仮面ライダーW ジョーカー空白の一幕 (幻想の投影物)
しおりを挟む

駆け出したU/白い槍の影

この作品は、既存のメモリから妄想した捏造の空白期です。
戦闘描写、及びに原作キャラクターの動きが忠実ではないかと思われます。
また、作品の形式上複数のドーパントやオリジナルの人物、それに付随する空白を埋め立てた設定がピックアップされています。

お読みの際はご注意ください。


「た、探偵さんどうして此処に……?」

「しらばっくれんのは終わりだぜ。Beanのメモリ、持ってんだろ」

 

 とある風都の一角。人気のない郊外にてその会話は繰り広げられていた。

 片や気弱そうな小男、片や強い言葉を浴びせる帽子の青年。この光景だけを見れば小男に対して青年がゆすりを掛けているようにも思えるだろう。しかし、現実はそうではない。

 

 この帽子の男―――探偵。

 

 彼はたった今、全ての手がかりを独りで集めて真犯人を追い詰めていたのだ。

 風都で発生していた、急激に成長した樹木による憩いの場への破壊行為。通称「樹木異常成長事件」の犯人は、今その手に一本のメモリを隠し持っている小男。帽子の探偵が推理により導き出した答えが、真実として明らかになった瞬間なのである。

 

「そのメモリを渡せ。あんたはメモリの毒素で暴走しているだけだ」

「ふ、ふふふふふ! コレのことを知ってるようだが、おまえ何かにボクを止められるかよお!?」

 

 【ビーン!】

 彼が持っていたメモリ――ガイアメモリという、人を怪人へ変化させ、その毒素により人の心を塗りつぶしていく悪魔のアイテム。それは起動スイッチを押され、込められた「記憶」の名前を囁いた。

 ビーン、つまりは豆の記憶。この能力を使ってドーパント体で埋め込んだ種子を急成長させ、街を破壊して回っていたということだろう。これがタダの探偵ものなら既に推理パートは終了し、犯人は独白とともに贖罪をするか諦めてうなだれている。

 

 彼の取った行動は、そのどちらでもなかった。

 

「よせ!」

「ふ、ふははははは!! おまえも死ね探偵! ボクをバカにした奴ら皆ぶっ壊してやる!」

 

 ビーン・ドーパント。サヤエンドウが重なったような頭部と、ブツブツとした丸みを帯びた突起が全身に散りばめられた丸っこい体型をしている。地球の記憶をドーピングした者、怪人ドーパント。ただ能力ばかりが強いばかりではなく、その多くの身体能力は片手で人間をあっさりと殺せる程に強化される。

 

「死ね探偵! 死ねしねしねしねしね!!」

「おっと! 頭の悪い雄叫びや連呼は負けって相場が決まってるもんだぜ」

 

 本来なら逃げ惑うことしか出来ないはずの探偵は、突っ込んできたビーンを軽くいなすとその突進を受け流して転倒させる。転がったビーンを見据えながら、彼が懐から赤色の機械を取り出しバックルの上に添えれば、伸びたベルトがその機械を腰に固定した。

 

「行くぜ、フィ―――」

 

 と言いかけて、彼は口を閉じる。ほんの一瞬悲壮な表情を浮かべた彼は、ビーンが起き上がらないうちに懐からガイアメモリを取り出しスイッチを押した。

 

 【ジョーカー!】

 ガイアウィスパーが響く。帽子の探偵は親指と人差し指でJの字を形作る。

 紫色の波紋がロストドライバーから広がり、鼓動のように何度も脈打つ。

 

「…俺、変身」

 

 直後にロストドライバーのスロットが横に倒された。

 鳴り響く軽快な音楽と、身体へ張り付くような黒い装甲。

 仮面ライダージョーカー。この街を拭う二色のハンカチ…その片割れだ。

 

 舌打ちとともに突っ込むビーンドーパント。しかしビーンにとって予想外の変身と、仮面ライダーというビッグネームを前にして心はビビッて震えている。ほぼやぶれかぶれに振り回した鈍重な腕は動く前に関節を押さえつけられ、思うように動かせずにキックを入れられる。

 

「おらおらどうした!」

「ぐ、ぐわっ!」

 

 埒が明かないと思ったのだろう。

 ビーンは特殊能力を発揮し、周囲の地面に種子を発射する。そして1秒もしないうちに成長した蔦や木々はジョーカーを覆い隠し、押さえつけた。

 

「くそっ!」

「あぁ!? 待ちやがれこの野郎!」

 

 能力を使ったのはジョーカーを倒すためではなかった。既にビーンはジョーカーに勝てないと悟っており、逃走のためにその力を使ったのである。流石のジョーカーと言えど、かつてのダブルよりも出力は劣る。ぬけ出すためにもがいているが、執拗に絡みつく蔦は中々ジョーカーを逃さなかった。

 

 完全に捕らえられたジョーカーを見やりながら、これで逃げられる。

 そう思ったビーンは脱兎のごとく逃げ出した。

 

「おまえは最後に―――!」

 

 殺してやる、とは言えなかった。

 

 言葉ごと存在をかき消すように一筋の光がビーンに直撃したのである。

 やがて発光は晴れ、正体が顕になる。真っ白な光は人の身の丈を超えた長さのランス。持ち手を腕ごと覆い隠すような巨大な盾を兼ねた人では扱えなさそうな一品であった。

 

「な、何だあ!? とにかく、メモリブレイクだ」

 

 予想外の攻撃と、自分の知るアクセルという仮面ライダーの攻撃ではないことに驚愕するジョーカー。だが自分の役目を忘れること無く、今のうちにビーンだけでもしっかりと倒さなければとメモリをスロットから抜き出し、腰のマキシマムスロットという場所へ移し替える。

 仮面ライダーの必殺技の準備は、これにて整った。

 

 【ジョーカー! マキシマムドライブ!】

「ライダーキック…!」

 

 スロットが叩かれることでメモリが再度発動。ジョーカーメモリのちからは最大限に引き出され、仮面ライダージョーカーはその足にエネルギーを貯めこんだ。そして駆け出し、跳躍。地に伏せ苦しんでいるビーンドーパントの身体へ彼の必殺の足が吸い込まれる。

 ビーンドーパントの身体を捉えた一撃は接触の瞬間弾け、ビーンを爆発させる。体外へと排出されたメモリとともにドーパントの姿は掻き消え、元の臆病そうな小男の姿に戻った。

 外に出たメモリは砕け散り、元のアルファベットも読めない程に破損していた。

 

「何だったんだありゃ…ん?」

 

 地面に突き刺さっていた槍は消え失せ、元の静寂を取り戻している。

 しかしジョーカーは建物の影に消える真っ白な体の一部が隠れようとしているのを見つけた。あれは、先ほどランスを投げて援護してきたヤツだろうか。しかしあの距離から性格に槍を直撃させ、なおかつドーパントを弾き飛ばすとは尋常ではない力量だろう。

 ビーンの一見は片付いたが、新たなる謎が文字通り飛来した。ジョーカーの仮面の下で、その変身者である帽子の探偵―――左翔太郎は未だ見ぬ新たなドーパントの出現に緊張の汗を流すのであった。

 

 

 

 

 風都、かもめビリヤードと書かれた看板が立つ玉屋の二階にて。

 鳴海探偵事務所では今日も今日とて騒がしい日々が始まろうとしていた。

 

「冷蔵庫に何もないってどういうことよ!? 私、聞いてない!」

「しょうがねぇだろうが!? こないだのビーンドーパントの件で行きつけのスーパー潰されたの覚えてないのかよ亜樹子ぉ!」

「だぁっっったら別のスーパー探すなりして買い込んでおきなさいよぉ!」

 

 翔太郎の肩を掴んで叫ぶのはこの探偵事務所の権利者でもある所長である鳴海亜樹子。彼女が怒っているのは朝食についてだった。冷蔵庫の中身は食パン一枚すらなくなっており、ちょうど先日にビーンの事件で行きつけのスーパーが一時閉店。供給が無いまま、そして翔太郎自身どこか上の空担っていたことと、亜樹子が次々と迷い犬探しなどの依頼をさばいていたこともあって有耶無耶に過ごしていた結果がこれだ。

 

「あーもう! わかった、わぁーった! ちょっと別の店行ってくりゃいいんだろ」

「分かったら行く! あとたこ焼き作れる食材も買って来なさいよね!」

 

 わかってる、と返した翔太郎は半ば追い出されるような形で事務所の扉を出た。

 階段を降りると、カラカラとかもめの形をした風見鶏がカラカラと両翼を回す音が聞こえてくる。街の中を流れる風は、少し前よりもずっと清浄で、心地の良い涼しさに満ち溢れているようにも思えた。

