特級人型危険種『風見幽香』 (歩く好奇心)
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特級人型危険種『風見幽香』

思いつきで書いてみました。


 

「幽香さんはどこからきたんですか?」

 

帝国に向かう荷車。

その後部に座るタツミは、隣に腰掛ける女性にそう尋ねた。

 

その女性の名は風見幽香、肩まで伸びたクセのある緑髪に赤と白を基調とした薄手の上着とロングスカートが特徴的だ。

今は優雅に傘をさし、隣で馬車に揺られている。

 

「さあ、どこかしらね」

 

彼女は興味無さげにそう答える。

顔も彼に向ける様子はなく、前方を見続けている。 

タツミは気まずそうに苦笑した。

 

聞いて欲しくないことを聞いてしまったか。

タツミはそう思い、自身に対して少々自己嫌悪に陥った。

 

しかし、幽香自身としてはそういう訳ではなかった。

自分がどこから来たのか本当にわからず、事実のままに答えただけである。

ただ、その質問に興味がないことは事実。

また、彼女は他人を配慮する心持ちなど持たない。

それ故に、素のままに答えた結果、タツミが勝手に勘違いをするに至っただけなのであった。

 

タツミは仲間とともに故郷から帝国に稼ぎに来ていた。

しかし、道中山賊に襲われ仲間とはぐれてしまう経緯を持っていた。

 

「無事でいてくれたらいいな」

 

タツミは仲間を心配して小さくそう呟いた。

幽香は特に何も感じることはなかったが

「だといいわね」ととりあえず慰める。

 

タツミは首を横に振る。

関係ない彼女にこんな話を聞かせては彼女に悪い。

 

「俺、帝国では兵士として働いて稼ごう思っていまして……」

 

そう思い、彼は意気込むように帝国に着いてからのことを話し出した。

場の空気をなんとかしようと話す彼に、幽香は適当に相槌を打った。

彼女は彼の意図を全く気付いていなかった。

話に関心があるわけでもない。

ただ、暇ではあるため彼の話は聴いてやることにしただけであったのだ。

 

 

その後、荷車での道中危険種である土竜に襲われたが、タツミが難なく打ち倒した。

彼の闘いぶりは「帝国の兵士として稼ぐ」と豪語するだけのことはある。

幽香は彼の戦闘技術をそう評価する。

 

帝国に着き、タツミは「これが帝国か」と街並みを羨望の目で眺める。

これからここで稼ぐことに、彼は心が高揚した。

目をキラキラとさせる。

すると、

 

「これからあなたはどうするのかしら」

 

幽香が彼にそう尋ねる。

彼女は帝国に着いても、特に目的はない。

ただ何と無く来ただけであった。

それ故に彼女は興味本位に尋ねたのだ。

 

タツミはやや意外そうな顔をする。

これまでの彼女の素っ気ない態度から、てっきり会話をすることもなくお別れするのでは、と思っていたのだ。

 

「とりあえず兵になれる手続きが出来るところへ行こうかと」

 

タツミの答えに、「そう」と静かに頷くと彼女も一緒についていくことにした。

 

 

結果は門前払い。

「田舎者にはなれない」といった差別的な罵詈雑言も受けた。

「そんなぁ」とタツミは落ち込むが問題が起きたのであった。

 

門前の兵士に付き倒され尻餅をつくタツミを、幽香はふーん、と傍観していたのだったが、門前の兵士が彼女の美貌に見惚れて欲情したのだ。

 

「そこの女はちょっと俺と話そうぜ」と下卑た笑いをして手を出そうとしたところを、

「ちょ、ちょっと」とタツミが困惑するのも束の間。

 

幽香は躊躇いなくその兵士を痛め付ける。

加えて顔面が陥没する暴虐をなした挙げ句、首を絞め出すといった暴挙にまで出たのだ。

その際、彼女は無表情ながらも、どこか微笑んでいた。

 

その圧倒した暴虐を見てタツミは絶句するが、

「これを見られるのはまずい」と慌てた彼は、兵士の首を絞める幽香を引っ張りだし、その場を逃げ出したのであった。 

 

その際彼女の薄い微笑みを見て「そんな笑顔見たことないんですけど」と思わずにはいられなかった。

 

 

「…どうしよ」

 

タツミは顔を青ざめて絶望する。

兵士が半殺しにされるといった先の騒動は多くの者が見ていた。

顔は間違いなく覚えられたであろう。

 

「俺、まだ帝国に来たばっかなのに…」

 

兵士の夢が半ば潰れた事実に、彼は意気消沈となる。

 

「どうしたのかしら。手続きに行かないの?」

 

見ると、さも不思議といった表情で聞いてくる彼女。

「誰のせいですか」と彼は少々恨みがましく視線を向けた。

しかし、彼女は全く視線の意図に気付いた様子はなく、無表情に見つめるのみであった。

彼は彼女の鈍感さにため息をついたのであった。

 

「そんなところで何をやってるんだいアンタら?」

女性の声が掛かる。

見ると、金髪で胸の大きい女性が、やあ、と片手を挙げて挨拶をし出す。

飄々とした雰囲気だが歳上の色気が満載である。

幽香に出会う前のタツミであればその色気に戸惑っていたであろう。

タツミは事情を説明すると、いい話がある、と二人はある酒屋に案内された。

いい話と聞いて、彼は内心高揚する。

彼女の姉貴分な雰囲気からその話を疑うこともしなかった。

幽香も黙ってついてくるがまるで興味なさげだ。

しかし、今はいい話があるというので彼女のことは置いておこう。そう思ってウキウキとレオーネについて行くのであった。

 

「じゃあお前さんらのこと、私がしっかり話つけてきてやるよ」

酒屋の席で豪快に酒を飲む彼女、レオーネという女性は活気良くそう言い出す。

帝都で上手く生活するためには偉い人と繋がりを持つ必要がある。この女性はその偉い人と上手く話をつけてやるから金を渡せ、とそう言ってるのであった。

へー、と口を開けて話を聞くタツミ。

その目は全く疑う様子はなく、彼女を信用した。

幽香は話に全く関心がなく水を啜るだけである。

ちなみに二人は何も注文していない。レオーネはそれに構わずどんどん注文し出すが。

 

関心を示すのはタツミだけであることからも、ほぼ彼とレオーネが話す形となっている。

そして、じゃあお願いします、と彼が金の入った小包を渡そうとした時、

 

「下手な詐欺師ね」

幽香は無表情でそういい放つ。

小包を渡すタツミの腕が止まり、その場の空気が固まる。

レオーネは、「えっ?」と口を引くつかせる。

 

「そんなみすぼらしい格好でお偉いさんと知り合いだなんてよく言えたわね。滑稽だわ。職業は道化師か何かかしら?」

幽香は見下すように薄く微笑み、レオーネを見つめる。

眼前の彼女の服装は露出が多く、またお世辞にも清潔とは言いがたいものであった。

 

「な、何おう」と幽香の皮肉に怒りを示すが、口は引く付き、汗も見受けられ図星をつかれたことは明らかであった。

分かりやすい奴だ、と彼女は詐欺師としての程度の低さにため息をはいた。

 

 

「タツミ、そんなことに金を使うくらいなら私の宿代のために使いなさい」

そう言って、隣のタツミの腕を引っ張り席を立ち、この場を去ろうとする。

彼はその様子に、何が何だか、と唖然とするばかり。

ちょっと待てよ、と横を通り過ぎようとする幽香をレオーネは慌てて引き止めるが、ガシッ、と肩を押さえつけられる。

動けない!?何て力だ。そう内心驚く彼女だが、すぐに耳元に幽香の顔が近づき、

 

「あなたはちゃんとお金を払いなさいね。私達は何も頼んでないんだから」

楽しそうにそう囁いて、タツミと共に幽香は酒屋を出ていった。

二人が出ていく様を呆然と見送る。

眼前にはジョッキの山。

レオーネは顔を青くした。

そう、彼女は無一文であった。

 

 

 

「え?ここも満室ですか!?」

酒屋を出て宿屋を探す二人であったがどこも満室の様子。

久々に柔らかいベッドで寝れる。

そう思ってたタツミは、「今日は野宿か」と落ち込んだ。

横目で彼女を見るが全く気にした様子はない。

「女性なのに何で心配しないのだろう」と彼は甚だ疑問に思った。

 

「というか幽香さん、無一文なんですか?」

 

この人お金は持ってるだろうか。

ふと疑問に思い、彼はそう尋ねた。

しかし、彼女は気にした風もなく、「ええ」と返す。

 

「やっぱり」

 

タツミは彼女の返答と呆れる。

先ほど、昼食をとる時に払わされたので、ふと疑問に思っただけだが、本当に予想通りとは。

お金もなしにこの人は帝国に何をしに来たのだろう。

彼はホトホトそう疑問に思うが、それについては聞いても無駄な気がしたため尋ねることはしなかった。

 

 

宿を出て外にでてしばらくうろうろと歩き回る。

夜に差しきったところで、幽香は突然話しだした。

 

「じゃあ、寝転がるのに丁度良さそうなところを探しましょうか」

 

「え?幽香さんは本当に野宿するんですか」

幽香の発言にタツミは驚く。

時間的には野宿を覚悟するしかないが、彼女から言い出すとは思わなかった。

彼女の服装は傍目からして一般人だ、とてもじゃないが野宿する人には見えない。

またそれだけじゃなく、彼女のような美人を野宿させるのはいいのだろうか、と抵抗もある。

しかし、本当に寝床を探そうとする彼女を見て、仕方ないか、と色々諦めたタツミであった。

 

「どうされたのですか?」

声が掛かった。

大人しく優しそうな口調で尋ねる金髪の少女。

品のある服装と兵士を連れていることから上流階級の者であろう。

タツミは躊躇いがちに泊まる宿がないことを伝える。

すると、

「ではお二人共、是非私の家にお泊まり下さい!」

少女は嬉しいそうにそう返した。

その提案に申し訳なく思い断ろうとするも、少女は「是非是非」と引く様子はない。

加えて幽香が「それじゃお言葉に甘えましょう」と案に乗ったため、じゃあそれなら、と遠慮がちに少女の招待を受けることにした。

 

ちなみに幽香としては野宿であろうが宿であろうがどちらでもよかった。

 

 

少女、アリアの屋敷に招待されて翌日。

タツミはアリアの買い物に付き合うことになった。連れの護衛兵士と共に大量の包みを運び、次なる店へと向かっている。

タツミは前方が見えない程の包みを抱えて、ひい、ひい、と疲労を隠せない。

客なのになんでこんなこと、と思わなくもないが、アリアの厚意で泊まらせてもらってるのだ。

これくらいの労働はやるべきだろう、と彼はムンと包みを持ち直す。

ちなみに幽香も暇潰しに来ているが、当然荷物など持とうとしない。ふーん、と適当に店の冷やかしに付き合っているだけだ。

 

「ゆ、幽香さん、少しでもいいから手伝って下さいよ。俺より力強いんですから」

 

「あら、嫌よ。女性に持たせる気なの?頼り無いわね」

 

「そ、そんな~」

彼女はまるで助ける気がなくさっさと前に行ってしまう。

もう少し気遣ってくれてもいいのでは、と思わなくもない。

タツミは、ハァとため息をつきガックシと項垂れた。

 

 

買い物に出掛けた夜、ふと幽香は目が覚めた。

悲鳴が聞こえたからだ。

部屋を出て暗い廊下を進むと死体の数々が目に入る。

キンッと金属音が耳に届き、音の発生源だと思われる庭へ足を進める。

すると、

 

「ヒイッ、た、助けてくれえ!!」

兵士達の悲鳴と共にズバッと肉を裂く音。血飛沫をあげて上半身がドサッと倒れる。

殺された仲間を見て他の兵士は怯えた。

兵士達の他にも見慣れない姿がちらほら見えるが、その所業からして彼らは侵入者に違いないだろう。

血の臭いが漂う空間に高揚し、彼女は戦闘の場へと足を進めた。

 

 

同僚が目の前で殺された。

兵士は、次は自分がああなるのか、と怯えて剣を構える。

カタカタと剣先が震え緊張が治まらない。

死にたくない、そう思い必死に敵を睨んでいると、

 

「何をしてるのかしら」

肩をポンと叩かれた。まるで軽い談笑でもするかのような声音だ。

あまりにも場にそぐわない声かけに、は?と困惑するが、振り向くとそこには例の客人の女性。

畳んだ傘を片手に、こんにちは、と優雅な挨拶。

彼女の行動がまるで理解できない。

その顔はニッコリ微笑んでいるが、状況との温度差におぞましさしか感じない。

そのあまりの場違いな問いかけに、え?と兵士は反応に困るも、すぐに気を取り直し、

 

「な、何をしてるんですか!!ここは危険です!早く逃げて…」

言い終わる前に兵士の視界がぶれた。

 

そして、兵士はいつの間にか自分が倒れていることに気付いた。

 

 

 

「あなた、何のつもりですか?」

誰かと話し込む兵士を背後から抹殺しようとするも失敗。

長髪、紫髪の女性、シェーレは眼前の正体不明の女性と拮抗する。

自身の背丈以上ある巨大鋏の一撃をその女性は片手で食い止める。

あり得ないことだ。

その光景にシェーレは驚愕した。

彼女の持つ大型鋏、万物を両断する帝具『エクスタス』。

その万物を切る大型挟の刃を握りながらも、眼前の女性は微動だにしない。

距離を取ろうと試みるが、全く動くことができなかった。何て怪力と頑丈さか。

鋏を握る女性の手がそれを許さなかったのだ。

眼前の女性に対し警戒度を最大にする。

 

「あなた、何者?」

情報では前日に少年と宿泊に来た一般人としかされていない。

なのに、今はその一般人に必殺の一撃を軽々と受け止められているのだ。

これが一般人なんてあり得ない。

もはやこの者を保護すべき一般人とは認識できなかった。

彼女は鋭い眼光でもう一度問いかける。

 

「答えなさい。あなたは何者なの?」

沈黙。

女性は無視しているのか、何も答えない。

緑の前髪が目元を隠し、女性の表情は伺えない。

拮抗した体勢に緊張が高まる。 

いくら力を入れて引いても全く大型鋏が離れる様子はないのだ。

変わらない状況に不安が大きくなる。

しかし、

 

「話しかけるなんて随分余裕なのね?」

 

 

今まで見えなかった女性の視線と交わった。

 

 

「ッ!?」

顔を見て全身が総毛立った。

 

何て冷たい笑顔。

 

細められた瞳と薄く笑う口元からはおぞましい怖じ気を感じた。

 

過去に体験したことのない殺気。

彼女は危険だ。

逃げなければ、シェーレの本能が最大級の警報を鳴らした。

惜しむことなく帝具を離し距離を取ろうとする、しかし、

 

──ザシュッ

 

彼女の判断は一歩遅かった。

 

 

 

何が起きている。

全身に異形の鎧を纏い、筋骨隆々の男、ブラート。

暗殺対象である兵士達を狩っているが、彼は戦況に違和感を持った。

順調に計画は進んでいるが、何かおかしい。

長年の戦闘経験か、彼の直感がそう告げている。

目を凝らし、周囲を観察する。

何か異変はないか。

 

そして、その異変はすぐに見つかった。

 

──シェーレ!!!

 

シェーレの姿を確認した瞬間、彼女の腹部が貫かれる。

血飛沫をあげるのが目に入った。

 

轟音。続けて彼女の顔面が強打される轟音が響く。

 

全く容赦ない殴打だ。

 

強打音がここまで届く威力に晒され、遥か先まで転がっていく。

その光景を目にした瞬間、足が動き、全身が怒りに満ちた。

 

気付けば、彼女を傷つけた敵の眼前へと来ていた。

 

「てんめええええええ!!!!!!!」

許さない。絶対に殺してやる。

怒りに支配された彼は渾身の一撃を敵に放つ。

 

風切り音。

 

全力の拳を放った彼は目を見張った。

 

自身の攻撃は当たっていない。敵は体を反らし、渾身の一撃を避けている。

 

驚愕した。

最大限に発揮した全力を、加えて不意討ち気味に放った攻撃を、彼女は容易く避けてみせたことに。

 

驚愕に固まるのも束の間、

 

衝撃。そして轟音。

 

館が破壊される衝撃と轟音。

館の壁にめり込む程に彼は背中を強打することになった。

 

「がッ!?」

背部と腹部に痛撃な衝撃と圧迫。

内臓が抉られる痛みに吐血が止まらず、顔を盛大に歪める。

 

敵の膝蹴りが鳩尾に入ったのだ。ここで初めて彼女に反撃を受けたことを認知した。

 

痛みに耐えながら、自身に認知できない速度の一撃を放つ敵に警戒を最大限にする。

 

しかし、

 

 

 

顔を上げれば敵は既に目の前にいた。

 

「ぐっ」

抵抗する間もなく、首を掴みあげられ、呼吸が出来なくなる。

 

逃れるためにも必死に抵抗するが、眼前の敵は全く手を放そうとしない。

 

掴む腕を殴り、敵の胴を蹴りあげる。

放せ、放せ、と全力の反撃。

 

しかし、眼前の敵は微動だにしない。

 

「どうしたのかしら?ほら、頑張りなさい。さっきの一撃は危なかったけど、それに比べて今は随分弱々しいわね」

 

見ると、敵は、眼前の女性は、おぞましい程に薄く、不気味な笑みを張り付けていた。

 

何て冷たい笑みなのか。

 

その薄い笑みを見て背筋が凍る。

得体の知れない恐怖に晒されたのがわかった。

 

眼前の化け物は一体何なのか、そんな疑問と恐怖に頭がごちゃごちゃとなった。

 

首を絞める力も強くなり、意識が薄れる。

 

徐々に視界と意識が遠くなり、もうダメか、そう思われた時、

 

フッ、と首に入る力が抜けたのを感じた。

 

 

 

 

少女は眼前の敵の腕を切り落とした。

躊躇いはない。

 

元は保護対象であったが、仲間が殺されかけるのを目に、そんな意識は霧散した。

 

長髪、黒髪の少女、アカメは刀を鞘に納める。

 

少女の表情は平静だが、その瞳は憤怒に満ちていた。

 

仲間の彼が吐血し、窒息されかけている。黙って見過ごすことはできない。

 

ましてや、苦しむ人間を笑っているような輩、ヘドが出る。

死んで当然。彼女はそう思い、これから死んでいく眼前の敵を冷徹に見つめた。

 

彼女の装備する妖刀、帝具『村雨』は一撃必殺。切られた傷口から呪毒が入り即座に死に至らせる。

解毒法はない。

 

故に眼前の敵は死ぬしかないのだ。

 

しかし、

 

「…あら、やってくれるわね」

 

すぐに倒れゆく筈の敵は悠然と目の前に立っている。

微笑んで少女に視線を向けてすらいた。

 

そんな馬鹿な。目の前の敵は確かに妖刀で切られたのだ。生きている筈がない。

 

アカメはあり得ない現状に目を瞠目させる。

 

少女は歴戦の暗殺者であった。故に今のように動揺するも、すぐに警戒へと意識を向ける。

 

警戒を最大に、再び目の前の敵へと妖刀を構える。

 

すると、

 

「お、おいアンタ!今度は風見に何してんだよ」

 

丁度その時、タツミがその他数名を連れてこの場に駆けつけたのであった。

 

 

 

 

タツミは暗殺集団『ナイトレイド』に入隊することになった。

かつての仲間が帝国の貴族に惨殺されたのを目にして、帝国の腐敗を理解したためだ。

貴族のあのような残虐を許す帝国を彼は許すことができなかった。

 

かつての仲間の惨殺を目撃した現場で再び居合わせたレオーネ。

そして『ナイトレイド』の仲間、主にレオーネにやや強引ではあるが、手を差しのべられ『ナイトレイド』に入ることを決意した。

 

 

「なるほど。事情は把握した。タツミ、幽香、ナイトレイドに加わらないか」

 

ナイトレイドのボス、ナジェンダがタツミと幽香にそう告げた。

その場にはマイン、レオーネ、アカメ、ラバックが居合わせている。その他にシェーレ、ブラートといるがそれぞれ治療のためこの場にはいない。

 

その他にいたメンバーは彼女の言葉に驚愕する。

それぞれが信じられない、といった顔で食って掛かった。

 

「ボス本気か!?」

 

「そうよ!タツミはともかく、コイツは絶対ダメよ!シェーレとブラートにあんな酷い怪我を負わせた張本人なのよ!!」

 

「本気だ。彼女の戦闘力はブラートと同等かそれ以上じゃないそうか。ナイトレイドは常に人員不足なんだ、これ程の戦力を見逃す手はない。それに彼女が仮に帝国についたらそれこそ厄介だ」

ナジェンダは理屈も含めて説明する。

 

タツミだけでなく幽香もナイトレイドのアジトへと来ていた。

当初、仲間に重傷を負わせた彼女をナイトレイドの団員は連れてなど行かなかった。無論、彼女も自発的に行こうともしなかった。

しかし、ブラート、シェーレを圧倒する戦力の報告を受けたナジェンダは自ら幽香の元まで赴き、アジトに来るよう説得したのだ。

軍略家のナジェンダとしては彼女程の戦力は大変魅力的であり、また帝国に放置するには危険な存在でもあった。

 

 

しかし、この場にいないシェーレ、ブラート以外の他のナイトレイドは説明に納得できず、口々に幽香の入隊を拒絶した。

 

中でも桃色のツインテールを結えた少女、マインは際立った。

親友のシェーレが数ヶ月の治療を要する重体にした幽香が許せないのだ。治療が遅れていたら命を落としていた。

その事実を知ってる故に彼女への憎しみは深かった。

 

「私は絶対に認めない!そんなやつが仲間なんて!!シェーレは……」

 

「グチグチうるさいわね。仲間が一人二人怪我を負ったくらいで喚かないで貰えるかしら?」

マインの更に不満を訴えようとするが、幽香に遮られる。

煩わしい。ただそれだけの意を込めた言葉。

その言葉に場の空気が固まった。

 

「…アンタ、今何て言った?」

 

「喚くなと言ったの。…二度も言わせないで頂戴」

 

「あ、アンタねッ!!!」

 

ため息をつくような口調だ。

我慢の限界を迎えたマインは、身の丈以上の銃器を構える。

彼女のこれから為そうとすることに全員が驚愕する。

 

「ちょっ!!マイン!タンマタンマ、それはやめろ!」

いち早く止めに入ったのは緑髪にゴーグルが特徴のラバック。

今にも引き金を引きそうな彼女を必死に押さえつける。

 

「は、離して!ラバック!!コイツは、コイ…」

 

「暗殺者の癖にいざ自分達が死にかけると喚くなんて、滑稽ね。弱いなら尚更ね」

 

「黙りなよ」

レオーネが静かな怒気は孕み、口を挟む。

 

「一人一人目的は違うかもしんないけど、あたし達は腐った帝国を変えるという正義のために暗殺なんて汚いことやってんだ。殺される覚悟だってしてるさ」

 

レオーネは続ける。

 

「…でもな、仲間が死にかけて怒ることがそんなに悪いことか!!!」

 

怒りの目をもって幽香を睨み付けそう言い放つ。

仲間を侮辱された。

彼女はそれが許せなかったのだ。

 

「悪くはないわ。ただ見苦しいだけよ。言ったでしょ、滑稽だって」

 

幽香は平然としている。

レオーネの憤怒の視線を受けても動じる様子はない。

変わらない冷徹な瞳、もはや興味もないと言っているような表情だ。

 

「仲間のためだなんて知ったことではないわ。滑稽は滑稽よ。嘲笑の的にしかならない。弱いなら尚格好悪いわ。これが笑われないとでも思っているのかしら?」

 

「やめろ。幽香」

ナジェンダが幽香にそれ以上言わせないよう止めに入る。

これ以上に続けると本気で仲間が帝具を使いかねないからだ。

現に今は幽香に対しタツミ以外が険悪な空気を出している。もはやいつ誰が彼女に掴みかかってもおかしくなかった。

タツミは幽香が何故こんなことを言い出すのか分からず、困惑していた。

 

「これ以上の口論は止めてもらおう。幽香。お前も仲間が不快に思う言動は慎んでくれ」

 

ナジェンダは何とか場を収めようと話を切り上げようとかかる。

 

しかし、

 

「不快なのは私よ。そもそもあれは正当防衛に入る上に私は兵士の命を助けたのだから、むしろ私が正義と言ってもおかしくないわ。知りもしないゴミ二匹をあの時見逃してやったことに感謝して欲しいくらいだわ」

 

額の血管が切れる音と共に、マインは巨大な銃器を幽香に構える。

もはや我慢などとっくの昔に越えていた。

怒りの感情に呼応するように銃器に光が走る。

 

「だったら私達が弱いかどうか身をもって知るがいいわ!!!」

 

 

マインの怒号と共に極光が一閃。 

 

極大な光柱が銃口から放たれ、幽香に直撃。

 

極光の中、彼女の姿が消えた。

 

 

マインの抱える帝具、浪漫砲台『パンプキン』

精神エネルギーを衝撃波として打ち出す特徴があり、使用者のピンチ、もしくは使用者の感情に比例して破壊力が増減する。

 

故に、仲間の侮辱に我慢を越える怒りを抱えた彼女に射出されたその威力は想像を絶する。その筈だった。

 

 

しかし、

 

 

 

「……嘘」

 

 

信じられない。

これ以上ない怒りを込めた一撃。

これに耐えられる者などいやしない。

 

絶対の確信があったマインはその場に崩れた

 

周りの全員もその光景に絶句した。

 

光線の放出を終えた今もなお、幽香はそこにいる。

 

無情な無表情をもって。

 

変わったとすれば服がボロボロになったことと、髪が煤けているぐらいであろう。

 

彼女はただ立っているだけだが、その異常性に場の空気が異様なものへと変わった。

 

「気は済んだかしら?」

 

彼女はつまらなさそうにそう言った。

 

「…化け物が」

 

「それは誉め言葉として受け取っておくわ。…それにしても人間ってのはどこに行っても一緒なのね。弱いったらありゃしない」

 

「…な、なんだコイツは。化け物って言われて嬉しいのかよ」

 

彼女はラバックの言葉に薄く笑っている。

彼はそんな彼女の言葉と態度に呆れるしかなかった。

マインの全力を正面から受けても悠然と立っているのだ。

もはや彼女の異常性に内心呆れしか沸かない。

 

「当然じゃない。あなた達人間ごときと同格に見られるなんて妖怪としてのプライドに関わるわ。一緒にしないで頂戴」

 

「妖怪?なんだそれは?幽香、お前は人間ではないのか」

 

胸騒ぎがした。

ナジェンダの聡明な頭脳は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたたのだ。

一緒にするな、という言葉。単に周囲の人間を見下しているだけの言葉なのか。

それとも、人ではないという意味であれば、それはつまり……

 

 

「ああ、あなた達には伝わらないのね、この言葉は」

 

ナジェンダは固唾を飲んで彼女の言葉に耳を向ける。

 

嫌な予感に緊張が高まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は危険種よ。人間じゃないわ」

 

 

 

 



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仲間を何だと思っている

評価と感想ありがとうございます。
ネタが浮かんだで、続き書いてみました。

誤字脱字の指摘もありがとうございます。
わからない文章が見られたら指摘してもらえると助かります。


「今回の任務は帝都警備隊隊長、二つ名で『鬼のオーガ』及び商人のガマルの暗殺だ。タツミ、この任務をお前に任かせたい。」

 

「え!?俺ですか!」

 

ナイトレイド、隠れアジトの一角。

幽香、シェーレを除いたナイトレイドが集合する。

そしてナジェンダは新たな任務について説明を行った。

 

