈴にこのことは言ってないはずだ。たぶん、戦車道もなにも関係ない、普通の自分でいたかったのだと思う。

 

「西住は戦車道の全国大会で仲間を助ける為に戦車を降りてその試合に負けたんだよ」

 

「で、でも、それって別に悪い事したわけじゃ……」

 

「助けたことは悪くはない。が、西住が乗っていた戦車はフラッグ車だった。だから負けた。西住がいた黒森峰は10連覇がかかっていた。あとはわかるだろ?」

 

「そんなの関係ないよ!ミホは悪い事してないもん!」

 

「私も、西住さんはなにも悪くないと思います」

 

「会ったばかりの西住になんでそこまで肩入れする」

 

 俺の質問に武部は躊躇なくこう答えた。

 

「友達だもんっ!」

 

 友達、友達ね。

 

「――――。話を戻すぞ。西住、お前は自分がやったことを後悔してる……だから戦車道をやりたくないのか?」

 

「比企谷!そんな言い方ないでしょ!」

 

「少し黙ってくれ。俺は西住に聞いているんだ」

 

 武部がビクッとなり押し黙る。少し強い言い方になってしまったが、大事なことだからな、しょうがない。

 

「で、どうなんだ西住?」

 

「……後悔は、してないよ」

 

「なら、なんで戦車道から逃げたんだ?」

 

「それは……」

 

 後悔はないと、そう西住は言った。その言葉は嘘ではないのだろう。けど、戦車道はやりたくない。

 俺は西住のことなんてほとんど知らない。が、彼女の気持ちを自分なりに想像はできる。

 たぶん、怖いのだ。否定されることが。

 西住だって馬鹿じゃない。自分がフラッグ車を降りて助けに行けばどうなるかぐらいはわかっていたはずだ。

 けど、助けに行った。

 そしてその行為を否定されたのだろう。お前は間違っている……そう、周りから。

 否定され疑問に思う。自分がやったことは正しかったのか、そうでないか。もし間違っているなら、そんな自分が戦車道なんかをやっていいのかと。

 だから、逃げるように、離れるように、戦車道がないこの学校に来たのだろう。

 

「……西住、お前は自分のことが好きか?」

 

「……比企谷くん?」

 

 別に俺は無理に西住を戦車道にいれようなんて思っていない。

 ここからは誰の思惑も関係ない、比企谷 八幡として西住に問いかけるだけだ。

 

「別に戦車道から逃げ続けるならそれでもいいんだろうよ。それもお前の選択だ。けど、」

 

 そう。けど、

 

「お前はボコボコにされたままで終わるのか、立ち上がりもせず?」

 

 西住、お前がボコを好きというなら、お前は俺のこの問いにどう答える?

 

「……え?」

 

「比企谷!」

 

「あーはいはい。俺はもう出ていくからそう突っかかってくんな、武部」

 

 俺の言いたいことも言ったし、もうここにいる意味はないな。

 

「それじゃあ会長さん、俺は昼休みに戻ります」

 

 そう言って俺は生徒会室を後にした。

 

「あ、あの、私―――」

 

 俺が出ていく直前、西住は会長さんに向かってなにかをいう声が聞こえた。最後まで聞く必要はない。結果はどうせあとでわかる。

 

 

 ====

 

 

 そして次の日、俺たちは倉庫の前で待機していた。

 なんで待機しているかというと、戦車道の授業のためである。

 

「全部で18人、私達も入れても22人です」

 

「まあ、なんとかなるでしょ。結果オーライ」

 

 なんて声が聞こえた。俺は生徒会側としてカウントされているらしい。

 

「いよいよ始まりますわね」

 

「うん…」

 

「さらにモテモテになったらどうしよう~」

 

「うるさいぞビッチ」

 

 しまった。関わるつもりはなかったのに、あまりにも武部がアレだったので思わずツッコんでしまった。

 

「ビッチいうなし!って、あれ?なんで比企谷がここにいるの?」

 

「俺も戦車道だからだよ。選択科目が」

 

「えっ、比企谷くんも?」

 

「えーおかしくない。だって男でしょ?あれ?もしかして女だったりするの?」

 

「いやいやするわけないだろ。俺は正真正銘の男だ」

 

 少し想像しちゃったじゃねーか、どうしてくれるんだ武部。

 

「ま、別にいいけど。ミホには近づかないでよね、比企谷!」

 

 当たり前だが相当嫌われてるな。

 

「これより戦車道の授業を始める」

 

「あの!なんで男子がいるんですか?」

 

 先程気にしていない様子だったがやはり気になったのか、武部は会長に質問する。その一言で全員がこちらを向いてきた。

 

「え?男子?」

 

「いたんだ全然気が付かなったねー」

 

「うんうん」

 

 ここにきても我がステルスヒッキーは活躍しているようで。騒がれないと思ったら実は気づかれていないだったでござる……。

 

「比企谷は私達生徒会が用意した。なにかと男手もいるだろうから、困ったら好きに使っていいぞ」

 

 いや、よくないから。せめて本人に確認取るぐらいしましょうよ。もうやだ、ブラックすぎるこの生徒会。

 

「他に質問はあるか?」

 

「あ、あの、戦車はティーガーですか?それとも…」

 

 ほう、戦車に詳しいやつもいるんだな。ここに集まった女子はほとんど武部みたなやつかと思ったが、さすがにそれはないか。ないと思いたい……。

 

「えーと、なんだったけな?比企谷ちゃん倉庫開けてー」

 

 会長に命令され俺は扉をあける。……やだ、もう下っ端根性が染みつき始めている。

 そして開いた倉庫の奥にあったのは錆びた戦車が一つ。

 

「なにこれ…」

 

「ボロボロ…」

 

「ありえなーい…」

 

「侘び寂びがあってよろしいんじゃあ」

 

「いやこれただの錆だから…」

 

 不満な感想がいろいろあるが、とりあえず五十鈴、お前はちょっと感性がずれてると思う。やっぱりお嬢様なのだろうか。

 あと戦車だが俺の見立てではたぶん…と思っていたら俺と同じ意見なのだろう西住が戦車に近づき確認を行い。

 

「装甲も転輪も大丈夫そう…これでいけるかも」

 

 家元の西住がいうんなら間違いないだろ。そしてまわりのやつらも西住の発言で感心している。

 

 まあいろいろあったが、こうして戦車道が始まるのであった。

 



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こうして、彼の連絡先は増えていく

 さて、ここ大洗学園の戦車道が始まりだしたのだが、そもそも俺たちには足りていないものがある。技術や知識も確かに大切だが、それ以前の問題だ。答えはいたってシンプル。足りないもの……そう、戦車だ。

 当たり前の話だが、戦車道をやるのに戦車がないのは致命的すぎる。今現在ここにあるのは錆びた戦車が一両だけ。マジどうすんだこれ?

 

「こんなボロボロでなんとかなるの?」

 

「……たぶん」

 

「男と戦車は新しい方がいいと思うよ?」

 

 いや、その考えは極論すぎるだろ、武部……。

 

「それを言うなら女房と畳では?」

 

「同じようなもんじゃない? それにさ……一両しかないじゃん、戦車」

 

 前者はともかく後者はあいつにしてはまともな意見だ。現状として戦車が足りていない。いや本当に。

 

「えっと、この人数なら……」

 

「全部で五両必要です」

 

「んじゃあ、みんなで戦車探そっか」

 

 げっ、ここから四両も探さないといけないのかよ……。

 

「探すって……」

 

「どういうことですか?」

 

「我が校においては何年も前に戦車道が廃止になっている。だが当時使われていた戦車があるはずだ。いや必ずある。明後日、戦車道の教官がお見えになるそれまでに四両見つけておくこと」

 

 しかも時間制限までついてる。これはいよいよ面倒だ。おうちに帰っていいですか?

 

「して、いったいどこに?」

 

「いやー、それがわかんないから探すの」

 

「なんにも手がかりないんですか?」

 

「ない!」

 

 なんで自信満々なんだよ……。てか手掛かりなしとかコレなんて無理ゲー?

 

「では捜索開始!」

 

 会長の掛け声と共に、全員ぱらぱらと動き始める。

 

「聞いてたのとなんか話が違う……、戦車道やってればモテるんじゃ……」

 

 そんな中、武部の恨めしそうな声が聞こえてくる。

 この現状を見てまだあきらめてなかったのかコイツ。ある意味メンタルが強いのかもしれん。いや、現実を見ていないだけか……。

 そんな武部を見て会長が声をかける。

 

「明日、カッコいい教官が来るよ?」

 

「ホントですか!?」

 

「ホントホント、紹介するから~」

 

「~っ!いってきまーす!」

 

 先程までの落ち込み具合もどこ吹く風、武部のやつは勢いよく走っていった。

 おいおい、いくらなんでも単純すぎるだろ。会長は一言も男がくるとは言ってはいないのだから教官が男じゃない可能性は考えないのか。

 

「……詐欺じゃないんですか?」

 

「なんのことを言ってるのかな、比企谷ちゃん?」

 

「わかってるでしょうに……」

 

「そんなことより比企谷ちゃんもそろそろ戦車探しに行かないとねー。それで、誰と一緒に行くの?」

 

「いや、誰とも探しにはいきませんよ。てか誰も俺とは行きたがらないでしょ」

 

「それはどうかな~」

 

 なんでこの人こんなにニヤニヤしてんの? もしかして顔になにかついんてんのか?

 そう思い顔を触っていたら……。

 

「ひ、比企谷くん、ちょっといいかな?」

 

「ん?どうした西住。お前たちもさっさと戦車探しに行かないと会長に何言われるかわからんぞ」

 

「う、うん、そのことなんだけど、良かったら私たちと一緒に戦車を探しに行かないかな?」

 

 これはあれかな? 昨日のことで文句があるから大人しくついてこいや的な。

 

「……俺がいたら邪魔になるだろ」

 

 さっきめっちゃあの二人に睨まれた身としてはできるなら近づくのは嫌なんだが。

 

「ううん、二人にはもう話してるから大丈夫だよ」

 

 まじか。そこまでして俺を誘うということは本気なんだな、西住のやつ。

 

「……わかった。ついていく」

 

 

 ====

 

 

 そして俺たちは学校裏の山林にいる。別にここで俺が埋められるというかそういう話ではなく。

 武部の、「裏の山林に行ってみようよ、なんとかを隠すには林の中って言うしね♪」という発言のもと、俺たちはここにいる。

 その途中で仲間が増えた。

 名前は秋山 優花里といって、倉庫を出発してすぐ某RPGのように、秋山は仲間になりたがっているどうしますか? というコマンドが見えそうなほどこちらを見ており、見かねた西住が秋山を仲間にした。

 そして山林を歩いている途中、五十鈴が「花の匂いに混じって、ほんのりと鉄と油の匂いが…」と言い出し、そちらのほうへ向かっている。

 

「華道やってるとそんなに敏感になるの!?」

 

「いえ、わたくしだけかもしれませんけど……」

 

 西住に誘われたあと、俺は西住たちの後ろを少し離れて付いていっている。

 途中西住が何かを言いたそうにこちらを見てくるのだが、それ以上なにもしてこないので俺も待ちの姿勢でいるしかない。だって女子に、ねえ俺になんか話あるんだろ? 的なこと言うとか無理だから、自意識過剰なやつと思われるわ。

 

「それではパンツァー、フォー!」

 

「パンツのアホっ!?」

 

 秋山の掛け声に食い気味に食らいつく武部。アホはお前だ。

 さきほど秋山が言ったパンツァーフォーとは戦車前進という意味。西住が武部にそのことを教えている。

 そんなやりとりがあり先に進んでいくと本当に戦車があった。ちなみに車種は38⒯。

 ……まじか、五十鈴のやつ凄すぎるだろ。

 

「なんかさっきのより小っちゃい……傷だらけでポツポツしてるし」

 

「そ、そんなことないです!」

 

 その言葉で秋山のなにかに火が付いたのか、38⒯のことをこれでもかというくらいに説明する。

 そして自分の暴走に気づいたのか、力説した後固まってしまった。

 

「今、生き生きしてたよ」

 

「……すいません……」

 

 申し訳なさそうに謝る秋山。

 秋山の戦車好きがここまでだとはな。好きならもっと堂々とすればいいと思う。男の俺と違って秋山は女子なのだから。

 

「別に謝る必要はないだろ」

 

「え?」

 

 その言葉が意外だったのだろう、秋山がこちらを見ている。

 

「戦車が好きなんだろ秋山。人と少し好きなものが違うからって気にする必要ないだろ、別に迷惑かけてるわけじゃないんだし」

 

 そう、だから俺は言わせていただきたい。

 

「だから俺がプリキュアが好きなのもおかしいことではないのである。誰にも迷惑をかけていないのだから!」

 

「いや、その発言がおかしいから比企谷。それとなんでプリキュア……」

 

 プリキュアを馬鹿にするんじゃない、あれは子供向けに見えてなかなかに奥が深いんだぞ。

 そして気づけばいつの間にか全員に引かれていた。

 おかしい、なんでこんなことになったのか。あ、俺のせいですね。

 

「あ、あのぅ…」

 

 どこかに俺と一緒にプリキュアを熱く語ってくれる女子はいないものか。もしくはライダーでも可。

 

「あ、あのっ!」

 

 ふと気づくと秋山の顔が目の前にあり、さっきからの呼びかけが俺に対してだったのだと気づく。

 普段から話しかけられないもんだから、自分に話しかけられてると思ってなかったわ。

 

「……なんだ?」

 

「お名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 名前? そういや俺は西住達から離れていたから自己紹介してなかったな。俺の方は聞き耳を立ててたから秋山の名前は知ってたけど。

 

「比企谷 八幡だ」

 

「では、比企谷殿とお呼びしますね」

 

「お、おう……」

 

 呼ばれ慣れない呼び方だったのでついキョドってしまった。

 そしてちょうど西住も覚悟が決まったのか

 

「比企谷くん、ちょっといいかな?」

 

「……いいぞ」

 

 さて、とうとうこの時が来たか。

 

「……ミホ、私たち少しそこらへん探索してくるね」

 

「え? う、うん」

 

「あと比企谷、私たちがいないからってミホに変なことしないでよね?」

 

「大丈夫だ安心しろ、そんな気はない」

 

 武部が五十鈴と秋山を一緒に連れていったので、俺と西住が必然的に残る。

 たぶん気を使ってくれたのだろう。と思ったのだが視線を感じるな。まあいいか、聞かれて困る話じゃないし。

 

「比企谷くん、昨日のことなんだけど…」

 

「……ああ」

 

「その……ありがとう、嬉しかった」

 

「へ?」

 

 まさかの一言が飛んできた。たぶんこの時の俺は相当マヌケな顔をしていたと思う。

 

「なんで礼を言われてるんだ俺? 文句を言われて仕方ないと思うんだが」

 

「だって昨日、私を励ましてくれたんだよね?」

 

「………」

 

 励ましたというのは西住の誤解だ。俺はただ、西住がどういう行動にでるか試したと言った方が近い。ボコ好きの西住が、あの言葉でどう動くかを知りたかっただけだ。

 そして俺の沈黙を肯定と捉えたのか、西住は話を続ける。

 

「比企谷くんが言ってくれた言葉、あれを聞いたら少しだけ前に進んでみようって思えたの」

 

「だから、戦車道に入ったのか?」

 

「うん」

 

「それでも俺に礼を言うのはおかしいだろ。文句を言うのが普通じゃないか?」

 

「え、そうかな?比企谷くん、そういうこと考えなしで言う人に見えないし」

 

 西住には俺がどう見えてるんだろうか?少し気になるな。そんなに話をしてないと思うんだが。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「ボコが好きな人に悪い人はいないから」

 

 西住は力強くそう言ってきた。

 ……まさかそうきたか。その答えは卑怯だわ西住。それを言われたら俺は何も言い返せない。

 

「……そうか。理由がボコなら仕方ないな」

 

「うん、仕方ないよね」

 

 そんなことを言い俺たちは二人で笑いあう。

 

「ところで武部たちはいつまでそうしているつもりなんだ?」

 

「ゔぇっ!?」

 

「あらあら、気づかれてしまいましたね」

 

「あわわわっ!」

 

 すると木の陰から三人が出てきた。やっぱりいたか。

 それとその悲鳴は女子としてどうなんだ武部よ。いろいろ致命的すぎるだろ……。

 

「い、いつから気づいてたの、比企谷!」

 

「最初から」

 

 探索に行ったかと思ったらすぐに気配がしたからな。

 

「そうなんだ……って、今はそんなことはどうでもいいの!」

 

 どうでもいいって、聞いてきたのはそっちなんだが……。

 

「比企谷、ほら!」

 

 武部が俺に手を差し伸べてくる。

 なに? 慰謝料でも払えとでもいっているのだろうか? 生憎だが今は持ち合わせがない、あきらめてもらおう。

 

「すまん。今、金持ってないです」

 

「カツアゲじゃないから!」

 

 あれ、違うの? じゃあなんだろうか、さっぱりわからん。

 

「仲直りの握手に決まってるでしょ、普通に考えてっ!」

 

 ああ、なるほど。てか今時仲直りの握手て。

 

「友達がいなかったんでな。喧嘩したことないし、必然的に仲直りもしたことがないんだよ」

 

 小町とはしょっちゅう喧嘩するが、たいてい次の日には忘れるしな俺たち。

 

「理由が悲しすぎるよ、比企谷……」

 

「ほっとけ、俺は別に友達がいなくても平気だからいいんだよ」

 

「じゃあ改めて仲直りの握手を」

 

「普通に嫌なんだが、恥ずかしいし」

 

 女子と触れ合うとかここ何年もしてないから普通に無理だから。もちろん小町は妹だから女子とはカウントしない。

 

「てかなんで仲直りなんだよ、元から仲良くなかっただろ俺ら」

 

「だってミホが全然気にしてないのに、ずっと気にしてる私が馬鹿みたいじゃん」

 

「いやそれは……」

 

 違うだろと言いたかったのだが、武部はこれ以上は聞く耳を持たないようで。

 

「じゃあ、同じ戦車道仲間として連絡先交換しようよ。これから必要になると思うしそれならいいでしょ、比企谷」

 

 まあそれくらいならいいか。

 微妙にハードルが上がってる気もしなくはないがこれ以上は気にしないようにしよう、武部がうるさいし。

 

「じゃあ、ほれ、俺そういうことやったことないから頼むわ」

 

「……簡単に携帯渡しすぎじゃない?」

 

「別にみられて困るものもないしな」

 

 俺の携帯には家族と親戚ぐらいしか連絡先入ってない。そう考えると初めてになるのか、学校のやつの連絡先が入るのは。

 

「では、わたくしとも交換しましょうか」

 

「比企谷殿、わたしも大丈夫ですか?」

 

「えっと、それじゃ私も……」

 

「もうみんなの入れようよ。ミホと華のは私が入れておくから秋山さんの教えてくれる?」

 

「わかりました!」

 

 気づけばあれよあれよ言う間に俺の携帯に連絡先が一気に増える。

 これあれだな、小町のやつに連絡先絶対に見られないようにしよう。絶対に面倒くさいことにしかならん気がする。

 

 

 ====

 

 こうして俺たちの戦車探しは終わり次の日。

 なんと戦車が揃ってた。しかもちゃんと五両。これには少し驚いてしまった。

 俺たち以外のやつらもちゃんと戦車を見つけていたらしく、自動車部がここまで運んでくれたらしい。

 しかも話を聞いたところ、戦車があった場所が崖下や池の中などにもあったようで。そんなもんどうやってみつけたんだよ、凄すぎるだろ。戦車道に集まったやつらハイスペックすぎないか?来るところ絶対に間違えてると思うんだが……。

 

「今から戦車とチーム分けを行う。Ⅳ号戦車が西住たちAチーム、八九式がバレーボール部のBチーム、Ⅲ突がカエサル率いるCチーム、M3が一年生メンバーのDチーム、そして38⒯が我々生徒会のEチームだ」

 

 河嶋さんによる戦車の割り振りが発表された。

 

「明日はいよいよ教官がお見えになる。粗相がないようきれいにするんだぞ」

 

「どんな人かな~」

 

 武部のやつまだあきらめてないのかよ、隣にいる秋山が若干引いちゃってるよ。

 しかしこれは清掃が大変そうだ。なんたって二十年分の錆と汚れだしな。

 チーム分けされたやつらは自分たちが乗る戦車に集まっていた。そこでふと疑問が生まれる。

 

「会長、俺はどうしたらいいんですか?」

 

 どこの戦車にも配属されていないんだが……。

 

「比企谷ちゃんは全体のサポートをよろしく。必要なものだったりの補充や力仕事を手伝ってあげてね」

 

 なるほどそういう仕事ね。……ぶっちゃけ一番きつくないかこれ?

 

「うわっ!ベタベタする~」

 

「これはやりがいがありそうですね」

 

「これじゃあ中も……」

 

 そう言いながら西住はスムーズな動作でⅣ号に登っていく。

 なんとなくそれを目で追ってたのがいけなかった。

 その、見えてしまったのだ。なにがどうとかこの際言わなくてもわかるだろ?

 ここは西住に注意しとこう。今後同じことが起きられても正直困る。

 

「西住、戦車に登るときは注意してほしいんだが……」

 

「え、大丈夫だよ? 私慣れてるから」

 

 ダメだ、西住のやつわかってない。

 どう西住に説明しようかと悩んでいたら。

 

「比企谷! ミホのスカートの中見たでしょ!」

 

 武部のやつが爆弾を投げやがった。

 ダメだったよパトラッシュ、人がせっかく遠まわしで言っていたのに台無しだ。

 そしてとうの西住は顔が真っ赤である。そんな目で見ないでくれ西住、こっちもいっぱいいっぱいなんだよ。

 

「比企谷殿!」

 

「比企谷さん?」

 

 怖い怖い怖い、女性陣の見下すような視線が飛んでくる。

 生憎俺はそういう性癖を持ち合わせていないので決してこれはご褒美ではない。あと五十鈴さん顔がめっちゃ怖いですまじ勘弁してください。

 というかこのままだと変態のレッテルを貼られかねない。そうしたら学校生活なんて送れなくなってしまう。なんとかしないと。

 

「ち、違う、断じて見てない。危なそうだったから西住に注意しただけだ」

 

「……比企谷くん、ホント?」

 

 もちろん嘘なのだが、ここで本当のことを言ってもマジで誰も得しないまである。特に俺が。

 

「本当だ。だから俺が下にいるときはなるべく気を付けてくれると助かる」

 

「う、うん、そうだよね。女子だけじゃないんだから気を付けないと……」

 

 ふう、なんとか切り抜けたな。てか武部のやつまだこっちのこと睨んでるよ。そんなに信用ないのか俺は。

 いやまあ実際には見てしまったんだが、俺は悪くなかったと思いたい。

 そして西住が再び車内を確認している。

 

「う、匂いが酷い……。これ車内の水抜きをして錆びとりもしないと、古い塗装も剥がしてグリスアップもしなきゃ」

 

 どうやらある程度やることが決まったらしい。

 

「それでは全員汚れても大丈夫なよう、各自着替えるように」

 

 そうして戦車の洗車が始まった。いや別に今のはそういう意図はなかったのでスルーしてくれ。

 ひとつ気になったのが副会長の小山さんだ。なんで水着なんだ? いや確かに合理的ではあるんだろうけど、正直に言って目のやり場に困る。あの人自分がしている格好に自覚はあるのだろうか? ボッチにあれは破壊力が高すぎるよ。

 そんなことを考えてたのがいけなかったのか。

 

「比企谷?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 思わず敬語になってしまう。だってなんか怖いんだもん武部のやつ。

 

「わかってるとは思うけど、さっきの今で変なこと考えてないよね?」

 

 すんごいジト目である。

 そしてさっきのことは武部の中でまだ終わっていなかったらしい。

 

「全力でお前らのサポートするだけなのにそんなこと考えるわけないだろ」

 

「ふーん、それならいいんだけど……」

 

 っべー、まじやっべーわ。完全にロックオンされてるわこれ。もう下手なことをすると消されるかもしれん俺。社会的に。

 その後の俺は時々聞こえる女子たちの声をシャットアウトして全力で清掃のサポートを行った。

 途中、女子のノリで水の掛け合いをはじめ。そのたびに透けるだのなんだの言うのだからたちが悪い。そのたびに武部から視線が飛んできた。

 だが、俺はなんとか無事に乗り越えこの日の戦車の洗車が終わった。もう自分でツッコむ気力もない。

 

「よし、いいだろう。後の整備は自動車部の部員に今晩中にやらせる」

 

 え、もうかなりいい時間なんだが……。ブラック以上にブラックだよ。あまりにも黒すぎてブラックホールかと思ったわ。いやまじで。自動車部のやつらに黙とうを捧げよう。

 そしてそのまま俺は帰ろうとすると、西住たちに呼び止められる。

 

「なんで一人で帰ろうとしてんの比企谷!」

 

「……いや俺、帰りはいつも一人なんだが」

 

「もう、そういうことじゃないでしょ!」

 

 どういうことだよ……。

 

「比企谷くんもこれから一緒ににどう?」

 

 どうやら西住達はこれからどこかにでかけるらしい。

 

「すまん。用事があるんだよ、俺」

 

 いつもは暇なのだが、今日は小町と買い物にいく約束をしているので早く帰らねば。まぁ、暇でも適当に理由をつけてことわるけど。

 

「うそ、比企谷に用事……」

 

 武部よ、その反応はなんだ。

 

「ということですまんが帰るわ」

 

「うん。じゃあまた明日ね、比企谷くん」

 

「……おう」

 

 そして俺は家に帰宅し、小町と一緒に買い物に出かける。その出かけ先で西住たちと遭遇するとは思ってもいなかったけど。

 ちなみに今どこにいるかというと、せんしゃ倶楽部という戦車の専門店である。

 俺は小町が新しいパンツァージャケットが入荷したから見に行きたいといっていたので見に来たのだ。十中八九俺に買わせる気だよ、この妹。

 そしてその小町はとはいうと、武部たちと仲良くしゃべっている。

 あれだよね、ホント小町は俺と違ってコミュニケーション能力が高い。基本誰とでもすぐに仲良くなるし。それでいて一人でも大丈夫というハイブリット型ボッチなのだ、小町は。

 そして店内をぐるりと武部たちが見まわし、

 

「なんか戦車ってみんな同じに見える」

 

「それ小町もわかります!」

 

 なんてことを宣う。

 いや、武部ともかく、あなたはわかっちゃダメでしょ。戦車道何年やってるんだよ小町、お兄ちゃんは悲しいよ。

 

「ち、違います! 全然ちがうんです! どの子もみんな個性というか特徴があって……動かす人によっても変わりますし!」

 

 秋山がものすごく熱弁してるな。

 

「華道と同じなんですね」

 

「うんうん! 女の子だってみんなそれぞれのよさがあるしねー。目指せ、モテ道!」

 

 おい、あそこに突っ込み役はいないのか? あまりにもカオス過ぎるだろ。隣にいる西住も苦笑いしちゃってるし。

 そんなやり取りのあと、武部たちはここの店に置いてある戦車のシミュレーションに興じている。

 

「アクティブで楽しそうです」

 

「でも顔は怪我したくないなー」

 

「大丈夫です。試合では実弾も使いますけど、十分に安全に配慮されてますから」

 

 まあ実際には実弾が人間に当たるとやばいので変な過信はしないほうがいい。あくまで戦車に対しての安全性だからな。

 

「それにしても意外だね。比企谷くんがこんなところに来るなんて」

 

「小町が戦車道やってるからな。それでちょくちょくここには来てるんだよ」

 

「……そうなんだ、仲いいんだね」

 

「そうか? 普通だと思うが」

 

「ううん、そんなことないよ。だって……」

 

 西住がなにか言いかけた時にニュースが流れてきた。

 

『次は戦車道の話題です。高校生の大会で昨年MVPに選ばれて国際強化選手になった西住 まほ選手にインタビューしてみました』

 

 そのニュースをみて、西住の顔が曇りだす。

 それで先程西住が言おうとしたことがわかった。

 

『戦車道の勝利の秘訣とはなんですか?』

 

『あきらめないこと、そしてどんな状況でも逃げ出さないことです』

 

 それでそのニュースは終わった。

 逃げ出さない、ねぇ。俺から言わせてもらえれば逃げることが悪いという考えがそもそも間違っている。誰もかれも前に進んでいけるわけじゃないのだ。逃げたっていいだろ。大事なのはその後どうするかだ。

 

「そうだ! これからミホの家に遊びに行ってもいい?」

 

 急にそんなことを武部が言いだす。

 たぶん西住の微妙な感情の変化に気づいたんだろう。そういうことはできるのになんで彼氏いないんだろうな、コイツ。不思議。

 

「わたくしもお邪魔したいです」

 

「あ、うん!」

 

「あのー……」

 

「秋山さんもどうですか?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それじゃあみんなでご飯作ろうよ!」

 

 あっちはあっちで話がまとまったようだ。

 

「おい小町、俺たちも帰って飯食おうぜ」

 

「え?」

 

 おいおい小町さん、その反応はなに?

 

「今日家に帰ってもご飯ないよ、お兄ちゃん」

 

「は? まてまてどういうこと?」

 

「あれ? メール見てなかったの? 小町、今から戦車道の練習に行くから家には帰らないよ」

 

 まじで? メールなんて来ていないと思うんだが……そう思って確認したら携帯の充電が切れていた。

 あれだろうか、久しぶりに携帯としての機能を使ったからいつも以上に電池の消費が早かったのだろう。

 

「ごみいちゃん……」

 

 小町から蔑みのまなざしが飛んできているよ。

 あといくらなんでもごみいちゃんは酷いと思うんだが小町さんよ。

 

「……あれ? これはお兄ちゃんのお嫁さん候補を増やすチャンスなんじゃ……」

 

 なんか小町が小声でブツブツつぶやいている。そしてとてもいい顔でこちらを見てから西住のほうに振り向き。

 

「あのーみほさん、ちょっといいですか?」

 

「どうしたの小町ちゃん?」

 

「実はですね、うちの兄が家に帰ってもご飯がないんですよ。なので兄も西住さんの家に連れていってもらえませんか?」

 

 なんてことを言いだした。

 小町さんよ、それはいくら西住でも了承しないだろ。と思っていたのだが。

 

「そういうことなら私は別にいいよ、小町ちゃん」

 

「えっ! ミホいいの!? だって男子だよ?」

 

「そうだけど、比企谷くんも困ってるみたいだし」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「まあ西住さんがそれでいいならいいんじゃないでしょうか」

 

 まじかこの展開はまさか過ぎる。なに? 俺、女子の部屋にお呼ばれしちゃうの?

 さすがにこれにはビックリしていたのだが、次の西住の発言で更に驚くことになる。

 

「比企谷くんに私の大事なもの見せたかったから、ちょうどよかったのかも」

 

 西住がいい笑顔でほにゃっと笑う。

 その笑顔でなにを勘違いしたのか、武部たちが騒ぎ出す。

 

「ミホと比企谷ってそういう関係だったの!?」

 

「わたくしたち、今日は帰ったほうがいいのでしょうか……?」

 

「お、お邪魔虫ですかね、私たち!?」

 

 大事なもので各々なにを想像したかは知らんが、少し落ち着けお前ら。

 

「お兄ちゃん! 小町はワクワクが止まらないよ!」

 

「あ、あれ? みんなどうしたの、いきなり?」

 

 そして当の本人はそのことにまったく気づいていない。あと小町さん、なんでワクワクしてるんですかねぇ。

 

「西住、ちゃんと主語を入れろ」

 

「え?」

 

 しかしその発言を違う意味で正しく理解した武部が。

 

「比企谷、それセクハラだから! ミホに何言わせようとしてんの!」

 

「お前らが誤解してるんだよ! それと人を変態でも見るような目でみるんじゃない!」

 

 そして説明を始めて数分後。

 

「ええー!クマのぬいぐるみー!?」

 

「う、うんそうだけど……なにかおかしかったかな?」

 

 おかしいことだらけだったな。見事に勘違いのオンパレードである。今日はいかに主語が大切なのか思い知らされたわ。

 

「そうなんだ、私はてっきり……」

 

「てっきり?」

 

「ううん、なんでもない! それじゃあミホの家に行くとしよっか!」

 

 そう言ってごまかす武部にツッコむのはやめといてやろう。だって藪蛇になるしな。

 それと小町なんだがとても残念そうにしていた「お姉ちゃん候補が……」なんとかつぶやいていたが。おいおいどんだけ期待してたんだ妹よ。

 

 



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そして、比企谷 八幡は強いられる

 小町と別れた後、西住の家に向かった。マジで今から女子の部屋に入るのか俺。今更ながらドキドキしてきた。

 

「比企谷、わかってるとは思うけど、女子の部屋だからって変なことしないでよね」

 

 変なことってなんだ変なことって。というか俺がなにかをする前提で話をするな。

 

「さっき勘違いしてたやつが何言ってるんだか」

 

「さ、さっきのことは関係ないでしょ!」

 

 そんな会話をしていたら西住の住んでいる寮に到着。

 

「散らかってるけどどうぞ~」

 

 そう言ったわりに、西住の部屋は普通に片付いている。

 片付いてるけど、目につくのが大量のクマのぬいぐるみ。

 そのクマたちはとこどころ包帯やギブスなどしている。これ全部ボコなんだよな。

 引っ越したばかりでものがないからか、余計にボコの存在感が半端ない。

 

「比企谷くん、これが私の大事なボコのぬいぐるみだよ!」

 

「お、おう……」

 

 よっぽどうれしいのだろう、いつもと西住のテンションが違い過ぎて若干俺がついていけてない。

 包帯グルグル巻きのクマを手に取る。よほどこいつは西住に大切にされているのだろう。ところどころほつれを治している箇所があり、長年使われているのが覗える。これだけで西住がボコのことをどれだけ好きなのかわかってしまう。

 

「ん、いいもん見せてもらったわ」

 

 そんな西住と俺のやりとりが終わり。

 

「よしっ、じゃあ晩御飯作りますか! 華はジャガイモの皮を剥いてくれる?」

 

「あ、はい」

 

「私ご飯炊きます!」

 

 そう宣言した秋山は、背負っていたリュックから飯盒などを次から次へと出してくる。

 

「おい秋山、もしかしてそれいつも持ち歩いてるのか?」

 

「はい! いつでもどこでも野営できるように」

 

 ちょっ、常備サバイバルセット持ち歩いてんのかよ。これにはさすがの武部も苦笑いしている。

 

「きゃっ!」

 

 キッチンから五十鈴のやつの悲鳴が聞こえてきた。これはあれか、指でも切ったか。

キッチンを覗くと案の定、五十鈴のやつが指を切っていた。

 

「すいません。花しか切ったことがないので」

 

 それでよくまかされたな。

 

「西住に絆創膏もらって消毒してきてもらえ、後は俺がやっとくから」

 

「す、すいません……」

 

 見ていてあまりにも危なっかしかったので交代させてもらった。

 

「比企谷、料理できるの?」

 

「ん?ああ、これでも専業主夫目指してるからな」

 

「専業主夫ってことはつまり働かないってことでしょ?

それってニートじゃん」

 

 お前は今言ってはいけないことを言った! 全国の専業主夫に謝れ!

 

「は? 違うから、あんなのと一緒にするな。てか武部、お前こそ料理出来んのかよ」

 

「それは見てのお楽しみってね!」

 

 武部のやつはおもむろに眼鏡を取り出し、なぜか眼鏡をはめる。なに? 眼鏡かけたらパワーアップするの?

 そんなこんなで調理が終わる。まじで武部のやつ料理できたんだな。しかも普段からやり慣れているようで、作業を見ていても特段問題がなかった。

 

「じゃあ食べよっか!」

 

「はいっ!」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

「……いただきます」

 

 しかし武部のやつ言うだけあって料理の腕はなかなかだな。

 

「ん~! おいしい!」

 

「いやー男を落とすにはやっぱ肉じゃがだからね~」

 

「落としたこと……あるんですか?」

 

「何事も練習でしょ!」

 

 まあ何事にも練習は大切だが、それが男に披露できずに終わらないといいな武部よ。あれ? そう考えると俺は武部の手料理を食べた初めての男になるのか? 武部に言わんとこ、絶対に文句言われるわこれ。

 

「というか、男子ってホントに肉じゃが好きなんですかね?」

 

「都市伝説じゃないんですか?」

 

「そんなことないもん! ちゃんと雑誌にも書いてあったし!」

 

 それを鵜呑みにするのはどうなんだ。その雑誌を読んで今の現状なんだからそろそろ気づいてもいいんじゃないか?

 

「ねえ、比企谷くんは肉じゃが好きなの?」

 

 そこで俺に話を振るのね西住。

 

「あのな、男は単純なんだよ。それこそ女子の手料理ってだけで喜ぶと思うぞ、味なんて関係なしで」

 

「えー、それはそれでなんかヤだなー」

 

 注文の多い奴だな。だったらどうしてほしいんだよお前は。男に多くを求め過ぎじゃなかろうか。

 

「だってやっぱり好きな人にはおいしいのを食べてほしいじゃん……」

 

「……武部」

 

「なに比企谷?」

 

「ぶっちゃけ、俺的にはどうでもいいんだが」

 

「ちょっ酷くない、比企谷! 今のなぐさめる流れでしょ!」

 

 いや知らんがな。俺がなんでそんな面倒くさいことをしないとならないのか。

 さてと、飯も食い終わったしそろそろ俺は帰らせてもらうとしますかね。

 

「ごちそうさん。ほんじゃ俺は帰らせてもらうわ」

 

「えっ、比企谷くん、もう帰っちゃうの?」

 

「まあこれ以上やることないし、俺がいても邪魔だろうしな」

 

「そんなことないと思うけど……」

 

 いやいや、なんでそこまでして俺を引き留めるの西住? あれなの? 俺のこと好きなの? 違いますね、知ってた。

 たぶんボコのことでいろいろ話したいんだろうが、男子が女子に囲まれながらする話じゃないしな。いやまあ、男子が女子と二人で話す内容でもないな普通に。

 

「後は女子同士で仲良く過ごしてくれ、じゃあな」

 

「うん、じゃあまた明日ね。比企谷くん」

 

「おう」

 

 

 ====

 

 

 そんでもって次の日。

 小町が「昨日は頑張って疲れたからお兄ちゃん小町を自転車で学校までつれてってー」の一言により小町を学校にまで送ることになったのだが、その登校途中、足元が覚束ない女子を発見した。

 

「お兄ちゃん、あの人学校まで連れていってあげなよ」

 

「いや、面倒くさいんだが」

 

「でもここで見捨てて事故にでもあったら小町いやだよ。だから、ね?」

 

 俺が事故したことを思いだしたのか、小町は不安そうな顔をしている。

 まあ、あれは見ていて不安になるレベルではある。正直面倒だがしょうがないか、かわいい妹の頼みだ、やりますか。

 

「……はあ、わかったよ。連れていけばいんだろ?」

 

「さっすがお兄ちゃん、愛してるよ!」

 

「はいはい、俺も愛してるよ」

 

「なんか扱いがぞんざいじゃない? 小町的にはポイント低いよお兄ちゃん」

 

 でた小町の謎のポイントシステム。溜まったらどうなるんだろうか? 小町と結婚でもできるのかしら、いやさすがにそれはないな。

 まあ、とりあえず話しかけるか。

 

「おい、大丈夫か」

 

「つらい……」

 

「は?」

 

「生きているのがつらい……。これが夢の中ならいいのに」

 

「わかる、わかるぞ!」

 

「……ごみいちゃん」

 

 はっ! いかん一瞬共感しちゃったよ。てか小町よ、ごみいちゃんはやめて。

 

「それじゃあお兄ちゃん、ちゃんと連れていってね。小町は学校に行くから。それからまた事故に遭わないでよね」

 

「そんなにひょいひょいと事故には遭わんから安心しろ」

 

 じゃあねーと言って小町は走り去ってしまった。自転車の荷台にでも乗っけていくか。

 

「とりあえず学校までは連れていってやるから後ろに乗れよ」

 

「すまない……」

 

「礼は後で妹にでもしてくれ」

 

 と言っても小町がまた会うかは知らんが、まあいいだろう。

 あまりにもフラフラしていたので運転中大丈夫かと思ったが、後ろに乗ったら俺の腰に手をまわし、がっつりホールドしてきた。状況が状況なら胸がときめいたかもしれんが、なんせこれだからな、正直なんとも思わん。

 自転車を漕いで学校に着いたのだが、校門に風紀委員がいた。これまた面倒である。

 そしてその風紀委員は俺の後ろにいる女子を睨みつけて。

 

「冷泉さん、これで連続245日の遅刻よ!」

 

 え、まじ? なにやったらそこまで遅刻をするんだろうか。あれか、低血圧かなんかなのかねこいつ。

 

「朝はなぜ来るのだろう……」

 

 ……わかる。

 

「朝は必ず来るものなの! 成績がいいからってこんなに遅刻ばっかりして留年しても知らないわよ!」

 

 確かに成績が良くてもこの遅刻だと進級できるかどうかも怪しいな。

 

「それとそこのあなた! 深刻に目が腐ってるわね、どうにかしなさい!」

 

 すいません、これはデフォルトだからどうにもなりませんあきらめてください。

 てか、注意されるほどにやばいんだろうか俺の目は。そんなに腐ってる? 腐ってますね、はい知ってた。

 

「あと途中で冷泉さんを見かけても今度から先に登校するように!」

 

「わかりました」

 

 まあ、今回は小町が頼んだから運んだわけなので別にいいんだが。

 

「そど子……」

 

「なにか言った……?」

 

「別に……」

 

 なんか因縁でもあるんかねこの二人。

 そして別れる際。

 

「悪かった、いつか借りは返す」

 

 フラフラしながらそう言って去っていった。ホント大丈夫かねあいつ。

 そんなこんなで倉庫前に来たときは俺と教官以外全員そろっていた。

 

「遅かったね比企谷くん。なにかあったの?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 俺もだいぶ遅く来たようだが、昨日言っていた教官がまだ来ていない。

 

「教官も遅ーい。焦らすなんて大人のテクニックだよねー」

 

 そしてもう何度目だろうか? 武部のやつもあきらめないな、メンタル強すぎだろ。

 それと俺の予想だと教官はどう考えても女だろう。なんでかって? 戦車道を教えてくれるなら戦車道をやっているのだろう、なら高確率でそいつは女だ。

 そんなことを考えていたら飛行機が飛んできた。

 そこから戦車が飛び出しパラシュートで降りてきて着地したかと思ったら駐車場にあった車を吹き飛ばす。

 おいおい大丈夫なのか? だいぶ高そうだったぞあの車。

 

「学園長の車がっ!」

 

 そんな小山さんの悲鳴が聞こえてきた。そうか、あの車は学園長のだったのか。もうあれだ。ご愁傷さまとしか言えないわ、ホントに。

 そして追い打ちをかけるがごとく、戦車は吹き飛ばした車をバック走行で踏みつけぺしゃんこにした。

 学園長に恨みでもあるのだろうか。

 

「ふう~!」

 

 それを見て会長のテンションが上がっている。これを見ていると一連のことがグルかなんかじゃないのかと疑ってしまう。いやまじで。

 戦車は吹き飛ばした車のことなどまったく気にせずまっすぐこちらに向かってきた。少しは気にしろよ……。

 そして戦車の中から人が出てきた、もちろん女性である。

 残念だったな武部よ、まあ次の出会いがあるさ。

 

「騙された……」

 

「でも素敵そうな方ですね」

 

「特別講師の戦車教導隊、蝶野 亜美一尉だ」

 

「よろしくね!、戦車道は初めての人が多いと聞いていますが一緒に頑張りましょう!」

 

 多いではなく、ほとんどいないんだが経験者。

 そしてなにかに気づいたのか蝶野さんは西住に近づいていった。

 

「あれ? 西住師範のお嬢様じゃありません? 師範にはお世話になっているんです! お姉様も元気?」

 

 そういうことか、これは不味いな。

 そう思って西住を見てみると。

 

「あ、はい……」

 

 目に見えて落ち込んでいる。やっぱりか、まだ色々と折り合いがついていなんだろな西住のやつ。

 それにあわせて周りが騒がしくなる。

 

「西住師範って?」

 

「有名なの?」

 

「西住流っていうのはね、戦車道の中でももっとも由緒のある流派なの!」

 

 まあ一つ付け加えさせてもらうと西住流と並んでもうひとつの流派がある。島田流である。

 実際に今の日本の戦車道で有名なのはこの二つの流派だ。

 

「教官! 教官はやっぱりモテるんですか!?」

 

 武部が西住の雰囲気が変わったの察して話を変えだした。

 前にも言ったと思うがこういうことが出来るのになんでモテないんだろうなあいつ。不思議だ。

 西住もそれがわかったのだろう、嬉しそうに武部を見ている。

 

「うーん、モテるというより狙った的を外したことはないわ、撃破率は120%よ!」

 

 その言葉に女子たちは歓声をあげる。てか120%てオーバーキルしてるよねこれ?

 

「教官、本日はどのような練習を行うのでしょうか?」

 

「そうね、本格戦闘の練習試合さっそくやってみましょう」

 

 は? まじで言ってるの? さっき自分で言ったことをもう忘れてしまったのかこの人。

 

「えー! いきなり実戦ですか!?」

 

「大丈夫よ、何事も実戦実戦! 戦車なんてバーッと動かしてガーっと操作してドンと打てばいいのよ!」

 

 で、出たー、感覚だけで操縦してる人だよこの人。俺の苦手なタイプの一人だ。え? 逆に得意なタイプはいるかって? ……いや、いないけどさ。

 

「それじゃあ、それぞれのスタート地点に向かってね」

 

 まじでこのまま始める気だよこの人。

 各チームが自分たちなりに戦車を動かそうとしている姿を眺めていると、蝶野さんに話しかけられる。

 

「あなたが戦車道を手伝っているっていう男の子?」

 

「あ、ども。比企谷 八幡です」

 

「比企谷?」

 

 ん? どうしたんだろうかいきなり黙り込んで。

 

「……もしかして。あなた、比企谷 小町さんのご家族?」

 

「え? あ、はいそうですけど。小町は俺の妹です」

 

「そう、あなたが……」

 

 そして蝶野さんはなにかを考え始めた。というかこの人なんで小町のこと知ってるんだ? 戦車道繋がりでなにかあるんだろか? そんなことを考えていると。

 

「はい! みんな早く乗り込んで!」

 

 切り替え早いな、なんか仕事ができる感じがする。さっきはあれだったけど。

 

「じゃあ各チーム役割を決めてくれる?」

 

 チームの役割は戦車に乗る人数で決まる。だから人数が少ないと一人当たりの役割が増えていき、逆に人数が多いとその役割に専念できるわけだ。

 どうやら武部たちはくじ引きで役割を決めるようだ。てかくじ引きて、適当だな。

 どうやら各チーム役割が決まったようで、それにともなって戦車が動き出している。

 

「比企谷くん、あなたは私に着いてきて頂戴」

 

「え、俺ですか?」

 

「そうあなたよ。一緒に観戦しながらいろいろお話しましょ。これからについて」

 

 これからってのは私たちの将来とかそんなのじゃないですよね? 戦車道のことですよね?

 俺がわけもわからずビクビクしていると。

 

「小町さんのこととか聞いてみたいことがあるだけよ?」

 

 あまりに俺が挙動不審だったのだろう、蝶野さんはそう言ってくれた。

 

「それと比企谷くん、なにもしなくてはいいけど、みんなの動きをよく観察しといてね。これから必要になってくるだろうから」

 

「観察ですか? 現状今の段階だと素人の集団ですよ?」

 

「あなたも会長さんから話は聞いてるんでしょ? 廃校になることは」

 

 驚いた、会長は蝶野さんにそのこと話していたのか。

 

「まあ、そうですけど」

 

「だから今後のためにもちゃんと見ていたほうがいいわ。あなたも戦車道の全国大会出るのだし」

 

 なんてことを蝶野さんはいいだした。

 は? 今なんて?

 

「……あの、それはどういうことですか?」

 

「あら、そのことは聞いてないのね。私から話すのもなんだし、あとで会長さんから直接聞いて頂戴」

 

 おいおいどういうことになってるんだ? 俺が戦車に乗るのは知っている、会長さんが言ってたからな。だけど戦車道の全国大会に出るって……。

 まじであの生徒会長に事の真偽を確かめないといかんな。

 

「さて、そろそろ私たちも移動しましょうか」

 

 そして俺たちの移動は終わったのだが、まだ西住たちはそれぞれのスタートポイントに着いていないようだ。操縦に苦戦しているのだろう。

 

「比企谷くん的にはやっぱり西住さんが勝つと思う?」

 

「まあ、普通ならそうでしょうけど、状況が状況ですからね」

 

「というと?」

 

「さっき蝶野さんが言ったじゃないですか、西住流は戦車道が強いって」

 

「……そうね」

 

「だから西住たちが誰を狙うかわかりませんけど。ほかのやつらは狙っていくでしょうね、西住たちを」

 

「やっぱり人のことよく見ているわね」

 

「やっぱり?」

 

「ええ小町さんに聞いた通りの人物だわ、あなた」

 

 小町から何を聞いているんだろうか? まあどうせろくなことではない気がするが。

 

「小町のこと知ってるんですね、蝶野さん」

 

「あなたが思っている以上にあなたの妹さんの小町さんは戦車道では有名なのよ?」

 

「そんなにですか?」

 

「ええ、中学ではほとんど敵がいないくらいには強いわよ彼女」

 

「……そうなんですね」

 

「実際彼女の戦車道を見てみたのだけれど、島田流とは全然違う戦い方でびっくりしたわ」

 

 俺の家のポジショニングを説明すると。比企谷家は島田流の分家にあたり、それで小さい頃から小町は戦車道について学んでいる。

 

「彼女ね、中学生とは思えないほど相手の裏をかいたり心理を読んだりそういうのがずば抜けていて、よく相手の戦車を不意打ちや思いもよらぬ作戦で倒していたわ」

 

 島田流とは、「日本戦車道ここにあり」と世界に名を馳せた日本戦車道流派の一つだ。 圧倒的火力と一糸乱れぬ統制で敵を殲滅する西住流とは違い、臨機応変に対応した変幻自在の戦術を駆使する戦法を得意とする。その変幻自在さから「ニンジャ戦法」と呼ばれている。

 だが小町はそのどれにもあてはまらず、まるで相手の考えがわかるかのように戦場を駆け抜け相手の戦車を倒していると蝶野さんは説明してくれた。

 

「だから私聞いてみたの、どうしてそんなに相手の動きがわかるのかってね」

 

「小町は、なんて答えたんですか?」

 

「私はただ兄の真似をしてるだけですよって言われたわ」

 

「俺の……」

 

 ああそういうことか、思い出した。

 昔、小町とよく戦車のシミュレーションゲームをやっていた。俺がやっていた戦法が、とにかく相手の裏を読んで不意打ちなんでもごされの子供らしからぬ戦法をとっていた。

 あまりにもえげつなさ過ぎて、負けまくった小町が泣き出したほど。

 つまり小町はその時の俺の戦法を使っているんだろう。

 

「比企谷くん?」

 

 蝶野さんのその言葉で現実に引き戻される。

 

「なんでもありません、大丈夫です」

 

「そう? そろそろみんなポイントに着いたようね」

 

 そう言って蝶野さんは双眼鏡から目を話し無線機を取り出した。

 

『みんなスタート地点には着いたようね、ルールは簡単、全ての車両を動けなくするだけ』

 

 ウ、ウワー、カンタンダナー。

 

『つまりガンガン前進して、バンバン撃って、やっつければいいだけ、わかった?』

 

 わかるもなにもざっくりしすぎですよ蝶野さん。

 

『戦車道は礼に始まって礼に終わるの、一同、礼!』

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

『それでは!試合開始!』

 

 

 ====

 

 

 試合結果を言おう。西住たちのチームの勝ちだった。

 だが、試合内容はそこまで悪いものではなかった。俺の予想した通り他のチームは西住のチームを狙い多数対一になり最初にバレーボールチームが先制をしかけ、それを皮切りに他のチームも攻撃をし始めた。

 結果、多数対一となり、西住たちは橋の上まで追い詰められてしまう。

 そこから西住たちの戦車の動きが格段によくなり、西住たちがカエサルチームを撃破。次いでバレーボールチームを撃破していった。

 会長たちの戦車もいいポジションにおり二両同時に攻撃をしたのだが、西住たちの攻撃は当たり会長たちの攻撃はかすりもしなかった。残ったのは一年生チームだけなのだが立て続けて戦車を撃破していく様を見て撤退するのは良かったのだが、あまりにも慌てていたせいか履帯が地面に足を取られ空回りし外れてしまったことによりリタイア。

 そんなこんなで西住たちの勝利となった。言っておくが西住を除き全員初心者だったのだ、それを考えると動き自体は悪くないものであり練習をすればより上手くなっていくだろう。だが、戦車道の全国大会で優勝となるとまだまだ足りないものがいくつもある。

 ふう、これから大変そうだ。

 そして蝶野さんのアナウンスが流れる。

 

『DチームM3、Eチーム38t、CチームⅢ号突撃砲、Bチーム89式、いずれも行動不能、よってAチームⅣ号の勝利!』

 

 まあ、これは西住たちが勝ったというよりは他のチームが勝手に脱落していったと言うのが正しいだろうな。

 

『回収班を派遣するので、行動不能の戦車はその場に置いて戻ってきて』

 

 そして全員倉庫前に集まり、蝶野さんの話が始まった。

 

「みんなグッジョブベリーナイス!初めてでこれだけ動かせれば上出来よ!特にAチーム、よくやったわね」

 

 その言葉に西住以外のやつらは嬉しそうな顔をしている。

 

「あとは日々、走行訓練と砲撃訓練に励むように!わかんないことがあったらいつでもメールしてね」

 

 最初はめちゃくちゃで厳しい人かと思ったが、なかなかフレンドリーだなこの人。

 そして河嶋さんの号令がかかる。

 

「一同、礼!」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

 そしてその日は解散となったのだが、俺は生徒会長に聞きたいことがあったので、行きたくはないがしぶしぶ生徒会室に足を運ぶ。

 

「どうしたの、比企谷ちゃん?」

 

「どうしたもこうしたもないですよ。どういうことですか? 俺が戦車道の全国大会に出るって」

 

「ああそのこと、それなら言葉通りの意味だよ」

 

「言葉通りって、俺、男ですよ?」

 

「ねえ比企谷ちゃん、大会の名前言ってみて」

 

 なんだろうか、俺は馬鹿にされているのだろうか?

 

「それはもちろん、戦車道全国高校生大会って……まさか」

 

 そこで気づいてしまった。この生徒会長がなにを言わんとしているのかを。

 

「そのまさかなんだよね~、どこにも女子とは書かれていないんだよ、比企谷ちゃん」

 

 すごい悪い顔をしてらっしゃられる。

 まじでこの会長さん頭のねじが一個どころか全部飛んでるんじゃないのか?

 

「それは詭弁もいいところでしょ、戦車道連盟がなんていうか」

 

「それも別に大丈夫だよ。大会の規定に男子の参加を認めずとか書かれてないから」

 

 いや、そりゃそうでしょうよ。誰が好き好んで女子しかいないところに参加するんだよ。ラノベのハーレム主人公でもない限りその状況は限りなく地獄である。もし自らそこに行くやつは鋼のメンタルか自殺願望者だろう。ちなみに俺はどちらでもない。

 

「それとちゃんと申請すれば問題ないみたいだったから、比企谷ちゃんの分を申請しといたよ」

 

「申請しといたよって、まず俺は出るともなんとも言ってないんですが……」

 

 俺の意見はどうなっているんですかね、存在していないのかな?

 

「比企谷、貴様に拒否権はない。そもそも作文のことを忘れたのか?」

 

「比企谷くん、何事もあきらめが肝心だよ」

 

 あれだ。小山さん、意外とこういうところではいつものほんわか雰囲気ではなくなる。天使だと思っていたらいつのまにか堕天していたみたいな。いや、関係ないか。

 なんだろ、小山さんが堕天すると聞くと少しエロい響きに聴こえてしまうな。

 

「まあ、小町ちゃんに頼まれたって部分が大きいんだけどねー」

 

「いや、それだと別に全国大会出る必要はないですよね俺?」

 

「そこはあれだね、そっちのほうが面白いと思ったからだよ私が」

 

 俺はちっとも面白くないですよ。まじどうしてくれんですか。別の意味で高校デビューしてしまうなんて夢にも思わなかった。

 

「明日から練習始まるから比企谷ちゃんも頑張ってね~」

 

 そして本当の意味で俺の戦車道が始まり始めたのだった。



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戦車に乗ろうと、彼はボッチである

 さて、俺は戦車道の全国大会に出ることになったのだが、そうなると足りないのが戦車だ。

 現在この学校にあるのが全部で五両。俺が戦車に乗るとなると必然的にその五両のうちのどれかに乗らないといけなくなる。そんなものボッチである俺には耐えられない。というか無理。だからやることはひとつ。

 

「あの、自動車部の人たちを使わせてもらっても大丈夫ですか?」

 

「なにをするの、比企谷ちゃん?」

 

「また新しく戦車を整備してもらおうと思ってですね」

 

 その発言に三人は怪訝そうな顔をする。

 

「でも比企谷くん、現状新しく整備するような戦車はここにはないよ?」

 

 小山さんの言うことももっともである。そう、ここにはないのだ。

 

「それなら大丈夫ですよ。家に使われていない戦車があるんで、それを使わせてもらおうかと」

 

「その戦車は使っても大丈夫なの比企谷ちゃん?」

 

「問題はないです。なんせ親父が趣味で買って何年も放置されているやつですから」

 

 本当のことを言うと、親父が小町のために買ってきた戦車なのだが、小町は別段戦車が好きなわけではなかったのでそのまま使われずに家の倉庫に放置されている。哀れ親父。

 

「そういうことなら自動車部には話を通しておくから、直接依頼に行ったらどう?」

 

 実は前々から自動車部の人たちが気になってたし、ちょうどいいな。ついでに差し入れでも持っていくか。

 

「そうします」

 

「じゃあ頑張ってね~、比企谷ちゃん」

 

「比企谷、自動車部は三年ばかりだからくれぐれも失礼のないようにな」

 

「頑張ってね、比企谷くん」

 

 なんか必要以上に心配されている気がするな。俺ってそんな危なそうに見えるのだろうか?

 

 

 ====

 

 

 そして自動車部への依頼を終えた俺は、そのまま家には帰らずデパートに来ている。

 今日自動車部へ行ったときに持っていった差し入れがMAXコーヒーだったのだが、その分で家に貯蓄していたMAXコーヒーが切れてしまった。だからこの学園艦に唯一MAXコーヒーが売ってあるこのデパートに来ているのだ。

 最初この学園艦に来たときはやばかった。自動販売機にはMAXコーヒーが置いておらず、店という店を捜し歩きやっとの思いで見つけたのがここだった。

 見つけたときはあまりの嬉しさに涙を流したほど。そしてその時にいた店員に不審な目で見られていたのがいい思い出だ。いや、黒歴史か。あまりにも不審だったから警備員を呼ばれたりもした。

 そこまでやばかったのだろうか? 俺はただMAXコーヒーに再び巡り合えたことに感動していただけなんだが……。

 いや、よく考えると目の前でMAXコーヒー傍らに目の腐った男が泣いていたらそれはもう異常事態だな。うん。

 なんて昔のことのように思い返していたら、見知った声が聞こえてくる。

 

「てっきり戦車道ショップに行くのかと……」

 

「だってもうちょっと乗り心地よくしたいじゃん。乗ってるとお尻が痛くなっちゃうんだもん」

 

「えっ、クッションひくの!?」

 

「ダメなの?」

 

「ダメ、じゃないけど……戦車にクッション持ち込んだ選手見たことないから」

 

 なんだろうか、武部は戦車を車かなんかと勘違いしているんじゃないか? いや、たしかに車ではあるのだが。戦車は戦うために作られているのだから居住性を求めること自体間違っているだろ。

 

「あっ、比企谷じゃん」

 

 そんなことを考えていたら見つかってしまった。

 しまったな、聞こえなかったことにしてそのまま立ち去ろう。

 

「比企谷! なんで帰ろうとしてるの!」

 

「人違いです」

 

「比企谷を見間違えるなんてありえないから!」

 

 なんだろな、普通だったらこのセリフに嬉しいのかもしれないが、俺の場合あれだからね、こんな目が腐っているやつなんてほかにいないと言われてるんだけなんだよなぁ。

 

「はあ……。なんだ、武部?」

 

「うわっ、露骨に嫌そうな顔……。同じ戦車道の仲間なんだから声かけたっていいでしょ!」

 

「なら用事はすんだな、じゃあ」

 

「だからなんで帰ろうとしてんの比企谷!」

 

「……別にいいだろ」

 

「よくないから。よし決めた! 比企谷も私たちの買い物に付き合ってよ」

 

「比企谷くん、良かったら一緒にどう?」

 

「一緒にいきましょう、比企谷殿!」

 

「大勢の方が楽しいですよ?」

 

 俺は武部たちの買い物に付き合わされることになった。

 俺はいいともなんともいっていないのだが、どうやらこの世界に俺の意見は存在しないらしい。

 

「というか、なんかメンバーが増えてないか?」

 

「あっ、そういえば比企谷に紹介してなかったね。こっちが私の幼なじみの……」

 

「今朝ぶりだな」

 

 そうか、どこかで見たと思ったら朝のあいつか。

 

「え、麻子と比企谷って知り合いだったの!?」

 

「ああ、朝にちょっとな」

 

「比企谷くんが朝遅れたのってそのせいだったの?」

 

「私が登校していたら声を掛けられて、そのまま自転車で二人乗りして学校まで来た……」

 

 その発言だと俺がナンパしたみたいに聴こえるからやめようか。俺は小町に頼まれたから仕方なくやっただけだぞ。

 

「ずるい! 麻子!」

 

 ほら、武部のやつがさっそく食いついてきた。

 

「私より先にそんな恋人同士がするようなことして!」

 

 ああ、武部は武部だな。というか二人乗りは別に恋人同士がやるもんでもないだろ。

 

「いや別にそういうのじゃないから、いちいち気にするなよ武部」

 

「落ち着いてくださいな沙織さん」

 

「う~、なんか悔しい!」

 

 なんでこいつはこんなに怒ってんの?

 そんなに先を越されたのが嫌なのか、意外と負けず嫌いなんだろうか武部のやつ。

 

「とりあえず二人とも、自己紹介でもしましょうか」

 

 そういえばそうだったな。

 

「冷泉 麻子だ……」

 

「比企谷 八幡だ」

 

 そして自己紹介が終わる。

 

「短すぎるよ!」

 

「いや、別にこんなもんだろ普通に」

 

「もっとなんか話そうよ! こう、趣味とかさ!」

 

「お見合いでもしてるわけでもないんだから別にいいだろ」

 

「えー、そんなんじゃモテないよ比企谷」

 

「俺は別にモテたいとは思ってない」

 

「でも専業主夫目指してるならそれこそモテないとダメじゃん」

 

 ぐっ、武部のくせに正論……だと!?

 

「い、いいんだよ、俺には最終手段があるから」

 

「最終手段?」

 

「小町に養ってもらう」

 

「比企谷、さすがにそれは……」

 

「比企谷さん……」

 

「比企谷殿……」

 

 あ、あれ? 俺そんなおかしなこと言ったか? 小町が働いて俺が家で家事をやる。我ながら完璧な計画だと思うのだが。

 

「その場合は小町ちゃんは結婚できるの?」

 

「は? 小町が結婚とか早すぎるから、俺が認めない限り小町をほかの男になんてやらんぞ!」

 

「ただのシスコンじゃん比企谷……」

 

 シスコンで何が悪い。小町はそこらへんの男どもにやるほど安くはない。

 

「……もういいや、買い物続けようか」

 

 もはや俺がいる意味なんてないんじゃね? 武部たちはいろいろな雑貨を見て、あーだとこうだと言っている。

 

「あっ、これ可愛くない?」

 

「これも可愛いです」

 

 武部と五十鈴がクッションをかごに入れていく。可愛い可愛い言ってるけどそれ尻にひくんだよね? それってどうなん?

 

「あとさー、土足禁止にしない? 汚れちゃうじゃない」

 

「アホか、お前は」

 

「土禁はやりすぎだ」

 

 ふむ、冷泉のやつはなかなか見どころがある。その調子で武部をどうにかしてくれ。

 

「えー、じゃあ色とか塗り替えちゃダメ?」

 

「ダメです! 戦車はあの迷彩色がいいんですから!」

 

「でしたら芳香剤とか置きません?」

 

「鏡とか欲しいよね、携帯の充電とか出来ないのかな?」

 

 きっと戦車道の家元とかが見たらそっとうするだろうな、これ。西住は割りと平気そうだけど。

 

「そういえば、比企谷くんは何を買いに来たの?」

 

「うん? ああ、これだよ」

 

 そう言って俺はMAXコーヒーを西住に見せる。

 

「それってコーヒーなの?」

 

「どっちかというと甘いから西住でも飲めると思うぞ」

 

 なんとなくだが西住はブラックとか飲めなそうな感じがする。勝手なイメージだが。

 

「そうなんだ。私コーヒーとか苦手で」

 

「一本やるから試しに飲んでみたらいい」

 

 このMAXコーヒー、なかなか気に入るやつがおらず、小町にも勧めたが甘すぎてダメらしい。意外と自動車部の人たちには好評で、今後お世話になるだろうしちょくちょく差し入れでもするか。

 

「本当? ありがとう比企谷くん」

 

 そういって西住は自分の財布から小銭を出そうとしている。

 

「お金はいらないぞ西住」

 

「え、でも……」

 

「西住も人にボコを勧めるとしたら金は取らないだろ?」

 

「……そういうことになるのかな?」

 

「まあ、どうしても俺から受け取りたくないなら諦めるけどな」

 

「むぅ、その言い方はずるいよ比企谷くん」

 

 そう言いつつ西住はMAXコーヒーを受け取ってくれた。怒ってるつもりなんだろうが、ちょっとふくれっ面が可愛かったのは言わないどこう。

 

「なんか比企谷、ミホには甘くない?」

 

「そうか?」

 

「そうだよ! だってミホだけにそれ渡してるじゃん!」

 

「いや、別にこれは西住に聞かれたからついでに勧めただけなんだが」

 

「じゃあ私にも頂戴!」

 

「ほれっ」

 

 MAXコーヒーを武部に渡す。ついでだから他のやつらにも渡しとくか。

 

「秋山たちもいるか、MAXコーヒー」

 

「我々もいいんですか、比企谷殿?」

 

「ありがたく受け取らせてもらいます」

 

「……貰えるなら貰う」

 

 全員にMAXコーヒーを配る。さて、何人生き残るだろうか?

 そして武部はさっそくMAXコーヒーを飲みだした。

 

「なにこれ、甘すぎない?」

 

「それがMAXコーヒーたる所以だからな、しょうがない」

 

「……ちょっと私には無理かも」

 

「別に無理して飲む必要はないぞ」

 

 そう言って俺は右手を武部に差し出す。

 

「なに比企谷、その手は」

 

「いや、飲まないなら貰おうかと思って」

 

 その途端、武部の顔が真っ赤になる。

 

「比企谷はそんなに私と間接キスがしたいの!?」

 

 そう言われて気づいた。いかんな、つい小町の時と同じ対応をしてしまった。さすがにこれは俺が悪い。

 

「すまん、そんなつもりで言ったつもりはなかったんだが、不快にしてしまったんなら謝るわ」

 

「べ、別に気にしてないから、そこまでしなくていいから!」

 

「青春ですねー」

 

「華! 変なこと言わないでよ!」

 

 五十鈴のやつが言ったが、今のやり取りにそんなものあったか? 俺が変なこと言って武部が怒ってるだけだろ。顔赤いし。

 

「なあ、西住、今のどこら辺が青春なんだ?」

 

「私も分からないかな……それに華さん、ちょっと感性が独特だから」

 

 そう言われるとなんとも言えなくなるな。というか西住よ、感性に関してはお前も人のことは言えないだろ。ボコを可愛いとか言ってるし。

 まあいいか、買うもの買ったし早く帰らんと。小町が帰ってくる前に飯作らないかんしな。

 

 

 ====

 

 

 そして次の日、俺は開いた口が塞がらなかった。なぜかって? 今から秋山が俺の心の叫びを代弁してくれているからそれを聞いてくれ。

 

「ああ、38tが! Ⅲ突が! M3や八九式がなにか別の物に~!! あんまりですよね、比企谷殿!!」

 

 俺に同意を求めてくる秋山。

 八九式はまだましな方だ。復活バレー部! と書かれているだけで、残りの三両がやばい。

 Ⅲ突が炎のように真っ赤に塗りたくられ旗までたっていて、M3がピンク、38tは金ぴかときている。もう迷彩色なんて知らないよばりに異色の戦車がそこには並んでいた。カラフルだなぁー。

 

「ふふっ、ふふふっ」

 

 すると西住は突然笑いだした。怒りがある一定を超えると人は笑い出すというらしいがまさか西住が? と思ったが、どうやら違うらしい。

 

「に、西住殿?」

 

 秋山が話しかけてもまだ西住は笑い続けている。なにがそんなにつぼったのだろうか?

 

「戦車をこんな風に使うなんて考えられないけど……なんか楽しいね。戦車で楽しいと思ったの初めて!」

 

 西住は西住流なんて気にせずにのびのび戦車を動かしたらいいのかもしれん。こんな状態の戦車の見て楽しいと感じるなら西住は型に嵌らずに物事を考えられるのだろう。それを戦車道に活かしたらどうなるのだろうか?

  少し気になるな。

 そして武部たちは、そんな西住を見て嬉しそうにしてる。戦車の話しが出るたびに苦しそうにしてたからな西住のやつ。だいぶいい方向に向かっているんだろう。

 

「比企谷はいる? 戦車持って来たんだけど」

 

「ん? ああ、はい。いますよ」

 

 そして自動車部の人が来た。

 一日というか、半日足らずで整備終わったのか。ホント腕が良すぎるだろ。

 

「ほら、約束のぶつだよ、比企谷」

 

 ホシノさんはそう言って戦車を俺の目の前で止める。

 

「わざわざこっち来なくても、呼んでくれたらそっちにいきましたよ?」

 

「いやまあ、こいつの走り具合も知りたかったし、気にしない気にしない」

 

「どんな感じですか?」

 

「そこはこっちの腕を信じて欲しいな、要望通り出来てるよ」

 

「今更あなたたちの腕を疑う奴なんていないでしょ」

 

 今までの実績でこいつらの腕を疑うようならいろんな意味で終わってる。

 

「嬉しいこと言ってくれるねー。まあ、戦車渡したし私は戻るよ」

 

 ホシノさんと入れ変わりに西住たちがこちらに来た。

 

「比企谷くん、この戦車は?」

 

「なんか今までの戦車よりすごく小さくない?」

 

「ああ、これはな……」

 

 俺が説明しようとしたら秋山のやつが。

 

「ひ、比企谷殿! こ、これはま、まさかあの戦車なのですか!?」

 

 おいおいどんだけ興奮しているんだこいつ、少しは落ち着け。

 

「ああ、その戦車だ」

 

「なんてことでしょうか! まさかこの戦車を見ることが出来ようとは、私は今猛烈に感激しています!」

 

「そんなにこの戦車は珍しいの? なんか小さくて弱そうだよ?」

 

「こいつは元々偵察用のやつを改良したやつだからな」

 

「比企谷殿の言う通りなんです! この戦車はモーリス・ファイアフライと言ってモーリス軽偵察車にモリンズ自動砲を装備した戦車なんですよ!」

 

 ホント秋山のやつは戦車に詳しい。俺は戦車よりも戦術の方ばかり勉強してたからな。

 

「そしてこの戦車の最大の特徴が何と言っても操縦手一人で運用可能なんですよ!」

 

「えっ! 一人で戦車を運転出来るの!?」

 

「それはすごいですね」

 

「そんな戦車があったんだ」

 

「私も見るのは初めてなんです!」

 

 武部たちの驚きもわかるこの戦車の存在を知った時俺も驚いた。なんて俺にピッタリの戦車があるのだろうかと。まさにボッチの為の戦車と言っても過言ではない。

 というか、親父はなんでこんな戦車を小町にプレゼントしようとしたのかがいまだに謎である。

 

「でもなんでこんな戦車を比企谷は用意したの?」

 

「ん? ああ、それは俺も戦車に乗ってお前らと一緒に戦うからだよ」

 

 武部の質問にそう答えると、五人ともこちらに詰め寄ってきた。

 

「比企谷くんも戦車道をやるってことなの?」

 

「比企谷殿が!?」

 

「でも比企谷男じゃん、大丈夫なの?」

 

「そこはどうなんでしょうか?」

 

「本人に直接聞けばいいだろ」

 

 冷泉のやつがそう言ったので答えるか。

 

「会長が言うには申請を出しとけば大丈夫らしい」

 

「そんなにあっさりしてるんだ」

 

 そこには俺も同意せざるを得ないな。まじで戦車道連盟のやつら細部まできちんと決めとけよ、おかげでこういうことになってしまったじゃないか。

 後ついでに言うと、会長の話じゃ戦車道連盟に男の参加を連絡したとき酷く驚かれたらしい。そりゃそうだろ、今の今になって戦車道に男が参加するなど夢にも思ってなかったんだろうな。

 

 

 ====

 

 

「一列縦隊ー!」

 

 河島さんの指示する声が聞こえてくる。

 

「一列横隊ー!」

 

 現在西住たちは走行訓練を行っている。足並みはまだバラバラで、編成を組むのに手間取っているな。これを出来るか出来ないかで戦況がガラッと変わってしまうので走行訓練は練習あるのみである。

 俺はというと現在自動車部が整備してくれた戦車に乗っている。この戦車は基本的な動きが偵察となることが多いので編成などの走行訓練を行う意味があまりなく、俺は一人寂しく練習しているのである。

 役割を全部一人で担うので、通信手、装填手、車長、操縦手、砲手を全て一人で行わないといけない。これが思った以上に難しい。特に操縦、装填、砲撃これらを同時にやるのに時間がかかり過ぎてしまっている。こんなに時間をかけていたら敵のいい的でしかない。

 だから俺は操縦、装填、砲撃の三つを重点に練習をしている。基本偵察と言っても撃てるときに撃てないと話にならないからな。

 そしてドン!ドン!と音がしているので、現在は射撃訓練をしているみたいだ。こちらも走行訓練同様練習あるのみなので西住たちも頑張っているのだろう。

 しかしあれだ、いつ戦車に乗っても大丈夫なよう体を鍛えたりしていたのだが無駄にならなくてよかったわ。俺はボッチで引きこもる性格だが運動神経は意外とそこまで悪くなく、乗れないと分かっていても戦車に乗るための体力作りはしていた。

 だがそれでも、一人兼任は予想以上に体力を使う、動作をもっとスムーズに行えないと実戦で話にならない。いつもの走り込みの距離を伸ばすか、体力はあったことに越したことはないし、重要な場面でへたってやられたくないしな。

 そして西住たちの訓練も終わり、現在倉庫前に集まっている。

 

「今日の訓練ご苦労であった!」

 

「「「お疲れ様でしたー」」」

 

 西住以外はみんな疲れている顔をしている。西住に至ってはほとんど疲れてないように見えるな、黒森峰のがよっぽどきついのだろう。家元だし家とかでもやっていたんだろう、小町もそうだし。

 

「えー、急ではあるが、今度の日曜日練習試合をやることになった」

 

 おおー、と女子たちからの喜びの声が上がってる。そんなに戦えるのが嬉しいのだろうか? 俺的には貴重な日曜日が潰される上に日曜日までずっと戦車の訓練なんだと思うと気が滅入る。

 

「相手は聖グロリアーナ女学院」

 

 河嶋さんの言葉に秋山はなにやら難しい顔をしている。

 そんな秋山に武部が話しかける。

 

「どうしたの?」

 

「聖グロリアーナ女学院は全国大会で準優勝したことがある強豪です……」

 

「準優勝!?」

 

 おいおいまじかよ、俺たちいきなりそんなところと練習試合やるのか。というかどうやってこの話をこぎ着けたのだろうか? そんな強豪がうちみたいな弱小とやったってメリットなんてないだろうに。

 

「日曜日に朝六時に学校に集合!」

 

 そんな死刑宣 告ともとれる言葉を河島さんは放った。

 なん…だと!?日曜のしかも朝六時とかプリキュアが見れないじゃないか! え? 録画できるだろうって? 俺は出来るだけリアルタイムで見たい派なんだよ、もちろん録画もするけどな。

 そしてもう一人、俺と一緒で絶望している奴がいた。

 

「……やめる」

 

「はい?」

 

「やっぱり戦車道やめる」

 

 冷泉のやつが突然そんなことを言いだした。武部は武部でやっぱりか、みたいな顔をしている。

 

「もうですか!?」

 

「麻子は朝が弱いんだよ……」

 

 どんだけ朝早くに起きたくないのだろうか? 俺も日曜日は早く起きるがそれ以外は小町に起こされるまで起きないけど、あそこまで酷くはないと思いたい。

 そして帰ろうとしている冷泉を西住たちが追いかける。

 

「ま、待ってください!」

 

「六時は無理だ!」

 

「モーニングコールさせていただきます!」

 

「家までお迎えに行かせてもらいますから」

 

「朝だぞ? 朝六時に……人間が起きれるか!?」

 

 いや起きられるから、こいつどんだけ筋金入りなんだよ。

 そしてそんな冷泉に秋山が非常な現実を突きつける。

 

「いえ、六時集合ですから起きるのは五時ぐらいじゃないと……」

 

 その言葉に冷泉のやつが倒れかけた、これはもう重症だな。

 

「人間には出来ることと出来ないことがある! 短い間だったが世話になった!」

 

 力強く冷泉はそう言い放った。言いたいことはわかるんだが、内容が内容だけになんともいえんなこれ。

 

「麻子がいなくなったら誰が運転するのよ! それにいいの?単位!!」

 

 その言葉にピタッと冷泉は立ち止まる。

 

「このままじゃ進級できないよ!? 私たちのこと先輩って呼ぶようになっちゃうから! 私のこと沙織先輩って言ってみ!!」

 

 ぷるぷる震えながら沙織先輩と言おうとしている。そんな冷泉を見て武部のやつがため息をつきこう言った。

 

「それにさ、ちゃんと卒業しないとおばあちゃん物凄く怒ると思うよ?」

 

「お、おばぁ!?」

 

 ふむ、あともうひと押しだな。しょうがない、あれを使うか。

 

「おい、冷泉」

 

「……なんだ比企谷?」

 

「お前確か俺に借りがあったよな?それ今支払ってくれ」

 

「どういうことだ?」

 

「まあ簡単な話、戦車道を続けろ」

 

「……わかった。だがひとつ条件がある」

 

「なんだ?」

 

「日曜日、お前が私の家まで迎えに来い」

 

「いや、面倒くさ―――」

 

「比企谷!」

 

「はあ、わかった。迎えに行けばいいんだろ?」

 

 これにて何とか決着は着いた。てかなんでわざわざ冷泉のやつ迎えを俺に指名したのだろうか?あれなの?まさかまた自転車の後ろに乗りたかったとかそういうわけじゃないだろうしな、わからんな。

 

 

 ====

 

 

「いいか、相手の聖グロリアーナ女学院は強固な装甲と連携力を活かした浸透強襲戦術を得意としている」

 

 今俺たちは生徒会室で河嶋さんの話を聞いている。

 俺たちと言ったが別に全員いるわけではなく、各戦車の代表と生徒会メンバーが集まっている。

 ちなみに生徒会と西住しか名前を知らない。だから今誰がいるのかさっぱりわかっていない。

 だってしょうがない、基本的にしゃべらないからな俺。

 

「とにかく相手の戦車は堅い、主力のマチルダⅡに対して我々の方は100メートル以内でないと通用しないと思え」

 

 100メートルか、長いようであって戦車にしたらそんな距離など一瞬だ。砲撃するからな。だが、至近距離で当てるとなるとデメリットの方がでかいな。こっちは近づかないといけないが、あっちがそうではないのだ。下手すると一発当てられるだけでもやばい、こちらの戦車の装甲はそれほど堅くないからな。

 

「そこで一両が囮になってこちらの有利となるキルゾーンに敵を引きずり込み、高低差を利用して残りがこれを叩く!」

 

 その説明にほとんどのやつらは頷いている。

 確かによくできた作戦だと思う。それは素人としては、と付け加えないといけないが。この作戦には穴がある。

 仕方ない、水を差すようになるが言うしかないな。このままだと俺たちは聖グロリアーナに勝てない。

 

「ちょっといいですか?」

 

「なんだ比企谷、私の作戦に文句があるのか?」

 

「文句というか、問題点があるんですよその作戦」

 

「なんだと!?」

 

「まあまあ河嶋落ち着いて。で、比企谷ちゃん、問題点って?」

 

「簡単な話ですよ、この作戦を聖グロリアーナに看破された場合キルゾーンでやられるのは俺たちのほうですよ?」

 

「そんなのやってみないとわからんだろうが!」

 

 やっぱり俺の言葉じゃ納得できないか。なら経験者に意見を聞くとしますか。

 

「なあ、西住お前はどう思う?」

 

「え、わ、私?」

 

「西住、お前も比企谷にガツンと言ってやれ!」

 

 河嶋さんには悪いがそれは起きませんよ。たぶんだが、西住も俺と同じ考えのはずだからな。

 

「えっと、聖グロリアーナ当然こちらが囮を仕掛けてくることは想定すると思います。裏をかかれ逆包囲される可能性があるので……」

 

「それは確かにねー」

 

 小山さんも納得したのかうんうん頷ている。

 つまりはそういうことだ。相手は仮にも全国大会で準優勝した実績があるのだ、こちらの考えなど読まれていて当然であり相手はそれを踏まえたうえで作戦を立てているはずだ。

 だが、河嶋さんは反論されたことが気に食わなかったのか。

 

「黙れ! 私の作戦に口を挿むな! そんなこと言うのならお前が隊長をやれ!!」

 

「え!? す、すみません……」 

 

「まあまあ。……でもまあ、隊長は西住ちゃんがいいかもね」

 

 西住が隊長か、それはありだな。というか実質的に隊長をやるなら西住以外に適任者がいない。黒森峰でも副隊長をやっていたのだ問題はないはずだ。黒森峰も西住流だけで実力の無いものを副隊長にはしないだろうし。

 

「ひ、比企谷くん」

 

「すまんな西住、俺も隊長はお前が適任だと思っている。まあ、その、なんだ…頑張れ」

 

「ということで隊長は西住ちゃんに決定ね」

 

 会長が拍手を始めて他のやつらも賛同するように拍手をしている。俺もそれにならって拍手をする。

 

「頑張ってよー、勝ったら素晴らしい商品をあげるから」

 

 なんか会長が素直に普通のものを配る気がしないんだが。

 小山さんも疑問に思ったのか。

 

「え、なんですか?」

 

 そして会長はとてもいい笑顔でこう言った。しかもアクション付きで。

 

「干し芋三日ぶ~ん!」

 

 それは単純にあなたが貰って嬉しいやつじゃないですか会長さん。

 

「はあ……」

 

 小山さんもため息ついちゃってるよ。

 

「あ、あの、もし負けたら?」

 

 それ聞いちゃうのね。俺はなんだか嫌な予感しかしなかったので怖くて聞けなかった。

 

「大納涼祭りであんこう踊りを踊って貰おうかな~」

 

 まじであのあんこう踊り? 冗談だろ?

 

 

 ====

 

 

「あんこう踊り!? あんなの踊っちゃったらお嫁に行けなくなるよ!」

 

 武部はこの世の終わりでも来たかのように絶望しその場に屈み込む。パンツ見えるから武部、俺がいること忘れてない?

 なんで武部がいるかというと、西住が会議の内容を話すために武部たちと集合したのだ。

 ついでになんで俺がいるかというと、会長のあの発言でみんながこの世の終わりみたいな顔をしていたので西住が一人で報告するのが怖かったらしい。

 

「絶対ネットにアップされて、全国の晒し者になってしまいます…」

 

 秋山、さすがにいくらなんでもそこまではしないだろう。しないよな?

 

「一生言われますよね……」

 

 五十鈴、一生というか下手すると末代までかもしれんぞお前の場合。

 

「そんなにあんまりな踊りなんだ……」

 

 西住よ、お前はまだここに来て日が浅いんだったな。

 というか俺があんこう踊りを踊った場合テロ行為とみなされて逮捕とかされないよな?大丈夫だよね?

 

「つか、勝とうよ!勝てばいいんでしょ!?」

 

 武部、それはとてつもなく負けフラグ臭がするからそれ以上言うんじゃない。取り返しのつかないことになるぞ。

 

「わかりました!私も負けたらあんこう踊りをやります!西住殿一人に辱めを受けさせません!!」

 

「わたくしもやります!」

 

「私も!ていうかみんなでやれば恥ずかしくないよ!」

 

「いや、恥ずかしいもんはみんなでやっても恥ずかしいだろ……」

 

「そこ口を挟まない! なんとか忘れようとしてるんだから!」

 

「へいへい」

 

「というか私は麻子が朝起きるかが心配だよ……」

 

「冷泉さんはなんで比企谷さんを指名したのでしょうか?」

 

「それは私も思ってた。比企谷、麻子になんか変なことしてないでしょうね?」

 

「なんでもかんでも俺の所為にするのはやめてくれない?」

 

「とりあえず日曜日は頼んだよ比企谷!」

 

 返事が聞こえなかったのかな? 少しは俺の話を聞いてくれよ……。

 

「まあ、遅れないようにはする」

 

「これでホントに大丈夫なのかなー?」

 

 日曜日までに時間はないがやれることをやるしかないか。

 

 



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彼らは試合前に互いを知る

「明日は試合か……」

 

 気付けば、あれよあれよとこんなところまで来てしまった。

 正直俺が戦車に乗って、ましてや試合に出ることになるとは。今でもドッキリかなんかじゃないと疑っているよ、まじで。

 今日の練習は試合前ということもあり午前中に終わっているのでゆっくりできる。小町と久しぶりに外食に出かけるのもいいかもな。最近は戦車ばっかりであんまりかまってやれなかったし、そうするか。

 

「小町、今大丈夫か?」

 

「どうしたのお兄ちゃん? いきなり」

 

「いや、暇だし久しぶりに外食でもしないか?」

 

「外食かー、お兄ちゃんのおごりなら小町行ってもいいかな~」

 

「別にそれでもいいぞ俺は」

 

「え、ホント!? それなら……」

 

 小町がそう言いかけた時、小町の携帯が鳴りだした。

 

「電話か?」

 

「ううん、メール」

 

 そしてメールの確認が終わったのか再び会話に戻る。

 しかし武部もそうだが女子ってなんであんなに携帯の操作が早いの?メール返すのさえ俺はやっとこさなのに、見ていて不安になるレベルであいつらはすぐに返信してるよな。あれだ、携帯検定なんてあったら絶対に一級取れそう。

 

「ねえお兄ちゃん、小町が今から行くところ決めても大丈夫?」

 

 小町は突然そんなことを言いだした。

 

「高いところじゃなきゃどこだっていいぞ別に、なんならサイゼでも構わん」

 

「それはお兄ちゃんが行きたいだけでしょ? 別に小町が今から行きたい場所は高いところじゃないから大丈夫だね」

 

 サイゼの何が悪いのだろうか? 安くて旨くて学生の財布にも優しいと三拍子揃ってるのに。

 

「それよりどこに向かうんだよ小町」

 

「それは着いてのお楽しみってね!」

 

 なんだろうか、今の小町の笑い方が会長さんのやつと被った。いや、ないわー、いくらなんでもあの会長と小町の笑顔がダブるとか……戦車道のしすぎで疲れてるのかもしれん。今度休みでも申請したら許可でも下りるかしら? いやないな、なんせあの会長だし。

 そして小町に連れてられたのはなんとも見覚えがある場所だった。

 え? 目的地ここなの? 嘘だろ?

 

「おい、小町」

 

「なーに、お兄ちゃん」

 

「なにって……ここで本当に目的地あってんの?」

 

「うん♪」

 

 いや、うん♪て、ここどう見ても学校にしか見えないんだが、もちろん大洗学園である。

 なんか道に見覚えがあると思ったらそりゃそうだ、だってもろ通学路だったし。しかもそのまま進んで行くと思ったら生徒会室前で止まったよ小町のやつ。

 おいおいまじでなんでここなの? のこのこ付いてきた俺も俺なんだけどさ。

 そして小町と一緒に中に入っていく。

 

「いやーよく来たね、比企谷ちゃん、小町ちゃん」

 

 会長に出迎えられて中の様子を見ると戦車道の面々が全員いた。

 なんだろうか、異様に不安になってきたんだが、別に大丈夫だよな?小町もいるし。逆に今ここに小町がいなかったら俺は即座に帰るまであったな。

 

「なんの集まりですかこれ? しかも試合前日なんかに全員集まって」

 

 ホントなんでこいつら集まってるんだろうか? 暇なの? いや、俺も人のことは言えないけどさ。

 

「いやー原因は比企谷ちゃんにあるんだよね、一応」

 

 なんてことを言われるが、身に覚えがないな全然。

 

「その顔だとわかってないね。じゃあ質問するけど、戦車道の時に他の人と話したりした比企谷ちゃん?」

 

「西住たちとはちょこちょこ喋ってた気がしますね、あとは……」

 

 自動車部の人たちくらいか。そう考えると俺ってまったく他のやつらと会話らしい会話をしてない。

 いやでも、これは俺悪くないだろ。基本的に練習は別々だったし、女子に自分から話かけるとか無理だし。

 

「気づいたみたいだね、比企谷ちゃん」

 

「や、でもこれ何も問題ないですよね?」

 

「比企谷、貴様本気で言ってるのか?」

 

 いや、そんなに睨まんで下さい恐いです。

 

「じゃあ、比企谷ちゃんに聞くけど、この中で名前がわかる人は何人いるのかな?」

 

「ほとんどわかりませんね」

 

 俺は悪びれもなくそう答える。だってわからないものはわからないのだ。

 

「そこだよ、比企谷ちゃん。戦車道はあくまで集団戦なんだから、それだといろいろ困るでしょ?」

 

「それは……」

 

 たしかに言われればそうだな。

 いくら俺の戦車が偵察ばかりといっても連携するときはしないといけない、その時に意思疎通が上手くいかず作戦失敗など目も当てられない。

 

「話はわかったんですけど、なんでこのタイミングなんですか?」

 

「いやー、単純に戦車道の練習が忙しかったのと、比企谷ちゃんが予想以上に誰とも関わらなかったからねー」

 

 つまり俺のボッチ力が想像以上で大変困っていると、そういうことか。

 

「兄は昔から人と関わることを避けてきましたからね、そりゃもう筋金入りですよ」

 

 いや小町さんよ、そこは少しでもフォローするとこじゃないの? なんで俺のことディスってるの? 八幡的にはポイント低いよ。

 

「なあ小町、さっき来たメールはもしかして……」

 

「うん、会長さんからだよ」

 

「だって比企谷ちゃん普通に呼んだんじゃ絶対来なかったでしょ?」

 

「全力で拒否しますね」

 

 当たり前だ。なんで女子の集団に自ら突撃しないといけないのか。

 

「即答か! 比企谷!!」

 

「まあまあ。とりあえず今各チームごとに分かれてるから、比企谷ちゃんは自己紹介も兼ねて話をしてきてねー」

 

 しかしこの生徒会室あらためて見るとまじで広いな。今西住たちも含めて5チームもいるのに普通に入りきれているし。なにやったらこんな部屋使えるんだろうか?

  謎だわ。

 俺がまったく話していないのは西住たちと生徒会を除けば3チーム。歴女チーム、バレーボールチーム、一年生チームだ。

 正直話す内容なんてまったく思いつかんが必要なことだからやるしかないか。

 

「じゃあ最初は歴女チームから行こうか比企谷ちゃん」

 

「……はあ、わかりました」

 

「お兄ちゃん、頑張ってね!」

 

「なにを頑張れと……」

 

「お姉ちゃん候補を増やしてきてね!」

 

「いや、無理だから。あきらめてくれ」

 

 小町は小町で趣旨を勘違いしてるだろ。俺がやるのは自己紹介だから、婚活とかそんなんじゃないからな。

 

「えっと、比企谷 八幡だ」

 

「ほう八幡か、いい名前だな。私はカエサル」

 

「エルヴィンだ」

 

「左衛門佐」

 

「おりょうぜよ」

 

「は?」

 

 初っ端からアクセル全開なとこに当たった。まじかよ、こいつらどう考えても本名じゃないだろ、この名前。

 

「ん? なにかおかしなところでもあったか八幡?」

 

 とりあえずなんで名前呼び? ていうかこいつら見た目のわりにはコミュ力高いな。

 

「いやいや、おかしいもなにもなんで偽名なんだよ」

 

「偽名じゃない!魂の名前(ソウルネーム)だ!!」

 

「いやどっちも俺的には変わらないんだが……」

 

「そういうな八幡、お前も一緒だろうに」

 

 ああ、そういうことか。なんでそんなに親しげかと思ってたが理由がやっとわかった。

 

「いや、別に俺の名前は本名なんだが」

 

「なんと!?」

 

「それはうらやましいぜよ」

 

「名前付けた理由聞いたらがっかりするぞ?」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、なんせ八月八日に生まれたから八幡と名付けたらしい」

 

 いやホントうちの親はテキトーすぎない? 絶対これ真剣に考えてないだろ。

 

「だが安易に八と名付けられるよりはマシなんじゃないか?」

 

「そう言われるとそうなんだが……」

 

「正直うらやましいぞ、その名前」

 

「そうか? 別にそんないいもんでもないけどな」

 

 なんか自分の名前が褒められるとか経験したことがないから正直むずがゆいな。

 

「というかお前らの本名教えてくれよ」

 

「え?」

 

「い、いやそれは……」

 

「なんというか」

 

「は……」

 

「は?」

 

「「「は、恥ずかしい」」」

 

 顔を真っ赤にしながらカエサルたちはそう言う。

 いや、ソウルネーム名乗ってる方がよっぽど恥ずかしいと思うんだが。俺がおかしいのか? 価値観が違い過ぎて理解出来ないんだが。

 

「まあ、それはいいや。じゃあ戦車を見つけた時のこととか話してくれ」

 

「戦車を?」

 

「ああ、聞いた話ではお前らの戦車、池の中にあったんだろ?どうやって見つけたんだ?」

 

「どうといわれてもな」

 

「なあ?」

 

「えらくもったいぶるな、言えないことなのか?」

 

「いや、そういうわけではないのだが、簡単に言うと」

 

「簡単に言うと?」

 

「カエサルが八卦で場所を特定し、左衛門佐が池に潜って見つけたぜよ」

 

「まじで?」

 

「まじもまじ、大まじぜよ」

 

 いやこいつらなんで戦車道なんかにいるんだろうか?

  この才能を別のところに活かした方がいいんじゃないのか? まあ今更あの会長が手放すとも思えんが。

 

 その後はカエサルたちの歴史の話を聞いたりして会話終了となった。意外とあいつらのする話は授業なんかより詳しくてちょっとびっくりした。俺も別に歴史は嫌いではないので話していて普通に楽しかったしな。

 

「会長さん、次はどこですか?」

 

「次はバレーボールチームだね」

 

 バレーボールチームか、なんというかバレーボール部に限らず運動部というのはどうも苦手だ。俺たちは青春してるんだぜー、って感じで近寄りがたいんだよな。俺の勝手な偏見ではあるんだが。

 

「えっと、比企谷 八幡だ…よろしく」

 

「磯辺 典子だ、よろしく」

 

「近藤 妙子です」

 

「河西 忍です」

 

「佐々木 あけびです」

 

 このバレーボールチームなのだが、磯部が二年生でそれ以外は一年生らしい。

 磯部の身長が低い所為か周りの一年のやつらが高すぎるのか、なんともあべこべな感じがする。

 それとこいつらが戦車道を取った理由が、会長に戦車道の大会で優勝をすればバレーボール部を復活できると言われたんだと。

 そもそも優勝できないと学校そのものがなくなるだけどな、いらぬプレッシャーを与えてビビらせてもしょうがない。

 

「それで比企谷はどこか部活でも入ってるのか?」

 

「いや、入ってないぞ、帰宅部だ」

 

「そうなのか? その割には体が結構鍛えられてると思うんだけど……」

 

 そう言いながら磯部は俺の体をぺたぺた触ってきた。

 ちょっ、なにやってんのこの人!?

 

「お、おい、何をしてるんだお前は! いきなり人の体を触りだして」

 

「え? いや、どんなふうに筋肉が付いてるんだろうなと思って」

 

「せめて本人に了解を取ってからそうしてくれ。いきなり触られてびっくりしたわ」

 

「あ、ごめんごめん、つい気になっちゃてね?」

 

 気になっちゃってねじゃねーよ。これあれだからな?

  逆の立場だと確実に男はセクハラで訴えられる。

 いやまあ男の方は絶対とは言わないが触るとしたら確実に下心があるだろうし仕方がないか。

 それと早めに磯部のやつ止めてよかった、他の一年も気になって触ろうとしていたからな。こいつら男に対してもうちょっと危機感を持った方がいいんじゃないの?

 

「お前、俺じゃなかったら勘違いされてるぞ」

 

「大丈夫! バレーボールやってるし!」

 

「いやバレーボールは万能じゃないから」

 

「それなら根性で!」

 

 いかんな、どんどん明後日の方に話が向かっている気がする。

 

「根性でもどうにもならんから、とりあえず男にこういうことはするなよ? 危ないから」

 

「わ、わかった」

 

 いかん、少し睨み過ぎたか。ただでさえ俺の目は腐っているのにそれが睨んだりすると余計やばいらしい。

 ちなみにこれは小町による情報だ。できれば俺にそのことを言わずに胸の内に秘めていて欲しかったよ。正直、実の妹に言われるとショックがデカい。

 とりあえず変な空気になったし話変えるか、気になっていたこともあるし。

 

「なあ、なんでお前らバレーボール部の格好してんの?」

 

 この生徒会室に入ってからずっと気になってんたんだよな。

 

「このあとバレーボールの練習するからね!」

 

 そう磯部は答える。まじで?

 

「おいおい、明日は戦車道の試合だぞ?」

 

「大丈夫大丈夫、いつも私たち戦車道の練習のあと練習してるし」

 

「いくらなんでも頑張り過ぎだろ」

 

「バレーボール部復活の為だから!」

 

「「「キャプテン!一生付いていきます!!」」」

 

 そうして四人でハグしあう。

 なんというかこいつらはこいつらで事情があるんだな。このまま戦車道を続けて戦車道を好きになったらどうするんだろうか? 優勝して戦車道に残るかはこいつらの選択だし俺が気にすることでもないか。

 

「そうだ比企谷、結局なんでそんなに鍛えてるんだ?」

 

「……ん? ああ、戦車動かす為だよ」

 

「戦車を? 男なのに?」

 

 やっぱり疑問に思うよな。男が戦車にの為に鍛えてるなんて言ったら気持ち悪がれるか引かれるかのどっちかなんだよな基本的に。

 磯部たちもてっきり同じ反応が返ってくると思ったんだが。

 

「意外と根性があるんだな、比企谷!」

 

 その言葉にほかのやつらもうんうん頷ている。

 

「は? なんでそうなるんだ?」

 

 少なくとも根性は関係ないと思うんだが。

 

「だってそうじゃないか、いつ乗れるかもわからないのに今まで頑張ってきたんだろ?」

 

「……まあ、そうだが」

 

「なら私たちと一緒だ! 私たちもバレーボール部復活のために頑張っているからな!」

 

 正直、全然違う気がするんだが、これ以上はなにを言っても一緒だな。

 

「じゃあ、比企谷ちゃん最後は一年生チームだね」

 

「やっと最後ですね」

 

「……そうだね、比企谷ちゃん」

 

「なんですかその間は……」

 

「気にしなーい気にしなーい」

 

 いやすごく気になるんですけど。

 この会長のことだからなにか企んでいるのか? とりあえず何もないことを祈るしかないか今は。

 

「ほんじゃ始めますかね、比企谷 八幡だ」

 

「せんぱーい、私たちの時だけ雑じゃないですか?」

 

「気にするな」

 

「えー、澤 梓です」

 

「山郷 あゆみです」

 

「阪口 桂利奈です!」

 

「宇津木 優木です」

 

「大野 あやです」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

 なんだろう、最後の一人がしゃべらないな。

 

「ほら沙希、自己紹介しないと」

 

「どんどん先輩の目が怖くなるよ?」

 

 いや、ならないからね? 俺をなんだと思っているんだろうか。

 

「……紗希」

 

 聞き取れるか聞き取れないかのレベルでボソッとそうつぶやいた。

 

「すいません先輩、この子、丸山 紗希って言うんです」

 

「ん? ああ、俺は気にしてないからいいぞ別に」

 

「……先輩って意外と優しいんですね」

 

「意外とってなんだ、意外とって」

 

「あはは、最初はちょっと目が怖いなーなんて思ってたんですけど」

 

 そんなこと思われたのか、でもこの目は今更どうしようもないし、どうしたもんか。

 

「紗希はいつもこんな感じなんで怒る人とかいるんですよ、ちゃんと話せ! って」

 

「まあ人には人のペースがあるし、あんまり気にしない方がいいんじゃないか」

 

 俺なんて自分のペースで行っていたらいつの間にか周りのやつらがいなくなるなんてことがあったが、丸山のやつはこいつらがいるし大丈夫だろうな。

 すると丸山のやつが俺に近づいてきて手を差し出してきた。

 

「どうした?」

 

「たぶん紗希は先輩と握手したいんじゃないんですかね?」

 

「俺と? なんで?」

 

「仲良くなりたいんですよ、先輩と!」

 

 なんだろうか、武部といい丸山といいなんで握手=仲良くなるなんて方程式が成り立ってんの? 俺にはそれが不思議でたまらない。

 だって俺の小学生時代に握手なんてしたことがなかった。人と触れようとしたら比企谷菌が移るだのなんだの言われてたからな。別に意味なんてなかったんだろう。ただなんとなく言ってみただけ、子供なんて単純故に残酷だ。

 だから正直にいうと俺は握手なんかで仲良くなれるなんて思ってはいないが、こいつらにとっては違うんだろうな。

 

「ほれ、丸山」

 

 そういって俺が差し出した手を丸山は握ってきた。

 いや握るのはいいんだが、これはいつまでやるの? 丸山のやついっこうに離す気配がないんだが。

 

「なあ、いつまでこの状態なんだ?」

 

「ほら紗希、手離さないと先輩困ってるよ?」

 

 丸山のやつはしぶしぶといった感じで手を離した。なんだったんだ?

 

「先輩は彼女とかいるんですか?」

 

「いるように見えるか?」

 

「意外と顔は悪くないと思うんですが、いかんせんその目で台無しになっていると思います」

 

「褒めるか貶すかどっちかにしてくれ……」

 

「えへへ、すいません」

 

 なんで俺こんなに言われてんの? 正直に言いすぎな気がするんだが……それだけ遠慮がなくなったってことか。それがいいのか悪いのかさておいて、これで全部終了だな。

 

 

 ====

 

 

「ふう、とりあえずこれで終わりか」

 

 いやー疲れたわ、普段人と話さないから余計だな。

 

「どうだった比企谷ちゃん? 話してみて」

 

「思った以上に疲れましたよ」

 

「でも楽しかったでしょ?」

 

「……悪くはなかったですかね」

 

「さすが捻くれてるね~比企谷ちゃん」

 

「これで終わりですよね? そろそろ帰っても大丈夫ですか?」

 

「最後にイベントやるから、ちょっと待っててね」

 

「イベントですか?」

 

「うん。とりあえずみんな集まってくれる?」

 

 そして西住たちが近づいてきた。

 

「大変だったね、比企谷くん」

 

「まあな」

 

「えー、でも比企谷なんやかんやで楽しんでなかった?」

 

「いや知らない女子と話すとか俺にとって苦痛でしかないから」

 

「ふーん、じゃあ私たちは?」

 

「お前らか?」

 

「そうそう結構よく話してるじゃん!」

 

 言われるとそうだな、こいつらはなんだろうか?

 

「手の掛かる問題児?」

 

「問題児ってなによ、比企谷!」

 

 いや、自分で言っててなんだが、だいぶお前らはお前らで問題児だと思うのは俺の気の所為じゃないだろ。正直個性が強すぎるのだ、ここの戦車道にいるやつらは。

 

「自分のこと棚に上げ過ぎじゃない?」

 

「俺のどこが問題児なんだよ」

 

「いやいやどこからどう見ても問題児でしょ! ねえミホ!」

 

「あはは……」

 

「比企谷殿、ときにはあきらめも肝心ですよ!」

 

 いや、秋山それフォローになってないから、むしろ傷つけてるからな?

 

「それじゃ今日の最後のイベントを始めるよー」

 

「会長なにをやるんですか?」

 

 小山さんたちも聞かされてないのか、なんか不安になってきたんだが。

 

「王様ゲーム」

 

 は? 今なんて?

 

「今から王様ゲームを始めまーす」

 

 聞き間違えじゃなかったよ、何言いだしてるんだこの人は。

 

「王様ゲームってなんですかー?」

 

 そうか、知らないやつもいるんだな。会長の説明次第ではどうとでもなるかもしれない。

 

「簡単に言うと、王様のかかれたくじを引いた人がなんでも好きな命令を言えるんだよ」

 

「な、なんでもですか?」

 

「でも、ここには男子もいるんですけど……」

 

 いいぞ武部もっと言うんだ。そうしたら必然とお開きになるはず。

 

「そこは安心していいよ、比企谷ちゃんには引かせないから」

 

 あれ? 俺いらないんじゃね? そう思っていたのだが甘くはなかった。

 

「でも今回は比企谷ちゃんの親睦会だからね、王様になった人は比企谷ちゃんになにかしてもらうかを命令して欲しいんだよねー」

 

 え? まじ?

 

「具体的にはどんなふうに命令したらいいんですか?」

 

「例えば10番が比企谷ちゃんと握手するとか、コーラ買ってきてもらうとかそんな感じだねー」

 

 なるほどつまりはみんなで俺をいじめようってことですねわかります。ねえ、これ帰っていい?

 

「さすがにそんなにやるものでもないから2、3回ぐらいやって終わろうか」

 

 これを2、3回もやるのかよ。というかみんななんでそんなやる気なの? 俺ってそんなに嫌われてるのだろうか。

 

「よかったね、お兄ちゃん」

 

「これのどこがいいように見えるんだ? 小町」

 

 正直もう帰りたいんだが……。

 

「たぶんお兄ちゃんが思っているようなことにはならないと思うよ?」

 

「なにを根拠に……」

 

「お兄ちゃんだって本当はわかってるんでしょ?」

 

「…………」

 

「沈黙も答えだからねお兄ちゃん」

 

 なんだろうか、今日の小町に俺は勝てそうにないな。

 

「じゃあみんな、くじを引いてみようか」

 

 俺以外の全員が配置に着きくじを引こうとしているのだが……ちょっと待て。

 

「おい小町、なんでお前もそっちにいるんだ」

 

「え? なんでって、小町も引くからだよ?」

 

 なんで至極当然みたいな顔でこっちを見てるんだあいつは。

 

「いやいや、お前は関係ないだろ」

 

「えー、会長さん小町も参加していいですか?」

 

「面白そうだからいいよ、小町ちゃん」

 

「ありがとうございます!」

 

 はい、そういうことで小町の参加が決まった。

 さっきお姉ちゃん候補どうのとのたまっていたので正直不安でしかない。いくら小町でも非常識なことは言わないと思いたいが……。

 あれだ、小町が王様引かなければいいんだよな。大丈夫だろ、こんなに人数がいるんだし。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 会長の掛け声と共にくじが引かれる。

 

「「「王様だーれだ?」」」

 

 結果から言おう、王様は小町だった。

 まじなんなのあの子? このタイミングで運を使わんでもいいだろうに。

 というかまじ変な命令はするなよ小町、常識の範囲内で頼むぞ。

 

「あ、王様は小町ですね」

 

「じゃあ小町ちゃん命令をどうぞ!」

 

「……えっと、11番の人が兄に頭を撫でてもらうでお願いします」

 

 よかった、思った以上に普通だった。てっきり小町のことだから俺では考え付かないようなことをぶっこんで来ると思ってたからな。

 さてと、問題は11番が誰かなんだが。

 

「……私だ」

 

 声のした方を見てみると、11番のくじを持った冷泉がいた。

 

「冷泉ちゃん、比企谷ちゃんのとこに行って頭を撫でてきてもらってね」

 

 そして冷泉のやつは渋々といった感じでこちらまでくる。

 

「優しく頼む」

 

 いや、頭を撫でるのに優しいも何もない気がするんだが。

 

「まあ、出来るだけ痛くないようにはするつもりだが……」

 

 なんかここだけセリフを切り抜いたらいい感じに誤解されそうだな。

 そんなどうでもいいことを考えつつ俺は冷泉の頭の上に手をもっていって撫ではじめる。

 最初は少し冷泉のやつも抵抗していたが、今は完全に俺の手になすがままである。

 なんか撫でてて思ったのだが、冷泉のやつはなんとなく猫っぽいな。

 

 

「なんか麻子、すごく気持ちよさそう」

 

「う、うん」

 

「なんででしょうか?」

 

「それは小町が説明しましょう!」

 

「こ、小町ちゃん!?」

 

「はい! みんなの小町です!」

 

「そ、それで説明ってどういうことなの?」

 

「それはですねー。兄は自覚してないんですけど、あのなでなではそれはもう恐ろしいほどにやばいんですよ!」

 

「そ、そんなになの?」

 

「もうあれはゴッドハンドと言っても過言ではないですね。小町も時々撫でられてるんですが、一度撫でられると抗えなくなっちゃうんですよ、あれ」

 

「比企谷殿のなでなではその領域までに!?」

 

「というか小町ちゃんはそれがわかってて命令の内容をあれにしたの?」

 

「はい!」

 

 

 なんかあっちが騒がしいな、なにやってるんだ?

 

「比企谷、少し雑になってるぞ」

 

 いや、こいつはこいつでなんで注文つけてきてんの?

  てかもういい加減やめていいだろ、かれこれ五分ぐらい撫でてるし。

 

「もういいだろ? そろそろやめるぞ」

 

「あ……」

 

「どうした?」

 

「い、いや、なんでもない……」

 

 なんだったんだ? 冷泉のやつ。

 

「それじゃあ比企谷ちゃん次に行こうか」

 

 なんか会長は会長でニヤニヤとこちらを見てきてるし、俺が知らない間に何かあったのか?

 

「それじゃあ」

 

「「「王様だーれだ?」」」

 

 まあなんでもいいが早く終わらせてもらいたい。

 

「あ、私だ」

 

 今度王様を引いたのは一年生チームの澤だった。

 なんかあれだ、見ただけで名前がわかるようになっただけ今回のやつはやった意味があるみたいだな。正直王様ゲームはいらなかったけど。

 

 一年のやつだしそんな変なこともいわないだろう。

 

「えっと、4番の人の質問になんでも答えるでお願いします」

 

「あ、私か」

 

 どうやら今度は磯辺らしい。

 

「じゃあ、最初は軽く誕生日あたりからで」

 

「軽くって、質問は一回じゃないのか?」

 

 そんな俺の疑問に会長さんが答える。

 

「回数の指定はされてないから質問する人の采配だねこれは。とりあえず比企谷ちゃん、ジャンジャン答えていこうか」

 

 それから身長、体重はたまた好きな食べ物などいろいろ質問をされた。質問の内容が一般的で助かる。これが武部だとしたら恋愛関係の質問とかになるだろうし、秋山なら戦車関係になるんだろうな。西住だとなんだろうか?ボコ関係を質問してきそうだな。

 

「じゃあ最後の質問に行こうか」

 

 やっと最後か、なんか長いようで短かった。

 

「戦車道やってる今は楽しい?

 比企谷」

 

 なんだそんなことか、なら俺の答える言葉は決まっている。

 

「別に嫌いじゃないな」

 

「やっぱり素直じゃないねー比企谷ちゃん」

 

 さて、なんのことでしょうかね。

 

「それじゃ、次で最後にしようか」

 

 もう大丈夫だろここまで来たら、あとは消化試合だな。

 

「「「王様だーれだ?」」」

 

 そして最後の最後で王様になったのは。

 

「ありゃ、わたしだ」

 

 はい、会長さんが王様になりました。

 いやーホントなんでここで引くの? いろんな意味で小町以上にやばい人が王様になっちゃったよ。

 

「そんなに警戒しなくていいよ、変な命令はしないから」

 

「本当ですか?」

 

「信用ないなー」

 

「いや、今までが今までなんで簡単には信用できないですよ……」

 

「まあ、そんな比企谷ちゃんは置いといて、さっそく命令の方に行こうか」

 

 そういうところが信用できないところなんですけど。

 

「比企谷ちゃんが13番の子を名前呼びするでよろしくー」

 

 なんか思った以上に普通だな。

 

「なんで名前呼びなんですか?」

 

「だって比企谷ちゃん、基本的に人のこと名前で呼ばないからねー」

 

「名前呼びなんて仲のいいやつらがやるもんでしょ? だから俺には関係ないですよ」

 

 リア充どもはすぐ名前呼びしたがるからな。あれはなんの意味があるんだ?名前呼びしたぐらいで仲がいいアピールとか片腹痛いんだが。

 

「ところで13番は誰なのかな?」

 

「あ、私です」

 

 本日最後に選ばれたのは西住だった。

 

「えっと、よろしくね?比企谷くん」

 

「それじゃあさっそく言ってみようか、比企谷ちゃん」

 

 俺は今になって重要なことに気づく。

 いわずもがな俺はボッチた。だから名前呼びなんてしたこともされたこともほとんど経験がないのだ。

 だいぶこの王様ゲームで感覚が麻痺してたらしい、名前呼びなんて俺にとって超難関じゃねーか。5分前の能天気な自分を殴りたくなってきた。

 

「どうしたの比企谷ちゃん?」

 

「あ、あの、他のやつに変えてもらうってのは?」

 

「変えてもいいけど、それは西住ちゃんの名前を呼びたくないってことでいいのかな?」

 

「えっ……」

 

 会長さんの発言で西住の顔が曇る。

 その言い方は卑怯すぎるだろ。今にも泣きそうな西住の前でノーと言えるわけがない。

 

「すいません、変えなくて大丈夫です」

 

「遠慮しなくてもいいんだよ?比企谷ちゃん」

 

 この人ホントいい性格してるな。

 

「ごめんごめん意地悪が過ぎたね、気を取り直していこうか」

 

 そして俺は西住の前に立つ。くそっ、もうどうにでもなれ!

 

「…み、みほ」

 

 ぐわーっ!なんだこれ!?リア充のやつらこんなのを毎日やってるのか?ありえないだろ、無理無理無理こんなのボッチの俺が耐えられる訳がない。

 これで終わりだと思ったのだが……。

 

「ほら、西住ちゃんもちゃんと返さないと」

 

「え、えっと、比企谷くん」

 

「違うよ西住ちゃん。名前で呼ばれたら名前で呼ばないと」

 

 ちょっ、なにいってるんだこの人。

 

「え?そ、それじゃあ…は、八幡くん…」

 

 この世界はいつからラブコメになったんだろうか?

 気づいたら女子が目の前で顔を赤らめながら俺の名前を読んでるんだが…これなんてギャルゲー?

 

「…いちゃん、お兄ちゃん!」

 

 はっ!いつのまにか意識が飛んでたみたいだな。

 

「大丈夫?八幡くん」

 

 どうやらまだ夢の中らしい、西住がまだ俺の名前を呼んでるよ。

 

「小町、俺の頬を思いっきり引っ張ってくれ」

 

「いいの?お兄ちゃん」

 

「ああ」

 

 俺の要望通り小町は俺の頬を引っ張った。

 いや、確かに思いっきり引っ張ってくれとは言ったがもう少し手加減してくれても良かったんじゃないか?まだヒリヒリするんだが。

 というか夢じゃないのか。

 

「西住、なんでまだ名前呼びなんだ?」

 

 たしか会長の命令はもう終わってるはずだが。

 

「比企谷くん、ううん、八幡くんだけ名前で呼んでなかったからちょうどいいかなって」

 

 なるほどそういうことか。

 

「えっと、迷惑だったかな?」

 

「いや、西住の好きなように呼んだらいいと思うぞ」

 

「そう?じゃあこれから八幡くんて呼ぶね」

 

「ああ」

 

「そ、それで、八幡くんは私のことなんて呼ぶの?」

 

 西住もじもじしながら言わないでくれ、勘違いしそうになる。

 

「すまん西住、さすがに名前呼びは今すぐには無理だ」

 

「今すぐってことは、いつかは呼んでくれるの?」

 

「気が向いたらな」

 

 ちなみにこの気が向いたらな、は一度も訪れたことがないのは内緒だ。俺が西住を名前で呼ぶ機会なんてもうないだろうしな。

 

「それじゃあ、今日はこれでお開きにしようか」

 

 会長のこの言葉で今日は解散となった。

 

 

 ====

 

 

 そうして日曜日がやってきた。

 やってきてしまったなこの日が、俺は前日からワクワクし過ぎて少し寝不足だ。理由が小学生の遠足前並みにしょぼいがそこはあれだ勘弁してくれ。

 んでもって俺は今、冷泉の家の前にいるのだがどうしたもんだろうか。迎えに来たのはいいのだがその迎えを頼んだ本人が一向に出てくる気配がない、呼び鈴を何回か鳴らしたがこれも反応がなかった。

 

 途方に暮れていたら俺の携帯が鳴りだした。

 

「もしもし」

 

「あ、繋がった。もしもし私だけど?」

 

 ふむ小町以外からの女性の電話か、イタ電だな。

 

「すいません、人違いです」

 

 そう言って俺は携帯を切った。どこかで聞いたような声だった気がするが気のせいだろう。

 そうしたらまた掛かってきた、意外としつこいな。

 

「だから人ちが、」

 

「比企谷!なんで電話途中で切ったの!!」

 

「いです」

 

 耳が物凄く痛いんだが声デカすぎだろ。まあいいとりあえず会話するか。

 

「いや知らない女の人からの電話は詐欺だと疑えという親父の教えがあってだな……」

 

「いや私のこと知ってるでしょ比企谷!ていうか携帯の方に登録してるんだから私の名前が表示されてるはずだから!」

 

 言われて自分の携帯を見てみる。

 おお、確かに表示されてるな。なんせ俺の携帯に掛けてくるやつなんて妹の小町かキャッチセールスぐらいだったからな。

 

「すまん気づかんかったわ、普段俺に電話を掛けてくるのが小町ぐらいなもんでな」

 

「それはそれで理由が悲しすぎるよ……」

 

「そこはほっとけ。で、どうした?」

 

「麻子起きてる?」

 

 ああ、そういうことね。

 たぶん武部のやつはこうなることを予想していたんだろうな、正直助かる。

 

「それが呼び鈴鳴らしても一向に出る気配がなくてな、正直困ってた」

 

「やっぱりそうなってるのね……今そっちに向かってるからもうちょっと待ってて。あと一応ミホにも電話しとくから」

 

「あいよ」

 

 数分後武部がやってきた。

 

「比企谷、一緒に麻子ん家入るよ」

 

「いや、男の俺が勝手に入ったらいかんだろ、いろいろと」

 

「そこは私が許可するから、そもそも起きない麻子が悪いんだから!」

 

 それはそうかもしれないが、後からになって言いだしたりはしないで欲しいと切に願うしかないか、すまんな冷泉。

 

「も~!麻子起きてよ~!試合なんだから!!」

 

「ねむい…」

 

「単位はいいの!?」

 

「よくない…」

 

「だったら起きてよー!」

 

 いやー凄まじいな。布団を剥ごうとする武部とそれに抗う冷泉。ていうかもう起きてないか冷泉のやつ?そこまでして布団から出たくないのか。もうこれは意地と意地の戦いだな、時間が時間だからのんきなことは言ってられないが。

 

「今比企谷もここにいるんだから早く起きて……って、きゃっ!」

 

 その言葉に冷泉はすごい勢いで布団から飛び出し、武部は引っ張っていた反動でそのまま倒れそうになる。

 さすがに危なかったので俺が抱きかかえる形で武部を受け止める。

 

「っと、大丈夫か?」

 

「え?あ、ありがとう…」

 

「どうした?顔真っ赤だぞ?」

 

「な、なんでもない!」

 

 そう言って武部はすごい勢いで俺から離れた。

 そんなに俺に触れられたくなかったのだろうか?俺が勝手に助けたとはいえさすがに俺でもそれは傷つくぞ。

 そんな俺の視線に気づいたのか。

 

「別に嫌だったとかそういうわけじゃ…だからっていきなり近づくのは無しだから!」

 

 俺にどないしろと?まあ別に俺は気にしてないからいいけどな、ホントダヨ?ハチマンウソツカナイ。

 というか冷泉のやつを放置しすぎだな。

 

「な、なんで比企谷が私の家に…」

 

 なんでって。

 

「いやそもそもお前が俺に迎えを頼んだんだろうが」

 

「だがそうだとしても家に勝手に入るのはどうなんだ?」

 

「いや、それは俺も思ったんだが……」

 

「私が許可したの、麻子がいくら待っても起きないから」

 

「ぐぬぬ…」

 

「ほら唸ってないで早く着替える!」

 

 パパパ、パパパ、パッパパパー!と甲高い音がなり響く。なんだ? なにか始まるのか?

 武部が窓を開けると秋山がそこにはいた。

 

「おはようございます!おや?冷泉殿はもう起きてらっしゃるんですね」

 

「ああ、今さっきな」

 

 ドン!!

 

 すると今度は地響きが聞こえてきたと思ったら戦車の空砲の音が聞こえた。さすがにこの音には近所の人たちもざわつき始めている。

 

「すいません!空砲です!」

 

 西住はそのまま戦車で冷泉の家の前まで来た。

 五十鈴のやつが運転しているのか。

 

「「おはようございます」」

 

「ああ、おはよう」

 

「おはようございます!西住殿、五十鈴殿!」

 

「おはよう!ミホ、華!」

 

「西住たちは戦車でここまで来たのか?」

 

「うん、沙織さんから電話があったから、これなら麻子さんも起きるかなって思って」

 

 ついでに言うと近所の人も起こしているんだが、そこは西住らしいというかなんというか。やっぱりどこか抜けてる気がするな。

 



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やはり、人助けに見返りを求めてはいけない

「それにしても麻子には困ったもんだよねー」

 

「昔からああなのか?」

 

「うん。朝起きるのが遅いから、小学校のころはおばあちゃんに毎日たたき起こされてたんだから」

 

「そ、それはいろいろとすごいね、麻子さん」

 

「ホントあれがなかったら留年なんて絶対しないのに、麻子のやつ」

 

「そうなんですか、武部殿?」

 

「だって麻子あれでも学年トップ10には入ってるからねいつも」

 

 まじか冷泉のやつってそんなに頭よかったのか。

 なんかそんな話を聞いたような気がするが、そこまでとは思ってなかった。

 

「だから正直、麻子が戦車道を選んでくれて私ホッとしてるんだ」

 

 なんというか武部のやつ冷泉のおかんみたいだな。本人に言ったら怒られそうだから言わんけど。

 で、先程から話に上がっている冷泉が会話に参加していないかというと、今絶賛戦車のなかで身支度を整えている。

 そして俺はというとⅣ号に乗っている訳ではなく、自転車で戦車と並走している姿はこれまた奇妙な光景だと自分で思う。

 それと戦車に乗る前に冷泉と西住たちのやりとりを見て気づいたことがあるんだが、西住たちには普通にさん付けしているのになんで俺だけは呼び捨てなんだ? 武部と同じと言われればそうなのだろうが、正味会ったばかりの俺が武部と同じわけがないのだから普通に考えればそこまで好かれていないことになるな。

 まあ、別にいつものことだしいいか。

 

「八幡くん、今日の試合頑張ろうね」

 

「ん? あ、ああ、そうだな」

 

 この前のことがあったので西住は俺のことを名前呼びしているのだが、俺の方がどうにも慣れない。

 学校生活を送っていて呼ばれたことが一度もないせいか、西住に呼ばれたときにすぐに反応できないときがある。

 悲しいかな、ボッチ故に名前が呼ばれるなんてそうそうなかったのだ。

 

「どうしたの? 八幡くん」

 

「ん、いや、なんでもない。気にするな」

 

 昔のことなんて今はどうでもいい、それより今日の試合だ。

 

「そう? ならいいけど」

 

「どうせ比企谷のことだから変なことでも考えてたんでしょ?」

 

 おいおい武部よ、聞き捨てならないなそれは。それだと俺がいつも変なこと考えているみたいじゃないか。

 

「変なことってなんだ、変なことって」

 

「それは…その、比企谷!私に何言わせようとしてるの!」

 

 いや勝手に妄想しだしたのはお前であって、俺のせいではないだろ。

 

「武部よ、そういうお前がむっつりなんじゃないのか?」

 

 その俺の発言に武部はさらに顔を真っ赤にする。

 

「私、むっつりじゃないもん……」

 

 なんか意外な反応が帰ってきた。てっきり言い返してくると思ったんだが……。

 いかん、武部のやつすこし涙目になっている気がする。

 

「……八幡くん?」

 

 西住さん恐いです、その顔やめてぐたさい。

 普段怒らないやつを怒らせてはいけない。西住はなんというかあれだ、無言のプレッシャーをこちらに向けて放ってくるんだが、それがとにかく恐いのだ。さすがは西住流といったところか。え? 関係ない?

 西住でこれなのだから姉のほうはさらにやばそうだな。できればお会いしたくないな、なんか知らんが俺の本能がそう告げている。

 

「す、すまん武部、言い過ぎた」

 

「……パフェ」

 

「は?」

 

「今度パフェ奢ってくれるなら許してあげる」

 

 えらく高くついたな、まあ俺が悪いからしょうがないか。

 

「わかった」

 

「え、いいの?」

 

「なんで言った本人が驚いてるんだよ」

 

「なんか比企谷、そういうの断りそうだと思ったから」

 

 まあ、間違いじゃないな。普段の俺なら絶対断ってるし。

 

「今回は俺が悪いからな、しょうがない」

 

「そうなんだ、じゃあさ……」

 

「言わなくてもわかってるって、西住たちも連れていくんだろ?どうせ」

 

 いつもこいつら一緒に行動してるしな。

 

「私たちもいいんですか? 比企谷殿」

 

「いいの? 八幡くん」

 

「さすがに全員奢るなんてできないが一緒に付いてくるぐらい構わんだろ。な? 武部」

 

 俺にしては珍しく空気を読めたと思ったのだが、なにやら武部の様子がよろしくない。

 あれは怒っているのか?え?なんで?

 

「な、なあ武部、なんで怒ってるんだ?」

 

 おかしいな、さっきまで機嫌がよかった気がするんだが。

 

「はあ、比企谷なんかに期待した私が馬鹿だった」

 

 なんかいきなりディスられ始めたんだが。

 

「ううん、なんでもない。試合が終わった後でみんなで食べに行こうか! 比企谷の奢りで」

 

 いきなり元気になったな、なんだったんだ?謎だ。

 そして普通に俺が全員分奢る流れになってる気がするんだが、気のせいだよな?

 ちなみに車道を戦車が走っても大丈夫なのかという至極もっともな意見があると思うのだが、これは意外にも戦車に免許証があるのだ。疑問に思った俺に先程、西住が見せてくれた。

 というか俺は大丈夫なのだろうか? 免許持ってないんだが、試合中に捕まったりしないよな? 無免許運転なんて言われたらどうしようもないんだが。

 

「あれ、八幡くん聞いてないの?」

 

 なんて西住が言ってきたのだが、なんのことだ?

 

「えっと、たしか、会長さんの話によると戦車道連盟に申請したときについでに免許証の方も八幡くんの分を発行したって」

 

「俺そんな話聞いてないぞ?」

 

「昨日、八幡くん終わってすぐ帰っちゃったから、あのあと免許持ってない人に配られたんだよ」

 

 そんなことがあるならそう言ってくれよ会長さん、結構重要なことですよねこれ?

 

「なら、会長が今俺の免許証を持ってるわけだ」

 

「たぶんそうだと思うよ。合流したら真っ先にもらわないといけないね、試合中に逮捕されたらいけないし」

 

「やっぱりそういうことになるのか?」

 

「どうだろ? 基本的には大丈夫だと思うけど、八幡くんは男の子だから普通の人より注意深くみられるかもしれないし、その時に免許証がなかったら大変だと思うよ?」

 

 西住の言うことももっともだな。女子の中で俺みたいなやつがいたら誰だって不審に思うし、普通以上に警戒するだろう。

 俺たちが学校に向かう途中、町の人に声を掛けられたりした。最初は戦車が珍しいだけかと思っていたのだが、久しぶりに見たとか、懐かしいなどの声があったりした。そういえば20年前に戦車道やってたんだったな、そら懐かしいはずだ。

 そしてなぜだかしきりに俺のほうを見られた気がする。いやまあ普通に考えて男の俺が試合にでるなんて思わないだろうし当たり前か。

 そして学校に集合したあと、それぞれの戦車に乗り移動している。

 ちゃんと免許も会長から貰っているので大丈夫だ。しかし免許といってもあくまで仮らしい、大洗に在学している間だけ有効らしく卒業や転校などで離れると意味がなくなるとのこと。

 

「久しぶりの陸だ~、アウトレットで買い物したいな~」

 

「試合が終わってからですね」

 

「え~、昔は学校がみんな陸にあったんでしょ? いいなー、私もそんな時代に生まれてきたかったよ……」

 

「私は海の上がいいです。気持ちいいし、星もきれいですし」

 

「西住さんはまだ、大洗の街を歩いたことないんですよね?」

 

「あ、うん」

 

「あとで案内するね~」

 

「ありがとう」

 

「まあ、それが楽しいものになればいいな」

 

 これは皮肉などではなく本心で言っているのであしからず。

 

「どういう意味?比 企谷」

 

 武部は俺に水を差されたのが気に食わなかったのか、若干不機嫌になってるな。

 

「どういう意味も何も、試合で負けたらあんこう踊りを踊るんだぞ? そのあと街を楽しく歩けるのか、お前らは?」

 

 たぶん俺には無理だと思う、そんな強いメンタルを持ち合わせていないからな。

 

「あ……そうだった、比企谷なんてこと思い出させるのよ!」

 

「あんこう踊り自体は俺のせいじゃないから、文句は会長に言ってくれ」

 

「う~」

 

「それに前にお前が言ってたじゃないか、勝てば問題ないんだろう?」

 

「そ、そうだよね! 勝てばいいんだよ勝てば!!」

 

「そう簡単にいくんでしょうか? なんせ相手は準優勝したこともある相手ですよ? 比企谷殿」

 

「そこは西住がなんとかしてくれるさ。な?」

 

「え、私?」

 

「頼むぞ隊長、俺たちの運命はお前にかかってるからな」

 

「比企谷、そこは自分がなんとかするぐらい言ったらどうなの?」

 

 そういわれてもな。

 

「俺にできることなんてせいぜい不意打ちで相手を倒すぐらいだからな」

 

「それはそうかもしれないけどさー」

 

 武部のやつはなにが不満なのだろうか?

 

「麻子ん家の時みたいに助けてくれてもいいじゃん……」

 

「は?」

 

 別にこれは難聴とかそういうわけではなく、ただ単に武部がぼそぼそ言っていて聞こえなかっただけである。運転中もあってよく聞き取れなかったが、隣にいた西住には聞こえていたようで。

 

「麻子さんの家でなにかあったの? 沙織さん」

 

「え? あ、な、なんでもないよ! 気にしないで!!」

 

「そ、そう?」

 

 冷泉の家でなんかあったっけか? 特段変なことはしてないはずだし、このこととなんも関係ないと思うんだが、わからんな。

 そうこうしているうちに学園艦は港に着き、大洗の街へと向かっている途中この学園艦の二倍はあるだろう聖グロリアーナの学園艦もどうやら着いたようだ。

 

「でかっ!」

 

「あれが、聖グロリアーナ学院の学園艦ですか……」

 

「う、うん……」

 

 いやしっかし、ホントにデカいな。今まで大洗の学園艦しか見たことがなかったからなおさらだな。そこから出てくる戦車はさぞかし強いんだろう。やれるだけやるしかないが、大丈夫かね俺たちは。

 

 

 ====

 

 

 戦車道の練習試合にともなって大洗の街もえらくにぎやかになってる。

 やっぱり久しぶりの戦車の試合ということもあって出店なんかも出てるな。なんか試合観戦用の巨大ディスプレイとかもあるらしいんだが普通にすごくね?

 それで今、俺はなにをしているかというと、大洗に着いてからトイレに行きたくなったので公衆トイレで用を足していた。

 そしてトイレから出たらなにやら男女がトラブっているのか言い争いしている。

 男たちの方の見た目はこれまたいかにもなヤンキースタイル、あんなのもう絶滅危惧種だろ。逆に恥ずかしくないのだろか ?俺だったら黒歴史まっしぐらだと思うのだが。

 たぶんこれナンパしてるんだろうが、相手が悪い。ここら辺じゃ見かけない制服だが、たぶんどこぞのお嬢様学校だと俺は睨んでる。なんか立ってるだけなのに気品を感じさせる立ち振る舞いは今の女子高生には無理だろ絶対。武部を見ていればわかるだろ?そういうことだ。ん? というかお嬢様? なんか引っかかるな。

 

「だから先程から申している通り、私たちは今から戦車道の試合があるのであなた方に付き合っている暇はないんです」

 

「そんなんほっとけばいいじゃん」

 

「そうそう、俺たちと楽しいことしようぜ」

 

 ちょっとお前ら静かにしろ。今あの子が重要なこと言っただろ。なんて言ったけ……そう、戦車道だ。あれ?

  もしかして俺らの対戦相手の聖グロリアーナの生徒じゃないのか、もしかして。

 しかも相手のチャラ男ズはどうも素直に話を聞くようには見えないし、このままだと試合が始まらないんじゃないか?

 おいおい勘弁してくれよ、そんなことになったら俺たちは練習試合が出来ずに全国大会に出ないといけなくなる。それだけはダメだ。今後の方針を作るにしても今回の練習試合は絶対に必要になる。

 そうなると俺は今からあの集団に突撃しないといけないのか。すこぶる嫌なんだが、誰か変わってくれない?

  無理? はい、知ってました。めんどくさいがやるしかないか。

 

「すいません、お待たせしましたか?」

 

「え、あなたは?」

 

「今から俺の言うことに合わせてくれ、そうしたらこの状況をどうにかするから」

 

「え? は、はい……」

 

 俺は先程話していた茶髪の子の耳もとでそうつぶやいたのはいいのだが、男性に慣れていないのだろうか顔を真っ赤にしている。

 初々しい反応のところすまないのだが、こちらも時間がないので手短にいかせてもらう。もう一人の方も俺の会話が聞こえていたのだろう目をあわせた時に頷いてきた。話が早くて助かる。

 

「なんだお前?」

 

「いきなりなんなんですかねー」

 

「俺らの邪魔すると痛い目に遭うぞこら!」

 

「すいません、俺はこの子たちがいつまでたっても戻ってこないものなんで探しに来たんですよ」

 

「だからお前は何だって聞いてるだろ?」

 

「じゃあ聞きますけど普通、お嬢様をそのまま街に行かせると思います?」

 

「だから……」

 

「人の話は最後まで聞いてください。俺はこのお嬢様たちのボディーガード兼マネージャーみたいなもんですよ」

 

「は? お前みたいなのが?」

 

 まあ、疑うのも無理はない。さてここからは出たとこ勝負だ。

 

「ですよね? お嬢様方?」

 

 俺はわざとらしく確認をとる。

 

「ええ、そこの彼のおっしゃるとおりですわ」

 

 この人すごいな、俺がでまかせ言ってるはずなのにそれを信じさせるだけの風格があるんだが。これはいけるか?

