短編 むしうた  (ひとくちサラミ)
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―小さな遭遇―

初投稿。物語でいうプロローグ的な話。



 これは最強指定を持つ虫憑きである“かっこう”の、小さな出会いの物語。

 

 

 その日、“かっこう”は与えられた虫憑き捕獲任務を終え、休息とばかりに路地裏の壁を背に座り込んでいた。

 欠落者にした虫憑きは、すでに手配した隊員に預けてある。任務に同行した隊員たちも解散させたし、あとは自身が報告しに帰還するだけだ。

 けれど思わず腰を下ろしてしまったのは、きっと、いや確実に疲労が溜まっていたのだろう。

 ここ最近はあちこちに駆り出されている状態だ。どこも人手が――というより、戦力が足りないのだ。自分を要請するのは理解できる。

 

 “かっこう”は特環で最強の虫憑き――【一号指定】なのだから。

 

 その強さは然ることながら、他の虫憑きに引けを取らない。自分ほど虫憑きと戦い、彼らを欠落者という夢の脱落者にしてきた者はいない自負がある。そうした戦績と、特環の用意した服装も相成って、多くの虫憑きから『悪魔』と呼ばれている。

 言動もわざとそれらしくしているため、彼らには恐れと憎しみを向けられている。

 

 フッと“かっこう”は自嘲する。

 本当に一般人である『薬屋大助』とはかけ離れたところに来たものだと。

 虫憑きになったときから始まった戦い。

 そこから休む間もなく戦い続けてここまで来たが――少しだけ休みたいと思うのは、いけないことだろうか。

 もっとも、自分の体は実に正直で、しばらくここから動かなさそうだ。と笑った。

 膝を立て、そこに額をのせるようにしてバランスを取る。少しだけ、眠って――。

 

 そうして“かっこう”が意識を落として間もなく、

 

 ―――彼らは運命の邂逅を果たす。

 

 ****

 

 味久利洋介〈ミクリ ヨウスケ〉は今を時めく中学生だ。――うん、変な自己紹介なのは自覚している。自分でも思った。

 改めて、味久利洋介はどこにでもいるような見た目平凡な中学生だ。気性は穏やかで、争い事は好まない。

 ふらふらとあちこちを漂っては、「何か面白いことはないかなー」と気ままに動いている。休日はいつもそんな感じだ。

 だからこそ、土曜である本日も、また新しい街に足を延ばしてふらふらと歩いていた。

 

 彼がそこへ向かったのは、単なる偶然だ。決して狙ってとかではない。そもそも今だってテキトーに道を選んで歩いているだけなのだ。狙いようがない。―――適当に歩いている割には迷子にならないのが不思議だが。

 そうしてやってきたのは、不自然なほど人がいない空間。たった今、封鎖が解かれましたよ、と言っても過言ではない広い公園だった。一見して普通の公園――には残念ながら見えない。ムリ。地面や遊具に不自然な跡がありすぎる。

 足元に大穴があいて、遊具にはどんだけの力が加わったんだ、と問い詰めたくなるような切り裂かれた跡。―――あきらかに戦闘痕ですねわかります。

 

 夏の日照りの暑さの元。アイスバーを口に加えて突っ立っていた洋介は、だらだらと冷や汗を流していた。

 

(よし、帰ろう。一刻も早く。ここを離れよう。それがいい。それに決定。おれは何にも見なかった。何も見てない。オーケー?)

 

 混乱する頭を鎮めるように情報を整理する。洋介の知る限り、戦いってのは碌な事じゃないし、碌なことにならない。特に洋介の場合は、どれも自身に迷惑を被るものばかりだった。それは洋介の体質に関わってくるのだが、割愛する。

 自分にできるだけの気配感知をビンビンに研ぎ澄ませながら、戦闘があっただろう公園からは一切目を離さずに、一歩、二歩と下がっていく。

 十分な距離を取ることが出来たときには、身の安全からホッと安堵のため息を溢した。

 

 とりあえず、何にも起こらなかったのは幸いだ。

 

 踵を返して、今度はスムーズに足を運びながら歩き出す。もう二度とさっきのような緊張感は御免である。せっかく買ったアイスの味がわからなくなったではないか。一時的にだが。

 人気がないことを考えると、まだこの周辺は危ないかもしれない。そう思った洋介は、少々惜しみながらも、残りのアイスをさっさと片付けた。もちろん、ゴミはゴミ箱に捨てましたよ。マナーは守りますよ。常識じゃないですか。

 さてはて、そうした経緯がありまして。当然ながら一刻も早く帰ろうとしたのですが、

 

 ―――道の端に人の投げ出された足があったとしたら、どう対処したらいいですか?