 

帝都警備隊隊長、オーガは商人ガマルと密接な繋がりを持っていた。

癒着。

ガマルの犯した違法行為はオーガの権限により揉み消され、罪のない者に罪が被せられる。

その対価として相応の金銭をオーガは得ているのだ。

加えてオーガは地位相応の実力を備え、大柄な体格と強面から誰も逆らう者はいない。

罪を着せられた市民は泣き寝入りする他ない状況であった。

 

ナジェンダはこの二人の抹殺をタツミに任せることにした。

タツミが入隊してしばらく経つ。

現場の空気も慣れただろう。

そろそろ本格的な任務を経験してもらおうと考えていたのだ。

 

「マジで許せねぇ!ボス、そんな外道、俺がぶっ飛ばしてやりますよ!!」

 

「ほほう、中々頼もしい限りだ。ではでは…」

 

ナジェンダの説明に正義に燃えるタツミ。

若い故の青さが見える。

しかし、彼の態度と言葉は彼女にとって、今後も変わって欲しくない、と思うのも事実であった。

 

彼女はうんうん、と頷く。乗せやすい奴だ、と思わなくもない。

このまま勢いに任せ、任務を言い渡そうとするが、

 

「お前にはまだ無理だ。隊長、私も同伴します」

 

 

その場にいたアカメがそれを許さない。

 

当然であった。

彼女はタツミの鍛練の指導を担っている。

故に彼の実力もしっかり見定めていた。

故に今の彼ではオーガを抹殺するには危険が高いと判断したのだ。

 

他のメンバーも口々に反対と心配の声があがる。

 

そもそも今回の任務はタツミ以外のメンバーは待機命令しかだされていない。

これはどういうことなのか。

全員が疑問に思った。

 

「勿論、理由はあるさ。タツミ、この任務は幽香と共に行ってもらう」

 

「幽香ですって!?」

 

マインが嫌悪の声をあげる。

その他もそれぞれ思うところがあるのか、微妙な顔になる。

 

「ダメよ!あんな奴。欠片も協調性がないのよ?足を引っ張ってオジャンになるだけ。それにタツミがいたとしても何の役にも立たないわ!」

 

「むしろタツミが殺される確率が高まる気がするな、俺は」

 

「…俺、そんな信用ないの?」

 

「実力と実積があってこその信用だからな。これから着ければいい」

 

マインとラバックは口々にいう。

役に立たない、失敗する、など言葉の槍がタツミの心を抉る。

落ち込むタツミにアカメはフォローする。

彼女は彼の教育担当としてしっかり慰めた。

単に責任感が強い故、仕事としてやっただけだが、彼にはアカメが天使に見えていた。

 

 

「これは幽香の実力と任務への態度を評価するためにも必要なことだ。数日間お前らと彼女の対人関係を観察したが、険悪になる一方ではないか。現在ペアとして任せられるのはタツミしかいない、これは決定事項だ」

 

そう。

ここ数日、彼らと幽香の関係は悪化の一歩を辿っていた。

幽香は食事には来ない上、鉢合っても会話はなく、挨拶すらない。

 

唯一会話が成り立つのはタツミとマイン、ナジェンダのみ、そのマインに至ってはその度に口論になるばかりだ。

そのため任務中のトラブルを恐れ、幽香には任務を課しておらず基本自由であった。

彼女にとって今回が初の任務となるのだ。

 

 

 

 

 

「私は危険種よ。人間じゃないわ」

 

ナジェンダの悪い予感は的中した。

その他全員は理解が追い付かないのか、唖然としたままだ。

 

「…危険種だと。お前はしゃべってるじゃないか、それにどこも異常はなく人の形だ」

 

無駄と分かりつつも幽香の言葉を否定する。

ナジェンダの聡明な頭脳は幽香の言葉を聞き、その時点で理解した。

しかし、言わずにはいられなかった。

 

「そうだよ、ボスの言う通りだ。人語をここまでしゃべる危険種なんて聞いたこともないぜ?」

 

ラバックはボスの言葉に、そうだ、そうだ、と便乗する。

また彼の言葉に誰もが納得する。

彼女は、あまりにも人間に見えるのだ。

人型なんて代物でなく、人間以上に整いすぎていた。

 

他のメンバーも、何かの間違いではないか、と不安げな言葉が漏れてくる。

 

 

 

不意に、前触れもなく幽香は片腕をあげた。

 

全員がその腕を注目するが、手首から先は見られない。

 

この場にいるものは誰もが知っている、そう、その手首はアカメによって切り落とされたのだ。

 

一体何をしたいのか。そう疑問に思っていると、

 

 

「ッ!?」

 

 

繊維。

 

それは細かに枝分かれをしては絡まるツルであった。

 

その繊維は手首から蠢くように沸きだし、あっという間に手を形成する。

 

ものの数秒。

二度と元に戻ることはなかったであろう、その手が生え戻ったのだ。

 

この光景を見て全員が唖然とする。

 

その様はレオーネの持つ帝具『ライオネル』により強化された自己治癒力に相当する。

並みならぬ再生力。

それは、その帝具を持つレオーネ自身が一番理解した。

 

「これでわかったかしら」

 

幽香は無感情に確認を取る。人でないことを。

 

周囲は沈黙。

 

しかし、無くなった手が生えるといった、帝具に相当する異常性に何も言えなくなる。

 

もはや、納得せざるを得なかった。

 

 

幽香は、あ、そうそう、と付け足すように呟く。

 

「因みに帝具のせいだとか言わないで頂戴よ。そんな戯言に付き合ってる程、私は暇じゃないんだから」

 

 

 

 

 

ナイトレイド、アジト内の一角。

 

ラバックはウキウキ気分でナジェンダの一室に向かっている。

急用があるため彼女の部屋に来てほしいと連絡があったのだ。

 

今は夜で、それなりにいい時間帯。これはもうアレしかないだろう。

そんな男の下心溢れる夢を胸一杯にし、ピシッ、と扉の前に立つ。

念願の夢が叶う時が来た。

彼はそう信じて疑わない。

 

そして、バンッ、と扉を開け放ち、

 

「ふ、不肖ラバック!ナジェンダさんの君命通り、今宵参上致しました。不束ものではありますが、と言うか、自分初めてですのでどうか!最初は優しくご指導のほど、よろしく御願いします!!」

 

顔を真っ赤にし、鼻息を荒くさせ大声でいい放つ。

 

 

ナジェンダは即座にため息。

 

彼の興奮した様子に彼が明後日の方向で勘違いしていることを察したのだ。

 

「いや、あのだな、ラバック、これは…」

 

「自分大丈夫ですから!義肢だろうと胸であろうと重い女性は受け止めてみせますんで!!」

 

その言葉に額の血管が切れる。

 

伴う剛拳。

 

反応を許さない速度の振りおろし。

なんて速度だ。

 

そこには一切の躊躇いのない鋼鉄の拳、ガハッ、と吐血に至らす。

 

ゴフッゴフッ、と立っていられず彼は蹲る。

 

しかし

 

「私の愛を受け止めるといい。…そして誰が重い女だと言った?もう一度その口で言ってみるといいぞ」

 

休む時間を許さない。

 

横たわるラバックの胸ぐらを掴み、うん?と底冷えするような声音でそう脅す。

 

笑顔だ。

とてもニッコリである。

 

しかし、その瞳は怖じ気が走る程ギラついている。

 

ラバックは、すいませんでした、と謝罪と共に気絶したのであった。

 

 

 

 

 

「風見の監視ですか?」

 

「ああ、例の任務の件についてはいいのだが、それ以外の時間帯でな。念のためにお前の監視をつけておこうと思う」

 

幽香はここ最近、独自で帝都を散策することが増えた。

待機命令に飽きたのであろう。

勝手に動かれるのは困るが、待機指示を強要してそれがストレスとなるのは危険であった。

 

彼女は冷静に見えて気難しく気分屋だ。

機嫌を損ねるとナジェンダの指示を全く聞いてくれなくなる可能性が高かった。

 

現在、幽香と彼女の仲は悪くなくても良い訳でもない。

そして彼女はここに拘っている様子もない。

 

ナジェンダは懸念した。

都合が変われば彼女はいつでも帝国に味方することかもしれない。

 

そう危ぶんだ彼女は、幽香が危険種であることを革命軍に公表し、今後の対応を共に模索した。

 

結果、監視ということになったのだ。

 

反帝国派として、ある程度命令に従い、且つ最高戦力のブラート以上の怪物を帝国の手に渡るということは断固として避けたいのであった。

 

 

「なるほど、それじゃ、彼女が散歩に出た時はすぐに監視ってことで」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

ふー、と彼女は椅子にもたれ掛かる。

 

疲れているのか。

幽香のことになると、ホトホト悩まされる。

 

ナジェンダの疲れた様子に、お疲れ様です、とラバックは労った。

 

「革命軍は風見をどう扱うつもりなんですかね」

 

彼はふと気になったことを質問する。

幽香についてだ。

彼女は自身で危険種であると称し、そしてその証明として手を生やすといった異常性を示した。

 

一番の異常性は、マインの全力を悠々と耐えきったことではあるが。

 

危険種は人間にとって害にしかならない。

これまでの危険種の歴史を鑑みると共存はあり得なかった。

 

しかし、

 

「刺激はするな、とのことだ。

直接には見てないがブラートが手も足もでないのだろう?それに彼女の頑丈さだけなら見ただろう。少なくとも革命軍で討伐なんて出来る者はいない」

 

事実、公表したものの、幽香の認知は革命軍のごく一部の中だけではあるが、特級人型危険種にカテゴリーすることとなったのだ。

 

ただ、唯一救いなこともあった。

 

人語で会話ができる。

これがナイトレイド、否、人間側にとって唯一の救いといって良いであろう。

 

つまり、それだけの知能を持っていることに他ならず、事実彼女は気難しくも理性は見られた。

 

交渉の余地は十分にあるのだ。

 

「シェーレとブラートが重傷を負ったことは私だって腹立たしい。ぶん殴ってやりたいくらいだ。…だがな、大局を見失ってはならない」

 

ハァ、とため息をつき、腕を組んで続ける。

 

「今の幽香の対人関係は不和を生む。今後、任務に支障をきたすリスクが高まる一方だ。ラバック、お前も出来れば理性的に相手をしてくれたら助かる」

 

「任せてください。ボスの頼みとあらば、このラバック何でもして見せますよ」

 

ニカッ、と気持ちの良い笑顔を返すラバック。

目をぱちくりとする。

そしてその笑顔に、フッ、と薄く笑う。

 

この分では自身の心配は杞憂に終わりそうだ。

信頼できる笑顔であり、また安心出来る笑顔でもあった。

 

ナジェンダは彼に全幅の信頼を寄せていたのであった。

 

 

 

 

 

「準備はどうです、幽香さん?」

 

「特に問題ないわ」

 

タツミの問いかけに適当に返す幽香。

その表情は涼しげだ。

それに対して彼はやや疲れ気味な様子。

 

眼前には商人ガルマの死体が転がっており、つい先程、抹殺したのである。

 

抹殺したはいいが、その手順に問題があった。

タツミの疲れた顔は、そこに起因している。

 

当初は人気のない部屋に入った所を狙い、抹殺する予定だった。

下調べの情報もある。

その行動をとる時間と場所を把握していた。

しかし、何の間違いか、商人ガルマは情報とは全く違う行動をとったのだ。

 

普通であれば、異なる行動をとった場合も含めて暗殺の計画が練られるだろう。

 

ここでも同様にその際は様子を伺い、別の機会を待つことになっていた。

 

タツミは計画にそって、様子見と判断した。

今回は焦らなくていい。

隙がなければ、今日は見送ればいいのだ。

そう思っていた。

 

しかし、予想だにしない展開が起きた。

 

「あなた、少し良いかしら?」

 

幽香は違った。

様子見など、時間がかかることを嫌ったのか、タツミが気づいたころには暗殺対象に話しかけていたのだ。

 

この行動にタツミは驚いた慌てたが、それは彼だけではない。

周辺からこそっと見守っていた他のナイトレイドも同様である。

 

幸い彼女は顔を隠していた。

顔が割れるのは不味いということは彼女にも分かったのだろう。

 

しかし、彼女はガスマスクのようなものを被り、異様な出で立ちで、

「ちょっと、路地に来てもらっていいかしら?」

などと言っている。

そんな怪しい人に付いていくと思っているのか。

タツミは甚だ不思議で開いた口がふさがらない。

 

一瞬、あまりのいで立ちとその言葉に、ガルマは固まる。

がすぐに気を取り直し、

「え、衛兵!」と彼は助けを呼ぼうとするも、

ガッ、と片手で凄まじい力をもって口を押さえられ、そのまま抵抗も虚しく路地裏に引っ張られていった。

 

タツミはその一連の様子に唖然とするが、

すぐにハッ、としてその路地裏に駆けつける。

 

 

原型が分からない肉塊となる頭部。

 

それがガルマであったものであろう。

彼女が先の体勢のまま彼を捕らえている。

それが証拠だ。

 

顔面を捕らえられたままでの頭部の圧死。

それがタツミが次に目にしたガルマの姿であった。

 

 

 

 

 

「もう、次は俺が何とかやってみますから、頼みますよ幽香さん」

 

「はいはい」

 

本当に分かっているのだろうか。

彼女の素っ気ない返事にタツミは不安を顔に隠せない。

そしてそのガスマスクはいつまで着けているのだろうか。

彼女に対して疑問と不安が尽きない。

 

しかし、彼はそんな彼女を今はよそに、任務達成のため行動に移すのであった。

 

 

 

 

 

 

「─ッ!」

 

しまった。

タツミは完全に初めての勝利に油断した。

 

オーガを路地裏に誘きだし、不意を突いた。

不意打ちは失敗に終わってしまったが、死闘の末、彼に致命傷を与え勝利したのだ。

 

そう思っていた。

勝利。

それはただの早合点であった。

 

振り向けば、死力を尽くした渾身の降りおろし。

オーガの全力をもった渾身の速度。

 

避けられない。

タツミは死を覚悟する。

 

近付く剣先に死を悟ったその時、

ふと視界の端、オーガの後方でこちらを見つめる者が一人。

 

幽香であった。

 

彼女を目に、助けにきてくれたのか、

そう思うも一瞬のこと。

 

違う。

彼はすぐに気づいた。

彼女は自身を助けるつもりは全くないことに。

 

 

彼女の表情はとても冷たく、無感情であった。

 

そう。まるでどうでもいい、とそう物語っていることがわかる程に無感情であったのだ。

 

 

 

 

 

 

「お前。一体どういうつもりだ」

 

アカメの問いかけは幽香に対してのものだ。

彼女の問いかけには明らかな怒気があった。

 

目の前にはオーガの遺体。

彼女が切り捨てたのだ。

タツミは隣で死を免れたことに茫然としており、膝をついている。

彼は九死に一生を得た。

 

回避できない殺傷の刃を受ける寸前、アカメがそれを防ぎ、必殺の刃をもってオーガを殺したのであった。

 

 

しかし、今、アカメは怒っていた。

幽香。

彼女は全くペアであるタツミを助けようとしなかった。

その素振りも見せない。

大して現場から離れている訳でもないにも関わらずにだ。

アカメは彼女の仲間を助けようともしない、ただボー、と傍観していただけの態度が許せなかった。

 

「何故助けなかったと聞いている」

 

憤怒の色が目に宿る。

許せなかった。

強大な力を持ちながら、人を助けることができる力を持ちながら、それを行使しない。

 

彼女の価値観において、許容できるものではなかった。

 

目の前で仲間が死にかけているのに、何故何もする素振りを見せないのか、彼女は不思議でならない。

 

「そう頼まれたからよ」

 

アカメの目元がピクッ、と動く。

 

「自分が何とかするから、手出しはするなってね」

 

「曲解だ。傍観する理由にはならない」

 

「私はタツミの実力を信用しただけよ」

 

幽香の言い訳に怒りを募らす。

彼女に理解を求めるのは不要。

そう判断する。

 

彼女の顔は変わらず無感情であり、それがまた癪に障った。

自分も感情を表すのは苦手だが、彼女は訳が違ったのだ。

彼女は全くこちらを相手にする気がない。

それは明白であった。

 

 

「風見幽香、お前は危険だ」

 

 

 

 

 



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私を何だと思ってるのよ

評価と感想文、本当にありがとうございます。

すいません。後半はかなり修正、追加しました。





「勝負?」

 

「ああ!この棒をつかってな」

 

オーガ及びガルマの抹殺任務を終えて数日。

幽香はブラートに勝負を挑まれた。

 

「負けっぱなしは嫌なんでな、力は敵わなくも技術で負けるつもりはねえ」

 

長棒を見せつけて、ニッ、と笑う。

加えて挑発的な笑み。

幽香は、ほう、と顎に手をやり、考える素振りを示した。

 

勝負内容は棒術。

単に身の丈以上の棒を使って戦うだけである。

 

純粋な身体能力はどう足掻いても勝てない。

これは人間と危険種。

生まれながらの肉体的限界が定められている故の絶対的な差である。

ブラートは身をもって痛感した。

 

なら、ルールを設けて勝負足り得る土俵に持っていこうと考えたのである。

負けたままにするのは柄ではない。

 

見方によっては、せこいと言われるだろう。純粋な戦いでは勝負にならないから得意分野で戦おうというのだから。

 

しかし、自身の力を、技術を、幽香に認めてもらいたいという気持ちが大きかった。

 

自身を打ち負かした彼女に。

 

彼女とはピリピリした関係でもある。

初対面時のことを気にして、彼自身が話しかけないというのが主な原因ではあるが。

 

彼はこのまま彼女と関係が変わらないことを嫌ったのであった。

 

 

「どうだ、嫌か?」

 

「いいえ、力では勝てないから技術に重点を置いて戦おうというのね。その考えは嫌いじゃないわ」

 

ブラートはお?とキョトンとした。

意外。

彼女の返答にそう思った。

 

力で勝てないから得意分野で勝負をしかけたのだ。

故に、男の癖に情けない、プライドを保つのに必死なだけだ、などと罵詈雑言を覚悟していた。

 

だというのに彼女の言葉は意外なものであった。

 

ブラートは彼女に対する評価が変わった。

 

「ほう?お前がそんなこというなんて珍しいな。棒術に覚えでもあんのか?」

 

「いいえ、ないわ。

ただ分際を弁えたことを褒めてるだけよ。勝てないことに挑み続けるより、可能性のあるものに挑む方がよっぽど建設的じゃない。ただそれだけよ」

 

彼女は薄く笑う。

 

本当に珍しい。

彼はそう思わずにはいられなかった。

普段無感情を思わせる無表情な顔が関心を示したのだ。

 

俄然、くすぶる闘志が高揚する。

 

 

「ハッ、やっぱり幽香は幽香だな!相変わらず言うじゃねえか!」

 

この機を逃させずにはいられない。

自身の実力を認めさせてやるのだ。

彼はそう意気込んで彼女に向かって構えをとり、

 

「俺の実力、見せつけてやろうじゃねえか!」

 

 

 

 

 

「あら、やるじゃない」

 

力任せの突き。

 

怪力により驚異的な速度を伴っていた突きだが、ブラートは自身の長棒を操作し、その軌道を反らした。

しかし、反らした際に接触箇所から伝わるその振動は並みならない。

 

まともに食らえばどうなるか。

冷や汗が垂れた。

 

しかし、幽香はそんな彼を素直に褒めた。

彼女としては、とどめのつもりで放った一撃であるためだ。

 

「けっ、ピンピンしやがって!」

 

体力の消耗が激しい。

気合いを入れるため、憎まれ口を叩く。

 

対する彼女は疲れた様子はなく、汗すら掻いていない。

ジリ貧だ。

彼はキッ、と歯を剥いて構えをとる。

 

「一緒にするな、と言った筈よ?」

 

彼女も薄く笑い、構えをとる。

そして跳躍。地がひび割れると共にブラートの眼前まで接近し、音速を思わせる突きを放つ。

 

「くっ」

 

紙一重に横へと回避。

あの音速の勢いではそう簡単には止まれない。

 

そう思うのも束の間、回避した瞬間、横目の彼女と視線が交じ合い、全身に悪寒が走った。

 

来る。

 

音速の勢いを、咄嗟に姿勢を変えて片足で急ブレーキ。

慣性を完全に無視した彼女の方向転換にギョッ、とする。

なんて力任せだ。

 

気付けば、眼前には横凪ぎの一撃が迫っていた。

 

「いくら棒術で制限をかけてるからといって、身体能力の差は早々埋まらないわ」

 

そう。

棒術であろうと、棒を扱う者の身体能力の差は、当然棒術戦にも表れる。

慣れない棒術であろうが、その怪力による身体動作と振り回される長棒は脅威に他ならなかった。

 

 

もろに防御すればへし折られる。

そう直観した。

 

今の体勢から回避の姿勢には間に合わない。

 

長棒を操作し、自身の長棒が横への一撃に触れると同時、直上へとその軌道をはねのける。

 

今だ。

 

横の一撃を抵抗のない直上へとかち上げられた幽香は無防備を晒した。

 

「っ!!」

 

彼女は驚きの表情を露にした。

 

視線がかち合う、一瞬の間。

 

表情はいつの間にか冷静へと戻っている。

しかし、同時に彼女はかち上げられた長棒を振り下ろした。

 

ここで引くわけにはいかない。

長年培った槍術。

 

それ故に、長棒操作の高速化を可能とし、同時に、構えから突出の神速動作を実現させる。

 

神速で繰り出された突き。

 

その長棒の先端は見事、幽香の鳩尾を突き飛ばすに至った。

 

 

 

 

 

「私の負けね」

 

幽香はブラートにそう言った。

負けたと。

 

試合を観戦していたラバックとタツミとしてはにわかに信じがたいことであった。

 

あの化け物が負けた。

 

化け物。

帝具をものともしない頑強ぶりと、

それを含めたこれまでの経緯から、二人は彼女にその言葉のイメージがついたのであった。

 

故に、化け物と思っていた彼女が負けたことが、にわかには信じられないことであった。

 

 

「ブラート!スッゲェな!!あの化け物女をのしちまうなんて!」

 

ラバックは興奮気味に讃える。

 

興奮が覚めなかった。

手には汗を握っている。

 

一撃必殺の猛攻を掻い潜り、最後には見事、逆転の反撃で勝利をもぎ取ったのだ。

 

熱は冷めるに冷めなかった。

 

「へへっ、どんなもんだってんだ!!」

 

鼻を掻いては、ムン、と力こぶを見せつけるブラート。

ニカッ、とした笑顔。

幽香に一本取れたことが嬉しい。

彼の笑顔は見るからにそう物語っていた。

 

その様子にラバックとタツミは盛り上がるばかり、ブラートも益々調子に乗った。

 

「そんなに嬉しいものかしら?」

 

さも不思議といった顔。

盛り上がるこちらと打って変わって、悔しがる様子もなく平静であった。

 

服はボロボロであるが傷一つない。

 

対してブラートは勝者にも関わらず、打撲傷や擦り傷など全身がボロボロ。

 

しかし、それが逆に格好よかった。

そのボロボロな体が彼の勇猛さを示しているようにみえたからだ。

 

 

 

幽香とブラート。

 

会話しているが、これまでのピリピリした空気は嘘のようだ。

これは彼が変わったのだろう。

彼女の態度は今までと変わっていない。

 

今の試合でわだかまりが消えたのか、彼は快活そうである。

 

ラバックはふと思ったことを口に出した。

 

「つうか、風見が負けを認めるのが意外だな。そもそも適当に流してさっさと終わらせるかと思ってたぜ」

 

彼女は危険種であり、ナイトレイド含める人間を見下している。

それはこれまでの態度と口調から明らかだ。

 

故に人間という格下に負けたときどういう態度をとるのか、彼は冷や冷やしていた。

最悪、ブラートを腹いせに殺すのではないか、と懸念もしていた。

 

そんなことを言ってると、

 

「あなたは私を何だと思っているのかしら」

 

彼女はハァ、と呆れた顔だ。

 

「気難しい化け物」

 

躊躇いなく言った。

そう。言ってしまったのだ。

 

普段なら絶対に言わなかったが、この弛緩した空気がそうさせてしまった。

言った瞬間、頭をガシッ、捕まえられ宙ぶらりん。

 

なんて冷たい微笑み。

 

少し笑うだけでこうも変わるのか。

普段の無感情な顔が信じられないくらいだ。

しかし、全く嬉しくなかった。

 

その薄く開く瞳を目に強烈な怖じ気が走る。

言ってはならないことを言ってしまった。

 

ラバックはそう確信すると、

 

「あらそう。素直でいいわね。でも化け物に対するマナーがなってないわ。この気難しい私が直々に教えてあげるから安心なさい」

 

彼女の言葉に絶望した。

 

 

 

コブをつくって倒れるラバック。

幽香が彼にマナーを教え終わったのだ。

全く、と手を叩いて呆れている。

 

コブのでかさに同情しつつも、タツミは気になったことを口にする。

彼の二の舞にはならない、と恐る恐るたずねる。

 

「そ、それで幽香さん、さっきのラバックの質問ですけど、実際のところどうなんですか?」

 

そう。

普段の彼女なら適当に終わらせそうである。

にも関わらず面倒くさがらず相手をしているのだ。

彼女と一番長く接してきた故に不思議でならない。

 

ついでに勝敗については、彼女のことは信用していたため、逆ギレして殺す、なんてことはさすがに思わなかった。

 

彼女は答えるのをやや面倒くさそうにするが、

 

「俺も聞きたい」と、ブラートも興味を示しだしたため、観念して答えた。

 

「別に、暇だから付き合っただけよ。そうじゃなかったらそもそも無視してたわ。

あと私子どもじゃないのよ?ルールを決めた試合で負けたから殺すだなんて、そんな頭の悪そうなことしないわ。むしろプライドの問題ね」

 

「がははは、なるほどな!」

 

ブラートは納得したように笑う。

 

「ははは、思ったんですけど、暇といったら幽香さんはナイトレイド入ってなかったら、何してたんですか?」

 

ここで、前々から純粋に思っていたことを聞いた。

 

そもそも彼女は無一文で帝国に来たのだ。

今に至っては何となくナイトレイドにいるといった状況。

加えて彼女は危険種。人間ではない。

考えれば考える程、彼女の目的が掴めなかった。

 

「さあ?花屋でも開いてるか、郊外の何処か自然があるところにでも行ったんじゃないかしら」

 

「な、何で花屋なんだ?お前を知った今としては全く花を愛でるイメージがしないんだが」

 

「あら、失礼ね。私花は大好きよ。一輪の花と百人の人間、どちらを見捨てるって言われたら迷わず人間を選ぶくらいに」

 

物騒な表現な上に有り得ない選択。

常識的に考えれば、もはや花好きの程度に収まらない。

しかし、彼女は危険種だ。

この選択の違いが人間と危険種の違いを示しるのであろう。

 

「いや、どんだけだよ!!狂人かお前!!」

 

驚きを隠せずそう叫ぶブラートだが、

 

「だから人間じゃないわよ。何度も言わせないで頂戴。

幽香は憮然と呆れる。

 

「なんで花が好きなんですか?」

 

「単純にキレイだからと言うのもあるんでしょうけど、私が花の妖怪というのもあるからかしらね」

 

「花の妖怪?」

 

妖怪。

タツミにはあまり聞き覚えのない言葉だ。

 

「ああ、こっちでは花の危険種とでも言えばいいのかしら?私は何時でも何処であろうと花を咲かせることが出来るの。」

 