 

「彼は恐ろしく強いわよ。なんせ素手で熊を殺したこともあるらしいわ」

 

 あ、あの? さすがにそれは盛りすぎじゃないでしょうか? さすがにそれは信じないと思うんですけど。

 

「は、はったりこいてんじゃねーぞ」

 

「はったりかどうかは彼の眼をみたらわかると思うのだけれども、常人があんな眼をしていると思って?」

 

 おいおい、いきなりなに俺をディスり始めてんだこのお嬢様は。

 

「た、たしかにあの眼の腐りようは尋常じゃねー……」

 

 おいおい信じちゃうのかよ。

 

「絶対何人か殺ってるぜあいつ……」

 

 いや殺ってないから。

 

「で、でもなんでそんな危険なやつをボディーガードになんて……」

 

 そらそうなる。

 

「最近はなにかと物騒でしょ? だから使えるものはなんでも使っているだけですわ。それとも、今から彼と遊んでくださるのかしら?」

 

 ノリノリだなこの人。

 

「じょ、冗談じゃねー、そんなやつの相手するぐらいなら死んだほうがましだ!」

 

 お前らの中で俺はなにになってんの? 死ぬより酷いとかなにするんだよ俺は。というかなんで助けに来たはずの味方からフレンドリーファイヤーされてんの俺? さすがに泣いちゃうよ?

 

「や、やばい、雰囲気が変わった、逃げるぞお前ら!」

 

「ま、待ってくださいよアニキー!」

 

「置いてかないでください!」

 

 俺がさらに目を腐らせていたら、相手が勝手に勘違いして逃げていった。

 なんだろうか、釈然としないんだが。普通こういうのって助けたあとって清々しいもんじゃないの? なんで俺はこんなにも傷ついてるの? おかしくない? 現実ってやっぱりつらいんだな。

 

「とりあえず怪我とかないか?」

 

「え? あ、その大丈夫です。特に怪我などはしていませんので」

 

 どうやら茶髪の子は怪我はないらしい。

 まあさすがに暴力は振るっていないだろうが念のために確認をしといた。とりあえずこれでもう大丈夫だろ。早く戻らないとなにをいわれるかわかったもんじゃない。

 とりあえずなんていいわけしたもんかね、俺が女性を助けて遅れたなんて言っても誰も信じてくれないだろうし、かといってトイレで遅れたなんて言ったら大きいほうの疑惑を掛けられてしまうし、どうしたもんか?

 まあいいか、適当に理由でも考えながら戻ろう。

 

「え? ちょ、ちょっと、お待ちになりなさい!」

 

 おいおい誰か呼び止められてるぞ、誰だよまったく。

 

「あなたですわ! そこの目がどんよりとしてるあなたですわ!」

 

「ダ、ダージリン様、少し落ち着いて下さいませ」

 

 普段声を上げないタイプなんだろうか? だいぶ息が上がってるな。いや、そんなことより。

 

「俺になんか用ですか? 早く戻らないとどやされてしまうんですけど」

 

 主に河嶋さんにだけど。

 

「このままあなたを帰してしまったとなっては我が聖グロリアーナの品位が疑われてしまいます、だから……」

 

 俺は相手が言いきる前に被せる。いや、ホント遅れたら洒落にならん。

 

「別に俺はほとんどなにもしてないでしょ?だから気にしなくていいですよ」

 

「ですが、それでは……」

 

「そっちも試合があるんでしょ? なら、こんなところで油を売ってる場合じゃないと思うんですけど」

 

 いやいやホントに勘弁してもらいたい。別に俺が助けたのも善意からではないのだからそこまで気にしなくていいのに、どうもこのお嬢様は頑固なようだ。

 

「そ、それは……そうなのですけど……」

 

「どういたしましょう、ダージリン様。この方の言う通り、私たちも試合ですからあまりのんびりもしてられませんし」

 

 このタイミングしかないな。

 

「じゃあ、そういうことで俺は戻らせてもらいます」

 

 そう言って俺はそそくさとそこから逃げるように大洗チームが待つ場所へと向かった。

 

 

 ====

 

 

「な、なんだったのでしょうかあの方は?」

 

「そうね……。そういえば先程、興味深いことを彼は言っていたわね、ペコ」

 

「なにかありましたか? ダージリン様」

 

「彼はこう言ってたじゃない、“そっちも”試合があるんでしょって」

 

「まさか彼が戦車道の試合にでると? ですが男性が戦車道の試合にでるなんて聞いたことも……」

 

「ではこの噂は知ってらっしゃるかしら? 今年の戦車道の全国大会で男性が参加するという話を」

 

「ですがそれは噂に過ぎないと思われますけど」

 

「火の無いところに煙は立たないというでしょ?」

 

「まさか、先程のあの彼がそうだというんですか?」

 

「この答えはすぐにわかるでしょうし、少々楽しみが増えましたわね。ふふっ♪」

 

「どうなされるつもりなのですか?ダージリン様」

 

「もし彼が本当にいるとしたら、まずはわたくしたちの戦車道をお見せしないといけないでしょうね」

 

 

 ====

 

 

「比企谷!貴様はどこまでトイレを探しに行ってたんだ!」

 

「いや、すいません。どこのトイレも混んでいて空いてるトイレを探すのに手間取ってしまって」

 

「言い訳など聞きたくない!」

 

「なら、なんで聞いたんですか……」

 

「なにか言ったか?比企谷」

 

「い、いえなんでもありません」

 

 俺は結局間に合いはしたのだが、時間ギリギリということもあってか河嶋さんのお叱りを受けている。間に合ったんだからいいじゃないか別に。

 

「とりあえず今から各戦車の代表者が整列する。比企谷、お前も並ぶようにな」

 

「え? 俺も並ぶんですか?」

 

「当たり前だろうが、貴様も選手なんだからな!」

 

 この展開は予想してなかったぞ。どうする? めんどくさいことにならないことを祈るしかないか。というか俺は毎回なにかしら祈ってる気がするがその祈りが通じたことがないな。やっぱり神様なんてこの世界にいないことがよくわかる。

 どうやら相手の聖グロリアーナ女学院も来たようだ。戦車のあのエンブレムはなんだろうか? 紅茶か、あれ。

 そして戦車から降りてきた中に見覚えのある顔がみえた。まさか聖グロの隊長だったのか。相手もこちらに気づいたようで、なんかとてもいい笑顔でこちらを見てきたのが逆に不気味なんですけど。

 美人の笑顔ほど高いものはない、だから気を付けないといけないらしい。これも親父の教えでもあるんだが、あの人昔になにやらかしたんだ?

 

「本日は急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」

 

「構いませんことよ……。それより、個性的な戦車ですわね」

 

 それを言われるとつらいものがある。あと河嶋さん相手に食って掛かろうとしてますけど、戦車をカラフルにするなんて非常識をやってるのはこっちなんですから大人しくしといてくださいよ。

 

「ですが、わたくしたちはどんな相手でも全力を尽くしますの」

 

 どんな相手でもときたか。さっきはあまりしゃべらなかったからわからなかったが、随分と高飛車な性格してるな、あのお嬢様。

 

「サンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はいたしませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」

 

「それではこれより聖グロリアーナ女学院対大洗学園の試合を始める。一同、礼!」

 

 とりあえず挨拶も終わったし自分の戦車に戻るか。

 

「ちょっとお待ちになってくださる?」

 

 さすがに今度ばかりは無視できそうにないな。さっきのこともあるし。

 

「俺になんかようですか?」

 

「あら随分と連れないのね、お互い知らない仲でもないでしょうに」

 

「え? 八幡くん知り合いだったの?」

 

「いや、お互いの名前も知らないのになに言ってるんですか」

 

「え? え?」

 

 西住よ混乱する気持ちはわかるが、あとで説明するから今は大人しくしといてくれ。

 

「では自己紹介でもしましょうか。わたくしのことはダージリン、とでも呼んでくださって結構よ」

 

 ダージリン? たしか紅茶の名前だっけか? となると本名ではないんだろうがカエサルたちと一緒でソウルネームってことなんだろうか? まさか他の学校もソウルネームが流行ってんの?

 

「えっと、俺は比企谷 八幡です」

 

 なんで俺は試合前に相手と呑気に自己紹介でもしているんだろうか?

 

「そう、八幡さんとおっしゃるのね」

 

 そして当然のごとく名前呼びなんだが。

 

「あの、できれば比企谷のほうで呼んでもらえると助かるんですけど……」

 

「そんなことより、わたくしと一緒にいたあの子はオレンジペコと言うのだけれども、次に会った時は気軽にペコとでも呼んでさしあげてくださいな」

 

 見事に俺の意見はスルーですかそうですか、俺の周りには話を聞かない人ばかりいる気がするんだが。

 

「まあたしかにオレンジペコは言うときに長いとは思いますけど、俺なんかが気軽にペコなんて呼んでもいいんですか?」

 

「その方がペコも喜ぶと思いますわよ。あの子、あなたにお礼を言いたがってましたし」

 

「別に俺はなんにもしてないですよ」

 

 いや、ホント俺なにもしていないんだが、このダージリンさんにディスられてただけな気がするしな。

 

「そう思っているのはあなただけですわ。わたくしもペコもあなたには感謝しているんですから」

 

「はあ……」

 

「なのでなにかお礼をと思っているのですが」

 

 これは断っても延々ループしそうだな。

 

「ならこの試合、本気で戦って貰えますか?」

 

「あら、そんなことでよろしいの? もっとなにかあるでしょうに」

 

 まあ、たしかにいろいろあるだろうが、そんなことよりも今大事なのは前にも言ったと思うが実戦だ。さきほど全力でと言っていたが、それが本気であるかとはまた別の話だと俺は思う。だってそうだろ?全力の度合いがすべて一定なわけがないのだ。相手によってその上げ下げがある、だから俺は本気でとお願いしたのだ。今後のために。

 

「でもよろしいの? こちらが本気でいったら試合がすぐに終わってしまうのではなくて?」

 

 まあ、たしかにその可能性もあるが。

 

「俺はそうはならないと思ってますよ」

 

「えらく自信がおありなのですね」

 

「退屈な試合にだけはならないとだけ言っときますよ」

 

 まあ、頑張るのは俺ではなく西住なんだがな。

 そしてダージリンさんは言いたいことは言い終えたのかそのまま自軍に戻っていった。

 

「は、八幡くんよかったの?あんなに大見得きって?」

 

「ん?ああ、大丈夫だろ。西住がいるし」

 

「わ、私はお姉ちゃんみたいに上手く戦車は動かせないよ!?」

 

「なに言ってるんだ?」

 

 西住は勘違いをしているらしい。

 

「え?」

 

 どうやらわかってないみたいだな。

 

「あのな、俺はお前のお姉ちゃんなんて知らないし、俺が期待してるのは俺が見てきた大洗学園での西住であって、黒森峰の西住じゃないからな?」

 

「………」

 

「どうした?」

 

「う、ううん、なんでもないよ」

 

「そうか、なら俺たちも戻ろうぜ」

 

「うん。………ありがとう、八幡くん……」

 

 なんか西住が言った気がするんだが気のせいか?

 

 

 ====

 

 

 大洗、聖グロリアーナ共にスタート地点で今待機している、もう少ししたら審判のスタートの合図があるはずだ。

 

『用意はいいか隊長?すべては貴様にかかっている、しっかり頼むぞ』

 

 今の通信は西住に向けたものだろう。なぜ俺も同じ通信を受けているかというと、やはり基本的には単独行動を行うので全体の動きを把握する必要がある。

 普通の無線機では隊長との間でしか通信が出来ず、逆に隊長だけが全体と通信できるのだ。だから俺のやつも西住と同じものにしてもらっているが、俺は基本的に通信をしないように言われている。

 

『試合開始!』

 

 スタートの合図があったな、どうやら他の戦車も動き出したようだし俺もいきますか。

 

 

 

 そして大洗学園にとっては20年ぶり、俺にとっては初めての戦車道の試合が始まるのだった。

 



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決戦、そして決着

聖グロ戦始まります。


 聖グロリアーナ女学院との戦車道の試合が始まった。

 

「いよいよ始まりましたね!」

 

 優花里さんはとても楽しそうにしている。

 やっぱり戦車が好きなんだなぁ。キラキラ目を輝かせているところが子供っぽくてつい笑ってしまいそうになっちゃった。

 

『あのー、それでどうするんでしたっけー?』

 

「えっと、先程説明した通り、今回は殲滅戦ルールが適応されるのでどちらかが全部やられたら負けとなります」

 

『そうなんだー』

 

 フラッグ戦だとこちらのフラッグ車が先にやられてしまう可能性のほうが大きかったので、殲滅戦なら相手が強豪でも戦いようがあるはずです。

 

「まず我々AチームとFチームが偵察にでますので他のチームは100メートルほど前進したとこで待機してください」

 

『『『わかりました!』』』

 

『『『御意!』』』

 

『なんか作戦名はないの?』

 

 きゅ、急にそんなこといわれても、えーっと、作戦名作戦名。

 

「こそこそ作戦です! こそこそ隠れて相手の出方を見て、こそこそ攻撃を仕掛けたいと思います」

 

 私にしてはいい感じに決まったかな。

 

「ねえ八幡くん、この作戦名どうかな?」

 

『ちょっ西住、そこで俺を名指しする意味は?』

 

「え? なんなとなくかな?」

 

『まあ、西住らしくていいんじゃないか? 知らんけど』

 

「八幡くん、それって褒めてる?」

 

『想像は西住にまかせるわ』

 

『お前ら、無駄話はそこまでにしておけよ』

 

「す、すいません」

 

 すこし話がそれてしまいましたが、気を取り直していきましょう。パンツァー、フォー!

 

 

 ====

 

 

 やはり紅茶はいいですわね、心が落ち着きますわ。

 さて、そろそろ相手も動きだす頃合いかしら、ならこちらも動きださないといけないわね。

 ペコとアイコンタクトをとり、一緒に戦車の中へと乗り込む。

 

「全車、前進」

 

 そうしてわたくしたち聖グロリアーナの戦車がいっせいに動き出す。

 

「あの、それでダージリン様、先程の彼と何を話されていたんですか?」

 

 やっぱりペコも気になっていたのね。

 

「とりあえず自己紹介と先程のお礼をと思ってその話をしてきましたわ」

 

「それで、彼はなんと?」

 

「まずあの方は比企谷 八幡さんとおっしゃるのよ」

 

「比企谷……」

 

「どうかなさって? ペコ」

 

「あ、いえ、どこかでその名前を聞いたことがあるような気がして」

 

 そういわれると、確かにどこかで聞いたことがありますわね。どこで聞いたのかしら?

 

「思い出しました! 比企谷といえば、あの比企谷 小町さんと同じ苗字ですよ、ダージリン様」

 

「たしかに、言われてみるとそうね。まさか兄妹だったりするのかしら……大洗?」

 

 比企谷 小町といえば今、戦車道で注目されている選手の一人でもある。中学生とは思えない動きで次々と戦車を撃破していく様はそれは凄いと噂になっており、たしか彼女には大学の飛び級の話が来ていて、何故かそれを断っていると聞いたことがあるわね。

 

「それでお礼のほうはどうなったんですか?」

 

「彼はなんといったかわかるかしら、ペコ」

 

 少々意地悪な質問をしてしまったかしら?

 

「いえ、さすがに」

 

「本気で戦ってほしいと言われましたわ」

 

「え!?」

 

 さすがにこれにはペコも驚きを隠せないようね。

 

「なにかしらの見返りを求められるものだと思っていたのだけれども、予想が外れてしまったわ」

 

「ですがよろしいのですか?そ れだとすぐに試合が終わってしまうのでは? 相手は戦車道を初めてすぐと聞きますし」

 

「その心配はいらないそうよ、ペコ」

 

「そうなのですか?」

 

「これも彼が言ってたことなのだけど、こちらを退屈にはさせないらしいわ」

 

「それほどの実力が大洗学園に?」

 

「どうでしょうね、見た感じではそこまでの脅威には見えなかったのだけれども」

 

 実際のところどうなんでしょうね、彼がはったりを言うとも思えないけど。

 

「しかしどうであれ、わたくしたちのやることは変わりませんわ」

 

「いえ、今回は違いますわダージリン様」

 

 ペコもやる気のようね。

 

「ふふっ、そうだったわねペコ、今回は全力でそして本気で相手を迎え撃ちに行きますわよ」

 

「はい」

 

「アッサムもそれでよろしくって?」

 

「構いませんよ、ダージリン」

 

「ではそろそろ行きましょうか、わたくしたちの戦場へと」

 

 

 ====

 

 

「マチルダⅡ五両、チャーチル一両、前進中……」

 

「さすが、きれいな隊列を組んでいますね!」

 

「うん! あれだけ速度を出して隊列を乱さないなんてすごい」

 

「たしかにな。相手さんもいうことだけはあるってことか」

 

「比企谷殿は疑っていたんですか?」

 

「いや、俺はただ単に自分の目で見たものしか信じないだけだ」

 

 人の自慢や噂ほどあてにならないものはない。

 噂は人づてで広がっていくうちに真実とかけ離れていくし、自慢のほうはそいつの見栄だったりするから俺は自分で見たものしか信用しないようにしているのだ。

 

「たしかにそういうのも大切だと思うけど、なんでもかんでも疑ってかかるのは駄目だと思うよ」

 

「善処はするが、これは小さい頃から染みついているからな、すぐにはどうにもならんぞ?」

 

「うん、それでいいと思うよ」

 

「それより西住殿、こちらの徹甲弾だと相手の戦車の正面装甲を抜けません」

 

「そこは戦術と腕かな?」

 

 西住もなかなか言うようになったな、誰の影響だ?

 

「はい!」

 

 そして秋山は西住のその言葉をきくと嬉しそうに顔をほころばせている。

 しかし秋山のやつ西住のこと好きすぎないか? もっと百合百合してもらってもいいですか? 目の保養になるんでお願いします。

 

「八幡くん?」

 

 おっと、俺の考えを読んだかのように西住が俺のことを見てきた。もしかして顔に出ていたのだろうか? 危ない危ない。気を付けないと最近の西住はなにかと俺に厳しいような気がする。厳しいと言ってもそこは西住だし他のやつらと比べるとそこまでないのだが、時々本気で西住が恐いと思う時があるから気を付けないといけない。

 

「ほら、西住いくぞ」

 

 俺は追及されないようそそくさと自分の戦車へと向かう。

 そして西住もそんな俺に観念してか秋山と一緒にⅣ号へと向かったな。

 

「麻子さん起きて!エンジン音を響かせないよう注意しつつ、旋回してください」

 

 冷泉のやつは隙あらば寝てるな。こんなときに寝れるとかある意味では大物だよあいつ。

 西住たちが戦車に乗り込み俺たちは所定の位置へと移動し始める。

 

「西住、言わなくてもわかってると思うが、あくまでも相手を誘き寄せることが目的だからな」

 

 西住たちは今から聖グロリアーナの戦車をキルゾーンにまで連れてこないといけない。

 

「うん、無茶はしないから心配しなくても大丈夫だよ」

 

「いや、心配とかそんなんじゃなくて、西住たちがやられると勝つ確率がさがるからな、それだけだ」

 

「ふふっ、そういうことにしといてあげるね」

 

「比企谷殿も素直じゃないですね」

 

「うるさいぞ、秋山」

 

「比企谷殿はもう少し私に優しくしてくださいよ!」

 

 優しくってどうしたらのいいの? 小学生のころ良かれと思ってやったらいつの間にかクラスのみんなの前に立たされていたことがあったな。立たされていた理由が盗みを働いたとかそんな感じだった。

 別に俺は落ちていたものをただ拾って渡しただけなのにな。受け取った相手もなんか顔が引きつっていたと思ったらその放課後にこれだからな。

 あれ以来、俺はクラスではなにもしないことを誓ったのだ。

 おっと、話が変わり過ぎたな。

 

「秋山、人には出来ることと出来ないことがあるんだ」

 

「え? 私そんな難しい話してましたっけ?」

 

「まあとにかくそういうことだ」

 

「どういうことですか比企谷殿!」

 

 さすがにこれじゃ誤魔化せないか。小町だと話を変えるとすぐに忘れてしまうので秋山にも通用すると思ったがダメか。

 

「少しでいいんで優しくしてくださいよー」

 

「優しくっていってもな、具体的にはどうすればいいんだよ」

 

「え、それはそのう……」

 

 なんだ?秋山のやつがもじもじし始めたぞ。

 

「な、なでなでとかですかね?」

 

「は?」

 

「い、いえこれは別に深い意味とかはなくて! 前に冷泉殿がされているのを見て気持ちよさそうだったので……」

 

「なあ秋山、それは優しくするのとなんか関係あるか?」

 

「い、言われてみるとそうですね」

 

「まあとりあえずこの話は置いとこうぜ、お互いやることがあるわけだし」

 

「それもそうですね、お互い頑張りましょう!」

 

「ああ」

 

 さて、この作戦がどう転ぶか相手のお手並み拝見といきますか。

 

 

 ====

 

 

「敵、前方より接近中、砲撃準備」

 

「装填完了!」

 

「チャーチルの幅は……」

 

「3.25メートル」

 

「4シュトリヒだから……距離810メートル」

 

「撃て!」

 

 華さんが放った砲撃は聖グロリアーナの車両には当たりませんでしたが問題はありません。

 

「すいません」

 

「大丈夫、目的は撃破じゃないから」

 

 これで相手はこちらに気づいたはず、うまく誘導できればいいけど。

 

 

 ====

 

 

 あちらの方から仕掛けてきましたわね。相手の戦車の攻撃でこちらの車体が揺れましたが、この程度では紅茶の一滴も零れはしませんわよ。

 

「仕掛けてきましたわね」

 

「こちらもお相手してさしあげましょうか」

 

 どうやら相手の様子ではこちらを誘いだそうとしていますわね。いいでしょう、あえてそれに乗ってあげますわ。その上で完膚なきまでに倒してさしあげましょう。

 

『全車両、前方Ⅳ号へ攻撃開始』

 

 全ての砲塔がⅣ号へと狙いを定め一斉に撃ち始める。

 さてここからどうなさるか期待をさせてもらいましょうか。

 

 

 ====

 

 

 どうやらうまくいったようです、今相手に一斉攻撃されていますがこのままキルゾーンにまで誘導しましょう。

 

『なるべくジグザグに走行してください、こっちは装甲が薄いからまともにくらったらお終いです』

 

「了解……」

 

 話は変わるけど、麻子さんはとてもすごい。いつも私の指示した通りに戦車を動かしているけど、普通はそう簡単にはいかない。

 学校の練習試合の時には特に驚かされちゃったな。初めてマニュアルを読んだだけであそこまで動かすなんて。

 今も麻子さんの運転のおかげもあって相手の攻撃を避けれていますが、私たちがやられてしまうと作戦が失敗しちゃうから気を抜けない。

 このまま無事作戦が成功するといいけど……。

 

 

 ====

 

 

「思っていたよりやるわね、『速度を上げて……追うわよ!』」

 

 わたくしたちの攻撃をこうも躱してくるなんて、Ⅳ号の操縦手は相当の腕前ですわね。彼の言ってた通り一筋縄にいきそうにもありませんわ。

 ですが、それでも。

 

「どんな走りをしようとも……我が校の戦車は一滴たりとも紅茶を零したりはしませんわ」

 

 ペコの装填が終わり、アッサムの放った砲弾がⅣ号へと向かっていく。

 さあ、もっとわたくしたちを楽しませてくださいな大洗の皆さま方。

 

 

 ====

 

 

 ドンッ!!

 チャーチルから発射された砲弾がⅣ号の横をギリギリ通っていく。

 

「ふう……」

 

 今のはちょっと危なかったかな。

 

「みぽりん危ないって!」

 

 沙織さんが心配になってか戦車の中から顔を覗かせてきました。

 

「え? ああ、戦車の車中はカーボンでコーティングされているから大丈夫だよ」

 

「そういうんじゃなくて、そんなに身を乗り出して当たったらどうするの!」

 

「まぁ、めったに当たるものじゃないし、それにこうしていた方が状況がわかりやすいから」

 

「でもみぽりんにもしものことがあったら大変でしょ!? もっと中に入って!」

 

 どうやら沙織さんは先程の攻撃で私のことが心配になって中から出て来てくれたみたい。

 ちょっとおおげさな気もするけど、その気持ちは素直に嬉しかったので、沙織さんの言う通り戦車の車内に入ろうかな。

 

「心配してくれてありがとね、じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 ====

 

 

 さて西住たちは順調にいっているだろうか?

 俺たちは作戦の予定通り聖グロリアーナを迎え撃つべくキルゾーンで待機しているのだが、これはちょっと緊張感がなさすぎるんじゃないか? いくらなんでも。

 カエサルたちはいいのだが、磯辺たちはバレーボールをしているし、丸山たち一年生は戦車の上でトランプの大富豪をしている。会長に至ってはイスに寝そべって日光浴してるよ。

 これはまじで練習試合をしていて良かったな、全国大会をこんな状態で出るとかアホすぎる。

 あとホントの意味での戦車同士の撃ち合いがどんなもんかを体感してもらわんとな。俺がダージリンさんに本気でと頼んでいるので混じりっけのない攻めをしてくれるはずだ。

 たぶんだが一年生チームあたりは恐怖に負けて試合を放棄してしまうかもしれないが、今後のことを考えると必要なことなので俺はなにも言わないしアドバイスもしない。

 そしてたぶんだがこの作戦は失敗する。相手が油断してるならまだ成功する見込みもあったが俺がその可能性を潰したのでそれもない。

 このことは試合前に西住にだけは話をしている。

 

「遅い!」

 

 そして待つことに耐えられなくなったのか河嶋さんがいらついているな。

 いや、遅いて……、この作戦考えたのは河嶋さんなんですからそのぐらいは我慢しましょうよ。

 

「待つのも作戦のうちだよ~」

 

 たしかに間違ってはいないのだが、あなたはあなたでだらけすぎでしょ会長さん。

 

「いやしかし……」

 

 ちょうど河嶋さんがなにか言おうとした時、通信が入った。

 

『こちらAチーム、敵を引きつけつつ待機地点にあと3分で到着します』

 

 どうやら西住たちはうまくいったようだ。問題があるとしたらこっちか。

 

「Aチームが戻ってきたぞ、全員急いで戦車に乗り込め!」

 

「えー、ウソー」 

 

「せっかく革命起こしたのに」

 

 お前らはお前らでここになにしに来たんだ、少なくともトランプじゃないだろ。

 

『あと600メートルで敵車両、射程内です!!』

 

 西住たちはどうもギリギリみたいだな、西住の声で緊張感が伝わってくる。

 そして西住たちがキルゾーンに来たのだが。

 

「撃て撃てー!!」

 

 河嶋さんが焦ったのか見間違ったかわからないが、西住たちのⅣ号を撃ち始める。他のやつらもつられて撃ちだす。

 おいおい車両をみればわかるだろ、もしかして河嶋さん緊張してるのか?

 

『あ、ちょっと待ってください!』

 

「味方を撃ってどうすんのよー!!」

 

 今回ばかりは武部お前の言うことが正しいな。いくらなんでもこれはひどすぎる。

 

 

 ===

 

 

 ようやく私たちもキルゾーンにまで来ることができましたが、まさか味方に撃たれるなんて思っていなかったのでビックリしました。

 なんとか聖グロリアーナの戦車をキルゾーンにまで誘導できたけど、みなさんバラバラに攻撃をしてしまい敵の戦車に当たってない。

 

『そんなバラバラに攻撃してもダメです、履帯を狙ってください!』

 

 指示を出したけど依然こちらの攻撃は相手の脅威になっておらず、相手は涼しい顔をしている。みなさん攻撃を続けていますが、相手の車両がじわじわとこちらに近づいてきている。

 駄目です!このままだと包囲網を突破されちゃう……!

 

 

 ====

 

 

 やはりわたくしたちをここまで誘いだすことが目的だったようね。

 ですけど少し残念ですわね、まさかこのような作戦でこちらを倒せると思われていたなんて。

 

「こんな安直な囮作戦、わたくしたちには通用しませんわ」

 

 もう少し頑張ってくれるかと期待しましたが、ここで終わらせましょう。

 

『全車両……前進』

 

 一気に畳みかけましょう。

 相手の包囲網を抜け、相手の車両を捉える。

 

『……攻撃』

 

 

 ====

 

 

 ドンッ!ドンッ!

 包囲網を突破され、とうとう相手の猛攻撃が始まってしまう。

 

『すごいアタック…!』

 

『ありえなーい!』

 

 みなさん相手の攻撃で慌ててしまっています。隊長の私がどうにかしないと、このままじゃ……。

 

『落ち着いてください……攻撃をやめないで!』

 

『無理です!』

 

『もういやー!』

 

 そして一年生チームのみんなは攻撃される恐怖に耐えられなくなったのか、戦車を降りて逃げ出してしまった。

 すかさず聖グロリアーナは無人になった車両を撃破する。

 そして38⒯の動きがおかしい。どうやら相手の攻撃の衝撃で履帯が外れてしまい戦車が身動きが取れない状態になっているみたい。

 

『あー、履帯外れちゃったねー。38⒯は外れやすいからなー』

 

 これは一旦、被害状況を確認しないと。

 

「沙織さん、各車状況を確認してください」

 

「う、うん!『Bチームどうですか?』」

 

『なんとか大丈夫です』

 

『Cチーム』

 

『いうに及ばず!』

 

『Dチーム』

 

『………』

 

『Eチーム』

 

『ダメっぽいね』

 

『無事な車両はとことん撃ち返せー!!』

 

『Fチームは……いっか聞かなくても』

 

『おい、さすがにそれは酷くないか?』

 

 沙織さんは八幡くんがこの場にいないので省いたんだろうけど、いくらなんでも可哀想だから次からはちゃんと呼んであげてね。

 

『私たちどうしたら?』

 

『隊長殿、指示を!』

 

『撃って撃って撃ちまくれー!!』

 

 しかし現状このままだと私たちは負けてしまいます。ならいっそ……。

 

「このままいてもやられるだけ……」

 

「隊長は西住さんです」

 

 華さん。

 

「私たちミホの言う通りにする!」

 

 沙織さん。

 

「どこへだって行ってやる」

 

 麻子さん。

 

「西住殿、命令してください!」

 

 優花里さん…はちょっと誤解を生みそうな発言だけど深い意味はないはず。きっと。

 

『B、Cチーム、私たちのあとについて来てください!移動します!Fチームは事前の作戦通りに!』

 

『わかりました!』

 

『心得た!』

 

『そっちは任せるぞ、西住』

 

『なに!? 許さんぞ!』

 

 河嶋さんには悪いですが決行させてもらいます。こそこそ作戦がダメならもっとこそこそするだけです。

 

『もっとこそこそ作戦を開始します!!』

 

 

 ====

 

 

 相手の残っている戦車に動きがありますわね。どうやらここでの戦いは不利だと察したのか、履帯が外れた38⒯を置いて市街地へと向かうようね。

 

「逃げ出したの?」

 

 この囮作戦が頼みの綱かと思いましたが、どうやら違うようね。

 もしかして彼が市街地に潜伏しているのかしら? そうだとしたらここで追撃の手を緩めるわけにはいかないわね。

 

『追撃するわよ!一両は残って38⒯を撃破してからこちらに合流しなさい!』

 

 ここからどうやってわたくしたちに勝つつもりかは知らないけれど、見せてもらいましょうかあなたたちの戦車道を。

 

 

 ====

 

 

 大洗の街へと向かい、今私たちは戦車を走らせている。

 あのままあそこで戦っていたら私たちは聖グロリアーナの戦車にやれられてたかも……ううん、たぶんそう。

 だからこちらが有利になるよう、みんなの土地勘がより詳しい大洗の市街地へと向かい、相手を撹乱しつつ相手をこそこそしながら相手を倒していくこと、それがもっとこそこそ作戦です。

 

『今から市街地に入ります、地形を最大限に活かしてください!』

 

『Bei Gott!』

 

『大洗は庭です!』

 

 さあ、ここからが私たちの反撃の始まりです!!

 

 

 ====

 

 

 西住たちはそろそろ市街地へとついたころか。

 んでもって俺は今何をしているかというと38⒯の履帯を直している。え?相手の戦車はどうしたかって?もちろん岩陰に隠れていた俺が不意打ちで倒させてもらった。

 相手は38⒯に集中していたから簡単に不意打ちできた。たぶんそろそろあっちに大破報告でもしてるだろう。

 まさか岩陰に隠れているとは思っていなかっただろうな。ダージリンさんの慌てる様子が目に浮かぶ。できればその顔を見てみたかったが、まあ無理だろうな。

 

「いやー、ありがとう比企谷ちゃん。おかげで撃破されずにすんだよ」

 

「履帯が直ったらすぐに俺たちも市街地へと向かわないと、下手したら西住たちが全員やられてしまいます」

 

 そうしたら残るは俺たちだけとなり、勝とうにも勝てなくなってしまう。

 

「でも相手によく気づかれなかったね比企谷くん」

 

「まあ簡単な話、俺の戦車は戦闘向きではないんですよ」

 

 戦車なのに何言ってんだと言われそうだが、俺の戦車は主に偵察を目的として作られておりさらに一人乗り用となっている。

 いろいろ最適化されていると言ったら聞こえはいいが実際動かしてみるといろいろ問題点があるのだ。

 まずその一つに砲弾をそこまで戦車に乗せられない、先程も言ったが一人乗りなので中のスペースに余裕がないのだ。だから砲弾をあまり乗せられない。

 そして二つ目、俺の戦車モーリス・ファイヤフライはファイヤフライとは名ばかりで長距離射撃ができるわけでもなく、むしろ至近距離じゃないと相手の戦車の装甲を抜けないのだ。

 そんな俺の戦車があの場にいなくても相手はなんの疑問も持たないわけだ。

 

「でもマチルダを倒したじゃない、比企谷ちゃんの戦車」

 

「ああ、あれですか? それこそやりようですよ。戦車はどこかしらウィークポイントがあるもんです。だから俺の戦車でも撃破できますし、それに相手は油断してましたしね」

 

 むしろあそこまで御膳立てしてもらってやっと倒せるレベルなのだ俺の戦車は。これについては自動車部にいろいろと頼んではいるんだがどうなるやら。さて履帯も直ったことだしそろそろ行きますか。

 

「さて、そろそろ行きましょうか手遅れになる前に」

 

「そうだねー、いっちょやりますか!」

 

「はい!」

 

「我々の真の実力を見せてやりましょう!」

 

 河嶋さんには悪いがあれ以上よくもならない気がするんだが、まあ本人もやる気だし水を差すのをやめとこうか。

 ある意味で38⒯の履帯が外れたのは良かったかもな。俺は別に撃破するために隠れていたのではなく、むしろ戦わないために隠れていたのだ。

 聖グロリアーナが西住たちを追いかけたあと、後ろから俺が追いかけ聖グロリアーナを挟撃することが本来の目的だったのだが、目の前のマチルダⅡを倒せそうだったのでそのまま撃破させてもらったってわけだ。おかげで相手の戦力を減らすことができた。

 あとは俺たちが西住たちがやられる前に合流できるかどうかがこの試合の勝負のわかれ目だな。

 

 

 ====

 

 

 38⒯の撃破を命じたマチルダⅡからの連絡が遅いわね。あの状態の38⒯ならすぐに倒して合流してくると思ったのだけど、相手が悪あがきでもしているのかしら?

 

『報告を致します。こちらマチルダⅡは相手車両に撃破されてしまいました。すいません』

 

 てっきり撃破の報告が来るものと思っていたから、その報告を聞いたとき手に持っていた紅茶のカップを落としそうになる。

 

「なっ……!」

 

 なにがあったというの? いくらなんでも履帯が外れた戦車相手に我が校が負けるなどありえない。

 

『どういうことかしら?まさか38⒯にやられてしまったの?』

 

『いえ、違います』

 

 違う?それならなにに撃破されたというの?

 

『あの場にもう一両、戦車が隠れていたようで、こちらも完全に油断していました』

 

 もう一両……。まさかあの場に彼の戦車が隠れていた? 味方がやられている時ですらさえ加勢に入らなかったということはこの展開をあらかじめ想定していたとでもいうのかしら? それはすなわちわたくしたちがあそこですべての車両を撃破できないと確信していた。もしくは彼が言うようにあそこにいた誰かがわたくしたちに匹敵するほどの実力を持っていたか。

 そうでも考えないとあそこで加勢しない理由に納得がいかない。これはいよいよを持って気を引き締めないと。

 そして大洗の車両を追いかけ市街地へと来てみたものの。

 

「……消えた……?」

 

 先程まで追っていた大洗の戦車が市街地へと来た途端姿が見えなくなる。

 これは不味いわね。ここは相手のホームグラウンドといっても過言ではないはず。なら相手はこちらが予想もできない攻撃を仕掛けてくるはずだわ。でもあまりもたもたもしていられない、彼が合流する前に型を付けないといけない気がするわね。

 

『攻撃を受け走行不能!』

 

『こちら被弾につき現在確認中!』

 

 パリーン!!

 

 今度はカップを持つことさえ忘れ落としてしまった。まさかこの一瞬で二両もやられるなんて……。

 

「おやりになりますわね……。でも、ここまでよ……!」

 

 わたくしたちの戦車はただではやられはしなくってよ。

 

 

 ====

 

 

『こちらCチーム一両撃破!』

 

『Bチーム一両撃破!』

 

 どうやらもっとこそこそ作戦が成功したようです。BチームCチームからの撃破報告が立て続けで来ました。これならいけるかも。

 

「やりましたね!」

 

 これで一気に戦況が変われば……そう思っていた矢先。

 

『Cチーム走行不能!』

 

『Bチーム敵車両撃破失敗!走行不能!すいません!!』

 

 さすがは強豪校。やはりそう簡単に勝ちを譲ってはくれないみたい。

 私たちの残っている車両がもうⅣ号だけ、八幡くんと合流できればいいけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないかも。

 

「残ってるのは我々の車両だけです!」

 

「向こうは何両?」

 

「四両です」

 

 そして聖グロリアーナの車両が、次々とⅣ号に向かって集まってこようとしている。

 

「来た……!囲まれたらまずい!」

 

「どうする?」

 

 こんな時でも麻子さんはいつも通り。今は焦ってる場合じゃない。麻子さんのように落ち着いてなんとかしてこの状況を切り抜けないと。

 

「とにかく敵を振り切って!」

 

「了解」

 

 そこからは私たちと聖グロリアーナとの鬼ごっこの始まりです。

 もちろん追われるのは私たちでしかも鬼は4体、はた目から見ても勝機は限りなくゼロだけど、それでもまだ終われない。

 聖グロリアーナの攻撃をかわしつつ市街地を走り抜けていたけど、これ以上は先には進めない。まさか通行止めになっているだなんて、早く旋回しないとこのままじゃ相手に囲まれて……、

 振り返った先にはチャーチル一両、マチルダⅡ三両、そして聖グロリアーナの隊長さんが戦車から出てきました。

 

「こんな格言を知ってる? イギリス人は恋愛と戦争では……手段を選ばない」

 

 相手の砲台がゆっくりとこちらに照準を合わせてくる。

 思考が止まる。なんとかしないといけないのになにも考えられない、心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 

 この包囲網を抜け出す方法、なにか、なんでもいいからなにかないの?このままじゃ私たちは……。

 

 

 ――……八幡くんっ!!

 

 

『―――どうやらなんとか間に合ったみたいだな』

 

 その無線のあと、目の前に38⒯とモーリス・ファイヤフライが突如として現れました。

 

『参上~!!』

 

「生徒会チームと比企谷さん!」

 

「履帯直したんですね!」

 

「もう来るのが遅いよ、比企谷!!」

 

 さすがに聖グロリアーナのほうもまさかこのタイミングで現れるとは思っていなかったのか、動きが少しだけ止まっています。

 

『発射!!』

 

 ズドンッ!!

 

 そしてその隙をついて八幡君と生徒会チームは攻撃を仕掛けたんですが……

 

『あ……』

 

『桃ちゃん、ここで外すぅ?!』

 

 生徒会チームが見事にあの至近距離で攻撃を外してしまいました。八幡くんの攻撃はちゃんと当たっておりマチルダⅡを撃破はしています。

 すかさず相手の反撃にあって生徒会チームの38⒯は撃破され、八幡くんもやられちゃったかと思ったけど、攻撃をされる瞬間もの凄い速さで戦車を動かして38⒯を盾にしたみたい。

 たしかに今のは凄いんだけど……他に方法もなかったけど、後で河嶋さんに怒られそうな気がします。

 

『や~ら~れ~た~!』

 

『西住!』

 

『前進!一撃で離脱して、路地左折!!』

 

 再装填には時間がかかるから今のうちに倒せるだけ倒さないと。

 

 ドンッ!!

 

 

 ====

 

 

 まさかこのタイミングで現れるなんて、やってくれますわね八幡さん。

 

『回り込みなさい!至急!!』

 

 こちらもこのままでは終われませんわよ。

 

 

 ====

 

 

 まさかあそこで河嶋さんが外すとは思いもしなかったぞ、いやまじで。真の実力を見せると言っていたがよもや逆の意味になってるよ。真の実力(笑)にもほどがありませんかね。

 あのままでは二両ともやられてしまうのはさすがにやばすぎた。俺はとっさに戦車を動かし38(t)を盾にして事なきを得た。

 正直あとが恐いが、今はそんなことも言ってられない。

 俺は西住たちの戦車と一緒に路地裏へと行く、聖グロリアーナは会長さんたちの戦車が邪魔で迂回しないといけないはず。大洗と聖グロリアーナ、ともに残り車両は二両。

 これで決着が着くはずだ。

 

「西住、これからどうするんだ?」

 

『うん、相手も全力でこっちを倒しにくると思うからなんとかしないといけないんだけど……』

 

 打開策はない感じか。

 

「チャーチルと一対一になればなんとか出来るか?」

 

『たぶん……ううん、絶対どうにかしてみせるよ』

 

 その言葉を聞ければ十分だ。

 

『なら、今から言うように動いてくれ、それでこの試合に決着が着く』

 

 さあ、最終決戦だ。

 

 

 ====

 

 

 今、聖グロリアーナは迂回してこちらに向かってるはずだ。そして通るならこの壁沿いを抜けた道を通ってくるしかない。

 

「この壁沿いを抜けたらたぶん聖グロリアーナに見つかると思うが、西住たちはそのまま走り抜けてくれ」

 

『八幡くんは?』

 

『そこでマチルダを撃破する』

 

『わかった……気を付けてね』

 

 そして壁沿いを抜けⅣ号は加速する。エンジン音が聞こえるな、そろそろか。たぶん先に現れるのはマチルダだろう。

 何回も言っているがこの戦車は至近距離でもないと相手の装甲を抜けない。

 だが、Ⅳ号を発見したマチルダはそのまま追いかけようとするだろうからその時に俺は後ろから一番のウィークポイントであるエンジン部を狙い攻撃する。よくて撃破、悪くて走行不能。

 そしてすぐ後ろから来るチャーチルにやられるだろうが問題はない。これで西住たちは無傷のままチャーチルと戦えるはずだ。正味俺が残っても絶対に一対一では勝てないので倒せるときに倒さないとなにも出来ずに撃破されてしまう、なんてありえるからな。

 あとは大丈夫だな、西住ならやってくれるだろう。

 さてやりますか。潔く散る気は全然ないので、足掻くだけ足掻かせてもらうぜダージリンさん。

 

 

 ====

 

 

 最初十二両で始まったこの練習試合も残すはあと二両となりました。

 私たちのⅣ号戦車と聖グロリアーナ女学院の隊長さんが乗っているチャーチル、今度こそ本当に決着が着きます。一度はもう駄目かとあきらめかけた試合だけど、八幡くんがくれたこのチャンス無駄にしない!

 そしてチャーチルが私たちが待機している広間に現れる。

 しばらく互いに睨みあい、そしてほぼ同時に両車両の砲撃が始まり最終決戦の火蓋が切られた。

 

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!!

 

 やっぱり普通に攻撃してるだけじゃチャーチルの装甲は抜けない、なら……。

 

『後退してください、ジグザグに!』

 

 私の指示でⅣ号はジグザグに後退する。なんとか相手の攻撃を回避出来てるけどこのままじゃ押し切られる。

 

「路地行く?」

 

 ここは長引かせても意味はない。

 

『いえ、ここで決着を着けます。回り込んでください、そのまま突撃をします』

 

 一旦逃げるように後退そしてUターンからの突撃。

 

『と、みせかけて合図で相手の右側方部に回り込みます』

 

 Ⅳ号戦車がチャーチルへと向かっていく。

 

 ――今です、このタイミング!

 

『はい!』

 

 私の合図でⅣ号は弧を描くようにチャーチルの右側方部へと回り込み、そして。

 

『撃て!!』

 

「はい!」

 

 ドンッ!!

 

 そしてⅣ号とチャーチルの攻撃が同時に当たり、煙と白旗があがりました。

 

 勝者は……、

 

 

『――大洗学園、全車両行動不能……よって聖グロリアーナ女学院の勝利!!』

 

 

 私たち大洗学園の初の練習試合はこうして幕を閉じたのでした。

 

 



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彼は紅茶と共にあんこう踊りを見る

「ああんあん―――」

 

 あんこう音頭のあの独特な音楽が流れている。

 いや何度聞いてもこのあんこう踊りの歌は慣れないな。最初俺が大洗に来た時に聞いて以来、いろんな意味で忘れられない歌として堂々のナンバー1を誇っている。むしろ越えられでもしたらそれはそれで俺の中で一大事なのだが。

 そしてこの歌が流れているということは、つまり西住たちがあんこう踊りを踊っているということになる。

 そんでもって俺はなにをしているのかというと。

 なぜかダージリンさん、オレンジペコと一緒に紅茶を飲みながら西住たちのあんこう踊りを一緒にみているのだ。

 やだこれカオスすぎない? いろいろとメーターが振り切れている気がするんだが……、

 

 ……どうしてこうなった。

 

 そう、たしかあれは練習試合が終わったとこまで遡る。

 俺たちはというか、西住たちと俺は撃破された戦車がレッカー車によって運ばれているのを放心状態で見ていた。いや違うか、秋山のやつが一人大破した戦車をみて誇らしげにしていたな。戦車が戦って大破した姿をみてあそこまで嬉しそうにするやつもそうそういないんじゃないか?

 というか俺がこの試合でやったことがあまりにもしょぼすぎないだろうか?マチルダ三両を不意打ちで撃破、一人こそこそ岩陰に隠れて待機、これはある意味においてホントのこそこそ作戦じゃなかろうか?え?違う?

 そして最後は味方を盾にしている。

 いやー自分でやっといてなんだけど、これは酷いな。

 なにが酷いって基本的に真正面から戦ってないからな俺。たしかに撃破した数は多いんだろうが全部が不意打ちなうえに人のおこぼれを拾った感がハンパないな。

 でもいいわけをさせてくれ。

 ぶっちゃけ、俺の戦車はそこまでしないと戦えないん。こればっかりはしょうがない。俺だって出来るなら真正面からドンパチしてみたいし、血のたぎる熱い戦いとかしてみたい。

 でもいかんせん俺の戦車こいつなのだ。小さい頃に戦車に乗ることを夢見てた俺が見たらなんていうんだろうか?戦車で試合ができるんだから贅沢いってんじゃねーとか言われそうだ。

 やだ、小さい頃のおれ現実的すぎ。

 そんなどうでもいいことを考えていたら、どうやらダージリンさんたちが来たようで西住たちと話をしている。

 

「あなたが隊長さんですわね?」

 

「あ、はい」

 

「あなた、お名前は?」

 

「あ……、西住 みほです」

 

「もしかして西住流の? 随分、まほさんと違うのね」

 

 それで話が終わったのか、ダージリンさんはしゃべらなくなったのだが……、なんで帰らないんだろうか? そして俺の方を意味ありげに見つめてきているのはなんなんですかね、すごく嫌な予感がするんだが。

 

「いやー負けちゃったね、どんまい」

 

「約束通りやってもらおうか、あんこう踊り」

 

 そういやそんなのがあったな。西住以外はあんこう踊りがどんなのか知っているせいか表情が曇ってるよ。

 

「あれ? なんで聖グロの人がいるの?」

 

「こちらにはおかまいなく」

 

「そう? ならいいけど」

 

 いやよくないでしょ、そこは理由を聞いてくださいよ。

 俺は気になってしょうがないんだが、聞いてしまったらなにかが確定しそうな気がして、怖くて聞けてない。

 

「まあさすがに西住ちゃんたちだけあんこう踊りってのもかわいそうだから、ここは連帯責任だね」

 

「まさか!?」

 

「うん!」

 

 どうでもいいが、その時の会長さんの笑顔はとても輝いていた。

 

「あ、比企谷ちゃんはさすがに踊るとやばそうだから自由行動してていいよ」

 

 なんだろうな、あんこう踊りを踊らなくて済んだのに嬉しくないのはなぜだろう? 自分でもわかってるよ? 俺があんこう踊りをしたらやばいって。でも他人に言われると納得いかないのはなんでなんだろうな?

 

「なら、今から彼を借りていってもよろしくって?」

 

「比企谷ちゃんを? それまたどして?」

 

「彼には試合前に助けてもらったので、きちんとそのお礼をしたいと思いまして」

 

「いや、それは……」

 

 もう済んだことじゃないですかと言おうとしたら。

 

「この試合を全力ではなく本気で戦ってくれと彼にお願いされたけど、それではやはりこちらの気が済まないので」

 

「え? 比企谷、そんなことお願いしてたの!?」

 

「どういうことだ比企谷! ちゃんと説明してもらおうか!」

 

 怖い怖い怖い、河嶋さん落ち着いてください。

 それから俺は試合前にあったことをあらいざらいしゃべらされた。そして俺の行動が意外だったのか不思議そうな顔をしてるよ。

 

「……なんか比企谷がそういうことやるなんて意外」

 

「え? そうかな?」

 

「だって、そういうめんどくさそうなことやらないじゃん比企谷は」

 

 武部のいうことはなにも間違っていない。普段の俺なら絶対スルーしてた。だが今回はそうもいかなかったんだよ、なんせ絡まれてるのが対戦相手ときたわけだ。

 

「俺だって出来るならスルーしたかったんだよ、めんどくさいし」

 

「でも、あなたは助けてくれたでしょ?」

 

「助けたって言っても別に善意からじゃないんで、気にしないでもらえると助かるんですが」

 

「じゃあ比企谷はなんで助けたのよ、わざわざ」

 

「いや、それはあれだ……。あれがああしてこうしたわけで」

 

「どういうわけよ!」

 

 そんな怒らんでもいいだろ。カルシウム足りてるか?

 カルシウムといってもよく言われてる牛乳は吸収率は悪いから小魚の骨を砕いたやつをご飯にかけて食べて摂るといいらしいぞ。

 あれ?なんの話してたんだっけ?そうそう俺が助けた理由か。

 

「試合が出来なくなったら困るからな」

 

「え……それだけ?」

 

「それだけってことはないだろ。今回の試合は結構重要だったんだぞ、俺たちにとって」

 

「でも私たち負けちゃったじゃん」

 

「そりゃあ勝てることに越したことはないが、今回の勝敗はほとんど関係ないんだよ。そうでしょ、会長さん?」

 

「ありゃ、気づいてたんだ、比企谷ちゃん」

 

 そりゃそうでしょ。いくらなんでも待機中だからといってあそこまで緊張感がないのはおかしいと思ったんだよ。なんせ目的が勝つことじゃなくて試合そのものだったんだからな。

 そうなると負けたときのあんこう踊りは実は会長さんがやりたかっただけじゃないよな?いやそんなまさか、あれを自分からやりたがるわけないしな。

 

「俺たちがほとんど素人の集まりですからね。それに実戦でしかわからないこととかありますし、一年生チームあたりはそこらへんわかったんじゃないんですかね」

 

「そういえば戦車から逃げ出しちゃったんだよね、あの子たち」

 

 これで戦車が楽しいだけじゃないってわかったはずだろ、そのあとをどうするかはあいつら次第だな。

 

「じゃあ比企谷ちゃんが聖グロに本気で戦ってって頼んだのも……」

 

「どうせやるなら本気の相手の方がいいと思いましてね」

 

「あら、わたくしたちのことは遊びだったのね、八幡さん」

 

 それって試合のことを言ってるんですよね? ダージリンさん。そしてなんでわざわざ名前呼びなんて意味ありげにしてくるんすか。ちゃんと主語を付けてもらわないと、こっちには早とちりするやつがいるんですから勘弁してくださいよ。

 

「なっ!比企谷、ちょっとどういうことなの!」

 

 ほらさっそく食いついてきたよ、武部のやつ。

 

「いやなんにもないから。ダージリンさんもなにか言ってくださいよ」

 

「あらそうだったかしら? たしか……、わたくしたちのボディーガード兼マネージャーになってくださるんじゃなくって?」

 

 ちょっ…何言ってんすかダージリンさん。しかもビミョーに間違ってるようで間違っていないのでなおさら質が悪い。

 俺が言ったのはたしかだと思うが、それはあのチャラ男ズを追い払うための方便だったのはダージリンさんもわかってるだろうに。なんでわざわざ煽るようなことするんだこの人は?大人びているように見えて実は子供っぽい気がするんだが……。

 

「え……。八幡くん、大洗からいなくなるの?」

 

 そして西住が勘違いしてるよ。

 

「いやいやないから……。そもそも聖グロは女子校だし男の俺が入れるわけないだろ?」

 

「なに比企谷、入れたら聖グロに行くわけ?」

 

 おいおい武部、なんでそんなに突っかかってくるの?

 

「そういうことならわたくしが理事長に直談判すればどうにでもなりますわよ?」

 

 いかん、なんか俺が聖グロに行く流れになってるぞ。

 

「いえ、結構です……。俺は大洗が気に入ってるんで」

 

 まじ勘弁してくれ、俺が女子校になんて行った日には違う意味でキャーキャー言われて、登校初日にして引きこもる自信があるよ?

 ぼっちに無理をさせてはいけない、女子校なんてもってのほかだ。

 

「そう……それなら仕方ないわね……」

 

 なんでそんなに残念そうにするの?一瞬ちょっとだけなら、とか思っちゃったよ。いやいや冷静になれ俺、ちょっともクソもないからアウトだから。はっ!まさかこれもダージリンさんの策略なのか?

 

「比企谷……」

 

「な、なんでしょうか武部さん」

 

 いかん、思わず敬語になってしまった。

 

「ちょっと行ってもいいかなぁ、とか思ってないでしょうね」

 

 なんでこいつ俺の思考をそんなに読めるの?いやいや俺ってそんなに顔に出てやすいのか?小学生の頃にとなりの席の女の子に突然、比企谷くんってなに考えてるかわからなくて怖いからあまりしゃべりかけないでね、と言われた程なんだが、おかしいな。

 

「大丈夫だ、小町がいる限り俺は大洗にいる」

 

「それって小町ちゃんがいなかったら大洗にいないってことじゃん……」

 

 ん? 言われてみるとそうだな。

 

「まあ、大丈夫だろ、気にするな。小町も大洗から動く気もないらしいし」

 

「それで話が随分それてしまったのだけど、彼を借りてよろしくて?」

 

 そういや最初そんなことで始まったんだなこの話。てか話をそらした張本人が何言ってんですかダージリンさん。

 

「いや……」

 

 そして俺が断ろうとしたら。

 

「どうぞどうぞ、好きにしてもらっちゃっていいですよ」

 

 会長さん、なんであなたが答えてるんですか、というかダージリンさんも普通に会長さんに許可とろうとしてるし。せめて俺の意見ぐらい聞いてくださいよ。ボッチにだって人権はあるんですよ?わかってます?

 

「とりあえず西住ちゃんたちは今からあんこう踊りだからね」

 

 西住たちは今からあんこう踊り。

 

「じゃあ八幡さんはわたくしたちについてきてくださるかしら」

 

 そして俺はダージリンさんたちに連行されると。

 これもうなに言ってもダメそうだな。はあ、仕方ないあきらめよう。

 

 そして冒頭に戻るわけだ。

 

「みほさんたちはあんな格好で踊って恥ずかしくなのかしら?」

 

「や、恥ずかしいに決まってるじゃないですか。あれを着て踊るのが恥ずかしくないやつは痴女かよっぽどのあんこう好きしかいませんて」

 

 だってあれだぜ。あんこう踊りはぴっちぴちのピンクのスーツを身にまとい、へんてこなあんこうを模した帽子を被って踊らないといけないのだ。しかもそのあんこうの帽子なんだが動きにあわせて目が動くようになっていて、ずっと見ているとなんか不安になってくるという謎さを秘めている。

 

「というか、そろそろ俺を呼んだわけを教えてくれませんか?」

 

「あなたに聞きたいことがいくつかと、それとお礼をと思って」

 

「俺に聞きたいことですか? 言っときますけど銀行の暗証番号は教えませんよ?」

 

「あ、あなたはいったいわたくしをなんだと思っているのかしら」

 

「強いて言うなら詐欺師ですかね?」

 

「さ、詐欺師……」

 

「ぷっ!」

 

 どうやら俺の冗談はオレンジペコのツボにヒットしたらしく、しばらくの間笑い続けていた。

 

「す、すいません……。あまりにもおかしなことをおっしゃるのでつい」

 

「まあ冗談はさておいて、聞きたいことってなんですか?」

 

「詐欺師とは話さないほうがいいのではなくって?」

 

 なんだろう、すごく根に持ってるよダージリンさん。

 この人のイメージがどんどん変わっていくんだが、最初は本物のお嬢様かと思っていたんだが今はそうでもない気がする。気がするだけであってお嬢様に変わりはないんだが。

 

「まあまあダージリン様、こちらが呼んだにも関わらず放置したとあっては我が聖グロリアーナの品性が疑われてしまいます。あと八幡さんもちゃんと謝ってくださいね?」

 

 しっかりしてるなオレンジペコ、もう長いからペコでいいか。小町もこれくらいしっかりしていてくれたら兄として不安もなにもないんだが、兄の俺が言うのもなんだがいかんせん小町はアホの子である。人との関りと戦車道はそつなくこなすのだが、どうも勉強が苦手らしい。

 とりあえずダージリンさんに謝るか。

 

「すいませんでした、ダージリンさん」

 

「いえ、こちらも少々ムキになりすぎましたわ」

 

「ダージリン様はいつもはこんな感じではないんですよ?」

 

 そうペコが俺の耳元でささやいてきたのだが、ちょっと顔が近すぎません?あれか最初の時の意趣返しか?

 やるのはいいんだが顔が赤くなるならやめとけばいいのにペコのやつ。

 

「それであなたに聞きたいことなんですけど」

 

「なんですか?」

 

「比企谷 小町さんとあなたは兄妹だったりするのかしら?」

 

 小町のやつまじで有名だな。

 

「ええ、そうですけど」

 

「やっぱり。では小町さんの戦い方の基本になっているのは島田流で間違いないのね?」

 

「そうなりますね」

 

「あなた、小町さんと戦車道をやったことはあるのかしら?」

 

「それはないですね。あるとしたら子供の頃にボード盤のシミュレーションゲームをやってたぐらいで」

 

「なるほどそういうことね」

 

 どういうことなんだろうか? 俺にはさっぱりだな。

 ダージリンさんは一人納得しているが、なんのこっちゃ。

 

「ところで八幡さん、我が聖グロリアーナに本気で来る気はないかしら?」

 

「なんでそんなに俺をそっちに入れようとするんですか?」

 

「そうね。わたくしがあなたを気に入ったからでしょうね」

 

 なんともうれしいことを言ってくれるもんだ、まあそれがホントだったらな。

 

「ホントの目的は小町を聖グロに入れることなんでしょ? ダージリンさん」

 

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

 

「どうしてもなにも、俺を聖グロに入れるメリットがそれぐらいしかないんですよね」

 

 さっき俺は小町がいるから大洗にいると言ったが、それが逆なのである。

 小町のやつが俺を追って大洗にまで来ているのだ。

 だってもともと千葉の方の学校に行く予定だったのにわざわざこっちを選んだ理由を聞いたら「お兄ちゃんがいるからだよ、あ…今の小町的にポイント高い♪」だそうだ。

 まあ真意はわからんがそういうわけで小町が大洗にいる。それといろいろな高校から是非うちに来てくれと言われてるんだがすべて「兄がいないのでお断りします」といっていたりする。

 いや小町さんよ、俺を理由で断るのやめようか。その度に親父が親の敵でも見るような目で俺をみてくるんだぞ?最初は俺もうれしかったのだが理由を知ってからはそうじゃなくなったのだ。

 毎回断る理由を考えるのがめんどくさい、だそうだ。

 そこはせめて兄の前では理由を言わないでほしかったよ小町。

 たぶんそのことをダージリンさんは知っていて、俺を入れたら小町もついてくると考えたのだろう。

 

「ふふっ、あなたと話していると退屈しませんわね」

 

「……それはどうも」

 

「さあ紅茶が冷めてしまいますわ。もちろん冷めてもおいしいですが、どうせ飲むのなら温かいうちにどうぞ召し上がれ」

 

 俺はダージリンさんに勧められた紅茶を飲む。

 

「うまいっすね、これ」

 

 こんなうまい紅茶を飲んだのは初めてだな、たしか紅茶は茶葉によって淹れ方がいろいろ変わるんだっけか?

 もしかして聖グロの生徒は全員すべての紅茶の入れ方をマスターしてるとかないよな?さすがにそれはないと思いたい。いや、もしかすると必修科目でありそうだな。

 

「それでは八幡さん、あなたのことを話してくださる?」

 

「え?俺のことですか?言っときますが面白いことなんてありませんよ?」

 

 なんで俺のことを聞きたがるのかはわからないが、ボッチの一生を話しても退屈だと思うんだが。

 

「それを判断するのはわたくしですわ。……それにペコも聞きたいでしょ?彼の話」

 

「たしかに興味はありますわね」

 

 この二人は俺なんかの何がそんなに気になるのだろうか?まあいいか。

 

「ホントに面白いことなんてないですから、あとから文句を言うのは無しですよ?」

 

「ええ、わかってますわ」

 

「そういえばどこから話せばいいんですか?」

 

「そうね、小学生のころのあなたの話も聞いてみたいけど、時間もそんなにありませんし、あなたが大洗学園に入ったところからでお願いしようかしら」

 

 となると一年の頃はなにもしてないから、二年の戦車道が始まったころからか、話すとしたら。

 ダージリンさんとペコにこれまでのことをかいつまんで説明した。

 

「なるほど……、大洗学園にそのような事情が」

 

 ダージリンさんたちは人に言いふらすようには見えなかったので大洗学園の事情も話している。

 

「廃校を回避するために戦車道の全国大会で優勝…でも言葉で言うほど簡単ではないことは承知なんでしょ?」

 

「そうですね……。まあ、だからといって当たった時に手加減してくれなんて言わないんで気にしないでいいですよ」

 

「それだとそちらが不利になるのではなくて?」

 

「どのみちそんなことしてもらって勝っても意味ないですし、そんなんじゃ結局どこかで負けますしね」

 

 そういって紅茶を飲もうとしたのだが、いつのまにか飲み干していたようだ。

 

「紅茶が空のようね、おかわりをおつぎしましょうか?」

 

「いえ、俺にはこいつがあるんで」

 

 俺は自分のカバンからいつも携帯しているMAXコーヒーを取り出す。

 たしかにダージリンさんたちが淹れてくれた紅茶はうまかったのだが、それでもこいつが一番だな。

 

「それはなんですか八幡さん?」

 

 ペコが俺が取り出したものが気になったのか、そう聞いてくる。

 

「ん?これか?これはMAXコーヒーといって俺が一番愛している飲み物といっても過言ではない」

 

「そ、そんなにですか……」

 

 あれ?なぜだかペコさんが若干ひいてらっしゃる。なにかおかしいこと言ったか俺?

 

「気になるなら飲んでみるか?」

 

「いいのですか?それでは……」

 

 そしてペコは俺が取り出したMAXコーヒーを飲む。

 

「なんといったらいいんでしょうか不思議な甘さですね……この……、」

 

「MAXコーヒー」

 

「そのMAXコーヒーですけど、嫌いではないかもしれません」

 

 まじ?こんなとこでMAXコーヒー仲間が見つかるなんて今日はいい日なんじゃなかろうか?この調子でどんどん増えていけばいいんだが。

 

「あ、あの……」

 

「どうした?」

 

「い、いえ……そろそろ手を離してもらっても……」

 

 俺はうれしさのあまり無意識にペコの手を握っていたようだ。

 

「す、すまん、MAXコーヒー仲間が見つかってテンションがおかしくなってた」

 

 俺は慌てて握っていた手を離す。

 き、気まずい。小学校のころに先生をお母さんと呼んだことはないだろうか?今の気まずさはそんな感じだ。

 ハチマン、オウチ、カエル。

 いかん、あまりの気まずさに片言になってるよ。

 

「そろそろみほさんたちのあんこう踊りも終わるようだし、そろそろお開きにしましょうか」

 

 気まずい俺たちにダージリンさんが助け船を出してくれた。

 

「それもそうですね」

 

 今この波に乗らないと俺が気まずさで死んでしまう。

 

「いろいろお話が出来て楽しかったわ、でもペコはあまり男性に慣れてないのでほどほどにお願いね」

 

「だ、ダージリン様!」

 

「ペコもすまんかったな、じゃあ俺はこれで戻ります」

 

 

 ====

 

 

「慌ただしく去っていきましたわね、彼」

 

「そうですね」

 

「ペコ、もう大丈夫なのかしら?」

 

「か、からかわないでくださいダージリン様!」

 

「ふふっ、ごめんなさいね、ついペコが可愛らしくて」

 

「次に彼に会うとしたら戦車道の全国大会になるんでしょうか?」

 

「そういえばそのことを彼に聞くのを忘れていましたわね」

 

 まあ、問題はないでしょう。

 どうせ勝ち進んでいけばいずれは当たるでしょうし。

 







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彼は意外にも行動を起こす

 俺はMAXコーヒー仲間が増え、上機嫌で西住たちの集合場所へときたのだが……。え? あれなんなの? なんか負のオーラを纏った集団がいるんだが。

 おかしいな、集合場所間違ってたっけか俺? というかあの集団は断じて見覚えのある連中ではないな。うん、よし逃げよう。

 

「比企谷……、どこ行こうとしてるの?」

 

 ちょっ、武部さん、なんでわかったんですかね?

 おかしい、いつもの俺ならステルスヒッキーが発動して周囲の人間に認知されることないんだが。

 最近ステルスヒッキーの精度が落ちてきている気がるんだが気のせいか?あれか、戦車道をやっているせいで俺のボッチ力が著しく低下しているのかもしれん。今日なんて日曜だってのにわざわざ出勤してるんだから社畜度のレベルがすごく上がったな。

 いや、全然よくないだろこの現状は、まだ俺高校生なのにすでに社畜の仲間入りとか嫌すぎる。

 

「いいわよね比企谷は、あんこう踊りを踊らなくて……」

 

 な、なんだろうか……、今とてつもなく話しかけたくないんだけど。これって話しかけないといけないんだろなぁ。

 

「あんこう踊りのことならそこまで気にしなくてもいいんじゃないか?」

 

 まあ、あれはいろんな意味で酷くはあったが、そこまで落ち込むほどじゃないだろ。

 

「比企谷になにがわかるの!? わたしたちあんな格好で踊ったんだよ!? もうお嫁にいけないよ!!」

 

 なんか心配して損したな。

 結局、武部のやつは変わらんな平常運転だ。よし放っておこう。正直相手するのがめんどくさくなってきた。

 となるとあとこのメンバーの中で落ち込んでいるのは……。

 

「西住も、武部と同じ理由で落ち込んでいるのか?」

 

 自分で言っといてなんだが、西住が武部と同じ理由だったらなにを信じればいいかわからんくなるな。

 

「え……う、ううん。そうじゃないけど……」

 

 良かった……違ったよ。どうやらこの世界はまだ大丈夫なようだ。でもなんか歯切れが悪いな。

 

「じゃあ、なんでそんなに落ち込んでるんだ?」

 

「……よね?」

 

「すまん西住、よく聞こえないんだが」

 

「は、八幡くん……私たちのあの姿見たんだよね?」

 

 西住は言い終わったあと顔を真っ赤にしている。

 あの姿とはつまり、あのぴっちぴちのあんこうスーツのことだろう。あれは露骨にボディラインが出るからな、そりゃあ俺なんかに見られたら落ち込みもするか。

 そしてほかのやつらも西住の一言で思い出したのか一斉に俺の方を見てくるんだが、え?なに?今から俺、見られたからには……的なことで消されるの?

 

「え……いや、なんというか……」

 

 やばいぞこれ、返答次第では明日の日の目を拝めなくなる可能性があるんだが、どうする俺!?

 

「すまん……。たしかにお前らのあの姿を見たのは否定しない」

 

 もう素直に謝ることにした。下手に誤魔化してややこしいことにしたくないしな。

 

「や、やっぱり、そうなんだ……」

 

「ひ、比企谷殿に見られていたんですか!?」

 

「うう……、わたくし、また恥ずかしさがぶり返してきました」

 

「比企谷!責任とってくれるんでしょうね!」

 

 責任と来たか、まあ俺のせいで西住たちが恥ずかしい思いをしたならしょうがないか。

 

「わかった。俺も男だ、責任をとろう」

 

「「「え!?」」」

 

 俺の本気を見せてやろうじゃないか。

 

 

 ====

 

 

「で、今私たちはみんなでパフェを食べていると……」

 

 いやー久しぶりに本気出したな俺。正直四人分のパフェの出費はなかなかに痛かったがしょうがない。

 

「なんだ、食べないのか武部?」

 

「わかってたよ? どうせ比企谷だしこんなことだろうと思ったけど……やっぱり納得いかない!!」

 

「なんだ、まだパフェが食べたいのか?」

 

「違うから! もういい、やけ食いするもん!!」

 

「なあ西住、なんで武部のやつあんなに怒ってるんだ?」

 

 なんでパフェを奢ってるのに俺はキレられているんだろうか?

 

「え、それはなんというか、勘違いした私たちも悪いとは思うけど……」

 

 え?西住たちもなんか勘違いしてたのか。

 

「八幡くんの言い方も誤解を招いた原因ではあるかな?」

 

 どういうことだ? なんか俺間違ったことでもいったのだろうか? そう思い、秋山と五十鈴のほうを見ると、西住の意見に共感しているのか二人してうんうん頷いている。

 まじで俺はなにかやらかしたのか、まったく心当たりがないんだが……。ん?というか。

 

「そういえば冷泉のやつはどこにいるんだ?さっきから見かけないが」

 

「冷泉殿ならおばあさんのところに行くと言って、比企谷殿が来る五分ぐらい前に出発しましたよ」

 

「そうか、まあとりあえずパフェを食い終わってからいろいろ考えるか」

 

 そしてパフェを食べ終えたのだが、武部のやつがガチでやけ食いしやがった。おかわり二杯とかさすがにやりすぎじゃないのか?女子的に体重とか気にしてんじゃないの?

 まあいいか、いやよくないが俺の財布が軽くなった現実は見なかったことにしよう。

 

「7時まで自由行動ですが、どうしましょうか?」

 

「買い物行こう~!」

 

 ということで俺たちは今、大洗のショッピングモールにいる。

 

「可愛いお店いっぱいあるね~」

 

「あとで戦車道ショップに行きましょうね!」

 

「その前になにか食べに行きません?」

 

 え……五十鈴さん、あなたさっきパフェを食べませんでしたっけ?もしかして意外と大食漢なのか五十鈴のやつ。しかしそうなると食べたものはどこにいってるんだろうな?どう見ても太ってるようには見えないし、あれか身長と胸にいってるのか。

 え?なんでわかるかって?それはもちろん、あんこ……ゲフンゲフン、今のは失言だったな。

 

「あ……」

 

 武部につられてみると、そこには人力車があった。こちらを見かけたかと思うとその運転手が爽やかな笑顔を振りまきながらこっちに来た。

 知り合いでも誰かこの中にいるのか?そう思っていたら。

 

「新三郎?」

 

 はい、五十鈴さんの知り合いでした。

 

「知り合い!?」

 

 気になるのはわからんくもないが、武部は少し落ち着こうか。

 そして件の新三郎さんは人力車を止め、こちらに近づいてきた。

 

「お嬢、元気そうで」

 

「なに!?聞いてないわよ!!」

 

 もうツッコむのめんどくさいんだが……。今日も武部は平常運転、でもないのか? いつもなら目があった時点でなんかいろいろ言いそうなもんだが今日は調子が悪いんだろうか?

 いや、恋愛脳(スイーツ)に調子がいいも悪いもあるかは知らんが。

 

「うちにいつも奉公に来ている、新三郎」

 

「どうも。お嬢がいつもお世話になっています」

 

 新三郎さんが挨拶したあと、人力車から着物を着たこれまたな人が日傘をさして降りてきた。どことなく五十鈴のやつと似ているな、というかもしかして話の流れ的に親子なのかこの二人?

 

「華さん」

 

「お母様!」

 

「よかったわぁ、元気そうで。……そちらの皆さんは?」

 

「同じクラスの武部さんと西住さん、そして比企谷さんです」

 

「「こんにちは」」

 

「……ども」

 

「私はクラスは違いますが、戦車道の授業で……」

 

「戦車道?」

 

 なんだ?雰囲気が変わったか?今明らかに戦車道に反応してたよな。

 これはもしかしてまずいんじゃなかろうか、俺は慌てて秋山のやつを止めようとしたが。

 

「おい!秋や――」

 

「はい!今日、戦車道の試合だったんです!!」

 

「華さん……、どういうこと?」

 

「お母様……」

 

 そして五十鈴の反応で秋山のやつも気づいたんだろうが少し遅かったな。まあ今のはしょうがない、問題はむしろここからだろ。

 

「あ……」

 

 五十鈴の母ちゃんはいきなり五十鈴の手を取ったかと思うと匂いを嗅ぎだした。どうも五十鈴のやつが匂いに敏感なのはこの人譲りっぽいな。

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。

 

「鉄と油の匂い……あなた、もしや戦車道を?」

 

「……はい」

 

「花を活ける繊細な手で、戦車に触れるんなんて……、ああぁ……!」

 

 あまりにもショックだったのか、気を失いそのまま倒れてしまった。

 

「お母様!」

 

「奥様!」

 

 

 ====

 

 

 俺たちはあのあと倒れた五十鈴の母親を家まで運んで来たんだが……。まじもんでいいとこのお嬢様だったんだな五十鈴のやつ。いまどきこんな立派な武家屋敷に住んでるとかそうそうないぞ。

 

「すいません、私が口を滑らせたばっかりに……」

 

「そんな、わたくしがちゃんと母に話してなかったのがいけないんです」

 

 雰囲気がよろしくない。まるで葬式前みたいに全員静かになってるよ。

 そして襖が開き新三郎さんが現れる。

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました。……お話があるそうです」

 

「わたくし、もう戻らないと。お母様には申し訳ないけど……」

 

 時間的にはまだ余裕があるはずだが、五十鈴は話をしたくないんだろうか?

 

「さしでがましいようですが、お嬢の気持ち……奥様にちゃんと伝えた方がよろしいと思います!」

 

 ふむ、たしかに新三郎さんの言うことも一理あるな。

 

「俺もそう思うぞ、五十鈴」

 

「比企谷さん?」

 

「俺が言うのもなんだが下手にこういうことから逃げない方がいい」

 

「ですが……」

 

「まあ話を聞け、逃げ続けたその結果が俺みたいになるからおすすめはしないぞ?」

 

 まあ、正確にいうと違ったりするんだがこの際は置いておこう。

 

「比企谷が言うと嫌に説得力があるわね」

 

 あの武部さん?今は余計なことは言わなくていいからな?

 

「ふふっ、比企谷さんはいつもそうなんですね」

 

「なんのことだ?」

 

 よくわからないが五十鈴のやつは納得してくれたらしい。

 

「わかりました、お母様のところに行きましょう」

 

「お嬢!」

 

 

 ====

 

 

「いいのかな?」

 

「偵察よ、偵察!」

 

 で、俺たちが今何をしているかというと、ぶっちゃけると盗み聞きしています。はい。

 この際細かいことはそこらへんに置いておこう。五十鈴を煽った手前、話の内容が気なるのはしょうがないのだ。

 

「申し訳ありません……」

 

「どうしたの?華道が嫌になったの?」

 

「そんなことは……」

 

「じゃあ、なにか不満でも?」

 

「そうじゃないんです……」

 

「だったらどうして!?」

 

「わたくし活けても活けても……なにかが、足りない気がするんです」

 

「そんなことないわ、あなたの花は可憐で清楚、五十鈴流そのものよ」

 

「でも、わたくしはもっと、力強い花を活けたいんです……!」

 

 つまり五十鈴のやつは今の自分の華道に限界を感じてて、それをなんとかしようと戦車道に入ったってわけか。

 ちゃんとした理由があったんだな、さすがに武部みたいな理由で戦車道を選択したとは思ってなかったが。

 そしてたぶん母親に反対されることも承知の上だったのだろう。

 基本的に俺たちは学園艦ですごしているからな、滅多なことじゃ親に会わないやつの方が多い。うまくいけばバレないと踏んでいたんだろうが、こうなってしまったわけだ。

 西住も五十鈴の言葉で表情が変わったな。やっぱり同じ家元としてなにか思うところがあるんだろう。

 

「あぁ……。素直で優しいあなたはどこへ行ってしまったの? これも戦車道の所為なの? 戦車なんて、野蛮で不格好でうるさいだけじゃない!……戦車なんて全部、鉄くずになってしまえばいいんだわ!」

 

「て、鉄くず…!」

 

 どうどう秋山、戦車が貶されて怒りたい気持ちもわかるが今は大人しくしとけ。

 

「……ごめんなさいお母様。でもわたくし……戦車道はやめません!」

 

 やはりというかなんというか、五十鈴のやつは芯が強いな。この状況ではっきり自分の意見を口にするのはなかなかできないと思う。

 

「わかりました。だったらうちの敷居を跨がないで頂戴」

 

「奥様、それは……!」

 

「新三郎はお黙り!」

 

 これは実質的に勘当と一緒だろうな。

 それと新三郎さんも大変だな、たぶんだがどっちの気持ちもよくわかるんだろう。けど立場的にはどっちの味方にもなれない、それゆえにもどかしいんだろうな、なにもできない自分に。

 なら代わりに俺がどうにかするか。

 

「え? 八幡くん?」

 

 そして俺は襖を開ける。

 

「ちょっと、いいですか?」

 

「なんですかあなたは? 今は大事な話をしているんですよ」

 

「その大事な話に関係があるから横やりをいれさせてもらったんですよ」

 

「どういうこと?」

 

「五十鈴が戦車道を始めたのに俺が関係しているんですよ」

 

「比企谷さん!?」

 

 言いたいことがあるのはわかるが今はすこし黙っていてくれ。それと俺は別に嘘は言ってないからな。

 西住を戦車道に入れたことで間接的にしろ五十鈴が戦車道をやるきっかけを与えたのも事実だしな。

 そして俺の目的はただひとつ、五十鈴の話を最後まできちんと聞いてもらうこと。それにはまず相手を落ち着かせないといけない。

 あとで怒られそうだがしょうがないやるか。

 

「あなたの所為で華さんが変わってしまったのね」

 

「否定はしませんよ。でももう関係ないですよね?先程、勘当まがいのことを言ってたんですから。たとえ五十鈴が俺に脅されて無理やりに戦車道をやっていてもどうでもいいんでしょ?」

 

 さすがにこの言葉は無視できないだろう。まあ、そんな事実はひとつもないんだが、それこそ今あの人には知りようがない。

 

「だからこれから五十鈴のやつが……いや、華が俺に脅されていくのもあなたにはどうでもいいことなんでしょうね。だって華道をやっていないなら娘じゃないんでしょうし」

 

 俺はそう言いながら五十鈴の母親に近づいていく。

 さてと、ここまで言えばいくら意固地になった相手でもさすがにキレるだろ。

 そして俺の予想通りの展開になった。

 

 パシィンッ!!

 

「あ、あなたみたいな人にうちの大事な娘をどうにかさせたりしないわ!」

 

 はい、ビンタされました。まあ、来るのはわかってたんだがやっぱり痛いな。聞きたい言葉も聞けたし結果オーライだな。

 

「そんなに大事なら五十鈴流としての五十鈴 華じゃなく、自分の娘の五十鈴 華として、ちゃんと話を聞いてやってください」

 

「え……?」

 

「さっき俺がいったことはほとんど嘘なんで気にしないで大丈夫ですよ」

 

 俺はそれだけをいい部屋を出た。

 

「比企谷!なにやってるの!?」

 

「なにって見てわかるだろ? ビンタされにいったんだよ」

 

「そういうことじゃなくて……」

 

「俺は先に外に行ってるから終わったら声を掛けてくれ」

 

 俺はまだなにか聞きたそうな西住たちを無視して外に向かう。

 しかし五十鈴の母ちゃん容赦がない。だってめっちゃビンタされたところが痛いからな、まあそれだけ五十鈴のことが大事だったってことか。

 すこし羨ましくもあるが俺には小町がいるし、いいか別に。

 

 

 ====

 

 

「華さん、先程の彼は?」

 

「え? 比企谷さんはわたくしと同じ戦車道をやっていて……」

 

「男の人なのに戦車道をやっているの彼は?」

 

「そうです。わたくしはくわしい事情は知りませんが」

 

「そう……、彼にはお礼を言わないといけないわね」

 

「……そうですね」

 

「華さん、先程うちの敷居を跨がせないといいましたけど、あれを取り消すつもりはないわ」

 

「お、奥様!」

 

「新三郎、話は最後まで聞くものよ。自分の新しい華道を見つけてきなさい華さん。それが出来た時にこの家に帰ってきなさい。それまでは敷居を跨げないから覚悟して励むように」

 

「っ!はい、お母様!」

 

 

 そうして華さんは話が終わったのか、私たちのところに来たんだけど、その顔はどんよりしているというよりはむしろやる気に満ちていました。

 

「では帰りましょうか皆さん。いつかお母様に納得してもらえるような花を活けることができればいいんです。それまではこの家には帰れませんから」

 

 いつか納得してもらえるように……。その言葉が私の頭から離れず繰り返される。

 

「お嬢!!」

 

 新三郎さんはすごい泣き顔になっちゃってる。

 

「笑いなさい新三郎、これは新しい門出なんだから……わたくし頑張るわ」

 

「はいっ!」

 

「華さん」

 

「どうかしましたか、西住さん?」

 

「私も……頑張るよ、戦車道」

 

 私の言葉に華さんは優しく微笑みを返してくれた。

 お母さんやお姉ちゃんが納得できるような私だけの戦車道、見つかるかどうかはわからないけどやってみよう。

 

 

 ====

 

 

「いつまでもまっています、お嬢様~!!」

 

 新三郎さん近所のご迷惑になるんでそろそろ泣き止んでもらってもいいですか?

 

「顔はいいんだけどな~」

 

 どうやら俺の気の所為だったらしい、武部のやつはいつも通りだな。

 というか……。

 

「いくらなんでもこの人力車に5人はさすがに無理があるだろ……」

 

「だってしょうがないじゃん、出港ギリギリなんだから」

 

 それはそうなんだろうが、そもそも配置がおかしくない?

 前の座席に武部、秋山。そして後ろの座席に五十鈴、俺、西住の順で座っている。できれば俺は端っこが良かったんだが……。人力車はとにかく揺れる。そのせいで西住と五十鈴に触れてしまいそうになって気が気じゃないんだが。

 これ拷問じゃなかろうか?もし間違えて触れようもんならセクハラのレッテルを張られるとかシャレにならん。

 

「比企谷さん、今日はありがとうございました」

 

「どうした、いきなり?」

 

「いえ、別にいきなりでもないと思うのですが……」

 

「別に礼を言われることをしたつもりはないけどな」

 

「あんな嘘までついたのにですか?」

 

「それこそ嘘ついてビンタされに行っただけだけどな」

 

 なんかこれだと俺がMみたいだな、いやそういわれたら言い逃れはできないことをしたのはたしかだが。断じて違うとここでは言わせてもらおうか。

 

「あ、そういえば比企谷、どさくさに紛れて華のこと名前呼びしたでしょ!」

 

 なんで俺が忘れてたようなことをお前が覚えているんだ武部よ。

 

「別にあの時いっただけだから気にするな。特段深い意味はない」

 

「そうなんですか?別に名前呼びでもわたくしはかまいませんよ?」

 

「いや俺がかまうから、名前呼びとかボッチにハードル高すぎなんだよ」

 

「ではわたくしは八幡さんとお呼びしますね」

 

 ちょっと待て、今の会話おかしくなかったか? なんで俺の名前呼ばれてんの?

 

「いや今まで通りでお願いしたいんだが……」

 

「お断りします♪」

 

 なんともいい笑顔で五十鈴のやつはそう言ってきた。

 

「八幡くん」

 

「ん?どうした西住?」

 

「私、戦車道頑張ってみるよ」

 

「は? いや、今までだってお前は頑張ってきただろ。なに? それ以上頑張るの?」

 

 俺が知る限り西住が戦車道において手を抜いてるとこなんか見たことがないんだが。

 

「え、えっと、そういうことじゃなくて……。お母さんやお姉ちゃんに認めてもらえるような私だけの戦車道を見つけようと思ってて」

 

「そういうことか」

 

「うん、だから八幡くん、私のことちゃんと見ててね」

 

 なにこれ? 俺プロポーズでもされてんの? いや、西住のことだから単純に私の戦車道を見てって意味なんだろが、誤解するやつは誤解しそうだな。

 

「まあ西住は戦車道の時以外はポンコツだからな。俺はむしろそっちのほうが心配でしょうがない」

 

「そんなことは……最近はそうでも、ないはず……」

 

 自分でも自覚はしているんだろう。なんだろうあれか、戦車道に集中力を持っていかれすぎて普通の時に気が抜けてるのかもしれんな。ん?これってもしかして対処しようがないんじゃ……。

 

「まあ転んだ時ぐらいは手を貸してやるよ西住」

 

「うん、私たちが困ってたらその時はお願いね」

 

「まああんまり期待はするなよ、なんせ俺だからな」

 

 というかちゃっかりと西住のやつ、私たちって言ってるよ。

 

 

 ====

 

 

 そして俺たちはやっとこさ港に着いたが結構ギリギリだったな。出港まであと五分もないぞ。

 

「遅い……」

 

 冷泉のやつ、わざわざ俺たちを待っていてくれたらしい。というか何そのポーズ?カッコいいな。今度俺も真似してみようかしら?いや、やめとこう。俺がやったら気持ち悪がられるな絶対に。

 

「もう、夜は元気なんだからー!」

 

 俺たちは急いで学園艦へと乗り込む。

 

「出港ギリギリよ!」

 

「すいません」

 

「すまんなそど子」

 

「その名前で呼ばないで!」

 

 戻ってきたな、やっと長い一日が終わった気がする。あとは帰って……。

 ちょっと待て、今日は日曜日ってことは明日から学校じゃねぇか。まじ?勘弁してくれよ俺絶対明日筋肉痛になるぞ、さすがに今日は疲れた。

 装填、操縦、砲撃、実戦でやってみると思いのほかきつく、今も体中が痛かったりする。

 俺はいっそのこと思い出さない方がよかった現実から目をそらしていると、ちょうど階段を上がった先に一年生たちがいた。

 

「西住隊長……」

 

「え?」

 

「戦車を放り出して逃げたりして、すいませんでした!!」

 

「「「すいませんでした!!」」」

 

 なるほど謝りに来たのね。なら、やることは一つだな。俺は一年生チームに近づく。

 

「怖かったか?」

 

 俺に怒られるとでも思っていたのだろう、全員意外そうな顔をしてるよ。

 

「え、あの……、怒らないんですか?」

 

「なんで?」

 

「なんでって、私たち戦車から逃げ出したんですよ?」

 

「そういわれてもな。別に俺はそのことに関してはそもそも怒ってないしな」

 

「で、でも……」

 

「勘違いしてるようだから言っとくが、別に逃げることが悪いだなんて俺は思っていない」

 

 まあ、状況によりけりだが今回はこいつらは悪くないだろう。そもそも俺がけしかけたことだしな。

 

「初めての戦車の試合で怖かったんだろ?なら別に逃げ出したってかまわん、というかむしろ危ないと思ったらすぐに逃げろ。別に戦車道は戦争じゃないんだからな」

 

 俺はそういって全員の頭を撫でる。

 

「だけどお前らも戦車道が楽しいだけのものじゃないってわかったろ?」

 

「はい…」

 

「それでちゃんと謝りに来たんだ、褒めはするけど怒ったりはしないぞ俺は」

 

 まあ、こんなもんか。

 

「なんか比企谷、えらく年下の子の扱いがうまくない?」

 

「小町ちゃんがいるからじゃない?」

 

「えー、なんかそれだけじゃない気がする…だって無駄に優しすぎるよ」

 

 おい武部、俺にいらん容疑をかけようとするなよ。少し一年生たちが距離をとったじゃないか、ロリコン先輩とか呼ばれた日にはこの学園艦からいなくなるぞ俺。

 

「先輩たちカッコよかったです!」

 

「すぐ負けちゃうと思ってたのに…」

 

「私たち次は絶対頑張ります!」

 

「絶対頑張ります!!」

 

「あと比企谷先輩もカッコよかったです…卑怯でしたけど」

 

「卑怯でしたけど!!」

 

 いや、そこは復唱しなくていいから……。まじで褒めるか貶すかどっちかにしてくれよ、上げて落とすとはまさにこのこと。

 

「これから作戦は西住ちゃんにまかせるよ」

 

 どうやら会長さんたちもこの場にいたらしい。

 

「えっ!?」

 

 なんで意外そうな顔してるんですか河嶋さん、俺にはそっちのほうが驚きだよ。

 

「で…これ」

 

 そういって会長が差し出したのは紅茶のカップと手紙?手紙にはto friend書かれている。

 

「すごいです!聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか紅茶を送らないとか」

 

 へぇ、そういうことか。何気にダージリンさんも西住のことが気に入ったんだな。

 

「そうなんだー」

 

「昨日の敵は今日の友、ですね!」

 

「あ、そうだ。比企谷ちゃんにも手紙もらってるんだった」

 

 まってなんでこの流れでだしたんだこの人?西住たちの時と一緒に俺に渡せばいいのに…ちょっとまて、嫌な予感がする。

 

「はい、ラブレター」

 

「は?」

 

 今なんて言った?ラブレター?誰が誰に?

 この場合相手は聖グロだろ、そしてその貰い手は先程会長が言った通り俺になるわけね。これ絶対ダージリンさんの仕業だろ、まじろくなことしないあの人。

 それともあれか?まだ詐欺師って言ったことを根に持ってるのかもしれん。手紙にはご丁寧に I Love you と書かれている。たしかにこれなら誰も間違えないだろうな、逆に誤解を解くのが難しくなるんだが……。

 

「いやー比企谷ちゃん、いつのまにそんなに仲良くなったの?」

 

 そしてこの人絶対分かったうえでこんなこと言ってるよ。だってめっちゃ顔が笑顔なんだよ!これでもかってくらいの笑顔である。

 ……おかしい、まだ秋には入ってないはずなんだがえらく寒気がする。

 

「比企谷……」

 

「うぇい!」

 

 あまりにもビックリしすぎて変な声を出してしまった。

 

「その手紙を見せて」

 

 そこにはNoといえない雰囲気をかもしだした西住たちがいたのだ。

 え?なんで皆さんそろいもそろってそんなに殺気立ってんの?怖いから、一年生がおびえてるじゃないか。

 そして俺は無言で手紙を渡す。

 まあ中身は見てないがどうせラブレターとは程遠い内容がかいてあるんだろうな。

 

「あれ?これ私たちがもらった手紙とほとんど内容変わらないじゃん」

 

 やっぱりか。

 

「まあ、いたずらだったんだろうな、俺が貰ったもんだし一応返してくれると助かる」

 

 それとその手紙にはまだ用があるんだよ俺は。

 

「まあ比企谷ちゃんは置いといて、公式戦は勝たないとねー」

 

「はい、次は勝ちたいです!」

 

「公式戦?」

 

「戦車道の全国大会です!」

 

 

 ====

 

 

『大洗学園、8番!!』

 

 トーナメント表に大洗学園の文字が出る。これで俺たちの全国大会の相手が決まったな。

 

 それで俺たちがどこにいるかというと戦車道全国大会の抽選会場に来ているんだが……。なんかめっちゃみられている気がするんだが、気の所為ではないだろう。

 なんせこの中で唯一、男である俺がいればそれはもう嫌になるぐらい注目を浴びる。

 

「会長、俺来ない方がよかったんじゃ…」

 

「いやー参加者は全員出席って書いてあったから無理だったんだよ比企谷ちゃん」

 

 くそ!これ絶対戦車道連盟の嫌がらせだろ。

 

「サンダース校…」

 

「それって強いの?」

 

「優勝候補のひとつです」

 

「えー大丈夫?」

 

 全然大丈夫ではないがやるしかないんだよな俺たちは。なんせ負けたら廃校である。

 

「初戦から強豪ですね…」

 

「負けられない…負けてしまったら私たちは…」

 

 ある意味初戦で当たってよかったかもしれんな。二回戦までは十両までしか戦車は参加できない。

 それでもこちらの数が圧倒的不利であるのは変わらないが。

 こうして俺たちの全国大会が始まりを告げるのであった。

 

 

 

 あ、そうそうダージリンさんにもらった手紙には続きがありダージリンさんとペコの連絡先が書いてあった。

 

 いつでも気軽にどうぞと書いてあったのでもうメールを送らせてもらった。

 あの手紙の返事とついでにメールは送ったのでそろそろあっちに手紙が着いたころだろうな。メール自体は手紙がついて少し遅れるよう時間計算はしたのでこれで大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 八幡が送った手紙にはシンプルにこう書かれていた。

 

 ―――月が綺麗ですね、と。

 

 そしてその手紙を受け取り顔を真っ赤にしてあたふたしているダージリンがいたとかいなかったとか、あとから送られてくる八幡のメール「冗談なんで気にしないで下さい」がくるまで続いたとかどうとか。

 

 

 



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やはり類は友を呼ぶのかもしれない

 さて唐突だが、妹の存在について話をしようか。

 俺にとっての妹、つまり小町のことを話そうと思う。自分で言うのもあれだが、世界一俺の妹が可愛いと思っている。シスコンだのなんだの言われようがこの事実は不変の理だ。

 そんな俺だが最初から小町を溺愛していたわけではない。信じられないかもしれないがむしろ嫌いだった。

 理由は至極簡単、小町が女の子だったからだ。いや別に、俺が女になりたいとかそういうことではなく。

 戦車道の家系で女の子として生まれてきた小町を俺の両親はすごく喜んでいた。

 それこそ俺が見たこともないような笑顔で。

 小町がある程度大きくなると戦車道の訓練として戦車に乗り出すようになった。

 俺はそんな小町が嫌いだった。

 親からの愛情を一身に受けていることや、戦車にしたってそうだ、俺にはなにもいわなかった親が小町にはあっさりと教えだしたのだ。

 今なら俺が男だったからだとわかるのだが、あの当時のなにも知らなかった俺はただただ小町に嫉妬していただけだった。

 だから俺は小町に近づこうとすらしなかった。

 だがそんな俺の思いとは裏腹に小町はなにが気に入ったのか、ひたすらに俺に構ってくるのだった。

 そしてあれはいつだっただろうか?

 小町が風邪をひき、家には誰もおらず俺と小町しかいなかったのを憶えてる。

 いつも元気にはしゃいでいる小町もさすがにこの時ばかりは大人しく布団で寝ていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 

「なんだ?」

 

「ううん、やっぱりなんでもない……」

 

 いつもならそっけなく返事をしても、それでも小町は俺に構ってくるのだが、どうやら風邪のせいで気が弱ってるらしい。

 

「どうした? なんか買ってきて欲しいのか?」

 

 どうやら違うらしい、小町は首を横に振っている。

 

「ならなにをして欲しいんだ?」

 

「……小町が寝れるまで手を握ってくれる……?」

 

 えらくもったいぶるからなにかと思ったが、そんなことか。

 

「そんなことなら別にいいぞ」

 

「……ホントにいいの?」

 

 なんだ? やけに遠慮がちだな、そう思っていたら……。

 

「だってお兄ちゃん……、小町のこと嫌いでしょ?」

 

「……っ!」

 

 なにを俺は動揺しているんだろうか? 俺は小町に優しくしたことなどなかったのだからそう思われていても仕方ないはずなのに。

 俺は小町のことが嫌いだ。そのことを小町に指摘されたからこんなにも気持ちがざわついているんだろうか?

  それとも、いつも俺に構ってくる小町がなにも知らないと勝手に思っていたからだろうか?

 いずれにせよ今の俺の心中は穏やかではない。

 そしてある一つの疑問が生まれる。

 

「……小町、ならなんで俺に構うんだ……。もし――」

 

 同情やら可哀想とかそんな理由で俺に付きまとうならやめろ、とそう続けようとしたら小町に遮られる。

 

「違うよお兄ちゃん、それは絶対に違う」

 

 さきほどまでと打って変わり、小町ははっきりとそう俺に言ったのだった。

 

「お兄ちゃんが小町が嫌いなのは知ってるけど、小町の気持ちまでお兄ちゃんが勝手に決めないで」

 

 小町のまっすぐな瞳が俺を見る。俺はたまらず顔を背けてしまう。

 

「……じゃあ、なんで俺に構うんだよ小町」

 

「小町がお兄ちゃんを好きだからだよ」

 

「は?」

 

 今度こそわけがわからなかった。小町が俺を好き? なにを言ってるんだ?そんなわけないだろ、だって……、

 

「ねえ、お兄ちゃん覚えてる?」

 

 唐突に小町がそう切り出した。

 

「なにを?」

 

「小町が遊園地で迷子になったこと」

 

「……覚えてない」

 

「……そうなんだ。じゃあ迷子になった小町を最初に見つけてくれたのは誰かわかる?」

 

 それこそ、親父かおふくろのどっちかしかいないだろう。そう思っていたのだが……。

 

「小町を見つけてくれたのはお兄ちゃんなんだよ?」

 

「俺が?」

 

「うん、その時に思ったの……。この人は小町のことをなんだかんだでちゃんと見てくれてるんだなって」

 

「それだけで俺のことを好きになったのか?」

 

「お兄ちゃんにはわからないかもだけど、迷子になってどうしていいかわからなかった小町の手を引いてくれたのはお兄ちゃんだったの。お父さんでもお母さんでもなくて」

 

「……偶々だろ」

 

「そうかも……。でも小町にとってお兄ちゃんが見つけてくれたのには変わりはないから」

 

「それで?」

 

「だから小町がお兄ちゃんのことを好きになったら、小町のこと好きになってくれるかなって」

 

「それは……」

 

 結果はご覧の通りなんだがな。

 

「お兄ちゃんはその年で捻くれてるから、小町もそう簡単にはいくとは思ってないよ」

 

 なんなの? 俺のこと好きじゃなかったの?なんで俺のことディスってるのかな?

 

「お兄ちゃんは捻デレさんだから……」

 

 そして小町は謎の造語を口にして眠りについた。

 

「小町の気持ちを勝手に決めないで……か」

 

 勝手に相手のことを知った気になって、自分の考えを押し付けてただけだと思い知らされたわけだが。

 どうしたもんかね? いや小町が言ったこともそうなんだが、この妹寝るときにしれっと俺の手を握ってきたのだ。しかもどうも手を離してはくれないようだし。

 このままずっと一緒だったら俺が風邪を引くかもしれんな。

 いや、それはありかもな。風邪引いたら学校休めるし……なんてくだらないことを考えていたらいつの間にか俺も眠っていたらしい。起きたら小町の布団の中だった。

 もうめんどくさくてそのまま二度寝したのがいけなかったのか次の日、俺は普通に風邪を引いた。

 そしてその日から小町が俺に付きまとうこともなくなり、逆に俺が小町を避けることもなくなった。

 そこ、ちょろいとか言わないでくれるかな?別に小町に好きって言われたのがうれしかったわけじゃないんだからね!

 その日から俺と小町はホントの意味で兄妹になったのかもしれない。

 正直、この時の俺はちょろかった。誰かにここまではっきりと好意を示されたことが一度もなかったので仕方がないといえば仕方がない。それが例え妹であったとしても。

 あとでそのちょろさ故に痛い目にあうのだがそれはまた別の機会に話すとしよう。まあ俺はそんな感じで小町と仲良くなり今に至るわけだが。

 それでなんで今この話をしているかというと、俺は一人の人物と話をしている。その人物にも妹がおり、そして俺と同様、妹のことを溺愛していると俺は思っている。

 そんな俺の話相手は西住 まほ、西住のお姉さん。なぜか俺はこの人と二人っきりで今一緒のテーブルに座っている。まあ二人っきりといっても少し離れた席に西住たちもいるんだが。

 

 なんでこんな状況になったんだっけ?あれはそう、抽選会が終わったとこまで遡る。

 抽選会が終わり、あとは学園艦に帰るだけとなったのだが、どうせならどこか店に寄っていこうとなったのだ。

 俺はもちろんめんどくさいのでさっさと帰ろうとしたのが、武部のやつに捕まり強制連行された。

 

「なあ、俺の財布に余裕ないんで行きたくないんだが……」

 

「今から行くのは喫茶店だから比企谷は飲み物だけ頼めばいいじゃん」

 

 それって俺が行く意味あるか? いや断じてない。むしろなさすぎて帰るまである。いや、勝手に帰ると次の日にめんどくさくなるだけなのでしないが。

 そして俺たちが来たのは戦車喫茶ルクレールという店。

 この店、戦車喫茶というだけあり店のあちこち戦車関連のものがいろいろ置いてある。入り口には戦車のハリボテなんかが置いてある。

 しかし、ものの見事にまわりには女性しかいないんですけど……、俺の場違い感がハンパない。まじ帰りたい。家に帰ってゴロゴロしながらゲームしたり漫画読んだりしたい。堕落した生活をエンジョイしたい。なんで俺はこんなところにいるんだろうか?

 

「比企谷、変な目で見られてるから」

 

「お、おう、すまん……」

 

 いかんな。いつの間にか現実逃避してたみたいだ。

 

「では注文しましょうか」

 

 ファミレスとかでよく見かける呼び鈴がこの戦車喫茶にもあるんだが、それが戦車の形をしており、押すと砲撃したときの音が鳴るようになっている。これには西住たちも驚いているな。

 というか呼び出しが砲撃の発射音とかマニアックすぎない? これは誰得なんだろうか? わからん。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「ケーキセットでチョコレートケーキ二つとイチゴタルト、レモンパイにニューヨークチーズケーキを一つずつお願いします」

 

「ご注文は以上でしょうか?」

 

「あ、すんません、ここMAXコーヒーっておいてますか?」

 

「MAXコーヒーですか? いえ、当店では扱ってませんね」

 

 やっぱないか、ならいつもの方法だな。

 

「そうですか、ならコーヒー一つと練乳を貰えますか?」

 

「れ、練乳ですか?」

 

「練乳です」

 

「承りました、少々お待ちください」

 

 若干店員の顔が引きつっていたような気がするが、まあいいか別に。

 

「このボタン、主砲の音になってるんだ~」

 

「この音は90式ですね」

 

「さすが戦車喫茶ですね」

 

「ああ……、もはやこの音を聞くと快感になっている自分が恐い♪」

 

 武部のやつは戦車に染まってんな完全に。いや別にそれが悪いとかは言わないが、あいつの目指すモテ道からは確実に離れていってるのに気づいているんだろうか?

 まあいいか、本人が楽しそうだしそれで。

 

「そういえば比企谷殿、コーヒーはわかるのですがなんで練乳なんですか?」

 

「ん? ああ……あれか、あれはだな」

 

 俺が説明をしようとしたらちょうど戦車がケーキを運んできた。

 

「あ……なにこれ?」

 

「これ、ドラゴンワゴンですよ」

 

「かわいい~」

 

 やっぱり西住の感性はどこかずれていると思う。このドラゴンワゴンを見てかわいいという感想が出てくるあたりがその証拠だな。

 

「ケーキもかわいいです」

 

 まあ、たしかにケーキはかわいいな、小町に食わせてやりたいからあとでテイクアウトできるか聞いてみるか。

 いやちょっとまて、五十鈴さん?あなた今、ケーキもって言いました?おかしいな、それだとドラゴンワゴンもかわいいみたいに聞こえるんだが、もしかして俺の感性がおかしいのか?

 そういえば五十鈴のやつも独特な感性をしてたな。

 なに? 家元のやつらは感性を対価にしないと才能を得ることができないの? 等価交換なの?

 島田さんちのあいつも西住と一緒で独特な感性してるし、あながち俺の考えは間違ってないのかもしれないな。

 

「ごめんね……、一回戦から強いとこと当たっちゃって」

 

 どうやら西住は先程の抽選会のことをまだ気にしてたようだ。

 

「サンダース大付属ってそんなに強いんですか?」

 

「強いっていうかすごくリッチな学校で、戦車保有台数が全国一なんです!」

 

「ある意味では初戦に当たること自体はそこまで悪くはないだろ、西住もあんま気にすんなよ」

 

「比企谷殿の言う通りですよ、なんせ相手は一軍から三軍まであるらしいですし」

 

「たしかにそうだね。公式戦の一回戦では戦車の数が十両までって限定されてるから……砲弾の総数も決まってるし」

 

「でも十両って……、軽くうちの倍じゃん!それって勝てないんじゃ……」

 

 まあそこがネックなところではあるな。

 

「単位は?」

 

「負けたらもらえないんじゃない?」

 

 武部の言葉を聞いたとたん、冷泉はフォークを片手にケーキをおもいっきり突き刺す。それを無表情でやるもんだから少し猟奇的に見えたのは俺だけじゃないはずだ。

 

「それより全国大会はテレビ中継されるんでしょ? ファンレターとか来たらどうしよう~」

 

 安心しろ武部、それは絶対にない。

 

「生中継は決勝だけですよ?」

 

「うんじゃあ、決勝に行けるようガンバロ~」

 

 そういいながら武部はケーキを頬張る。

 まあやる気を出す分には構わないんだが……、こんな理由で全国大会の決勝を目指す奴なんて武部ぐらいだろうな。

 

「ん? ほら、ミホも食べて食べて!」

 

「あ、うん」

 

「――副隊長?」

 

 副隊長? なんだ? いきなり。そんなやつこのメンバーにいたっけか?

 声のした方を見てみると二人の女子生徒が立っていた。

 ん?片方の女性になんか見覚えがあるようなきがするんだが、俺の気の所為か?

 

「あ、元、でしたね」

 

 そしてなんとも含みのある言い方だな。

 その一言でなんとなくわかった。こいつら黒森峰か。たしか西住は副隊長をやっていたはずだ。

 そうなると今しゃべっている方ではなく、どことなく西住に似ているこの人が……。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ……になるわけか。西住もまさかここで会うとも思っていなかったのだろう、驚いている。

 そしてなんか西住の姉ちゃんから一瞬視線を感じたんだが……、どことなくこの視線には覚えがある。なんだっけな?

 ……思い出した。俺と小町が一緒にいるときによく感じる視線だ。その発生源が親父なのには今は触れないどこう、今はそっちではなく視線の意味。

 親父の場合ならかわいい娘に近づいてんじゃねー、みたいなニュアンスになるんだろうが、この人の場合はというと……、簡単だな。かわいい妹に近づく不埒な虫を排除しようとする目だ。

 俺も時折、小町が同級生の男子と話しているときなどにその視線を送るからよくわかる。

 父さん! 妖気です! ばりに俺のアホ毛にびびっと来た気がする。つまりこの人は俺と同様シスコンってわけか。

 まじで?なんか西住から聞いてたイメージとだいぶかけ離れている気がするんだが……。

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった……」

 

 その言葉、西住を含めほかのやつらも額面通りに受け取ってるんだろうな。ところがどっこい俺からすれば意味が全然変わってくる。

 これは西住が戦車道をやっていること自体に文句があるのではななくむしろ逆、あんなことがあったのに戦車道を続けて大丈夫なのか ?的な感じに心配をしているのだ。

 俺が言うのもなんだがはっきり言ってわかりにくすぎるだろ。もうちょっと言葉を付け加えるだけでだいぶ変わると思うんだが。

 たぶんこれ、西住は自分が嫌われていると思ってるんだろうな。そして西住のその態度で西住の姉ちゃんも西住から嫌われていると思っていると……。

 なんかすごくすれ違ってるんだがこの姉妹。いっそのこと気づきたくなかったなこの事実。なまじわかってしまった所為で見ていてもどかしく感じるんだが。

 

「お言葉ですが、あの試合のみほさんの判断は間違っていませんでした!」

 

「部外者は口を出さないでほしいわね」

 

「……す、すいません」

 

 西住のことを庇おうと秋山が突貫したがあっけなく撃沈。しょうがない、助けてやるか。俺もさっきから聞いていて少しだけイラッと来てたしな。

 

「なら、部外者じゃなきゃいいんだろ?」

 

「なんなのあんた? いつからそこに?」

 

 いやいや最初からいたよね? 俺のことなんか視界にも入ってないってか。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 

「俺のことはどうでもいいんだよ。さっきの話、つまりは関係者なら口を出していいってことだろ?」

 

「関係者? そんなのがどこにいるってのよ」

 

「ここにいるだろ。おい、西住」

 

「……え、私?」

 

「お前以外に誰がいるんだよ。ここであの時やったことの気持ちを言ってやれ」

 

「ふーん、聞かせて貰おうじゃない」

 

 こいつ、絶対西住がなにも言えないとか思ってるんだろうな。

 最初俺に指名されて戸惑っていた西住も自分がなにをすべきかはわかったのだろう。左手を胸のほうにやり、ギュッと握る。

 

「わ、私は……あの時やったことは、間違ってないと思ってます」

 

 最初にどもりはしたこそ、西住のその言葉に迷いはない。

 

「あなたの所為で10連覇を逃したのをわかって言ってるの?」

 

「……それでもあの時、私がやったことに後悔はないです」

 

「……っ!」

 

 黒森峰から戦車道から逃げ出した西住のままならそうだったのかもしれないが、生憎今いるこちらの西住はボコのように何度やられても立ち上がるんだよ。

 そして少なからずその言葉には動揺が隠せないよう。お姉ちゃんのほうはそうでもないんだが、えっと……名前がわからんな。

 

「なぁ秋山、あいつなんて名前なんだ?」

 

「たしか、逸見 エリカ殿だったかと。今の黒森峰の副隊長ですね」

 

 なるほどイッツミーね。

 

「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょ? 無様な戦い方をして西住流の名を汚さないようにね」

 

 見事な捨て台詞を言うもんだ。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが、西住流がそんなに偉いのか?」

 

「さっきからなんなのあんた? 男は戦車道に関係ないんだから黙ってなさいよ!」

 

 先程の西住の件でだいぶ苛立ってらっしゃる。だが残念だったな、俺は関係してるんだよ。だから言わせてもらう。

 

「いやいやそれが関係あるんだよ。なんせ俺、戦車道の全国大会に出るもんでね」

 

「は? なにを言って……まさか、あんたが今噂になっている張本人なの?」

 

 どんな噂が流れているかは知らんが、どうせ碌なもんじゃないだろうしどうでもいいけど。

 

「俺からもひとつ忠告しといてやるよ。視野は広く持った方がいいぞ。一つのことに固執しすぎるとどっかの誰かに足をすくわれるぜ?」

 

「それがあなたたちとでもいいたいの? それじゃあ言わせてもらうけど、戦車道に対して失礼じゃないの?」

 

「は? なにがだよ?」

 

「無名校のくせに……。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないことが暗黙のルールなの。しかもよりにもよって男なんて連れてくるなんてなにを考えてるのかしら、あなたたちは?」

 

 なんか最近普通に受け入れられてたから久しく忘れていたが、普通男が戦車道とか言ったらこの反応が当たり前なんだよな。

 それにしても暗黙のルールねぇ。

 

「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな……」

 

 冷泉のやつが俺の思ってたことをそっくりそのまま言ってくれた。あとでケーキでも追加で食わせてやるか。あ、今、金がないんだった。

 

「えっと逸見だったか?」

 

「なに? 気安く呼ばないでくれるかしら」

 

 それだと「おい」とか「お前」になるんだが、まぁいい無視しよう。

 

「とりあえずあれだ。もし俺たちが勝ったら西住に謝れよ。俺が負けたら土下座でもなんでもしてやるから」

 

「は、八幡くん! それはいくらなんでも……」

 

「いいわよ別に、万が一にもそんなことはないでしょうけど」

 

 よほど勝つ自信があるのだろう、その表情には微塵も敗北の二文字はないな。

 

「隊長そろそろ行きましょうか、……隊長?」

 

 なんだ? どうしたんだろうか? 何かを考え込んでいるのか?

 

「……君、名前は?」

 

 西住のお姉さんは考えが終わったかと思ったらいきなりそんなことを言ってきた。

 

「は? え、俺ですか?」

 

「ああ」

 

「……比企谷、八幡ですけど」

 

「なるほど……。エリカ、私は彼と話があるから先に行っててくれ」

 

「な!? 隊長! で、ですが……!」

 

「エリカ」

 

「わ、わかりました……。そこのあんた、隊長に変なことしたら承知しないから!」

 

 いやしないから。

 

「ここではなんだから席を移動しようか」

 

「あ、はい」

 

 ということで冒頭に戻るんだが、まじなんなんだろうか? 俺はこの人と面識はないはずだが……、もしかして小町が関係してるんだろうか?

 

「それで話というのは……」

 

「俺の妹、小町のことですか?」

 

 俺から切り出すと、すこし意外だったのか表情が一瞬変わったがまたすぐに戻る。

 

「ああ、今黒森峰だけではなくほかの高校もこぞって君の妹を入れたがってるのは知っているだろ?」

 

「まあ…それはさすがに。でも小町は大洗に入るつもりですよ?」

 

「それも知っている。頭が痛い話だが、どうやら私の高校含めほかの高校もあきらめてはいないらしいんだ」

 

 小町のやつをそこまでして入れたいのか。

 

「それで?」

 

「たぶんだが、もう君の家に各高校の招待状が届いてるはずだ」

 

「招待状?」

 

「簡単に言うと、体験入学という形で学校を知ってもらい、あわよくば入学してくれることを期待しているのだろう」

 

「それはまた……」

 

 小町がめんどくさがるわけだ。戦車道がある学校がいくつあると思ってるんだ? 少なくとも二桁は超えるだろうからそれだけでも嫌になるな。

 それを全部体験入学とか現実的に無理だろ。

 

「君に言ってもしょうがないのだが、一言謝っておこうと思って話をさせてもらった」

 

 この人もわざわざ律儀だな、自分は関係ないだろうに。

 

「それはどうも。それより西住……妹さんの学校のこととかは俺に聞かなくていいんですか?」

 

「なぜ?」

 

 なぜもなにもないんだが、あくまで自分は西住に興味がないと言わんばかりの態度である。

 

「だって好きでしょ?」

 

 ガタッ!!

 お、おう、すごく動揺してらっしゃる。今のは俺の言い方がまずかったか? いやでもなぁ、正直こんな反応をされるとは思ってもいなかった。

 

「どうしてそう思う」

 

 冷静なふりをしてるけど握ってるカップが微妙に震えてますよ? まさか他人に指摘されるとは思わなかったんだろうな。

 

「なんて言ったら……えっと、仕草、目線ていえばいんですかね。あなたが妹さんを見るときの目でなんとなくそうなのかと」

 

「それだけで?」

 

 これにはさすがに西住のお姉さんも驚いている。長年培ってきた人間観察の賜物だな。

 

「あとは俺のことを一瞬睨んだでしょ?勘違いだったらすいませんけど」

 

「……君は人のことをよく見ている」

 

 どうやら俺は間違っていなかったらしい。そもそも俺が間違ってるとは微塵も思ってなかったけど。

 

「俺の意見でいいなら学校でのことを答えますよ?」

 

「そうか……。なら、単刀直入に聞こう。君とみほは付き合ってるのか?」

 

 思わず飲んでいたお手製MAXコーヒーを吹き出しそうになった。最初に聞く質問がそれですか……。いや俺でもたぶん最初にそれを聞くと思うんだが、この人隠す気がなくなったんだろうか?

 あとどうでもいいが、MAXコーヒーは先程持ってきてもらった練乳とコーヒーで作れるので覚えておこう。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「みほはああ見えて人見知りが激しい。だから男子と一緒にいるのはよっぽどのことがない限りないと思ってな」

 

 まあたしかに、西住は人見知りなところがあるとは思うが、そこまではないと思うんだが。俺が言うのもなんだが過保護すぎない?この人。

 

「まず俺とはそういう関係じゃないんで安心してもらっていいですよ」

 

「そうか……」

 

 よほどそのことが気になっていたのだろう。すごくホッとしている。わかりづらいけど。

 

「でも、一つ謝っておくことが」

 

「なんだ?」

 

 こわっ! ちょ、まじでその目はやめてください。下手すると視線だけで人を殺せそうな勢いである。いや、まじで。

 

「え、えっと……、西住が戦車道を大洗で始めた原因が俺にあるんですよ」

 

「君に?」

 

「ええ、だから謝っておこうかと」

 

「……そうき。みほが選んだことだ、君が気にすることもないだろう……。しかしあのみほがまた戦車道を始めるとはな」

 

「そんなに意外ですか?」

 

「みほが黒森峰を離れる原因になった試合は知っているだろうか?」

 

「……ええ」

 

「みほが黒森峰を離れた時は戦車道をやめるものだと……。みほは優しすぎる、西住流とはもともと相いれなかったのだろう」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「いえ、俺にそんなことまで話してよかったんですか?」

 

 俺に言われて気づいたらしい、意外な顔をしてらっしゃる。

 

「言われてみるとそうだな。そもそも私がみほのことで誰かに話をしたことがなかったからかもしれない。それに……」

 

「それに?」

 

「君はなんとなく信用が出来る。みほも心を許しているようだし」

 

「そんなことは……」

 

「そんなことはあるよ。みほは人を見る目がある。君はよほど信頼されてるよ……。それこそ私よりも」

 

 それはいくらなんでもいいすぎだろう。

 

「それに先程のみほには驚かされた。大洗に転校したことはみほにとって間違いではなかったようだな……」

 

 一瞬、本当に一瞬だが、そこには西住流の西住 まほでなく、一人のお姉ちゃんとしての彼女が垣間見えた気がした。

 

「俺のことはこの際置いときましょう。西住とは話をしないんですか? 西住のお姉さん」

 

「ん? あぁそういえばまだ自己紹介をしていなかったな。私は西住 まほだ」

 

 いや、俺は名前を知らなかったから呼ばなかったわけじゃないんですよ。ただ単純に西住と呼び分けるときに名前呼びをしないといけなくなるからしなかっただけなんで。

 

「それより話を戻しましょう」

 

「私がみほと話をしないかだったか?……それはしない方がいいと思う」

 

「それはまたなんで?」

 

「みほはあの試合以来、私と顔をあわせるとつらそうにする。だから……」

 

「だから、近づかない方がいいってことですか?」

 

「あぁ、私はみほに嫌われてるようだしな」

 

「そんなことはないと思いますよ? 西住のやつ、お姉ちゃんやお母さんに認めてもらえるよう自分の戦車道を探すって言ってましたし、嫌いな相手ならそんなことしなくていいでしょ?」

 

「……みほがそんなことを」

 

「ええ」

 

「君も物好きだな。私たちのことなど放っておけばいいものを」

 

 そういえば俺はなんでこんなに関わっているんだろうか?

 理由は至ってシンプルだった。

 

「昔の俺と小町を見てるようでもどかしかったんですよ」

 

「……そうか、今日は話を聞いてくれてありがとう」

 

「西住とは話していかないんですか?」

 

「エリカを待たせているし、なにより私の気持ちの整理がまだつきそうにない」

 

「……そうですか」

 

「みほのことを頼む、八幡」

 

「いや、えっと……、とりあえず、なんで名前呼びなんですか?」

 

「なにかおかしかっただろうか?」

 

 おかしいよね?え?おかしくない?というか西住といいこの人といいなんで基本的に名前呼びなの?

 

「いえ、なんでもないです」

 

 俺はあきらめた。だってどうやっても説得できそうな気がしないのだ。西住以上に頑固そうだしこの人。

 

「今日はエリカがいろいろ失礼なことを言ったと思うが許してやってくれ。それと連絡先を交換しておこう。もしみほのことでなにかあったら連絡をくれると助けになれると思う」

 

 そういって西住のお姉さんは去っていった。

 そしてなぜだか俺の連絡先が増えた。

 まぁいい、俺も帰るか。なんか忘れてる気もするが…そうだったテイクアウトできるか聞かないと。

 

「ひ~き~が~や~、私たちに何の説明も無しに帰るつもり!」

 

 そういえば武部たちもいたんだっけか。

 

「すまん忘れてた」

 

「それは話すことを?それとも私たちのことを?」

 

 両方です! とか答えたらなんかやばさそうなのでやめておこう。俺だって命は惜しい。

 

「だいたい敵の大将となにを話してたの!」

 

「まあまあ、沙織さん落ち着いて」

 

「まあ基本的には世間話とか小町のことでな」

 

「小町ちゃん?」

 

「ああ、なんか小町宛てにいろいろな高校から体験入学の招待状が来るらしいからそのことで話してた」

 

「小町ちゃん、比企谷と違ってすごいんだね」

 

 あの武部さん? わざわざ俺を引き合いにださなくてもいいよね? 小町のことだけ素直に褒めといてくれよ。俺に被弾させるのはやめてくれ。

 

「あ、それと西住」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、やっぱなんでもない」

 

 これは俺がわざわざ言うことじゃないな。きちんとあの人から直接聞いた方がいいだろう。

 

「そう?」

 

「ああ……」

 

 

 ====

 

 

 あの時、八幡君なんて私に言おうとしたんだろ?ちょっと気になるな、お姉ちゃんとも話してたみたいだし……。

 

「寒くないですか?」

 

 私は今、学園艦のデッキにいる。優花里さんがどうやら心配してわざわざ来てくれたみたい。

 

「あ……うん、大丈夫」

 

「全国大会……、私は出場できるだけで十分です。他の学校の試合も見られるし、大切なのはベストを尽くすことです!それが例え負けたとしても……」

 

 勝つことがすべてじゃない、のかな?どうなんだろ、私は今まで勝つことでしか西住流としての自分が存在しないと思ってたけど。大洗のチームのみんなを見ていたらそれだけじゃないのかもしれない、と思っている自分もいる。

 

「それじゃあ困るんだよね~」

 

「絶対に勝て!」

 

「え?」

 

「我々はどうしても勝たないといけないのだ!」

 

「そうなんです、だって負けたら……」

 

「しーっ!」

 

「あ……、」

 

「まあとにかく!すべては西住ちゃんの肩にかかってるから。今度負けたら何やって貰おうかな~、考えておくね」

 

 そういって会長さんたちはこの場を去っていきました。

 

「あ、だ、大丈夫ですよ!頑張りましょう!」

 

 サンダース付属に勝つには……。

 

「初戦だからファイアフライは出てこないと思う……。せめてチームの編成がわかれば戦いようがあるんだけど」

 

 この時私が何気なく言った一言で優花里さんがあんなことをするなんてその時の私は思ってもいなかったんです。

 



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秋山 優花里のスパイ・ウォー

 抽選会が終わってその次の日、なぜかその日は八幡くんと優花里さんが戦車道の練習に来なかった。

 

「秋山さん、結局練習来ませんでしたね」

 

「比企谷にいたっては学校にすら来てないよ、今日」

 

 そう、八幡くんは学校を休んでいる。

 

「メールは返ってきた?」

 

「ぜーんぜん、電話かけても圏外だし」

 

「八幡さんが学校を休むのも珍しいですよね」

 

「そうなんだよねー、いつもめんどくさいめんどくさい言いながらも戦車道の授業はちゃんとやってるし」

 

「意外と真面目……」

 

「本人が聞いたらものすごく否定しそうだけど」

 

「八幡さんですからね」

 

「捻くれてるからな……」

 

「だって比企谷だもんねー」

 

「とりあえず、秋山さんの家に行ってみましょうか」

 

「そうだね」

 

「そのあと一応、比企谷の家に行ってみようか」

 

「誰か八幡くんの家に行ったことあったかな?」

 

 私はふとした疑問を口に出す。

 

「あれ?そういえば……。麻子知ってる?」

 

「私が知るわけないだろ…」

 

「華は?」

 

「いえ、わたくしも」

 

「みぽりん……は知らないか、話切り出した本人だし」

 

「う、うん……」

 

「というか、誰も比企谷の家に行ったことがないのね」

 

「女子が男子の家に行くこともそうそうないだろ……」

 

 たしかに麻子さんの言う通りかも。

 

「それもそっか、あとで小町ちゃんにメールで聞いてみようか」

 

 そういうことで話はまとまり、私たちは優花里さんの家へと向かう。

 そして優花里さんの家に到着。秋山理髪店、と看板にはそう書かれてる。

 

「あれ? ゆかりんの家、床屋さんだったんだ」

 

 優花里さん、中にいるかな?お店の中に入ってみる。

 

「いらっしゃいませ」

 

「すいません! あの、優花里さんはいますか?」

 

「あんたたちは……」

 

「友達です」

 

「友達……と、友達いぃぃ!?」

 

「お父さん落ち着いて!」

 

「だってお前! 優花里の友達だぞ!?」

 

「わかってますよ。いつも優花里がお世話になっています」

 

「お、お世話になっております!」

 

「あ、あの……」

 

 と、とりあえず、優花里のこと聞かなきゃ。

 

「優花里、朝早くうちを出てまだ帰ってきてないんですよ、どうぞ二階へ」

 

 え? どういうことなのかな? 優花里さんは朝早くからいないって………。

 

 そしてそのまま優花里さんの部屋に招かれた私たち。

 優花里の部屋の中には戦車関連の物がズラッと並んでいます。戦車の模型、ポスター、砲弾など、それこそ私がわからないようなものまで。

 優花里さん、ホントに戦車が好きなんだなぁ。

 

「どうぞー、食べて頂戴」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「良かったら待ってる間に散髪しましょうか?」

 

「え? えっと、その……」

 

「お父さんはいいから!」

 

「……はい」

 

「すいません……。優花里のお友達が来るなんて初めてなもので。なんせ戦車戦車で気の合う友達がなかなかできなかったみたいで、戦車道の友達ができたってすごく喜んでいたんですよ」

 

 そうだったんだ、優香里さん。だから抽選会の帰りにあんなこと言ってたのかな?

 

「じゃあ、ごゆっくり」

 

 そういって優花里さんのお母さんは部屋を出ていきました。

 

「いいご両親ですね」

 

 華さんの言うとおりかも。

 そして突然部屋の窓が開いたと思ったらそこには、

 

「あっ!」

 

「ゆかりん!?」

 

「あれ? みなさんどうしたんですか?」

 

「優花里さんこそ」

 

 そこにはなぜかボロボロのコンビニの制服をきた優花里さんがいた。……なんでコンビニの制服なんだろ?

 

「連絡がないので心配したんですよ?」

 

「すいません。電源を切っていました」

 

「つか、なんで玄関から入ってこないの!」

 

「この格好だと父が心配すると思って」

 

「「「ああ~」」」

 

「でもちょうどよかったです!是非見てもらいたいものが!」

 

 そういって優花里さんはなんだか機械関係をいじって一本の動画を流しだした。

 タイトルは……、「実録!突撃!!サンダース大付属高校」? なんだろう、これ?

 

「こんな映像があるんですね」

 

「どこで手に入れたの?」

 

 沙織さんの質問に優花里さんは意味ありげな笑みを返しただけでした。

 そして映像が流れ出す。な、なにが映ってるのかな?

 

『私は今、サンダース大学付属高校に来ています』

 

 あれ? この声ってもしかして……。そう思っていたら優花里さんの顔が映る。

 

『では、潜入します!』

 

「これどうしたの?」

 

「帰る途中自分で軽く編集してきました。テロップもまだ仮なんですけど」

 

 なぜか照れくさそうな優花里さん。私が聞きたかったのはそっちじゃないんだけどな……。

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 沙織さんも私と同じことを思ったのかツッコんでいる。

 

『では、無事潜入できましたのでサンダースの制服に着替えたいと……あっ!』

 

 そこで優花里さんは自分が録画していたのを思い出したのか、映像が暗転する。正直この場に八幡くんがいなくてよかったのかな? 別に映ってたわけじゃないんだけど。

 

『これでどう見てもサンダース校の生徒です』

 

 このサンダースの制服どこで手に入れたんだろう優花里さん? もしかしてほかの高校の制服も持ってたりするのかな?

 優花里さんはサンダースの制服に着替え終えると、てくてくと歩き出す。

 

『はぁーい!』

 

『『はぁーい!』』

 

 何事もないように普通に挨拶を返す優花里さん。

 ど、度胸あるなぁ。私だったら緊張でそれどころじゃなくなっちゃいそう。

 

『みんなフレンドリーです、ばれてません!』

 

「つか、最初にコンビニの制服を着てたのはなんで」

 

「コンビニの定期便に乗り込んで学園艦に潜入したんです」

 

「なるほど」

 

 それでコンビニの制服を着てたんだ優香里さん。

 映像が流れてしばらくすると、優花里さんは格納庫らしき場所に到着した。

 

『すごいですシャーマンがずらり、あれはM4A1型、あっちはA4無印、ああ! あれはわずか七五両しか作られなかったA6があります!! あ、サンダースの生徒です! 一回戦、頑張ってくださーい!!』

 

 ……なんだかすごく楽しそうだな優花里さん。自分が潜入していることは忘れてないんだよね? ちょっと不安になってきている自分がいる。大丈夫かな?

 

 そして場面が切り替わったと思ったらサンダースの人たちが集まっている場面に切り替わりました。

 切り替わる途中で出てきたあんこうが可愛かったな。あれ優花里さんが書いたのかな? あとで聞いてみよう。

 

『全体ブリーフィングが始まるようです』

 

 さすがにここでは優花里さんも小声になっている。

 

『では一回戦、出場車両を発表する』

 

 ここは重要なところ、録画なのはわかってるけど緊張するな。

 

『ファイヤフライ一両、シャーマンA176ミリ砲搭載一両、75ミリ砲搭載八両』

 

『容赦ないようです』

 

『じゃあ次はフラッグ車を決めるよ! オーケー?』

 

『『『イェーイ!!』』』

 

『随分とノリがいいですね、こんなところまでアメリカ式です』

 

 オオォー!!

 

『フラッグ車が決まったようです』

 

『なにか質問は?』

 

『はい! 小隊編成はどうしますか?』

 

 ゆ、優花里さん、いくらなんでもそれはまずいんじゃ……。

 

『オ~! いい質問ね! 今回は完全な二個小隊は組めないから三両で一小隊の一個中隊で行くわ!』

 

『フラッグ車のディフェンスは?』

 

『ナッシング!』

 

『敵にはⅢ突がいると思うんですけど……』

 

『大丈夫、一両でも全滅させれるわ!』

 

 オオォー!!

 

『ん? 見慣れない顔ね……』

 

『え!?』

 

『所属と階級は?』

 

『えっ、あのー、第六機甲師団オッドボール三等軍曹であります!』

 

『ぷっ!』

 

『は!?』

 

『偽物だー!!』

 

『うあぁー!』

 

『ちょっと待ちなさい!』

 

『追えー!!』

 

 優花里さんは一目散に廊下へ向かって走り出す。

 

『はぁ、はぁ、有力な情報を入手しました。これでレポートを終わり……うわぁっぷ!』

 

 優花里さんは最後カメラに向かってしゃべっていたせいで前にいた人にぶつかった。その衝撃でカメラが飛んで映像が途切れたかと思ったらテロップが流れ出す。

 え? これで終わり?

 

「なんという無茶を……」

 

「頑張りました!」

 

「いやいや、ていうか最後ぶつかって大丈夫だったの?

  ここにゆかりんがいるからなんとか脱出できたとは思うんだけど……」

 

「え、えっとー、それは……」

 

 あれ? 優花里さんなんで顔が赤いんだろ?

 

「その、ぶつかった相手というのが……ですね」

 

「相手が?」

 

「比企谷殿だったんです……」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「ひ、比企谷!? な、なんで!?」

 

「それが説明すると長いんですけど……」

 

 prrrrrr!

 

「ゆかりん、電話なってるよ?」

 

「あ、すいません。ちょっと電話にでますね……もしもし」

 

『もしもし、秋山か?』

 

「どうかしましたか?」

 

『いや、お前が忘れ物してたから届けに来たんだが、制服、あるか?』

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。……あ、わざわざすいません、比企谷殿」

 

『いや、それはいいんだが、できれば早く下に来てくれないか?……秋山の親父さんがすごい顔でこっちを睨んできてるから助けてほしいんだが』

 

「ちょ、ちょっと待っててください比企谷殿! 今向かいますから!』

 

 電話が終わると優花里さんは一階へ降りていく。

 

「どういうことなの?」

 

「私にもさっぱり……」

 

「右に同じく……」

 

「とりあえず八幡さんが来るみたいですし、本人に聞いた方が早いんじゃないでしょうか」

 

 華さんのいう通りかも、とりあえず今は八幡くんに聞かないと。

 

 

 ====

 

 

 いやしっかし秋山の親父さんも疑り深いな。たしかに俺は目は腐ってるけど、まさかストーカー扱いまでされるとは思わなかった。

 秋山のやつが二階から降りてきて説明してくれるまで店の扉さえ通してくれなかったしな。

 終いには俺のことを彼氏か!? と秋山に聞いてビンタされていたが、そこはもう自業自得だな。

 

「す、すいません、うちの父が……」

 

「まあ、親父さんも悪気があったわけじゃないんだし許してやれよ?」

 

「はい……。あとで謝ります……」

 

 さすがにビンタしたことは反省しているのかしょんぼりしている。

 そして二階に上がり秋山の部屋に入るとそこには……。

 

「あれ? なんで西住たちがここにいるんだ?」

 

「なに? いちゃ悪いの?」

 

 いやそんなことは言ってないだろ。なんでそんなに機嫌悪いの?

 

「西住殿たちは私が今日、戦車道の練習に来てなくて心配してくれたみたいで……」

 

 そういうことか。

 

「秋山、西住たちに内緒で偵察してたのか」

 

「す、すいません……」

 

「いやまあ、無事だったんだしそこまで言わんが、次からは気を付けろよ?」

 

「比企谷、私たちになんか言うことがあるんじゃないの?」

 

 は? なんかあったけ?