 

 あきらかにフラグですよね、これ。「事件のニオイがする!?」ってヤツですよね。………どうしよう。いや、まじでどうしよう。死んでる?いや、死んでるかな?そしたら警察呼ばないとだよね。

 見間違いとかは――ないな。黒いズボンと靴がしっかり見えてます。嫌だなぁ。帰りたいなー。このまま何も見なかったことに――それで死んだらおれが見捨てたってことになるよねーアハハハ。

 

(……詰んだ!おれの人生詰んだ!)

 

 くっ、まずは確認しないことには始まらないか。もし死体だったら警察に。怪我人だったら――怪我の度合い次第で救急車。犯人居たら、逃走しよう。そうしよう。おれは非力なんだ。ごめん、助けは呼んでくるから―――よし、脳内シュミレート完了。

 一歩ずつ慎重に。気配を殺して。よーし、よしよしいい感じ。このまま行くぞー。傍から見たら不審者っぽいぞー、おれ。だれも見るなよー。見るなよー。むしろ人いたら誰でもいいからこの場所代わってくれよコンチクショー。

 せっかく危険から遠ざかったと思ったのに…今度は自分から近づくだなんて…。これが上げて落とされるってヤツか。くそう。

 

 そーっと、そーっと。

 

 路地裏に続く壁に張り付いて、ゆっくりあちら側を―――――ってあれ?

 いない…だと。被害者だけだと…!?おれの犯人居たら逃走計画が微塵にっ!!

 ……いや、ちょっと待って。こっちの足投げ出してる方被害者とか言ったけどさ。めっさ怪しいんだけど、こやつ。格好が。全身真っ黒ってどうよ。しかもコートまで着とるし。え、某組織の黒ずくめさんですか?こっちが犯人なパターンですか?――ええぇ、どっちだよ。

 仕方ない、といった表情で。人目もないし遠慮なく黒ずくめの正面に回り込む洋介。顔が見れるかと思ったが……ごっついゴーグルでほとんど覆われてました。

 

(おまえホントになんだよ!!)

 

 どっから見ても悪じゃん。悪役ジャン。絶対悪役ポジションにいるよこの子。悪の組織に所属してるよ。正義の味方にやっつけられた後だよ、今現在。

 一度そう思ってしまうと、次々と妄想が膨らみ――気づかなくていいことに気づいたりする。

 まさか、さっきの戦闘痕の公園こいつか!?やべぇ。それはやべぇ。まずいぞ。ひっじょーにまずい。

 おれ、戦えません。無力な一般市民。コイツ、戦エル。少なくとも正義の味方とやりあえるくらい。

 ……逃げよう。ごめんよ、少年。善良な市民なら助けたかもしれないけど。悪の組織っぽいヤツはちょっと、素直に助けられないや。後で、ここから十二分に離れた後で。救急車呼んどくからさ。それで勘弁してくれ。

 たぶん意識のない彼から近づいたときと同じく、そーっと下がろうとしたとき。少年の服の一部がもぞもぞと動いたと思ったら、何かが飛び出してきた!!

 

「――――ッッッ!!!!」

 

 必死に声を押し殺したおれ偉い!絶対!表彰モン!!

