逆行のアルシェ (時見酒)
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1話

 コツコツコツコツ――という規則正しいブーツのヒール音をたてながら、一人の少女が日も暮れかかった帝都アーウィンタールの街中をとある場所へと向かっていた。

 ()の彼女にとっては、初めて歩く道筋だが、()の彼女が何度となく通った道ゆえに、その歩きに迷いはない。

 深くかぶった茶褐色のフードのせいで顔立ちはわからないが、急ぎ足で歩くために風でひらめいて奥から時折、サラリと肩辺りまでの長さの金の髪が見える。

 

 四大神の神殿が並ぶこの辺りは、騎士達の警戒も厳しく治安が良い通りだ。

 だからこそ、彼女のような少女が夕暮れに一人で歩いていても問題は起きない。

 ――もっとも、身長と同じくらいの長さの魔術文字が刻まれた細いアイアンロッドを持ち、深いフード付きの全身を覆い隠すようなローブをまとう彼女の姿は、小柄な魔法詠唱者以外には見えず、魔法詠唱者の地位が認められているこの帝国で、そんな輩相手に何かする相手がいるとは思えない。むしろ、あやしすぎるその風貌に騎士達から訝しげににらまれる有様だ。

 そんな視線に多少辟易としつつ、観光名所である大闘技場から聞こえる歓声を聞き流し、やがて前方に目的の店の看板を見つけた。

 

「……あった」

 

 ――――歌う林檎亭。

 林檎の木から作り出した楽器を使った吟遊詩人が集ったと言われる酒場を兼ねた宿屋である。

 繁華通りにある最高級の宿屋には劣るものの、店内は明るく、掃除も徹底されており、居心地はそれなりに良さそうな店だ。

 ここは()の彼女にとって、思い出の残る大切な場所でもある。

 彼女……アルシェ・イーブ・リイル・フルトの目的は、この宿屋を拠点としているワーカー、『フォーサイト』の仲間になり、金を稼ぐこと。

 そして、遠くない将来に起こる()()悲劇を回避させることがきっと自分の使命なのだと信じて、店の扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 アルシェは物心が付く頃から、奇妙な夢に悩まされてきた。

 その夢は、場面場面を切り取ったような至極断片的なものだったが、夢と一言で済ますには余りにも強すぎる現実感があった。

 だが、成長するにつれて、この夢は『誰か』の生前の記憶ではないかと彼女は気がついた。

 というのも、夢はだんだんと長くなり、気がついたときにはその『誰か』の人生を対体験していたからだ。

 

 記憶は二人分。

 一人目は、今の名前と同じ、アルシェ・イーブ・リイル・フルト。

 二人目は、アルシェ・イーブ・リリッツ・フルト。

 

 どちらもフルト男爵家の長女アルシェであり、看破の魔眼というべきタレント持ちであり、その生い立ちすらも似たものであった。

 

 魔法学院で将来を有望視される天才であったが、鮮血帝により、フルト家は取り潰され没落。

 貴族としての見栄を忘れられず、放蕩生活を続ける両親。それに対して、姉であるアルシェを慕う双子の妹達。

 両親の借金を返済するため、そして妹達の生活費のために、学院を辞めてワーカーになるものの、前述の両親のせいで借金は減らないばかりか増えるばかり。

 結果として、借金返済のために一攫千金を狙い、貴族からの依頼で王国にある化け物どもの巣窟を探索した結果、仲間達は全滅。

 

 仲間達の決死の犠牲の元、逃げたものの。

 その後のアルシェの人生は二通り。

 

 同じ名前のリイルは、墳墓の中にある夜空の森というありえない場所で、恐ろしい吸血鬼の化け物に追いつめられ喰われる……と言うところで記憶は唐突に終わる。

 恐らく、リイルはそこで気絶して殺されてしまったのだろう。

 

 もう片方のリリッツは、その吸血鬼に殺されはしなかったものの……性玩具として辱められ、変わり果てた仲間の姿を見せられ反抗心を折られ。

 仕方なく玩具として生活するが、帝国の辺境伯となった彼らに元貴族としての知識を教えたことで、褒美として赦免となり、愛しい妹達と暮らせるようになった……と言うところでこの記憶は終わる。

 

 どちらの人生が幸いかはわからない。

 リリッツの人生は殺されなかったことと、妹達と暮らせたという点では幸せかもしれないが、それでもそれまでの人生は年端も行かない子供が見るものとしてはふさわしくないし、リイルの夢は余りにも壮絶すぎた。

 

 もちろん、そんな酷い夢、夢とも思えない現実感に、幼い頃は両親やまだ生きていた祖父に自分の見た夢の話をした。

 

 だが、誰もまともに話を聞いてくれない。

 特に家が取り潰されることや借金漬けになるなど、子供の見た悪夢だと決めつけられ、それでも何度も話すことから、不謹慎だと怒られ、不気味な子だと白い目で見られる。

 やがては、いない子供として育児放棄スレスレの酷い環境で彼女は育つことになった。 それゆえ、アルシェは夢の話を他人に話すことはなくなったし、夢の中で短い人生を繰り返すせいで、アルシェの精神年齢は他の子供よりも高くなっていた。

 その精神年齢と不憫だと手を差し伸べてくれた使用人達が居なければ、彼女は生きて行けなかっただろう。

 

 しかし、夜毎見る夢は続く。

 

 嫌な汗をかいたまま、真夜中に飛び起きる。

 そして、枕元に置いた手鏡で自分の顔をのぞき込み、自分が幼い自分であることにほっとする。

 そんな毎日を繰り返すうちに、自分の顔形が成長するに連れて夢の中のリイルとリリッツそっくりになっていくことに気がついた。

 ならば、あの二つの記憶はこれから起こる未来、もしくは()の自分の記憶だろうか? とうっすらと思うようになった。

 

 やがて10歳になる頃にはアルシェは、前の自分が取得していた第三位階までの魔法を全て使用できるようになっていた。

 

 本来であれば、魔法学院に入らなければ取得できないはずなのだが、夢の中で何度も学んだせいだろうとアルシェは考えた。

 その上、アルシェの看破の魔眼から見える自分の魔力は前の自分よりも遙かに高い気がした。さすがにあの化け物共と比べれば陳腐なものだが、具体的に言えば師匠であるフールーダと同じくらいか、それより少し高いくらいであろうか。あくまでも、前の記憶と比べるというのならだが。

 

 部屋の中で鏡を見ながら、アルシェは考える。

 

 今の自分なら、師匠に目をかけてもらえるのは間違いないし、使用できる位階が上がることは純粋に手札が増えることにも繋がる。

 

 記憶の通り順調にいけば、数年後に魔法学院に入ることになる。

 そして、それから少しすると家は取り潰され、借金にまみれるが、それを止めるつもりはない。

 両親に対する恩や愛情など全く感じないからだ。

 こんな自分でも慕ってくれる妹達や、手を差し伸べてくれた一部の使用人のために働くならともかく、あんな両親のために働く必要性も感じない。

 いない娘として扱われた記憶は消えない。

 

「……ちょっと早いけど、さっさと学院に入るべきかな」

 

 そうするには、どうしたら良いか。

 まず、そこから彼女は考えることにした。



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