 

「良い風だよなあ……イテェッ!?」

 

 しばし形ばかりは感傷に浸っていたのだが、事務所の方から無言のスリッパが飛来する。

 

「くっそ、何だってんだ亜樹子のやつ」

 

 頭にぶち当たったスリッパをひろうと、緑色のそれには金文字で「ぼさっとしない!」と文字が書かれている。無言だが喧しいとは流石の鳴海亜樹子といったところだろう。相変わらずハードボイルドだのを気取ってカッコつけていた翔太郎は現実に引き戻され、悪態を一つ吐き出すとスリッパをガレージ側に放り投げた。後で回収しておこうと頭の片隅に情報を入れて。

 

 翔太郎は黒と緑が半々になり、中央に銀色のラインが入った特徴的なバイク――ハードボイルダー――のエンジンを入れる。排気ガスがほぼゼロの見た目通りグリーンでクリーンなマシンはエンジン音を響かせながら彼の事務所から離れた。

 

 マシンを走らせてから十数分。この街を愛し、よく知る翔太郎は行きつけのスーパーとは違う店舗に到着。その目立つバイクを降りて入店。ハードボイルドを気取る彼の服装はスーパーの雰囲気から大分浮いており、マイエコバッグを片手に新鮮な野菜だのを見極め放り込んで行く姿はとてもではないがお茶の間には見せられない。

 

「おっと、ってあああ!」

「おや」

 

 そんな時だった。

 たこ焼きの材料ということでタコ足の入ったパックを取ろうとして、誰かの手とぶつかる翔太郎。帽子のつばを直して相手の方を見るやいなや、翔太郎は声量を抑えつつも驚愕の叫びを上げた。

 

「宇佐美さん! あんた退院してたのか」

「左さん、その節にはどうもお世話になりました」

 

 改めて握手を交わしたその壮年の男は、翔太郎にとってそれなりに長い付き合いになる。現在一時閉店中のスーパーの客としてよく会っていた「宇佐美(うさみ) 俊人(としひと)」という人物である。ツリ目気味な以外は特段目を引く容姿はしていないが、物腰柔らかで温厚な性格だ。

 元々はウィンドスケール風谷支店の店員だったが、一時期ドーパントに襲われたということもあって売上が落ち、リストラされてしまったという過去を持っていると翔太郎は記憶している。

 

「宇佐美さんもこっちの店に来てたんすか」

「ワタシも一番家から近いのがあそこでして。おそらく理由は翔太郎さんと同じかと」

 

 仲良く談笑しながら買い物を続ける二人。この二人の仲がいいのは、元々通っていたスーパーが同じで何度も顔を合わせるうちに話すようになったこと。そして、俊人も翔太郎に負けない程この風都について語り明かす事のできる仲間であったことが理由である。

 

「それにしても、本当に残念です。スーパーにかぎらず先日の事件では多くの建物が被害を負いました。復興は早いのかもしれませんが、この美しい風都の一部が損なわれるのは残念でなりません」

「俺も同じ気持ちっすよ。もし力があれば俺が自らとっちめてやりたいもんだぜ」

「ははは、ですが相手は怪物。自分の命が一番です。それに、仮面ライダーが必ず止めてくれる。ワタシたちはそれを信じて逃げましょう」

「そ、そうっすね!」

 

 加えてこの男、仮面ライダーに対して異常に持ち上げるのである。おかげで仮面ライダーダブル、今はジョーカーだが、自身のことを持ち上げられてくすぐったいやら、むず痒さに襲われる翔太郎。だが、こうして仮面ライダーのことを肯定してくれている人物は少なく無いとはいえ、逆に一部では暴力に暴力で返す野蛮人という意見もある。

 だから、そのどちらも受け入れつつ―――やはり認められる事が嬉しい翔太郎はこうした言葉を受け取る度にこの街を戦って守り、涙を拭う事に一層の気合を入れることが出来るのだ。

 

 翔太郎と俊人。年代も10以上違っている二人だが、共通の話題をもって楽しい時間を過ごした。そして心も買い物バッグもパンパンに膨らんだ(代わりに財布はしぼんだ)翔太郎は意気揚々とハードボイルダーにまたがり、鳴海探偵事務所への帰路を辿っていった。

 彼の姿が見えなくなるまで駐車場から見送っていた俊人もまた、彼の後ろ姿の幻影を追うように顔を動かし、やがて車に乗り込み駐車場を離れていく。

 

 風都の仮面ライダー、そのほとんど描写されることはない、それ故に何も起きないことが確定している穏やかな日常の風景だった。このまま何もなければ、特に見せるひつようのないワンシーン。

 この後に何もなければ、意味は無い。して、裏を返せば――?

 

 

 

 事務所に帰った翔太郎は、亜樹子の他に見知らぬ人物が居ることに気がついた。

 こっちこっち、と手招きする亜樹子に急ぎ買い込んできた食料品を渡した翔太郎は、ソファに座って依頼人らしき人物と相対する。亜樹子は急いで冷蔵庫での整理を片付け始めている。どうやら、出来る限り早くして話をまともに聞きたいようだ。

 

「お待たせしました。俺はここの探偵、左翔太郎です」

「私は、菅原よしえと申します」

 

 今時着物に身を包んだ初老の女性だった。

 いつぞやのゾーン(空間)のメモリを持つ風都名物の悪女を思い出した翔太郎だったが、彼女とは髪の結い方も顔つきも全く違う別人である。すぐさま失礼な考え方を振り払った彼は改めて聞き直す態勢に入った。

 

「それで、依頼内容は? こうして出向いたってことは―――よほどのことですね」

 

 いつものようにカッコつけの型に入ったように語る翔太郎に、少し不安げだった彼女よしえは微笑を取り戻した。一応彼の痛々しい素の姿であるのだが、わざとおちゃらける事でこちらの不安をほぐそうとしたのだと勘違いして、彼女は口を開く。

 

「ありがとう、お若い探偵さん。実は人を探して欲しいんです」

「人探し…? 警察にも知り合いがいるんで、あたってみますか?」

「いえ、警察の方には知らせないでいただきたいのです」

「やましい事情があるんじゃないでしょうね。俺らも探偵。とはいえ本当に何でも引き受けて裏の仕事をするわけには行かないんで」

「そういう訳ではございません。ただ、なるべく探し人が持っているソレが人目につかないようにしたいのです」

 

 これを、とよしえが取り出したのは一枚の写真。

 写っていたのは男性と、その手に持っている謎の彫像。

 

「黄金…? まさか」

「いえ、ただのメッキです」

 

 きっぱりとした発言にガクッと肩を落とした翔太郎。

 気を取り直した彼は続けるよしえの話に耳を傾けた。

 

「この彫像、実は私も知らなかったのですが仕掛けが施されていました」

 

 それを知ったのは数日前のこと。

 自宅で写真の男性――夫が大事にしていたそれを綺麗に磨き上げていた時のことであった。その彫像の台座になっている部分の蓋が外れかけており、中から何かが滑り落ちてきたのだ。

 

「それは、ちょうどこのくらいの大きさのUSBメモリにもよく似ていました」

「……ガイアメモリ」

「ご存知なのですか!?」

 

 立ち上がり目を見張るよしえに落ち着くように諭す翔太郎。

 メモリの説明そのものは後にして、今は事情を聞くことが大事だと言う。

 

「そ、それからこのメモリを手にしてどうしたものかと立っている時でした。主人が帰宅し、血相を変えて私を突き飛ばし、手からメモリを奪い取っていったのです」

「旦那さんの最近の様子はどうでしたか。感情がいつもより荒ぶっていたりは」

「やはり、そういうものなのですね……。依存性があるものを利用して夫が捕まるのが嫌だから、依頼をこちらへ持ち込ませていただいのです。はい、夫は最近情緒が不安定で、海が恋しいと何度も呟いておりました」

「海……そのメモリ、何かアルファベットは!?」

 

 翔太郎は覚えがある。海、そしてガイアメモリといえば少し前に戦ったあの最悪の仮面ライダーが直接的にではないにしろ、そのガイアウィスパーを轟かせていたからである。

 

(オー)、とだけ。ソレ以外は読み取れませんでした」

 

 オー、オーシャン。大洋。

 翔太郎の脳裏にとあるワードが浮かび上がる。

 

「いえ、上出来です。そしてこの依頼を持ってきたのは大正解っすよ。よしえさん」

「どういうことですか…?」

「それには私がお答えしますっ!」

 

 いつの間にか戻ってきていた亜樹子がよしえの隣からぬっと現れて言う。

 