 

「さっきゆかりんから聞いたんだから! なんでサンダースにいたか説明してよ!」

 

「ん、ああ、そのことか」

 

「どういうことなの八幡くん?」

 

「西住たち、抽選会のあとで俺が小町のことを話したのを覚えてるか?」

 

「あの体験入学とかなんとかいってたやつ?」

 

「ああ、簡単な話、それに俺が行ってたんだよ」

 

「え? でも小町ちゃんに来てたんだから小町ちゃんが行かなくても大丈夫なの?」

 

 西住、いい質問だ。疑問にはきちんと答えてやらんとな。

 

「実際に小町に来てた体験入学の案内は10件以上、普通に考えれば全部いくなんてまず無理だしな」

 

「それもそうですね」

 

「だから小町のやつがこう言ったんだよ、お兄ちゃんをそちらの学校に向かわせますのでお兄ちゃんが気に入れば小町も入学するかもしれません、ってな」

 

「そんなんでいいの?」

 

「小町がほかの高校の誘いを断る時にわざわざ俺を理由に断ってるからな、なんの疑問にも思わなかったんだろ」

 

「え……雑すぎないそれ」

 

 俺もそれは思ったよ? 思ったけど、なんでだろうな? 俺は行くことになってしまったのだ。まあ原因は小町にあるんだが、内容が内容だけに怒れんし。

 

「それで八幡くんは今日、サンダースにいたんだ」

 

「ああ、まさか秋山のやつがいるとは思わなかったけどな」

 

「アハハ……」

 

「それでさっき優花里さんの動画を見てて最後にぶつかったのが八幡くんだって聞いたんだけど……」

 

「あれな、あれには俺もさすがにびっくりしたわ。見学してていきなり誰かとぶつかったかと思ったらそれが知り合いとか予想できん」

 

「それでどうなったの?」

 

「ぶつかった秋山がな、ビックリしすぎて腰抜かしたんだよ」

 

「え、それじゃゆかりんどうやってそこから逃げたの?」

 

「ん? ああ、俺が担いで行った」

 

「へ?」

 

「そ、それが比企谷殿にお姫様抱っこをされてしまいまして……」

 

「お、お姫様抱っこ!? な、なんで!?」

 

 うるさいぞ武部、なにがそんなに気になってるか知らんが落ち着け。

 

「なんでって言われてもな、それが一番安全に変に触らずに運べたからな」

 

「……それでさっき優花里さん説明しようとして顔が赤くなってたんだ……」

 

 なんか西住が言ってる気がするが小声で聞こえにくいな。

 

「まあそんな感じで秋山を出口に連れて行ったわけだ……っておい」

 

 西住たちが端っこに集まってなんかこそこそ話してるんだが、なにやってるんだ?

 

「ゆ、ゆかりん、お姫様抱っこされてどうだった?」

 

「え、えっと、なんて言ったらいいんでしょうか? 意外と比企谷殿ががっちりしていてそっちの方ばかり気になってしまって……すいません」

 

「戦車を動かす為に鍛えてるとおっしゃってましたし、おかしくはないのでは?」

 

「それもそうですね。抱えられているときは意外と安心できましたよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

「ですけど、お姫様抱っこですか。一度は憧れますね」

 

「華もわかる!? 私は彼氏が出来たら絶対やってもらうんだ、お姫様抱っこ!」

 

「そもそも彼氏ができるんですか?」

 

「無理だろ……」

 

「もう二人して私を馬鹿にして、彼氏つくって絶対に見返してやるんだから!」

 

「それがフラグにならないといいな……」

 

「麻子!」

 

 おーい、俺を置いてけぼりにしてガールズトークに走らないでくれ。

 そしてどうやら話が終わったらしい。秋山が今日の動画が入ってるデータを西住に渡している。

 

「西住殿、オフラインレベルの仮編集ですが、参考になさってください」

 

「ありがとう……。秋山さんのおかげでフラッグ車もわかったし、頑張って戦術立ててみる!」

 

「無事でよかったよ、ゆかりん」

 

「怪我はないか?」

 

「ドキドキしました」

 

「心配していただいて恐縮です。わざわざ家にまで来てもらって……」

 

「いいえ、おかげで秋山さんのお部屋も見れましたし」

 

「あの、部屋に来てくれたのはみなさんが初めてです、私ずっと戦車が友達だったんで……」

 

 完全に俺のこと忘れられてる気がするんだが、どうしたらいいん?

 

「ホントだ、アルバムの中ほとんど戦車の写真」

 

「へ?」

 

「なんでパンチパーマ?」

 

「くせ毛が嫌だったのと、父がしてるのを見てかっこいい! と思って、中学からはパーマ禁止だったんでもとに戻したんですけど」

 

「いや、友達が出来なかったの戦車の所為じゃなくてこの髪型の所為じゃ……」

 

「え?」

 

「なんにせよ、一回戦を突破せねば」

 

「頑張りましょう!」

 

「一番頑張んないといけないのは麻子でしょ?」

 

「なんで?」

 

「明日から、朝練始まるよ」

 

「え……」

 

「は? 俺聞いてないぞ、そんなこと」

 

「うわっ! ビックリした。そういえば比企谷もいたんだっけ……」

 

 やっぱ忘れてたのね、まあいい俺の存在感がないのは今に始まったことじゃないし、それより。

 

「どういうことだ?」

 

「今日の戦車道の練習が終わったあと、会長さんが言ってたんだよ」

 

 なるほど、しかし朝練か、めんどくさいの一言に尽きるな。でもなあ、行かなかったら絶対河嶋さんにあとでなにか言われるし、なにかいい策はないだろうか?

 

「比企谷……」

 

「もう朝に迎えには行かんぞ」

 

 どうせ俺が行っても起きんだろうしな、ここは素直に武部にまかせよう。

 

 

 ====

 

 

 そして次の日。

 

「それでは本日の練習を終了とする、解散!」

 

「「「お疲れさまでした!!」」」

 

 サンダースとの試合までずっとこれか。疲れた、早く家に帰ろう。

 

「お疲れ様」

 

「疲れた~、甘いもの食べた~い」

 

「なにか食べて帰る?」

 

「うん!……あっ、私たち用事があるからみぽりん先帰っていいよ」

 

「え……、うん」

 

「比企谷!」

 

「なんだ?」

 

「みぽりんを送っていってあげてくれる?」

 

「そんくらいなら構わんぞ」

 

「じゃあ、みぽりんのことよろしく!」

 

 なるほどね、武部たちもようやるわ。

 

「じゃあ、行くか、西住」

 

「う、うん」

 

 西住はよくわかっていない感じだな。武部たちも別に隠したりしなくてもいいと思うんだが。そこはあれだろうか? 少しでも早く上達して西住を驚かせたいとかそんな感じか?

 そして帰り道の途中。

 

「あっ……」

 

「どうした西住?」

 

「私教室に作戦ノート忘れちゃったみたい。八幡くん、先に帰っていいよ」

 

「それだと俺が送った意味がなくなるから、俺も一緒に行くぞ」

 

「え、でも……」

 

「西住を一人にしたら武部に明日何言われるかわからんしな、さっさと行って済ませようぜ」

 

「……それもそうだね」

 

 俺たちは教室に戻るために来た道をまた戻る。

 

「あったか西住、作戦ノート」

 

「うん、大丈夫、やっぱり机の中に入れてたみたい」

 

「そうか、じゃあ帰ろうぜ」

 

「あ……」

 

 西住はなにかに気づいたのか歩みを止める。西住が見ているのは武部の机か? そこにはカバンがぶら下がっている。

 まあこれは不可抗力だな。たぶん西住も武部たちが残った理由に気づいたろ。

 

 そしてそのままいつもの倉庫の前に行くと戦車の走行する音が聞こえてくる。

 

「9秒!さっきよりちょっとはやくなったかも!」

 

「やった!」

 

「次はもっとはやく動いて見せます!」

 

「みんな……」

 

「「「あ……」」」

 

「まだ練習してたんだ」

 

「私たち、みぽりんの足を引っ張らないようにしなくちゃと思って……」

 

「お姉さんたちを見返してやりましょうね!」

 

 そうか、武部たちの中で黒森峰=西住の敵という認識になってるのか。まあ、あんだけボロクソに言われたらそうなるか。やる気につながってるんなら今はそのままにしておこう。俺が誤解を解いてもいいんだがやるメリットがあんまりないしな。

 

「それより比企谷、なんでいるの?」

 

「お前が送ってけって言うから西住と一緒にいるんだが?」

 

「ご、ごめんごめん、そう意味じゃなくて……」

 

「じゃあ、なんだよ……」

 

「さっき校内放送があったから」

 

「校内放送?」

 

「なんかよくわかんないけど、職員室に呼ばれてたよ比企谷。またなんかしたの?」

 

「またってなんだ、またって、人を問題児みたいにいうな」

 

「いや、十分に問題児でしょ比企谷は……」

 

 なんのことかまったくわからんな。それより……。

 

「いや、まじで俺なんかしたっけか?」

 

「ホントに心当りないの比企谷?」

 

「ない!」

 

「そ、即答……」

 

「まあ、とりあえず行ってきなよ、身に覚えがあるにしろないにしろ」

 

 武部の言うとおりなんだが、なんだろうか?すこぶる行きたくない。はあ、めんどくさいが行くしかないか。

 

「じゃあ西住のことは頼んだぞ」

 



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やはり戦車道をやっている俺が奉仕部に入るのは間違っている

 青春とは嘘であり、悪である。

 

 青春を謳歌せし者たちは、常に自己と周囲を欺き、自らの取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

 

 彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も、社会通念も捻じ曲げてみせる。

 

 彼らにかかれば、嘘も秘密も罪咎も失敗さえも、青春のスパイスでしかないのだ。

 

 仮に失敗することが青春の証であるのなら……

 友達作りに失敗した人間もまた、青春のど真ん中でなければおかしいではないか。

 

 しかし、彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合主義でしかない。

 

 結論を言おう、青春を楽しむ愚か者ども、砕け散れ。

 

 

 ====

 

 

「砕け散るのは君の方だ。なあ比企谷、私が授業で出した課題はなんだったかな?」

 

 そう言って白衣を着た教師こと、平塚先生が俺に問いかける。なんか白衣を着た天使っぽく聞こえるが、平塚先生はそんなものと一番遠い存在とだけ言っておこう。

 これ以上は俺の命が危ないので言及はしない。この人ホント勘だけはいいのだ。俺が変なことを考えようなものなら即、鉄拳制裁である。これは比喩でもなんでもなく文字通りの意味。

 とりあえず、平塚先生の質問に答えるか。

 

「はあ、高校生活を振り返ってというテーマの作文でしたが」

 

「それでなんで君はこんな舐め腐った作文を書いてるんだ。なんだこれ? どうしてこうなった?」

 

 なんでといわれても、そうなってしまったとしかいいようがない。

 

「ったく、戦車道を始めて少しは変わったと思ったが……」

 

 俺は今、西住たちとあそこでわかれたあと職員室に来たわけだが、何故かこんなことになっている。

 

「君の眼は死んだ魚のような目だな」

 

 どこかの万事屋だろうか? いや、生徒会の何でも屋という意味では間違ってないんじゃね?

 

「そんなDHA豊富そうに見えますか、賢そうっすね」

 

 俺がそう返すと、平塚先生がまるで汚物を見るような目で俺を見てくる。

 俺はそっちの趣味はないのでいくら睨まれてもうれしくともなんともないのでやめてください。いや冗談抜きでやめてほしい。それは教師が生徒に向ける目では絶対ないだろ。

 

「真面目に聞け!」

 

「ひぃっ…! い、いや、俺はちゃんと高校生活を振り返っていますよ? だいたいこんな感じじゃないでしゅか?」

 

 噛んでしまった……。死にたい。

 

「小僧、屁理屈を言うな……」

 

「小僧って……いや、たしかに先生の年齢からした――」

 

「せいっ!!」

 

 掛け声と共に右ストレートが俺の顔の横を通って行った。

 ちょっと待って平塚先生。今の人に向けていいレベルのものでは断じてなかったぞ。

 

「女性に年齢の話をするなと教わらなかったのか?」

 

「す、すいませんでした。というか平塚先生、なんで今更俺を呼びだしたんですか?」

 

「どういう意味だ、比企谷?」

 

「どういう意味ってそのまんまですよ。この作文で俺を呼びだすなら前のやつでもよかったんじゃないですか?」

 

「ほう、君は最初に自分がまともな作文を書いていないと自覚していながら今回のを提出したわけだ」

 

 しまった、藪蛇になったな。これは話を変えないと。

 

「そ、それより、生徒会長が言ってましたよ? 先生の手に負えないから生徒会に更生の依頼をしたって」

 

「彼女が?ふむ、たぶんそれは嘘だろ」

 

「は? 嘘?」

 

 なにをいってるんだこの人は?

 

「たしかに更生の依頼をしたのは私だが、あの作文に関しては彼女が君を脅すために必要だからと聞かなくてな」

 

 おいおい、つまりどういうことだ? もしかして最初のあの時、俺が断っていたらあの作文で脅してたってことか? あの生徒会長一人の生徒を確保するためにそこまでするのかよ。今後の付き合いを真剣に考えないといけないんじゃいかこれ?

 

「というか平塚先生、相手が脅すのに使うとわかってて渡したんですか?」

 

「そういうな比企谷、実際今のところ被害はないんだろ?」

 

 そういう問題じゃないと思うんですが……どんだけ信用されてるんだあの会長。

 

「安心しろ、彼女は君が思うほど横暴ではないよ」

 

 俺の知る限りにおいて横暴の限りを尽くしているんだが……。まさかあの会長、教師たちには仮面を被ってるのか?そ れならあの生徒会室の広さにも納得がいくな。

 教師たちは全員、あの生徒会長に騙されているのかもしれん。まじあの人なにもんだよ、恐ろしすぎる。

 

「それで、作文を書きなおしたらいいんですか?」

 

「そうだな、戦車道に入れてもダメとなると……比企谷、ちょっと着いてきたまえ」

 

 え? 今から俺はどこに連れていかれるの? 校舎裏に連れていかれてボコボコにされたりするんだろうか? と内心思っていたのだが、俺が連れてこられたのは。

 

「空き教室?」

 

 そして先生が扉を開けるとそこには一人の少女がいた。いや、美少女といっても過言でないのかもしれない。ただ椅子に座っているだけで絵になるとかそうそうないだろ。

 その少女は俺たちが入ってきたことに気づいたようで。

 

「平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずですが……」

 

「ノックをしても君が返事をしたためしがないじゃないか」

 

「返事をする間もなく先生が入ってくるからですよ」

 

 この二人はいつもこんなやり取りをやっているんだろうか?

 

「それでそこのぬぼーっとした人は?」

 

 ちょっと初対面なのに失礼すぎないかこいつ、さっき美少女と言ったが取り消そう。正確には性格の悪い美少女だ。

 そして俺はコイツのことを知っている。というか知らないやつがいないレベル。

 大洗学園国際教養化2年J組、大洗が共学化する前からあるクラスの為、9割が女子であり偏差値の高い生徒の派手なクラスとして知られている。その中でも異彩を放っているのが雪ノ下 雪乃、学内誰もが知る有名人だ。なんでそんなやつがこんな空き教室にいるんだ?

 

「彼は入部希望者だ」

 

 は? いやちょっと待ってください入部?

 

「どういうことですか、平塚先生」

 

「あのふざけた作文の罰だよ比企谷。君には今からこの部活に入ってもらう」

 

「いや、待ってください。俺は戦車道で忙しいんですが……」

 

「それは知っているよ。だがな、君のその腐った性根はここでしか治らないと私は思っている」

 

 俺はそうは思いませんけどね、むしろ悪化するまである。

 

「とりあえず自己紹介したまえ」

 

 俺は平塚先生に言われ自己紹介しようとしたのだが。

 

「普通Ⅰ科2年A組比企谷 八幡くんでしょ?」

 

 そう雪ノ下は俺に言ってきた。俺を知ってるのはどいうことだ?

 

「なんだ雪ノ下、君は彼のことを知っていたのか」

 

「むしろ彼の名前を知らない人がいないんじゃないでしょうか、平塚先生」

 

 どういうことだ?

 俺は雪ノ下の方を見るとなぜか鼻で笑われた。おい喧嘩売ってんなら買うぞ、平塚先生がな。

 

「俺は自分で言ってなんだが、人様に知られるようなことをした覚えがないんだが……」

 

「あら、本当に知らないようね」

 

「おい、本題に入れよ。いちいちもったいぶるな」

 

「今年から戦車道が選択科目に入ったのはあなたも知っているわね?」

 

「ああ……」

 

「それじゃあ男子が戦車道を選んだ数はわかるかしら?」

 

「わかるわけないだろ……いや、0か?」

 

 正確に言えば俺を入れると0ではないのだがそこは今はおいとこう。

 

「違うわ」

 

 雪ノ下はそういうが、実際に戦車道に男は俺だけだし違うわけないのだが。

 

「じゃあ1か?」

 

 雪ノ下は首を横に振る。

 これも違うのか?

 

「わからん、降参だ。答えを教えてくれ」

 

「本当にわからないの?」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「戦車道を選んだ男子は12人、あなたも入れると13人よ比企谷くん」

 

「いやいや、それはおかしいだろ。ならなんで戦車道に俺しか男がいないんだよ」

 

 他にいたら雑用とかめっちゃ押し付けるのに!

 

「そこなのよ比企谷くん。あなた以外の男子は全員第二候補の選択授業になっているのよ」

 

 余計わからんくなったんだが、他の男子が戦車道を選んでいた? それなら会長が雑用としてそのまま使うと思うだが、どうなってんだ?

 

「その様子だと本当に知らないようね。じゃあ、噂も知らないのねあなたは」

 

「噂?」

 

「比企谷 八幡が裏で生徒会を脅して自分以外の男子を選ばせなかった、っていう噂が流れてるのよ?」

 

 まじ?そんな噂が流れてんのかよ。

 最近戦車道ばっかりだったから人間観察を怠ってたからな。というかあの会長を脅すとかどうやるんだよ、逆に教えてほしい。

 

「それが出来るなら俺は真っ先に戦車道以外の選択授業に変えてもらう」

 

「あら、ハーレムを自ら手放すの?」

 

「……雪ノ下、お前が何を言いたいか知らんが、無責任にハーレムとかいうのはやめろ。あいつらだって一生懸命やってるんだ」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「い、いえ……少し意外だっただけよ。平塚先生」

 

「なんだ雪ノ下?」

 

「彼を更正することが奉仕部への依頼と思っていいのでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。彼の腐った性根をどうにかしてほしい」

 

「本当に必要なんでしょうか? 今のところそこまで問題があるようには見えないのですが……」

 

「雪ノ下、君もこれを見れば考えが変わるぞ」

 

 そう言って平塚先生が取り出したのは先程の俺の感想文。それを雪ノ下に渡す。

 なんでそれをわざわざ持ってきてるんだこの人は。俺の個人情報を簡単に渡し過ぎじゃないだろうか。前にも言ったがボッチにだって人権はあるんだよ?

 

「これは……。あなた、どういう精神回路をしていればここまで酷いものが書けるのかしら……」

 

 もうね、ボロクソですよ。こいつあれだな、絶対友達いないだろ。こいつの毒舌を聞いてなお友達になるやつはよっぽどのお人好しか、ドMしかいない。

 

「まあ、先生からの依頼となれば無下にはできませんし、承りました」

 

 承っちゃたよ、雪ノ下のやつ。

 

「そうか……なら頼んだぞ、雪ノ下!」

 

 そう言って平塚先生はこの部屋から出ていった。

 え? まさか俺をこのまま放置していくつもりですか平塚先生? 雪ノ下と二人きりとかやめてほしい、さっそくだがもう帰っていいかな? 明日も朝練があるしそうしよう。

 

「ちょっと、なにをしてるのあなたは?」

 

「なにって、見てわかるだろ? 帰るんだよ家に」

 

「あきれた、さっき平塚先生が言ってたことをもう忘れたの?」

 

「あのな、俺は別に自分が更生する必要がないと思っている。だから無駄なことをしたくないから帰るんだよ……めんどくさいし」

 

「最後にの方がえらく本音じみているのだけど、あなた女の子としゃべったのは何年振り?」

 

 なんだその質問? それはあれですか? 俺みたいなやつは女子としゃべることがないと思われてんのか? ……いや、少し前ならあながち間違っていないな。

 

「30分前にしゃべったな」

 

「平塚先生は女の子ではないわよ?」

 

 こいつ自分がなにを言ってるのかわかってるのか? まあたしかにあの人は女の子という年齢ではないが……。平塚先生が聞いたら泣いちゃうよ? いやたぶんガチであの人は泣くと思う。そしてそのとばっちりが俺に飛んでくるまであるな。

 

「ちげーよ、戦車道のやつらだよ」

 

「驚いた。あなたにしゃべりかけてくれる人がいるのね」

 

 まじで驚いてるよ雪ノ下のやつ。

 そりゃいっぱいいますよ? 西住とか西住とか西住とか、時々武部たちとか。あれ? よく考えたら俺ほとんど西住ぐらいにしかしゃべりかけられてないな。

 あ、会長さんは別な、あの人はカウントしない。だってやっかいごとしか持ってこないもんあの人。

 

「まあな、なんせ俺みたいなやつに話しかけてくれるんだから、よっぽどのお人好しなんだろ」

 

 西住は人が良すぎる、それこそここにいる雪ノ下など到底及ばないレベルで。それ故に心配でもあるんだがな、だって戦車道以外はポンコツだし。

 

「自分で言ってて悲しくならないのかしらあなたは?」

 

「まあ、事実だし」

 

「持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える、人はそれをボランティアと呼ぶ」

 

 いきなりなんだ? というか、どんだけ上から目線なんだこいつ。

 

「困っている人に救いの手を差し伸べる、それがこの部の活動よ。ようこそ奉仕部へ、頼まれた以上責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる、感謝しなさい」

 

 更生ではなく矯正ですか。俺は犬猫かなんかなんだろうか? それとも俺のこれはそのレベルでやばいと言いたいのか? どちらにせよ雪ノ下 雪乃、こいつはこいつで問題があるんじゃないか? 俺にどうのこうの言う前に自分をどうにかしろよ。

 

「おい雪ノ下、お前友達がいないだろ?」

 

 さてと、こいつと口論となると生半可な覚悟だと精神をズタボロにされかねん。俺は反撃の準備をしていたのだが、そこに予想外の返事が返ってきた。

 

「……いるわ一人、いえ私が一方的にそう思っているだけなのかもしれないのだけれども……」

 

 なん……だと!?

 どこのどいつだ? このツンドラのように凍りきったこいつの心を溶かした奴は。

 雪ノ下はこう言ってるが、十中八九そいつは雪ノ下のことを友達と思っているはずだ。なんで曖昧なことをいってるのかは雪ノ下自身、確証がもてないんだろう。こいつもクラスで浮いてそうだしな、俺と一緒で。そしてボッチは人の好意に猜疑的になるからな。

 そんなやつが友達がいると言ってるのだ、これはもう間違いないだろう。

 

「噂をすれば……」

 

 雪ノ下のつぶやきと共に奉仕部の扉が勢いよく開かれた。

 

「やっはろ~! ゆきのん、遅れてごめん!」

 

 ばん!と勢いよく、奉仕部にの扉開き、来訪者がやって来た。

 

「今日はてっきり来ないかと思っていたわ。あと由比ヶ浜さん、あなたは奉仕部じゃないのだから別に毎日ここにこなくてもいいのよ?」

 

「え!? 私、奉仕部じゃないの?」

 

「ええ、入部届ももらってないし」

 

 その理論で行くなら俺もまだ入部届を出していないから奉仕部じゃないことになるな。

 

「今すぐ書くから! もう、なんで言ってくれなったのゆきのん!」

 

「いえ、てっきりわかっているものだとばかり……」

 

 突如この奉仕部に現れたこいつはノートを取り出し、そこに入部届と書いている。

 

「せめて入部届ぐらい漢字で書けよ……」

 

 やっぱアホの子だったか。いやそれにしれても入部届を平仮名とか、こいつどうやって大洗に入ったんだ?

 そして俺がツッコんだことによっていつものごとくやっと認識されたかと思ったら。

 

「あれ? なんでヒッキーがここにいるの?」

 

 あん? なんでこいつは俺のこと知ってんの? というかヒッキー言うな、お前は最初の頃の武部か。

 

「そういえば由比ヶ浜さんはこの男と同じクラスだったわね」

 

「同じクラス? 誰と誰が?」

 

「あなた、話を聞いてなかったの?」

 

「いやだって、コイツのこと俺知らないし……」

 

 ついでにいうとコイツという存在を認識したのもさっきが初めてだ。

 

「嘘!? ヒッキー私のこと知らないの!? 同じクラスじゃん!」

 

「同じクラスだからって知ってるわけないだろ。むしろなんでお前は俺を知ってるんだよ」

 

 その理論で言えば俺はクラスのやつらから知られていることになる。いや、絶対ないな。

 

「え、えっとぉ、それは……あ、あれだよ! 最近ヒッキー噂になってるじゃん!」

 

 なんか今の答え方おかしくなかったか? いやまあ、さっき雪ノ下が言っていたが、なんか俺のことが噂になってるらしいからおかしくないといえばおかしくないのだが……。

 

「そ、そんなことより、なんでヒッキーがここにいるの?」

 

「平塚先生に連れてこられた……。あとヒッキー言うな」

 

「平塚先生に? ってことは依頼かなんかなのゆきのん?」

 

「そうよ由比ヶ浜さん。そこにいる彼は社会不適合者としてここに連れてこられたのよ」

 

「おいおい、いつの間に社会不適合者に俺の称号がランクダウンしたんですかね?」

 

「ランクダウン? アップの間違いじゃなくて?」

 

 おい、ランクアップてどういうことだよ。社会不適合者より俺は下ってことなの?

 

「おいおいそれは聞き捨てならなねぇな」

 

「あら、あなたにもプライドはあったのね」

 

 喧嘩売ってるんですよね? そうですよね? ならいいだろう、買ってやるよその喧嘩。

 

「ちょ、ちょっと、二人ともなんで喧嘩始めようとしてるの!? ゆきのんもゆきのんだよ、今のはゆきのんが悪いからね!」

 

「ご、ごめんなさい、由比ヶ浜さん……。少し言い過ぎたわ」

 

 雪ノ下は俺にではなくあいつに謝ってるし、それにあれで少しかよ。本気を出したらどこまで行くんだお前は。

 それにしても雪ノ下が素直に言うことを聞いたのが俺には驚きだった。

 

「さっき奉仕部じゃないって言ってたが、こいつも依頼かなんかでここに来たのか?」

 

「こいつじゃないし! 私には由比ヶ浜 結衣って名前があるんだからね!」

 

「お、おう、わかったよ、由比ヶ浜な」

 

 なんでこんなに怒ってるの? つうか必死すぎるだろ、なにがそこまで由比ヶ浜を突き動かすのか。

 

「なんでも由比ヶ浜さんは、ある人にお礼としてクッキーを渡したいそうなのだけど、作り方がわからなくて奉仕部に来たのよ」

 

「ここは何でも屋かよ……」

 

「ある意味では間違っていないわね、でも奉仕部がやることはあくまで方法を教えるだけよ?」

 

「どういう意味だ?」

 

「相手が魚が欲しいといえば魚を渡すのではなく、魚の捕り方を教えると言ったらわかるかしら?」

 

 なるほどそういうことね。

 

「つまりは本人自身に解決してもらう為の手伝いをするのが奉仕部のやり方ってわけか」

 

「………」

 

「なんだその変なものを見る目は……」

 

「いえ、意外にも思考する脳があったのねあなた」

 

 それ褒めてないよね? それとも雪ノ下、お前の辞書には褒めると書いて貶すと呼ぶんですかね?

 

「俺はこう見えて頭がいいんだよ。実力テスト国語学年三位だからな」

 

「え? ヒッキーって意外と勉強が出来たんだ」

 

 あの由比ヶ浜さん? 意外とは余計だ、意外とは。あとヒッキー言うな。

 

「違うわ由比ヶ浜さん、勉強が出来るんじゃなくて、勉強しかできないのよ彼は」

 

「雪ノ下、お前は人をいちいち見下さないと話ができないのか?」

 

「いいえ、これはあなただけよ? 比企谷くん」

 

 うわー、まったくもってうれしくもなんともないんだが。俺はそんな歪になってる特別を求めたつもりはないぞ雪ノ下。

 

「まあ、俺のことは今はどうでもいい。それで? 由比ヶ浜のクッキー作りはうまくいってんのか?」

 

「アハハ……えっと、それはー……」

 

「……とりあえず、今のところはうまくいったとは言えないわね……」

 

 なんか雪ノ下が遠い目をしてるんだが……え? なに? 由比ヶ浜のやつそんなに酷いの? あの雪ノ下が苦戦するとかやばすぎじゃなかろうか?

 

「とりあえず今日はもう帰りましょう」

 

 どうやら今日はお開きになるらしい。

 

「なら俺がカギを職員室に持って行ってやるよ」

 

「あなた……、私たちが帰ったあとこの部室で何をする気なの?」

 

「は?」

 

「言っとくけど私や由比ヶ浜さんの私物は置いてないわよ」

 

「ヒッキーの変態!!」

 

「おい、人の善意を捻じ曲げて犯罪者にしたてあげるな雪ノ下」

 

 あと由比ヶ浜、お前がなにを想像したかは知らんが、顔を真っ赤にしてるあたり人のことを言えないからな?

 

「平塚先生に話があるからそのついでだよ。なんならお前がカギを掛ければいいだろ。そのあと持っていくから」

 

「でもその後に……」

 

 どんだけ俺のこと疑ってるんだこいつは……。

 

「ほら、ゆきのん! ヒッキーもああいってるんだし、ね?」

 

「由比ヶ浜さんがそう言うのなら……。部屋に置いてあるものはすべて記憶してるから動かしたらわかるわよ?」

 

「わかったから早く済ませてくれ。俺は明日も朝早いんだよ、早く家に帰りたい」

 

「え? ヒッキー部活かなんかやってたっけ?」

 

「部活はこの奉仕部だろうが由比ヶ浜。俺は戦車道の朝練を今やってんだよ、遺憾ながら」

 

「遺憾ながらなんだ……。でも朝練って、ヒッキー何するの? 雑用?」

 

「なに? 俺ってそんなに下っ端根性が住み着いてるようにでも見えんの?」

 

「ち、違うよ! だって戦車道って女の子がやるものなんでしょ?」

 

 ああ、そういうこと。

 

「俺も全国大会に出るからな、しょうがない」

 

「ヒッキーってもしかして女の子だったりするの?」

 

「由比ヶ浜さん、冗談でもそういうことは言わない方がいいわ……。想像したくないから」

 

 珍しく雪ノ下が俺をフォローしたかと思えばやっぱり雪ノ下は雪ノ下だった。

 

「ご、ごめん。じゃあ、ならなんでなのヒッキー?」

 

「それを俺に言われても困る、俺を大会に出すって言ったのがなんせ会長だからな」

 

「会長って、あの生徒会長さん?」

 

「ああ、あの生徒会長だ」

 

 あの人をどうにかできる奴なんてこの学校にいるのかね? たぶんだが教師ですら役不足な可能性がある。

 

「ね、ねえ、ヒッキー、なら戦車に乗ってるんだよね?」

 

「それがどうした?」

 

「そ、それだと、女の子と一緒に乗ってるのかなーって思って……」

 

 そりゃあ普通はそう思うか。いや、というか待て。

 

「雪ノ下さん? なんであなたは携帯を取り出してるんですかね?」

 

「携帯でやることは一つだと思うのだけれども、セクハラ谷君?」

 

 俺の名前ほとんど原型とどめてないぞ、それ。

 

「お前がなにをしたいかも今俺のことをどう思ってるかもわかったが、ひとまず携帯をしまって俺の話を聞け」

 

「俺はやってないとでも言うつもり? 犯罪者は全員そう言うのよ?」

 

 それだと冤罪だらけになりませんかね雪ノ下さん?まずそもそも俺がセクハラをやった前提で話を進めるな。

 

「違う。俺は断じてしてないし、その証拠もある」

 

「私が納得できなかったら通報するから覚悟することね」

 

 どんだけだよ、お前が納得できなかったらとかいくらなんでも横暴すぎるよ?

 

「俺の戦車は一人乗りだ」

 

 俺は簡潔にそう答えた。

 

「そう、それなら無理ね……」

 

 おい、なんで少し残念そうなの? どんだけ俺を通報したかったんだこいつは。

 

 そして俺は雪ノ下たちと別れて職員室に向かった。

 

「平塚先生、鍵を返しに来ました」

 

「ああ比企谷、君か、ご苦労様」

 

「それで平塚先生、俺を奉仕部に入れた理由を教えてください」

 

「理由は君が一番わかってるだろうに」

 

 俺の更生のため……ね。

 

「戦車道をやってるんで毎日とはいきませんよ俺?」

 

「ああ、だから君が暇なときにでもあそこに向かえばいい」

 

 やっぱりか。

 

「それは雪ノ下のためですか?」

 

「君のためでもあるよ、比企谷」

 

「俺になにかできると期待してるならやめた方がいいですよ。自分で言うのもなんですが、捻くれてるんで俺」

 

「別にそこまで気負わなくてもいいさ。君は君のままで雪ノ下と接してやれ」

 

 そうするとたえまなく口喧嘩が続くんだがいいんだろうか? まあ由比ヶ浜がいるし、なんとかなりそうではあるが。

 

「はあ……わかりました」

 

「君も戦車道を頑張りたまえ、私も応援しているからな」

 

「それならいっそ平塚先生も戦車道をやったらどうですか? モテるようになるらしいですよ?」

 

「いや……いい」

 

 先生にしては珍しく落ち込んでいるな。

 

「それはどうして?」

 

「昔な……やっていたんだよ、戦車道。何故か私の周りには男ではなく女が集まっていたが」

 

 まあたしかに平塚先生はかわいい系ではなくカッコいい系に入るのかもな。だってこの人が戦車を動かすところが容易に想像できる。そしてその平塚先生に群がるのは女ばかりだったと。

 

「それでモテなかったからやめたんですか、戦車道を?」

 

「ああ……」

 

「平塚先生……」

 

「なんだ比企谷?」

 

「いつかいい人が見つかりますよ、絶対」

 

「……そうか、ありがとう比企谷」

 

 こんな感じでいい話で終わると思ったのだが……。

 

「もしダメだったら私を貰ってくれるか?」

 

「え? いや、それはちょっと……」

 

 さすがにそれはどうなんだ? たしかに俺は専業主夫を目指してはいるが……。あれ? そう考えると平塚先生は意外と優良物件だったりするのか? 公務員だし給料は安定してるし、暴力的なところと愛が重すぎるのを除けば……いや後半が不安要素ばりばりすぎる。無理だなこれ。

 やっぱり俺には小町しかいないな。

 

「なんてな冗談だ。気にしなくていいぞ比企谷」

 

 いや、目がマジだったんですけど……。

 そこにツッコみを入れると平塚先生ルートに強制突入しそうなので俺は大人しくそのまま家に帰った。

 

 

 ====

 

 

「お兄ちゃん、今日はまた随分と遅かったね」

 

「ああ、いろいろあってな」

 

「ふーん。あ、そうそう、愛里寿ちゃんがお兄ちゃんに会いたがってたよ?」

 

「愛里寿が?」

 

 そういえば最近は会ってない気がするな。

 

「とりあえずお兄ちゃんが戦車道始めたことは伝えといた」

 

「そうか。と言ってもなあ。俺は学園艦にいるし、小町みたいにそうひょいひょいと動けるわけじゃないしな」

 

「お父さんって頑なにお兄ちゃんをヘリに乗せないよね? なんでだろ?」

 

「それは最初に俺がヘリに乗った時お前が俺の膝に座ったからだろ」

 

「え、そんな前のことをまだ根に持ってるのお父さん」

 

 そんなことってなあ小町さんよ。親父がいくら言っても俺の膝から頑なに降りないからこうなったんだぞ? そ れで拗ねた親父が俺をヘリに乗せなくなったのだ。

 

「まあ盆になれば集まるだろうし、愛里寿にはそんときに会うだろ」

 

「それはどうだろうねぇ」

 

「どういう意味だ、小町?」

 

「お兄ちゃんがそう思ってても愛里寿ちゃんがそう思ってるとは限らないってことだけ教えといてあげる」

 

「いや、余計にわからなくなったんだが……」

 

 



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彼女は意外な一面を見せ、彼は自分の気持ちを再確認する

 雪ノ下が言っていた俺の噂。たぶんだが、戦車道のやつらも知っているだろう。そのせいで戦車道の全国大会に支障がでないとは限らない。

 とりあえず、西住たちから聞いていくか。誤解が解けるかどうかはわからんが。

 

「え? 比企谷の噂?」

 

「……ああ」

 

「それって、八幡くんが生徒会を脅して無理やり戦車道を選ばせたって言われてるあれかな?」

 

「そんな噂があるんですか?」

 

「華はそういうのに疎いからね」

 

「ちなみに私もその噂は知っているぞ、比企谷……」

 

「私もです、比企谷殿」

 

 つまり五十鈴以外は全員知っているわけか。

 

「そうか……。あのな、信じてもらえ――」

 

「ストップストップ! 比企谷、なにを言おうとしてるの?」

 

「なにって、そりゃあ……」

 

「自分がやってないってことを言いたいの? 私たちに?」

 

 なにが言いたいんだ武部のやつは?

 俺はなにも言わなかったが、それだけで武部のやつは察したのだろう。

 

「そういうの言わなくていいから」

 

 つまりは俺の言い訳も聞きたくないってことか……。

 この調子じゃほかのやつらもこんな感じかもしれんな。そうなると俺の所為でぎくしゃくする可能性がある、それならいっそ俺が戦車道を……。

 

「比企谷、なにを勘違いしてるかしらないけど、別に私が言いたいのはそういうことじゃないの!」

 

「は? なんで怒って――」

 

「信じてないから」

 

 だろうな。だから……。

 

「私たちは噂なんて信じてないから!」

 

「は?」

 

「そうですよ比企谷殿!」

 

「八幡さんがそんなことするなんて誰も思ってませんよ?」

 

「右に同じく……」

 

「ボコが好きな人に悪い人はいないから」

 

 西住よ、それが理由なのはどうなんだ? いや、言いたいことはわかるんだが。

 

「……じゃあ、なんで怒ってるんだよお前は」

 

「わからない?」

 

 わかってたら苦労はしてないんだがな。

 

「怒ってるのは私だけじゃないよ?みんな怒ってるんだからね?」

 

「だから――」

 

「ここまで言ってもわからないの!? 私たちは比企谷のことを信用してるのに、比企谷は私たちのことを信用してないから怒ってるんだよ!?」

 

 一瞬なにを言われてるかわからなかった。

信用してる? 誰が誰を? 西住たちが俺を? なんで……。

 

「なんでとか思ってるんじゃないでしょうね、比企谷」

 

「いや、なんで俺の考えがわかるんだよ武部……」

 

「比企谷がわかりやすいだけでしょ」

 

 そんなことはないと思うんだがな。むしろわかりにくいだろ俺は。

 

「あのね、私たちは今まで比企谷のことを見てきたの!

その私たちが今更変な噂が流れた程度で騙されるわけないでしょうが!」

 

「いや、そうは言うがな……」

 

「もう! 言い訳しない!!」

 

 武部のものすごい剣幕に俺は黙るしかなかった。

 

「いい、一度しか言わないからね! 私たちは比企谷を信用してるの! 異論は一切受け付けないから!!」

 

「お、おう……」

 

 武部はそう言い終わると真っ赤な顔で倉庫の隅っこへ行ってしまった。

な、なんだったんだ? そして、やだもー!とか叫んでるんだが。

 

「八幡くん」

 

 西住が俺に近づいてくる。

 

「とりあえず、すまんかった……。それでなんで武部は隅っこに行ったんだ?」

 

「青春ですね~」

 

 いや五十鈴さんよ。それは答えになってないんじゃ……。

 

「たぶんもう少ししたらもとに戻るから気にするな、比企谷……」

 

 冷泉が言うんなら間違いないと思うんだが。

 

「とりあえず、俺はほかのチームのところに行って説明してくる」

 

 西住たちは勘違いしてないのはわかったが、ほかのやつらがどうかはわからんからな。

 

「私の言ったこと聞いてなかったの、比企谷!」

 

 お、おう……。武部さんよ、もう復活したのか。

 

「いや、ちゃんと聞いてたから、なんなら復唱して……」

 

「さっきのことは今はいいから!」

 

「いや、どっちだよ。言ってることめちゃくちゃだぞ」

 

「ほかのみんなも一緒だから!」

 

「なにがだよ……」

 

「私たちと一緒だから!」

 

 つまりはほかのやつらも俺のこと信用してるっていいたいのか。

 というか武部よ。どんどん語彙が少なくなっているのは俺の気の所為じゃないよな? あれか? まだ立ち直ってないのに無理に来たのか?

 

「いや、それはないだろ……」

 

「大丈夫だと思うよ、八幡くん」

 

「西住、そうは言うがな……」

 

「さっき会長さんたちがみんなに言ってたんだよ」

 

 は? 会長って、あの会長?

 

「なにを?」

 

「今流れてる噂は嘘っぱちだから、気にしないようにって」

 

「まじ?」

 

 西住たちはうんうん頷ている。

 あの人、今度はなにを企んでいるんだろうか? 俺になにかさせるつもりなのか?俺が疑心暗鬼に陥っていると。今度こそ復活した武部が。

 

「あれは私の見立てではそうとう怒ってたね、会長さん」

 

「そうでしたか? いつもと変わりはないように見えましたが」

 

「西住から見てどうだった?」

 

「え、私もいつもと変わらないように見えたけど……」

 

「あ、あれ? 私だけ? それなら勘違いなのかな?」

 

「そりゃそうだろ。そもそもなんであの会長さんが怒るんだよ」

 

「え、比企谷を心配してとか?」

 

「あの人がか? それこそ一番ありえないだろ」

 

 とりあえずはもう大丈夫そうだな、結局俺の一人相撲だったわけか。まあ、全国大会に影響がなくてなによりだな。

 

 

 ====

 

 

「河島~、情報は集まった?」

 

「はい。噂の出所を突き止めて、その首謀者と関係者をリストアップしております!」

 

「ご苦労だったね。干し芋食べる?」

 

「いえ、結構です」

 

「しっかし、今時腹いせに噂を流す奴もいるもんだねー」

 

「たぶん目的が、比企谷が戦車道をやめるようにしようとしたと思われますが……。そもそもあんなので比企谷が辞めるでしょうか?」

 

「川嶋もまだまだ比企谷ちゃんのことをわかってないねー」

 

「は? それはどういう…」

 

「あの子は自分が戦車道のみんなに迷惑をかけるぐらいなら自分から出ていくよ、絶対に」

 

「ぜ、絶対にですか?」

 

「うん! だからこんなことした人にはちょっとお仕置――っと間違えた、罰を与えないとね」

 

「ねえ、桃ちゃん。会長もしかして怒ってる?」

 

「もしかしてじゃない、怒ってらっしゃるんだ……」

 

「ん~、どうかした? 河嶋、小山?」

 

「い、いえっ、なんでもありません!」

 

「大丈夫です!」

 

「そう? ならいいけど」

 

「というか会長はなんでほかの男子を雑用として戦車道に入れなかったのかな?」

 

「選択授業にそもそも定員があるのは知ってるだろ?」

 

「そうしないと、偏っちゃうからだよね?」

 

「そうだ。そしてもともと戦車道の定員は設けられていない」

 

「うん。だからなんでかなーって?」

 

「それはあくまで女子の話だ。男子はそもそも枠が設けられていないんだ」

 

「え? じゃあ、比企谷くんはなんで……」

 

「会長権限で直々に入れたことになる」

 

「なんか会長がそういうことするのって珍しくないかな?」

 

「珍しいという話じゃないだろ。会長は基本的に横暴に見えるがその実、ちゃんと私たちのことを考えて行動してらっしゃる」

 

「じゃあ比企谷くんは……」

 

「たぶん会長のお気に入りなんだろうな。それに手を出したやつらがどうなるかは考えないでおこう」

 

「それじゃあ、もし私たちが比企谷君にちょっかいだしたら怒られちゃうの?」

 

「それはないだろ。たぶん今回は比企谷を戦車道から引き離そうとしたから会長の逆鱗に触れたんだ」

 

「どういうこと?」

 

「自分のおもちゃが取られたら子供は怒るだろ?そういうことだ」

 

「あ、いーけないんだ桃ちゃん。会長のこと子ども扱いしたら」

 

「い、今のは言葉の綾だ、問題ない! というか桃ちゃんと呼ぶなっ!」

 

「ほらっ、河島、小山、いつまで無駄話してんの? さっさと行くよ!」

 

「わ、わかりました!」

 

「は~い」

 

「絶対、さっきのことを言うなよ……!」

 

「それは桃ちゃん次第じゃないかな~」

 

「ぐぬぬ、人の足元を見おってからに」

 

 

 

 ====

 

 

 そして次の日。俺は今、奉仕部に来ている。

 今日は戦車道のやつらが戦車の色をもとに戻しており、その間暇になるので休憩がてら部室を使っている。こういう使い方が出来るなら、この部活もありっちゃありだな。

 

「比企谷くん、ここは喫茶店ではないのだけど……」

 

「気にするな雪ノ下、飲んだらすぐに出ていくから」

 

「そういう問題かしら?」

 

 そういうもんだろ。だいたいこの部活動は基本的に暇なのだ。依頼がない限り、俺たちが動くこともないしな。のんびりできる。

 

「やっはろ~! あれ? 今日はヒッキーいるんだ?」

 

「ああ、今戦車を塗り替えてるんだが、俺は別にやる必要がないからなここで一服してる……。あとヒッキー言うな」

 

 なぜか由比ヶ浜は何回言ってもヒッキーと言うのをやめない。今も俺が言ってるが、ほとんど聞こえてないんじゃないかってレベルで無視をされる。別に耳が悪いわけではなく、俺が小声で悪口など言ったりするとすぐさまに文句を言ってくるのだ。

 まあ悪口ってなんでか小声でいってもわかる時があるよな? 小学生のころ相手は聞こえてないつもりでも、こっちには普通に聞こえたりするだよなー。

 

「ヒッキー、なんかいいことでもあった?」

 

 なんだ? 藪から棒に。

 

「どういう意味だ?」

 

「なんかいつもより目が腐ってないよ?」

 

「気のせいだろ」

 

 俺の目がそう簡単に治るわけがない。年季が違うんだよ、年季が。

 

「うーん、そう言われるとそうかも?」

 

 なんで疑問形なんだよ。無駄に俺を期待させるな由比ヶ浜。

 

「あ、そうそう、あの噂聞いた? ヒッキー」

 

 さっきのことはもう興味がなくなったのか。

 

「なんだ、また俺の噂かなんかか?」

 

「ううん、今回はなんか違うみたい」

 

「そうなのか?」

 

「うん、なんかねヒッキーの噂を流してた人が自分から白状して校内周ってるらしいよ?」

 

「は?」

 

 なにそれ? 普通に怖いんですけど。なにがあったらそうなるんだよ。

 

「……比企谷くん、あなた何をしたの?」

 

「いや、俺を疑う気持ちもわからんくもないが。マジで俺はなんもしてないぞ?」

 

 しかし誰がなんの目的でこんなことしたんだろうか?

もう正味、戦車道のやつらが勘違いしてないと分かった時点で俺はこの噂のことはなんとも思ってなかったからどうでもいいんだがな。

 

「ね、ねえ、ヒッキー、今日は時間があるの?」

 

「ん? ああ、少しなら余裕はあるが、なんでだ?」

 

「私のクッキー作りを手伝ってくれないかな?」

 

 それなら雪ノ下に頼めばいいだろうに。そういえば雪ノ下がこの話になった時珍しく遠い目をしていたな。なんかそれはそれで由比ヶ浜の料理が気になるな。

 

「雪ノ下、お前も来い。とりあえずお前らの作業を見せてもらって判断するわ」

 

「言われなくても、あなたと由比ヶ浜さんを二人きりにするつもりは最初からないわよ?」

 

 こいつまじでぶれないな。いや俺も由比ヶ浜と二人きり無理だから、別に嫌いとかそういうわけではなく。普通に無理、そもそも俺と由比ヶ浜はほとんど接点がないのだ会話が続くわけがない。むしろ雪ノ下に来てもらわないと俺が困る。

 そして調理室へと向かった。

 由比ヶ浜たちにいつもどおりやってくれと頼んだのだが、これまじ?なんか調理場がなんといえないぐらいにカオスになっている。正直俺の語彙力じゃこの惨状を表現できない。とりあえずできたクッキーは真っ黒焦げである。

 

「なぜか途中からクッキーが違う物体に変わるのよね?

なぜかしら?」

 

 むしろなんで生地だけでそこまでいけるのかが不思議すぎる。

 

「う~、やっぱり私、才能ないのかな?」

 

 これは本人のためにきちんといっとかないといかんな。

 

「まあ、無いだろうな。問題はそこじゃないけどな」

 

 由比ヶ浜たちの調理を見ていて気付いたことがある。

 

「やる気とでも言うつもり? それは……」

 

 俺は雪ノ下が最後まで言い切る前に被せる。

 

「だれも由比ヶ浜にやる気がないと言ってないだろ。むしろそんなことは最初から分かりきってることだ」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

 雪ノ下は俺から遮られたことにご立腹なのか、イライラしてるな。

 

「簡単な話だ。由比ヶ浜は俺が来るより前から奉仕部に依頼に来てたんだろ? それで由比ヶ浜にやる気がなかったら、雪ノ下、お前が今も手伝ってるわけがないからな」

 

 雪ノ下は頑張ろうとしないやつを手伝うほど優しくはないはずだ。それがたとえ見知った相手ででもそれは変わらないと思う。むしろ知っている分厳しい。……もっと俺に優しくしろ。

 

「それは……そうね」

 

 どうやら俺は間違っていないらしい。というか問題はそこじゃないのだからさっさと進めよう。

 

「で、でも、ヒッキー、それなら何が問題なの?」

 

「由比ヶ浜の才能でもないやる気でもない、なら残るのは一つだろ」

 

「……つまり、あなたは私が原因だと言いたいのね、比企谷くん?」

 

 まあつまりはそういうことになる。

 

「ああ、もちろん全部雪ノ下が悪いと言うつもりはないが」

 

「あら、どういう風の吹きまわしかしら?」

 

「変に勘繰らなくていい。別に事実を言ってるだけだ」

 

「でも、ゆきのんの説明に変なところはないと思うよ?」

 

 そりゃあそうだろ。雪ノ下の説明は模範通りとも言える。故に問題でもあるんだがな。

 

「簡単な話、由比ヶ浜と雪ノ下じゃ練度が違うんだよ」

 

「れ、れんど? どういう意味ヒッキー?」

 

 由比ヶ浜にはわかりにくかったか。

 

「そうだな、レベルっていったらわかるか?」

 

「そ、それならなんとか……」

 

 逆に雪ノ下がわからないような顔をしているが今は由比ヶ浜に理解してもらうのが最優先だ。

 

「じゃあ由比ヶ浜、雪ノ下がレベル100、お前がレベル1だとするだろ?」

 

 俺の発言に落ち込んでいるんだが由比ヶ浜のやつ。

 

「たとえだからいちいち気にするな」

 

 まあ、多分実際もそんぐらい差がありそうではあるけど。

 

「う、うん……。わかった、それで?」

 

「二人とも魔法使いとしよう、その場合同じ炎の魔法を使ったとして同じ威力になると思うか?」

 

「え? 何言ってんのヒッキー? なるわけないじゃん」

 

 そう、なるわけがない。レベルもとい経験値とでもいえばいいのだろうか? それに差があるのだ。

 

「ならそのまま今の状況に当てはめてみろ、由比ヶ浜」

 

「え? えっと……どうなるの?」

 

「すまん、俺が説明するわ……」

 

 由比ヶ浜に任せた俺が馬鹿だった。

 

「ご、ごめん」

 

「この場合は魔法が調理、レベルがまあ練習した数だと思え。そして炎がクッキーに、威力が味になるわけだ」

 

 へぇーと由比ヶ浜は言ってるが、きちんと理解してるんだろうか?

 

「で、さっき言ったことを踏まえて同じことを聞く。雪ノ下と由比ヶ浜、同じクッキーが出来ると思うか?」

 

「あれ? ……できない」

 

 そいうことだ。それともうそろそろ雪ノ下も気づいただろう。俺が何を言いたいか。

 

「つまり比企谷くん、あなたは私のやり方では由比ヶ浜さんがクッキーを作れないと言いたいのね?」

 

「ああ……」

 

「でも私はレシピ通りに由比ヶ浜さんに教えてるだけよ?」

 

「だから、そこがそもそも間違ってるんだよ」

 

 理由は簡単。

 

「お前の常識と由比ヶ浜の常識を一緒にするな」

 

「ねえヒッキー、それって私に常識がないって言ってるの?」

 

「違うから、そういう意味じゃねぇよ」

 

 あと由比ヶ浜、お前が今持っているフライパンはなにかな? 先生は怒らないから正直に言いなさい。

 

「じゃあどういうことなの?」

 

「由比ヶ浜のクッキー作りを俺に任せてくれ。そうすればわかるぞ」

 

「え? ヒッキー料理出来たんだ」

 

「まあな、専業主夫目指してるからな」

 

「え、それって……」

 

「それ以上はなにも言うな」

 

 正直、武部に言われてるからなにを言いたいかは大体わかる。

 

「で、どうだ雪ノ下? この勝負受けるか? 負けるのが恐いなら別に無理にとは言わんが」

 

「いいわ。あなたのその安い挑発に乗ってあげるから感謝しなさい」

 

 やっぱりこいつ負けず嫌いかよ。うすうすそうじゃないかと思ってはいたが……。それにしてもちょろい、ちょろすぎますよ雪ノ下さん。そして煽り耐性なさすぎだろこいつ。

 

 

 ====

 

 

「入ってきていいぞ、雪ノ下」

 

 俺に言われて雪ノ下が調理室に入ってくる。で、そこにはクッキーがあるわけだ。

 形は多少歪だが、黒焦げにはなっておらず、クッキーと言っても差し支えないものがそこにある。さっきまでと比べると雲泥の差だな。逆に言うとさっきまでのやつが下手すると食べ物というカテゴリーに入れていいかすら怪しいとこだけどな。

 そして少なからず雪ノ下のやつも驚いてるな。

 

「……あなた、これはなにをどうやったのかしら?」

 

「お前とやったことはたいして変わらん。由比ヶ浜にクッキーの作り方を教えただけだ」

 

「……それなら、私と一体なにが……」

 

「由比ヶ浜、この際正直にいってくれ。俺の説明はどうだった?」

 

「えっと、ゆきのんには悪いけど……。すごくわかりやすかった」

 

 その由比ヶ浜の発言に雪ノ下は顔を歪める。まあ俺みたいなやつに負けたのと、由比ヶ浜に言われたのが堪えたんだろうな。

 

「で、さっきの話に戻るが、雪ノ下と由比ヶ浜、二人の常識が一緒じゃないって言ったよな?」

 

「……ええ、そうね」

 

「そして、俺はさっきの由比ヶ浜のクッキー作りに特段特別なことは一切してない」

 

「それは私が無能と言いたいのかしら、比企谷くん」

 

「話は最後まで聞け雪ノ下。俺がやったことは一つ、由比ヶ浜に質問しただけだ」

 

「そうなの? 由比ヶ浜さん?」

 

「う、うん」

 

「……それだけであそこまで変わるものなの?」

 

「それだけと言うがな雪ノ下。逆に聞くがお前は由比ヶ浜のことをどこまで理解してたんだ?」

 

「それはどういう……」

 

「俺ははっきり言って由比ヶ浜のことなんてほとんど知らん」

 

 じゃあ、なんでそんな俺が由比ヶ浜にクッキーをちゃんと作らせることができたのか。

 

「だから質問した。いまどこまでわかっていてどこまでわかっていないか、ってな」

 

 案の定、由比ヶ浜は手順はなんとなくわかっていたがその理由まではきちんと理解をしていなかった。俺はそれを一個ずつ修正しただけだ。

 まあ、それでも由比ヶ浜は途中途中自分なりのアレンジをしようとしてたからな。どう頑張っても桃缶を入れる必要性はなかったと思う。

 

「それが私と由比ヶ浜さんの常識が一緒じゃないってことの意味?」

 

「ああ。お前にとって当たり前でも、由比ヶ浜もそうとは限らんからな」

 

 気づけばなんてないことだが、意外と人はこのことを忘れる。基本的には自分の考え方が正しいと思うからな。

 だから人になにかを教えようとするなら自分の常識は一旦捨てた方がいい、これだ、という固定概念は教える時に邪魔にしかならない。

 

「……あなた、そういう考えをしだしたのはいつ頃なのかしら?」

 

 なんで雪ノ下はそんなことを聞くんだろうか?

 

「そうだな、あれは小学生のころ――」

 

「え! 小学生!?」

 

「おい、由比ヶ浜……」

 

「ご、ごめん、つい驚いちゃって」

 

「続けるぞ……。俺に戦車のことを聞きにくる変わったやつがいてな。そいつは戦車道をやっていたんだが、とにかく馬鹿だった」

 

「そ、そんなに?」

 

「そいつは俺より上級生だったが馬鹿だった」

 

「なんで二回も言ったの、ヒッキー……」

 

 重要なことなので二回言わせもらった。

 

「その人はどうして比企谷くんを頼ったのかしら?」

 

「その学校に俺と俺の妹しか戦車に詳しいやつがいなかったからな。さすがに上級生が一年に教わりにいくのは躊躇ったんだろ」

 

「いえ、それはいいのだけど、そもそもなぜその人はあなたが戦車に詳しいと知っていたのかと思って」

 

 ああ、そういうこと。

 

「俺が戦車関係でいじめられてたからな。たぶんそのせいだろ。そこを話すと長くなるからカットするぞ。俺も最初は冷やかしで教えてほしいと言われてるんだと思ってた」

 

「思ってたってことは違ったの?」

 

「ああ……何度断っても、どこからともなくでてきてこう言うわけだ。戦車のことを教えてくれって」

 

 それこそ授業中以外ならすべてといっていいほどに。そのせいで夢にまで出てくる始末、あのツインテールのお化けは怖かった。

 

「そしてそいつは、相手を打ち負かすには作戦しかないって俺にその作戦を見せにくるんだが、それが酷くてな」

 

 とにかくあいつが持ってくる作戦は定石無視の奇抜なものばかりだった。

 

「何度説明しても、同じような作戦ばかり持ってくるからこう言ったんだよ。なんでわからないんだよってな」

 

「そ、それで?」

 

「それでこう返ってきたわけだ、私が比企谷じゃないんだからわかるわけないだろって」

 

 まあ普通に考えたらただの逆ギレなんだが、それで俺は気づいた。俺とこいつは同じじゃないんだから考え方が違うのは当たり前。なら俺が常識と思っていてもそいつのなかでは常識じゃない。

 そこからはあとは簡単だった。俺はとにかくそいつに質問をぶつけた。なにがわからないのか、どうしてそう考えるのが、どうしたいのか。

 そしてこれは、そのまま実戦の方にも当てはまると思った。相手がなにを考え何をしようとするか、さすがに試合途中で相手に質問なんてできないから戦車の動きで予想をつけるしかないが、それでも大分変わるはずだ。

 戦車に乗れない俺は体を鍛えることと、思考することしかやれることがないのだ。だからこのことに気づけたのは正直ありがたかった。もしそのままだったら、今ほど相手の動きが予想できてなかっただろうからな。

 そのお陰で小町とのボード盤のシミュレーションはほとんど負けなしだったな。まあ、小町があまりにも負けすぎて泣き出してしまい親父に怒られたりもしたこともあったな。

 

「それであなたは今に至ると」

 

「そういうことになるな」

 

「ヒッキーってすごいんだね」

 

 なんか由比ヶ浜が俺を尊敬の眼差しで見てくるんだが、一つ言っておこう。

 

「由比ヶ浜、俺はすごくないんだよ」

 

「え、だって……」

 

「雪ノ下、お前が前に言ったこと覚えてるか?」

 

「なんのことかしら?」

 

「持つ者と持たざる者の話だよ」

 

「なんの話?」

 

 由比ヶ浜は知らないのか。

 

「そのまんまの意味だよ、雪ノ下の言うとおり俺は持ってない。戦車道の家系に男として生まれて、なおかつ戦車に乗ることに憧れてしまったんだから尚更質が悪いんだろうな」

 

「それは……」

 

「でも、それでも乗りたかったんだよ」

 

「それとヒッキーがすごくないってのとなにが関係あるの?」

 

「男の俺は戦車に乗れなかったんだ。だから技術も実戦で得られる経験もゼロに等しい。ならもし乗ることになったらなにで役に立てるか?」

 

「それがさっきの話に繋がるわけね」

 

「ああ、正直あれでもまだ全然足りないと思ってるんだがな」

 

「え? あれでもなの?」

 

「いくら思考したところで答えが合う保証なんてないんだよ。それこそ初心者なんて何をしでかすかわかったもんじゃないしな」

 

「あなた……それをいつからやってきたの?」

 

「まあ、始めたのは多分小学校に入る前だな。作戦をきちんと意識しだしたのがあいつに会った3年生のころになるかな」

 

「でも戦車に乗れる保証なんてなかったでしょうに……」

 

「まあな。実際、今戦車に乗れてること自体不思議でしょうがないし」

 

「途中でやめたくならなかったの、あなたは?」

 

「やめたくならなかった、って言えば嘘になるな」

 

「じゃあどうしてやめなかったの?」

 

「…………」

 

「ヒッキー?」

 

「ん? ああ、たぶんだが妹、小町がいたからだろう」

 

「そう、あなたたち兄妹は仲がいいのね……」

 

 そう言った雪ノ下の顔にどことなく見覚えがあった。たしかあれは戦車ショップの時、西住が……。

 

「ごめんなさい、先に帰るわ。比企谷くん、部室の施錠をお願いできる?」

 

「あ、ああ……」

 

 そう言って雪ノ下は俺に部室の鍵を渡して調理室を出ていった。

 

「なんか様子がおかしくなかったか、雪ノ下のやつ?」

 

「う、うん。あんなゆきのん見るの初めて……」

 

「追いかけなくていいのか?」

 

「で、でも……」

 

「ここは俺が片付けておくから気にするな由比ヶ浜」

 

「ありがとうヒッキー、いつかこのお礼はするから!」

 

 そう言って由比ヶ浜は雪ノ下を追いかける。

 さてと、俺は今からクッキーでも作って戦車道のやつらに差し入れでも持って行ってやるか。

 

 俺はその後、調理室を片付けて奉仕部の鍵を閉め、いつもの倉庫前へと向かった。

 



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試合直前、サンダースの襲来

「あ、八幡くん」

 

「どんな感じだ?」

 

「うん、もう大体は塗り替えが終わったな……。それより八幡くん、なにかいいことあった?」

 

「そんなにいつもと違うように見えるか?」

 

「そこまでじゃないけど、いつもより目がどんよりしてないよ」

 

 ふむ、いいことか。

 

「あれだな、なんだかんだ言って小町が好きなんだなって再確認できたからかもしれん」

 

「いいことがそれって……。比企谷、シスコンすぎるよ……」

 

「まあ、八幡さんですし」

 

「それより比企谷殿、その手に持っている袋はなんですか?」

 

「あ、それ、私も気になってた」

 

「ああ、これか、これはクッキーだ」

 

「え、まさか誰かにもらったの?」

 

 なんか知らんが全員が俺を見てくるんだが、どうした一体。

 

「いや調理室を借りれたから、お前らに差し入れと思って作ってきたんだよ」

 

「だ、だよね。比企谷に限ってそんな……」

 

 おい、それはどういう意味だ武部よ。いやたしかに女子からものをもらったことなんて一度もないが。

 

「そういえば前に比企谷殿が料理が出来るって言ってましたね」

 

「そうなのか?」

 

「そっか、あの時麻子いなかったんだっけ?」

 

「まあとりあえず、いるかクッキー?」

 

 全員が頷いたので俺はクッキーを渡した。

 

「すごいね、八幡くん」

 

「意外とちゃんと出来てますね~」

 

「比企谷のくせに……」

 

「ふむ……、普通においしいな」

 

「比企谷殿、おいしいです!」

 

 感想はいろいろだが、とりあえずは食えるようだし問題はないみたいだな。

 

「ところで戦車に変なマークが描かれてるんだが、なんだあれ?」

 

 なんかⅣ号にあんこうらしきものが描かれている。

 

「あれはチーム名を変えたので、それにあわせてるんですよ」

 

「チーム名を?」

 

「えっと、Aチームがアンコウ、Bチームがアヒル、Cチームがカバ、Dチームがウサギ、Eチームがカメになってますね」

 

「なるほど、そういうことか」

 

「比企谷殿はなににしますか? チーム名?」

 

「いや、そもそも一人なのにチームもへったくれもないんだが」

 

「まあそういわずに、好きな動物とかいないんですか?」

 

 いきなり言われても思いつかんな。もういいか、あれで。

 

「じゃあ、クマにでもしといてくれ」

 

「え? クマですか?」

 

 まあ俺が気に入ってるのは実際のクマじゃないがいいだろう別に。適当に決めたがクマも基本的に単独行動だし、俺と俺の戦車にピッタリだと思う。

 そうして俺たちのチーム名が決まり、俺たちは一回戦へ向けて練習をしていくのだった。

 

 

 ====

 

 

 たしかに俺はクマがいいと言った、言ったよ?でもこれはさすがにいかんだろう。俺は指示したであろう人物を呼ぶ。

 

「西住、ちょっといいか?」

 

「どうしたの八幡くん?」

 

「ダメだから」

 

「え?」

 

「いや、え?じゃなくて、ボコはさすがにダメだ。描き直してくれ」

 

「え……ダメかな?」

 

「いや、西住がボコが好きなのは十分に知ってるしわかってはいるが……」

 

「でも八幡くんも好きでしょ?」

 

 いや俺の場合は好きというか、気に入ってるだけだから。

 

「西住、これは普通に著作権的にアウトだから。どっかの団体に訴えられて戦車道の全国大会を途中棄権もあり得るからな?」

 

 そもそも男の俺が戦車道の全国大会に出るってだけでも目を付けられやすいのだ。なるべくそういった不安材料は取り除かないと何を言われるかわかったもんじゃないからな。いくらボコが人気がなかろうがそういうやつらは目ざとく見逃しはしないだろう。

 

「そっか残念だけど……。うん、わかった」

 

 ホントに残念そうだよ、西住のやつ。なにが彼女をそこまで突き動かすのか? いや、ボコか。なんかボコを景品して大会をやったらどうなるのだろうか? いや、やめとこう碌なことになる気がしない。

 ということでリニューアルしたクマのデザインなんだが。

 

「なんでクマが二体いるんだ?」

 

 そして片方のクマの目つきが悪いのなんのって、これもしかして俺なのかしら? そうだとするともう片方の小さいクマが小町になるのか? なるほどな、そう考えるとあながち間違ったデザインでもないな。クマの目つきが悪いことを除いては。

 いやこれ、わざわざ目つき悪くする必要なかったんじゃないの? 小さい方が普通だから余計に際立っている気がするのは俺の気の所為だと思いたい。

 

 

 ====

 

 

 そんなこんなんがあり、とうとう戦車道全国大会一回戦の日がやってきた。

 

「整備終わったかー」

 

「「「はーい!」」」

 

「準備完了!」

 

「私たちも大丈夫です!」

 

「Ⅳ号も完了です!」

 

 なるほど、俺以外はもう終わってるのか。

 

「すいません、まだオイル補充が終わってません」

 

「比企谷、それを飲むことがオイル補充とでも言うつもりか?」

 

 俺にとってMAXコーヒーはなくてはならないものだがから間違っていないはずだ。

 

「おかしいですか?」

 

「はあ……貴様の場合その腐った目が整備不良だ。どうにかしろ」

 

 いや、どうにかできるならとっくにしているのであきらめてください。

 

「とりあえず、試合開始まで待機!」

 

「あっ、砲弾忘れてた!」

 

「それ一番大切なやつじゃん!」

 

「ごっめーん!」

 

 澤たちは呑気に笑っているが、それ普通に忘れちゃいかんやつだろ。こんなんで大丈夫か?先が思いやられるんだが……。

 

「呑気なものね。それでよくのこのこと全国大会に出れたわね」

 

 あれはたしか、サンダースにいたやつらか。

 

「あっ」

 

 サンダースに気づいて慌てて秋山のやつが冷泉の後ろに隠れたのが、それは隠れる相手を間違ってるだろ秋山よ。

 

「貴様ら、何しに来た!」

 

 河嶋さんはもう臨戦態勢に入ってるのか相手を威嚇してるし。

 

「試合前の交流を兼ねて食事でもどうかと」

 

「敵の施しなど受けん!」

 

「まあいいんじゃないですか別に?」

 

「なっ、比企谷、貴様!」

 

「たしかに比企谷ちゃんの言う通りだねー」

 

「か、会長まで!」

 

 ということで俺たちはサンダースの食事会に行くことになった。

 

 

 ====

 

 

「すごっ!」

 

 武部が驚くことも無理はない。サンダースはこれでもかというぐらい贅沢の限りを尽くしいる。どんだけリッチなんだよこの学校。一回戦でこれなら二回戦以降どうなるんだ?いや、それは考えるだけ無駄か。なんせ俺たちは勝たないといけないからな。

 

「救護車にシャワー車、ヘアーサロン車まで!!」

 

「本当にリッチな学校なんですね……」

 

 我が大洗学園と比べてはいけないのだろうが、ここまで差がつくもんかね?

 

「ヘイ、アンジー!!」

 

「角谷 杏だから、アンジー?」

 

「なれなれしい奴だ」

 

 先程、会長のことをアンジーと呼んできたのはサンダースの隊長である。

 

「やあやあケイ、お招きどうも」

 

「なんでも好きなもの食べてって!OK?」

 

「オーケーオーケー。オ、ケイだけに!」

 

 まさかの親父ギャグである。しかも会長はどや顔。そして相手の隊長は大爆笑、ホントあの人の笑いの沸点は低すぎるだろ。さっきの二人もビミョーな顔してるしな。

 

「アハハハッ!ナイスジョーク!!あっ…ヘイっ!」

 

 なにかに気づいたのかこちらに近づいてきたな。

 

「あぁ……見つかっちゃった!!」

 

「怒られるのかな……?」

 

 そしてそのまま秋山の方に向かうかと思いきや。

 

「ハッチー! 久しぶりね、元気にしてた?」

 

「「「え!?」」」

 

 はい、俺のところに来ました。

 

「元気もなにも俺はこれが平常運転なんで、前とたいして変わりませんよ……。あとハッチー言わんでください」

 

 なにハッチーって? まじ勘弁してください、普通に恥ずかしいからその呼び名。

 

「そうなの? それより今度はいつうちの学校に来るの?」

 

 またスルーされたんだが、いやホントに俺の話を聞く人が周りにいなさすぎだろ。

 

「いや、もう来ませんから普通に」

 

 なんで友達を家に呼ぶぐらいの気軽さで言ってるんですかね。そうひょいひょいと行けるわけがない。

 

「ちょ、ちょっと! どういうことなの比企谷!?」

 

「どうもなにも見たまんまだが?」

 

「いや、そういうことじゃないくて……」

 

 ふむ、ちゃんと説明した方がいいか。

 

「前に俺がサンダースに行ったのは覚えてるだろ?」

 

「え? あ、うん……」

 

「そんとき俺を案内してくれたんだよ」

 

「それはいいんだけど、なんであんな親しげなのよ!」

 

「なんでと言われてもな。なんか知らんが気に入られたんだよ」

 

 いやホントなんでだろうな? さっきも話したと思うが、笑いの沸点が低いせいか案内の間俺がなにか返事を返すたびに笑いだすのだ、俺ってそんなにおかしい返しをしたんだろうか?

 あれはいまだに俺の中で謎である。だから正直に言うとこの人のことは凄く苦手です、はい。

 

「しかしあの時はホントにエキサイティングだったわ。まさかあなたが偵察しに来た子をお姫様抱っこしてエスケープさせるんだもん」

 

「偵察……? あ、あんた! 大洗の生徒だったの!?」

 

 え? 今更かよ、どんだけ俺のこと覚えてなかったんだ。もういっそのこと思い出さなくてよかったのに。

 

「え? アリサは知らなかったの?」

 

「いやむしろ隊長は知ってて、あいつの質問にいろいろ答えてたんですか!?」

 

「ん~? なにかまずかったかしら?」

 

「まずいもなにも一回戦の相手じゃないですか!」

 

 いやーホントにあの時はお世話になったな。主に情報面で。

 

「ど、どういうことなの八幡くん?」

 

「さっき説明したろ? 案内してもらったって」

 

「う、うん」

 

「そんときにな戦車の性能とか次にどうやって戦うつもりなのかとか、いろいろ聞いたんだよ」

 

「え、比企谷殿それって……」

 

 そうあの日、秋山がやったことと同じことを俺もやっていたのだ。まあ結局俺がやったことはあんまり意味はなかったけどな。秋山が動画に撮っている方が普通にわかりやすかったし。

 

「で、でも、それなら私たちに言ってくれてもよかったじゃん」

 

「まぁそうなんだが、絶対に情報が手に入るわけでもないしな、今回はたまたまあの人だったからうまくいったようなもんだし、それに……」

 

「それに?」

 

「お前らに無駄に期待させてガッカリさせるのもアレだったからな」

 

「「「………」」」

 

「どうした?」

 

「ちょっと作戦会議するから、比企谷は絶対近づかないでよね!」

 

「お、おう……」

 

 いやまぁ、近づくなと言われるなら近づかないが…そもそもなんの作戦会議だ?いいけどね別に、あれだよハブられてショックとか受けてないから。ボッチだからこんなの日常茶飯事だしな、もう超ヨユーですよ。ホントダヨ?

 

 

 

「あれが小町ちゃんが言ってた捻デレなのかな?」

 

「え? あれがそうなんですか?」

 

「だってあれ、比企谷なりに私たちのことを考えてくれたってことでしょ?」

 

「そう言われると、そうかもですねー」

 

「わかりにくい……」

 

「でもその割には私たちのことを信じてくれてなかったよね」

 

「あぁ、沙織が暴走したやつか……」

 

「それは今はいいから!」

 

「あれじゃないかな? 八幡くんは信用してないんじゃなくて、確信がもてないとか」

 

「どういうことミホ?」

 

「えっと……たぶんなんだけど、信用はしてるけど、自分が信用されてるとは思ってなかったんじゃないかなと思って」

 

「そうですね。八幡さんは人に嫌われるようなことをやってでもその問題を解決しようとしますし……」

 

「そう言われるとあの生徒会でのこともそうだよね。私と華は勘違いしてたわけだし……」

 

「なんのことですか?」

 

 そっか、優花里さんと麻子さんは知らないんだっけ。

 

「話すと長くなるんだけど……」

 

 そして生徒会室での出来事を優花里さんたちに説明する。

 

「え!?じゃあ、比企谷殿がいなかったら西住殿は戦車道に入ってなかったんですか!?」

 

 あれ? そう言われるとそうなるのかな?

 

「うん、だから私たちにできることは八幡くんを信用することだけじゃないかな? 八幡くんは言葉で言ってもたぶん疑っちゃうと思うし」

 

「疑い深い……」

 

「というかミホ、よくそこまで比企谷のことがわかるわね」

 

「え?そうかな?」

 

 そんなことはないと思うけど。

 





【挿絵表示】


これがクマのマークになります。
こんな感じでイメージしてもらえると幸いです。


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相手はルールの裏をかき、それ故に彼は気づく

『それでは、サンダース大学付属高校と大洗学園の試合を始める』

 

 試合開始前のアナウンスが流れる。

 あの聖グロ戦から一年生チームや他のチーム、俺を含めたやつらが戦車をだいぶ扱えるようになった。まぁそれでも今まで普通に戦車道をやっていたやつらには遠く及ばないが、それが=勝敗に繋がるとは限らない。

 勝負は時の運ともいうが、俺はそれはあながち間違っていないと思う。

 戦車はあくまで人が運転するものだ。だからその日の気分や体調、人間関係などで作戦の成功に影響などしたりする。士気が如何に大切なのかがよくわかる。人間はできないと思ってしまえばどうしても動きが鈍る。逆に言えばできると思えれば多少無茶を慣行できるあたり不思議でもあるな。

 そういうことで言えばサンダースは手強い。

 偵察の時、サンダースの隊長と話していて思ったことは、あの人には裏表がないってことがわかった。

 基本的に考えていることをすぐに口にしたり、相手の言葉を疑ったりしない、そして何事にもフェアプレーの精神で挑むことが大切だと言っていた。

 だからほとんどの生徒に信用されているのが傍目で見ていてもわかった。

 むしろああいうタイプはウザがられたり煙たがられて孤立していくものだが、あの人の人柄の所為かそういった感じもサンダースの中ではなかったように思う。

 なのであの人があきらめない限りサンダースのメンバーがあきらめるということはなく、つくづく戦車道の全国大会が殲滅戦ではなくフラッグ戦で良かったと思ったね。

 一回戦で当たれたのも大きい、相手はあの大量に保有している戦車を使って物量のごり押しを基本としているからな。

 まぁ戦車は少なくなってもこの一回戦で相手がやることにあまり変わりはないがそれでもである。

 加えて戦車の性能のに差があるのも何ともしがたい、シャーマンは言うに及ばずとくにあのファイヤフライはやばい。射程距離が3000メートルとか性能を聞いたときは冗談かと思ったほどだ。

 以上のことを踏まえ、サンダースは普通に強いとわかった。いやまあ弱いわけはないんだが、そこはあれだ、なんとなく言いたかっただけだから気にするな。

 

『説明した通り、相手のフラッグ車を殲滅した方が勝ちです』

 

 西住の試合前の最後の確認が行われている。

 

『サンダースの戦車は攻守共に私たちより上ですが落ち着いて戦いましょう! 機能性を活かして常に動き続け敵を分散させてⅢ突の前に引きずり込んでください』

 

『『『はい!!』』』 

 

 西住もだいぶ板についてきたな。

 聖グロの時はおどおどしていた気がするが、今はそれもないように思える。

 戦車道の全国大会はまずお互いに定位置につき、各校の代表者だけで挨拶を行う。これによって時間の短縮をするんだそうだ、大洗はもちろんのごとく会長が行っている。

 会長がジープに乗って戻ってきたな、ならそろそろ始まるか。

 

『試合開始!!』

 

 そして審判員のアナウンスが流れるのであった。

 

 

 ====

 

 

 俺たち大洗は試合開始と同時にすぐさまに森の中に入った。

 ただえさえ車両数に差があるのだから、なるべく最初のうちはこういった遮蔽物に囲まれているところの方がいろいろとやりやすいと思ったからだ。

 一年生ウサギチーム、バレー部アヒルチームが偵察に行き、フラッグ車の生徒会カメチームを守るように西住たちのあんこう、カエサルたちのカバチームが配置されている。

 え? 俺はかって? いつものごとく単独行動だ。

 

『こちらE085S地点、シャーマンを発見したのでこれから誘き寄せます!』

 

 意外と早く相手が見つかったな。とにかく早めに相手の車両を減らせればいいんだが……。と思っていた矢先。

 

『シャーマン六両に囲まれちゃいました!!』

 

『ウサギさんチーム、南西から援軍を送ります! アヒルさんチーム、ついてきてください!』

 

『はい!』

 

 いくらなんでもおかしくないか?

 一年生からの報告があったあとすぐに囲まれたと言うのが特に……まるでこちらの位置が正確にわかってでもいないとできないような。 ………いや、まさか?

 俺は慌てて戦車から頭を出し、空を見て双眼鏡で確かめる。おいおいまじかよ、やってくれるじゃねーか。これまた随分と手の込んだことをするもんだな相手さんは。

 いかん、このままだと西住たちがやばいかもしれん。

 

『三両、囲まれた!』

 

 これで一年生に六両、西住たちに三両、全九両がこの森に投入されていることになる。

 いくら物量で押していくと言ってもこれはさすがに無茶の範疇を超えている。それこそ確信できるなにかがないとここまで大胆に作戦を実行できるわけがない。

 だからそれが相手にあるのだろう、さっき確認したから間違ってないはずだ。問題はこれをどうやって西住に伝えるかだな。無線は使えない……。そもそも今のピンチを西住たちが切り抜けないとどうにもならんな。

 

『ウサギさん! このまま進むと危険です! 停止できますか!?』

 

『『『無理でーす!!』』』

 

 このままだと完全に挟み撃ちになるんじゃないか?

 頼むぞ西住、ここが勝負の分かれ目になる気がする。

 

『ウサギさん、アヒルさん、あんこうと間もなく合流するので、合流したら南東に進んでください!』

 

『わかりました!』

 

 

 ====

 

 

「あっ、せんぱーい!」

 

「はい! 落ち着いて!!」

 

 さて無事にウサギさんチームと合流できたのはいいけど、問題はここからです。

 私たちが合流して南東に逃げていると前方から敵車両が見えてきました。

 

『回り込んできた!?」

 

『どうする? 撃っちゃう?』

 

 それだと下手に攻撃をしても、こちらの攻撃は当たらないので砲弾が減って不利になるだけ。

 

『このまま全力で進んでください! 敵戦車と混ざって!!』

 

『まじですか!?』

 

『了解です! リベロ並みのフットワークで……!!』

 

 私の指示と共にⅣ号も加速する。そして敵戦車と接触しながら相手の攻撃を搔い潜り、なんとか相手の包囲網を抜けることが出来た。正直に言うと結構ギリギリだったかも。

 それにしても……。

 

「危なかったですね……」

 

「うん、まるで私たちを待ち構えてたみたい……」

 

 その瞬間、私の脳裏になにかがよぎる。それと同時に。

 

「あれ?」

 

「どうしたのみぽりん?」

 

「なんか携帯が鳴ってる……」

 

「え? こんなときに? 相手は誰なの?」

 

「えっと、ちょっと待ってね……」

 

 私は携帯に表示されている名前を確認します。そこには……。

 

「八幡くん?」

 

「比企谷?」

 

「なんか比企谷殿が電話って珍しいですね」

 

「まさか愛の告白だったりして~」

 

「八幡さんがですか?」

 

「それはさすがにないだろ……」

 

 沙織さんが変なこと言うから少し意識してしまう。でもどうしたんだろこんなときに?

 

「もしもし? どうしたの八幡くん?」

 

「西住、お前に大事な話あるんだ、聞いてくれるか?」

 

 だ、大事な話!? ど、どうしよう?

 

「い、いきなり、そんなこと言われても心の準備が……」

 

「いや、西住? なにを勘違いしてるかしらんが――」

 

「ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします!!」

 

「み、みぽりん!?比企谷となんの話してるの!?」

 

 私たちは試合中だったけどその瞬間だけは忘れていた気がします。

 

 

 ====

 

 

「おーい、西住?」

 

 なんか西住の謎な発言のあとあっち側が騒がしいんだが、こっちははやく用件を伝えたいんだけど何やってんだ一体。

 

「もしもし比企谷! どういうことか説明しなさい!!」

 

 なんで西住じゃなくて武部に変わったんだ? まあいい、伝えるのは誰でもいいしな。

 

「ああ、大事な話があるからな、それで電話したんだよ。無線だとあれだから」

 

「……そ、そうなんだ。でもそれなら試合前でもよかったんじゃないの?」

 

 試合前か、たしかにな。俺がそのことに早めに気づけていれば西住たちを危険にさらすこともなかったろうし。

 

「そう言われるとなにも言い返せないが、気づいたのが試合途中でな」

 

「それでミホに電話をかけたの?」

 

「あぁ、早めに伝えないと手後れになるかもしれないし」

 

「……そう、わかった、じゃあミホに代わるね」

 

 なんかやけに武部の声が沈んでる気がするんだが、気のせいか?

 

「いや、そのままでいいから」

 

「え?」

 

 なんでいちいち変わろうとしてんの? ただただめんどくさいだけだろ。

 

「いいか? 相手に無線が傍受されている可能性がある、だから無線を使うのは……」

 

「………」

 

 なんか武部の反応がないんだが。

 

「おい、ちゃんと聞いてるのか? 武部?」

 

「……ちょっと待って、作戦会議するから」

 

「は?」

 

 いや、なんで作戦会議?

 

「ミホ! ちょっとこっちに来なさい!!」

 

 その武部の発言のあとまたあっちが騒がしくなった。ちょっと君たち? 今試合中なのわかってんの? 割と切迫してるんだけどな……

 そして電話に西住が戻ってきたかと思うと。

 

「お騒がせして申し訳ありませんでした……」

 

 いきなりの謝罪である。それは誰にたいしての謝罪なんだろうか?なんかツッコむとこれ以上ややこしくなりそうだな。こういう時はスルーに限る。

 

「お、おう……。さっき武部にも言ったんだが無線が傍受されている」

 

「……やっぱり」

 

 どうやら西住も気づいてたみたいだな。これなら話が早い。いや、ここまでに結構かかってるからトントンもしくは結構アウト。

 

「だからそれを逆手に取る」

 

「どうするの? 八幡くん」

 

「いいか……」

 

「うん……」

 

 さて、こっから反撃といかせてもらおうか。相手に情報戦に置いてなにが大事か思い知らせてやりますかね。

 

 

 ===

 

 

『ボコチームを除いた他のチームは次の道路を南進、ジャンクションまで移動して! 敵はジャンクションを北上してくるはずなので通り過ぎたところを左右から狙って! それとボコチームは引き続き作戦を続行してください』

 

『了解です!』

 

『こっちも了解!!』

 

『西住よ、そのチーム名はさすがに……』

 

『異論は受け付けません』

 

『いや……』

 

『異論は受け付けません』

 

『はぁ、わかった……。こちらも作戦続行するから、そっちもへまするなよ?』

 

『うん、まかせて!』

 

 こっちに無線傍受をされているとは夢にでも思ってないでしょうね! いい気味だわ! というか、こいつらなに試合中にいちゃついてるのかしら……私はタカシと……いや、それは今は置いときましょう。

 無名の弱小校が全国大会に出場しただけじゃあきたらず男まで連れてくるんておかしいのよ。そう、これは天罰だわ! 戦車道の試合中にいちゃつく輩がいけないのよ! だから私はなにも間違っていないの!! 目にものを見せてやろうじゃない。

 

『目標はジャンクション、左右に伏せているわ……囮を北上させて! 本隊はその左右から包囲!』

 

『OKOK、というかなんでそんなことまでわかっちゃうわけ?』

 

『女の勘です』

 

『アハハハッ! そりゃ頼もしい!!』

 

 隊長はいつもフェアプレイと言ってるからバレたらやばいけど、バレなきゃいいのよバレなきゃ!

 

 

 ====

 

 

 さてとそろそろと相手がこちらに来る頃か。

 俺たちは相手の動きが良く見える丘に集まっている。そして相手が上手い感じにばらけてジャンクションに向かってきているな。よし、とりあえずは第一段階だな。

 

『囲まれた! 全車後退!』

 

 西住の指示が出るがもちろんこれはデマである。本当の指示は……。

 隠れていたバレー部チームが動き出したな。そしてその後ろには土煙を起こせるよう木を括り付けている。これで相手はこちらの車両数を誤認するはずだ。

 たぶん普通だったらこんな手は引っ掛からない、だが相手は無線を傍受してることによってこちらの情報を疑わなくなってるからな。それで認識が甘くなる。

 

『見つかった。みんなバラバラになって退避、38⒯はC1024R地点に隠れてください!』

 

 38⒯はこちらのフラッグ車だ。相手は確実にこの情報に食いついてくるだろう。目標地点に相手が来たとき、俺たち大洗学園の反撃が始まるのだ。

 

 



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決着、そして西住流のちに島田流

 サンダースの戦車が先程西住が無線で言っていた目標地点へとそろそろついたくらいだろうか?まぁ、もちろんそこにはフラッグ車の38⒯がいるわけがなく、バレー部の八九式、一年のM3、そしてカエサルたちのⅢ突が待ち構えている。

 そして相手は今頃慌てふためいているだろうな。なんせフラッグ車を撃破しに行って逆にやられているんだからな。ミイラ取りがミイラになったわけだ。

 そして俺の携帯にメールがくる。

 

「相手のシャーマンを一両撃破! ……か、よし、いい感じだ」

 

 そう、そしてこれが無線を使わないで連絡を取っている答え。無線を傍受されているなら、それ以外の通信機器を使えばいいというシンプルな考えだ。ちなみに戦車道の試合中に携帯を使っていいかというと、これがなかなかにグレーゾーンまっしぐらでもあったりする。

 仲間内でのやりとりは別にルールには触れないのだが、それ以外、つまりは観客席にいる人など外部の人間と連絡を取るのはアウト。即失格である。

 間違えて掛けてしまい、勝っていた試合で負けたという話があるくらいだ。もしそんなことになろうものなら目も当てられない。だから俺は口を酸っぱくして武部に言った。絶対に掛け間違えるなよと。あんだけ言ったのだ、さすがの武部でも大丈夫なはずだ。

 そしてあいつはメールを打つのが早いからな。西住が無線で偽の指示を出してから10秒経たずにメールで作戦内容が送られてくる。

 それにしてもホントにメール打つの早すぎるだろ。まるで息を吸うかの如く。なんであんなに指を動かせるの?俺だったら絶対指を攣らせる自信がある。なんせメールなんて碌に打ったことがない。

 いや、中学生の頃に一時期メールを返すのに必死になっていたっけか、あれは今でも思い出すとドロドロの濁ったコーヒーより苦い思い出だから忘れた方がいい、むしろ忘れたいまである。

 あの時の俺はまさしく馬鹿だったのだろう、相手のどうでもいいようなメールに一喜一憂したりして、一生懸命返信の内容を考えて、あの時の自分の薄っぺらさには反吐が出る。

 ただ相手はお情けで俺に連絡先を教えただけ、なのに俺はたまらなくそのことがうれしくて毎日毎日、携帯を開いてはメールが来ていないか確認していた。

 そして勘違いが頂点にまで達したとき俺の人生最大の愚行が……っといかんな、いつのまにか思考がおかしな方向にいってしまった。今は試合に集中しないと。

 さて、話はそれたがこれで作戦の第一段階が完了。次の段階へと進めるとするか。

 

『全車128高地へ来てください。ファイヤフライがいる限りこちらに勝ち目がありません。危険ではありますが、128高地を陣取って上からファイヤフライを一気に叩きます!』

 

 西住からの無線が入る。これもまた偽の情報ではあるが相手はたぶんだが疑いはしないだろう。それはなぜか? まず第一にこの無線傍受がサンダース全体の行動ではなく、一個人、つまりは独断専行だからだ。

 無線傍受はサンダースの隊長が掲げている、フェアプレーの精神から大きく逸脱しているからな。

 だからこそ、この無線傍受に付け入るスキがある。もしこれがサンダース全体としての作戦ならば、一回失敗したとしてそこから相手に気づかれている可能性を見つけるものが出てくるだろう。

 ならもし個人の独断専行で無線傍受をやっているならどうなるか? 答えは簡単だ。失敗を取り戻そうとするだろう。

 俺はあらかじめ、相手が目標地点に来た場合は全部の車両を撃破するなと伝えている。

 さすがに目標地点に行った車両が全部撃破となると相手にこちらが気づいているのがバレてしまう、なのであえてそうした。

 だから相手はこう思うだろう、まだ一両やられただけ、今のはまぐれに違いない、次はそうはいかない、相手を撃破すればすべて丸く収まる。いずれにしても絶対自分が間違っているとは思わない。なぜなら相手には無線傍受という絶対の自信があるからだ。たぶん今回だけではないのだろう、さすがにすべての試合で無線傍受をやってるとは思わんがそれでもだな。

 相手がこちらの情報に疑っていない証拠に、先程の無線で西住が指定した地点へとサンダースの戦車が向かっている。

 これでもう疑いようはないな。そして俺はこの作戦の肝である最後のピースをはめる。

 

『こちらボコチーム、相手のフラッグ車の位置を突き止めた。応援を頼めるか? もし無理そうなら単騎撃破に向かう』

 

『こちらあんこうチーム、もう全体が目標地点へと移動しているので応援は無理ですが、最初の作戦通り単独で撃破をお願いします。相手はこちらの動きには気づいていないので大丈夫なはずです。一気にけりを付けましょう!』

 

 ここで今までほとんど姿を見せていない俺の情報と相手のフラッグ車を発見したと報告する。

 これ自体の真偽はさほど重要でない、むしろ目的は相手にこの情報を聞かせること。

 そしてその結果が……

 

「一両だけ不自然に別行動をしだしたな……」

 

 俺は双眼鏡で確認しながらそうつぶやく。

 先程も言ったが、ことの真偽は関係ないのだ。なぜなら相手はどちらにせよフラッグ車を守るために応援を呼ばないといけない、普通に考えて仲間同士の通信でこちらがあえて嘘をつく意味がないからな、それこそ無線を傍受されていると分かっていない限り。

 だから相手は情報を頼りに行動するしかないわけだ。それが自分たちの首を絞めるとも知らずに。

 さてこれで第二段階が完了、相手のフラッグ車まで案内してもらうとしましょうか。

 

 

 ====

 

 

「フフフ……アーッハハハハ!! 捨て身の作戦に出たわね!! でも丘に上がったらいい標的になるだけよ?」

 

 相手も相当追い詰められているみたいね。こんな苦し紛れの作戦に出るなんて。これでさっきやられた分もまとめて仕返しができるわ!

 私は隊長に無線を繋げる。

 

『128高地へ向かってください』

 

『どういうこと?』

 

『敵のほとんどの車両が集まる模様です』

 

『ちょっとアリサ、それ本当? どうしてそこまでわかっちゃうわけ?』

 

『私の情報は確実です……! それと一両こちらに応援をもらえますか? どうやら姿を見せてない一両ががこちらの位置に気づいたようで』

 

『オッケー!! ……全車、Go ahead!! じゃなかった、一両はアリサの応援に向かって!』

 

 大丈夫、すべては上手くいく、何事もなく順調に。私たちはあんな無名校に躓くわけにはいかないのよ。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

『なにもないよ~!!』

 

『そんなはずありません!!』

 

 どういうこと? さっきといい今といい……。

 

「まさかハメられた? ……じゃあ、大洗の車両はどこに?」

 

 そして戦車の駆動する音が聞こえてくる、やっと応援が来たようね。

 そう、それこそが死神の忍び寄る音とは私は知る由もなかった。隊長のあの通信が入るまで。

 

『アリサ!! あなたの応援に向かった戦車が撃破されたわ!!』

 

『へ? それはどういう……』

 

 その答えはすぐにわかることになる。なぜなら……

 

「よう、ちっとばかし早いが、そろそろこの試合も終わりにしようぜ」

 

 先程から聞こえていた戦車の駆動音は仲間のものではなくこいつだったわけね。

 でもなんでこいつがここに? いやそれはさっき言っていた無線でわかっていたじゃない、問題はそこなんかじゃない。どうやってこの戦車でシャーマンを倒したの? どうやったって……。

 違う! おかしいわ! だって、だって……なんで他の大洗の車両までここにいるの!?

 

「抵抗するのはかまわないがこの数に勝てると思うならかかって来いよ、強豪の意地もあるだろうしな。まぁ俺は戦車を降りることを勧めるけどな」

 

 そんな……私たちがこんな弱小校に……。

 

 

 

 複数の砲撃の音が鳴り。

 そして無情にも審判員のアナウンスが流れるのであった。

 

『大洗学園の勝利!!』

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

『一同、礼!』

 

『『『ありがとうございました!!』』』

 

 最後は各戦車の代表が並んで挨拶をして終わった。

 とりあえずは勝ったのはいいんだが、すごい睨まれてるよ。え? 誰にかって? サンダースの選手はもちろんだが、ひときわこちらを見てきているのは相手の隊長さんである。

 いやー俺なんかしたっけか? いや、しましたね。むしろ主謀者だったわ。

 これはささっと逃げるに限るな、めんどくさいことにしかならん気がする。よし、そうと決まれば帰ろう!

 

「ちょっと待ってくれる、ハッチー?」

 

「すいません、あれがああしてああなるんで帰ります」

 

「話を聞かないと今度ハッチーの家に行くからね?」

 

「それだけはまじ勘弁してください、話を聞くんで」

 

 なんてことを言うんだこの人は。この人はやると言ったら絶対にやる、そして小町と遭遇しようもんなら絶対にややこしいことになる未来しか見えん。そうなるぐらいなら話を聞くぐらい安いもんだ。

 

「む~!!」

 

 なんで話を聞くって言ってるのにむくれてんだこの人は、ちょっと理不尽すぎません?

 

「なんで怒ってるんですか……」

 

「そんなに私に来てほしくないの?」

 

「は? いやいや、今はそういう話じゃなかったでしょ?」

 

「隊長、話が進まないんで今はそのことを置いといてください……」

 

 どうやら副隊長の二人もこちらに来たようだ。

 

「単刀直入に聞くわ。ハッチー、どうやってフラッグ車の場所を突き止めたの?」

 

 どういうことだ? 俺はそう思い、某主謀者の方を見ると露骨に顔を背けやがった。

 こいつ、まだ言ってないのかよ。こういうのはずるずると後に伸ばせば伸ばすほどめんどくさいだけだろ。

 

「無線が傍受されていたんでそれを逆手に取りました」

 

 俺はもう包み隠さずそう言った。

 

「……どういうこと? アリサ?」

 

 あれ? なんか空気がおかしくない?

 

「そ、その……なんと言ったらいいか……」

 

「ハッチーの言ってることはホントなのね?」

 

「……は、はい……」

 

「ばっかもーん!!」

 

「す、すいません……!」

 

「戦いはいつもフェアプレイでって言ってるでしょ!」

 

 なんというか開いた口が塞がらない。ちょっと意外だったのかもしれん。この人はてっきり怒らないのかと勝手に思っていたが、どうやらそうでもないらしい。いや、むしろ白黒はっきりつける性格ならこれはこれでおかしくはないのかもな。

 とりあえずこの空気を変える意味でも質問をするか。

 

「あ、そうそう、俺もひとつ聞きたいことが」

 

「ん? どうしたの?」

 

「なんで編成を変えなかったんですか? 偵察がわかった時点でいくらでも変えようがあったでしょ?」

 

 俺がこの試合が始まってからずっと思ってた疑問をぶつける。

 

「だってわざわざ偵察に来てくれたのに悪いじゃない、それに……」

 

 いや、悪いじゃないって、まじでそんな理由なのか?

 

「それに?」

 

「That`s戦車道! これは戦争じゃない。相手が全力で来るならこちらも全力で迎え撃つ! 道を外れたら戦車が泣いちゃうしね」

 

 いや、なんというかホントにすごいなこの人は、冗談ではなく本気で言っているのがわかる。

 正直俺からすればまぶしすぎる。俺にはそんな考えはできない。できないが、こんな考え方をする人もいるんだな。

 ある意味において西住流や島田流とは真逆の極致だと思う。勝つことではなくあくまでも戦車道そのものを楽しむということなんだろ。

 

「それにしてもハッチー、あなたには驚かされてばかりね」

 

「そうですか?」

 

「ええ、まさかこんなに早く決着を着けられるとは思わなかったわ」

 

「まぁそれは、ひとえに無線傍受のおかげですかね、正直普通に戦っていたらどうなっていたかわかりませんよ?」

 

「それでも勝ったのはあなたたちよ」

 

 そういって手を差し出してくる。これ前にも見たことがあるな。

 

「握手したら、仲良くなるとかいいませんよね?」

 

「? どういうことかわからないけど、違うわ!」

 

 良かった、この方程式がわりと普通なのかと最近思いだしたからな。

 

「だってもう、私たち仲がいいじゃない!」

 

 そして強引に握手をされる。

 え? いや、そんなことになった覚えが一切ないんですけど……。この人の脳内はどうなってるんだ? いくらなんでも人類皆家族とか言いださないよな? いやこの人の場合、素で言いそうではあるが……。

 そうしてサンダースは去っていった。まじ嵐のような人だったな。

 

「八幡くん、話は終わったの?」

 

「ん? あぁ……」

 

「比企谷殿!」

 

「ど、どうした、秋山?」

 

「すごい、すごいですよ!」

 

「お、落ち着け!」

 

「だってあのサンダースに勝ったんですよ!?」

 

 若干どころか普通に秋山のやつのテンションがおかしい。

 

「勝ったっていってもな、それこそ相手の無線傍受を逆手にとっただけだぞ?」

 

 勝ったには勝ったが、真っ当な方法で倒してないしな。

 

「そう、それですよ!」

 

「どれだよ……」

 

「比企谷殿はいつから無線傍受に気づいていたんですか?」

 

「怪しいと思ったのは一年のウサギチームの報告の後すぐに相手に見つかった時だな」

 

「え!?」

 

 なんか秋山がすごく意外そうな顔をしているんだが。

 

「ん?」

 

 なんか俺、おかしいことでも言ったか?

 

「比企谷、なんでその時点で気づけるのよ……。おかしくない?」

 

「もはや人間じゃない……」

 

 おいなんだこの幼馴染コンビは、二人してなんで俺をそんなにディスってんだよ。俺が何したってんだ!あと冷泉、人間じゃないはさすがにいいすぎだから、いいすぎだよね?

 

「お前らそんなことを言うがな、西住だって気づいてんだぞ? なぁ、西住?」

 

「………」

 

 あれ? 西住さん? なんで無言で俺から顔を背けるの?

 

「ごめん八幡くん。私が気づいたのは八幡くんが電話をかけてきた直前だったの……」

 

 あれ? まじで俺がおかしいんだろうか? 人の幸福を素直に喜べない性格だが、人間までやめたつもりないんだがな。あれかな? 霊石・アマダムで超感覚を得てしまったのかもしないな。それだと俺の場合、目の腐りようもあって絶対グロンギに間違われるなり変身してもしなくても未確認生命体とかちょっとどころじゃなくなかなかにつらくない? 人類守らずに逆に叛逆したって文句はいわれないだろうこれは。

 俺が言ってることが気になった人はぜひ一話からこの作品を見てほしい(ステマ)。俺の今までのライダーシリーズでの一番のお気に入りだったりする、人を守ったとしても絶対に感謝されるわけじゃないと教えてくれた作品だったな。え?捻くれた捉え方をしすぎ?気になった(ry

 とりあえず現実逃避は終わりだな、試合も終わったことだしさっさと帰ろう。

 

「さ~て、試合も終わったことだし、お祝いに特大パフェでも食べに行く?」

 

「行く」

 

 あの冷泉が即答とか、君たちちょっとパフェ好きすぎない? 俺はもう当分は見たくないな。食べてはないのに財布に大打撃を受けたのだ、当然のことだろ。

 そんなことを思っていたら、なんかにゃーにゃー聞こえてきたんだが……。

 

「麻子、携帯なってるよ?」

 

 は? いや、まじ? なんか意外というかなんというか、クールに見せかけて実はかわいいものが好きだったりするのか冷泉のやつ。

 

「知らない番号だ……、はい…」

 

 いや、知らない番号には出たらダメだろ冷泉よ。

 そして電話が終わったのか、冷泉は携帯を切ったのだが、なんか様子がおかしかった。

 

「どうしたの?」

 

「……な、なんでもない……」

 

「なんでもないわけないでしょ!?」

 

 武部の言う通り、冷泉のやつは動揺している。あいつは普段表情を変えないからか余計に深刻さに拍車をかけている気がするんだが。

 

「おばぁが倒れて、病院に……」

 

「「「え!?」」」

 

「麻子、大丈夫?」

 

「早く病院に行かないと……!」

 

 五十鈴のやつが言うのはもとっともなんだが、今から学園艦に大洗にまで寄港してもらうとなると時間がかかりすぎるな。足があればいいんだが、今そんな都合よく……ん? いや、たしか……。

 

「で、でも、どうやって?」

 

「学園艦に寄港してもらうしか……」

 

「でも、撤収までに時間がかりすぎます!」

 

 そして冷泉のやつはなにを思ったのか、いきなり脱ぎだした。いや、脱ぎだしたと言っても靴と靴下をだよ?

  服はまだ脱いでないから。脱ぎそうな勢いではあるがな。冷泉のやつ、それだけばあちゃんが大事なんだろう。

 

「麻子さん!?」

 

「なにやってるのよ! 麻子!」

 

「泳いでいく……!」

 

「「「え!?」」」

 

「待ってください、冷泉さん!」

 

「麻子! 今ここには比企谷がいるんだから! わかってるの!?」

 

 それでやっと冷泉が止まったのだが、あんだけ暴れといて俺の名前が出た途端止まるのはちょっとな……どんだけ俺は嫌われてんの? 冷泉のやつになにかした覚えもないんだがな。

 

「私たちが乗ってきたヘリを使って」

 

 声がした方を見ると、そこには意外な人物がいた。

 

「あ……」

 

 意外な人物とは黒森峰の隊長、西住 まほと、そしてあの時の副隊長だ。

 

「急いで!」

 

「隊長! こんな子たちにヘリを貸すなんて!」

 

「これも戦車道よ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「冷泉のやつならこっちにまかせてもらっても大丈夫ですよ」

 

「どういうことだ?」

 

 西住の姉ちゃん、もういいやめんどくさくなってきた。まほさんは俺にそう言ってきた。

 答えはすぐにわかる。なぜなら……。

 

「ヘリの音?」

 

「俺の妹にさっき頼んだんですよ、困ってるやつがいるからヘリを借りれないか親父に聞いてみてくれって」

 

「なら、私がやったことには意味がなかったな……」

 

 もしかしてこの人、西住が困ってるから理由を適当につけて助けようとしたのか?

 前にも言ったがやり方がまわりくどいしわかりにくい、まるで俺のようだ。いや、さすがにそれは失礼か。

 

「意味なんていらないでしょ。やりたいからやったんでしょ?」

 

 とりあえずこの不器用な人にアドバイスでもしとくか。

 

「ふふっ、それもそうだな。エリカ、私たちは帰るとしよう」

 

 まほさんは俺に笑いながらそう言う。

 なんだ、こんな顔が出来るなら西住の前でもやってやればいいのに。そうしたら一発でいろいろと解決すると思うんだが、やっぱりそれが難しいんだろうか?

 

「ま、待ってください、隊長!」

 

 なんか最後に俺の方を睨んできたんだけど、なんでだ?

 そうしてまほさんたちが帰ったあと、入れ替わるようにうちのヘリが着いたな。

 ヘリから小町が降りてきた。

 

「みなさん、お久しぶりです! えっと……それで誰を大洗の病院にまで連れていけば?」

 

「おい、冷泉!」

 

「すまない……また借りを作らせてしまって……」

 

 まったく、なんでこういうところは律儀なんだか。

 

「俺が勝手にやったことだ、気にすんな」

 

 あまりにも冷泉のやつが辛気臭い顔をしてるもんだから、俺は頭を撫でた。

 

「あ……」

 

「ほら、さっさといけ、着くまでにはその辛気臭い顔をどうにかしろよ」

 

 冷泉のやつはヘリに乗り込む。

 

「私も行く!」

 

 武部のやつは冷泉が心配になったのか一緒に乗るみたいだな、武部と入れ替わるように小町たちがヘリから降りてきた。ん? たち?

 そしてヘリから降りてきたのは妹の小町と……ボコの人形を抱えた少女だった。

 

「八幡、久しぶり」

 

「え? は? なんでこいつがここに? おい、どういうことだ小町、説明しろ」

 

「今日愛里寿ちゃん、うちに泊まっていくからだよ?」

 

 いや、そんな首を傾げながら言われてもかわいいだけだから。そしてなぜに疑問形。

 

「そんな話聞いてないぞ、俺」

 

「うん、だって、今日決まったんだもん」

 

 もんってな、おいおいどういうことだよ、まじでいきなりすぎるだろ。

 

 

 そうして俺の親戚であり島田流の後継者こと島田 愛里寿が突如としてやってきたのだった。

 



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島田 愛里寿は比企谷 八幡に懐いている

愛里寿のキャラを掴むためにいろいろと調べていたら、ボコの歌なるものに遭遇、歌詞を聞いて驚愕。
そのあと愛里寿版があることをしり聞いてあまりの可愛さに悶絶。

そしてボコの歌を無意識に口ずさんでいる自分に驚愕。
あの歌中毒性ありませんか?自分だけなんでしょうか?


「当てさえすれば勝つんです! あきらめたら負けなんです!!」

 

 そうだな、たしかに簡単にあきらめるのは間違っているのだろう。それには俺も同意はするし反論もしないが、もうこの現状はどうにもならないんだ西住。

 そうして試合は決着が着き、勝者が決まる。

 

 

 

「―――勝者! 比企谷 八幡 !……ってことで、またまたうちの兄の勝ちですね、みほさん」

 

「つ、強すぎるよ……八幡くん……」

 

 ちょっと西住、涙目にならんでくれ。それだと俺がいじめてるように見えるから。

 

「比企谷殿、今何連勝なんですか!?」

 

「もう2桁超えたあたりから数えるのやめたぞ俺は」

 

「八幡さん、次はわたくしです! 今度こそ勝って見せます!」

 

 俺たちは今何をしているかというと、戦車のシミュレーションのボード盤をやっている。

 いや、それはいい、それはいいんだが……。

 

「おいお前ら、やるのはかまわんが、いい加減に帰らないとそろそろ時間的にもやばいだろ」

 

 俺の言う通り、時計の針は22時を回ろうとしている。

 だが、西住、秋山、五十鈴の三人はきょとんとした顔でこちらを見てくる。

 え? 俺なんかおかしいこと言ったか? それとも今時の女子高生はこんな時間まで遊ぶのが普通なのか? いや、この面子はどうみてもそういうことをするように見えないし……。などと俺が思考の渦に囚われかけていたら。

 

「え? 比企谷殿は小町殿から聞いてないんですか?」

 

「は? なにを?」

 

 聞いてないですよ小町さん? あなた今度はなにを企んでいるんですかね?

 俺は件の主謀者である小町を睨みつける。八幡の睨みつける攻撃、しかし小町は妹なので防御力は下がらない。普通だったら絶対に効果があるんだがな。やはり妹の小町には効かんか。

 

「私たち、今日はここに泊まるんだよ?」

 

 そう西住が俺に言う。

 ちょっと待とうか? は? 泊まる? 俺は突然のことで思考がうまく働かない。

 

「そういえばお兄ちゃんにはいってなかったね。今日みほさんたちもうちに泊まっていくのでよろしく~」

 

 あれだな。よくわからんが俺がやることだけはわかった。

 

「小町……」

 

「なにかな、お兄ちゃん?」

 

「却下」

 

「え?」

 

 なんで驚いてんだよ小町。あとその空気読んでよ、みたいな視線はなにかな? 小町よ、ひとつ教えやろう。空気は読むものではなく吸うものだ。だから俺に空気を読むことを期待するのが端から間違っている。

 

「小町はみほさんたちとパジャマパーティーがしたいのでお兄ちゃんの意見は却下です!」

 

 こいつ、端から俺の意見など無視する気満々じゃねぇか。だがな小町、粋がっていられるのも今のうちだ。

 

「いくら小町がいいといっても親父たちがいいとはいわんだろ」

 

 いくらあの小町を溺愛している親父たちでも、この状況はさすがに認めないだろう。

 

「フフフ……甘いよお兄ちゃん。MAXコーヒーより甘々だね!」

 

 いや、どんだけ甘いんだよ。糖尿病まっしぐらなんてレベルじゃないぞ。

 というかなんだこの小町の自信は……嫌な予感がする。

 

「もうお父さんたちには事前に許可をもらってるから、今の小町に死角はないよお兄ちゃん!」

 

 ダメだった。もうこの家には俺の味方なんていないんじゃなかろうか? というか親父よ、俺の存在を忘れてるんじゃなかろうな? いくら小町の頼みだからってひょいひょいと頷くのはやめろ。この状況は絶対におかしいから。

 いや、別に俺が西住たちになにかをする気はないんだが、そういう問題じゃないだろ。

 だがこの現状を覆せる気がしないし、どうしたもんか。いやあったな、簡単な答えが。

 

「そうか、わかった」

 

「どうしたのお兄ちゃん? 今日はやけに素直だね。なんか悪いものでも食べた?」

 

 おいそれはどういうことですかね、小町さん? なんで普通に俺をディスってんだこの妹は。

 

「俺はいつも自分には正直だから……。ということで俺は今から出かけるわ。朝になったら帰ってくる」

 

「それも却下です!」

 

「いやいや、無理だから」

 

「無理もへちまもないよお兄ちゃん。お兄ちゃんがいなくなったら愛里寿ちゃんはどうするの?」

 

「いや、それは……」

 

 不意に服の袖を引っ張られる。

 

「八幡、いなくなっちゃうの?」

 

 そこには今にも捨てられそうな子犬の目をした愛里寿がいた。

 もう無理じゃね? というかなんでこんな状況になったんだっけか?

 

 

 ====

 

 

 武部と冷泉がヘリに乗ったあと、俺たちはあのまま解散となった。

 小町が最後になんか西住たちと話していたが、その時の俺はたいして気にも留めてなかった。

 この時に気づけていればなんとかなったかもしれんが土台無理な話なので置いておこう。

 

 

「というか愛里寿、なんで今日はいきなり来たんだ?」

 

 俺は親戚でもあり、島田流の後継者、島田 愛里寿に尋ねる。

 

「最近八幡が戦車道始めたって、小町から聞いてたから」

 

 そういやそんなこと言ってたな小町のやつ。

 

「それで気になって来たのか?」

 

「うん」

 

「そうか、でも千代さんがよく許可したな、泊まること」

 

 千代さんとは、愛里寿の母親でもあり大学戦車道連盟の理事長でもある島田 千代さんのことだ。あの人は娘大好きだったと思うんだが。

 

「頑張った」

 

 ボコを片手に愛里寿は小さくガッツポーズをしている。

 この愛里寿の頑張ったとは、たぶん戦車道のことだろう。そしてそれは同時にたくさんの戦車が葬られたことを意味する。他人事ながら同情を禁じ得ない。

 愛里寿が相手をしているのは中学生ではなく大学生、つまりは大人を相手に愛里寿は戦車道をやっている。

 そんな愛里寿は飛び級で大学に入っているから同年代の友達がなかなかできないらしい。そりゃそうだ、まわりは大人しかいないからな、加えて愛里寿自身が内気で人見知りが激しいのも友達ができない原因だろう。

 だから愛里寿にとって、年が近くて話せるのが俺と小町ぐらいなんだが、愛里寿は小町となかなかしゃべりたがらない。決してしゃべらないというわけではなく、話しかけられれば話すという感じである。

 じゃあ、なんでそんな愛里寿が俺には話しかけてくるかというと、簡単な話何故か気に入られているのだ。

 

 何故かと言葉を濁したが、原因はわかっている。

 それは俺がボコを気に入ることになると同時に一つの黒歴史が生まれたあの日に遡る。

 中学生だった俺はある日、女子から連絡先を交換してもらい舞い上がっていた。勘違いをした俺はそのまま告白。そして当然のごとく俺はフラれ、それだけで終われば青春の一ページとして残ったかもしれない。

 そう、終われば……次の日、俺は現実の残酷さを知ることになった。

 学校に来てみればなぜか俺が告白したことがクラスの全員が知っており、みな口々に俺のことを話していた。

 それだけならまだ良かったかもしれない。話しているやつらの中に俺が告白した子がいたのだ。

 その時からか人のことを信じられなくなったのは。だから常に人の行動の裏を読もうとしていた。皮肉にもそのことが今の俺の戦車道に深く関わっている。

 まだ小町が中学に上がっていなかったのでこの学園艦におらず、俺は寮生活を送っていたこともあり、だいぶ塞ぎこんでいた。

 そんな時に島田邸に集まることになり、俺は正直行きたくもなかったのだが、あまりにも俺の様子がおかしかったからか、学園艦に迎えに来た小町に無理やり連行されたのを覚えてる。

 そして俺は運命の出会いをするのだった。いやもちろん、女子ではなくボコなんだが。

 子供は子供同士で集まった方がいいだろうということで、俺と小町と愛里寿は集まったのだが、会話が全くない。俺はそもそもしゃべる気分じゃないし、小町は愛里寿との距離感を測りかねているし、愛里寿にいたっては内気と人見知りで話そうとすらしないしな。

 

「ねぇ、愛里寿ちゃん、いつも持ってるそのクマさんはなんて名前なの?」

 

 この時小町が出したパスはナイス判断だったのだろう。

 

「え、えっと、この子はボコって言うの!」

 

 今までとは違い、ボコのことになると途端に愛里寿は饒舌になった。ボコのどこがカッコいいとか、ボコがボコたる由縁だとか、とにかくボコのことをこれでもかというぐらいに説明したのだが、小町にはよくわからなかったらしい。

 いや、俺も正直わからなかったが、愛里寿は言葉だけじゃボコの魅力を伝えられないと思ったのだろう、DVDデッキを持ってきてボコの映像を流し出した。

 

「あ、どうせならお菓子と飲み物を貰ってくるね」

 

 小町は俺と愛里寿を残し、部屋を出ていってしまった。

 俺はやることもなかったので愛里寿の流すボコの映像を見ていたんだが……。

 

「大丈夫?」

 

 愛里寿が突然そんなことを言い出した。なんでいきなりそんなことを言い出したのか俺にはわからなかった。

 

「どうかしたか?」

 

「だって、泣いてるから」

 

 愛里寿のその言葉に、初めて自分が泣いていることに気づいた。

 でも俺は別に悲しいから泣いていたわけではなく、むしろ逆だった。

 恥ずかしながら、俺はボコの何度やられても立ち上がる姿に心惹かれていったのだ。さっき愛里寿が説明していた時に言ってたっけな、ボコは絶対に勝つことはなく負け続ける、だってそれがボコだから。

 自分がどうあがいたって結果が変わらない、やるだけ無駄、そんなボコに俺は自分を重ねてしまった。

 だから思ってしまったのだ。無理だとわかっていても、頑張り続けて、諦めないで辿り着くその先に俺が妥協して手に入れようとした偽物なんかじゃない、“本物”がそこにはあるような気がした。

 

「……ボコはすごいよな、なんであきらめないんだろうな」

 

 たぶんこの時俺は無意識につぶやいていたのだろう。そんな俺の発言に愛里寿は自信満々に答える。

 

「だって、それがボコだから!」

 

 そっからの俺はちょっとあまり説明したくない。まぁ簡単にいうとガチ泣きした。なんか今までのことが全部一気に押し寄せてきたのもあってガチ泣きした。

 今思う、なぜ俺はあんな恥ずかしいことを……ぐあぁ! 死にたい、死にたいよォ! あまつさえ子供向け番組を見て泣き、さらに一応身内といえど中学生が小学生の前でガチ泣きとか黒歴史まっしぐらなんてもんじゃねーよ! 馬鹿じゃねーの!?バーカ、バァーカ!! ………とりあえずあれだ、このことは絶対に墓までもっていく。

 そして俺はボコを泣くほど好きな人物として愛里寿に認識されたらしい、その日からすごくなつかれた。

 ということで今に至るわけだな。

 

「そうだ愛里寿、今日なんか食いたいもんあるか? せっかくだしリクエストしてもいいぞ」

 

「……えっとね。じゃあハンバーグ!」

 

 ハンバーグか少し手間はかかるが久しぶりだしそれでいくか。

 

「もちろん目玉焼きもいるんだろ?」

 

「うん!」

 

 愛里寿はハンバーグが好きである。もっというと目玉焼きハンバーグが大好きである。

 戦車道は大人顔負けではあるがこういうところでは年相応になるので、俺的には愛里寿にちゃんと友達ができればなにも心配はいらないんだがな。今のところボコが最高の友達らしく、仲良くしたいとか、友達になりたいとかそういう気持ちはないらしい。

 

「おい小町、帰るぞ!」

 

「ん? あぁ、ちょっと待ってお兄ちゃん。もうすぐ話が終わるから」

 

 なにを西住たちと話しているんだろうか? そして話が終わったのか小町はこちらに来る。

 

「なに話してたんだ、お前」

 

「いくらお兄ちゃんでもこればっかりは教えられないかな~」

 

 そのどや顔がむかついたので軽く頭にチョップをかましてやった。

 

「むぅ~、なにするのお兄ちゃん!」

 

「気にするな。とりあえずあれだ、さっさと帰って飯にしようぜ」

 

「お兄ちゃん、それで小町が誤魔化せると思わないことだね」

 

 割といつも簡単に誤魔化せている気がするんだが、ツッコまんどいてやろう。

 

「はいはい、とりあえずスーパーに行くか」

 

「え?でも家には普通に材料あったと思うけど?」

 

 いつもなら足りるが今日は愛里寿がいるからな。それに……。

 

「今日はハンバーグを作るからな、それだと家にあるぶんじゃ足りん」

 

「ほう、なるほどなるほど、これはちょうどいいね!」

 

 なにがちょうどいいんだろうか?わからん。

 

「とりあえず、スーパーにレッツラゴー!!」

 

 

 ====

 

 

 そしてスーパーで買い物を終え、俺たちは家に帰ってきた。

 

「とりあえず俺は今から飯作るから、小町と愛里寿は適当に時間潰してくれ」

 

「了解であります!」

 

「うん、わかった」

 

 そしてコネコネとハンバーグの種の下ごしらえが終わったころ、家のインターホンが鳴った。

 

「小町、すまんが出てくれ、俺は今手が離せん。変な勧誘とかだったらいかんから扉を開ける前に確認しろよ?」

 

「はぁーい。でもたぶんだけど大丈夫だと思うよ?」

 

 なにを根拠にそんなことを言ってるんだろうか? ホントに変な勧誘だけには気を付けた方がいい。あいつら平気で何時間も玄関で居座るからな。まじ迷惑でしかないよなああいうの。

 

「「「お邪魔しまーす」」」

 

 おかしいな。なんか聞き覚えがある声だった気がするんだが……。

 

「お兄ちゃん!」

 

 小町のすこぶるいい笑顔、これは絶対何かありますわ。

 聞きたくない、聞きたくないが、聞かないと話が進まないからな。

 

「……なんだ小町、一応聞いてやるぞ」

 

「なんでそんな嫌そうな顔なの……。ま、いいや、今日はこの家にお客さんが来ました!」

 

 知ってるよ、さっき聞こえたからな。問題はその人物なんだが。

 

「八幡くん、こんばんは」

 

「さっきぶりです、八幡さん」

 

「今日はお招きいただき誠にありがとうございます! 比企谷殿!」

 

 やっぱりお前らか、いや正直さっき聞こえた声でなんとなくわかってた、わかってはいたが……。

 

「あの、小町さん?」

 

「なんだい、お兄ちゃん?」

 

「説明しろ」

 

「今日はみほさんたちと一緒に晩御飯を食べようと思ってお呼びしました!」

 

 うん、簡潔でわかりやすくてよろしい。だがな……。

 

「そういうことはもっと前に言え。材料が足りなくなるだろうが」

 

「だって、お兄ちゃんに言ったら絶対に頷かないと思ったから……。それに材料に関しては大丈夫だよ、小町が余分に買っといたから!」

 

 それでか、スーパーで買い物が終わった時いつも以上に多いと思っていたが納得がいった。

 だから小町はあの時、ちょうどいいとか言ってたんだな。

 つまりあの時小町が西住たちと話していたのはこのことだったわけだ。

 

「話はわかった。とりあえず西住たちを客間にでも連れてってくれ。幸いハンバーグの種は多めに作っといたから時間はそんなかからんと思う」

 

 いきなりの追加だったが、まぁなんとかなるだろう。

 

「八幡くん、私たちになにか手伝えないかな?」

 

「そうですね、わたくしたちも待っているだけというのもなんですし」

 

「手伝います!」

 

「そうか、ならあれだな、大人しくしといてくれ」

 

 西住たちには悪いが正直あの料理の腕だと手伝いにならん。

 

「飯ができたら皿とか並べるのを手伝ってくれればそれでいいぞ別に」

 

「そこまで酷いの? みほさんたち」

 

「とりあえず五十鈴に包丁を握らせると、血の海を見ることになる」

 

「え……」

 

「まぁ、料理ができるまで適当にくつろいでてくれ」

 

 小町の案内で西住たちは客間へと向かった。

 

「ねぇ、八幡……」

 

「どうした、愛里寿?」

 

「さっきの人たちは?」

 

「ん? あぁ、大洗学園で戦車道やってるやつらだよ」

 

「そうなんだ……」

 

「ちなみにボコが好きなやつが一人いるから、話して来たらどうだ?」

 

「ほ、本当!? でも……」

 

 やっぱいきなりは無理か、ボコならいけると思ったんだがな。

 

「無理そうならやらんでいいぞ、言ってみただけだ」

 

 そういって俺は愛里寿の頭を撫でる。

 

「ん、今はボコと八幡がいればそれでいい」

 

 さすがにそれだと俺みたいにボッチまっしぐらになるから、せめて気の合う仲間がいればいいんだが。

 その点西住はそこら辺をクリアしていると思う。性格は温厚で戦車道やってるし、さらにボコが好きだしな。話せば絶対に仲良くなるとこと間違い無しなんだが、いかんせんきっかけがいるのかもな。

 

「っし、これで完成っと。愛里寿、呼んできてくれるか?」

 

「わかった」

 

 ということで食事シーンは特筆することがなかったのでカット。

 そいでもって西住たちは小町と楽しく遊んでいるようだ、笑い声が俺の部屋にまで響いてくる。

 愛里寿はいうと俺の部屋でボコを見ながら、頑張れー頑張れー、といつものごとく応援している。平和だな。

 だがそんな平和も長くは続かなかった。いや短過ぎね? もうちょっとのんびりさせろよ。

 

「お兄ちゃん!」

 

「なんだ、どうした小町。できればめんどくさく無い方がいい。むしろそのまま扉を閉めてもと来た道を戻ってくれると俺的には助かる」

 

「小町の敵を取ってくれない?」

 

 俺の意見はスルーですかそうですか。

 

「どういうことだ?」

 

「とりあえず、客間に来て」

 

 ということで俺は客間に連れてこられたわけだが。

 

「また懐かしいもんを引っ張り出したな」

 

 そこには戦車のシミュレーションゲームのボード盤が置いてある。昔小町とよくやったっけか、なんでこれがここに?

 

「いやー、これしかうちに遊べるものがなかったんだよね~」

 

 なんとも悲しい事実だった。そもそも俺は友達なんていないから遊びに来る、ということ自体ないし、小町は小町で意外とさばさばしてるから友達を家に連れてきたことはなかったな。だから必然的にうちにそういうものがないわけだ。

 

「それでお前は負けたのか」

 

「うん!」

 

 うん、じゃねーよ。小町さん? あなた散々昔にこれやってたんだから少しは健闘しろよ。この盤面を見る限りぼろ負けじゃねぇか。……いや、まさかこの妹、俺を呼び出すためにわざと負けたのか?

 

「ちなみに小町の相手は?」

 

「私です、比企谷殿」

 

「ふむ、秋山か」

 

 たしかに秋山ならこういうやつをやったことありそうだし普通に強そうだ。

 ということで俺の小町敵討ち大作戦が決行された。

 このゲームは割とシンプルなゲーム性をしている。移動、攻撃、装填など行動ごとにインターバルが設けられており、それぞれの行動にともないターンが決められているのでそれを過ぎないと次にまた同じ行動ができない。

 一ターンにつき一回行動というわけではなく、移動、攻撃、装填などを全て行うことができる。このゲームは戦車ごとにそのインターバルが違うのでそこも考えながらゲームをやらないと大事な場面で攻撃できないとかなってしまう。

 

「とりあえず、俺の勝ちだな」

 

 俺は最後に残った秋山の戦車を撃破する。

 

「あ~、私の戦車が……」

 

「今度はわたくしがいきます。秋山さんの敵とってあげます!」

 

「五十鈴殿、お願いします!」

 

 ということで次に五十鈴とやったが俺はなんなく勝利。

 

「こちらにはまだ西住殿がいます!」

 

 やめろ秋山、なんかそれフラグでしかないから。

 

「よろしくね、八幡くん」

 

「おう」

 

 そこからは俺の連勝はとまらなかった。このゲームに慣れてなかった西住たちも、何回かやってるうちにだんだんとゲーム性に慣れてきたのかいい動きをするようになり、ときどき俺も危ない場面があったが、それでも負けはしなった。

 最初の冒頭に戻るわけだ。

 西住たちは今日小町とパジャマパーティーなるものをするらしい。

 なら俺が気を付けることはひとつ、ラッキースケベなるものを絶対に起こさないこと。この世界にラブコメの神様がいたとしてそいつはそういう類のものをしかけてくるらしい。

 だが俺ほどのボッチとなると簡単にはそんなことは起きない、というか起こしてたまるか、起こしてしまった日には日の目が拝めなくなるだろう。

 ラノベの主人公たちは笑いごとですませているが、俺がやってしまったらどうなるか?簡単だな、お縄についてしまう。

 だから俺がこのあとすべき行動は部屋に引きこもること、そうすればうっかり着替えをのぞくなどとラブコメのテンプレ的展開にはならないはずだ。

 



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ただ単純に、彼は未来を見据える

「しかしながら結局、私たちは比企谷殿に一度も勝てませんでしたね」

 

「そうですね。何度か惜しいとこまではいったのですが……」

 

「うん。問題はそこより先に八幡くんを追い詰められなかったんだよね」

 

「サンダース戦の時にも思ったんですが、比企谷殿はいったい何者なんでしょうか? 西住殿でも勝てないとかちょっとどころじゃなくすごくないですか?」

 

「あれ? うちの兄はみなさんには自分のこと話してないんですか?」

 

 まぁ、あのお兄ちゃんが自分のことをわざわざ人に教えるとも思えないし、ここは妹として頑張らなければ!もしかしたらお姉ちゃん候補ができるかもしれないし。

 

「そういえばわたくしたち、八幡さんのこと知りませんね」

 

「言われてみるとそうかも……」

 

「謎といえば謎ですよね、比企谷殿。男の人なのに戦車道なんて」

 

「小町でよければ答えますよ? 兄のことならある程度小町もわかるんで」

 

 身長、体重、好きな食べ物、飲み物、その他いろいろ、お兄ちゃんのことなら小町はなんでも知っているのです!

 

「そ、それじゃあ、なんで八幡くんはあんなに強いのかな?」

 

「さっきのゲームのことですか?」

 

「うん」

 

 ふむ、最初は軽くジャブできましたね。もっと小町的にはガンガン来てもらえると答えがいがあるんだけど、まぁ最初だしこんなもんかな。

 

「まず、最初にうちの家系が戦車道をやってるのは知ってますか?」

 

「いえ、小町殿が戦車道をやっているのは知っていましたが、そこまでは」

 

 これは本格的にお兄ちゃん、自分のこと話してない。まったくそんなんだからいつまでたっても彼女ができないんだよ! 小町はかって? 告白とかは割と結構されるけど、とりあえずお兄ちゃんを超えてもらわないと話にならないとだけ言っとこうかな?

 それより小町はお兄ちゃんが結婚してくれないと心配でそれどころじゃないのです! お兄ちゃんはほっとくとすぐに引きこもろうとするし、まったく手の掛かるお兄ちゃんで小町は迷惑してるんですよ。やれやれ。

 

「とりあえずうちの兄は、小さい頃から自分も戦車をやるもんだと思ってたんですよ」

 

 とりあえずはそこから、小町はお兄ちゃんのことについて話していった。お兄ちゃんの生い立ち、なんでそこまでして戦車を乗ろうとしているのか、そのために何をやってきたのか、普通の人ならまず男の人が戦車ってだけで嫌な顔をするんだけどみほさんたちは小町の話を真剣に聞いてくれている。

 正直、お兄ちゃんを戦車道に入れてもらえるよう会長さんにお願いしたのは小町だけど、不安がなかったといえば噓になるかな。下手するとお兄ちゃんがさらに孤立してしまう可能性もあったけど、小町的にお兄ちゃんにはどうしても戦車に乗ってほしかった。

 小町はお兄ちゃんの頑張りをずっと見てきたから……。お兄ちゃんはいつも平気な顔をしてるけど、それでもやっぱり頑張ってる人にはそれなりのご褒美があってもいいと思うんだよね。

 この前の聖グロリアーナの試合前の親睦会、あれで大洗の戦車道をやっている人たちの人柄は話してみてわかったし、お兄ちゃんが大丈夫そうでホッとした。あの時の小町の目的はそれだったから、まぁ王様ゲームは予想外だったけど小町的に会長さんグッジョブ!

 でも一つだけ文句をお兄ちゃんに言いたい。なんでまったく、これっぽちも小町に学校でのことを話さないの!? 少しくらい話してくれたっていいのに、いつ聞いても「気が向いたらな」とか「また今度」とか話を濁すし、だから小町は今回強硬手段をさせてもらったわけですよ! 沙織さんと麻子さんがいないの正直残念だけどしょうがない。今日は寝かせませんよ? みほさんたち!

 

 

 ====

 

 

「ぶぇっくしっ!」

 

 なんかいきなり寒気がしたんだが、なんでだ?

 

「八幡、風邪ひいたの?」

 

「いや、大丈夫だ。どうせ小町あたりが俺のことでなにかいってんだろ。……そういえば愛里寿、今日はどこで寝るんだ?」

 

 そろそろな時間だし、布団を引いてやらんとな。

 

「ここ?」

 

 愛里寿は首を少し傾げながらそう言う。

 

「それはさすがに勘弁してくれ、俺が千代さんに殺される」

 

 あの人、娘のためなら修羅にだってなるだろう。俺も反対の立場なら絶対にそうなる自信がある。

 

「むぅ~」

 

 愛里寿はご立腹なのか頬を膨らませているが、正直かわいいだけなのである。

 

「前は一緒に寝てたのに……」

 

 はいそこ、問題発言は慎むように。俺にあらぬ疑いがかけられるから。一緒に寝たといっても島田邸に泊まっているときいつの間にか愛里寿が俺の布団に勝手に入っていただけだから。

 その後千代さんに見つかって、清い男女交際とは、について小一時間説教を喰らったので愛里寿にはそれ以降布団に入らないよう厳しく言ったんだが、ここに千代さんがいないからいいと思ったのだろうか。

 それあれだからな? あとで絶対にバレたらやばい奴だから、八幡がこの世からいなくなるから。

 

「あんまり聞き分けがないようなら、もう頭なでてやらんからな」

 

「は、八幡、それは横暴すぎるよ!」

 

 小町と愛里寿にはこれが一番効果的である。なんでか知らんがあの二人にこう言うと素直に俺の言うことを聞いてくれるのでこういうときは助かる。

 別に頭がなでられないぐらい大丈夫だと思うんだが、なにが二人をそこまで突き動かすのかが謎だ。

 

「小町が西住たちと客間で寝ると思うから、愛里寿は小町の部屋で寝たらいい。場所わかるか?」

 

「うん」

 

「そうか、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 さて、今日はなんか長い一日だったな。一回戦はなんとか勝てはしたがこのままだとダメだろうな。とにかく俺たちは戦車の数が少なすぎる。二回戦まではいいが決勝まで勝ちを見据えるなら戦車の数は増やさないといけない。休み明けに会長さんに相談してみるか。

 とりあえず明日は休みだし、のんびり過ごすとするか。今日はいろいろあって疲れたし、俺も早めに寝るとしますかね。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 ちょっと待って、これはいくらなんでもイレギュラーすぎる……。

 なんで西住が俺の隣で寝てるんだろうか? もう一度言わせてくれ。なんで西住が俺の隣で寝てるの?大事なことなので二回言った。

 しかももれなく愛里寿までいるんだが……。いや、百歩譲ったとして愛里寿はまだわかる。寝ぼけてきたとかそんなことだろう。だが待ってくれ、西住がいる理由がまじでわからん。

 いや、だってここ二階ですよ? 西住たちが寝ていたのは一階、これはどういうことだ?