タツミは驚いた。

聞くだけで凄まじい力である。

自然を操るなど、帝具というものにあるのかも疑わしいほどだ。

 

 

同時に、彼女にはあまり似合わないイメージも持った。

あれだけ圧倒的な戦闘能力があるのだ。

不思議な力を持っていたとしても、それも戦闘に関わるものだろうと思っていた。

 

 

「そ、それはとんでもねぇ力だな。でも、ブフッ、似合わねえ、あんな怪物で花とか」

 

いつの間にか隣でラバックが復活していた。

 

哀れ。

その一言に尽きる。

似た思考を持ちながら、どうして彼は自身から酷い目に身を投じるのか、不思議でならない。

明らかに怒りを買う言葉だ。

何故さっきの制裁で学ばなかったのか、とタツミは同情し、彼の行く末を静かに見守った。

 

冷たい微笑みをする幽香が目に入る。

 

タツミは、彼に内心合掌するしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

「イヲカル?知らないわね」

 

「我輩の名を知らんとは不敬な!」

 

イヲカル。

眼前の彼は幽香にそう名乗った。

 

彼女にとって知らない人間である。

そして、態度のでかい男だ、その程度の印象しか残らない。

 

帝都を散策していたら、突如道をふさいで現れた彼は、

家に来い、と言ってきたのだ。

 

当然のように彼女は断った。

すると彼はさらにいい募り、加えてオネスト大臣の親戚にあたる者らしく、逆らうと後でどうなるか保証しない、とも言ってきた。

 

「さあ!とっとときたまえ!!私はオネスト大臣の親族であるぞ!私の館に招待してやると言っているのだ。光栄に思え!」

 

傲慢な振舞いと口調。

人間風情が。

彼女は煩わしく感じざるを得なかった。

 

彼女はオネスト大臣がどれ程偉いのか知らない。

それどころか、権力といったものに興味もなかった。

当然である。

彼女は人間ではなく、人外だ。

生まれ持つその圧倒的な力に権力による統治など何一つ意味をなさない。

 

故に、彼女には権力の恐ろしさというものが分からなかった。

 

人間に殺られる発想すらないのだ。

彼の保証は彼女に何の役に立たなかった。

その証拠に彼女は、保証?と首を傾げる。

 

彼女は再び面倒くさげにその命令は断ると、どこから現れたのか、同時に護衛四人が彼女を囲った。

 

武力による脅しに入ったのだ。

しかし、彼女は微塵も反応を示さなかった。

 

蟻と象。

彼女はそれだけの力量差を一目で察した。

何の脅威にもならない。

 

それ故の無反応である。

 

「ヒヒッ、あんたも運が悪いね。さっさと諦めな、じゃないと後でどんな目にあうやら」

 

下卑た笑いで、おどけるように護衛達は口々にそう言った。

上玉だ、と舌舐めずりする者もいる。

 

彼女の瞳に剣呑さが増した。

苛立ちが募る。

分際を弁えろ、そう思い、見せしめに手を出そうとするが、ふと思い留まった。

 

一応彼女はナイトレイドに属している。

暴れて顔を知られるのは得策ではないでろう。

ナイトレイドのメンバーにグチグチ言われるのも面倒だ。

 

そう考えると彼女は抵抗をやめ、大人しく付いていくことにしたのであった。

 

 

 

 

イヲカルは帝都の散策に出ていた。

新たな女を探すためであり、意外に貧民層にも掘り出し物はあることを彼は知っていた。

 

出会いは偶然であった。

ふと道を歩いていた女性が視界に入ったため、どれどれ、といつもの癖で横から無遠慮に顔を覗いたのだ。

彼は失礼などと思っていない。

大臣の遠縁なのだから、それが許される。

そう信じて疑わなかったのだ。

 

「何?人の顔を覗き見るなんて失礼ね」

 

驚いた。

何となしに覗いた顔が、過去に見たことがないくらいの絶世の美女といっても差し支えないくらいなのだ。

 

一目で見惚れた彼はすぐに行動に移した。 

 

服装からして中流階級が精々であろう。

それなら自身の命令でも難なく通るはずだ。

彼はそう考え、彼女を家に来るよう命じると、

 

「嫌よ、何でアンタの家に行かなくちゃならない訳?暇じゃないのよ」

 

平坦な口調で断られた。

微塵も動じず、はっきりした拒絶。

 

立場を分かっているのか。気の強い女だ。

そう思い腹を立たせる彼だが、すぐに冷静になる。

 

所詮権力の下では誰も何もできないのだ、と彼はオネスト大臣の親戚である事実を使って、自身に逆らうと後の保証はしないと、高圧的に脅した。

 

しかし、

 

「オネスト大臣?どこのお偉いさんよ」

 

なん足ることか。

彼女は自身の名前どころか大臣も知らない様子であった。

何処の田舎からきたのか、と彼女の無知っぷりに頭を抱えたが、

彼女程の美女は逃す手はない。

武力で訴えるか。

 

彼はそう考えると、どこの田舎者だ、と怒鳴るとともに護衛を使って脅した。

暴力には逆らえまい。

にやり、と彼女の返答を待つと、

 

「仕方ないわね。ならさっさとそこに連れて行きなさい」

 

期待した通りの答えが返ってきた。

ふん、と鼻を鳴らして満足げに彼は頷く。

所詮女。暴力をもって脅せば容易い。

 

そう思い彼はご機嫌になると、今夜の凌辱に思いを馳せて、ぐふふ、と下卑た笑いを漏らすのであった。

 

 

 

 



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覚醒する傭兵達

モブを強くしてみました


「てっ、てめえ!こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」

 

「…安っぽい喧嘩文句ね」

憤慨しているが、明らかに動揺と焦りが入った傭兵の言葉に、幽香は冷めた顔で受け流す。

イヲカルを護衛する傭兵達は突然の事態に驚愕していた。

護衛対象のイヲカルが死んだのだ。

それも一人の女性によって。

眼前には肉塊となったイヲカルとその血を浴びる一人の女性。

傭兵達は眼前の惨状から目が離せない。 

 

それは突然だった。

イヲカルと共に彼女を部屋に連れ、これから慰みものにしてやろう、という時にだ、

彼女が突如「痛いから離しなさい」と苛立ちの言葉を口にしたと思うと、

乱暴に握るイヲカルの腕を握り返し、横凪にして壁へとぶちまけたのだ。

 

壁と床にはトマトの様に弾けた、元イヲカルである肉塊が転がる。

 

「………」

彼らは血の気が引いた。

信じられない、あの細腕の何処にこんな怪力が宿っているのか。

 

血を浴びてなお平然と佇む女性を見て、

 

「…きっ、キャアアアアアアア!!!!!」

騒然。

その場に居合わせた、イヲカルに拉致された女性達が一斉に悲鳴を上げてバタバタと逃げ去る。

 

「お、おい待てっ」

慌てて逃げる女性達に待てと制止をかけるも、すぐに止めた。

眼前の女性へ構えをとり警戒する。

この惨状を作り上げた女から意識を逸らしてはならない。

長年に渡って培われた直感がそう告げていた。

 

「てめえっ、生きて帰れると思うなよ」

都合のいい後援者を殺されたことに苛立ちがとまらず、彼らの瞳には憤怒の色が燃え上がる。

しかし同時に額に脂汗が沸きだった。

 

並みならない気配。

眼前の女は過去に経験がしたことがない程の怖気を放っていた。

 

「あら、非があるのはそっちなのに逆ギレなんて、道理が分からない猿は困ったものね」

彼女は無感情な表情とともに彼らをそう見下した。

口調に抑揚はないが、明らかに馬鹿にした言葉。

それを聞き、気の短い一人の傭兵は

 

「んだとっ、コラァ!!」

青筋を浮かばせ、怒号と共に俊足の足をもって彼女に特攻する。

特攻をかける彼の背中と共に彼女の瞳が視界に入り、

その冷たい瞳に、ゾクリと本能が警鈴を鳴らす。

やられる。他の傭兵は瞬時にそう察した。

だが突貫した彼は頭に血がのぼったためにそれがわからない。

 

「お、おい!!止め…」

そう言って、待ったを掛けて止めようとする、

しかし遅かった。

 

俊足の足運びで間合いに入る。

 

「ぶっ殺してやらぁああ!!」

怒号を伴って達人級の拳を振り切る彼。

しかし、彼女は何一つ反応した素振りはなく、事も無げに横凪ぎの一閃。

 

 

 

─グシャッ

 

彼の上半身は消し飛んだ。

 

 

 

──ッ!!!

 

一瞬のことだ。

傭兵達は一連の光景に愕然とする。

何が起こった、上半身の無くなった彼を見て全員がそう思った。

そして横に目を向けると転がる彼の首と弾け飛んだ上半身が映る。

 

音速を思わせる速度を乗せた彼の拳は、人外な怪力に任せた横凪ぎで消し飛んだのだ。

 

「…あいつが、一瞬…だと」

傭兵達の中でも師範代並みの強さをもつ傭兵は、認めがたい光景につい言葉を漏らした。

理不尽。脳内はその一言で埋まった。

 

彼らは帝国一の拳法寺『皇拳寺』で武術を修めた武人である。

それも皆達人級。

徒手空拳で彼らに敵うものはどれだけいるであろうか。

特攻した彼もそうだ、師範代とはいかなくても達人であることには間違いない。

彼は強かったと断言できる。

 

だが、この女性はそんな彼を叩き潰した。

研鑽と努力を重ねた力と技術を嘲笑うように、絶対的な暴力でねじ伏せたのだ。

 

彼らは恐怖に膝が笑いだした。

 

─コツコツ

 

「ひっ!?」

彼女が彼らに向かって歩みだす。

無感情のままにこびりつく血を振り払う様に、彼らは怯えるばかりだ。

もはや彼らに戦意など残っていなかった。

歯がカチカチと鳴り出す。

 

「ようやく分際を知ったかしら?」

怯えだす彼らを目にして彼女はそう尋ねる。

抑揚のない口調、無感情な声が耳に届き、彼女の一挙手一投足に恐怖を感じた。

気配が、圧迫感すら伴う捕食者の気配が、実際にこの目に見えてるのではないか、と錯覚すらしてしまう。

 

勝てるはずがない。

覆せない絶対的な力量差に、彼らの思考は逃げる算段のみに全力を注いだ。

 

彼らは逃げるタイミングを見計った。

無闇に背を向けたら真っ先にその者が標的にされるだろうと直感したのだ。

故に、

 

(先にコイツらが逃げた時がチャンスだ)

仲間を見捨てる。

彼らは仲間の誰かが先んじて動くのを待った。

自身が少しでも生き延びる確立を上げるために。

 

─コツコツ

 

彼女は変わらない歩調でさらに近づく。

彼らの胸中には尋常でない焦燥が渦巻いた。

このままでは逃げる前に近づかれて殺されるのではないか、ともはや仲間より先に足が出そうになる。

 

そして、彼らはこの時、焦燥と恐怖に苛む中、生涯をかけた一歩に出るのであった。

 

 

 

 

 

 

「なに!?幽香がイヲカルに連れ去られただと!?」

 

ナジェンダは幽香の監視をしていたラバックの報告を聞いて驚愕する。

報告する彼もワタワタと焦っており、同様に聞いていた他のナイトレイドメンバーも驚きを隠せない様子だ。

 

「ラバック、お前それは見間違えじゃねえよな?」

 

ブラートは信じられないといった顔で確認するが、ラバックは首を横に降って応える。

 

報告した彼も信じられず、むしろ何故流血沙汰にならなかったのか、と不思議に思ったほどだ。

 

「実際見た俺自身も信じらんねえよ。だけどマジなんだって、幽香の奴大人しくついてったんだよ」

 

一体どうなってるのか、とナジェンダは目頭を揉んだ。

幽香が連れ去られる。

怪物のごとき戦闘力を有する彼女が、抵抗できない一般人のような行動をとる筈がない。

むしろ、そのような真似を受けたら連れ去る相手を消し飛ばしていてもおかしくなかった。

 

しかし、現実に彼女は連れ去られたのだ。

 

「た、助けないと!」

 

幽香を心配してタツミはそう提案する。

彼女の実力は知っている。

しかし、多少なりともこの中で彼女と付き合いが長い彼としては、そんなことは抜きに心配していた。

 

彼の言葉に、そうだな、とナジェンダは同意しようとする。

だが、

 

「ハッ、だから何だっての。別に放っとけばいいじゃない、あんな奴。どうせ気紛れか何かよ」

 

吐き捨てるようにマインは言った。

シェーレを傷つけられた怒りは未だ燻っており、彼女を助けるなど、断固反対であった。

いや、それだけではない。

彼女が入隊して以来の振舞いそのものも勘に障っていたのであった。

そこにいたの?気付かなかったわ、とまるで相手をしない彼女の態度が、自身の存在そのものを否定しているように感じさせた。

 

そんな幽香の振舞いを思いだし、苛立ちに歯をギリッと食い縛った。

 

しかし、彼女の言葉にナジェンダは首を振った。

 

「それはできん。その連れ去ったイヲカルという奴はオネスト大臣の遠縁でな。次の任務の暗殺対象だったんだ」

 

「まさか暗殺する奴に連れ去られるとはな、おかしなもんだ」

 

ナジェンダの言葉にレオーネは苦笑する。ナジェンダは彼女の言葉に、全くだ、と思わずにはいられなかった。

 

イヲカルはオネスト大臣の遠縁であり、大臣の名を利用し女性を拉致しては死ぬまで暴行するといった悪行を繰り返していた。

 

女性にこんな悪逆非道な真似をする貴族をナジェンダは許せなかった。故に、この情報を掴み次第、無念に死んでいった女性達のためにも暗殺を計画したが、

まさか幽香がここで拉致まがいなことになるとは。

彼女は歯を食い縛った。

 

幽香の心配はしていなかった。あの怪物さである、掠り傷も受けないたろう。

しかし、彼女は懸念した。暗殺すべき対象はイヲカルだけではないからである。彼を護衛する傭兵達、彼らもまたイヲカルからおこぼれをもらい彼と同じく女性達を犯した、暗殺すべき対象である。

 

故に、状況からして、イヲカルを抹殺することはあっても、護衛の傭兵達まで抹殺するかはわからなかった。

人間に何一つ興味がない彼女のことだ、逃げる者までわざわさ追い掛けたりしないであろう。

 

彼女がどう動くかわからず、暗殺対象が全員抹殺されるかわからない現状、一刻も早くナイトレイドも出撃する必要があった。

 

ナジェンダは立ち上がり、机をバンッと叩くとその場の全員に告げた。

 

「全員、速やかに出撃準備に入れ。このような外道を見逃してはならない。暗殺対象は一人も残らず抹殺しろ」

 

 

 

 

 

 

「さっさと死になさいよ!!」

 

マインの怒号と共に銃口から光線が放たれるが、狙った相手はサッと避ける。

狙いが外れたことに彼女はチッと舌打ちをし、苛立ちを隠さない。

これで何度目か。

彼女のイライラは作戦が始まって以降に上がりっぱなしだ。

その原因は眼前の敵三人、イヲカルの元護衛傭兵達は先程から彼女の精密な射撃をことごとく避けているからだ。

予想以上の手強さに苛立ちよりも焦りが大きくなってくる。

 

「しつこいわね!!しつこい男は嫌われるわよ!!」

 

銃口から光線を飛ばし、近く敵3人を払いのけるように愛銃を振り払う。

弾ではなく光線が出続ける銃であるからこその、彼女なりの近接戦闘であった。

 

「ふんっ、お前がさっさと死ねばそれで終わるんだよ」

軽々と光線の一閃を避けると、マインの挑発を冷めた声で傭兵は返し、追撃しようと接近する。

 

「アンタが死ね!!」

敵の言葉に怒声でそう吐き捨てると、近寄らせまいと威嚇射撃を放つ。

思うように戦えないため即座に体制を整えようと、彼女は距離を置こうとその場を逃げるが、

 

「!?」

 

強烈な悪寒に次いで聞こえる風切り音。

 

いつの間に移動したのか、見ると真横から一足で距離を詰めた別の傭兵が、速度の乗った剛拳を抜き放っていた。

死を直感させる拳が顔面に迫る。

 

避けられない。

 

そう思い目を瞑ると、

 

キンッと何かを弾く音が聞こえた。

 

「大丈夫か!!マイン!!」

同時に幽香とは別の気に入らない声。

見るとタツミが割って入り、剣を盾に傭兵の剛拳を防いでいた。

そして敵の胴に目掛けて前蹴り。悠々と避けられるが距離を取ることに成功し、チラリと彼女に目をやった。

マインは彼の助けに驚くも、死を免れたことにホッと小さく息をつく。

助かった、そう思うのも束の間、彼女はすぐに顔を怒らせ、

 

「おっそいわよタツミ!!さっさと助けに来なさいよ!護衛の癖に!」

怒濤の剣幕で彼を罵った。

しかしその剣幕は直ぐに鳴りを潜め、フッと不敵な笑みを彼に向ける。

 

「いいっ!?わ、悪かったよ」

タツミはばつが悪そうにして身を引かせるが、向けられた不敵の笑みに二ッと笑い返す。

 

そして再び敵3人に剣を構え向け、

 

「さっきはよくもやってくれたな外道ども!さっきのお礼たっぷり返してやるよ‼」

威勢よく威嚇する。

彼は今、敵を討たんと戦意に満ちていた。

同時にマインも死の間際に彼が助けに来てくれたことに対する安堵と、仲間が来てくれたことへの頼もしさを感じていた。

 

 

しかし、二人はしらなかった。

眼前に立つ敵三人は、手も足も出ない絶対的な力を目にして、命からがら逃げてきたばかりであることを。

 

その恐怖から解放されることによる精神安定、絶対的強者を目にしたばかりによる慢心の消失。

 

そんな彼らが今現在、他の追随を許さぬ程の集中力を備えた極限状態にあることを、

彼ら二人に知る術はなかったのであった。

 

 

 

 

 

作戦開始時、館から逃げるイヲカル元護衛の傭兵三人を

彼らの逃走ルートの都合上、正面から迎え撃つことになった。

射撃の天才と自称するマイン。

位置関係として正面から来る徒手空拳の輩など、大きいだけの的でしかなく、彼女にとって大きなアドバンテージをもった状況になっていた。

同時に、新参で気に入らないタツミが護衛としていたため、自身の実力を見せつけてやろう、と考えていた。

しかし彼女はプロの暗殺者、油断はしない。

愛銃を構えると目付きを変えて狙いを定めて、これで終わりだ、と引き金を引いた。

 

しかし、終わらなかった。

確かに狙いに定めた筈なのに、敵は姿勢を屈めるのみで軽々と避けて見せたのだ。

正面からの銃撃であるのにも関わらずにだ。

チッと舌打ちをするが、冷静さは崩さない。いくら射撃に自信があるからといって外れないわけではないのだ。

速やかに再び狙い撃つ。

しかし当たらない。

もう一度撃つ。しかしハズれる。

段々と射撃がハズれる度に焦燥が大きくなり、距離もドンドン詰められる。

 

そしてとうとう距離が10メートルと差し掛かったところで焦りを隠せず、彼女は顔を驚愕に染める。

 

「嘘!!なんで当たらないの!!」

おかしい。

正面から迎え撃っている筈なのに何故ここまで当たらないのか。

敵である的はドンドン大きくなっている、しかし当たらない。

射撃に対し、実積に裏打ちされた自信をもつ彼女の銃撃が紙一重で避けられ続けていた。

彼女は目の前の状況が理解できなかった。

 

「なあ、マイン、どうする?このままここで迎え撃つのか?」

銃撃が全く当たる様子のない様子にタツミもさすがに怪訝となった。

彼女は戦闘スタイル的に接近戦が不得意だ。

このままでは彼女を守りながら戦うことになる。

護衛であるから当然ではあるが、彼女の射撃をひたすら避け続けて接近する実力者達を相手取るのはさすがにきびしかった。

また数の利も向こうにある。

素人目でも勝率がかなり低いことは明らかであった。

 

「馬鹿言わないでよ!!ムカつくけど逃げるわよ!他の場所で待ち伏せしてた皆がもうすぐこっちに来るし、時間を稼ぐわ」

タツミの問いかけにマインは苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てる。

屈辱であった。

そこらの帝国兵に毛が生えた程度であろうと思っていたばかりに余計にだ。

彼女は確かにプロであり敵に対し油断はしてなかったが、プライドの高さ故に敵を見下すことが多かった。

そのため、してないと思いながらも高をくくってる節はあったのである。

 

最近は雑魚ばっかだったから腕が鈍ったのか、と舌打ち

し、逃げるわよ!と怒声を彼に掛けようとするが

 

「逃げろ!!マイン!!」

彼の声と同時、体を突き飛ばされ盛大によろける。

 

「ちょっ!なにすん…」

 

─ガキンッ

 

金属音へと振り向けば、剛拳の一撃を剣越しに耐えるタツミ。

その姿に何も言えなくなり、さらに彼へと迫る影に目を見開き、

 

「タツミ!!横よ!!」

声は虚しく、迫り来るもう一人の傭兵に不意打ち気味に剛拳をくらい、横腹をえぐりこまれる。

耳に聞こえる程の打撲音、その音に比例した衝撃をもろに受け、彼は草藪へと突き飛ばされた。

 

「タツミ!!」

敵の傭兵3人が瞬時にこちらへと顔を向け標的と定めた。

まずい。

これじゃあタツミを助けに行くことはできない。

しかし、敵全員は標的を自身に定めてることを、これ幸いに思いタツミの救助は断念。

タツミの安全のためにも彼女は即座にその場を離れることにした。

 

以降、彼女は銃口から放たれる光線を剣のようにふり回すといった近接戦闘を繰り広げ、奇跡的に時間を稼いだのであった。

 

 

 

 

「ほらっ、タツミ!男なんだからシャキッとしなさいよ」

 

「はぁはぁ、あ、あぁ…」

マインは疲れながらも、今にも倒れそうなタツミに叱咤激励を行う。

タツミは幾たびもの苛烈な拳打への防御に消耗し、意識が皮一枚つながった状態であった。

威勢よく啖呵を切ったはいいものの早々上手くはいかないな、と内心で自身に対して呆れる。

 

タツミとマインは再び合流し、傭兵3人と死闘を繰り広げた。

しかし戦況は変わらず劣勢。

敵三人にはいまだ決定打を与えておらず、対して二人は剛拳と剛蹴の猛攻に激しく消耗していた。

気を抜けば最期、二人は鍛え抜かれた皇拳法の餌食となるであろう。

 

 

 

しかし、状況は二人の増援で急変した。

 

 

一瞬の刹那、異形の鎧と金髪の獣が視界を掠めたと思った時、敵三人全員を巻き込むほどの俊足の剛蹴が共に放たれ、

敵三人は両腕による防御に間に合うも、その衝撃に耐えきれず遥か先へと吹っ飛んでいった。

 

「二人共!!待たせたな!!」

 

「タツミ!!マイン!!よく頑張ったね、あとはアタシらに任せな!」

 

「ブラート、レオーネ!来てくれたのね!」

颯爽と登場し、快活な声をかけるブラートとレオーネに安堵の喜びをあげるマイン。

タツミも意識が切れかけてぼやける視界の中で、良かった、と安心すると、

ブラートとレオーネは敵三人へと振り返り、獰猛な笑みを向ける。

その顔は仲間を傷つけたことへの怒りと闘志に溢れていた。

 

「ここからは俺が相手だ!!覚悟しろよテメェら!!」

 

「久々に骨がありそうじゃん、楽しませてくれよぉ」

 

「ちっ、まだ仲間がいやがったか、こっちはさっさとトンズラしてえってのに」

ブラートとレオーネの殺気を受けて、ペッと唾をはき悪態をつく傭兵。他の二人の傭兵も忌々しげに見つめ返す。

 

そして、異形の鎧と金髪の獣の雄叫びの伴う猛攻と共に、二幕目の闘いが幕を開けたのであった。

 

 

 

 



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見逃してあげるわ

読みやすい文章を心掛けていますが、自己評価というのは当てにならないですね。

追記:すいません。無駄な文があるように感じて少し削りました。内容は変わりませんので。


時は遡ってイヲカル邸。

傭兵達が目の前の女性からいざ逃げようと足を踏み出した時のことだ。

 

「…えっ?」

 

傭兵達三人は唖然とした。

彼女が何を言ったのかわからないからだ。

仲間を一瞬にして塵にする暴力をもつ女性、風見幽香。無表情で近づいてくる彼女から今まさに逃げようと背を向けた時、

「待ちなさい」と肩を叩かれた。

動けない。

肩を叩かれていない者もその言葉に体が固まった。

 

死を察した彼らだが、次に発せられた言葉は意外な一言。

 

「茶を出しなさい」

 

場にそぐわない一言だった。

彼らは固まった。何を言われたのか理解できなかった。

 

聞き違いなのでは、と思い恐る恐る聞き返す。

 

「その耳は飾りのようね。それとも客に対して茶をだすこともしない礼儀知らずなのかしら?」

 

逆に、お前は何を言っているのか、と言わんばかりの顔と口調で返される。彼女の変わらない無表情に、彼らはより頭が混乱した。

 

「お、俺らを殺さないのか?」

 

「どうして?」

 

彼女は見当違いな返事を返す。

疑問を疑問で返された。

彼らは戸惑いを隠せずオロオロしだした。

 

「だ、だってイヲカルや今のアイツだって……」

 

「…ああ、彼ね。何時までも乱暴に掴むものだから、つい力を加減するのを忘れてたわ。あと……お仲間さんはよくわからないわね、突然殴り掛かってきたから殺したけど、悪く思わないで頂戴ね。」

 

彼らは何を言えばいいのかわからなかった。

彼女から返される答えはどこかずれている気がしてならない。

 

「ほ、本当に俺らを殺さないでいいのか?」

 

「…何?殺されたいの?」

 

「ッ!い、いや、違う!そうじゃないんだ」

 

「敵意を向けてない人間をわざわざ殺す意味はないわ。……安心なさい。そんな子供みたいに怖がっている人をわざわざ殺す真似なんてしないわ。」

 

彼女は「もういいでしょ」と質問をやめさせる。

彼女の冷たい態度とその口調。

彼女が彼らのことなど欠片も興味がないことは明らかであった。

彼らは殺されることがない事実に安堵した。

そして同時に気付いた。

自身が子供扱いされていることを。

そしてそれを当然のように受け入れていることに。

 

彼らは大人としての面子や、武人としての誇りはもっている。

しかしそれ以上に、何も力を示せずに命を散らすことの方が嫌だった。

 

 

彼女が再び茶を促すと、彼らはそそくさと客間に案内して接待した。

そして彼女は出された茶を気に入ったため、その茶葉を要求して適当に館を見回った後、何事もなかったように帰宅したのであった。

 

 

 

 

 

「アンタ中々やるねぇ!…でも、そろそろ死んでもらうよ!」

 

「ハッ!死ぬのはお前だ!!」

 

レオーネは快活に笑って回転蹴りを放つ。

すさまじい速度の乗った蹴り。

傭兵は防御に成功するが、その余りの威力に耐えきれず吹っ飛ばされてしまう。

その馬鹿げた威力に驚愕し、顔を激しく歪めるも、何とか着地に成功させた。

 

「(どうすればいい、このままではジリ貧だ。こちらが先に倒れてしまうぞ)」

 

金髪で獣の要素が混ざったその姿。

レオーネを睨み付けてそう危ぶんだ。

彼はさっきの威力を痛感し、自身の命の危険性を改めて認識したのである。

 

 