 眼は閉じちゃったんだけどね。反射で。おかげで何が来たのかワカラナイ。……かつての友に知れたら怒られそうだ。ぜったい拳骨降ってくるぜ。

 そろーっと目をあけまして、自身を見下ろす。…負傷した形跡はなし。痛みは特になかったから、毒とかの攻撃もなし。で、少年は意識不明のまま――つーことは、少年じゃなくて、別の『意志ある何か』がこっちに来たってことで……うん、考えながら気づいたけどさ。

 

 肩になんかいる。

 

 よし。吸って―吐いて―。はいっ、掴んだ。掴んだ。なにこれ固い、虫っぽい。はい、ご対面ー。

 ……緑色の虫だった。ちょっとデカい気もするけど。虫だね。見た目。

 掴んだままだとあれなんで、ちゃんと掌に乗せてやった。男の子ですから。虫は平気です。

 ゴの付くヤツは、おれの速さを図る良きライバルです。一切の情け容赦なく殲滅しますが。

 脱線したんで戻ります。

 

 ふむ。見る限り、逃げ出しもしないし、人に懐いている気がしますね。これは。

 まさかコヤツのペットか…!!おおぅ。変わったペットをお持ちで――って、あれ。ちょっと待てい。キミ。おい、そこの虫くん。ちょっと傷ついてたボディが治ってはいませんかね。

 

 …やばい。マジか。ちょっとマズイかもしんないぞ。おれの加護体質に反応してる。――こいつ、ただの虫じゃない? 『意志ある生物』か。

 ちょ、まずいんだけど。なんか非常に嫌な予感がする。してきた。逃げよう。

 咄嗟に虫を飼い主の方に放り出し、なりふり構わずに逃げ出そうとしたそのとき。最悪は起こった。―――飼い主が目覚めたのだ。

 

 武骨なゴーグルから覗く赤いライトが、洋介を捉えていた。

 

 ****

 

 “かっこう”は深い眠りの中にいた。今日は珍しく悪夢を見ていない。久方ぶりの心地よい微睡の中でいつまでもこうしていたいと思わずには居られないほどだった。

 しかし、何事にも終わりはやってくる。きっと煩い上司が“かっこう”を起こすだろう。急かすように。早く戦え、戦場へ戻れと。そうしてこの微睡は終わるのだ。

 

(ここから抜け出たらならまた、自分は夢を追い求める戦いに身を投じなければならない。だからそれまでは――)

 

 けれど、今回ばかりは違った。

 

 眠りを揺り起こすように感じたのは、自身に起きた異変。

 疲れ果てた体に、湧き上がるような活力が戻ってくる。夢を削られた心が、気力を取り戻していく。

 

 “かっこう”は最初、“ねね”辺りの回復系能力を持つ虫憑きが、自身に治療を施しているのだと思っていた。しかし、すぐに違うとわかった。あれは傷が回復しても、体力や流れた血は戻らない。ましてや、夢を削られた心を回復させるなんて芸当ができるはずがない――と。

 そしてここで疑問が生じる。

「自分を回復しているのは誰だ?」――と。少なくとも特環にそんな虫憑きは存在しない。上層部が隠しているならば別だが。そんな虫憑きが確認されたという話も、噂すら聞いたことがないから無いだろう。―――ならば。未確認の虫憑きか。

 今まで上手く隠れていたのかもしれない。しかし怪我人で意識がない自分を放っておけなかったのなら、お人好しに違いない。

 

 兎にも角にも、まずは相手の面を拝まないとな――。

 

 

 “かっこう”は今日心地よい微睡から、初めて自分の意志で抜け出した。

 

 ****

 

 悪の手下が起きた。やばい。逃げたい。ワロス。ごめん、最後のは余計だった。けどおれがかつてないほどの危機に陥っていると察してくれると助かる。てか察してくれ。状況で。

 とにかくこの場から全力で立ち去りたかった。

 慎重に。気づかれないように。重心を後退させて―――ガシッ、腕を掴まれました。オワタ。

 あははは。お宅も非常に元気になったみたいで。良かったよかった。良かったついでにその手を放してくれるとおれとしてはとても助かるんだけどナー。そこまでガッチリホールドしなくていいと思うんだよ、うん。――てか離せやコラァ。

 しかしさすが悪役。こちらの事情を一切無視してくる。おい、一応命の恩人に向かってその態度はなんだ。思うだけで言わないけれども。

 ってか、無言でじっと見つめてくるのをやめてほしい。怖いから。

 

「お前――何者だ?」

 

 射抜くような視線で告げられたその言葉に、おれは嫌な予感がした。非常に。とてつもなく。

 だけどここで逃げるのは悪手な気がするのは間違いない。だって絶対気絶で捕獲コースだ。んで、研究所かなんかに連れて行かれてデッドエンド。バッドエンドではなくデッドです。