 俺がいくら考えたって答えは出ないので、俺は本人に聞くことにした。

 

「おい、西住」

 

「ん~ん……」

 

 いかんな、完全に夢の中だよ西住のやつ。早くしないと小町たちが起きてくる可能性がある。その前に西住から事情を聞かないとやばいだろ。なにがやばいってもういろいろである。この現状を小町たちに見られたとして言い訳ができるわけがない。

 

「おい、西住」

 

 今度は西住の肩を揺らしながら起こそうとしたのがいけなかった。……ちょっと目の毒だ、西住のやつかわいい顔して凶悪なものを持っていやがる。

 いかん、早急に西住を起こそう。うん、そうしよう。いやまじで起きてくれ西住さん。お願いします! なんでもしますから!

 

 今思えば俺はこの時冷静じゃなかったんだろう。別に西住を起こさずとも問題が解決することに気づいたのは全部が終わったあと。答えは簡単、俺が自分の部屋から出ればよかっただけなのである。俺は早めに起きたことにしてリビングにいればそれでよかった……。まさかあんなことになるとは……。

 

 そして俺の願いが通じたのか、西住の目が開いたのだが……。

 

「お、起きたか? 西住?」

 

 西住はこの時まだ夢の中だったのだろう。

 

「わぁ~、ボコだぁ~」

 

 なんてことを言いだし、俺に抱き着いてきた。

 

「ボコ~、ボコ~」

 

 は? へ? ちょ、に、西住! 俺はボコじゃないから! あといろいろ当たってる!! 主に胸部的ななにかが!!

 冷静に考えて、これをまほさんに知られたら俺がやばいなんてレベルじゃない。俺が逆だったら相手の男は死んでも許さん。というかお泊り会の時点でいろいろとアウトな気が……。だ、大丈夫、今回は小町とのお泊り会だ。いくらまほさんでも話は聞いてくれると思いたい。

 

「西住、はやく起きろ! 起きないとあんこう踊りをしてもらうぞ!!」

 

「あ、あんこう踊り!?」

 

 そして、西住はようやく目を覚ましてくれた。

 

「あ、あれ? 私なんで?」

 

「西住、考えるのはいいんだが、そろそろ離してもらっていいか?」

 

「え……?」

 

 俺の言葉でようやく自分が置かれている状況がわかったのだろう、西住は顔を真っ赤にして俺から離れる。

 なんで俺は朝からこんなにつかれてるんだろうか?

 

「は、八幡くん!? な、なにがどうなって……」

 

 とりあえず西住を落ち着かせるために俺はボコの人形を西住に渡す。

 いや、正直俺もさっきまで冷静じゃなかったんだが、西住の慌てようを見てたら落ち着いた。

 ちなみにボコの人形は俺の部屋に置いてあるやつだ。

 

「落ち着いたか? 西住」

 

「う、うん。でもここって……」

 

「まぁ、俺の部屋だな」

 

 問題はいろいろあるんだが、聞くことがあるから手短にいこう。

 

「西住、なんで自分がここにいるか覚えてるか?」

 

「え?えっと?たしかボコを追いかけてたような、そうじゃないような……」

 

「いやそれ、夢の……」

 

 ん? ちょっと待て。ボコ、ボコねぇ。

 

「なぁ西住、それってトイレかなんかに行こうとした時か?」

 

「た、たぶんそうなのかな? 寝ぼけてたけどそうかも」

 

 なるほど、よくわかった。

 

「西住、お前が見たボコはたぶん見間違えじゃないと思うぞ」

 

「え?」

 

 答えは俺のすぐ隣にいる。

 

「こいつだ」

 

 俺は愛里寿が大事そうに抱きかかえているボコを指さす。

 

「あ、愛里寿ちゃんのボコ?」

 

 あれ? 西住に愛里寿の名前って言ったけか? いや今はどうでもいいか。

 

「あぁ、たぶんなんだが、西住がトイレかなんかに行こうとした時、ちょうど愛里寿がいたんだろ。それで愛里寿が持っていたボコをそのまま追いかけて、愛里寿が寝ぼけて入った俺の部屋に……」

 

「私も一緒に来ちゃったと……」

 

 謎はすべて解けた! いや、西住よ、どんだけボコが好きなの? いくら寝ぼけたとはいえトイレを中断してまでボコを追いかけるとか……。

 というか、当の事件の首謀者は俺たちがあれだけ騒いでいたのに普通に寝てるし、大物になりますわこの子。

 

「とりあえず、西住」

 

「どうしたの?」

 

「俺たちはなんにもなかったOK?」

 

 西住は無言でうんうん頷く。

 

「ならとりあえず着替えてこい、ちょっと早いが朝飯作ってやるよ」

 

 

 ====

 

 

「ほわぁあ~、おはようお兄ちゃん……。って、あれ?

  なんでお兄ちゃん休みなのにこんな早くに起きてるの?」

 

 さすが小町、俺の生態系を知り尽くしている。だがな。

 

「おはようさん小町、あと早いとか言ってるけどもう普通に9時だからな?」

 

「だって、みほさんたちと夜遅くまで話してたんだもん」

 

「とりあえず顔洗ってこい、飯はもうできてるから」

 

「は~い」

 

 とりあえず他のやつらもそろそろ起きてくるだろうし、他のやつらの分も作っとくか。まぁ作ると言ってもパン焼いて、目玉焼きとベーコンとサラダを用意するだけだから手間はかからんが。

 

「おはようございます、八幡さん」

 

「おはようございます、比企谷殿!」

 

 どうやら五十鈴たちも起きてきたようだな。

 

「あぁ、とりあえず朝飯食うか?」

 

「いたただきます。みほさん、見かけないと思ったらもう起きてたんですね」

 

「う、うん、ちょっと目が早く覚めちゃって」

 

「私たちと一緒に寝たのに早いですね、西住殿」

 

 これはいかんな、追及をさり気なくやめさせないと。

 

「お前たちは今日はどうするんだ、これから」

 

 我ながらいい感じに思いついたと思う。不自然じゃないしな。

 

「えっとですね、冷泉殿に会いに行こうかと」

 

「冷泉に? じゃあ、病院に行くのか?」

 

「はい、八幡さんはどうしますか?」

 

「俺はパスだな、愛里寿も放っておけないし」

 

「そうですか、わかりました」

 

「あの、比企谷殿。あのボードゲーム、戦車道のみんなにもやってもらいましょうよ!」

 

「あれをか?」

 

「はい! あれはなかなかに戦車道の勉強になると思うんですけど、どうですかね?」

 

 この家に放置されて埃をかぶるくらいならそれもいいかもな。

 

「別にいいぞ、じゃあ次の学校の時にでも持ってくるわ」

 

 そうして西住たちは朝ご飯を食べ終えたあと、冷泉の元へと向かったのだった。

 

「みほさんたちいい人だね」

 

 小町がいきなりそんなことを言う。

 

「どうした? いきなり」

 

「だってそうでしょ? こんな捻くれたお兄ちゃんが受け入れられてるんだよ?」

 

「……まぁな」

 

「どしたの? 今日はまた一段と素直だね」

 

 一段とは余計だ、一段とは。

 

「いやな。俺はそれなりに戦車道でもいろいろやらかしてたんだよ」

 

「知ってる、みほさんたちから聞いたから」

 

「は?まじ?」

 

「まじまじ、お兄ちゃんがまったく学校のこと話さないからね」

 

 今回はそういうことか。

 

「いや、お前に無駄に心配かけるのもアレだし……」

 

「そういうのいいから、小町的には話してもらった方が安心できるから、変なところで捻デレしないでいいから」

 

「捻デレじゃねぇし。……あれだ、その、なんだ、すまんかった」

 

「あんまりそういうことは小町だけにしといてよね? お兄ちゃんただでさえ誤解されやすいんだから」

 

「へいへい、善処はするよ、一応な」

 

「もう本当にわかってるのかな~」

 

「わかってるよ、西住たちが俺にはもったいないくらいにいいやつらだってことは」

 

 だがもし、俺の存在が戦車道のやつらの邪魔になる日が来たとして、俺はどうするんだろうか?いや、考えるまでもないな。その時は……。

 

「お兄ちゃん?」

 

「なんだ?」

 

「また変なこと考えてるんじゃないの?」

 

「いや、別に変なことは考えてはいないぞ」

 

 そうこれは変な考えではない。“いつも”のことだ、別に自己犠牲の精神なんて持ち合わせていないが別に変なことじゃないだろう。男の俺が戦車道をやっていること自体がおかしいのだ。その俺がもしいなくなったとしてもなにも問題はない。世界は問題なくまわる。正常になるだけだ。

 まぁ、今こんなこと考えてもしょうがないしな、俺は自分のやれることをやるだけだ。それが善であろうと悪であろうと俺には選択肢なんてないのだから。

 



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その出会いは偶然というにはあまりにも

 休みが終わり俺は学校に来たのだが、なんか思った以上にすごいことになっていた。

 でかでかと垂れ幕に祝、戦車道全国大会一回戦突破とアドバルーンで書かれている。

 これ絶対に生徒会の仕業だろうな。これまた随分と派手に告知するもんだ。

 これはあれか? 戦車道をやるやつを増やす為なのかもな。それだとわざわざこんな目立つようなことをしてるのにも納得がいく。いやまぁ会長さんの趣味かもしれんが……。

 学校に行くやつらが全員これを見ているから効果はあるんだろうが、問題は人がそれで戦車道に来るかどうかだな。割と人員と戦車の補充が急務だからな。だが人が増えたとしても肝心の戦車がないと始まらんし。

 

「わぁ、戦車道の人たち一回戦勝ったんだ。すごいね比企谷くん!」

 

 おい誰だ比企谷くんというやつは。あんなかわいい男子に話しかけられてしかととか随分と根性が捻くれてんるんじゃないか?

 というかあれ? 男子? 男子だよな、あいつ? 正直男子の制服を着てる今でも疑ってしまうレベルである。男装してますと言われれば百人中百人が騙されること間違いなし。

 

「もう比企谷くん!」

 

「うぉっ!」

 

 いきなり俺のカバンが引っ張られた。というか比企谷くんて俺か。男子? に知り合いなんていないからな普通にスルーしてたわ。

 というかなんで俺のこと知ってるんだ? 知り合いでもないだろうし。

 

「えっとすまん、誰だ? 覚えてないんだが」

 

「え……」

 

 するとその男子は長年の親友が自分のことを忘れてしまったかのようにショックを受けるような顔をした。

 いや、俺に親友なんていないから適当に言ってるだけだけど、たぶんニュアンスはあってるはずだ。あとその悲しそうな顔はやめてくれ、俺の罪悪感がマッハで最高潮になったんだが。

 その男子は俺の発言ではめげずに自己紹介をしてきた。

 

「え、えっと戸塚 彩加です。一応比企谷くんとは同じクラスなんだよ? よろしくね!」

 

 まじで男子とは思えない輝くような笑顔を戸塚は俺に向けてきた。

 そして俺は不思議な感覚に駆られる。

 嘘なにこの気持ち、これが男じゃなかったら速攻告白してフラれるところだった……。フラれちゃうのかよ。

 

「そ、そうだったのか、すまん戸塚」

 

「ううん、気にしないで。それよりさっきのことだけど」

 

「戦車道のことか?」

 

「うん、初出場で一回戦突破できるなんてすごいよね!」

 

「……そうだな」

 

 相手の無線を傍受してその隙に倒したとかいったら戸塚のやつが悲しみそうだしなんも言わんどこ。

 

「それにくらべてうちのテニス部は弱いんだ……。それこそ三年生が引退したらもっと弱くなると思う……」

 

「じゃあどうしたいんだ、戸塚は?」

 

「できればみんなと練習して一緒に強くなれたらいいんだけど」

 

「それができなくて困ってる感じか」

 

「僕がもっと上手かったらみんな練習に来てくれるのかな?」

 

 それはどうだろうな。実際問題戸塚がテニスが上達したとして今まで来なかったやつらが来るかは別問題だろ。下手すると自分たちへのあてつけともとりかねんし、どうしたもんか?

 

「なんか愚痴を聞いてもらっちゃったみたいでごめんね、比企谷くん」

 

「気にしなくていいぞ。さっきの俺のこともあるし、むしろこういうことを一度も経験したことがないからな」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、友達とかいたことはなくてな……」

 

「じゃあ僕たちは今から友達だね! ……えっと、ダメかな?」

 

 ダメじゃないよ! むしろバッチこいまであるが。その上目遣いはやめてくださいお願いします。超かわいいから。あと頬染めるな、頬を。

 

「……いいぞ別に」

 

「ホント!? うれしいな!」

 

 天使だ、天使がここにいる。もう俺人生勝ち組じゃないのか? え? 言い過ぎ?

 まさか俺に友達ができるとはな……。大丈夫? 俺死なないかな? なんかもう一生分の運を使い果たした気がするんだが。

 そして俺たちはそのまま教室へと向かった。

 それより戸塚の悩みをどうにかできないもんか、そんなことを考えていたらいつの間にか昼休みになった。まぁいつものボッチプレイスで飯でも食いながら考えるか。

 

 

 ====

 

 

 はぁ、やっぱり一人はいいな。静かだし、話し相手もいないかから会話の話題も探さなくていいし、変な気を使う必要もない。最近なにかといろいろあったが、やっぱり俺は俺だな。こんなことを考えてしまうんだから生粋のボッチ思考である。

 俺の考えは、基本外には出ない、家でダラダラする、出かけるにしても絶対人が多いようなところは行かない、働かない、などなど。もう自分で言うのもなんだがホントに集団行動に向いてないとつくづく実感する。

 あ、戸塚の時は別な。戸塚の時はスイッチが切り替わるから問題ない。

 今日みたいな日がずっと続けばいいんだがな、と思っていたのだが、どうやら神様は俺と同様に相当捻くれているらしい。

 

「あれ? ヒッキーじゃん、こんなところでなにしてるの?」

 

 願った瞬間これですか。まったくもって捻くれてるよな、この世界の神様は。

 

「見てわかるだろ、飯食ってんだよ」

 

「え? 一人で?」

 

 おいなんだ、その可哀想なものを見る目は。

 

「別に昼飯を大勢で食う必要はないだろ。というかお前はこんなところでなにやってんだよ」

 

「ゆ・い・が・は・ま!」

 

 近い近い、顔が近いから! 距離感近すぎだから! こいつ絶対何人かの男子を勘違いさせてるだろ。そしてその全員が玉砕されてるんだろうな、憐れ男子諸君。

 俺は訓練されたボッチだからこの程度では勘違いなどしない、決して由比ヶ浜にドキドキなどしないのである。

 イヤホントダヨ? ハチマン、ウソツカナイ。

 というか俺がお前って言うたびにこれしてくるつもりなのか? 勘弁してくれ、そうなるぐらいならこれからはちゃんと呼ぶしかないのか。……めんどくさい。

 

「……わかったから離れろよ、近いから」

 

「え? あ……ご、ごめん!」

 

 由比ヶ浜は一気に俺から離れる。

 そう一気に離れられるとそれはそれで傷つくな。いや、めんどくさいとか言わないでくれ、今自分でも思ったから。

 

「で、由比ヶ浜、お前はこんなところでなにしてんだよ?」

 

「ゆきのんとゲームをしてその罰ゲーム」

 

 罰ゲーム、罰ゲームねぇ。

 

「そうですか、俺と話すことが罰ゲームといいたいんだな由比ヶ浜」

 

 というかさりげなく俺の隣に座るんじゃない! 昔の俺だったらこれだけで勘違いして告白してそれでフラれるまでがテンプレートだな。まさに様式美ってやつだ。

 

「ち、違うから! 負けた人がジュース買ってくるってだけだし!」

 

 そういやここの自販機、奉仕部から一番近かったな。まじかよ、俺のやすらぎのベストプレイスが壊滅の危機なんですけど。

 

「……なんか雪ノ下がそんなことするなんて意外だな」

 

「やっぱそう思うよね。ゆきのん最初はしぶってたんだけど、私が負けるの怖いのって聞いたら一瞬だったよ」

 

 雪ノ下さんまじちょろすぎるだろ、由比ヶ浜にいいようにされるとか。いや由比ヶ浜がそれだけ雪ノ下のことをわかってるって意味でもあるんだろうが。というかなんだかんだで雪ノ下は由比ヶ浜に甘いような気がする。

 そこまでこいつらの関係を見てきたわけじゃないが、明らかに俺なんかの対応の時と比べて由比ヶ浜の時の雪ノ下は棘がないように思える。

 

「なんか今までみんなでこの罰ゲームやってきたけど、初めて楽しいって思えたかも」

 

「みんなねぇ……」

 

「む、なんか感じ悪いよ、ヒッキー」

 

「これがデフォルトだから、生憎俺にはみんなって言葉にほとんど縁がなくてな。そんな言葉使えた試しがないってだけだよ」

 

 そう、最近までは戦車道を始め出して俺は本当の意味でのみんなに自分が含まれてるような錯覚に陥っているがあくまで錯覚でしかない。

 前に武部が言ってた「みんな比企谷のこと信じているから!」という言葉、やっぱり俺はどこか他人事にしか聞こえなかった。

 武部たちが信用できなんじゃない、こんな俺があいつらに信用されていると思っていても、どこかでそれを否定する自分もまたいるのだ。

 

「俺は内輪ノリがわかんないんだよ」

 

「そうは言うけどヒッキー、ゆきのんと話しているとき結構内輪ノリ多いじゃん。私入れないなーってときがあるし」

 

「雪ノ下のあれは不可抗力だ」

 

 俺たちは顔をあわせれば互いに言い合いをしているが、あれは雪ノ下のほうからいつも一方的にくるので俺は自己防衛しているにすぎない。

 

「どういうこと?」

 

「人の力ではどうにもできない事態という意味だ。難しい言葉使ってごめんな?」

 

「なっ、違うし! 言葉の意味がわかんなかったわけじゃないから!」

 

 どうも疑わしいな、入部届をひらがなで書いた件もあるしな。

 

「馬鹿にし過ぎだし! 私だってちゃんと入試を受けて大洗に入ったんだからね!」

 

 割とそこが一番の謎だったりする。

 というか由比ヶ浜、いつまで俺をポカポカ殴り続けるんだ。痛くはないがそろそろやめてもらえませんかね?

 

「ねぇ、入試って言えばヒッキーさ、入学式のこと覚えてる?」

 

 攻撃がやんだかと思えばいきなりなんだ?

 

「入学式な。俺当日に交通事故に遭ったからなんとも言えん」

 

「じ、事故? それってさ、犬を助けたりしたの?」

 

「ん? いやまぁそうなんだが、由比ヶ浜なんでそんなこと……」

 

 あの事故は俺が入学式の日に浮かれて朝早く学校に登校してるから知ってる奴なんていないと思うんだが。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 いきなり由比ヶ浜が謝りだす。俺にはなんのことだかさっぱりわかんないんだが、どういうことだ?

 

「由比ヶ浜、なんで謝ってるんだ?」

 

「……私の話を聞いてくれる、ヒッキー?」

 

 由比ヶ浜の話をまとめるとこうだ。

 一年前の大洗学園の入学式の日、朝早く犬の散歩に出かけていたら犬が急に走り出した。だが、由比ヶ浜がリードをきちんと持ってなかったせいでそのまま道路に飛び出してしまったらしい。

 そしてその犬が道路に飛び出したせいで車に引かれそうになったのを自分と同じ大洗の制服を着た男子が助けてくれたのだと。

 いやまぁ、その犬を助けるために飛び出した馬鹿は俺なんだったわけで。そのおかげで俺は全治三か月、新学期の最初を病院ですごした。

 話がそれたな。

 由比ヶ浜はそのことを気にしていたらしく一回うちにも来ているそうだ。ちなみに小町からはそんな話は聞いてない。はぁ……絶対あいつ忘れてるんだろうな。

 

「それでさっき謝ったと」

 

「う、うん……。ホントはもっと早く謝りたかったんだけど、踏ん切りがつかなくて……ううん言い訳だねこれは」

 

「別にそこまで気にせんでもいいだろ、あの犬は無事だったのか?」

 

「え? ……う、うん。今も元気だよ」

 

「ならそれで話は終わりだな。早く戻らないと雪ノ下に何言われるかわからんぞ?」

 

「ひ、ヒッキーは怒ってないの?」

 

「は? なんで?」

 

「な、なんでって……」

 

「いいか由比ヶ浜? たしかにリードをちゃんと握ってなかったのはお前だが、車が来てるのに自転車で勝手に突っ込んだのは俺だぞ? 誰の所為でもないしもし責任があるとしたらそれは突っ込んだ本人である俺だけだろ」

 

 別に俺は犬の飼い主が由比ヶ浜だから助けたわけじゃない、助けた犬の飼い主が偶々由比ヶ浜だったというだけだ。

 

「お互いに不幸な事故にでもあったと思っとけばいいだろ、だから気にすんな」

 

「で、でも……」

 

 それでも由比ヶ浜は引き下がらない、なにが彼女をそこまで突き動かすかがわからない。

 

「なにがしたいんだよ由比ヶ浜。俺に謝るってことならさっき終わっただろ?」

 

「……わ、私は……それで終わりにしたくない…!」

 

 由比ヶ浜は弱弱しくされど力強いなにかを秘めた言葉を紡ぐ。なんでさっきから必死になってるかと思えばそういうことか。

 

「あのな、由比ヶ浜。なんか勘違いしてるだろお前」

 

「へ?」

 

「俺がさっきから言ってるのは事故のことであって、今後の話は一切してないからな」

 

「じゃ、じゃあこれからもヒッキーに話しかけてもいいの?」

 

 恐る恐る由比ヶ浜は俺にそんなことを聞いてくる。

 

「今までと一緒でいいだろ別に」

 

「そ、そうなんだ……。てっきり私……」

 

「俺ともう関わんなって言われてると思ったのか?」

 

「だ、だって、ヒッキーすぐに話し終わらせようとするし、もう私と話したくないのかと思って……」

 

 俺ってそんなに構うんじゃねーオーラでも出してたんだろうか? いや無意識のうちに出してそうだな。

 

「まぁとりあえず、今までとなんも変わらずってことでいいだろ?」

 

「ねぇヒッキー、変わっちゃダメなのかな?」

 

 それはなんのことに対して言ったのか俺にはわからなかったが、とりあえず言えることは。

 

「なんのことかは知らんが、それはお前の好きにしたらいいだろ別に」

 

 そんなことを俺に聞くこと自体間違ってるだろ。

 

「そ、そうだよね。私頑張る!」

 

 どうやら由比ヶ浜はなにかを決意したようだ。

 

「なにを頑張るかは知らんがそろそろ昼休み終わるぞ、由比ヶ浜」

 

「え? うそ!? ヒッキーなんでもっと早くいってくれなかったの!?」

 

「いやいや、俺はさっきから言ってただろうが」

 

「あわわわ、ゆ、ゆきんのに怒られる!」

 

 そう言って由比ヶ浜は急いで奉仕部へと帰っていった。

 ん? あぁ奉仕部か、そういえばそれがあったな。

 とりあえず放課後部室に行って雪ノ下に話してみるか戸塚のことを。

 

 

 ====

 

 

 そして俺は奉仕部に来たのだが、そこには知らない女性がいた。

 見た感じ、俺とたいして年齢が離れてるようには見えないから大学生くらいだろうか?

 

「ありゃ? 君は誰かな? ここって奉仕部だからその関係者?」

 

「まず人に尋ねるときは自分からじゃないですかね?」

 

 ……しまった。いつもの雪ノ下のときの調子で返してしまった。が、特段相手は気にした様子もなく。

 

「ふーん、まぁそれもそうだね。私は雪ノ下 陽乃、気軽に陽乃さんとでも呼んでくれていいよ?」

 

 雪ノ下? ってことは雪ノ下の姉ちゃんかなにかか?

 とりあえずあまり話したくないな。たぶんこの人は相当ヤバイ。俺の勘がそう言ってる

 

「そうですか、俺は比企谷 八幡っていいます」

 

「比企谷……? へぇー、君がそうなんだ」

 

 雪ノ下さんの目付きが変わる。

 

「じゃあちょっとお姉さんの暇潰しに付き合ってよ、比企谷くん」

 

「いや、めんどくさいんでお断りします」

 

「ならここで君に襲われたって言ってもいい? みんなはどっちの方を信じてくれるかな?」

 

 みんな? みんなって誰だろう? たぶんこの人にとってのみんなはこの学校の全員。俺にとってのみんなは誰もいない。やだこれ勝ち目がないんですけど。

 というかなにこの人? 相当にえげつないんだが、この人雪ノ下なんて比にならないくらいやばい。

 あとそれを実行されると俺が絶対に負けるので絶対にやらないでくださいよ? フリじゃないからね!?

 

「……わかりました。で? なにをすればいいんですか?」

 

「うんうん、素直な子は好きだよお姉ちゃんは」

 

 脅しといてよく言うよ。

 

「いや、別に好かれようとか思ってないんで」

 

 むしろこの人に好かれたからなんか人生が終わりそうだし遠慮したいまである。

 

「ふぅーん。ま、いいや。じゃあ私が出す問題に答えてくれる?」

 

「問題、ですか?」

 

「そ、じゃあいくよ。君は二人乗りの小さなボートに乗っていて目の前には君の大事な人が二人溺れています。そのボートには三人も乗れないので助けるならどっちかを選ばないといけません」

 

 あれか、よくある究極の選択みたいなもんか?

 

「比企谷くん、君はどっちを助けるのかな? ちなみにこの二人は雪乃ちゃんとガハマちゃんね」

 

 ふむ。

 

「とりあえずその人員の選択には悪意を感じるんですけど……」

 

「気のせいじゃないかな? で、どっちを助けるの?」

 

 いや、悪意しかないですよね?

 

「聞いときたいんですけど、船には二人までしか乗らないんですよね?」

 

「そうだよ、三人は絶対に無理だから」

 

 なら簡単だな。

 

「じゃあ自分がボートを降りてその二人を助けますかね、それなら二人とも助かるでしょ?」

 

 俺はどや顔で雪ノ下さんに言ったのだが。

 

「ぷっ、あっはははは、あはは、あっはははは! お腹痛い! ど、どや顔! あははは!」

 

 ちょ、ちょっと笑い過ぎでしょ!?

 結局雪ノ下さんはかれこれ三分くらい笑ってた。

 

「あー笑った笑った。久しぶりにこんなに笑ったよ」

 

「……それはどうも」

 

「不貞腐れない不貞腐れない。これでも褒めてるんだよ?」

 

 正直なんで俺はどや顔でいったんだろうか? もうあれですよ、穴があったら入りたい。

 

「いやー、静ちゃんが気に入るわけだね。納得納得」

 

 静ちゃん? たしか平塚先生の下の名前がそんな感じだったか?

 

「平塚先生とは知り合いなんですか?」

 

「うん? あぁ私ここの卒業生だからね、静ちゃんから比企谷くんのことはいろいろ聞いてるよ?」

 

 平塚先生、できればこの人に俺のことを話さないでほしかった。おかげでなんでかしらんが目を付けられてるし。

 

「……そうですか」

 

「それでちょっと気になったから私も君のことをそれなりに調べさせてもらったんだけど……」

 

「は?」

 

 俺のことを?

 そしてさっきとうってかわり雪ノ下さんの雰囲気が変わる。

 

「はっきり言っていい? 君は相当に異常だと思うんだけど、なにか間違ってるかな?」

 

 さっきまでのフレンドリーさとは違い、すごく感情の無い声で雪ノ下さんは俺にそう言ってくる。

 猫を被ってるとは思っていたがまさかここまでとはな。

 

「どこまで俺のことを調べたかは知りませんけど、間違っていないですよ別に」

 

「ありゃ? 否定しないの?」

 

「しませんよ、だって……」

 

 自分が間違っていることなんてもう前から気づいている。男のくせに戦車に乗りたがっていたんだ。親や周りの人間から異常だと思われてるのだって知ってた。

 この世界では男が戦車に乗るのはおかしい。だから俺は間違っているのだろう

 だが俺はそれでも間違い続ける、あの日見たボコのように無理だとわかっていても、何度だって俺はあきらめないと誓ったんだ。今更他人に指摘されたぐらいであきらめるぐらいならもうとっくの昔にあきらめている。

 

「自分が間違ってるなんて最初から知ってますからね」

 

「……そう。やっぱり君はおもしろいね」

 

 雪ノ下さんは俺の答えに納得したのか。

 

「じゃあ今日はもう帰るとするよ。雪乃ちゃんのことをよろしくね?」

 

 と言ってそのまま奉仕部を出ていった。

 結局なにしに来たんだ、あの人は?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 そしてMAXコーヒー飲みながら待っていたら、雪ノ下が奉仕部に来た。

 

「………」

 

「………」

 

 そう、来たのはいいんだが、何故か会話が発生していない。いつもなら雪ノ下が俺になにかいうと思うんだが、どうなってんだ?

 俺がこの前奉仕部に来たのがクッキー作ったあの日だから、日が経ってると言えば経ってるが、雪ノ下はそんなことであの毒舌を控えるとは思わないんだがな。

 

「……その、この前は……」

 

 やっとしゃべったかと思えば、ぼそぼそ言ってて聞こえなかった。なんだ? 今日は調子でも悪いのか?

 

「あ? なんだって? 聞こえんぞ雪ノ下」

 

 俺はちょっとわかりやすく雪ノ下を煽った。これで雪ノ下もやりやすいだろう。

 

「こ、この前は、その……あ、ありがとう……」

 

 は? なんか雪ノ下から、想像もしないような言葉が飛んできたんだが。

 

「いや、すまん。なんのことかさっぱりなんだが?」

 

「この前のクッキーのことよ? もう忘れたの? 忘却谷くん」

 

 はや! 復活するのはやくないか? なんかしおらしいと思ったらすぐこれかよ。いや、正直さっきまでの雪ノ下はなんか違和感があったから別にいいんだが。

 

「クッキーっていってもな、あれは由比ヶ浜が自分で作ってたから俺がお礼を言われる意味がわからん」

 

「そっちじゃないわ。由比ヶ浜さんから聞いたのよ、あの時、由比ヶ浜さんに私を追わせるために片づけを一人でしてくれたんでしょ?」

 

 あぁ、そのことか。

 

「それなら別に気にすんな、どうせクッキーを作ろうと思ってたからな。それなら由比ヶ浜がいてもたいして意味ないし、お前の様子もおかしかったしで合理的に考えただけだ」

 

「そう……」

 

「そういえば今日は遅かったな、なんかあったのか?」

 

「え? えぇ、ちょっと平塚先生に捕まってしまって……」

 

「そうか、それより依頼だ」

 

「依頼? あなたが?」

 

「いや厳密には俺じゃないんだが……」

 

 俺は戸塚のことを雪ノ下に説明する。

 

「……あなたがそんなにやる気を出すなんて珍しいわね、雹でも降るのかしら?」

 

「いやそこは普通に雪でいいだろ、なんでわざわざ言い換えた」

 

「だってそれぐらいじゃ珍しくともなんともないじゃない」

 

 そういうことね。たしかに言いたいことはわからんくもない。

 

「いや、人に頼られたのが初めてでな。まぁ自分でもらしくない行動してるってのはわかってる」

 

「……そうでもないんじゃないかしら」

 

 なんか雪ノ下言った気がするが、それは奉仕部にやってきた由比ヶ浜にかき消された。

 

「やっはろ~、今日は依頼人を連れてきたよ!」

 

「あれ、比企谷くん? どうしてここに?」

 

 そういや俺が奉仕部だって言ってなかったな。

 

「いや、俺はここの部員なんだよ、一応」

 

「で、戸塚 彩加くんだったかしら? ある程度の事情はそこの彼から聞いているわ」

 

「そうなの?」

 

 戸塚が俺に確認を取ってきたので頷く。

 

「いいでしょう、依頼を受けるわ。あなたの技術向上を助ければいいのよね?」

 

「あ、はい。僕が上手くなればみんな一緒に頑張ってくれる……と思う」

 

「で、どうやんだ?」

 

「大丈夫、簡単なことよ?」

 

 簡単ときたか、それは誰を水準にいってるのかがわかってる時点でもう簡単ではないことは明白だ。嫌な予感しかしない。

 と、思っていたのだが、雪ノ下が戸塚にさせていることは案外普通だった。筋トレから始まり、ランニング、素振りでのフォーム確認、とにかく戸塚を基礎からしっかり教えるつもりのようだ。

 てっきり雪ノ下のことだから死ぬまで練習とかいってスパルタに走ると思ったんだが、どうやら俺の読みははずれたらしい。これなら戸塚も大丈夫そうだし、俺は戦車道にでもいくとするか。

 

「じゃあ、お前ら頑張れよ、俺は戦車道のほうに行くわ」

 

「あ、そうだ、一回戦勝ったんでしょヒッキー、おめでとう!」

 

「まだ一回戦だけどな、まぁ、なんだ、その、頑張ってくるわ」

 

「戦車道、頑張ってね比企谷くん!」

 

「おう! ありがとう戸塚! 俺めっちゃ頑張ってくる!」

 

「ちょ、ヒッキー! 私の時と反応が違い過ぎるでしょ!」

 

 さて、なんのことだろうか? わからんな。

 

 

 ====

 

 

「一回戦に勝ったからといって気を抜いてはいかん! 次も絶対に勝ちぬくのだ! いいな? 腰抜けども!」

 

「「「はい!」」」

 

「頑張りまーす」

 

「勝って兜の緒を締めよ、だぁー!」

 

「「「おォー!」」」

 

「えいえいおー!」

 

 なんか戦車道のやつらのやる気がやばい。え? なにこのテンション、正直ついていけない……。これが若さか。え? ちがう?

 

「みんなすごいですね」

 

「うん!」

 

 西住と五十鈴がそんなことをいってるが、やる気がありすぎないか? まさか俺だけなんだろうか? このテンションについていけてないのは。

 とりあえず戦車のことをどうするかは練習が終わってから会長にいろいろ聞くか、今はなんか聞けそうな雰囲気でもないしな。

 

 さて、二回戦に向けて俺もやれることはやっていきますかね。



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チームはやる気を見せ、本格的にまとまりだす

 今日の戦車道の練習が終わった。

 一回戦で勝てたおかげか、俺以外のほとんどのやつらのやる気が凄まじかったな。

 戦車は乗れば乗るほど動きが良くなる、というのは言い過ぎかもしれないが。戦車にだって人間と同様個性があり操縦のやりやすさや本人のフィーリングとか割と馬鹿にはできない。もちろん初めて戦車に乗ってマニュアルを読んだだけで完璧に動かす奴もいるが、大抵はそんなものは無理である。

 戦車道は一日にして成らず! という言葉があるように、日々の積み重ねがなにより戦車の操縦に関係している。

 まあ、俺はどうやっても戦車に乗れなかったから、作戦関係を重点的にやっていたせいで戦車の操縦なんて素人当然だったが、今はそれなりに動かせている。

 動かせはしているんだがやっぱりネックになるのが一人乗り故の行動のラグだな。

 装填してから狙いを定めるのに時間がかかりすぎる。最近鍛え直しているとはいえ砲弾は重い。どうにかして同時にやれないもんか、あと砲弾ももう少し積めれるようにしたいし……。

 あれだな、自動車部の人たちにでも相談してみるか、なんかいいアイデアとか思いついてくれるかもしれん。

 

 さて、練習が終わったのはいいんだが、いつのまにか会長が全員を集めている。

 やべっ、早くいかないと河嶋さんにどやされる。

 

「よ~し、全員集まったね。これから重大な発表するよ~!」

 

 そして会長は俺に意味ありげな視線を送ってくる。今度はなにを企んでるんだこの人は?

 

「比企谷ちゃん、例のぶつは持ってきてるんでしょ?」

 

 例のぶつってまさかあれか? なんでこの人が知ってるんだ?

 と思っていたら秋山のやつが俺にすまなそうにシュンとしている。もしかして話していて聞かれたとかそんな感じだろうか?いや別にそこまで気にしなくてもいいだろうに。

 

「これですか?」

 

 俺はカバンに入れていたボードゲームを会長に渡す。

 

「うんうん、ありがとう比企谷ちゃん」

 

「会長さん、それなんですかー?」

 

「今、比企谷ちゃんからもらったこれはね戦車のシミュレーションゲームだよ」

 

「そのボード盤がですか? それで一体なにを?」

 

 もっともな意見だと思う。俺にさっき送ってきた意味ありげな視線といい碌なことではないんだろうけど。

 会長はいったん全員の顔を見渡しこう告げる。

 

「これからみんなにはランキング戦をやってもらおうと思います」

 

 は? ランキング戦? 俺がいぶかしげな顔をしていると。

 

「まぁまぁ比企谷ちゃん、話は最後まで聞いてから判断しようね?」

 

 いやだって絶対なんかあるだろこれ。もう正直この先の説明を聞きたくないまであるんだが。

 

「河嶋~、説明お願いね」

 

「はい、わかりました!」

 

 自分で説明しないのかよ、何のためにみんなの注目を集めたんだこの人は。

 

「このゲームのやり方はあとで説明するが、簡単に言うとこのランキング戦を行ってもらい上位者を決めてもらう」

 

「それを決めてどうするんですか?」

 

「その上位者にはランキングトップと戦う権利が貰えるのだ、そしてそのトップに勝てば……」

 

 河嶋さんに代わり、会長がセリフを言う。

 

「生徒会からいろいろと特典を渡そうと思ってるから頑張ってね~」

 

「あ、あの! 特典とう言うのは実際どのような?」

 

「生徒会で出来ることならなんでもかな~」

 

 いやまたえらく強気で出たなこの会長さん。それだけ勝つ自信があるってことなんだろうがどうするつもりなんだ?

 さすがにこの会長の発言には全員ざわついているな。

 

「そ、それじゃあ、バレー部復活とかは!」

 

 磯辺のやつがさっそく食いついたな、たしかにこんなんで復活できるなら儲けもんだしな。

 

「さすがにそれは無理だけど、体育館での練習の許可とかなら出せるけど?」

 

「た、体育館での練習!」

 

「キャ、キャプテン!」

 

「あ、あぁ、今まで朝練をやるには他の部活より早くくることでしか練習ができなかった私たちにはまたとないチャンス!これはやるしかないな!」

 

「「「キャプテン!」」」

 

「これはバレー部復活の足掛かりだ! 気合い入れていくぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

 すごく気合い入ってんな磯辺たち、それを見て他のやつらもやる気になってるみたいだし。

 まぁとりあえずは勝たないといけないんだがな。

 

「して、そのランキングトップとは誰が?」

 

「順当にいけば隊長殿じゃないのか?」

 

「いや、ここは言い出しっぺの会長だろう。それだとあの強気には納得いく」

 

「いや、もしかしたら大穴で八幡かもしれんぞ?」

 

「「「それだ!」」」

 

 いや、それだ! じゃないからなお前ら。

 

「あれ? よくわかったね、ランキングトップは比企谷ちゃんだよ?」

 

 は? まじ? もしかしてさっき秋山が申し訳なさそうにしていたのってまさかこっちか!?

 

「しかし何故八幡が……」

 

「理由は簡単だよ? だって西住ちゃんでも勝てないから、比企谷ちゃんに」

 

 さっきとは違った意味でまたざわつきだす。

 

「な、なんと!? あの隊長殿が!?」

 

「だが先日のサンダースのあの見事な作戦指揮は八幡がとったというぞ?」

 

「それなら納得がいくぜよ」

 

「あれは見事だった、相手の無線傍受を逆手にとったところがまたなんとも」

 

「まぁまぁみんな落ち着いて、とにかくトップは比企谷ちゃん。それに勝てば特典がつくからみんな頑張ってね~」

 

「対戦のルールはこちらでまた詳しく詰めてくるから実際に始まるのは明日からだ!それまでに各自このボードゲームを覚えるように!」

 

「でも一個だと大人数で出来ないんじゃあ……」

 

「そこはこちらも考えがある、チーム戦だ」

 

「チーム戦ですか?」

 

「そうだ。現在分かれているチームごとにランキング戦をしてもらう」

 

「でもそれだと比企谷先輩が不利なんじゃ……」

 

「そこは安心してもらっていいよ~、それぐらいでいいハンデだと思うし」

 

「そ、そんなに先輩は強いんですか!?」

 

「が、頑張ろう! そうしたらウサギ小屋がもっときれいになるよ!」

 

「か、桂里奈ちゃん、すごいやる気だね」

 

「………」

 

「あの沙希ちゃんが珍しくやる気出してる!」

 

「でもなんか、桂里奈ちゃんは目的が違うっぽいよ?」

 

「も、もしチームで勝ったら特典は一つなんでしょうか?」

 

「そうだね~、それだとなんかつまんないし三つまででいいよ~」

 

「よ~し、ウサギさんチーム頑張るぞ~」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

 なんかいつのまにか俺がやるとも言ってないのに話が進んでいる……。というか一つから三つは増やし過ぎだろ。地球製からナメック製に変わったといえばわかりやすいか?そんだけ無茶苦茶なことを会長はやってるんだよな。

 

「ちなみに生徒会もこれには参加する」

 

「え? それだとメリットがないんじゃ?」

 

「私たちが勝ったら全員あんこう踊りね~」

 

 それもうただの罰ゲームじゃ……。というかあの人どんだけあんこう踊りをしたいんだ。

 

「は、八幡、絶対に負けるなよ!」

 

「先輩!お願いします!」

 

「お願いします!」

 

「比企谷、根性だ根性でどうにかしてくれ!」

 

「は、八幡くん、頑張って!」

 

「負けたら承知しないわよ!」

 

 いや俺が戦うのはなにも生徒会チームだけじゃないんだがこいつら全員わかってんの? あんこう踊りが嫌なのもわかりはするんだが……。もういろいろめちゃくちゃだな。

 なんか違う意味で団結力が増してる気がする。

 

「あ、それと比企谷ちゃんは今日から副隊長だからよろしくね」

 

 ちょ、なにこの人重要なことをさらっといってんの?

  あきらかにランキング云々よりこっちの方が大事だろ。

 

「それから比企谷ちゃん、これからは必要だと感じたら無線で全体に指示をだしていいからね?」

 

 なんてことを会長はいうが、そもそも俺なんかが副隊長とか誰も認めないだろ。

 

「なにか言いたそうだね、比企谷ちゃん」

 

「適任者がほかにもいるでしょ? わざわざ俺なんかにしなくても……」

 

「適任者ねぇ、私は比企谷ちゃんが相応しいと思ったから選んだんだけどね。それにみんなも反対の意見はないようだし」

 

 そう言われて周りを見てみると。誰一人として嫌な顔はしていなかった。

 

「八幡くん」

 

 西住が俺の前に来る。

 

「なんだ?」

 

「私たちのことを助けてくれるんだよね?」

 

 たぶん西住が言っているのはあの聖グロとの試合のあとの人力車でのことだろう。たしかに俺は助けるって言ったな。撤回するのもあまりにも無責任だしな。しょうがない、西住に乗せられてやるか。

 

「またえらく高くついたな」

 

「そうかな?」

 

「わかった、やるよ副隊長。俺なんかでよければな」

 

「違うよ、八幡くん」

 

 西住は俺にそう言うが、なんか間違ったか俺?

 

「なんかじゃないよ、八幡くんだからだよ?」

 

 西住は誰でもいいわけじゃなく、俺だから副隊長になってほしいと言ってる。

 ホントに勘違いしそうになる。俺なんかがこの戦車道のやつらの輪の中に入ってもいいだなんて……。だがそれだけは絶対にダメだ。入ってしまえば俺はたぶん決定的に間違えるだろう。いや、たぶん入らなくても。

 今は必要に駆られてないからやってないがその時がくれば俺は躊躇いなくやる。たとえそれで西住たちが傷ついても

 今はこんなことを気にしてもしょうがない。どうせ早いか遅いかの違いでしかないのだから。

 

「まぁとりあえず、これからよろしく隊長殿」

 

「私たちのことも頼ってね副隊長さん?」

 

 なんか西住に俺の心を読まれた気がした。……いや、さすがにそれはないか。

 

「とりあえずこれで終わりかな」

 

「あの~、もし比企谷先輩が負けなかったらどうなるんですか?」

 

「うーんそうだね、この中の誰かとデートとかどう?」

 

 なんでわざわざ俺に話を振るんだこの会長は。まぁ俺の答えは決まっているけどな。

 

「それはただの罰ゲームにしかならないし誰も得しないんで却下で」

 

「じゃあ比企谷ちゃんがテキトーに考えといてくれる?」

 

 そんなんでいいのかよ、ホントに適当だな。

 

「まぁ当たり障りのないやつにしときますよ」

 

「よろしく~」

 

「じゃあこれにて解散! 西住と比企谷は次の戦術会議を行うので生徒会室に来い」

 

「それと交換する部品のリストを作るのを手伝ってほしいんだけど……」

 

「あ、はい」

 

「わかりました」

 

 俺と西住はとりあえず生徒会室か。

 そして俺たちが生徒会室へと向かおうとした時。

 

「先輩、照準をもっと早く合わせるにはどうしたらいいんですか?」

 

「あ……」

 

「どうしてもカーブが上手く曲がれないんですけど」

 

「え、えっと……、待ってね、今順番に……」

 

「隊長、躍進射撃の射撃時間短縮について」

 

「ずっと乗ってると臀部がこすれていたいんだがどうすれば」

 

「隊長、戦車の中にクーラーってつけれないんですか?」

 

「せんぱーい、戦車の話をすると男友達がひいちゃうんです」

 

「私は彼氏に逃げられました~」

 

 おいおい、西住がこの場からいなくなるとわかってから一斉に質問をしてどうするんだよ。西住は聖徳太子じゃないんだからいっぺんに答えられるわけないだろ。

 というか若干名、戦車と関係ない質問が混ざってるぞ。それはわざわざ聞かなくていいだろ。

 

「お前ら俺と西住は今から作戦会議だ! 操縦関係は冷泉に、メカニカルなことなら秋山に、恋愛のこととかは武部でいいだろ……たぶん」

 

「ちょ、比企谷なんで私だけ曖昧なのよ!」

 

 いやだって自称恋愛マスターじゃないの? お前、付き合ったことすらないじゃないの?

 

「八幡さん、わたくしは……」

 

 五十鈴か、そうだな……。

 

「書類関係を手伝ってくれ、頼めるか?」

 

「はい、それなら任せてください」

 

「というわけだ、わかったか」

 

「「「………」」」

 

 なんか反応がないんだが。

 

「やつめ、いきなり副隊長としての風格を……」

 

 いや、そんなんじゃないから。

 

「先輩って割とちゃんと全体のこと見えてるんだ……」

 

 おいそこ! 聞こえてるぞ!

 

「比企谷は捻くれてるからね」

 

 それはもはやただの悪口だからな、武部よ。まぁいい。いや、よくないけど。

 

「とりあえずこれで大丈夫だろ」

 

「う、うん、ありがとう八幡くん」

 

「気にすんな。さっさと済ませようぜ、戦術会議」

 

 俺たちは生徒会室へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

「グリスは一ダースでいいですか?」

 

「はい」

 

「そちらの書類は?」

 

「戦車関係の古い資料、ここで一緒に整理しようかと思って」

 

「お手伝いします」

 

「本当? 助かるよ」

 

「あ、やっぱりお花があるといいね~。私も華道やってみたいな」

 

「小山先輩、お花の名前がついてますよね? たしか、桃さん……」

 

「私は柚子。桃ちゃんはね……。おーい、桃ちゃーん!」

 

「桃ちゃん言うな!」

 

 なんかこの二人のやりとりを見ていると和んでいる自分がいる。いやー平和だな。

 というか会長さんは会長さんで干し芋食ってるし、ホントぶれないなこの人も。

 

「西住ちゃん、チームもいい感じにまとまって来たんじゃない?」

 

 たしかにあの練習試合から比べるとチームの一体感はでてきてはいる。

 

「あ、はい」

 

「西住ちゃんのおかげだよ、ありがとね……。あとついでに比企谷ちゃんも」

 

 会長さんは西住にお礼をいう。なんかこの人がお礼を言うのってなんか珍しい気が。そして俺はついでですか……。いやまぁ別にいいですけどね。

 

「いえ、お礼を言いたいのは私の方で……。最初はどうなるかと思いましたけど。でも私、今までとは違う自分だけの戦車道が見つかるような気がしてます」

 

 お姉ちゃんとお母さんに認めてもらえるような自分だけの戦車道だったけか? たぶん西住なら見つけることができるだろ。なんとなくだがそう思う。

 

「それは結構、だが次も絶対に勝つぞ」

 

「勝てるかね~?」

 

「チームはまとまって来て、みんなのやる気も高まってきていますけど……」

 

 やっぱり問題があるよな。俺もそのことを会長さんに聞こうと思ってたしちょうどいいな。

 

「戦車だろ? 西住」

 

「うん、そう。正直今の戦車だけじゃ……」

 

「ふむ」

 

 けど一回俺たちは探してるんだよな戦車を。その上でさらにこの学園艦に残ってるなんてあるんだろうか?

 

「あの、お話し中すみません」

 

 五十鈴がなにか話があるのか俺たちに話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

「えっと、書類上では他にも戦車があった形跡が……」

 

 ということはつまり?

 

 

 ====

 

 

 そして次の日、俺たちは戦車を再び探し出すことになった。

 五十鈴の話では戦車が処分されるとその書類が必ずあるらしく、何両かの戦車はその書類がなかったためこの学園艦のどこかにないとおかしいらしい。

 書類自体古く、もしかしたら紛失してる可能性もあるが、探すしかないのが俺たちの現状だ。

 といってもな、闇雲にさがしても見つかるわけもないんだよな。

 さてどうしたもんか。

 とりあえず俺は武部と一年生チームと一緒に戦車を探しに船底へと向かっている。

 なんで一緒にいるかというと。なんか武部に、話があるから! と強制的に一緒に行くことになった。俺なんかしたか? わからん。

 

「なにここ……なに?」

 

「すごい! 船のなかっぽい!」

 

 いや、船の中だからね?

 

「いや、船だもん」

 

 ツッコミが被った。いやまぁどうでもいいか。

 

「思えばなんで船なんでしょう?」

 

 なんでだっけか? 俺もきちんとは覚えてはいないが、たしか……。

 

「大きく世界へ羽ばたく人材を育てる為と、生徒の自主独立心を養うために学園艦が作られた……らしいよ?」

 

 武部のやつがそう説明する。そうそう、そんな感じだったな。

 そのせいと言ってはいいのかわからんが愛里寿の飛び級などはこのことが関係している。

 そのおかげで愛里寿は中学高校を通うことがなくなってしまったんだがな。それがいいことなのか悪いかは人次第だろうな。俺的には普通に愛里寿を学校に通わせてもよかったと思っている。今言ってもしょうがないけどな。

 

「無策な教育政策の反動なんですかね?」

 

 なんとも真実っぽいところを突いてくるな澤のやつ。

 そして俺たちは階段を降りる。

 するとちょうど船員がいたので武部は声をかけた。

 ちなみに学園艦は生徒だけで運用されている。俺たちとはそもそも学科違い船舶科があり学費が免除となっている。ならそっちの方がお得じゃんとか思うかもしれないが、常に学園艦動かすことを強いられているので拘束時間がかなり長ったりする。

 決してブラックということはないらしいが、ある意味では学生の時に体験しとけば社会に出た時役に立つとか立たないとか。たぶん立たない気がする。

 

「あ、あのっ、戦車知りませんか?」

 

「戦車かどうかわからないけどそれっぽいのをどこかで見たよね?どこだっけ?」

 

「もっと奥の方だったかな?」

 

 ということで俺たちはその曖昧な情報を頼りに戦車を探しに向かったのだが。

 迷った……。いや冗談とかそんなんじゃなくてガチで迷った。船の中で遭難するとか不思議な体験どころじゃないだろうな。今度小町に自慢するか。いや、呑気に構えてる場合じゃないか。

 

「武部、冷泉と連絡は着いたか?」

 

「う、うん、とりあえずなんか目印になるものはないかって」

 

 目印になるものねぇ。言われてあたりを探してみると第十七予備倉庫と書いてある表示板があった。

 

「武部、あれを伝えてくれ」

 

 俺はその表示板を指さす。

 

「わ、わかった、すぐに伝える」

 

 とりあえずは捜索隊が来るまでは大人しくするしかないな。

 そんなことよりこの雰囲気をどうにかするほうが先かもな。空気が重いってレベルじゃないんだが。

 

「お腹……空いたね……」

 

「うん……」

 

「今晩は、ここに泊まるのかな……」

 

「う、ううぅ……」

 

 そして丸山以外が泣きだし始めてしまった。

 というか丸山さん? あなたはあなたはでメンタル強すぎません? いや、頼もしいといえば頼もしいんだが。なんかこいつはこいつで大物になる人間なのかもしれんな。

 

「あ、そうだ! 私チョコ持ってるからみんなで食べよ?」

 

 武部は武部でなんとか一年生を元気づけようとしてるな。

 ん? 甘いものか、そういえば俺のカバンに……。

 

「なぁ、お前ら」

 

「な、なんですか先輩?」

 

「喉渇いてないか?」

 

「そういえば……」

 

「渇きましたー」

 

「でもこんなところに飲み物なんてないですし……」

 

 やっぱり渇いてたか、ずっと歩きっぱなしだったしな。

 

「お前らの口に合うかわからんが飲み物ならあるぞ?」

 

「え?」

 

「ホントですか!?」

 

「ちょっとまってろ」

 

 そして俺はカバンからあれを取り出す。

 

「比企谷、もしかしてそれいつも持ち歩いてるの?」

 

 武部よそれはあまりにも愚問すぎるぞ。

 

「あたりまえだろ、いつどこで必要になるかわからんだろうが」

 

「いや、普通は必要にはならないから……」

 

「先輩、それなんですか?」

 

「コーヒーって書いてある……」

 

 一年生全員が嫌そうな顔をする。あれか苦いのとかがダメなのかこいつら。

 

「安心しろ、これは苦くない」

 

「ホ、ホントですか?」

 

 どんだけ疑ってんだよ。俺はそこまで性格は悪くないぞ。

 

「騙されたと思って一回飲んでみろ」

 

「わ、私頑張ります!」

 

「か、桂里奈ちゃん」

 

 お、最初は坂口か。

 俺はMAXコーヒーを坂口に渡す。

 

「ホ、ホントに苦くないんですか?」

 

 そんな捨てられそうな子犬のよな目で見るんじゃない。俺がいじめてるみたいじゃないか。

 

「大丈夫だ、俺を信じろ」

 

「あい!」

 

 そういって坂口は一気にMAXコーヒーを飲む。うむ、いい飲みっぷりだな。

 

「………」

 

「ど、どう?桂里奈ちゃん?」

 

「すごく……」

 

「すごく?」

 

「すごく甘い……! そしておいしい!」

 

「お、うまいか坂口!」

 

「はい!」

 

「もう一本飲むか?」

 

「いいんですか!?」

 

「はっはっは、いいぞ、じゃんじゃん飲め!」

 

「……なんか比企谷、性格変わってない?」

 

 なにを言ってるんだろうか武部のやつは? 俺はいつもこんなもんだろ。

 

「せ、先輩! 私にもください!」

 

「わ、わたしにも!」

 

「………」

 

「丸山もいるか?」

 

 なんかほしそうな顔をしていたので一応聞いてみたが、どうやら間違ってなかったようだ。

 うんうんと頷いてくれたのでMAXコーヒーを渡す。

 よし、これで全員に行き渡ったか。

 

「……比企谷、私には?」

 

「え? いやだってお前……」

 

 前に渡したときはたしか甘すぎてダメだった気がするんだが。

 

「あのあと好きになったの! いいでしょべつに!」

 

 なん暗がりでもわかるぐらい顔を真っ赤して武部はそう言う。そんな怒らんでもいいだろうに。

 

「ほらよ」

 

「……ありがとう」

 

 そんなことをしていたら不意にライトの光が俺たちを照らしだす。

 

「みんな大丈夫!? ……ってあれ? なにしてるの八幡くん?」

 

「なんか楽しそうだなお前たち……」

 

「思った以上に元気ですね、みなさん」

 

「とりあえずここから出ましょうか」

 

 それもそうか、いつまでもこんなとこいてもしょうがないし。

 

「うん、そうだね。……あれ?」

 

 なんか西住が突然奥の方を照らしだした。そこには俺たちが探していた戦車があった。

 そういや俺たち戦車を探しに来てたんだっけか。すっかり忘れてたな。

 そうして俺たちは無事に戻ることができた。

 さすがに歩き回ってあちこち汚れているので俺はさっさと家に帰った。

 そういえば今回の戦果をいってなかったな。俺たちが見つけた戦車はあのままで放置。後日、自動車部が回収するとのこと。まじでお疲れ様ですとしかいいようがない。今度差し入れ持っていこう、そうしよう。

 あと他に主砲と戦車が見つかったらしい。次のアンツィオ戦には間に合わないということらしいが、十分な戦果だと思う。

 俺は今回でMAXコーヒー仲間がいっきに増えたのでそっちのほうが嬉しかったりする。

 今MAXコーヒーの時代が来てるんじゃないか?頑張ればもっと増える気がする。

 そして俺は自宅に着く。

 

「あ、おかえりお兄ちゃん……ってなんでそんなに汚れてるの?」

 

「ちょっと遭難してきた」

 

「え?」

 

「風呂って沸いてるか?」

 

「うん、そういえばお兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「次はアンツィオ高校と戦うんでしょ?」

 

「ん? あぁ、それがどうした?」

 

「どうしたって、久しぶりの再会になるんじゃない?」

 

 再会? 小町はいったいなんのことをいってるんだ?

 

「知り合いなんてあそこにいたか?」

 

「え、お兄ちゃん覚えてないの? 安斎さん」

 

「や、安西先生ならわかるんだが」

 

「はぁ……。ごみいちゃん? それ本気で言ってるの?」

 

 割と本気だったんだがこれ以上はあかん気がする。小町の逆鱗に触れそうだ。

 

「小学生のころお兄ちゃんに戦車のことを聞きに来てた人っていったらさすがにわかるよね?」

 

 それならわかる。

 

「あぁあいつか、安斎って名前だったんだな」

 

「え? 知らなかったの?」

 

「だって自己紹介とか一回もされてないぞ?」

 

 むしろされてても覚えていたかは正直自信はない。俺の頭の中ではアホの子としてインプットされてたからなあいつは。

 

「というか小町なんでお前があいつのこと知ってるんだよ」

 

「細かいことはきにしちゃダメだぞお兄ちゃん♪」

 

 あざとかわいい。いや、そんなんで誤魔化されたりはしないが、なんか聞いたらやばそうなのでスルーである。

 

「しっかし、あいつがねぇ」

 

「お兄ちゃん、相手が年上だってわかってる?」

 

 むしろわかっているからこうなんだけどな。

 

「あいつをさん呼びは絶対にしないぞ俺は」

 

「ちゃんと会ったらあいさつはしてよね、さすがに」

 

「善処はする」

 

「大丈夫かなー?」

 

 とりあえず明日アンツィオ高校の本格的な情報がわかるらしいから、今はそっち優先だな。

 



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ノリと勢いは侮れない

 アンツィオ高校。

 外国人が初めて作った日本の学園艦とも言われており、コロッセオなどのイタリアの観光スポットを模した建物が多く、テーマパークみたいになっているため観光客に人気が高い(が、地味なため生徒からの評判はイマイチ)。

 他にも日伊友好の記念として贈られたポンペイの巨大宮殿の石柱(本物)、パンテオン(イライラした時に思いっきり叫ぶ用らしい、なんじゃそりゃ。ついでにオペラ上映もやるとか。……普通逆じゃね?)やコロッセオ(戦車道訓練兼運動場兼舞台兼お祭り広場)もあり、街並みもローマのそれなため、学園長曰く「ローマよりローマ」とのこと。

 

 さて、なんで俺がこんなにもアンツィオ高校のことを説明しているかと言うと。あれですよ、小町のやつに押し付けられたからである。

 もともとアンツィオ高校は小町が行く予定だったのに、あの妹直前になって俺に押し付けてきやがった。

 小町に「ちゃんと安斎さんとあって来てね」と言われたが、こっちだって遊びで来ている訳じゃないんだからそうそう会えんだろうと思っていたのだが、意外にも意外、俺を案内してくれる隊長と言うのが安斎だった。

 

「全員気を付け!」

 

 そしてスペイン階段風階段と呼ばれている場所にアンツィオの戦車道のやつらが集められている。

 ここでなにが行われるかと言うと……。

 

「きっとやつらは言っている! ノリと勢いだけはある、調子に乗ると手強い!」

 

 安斎のやつがなにやら演説を始め出した。

 

「おぉー」

 

「強いってー」

 

「照れるなー」

 

 いや、お前らの耳にはその前の言葉は聞こえてないの? 決して褒めてるだけじゃないからな?

 

「でも姉さん、だけってのはどういうことですか?」

 

 さすがに疑問にもつやつが一人はいたか。

 

「つまりこういうことだ。ノリと勢い以外はなにもない、調子がでなけりゃ総崩れ」

 

「なんだとー!?」

 

「舐めやがってー!」

 

「言わせといていいんすか?」

 

「戦車でカチコミ行きましょう!」

 

 お前らのそのノリはなんなの? もはやどこぞの不良と言わんばかりの気の短さである。というかもう少しまともなやつはこの中にいないのかよ。

 

「みんな落ち着いて、実際言われたわけじゃないから」

 

 いかん、どうにもこの人の声には抵抗を感じてしまう。だってあれだぜ? 声が雪ノ下にそっくりなんだよ。最初聞いたときは正直ビックリした。

 アンツィオ高校、副隊長のカルパッチョ。気軽に「ひなちゃんて呼んでね」と言われたが、ボッチに愛称呼びとか無理なので丁重にお断りした。

 そして好きな食べ物はラザニアらしい。名前がカルパッチョなのにこれいかに。いや、べつにいいんだけどさ。

 

「あくまでドゥーチェによる冷静な分析だ」

 

 で、こちらがもう一人の副隊長ぺパロニ。

 ちなみにドゥーチェとは安斎のことであり、これはソウルネームではなく安斎はここではアンチョビと呼ばれている。ドゥーチェの意味としては日本語で統師になる。テストに出ないから覚えなくていいぞ。

 

「そう、私の想像だ」

 

「なんだー」

 

「あービックリした」

 

 もうツッコむのもめんどくさいんだが、分析した結果お前らの隊長がそう思ってるってことには気づいてないんだろうな。むしろ他のやつらに言われるよりダメな気がする。

 

「いいかお前たち、根も葉もない噂にいちいち惑わされるな!」

 

 いや、噂を言った張本人がなに言ってるんだよ。

 

「私たちはあのマジノ女学院に勝ったんだぞ!」

 

「「「オォーーー!!」」」

 

「苦戦しましたけどね……」

 

 ふむふむ、そうなのか。

 

「勝ちは勝ちだ!」

 

「ノリと勢いはなにも悪いことだけじゃない、このノリと勢いを二回戦に持っていくぞ! 次は西住流率いる大洗学園だ!」

 

「西住流ってなんかやばくないっすか?」

 

「勝てる気しないっス……」

 

「心配するな! ……いや、ちょっとしろ?」

 

 おい、本音が漏れてるぞ安斎。

 

「何のために三度のおやつを二度にしてこつこつ倹約したと思ってる」

 

 いや? え? しょぼくない? それってもうちょっと我慢できなかったの? というかこの学校おやつが出るのかよ。

 

「なんででしたっけ?」

 

「前に話しただろ! それは、秘密兵器を買うためだぁ!」

 

「「「オォー!!」」」

 

「ごほんっ……。秘密兵器と諸君の持ってるノリと勢い、そして少しの考える頭があれば必ず我々は悲願の三回戦出場を果たせるだろう」

 

 少しの考える頭ね、あの安斎がよくそんなセリフを言えるようになったな。さすがにあの時からだいぶ経ってるからな、成長したんだろう。たぶん。

 

「みんな驚け! これがアンツィオ校の必殺秘密兵器だぁー!!」

 

 安斎の高らかな宣言と共に昼の鐘がゴォーンと鳴る。

 それと同時に話を聞いていたやつらが一斉に走り出す。

 

「ごはんごはん!」

 

 目的は昼飯かよ。

 

「おい、まて、こらっ! お前らそんなんでいいのか!?」

 

「今の季節、食堂のランチ売り切れ早いっすよ?」

 

 まさに花より団子とはこのことだな。

 そして俺たちを残して誰一人としていなくなった。俺はビミョーな表情の安斎と二人で見つめあう。

 

「………」

 

「………」

 

 まぁとにかくあれか。

 

「安斎、あの時の俺の気持ちがわかったか?」

 

「なっ!? 私はあそこまで酷くなかっただろ! というか比企谷! なんで小町じゃなくてお前がいるんだ!」

 

 もうこれで何度目だよ……。

 

「それは最初に説明しただろうが、俺は小町の代理なんだよ」

 

「それはそうだけど……、こ、心の準備と言うのがあってだな……」

 

 どうしたんだ? いきなりもじもじしだして。

 そしてなんか最後の方がぼそぼそ言ってて聞こえなかったんだが。

 

「もう姉さんも照れなくていいじゃないですか、この兄さんがあれなんでしょ? 姉さんの初こ―――」

 

「わぁ~、ばか馬鹿バカァ!! お前は一体なにを言おうとしてるんだ!?」

 

 なんかぺパロニが言おうとしたら安斎のやつが遮った。こいつまさか俺の悪口でも言ってたのか? それだとこの慌てようも納得いくな。

 

「いや、だから姉さんの―――」

 

「言わなくていい! 今はそのことは言わなくていいから!! というかどこでそのことを!?」

 

「なんか姉さんがつぶやいてたのを誰かが聞いたって話ですけど」

 

「はあ!? じゃあ全員知ってるのか!?」

 

「大丈夫っすよ、みんなどうせもう忘れてますから!」

 

「食事のほうが優先度高いからか……。喜んでいいのか悲しむべきなのか」

 

 なんかにぎやかな学校だなここは。

 

「とりあえず、私たちもお昼に行きましょうか?」

 

「お、おう……」

 

 ダメだ、まじでこの声に慣れない。若干どころか過分に反応してしまう。

 

「そんなに私って怖いかしら?」

 

「……いや、そういうんじゃないんで気にしないでくれ」

 

「そう?」

 

「あぁ……」

 

「おい比企谷、ささっと行くぞ!」

 

「あ、待ってくださいよ姉さん!」

 

 とりあえず情報収集に来たのに、今わかってるのがノリと勢いと食事が好きなことだけって……。俺来た意味あるのだろうか?このままなにもわかからずに終わらないよな?

 そんな一抹の不安を抱えながら俺は食堂へと足を動かすのだった。

 

 

 ====

 

 

 そんでもって食堂。

 そこは普通の学校と同じで食券を買って食堂のおばちゃんに食券をわたすらしい。

 俺が食券を渡すとすごく驚かれたが、それは俺の目の腐り具合ではなく単純に男子が珍しかったのだろう……と思いたい。

 とりあえず一番人気のなさそうな場所に座るか。

 だが俺がわざわざ人から離れたところに座ったのに安斎たちがやってきた。

 

「比企谷、なんでお前はそんな端っこで食べようするんだ……」

 

「一人で食べたいからに決まってるだろ」

 

 そのくらい察してくれ、なんで女子の多い場所で俺が飯を食わないといけないのか。

 視線が気になって飯どころじゃなくなるんだよ。

 なんか他のやつらから見られてる気がするんだが、なんでだ?

 

「でも兄さん、みんなで食べた方がうまいっすよ?」

 

「いや変わらんから、あと俺のことは放っておいていいぞ別に」

 

 あと兄さん言うな。

 

「それなら私たちと一緒に食べようよ」

 

 あのカルパッチョさん? 話聞いてました?

 

「私、比企谷君にはいろいろ聞きたいことがあるから、ね? いいでしょ?」

 

 なんでこの人こんなにぐいぐいと来るの?

 

「……まぁ好きにしたらいいんじゃないですかね」

 

「本当? ありがとう!」

 

 笑顔が眩しい。ボッチにその笑顔は効果抜群なんでやめてもらっていいですか? 主にメンタルポイントがガンガン削られる。

 

「というか比企谷、よくこの食堂でそれをチョイスできたな……」

 

 なにやら安斎が俺の昼飯に文句はあるようだ。

 

「今日の気分はこれだったんだよ」

 

 俺はこの食堂で一人イタリア料理ではなくうどんを食べている。あ、ちなみにきつねな?

 

「むしろよく頼めたな。食堂のおばちゃんが驚いてたぞ」

 

 あぁそういうことか、なんで驚かれたかと思ったら和食なんて頼むやつが滅多にいないからか。

 

「食券があったんだから別にいいだろ?」

 

「まぁそうなんだが、他の子たちがお前が頼んでいるのを見て食べたくなったんだろうな今行列ができている……」

 

「は?」

 

 まじあいつら食事に関しては徹底的にブレんな、ある意味感心するわ。

 というかランチさっき食ったんじゃないのか? それにまた食うのかよ、その意欲をもうちょっと戦車に向ければいいものを。いや、それができたら安斎が苦労してないか。

 そして安斎たちが俺の座ってるテーブルに座ってきた。

 

「それで比企谷くんに聞きたいことなんだけど……」

 

「俺に答えれることなら答えるぞ」

 

「比企谷くんって大洗で戦車道やってるって本当?」

 

 またよくわからん質問が飛んできたな。なんか関係あるのか?

 

「あぁ、でもなんでそんなこと聞くんだ?」

 

「えっと、大洗に私の親友がいて、最近戦車道始めたって聞いてたからうまくやれてるのかなと思って」

 

 それでどうしてるか気になったって感じか。

 

「名前は?」

 

「鈴木 貴子、私はたかちゃんって呼んでるんだけど」

 

「たかちゃんねぇ……」

 

 そんなやつ大洗の戦車道にいたか? ちゃんと全員の名前は覚えてるし……。いや待てよ? そういやあいつらソウルネームで名乗ってたな。

 ということはあの中の誰かだろう、たぶん。

 

「心当たりがありそうなやつはいるな。普通に戦車道を楽しんでるぞ」

 

「そう? よかった……。まぁ明日会うんだけど」

 

 じゃあなんで聞いたの? え? いやまじなんで?

 

「聞きたいことはそれだけか?」

 

「あとはそうだなぁ。比企谷くんとドゥーチェの話が聞きたいかな?」

 

「俺と安斎?」

 

「そう、それだよ。比企谷くんの方が年下なのに敬語は使わないし呼び捨てだし」

 

 と言われてもな。

 

「別に俺と安斎はそういう関係じゃないぞ? 今日会ったのも小学生の頃ぶりだし」

 

「そ、そうだぞ! なんにもないからな!」

 

 おい安斎、不必要にキョドるな。余計に怪しいわ。

 

「えー、でもそれにしては二人とも普通に話してるし」

 

「安斎だしな」

 

「どういう意味だ、比企谷!?」

 

 もちろんそのまんまの意味である。

 

「強いて言うなら俺が安斎に戦車のことを教えたってだけだな」

 

「戦車を?」

 

 俺は小学校での出来事をカルパッチョたちに話した。

 

「なるほど」

 

「だから姉さんいつも頭を使えって言ってたのかぁ」

 

「こいつ馬鹿だったからな、教えるのに相当苦労したんだよ」

 

「もういいだろう比企谷、その話は……」

 

 もうこの辺で勘弁しといてやるか。

 

「というかお前らは俺が気持ち悪くないのか?」

 

 安斎は置いといて、カルパッチョとぺパロニは不思議そうな顔をする。

 

「たしかに目は少し怖いけど、それでも気持ち悪いは言い過ぎじゃない?」

 

 そんなこと思ってたのね。

 

「いや、男で戦車っておかしいだろ?」

 

「え? そうなの?」

 

 まぁペパロニはそこらへん深くは考えてなさそうだもんな。

 

「たしかにそう思ってる人はいると思うけど、少なくとも私たちはそんなこと思ってないよ?」

 

「………」

 

「ふふーん、どうだ私の後輩たちは」

 

 安斎のどや顔が鬱陶しかったのでチョップをかます。

 

「いたっ! なにするんだ比企谷!」

 

「なんとなくだ、気にすんな」

 

「なんとなくでチョップするな! まったくお前は昔から……。まぁいい。そんなことより昼からはコロッセオで秘密兵器の公開だ!」

 

 おいおい、秘密なのに公開しちゃって大丈夫なの?いやダメだと思うんだが。

 というかこいつらのノリと勢い、思った以上やばそうだな。あの食事への情熱が一瞬でも戦車のほうに行ったら手が付けれそうにもない。

 まあ、秘密兵器を見せてくれるってんなら見せてもらうとするか。てか、俺が次の対戦相手ってのはわかってんのかね? なんかそれすら怪しいぞ。

 

 

 ====

 

 

 大洗学園生徒会室。

 私たちは今ここでアンツィオ高校の対策会議を行っています。

 

「河嶋~、次のステージどこ?」

 

「はっ! アンツィオとの対戦は山岳と荒地ステージに決まりました!」

 

「はーい質問! アンツィオってどんな学校?」

 

「あぁ~、たしか創始者がイタリア人だったはず」

 

 会長さん、その答えはいくらなんでもざっくりしすぎだと思います。

 

「イタリアの文化を日本に伝えようとしたイタリア風の学校だ。だから戦車道もイタリアの戦車が中心。先の一回戦で使用した車両はCV33とセモベンテM41」

 

「CV33、わたくし大好きです! 小さくてかわいくてお花を活ける花器にぴったりです!」

 

「いくらなんでも花器には大きすぎない? ひまわりでも活けるの?」

 

 いくら華さんでもさすがに戦車をそのまま花器に使ったりは……しないよね?

 

「新型戦車が入ったと聞いたが……」

 

「どんなの?」

 

「ちょっとわからないです」

 

「一回戦には出なかったもんね」

 

「だからこその秘密兵器か……。ま、いっか。そのうちわかるし」

 

 それは一体どういう意味なんだろ?

 

「え? なんでわかるの?」

 

 沙織さんが会長さんに尋ねたと同時に勢いよく生徒会室の扉が開きました。

 そこには優花里さんと……八幡くん? なんか前にもこんなことがあったような?

 

「秋山 優花里、ただいま戻りました!」

 

「……うす」

 

「おかえりー」

 

「おぉ、待っていたぞ」

 

「お疲れ様~」

 

「ていうかその格好、まさか……」

 

「優花里さん、ひょっとしてまた?」

 

「はい!」

 

 そして優花里さんは前と同じように映像を流しだす。

 タイトル名は……、秋山 優花里のアンツィオ校潜入大作戦。なんか前よりも凝ってる……のかな?

 

『はい、今日はアンツィオ校に来ています。ワンパターンですいませんが、今回もコンビニ船を使ってうまく潜入することができました』

 

 前も思ったけど、着替えのシーンはいるのかな? これって八幡くんも見てるし恥ずかしくないのかな優花里さん。

 

『それにしても平日なのに屋台がたくさん出ていますが学園際かなんかでしょうか?』

 

 優花里さんの言うとおり、出店が所せましと並んでいる。

 

『あのぅ、私転校してきたばっかりでよくわからないんですけど、今日ってなんかのイベントでしたっけ?』

 

『いつもの日だよ』

 

『随分と出店多いですね』

 

『うちはいつもこんなもんだって、いろいろな部や委員会が片っ端から店だしてるの。うちの学校ビンボーだからね、少しでも予算の足しにしないと』

 

『そうでしたか、どうもであります!』

 

 そして画面が優花里さんに切り替わる。

 

『なんともこれは賑やかで楽しそうでありますね!』

 

 優花里さん楽しんでるなぁ、なんか私もアンツィオ高校に遊びに行きたくなっちゃった。

 

『はっ! 戦車を飾ってるお店があります!』

 

『アンツィオ名物鉄板ナポリタンだよ~。おいしいパスタだよ~』

 

 わぁー、ホントにおしいそう。

 

『あ、そこの彼女、食べていきな』

 

 これって何の動画なんだっけ? 私たちはたしかアンツィオ高校の戦車のことを知りたかったはずなんですけど……。いつの間にか違う何かに変わってるような?

 

『ますオリーブオイルはけちけちしなーい。具は肉から火を通す、今朝とれた卵をとろとろになるくらいに……。ソースはアンツィオ校秘伝トマトペースト、パスタの茹で上がりとタイミングを合わせて……はい、300万リラ!』

 

『え、えぇ~! いつの為替レートですか!?』

 

 優花里は慌てて財布の中身を確認してます。

 

『いや……300円』

 

 どうやらあちらの冗談だったようです。

 

『ではさっそく、……おいしいです!』

 

『だ~ろ~』

 

『ところで戦車って言えば新型が入ったって聞いたんですけど』

 

『なにいぃ? どこで聞いた?』

 

『あ……すみません』

 

『おめぇ通だね~。ここだけの話っつうか超秘密なんだけど……重戦車を手に入れたんだ!』

 

 超秘密なのに言っちゃうんだ……。

 

『聞いて驚け! ……えぇっと、イタリアのなんだっけ?』

 

『イタリアの重戦車といえばP40ですか?』

 

『そう、それそれ! P40をそれはもう気の遠くなるぐらい貯金しまくって、私らの代でようやく買えたんだ。アンチョビ姉さん……、ああうちの隊長なんだけど、もう喜んじゃって。コロッセオのあたりを走り回ってるよ!

  燃料もあんまねーのに!』

 

『ありがとうございます! ……なんかすごい街ですね。あっ、カルロベローチェです! 箱乗りしてますよ! まるで小さいかばさんチームであります!』

 

 そして優花里さんはさっきの人が言っていたコロッセオのほうに向かったみたい。

 

『わぁ~、コロッセオの中広いですね~』

 

 たしかに優花里さんの言う通り中はすごく広い。この中で練習とかやってるのかな?

 

『これが我々の秘密兵器だぁ!』

 

『おぉ!P 40の本物初めて見ました!』

 

 私も始めてみたけどすごい迫力……。これは相当手強そう。

 

『まぁこれさえあれば大洗など軽く一捻りだ!』

 

『現場は大変な盛り上がりです!』

 

『『『ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!』』』

 

『以上、秋山 優花里がお送りしました!』

 

 動画終わってテロップが流れ出す。最後のみんなが掛け声してたやつ、なんか優花里さんの声が混じってたような? 気の所為かな?

 

「ちょっと強そうですね」

 

「ちょっとじゃないだろ!」

 

「私P40始めてみました……」

 

「こりゃもう少しガッツリ考えないとだめだね~」

 

「そうだ! 比企谷はまた行ってたの?」

 

「ん? あぁ、結局また秋山のやつが来てたみたいだから意味なかったけどな」

 

「なら比企谷、貴様はなにしに行ったんだ?」

 

「強いて言うなら……」

 

「強いて言うなら?」

 

「飯がうまかったです」

 

「誰も味の感想等聞いとらんわ!」

 

 そっか八幡くんアンツィオ高校の料理食べたんだ。いいな~。

 

「そうか、ならまだ元気があり余ってるな……。西住、比企谷、お前たちに頼みたいことがある」

 

 

 ====

 

 

 ということで俺と西住はカエサルたちが住んでいる下宿先に向かっている。

 なんでもP40の資料があるとかで、それを取りに行けとのことだ。

 

「ここらへんか?」

 

「うん、たしか住所はここだと思うんだけど……あっ」

 

 西住が指さす方を見ると表札があり、そこにはあいつらのソウルネームが書かれていた。

 

「ここもソウルネームなんだ」

 

 なんかここまでくると感心するものがあるな。

 

「ごめんくださーい」

 

 西住が呼びかける。そうして一時待っていたら玄関が開いた。

 

「「「いらっしゃい」」」

 

 カエサルたちが住んでいる下宿は純和風のザ・日本とでもいうような木造建築二階立てだな。

 俺と西住はその畳の客間にいる。

 

「お茶入ったよ」

 

 なんとも個性的な湯呑だ。そこまでこだわるか、お前ら。

 

「ありがとうございます」

 

「わざわざすまんな」

 

「P40の資料はあまりないが……」

 

「こんなにたくさん」

 

 資料を持ってきてもらったのはいいんだが日本語で書かれていない……。

 

「英語じゃないぜよ」

 

「イタリア語……?」

 

 そしてカエサルが本の表紙のタイトルを読みあげる。

 

「「「「えー!?」」」」

 

「イタリア語読めたんだ!?」

 

「びっくりぜよ……」

 

「イタリア語とラテン語は読めて常識だろ」

 

 いやどこの常識だよそれは。

 

「常識じゃない!」

 

 ほら、左衛門佐さんもいってるだろ?

 

「図面やスペックはわかるからコンビニコピーをしよう。きりがないけどこんなものかな」

 

「どうもありがとう」

 

「ホントは知り合いがアンツィオ校にいるから聞いたほうが早いんだけど」

 

「あぁ、たしかにその手があったか」

 

「そんなのいたのか?」

 

「初耳ぜよ」

 

「八幡もいるんだな、アンツィオに知り合いが」

 

「ん? まぁな、知ったのが最近だが」

 

「どんなお友達なんですか?」

 

「小学校の同級生でずっと戦車道をやっている子だ」

 

「俺もなんか似たようなもんだな」

 

「え? 八幡くんも? ってことは知り合いって女の子……」

 

 なんか西住が考え出したんだが、どうしたんだ?

 

「そんな情報源があるなら最初から聞けばよかったのに」

 

 なんだろうか、エルヴィンのやつ拗ねてんのか?ちょっと言い方がツンツンしてる。いや、俺の勘違いかもしれんが。

 

「いや、敵が友達だからこそ正々堂々と情報を集めたいな私は」

 

 なんか耳が痛いな。俺なんて正々堂々からかけ離れているし、使えるもんはなんでも使うからな。

 

「なるほど友情は友情、試合は試合ぜよ」

 

「八幡くんもそんな理由なの?」

 

「俺か? いや、俺は根本的にできないからやってないだけだ」

 

 まぁ聞いたとして安斎が教えてはくれんだろうが。

 

「どういうこと?」

 

「連絡先を俺は知らない」

 

「え?」

 

「知り合いじゃないのか?」

 

「思いだしたのが最近でついでに名前も知ったのも最近だ」

 

 ついでに付け加えるなら昨日だ。

 

「それはどういう関係なんぜよ……」

 

「いやだから、知り合い?」

 

「なんで疑問形……」

 

「それで今日アンツィオ高校に行ったときに会ってな」

 

「「「今日!?」」」

 

「まさか隊長になってるとは思わなかったけどな」

 

「「「隊長!?」」」

 

「八幡くん、今さらっとすごいこと言ったよね?」

 

 ん?そうか?

 

「そうだ八幡、お前に聞きたいことがあるんだが」

 

「俺にか? なんだ?」

 

「いやあのボードゲームのことについてな」

 

「あぁ、あれなら私も聞きたいぜよ」

 

「なにが聞きたいんだ?」

 

「えっとだな―――」

 

 とりあえずカエサルたちの質問に答えて、俺たち戦車道の練習のために大洗学園に戻るのだった。

 



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やはり武部 沙織は料理が上手い

「んで、向こうの装甲はどんな感じ?」

 

「P40の前面はカバさんチームなら相手の有効距離の外から貫通可能です」

 

「心得た」

 

「んじゃあ、ぴよぴよの相手はカバさんチームだね」

 

「ぴよぴよ?」

 

「P40のことですか?」

 

「そうそう、ぴよぴよ」

 

 もっとなんか他に呼び名はなかったんだろうか? 呼んでて気が抜けるんだが。

 

「んじゃあ、ちょっと敵味方にわかれて練習してみよっか。ぴよぴよ役はどれがいい?」

 

「P40に比較的近いのはⅣ号ですね」

 

「じゃあ、あんこうがぴよぴよ、アヒルさんがカルロベローチェってことで」

 

「Ⅳ号と八九式を仮想敵として、模擬戦をやってみましょう」

 

「「「はい!」」」

 

 ということで、打倒アンツィオ高校に向けての大洗戦車道チームの練習が始まった。

 とりあえず俺は無線のスイッチを入れ、西住たちの練習状況をわかるようにしてから、いつも蝶野さんがいる高台へと向かう。

 別に蝶野さんに用事があるわけではなく、あそこの高台だと戦車の動きがよく見えるからな。ついでに言うと蝶野さんは今日はいない。

 あと俺が練習に参加しなくていいのとか聞かないでくれ。前にも言ったが、基本、俺の戦車は偵察しかできないのでこういう練習には参加しても足手まといにしかならない。

 もうちょっと俺が動かせるようになれば入っても大丈夫なんだがな。

 そうこうしていると、どうやら西住たちが動き出すようだ。

 

『どんな作戦で行きますか?』

 

『こちらに近づく車両をアヒルさんチームが邪魔します』

 

『射程に入ったら撃ってもいいんですよね?』

 

『はい』

 

『こっちは逃げるのか? 進むのか?』

 

『逃げます、隙があれば肉迫して、攻撃するのもありです』

 

『ではアヒルさん、こっち逃げるから妨害よろしく~』

 

 たぶんフラッグ車がP40になると睨んでのこういう感じにしたんだろうな。

 まぁ十中八九フラッグ車はP40だと思う。今日、安斎の浮かれようを見てきたからな。

 あと、ペパロニに聞いたら普通に教えてくれたのは安斎のやつには言わないどこう。うん。

 

『わかりました!』

 

『全開妨害走行! 機銃準備!』

 

『はい!』

 

 西住の指示を受け八九式が相手を煽るように蛇行運転を始め機銃で攻撃を始める。それに煽られて38⒯が隊列から飛び出す。

 八九式がそのまま煽りながらⅣ号とは違う方へと走り出し38⒯がそれを追いかける。たぶん河嶋さんが煽られてそのまま追いかけた感じか。

 残ったⅢ突とM3が西住たちのⅣ号を追いかけていてたが、途中でM3の運転が覚束ないせいでそのままはぐれたな。急こう配が激しい坂などはクラッチを上手く操作できないと戦車が進まないから、たぶんそのせいだろ。

 そして八九式と38⒯が同じところをグルグル回りながら牽制しあってる。

 一方の西住たちはなにやらカエサルたちと話し合っているな。Ⅳ号がⅢ突から離れていったから有効射程距離をおしえているんだろうと思う。

 聞く数字と実際で見る距離はだいぶ違うからな。ある程度、目視でだいたいの距離がわかるといろいろ便利だったりするので実戦では意外と重要になったりする。

 

『ま~て~!』

 

『いやです!』

 

『止めたければ力づくで止めればいいじゃないですか! ……なんちゃって』

 

『言ったな! こいつ!』

 

『なにやってんですか? 先輩?』

 

『バターになっちゃいますよぉ~♪』

 

 もうあっちは練習でもなんでもなくただの追いかけっこになってるな。

 八九式と38⒯がM3の周りをグルグル回りながら攻撃しあっているんだが……あと宇津木、お前はなんでそんなマニアックなネタを知ってるんだ?ちびくろサンボとかいまどきの若いやつらが知ってるわけがないんだがな。世代的に。

 んでもって俺が何をしているかというと、練習の時は初めの十分を毎回こうやって練習風景を観察するのが俺の日課だ。

 俺は基本的に一人で練習してるからな、こうやって観察することであいつらの今の実力を確認している訳だ。

 時々蝶野さんもいたりするので話したりするのだが、あの人なんと平塚先生の後輩だそうで、しかも戦車道を始めたきっかけが平塚先生の戦ってる姿に憧れてなんだと。

 平塚先生は戦車道で相当ブイブイ言わせてたみたいで、なんか戦車乙女として女子から熱烈な支持を得ていたらしい。

 その話を聞いて俺が思ったことは……違和感ねぇな、おい。だった。

 だって普通にあの人が戦車道やってる姿を想像できる当たり、教師なんかよりよっぽどそっちに向いていると思う。

 蝶野さんの話では突然戦車道をやめてしまったとのこと。

 あの人、辞める理由を言ってなかったんだな。たぶん男にモテないからやめるなんて言えなかったんだろう。

 そして突然やめてしまったことも加味して、なんか伝説になってるらしい。

 そうそう、蝶野さんなんだが、あの人は別に本当の教官でもなんでもないらしく、専門は戦車を整備管理することらしい。

 なんか言われて納得した。あんな擬音だらけの説明で教官なんておかしいと思ったんだよな。

 ちなみに戦車の乗り方を教えてくれるのは機甲科部隊の教官らしく、蝶野さんの所属する戦車教導隊は畑違いだそうだ。

 そんなことを考えていたらちょうど目的の場所に着いたな。

 さきほどの高台から移動して俺は今自動車部のガレージに来ている。

 

「すいません、比企谷ですけど。今大丈夫ですか?」

 

 奥からナカジマさんを含む四人の部員が出てきた。

 まずはこの自動車部のリーダーのナカジマさん。雨天の外出が好きらしいく「雨はナカジマ」とか呼ばれているそうな。

 次はスズキさん。クセ毛と褐色肌が特徴で、夢はプロ戦車道チームのオーナーになることらしい。

 そして三人目、ホシノさん。薄めの褐色肌と自動車部ツナギの上着を腰に巻いたタンクトップ姿が特徴。 運転が得意でコーナリングに自信があり「大洗一速い女」と呼ばれている。

 そして最後にしてこの中で唯一の二年生、ツチヤ。そばかすが特徴。金曜日のドリンクバーが好きなことから「ドリンクバー・キンヨウビ(略してドリキン)」のニックネームで呼ばれ、ドリフトも好き。

 俺がなんでこんなにこの人たちのことを知っているかというと。

 最初に俺の戦車を整備してもらって以来、俺はちょくちょくこの自動車部に顔を出している。その際には差し入れのマッカンは絶対に忘れない。差し入れに持って行ったときえらく気に入ってもらえたのでそれ以降かかさず持ってきている。

 戦車の相談とかしているうちにいつの間に気に入られたようで、マッカンを飲みながら話すことが多く、それでこんなにも(俺にしては)詳しくなった。

 

「どうしたの比企谷? 今日はどんな要件だい?」

 

「えっと、今日は……砲弾の装填時間短縮と、砲弾を積み込み数をどうにかして増やしたいんですけど」

 

「そうだねぇ、砲弾は今の状態じゃどうやっても無理かもだけど、装填時間短縮ならなんとかなるかもね」

 

 やっぱり砲弾のほうは無理か。

 

「装填時間短縮のほうはどうにかなるんですか?」

 

「ほら基本的に戦車は二人乗り以上が基本だから、こういう補助機具を使わないんだけど……」

 

 そしてナカジマさんがガレージの奥からなにやら出してきたな。

 

「これがそうなんですか?」

 

「うん、そう。あくまで使用用途は小学生とかの装填補助機具かな」

 

 へぇ、そういうのがあるのか。

 砲弾は重いからな。小学生が装填しようとなるとなかなかにきついだろう。

 

「たぶん比企谷だったら片手で装填できるようになるんじゃないかな?」

 

 それなら狙いながら装填できるようになるから、たしかに装填時間短縮になるな。

 これで俺ももうすこし動けるようになればいいんだが。

 

「ありがとうございます」

 

「気にしなくていいよ、たいしたことじゃないし。それに比企谷にはMAXコーヒーの差し入れとか時々手伝いとかしてもらってるしね」

 

 なんてナカジマさんは言うが。正味俺たちが戦車の破損なんて気にせずに戦車を使えているのはこの人たちのお陰なのだからそれぐらいはやらんとな。

 縁の下の力持ちどころの話じゃないしな。

 この人たちの実力はチートじみており、母港に寄港した際には陸の整備工場で手伝いもしているそうで。その時は店の主人曰く通常の5倍くらい仕事がさばけるとのこと。ちなみに報酬としてオイルやグリスなどの整備道具を現物支給でもらっていて(相当数貯まっているらしく、寄港の都度必要分持って行っている)。なお、戦車の部品は旋盤で自作しているらしい。マジパネェ。

 そしてこの人たちはいつ休んでるんだ?学校行って自動車や戦車の整備とかやってたら時間がなくなると思うんだけど。不思議だ。

 そういや戦車といえば。

 

「回収してもらった戦車どんな感じなんですか?」

 

「あぁ、あれね、たぶん相当にピーキーな戦車にはまちがいないだろうね」

 

「そんなにですか?」

 

「たぶん修理しても、すぐにまた故障しちゃうんじゃないかな?」

 

 それはもはやピーキーとかじゃじゃ馬のレベルを越しているんじゃ……。

 

「え、それって使えないんじゃないですか?」

 

「まぁ、普通ならね」

 

 ナカジマさんはなんとも得意げな顔でこちらを見てくる。

 

「会長さんにはもう言ってるんだけど、この戦車、私たちが乗ろうと思ってるんだ」

 

 待てよ、ということはまさか。

 

「もしかして壊れたらすぐに修理するつもりですか?」

 

「そうそう、よくわかったね」

 

 簡単そうにナカジマさんは言ってるが普通はそんなことはできない。この人たちだからできる芸当だな。

 

「でも当分は修理かな、すぐには戦力としては動けないからごめんね?」

 

「そんなことないですよ、十分ですって」

 

「そう?」

 

「戦車修理してもらってるのにそれ以上は求めたら、それこそ罰が当たりそうです」

 

 いやしかし、ホントにすごいなこの自動車部。

 サンダースや下手すると黒森峰のメカニックなんて比にならない気がしてきたな。いやまぁ、あちらさんの腕がどれほどかは知らんけど、ナカジマさんたちのレベルがそうひょいひょいとはいないだろ。

 

「じゃあ俺はそろそろ戦車道の練習に戻ります」

 

 俺はナカジマさんたちに挨拶をして練習へと向かう。

 

 

 ====

 

 

「よし! 練習終わり! 解散!」

 

「「「お疲れさまでした!」」」

 

 そして今日の練習が終わった。

 

「お腹空いた……」

 

「どこかで食べていきましょうか?」

 

「食べる……」

 

「あ、せっかくならイタリア料理のお店に行きませんか?」

 

「相手がアンツィオだから?」

 

「だったらたまにはうちに来る? パスタを買ってみんなで作ろうよ!」

 

 どうやら西住たちは前みたいに料理を作るみたいだな。

 晩飯か、俺もさっさと帰って飯でも食うかな。

 そして俺が帰ろうとしたらいきなり武部のやつに呼び止められた。

 

「比企谷? どこ行こうとしてるの?」

 

 いや、どこって。

 

「自分の家に帰るに決まってるだろ」

 

「比企谷も私たちと一緒に料理を作ろうか?」

 

「は? いや、めんどくさいから却下で」

 

 いきなりどうしたんだ? 武部のやつ。

 

「この前の時に話ができなかったからいいでしょ?」

 

 この前と言うと、戦車探索しにいって遭難したやつか。たしかにあの時なんか話があるって言ってたな。一年生たちがパニくってたからそれどころじゃなかったけど。

 それでも俺は家に帰らせてもらうとしようか。なんか嫌な予感がする。俺のこういう時の悪い予感はだいたい的中するのでそれに従うことにしよう。

 

「いや、小町がもう飯作ってるから今日は無理だ」

 

 我ながら完璧な言い訳だ。これなら武部もおとなしく引き下がるだろう。

 

「あ、そう言うと思って、小町ちゃんに確認は取ってるから」

 

 すでに退路はなかった。完璧とはなんだったのか、ガバガバじゃねーか。というか小町ちゃん? なんであなたGOサイン出したの? お兄ちゃん的にはポイント低いよ?

 もうこれ以上は俺の言い訳など通じなさそうだな。というか小町を言い訳に使って失敗している時点で俺にはそれ以上がないから武部の言うことに従うしかないか。

 

「……はぁ、わかった」

 

「なんでそんな嫌そうなのよ! ……それにこの前のお礼の意味もあるから」

 

「お礼ってあのヘリのことか?」

 

「うん」

 

「気にしなくていいだろ、あんなの」

 

「私がしたいだけだから、それに麻子だって感謝してるんだよ?」

 

 冷泉がねぇ。まぁいいか、ちゃっちゃと済ませて家に帰れるようにするか。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 そして武部宅へと俺たちは来たのだが。

 

「あの、沙織さん? 私たちなんで正座させられてるの?」

 

 俺たちは今、武部と冷泉を抜かした全員が何故か正座で座らせられている。

 

「わたくしたちなにかしたんでしょうか?」

 

 というかさっきお礼とか言ってなかった? それが来た途端正座とか……。別に俺はそんな趣味があるわけじゃないからご褒美でもなんでもないんですが。

 

「た、武部殿?」

 

「どうしたの? ゆかりん?」

 

「いえ、あの、料理は作らなくていいんですか?」

 

「それはこの話が終わってからね」

 

 話ということは今、正座させられている四人に共通点があるわけか。なんかあったか? 正味俺だけならいつのまにかやらかしてたりするからわからんくもないんだが、西住たちもいるからな。

 

「で、話ってなんだよ」

 

「……この前」

 

「この前?」

 

「みぽりんたち、比企谷の家に泊まったんでしょ……?」

 

 あぁ、そういうことか。たしかにそれならこの面子に納得がいくな。問題はなんで正座させられているかなんだがな。

 

「でも沙織さん? そうだとしてもこの正座の意味がよくわからないんですけど……」

 

「華たちはもうちょっと考えて行動しようよ! いくら小町ちゃんがいるからって男の人の家に泊まるのはダメでしょ!」

 

「え? でも八幡くんだし……」

 

「みぽりん甘いよ! 男の人はみんなオオカミなんだから!」

 

「おおかみ? それってどういうことなの?」

 

 西住よ、その返しはいかんだろ。たぶん西住は本当にわからなくて武部に質問したんだろうが。その質問をされた本人は顔を真っ赤にしている。

 

「え、えぇっと、その……と、とにかく! ダメなものはダメなの!」

 

 武部のやつ誤魔化したな。

 

「でもパジャマパーティー楽しかったですよ?」

 

 五十鈴のやつは会話がすでにずれている。今はそんな話はしてないぞ。

 

「あと比企谷殿の料理もおいしかったですし」

 

「え? 料理?」

 

「うん、八幡くんが作ってくれたんだよ?」

 

「そ、そうなの?」

 

「あと小町殿に比企谷殿のこととかいろいろ聞けました!」

 

 もう聞いててわかると思うが、話が違う方へと完全に脱線している。武部のやつ、西住たちの話を聞くのはいいが自分がなにをしようとしているのか忘れてるな、確実に。

 すると不意に俺の服が引っ張れた。ん?なんだ?

 

「比企谷……」

 

「どうした?冷泉」

 

「……その、なんだ、この前は世話になった。……ありがとう」

 

「………」

 

「なんだ、その反応は?」

 

「いや、ちょっとな」

 

 まさか冷泉のやつにお礼を言われるとは思わんかった。てっきり俺のことを嫌ってると思ってたんだが、違うのか?

 

「それよりばあちゃんは大丈夫だったか?」

 

「うん、病院に行ったときは寝てたけど、起きたらすごく元気だった」

 

「……そうか」

 

「それよりお腹空いた……」

 

 たしかにな。

 

「おい、武部!」

 

「え? なに? 比企谷?」

 

「え? なに? じゃないんだが、いい加減飯作ろうぜ」

 

 俺の一言でやっと料理が開始された。

 というか武部のやつ前にも思ったが料理出来るんだよな。しかも今回はイタリア料理だし、どんだけレパートリー持ってるのだろうか?

 武部は前回のことを踏まえ各自の役割分担を決めながら料理をしているな。前は酷かったからな。

 俺はというと今回は手伝いをしていない。今回は完全にお客様だそうで、こうやって武部たちの料理風景を眺めているだけだな。

 しかしそれはそれで暇だな。といってぶしつけに部屋を眺めるのもな。

 そう思っていたら気になるタイトルの本があったので手に取る。タイトルは「ハムになる張‐改訂版‐」?

 

「ハムになるのか……」

 

 どういうことだ?中身を見ようと思ったらちょうど料理ができたようで。

 

「できたー!」

 

 テーブルにイタリア料理が所狭しと並べられる。

 

「おいしそうですね」

 

「カルパッチョなんて初めて作りました!」

 

「カプレーゼなんて初めてしったよ」

 

「お腹空いた……」

 

「じゃあ、食べちゃおっか!」

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

「……いただきます」

 

 俺は料理を食べながら前から思っていたことを武部に聞く。

 

「なぁ、武部」

 

「ん?なに?」

 

「なんで料理をするときは眼鏡なんだ?」

 

「あ、それ、私も気になってました」

 

「どうしてなの、沙織さん?」

 

「男の人ってこういうギャップ? みたいのに弱いって書いてあったから、料理の時にするようにしてるんだぁ~」

 

 またあの結婚情報誌か? あれ読まない方がいいんじゃないか? むしろ近づくどころか遠ざかってるだろ、あれ。

 

「披露する相手はいるんですか?」

 

 やめてあげなさい五十鈴さん、残酷なことを聞くもんじゃない。

 

「……まだいない」

 

 ほら、武部のやつが目に見えて落ち込んでいる。

 

「でも実際そういうギャップってどうなんですか? 比企谷殿」

 

「なんで俺に振るんだよ、秋山……」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか別に」

 

「ギャップ云々は知らんが、普段から眼鏡かけたらいいんじゃないか? 似合ってるし、モテると思うぞ?」

 

「え?」

 

「比企谷殿にしては素直な意見ですね」

 

 俺にしてってはなんだ、俺にしてっては。

 

「俺はただ客観的な意見を言ったまでだ」

 

「よかったですね武部殿! 眼鏡似合ってるって……武部殿?」

 

 なんだ? 武部のやつ、急にボーッとして。

 

「え? なに? ゆかりん」

 

「い、いえ、どうかしたんですか?」

 

「う、ううん、なんでもないよ! それよりほら、どんどん食べて食べて!」

 

「そ、そうですか?」

 

 そのあと俺たちは食事を終えてそのまま解散となった。

 結局、武部のやつはなんだったのだろうか?時々俺の方を見てるかと思えば顔を反らすし。

 もしかして俺の顔になんかついてたのか?いや、それだと西住たちが教えてくれるか。よくわからんな。

 

 

 ====

 

 

 そして次の日。

 俺は昼休みになったからいつものボッチプレイスへ向かおうと廊下に出たら、一人の女子生徒がなんか西住たちに声をかけようとして失敗してるのが見えた。なんだあれ?

 

「また声かけれなかった……。もうダメだ、チキンハートなボク……。ま、次はきっと頑張るんだ、ねこにゃー!」

 

「そう言ってるうちはたぶん無理だろ」

 

 そしてたぶんただのコミュ障。

 

「え!?」

 

「西住たちになんかようか?」

 

 とりあえず西住に用があるってことは戦車道に関係してるかもしれないし、話を聞くだけ聞こうと思って声をかけたんだが。なんでこいつ猫耳なんかつけてるんだ?

 

「え、えっと、そのぉ……」

 

「別にゆっくりでいいから、答えるの」

 

 たぶん急に話しかけられてなに言ったらいいか分かんないんだろう。俺もその気持ちはよくわかるので下手に急かしたりはしない。

 

「あ、ありがとう、えっとボク、戦車道に入りたくて」

 

「それで西住に話しかけようとしてたのか?」

 

「う、うん」

 

「ちなみに経験は?」

 

「り、リアルでの操縦はしたことないけど、ネットなら何度もやってるから動かし方はわかるよ」

 

 ふむ、なるほど。

 

「とりあえずだ」

 

「う、うん」

 

「体力をつけろ」

 

「え?」

 

「ゲームばっかで引きこもってんだろ? リアルの戦車はそうとう体力使うから今のうちから鍛えとけ」

 

「ボ、ボクが戦車道に入ってもいいの?」

 

 あの会長だし二つ返事でOKするだろ。

 

「たぶん大丈夫だ。それとできるならほかにメンバーを集めてくれると助かる」

 

 一人じゃ結局戦車が動かせないしな、なるべく二人以上入ってくれるとありがたい。

 

「ボクと同じような人がいないかネット仲間に聞いてみるね」

 

「そうか、あと今は戦車がないから入ってもすぐには乗れないと思う」

 

「わ、わかった」

 

 とりあえずこれで多いにしろ少ないにしろ人は増えるな。となると問題は戦車か。たしか西住たちが見つけたルノーは会長がもう乗るやつを頼んでるって言ってたし。俺たちが見つけた戦車は自動車部の人たちだしな。

 

「メンバーが集まったらとりあえず来てくれ」

 

「りょ、了解!」

 

 とりあえず話はこんなもんか。さてと昼飯に行くか。

 

「あ、あの! 名前を……!」

 

 そういや言ってなかったな。

 

「比企谷だ」

 

「比企谷くん……。ボクは、ねこにゃーです」

 

「いや、本名の方で頼む」

 

「ね、猫田です」

 

 猫田ね。

 

「じゃあな、猫田」

 

「う、うん、明日の試合頑張ってね、比企谷君」

 

「おう」



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試合は勝ち進み、しかし彼はいまだに進めない

 昔のことを思い出す。

 あの頃は私は戦車道がてんでダメで、なかなか試合で勝てずにいた。

 どうやっても勝てなかった私がとった手段が、自分の学校にいるやつに教えてもらおういう単純なものだった。

 けど、私の学校にはまともに戦車道をやってるやつがおらず、唯一戦車道が上手かったのが当時小学一年生だった小町がいたのだけど、上級生としてのプライドが邪魔して小町に教えをこうことはできなかった。

 どうしても戦車道を上手くなるのをあきらめることができなかった私は、最終手段に出る。

 学校で噂になっていた「男子で戦車道をやっているやつがいる」という噂を頼りに、私は藁にもすがる気持ちでそいつのクラスに行ったのだ。

 その噂になっていたあいつの第一印象はなんか暗いやつだな、と私は思った。正直あまり話したいとも思えなかったけど、背にはらは変えられなかったし。

 しかしあいつはむかつくことに「めんどくさい」の一言で私のお願いを断った。

 そこからは私とあいつの鬼ごっこだ。私はひたすらにあいつに戦車のことを教えろと追いかけ回していた。 今思うと我ながら何やってたんだろうか? 授業中以外はひたすらに男子を追いかけまわすとか、あの時の自分はなにを考えていたのか……いや、なにも考えてなかったな。

 数日経ったある日、あいつはいつも以上に目を腐らせてこう言ったのだ「戦車のことを教えるからもう追いかけるな」と。

 小町にあとで聞いたんだけど、夢に出るほどにうなされていたらしい。ツインテールのお化けと言っていたとか。さすがにあの時はやりすぎたのかもしれない。

 そしていざ教えてもらいだすとそれはそれで問題が発生した。それはあいつと私の知識の差があまりにもあったのだ。

 今ならわかるけど、あの時のあいつの考え方は小学生に理解しろと言うのが土台無理なぐらいのレベルだ。

 だから何度も作戦を考えて持っていっても、あいつにはダメ出しされるばかりで、小学生心に楽しくはなかった。

 でもあいつは、いくら私がへんてこりんな作戦を考え付き持っていも見ないということはせず、きちんとダメ出しをしてくれた。

 私が言うのもなんだけど、普通ここまで言われてできなかったら教えてるがわはやる気がなくなると思う。

 けど、あいつはそんな私を見捨てることなく、私が行く限りちゃんと教えてくれた。

 

 最初は教えてもらうのが嫌で嫌でしょうがなかった。

 馬鹿にされるのが嫌で、あいつをギャフンと言わせるために頑張っていた。

 でもいつかだったか、ふと見たあいつの横顔はいつもの気だるそうでやる気のない顔じゃなくて、すごく真剣な顔で。その顔は……えっと、すごく……かっこ良かった……と思う。

 私がボーッとしていると勘違いしたあいつにチョップを食らったけど……。

 

 

「――ドゥーチェ、どうかしました?」

 

 いきなりしゃべらなくなった私を心配してか、カルパッチョが声をかけてきた。

 

「いや、大丈夫だ。少し考え事をな」

 

「……もしかして、比企谷くんのことですか?」

 

 カルパッチョは少しからかうような調子でそう言ってくる。

 

「な!? 違うぞ! 違うからな!?」

 

 あ、あいつのことなんて考えてない!

 

「アンチョビ姉さん、もう少し素直にならないと」

 

 ペパロニのやつがすごいニヤニヤ顔になっている。チョップするぞ、お前。

 

「……なにがだ?」

 

「もうわかってるくせに。あんまりもたもたしてると誰かに盗られちゃますよ?」

 

 あいつが? それはない。だってあんなめんどくさい性格を好きになるやつなんてそうそういないはずだ。

 

「今はそんな話より戦車道のほうが大事だろ。ペパロニ、ちゃんと作戦わかってるんだろうな?」

 

 今まで何回も言ってきたけど、念には念を押しとかないと。

 

「……えっと、なんでしたっけ?」

 

「このお馬鹿! マカロニ作戦のデコイは絶対全部使うなよ? 二枚は予備だからな!」

 

「あ、そうでしたそうでした。大丈夫! 任せてくださいよアンチョビ姉さん!」

 

 本当に大丈夫なのか? ……不安だ。

 

 

 ====

 

 

『これより、二回戦、第四試合、アンツィオ高校対大洗学園の試合を開催致します』

 

 試合開始前のアナウンスが流れたな、そろそろか。

 しかし今回はやたらと出店が多いな。ところせましにアンツィオ高校のやつらが出店を出してる。

 あいつらの食事への情熱はやばいからな、料理の味はたぶん店で出しても大丈夫なレベルだと思う。

 

「八幡くん、ちょっといいかな?」

 

 俺は西住に呼ばれ、最後の作戦の確認を行う。

 

「あぁ、この作戦のままでいいだろ」

 

 とりあえず俺たちは相手の動きにあわせて臨機応変に対応していくしかない。アンツィオ高校はノリと勢いでくるからな、正直どういうふうに攻めて来るかわからんし。

 安斎のことだから奇抜な作戦とかやってきそうだが、こればっかりは読めんな。

 

「たのも~!」

 

 高らかな掛け声と共に、安斎とカルパッチョがやってきた。

 

「おー、チョビ子」

 

 会長さんが手を振りながら安斎に近づいていく。あの二人知り合いだったのか。

 

「チョビ子と呼ぶな! アンチョビ!」

 

「で、何しに来た? 安斎」

 

 河嶋さんも知ってるのか。もしかして生徒会チームは全員知り合いなのか?

 

「ア・ン・チョ・ビ! 試合前のあいさつに決まってるだろ」

 

 そういやこういうところはきっちりしてるんだよなこいつ。

 

「私はドゥーチェ、アンチョビ! そっちの隊長は?」

 

 どうやら目的はうちの隊長か。

 

「西住!」

 

「は、はい!」

 

 河嶋さんに呼ばれ西住が安斎の前にやってくる。

 

「ほう、あんたがあの西住流か」

 

「西住 みほです」

 

「ふん! 相手が西住流だろうが島田流だろうが私たちは負けない……じゃなかった、勝つ!」

 

 またえらく随分と強気だなこいつ。

 

「今日は正々堂々勝負だ!」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 西住と安斎はの二人は熱い握手を交わしている。

 そうこうしていると、カルパッチョがなにかを探しているのかキョロキョロと周りを見ている。

 

「どうした?」

 

「あ、比企谷くん。えっと、たかちゃんはどこかな?」

 

 そういうことか。

 

「ついてこい、連れってやるよ」

 

 ということで歴女チームの場所へとカルパッチョを連れてきた。

 

「ひなちゃん!?」

 

「たかちゃん! 久しぶり~!」

 

「ひなちゃん、久しぶり!」

 

 二人は近づき両手をつなぎ握りあう。

 

「たかちゃん本当に戦車道始めたんだねぇ、ビックリ!

  ね? どの戦車に乗ってるの?」

 

「ひみつ~♪」

 

「え~、まぁそうだよねぇ、敵同士だもんねー♪」

 

 うん、百合百合してるな。いいぞもっとやれ。

 というかカエサルのやつだいぶ性格が変わってないか?

  あっちの方が素でいつものやつが演じているんだろうか?

 それを見ていた他の歴女チームは。

 

「たかちゃんて誰ぜよ……」

 

「カエサルのことだろ?」

 

「いつもとキャラが違う……」

 

 もうキャラって言っちゃってるよエルヴィンのやつ。

 

「でも今日は敵でも私たちの友情は不滅だからね?」

 

「うん! 今日は正々堂々と戦おうね!」

 

「試合の前に会えてよかった、じゃあもう行くね? バイバイ」

 

「ばいばい!」

 

 二人は手を振りながら名残惜しそうに別れた。

 そしてカエサルはここに自分以外がいるのを思い出したんだろう、ハッとした顔になってこっちを振り向いた。

 

「た~かちゃん」

 

「カエサルの知られざる一面発見だな」

 

「ひゅうひゅう~」

 

「………」

 

「なんだ……! なにがおかしい! あと八幡、なんだその顔は! なにか言いたそうだな!」

 

 ちょっ、なんで俺だけに言うんですかね。他のやつらも同じような顔してただろ。

 

「言ってもいいのか?」

 

 言っていいんなら言いますよ?

 

「い、いや、聞かないどく……」

 

 賢明な判断だな。

 

「八幡くん」

 

 なにやら俺に用があるのか、西住がこっちに来たな。

 

「どうした?」

 

「うん、なんかアンチョビさんが話があるって」

 

「俺にか?」

 

「そうみたい」

 

 なんだ? 俺に話とか。まぁ行くか。

 

 

 ====

 

 

「なんだ安斎、俺になんか用か?」

 

「やっと来たか、比企谷」

 

 さっきいたにはいたんだがな。

 

「あれ? 比企谷ちゃん、チョビ子と知り合いだったの?」

 

「一応ですけど」

 

「へぇ~」

 

 会長は俺と安斎を交互に見たあと意味深な目線を送ってきた。

 なんですかその目は、言っときますけど会長が考えてるような関係じゃないんで俺たちは。

 とりあえず安斎の話を聞くか。

 

「で?」

 

「え、えっと、その、あのだな……」

 

 なんだこいつ? もじもじしだして。

 

「安斎、トイレなら試合前にいっとけよ?」

 

 洩らしたら大変だからな。

 何か周りのやつらの視線が一気に冷たくなったような……。あ、俺のせいですね。

 

「ち、違う! と、とにかく比企谷、試合が終わったら私のところに来い!」

 

「は? 今じゃダメなのか?」

 

「い、今はダメだ! ……恥ずかしいし……」

 

 なんで終わった後に行かないといけないんだ……めんどくさすぎる。

 

「絶対来いよ! 絶対だからな!」

 

 安斎よ、それは逆に来るなと言ってるのか?

 そして安斎たちはそのまま自分たちの陣営に戻っていった。

 というか俺は行くともなんとも言ってないんだがな。これって行かないといけないの?

 

「いや~、いろんな意味で面白くなってるね~」

 

「なんであなたがわくわくしてるんですかね……」

 

「とりあえず比企谷ちゃん、呼ばれたんだからちゃんと行くようにね~」

 

 会長さんに念を押されてしまった。うむ、じつにめんどくさい。めんどくさすぎて帰りたくなってきたな。いや帰らないけどさ。

 

 

 ====

 

 

 大洗学園、アンツィオ高校共にスタート位置に着きそしてスタートの合図が鳴る。

 

『試合開始!』

 

『パンツァー、フォー!』

 

『Avanti!』

 

 互いの戦車が一気に動き出し、戦車道二回戦第四試合が始まるのだった。

 

 

 ====

 

 

『いけいけー! どこまでも進めー! 勝利を持ち得るものこそがパスタを持ち帰る!』

 

『最高っすよアンチョビ姉さん! てめーら、もたもたすんじゃねーぞ!』

 

『『『おおぉーーー!!』』』

 

『このペパロニに続けー! 地獄の果てまで進めー!!』

 

『『『いえぇーーーい!!』』』

 

『よし、このままマカロニ作戦開始!』

 

『カルロベローチェ各車は、マカロニ、展開してください』

 

『オーケー! マカロニ特盛でいくぜぇ!』

 

 

 ====

 

 

『先行するアヒルさんとボコは状況を教えてください』

 

『十字路まであと一キロほどです』

 

『今のところは問題はないぞ』

 

『十分に注意しながら街道の様子を報告してください、開けた場所に出ないよう気を付けて!』

 

『了解!』

 

『そっちも気を付けろよ』

 

 先程の通信を聞いた通り、現在磯辺たちと俺が先行して十字路に向かっている。目的は偵察と進路の確保だな。

 相手がどう出てくるかわからない以上、現場の状況で相手の作戦を考えるしかない。

 そう思うとアンツィオ高校と俺たちの戦い方は似たような感じがする。

 

 そして山道を走り続けて俺たちは街道が見渡せる場所へと着いた。

 

『街道手前に到達しました! 偵察を続けます!』

 

 とりあえず双眼鏡であたりを確認するか。

 

「あっ!」

 

 どうやら磯辺がなにかを見つけたようだ。

 

「なんかあったか?」

 

「比企谷、あっちを見てみて!」

 

 俺は磯辺が指さす方を見る。そこには……CV33一両とカルロベローチェ三両がすでに十字路に陣取っていた。

 ……早いな。

 

『CV33一両とカルロベローチェ三両がもう十字路を陣取ってる』

 

『場所は?』

 

『十字路の北側だ』

 

『十字路の北側ね』

 

『それなら南側から突撃だ!』

 

 河嶋さん、話はそう簡単じゃないんですよ。

 

『でも全集形態の可能性がありますよ? 河嶋さん』

 

『アンツィオだぞ!? ありえん! ここは速攻だ!!』

 

『突撃いいね~』

 

 ありえない、か。まぁたしかにそうなんだが、かといって決めつけるのは時期尚早だろう。まだ相手の動きもわからないうちから下手に動くのは得策なじゃい。

 

『わかりました、十字路へ向かいましょう。ただし、進出ルートは今のままで行きます』

 

『いいのか? 西住?』

 

 俺は西住だけに無線を繋げる。

 

『うん。とりあえずはウサギさんチームのみ先行でショートカットしてもらって、それにまだP40の所在もわかってないし、私たちはフィールドを抑えながら十字路に向かうよ』

 

『わかった』

 

 動き出すのは一年生チームが何かを発見次第か。

 

「磯部! 相手に動きはあるか?」

 

「ううん、それが全然」

 

 なんかおかしくないか? あのアンツィオのやつらがじっとしていられるんだろうか? それになんか変な違和感があるんだが、なんだ?

 

「うーん、動きがないな……」

 

「エンジンも切ってますね……」

 

 佐々木がなにか重要なことを言った気がするな。

 動いてないエンジン、先程から動きがない相手……安斎。ん? なんで今安斎が出てきたんだ? そんなの今全然関係が……。いや、ちょっと待て、安斎、安斎か。

 あと少しでなにかわかりそうなになった時。

 

『街道南側、敵発見! すみません、見られちゃったかも』

 

『発砲は?』

 

『まだありません』

 

『戦闘は避けて下さい』

 

『わかりました』

 

 なんというか、らしくない。先程からこのフィールドの一番の要所が抑えられている。いや、それはいいんだが、その場合だと持久戦か、わざと中央突破をさせ俺たちを包囲するつもりなのか、いずれにせよノリと勢いからかけ離れている。

 あいつがそんなに大人しく待つやつか? 小学生の頃の作戦とかそれこそ……作戦……? ……いや、まさか。

 俺にある一つの考えが生まれた。

 もしこの考えが当たってるとなるとこのままだとダメだな。

 そしてもし当たってたら当たってたらでそれはちょっとどうなんだ? とりあえず言えることは、やはり安斎は馬鹿である。この一言に尽きる。

 

『ウサギさん、相手の正確な情報を教えてください』

 

『カルロベローチェ三両、セモヴェンテ一両が陣取っています』

 

 数に特段おかしいところはない、となると。

 たぶんこのままだと西住たちは動くに動けないはずだ。そのまえにこっちでどうにかするか。

 

「おい、磯辺!」

 

「なに?」

 

「バレーボール、今あるか?」

 

「え? あるにはあるけど……なにをするんだ?」

 

「とりあえず確認したいことがあるから手伝ってくれ、それとサーブが上手い奴を一人」

 

「なにをするんだ? 一体」

 

「まぁ、とりあえずついてきてくれ」

 

 ちなみに戦車の搭乗員が全員降りてしまうとその戦車は失格となってしまうので俺の戦車には佐々木に乗ってもらっている。

 

 そして俺たちは戦車を止めている場所とは少し離れた所へと来た。もし間違っていたらの保険だな、一応。

 

「近藤が一番私たちの中でサーブが上手いよ!」

 

「えっと……。それで比企谷先輩、私たちはなにをすれば?」

 

 近藤に今からやってもらうのは簡単なことだ。

 

「あそこに相手の戦車がいるだろ?」

 

「え? あ、はい」

 

「あれをバレーボールで攻撃してくれ」

 

「あ、なるほど、そういう……って、え!?」

 

「もしかしてできそうにないか?」

 

 ここから結構距離があるからな。無理そうなら違う手段を考えないといかんな。

 

「え、えっと、できるとかできないとかそういう話じゃなくて……」

 

「じゃあできるんだな、よろしく頼む」

 

「は、話が勝手に進んでる!? せ、説明をお願いします!」

 

「あれ? 俺言ってなかったっけ?」

 

「言ってませんよ!」

 

「お、おう、それはすまんかった、いいか?」

 

 そして俺は磯辺と近藤に俺が何をしようとしているのか説明した。

 

「え? ホントですか? それ?」

 

「あぁ、たぶんな」

 

「よし、近藤! 日頃の特訓の成果を見せるときだ!」

 

「きゃ、キャプテン!? なんでそんなにやる気なんですか!?」

 

「あんまり時間がないかもしれん、急ぐぞ」

 

「も、もう、どうなっても知りませんからね私!」

 

「そん時は俺が責任とるから気にすんな」

 

「じゃあ、もし近藤が失敗したら比企谷はバレー部に入ってもらおうか」

 

「いやいや、女子の中に男が入ってどうするんだよ……」

 

「じゃあコーチってことならどう?」

 

「ふむ、それなら」

 

「なんで二人して私が失敗する前提で話してるんですか!」

 

「冗談だ、気にするな」

 

「もう絶対に当てて見せますからね私!」

 

 そして近藤は有言実行どおり戦車目がけてスパイクを打ち見事目標に着弾、そしてその戦車は文字通り倒れた。後ろに。

 やっぱりか。

 

「ほ、ホントに偽物だったんですね」

 

 そう、先程から俺たちが見ていた戦車はデコイ、つまるところ囮だ。

 そして十字路に囮を置くということは俺たちをここに引き付けて包囲するつもりなのだろう。

 北側がこうなっているならたぶん南側も一緒だろうな。

 相手の作戦がわかったんならやることは一つ、反撃だ。

 

「でも比企谷先輩はなんでわかったんですか?」

 

「ん? あぁ、それはだな」

 

「それは?」

 

「俺が知ってたからだよ」

 

 俺の答えに近藤は頭に?マークを浮かべている。

 そう俺はこのやり方を知っていたのだ。え? いつからって? もちろん、小学生の頃からだ。

 このやり方はあいつが俺に持ってきていた作戦の中にあったのだ。その当時の俺はこんなの引っかかるかと突っぱねていたが、やられると意外とわからんもんだな。

 とりあえず西住に連絡だな。

 

『西住』

 

『どうかしたの?』

 

『実はな―――』

 

 西住に今の状況を説明する。

 

『もしかすると南側もデコイかもしれん』

 

『わかった。ありがとう八幡くん』

 

『あいよ』

 

 さて俺たちも戦車に戻るか。

 

「磯部、そろそろ戻るぞ」

 

「わかった、近藤!」

 

「は、はい!」

 

 俺と佐々木の入れ替わりは割愛させていただく。

 そして西住から無線が入る。

 

『八幡くん、南側もデコイだったよ』

 

 よし、ならあとは……。

 

 

 ====

 

 

「あっはははは! 今頃あいつら十字路でビビッて立ち往生してるぜ? 戦いは火力じゃない、オツムの使いようだ」

 

『ペパロニ姉さん!』

 

『なんだ?』

 

『大変です! モーリスと八九式が!』

 

『なんでバレてんだ? まぁいいや、ビビってんじゃねー! アンツィオの機動力についてこられるかっつーの! シカトしとけ!!』

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 遅い……。いつまで待ってもペパロニたちから連絡が来ない。どうなってるんだ?

 

『おい! マカロニ作戦はどうなっている?』

 

『すみませーん! それどころじゃないんで後にしてもらっていいですか?』

 

 ん? どういうことだ?

 

『なんで?』

 

『八九式、モーリスと交戦中です! どうしてバレちゃったのかな~?』

 

『十字路にちゃんとデコイ置いたんだろうな!?』

 

『ちゃんと置きましたよ! あ、予備二枚はちゃんと使ってないですよ? 姉さんにあんだけ言われたんで』

 

 ならなんで相手にバレてるんだ? 相手にバレる要素なんてそれこそ作戦を知ってないと、あっ……し、しまったぁーーー!!? い、いかん、忘れてた! この作戦、前に比企谷に話したことがあったんだった! やばいやばいやばい!!

 

「か、カルパッチョ!」

 

「どうしました? ドゥーチェ?」

 

「敵がすぐそこまで来ているかもしれん!」

 

「え!?」

 

「と、とにかく、急いで移動だ!」

 

「は、はい!」

 

 そして私たちは今の地点から移動を始める。

 しばらく道沿いを進んでいくと敵の隊長車とフラッグ車がすれ違った。

 

『全車停止! 敵フラッグと隊長車発見!』

 

 だがここで戦っては不利だな。

 

『75mm長砲身は私に任せてください!』

 

 ここはカルパッチョにまかせよう。今は逃げる! そこカッコ悪いとかいうな!

 

『任せたぞ!』

 

 私たちは山道の斜面へと走り出すのだった。

 

 

 ====

 

 

 俺たちは西住に連絡したあとすぐにカルロベローチェ5両と遭遇して追いかけている。今回は相手が機銃しか積んでないから俺の戦車でも撃破される心配はないんだが、とにかく相手がちょこまかと動いて鬱陶しいことこのうえない。それに倒しても倒しても何度もゾンビのように立ち上がってくる。これは軽くちょっとしたホラーだな。

 

『やっぱりまた来てる!』

 

『比企谷先輩! キリがないです!!』

 

『豆タンクが不死身です!』

 

『お前ら落ち着け。いいか? 相手は別に不死身なわけじゃない。戦車の軽さを利用して白旗判定があがってないやつを即座に立て直して来ているだけだ』

 

『じゃ、じゃあ、どうすれば?』

 

『ウィークポイントを狙え、そうすれば一撃で白旗があがるはずだ』

 

『ウィークポイントですね、わかりました!』

 

『……ねぇ比企谷、ホントに私たちのコーチになる気はない?』

 

 こんな時に何言ってんだ磯辺のやつは。

 

『あの話は冗談だったろ。それより狙いは相手のエンジン部だ、いいな?』

 

『『『はい! コーチ!』』』

 

 いやだから違うから。俺はお前らのコーチになった覚えはないぞ。

 

『気合い入れていくよバレー部!!』

 

『『『はい!』』』

 

 そしてそこからの磯辺達は凄まじかった。一両倒して、また一両と次に次にカルロベローチェを撃破していき一気に四両も撃破をしたのである。

 そして俺はなにもしていない。しょうがないんだよ、俺の戦車は固定砲台だからカルロベローチェの動きについていけない。いやホントにこの戦車、戦闘向きじゃねーな。

 

『P40が単独になりました、援軍が来る前に決着を着けます』

 

『で、どうするの?』

 

 どうやら西住たちのほうもうまくやったようでP40を丸裸にできたみたいだな。

 あとはあっちにまかせるか。

 

『磯辺! 残りの車両を追いかけるぞ!』

 

『了解!』

 

 

 ====

 

 

『カルロベローチェ四両、走行不能』

 

 相手のフラッグ車、隊長車と応戦しているときにそんなアナウンスが流れてきた。いかん、このまま包囲戦をやっていても勝ち目がない。

 

『おい! 包囲戦は中止……! っていってるそばからCV33がやられた! 丸裸だ!!』

 

 こ、これはいかん、いかんぞ!

 

『一同、フラッグの元に集まれー! 戦力の立て直しを図るぞ。分度器作戦発動だ!!』

 

『了解!』

 

 そしてその途中逃げていたのだが、相手が私たちを追ってこなくなった。どういうことだ?

 そう思っていたら相手のフラッグ車が単独でいたのを発見。私たちは相手のフラッグ車を追いかけてここまできたのだが……。

 

「待ち伏せらしきⅣ号は見当たりません」

 

「囮かと思ったが、考えすぎか……」

 

 なら撃破するかしか私たちに勝ち目は残ってない!

 

「いいか見せつけてやれ、アンツィオは弱くない……じゃなかった! 強いということを!! 目指せ悲願のベスト4……じゃなかった! 優勝だぁーー!!」

 

 そのままフラッグ車を追いかけ袋小路に追い込んだ。

 

「よーし! 追い詰めたぞ!!」

 

 あ、あとは、あのフラッグ車を撃破すれば。

 

「あ、くそっ! 装填急げ!」

 

 しかし砲撃が外れてしまった。この、ちょこまかと動いて!

 

「え? えぇーと……」

 

 気づくと崖の上に相手の隊長車がいた。あれ? これやばくないか?

 

『ドゥーチェ、遅れてすいません! って、いたっ!』

 

 そうこうしているとセモヴェンテがやってきたのだが、慌ててやってきたせいか崖から転げ落ちてしまった。

 

『こら、無茶するな! 怪我したらどうする!?』

 

 セモヴェンテはそのまま砲撃をくらい白旗があがる。

 すかさず相手はセモヴェンテを撃破してきたな。そしてそこには隊長車ではなくM3がいた。

 

『姉さーん! アンチョビ姉さーん!』

 

 どこからともなくペパロニの声が聞こえたてきた。

 しかしその後ろには相手の戦車が……そしてそのまま撃破されてしまう。

 あ……詰んでないかこれ? くそっ、なんでもいい! 最後に相手の隊長車に攻撃だ! 一矢報いてやる!

 そんな願いもむなしく砲撃は外れ、相手の無慈悲な砲弾が私のP40に目がけて飛んて来るのであった。

 

『フラッグ車、P40走行不能! ……大洗学園の勝利!』

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「いや~、今年こそは勝てると思ったのにな~、でもいい勝負だった」

 

 私がへましたことを抜かせばだが。このあと比企谷を呼んでいるが正直会いたくない。絶対にボロクソに言われること間違いなしだ。

 

「はい、勉強させていただきました」

 

「決勝まで行けよ? 我々も全力で応援するから! だよなぁ!」

 

「「「おおぉーーー!!」」」

 

 大洗はどこか私たちと似ている気がする。そんなこいつらがどこまでいけるのか楽しみだ。

 

「ほら笑って! 手を振って!」

 

 観客に答えるのも勝者の務めだろ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そしてうちの子たちが次々と準備を始める。

 

「なにが始まるんですか?」

 

 よくぞ聞いてくれた。

 

「諸君! 試合だけが戦車道じゃないぞ! 勝負を終えたら試合に関わった選手、スタッフを労う! これがアンツィオの流儀だぁーー!!」

 

 そして一気に宴の準備が始まる。

 

「すごい物量と機動力……」

 

 そうだろそうだろ。

 

「我が校は食事のためならどんな労力をも惜しまない! ……この、この子たちのやる気が少しでも試合に活かせるといいんだけどなぁ……。まぁ、それはおいおいやるとして! せーのっ!」

 

「「「いたただきまーす!!」」」

 

 さて、私は比企谷を呼び出すとするか。

 

 

 ====

 

 

「西住ちゃーん、楽しんでるー?」

 

「あ、会長さん。はいとても」

 

「そう、それは良かった」

 

「ところで八幡くん知りませんか? 先程から見かけないんですけど」

 

「そういえば比企谷、どこいったんだろ?」

 

「トイレでは?」

 

「あれ? アンツィオの隊長さんも見かけませんね」

 

「あー比企谷ちゃん? 今頃告白でもされてるんじゃない?」

 

「あ、なるほど、そうでしたか……って、え?」

 

「ん?」

 

「「「「えぇーーー!?」」」」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「わざわざ俺を呼びだしたのなんでだ? 安斎」

 

「そ、その、お、お前にいっときたいことがあってな……」

 

「俺に?」

 

「あぁ……」

 

 どうやら私たちは間に合ったようです。よかったまだみたい……あれ?

 

「なにしてるんですか?」

 

 そこにはペパロニさんとカルパッチョさんが近くの茂みから八幡くんとアンチョビさんを見ていた。

 

「なにって決まってるだろ? 姉さんの告白を見るために決まってるじゃねーか!」

 

「こ、告白ってホントなの?」

 

 とりあえず真相を聞かないと。

 

「たぶん間違ってないはずだぜ? 姉さん、兄さんがうちに来て以来ずっとそわそわしてたし」

 

「兄さん? それってどういう……」

 

「しっ! 始まるみたいだ」

 

 と、とりあえず、どうなるんだろう?

 

「その、だな……」

 

 アンチョビさんの顔がすごく真っ赤になっている。ほ、ホントに告白なのかな?

 

「れ、連絡先を私に教えてくれないか?」

 

「は?」

 

「ほ、ほら、だって私、お前の連絡先知らないし! いいだろ?」

 

「ならあんときでもよかっただろうに」

 

「い、いいだろ! 別に!」

 

 そして二人は連絡先を交換している。

 

「なんだ、違ったのか残念だなー」

 

 どうやらペパロニさんは気づいてないのかな。

 

「ね、ねぇ、みぽりん……」

 

 沙織さんも八幡くんの変化に気づいたみたい。

 

「う、うん……なにかあったのかな?」

 

 こうして私たちの二回戦は終わった。

 



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ロシアンティーはジャムをなめながら飲むのが作法らしい

お茶会が始まります。


「はぁー」

 

 吐く息が白くなる。

 子供の頃は俺は純真だった。寒くなって吐く息が白いだけで大騒ぎしていた時代が懐かしい。今じゃなんとも思わんくなったからな。これを大人になったというかは人それぞれだろう。今の俺は……いや、考えるのはよそう、涙が出てくる。わりとガチで。

 季節は冬、というわけではなく、俺は今、プラウダ高校の学園艦に来ている。

 この学園艦は比較的高緯度の海域を航海するため、比較的気温は低めであり、そのせいで吐く息が白くなっている。

 正直もう少し厚着でくればよかった。いつもの大洗に行くときの格好のまんまだからな、コンビニによってネックウォーマーでも買おう。焼け石に水かもしれんが、それでもないよりはましだろう。

 そして俺はコンビニより目当てのネックウォーマーと暖かいマッカンを購入。ちびちびとマッカンを飲みながらそのままプラウダ高校へと向かうのだった。

 

 

「どうも、今回の案内役のノンナです」

 

「えっと、比企谷 八幡です」

 

「では、案内をするので着いてきてください」

 

「あ、はい」

 

 この、俺を案内してくれている黒髪美人のノンナさんは別に隊長というわけではなく、副隊長だそうだ。

 今まで案内してくれる人が隊長だったからてっきりそうなのかと思ったのだが、どうやらプラウダの隊長は今ちょうどお昼寝タイムらしく代わりにノンナさんが来たとのこと。いや、お昼寝タイムて、子供かよ。

 

 そしてひとしきりプラウダ高校の案内が終わり。

 

「プラウダ高校はどうですか?」

 

「とりあえずあれですかね。寒いです」

 

 学校の案内をされて最初に言う感想がこんなのになってしまうのもしょうがないと思う。いや、だってガチに寒いのだ。

 

「そうですね。私たちは慣れていますが、やはり他の高校の人からするとこの気候は少し厳しいかもしれませんね」

 

 俺のどうでもいいような返答に律儀に答えてくれるあたり、この人はいい人なのかもしれない。こんなこと言ってるとチョロインとか言われそうだな。いや違うよ?