百獣王化『ライオネル』ベルト型の帝具。

獣化して身体能力を飛躍的に向上させる効果をもつ。

加えて嗅覚などの五感も獣並に飛躍させる特徴をもっていた。

 

「いい加減しぶといねぇ」

 

レオーネは自身の蹴りを凌いでみせた傭兵を呆れたように見やる。

やれやれと肩を竦めて見せるが、内心はやや驚きである。

さっきの一撃は完全にとどめをさすつもりで放ったのだ。

渾身の一撃。避けられる筈がない、と確信していた。

しかし、現に彼は凌いで見せた。

レオーネは警戒度をあげて、目付きを鋭くさせる。

 

「これまで散々外道な真似をしてきておいて、今さら逃げられると思ってんのかい?」

 

ややおどけるように言って彼に近づく。

 

「…ハッ、強い者が弱い者をなぶるのは当然のことだ。それが帝国の常識だろうに」

 

嘲笑。

馬鹿なことを言わせるな。

彼の顔はそう物語っている。その言葉に苛立ちがつのり、彼女の目付きはさらに尖る。

 

「それが許せないからこうやって殺しに来てやってんだよ、アタシは」

 

彼女は言い終わると同時、瞬時に彼の眼前まで接近し、咆哮を放つと共に渾身のストレート。

終りだ。

そう思うも、彼の紙一重の回避を目にして「なっ!!」と驚愕。

 

「ラァ!!」

 

彼は回避と同時にカウンターの上段蹴り。

レオーネは目を見張った。

見事に極められた体捌き。

彼女は痛恨の反撃を避けきれず後頭部の直撃を受けて、引きずるように地に倒れる。

 

「やっろう…」

 

彼女は反撃を喰らったことに怒りを隠せず歯を食い縛る。

くそったれ、と悪態をつき上体を起こすが、眼前には追撃の一撃。

 

「(もう目の前に!)」

 

彼女はもはや避けられない距離に怖気が走った。

死を直感し、帝具による強靭な肉体を総動員させる。

彼の拳は空振り、頬を削るのみに留まった。

信じられない回避反応に「馬鹿な‼」と彼は驚愕する。

 

「クソが!!」

 

そう言って彼は続けて拳を繰り出すが、反応が遅く、彼女は既にお返しとばかりに顔面へと拳を繰り出している。

 

彼は反撃もままならずもろに喰らい、衝撃とともに体が吹っ飛んだ。骨格が歪む程の衝撃に地を引きずる。

 

「……………」

 

レオーネは削れた頬に手をあて、憤怒の表情に染める。まさかの反撃を喰らったことが、とてつもなく気に入らなかったのだ。

 

「お前ぇ、やってくれたなぁ。」

 

彼女はグッとよろけて立ち上がる。

 

「アタシは蹴飛ばすのは好きだけどよぉ……」

 

言葉を続け、怒りのままに雄叫びを放つ。

 

「蹴飛ばされるのが大っ嫌いなんだよォオオオ!!!」

 

彼女は怒りの形相のままに猛然と突貫する。

獣を凌駕する速度。

瞬く間によろけて立つ彼の元まで接近し、さらに歪めてやらんと再び彼の顔面への一撃を穿つ。

目を見開いた。

疲弊しきった体の何処にそんな余力があるのか、またもや紙一重に避けられる。

 

彼女は油断などとっくに捨てていた。

しかし彼女はただただ驚愕せずにはいられなかった。

自身の暗殺術と帝具をもってすれば、倒せない筈がないのに。

彼女は甚だ疑問に思った。

 

 

本来であれば、彼女の暗殺術と帝具をもってすれば、予定通り大した苦労もなく倒せたであろう。

 

しかし、彼らは見てしまった。

実力を出しきることもなく羽虫のように散った仲間を。闘う前から決着がついてしまっている力量差というものがあることを。

 

こうやって戦えている。

圧倒的な劣勢であろうが力を示せている。

なんて素晴らしいことなのか。

彼はそう思わずにはいられなかった。

 

力を示すこと自体が無駄と理解させられた、絶対的な暴力と人外の気配というものを知った。

それ故に僅でも勝機が見出だせる現状に、彼の闘志が挫けることはなかったのであった。

 

 

 

─しかし

 

彼女の驚きは一瞬、逃さない、と目にも止まらぬ回し蹴りが繰り出される。

 

「がっ!?」

 

彼は二撃目の蹴りを察知するも防御が間に合わず、横腹に痛烈な衝撃を受ける。

そのまま蹴り飛ばされ地面を転がる。

 

「──ッ!」

 

悪寒。

 

彼は強打するように転がって、地に伏して無防備をさらしたのだ。

不味い、と地面から顔を上げるが、時は既に遅く…

 

 

圧迫感すら感じる彼女の蹴りが、目と鼻の先にあったのであった。

 

 

 

 

 

「─ッ、ァアアア"ア"ア"ア"!!!くっそ!くっそぉ、意外に危なかったぁ」

 

彼女は冷や汗をかいていた。

彼女の頬と耳は抉られたような鮮血色の筋肉が晒されていた。

現在は帝具による治癒力強化によりじわじわと治りつつある。

 

しかし、彼女は顔を抉られた痛みに顔をしかめざるを得かった。

 

眼前には顔面を飛散させた傭兵が転がる。

彼は死を直前にして、驚くべき反応速度をもって起死回生の反撃を試みたのであった。

 

結果、彼女はその脅威の反射神経で直撃をまぬがれるも、手痛いダメージを負った。

直撃して頭が消し飛んだ場合、治癒力強化をもってしても死はまぬがれなかったであろう。

 

「アアア!!まじ、ほんっと痛ってぇ!!!」

 

彼女は痛みに耐えかねて叫ぶ。

 

そこに、ブラートは戦いを終えて、地団駄踏む彼女に近寄った。

 

「おいおい、随分苦戦したみたいじゃねえか?」

 

彼は苦笑染みて問い掛けた。

不敵に笑っているが、その顔は心配の意も表れている。

 

見ると彼の体に大きな傷を負った様子はない。

彼は遅れをとることなく勝利を納めた様子だ。

「自分はこんなに手傷負ってんのに」と彼女は少し面白くない気持ちになり、

「ちぇっ、ピンピンしやがって」と不貞腐れた態度をとって返した。

 

「腕が鈍ったか?」

 

「ちがうって!予想外にしぶとかったんだって!」

 

ブラートはからかい混じりに問いかける。

しかし、彼女は予想外に食って掛かった。

彼はその反応に苦笑混じりに驚く。

 

「は、ハハッ、まあ、違ぇねぇか、俺んとこの二人も中々やりやがったよ」

 

「っかあ!腐れ外道にこんなやられるなんて、ほんっと腹が立つなぁ」

 

「全くだな」

 

レオーネは頭をかきむしってそう言った。

 

ブラートが苛立つ彼女をまあまあと宥めていると、マインの声がかかる。

 

「二人とも、ちょっと助けてよ!」

 

見ると、マインはフラフラと疲れた様子でタツミに肩を貸している。

当のタツミは気を失っていた。

 

レオーネとブラートはフッと苦笑すると「はいよ」と了解の意を返し、二人に歩みよる。

 

ナイトレイドは目標を達成し、数名はボロボロの体を引きずってアジトに帰還するのであった。

 

 

 

 

 

「幽香、どういうことか説明してくれるか?」

 

ナジェンダはため息とともに困った顔をして幽香に問いただす。

部屋にはメンバーの全員が集まっていた。

 

幽香はいつの間にか帰ってきていた。

拉致まがいな目にあったというラバックの情報があるのにも関わらず。

加えて自室で優雅に茶まで飲んでいたのだ。

その態度は、まるで何もありませんでしたよ、と物語っているまであった。

 

実際、何もなかったことはないのだ。

イヲカルの館にはイヲカルらしき遺体と護衛傭兵の遺体が見つかっている。

 

ナジェンダは頭を抱えた。

幽香は二人の人間を殺して帰ってきているにも関わらず、報告すらしないのだ。

現にこうやって問い詰めてもまるで報告する素振りが見えない。

 

「どういうことってどういうことかしら?そっちがちゃんと説明なさい。」

 

幽香は馬鹿なの?と言いたげな態度で返した。

その言葉にナジェンダはどうすればいいのか、とハァと息をつき、顔を覆う。

 

「すっとぼけてんじゃないわよ!!アンタ何のうのうと帰ってきてるわけ!?」

 

マインが幽香の態度に腹を立てて食ってかかる。

 

「アンタがしっかり護衛共を殺さないからこっちはいい迷惑してんのよ!謝んなさいよ!!」

 

「どうして私が謝らなきゃいけないのかしら?任務なんて知らなかっただもの。仕方ないはずよ?」

 

謝罪を求められやや険に染まった口調になる。

幽香の機嫌が低下したことにラバックが慌てる。

 

「か、風見、それはお前の言う通りだ。任務なんて知らなかったんだしな。」

 

ラバックはそう言って幽香を宥めて言葉を続ける。

 

「ただ、俺らが聞いてるのは何でわざわざ護衛達を逃がしたかってことだ。二人の死体見た限り風見が殺したんだろ?戦闘が起こった中でお前が敵を逃がすなんて、何か理由でもあったんじゃないかって」

 

 

今回、幽香は拉致まがいなことを受けたが、その場で騒ぎになるようなことはしなかった。

それは帝国に目を付けられる等、後のことを考えてのことだ。ナイトレイドとして、顔が割れることを避ける意味もあった。

ナジェンダとしてはそういった自身の所属を理解して行動を選んだ幽香を高く評価した。

 

ちなみに拉致に関しては

 

「拉致?いいえ、招待を受けたから仕方無く受けてやっただけよ。でも、礼儀知らずな男だったから腹が立って殺したわ」

 

と言ってのけた幽香にナジェンダは嘆息したのであった。 

 

しかし、問題は敵を見逃したことにあった。

 

幽香の性格を考えると、敵を前に逃がすなんてのは考えられなかった。

敵として幽香の前に立つ。それは分際を弁えていない、と彼女の機嫌を損ねることになるからだ。

加えて部屋には女性の遺体も放置されており、明らかに暴力と強姦を受けたその様子に、同じ女性として許しておけるものではない。

彼女を怒らせる要素は沢山あったのだ。なのに今回、彼女は敵を見逃したのであり、ナジェンダを含める全員が不思議に思ったのであった。

そうナジェンダは説明するが、幽香の返答はあまりにも意外なもの。

 

「何も不思議じゃないわ。分際を弁えたから見逃しただけのことよ。戦意のないものをわざわざ殺さないわ。」

 

「はぁ?アンタ頭おかしいんじゃないの?そんなのアンタにビビっただけじゃない!!命乞いしたから見逃すなんて甘いわよ!!」

 

「怯えたから見逃してやったのよ。戦意のないやつを殺して何が面白いのかしら?」

 

幽香は何でもないように答えるが、マインはその言葉に「そんなことが言いたいんじゃない」と怒鳴り返す。

 

「女の人の死体も見たんでしょ!?あんなひっどいことされた死体見といて同じ女として何とも思わないわけ!?あの外道を逃したら同じことを繰り返すのがわかんないの?」

 

「そんなの私の知ったことじゃないわ。誰がどんな目にあっていようと、私と関係がないなら私が手を出す義理、義務もないじゃない」

 

幽香の吐き捨てるような言い草に愕然とし、肩をワナワナと震わせる。

睨み付ける瞳は激しい怒りに染まっている。今にも火山が爆発しそうなマインだが、しかし

 

「アンタ、ほんっと信じらんない」

 

ぶちギレたマインだが、逆に肩の震え止めて大人しくなる。そして彼女は怒りを孕みながらも静かに言葉をぶつける。底冷えするような声音であった。

しかし、幽香は全く気にした様子はなく、呆れた風でさえある。

 

「しつこい女ね。一緒にするなって何度言えばわかるのかしら」

 

鼻を鳴らしてそう答える。

マインは静かなながらも愛銃に手をかけそうな気配をだしている。

ナジェンダはこれ以上は不味い、と判断し、両者に「そこまでだ」と制止を書ける。

 

 

少なくとも今回のことで、幽香はある程度立場を弁えた行動がとれ、戦意を失ったものには無闇に手をかける性格ではないということがわかったのであった。

上々だ。ナジェンダはそう思うと幽香に話しかける。

 

「幽香、お前の言い分はよくわかった。危険種であるにも関わらず、無闇に人に手をかけたりしないことがわかっただけでも十分だ。それにそもそも、今回のお前の行動に非があるわけではない。呼び出して済まなかったな」

 

ナジェンダの言葉を幽香は「まるで問題児みたいな扱いね。失礼しちゃうわ」とため息をはいて出ていったが、ナジェンダはその言葉を聞いてさらに深いため息をはいた。

その顔には疲れがありありと表れている。

 

他のメンバーも出ていき、部屋にはナジェンダとラバックのみが残る。

 

「全く、幽香の言動には困ったものだ。口を開く度にマインが銃に手をかけないかヒヤヒヤするぞ」

 

ナジェンダはハァ、と愚痴をこぼすが、ラバックは苦笑して受け答える。

 

「まぁ、でも驚きましたよ、俺。戦意のないやつは殺さないだなんて。危険種なのにあんなこと考えるんですね」

 

ラバックは彼女の沈んだ雰囲気を変えるように話題をあげた。

 

「ああ全くだ、これは素晴らしい収穫ともいえる。」

 

幽香は危険種である。

任務や命令を意に介さず人を殺すのではないかと危惧していたところに、彼女自身から思慮深い発言が見られたのだ。

 

「ハァ、全く、最近は幽香とマインの相手が疲れるな。肩が凝ってたまらん」

 

「で、ではでは!このラバックめが肩を揉んでボスの疲れを癒して差し上げましょう!」

 

肩を揉むナジェンダにラバックは手をわきわきさせてそう近づく。

ナジェンダはラバックの頭をペシッと叩き「そのいやらしい手つきはなんだ」と呆れたようにため息をつくのであった。

 

 

 




幽香の性格についてですが、原作準拠というわけではありません。あまりイメージは壊さないようにはしてるんですが、すこし期待はできないですね。ただ、ドS設定にすると、エスデスの強化版にしからない上に好き勝手やらせると話もワンパターンになるかなって思い、すこし丸くなった感じにしています。今後はどうなるかはわかりませんが。


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怒りすぎじゃないかしら

文章の書き方がコロコロ変わるかもですがご了承下さい。


ナイトレイド隠れアジト、食堂。

タツミは朝食の準備をしていた。

 

「あら、タツミが朝食をつくってるの?」

 

声のした方を向くと、タツミは驚く。

そこには幽香がいた。

 

「あれ、幽香さん、珍しいですね。食事をしに来るなんて」

 

突然の幽香の来訪。それも食事にだ。

幽香は珍しいどころか、これまで一回も食事に現れたことがなかったのである。

故に驚きが大きくなるのは当然であった。

 

「気晴らしにきただけよ。体質的に別に食事をとる必要はないのだけれどね」

 

幽香はにべもなくそう返す。

食事を必要としない。

その言葉に、タツミはさらに驚く。

危険種でも栄養をとるために餌はたべるのだ。

故に彼女の言ってることは普通はありえない。

 

「…か、変わってますね」

 

彼は苦笑して答える。

彼女がそう言うならそうなのだろう。

これまでの付き合いから彼女が意味のない嘘を言う人ではないと知っていた。

故に、自然と彼女の言葉を信用した。

 

 

朝食を頂こうと他のメンバーも集まってくる。

そして、皆一様に幽香の存在に驚きのリアクションをとった。

 

「アンタ、一体どういう風の吹き回しなわけ?いきなり食事に来られても迷惑よ!」

 

特にマインは過敏に反応した。

幽香を良く思ってない故である。しかし、

 

「そう。大変ね」

 

彼女はマインに視線も向けず、淡々と返し、そのまま箸をとって食事をとり始める。

まるで興味がないと言った感じ。

無視と言ってもいい態度であった。

故に、彼女の様子にマインはさらに怒鳴り散らすが、

 

「お、落ち着けって!マイン!」

 

と、タツミがどうどうと宥める。

 

「私に指図すんじゃないわよ!アンタは黙って食事の準備をしてなさい!」 

 

しかし、彼女の怒りはおさまる様子はなく、むしろボルテージが上がる一方だ。

レオーネも加わり、何とかマインの怒りが静まるが、彼女は歯を剥いて唸りだす。狂暴犬のごとき唸り声である。

 

その一連の光景に、ナジェンダは顔を左手でおさえて、ハァとため息を漏らした。

 

「…やれやれ」

 

うんざりとした様子だ。

ナジェンダはマインが怒り狂って、また愛銃に手をかけないか心配なのであった。

そして彼女は無事何事もなく食事が終わることを祈ったのであった。

 

 

食事をしてる中、幽香は突如話を切り出した。

 

「それにしても貴女達、案外しっかり仕事してるわね。感心したわ」

 

その言葉を聞いて、その場の空気が固まる。

 

幽香の上から目線とも言える言い草。

平然とした態度がなおさらそれを際立たせた。

全員、戸惑いを隠せない様子だが、誰もが会話を中断して彼女に顔を向けた。

 

マインは席を立って真っ先に噛み付く。

 

「は?アンタいきなり何なわけ?ていうか何様のつもりよ」

 

彼女は苛立ちを隠さず、キッと幽香を睨み付ける。

しかし、幽香は全く気にした様子もなく、言葉を続ける。

 

「腐った帝国を変えるなんて言って、貴族を殺して金品を奪ってるだけなのかと思ってたけど、中々どうしてがんばるじゃない」

 

相変わらずの抑揚のない言葉だ。

そして侮辱ともいえる言葉であった。

その彼女の言葉に、ナジェンダはピクリと眉を動かす。

 

「ほう、我々はそんなに信用がなかったのか?」

 

ナジェンダは声を低くして返した。

その口調は静かな怒気を孕んでいた。ナジェンダもあまり寛容ではないのだ。

 

幽香が来て2ヶ月経つ。

幾つかの仕事を仲間と共に遂行して、彼女への信用も出来てきていた。

多少問題はあれど、仕事は真面目にこなしているのだ。ナジェンダは内心、彼女を評価していた。

なのに、この言葉。

ナジェンダは突き放された感覚を覚えたのであった。

 

「あら、当然のことを聞かないで頂戴。所詮ただの人殺しなんだから。貴女達がタツミにそう言ってたじゃない」

 

─タツミ、何と言おうと、やってることは殺しなんだ。

 

─そこに正義なんてある訳がない。

 

─全員、いつ報いを受けて死んでもおかしくない。

 

タツミの入団当初時に、ナイトレイド全員が浮かれた彼に対して言った言葉が思い返された。

 

「正義なんてないのでしょう?てっきりタツミにも人殺しの仕事をさせて、使い勝手のいい駒にでもするのかと思ってたわ」

 

実力があって騙しやすい。

タツミはまさに打ってつけであった。

片棒をかつがせたら仲間にならざるを得ない。

幽香は端的にそう言った。

 

「え?」

 

タツミは彼女が何をいいたいのか、すぐには理解できなかった。

使い勝手のいい駒。

皆が自身を騙す。

その言葉に彼は唖然とする。

しかし、

 

「おいアンタ!アタシらを何だと思ってやがる!!舐めるのも大概にしろよ!!」

 

バンッと机を叩いて立ち上がり、レオーネは殺気だった。

マインもたまらず怒鳴り返す。

 

「そうよ!ほんっとにいい加減にしなさいよね!!」

 

幽香の話を聞いてる他のメンバーも、険のある空気を醸し出した。

しかし、幽香はそんな空気を気にした様子もなく、抑揚のない口調で続ける。

 

「何って、殺し屋集団ナイトレイドでしょ?信用する方が難しいわ」

 

「当然でしょ?」と言いたげな顔だ。

 

「そもそもあんな程度の低い詐欺を働く、貴女のどこを信用したらいいのかしら?それに所詮正義はないだなんて言ってるんだもの。尚更じゃない」

 

詐欺という言葉を聞いて、「何?」と、ナジェンダはレオーネをじとりと睨み付けた。

レオーネは「うっ」と唸る。

バツが悪いのか、彼女はナジェンダから目をそらした。

 

「私達はタツミを使い勝手のいい駒になんてするつもりはない。仲間だ」

 

アカメが突如割って入った。

ナジェンダとレオーネは目を丸くする。

幽香も彼女の方へと顔を向けるが、顔は変わらず平静だ。

 

アカメは厳しくいい放つ。

 

「これからだって騙すつもりはない。仲間を侮辱するのはやめろ」

 

その目は静かな怒りを宿していた。

幽香はナイトレイドを信用できないと言った。

これは構わなかった。

ナイトレイドは正義の殺し屋ではないのだから。

 

しかし、同時に、仲間がタツミを無下に扱うのでは、と幽香に勘繰りされたのであった。

幽香は一応仲間だ。

しかし、アカメはそんな仲間である彼女が、仲間に対して侮辱にあたる言葉を口にしたことが許せなかった。

故に、落ち着いた様子を保つも、その言葉には怒気を孕んでいた。

 

「あらタツミ。良かったわね、仲間ですって。いい言葉じゃない」

 

幽香は突如タツミに話を振った。

励ましの言葉であるが、彼女の顔は無表情のままである。

タツミは話についていけず、

 

「え、ええ…」

 

と返すが、

 

「仲間を裏切れなくする、とてもいい言葉よ」

 

「え──」

 

彼女は極々薄い笑みでそう言った。

タツミは何も言えなくなった。

幽香の言葉が何を意図しているのか、まるでわからないのだ。

 

彼はそのまま硬直してしまうが、ナジェンダが我慢ならない様子で言葉を挟んだ。

 

「幽香。いい加減にしろ。お前は一体何が言いたいんだ?」

 

静かながらも、怒気を強めていい放つ。

彼女の目は鋭く、威圧感が伴っている。

幽香の言葉が聞き捨てならなかったのだ。

明らかな侮辱の言葉。

彼女も我慢の限界であった。

 

「怒らないで頂戴よ。私はただ感想を言っているだけよ?」

 

しかし、幽香は抑揚ない口調でそう返す。

冷たい瞳だ。

何でそこまで怒るのか、本当に不思議と信じて疑わない様子である。

 

幽香はナジェンダが何故怒っているのかは理解している。

しかし、何故そこまで怒るのかは理解していなかった。

感情の理屈も知っている。

しかし、そう思ったことは確かであり、人の気持ちを配慮して発言するなど、彼女にそんな発想などなかっただけなのであった。

 

朝食は険悪な雰囲気のまま進み、幽香は食事を食べ終えると、特に気にした様子もなく「ご馳走様」というと食堂を後にしたのであった。

 

 

 

 

「幽香、ああいった身内間での関係が悪化する発言は控えろ。お前の言動はいい加減目に余る」

 

ナイトレイドアジト、大広間。

ナジェンダ、ブラート、アカメ、レオーネ、幽香の五人が集まっており、ナジェンダが幽香を呼び出し、先の朝食での発言を注意していた。

 

ナジェンダは危惧していた。

これ以上幽香とメンバー同士の間に不和が生まれては任務に支障をきたす。

そう思って彼女に注意するが、

 

「私は感想を言っただけよ。それもダメだなんて、窮屈なところね」

 

「その言葉と態度が人を不愉快にさせているんだ。何故それがわからない」

 

「知ってるわよ、失礼ね」

 

幽香は腕を組んで、平然とそう答える。

全く反省した様子はない。

むしろ注意を受けたことに若干の苛立ちを見せてすらいた。

危険種と人間故の違い。

それどころか、むしろ彼女の性格に問題があった。

人の気持ちを配慮して発言する発想自体が、彼女にとって有り得なかったのだ。

 

不愉快になるのは知っている。

しかし、だから言わないというのはありえない。

それが幽香であった。

 

ナジェンダは「どうすればいいのか」と首を垂れた。

 

すると、

 

「幽香、お前は何のためにここにいる?」

 

アカメが突如切り出した。

突然の彼女の言葉に、「一体何だ」とナジェンダは思い、アカメに顔を向ける。

幽香は彼女の意図が解らず、訝しげな顔だ。

 

「私は彼女に誘われたからここにいるだけよ。目的も何もないわ」

 

ナジェンダを指差し、幽香は事も無げに答えた。

 

「お前のその余裕のある態度は人外の力を持っているが故のものだ。だが、帝国はより強大だ。そんな軽い心持ちでは敵に足を掬われるのが落ちだ」

 

アカメは瞳を鋭くして、幽香に厳しくいい放つ。

幽香の言葉と態度に、彼女は苛立ちと怒りを隠せなかった。

ナイトレイドというものを、帝国との戦いを、幽香は軽く見ている。

彼女にはそう見受けられたのだ。

 

「何の志も持たないお前が好き勝手言う資格はない」

 

いつ仲間が死んでもおかしくない状況で皆頑張っている。

そんな中にだ。

幽香。

彼女はどうでもよさげに居座っている。

アカメはそれが許せなかった。

 

幽香は彼女の言葉に、顎に指を添えて思案顔になる。

「そうね」と独り言のように呟くと、

 

「…こころざし、ね。それを言うなら自分達の行いを正義とも言い切れない貴女達はどうなのかしら?」

 

幽香はそういい放った。

 

「正義も掲げられない貴女達に、帝国を変えるなんて大それたことができるとは思えないわよ?」

 

無表情でありながらも、言葉を続ける。

 

「人殺しを正義とも言い切れないそんな精神だから、いつまでもチマチマとした仕事しか出来ないのよ。こそこそとゴキブリみたいなことをいつまで続けるつもりなのかしら」

 

レオーネは幽香の言葉が我慢ならず、

「好き勝手に言いやがって」と呟くと、ドスを利かせた声で厳かに言い放った。

 

「…おいアンタ、強いからっていつまでも調子乗るんじゃねえぞ。」

 

レオーネは光彩の欠けた瞳で続ける。

 

「殺しは殺しだ、何べんも言わせんな。そこに正義なんてある訳ねえだろ」

 

彼女の言葉に続けるようにブラートも口にする。

 

「幽香、俺達は腐った帝国を変えるためとは言え、殺し屋だ。いつか報いを受ける。そんな俺達が正義だなんてご大層に言えるはずがねぇんだ」

 

帝国を変える理念で動いてはいる。

しかし、人殺しを正義だなんて認めたら、仲間から調子付く者が現れて殺しがエスカレートする危険もあった。

 

ナイトレイドはあくまでも革命軍を陰から支える組織である。

暗殺部隊が表に立って、新しく平等を誇る帝国へと変えるというのは好ましくなかった。

力を力でねじ伏せる。

それではこれまでの帝国と変わらないのだ。

 

故に、ナイトレイドが正義を表沙汰に掲げることはできなかった。

 

しかし、

 

幽香は呆れたような顔であった。

 

「殺しに正義も何もないのは当たり前じゃない。だから、そこに正義と悪を意味付けるのが貴女達人間の仕事でしょうに」

 

その言葉はどこか見下したように感じとれるものだ。

幽香は淡々と続ける。

 

「報いがどうとか知らないけど、ただ仕返しが怖くてビクビクしてるだけとしか感じ取れないわ。自分達のやってることを正義とも言い切れない貴女達に誰がついていくの?」

 

「人殺しは悪だ。我々はその人殺しで帝国を変えようとしている!腐った帝国と同じことをしているんだぞ!そんな我々が正義などと言えるはずがないだろうが!」

 

ナジェンダが怒りを抑えられず、怒鳴って口を挟んだ。

 

「目に目を、歯には歯をだ。悪には悪で潰すしかない」

 