「翔太郎くんはガイアメモリ関係のお仕事のエキスパートです! 絶対に旦那さんを元の優しい人に戻してくれるから、安心してください!」

 

 

 

 

 いかに依頼人で目的の人物の妻とはいえ、初老の女性を出歩かせて危険な目に合わせる訳にはいかない。ある程度ガイアメモリのことを話した翔太郎は、自分が仮面ライダーであるとは明かさず、メモリを精神をむしばむ毒素ごと安全に摘出することが出来ると言う嘘をついて調査に乗り出した。

 

「さて、まずは情報収集だな」

「私はいつものウォッチャマンとクイーンたちに当たってみる! 翔太郎くんは……心当たりあるみたいだね」

「まぁな。運が良ければ一発で見つかるかもな。そんときは検索たの、む……あぁぁぁああああぁ! ったく! そうじゃないだろ俺……」

 

 翔太郎のその様子に、何も言わない亜樹子はごめんねとだけ言い残して事務所の扉を閉めた。翔太郎も帽子とかぶり直し、各種ガジェットとギジメモリが有ることを確認すると、よしえから聞いた情報で真っ先に思いついた場所へと足を向けた。

 

 そこは風都で最も漁が盛んな港だった。

 今は時間が遅いため、使われていない船が停泊するばかりで人の気配は少ない。そして、あのフィリップと本当の意味で決別しかけた際の最初の敵――ビースト・ドーパントが強襲してきたのも此処だったなと思いを馳せる。

 

「いっけね、今はさっさと依頼の旦那さん見つけないとな」

 

 またたそがれることで時間を無駄にした翔太郎は、軽やかな足取りで桟橋側から隅々まで駆けまわり始めた。そうしていくうちに、桟橋ではなく護岸の方を中心に探し始めて、結局陸地の方まで戻ってきてしまう。

 探している間にも1時間程が経過しており、そう広くはないはずの場所でおっかしいなと帽子の上から頭をかいていた翔太郎だったが、思い違いかもしれない、亜樹子の連絡を待とうと思った瞬間に視界の端でゆったりと動く人影を見つけた。

 

「ん、なんだありゃ。行ってみるか」

 

 小さな小屋の向こう側に居たようで、その人影は徐々に顕になってきた。そして顔つきがはっきりする距離まで近づくと、依頼人よしえから借りていた写真を取り出し、その顔を見比べる。

 

「ビンゴだ、よしえさんの旦那さんだな」

 

 失踪した時の服装そのままに、写真の顔と現実が一致する。

 駆け寄った翔太郎は気づいた。汗のかきかたが尋常ではなく、その目はもはや目の前が見えているかどうかも怪しいほど虚ろである。ガイアメモリの毒素が精神ではなく、肉体の方に強く影響したパターンだろうか。だが、主体となってメモリを売りさばいていたミュージアムが壊滅してからそれなりに経つ。その時に購入し、今でも使い続けていたのなら毒素が体の隅々まで行き渡っていても不思議ではないだろう。

 

「旦那さん!」

「う、ぁぁぁあ、あう、お、おおおお……」

 

 一刻を争う事態であると理解した翔太郎は、震えて脂汗を流し続けるよしえの夫に話しかけるが、彼は一瞬こちらに反応しただけで痙攣するように意味を伴わない言葉の羅列を紡ぐばかりであった。

 毒素の回りが限界まで来ている。元凶であるメモリを砕くことで汚染は和らぎ回復していくのだろうが、ここまで回ってしまっているとどうなるか。とにかく、ドーパントに変身してしまう心配が無いのはありがたかった。彼に肩を貸した翔太郎は、じっとりとした他人の汗と高い体温で不快さを感じつつも、絶対に死なせてなるものかと一歩を踏み出した。

 その瞬間だ。

 

「う、うあああああああああ!!」

「旦那さん? うあっ!?」

 

 よしえの夫は、突如雄叫びを上げて暴れ始めた。その拍子にこぼれ落ちたメモリを拾い上げると、乱暴にそのスイッチを押す。もはや理性もなく本能だけでメモリとの一体化を求めている非常に危険な状態である。ここまで重篤なメモリ中毒症状は見たことがないため、目を見開いた翔太郎はそのままオーシャンメモリから放たれる衝撃波に押し出され地面を転がった。

 

「どうなってんだ。メモリを使わずに…不味い!」

 

 メモリは自然と浮かび、彼の生体コネクタ――ガイアメモリを使用するためのタトゥーのようなもの――に吸い込まれていく。かつて、「T2」と呼ばれたメモリも似たような現象を起こし、近くにいた人間に自動的に刺さることでドーパントになっていた。

 止められなかったかと翔太郎が歯噛みする中、ついにオーシャン・ドーパント。大洋の記憶を持つ怪物が改めてこの世に誕生してしまった。

 

「結局こうなるのかよ!」

 

 【ジョーカー!】

 切り札の記憶を持つ、翔太郎と最も相性のいいメモリ。仕事や人間関係のように、不思議と対応する地球の記憶と、各個人とは相性というものが存在する。相性が悪ければメモリの力は発揮できず、最悪死ぬこともある。相性が良ければ、メモリの力を最大限発揮し、最悪暴走させて死ぬこともある。

 どちらにせよ危険極まりない悪魔の道具、ガイアメモリ。しかし、その毒素をフィルターを通すことで限りなく無効化することが出来るのが翔太郎の持つドライバーの役目。そして、次世代型メモリの特徴。

 

「変身!」

 

 【ジョーカー!】

 仮面ライダージョーカーへと変身した翔太郎は、オーシャン・ドーパントをいち早く止めるために素早いキックを仕掛けた。だが――

 

「何!? 通りぬけっどわあぁあ!?」

 

 液体化したオーシャンの体を突き抜け、ジョーカーは予想外の手応えに地面を転がることになる。一方でジョーカーを敵と認めたのか、オーシャンも理性をなくした雄叫びを上げながらジョーカーに詰めより、強制的に肩を掴んで立ち上がらせると水がうねったようなデザインの腕を振り回してジョーカーを何度も殴打していった。

 その手は振り上げた際に液体のムチのようにしなり、そしてヒットの瞬間に固形となってジョーカーを打ち据える。物理攻撃の無効化といい、近接で軍配上がるのはどう見てもオーシャンの方であった。

 

「だったら、直接打ち込んでやろうじゃねえか!」

 

 【ジョーカー! マキシマムドライブ!】

 単なる物理攻撃がダメなら、そこにメモリのパワーを込めればいい。かつて最盛期のダブルであれば敵の全てを閲覧、そして特殊なPのメモリで自らの持つ全てのメモリを組み合わせた特殊効果を発揮し優位に立てるが、ジョーカーに出来るのは力任せと卓越した技量による近接格闘攻撃のみ。

 紫色のデータのようなジャミングを手に纏ったジョーカーは、そのメモリの力を開放しきらないようにしつつもオーシャンへと殴りかかる。一撃に全てを賭けるのではなく留まらせることでオーシャンの液体化した上からダメージを与えるのだ。

 

「ふっ、せやっ!」

 

 一度攻撃が通用するようになれば、理性のない敵などジョーカーの前ではカカシ同然。動きを阻害し、そして相手が立ち直る瞬間を狙って力を込めさせない。相手が破れかぶれに突っ込んでこようが、軽くいなしてカウンターを決める。

 やがてフルに活動させたマキシマムドライブが終わり、手に纏ったメモリの力が薄れる頃にはオーシャンは肩で息をするほど弱り切っていた。もう一度、腰のマキシマムスロットを叩いて今度こそメモリブレイクを狙おうとした翔太郎だったが、ふとその動きを止める。

 

 ―――もし、メモリブレイクしても毒素が肉体を殺したら。

 

 そんなマイナスのイメージがあるが、これ以上ドーパント体にしておいたほうが毒が回るのは確実。仮に死んだとしても、このままではそう大差なく死が訪れてしまうだろう。だったら、僅かでも生存の可能性に翔太郎は賭けた。

 

「これで決まりだ。ライダー、キック…!」

 

 【ジョーカー! マキシマムドライブ!】

 

 クールな声色とともに、繰り出される回し蹴り。

 シンプルな一撃は、しかしそれ故に強力であった。

 弱り切ったオーシャンを圧倒した一撃はオーシャンのメモリを砕き、ドーパントを爆散させる。そして煙が晴れた先には倒れこむよしえの夫の姿。隣には、バラバラに砕け散ったオーシャンメモリが転がっていた。もう、これで地球の記憶が流れこむ事は未来永劫無いだろう。

 

「……くそっ、それでもヤバイか。おいっ! 旦那さん! 気をしっかり保てよ!」

 