 

「俺の妹もわりと寒さに弱いですからね。冬とかこたつの取り合いによくなりますよ」

 

「仲がいいんですね」

 

「そうですか?」

 

 わりと普通だと思うんだけど。

 俺は話す内容がこれ以上見つからなかったので適当に窓の外を見ていたらノンナさんの携帯が鳴りだした。だが、俺を案内しているからか電話に出ようとしないな。いや、嫌いな相手かもしれんが。

 

「大丈夫ですよ」

 

 俺は別に気にしていないことを伝える。それで伝わったのだろう、ノンナさんはこくんと頷き電話に出る。

 そして一言二言会話をした後。

 

「え? あ、はい、そうです。えぇ……一緒に? いいのですか? むしろ連れ来てくれと?」

 

 一体何の話をしているんだろうか? ちらちらとこちらをノンナさんが見てきているのは気のせいだと思いたい。なんだろう、すこぶる嫌な予感がする。

 

 そしてどうやら話が終わったようで。

 

「なにかあったんですか?」

 

「どうやら同志カチューシャのご友人が来たようで、今からお茶会をするのですが……」

 

 ノンナさんが言い切る前に俺は被せる。

 

「それなら俺はもう帰った方がいいですね。邪魔するのもなんですし」

 

 早く帰って温かいものでも食べよう。いや、あっちに戻ったら普通に暖かいからそれだと逆に熱くなるのか?

 俺がそんなことを考えていたら。ノンナさんは驚きの一言を放つ。

 

「先程の電話ですが、あなたをお茶会に連れてくるようにと」

 

 いや、会話の内容である程度察しはついていた。むしろ問題はその相手だ。お茶会、それと尚且つ俺を指名したことを踏まえても俺の知り合いの中で該当する人が一人しかいない。

 

「ちなみに俺に拒否権は?」

 

「できれば手荒なことはしたくありません」

 

 何気ない振る舞いからの臨戦態勢。うん、逃げ場はどうやらないようだ。俺は逃げることをあきらめた。

 

「……わかりました」

 

「では、行きましょうか」

 

 そして歩くこと数分、俺たちは目的の場所へと着いた。

 

「ここですか?」

 

「はい」

 

 ノンナさんに連れられ中に入ったのだが、広い、とにかく広い。下手するとうちの生徒会室と同じかそれ以上だな。

 そんな広い部屋に小さいテーブルがちょこんと置いてあり、俺を呼んだであろう人物がそこに座っている。ノンナさんは同士カチューシャなる人を起こしに行くそうで、俺と一緒に部屋に入ったあと一回お辞儀をしてそのまま行ってしまった。

 

「……お久しぶりね」

 

「前にあってからそんなに経ってないでしょ、ダージリンさん」

 

 そう、俺をこのお茶会に呼んだ人物とはダージリンさんだったのである。いやまぁわかってたし、さほど驚くこともないんだが。なぜかダージリンさんは、してやったりという顔をしている。

 ここは驚いた方がいいのか俺が迷っていたら、先にダージリンさんのほうから話を振ってきた。

 

「二回戦、突破おめでとう」

 

「え? あ、それはどうも」

 

 考え事をしていたせいでそっけない返事になってしまった。そのことにはダージリンさんは特に気にした様子もなく会話を続ける。

 

「やっぱりあなたたちの戦車道は面白いわね。できれば公式戦で戦ってみたかったのだけれども……」

 

 それはどういうことですか、と聞こうとしたら、部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「ダージリン! 黒森峰に負けたってホント!?」

 

 ついでに俺が知りたかった情報を教えてくれたその来訪者は、これまたなんともえらく小さかった。いやマジで小さい。ノンナさんが連れてきたということはこの人物が同士カチューシャなる人なのだろう。とりあえず俺が思ったことは。

 

「小学生?」

 

「誰が小学生よ!?」

 

 カチューシャなる人物から鋭いツッコミが来る。

 どうやら俺のこころの声がダダ漏れだったらしい。隣でダージリンさんがお腹を抱えて笑っている。そんなにツボったんですか? 俺ってそんなおかしいこと言いましたかね。

 そうしてようやく笑いが収まったのか、ダージリンさんが俺に説明してくれた。

 

「八幡さん。一応、彼女はあなたより年上よ?」

 

「へ? まじですか?」

 

「マジもマジ、真剣と書いてマジと呼ぶぐらいにはマジよ」

 

 俺より年上ということは三年生になるのか? え? いやホントに? 冗談とかどっきりとかじゃなくて?

 

「……人体の神秘ですね」

 

「……そうね」

 

 俺とダージリンさんは二人して頷きあう。

 ちなみにどれぐらい小さいかというと。俺も目測ではたぶん130cmもないんじゃないかと睨んでいる。9歳児の平均身長がだいたい128cm。それとどっこいどっこいな時点で、カチューシャがどれくらい小さいかわかっていただけるだろう。

 

「の、ノンナ! あの二人がカチューシャをいじめるわ!」

 

「大丈夫ですよ、同志カチューシャ。あなたはかわいいです」

 

 あの二人のやり取りを見ているとどうも疑ってしまうんだが。だってどうみても良くて姉妹、下手すると親子に見えるぞあれ。

 そしてノンナさん、あなたはあなたで何言ってるんですかね。戦車道をやっている人でまともな人に会えたと思ったのに……。

 ノンナさんは自分によってくるカチューシャをそれはもう愛おしそうな目で見てらっしゃる。あれは大丈夫なのか? いや、いろんな意味で。

 そんなやりとりがあり、お茶会が始まるのだった。もうすでに俺は帰りたいんだが……。

 戦車道をやっている女性は個性が強すぎる。ゆえに男どもは近寄りたくても近寄れないんじゃないか? 良妻賢母の育成とは……、たぶん、そんなのないんだろう。理想は理想、現実は現実だな。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「準決勝は残念でしたね」

 

「去年、カチューシャたちが勝ったところに負けるだなんて」

 

 すごい皮肉たっぷりに言ってるな、性格の悪さがにじみ出てる気がするんだが。え? 人のこと言えない? いやいや俺ほどの人格者(自称)はそうはいないだろう。

 

「勝負は時の運というでしょ」

 

 ダージリンさんとカチューシャが話している間、ノンナさんは紅茶、そしてジャムとお菓子を配ってくれた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。ノンナ」

 

 しかしなんで俺はこの場にいるんだろうか。正味いらないでしょ。

 とりあえず紅茶を飲むか。冷めたらもったいないし。俺は出されたものを受け取らないほど天の邪鬼でもないんでな。

 俺はダージリンさんに倣って同じようにジャムを紅茶にいれようとしたら、どうやらそれは違うらしく。

 

「違うの! ジャムは中に入れるんじゃないの! 舐めながら紅茶を飲むのよ」

 

 そう、俺たちに説明しながらカチューシャは紅茶を飲む。

 いや、そうやって飲むのはいいんだが、あれだから、口の周りがジャムだらけだからな? 盛大にジャムってるから。いや、これだと違う意味になるか。

 

「口の周りにジャムついてるぞ、ちょっと動くな」

 

「ん……」

 

 あまりにもみすぼらしかったので、俺は自前のハンカチでカチューシャの口周りを拭く。

 よし、これで綺麗になった。

 俺は一仕事やり終えた達成感でいると、不意に視線を感じた。というかノンナさんだった。

 いつものように表情は変わっていないのだが、まるでその瞳は絶対零度といっても過言ではなく、俺を恨めしそうに見ているのは俺の気のせいではないだろう。というか正直いうと怖いです。はい。

 一方のカチューシャはカチューシャでいうと。一旦呆けた顔をしたかと思えば、にやりとそれはもう誰から見てもわかるぐらいの悪い顔をしている。

 

「なに? 私の下僕になりたいの? それなら土下座したら考えてあげてもいいわよ」

 

 なにを盛大に勘違いしたかはしらんが、俺は別に下僕になりたいわけではないし。しかもなぜ土下座をしないといけないのか。それにしたところで考えるか考えないかのシンキングタイムしかもらえないならやる意味ないだろ。むしろこれでやりたがるやつは精神科に見てもらった方がいい。いや、たぶん手遅れだと思うが。

 

「ちっともなりたくないのでお断りします」

 

「なっ!? この偉大なるカチューシャの下僕になれるのよ? 光栄でしょ!」

 

 たぶん、このプラウダ高校におけるスクールカーストにおいてこのカチューシャはトップの存在なのだろう。それだとこのわがままっぷりにも説明がつく。いや、なんというかいろいろこじらせすぎだろう。見ていて将来が不安になってくるんだが……。

 あのノンナさんの心酔っぷりを見るに、カチューシャが雪を黒と言えばあの人は迷わず黒と言いそうである。

 

「次は準決勝なのに余裕ですわね。練習はしなくていいんですの?」

 

 先程から紅茶タイムに浸っていたダージリンさんがやっとしゃべりだしたかと思ったらそんなことをいいだす。

 

「燃料がもったいないわ。それに相手は聞いたこともない弱小校だもの」

 

 まぁ、俺がその聞いたこともない弱小校から来ているのは言わない方がいいだろうな。うん、黙っとこ。

 

「でも、隊長は家元の娘よ。西住流の」

 

「え!? そんな大事なことなんで先に言わないの!」

 

 カチューシャはまるで自分が初めて聞いたかのようにノンナさんに詰め寄っている。しかしそんなことであの人の表情が崩れるわけでもなく。

 

「何度も言ってます」

 

「聞いてないわよ!」

 

 この場合、聞いてないではなく、覚えてないが正しいんだろうな。

 

「ただし、妹の方だけれど」

 

「え? ……なんだ」

 

 先程の慌てぶりはどこにいったのか。ダージリンさんが妹の方というと大人しくなったな。

 もしかしてあの試合で黒森峰にいた西住のフラッグ車を撃破したのはこいつか? それならさっきの動揺ぶりと妹いう単語で落ち着いた理由にも納得がいく。西住流で動揺したのはたぶんまほさんと戦って実力を知っているから、そして妹と聞いて落ち着いたのはフラッグ車を西住が降りたからだろう。

 

「黒森峰から転校してきて無名の高校をここまで引っ張ってきたの」

 

 なんか説明の途中、俺のほうをちらちらとダージリンさんが見てきたのはなんでだ?

 

「そんなこといいにわざわざ来たの? ダージリン」

 

「まさか、おいしい紅茶を飲みに来ただけですわ。それに……」

 

「それに?」

 

「彼がいると聞いたので呼ばせてもらったの」

 

「あぁ、それでこいつがここにいるのね」

 

 ダージリンさんの説明に得心がいったのか、カチューシャはなんどもうんうん頷いている。

 今頃俺がいることに疑問に思ったんかい。遅すぎだろ。

 

「というか、あなたたちどんな関係なの? 知り合い?」

 

 俺とダージリンさんの関係が気になったのか、それはもうキラキラと目を輝かせながら聞いてくる。とにかく女子はこういう話が好きだよな。あれなんなの? このカチューシャもその例外にもれず、好きなようだ。

 

「あぁ。わたくしと彼はボーイ――」

 

「ただの知り合いだ」

 

 ダージリンさんはさも当然のように言おうしていたが、言わせませんよ? というか言わせねーよ?

 この人なんなの? なんで毎度そのネタで俺をからかおうとしてんの? もしかしてまだあの手紙のこと根に持ってたりするの? あれはダージリンさんから仕掛けてきたんだから自業自得だろ。俺は悪くない。

 というか俺もやられっぱなしというのも癪なので反撃をしよう。

 

「二人は親友でいいんですよね?」

 

「どうしたの藪から棒に?」

 

 ダージリンさんは俺が最後まで言わせなかったせいか、少し不機嫌になっている。いやいやそれは理不尽でしょ。

 

「いえ、ただ単に意外だと思ってですね」

 

「それはどういう……」

 

「前に試合したときに言ってたじゃないですか。『サンダースやプラウダみたいな下品な戦い方はしませんわ』って。だからてっきり嫌っているのかと思って」

 

「あ、あら。そんなことも言ったかしら?」

 

 あからさまに動揺しているのを誤魔化そうとしているが、どこぞの政治家よろしく、知らぬ存ぜぬは通用しませんよ? なんせもう、形勢はこっちに傾いた。

 いつの世も少数になったら圧倒的不利になると相場が決まっているからな。

 

「な!? どういうことダージリン、説明しなさい!!」

 

 この小さい暴君があとはどうにかしてくれるだろう。俺は紅茶でも飲みながらゆっくりその様子でも眺めていよう。

 え? いい趣味してるって? よせやい褒めてもなんにも出ないぞ?

 

 五分後。

 

「……やってくれますわね、八幡さん」

 

「なんのことですかね?」

 

 ようやくカチューシャをなだめ終わったのか、ダージリンさんは疲れきった様子でそう言ってくる。

 俺はなんにもしてないですよのアピールですっとぼける。

 

「これはあなたに責任をとってもらわないといけないわね」

 

 なんかとんでもないことを言いだしたぞこの人。聞く人によっては誤解を生むような発言はやめましょうか、ダージリンさん。

 

「は?」

 

「今度、私たちの高校にも来てもらおうかしら」

 

「いやいやいや、女子校じゃないですか、行きませんよ?」

 

「そう……。残念ね」

 

 いきなり携帯を取り出してなにをしようとてるんだこの人。ちょっと待とうか、それ以上はダメだ。

 

「なにするんです、それで」

 

「いえ、みほさんに電話でもしようかと」

 

 まぁ、そうだよね。携帯は電話するものですもんね。問題はその相手と言う内容なんだがな。

 

「……ちなみになんて言うつもりなんですか、ダージリンさん」

 

「八幡さんに傷物にされたのでそれを伝えようかと」

 

「………」

 

「では……」

 

「わかりました。行かせていただきます」

 

「あら、無理はしないほうがよろしくてよ?」

 

 いや、ホントにやめていただきたい。俺が地獄を見ることになる。まずあれだから、西住にその情報がいったとしてそこから武部に伝わるだろ?そこからはバイオハザードよろしく戦車道のやつら全員が知ることになるまで見えた。もう死亡フラグにしか見えない。

 うん、実にやばい。具体的になにがやばいまではわからんが、とにかくやばいもんはやばいのである。

 そしてダージリンさんはとても勝ち誇った顔をしている。年上じゃなかったら今頃チョップをしてただろう。

 

「ふふっ♪ ちょっといじわるが過ぎたかしら」

 

 それはもういい笑顔でダージリンさんはそう言ってくる。

 ちょっとなの? あれでちょっとなら本気出したらどうなっちゃうの? ……考えたくもないな。

 

「そんなことされたら学校にいられなくなるんでやめてください」

 

「その時はわたくしの高校に……ふむ、その手が」

 

「……冗談ですよね?」

 

「え、えぇ、冗談よ」

 

 ちょっ、なんで今、目を逸らしたんですか!?

 

「あなたたち、ホントにどういう関係なの?」

 

 カチューシャが改めてそう聞いてきた。

 

 俺とダージリンさんの関係? 知り合いと言ったな、あれは嘘だ。正確には意地悪な上級生といじめられている後輩だな。うん、マジで。



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それでも、比企谷 八幡は考える

 突然だが、パワーアップと言えば何を思い浮かべるだろうか? 戦隊ものなら新たな仲間やど派手なロボ、ライダーものなら新しい変身や必殺技だろうか。

 というか両方とも同じことが言えるな。ライダーも戦隊もまぁ基本的にパワーアップと言えばこんな感じだ。子供の頃のあのわくわく感は異常なレベルだった気がする。

 さて、なんでこんな話をしているかというと。俺たち大洗学園戦車道もパワーアップをしたからだ。

 西住たちが乗っているⅣ号が、この前、戦車を探した時の見つけた砲身に切り替え、今や長砲身となっている。そして新たな仲間、ルノーの乗り手として風紀委員のメンバーがやってきた。覚えている人がいるかはわからないが、俺が冷泉を自転車で運んだときに校門であったあの人物である。たしか冷泉にそど子ととかなんとか言われてたはず。

 

「今日から参加することになった園 みどり子と風紀委員です。よろしくお願いします」

 

 風紀委員チームの三人はぺこりとお辞儀をする。

 しかし、なんで全員頭がおかっぱなんだろうか? もしかして風紀委員はそういう制度でもあるんだろうか、というかいつの時代の模範的女子高生だよ。考えが古すぎないか?

 

「略してそど子だ。いろいろ教えてやってね~」

 

「会長! 名前を略さないでください!」

 

 なんか今のやりとりである程度の力関係がわかってしまった。この人たち会長に苦労させられてるんだろうな。意外なとこで親近感が湧いてしまう。

 

「何チームにしよっか、隊長?」

 

 会長はそのまま無視して西住に話しかける。

 せめて話を聞いてやってくださいよ、会長。まるでいつもの俺を見ているようで……。冷静に考えると俺ってあんな扱いなのか。なんか泣けてきた。いろんな意味で。

 

「えっ? うーん、B1ってカモっぽくないですか?」

 

 どこらへんがカモなのだろうか? わからん。

 

「じゃあ、カモにけってーい」

 

「カモですか!?」

 

「戦車の操縦は冷泉さん、指導してあげてね」

 

 まぁ、冷泉がこの中で一番適任だろうな。運転上手いし。

 

「私が冷泉さんに!?」

 

「わかった」

 

「成績がいいからっていい気にならないでよね!」

 

「じゃあ自分で教本を見て練習するんだな」

 

「なに無責任なこと言ってるの! ちゃんとわかりやすく懇切丁寧に教えなさいよ!」

 

「はいはい」

 

「はいは一回でいいのよ!」

 

「は~い」

 

 冷泉もめんどくさい相手に捕まったな。まぁ理不尽な上司だと思って頑張れとしか俺には言えんな。

 

「次はいよいよ準決勝! しかも相手は去年の優勝校、プラウダ高校だ。絶対に勝つぞ、負けたら終わりなんだからな!」

 

「どうしてですか?」

 

「負けても次があるじゃないですか」

 

「相手は去年の優勝校だし」

 

「そうそう胸を借りるつもりで」

 

 一年生からもっともな意見がでる。

 まぁそうだよな、普通はそれでいいんだろう。だが、俺たちは……。

 

「それではダメなんだ!」

 

 河嶋さんの一言で全体が静まり返る。

 河嶋さんが焦るのもわかる。なんせ相手が去年の優勝校、焦らない方がおかしい。だが一方で一年生たちの反応を責めることはできない。

 なぜなら、負けたら廃校になることを俺たちは言ってないからだ。そのせいで勝ちに対する意識に差がでてしまっている。

 

「勝たなきゃダメなんだよね……」

 

 勝ちが全てではない。だが、それも時と場合によりけりだ。それでも会長が西住たちにこのことを言わないのは気にしてほしくないからだろう。ホントの話をして萎縮するぐらいなら気にせずのびのびと自分たちの戦車道をやってほしいと。

 だが、そのつけはいつか来るのだと思う。それがいつかはさすがにわからないが。

 

「西住、指揮」

 

「あ…はい! 練習開始します!」

 

 西住の号令によって本日の練習が始まる。

 

「西住ちゃん!」

 

 会長に呼び止められ西住は振り返る。

 

「……あとで生徒会室に来て」

 

 もしかして西住にあのことを言うつもりなんだろうか。それはそれであの人の選択だ、俺には関係ない。そう、関係はないが、俺は俺でやれることをやろう。

 今回からは前の試合とはまったく違ってるといってもいい。まず一つに投入車両の数が引き上げられる。こちらの車両が増えたと言っても一両、相手は規定数の車両で来るだろう。

 そしてもう一つの問題がある。それは地形と気候だ。今回プラウダ高校と対戦するにあたって対戦会場となったのが雪原ステージ。俺たちにとっては経験したことがない天候での試合となる。そうなると、たぶん不測の事態が起きると思うのだ。

 だから今回は多少なりとも俺は無茶をしないといけない。そのためには……。

 

「ナカジマさん!」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと頼みたいことが……」

 

 俺はナカジマさんに自分がやりたいたいことを説明する。

 

「――というわけなんですよ」

 

「……比企谷、自分がなにを言ってるかわかってるの?」

 

 ナカジマさんは不安そうな顔でそう言ってくる。

 

「もちろん、わかってます」

 

「……たしかにそのやり方なら機動力は上がると思う。でも君の戦車は偵察機だしそこまでする必要があるの?」

 

「やれることはやっておきたいんです」

 

「じゃあ約束して、極力、戦闘には参加しないって」

 

「それは……」

 

「もちろん、戦車の試合だからそういうわけにはいかないのはわかるけど、もともと君の戦車は偵察用。自分から相手の戦車に挑むようなことはほとんどないはずだし、それさえ守ってくれるなら引き受けるよ」

 

 それがナカジマさんの妥協点か。

 

「極力、戦闘を避けたらいいんですね?」

 

「相手の砲弾を自分から受けに行ってもダメだからね」

 

「いや、さすがにそんなことしませんよ。いくらなんでも」

 

「このことを会長さんたちには?」

 

「言ってません。言ったらたぶん止められるんで」

 

 俺がやろうとしていることはたぶん誰も賛成はしないだろう。

 

「本当は私もあまり賛成はしてないんだけどね。でも比企谷は自分一人でもやりそうだし、そうなるぐらいなら私たちがきちんと仕上げた方が結果的には安全だと思ったからだよ?」

 

 本当に自動車部の人たちには頭が上がらない。俺の無茶な要求に応えてくれるんだから。

 

「迷惑かけてすいません」

 

「頼ってくれたのは素直にうれしいけど、今回限りだからね?」

 

「……うっす。あ、それと教えてほしいことが」

 

「うん?」

 

「簡易的でいいんで戦車の整備のやり方を教えてください」

 

「それも不測の事態に備えて?」

 

「はい」

 

「そっちの方はむしろ喜んで引き受けるよ。なんならこれを機に自動車部に入らない?」

 

「……すいません。俺、もう部活に入ってまして」

 

「え? 比企谷が?」

 

 それはもう、ナカジマさんはめずらしいものを見る目になっている。

 まぁ、そんな反応が来るのはわかってましたけどね。俺でもたぶん同じ反応になる。

 さて、試合までそんなに時間がない。やれることをやっていこう。

 

 

====

 

 

「だいぶ遅くなったな」

 

 結局、練習が終わった後にナカジマさんたちに整備のやり方を教えてもらったらこんな時間になった。教えてもらって思ったことは、あの人たちはやっぱりすごいってことだな。

 そして寒い寒いと思っていたら雪が降っている。まったく、ランダムで試合会場を決めるのはやめてほしい。我が家はこんな時期なのに、もうこたつが出ている。この試合が終わったらまた役目は当分先になるだろうし、片づけるのがめんどくさいな。

 

「あれ? 八幡くん?」

 

「……おう、西住か」

 

 どうやら西住も会長たちとの話が終わって、ちょうど帰るところのようだ。

 西住は俺の隣にとてとてと近づいてくる。

 

「どうしたの ?こんな時間まで」

 

「……ちょっとな。それより、西住の方は結局話ってなんだったんだ?」

 

「え? うーん、どうなんだろ?」

 

 てっきり会長は西住にあのことを話したのかと思ったが、西住の反応を見る限りどうやら違うようだ。

 

「説明しづらいのか?」

 

「ううん。えっとね、アンコウ鍋食べて、アルバムを見ながら会長さんたちの思い出話を聞いてたのかな、私」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「うん。結局なんだったんだろ、話って?」

 

 会長は西住に言わないことにしたんだな。

 

「まぁ、とりあえず、家まで送るわ」

 

「え? 大丈夫だよ別に」

 

 西住はわちゃわちゃと手を振り、やんわりと断ってくる。俺なんかに送ってもらうのは不本意だろうが、ここは俺に従ってもらおう。

 

「このままお前を帰したら小町にどやされる」

 

「……理由が小町ちゃんなんだね」

 

 なんか西住が目に見えて落ち込んでいるんだが。なんでだ?

 

「ほら、行くぞ。寒いし」

 

「う、うん。あっ、そうだ八幡くん、どうせなら一緒に作戦を考えてくれないかな?」

 

「作戦て、プラウダ戦に向けてか?」

 

「うん。……ダメかな?」

 

 いや、ダメではないのだが。

 

「俺なんかでいいのか?」

 

「八幡くんほど作戦考えるのがうまい人はいないと思よ?」

 

 まぁ、そういうことなら。

 

「その作戦会議はどこでやるんだ? 学校は使えないし」

 

「え? 私の家でやろうと思ってたんだけど」

 

 前から思ってたんだが、西住のやつは警戒心ってものがないのか? いくらなんでも男をそう易々と招き入れたらダメだろう。

 

「いいか西住? 男は狼なんだぞ? 優しい顔して、虎視眈々とやることをやろうとするんだから、そう簡単に家に男を呼ぶなよ……」

 

 なんか前に武部が俺と同じようなことを西住にいってた気がするな。

 

「八幡くんは前にも来たことあるし大丈夫だよ」

 

 西住は俺だから大丈夫だと言うが、なにも大丈夫ではないだろ。前は武部たちもいたが、今回は俺とお前だけなんだぞ? いや、別に俺がなにかをするつもりはないけどさ。

 

「それに、八幡くんとボコのことでいろいろ話をしてみたいなって思ってたし」

 

 作戦会議は二の次で、むしろそっちが目的じゃなかろうな、西住。まぁいい、いや、よくはないが。作戦会議はやっときたかったし、タイミング的には悪くはないか。俺がプラウダに行ったときの情報も教えられるし。

 

「わかった。とりあえずは小町に遅くなることを連絡するから、ちょっと待っててくれ」

 

「うん」

 

 俺は携帯を取りだし小町にかける。

 

『もしもしお兄ちゃん? どしたの?』

 

「小町、今日は帰ってくるのが遅くなるから、先に飯食ってていいぞ」

 

『え? それまたどして?』

 

「今から西住の家でプラウダ戦に向けての作戦会議やるから」

 

『みほさんと!? 今夜は帰ってこなくても大丈夫だからね、お兄ちゃん!』

 

 この妹の頭はお花畑かなにかなのかな? お兄ちゃん、小町の将来が不安になってきたよ。妹が朝帰りを推奨するんじゃありません。

 

「いや、普通に帰ってくるから玄関閉めるなよ?」

 

 言っとくが振りじゃないからな。

 

『えー、小町的にはお姉ちゃんがほしいかなって思うんだけど』

 

 それは無理だから、諦めろ小町。

 

「作戦会議するだけって言ってるだろうが」

 

『でもでも、こう、ラッキースケベてきなことが起こって二人の仲が急展開!みたいな!』

 

「現実はそんなに甘くないぞ小町」

 

『どしてさ?』

 

「もし俺がそれをやるとするだろ?」

 

『うん』

 

「捕まるから」

 

『あ~、それじゃ仕方ないね』

 

 今ので納得されるのは、それはそれでムカつくな。

 

「じゃあ、もう切るぞ?」

 

『頑張ってね! お兄ちゃん!』

 

 だから、なにを頑張れと言うんだ小町さんよ……。

 

「とりあえずはこれで連絡オーケーと……。西住、待たせてすまんかった」

 

「ううん、じゃあ、行こっか」

 

 なんかこのやり取りだけ見ると恋人っぽいな。なに言ってるんだか、ないない。まず西住が俺なんかを好きになるわけないし。妄想は虚しくなるだけだからやめよう。ただでえさえ寒いのに、心まで寒くなってしまう。

 

 

===

 

 

 そして、西住宅に到着。

 なんか前来たときより物が増えている。というかボコが増えている。

 部屋の半分をボコが占領してんじゃないかこれ? さすがにそれは言い過ぎか、よくて三分の一。いや、それでも多いだろ。

 

「それじゃあ、八幡くん」

 

「おう」

 

 西住と俺のプラウダ戦に向けての作戦会議は始まった。

 やはりというか、なんというか、どうしてもネックになるのが、車両数の差だな。

 加えて、対戦ステージは相手の得意な雪原ステージと来ている。こっちには不利な条件しかない。

 なら、短期決着を目指せばいいかと言うと、そうでもなく、プラウダはむしろ引いてからの戦いが得意なんだよな。

 

「……ふぅ」

 

「これは思った以上に厳しいね」

 

 西住の言うとおり、これは一筋縄では行きそうにない。

 

「相手の戦車が試合中に壊れたりしねぇかな」

 

「それは無理じゃないかな?」

 

 西住も俺が本気で言ってないのがわかってるんだろう、微笑みながらそう言ってくる。

 そんな西住を見ていたら、ふとした疑問が芽生えた。

 

「なぁ西住、戦車道は楽しいか?」

 

「え? どうしたの? いきなり」

 

「……いや、なんとなくだな。別に深い意味はないんだが」

 

 本当になんとなくだ。戦車道が始まった当初は、西住はお世辞にも楽しんでいるとは言えなかっただろう。

 そりゃそうだ。あんなことがあって、でも、西住は前に進んだ。だから、気になったんだと思う。

全然なんなとなくじゃなかったな。

 

「大洗のみんなと出会って、八幡くんと出会って、私は……自分だけの戦車道を探すようになったんだよ?」

 

 それは前に言っていたあれか。

 

「あいつらはわかるんだが……、俺ってなんかしたっけか?」

 

 特段、西住のためになにかをやった覚えがないんだが。

 俺の言葉に西住は一瞬呆けた顔をしたかと思えば、クスクスと笑われてしまった。

 

「ふふっ、なんか八幡くんらしいね」

 

「え? それ褒めてるのか? 西住」

 

 西住のことだから、馬鹿にはしてないんだろうけどさ。

 

「さっきの質問だけど」

 

「お、おう?」

 

「大洗のみんなとの戦車道は楽しいよ、八幡くん」

 

「……そうか」

 

 なら、尚更負けられないな。負ければ廃校になる。

 だが、このことは、西住たちは知らない。

 そして、そのことで問題が起きることを俺はまだ知らないのだった。

 

 

====

 

 

 次の日。

 防寒対策として戦車道の面々はいろいろと準備をしている。

 それはいいんだが、なんというか空気が浮足立っている。前は試合前となればそれなりに緊張感があったんだが、今はどうだろうか。やはりどこか気持ちが浮ついている。

 

「カイロまでいるんですか?」

 

「戦車の中には暖房がないから、できるだけ準備しとかないと」

 

 西住の言う通り、戦車は暖房がない。そのうえわかりきっているが鉄の塊だ。冷えることこの上ない。

 そんな話の最中、武部は防寒具が入っている段ボールをごそごそしてその中からホットパンツを取り出した。

 武部、そのホットパンツを履くつもりなのか? いくらなんでもそれはやめといたほうがいいだろう。

 

「タイツ二枚重ねにしよっか?」

 

「ネックウォーマーも、したほうがいいよね」

 

「それより、リップ色のついたやつしたほうがよくない?」

 

「準決勝って、ギャラリー多いだろうしね」

 

「チークとかいれちゃう?」

 

 これが一年生たちのやりとり。

 

「どうだ」

 

 そういってカツラを装着する左衛門佐。

 

「私はこれだ」

 

 葉の冠を被るカエサル。

 もうカエサルたちにいたっては防寒対策ですらない。

 

「あなたたち、メイクは禁止!仮装は禁止!これは授業の一環なのよ?校則は守りなさい!」

 

 さすがにこれは風紀委員として見過ごせないのか、カエサルたちを注意をしている。

 だが、そんな風紀委員に忍び寄る影、いやまぁエルヴィンなんだが。そのまま近づき一言。

 

「自分の人生は、自分で演出する」

 

 なぜかドヤ顔である。

 

「なに言ってるのよ!?」

 

 ホントになにやってんだあいつら。

 

「今度は結構みんな見に来るみたいですよ」

 

「戦車にバレーボール部員募集って貼っておこうよ!」

 

「いいね!」

 

 今の戦車道のやつらの雰囲気はだいたいこんな感じだ。

 

「アンツィオ校に勝ってから、みんな盛り上がってますね!」

 

「クラスのみんなも期待してるし、頑張んないと!」

 

「次は新三郎も母を連れて見に来ると言ってます」

 

「お前ら、ちょっと浮かれ過ぎじゃないか?」

 

「なに言ってんの比企谷? 普通でしょ、これくらい」

 

「そうですよ比企谷殿! なにか不安なことでも?」

 

 不安、不安ねぇ。どうみても不安しかない。

 たしかに俺たちは無名校のわりに一回戦、二回戦と勝ち上がってきている。盛り上がる気持ちもわからんくはない。

 が、いくらんなんでもこれは度が過ぎている。緊張感が皆無だ。

 自信と慢心は似て非なるものだ。

 人間調子に乗り出すと絶対に起こすことがある。それはなにか?簡単な話がミスを起こす。

 自分たちならいける、失敗するわけがない、そんな思いが普段ならやらないようなミスに繋がり結果、失敗する。

 ここで俺が注意してもたぶん意味がない。いや、この場では納得はするかもしれないが、本当の意味で理解はしないと思う。

 だから俺はあえて注意しない。人間、失敗しないとわからないことだってある。そうしないと結局、勝てても次で同じ失敗を起こすだろう。それだと意味がない。

 あいつらはたぶん幻想を抱いているのだ。自分たちならやれる、自分たちなら問題はない。

 だが、所詮幻想は幻想だ。

 だから、どこぞのツンツン頭のセリフを借りるとしよう。

 

 ――その幻想をぶち殺す。

 

 俺の場合、勢い余って人間関係まで壊してしまいそうだが。

 

「……いや、なんでもない、気にしないでくれ」

 

「そうですか?」

 

 秋山は怪訝そうな顔をしたがそ、れもまた一瞬で戻る。

 俺たちの目標はあくまで優勝だ。それ以外は意味がない。

 ここでもやはり、俺とあいつらとでの意識の差を感じる。……ツケがだいぶまわってきているな。

 プラウダ戦はいろんな意味での分岐点になりそうだ。

 

 

====

 

 

 そしてやってきた準決勝当日。俺たちは今、試合会場に降り立っている。

 

「さむっ! まじ寒いんだけど~」

 

 やっぱ寒いな。気温だけではなく雪まで降ってるからなおさらそう感じるんだろう。

 

「Ⅲ突の履帯はヴィンターケッテにしたし、ラジエターに不凍液も入れたよね?」

 

「はい!」

 

 西住による戦車の確認もどうやら終わったようだ。

 というか風紀委員チームのやつらがガチガチだ。すごい緊張している。

 それに気づいた西住が話しかける。

 

「あの、いきなり試合で大変だと思いますけど、落ち着いて頑張ってくださいね」

 

「わからないことがあったら無線で質問してくれ、そど子」

 

「だからそど子って呼ばないで!私の名前は園 みどり子!」

 

「わかった、そど子」

 

「全然わかってないじゃないの!」

 

 冷泉のやつ、わかっててやってるな。これで風紀委員もいい感じに緊張も解けただろう。

 問題はそっちじゃない。一年生は雪合戦、カエサルたちは雪像を作っている。一日経ってマシになるかと思ったが、やっぱり変わらんか。

 そうこうしていると何やら車の走る音が聞こえてきた。

 そして降りてきたのは、カチューシャとノンナさん。

 

「え? 誰?」

 

「あれは……プラウダ高校の隊長と副隊長」

 

「地吹雪のカチューシャと、ブリザードのノンナですね!」

 

 え? あの二人、そんな二つ名があるのかよ。知らんかった。

 

「ぷっ、あっはははは! このカチューシャを笑わせるためにこの戦車をもってきたのね。ね? ね?」

 

 こちらにきたかと思えばいきなり笑い出したな。どうした? なんかいいことでもあったか?

 

「やぁやぁカチューシャ! よろしく、生徒会長の角谷だ」

 

 会長がカチューシャと握手しようと近づき片手を出したのだが、一方のカチューシャは少しの間会長を睨みつけ。

 

「ノンナ!」

 

 ノンナさんの名前を呼ぶ。

 それだけでノンナさんは自分がやるべきことがわかったのだろう。カチューシャを抱きかかえ肩車をする。

 

「あなたたちはすべてにおいてカチューシャよりしたなの! 戦車も技術も身長もね!」

 

 いくらなんでも最後は無理があり過ぎだろう。というか小さいこと気にしてるのかあいつ。

 

「肩車してるだろう……」

 

 河嶋さんがボソッとつぶやいたのだが、どうやらカチューシャには聞こえていたようで。

 

「聞こえたわよ! よくもカチューシャを侮辱したわね! しょくせいしてやるんだから!」

 

 しょくせい? あぁ、粛清ね。一瞬なんのことかわからんかった。

 

「行くわよノンナ!」

 

 それでてっきり帰るのだと思ったのだが、カチューシャの命令でノンナさんが動いたかと思えばこちらに向かってきたな。なんだ?

 

「なにをしてるのノンナ! ってあなたなんでこんなところにいるの?」

 

「一応、試合に出るんで俺も」

 

「へ? 男なのに戦車道の試合に出るの?」

 

「気持ち悪いか?」

 

「なんで? 戦車道において重要なのは強さよ! 男とか女とか小さいことにカチューシャは興味ないわ!」

 

「……そうか」

 

 こいつはこいつでやっぱり隊長なんだな。

 そして俺が感心していると、カチューシャはにやりと笑ってきた。

 

「あなたのお仲間はカチューシャがけちょんけちょんにするけど恨まないでね?」

 

「むしろやってくれて構わないぞ」

 

「……あなた、自分がなに言ってるかわかってるの?」

 

 自分のことは自分が一番わかってる。だから最後に一言付け加える。

 

「その上で俺たちが勝つけどな」

 

「へぇー、その自信がどこからくるかは知らないけど、試合後が楽しみね、あなたの顔がどうなってるか」

 

 そういってノンナさんとカチューシャは帰っていった。

 けちょんけちょんにしてくれるなら望むところだ。むしろやってもらわないとこっちが困るんだよ。

 

「比企谷ちゃん、カチューシャと知り合いだったの?」

 

 知り合い? いや、あいつと俺はそんなレベルですらないだろう。だってまともに話したのがついさっきだし。

 

「友達の友達の知り合いみたいなもんですかね」

 

 ある意味間違ってないだろう。まぁこの場合、ダージリンさんを友達という設定にしないといけないが。

 

「それってもうただの他人じゃないの ?というか比企谷ちゃんに友達なんていたの?」

 

 この人今、俺の繊細なボッチハートにナイフを突き刺した

 というかナチュラルにディスるのはやめてくれませんかね?それに俺にだって友達はいるのだ。戸塚とか戸塚とか戸塚とか。やだ戸塚しかいない。むしろそれでいい。いや、それがいいまであるな。

 

「……友達ならいますよ」

 

「え!?」

 

 なにもそんなに驚かんでも。

 

「まぁ、この話はもういいでしょ。そろそろ試合が始まりますよ」

 

 

====

 

 

「とにかく、相手の車両に吞まれないで冷静に行動してください!フラッグ車を守りながらゆっくり前進して、相手の出方を見ましょう」

 

 西住と俺が話あった結果、この作戦になったのだが。たぶん、この意見は通らない。

 

「ゆっくりもいいが、ここは一気に攻めるのはどうだろうか?」

 

「え?」

 

「うむ」

 

「妙案だ」

 

「先手必勝ぜよ」

 

「気持ちはわかりますが、リスクが……」

 

「大丈夫ですよ!」

 

「私もそう思います!」

 

「勢いは大事です」

 

「ぜひ、クイックアタックで!」

 

「なんだか負ける気がしません!それに敵は私たちのことを舐めてます!」

 

「ぎゃふんと言わせてやりましょうよ!」

 

「いいねー、ぎゃふん!」

 

「ぎゃふーん、だよね!」

 

「ぎゃふーん♪」

 

「よし、それで決まりだな」

 

「勢いも大切ですもんね」

 

 だが、西住の顔は優れない。それはそうだ。こんなの作戦でもなんでもない。ただの突撃だ。

 それに相手がこちらを舐めていると言っていたが、本当の意味で相手を舐めているのは果たしてどっちなのか……。これは言うまでもない。

 

「わかりました。一気に攻めます」

 

「いいんですか?」

 

 秋山が心配そうに西住を見る。

 

「慎重にいく作戦だったのでは……」

 

「長引けば雪上での戦いに慣れた相手が有利かもしれないし……。それに、みんなが勢い乗ってる今なら」

 

 西住の選択は、普通なら間違ってはいない。

 だが、今のあいつらではダメだ。

 

「孫子も言ってるしな、兵は拙速なるを聞くも未だ功の久しきを観ず、だらだら戦うのは国家国民のためによくない、戦いはちゃちゃーと集中した方がいいんだよ。ね?西住ちゃん」

 

「はい。相手は強敵ですが、頑張りましょう!」

 

「「「おぉ―――!!」」」

 

 ここ準決勝に来て、大洗が抱える問題が二つ。

 一つは、勝ち続けた故の慢心。そして二つ目は、負けたら廃校が確定してしまうことを知らないことで生徒会とあいつらの勝つ意識に差が出だしてしまっていること。

 廃校になることを知っていれば慢心も起きなかったかもな。結果論だが。

 だから俺は、この試合でその問題を解決させる。全員の気持ちをバラバラのままでは、たとえ勝っても決勝に上がってくるだろう黒森峰に勝てない。

 気合いを入れろ、比企谷 八幡。ここからは相手の手を読みきるんだ。その上であえて相手の作戦に乗る。

 ボコのボコボコ作戦の開始だ。

 もちろんボコだから、ボコボコになるのは相手ではなく、俺たちだけどな。

 



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雪原の戦い、比企谷 八幡の思惑

 俺たち大洗戦車道一行は短期決戦と行くべく、集団となって相手を探しながら現在前進中。

 たぶんだが、このことは相手も気づいているだろう。いくらなんでも偵察の一つもよこさないはずがない。こちらの行動は筒抜けなはずだ。

 そして道中、カモチームが慣れない雪で運転トラブルを起こしたり、雪で塞がってる道を榴弾で吹き飛ばしたりなどがあったが、それ以外は特段問題はなく俺たちはさらに進軍を続けるのだった。

 そして……。

 

『11時に敵戦車、各車警戒!』

 

 西住からの通信が入る。

 ついに相手の戦車が見つかったか。さて、プラウダ校はどうやって俺たちをけちょんけちょんにするのか、お手並み拝見だな。

 

 

 ====

 

 

 扇状に大洗の戦車が広がっていく、それに従い相手の車両も砲撃を始める。

 だが、相手の戦車はこの距離では届かないと分かっていて砲撃をしているようにも見える。自分たちの位置を教えるかのように砲撃している相手へ、そのままⅢ突が長砲身を活かし相手を撃破。

 続いてⅣ号も長砲身になったことを活かし相手を撃破する。

 ここまでは順調だ。逆に言うと順調すぎる。相手は去年の優勝校だぞ? いくらなんでも配置が雑だろ。こんなのただ撃ってくだいと言わんばかりに戦車が配置されているし、射程外なのにばかすこ撃ってきたのにも説明がつかない。弾の無駄使いでしかない。

 そして三両中、二両撃破をし、残っていた一両がわざわざこちらに牽制して逃げていくのだった。まるでこっちについてきてもらわないと困るようなそぶりで。

 ……なるほどな、そういう感じか。

 

『全車両前進! 追撃します!』

 

 俺たちはその指示に従い、相手を追いかけるために前進する。

 一両を全車両で追いかける。はた目から見ればこちらが優勢に見えるかもしれない。だが実際にはどうなんだろうな。本当の意味で追い詰められているのは相手かこちらか。

 俺の考えが正しければ……。

 追いかけ続けるとその進行方向の先には五両の車両、そしてその一両がフラッグ車ときた。

 これまたなんとも露骨だな。さっきのあれでこれときたらこれはもう確定だろ。

 俺は西住にだけ、無線を繋げる。

 

「西住」

 

『どうしたの?』

 

「今から起こることを黙ってみていてくれ」

 

『え、それはどういう……』

 

「とりあえず今は俺の指示にしたがってくれ、頼む」

 

『う、うん。わかった』

 

 西住には先に釘を指しておいた。これでもし、あいつらが行動を起こしても止めるやつはいなくなる。

 そして相手との砲撃戦に入り、相手の戦車を一両またこちらが撃破する。だがそれだけで相手はそれ以上の抵抗はせず、残った四両はあっさりと撤退するのだった。

 もう十分に撒餌はばらまいたってことか。

 その撒餌につられるように、大洗の面々は一両、また一両と相手の戦車を追いかける。

 

『は、八幡くん!』

 

「西住、たぶんここから先は待ち伏せされてると思う」

 

『……やっぱり、これはそういうことなの?』

 

「あぁ」

 

『でも、それだとみんながやられちゃうんじゃ……!』

 

 そう、このままだと俺たちはそのまま負けてしまう可能性がある。だが、相手は一気にこっちを撃破せずにじわじわと追い詰めてくるだろう。俺にはその確信がある。

 

「気を引き締めろ、西住」

 

『え?』

 

「ここを乗り越えるぞ」

 

『でも、どうやって?』

 

「西住は先にあいつらを追いかけてくれ」

 

『八幡くんは?』

 

「頃合いを見てあいつらを助けるチャンスを作る」

 

 たぶん、カチューシャは今頃ほくそ笑んでいるのだろう。もしくは大爆笑していると思う。だが、手のひらで踊っているのは果たしてどっちだろうな? 俺はこの状況になることをむしろ望んでいたのだ。

 さぁ、思う存分にけちょんけちょんにしてもらおうか。

 

 

 ====

 

 

 雪に覆われた民家や教会が並んでいる市街地で、カモ、アヒル、カメ、ウサギ、カバチームがフラッグ車に目がけ、ひたすらに砲撃をしている。

 そこにⅣ号が合流する。

 たぶん、こう思っているのだろう。当てさえすれば、フラッグ車を撃破すれば、こちらの勝ちだと。だが、ならなぜ逆のことを考えないのだろうか。こちらが相手を狙っているということは、逆にこちらも相手に狙われているということに。

 俺の考えと連動するように、民家や林から次々と相手の戦車が出てくる。

 やっぱり、そう来るんだな。

 

『東に移動してください !急いで!』

 

 西住が相手の動きに気付き、指示を出す。

 だがそれも相手の用意したルートだったのだろう。すぐにその退路も塞がれる。

 

『南南西に方向転換!』

 

 そしてそちらも相手の戦車が出てきて塞がれる。

 西住たちは完全に囲まれてしまった。

 四方八方から相手の砲弾の雨が次々と降り注ぐ。だがやはり、本気で倒す気はないのだろう。あえてウィークポイントを外して攻撃してるようにも見える。

 カチューシャにとってこの集中砲火に意味はなく、相手をじわじわとなぶりたいだけなのだと思う。

 俺は戦車に取り付けて貰った発火装置を起動させる。そして俺の戦車が故障したかのように煙を上げ、それと同時にエンジンを加速させそのまま包囲網に突っ込む。

 

『は、八幡くん!?』

 

「西住! 今のうちに南西の建物に向かえ!」

 

『で、でも!』

 

「ここは俺に任せて、あいつらを避難させろ!」

 

『……っ! わかった! 全車、南西の大きな建物へと向かってください! あそこに立てこもります!』

 

 とりあえず、俺のこれで少しは時間稼ぎはできるはずだ。雪とこの硝煙筒の煙で相手は視界が悪くなって見えにくくなってるから、運が悪くない限りは当たらないはず。それに俺の戦車は通常以上に速度が出るようになっているからな、この視界の悪さで当てれるものなら当ててみろ。

 そうこうして俺が撹乱をしていると、俺以外はどうやら建物の中に入ったようだな。

 さらにギアを一段階上げ、俺もその建物へと砲弾の雨を潜り抜けながら行くのだった。正直、当たると一瞬にして今の俺の戦車は大破するので気が気じゃなかったが。とりあえず、なんとかなったな。

 砲撃は俺たちが立てこもったあとでも続き、この建物が壊れるまで続くと思ったが、それがふとやむのだった。

 その代わりに現れたのが、白旗を持ったプラウダの生徒二人。

 そして俺たちに告げる。

 

「カチューシャ隊長の伝令をもってまいりました」

 

 俺たちは戦車を降り、相手の話を聞けるように集まる。

 

「降伏しなさい。全員土下座すれば許してやる……、だそうです」

 

 相手のプラウダの生徒は淡々とただただそう俺たちに伝えるのだった。

 

「あ……、」

 

「なんだと!?」

 

「隊長は心が広いので三時間は待ってやる、とのことです。では」

 

 そう言って、軽くお辞儀をして自軍へと去っていく。

 

「誰が土下座なんか!」

 

「全員自分より、身長低くしたいんだな」

 

「徹底抗戦だ!」

 

「戦い抜きましょう!」

 

「でも、こんなに囲まれていては……。一斉に攻撃されてけが人がでるかも……」

 

 いまだ戦う気まんまんのカエサルたちとは違い、西住の表情は暗い。

 

「みほさんの指示に従います」

 

「私も土下座くらいしたっていいよ!」

 

「私もです!」

 

「準決勝に来ただけでも上出来だ。無理するな」

 

 そんな五十鈴たちの言葉に西住はホッとしている。

 たしかにそうなのだろう。無名校がここまでこれたのだ、それだけで十分。……もし、負けて廃校になるという言葉がつかない限りはだが。

 だから俺はこの状況になることを望んだ。

 あの日、俺はダージリンさんから聞いていたのだが、カチューシャは相手のプライドを搾取するのが好きらしい。それを聞いて俺は思ったのだ。それならたぶん、相手を一気に倒しはせず、じわじわといたぶるように追い詰めるのではないかと。それこそ降伏という手段がもっとも戦車道ではプライドをズタズタにできる。なんせ戦わずにして勝つんだからな。こっちの貧弱な戦力なら簡単に追い詰められるだろうと。

 この建物に逃げ込めたのだって偶然ではない。あの包囲網の中、不自然にここへ行く道だけは通れるようになっていた。たぶんこれは独ソ戦で行われた「名誉ある降伏」を準って、大聖堂に逃げられるようにして俺たちに降伏を申し立てたのだろう。三時間の猶予はカチューシャの気まぐれかなんかだろ。

 俺もさすがにここまでうまくいくとは思わなかったが、俺はこれを利用して大洗の問題を解決しようと思った。

 一つは勝ってきた故の慢心、もう一つは廃校という事実を知らない故の勝利に対しての意識の違い。

 俺はそれを行うために、釣り野伏せとわかったいて注意はしなかった。カチューシャを利用させてもらったのだ。とりあえず慢心はこれで砕けたはずだ。

 そして次の問題だ。

 まず、河嶋 桃という人物は見た目では強がっているが、実際のところは極度のプレッシャーに弱く、その実芯の弱い人間なんかじゃないかと俺は思っている。

 その彼女はすでに試合前でもういっぱいいっぱいだったのだろう。プラウダという強豪相手に勝てるかどうかもわからないのだ。不安でしょうがなかったと思う。

 だからあの時、一年生が負けてもいいじゃないですかと言ったとき、たまらずに叫んだのだ。

 

「ダメだ! 絶対に負けるわけにはいかん! 徹底抗戦だ!」

 

 今もそう、自分でも無理だとわかっていても尚、戦う意志を無理矢理に出している。

 

「でも……」

 

「勝つんだ! 絶対に勝つんだ! 勝たないといけないんだ!」

 

「どうしてそんなに……。初めて出場してここまで来ただけでも凄いと思います。戦車道は戦争じゃありません、勝ち負けより大事なものがあるはずです!」

 

 河嶋さんは大洗が好きなのだろう。だからここまで追い詰められている。ここまで弱っている。

 

「勝つ以外の何が大事なんだ!」

 

「私、この学校に来て、初めて戦車道の楽しさを知りました。この学校も戦車道も好きになりました。だからこの気持ちを大切にしたまま終わりたいんです」

 

 ……西住、それだとダメなんだよ。

 

「……なにを言っている? 負けたら……!」

 

「河嶋さん!」

 

「ひ、比企谷……?」

 

 それをあなたの口から言ったらダメだ。言ってしまえば生徒会に不信感が募ってしまう可能性がある。そんな状態になってしまったら決勝なんて望めない。

 人に第一印象があるように、言葉にも第一印象がある。インパクトがあればあるほどその人物と言葉が結びついてしまう。

 だからここから先は俺が言うべきだろう。俺なら、いつこの戦車道をやめても問題がないからな。

 

「――いいか? よく聞けお前ら」

 

 俺は戦車道のやつらの視線を集め、そして今まで隠してきた真実を言う。

 

「大洗学園は、この戦車道全国大会で優勝できなければ廃校が決まる」

 

「え……学校がなくなる……?」

 

 西住は信じられないような目で俺を見てくる。

 

「比企谷、なに言ってるの? こんな時に冗談言ってる場合じゃ……」

 

 武部は俺が冗談を言っていると思っているようだ。

 

「冗談だと思うか?」

 

 本当に冗談だったらどれほど良かったんだろうな。

 

「だって、だってそんなのおかしいじゃん! なんでそんな急に……!」

 

「比企谷殿! どういうことですか!?」

 

「八幡さん!」

 

「比企谷……どういうことだ?」

 

 秋山たちが、俺に詰め寄ってくる。

 

「比企谷ちゃんの言ってることは本当だよ。この全国大会で優勝しなければ、我が校は廃校になる」

 

「せ、説明をお願いします!」

 

 会長はそこから大洗が廃校になる経緯を話してくれた。

 近年は特にこれといった活動実績が無かった事や入学者の減少に悩んでいた事から、文科省の学園艦統廃合による廃校の対象に上がったそうだ。

 だから会長は、戦車道全国大会優勝という実績があれば廃校を免れると考えたのだ。

 

「それで戦車道を復活させたんですか……」

 

「戦車道をやれば助成金も出るって聞いてたし、それに学園運営費に回せるしね」

 

「じゃあ! 世界大会っていうのは噓だったんですか!?」

 

「それは本当だ」

 

「でも、いきなり優勝ってのは無理ですよ~」

 

「いや~、昔、戦車道が盛んだったからもっといい戦車があると思ってたんだけど……。予算がなくていい戦車は全部売られちゃったみたいでね」

 

「では、ここにあるのは……」

 

「うん、全部売れ残ったやつ」

 

「それでは、優勝など到底不可能なのでは……」

 

「だが、他には考え付かなかったんだ……。古いだけで、なにも特徴がない学校が生き残るには」

 

「無謀だったかもしれないけどさー、あと一年、泣いて学校生活を送るより希望を持ちたかったんだよ」

 

「みんな、黙っていてごめんなさい」

 

 これで全員わかったはずだ、負けるとどうなるか。あとは……。

 

「バレー部復活どころか、学校がなくなるなんて……」

 

「無条件降伏……」

 

「そんな事情があったなんて」

 

「この学校がなくなったら、わたくしたちはバラバラになってしまうんでしょうか?」

 

「そんなのヤダよ!」

 

「単位習得は、夢のまた夢か……」

 

 さぁ、これで最後だ。これさえ乗り越えれればあとはもう問題ない。あとは勝つか負けるかだ。

 

「……お前らは、もうあきらめるのか?」

 

「比企谷?」

 

 武部が怪訝そうな顔でこちらを見てくるが今は構ってられない。

 

「磯辺たち、お前らの言う根性はそんなものだったんだな、ガッカリだ。たった一度窮地に陥ったぐらいであきらめるんならバレー部復活への思いもその程度なんだろ」

 

「な!?」

 

「「「コーチ!?」」」

 

 次にカエサルたち。

 

「いいか、たかちゃんズ。お前らは歴史詳しいくせに第二次世界大戦のスターリングラードの戦いでソ連軍が用いた包囲戦法に気づかなかったんだぞ? まったくもって恥ずかしくないのか? そのままで終わるつもりなの?」

 

「なにを!?」

 

「聞き捨てならんぜよ!」

 

「そういうお前はどうなんだ、八幡!」

 

 俺はいいんだよ、気づいてたから。

 

「というか、たかちゃん言うな!」

 

 そして丸山たち一年生。

 

「丸山たち。お前らがこのままあきらめたらあのウサギ小屋のウサギたちはどうなるんだ? お前らはなにもしないでそのままあいつらを見捨てるのか?」

 

「せ、先輩……」

 

「そ、そうだよね、私たちがあきらめたらあの子たちの居場所がなくなっちゃう」

 

「わ、私たち……あきらめちゃだめだよ」

 

「「「「頑張ります!」」」」

 

「頑張ります!!」

 

「……」

 

 風紀委員は。

 

「えっと、風紀委員の人たちは頑張ってとしか……」

 

「私たちにはなにもないの!?」

 

 いやだって。俺、あなたたちのこと知らないですし。

 

「あー、あれですよ? 負けたら風紀委員もなくなりますよ?」

 

「そ、そうよね! 頑張るわよ、ゴモヨ、パゾ美!」

 

「う、うん!」

 

「わかったのよ!」

 

 俺は西住たちの方を見るが、あいつらには必要はないだろう。

 そして最後に。

 

「会長」

 

「比企谷ちゃん……」

 

「ここまで来れたんです。あと一歩じゃないですか」

 

「うん……ありがとう!」

 

 これにてボコのボコボコ作戦は大洗の問題を解決させることができたと思う。

 そして俺は西住の方を向き、しばし視線を合わせる。後の続きは西住が引き受けてくれるだろう。頷いてくれたし。

 

「まだ試合は終わっていません。まだ負けたわけじゃありません。私たちはちょっとボコボコにされているだけです」

 

 西住はそう言いながら俺を見てくる。あとで話があるからと、その顔は言っていた。やっぱり説明しないといけないか。

 

「あとは頑張るしかないですよ! だって、来年もこの学校で戦車道やりたいから、みんなと……!」

 

「私も、西住殿と同じ理由です!」

 

 西住の意見と共にやる気をだす秋山。

 

「そうだよ! とことんやろうよ! あきらめたら終わりじゃん、戦車も恋も!」

 

 まだ恋愛のことをあきらめてなかったんだな武部のやつ。ある意味それもあいつの強みなのかもしれん。

 

「まだ戦えます!」

 

 やはり五十鈴のやつは芯が強い。

 

「うん」

 

 冷泉の返事はいつも同じように見えるがダルそうには感じないな。やる気はあるようだ。

 やっぱりこいつらには俺の言葉なんていらなかったな。

 

「降伏はしません、最後まで戦い抜きます。ただし、みんなが怪我しないよう判断しながら」

 

 これでこいつらはもう大丈夫だろう。

 

「修理を続けてください! Ⅲ突は足回り、M3は副砲、エンジンのかかりが悪くなっている車両はエンジンルームを温めてください。時間はありませんが落ち着いてください!」

 

「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」

 

 

 ―――もし、俺がいなくなっても。

 

 

「私たちは作戦会議だ!」

 

 さぁ、俺は、ナカジマさん直伝の修理術でも披露しますかね。と、その前にか。西住が修理の準備をしている俺に近づいてきた。

 

「八幡くん」

 

「なんだ?」

 

「こうなるってわかってたの?」

 

「わかっていたというよりは、仕向けたに近いけどな」

 

「八幡くんはみんなのことを信用してるんだね」

 

「俺が?」

 

「だって、下手をしたら試合どころじゃなくなってかもしれないのに、八幡くんはみんながあきらめないって思ったんだよね?」

 

 そうか、そう言われるとそうだな。そっちの可能性を考えてなかったわけじゃないんだが……。

 俺は……あいつらを信用してんだな。自分のことながら、西住に言われて初めて気づいた。

 

「ねぇ、八幡くん」

 

「ん? なんだ?」

 

「頼ってね?」

 

 西住はそう言って、作戦会議へと向かっていった。

 それは俺が副隊長になったときに、西住に言われたことだ。「私たちを頼ってね」と。

 

 

 もし、この時の言葉をちゃんと俺が理解していれば、あんなことにはならかったのだろうか? いや、たぶん変わらない。結局、理解しても俺は同じことをするだろう。

 

 だって俺には、その方法しかできないのだから。

 

 

 ====

 

 

「コーチ、すごいですね!」

 

 近藤はそう言いながら俺に近づいてくる。

 

「ん? あぁ、そうか?」

 

 俺なんて、ナカジマさんたちに比べたらペーペーもいいとこだ。たしかに筋はいいとは言われたが。

 というか近い、近いから! ちょっと離れようか近藤。あとコーチ言うな。

 

「いつの間にこんなことができるように?」

 

「練習が終わったあとに自動車部の人たちに教えて貰ってたんだよ」

 

「へぇー」

 

「せんぱーい! こっちもいいですか?」

 

 今度は一年生か。

 

「おう、ちょっと待っとけ」

 

 そしてある程度の修理を俺は終わらせ、作戦会議の方へと向かうのだった。

 

 

「どうですか? そっちは」

 

「あ、八幡くん」

 

「比企谷か、問題はこの包囲網をどう突破するかだ」

 

 たしかに地図を見る限り、この建物の周囲をぐるりと相手の戦車が配置されている。

 

「敵の正確な位置がわかればいいんだけど……」

 

「偵察をだしましょう」

 

 西住のその提案で、秋山とエルヴィン、冷泉と園さんが偵察に行ったのだった。

 

 



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それが彼の選択

「戦車が冷えるので、素手で触らないようにしてください」

 

「手の空いたものは暖をとれ!」

 

「スープ配りまーす」

 

 西住、河嶋さん、小山さんが各々にみんなに呼びかける。

 試合再開までまだまだ時間はあるからな、体が冷えるのもそうなんだが、全員のやる気が最後まで持つかどうかも重要だろう。空腹と寒さで精神的に追い詰められていく思う。

 でも、たぶん、こいつらならもう大丈夫だろう。

 冷泉たちが偵察に出ていった後。天候が更に悪くなり、吹雪いてきた。雪で視界が悪くなる。これは試合にも影響しそうだ。それがどっちにとって有利になるかは神のみぞ知るところか。

 

「こんなに天気が荒れていたら、偵察にいったみんなは……」

 

 西住も冷泉たちを心配してか、不安そうな顔になる。

 さて、あいつらが持って帰ってくる情報次第では、俺たちはどう動くかが変わってくる。

 そして噂をすればなんとやら。秋山たちは歌を歌いながら、冷泉たちは走って戻ってきた。

 

「ただいま帰還しました!」

 

「こちらも偵察終わりました!」

 

 秋山たちが持ち帰ってきた情報を地図に書き込み、更に詳細にしていく。

 ふむ、これは……。

 

「あの雪の中でこんなに詳細に、これで作戦が立てやすくなりました。ありがとうございます!」

 

「雪の進軍は結構楽しかったです!」

 

「うむ、楽しかった」

 

「敵に見つかって逃げ回ったのがかえってよかったな」

 

「なに言ってるの!? 見つかったのも作戦よ!」

 

「はいはい……」

 

 あいつら仲良くなってんな。

 まぁなにはともあれ、これだけの情報があれば、敵の作戦や意図もわかりやすくなるだろう。

 俺たちはこれからどう動いていくかの指針を決めていく。というかこの配置といい、さっきの作戦といい、なんでこうわかりやすいかね、あいつは。

 西住もこの布陣の意味にすぐに気づいたし、俺たちはそんなに簡単にひっかると思われているらしい。

 まぁ相手方さんもこちらを舐めてるってことで、さっきのお礼にでも行くか。降伏時間まで1時間切ってるが、まだ時間あるな。

 

「西住」

 

「どうしたの八幡くん?」

 

「ちょっと相手の隊長に挨拶してくるわ」

 

 俺は近くのコンビニに散歩に行くノリで西住にそう伝える。

 

「え? うん、いってらっしゃい……って、え!?」

 

 俺は西住の返事を聞く前に吹雪の中に突入し、あの小さい隊長のところへと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 私はボルシチを食べたあと眠くなったから寝ていたんだけど、誰かが名前を呼んでいる気がする。

 もう、誰よ。人が気持ちよく寝ているときに起こそうだなんてふとどき者は。

 

「カチューシャ」

 

 私の名前を呼んでいたのはノンナだった。

 むぅ、ノンナなら仕方がない。ほかのやつらだったら、シベリア送りにしてたけど。

 

「もう時間になったの?」

 

 私はあくびと背伸びをしながらノンナにそう聞く。

 

「いえ、まだあと一時間あります」

 

「? じゃあ、なんで起こしたの?」

 

「あなたにお客人です」

 

「私に?」

 

「えぇ……」

 

 そう言われて周りをよく見てみると、あいつがいた。この前、ダージリンが連れてきたよくわからない男。

 あのお茶会の時もよくわからなかったけど、試合前に少し話した時も結局よくわからなかった。

 私があいつの仲間をけちょんけちょんにすると言ったのに、返ってきた言葉は「むしろお願いする」だなんて、あんなこと言う奴は初めてだった。

 

「で? 何しに来たの? とうとうカチューシャの下僕になる気でもなったのかしら?」

 

 とりあえず牽制。これが私なりの人へのあいさつの仕方でもある。小さいと何かと舐められてしまう。だから少しでも相手を威嚇するためにこんな言葉遣いになった。

 目がどんよりとしていてやる気がなさそうなあいつの返答は、カチューシャがまったく予想にもしていない言葉だった。

 

「いや、お前にお礼を言おうと思ってな」

 

「へ? お礼?」

 

 あまりにも予想外だったから変な声が出た。

 

「あぁ、お前のお陰で大洗の問題は解決した。だから、ありがとうだ」

 

 目の前にいる男はとても優しい顔でそう言う。

 というか、なんで自分はこんなにもドキドキしているんだろうか。カチューシャと戦ってきたやつでこんな顔をしたやつなんて一人もいなかった。

 当たり前だと思う。だって私はそういう戦い方をしてきたのだから。

 だからこのドキドキは寝起き故のせいなのだと思う。たぶん。

 

「やっぱりあなた勝つ気がないの?」

 

 そんな顔をされる理由がわからなかったから、とりあえず適当に言ってみる。

 

「なんで?」

 

「まだ試合が終わってないのにお礼だなんておかしいじゃない」

 

「それはあれだ……。勝った後にお礼なんて言えないだろ?」

 

 負ける気はさらさらないってことね。

 

「ふーん、まだあの状況で勝つつもりなのね。でもあなたがそうでもほかのやつらはそうとは限らないわよ?」

 

「……大丈夫だ。あいつらはもう俺がいなくてもやっていけるからな。心配なんてしてない」

 

 またさっきと同じような表情をする。

 

「ふ、ふん! そんなことを言ってられるのも今のうちよ! 私たちの親愛なる同志が、あなたたちをけちょんけちょんにしてくれるんだから!」

 

「試合始まる前にもそういってなかったか?」

 

「あれはたまたまよ! うちのかーべーたんがほんきを出せば一瞬なのよ!」

 

「そういうことにしといてやるよ」

 

「ふみゅっ……」

 

 あいつはそう言いながらカチューシャの頭を撫でてきた。突然されたものだから変な声が出てしまったじゃない! ……別に、嫌だったとかそういうわけじゃないけど……。

 

「じゃあな」

 

 そう言ってあいつは帰っていった。

 なんで、なんであいつはあんな顔をしたんだろう。わからないけど、カチューシャがやることにはなにも変わりはない。いつも通り相手を倒すだけよ。

 でも……。

 

「ノンナ」

 

「どうしました、カチューシャ?」

 

「あいつの名前は?」

 

「………」

 

 ノンナはなんか意外な顔をしている。私はそんなに変なことでも言ったのだろうか。

 

「ノンナ?」

 

「いえ、彼の名前は比企谷 八幡と言います」

 

「比企谷、八幡……」

 

 なら、ハチーシャってとこかしら。

 次からはそう呼ぶことにしよう。別に他意はない。なんとなく、そう思っただけ。

 

 

 ====

 

 

 カチューシャたちが俺たちを包囲しているが、その布陣には防壁が薄いところがある。

 西住とも話し合った結果だが、二人とも同じ意見になった。突破するのは防壁の薄いところではなくむしろ厚いところ。理由は簡単、だってあからさますぎるのだ。ここを攻めてくれと言わんばかりの布陣。十中八九罠だろうな。フラッグ車の方も同じ理由で却下。

 なら、俺たちはそこには攻め込まず、相手の意表を突くためにあえて、ぶ厚い方へと行くことにした。

 問題はその後、包囲網を突破したあと、どうやって勝つかだが……。

 ん?なんか聞き覚えのある歌が聞こえてくるんだが、なんでだ? 俺は疑問に思いながら帰還し、その理由はすぐにわかった。

 

「……お前ら、なにやってるんだ?」

 

 西住たちがなにをやってるかって? あんこう音頭踊ってた。いやまじで。たしかこれって中継されてるんだが、わかってるんだろうか。

 

「へ? は、八幡くん!? い、いつからそこに?」

 

 どんだけあんこう音頭に集中してるんだよ。俺が話しかけるまで気づいてもらえなかった。たぶん、俺のステルス性能は関係ないと思う。

 

「今さっきだ。で? なんであんこう音頭を踊ってるんだお前らは」

 

 俺の疑問に答えてくれたのは秋山だった。

 

「西住殿がみんなのやる気を出すために踊りだして、みんなが踊りだした感じです!」

 

 西住もだいぶ会長に毒されているな。なにもあんこう音頭でもなくてよかっただろうに。

 いや、結果的に言えば、間違っていないんだが。やはりどこかずれてるな西住は。

 

「比企谷殿も一緒に踊りましょうよ!」

 

 秋山か俺を誘ってくる。

 

「いや、もうそろそろ時間だぞ」

 

 それに俺が踊るとテロになるから却下で。

 そして相手さんもちょうど来たようで。

 

「もうすぐタイムリミットです。降伏は?」

 

「降伏はしません。最後まで戦います!」

 

 

 ====

 

 

 俺たちは戦車に乗り込んでいく、その途中で会長が西住に話しかける。

 

「西住ちゃん!」

 

「え?」

 

「私らをここまで連れてきてくれてありがとね。あと比企谷ちゃんも」

 

 毎度のことながら俺を添え物みたいに扱うのはやめてほしい。それに……。

 

「これで終わりじゃないですよ。まだ決勝が残ってるんですから」

 

「……比企谷ちゃん。うん、そうだね、そうだった」

 

「行くぞ、西住!」

 

「う、うん!」

 

 そう、会長たちの戦車道はこれからまだ続くのだ。だからまだあきらめるのははやい。勝利の女神はまだどちらにも微笑んではいないのだから。

 

『それではこれから、敵の包囲網を一気に突破する、ところてん作戦を開始します。……パンツァー、フォー!』

 

 

 さて、先程も話したと思うが、このところてん作戦が終わってからが勝負の肝だ。なんでところてんなのとかは聞かないでくれ。俺にもわからん。

 話がそれたな。

 どこまで話したっけか、そうそう作戦が成功したらの話だったな。

 まずこちらの車両が七両、相手は撃破したといってもまだ十二両も残ってる。しかも戦車としての性能も段違いであちらの方が上だ。このまままともに戦ったら勝ち目はない。

 だからまともに戦わない。

 たぶんだが、相手は下手にフラッグ車は動かさないはずだ。動かさないというよりは動かす意味がないといってもいいだろう。

 下手に動かして、なんかのはずみで撃破などシャレにならない。ならいっそのこと動かさず、他の車両に守らせていた方が安全だ。

 だからそこを突く。そのためには相手の戦力の注意を引き付ける必要がある。こちらのフラッグ車を囮にしての盛大な鬼ごっこが始まるわけだ。

 相手の戦力を引き付けてる間に相手のフラッグ車を叩くしかない。

 

 

 ====

 

 

 試合再開の合図とともに、38⒯を先頭に大洗の戦車が大聖堂から一斉に走り出す。

 彼女たちの戦車はそのまま包囲網の薄いところへと向かっていく――ように見せかけ、そのままぶ厚い相手の包囲網の方へと走り出すのだった。

 そんな大洗を迎え撃つべく、プラウダもまた砲撃を始める。だが、吹雪で視界が悪いこともあって、なかなかにその砲撃は当たらない。

 38⒯がそのままその砲撃をかいくぐって敵の車両を一両撃破。その隙に大洗の他の車両も一気に包囲網を抜けていく。

 

『前方、敵四両!』

 

 しかし、その包囲網を抜けても依然としてプラウダの車両は立ちはだかる。

 

『こちら最後尾、後ろからも四台来ています、それ以上かも』

 

『挟まれる前に隊形崩さないよう、十時の方向へ旋回してください!』

 

『前の四両引き受けたよ!上手くいったら後で合流するね!』

 

「T-34、74、86にスターリンかぁ、堅そうでまいっちゃうなぁ……。小山! ねちっこくへばりついて!」

 

「はい!」

 

「河嶋! 装填早めにね!」

 

「はい!」

 

「38⒯でもゼロ距離ならなんとか……『西住ちゃん! いいから旋回して!』」

 

『わかりました!気を付けて!』

 

 38⒯だけが前方の四両へと立ち向かい。その間に大洗のほかの車両は十時の方向へと旋回する。

 そのまま加速して近づいていき、ゼロ距離で攻撃を当てるべく、相手の車両と車両との間を駆け抜けながら履帯やエンジン部を狙い砲撃をする。

 だが、距離が遠かったのか、砲弾が弾かれる。

 

「失敗、もういっちょ!」

 

「はい」

 

 装填が行われ、追撃。

 

「もういっちょ!」

 

「はい!」

 

 さらに追撃!

 38⒯は次々と相手の砲撃を掻い潜りながら、着実に相手の車両に砲撃を当てていく。

 

「よーし、こんぐらいでいいだろう。てっしゅ~」

 

「お見事です!」

 

 その直後、砲弾が38⒯を直撃する。

 38⒯も健闘はしたが、相手もそう甘くはなく、応援に来たプラウダの車両に38⒯は撃破されてしまうのだった。

 

『いやーごめん。二両しかやっつけられなかったうえにやられちゃった。あとはよろしくね』

 

『わかりました。ありがとうございます』

 

『頼んだぞ!西住!』

 

『お願いね!』

 

『……この窪地を脱出します!全車あんこうについて来てください!』

 

『『『はい!』』』

 

 勝利の女神はどちらに微笑むのか、いまだ天秤はどちらにも傾いてはいない。

 

 

 ====

 

 

『なにやっているのよ、あんな低スペック集団に!全車で包囲!!』

 

『こちらフラッグ車、フラッグ車もですか?』

 

『アホか!あんたは冬眠中のヒグマ並みに大人しくしてなさい!!』

 

 

 ====

 

 

『麻子さん、二時が手薄です! 一気に振り切ってこの低地を抜け出すことは可能ですか?』

 

「了解。多少きつめに行くぞ」

 

『あんこう二時、展開します! フェイント入って難度高いです、頑張ってついて来てください!』

 

『了解ぜよ!』

 

『大丈夫?』

 

『大丈夫!』

 

『マッチポイントにはまだ早い! 気ぃ引き締めていくぞ!』

 

『『『おお――!!』』』

 

『頑張るのよゴモヨ!』

 

『わかってるのよそど子』

 

『あの、冷泉さん。少し手加減してもらうってのは……』

 

『ふっ、頑張れ比企谷、お前ならできる』

 

『いや、できないから言ってるんだが……』

 

『人間、死ぬ気でやればなんでもできる。行くぞ』

 

 そしてⅣ号を先頭に大洗の車両は麻子の宣言通り、何度もフェイントが入りながらもしかっりとついていくのであった。

 

「見えたぞ」

 

 大洗の面々は向かう、最初に榴弾で溶かしたあの場所へと。

 直後、相手が手当たり次第に機銃曳光弾を撃ってあたりが照らされていく。

 

『カモさーん、追いかけてきているのは何両ですか?』

 

『えーと…全部で6台です!』

 

『フラッグ車はいますか?』

 

『見当たりません!』

 

『カバさん! あんこうと一緒に坂を乗り越えた直後に敵をやりすごしてください。主力がいないうちに敵を叩きます! ウサギさん、カモさん、ボコはアヒルさんを守りつつ逃げてください。この暗さに紛れるためにできるだけ撃ち返さないで!』

 

『『『はい!』』』

 

 そして最初に定めていた作戦通り、Ⅳ号とⅢ突は坂を上ったあと、榴弾で溶かした雪の残骸の陰に隠れ、他の車両はそのまま走り抜ける。

 それを追いかけプラウダの車両もそのまま通り過ぎる。

 相手が通り過ぎたことを確認し、Ⅳ号とⅢ突は決着を着けるべく、相手のフラッグ車の元へと急ぐのだった。

 ここからは先にフラッグ車を撃破した方が勝つ。あたりまえであり、単純明快な答え。

 それでもまだ、勝負の行方はわからない。

 

 

 ====

 

 

『追え追えー!!』

 

『二両ほど見当たりませんが』

 

『そんな細かいことはどうでもいいから、永久凍土の果てまで追いかけなさい!』

 

 あくまで目標はフラッグ車、関係のないどうでもいい車両など放っておけばいい。

 直に援軍もくる。そうなれば相手はもう終わりだ。

 

 

 ====

 

 

 そして一方のⅣ号、Ⅲ突はというと相手のフラッグ車がどこにいるのか目星がついていない。

 

 その現状を打破するためにみほは動く。

 

「優花里さん、もう一度偵察にでてくれる?」

 

「はい!よろこんで!」

 

 そのまま優花里はⅣ号を飛び降り、相手のフラッグ車を見つけるため、高い場所へと目指すのであった。

 

 

 ====

 

 

『遅れてすいません!IS-2、ただいま来ました』

 

「きたー!ノンナ!変わりなさい!」

 

「はい」

 

 IS-2はノンナが乗ることにより変貌をとげる。長距離射撃こそが彼女の得意分野、そのスタイルはサンダースの砲手と酷似している。このままだと大洗は……。

 

 

 =====

 

 

 優花里はようやく高台を見つけ、フラッグ車を探す。時間がない、急がないと。

 そしてようやく。

 

『あっ!発見しました!』

 

 これで互いに王手をかけた。あとはもう時間との勝負だ。

 

 

 ====

 

 

 フラッグ車率いる大洗は苦戦を強いられている。IS-2に乗ったノンナの長距離射撃の前に文字通り手も足も出せない状態だ。

 最初の一発は外れたが、あとは誤差を調整して次からは当ててくるだろう。

 

『なんなのよあれ! 反則よ校則違反よ!』

 

「どうしよう?」

 

「私たちのことはいいからアヒルさんを守ろう」

 

「そうだね。桂里奈ちゃん、頑張って!」

 

「よっしゃー!!」

 

 M3がフラッグ車のアヒルを守るように後ろに張り付く。その直後にノンナの砲撃によって撃破されてしまうのだった。

 

『ウサギチーム、走行不能!』

 

『みなさん、大丈夫ですか!?』

 

『『『大丈夫でーす!』』』

 

『メガネが割れちゃったけど大丈夫でーす』

 

『カモさん!クマさん!アヒルさんをお願いします!』

 

『おう』

 

『了解! ゴモヨ! パゾ美! 風紀委員の腕の見せ所よ!』

 

 

 ====

 

 そしてプラウダのフラッグ車はというと。

 

『カチューシャ隊長、こちらフラッグ、発見されちゃいました! どうしましょう? そちらに合流していいですか? とういうかさせてください!』

 

 Ⅳ号、Ⅲ突に見つかり追いかけ回されていた。

 

『単独で雪原を出たらそれこそいい的になるだけよ!!』

 

『ほんの少し時間さえいただけたら、必ず、仕留めて見せます』

 

『というわけだから! 外に逃げずにちゃかちゃか時間稼ぎして。なんなら頼れる同志の前に引きずり出したっていいんだから』

 

 カチューシャの指示通り、フラッグ車は外には逃げず、追いかけてくるⅣ号とⅢ突を倒すために、KV-2が立ちはだかるのだった。

 

『来た、ギガント!』

 

『大丈夫!』

 

 KV-2からの砲撃をⅣ号とⅢ突は避ける。

 

『停止!』

 

 即座にそのまま停止。

 

『KV-2は次の装填までに時間があるから、落ち着いて!』

 

 ここで外しては意味がないが、かといって適当に撃っても相手は撃破することはできない。

 

「はい。もっとも装甲の弱いところを狙って……」

 

 狙うはウィークポイント。

 

『撃て!』

 

 みほの指示で二両同時に砲撃を行いKV-2を撃破。

 

 

 ====

 

 

 時を同じくしてカモチームのルノーも撃破される。

 

『カモチーム撃破されました!アヒルさん、クマさん、健闘を祈ります!』

 

『『『はい!』』』

 

『…………』

 

 最後に残ったフラッグ車と八幡の戦車、彼も同じようにフラッグ車がやられないよう後ろにつく。

 普通ならなんら問題がない行動だが、彼の戦車は今や普通ではない。何故なら……、特殊カーボンがほとんど役目を果たしていない。戦車道のルール規定に触れるか触れないかレベルまで特殊カーボンが薄くなっている。

 そのままIS-2の高い火力での砲撃をくらうと危ないとわかっていても、彼の行動は変わらない。まるで自身のことなどどうでもいいかのように彼は迷いなく行動するのだった。

 

 

 ====

 

 

『みぽりん! 急がないと! あとはクマさんとアヒルさんだけになっちゃった!』

 

 急がないと、もう時間は迫ってきている。

 

「グルグル街を周ってるだけ、だったら……!」

 

 みほも覚悟を決め、最後の攻防へと出る。

 

『カバさんチーム追撃を中止してください!』

 

 

 

 それが彼女たちと彼の選択。そして勝利の女神は微笑み、天秤は傾く。

 

 戦車道全国大会準決勝。勝者は……。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

『試合終了…………』

 

 

 

『勝者………』

 

 

 

 

 

『――――――――大洗学園!!』

 

 湧き上がる歓声。その放送に大洗の面々も多いに喜んでいる。だが……。

 

『西住隊長!!』

 

 この準決勝はそれだけでは終わらない。

 

『八幡の戦車が!!』

 

 彼と彼女たちの戦車道も別の意味で終わりが来ようとしていた。

 

『急いでこっちに来てください!!』

 

 結果だけを言おう。

 

 比企谷 八幡は……、この日……。

 

 

 

 ―――――――戦車道を辞めた。

 

 

 



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平塚 静は比企谷 八幡のよき理解者である

 ――誰かが言った。

 

『比企谷さん、あなたのやり方は嫌いです』

 

 いついかなるときも凛と立ち振る舞っている芯の強い少女は言う。お前のやり方は間違っていると。

 

 ――誰かが叫んだ。

 

『比企谷! 人の気持ちをもっと考えてよ! なんでいろんなことがわかるのにそれがわからないの!?』

 

 いつも人のことを気にかけている優しい少女は叫ぶ。

 お前は人の気持ちがわかっていないと。

 

 ――誰かが呟いた。

 

『八幡くん……』

 

 なんどやられてもあきらめないこころを持った少女はそれ以上なにも言わなかったが、その表情は今にも泣きだしそうであった。

 なにかを言われるより、それが一番堪えたかもしれない。

 その誰かたちの表情は往々にして暗い。

 そんな顔にさせてしまったのはいったい誰か? 言うまでもない、俺自身だ。俺の選択が、俺の行動が、この状況にしてしまったのだ。

 だから俺は……。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 

 ピピピピピピ!!

 朝の起床のアラームが鳴り響く。

 またあの夢か。俺はアラームの音でさっきまでのことが夢だと自覚する。

 ここ数日、俺は同じような夢を見ている。たしかにさっきまで見ていたの夢だが、その出来事は本当にあったことだ。夢幻の類いではない、それだけは変わりようがない、変えられない真実。

 もう終わったことだ、今さら気にしてもしょうがない。朝飯でも食っていつも通り学校に行こう。

 あの試合、そして、俺が戦車道をやめてもう3日が過ぎようとしていた。俺の日常はたいして変わっていない。ただ前に戻っただけだ、なにも問題はない。

 俺は着替えを済ませ、小町が作ってくれているだろう朝食を食べるために居間へと向かう。

 

「あ、おはよう、お兄ちゃん」

 

「ああ、おはよう」

 

「………」

 

「どうした?」

 

「お兄ちゃん、ちゃんと寝れてる?」

 

 なんだ、いきなり?

 

「いや、ぐっすりだが?」

 

 俺は小町にそう返事して、小町が用意してくれている朝食に手を付ける。トーストに目玉焼き、ウィンナーにサラダ。うむ、今日も実においしそうだ。

 俺が小町の朝飯を堪能していると、小町は自分の朝飯には手をつけず俺に声をかけてきた。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

 今は忙しいから後にしてくれと小町に視線を送ったが、気づかなかったかシカトしているかは知らんがそのまま話を続ける小町。

 

「なんか、あった?」

 

「なんもねぇよ。……むしろなんもなさすぎて最近ちょっと暇でもあるな。人間、平和なときは日常に刺激を求めるが、戦争とかになれば穏やかな日常を求める。まったくもって矛盾してるよな。いや、ないものねだりと言ってもいいのかもしれん」

 

 小町はそんな俺をまじまじ見たあと。

 

「は? 何言ってるの?」

 

 この一言である。

 小町ちゃん? もうちょっとほかになにか言葉はなかったの? いくらなんでもその反応は俺でも傷つくんだが……。

 

「ねぇ、知ってる?」

 

「なに? マメシバ?」

 

 最近だとあまり見かけないが、今もCMとかで流れているんだろうか? ああいう流行りものはなぜかいつの間にか流行りだして、いつの間にかブームが終わっている。

 そういうのに疎かったりするとクラスで自分だけがそのネタを使い、何言ってんのこいつ? みたいな顔をされる。

 

「お兄ちゃんが暇なのはおかしいことなんだよ?」

 

 待て、小町。それはいくらなんでもおかしい。

 

「なんでだよ、俺は働いていないんだから別に朝ゆっくりしたっていいだろうが」

 

 俺がそう言うと小町はさらに顔を険しくする。

 

「じゃあ、朝練は?」

 

「ない」

 

「放課後、帰ってくるのが早いのは?」

 

「特にやることがないからな」

 

「……なら、戦車道は?」

 

「……やめた」

 

 そう言うと小町は一瞬顔を歪ませた。が、それもすぐに戻る。

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

「俺は嘘はつかん」

 

「そうだね、お兄ちゃんは嘘はつかない。しょうもないことはいうけど」

 

 小町の俺にたいする評価が厳しすぎる。身内なんだからもうちょっと甘くてもいいのよ?

 

「あ、わかった! みほさんたちの誰かと喧嘩したんでしょ、お兄ちゃん」

 

 小町はなにやら一人で勝手に納得してうんうん頷いている。

 

「もう、しょうがないなぁ。ほら!小町も一緒に謝ってあげるから、なにがあったか話してみそ?」

 

「なんで俺がやらかしたっつー前提で話が進んでるんだよ……」

 

 それとお前は俺の母親かよ。なんで謝りに行くとして小町を連れていかないといかんのだ。シスコンだと思われるだろうが。

 

「お兄ちゃんがやらかさない時なんてあるの?」

 

 さすが俺の妹、俺のことをよく理解している。だがな。

 

「……別になんもない。俺がやめたかったからやめただけだ」

 

「そんなわけあるわけないじゃん! だって……!」

 

「……小町、いい加減にしろ。しつこい」

 

「…………」

 

 俺はそこまで強く言うつもりはなかったが、聞こえた来た俺の声は酷く低く、そして冷たかった。

 

「最初はあの試合のあとだから休んでるのかと思ってたけど違うんだね、本当にやめたの?」

 

「さっきからそういってるだろ」

 

「あっそ、お兄ちゃんがそういうんならそうなんだろうね。小町、もう知らないから!」

 

「そうしてくれ」

 

 俺は中断していた食事をそのまま再開する。

 

「………嘘つき」

 

 そして最後に小町はそう付け加えて扉を思いっきり閉めて朝食も食べずに学校へと向かっていった。

 ……嘘つきね。それはなんにたいしてか。それは俺がさっき言った言葉にたいしてだろうか? それとも……。まあいずれにせよ、小町を怒らせたことには変わりはない。

 小町と喧嘩なんていつぶりだ? いや、小さい喧嘩ならしょっちゅうしてるが、小町をあそこまで怒らせたのは初めてかもしれん。帰ってきて顔をあわせるのがビミョーに気まずいが、それはそれである。

 だがな小町、本当になにもないんだよ。

 俺がやらかしたのまではあっている。それでも結局、俺が一人で勝手にやって一人で勝手にやめていっただけなんだから、いわゆる自業自得。小町が気にすることじゃない。

 それにこんな俺があの場所に戻れるわけないだろ。

 

 

 ――戻ったとしても、また誰かを傷つけるだけだ。

 

 

 ====

 

 

 大洗学園はプラウダ戦のあとからすごい賑わいを見せている。三日たった今でもみんな口々に話しているのは戦車道のこと。

 無名校が初出場で戦車道の全国大会、しかも決勝まで駒を進めたのだ。普段から戦車道に興味がない奴でも否応なしにこの話題には敏感になる。これで人員の方もどうにかなればいいが。

 ……なにを考えているんだ俺は、もう関係がないんだからそんなことどうだっていいだろうに。

 戦車道をやめた俺の最近の学校生活は遅刻ぎりぎりの登校から始まり、普通に授業を受け、休み時間は基本寝たふり(戸塚に話しかけられたとき以外)、昼休みはいつものようにベストプレイスでボッチ飯。そして放課後は……。

 がらがらと扉を開き、目的の場所へと着く。

 

「あら、また来たのね。サボり谷くん」

 

 雪ノ下は本を読んでいるにも関わらず、わざわざ中断して俺にその一言を放つ。

 

「俺は別に部員だから別に来てもいいだろうが。それにサボりじゃない、戦車道ならやめたからな」

 

 俺は放課後にこうして奉仕部に来ている。

 別に特段ここでやることがあるわけではないのだが、暇つぶしの場としてはここはとても優秀だ。マッカンを飲みながら小説を読むのが、今俺が奉仕部で行っている活動と言っても過言でない。結論から言えばダラダラしてるだけだがな。

 ここは俺の第二のベストプレイスになれるのかもしれない。一人、口うるさいのがいるのを除けばだが。

 雪ノ下には散々説明しているのだが、一向に俺のことをサボり谷というのをやめない。

 なにが彼女をそこまでさせるのか? いや、単純に俺のことがきらいなんだろう。考えるまでもなかったな。

 そしてまたがらがらと、今度は勢いよく扉が開かれる。

 

「やっはろー!」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

 来たのは由比ヶ浜。まあ当たり前だな、ここの部員だし。

 

「……ヒッキー、今日もいるんだ……」

 

 由比ヶ浜は俺の顔を見るなりいきなりそう言ってくる。なんで俺は挨拶代わりにいきなりディスられてるんだ。

 

「……いて悪かったな」

 

 俺はいつも以上に目を腐らせ、由比ヶ浜の方を見る。

 

「え? いやいや、いるのが悪いって意味じゃないし!なんでいるんだろうなーとか思ってないから! あれだし、むしろいてくれて嬉しいから!」

 

 由比ヶ浜は俺に睨まれて、よくわからん言い訳をしてくる。ところどころ本音が見え隠れしてる気がするんだが。特に前半部分。

 

「落ち着け、変なこと口走ってるぞ」

 

「え!? なしなし! 今のノーカンだから!」

 

 なにがノーカンなのだろうか? まあいい、小説の続でも読むとしよう。

 俺がパラパラと本をめくっていると、由比ヶ浜が話しかけてきた。

 

「……ねぇ」

 

「ん? なんだ?」

 

「……ヒッキー、戦車道は?」

 

 さっきまでわちゃわちゃとしていた由比ヶ浜が、突如としてそんなことを聞いてくる。

 

「……お前もか」

 

「え?」

 

 由比ヶ浜からすればまったく関係ないんだが、俺は雪ノ下に同じようなことを言われている。雪ノ下といい、由比ヶ浜といい、なんでそんなに俺のことを気にするのかね。

 

「何度も説明してると思うが、俺はもう戦車道はやってないって言ってるだろ」

 

 その俺の言葉に雪ノ下も由比ヶ浜も、納得なんてできないみたいな顔でこちらを見てくる。

 お前らは俺にどんな返答を期待しているんだよ。

 

「で、でもさ……」

 

 いつもならそれで話が終わるのだが、今日の由比ヶ浜はそれで終わらなかった。

 

「なにかあったの?」

 

 朝の小町と同じようなことを聞いてくる。

 

「……なにかって、なんだよ」

 

「そ、それはわかんないけど。でも、ヒッキーが戦車道やめるぐらいだからよっぽどのことがあったんじゃないの?」

 

 なんでこいつは、いつもはアホの子のくせしてこういうところは妙に鋭いんだか。

 

「あるわけないだろ、俺にとってそんなもんだっただけだ。お前らが気にすることじゃない」

 

「……ご、ごめん」

 

 なんで由比ヶ浜が謝っているんだ。

 そんな俺と由比ヶ浜のやり取りを見ていた雪ノ下が口を出す。

 

「由比ヶ浜さん、その男にそれ以上言っても無駄よ」

 

「で、でも、ゆきのん!」

 

「あなたの言いたいことはわかっているわ。でも、今の彼を彼女たちに会わせても意味がないもの」

 

「そ、そうかもだけど……」

 

 いったい雪ノ下たちはなんの話をしているんだ? 会わせるだの意味がないだの、なんかあるんだろうか? また依頼かなんかか?

 そんな二人のやりとりを見ていると、またしても奉仕部の扉が開く。

 

「入るぞ、雪ノ下」

 

 奉仕部の扉を開いたのは平塚先生だった。どうしたんだろうか?

 

「平塚先生、ノックをしてくださいと……」

 

「今日は大目に見てくれ、ちょうど比企谷もいるようだな」

 

 どうやら、平塚先生は俺に用事があるようだ。俺、なんかしたっけか?

 

「彼を借りていきたいんだが、大丈夫だろうか?」

 

「ええ、どうぞ好きにしてもらって構いませんよ」

 

 そんな平塚先生の問になぜか雪ノ下が答える。

 というか平塚先生もなんで雪ノ下に許可をとってるんですかね。俺の意見はどこにいってしまったのか、なんか前にも似たようなことがあった気がする。

 

「おい、なんでお前が――」

 

「そうか、すまんな、雪ノ下」

 

「いえ、どうせいても備品以下だったので気にしないでください」

 

「今お前が気にするべきは平塚先生じゃない、俺のことをもう少し優しく扱え雪ノ下」

 

 いくらなんでもその扱いは納得いかんぞ。

 俺が反論すると、なにいってんだこいつみたいな目で見られたんだが。え? 俺がおかしいの?

 

「平塚先生、この男をお願いします」

 

 雪ノ下はそのまま俺をシカトして話を進める。

 

「もとよりそのつもりだ、まかせてくれたまえ」

 

 本人がなにも言ってないのに話だけが勝手に進んでるんだが……。

 誰か、誰か俺の味方はここにはいないのか? 藁をもすがる気持ちで由比ヶ浜の方を見たのだが、目を逸らされてしまった。

 ですよねぇ、俺なんかに見られたら目を逸らすよね。知ってた、知ってたけどちょっと精神にダメージが。

 

「ほら、なにしてるんだ比企谷、行くぞ」

 

「平塚先生、ちょっと待ってください。今、精神に多大な被害が」

 

「なにを言っているんだ君は。それと雪ノ下、由比ヶ浜、この後のことを頼むぞ」

 

「はい」

 

「任せてください!」

 

 やっぱりこの後なんかあるのか。

 

「俺は手伝わなくていいんですか?」

 

「ん? どうした。君にしてはえらく積極的じゃないか」

 

 まるで俺がいつも消極的みたいに言わないでくださいよ、平塚先生。たしかにいろいろとめんどくさがってはいますけども。

 

「いや、別にそういうんじゃないですけど」

 

「今回の依頼はまだ君には関係ないから気にしなくていいぞ」

 

 まだ? どういうことだ?

 

「さて、我々もそろそろ行くとしよう」

 

 俺は有無を言わせない平塚先生に連れられて行くのだった。

 

 

 ====

 

 

「で、なんで俺はラーメン屋に連れてこられてるんですか、平塚先生」

 

「いや、話の前に腹ごしらえでもと思ってね。ラーメンは嫌いかね?」

 

「……いえ、好きですけど」

 

「なら、よかった」

 

 俺はてっきり平塚先生から話があるもんだとばかり思っていたんだが、なぜにラーメン屋。

 

「平塚先生、まさか……一人でラーメン屋巡りとかしてませんよね?」

 

「ギクッ」

 

 おいおいギクッてなんだギクッて。俺初めて見たぞ、本当に言ってる人。

 

「ま、まあ、いいじゃないかそんなことは」

 

 俺はよくても平塚先生がよくないんじゃ。結婚、遠のきますよ?

 

「ヘイ、お待ち!」

 

 そんな平塚先生の未来を案じていたら、ラーメン屋の店員が俺と平塚先生が注文したラーメンを持ってきた。

 

「では、頂こう」

 

「……いただきます」

 

 感想、ラーメンは普通にうまかった。今度からは一人でも食べにいってみるか。

 

「平塚先生。結局、なんで俺を呼びだしたんですか? まさか本当にラーメンを食べに来ただけとか言わないですよね?」

 

 いくらなんでもさすがにそれだけではないだろう。

 ラーメン屋に来たのはたぶん、この人がラーメンを誰かと食べたかっただけなんだと思う。なんか自分で言ってて泣けてきた。誰かこの人もらってやれよ。

 

「そうだな、ここではなんだし、どこか静かな場所にでも行こうか」

 

 そうして俺はまた平塚先生の車の助手席に乗る。

 

「さっき聞きそびれたんですけど、この車どうしたんですか?」

 

「ん?ああ、これは私の愛車だよ」

 

「まじですか!? これ結構高ったんじゃ……」

 

 俺が今乗っている車は、アストンマーティン・ヴァンテージというそれなりに高い車だ。気になる人は調べてみると言い。正直、桁がおかしいから。まじで。

 

「ローンだよ、ローン」

 

「俺なんかが助手席に乗ってよかったんですか? こういうのって普通大事な相手とか乗せるんじゃ……」

 

「君は私の大事な生徒だよ」

 

「いや、そういうんじゃなくて」

 

「……それ以上は聞かないでくれ、比企谷」

 

「……なんかすいません」

 

 なんともいえない空気になってしまった。どうしよう? 小粋なジョークでも挟むべきなのか?

 そんなことを考えていたらどうやら目的地に着いたようで、俺の小粋なブラックジョークは披露せずにすんだ。……いつのまにかブラックに進化していた。

 危ない危ない、平塚先生の傷を抉るところだった。

 俺たちは車から降りる。

 

「それで、話ってのはなんですか?」

 

「比企谷」

 

「はい」

 

「君は、あの準決勝でなにがあったんだ?」

 

 は? え? 準決勝? なんで今その話が?

 

「どうしたんですか? いきなり」

 

「……いきなり、というわけでもないんだよ、比企谷」

 

「それは一体どういう……」

 

 俺は平塚先生がなにを言おうとしているのかがわからない。

 

「準決勝のあとの君は様子が変だった。それこそ、付き合いの短い雪ノ下たちでさえその事に気づいていたぐらいだ」

 

「なら、雪ノ下たちの気のせいでしょ。俺はいたって普通ですよ」

 

「普通、ね。君のいう普通は大体の確率で普通じゃないよ」

 

「……ひどくないっすか、いくらなんでも」

 

「比企谷、今のは君はいつも以上に普通で……そして、いつも以上につらそうだよ」

 

 つらい? なんで? 俺はいつも通りの日常を謳歌してるだけだ。むしろ楽しんでる。

 

「それも平塚先生の気のせいでしょ、俺は別になんとも……」

 

「君をいつから見ていると思っているんだ」

 

「いつからって、それは……」

 

 あれは、そう、俺が一年の時、担任だった平塚先生に呼ばれたのが最初だっけか。たしか、呼び出された理由が。

 

「比企谷、君はなんでもそつなくこなしているが、それ以上は頑張ろうとしない。なにか君にはやりたいことはないのか?」

 

 いわゆる生徒指導。俺はめんどくさかったこともあり、戦車に乗ることを夢見て今でも努力はしてますよ、といった。

 そうすれば、大抵の相手は俺のことを変なやつと認識して相手をしなくなる。この先生もそうなると思ったのだが、返ってきた反応は意外なものだった。

 

「ほう、戦車を。そうか、なら今後も頑張りたまえ、いつか君が戦車に乗れる日が来るだろう」

 

「……馬鹿にしないんですか?」

 

 自分から話を終わらせようとしていたのに、いつの間にか俺は質問をしていた。

 

「どうして馬鹿にしないといけないんだ?」

 

「いや、だって……」

 

 俺は男じゃないですか、と続けようとしたら。

 

「比企谷、たしかに人の価値観というものは時として残酷だ。どうしようもなく君を傷つけてきたのだろう。だが、それがすべてじゃないよ」

 

 平塚先生は俺の目を真っ直ぐ見ながらさらに言葉を続ける。

 

「君の周りには君を否定する人間しかいなかったのかな?」

 

 平塚先生に言われ、思い浮かんだのは、小町と愛里寿だった。アホのあいつはその中には入れなくていいだろう、別に。

 たしかに俺を否定するやつらばかりじゃないのかもしれない。けど……。

 

「……いえ。でも、俺は間違ってますよ」

 

 それでも男が戦車に乗るのは間違っているのだから。

 

「間違わない人間なんていないよ、比企谷。いるとすれば、そいつは自身の間違いに気づいていないだけだ。それに……」

 

「それに?」

 

「君のその間違いがいつかは正しく評価される時が来るよ」

 

 平塚先生は言う、俺は間違っていないと。

 

「……そうはなりませんよ」

 

「なぜそう断言できる ?君のことをちゃんと理解してくれるやつはいるよ。今は私なんかで悪いが」

 

 俺は首を横に振る。そんなことは、そんなことはないですよ平塚先生。

 

「比企谷、君の進んでいる道は並大抵とはいかないだろう。それでも頑張りたまえ、少なくとも私は応援している」

 

 正直に言えば俺は告白しそうになっていた。

 だが、もう自分の感情にまかせて行動はしないと決めていたし。なにより、俺なんかがこの人にふさわしくないと思った。

 平塚先生は俺がこの学園艦に来て初めて俺のことを肯定してくれた人だった。

 今思えば、俺はこの人に甘えていただけかもしれない。

 あの二つの感想文、今思い返してもなかなかに酷い内容だと思う。それでも、あの内容のまま出したのは、きっと平塚先生なら大丈夫だと思ったのだろう。

 まあその結果が奉仕部への入部と、感想文を会長や雪ノ下に読まれることになるとは思ってもいなかったが。

 しかし、俺は甘えるにしてもとことん捻くれているな。人に甘えたことがなかったということで許してください、平塚先生。

 

「あれからもう一年がたつんですね」

 

「なにを君は年寄りみたいなことを言ってるんだ」

 

 あの出会いは俺にとってはそれだけの価値があったんですよ。

 

「……平塚先生、俺はどうしたらよかったんですかね?」

 

 もうこの人の前では隠し事は意味ないか。

 

「まずはなにがあったか私に話してみたまえ、話はそれからだろう」

 

 それもそうか、まずはあの準決勝のことを話すとしよう。

 

 準決勝に至るまでの俺の行動。そして、その最後になにがあったのかを。

 

 



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だってそれがボコだから

『カモチーム撃破されました!アヒルさん、クマさん、健闘を祈ります!』

 

『『『はい!』』』

 

 プラウダ高校との鬼ごっこも、ついに残すは俺のモーリスと磯辺たちの八九式だけとなってしまった。

 西住たちが今、どんな状況になっているかはわからないが、あいつらを信じるしかないな。

 風紀委員のカモチームがやられてから、次のIS-2の装填時間まではそう時間はない、覚悟を決めるか。

 俺はふぅーっと、深呼吸をする。下手すると怪我じゃすまないかもしれないが、今はそんなことは言ってられない。ナカジマさんたちとの約束は破ってしまうことにはなるが。

 

『おい、磯辺!』

 

『どうした、比企谷?』

 

『まだ勝つ気はあるか?』

 

『もちろん! 私たちは最後まであきらめない!いくよ、バレー部!!』

 

『『『はい!!』』』

 

 よし、その言葉が聞ければ大丈夫か。

 

『今から俺ができるだけ時間稼ぎをする。その間にお前らは距離をとれ、そうすればあとは相手のフラッグ車を西住たちがどうにかしてくれるはずだ』

 

『わかった任せて!根性でどうにかして逃げ切って見せる!』

 

『じゃあ頼むぞ』

 

『コーチも頑張ってください!』

 

『……おう』

 

 さて、行きますか。これが俺の最後の悪あがきだ。八九式の後ろにモーリスをつけ、そして俺はあの市街地の時のようにレバーを引く準備をする。

 これを引けば硝煙筒から煙が出るようになる仕組みになっているから、あとはタイミングだ。はやめに煙を出してもこちらの位置がむしろ煙でバレてしまうので意味がなくなってしまう。レバーを引くなら相手の砲撃をくらう直前がベストだ。

 だから、さっきの装填時間を計算してそれと同時にレバーを引けば……。

 

 ――――よし、このタイミング!

 

 俺がレバーを引いたのと、モーリスがIS-2の砲撃をくらったのはほぼ同時だったと思う。思う、というあいまいな表現をしたのは、そこから俺の記憶がないからだ。

 そして次に俺の目に入ったのが、曇天の雪空と西住たちの顔だった。

 どうやら俺は砲撃をくらって気絶をしていたらしい。なんとなくその時思ったのがそんな感想だった。

 

「よかった、八幡くん!」

 

 目を覚ました俺に西住が安堵の顔をしている。

 

「……西住、なにがどうなったんだ?」

 

 今の現状がどうなっているかまったくわからん。西住たちが戦車を降りてるってことはとっくに試合は終わってるんだろうが。というか体いてぇ……。

 

「えっと、八幡くんの戦車が――」

 

 どうやら西住は俺のことを説明してくれと聞こえたらしい。

 

「いや、そっちじゃない、試合はどうなったんだ?」

 

 俺のことは今はどうでもいい、それより大事なのは試合結果のほうだ。

 

「え?」

 

 まるで俺にそんな質問をされるとは思っていなかったのか、西住はきょとんとしている。

 

「試合なら勝ちましたよ! 比企谷殿!」

 

 そんな西住の代わりに、俺に嬉しそうにそう報告してくる秋山。

 

「そうか、よかった。なら問題ないな」

 

 正直、不安がなかったかと言えば嘘になるが、それでも西住たちなら何とかしてくれると思っていたからな。これでダメだったら、俺が体を張った意味がなくなるところだった。

 そして残るは、まほさん率いる黒森峰か。

 

「……なにもよくないよ」

 

「武部殿?」

 

 どうしたんだ武部のやつは、なにもよくないって……、勝ったんだからなにも問題はないだろ。

 

「比企谷」

 

 心なしか、俺に話しかけてきた武部は怒っているように見えた。

 

「……なんだ」

 

「試合のあと、比企谷に無線で連絡しても繋がらない、戦車は異常に大破してるって連絡があったんだよ?」

 

「……そうか、迷惑かけたな。でも、そんなことより今は―――」

 

 今回はだいぶ無茶したからな。武部の言った通り、俺の戦車は大破してしまっている。今後どうするかを考えないといけない。まだ自分の戦車がどうなってるか見てないからわからんが、下手すると俺の戦車の大破次第では試合に出れないかもしれないし。

 だから、今は俺なんかのことより先のことを考えないといけないはずだ。……はずだったのだ。この時までは。

 

「そんなことよりって……どういうこと?」

 

「は?」

 

 初め、武部の言うことが俺にはわからなかった。

 

「そんなことよりって、どういうことって聞いてるの!」

 

 次第に武部の口調が強くなっていく。

 

「お、おい、なにを怒って――」

 

「比企谷は自分がなにをしたかわかってるの!?」

 

「なにをしたって……八九式の盾になったことを怒ってるのか? それならほかのやつらもやってたことだし、そこまで怒らんでもいいだろ」

 

「……本気で言ってるの?」

 

 武部はポツリとつぶやく。

 

「なにが?」

 

「さっきのこと、本気で言ってるの?」

 

 どうしたんだ、武部のやつ。様子がおかしくないか?

 

「本気もなにも、ああしなかったら磯辺たちがやられてたんだから当然だろ」

 

 俺は自分が思ったことをそのまま言う。そう、当然だ。だってやらなければ俺たちは負けていた。

 

「自分の戦車が普通の状態じゃないのに?」

 

 そうか、バレたんだな。だがそれでも、俺の答えは変わらない。

 

「当たり前だ」

 

「……ねえ? 比企谷は何のためにそこまでするの?」

 

「何のためにって、それはもちろん……」

 

「この学校を廃校にさせないため? そんなことのためにあんな無茶をしたの?」

 

「おい、そんなことってなんだよ。それは――」

 

「誰も頼んでない! 私たちは比企谷に怪我をさせてまで勝ったってうれしくとも何ともないよ!」

 

「いや、俺は怪我はしてないだろ」

 

「そんなの結果論じゃん! あんな、戦車の装甲を薄くして……。大怪我じゃすまなかったもしれないんだよ?

  もっと酷いことになってかもしれない……。比企谷が今、こうして無事にいることだってなかったもしれないのに……」

 

 武部の言いたいこともわからんこともない。たしかに俺が無傷である保証なんてどこにもなかった。下手をすれば病院送りだったかもしれない。

 だけど……。

 

「そうしなきゃ負けてた。武部、そんなことっていうがな、廃校になるんだぞ? 多少の無茶はやらんといかんだろうが」

 

「それで私たちが傷ついても?」

 

「なんでお前らが傷つくんだよ、俺が勝手にやってことなんだから気にする必要がどこに……」

 

 その言葉はとどめだったのだろう。武部にとって。

 

「比企谷! 人の気持ちをもっと考えてよ! なんでいろんなことがわかるのにそれがわからないの!?」

 

 そう言った武部の表情は、つらいや悲しいほかにもいろんな感情が混ざりあってるように見えた。

 ……なんでお前がそんな顔してるんだよ。

 

「比企谷さん」

 

 不意に、五十鈴のやつにそう言われた。ただ、俺の呼び方は前の呼び方に変わっている。比企谷さん、と。なんというか、それだけ、たったそれだけのはずなのに、五十鈴のやつが俺を拒絶しているのがわかった。

 

「今度はお前か、五十鈴」

 

「はい。前から思っていましたけど、今回の件はさすがに度が過ぎています」

 

「お前も、俺がやったことは間違ってるといいたいんだな?」

 

「はい」

 

 五十鈴のやつは迷いなく俺にそう返事をする。

 

「あの生徒会の時やわたくしの時でも同じようなことをしていましたよね? 何故ですか?」

 

「なんでって、それが一番効率が良かったからに決まってるだろ。西住やお前には戦車道をやってもらわないといけなかったからな」

 

「比企谷さん、あなたはわたくしのことを……いえ、わたくしたちのことを信じてはくれてないんですね」

 

「それは、どういう……」

 

「わからないんですか?」

 

 なぜか質問をしているはずの五十鈴のほうがつらそうに見えたのは気のせいなのだろうか。

 

「比企谷さん、あなたはいつも一人で解決しようとします。なんで一言、わたくしたちには相談してくれないんですか? そんなにわたくしたちは頼りにならないのでしょうか? 比企谷さんにとってわたくしたちは……」

 

 五十鈴は一瞬、躊躇ったがそのまま言葉を続ける。

 

「そんなにどうでもいい存在なんですか?」

 

 五十鈴の表情も武部と同様に変わる。

 

「……っ!」

 

 感情に流されるな、比企谷 八幡。これは俺に対しての罰だ。わかっていたはずだ、俺のやり方が間違っているのは。その結果がこれだ。俺の行動でこいつらを傷つけた。俺に罪悪感を感じる資格なんてない。

 優しさは毒であると思う。じわじわと人の心を弱くしていく。俺はこいつらの優しさに甘え続けてきたのだろう。

 戦車道という世界で男である俺を受け入れてくれたこいつらの優しさに。俺自身がどうしようもなく間違ってしまっていると気づいていても。

 あの時、雪ノ下さんが言った言葉が繰り返し俺の頭に響いている。

 

『比企谷くん、君は異常だよ?』

 

 今思えば、それは俺が戦車道をやっていることでなく、俺のその在り方にたいして言ったのだと思う。

 雪ノ下さんの質問、二人のうちどちらかを助けるかと聞かれたとき、そのどちらでもなく俺は迷わず自身をベットした。

 助けるものがどっちも大切で、その両方を守れる手段があったのだ。なら俺は自分を使う。その結果、誰かが傷つくとしても。

 だから俺は間違えている。普通、人間はなにより自分が大切だ。だが、俺はそんな自分でさえも一つのコマとして扱う。自分というコマを使って解決できることなら、それで自分に益がなかろうと関係はない。

 たしかに最初は戦車に乗るために頑張りだしはしたが、結局、それは小町という存在がいたおかげで今まで続けられてきたのだ。

 それでも限界はあった。だから俺は中学生の時、安易な偽物に手を出した。その結果は散々たるものだった。

 そしてその後にボコという存在に出会い、俺の今の考えが固まった。

 負けると決められているボコ、それでもあきらめずに挑んでいく姿は本当に自分のことのように感じられた。でも、俺とボコは違う。だって俺は途中諦めてしまったのだ。

 自分の幸せを願ってしまってこの結果になってしまうのだから、本物を手に入れるためには自分という存在を損得の感情に入れてはいけないのだと思った。

 そうしてしまえばまた中学のように、いつか途中で足が止まってしまう。本物に辿り着けない。ボコのようになれない。

 だから俺は異常なのだろう、間違っているのだろう。みんなという定義があったとして、俺自身がその中に入ってすらいない。自分が決めた目標なのに結果として俺が入っていない。

 

「比企谷さん、あなたのやり方は嫌いです」

 

「……そうか」

 

 今の俺が言えることなんてない。

 

「八幡くん……」

 

 そんな俺たちのやりとりを見ていた西住がつぶやいた。その顔は今にも泣きだしそうな顔をしていた。別にお前のせいじゃないんだから、そんな顔をする必要はないぞ、西住。

 

「西住、ボコはあきらめたらボコじゃないよな?」

 

「え? う、うん、そうだよ! だってボコは……」

 

 あきらめたらボコじゃないなのだ。だから、俺はもうボコじゃない。

 

 今までだったら、たぶん気にしてなかった。

 

「西住、俺、戦車道やめるから」

 

 俺にとってこいつらは……

 

「……え?」

 

「会長にもそう言っといてくれ」

 

「は、八幡くん!?」

 

 ―――どうでもいい存在ではなくなっていた。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「……みたいな感じです」

 

「比企谷、君ってやつは……なんでやることがそんなに極端なんだ……」

 

 平塚先生は額に手をあて、ため息をついている。

 

「いや、だって……」

 

 そんなことを言われても俺は俺のやれることをやっただけである。

 

「まあ、いろいろと言いたいことがあるが、それは雪ノ下たちに任せよう。比企谷、君は異常なほどに人の思考や行動が読める一方、自分に対してへの感情が希薄すぎる。内にも外にたいしても、な」

 

「……はぁ」

 

「では聞くが。比企谷、君はなぜ戦車道をやめたんだ?」

 

「なぜって、それは……あれ以上あそこにいたらあいつらを……」

 

「傷つけると? それは彼女たちが君に言ったのかね?」

 

「言わなくてもわかりますよ」

 

 あいつらにあんな顔をさせてしまったんだから。あれ以上、俺が戦車道にいても碌なことはない。

 

「じゃあ、その理由まで君はわかっていると?」

 

「それは……」

 

「わかってはいないだろ? 君は状況はわかっているが、感情が理解できていない」

 

「感情なんて確認しようがないと思うんですけど……」

 

「本当にそう思うか?」

 

 平塚先生はまるで子供のように、俺にわかりやすく挑発してくる。

 

「これは私からの君への課題だ。なぜ自分がそこまで勝ちに拘ったかを自分なりの答えを出したまえ」

 

「なんでって……」

 

「廃校云々はなしだ、それは建前であって君の本音ではない。絶対にな」

 

「それでもわからなかったら?」

 

「その時はまた考え直すしかないだろう、何度も何度も、答えが出るまで」

 

 俺が廃校以外の理由で勝ちに拘ったワケ。

 

「その答えが見つかったら、あらためて奉仕部に行くといい」

 

「それはなぜ?」

 

「奉仕部はなんのためにあるんだ、比企谷?」

 

「持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える、人はそれをボランティアと呼ぶ、でしたっけ?」

 

 たしか雪ノ下がそんなことを言ってた気がする。

 

「それは雪ノ下が言ったのか?」

 

「ええ」

 

 俺がそう言うと、平塚先生はまたため息をついている。

 

「ため息ばかりついていると幸せが逃げていきますよ?」

 

 ついでに婚期も逃げていきそうである。

 

「誰のせいだと思ってるんだ……」

 

 平塚先生にギロッと睨まれた。まさか心を読んでませんよね? いや、バレていたら即座に鉄拳制裁だな。うん、すこし自重しよう。

 この場合は俺と雪ノ下になるのか、平塚先生のため息の原因は。

 

「それで?」

 

 とりあえず話を変えよう、このままだと俺の命が危ない。

 

「彼女たちに相談すればいい」

 

 相談? あいつらに?

 

「いや、あいつらには関係ないでしょう」

 

「比企谷、今回私がなんで君の話を聞いたと思う?」

 

 なんでって……。

 

「平塚先生が先生だからじゃ……」

 

「近からずも遠からずといったところだな。私はね、君から相談されるまで動く気はなかったよ」

 

 どういうことだ? 今だって現に平塚先生は俺の相談に乗ってくれている。

 

「雪ノ下たちだよ」

 

 なんか予想外なところから名前が飛んできた。雪ノ下?

 

「彼女たちが、君の様子がおかしいと心配して私に相談してきたからな、だから私は動いたんだよ」

 

「いやいやいや、雪ノ下が俺を心配? ありえないでしょ? 平塚先生も奉仕部での俺たちのやりとりは見ていたでしょ? 雪ノ下は俺のことを馬鹿にこそしますけど、心配なんてしてませんよ」

 

「あれはあれで雪ノ下なりに君を元気づけようとしていたと思うぞ?」

 

 あくまで雪ノ下が俺を心配してるっていう前提で話を進めるんですね。

 

「あの罵倒の嵐がですか?」

 

 それはそれでどうなんだよ。俺は別にそっちの趣味はないから罵られてもうれしくともなんともないんだが。

 

「あれが君と雪ノ下のいつも通りのやりとりなんだろ?」

 

 そう言われればそうなんだが、雪ノ下が俺になにかを言って俺がそれを返す。たしか由比ヶ浜がそのことを内輪ノリとかなんとか言ってた気がするな。

 

「それとこれと何の関係が?」

 

「彼女は彼女なりに君を心配しての行動だったんだろう、やり方は間違っているが」

 

 あ、そこは間違ってるって思ってたんですね。俺だけかと思ってたよ、そう思ってるの。

 

「雪ノ下は君と出会ってから随分と変わったよ」

 

 え?

 

「いやいや、変わってないでしょ全然。むしろ毒舌がパワーアップしてる気がしますよ?」

 

 もしかしてそっちの意味で変わったってことですか?

  それなら納得いくんだが。

 

「いや変わったよ。以前の彼女なら私に相談などしなかっただろう」

 

「なら、由比ヶ浜のお陰でしょう、俺はなにもしてないですよ」

 

 それに人はそう簡単には変われない。俺がいい例だな。

 

「私が雪ノ下が変わったと感じたのは、君が奉仕部に入ってからだよ。それにこれは雪ノ下の姉の陽乃からも聞いているから間違いはない」

 

「は? 雪ノ下さん?」

 

「なんだ、陽乃のことを知っているんだな」

 

「知っているというか、なんとういうか」

 

 できればもう会いたくはないな。会って少し話しただけで俺のことを見破ってきたのだ。もう怖すぎるだろ、あの人。

 どこぞ王子も言ってたしな、お前がナンバー1だ、と。雪ノ下さんは俺の中で近づいてはいけない人間リストナンバー1だ。

 

「とりあえずだ、比企谷。彼女たちも君を心配している、そのことだけは覚えておけ、いいな?」

 

「は、はぁ……」

 

 なんか無理やりに納得させられたような、そうじゃないような。

 

「とりあえず俺は明日、雪ノ下たちに相談すればいいと……」

 

「ああ、私に話したことを彼女たちにも話してやれ、人の意見は多い方がいいだろ?」

 

「わかりました」

 

「うん、私は素直な子は好きだぞ」

 

 そういって平塚先生は俺の頭をわしゃわしゃと、それはもうわしゃわしゃとしてくるのであった。

 お陰で俺の髪型グチャグチャ、別にセットとかしている訳ではないが、それでもだろ。

 その途中いきなり頭を抱きしめられた。いわゆるハグである。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 軽くキョドってしまった。

 

「……比企谷、君は自分という存在を軽く見過ぎている。君は君の価値を認めることから始めたまえ」

 

 とても、とても優しい声で平塚先生はそう言ってくる。

 

「……無理ですよ」

 

「すぐにとは言わないよ。今は周りが君を君のことを心配していることに気づいてやってやれ。彼女たちが不憫だ」

 

「それはさっき言ってた?」

 

「雪ノ下たちもそうだが、それ以外でもだよ。もちろん私もその中に入っているぞ」

 

 俺を心配しているか……。

 なんか気恥ずかしいのとこれ以上この体勢でいるのに我慢できなくなってきたな。

 

「……先生」

 

「なんだね?」

 

「胸が当たってます」

 

 さっきからずっと当たってたんだよ。正味、わざとかと思ったんだが、どうやら違うらしく。

 

「な!? 比企谷! 人がまじめな話をしているときに茶化すんじゃない!」

 

 顔を真っ赤にしてそんなことを言われてしまった。不覚にも可愛いとか思ってしまった自分を殴りたい。いや、俺は悪くない。悪いのはなんもかんも平塚先生である。

 危ない危ない、不意にまた告白しそうになった。自分のちょろさが嫌になる。たぶん、俺があと10年早く生まれてこの人に出会っていれば心底惚れていたと思う。

 

「すいません」

 

 とりあえず、謝っとこう。

 

「……まったく。頑張りたまえよ、比企谷」

 

「先生も早く相手を見つけてくださいね、見ているこっちが心配になるんで」

 

 これはまじで心配だ。はやく誰かこの人をもらってやれよ。

 

「結婚なぁ、相手がいないんだよなぁ~、私ってそんなにダメなんだろうか?」

 

「まぁたしかに、タバコ吸ってたり、暴力的だったり、愛がいろいろ重かったりしますけど」

 

「ぐはぁっ!」

 

 俺の言葉にダメージを受ける平塚先生。まぁ、それでも。

 

「それでも、結局は相手の見る目がないんですよ」

 

「え?」

 

 平塚先生に相談して、俺がやるべきことはわかった。まずは自分の答えを見つけることからか、廃校云々を抜きにして俺がそれでも行動した理由。

 だが、それがわかったところでどうなるんだろうか?覆水盆に返らず、一度やってしまったことは取り返しがつかない。俺はあいつらを傷つけ、戦車道をやめたのだ。

 それでも答えを探す理由……今は平塚先生のためにということで動くとしよう。俺なんかの相談に乗ってくれたこの人のために。

 やはり俺は間違っている。なにか理由がないと動き出せない、そんな今の自分がたまらなく……。自分が好きだと言っときながら、一番自分を信用していないのは結局のところ俺自身。

 

 ―――いつか、こんな間違いだらけの自分を認めることなんてできるのだろうか?

 

 本物がないとわかっていながら、それでも求め続ける。男なのに戦車に憧れ、いつかみたボコのようになりたいと願った。そんな間違いだらけの自分。

 

『ボコはね! 絶対にあきらめないの!だって――』

 

 ふと、そのことを思い出す。

 

「……だって、それがボコだから、か」

 

 いつのまにか無意識に口に出していた。

 

「どうした、比企谷?」

 

「いえ、なんでもありあせん」

 

「そうか?」

 

 プラウダ戦のあの時、俺はボコをやめた。あきらめたのだ。だけど、もし、立ち上がることができるのならその時は……。

 

 



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彼は答えを見つける

 戦車道全国大会準決勝。

 みほさんたち大洗の戦車道のみなさんは無事に勝利することができたみたい。それは喜ばしいことのはずなんだけど……。何故かうちのお兄ちゃんはその試合が終わった日からどうも様子がおかしかった。

 最初はみほさんたちからのメールで、お兄ちゃんがだいぶ無茶をしていたことを聞いていたからそのせいかと思ってた。

 お兄ちゃんの雰囲気が日に日にあの時のようになっている。あの時、つまりはあの塞ぎこんでいた中学の時のように。結局、あの時なにがあったかは教えてもらってない。

 島田邸に小町が無理やりお兄ちゃんを連れて行ったけど、結果はよかったんだと思う。塞ぎこんでいてお兄ちゃんは元気、とまではいかなかったけど、それなりにいつも通りに戻っていた。

 いつも通りのはずだった――なぜか愛里寿ちゃんがお兄ちゃんに懐いていたのを除けば。

 たぶん、小町がジュースを取りに行ってる間になにかあったんだろうけど、小町は親戚の人に捕まっておしゃべりをしていたから戻るのにだいぶ時間がかかったのだ。その間に二人は仲良くなっていた。

 最初見た時は小町、ビックリしたもん。あの人見知りの激しい愛里寿ちゃんが、お兄ちゃんに突然懐いて、しきりにお兄ちゃんに話しかけていて、お兄ちゃんもお兄ちゃんで満更でもなさそうな顔で愛里寿ちゃんの話を聞いていて。

 これには千代さんも驚いていた。

 正直に言えば小町は愛里寿ちゃんにこの時から嫉妬していたんだと思う。

 というか、今でもわりとやきもちを妬いているんだけど、気づいているのは愛里寿ちゃんの方で、お兄ちゃんはまったく気づいてくれてないのだ。

 そのせいでなのかはわからないけど、愛里寿ちゃんは小町とはあまり話したがらない。というかたぶんこのせいだと思う。

 全ての元凶はお兄ちゃんであり、なんもかんも悪いのはお兄ちゃんなのだ。

 あの日から愛里寿ちゃんと小町の妹戦争は始まったと言ってもいい。当の本人はまったく気づいていないけど。

 話がだいぶそれちゃった……。ええっと、なんだっけ? そうそう、お兄ちゃんの様子がおかしいって話をしてたんだった。

 さすがに三日もたって朝練に向かわないお兄ちゃんに小町は質問したんだけど、お兄ちゃんから返ってくる答えが、戦車道をやめた、だなんて夢にも思ってなかった。最初はなにかの冗談かと思って小町がいろいろとお兄ちゃんに言っていたら。

 

「……小町。いい加減にしろ、しつこい」

 

 今まで聞いたことのないようなお兄ちゃんの冷たい声が聞こえた。

 お兄ちゃんも無意識だったのだろう、いった後にハッとなっていた。

 そこからは小町は自分が何を言ったか覚えていない。ただただお兄ちゃんにあんなことを言われてショックだったのだ。

 最後に小町が何かを言って扉を思いっきり閉めたのは覚えている。というかそこしか覚えていない。

 小町はずっとこの日、お兄ちゃんのことを気にしていた。嫌われちゃったんじゃないかとか、あの時小町はどうしたらよかったんだろうとか、いろいろ、それはもういろいろとお兄ちゃんのことで頭を悩ませていたのにだよ? なのに、帰ってきたお兄ちゃんの第一声が。

 

「小町、飯は?」

 

 だった。

 もうあれですよ。呆れをを通り越して怒りが湧いてきましたよ。ええ、それはもう伝説のスーパーなんちゃらになれそうな勢い。

 こっちはずっとやきもきしていたのに当の本人はまるでなにもなかったかのように接してくるし、いつの間にかここ最近のよくない雰囲気が緩和されてるし。

 お兄ちゃん! まさかまたどこかで妹作って来てないでしょうね!? 小町は許しませんよ! もうこれ以上は妹は要らないからね! お兄ちゃんの妹は小町だけで十分なんだよ!! あっ、お姉ちゃんは小町、欲しいから頑張ってね?

 おっと、ちょっと熱くなり過ぎてしまった。

 とりあえず、今、小町がやるべきことは。

 

「お兄ちゃん?」

 

「ん? どした?」

 

「正座」

 

「え?」

 

「正座」

 

「……はい」

 

 お兄ちゃんに話を聞くことだよね、もちろん。その過程でよろしくない情報がでてきたらその時は……おっと、これ以上は危ない危ない。

 なにも起きないことを小町は願ってるからね、お兄ちゃん?

 

 

 ====

 

 

 平塚先生と別れ、俺は家に帰宅したのだが、そこで待っていたのは、あく…いや、小町だった。今、俺はなにも言いかけていない、いいな?

 たしかに平塚先生に出された課題を考えていて上の空だったので、朝のことを忘れて普通通りに小町に話しかけた俺が悪いとは思うんだが、それにしたって正座はないだろう。兄の威厳もへったくれもない。

 え? もともとからそんなのはない? まさか……あれ?

 

「あのー、小町さん?」

 

「なにかな、お兄ちゃん?」

 

 怖い怖い怖い、笑顔が恐いよ、小町ちゃん。

 

「なんだ、その、今朝はすまんかった。あれは俺が悪かった」

 

「ホントにだよ。小町は心配でしょうがなかったのに、お兄ちゃんときたら、態度悪いし、目が悪いし、性格も悪いし、あとは……」

 

「それ以上まだあるのかよ……」

 

 やめて小町ちゃん、八幡のライフはもうゼロよ!

 

「当たり前じゃん、いつから小町がお兄ちゃんを見ていると思ってるの」

 

「……それもそうだな」

 

 そう思うと小町と俺はもう10年以上の付き合いになるのか。

 

「で? 今度はなにがあったか教えてくれるんだよね?」

 

「…ああ、ちょっと長くなるかもしれんが聞いてくれるか?」

 

「うん、いいよ。聞いてあげる」

 

 俺は平塚先生に説明したように小町に説明していったのだが、話が進むにつれ小町の表情が変わっていった。

 そして俺の説明が終わると同時に。

 

「お兄ちゃんのバカ! ボケナス! 八幡!」

 

 突如として罵倒してきたよこの妹。だが、一つだけ言わせてもらいたい。

 

「ちょっと待とうか、小町。別に八幡は悪口じゃないだろ」

 

「今はそんなことどうでもいいの。いい、お兄ちゃん、いや、ごみいちゃん」

 

 そんなことってどういうことかな、小町ちゃん? 俺にとってはだいぶ死活問題なんだが……。

 あと、ごみいちゃんはやめてくださいお願いします。

 

「自分がどれだけ馬鹿なことをしたか自覚はあるの?」

 

「馬鹿なことって装甲を薄くした上に盾になったことか?」

 

「それはそれで問題だけど、今は関係ありません」

 

「……じゃあなんだよ」

 

「お兄ちゃん、小町が前に言ったこと覚えてる?」

 

「前っていつだよ」

 

 具体的に言え具体的に。

 

「小町が風邪を引いて、お兄ちゃんと一緒に寝た時だよ」

 

 これまた、だいぶ前のことを引っ張ってくるな。小町のやつ。

 

「その時、小町言ったよね? 勝手に気持ちを決めないでって」

 

「それがどうしたんだよ」

 

 小町が言いたいことはわかった。けど、それが今なんの関係があるんだ?

 

「お兄ちゃんはまた勝手に決めてるよ、今度はみほさんたちの気持ちを」

 

 今回はそうでもないだろ、だって……。

 

「決めてるって言うがな小町、実際に俺はあいつらを傷つけてるんだぞ?」

 

「それで? みほさんたちはお兄ちゃんに戦車道をやめてほしいって言ったの?」

 

「……それは」

 

 あいつらがそんなことを言うわけがない。それは小町もわかっているようで。

 

「みほさんたちが言うわけないよね。お兄ちゃんが勝手にそうしたんだから」

 

「でもな……」

 

 俺があれ以上いたらあいつらが傷つくだけなんだよ。

 

「でももかかしもないの! それになんでお兄ちゃんが全部悪いみたいな話にしてるの? 小町から言わせてもらえれば戦車道のみんなも悪いと思う。問題のそもそもはお兄ちゃんは関係してないし、お兄ちゃんはそれを解決しようとしただけでしょ? やり方は間違ってるけど」

 

 そうは言うがな、小町。

 

「あながち俺が関係してないとは言えないんだよ」

 

「どうして?」

 

「一回戦、二回戦ともに簡単に勝ちすぎたんだよ」

 

 正味、あれのせいで慢心してしまったと言っても過言じゃないだろ。

 

「まあ、お兄ちゃんがいればそうなるでしょ」

 

 まるで当然のことのように言ってくる小町。俺のことを過大評価しすぎだろこいつ。

 

「だから、戦車道のみんなが慢心したのもお兄ちゃんのせい? それは違うでしょ、お兄ちゃんはやれることをやっただけなんだから、それで責められるいわれないよ」

 

「……それでも、結局、俺はあいつらを傷つけたんだよ」

 

「それはまあ、そうなんだけど、お兄ちゃんは自分のことを話したの? なんでそういう行動したのか、みほさんたちに」

 

「言ってどうなるんだよ、それはあいつらには関係―――」

 

「関係ないわけないでしょ、同じ戦車道の仲間なんだから! お兄ちゃんはなんでも一人でしょいこみすぎなの! なんで自分には厳しくて他の人には甘いの? 普通逆でしょ!?」

 

「お、おい、小町?」

 

 こいつちょっとヒートアップしすぎじゃないか?

 

「その上、勝手に戦車道やめたんでしょ?」

 

「……」

 

「みほさんたちからすれば、お兄ちゃんに信じてもらえてないって思ってるよ」

 

「それは違う」

 

 俺はあいつらを信用していないわけじゃない。

 

「なにが違うの? 今回、誰にも相談しないで勝手に動いて、その上、試合が終わったら戦車道をやめたんだよ? 単独行動のオンパレード、それで信じてるって言われても説得力皆無だよ、お兄ちゃん」

 

 小町が一気に捲し立ててくる。

 その言葉に俺はぐうの音も出なかった、まさか小町に言いくるめられるとは。

 

「……なら、どうしたらよかったんだよ」

 

「はぁ……さっきも言ったでしょ? みほさんたちとちゃんと話をして、自分の気持ちを正直に言うの。それでダメだったらそんときはそんときだよ」

 

 コミュ力高いくせに本当にサバサバしてるよな、小町のやつ。

 

「でも今さら……」

 

 俺が話したいと思っていても、相手がそうだとは限らない。というか、やらかした俺がなにをあいつらに話せばいいのかもわかってないんだが……。

 

「そこは小町は知りません。お兄ちゃんが蒔いた種なんだから自分でどうにかしなさい」

 

 やっぱりこいつ俺に厳しくないか? ……まさかこれが噂に聞く反抗期というやつか、今までなったから安心していたが、くそっ!俺はどうしたら。

 

「お兄ちゃん? 今、どうでもいいこと考えてるでしょ?」

 

「ソンナコトハナイヨ?」

 

「小町から言いたいことはこれで全部だから」

 

 どうやら、小町の言いたいことはそれで終わったようで。

 

「そうか、話を聞いてくれてありがとな、小町」

 

「じゃあ、頭撫でて」

 

「は?」

 

 いや、なぜに?

 

「は? じゃないよ、お兄ちゃん。まさか小町が無償で相談を受けるとでも?」

 

 なんかとんでもないことを言い出したぞ、この妹。

 

「いや、そこは兄妹なんだから無償で受けてくれよ」

 

「やだよ、こんなめんどくさい人の相手してるんだから。小町、お兄ちゃんじゃなかったらたぶん話かけすらしないと思うよ?」

 

 そう言いながら小町は正座している俺の膝に座ってきた。あの、小町さん?