 

 

 このときおれは知らなかった。

 この小さな遭遇が、後の物語に大きな歪みをもたらしたことを。

 

 

 これは、おれにとっては最悪で、彼にとっては最高の邂逅の物語。

 

 

 

 




いかがでしたか? メンタル弱いので苦情はカンベンしてください。




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ー小さな遭遇-②

…続いたでござる。


”かっこう”に捕獲された主人公、果たしてどうなる!?
ちょいシリアス。


 目が覚めた先で顔を上げれば、驚いた顔の少年――まだ中学生くらいだろう――が居た。黒髪に黒目の平凡な顔立ちで、服装も大して変わらなかった。

 周囲に人影が見当たらないことからも、治療したのは目の前の少年で間違いない。

 驚きと焦りが浮かぶ顔で下がろうとしていたので腕を掴む。すると少年はわかりやすく硬直した。虫らしき影は見当たらない。オレが起きると察して隠したか。

 かっこう虫が肩にのる。その体から傷が消え去っていたのを確認して、自分の体調がかつてないほど万全になっていることに気づく。心も体も。まるで生まれ変わったような心地だった。

 じっと相手を観察していれば、少しの違和感を覚えた。虫憑き特有の怯えがない。化け物と怯えられる恐怖も、欠落者にされ心を失う恐怖も、目の前の彼からは見受けられない。特になりふり構わずな必死さ――ここから逃げようという意気込みが感じられない。

 

 

 これは――夢を追うものの目ではない。

 

 

(……虫憑きじゃ、ない?)

 

 数多の虫憑きと戦ってきたからこそ分かる経験側――そこから導き出される答えは、少年が虫憑きではないと告げている。なら、この少年はなんだ?疑問は、口からするりと零れ落ちた。

 

「お前――何者だ?」

「……通りすがりの一般人です。ストップ、なに物騒なもの持ってんですか!やっぱ悪の組織の下っ端かアンタ!――倒れている人が居たので救急車を呼ぼうとしたただけす。この距離なのはあなたが怪しげな格好していたので逃走用です。…まじで逃げたいんですけど。そんだけ元気なら救急車要りませんよね。家に帰らせてくれません?幸いソッチの顔見てないんで。怪しいヤツが居たくらいで終わらせられるんで」

 

 一般人というふざけた単語が出てきたので思わず銃を向けようとしたら、かなり恐れられた。しかも言い訳を聞いてみると、自分を保護しようとしたらしい。隊服を見て『怪しいヤツ』に認識が切り替えられたらしいが。そしてさっきので確定している。

 この格好を知らないとなると――特環自体知らないのかもしれない。その可能性が高い。『怪しい組織』なる表現からそう取れる。下手したら“虫”の存在すら知らない一般人かもしれない。だが、そうなると――

 

(オレの異様な回復と、こいつは関係ない?)

 

 それはないと言い切れる。なぜかそう感じるのはどうしてだろう。他に人が見当たらなかったから?こいつが気づかなかっただけ、の可能性は?

 

「他に誰かいたか?」

「おれが知る限りでは見てませんね。この辺不気味なくらい人が居なくって…まあ、あそこの公園で何かあったせいだと思うんですけどねー」

 

 じとーっと睨まれた。明らかに関係があると見られている。まぁ、事実だし。この状況だと関係者とみられても仕方ないか。あの戦闘痕を見た後で、近場に『怪しいヤツ』が怪我して倒れてたら尚更だ。――しかし。

 

(“かっこう”の姿のオレにこんな態度をする奴が居るとはな…)

 

 少年からはすっかり恐れの感情が消えていた。代わりにあるのは非難の色である。

 恐れと憎しみ以外の感情を向けるやつなんて――いや、居たか。戦い好きな戦闘狂と、

 かつて自身の手で終わらせた一人の虫憑きの少女。あの雪の日。オレは――

 

「もしもーし。意識飛ばす前にこの手を放してくれませんかねー?」

 

 感傷に浸る前に、意識を引き戻される。相変わらず前には名も知らぬ一般人の少年。しかし少年はひどく不満顔だ。さっさと手を離せと表情で訴えている。

 さっきからなぜか釈然としない。少年に出会ってからいろいろと振り回されているような気がする。銃然り、過去への感傷然りだ。

 