 このままでは危ない。ジョーカーのまま担ぎ直してハードボイルダーに向かおうとしたが、背中にいる彼は激しく咳き込み始めた。そして、ジョーカーの仮面の頬に当たった生暖かな赤い液体。

 ベッタリと張り付いたそれを空いた手の指で拭うと、どろりと垂れ落ちる鮮血が仮面の奥の翔太郎の息を呑ませた。このままでは、病院に付く前に依頼人の夫が―――死ぬ。確実に。

 

「く、っそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 このままの姿のほうがずっと早い。

 最後の希望の一欠片。それに賭けて走りだしたジョーカーはまっすぐにハードボイルダーを目指した。多少荒い運転になるが、照井竜らガイアメモリ対策本部が主導の病院に連れて行けば、ここまでの重篤患者でもなんとかしてくれるはず。

 背中で鼓動の音を弱めていくことに気づきたくなくて、仮面の下で涙を流す翔太郎。最後の希望を掴みとろうと、すがるように手が伸ばされたその時であった。

 

 閃光が、まばゆい光が彼らを包み込む。

 

「な、なんだ!?」

 

 光の発生源はハードボイルダーの隣から。シートを撫でるように手を伸ばしていたのは、翔太郎ですら見たことのないドーパント。それは、ゆったりとこちらを見やると片手をかざしながらゆっくりと近づいてくる。

 

「お前とやりあう時間はねぇ、そこをどいてくれ」

「………我は、ユニコーン」

 

 翔太郎の言葉を無視し、静かな歩みで近づく純白のドーパント。

 後光がなおも差しているため全体像をはっきりと見ることはかなわなかったが、馬のような顔、そして頭から両腕まである青白いたてがみ、何より特徴的なのは天を貫くような螺旋を描く角。ユニコーン、とこのドーパントは言った。ならば、正しくこれはユニコーンの似姿。

 

 やがて拳を交わせる距離に近づいたユニコーンは、そのかざした手をメモリの毒に呑まれかけたよしえの夫へと翳す。

 

「何をするつもりだ」

「癒しを」

 

 そっけなく答えられた声は、ドーパント特有の正体がわからないジャミングボイス。だが、敵意はなかった。不思議と、そのユニコーンもまたこの背中の男と同じようになるかも知れない、だから倒すべきだというのに―――拳は振りかぶられなかった。

 ユニコーンの右手に光は収束し、白い雷を纏う青い球体が生み出される。それは優しく打ち出されると、ジョーカーの背負う男の中にゆっくりと溶けていき――激しい雷鳴を迸らせた。

 

 こちらを騙した攻撃だったのか。この男を始末するために? もしや、この謎の安心感はテラーのように無意識へ働きかけるメモリの力だったのか?

 ジョーカーの頭のなかで張り巡らせる様々な可能性が交差していく中、線香花火のようにゆっくりと収まるスパーク。やがて、ジョーカーの背中で死にかけていたその男は落ち着いた呼吸を見せ、顔色も元通りの一見健康そうな状態で眠っていた。

 

「早く連れて行くがいい」

 

 促されたことで、渋々ハードボイルダーにまたがるジョーカー。

 エンジンを入れて振り返ると、ここまで溜まった疑問をぶつけ始める。

 

「お前は一体、なんなんだ!? なんでドーパントなのに俺を助けるような」

「我はユニコーン」

「答えになってねぇぞ!」

「この街の涙を拭う者共―――その白き影だ」

 

 言い残し、ユニコーン・ドーパントはすさまじい跳躍力でその場を離脱する。ユニコーンが建造物の影に隠れて飛んでいったことで呆気無く見失ったジョーカーは、悪態をつきつつも変身を解除すると急いで病院に向かった。

 あの自分を助けてくれたドーパント、ユニコーンは一体何者なのだろうか。オーシャンが関係する事件はあっさりと終わりを告げたが、その代わりに長く続きそうな巨大な謎を置いていった。

 

 この街に吹く悪しき風、その一つの向きが変わったのかもしれない。

 翔太郎は、バイクで走る風を感じながら謎の予感を抱いていた。

 




ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

後編は誠意製作中です。水曜日更新予定です
今しばらくお待ち下さい。
あと、地の文が翔太郎にちょっと厳しいのは仕様です。
気に喰わない方は申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

駆け出したU/その心のままに

遅れました
後編です。15000字くらいです。


「それ知ってる。風都の白い影ってやつだね」

「白い影…あいつが言ったとおりだな」

 

 クイーン、というあだ名の女生徒の言葉に翔太郎は頷いた。この街の学生事情に詳しい。つまり、この街の学生が噂するもの全てを集めることが出来る情報屋としての側面を持っているのだ。

 ここにいるのは彼女だけではない。その相棒のエリザベスという少女も、やや興奮気味に翔太郎へ話を振った。

 

「会ってみたいなあ白い影! あたしも白馬そのものの王子様に助けられてみた~い……」

「白馬そのものっておい、いやまあ見る限りは合ってるんだがなあ。つか危険な目に合わないのが一番だろうがよ」

「分かってないなあ翔ちゃんは! 女の子の夢っても・の・が」

「ああはいはい、わかったわかった。とにかく詳しく教えてくれ」

「えっとね」

 

 クイーンの口から、ユニコーンの話が語られる。

 この街に蔓延るドーパント事件。それはミュージアム壊滅後もアチラコチラに散らばったガイアメモリのせいで休まることはない。大なり小なり、ドーパント絡みの事件は巻き起こっていて、二人のライダーはこの街を毎日駆けずり回っている。だが、当然たった二人ではカバーしきれるはずもないのだ。

 見過ごされた悲劇が有る。失われた命がある。だが、そこにもう一人救い手が現れれば? 決して広すぎないこの街で、その負担を減らす存在が現れたら悲劇は大幅に減らすことが出来るだろう。

 

「それが…ユニコーンだってのか」

「友達も何人か救われてるの。例えば、この前の植物事件とか倒壊した建物の瓦礫を白い影の槍が粉々にしてくれた、とか」

 

 暴走しかけた、小さな身内同士でのいざこざ。この街を救う仮面ライダーですら知り得ない小さな事件にいち早く白い影は滑り込み、持ち込まれたガイアメモリを破壊する。探偵でもなければ警察でもない。だから、人と人の事件を解決することは出来ずとも、その力任せな姿でドーパントから守ることの出来る命はある。

 白い影自身、芝居がかったゆったりとした口調であること。感謝する人々への返答もなく無言で去っていくこと。これらの要因が重なって、なおさら噂は一部にしか広まっていないのだとか。現実的に死ねだのと口走るドーパントがいれば危険だと思うが、芝居がかった人間は相手にしたくない、などと心の何処かで避けてしまうのだろうか。

 

「そっか。情報サンキュー、これで何か美味いもんでも買ってこい」

「そこは翔ちゃんが直接奢ってくれないと!」

 

 駄々をこねるように言うエリザベスに押されるが、翔太郎の顔色は悪い。話を聞く限り、ドーパント体として活動している時間は相当に長そうだ。つまり、オーシャンメモリの使用者であるよしえの旦那を救ってくれたユニコーン自身、毒が回り切って手遅れになる可能性が高い。それは、この風都を愛し、涙を流す人間を生み出さないため奔走する翔太郎にとって望む結末ではない。

 小遣い程度の金額を渡して、情報に感謝した翔太郎は自らの足で鳴海探偵事務所へ歩み始めた。検索する自慢の相棒がいないが、「ユニコーンメモリ」が相手だというのなら翔太郎にだって打つ手はある。脳裏に思い描くのは相棒が残したデータが詰まったパソコン。

 

「おい亜樹子ォ!」

≪だぁっ!? 電話口で大声出すの止めてよね!? そんで何よ!≫

 

 バイクに跨がりつつ翔太郎が続ける。

 

「お前にガイアメモリ説明した時見せたガレージのパソコンあるだろ。あれ開いてAtoZってフォルダ開いといてくれ」

≪あれね、わかった≫

 

 真面目なトーンになったのが電話越しに伝わったのだろう。亜樹子も肩を震わせ叫び返していたところ、目の色を変えて帽子の掛かった壁――偽造した扉――を開いた音が聞こえた。亜樹子が素直に行動を起こしてくれていることに安堵し、通話を切った翔太郎はヘルメットを被りエンジンを回した。

 

 しばらくして、クイーン達と話していた喫茶店から帰宅した翔太郎はガレージへの扉を開けると、こっちこっちとオーバーなリアクションで手招きする亜樹子の姿が見えた。AtoZ……かつての悪の仮面ライダーE永遠(エターナル)が引き起こしたT2ガイアメモリは、26英文字のイニシャルを持つ。