 

「でもね、やっぱりお兄ちゃんは小町のお兄ちゃんだし、長年つき合ってればそれなりに愛着も沸いてくるもんなんですよ」

 

 たぶん、これ、頭を撫でろってことなんだろうな。

 俺は小町の話を聞きながら自分の手を小町の頭に持っていき撫でる。

 

「ん……だからね、小町はお兄ちゃんの行動を、この人また馬鹿やってるんだなーって、思えるけど。それは小町だからだよ? 他の人からすればお兄ちゃんの行動ってすごくわかりにくい、というかめんどくさい」

 

 この妹、頭を撫でてやってるというのになんという言いぐさ。

 

「でもさ、お兄ちゃんがそうやって動くときって大抵は誰かのためなんだよね。そういうお兄ちゃんは小町、好きだよ」

 

 なんかデレ始めたんだがこの妹。ツンデレ? ツンデレさんなの?

 

「…そうか。なぁ、小町」

 

「んー? なーに?」

 

 もう完全にリラックスモードに入ってるな小町のやつ。

 

「俺がなんでこんな行動したか理由わかるか? 平塚先生に言われて考えてるんだがこれがさっぱりでな」

 

「は?」

 

 真顔でそう返されてしまった。

 いや、え? 俺ってそんな変なこと言ったか?

 

「お兄ちゃん、それはマジで言ってるの?」

 

「マジもマジ、真剣とかいてマジと呼ぶくらいには」

 

 そんな俺に小町は大層呆れた顔をしながら。

 

「さっき小町に説明してたとき自分で答えを言ってたよ?」

 

 と、言ってきた。

 俺が答えを言ってた? いやいや、そんなまさか。

 

「うわぁ……自覚なかったの? お兄ちゃん」

 

 そしてなぜか小町に引かれてる俺。

 いや、そんな引かんでもいいだろ。お兄ちゃんもさすがにそれは傷つくんだが……

 

「明日、奉仕部? の人たちに相談に行くんでしょ? それまでにはちゃんと自分で答えに気づくんだよ? 小町は答えは教えてあげないからね」

 

「せめて、ヒントを、ヒントをください!」

 

 平塚先生に言われてから散々考えてるんだが、自分が納得いく答えに俺はたどり着けていないのだ。

 なら、もう、兄の威厳などゴミ箱に捨てる。いや、あとでちゃんと拾うけどね?

 

「だから、さっき言ったでしょ。お兄ちゃんはもう答えを知ってるの。あとお兄ちゃん?」

 

「なんだ、妹よ」

 

「携帯、いつから電源入れてないの?」

 

 携帯? そういや、プラウダ戦のあとからまったく触ってなかったような。

 

「いろんな人から小町に、お兄ちゃんに連絡がつかないってメールとか電話とか来てるからあとでちゃんと確認しといてね」

 

 いやいや、俺に連絡してくる知り合いなんてそんなにいないから、俺が何年ボッチやってると思ってるんだ小町さんや。

 

「ちなみに小町に連絡してきた人って……」

 

 だが、気になるものは気になる。

 

「残念ながらみほさんたちからは来てないよ」

 

「なんで西住たちの名前が出てくるんだよ……」

 

「なんだ違うの? まぁとりあえず、ケイさん、ダージリンさん、オレンジペコさん、アンチョビさんとか、他にもいろいろ……」

 

 ちょっと、ちょっと待とうか、小町。

 

「え? どういうこと? なんでお前がその人たちの連絡先知ってるの?」

 

 いやいやおかしいよね? 俺、一度も会わせた記憶がないんだけど。

 

「なんでって、小町、お兄ちゃんが戦車道で戦った人たちの連絡先はほぼ全員知ってるよ?」

 

 なにを言ってるんだこの妹は? 全員? 今まで俺が戦ってきた人たち全員? どんだけコミュ力の化け物なの? 本当に俺の妹なの? 怖い、お兄ちゃん、小町が恐いよ!

 

「みんなお兄ちゃんのこと心配していたから早く確認した方がいいと思うよ?」

 

「お、おう」

 

 なんか今から確認するのが恐いんだが……大丈夫だよね? 正味、3日間放置してたから通知がやばそうである。

 

「とりあえず、今からご飯にしよっか」

 

「……そうだな」

 

 今は後回しにしよう、結局は直面しないといけないんだが……。

 

 

 ====

 

 

 小町との飯を済ませ、俺は自分の部屋で未だに考えている。

 小町は言っていた、俺は答えをもう知っていると。廃校以外で俺が行動した理由。この場合、俺は戦車道のやつらの為に動いたってことか? それもあると思うが、でもそれが答えじゃない気がする。

 建前じゃなく、俺の本音。どうしたかったのか? そもそも前提が間違っているんじゃないか? 誰かの為ではなく、自分の為に行動したと考えれば……。

 カチッと、ピースの嵌まった音がした。

 

 ―――あぁ、そういうことか。

 

 たしかに俺は答えを知っていた。そりゃあ小町も呆れるわけだ。なんてことはない本当にシンプルな答え。

 平塚先生の言う通り、俺は自分にたいしての感情が希薄すぎる。こんな簡単な答えに気づくのにさえ手間取ってたんだからな。

 問題は答えがわかったはいいが、どうしたらいいかがわからんな。平塚先生は雪ノ下たちに相談しろって言ってたけど……。そういやなんか今の俺には関係ない依頼とかなんとか言ってたような?

 たぶん、相談ってのは俺がどうしたらいいかも含まれているんだろう。さすがに依頼の方まではわからんが。相談するならするでわかりやすく要点をまとめた方がいいな。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 そんなこんなで俺がいろいろと考えているとピピっと、俺の携帯が充電の終わった音を出す。とうとうこの時が来てしまった。

 さて、鬼が出るか蛇がでるか。

 

「……」

 

 俺は携帯の電源をいれ、確認する。

 メールが24件、俺にしてはというか、なんでこんなに来てるんだ? しかもところどころ俺が交換した覚えがない相手までもいるんだが? どういうこと?

 メールの大半が聖グロ勢のダージリンさんとペコ、安斎、まほさんと続いて、何故かケイさんにカルパッチョ、それにこれが一番の謎なんだが、由比ヶ浜から来ている。

 俺が交換した覚えがないとすると小町がやったのか?

  小町ちゃん? なんで勝手に俺の連絡先を交換してるのかな?

 大半のメールの内容は俺のあの時の試合についてのメールだった。内容を読むとどうも俺の戦車は砲撃を受けて派手に飛んだらしい、心配してメールを送ってくるぐらいなんだから相当やばかったのだろう。

 俺、よく無事だったな。今更ながらそんなことを思う。

 由比ヶ浜のメールはどうやらさっき届いたみたいで、日付が一番新しい。内容は……。

 

『明日は奉仕部に来てね』

 

 と、シンプルなものだった。

 念を押されてしまった。別に行かないつもりはなかったが。まぁいい、返信しとくか。わかった、と。

 俺がメールを送ると、すぐにメールが返ってきた。

 

『わかった(^-^ゞおやすみ(-.-)Zzz・・・・』

 

 なんとも由比ヶ浜らしい頭の悪そうなメールだな。

 ついでだ、ダージリンさんやペコ、他の人にも返しとこう。

 

 ふう、さて、こんなもんかね。

 俺は先程まで使っていた携帯を手放す。久しぶりにメールの機能を使った気がするな、お陰で指が疲れた。

 俺は自分の寝床へと行き、布団を被る。

 俺はまたあの夢を見るのだろうか?たぶんだが、大丈夫だと思う。なんなとなく、そう思う俺がいたのだった。

 



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彼女は意外にも彼を認めている

「ねぇ、比企谷くん。一言、言っていいかしら」

 

「なんだ?」

 

「あなた、少し……いいえ、とても? ……物凄く? これも違うわね……度し難い? ……そう、度し難いほどに自意識過剰ね」

 

「ぐはっ!」

 

 俺の心に雪ノ下の言葉が突き刺さる。

 やはりこの女は容赦がない。しかも、なにも間違っていないのだから俺に反論する余地もない。

 というか、言い直すたびにどんどん酷くなっている。まったくもって言い直した意味がない。むしろ、もうちょっと本音を隠そうか雪ノ下。

 

「ゆ、ゆきのん! もうちょっとビブラートに包もうよ!」

 

 ダメージを受けた俺を心配してか、由比ヶ浜が俺をフォローする。

 だがな、由比ヶ浜。

 

「声を震わせてどうするんだよ……」

 

 今、震えてるのは俺の体と心だから。おかしくない?

  俺は相談に来たはずであって、罵倒されに来た覚えは一切ないんだが……。

 

「由比ヶ浜さん、正確にはオブラートよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「えぇ」

 

 雪ノ下の由比ヶ浜を見る目は、まるで小さい子をあやす優しい母親のような目になっている。いや、どちらかというと母性的という意味では、由比ヶ浜のほうが母親っぽいけどな。まぁ、どこがとかは言わないが。

 それに雪ノ下、それは断じて同級生に向ける目じゃないだろ。そして気づけ由比ヶ浜、お前は今、確実に馬鹿にされているから。

 罵倒された俺など放ったらかしにして、雪ノ下と由比ヶ浜は微笑みあい、百合百合な空間を作り上げていっている。

 別に見てる分にはいいんだが、そろそろ話を進めようか、お二人さん。

 どうしてこうなった。

 ちょっと、癒しを求めて今日を振り返ってみるか。いや、現実逃避じゃないよ? 戦略的撤退だから。

 

 

 ====

 

 

 今日の朝はここ最近見ていた夢を見なかった……のだが、俺はすこぶる寝不足だった。

 俺にメールをくれた人に返信したのはよかった。問題はその後だ。返信をすれば当然のごとく相手から返ってくるのだ。メールが。

 今までまともにメールが返ってきたことなぞなかったから油断していた。夜にメールを返すもんじゃない。布団に潜り込んだ後、ばんばん俺の携帯が鳴りだした。しかも何人も同時にメールがくるから、その対応をしていたら、気づけば深夜の3時。

 もう後半あたりは自分がなにを返していたか覚えていない、そして俺はいつの間にか寝落ちしていた。

 お陰で寝不足だ。こんな顔で小町に会ったらまた心配をかけるかと思ったのだが。

 

「おはよう、小町」

 

「あ、おはようお兄ちゃん。うん! 今日は大丈夫そうだね」

 

 と、なぜか太鼓判をもらった。

 あれ? おかしくない? 小町ちゃん、俺今絶賛寝不足なんですけど。もしかして俺ってこの顔がデフォルトなの? いやいやいや、それはさすがにないだろ。ないよね?

 まぁとりあえず、小町が用意してくれた朝飯でも食うか。

 

「それでお兄ちゃん、ちゃんと答えは見つかったの?」

 

 朝飯をもぐもぐしながら小町がそんなことを聞いてくる。

 ちゃんと口の中のものを飲み込んでからしゃべりなさい。

 

「ん? あぁ、なんとかな」

 

「そ? なら、よかった」

 

 それで小町の聞きたいことは終わったのか、自分の食事へと戻る。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

「頑張ってね」

 

「あいよ」

 

 俺は朝食を終え、学校へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 その登校中、俺は見知った顔がいたので声を掛ける。

 

「戸塚、おはよう」

 

「おはよう、比企谷くん」

 

 そう、戸塚が返事を返してくれたのはいいのだが、なぜか俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「どうした? 俺の顔になんかついてるか?」

 

「え? あっ、ごめんね? 別に深い意味はないんだけど、今日は比企谷くん、いつも通りだなーって思って」

 

「………」

 

「比企谷くん?」

 

 もしかして、戸塚にも心配をかけていたのだろうか?

 

「……そうか、心配かけてすまんかった、戸塚」

 

「ううん。比企谷くんが元気ないのは気づいてたけど、ぼく、なにもできなかったし……」

 

 戸塚がシュン、となる。誰だ! 戸塚にこんな顔をさせるやつは!あ…、俺か。いかんいかん、はやくフォローしないと。

 

「そんなに気にしなくていいぞ。なんなら心配かけたお詫びをしたいぐらいだ。なんかあるか?」

 

「いいよいいよ、別に。……あっ」

 

「なんかあるのか?」

 

「え、えっと……もし比企谷くんが良かったらなんだけど……」

 

 戸塚は顔を赤らめながら上目使いでそう言ってくる。

 なんだ? なにを俺は言われるんだ? いかん、なんか動悸が激しくなってきた。落ち着け、こういう時は一句読もう。

 

 ――病気かな、病気じゃないよ、病気だよ。

 

 もうあれですね、一句読んでる時点で病気である。

 

「比企谷くん?」

 

 いかん、いつの間にか考え事をしてしまった。

 

「あ、あぁ、大丈夫だ。それで?」

 

「う、うん……良かったらぼくと……」

 

「お、おう」

 

「連絡先を交換してくれないかな?」

 

 戸塚は遠慮がちにそう言ってくるのであった。

 え? 連絡先?

 

「そういや、交換してなかったけか。別にそんぐらい大丈夫だぞ?」

 

 むしろ俺はなぜ今まで戸塚と連絡先を交換してなかったのか。くそっ! 今まで俺はなにをやっていたんだ!

 

「え? 本当に!? ありがとう比企谷くん!」

 

 眩しい、戸塚の笑顔が眩しすぎる。あまりの神々しさに俺の腐った目が浄化されていくようだ。え? 気のせい? いやいや、そんなわけがない。

 ……あとで確認したが、なにも変わってはいなかった。

 そして、互いに連絡先を交換する。

 なんだろう、おかしいな。今までもらったどんな連絡先よりも嬉しいと感じている自分がいる。

 戸塚がえへへ、とハニカミながら笑っている。くそっ! 可愛すぎる。だが男だ!

 あれだな、戸塚は男とか女とかそんなレベルの話ではないのかもしれない。戸塚は戸塚、それでいいのかもしれない。かわいいは正義だな。

 

「そんなに嬉しいのか?」

 

 あまりにも戸塚が嬉しそうにするので、ついつい俺は質問をしてしまった。

 

「うん。ぼく、男友達とか出来たことがなくって、こういうのに憧れてたんだー」

 

 つまり、俺は戸塚の初めての相手と……、俺は心の中でガッツポーズをする。嬉しさのあまり、コサックダンスを踊ってしまいそうだ。いや、踊らないけどね。戸塚に引かれたくないし。

 

「部活のやつらとは交換してないのか?」

 

「それは交換してるけど、友達としては比企谷くんが初めてだから」

 

「……そうか。そういや戸塚、結局、部活の方はどうなったんだ?」

 

 そういえば雪ノ下に頼んで以来、戸塚に聞くのを忘れてたな。

 

「最初は雪ノ下さんや由比ヶ浜さん目当てで練習に参加してる人もいたんだけど……」

 

 そうか、言われてみればトップカーストの由比ヶ浜、顔だけはいい雪ノ下。そんな二人が居ればたしかに男子は練習に参加するな。

 

「最初はってことは、あとからは違ったのか?」

 

「うん。練習に参加する人が増えてきたら、雪ノ下さんが練習メニューと、あとはあなたが頑張りなさい、って言って、それ以降はぼくにまかせてくれたんだよ」

 

 雪ノ下のやつ、そこまで計算してやったのか、もしかして。最初はどうなるかと思ったが、雪ノ下にまかせて大丈夫だったようだ。

 

「そうか。よかったな、戸塚」

 

「うん!」

 

 守りたい、この笑顔。むしろ守らせてほしいまである。

 その後、俺は戸塚と会話しながら学校へと向かうのだった。そんな戸塚との楽しい時間が終わり、授業を受け、昼休みになった。

 さて、いつもの場所に行きますかね。俺は自分の席を立ち、ベストプレイスへと向かおうとしたら、事件が起きた。

 

「ヒッキー、ちょっといい?」

 

 なにが起きたか?由比ヶ浜が俺に話しかけてきた。

 特段、普通のことだろうって?いやいや、十分に異常事態だろ。

 だって、トップカーストの由比ヶ浜が俺みたいなモブに話しかけたらおかしいだろ。しかもあだ名で。

 いや、大半のやつは悪口と思ってそうだが。それでもクラスの注目を集めていることには変わりはない。

 俺はさっさとこの視線から逃げたかったので、由比ヶ浜に聞く。

 

「なんだ?」

 

「昨日、消しゴム貸してくれてありがとう」

 

 そう言って、由比ヶ浜は俺に消しゴムを渡してくる。この際、なんで由比ヶ浜が俺に借りてるんだとかいろいろツッコミたいが、クラスのやつらはそれで興味が薄れたのか、各々、自分達の昼休みに戻っている。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 俺は消しゴムを受け取りながらそう聞く。

 消しゴムに関しては俺の記憶にないから、これは由比ヶ浜なりの気遣いなのだと思う。

 

「今から奉仕部に来れる?」

 

 つまりは、昼休みに相談しろってことか。放課後だと都合が悪いのだろうか。

 まぁ、いいか。

 

「わかった。由比ヶ浜は先に奉仕部に行ってろ、俺はあとから行くから」

 

 さすがに今のさっきで二人して出ていくのはダメだ。由比ヶ浜に変な噂とかついてもいかんしな。

 由比ヶ浜もそれでわかったのだろう。こくんと頷いて教室を出ていった。

 俺は頃合いを見計らって奉仕部へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 こんこんと扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 雪ノ下からの返事があったので、俺は扉を開ける。

 

「あら比企谷くん。どうしたの?」

 

 いや、どうしたのって。

 

「由比ヶ浜から来るように言われたんだが」

 

 なぜか由比ヶ浜がいない。飲み物でも買いにいってるのか?

 

「そう」

 

「というか、サボり谷くんとは呼ばないんだな。最近はその呼び方しかしてなかったのに」

 

「それはあなたが……」

 

 雪ノ下の言葉は戻ってきた由比ヶ浜によって書き消される。

 

「ゆきのん、ジュース買ってきたよ!」

 

「ありがとう由比ヶ浜さん」

 

 それ以上雪ノ下はなにも言おうとしてこなかったから、そこまで重要な話でもなかったのだろう。

 

「お前らに聞いてもらいたい話と相談がある」

 

 以上、回想終わり。

 そのあと俺は雪ノ下たちに今回なにがあったかを説明して冒頭のあそこに戻るわけだ。

 

「さて、冗談はさておき」

 

 由比ヶ浜と百合百合していた雪ノ下はこちらを向いてきた。

 冗談? どっからどこまでがかな、雪ノ下。まるで俺を罵倒したのはデモンストレーションとでも言わんばかりのいいぶりである。

 

「比企谷くん」

 

「なんだ、雪ノ下」

 

「平塚先生からあなたに課題が出ていると思うのだけど、あなたはそれを終わらせてきたの?」

 

 課題、それは平塚先生が俺にだした1つの問い。

 俺が何のためにそこまでして勝つことに拘ったのか。その理由。

 

「自分なりの答えは見つけたつもりだ」

 

「聞かせてもらってもいいかしら」

 

「あぁ……」

 

 俺の答えはいたってシンプル。

 

「俺は自分が思っていた以上にあいつらのことが気に入ってたみたいだ」

 

「……それで?」

 

「だから、あいつらが居るこの学校を、あいつらの居場所を守りたかった」

 

 そう、守りたかった。その居場所を、自分なんかを受けいれてくれたあいつらの大切な場所を。

 だから、勝つためと言って、問題を解決しようとした。あのままでは決勝に進んでもダメだと思ったから。

 だから、あいつらの気持ちを一つにまとめるために廃校のことを知らせ、一致団結を図った。

 俺は本当にどうしようもなくあいつらを気に入っていた。

 あまりにも自分の中で当たり前になり過ぎていて気付くのに時間がかかるくらいには。

 誰かの為に行動しているんだと思っていた。でも、違った。あいつらの為じゃなく自分の為に今回は動いたのだ。

 

「……比企谷くん、あなたは……なぜ戦車道をやめたの?」

 

「理由はさっき説明しただろ?」

 

「いえ、聞き方が悪かったわね。あなたはどうしたいの? 先程、相談したいと言っていたようだけど」

 

 さあ、ここからが本番だ。俺が今からこいつらに頼むことは俺のわがままだ。エゴだと言ってもいい。

 

「依頼がしたい」

 

「依頼?」

 

「ヒッキーが私たちに?」

 

「ああ」

 

「いいわ。聞いてあげましょう」

 

 なんでそんなに上から目線なんだ、雪ノ下。まあいい、いや全然よくないけど。今は頼れるのがこいつらしかいないからな。

 

「あいつらと話し合う機会の場をつくってくれないか?」

 

「それって……戦車道の人たちってことでいんだよね?」

 

「なぜそれをわざわざ私たちに?」

 

「言っただろ、俺はあいつらを傷つけたんだ。そんな俺があいつらと話をしたいと言っても取り合ってもらえないかもしれないからな」

 

「話し合う機会の場をと言ったわね、あなたはそれでどうするの?」

 

「戦車道に戻らせてもらう」

 

「え!?」

 

 由比ヶ浜が驚くのもしょうがない。俺は自分でやめといて、また戻ろうとしているんだ。

 

「自分が都合のいいことを言ってるのはわかってる。でも―――」

 

「彼女たちがあなたと話したくないと、戦車道に戻ってきてほしくないと言ったらどうするの?」

 

「ゆ、ゆきのん、その言い方は!」

 

「由比ヶ浜さん、これは大事なことよ」

 

 雪ノ下の言う通り、あいつらに拒絶されるのかもしれない。

 けど、それでも。

 

「それでも構わない。そうだとしても俺は戦車道に戻るつもりだ」

 

 あいつらに否定されてもいい。もう逃げない。俺はボコボコにされようと、必要にされていないとしても、あいつらに否定されようと構わない。

 

「……ねえ、ヒッキー」

 

「なんだ、由比ヶ浜」

 

「それって話し合う必要ってあるのかな?」

 

「は?」

 

 話し合う意味がない? やだなー、いやいや、そんなわけないじゃないですか由比ヶ浜さん。

 俺は確認をとるために雪ノ下の方を見たが、どうやらこっちも意見は同じらしい。

 

「確かに、由比ヶ浜さんの言う通りね。話し合ってもあなたの答えが一緒なら意味がないわね」

 

 ふむ、と納得するように、雪ノ下は顎に手をあてながらそう言う。

 ちょっと待とうか君たち。なんでいきなり俺の依頼を全否定してるの?

 

「おい、お前ら―――」

 

「でも、いいわ。その依頼を受けましょう」

 

「へ?」

 

「なにをそんなアホ面をしているのかしら」

 

「いや、てっきり断られる流れだと思ってたんだが……」

 

「忘れたの? 奉仕部は来るものは拒まずよ」

 

「そりゃそうだが……」

 

「それに彼女たちの依頼があるから、今更あなたが依頼を取り消したいと言っても受け付けはしないのだけれども」

 

 依頼? そういえば昨日、なんかそんなことを言ってたような……?

 

「比企谷くん。放課後、生徒会室に行きなさい」

 

「生徒会室?」

 

 どういうことだ? 依頼となんか関係があるのか?

 

「そこで彼女たちが待っているわ」

 

 雪ノ下のその一言ですべてがわかった。

 平塚先生は昨日言っていた。この依頼は今の君には関係ない、と。

 そして雪ノ下はこうも言っていた。今の彼を彼女たちに会わせても意味がない、と。

 だから、奉仕部に来た依頼はあいつらなのだろう。

 さすがにその内容まではわからないが、俺が関係していることは間違いはないはずだ。

 

「なあ、雪ノ下、由比ヶ浜」

 

「どうしたの、ヒッキー?」

 

「何かしら、比企谷くん」

 

「もし、俺があいつらの依頼を断ってたらどうしてたんだ?」

 

 俺は疑問に思ったことをぶつける。だってそうだろ。あいつらがした依頼の内容がなんにせよ、それは結局、俺が関係しているみたいだし、俺自身が拒んでしまえばそれまでだ。

 あくまで奉仕部は本人の意思を尊重するのであって、無理強いはしない。ここはそういう場所だ。

 

「……そうね。あなたがうん、と頷くまで、調教……いえ、拷問……いえ、説得をしたでしょうね」

 

 でしょうね、じゃねーよ! いろいろ言い換えてた単語の中に不穏なものが混じってるじゃねーか!

 

「さすがに冗談だよな?」

 

 俺は恐る恐る、雪ノ下に確認をする。

 

「……えぇ、冗談よ」

 

 ちょっと待て、なんだ今の間は。今の逡巡はなんなのかな、雪ノ下さん。

 君の冗談はちょっとサイコパスすぎやしませんかね?ドミネーターを使えばかなりの数値を叩きだしそうな勢いである。

 まあ今は、雪ノ下の言葉を信じるとしよう。そうでも思わないと、俺が平静を保てるか自信がない。

 

「というか、珍しくないか?」

 

「なにがかしら?」

 

「なんでそこまでするんだ? 基本的に奉仕部は無理強いはしないだろ? それなのに説得だなんて……」

 

 俺がこいつらにそこまでされる理由がない。そんな俺の質問に雪ノ下は答える。

 

「あなたはもう少し人に影響を与えていることを自覚した方がいいわよ?」

 

 なにを今更なことを言ってるんだこいつは。

 

「俺が人を不快にしていることぐらいは自覚してるぞ」

 

 昔からそうだ。男なのに戦車に乗ろうとしていたんだから、周りからすれば俺は気持ち悪かったはずだ。理解できなかったはずだ。

 

「それを自分で言っちゃうの!?」

 

 俺の発言に驚く由比ヶ浜と、なぜかため息をついている雪ノ下。

 その雪ノ下の俺を見る目は、まるで憐れんでいるように……いや、前言撤回だ。蔑んでいる目だった。

 

「あなたのその卑屈さも大概ね」

 

「俺から卑屈さを取ったらなにも残らんぞ、雪ノ下」

 

「いやいや、そんなことないでしょ!?」

 

 なぜかツッコんできたのは由比ヶ浜だった。

 

「ほう、由比ヶ浜。じゃあ、なにが残るんだ?」

 

 答えれるもんなら答えてみろ。

 

「…………えっと……優しさ?」

 

 由比ヶ浜は悩んだ挙句、そう回答してきた。

 俺はバファリンか何かなの? 半分は優しさで出来てますってか。というか、疑問形で言うぐらいなら言わないで良かっただろ別に。

 

「比企谷くん。私は、すべての人があなたを気に掛けて、嫌っているなんて自意識過剰だと言っているのよ」

 

 俺と由比ヶ浜の微笑ましくもなんともないやり取りに、雪ノ下が割って入ってきた。

 ここでも自意識過剰か。つまり、どういうことなんだってばよ。俺はわからなかったので、雪ノ下に説明をするように視線を投げかける。

 

「あなたは、自分が嫌われることがさも当然のように言っているけれど、逆は本当にないのかしら」

 

 その逆ねぇ。俺は自分でも言うのもなんだが、相当に捻くれている。そして、こじらせている。そんな俺を好きになってくれた奴なんて小町と愛里寿ぐらしか覚えがない。いや、そこに戸塚が入ってくれていると俺的にはとても嬉しいんだけどな。

 話が逸れたな。

 

「……まぁ、ゼロではないんだろうよ」

 

「そうね、宝くじで一等を当てるよりは簡単じゃないのかしら」

 

 つまりは、それぐらいに好かれる可能性がないと言いたいんですね雪ノ下さん。

 しかし、妥当といえば妥当だな。16年ちょっと生きてきたけど、俺を好きでいてくれている奴は二人しかいないわけである。

 約8年に一人、俺を好きになってくれるやつが出てくる計算だな。それはあくまで現状はであって、それ以降、数が増えない可能性もあるわけだが。

 その逆? いやいや、それこそないだろ。

 

「それと俺を説得するのとなんの関係があるんだ? まさかお前が俺を好きだなんて言わないよな?」

 

 これ、質問する意味なかったな。雪ノ下がなんて答えるかなんてわかりきってるじゃないか。

 

「……そうね。嫌いではないわ」

 

 は? 今、何て言った? なんかあり得ない単語が飛んできた気がするんだが……。

 

「雪ノ下、今日はエイプリルフールじゃないぞ」

 

「比企谷くん。これでも私は、あなたの努力する姿勢と考え方についてはそれなりに認めているのよ」

 

「お、おう?」

 

 今、俺の目の前にいるのは誰なんだろうか? 少なくとも俺の知っている雪ノ下は、俺のことを褒めたりしないんだが。

 はっ!まさか偽物?

 

「でも、最近のあなたは見ていて不快でしかなかったわ。意味もなく奉仕部に来るだけで、会話もほとんど生返事だったもの」

 

 やっぱりこいつは雪ノ下だった、この毒舌、八幡覚えがある。

 

「だから、平塚先生に相談したのか?」

 

「えぇ、あのまま奉仕部に居られても空気が淀む一方だったから」

 

 平塚先生、やっぱりこいつは俺のことなんて心配してませんでしたよ。

 

「なら、空気洗浄機でも買った方がいいんじゃないか?」

 

 ほらだって、俺はまだいるわけだし。

 

「そうね。でも、今のあなたのは正しい目の腐り方をしているからいらないんじゃないかしら」

 

 目の腐り方に正しいとかあるの?

 

「それと、比企谷くん」

 

「……なんだ?」

 

 こいつ、まだ俺に追い打ちをかけるつもりなのかしら。

 

「あなたが戦車道をやめた理由は、本当にあれだけ?」

 

「……」

 

 いや、なんというか。こいつやっぱり、あの人の妹だな。別にもう隠す意味はないし、正直に話すか。

 

「どうなの?」

 

「……あぁ、お前の言う通りだよ。俺のせいで優勝してもいちゃもんがつけられると思ったんだよ」

 

「あなたが男だから?」

 

「そうなるな」

 

「ヒッキーの考えすぎじゃないの?」

 

 甘いな、由比ヶ浜。世の中、いちゃもんをつけたがるやつらばかりなのだ。それこそ叩く理由があればなんだって叩く。

 

「でもあなたは、それでも戻るつもりなのね」

 

「まぁな。いざとなれば、俺が学校をやめるつもりだ」

 

 問題となるやつがその学校にいなければ、いくら叩かれようと問題はないはずだ。

 

「だ、ダメだよ!」

 

「あなたは本当に……。でも、その問題ならどうにかできるかもしれないわ」

 

「どうにかって、どうするんだよ」

 

「そうね。癪だけど、その時は姉さんの力を借りるわ」

 

 雪ノ下さん? あの人がなんか関係あるのか?

 

「陽乃さん?」

 

 由比ヶ浜も俺と同じことを思ったのだろう。雪ノ下に聞き返す。

 

「えぇ。姉さんは戦車道連盟に深い繋がりがあるから、どうにかできるはずよ」

 

 まじであの人はなにもんなんだよ。出来ればあの人の力は借りたくないな。普通に後が怖そうである。

 

「そうならないことを祈るしかないな」

 

「……そうね」

 

 これであらかた話すことは話したな。

 とりあえず今、俺がこいつらにやるべきことは……。

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、……その…、なんだ、ありがとう、助かった」

 

 平塚先生は言っていた、この二人が心配して相談してくれたから動いたと。なら、二人に礼を言うべきだと思い言ったのだが……。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の反応がまさかの無言である。いや、無言て。

 

「なんか反応しろよ……」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは由比ヶ浜だった。

 

「ご、ごめん! な、なんていうか、ちょっと意外だったから……」

 

「俺がお礼を言うのがか?」

 

 たしかに俺は捻くれてはいるが、礼ぐらいちゃんと言えるぞ。

 

「それもなんだけど、ヒッキーの顔が……」

 

 顔? まさかの二人が無言だったのは俺の顔のせいだったらしい。まじかよ……そんな変な顔してたのか俺……。

 

「なんかすまん」

 

 もう、自然に謝ってしまっていた。

 

「べ、別に、顔が変だったとかそういうことじゃなくて!…………いきなりそんな優しい顔するなんてずるいよ……」

 

 どうやら変な顔はしてなかったらしいのだが、後半は由比ヶ浜がボソボソとしゃべっていたせいでよく聞こえんかった。

 だから、聞き直そうとしたら。

 

「こ、この話はこれで終わり! ね? ゆきのん!」

 

「そ、そうね。お昼をそろそろ食べましょうか」

 

「お、おい、お前ら?」

 

 それでもう、あなたと話すことなんてないわと言わんばかりに昼飯の準備を始める雪ノ下たち。

 西住たちとの話の場を設けてもらっただけでもありがたいし、これ以上つっこむのは野暮かもしれん。

 しかし、あれだ。すこぶる行くのが気まずい……。放課後までに覚悟を決めないと、そのまま家にエスケープするまである。

 とりあえずはベストプレイスに行って昼飯でも食うか。

 



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西住 みほはイケメンである

 昼休みが終わり、午後の授業が終わり、そして放課後。

 やべー、まったく覚悟が決まらなかった。どうしよ、このまま帰ってしまおうかしら? いや、それはさすがにダメだろ俺。

 そうやって俺が一人で悩んでいるうちに、どうやら西住たちは先に生徒会室に向かったようだ。いつの間にか気づけば俺は一人だけ教室に残っていた。

 気づけばぼっちだった。あっ、それは元々でしたね。……馬鹿なこと言ってないで、俺もさっさと生徒会室に行こう。

 

 

 ====

 

 

 そして生徒会室の扉前。

 

「………」

 

 俺はかれこれ5分ぐらいこの扉前に陣取っている。陣取っているというか、なんというか、ここまで来といて足が止まってしまった。

 そろそろ早くどうにかしないと生徒会の役員の皆さま方の、こいつなにやってるだろう? という冷ややかな目線が突き刺さってしょうがない。

 逃げちゃダメだ…、逃げちゃダメだ……、逃げちゃダメだ……!

 そして俺はようやく生徒会室の扉を開けるのだった。

 え? 茶番が長い ?勘弁してくれ、これでもそれなりに緊張しているのだ。

 生徒会室には西住、武部、五十鈴、秋山、冷泉の五人がいた。

 

「お前らだけか?」

 

「うん。あまり人がいても八幡が話しにくいだろうし、あと、私たちが一番八幡くんと話してたから」

 

 なるほどね。たしかに言われればこいつらとよく一緒に行動していたな。いや、無理矢理に連行されていたと言っていいのかもしれんが。主に武部に。

 

「とりあえず、だ」

 

 西住たちが奉仕部に依頼に来たというのなら俺に話があるのだろうが、先に俺から話をさせてもらう。

 

「お前らに言っときたいことがある」

 

「え? 八幡くんが?」

 

 俺が奉仕部に西住たちとの話し合う機会の場を作ってくもらえるよう依頼したのは二つの理由からだ。

 一つは言わずもがな、戦車道に戻らせてもらうこと。

 そして二つ目はこいつらとあの時のことについてきちんと話すことだ。

 

「武部」

 

「な、なに?」

 

「お前は言ったよな、“もっと人の気持ちを考えてよ!

  いろんなことがわかるのになんでそのことがわからないの!”って」

 

「う、うん……」

 

「先に謝っておく。すまん、たぶんわかっていても俺は同じことをしたと思う」

 

「な、なんで?」

 

「その答えは少し待ってくれ」

 

 まだ話さないといけないやつがいる。

 

「五十鈴」

 

「……比企谷さん」

 

「お前は“あなたにとってわたくしたちはどうでもいい存在なんですか?”って聞いたよな?」

 

「っ! あ、あれは……」

 

 あの時は答えられなかったが、今なら答えられる。

 

「どうでもいい存在なんかじゃない」

 

「……え?」

 

「俺にとってお前らはどうでもいい存在なんかじゃない、それだけはわかってくれ」

 

 最初は自分の答えを見つけてもなにも変わらないと思っていた。でも違った。こいつらのことを気に入っていると自覚したと同時にやりたいことができてしまった。

 

「その上で言わせてもらうんだが、やっぱり俺はああしてたと思う」

 

「それはなんのために?」

 

 武部は俺に質問をしてくる。あの時はこの学校を廃校にさせない為と言ったが、俺が学校の為にとか今思うと何言ってるんだか。もっとマシな言い訳もあっただろうに。

 

「自分のためだよ」

 

「自分のためって……。じゃあなんであんな自分が傷つくようなやり方をしたのよ! 矛盾してるじゃない!」

 

「矛盾してねぇよ」

 

「してるよ!」

 

「俺はあのやり方しか知らない、それに大切な場所を守るために手段なんて選んでられるか」

 

 たとえそれでこいつらが傷ついたとしてもだ。

 あの時はこのまま俺が戦車道をやめれば解決するんだと思っていた。でも違うのだ。そうじゃない。俺があのことを夢にまで見ていた理由が答えだった。プラウダに勝ちはしたものの、廃校にならないのは確定していない。黒森峰に勝たないといけない。

 だから夢にまで見た。終わってないのに終わろうとしていた自分を責めるように。

 

「……八幡くん」

 

 西住。

 

「……比企谷」

 

 武部。

 

「……比企谷さん」

 

 五十鈴。

 

「……比企谷殿」

 

 秋山。

 

「……比企谷」

 

 冷泉。

 俺は間違っているのだろう。けど、それでも構わない。

 

「俺はどうしようもなく間違っているんだと思う。また俺の行動でお前らを傷つけるとしても、それでも戦車道に戻って、この学校を……いや、お前らの居場所を守りたいと思ってるんだから」

 

 それが俺の答え。

 

「だから武部、五十鈴、俺は変われない。お前らの言うように間違ったままだ」

 

 変わらないではなく、変われない。

 間違っていると言われて、理解は出来る。けど納得が出来ないのら一緒だ。結局はその局面、俺はまた同じことをするのだと思う。

 もうこれは癖みたいなものだ。今更誰かに言われたぐらいで直るなら苦労はしない。

 このどうしようもなく間違っているのが俺なのだ。比企谷 八幡なのである。

 一時は戦車道をやめた。けど、自分の気持ちに気づいたらそれどころじゃなかった。俺が間違っていたとしても、こいつらの居場所を守りたい。見ているだけは耐えられそうになかった。

 だから俺は…………。

 

 ――――間違いながら、それでも戦車に乗るのだろう。

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 西住たちからの反応がない。

 そりゃそうだ。俺は間違っているのがわかっていて尚、変わらずに戦車道に戻ると言っているのだ。

 だから、俺は否定されるのだと思っていた。いや、そのはずだったのだ、この時までは。

 

「八幡くん」

 

 沈黙のなか、口を開いたのは西住だった。

 

「なんだ?」

 

「変わる必要なんかないよ」

 

「え!?」

 

「みほさん!?」

 

「西住殿!?」

 

 西住は……、西住のやつはなにを言ってるんだ?

 西住の発言に俺だけでなく、武部たちも驚いている。そんな様子を見てもそれでも西住は言葉を続ける。

 

「八幡くんは強いよね」

 

「そんなことねぇよ」

 

「ううん、そんなことあるよ。だって私ずっと見てきたからわかる、八幡くんはいつもそうだったよ。私の時も、華さんの時も、そしてプラウダ高校の戦いの時も、八幡くんが動いて傷ついているのはいつも誰かのためだった」

 

「………」

 

「普通だったら無理だと思う。だって嫌われるのは怖いよ。だから強いんだと思ってた、でもそれだけじゃなかったんだよね。あの時、アンツィオ高校の試合のあとアンチョビさんと会ってたでしょ?」

 

「……見てたのか」

 

「うん。そこはごめん。でもあの時の八幡くんを見て思ったの、この人は強いけど脆いんだなって……」

 

 あの時、安斎がなにか俺に言おうとした時、俺はどんな顔をしていたんだろうか?自分じゃわからない。けど、西住が言うことが本当なら俺は中学の時のあの事を引きずっていたのだろう。

 たぶんそれが顔に出ていたのだ。

 

「それなのに、私たちは八幡くんに頼り過ぎていたんだよね。だからあそこまで無茶をさせちゃった」

 

 関係ない。なんであれ、俺はああしてた。

 

「……えっと、それでなにが言いたいかと言うとね。八幡くんはそのままでいいと思う」

 

「俺はまた同じことをやるぞ、西住」

 

「大丈夫だよ」

 

 大きな瞳は真っすぐに俺の方を見てくる。

 

「今度もし八幡くんがまた間違いそうになっても私が、ううん、戦車道のみんなが絶対に止めて見せるから」

 

 西住は力強く、そう俺に言うのだった。

 

「………」

 

 俺は言葉が出なかった。

 

「あ、あれ? みんなどうしたの?」

 

 どうやら西住は自分がなにを言ったか気づいてないらしい。俺だけではなく武部たちも黙ってしまっているのは……西住、お前がイケメン過ぎるからだよ。

 なんなのこの子? イケメン過ぎるだろ。勘弁してくれよ。危うく惚れてしまうところだった。

 ……いや、本当に勘弁してほしい。俺は拒絶されると思っていたのだ、それなのに……。

 

「は、八幡くん! 私なにかおかしいこと言ったのかな!?」

 

 なんか突然、西住が慌てだしたんだが、どうしたんだ?

 

「比企谷殿、大丈夫ですか?」

 

「え?」

 

 秋山が俺に近づいてそう言ってきた。ほかのやつらも意外なものを見るような目で俺を見ている。

 大丈夫って、なにが…………。

 

 ―――――気づけば俺は泣いていた。

 

 ちょっ! うそ! まじでか!?

 

「す、すまん! みっともないところを見せた!」

 

 おいおい勘弁してくれよ。俺は話し合いに来たのであって、黒歴史を増やしに来たんじゃないぞ。

 俺が制服で顔をゴシゴシしていると不意にその腕が掴まれた。

 

「……みっともなくなんかないです」

 

 俺の腕を掴んだ主は秋山だった。……秋山?

 

「みっともなくなんかないです。比企谷殿……いえ、八幡殿!」

 

 なして名前呼び? ちょ、ちょっと待ってくれ、状況がわからなくなってきたんだが。

 

「私は先程の西住殿の言葉にとても感動しました! ……たぶん、八幡殿は私とは理由は違うのでしょうが、西住殿の言葉になにかを感じたのでしょう?」

 

 たぶん、そうなのだろう。いや、ちょっとまって秋山さん。今はそれどころじゃなくてですね。

 

「……すいません、八幡殿」

 

 今度はいきなり落ち込みだしたぞ、秋山のやつ。

 

「なにがだ? 俺はお前に謝ってもらう理由がわからないんだが……」

 

「不肖ながら八幡殿のことを誤解していたようです。私は八幡殿はなんでもできる人なのだと思ってました」

 

 なんでもって、コイツの中で俺はどんだけ過大評価されてるんだ?

 

「でも先程の八幡殿の涙を見て考えが改まりました! いえ、自分の不甲斐なさに気づかされました!」

 

 やめてくれ! もう八幡のライフはゼロよ!

 秋山的には俺のことを励ましているんだろうが、俺にしたら黒歴史を語られているわけで。

 

「西住殿の言う通り、私たちは八幡殿に頼りきっていたと思います。だから……」

 

「だから?」

 

「まずは名前呼びかなと」

 

 おかしいね、途中まではおかしくなかったのに最後がおかしいね。どういう理屈でそうなったの?

 いや、それよりもだ。

 

「秋山」

 

「はい! なんでしょう、八幡殿!」

 

「そろそろ手を離してもらっても大丈夫でしょうか?」

 

「へ?」

 

 俺に言われて気づいたのか現状を確認する秋山。

 俺の手を見て自分の手を見る。これを繰り返すこと三回。あーら不思議、秋山の顔が真っ赤に染まっていく。ついでにいうと俺の顔も赤いと思われる。

 いや、まじこれなんの公開処刑なんだろうか。ぼっちにはハードルが高すぎるよ秋山。

 

「す、すいみません! 八幡殿! …あの……本当に……悪気があったわけじゃないんです……」

 

 そう言いながら秋山は部屋の端っこに行ってしまった。

 そして不意に制服の袖が引っ張られる。

 

「……八幡、頭撫でろ」

 

 ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎるだろ。次から次へと問題を発生させるんじゃない。

 

「なんでお前まで呼び方変わってるんだよ……」

 

「そこは気にするな。それよりも頭を撫でろ」

 

「いや、なんでだよ」

 

「心配かけたんだから当然だろ?」

 

 なにが当然なの? 報酬になでなでを要求するとか、お前は小町かなんかなの?

 

「心配ってプラウダ戦のことか?」

 

「それもだが、その後もだ」

 

 俺的には冷泉に心配されていたこと自体がわりと不思議なんだけど。

 しかし心配か、そう言われるとなんとも断りづらいものがあるな。

 というか、いつもならくるであろう人物からのツッコミがこないんだが、どうなってんだ?

 

「よし! 私も決めた!」

 

 ちょっと待とうか、武部さん。たしかに噂はしたけど今の流れで言うのはよろしくない。すこぶる嫌な予感がするんだけど……。

 

「私は比企谷のことハチって呼ぶことにする!」

 

「いや、呼ばなくていいから」

 

「なんでよ!?」

 

 なんでもくそもないだろ。こっちがなんでとキレたいぐらいだわ。なぜに名前呼びすらも通り越して愛称呼びなんだよ。進化しすぎだろ。

 例えるなら、スライムが魔王になっちゃったみたいな。……やだこれ、ワープ進化どころの話じゃない。もはや別物である。

 つまりは武部はそれぐらいおかしいことを言っているということだ。わかっていただけただろうか。

 

「麻子とゆかりんは呼ぶのはいいんだ……」

 

 いや、別にあいつらに呼んでいいと言った覚えはないぞ。

 

「ねえ、八幡くん。私も呼び方変えた方がいいのかな?」

 

 西住、これ以上状況をややこしくするのはやめてくれ。

 別にこの流れに乗らなくていいのよ? むしろ乗らないでくれマジで。西住が俺を愛称呼びなんかしたらまほさんに殺されそうである。

 

「そういえば華はどうするの?」

 

「わたくしですか?」

 

「そうそう、呼び方」

 

「で、でも……わたくし……」

 

「まだあのこと気にしてるの?」

 

 なんだ? 五十鈴のやつなにを気にしてるんだ? ……そういや、五十鈴のやつは呼び方が昔の方に戻っていたな。

 

「別に無理に変えなくていいだろう、そのまんまでよくないか?」

 

 本人の気が進まないのに無理にさせる必要がないだろ。

 

「………」

 

「あれ?」

 

 五十鈴さんの様子がおかしい。なんか無言でこっちを睨んできてるんだけど……。え? 俺なんか変なこと言ったか?

 

「わたくしには呼んで欲しくないんですか……?」

 

「……好きにしたらいいだろ、 どう呼ぼうがお前の自由だろ」

 

「……はいっ!」

 

 五十鈴のやつはなにがそんなに嬉しいのだろうか? 見たこともないぐらいのいい笑顔をしてらっしゃる。

 

「じゃあ私も別に問題ないよね♪」

 

 ちょっ、汚いぞ、武部! こいつ、これが目的で五十鈴のやつに話を振りやがったな。

 

「ねぇ、八幡くん」

 

「なんだ、西住?」

 

「八幡くんに頼ってもらえるよう頑張るからね」

 

 イケメンすぎますわ西住さん。

 あまり女子にイケメンイケメン言うのもよろしくないな。西住はイケメンの魂を持ってるからイケ魂やな。

 なんてアホなことを考えていたら電話の着信音が鳴り響く。

 

「誰だろう? ……え!?」

 

 どうやら西住に電話がかかってきたようだが、どうやら相手は意外な人らしい。西住が驚いている。

 

「は、八幡くん、どうしよう?」

 

 先程までのイケ魂ぶりはどこにいってしまったのか。打って変わってあわあわとしだしたぞ。

 

「どうしようって、相手は誰なんだ?」

 

「……お姉ちゃん」

 

「まほさん?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なんで西住は意外そうな顔でこちらを見てくるのかしら?

 

「とりあえず電話にでたらどうだ?」

 

「う、うん、そうする……。も、もしもし? お姉ちゃん?」

 

 そうか、まほさんもとうとう動く気になったのか。ちょっと感慨深いもんがあるな。

 あの喫茶店で会ってからだからだいぶ時間が経ってるのはこの際ツッコまないとして、これで仲直りができれば一番いいんだけどな。

 この時の俺は呑気だった。いやマジで。でもさすがにこればかりは誰が予想できただろうか?予想できたやつがいたなら是非名乗り出てほしい。

 今ならマッカンをプレゼント! え? いらない?

 

「え!? どういうことお姉ちゃん!? ……うん、うん、もうこっちに向かってるの? わかったよ」

 

 なんか西住の様子がおかしいな。なんで俺の方をチラチラと見てきて……。本日二度目の嫌な予感がするんだが。いや、まさかそんな…ねえ?

 どうやら西住はまほさんと話が終わったらしい。

 

「なんだって?」

 

「……うん。話があるから家に戻って来いって言われちゃった……」

 

「は? 本家に? 移動手段は? 今は定期便ないぞ」

 

「それは今、お姉ちゃんがヘリでこっちに向かってるって」

 

 それまでならよかった。いや、西住からしたらよくないのかもしれないが、それでもここまでなら普通のことだった。

 そう、だった。西住の次の言葉を聞くまでは。

 

「それでね、八幡くん」

 

 なんで西住は申し訳なさそうな顔でこちらを見てくるのだろうか?

 

「お姉ちゃんが八幡君も一緒に来るようにって」

 

「へ?」

 

 いやいや、なんで? 俺が? 西住の家に? 呼ばれる?

 

 そして俺はなぜか西住流の本家へと行くことになったのだった。

 正解した人はいるだろうか? いたらスーパーヒッキーくんを進呈しよう。え? いらない?

 どうやら決勝戦の前にイベントが目白押しのようだ。

 まじで俺どうなるの?

 



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その時は不意に訪れる

 ヘリから見る夕焼けは乙なものですな、まるでいつもと見ている景色と違うようだ。……いや、まぁ。こんな状況じゃなければ尚のことよかったのだが……。

 どんな状況かって? だいぶカオスだよ? 俺が今まで生きてきた中でトップクラスの息苦しさである。

 まず迎えに来たヘリの操縦手がイッツミーさん。あれ? 違う? 気のせいだ。気にするな。それと、俺が出合い頭に睨まれたのも気のせいだと思いたい。

 今はイッツミーのことはどうでもいいのだ。このヘリの空気を重くしている原因が二人いる。誰かって? もちろん西住流のお二方である。ヘリ乗ってからというもの、西住姉妹はまったくもって会話が発生していない。ふえぇ~、空気が重いよ~。

 ……ダメだ。自分でなんとか心を強く保とうとしたがその試みは失敗に終わった。

 いや、そもそも、配置がおかしいと思われる。なんで助手席には誰も座らず、後部座席で俺を真ん中に配置して、姉と妹で俺をサンドするのか。俺は出来れば助手席か窓際がよかったのだが……。

 なんでこの配置になったかというと、イッツミーとまほさんの配置は俺たちを迎えに来た時から変わっていない。

 なので、後部座席に俺たちが後から乗った形になったのだが、西住がどうにも踏ん切りがつかなそうだったので、俺がまほさんの隣に座って緩衝材代わりになったということだね。

 うん。今ちょっと後悔しているよ。ハチマン、オウチ、カエリタイ。

 ……今この場でもっとも必要なのは会話だ! ぼっちなのでトーク力など皆無だが、この現状を西住邸に着くまで我慢できそうにない。

 無言で過ごすことはぼっちの必需スキルなのだが、無理…、この空気は耐えられない……!

 なにが耐えられないって、あまりにももどかしすぎるのだ。なにが?西住姉妹の二人だよ!

 まずは西住。もうこの子はなにかまほさんに話したそうに、なんども視線を向けては外し向けては外しを繰り返している。……もどかしい。

 一方のまほさんはまほさんで、その視線に気づいていながら動こうとはしていない。まほさんの表情はほとんど変わっていないが、わかるものはわかるのだ。たぶん、同じシスコンだからだろう。……もどかしい。

 圧倒的っ…! 圧倒的もどかしさっ……!

 そんな二人に挟まれて、俺のメンタルポイントはぎゅいんぎゅいんと減ずられているわけなのですよ。

 この二人の共通の話題ってなんだっけ? 西住に関しては、イケ魂なのとポンコツなのとボコが好きってことぐらいしか知らんしな。

 まほさんはどうなのだろうか? あれか、俺と一緒で重度のシスコンってことぐらいかしら。

 ……あっ、あったわ共通の話題。というか、これは俺も関係している。あまりにも展開が急すぎて聞くのを忘れてしまっていた。

 

「ちょっといいですか?」

 

 俺は隣にいるまほさんに話しかける。

 

「どうした?」

 

「西住家の本家に向かっているんですよね?」

 

「? そうだが……」

 

 そう。今、俺たちはヘリで西住流の本家に向かっている。別にそれはいいのだ。問題はそこではなく……。

 

「いや、場所はどこなんですかね? 俺聞いてないんで教えてもらえると助かるんですけど……」

 

「みほから聞いてないのか?」

 

「あっ、そうだった。ごめんね? 八幡くん」

 

 まほさんの言葉で西住は俺に謝ってくる。このヘリに乗ってようやっとちゃんとした会話が始まった気がするな。

 

「それで場所は?」

 

「あぁ、私たちの実家は熊本にあるんだ」

 

 熊本、熊本かぁ。割とというか、結構遠いな。そうなると帰りはどうしたらいいのかしら? このまま西住邸に着いて、俺と西住の用件を済ませたら軽く夜遅くになると思うんだけども。

 

「あれ? でもそうなると帰りはどうしたら? 夜遅くに交通手段ってありますか?」

 

「? 泊っていけばいいだろう、別に」

 

 俺の疑問に、まほさんはさも当然のようにそう答えた。

 

「た、隊長!? どういうつもりなんですか!? そんなどこの馬の骨ともわからないやつを泊まらせるなんてっ!」

 

 それにはさすがのイッツミーが黙ってはいなかった。

 いや、怒る気持ちもわかりはするのだが、今は操縦に集中してもらっても大丈夫ですかね? こんなことで墜落とかシャレになりませんのことよ?

 

「エリカ、八幡を呼んだのは私たちなんだ。つまり八幡は客人になる」

 

「で、ですが……」

 

「こちらの用件で呼んでいるのだ、そのまま帰らせてしまっては西住流の名がすたれてしまう」

 

「……はい」

 

 イッツミーは、返事はしているが納得はしていない感じだな。

 いや、そもそも。

 

「俺ってなんで呼ばれたんですかね? まったくもって関係ないと思うんですけど」

 

 西住はまだわかる。だって西住流だしな。俺はなんでだ? 呼ばれる理由も心当たりもないんだが……。

 

「八幡を呼び出したのはお母様なんだ。だからすまない、理由まではわからない」

 

 西住流の当主が俺を?

 

「お母さんが……?」

 

 西住も訝しげな顔をしている。たぶん俺も同じ顔だろう。

 件の人と俺は面識などまったくもってないはずだ。そんな俺が呼び出される理由ってなんだ?

 一つ可能性を上げるなら、俺が島田流と関係しているということぐらいか。

 といっても、俺は別に島田流の教えを教わっているわけではないし、そもそも男だ。呼び出すとしても俺なんかではなく小町の方がまだ納得がいく。

 俺なんか、相手からしたら道端の石っころだろ。そんなやつを西住流の当主がいちいち気にするだろうか?

 今はわからないことに頭を悩ませていてもしょうがない。俺なんかより西住だ。

 

「俺のことは今は置いときましょうか。なら西住はなんで呼び出されたんですか?」

 

 俺の考えがあってるなら、絶対に楽しい理由ではないはずだ。

 

「みほは……」

 

 どうやらまほさんがためらうほどに言い難い内容なのか。この様子を見ると俺の予想は当たってそうだな。

 でもそうなると、やはり疑問は残る。そもそもなぜこのタイミングなのだろうか? 呼び出すにしろ、西住に関しては早めの状態から戦車道に復帰していたことはわかっていたはずだ。

 だって、そうだろ? 蝶野さんは言っていた。西住のことをお嬢様と。

 なら、蝶野さんは西住 しほ、つまりは西住流とそれなりの関係がるのだろう。懇意にしている相手の娘なら会ったことを報告すると思うのだ。

 だから、西住 しほは初めから知っていたはずなのだ、西住が大洗で戦車道を復帰していたことを……。

 

「お姉ちゃん、私のことは気にしなくても大丈夫だよ」

 

 西住は言うのを躊躇っているまほさんに、真っ直ぐ視線を向ける。

 いや、二人して見つめ合うのはいいんだが、中間に俺がいることを忘れないでほしい。

 

「……みほ。強くなったんだな」

 

「大洗のみんなのお陰かな?」

 

「…そうか」

 

 なんで二人して俺を見てくるのかしら?俺は別になにもしていないよ?ホントだよ?

 西住が黒森峰の時より強くなったというのなら、西住がさっき言った通り、大洗の戦車道のやつらのお陰だろ。

 あとはあれか、ボコの存在が強いのだと思う。俺にしろ西住にしろ。

 まほさんもなにかそういったものがあるのだろうか?気に入ってるにせよ好きにせよ、そういったものが。

 うーん……全然想像がつかんな。

 

「みほが今回呼び出された理由は―――」

 

 そしてまほさんが西住が呼び出された理由を語る。

 やっぱりか。俺は驚きよりも納得しかしていなかった。西住流か……、やっぱり西住には向いてないわ。

 そう、はっきりと思う俺がいる。そう思う程度には西住のことを知っているし信頼しているのだろう。

 昔の俺が見たらなんて言うだろうか?勘違いしてんじゃねーとか言いそうだな。言いそうだ、というよりもそれしか言わないと思う。

 なら俺が返す言葉は決まっている、“だからどうした?”だな。

 俺たちを乗せたヘリは西住邸へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

「でかっ……」

 

 俺がそう呟いてしまうほどには西住邸はデカかった。

 五十鈴の時もそうだが、島田流も西住流もなにをやったらこんな家を建てれるのだろうか? 怪しい匂いがプンプンですねぇ。え? ただのやっかみ? うん、知ってた。

 

「では、我々は行くとしようか」

 

 どうやらラスボスのところへと行くようだ。でもその前に。

 

「あの、トイレってどこにありますか?」

 

 不肖、比企谷 八幡、ヘリで移動中ずっと我慢していたのでこれ以上は無理そうなのである。

 

「エリカ、案内してやってくれ」

 

「隊長! なんで私が!」

 

「私とみほは先にお母様のところへと向かう。エリカなら何度かここに来たことがあるから大丈夫だと思ったんだが……」

 

「だ、大丈夫です! 任せてください!」

 

「そうか、頼んだぞ」

 

「はいっ!」

 

 そして西住とまほさんは最終ダンジョンへと向かったのだった。いろいろと大丈夫だろうか?

 

「なにボケっとしてるの、早くいくわよ。隊長を待たせる気?」

 

 イッツミーはまほさんのことを好きすぎないか? あれか? もしかして西住につっかかっていたのはまほさんの近くにいるから、嫉妬していただけなのかしら。

 そう思うと今までの行動が可愛く見えてくるのはなんでだろうか?いや、そんなことより今はトイレが優先だ。

 

「へいへい」

 

 

 ====

 

 

 イッツミーの案内により俺はトイレに向かうことができた。

 ふぅー、スッキリした。これでなにも気兼ねなく西住流のボスと戦える。ん? 戦う? なんで俺は争う前提なんだろうか? まぁいいや、それよりもイッツミーはどこだ。最終ダンジョンへと案内してもらわないといけないのに……。

 俺は周りを見渡してみるとイッツミーは誰かと話していた。しかも男性。この西住邸で男性? しかもなんかどことなく雰囲気が西住に似ているような?

 とりあえず話しかけるか。

 

「なにしてるんだ?」

 

「見てわかるでしょ? 会話してるのよ」

 

 いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな。

 

「ん? 初めて見る顔だね、君はエリカちゃんの彼氏かなんかかい?」

 

 イッツミーと話していた男性はいきなりそんなことを言ってくる。確かにこの西住邸で俺みたいなやつがいるのはおかしいのだろうが、それでも彼氏はないだろ。

 あなたのその理論でいくと、イッツミーは他人の家に彼氏を連れ込んできているというとんでもない女になるんだが……。

 イッツミーではなくイッツビッチになってしまう。…言わんどこ、絶対にキレられるわこれ。

 

「おじさん! 冗談でもそういうことは言わないでくださいっ!」

 

「あははっ、ごめんごめん。エリカちゃんが男の子と話しているのが珍しくてついね。いつもまほにべったりだからさ」

 

 やっぱりイッツミーは、まほさん大好き人間だったか。

 

「それで君は?」

 

 さっきの会話を聞く限りじゃどうもこの人、西住の父親っぽいな。西住はこの人に似たのか。ということは、まほさんは母親似になるのだろうか。その答えはすぐにわかることだしどうでもいいか。

 とりあえず今は自己紹介だな。

 

「……えっと、比企谷 八幡です」

 

「比企谷……? そうか、君が……」

 

「え?」

 

「僕は西住 常夫だ。たぶんこれからいろいろ大変だと思うけど頑張ってね」

 

 西住……、やっぱりこの人は西住の父親だったか。いや、それよりも頑張ってとはどういう意味だろうか? この人はなにか知ってるのか? 俺が呼び出された理由を。

 俺は気になったので聞き返そうとしたら。

 

「ほら、さっさと行くわよ。隊長が待ってるんだから!」

 

「いや、ちょっと待って―――」

 

 イッツミーによる強制送還による退場を余儀なくされた。

 いやいや、あなただって常夫さんと話してたんだから俺にも会話ぐらいさせなさいよ。

 

 

 ====

 

 

 そして俺は引きずられながら目的の場所へと着いたのだった。

 

「……」

 

「なにやってるの? 早く入りなさいよ」

 

「いや……」

 

 あれかしら? 魔王城に入る勇者の気持ちってこんな感じなのかしら? 部屋に入る前から空気がやばいのが感じられるんだが……。

 まぁしかし、逃げるなんて選択肢は端からないわけで。西住も先に行ってるのだ。俺も覚悟を決めないと。

 

「よしっ……。ん? お前は入らないのか?」

 

「私は関係ないから入れるわけないでしょ…」

 

 え? そうなの? てっきりついて来ているからそういうもんだとばかり……。

 

「なによ?」

 

「いや、なんもねーよ」

 

 とりあえず、行くか。

 そして俺は魔王城への襖を開けるのだった。

 中には、先に行っていた西住、まほさん、そして……。

 

「……来たわね」

 

 西住流の当主にして西住、まほさんの母親である西住 しほがそこにはいた。

 凛とした佇まい、ムッとした表情。やはりまほさんはこの人に似たのだろう。そっくりだ。

 

「なぜ俺を呼んだんですか?」

 

 まどろっこしい話は抜きだ。単刀直入に行かせてもらう。

 

「聞きたいことと話したいことがあったので、まほに頼んで呼んでもらいました」

 

「聞きたいこと……ですか?」

 

「えぇ」

 

 俺なんかに聞きたいことってなんだ?

 

「あなたは新しい流派、つまりは比企谷流を作るつもりなのかしら?」

 

「は?」

 

 いかんいかん、あまりにも予想外な質問をされたから素で返してしまった。

 

「すいません。……えっと、新しい流派とか、誰がそんな頓珍漢なことを……?」

 

「あなたの妹、比企谷 小町が言っていたわ」

 

 ……は? 小町? いや、ちょっと待ってくれ。小町さん? あなたはまた俺が知らないところで一体なにをやらしてるんだよ。比企谷流? ヒキガエルの間違いだろ。語呂も似てるし。

 

「そんな小娘の言うことなんて気にする必要があるんですか? あなたたちにとってはどうでもいいでしょうに」

 

「……そうね。それを体現するものが一人なら私も特段気にもしなかったのでしょうね」

 

「? それはどういう……」

 

「あなたよ」

 

 俺? 俺がなんだというのだろうか?

 

「彼女が言っていたことは二つ。一つは先程言っていた比企谷流、もう一つは……彼女の戦車道があなたの模倣であること」

 

 そういえば、蝶野さんも同じようなこと言っていたな。小町の戦車道は俺を模倣していると。

 

「そのあなたが戦車道の全国大会の決勝まで駒を進めた。なら……」

 

「その信憑性が増す、と?」

 

「そういうことね。それで実際のところは?」

 

「俺はそんな大それた考えはしてませんよ……」

 

「……そう。ところであなたはみほとはどこまで関係が進んでいるの?」

 

「へ?」

 

「お母さん!?」

 

「みほ、静かにしなさい。私が今話をしているでしょ」

 

「……はい」

 

「………」

 

 ちょっ、この人、いきなりなにを言いだすんだ? あまり不穏なことを言うのはやめてもらっていいですかね。まほさんの表情は変わってないが、確実にあれはやばい。俺の発言次第では即座に……。

 というかそもそも、なんで俺と西住の関係をこの人が気にするんだろうか? だってこの人は……

 

 ―――西住に勘当を言い渡すためにわざわざ呼び出したのに。

 

「関係もなにも、俺と西住はただの戦車道の仲間ですよ」

 

「……ただの……」

 

 あれ? なんで西住が落ち込んでるんだ?なにか俺は間違ったことでも言ったかしら?

 

「では、好きな人か付き合っている人は?」

 

 なんでさっきから話がそっち方面なんだろうか? これになんか意味があるのか?

 

「……いませんけど」

 

「……そう、なら問題はないわね」

 

「それは一体どういう――――」

 

「西住流の婿養子として来る気はないかしら?」

 

 

 …………………………は?

 

 

 続く。え? 続くの?



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かくして、彼は西住流に喧嘩を売る

『婿養子』

 婿養子とは、いわゆる「女性婚」のことを指す。

 メリットしては女性は旧姓のまま仕事が続けられ、夫の家に嫁いでからの嫁姑問題が発生しない。

 男性は女性を養うという義務感から解放され、低所得でも結婚のハードルが低くなる。

 これは専業主夫を目指している八幡的にポイントが高い。めんどくさいことは極力避けたいものである。

 デメリットを上げるとするのなら、そうだな…家族間との繋がりが普通の結婚より強くなるということだろうか?

 え?繋がりが強くなるならいいことじゃないかって?いやいやそうとも限らないんだなこれが。

 例えば離婚をしたとしよう、原因は適当に考えてくれ、結婚して相手のことをより知って失望しただとか、浮気してしまったがゆえに嫁さんより先に子供が出来てしまっただとか、まぁ適当にだ。

 なんにせよ、離婚したとしても、はい、そうですとはならず、法的な意味での親族であるという関係は続くのだ。

 だから、本当に縁を切ろうと思うのなら、相当に手続きやらなんやらが複雑になってめんどくさくなるので覚えておこう。

 さて、なぜ俺がこうも婿養子のことに詳しいかと言うと、だいぶ前にある人が俺に教えてくれたのだ。

 そのある人とは島田 千代。愛里寿の母親でもあり、島田流の現当主その人だ。

 なんでそんな話をしたかは覚えていないが、俺の将来の夢が専業主夫であることを教えたら、何故か懇切丁寧に婿養子のことを教えられた。

 今思うとなんであんなことを俺に教えてくれたのだろうか?謎だ。

 いや、それよりもっと謎なのが……。

 

「――婿養子とか、なんかの冗談ですか?」

 

 目の前にいる人物が冗談を言うようにも思えないが、聞くだけ聞いとこう。

 

「冗談を言うとでも?」

 

 俺の目の前にいる人物――西住 しほは、表情を変えずそう言ってくる。

 見えませんねぇ。見えないけど、やっぱりおかしくない? なぜに婿養子……。

 

「……なら、なんで俺なんですか? 正直自分で言うのもなんですけど、性格に難ありですよ? それに特筆できるものがなにもない普通の一般人ですし……。戦車道の、しかも西住流の婿養子とか分不相応というか……」

 

 これは別に自分を卑下しているわけではなく、ただただ真実を言っているだけだ。俺は人に誇れるようなものをなにひとつ持っていない。俺がずっとやってきたのは、戦車に乗るために体を鍛えることと、作戦を考えるための知識、そして相手の行動を読むための観察眼を鍛えていたことだけだ。

 

「あなたの性格については、みほからある程度聞いているわ」

 

 えぇ……。聞いといて尚、俺のことを婿養子にしようとしてんの? それともあれなのかしら? さっき、西住から話を聞いたとか言ってたけど、西住が俺のことを上手く説明できなかったのか?

 いやいや、俺ほど単純明快な人間はそうそういないだろうに。もちろん、悪い意味でだが。

 

「なら……いえ、これ以上はいいです」

 

 この人は俺が何か言ったぐらいでは意見を変えそうにない。なんせまほさんと西住の母親なのだから相当に頑固そうだ。いや、別にディスってないからね?

 

「特筆するものがなにもない、と先程言っていたけど、あなたを一般人の枠組みに嵌めるには無理があるわ」

 

 え? それ誉めてます? 八幡的にはディスってるようにしか聞こえない。だって、お前は普通じゃないと言われているようなもんだよ?

 

「戦車道に関心を持っていて尚且つ、実践レベルの実力を持っている男性が全国にどの程度いるのでしょうね」

 

 うん。あらためて聞かされると、自分がどんだけ異常なのか自覚させられるな。普通は男性が興味を持ったとしても観戦レベルが世間の一般常識なのだろう。もしくは、よくて整備士になるぐらい。

 確かに、俺を一般人の枠組みに嵌めるのはおかしい。普通のやつは戦車に乗ろうとすら思わないもんな。

 

「ほんとんどいないんじゃないんですか? 観戦とかではなく純粋に男性で戦車道に興味ある奴なんか……」

 

「だから、あなたのように戦車道の全国大会にまで出てくる気概の持ち主はそうはいない」

 

 いやぁ、俺も別に出たくて戦車道の全国大会に出たわけじゃなんだけどな。会長に強制されてだし。

 それに普通は戦車道で男とか拒絶されるだけなんだが……あれだよな、大洗のやつらはどいつもこいつもいいやつすぎる。自分で言うのもなんだが、俺が受け入られている時点で相当なもんよ?

 

「戦車道に理解があるなら、サポートや相談もしやすくなる。しかも実力が伴っているなら尚更、それに……」

 

 それに? まだなにかあるというのだろうか?

 

「あなたの本質は島田流より西住流に近い」

 

 なんでそこで島田流を引き合いに出してくるかなぁ。

 

「……なにをもってその結論に?」

 

「"撃てば必中、守りは硬く、動く姿に乱れなし、鉄の掟、鋼の心……それが西住流"、西住流は何よりも勝つことを尊ぶ流派。あなたのこれまでの全ての試合を見せてもらったわ」

 

 見たなら尚更、俺が西住流に向いていないと思わなかったのだろうか? 姑息にして卑怯、不意打ちなんでもござれ、使えるものらなんでも使う。小町曰く、比企谷流。

 

「そのなかで、鋼の心と勝利に対する執着心は目を見張るものがあったわ」

 

 勝利への執着心と鋼の心ねぇ。確かに、俺は勝つためにいろいろとやって来た。プラウダ戦がその最たるものだったのかもしれない、勝つために手段を選んではいなかった。

 でもそれは……廃校になることを知っていたからだ。俺自身にそこまで勝利への執着はさほどない。現に聖グロ戦は負けたが、そこまで悔しくはなかった。

 勝利への執着心、目標があるならなんでもやる、手段を問わない、という意味では間違ってはいないのだろう。

 

「勝利への執着心はわからないこともないんですが、鋼の心に関してはどうしてそう思うんですか? 正味、あなたとそこまで面識もないと思うんですけど……」

 

 いくら戦車道の家元であっても、戦車越しでその人物の心の在り様まではわからないと思うのだが。

 

「小さい頃からただひたすらに、周りに理解されなくても戦車に乗るために努力している……。これだけで十分でしょう」

 

 …………なんでそのことを?

 俺は西住の方を見たが、西住は顔をぶんぶんと横に振っている。

 ……西住じゃない? じ ゃあ誰が……、

 

 ―――いや、一人だけいる。俺のことに詳しく、更に、この西住 しほと繋がりがある人物が。

 

 俺はつい、千代さんですか? と危うく声に出しそうになった。

 あ、あぶねー。このことは他言無用でと言われたのを寸前のところで思いだす。

 西住流と島田流、表立ってはこの流派はなにかと競い合っている。そう、表立っては。

 西住 しほと島田 千代、実はこの二人、一緒に飲みに行くぐらいに仲がいい。意外だろ?もっと以外なのが互いに「しぽりん」、「ちよきち」と呼び合っていること。

 え? なんで俺が知ってるかって? 話せば長……くもないな。親戚の集まりの時に、酔った千代さんが俺に話してくれたのだ。ついでに愛里寿が一緒にお風呂に入らなくなったと俺に愚痴ってもいたな。

 そして、どうやら千代さんは酔っているときの記憶は残る方らしい。

 別に俺は言いふらすつもりなどなかったが、次の日の朝に他言無用と千代さんから釘を刺された。

 俺は疑問に思ったので、飲みに行くぐらい仲がいいならなんで競いあったりしてるですか?と聞いたのだが。千代さん曰く、それはそれ、これはこれらしい。

 いろいろと事情があるようで、それ以上、千代さんは話してはくれなかった。

 ……話が長くなったな。

 理由はわからんが、なんでか千代さんは俺のことを西住 しほに話しているらしい。

 そのせいで目をつけられたと……。今度、一言文句を言わないといかんのかもしれんな。

 

「理由はわかりました。ならもし、俺が婿養子に来るとして、その相手は誰になるんですか?」

 

「それはもちろん、西住流の次期後継者のまほよ」

 

 ……まぁ、そうなるわな。なんとなくそんな気はしてた。ちょっとシミュレートしてみるか。

 無口なまほさんを俺が陰ながら支えていき、戦車道のことについて一緒に考えながら西住流を引っ張っていく……悪くはない。というかたぶん、俺にはもったいないぐらいの好条件なんだろうな、これ。

 一生に一度くればいいぐらいの大チャンス、西住流の婿養子になれば誰にも後ろ指を指されず戦車を動かすこともできるのかもしれない……。

 

「――それで、返事を聞かせてもらえるかしら?」

 

「普通に考えたら、断る理由はないですね」

 

「……そう、なら―――」

 

「あくまでも普通に考えたら、ですけど」

 

「それはどういうこと?」

 

 やっぱり、俺は捻くれている。

 

「俺は別に西住流のやり方もまほさんも特段嫌いではないんですけどね。一つだけ、やっぱりいただけないかな……と」

 

 俺の発言に更に眉間の皺を増やす西住 しほ。

 西住流の勝つことをもっとも尊ぶ考えは嫌いではない。むしろ、「勝てばよかろうなのだ」の精神は好きだ。手段を問わず勝利に執着する。別にいいと思う。否定はしない。けど……。

 

「逃げることが間違っている……。この考えだけはどうしても納得はいかないです」

 

 西住流に「撤退」の二文字はない。

 けど、逃げるのだって一つの作戦だ。逃げが悪であると誰が決めた? 世の中強い人間ばかりではないのだ。逃げだしたっていいだろ。

 逃げたって、何度もボコのように立ち上がっていけばいいのだ。それで最後に立っていた方が勝ちだ。無様だろうがなんだろうが、あの姿を否定されるのは俺は納得できない。

 

「………」

 

 無言のまほさん。

 

「……八幡くん……」

 

 俺のことを心配そうに見てくる西住。

 

「……あなたの言いたいことはわかったわ。それで?」

 

 西住流を否定されて少しだけ……本当に少しだけ、先程より怒っている西住 しほ。

 

「勝負をしましょう」

 

「勝負?」

 

「えぇ、幸いにも俺たちは戦車道の全国大会決勝戦の対戦相手です。もし黒森峰が大洗に勝てたなら婿養子でもなんでもなりますよ、好きにしてください」

 

「……こちらが負けたら?」

 

「西住の勘当を取り消してください」

 

「は、八幡くん!?」

 

 はーい、西住ちゃん、今は大人しくしときましょうか。文句は後で聞いてやるから。

 俺たちはどのみち負けるわけにはいかないのだ。なら、それに勝手に付加価値を付けてもバチは当たるまい。西住にはいろいろと世話になってるし、ここいらで恩を返さないと利息がやばそうである。

 借金、ダメ、絶対! あれ? なんの話をしてるんだ、俺?

 

「……それは、あなたになんのメリットがあるのかしら」

 

「メリットならあるでしょう十分に。戦車道の有名どころの1つ、西住流を倒せばお釣りなんていくらでもきますよ。それに自分より弱いとこの下には就きたくないですし、そういう意味での勝負でもあります。……まさか、受けないなんて言わないですよね? 負けるのが怖い訳じゃあるまいですし」

 

 俺はこれでもかと言うぐらいに相手を煽る。

 

「……わかりやすい挑発ね」

 

「それはどうも。それでどうするんですか? 受けてくれるですか?」

 

「……いいでしょう、まほ!」

 

「はい、お母様」

 

 西住 しほに呼ばれ、今まで黙っていたまほさんが返事をする。

 

「西住流の真髄を、容赦など一切しないように」

 

「……わかりました」

 

「では、話はこれで終わりね」

 

 そういって、西住 しほは部屋を出ていった。

 いやー、緊張した。心臓のバクバクと手汗がやばいやばい。あの威圧感は常人には出せませんのことよ。さすがは戦車道の家元とでもいうべきか。

 

「は、八幡くん……」

 

「ん? どうした?」

 

「あんな約束して良かったの? その……婿養子とか……」

 

「あー、うん、問題ないだろ、別に」

 

 勝てばいいのだよ、勝てば。負けたときのこと? そんなの考えるぐらいなら作戦を考えてた方が有意義だろ。

 それにああでも言わないと、勝負をしてもらえるかわからなかったしな。

 

「それより頼むぞ、西住」

 

「え?」

 

 え? じゃないですぞ、西住殿。確かに、勝負を吹っ掛けたのは俺だが、西住は西住でやることがあるだろ。

 

「お母さんやお姉ちゃんに認めてもらえるような自分だけの戦車道」

 

「あっ……」

 

「まぁ、俺にできることなんてほとんどないし、俺に言われるのは癪だろうけど……その、なんだ、頑張れ」

 

「……うん! ありがとう、八幡くん!」

 

 それに負けたら、俺がまほさんの婿さんになってしまうしな。まほさんの為にも頑張ってくれ。

 っと、そうだ。まほさんに聞きたいことがあったんだ。

 

「あの、まほさん」

 

「どうした?」

 

「あの喫茶店―――ルクレールで初めて会ったとき、俺のことを知っていたんですね」

 

 西住 しほの口ぶりだとだいぶ前から俺のことを知っていたようだし、まほさんに話していてもおかしくはない。

 

「……あぁ。お母様から、もし出会うようなことがあるなら一度話をしてみて、人となりを確認するように言われていたからな」

 

 やっぱりか。だからあの時、面識もない俺と話をしようなどと言ったのか。つまり、小町のことは建前ってほどではないだろうが、俺の方が優先順位が高ったわけか。

 いやースッキリしたわ。微妙にあの時のことは引っかかっていたのだ。

 

「というか、いいんですか?」

 

「? なにがだ?」

 

「いや、仮にも俺は西住流に喧嘩を吹っ掛けてたわけで、そんな俺と呑気に話していてもいいのかな、と」

 

「………」

 

「まほさん?」

 

「……問題はない、はず」

 

 まほさんは、少しの間逡巡しかたかと思ったらそう答えてきた。

 はずなんですね……。俺に言われるまで気づかなかったのだろうか、この人は。わりと真面目な話、まほさんも西住と一緒でポンコツの匂いがしだしたのだが、大丈夫か? この姉妹。

 俺がそんなことを考えていたら不意に服の裾がくいくいっと引っ張られた。

 

「ねぇ、八幡くん……」

 

「ん? どうした?」

 

「お姉ちゃんといつの間にそんなに仲良くなったの……?」

 

「いや、仲は良くないんじゃないか? 悪いとも言わんが」

 

 じーっと、西住は俺とまほさんを何度か見比べている。どうしたのかしら? なんか気になることでもあるのか?

 

「西住?」

 

「………私は名前で呼んでくれないんだ……」

 

「え?」

 

 あまりにも西住の声が小さかったのでよく聞こえなかった。

 それとなんか西住の様子がおかしい。例えるなら、拗ねた時の小町や愛里寿に似ている。

 

「お姉ちゃん」

 

 そしてなにかを決意したのか、西住はまほさんに話しかける。

 

「みほ?」

 

「私……負けないから……!」

 

 いきなりの宣戦布告。

 西住にしては少し珍しいな、相手に対して明確に意思表示するなんて。それほどまほさんが大事なんだろう。なんせ負けたら俺みたいなのが婿になってしまうのだ。西住にも自然と気合が入るか。

 そんな西住の行動にまほさんは困ったような顔をして、助けを求めるように俺の方を見てくる。どうしていいのかわからないって顔だな。ほとんど表情に変化はないけど。

 

「隊長、夕食ができたそうです」

 

 そしてちょうどよくイッツミーが俺たちを呼びに来た。

 ちっ、タイミングがいいんだかわるいんだか、せっかくの姉妹の仲直りのチャンスだったのに。

 というか。

 

「やっぱり俺、帰った方がよくないですか? まほさん」

 

 喧嘩を売っといて、食事までごちそうになるとかいいんだろうか……。

 

「先程のことなら気にしなくていい。八幡を呼んだのはこちらなんだから」

 

 いやーまぁそうなんだけどね。なんというか、一言で言えば気まずい。

 

「それに泊まっていくんだ、そんなことを気にしてもしょうがないだろう」

 

 まほさんは淡々とそう俺に言ってくる。

 

 あぁ、やっぱり俺はこの西住邸にお泊りするのか。

 



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ラブコメの神様は突如として仕事をする

「――というわけなんだ、小町」

 

『どういうわけなの? ちゃんと説明してよ。お兄ちゃんは妹をなんだと思ってるの? そんな言葉でわかるわけないでしょ、馬鹿なの?』

 

「そこはなんとか察してくれ」

 

 正直、説明するのがめんどくさい。ならなんで小町に電話をかけてるかって? シスコンなんだよ。言わせんな、恥ずかしい。

 

『いやいや、無理だから』

 

 しょうがない、説明するか。俺は小町にことの顛末を教える。

 

『ほえ~、婿養子。なるほどなるほど、まさかそっちが動くとは』

 

「そっち?」

 

『あ、今の気にしなくていいよ』

 

 いや、そう言われても気になるから普通に。なにごとも中途半端はいけませんねぇ、小町さんよ。

 

「……お前、なに知ってるんだ?」

 

『言ったら小町が消えちゃうかもだから勘弁してほしいかなーって思うんだけど』

 

「わかった。これ以上は聞かない」

 

 小町が消えるなら仕方がない、これ以上は聞けないな。

 

『……小町が言っといてなんだけど。お兄ちゃん、小町のこと好き過ぎでしょ……』

 

「まぁ、実際にそうだしな」

 

『本当にどうしたの? 気持ち悪いよ?』

 

 ちょっ、気持ち悪いとか酷すぎるだろ、この妹。本当に気持ち悪かったとしても、心の中にとどめておいてくれませんかねぇ。安易に真実を人に告げることはいくないよ!

 

「……もう切るぞ」

 

『あっ、待って待って!』

 

「なんだ?」

 

『頑張ってね?』

 

「なにを頑張れと……」

 

『えっと、いろいろ?』

 

「小町……」

 

『なに?』

 

「わりとシャレにならないから、いろんな意味で俺の将来が確定しちゃうから、無茶を言うんじゃありません」

 

『えー、小町的にはそろそろお姉ちゃんの顔が見たいかなって―――』

 

 俺は無言で電話を切った。これ以上、小町の戯言を聞いてられるか。

 あと早いから、いくらなんでも早いから、お姉ちゃんはせめて18歳になるまで待とうよ。小町ちゃん。

 俺は今、西住邸での食事のあと、家に帰れないから小町に連絡を入れていたのだが……。あの子の頭がお花畑過ぎて、お兄ちゃんちょっと……いや、かなり将来が不安だよ。

 

「ちょっといいかな?」

 

 小町の将来を憂いていたら話しかけられた。

 

「どうしたんですか? 常夫さん」

 

 西住家の大黒柱……かはわからないが、西住 常夫がそこにはいた。

 

「お義父さんでもいいんだよ?」

 

「いやいや、気が早すぎでしょう」

 

 なんであなたはうちの小町と思考回路が一緒なんですか? それ、冗談でもシャレになりませんよ?

 

「俺に話があるんでしょう? 変なボケはかまさなくていいですから」

 

「おやおや、あながち冗談でもないだろうに。君が戦車道の全国大会で負けたら、まほの婿養子になるんだろ?」

 

「……負けたらですよ。俺は負ける気はさらさらないんで」

 

「うちのまほが嫌いなのかい?」

 

「……そういう話じゃないと思うんですけど……」

 

 別にまほさんのことは嫌いではない。けど、問題はそこじゃない。俺なんかが婿養子とかまほさんが可哀想すぎるだろ。俺の負けられない理由の一つである。

 

「実際問題、まほは強いよ。勝てるのかい?」

 

 常夫さんが言うことももっともである。

 

「確かに、西住流の戦車道は圧倒的火力と統制された陣形での短期決戦の決着を目指す強力な戦術ではありますけど……」

 

「けど?」

 

「あくまでも戦車を動かすのは人間です、それならつけいる隙はいくらでもあります。相手が正攻法でくるなら、こちらは搦め手で行きますよ」

 

 わざわざ同じ土俵で戦う必要などないのだ。殲滅戦なら絶望的だが、戦車道の全国大会はフラッグ戦だ。

 だから極論、こちらがいくらやられようと、最後に相手のフラッグ車を倒せばすべて丸く収まる。

 まぁ、問題はどうやってそこまでもってくかではあるが。

 

「……それに西住の勘当を見過ごすわけにはいかないですし」

 

「………」

 

「常夫さん?」

 

「八幡くん」

 

「……なんですか?」

 

「しほのことを誤解しないであげてほしいんだ」

 

「誤解……ですか?」

 

 誤解ってなんだろうか?

 

「しほは決して自分の娘のことをどうでもいいとは思っていない、むしろ愛しているんだよ」

 

「……じゃあ、なんで勘当なんか……それに婿養子のことも」

 

「勘当のほうに関しては、そうだね。西住流から逃げ出したみほが戦車道をまた再開して、しかも全国大会の決勝まで無名の高校を引っ張り上げてきた。どこぞのマスコミなら面白おかしく記事を書きそうだと思わないかい?」

 

 いわゆる、マスゴミってやつか。

 全国大会の決勝は生中継だ。それを加味しなくても注目度は高い。ならそういうやつらがいつも以上に沸いて来てもおかしくはないか。

 

「だから、そんなことにならないように初めから縁を切っておこうと……西住の為に」

 

「そう、みほが傷つかないように。婿養子のことにしたってそうだ、娘の将来の為を思ってこそだよ」

 

「まわりくどくないですか? それならいっそのことちゃんと話した方が……」

 

「しほは不器用なんだよ」

 

「いや、それって不器用なんてレベルじゃ……」

 

「それにしほはあのやり方しか知らないからね」

 

 あぁ、そういうことか。いかんなぁ、今ので納得してしまった。

 つまりだ、俺と一緒なのだ。西住 しほ……いや、しほさんは。

 周りになんと思われようとも、それで結果が得られるなら問題ない。理解されるための弁明もしない。ただひたすらに自分のやれることをやる。

 まったくもって不器用極まりない、本当にそっくりだ。俺と。それに、その娘のまほさんも同じ感じがするしな。

 

「なんで俺にその話を?」

 

「うーん、なんとなくかな? 強いて言うなら君が似ていたからかもね」

 

「……似てるですか?」

 

「実はね。みほから君のことを聞いていていたんだ」

 

 西住から……なんて言ったのだろうか?

 

「みほからね”ボコみたいな人に初めて会った!”と聞かされたときはちょっと心配になったんだけど……」

 

 西住さんや、お父上にボコみたいな人に会ったとか言っちゃダメだろ。一般的にボコはいいイメージがないのだから、そりゃ心配されるわ。俺でも小町からそんなこと言われたら心配する。

 

「あの子は人見知りなところがちょっとあるけど、人を見る目はあるからね。それに、電話越しでみほがよく笑うようになった」

 

「こっちにいるときは笑ってなかったんですか?」

 

「……そうだね。小さい頃はよく笑っていたけど、西住流としての手解きが始まってからは徐々に笑わなくなっていったかな。いつも遠慮がちに俯いていた」

 

 俺が最初に会った西住は確かそんな感じだった気がする。俺が「ボコ」と呟いたせいで、一瞬にしてそのイメージが消え去ったが。

 

「そんなみほが笑うようになった。だから僕は転校したみほのことを心配することがなくなったんだよ」

 

「それと俺が似ているってのとなんの関係が?」

 

「あぁ、ごめんごめん。みほから君のことをよく聞くようになってね、似てるなと」

 

「それって、しほさんにってことですか?」

 

「……そうだね。不器用なところがなんともね。これはまほにも言えることなんだけど」

 

「だから俺にさっきの話を……」

 

「まあ、君が試合に負けて、うちに来るかもしれないし、その時にギクシャクしてもしょうがないしね」

 

「……そっちが本音だったりしませんよね?」

 

「あっはっは、そんな、まさか」

 

 この人フレンドリーだなぁ。しほさんやまほさんがあんなんだから余計にそう感じるのかもしれないけど。

 

「あ、そうだそうだ。そろそろ風呂にでも入ったらどうだい?」

 

「いいんですか?」

 

「この時間ならもううちの家族は入り終わってるから気にしなくても大丈夫だよ」

 

 そういうことなら。

 

「わかりました。入らせてもらいます」

 

「着替えはこっちで用意してるから」

 

 俺は常夫さんに風呂場まで案内された。

 

「じゃあ、ごゆっくり~」

 

 案内を終えた常夫さんは手を振りながら去っていった。

 さて、風呂にでも入りますか。俺はがらからと扉を開ける。

 

「え?」

 

 そこにはちょうど着替えていたイッツミーがいた。ふむ、黒か。いやいや、そういうことじゃなくて!

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに無言である。現状に頭が追い付いてない。え?なんでこんなことに?

 ちょっとまて、常夫さんはさっき大丈夫だって……、

 

『"うちの家族"は入り終わってるから』

 

 あぁ、そういうことかよ。確かに常夫さんはなにも間違っていない。この西住邸には西住家以外に人間がいるのを忘れてなかったらな。

 一人は俺、そしてもう一人は――目の前にいるイッツミー。

 とりあえずあれだな。

 

「あまり背伸びしない方がいいんじゃないか?逆に子供っぽく見えるぞ?」

 

「なっ!?」

 

 なにしていいかわからなかったから、とりあえず感想を言ってみた。

 いやー、うん。自分でいっといてなんだが……なにしてんだ俺?

 

「………わよ」

 

 おや? イッツミーの様子が? なんだか肩をプルプルと震わせているような? もしかしてあれなの? おこなの? 激おこぷんぷんまるなの?

 え?死語?いや、死語って言葉も今日日使わねぇな。

 

「余計なお世話よ!さ っさと出ていきなさい!」

 

 うわっ、ちょっ、中のものを投げてくるんじゃない!

 俺は慌てて外に出ようとしたが、イッツミーが投げてきたものが顔面にクリーンヒット、そこから意識がブラックアウトした。

 意識がなくなる直前に俺が思ったことは、なんでこんな時に仕事してんの?ラブコメの神様。だった。

 

 

 ====

 

 

「知らない天井だ」

 

 生きていたら一度は言ってみてたいセリフが言えたな。というか、まじで知らない天井だ。俺、なにしてんだっけ?

 

「大丈夫? 八幡くん」

 

 目を覚ましたら、目の前に心配そうに俺を見てくる西住がいた。

 

「えっと、なにがどうなって?」

 

「脱衣所で倒れてたんだよ? エリカさんが見つけてお父さんがこの寝室にまで運んでくれたの」

 

 西住が、俺が欲しかった情報を教えてくれる。

 

「………」

 

「八幡くん?」

 

「ん、いや、大丈夫だ」

 

 どうやら警察には通報されてはいないみたいだ。

 いやそもそも、あれは俺は悪くはないと思いたい。だって常夫さんに連れられて風呂場に行ったのだ。不可抗力だろ。

 いやまぁ、その後に変なことを口走ったのは俺の責任だが。

 

「心配かけてすまんかったな、西住。自分の部屋に戻っても大丈夫だぞ?」

 

「え? でも……」

 

「足滑らせてすっころんだだけだから、そこまで気にしなくて大丈夫だ」

 

「う、うん。じゃあ、おやすみなさい」

 

「おう」

 

 西住は渋々と言った感じで部屋を出ていった。俺が気絶させられてだいぶ時間がたったみたいだ。時計を確認したら、もう22時を回っている。

 さてと、俺はまた風呂に入りにいこう。さっきは不慮のアクシデントで入れなかったし、今度は大丈夫だろう……不安だからノックはちゃんとしよう。同じ轍は二度も踏みたくない。

 

 

 ====

 

 

「家もデカいが、風呂もデカかった……」

 

 俺は特に何事もなく普通に風呂を入り終わった。着替えは温泉とかによくある、簡易式の浴衣を想像してもらえればいいと思う。

 さっきは異常だったな。普段仕事しないラブコメの神様が仕事なんてするからえらい目に逢った。

 しかし、あれだな。ああいうデカい風呂場って無性に泳ぎたくなるんだよな。いや、人んちだしさすがにやらなかったけどさ。

 さっきは常夫さんに大見得を切ったのはいいものの、現状、こちらが不利なのは目に見えている。できればこっちの戦車を増やせればいいんだが……。ん? いや、そもそもだ、俺の戦車って使えるのか? プラウダ戦でやばい感じに大破したんだよな。

 そんなことを考えながら俺は自分がさっきいた部屋へと戻っていたら縁側に人がいた。こんな時間に?

 

「どうしたんですか?」

 

「あぁ、八幡か。君は?」

 

「俺はちょっと遅めの風呂上がりです。まほさんこそどうして?」

 

「……私は、ちょっと考えことをしていた」

 

「それって、もしかして西住のことですか?」

 

 シスコンはいつ何時であろうと妹のことを考えるもんだ。まほさんもその例に漏れないだろう。

 

「……エスパー?」

 

 これはエスパーですか? いいえ、ただのシスコンです。

 

「まほさんがわかりやすいだけかと」

 

「……そんなこと初めて言われた」

 

 いや、まぁね。あなた表情がほとんど変わらないですし、口数も少ないから誤解されそうですもんね。実際に武部たちは誤解してるし。

 俺もシスコンという共通点がなければ、わかっていたか怪しいよ?

 

「………」

 

「………」

 

 互いに沈黙。別に特段会話がしたかったわけでもなかったので、俺は部屋にでも戻るかな。

 そして、俺が戻ろうとしたら……。

 

「……みほに嫌われたかもしれない……」

 

 まほさんがそんなことを呟く。

 突然何を言いだしてるんだこの人は? どう見ても冗談言ってるようなテンションじゃないし。いや、そもそもまほさんが冗談なんて言うのか?

 

「は? いやいやないでしょ。なんでそんな結論に」

 

「みほに睨まれた……」

 

 睨まれたって……。もしかしてしほさんとの話し合いのあとの西住のあのことを言ってるんだろうか?いやいや、あれは別にそういうんじゃないだろ。

 

「勘違いじゃないですか? 俺にはそう見えませんでしたよ?」

 

「……そうだろうか?」

 

「そうですよ。そもそもあの西住が人を嫌うってことあるんですか?」

 

 八幡的に全然想像できないんだが。

 

「……みほはやさしい」

 

「……そうですね」

 

 俺とまほさん、二人してうんうん頷いてるけど、これ、どういう絵面なんだ?だいぶカオス。

 

「それじゃあ、俺はこれで……」

 

 とりあえず、まほさんの勘違いは解決したし帰ろうとしたのだが。

 ぐいっと、俺の浴衣の裾を掴まれた。

 

「あのー、まほさん?」

 

「どうした?」

 

 どうしたって、あなたが俺の浴衣を掴んでるですけどね。

 

「いや、放してもらってもいいですか? 部屋に帰れないんですけど」

 

「私の部屋に来ないか?」

 

 ………………Pardon? え? どゆこと?

 



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やはり、西住 みほと西住 まほは姉妹である

「あ、あの、これ……」

 

 小学生の頃、俺は女子に頬を赤らめられながら、遠慮がちにそう言われて手紙を渡されたことがある。

 

「え? 俺に?」

 

 いわゆるラブレターなのだと、その時の俺は勘違いしていた。

 が、次に放たれる言葉によってその幻想は儚く砕け散る。

 

「は? 違うから。あんたの隣の席の高橋くんに渡してよね!」

 

 こいつはなにを言ってるんだろうか? 勘違いした俺も俺だが、こいつもこいつでどうなんだよ……。

 そんなに大事なものなら自分で直接渡せ。ましてや、人を経由して渡すなど言語同断である。今回の俺のように勘違いする男子だって少なくないだろ。

 

「あ……、うん」

 

 だが悲しいかな。その時の俺はそんな言い返す勇気などもなく、素直に隣の席の高橋くんに手紙を渡した。

 そのせいでなんか変な噂が流れたのを覚えている。

 やれ、「ひき×たか」や、やれ、「たか×ひき」など、一部の女子がキャーキャー騒いでいた。あの頃の俺は純粋だったから意味なんてわからなったが、今に思うと、わかっていたら、お前らなんでその年にして腐ってんだよ!とツッコミを入れていたに違いない。心の中で。

 あと、高橋くんがまんざらでもない顔をしていたのは、たぶん、俺の記憶違いだと思いたい。……いや、そうであってくれ。

 話が逸れすぎたな。

 結論。俺がなにが言いたいかというと。男子は勘違いする生き物であり、女子は勘違いさせる生き物なのだ。悲しいかな。自分じゃないとわかっていても、男子は女子の行動に胸に期待を膨らませ、渇望してしまう。今度は自分の番なのだと。

 だが、俺はそんなことにはもう勘違いはしない。しないというか、しなくなった。

 メールが届いたり、ふとした時に身体に触れられたリ、授業中に目が合って微笑まれたり、誰かが俺を好きだなんて流れてきたり、たまたま席が隣でよく話したり、いつも帰る時間が同じだったり、そのたびにまちがえ、勘違いをしてきた。

 とどめに告白なんてこともあったが、やっぱりそれもまちがいであり、勘違いの極みと言えたのかもしれない。

 だから、目の前にいるまほさんの、「私の部屋に来ないか?」という言葉もたいして意味はないのだろう。

 いや、男を部屋に連れ込むことがたいしたことじゃないっていうのは些か無理があるか?

 俺とまほさんの関係を振り返ってみるか。

 ファーストコンタクト。喫茶店で遭遇。大好きな妹の近くにいる不穏な影(俺)。

 セカンドコンタクト。戦車道全国大会の一回戦の終わりに遭遇。困っている大好きな妹を助けようとしたら、余計なおせっかいで邪魔をする男(俺)。

 サードコンタクト。西住流の本家からの呼び出しにより、強制エンカウント。自身がやっている流派の家元、もとい母親に喧嘩を吹っ掛ける大馬鹿野郎(俺)。

 あれ?うーん?これ考えるまでもなくダメなやつじゃないか?アウト三つ、トリプルプレーだな。

 むしろなんでこれで嫌われてないのだろうか?わりと不思議である。

 

「あの、まほさん」

 

 とりあえず今は、事の真意を本人に確認してみるか。

 

「部屋に来ないかって、どういう意味ですか?」

 

「どういう……?」

 

 俺の質問にまほさんは小首を傾げ、キョトンとしている。いやいいやいや、なんで言った本人が不思議そうにしてるんですか。

 っべー、っべーはこの人。自分が言ったことの意味をまるで理解していない。西住といい、まほさんといい、西住家の教育はどうなってんの?さすがにこれはあかんでしょ!特に今回は西住の時とは比にならないぐらいにあかんよ。

 なにがあかんって、俺、お泊りしてるんだよ?そんな俺を自分の部屋に呼ぶことの危険性をまるでわかっていない。

 

「まほさん、いいですか? 大事な話をします」

 

「……大事な?」

 

「俺なんかを部屋に呼んだらダメです」

 

「……なぜ?」

 

 まるでなんでそんなことを言ってるのか理解できない、という顔で、まほさんは俺を見てくる。

 なぜ? なぜときたか。え? これ、俺が説明しないといけないの?冗談でしょ?嘘だといってよ、バァーニィー!!と叫びたい気分なんだが……。

 でも説明しないと、この会話が延々とループする未来しか見えない。

 

 

 ====

 

 

 いやー頑張った。頑張ったよ俺。いかに男を部屋に呼ぶことが危険なことなのか、まほさんに説明することができたな。

 

「適当なところに腰かけてくれ」

 

 とりあえず座るか。

 …………いや、言い訳させてくれ。俺は頑張ったんだよ? ホントダヨ? ハチマン、ウソツカナイ。

 冗談抜きでね、ちょっとした無理ゲーだったんですよ……。さすがにまほさんに保険体育の授業(意味深)をするわけにもいかず、言葉を濁しつつもなんとか男を部屋に呼ぶことの危険性を説明できはしたんだよ?したのはいいんだが……。

 

『八幡なら大丈夫』

 

 という、まほさんのよくわからない根拠のない発言に俺は、あ……、はい、というしかなかった。自分で言うのもなんだが、押しに弱すぎるな、俺。

 それと、これって俺は男として見られていないということでファイナルアンサー?西住もなんかそんな理由で俺を部屋に呼んでたしな。

 まほさんの部屋は今時の女子のようなふわふわした感じのイメージの部屋とは違い、いたってシンプルな感じである。

 今時の女子のイメージは具体的に言うと、花柄のカーテンとか、花柄の枕とか……、とにかくぽわんぽわんしていそうなのである。

 ……俺の今時って花柄ばっかだな。いや、だってしょうがないじゃん! 大洗の戦車道に入るまでまともに女子と会話したことなんてなかったし!

 しかし、ぽわんぽわんとか、いかにも馬鹿っぽい単語だな。由比ヶ浜にとても似合いそうである。

 まほさんの部屋にはそういうぽわんぽわんとした物はなく、代わりに、と言っていいのかはわからないが、トロフィーやら賞状などがかなりの数飾られている。

 これ全部、戦車道関係のものばかりなんだろうな。っと、いかんいかん。俺は別にまほさんの部屋を鑑賞しに来たわけじゃないのだ。

 

「それで、俺をわざわざ部屋に呼んだのはどうしてですか?」

 

「八幡、君に話しておきたいことがある」

 

 話? わざわざ部屋に呼びだしてまで?

 

「なんですか?」

 

「……戦車道の全国大会決勝、私は全力で君たち大洗を倒すと思う」

 

 そこで妹の為に手加減をすると言わないあたり、まほさんらしいな。でも、それならわざわざ俺を部屋に呼ぶ必要はあったか?

 だが、それは俺の早合点であり、次のまほさんから放たれる言葉で全てだった。

 

「だから、八幡。全力で私たち黒森峰を倒してくれ……。みほのために」

 

 そう言ったまほさんの顔は、なんともいえない、複雑な表情をしていた。

 あぁ、なるほど。確かにほかの人には聞かせられんな、こんなこと。前半部分が西住流の西住 まほとするならば、後半部分が姉としての西住 まほなのだろう。

 そりゃそうだ。いくらまほさんでも、自分が勝ってしまえば妹が勘当になってしまうのだ。いくら無表情を装っていても、心中は穏やかではなかったのだろう。

 でもそれは、西住流としては相応しくない、だからこその俺だ。だって俺は、その西住流に現在進行形で喧嘩を吹っ掛けている大馬鹿野郎である。こんなに頼みやすい人間もそうはいないだろう。

 

「俺なんかにそんなこと頼んでいいんですか?」

 

「八幡、君だから頼むんだ」

 

 あの時の生徒会室での西住と同じように、まほさんは真っ直ぐな瞳で俺を見てくる。

 それだけで、この人がどれだけ真剣に頼んでいるかがわかってしまった。

 

 ――あぁ、やっぱり姉妹なんだな。こういうところも似ている。

 

「なら、そっちの作戦とか教えてもらうってことは……?」

 

「できない」

 

 ですよねぇ。知ってた。知ってたけど、なんとなく聞いてしまった俺であった。

 

「じゃあ、ただでお願いを聞くのもなんですから、もし大洗が勝てたら俺の言うことをなにかひとつ聞いてくれませんか?」

 

「いいだろう」

 

「えっ!?」

 

 即答だった。あまりにも即答だった。逡巡やためらいもなく即答である。あまりにも潔すぎて話を持ち掛けた俺の方が動揺してしまっている。もう少しシンキングタイムとかあったほうがいいんじゃないの?

 やだどうしよう。いまさら冗談でしたとは言えない雰囲気になってしまった……。

 

「え、えっと、じゃ、じゃあ、ですね……」

 

「あぁ」

 

「デートしてください」

 

「……君と?」

 

「あ、いや、俺じゃなく、西住と」

 

「みほと?」

 

「えぇ」

 

「普通そういうのは男女同士でやるものだと思うのだが」

 

「最近はそうでもないらしいですよ? 女子同士の普通の買い物でもデートって言うらしいですし」

 

 実際のところは知らないけどね。だって俺、ぼっちだし。

 デート、買い物、ようするに出かける口実があればなんだっていい。俺がまほさんにお願いしたことは……。

 

「つまりですね。いい加減に仲直りしてくださいってことなんですよ」

 

「……仲直り」

 

 たぶん、西住とまほさんはあと一歩なのだと思う。きっかけがあればいけると思う。

 一緒にヘリにのって俺が思ったことは、互いに互いを気にしているってこと。もっといえば気にしずぎである。

 余計なお節介なのはわかってはいるが、同じシスコンとして、これ以上はちょっと見過ごせない。互いに嫌いあって仲が悪いのなら俺だってこんなお節介はしない。

 

「……どうして?」

 

「なにがですか?」

 

「どうしてそこまで私たちのことを気に掛けるんだ?」

 

 どうしてって。

 

「前にも言ったと思いますけど、昔の小町と俺に似ているんですよ。だからですかね」

 

 俺は小町が嫌いで、小町もそんな俺が嫌いなのだと思っていたあの時期。西住とまほさんはそういうのじゃないのはわかっているが、やはりすれ違っているのはもどかしい。

 

「……そうか。しかし、どうしたものか……」

 

 なにか懸念することがあるのか、まほさんはなにやらうんうんと考え込んでいる。

 

「もしデートすることになったら、みほとなにを話したらいいかわからない……」

 

 あー……うん、そこかぁ。

 

「無理に話そうとしなくていいんじゃないですかね。適当に歩いて、適当に店とか行ったりとかしたりする。特別ななにかをする必要はないと思いますよ?」

 

「……そうだろうか?」

 

「強いて言うなら、あれですかね。西住の話を聞いてやってください。学校のことでも、好きな人ができたかだとかでも、そんな普通の会話を」

 

 それだけでいいと思うのだ。特別ななにかを、西住は求めていないと思う。

 

「……好きな人?」

 

 ちょ、こわっ!

 まほさんの雰囲気が、大事な妹に手を出した下手人の名前を教えろ、と訴えてるように感じられるのは気のせいじゃないだろう。

 あれか、"好きな人"という単語に反応しちゃたのね。まぁ、わかる。俺も小町からそんな単語がでたら反応するだろうし。

 

「た、たとえばの話ですよ。実際にはいないんじゃないですかね」

 

 俺が知るかぎりではだが……。

 

「……そうか」

 

 その言葉で安心してくれたのか、まほさんの雰囲気が元に戻る。

 ふぅー、これだからシスコンは。……、綺麗なブーメランだな。おい。

 唐突だが、西住 まほは優しい女の子なのだと思う。

 テレビでみたまほさんは、印象こそしほさんにそっくりで、自身がが言っている『西住流そのもの』をまさに体現していた。

 西住から聞いていた人物像も大体そんな感じだった。だがそれも、ルクレールでまほさん本人に会うまでの話である。

 ルクレールで会ったまほさんは、どうしようもなく妹が好きで好きでたまらない、俺と一緒でシスコンだった。それに気づいたのは俺だけで、妹である西住もそのことに気づいてはいなかった。

 すれ違っている。一目見てそれがわかった。

 だからだろう。妙にこの姉妹のことが気になって、柄にもなくお節介をやいてしまったのは。

 最初の話に戻る。西住 まほは優しい女の子である。それはなぜか?簡単な話だ。まほさんが頑なに西住流であろうしているのは一重に、西住の為なのだと思う。

 西住流から、戦車道から逃げ出した西住になんのお咎めもなかったのも、まほさんという次期後継者がいたからだろう。

 まほさんがもし、西住流として相応しくなくなったら、今度は西住が西住流としてやらないといけなくなる。だからこそ彼女は、誰よりもなによりも西住流であろうとしている。

 それこそ、大好きな妹から嫌われようとも西住流であり続けるのだろう。

 とまぁ、いろいろ言ったわけだが、これが合っているかは知らん。俺が今まで見てきた結果を考察した結果でしかないからな。

 

「『月が綺麗ですね』、夏目漱石はI Love Youをそう訳したんですよ」

 

「?」

 

 俺の言葉にまほさんはまだ頭に疑問符を浮かべている。

 

「まほさんはこれについてどう思います?」

 

「どう、とは?」

 

「俺はぶっちゃけると意味がわからないです」

 

 だって、なにがあったら、愛しているが月が綺麗ですね、になるのか。

 

「それで俺が何が言いたいかというと、言葉なんてただの飾りなんです」

 

 それこそ、口ではなんとでも言える。

 

「I Love Youが月が綺麗ですねになるんですから、大事なのは言葉自体じゃなく、その本人がどう思っているかだと俺は思うんですよ」

 

 言わなきゃわからないのかもしれない。でも、言ったからと言ってわかるだなんてのは、言った本人の自己満足でしかないのだろう。

 

「だから、まほさんも変に西住と会話しようとしなくていいんじゃないですかね? 前の……一回戦のあとのあの時みたいに笑って、西住の話を聞いてやれば大丈夫だと思いますよ」

 

 言葉なんて交わさなくても、それだけでいいのだと。そう、俺は思うのだ。

 

「………」

 

「まほさん?」

 

 まほさんは、いきなりボーッとして、俺の方を見てくる。え?俺の顔になにかついているんだろうか。

 

「……弟がいたらこんな感じなのだろうか……」

 

 そんなことをボソッと呟くまほさん。

 え? はい? 弟? どうしたんだろうか、いきなり。

 

「八幡」

 

 そして、まほさんはなにを思ったのか。

 

「お姉ちゃん、と呼んでみてくれないか?」

 

 ――なんてことを言ってきた。なしてお姉ちゃん呼び……。

 

「……あの、まほさん?」

 

「お姉ちゃん」

 

「いや、あのですね……」

 

「お姉ちゃん」

 

「いや、あ―――」

 

「お姉ちゃん」

 

 もはや、その単語しかしらないんじゃないかってくらいにお姉ちゃんと連呼してくるまほさん。

 最初は冗談かと思ったが、まほさんの目は真剣そのものだった。……もう一度言うぞ。まほさんの目は真剣そのものだった。

 ダメだこの人、早くなんとかしないと。……なんなの? シスコンの禁断症状かなんかなの? 弟が欲しくなったんですか? それなら、しほさんに……いや、ダメだな。ちょっとした騒ぎになりそうだ。

 ……そんなことより。これってもしかして、俺がお姉ちゃんと言うまでずっと続いたりするの?いいえのコマンドは受け付けませんってどこのRPGだよ……。

 

「ま、まほ……ねぇ、さん」

 

 俺がそうぽしょりと呟くと、まほさんは優しく俺に微笑み返してくれた。

 あれ? なんだろこの気持ち……、嬉しい……?やばい……なんかハマってはいけないなにかにハマってはしまいそうなんだが……。

 はっ! いかんいかん! 俺には小町がいるんだっ! そ、そろそろ時間も時間だし、お暇させてもらおうかな。

 

「じゃ、じゃあ、まほさん。俺はそろそろ戻りますね」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 そうして俺はまほさんの部屋を退出、そのまま用意されている自分の寝床へと向かった。

 

 

 ====

 

 

 いやー、よく眠ったわー。まぁ、朝5時なんだけどね。だって今日、普通に学校あるし、ヘリでの移動を考えるとこんな時間に起きないとダメなんだよな。いつもならまだ寝れるのにと思うと、ちょっとだけ憂鬱だな。

 それと、昨日のアレは現実だったのか? いっそのこと夢の方がいい気がするのは俺の気のせい?

 

「おはよう、八幡くん」

 

「……おう。おはよう、西住」

 

 な、なんとなく後ろめたい……。別にやましいことなんてしていなはずなんだが……。

 俺たちは今、ヘリに乗るために集まっている。

 

「おはよう。みほ、八幡」

 

 どうやらまほさんたちも揃ったようだ。揃ったのはいいんだが……。

 

「エリカさん、どうしたのかな?」

 

 西住の言う通り、イッツミーは様子がおかしい。というか、俺を睨んできているだよなー。やっぱり昨日のことを根に持っているのかしら。

 

「……さぁ? 虫の居所でも悪いんじゃないか?」

 

 さすがに西住に昨日あったことを説明するわけにはいかんしな。ということで触らぬ神に祟りなし!

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 そして何事もなく大洗に到着、俺と西住はヘリを降りた。

 さて、なんだかんだでまで朝飯も食ってないしな。家に帰って飯でも食おう。

 

「みほっ!」

 

 しかし、どうやらまだなにかイベントが起こるようだ。まほさんが西住に話しかける。

 

「どうしたの? お姉ちゃん?」

 

「私も、負けないから」

 

「え?」

 

 ぽかんとした顔を西住を置き去りに、俺たちをここまで運んでくれたヘリは大洗を去っていた。

 

「ねぇ、八幡くん」

 

「ん? どうした?」

 

「さっきのお姉ちゃんの言葉ってどう思う?」

 

「どうって……普通にそのまんまの意味じゃないのか?」

 

 もしくは西住が西住邸で言った「私……負けないから……!」という言葉にまほさんが答えたかだな。いやぁ、姉妹の仲が進んでなによりである。

 それはいいんだが、西住はなにか気に入らないのか、さっきのイッツミーみたく俺を睨んできている。

 え?どうしたの?お腹痛いの?正露丸なめる?

 

「……八幡くん、お姉ちゃんとなにかあった?」

 

「……イヤ、ナンニモナイヨ?」

 

 言えない、昨日のことは絶対に言えない。だってなんでああなったのか未だにわかってないんだもの……。

 

「……八幡くん?」

 

 西住がジト目で俺を見てくる。

 

「とりあえず西住も学校の準備とかがあるだろ?さっさと帰ろうぜ」

 

 これ以上はダメだ。なんかボロだしそうだし……。撤退だ撤退!

 しかし、やることがいっぱいだな。とりあえず目下は戦力の補強と、まほさん率いる黒森峰を撃破するための作戦を考えないとな……。

 



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紅茶の香りは突然に

 比企谷家の朝の香りはコーヒーの香りである。

 朝起きると、小町がいれてくれるか俺が自分でいれるかの違いがあるぐらいで、基本的に朝はコーヒーの香りがする。

 もちろん俺はブラック……ではなく、練乳を入れて自家製MAXコーヒを作り、毎朝飲んでいる。

 さて、なんで俺がこんな話をしているかというと、我が家の朝の香りがいつもと違うからである。

 具体的にいうと、紅茶の香りがしている。紅茶に詳しくない俺が言うのもなんだが、市販のやつとちゃんと茶葉からいれるのでは香りがまったく違うのだ。俺でもわかるぐらいだから、本当に違う。

 問題は、なんでその香りが我が家からしているかだな。

 普段は誰も紅茶なんて飲まないし、小町が興味本意で買ったのか? にしては、この香りはまるであの時にダージリンさんがいれてくれた紅茶の香りに似ているしな。

 小町はいつのまにそんな技術を身につけたのか。

 

「たでーま、小町。なぁ―――」

 

 小町がいるであろう、リビングの扉を開けたのだが、俺はそれ以上言葉が続かなかった。なぜなら……。

 

「あ、おかえり。お兄ちゃん」

 

「あら、朝帰りなんてずいぶんと素行が悪いのではなくて?」

 

「お久しぶりです、八幡さん」

 

 そこにはなぜか我が家のリビングで紅茶を啜っているダージリンさんとペコがいた。

 あれ? 俺は寝ぼけてるのか? おっかしーな、今日は早起きだったけど昨日はぐっすり眠れたんだけどな。

 俺は自分の瞼をなんども擦る。しかし、擦っても擦っても、目の前にダージリンさんとペコの姿は消えない。

 ちょっと擦りすぎて目が痛い……。痛い、ということは、これは夢じゃないのか。

 

「ほら、八幡さん。そこで立ち尽くしてないで紅茶でも飲んだらいかが?」

 

 なぜこの人は我が物顔でさも当然のように俺に紅茶を勧めてくるのか。ちょっと?紅茶云々のまえに俺に説明することがあるんじゃないですか?ダージリンさん?

 

「呑気に紅茶なんて飲んでる場合じゃないでしょ……。ダージリンさん」

 

「あら、ペコにはなにも言わないの?」

 

「いやいや、どうせあなたが無理矢理連れてきたんでしょ?」

 

「あなたはわたくしをなんだと……。今回に限ってはペコがどうしてもついてきたいと言ったから連れてきたのよ」

 

 ペコが? 俺は確認するようにペコの方を向くと、そこには照れくさいのか顔を俯かせているペコがいた。

 

「そんなに小町に会いたかったのか?」

 

 いろいろと理由を考えてみたが、こんぐらいしか思いつかなかった。

 

「いやいや、お兄ちゃん。その反応はさすがにないよ。小町でも軽く引いちゃう……」

 

「小町さんや、軽くでも引かないでくれる? もし、引いたとしてもそっと心の奥にそっと秘めておいてくれないかな? わざわざ言葉に出さなくていいから」

 

 なんで俺は朝から妹に引かれないといかないのか……。

 そんなことはどうでもいいのだ。いや、本当はよくないけど、今はそれよりもだ。

 

「ペコのことは今は置いときましょう。ならなんでダージリンさんは俺の家に、それもこんな朝っぱらから、しかも来るなら来るで事前に連絡をくれればいいものを……」

 

「あぁ、それは……」

 

 ダージリンさんはなんとも悪い顔でこちらを見てくる。うわっ、この人、録なこと考えてないな。

 

「ドッキリでも仕掛けようかと思って、だってその方が面白いでしょ?」

 

 まるでどこぞの外道神父よろしく、『愉悦』とかしまいに言い出しそうだな、この人。本当にいい性格してるよ。言っとくけど皮肉だよ?

 

「ちなみに、ドッキリってなにをするつもりで?」

 

「八幡さんが起きるまで、ペコさんと一緒に寝顔でも見ようかと」

 

 あっぶ! 嘘でしょ、この人! 勝手に男の部屋に入ったあげく、その寝顔を観賞しようとか……。

 さっきも言ったが本当にいい性格してるよ。もう一度言う、本当にいい性格してるなこの人。大事なことなので2回言いました。

 そう思うと俺、西住邸に呼ばれたのは僥倖だったな。なんだか、しほさんが神に思えてきた。……俺、西住流に入ろうかしら?

 

「で、本当はなにしにきたんですか? まさか本当に俺の寝顔を見に来たとかいいませんよね?」

 

「……えぇ、もちろん」

 

 なにかしら今の間は。絶対この人、ほとんど俺をからかう目的でここに来ているだろ……。

 

「あなたに、我が聖グロリアーナに来てもらう話を前にしたでしょ? そのことで今日は来させてもらったの」

 

「あれって冗談じゃなかったんですね……」

 

「あら、冗談だと思ってたの?」

 

「言っときますけど俺、男ですよ? まさか女装してこいとか……」

 

「それも候補にはあったのだけど、今回は残念ながら違うわ」

 

 なんで候補にあるんですかねぇ。この人は俺にトラウマでも作らせる気なの?

 

「八幡さん。あなたには今回、執事として来てもらおうかと」

 

「シープ?」

 

「それは羊ですよ、八幡さん」

 

 ペコさんや、わざとだよ。でも、律儀にツッコミをいれてくれるあたり、八幡的にポイント高い。

 

「執事ですか、それと今回家に来たのとなんの関係が?」

 

「あなたのサイズがわからなかったから計りに来たのよ」

 

 あー、なるほどね。確かにサイズがわからないと大変だからな。………ん?いやいや、計りに来た?

 

「えっと……それって誰が計るんでしょうか?」

 

「ふふっ、この場にいるのは誰かしら?」

 

 俺と小町を抜けば、ダージリンさんとペコしかいないな。……まさか。

 俺は違いますよねという意味を込めて、ダージリンさんにひきつった笑みを向ける。そしてダージリンさんは、なんともいい笑顔で微笑み返してくれた。

 あ……これはダメなやつだわ、これ。

 

「では、大人しくお願いね? 暴れられると上手くできないかもしれないし」

 

 できれば違うシチュエーションでそのセリフを聞きたかったな……。

 

 

 ====

 

 

「――……穢された……」

 

「……人聞きの悪いことを言わないでもらえるかしら?」

 

「無理矢理しといて、なにを今さら……」

 

「身長と腰回り、座高を計っただけですよね?」

 

「うちの兄は大袈裟なんで気にしないでください」

 

 ほう? 大袈裟とな、小町さんよ。

 

「上半身素っ裸にしといてよくいうな、おい」

 

 より詳しく計るためといって脱がされのだ。下はかって? 全力で死守した。

 

「別にへるもんじゃないんだから……」

 

 減るよ? 減ってるからね? 具体的には俺のプライド的ななにかが絶賛大安売りバーゲンセールしてるわ!

 

「そんなことはさておいて……」

 

 そんなこと? 今、そんなことっていいました? ダージリンさん。これ、状況が逆だったら絶対に男性はアウトなのに、なんで女性は許されるのか……。

 

「少し遅くなりましたけど、決勝進出おめでとう」

 

「え? ……あ、はい。どうも。……唐突にどうしたんですか?」

 

「もともとは、あなたを労いにきたのだけど……途中から趣旨が変わってしまったから、遅ればせながら言わせてもらったのよ」

 

 あぁ……俺の服を脱がすことに一生懸命でしたもんね。

 

「でも、本当にすごいですよ! まさか決勝までいかれるだなんて!」

 

 少し興奮気味に、そうペコが言ってくる。

 そう言われるとなんかこそばゆいものがあるな。誰かに褒められたのなんていつぶりだろうか?

 

「まあでも、決勝の相手はあの黒森峰。なにか倒す算段はあるのかしら?」

 

「ないことはないですね」

 

「へぇー、……それはどんな?」

 

「企業秘密です。誰かに情報をリークされても困りますし」

 

「あら、わたくしがそんなことをするとでも?」

 

「ノーコメントで」

 

「八幡さん。それだと答えを言っているも同然なのでは?」

 

 知ってるよ、ペコ。だってわざと言ってるからな。

 俺はハハハと、ダージリンさんはウフフと、互いに笑いあう。

 

 

 ====

 

 

「あのー、ペコさん」

 

「どうしました? 小町さん」

 

「普通に呼び捨て構いませんよ? 小町のほうが年下ですし」

 

「もう癖みたいなものですから、ちょっと呼び捨ては難しいかもです。それでどうしたんですか?」

 

「ダージリンさんのことなんですけど……」

 

「ダージリン様がどうかなさいました?」

 

「いえ、なんかいつもの雰囲気と違うようなんで、ちょっと気になったというか……」

 

 あぁ、なるほど。

 

「ダージリン様は、八幡さんと会うといつもああなるんですよ? たぶん、聖グロリアーナの生徒が見たらビックリするかと」

 

「ほうほう、ウチの兄にだけ……これは!」

 

 小町さんは目を爛々に輝かせ、なにやら悪い顔をしています。まるでその顔はダージリン様のようです。

 とりあえず、あの二人をとめましょうか。

 

 

 ====

 

 

「お二人も、そろそろその辺にしときましょう」

 

 そういって、ペコは俺とダージリンさんの前に紅茶を置く。

 ふむ、ちょっと熱くなりすぎたか。俺はペコからもらった紅茶をふうふう冷ましながら、少しずつ飲む。

 

「とりあえず、聖グロに行くのは全国大会が終わるまで待ってもらえますか?」

 

 打倒、黒森峰のためにいろいろとやることがあるからな。

 

「えぇ、そこは安心してちょうだい。わたくしもあなたたちの決勝戦を楽しみにしているから、邪魔をするような無粋な真似はしないわ」

 

「ありがとうございます」

 

「ところで八幡さん、ここからが本題なのだけど……」

 

 本題って、あれ? 今までのやりとりは?

 

「まほさんからね、興味深いメールを貰ったのよ。これ、どういう意味かわかるかしら?」

 

 メール?

 

「『男性を自分の部屋に呼んだときはどうしたらいいのだろうか?』って」

 

 ごほっ、ごほごほっ! 紅茶を飲みながら聞いていたせいで軽くむせてしまった。ちょ、まほさん! なんてものをダージリンさんに送ってるんだ!

 落ち着け、COOLになるんだ。比企谷 八幡。今ここであからさまに動揺すればダージリンさんの思う壺である。

 

「あら、どうしたの?」

 

「すいません。飲んでいたらちょっとむせてしまって……」

 

「……そう。それであなたはこれについてどう思うのかしら?」

 

 どうって……。

 

「別に、他人がとやかく言うもんじゃないんじゃないんですか?」

 

「まぁ、それもそうね」

 

「でしょ?」

 

「でもそれは、当事者がいなければの話ではあるとは思わないかしら?」

 

「は?」

 

 当事者? 当事者って、まさか……。俺は急いで小町の方をみる。

 するとまるで、ごっめーんと言わんばかりにてへぺろしてくる小町がいた。こいつ……しゃべりやがったな!?

 

「………」

 

「あら、だんまり? なにか言い訳でもしないの?」

 

「いや、別に言い訳するようなことはしてないですし」

 

「そう、残念ね。もう少し動揺してくれると期待していたのだけど……」

 

 本当に残念そうにしてるんだが……。ダージリンさん。

 これで話が終わると思ったのだが、とうやら違うらしく。

 

「じゃあやっぱり、まほさんの部屋に押し入った犯人はあなたなのね」

 

 言い方言い方! それ絶対にわざと言ってますよね?

  それだと俺が無理矢理押し入って、まほさんになにかしたみたいに聞こえるんだが?

 

「いやいや、押し入ってませんから。俺はまほさんに呼ばれただけで……」

 

「女性に呼ばれれば、ひょいひょいとついてくのね」

 

「お兄ちゃん、サイテー」

 

 おい、小町。さらっとダージリンさん側に加勢してるんじゃないよ。少しはお兄ちゃんをフォローしなさい。

 というか、さっきからダージリンの言葉に刺がありまくりんぐなんだが……。なに? 機嫌悪いの? 頭痛いならバファリンありますよ?

 

「なんで俺は責められてるのか……。別にやましいことはなにもしてませんよ」

 

「では、男女二人きりで部屋でなにをしていたの?」

 

「なにって、簡単に言えば相談ですかね?」

 

「相談? まほさんがあなたに?」

 

「えぇ。そうですけど」

 

「嘘をつくならもっと信憑性があるものにしたほうがよろしくってよ?」

 

 うわー、まったく信用してないよ、この人。ちょっと? お宅の隊長さんの教育がなってないんじゃないの? そこんところどうなんですかねペコさん。

 

「なぁ、さっきからダージリンさんがまともに俺の話を聞いてくれないんだが、ペコからもなにか言ってくれ」

 

「……黒森峰の隊長の部屋に行ったのは本当なんですよね?」

 

 そう、にっこりわらったかと思うと。

 

「八幡さんの自業自得かと」

 

 心なしか、ペコが冷たい気がする……。

 あれ?俺には味方がいないのか?ペコなら味方になってくれると思ったのに……。MAXコーヒ同盟じゃないの? え? 違う? 勝手に入れないでください? ……すいません。

 と、俺が勝手に想像して落ち込んでいたら、ペコは自分の発言で落ち込んだと勘違いしたのか、あわあわし始めた。

 やだこの娘、やさしすぎっ! ペコの優しさが荒んだ俺の心を癒していくようだ。あぁ、こんな妹がほしい……」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なんか、ペコが俺のほうを見ている。

 あれ? もしかしなくても俺の心の声が漏れてた?

 

「……お兄ちゃん。小町、これ以上は妹はいらないからね」

 

「人聞きの悪いことを言うんじゃない。それだとまるで俺が勝手に妹を増やしてるみたいに聞こえるぞ小町」

 

 シスターコレクション、略してシスコンかな? というか犬猫じゃないんだから、そうそうポンポンと妹が増えるわけなかろうに、小町はなにを言ってるんだ?

 

「小町の知らないとこで増やしてるんじゃないの? 愛里寿ちゃんの件があるからね」

 

「いやいや、愛里寿は親戚なんだし、妹みたいなもんだろ」

 

「つーん」

 

 この妹、実にわかりやすい。怒ってますアピールを言葉で言う辺り、あざとさの極みと言えよう。あざとい、さすが小町、あざとい。あざと可愛い。

 というか、あなたさっきまでダージリンさんサイドにいたんだから怒る権利なくない?

 しかし、まぁ、妹の機嫌をそこねるのはよくないな、うん。

 

「すまん、小町。こんな時、なんて言ったらいいかわからん……」

 

「お兄ちゃん。そういう時は『愛してる』でいいんだよ?」

 

「そうか。愛してるぞ小町」

 

「小町はそうでもないけど、ありかどうお兄ちゃん!」

 

「ひどい……」

 

 やだこの子、小悪魔すぎやしません? いつから小悪魔系妹にジョブチェンジしたの? それとさっきの言葉を返して! 結構、本気目に言ったのに……。

 

 

 ====

 

 

「ねぇ、ペコ?」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「わたくしたちはなにを見せられているのかしら?」

 

「……それはちょっと、私にもわからないです」

 

「普通、兄妹ってこんなに仲がいいものなの?」

 

「これはさすがに、一般に当てはめるには無理があるのでは? ローズヒップさんならわかるかもしれませんけど……」

 

「あそこの家は大所帯だったわね」

 

「たしか、十八人だったかと」

 

「多いわね……」

 

「多いですね……」

 

「まぁ、それはともかく。ああいう関係も羨ましくもあるわね。本音と冗談を言いあえる仲というのは、そう簡単にできないでしょうし……」

 

「……そうですね」

 

「それで? ペコは、八幡さんの妹になるのかしら?」

 

「だ、ダージリン様!」

 

「ふふ、冗談よ」

 

 

 ====

 

 

「まあ、ことの真実がなんであれにせよ。あなたがまほさんの部屋に入った事実は変えられないことでもあるのよね。だから、もし、当日に聖グロリアーナに来なかった場合……」

 

 どうなるんだろうか?

 

「みほさんたちにこのことを話すから、そのつもりで」

 

 そう言って、ダージリンさんとペコは我が比企谷家を去っていった。

 くそぅ。当日にボイコットする気まんまんだったのに……。なんかダージリンさん、だんだん俺の扱いが上手くなってきてないか?その内弱味握られて、いいように使われるとかないよな?

 ……ノーといえない辺り、ダージリンさんの恐いところだったりする。

 

「また来てほしいね! お兄ちゃん!」

 

「いや、勘弁してほしーわ。体力がいくらあっても足りないから……」

 

 あまりにも足らなすぎて、やめて! もう八幡のライフはゼロよ! と叫ぶまである。

 

「あ、お兄ちゃん。そろそろ学校に行かないと!」

 

 げ、嘘だろ?もうそんな時間かよ……。

 俺と小町は慌てて比企谷家を出発するのであった。

 

 

 ====

 

 

 そんな、登校途中、不意に俺の携帯がなりだした。正味、朝のあれでだいぶ疲れたので出る気はなかったのだが……。

 

「お兄ちゃん。電話、鳴ってるよ?」

 

「どうせイタ電か変なセールスだからでなくていいだろ……」

 

「いやいや、せめて携帯を見ようよ。知り合いだったら表示されるんだから、違ったら、でなければいいじゃん」

 

 はぁ、まんどくせ、まんどくせ。

 仕方なく俺は携帯を見る。そこには……。

 

『ケイさん』

 

 と、表示されていた。

 とりあえず、あれだな。めんどくさくないことを祈ろう。これ以上の厄介ごとは御免被る。

 



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一人でなく全員で

「もしもし?」

 

『あ、ハッチー久しぶり! 元気にしてた?』

 

 あなたは俺のおばあちゃんかなんかですか。なんで会うたび話すたび俺の体調を聞いてくるの?

 

「まえと変わらず、普通に普通ですよ」

 

『あははは、そっかそっか、それはなによりね』

 

「それで? なんでこんな朝っぱらから俺に電話なんか」

 

『あー、……えっとね』

 

 いつものあの溌剌としたケイさんとは思えないぐらいに歯切れが悪い。

 

「言いにくいことなんですか?」

 

『そうじゃないんだけど……。ハッチーにどこまで話したらいいかなーって』

 

「面倒ごとですか?」

 

『うーん。面倒といえば面倒かも?』

 

 なんで疑問形……。

 

「とりあえず用件だけ言って下さい。学校に遅れそうなんで」

 

『えっとね。うちの戦車道の子が大洗に転校するから、できれば気にかけてほしいのよね』

 

 ……転校? わざわざこんな時期に?

 

「もしかして人間関係かなんかが原因ですか?」

 

『あれ? わかっちゃった?』

 

「時期が時期ですし。それに、あなたはわざわざ問題があるからって見捨てるようなことをする人じゃないでしょ?」

 

 それはサンダースのやつらの、ケイさんへの信頼っぷりを見ればわかる。

 

『………』

 

「ケイさん?」

 

『いやー…、あははー…、今のちょっと不意打ちというかなんというか……」

 

 不意打ち? なんのこっちゃ。

 

『うん。やっぱり、ハッチーにきちんと話しておく』

 

「いいんですか?」

 

『知ってたいたほうが、もしなにかあったときにいいと思うし』

 

「まぁ、そういうことなら」

 

『実はね―――』

 

 

 ケイさんの説明が終わる。うわぁ、まじかよ。いろいろと関係が拗れすぎだろ……。

 

「それは転校して正解ですね。たぶん残っていたら、もっとややこしいことになってますよ。それ」

 

『そう?』

 

「俺はそう思います」

 

『そっか。その子には、ハッチーを頼るように言ってあるから、もしなにかあったときはよろしくね?』

 

「なんで俺なんかを?」

 

『え? うーん、なんとなく?』

 

 まさかのフィーリングだった。なんとなくって……。

 

「一応、頭の隅には入れときます」

 

『ありがとね。あ、そうそう、決勝戦頑張ってよね?私たちも応援に行くから、最高にエキサイティングな試合を期待しているわ!』

 

「そっすか。じゃあ、そこそこ頑張りますよ」

 

『ふふ、そうね。"そこそこ"頑張ってね?』

 

 なんで今笑われたの?