厳かに、威圧をこめた瞳だ。

他のメンバーも気圧されるほどに。

しかし、幽香はどこ吹く風といった様子だ。

 

「何を言ってるのかしら。罪と罰の裁量なんてどうでもいいわよ。…悪には正義に決まってるでしょう」

 

幽香は無表情ながらも、馬鹿をみるような顔だ。

他のメンバーは、ナジェンダの威圧を物ともしない幽香に内心驚愕を隠せない。

幽香は平然と言ってのける。

 

「今更何で正義を否定しているのかわからないわ。力があるなら正義だと示せばいいのに」

 

ナイトレイドの名は貴族を殺すという意味で有名だ。

それに対して革命軍は何の功績も見られなかった。

 

また、現状、一般的にナイトレイドと革命軍の関係性があやふやな中、革命軍は影が薄く、革命軍に入る者も少ないのであった。

 

「力と正義を示せない者には誰もついていかないわ」

 

力は正義。

力無い者に正義は語れないのが現状だ。

故に今は帝国が正義であった。

 

ナジェンダは憎々しげに幽香に顔を向ける。

しかし、何も言えない。

 

帝国の圧政と貧富の格差、暴虐。

帝国が無くなったとしても、貧富の格差と暴虐は続く。

政権が変わってもすぐには変わらないのだ。

圧政への不満は解消されたとしても、またすぐに不満はたまるだろう。

力を示していない革命軍に、そんな民衆がついていくかは疑問が残るものだった。

 

「人殺しを正義と認めた者が上に立つなど、そんなものは今の帝国と変わらん」

 

ナジェンダはそう言って意見を述べる。

たとえ幽香の見解を聞いたとしても、彼女の考えは変わらない。

理想のために人殺しが大々的に認められるなど、彼女は求めていないのだ。

 

「あら?貴女が上に立つんじゃなかったの?」

 

「私は軍略家だ。帝国を潰した後に帝国をまとめるのは私だけではない。」

 

ナジェンダはあくまで軍略家。

政治家ではない。

帝国をまとめるのは彼女だけでなく、大勢の力が必要なのだ。

また彼女は王政を否定している。

民主制。

国は一人ではなく皆がまとめるべきと、ナジェンダは考える。

故に、人殺しを正義と認めた帝国のままでは、またいつ腐敗するかわからないのであった。

 

「そんな正義では、またいつ人殺しがのさばるかわからん。だからこそ、我々が正義などを掲げるわけにはいかんのだ」

 

ナジェンダはそう締めくくる。

幽香はハァとため息をはく。

 

「難しいのね」

 

「そうだ、わかったらもう、人を怒らせるようなことは口にするな」

 

ナジェンダは深いため息をはいて、顔に手を当てた。

呆れと苛立ちがこもっている。

 

幽香も納得したのか、「そう、わかったわ」と答えた。

 

しかし、

 

「でも、報いが恐いから正義と言わないなんて、やっぱり程度がしれているわね。それとも…仲間が死んだときの言い訳に使えるからかしら?」

 

 

─ドガッ

 

 

轟音とともに破壊音が伴って建物が揺れる。

 

幽香がいない。

 

しかし、

 

見れば、床には引きずったような跡と焦げ臭い臭いが立ちこもり、幽香は防御した姿勢で離れた壁に激突していた。

 

レオーネが蹴り飛ばしたのだ。

帝具を発動し、獣化を済ましている。

 

突然の出来事と脅威の破壊力によるその光景に、他のメンバーは唖然とした。

 

「いきなり酷いじゃない。怪我をしたらどうするのよ」

 

間延びした声。

その脅威の破壊力に晒されたはずの幽香は、平然とこちらに歩んでくる。

その様子を、レオーネは鋭い眼光で睨み付けた。

瞳に光彩は放っておらず、酷く冷めている。

 

「アンタが余裕ぶってんのも今の内だ」

 

彼女は冷めた調子でそう答える。

 

限界だった。

人殺しに正義はない。

いつか報いを受ける時がくる。

その言葉は、自身が死と隣り合わせであることを戒めるためであり、いつか凄惨な死を迎えることを覚悟したものであるはずだった。

なのに。

仲間の死を言い訳するために使えるから、などと言われたのだ。

これまでも何人もの仲間の死を見てきた故に、彼女はもはや許せなかった。

 

「アタシらの志がどの程度なのか、身をもって教えてやるよ。化物女」

 

レオーネの瞳は幽香への殺意で満ちていた。

 

 

 




幽香は常識は知ってるのです。
人が死んだから悲しむといった感情の動きも知ってるのです。
でも、常識の通りに実行するとは限らないし、幽香には空気を読むという発想自体がありません。
そんな性格です。


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ナイトレイド側の皆は、自分の行っていることを正しいとはしっかり思っています。
ただそれを正義って言ってしまうことに躊躇いがある状態なんです。葛藤に悩んでるっていうね。
多分そう思ってるんじゃないかなと、作者は思ってます。

あと、今さらですが、1話を前半だけ少し修正しました。内容はほとんど変わってません。


レオーネと幽香の戦闘が開始されて、しばらく。

戦況は拮抗していた……否、レオーネが優勢であった。

 

「……す、すげぇ」

 

遠巻きに見ているブラートがそうこぼす。

一度幽香にやられ、そして武術鍛錬でもその実力を痛感していることからも、無理のないことだ。

 

そして彼の呟きは他のメンバーの心境も表していた。

 

「ラア!!」

 

レオーネの四肢を自在に操った猛攻が幽香に迫る。

獣化の影響か、その速度は加速的に早まっていく。

 

「……アンタみたいなヤツに……暴力で苦しんでいる奴らの何がわかるんだ」

 

ドスを利かせた低いレオーネの言葉が響く。

 

「アンタみたいな最初から強いヤツに、……危険種なんかに!力無い人達のことなんかわかるわけがないんだ!」

 

戦闘により興奮が高まるのと同様に、レオーネの声音も高ぶっていった。

 

「大切な仲間が死ぬところを!!苦しんで死ぬところを、見たことあるのか!!」

 

強靭な爪が幽香の体を抉る。

かすり傷であるが、彼女の体は既に多くの軽傷が見受けられた。

 

「罪の無い人達を平然といたぶって殺す、貴族の顔をみたことがあるのか!!」

 

幽香は彼女の猛攻を止めるべく、腕を掴もうとする。

しかし、掴む直前。

彼女は恐るべき反射速度でその手を避ける。

 

「あんな糞外道共を殺したのは、アタシがそうしたいからだ!それが苦しんでいる皆のためになるからだ!」

 

レオーネは回避した姿勢から横凪ぎに蹴りを一閃。

鋭利な足爪。

幽香の腹部が横一字に血が噴き出す。

 

「それを正義とのたまえだってか‼ふざけんな‼そんなことを言っちまったら、あの糞外道共とおんなじになっちまうじゃねえか!!」

 

幽香は腹が裂かれるも、気にした様子はなく、眼前にいるレオーネを大振りに凪ぎ払う。

 

「ガハッ!?」

 

避けられず、壁への衝突。

同時に壁が粉々になり、レオーネはその余りの威力と衝撃に呼吸ができなくなる。

頭から血が流れ、血反吐をはいた。

 

彼女は激痛と眩暈に苦心しながらも、よろめき立つ。

 

「はぁはぁ……」

 

しかし、その瞳に光彩はなく、ドス黒さは健在であった。

 

「人殺しを正義だなんてのたまって、あの貴族と同じように、人を殺すことに胸張れってのかよ……」

 

「帝国を変えるためと言うなら、そうすれば?」

 

レオーネは絞り出すかのように言葉を発するが、幽香は事も無げに返した。

 

「人殺しを正義なんて言ってたまるか!アイツらと同じになってたまるかァア!」

 

レオーネは雄叫びを放つ。

 

「アタシはただ、今の帝国が無くなれば、それでいいんだよおおおおおお!!!!!」

 

ベルトの帝具が発光する。

それと同調するように覇気を全身にまとう。

 

圧迫を感じさせる威圧。

 

同時に、レオーネが視界から消えた。

 

「オラァ!!」

 

グワッと大きく振りかぶったレオーネから、強靭な爪が繰り出される。 

幾多の戦闘で磨き上げられた最速の動作。

獣化で強靭化された腕力をもって、幽香の後頭部を狙う。

 

幽香の背後。

レオーネは既に幽香の死角にいた。

獣と化した脚力を全開にすることで、目にも止まらぬ俊足が生み出される。

その速度が幽香の背後をとることを可能にしたのだ。

 

しかし、

 

「……なら、それでいいじゃない。何を怒っているのかしら」

 

パァンと弾ける強打音。

見れば、幽香は視線を前に向けたまま、その場に立っていた。

しかし、レオーネの一撃は直撃には至らない。

幽香は片腕を後頭部にやることで、紙一重でレオーネの一撃を手のひらで受け止めていたのだ。

 

「くっ」と悔しげに唸るレオーネだが、防御されることは織り込みずみ。

 

防がれた腕を軸に、瞬時に体勢を変えて側頭部への回転蹴りへと切り替える。

 

「がああああ!!!!!」

 

ベルトの帝具が発光する。

その瞬間、レオーネは局部的に獣化を進行させることに成功する。

倍以上に下肢筋肉が膨れ上がり、その蹴りは音速を越えた。

 

幽香は咄嗟に残った腕で防御する。

しかし、

 

「あら」

 

ブシャッ

 

幽香の頭部から血肉が飛び散り、レオーネは獰猛な喜色の笑みを浮かべた。

 

「ハッ!!、どう…」

 

レオーネは最後まで言えなかった。

皮肉の言葉を口にするや否や、爪の一撃で捕まれたままのレオーネの腕が振り回される。

 

「うぉおお!?」

 

そのままレオーネは幽香の頭上へとブオンと振り上げられ、その刹那、体が浮遊感を覚えた。

コンマ一秒も満たない時間。

次の瞬間、幽香は人外の怪力をもってレオーネを地に振りおろす。

 

あまりの急転直下に体の制御が利かなくなる。

レオーネは顔面から地面へと叩き付けられることとなった。

 

その衝撃の破壊力を示すかのように地響きが鳴り響いて、階層全体が揺れる。

 

そして、ナジェンダはその光景に呆然とした。

 

「……なんてことだ」

 

他のメンバーも口を半開きにするままだ。

 

レオーネがいない。

 

しかし、幽香はいる。

レオーネを地に叩き付けたであろう姿勢のままでだ。

 

幽香の眼前には特大の穴。

分厚い階層を二枚も穿つ大穴だ。

レオーネはその先に埋まりこんでいた。

 

そう。

彼女は人外の怪力に晒され、二つ下の階層にまで叩き付けられたのであった。

 

「悪く思わないで頂戴ね。癇癪の激しい小娘を宥められる程、私は寛容じゃないのよ」

 

戦闘前と変わらない、抑揚のない幽香の声。

 

「それに、これくらいしないと収まりそうにないみたいだし」

 

幽香の顔面は、ワシャワシャと植物の繊維がうなるように蠢いている。

体もだ。

傷を埋めるように植物が体表面を動いている。

 

半分以上消し飛んだ顔面が少しずつ修復されていく。

 

 

「……帝具も侮れないわね」

 

幽香は薄い笑みを浮かべてそう言い残した。

 

その光景はまさに彼女が危険種であることを再認識させるものであった。

 

 

 

「ほら、下僕!さっさと運びなさい」

 

「まてよ!まだ買うのか?マイン」

 

タツミは疲れた顔でそう言っても、

「早く、次々!」と気が強い口調で急かすマイン。

 

彼女は買い物を楽しんでいた。

タツミは両手一杯に荷物を持って付き従うが、彼女の様子に辟易とする。

 

マインとタツミは帝国に市勢調査にきていた。

しかし、それはただの名目。

マインは買い物目的で出掛けて、タツミを荷物運びとして連れ出したのであった。

 

二人は喫茶店で休憩をとり、外の席で一服する。

 

「何が市勢調査だよ。ただの買い物じゃないか」

 

タツミは紅茶を一口飲んで、そう言って愚痴る。

しかし対面にいるマインは全く気にした様子はない。

 

「買い物も立派な仕事よ、し・ご・と!ほら!これだって……えと、何かの作戦の立案で使うらしいんだから!」

 

そう言って、マインは買い物袋から品を取り出して見せつける。

しかし、その口調はどこかはっきりしない。

具体的にどう使うは知らない様子だ。

 

「……だとしても、明らかに個人的なものが九割じゃないか」

 

タツミは自身が運んだ大量の荷物を見て反論する。

紙袋を指先で引いて、中身をチラッと覗くと女性用品がほとんどだ。

「一体何に使うんだ」とげんなりする。

 

そんなタツミに、マインは指を指して怒鳴り出す。

 

「ちょっと!何乙女のものを勝手に覗いてんのよ!この変態!!」

 

「な!へ、へんたいて……」

 

彼は慌てて手を振って異論を主張しようとするが、彼女は構うことなく続ける。

 

「全く、これだから男ってのは嫌なのよ。下僕の分際で」

 

彼女は腕を組んで、そっぽ向く。

怒りを示すように「フンッ」と鼻を鳴らしている

その様子にタツミは「もういいや」と言って、抗議を諦めて肩を落とした。

 

「……て言うか、下僕ってなんだよ!俺はお前の下についた覚えはないぞ!」

 

彼はふと「下僕」という彼女の言葉を思いだし、再び抗議しようと身を乗り出すが、マインによる突然の腰への衝撃。

有無を言わせない彼女の蹴り倒しだ。

ガッと背中を踏みつけられ、彼女はキーッと怒り出す。

 

「アタシが上で!アンタが下!」

 

「な…に」と彼が顔を歪めて答えるのも束の間。

「わかった!?」とマインは激しく責め立てて、ゲシゲシと荒々しく踏みつけだす。

 

「何だよコレ!横暴だ!こんな扱いないだろ!」

 

グワッと起き立たてて、彼は猛然と抗議する。

あまりの不当な扱いと物言いに反対せずにはいられなかった。

 

しかし、彼女は突然表情を真剣なものにさせる。

 

「自惚れないでよね。すぐに対等になれると思ったら大間違いなんだから」

 

厳しい口調でそう言い放つ。

そして腕を組んで顔を逸らし、憮然とした面持ちで言い放つ。

 

「アカメやブラートはアンタに期待しているみたいだけど。どうかしら」

 

期待できそうにない。

マインは言外にそう吐き捨てた。

横目で見ると、彼はその言葉が気に障ったのか、ムッとした表情だ。

 

彼女からすると、彼の態度は全てが青臭かった。

入団する時も「正義の殺し屋だろ」などと聞いている方が恥ずかしくなるような言葉を口にしていたのだ。

浮ついていると言ってもいい。

その印象は二ヶ月経つ今でも変わらない。

彼は戦闘技術はあるものの、殺し屋としての自覚がまだまだ足りないのだ。

 

すると、タツミは表情を一変させ、真剣な顔つきになる。

 

「わかってるさ。俺が未熟だってのは。…いつまでもこのままでいる訳にはいかないってのも」

 

彼の脳裏には、イヲカル暗殺任務の件が思い出される。

護衛として全く役割を果たせなかった。

マインを危険な目に合わせてしまった。

最後にレオーネ、ブラートの二人が来なければ死んでいた。

そんな不甲斐ない自分が、許せなかった。

 

彼は顔を俯けて、悔しそうに唇を噛み締める。

 

そして再び顔を上げた。

 

「でも、俺は前に進むよ。変わらなくちゃいけない。皆と肩を並べて戦えるようになるためにも」

 

毅然とした顔だ。

彼の表情にマインは頬を紅くする。

 

彼のその言葉と表情は真剣そのものであり、確固たる決意を感じさせた。

合わせる瞳は微動だにしない。

彼女の瞳には、彼が一人の人間として、魅力ある人間に映ったのであった。

 

彼女が先に根負けし、フイッと視線を逸らす。

そして照れ隠すように言葉を浴びせる。

 

「ば、ばっかじゃないの!何格好つけてんのよ!」

 

一瞬彼が格好良いと感じたのだ。

無意識ではあるが、彼女はそれを認めたくなかった。

 

故に、そんな気持ちを否定するように、彼女は言った。

 

「な、何だよ!俺はこれでも真剣にだな!……」

 

彼女の言葉に、タツミは顔を真っ赤にして抗議する。

改めて言ったことを思い返すと、「やや臭いな」と思わざるを得なかった。

彼はムキになってさらに言い換えそうとするが、

 

「はん!今のアンタが言ったところでちっとも響かないってーの!」

 

マインは不敵にニッと笑う。

しかし、その瞳はどこか優しげだ。

 

その言葉に、タツミは彼女を「何とかあっと言わせてやりたい」と考えるものの、何も思い浮かばなかった。

 

「うぎぎぎぎ」と悔しそうに唸る。

 

彼が努力して成長してきているのは確かである。

彼女もそこは認めていた。

 

「ま!早く対等に扱ってほしいんだったら、私の下で馬車馬の如く働いて力をつけることね!!」

 

彼女はそう言うと、片手を口元にやって小者じみたお嬢様のように

「オーホッホッホッホッ」と高笑いする。

 

彼女は完全に調子を取り戻したのであった。

 

対するタツミは悔しそうに唸るも、彼女のその様子にどこか呆れるのであった。

 

二人は休息を終えて喫茶店を出た。

 

すると、騒ぎでもあったのか。

広場の方からザワザワと声が聞こえる。

人混みもできていた。

 

「ん、何だ?」

 

二人は興味本位で見に行く。

 

騒ぎの中心は大きな教会の前であった。

 

 

「──ッ!」

 

 

人が磔にされていた。

 

 

 

 

 

 

教会の壁にめり込んでだ。

 

「……………」

 

その光景に愕然とし、タツミとマインは何も言葉にできない。

 

 

 

 

 

 

 

幽香もいた。

 

磔の傍で腕を組んで悠然と立っている。

 

「……………」

 

犯人は明らかだった。

タツミは目を見開き、顔を青褪めさせ、マインは信じられないといった様子だ。

 

人混みも幽香がこれをやったと察しているのか、彼女から遠ざかるように見物している。

 

 

 

タツミは袖をクイクイと引っ張られる感触を感じた。

 

「逃げるわよ」

 

「え?でも、幽香さんが……」

 

小声で囁くマインに、タツミはそう言うが、彼女は首を横に振る。

 

「ダメよ。アイツがどういう状況でこうなったのかはわからないけど、今ここで関わるわけにはいかないわ」

 

遠くからピーと甲高い笛の音が鳴った。

マインはそちらに顔を向ける。

 

「帝都警備隊よ。私達まで顔が割れる訳にはいかない。アイツのことはボスに報告してからよ」

 

マインの言葉に間違いはなかった。

自分達は反帝国派であり、ナイトレイドだ。

顔を知られたら情報収集が今後難しくなる。

 

タツミは幽香を心配したが、マインの言葉に苦々しげに頷いた。

 

「ああ、わかった。ボスに報告しよう」

 

 

 

レオーネとの決着が着いた後、幽香は帝国へと散策にでかけていた。

 

広場に行くと一人の少女が花を売っていた。

布服一枚と貧相な服装だ。

しかし、その懸命に花を売る様子に、幽香は薄く微笑んだ。

 

タツミでさえ、このような彼女の温かみのある微笑みは見たことがないだろう。

 

彼女も少女から一輪の花を買って、しばらくその様子を近くで見ていたが、問題が起きた。

 

突如、何処からか兵士達が広場にやってきた。

いくつかの木材と複数の死体をもってだ。

 

「何が始まるのか」と様子を見ていた幽香だが、兵士達が何やら準備を始めだすと、

 

「邪魔だ!こんなところで花なんか売ってるんじゃない!」

 

少女がオロオロと、兵士達の邪魔なところにいたのが災いして、ドンッと突き飛ばされる。

 

花が入った籠が落ちて、花が散らばる。

 

スラム街の服装故か。

兵士達は軽蔑の入った視線を少女にむけると、花を踏みにじり待場へと戻っていく。

 

「…………」

 

 

 

 

 

花を踏みにじった兵士は木材を組み立てようとしていた。

すると、ポンッと肩を叩かれた。

 

「何だ?今忙しいんだが……」

 

仕事がめんどくさく、苛立たしげな口調となった。

兵士は訝しげに、肩を叩いた一般市民を見るが、そこには緑髪の淑女がいた。

余りの美貌に目が点となる。

 

「……な、なにか?」

 

その美貌に兵士は気後れするが、幽香は何も言わない。

 

そしてダメな子供を見るような、慈愛の微笑みで一言。

 

 

 

 

 

 

 

「死になさい」

 

 

数秒後。

なし崩し的に兵士全員が教会の壁に大の字でめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪を発見!!帝都警備隊所属セリュー、隊長亡き今、代わりに指揮権を行使します。現在の状況を報告してください」

 

帝国警備隊の格好をする女性。

セリュー・ユビキタスは広場に来ると同時に、声高らかにそう宣言する。

 

眼前の取り調べを受けている、緑髪の女性。

連絡を受けた情報では、彼女が仲間の兵士達に暴力を働き、負傷させたとのことだった。

 

同じ正義を志す心優しき仲間を。

 

犯人と思わしき女性を見て、セリューは怒りに燃える。

しかし、まだ状況を確認できていない故に落ち着きを払った。

 

しかし、

 

「──ッ! あれは!?」

 

教会の壁に磔にされた仲間達。

それを目にして、彼女は凶悪な形相へと変えた。

 

「(奴は悪と断定。断罪する)」

 

もはや報告も聞こうとせずに幽香へと近く。

幽香は事情聴取を受けているところだが、セリューはもうそんなことは構わず、指を突き付けて宣言する。

 

「あなたを悪と断定!!これより断罪を執行する!!警備隊の皆さん、民間人の避難を!これより悪を断罪します!」

 

「……はぁ?」

 

突然そんなことを言われた幽香は、疑問の声をこぼす。

何を言っているのかこの人間は。

そんな顔を彼女はありありと示した。

その場にいた他の兵士達もびっくりした様子だ。

 

「お、お待ち下さい!セリューさん!この方は罪を認め、署への連行も同意してます」

 

副隊長の警備隊兵士が彼女の前に出てそう言った。

彼女の凶相を見て、額に汗をかき、その表情は焦燥に満ちていた。

 

悪の断罪。

それは戦闘、及び罪人の処分を示していた。

警備隊内の常識である。

セリュー・ユビキタス、彼女がいる故に。

 

「副隊長!悪を庇うんですか‼それに私は暫定的に隊長代理の指揮権を持っています。私の命令に従って下さい!」

 

副隊長の態度が信じられない、といった様子だ。

しかし、ついさっきまでの凶相はない。

セリューの確固たる態度は変わらないが、「今しかない」と副隊長は説得しようと決意する。

 

現在、幽香は兵士達に包囲されており、既にこうやって事情聴取を素直に受けている状況である。

ここから戦闘を始める必要性は皆無だった。

また、こんな衆目の中で死刑を行うのも、上層部の決定なしには有り得ない。

 

副隊長はそう何とか説明した。セリューは説明中に「悪は許しては置けない」「悪は断罪」などと抵抗するも、

 

「……わかりました」

 

そう言って、彼女は渋々納得する。

とても不満そうな表情だ。

しかし、一定以上の理が副隊長にあったため納得せざるを得なかったのである。

 

「ああ、よかった」と陰ながら呟き、副隊長は彼女の暴走が起きなかったことに安堵していると、

 

「何なのその子、頭でも打ったのかしら?」

 

幽香が平坦な口調でそう言った。

そこに嘲りはない。

純粋な彼女の気持ちであった。

副隊長の説明中に、理解不能な理屈をもった反論をしたセリュー。

幽香は彼女の理屈が理解できなかった。

それ故に、つい口にでたのであった。

 

「誰が話すことを許可した!!悪が軽々しく口を開くんじゃない‼」

 

幽香の言葉に過敏に反応して、セリューはキツイ口調で彼女を責め立てる。

悪と断定した者は、彼女にとって、それは存在するだけで許しがたいものだったのだ。

 

「正義を志した尊き警備隊の仲間を、あんな目に合わせておいてこの悪は……」

 

ギリッと歯を食い縛るセリュー。

しかし、

 

「あら、あれは彼らが悪いのよ?可愛い花達を踏み潰したから……だからお灸を据えてあげたのよ」

 

「……は?」

 

怒る彼女を全く意に介さず、幽香はそう反論するが、セリューはその言葉を聞いてキョトンとする。

 

今までの怒りを忘れたかのように、表情が抜け落ちた。

 

セリューは幽香の言っていることが全く理解できなかったのだ。

故に、彼女はそのまま固まったように思考した。

 

 

「は、花を踏み潰したから……私の仲間をあんな目に合わせたのですか?」

 

少しの間を置いて、彼女は確認するように尋ねる。

 

「そうよ」

 

幽香と同様に、セリューもまた幽香の理屈が理解できなかった。

花を踏み潰したから、仲間を磔にした。

幽香はそう言ったのだ。

 

「そ、そんなことで?……花なんて、そんなもののために、あなたは……私の仲間に、あんな非道な真似を?」

 

震える声でさらに確認を繰り返す。

 

「そんなことって何よ。彼らにその花より価値があると思っているのかしら?むしろ命を残してやっただけ感謝して欲しいわ」

 

「何を言っているの?」と言いたげな表情で、幽香は当然のようにそう返した。

 

隣で話を聞いていた副隊長は顔を蒼白とさせる。

 

そしてついに、

 

「悪!!悪!!悪!!悪!!悪!!この者は悪!!」

 

セリューはブチキレた。

凶悪な形相がぶりかえす。

 

「悪はこの場で断罪する!!隊長代理の指揮権をもって各員に通達!!各員、市民の避難を!!これより断罪を開始する!!」

 

 

 




アニメを見たのが半年以上前なんですけど、セリューは凄い印象に残っています。
自己完結した正義。凄いキャラですよね。敵側では一番好きかも知れません。


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優雅たれ

こんなに投稿を続けられるのは自分がまだ学生の身分だからこそですね。社会人になったらどうなるのか……


セリューに首輪で引っ張られる小型犬。

コロ。

二足歩行を平然と行うその犬は、彼女の戦意に同調して幽香の前に踊り出る。

 

「コロ!!」

 

「わん!!」

 

彼女の掛け声とともに、二メートル大の巨体へと変貌する。

黒目を不気味に大きくさせ、巨大な牙を剥き出す。

 

「ヴルルルルル!!!!!!」

 

コロは血管を浮き立たせ、恐ろしげに唸り声を轟かせる。

その獰猛な姿には、さっきまでの可愛らしい小型犬の面影は一片もみられない。

 

「に、逃げろおお!!」

 

焦燥と恐怖を表情に、周りの兵士達が四方へと散っていく。

 

彼女らの戦闘の凄まじさを知っているのだ。

またそれは彼女の戦いを邪魔しないためでもある。

 

コロは接近した。

 

地面に陥没を見せる跳躍と同時に、高速回転を加えた急接近だ。

何重にも並ぶ凶悪な歯。

バチンとかぶりつこうとするコロだが、幽香は紙一重に避ける。

 

回避した瞬間、幽香の胴体に風穴が数十個開いた。

 

「あら?」

 

銃声。

 

連射された銃声音へと顔を向けると、セリューの両手には拳銃が構えられている。

 

「悪は滅したアア!!」

 

悪魔のような凶相でセリューはニヤリと笑う。

胸部への何十発もの被弾だ。

致命傷は避けられない。

 

そう確信するセリューだが、次の瞬間、目を大きく見開く。

 

「何ッ!?」

 

銃創が修復されていた。

植物のような繊維が体表面を蠢いている。

これが傷を埋めようとしているのだ。

 

「貴様、帝具使いか!!」

 

幽香の体の異変を帝具によるものと、セリューは判断した。

心臓をぶち抜いたにも関わらず、この異常治癒。

普通に戦っても埒があかない。

彼女はそう思考した。

 

「カハッ」

 

突如、思考が途切れ、視界がはるか上空を示した。

体が宙に舞い上がる感覚とともに、口から血飛沫を撒き散らす。

 

「よく飛ぶわね、あなたしっかり食べてるの?」

 

幽香は抑揚のない声でそう呟いたが、それを聞く者はいない。

 

人外の威力を宿した幽香の蹴りあげ。

腹部への蹴りあげをもろに喰らったセリューは、抵抗もままならずにかち上げられたのだ。

 

──ッ!