「…怪我人なんでな。貧血だ」

「いやいやいや。お宅十分元気でしょ。元気ハツラツでしょ。――でさ。このペットどうにかしてくんね?こっちにくっ付いてくるんですけど」

 

 気づけば『かっこう虫』が少年の肩にのっていた。いつの間に、と思わなくもない。それよりも、宿主以外の人間に寄っていることに、驚きを隠せずにいた。きっとゴーグルがなければ、表情が丸わかりだっただろう。

 虫には警戒心というものがないのだろうか。――いや、そんなことはないはずだ。虫は常に殺されるかもしれない危険と隣合わせだというのに。戦いのときでもそんな無防備なことはしない。人前にも姿を現さない。ましてや、知らない他人の肩に乗るなどと――前代未聞だ。

 

「おまえ、肩に乗るの好きだなー。さっきも乗って来たし。なに、そんなに心地いいワケ?おれの肩は」

 

 ――だというのに、少年は今なんと言った?『さっきも乗って来た?』――オレが、宿主が気絶してる間に、無防備に人前に出ていた?

 ………あまりの衝撃に倒れそうだ。体勢的にはこれ以上無理そうだが。

 

「おーい。大丈夫か?え、マジで具合悪い?おい、おまえのご主人、具合悪いってよ。あっちに行ってやれって。ブラック企業でも一応ご飯はもらってんだろ?メシ代は働かないと――」

 

 なにか非常に勘違いされているが、正直今はそれどころじゃない。かっこう虫が説教は嫌だとばかりにこっちに跳んできたのもきっと何かの間違いだ。そうだ、そうに違いない。

 

 目の前の一般人――ほんとうに一般人なのか?正直、怪しくなってきたんだが――をこれ以上引き留めるのはよろしくないだろう。仕方ないから、あとで土師に調べさせて――。

 

「あ、人のことコソコソ調べまわるのは止めてくれよ?なんか狙われそうだし。そうなったらおまえの敵側に回るぞー」

 

 オレは思わず固まっていた。考えを見透かされたというのもあるが、敵に回ると告げるその表情が、決して嘘ではないと目が語っていた。そして、彼が敵に回ればとんでもないことになる――とオレはこの時悟ったのだ。

 

 

 ****

 

 あ、念のために釘指したら固まった。これは図星だな。悪役とは思えないほど反応が素直だ。下っ端だからか?見た目通り若いってことか。へんな格好してるけど。

 しっかし、調べようと意識させるくらいに目を付けられたか。そうなると、ここで凌いでも繋がりが出来たことに変わりはない。所謂『縁』ってやつですね。

 

 なにごとも時期は大事だ。そして見極めも。

 それらを見誤って下手に抗おうとすると、ますます深みに嵌るのだ。おれはそれを自身の経験則から知っている。

 

 ―――ここいらが潮時か。

 

 はぁ、とため息を吐き、心の中で覚悟を決める。下っ端くんが訝しんでる雰囲気がするけど、無視して彼と向き合うようにしゃがみこむ。

 

「さっきはこっちが勝手に決めつけた前提で話してたけどさ。お宅、なんか組織とかに属しちゃってる?」

「……それが?」

「それならその組織とやらにオレのことは一切秘密で。情報を漏らさないでほしい。組織としての君が、俺と出会ったことすらも。その上で名前――本名を教えて顔をさらしてくれ。んでもって、おれと友達になってほしい」

「は?」

 

 おれの言い分に、相手が呆けた顔になるのが、ゴーグル越しでもわかった。

 

 ****

 

 顔と本名晒して友達になってほしい――そう言った少年に、オレは呆気にとられていた。傍から見て、相当間抜けな反応をしていたと思う。

 いやしかし、オレは悪くないだろう。正体不明の怪しいヤツに、友達になってくれ、と告白する方がおかしい。そうに決まっている。…間違ってないよな?ちょっと不安になった。

 

「なにを企んでる?」

 

 だからこんな風に怪しむのも無理はないと思う。そう言ったら、困った顔をされた。おい、なんでそうなる。なんでオレが悪者みたいな空気になってるんだ。そりゃ特環――虫憑きの間では“悪魔”で通ってるが。