 俺はピッと、電話を切る。そして、小町のほうを見るとなんか意味ありげにこちらをニヤニヤとみてきている。

 

「小町ちゃん、顔が気持ち悪いわ……」

 

 by雪ノ下口調。

 

「なっ、お兄ちゃん! 妹に向かって気持ち悪いはないでしょ!」

 

「いやいや、あなたいつも俺に言ってるじゃん……」

 

「だって、本当のことだからね」

 

「泣いちゃうよ?」

 

「通報されるから、お兄ちゃんが」

 

 実際にデパートでMAXコーヒーに会えた感動に涙を流して通報されたことがあるから否定できねー。

 

「現実が厳しい……」

 

「今に始まったことじゃないじゃん」

 

 おっしゃる通りで。

 

「それでも、頑張るって決めたんでしょ?」

 

「……まぁな」

 

「あ、小町も決勝戦見に行くから頑張ってね?」

 

 そうか、見に来るのか。なら頑張らないとな。そして小町はそのまま自分の学校へと向かっていった。

 

「しかしサンダースからの転校生、ね」

 

 今の現状、経験者が増えることに越したことはないが……。

 

 俺はこれからのことを考えながら学校へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 そして久しぶりの戦車道の授業。実に5日ぶりである。俺はいつも集合しているであろう、あの倉庫へと向かう。

 俺はちょっと用事があったので西住たちとは一緒に来ていない。いや、前も別に一緒に来てはいなかったが、今回に限っては授業が始まる前に一緒に行こうと誘われたのだ。まぁ、やることがあったから断ったんだが。なんか武部のやつが、出来るだけ早く用事すませてきて!と言っていたのはなんだったんだろうか?謎である。

 しかしその答えはすぐにわかることになる。倉庫の方がなにやら騒がしい。

 

「武部先輩……。比企谷先輩は来ないんですか?」

 

「今ちょっと用事があって遅れてるだけだから、ね?」

 

「でも昨日は来なかったですよ?」

 

「あ、あれは、緊急の用事ができたから来れなくなっただけで……」

 

「うぅ……。比企谷せんぱいが恋しいです……。頭なでなでしてもらいたい……」

 

「こ、恋しいってそっちか、ちょっとびっくりしちゃった……」

 

「え?」

 

「う、ううん。なんでもないよ、気にしないで」

 

「どこに売ってるか聞いとけばよかったよね。どこに売ってるか全然わかんなかったし」

 

「MAXコーヒー……」

 

 ほぅ。そんなにMAXコーヒーに飢えているのか。俺は自分の鞄の中を確かめる。ひぃふぅみぃ、お、ちょうど6つあるな。俺の鞄の五割以上はMAXコーヒーが占めている。……いや、ね。教科書とか基本的に学校に置きっぱなしなので鞄に余裕があるんですよ。だったらMAXコーヒーを普通、常備するじゃん?いついかなるときも、布教する心を忘れてはいけないのだ。

 

「MAXコーヒーってぇ、作れないのかなぁ?」

 

「え? どうだろ?」

 

「意外と簡単に作れるぞ。まぁ、あの味を再現するのは至難の技だけど」

 

「へぇ~、そうなんだぁ~」

 

「おう、そうそう」

 

「え?」

 

「うん?」

 

「比企谷せんぱい?!」

 

「ドウモ、ヒキガヤ=ハチマンデス」

 

「アイエェエーーー!?」

 

 坂口、それは素なのか、それとも俺に合わせてくれたかは知らんが、ナイスリアクション。ついでに言うと、ニンジャナンデ!?まで入っていたら完璧だったな。

 

「あ、もう、ハチ!来るのが遅い!こっちは大変だったんだから!」

 

 え?なに?俺が悪いの?

 

「半分以上は、沙織の自業自得だけどな……」

 

「もう、麻子! 余計なことは言わないの!」

 

「はいはい……」

 

「沙織さんが変な安請け合いをするからかと……」

 

「は、華まで……」

 

 つまり、武部が全部悪い。まぁいいや別に。

 

「お前ら、MAXコーヒー飲むか? 今あるぞ?」

 

「本当ですか!?」

 

「わ~い」

 

「ちょっとまってろ、今――」

 

 俺が鞄から、MAXコーヒーを出そうとしたら。不意に、俺の体に衝撃が走る。いや別に、俺の体に異常があるとかそういのではなく、気づけば、丸山のやつが俺の体に顔を埋めて抱きついてきた。

 

「どうした? 丸山」

 

「………」

 

「そうか。心配かけたな」

 

「………」

 

「MAXコーヒー飲むか?」

 

「………」

 

「え? 頭なでてほしい? そんなんでいいのか?」

 

「………」

 

 俺は要望があったので、丸山の頭を撫でてやる。

 

「あ、紗希ちゃんばっかりずるい!」

 

「比企谷せんぱいっ!わ、わたしにも!」

 

 ちょ、お前ら!俺に群がるんじゃない!

 

「……いろいろとツッコミたいけど、なんでハチは、紗希ちゃんの言葉がわかるの?」

 

「え?なんとなく?」

 

 まさかのフィーリングでした。いや、本当に何となくなんだけどな。まぁ、俺の考えが違ったら、丸山のやつが首を横に振ってたから、それも関係あるけど。

 そして、俺に群がる1年生に混じって、冷泉のやつがいた。いや、あなた、なにしてるの?あまりにも自然に溶け込んでたから気づかないところだった。……まあいいか。昨日、撫でてくれって言ってたし、心配もかけたしな。

 

「いやー、なんだか久しぶりに賑やかになってるねぇ」

 

「比企谷……」

 

「比企谷くん、戻ってきてくれたんだ……」

 

「お!八幡がいるぞ!?」

 

「なに!?ほんとか!?」

 

「これは行幸ぜよ」

 

「うむ、私は戻ってくると信じていたがな」

 

「キャ、キャプテン!コーチが!」

 

「なんでか1年生と冷泉さんが頭撫でられてますね……」

 

「でも、ちょっと羨ましいな……」

 

「近藤、お前も1年生なんだからあの輪にまじってきたらいいんじゃないか?」

 

「え!?いやいや、無理ですよ~!」

 

「冷泉さん!不純異性交友よ!」

 

「そど子、今日ぐらい許してあげなよ」

 

「……そうだよ。冷泉さん、ここ最近落ち込んでいたんだから、今日ぐらいはいいと思うのよ?」

 

「ゴモ代!?パゾ美!?あなたたちいつから冷泉さんの味方になったの!?」

 

「あ、比企谷くんだ」

 

「誰ぞな?」

 

「ねこにゃーの知り合い?」

 

「うん。私が戦車道に入ろうとしたときにアドバイスくれたの」

 

「あっははは。比企谷、モテモテだねー」

 

「あれはMAXコーヒーに群がってるのか、比企谷に群がってるのかわかんないっすね」

 

「まあ、私たちも、あの時のお詫びですって、MAXコーヒーもらったけどね」

 

「いや、でも、12ダースはいくらなんでも多すぎかと……」

 

「冷蔵庫がパンパンだもんね」

 

 どうやら先に練習にいってた他の戦車道の面々も、もどってきたらしい。そして俺が来ていない間に、新しいメンバーも増えたようだ。ナカジマさんや猫田がいる。

 俺はあらかた頭を撫で終わったので、会長さんのところへと向かう。

 

「すいません。ご迷惑をかけてしまって」

 

「ううん。こっちこそごめんね?比企谷ちゃんにいろいろと背負わせちゃったみたいで……」

 

「俺が勝手にやったことなんで、そこまで気にしなくてもいいですよ。大洗を、大事な場所を守りたかっただけですし」

 

「……そっか」

 

「……えぇ」

 

「まぁ、それはそれとして、ここ最近のサボったぶんはちゃんと単位に影響してるから、ちょっとやばいかもねー」

 

 げ……。まじですか。

 

「優勝すれば問題ないでしょ?だって単位三倍ですし」

 

「優勝……。うん、そうだね」

 

「ひ、比企谷くん、よかったねー」

 

「なにも泣かなくていいだろうに……」

 

「もう。桃ちゃんも心配してたくせに」

 

「な!?し、心配なんてしてない!あと、桃ちゃん言うな!」

 

 このやり取りを見るのも久しぶりだな。

 

「どうしたの?比企谷ちゃん?」

 

「いや、やっぱりここは面白いな、と思いまして」

 

「そうだね。みんないい子だしね」

 

「……勝たないとですね」

 

「……うん」

 

 そういや、会長に聞きたいことがあったんだった。

 

「あ、そうだ、会長。サンダースから転校生が来るって聞いたんですけど、本当ですか?」

 

「ありゃ?どっからその話を聞きつけたの?」

 

「……黙秘します」

 

 サンダースの隊長から聞いたとか言ったら、武部のやつにまたなに言われるかわからん。

 

「ふーん。ま、別に隠すことでもないし、いずれわかるしね。本当だよ」

 

「でも、戦車ないですよね?」

 

「そうなんだよねー、どっかのチームに入ってもらったりするしかないのが現状だからね」

 

 やっぱりか。

 

「それに関しては、俺に任せてもらってもいいですか?」

 

「ん? どゆこと?」

 

「まだ確定じゃないんですけど、人員と戦車、この両方が解決するかもなんで」

 

「そう? じゃあ、比企谷ちゃんに任せるよ」

 

「うっす」

 

 よし、久しぶりに戦車動かすか!

 

「あ、比企谷ちゃんの戦車は、今ここにないよ?」

 

「もしかして……」

 

「たぶん、今考えてることであってるんじゃない? 決勝戦までに修理、間に合わないって」

 

 oh……。まじかよ。いや、なんとなくそんな気はしていたけどもさ。

 

「あれ? それじゃあ、俺は練習出来ないですね」

 

「そこは安心して大丈夫だよ」

 

 なにかあるのか?

 

「比企谷ちゃんには、今日からひたすらにランキング戦をしてもらうから」

 

「ずっと?」

 

 エターナル? フォーエバー?

 

「うん。常にどこかしらのチームに入ってもらうから」

 

「まじですか……」

 

「まじまじ」

 

「ちなみに負けたら?」

 

「特段ペナルティーはないけど。みんなは勝ったらある程度の願いが叶うから本気だと思うけど。なに?比企谷ちゃん、ペナルティーほしいの?」

 

「いらないです」

 

「逆に比企谷ちゃんが1度も負けなかったら、前に言ったみたいに、好きなこと一つだけ言っていいからねー。もうなにか考えてる?願い事」

 

 そういや、そんなこと言ってたなー。うん。まったくなにも考えてなかった。まあ、大丈夫だろ。誰かしら勝つだろうし。

 

 

 ====

 

 

「こりゃまた酷いね」

 

 会長はスコアボードの結果を見ながらそう言ってくる。

 

「比企谷ちゃん、そんなに負けたくなかったの?」

 

「いやいや、俺は普通にやっただけですよ……」

 

「普通にやって、ねぇ……」

 

 なんでそんなに残念そうな目で俺を見てくるの?これって俺が悪いの?

 

「まさか、今日これだけやって負けなしなんてね。比企谷ちゃん、本気だしすぎじゃない?」

 

「え?」

 

「えって、まさか……」

 

「いやいや、チャントホンキダシテマシタヨ?」

 

「うわぁ……」

 

 いや、うわぁってなんですか……。そんなマジに引かなくてもいいんじゃないの?さすがの俺でも傷つくよ?

 

「まあでも、みんな前より強くなってたでしょ?」

 

 会長の言うとおり、前にやったときとは比べ物にならないくらいに全体の質が上がっている。

 

「……そうですね。そこは素直にびっくりしました」

 

「まぁ、それでも、比企谷ちゃんには勝てなかったわけだけど……」

 

 はははと、俺は渇いた笑いしかだせない。いやー、うん。本当にすみませんでした。

 

「比企谷ちゃんが本気だしてないって、みんなに言わない方がよさそうだねー。泣き出す子がでてくるかもだし」

 

「そんな、大袈裟な」

 

「いや、わりとガチだよ?」

 

 ガチで?

 

「みんな、比企谷ちゃんが戻ってきても大丈夫なように頑張ってたからね。また一人で無茶しないようにって」

 

「………」

 

「結局、私たちは比企谷ちゃんにずっと頼りきりだったんだよね……」

 

「そんなことは……」

 

「ううん。あるよ。比企谷ちゃんもわかってるでしょ?西住ちゃんに言われなかった?」

 

 ……確かに、言われたな。

 

「だからさ、今度はみんな、比企谷ちゃんに頼ってもらえるぐらいに頑張るんだーって、張り切ってる」

 

 ……結局、俺は今まで一人で戦車道をやってきたのかもな。みんなという輪の中に俺はいないと思ってきた。ずっと一人乗りの戦車に乗っていたのがその証拠だろう。なら、タイミングがいいのかもしれない。黒森峰と戦う前に戦車が大破したことは……。

 

『八幡くんが間違えそうになっても、私が、ううん、戦車道のみんなが止めてみせるから』

 

 西住は、俺は俺のままでいいと言ってくれた。間違ったままでいいのだと。でも、この間違いだけは正さないといけないと思う。

 "一人"じゃなく、"全員"で、勝つのだ。戦車道全国大会決勝戦を。

 

「転校生は明日来るみたいだよ?」

 

 そうか。転校生は明日か……。ん?なんか俺、忘れてないか?転校生……。戦車……。人員……。あっ、今何時だ!?俺は慌てて時計を確認する。

 

「すいません、会長!今日はもう、帰ります!」

 

 俺は決勝戦のための最後のピースを嵌めるべく、サイゼへと急ぐのだった。



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しかして、戦力は着々と増えていく

 放課後の戦車道を練習を途中で抜け、俺は自転車を漕ぎながらサイゼへと向かう。

 思いの外に戦車のシミュレーションゲームのランキング戦に熱中してしまった。おかげで、設定していた集合時間を少しすぎようとうしている。

 とりあえずあれだな。急ぎすぎて事故らないようにしよう。さすがに決勝直前にそれはシャレにならん。フラグじゃないよ?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 よし、フラグは回収しなかったな。俺は無事にサイゼへと着いた。

 ……ところでフラグ違いなのだが、俺って結婚はできるんだろうか?正味、妹からのお墨付き(付けないでほしかった)である この腐った目はいかんせんどうしようもない。

 出会いがほしいな……。どこかに俺を養ってくれる高所得の優しい人はいないもんか。いないか。夢見すぎだな。今はそんなことより現実を見よう。

 

「ヒッキー、遅いよ!」

 

「自分から呼び出しといて遅れるなんてどうなのかしら?」

 

「そこまで遅れてないだろ……」

 

 俺が遅れたのは5分くらいだ。その位なら誤差の範囲内で処理してくれてもいいと思うのだ。俺たちまだ学生なんだぜ? 社会人になったらそれこそ時間が拘束されるのに、やれ残業代が出ないだの、やれ休日出勤やれだのと言われるに違いないのだ」

 

「あなたの思い描く社会人はあまりにもブラック過ぎないかしら……」

 

「ヒッキー、夢見ようよ……」

 

 いかん。いつのまにか心の声が漏れていたようだ。女性陣二人からドン引きの眼差しを向けられている。

 それと、由比ヶ浜。

 

「夢見た結果、現実とのギャップに落ち込むぐらいなら俺は専業主夫を目指し、そんなつらい現実を見ないようにする。そのための努力は惜しまん」

 

「見ないようにしちゃうんだ!?」

 

「あなたのそれは、後ろ向きなのか前向きなのか分かりにくいわね……」

 

 三歩下がって一歩進むのかな? ……これ進んでねぇな。むしろ下がりまくっているまである。

 

「とりあえず中に入ろーぜ。6月が終わったばかりで汗が気持ち悪い」

 

 自転車を全力で漕ぎ漕ぎしてからな、制服が汗でへばりついている。冷房の効いた店の中で涼みながら、冷たいお冷やでも飲みたい。

 

「そうね。北上していて、湿度もそこまでなかったから余計にそう感じるわね」

 

「というか、ヒッキーが私たちをまたせてたんでしょ!」

 

 やば、薮蛇だった。俺はぷんすこ怒る由比ヶ浜を無視しつつ自転車を駐輪場に止めてそそくさと店の中に入るのだった。

 

 

 ====

 

 

 そして、店員が持ってきたお冷やをぐいっと飲み、俺は一息つく。

 さっき雪ノ下が言った通り、プラウダ戦のためにこの学園艦は北上していた。だから、6月と言っても梅雨らしくじめじめしてはおらず、雨の代わりに雪が降っていた。おかげで我が家はこたつを出す羽目になった。

 これだけ聞くとただの異常気象だが、こういったことも海を移動する学園艦ならではなのだろう。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「なぜあなたは、わざわざ私たちをここに呼び出したの?」

 

「そうだよ、ヒッキー。奉仕部じゃだめだったの?」

 

「……まぁ、なんというか。これは昨日の礼みたいなもんだと思ってくれ、俺が奢るから好きなの頼んでいいぞ? それとな―――」

 

「え、悪いよ! 私たちはそんなつもりでやったんじゃないし!」

 

 俺が言いきる前に由比ヶ浜に遮られてしまった。ちょっと? まだ俺の話しは終わってないんだよ? 最後まで聞いてくれないかな?

 

「……由比ヶ浜さん、比企谷くんがまだ話してる途中よ」

 

「あ、ご、ごめんね?」

 

 雪ノ下に注意され、目に見えてシュンとしている。

 

「気にすんな。ここを選んだのは、お前らに頼みたいことがあったからだ」

 

「え? 依頼なら、それこそ奉仕部でいいんじゃ……」

 

「依頼じゃない。あくまでも個人的な頼み事だから、嫌なら断ってくれていいぞ」

 

「ヒッキーがわざわざ私たちに?」

 

「あぁ……」

 

 俺があくまで奉仕部としてではなく、雪ノ下と由比ヶ浜に個人として頼むのはひとつ理由があるが、今は割愛する。

 

「戦車道に入ってくれないか? 決勝の間だけでもいい」

 

「え? 戦車道に?」

 

「……それはどうして?」

 

「簡単に言えば、戦力がほしい」

 

「そういうことではなく、なぜ私たちなのかしら?」

 

「……雪ノ下。俺の勘なんだが、お前は戦車道の経験があるんじゃないか?」

 

 雪ノ下さんが戦車道連盟につながりがあるなら、それこそ戦車道をやっていてもおかしくはない。なら、雪ノ下さんの妹である雪ノ下もやったことがあると睨んでみたんだが……。

 

「そうね。嗜む程度には」

 

 俺の問いに、雪ノ下はそう答える。こいつが言う嗜む程度ってどれくらいなんだ? 雪ノ下のことだから素人レベルってことはないだろう。

 由比ヶ浜はそんな雪ノ下を、へぇーとか言いながら見ている。

 

「なら、もうひとつ聞くんだが、戦車持ってないか?」

 

「ヒッキー、いくらゆきのんでもそれは……」

 

「あるわよ」

 

「あるんだ!?」

 

 持ってるんですね……。いや、自分で聞いといてなんだが、期待値は半分もないと思ってた。普通の家には戦車なんて置いてないからな。我が家に戦車があったのは、あくまで親父が馬鹿だっからである。

 親父のことなんて今はどうでもいい。あんな小町大好き人間なんてどうでもいい。最近は、小町に避けられぎみだからざまーみろだ。

 ……っと、話が逸れすぎたな。

 

「それって、今どこにある?」

 

「残念ながら、この学園艦にはないわ」

 

 そう簡単にはいかないか。もしあるなら、雪ノ下たちが戦車道に入らなくても、借りられると思ったんだが……。

 

「まぁ、姉さんに頼めば、持ってきててもらえると思うけど……」

 

「そうか。なら、お前らの答えを聞かせてくれ」

 

「ゆ、ゆきのん、どうする?」

 

「由比ヶ浜さん。比企谷くんは、私たち個人に聞いているのよ?なら、あなたがどう思っているかを言わないと。あと、そうやって人の顔を伺うのはやめたほうがいいわ」

 

「そ、そうだよね。ごめん……」

 

 雪ノ下、もっと言い方があるだろうに……。由比ヶ浜は由比ヶ浜で気にしすぎである。

 

「由比ヶ浜、雪ノ下は別にお前が嫌いだから言ってるんじゃないと思うぞ」

 

 一応、フォローしとこう。別にこいつらのことだから仲が悪くなるなんてことはないだろうが。

 

「……そうなの? ゆきのん?」

 

「……別に、嫌いではないわね」

 

「ゆきのん!」

 

 由比ヶ浜はその言葉で嬉しくなったのか、雪ノ下に抱きつく。雪ノ下は少し迷惑そうにしているが、内心はそうでもないのだと思う。

 雪ノ下は嫌なら嫌とはっきり言う、それが誰であってもだ。

 まぁ、さっきからこちらに、どうにかしなさいよという、雪ノ下のヘルプコールが飛んできているが、俺は気づかないフリをする。

 もっと百合百合しててくれ、その間に俺はドリバで飲み物でも注いでくるか。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 俺はドリバで3人分のドリンクを注ぎ、元の席に戻る。

 

「ありがとう。ヒッキー」

 

「適当に注いできたから、自分が飲みたいやつを選んでくれ」

 

 とりあえず適当に炭酸系、果物系、ウーロン茶をチョイス。由比ヶ浜が炭酸系、雪ノ下はウーロン茶、俺は余った果物系になった。

 

「ねぇヒッキー、私は?」

 

「あん?」

 

「ゆきのんを誘った理由はわかったんだけど、私はどうしてなのかなぁーって」

 

 なんでこいつは、こんなにも期待に胸膨らませながら目をキラキラさせてんの?

 まぁいいや。

 

「由比ヶ浜が居てくれないと困る」

 

「え?」

 

「ほら、雪ノ下が入ったとしても絶対にこいつのことだからぼっちになる。だから、由比ヶ浜にはパイプになってもらわんといかん」

 

「あ、そっちか……」

 

「今、聞き捨てならないことが聞こえたのだけど……。私が比企谷くんになるとかどうとか」

 

 俺イコールぼっちとか言うのやめてもらってもいいですかね? 自分で散々、ぼっちぼっち言ってるが、他人に言われると腹が立つのはなんでだろうか? 不思議である。

 

「雪ノ下、今まで高校生活を送ってきて友達が由比ヶ浜一人なのは、どうしようもなく言い訳できないと思うんだが?」

 

 自分への特大ブーメランなのはこの際目をつぶるとしよう。由比ヶ浜がいなかったら、雪ノ下は絶対にonly my roadを突き進む。そうしたら絶対に孤立する。そうならないための由比ヶ浜だ。

 

「……由比ヶ浜さんも、そう思うのかしら?」

 

「え……? うーん、そうだなぁ。ちょっと厳しい……かも?」

 

 この由比ヶ浜、ぽわんぽわんしているくせに、言うときはわりと容赦なかったりするんだよなぁ。たまに、俺の心を無自覚に抉ってきたりする。子供の何気ない一言で傷つくようなあれである。

 

「話を戻そうぜ。それで? お前らはどうするんだ?」

 

「私はもう決めたよ? ゆきのんは?」

 

「私も決めてるわ」

 

 そして二人の答えを聞き、今日は解散となった。俺が奢ると言った件は結局、そんなことしなくていいから!

  という由比ヶ浜に、押しきられる形でなくなった。

 あいつらに感謝してることは本当なんだがな……。まぁ、親切の押し売りしてもしょうがないし、また今度なんか機会でも見つけるか。

 

 

 ====

 

 

 次の日、学校ではこんな噂が流れていた。

 

『今日、転校生が来るらしいんだけど、女子でしかもめっちゃ可愛らしい!』

 

 という、これまたな噂だった。

 転校生と聞けば、男子は美少女を渇望し、女子はイケメンを渇望する。まったく、転校生からしてみればいい迷惑だろう。自分が預かり知らぬところで勝手に期待されて勝手に失望されるのだから。

 そういう輩ばかりじゃないのだろうが、転校生と聞いて浮かれているやつは大体これに当てはまる。

 

「ねぇ、ハチ。今日、転校生が来るらしいよ?」

 

「………」

 

 ……お前もか。

 

「え? なに? どうしたの?」

 

「……いや、それで?」

 

「なんか変な時期に転校だよねー」

 

「そうだな。なんか転校生は女子らしいぞ?」

 

「へぇー」

 

 へぇーって、なんか反応が薄いな。

 

「男子じゃなくて残念だったな」

 

「そう? 別に女子でもいいと思うけど」

 

 ………は?こいつは本当に俺が知っている武部か?

 

「どうした?なんか悪いものでも食べたか?」

 

「なんでそんなガチに心配してるのよ……」

 

 いや、どう考えたっておかしいだろ。武部だぞ? あの武部がだぞ? 女子でもいいだなんて……。

 

「女子が好きになったのか?」

 

「ぶふっ! なんでいきなりそんな話になってるの!?」

 

「いやだって、いつものお前なら、『男子だったら新しい恋の予感だったのに!』とか言ってるだろ……」

 

「なんか地味に似てる……。いや、そういうことじゃなくて! 私は普通に男の子が好きだから!!」

 

「お、おう……」

 

 そんな力いっぱいに言わんでも……。

 

「じゃあなんでだ?」

 

「え、う~ん。なんというか、そういうのは卒業したっていうか……」

 

「なんだ、恋愛マスター(笑)はやめたのか」

 

「怒るよ?」

 

「……すまん」

 

 めっちゃ怖かった。あれは女子がしていい顔じゃないと思うんだが……。

 

「なんかむやみやたらにそういうことを求めるのはなんか違うかなぁーって、最近思いだしたの」

 

 むやみやたらにねぇ。まぁ、誰でも彼でも付き合いたいとか言ってたあの頃が懐かしい。と言っても、つい最近までそんなんだったのに、なんの心境の変化だ?

 

「なんか変わったな、お前……」

 

「……誰のせいだと思ってるのよ」

 

 ボソッと言われたせいで、なんて言ってるか聞こえんかったんだが。

 

「そうだ! ねぇハチ。変わったといえば、私変わったんだけどわかる?」

 

「なんだ? 唐突に?」

 

「いいからいいから、当ててみてよ!」

 

 変わったって……。たぶんこれは、内面とかじゃなく外見のことを言っているのだろうが、そういってもなー、普段とたいして………。

 俺はジッと武部を見る。ちょっと武部さん?顔赤らめるのやめてもらえます? 見てるこっちも恥ずかしくなるだろうが。

 いやそれより、変わったところねぇ、ふむ……。

 

「ハチにはやっぱりわからないかな~」

 

 なんなの? 喧嘩売ってるの?

 

「降参だ。全然わからん。強いて言うなら、髪の毛が少し短くなってる気がするが」

 

「……いや、それであってるよ?」

 

「なんだ。変わったとか言うから、もっとわかりやすいやつかと思ったんだがな」

 

「女の子は日々変わってるんだから!」

 

 いや、そういうのはいいから。

 

「でも、よくわかったね」

 

「ん? あぁ、小町のせいだな」

 

「小町ちゃん?」

 

 小町はよく俺に、「お兄ちゃん、小町変わったんだけどわかる?」と言ってくる。

 言ってくるだけならいいのだが、俺が答えられないと露骨に不機嫌になるのである。勘弁してもらいたい。

 大概は髪の毛を切ったとかそういうのだが、時折フェイントとして、なにも変えてないくせにそう言ってくる時があるのだ。

 それで俺が変わったとか言おうものなら不機嫌になる。まったくもって理不尽極まりない妹である。

 そのせいか知らんが、相手をちゃんと見ればある程度どこが変わったかわかるようになってしまった……。

 俺が持っているスキルの中で不要率ナンバーワンである。まじいらない。

 

「……前から思ってたんだけど、仲良すぎない?」

 

「そうか? 普通だろ」

 

「………」

 

「なんだよその目は……」

 

「なんでもなーい。あ、みほが来た!ねぇねぇ、転校生が――」

 

 武部は教室に入ってきた西住に近づき話しかける。散々絡むだけ絡んどいてポイするとかちょっと酷くない? まぁ、いいや。まだ時間があるし、朝のホームルームが始まるまで寝とこう。

 

『2年普通1科比企谷 八幡、至急生徒会室に来るように、繰り返す2年―――』

 

 朝のホームルームが始まるまで……。はぁ、頼むから面倒ごとだけは勘弁してほしいところだな。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「失礼します」

 

「あ、来たねぇ。いやーごめんごめん、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「どうせダメって言っても聞かないんでしょ?」

 

「うん!」

 

 うわぁー……。本当にいい笑顔してるよこの人……。

 

「比企谷ちゃんが昨日なんでか転校生のこと知ってたからちょうどいいと思ってね」

 

 昨日の俺をぶん殴りたい。余計なことを言うんじゃなかったな。おかげで面倒ごとを押し付けられようとしている。

 

「学校案内、してあげてね」

 

「それ、生徒会の仕事じゃないんですか?」

 

「そうなんだけど、いろいろ忙しくて手が回らないの、だから比企谷くん、頼めないかな?」

 

「ちなみに授業は?」

 

「案内の間は受けなくても大丈夫だよ」

 

「ならやります」

 

「即答か!比企谷!」

 

 コンコンと、扉のノックする音がする。

 

「どうやら、来たみたいだね」

 

「どうぞ~」

 

「失礼します」

 

「じゃ、比企谷ちゃん。一色ちゃんのことお願いね?」

 

「一色 いろはって言います。今日からお願いしますね? せんぱい♪」

 

 これが比企谷 八幡と一色 いろはのファーストコンタクトでもありワーストコンタクト。

 そして比企谷 八幡がこの瞬間思ったことは……。

 

 ―――やだこいつ、めっちゃあざといんだけど……。

 

 という、至極どうでもいいことであった。

 



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なんだかんだ、比企谷 八幡は世話を焼く

 一色 いろはが現れた。比企谷 八幡はどうする?

 コマンド

 ・逃げる←

 ・逃げる

 ・逃げる

 

 さすが俺、捻くれている。

 

「あの、会長」

 

「ん? どしたの?」

 

「授業に戻っていいですかね?」

 

 あれだよね。学生の本分はやっぱり学業だと思うんですよ。うん。

 

「なっ!? こんなかわいい後輩を差し置いて授業の方が大切なんですか!?」

 

 一色は自分がそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。俺に抗議してくる。

 もうね。自分でかわいいとか言っちゃってるあたり、こいつのあざとさは計り知れない。

 

「は? 授業に決まってるだろ。バカなの?」

 

 途中までは授業サボれてラッキー感覚だったが、こいつを見た瞬間、あぁ、俺なんでここにいるんだろうって、本気で思っちゃったほど。

 

「……なんだろう。比企谷ちゃんがまともなことをいってるはずなのに、まともに聞こえない……」

 

 おいこら、それはどういう意味だ! なんで河嶋さんも小山さんもうんうん頷いてるの? 俺に対しての反応が酷すぎる……。

 

「でもせんぱいはー、ケイ先輩から私の面倒を見るように言われてるはずですよね?」

 

 小首傾げながら威圧してくるのやめてもらっていいですかね? 早くも化けの皮が剥がれてませんか一色さん。えぇ~? そんなのしらないですぅ~、とか言ってしまえば解決するのかしら? いや、しないな。俺がやってもあざとくないし、気持ち悪いだけである。

 

「はぁ、わかったよ。やればいいんだろ……」

 

 くそ、恨みますよ、ケイさん。

 

「……なんでそんなにテンション低いんですか……、まじありえないです……」

 

 まじありえないのはこっちだわ……。

 

「一色、いやいやだが学校を案内してやるよ。感謝しろよ?」

 

「なんでそんなに上から目線なんですか……。先輩こそ、私を案内できるんですから感謝してくださいよ」

 

「……会長。案内役別の人に変えてもらってもいいですか?」

 

「わわ、冗談、冗談ですよ!」

 

 え? なんでこいつこんなに必死になってんの?

 

「え? なに? お前、俺のこと好きなの?」

 

「……は?」

 

 ひぃ…っ! やだ、なに今の低い声。一瞬、あまりの冷たさに少しびびってしまった。俺なりのジョークだったのに。というか、さっきまであざとさ全開だったのにこれかよ。落差激しいわ。

 

「さっそく仲よさそうでよかったよかった。じゃ、比企谷ちゃん、よろしく~」

 

 会長は呑気に手を振って俺たちを見送っているが、今のをどうみたら仲良く見えるんですか? 眼科いくことをおすすめしますよ?

 

 

 ===

 

 

「せんぱい。ねぇ、せんぱい?」

 

 とりあえず、移動教室の場所とか、この学校の主要部を案内していたら途中、一色に話しかけられた。

 

「……なんだ?」

 

「せんぱいに聞きたいことがありまして……」

 

「銀行の暗証番号なら教えんぞ」

 

「いや、暗証番号て……私をなんだと思ってるんですか」

 

「魔性の女」

 

 気がつけば自分の全財産を尻の毛一本までむしりとられそうである。

 

「なんですか、その評価は……」

 

「お前のことは、ケイさんからある程度聞いた」

 

「え? まじですか? ……せんぱいってそこまでケイ先輩に信用されてるんだ……」

 

 一色は、まさか自分のことを話されていると思ってなかったらしく、なにやらぶつぶつ言っている。

 

「それで? 聞きたいことってなんだ?」

 

 とりあえず、話を進めるために一色に話しかける。

 

「…え? あ、はい。せんぱいって、なんで戦車道をやってるんですか?」

 

「あぁ、生徒会に脅されてな……」

 

「いや、そういう冗談はいいんで」

 

 いや、別に冗談じゃないんだけどな。まじな話なんだけど。一色が聞きたいのはそういうことじゃないってことなんだろう……。

 

「……憧れだよ」

 

「え?」

 

「だから、憧れ。俺の家って戦車道の家系なんだよ。だから、小さいころによく母親が戦車に乗ってるのを見て自分も戦車に乗ってみたかった」

 

 ただそれだけ。本当に乗ろうと思った理由なんてそれだけだ。

 

「え……でも、せんぱいって男の人です…よね?」

 

「まぁ……そうだな」

 

「その……つらくなかったんですか?」

 

 なんか前にもこんなこと聞かれたな。

 

「俺が今、ここで戦車乗ってるのが全てだろ?」

 

「………」

 

 俺の答えを聞くと、一色は黙ってしまった。

 やべ、なんか変な空気になったな。というか、こいつなんで俺が乗ってる理由なんて聞いたんだ?

 

「俺なんかのことより一色、お前はどうなんだ?」

 

「え、はい? 私ですか?」

 

「サンダースであったことだよ」

 

 その言葉で、一色は一瞬ビクッとなる。

 

「あ、あれは、もうこっちじゃ関係ないじゃないですかー」

 

 ……どういうことだ? ケイさんの話じゃ、事が変な方向に向かう前に一色を転校させたって言っていたのに、この反応は……。

 

 

 ====

 

 

「――ぱいっ! せんぱいってば!」

 

「ん? なんだ?」

 

「なんだ? じゃないですよ! なんで案内する私をほったらかしにして一人でずんずん進んでるんですか!」

 

 どうやら、いつの間にか考え込んでいたらしい。一色を置き去りにしてひとりで勝手に進んでいたようだ。

 

「あぁ、すまん。ちよっと考えことをしてた」

 

 とりあえず、さっきのことは一旦頭の隅に置いておくか。

 

「は? いきなり会って告白のシチュエーション考えるとか軽薄というかなんというかありえないんで付き合うとかそういうのはできませんごめんなさい」

 

 そして一色はなにを思ったのか、いきなり捲し立てながらそう言ってくる。

 なんで告白してもないのに俺はフラれてんの?ちょっと理不尽すぎるだろ。

 

「まず俺がお前に好意を持ってる前提で話を進めるな」

 

「え? 違うんですか?」

 

 むしろ株価がどんどん下落してるんですけどね、頼まれてなかったら関わりたくないまである。

 

「その自信はどこからくるんだよ……」

 

「だって私って、かわいいじゃないですかー」

 

 自分で言うな自分で。

 

「あーそうね。かわいいかわいい」

 

「むぅー、もしかしてバカにしてます?」

 

 一色は怒るたびに頬を膨らませている。あざとい。まじあざとい。

 この一色の反応を見る限り、さっきの反応が見間違いのようにも思えるが……。

 

「一色」

 

「なんですか?」

 

「案内している間は俺の数歩後ろを歩いてくれ」

 

「なんですか? 亭主関白のつもりですか? ごめんなさい――― 」

 

「いや、そのネタはもういいから」

 

「……じゃあ、なんでですか?」

 

「お前と一緒にいて変な噂が流れないようにだよ」

 

「私との噂が流れるとか光栄じゃないですかっ」

 

 このアマ……。冗談ではなく本気で言っているあたりたちが悪い。

 

「普通にお断りだから」

 

「もしかして、せんぱいって"そっち"なんですか?」

 

 こいつちょっと失礼じゃない? なぜに一色に好意を持ってないからといってホモ扱いをされないといけないのか。ちょっとあの時の武部の気持ちがわかってしまった。今度お詫びになんか奢ろう。そうしよう。

 

「俺は女子が好きだから」

 

 俺は普通にノンケである。ときどき、戸塚にドキドキすることはあるけど。あれ? アウトか?

 

「……なんか、たらしみたいですね。今のセリフ」

 

「お前が言わせといてそれは酷くない?」

 

「ま、まぁ、気を取り直していきましょう!」

 

 

 ====

 

 

「……普通ですね」

 

「特段特筆なにかがあるわけじゃないしな。それこそ、サンダースと比べられても困るんだが」

 

 サンダースの金に言わせた設備とか羨ましいかぎりである。夏とかクーラーあるらしいし。これが格差社会か……。

 俺と一色は今、ある程度学校の案内が終わったので休憩をしている。主要な場所を案内しても普通に時間が余るあたりなにもないのがよくわかる。

 

「そういや一色、お前授業は?」

 

「私、今日は挨拶だけなのでないですよ?」

 

「なるほど。暇なのか」

 

「なんですか? もしかしてデートに誘ってます? すみませんせんぱいは顔はいいと思いますけどいかんせんその目がちょっとないかなぁと思うので無理ですごめんなさい」

 

「……誘ってねぇよ。それと、さらっとフるのと同時に俺をディスるのやめてくれない?」

 

 なんなのこいつ? もはや俺に対しての遠慮がないんだけど……。

 

「あれ? ヒッキー、こんなところでなにしてるの?」

 

「休憩」

 

「いや、そういうことじゃないし……」

 

 なんで聞いたこと答えたのにあきれられてるの?

 

「せんぱい?」

 

「なんだ、一色」

 

「その人はせんぱいの知り合いですか?」

 

 やだ一色さん、顔が怖いわ。

 

「ヒッキーが知らない女の子と一緒にいる……」

 

 そして、なぜかじと目の由比ヶ浜。

 やだ、なにこれ。端から見るとまるで浮気現場を発見されたやつの修羅場みたいだな。まぁ、俺だから全然違うわけだが。

 

「こっちは由比ヶ浜、知り合い? になるのか?」

 

「同じ部活なんだから知り合いでしょ!?」

 

「いや、だって俺そんなに頻繁にいってるわけじゃねぇし」

 

 そこらへんの線引きは難しいものだ。

 自分が友達と思っていた相手から『え?比企谷くんとは友達じゃないよ?』と聞いてしまった時の気まずさは何とも言えない。

 しかもそれを直接ではなく、偶々聞いてしまったというのがなんとも……。

 それ以降、その子とは話さなくなったなー。

 

「そ、それで、そっちの子は?」

 

「ん? あぁ、こいつは一色。転校生だ」

 

「せんぱい、雑すぎます……」

 

「だってお前のこと知らんし」

 

 なんなの君たち? 文句があるなら自分で自己紹介しろよ。

 

「あ、今噂の転校生って……」

 

「どんな噂か気になりますが、一色 いろはです」

 

「あ、私は由比ヶ浜 結衣だよ」

 

「じゃあ、結衣先輩ですね」

 

「私は、いろはちゃんて呼んでいい?」

 

 こいつらコミュ(りょく)たけーな。もう名前呼びかよ。俺だったら絶対に無理。

 

「いいですよ。それで噂ってのは……?」

 

「かわいい転校生が来るとかそんな感じかな? 別に悪い噂とかそういうのじゃないから気にしなくていいよ?」

 

「そ、そうですか」

 

「………」

 

「どしたの? ヒッキー」

 

「なにがだ?」

 

「えっと……、なんか変な顔してたから」

 

「すいませんね。この顔がデフォルトなんですよ」

 

 由比ヶ浜、お前はちょっと鋭すぎな。

 誤魔化しはしたが、俺の表情は変わっていたのだろう。

 

「せんぱいの顔が変っていうか、目が怖いのはいつものことじゃないんですか?」

 

「あ、いや、そういうことじゃないんだけど……。まぁ、目は怖いよね、ヒッキー」

 

 お前ら、目の前に俺がいることわかってる? 君たちが今言っているのはただの悪口だからね?

 

「……由比ヶ浜、次の授業があるんじゃないのか?」

 

「そ、そうなんだけど……」

 

 なぜか俺と一色をチラチラと見てくる由比ヶ浜。

 俺が一色になにかいたらんことでもすると思われているんだろうか?

 

「じゃあまたね、いろはちゃん」

 

「はい、結衣先輩」

 

「ヒッキーは戦車道の授業のときはよろしくね?」

 

「まぁ、俺が誘ったわけだしな」

 

 そして由比ヶ浜は次の授業へと向かっていった。

 

「なんかちょっと凹みます……」

 

 さっきまで笑顔で由比ヶ浜に手を振っていたくせにいきなりどした?

 

「なにがだ?」

 

「結衣先輩、かわいすぎですよ……。自信なくしそうです」

 

「……一色」

 

「せんぱい?」

 

「さっきからチラチラ俺の方を見ながら言ってても説得力皆無だから」

 

 一色の場合、凹んでる自分はどうですかアピールがあざとすぎる。

 普通の男子だったら『だ、大丈夫?』とか言って引っかかるんだろうが、残念ながら俺には効かん。

 

「……なんか、せんぱいって本当にせんぱいですよね……」

 

「どういう意味だこら」

 

「べっつにー、なんでもないですけどぉ?」

 

「さいですか……」

 

 まぁ、いいや。

 

「一色、職員室に行くぞ」

 

「え? 私、行く必要ないんですけど」

 

「戦車道に関係してるから関係なくはないぞ」

 

 さっきの由比ヶ浜の言葉で思い出した俺だった。

 

 

 ====

 

 

「失礼します」

 

 俺はノックをして職員室の扉を開ける。

 

「はぁ~、結婚したい……」

 

 そこには某結婚雑誌を見ながら職員室で一人愚痴っている女性の姿がそこにはあった。というか、平塚先生だった。

 

「………」

 

「………」

 

 無言で見つめあう俺と平塚先生。

 目と目があう~、とかいうイントロが流れてきそうだな。うん。

 

「失礼しましたー」

 

 俺はあまりにもいたたまれなかったので思わず開けたはずの扉を閉めてしまった。

 

「え?せんぱい?今のは?」

 

「一色」

 

「え?はい?」

 

「世の中、知らないでいいことがあるんだよ……」

 

「今のってそんなレベルなんですか!?」

 

 そんなレベルなんだよなぁ、これが。

 誰か早くもらってやれよ!職員室で一人呟いてるところなんて見てみろ!かわいそすぎて思わず俺が貰ってしまいそうになったわ!

 

「帰ろう……」

 

「あれ?職員室での用事は?」

 

「死体蹴りをする趣味は俺にはない……」

 

 やめて!平塚先生のライフはもうゼロよ!ということで帰ろうとしたのだが……。

 

「待ってもらおうか」

 

 不意に開いた職員室の扉の先には、我が生涯に一辺の悔いなしと言わんばかりに片手を天高く突き上げている女性の姿があった。というか、平塚先生だった。

 いや、めっちゃ悔いがあるよね!?今すごくやってしまったーって思ってる顔だよね!?

 わかりますよ、その気持ち。ついノリと勢いでやったんですよね?そしてあとでそのことを思い出して涙で枕を濡らすまでがワンセット。

 

「私のドリルは天を衝くドリルだ!」

 

「あ、そっちですか」

 

 あなたが天元突破しいているのは天ではなく羞恥心だと思うんですが……。

 一色の、え? これなんなんですか? 私、この人に関わらないといけないんですか? という目線を俺に投げ掛けてくる。

 いや、わかるよ。俺も知り合いじゃなかったら全力で逃げてるから。でもね、この人先生だからね? だからそんな目で平塚先生を見ないでやってくれ一色。

 

「……ごほん」

 

 ひとつ咳払いをする、平塚先生。たぶん俺しかいないと思ったんだろうな。だから、ついやってしまったと。

 身内ネタは身内にしかやってはいけない。他所でやってしまうと高確率で失敗する。

 あれ?そうなると俺は平塚先生に身内と思われてるのか?

 

「それで? 比企谷? わざわざ授業中に女子を連れて私のところにくるとはあれか? 喧嘩を売ってるのか? 一人寂しく職員室で働いてる私への当て付けなのか?」

 

 怖い怖い怖い。今にもなんとか流星拳とか放ちそうなポーズをやめてください!

 

「昨日言っていた戦車道の件ですよ」

 

「戦車道、ということは、雪ノ下たちはオーケーを出したんだな」

 

「えぇ。ちょっと意外でしたけど……。特に雪ノ下が」

 

「なんだ、君は断られると思っていたのか」

 

「まぁ、そうなりますね」

 

 少なくとも、あんなに簡単に頷かれるとは思っていなかったのは確かだな。

 

「雪ノ下たちがオーケーを出したのなら約束通り、私も戦車道を教えないといけないな」

 

 俺が昨日の戦車道の授業の前に行ったのは、平塚先生のところ。雪ノ下と由比ヶ浜を戦車道に勧誘していいかと、平塚先生に戦車道のコーチをしてもらえないかを相談に行ったのだ。

 

『彼女たちがオーケーを出せば、私もやるとしよう』

 

 という、平塚先生の言葉をいただいたので、俺は雪ノ下たちを放課後、サイゼにまで呼び出し、そして今に至る。

 

「平塚先生は、蝶野さんが後輩だったんですよね?」

 

「ん? あぁ、そうだが」

 

「……ちゃんと教えてくださいね。大雑把にじゃなく」

 

「……あいつ、まだ感覚でやってたのか」

 

 効果音で説明されるこっちの身にもなってほしいもんだ。

 

「やるぶんには構わないんでしょうけど、教えられる身にもなるとちょっとアレですよ……」

 

「あいつは昔からああだったからな、変わらんのかもしれん」

 

 平塚先生はうん、と言いながら顎に手を当て自然な手つきでポケットのタバコに手をいれる。

 

「先生、ここ学校ですよ?」

 

「おっと、すまんすまん」

 

 今の行動、ほとんど無意識だな。

 

「俺が言うのもなんなんですが……、本当に結婚したいならタバコはやめたほうがいいんじゃないですか?」

 

「うぐっ……、わかってる、わかってはいるんだが……。聞いてくれるか、比企谷?」

 

「短めでお願いします」

 

「比企谷、私はこの学校の中では一番の若手なんだよ」

 

「は、はぁ、それで?」

 

 若干味、若手の部分が強調されていたのはこの際スルーしよう。というかツッコめない。怖くて。

 

「だからな、そのせいでなにかと面倒ごとが私に押し付けられてしまうんだよ……」

 

「それは……その……すいません」

 

 たぶんその面倒ごとには俺も含まれているんだろうと思い謝ったのだが。

 

「ん? あぁ、君は違うぞ? 傍目から問題ありありだったからな、つい手を出してしまっただけだ」

 

 それはそれでどうなんだろうか?

 

「まぁ、結局、なにが言いたいかというと、ぶっちゃけ、私に仕事を押し付けすぎだ」

 

「ぶっちゃけすぎでしょ……」

 

 いや、別にこの職員室に平塚先生以外はいないからいいんだけどさ。俺の隣に一色がいるのはわかってるんだろうか?たぶん今、好感度メーターなるものがあったとしたならば、物凄い音をたてながら好感度が下がってるような気がする。

 

「だから、タバコでも吸わないとやってられん」

 

 問題の根っこが深すぎるな。つまりだ、平塚先生はストレス発散のためにタバコを吸っていると、そういうことなのだろう。

 あれ?ちょっと待て、いつのまに、平塚先生の生活改善を考えてるんだ?

 

「……せんぱい。結局、私はなんのためにここにいるんですか?」

 

 完全に蚊帳の外においてけぼりにされていた一色が、そうぼそっと呟く。

 やばっ、完全に忘れてた。

 

「お、おう…、すまんすまん。一色に、平塚先生を紹介しとこうと思ってな」

 

「なんだ、私を茶化しに来たわけじゃなかったのか」

 

「平塚先生にそんなことするわけないじゃないですか……」

 

 普通に考えて後が怖すぎる。

 

「えっと……、なんで平塚先生を私に?」

 

「この人には戦車道の練習を見てもらうからな。それなら早めに知っといた方が後々いろいろめんどくさくない。それに……」

 

「それに?」

 

「もしなんかあったら平塚先生を頼れ。さっきなんだかんだあって信用できんと思うが、たぶんこの人がこの学校で一番頼りになるはずだ」

 

「……まるで、私になにかある前提で話をするんです」

 

「いや、別にそういうつもりでいったんじゃないんだがな。お前はこっちに来たばっかだし、頼れる人が一人か二人ぐらいはいた方がいいだろ」

 

「……まぁ、確かに、平塚先生はいい人っぽそうですけど」

 

「いい人かぁ、そうなんだよなぁ。友達からも"静ちゃんって、なんかいい人止まりだよねぇ"って言われたんだよなー」

 

 一色の一言で、入ってはいけないスイッチが入ってしまったのか、平塚先生は遠い目をしながらそんなことを呟く。

 

「本当に大丈夫なんでしょうか……?不安なんですけど……」

 

 言うな、一色。俺もなんか不安になってきたから……。

 



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そうして、大洗学園の勢力は集結する

 一色の案内を終えて昼休み。俺は珍しく食堂で飯を食っている。それはなんでかというと……。

 

「せんぱい。となり、いいですか?」

 

 一色が、昼飯を食べようにも食堂での食べ方がわからないとぬかしやがったからだ。

 一色の弁では、サンダースの昼食は基本的にその日の朝、自分で食べたいものを注文しておくと昼休みに用意されているのだとか、しかも金はいらないらしい……。

 だから、食券の使い方がわからないと……。これ、まじなんなの? 格差社会ってレベルじゃねぇ。いや、この場合、サンダースがおかしいのか? それともウチの学園艦が貧乏なのか?

 

「……別のところに行け」

 

 俺はしっしっと、一色を追い払う。わざわざ俺が隅っこで食べてる時点で察しろよ。俺は一人で飯を食いたいんだよ。俺の昼飯に女の子というスパイスはいらないから。

 

「そうですか。では……」

 

 そういって、一色は俺の目の前の席に座る。あの?話聞いてました? 俺は別のところに行けって言ったんだけど? となりじゃないから前に座ってみましたってか。

 

「なんなの? お前……」

 

「一人、知らないところでご飯食べるのってー、なんかいやじゃないですかー」

 

「は? 普通だろ」

 

「……せんぱいの普通は、世間一般的ななにかからズレてますよね」

 

 余計なお世話だ。

 

「一人が嫌ならそこらへんの男子に声かければいいだろ。お前なら一人や二人、ひょいひょいついてくるだろうし」

 

 一色という餌を蒔けば、それこそ男子なんて入れ食い状態だろうに。

 

「……えっと、それはちょっと……」

 

「なんだ、なにか問題があるのか?」

 

「いえ……その、怖いというか、なんというか……」

 

 怖い?男子が?

 女子が怖いならまだわかる。ケイさんの話を踏まえればそう思うのもしょうがない事態だったはずだ。けど、男子が怖いってどういうことだ?

 

「それだとなおさら、俺のところに来る意味がわからなんないんだが?」

 

「せんぱいはなんかアレなんですよ。ほかの男子とは違う感じがしますし」

 

 それはあれですか? 俺みたいなチキン野郎には近づいても大丈夫だとか、そういうことですか。

 

「……はぁ、もう勝手にしてくれ」

 

 

 ====

 

 

「―――というわけで、新しい仲間が増えたからみんなよろしくね。特に一色ちゃんは同じクラスになるかもだから、一年のみんなは特にね」

 

 昼休みが終わり、そして戦車道の授業。会長の適当な新メンバーの紹介が終わる。

 新しいメンバーは4人。サンダースから転校してきた一色。俺が勧誘した雪ノ下と由比ヶ浜。そして、最後の一人は……。

 

「なんか質問とかあるなら今のうちにね? なかったら練習をするよ」

 

「はい!」

 

「お、元気いいねぇ、阪口ちゃん。それで?」

 

「戸塚先輩はなんで男子の制服を来てるんですか!?」

 

 はい、最後の一人は戸塚でした。

 そして阪口の質問は、みんな大体気になっていたのか、戸塚に視線が集中している。

 

「戸塚ちゃん、答えてやってー」

 

「え、えっと……、僕が男の子だから……かな?」

 

「お、男の娘ですか!?」

 

 それたぶん、意味が違うやつな。

 

「なんと、あれで男子!? ……見えないな」

 

 ……わかる。

 

「下手な女子よりかわいいんじゃ……」

 

 わかる、わかるよ!

 

「同じクラスじゃなかったら、私も疑ってたね!」

 

 それある!

 

「え?みんなはなんでそんなに驚いてるのかな?」

 

 ……西住。お前はそのまま、ありのままを受けいられる素直で素敵な子でいてくれ。

 

「まぁまぁ、みんな。戸塚ちゃんは、決勝で女子の制服を着るからそこまで違和感はないんじゃない?」

 

「なんで女子の制服を?」

 

「戸塚先輩の趣味……?」

 

「ぶっちゃけると、戸塚ちゃんの申請が間に合わないんだよねー、うん」

 

「申請って、前に比企谷先輩がやってたアレですか?」

 

「そうそう」

 

 捕捉すると、基本的に戦車道は女子の嗜みである。だから、男子が戦車道の大会に出るには事前の申請が必要だ。しかし、戸塚は急に参加かが決まったため、その申請が間に合わないらしく、そこで会長がとった手段が……。

 

「だから、戸塚ちゃんには女子の制服を着てもらって大会に出てもらおうかと思ってね」

 

「え……それって大丈夫なんですか?」

 

「バレたらヤバイかもねー」

 

 会長の言い方だと全然ヤバイように聞こえないんだが……。

 

「「「え!?」」」

 

「大丈夫大丈夫。戸塚ちゃんが女子の制服を着たら、みんな男の子だと思う?」

 

「「「…………」」」

 

 会長の一言で戦車道の全員が沈黙する、というか視線が戸塚に集中している。各々、頭のなかで戸塚に制服を着せてみてイメージしているのだろう。

 そして、全員がたぶんこう思っている。

 

 ――あれ?違和感なくね?と。

 

「基本的に戦車道は女子の嗜みだからね。決勝は全国中継されるし、男子だとなんて言われるかわからないからね。まぁ、いろんな意味で戸塚ちゃんを守ることに繋がるってわけ」

 

「え? でも、比企谷先輩は?」

 

「比企谷ちゃんはもういろんな意味で手遅れなんだよねー。なんか想像以上に有名になってるの、なんでだろ?」

 

 それは俺が聞きたいぐらいである。会長は有名になっていると言ったが、別にこれはいい意味ではなくむしろ悪い意味で有名になっている。

 簡単に言えば俺の変な噂が流れているのだ。

 流れている噂の大半は俺への誹謗中傷。別に今さらそんなもので傷つくような繊細な心はしていなが、なかには俺とセットにして、西住たちのことを悪く言っているものもあった。

 ……これは、まほさんに頼んだらどうにかできないかしら?

 

「で、でも……、戸塚先輩はそれでいいんですか?」

 

「え? うん、大丈夫だよ? それに、戦車道のみんなの助けになるなら僕もうれしいし」

 

 ええ子やー、本当にええ子やー。どこぞの、なんとか下さんとは違って。

 

「……比企谷くん?」

 

「……なんだ、雪ノ下」

 

「今、不埒なことを考えなかったかしら?」

 

「……いや、全然?」

 

 っべー、っべーは、なんでわかったの?

 

「おかしいわね。あなたからいつも男子から向けられている邪な気を感じたのだけど」

 

 お前は見た目だけはいいからな。中身は……言うまでもないな。

 

「安心しろ、雪ノ下。お前にそんな感情は持ったりしないから」

 

「……それはどういう意味なのかしら?」

 

「お前の想像に任せるわ」

 

 具体的に言えば、もっと成長してからそういうことを言うんだな。まぁ、どことは言わんが。

 

「……なんか仲いいね、二人とも」

 

「別に仲はよくはないのだけど……」

 

「そうだぞ、西住。全然仲はよくないからな?むしろ悪いまである」

 

「他に質問はあるかな?」

 

「あのー」

 

「はい、武部ちゃん!」

 

「一色さんと戸塚くんはわかったんですけど、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんはなんで戦車道に?」

 

「ああそれ?比企谷ちゃんがどうしてもって……」

 

「え?」

 

「ハチが?」

 

「八幡くん?」

 

「八幡さん?」

 

 え?なんで俺を見てくるの?いや、あの……?こ、怖いぞお前ら!特に顔が……!

 

「理由を説明して!」

 

「……言わないといけないのか?」

 

「なに?言えない理由なの?」

 

 ちょっと?言葉にとげがあるんじゃないの?俺の気のせい?

 まぁ、いいや。別に隠すことじゃないし。

 

「戦車持ってるから」

 

「え?」

 

「いや、だから、戦車持ってるから」

 

「それが理由?」

 

「他にどんな理由があるんだよ……」

 

 逆に教えてほしいわ。

 

「いやだって、ハチがわざわざ勧誘するとか珍しいし……雪ノ下さんと楽しそうに話してるし……」

 

 お前もか、武部。なんで西住といい、武部といい、俺が楽しく雪ノ下と話しているみたいに誤解しているのか。

 

「あれ?ん?ねぇ、ハチ」

 

「なんだ?」

 

「ハチが雪ノ下さんたちを勧誘したんだよね?」

 

 唐突に武部のやつはそんなことを言ってくる。

 武部のやつはなにが言いたいんだ?

 

「由比ヶ浜さんは同じクラスだからわかるんだけど、雪ノ下さんとハチって知り合いだったの?」

 

「あぁ、それはな――」

 

「ヒッキーが奉仕部に入ってるからだよ?」

 

 ちょ、由比ヶ浜さん?なんであなたが代わりに答えてるの……。俺のセリフを取らないでもらえます?

 

「「「え?!奉仕部に!?」」」

 

「奉仕部って、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだけじゃないの!?」

 

「一応、ヒッキーも入ってる……よね?」

 

 確認をとるように、由比ヶ浜は俺を見てくる。

 

「……あぁ、そうだな」

 

 平塚先生に無理矢理入れられただけだけどね。

 

「……八幡くんが部活……?」

 

「は、八幡殿、な、なにがあったんですか!?」

 

「しかも、学校で美人の二人となんて……絶対なんかあるでしょ!」

 

 確かに、俺の状況からそう思うのもわからんこともないが。いやいや、ないから、女子が夢見る甘酸っぱいような関係とか断じてないから。

 

「ふふっ……、ようやく私の出番が来たようだな……」

 

 今まで沈黙というか、相手にされていなかった平塚先生がついに動くのか!?

 

「あ、あなたは……!?」

 

 そんな平塚先生に阪口が反応をする。

 前から思ったんだが、阪口よ、ちょっとノリがよすぎない?お前の反応が嬉しくて、平塚先生ちょっと泣いてしまっているんだが……。

 たぶん、奉仕部じゃ、あのノリに乗ってもらえないんだろうな。雪ノ下はそもそもそういことに乗るやつじゃないから逆に冷たい目で平塚先生を見るだろうし、由比ヶ浜は由比ヶ浜で、たぶんそういうのがわからないんだろうなぁ。

 一人寂しく奉仕部で滑ってる平塚先生が目に浮かぶ。

 ……今度、優しく接してあげよう。そうしよう。

 

「比企谷を奉仕部に入れたのはこの私だ」

 

「なんでハチを?」

 

「これを見ればわかるだろう」

 

 そういって、平塚先生はなにやら取り出している。

 

「なんですか?これ?」

 

「作文だ」

 

「作文?」

 

「前の授業で出したのを覚えているか?」

 

「えっと……、たしか、『学校生活を振り返って』でしたっけ?」

 

「そう、それだ」

 

「これが関係あるんですか?」

 

「読んでみたらわかるぞ?」

 

 ちょ、ちょっと平塚先生?もしかしなくても俺のやつですかねそれ。

 なんで持ち歩いてるの?そんなに気に入ったんですか?いや、違うか。

 そしてなぜか、全員に読まれてしまった……。

 俺のプライバシーってどこにいったんだろ?迷子届けを出したら戻ってきたりしないかな?……しないんだろうなぁ。

 

「あっはっはっ、さすが比企谷ちゃん!期待を裏切らないねー」

 

 笑ってるのあなただけですけどね。

 

「……ヒッキー、さすがにこれは……」

 

「なんというか……」

 

「うん、なんというかだよね……」

 

「でも…なんか」

 

「「「比企谷(先輩)らしい……」」」

 

 俺の感想文を読んでの感想がそれかよ。俺らしいってどういうこと? なんでお前ら、全員して納得してんの?

 



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彼に休日はないのかもしれない

『因果応報』、『情けは人の為ならず』。まぁ、両方とも言えることが、自分がやったことは自分に返ってくるってこと。

 情けは人の為ならずの方は勘違いしているやつが多いが、これは別に人に情けをかけるなではなく、因果応報と一緒で自分がやったことは自分に返ってくるという意味である。

 結論。つまり、俺がなにをいいたいのかと言うと……。

 あんな作文書くんじゃなかったと、今更ながら後悔しているわけなのである。

 いや、ね。書いてた時はテンションがおかしかったのだろう。自分でもなかなかに酷いものを書いた自覚はある。あるんだが……。いや、それでもこの結果になることは予想できないだろ。

 なんで戦車道のやつら全員に読まれているのか……。責任者は誰か!?……見せたのは平塚先生で、書いたのは私である。つまるところ俺が悪い。……どうしよもねーな、これ。

 

 ――八幡の黒歴史に、また新たな1ページ。

 

 とごぞのギャラクシー英雄伝説みたいなナレーションで言ってみたけどミジンコもかっこよくない。むしろより一層むなしさが込み上げてきただけだった……。

 あぁ、今日の空は青いなぁ…とか、現実逃避をしていたら、平塚先生がしゃべりだす。

 

「ではまず、君たちの練習を見させてもらおう。それから各々の改善点を私なりに考えてみるとしよう」

 

 まぁ、まともっちゃまともだな。いきなり実践あるのみよ!とか言い出さないあたりましである。今のところはだが。

 

「あの…平塚先生。私たちはどうしたら?」

 

 由比ヶ浜がおずおずと、平塚先生に質問をする。

 

「ん?あぁ、君たちか。君たちはまだ戦車がないからな。比企谷にどうにかしてもらえ。君たちを集めたのは彼だからな、責任をとってもらいたまえ」

 

 こっちにまるごと雪ノ下たちを投げつけてきやがったよ、あの先生。

 というか責任とか言わないでもらえます?そんな言葉聞きたくない。むしろそんな言葉は俺の辞書にはない。よって、俺は責任を果たさなくても―――。

 

「……いいな?比企谷」

 

 ギロリと、そんな言葉が似合いそうな目付きで平塚先生は俺を睨んでくる。

 あれ?なんで俺睨まれたの?もしかして心を読まれたんだろうか?いやしかし、そんな弾圧には俺は屈しない。毅然とした態度で断ってやる!

 

「二度目はないぞ」

 

「……はい」

 

 毅然とした態度ってなんだっけ?そんなの俺は知りませんね。……というか、なんで心が読めるんですか、平塚先生。俺とあなたのシンクロ率200%かなんかなんですか?サードインパクト始まっちゃうの?世界は終焉に向かうんですねわかります。そして気づけばお前が悪いと言われると。……あれはちょっと理不尽すぎると思いましたマル。

 

「じゃあ、西住ちゃん。いつものよろしく~」

 

「では、今から練習を始めます!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 会長に促され、西住の前より板についている号令とともに、他のやつらも動き始める。

 なんか俺がいない間に西住が成長している……。なんだろうか?この気持ちは?……あれか、我が子の成長を喜ぶ親の気持ちなのかもしれん。最初の頃の西住とは雲泥の差である。成長したなぁ、西住。

 

「……ヒッキー。なに変な顔してるの?」

 

「由比ヶ浜さん。それはデフォルトよ」

 

 おいこら、変な顔ってなんだよ!慈愛に満ちた顔をしてただろ!え?目が腐ってるからダメ?そこは勘弁してほしいわ……。あと、雪ノ下。そういうフォローはいらないから、悪意しか感じねーよ。

 

「比企谷くん。僕たちはどうしたらいいのかな?」

 

 そうか、戸塚がいるんだった。ちゃんとやらんと!

 

「とりあえずは――」

 

 戦車がなくて、ここでやることは1つだな。とりあえず、初心者が二人いるし、大雑把な動きを教えるとするか。

 ということで、例のごとく大活躍の戦車シミュレーションボード盤先生を頼るとしよう。こいつまじ便利だな。優秀すぎるわ。むしろ、俺なんかよりも仕事をしている気がしてきた。

 初心者の由比ヶ浜と戸塚をプレイヤーにして、俺はやり方を二人に教える。といっても、最初は流れとルールをさらっと教えただけだが。

 

「流れはわかったか?」

 

「僕はなんとなく理解できたと思うよ」

 

 戸塚は大丈夫そうだな。問題は……。頭にクエスチョンマークが踊りまくっている由比ヶ浜だな。

 

「雪ノ下」

 

「……なにかしら?」

 

「由比ヶ浜にやり方を教えてやってくれ」

 

「え?ヒッキーは?」

 

「俺は一旦、西住たちの練習を見てくるわ。その間に教えといてくれるか?」

 

「なぜ私なのかしら?」

 

「適当に選んだだけだ。気にするな」

 

 雪ノ下の訝しげな視線を他所に、俺は練習を見に行こうとしたら……。

 

「あれ?せんぱい。私はなにをしたらいいんですか?」

 

 そういや、一色がいたんだったな。すっかり忘れてた。……いや、覚えてた覚えてた。うん。忘れてなんていない。

 

「戸塚にアドバイスをしてやってくれ」

 

 ちょっと適当すぎたかしら?……別になんにも思いつかなかったわけじゃないよ?ホントダヨ?ハチマン、ウソツカナイ。

 

 

 ====

 

 

「平塚先生はどうだ?西住」

 

「あ、八幡くん」

 

 例のごとく、Ⅳ号から体を乗り出して練習をしている西住に話しかけ、俺に話しかけられた西住が指示をだしⅣ号が止まる。

 前から思っていたんだが、あれって危なくないか?西住が言うにはあぁやったほうが状況がよくわかるらしい。あと、滅多なことがない限り当たらないとも言っていた。

 

「平塚先生……すごいね」

 

「そんなにか?」

 

「どこの流派にも入ってなかったんだよね?」

 

「たしか、全部独学らしいぞ」

 

 蝶野さんに聞いた話では。

 

「……あれで全部独学、すごいね。……私もああいう風になりたいなぁ」

 

「え?平塚先生みたいにか?」

 

「うん」

 

 それはおすすめしませんよ西住さん、と心のなかで俺は思う。

 平塚先生も、西住同様に戦車から体を乗りだし全体に指示を出している。その姿はとても生き生きしていた。水を得た魚、もしくは白い悪魔にのったニュータイプ。

 いや、たしかに、戦車を動かしている平塚先生はかっこいい。かっこいいけど……。

 

「なんで戦車道やめちゃったんだろ?」

 

 西住、それは知らないほうがいい。あの人が戦車道を始めた目的が武部と一緒で男子にモテるためだから。

 

「……なんでだろうな」

 

 男子にモテなかったから!とか、口が裂けても西住にはいえないわ。

 しかし、あの人まじですごいな。平塚先生が今のっている戦車は会長たちの38(t)。まるでその38(t)は生涯の主でも見つけたと言わんばかりに動きが別格に違う。

 あの人教師にならないほうがよかったんじゃ…と思う反面、そうなっていたら俺は平塚先生に会うこともなかったんだろうなと思うとなんとも言えないな。

 

「そういえば、ハチ。結局、なんでみぽりんの家に呼ばれたの?」

 

「そうですよ、八幡殿」

 

「みほさんに聞いても、教えて貰えないものですから」

 

 西住と話していたら、他のやつらも戦車から顔を出してくる。

 冷泉のやつは顔を出すや否やもう寝てるんだが……。あれ、顔を出す意味あったか?

 いや、それより。

 

「西住、なんで隠してるんだ?」

 

 別に変なことはなにもなかったと思うんだが。あったといえば、イッツミーの着替えを覗いてしまったのと、まほさんを姉さん呼びしたこと。……あれ?よく考えると普通じゃないな、これ。

 

「……八幡くんが言っていいなら大丈夫だと思うよ?」

 

 なるほど。西住は俺が関係していたから言わないでいてくれていたのか。確かに、婿養子云々は俺とまほさんの問題でもあるしな。

 まあ、でも。西住も関係あるっちゃあるんだし、西住が言っても問題ない気もするんだが。

 そして武部たちが早く教えなさいよばりにこちらを見てくる。

 

「俺が呼ばれた理由は――」

 

「婿養子にならないかって言われたんだよね?」

 

 俺が話そうとしたら、突如として横槍が飛んできた。

 

 ………。

 ………。

 待て。今、この人どこから現れたんだ?冗談抜きで気配とかなんにも感じなかったんだが。俺の索敵スキルに反応しないとかこの人まじなにもんだよ……。

 

「で、合ってるよね?比企谷くん?」

 

 振り向くとこれはそこには、雪ノ下 雪乃の姉、雪ノ下 陽乃がそこにはいた。

 

「……なんでいるんですか」

 

「なんでとは酷いご挨拶だね。人がわざわざ家から戦車を持ってきたのにその言いぐさはないんじゃない?お姉さん、悲しいなー。よよよ」

 

 完全に西住たちが面食らっている。今この人に対応できるのが俺だけかよ。勘弁してくれ。

 

「うそ泣きはいいんで。雪ノ下ならここにはいませんよ、雪ノ下さん」

 

 雪ノ下に戦車を届けに来たのならそっちに行ってくれませんかね。正直、あなたとはあまりしゃべりたくない。いや、しゃべりたくないというよりも、しゃべってしまうとどうなるかわからないから怖いと言った方が正しいのかもしれない。

 

「いやー私、比企谷くんに何かしたっけかな?警戒され過ぎな気がするんだけどなー」

 

 あってすぐに人を異常者扱いしといてよく言うよ、この人。別にそのこと自体は間違ってないし、否定もしないが。

 

「妥当だと思いますよ?雪ノ下さんは、なんというか……怖いので」

 

 その強化外骨格並みの笑顔がなかったら、俺もここまで警戒しないんですけどね。

 西住の笑顔が純真無垢とするならば、雪ノ下さんの笑顔はまさしくその逆と言ってもいいだろう。――計算されている。それこそ、一色のあざとさなど軽く一捻りできるぐらいには。

 

「……怖い。へぇー、やっぱり君は面白いね、比企谷くん。ますます気に入っちゃった」

 

 雪ノ下さんは、たぶん普通のやつなら見惚れるであろう素敵な笑顔でそう言ってくる。けど、俺にはただただ恐ろしいだけだった。なんというか、蛇ににらまれた蛙とでも言うべきか。

 え?なんで今ので気に入られるの?おかしくない?俺が今発言したワードで気に入られる要素なんて皆無だっただろ?

 

「というか、婿養子云々をなんであなたが知ってるんですか……」

 

「それはいくら比企谷くんと私の関係でも言えないなー。企業秘密だよ」

 

「俺とあなたの関係なんて知り合い以外の何者でもないと思うんですが?」

 

「つれないこと言うねー。このこの~」

 

 脇腹つんつんするのやめてください。普通に恥ずかしいから。

 

「雪ノ下に用があるんじゃないんですか?」

 

「え?私一言もそんなこと言っていないよ?」

 

「じゃあ、なんで……」

 

「ねえ、知ってる?比企谷くん。雪乃ちゃんが私に頼ってきたの、初めてなんだよ?」

 

 ……いきなりなんの話だ?

 

「それはどういう……」

 

「雪乃ちゃんね。初めて負けたって言ってたな」

 

「はい?」

 

 ちょっと話が変わりすぎてついていけませんよ?雪ノ下さん。

 

「それがきっかけだったんだろうね」

 

「いや…あの…?話が見えないんですが」

 

 俺がそういうと、雪ノ下さんは、わからない?それならしょうがないねー、と言って行ってしまった。たぶん、雪ノ下のところにでも行ったのだろう。

 ……結局、何しに来たんだ?あの人。わからん。

 

「――っは!ハチ、今の人誰!?いやそれより、婿養子ってどういうこと!?」

 

 どうでもいいが、俺は今からこいつらをどうにかしてなだめないといけないのか……。みなさん?ちょっと殺気立ちすぎじゃないですかねぇ。なにがそんなに気に入らないの?

 

「どういうことってそのまんまの意味だよ」

 

「じゃ、じゃあ、八幡殿は西住殿と結婚してしまうんですか?」

 

「ん?ああ、違う違う。西住の方じゃない、まほさんの方な」

 

「……まほさん?」

 

「私のお姉ちゃん」

 

「みほさんの……?」

 

「というかなんで名前呼びしてるのよ!?」

 

 え?ツッコむとこそこ?もっとほかにあるんじゃない?

 

「なんで婿養子じゃなくてそっちをツッコむんだ……」

 

「そ、そっちもだけど!こっちも重要なの!」

 

「別に深い意味はねぇよ」

 

 俺がそういうと、全員ジト目で俺を見てくる。

 え?なに?

 

「へぇー、深い意味はない……ね」

 

 これが武部。

 

「普段名前呼びしない八幡殿がですか……?」

 

 これが秋山。

 

「理由は本当にないんですか?」

 

 そして五十鈴。

 

「強いていうなら呼び分けとしか」

 

「私は名前呼びしてくれないのに……」

 

 最後の西住にいたっては、なぜか不貞腐れている。珍しい、どうしたんだ?

 

「あのぉ……。それで結局、八幡殿は結婚してしまうんですか?」

 

「まだそれは決まってないな」

 

「まだ?それはどういう……」

 

「とりあえず、黒森峰にというか西住流に喧嘩売ってきたからな。もし決勝戦で負けたら婿養子が確定する」

 

「え?喧嘩!?ど、どういうことなの!?」

 

「いやだって、西住を勘当するとか言ってたからついでに?」

 

「なんでそんなコンビニ寄ってこうか?みたいなテンションで喧嘩売ってるのよ!」

 

「どのみち負けられないんだから別に構わんだろ」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「でも、なんか納得です」

 

「どういうことだ?秋山」

 

「いえ、西住殿の練習の時の力入りようがすごかったので、さっきの話を聞いてなるほどと思いまして」

 

「そんなにか?」

 

「ちょっと、一年生チームの方たちが怯える程度には……」

 

 どんだけ気合入ってるんだ、西住。ほどほどにしとかないと「麻雀って…楽しいよね?」みたいなことを笑顔で言ってくるどこぞの嶺上使いみたいに、魔王とか呼ばれちゃうよ?

 そりゃ、俺なんかにまほさんを渡したくないのもわかるけど。

 

「ほどほどにしとけよ?西住」

 

「うぅ……すみません」

 

「いや、謝らなくていいから。あんま無茶するなよ?」

 

「そういえば、八幡さん」

 

「どうした?五十鈴」

 

「今度の日曜日、空いてますか?」

 

 確か、その日は大会前の最後の休みって言ってたっけか、会長が。

 

「生憎、用事があってな」

 

「……家でゴロゴロするのが用事とか言わないでしょうね?」

 

「………」

 

「………」

 

 やだ、武部さん。なんでそんなにこっちを見てくるのかしら?あと、顔が恐いわ。

 

「生憎、用事が――」

 

「特になし、と。それで、華?」

 

 強行突破しようとしたが、ものの見事に阻止されてしまった。

 

「あ、はい。展示会があるので来てもらえませんか?」

 

 展示会?

 

「それって華道のか?」

 

「はい」

 

「なんで俺を?」

 

「母がその……八幡さんを連れてくるようにと」

 

 まじ?なんで俺を招集してるんだろうか?五十鈴の母ちゃんとはあまり会いたくないんだが。だってほら、あんなことがあったのに会うのとか気まずいじゃん?

 

「ハチは責任とらないと。たぶん今度の展示会で決まるんでしょ?家に戻れるかどうか」

 

 ああ、そういうことか。責任云々はどうでもいいが……。そうか、それだと行かないといかんのかもしれんな。

 

「……わかった。俺が煽った手前もあるしな、行けばいいんだろ?」

 

「ありがとうございます」

 

 ぺこりと、五十鈴は俺に頭を下げてくる。

 

「あの、八幡殿」

 

「……なんだ、秋山?今この流れじゃないといけないのか?」

 

「大変恐縮なのですけど、その日、うちに来てもらえますか?」

 

「……生憎、その日は用事が――」

 

「いやいや、もうそのネタはいいから……」

 

 ネタとか言わないでもらえます?実際に展示会に行くんだし間違ってはいないだろ、間違っては。

 

「それで?なんで俺は秋山ん家に行かないといけないんだ?」

 

 五十鈴と違ってなにも接点がないと思うのだが。

 

「……その、私が八幡殿を名前呼びしているのがバレてしまって……」

 

 ああ、うん。わかったわかった、そういうことね。

 

「秋山」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「すこぶる行きたくないです」

 

「な、なんで敬語なんですか!?そんなに行きたくないんですか!?」

 

 ばっ、お前。だってこれあれでしょ?うちの娘はお前にはやらん!とか言われるそういう流れなんでしょ?俺にはわかる。秋山の親父さん、前に俺が来てた時も勘違いしてたし、そのまんま放置しといたらいいんじゃね?めんどくさいし。

 

「そもそも俺が行ってどうするんだよ。余計に火に油を注ぐだけじゃないのか?」

 

「八幡殿に来てもらえないと私、戦車に乗れなくなってしまうんです」

 

「いや、なんでそうなる」

 

「父に、得体の知れんやつと戦車の中で一緒にいるのは許さん!と言われてしまい……」

 

 えー。

 

「そもそも俺と秋山は同じ戦車に乗ってないだろ……」

 

「うちの父、とても頑固で、それ以上話を聞いてくれないんですよ」

 

 確かに、あの髪型は頑固そうだ。え?関係ない?

 

「だから、誤解を解きにきてほしいと?」

 

「……はい。すいません」

 

 これも放置できない案件だな。秋山が戦車に乗れなくなるのはいかんし。なんか俺の休日が着々となくなっているんだが……。だ、大丈夫、これだけなら家でゴロゴロする時間くらい……。

 

「八幡」

 

 のそりと起きた冷泉が、俺に話しかける。

 

「なんだ?冷泉」

 

「おばぁが会いに来いって……」

 

 おい、これ以上の俺のスケジュールを乱すのは許さんぞ!

 

「一応聞くが、なんでだ?」

 

「前に病院に送ってくれただろ?おばぁがそのお礼を言いたいって……」

 

「ちなみに拒否権は?」

 

「私が放置しすぎて、おばぁがかんかんだから来てもらわないと困る」

 

 理由が酷くない?放置ってことは前から言われてたのかよ。前者の二人にくらべても俺が行く理由が見当たらないんだが。

 

「おばぁが恐いから来てもらわないと困る」

 

 今度は迫真の顔で言われてしまった。いや、怖いんならなんでそうなるまで放置してたし。

 

「ハチ、行ってあげたら?麻子のメンタルが乱れたら試合にも支障が出るかもだし」

 

「いや、こいつそんな繊細な心してないだろ……」

 

 俺から言わせてもらえれば図太さの塊といっても過言ではない。

 

「普段の麻子ならそうなんだけど。おばぁが絡むと、ね」

 

 サンダース戦のあとの冷泉を思い出す。確かに、いつもと違って感情が揺れ動きまくっていたな。

 でもなあ、なんて言ったらいいんだろうか?はっきり言って自業自得だろ、これ。いやまぁ、早めに言われていたからといって俺が行っていたかは定かではないけども。

 しかし、武部の言う通り、試合前の不安要素はできるだけ取り除いておきたいし。……はぁ、めんどくさい。

 

「……わかった」

 

 なんで試合前に保護者あわせた三者面談をしないといけなくなったのか……。ここで武部まで来たら、この前の西住とあわせてあんこうチームはコンプリートするんだが。

 というか冷泉のやつ、俺が答えたらもう寝てやがるし。あんにゃろ……。

 

「とりあえず、話はこれで終わりだな?俺は雪ノ下たちのところに戻るわ」

 








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とりあえず、彼はまかされてしまうのである

 決勝戦に向かうにあたって、選手の不安要素などは出来るだけ消しておきたい。

 俺が日曜日にも関わらず、こんなところに来たのだってそれが理由だ。俺が生け花の展示会とか似合わないにもほどがある。昔の俺がみたら笑いこけているだろう。

 俺が珍しく、日朝タイムより早くから起きてるもんだから、小町が不思議そうな顔をしていた。「どこか出かけるの?」と聞かれ、「生け花の展示会」と答えた時の小町の、え…お兄ちゃん、頭大丈夫?と言わんばかりの小町の表情を朝から拝んで、俺はここに来た。

 出かけるまで、何度もしつこく小町にねえねえどうしてなの?と聞かれ、俺は渋々「五十鈴のやつに呼ばれた」と言ったら、これまたなニヤニヤ顔で、小町はこっちを見てきた。確実になにか誤解している顔だった。

 ……だから言いたくなかったのだ。

 別にお呼ばれしているのは俺だけじゃないのだ。西住たちだって来るんだし、特段、小町が思うようなことは一切ない。むしろ、俺自身、なんで呼ばれたのかわかってない。五十鈴の母ちゃんはなにを考えているんだろうか?……わからん。

 わからんが、あの時に俺がビンタされたことでこうなったと言われれば、行くしかないのだった。俺はビンタされてすぐに部屋を出ていったから、五十鈴親子の間でどのような会話が行われたかは知らんが、武部の口ぶりじゃ、今回の展示会で勘当がどうなるか決まるらしい。

 つまるところ、五十鈴が言っていた自身の華道をどこまでより高められたかということなのだろう。

 五十鈴の母ちゃんが言っていた、戦車という野蛮なものに乗ってまで求めた結果を、五十鈴は示さないといけないわけだ。

 でも、プラウダ戦の時は観戦しに来てくれたのだから、そこはもう素直になっていいんじゃね?とも思うのだが、それはそれ、これはこれ、なのだろう。

 そんでもって、俺は西住たちとの指定時間より早めに展示会場に来ている。なぜなら……。

 

「すいません、八幡さん。こんな早くに来てもらって」

 

「……まぁ、三人で話し合いしたいっていわれたら、西住たちには聞かせられんしな」

 

 五十鈴から俺の携帯に連絡が入り、『当日、早めに来てもらえないでしょうか』というメールをもらったからだ。

 それにしても……。

 

「ふむ…」

 

 俺は五十鈴を見る。生け花の展示会にあわせてだろうが、五十鈴のやつは着物を着ている。普段は大洗の制服姿しか見たことがなかったからな。なんとなく見てしまった。

 

「あの…八幡さん……?」

 

「ん?あぁ、すまん。ちょっと着物姿が珍しかったもんで、不快な気持ちにさせたか?」

 

「い、いえ、そうではないのですけど……。その…似合ってるでしょうか?」

 

 なんでそんなことを聞いてくるのだろうか?五十鈴は何度も着物を着ているだろうに。

 こういう時はどうしたらいいのだろうか?俺の記憶の中を探ってみる。俺にそのような経験はないので、必然的に小町が時々言っている言葉を思い出す。

 

『―――女の子の服装は褒めてなんぼだよっ!お兄ちゃん!!似合ってなくても、似合ってるよ!と言ってあげましょう!!』

 

 いや、似合ってないのに似合ってるとか言ったらダメだろう、小町よ。

 我がマイシスターの助言はどこかネジの一本が外れているな気がしてならない。大丈夫だろうか?変な男とかに引っかかったりしないだろうか?心配だ。

 と、そんなことを考えていたらいつの間にか五十鈴の顔が下を向いていた。俺が答えを言わないもんだから、似合ってないと思われてしまったのかもしれない。

 

「あー…その、なんだ……。まぁ、悪くはないんじゃないか?」

 

「…っあ。あ、ありがとうございます」

 

 俺なりに褒めたつもりだったが、どうやら五十鈴には伝わったらしい。別に小町が言うようになんでもかんでも褒めたわけじゃないんだからねっ!

 というか、なんか少し変な空気になってしまった。さっきから互いにそれ以上の言葉を発していない。……気まずい、慣れないことはするもんじゃないな。

 

「華さん」

 

「あ、お母様…」

 

「あなたも来てくださったのね」

 

 俺は、何をしたらいいからわからなかったので空を見ていたら、五十鈴の母ちゃんが俺たちを見つけこっちに近寄ってくる。

 俺はとりあえず、ぺこりとお辞儀をする。

 

「あの…話があるって聞いたんですけど……」

 

「華さんの作品は見たかしら?」

 

「?いえ、まだ来たばかりなので」

 

「そう。では、見に行きましょうか」

 

 ということで、俺たちは五十鈴の作品が展示されている場所へと向かうのだった。

 

 

 ====

 

 

 五十鈴の作品は一目見てわかった。いや、俺に生け花の知識なんてないが、それを加味しなくても、五十鈴のやつのは異彩を放っている。他とは明らかに違うのだ。なにが?うん。戦車なのである。……いや、なに言ってるのとか言わないでもらいたい。本当に戦車なのである。花器が。

 また斬新なものを作ったものである。あれの花器とかはどうしたのだろうか?ナカジマさんたちに頼んで作ってもらったんだろうか?あの人たちなら余裕で作れそうだし。

 

「どうかしら?」

 

「なんて言ったらわからないですけど、いいんじゃないんですかね?なんというか、五十鈴らしさがでているというか……」

 

 俺に生け花や華道の知識なんてないし、こんな感想しか思いつかなかった。

 が、それでよかったのか。

 

「そう。素人目のあなたがそういうのなら間違いないのでしょう」

 

 五十鈴の母ちゃんはそんなことを言ってくる。

 

「なにがですか?」

 

「この子の活けた花はまとまってはいるけれど、個性と新しさに欠ける花でした……。こんなに大胆に、そして力強い作品ができたのは戦車道のお陰、なのかもしれませんね。それか、もしくは……」

 

 なんでこっちを見てくるのだろうか?なんか前にもこんなことがあったな。

 

「……俺は、なにもしてませんよ」

 

「いえ、あなたにはお礼……、お詫びを言わないといけないわ。もし、あの時のことがなかったら、真剣にこの子の話を聞けていたかわかりませんでした」

 

 それはどうだろうか?さっきの話を聞く限り、この人も五十鈴の華道に何かが足りないのはわかってたみたいだし、正味、俺がああしなくても結果は変わっていないような気もする。

 

「そんな謝らなくていいです。俺こそ、あの時煽ったんですから文句は言えませんよ」

 

「……そう。なら、この話は終わりね。……華さん」

 

「…はい、お母様」

 

「いつでも家に戻ってらっしゃい」

 

「…!はい……っ!」

 

 とりあえず、これで五十鈴のやつの問題は解決だな。俺が必要だったか定かではないが、五十鈴の肩の荷は下りただろう。これで気兼ねなく戦車に集中できるだろうし。

 親子水入らずだろうしな、俺は少しの間トイレにでも行きますか。

 

「すいません。トイレってどこですか?」

 

「あそこの突き当りを曲がったすぐにありますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 ====

 

 

「気を遣わせてしまったかしら?」

 

「八幡さんはああいう方です、お母様」

 

 彼はいつも周りを気遣っている。それこそ、自分を蔑ろにしてまでしようとする時があるから困ったものでもあるけど。

 

「それで?」

 

 それで?とは、どういう意味でしょうか?お母様の意図を計りかねる。

 

「えっと…なにがでしょう?」

 

「彼はいつ、五十鈴家に来るのかと聞いているのよ?」

 

 お母様は突如としてそんなことをいってくる。

 

「お、お母様!?私と八幡さんはまだそういう関係では…っ!」

 

「”まだ”ということは、いずれそういう関係になりたいと?」

 

「―――っ!」

 

 どうしようもなく、顔が赤くなっているのを自覚する。鼓動は早くなって、少し動悸が激しくなる。できることなら、遅く戻ってきてほしいと思ってしまう。あの人に、八幡さんに今の顔はあまりみられたくない。

 

「やっぱりそうなのね」

 

「あ、あの…その…」

 

 なにか言いたいのに、なにを言っていいかわからない。

 

「華さん。あなたには、そろそろお見合いをしてもらおうと思ってました。でも、それも必要はなさそうね」

 

 お見合い。言われればそういう話がきてもおかしくはない年ごろにはなっている。16歳。法律上では結婚できる年齢だ。

 でも、必要ないとは……?

 

「私もまだまだね。人は見た目ではない……。言ってる意味はわかりますね?」

 

 たぶん、八幡さんのことを言っているのでしょう。

 

「……はい」

 

「彼になら、あなたを任せることができるわ。だから、華さん。頑張りなさい」

 

 

 ====

 

 

「――だから、華さん。頑張りなさい」

 

 俺がトイレから戻ってくると、ちょうど話が終わったのか、そんな話声が聞こえてきた。

 どうやら、俺が心配するまでもなく親子関係は良好のようだ。なぜか、五十鈴のやつの顔が赤いのはよくわからんが。

 

「話、終わりましたか?」

 

「八幡さん!?」

 

「お、おう……。どうした?五十鈴」

 

「もしかして、さっきの話を聞いてましたか?」

 

 話?あぁ、あれか。

 

「すまん。戻ってきたら聞こえてしまったんだが…聞いたらダメだったか?」

 

「いえ…あの…それで?八幡さんはどう、思われてるんですか?」

 

「頑張ったらいいんじゃないか?」

 

「!」

 

「戦車道」

 

 俺がそういうと、見る見る五十鈴のやつが落ち込んでいく。え?頑張れってそういうことじゃないの?違ったのか?

 なぜか五十鈴の母ちゃんには、これは手強そうね、みたいな顔でこっちを見られた。どういうこっちゃ。説明してくれよ誰か。

 よくわからない五十鈴親子の反応を見ていたら、どうやら西住たちが来たようで。

 

「わぁー、素敵!」

 

「お花の香り~」

 

「いつも鉄と油の香りばかり嗅いでますからね、私たち」

 

「華さんのお花は……」

 

「あ…あれじゃないって、ハチ!なんで先に行ってるのよ!昨日、みんなで行こうって言ってたでしょ!」

 

「なんで女子と仲良く一緒に生け花の展示会に行かないといけないのか。普通に恥ずかしいから無理って言っただろうが」

 

 ボッチ舐めんなよ!俺のメンタルが、そこらへんのイケメン男子みたいにタフネスなわけがないだろ!

 

「ご、ごめん……って、なんで謝ってるんだろう、わたし?」

 

 お前が悪いからに決まってるだろう。

 

「は、八幡くん、落ち着いて。ね?」

 

「というか、八幡殿。戦車道に入ってるいる時点で女子と一緒どうのこうのって言うのはおかしくないですか?」

 

「それはそれ、これはこれだろ」

 

 少なくとも、一緒に行く理由はないはずだ。

 

「ハチなんてほっといて、華のお花をみよう!」

 

「沙織……今のは……」

 

「なにもかけてないから!ていうか、それを言うならさっきみぽりんも言ってたでしょ!」

 

「え?私?」

 

 女子は三人寄れば姦しいというが、これは些かにぎやかすぎるだろ。お前ら、もう少し静かにしろよ……。

 

 

 ====

 

 

 そんなこんなで五十鈴の展示会も見終わり、昼になったということで途中サイゼで昼食を済ませ。俺たちは大洗町にある冷泉の自宅へと向かっている。

 あと余談なのだが、五十鈴のやつがこれでもかってぐらいに昼飯を食っていた。あまりにも注文しすぎて、料理もってくる店員が若干顔が引きつっていたレベル。なんかあったのか?

 もちろん、俺は一人で食べてたよ?ひとつ離れた席で。

 というか……。

 

「なぜに俺は冷泉をおぶっているのか……」

 

「麻子がお昼ごはん食べたら寝ちゃったからねー」

 

 子供かっ!あ、いや。子供か。

 

「これ、冷泉が道案内しないといけないのに、いいのかよ……」

 

「まあ、私が麻子ん家知ってるから、問題ないと言えば問題はないんじゃない?」

 

 いや、だいぶ絵面に問題があると思うのは俺だけなのだろうか?できれば西住たちの数メートル後ろを歩きたかったのに……。これだと無理である。

 

「……ねえ、ハチ。華となんかあったの?」

 

 武部のやつがほかのやつに聞こえないようにぼそぼそっと言ってくる。

 

「なんかってなんだよ」

 

「いや、それは私に聞かれても困るんだけど……私たちが来る間になにかなかったの?」

 

 なにかって……。

 

「五十鈴のやつが着物着てたから褒めた……はっ!まさかそれか!?」

 

 あとからになって俺に褒められたのが嫌になったのかもしれん。

 

「いやいや、絶対に違うでしょ……」

 

 そうは言うがな、武部。俺は小学生のころを思い出す。あれはそう……。

 

 女子1「わたし、新しい服買ってもらったんだぁ!」

 女子2「えーホントだ。かわいいね!」

 俺「まぁ、似合ってるんじゃね?」

 女子1「え…うん」

 女子2「あ、ありがと?」

 

 この時の俺はシャイだったのだ。こういうだけで精一杯。

 そしてそのあと。

 

 女子2「あれ、なんだったの?女子1ちゃんの友達?」

 女子1「え、知らない。どうしようこの服…」

 女子2「もう着ない方がいいよ」

 

 という会話をたまたま聞いてしまったのだ。あれは男子トイレで一人泣くしかなかった。

 

「……それ、あきらかにハチが悪いんじゃない?その子とは仲良くなかったんでしょ?」

 

 いやまぁ、その女子もどうかと思うけど、という武部。

 

「朝にあいさつされる程度だったな」

 

「なんでそれで服を褒めたし……」

 

「あいさつされてるだけで好かれていると思ってたんだよ。勘違いしやすいお年頃だったんだよ」

 

 言わせんな。恥ずかしい。

 まじ、あの時の俺ちょろすぎな。そのせいでいろいろとあったのは言わずもがな。

 

「でもさ、その子たちと華が一緒だと思う?」

 

「……思わんな」

 

 よくよく考えれば五十鈴はそんなやつじゃなかった。なら、なんでちょっと俺は避けられているんだろうか?

 

「とりあえず……って言ってたら麻子ん家着いたね。ハチ、麻子起こして」

 

「おい、起きろ。冷泉」

 

「ん…あと、五分」

 

「それ、伸びるやつだから却下」

 

「麻子。おばぁに怒られてもいいの?」

 

「おばぁっ!」

 

 ちょっと?俺の背中でびっくりしないでもらえます?俺もつられてビクッとなったじゃねぇか。

 そして冷泉を背中から降ろすと。

 

「……八幡。一人で行ってくれ」

 

「ふざけんな。怒られるのが恐いからって逃げようとしてんじゃねぇぞ」

 

「ぬぐぐ…」

 

 うなっても一緒だから。

 

「じゃあ、私たち、外で待ってるから」

 

 ということで、俺と冷泉は、通称おばぁと呼ばれる冷泉のばあちゃんがいるであろう家の玄関の扉を開けるのだった。

 

「おばぁ。連れてきた……」

 

「やっとかい。いつまで待たせて――」

 

 呼び方がわからないのでおばぁと呼ぶが。おばぁは俺を見るや否や動きが止まった。え?俺、なんかしたっけ?

 

「……俊彦?」

 

 俊彦?誰だそれ?

 

「おばぁ。違う」

 

「あ、あぁ、すまなかったね。気にしないでおくれ。……それで?あんたがこの前この子を病院に送ってくれたんだって?まったく。余計なことをしてくれたもんだよ。おかげでこの子が何日も病院にいるっていって聞きやしなかったんだから」

 

「お、おばぁ!」

 

 ツンデレとはまさしくこの人のことを言うのだろう。言葉だとわかにくいが、表情が微妙に嬉しそうに変化している。冷泉も冷泉だが、おばぁもおばぁで互いに大事に思っているのだろう。

 というか、ばあちゃんのツンデレをみせられるこっちの身にもなってほしいんだが……。

 

「……あんたは戦車に乗ってるのかい?」

 

「え?あ……はい」

 

「そうかい。この子のことを頼んだよ。昔から愛想が悪いからね」

 

「気持ち悪くないんですか?」

 

「あんたが戦車に乗ってることがかい?あんたの面構えなら、私がなに言ってもかわらんだろう?そういう目をしている。……本当に、そっくりだよ」

 

「え?」

 

 最後の方がよく聞こえなかった。

 

「この子と話があるから、先に外で待ってやってくれるかい?」

 

 

 ====

 

 

「麻子。あんたは私をびっくりさせて殺すつもりだったのかい?」

 

「そんなつもりじゃなかった……」

 

「あんたが頑なに連れてこようとしなかった理由がわかったよ。そういうことだったんだね」

 

 そういうおばぁは懐かしむような、悲しいような顔をしている。

 

「八幡は八幡」

 

「わかってるよ。でも、麻子……」

 

「なに?おばぁ?」

 

「父親似はやめときな。ろくなことにはならないよ」

 

「!……別に、そういうのじゃない……」

 

「本当かい?なにかにかこつけて頭とか撫でたりさせてないだろうね……」

 

「…………してない」

 

「嘘をつくならわからないようにつきな!…ったく」

 

 

 ====

 

 

「おばぁとの話し終わった……」

 

 そう言って冷泉のやつが家から出てくる。

 

「決勝戦見に来るって……」

 

 冷泉のやつはほんの少し嬉しそうにそう言ってくる。

 

「あと、おはぎ。みんなによろしくって言ってた」

 

 これで冷泉も終わり。……あとは、学園艦に戻って秋山のやつか。正味、これが一番めんどくさそうなんだよなぁ。

 

「よ~し。じゃ、学園艦に戻ろっか!」

 

 武部の掛け声と共に、俺たちは学園艦に戻るのだった。

 







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噂をすればなんとやら、島田流のちに元島田流

 大洗の学園艦に戻ってきて、西住たちと別れ、俺と秋山は目的の場所へと向かう。

 戦車道全国大会決勝直前の日曜日の最後のミッション。秋山の親父さんの誤解を解く!

 ……やべー。状況確認のために自分で状況整理してたのにもうすでに帰りたくなってきた……。

 あの、散髪屋でよく見かける赤、青、白のトリコロールが光っている。今はなんだろうか?俺に帰れと言っている気がする。帰っていい?ダメ?気のせい?そうですか……。

 

「……秋山。帰っていいか?」

 

 ほんの少しの希望にかけて、俺は秋山に確認を取る。

 

「ここまで来て何を言ってるんですか!私が戦車に乗れなくなるかもしれないんですよ、八幡殿!」

 

 そもそも、それがおかしいのだ。娘大好き人間が娘が大好きなものを取り上げたりするだろうか?……いや、しない。というとことはつまり……十中八九罠である。

 でも結局、俺に選択肢はない。罠とわかっていても、秋山が乗れなくなる可能性があると言われるなら行くしかないのであった、マル。

 秋山理髪店。文字通り、秋山の親父さんとお袋さんが経営している。

 秋山は、学園艦に住んでいる生徒では珍しく学園艦に自宅がある。基本的に学園艦にいる生徒は学生寮だ。だから、俺や秋山のように自宅が学園艦にあるやつは少数派なのである。

 まあ、俺の場合。馬鹿な親父が、小町がこの学園艦に行くからといってわざわざ千葉にあった自宅をこっちに持って来たのだから、またいろんな意味でぶっ飛んでいると言える。

 

「あー……わかってるわかってる。言ってみただけだ」

 

「……前から思ってたんですけど。八幡殿、ちょっと私に意地悪じゃないですか?」

 

「そうか?」

 

「そうですよ!……私のこと、嫌いなんですか?」

 

 やだ、秋山さん。今、そのセリフを自分の自宅前で言うのはやめてもらってよろしいでしょうか?こんなところをお前の親父さんに見られたらなんて言われるか。それこそ誤解がマッハで進んでしまう。というか、ご近所さんに誤解されるぞ、まじで。

 さて、秋山が俺に聞いてきたことだが、なんというか……扱いが難しい。

 秋山は、西住とは違った意味で純粋なのだ。戦車が好きで好きでたまらない。戦車道ではなく戦車が。

 別にそれをどうのこうのいうつもりはないんだが、秋山のやつは俺のことを過大評価しすぎな気がするのだ。

 だから、その……純粋に尊敬の念を向けられると、どういう対応をしていいのかわからなくなる。俺が今まで生きて、そういった感情にほとんど無縁だったからな。

 

「嫌いだったらわざわざこんな面倒ごとには付き合わん」

 

「え?あ、そうですよね……。変なこと聞いてすいません……」

 

 自分で聞いといて顔赤らめるのやめてもらっていい?なんか言った俺も恥ずかしくなるじゃねーか。

 

「と、とりあえず、中に入りましょう!」

 

 秋山は誤魔化すように、秋山理髪店の扉を開ける。

 

「あら、優花里。おかえりなさい」

 

「あ、お母さん。あれ?お父さんは?」

 

 俺を呼びつけた張本人が見当たらない。どういうことだ?

 

「ああ、お父さん?優花里が男の子連れてくるって言うから、張り切りすぎてぎっくり腰になっちゃってね。今、部屋で寝てるのよ……」

 

 なんと、秋山の親父さんはぎっくり腰とな。……そうか、それなら仕方がない。

 

「――八幡殿?」

 

 ガシッと、秋山のやつに肩を掴まれる。

 秋山、過度な男子へのボディタッチは誤解を招くぞ?

 

「なんで帰ろうとしてるんですか?」

 

「愚問だな、秋山。帰るために決まってるだろ?」

 

「いえ、薄々そうなんじゃないかと思いましたけど……」

 

 なら、離してくれない?

 

「せっかく来ていただいたのに、そのまま帰すわけにはいきません!」

 

 いや、帰しくれちゃっていいから。なんでこの子は変に俺をひき止めようとしてんの?

 

「いえ、お気遣いなく」

 

「それって普通こっちのセリフだと思うのですが……」

 

「秋山の親父さんはぎっくり腰で動けないんだろ?なら、俺がいる意味はない」

 

 完璧、完璧なロジックだ。そう、俺が今ここにいる理由がないのだ。このままこの後もなにかと用事をつけてここには来ないようにしよう。

 なんせ相手の都合でこちらが帰るのだ。それ以降は相手はこちらを無理には誘えない。

 今日1番めんどさいミッションになると思ったが何事もなく終わったな。

 

 

 ====

 

 

「八幡殿、ここの相手の動きはどういう意図が?」

 

「ああ、そこは――」

 

 終わるはずだったんだがなぁ。秋山のやつに「戦車について熱く語り合いましょう!」と言われてしまったのだ。もう、それは必死に。

 秋山曰く、友達とこういうことを一回でもいいからやってみたかったんだと。

 

 ――そもそも、俺と秋山って友達だったっけ?

 

 確かに、秋山のディープさについていけるやつは大洗の戦車道にいないからなぁ。

 だから今、秋山のやつが録画していた過去の戦車道全国大会の試合を見て、この作戦はああだとか、ここはこういう感じじゃないかとか、二人して意見を言い合っていた。

 後は、そうだな……。歴史上にあった作戦や、俺が知らないような珍しい戦車なんかの話を秋山はしてくれた。

 そして気がつけば、いつの間にか自分が思っていた以上に時間が経っており、何気なく外を見たら外が暗くなっていた。

 

「あ、もうこんな時間なんですね」

 

 俺につられて、秋山も外を見て、そんなことを言う。互いに気づいてなかったらしい。

 

「……そうだな」

 

 あれだな、うん。秋山と戦車のことについて話し合うのはわりと楽しかった。小町とか戦車道やってるくせにこの手の話には全くもって興味を示さないからな。かといって、男子は男子で戦車の話についていけるやつなんてそれこそいないし……。

 

「ありがとごさいました、八幡殿。私のわがままに付き合ってもらって」

 

「いや、俺もこういう話をがっつりする機会もなかったしな。別に構わんぞ」

 

 楽しかったとは言わない。……ほら、だって、なんか自分だけ楽しいとか思ってたら恥ずかしいじゃん?

 と思ったのだが、どうやら秋山も楽しかったのか……。

 

「えっとぉ……そのぉ……。また良かったら、こういうことしませんか?」

 

 そんなことを言ってくる。

 というか、もじもじしながらそういうこと言うのやめてくださいお願いします。勘違いしちゃうだろ、秋山。

 

「……気が向いたらな」

 

「ホントですか!?ありがとうございます!!」

 

 本当に嬉しそうに笑うよ、秋山のやつ。

 

「なぁ、秋山」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「前から思ってたんだが、ここまで戦車や戦車道に詳しいなら、なんで小町のこと知らなかったんだ?」

 

 いろんな人から話を聞く限り、小町はそれなりに有名らしいし、なんで秋山のやつが知らないのか疑問に思っていた。

 

「ああ、それはですね。戦車道が盛んなのが基本的に高校生以上からだったので、中学生にはノータッチだったんですよ……」

 

 お恥ずかしながら、といいながら秋山は頭をかく。

 

「そういやそうだな。中学で実力があるやつならそれこそ飛び級するからな」

 

 愛里寿みたいに大学にまで飛び級するやつはそうそういないが、わりと戦車道で飛び級するという話はある。

 

「あっ、飛び級で思い出したのですが……愛里寿殿のことで八幡殿に1つお聞きしたいことが」

 

「なんだ?」

 

「いえ、本当かどうかもわからないような噂なのですけど、島田流にはもう一人の後継者がいたとかいなかったとか……。これってどうなんですかね?」

 

「………」

 

「八幡殿?」

 

「それで?噂ってのはどんなのだ?」

 

「え?あ、はい、……えっとですね。島田流にはもう一人後継者がいて、既にその方は亡くなっているっていう噂ですね。その死因は様々で、島田流を継ぐことに嫌気が指し自殺とか、交通事故に遭って死亡とか、他にもいろいろある感じです」

 

 そんな噂が流れてんのね。

 

「全部デマだな」

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう」

 

「じゃあ、もう一人の後継者はいなかったんですね」

 

 秋山から聞いた噂のほとんどがデマである。……だって死んでないし、本人。うん。絶賛生きてるからな。

 まぁ、そのことをわざわざ秋山に言う必要はないだろう。島田流にとって、わりとデリケートな話でもあるし、勘違いしてるならそのままにしておこう。

 

「じゃあ、秋山。時間が時間だし、そろそろ帰るわ」

 

「はい。じゃあ、また今度」

 

 

 ====

 

 

 帰る間際、結局、秋山の親父さんの誤解はどうしようか?となったのだが、俺たちの話を聞いていた秋山のお袋さんが「私に任せておいて、お父さんを説得しとくから」とサムズアップで請け負ってくれた。

 なんかどことなく不安要素があるのは俺の気のせいか?誤解を解いてくれるんだよな?最後にウィンクをされたのが余計に俺の不安を煽っている。……秋山のお袋さんを信じるしかないか。

 そんなことを考えながら我が家に無事帰宅。今日のミッションは全部終わったし、あとは家でゴロゴロするだけだな。

 

「小町、今日の飯は?」

 

 そんなことを言いながら、リビングのドアを開けるとそこには……。

 

「八幡、おかえり」

 

 は?愛里寿?

 

「お久しぶり、八幡くん」

 

 ボコの人形を大事そうに抱きしめている愛里寿――そして、島田流現当主、島田 千代がそこにはいた。

 

「あれ?今日なんかありましたか?全然覚えがないんですけど……」

 

 本当になんでこの人がここにいるんだろうか?千代さんが、わざわざ我が家に来るんなていつぶりだろうか?だいぶ前って言うか、この学園艦に引っ越しした時に来たような?

 

「うーん、そうね。ちょっとこっちが想定してた以上に状況が変わりだしたって言ったらわかる?」

 

「いえ、全然……」

 

「本当にわからない?」

 

 え?俺になんか関係あるのか?

 

「八幡くん。あなたは自分が思っている以上に有名になっているわ。いい意味でも、悪い意味でもね」

 

「はぁ……。それとこれとなんの関係が?」

 

「本当はあなたが高校を卒業するまで待つつもりだったのだけど……。まさか、大洗で戦車道を初めて、尚且つ決勝まで進んでしまうなんてね」

 

 困ったわー、と千代さんは頬に片手をあてながら言ってくる。

 

「八幡なら、当然」

 

 なにが当然なの?愛里寿さん?千代さんもなんでか、そうなのよねー、とか言ってるし。

 というか、待つって何のことだ?なんで俺が決勝に行ったのが困るんだろうか?

 

「それと、これが一番大切なんだけど……。西住流の婿養子になるって聞いたのだけど?」

 

「ナンノコトデスカネ?」

 

 ちょっとなんでこんなに情報漏れてんの?おかしくない?

 

「あら、おかしいわね。小町ちゃんから聞いたのだけど……」

 

 あかん、身内に情報スパイがいるんだけど……これは誤魔化しても一緒か。

 

「まだ婿養子になることは確定してませんよ」

 

「まだ……ね。どういう条件で決まるかはわからないけど、八幡くん」

 

「なんですか?」

 

「もし決勝戦で負けたら、愛里寿がいる大学に来てもらうわ」

 

「いやいや、なに言ってるんですか?話が急すぎませんか?」

 

 話の進むスピードがおかしくない?脳細胞がトップギアなんですか?ターイヤチェーンジ!とか言っちゃうんですか?

 

「さっきも言ったけど、本当はあなたが高校を卒業をするまで待つつもりだったのよ?けど、あっちが動き出したならこっちも黙ってられないでしょ?」

 

 でしょ?って、俺にはなにがなんだかなんですけど?あっちってどっち?一体、千代さんはなにと戦ってるんだ?

 

「八幡……来て?」

 

 愛里寿さんや、小首傾げて言われても俺は行かないよ?

 

「千代さん。俺に拒否権は?」

 

「残念だけど、ないと思ってくれるかしら」

 

 ないのかよ……。そこはあってほしかったです。

 

「負けたら、ですよね?」

 

「……ええ」

 

「……わかりました」

 

「えらくあっさり了承するのね」

 

「もともと負ける気なんてさらさらないですし」

 

 さらにもっというと、負けたら廃校だし、西住が勘当されちゃうし、俺の西住流の婿養子が確定するしな。あれ?ちょっと待って、これって大洗が負けたら限りなくカオスになる未来が視えるんだけど?しかも愛里寿がいる大学に行かないといけなくなるなら、さらにカオス度が上がるわけで……。

 負けるつもりはない。……ないが、笹食ってる場合じゃねー、レベルでやばいんじゃないか?これ。

 ま、負けなければいいんだろ?フラグ立てんな?大丈夫、生まれてこのかたフラグなんて立ったためしがないし、年齢=彼女いない歴の俺なら敵はいない!……なんか自分で言ってて悲しくなってきた……。

 俺は、そっと心の中の涙を拭く。

 

「……とりあえず、話はそれだけですか?」

 

「あとは……そうね」

 

 これ以上の厄介ごとは勘弁して欲しいんですけど……。

 

「――晩御飯、作ってくれるかしら?」

 

 

 ====

 

 

「なんで俺が……」

 

 思わず、そう呟かずにはいられなかった。

 

 ―――晩御飯、作ってくれるかしら?

 

 千代さんの言葉を思い出す。いきなり二人分の追加と聞いてねぇ。しかも、小町は小町で晩飯作ってなかったし。――結果、家にある食材では晩飯には足りず。俺が買い物に行くことになり、絶賛スーパーから食材を買ってきた帰りである。

 ゴロゴロできると思った矢先これである。二度あることは三度ある。ふと、そんなことを思ってしまった。

 勘弁してくれ。これ以上は俺のキャパを超えますことよ?

 

 ―――だが、無常かな。世界は俺に嫌がらせをするのが好きらしい。

 

「も~、ミカ!全然話が違うじゃない!なにが大洗に行けば素敵な出会いがあるさ、よ!どこにも戦車なかったじゃない!」

 

「私は、一言も戦車があるとは言ってないよ?」

 

「え?でも、素敵な出会いって戦車じゃなきゃなんなんだ?」

 

「出会いなんてのは、そう簡単には見つからないものさ」

 

「……じゃあ、私たちは何のためにわざわざこんなことろに来てるのよ!」

 

「意味なんて、求めるものじゃないよ?自ずとわかるものさ」

 

「……さっきからああ言えばこう言う!本当にミカは捻くれているんだから!」

 

「私は、捻くれてなんてないよ。みんなと視点が違うだけ、ものの見方が違うだけだよ」

 

「それより、今日のご飯、どうするの?」

 

「そうだぞ、お腹空いたー」

 

「お腹は空いてあたりまえさ」

 

「ミカ、本気でどうするか考えないと、私たち無一文だよ?」

 

「どうにかなるさ」

 

「どうにかなるなら、こんなことにはなってないでしょうが!ミカが、いつの間にか買い食いばっかりしてるから!」

 

「怒ると、余計お腹が減るよ?」

 

「……ミカ。少し黙ってて」

 

 よくわからない制服を着た女子三人組がわいわいと話し合っているのが聞こえた。どう見ても、大洗にある学校の制服には見えない。どっかから来たのか?

 ……そしてなんだろう。ものすごく聞き覚えがある声がするんだが……たぶん、気のせいだろう。俺にあんな制服の知り合いはいないし。

 はよ帰らんと、千代さんたちにどやされる。空腹の子供ほど恐ろしいものはいない。いや、一人、子供とか言えない年齢の人がいるけども。

 そうして、俺が走って帰ろうとしたその瞬間。

 

「ふむ。少し風がさわがしいとは思わないかい?」

 

 ――てっきり、話の続きをしているのだと思った。でも、違ったのだ。俺は、再会する。

 

「――君も、そう思うだろ?八幡?」

 

 噂をすればなんとやら、本当になんでこうなるのか……俺の日曜はまだ忙しくなるらしい。休日ってなんだっけ?休日と書いて、きゅうじつしゅっきんって呼ぶのかな?

 

 ―――元島田流の後継者だったあいつに。

 



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ある意味で、似ているとはいえば似ているのだろう

「――君も、そう思うだろ?八幡」

 

 スーパーから晩飯の材料を買って帰り、俺はチューリップハットを被った女子に話しかけられた。

 

「は?」

 

 話の脈絡があまりにもなさすぎて、つい俺はそんな返事をかましてしまう。

 さっきまでわいわいとしゃべっていたのに、なぜ突如として俺の名前が出てくるのか……。いかんいかん。こういう輩には変に反応をしてはいけない。反応をしてしまうと相手は調子に乗ってしまう。ついでに主導権を握られてしまう可能性がある。……まぁ、こいつのことはよく知らんがな。

 というか、俺が話を軽く盗み聞きしている前提で俺に話しかけてくるあたり、俺のことを知っているのか、こいつ。

 チューリップハットで顔がよく見えないが、俺にこんな格好の知り合いには覚えがない。――ないはずだ。

 

「え?どうしたのミカ。知り合い?」

 

「話の途中でいきなり話しかけるもんだから、何事かと思ったぞ」

 

 俺に話しかけてきたチューリップハットのツレもそいつの行動に訝しんでいる。

 どうやら、他の二人は俺のことを知らないようだ。なら……。

 

「……誰かと、間違えてるんじゃないですか?」

 

 人違い、その一言に尽きる。名指しされておいて人違いとかなにいってんだとか言われそうだが。

 

「人違いじゃないよ。それに……君を見間違えたりはしないさ」

 

 まるで、昔からの知り合いのように話しかけてくるそいつに、俺はまったく見覚えがなかった。――いや……ない?そういうには………。

 さっきから妙に頭の隅っこで記憶が思い出しそうで思い出せないというジレンマに駆られている。

 

「どうやら混乱してるようだね。――ん?あぁ、あれかな?私がこれを被っているからわからないのかな?」

 

 そんなことをいいながら、そいつはチューリップハットを脱ぎ……そして――、

 

「久しぶりだね、八幡」

 

 千代さんと愛里寿を足して2で割ったら、たぶんこんな感じになるのだろう。もしくは愛里寿がいい感じに成長したらこんな感じに……そう思えるほどにそいつは似ている。……似ている?当たり前だ。だってこいつは……。

 

 ―――愛里寿の姉であり、元島田流の後継者だったのだから。

 

「………久しぶりなんてレベルじゃないだろ。あれから5年以上経つんだぞ?」

 

 俺がわからなかったのも当たり前だ。あの時のあいつはこんな感じではなかった。断言できる。いろいろと変わりすぎだろ。いや、ホントに。顔を見てようやくわかったぐらいだぞ。

 

「時間はそこまで問題じゃないさ。肝心なのは互いが認識できるか。それには関していえば君はわかりやすかったよ」

 

 その理論はおかしい。現に俺の方は認識できてなかったんだが?というか、五年もあれば小学生から高校生になるれるぞ。つまり、それは……。

 

「……変わってないって……そう、言いたいのか?」

 

 あいつが島田家からいなくなってから俺は変わってないらしい。そういうことになるんだろ。

 

「一目見て君だとわかったよ。君の目は昔から……最初に会ったあの時から変わってないようだね」

 

 あぁ、なるほど。そういうことか。

 文字通り、人の目を見て俺だとわかったのね。

 

「こんな腐った目をしていたらそりゃわかるか……」

 

 小学生の頃には、小町から目が腐ってるって言われてたからな。ついでに捻くれているとも。

 

「腐ってる?――いいや違うさ。君の目はひたすらになにかを求めている目だよ、八幡。今も、昔もね」

 

 なにをどうみたらそう見えるのか、そいつはそんなことを言ってくる。

 ……眼科に行くことをお勧めするぞ。わりと冗談抜きに。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、ミカ!どういうことか私たちに説明してよ!まったくもって状況がわからないんだけど!?」

 

 さすがに外野においてけぼりにされているとわかったのか、講義の声が上がる。

 

「親しい仲にも礼儀あり。ましてや男女の関係を根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんさ」

 

「男と女!?」

 

「……おい。誤解を生むような発言はやめろ」

 

 その言い方だと昔、お前と俺になにかあったみたいに聞こえるだろうが。お前のツレが、俺とお前を見て顔を赤くしてるんだが?あれ完璧に誤解してるだろ……。

 

「正解も誤解もあるのかな?どうやったって人は人を誤解するものさ。完璧な相互理解なんて不可能だよ」

 

 ……まぁわかる。どうやっても人に伝わらないことはある。人は自分のことさえ完全に把握できないのに、ましてや他人を完璧に理解するなんてできない。

 ……でもさ。それは別に今言わなくてもよくね?それに誤解を生むようなことを言ったのはお前だからな。

 

「それより、なんでお前はここにいるんだよ」

 

 正味、誤解を解くのも優先だがこっちもこっちで俺にとっては重要である。

 

「私がここにいる理由なんて意味はないよ。まぁ、それでも意味を求めるのなら……うちの学園艦は貧乏なのさ。パンツァージャケットが買えないほどにね」

 

「は?」

 

「だから時折こうやって学園艦を転々としてるんだよ。わかるだろ?」

 

 ……、ああそういえば、こいつはこんな感じだった。だいぶ思い出してきた。昔からようわからんこと言ってて捉えどころがなかった。小学生のくせに妙に達観していたし、まわりに何か言われるたびに否定的な意見を言っていた。

 捻くれていると言えば捻くれている。――けど、俺と違って皮肉屋や根暗とういわけでもなく、不思議な雰囲気を持つやつだった。

 

「……つまり、戦車を探してるってことか?生憎、ここの学園艦にある戦車は俺たちがほとんど探してるからないと思うぞ?」

 

「え~そうなの?ガックシ……」

 

 どんだけ戦車が欲しかったのだろうか。肩の落ち具合がヤバイ。

 

「まぁまぁ、アキ。この前プラウダが快くKV-1貸してくれたじゃん!」

 

 は?今なんていった?

 

「……プラウダって、あのプラウダか?」

 

 他にどんなプラウダがいるかと聞かれても困るが、あの小さな暴君がそう易々と戦車を渡すだろうか?――いや、ないな。うん。断言できる。

 

「え?うん。そうだけど」

 

「そうなんだよね?ミカ」

 

「あぁそうだよ。快く譲ってくれたのさ」

 

「お前……もしかして……」

 

「八幡。むやみに人を疑うものじゃないよ」

 

 いや、俺はまだ何も言ってないんだが?こいつ絶対に確信犯だな。

 なんでこいつは昔から妙に手癖が悪いのか……。まぁ、本人が言うには”快く譲った”とか言ってるがどう考えても嘘くさいんだが。

 いや、今はそんなことより。

 

「なぁ、お前。その名前は……?」

 

 なんでこいつはさっきから”ミカ”なんて呼ばれているんだ?俺が覚え間違いをしていない限り、ミカなんて名前じゃないはずだが……。

 

「今は継続高校の隊長をやっていてね。みんなからはミカって呼ばれてる」

 

 俺の質問にそう答えるってことはつまり、詮索をされたくないってことか。これ以上は突っ込んでもしょうがないのだろう。

 

「……はぁ。わかった。これ以上は聞かん」

 

 聞いても、のらりくらりと柳の木のようにはぐらかすだろうこいつは。

 

「君は理解が早くて助かるよ。……それと、久しぶりに会えてよかった」

 

「……まぁ、元気にしてるならなによりだ。じゃあな。今度いつ会うかは知らんが」

 

「そうだね。また(・・)会おう。」

 

 

 ====

 

 

「たでーま」

 

「あ、お兄ちゃん。おかえり~」

 

「あれ?千代さんたちは?」

 

 俺がスーパーから帰ってくると、リビングには小町しかいないかった。

 

「うん?あぁ、なんか急用ができたって帰っちゃった。お兄ちゃんにまた今度、晩御飯よろしく言っといてって言われたよ~」

 

「げ……まじかよ。この材料どうするんだ?二人じゃ食いきれないだろ……。それと、また来る気なのあの人?」

 

 ちょっと勘弁してほしい、と思わなくもない。なんか次に千代さんがこの家に来たときは俺の年貢の納め時な感じがするのは気のせいか。……気のせいだと思っておこう。勝てばいいのである勝てば。

 しかし、帰るなら帰るで途中で連絡入れてくれればいいものを。まぁ、材料費はあっちが出してくれてたし、こっちに出費がないのはいいんだが……。

 

「材料余るって……、お兄ちゃん。何作る気だったの?」

 

 なにやら、ポチポチとスマホを弄っていた小町がそんなことを聞いてくる。

 

「カレー」

 

「ほうほう、カレー。なるほどなるほど」

 

 なんで今、こりゃちょうどいいみたいな顔したんだ、小町のやつ。

 

「ちなみにどれくらいで出来そう?」

 

「早けりゃ一時間ぐらい……ってなんでそんなこと聞くんだ?」

 

 いつもはそんなこと気にするような繊細さは皆無のはずだが……。

 

「……お兄ちゃん。今、小町のこと馬鹿にしたでしょ」

 

「ばっお前小町。俺は常に小町のことしか考えてないぞ。なんなら小町以外のことは考えたくないまである」

 

 いや、よくよく考えると、小町の次に戦車のことを考えないといかんな。というか決勝戦のことを考えないといけない。わりとガチに。

 さっきの俺の発言で、いつもの小町ならなんなく騙せると思ったのだが……。

 

「お兄ちゃんっ!って騙されるわけないでしょ!!」

 

 ……ダメか。チッ。

 

「お兄ちゃん?」

 

 怖いわぁ、小町ちゃん。女の子がそんな顔したらいかんと思うぞ、うん。時間があれば構ってやらんこともないんだが、生憎俺はカレーを作らねばならん。いやぁ、お兄ちゃんはカレー作りに忙しいからな!あぁ、ホント忙しい忙しい。

 とりあえずの俺は今、忙しいアピールをする。

 そんな俺を冷めた目で見ながら、とりあえずテレビをつける小町。

 ……というかあれだな。どうせなら小町と一緒にカレー作ればよかったと今更ながら思う。

 俺は妹との貴重なコミュニケーションタイムを棒にふってしまったのか!?オーマイゴッド!……いや、この場合は、オーマイシスターか?

 そんな本当にどうでもいいことを考えながらカレーの下ごしらえを行っていく。

 ちょっと八つ当たり気味に玉ねぎをこれでもかってぐらいにみじん切りにしてやった。やりすぎたせいで涙がとまらない。

 それから一時間、いい感じにカレーが出来上がった頃。

 

 ――ピンポーン!とインターホンが鳴る。

 

 千代さんか愛里寿がなにか忘れたのだろうか?いや、それなら直接連絡してくるだろうし……。

 

「小町?」

 

「今、テレビ見てるから、お兄ちゃんよろしく~」

 

 くそっ、この妹、完全に聞く気がないな。こっちに一別もしないでそう答えやがった。

 

 俺はカレーの火を止め、玄関へと向かう。

 そして扉を開けるとそこには――、

 

「また会ったね、八幡。久しぶり」

 

 なぜかさっきより荷物の量が増えているあいつらがいた。

 

「久しぶり、じゃねーよ。数時間前に会ったばかりだろうが……」

 

 こいつの久しぶりの感覚がランダムすぎるだろ。幅が数時間から5年とかラグがありすぎるわ。

 俺が「何しに来たんだ」と聞くと、「小町に呼ばれてね」と答えてくる。

 は?小町?また小町ちゃんが裏でなにかやってるの?

 

「というか小町のやつ、お前のこと知ってたのかよ……」

 

 千代さんにバレたらやばいんじゃねぇの?

 

「私が口止めしてたからね。あの子は悪くないよ」

 

「それは――いや……これは以上は意味ないな。小町に呼ばれたって言ったか?なんで――」

 

 いや、待て。あの時の会話を思い出せ。あの時、こいつらはなんて言ってた。

 

 ――今日のご飯どうするの?ミカが買い食いばっかりするからお金がないんだよ!?

 ――なんとかなるさ。

 

 たしか、こんな感じの会話をしていたはず。ん?まさか……。

 

「やっぱり、君は察しがいいね」

 

 なにが楽しいのか、クスクスと笑いながらそんなことを言ってくる。

 

「というか、なんだその荷物。さっきまでそんなの持ってなかっただろ」

 

「ん?あぁ、これはね――」

 

「ミカ、ミカ!ここが小町の家なのって……あっ」

 

「どうしたんだ、アキ。……あ、さっきの人だ」

 

 さっきからアキと呼ばれたちみっこが俺の方をじぃーっと見ているのは何故なのだろうか?あ、そういえばさっきの誤解を解いてないじゃん。

 そう、解かないといけないのだが、俺とこいつの関係を説明するのには島田流云々を話さないと説明できないわけで……。

 あ、うん、無理。これ説明できないやつだわ。

 玄関でアホ面下げて突っ立てるのもなんだから俺は中に入るように促す。

 

「小町とはどういう関係なんですか!?」

 

 俺とあいつのことで訝しんでいるかと思いきや、まさかのそっちだった。

 

「小町は俺の妹だ」

 

 簡潔に簡略に俺はそう答える。

 それで俺がここにいるのに納得したのか、強張っていた顔がほにゃっと崩れる。

 

「なんか似てないなー」

 

 短い髪をサイドにツインテしている、もう一人のちみっこにそんなことを言われる。

 今、めっちゃ心にグサッと来たんだが……。人が一番気にしていることをサラッと言いやがったよ、こいつ。

 そんな俺を見てあいつがフォローしてくれるかと思いきや。

 

「八幡の妹とは思えないほどにいい子だからね、小町は」

 

 もはや死体蹴りに近い所業なんじゃねぇの、これ。

 

「俺という反面教師がいたからだな」

 

 とりあえず強がっておこう。そうでもしないと膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「それは開き直りの言葉としては些か悲しさが漂い過ぎていないかい八幡」

 

 うるせぇ、余計なお世話だ。

 

「俺のことはどうでもいいだろう。飯食いに来たんだろ?」

 

「ふむ、それもそうだね」

 

「ご、ご飯!」

 

「一時はミカのせいでどうなるかと思ったけど……」

 

「アキ、私は悪くないよ。悪いのは美味しそうなものがたくさんあるこの学園艦さ。私に食べて欲しいって語りかけてきたんだよ」

 

「「いや、ないない」」

 

 思わずツッコミが被ってしまった。……こいつも苦労してるんだな。

 

 そんなこんなで晩飯タイム。

 もともと、カレー用に買った食材はできるだけ節約しようと思い、消費期限ギリギリのやつの特売のやつにしておいたし、どうせなら明日の朝飯にでもしようと多めに作っておいた。

 だが、この人数だと白飯が足らんくなるかもな。

 俺はもう一個炊飯器を出して、ポチっとスイッチを押す。

 実際問題。この量のカレーを小町と食べきるには毎日朝晩カレーコースにしないといけなかったのであいつらの来訪はありがたいっちゃありがたかった。そこんところを小町も考えての行動だったのなら俺も文句は言えないが、あの小町がそこまで考えて行動しているかは疑問ではあるが。

 

「このカレー、お兄さんが作ったんですか?」

 

「まぁな。あとお兄さん言うな」

 

 俺の妹は、小町と愛里寿だけである。

 

「そうなんだ!美味しいです!あと、名前教えてください。私はミッコって言います」

 

「さっきそいつが言ってただろ?……まあいいか。比企谷 八幡だ」

 

 と、俺が答えたら気づけばカレーにがっついていた。優先度が俺の名前よりカレーなのはこの際置いとくけどさ。質問を投げっぱなしとかやめてくんない?俺が答えた返事は誰が返してくれるんだよ……。

 

「あの……本当によかったんですか?私たちが食べちゃって……あ、私はアキです」

 

「気にすんな。そもそもあっちに至ってはおかわり三杯目だ」

 

 俺は、もはや我が物顔でカレーを平らげているあいつに視線を促す。

 あれはもう少し遠慮をしてほしい。下手すると、あいつ一人で作ったカレーを食べきる勢いだ。……いや、ないと思いたい。ないよな?

 

「ミカ……途中でいろいろ食べといてまだ食べるんだ……」

 

「い、いやー、ミカさんの食べっぷりはいつ見てもすごいですなー」

 

「小町、褒めてもなにもでないよ?」

 

 いや、たぶんそれ褒めてねーよそれ。半分皮肉入ってる。だって小町の顔が若干引きつっているし。

 

「まあいいや。俺は自分の部屋に戻るわ。皿は俺があとで洗うから、食ったら置いておいてくれ」

 

 俺がいたら弾む話も弾まんだろ。

 ということで俺は部屋に戻り、決勝に向けての作戦を考えるのだった。

 

 

 ====

 

 

 ぐっと背伸びをして、イスにもたれかける。あーきっつい。なんど考えても戦力差が激しい。

 決勝戦での最大投入戦車数の上限が20両、黒森峰はMAX投入してくるだろう。こっちは雪ノ下のおかげで戦車が増えたといえ9両……。グロい……グロすぎる。

 数が全てじゃない!と言ってしまいたいが、数の暴力には勝てない。いつの世も民主主義にはぼっちは勝てない。なんせ一人だからな。

 だが、今回は一人じゃない。全員で勝ちにいくのだ。俺の独りよがりではなく。

 黒森峰を倒す方法としては戦力の分断、そして最終的にはフラッグ車との一騎討ちに持っていければ最高なんだがな……。問題は結局、その方法だ。

 明日、決勝の場所の詳細な地図と他のチームのやつらで戦略会議だな。案外、意外なところからいいアイデアが出るかもしれんし。

 すると突然、俺の部屋の扉がノックされる。

 

「あん?小町か?」

 

「いいや、私だよ。八幡」

 

「お前かよ……」

 

「凄く嫌そうな顔してるね」

 

「小町かと思ったからな」

 

「君は変わらないね」

 

「そりゃどうも。……で?なにしに来たんだよ」

 

「ん?ああ、今日、この家に泊まるからね。それを君に言っておこうと思って」

 

「は?」

 

「どこかに泊まろうにもお金がないしね。もしダメだと言うなら庭で野宿させてくれるだけでもいいよ」

 

 それは新手の脅しかなんかなの?泊まらせなきゃ人の庭で野宿とか……、そんなことされてみろ。ご近所さんから通報されてしまうわ!

 

「選択肢がほぼないだろそれ……」

 

「ないことにはないと思うけど?」

 

「泊めなかった場合のリスクがデカすぎてないのと一緒だろうが」

 

「ふふっ」

 

「……なんだよ」

 

「君は本当に変わらないね。5年振りに会っても本当に変わらない」

 

「お前も外見以外ほとんど変わってねーぞ」

 

「そうでもないよ。君が知らないだけで、私にもいろいろあるのさ」

 

 いろいろ……ね。まあ、そりゃあるのだろう。5年前に島田家から突如として、「私の居場所はここじゃない気がするので旅に出ます」というわけのわからん置き手紙を残して出ていったらしい。

 これを知ってるのは、千代さんと俺だけだ。表向きには勘当というよりも、もはやいないものとして扱われている。

 もともと、あいつはなにかに縛られるようなやつじゃなかったのだろう。俺とはまた違った意味で浮いていた。

 だからなのかは知らんが。俺は愛里寿に懐かれるまでは親戚の集まりの時は適当に外に行って木陰で昼寝していた。俺がいる意味なんてほとんどなかったし、小町がいればよかったので親もとくには俺になにも言わなかった。

 あいつも別に親戚の集まりに興味がなかったのだろう。ある意味似た者同士、同じ木の下で俺は昼寝、あいつはカンテレを鳴らしていた。

 特段、その時に会話をした記憶はない。互いに不干渉。俺たちはただただ時間を過ごす。有意義か無意義から知らんが、少なくとも嫌ではなかったのは覚えている。

 

「……5年もありゃいろいろあるだろうよ」

 

 逆に俺の方は最近いろいろありすぎて困惑するレベル。

 

「それは君も一緒だろ?今は戦車道をやっているって聞いてるよ」

 

「成り行きだ成り行き。俺自身が一番信じられん」

 

「でも、あの頃からずっと続けていたんだろ?」

 

 なにがとは言わなかったが、戦車のことを言っているのだろう。とりあえず頷いておく。

 

「なら、君の勝ちだよ」

 

「なんの勝負だよ……」

 

 誰かと勝負していた記憶はないんだが?

 

「否定してきたものと、それでもあきらめなかったものの話さ」

 

「……ようわからん」

 

「次は決勝戦なんだって?頑張れとは言わないよ。ただ君らしくやればいいさ」

 

「………なあ」

 

「なんだい?」

 

 俺はどうしても言いたいことがあった。

 

「――お前、その右手のプリンはなんだ」

 

「………」

 

「………」

 

「…………私に――」

 

「いや、ないから。しかも付け加えるならちゃんと名前が書いてあったはずだが?」

 

「……八幡。世の中、弱肉強食なのさ。食うか食われるかなんだよ」

 

「おい待てこら、話を逸らそうとするんじゃねぇ」

 

「君のものは私のもの、私のものは私のもの」

 

「どこのジャイアニズムだ」

 

「この子は私の元に来る運命だったのさ」

 

「壮大な感じにして誤魔化そうとするな」

 

「…………私に――」

 

「ネタが尽きたからってループしなくていいから、お前は大人しくそのプリンを解放しろ」

 

「…………ダメ?」

 

 俺に頭を撫でることをおねだりする時の愛里寿の顔にダブった。……それはずるいと思うんですけど。いや、狙ってやったんじゃないんだろうけどさ。

 ……しかし、どんだけプリンを食いたいんだよ、こいつ。

 

「ああわかったわかった。もうなにも言わん」

 

 もういいや、めんどくさい。

 

「ふむ、八幡」

 

「……なんだ?」

 

「シスコンもほどほどにしたほうがいいと思うよ。じゃあ、お休み」

 

 それで言いたいことが終わったのか、あいつは俺の部屋から出ていった。

 

「………、余計なお世話だ」

 

 誰に向かって言ったでもない俺の言葉は虚空へと消えるのだった。

 

 ――そして、日曜が終わり、月曜がやってくる。俺はまだ知らない。

 

 血の月曜日、ブラッディマンデーが始まることを。

 

 

 

 次回、八幡死す!!デュエルスタンバイっ!!