 A加速(アクセル)に始まり、Z空間(ゾーン)に終わるそれらの中に、Uユニコーンという一角幻獣のメモリもあった。その時はマキシマムドライブによって装填され、パワーアップした拳に攻撃されただけであるが、データはそれだけではない。

 

「フィリップ……使わせてもらうぜ」

「それって」

「ああ、相棒が残したある限りのガイアメモリのデータだ」

 

 その都合上、フィリップの検索やフィリップ自身が居なくなることは何度かあった。だから、彼が消失する前にまたこういうことが起こった時のために、フィリップは戦いの時翔太郎だけになってもやられないようにと、パソコンの中に多くのガイアメモリの事を書き記してあるのだ。

 AtoZもまた同じ。ピックアップされただけあって強力な効果を持つガイアメモリばかりだ。これらがまた形を変えて立ちふさがった時は? その時にフィリップが居なかったら? 知識さえあれば劣る力を埋めることが出来る。

 

「あった、ユニコーン」

「これが、翔太郎くんが追ってるドーパント?」

「何度かあぶねえところを助けてもらったんだが……既に長くメモリを使ってるらしい。だが見る限りかなり強かったからな、戦った時に逆にやられちまったら元も子もねえ。…っと、これだ」

 

 ユニコーンの前足と頭部が端にあり、U字を描いたデザイン。

 次いでクリック音とともにユニコーンの詳細が開かれた。まず能力は幻獣としての強力なパワー、そしてスピード。これだけでも通常のドーパントよりも強力だと描かれているが、トライセラトップスのように固有の長物武器を持つ。

 槍は腕までカバーする盾を兼ねた投槍で、額の一角から無限に創りだすことが可能。加えて螺旋状のエネルギーを各所にまとわせることが出来る能力がある。風都タワー内部での決戦時、エターナルが使ったマキシマムドライブの能力がこれだ。

 

「なにこれ、めっちゃ強いじゃん」

「しかも使いこなしてるようだった。こりゃ厄介だな……」

 

 ともなれば、地力が劣るジョーカー単体では正面から戦って勝てる可能性は低い。能力が変幻自在であったりする相手なら、翔太郎自身の技量や機転で抑えられる。だがV暴力(バイオレンス)・ドーパントのように単純なパワーを持つ相手では、ジョーカーではどうしても力負けする。

 翔太郎自身、戦いが好きなわけではない。彼は戦わずに済むなら言葉と手を差し伸べる。それこそが彼の掲げるポリシー。もっとも、その度に翔太郎は掌を返したガイアメモリの精神汚染者に殺されかかっているのだが――G遺伝子(ジーン)・ドーパントのように、自らメモリを差し出した者が居ないわけでもない。

 今回のユニコーンもまた、翔太郎の見る限りは根っからの悪人ではない。そしてメモリの毒素に抗っているようにも見える。よしえの夫に使ったように、単に不浄を癒やす力を自分に使用しているだけとも思えるが。

 

「…待てよ?」

「どうしたの翔太郎くん」

 

 T2ユニコーンメモリは、通常のメモリよりも純正かつある程度強力である。しかし、通常のメモリと違ってある程度完成されているため成長性はない。だから、「不浄を癒やす力」も記されていない。強力な水準でドーパントとしての能力を発揮できるが、それだけだ。ナスカメモリはレベル2にすら到達できず、ウェザーメモリは気象の力を発揮できない。

 だが通常のメモリは毒素の進行や本人の適合率、そして意志次第で思いもよらぬ成長を発揮する。B始祖鳥(バード)は毒素でパワーアップし、Tトリケラトプス(トライセラトップス)は増幅された復讐心で巨大化した。

 ユニコーンもソレと同じなら、もはやあの手遅れだった彼女らと同じほど毒素が進行しているはず。

 

「こりゃ本気で見つけ出さねえとな……」

 

 内心で冷や汗がたらりと垂れる気がした。

 あんな根のよさ気な人間が死ぬのは翔太郎の望むところではない。

 

 亜樹子に事務所を任せ、翔太郎はしばらく独りで行動することを告げた。当然、フィリップが居ない以上強がっても仕方ないと亜樹子に諭されたのだが、こうなった翔太郎はテコでも自分の意志を変えるつもりはない。

 ウォッチャマンやサンタちゃん、クイーン&エリザベス。彼が知りうる限りの情報屋を伝って徹底的にユニコーンの出没地帯を聞いていくが、どこから嗅ぎつけたのか、ドーパントが現れた場所にしか彼の目撃情報はなかった。

 

 八方ふさがりか。だからといって別のドーパントが現れる瞬間を待つしか無いのか。だがそれには犠牲になる人間と、欲に呑まれた人間、そして毒素が進むユニコーンとこの街の涙が3つも重なってしまう。

 アチラコチラにバイクを走らせていた翔太郎は、焦燥感に支配されかけていた。心の支えの一つが消えて、彼は今非常にバランスが危うい状態である。どこだ、どこにいる。目的すら忘れそうな意識が彼の視界すら覆い隠そうとしていたその時であった。

 

「左!」

「ッ!」

 

 甲高いブレーキ音とともにハードボイルダーは車輪を止めた。人がほとんど居ない通りを走っていたことに気づいた翔太郎は、どこだここ、などと呟いて声を掛けられた方を見る。赤が映えるおよそ警察らしくない姿の男がこれまた赤いバイクの隣に立っていた。

 バイクを降りた彼は、翔太郎に近づいていくとヘルメットを外すと、翔太郎自身もよく知る顔があらわれた。

 

「照井…どうしてこんなとこに」

「お前が風都の白い影を追っていると聞いた。俺もその噂については思うところがあったのでな……これを見ろ」

 

 懐から取り出した一枚の紙。それを翔太郎に手渡したのは、この街の二人目の仮面ライダー…照井竜。風都警察署の超常犯罪捜査課に属する警視である。またの名を仮面ライダーアクセル。かつてWのメモリを持った男に復讐するために仮面ライダーとなり、今は守るもののために戦う一人の戦士だ。

 翔太郎は彼から渡された紙を覗き込むと、驚きに目を見開かせた。

 

「ユニコーン・ドーパントの活動地域だ。一見バラバラに見えるが、それらを繋いでよく考えて見れば拠点に近しい場所で最も目撃情報が多い。その様子では駆けずり回るばかりで、一度でも腰を落ち着けては居ないようだな」

「この、場所は……」

「何を焦っているかは知らんが、落ちつけ左」

 

 地図上の点が集中している場所、そしてその中心はかつてのビーン・ドーパント事件で潰されたスーパーが建っている場所。その近くに住んでいて、この街を愛していて、高潔な精神を持つ人間といえば……?

 翔太郎には心当たりがあった。いや、だが彼がユニコーンであるなら納得は行く。それでもメモリに手を出したことが信じられないのだ。

 

「心当たりがあるようだな。行くぞ」

「いや、待ってくれ照井」

「……何だ」

 

 再びバイクに跨がり、ともにドーパントの退治へ赴こうとした竜を翔太郎は止めた。訝しむように視線を投げかける彼に、俯き気味に翔太郎が続けた。

 

「このドーパント、俺にやらせてくれないか」

「だが所長から聞いた。今のお前にとって圧倒的に不利な相手だ」

「いや、こいつがある。地力だけなら負けないはずだ」

 

 翔太郎が取り出したのはM鋼鉄の闘士(メタル)メモリ。かつてフィリップから託されたロストドライバーを手に、彼は鉄をも超える硬い意志を表現したのだろうか。

 

「出来るのか」

「やるしかねぇだろ」

「ふっ、そうだったな。お前はそう言うハーフボイルド(甘いやつ)だ」

「言ってろ」

 

 笑みを浮かべた照井にそう返して、ハードボイルダーに跨る翔太郎。

 彼ならきっとそこにいる。そう考えて、翔太郎はアクセルを今一度回した。

 

 

 

 再建中のスーパーは一角が崩れた程度だったからか、既に元の姿を取り戻しつつあった。それを眺める一人の男。だが建築現場そのものを見ているというよりは、ずっと遠くを見ているような。

 目的の人物だった。同じく風都を愛しながら、その愛の形は翔太郎とはまた別のベクトルを持つ男。彼の後ろから近づいていった翔太郎は、彼の肩へと手をおいた。

 

「よお、宇佐美さん」

「翔太郎さん…どうして此処に?」

「ちょっと宇佐美さんを探しててな。無性に風都について語り合いたくなっちまった」

「それでしたら私もです。貴方という同士が居て、別の視点から風都を見ることが出来る。ワタシは、貴方のことを素晴らしい友人だと思っていますよ」

「お、おう」

 