 

幽香の顔がセリューの瞳に映る。

それも眼前に。

 

上空にかち上げられたセリューを追って、幽香が跳躍したに過ぎない。

 

しかし、それは絶体絶命を示す。

 

ただでさえ上空にいるのだ。

落下して頭部を直撃することによる死もあるというのに。

 

幽香は拳を振りかぶり、今まさに命を刈り取ろうと、セリューの顔面に狙いを定めている。

 

──死んだ。

 

 

 

 

セリューは目を見開き、驚愕する。

 

視界にはコロ。

 

彼女は巨大化したコロに抱き締められていた。

コロの瞳は主の無事を喜んでいる。

 

「……コ…ロ」

 

彼女はコロに助けられたことを察した。

感謝を示そうと、コロの頬に手を伸ばす。

 

「……ワォ、ワオォン…」

 

肉体の破裂音と飛沫音が響く。

同時に、グチャリとコロの肉体が千切れ、胴体に大穴が開いた。

 

「ッ!…な、コ、コロ!?」

 

彼女は何とかその場に立つが、コロは原形を留めずボロボロと肉体が崩れていく。

 

コロはセリューを助けた。

しかし、それは捨て身の救出であり、コロは幽香の一撃をもろに受けていたのであった。

 

セリューの安全を確保するために、体を粉々にするようなダメージを負った後も、自力で何とか形を保っていた。

 

それがついに限界に達したのだった。

 

「……コ、コロ!!」

 

帝具であるが、自身にとって友達、愛犬と言っていい存在であるコロ。

大事なコロの無惨な姿に、セリューは愕然とした。

 

「…………」

 

「断罪はもうお仕舞いでいいかしら? なら、次はこちらの番ね。花を侮辱した罪は貴女の体みたいに軽くないわよ?」

 

幽香の言葉に、セリューは全く反応を示さない。

目元には陰がさし、表情は伺えない。

 

「……?」

 

幽香は疑問符を浮かべた。

 

セリューの胸中では悲しみと憎しみが渦巻いていた。

 

コロが自分のために死んだ。

コロは幽香に殺された。

その思考がぐるぐると続く。

 

「…………ッ!」

 

セリューは顔を上げ、その表情をあらわにした。

 

「断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪──」

 

悪鬼の凶相。

瞳孔は限界まで開かれ、顔は憤怒の形相に歪んでいる。

 

「絶対正義の名の元に、悪をここで断罪する!!」

 

セリューはコロの肉塊に手を突っ込み、ひび割れた球体の核をつかみ挙げる。

 

「正義ィ、執行ォオ!!」

 

確固たる意志。

そしてドス黒さを兼ね備えた怒声だ。

 

幽香に向けて、見せつけるように核をつき出すと、セリューは口端が裂ける程の笑みを見せた。

 

「魔獣変化ヘカントケイル‼!!!!」

 

核がまばゆい閃光を放つとともに、巨体犬が姿を現す。

 

生物型帝具『魔獣変化ヘカントケイル』

その真骨頂は独立した凶悪な戦闘力と、核さえ残ればただちに体が修復する圧倒的自己治癒能力である。

 

「ハッ‼生物型帝具を舐めるな!!」

 

コロは、自身の治癒力を不能にさせる程に、核への損傷を受けた。

 

それ故に、セリューは生物型帝具の真価を発動したのだ。

自らの生命力を引き換えとした力の解放。

 

生命力を犠牲に、核を修復させたのであった。

 

 

「コロ、腕(わん)!!」

 

これまでの腕がなくなり、筋骨隆々な人の腕が生える。

セリューの掛け声に呼応して、二足歩行の巨体犬にさらに人の要素が追加された。

 

「ワオオォォオオオオオオオ‼!!!!!」

 

力の限りの咆哮。

凶暴さがはね上がる。

 

「──ワ"ゥ」

 

コロは唐突に行動へ移る。

 

地を踏み砕く程の跳躍で接近した。

 

 

幽香の視界がブレた。

それと同時に握り潰される程の圧迫を受ける。

 

「……痛いわね」

 

見れば、幽香はコロに掴み上げられている。

その巨体に見合わぬ驚愕の速度だ。

 

「コロ、そのまま握り潰せ‼」

 

─バキッ

 

骨と肉の粉砕音とともに、幽香の体がいびつに歪む。

コロの手からは血飛沫が飛び散り、それは幽香の絶命を物語っていた。

 

「アッハハハハハハハハハ‼!!!」

 

愉悦と喜色の雄叫び。

セリューは悪鬼の形相に笑みを張り付けた。

 

「正義の光が世界ヲ照らシたよォオ‼!!!」

 

悪魔の瞳をそのままに、天をあおいでそう叫ぶ。

その声音は勝利の愉悦に満ちていた。

 

 

「私は飼い主に用があるんだけど」

 

しかし唐突に、コロが血しぶきを上げて、姿を消した。

 

「な!?」

 

否、コロは横に殴り飛ばされたのだ。

横に一直線、地が抉られていた。

 

視界の先には、畳んだ傘を横凪ぎに払った幽香の姿。

 

驚愕に目を染めるも束の間。

 

幽香が眼前にいた。

 

「──ッ! な、何ッ!?」

 

勝利の確信をしていたセリューの目と鼻の先。

先端を彼女に向けて、幽香は既に傘を引き絞った状態だ。

 

傘の先端が迫り、セリューは死を直感する。

 

 

彼女はつき飛ばされ、左腕が宙に飛んだ。

 

「──ッ!─ッァア"ア"アアア!!!!!‼」

 

絶叫。

肩から肉と骨が抉られた感触に、セリューは我慢ならず、叫び倒す。

 

「主人を助けに捨て身だなんて。忠犬なのね」

 

左肩を抑えて、激痛に悶えるセリューを横目に、

幽香は冷たい声でそう言い放つ。

しかし、その表情はどこか楽しげだ。

 

幽香の傘の先端はセリューではなく、コロの頭部を貫いていた。

 

強靭化に伴う超感覚の覚醒。

それにより、主の危険を瞬時に察知し、主の防衛行動に出たのであった。

 

「……ゥ"ヴゥ"ゥ"ルル」

 

主を助けんと、片腕を突きだした状態で貫かれるコロ。

しかし、その生命は今だ継続しており、獰猛な眼光を幽香に剥けている。

 

コロが顔をグリンと幽香に向ける。

 

「あら、痛くないのかしら?」

 

頭部を貫かれているのも構わず、傷が広がるような方向転換だ。

痛みなど感じてないのか。

そのまま五重にも及んで並ぶ歯をもって、彼女を獰猛に噛み千切った。

 

「─ッ! ワ"ウッ!?」

 

噛み千切れてなどいない。

幽香は何の感慨もない表情でそこにいた。

 

「あなた、こんなに歯が必要なの?歯みがきが大変ね」

 

超級危険種さえ噛み砕くその両顎を、幽香は難なく両手で固定する。

いくら力んでも顎は微動だにしない。

焦りを感じたコロ。

 

「ッ!ワ"ル"ル」

 

「躾がなってないわね。じっとすることができないのかしら」

 

動けない。

距離を取ろうと渾身の力を振り絞るも、幽香がそれを許さない。

怪力でもって、掴んで離さない幽香。

コロはその場から全く動くことが出来なかった。

 

「コロォオ!!奥の手ェエ!!!」

 

声に視線を向けると、憎悪に満ちた凶相で睨むセリュー。

 

その声に、コロの目が血走り、限界まで見開く。

 

「ワ"オ"オ"ォォオオオオオ‼!!!!!!!!!」

 

 

彼女の言葉に同調して、コロは雄叫びをあげた。

暴虐を表したような咆哮。

 

周囲の物陰に隠れていた野次馬は戦慄する。

 

「(…あ、あれが、帝都警備隊の力なのかよ)」

 

「(帝具ってのは、ここまでイカれたもんなのか…)」

 

 

赤黒色に染まり、更に一回り大きくなったコロ。

狂化による筋肉増大。

更なる獰猛さ。

 

その様子を見ていた人達は冷や汗を垂らす。

 

帝都の秩序を守る正義の一人と一匹。

その女性は悪鬼の形相を浮かべ、凶悪な姿を取る狂犬を従える。

 

そこに正義の二文字を見てとれる者はいなかった。

 

「ガル"ル"ッ」

 

首を振りかぶる。

更なる強靭化を果たしたコロは、幽香の拘束を解き放つ。

 

それと同時に、ガチンと重なり合う牙。

 

「あら、小型犬の分際でやるじゃない」

 

拘束を逃れるとともに、コロは瞬時に彼女を噛み千切ったのだ。

歯は幽香の血で血塗れになり、彼女の肉塊をくわえている。

幽香は片腕を含む、上半身の半分が抉られた状態だ。

 

しかし、それでも尚、彼女は抑揚のない口調で称賛を口にした。

 

そして、

 

「だから、分際を知りなさい」

 

 

突如襲う腹部への衝撃。

コロははるか後方まで後退を強いられ、城壁に激突する。

 

「コロォオ!!!!」

 

セリューは驚愕する。

 

なんたる威力。

コロが足を踏ん張っても、それでも尚後退は止まらず、大地に直線の傷痕をつくったのだ。

 

 

コロの前方には拳を突きだした幽香の姿。

上半身が抉られた幽香は、未だ悠然と佇んでいた。

 

「ワ"オオォォオオオオ!!!!!!!」

 

コロの拳を幽香の拳が受け止める。

 

筋肉巨体らしからぬ俊足で、コロは突貫した。

その勢いの乗った拳は凄まじい程だ。

 

どちらも微動だにその場から後退せず、拳同士の衝撃は空間をも揺るがした。

 

そして殴り合う両者。

 

そこに防御はなかった。

 

幽香は腕が一本にも関わらず、全くその場から引く様子がない。

 

徐々に手数に利があるコロが優勢になっていく。

 

「そのまま圧倒しなさい!コロ!!」

 

明らかにダメージを負う数が増えて、ボロボロになっていく幽香。

それを目にしたセリューは、再び勝利を確信した激励を飛ばす。

 

しかし、

 

「いい子ね、御褒美よ」

 

幽香の淡々とした口調。

それが聞こえた瞬間、コロは彼女にはるか上空へと蹴り上げられる。

凄まじい姿勢変換による蹴りあげだ。

 

自らの状況に驚愕するコロ。

 

それも束の間。

 

「しっかり受け取りなさい」

 

見れば、彼女は残った腕を上空に掲げている。

 

その刹那、彼女の手のひらに閃光が収束した。

 

 

「……マスタースパーク」

 

「───ッ!──」

 

 

極大な閃光の柱が空を穿つ。

 

その光景に全ての者が驚愕し唖然とする。

周囲で見ていた者だけだはない。

遠く離れた者ですら、この閃光の強大さにはおののかざるを得なかった。

 

 

射線上にいたコロは跡形もなく散った。

 

 

 

 

「……あら、何かしら」

 

狂犬を消し炭にした後のこと。

 

これからその飼い主を痛め付けようとした時、幽香は腕が引かれる感触を感じた。

 

見ると、その腕には金属の糸が巻き付いていた。

 

糸をたどった先では、ラバックが身振り手振りや口パクで何かを伝えていた。

 

「……仕方ないわね、わかったわよ」

 

彼が何を言っているのかが、わかった訳ではない。

 

ただ、「早く戻ってこい」と言いたいことは伝わったのだ。

 

やれやれと言いたげにため息をついた。

 

「お嬢ちゃん、命拾いしたわね。今日のところはこれで勘弁してあげるわ」

 

腕が無くなっていることも忘れたように、呆然と座り込むセリューにそう言い残す。

 

「ッ! な、何を言っている!! 悪を逃がす訳にはいかない‼悪!!悪を!!……」

 

去っていく幽香を見て、セリューはハッとする。

 

彼女を捕まえようと立ち上がった。

 

「だ、ダメです‼今のセリューさんではどうにもなりません‼怪我もしています、今は落ち着いてください!」

 

しかし、他の警備隊に抑えられ、それは出来なくなる。

 

「何をいっているんですか‼目の前に悪がいるんです‼捕まえなくて何が警備隊ですか‼」

 

「セリューさん、敵の力をはかり間違えてはいけません‼彼女の力を貴女も見たはずだ。我々が追って、彼女に刺激でもしたら死傷者が増えるだけです」

 

セリューは仲間の言っていることが信じられなかった。

悪が目の前にいるのに何故追わないのか。

頭はそれだけであった。

 

「ッ!……で、ですが!!」

 

「戦闘になって、市民に被害をもたらす訳にもいきません。それに、貴女のような実力者を失うわけにはいかない。連絡だとブドー将軍がもうすぐ来てくれます。どうか、こらえてください」

 

「……ぅ…う」

 

何とか反論しようとするも、返ってくるのは一理も二理もある言葉ばかり。

理屈の伴った反論を受けて、セリューはついに何も言えなくなった。

 

「……あの悪、絶対に許さない」

 

瞳に憎悪の色を宿すセリューは、最後まで幽香の後ろ姿を睨み続けた。

 

 

 

「か、風見、お前何やってんだよぉ。あんなこと仕出かしたら、もうまともに帝都で出歩けねえじゃねえか」

 

騒動の場から去った幽香は、ラバックとともに帝都を抜け出した。

 

そして、さっきの騒動について嘆くラバック。

 

先ほどの状況から、幽香が今後帝国にマークされるのは確実であった。

 

あのような強大な力を見せたのだ。

どこの所属なのか。

敵か味方なのか。

 

帝国は是が非でも知りたいであろう。

 

「フードでも被れば大丈夫でしょうに」

 

何でもないかのように話す幽香。

しかしラバックは指を突きつけて喰って掛かる。

 

「風見、お前自分の顔見て言ってんのかよ。お前ほどの美人だとフードくらいじゃごまかしようがねえだろ」

 

「あら、美人だなんて、褒めてるのかしら?」

 

「そんな訳ないだろ!?……ったく、何を聞いたらそんな解釈になるんだよ」

 

どこまでも淡々と無表情で返す幽香。

しかし、どこかズレた答えを返す彼女に、ラバックは顔に手をやって疲れた表情を出した。

 

「つうかさっきのアレ、何でさっさと決着つけなかったんだ?」

 

「急ぐ必要はなかったと思うけど?」

 

ラバックはふと疑問に思ったことを問いかける。

 

しかし、幽香は彼の言っていることがわからなかった。

早く決着をつける意味が彼女にはわからないのだ。

 

「……いや、あるだろ。警備隊に駆け付けに来られたら面倒臭いし」

 

ラバックは呆れて返すが、聞きたいのはこういうことではなかった。

 

「あんな馬鹿げた光放っといてこんだけピンピンしてんだ。風見お前、かなり力を制限して戦ってんじゃねえか?」

 

「そうだけど、それが何かしら?」

 

当然のように答える幽香に、「お前なぁ」とラバックは更に呆れる。

 

「そんな傷だらけになる必要なくないか?めちゃくちゃ強いんだから、バシッて一発で決めればいいじゃねえか」

 

「あら、嫌に決まってるじゃない」

 

「何を言ってるの?」と言いたげな顔だ。

その顔を見て、若干腹が立つラバック。

 

「じゃあ、アレか?強者の余裕とでも言いたいのか?」

 

からかうように尋ねて、彼女は思案顔になる。

しかし、すぐに終わった。

 

「そうね、そう言って間違いないわ」

 

「性格悪ッ」

 

ゲンナリとした顔で返す。

しかし、彼女の顔はさも当然と言った様子だ。

 

「あら、当然じゃない。強者は余裕をもって優雅たれなのよ」

 

「さっきの闘いのどこに優雅さがあったんだよ」

 

「余裕さえ持てればそれでいいのよ、私は。少なくとも本気なんて滅多に出さないわ。格好悪いもの」

 

「へえへえ、そうですか。でもよ、油断してたところにドスってやられたらどうすんだよ?それこそ格好悪いぜ」

 

「強者を振る舞うんだったら当然のリスクよ。……それに、私はただ楽しみたいだけよ、闘いをね」

 

ほの暗い微笑みでそう締める幽香に、ラバックは背筋が寒くなる。

 

「(コイツのこんな顔始めて見たな)」

 

そう思い、体を引いてやや震える。

しかし、そんな幽香の冷たい微笑みも、次の瞬間には鳴りを潜めたのだった。

 

 

 

ラバックは先ほどからずっと気になることがあった。

 

「つか、その体、どうにかならねえの?見てて怖いんだけど」

 

今だ上半身が半分抉れた状態の幽香を指差して、ラバックはそう指摘する。

 

抉れた断面が見えて、彼はフイッと目を逸らす。

 

「ああ、そうね」と彼女は全く気にしてなかった様子だ。

 

そして、幽香は力を行使して治癒を行ったが、ラバックは彼女の姿に絶句する。

 

「……ほら、治ったわよ」

 

「おう、そう…か…ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっぱい。

 

片方の乳房と乳首。

 

つまり、おっぱいがもろに丸見えとなった幽香がいた。

 

「どうしたのかしら?」

 

幽香は全く気にした素振りを見せないが、ラバックは衝撃を受けたように愕然としていた。

 

「おっぱい」

 

つい口にでた。

 

「え?……ああ、服は流石に戻せないわね。まあ、また後で着替えればいいわ」

 

「…………………………………」

 

沈黙。

 

何も答えないラバックを訝しげに幽香は見ているが、彼にとってそんなことは重要じゃない。

 

重要なのは今であった。

 

形の良い乳房。

 

母性を象徴するような大きさ。

 

見ただけでわかる、触れたら弾くような弾力性。

 

乳首はツンと上向きに立っている。

 

 

ラバックの眼光はただただその一点のみを凝視していた。

 

 

 

……鼻血がでた。

 

「童貞」

 

「え!?ど、どどどど童貞ちゃうわ!!ば、バリバリヤってるし?」

 

幽香のいきなりの童貞発言に動揺しまくるラバック。

そして、身振り手振りで誤魔化そうとする彼を彼女は呆れたようにみつめた。

 

「図星じゃないの」

 

冷めた目でそう言う彼女に、彼は顔を赤らめる。

 

「んだよ!!わりぃかよ、童貞で!!」

 

「私はただ事実を言っただけよ?」

 

「それが馬鹿にしてるっつってんだ!!」

 

「それは劣等感の問題ね」

 

開き直るが、それが余計に恥ずかしいのか。

怒鳴って返すラバックだが、幽香は気にした風もなく無表情で返すだけだ。

 

「解ったわよ、もう言わないから」

 

「ああ、それでいい」

 

話が進むにつれてラバックが興奮しだしたため、結局、幽香が折れる形となった。

 

ラバックもフンッと鼻を鳴らして妥協する。

 

幽香はやや疲れた様子だ。

 

「ちょっとからかっただけじゃないの。全く童貞はこれだから……」

 

「おい!風見、お前!!全然反省してねえじゃねえか!!」

 

 

そして、二人はそのまま言い合いながら帰路についた。

 

ラバックは終始幽香の胸を見続けていた。

 

 

 

 

 




幽香は闘いを楽しむために力をセーブしてるっていう超慢心プレイです。

あとセリューさんの合掌が多かったんですが、すいません。こんな濃いキャラがここで死ぬのは勿体無いかな、ともうちょい延命しました。


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相変わらずね

口調とか、名前の呼び掛けとか、帝具の能力が若干原作と異なっているとこがあるかもしれません。
指摘して頂ければありがたいです。

あと感想と評価、ありがとうございます。
誤字もわざわざして頂き、本当助かっております。



ナイトレイドアジト、大広間。

ナジェンダの召集にメンバーが集まる。

 

「ただいま戻りました。皆さん、心配かけてすいません」

 

その日、シェーレが治療を終えて帰ってきた。

 

「あ、マイン……」

 

「シェーレええええ!!!!!!」

 

言葉がかき消される。

彼女の登場とともに、マインはいの一番に彼女に飛び付いた。

衝動的な飛び付き。

その顔は綻んでおり、目には涙すら浮かべている。

 

「ま、マイン、あ、危ないです、落ち着いてください」

 

「ほんっとよかったあぁぁああ」

 

シェーレが戸惑いながらも宥めるが、マインは構わず彼女を強く抱き締めた。

 

シェーレの元気な姿に、喜びを抑えられなかった。

二ヶ月にも渡る治療。

この日をどれ程待っていたか。

 

他の面々も彼女の復帰にホッと安堵した。

 

「シェーレ、体調はどうだ?」

 

「はい、ボス。任務に支障はありません」

 

煙草を片手にナジェンダは尋ねると、彼女は穏やかな表情で返す。

 

「そうか、ではすまないが早速次の任務から入ってもらおう。体調が優れない時はすぐに言ってくれ」

 

ナジェンダはホッとした。

 

二ヶ月の治療期間。

それは彼女の怪我の重傷度を示してもいた。

彼女は優秀な暗殺者だ。

数少ない帝具の使い手を失ってしまえば、大きな戦力ダウンは免れない。

 

 

「ったく!心配させやがってぇコイツぅ」

 

「あ、ちょっとレオーネ!シェーレは病み上がりなのよ!そこんとこは配慮してあげてよね!」

 

バンッと彼女の背中を叩くレオーネに、マインはすかさず声を荒げて指摘する。

 

「……ま、マインがそれをいうのかよ」

 

自分を棚に上げる彼女に、レオーネは口端をヒクヒクさせて苦笑い。

 

彼女のことを構わず、衝動のままに抱き付いていたのはどこの誰なのか。

他のメンバーも何とも言い難い心持ちになり、マインのむちゃくちゃさに苦笑する。

 

「よし、では復帰祝いに豪勢なメシとするか!」

 

「肉!!」

 

優しげな微笑みで、そんなやり取りを見つめると、ナジェンダはふと思い立って提案する。

 

その提案に、アカメは目の色を変えて食い付いた。

黒色の瞳孔に星が輝いている。

彼女の頭では、今日の昼食は肉料理と決定した。

 

「じゃあ俺に任せてくれ!腕によりをかけてつくってやるぜ‼」

 

「いい肉を頼む」

 

「下僕の癖に良い心がけじゃない!ターンとつくりなさいよね!」

 

シェーレとは初対面となるタツミだが、自身も仲間の復帰を祝おうと、彼は手をあげて意気込みを見せた。

 

間髪を入れずに注文するアカメ。

 

「だから誰が下僕だっての!!」

 

「何よ‼褒めてあげてんのに、生意気ね!!」

 

そしてマインは彼女なりに褒めたつもりだが、タツミは下僕扱いに過敏に反応し、二人は言い合いとなった。

 

「毎度のことだが、よく飽きないな二人とも」

 

しかし、その二人の言い合いは日常の光景となっており、周りもやれやれと笑っている。

 

「………ふふ」

 

そんなやり取りを見て、シェーレも笑みをこぼした。

 

「いいから、早く行くわよ!私も手伝うわ!」

 

タツミの手を引っ張り、マインは「早く早く」と食堂へと向かうと、二人は大広間から出ていった。

 

「痛ッ」

 

大広間から出る際に誰かとぶつかる。

勢いよく突進したため、マインは尻餅をついた。

「っ~」とお尻を差すって睨み付ける。

 

 

「あら、ちゃんと前を向いて歩きなさいな。親にそう教えてもらわなかったの?」

 

……幽香であった。

 

 

「……あちゃー」

 

ラバックは、やってしまった、と言わんばかりに、目を片手で覆った。

 

他のメンバーも、あーあといった感じに、どこか諦めた顔をする。

 

また始まるのか。

ナジェンダは顔に手をやって、ハァと息をつく。

 

「な!アンタね!」

 

「ま、まあまあ。マイン、今はシェーレの復帰祝いが先だろ、早く行こうぜ」

 

またケンカになってしまう、と危ぶんだタツミはマインを説得し食堂へと引っ張っていく。

 

「あ、あと幽香さん……」

 

シェーレの治療からの復帰とその復帰祝いのご馳走。

彼は去り際にそれだけ伝えると、唸るマインを連れて去っていった。

 

 

「……これは何の集まりなのかしら?」

 

二人を見送ると大広間へと顔を向けて、ナジェンダにそう尋ねる。

視界に見知らない顔を見つけるが、幽香は特に気にした風もなく、視線をナジェンダへと向けた。

 

「ハァ……」

 

召集には時間通りに来てほしい。

そう注意したかったナジェンダだが、ため息をついてそれを飲み込みんだ。

 

「紹介しよう、シェーレだ。今までは治療で仕事ができなかったが、今日から復帰することになった」

 

「シェーレです。よろしくお願いしますね」

 

シェーレはニコリと微笑んでお辞儀をするが、幽香はふーんと無表情で向き合うだけであった。

 

「そう、大変だったのね」

 

幽香は平坦な口調でそう言った。 

 

何の感慨も持っていないような言葉だ。

それを聞いて、一体誰のせいでこうなったのか、と思わずにはいられない。

 

苦笑する者、ただ無言で見つめる者、反応は様々だ。

 

「…ああ、幽香。私達と始めて会った時、シェーレとは一応、一度会っているんだが覚えてないか?」

 

「…全く覚えてないわね」

 

ナジェンダはそう確認するが、幽香の返答に、まあ仕方無い、と苦笑する。

 

シェーレの怪我は彼女の正当防衛が原因だ。

幽香に非はない。

とはいえ、どこかやりきれない気持ちが残るのは確かであった。

 

「ボス」

 

顔を向けると、シェーレはニコリと頷くが、ナジェンダは、ええ?といった感じにキョトンとする。

 

「幽香さん。あの時はごめんなさい。仕事とはいえ、斬りかかって」

 

その言葉に、ナジェンダだけでなく、幽香もキョトンとする。

何を言ってるのかこいつは、と訝しげな顔だ。

 

「何を謝っているのかしら。急に謝られてもこっちが困るわよ」

 

「でも、貴族の館で会った時に、私は貴方を殺そうとしてしまったので」

 

「そう。私は覚えてないから、別にいいわよ」

 

興味なさげにそう答える幽香。

しかし、シェーレはそんな彼女を気にした風もなく、微笑んで続ける。

 

「あくまでもけじめです。私は幽香さんとも仲良くやっていきたいですから」

 

その言葉を受けて、幽香は彼女をじっと見つめ続ける。

 

そして淡々とした口調で「そう」と呟くと、その場を後にした。

 

「…………」

 

シェーレの肩にポンと手が置かれた。

見ると、ナジェンダは目をやや潤ませ、優しげなな表情でシェーレを見つめている。

 

「……?」

 

「シェーレ、お前はやはり出来る子だ」

 

ナジェンダはやや感極まっていた。

 

幽香がいると、いつ険悪な空気になるか、と彼女はいつも心配していた。

 

ここにいる者達は志が高く、実力もある。

自分のために、苦しんでいる人達のために頑張れる心の強い者達ばかりだ。

 