 

 ――女子って恐い。そう思いました、マル。

 



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泣いても笑っても、これで全てが決まる

 子供の頃、思ったことがある。

 もしも、自分が女子に生まれてれば。もしも、男子が戦車に乗るのが当たり前の世界だったなら。両親は俺を、俺自身を愛してくれたのだろうか?

 

 ――もしも、もしも、もしも……。

 

 こんな仮定に意味はない。現実で俺は男だし。両親に愛されることなんてなかった。

 俺を初めて愛してくれたのは、妹だった――俺がもっとも嫌っていた相手でもあった。

 

 ――たったそれだけ。

 

 自分でもわかってはいたのだ。俺はどうしようもなく間違えているってことを。

 妹が好きすぎることではない。どうしようもなく、戦車に乗ることに憧れたことにだ。

 

 ――きっかけなんて些細なものだ。母親が戦車に乗っている姿がどうしようもなくかっこよくて、まぶしくて、その姿に憧れた。

 

 その憧れは、間違いであり、それと同時に本物だった。

 なんど気持ち悪いと言われただろうか?なんどお前はおかしいと言われただろうか?

 まわりの言葉なんて気にならないほどに、俺は……戦車にのめり込んでいく。

 のめり込めばのめり込むほど、周囲から見放され嫌われていく。

 無垢な心はただ突き進む。戦車に、戦車に乗れれば、俺が後継者に相応しいぐらいの実力があれば、両親は俺を愛してくれるのだ、と。

 むしろ、俺の行動は真逆のベクトルに向かっていただけ。つまりは逆効果。意味のないひとり相撲。

 

 ――自身が間違っているのに気づくのは、妹が生まれてから。

 

 ――生まれた瞬間から愛されていた小町を見るまで。

 

 ――俺にはなにもしてくれなかった両親が、小町には戦車のことを教えていったのを見るまで。

 

 子供ながらに思う。――ああ、俺は、いらない子なんだったのだと。

 

 そこからはなにかを忘れるように一心不乱に戦車にのめり込む。

 もはやなんのためにやっているのかさえわからなかったが、これを、これまでもなくしてしまったら、俺になにが残ると言うのだろうか。

 わからない。わからない、わからない。

 

 ――わからないのは怖かった。どうしようもなく怖かった。

 

 信じれるのは自分だけ、他人をあてになどしない。

 俺を愛してくれる人なんていないし、その逆も然り。

 それが当たり前だと、そう、思っていた。

 

 ――青い鳥は身近にいるんだよ?

 

 小学生に上がったくらいだっただろうか?親戚の誰かがそんなことを言った――年齢は俺と同じくらいか、少し年上。

 そんなわけがない。あるわけがない

 

 ――じゃあ、賭けをしようか

 

 賭け?

 

 ――もし、君を愛してくれている、もしくは好きでいてくれる人がいたら……

 

 いたら?

 

 ――君も、その人を同じくらい愛して好きになってあげるのさ

 

 いなかったら?

 

 ――私が、君のことを好きになってあげよう

 

 今に思えばわけがわからない。なぜ、俺を愛してくれる人がいなかったらこいつが俺のことを好きになるのか。

 けど、上から目線のその言い方にカチンと来たのだろう。俺は……。

 わかった。その賭けにのってやる。後悔するなよ?

 どうせそんなやつは現れない。

 どうせこいつも口だけだ。

 そんな約束をしていないと駄々をこねるに決まっている。

 だから受けた。

 

 ――結果から言えば、俺のまけだった。

 

 どうしようもなく嫌いで、その相手も俺のことを嫌いでいるのだろうと思っていた相手――小町が、俺のことを好きでいてくれた。

 理由は、遊園地で迷子になったときに誰よりも早く見つけてくれたから。

 俺はその時のことは覚えていなかったが。あらかた、早く帰りたくて帰りたくてしょうがなかったのだと思う。もしくは、嫌いな相手だからこそ、無意識に目で追っていたのかもしれない。

 

 ――だから、見つけれたのだと。今なら、そう思うのだ。

 

 そのことをあいつに話したら。

 

 ――残念。君を好きになることができなくなったね

 

 冗談とも、本気ともつかないような雰囲気でそんなことを言ってくる。

 

 名前……

 

 ――ん?

 

 お前の名前、知らない

 

 ――私は――……

 

 

 ピピピピピ――……。

 

 目覚ましの甲高い音が鳴っている。

 ……なんか、久しぶりに昔の夢を見た気がした。

 俺は完全に意識を覚醒させるために布団のなかでストレッチをして、窓のカーテンを開け、日光を浴びる。

 

「――………まぶっ」

 

 そんなこんなしてたらさっきの夢を忘れてしまった。なんだったっけ?と必死に頭を巡らせるが思い出せない。

 なんで夢って基本的に忘れるのだろうか?そのくせ、悪夢とかの類いはなかなかにわすれられないんだよな。システムがバグってるとしか思えん。

 

 ――結局、見た夢を思いだせはしなかったが、ひどく懐かしさだけが残る気がしたのだった。

 

 

 ====

 

 

 朝起きて携帯を見てみると、西住からメールが来ていた。

『大会のことで相談したいことがあるんだけど、朝大丈夫かな?』

 という内容だった。

 今日も普通に朝練があるから、その前にって意味だろうなこれ。とりあえず『別に問題ないぞ』と返しておく。

 と、なるとだ。俺も早く出る準備をしないとな。俺はいそいそと学校へ行く身支度をしていく。

 しかし、相談ってなんだろうか?わざわざ朝練前にってことはよっぽど重要なことなのかもしれん。

 

 ――はて?しかし、なにか忘れているような……。

 

 そうこうしていと、ピンポーンとチャイムが鳴る。どうやら西住が来たようだ。

 わざわざむかえに来たのか。律儀だなー。学校で集合でよかったんじゃ……いや、そういえば会う場所を指定してなかったな。とりあえず待たせても悪いし早く行くか。

 俺は着替えを終わらせ、階段を降り、そして玄関をがちゃっと開ける。

 

「あ、おはよう。八幡くん」

 

 俺を見るや否や、挨拶をしてくる西住。

 

「……おう。どうした?こんな朝っぱらから」

 

「えっとね。隊長のことで――……」

 

 いくら待ってもその続きの言葉が出てこない。心なしか、西住がフリーズしている気さえする。というか、視線が俺に合っていない。その視線は俺の後ろに向けられている気が……。

 俺も西住につられて後ろを見ると、そこには……。

 

「やあ、八幡。お客さんかい?」

 

 バスタオル一丁のあいつがいた。

 

 ――…………は?

 

「わわっ、み、ミカさん!小町が着替えを持ってくるまで待っててって言ったじゃないですか~!!」

 

「……、そうだったかな?」

 

「そうですよ!」

 

 そんなあいつに小町が慌てて着替えを持って脱衣所へと連れていく。

 まじでなにやってんだあいつは……。はっ!今はそんなことより西住のフリーズを解かねばっ!

 

 俺が振り返るよりさきに、ドサッとそんな音がしたの慌てて振り返ると……。

 

「あれ?」

 

 さきほどまでそこにいたはずの西住の姿がそこにはなかった。

 代わりにというかなんというか。なぜか西住の鞄だけがそこにあり。西住殿が来たことだけは夢じゃないですよ、殿!と語りかけているようだった。

 ……誰が殿だ。誰が。

 いや、それよりも。この鞄、俺が学校まで持っていかないといけないんだろうな。うん。……まじ?

 

 

 ====

 

 

 この後起きたことをダイジェストで説明する。

 いろいろと詳しい内容を割愛するが。血の月曜日、ブラッディなマンデーを俺はなんとか乗り切った。

 俺の家に来た西住の誤解から始まり、まさかあんなことになるとは……、うん。もう勘弁して欲しい。

 怪我の功名、といってはなんだが、戸塚との関係が進んだ。戸塚が俺のことを名前呼びしてくれるようになった。超うれしい。もじもじしながら俺のことを名前で呼んでくる戸塚を見ていると、新しい扉を開きそうになった。まじ危ない。

 とりあえず、血の月曜日もう過ぎ去った。過ぎ去ったことは忘れよう。そうしよう。

 

「――いいか、はっきり言っておく。黒森峰とガチンコで正面衝突すれば俺たちは確実に負ける。100パー負ける。まずはこれが大前提だ」

 

 俺はホワイトボードをバンバン叩きながらそういう。

 場所は大洗学園生徒会室。今ここで、打倒黒森峰の為の戦術会議を行っている。

 集まっているのは、生徒会メンバー、各チームのリーダー、そして戸塚と由比ヶ浜である。

 

「100パーセント勝てないんだ!?」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん。落ち着いて、ね?」

 

 はい、由比ヶ浜くん。するどいツッコミをありがとう。でもね。まだ俺の話は終わってないからね。最後まで聞いてくれると八幡的には助かるんですがね。

 

 あと、戸塚。その調子で由比ヶ浜をコントロールしててくれ。

 俺はごほんと咳払いをして全員の注目を集める。

 

「まず、勝てない理由としては戦車の数、それと性能だな」

 

「え、でもそれって今までと一緒じゃないの?ヒッキーたちはそれでも勝ってきたんでしょ?」

 

 由比ヶ浜と戸塚には現状を把握するためにこの戦略会議に参加してもらった。

 これは由比ヶ浜たちに説明するのと同時に、ここにいる全員に現状を再確認してもらう意味もある。

 そう、確かに由比ヶ浜の言うとおり、俺たちは勝ってきた。しかし、だ。

 

「一回戦は相手が無線傍受機を使ってきたからそれを逆手にとれた。二回戦は相手がバカだった。三回戦は……もはや、まぐれと言ってもいい。正直、負けてもおかしくはなかった」

 

 もう一度戦えば勝てるかと聞かれれば、答えはノーである。ぶっちゃけ無理。

 

「……えっと。それでヒッキーは結局、なにが言いたいの?」

 

「今までの相手は程度の差があるが油断をしてくれていた。無名の弱小校。そのレッテルを貼っていてくれたらこそ隙をつけたと言ってもいい」

 

「?それでなんで100パーセント勝てないってことになるの?」

 

「今までのやり方じゃダメってことなんじゃないかな?由比ヶ浜さん」

 

 由比ヶ浜の疑問に戸塚が答える。

 

「ダメ?どゆこと?」

 

「えっと。そこまではわからないけど……」

 

 由比ヶ浜がそうなの?とこちらを見てきたので、頷いておく。

 

「次の対戦相手が問題なんだよ。これまで通りの相手と違って確実にやばい。実力が桁違いだといってもいい」

 

「……相手が、こっちを油断とかしてくれないの?」

 

「絶対にない」

 

「言いきれちゃうんだ!?」

 

 言い切れますよ。うん、ホントに。

 

「黒森峰の隊長は西住の姉でもあるんだが、あの人が慢心とか油断をするわけがない」

 

 付け加えるなら、俺が西住流に喧嘩を吹っ掛けてるから相手は全力でこっちを倒しにくると思われる。さらに付け加えるなら、負けるといろんな負債が俺にのし掛かる。……これは関係ないか。俺の問題だった。

 

「だったら、どうするの?」

 

 さて、由比ヶ浜を通して全体が今の現状がわかっただろう。そしてここからが本題だ。この戦略会議の一番の肝、どうやって相手を倒すか。

 

「戦わない」

 

「へ?」

 

「な!?比企谷、貴様どういうつもりだ!?」

 

「どうどう、河嶋。話は最後まで聞くもんだよ」

 

「しかし、会長……」

 

「桃ちゃん。落ち着こうよ」

 

「桃ちゃんいうな!」

 

「比企谷先輩、戦わないってどういうことですか?」

 

 わいわい騒いでいる生徒会チームを余所に、澤が俺に質問をしてくる。

 

「文字通り戦わない。まともには、な」

 

「比企谷くん。今とても変な顔をしてるのだけど」

 

 悪い顔をしていたのか、雪ノ下が指摘してくる。

 

「あ、変な顔はもともとだったわね。ごめんなさい、気がつかなかったわ」

 

「おいこら雪ノ下。俺の顔は一般的にいえばそこそこ整っているんだよ。いかんせんこの目が腐ってるだけであってだな。あとお前はもう少しオブラートに包めや」

 

「なにごとにも許容量があるのよ?」

 

 つまり包みきれないほどに酷いって言いたいのね。

 

「……えっと、八幡くん。そろそろ話を進めて、ね?」

 

 お、おう……。なんか西住さん怒ってます?なんか言いがたいプレッシャーを感じるのは俺の気のせいか。気のせいだよね?

 

「――……ごほん。ごめんなさい、話を脱線させてしまったわ」

 

 雪ノ下もそのプレッシャーに耐えられなかったのか、素直に謝る。

 やべー西住流、あの雪ノ下を素直に謝らせちゃったよ。

 とりあえず、話を戻すか。

 

「さっきの大前提。まともに戦えばこちらに勝ち目はない……なら、まともに戦わない。ここまではいいか?」

 

 俺は全員の視線があつまったことを確認して話を続ける。

 

「最終的には相手とこちらのフラッグ車との一騎討ちに持ち込むこと……それが俺たちが勝てる唯一の条件だといってもいい。それ以外の勝ち筋はないと思ってくれ。問題はどうやってそこまで戦況を持っていくかだが……」

 

 そうして戦略会議は進んでいく。俺が作戦を提案して、誰かが疑問に思ったらその都度質問をする。その繰り返し。

 由比ヶ浜や戸塚がいるのも初心者からの目線が欲しかったからだ。

 常識に囚われない、そんな発想が欲しかった。知っているものと知らないものでは視点が違う。時にはそれが活路となるかもしれない。

 知らないからこそできる行動があり、知っているからこそできない行動がある。

 1つの視点に囚われずに幅広く可能性を広げよう。そうすればなにかが見えてくる。普通にやったら勝てないのだからとことんやるべきなのだ。勝つために、なくさないために、まもるために、理由なんて人それぞれだろうが、俺たちはやるしかない。

 

 ――さあ、あと一勝。勝てば天国、負ければ地獄。どうなるかは神のみぞ知る世界。

 

 だが、神頼みはしない。まぐれも奇跡もなく、文句なしに俺たちは優勝してみせる。たとえそれがどんなにか細い道であっても関係ない。やってやる。そのためならなんだってやる。

 

 

 ====

 

 

「――さあ、いよいよ決勝戦だよ!目標は優勝だからね!」

 

「大それた目標なのはわかっている。だが、我々にはあとがない。負ければ……」

 

 河嶋さんがなにを言いたいかはもうわかっている。負ければ、負ければ廃校だ。

 けど、プラウダ戦の前のように河嶋さんに焦りがあるようには見えない。落ち着いてる。

 それは全員が廃校の事実を知っているからこそなのかもしれないし、前よりも河嶋さんが戦車道のやつらを信頼しているからかもしれない。

 河嶋さんの心情なんてわからないが、大なり小なり腹を括っているのだろう。

 

「じゃあ、西住ちゃんもなにか一言」

 

「え?」

 

 ほらこっちに来な、と会長が手招きする。西住は一瞬躊躇ったが、苦笑混じりに前にでる。

 

「明日対戦する黒森峰は……私がいた学校です。でも、今はこの大洗学園が一番大切な母校で……だから、あの……、私も一生懸命落ち着いて、冷静に頑張りますので……」

 

 そして西住は全員を見る。見渡す。最後に俺の方を見たような気がするが、気のせいだろう。

 

「――みなさん。一緒に頑張りましょう!」

 

「「「「「「「「おおぉーーー!!!」」」」」」」」

 

 西住の言葉にやる気をみせる戦車道の面々。誰ひとりとして暗い顔をしてるものなどいなかった。

 

 そうしてこうして、決勝前の最後の練習が始まり、そして終わった。

 

「――練習終了!やるべきことはすべてやった。あとは各自、明日の決勝に備えるように!」

 

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 

「では、解散!」

 

 河嶋さんの号令で全員散らばっている。

 

「ねえみぽりん。みぽりん家でご飯会やらない?」

 

「沙織さんのご飯食べたいです」

 

「前夜祭ですね!」

 

「祭りじゃないだろう……」

 

「ものの例えですよ~」

 

 どうやら、西住たちは前みたいに集まって飯にするらしい。仲がいいことで。

 

「あ、ハチもくる?」

 

「俺はパス。行く意味がわからん」

 

「えー、八幡殿も一緒に食べましょうよ!」

 

「どうですか?八幡さん」

 

 いや、だからさ。パスって言ってるじゃん?ナチュラルに俺の言葉をしかとしないでくれない?

 

「どう、かな?」

 

「……西住」

 

「うん」

 

「無理なものは無理」

 

「なに?なにか用事でもあるの?」

 

「……ないこともないな」

 

「む、怪しい。怪しいよ、ハチ」

 

「怪しいってなんだ。俺は変質者かなんかなの?」

 

「だってさー」

 

「お前らはお前らで楽しんでろ。俺はまだやることがあるからな」

 

「そっか。じゃあ、また明日ね。八幡くん」

 

「……おう。羽目はずしすぎて寝坊とかすんなよ」

 

「あはは、大丈夫だよ。……たぶん」

 

「麻子が心配だ……」

 

「む、失礼な」

 

「いやいや、最近は起きれるようになってるけど安心はできないでしょ。ちゃんと起きてよね?麻子がいなかったら戦車動かせないんだから」

 

「……善処はする」

 

「不安だ……。今日、私の家に泊まってきなさい!これは命令です!」

 

 ……あれだな。武部のおかんスキルって冷泉によって培われているんだな。冷泉がだらければだらけるほどに培われていくんだろう。まさに負のスパイラル。

 おかんスキルが上がるたびにモテモテから遠ざかっている気がするのは俺の勘違いかな。

 

 

 ====

 

 

 俺が最後にやっておきたかったこと。

 西住たちと別れたあと、俺は自動車部のガレージへと来た。

 目的はひとつ、自分の大破した戦車をちゃんと見ておきたかった。

 プラウダ戦のあとからなんやかんやあったせいでちゃんと見れてなかったからな。いや、無意識にさけていたのかもしれない。

 

「あれ?比企谷、どうしたの?」

 

「えっと、俺の戦車を見に来たんですけど」

 

「まだなおってないよ?」

 

「それはわかってます」

 

「そう?ガレージの奥に置いてあるからね。私たちはポルシェティーガーを点検してくるから」

 

 そういってナカジマさんは手をヒラヒラさせながら行ってしまった。

 さて、と。

 ガレージの奥に行き、大破してるだろう自分の戦車を見る。

 人からさんざんやばかったと聞かされていたが、いざ見てみるのとでは印象が違った。

 想像以上にやばかった。なんで俺、無傷だったんだろうか?運がよかったのだろう。たぶん。

 これで心配するなってのが無理か……。

 思い出すはプラウダ戦。勝つためといって無茶した結果がこれだった。あの時の俺はあいつらにどういう風に見えていたのか。少なくとも心配しかかけてなかったのは確かだろう。

 西住たちには怒られそうだが、あの行動をしてよかったと俺は思っている。ことの善悪ではなく、俺の心情的にだが。

 自分の気持ちに気づくことができた。たぶん、それができていなかったらここにいなかっただろう。

 今度あんなことしたら、血の月曜日なんて比にならないぐらいにやばそうだ。

 こいつは、この戦車は俺の罪であり、それと同時に賭けがえのない宝物だ。

 求めて続けた答えはもうすぐわかるのかもしれない。

 ボコを見たあの日から、求め続けてきた"本物"が。諦めないで諦めないで諦めないで、ここまで来た答えが。

 この学校で戦車に乗ってここまで来た。間違いだらけのこんな俺をあいつらは受け入れてくれた。

 なら、もうそろそろこいつとは卒業なのだろう。"ひとり"ではなく"みんな"で勝つのだ。

 直れば乗りはする。けど、そういうことじゃない。戦車に関してはぼっちは卒業だ。現実は……見ないようにしよう。戸塚がいてくれているだけで今は充分だろう。

 最後に戦車をひと撫でして、俺は家へと帰るのだった。

 

 

 ====

 

 

 決勝戦当日。

 朝早くから電車にごとんごとんと揺られ着いたのは決勝戦の会場である。

 冷泉は武部の頑張りがあったお陰か、遅刻はせずにすんだようだ。

 さすがは決勝戦ということもあり、戦車を整備できる仮設所まで儲けられており、否応にも決勝戦なんだなと思い知らされる。

 そしてさっきトイレがてらに出店とかの様子を見てきたのだが、想像以上の人と盛り上がりで若干ビックリした。大洗の生徒や黒森峰の生徒だけではなく、一般の人までいた……。いたんだが、今日って確か平日だよな?見に来てるのはいいんだが、会社とかはいいのだろうか?まあいいか。

 俺はいそいそと戦車を整備をしていく。整備といっても簡単な点検作業だ。点検が終わったら西住が持っているリストにチェックをいれる。その作業を何回か繰り返していると……。

 

「ごきげんよう」

 

「あ、こんにちは」

 

 ダージリンさんとペコがやってきた。

 

「まさかあなたがたが決勝戦に進むとは思いませんでしたわ」

 

「あ、私もです」

 

 ペコの言葉に同意した西住がおかしかったのか、ダージリンさんはクスクスと笑っている。

 

「そうね。あなたがたはここまで毎試合、予想を覆す戦いをしてきた。今度は何を見せてくれるか楽しみにしているわ」

 

「えっと、頑張ります」

 

「ミホ~~!!」

 

 今度はジープにのってサンダースがやってきた。

 

「またエキサイティングでクレイジーな戦いを期待してるからね?ファイト!」

 

「ありがとうございます!」

 

 西住、ありがとうございますじゃない。ちゃんと話を聞け。エキサイティングはまだしも、クレイジーさを求められるのはおかしい。おかしいから!

 

「グッドラック」

 

 颯爽と登場して、颯爽と去っていったな。

 

「ミホーシャ」

 

 そして今度はプラウダ。みんな暇人なの?というか学校は?休みなの?これって俺が戦車道に入ってなかったら平日にダラダラできたのだろうか?やだなにそれ、羨ましい!

 

「このカチューシャ様が見に来てあげたわよ。黒森峰なんかバグラチオンなみにボッコボコにしてあげてね」

 

「あ……はい」

 

「ピロシキ~」

 

 おい、待て。ピロシキってロシア語か?

 

「あなたは不思議な人ね。戦った相手みんなと仲良くなるなんて……」

 

「それは……みなさんが素敵な人だから」

 

「……そう。あなたにイギリスの諺を送るわ。『四本足の馬でさえ躓く』強さも勝利も永遠じゃないわ」

 

「はい!」

 

「あと彼に、近頃に聖グロリアーナに来てもらえるよういってもらえるかしら?」

 

「はい!……、え……?」

 

 おい、こら!それは言わなくても良かっただろ!なんでわざわざ言ったんだあの人。こんな時まで俺をからかうことを忘れないなんていい性格してるよホントに。

 

「八幡くん……?」

 

 点検している俺に西住が近づいてくる。

 

「な、なんでしょうか、西住さん」

 

「さっきのは……?」

 

「ダージリンさんなりの冗談だろ。緊張ほぐすための」

 

 俺は冷や汗ダラダラだけどな!

 

「………むぅ」

 

「ほら、そろそろ時間だから。ちゃっちゃと済ませるぞ」

 

 何故か不満気な西住をなだめつつ、戦車の点検を終わらせるのだった。

 

 

 ====

 

 

『両チーム。隊長、副隊長、前へ!』

 

 蝶野さんのアナウンスにより黒森峰からはまほさん、イッツミー。大洗からは西住と……あれ?俺って副隊長だっけ?やば、完全に忘れてた。誰かに変わってもらえればよかったでござる。これ、全国中継されてるんだよな?

 くそ、腹を括るしかしないか……。

 そうして、両チームの隊長、副隊長が前へとでる。

 

「ふっ、お久し振りね」

 

 明からに嘲笑が入った笑みでイッツミーがそんなことを言ってくる。それに西住は無言でペコリとお辞儀を返す。

 

「弱小チームだと――……」

 

「……黒」

 

 俺はボソッとそう呟く。まほさんと西住もこの言葉の意味はわからないだろう。だが……。

 

「なっ!?」

 

 イッツミーは反応する。

 ゲスとか卑劣とか罵るのはやめてほしい。俺だってこんなことはやりたくはないが、それ以上は西住以上にまほさんが傷つくから言わせねーよ?

 まったく試合前に挑発とかやめてくれませんかねぇ。それは俺の役目であるわけですよ。

 

「約束通り、俺が負ければ土下座であやまる。お前が負ければ西住に謝る。覚えてるよな?」

 

 あと、これ以上なにかを言うんならあのことを言うぞ、と念を押す。

 言ったら俺にも被害が出るが、そんなこと知ったこっちゃねぇ。

 

「本日の審判長、蝶野 亜美です。よろしくお願いします。……両校、あいさつ!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「「「「「お願いしますっ!!」」」」」

 

「では、試合開始地点に移動。お互いの健闘を祈るわ」

 

 そうして互いに自陣へと戻る。

 イッミーは不満気に西住を見るが、俺が釘をさしたからな。なにも言わずにそのまま去っていく。

 

 俺と西住も戻ろうとしたら……。

 

「待ってください、みほさん!」

 

 一人の黒森峰の生徒が西住に話しかける。……誰だ?

 

「あの時はありがとう」

 

 その一言で理解する。――ああ、こいつはあの時に、西住から助けられたやつなのだろう。

 俺がいたら邪魔になると思い、立ち去ろうとしたのたが。西住に服の袖の裾を掴まれてしまい、動こうにも動けなかった。

 う、動けねぇ……。

 そんな俺を尻目に会話は続く。

 

「あのあと、みほさんが居なくなって……ずっと気になっていたんです。私たちが迷惑をかけちゃったから……、でも、みほさんが戦車道辞めないでよかった!」

 

 涙まじりに、本当に心配していたのだろう。その姿を見て思う。

 

 ――俺、場違いじゃね?いや、ホントに。

 

 西住とそいつは尚も会話を続ける。西住さん、気づいて。あなたが離してくれないと俺が動けないからっ!

 

 俺が解放されたのは、武部たちが西住に声をかけるまでだった。もうちょい早く呼んでくれればいいものを……。

 紆余曲折あったが、これが最後だ。最後である。泣いても笑ってもこれで全てが決まる。

 

 ――さあ、決勝戦を始めよう。

 

 

 




いくぜ決勝戦!血の月曜日はなかったことになってはいませんが、尺の都合上キングクリムゾンッ!!いつか、番外編で書ければいいなぁと思います。

いろいろここまで来るのが長かったなぁ。
別に終わるわけではないですが、なんとなくそう思いました。

最後に、
ミカはセカンド幼なじみかと思いきや、ファースト幼なじみだった。な、なにをいってるかわからな(ry


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決勝戦は始まりを告げる

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心―――それが西住流』

 

 戦車道において有名な流派なのは説明するまでもない。

 統制された陣形で圧倒的な火力を用いて短期決戦で決着をつける単純かつ強力な戦術だ。なにがやりたいかが明確にわかる実にシンプル作戦でである。世の中もこれぐらいシンプルだったら俺もぼっちではなかったかもしれない。……いや、ないか。うん。

 あまりのシンプルさにサルでもできる戦車道と銘打ってもいいのかもしれない。

 が、だからといって誰も彼もが同じような戦術をとって勝てるかと言えば答えはノーである。単純であるがゆえに複雑なのだ。一見矛盾しているようにも思えるが、そうでもない。例えば料理、シンプルな料理であればあるほどその作り手の技量が如実に現れる。

 だから、西住流の戦法がやばいのではない。その単純でシンプルである戦法を対処できないほどにごり押しできてしまう西住流の実力が本当の意味でやばいのだ。

 攻めるタイミング、深追いしない状況判断能力、常に戦況を落ち着いて冷静に分析できるかなど、様々な要因を処理できるかの技量が問われる。

 それで言えば、まほさんは文句なしの実力だと言えよう。去年の全国大会で準優勝なのにMVPをとっているのだからまじやばい。なんで俺は喧嘩を売ったの?いやまぁ、売ったのは西住流であってまほさんではないんだが、どっちも結果的には同じである。

 さんざんいろいろと言った結果をまとめよう。

 

 ―――ニシズミリュウ、マジヤバイ。

 

 あまりにもやばすぎて、つい片言になってしまった。というか、なんかやばいしか言ってないな、俺。やばいを連呼とか今時の若い奴みたいじゃん。やばいを言ってれば会話が成立してしまうあれだ。テストやばい、勉強やばい、朝やばい、などなど。

 やばい、まじやばい、やばくね?の三段活用とかまじやばい。やばいのかやばくないのかどっちなんだよ。もはや何言ってるかわかんねぇよ。やばいを使い過ぎてやばいのゲシュタルト崩壊が起こってるまである。

 くぅ~、疲れた。……さて、現実逃避もここまでにするか。

 

「相手は恐らく、火力に物を言わせて一気に攻めてきます。その前に有利な場所に移動して長期戦に持ち込みましょう!相手との開始地点から離れていますので、すぐには遭遇することはないと思います。試合開始と同時に速やかに207地点に移動してください」

 

 そして西住の話がちょうど終わったのだろう。各々、自身の戦車へと向かって行っている。

 さて、俺も動くか。

 

「八幡」

 

 戦車へと向かおうとしたら話しかけられた。俺に話しかけてきたのは、戦場に舞い降りた天使、もとい、戸塚である。もちろん試合のため、女子の制服姿である。

 ……やばい。もうまじやばい。やばすぎますわ。戸塚は俺を狂わせようとしているのかもしれない。小町、お兄ちゃんは道を踏み外してしまいそうだよ。

 

「八幡?」

 

戸塚が小首を傾げながら俺の顔を覗き込んでくる。

 

「あ、ああ。大丈夫だ、気にしないでくれ。それで、どうした?」

 

「今日の試合、頑張ろうね!」

 

「それを言いに来たのか?」

 

「うん」

 

「……そうか。まぁ、お互い頑張ろうな」

 

 戸塚の笑顔の為にも、この学校を廃校にさせないためにも、そして……俺のいろんな意味においての負債を追わないためにも、いっちょがんばりますか。

 

 

 ====

 

 

「これより決勝戦だ。相手は初めて対するチームだが、決して油断はするな」

 

 お母様は言った「西住流の神髄を、容赦を一切しないように」と。あの時のお母様はめずらしく感情的だったと思う。それは八幡がお母様を煽ったからか、それとも……。

 もとより、私は誰が相手であろうと油断をするつもりも相手を見くびるつもりもなかった。

 エリカはよく「無名の学校のくせに」と大洗が勝ちあがるたびに不満を漏らしていたが、決勝に実力がないものはたどり着けない。「戦車道にまぐれ無し」この言葉が語るように、決勝に辿り着いたみほたちを侮ってはいけない。みほたちはここまで勝ち上がってきた。お世辞にも満足と言えない戦力で。

 

「まずは迅速に行動をせよ。グデーリアンは言った『厚い皮膚より早い足』と……」

 

 もし大洗が負ければみほは勘当、八幡が私の婿養子となる。

 ……、……今、気づいた。私が勝ったら婿養子になるのか、八幡は。

 自身に余計なノイズが入ってきていることに気づき、私は頭を振り思考を冷静にする。

 

「行くぞっ!!」

 

 

====

 

 

 なにもしなくていいのは素晴らしい。一人乗りの時は常になにかしらをしなければいけなかった。働かないで乗る戦車はこんなにも楽なのか。これは働かないで食べる飯と同じぐらいの感動かもしれない。やはり俺の将来設計は間違っていない。専業主夫万歳である。

 

「比企谷?ちゃんと周り見てる?」

 

「大丈夫ですよ、ナカジマさん。ちゃんと見てますから」

 

「そう?ならいいけど。独り言いってたからちょっと心配になってね」

 

 どうやらいつの間にか俺の心の声が漏れていたらしい。

 いかんいかん、いつもと違ってぼっちじゃないのだ。周りに他の人がいるんだった、気をつけないと。

 現在、大洗は目標地点へと進軍中である。

 先程、西住は試合開始直後は遭遇することはないと言っていたが、実際のところはなんとも言えない気がする。もし相手が迅速に圧倒的火力でこちらを倒しに来るのなら、地形的に考えてこの森をショーカットするのが一番手っ取り早い。俺だったらそうする。

 まあ、そうじゃない可能性もあるし、とりあえず俺は隊列の後方にて状況に変化がないか逐一確認しているわけだが。

 

「雪ノ下、猫田、そっちはどうだ?なんか見えるか?」

 

 いつもの西住がやっているように倣い、戦車から頭を出し、周りを確認しながら無線で確認する。

 うむ、たしかにこれは状況がわかりやすい。

 

『こ、こちらアリクイチーム、こっちは問題ないよ……』

 

『こっちも今のところ問題は……いえ、どうやら来たようね』

 

 やだ早い。もう少しかかるもんかと思ったが、想像以上に相手方さんは本気のようだ。ならそうなると無線の周波数を変えてっと……。

 

 

====

 

 

『―――西住、思った以上に相手は本気のようだ。もう森のほうに戦車の影らしきものがちらほら見えているぞ』

 

 八幡くんからの無線が入ってきた。……思ってたよりも早い。お姉ちゃん、それだけ本気なんだ。

 

「沙織さん、みんなに無線を繋いで」

 

「え?」

 

「どうやらもう相手が来てるみたい」

 

「うそっ!もう!?」

 

「……早いですね」

 

「も、森をショートカットとか、相手はどれだけ本気なんでしょうか……。西住殿、どうしますか?」

 

「今、周りに遮蔽物が一切ないから……」

 

 このまま攻撃されたら危ない。それなら―――、

 

 

====

 

 

 戦車道全国大会決勝戦の開始は黒森峰の攻撃から始まる。

 電光石火の足並みで、獣道でもお構いなしで大洗へと進軍した結果がこれだ。そもそも、弱小校相手に強豪校がする手段ではない。

 なぜなら、あまりにも大人げない。それだけの戦力差、それだけの戦車の性能の違い。傍から見れば大人が子供に喧嘩を吹っ掛けいるようにしかみなえないだろう。実際、見ている観客はその感想を抱いているのがほとんどである。

 だが逆に、この試合がそう簡単に終わると思っていない人物もいる。

 それは実際に大洗と対戦した学校だったり、あとは一部、個人的に比企谷 八幡の実力を知っているものならこの試合がそう簡単に終わるだなんて思わないだろう。

 

 先手は黒森峰、そしてその攻撃に対しての大洗のアクションは―――、

 

『全車両、もくもく作戦です!』

 

『もくもく用意!』

 

 みほが指示を出し、沙織が全体にその旨を伝える。

 

『もくもく用意!』

 

『もくもく用意』

 

『もくもく用意!』

 

『もくもく準備完了!』

 

『ボコ&レオポンチーム、こっちも問題ないぞ』

 

『ネコチームも問題ないわ』

 

『あ、アリクイチーム、こ、こちらも大丈夫です!』

 

 全員の作戦への準備が完了する。

 

『みんな準備オーケーだって』

 

『もくもく、開始……!』 

 

 大洗の面々は、戦車に備え付けれれている硝煙筒を起動させ、煙をあたり一面にばらまき始めた。風向きも相まって黒森峰側から大洗の車両が一切見えなくなる。

 

『煙!?忍者じゃあるまいし小賢しい真似を……!撃ち方用―――』

 

『全車、撃ち方やめっ!』

 

 視界が悪い状況にもかかわらず、すかさず追撃を命令しようとするエリカに、まほの抑制する声が飛んでくる。

 

『――っ!一気に叩きつぶさなくていいんですか!?』

 

『下手に向こうの作戦に乗るな。無駄玉を撃たせるつもりだろう。弾には限りがある。次の手を見定めてからでも遅くない』

 

 まほの言う通り、この「もくもく作戦」は無駄玉を使わせる意図もある。だが、この作戦は撃ってくれば儲けもの程度ぐらいの考えでしかない。八幡もみほも、まほがこの程度での作戦に引っかかるとは思っていない。この作戦の本当の意味での真意は――、

 

「くそぉ、逃がすもんですか……!」

 

 大洗が発生させた煙に向かってエリカの戦車が機銃で攻撃を行う。

 これは別に八つ当たりで撃っているわけではなく、機銃で煙を撃ち、その際に少しだけ煙が晴れ相手の位置が確認できるからやっているだけである。

 ……本当に八つ当たりで撃っているわけではない。

 

『敵、11時方向に確認!』

 

『あの先は坂道だ。向こうにはポルシェティーガーがいる。足が遅いから簡単には登れない。十分に時間はあるはずだ』

 

 戦力に乏しい大洗が黒森峰と戦うのなら先に有利な場所で陣地を構築するしかない。

 今、エリカが言った方向には高地がある。そこに陣地を形成して黒森峰と戦うつもりなのだと、まほは睨んでる。

 しかし、先程言った通り、足の遅いポルシェティーガーがいる。そう簡単には陣地構成は叶わないだろう。……まぁ、ポルシェティーガーがそこに向かえばの話だが。

 

『煙、晴れました!――なっ!?』

 

『これは……』

 

 まほの読みは間違っていない。大洗は高地にて陣地構築を目指していた。そこまではあっている。そこまでは――、

 

『相手のポルシェティーガー、三式中戦車、センチュリオンが別行動をとっています!』

 

『……ここにきての戦力分散?なんの意図が……』

 

 ただでさえ少ない戦力、それを分散させる意味をまほは見いだせない。

 しかし、だ。この戦局において意味のない行動はしないだろう。なにより、火力の高いポルシェティーガーとセンチュリオンを放置することは得策ではない。なら……、

 

『エリカ、私たちはそのままフラッグ車を追う。あっちを頼めるか?』

 

『わかりま―――』

 

 わかりました、とそう答えようとしたエリカの視界にフラッグが見えた。普通、フラッグと言え戦闘続行負不可の白旗しかない。が、違うのである。白ではなく黒、ポルシェティーガーから八幡が身を乗り出して黒のフラッグをまざまざ見せつけるかのように振っていた。

 それを見て、エリカは理解する。

 

『――あいつ……!』

 

『エリカ……?』

 

『すいません、大丈夫です。隊長、任せてください』

 

『?そうか、頼んだぞ。くれぐれも油断はするな』

 

 そのまほの言葉は、もはやエリカには届いていなかった。今のエリカの頭の中にはただ一点、八幡を倒すことしか考えていなかった。

 黒とはつまり、そういうことなのだ。西住邸で起こったあの出来事を指す。比企谷 八幡は喧嘩を売ったのだ、逸見 エリカに。

 

 

====

 

 

 ふぅ、こんなもんかね。しかし、割と旗ふるってのも疲れるんだな……。

 

『ねえ、比企谷くん』

 

『なんだ?雪ノ下』

 

『こんな作戦で黒森峰の戦車は本当に追いかけてくるの?』

 

 こんな作戦……西住たちと別れて黒旗をふり、相手の戦車を誘き寄せるという作戦に雪ノ下が疑問に思ったのだろう。まぁぶっちゃけ、わけがわからんとは思うしな。

 

『まぁ、普通なら追いかけて来ないかもな』

 

『なら―――』

 

『話は最後まで聞け、あくまで普通なら、だ』

 

『どういうこと?』

 

『戦略会議の時にも言ったが、今回の相手は別格だ。それこそ、例えるならプロレベルだと言ってもいいだろう』

 

『話が見えてこないのだけど……』

 

 プロレベル。それこそ、まほさんはやばいレベルの戦車道の相手だ。なんせ西住流の次期後継者、そんじょそこらへんの相手とは比べ物にならない。

 が、それ故に……。

 

『相手が格上であるからこそ使えるものがあるんだよ』

 

『……つまりはブラフが使えると、そう言いたいのね?』

 

『そういうことだ。この戦力の分断に意味があるか聞かれればないとは言えない。いや、ないからこそ無視ができないわけだ。追いかけて来なかったらそれはそれで後ろから追撃しにいけばいいしな。だが、まぁ……』

 

 追いかけてくれないと俺が用意したアレが無駄になるから出来るなら追いかけて欲しいものである。アレが無駄になったら絶対にあいつに文句を言われる。

 

『作戦の趣旨はわかったのだけど……けどやっぱり、黒旗をふることに意味を見いだせないのだけど』

 

『あれか?あれはダメ押しみたいなもんだ』

 

『ダメ押し?』

 

 理由は説明しないぞ、雪ノ下。言ったら確実にお前は俺を罵倒する。……いや、この場合、誰でも一緒かもしれんが。黒旗の意味がわかるやつなんてそれこそあの日、あの場所での出来事を知っている奴にしかわからないだろう。

 

『さぁ、黒森峰ホイホイ作戦を始めるぞ!』

 

『…………』

 

『…………』

 

『……おい、返事しろよ』

 

 なんで誰も返事を返さねぇんだよ。雪ノ下と猫田から返事が返ってこないんだが?まるで俺が独り言してるみたいになってるじゃねぇか。あれか?(イッツミーバージョン)ってつけなかったのがだめだったか?……いや、関係ないか。

 

「いやー、比企谷、その作戦名はないんじゃない?」

 

「なんかダメでした?」

 

 なんでナカジマさんは若干引きつった顔をしているのだろうか。ほかの人たちもうんうん頷いているし。

 

「いや、ダメっていうか……なんかそれ、色も相まってゴキ―――」

 

「「「それ以上はいけない」」」

 

 あ、そういうことね。

 

『比企谷くん』

 

『なんだよ』

 

『来たわ』

 

 雪ノ下はなにがとは言わなかったが、そうか、どうやら相手は俺の誘いに乗ってくれたようだ。あわよくば、その中にイッツミーがいれば尚のよし。

 

『ちなみに何両だ?』

 

『三両来ているわね』

 

 ……ふむ、三両か。こっちと同じ車両数で十分と判断したか、それともこっちを舐めているのか。

 

『雪ノ下、猫田、相手を目標地点にまで誘い込むぞ。あんまり時間もかけれる状況でもないしな。俺たちを追ってきている黒森峰をサクッと戦闘不能にするぞ』

 

『で、でも比企谷くん、こっちはほとんど素人のあつまりだよ?さくっと倒すのは無理じゃないかな……』

 

 猫田の言う通り、西住たちのほうと違ってこっちは戦車道を始めたばかりのやつらしかいない。まぁ、あえてそういうチーム編成にしたのは俺だけど。

 

『猫田、勘違いするな。倒すんじゃない、戦闘不能にするだけだ』

 

『え?それってなにが違うの?』

 

『というか、比企谷くん。いい加減作戦の内容を教えてもらわないとこちらが困るのだけど……』

 

『言ってなかったか?』

 

『言ってないわ』

 

『い、言ってないよ?』

 

 そういや、相手が追ってこなかった場合無駄になるから言ってなかったな。

 

『そうか、すまん。作戦の内容はだな―――』

 

 そして俺は作戦内容を伝える。

 さぁ、イッツミー(いるかは知らんが)勝負しようぜ!

 




戸塚の制服姿のイラスト。


【挿絵表示】


これが作者の精一杯です。


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その戦場には砲弾と硝煙の匂い、そして策略が飛び交う

 戦車は走り、ただ道を掛けていく。

 いや違うな、嬉しくないことに砲弾の雨あられだ。集中砲火と言ってもいい。

 三両いる中であきらかに俺たちの戦車が狙われている。

 

「ねえ、比企谷気のせいかな! さっきから狙われてるのがこっちの戦車ばっかりな気がするんだけど!」

 

 あまりにも自分たちばかり狙われている状況がおかしいと感じたのか、ナカシマさんの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 

「大丈夫です。狙われている原因は俺ですから」

 

 そりゃ狙われる。

 

「それは全然大丈夫じゃないよね!?」

 

 この作戦の狙いはイッツミーだ。だから、必然的にポルシェティーガーが狙われているこの状況はむしろばっちこい。だってイッツミーがいることの証明に他ならないからなこれ。

 まぁ、思いのほかに攻撃の圧がすごいのは、それほどにあいつが頭に血が上っているからだろう。そんなイッツミーには悪いが、ここで退場してもらう。

 わざわざこうやって西住たちとバラバラになってまで相手を、詰まるところはイッツミーを誘き寄せたのには理由がある。

 副隊長は基本的に隊長のサポート役だ。決勝戦は戦車の投入量が最大になる。戦車道の技能がピカイチだからと言っても一人で20近くの戦力を自己判断で逐一対応するのは無理があるだろう。だからイッツミーもある程度の作戦指揮を任されているはずだ。

 ここでイッツミーを倒せればまほさんの負担が増えるし、実力至上主義の黒森峰ならば、副隊長がやられるという事実は少なからず相手に動揺を与えることができる。

 

『雪ノ下、猫田、そろそろ目標地点に着く頃だ』

 

『わかってるわ』

 

『お、オッケーだよ』

 

 

 ====

 

 

 逃げる大洗と追いかける黒森峰、その鬼ごっこももうすぐで終わることになる。

 

『速やかに敵を排除して、隊長の元に戻るわよ!』

 

 最初、エリカは新戦力であり強力な戦車であるセンチュリオンを警戒していた。

 だが、牽制しているのか、或は本当に下手なのか、センチュリオンの攻撃がほとんどあさっての方向に飛んでいっている。

 そうなると残るは故障しやすいポルシェティーガーと三式中戦車、もはや様子を見る必要がないと判断をくだす。

 

 

『もしもし由比ヶ浜さん? たしかに俺は牽制しろと言ったが、あそこまでド派手に逸らさなくていいと思うんだが?』

 

『ちゃんと狙ってるし!』

 

『そうよ、比企谷くん。由比ヶ浜さんは真面目にやっているわ。牽制ではなく、きちんと狙ってあの結果よ』

 

『ゆきのん! ……ってその後の言葉おかしくない!? ていうか、私を砲手に選んだのはヒッキーでしょ!?』

 

 センチュリオンの装填手は体力のある戸塚、操縦手は経験者である一色、車長兼通信手は適任者である雪ノ下、そして余った由比ヶ浜が砲手となっている。

 由比ヶ浜も少ない練習時間の中で頑張ってはいた。いたが、やはり短期間でそうそう上手く照準があうようにはならない。

 戦力として致命的だが、それ故に、センチュリオンという戦力だけで見るなら相手が由比ヶ浜の実力を知るわけでもないのでハリボテの脅威になる。

 だからこそ、戦力分断を行った際に相手が放置できない理由となる。それが八幡の一つの狙いである。

 

『そろそろ目標地点に着くぞ。さっき言った通りに動いてくれ。何度も言うが、くれぐれも落ちるなよ』

 

 ポルシェティーガー、センチュリオン、三式中戦車が行動を起こす。三両の戦車が一気に加速し、エリカたちから距離を引き離す。

 その際に、さきほど使われていた煙幕で視界が遮られる。

 

『副隊長!』

 

『慌てる必要はないわ。どうせ苦し紛れの抵抗よ。煙幕が晴れれば一気に叩くわよ!』

 

 煙幕が晴れるとポルシェティーガーのエンジン部から白い煙が上がっていた。

 あれは先程の煙幕とは違う、エンジンの故障での白煙だ。一気に加速した際に過負荷がかかり故障してしまったのだろう。

 そしてセンチュリオンと三式中戦車はそんなポルシェティーガーより先に進んでいた。

 

「ふん、そんな欠陥品なんて使うからよ」

 

 チェックメイト、少なくともエリカはそう思った。

 砲撃が当たらないセンチュリオン、もはやエンジン故障で息の根のポルシェティーガー、そして相手にもならない三式中戦車。

 

『一気に畳みかけるわよ。前進!』

 

 エリカの判断はなにも間違ってはいないだろう。隊列を組んでセオリー通りに倒しにいく。普通ならそれでいい。もし相手が八幡でなければの話ではあるが。

 この決勝戦、大洗が黒森峰に仕掛けた作戦。

 もはや正攻法ではどうにもならないほどの戦力の差、覆すには厳しいの一言ではあまりにも足りない戦力差だ。

 統一された乱れなき陣形、戦略、それに馬鹿正直に挑めば負けることは必須である。

 だからこそ、八幡は戦略会議の時に言った、「まともには戦わない」と。

 一つ、相手は対プラウダ高校用に備えていた重戦車。相手を撹乱することによって距離を走らせ、足回りを攻める。

 これによってただでさえ重い重戦車だ、履帯が外れそっちに手を回さないといけなくなるだろう。

 二つ目、統一された陣形と言ってもそれはマニュアル通りの戦法とまほが指揮しているがゆえに、つまりは指示待ちである。

 言われことを言われたとおりに、たしかにこれは強いのだろうが、自己判断が弱いともいえる。結局は、まほエリカが実質黒森峰を動かしているに過ぎない。

 なら、マニュアルなんてない、予測不能で、でたらめでトリッキーな攻撃を仕掛ければいい。そうすれば一時的にせよ、相手は混乱し、上手く隙を突けば撃破できる可能性が上がる。

 三つ目、八幡がわざわざエリカを煽ってまで追いかけさせた理由は二つ目に当てはまる。つまりは指揮系統の一つ、逸見 エリカを序盤にて潰すこと。これによってもたらされる影響は大きいと八幡は見積もっている。

 問題はどうやって倒すか、答えはすぐにわかるだろう。

 ありえない、そんなことが起きる。戦車道の試合でこんなことをやろうと思うものなどいないだろう。だからこそ、そもそもそれが起こることをを考えもしない。

 

 前進をしたエリカたちの戦車に異変が起こる。一瞬の浮遊感。普通に戦車を動かしているれば味わうことのない感覚。

 なにが起きたか? 答えは簡単だ。落ちたのだ、物理法則に則って。

 

 八幡が仕掛けた罠、それは―――、

 

 

 自分を囮に相手の戦車を落とし穴に落とす。 これが黒森峰ホイホイ作戦の概要だった。

 

 

 ====

 

 

 結論からいえば作戦は成功したといえる。逸見 エリカは俺の煽りに乗ってきた。

 

「いやー、上手くいったね比企谷」

 

「ドンピシャっすね」

 

 ちょっとうまく行き過ぎた感はあるが、ナカジマさんの言う通り作戦は上手くいった。もくもく作戦で残った硝煙筒を使い相手の視界を遮り、目標地点を避ける瞬間を見られないようにして移動、とどめにポルシェティーガーのエンジントラブルで相手を引き付ける。もちろん、このエンジントラブルはわざと。

 そして相手はこちらが用意した落とし穴に見事落ちてくれた。

 落ちた戦車はどれも白旗判定は上がっていない。だって落としただけだしな。けど、自力で落とし穴を這い上がることは不可能なので実質的に倒したことと同義である。

 これでとりあえず第一フェーズは完了、あとは俺の野暮用を済ませてこよう。

 

「ナカジマさん」

 

「はいはい、なにかな比企谷」

 

「ロープとかってありますか?」

 

「ロープ? あるけどなにに使うの?」

 

「ちょっと野暮用に」

 

「ふーん。ま、詳しいことは聞かないけど手短にね。西住さんたちを助けに行かないとだし」

 

「わかってます、そんなに時間もかけるつもりもないので。……あ、ついでに今のうちにエンジン直してもらっててもいいですか?」

 

「それならもうやってるよ」

 

 さすが、仕事が早い。ナカジマさんからもらったロープを手に取り、合図を送ったら引き上げてもらうように指示をする。さて、行きますかね。

 というか、イッツミーはどの戦車に乗ってるんだろうか? まぁ、いいや。三両しかいなんだし、適当に探してもすぐに見つかるだろう。ノックしてもしもーし、と。

 そして運がいいのか悪いのか、どうやら俺は一発でお目当ての相手がいる戦車を引き当てたようだ。ノックして出てきたのがイッツミーだった。ついでにいうと、俺の顔を見た瞬間すごく嫌な顔をされた。

 

「……なにしに来たわけ」

 

 警戒心バリバリである。

 

「あの店、ルクレールでした約束覚えてるか」

 

 用件をちゃちゃっとすませよう。西住達がどうなっているかが気掛かりだ。

 

「……それが、なによ」

 

 どうやら覚えてはいるらしい。なら話は早い。

 

「お前が負けたら西住に謝る……覚えてるだろ」

 

「わざわざそんなことを言いに来たってわけ? 言われなくても―――」

 

 ほう、ちゃんと言うことは聞くつもりだったようだ。ふむふむ、関心関心。けど……。

 

「それはもうどうでもいい」

 

「……は?」

 

 すまんな、そっちは後回しだ。お前にはこっちに協力してもらう。いや、協力せざるを得ない。

 

「大洗が負けたら、まほさんがどうなるか知ってるか?」

 

 無駄なあがきをさせないために、俺はこいつを脅す。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 イッツミーとの悪魔の取引(意味深)を終わらせ、ナカジマさんに合図を送ってロープを引き上げてもらう。ふぅ……これでイッツミーの方は大丈夫だろう。あとはまほさんをどうにかするだけだな。

 

「エンジン直しておいたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺が戻ってきたらナカジマさんにそんなことを言われる。タイミング的によかったみたいだな。ポルシェティーガーも問題なく動くようだ。

 

「あ、そうそう。比企谷、落とし穴なんていつの間に用意したの?」

 

「ああ、あれですか? 別に俺が用意したってわけじゃないんですよ」

 

 基本的に置いて選手が試合会場に来るのは試合当日である。だから俺が落とし穴を用意するのなんて時間的にも物理的にも無理なわけだ。が、だからこそ落とし穴なんてあり得ない作戦を使うことでイッツミーを嵌めることができたわけだ。

 じゃあ結論、俺がなんで落とし穴を用意できたのか? その答えは至ってシンプルである。頼みました。うん、頼んだのである。誰に? ノリと勢いの学校に。

 安斎のやつから試合会場に前日入りするとメールが来た時に、「なら、落とし穴掘ってくれね?」と頼んだのだ。最初は安斎のやつも渋ったが、交換条件として報酬内容をあっちが決めるということで同意させた。

 だから試合前にあいつが来ると思ったのだがなぜか来なかった。なんでだろうか? 寝落ちでもしてんのかね……大いにあり得そうだ。ついでにそのまま報酬内容の方もすっぽり忘れてくれればなおのよし。ウィンウィンの関係である。え?違う?

 というか、落とし穴である。深さもそうなのだが、掘ったあとのカモフラージュが異様に上手かった。たぶんあらかじめポイントを教えてもらっていなかったらわからないレベル。これは素直にすごかった。

 というか、大洗といいアンツィオといい、戦車道以外でのパラメーターが振り切っている奴が多すぎない? もはや戦車道やっていなければ有名になれそうなレベルで優秀なやつが多い。羨ましい限りである。俺なんて戦車のことぐらいしかできないのにそれすら人に誇れるようなもんでもねぇしな。ま、いいんだけどね別に。

 

「とりあえず、西住達のところへ向かいましょう」

 

 

 ====

 

 

 ――遡ること少し前。

 

「やった!」

 

「次は一時のラングだ」

 

「ラングってどれだ?」

 

「ヘッツァーのお兄ちゃんみたいなやつ!」

 

 空に砲弾の雨が降り注ぐ。大洗と黒森峰の戦車が次々と砲撃を行っている。カバチームことカエサルたちが一両撃破し、白旗があがる。

 現在大洗が陣地を構築し、黒森峰がそれに攻め込む形だ。地形の理は大洗にある。

 

「五十鈴殿、やりましたね!」

 

 今度はフラッグ車のⅣ号の砲撃が当たる。

 大洗の攻勢は順調のように見える。実際に攻撃の面においては先程から優勢に立てている。だが……。

 

『ヤークトティーガー、正面へ』

 

 黒森峰率いるまほの表情に一切の焦りはない。

 まほが行った作戦はいたってシンプル。重戦車を盾にし進軍するということだけ。

 みほたちもそれをさせまいと必死に攻撃を行うが、重戦車の堅い装甲にその進軍を止めあぐねている。

 一瞬。ほんの一瞬で状況が変わる。

 勢いでいえば大洗はまさにノリに乗っていたであろう。しかし、それも単純なごり押しで状況が変わる。まるでみほたちの頑張りを嘲笑うかのように。

 迅速な行動と機動力、高い火力、そして貫くことが難しい堅い装甲。パワーバランスでいえばこれほどわかりやすいものはない。純粋に戦えば大洗に端から勝ち目などない。

 

「せっかくここまできたのに……このままだと撃ち負ける……!」

 

「さすが黒森峰……」

 

「マルタの大包囲戦のようだな……」

 

「あれは囲まれたマルタ騎士団がオスマン帝国を撃退したぞ!」

 

「だが……我々にそれができるか?」

 

 大洗の面々に不安がよぎる。このままではやららてしまうのではないか?という不安が。

 一方で、会長率いるカメチームが戦場となっている場所から少し離れたところで戦況を観察していた。

 

「すごい砲撃戦……」

 

「真綿でじわじわ首を絞められているようだな」

 

「こっちもあそこを要塞にするって見越していたようだね~。……まぁ、当然っちゃ当然か」

 

 状況は刻一刻と動いている。現状の状況を判断し、みほは次の行動を決めた。

 

「二両は撃破できた、これだけ潰せれば……。ここから撤退します!」

 

「でも、退路は塞がれちゃっています!」

 

 相手は囲むようにじわじわと攻め込むと同時に退路もきちんと相手は断ってきていた。抜け目はない。

 

『西住ちゃん! 例のアレやる?』

 

『はい! おちょくり作戦始めてください!』

 

 カメチームからの作戦コール。それにみほは迷わず答える。

 確かに抜け目はない。けど、抜け目がないのなら作ってしまえばいい。

 

「準備いい?」

 

「はい」

 

「はいっ!」

 

「おちょくり開始~」

 

 意気揚々と殺伐とした戦場へ向かう38⒯、その向かう途中、もくもく作戦の際に履帯が壊された黒森峰の戦車がやっとこさ戦場に復帰しようとしていたので、丁寧にもう一度壊す。これでもう少し復帰するのに時間がかかるだろう。

 

「うわああっ! 直したばっかりなのにぃ! このぉ、うちの履帯は重いんだぞ!!」

 

 なんとも悲惨な声が聞こえた来たが、そんなこと露知らず会長は声高らかに叫ぶ。

 

「突撃~~!」

 

「こんなすごそうな戦車ばかりのところに突撃するなんて、生きた心地がしない……」

 

「今更ながら無謀な作戦だな」

 

「あえて突っ込んだ方が安全なんだってよ? 比企谷ちゃんが言ってた」

 

「それ嘘じゃないですよね!? 本当に信用していいんですか会長!」

 

「大丈夫大丈夫!……たぶんだけど」

 

「会長!?」

 

 おちょくり作戦の内容はこうだ。戦場に突撃して、相手の隣に張り付いてみましょう。あーら不思議、戦場が大混乱になるでしょう(八幡談)。

 ヤークトティーガーの横に止まる38⒯……もといヘッツァー。はた目から見ると兄弟みたいに見えるが、現場はそんなのほほんとはしていられない。

 

『11号車、15号車! 脇に、脇にヘッツァーがいるぞ!!』

 

 だがしかし、隣にいるからといっておいそれとは攻撃できない。

 なぜなら味方が密集しているのだ。そんななか攻撃などしようものならフレンドリーファイア待ったなしである。

 けど、そんなことなどお構いなしにヘッツァーは戦場を駆け回る。徐々に徐々に、今度は有利であったはずの黒森峰の面々が慌てふためくことになった。

 ヘッツァーを倒すために仲間の視界に入らないようにとするせいで陣形が崩れる。その隙をつく。

 

『申し訳ありません! やられました!!』

 

『私が……』

 

『待て! Ⅲ突がくるぞ!』

 

 ヘッツァーが戦場にもたらしたのは混乱。基本マニュアル通りにしか動いていない黒森峰は、この状況にどう対応していいのかわからず混乱する。未知の答えにアンサーを出すのは容易ではない。常日頃にそういう行動を見せつけられているか知っているかでもないとすぐさまに行動できないであろう。

 そいうい意味では大洗はプロフェッショナルであるといえよう。なんせランキング戦で戦っていたのはあの八幡だ。すぐに気を抜こうものなら一瞬にて倒しにかかってくる、判断を間違えようものなら倒しにかかってくる、状況が理解できなければ倒しにかかってくる。

 そんな理不尽の塊ともいえる相手をすれば否応なしに考えるしかなくなる。どう動けばいいのか、と。

 

「右側がグチャグチャだよ!」

 

『右方向に突っ込みます!』

 

 判断は一瞬、行動は迅速に、みほたちは相手の陣形が崩れたところを抜け、黒森峰の包囲網を脱出することに成功したのだった。

 



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そして、試合は最終局面へと

 現在俺たちは西住たちを追いかけている状況にある。その途中に西住から無線が入った。

 とりあえずあちらも無事に作戦が成功したようだ。

 これでなんとか相手を勝負という土俵へ引きずり込めたと言える。

 ここまでしてやっとこさ土俵に引きずり込めただけ、むしろ本番はここから先だ。

 

 

 ===

 

 

 西住流現当主、西住 しほは複雑な表情で試合を見ていた。

 自身の娘二人がこの戦車道全国大会で戦っている、そのことに関してはなんら不安は抱いていない。しほが気になっているのは娘たちではなくむしろ――、

 

「また眉間にシワがよっているわよ。そんなんじゃ常夫さんから怖がられると思うのだけど」

 

 しほが座っている観覧席にはまわりに人がほとんどいない。

 彼女から発せられているオーラのせいか、本人の険しい顔のせいかは定かではないが。

 そんな近寄りがたいしほに話しかける人物が現れる。島田流現当主の島田 千代だ。

 

「……なにしにきたの? あなたが高校の大会に顔を出すだなんて珍しいこともあるものね」

 

「理由ならわかってるんじゃない?」

 

「なんの―――」

 

「八幡くん」

 

「……ああ、そういうことね」

 

 納得したしほはそれだけを言ってまた試合が映し出されているディスプレイへと視線を移す。

 話題を振った千代は、勝手に納得して話題をぶつ切りに終わらせた親友を睨む。

 

「……なにか?」

 

「なにか? じゃないわよ。ホントに昔から変わらないわね。その仏頂面いい加減にどうにかしたら?」

 

「どうでもいい話をしに来たのなら帰りなさい。今日は大事な試合なのよ」

 

 そう、大事な試合だ。できれば最後まできちんと見届けないといけない。

 

「それはどっちにとってのかしら? まほちゃん? それとも……」

 

 千代が最後まで言い切る前にしほは言う。

 

「愚問だわ……、西住流にとってよ」

 

「……ホントにそういうところは変わらないわね。愚問ついでに聞くのだけど、なぜ婿養子にしようと思ったの?」

 

「…………答える義理はないわ」

 

「……そう、あなたならそう答えるわね」

 

 千代はその返答には特に気にせず会話を続ける。

 

「今回の試合に限っては私はまほちゃんを応援させてもらうわ」

 

 だって、と千代は続ける。

 

「八幡くん、負けたらうちの大学に来るようになってるから。まぁ、言いたいことはそれだけよ」

 

 彼女なりの宣戦布告なのだろう。そういって千代は去っていった。

 そんな千代を一瞥もせず、しほは考え込む。先程言っていた千代の言葉を聞いて少しばかり驚くべき内容が含まれていたからだ。

 驚いたのは千代の言葉にではない、八幡自身の行動にである。

 

「―――自ら退路を断ったと、そういうわけ」

 

 そしてしほは再び視線を戻し、ディスプレイを見つめる。

 しほにはこの試合で何かが起きるという確信があった。

 

「……あなたの戦車道、確かめさせてもらうわ」

 

 ただ静かに、しほはそう呟いた。

 

 

 ====

 

 

「みぽりん。ハチ、どうだったって?」

 

「うん、大丈夫みたい。作戦成功して今こっちに向かってるって」

 

 私がそういうとみんな安堵したのがわかる。作戦の内容もわかってなかったし、当然と言えば当然なのかな。

 

「おお! さすが八幡殿! ……けど、結局作戦てなんだったんですか?」

 

「落とし穴、らしいよ」

 

「……へ? 落とし穴ですか?」

 

「うん、落とし穴」

 

 八幡くんの作戦は落とし穴だった。これは私も聞いたときはビックリしちゃった。

 

「なんと言ったらいいのでしょうか……実に八幡さんらしい、というか。そもそも、いつの間にそんなものを? わたくしたちは今日この場所に来たはずですよね?」

 

 華さんの言うとおり、八幡くんは私たちと一緒にここの会場にきているから落とし穴なんて用意している暇はなかったはずなんだけど……。

 

「そこは答えてくれなかったの」

 

「そうなんですか」

 

「むむっ! そこはかとなく怪しい感じがするっ!!」

 

「それはただの言いがかりでは?」

 

「しかし、落とし穴、落とし穴ですか……これっていうほど簡単じゃないですよね?」

 

「え? そうなの? だって落とすだけでしょ?」

 

「その落とすだけが難しいんですよ。しかも相手は黒森峰、どんな手段を使ったんでしょう? 気になります」

 

「そこは試合が終わってから八幡くんに聞くしかないんじゃないかな?」

 

「それもそうですね。して西住殿、このあとはどのように?」

 

「八幡くんたちが合流次第、この川を渡って市街地に向かうことになるかな」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 ほどなくして八幡くんたちのボコ&レオポン小隊が合流。

 川を渡るために上流にポルシェティーガーから重い順に並んでいって最後に一番軽いアヒルさんが並んで配置完了が完了する。そして私たちは川を渡りだした。

 お姉ちゃんたちとはだいぶ引き離せていると思う。ここにいない会長さんたちが出来る限りギリギリまで妨害するって言ってたけど大丈夫かな? あまり無茶はしなければいいけど。

 今のところここまでは順調。このまま上手く市街地に行ければ……そう思っていた矢先に沙織さんの慌てた声が聞こえてくる。

 

『みぽりん! ウサギさんチームが!』

 

 沙織さんに言われて慌ててウサギさんチームを見ると、戦車がグラグラと明らかに危ない感じに揺れていた。もしかしてエンスト!?

 

『隊長たちは早くいってください!』

 

『後から追いかけます!』

 

 たぶん、黒森峰に追いつかれちゃうから、そう考えての発言なんだろうけど、このままウサギさんチームを置いて先に行っていいの? たぶん、勝つという意味でならウサギさんチームは置いていくのが正しいのかもしれない。早めに市街地に向かって出来るだけ撃退するための態勢を整える。……けど―――、

 

「あぶない!」

 

「このままじゃ横転しちゃう!」

 

「もたもたしていると黒森峰が来るぞ」

 

「でも、ウサギさんチームが流されでもしたら……」

 

 みんなの声に不安が混じりだす。考えてる時間はない。判断が遅くなればなるほど状況は悪化する。

 私がやるべきこと……勝つためにやるべきこと……そして、私がやりたいこと……。私の……戦車道。

 

 あの日の試合から今日までいろいろなことがあった。とくに大洗での出来事は色濃いものがたくさんだ。

 いろいろ考えた結果、私の中で答えが明確になる。なら、あとは行動するだけだよね。

 

『八幡くん』

 

『なんだ?』

 

『ごめん。ちょっと寄り道しちゃうかも』

 

『……そうか。ま、別にいいんじゃないか?』

 

『え? いいの?』

 

 正直に言えば少しは反対されるかもと思ってた。だって、今日の試合で一番勝ちに拘っているのは八幡くんだと思うし。

 そう思ってたら、八幡くんから予想外の言葉が飛んできた。

 

『ワイヤーで戦車固定して引っ張るんだろ? もうこっちは準備できてるから』

 

 私がどうするか悩んでいる間に八幡くんは準備を終えたみたい。……もしかして私がそういう風に行動するってわかってて先回りしててくれたのかな? そんなに私ってわかりやすいかな……なんかちょっと恥ずかしくなってくる。

 

「みぽりん?」

 

「あ、ごめん。なんでもないよ」

 

 改めて思う、私の戦車道。

 

『今からウサギさんチームをワイヤーで固定するのですこし待っててください。固定が終わり次第戦車を発進させますのでそれまで待機を』

 

 黒森峰にいるときは考えたこともなかった。ううん、考えることもしなかったのかな? 西住流としての戦車道をやることが私の戦車道だと思っていたから。

 でも、黒森峰から離れて、大洗に来て、みんなと出会って、戦車道が楽しいって初めて思えて、いろいろなことが本当にあって。

 ここまでこれたのだってみんながいてくれたから、私だけじゃ絶対にこれなかった。

 だから―――、

 

 ―――最後まであきらめないで、みんなと一緒に戦って、みんなで勝つ……それが私の戦車道だ。

 

 

 ====

 

 

「せんぱい、まだですか?」

 

「はやくはやく!」

 

「黒森峰に追いつかれちゃいますよ!」

 

「お前らな……さっきまでぴぃぴぃ泣いてたくせに……」

 

 いやまぁ、丸山のやつだけは平常運転だったけども。あいつ、メンタルが一人だけ逞しすぎる。

 

「な、泣いてませんよ!」

 

「せんぱい、デリカシーなさすぎです! セクハラです!」

 

 ちょっ、百歩譲ってデリカシーないのは認めるとしてもセクハラは絶対に違うだろ。助けに来た先輩にその仕打ちは酷すぎない?

 

 

 ====

 

 

 ウサギチームのエンジントラブルが何とか直り、川を越えることに成功。俺たちはそのまま市街地へと向かっていた。その途中で会長さんたちも合流、大洗の全勢力が終結した形となった。

 もちろんのごとく、市街地へ向かう際にも相手への嫌がらせ……もとい妨害工作は怠らない。まぁ、なにしたかって言うと橋を壊した。うん、壊した。木端微塵のミジンコちゃんである。

 橋は市街地へと向かう際の最短ルートなので、これで黒森峰は遠回りしないといけなくなるはずだ。

 ちなみにどうやって壊したかというと、ポルシェティーガーのエンジンを吹かすことにより橋に負荷を掛けたのだ。いい感じにボロそうだったのもあり、綺麗に橋はこわれましたとさ。

 そんなこんなで俺たちは黒森峰より先に市街地へと着くことができた。

 けど、さすがというべきかなんというか、まほさんはこうなることを想定していたのだろう。市街地に最強の戦士が……いや、戦車がいたのである。

 その戦車の名前は「マウス」、弱そうな名前とは裏腹にその戦車は相当に厳つい。

 まず分類が重戦車の更に上、超重戦車のカテゴリーに分類される。重戦車でもあれなのに超がついているのである。もはやそれだけでどれだけやばいかわかる。重戦車よりカッチカチの防御力、重戦車よりも高い火力、もはやそこにいるだけで圧倒的な威圧感を放つそいつに俺たちは出会ってしまったのだ。

 一両だけちょろちょろしていたⅢ号を追いかけたのたが運の尽き、そこにはでっかい親玉がいましたとさ。

 マウスに遭遇した直後にこちらの戦車がやられた。白旗があがったのがカモチームとカバチーム、もはや瞬殺だった。

 ……まじ勘弁してくれない? あまりにもえげつなさすぎて引きつった笑いしかでないんだが。

 そいつ単体であればまだ現状マシだったのかもしれない。マウス自体に弱点がないわけではないのだ。装甲は相当にぶ厚いが、俺たちの戦車でも側面や背面をきちんと撃ち抜けば撃破できるし、なによりスピードは遅い。普通だったら数で勝っているこちらが有利なんだが、ネックなのがⅢ号である。あいつの機動力と火力でマウスを死守されているせいで上手く攻め込むことができないでいた。

 ……いや、訂正しよう。Ⅲ号は死んだ。マウスの後ろで余裕ぶっこきながら蛇行運転していたのがいけなかったのだろう。俺たちがマウスに向かって攻撃したながれ弾に直撃、そのまま大破した。馬鹿で良かった。これなら勝機があるぞ。

 

『西住!』

 

『八幡くん!』

 

 俺と西住の無線が同時に鳴る。西住の判断が早いようで助かるぜ。

 

『早いとこ片づけるぞ』

 

『うん、あんまりもたもたもたできない。お姉ちゃんが来ちゃう』

 

 本当にそれだ。マウスを残したまま黒森峰のやつらが来てしまえば蹂躙が始まってしまう。選択肢を選んでる余裕はないな。多少なり無茶はしないといけない。

 俺は西住に作戦の概要を教え、そしてカメチームへと無線を繋げる。

 

『会長』

 

『なに? 比企谷ちゃん』

 

『死ぬ覚悟、できますか?』

 

『なっ!? どういうことだ比企谷!!』

 

『それってあのマウスを倒すことに必要なのかな?』

 

『必要です』

 

『死ぬ覚悟ってのは、文字通りの意味?』

 

『死ぬってのは言い過ぎかもですけど、軽くちょっとしたトラウマレベルにはなるかもです』

 

『わーお、それはまたスリル満タンだねぇ~。……うん、いいよ。比企谷ちゃんを信じてやってあげる』

 

『……うっす』

 

『それで? 私たちはなにをすればいいの?』

 

『実は―――』

 

 簡略に作戦の内容を伝える。

 

『それは本当に必要なのか!? 日頃の恨みをぶつけようとしてないよな!?』

 

『河嶋~、比企谷ちゃんが必要っていうんなら必要なんだよ。覚悟決めな~』

 

『うっ……わ、わかりました……。いいか、比企谷!私たちがここまでするんだから絶対に倒せよ! いいな!?』

 

『骨は拾うんで安心してください』

 

『そんな心配はしとらんわ!』

 

 俺なりに緊張をほぐそうとしての発言だったのだが、河嶋さんにはお気に召さなかったようだ。大丈夫ですよ。言われなくても倒しますよ、絶対に。

 

 

 ====

 

 

「なんて無謀な作戦なんだ……」

 

「やるしかなよ、桃ちゃん!」

 

「燃えるね~!」

 

 もはや特攻とでも言わんばかりにヘッツァーがマウスへと突撃する。そしてそのままメキメキバリバリと嫌な音を立てながらその車体をマウスの下へと滑り込ませていった。

 その結果、マウスの履帯は宙に浮き、超重戦車はその場で動きを止まる。

 そしてすかさずM3リーとポルシェティーガーが脇からマウスを攻撃、マウスの砲塔がそちらを向いた瞬間に八九式が加速する。

 

「さあ、行くよ!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 ヘッツァーを踏み台に八九式がそのままマウスへと乗り、そして器用にその上で旋回を行いマウスの砲塔を固定する。これで事実上マウスは動けず砲塔も動かせないただの木偶の坊と化した。

 

『よしっブロック完了しました!』

 

『了解しました。頑張って何とか踏みとどまってください』

 

 マウスの装甲は厚い。だからその装甲を貫通させるにはただ撃つだけでは砲弾は意図もたやすく跳ね返されてしまう。装甲の弱い部分をある一定の角度の一直線の攻撃でしかその装甲を貫けない。だからこそ、マウスの足を無理やりとめ、抵抗できないよう砲台を固定した。

 

「おい軽戦車! そこをどけっ!」

 

「嫌です。それに八九式は軽戦車じゃないですし」

 

「中戦車だし」

 

「このっ! 振り落としてやるっ!!」

 

 上ではマウスの砲塔VS八九式、下ではマウスの履帯VSヘッツァーというなんとも言えない絵面となっている。

 しかも上が頑張れば頑張るほどに下にお鉢が終わってくる。ヘッツァーの車内がメキメキバリバリとさっさよりもさらに大きい音が響き渡る。

 

「なにをやってるんだーー!?」

 

「車内ってコーティング守られてるんじゃ……」

 

「マウスは例外なのかも」

 

 例外もなにも、特殊コーティングは戦車の砲弾に対してであってこんなことを想定して作られているわけではないので、必然的に今の会長たちはミンチ製造機にミンチされる直前のお肉状態である。八幡が言うように、下手するとトラウマレベルの物である。

 いろんな意味で時間はかけられない。

 

『西住!』

 

『うん!』

 

 Ⅳ号とポルシェティーガーがマウスを捉える。狙うは……。

 

「もう駄目だあぁーー!! もう持ちこたえられない!!」

 

「根性で押せ!」

 

「はい!」

 

「気持ちはわかるけど意味ないですから!」

 

 上と下で大騒ぎである。けどそれもすぐに収まるだろう。

 その直後、エンジン部のスリットに二つの砲弾があたり白旗があがる。こうして超重戦車マウスは沈んだのだった。

 

 

 ====

 

 

 さすがにというか、あれだけ無茶をしたヘッツァーはほどなくして走行不能となり白旗があがった。

 ヘッツァーから出てきた会長さんたちはなんともやりきった顔をしていたが、まだ終わってないんですがそれは……。まぁ、なにかしら小言を言われるかと思ったが、そういうことはなく代わりに託されてしまった。

 今更言われなくてもわかってはいたが、あとはもうやるだけしかない。ここまでこれたが、これからが本当の本番だ。

 

『こちらは六両、相手はまだ十二両ですが、フラッグ車は一両です。向こうの狙いはフラッグ車である私たちアンコウチームです。みなさんは相手の戦力をできるだけ分散してください!アンコウは敵フラッグ車と一対一の機会を伺います。レオポン・ボコチームの協力が不可欠です』

 

『あいよ』

 

『前方はもちろんですが、後続のヤークトティーガーや特にエレファントの火力にも十分に注意してください』

 

 西住が次々に他のやつらに役割を与えていく。

 

『比企谷くん、私たちはどうすればいいのかしら?』

 

『し、指示をお願いします』

 

 雪ノ下と猫田が俺に指示を仰いでくる。

 

『さっき西住が言ったことが全てだ。アンコウがフラッグ車との一対一にするために俺たちができるだけ相手の戦力を引き付ける、もしくは撃破しないといけない』

 

『それができないからあなたに聞いているのよ。現状、私たちの技量じゃただ単にやられるのが関の山よ』

 

 たしかに、経験の浅いネコとアリクイじゃどうやっても黒森峰に太刀打ちできないか。

 俺は改めて現状を振り返る。まほさんはフラッグ車である西住たちのⅣ号を追いかけるだろう。そっちにつきっきりになり、全体の指揮はできなくなるはずだ。副隊長であるイッミーは今は穴のなか。なら……。

 

『西住』

 

『どうしたの?』

 

『作戦変更だ。倒せる敵は倒せるうちに倒す。今から全体の指揮は俺にまかせてくれ。そっちはフラッグ車だけに集中してくれればいい』

 

『……、できるだけお姉ちゃんを引き付けたらいいの?』

 

 西住は俺がなにをするか理解したらしい。

 

『ああ、頼めるか』

 

『わかった。けど、あまり無茶はしないでね?』

 

『それは相手次第だな』

 

 西住の無線を切り、今度は全体に無線を繋げる。そして俺たちが今からどう動くかの指示を出す。

 俺が指示したのは、西住の与えた役割に少しだけやることを増やすだけの簡単な作業だ。俺の負担がシャレにならないぐらいにやばくなるけど、そこはまぁ、必要経費だと思おう。

 

「ナカジマさん、あとはこの戦車任せますね」

 

「オッケー、まかせといて」

 

「じゃあ、このチームも解散ですね」

 

 なぜだか俺がレオポンチームに加わったらボコまでついてきてボコ&レオポンチームになったのだ。西住よ、どんだけボコ好きなんだよ……。いや、わかってはいるんだけどもさ。

 

「解散理由はなんにする?」

 

 なんかよくわからないことをナカジマさんは言ってくる。なので俺も深くは考えずによくわからない答えを返す。

 

「方向性の違いってことにしときましょうか」

 

 言って思ったが、バンドかな?

 

「そっか、方向性の違いかぁ。それなら仕方ないね。あ、あと比企谷、私たちの戦車に乗ってくれてありがとね。お陰で修理の方に専念できたよ」

 

 なんかクスクスとわらわれながら俺はポルシェティーガーを降りた。そしてそのまま俺が乗るべき戦車と向かう。

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、選手交代だ。いい感じに今の役職に慣れたところ悪いが、雪ノ下は砲手、由比ヶ浜は通信手に変わってくれ」

 

「あっちはもういいの、ヒッキー」

 

「まぁ、大丈夫だろ」

 

「それで? さっきの無線はどういう意味なのかしら? あなたに全員の位置情報と敵情報を逐一連絡させるのにはなにか意味があるの?」

 

「黒森峰の戦車を全滅させる」

 

 俺の一言でセンチュリオン内の空気が変わる。俺がどれだけ無茶を言っているのかがわかってるからだろう。

 

「すまん、全滅ってのは言い過ぎた。なるべく相手の戦力を減らす。できれば半数以上。不安要素は排除しておきたい」

 

 なるべくあの二人の勝負に水をさされないようにしないと。

 

「……それでも、なかなかの無茶をあなたは言うわね」

 

「そこまで無茶って話でもないぞ」

 

 俺は雪ノ下たちに自分の考えを教える。

 

「ふむ。たしかに、今までの動きが指揮官による統率されたものだったとして、この市街地においてはそれは発揮されないと。いや、でも……」

 

 雪ノ下は顎に手をあて、なにやらぶつぶつ言っている。自分のなかでちゃんとした答えにしようとしているようだ。すこし時間がかかりそうだし、確認作業を先にやっておこう。

 

「由比ヶ浜、砲弾は?」

 

「え、うん。ヒッキーの言うとおりに決められた数しか使ってないよ」

 

「そうか。戸塚、疲れてないか?」

 

「大丈夫だよ、八幡!」

 

 戸塚が俺に元気アピールするように控えめにガッツポーズをしてくる。その姿に逆に俺が元気をもらってしまった。……とつかわいい。うむ、現状大丈夫そうだな。

 

「わざと、わざとなんですか? そうなんですよね? ね? ね?」

 

「うるさいぞ、一色」

 

「なんで私だけそんなにぞんざいな扱いなんですか!? おかしいです! そしょうも辞さないです!」

 

「そんなに元気ならなにも問題ないだろ。大人しくしてろ」

 

 そもそもお前は経験者なんだからわざわざ聞く必要とかナッシングだろうに。

 

「二つ、質問があるわ」

 

「なんだ?」

 

 思考の海から帰ってきた雪ノ下が俺に質問をしてくる。

 

「ひとつめは位置の把握の仕方について、もうひとつはすべての情報をあなたが処理するつもりかどうか」

 

 ふむ、なかなかにいい質問だ。

 

「ひとつめの質問は、さっき各チームにこの市街地を大雑把に分類した地図を渡してきた」

 

 俺は横線をアルファベット表示、縦線を数字で表している地図を雪ノ下に渡す。

 

「これなら場所もわかりやすいし、短い単語で伝えられる」

 

「なるほど」

 

「あと、もう一個の質問の答えならイエスだ」

 

「本気? 西住さんたちの戦車を含めれば全部で六両よ? それを全て同時にだなんて……」

 

「雪ノ下、考え方を変えろ。チェスや将棋で考えればそこまでおかしくはないはずだ」

 

「市街地を盤上に置き換えて戦車を駒に、たしかにそう言われれば簡単そうに聞こえるわね。逆に言うと聞こえるだけなのだけど」

 

 バレたか。

 

「比企谷くん、なにもそこまでする必要はないでしょ? 当初の作戦通り、相手を撹乱して西住さんたちの一対一に持ち込めばいいのだから、無茶をする必要はないわ」

 

「俺がやりたいんだよ」

 

「どうしてそこまで……いえ、私からはこれ以上はなにも言わないわ。隊長である西住さんがいいと言っている時点でこの話は終わっているもの」

 

 雪ノ下は渋々といった感じで了承する。雪ノ下の言う通り、ここまでする必要はない。西住とまほさんが目的地についてしまえばあとは俺たちは時間を稼ぐだけ、倒す必要はない。

 だけどこれは俺のラストチャンスだ。自分の現在の実力でどこまでできるのかが知りるための、自分の今までの努力した結果がわかるための。

 その相手がまほさんの指揮下を離れた黒森峰の生徒だとしても実力はかなりのものだ。相手に不足はない。むしろ十分すぎるぐらいにある。

 

「……この試合が最後だからな」

 

「え? ヒッキー何か言った?」

 

 やばっ、いつの間にか口を滑らせていた。幸いに近くにいた由比ヶ浜に聞かれることはなかったようだが、危ない危ない。なに口走ってんだか。

 

「や、なにもいってないぞ」

 

 そんなやり取りのあと、どうやら相手がお出ましになったようだ。澤からの無線が入る。

 

『黒森峰、あと三分で到着します!』

 

 それが俺たちの最終決戦の始まりを告げる合図だった。

 



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試合は終わり、しかし比企谷 八幡は帰れない

 否定されることは慣れていた。拒絶されるのだって慣れていた。

 それが俺の日常だったし、自分がなんでそんな扱いを受けているかも理解していた。

 一重に……俺が男なのに戦車に乗ろうとしていたからだろう。もっというと、乗る努力をしていたからだ。

 それが一般的な反応。間違いじゃない。逆に正しさの塊だともいえる。

 だから、西住……いや、西住たちの反応は俺にとっては予想外だった。受け入れられるだなんて思ってもいなかった。

 否定されるのに慣れ過ぎて、たとえそれが戦車道というものを知らない故だとしても、俺にはどうしてもそれを素直に喜ぶことができなかった。

 今までいろいろとあいつらと触れ合ってきて、あいつらが俺なんかにもったいないぐらいのいいやつらとわかっていても、それでも俺は……裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 そんなことあるはずないのに、そんなやつらじゃないとわかっているのに、99%信じれても残りの1%が疑うことをやめない。

 プラウダ戦は、そんな俺の独りよがりの心がもっとも醜く浮き出ていた。

 西住は俺が戦車道の全員を信じているんだねと言っていたが……違う、そんな純粋な気持ちじゃない。俺はただ確認したかっただけだ、そうなった場合、あいつらはどうするのだろうかと。

 だから、いろいろと理由をつけて、プラウダの作戦をわかっていたのに、あいつらが危険な目に遭うってわかっていたのに、止めもしなかった。

 俺の行動はすべて打算だ。こう動けばこう動く、信じての行動じゃない。むしろ猜疑心まみれ。

 今思えば、だから俺は戦車道をやめようとしたのだと思う。

 あいつらを傷つけた。それは結局のところ、俺があいつらを信じきれていない証拠を突きつけられているみたいで、そんな事実を直視したくなくて、逃げた。

 でも結局、俺はあいつらのことを気に入っていて、あのまま見捨てることなんてできなくて、あいつらがいるべき場所を失うのが我慢ならなくて、戻ってきた。

 平塚先生に相談し、小町に説教をくらい、雪ノ下たちを頼り、そして生徒会室での西住たちとの会話。

 予想外だったのは西住。

 

『変わらなくていいよ』

 

 その一言はあまりにも不意打ちだった。あまつさえ、

 

『間違ったら今度は私が……ううん、私たちがとめてみせるから』

 

 そんなことをいう。

 あまりにも不意打ちすぎて思わず泣いてしまったのは黒歴史だったが、逆に覚悟が決めれた。

 

 ―――あいつらの居場所を守ろう、と。

 

 西住たちは優しすぎる。けど、世の中はそんなに甘くはない。俺は知って体験している、悪意を。

 間違いだらけの俺という存在は戦車道には必要ない。きっと、あいつらのこれからの戦車道には邪魔にしかならない。不純物、その一言がふさわしい。

 だから、これが最後だ。最後の試合だ。

 決勝戦を乗り越えさえすれば、あいつらはもうなにも気にせずに戦車道ができる。

 だから、その邪魔をするやつは一切容赦はしない。たとえ相手が高校最強とされる黒森峰だっとしても。

 

 

 ====

 

 

 その光景は異様だった。

 それは観客席から見ても明らかな異様さを放っている。観客席でこれなら、市街地で戦っている黒森峰はどのように感じでいるか。

 市街地に黒森峰の全勢力が集まり、試合も佳境に差し掛かる。

 六両対十二両、戦力の差も激しく、また戦車の性能も著しく負けている。

 だからこそ、この光景は異様だった。次々と戦車が撃破されている。

 大洗の戦車が撃破されているなら異様などと表現はしないだろう。むしろ、予定調和でさえある。

 けど、違うのだ。

 次々と撃破されているのは大洗でなく黒森峰の方だった。

 明らかな戦力差であるのに、なぜこうも黒森峰ばかりが撃破されているのか、その答えは……。

 

「ヒッキー、A8、C12、E27、K32、G16」

 

 八幡はその情報と自身が用意した市街地の地図、常に絶え間なく飛んでくる敵情報を照らし合わせ、瞬時に判断する。

 

『アヒルはそのままそのジャンクションを直進、ウサギはそのまま住宅街で敵を挑発、アリクイはこちらと合流、レオポンはアンコウの援護をしてくれ』

 

『『『はいっ!!』』』

 

「一色、今ウサギがやばい、向かうぞ」

 

 情報処理のほうに偏っているせいで必要最小限の単語で話す八幡。それほどに頭の中は相手の動き、味方の動きが入り乱れている。

 市街地戦が始まってから大洗の戦力は今のところ損害はなし、逆に黒森峰は三両もやられていた。

 

「せんぱい! 場所、場所はどこですか!」

 

「K32付近」

 

「もっと詳しく……! って言っても無駄なんでしょうね……」

 

 もう何度目かわからないやりとりに一色はため息をつく暇もなかった。自分で地図をたしかめ戦車をそこに向かわせる。必要になればまた八幡から指示が出る。逆に必要でなければ指示が出ない。

 そんなやりとりが何度も続いている。

 八幡たちのチーム、ボコ&ネコチームは常に市街地を駆け巡っている。それは敵の誘導だったり、敵の殲滅であったりと多種多様だ。

 ひとつだけ言えるのはその動きが異様であること。

 無駄がない、というよりは無さすぎる。相手からすればいつのまにかそこにいて、気づいたときには時すでに遅し、自身の戦車が白旗を上げる。

 仲間を誘導し、相手を誘導し、そして仕留める。それが現在、八幡が行っていることだった。

 まほの指揮下を離れているとはいえ、仮にも強豪校だ。それなのに、だ。盤上は八幡によって支配されているといってもいい。

 黒森峰側をバラバラの個体とするなら、大洗はひとつの生き物のように動いている。

 エリカがいればここまで圧倒的に蹂躙されることもなかったかもしれない。それほどに指揮官がいるいないは致命的である。一瞬の判断の遅れがそのまま負けと繋がっていくからだ。

 もちろん、黒森峰もただやられているわけではない。ターゲットをフラッグ車だけに絞っても、八幡によってそれが阻止されてしまう。

 これが比企谷 八幡の全力である。小さい頃からただひたすらに、貪欲に追い求めて追い求めた結果がこれだ。

 小さい頃から比較対象がいない八幡にとって「ここまででいいや」という概念がない。

 だから妥協はない。彼は自分がやれることはなんでもやった。ただひたすらに、否定され続けようと。なんど挫けそうになっても。

 

 

 

「……まるで愛里寿をみているようね」

 

 しほがいる観客席とは反対方向で試合を観ていた千代はつぶやく。

 八幡が乗っている戦車がセンチュリオンであるのも拍車をかけてそう思わせる。

 千代が八幡のことをきちんと認識したのは愛里寿が彼に懐いてからだ。

 それまではただの親戚という認識でしかなかった。

 愛里寿が他人に懐くのは相当に珍しかったが、きっかけはそれでない。

 愛里寿が八幡と遊ぶためにもちだした戦車のシミュレーションゲーム、それがきっかけだったといえる。

 当時の愛里寿は幼かったとはいえ、相当の実力をもっていた。並みの相手なら戦いにすらならない。蹂躙されるのがおちである。

 千代はそれで愛里寿が八幡をボコボコにしてくれることを願っていた。懐いていた愛里寿には悪いと思ったが、可愛い娘が男に近づいてほしくないという気持ちから、ボコボコにされれば八幡が愛里寿から離れると考えたからだ。

 だが結果から言ってしまえば愛里寿が泣くことになった。

 負けた八幡が愛里寿に暴力を振るったわけではない。純粋に、愛里寿が八幡にボコボコにされてしまったからだ。シミュレーションゲームで。

 その話を聞いたときは最初なにかの冗談かと思った。というか信じられる内容ではなかった。幼いとはいえ、愛里寿の実力は小学生の比ではない。そのまかした相手が男子というのは本当に信じがたかった。

 けど、結果的にはよかったのかもしれない。

 それまでの愛里寿はそこまで戦車道に乗り気ではなかった。が、怪我の功名ともいえるのか、それ以降、愛里寿は戦車道を熱心にやるようになったように思える。

 たぶん、大好きなお兄ちゃんに追いつきたかったのだろう。

 千代的には男には近づいて欲しくなかったが、なにより、八幡に頭を撫でてもらい嬉しそうにしている娘を見ていたらどうでもよくなってしまった。

 それからだろう、八幡を婿養子にしようと考えていたのは。

 それをだ。よりにもよって……。

 

「どうやっても私たちはぶつかりあう運命にあるようね、しほ」

 

 反対側にいる、仏頂面の親友に向けるように千代はそうつぶやいたのだった。

 

 

 ====

 

 

 市街地の廃校舎、そこが私たちが決めたお姉ちゃんとの決着の場。大洗のみんなのお陰でなんとかここまで誘導することができた。

 ここの出入口は一つだけ、そこでレオポンさんチームのみんなが門番をやってくれている。私たちの戦いに邪魔が入らないように。

 この場所に来てから、私とお姉ちゃんは互いに睨みあっていた。相手の動きを窺うように、一挙手一投足見逃さないように。

 失敗は許されない。けど、不思議と、私の心は落ち着いている。

 

「……みほ、決着を着けよう」

 

 お姉ちゃんはいつもと変わらない表情でそういってくる。

 

「……受けて立ちます」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 最後の戦いが始まった。

 睨みあっていた私たちは、互いに旋回しながらゆっくりと動き出す。

 そして睨みあっていた中央広場を抜け、先に私たちの戦車が建物内を逃げるように進む。

 この建物内は結構入り組んでいて、射線を遮ることができる。

 一発でもまともにもらったらダメ……うまく活用していかないと。

 そんな私の考えを遮るかのように砲撃音が鳴り響く。

 私たちの進路方向を予想してお姉ちゃんが榴弾を発射したみたい、道が瓦礫によって塞がれしまう。

 その直後にガラガラと、戦車の駆動音が聞こえてくる。お姉ちゃんが近づいてる……!

 このままだと逃げ場はない。なら……。

 

『全速後退!』

 

 私の指示は間一髪だった。

 相手の砲塔と私たちの戦車がほぼ同時にぶつかり、ぎりぎりのところで射線から外れる。

 とにかくチャンスを……チャンスを見つけないと!

 焦る気持ちを抑え深呼吸する。

 焦っちゃダメ、チャンスは来る。そう自分に言い聞かせる。

 そこからは互いに攻め、攻められの攻防になった。

 互いに距離をとり、すきあらば撃ちこむ、そんなやりとりを繰り返す。

 相手の砲撃は直撃はしていないけど、それもギリギリのところで躱せているだけで、いつまでもこの状態が続くとは思えない。

 それに相手の火力が高い分、こっちが不利だ。

 ぐるり、ぐるりと建物内を周り、そしてまた中央広場で睨みあう形となる。

 これ以上やっても埒が明かない。やっぱり、相手の一撃をかわしてその隙に叩き込むしか……。

 

「優花里さん! 装填時間さらに短縮って可能ですか?」

 

「はいっ! まかせてください!!」

 

「行進間射撃でも可能ですが、0.5秒でもいいので停止射撃の時間をください。確実に撃破してみせます……!」

 

 華さんと優花里さんから心強い宣言をもらう。

 ならあとは……。

 

「麻子さん、全速力で後部に周り込むことってできますか?」

 

「履帯切れるぞ」

 

「大丈夫、ここで決めるから……!」

 

「……わかった」

 

 勝負はこの一瞬。みんなの思いを、私たちが頑張ってきたのは今この瞬間のために!

 

「―――前進っ!!」

 

 

 ====

 

 

 いつの間にか戦車が動かなくなっていた。

 おかしい、まだそんなに相手の攻撃を喰らってはいないから動けるはずだ。

 違和感はそれだけじゃなかった。気づけば由比ヶ浜たちの動きも止まっていた。

 なにやってるんだ……まだ、終わってないだろ? そう声をかけようとして気づく、割れんばかりの大歓声と拍手が起こっていることに。

 

「……は、なんだこれ?」

 

 これじゃ……これじゃまるで試合が終わったみたいじゃないか。

 

「なにって、あなたさっきのアナウンス聞いてなかったの?」

 

「どう……なっ……」

 

 さっきまで頭を酷使していたせいか、うまく呂律がまわらない。

 そんな俺を見て、雪ノ下はため息をつきながら呆れたようにいう。

 

「全部終わったわ」

 

 雪ノ下のその一言で理解する。

 

「そう……か」

 

 結果は聞くまでもない、嬉しそうに雪ノ下に抱き着く由比ヶ浜の喜びっぷりを見ていたらわかる。

 そう思える程度には頭はまわるようになっているみたいだ。

 しかし、終わった……終わったのか。

 この試合が終われば自分の中で何かしら思うところがあると思った。だって、最後だぞ? こいつらとの戦車道はこれで最後だ。

 

「……なんもねぇな」

 

 俺は誰にも聞かれないように、そう小さくぽしょりとつぶやいた。

 

 ―――結局、本物は手に入らなかったらしい。

 

 

 ====

 

 

 そんでもって西住たちがいるであろう最初のガレージに戻ってくると、西住が全員にもみくちゃにされていた。

 え、やだなにあれ、めっちゃ近づきたくねーんだけど。

 

「……帰るか」

 

 よし、帰ろう。

 

「帰るなし! まだ表彰式が残ってるでしょ!」

 

 ちょ、由比ヶ浜さん、大きな声出すのやめてもらっていいですかね? そんなに大きな声出されたら……。

 

「あ、せんぱいだ!」

 

「なに!?」

 

「八幡! お前もこっちに来てまざれ!」

 

 いやいや無理だし。俺もお前らと一緒に西住をもみくちゃとかそれはもはやただのセクハラ。まだ臭い飯を食べたくないので遠慮します。

 

「……勝手にやってろ」

 

 もう帰らせて。八幡、疲れた。我が家のベッドが恋しい。表彰式とかどうでもよくね? 優勝したんだろ? わっちを自由にしくれでありんす。

 

「西住!」

 

 河嶋さんが西住を呼びつける。なんかちょっと河嶋さんの雰囲気がおかしい。……いや、おかしいのはいつものことか。

 

「……西住、この度の活躍、感謝の意に絶えない。本当に……本当に、あ、り……がと……う……!!」

 

 もはや後半、涙でぐちゃぐちゃで何言ってるかわかりませんよ、河嶋さん。

 あと、この号泣は絶対にいじられるやつだな、これ。今のうちに合掌しておこう。な~む~。

 

「もう、桃ちゃん泣きすぎ……」

 

 そういう小山さんもうっすらと涙を浮かべていた。それほどに嬉しいんだろう。

 

「西住ちゃん」

 

「あ……はい」

 

「この学校、廃校にならずに済むよ」

 

「はい!」

 

「私たちの学校、守れたよ!」

 

「はいっ!!」

 

 互いに確認しあうかのように言葉を紡いでいく会長と西住。

 そして会長さんも相当に嬉しいのだろう。西住に抱き着いた。

 

「ありがとね」

 

「いえ、私のほうこそありがとうございました」

 

 そして各々、今日の試合の話を始めだす。あれ? 表彰式は?

 

「よーし、来年もやるぞ戦車道!」

 

「「「おおーーーー!!」」」

 

 いや、バレー部は? さすがに両立とか……うわぁ、やりそうだなこいつら。

 

「次は頑張ろう」

 

「頑張るずら」

 

「頑張るぞな」

 

 アリクイ、君らも頑張ってたと思うよ、うん。まぁ、もうちょっと筋肉つけよう。途中でギアチェンがうまくいかなくて撃破されちゃったもんな、お前ら。

 

「私たちも頑張ります!」

 

「うん!」

 

「目指せ重戦車キラ~」

 

 え? それ目指しちゃうの? なかなかに大変じゃない?

 

「今夜は徹夜して、戦車が自走できるくらいまでには直すよ!」

 

「オッケー」

 

「まかせろ」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 あそこはおかしい。うん、断言できる。会長がブラック思考かと思っていたが、違ったんだな。ナカジマさんたちがブラックそのものだったんだ!(なにいってんだ俺?)

 

「勝鬨でござる!」

 

「「「えいえいお~~!!」」」

 

 カチドキとくれば極みだな。俺も神様になれば働かなくて済むんだろうか?それならヘルヘイムの実を食べてみたい気もする。でもあれ、すごくまずそうなんだよなぁ。やっぱやめとくか。

 

「そど子~~~!!」

 

 気づけば、今度は冷泉が園さんをハグしていた。

 あれ? みんなハグしてる? ハグってる? 俺も今、このビッグウェーブにのれば戸塚にハグしても許されるんじゃね? もう、ゴールしてもいいよね? 邪な気持ちなんてないよ? ただ戸塚と喜びを分かち合いたいだけでですね。戸塚は? 戸塚はどこ?

 きょろきょろと戸塚を探していたら突然西住に腕を掴まれる。

 

「え、ちょ、西住?」

 

「八幡くん、一緒に来て」

 

 どこに? と聞く前に目的地に着く。というか、目と鼻の先だった。そこは大洗が集合していたと同様に黒森峰が集合していた場所だった。

 

「お姉ちゃん!」

 

 どうやら西住はまほさんに用があるようだ。てか、俺いらないと思う。

 

「優勝、おめでとう。完敗だな」

 

 まほさんは負けた側とは思えないほどに清々しい笑顔でそう言う。なんかいろいろと彼女の中で吹っ切れたのかもしれない。

 

「お姉ちゃん……これでもう、八幡くんは婿養子じゃなくなるんだよね?」

 

 あれ、そっち? 西住よ、もっと言うことがあるでしょ。まさかそのためにわざわざ俺を連れてきたのか。

 

「――――。ああ、そうだな」

 

「よかった!」

 

 よっぽど俺にまほさん取られたくなかったんだな。西住、めっちゃいい笑顔である。

 

「八幡」

 

「え? は、はい。なんですか?」

 

「ありがとう」

 

「いえ、俺は別に―――」

 

 俺の言葉は最後まで言うことができなかった。それはなぜか? ハグされた。もう一度言う、ハグされた。誰に? まほさんに。

 

「お、お、おおおお姉ちゃん!?」

 

 落ち着け西住、まほさんを見てみろ、すごく落ち着いている。……なんでこの人、こんなに落ち着いてんの? 爆弾投げた自覚なさそうだな、おい。

 というか、まほさんが抱き着いたと同時に大洗側からなんかすごい悲鳴が聞こえて来たんですけど……。え? あの場所に俺は戻らないといけないの? それと黒森峰側はなんか誤解してきゃーきゃー言ってるし、イッツミーがものすごい形相でこっちを睨んでるんだが、怖い怖い怖い!

 

「どうした、みほ?」

 

 なんできょとんとしてんですか。西住が池にいる鯉のように口をパクパクさせてるし、ちょっとこれはすぐに動けそうにないですねぇ……。

 

「……いや、まほさん、いったい何を?」

 

「? お礼だが」

 

 なんでアメリカンスタイル……。そこはドイツ式で行きましょうよ。

 

「お、お姉ちゃん!」

 

 あ、西住がもとに戻った。

 

「みほらしい戦い方だった」

 

 まほさんは片手を差し出す。これって握手しようぜ的なあれか。

 西住は反射的にその手を掴む。

 

「……よく、頑張ったね」

 

「……! う、うん!」

 

 いい話だなー。

 あそこでぷんすこ怒っている武部たちのところへ帰らないといけないのがなんだけど。

 

「なにやってるのハチ!」

 

「いや、俺は悪くないだろ……」

 

「ふふ、八幡さん」

 

 やっだ、笑顔が恐いよ五十鈴さん。目が笑ってない。

 

「八幡殿、あああ、ああいうのはこう、親しい間柄でやるべきですよ!」

 

 いや、それは俺も思ったよ?

 

「八幡、とりあえず頭撫でろ」

 

 空気読んでください冷泉さん。自分の欲望に素直にならないで。

 

「西住からもなんとか言ってくれ」

 

「……むぅ」

 

 だめだ。西住は大好きなお姉ちゃんをとられて拗ねてらっしゃられる。……味方がいねぇ……。

 

「ほら、表彰式に行くぞ」

 

 これ以上は付き合ってられん。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 そうして、長い長い決勝戦は幕を閉じる。

 表彰式には俺は立たない方がいいといったのだが、全員に無理やり連れていかれてしまった。

 そんなこんなであとは帰るだけとなる。さて、駅に向かいましょうかね。

 

「どこに行こうとしてるんだ君は」

 

 帰り支度をしていると平塚先生にそんなことを言われる。

 

「や、なにって、帰るんですから駅に向かおうかと。早くしないと帰りの電車がなくなりますよ?」

 

 そう言うと、平塚先生にめっちゃ深いため息をつかれた。

 

「人の話を聞いていないな、比企谷」

 

 話? それって表彰式のあとのやつか? あんときはひたすらに睡魔と戦うのに精一杯で話聞いてなかったな。

 

「聞いてますん!」

 

「素直に聞いてないと言え!」

 

 ひ、ひいぃっ! ちょっとしたジョークだったのに。

 

「で、話がどうしたんですか? それって帰ることよりも重要なんですか? 重要じゃないなら帰りたいんですけど」

 

「どんだけ帰りたいんだ君は……」

 

 いや、そんだけ帰りたいんですよ。疲れたし。

 

「今日はもう電車には乗らないぞ」

 

「……は?」

 

 平塚先生はわけのわからないことを言ってくる。乗らない? それじゃ帰れないだろ……。

 

「黒森峰と大洗で旅館に泊まることになっている。相手方のご厚意でな。だから今日は電車には乗らないぞ」

 

 ………は?

 

 



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それでも、比企谷 八幡の考えは変わらない

「……いや、宿泊って。それなら俺は尚更いらなくないですか?」

 

 というか、必然的に俺の居場所がないだろ。女子だらけのところに放り込まれるのはいろんな意味であきらめてはいる。もはや俺が戦車道に入った時から避けられないことだからな。けど、それにしたって今回の宿泊に関しては俺は余計にいらない。

 

「君はなにか問題でも起こすつもりなのか?」

 

「いえ、ないですけど」

 

 余計な疑いを掛けられたくなかったのでスパッと言ってやった。

 

「なら問題はないな。ほら、さっさと行くぞ。彼女たちは先に行ってる」

 

 いやおかしい。どうしてそうなる。

 

「平塚先生は仮にも教師ですよね?それなら普通は止める立場なんじゃ……」

 

 この人は俺がなにかやっかいごとを起こすとは思わないのか?平塚先生の立場ならむしろ面倒ことはしょい込みたくないだろうに……。

 

「仮にもはとはなんだ、仮にもとは。失礼な奴だな。比企谷、私は君を信用しているんだよ」

 

 俺は不覚にもちょっと感動してしまった。たぶん、疲れていたせいだろう。その証拠に、俺の感動は直後にボッシュ―トされることになる。

 

「あと、君が来ないと宿泊代を払わないと行けなくなる。切実に我が校にお金はない。よって君は来るしかないわけだ」

 

 ないわー。その理由は聞きたくなかったわー。いや、めっちゃ納得したけども。あまりにも説得力がありすぎて自分でも納得してしまったほどに。というか、俺が宿泊する条件とかホワイ?と首を傾げるんだが。

 

「……ちなみに、わざわざ大洗の分の宿泊費を払ってくれるという奇特な方は?」

 

「西住流の……」

 

「あ、もうわかったんでいいです」

 

 平塚先生が最後まで言いきる前に被せる。

 いや、だいたいは予想出来てたけどね、うん。……しかし、しほさんはどういうつもりなんだろうか?なんの意図があってわざわざ俺を指名なんてしたのか。

 たぶん、今回ので西住家のわだかまりというか、そんなのはある程度払拭できたはず、であると思う。少なくとも姉妹の間のすれ違いは消えたと思われる。

 ま、それは関係ないとして、理由は……うん、さっぱりだな。疲れているせいか上手く思考も回らんし、本人に直接聞くか。……聞けるかな?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 失敗した失敗した失敗した。

 どうして……なんで、こんなことに……。こんなはずじゃなかった。こうなるなんて思いもしなかった。これは……全部俺のせいなのか?俺が、俺が招いた結果なのか?軽はずみな俺の行動のせいで……。

 

 最悪の事実に気づいた俺はめまいを覚える。

 これはあんまりだ。最悪だ。世界に神がいるとしたら俺に嫌がらせをすることしか考えていないんじゃないかと勘ぐってしまうほどに、それほどに俺は打ちのめされていた。

 もう進んだ針は戻らない。溢れた水はもとに戻らない。こんなにも自分を許せないのは初めてだ。

 ああ、くそっ。本当に、本当になんでこんなことに……。

 

 

 

「―――寝過ごしちまった」

 

 本当になんで寝過ごしてしまったのか。戸塚とのお風呂タイムが、俺の唯一の楽しみが無残にも消え去ってしまった瞬間であった。

 俺はゆっくりと時間を巻き戻す。いや、物理的にではなく、記憶をという意味で。

 飛べよーー!!!と心の中で叫んで俺は思いだす。

 

 あのあと、平塚先生と一緒にこの宿に来てチェックインを済ませた俺は自分の部屋へと向かった。

 そして俺の部屋には先にもう人がいた。もちろん俺と相部屋である。もちろん女子ではない。もちろん戸塚である。

 ひゃっほー!やったぜ!俺はなんて運がいいんだ!とその時、心の中ではしゃいだものだ。今に思えば絶望はこの時に俺に迫っていたのだ。くーるー、きっとくるー、というやつだ。あれなんで医療番組なのに貞子なんだろうか?謎だ。

 いや、今はどうでもいい。その絶望の名前は「睡魔」、俺はこいつによってこんな状況に陥れられたのだ。

 最初は軽く眠るつもりだったのだ。だってめちゃくそ疲れてたし、軽く頭痛かったしで体調が最悪だったのだ。戸塚との楽しい宿泊ライフを過ごすために俺は仮眠という選択肢を選んだ。……いや、選んでしまった。

 途中、たぶん飯かなんか戸塚にゆさゆさと体を揺すられたような記憶がある。けど俺はたぶん無意識で「後で行くから」と朝に小町に起こされる時と同じことをいったような気がする。

 それで起きた試しは一度もない。

 結果俺は爆睡。あまにも眠りが深すぎて戸塚も俺を起こすことをためらったのだろう。なんて慈悲深い。マジ天使。小町だったら寝てる俺の上にまたがってくるからな。勘弁して欲しいものだ。だって重いし。

 そして起きたら夜中1時だった。

 

 はい、回想終わり。

 ウソだどんどこどーん!

 ……思わずオンドゥル語がでてしまった。

 

 しかしあれだ。こんなにも絶望しているのに腹は減る。ひとしきり寝たおかげか体調は悪くない。けど、今から飯といっても夜中だ、コンビニに行くしかないか。

 いや、その前に風呂入るか。そのまま寝たから汗が気持ち悪い。

 

 俺はそっと動く。寝ている戸塚を起こさないように慎重に。

 たしか、ここの宿の温泉は24時間入れたはず、チェックインのときにそんなことを平塚先生が言ってたと思う。

 飯のことは風呂に入りながら考えるか。晩飯……いや、もう夜中だから夜食か、それをなににするか、そもそも周りにコンビニってあるのかしら?

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「あ~、生き返るぅ~」

 

 露天風呂からみる夜景はキレイなもんだ。

 ここの風呂、というか温泉、混浴である。いや、ちゃんと普通のほうは男女に分かれている。

 けど、普通のほうは入れる時間が過ぎていた。24時間入れるのは混浴である露天風呂しかなかった。

 正直、俺に入らないという選択肢なかったので、時間も時間だし大丈夫だろうということで入っている。

 ちゃんと入る前に誰か入っていないかはチェックした。

 もちろん俺がのぞいたわけじゃない。従業員の人に確認してもらったのであしからず。

 

 ゆったりと湯に浸かりながら考える。

 飯のことじゃなく、今後のことを。いや、飯も大事ではあるんだが。

 俺がやろうとしていることはあいつらからすれば裏切りそのものだろう。それをわかってる上で俺はやる。もう、そう決めたからな。

 

 かれこれ30分ぐらいゆっくり湯船に浸かり、俺は温泉を上がる。

 いい湯だった。心なしか大分疲れも取れた気がする。なんかそういう効能でもあったんだろうか?あとで調べてみるか。

 それよりも今は風呂上がりの一杯をどうするかだな。MAXコーヒーがあれば最高なんだが……。

 

 適当にぶらぶらと、旅館内の自販機を探していたら運よくMAXコーヒーを発見できた。

 それだけで俺のここの旅館の評価は最高値になった。

 俺は迷わずコイン連打、とりあえず二本だけ買って涼みがてら旅館の外にでる。

 外は夜中ということもあり静まり返っている。ただ鳴り響くのは虫の声だけだ。

 そして俺はさきほど買ったMAXコーヒーを開けグイっと飲む。慣れ親しんだ甘さがいい感じに俺になじんでいく。

 やっぱ疲れた時にはこれだな。MAXコーヒー最高である。

 

 俺はMAXコーヒーの一本目を飲み終え、なんとなくあいつに迷惑がかかるだろうと思ったが電話をかける。

 ぷるる、ぷるる、ぷるると三回のコール音が鳴り、相手に繋がる。

 

『……お兄ちゃん、今何時だと思ってるの?』

 

『夜中の二時だな』

 

『わかってるならいいんだけどさ……。で?どうしたの?』

 

『なんとなく小町の声が聞きたくなってな』

 

『何言ってんのお兄ちゃん。明日……ってもう今日か、帰ってきたら普通に小町に会えるんだからわざわざこんな時間に電話しなくてもいいじゃん。小町がこれいじょう大きくなれなかったらお兄ちゃんのせいだからね!』

 

『大丈夫、俺は今のままのお前で十分だと思ってるから』

 

『小町的にはもうちょっと大きくなってほしいんだけど……』

 

『……人の夢って儚いよな』

 

『夢も希望もあるんだよ!―――んで、お兄ちゃん。もう一度聞くけど、どうしたの?』

 

『いや、だから小町の声が……』

 

『それもあるんだろうけどさ。それだけじゃないでしょ?』

 

 さきほどまでの陽気な小町の声がワントーン落ちる。いや、真剣味がました感じか。

 我が妹ながら鋭い。この鋭さを勉強の方に活かせれればいいのに……。

 

『まぁ、なんつうか、今日いろいろあったからな』

 

『優勝したんだもん、そりゃいろいろあるでしょうよ。あ、そうそう。お兄ちゃん、カッコよかったよ。みほさんの次にだけど』

 

 余計な言葉をつけないでくれない?素直にカッコよかったって言ってくれよ……。

 

『西住はイケ魂だからな』

 

『イケ魂?なにそれ』

 

『イケメンの魂』

 

『……お兄ちゃん。それ、絶対にみほさんの前で言ったらダメだからね』

 

 え?ダメか?

 

『ちょっと話がズレちゃったね。それで?』

 

 小町がはよ話せと急かしてくる。話題を逸らせるかと思ったがダメらしい。

 

『小町、俺の話を聞いても怒るなよ?』

 

『それは話しの内容次第』

 

 それなら俺が今から話すことは100パー怒られる内容なんだが……。

 

『戦車道、やめようと思ってる』

 

『………どうして?』

 

 思いのほか小町の反応は淡白だった。話題に興味ないか、俺の発言を予想していたか、たぶん後者だな。

 

『それが一番いい結果になるから』

 

 俺は自分が思っていることをそのままいう。

 

『なるわけないじゃん!そんなわけないよ!お兄ちゃん、間違ってるよ!』

 

『知ってる』

 

『知ってるって……なんで……戻ったのに……』

 

『別にそこまで気にすることじゃないだろ』

 

 俺は言い聞かせるように言葉を発する。

 

『別に今生の別れってわけでもないし、転校するわけでもない。ただ、俺が戦車道をやめるだけだ。なんなら戦車には頼めば乗せてもらえるだろうし、別になんも変わんねーよ』

 

『……もう、決めたの?』

 

『とっくの昔にな』

 

『お兄ちゃん、小町がこのことみほさんたちに話すとか思わないの?』

 

『別に話したいなら話していいぞ。早いか遅いかの違いでしかないし』

 

 まぁ、できるなら俺自身でちゃんとあいつらに伝えたいけど、小町がそうしたいなら止めはしない。

 

『話す……わけないじゃん。話せるわけないよ、こんな話。だってこんなの……』

 

 小町はその先を言わなかった。けど、俺はそのまま小町が言おうとしたことを言う。

 

『裏切り……だろ?だから知ってるって』

 

『……わかった、小町はこれ以上なにもいわない。けど、お兄ちゃん』

 

『なんだ?』

 

『みほさんたちがただで黙ってると思わない方がいいよ』

 

 それも知っている。けど……。

 

『俺がなにも対策しないと思ってるのか?』

 

『対策とかそういう話じゃないし!お兄ちゃんのバカ、アホ、ニブチン、八幡!』

 

 一方的に悪口をまくしたてられて切られてしまった。

 あと八幡を悪口のカテゴリーにいれるのやめてくれない?

 

 俺は買っていた二本目のMAXコーヒーを開ける。

 なんでか、いつもより少し苦く感じたの気のせいだろう。

 

 

 ====

 

 

 ハッピーエンドとはなにを指してハッピーエンドというのか。

 ありていに言えばゲームのエンディングだとかだとそういう表現がある。

 魔王を倒して世界は救われました、ハッピーエンド。囚われの姫を救いだすことができ、ハッピーエンド。

 そのほかにもまぁ、いろいろあるが、結末の一部分だけを切り抜きハッピーエンドといっているわけだ。

 しかし、だ。ハッピーエンドのあとが幸せだと決まっていない。

 

 例えば勇者。魔王を倒したがゆえに、倒してしまったが故に恐れられる。恐怖の存在として。世界を支配していた魔王を倒せるそいつは魔王以上の脅威とも見て取れる。だから恐怖し、疎まれる存在となるかもしれない。

 

 例えば囚われの姫。助けられた後に重い病気にかかり死んでしまう。

 

 極端といえば極端だが、ない話とは言えない。

 つまり俺がなにがいいたいかと言うと、ハッピーエンドにはあとがあり、手放しに喜んでいいものじゃないということ。その一部分だけを切り抜けば確かにハッピーエンドだろう。けど、その後がハッピーエンドとは限らない。

 

 これを現在の大洗に当てはめる。

 無事に戦車道全国大会を優勝できた。これは素直に喜んでいいことだ。そこを否定する気はない。が、先のことを考えると俺という存在は邪魔になる。

 一重に、俺という存在が西住たちの戦車道の妨げになるということ。

 

 今回の戦いはテレビ中継されている。尚且つ、うちの生徒も大多数試合を観に来ていただろう。

 だから、否応にも俺の存在が知れ渡ることになる。たぶん、変な噂なんかも流れ出しているだろう。別に俺はそれに慣れているし気にもしない。

 

 けど、そういうことじゃない。俺がいることで西住たちにとばっちりがいくのは嫌だ。

 戦車道は女子の嗜み、往々にしてそれが世界の常識だ。だから俺はこの世界には相容れない。

 そういうやつがいるというだけで戦車道が敬遠され、あいつらが戦車道を楽しめなくなる可能性がある。

 それが絶対にそうなるという確証はない。だが、絶対にそうならないという確証もない。

 なら、俺の取る行動は一つだった。

 

 

 ====

 

 

 あの激闘の決勝戦が終わり三日がたち、西住たちは一躍時の人なった。

 無名の高校が強豪校を打ち破り優勝。字面だけでもやばい。

 もはや学校はお祭り騒ぎ、とくに西住は隊長ということもあってか校内での人気がこれでもかというぐらいに鰻登りとなっていた。

 ラブレターやら告白まがいの行為が日々敢行されていた。

 しかし本人は付き合う気はないらしく、告ったやつは例外なく全員全滅している。時にはサッカー部でキャプテンでしかもイケメンというリア充爆発しろと言いたくなるようなスクールカーストの上にいるようなやつの告白も西住は断っている。

 そんなことがいろいろと起きている今日この頃である。主に西住しか話していないが、それだけ西住の日常が激変したわけだ。

 ほかのやつらはまぁ、いつもより人に話しかけられるようになった程度。西住ほどの変化はない。

 あと余談だが、武部にも念願のファンレターが来た。差出人は商店街の人たちからだったけど、本人も喜んでたしそれでいいのだと思う。

 

 それがあいつらの話。ここからは俺の話だ。

 

「どったの比企谷ちゃん、話があるっていってたけど」

 

 戦車道の授業前、俺は会長にあることを頼んだ。

 

「ランキング戦のあれを決めたんで」

 

「あー、結局誰も比企谷ちゃんに勝ってなかったんだっけか。まあ、約束は約束だしね。いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ずっと、考えてた。

 全国大会の決勝戦が終わったあの時から。

 

 ずっと、考えてた。

 何がいいのか、わるいのか。

 

 ずっと、考えて考えて考えた。

 俺にとっての最適解。西住たちの戦車道にとっての最適解。

 いまだに明確な解答を導きだせそうにはない。だが、ひとつだけわかりきっていることがありはする。

 

「―――戦車道、やめていいですか?」

 

 俺が胸に抱くこの思い。きっと、この願いは歪だ。

 



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比企谷 八幡の抱く思い、彼女たちの決意

 必須選択科目の授業のこの時間。

 いつもなら戦車が走行する音や主砲から放たれる砲弾がとびかっている、もしくは楽しさがあふれる談笑が響く倉庫前。

 しかし、今日はいつもの賑やかな雰囲気とは違いこの場所に似つかわしくもない静寂が空間を支配していた。

 普段とは違う空気、不安そうにしている戦車道のメンバー。

 その中でいつものように変わらないのは、俺と会長だけのように思える。

 まるでその静寂は、俺が放った一言を書き消してしまったのではないかと錯覚する。

 誰もが口を開かないのは、喋ってしまうことで事実が確定しまうからか。

 なら、俺はもう一度言葉を紡ごう。ゆっくりとしかしてはっきりと、これが現実であることを再確認するように。

 

「戦車道、やめていいですか?」

 

 静かなせいで嫌に俺の声が響く。そして俺の言葉に返事をくれたのは会長だった。

 

「比企谷ちゃん、戦車道やめたいの?」

 

「……まぁ、そういうことになりますかね」

 

「こりゃまた唐突だね」

 

「前から考えてたことなんで」

 

 プラウダ戦のあと、自分の気持ちに気づいたときから決めてたことだ。優勝したらやめる。

 

「……無理やり入れたのはこっちだから比企谷ちゃんをとめることはできないけど……それでいいの?」

 

 いつもの飄々とした雰囲気ではなく、わりと真面目に会長がそんなことを聞いてくる。

 はいともいいえとも言わず、俺は会長の問いにただ静かに頷く。

 だって良いも悪いもない。戦車道は女子の嗜みで俺は男で、いるのがおかしくて間違いだらけだ。

 もともと戦車に乗れたこと自体が奇跡といってもいい。それで尚且つ公式の試合に出れて、最後だけだったが全力で試合をすることができた。ならこれ以上はもう俺には充分すぎるし、贅沢だ。

 ずっと昔から戦車に乗りたかった。そのために頑張ってきたし、そのためだけに頑張ってきた。だが、それは正しくはなかった。戦車は女子の嗜み、だから、戦車に乗るために頑張るのは間違えている。

 間違って間違って間違って、否定されても間違って、挫折しても間違ったままで。俺はずっと間違えてきた。

 けど、その間違いの中で、大洗を優勝させたことは誇っていいのかもしれない。それだけは……間違いじゃないのかもしれない。

 ふと、奉仕部で雪ノ下に言われたことを思い出す。

 

 ―――比企谷くん。あなた、度しがたいほどに自意識過剰よ。

 

 雪ノ下の言うとおり、俺は自意識過剰なのだろう。

 誰もが俺を気にかけて、誰もが俺のことを気にしていると感じるのはあまりにも滑稽な話しだ。ナルシストにも程がある。

 男である俺が戦車に乗ることを否定をされ、悪意を向けられるのは自業自得だ。俺だって間違っているのをわかってて戦車に乗っている。それはいい。だが、その悪意が向けられるべき俺ではなくこいつらにむかう可能性がある。

 それは俺の考えすぎで、勝手な徒労なのだろう。実際にそういうことが起きるとは限らない。けど、起こるかもしれない。

 なら、自意識過剰と言われようと俺は鈍感ではいられない。過剰に過敏に、人の悪意の可能性を考えることをやめることができない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「どしたの、澤ちゃん?」

 

「ど、どしたのって……なんで比企谷先輩を止めないんですか?」

 

「どうしてもなにも、ランキング戦で比企谷ちゃんが負けなかったら好きな願い事が叶って、逆にみんなが比企谷ちゃんに勝てたら願い事が叶う。なにか間違ってる?」

 

「そ、それは、そうですけど……」

 

「で、でも、やっぱり納得いかないですっ……!」

 

「だってさ、比企谷ちゃん。理由、説明してあげたら?」

 

 会長が俺に説明するように促してくる。

 たぶん、説明をしてもこいつらは納得はしないだろう。けどまぁ、聞きたいというなら聞かせてやるのが世の情け。

 俺がやめる理由なんていろいろあるが、一番の理由は……そうだな。

 

「俺がもう戦車道にいらないってことだな」

 

 この一言に尽きるだろう。

 

「せんぱいはいらなくないですよ! 今まで私たちをいっぱいたすけてくれたじゃないですか!」

 

「そうですよ!」

 

 澤たちが必死の表情でこちらを見てくる。その姿は、自分が如何に懐かれていたかを如実に教えてくれる。

 それにしても懐かれたもんだ。俺って年下に好かれやすかったりするんだろうか?

 そんなことを考えながら、俺は自分の考えをまとめる。今までは助けになれた。けど、今後がそうとは限らない。

 

「戦車道の全国大会で優勝できた。それで廃校する心配もない。勝ちに拘る必要もない」

 

 俺がここに戻ってきた理由を思いだせ。

 

「俺は優勝するために会長に呼ばれただけだ。別に戦車道に入りたかったわけでもない」

 

 もう一度戻ってきたのは優勝するため、廃校を防ぐためだ。

 

「それに知っての通り、戦車道は女子の嗜みだ。男の俺がいていい理由は優勝したから消えたんだよ」

 

「で、でも、そんなの私たちは気にしません。私たちはせんぱいがいい人だってわかってますし!」

 

 私たちは気にしないから男の俺でもいても問題はないと坂口は言う。そういう問題じゃないし、そもそも俺はいい人でもないんだがな……。

 

「お前らがどう思うかなんて関係ない。問題はまわりがどう思うかだ」

 

「そんなの気にしなくても―――」

 

「噂、流れてるだろ?」

 

 どんな噂かまではわからない。けどやはり、それは今までと似たり寄ったりだと思う。

 俺の言葉で澤たちは押し黙る。自分たちのなかでいくつかこころあたりがあるのだろう。

 

「戦車道を楽しく続けたいなら不確定要素は消せ。俺はお前らの邪魔にしかならない」

 

「で、でも……」

 

 それでも納得がいかないのか、澤たちが必死になにかを言おうとしている。

 

「こ、コーチ? やめるって嘘ですよね?」

 

 そして今度は近藤が俺に話しかけてくる。

 

「話聞いてただろ。嘘じゃねぇよ」

 

「比企谷、根性が足りないんじゃないのか!」

 

「根性で解決するほど単純な話じゃないだろ、磯辺」

 

 お前はいい加減根性でどうにかしようとする癖をどうにかしろ。

 

「私たちのコーチをするって話は嘘だったのか!」

 

 いやいや、そんな約束してないよね?……してないよな?

 あまりにも自信満々で言われたせいで言ってないはずなのに自分を疑ってしまう。

 

「そんな話いつしたよ……というか、それは俺が戦車道やっていようがやってなかろうが関係ないだろ……」

 

「ん? そういえばそうだな」

 

「納得したか?」

 

「納得した!」

 

「「「キャプテンっ!?」」」

 

 納得しちゃったよ。なにがしたかったんだこいつ……。

 

「―――ねぇ、八幡くん」

 

「なんだ、西住」

 

 今までが不気味なぐらいに大人しかった西住が俺に話しかけてくる。俺に何を言うか決めたってところか。

 西住や武部たちとはいろいろあった。本当にいろいろと。だから俺の行動に対して一つや二つ恨み言を言われてもおかしくはない。その権利はこいつらにある。

 

「生徒会室で私が八幡くんに話したこと覚えてる?」

 

 不安そうに、なにかを確認するように、そう西住は俺に聞いてくる。生徒会での出来事を忘れるわけがない。黒歴史的な意味も含めてだが。

 

「……覚えてる。それがどうした?」

 

「八幡くんはいつだって誰かのために頑張れるすごい人だよ」

 

 西住が言うほど俺はそんなに上等な人間じゃない。

 

「……なにがいいたい、西住」

 

 いまいち西住が俺に言わんとしていることがわからない。

 

「えっと、ごめんね? 要領がわるくて」

 

「いや、それはいいんだが……」

 

 えーと、うーんと、西住は自分の中の答えを明確にしていく。そして、

 

「きっと八幡くんがさっき言ったことは正しいんだと思う。戦車道は女子の嗜みで、男の人が乗るのは普通のことじゃなくて、世の中では間違ってることなのかもしれない」

 

 けど、と西住は言葉を続ける。

 

「それでも、八幡くんと一緒に戦車道をやりたいって思う私の気持ちも間違ってるのかな?」

 

「――――。西住……」

 

「八幡くんがやめるのはとめない。けど、最後にチャンスをくれないかな? それがダメだったらあきらめるから」

 

 西住はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

「……それが全員の総意ってことでいいのか?」

 

 西住が全体を見まわし、各々が肯定するように踵を返す。

 

「―――ってことみたい、かな」

 

「はぁ、わかった」

 

 よくわかった。お前らがどういうつもりなのかも、このまま俺がやめたとしても納得なんてしないことも。

 まあこうなることはなんとなくだが予想はしていた。

 俺が戦車道をやめるには一つ問題がある。だからこそわざわざランキング戦の報酬を使ってまで戦車道をやめようとしたのだから。それで納得してくれれば話は簡単だったのだが……。

 結局、問題というのは、俺が勝手にやめてしまった場合こいつらのことだ、そのことを気に病んで戦車道を楽しめなくなる可能性があった。

 なら、今ここで西住の提案を受け入れることは悪いことじゃない。ことじゃないが……。

 

「……西住、そのチャンスをやるには条件がある」

 

 もちろんただとは言わない。なんせもともとは俺が受けなくていい提案だ。

 

「もし俺が勝った場合は今後一切戦車道には関わらない、それが条件だ。それでも飲むか?」

 

 俺の提案を受け、西住の瞳が一瞬揺れる。しかし揺れたのはほんの一瞬で、覚悟を決めた瞳が俺を捉え見つめてくる。

 

「もともとないチャンスだもん。……受けるよ、八幡くん」

 

 もう少しぐらい悩むそぶりを見せくれてもいいんじゃない? ほんと西住って生まれてくる性別が違ったらモテモテだろうに。あ、いや、今もモテモテか。

 

「あ、みんなの意見を聞かないで勝手に決めちゃった……」

 

 あんだけ意気揚々と俺に宣言した姿はどこへやら、西住はあわあわと取り乱し始める。

 

「うむ、隊長殿の判断なら我らも同意見だ」

 

「そうですよ西住先輩! なにもしないであきらめるぐらいなら私たちはあがきます!」

 

「つまりは根性だな!」

 

「キャプテン、それは違うかと……」

 

「まぁ西住ちゃんの決定ならみんな文句はないと思うけどねー。勝負内容を聞かずに受けたのはどうかと思わなくはないけど」

 

「……勝負内容があのボードゲームなら詰んでるな」

 

「あっ」

 

「あって、みぽりん、もしかして……」

 

「き、気づいてなかったんですか西住殿!?」

 

「なんともみほさんらしいですね」

 

 やだ西住さん、即答したのはどんな内容でもやってやるという自信じゃなかったの?

 西住がお慈悲を……という潤んだ目でこっちを見てくる。

 いや、うん、まあいいけどさ。もともとどういう勝負内容にするかは決めてたしいいんだけどね。

 

「勝負内容は模擬戦、というより実戦だ。それでそっちが勝てば俺は戦車道に残る、俺が勝ったら今後一切戦車道には関わらない。シンプルだろ?」

 

「え、実戦って……」

 

「八幡殿、まさか戦車一両で我々に勝てるとでも?」

 

「あほか、そんなのどうやっても無理だろうが」

 

 アホなことを言う秋山にツッコみをいれる。

 

「で、ですよね……。しかしそうなると試合のほうはどうするのですか? 八幡殿の言うう通りなら我々と戦うんですよね?」

 

 たしかに今の状況で俺が使える戦力はあの戦車だけになる。

 秋山の言う通り、このままでは勝負にすらない。まぁ、このままなら、ではあるがな。

 

「比企谷くん」

 

「なんだ雪ノ下」

 

「私たちを戦力に数えてるならやめなさい。あなたの手伝いはしないわよ」

 

「いや、別に戦力に数えてないからそんなに睨むなよ……」

 

 ただでさえお前の目つき怖いんだからそんなに睨まないでくれる? お前らの力を借りようとか虫のいいことは考えてないから。

 

「じゃあ、あなたはどうするつもりなのかしら?」

 

 雪ノ下の問いに対する答えは簡単だ。

 俺はその問いに対する答えを持っている人物に振り向いた。そう、会長に。

 

「8月のエキシビションマッチ、それを利用させてもらってもいいですか?」

 

 エキシビションマッチ。大洗が優勝した記念に他校との合同でエキシビションマッチが行われる予定……であるはずだ。俺の記憶が間違いなければ。

 

「なるほどねー。たしかにそれなら比企谷ちゃんの戦力はどうにかなるか」

 

 会長はうむうむと頷く。

 その話を横で聞いていた河嶋さんが会長に尋ねた。

 

「しかし、あれはまだどこの学校とやるかは決まってなかったかと思われますが」

 

「たしか、たくさんの学校から参加の申し込みが来てるんだっけ?」

 

 河嶋さんの言葉に小山さんが補足をいれた。まじか、そんなに参加希望者集まってるのか。

 

「じゃあ比企谷ちゃん、ついでに頼むよ」

 

「いや頼むって、いきなりなんですか」

 

「参加する学校を決めてきてくれない?」

 

「は?」

 

「どのみち比企谷ちゃんをリーダーにすることを認めてもらわないとだし」

 

 うわ、これ体よく面倒ごとを押し付けられているパターンじゃねーか。しかも質が悪いことに俺に拒否権がないのである。

 

「日程が決まり次第、比企谷ちゃんに連絡するからよろしくね。さ、じゃあいつも通り練習を始めよっか、悔いを残さないために。西住ちゃん、号令よろしく~」

 

「え? あ、はいっ!」

 

 そうしてさきほどの静けさは消え、いつも通りの騒がしさが戻ってくる。

 西住の号令が響き渡り、各々練習へと向かいだす。

 さきほど、会長が言った「悔いを残さないために」という言葉が耳に残っていた。

 西住たちは今日からエキシビションマッチまでの短い時間であるが練習をやる。それが西住たちの悔いが残らないようにするための一歩なのだろう。

 なら俺はどうだろうか?

 俺は……俺はたぶん、どうやったって悔いが残るような気がする。エキシビションマッチの結果がどっちに転ぼうと、俺が望む結果が来たとしても、たぶん後悔はするのだと思う。

 結局、俺がやっていることはただの精神が未熟なガキのわがままだ。

 知りたいものがある。欲しいものがある。ただそれだけのために西住たちを振り回しているのだから。

 たぶん、周りから見ればさぞ酷く醜いに違いない。自分でもそう思う。

 

 ―――だって、俺が抱く思いはいつだって間違っているのだから。

 



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