 宇佐美俊人。目的の人物は、爽やかな笑顔とともに、突然の切り返しに戸惑う翔太郎。友人と言われて悪い気はせず、恥ずかしそうに翔太郎は帽子に手を掛け視線を左右に振る。

 

「場所を移しましょうか?」

「いや、此処で良いんだ」

 

 俊人の提案を蹴った翔太郎に、不思議そうな表情になる彼。

 

「なぁ俊人さん。本当にこの風都はいい街だな」

「どうしたんですか、改まって」

「だけどこの街を騒がせるドーパントだの、そういった存在が居るのも確かだ」

「……ええ、嘆かわしいばかりです。住み慣れた街を思う心が無い人が居るのもわかります。ですが、その悪意を外へ向ける輩が何故かこの街には多い。いえ、きっとドーパントという手段が存在するからなのでしょうが」

「そうだな……俺もそれで、幼なじみや尊敬する人が変貌し、死んでいくのを見せられたもんだ」

 

 かつてのTレックスの女、マリナ。そしてドーパントを作り出すミュージアムによって殺された鳴海荘吉。彼の回りの親しい人間は、そうしてガイアメモリに関わったことで堕ちていった。落としたのは尊厳か、命か。どちらにせよ人として失くしてはいけないものばかりだ。

 

「だからそれを防ぐ仮面ライダーや、風都の白い影には感謝してるんだ」

「白い影……翔太郎さんもあの噂を?」

「実際の目撃証言もあるし、あったこともあるからな」

 

 翔太郎は、その瞬間に確信した。

 

「彼もまた、この街のために戦う戦士だそうですね」

「ああ、そうだな宇佐美さん。―――だからメモリを渡してくれ」

「……はい?」

 

 素っ頓狂な顔で尋ねる俊人。

 まるで宛が外れたかのような反応だが、翔太郎はそんな彼に構うことはない。帽子の下から、隠し切れない熱い心の篭もった鋭い視線を投げかけた。

 

「わかってるんだ、宇佐美さん。あんたはユニコーン・ドーパント……風都の白い影だってことに」

「何を言っているんですか、ワタシがそんな」

「俺が会った、って言った時だ。確かに肩が震えたのを感じた」

「そんなの―――」

「あとな、本当は言いたくなかったんだが」

 

 目を伏せて、彼は言う。

 

「あのオーシャンの男、メモリの毒素にやられて病院で死んじまったんだ」

 

 

 

「――――バカなッ!!?」

 

 

 

 あらん限りに目を見開いて、俊人が言った。

 直後、ハッとした表情で口を覆うが、もう遅い。

 今のは何よりの証言だ。あの場に俊人は居なかった。知っているのは、仮面ライダージョーカーと、ユニコーン・ドーパント。ジョーカーは翔太郎、だから病院で死んだ者がオーシャンのメモリを使っていた事を知っているのはユニコーン・ドーパントの中身が俊人で無ければならない。

 

「ああ、嘘さ。本当はまだ眠ってるが命に別状はねぇ。だけどこれではっきりしたぜ」

 

 翔太郎は腕を伸ばし、手のひらを見せるように開いた。

 

「もう一度言う。メモリを渡してくれ。宇佐美さん、確かに俺達じゃ手の届かないところがあって見過ごした悲劇があるのも確かだが―――あんたが悲劇を生み出す怪物に成り果てる理由にはならねぇんだよ」

「……流石、仮面ライダーは言うことが違いますね」

「バイク見てんなら分かっちまう、か。今更隠すことでもないがな」

 

 俊人は懐に手を伸ばすと、一本のメモリを取り出した。

 

「やっぱ、ユニコーン……」

「それにしても、わからないことがあります。なぜこのタイミングで?」

「メモリの毒素だ。何時かは人を狂わせ、その生命も蝕む最悪の毒素がミュージアムのメモリに埋まってる。それが風都で起きてるドーパントが暴走する原因だ」

「なるほど」

 

 言いながら、彼は腕にある生体コネクタを見せる。

 次の瞬間にはメモリを掲げ―――

 

「おい、何してんだ宇佐美さん!? メモリを渡してくれないのかよ!?」

「ワタシはまだ、やるべきことがあるんです。君たちだけでは拭い切れないこの街の汚れを拭き取らなければならない! そのために、このユニコーンメモリは必要なんですよっ!」

 

 【ユニコーン!】

 

「……ッ!」

「止めろおおおおお!」

「っがああああああああああああああ!!!」

 

 額に脂汗を滲ませながら、決死の表情でコネクタにメモリを差し込む俊人。だが、その苦しみ方は尋常ではない。普通、ドーパント体になることに苦痛は生じない筈なのだ。だが、その毒素が体をも犯すほど肥大化していれば? それらを己の意志一つで抑えこみ、もはや許容量限界にまで達していれば?

 メモリそのものと引き合う俊人は、なるほど、ユニコーンの地球の記憶(メモリ)との相性は良いのだろう。だが外殻(メモリ)の内に潜むミュージアムの悪意とは相容れなかった。

 引き合う2つの力を繋ぎ止めるのは、触るもの皆傷つける茨のロープ。俊人は己の手が血まみれになろうとも、それでもユニコーンを求めて超人体へと変身した。

 

 馬の頭部に、真っ白な肉体。二の腕まで続く青白いタテガミを棚引かせた引き締まった体のドーパント。天を突く螺旋状の角が陽光を浴びて煌めいた瞬間、周囲の民衆はこの風都を脅かす「ドーパント」が出現したことにより、慌てふためいて逃げていく。

 工事中の現場の者たちも、手にした道具を放り投げて我先にと逃げた姿を見届けて、ユニコーンはゆったりと翔太郎に向き直った。

 

「悪いが、この場は逃げさせてもらおう。我はユニコーン、未だ影として在り続けるためにも……」

「そうやって口調も変えて、精神を誤魔化して毒素の影響を免れていたのか。だがさっきの声……宇佐美さん、あんた自分のメモリの毒素は癒せねえみたいだな。なおさら、そのメモリを破壊する理由ができたぜ」

 

 翔太郎の言葉を肯定するかのように、ユニコーンの頭部が明後日の方向へ向けられる。

 

「……邪魔立てするのか、仮面ライダー」

「ああ、あんたは此処で止めねぇとダメなんだ」

 

 ロストドライバーが翔太郎の手に握られる。

 腰に装着し、ベルトがドライバーを固定した。

 彼の()()にジョーカーメモリが握られた。

 

 今度は間違えない。フィリップも関係ない。

 左翔太郎として、彼を止める。

 

 【ジョーカー!】

 

 ガイアウィスパーが轟いた。

 今はまだ、只の人間であるはずの翔太郎にユニコーンが気圧される。

 スロットにメモリが装填され、紫色の波導が脈打つように広がった。

 

「変身!」

 

 鎧の欠片が彼の周囲を舞い、顔には肉体が変化する過程を描く文様が浮かぶ。それもほんの一瞬で、すぐさま彼の全身を覆い尽くした真っ黒な鎧に塗りつぶされる。そして、漆黒の闇夜に浮かぶ赤い光が光輝き、まっすぐにユニコーン・ドーパントを見据えている。

 仮面ライダージョーカー。風都に流れる涙を拭い、溢れる前に涙を止める男。左翔太郎のもう一つの姿だ。

 

 右手を天へ突き出し、左手に切り替え指をさす。

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

「我の罪、だと……ふざけたセリフだ!」

 

 ユニコーンにとって、己の行動のすべてを否定されたかのような言葉だった。自分が罪を犯しているなどと、信じたくはないし信じられない。だが仮面ライダーは、その片割れは確かにこうして自分に立ち向かってきている。

 自分が信じた仮面ライダーが、敵として立ちはだかっている。

 

 肩を震わせたユニコーンは逆上して襲いかかってきた。

 両手に持っていた槍を片手にし、空いた左手を額にかざす。生み出された槍は、盾として覆っていたガードが消えて幾分かスマートになっていた。もう片方の槍もソレに合わせて細長い投槍に変化する。

 

「我の……ワタシの行いが!」

 

 突き出された槍を裏拳でいなし、振るわれた槍をくぐり抜ける。

 その両腕を抑えこんだジョーカーはユニコーンの懐に潜り込んだ。

 

「罪だというのか…! 弱きを助け、強気をくじくこの行いは…!」

 

 両腕を抑えるジョーカーを無理やり弾き飛ばしたユニコーン。交差させた槍の間にジョーカーを捉えると、そのまま押し出し姿勢をよろけさせる。バットのように重ねて横へ振るわれた槍は、ジョーカーの胸部に当たり火花を弾けさせた。