しかし、それでも若いことに違いはなく、その精神も年相応だ。

対人関係もそう上手くはいかない。

 

それ故に、

 

シェーレの大人な対応と素直な気持ちに、感謝と感動が胸に渦まいたのであった。

 

 

 

それから幽香はシェーレとペアを組むことが多くなった。

シェーレを始めとして、ここからメンバーとの人間関係を改善してほしい、といったナジェンダの思惑があった。

 

「あっ」

 

幽香と一緒に料理をしていたら、シェーレは鍋を爆発させた。

 

「……………」

 

「……すいません」

 

幽香は無表情ながらも、何をしてるんだコイツは、とでも言いたげな様子である。

 

しかし、それだけでは終わらなかった。

 

掃除では花瓶を割りまくる。

 

はたきも折れば、ついでとばかりに箒も折る。

 

買い物では商店にすらたどり着けない。

着いたとしてもただで終わらず、メモとは違うものばかり籠に放り込み始める。

 

洗濯も同様だ。

バタンと洗濯機の蓋を閉めたと思ったら、瞬時に部屋一面が泡にあふれる。

仕舞いには、「お洗濯しますね」といって、幽香を洗濯機に入れようとする程のトンチキな行動を見せる始末であった。

 

 

「……貴方、頭がおかしいんじゃないかしら」

 

流石の幽香も呆れを隠せなかった。

普段は変わらない表情に歪みを見せる。

 

「……よく言われます」

 

彼女はションボリしてそう答える。

 

「昔から本当にドジで何もできなくて、何一つ誇れるものがありませんでした。頭のネジが外れているともからかわれました」

 

「そんなことでよく暗殺なんてできるわね」

 

本当に信じられない話だ。

暗殺はできるのに、掃除、洗濯等といった雑用ができないこの矛盾。

 

「暗殺の才能があったんです。そしてそれが、私の唯一できること……」

 

彼女はそう言って俯いた。

 

暗殺のための高度な体捌きと躊躇いのなさ。

仕事をともに行ったこともある故に、彼女のそれはまさに本物だ、と幽香は認めざるを得なかった。

 

才能。

 

確かにそう言う他ないのだろう。

 

しかし……

 

「……………」

 

幽香は何もいわずに、俯いた彼女を見続ける。

 

シェーレが何かを決意したように顔をあげた。

 

「だから、私とても悔しかったです。唯一の取り柄である暗殺が、…私の暗殺がいとも簡単に捌かれたことが」

 

彼女は幽香を見つめてさらに続ける。

 

「私が否定されたようで。暗殺しか……取り柄がないのに……」

 

シェーレは悩んでいた。

 

彼女は暗殺以外の雑務が全てできなかった。

暗殺だけが唯一の自分が出来ること。

 

彼女は人一倍劣等感を持っていた。

 

それ故に、戦場で足を引っ張ることが、誰よりも嫌だったのだ。

自身の価値が否定されるようで。

 

「…………」

 

何か思い詰めたように、さらに呟く彼女の言葉。

 

幽香は無言でそれを聞き続ける。

しかし、その表情はどこかつまらなさげであった。

 

 

 

 

「次の暗殺対象についてだが、お前らも噂で聞いたことはあるだろう。連続通り魔の首切りザンク、コイツだ」

 

ナジェンダはメンバーを集め、次の任務を言い渡した。

 

首切りザンク。

元は帝国の監獄で働いていた処刑人。

大臣の恐怖政治で毎日の様に死刑執行が続き、命乞いをする人々を殺していく内に精神に異常をきたした。

現在では首を斬るのが癖になり、無差別に人を殺す大罪人である。

 

 

「討伐隊ができた直後に姿を消しちまったみたいだか、また現れたのか、あのヤロウ」

 

「ああ、警備隊もかなりやられている。行方不明直前に帝具を盗んだという情報もある。油断ならない相手だ」

 

拳を握って静かに怒りを示すブラート。

彼の言葉に相槌をうってそう返すと、ナジェンダは二人一組で暗殺に向かうことを提案した。

 

「奴もある意味被害者だが大罪人には違いない。遠慮はいらん。」

 

彼女は厳かに続ける。

 

「それにこれは帝具を回収するチャンスでもある。帝国に取られる訳にはいかん。何としても先に回収するんだ」

 

「ゆけ」と手を振り出撃を示す。

メンバーはやる気を示す返事とともに出撃へと向かった。

 

 

 

「……悪、悪、悪はどこにいる」

 

その日、セリューは夜の見回りをしていた。

 

彼女は非番であった。

しかし、心中穏やかでない彼女は、家でじっとしていることはできなかった。

 

帝具の消失、愛犬コロの死亡。

 

そんな悲しみもあるが、胸中には更なるある感情が占めていた。

 

「悪は断罪、滅却してやる」 

 

悪鬼を思わせるその表情で、彼女はそうぶつぶつと呟く。

 

緑髪の女性。

彼女への。

悪への憎悪で一杯であった。

 

自身の無力さ故に、目の前で悪を見逃したことが彼女は許せなかったのだ。

 

 

「……辻斬り。これ以上の悪を許すわけにはいかない」

 

彼女は噂の首切りザンクを探している。

悪に負けた故の、怒りと憎悪に駆り立てられての行動であった。

 

「今度こそ、悪を断罪してみせる!!」

 

正義の鉄槌。

 

その言葉を胸に、セリューは夜の街を駆け出していった。

 

 

 

「愉快愉快、今日も皆悪い子だ、こんな夜中に出掛けるなんて。最近は物騒になってきているのに。ああ、大丈夫なのかな、あの子達は、僕は襲われないか心配だよ」

 

天を穿つ程の高さを誇る時計塔。

首切りザンク。

彼はそのてっぺんで眼下を見下ろしていた。

歯を剥き出しに、喜悦の表情を浮かべている。

 

「愉快愉快、ああ、いけないなこんな夜中に。美女二人で夜のお散歩なんて、なんて危ないのか。しっかり注意してあげないと」

 

彼は凶相な笑みをさらに深くする。

 

視線のはるか先には二人女性。

緑髪のショートボブと紫髪のロングが特徴的だ。

 

そんな彼女らを、額の無機物な瞳の視線が貫く。

 

眼球の形をした帝具『五視万能スペクテッド』

洞視、遠視、透視、未来視、幻視といった五視の能力を持っている。

 

ザンクはその能力を発揮し、遠視によって二人を覗いていたのだ。

 

「心配だ、心配だ。きっと彼女らは襲われる。僕が迎えに行ってあげないと、ああ、彼女らはどんな顔を見せてくれるのか、愉快愉快」

 

ザンクは次の首の標的を彼女らに定めると、その巨体に見合わない軽々しさで跳躍し、闇に溶け込んでいった。

 

 

 

「な、なんでここに……」

 

シェーレは目を見張った。

眼前にかつての親友が微笑んで立っている。

 

「シェーレ」

 

かつて親友が優しげな声でそう言った。

 

その言葉に、ふらふらとつい足が前に出るシェーレ。

彼女は目を潤ませる。

 

「……ほ、ほんとに、ほんとに、あなたなの?」

 

怯えていない。

親友が自身に怯えずに、優しく声をかけてくれている。

そのことに、彼女は感動せずにはいられなかった。

 

また、彼女と笑い合える。

 

シェーレは親友を抱き締めようと、夜の街を歩いていった。

 

 

 

 

「彼女、どうしたのかしら?」

 

幽香は目の前の現象に疑問に思った。

共に行動をしていたシェーレがふらふらと明後日の方向に歩いて行ったのだ。

 

声を掛けても全く反応を示さない。

 

「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」

 

平坦な声が響く。

しかし、聞こえていないのか、彼女はそのまま歩いていく。

 

何が何やら、と幽香は呆れ顔でハァとため息。

 

「……仕方無いわね」

 

傍に駆け寄って、ポンポンと肩を叩く。

 

無視。

 

再びポンポン。

 

無視。

 

幻覚でも見ているのか、シェーレは前方を向いて嬉しそうな表情をするばかり。

幽香には相変わらず反応を示す様子がない。

 

彼女はやれやれと再びため息をつく。

もういいか、と諦めたような顔だ。

 

 

「幽香」

 

 

幽香は目を見開いた。

 

普段は冷めた無表情ばかりであるが、しかし、その時、彼女は呆気にとられた表情へと変えざるを得なかった。

 

「……う、嘘」

 

声に反応して振り向くと、そこには巫女服の女性。

 

長髪を束ね、お祓い棒で肩をポンポンと叩いて不敵な笑みを浮かべている。

 

「……………」

 

「そんなとこで何してんのよ?幽香」

 

巫女の女性にそう問われる。

不敵な笑み。

挑発染みた口調だが、どこか親しげな口調だ。

 

何がおかしいのかしら。

普段の幽香ならそう問い返すであろう。

 

しかし、今は、何も言葉を口にすることができなかった。

 

「アンタ、相っ変わらず無愛想よね!もっと嬉しそうにしなさいよ」

 

荒々しい口調でそう言うと、彼女は腰に手をあてて睨んでくる。

 

全く変わらないあの頃の彼女。

おぼろげな、掠れた記憶から彼女を思い出す幽香。

そう。

彼女はこうだった。

 

幽香は呆然と彼女を見続ける。

 

「何よ?さっきからだんまりしちゃって、もしかして私のこと忘れた訳じゃないでしょうね」

 

額に青筋を浮かべて、彼女は怒りだす。

 

その荒っぽい口調が、そのふてぶてしい態度が。

まさしくその全てが、彼女に他ならなかった。

 

幽香はフッと笑みをこぼす。

その瞳はとても穏やかであり、とても懐かしいものを見た、といった感じだ。

 

「………霊夢」

 

この名前を呼んだのはいつ以来か。

それすらも思い出せない。

 

とても懐かしかった。

 

「何よ、ちゃんと喋れるんじゃない‼ボケたのかと思ったわ」

 

フンッと鼻を鳴らして、憎まれ口を叩く彼女。

 

こんなやり取りも懐かしく感じる。

過去の自分に戻った感覚だ。

 

幽香は微笑みを浮かべた。

 

「霊夢、貴方も相変わらずね」

 

「フンッ、あったりまえじゃない!」

 

 

幽香の呼び掛けに気を良くしたのか、彼女は怒りながらも、ご機嫌な様子になる。

 

器用なのか不器用なのかわからない態度だ。

 

幽香はクスクスと笑った。

 

そして、

 

「ホラ、何ぼさっとしてんのよ。早くいくわよ!」

 

巫女服の女性は元気にそう言うと、笑ってむこうに駆け出していった。

 

 

 

 

 

「待ちなさいよ」

 

その瞬間、ザンクは言葉を失った。

 

彼女の言葉とともに、辺り一帯が異世界へと変わったのだ。

否、彼がそう錯覚したに過ぎない。

 

彼もその認識が錯覚であることはわかっている。

しかし、そう思わざるを得なかった。

 

「どこにいくと言うのかしら?」

 

その言葉は彼に向けられた訳ではない。

彼女の見ている幻覚に問い掛けているのだ。

 

しかし、

 

「(なんて殺気だ‼)」

 

夥しい寒気と共に、質量を伴った圧迫感が彼を襲った。

 

あまりの殺気に膝がガクガクと笑いだす。

 

「久しぶりに会ったというのに、連れないわね貴方は」

 

彼は愕然とした。

 

彼女は笑っていた。

どこまでも冷酷な瞳で。

しかし、その表情は獰猛な笑みを張り付け、凄まじいまでの眼光を解き放っていた。

 

「(まずいまずいまずい)」

 

先ほどまで喜悦に満ちた彼の顔が嘘のようだ。

 

今、彼の顔は驚愕と恐怖に染まっている。

 

「貴方が何で生きているのか、何でここにいるのか。……そんなこと、もはやどうだっていいわ」 

 

本能が大音量で警鈴を鳴らし続ける。

 

今か今かと物陰で、獲物を待ち構えていた彼であったが、今や彼女の首のことなど頭に全くなかった。

 

この場からの離脱、ただそれだけだった。

 

「霊夢。……今度こそ、私がぶち殺してあげるわ」

 

彼女と視線が合った。

 

「う、ぅあああぁぁああああああああ!!!!!!!」

 

必死の形相で、彼は物陰から逃げ出した。

 

 

 







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次は勝てるわ

すいません、帝具で原作とは異なる設定を追加しました。ご了承ください。

追記、サブタイトル変えました


真夜中の帝都の街中、首斬りザンク、彼は彼女から逃げていた。

 

追われる恐怖に普段は上にひきつった口端も、今は下に引き下がっていた。

 

彼女は後方からだんだんと近づいてくる。

 

(…まずい、もうここまで距離を……ッ!)

 

追われる恐怖に駆り立てられ振り返ってみれば、彼女ははるか後方でこちらに向かって走っている。

 

否、気付けば目と鼻の先だ。

 

顔面に狙いを定めて大きく拳を振りかぶる。

 

「ヒいいぃぃいいいい!!!!」

 

凄まじい粉砕音と衝撃。

 

紙一重に首をそらして避けるが、彼の背にあった壁が木っ端微塵にはじけとぶ。

 

(な、なんて怪力だ……この女、一体?)

 

全身に冷や汗がブワッと流れ、ズルズルと尻餅をついた。

 

あんぐりと口を開けて彼女の顔を確認するが、壁の粉砕で発生した土埃で彼女の表情はうかがえない。

 

(……危なかった。…帝具で先読みしてなければ死んでいた)

 

額に装着した眼球の帝具、スペクテッド。

彼は能力の内の一つ、『未来視』を行使した。

 

そして、元々備わっていた彼の回避反応の高さ。

その両方があってこその紙一重の回避だった。

 

「あら、貴方、中々やるわね」

 

土煙が晴れて、その姿があらわになる。

 

「今の一撃で仕留めたつもりだったのだけれど……」

 

冷たい眼光を放ちながら、ショートボブの緑髪を揺らしている。

 

彼女は無表情ながらも微笑みをたたえていた。

 

 

 

 

突如男の悲鳴が響き、彼女はハッとする。

 

「あら?」

 

同時に幽香の眼前にいたはずの女性が姿を消した。

 

「……霊夢?」

 

困惑して、しきりに首を振って周りを確認するが、つい先ほどいたはずの彼女の姿は見当たらない。

 

「……………」

 

呆然とした表情で立ち尽くした。

 

彼女は?決着は? 思考がグルグルと巡るも、彼女の表情は次第に落ち着きを取り戻していった。

 

「……一杯食わされたわね。……これが帝具の力ってやつなのかしら」

 

幻覚。その一言で説明がついた。

 

「……全く、私も馬鹿ね…」

 

事前に知らされていた標的の帝具の盗難。加えて、シェーレの突然の不可解な行動がある。

 

思い返せば、彼女のアレは幻覚を見ていたと考えられるではないか。

 

顔に手をやって覆うとハァと息をつく。

 

自身の馬鹿さ加減に彼女は辟易する。

 

「……もういるはずがないのに、何で期待したのかしらね、私ったら」

 

巫女服の女性。

 

彼女の求めていた存在など、とっくの昔に死んでいた。

 

「…ホント…憎たらしいわね、勝ち逃げなんかしといて私の前に現れるなんて…」

 

生身の人間でありながら、彼女が一度として勝利することができなかった存在だ。 

しかし、そんな存在も寿命で尽き果ててしまった。

 

「……………」

 

拳をギリッと握るも、それも僅かな間、彼女はこぶしをほどくとともにフッと微笑んだ。

 

「本当……幻覚でも相変わらずなんだから…」

 

悲鳴の発生源へと視線を向けると、逃げ惑う男の姿を視界にとらえる。

 

きっとこの元凶は彼なのであろう。

 

「…こんな素敵なものを見せてくれたんだから…彼にはお礼をしなきゃね…」

 

高ぶった高揚がまだおさまらないのか、彼女は壮絶な笑みを浮かべた。

 

しかし、それも一瞬のこと、次の瞬間には無表情のそれである。

 

そして、素敵な幻覚を見せてくれた彼にお礼をすべく、彼女は足を踏み出した。

 

 

 

頭上から迫りくる踵落としに、尻餅をついたザンクは目を見張って仰天した。

 

「おわッ!!」 

 

「……驚いたわね、これも避けるなんて。貴方ホントに面白いわね」

 

剛脚による上方からの叩きつけを、横っ飛びにゴロゴロと転がって回避する。

 

幽香は無表情で驚く。

 

「それも……帝具の力なのかしら」

 

顎に手をやって考える幽香。

 

(…出会い…憤怒と感謝、喜び……わからない。しかし、少なくとも僕を殺そうとしているのは間違いない)

 

ザンクは恐怖で震える足をつかんで立ちあがり、彼女を睨みつける。

 

帝具の能力である『洞視』を発動するが、彼女の心は見えても、理解が及ばなかった。

 

同時に謝って赦しを乞うことも考えたが、それは無駄であることも理解した。

 

「貴方、いいわ。……もっと楽しませて頂戴」

 

「な、どういう……ッ」

 

面白いものを見つけた、とでも言いたげ口調でそう言ったのも束の間。

おぞましい寒気とともに強烈な飛び蹴りが放たれる。

 

神速の一撃を予知した彼は瞬時に防御の姿勢に入った。

 

双剣で防御の構えをとると同時、クロスに重ねた双剣に甲高い衝撃音が走った。

 

「カハッ!」

 

彼は踏みとどまることができず、後方へと吹き飛ばされる。

壁への衝突に肺の空気が全て吐き出された。

 

「…な、何…だと」

 

二メートル近い自身が数十メートルも吹きとばされたことに彼は驚愕した。

 

「あら、休んでる暇はないわよ」

 

彼は痛みに呻くも、視界にはいった彼女の追撃に目を見開く。

 

彼女はもはや眼前でその剛腕を振り上げていた。

 

「…え」

 

一瞬の刹那、彼女は振り抜いた拳を止めた。

 

それは確実な隙であり、その隙をついて跳躍。彼はその場から転がり出て体勢を立て直し双剣を構え直した。

 

(…もう、この手は使えない…)

 

肩を大きく揺らして疲れを隠せない彼。

 

思考を巡らせ逃げの一手を考える。

 

見ると、彼女は不思議そうな顔をするが、すぐに「ああ」と納得して顔をこちらに向けた。

 

「へえ、こんな目にあってもまだ小細工を図るのね、感心したわ」

 

感心したような口調でそう言うが、顔は何の感慨もない様子だ。

 

彼女はゆったりとした動作で近づき彼と向かい合った。

 

スペクテッドの能力の内の一つ、『幻視』 攻撃の瞬間、相手と同じ姿をとることで一瞬の動揺を誘ったのだ。

 

「油断したわ……一回それに騙されたものだから、もうきかないと踏んでいたんだけど……慢心ってのは怖いわねぇ」

 

「は、は……ラッキーですね僕は…」

 

蛇に絡まれるような睨み付けに彼は冷や汗を垂らす。

 

次はない。ギラリとした彼女の眼光はそう告げている。

 

「もうラッキーはないわよ?仕事で来てるのよ。私はこれでも、言われたことはやる質なの」

 

仕事を全うせんと、ゆっくり近づく彼女。

 

一瞬の動作も見逃さないと、彼は睨みながらジリジリと下がる。

 

「貴方も公務員さんだったんですってね。なら私の気持ち分かるわよね、首斬り役人さん」

 

「…仕事熱心なことで、素晴らしいですね」

 

会話を会わせようと苦笑いするも、返ってくる言葉は淡々としていて、向こうはすこしも笑わない。

 

会話で時間を稼ごうと考えるもあまり期待できないことに、内心歯噛みした。

 

「…!」

 

そこで、あることに気付く。自身が冷静に思考していることにだ。

 

奴らの怨嗟が聞こえない。

 

「…………はは」

 

こんな状況になって聞こえなくなるとは。

ある意味皮肉であった。

 

奴らは怨嗟を呟くことがなくなった、つまり、

 

「…僕もここまで…ということかな?…」

 

「あら、何をブツブツ言ってるのかしら?」

 

人外であり、圧倒的な強者。

彼にとっての死の権化がそう問いかける。

 

「いえ、年貢の納め時だなと思いましてね……」

 

彼は彼女との会話に粘るが、それも徒労に終わる。

 

「うおッ!」

 

初動も目で追えない右ストレート。

咄嗟に軌道をそらすことには成功するも、頬にやけどの傷が残る。

 

「わかってるじゃない、さすが公務員さんね」

 

初撃の一撃では終わらず、人外の剛腕が嵐のように放たれる。

 

大振りな四肢の凪ぎ払いや振り払い、大雑把なストレート。

単純な動作ながらもその速度は凄まじい。

 

「貴方、すごい直感ね。家系に巫女でもいるのかし

ら?」

 

ザンクは彼女の猛攻を紙一重で捌き続ける。

 

剣先でそらして、そらして、そらして、そらす。

未来視だけでない。

頭で鳴り響く警鈴にしたがって体を動かし、致命傷を避け続ける。

 

(…しかし…これではジリ貧だ)

 

刃こぼれも激しい。

手に持つ双剣はもはや剣として役に立つのかも怪しいほどだ。

 

焦りと疲労もピークに達し、剣捌きの動作も鈍くなる。

 

「…あら、疲れたのかしら?だったらそろそろ終わりにしようかしらね」

 

その言葉に「何ッ」と目を見開くが、その刹那、彼女の姿が消えた。

 

否、彼の後ろに回り込み、その命を刈り取るべく、幽香はその剛脚を首に目掛けて横凪ぎに凪ぎ払った。

 

 

ふと気付いたら、シェーレは幻覚から正気に戻った。

 

幽香とはぐれたことに彼女は戸惑った。

 

故に、仲間と合流するべく帝都から一時離れようとするが、一人の警備隊と遭遇した。

 

「手配書と一致、ナイトレイドと断定。……悪を断罪する!」

 

セリュー。

悪鬼の凶相で怒りを宿した宣言が放たれる。

シェーレは彼女との戦闘を強いられることとなった。

 

 

「邪魔です!」

 

姿勢を傾斜に、あっと言う間にセリューへと接近。

 

下段から腹を捌くように大型鋏による両断を繰り出すシェーレ。

ガチンと両刃が両断する。

 

「甘いッ!」

 

セリューの一喝とともに、閉じた両刃が一時的に開いた。

 

「えっ!?」

 

両断の直前、彼女は鋏の両刃を殴ることで一時的に両断を止めたのだ。

 

「そんな馬鹿な!」

 

驚愕の表情で慌てて両断するも、セリューは既に跳躍して回避。

 

「断ッ罪ッ!」

 

風圧を発生させるほどの縦回転をかけた踵落としがシェーレに迫る。

 

「うそッ!」

 

凄まじい回転速度だ。

人間離れしたその体捌きに目を見開く。

 

「ぐぅッ!」

 

鋏を盾に頭への直撃を回避するが、予想以上の衝撃に歯を食い縛る。

 

「チッ、悪がァ、誰が罪を逃れることを許したァ!」

 

悪魔のようにつり上がった目付きで怒声をとばす。

 

蹴りの反動を利用し、路上から屋根へと飛び移る。

 

「…なんて脚力。屋根まで跳ぶなんて」

 

セリューの跳躍に愕然とする。

彼女の身体能力は見るからに人間のそれではなかった。

 

(レオーネと同型の帝具の可能性がある)

 

悪鬼の凶相を睨み付け、新たな帝具使いと予期する。

彼女は冷や汗を垂らした。

 

「それに、あの腕は一体」

 

シェーレの帝具が誇る万物両断。

それは両刃で挟んだときのみ発揮する。

しかし一瞬とはいえ、その帝具の刃をはじいてみせたあの腕は少なくとも人の腕ではない。

 

「…厄介ですね」

 

彼女は更なる不安要素に体を強張らせる。

 

しかし、

 

「こんな時期に活動してるナイトレイドォ、あの辻切りと協同してるに違いなァい‼この害悪共がァ!!」

 

興奮が治まらないのか、頭をぐしゃぐしゃと抱えて怒鳴り散らす。

その声音には憎悪がこもっていた。

 

元々、心中が穏やかでないときに戦闘したためか、彼女は更に興奮して怒声をあげる。

 

「市民の安全と安心は私が守る。それ脅かす悪共には正義の鉄槌をォオ!!!!!」

 

機械仕掛けの両腕からミサイル弾が展開されて発射される。

 

「…な!」

 

シェーレは驚きの声を隠せない。

 

(…ここは街中だというのに)

 

回避も許さない速度で四発のミサイル弾が標的へと突き抜ける。

 

咄嗟に大型鋏を眼前に立て掛けて盾とするが、ミサイルは着弾の瞬間破裂音をあげて広範囲に煙を巻いた。

 

(これは‼)

 

目眩まし。

 

「がぁはッ!」

 

予想外の煙に意識を向けていると、横合いから強烈な飛蹴りが横腹を抉った。

耐えきれずにそのまま吹っ飛びゴロゴロと転がる。

 

涙でぼやけた視界で彼女は自身を蹴り飛ばした敵を睨み付ける。

 

視線の先にはセリューが立っていた。

 

蹴り飛ばしたのは彼女。

 

そしてミサイルに続き、次はガトリングガンを思わせる銃器が両腕から展開されている。

 

「正義執行ォオ!!!」

 

凄まじい連射音が鳴り響き、無数の銃弾がシェーレを襲った。

 

しかし当たる直前、苛烈な金属音が鳴り響く。

 

「大丈夫か」

 

アカメだった。

彼女はシェーレに降り注ぐ全ての銃弾を弾き返した。

 

「よかった」

 

シェーレの顔を見て安堵する。致命傷を負った様子はない。

 

「あ、アカメ」

 

逆にまたシェーレも仲間の救援に安堵した。

 

しかし、

 

「うっ」

 

アカメの足元に血がポタポタと垂れる。

銃弾を全て弾き返したわけではなかった。

脇腹を押さえて、顔を歪める。

 

「アカメッ!」

 

もはやアカメがまともに動けるのかも怪しい。

 

シェーレはハッとしてセリューを見ると、彼女は凶相の笑みを張り付けていた。

 

「貴様はナイトレイドのアカメと断定する!! 悪はここで、断ッ罪ッ!!」

 

狂気の声をあげて宣言をあげると、さらに銃器の乱射劇が始まった。

 

被弾によりアカメは十分な体捌きが行えず、さらに次々と被弾する。

 

「オラオラオラオラオラオラァアアア!!!!!!!!」

 

狂喜の凶相でさらに銃撃のうねりをあげる。

 

シェーレも応戦しようと立ち上がる。

 

「…しまった!」

 

しかし、吹き飛ばされた時に帝具を離してしまっていた。

何も出来ないない自身に歯噛みする。

 

「先に逃げろ!!」

 

アカメは何とか致命傷を避けながら防戦して、シェーレへとそう叫ぶ。

 

でも、それではアカメが。

シェーレは彼女を心配して躊躇う。

 

しかしそれも一瞬のこと。

 

「わかりました!」

 

足を引っ張っているのは自分であると理解した。

 

彼女は闇の街へと去っていく。

 

アカメは防戦の中、彼女の後ろ姿を確認するとフッと微笑むが、

 

「悪は逃がすかァア!!!!」

 

セリューは憤怒の表情でそう叫ぶと、片腕のガトリングガンの照準をシェーレへと向けた。

 

「させん」

 

銃撃が弱まった。

その隙をついてアカメは高速で銃弾を掻いくぐって接近し、胴に一閃した。

 

「ハッ、舐めるなッ‼」

 

嘲りの笑み。裂けた口端がさらにつり上がる。

 