 

「簡単にいえば、取引してもらおうと思って」

「取引、だと…? おまえ、やっぱり虫憑きか?」

「ムシツキ…? よくわかんないけど、違うよ。そんな風に呼ばれてこともないし」

 

 虫憑きを知らないだと…?本当に一般人らしいな、コイツは。目は嘘をついてないし。そもそも単語の意味を理解していない。

 

「…じゃあ、なんだ」

「それを教えるかはソッチ次第だよ。取引に応じるか、応じないか」

「……内容は」

 

「おれを君の友人として扱うこと。組織の一員としての君ではなく、ただひとりの君の友人として。世界中のだれがどんな風に言おうとも、ただひとり、キミが友として扱ってくれるのなら―――おれは、数多居る人間の中で、ただひとり、キミ個人だけにちからを貸そう」

 

 どんな要求かと思えば、無理難題でもない限りなくなんでもないことだった。ただ、口にするのは簡単だが、実行するのはとても難しいような――そんな契約。

 少年の言葉と垣間見せた切ない表情だけで、ある程度の事情は察することが出来た。

 少年をただの人ではなく、『力』として見る人間が大勢いた、という程度のものだが。

 少しだけ似ていると思った。

 一人の虫憑き”かっこう”ではなく、恐怖の代名詞としてしか見られない自分と。

 薬屋大助に戻れば、自分のことを知らない人間はそんなことはなくなるが、この少年にはそれがなかった。ただの人に戻れる場所が。

 その気持ちが理解できたからこそ、オレは少年を受け入れようと思った。ただ、

 

「急に意思が変わったのはなんでだ」

 

 これだけは聞いておかねばならない。途中で何かのきっかけがあったのは間違いないのだから。観念した、というには様子が違うものだった。

 そういうと、少年はくしゃりとした顔で笑った。悲しそうに泣きそうな顔で。

 

「―――潮時だと思ったから」

 

 そう告げた。

「おれのことを調べるほど、アンタは興味を持った。ならあとは時間の問題だ。時期を間違えれば、最悪の形で利用されるのは経験からわかってる。

 おれのちからは誰でも欲しがるものだ。権力や金が欲しいヤツ。宗教的なもので祭り上げられるかな。情報が広まれば、良くて日本中での取り合い。下手をすれば世界中からの取り合いからの戦争だ。第三次世界大戦なんて夢じゃない。すぐそこで起きる現実になる。そうしておれは、道具として扱われる。戦争に勝つための道具として。すべてが終わるまで」

 

 かつて起きたことだとでも言うように、淡々と少年は告げる。ただの事実として。世迷い事だと切って捨てられなかった。その言葉には経験からくる重みがあった。

 当時、コイツが感じたであろう血を吐くような思いがあった。

 

「わかるか?たったひとりの人間が欲しくて――正確にはそいつが齎す力だけど――世界中が戦争一色に染まったんだ。平和な国だってあったのに。貧しい国だってあった。けど、おれがいれば生きられるからって――死ににいったんだ!それこそ戦えなくなるまで!戦おうとする人間が一人残らずいなくなるまで!」

 

 掴んでいた手が逆に掴まれていて、物凄い力で握られていた。ぶるぶると震える手から、その表情から、泣きそうなのに決して泣きはしない顔から、苦しみと悲しみが痛いほど伝わってくる。かつてを思い出す少年に、オレは疑うことが出来なかった。

 

「おれのちからは戦うためのものじゃない。真逆だ。それなのに、おれを欲しがる連中が争いを起こす。だから、決めたんだ。おれを利用しようとするなら、敵に回る。欲しがるヤツなら、それこそいっぱいいるからな」

 

 苦しげに、しかしそれでも「ざまあみろ」とばかりに少年は笑った。

 

 

 




書けたのはここまで。ちょっと中途半端かも。

主人公の特殊体質↓
とある世界の癒しの女神の加護により、自分を中心とした一定の範囲に居る『意志ある生物』を瞬く間に万全の状態まで回復する。
それが瀕死の重傷でも。決して治らない病でも。例外はなし。
過去に、ある世界で早々に体質に目を付けられ、戦場を連れまわされた苦い思い出を持つ。


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