 地面を転がるジョーカー。彼は熱のこもった喉から出てくる言葉を吐き出すため、その口を開いた。

 

「ああ、あんたはそれで涙を流している。それは、罪だ。宇佐美さん、あんた自身が認めていない行いなんだ」

「ぐ、おおおおおおおおおおお!」

「だから、まずは受け止めてやるぜ…!」

 

 ジョーカーメモリを抜き出した翔太郎。このままマキシマムドライブへ移行するのか。そう思われるが、彼が取った行動はそれではない。彼の目に見えるのは、背中を向ける鋼鉄の心を持った人物。硬く、そして熱く。完熟(ハードボイルド)な男の背中。

 ユニコーンは槍を統合させ、螺旋状のエネルギーを纏った槍を膝突くジョーカーへと投擲。すさまじい勢いで風を切り裂き迫るそれに、ジョーカーは臆せず一本のメモリを取り出した。

 

【メタル!】

 

 ガイアウィスパーが響き、ロストドライバーにはメタルメモリが挿入される。

 途端に、その全身が鈍い鋼の色に覆われ、背中に武器であるメタルシャフトが現れる。すぐさまシャフトの両端を伸ばし、ユニコーンの追撃を防いだ翔太郎は、メタルは立ち上がった。

 

「来やがれ!」

 

 挑発の言葉を皮切りに、槍を一本に持ち替えたユニコーンが迫る。

 メタルはシャフトを自由自在に扱って攻撃の全てを防ぎ、時には体で受けながらも後退することはない。いや、むしろ一歩ずつだが僅かに進んでいる。押しているのだ、猛攻のユニコーンをその体一つで。

 鳴り止まぬ剣戟の隙間を付き、ボッと空気を破裂させるほどの速度でメタルシャフトが突き出される。胸部を打ち据えられたユニコーンは胸元を抑えながら後退し、その場に膝をついた。

 

「な、なぜですか……なぜこうも強いんですか……教えてくださいよ、仮面ライダー。ワタシには、ワタシには……一体何が足りていないんだ!?」

「さぁな。あんたが宇佐美さんであり続けたなら、簡単にわかったことかもしれねえぜ。ドーパント!」

「き、さまぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 メタルシャフトを振り回し、襲い来るユニコーンを受け流しながら背中に一撃をかます。今度こそ無様に地面を転がるユニコーン。だが、そのいくら防御や耐久に秀でたメタルメモリの姿だからといって、攻撃をモロに受け続けたからだろう。仮面ライダー自身の息も荒く、上がっている。ダメージが一切無いわけではないのだ。

 何より、メタルメモリは翔太郎自身使えるが、使いこなしたメモリではない。かつての相棒、フィリップがソウルサイドのメモリとバランスよく使っていた頃と比べ、単体のメタルは彼の精神と体力を大きく削っている。

 

「くっ……やっぱ無理があったか」

 

 【ジョーカー!】

 ユニコーンと同じく膝をついたメタル。彼はジョーカーメモリを取り出し、再びスロットに差し込み仮面ライダージョーカーへ戻った。体全体を阻害するようなギシギシとした圧迫感は消え、全身を流れる血流のような軽い感触が戻ってくる。

 最も親和性が高く、かつ彼と適合率の高いJ切り札(ジョーカー)のメモリこそ、左翔太郎に相応しいメモリであることの裏返しだろう。

 

「どうだ」

「何の話ですか……!」

「言いたいもん吐き出して、なにか見えてきたかよ」

 

 翔太郎は、まだ俊人が自分からメモリを差し出すように訴える。

 このままメモリブレイクしドーパント体から助け出すのは容易だろう。だが、それでは俊人の心に陰りを残したままになってしまう。翔太郎はそれが我慢ならない。

 

「この街には涙は似合わないぜ」

「…ッ!」

 

 たとえソレが誰の涙であっても、翔太郎はそう言うだろう。

 風都を濡らす水は風が運んでくる雲の雨だけで十分なのだから。

 

「……ぉ」

 

 その言葉を受け取ったユニコーンは一度フリーズしたように動きを止める。その直後に、ブルブルと体を震わせた。両手に握ったのは拳。槍はその手からこぼれ落ちて、地面に打ち付けられた拳は何度も何度も天と地を行き来する。

 

「そうだ、ワタシは、ワタシは…! 気に入らなかった! この風都を破壊するドーパントが! 犯罪者が! だから、美しい町並みを破壊するドーパント共にくだされる仮面ライダーの鉄槌が何よりの喜びだった!」

 

 心から吐き出されたのは、ユニコーンの、俊人の本心だった。

 

「だがそれでもドーパントは減らない! 街の車を使って、電波塔を使って、時には風都タワーすら使い! この街を破壊し、さらなる悲劇を生み出した! 我は、その愚か者どもをこの手で自ら葬り去らねばならないと決意したのだ!」

 

 その汚らしい破壊衝動への憎悪。

 覆い隠すためのヴェールが白い影。

 この街を守ると嘯いて、自分の小さな心が満たすためにドーパントを襲った。

 

 自分が最も嫌いな、ユニコーン(ドーパント)の力を使って。

 

「……それが、あんたの罪か」

「そう、これがワタシの罪なのでしょう」

 

 ジョーカーは、その言葉を受け止める。

 ずっと親しい関係を築いていた人間が、激情を曝け出して暴挙に出る。ドーパントやガイアメモリと関わって、そんな人間ばかりを見てきた翔太郎は、この俊人もまた一人の人間であるのだと、そう思って拳を握る。

 

「結局のところ、ワタシは怪物なんです。誤魔化していましたが、攻撃を受け止め続ける貴方を見ていたら……つい、吐き出してしまった。だから―――」

 

 もう戦う気力はない。心を裸にされたユニコーンは、そのメモリを排出しようと腕のコネクタがあった場所へと手をかざす。ユニコーンのメモリはそのままジョーカーへと手渡されればこの白い影の噂も終わりを告げるだろう。

 俊人は憎悪とともに、気づいてしまったのだ。いくらドーパントを撃破しても満たされない心に、その虚しさに。今まで被っていた偽りの理由からくる満足感で誤魔化していたが、今となっては心を縛る精神全てが空虚に抜け落ちていた。

 

「仮面ライダー、このメモリを……メモリ、を……」

 

 だが―――

 

「メモリが……メモリが出ない!?」

「何だと、くそっ、待ってろ俊人さん! 今すぐブレイクして」

「あ、っがあああああああああっ!? ぐあああああああああっ!」

 

 突如、ユニコーンドーパントが苦しみ始めた。

 その体にタテガミの色と同じ青白い稲光が走り、ユニコーン自身を苦しめている。

 

 当然だ。翔太郎の言葉のおかげで俊人は自分の行いを恥じ、覆っていた心の壁を取り払った。だが、それこそが最大の問題だったのだ。

 取り払われた心の壁を通りぬけ、いち早く浸透したのはメモリの毒素。これまで押さえつけられていた毒は急激に俊人の体を痛みとともに蝕み、心の底まで白い影(ユニコーン)から怪物(ドーパント)へと変貌させていく。

 

「なんで、なんでこうなっちまうんだよ!」

 

 【ジョーカー! マキシマムドライブ!】

 

 ジョーカーのマキシマムが発動し、走りだす彼の拳にまとわれた紫のオーラが尾を引いた。そのままユニコーンの腹部めがけて吸い込まれていくようにラインを描いた美麗なまでの一撃がヒットする瞬間―――ユニコーンの左手がその拳を受け止める。

 

「何っ!? うおおっ!!」

 

 ユニコーンから白い波導が発せられ、吹き飛ばされるジョーカー。

 見る見るうちにユニコーンの胸部、肩には白銀のアーマープレートが装着され、チェインメイルのようなボロボロの腰装備がまとわり付く。シンボルである一角を覆い尽くすフルフェイスのメットがユニコーンの頭を覆い隠し、鎧の隙間から赤く輝く双眸の光が輝いた。

 

「がああああああああああああああああああああああ!」

 

 ユニコーン強化体。かつて白い影として知られた優しき心の仮面の代わりに、メモリがもたらした心の拘束具。全身を締め付けるような痛みをユニコーンに走らせながらも、馬の尻を叩くムチのように強制的に体を暴れさせる毒素の悪意が走った姿であった。

 マキシマムを阻害されたジョーカーは襲い掛かってくるユニコーンをいなそうとするが、先程よりも篭もった重みが違う。先程までは仮面ライダーを倒さないように手加減されていた攻撃だったが、これはメモリのせいで本能と殺意があふれた姿。容赦のない重みが攻撃をそらそうとしたジョーカーの手を弾き飛ばし、凶器となった全身の体重を乗せたタックルがジョーカー自身をもスーパーの壁に激突させる。