膝をあげ、セリューは彼女の斬撃を防いだ。

 

「義肢だと!?」

 

目を見張って驚愕する。

 

セリューの足は機械へと変貌している。 

否、足だけでない。手も胴も頭も、全てが機械化していた。

 

悪の断罪、ただそれだけを求めて、彼女は力を欲したのだ。

 

「終わりだァ!」

 

瞬時にガトリングガンが腕から脱落すると同時、手首が換装されて剣が飛び出す。

 

そのままアカメの首に目掛けて一閃。

 

─しまった。

 

アカメは死を覚悟した。

 

「ガァッ‼」

 

横腹への衝撃でセリューは横へとふっとんでいく。

 

突然の横合いからの不意打ちに反応できず、そのまま無抵抗に転がった。

 

アカメは目をパチクリさせる。

首への致命傷もない。

 

「アカメ!!無事か!?」

 

セリューの横合いから強襲しアカメを助けたのはレオーネであった。

 

「レオーネ」

 

レオーネの登場にアカメはホッとする。

 

しかし、数発もの銃弾をうけたため、立っているのは限界だった。

 

フラッと前のめりに倒れる。

 

「アカメ!おい、しっかりしろ‼」

 

倒れる直前にアカメに肩を貸して彼女を支える。

 

心配の声をかけるが、彼女に触れて手にへばりついた血液とポタポタと流れる血を見てハッとする。

 

急がなければ出血死は免れない。

 

ピーッと笛の音が鳴り響く。耳をすませば複数の声と足音がこちらに向かっている。

 

「くっそ、警備隊か」

 

傷の手当てを優先したいがここでは難しい。

 

また彼女をここまで傷つけたセリューに対し、止めを刺したい気持ちもある。

 

首をふった。

状況的にそんなことをしてる場合ではない。

 

「アカメ、少し我慢してくれよ。」

 

アカメの手当てを急ぐべく、彼女を肩に担ぎあげ、シェーレの帝具も拾うとレオーネは急いでこの場を去った。

 

 

警備隊がボロボロのセリューを発見する。

大量の吐血と多数の骨折。

明らかに戦闘があった様子だ。

 

「セリュー殿ッ!一体何がッ!…おい、担架をもってこい‼急いで手当てを!」

 

警備隊の兵士がそう叫ぶ。

 

するとガッと手を捕まれたため、一体何だ、とそちらに視線を向けた。

 

「……ガフッ…あ、悪は…?」

 

「せ、セリュー殿ッ!今はしゃべってはなりません。安静にしてください」

 

セリューが上体を起こしてすがるように聞いてきたが、兵士は慌ててそれを止めさせる。

吐血の量が尋常じゃなかったのだ。

動いて言い訳がない。

 

「セリュー殿がどういった敵と戦闘していたか定かではありませんが、その敵は今現在捜索中です」

 

彼女の問いに答えると、彼女は悲壮な面持ちとなる。顔を歪め目に涙を浮かべる。

 

「あ、悪をッ、悪をまた、逃がして…私…」

 

彼女はむせび泣いた。

また悪を目の前で見逃してしまった。

あんなに奮闘したのにだ。

 

彼女は地面を弱々しく叩いた。

 

そして悔しさで涙を流す彼女を、警備隊はどう対応すればいいのかわからず、ただ見守ることしかできなかった。

 

 

幽香はザンクの首を横凪ぎに蹴り飛ばした。

 

ゴトッと肉体の一部が落ちる。

 

「あら、びっくりね」

 

彼女は尻餅をつき、キョトンとした顔をしている。

 

彼の首は繋がっており、蹴り飛ばせてなどいない。

 

地面に転がっているのは彼女の片足だ。

 

「………」

 

幽香に背を向けて、剣を凪ぎ払った姿勢のまま、彼はぜえぜえと肩で息をつく。

 

スヘクテッド、奥の手『多視』

彼はこの時、360度、全方位の視野を手に入れた。

故に、死角からの攻撃に対しての対応がより簡単となった。

わざわざ顔を向けて敵を確認するといった動作が必要なくなる。

一瞬の隙が命取りとなる戦闘において、この効果は絶大であった。

 

現に彼は、未来視との併用により幽香の必殺の一撃を見事切り抜けたのだ。

 

 

ピーッと警笛が鳴り響く。

 

「おい、ここにいたのか風見!!撤退だ。警備隊がく…る…」

 

屋根の上からラバックが幽香を発見し、撤退を促したが、最後まではっきり口にすることができなかった。

 

尻餅をついて怪我をした幽香の姿を見て唖然。

 

「お、おま、風見!どうしてお前がやられんだよ‼」

 

ブルブルと震えて指を指すラバック。

 

彼女の人外の力量を知っている故に、彼は戸惑いが隠せなかった。

 

「…ああ、これね…」

 

しかし、彼女は何でもないように答える。

 

「彼にやられたのよ。それだけよ」

 

あっさりとそう言ってのける彼女。

 

しかし、そんな彼女の態度と口調がラバックは信じられなかッた。

 

「おまっ、何言って……ってやばッ!」

 

慌てて反論しようとするも、バタバタと足音がこちらに向かってくる。

警備隊だ。

 

彼は慌てて糸の帝具を使い、路上にいる幽香の腰回りに糸を巻き付け、屋根の上へと引っ張りあげる。

 

「大丈夫か、風見!走れるか?」

 

焦りながらも片足がないことに彼は心配の声をかける。

 

「片足で走れると思っているなんて、可哀想な頭ね。おぶって頂戴」

 

しかし、そんな心配を台無しにするように、幽香の言葉は冷たい。

無表情な上に、やれやれといった態度までみせる始末だ。

 

「それが人に物を頼む態度かよ‼」

 

「……………」

 

そんな二人を見送るようにザンクは呆然と佇んでいる。

 

バタバタと警備隊が近づく彼を拘束しようとするが、彼は抵抗しなかった。

 

彼は自首した。

もう怨嗟の幻聴もなければ、殺しへの愉悦もないのだ。彼は肩の憑き物が落ちた気分であった。

 

そして、この首切りザンクがイェーガーズに所属し、再び帝国に奉仕することになるとは誰も知るよしはなかったのであった。

 

 

ナイトレイドアジトまでの帰り道。

 

「ちょっと、目の前に標的がいたけど殺らなくてよかったの?」

 

ラバックにおんぶされる形となった幽香は、彼にそう尋ねる。

質問しておきながら全くどうでもよさそうな感じだ。

 

「しゃあねんだって、警備隊だけならまだしも、ブドー将軍まで出張ってきたからさぁ」

 

「あら、その将軍は強いのかしら?」

 

「超強いっつの!!帝国の双璧とも言われてあのエスデスと肩を並べるほどなんだぞ‼」

 

「誰だか知らないけど、何なら私が相手してあげるわよ?」

 

彼の肩に顎をのせてとんでもないことを話す幽香に仰天した。

 

「なあにアホなこと言ってやがるッ!! いくら強くても流石に無理だって‼ おまえ、風見、ザンクにすら片足もってかれてんじゃねえか、あいつに勝てなかったお前が将軍に勝てるはずがねえだろ!!」

 

「油断しただけよ、次はいけるわ」

 

「三下の台詞をはくなッ!」

 

その言葉を言った瞬間、彼女は無言となる。

 

何だ、と思って振り向こうとするも、その前にラバックの首に彼女の腕が回された。

 

「えっ?」というも束の間、彼は首切り絞められる。

 

「ウゲッ…~ッ…ガッ…~」

 

「貴方は本当に頭が可哀想なのね。仕方ないから何度も言うけど、分際を知りなさい全く」

 

平坦な口調でそう告げる故に、彼女には全く悪意がなさそうだ。

 

息が限界だ。

 

首に回された彼女の腕を、彼は両手で必死に叩いてギブを示す。

 

おんぶしているため支えを失って彼女がずり落ちる。

 

「ちょっと、おんぶくらいちゃんとなさい。落ちちゃうじゃない」

 

「おまっ、誰のせいだと思って……」

 

理不尽すぎる彼女の言葉に、彼の額の青筋がキレかけた。

 

しかし、何とか怒りを飲み込んで、彼女をしっかり持ち直す。

 

 

 

フニャとした感触が背中を圧迫した。

 

 

目を見開きラバックの背に電撃が走った。

 

先ほどまで仕事だったため、彼は全く気にしていなかった故に、気付かなかった。

 

彼は今まさに桃源郷にいたのだ。

 

 

歩いて反動があるたびに、ムニュムニュと押し潰されたおっぱいが背中を動く。

布越しに伝わる体温と柔らかさ。

 

彼の鼻息が荒くなる。

 

肩にのせられる彼女の顎。

頬や耳元に彼女の吐息がかかり、距離の近さを意識してしまう。

あまりの顔の近さに雌の匂いもムンムンと匂ってくる。

 

下腹部がジンジンと充血した。

 

戦闘でやぶけてしまったのか、両手一杯に直につかむ柔らかいお尻。

その雌の柔らかさが、彼女が女であることをより意識させてしまった。

 

 

もっと触りたいと、つい手のひらにつかむ力が入ってしまう。

 

「あんッ!」

 

彼女の嬌声。

艶やかな女声が顔の真横で鳴かれた。

 

下腹部の怒張が痛いくらいにさらに腫れ上がる。

 

「やだ、お尻触んないでよ、スケベね」

 

嬌声をあげても全く気にした様子はなく、変わらず平坦な口調でビシッと指摘した。

 

「おまっ、変な言い掛かりマジでやめろっつうの‼怪我人にそんなことするほど落ちこぼれてねえぞ俺は!!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴りかえすラバック。

 

「だってお尻触ってるんだから、仕方ないじゃない」

 

「さっきと手の位置変わってねえだろ!!」

 

「最初から触ってるってことじゃない。エッチね」

 

「だから違えって‼」

 

ラバックはあれこれ言って何とか誤魔化すが、終始幽香に言い負かされた。

 

帰還するまで怒鳴る声と平坦な声が続いた。

 

彼は最後まで女の匂いと胸と尻の質感に全神経を集中させた。

 

 

 




微エロ描写のつもりですけど、いざ自分で書いてみると物凄い冷めますね。官能小説書いてる人とかはもうすごいと思います。

ラバックは原作で散々みたいですから、もっと報われてもいいと思うんです。

まあ、幽香とラバックの二人は微エロでいろいろやってますけど、くっつきはしないと思いますけどね。彼はナジェンダさん一筋ですから。


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だれも幸せにならないんじゃないかしら

前話、読みづらかったので大分修正しました。内容はかわらないのですが一応報告します。




繁華街の遊廓施設区域では麻薬販売と使用者の乱用が日常と化している。

 

遊女達に給与の代わりとして麻薬を配布したことが事の発端だ。

 

結果、麻薬はその中毒性を発揮し瞬く間に広がった。

 

現在では麻薬中毒者及び廃人とかした遊女が次々相次いでいる。

 

「で、その大元の取締役をしめようって訳ね」

 

「…ああ、そうだよ」

 

屋根裏では幽香、レオーネ、タツミの三人が息をひそめている。

幽香とともにいることが気に食わないのか、レオーネはやや不機嫌だ。

 

「ははは……」

 

気まずい空気がでており、タツミはつい苦笑い。

どうしたものか、と悩んでいると、

 

「来たわね」

 

暗殺対象とその側近の男二人が部屋に入ってきた。

 

畳の部屋では五十人はくだらない遊女達でひしめいている。

甘ったるい麻薬の匂いが蔓延しており、屋根裏まで匂ってきた。

 

「もっと稼えだら薬回してやるよ!」

「はーい‼」

 

元気に従順な返事をする中、一人の遊女が倒れている。

 

「へひひ…」

 

虚ろな目で空しく笑う。

何も考えられない、末期に近い症状。

 

「コイツはもう使えねえな」

 

何もできない人間など、ただの人形。

利用価値もないのだ。

軽蔑の目を向けて側近の男がその遊女をぶん殴った。

 

「…あのクソ野郎!」

 

薬漬けにした上に女性を殴るなど、タツミには許せなかった。

怒りに任せて飛び出しそうになる。

 

 

レオーネも瞳から光が抜けた。

許せないのは彼女も同じ。

静かな怒気をはらんだ声で告げる。

 

「…タツミ、幽香、手筈通りいくぞ」

 

レオーネの合図とともに、打ち合わせ通りバッと部屋へと飛び降りる。

 

「な、なんだお前らッ!」

「侵入者だ‼殺せ!!」

 

男の掛け声とともに多くの黒スーツ姿の護衛達がなだれ込むが、

 

「地獄に落ちろ」

 

タツミは冷静に側近の男を切り捨てる。

計画通り速やかに決められた相手を殺すその手際。

まさに暗殺者であった。

 

護衛達が銃器を構えて乱射。

 

「…服が穴だらけになるじゃないの」

 

しかし、幽香は撃たれるのも構わず、腕を振り回し次々と護衛達を一撃で引き裂いていく。

 

暗殺対象の男はレオーネに首を締め上げられる。

 

「な、何が目的だ、金か、薬か!?」

 

バタバタと抵抗しても彼女は微動だにしない。

 

「いらないな。欲しいのはお前の命だけだ」

 

「カハッ!!」

 

腹部への強烈な一撃。

男は突き飛ばされ壁に凄まじい衝突音が鳴り響いた。

人外の一撃をもろに受け、内蔵が破裂。

そのまま彼は死亡した。

 

「終わったのかしら?」

 

全ての護衛達を始末した幽香がよってくる。

返り血を派手に浴びているが、ちっとも気にした様子はない。

 

「…お、おう」

 

レオーネとタツミは軽く引いた。

 

「じゃあ、アタシらはさっさとおさらばするか」

 

作戦は終了。

ここにいる遊女達は革命軍達が連れていく手筈になっている。

 

帰るよと、レオーネは手を振って屋根裏に戻ろうとする。

タツミもそれに続いていくが

 

「まだよ」

 

幽香が静かに言い放った。

 

「は?」「え」

 

と二人は振り向くとピカッと光の収束が目に入る。

 

 

 

爆発。

 

 

凄まじい黒煙があたりを振り撒いた。

 

 

「…………」

 

二人は唖然として固まる。

 

先ほどまでいた遊女達全員が消し飛び、焼きただれた死体へと変貌していた。

 

人が焼ける悪臭がたちこもる。

 

「………なっ…あ…」

 

レオーネの肩がワナワナと震える。

 

「テメエッ!! 何んてことしやがる!!!自分が何したのかわかってんのか!!!」

 

「………」

 

凄まじい形相と怒声をあげるレオーネ。

 

幽香の非道が彼女は許せなかった。

 

焼き殺した遊女達は薬の被害者だ。

彼女らを助けるためにきたというのにそれを殺すなどあっていいはずがない。

 

「幽香さん!!アンタ一体何のつもりでこんなひどいことを!」

 

タツミも掴みかからんとするほどの勢いで迫った。

 

彼女は冷たい人だが、他人に無闇に非道な真似をする人ではない。

彼はそれを知っている故に、目の前の惨状が信じられなかった。

 

先ほど殴られた女性も黒焦げで原型がわからない。

幽香の所業を彼は許すことができなかった。

 

「……………」

 

彼女はただ薄暗く微笑んでいた。

 

 

 

 

ナイトレイドアジト。

任務を終えレオーネとタツミは幽香の非道を報告した。

 

「何だと‼」

 

ナジェンダとその他のメンバーは驚愕に顔を染めた。

 

「幽香!一体どういうつもりだ!私は暗殺対象とそれを邪魔する者だけを始末するようにいったはずだぞ‼」

 

ナジェンダが机をバンッと叩いて怒鳴り上げる。

 

彼女は内心怒りが沸き上がると同時に頭を抱えた。

 

幽香は任務に対して特に問題を起こしたことはない。

軽い気持ちであたっている節はあれど、彼女程の戦力を考えれば許容範囲内だ。

 

しかし今回は違った。

 

殺す必要などない一般人を大量に殺したのだ。

 

周りのメンバーも剣呑な視線を幽香に向ける

 

「幽香さん、さすがに今回は俺もあなたを許せそうにない」

 

タツミが幽香の隣で怒りを示す。

 

「俺もだ、言い訳次第じゃお前をぶちのめさねえと気がすまねぇ」

 

ブラートが静かな怒気をたぎらせる。

 

「……幽香、答えてくれ」

 

ナジェンダが鋭い視線を突きつけた。

 

罪のない遊女達。

彼女らは麻薬の被害者たちなのだ。

何故彼女らも殺したのか。

 

「あら、簡単なことよ。貴方達の目的を果たすのに必要だと思ったからよ」

 

何でもないように幽香は淡々と言ってのける。 

 

「必要だと?誰があんな非道な真似をしろと言った。元締めを殺すだけの任務を言い渡したはずだぞ」

 

「それじゃ足りないわ。麻薬の蔓延をとめたいのでしょう?」

 

冷たい目がナジェンダを射ぬく。

 

「頂点を潰しても組織なんだからまたすぐに代わりができるわ。とめたいなら麻薬の栽培場所自体を燃やしつくすぐらいしないと」

 

「そんなことは分かっている!!だからその手始めにトップを叩いたんだ。栽培場所だって特定しだい燃やすつもりだった!!」

 

すぐに首をふった。

 

「いや、そんなことどうでもいい‼」

 

彼女が聞きたいのはこんなことではないのだ。

 

「質問の答えになってない‼私は何故被害者の彼女らを殺したと聞いているんだ!!」

 

さらに怒りを募らせて机を叩くナジェンダ。

 

しかし、幽香は肩を竦めるだけで全くこたえた様子はない。

 

「人を殺して麻薬を止めるなら、麻薬を作っている人、売っている人……そして使っている彼女らも殺さないと麻薬の蔓延は止まらないわ」

 

「極論過ぎだ」

 

ナジェンダが咄嗟に怒声をあげる。

 

極端すぎた。

麻薬の蔓延は止めたい。

だがだからといってあの遊女達のような、被害者達まで殺すなど、ナイトレイドの理念から大きく逸脱している。

 

苦しんでいる人達を、被害者を殺すなどあってはならない。

 

「知ってるでしょう?麻薬の中毒性くらい」

 

「だからそれを治すためにこっちは腕利きの医者を用意したんだろうが、ああ?」

 

レオーネが光のない瞳でドスをきかせる。

 

「あら、薬で壊れた体なんて治らないわよ。スラムで生きてきたんでしょう、貴方。薬物中毒者が治ったところなんて見たことがあるのかしら」

 

「だとしても我々が罪のない、苦しんでいる市民を殺してどうするんだ‼」

 

ナジェンダが幽香の襟を締め上げる。

 

「スラムの医者なんて高が知れてるわ。物品も施設もまともに用意できない上に、人手だって足りないはずよ」

 

なされるがままに、幽香は淡々も続ける。

 

「丸投げされるほうもいい迷惑じゃない。儲けになるのかもわからないことに付き合わされるなんて」

 

「それくらいこっちだって考慮してる!資金だって渡している‼それをお前はッ!」

 

「その被害者が一体どれだけいると思ってるのかしら。それにその治療だって時間がかかるし、治るまで面倒もみないといけないのよ?いっそ殺したほうがいいと思わないかしら」

 

「人の命を何だと思ってやがる!! 軽くなんかねぇんだぞ!!」

 

ナジェンダから奪いとるように、レオーネは幽香を壁へと叩きつけて彼女の襟を締め上げる。

 

「アイツらが治る見込みがないことなんて知ってらァ!!私だって放っとくしかないと思ってたさ!だけどな、何でわざわざ殺す必要があるんだ‼」

 

レオーネは嫌だった。

権力と暴力をもって調子にのっている奴等に好き勝手なぶられるのが。

その挙げ句、その苦しんでいる人達が自分達の都合で殺されるなどもっての他だ。

 

「軽くなんて見てないわ。ただ無駄だと思っただけよ。そんなことに資金を使う余裕なんてないでしょうに。それにこれはね、彼女たちのためでもあるのよ?」

 

「アイツらのためだと?どこがアイツらのためなんだよ!」

 

「薬の快感を知った彼女達から薬をとったら一体何が残るのかしら? 何も残らないわよ」

 

幽香は締め上げられながらも平然とした顔だ。

何も感慨がない。

 

「ただひたすら禁断症状に苦しむだけよ。仮に苦しみ抜いた先に何があるのかしら?」

 

「だから殺すと?」

 

レオーネの後ろから、ナジェンダがドスきかせて睨みつける。

 

「そうよ」

 

「傲慢だ、そんな考えで罪のない人の人生を奪うなど、お前にそんな権利はない」

 

重力が増したような圧迫感。

ナジェンダの厳かな声が響いた。

 

ナイトレイドが殺すのは人を畜生としか思っていない悪逆非道な奴等だけだ。

自分達の勝手な解釈で苦しんでいる人達を殺すなど断じてあってはならない。

 

「あら、皮膚はボロボロで発疹だらけ、痩せこけた上にろくな思考も言葉も使えない。そんな廃人になって生きる価値なんてあるのかしら?」

 

「その価値はお前が決めるんじゃない。人の人生はその人自身が決める」

 

「人も時間も馬鹿みたいにかかるし、誰も幸せになんかなれないわ。すっぱり消したほうが手っ取り早いと思うわよ。貴方達の目指す帝国にとっても明らかに邪魔じゃない」

 

「……だとしても、それは我々の理念に反する」

 

ナジェンダはそう言って話を締めた。

 

「……そう、難しいわね」

 

幽香は変わらない表情で納得の態度を示した。

 

「けっ!」

 

話が一段落し、レオーネが吐き捨てるように悪態をつくと幽香を締め上げていた手を放した。

 

重い空気。

 

 

「……今回は不問にする」

 

ナジェンダは厳かにそう告げるが

 

「ボス、何言ってるの!!こんなやつナイトレイドに相応しくないわよ‼とっとと追い出すべきじゃない‼」

 

マインが声をあげて不満を訴える。

 

しかし、そうはいかなかった。

彼女ほどの戦力が野放しするのは危険。

最高戦力のブラートですら倒されたのだ。

 

また性格からして事と事情によれば帝国についてもおかしくない。

彼女の手配書が回っているが、彼女であればあの大臣は喜んで迎え入れるだろう。

 

彼女をここに留めてめておくことは革命軍の総意でもあるのだ。

 

ナジェンダは幽香の処遇に悩み、歯を食い締める。

 

「わかった」

 

不満が上がる声の中、彼女は静かに言い放つ。

 

幽香を手放すことはできないが、仲間の間の不和を和らげる必要もある。

 

「幽香、お前には罰として少しの間革命軍側の手伝いをしてもらおう」

 

ナジェンダは幽香に新たな任務を言い渡した。

 

 

 

吹雪。

 

石造りの城の中、雪がふぶく様子をは窓から見ている幽香。

 

「ずいぶん寒いところね、全く」

 

幽香は北の異民地へと来ていた。

 

彼女がここにいるのはナジェンダの任務が起因としている。

 

革命軍は密かに北の異民族と関わりを持っていた。

今回北の異民族は帝国への侵略を決定。

革命軍は主に物資の調達を援助することになっていた。

 

そんな時にナジェンダは彼女を革命軍本部へと連れていったのだ。

 

革命軍の彼らは一計を図った。

彼女は危険種。

しかしその危険度、力量はナジェンダの口伝えでしか聞いてない。

 

故に、革命軍は戦力援助という名目で幽香を北の異民地へと送り、危険種として力を見定めることにしたのだ。

 

「貴様が革命軍からの助っ人か」

 

突如後ろから声を掛けられ振り向く。

 

青いマントに銀の鎧を着た男が立っていた。

 

ヌマ・セイカ。北の勇者であり、正統な王子。

秀でた槍術の使い手であり、軍略家でもある。

その実力と頭脳で民からの信頼は絶大である。

 

「ふん、女か。戦力援助と聞いていたが貴様一人とは期待ハズレもいいところだな」

 

値踏みするような視線を浴びせると「フンッ」と横目で睨む。

 

「それとも帝具使いだから一人で十分とでも言いたいのか貴様は?」

 

「いいえ、私は帝具は使わないわ」

 

「何だそれは、貴様の一体どこが戦力になるんだ、全く」

 

彼は正直ガッカリしていた。

 

戦力援助と聞いてみれば、何の鍛えた様子もないただの女性。

しかも一人だけだ。

帝具使いですらない。

 

もはや邪魔にしかならない。

 

「ええ、端的に闘えって言われてるけど、貴方の命令にも従うように言われているわ」

 

窓から彼へと歩みより、彼女は淡々と告げる。

 

「私は取り合えず戦えばいいのかしら?」

 

「はんっ、邪魔だから下がっていろ。いきなり戦力援助などと言われても俺は貴様を使うことはできん。貴様に何ができて何が出来ないのかも知らんのだ。

侵略の進め方も決定した。既に部下達にも周知させている。そこに新たに余計な情報をいれて部下達に混乱させるのはこちらの本意ではない」

 

彼は元々革命軍の戦力援助など使う気はなかった。

 

既に帝国軍を圧倒する兵力は揃っている。

武器、食料も揃え、補給ルートも確保した。

地の利は完全にこちらにある。

 

今さら、計画に不安分子など入れたくなかったのだ。

 

「そうね。今の私に信用なんてないもの。実力もわからない。使えないのは当然だわ」

 

高慢な口調で話すヌマであるが、幽香は特に気にした様子はない。

無表情で彼の話を聞き入れるのみ。

 

「貴様に期待などしていない。邪魔にならんように隅に引っ込んで俺らの勝利報告を待っているがいい」

 

そう言い捨てると彼は部屋から去っていった。

 

 

侵略開始日。

 

革命軍の諜報員が幽香へと訪れた。

 

「エスデス?」

 

「はい、今回の戦争、帝国からはエスデス将軍が率いる北方征伐部隊が投入されております」

 

「…それで、そんなことを私に伝えてどうするのよ?私は引っ込んでいろって勇者様直々に言われているのだけど」

 

ハァとため息をつき興味なさげに幽香は言葉を返す。

 

彼女としては寒い故にあまり動きたくないのが本音であった。

 

諜報員は彼女の態度にやや動揺する。

 

「え、エスデス将軍が直接くる以上、この戦争、異民族側はかなりの高確率で敗北するでしょう。北の異民族とは同盟関係にあり、革命軍としては北の異民がこのたびの戦争で戦力ダウンされるのは望ましくないのです」

 

無表情な彼女の顔に気圧されながらも、何とか説得しようと諜報員は頑張って続ける。

 

「エスデスも人間です。動ける範囲は限られている。帝国兵を削れば兵の全滅を危惧して向こうも不用意には進軍しないでしょう。異民族の撤退戦を貴方に支援して頂きたい」

 

「…………」

 

「そして厚かましいですが、貴方が革命軍最高戦力、ブラートと匹敵すると聞いてのお願いがあります。 ヌマ・セイカの戦死をどうにかして防いでもらいたい。彼ほどの頭脳と戦力をここで失うわけにはいかないのです」

 

諜報員は申し訳なさげに話して頭を下げる。

 

彼は怯えていた。

 

 

今伝えたことは革命軍本部の言葉。

しかし、彼女は危険種である。

それは彼も知っていた。

 

故に、危険種の彼女がなにかしらの拍子で機嫌を悪くし自身を殺す可能性があるのだ。

 

人間の道理など本来通じない相手。

 

彼は緊張な面持ちで返事を待つ。

 

 

そして、

 

 

「そう。そこまで頭を下げるのなら行ってあげてもいいわ。分際を弁えた貴方の礼儀に免じてね」

 

 

 



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