 

「俊人さん…!」

 

 いち早く開放しなければならない。ただでさえ無理をしてメモリを使っていた俊人の体は既にボロボロだ。その上で毒素に侵されたのだから、これ以上ドーパント体で居させればそれだけで死んでしまう。

 

 立ち上がったジョーカーは後ろ壁を蹴り、槍を作り出したユニコーンへ向かう。振るっただけでユニコーンとしての螺旋の力が付加された槍は空気を見えない衝撃波として打ち出し、触れていないジョーカーの体にダメージを与える。

 こうなれば万事休すか。そう思ったジョーカーの前に、特徴的な赤いズボンの足があらわれた。

 

「このまま終われば手を出すつもりはなかったが、こうなれば話は別だ、左」

「照井……お前なんで」

「ドーパントとあらば本当に俺が放っておくと思ったのか」

 

 さっそうと現れたのは、メーターがついたバイクのハンドルのようなそれを取り出した照井竜。アクセルドライバーはエンジン音を吹かせ、真っ赤なメモリをスロットに受け入れる。

 

「変……身ッ!!」

 

 【アクセル!】

 二人目の仮面ライダー、アクセル。今此処に二人のライダーが揃った。

 

「さぁ、振り切るぜ!」

「おおおおおおああああああああああああああああ!」

 

 理性をなくした雄叫びをあげ、新たな敵を迎え撃つユニコーン・ドーパント。エンジンブレードを振り上げたアクセルは槍と打ち合い、的確かつ力強い一撃を食らわせユニコーン強化体とたったひとりで互角の力比べを始める。

 勿論黙って見ているジョーカーではない。すぐさまアクセルに加勢し、ユニコーンの横っ面に回し蹴りを食らわせる。頭を揺らされたユニコーンが怯んだ瞬間、返す刃で振るわれたアクセルのエンジンブレードに装填されたメモリが叫ぶ。

 

 【エンジン! エレクトリック!】

 

 紫電が走り、ユニコーンを吹き飛ばしながら雷撃が体を覆う。

 それも一瞬のこと。ユニコーンの纏う白金の鎧がまばゆく光輝き、両手を組んだユニコーンが何かを開放するように両手を広げた瞬間、紫電は消え去った。不浄を癒す力を消す力に変えたのだろうか。コキリと首を鳴らし、唸りを上げるユニコーンに理性は見受けられない。

 

「厄介な……」

 

 アクセルが呟いた瞬間、ユニコーンは二本の槍を作り出し、更にそれを一本に束ねた。それぞれの穂先が交じり合い、槍自身が螺旋を描いたそれは巨大で、いかにもな雰囲気を放っている。

 先ほどのエレクトリックで距離を取ってしまったことが仇となったのだろう。トライアルメモリの力なら余裕で追いつくが、そもそものメモリをチェンジする時間が足りていない!

 

「ああああああああ……が、ああ……!?」

 

 膨大なエネルギーを纏ったソレがいざ投げられんとした瞬間、ユニコーン強化体は動きを止める。激しく震える右手は己の意に反するかのように骨を軋ませながら奇妙に動居たかと思うと、強化体になって追加された胸部のアーマープレートの端に手を掛けた。

 

「……………だー……」

 

 弱々しく震える声が、雄叫びの合間を縫って聞こえてくる。訝しみ二人のライダーが様子を見る時間とともに、その単語ははっきりとした意味を持つ言葉に変わっていった。

 

「今だ、仮面ライダー……!」

 

 それはドーパントではなく、俊人自身の声。

 

「ワタシを、助けてください……仮面ライダァァァアァアアァァァアアァァァ!」

 

 俊人の掛け声とともに、右手が引っ掛けていた胸元のアーマープレートが取り払われる。そこにはドーパントが必ず体のいずれかに持つ「核」の部分が露出していた。強化体になる前には腰にあったそれは、意図しなければ安全な装甲の下に隠れ移動していたということだろう。

 

「ああ、これで決まりだ」

「全て……振り切るぜ!」

 

 【アクセル! マキシマムドライブ!】

 【ジョーカー! マキシマムドライブ!】

 

「相手は強化体、油断は出来んぞ左」

「ならツインマキシマムだ、照井!」

「ああ!」

 

 この一瞬がチャンスだ。

 一気に駆け出して、宙へ跳んだ仮面ライダーは紫と赤のオーラを纏い急降下。狙いは、俊人自身が曝け出したドーパントの核。青白く、そして激しく発光する力の源と思しきそれへと、一分の狂いなく叩き込まれる二人の攻撃。

 

「ぐわああああああああああああ!!」

 

 核を蹴り飛ばしたダブルライダーが着地した瞬間、爆発するユニコーン。

 爆炎が晴れた中には、メモリの過剰仕様の後遺症で全身汗まみれの俊人が仰向けで倒れている。未だその息は荒く、すぐにでも病院に送り届けなければならない状態だった。変身を解除するアクセルに続き、ジョーカーもまたスロットからメモリを抜き出そうとして―――

 

「待って、ください」

 

 俊人に引き止められる。

 

「ワタシは、仮面ライダー……に……なれたでしょう、か……?」

 

 力に呑まれた男が言うセリフではない。だが、そのユニコーンの力に苦しみ、たとえ偽りだとしてもこの街を救う活動を続けていた彼が最後の最後に、呑まれていた力に抵抗して己を開放してみせた。

 ジョーカーはゆっくりと近づき、彼を見下ろす。

 

「ああ、だけどあんたにはもっと良い名前があるだろ。宇佐美さん」

「…?」

「白い影は、確かに黒く塗りつぶされてなんて無かったぜ」

「は、は…ははは……ありがとう」

 

 気を失い、こんどこそ力なく全身を道路に投げ出した俊人。

 こうしてまた、この街に飛び交う噂の一つは永遠に失わるのであった。

 

 

 

 

≪速報です。巷を騒がせていた連続怪死事件の犯人である宇佐美俊人容疑者が自首しました≫

 

 あれから数日後、すっかり毒素の抜けきった宇佐美さんは今まで倒した―――ドーパントになっていた人間を殺した罪を自首することで数えきった。彼は結局、仮面ライダーではなくタダのドーパントとして他のドーパントを攻撃、撃破していたのだ。メモリブレイクができないドーパント同士の戦いは変身が解除されない時、死を意味する。

 正義の名のもとに隠したつもりだった罪を自覚した宇佐美さんは暗い表情だったが、彼が殺したドーパントは捕まっていない凶悪犯罪者であったり、宇佐美さんが心から嫌っている人種だった。だとしても、殺人には違いない。彼の罪は重いだろう。

 

 それでも彼が愛したこの街を、またいつか語り合える日が来ると俺は信じている。

 

「またやってんの? そろそろちゃんと英語覚えたらどうなのよ」

「え、あー……それはだな」

「結局今回は全然出番無かったし、翔太郎くんはいつの間にか突っ走るし、しかもボロボロだし! 私、聞いてない!」

「いってぇ!? 怪我人にスリッパやめろ亜樹子ォ!」

 

 無理をしたメタル単体で変身。あの時に受けた傷は、変身している姿こそ無傷に見えるが実際には翔太郎の体へ大きなダメージを与えていた。これをしれば、出頭した俊人はさらなる罪悪感で申し訳ない気持ちでいっぱいになるだろう。あの時変身を解除しないうちに気絶したのは、ある意味で幸運だったかもしれない。

 

「どっちにしろ、これからはもっと周りに目を向けねぇとな…」

「竜くんから聞いたよ。俊人さん、良い人だったのにな」

 

 買い出しに行ってスーパーで会っていたのは翔太郎だけではない。亜樹子も何度か顔を合わせるうちに仲良くなった一人である。だから顔見知りがドーパントになり、そしてメモリの犠牲者となったことを知って受けた衝撃は少なくはなかった。

 最初に知ったティーレックスの事件のとき、翔太郎もマリナがああなってこんな気持ちになったのだろうか。普段よりも少しだけ、亜樹子も大人しさを見せている。

 

 微妙な空気が流れる中、事務所の扉がノックとともに開いた。

 

「あの、依頼をしたいんですけど……」

 

 ここは風都の鳴海探偵事務所。

 今日も風を受け、カモメはカラカラと翼を回していた。

 





戦闘とかどうでしょうか
迷ったんですが、あってもいいかなと思ってメタル単体の変身をいれてみました。
スカルのような硬い心。体でメタル
スカルマグナムを特化させたトリガー
ジョーカー以外だとこんな風に妄想してます。

あとダブルの展開っぽくなかったことはご了承を。
とにかく書きたいものが書けて満足です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。